2017年05月02日

オンライン版『海外平安文学研究ジャーナル vol.1〜vol.6』の再公開

 昨日に続き、ダウンロードできなくなっている『海外平安文学研究ジャーナル』の第1号から第6号までを、このブログを通してダウンロードできるようにしました。
 ただし、残念ながら第3号と第6号は、本ブログの制限容量である25MBを超えるため現在その方法を検討中です。しばらくお待ちください。

 中でも、第6号は公開した翌日からダウンロードできなくなったようなので、これを読まれた方はいらっしゃらないと思われます。これは 60メガバイトを超える容量なので、今日の時点ではダウンロードをしていただけません。第3号も同じ理由で、ここでは保留しています。
 どなたか、この37メガと62メガのPDFをダウンロードできるような方法を御存知の方がいらっしゃったら、ご教示いただけると幸いです。

 第1・2・4・5号は、すでにダウンロードしてお読みになった方は多いようです。昨秋まで公開していたものと同じものです。

→以下の雑誌名をクリックするとダウンロード後にお手元の画面に誌面が表示されます。
 この報告書を保存したい方は、お使いのブラウザの機能で行なってください。

1『海外平安文学研究ジャーナル vol. 1.0』【約 1.5 MB】(2014/11/26 発行)


2『海外平安文学研究ジャーナル vol. 2.0』【約 2.0 MB】(2015/03/11 発行)


3『海外平安文学研究ジャーナル vol. 3.0』【約 37.0 MB】(2015/09/30 発行)
《本ブログの制限容量である25MBを超えるため現在その方法を検討中です》


4『海外平安文学研究ジャーナル vol. 4.0』【約 21.8 MB】(2016/03/30 発行)


5『海外平安文学研究ジャーナル vol. 5.0』【約 11.6 MB】(2016/09/21 発行)


6[最新刊]『海外平安文学研究ジャーナル vol. 6.0』【約 62.3 MB】(2017/03/30 発行)
《本ブログの制限容量である25MBを超えるため現在その方法を検討中です》
 
 
 
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | ◆国際交流

2017年05月01日

ダウンロード版『海外平安文学研究ジャーナル インド編 2016』の再公開

 過日、本ブログの「2つのホームページの不具合に関するお詫び」(2017年04月26日)で、『海外平安文学研究ジャーナル』がダウンロードできない状況にあることを記しました。

 いまだ解決のメドが立たないので、このブログを通してダウンロードできるようにいたします。
 特に要望の多かった、『海外平安文学研究ジャーナル インド編 2016』(2017/3/31 発行)から始めます。今回アップロードするPDFファイルの容量は、約20メガバイトです。ご自分のコンピュータ機器の環境をご確認の上、本記事の末尾の誌名をクリックしてダウンロードをした後、保存などの対処をしてください。

 この報告書は、残念なことに関係者数人以外は、公開した日以降はどなたも読めない状況下にありました。編集に関わった者としては、忸怩たる思いでいました。執筆及び編集に多大の労力を注いでくださった諸先生方および関係する方々には、本当に申し訳なく、そしてそこに至るまでのご労苦にありがたい感謝の思いでいました。長くお待ちいただいている方々にも、本当に申しわけありませんでした。

 現在は、「海外源氏情報」(科研HP)のリニューアル版の作成に着手しています。今月末までには、不十分ではあっても、何とか形にして公開したいと思っています。
 いましばらくの猶予をいただきたいと思います。

→以下の雑誌名をクリックするとダウンロード後にお手元の画面に誌面が表示されます。
 この報告書を保存したい方は、お使いのブラウザの機能で行なってください。

■ダウンロード版『海外平安文学研究ジャーナル インド編 2016』【約 20 MB】(2017/3/31 発行)
 
 
 

posted by genjiito at 22:06| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月30日

京洛逍遥(442)下鴨神社で孫娘の誕生の報告と祈願をする

 3月までで東京を引き払ったことに関連して、まだ行っていなかった氏神さまへ、その報告と無事の成長を祈願しに行ってきました。下鴨神社の楼門は、いつも温かく迎えてくださいます。

170430_roumon.jpg

 本殿前に、次の掲示があることに気づきました。関西ならではの、機知に富んだ文面です。

170430_omitoosi.jpg

 御手洗川の光琳の梅は、今は若葉に覆われています。

170430_ume.jpg

 「水みくじ」があることを、今回初めて知りました。

170430_omkuji.jpg

 御手洗の池に浸けると、文字が浮かび上がりました。
 幸いなことに「大吉」です。孫を見守ってくださる神意に感謝しています。

170430_mitarasigawa.jpg

170430_mizumikuji.jpg

 糺ノ森の馬場では、5月3日の流鏑馬神事の準備が進んでいます。

170430_baba.jpg

 また、新たに殿舎の移設工事も進んでいました。これは、ラグビーの第一蹴があった聖地としての復興事業のようです。

170430_rugby.jpg

 このことは、後日報告します。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月29日

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の第5回総会を東京で開催

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉も、今年で5年目の活動となります。
 今日は、東京にある京橋プラザ区民館で、第5回総会を開催しました。

170429_kyoubashi.jpg

170429_kaigishitsu.jpg

 朝9時からだったので、京都駅から一番列車の新幹線で上京です。
 昨夜はいろいろな仕事があったために、寝る時間がありませんでした。新幹線の中では、ひたすら寝ることに専念できました。

 総会では、昨年度の「事業報告」「活動決算」、今年度の「事業計画案」「活動予算案」、そして「役員交代」などについての報告と説明をもとにした討議を経て、すべての議案が承認されました。
 今後の運営に関しても、自由に討論をしました。今回も積年の課題である、NPOとしての収益をどのようにして産み出し、それを活動にどう有効に使用するか、ということが中心となりました。
 今日も、いろいろなお茶菓子をいただきながらの会議です。

 正午に散会してからは、有志と銀座で食事をしながら、今後の活動について話し合いました。
 京都での活動としては、京洛を散策するイベントの第2回目を初夏に企画することと、ワックジャパン(WAK JAPAN)で写本を読んで来た経緯を踏まえた、新たな取り組みについて語り合いました。これまでの京都での活動は、すべてボランティアでした。これを見直し、さらに幅広い活動がでように収益のあがる仕掛けを考えてから動き出そう、ということの確認がなされました。
 後は、イベントを企画して、いかに活動資金を得るかを考えなくてはいけません。

 まだまだ、課題山積のNPO法人です。今日の総会での建設的な意見や提案を取り入れた、楽しい企画を立案し、活動を活発にしたいと思います。
 どうぞこれからも、ご理解とご協力に加えて、変わらぬご支持をよろしくお願いします。

 帰りの車中も意識を失ったように熟睡しました。

 夕方に賀茂川を散歩しました。
 今日も、通りかかった方に野点でお茶を楽しんでもらい、よもやま話(?)をなさっているお茶人がいらっしゃいました。
 いつか私もお相伴を、と思いつつ、まだ果たしていません。

170429_tea.jpg

170429_teaset.jpg

 上の写真の左上には、土砂が中洲を作った所の堆積物をショベルカーで取り除いている様子が写っています。
 北山は春霞のようです。「春霞たなびく山の桜花うつろはむとや色かはりゆく」(読人不明 古今和歌集)という歌の季節となりました。

170429_sagi.jpg

170429_gorone.jpg

170429_sakura.jpg

170429_tonton.jpg

170429_mizu.jpg

170429_music.jpg

 私にとっては、骨休めとなるゴールデンウィークのスタートです。
 
 
 

posted by genjiito at 20:50| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年04月28日

読書雑記(198)船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』

 『残夢の骸 満州国演義 9』(船戸与一、新潮社、単行本―2015年2月、文庫本―2016年8月)を読みました。この第9巻が完結編です。そして、船戸与一の最後の作品です。

170101_funado9.jpg

 昭和19年6月から始まります。
 南方でのサイパンやインパールでの戦況は、欺瞞に満ちた大本営の誇らしげな発表とは裏腹に、惨憺たる敗走による墓場となっていたのです。そのサイパン島玉砕から語り出されます。
 その背景に、日本国内では東条英機首相暗殺計画や倒閣工作があることも。その後、東条は総辞職し、小磯内閣が組まれます。
 特攻隊について具体的なので、まず引いておきます。

 四郎はまず先月二十七日にレイテ島に向かって出撃した八紘飛行隊について書きはじめた。八紘飛行隊は学徒兵によって構成された特攻隊で、日本大学や専修大学、国学院や小樽高商から動員された陸軍士官がレイテ湾にはいって来る輸送船への体当たり攻撃のためにマニラを飛び立った。四郎は口を利いてはいなかったが、その学徒兵たちの表情がやけに青白く、寡黙な印象を与えていたことを憶いだす。大本営は八紘飛行隊の赫々たる戦果を発表したが、実際にはどうだったのかは確かめようもなかった。(120頁)


 続いて、新聞記者や小説家を批判的に記した箇所があります。

「新聞記者や新聞社から派遣された従軍作家は特攻隊を讃美しつづける。あの連中の眼は節穴か、さもなきゃじぶんの文飾の才能をひけらかすためにマニラに来ただけだ。お読みになったことがあるでしょう、空疎で無内容な美文調のそういう記事を?」
 四郎は黙って頷いた。一番印象に残っているのは帰満した五日後に眼を通したものだ。それは読売新聞に掲載された論評で、『人生劇場』で人気絶頂になった小説家・尾崎士郎によって記されていた。(138頁)


 インパール作戦に参加していた次郎の遺髪が、満州にいる太郎のもとに届けられました。3兄弟が揃って山上に埋めます。
 日本にはまったく勝ち目のない戦いを、作者は冷静な語り口で、豊富な資料を駆使して展開させます。負け戦の中にあっても、必死に前を見て生きようとする人々が描かれます。その描写は精密です。多くの資料や情報を駆使して語られているかがわかります。次のようなことも、随所に語られて行きます。

「ソ連軍が満州に侵攻して来た場合、気をつけなきゃならないのは日本人の女です。わたしはロシア人兵士たちが笑いながら喋りあってるのをこの耳で聞いた。ソ連軍がベルリン占領に向かう途中、兵士たちは無数のドイツ人の女を輪姦した。事実かどうかは確かめようもないけど、ベルリン近郊の農村で十四、五歳の少女を一日に百二十人のロシア人兵士が強姦した。対独戦で長いあいだ緊張を強いられた若い連中の獣欲が爆発したんです。満州に侵入して来たら、日本人の女に同じことが起こらないとはかぎらない」(210頁)


 次のヤルタ会談の場面を読むと、話が具体的であるだけに、日本は情報に踊らされて客観的な判断が狂い、戦争にも負けるべくして負けたことを感じさせられます。日ソ中立条約は、いったい何だったのでしょうか。さまよう為政者像が浮き彫りにされています。

「ヤルタ会談でスターリンがドイツ降伏後三カ月で対日参戦すると死んだルーズベルトに話したという情報は知ってるかね?」
「事実ですか、その情報は?」
「ストックホルムの駐在武官・小野寺信少将が大本営宛に電文を打ったらしい。それが握り潰されたという噂がある」
「だれに?」
「今月一日に大本営から関東軍作戦課参謀として新京に転任して来た瀬島龍三中佐に。それが事実かどうかは判明してないが、そういう噂が流れてる。しかし、ソ連が対日参戦することは確かだろう。その情報は他からもはいってるしね」(222頁)


 それにしても、このことを語る間垣徳蔵という男の素姓がさらに知りたくなります。これは、第1巻の冒頭の場面につながり、敷島家との関係がわかってくる仕掛けとなっています。
 ポツダム宣言に関しては、毎日新聞と朝日新聞が引かれています。

この宣言に関して内地の報道各紙の扱いは一面冒頭ではなく、中段に宣言文を掲載しただけだった。ただ翌日にはいつもどおりの感情的な論評が紙面に躍る。『毎日新聞』はこう書いた。

 笑止! 米英蒋共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戦あくまで完遂!

 朝日新聞の論評はこうだった。

 帝国政府としては米、英、重慶三国の共同声明に関しては、何ら重大な価値あるものに非ずとしてこれを黙殺するとともに、断乎戦争完遂に逼進するのみとの決意をさらに固めている。この声明によって敵の意図するところはたぶんに国内外にたいする謀略的意図を含むものと見られる。

 内地の報道各紙の論評は当然ながら英訳されて連合国側に伝わったと考えなきゃならない。『毎日新聞』や『讀賣報知新聞』の煽情的な表現はいつもどおりだと受け止められるだろうが、『朝日新聞』の帝国政府は声明を黙殺という言葉は問題になるはずだ。英語ではおそらく黙殺は無視と訳され、戦争継続が政府意思だと連合軍側は解するにちがいない。和平工作のために誕生した鈴木貫太郎内閣は頭を抱えるだろう。逆に、帝国陸軍内の徹底抗戦派は本土決戦論を一段と強化することが考えられる。(226〜227頁)


 マスコミは、平和なときは正義感ぶって戦争反対をお経のように唱えます。しかし、時世におもねるマスコミの常として、今はすましている新聞各社も、このような過去があったのです。こうした姿勢は繰り返されるので、今の新聞社もいつまでも脳天気な平和論を唱えられなくなる時がくるはずです。その時の本来の姿を見極める必要があります。特に、朝日新聞にはその危惧が払拭できないのです。私は今、日本で一番危険な新聞社だと思っています。その新聞を、疑いもせずに、若いときに正義の味方の新聞だと思い込み、毎朝毎夕配っていたのです。若気のいたりでした。
 ソ連は日ソ中立条約を破棄して、満州に侵攻して来ました。アメリカは、広島に続いて長崎に原子爆弾を投下しました。満州に居留していた人々は、新京駅に逃げ惑って殺到します。
 私は、母親のことを思いました。満州にいた母も、この時に逃げまどったはずです。どれだけの喧騒の中を彷徨ったのか。しかし、私には何も話してはくれませんでした。多くの人がそうであったように、想像を絶する光景や人間の惨さを見てきたのでしょう。麗羅の小説『桜子は帰ってきたか』を、今思いだしています。
 そんな満州の地での大混乱を、船戸は丹念に克明に語り継ごうとしています。
 戦後の満州での惨状を、ロシア人による略奪や強姦の場面を、船戸は淡々と語ります。異常が異常と思えない世界が、みごとに描き出されています。
 チャンドラ・ボースのことも語られます(278頁)。巻末に収録されている参考文献にも入っている、中島岳志氏の『中村屋のボース』なども参照されているようです。
 シベリアへの強制連行について、次のようにあります。

 要するに、帝国陸軍はソ連に強制連行された六十万余の関東軍将兵を俘虜と認めてないのだ。シベリアでどんな扱いを受けようと、ハーグ陸戦法規を持ちだして抗議することはできない。
「関東軍六十万余はこのシベリアでは?」
「抑留者だよ。国際法に抑留者に関する規定はない。スターリンのやりたい放題ということになる」(386頁)


 戦後、父はシベリアに抑留され、強制労働に従事しました。昭和23年6月に復員しています。こうした背景を、知っていたのでしょうか。
 父も母と同じように、満州でのことやシベリアのことは、何も私と姉には語らずに、昭和58年5月に68歳で亡くなりました。生きていたら、父から満州とシベリアの話を聞きたいと思っています。父の生前に、そのような気持ちにならなかったことが悔やまれます。

 終盤は、ロシアの社会主義に同化して生き延びようとする満州からの抑留者たちや、本土で進むアメリカ主導のお仕着せの民主主義に戸惑いながらも、それを受け入れていく日本が語られます。ここにも、作者の冷静な目が冴えています。
 そういえば、父が生前、社会主義教育を受けたことを語ったことを、微かに覚えています。社会主義に同調し、収容所でもそうした言動や行動を率先してしないと生きて行けなかったことを、自戒の念を込めてつぶやいていたように思います。引き揚げて来てから、シベリアでどのような思想教育を受けたかを港湾で尋問された、とも言っていたように思います。返す返すも、もっと根掘り葉掘り聞いておくべきでした。父の生きざまを、息子としてしっかりと聴くべきでした。そのことを、今、悔やんでいます。

 この第9巻を含めて、400字原稿用紙で7,500枚を超える、一大長編物語が終わりました。作者は「あとがき」で、「歴史」と「小説」の違いについて、次のように記しています。

 歴史は客観的と認定された事実の繋がりによって構成されているが、その事実関係の連鎖によって小説家の想像力が封殺され、単に事実関係をなぞるだけになってはならない。かと言って、小説家が脳裏に浮かんだみずからのストーリィのために事実関係を強引に拗じ曲げるような真似はすべきでない。認定された客観的事実と小説家の想像力。このふたつはたがいに補足しあいながら緊張感を持って対峙すべきである。
 こうじぶんに言い聞かせつつ稿を進めていったのだが、資料を読んでいるうちに客観的と認定された事実にも疑義を挟まざるをえないものがあちこちに出て来るようになった。小説家は歴史家のように何が事実かを突き止める能力を有してないし、そういう場にいるわけでもない。こんなとき、百九十年ばかりまえにナポレオン・ボナパルトが看破した箴言が脳裏に突き刺さって来るのだ−歴史とは暗黙の諒解のうえにできあがった嘘の集積である。(660頁)


 巻末の参考文献を見ると、次のように膨大な書名が並んでいます。

  【満州国関係】121点
  【関東軍関係】17点
  【帝国陸海軍関係】73点
  【国内外情勢】135点
  【中国大陸関係】48点
  【図説・資料集・事典類】45点

 すでに自らの余命を察知していた作者船戸与一は、渾身の気力を振り絞って書き進めたと思われます。この9冊から、さまざまな人間の生きざまを堪能することができました。
 2015年4月22日、船戸与一逝去。

 とにかく長大な物語です。本文は単行本で読みました。しかし、文庫本の解説がよくまとまっているので、そこから井家上隆幸氏が要領よくまとめておられる敷島4兄弟の生きざまを引き、読後の整理としておきます。【5】

満州を舞台とする壮大な叙事詩の軸となるのは、かの奇兵隊間諜を祖父とする敷島四兄弟だ。
 関東軍の満州国領有に反対する有能な外務官僚だったが、現実の推移とともに、「国家を創りあげるのは男の最高の浪漫」といったゲーテの箴言にならうように、満州国創設という最高の浪漫と添い寝し、敗戦でソ連軍に囚われて昭和二一年スクの軍事捕虜強制収容所で自殺する長兄・太郎。
 一八歳で日本を棄てて満州に渡り緑林の徒、馬賊の攬把となって柳絮のように風まかせ、何も頼らず何も信ぜず、その日その日をただ生きて、満州から上海へ、はては東南アジアへと流亡しインド入、ビルマ人の反英独立運動に加担したあげく、インパール戦線の"白骨街道"を敗走、赤痢とマラリアで死する次兄・次郎。
 陸士出、関東軍特殊情報将校として満州全域の抗日武装ゲリラ−国民党系の東北抗日義勇軍、揚靖宇率いる共産党系の東北人民革命軍、金日成の朝鮮人民義勇軍など−を追尾し、ときに軍規を犯した"皇軍兵士"を射殺する剛直な帝国軍人として生き、昭和二一年通化の日本人の反中国蜂起に加わって横死する三男・三郎。
 二〇歳にして大杉栄の思想に惹かれ左翼劇団に入るが、義母と関係し、おのれを密告者に仕立て上げた特高刑事を殺して満州からハルビンと流れ、上海東亜同文書院に学んで以後阿片窟、売春宿の主となり、さらに天津の親日派新聞記者、武装移民村の監視役、甘粕正彦の満映脚本班、関東軍参謀部の特殊情報課嘱託と、間垣徳蔵につきまとわれ地獄を彷徨う末弟・四郎。「四人兄弟のうちもっともひ弱に見えた四郎がいまは一番逞しく生きているように思える」と三郎が述懐したように彼は生き延び、三郎があの地獄から救った少年を広島にまで送りとどける。
 祖父が凌辱した武家の妻が身ごもった子を母とし、謀略あってこそ〈生命線〉満州は不滅と暗躍する関東軍特務将校間垣徳蔵は、四兄弟の目であり耳であり、あたかもダンテ『神曲』の地獄・煉獄の案内役ウェルギリウスのごとき存在である。(679〜681頁)

 
 
 

posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 読書雑記

2017年04月27日

「ニューツーリズム地域活性化研究会」に参加して

 大阪観光大学の観光学研究所が主催する「第1回 ニューツーリズム地域活性化研究会」が、明浄3号館2階国際交流サロンで開催されました。初めて参加しました。

 「健康・スポーツツーリズムによる地域活性化を考える ―ニューツーリズムの観光推進―」というテーマで、地域活性化につながる情報を共有することを念頭に実施するものだ、とのことです。
 以下、案内状の文章を引用します。

 観光学研究所では、いろいろなセミナー・シンポジウムを実施してまいりましたが、少し掘り下げて地域活性化につながる情報を共有させていただくことを念頭に実施いたします。

 この研究会は、観光、特にニューツーリズムによる地域活性化やまちづくりの推進に研究や事例を通して貢献することを目的としています。

 1回目として、「健康・スポーツツーリズムによる地域活性化」を取り上げます。泉州地域においても多くの市町がウォーキングやマラソンをはじめいろいろなイベントを開催しております。

 マラソン大会は年間1000を超えており、全国各地で行われています。なぜ、それだけ数が多いのでしょうか。まさに、「ニューツーリズムは競争相手にもなるが共存も出来る」ということになります。同じ志を持った人が集まる可能性が高いニューツーリズムはコミュニティーを形成しやすく、ネットワークも広がりやすいといわれています。健康志向、オリンピックに向けての運動需要の高まりも背景にあると思います。

 今回は、健康・スポーツのイベントの成功事例を旅行会社の視点からお話いただきます。また、九州で外国人誘客に力を発揮している「九州オルレ」の事例も紹介させていただき、マーケットが広がっている事例をお話させていただきます。


 今回は、次の2つの事例報告がありました。

事例1.
「阪南市の事例ー旅行会社を活用した新たな地域の魅力の掘り起こし」
 近畿日本ツーリスト株式会社
  和歌山支店次長 佐々木康敏氏


 移住の勧めを意図しているイベントだったようです。
 ネットで200名、電話FAXが100名の申し込みがあり、60代が多かったとか。みなさん元気です。満足度が高いイベントとなっているようです。食に関しては、参加者から好評だったようです。
 成功事例には学ぶことが多い、という考えでの発表会でした。
 若者の参加率が高くて3割以上だったので、今後とも継続が期待できる、とおっしゃっていました。今後の課題も聞きたいところでした。

事例2.
「九州オルレの成功事例紹介とニューツーリズムの特徴について」
 大阪観光大学教授 辻本千春


 韓国で始まったオルレの日本版(九州)の事例報告でした。オルレとは、地図を片手にリボンや標識を頼りに経巡り歩く旅です。自分のペースで楽しむウォーキングなのです。自然を肌身に感じて、地図を片手にではないウォーキングとして、最近人気があるようです。今後とも、広がるのでしょうか。日本では、何々トレイルとして実施されているものにイメージが近いと思いました。
 初めて話を聞いた者としては、なぜ韓国由来の「オルレ」なのかな、という感想を持ちました。巡礼やお遍路のバリエーションだと思うと、日本の文化と結びついたイベントとしてお色直しをして育ちそうな気がします。

 この後、質疑応答と自由討論が行われました。この意見の交歓も楽しいものでした。
 午後6時から8時まで、たっぷりとお話を伺いました。私にとっては、まさに異文化体験です。新しい学問に、いい刺激を受けています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:09| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月26日

2つのホームページの不具合に関するお詫び

 私が研究成果の一部として公開している科研のホームページ「海外源氏情報」において、現在いくつかの不具合が確認されています。
 特に、オンラインジャーナルとして好評だった『海外平安文学研究ジャーナル』に関しては、やむをえずダウンロードを一時的に停止せざるを得ない事態となっています。楽しみにお待ちいただいていた方々には、この場をお借りしてお詫びいたします。

170427_journal-list.jpg

 その他、いくつか不具合のご教示もいただいています。

 この不具合は、先月の3月30日に『海外平安文学研究ジャーナル インド編2016』と『海外平安文学研究ジャーナルvol.6.0』を公開し、ダウンロードを開始できるようにした直後に発生したものと思われます。このダウンロードの仕掛けに問題があることがわかったのは、公開翌日の3月31日でした。

 昨秋開催した、インドでの「第8回 国際日本文学研究集会」に関する報告書『海外平安文学研究ジャーナル インド編2016』をお待ちいただいていたみなさまには、あらためてお詫びいたします。また、『海外平安文学研究ジャーナルvol.6.0』に寄稿していただいた皆さまにも、心よりお詫びいたします。

 誠心誠意編集した報告書を、どなたにも読んでいただけないままになっていることについては、担当者一同、忸怩たる思いでいます。4年間取り組んで来た科研が終了する直前に、このような不手際が発生したことに対しては、その対処に今も窮しているのが現状です。

 また、同じサーバーを使った「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」にも、エラーが発生しています。

 これらの不具合の原因は、現在調査中です。しかし、原状復帰にはいくつかの困難が伴い、今はその修復を断念せざるをえない状況にあると思っています。

 現在、本年度より採択された科研がスタートする時でもあります。これまでのホームページ「海外源氏情報」は新しい科研のホームページに吸収合併することで、こうした事態を解決したいと、その方策を検討しているところです。そのため、『海外平安文学研究ジャーナル』(オンラインジャーナル)のダウンロードについては、今しばらくお待ちいただきたいと思っています。暫定的に、新しいホームページが公開できるまでの間は、このブログで『海外平安文学研究ジャーナル』(オンラインジャーナル)がダウンロード出来るようにすることも検討中です。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページに関しては、「従来のイオネットからのサイト」を復活させることで、緊急避難としての対処を考えています。

 いずれにしても、5月の連休明けまでには何らかの対処をいたしますので、いま少しの時間をいただきたく、ご寛恕のほどをお願いいたします。とりいそぎ、現状の不具合の報告と、今後の対応についての報告といたします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年04月25日

空を飛ぶ4輪のキャリーバッグ

 バスの中で、大きな4輪のキャリーバッグが飛んでいくところを見ました。

 私の隣に座っておられた観光客の方のキャリーバッグが、突然バスの中ほどから前に向かって動き出し、少し助走してから浮き上がったまま真っ直ぐに宙を飛び、運転席と前の降車ドアにぶつかりました。ちょうど停留所に留まろうとした時でした。その大きなバッグの持ち主は海外からお越しの方で、京都の観光案内図を広げておられたので、バッグを握っていた手が離れたのでしょう。
 幸い、乗客もバッグも車内も、大事には至りませんでした。前に誰かいたらどうなったことかと、怖いことを想像しました。バスの中では、これまでにもこうした場面に出くわしています。

 以前、地下鉄のホームから線路に、キャリーバッグがコロコロと転がって落ちるのも見ました。電車のホームは、線路側に緩く傾いているようです。
 新幹線の中でも、あの狭い通路を巧みに自走するキャリーバッグを見ました。居眠りしておられた持ち主は、他の乗客の方にバッグを渡されるまで、まったく気づいておられませんでした。

 何度か目の前を飛んでいったり、勝手に走って行くキャリーバッグを見ました。しかし、それが大きな事故につながった場面は知りません。しかし、間一髪の危険なシーンは、たくさんあります。

 今回のバスの場合、運転手さんは会社にこのことを報告なさるのでしょうか。
 全国では、キャリーバッグの暴走により、いろいろな事故も起こっているかと思われます。この4輪のキャリーバッグが、手を放すと自走していくことに対する対策なり注意の喚起は、観光立国を目指す日本が抱える問題として、意識してもいいのではないでしょうか。
 すでに、動きがあるに違いありません。しかし、私の生活圏ではその兆候は見られません。

 私は、2輪車のキャリーバッグは長く引きずるので、人混みの中では迷惑になることから使わないようになりました。しかし、4輪のキャリーバッグは、迷惑以上に大きな事故に直結します。4輪の場合、キャスターのロックができる製品は、少し大きめのバッグでないと付いていません。また、付いていても、急ブレーキには対応できていません。
 これから新緑の季節となり、ゴールデンウイークが始まります。何かいい対策はないものでしょうか。

 キャリーバッグに関しては、最近のものでは以下の2つの記事を書いています。
 参考までに、関連情報のメモとして残しておきます。

「キャリーバッグのキャスターが壊れる」(2017年03月11日)

「最適な4輪式キャリーバッグとの出会いと点字ブロックの今後」(2016年10月16日)
 
 
 

posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月24日

京洛逍遥(441)病院大好き人間だと言われています

 京洛では、まだ少し肌寒いと感じる朝夕です。しかし、日中は日々温かくなっています。
 通院のために行った京大病院から、大好きな如意ヶ岳の大文字を見上げました。この「大」の字は、見るたびに違う雰囲気なので、そこここから見て楽しんでいます。

170424_byouinkara.jpg

 先週、皮下腫瘍を摘出する手術を受けました。病理組織の検査結果は、良性の腫瘍であったことがわかりました。また、無事に抜糸も終えました。これで一安心です。
 一週間、病院からは何も連絡がなかったので、特に問題はないだろうと思っていました。胃ガンの時は、人間ドックで検査を受けて直ぐに、告知と至急再検査をとの電話があったからです。
 残る課題は、今年になってから発症した発疹です。これまでは、まったくなかった症状です。今年になってからの異常ということで、思い当たることがあります。昨年末から今月まで、よく精神が壊れなかったものだと感心するほどに、転退職に伴う尋常ではない激務と多忙さの中にいました。精神的に潰れなかったのが不思議なほどに、寝るヒマがありませんでした。冗談ではなく、気が狂わないように、と自分に言い聞かせる日々でした。その影響が、2月を過ぎたあたりから、肌に出だしたようです。睡眠不足と過剰なストレスによるものであることは明らかでした。今から思えば、このひ弱な身体が、よくもこの重圧に耐えたものだと驚いています。この4ヶ月を、生きて乗り切れたことは、私の感覚では奇跡だと思っています。人間の身体の不可思議さを痛感しています。これしきのことでは、人間の身体も心も崩れ落ちないことを知りました。
 4月を挟んでの、激変した環境にも、最近は身体が付いて来るようになりました。薬で対処できるところまで持ち直して来たようです。しばらくは、薬を飲み続けます。
 保険証が新しくなり、少し自制していた病院通いを再開しだしました。歯科と眼科はこれからです。
 今回もそうであるように、私は身体に何か変調を感じると、直ぐに病院へ駆け込みます。病院には、というよりもお医者さんには、明らかに当たり外れがあります。これは、厳然たる事実です。しかし、私は病院の対応が何かおかしいと、直ぐにまた別の病院へ行きます。これが、いつも早めに病気に対処でき、最善の処置をしていただいている秘訣だと思っています。家族から、病院大好き人間だと言われている由縁です。
 もっとも、高齢者の病院通いは何かと社会問題となっている折でもあり、自粛を心がけながらも適材適所に診てもらう、という対応にします。

 帰りがけに、賀茂川右岸から病院越しの大文字を望みました。
 賀茂川畔では、八重桜が今は一番の見ごろです。

170424_daimonji.jpg 
 
 


posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月23日

抽選会で学生が商品開発した発泡酒が当たる幸運

 くじ引きに無縁のはずの私にも、くじに当たることがあったのです。これは春から縁起のいいことです。
 今日の午後は、大阪天王寺のホテルで大阪観光大学と明浄高校の会合がありました。

170423_hotele.jpg

 天王寺駅周辺も、昨日の梅田ほどではないにしても、3年前にできた「あべのハルカス」に象徴されるように、私が知っている街ではありません。おしゃれな街になっています。
 この近くにある高校に生徒として通学し、その後は教員としてこの駅から通勤し、さらには、この駅で乗り換えて大阪明浄女子短期大学(現・大阪観光大学)に通勤していました。今また縁あって、この天王寺駅で乗り降りするようになりました。かえすがえすも、おもしろい縁のあることだと思っています。
 さて、今日の会合では、堅苦しい話が続いた後で、息抜きのイベントとして抽選会がありました。くじ引きなどとは無縁の私は、のんびりとウーロン茶を飲んでいました。ところが、私が持っていたカードに記されていた「226」という番号が連呼されたのです。かつての同僚である学部長から、ありがたく景品を受け取りました。

170423_wine1.jpg

 用意された10本の内の1本です。このお酒は、ベトナムから来ている大阪観光大学の学生たちが、地元の温泉旅館の女将さんから聞いた話が機縁となって開発した発泡酒です。着任早々の4月1日の入学式では、ロビーで販売されていたので一本買いました。

170423_wine2.jpg

 そのお酒を、今日は参会の皆様の前でいただけたのです。久しぶりに大学の教壇に立ち、ごくろうさまという励ましをいただいたと思っています。
 あまりの忙しさで、このお酒の紹介をしていませんでした。
 お酒に添えてあった説明書の文章を引きます。

大阪観光大学・ベトナムチームの学生は、3年生になり百武ゼミに所属。ゼミ活動の一環として泉佐野市観光協会の依頼で犬鳴山納涼カーニバルのお手伝いに行き、体憩場所に使わせてもらった不動口館で河原女将から、「ヨーロッパ旅行中にシャンパンに似たスバークリング Sake を呑みとても印象深かった」とお話を聞き、ベトナムチームの学生達2人(ボーバントウ、グェンティジムフォン)はベトナム人がよく呑むビールやシャンパンのような日本のお酒があれば、絶対に売れると夢を膨らませたのです。そしてベトナムチームの皆んなは、「大学生観光まちづくりコンテスト」で、このお酒を中心とした企画をと考えました。先生も含めお酒の素入ばかり。そこで地元酒蔵に協力を仰ぎ、自分達が考案したスパークリング Sake が商品化できるか、試作品に向け何度も指導を受けました。さらにコンテストに向け天王寺駅近くの公園に何度も集まり夜遅くまで発表する練習を繰り返しました。本選での発表当日試行錯誤が実を結びクリエイティブ賞を受賞。ひとつの出会いと想いが国境を越え、人と人が繋がり、スパークリング Sake 「旅遊」が誕生いたしました。「私たちの夢」が皆さまに届きますことに感謝します!!


 学生たちの取り組みが成果となって結実したのです。
 大学では、いろいろな学生たちが、楽しく勉強をしています。
 若者たちのユニークな発想は、ますます夢の実現に向かって育って行くことでしょう。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月22日

大阪梅田で食事をして

 梅田で食事をしてきました。
 大阪駅周辺は、私が知っている街ではなくなり、大きく変わっています。
 地上はもとより、地下街が延び、若者たちの移動空間となっていました。
 地下通路の花壇は、気分を和らげるように点在しています。

170422_flower.jpg

 食事をしたレストランへ行くエレベータは、私が小さい頃に梅田の阪急百貨店で見かけた、少しレトロな感じでした。東京にもありました。しかし、私にとっては阪急百貨店を連想させるものです。

170422_elevator1.jpg

170422_elevator2.jpg

 エントランスも、すっきりとしていていい雰囲気でした。
 もちろん食事も。

170422_gate.jpg 
 
 
 
posted by genjiito at 22:19| Comment(0) | ブラリと

2017年04月21日

京洛逍遥(440)売茶翁の詩碑と散り初めた桜

 先日、売茶翁の詩碑の前で赤ちゃんの写真を撮りました。
 その売茶翁の詩碑について、このブログではまだ紹介していなかったことに気づきました。

 北大路橋東詰の半木の道の入口に、みごとな紅枝垂れ桜があります。満開のころの紅色から、しだいにピンクになり、これからは白くなって散って行きます。

170421_sakura2.jpg

 その後ろ、京都府立大学グランド側に、「売茶翁没後二百五十年記念碑」(2013年建立)があります。

170421_baisaou.jpg

 売茶翁は江戸時代の僧で、煎茶の中興の祖、本朝煎茶の茶神と呼ばれた人です。
 この碑には、次の漢詩と説明が刻まれています。

(正面)
遊鴨河煮茶
担茶具出蝸舎
択檻泉遊鴨河
鼎裏非人間味
神仙何覓瑶池
 売茶翁高遊外
  黄檗亘令書 [黄檗山主][亘令]

(背面)
売茶翁没後二百五十年記念
 一般社団法人全日本煎茶道連盟寄贈
 売茶翁没後二五〇年記念事業実行委員会
  平成二十五年七月十六日建立


 石碑の左側に、小さな石碑に説明文が刻まれています。
  鴨河に遊び 茶を煮る
茶具(ちゃぐ)を担(にな)い 蝸舎(かしゃ)を出(い)で
檻泉(かんせん)を択(えら)んで 鴨河(かもがわ)に遊(あそ)ぶ
鼎裏(ていり) 人間(じんかん)の味(あじ)に非(あら)ず
神仙(しんせん) 何(なん)ぞ 瑶池(ようち)を覓(もと)めん
    売茶翁高遊外(ばいさおうこうゆうがい)
 
 
 売茶翁高遊外(一六七五〜一七六三)
名は高遊外、人は売茶翁と呼んだ
江戸時代、佐賀県蓮池に生まれ、
十一歳で出家。黄檗宗僧侶から
五十七歳で還俗、京に上る。鴨川
畔など風光明媚なところで往来に
茶を振舞う。翁を慕い池大雅や伊藤
若冲などの文人が集い文化サロン
を形成。お茶を急須で淹れる方式が
評判となり、その後煎茶が全国に
普及した。その精神世界は後に煎茶
道の世界に受け継がれている。


 半木の道の桜も、葉桜になった木々をところどころで見かけます。

170421_sakura3.jpg

170421_sakura4.jpg

 鷺も鴨も、花見気分が抜けたようで、のんびりしています。

170421_sagi.jpg

170421_kamo.jpg

 中洲に堆積していた土砂も、きれいに取り払われました。

170421_nakasu.jpg

 北大路橋越しに見霽かす東山も、これから新緑に衣替えします。
 
 
 

posted by genjiito at 20:36| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月20日

新規科研の開始にあたって5(平成29年度の研究計画)

 新規採択(内定)となった科研A「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」の、平成29年度に実施を予定している研究計画は以下の通りです。

 初年度は、今後4年間の準備と展望の確認を行ないます。最初に手がけるのは、翻訳文献資料の調査収集と各国語訳を日本語に訳し戻すことです。

 まず、海外で刊行された文献資料を再確認することから。これは、これまでの成果としてウエブに公開している『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』と『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』を基本情報として、さらに調査を進めることになるものです。訳し戻しについては、すでに着手済みの『源氏物語』に加えて、『古今和歌集』『伊勢物語』『宇津保物語』『蜻蛉日記』『枕草子』等の諸作品を対象とします。日本人研究者と、翻訳された現地の研究者との双方での共同作業です。

 『十帖源氏』の多言語翻訳については、すでに着手している第1巻「桐壺」と第5巻「若紫」に続き、第12巻「須磨」と第13巻「明石」を開始します。『源氏物語』は54巻あり、これはほんの一部にしかすぎません。しかし、ここで作成される多言語翻訳の成果は、今後の全巻翻訳のための基盤構築となるものです。

 「第1回 国際日本文学研究交流集会」は大阪で開催します。テーマは「海外で翻訳された平安文学の諸相」。これは、これまでの成果を踏まえて、今後の展開を見据えたものです。

 本科研に関わるメンバー内では、年間数回の情報と意見を交換する会合を持ち、研究と成果を討議していきます。その内の1回は、外部の研究者に向けての公開研究会とし、海外からゲストを招いて実施する予定です。

 たとえ思うような成果がまとまらない事態が生じたとしても、ここで構築をめざしている各種情報の総整理に対する視点と、そこから生み出されたデータは生き続けます。これまでに蓄積し、データベースとして公開している成果が、今回の申請課題を下支えしてくれることでしょう。日本古典文学を世界に広め、相互理解を深める上において、貴重な研究情報の公開となり成果となるはずです。

 こうした内容についても、興味と関心をお持ちの方からの連絡をお待ちしています。
 
 
 

posted by genjiito at 21:25| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月19日

新規科研の開始にあたって4(おおよその研究計画とその方法)

 新規採択(内定)となった科研A「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」の、研究計画とその方法をまとめておきます。

 まず、研究目的を達成するための研究計画と方法についてです。

 本課題では、世界各国における日本古典文学に関する実態調査(研究機関・研究者・研究成果・翻訳書等)に基づき、受容と研究の歴史を総合的に整理します。それと共に、『十帖源氏』の多言語翻訳と研究を踏まえて、日本文化の海外における変容を共同研究のテーマとして取り組みます。これらは、インターネットを活用したコラボレーションと、毎年実施する国際日本文学研究交流集会で確認して推進していくことになります。
 具体的には、調査・研究・翻訳・公開に関する活動を通して、情報交換をする中で研究成果を集約していきます。

 本応募課題による調査研究は、次の3群で構成しました。

1.翻訳から見た日本文化の変容
 各国の平安文学に関する翻訳書を整理し、それを日本語に訳し戻して基礎資料とする。
 翻訳を通して、日本文化が変容して伝えられていく諸相と実態を確認する。

2.『十帖源氏』の翻訳と研究
 日本側で作成した平易な現代語訳を活用して各国語で翻訳を進める。
 各国語の翻訳の訳し戻しを基礎資料として共同討議を行なう。

3.共同研究基盤の整備
 ホームページ「海外源氏情報」や電子版『海外平安文学研究ジャーナル』等のメディアを活用して、情報公開と共同研究を推進する。


 この3群を4年間にわたって推進する過程で、海外の研究者との情報交換を密にし、恒常的な人的ネットワークを構築するのです。これは、今後につながる人的な資源の継承であり、ここに集まる情報は貴重な資産になるはずです。
 また、スペインとインドで開催する国際日本文学研究交流集会における講演・シンポジウム・研究発表の成果は、ウェブを通して情報を公開し共有します。
 この計画を着実に実現するために、次の細目を4年間で実施する予定です。

(1)【調査活動】
 研究論文と翻訳書を調査し収集整理
 コラボレーションを通して基礎資料を作成
 海外における受容と研究の諸相をまとめる

(2)【研究活動】
 翻訳における日本文化の変容
  1.海外で翻訳された平安文学を日本語に訳し戻す
   『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』と『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』(平成28年12月刊行予定)で確認済みの、各種言語で翻訳されているものを対象とする
  2.翻訳の訳し戻しから日本文化の各国における移し替えの実態を研究する

(3)【翻訳活動】
 各国語への翻訳を通して日本文学への理解と若手研究者の育成
  1.『十帖源氏』の多言語翻訳は各国の翻訳技術の向上が期待できる
  2.翻訳対象言語:英語・中国語・タイ語・インド諸言語(8言語)・イタリア語・スペイン語等
  (すでに完成させた現代語訳を、各国の研究者・翻訳家の支援のもとに翻訳)

(4)【情報交換】
 研究者ネットワークの形成
  1.研究者間のネットワークを形成するために調査と情報整理
  2.海外での新世代である学生たちとの情報交換

(5)【成果発表】
 研究発表および講演・シンポジウムの開催とウェブ公開
  1.国際日本文学研究交流集会で研究発表の場所と課題を提供し若手を育成
  2.研究情報や成果はホームページを活用して発信し共同研究態勢を構築
  3.研究成果は電子ジャーナル(毎年度発行)で公開発表


 以上の3群5項目を展開することで、昨年度まで取り組んできた「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(科研番号︰25244012)をさらに発展的に拡大した、調査研究及び成果の公開を目指していきます。

 こうした研究テーマに興味と関心をお持ちの方の参加を待ち望んでいます。
 このブログのコメント欄等を通して連絡をいただければ、折り返しお知らせなどをお届けします。
 さまざまな角度からのご意見をいただけることを、前年度までと同様に楽しみにしています。
 
 
 

posted by genjiito at 21:14| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月18日

身体を切り刻んで生きています

 昨年末から、緊張を強いられる日々にずっと身を置いていました。案の定、身体は悲鳴を上げていたのです。なんとか乗り切ったと思う間もなく、身体が軋み出しました。
 昨日は、定期検診でした。
 今日は、ここ数ヶ月の無理がたたったと思われる、がたついた部品の修繕です。

 今日、お医者さんから「切ってしまいましょう」と突然言われ、あれよあれよという間に切除手術をしました。局所麻酔なので、大手術を何度も経験している私にとっては、動ずることはありません。命の心配もなく、大丈夫です。ただ、あまりにも突然で、心の準備もしていなかったので、とにかく無事に終わって安堵しています。何事も、早期の対処に勝るものはありません。
 今回も、「生体試料の保管と将来の研究利用についての同意書」と「手術・検査・特殊療法同意書」に署名しました。こんな私の身体がお役に立つのであれば、との思いから、いろいろな治療で協力するようにしています。

 東京から持ち越して来た疣も、丁寧に診ていただきました。もう少しで治るのではないかとのことです。途中で手放すことになった九段坂病院の先生は、あと一息だったようです。お互いの転出で中断したことが、今から思えば惜しまれます。
 その他にも、いくつかの科を回りました。
 今日も、京大病院で一日を過ごすことになりました。
 極めつけは最後の薬局で、さらに1時間半も待つことになりました。もっとも、臆することなく病院内の一角で、有効な時間を過ごしましたが。
 今日は早朝8時にこの病院に来ました。昨日よりも長い6時間も、この院内にいたことになります。

 帰り道で川端通の散策路は、葉桜の並木となっていました。

170418_kawabata.jpg

 出町橋を臨む桜も葉桜です。

170418_demachi.jpg

 これから京洛は、鮮やかな新緑の季節に入ります。刻々と移りゆくグラデーションの景色が楽しめるようになります。そして、葵祭を迎えるのです。
 
 
 

posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | 健康雑記

2017年04月17日

京大病院での隔月の検診は何も問題なし

 京都大学病院で、隔月に糖尿病の診察を受けています。
 診察前に、待合室で血圧を測ります。意外なことに気づきました。2台ある測定器の数値が大きく違うのです。専門的には、これは誤差の内なのでしょうか。30ほども違うと、これでいいのかな、と思います。
 なお、写真下段の機器は、時間が3分ほど遅れているので、矢印の順番で交互に数値が出ました。

170417_suutshi.jpg

 別の方が、240以上になっていると言って、受け付けに走って行かれました。近くで聞いていた限りでは、人さまざまな反応がありました。一喜一憂しないことだと思うものの、あまりにもいつもと数値が違うと、誰しも不安になるものです。

 さて、今月から担当の先生が変わりました。
 これまでと同様に、丁寧に話を聞いてくださるタイプの先生なので、時間がかかります。私は、100分遅れで診察をしていただくことになりました。
 血糖値は、前回の6.8よりも高くて7.1でした。しかし、その前が7.2だったので、おおむね7.0前後を推移しています。合併症が危ぶまれるギリギリのところです。大きな変化がないので、これまでも、これからも様子見という状況が続いています。

 その他の件では、すべて問題なしということでした。腎臓も肝臓も鉄分も良好です。特に鉄分は、小さい時からずっと貧血を注意されていたので、前回からめでたく安全圏に入ってからも、妻の食事の按配がうまくいっていることになります。感謝しながら、ホッと一安心です。

 唯一の心配事は、2ヶ月前から体重が3キロも減っていることです。年度末の多忙さと、定年退職に伴う残務整理、そして東京を引き揚げるために引っ越しを含めたさまざまなことなどで、いろいろな心労が重なっていることが関係しているようです。2ヶ月後の様子を見て、それでも回復しなければ対処を考えてくださることになりました。

 こうした多忙を極める日々を送った身体のチェックをするために、明日も検査が続きます。いろいろと細かい検査をしていただけることに、非力な身体を鼓舞して生活をする者としては、ありがたいことだと思っています。

 今日も、朝の9時から午後2時まで、病院内で充実した時間を過ごしました。待ち時間にできる、読書や資料確認や文書作成は、誰にもじゃまをされない、実に効率のいい至福の時です。勝手知ったるこの病院内には、私にとっての隠れ家的な空間があります。待ち時間が苦にならないというのは、幸いなことです。
 
 
 

posted by genjiito at 21:31| Comment(0) | 健康雑記

2017年04月16日

京洛逍遥(439)あかちゃんがきました

 生まれて9日目に、あかちゃんが我が家に来ました。

 御所側から乗ったタクシーに植物園前で停まってもらい、半木の道に咲くベニシダレを背景に、初めての外出を祝して記念撮影です。

 賀茂の川沿いは日曜ということもあり、たくさんの人がそぞろ歩きを楽しんでおられます。

170416_sakura.jpg

 そこで、その反対側の京都府立大学のグラウンドに面した、売茶翁の詩碑のところで記念の写真を撮りました。

170416_baby.jpg

 しばらくはかわいい泣き声を聞きながら、にぎやかにゴールデンウィークを迎えることになります。
 
 
 

posted by genjiito at 20:36| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月15日

京洛逍遥(438)半木の道を抜けて北山の喫茶店「たなか」へ

 お昼までの雨が、午後にはすっきりと晴れました。
 賀茂川の花見も、週末ということで多くの方が集まって来られます。
 今日は、東南アジアからの方が多かったようです。三条大橋止まりの観光客も、最近は北上して北山まで足を延ばしておられます。大歓迎です。

 植物園の西側を通る半木の道は、賀茂川に沿って3本あります。その中でも、植物園側に一番近い、細く小暗い道が、人も少なくてお薦めです。

170415_nakaragi.jpg

 この半木の道から賀茂川を見ると、景色を独占した気持ちになります。

170415_sakura.jpg

 この半木の道を抜けた北山大橋の袂に、カフェマイスター「たなか」があります。

170415_tanaka-coffee1.jpg

 このお店から北山通り越しに半木の道を見やると、こんな風景です。

170415_tanaka-coffee2.jpg

 「カフェマイスターたなか」のコーヒーは、少し酸味がありました。我が家ではマイルドな豆を使っているので、かえって新鮮でした。
 白いワイシャツに黒い蝶ネクタイ姿のマスターが、目の前でサイフォンを使ってコーヒーを一杯ずつ淹れてくださいます。
 店の片隅には、たくさんの麻袋に詰められたコーヒー豆が積まれています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月14日

京洛逍遥(437)半木の道の桜と賀茂川の鷺たち

 今朝の賀茂川散歩では、半木の道の桜は八分咲きでした。

170415_nakaragi.jpg

170415_sakura1.jpg

 鳥たちの説明板が新しくなりました。

170415_panel.jpg

 土砂が中洲となって川を堰き止めてきたので、それを取り除く作業が続いています。

170415_kouji.jpg

 そんな中で、鷺や鵜や鴨たちの活動が活発になってきました。
 思いつくままに撮った写真をあげます。

170415_toritati.jpg

170415_sagitou.jpg

170415_kamo1.jpg

170415_kamo2.jpg

 我が家でトントンと言っている飛び石で、犬を連れて渡る方がいらっしゃいました。

170415_tobiishi.jpg

 そろそろ水も温んできたようです。
 さまざまな鳥たちがやってくる季節となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月13日

京都と大阪の花模様から今の想いまで

 早朝の賀茂川散歩は、お花見気分です。

170413_sanpo.jpg

 ソメイヨシノもユキヤナギも、朝から華やかな姿を見せています。

170413_yukiyanagi.jpg

 待ち遠しいベニシダレは、やや焦らし気味に時間稼ぎをしているように見えます。満開は、今週末でしょうか。

170413_somei.jpg

 大阪の南端に位置する大阪観光大学の桜を観るのは、実に20年ぶりです。
 あの頃と同じように、関西空港を背景にして、静かに咲いています。前方奥に、リンクウタウンのタワービルが見えています。

170413_rinkuu1.jpg

170413_rinkuu2.jpg

 研究室がある管理棟は、現在は外壁の補修中です。かつては10階、今は8階にいます。

170413_kanrito.jpg

 研究室からは、関西空港越しに大阪湾へと沈む夕陽がきれいです。息をのむほどの夕景は、またいつか写真に撮って掲載します。今は、ベランダに出るガラス戸一面に防塵フィルムが貼られていて、外の景色が曇って見えるのです。

 コリドールと言われる回廊は、私が好きなシルエットを見せています。

170413_coridor.jpg

 学内の紹介は、また落ち着いたら記します。久しぶりに若者たちに語りかけることとなり、今は毎日がバタンキューの日々となっています。

 日本において、観光立国の重要性が注目される時代となりました。東京五輪に大阪万博、文化庁の京都移転。若者たちは、予想外の願ってもない風向きを感じ出しているようです。さまざまな後押しを好機と自覚して、さらなる一歩を踏み出してほしいと願っています。
 一人一人に、日本の文化資源の世界的な価値とその継承の意義を、丁寧に語りかけていくつもりです。

 私は、これまで所属していた学会のすべてを退会しました。研究者のみなさまとお目にかかる機会は、これからはあまりないかと思います。それでも、どこかでお目にかかることがありましたら、志を同じくしたことのある仲間として、お声掛けいただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月12日

新規科研の開始にあたって3(学術的な特色・独創性・成果・意義)

 今年度から新規採択(内定)となった科研A「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」の、学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義についてまとめておきます。

 この研究課題は、海外における日本文学研究に関して、英語のみならず、各種言語で公表されたものに対応するのが特徴です。そして、外国語訳等を日本語に置き換え、その訳し戻した情報や資料を活用して研究を推進するものです。多言語情報を日本語で一元化し、多角的に考察する環境を提供しようと思います。
 このことにより、外国語という障壁が軽減され、日本語を母語とする研究者が多言語翻訳された環境を共有し、海外の方々と一緒に考える場に参加できるようになるのです。

 基礎情報であるはずの日本文学研究関連の情報の整備が、現状では海外の部分が大きく欠落しています。本課題は、平安文学を中心とする海外の日本文学研究の情報を再構築し、さらに発展させて文化を共有する資源とする意義を持っています。
 また、これまでに構築した情報をデータベース化して公開しているホームページ「海外源氏情報」と、研究成果の発信母体となる電子版『海外平安文学研究ジャーナル』が、さらに発展して広く平安文学を対象として有機的な活用がなされることが期待できます。

 ここでは、新たな気持ちでスタートを切ろうとしている時点での、その意義を確認しておくしだいです。
 (つづく)
 
 
 

posted by genjiito at 23:35| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月11日

京洛逍遥(436)浄土寺のフレンチレストラン「聖宙庵」

 銀閣寺・法然院・真如堂に近い白川通りのバス停「浄土寺」から西に1本入ったところに、「フレンチレストラン「聖宙庵」」があります。
 住宅街の奥まったところにあるので、知らないと行き着けません。

170407_seityu1.jpg

 中はお茶室で、和の雰囲気に包まれています。

170407_seityu2.jpg

170407_seityu3.jpg

 料理はフランス料理というよりも、私には和食に近い感覚でした。
 前菜から新鮮な食材が並び、小食の私にも楽しくすべていただけました。

170407_seityu4.jpg

 石のスピーカーから流れる音楽が、柔らかいボサノバです。ゆったりとした、豊かな時間に浸れます。

 食後、白川通に出ると、昭和22年創業の「ヤマダベーカリー」がありました。

170407_pan1.jpg

 パンはもちろんのこと、私はピロシキが気に入りました。

170407_pan2.jpg

 「聖宙庵」と「ヤマダベーカリー」へ行くには、「フレスコ白川店」が目印です。
 
 
 
posted by genjiito at 21:08| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月10日

新しい命との対面

 孫の様子を見に、病院に立ち寄りました。

 家の玄関の横に咲いている花で、部屋を飾っています。

170410_flower.jpg 

 生まれた日と2日目の姿を写し留めました。
 成長が早いので、表情の変化に驚いています。

170408_akachan.jpg

170409_akachan.jpg
 
 
 
posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月09日

京洛逍遥(435)京都御苑と第43回鴨川茶店の桜

 昨夜生まれた孫娘の様子を見に、御所西へ行きました。
 一晩で目鼻立ちがくっきりとしています。すらりと伸びた指は、まさに白魚のようです。
 清らかな姿を見て安心しました。

 窓からは京都御苑の木々越しに、右に送り火の大文字が、左に比叡山の姿が望めます。

170409_hiei.jpg

 この地には、かつて北大路魯山人などが通った「梅屋尋常小学校」がありました。しかし、平成9年(1997)に御所南小学校と新町小学校に分割統合され、廃校となりました。それを記念して、敷地の一角に碑文が置かれています。

170409_hibun.jpg

「梅屋小学校の碑」
梅屋小学校は明治二年十一月二十一日
上京第二十番組小学校として
小川通竹屋町角の地に創設
明治六年にこの地に移転される
開校以来百二十六年のその歩みは
学区民の物心両面の支えと教育
関係者の努力によって一万有余名の
有為ある卒業生を輩出した
平成七年三月 子どもたちの教育
充実を願い地域の人々の熱意と
支援のもと新しい統合校である
御所南小学校に後を託して伝統ある
輝かしい歴史の幕を閉じた


 帰りに、京都御苑の間ノ町口から入り、左手の椹木口を桜越しに見ました。門の向こうが烏丸通りです。

170410_gosyo1.jpg

 苑内では、御所の南にある建礼門の左手に桜が咲いています。

170410_gosyo2.jpg

 賀茂川に架かる北大路橋から北山大橋にかけて、植物園沿いの半木の道では、昨日と今日の2日間にわたって「第43回鴨川茶店」が催されていました。ただし、お目当ての紅枝垂れ桜は来週が満開のようです。

170410_kamogawa0.jpg

170410_kamogawa1.jpg

170410_kamogawa2.jpg

170410_kamogawa3.jpg

170410_kamogawa4.jpg

 目を南に転じ、北大路橋から下流の出雲路橋越しの出町方面を望むと、ソメイヨシノとユキヤナギが満開です。

170410_kamogawa5.jpg

 琵琶湖から流れ来る疏水通りも満開です。正面に、比叡山が見えます。

170410_sosui1.jpg

 突き当たりが賀茂川の桜並木です。このあたりは花見客も来ないので、ゆったりと花見をしながら散策ができます。

170410_sosui2.jpg

 今年は格別のお花見ができました。
 毎年この頃になると、孫の誕生日には一緒にお花見ができるのです。
 楽しみがまた一つ増えました。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月08日

こんや、おじいちゃんになりました。

 本日、4月8日19時25分に、3,232グラムの元気な女の子が生まれました。
 平成29年度は、たくさんのことが身の回りで動きだしたのです。
 賀茂川の桜も、祝福してくれています。

170408_sakura0.jpg 
 
 
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月07日

新規科研の開始にあたって2(翻訳文献と関係論文の点数と到達目標)

 新規に採択された科研に着手する前に、これまでに「海外源氏情報」(科研HP)で公開している翻訳文献と翻訳関係論文の点数や到達目標をまとめておきます。

 ホームページで公開している翻訳文献は『源氏物語』が290点・平安文学が581点、翻訳関係論文は『源氏物語』を含む平安文学が514点、翻訳以外の関係論文は716点です(2017年4月7日現在)。

 こうした状況を基礎的な情報として、新科研の研究期間である4年間に取り組み解明する目標は、次の3点を考えています。

1. 世界各国で翻訳されている平安文学の総合的調査を実施し、各国の受容史と研究史を整理
(ホームページ「海外源氏情報」で情報の収集と公開)

2. 江戸時代の簡約版『十帖源氏』を多国語翻訳し、日本文化の変容と理解について共同研究
(電子版『海外平安文学研究ジャーナル Vol7』以降で成果を掲載)

3. ホームページや電子ジャーナル等のメディアを活用して、研究者が情報交換をする場所を提供
(上記メディアに加えて、スペインとインドで国際日本文学研究交流集会を開催予定)


 いずれも、海外の研究者と共同研究を進め情報を共有することで、具体的な成果物としての刊行及びウェブ公開に結実させることとなります。そして、これらをまとめる過程で、研究者のネットワークの形成も果たしていきたいと思っています。

 多くの方々が、このコラボレーションに参加されることを心待ちにしています。
 
 
 

posted by genjiito at 18:45| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月06日

新規科研の開始にあたって1(翻訳された『源氏物語』の言語数)

 先月で終了した科研(基盤研究A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」は、平成25年度から28年度までの4年間にわたって取り組んで来たものです。新たに平成29年度から始まる4年間は、『源氏物語』を中心としてきたことから平安文学へと対象を拡げます。テーマは「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」です。
 今月から新課題でスタートするにあたり、これまでの基本的な事項を、あらためて確認しておきます。

 まず、『源氏物語』が何種類の言語で翻訳されているか、ということです。
 現在、私の手元に集まっている情報によると、以下の33種類が確認できています。

【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
アッサム語・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語・英語・エスペラント・オランダ語・オディア語・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャービー語・ヒンディー語・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤーラム語・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語


 このことを踏まえて、海外における平安文学の研究状況の情報を収集し、これまでわかっていることと共に整理をし、分析を加えることになります。

 また、平安文学の多言語翻訳についても、『源氏物語』を参考にしながら取り組んでいきます。

 上記33言語に関連して、以下の言語に関する情報が集まっていないので、この言語について調査を始めたいと思います。
 具体的には、東南アジアだけで見ても、次の言語の『源氏物語』の翻訳がありません。これらの言語の翻訳状況の調査から始めたいと思っています。例えば、『あさきゆめみし』のタイ語訳版は手元にあります。しかし、物語本文の翻訳はまだないのです。
 こうしたことに関して、情報提供や資料の所在などのご協力をお待ちしています。

インドネシア語、カンボジア語、シンガポール語、タイ語、フィリピン語、ブルネイ語、マレーシア語、ミャンマー語、ラオス語

 
 
 
posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月05日

今年度の科研で「海外の平安文学」が採択(内定)となりました

 昨秋、定年退職間際に申請した、平成29年度の科学研究費補助金の審査結果が、幸運にも採択(内定)となりました。
 国文学研究資料館を所属機関とする申請でした。しかし、今月から所属が大阪観光大学に異動となったので、これから転出と転入の手続きをします。

 申請分野は基盤研究(A)なので、個人研究としては大きな種目です。次の「申請課題」で、4年間の調査研究に挑みます。
「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」

 「研究目的」は、以下の通りです。
 本申請課題は、日本で平安時代の文学を研究する者が中心となり、海外の研究者と協力して実現するものである。海外での平安文学における研究情報の総合的な調査を踏まえ、その日本古典文学の受容と研究の歴史を総整理することをめざす。
 また、江戸時代のダイジェスト版『源氏物語』である『十帖源氏』の多国語翻訳をとおして、日本文化が変容して海外に伝えられていく様子と文化理解についての共同研究も展開する。
 こうした活動と成果は、情報交換を目的とするホームページ「海外源氏情報」(http://genjiito.org)と電子版『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN:2188-8035)を媒介として、研究者間の交流の場へと展開していくものに育て上げる。

 先月末まで、がむしゃらに取り組んでいた基盤研究(A)の「海外源氏情報」を、さらに拡大して「海外の平安文学」に展開することとなります。
 海外の『源氏物語』に関する研究課題は、予想をはるかに超える成果が得られました。そのことを踏まえて、これまでに培った情報収集の手法と分析、さらには多言語翻訳にも多角的に取り組むことになります。

 これまで通り、コラボレーションを展開する中で研究を深めていきます。幸い、今月から勤務している大阪観光大学には、観光学部と国際交流学部があります。私が所属することになった国際交流学部のみならず、観光学部共々、学際的な視野のもとで多彩な研究をなさっている先生方と一緒に、今回の申請課題に取り組めるのです。
 これまでは、国文学を中心とした環境にありました。しかし、これからはさらに海外に拓いた多方面からのお力添えが得られます。全世界を見据えた研究環境に身を置くありがたさを、赴任したばかりの大学で、日々実感しているところです。

 みなさまのご理解とご協力を推進力として、さらにギアを一段上げての研究遂行となります。これまでに変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

 科研費研究の道がさらに大きく開けたことを受けて、この研究に協力してくださる方を募っています。ネット社会なので、参加のしかたはいろいろとあるかと思います。
 海外の平安文学、及び多言語翻訳に興味と関心をお持ちの方で、一緒に夢を追いかけようとお思いの方からの連絡を、心よりお待ちしています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:18| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月04日

オイオイ! と思うこと(1)


(1)長々と待っていたバスが、2台連れ立って来たとき。さらには、観光地で同じ行き先のバスが、3台もつながって来ると、乗る気が失せます。

(2)処方箋を持って薬局へ行ったのに、処方されているほしい薬が在庫切れで、翌日取りに行くことになったとき。

(3)ATMで千円札を入れ、おつりが100円玉と10円玉でジャラジャラと出てきたとき。500円玉と50円玉が混じると予想していたのに、あてが外れてがっかり。

(4)業者に荷造りをしてもらって送ったのに、届いたパソコンのモニタ画面のガラスが欠けていたとき。

(5)飛び乗った電車が女性専用車両だったとき。関東は先頭車両、関西は中央あたりの車両に気をつけましょう。終日、女性専用車両の鉄道会社もあります。

 
 
posted by genjiito at 00:45| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月03日

京洛逍遥(434)鞍馬の霊気を浴びて温泉で英気を養う

 昨日は賀茂川散歩の後、出町柳駅から叡山電車鞍馬線で、天然硫黄温泉が湧くくらま温泉に行きました。
 叡電の「きらら」号は、窓側に向いた座席がある電車です。季節毎に窓外の景色の移り変わりが楽しめます。

170402_eiden4.jpg

 ただし、いつもこの電車に乗れるのではないので、次のような姿の普通の電車が来たら、パスするかどうか思案のしどころです。

170402_eiden5.jpg

 昨日は、行きは「きらら」号に、帰りは普通車輌でした。

 終点の鞍馬駅は、2両の列車が入るだけの小さな駅です。

170402_eki0.jpg


 駅前では桃の花と天狗が出迎えてくれました。
 
170402_eki1.jpg
写真

170402_eki-tengu.jpg

 この鞍馬の地は、次のように説明されています。
風水学を元に平安京が築かれ、御所を中心とした四方・四神の内、貴船・鞍馬は北の神「玄武」にあたり、「エネルギーが湧き出る所」=「パワースポット」であると言われています。

 駅前から無料送迎バスで、仁王門よりもさらに奥まったところにある秘湯の湯とされる「くらま温泉 峰麓湯(露天風呂)」に向かいます。ここは、腰痛や糖尿病にいいとのことなので、今の私にはぴったりです。

170402_onsen.jpg

 このくらま温泉には、一昨年の5月に来ていました。
 これまでにこの温泉に来たことは、「京洛逍遥(352)新緑の鞍馬温泉でお山の霊気を浴びる」(2015年05月03日)に記しています。桜や紅葉の季節となる春か秋に来ているのは、見ごろを意識してのようです。鞍馬寺には行っている、夏と冬にもこの温泉に来てみたくなりました。
 
 
 

posted by genjiito at 00:32| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月02日

京洛逍遥(433)半木の道の桜はまだまだ蕾です

 新しい年度を迎え、早朝の散歩を始めました。
 賀茂川に沿う植物園の横を南北に通る半木の道は、毎年みごとな桜並木を楽しめます。
 次の写真の右手正面に、京都五山の送り火で知られる船形が微かに見えます。

170402_kamogawa1.jpg

 賀茂川沿いの桜は、まだ蕾です。

170402_kamogawa2.jpg


 あと二三日で開花するかもしれません。

170402_kamogawa3.jpg


 鴨たちもその日を楽しみにして泳ぎ回っています。

170402_kamo.jpg
 
 
 

posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月01日

大阪観光大学国際交流学部に着任しました

 昨日3月31日は、東京の立川で国文学研究資料館の今西祐一郎館長から、研究部教授を定年退職する辞令をいただきました。
 今日4月1日は、大阪の日根野で大阪観光大学の明野欣一理事長から、国際交流学部特命教授として採用の辞令をいただきました。

 昨年末からの激動の日々を経て、先月は想像を絶する怒涛の時間の流れの中にいました。
 そのことが嘘であったかのように、昨夜は東京から辿り着いた京都の家で、日付が31から1にカシャッと変わりました。

 今朝は、街中で新入社員らしいフレッシュな若者たちに紛れて、私も晴れて初出勤となりました。これからは、京都駅と大阪駅で乗り換えての、片道2時間半の小旅行の日々が始まります。18年間にわたって、奈良や京都から東京へと、4時間半をかけて通っていたので、長時間の移動はさほど苦ではありません。本を読む時間が確保できるので大歓迎です。

 今日は、大阪観光大学の辞令交付式と入学式がありました。会場は泉佐野市立文化会館で、愛称は「エブノ泉の森ホール」と呼ばれているところです。
 入学式の後、ガルーダ・インドネシア航空との調印式があり、関空のお膝元で仕事をすることに実感を強めました。

 その後のアトラクションは、和太鼓、ダンス、吹奏楽と、新入生を楽しませるイベント。さらに、ダンサーの洋平さんがプロデュースした、7人のアイドルグループ「Chu-Z(チューズ)」のパフォーマンスです。これは、学生のみならず、教職員も一緒になって盛り上がりました。
 いい入学式でした。
 来週から始まるオリエンテーションが、実質的な私の仕事始めとなります。

 1999年に、この大学の前身である大阪明浄女子短期大学から、籍を東京の品川にあった国文学研究資料館に移しました。このたび、18年ぶりに古巣に帰ったことになります。
 研究室をはじめ、職員の方々や建物が懐かしく、遠い思い出が一気に蘇ります。玉手箱をひっくり返したような、言葉にし難い感慨に耽っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:32| Comment(1) | ◆国際交流

2017年03月31日

『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました

 科学研究費補助金による「挑戦的萌芽研究」として、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」というテーマで研究に取り組んで来ました。
 当初から研究成果の中心となるように作成を進めていた『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が、私の定年退職の日である今日3月31日に無事に完成しました。とにかく、膨大な手間と時間がかかる作業を伴うものでした。そのため、関係者だけに配布する数十部の限定版となりました。この科研のメンバーや、実験に協力してくださった方及び盲学校の先生にお渡しすることに留まります。この「触読字典」と「例文集」を実際に活用していただき、さらに改訂の手を加えたいと思います。次回は、もう少し作成部数を増やすつもりです。

 中扉は、こんな感じです。

170331_hyousi.jpg

 『変体仮名触読字典』の最初のページは、このようになっいます。
 「安」の上には、点字で「あ」と打ったシールを貼っています。

170331_jiten1.jpg

 その「あ」を触読しているところです。

170331_jiten2.jpg

 『触読例文集』には、各例文の右横に点字で変体仮名の読みを貼り付けています。

170331_reibun1.jpg

 例文を触読する練習をしているところです。
 文字の右横にその読みを示す点字が貼ってあるところが、今回の研究の成果を盛り込めた特徴です。

170331_reibun2.jpg

 奥付もしっかりと付けました。

170331_okuuke.jpg

 とにかく、気の遠くなる作業が、連日展開しました。
 関係者のみなさま、ご苦労さまでした。

170331_sagyou1.jpg

170331_sagyou2.jpg

 この科研は今日で終了します。しかし、このテーマは、今後とも気長に取り組みますので、変わらぬご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。
 なお、本書2冊は、科研運用補助員として本研究活動を支えてきた、関口祐未さんの献身的な労苦の産物です。また、最終段階で点字を補助情報として貼り付ける作業を担当した阿部江美子さん、ご苦労さまでした。さらには、その点字を1文字ずつ打ってくださった渡邊寛子先生にも、あらためてお礼を申し上げます。
 こうして、たくさんの方々の協力により、『変体仮名触読字典』と『触読例文集』ができあがりました。コラボレーションとチームプレイの産物です。これを活用しての成果は、また後日報告いたします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | 視聴覚障害

電子版「海外平安文学研究ジャーナル」を2冊同時に公開

 昨日に続き、オンライン版の電子ジャーナルが完成しましたので、科研のホームページから公開しています。これは、科学研究費補助金による研究である科研A『海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究』の研究成果として、2種類の電子ジャーナルをまとめて公開したものです。

 いずれも、以下のサイトから自由にダウンロードして読んでいただけます。

(1)『海外平安文学研究ジャーナル vol.6.0』(全261頁)

(2)『海外平安文学研究ジャーナル インド編2016』(245頁)


 多彩なテーマが、膨大な成果としてまとまりました。その意義等については、巻頭の拙文「あいさつ」と「はじめに」に書きました。まずは、そこからお読みいただけると、編集の意図がみえてくるかと思います。
 ここでは、それぞれの「目次」を引きます。

(1)「海外平安文学研究ジャーナル 6.0 」(全261頁)

●目次
あいさつ 伊藤 鉄也 p3
[研究論文] 『十帖源氏』の本文と各種版本―和歌の異文と解釈の問題― 清水婦久子 p11
[研究論文] 母語話者・非母語話者によるロシア語訳『十帖源氏』桐壺巻比較考―母語話者による翻訳に見る日本文化の受容― 土田久美子 p29
[研究論文] 「交じらふ」女主人公―ジェンダーコードの視点から読む『とりかへばや物語』― 庄婕淳  p39
[研究の最前線] 「訳し戻し」という「翻訳」  藤井由紀子 p61
[研究の最前線] 英訳『今昔物語集』兵と戦いの世界 淺川槙子 p65
[科研活動報告] 科研活動報告 vol.2 加々良恵子 p93
【付録】各国語訳『源氏物語』「桐壺」「若紫」『十帖源氏』「桐壺」翻訳データ  p103
執筆者一覧 p259
編集後記 p260
研究組織 p261

 --------------------------------------

(2)「海外平安文学研究ジャーナル インド編 2016」(245頁)

●目次
はじめに 伊藤鉄也 p3
ご挨拶 宮本薫 p15
第8回研究集会の趣旨 伊藤鉄也 p16
[基調講演] 「 変体仮名の国際標準化について」 高田智和 p25
[講演] 「 インド8言語訳『源氏物語』の書誌」 伊藤鉄也 p31
[講演]  「 江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」 入口敦志 p40
[講演]「『源氏物語』の英訳について」 須藤圭 p49
[問題提起]
パネルディスカッション
シンポジウム
【資料集】資料集(各国誤訳『十帖源氏』「桐壺」)
執筆者一覧 p243
編集後記 p244
研究組織 p245

 海外における平安文学の研究については、今後とも引き続き取り組んでいきます。変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いいたします。
 
 
 

posted by genjiito at 00:59| Comment(0) | ◆国際交流

2017年03月30日

【再掲】〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中

 本年1月13日に「〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中です」という記事を掲載しました。
 その応募の〆切り日である平成29年3月末日が明日となりましたので、再度のお知らせです。
 過日の記事と重複します。

170113_ikeda




 応募は、一般から、あるいは、学術機関、各種法人、出版社など推薦人から推薦を受けたものとなっています。自薦・他薦を問いません。

 応募作(平成28年4月1日〜平成29年3月末日刊行奥付および発表分)の中から、〈池田亀鑑賞選考委員会〉により選ばれます。

 応募にあたっては、刊行物および掲載誌を2部、下記の〈池田亀鑑賞事務局〉に送付してください。
 また、【タイトル・氏名・住所・電話番号・メールアドレス・所属】を明記の上、【要旨(800字〜2000字程度)】も添えてください。


平成29年3月末日 必着

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053


 これまでの受賞作は、以下の通りです。
 弛まぬ努力が結実した成果に対して贈られました。

 平成24年度 第1回受賞作 杉田 昌彦氏『宣長の源氏学』(新典社)
 平成25年度 第2回受賞作 岡嶌 偉久子氏『林逸抄』(おうふう)
 平成26年度 第3回受賞作 須藤 圭氏『狭衣物語』(新典社)
 平成27年度 第4回受賞作 滝川 幸司氏『菅原道真論』(塙書房)
 平成28年度 第5回受賞作 畠山 大二郎氏『平安朝の文学と装束』(新典社)

 この〈池田亀鑑賞〉の趣旨は次の通りです。


「池田亀鑑賞」は、文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 選定にあたっては、「前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。」となっています。
 つまり、「研究論文や資料整理及び資料紹介」が対象であることが、この池田亀鑑賞の特色です。

 選考は、以下の6人の委員があたります。


伊井春樹(会長)
伊藤鉄也(委員長)
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二


 選考委員の一人として、池田亀鑑賞のホームページに私は次のコメントを寄せています。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。
そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。
池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。
達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。


 コツコツと研究を続けて歩んで来られた成果が、今回も応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。
 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。
 積極的な応募を検討してください。

「池田亀鑑賞のホームページ」もご覧ください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:00| Comment(0) | 池田亀鑑

2017年03月29日

電子版「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル2」を公開中

 科研で取り組んでいる「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」のホームページから、「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル」(ISSN:2189−597X)の第2号を公開しています。

170330_syokudoku-menu.jpg

170330_jounal2.jpg

 オンラインジャーナルなので、ご自由にダウンロードしていただき、ご教示や情報提供をしていただけると幸いです。

 この電子ジャーナルは、昨年度から取り組んでいる科学研究費補助金による研究成果を、ウェブ上に公開しているものです。本年度が最終年度となり、この第2号でひとまず完結となります。
 その研究テーマと趣旨については、「まえがき」に記した通りなので、それを引用します。


 科学研究費補助金の研究分野において、「挑戦的萌芽研究」に応募して採択された本テーマ「古写本『源氏物語』の触読研究」は、平成29年3月でひとまず終了となります。
 2年という短かい期間での研究にもかかわらず、多彩な成果が得られました。その一端は、本ジャーナル2冊をご覧になれば明らかでしょう。また、2年間の活動の全容は、ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に、あますところなく報告しています。まさに、情報を共有しながら、コラボレーションという手法で共同研究を展開したことになります。
 ここに至までの経緯は、本誌に「古写本の触読研究に着手した経緯(1)−科研採択まで−」として拙文を掲載しましたので、ご笑覧いただければ幸いです。
 本科研のテーマは、これから一年をかけて情報や成果を整理した後、新たな外部資金の申請などを検討して再開する予定です。また、貴重な情報満載のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」と「古写本『源氏物語』の触読研究ジャーナル」は、平成29年度からNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に運用を移管します。場所を変えて、さらなる展開を図ろうと思っているところです。
 研究分担者と研究協力者のみなさまには、研究会などの機会を通して、さまざまなご教示をいただきました。あらためてお礼を申し上げます。
 また、さまざまな資料や情報の整理を担当してもらった科研運用補助員の関口祐未さんの奮闘も、大きな力となりました。ここに特記しておきます。
 本テーマに関しては、また機会をあらためて再開することになると思います。
 変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

平成29年3月31日

日本学術振興会科学研究費補助金
2015~2016年度「挑戦的萌芽研究」
課題番号:15K13257
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」
研究代表者
大学共同利用機関法人人間文化研究機構
国立大学法人総合研究大学院大学
国文学研究資料館 伊藤鉄也


 全278頁という、ボリューム豊かな本号の目次は、以下の通りです。


はじめに 伊藤鉄也
原稿執筆要綱

【研究論文】
薫物文化の実相に照らした『源氏物語』の薫物の特徴
  −古典籍の触読時における参考として−(1)「えひの香」及び「えひの香の香」について
    田中圭子 11
足柄山にひびく笙の音
  −「指」・「耳」・「変体仮名」から考える群書類従本『時秋物語』の世界−
    淺川槙子 35

【実践報告】
『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
  −弱視生徒の目をかりて−
    渡邊寛子 79

【研究の最前線】
国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の仮名字体記述
  −ISO/IEC 10646 提案文字による翻字シミュレーション−
    高田智和 91
文字の歴史と凸字・点字の意義
  −そして、<見えない人>による挑戦−
    岸博実 103
厚紙凸字と『立体<ひらがな>字典』作成の試み
    関口祐未 109

【触読研究ジャーナルに寄せて】
触読研究ジャーナルに寄せて 中野真樹 215
「古写本『源氏物語』の触読研究」の活動についての感想 大橋由昌 218
これまでの取り組みにみる「触読研究」の意味と、今後の展望 中村真規 223
古写本触読研究ジャーナルに寄せて 冨田晋作 232
古写本『源氏物語』の触読研究と月刊『視覚障害』 星野敏康 235

【研究活動報告】
古写本の触読研究に着手した経緯(1)−科研採択まで− 伊藤鉄也 243
2016年度「古写本『源氏物語』の触読研究会」活動報告 関口祐未 255

【資料】
明治三十三年八月文部省令第十四号 小学校令施行規則中教授用新定字音仮名遣いに関する規定 271

執筆者一覧 274
編集後記 276
研究組織 278


 「研究論文」「実践報告」「研究の最前線」などでは、鋭い切り口による非常に興味深いものが並んでいます。これが少し重たいとお思いの方は、ぜひとも「触読研究ジャーナルに寄せて」という5本の寄稿文をお読みください。本科研で取り組んでいるテーマの本質が、賛否両論にわたって語られています。特に、批判的なご教示には、本テーマが抱え持つ本質的な問題が横たわっています。今後の展開において、貴重なご意見として受け止め、さらなる挑戦に資するものにしたいと思っています。
 最後に、この科研のテーマに関わってくださったみなさまに、この場を借りてお礼申し上げます。
 一年の充電期間を経て、また新たなスタートを切りたいと思っているところです。これまでと変わらぬご理解とご支援をいただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年03月28日

お世話になっているワックジャパンが「関西インバウンド大賞」を受賞

 昨年まで、京都で『源氏物語』を読む会場としてお世話になっていたワックジャパンが、この度「関西インバウンド大賞」を受賞しました。この賞は、優れたアイデアや事業モデルで訪日外国人を受け入れている、関西の企業や団体を評価するものです。その「第1回はなやかKANSAI魅力アップアワード」で、ワックジャパンが高い評価で認められたのです。ワックジャパンは、すでに20年にもわたって日本の文化体験で顕著な功績をあげているのです。
 詳細は、次の記事をご覧ください。

http://www.kansai.meti.go.jp/3-1toukou/28koubo/28_toukou_award_result.html

 また、京都新聞の今日(平成29年3月28日(火))の朝刊でも取り上げています。

 先月、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉から発行した《ニューズレター 第3・4号 合併号》では、京都での活動報告として次の記事を掲載しました。


     

京都で『源氏物語』を読む会


 京都御所の南にある京町屋の「ワックジャパン」で、『十帖源氏』を世界中の言語(33種類)に翻訳するための、わかりやすい現代語訳を作成する検討会を進めています。

140719_wakjapan.jpg

 第1回目は、本法人を設立してすぐの、平成25年4月6日(土)。立命館大学大学院生の川内有子さんがリーダーでした。その後、7月13日からハーバード大学蔵『源氏物語』「蜻蛉」巻を、写本の文字に注意しながら、字母を一々確認して翻字をしていく学習会も、新たにスタートしました。変体仮名が読めるようになることを目的とする勉強会です。

 共に毎回、『源氏物語』にゆかりのある和菓子をいただきながらの、楽しい学習会でした。秋岡さんからの四季折々の差し入れに感謝しています。

140719_wagasi1.jpg

 これまでに、『十帖源氏』の「須磨」巻と「明石」巻の現代語訳を終えました。ハーバード大学本「蜻蛉」巻は途中まで進んでいました。しかし、主宰者の伊藤が定年まで後1年となり、東京での用務を済ませて引き上げる準備に入ったこともあり、無理はせずに一年ほど休むことになりました。誠に勝手ながら、ワックジャパンで源氏を読む会は平成29年3月までお休みです。
 平成29年4月以降に、装いも新たに再開となります。どのようにして活動するかについては、その運営方針も含めて、関係者とさまざまな形態を検討中です。どうぞお楽しみに。


 今年の4月から、「ワックで源氏を読む会」を再開するつもりです。ただし、その予定はまだ決まっていません。これから、あらためて考えます。そんな矢先の、「関西インバウンド大賞」の受賞という朗報だったのです。
 社長の小川美知さん、おめでとうございます。
 ますますのご活躍をお祈りしています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年03月27日

突然姿を消してしまった一本のネジ

 引っ越しで、手作りの椅子を解体していた時のことです。
 娘が使っていたものを、足継ぎに作り替えた愛着のある椅子です。これは処分せずに、京都でも使い続けるつもりです。
 組み立てに、六角レンチが必要なネジを使っていたので、ねじ回しの先端を取り替えて使う、ちょうどいい大きさの六角形のビットを用意しました。
 その前に別の解体があったので、先端をプラスのネジに取り替え、同時進行で解体をしていました。
 別の作業が終わってから、六角ねじに合う3センチほどの長さのビットを探したところ、身の回りのどこにも見あたりません。
 右膝横に一時的に置いて作業をしていたので、探す範囲は限られています。それなのに、いくら探しても見あたりません。やることがいっぱいあるのに、こんな事で無駄な時間を費やすわけにはいきません。
 工具類を入れ終えたダンボール箱を探し出し、ガムテープを剥がし、何か代わりになるものがないかと掻き回したところ、アップルの製品によく使われる星形のねじ回しを見つけました。この星の尖りが六角レンチと一致するものがありました。なんでもかんでも、私は後生大事に持っています。それが、今回は、いや今回も幸いしました。
 ほとんどの整理をすべて終えても、やはりあの六角形のビットは見つかりません。畳の隙間も、部屋の隅にもないのです。荷物のなくなったがらんとした部屋のどこかで、じっと息を潜めて、私が退去していくのを見ているのでしょうか。
 何とも不思議な出来事に心をかき乱されながら、丁寧にドアを閉めて部屋を出ました。
 
 
 

posted by genjiito at 20:02| Comment(0) | 身辺雑記

2017年03月26日

『陰翳礼讃』の日々を送って思うこと

 東京の宿舎の管理人さんに部屋に来ていただき、官舎を退去するにあたっての現状確認をしていただきました。入居時の状態に戻して部屋を退去することになっているので、保管してあった器物で復旧しました。
 各部屋に個人的に取り付けた照明器具は外して、最初に付けられていた裸電球に付け替えました。天井からぶら下がるコードに差し替え、その先に電球をねじ込み、口金のところにあるつまみを捻ると点く、あれです。

170326_lamp.jpg

 40ワットの裸電球は、旧懐の情を催します。しかし、薄暗い部屋になるので、物をじっと見つめるようになります。子供のころは、30ワットや40ワットの裸電球でした。今から思うと、よくもあんなに暗い明かりで生活をしていたものだと、あらためて文明の進歩を実感しました。特に今、照明をLEDに変えると、眩しいくらいに明るい部屋になります。明るさに慣れてしまうのでしょうか。
 人間の感度は、上がったのでしょうか、それとも下がったのでしょうか。
 それにしても、この40ワットの裸電球の生活も、数日が過ぎると目が慣れてくるから不思議なものです。薄暗い部屋の隅にあったゴミが、なんと見えたりするのです。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出しました。
 瞬間湯沸かし器も撤去し、トイレも蓋だけのシンプルなものにしました。さすがに、汲み取り式に戻すことはありません。
 生活の原点に返った新鮮な気持ちで、外界と遮断された日々を送って来ました。
 食べ物に関しては、昨日書いたように、近くにコンビニエンスストアが3軒もあることのありがたさを痛感しました。火が使えない、電子レンジが使えない等、煮炊きや温めができません。そんな環境の中に身を置くと、コンビニは実に重宝します。高齢者にとってありがたい存在であることも、今回あらためてわかりました。短期間とはいえ、こうした不便な生活をする中で、このコンビニの役割を考え直しました。コンビニには、災害時のみならず、日常生活を支援する可能性が、もっと考えられるように思いました。
 見方を変えると、物を持たない身軽な生活が透けて見え出したのです。私のように、ことさらに物を溜め込む生活パターンの者にとって、これは新たな生き方が拓けてきました。身近にコンビニがあれば、生活の簡素化と共に多様さが生まれます。
 すでにこうした論議は、ネットやテレビに流れていたように思います。しかし、自分自身がそのことを身をもって体感すると、こうしたシンプルな生活の実践に注意が向きます。
 4月からの私の新しい生活に、さらに新しいものの見方が加わりました。社会の仕組みと文化が発展する中で、自分の居場所をもう一度確認してみる必要がありそうです。そして、シンプル イズ ベストという生き方を、意識して日々を送ってみようと思うようになりました。
 
 
 

posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | 回想追憶

2017年03月25日

江戸漫歩(156)深川さくらまつりの初日に魚三酒場へ

 東京の宿舎では、引っ越しの荷出しをいまだにやっています。
 いつまでやっているのか、と言われそうです。書籍については発送と処分を、先月に終えました。しかし、それ以外の生活用品がまだすべてを終えていなかったのです。物を捨てられない性分の私には、いやー、引っ越しは大変な大仕事です。行き先のあるものはいいとして、捨てることになった物を見送るたびに、どっと気疲れに襲われる毎日です。

 今日は、段ボール箱を数十個送り出しました。明日も、それくらい搬出することになりそうです。何と2ヶ月にわたり、いつ終わるとも知れない引っ越しに振り回されています。

170325_nidashi.jpg

 そんな中で、今日25日から4月9日まで、恒例の「お江戸深川さくらまつり」が始まりました。

170325_poster.jpg

 お祭りが大好きな私は、荷造りの合間に様子を見に行きました。
 まだ桜は小さな蕾の状態です。それでも、黒船橋乗船場には船が集まっていました。

170325_kurofune1.jpg

 その入口には、遊覧バスがお客さんを拾っていました。

170325_bus.jpg

 隣の石島橋では、出店の屋台が賑やかです。

170325_yatai.jpg

 この門前仲町一帯には、コンビニエンスストアが多いのです。黒船橋の手前には3つのお店、ローソン、セブンイレブン、ファミリーマートが並んでいます。非常に住みやすい地域です。

170325_combini.jpg

 ガスコンロも冷蔵庫も電子レンジもなくなったために、外食となりました。
 それでは、ということで、私が一番気に入っている居酒屋です。
 いつも行列が絶えない「魚三酒場」は、新鮮な食材が食べられる、場末の飲み屋さんの雰囲気です。しかし、若者も多いので活気があります。宿舎の前には東京海洋大学があるので、留学生も多く見かけます。

 このお店は、上京した折々に、立ち寄りたくなるはずです。私が東京でお薦めのお店は、この「魚三酒場」と新宿の「岐阜屋」です。気軽に行ける店なので、ぜひ一度どうぞ。ただし、お店は少し汚いので、気取ったお店がお好きな方には向きませんので悪しからず。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月24日

江戸漫歩(155)これまでのご厚誼に感謝して巡礼中

 昨年6月中旬から、九段坂病院で足の疣を診てもらっています。これが、なかなか治りません。すでに9ヶ月。それも、当初よりも酷くなっています。そして後一週間で東京を離れます。治療を担当してくださっている先生も、別の病院に転院なさるようです。お互いが、この病院を離れることになったのです。

 今後のことについては、京都の街中で一般的な医院で診てもらってほしい、とのことでした。病名は「尋常性疣贅」でウイルス性だと伝えればいいそうです。誰が診ても同じだとおっしゃいました。

 それでは、なぜ毎週毎週通院して9ヶ月もかかり、しかも治るどころか悪くなっているのでしょうか。今日も、液体窒素だけでなく、化膿している箇所の処置もしてもらいました。このところずっと、痛くて歩きにくくて困っています。
 いただいた「ヨクイニン」という漢方薬は、私にはまったく効きませんでした。効果がないので、先週から飲まなくていいようになりました。
 化膿が酷くなったので、先週からは「ゲンタシン」という細菌の感染を防ぐ塗り薬を塗っています。
 来月から、京都のどこかの病院で診てもらうことにします。

 右足が歩くたびに痛み、それに加えて左足は、昨年7月の骨折以来いまだに熱をもつことがあります。両足を庇っていると、無理な姿勢で歩くからでしょうか、腰が痛くなります。いろいろと身体のパーツパーツが連動しているようです。

 九段坂病院のすぐ前に千代田区立図書館があります。
 千代田図書館の河合さんと幸田さんには、これまでにいろいろとお世話になってきました。その感謝の気持ちとお別れを伝えるために、病院での治療を終えたその足で行きました。
 会議で非常にお忙しい中を、2人とも中座して出てきてくださいました。
 日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座を持てたのは、このお2人の尽力があってのことです。中断したままの古書目録の調査も、これからは東京に出て来た時に機会を見つけて、一点でも一冊でも確認を続けたいと思います。いつ終わるとも知れぬ、気の遠くなる調査です。まだ、引き継ぐ人は見つかっていません。

 屋上のレストランで食事をしました。
 皇居のお堀を見おろすと、国会議事堂や東京タワーが見えました。

170323_koukyo.jpg

 今日は国会内で、ちょうど証人喚問をしている時です。マスコミは、今は人目を引くおもしろいネタがないせいか、このことで大騒ぎをしているようです。しかし、国会はもっと大事なことを話し合う場であるはずなのに、と思いながら、しばらく皇居の景色を眺めていました。

 神田神保町の出版社へも、ご挨拶を兼ねて顔を出してきました。

 途中で、高田郁の「みおつくし料理帖」に出てきた、澪ちゃんがお祈りを捧げていた俎板橋を通りました。今日は大学の卒業式があるらしく、晴れ着姿の女性を多くみかけました。次の写真の右端にも写っています。

170323_manaitabashi.jpg

 帰りがけに、地下鉄神保町駅の近くで、焼き鳥屋の「光げんじ」という店を見かけました。このあたりに詳しい方は、よくご存知かと思います。初めて見たので、看板を写しておきました。

170323_yakitoriG.jpg

 こうして、行く先々でお世話になった方々にお目にかかり、いろいろな話ができるのは、本当に幸せなことだと思います。自分で足を向けての訪問は、私なりの巡礼だと思っています。口に出すと照れくさいので、お目にかかるだけで感謝の気持ちを伝えたことにしているのです。西国三十三所の巡礼よろしく、お目にかかった方から印をいただけば、私が好きなスタンプラリーとなります。しかし、今回はそうした遊び心はなく、ただ無心に一人でも多くの方に会い、これまでの感謝の気持ちを自分なりに確認して歩いているのです。

 みなさまとの、いい出会い、充実した仕事、楽しい語らいができたことに、心より感謝しています。いい18年でした。
 これからは東京に出てきた時に、またお目にかかる機会を作りましょう。
 折々に気にかけていただき、ありがとうございました。
 
 
 

posted by genjiito at 07:25| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月23日

東京電力だけ引っ越しに伴う解約ができません

 東京を引き払うために、いろいろな契約を解除しています。
 郵便、電話、インターネット、水道、ガスは、何の問題もなくクリアしました。
 しかし、東京電力だけは、延々と時間との格闘の末、今の私の力量では不可能であることがわかりました。
 今日はギブアップします。
 書くと、今日の数時間の孤軍奮闘が長文となります。
 そんな余裕がないので、書くのは控えておきましょう。
 スーっと解約できた方にとっては、何をそんなに時間と手間をかけて遊んでいるのか、と思われることでしょう。
 それが、一度嵌まると、この伏魔殿への道はまったく開けません。
 解約をするだけのために、ネットの会員になれというので、仕方なく面倒な手続きをしてなりました。
 しかし、それも登録情報が一致しないとのことで、無情にも弾かれます。
 この解約という一時を果たすためだけに会員になったようなのに、中に入れてもらえないのです。
 電話はもちろんのこと、ネットでもコミュニケーションがとれないのです。
 電話は、午後6時を過ぎると非常電話に切り替わり、恐ろしいことになります。
 スマホを再起動させないことには、電話は切れません。
 東京電力は、原発事故の対応でもわかるように、国民から遠い、ハードルが高い会社のようです。
 おそらく、できる時には、あっけなく簡単に解約できるのでしょう。
 さて、明日の再挑戦はどうなるのでしょうか。
 まさかの場合には、日比谷図書文化館の近くにある東京電力の本社へ行けば、解約できるのでしょうか。
 やることは山ほどあるのに、この東京電力の解約作業にとてつもないエネルギーが吸い取られています。
 日頃は気づかないことなのに、こんな時に限って見たくもない姿に出くわし、いやな思いをさせられています。
 東京電力さん、勘弁してくださいよ。
 
 
 

posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年03月22日

全盲のOさんが大学院で古写本『源氏物語』の研究を続けます

 今月で終了する科研「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)で、この2年間にわたって一緒に果敢に触読に挑戦していた共立女子大学のOさんが、めでたく立教大学大学院に合格し、来月から博士前期課程で研究を深めることになりました。
 先週末に開催された、百星の会の『点字百人一首』の集まりで会った時、Oさんからこの朗報を聴きました。一緒に高田馬場の駅まで送りながら、今後のことなどを楽しく話しました。
 嬉しい知らせは、一人でも多くの方々と喜びを共にしたいものです。

 全盲であっても、変体仮名を自在に触読しているOさんです。大学院では、『源氏物語』の研究に取り組むとのことです。私も、学外からではあっても、これまで通りにいろいろと支援していくつもりです。

 以下、本人から届いた、古写本『源氏物語』の触読研究会のみなさまへの報告と決意を認めた文章を紹介します。
 力強い決意表明となっています。古写本の触読で日々研鑽を積んで来たOさんのことです。ますますの活躍が楽しみです。


4月からの進路につきまして、ご報告させていただきます。

立教大学文学研究科 日本文学専攻に進学する運びとなりました。
「竹取物語絵巻」の研究はできませんが、これまでよりも専門的に古典文学を研究してまいります。
けして平坦な道ではございませんが、変体仮名の触読という新たな手法を手に、より一層研究に励みます。

私のように全盲で、古典文学を研究している学生を知りません。先行研究の読み込みや、変体仮名の触読が壁となっているのでしょう。これらは、目が見えなければ不可能だと考えられてきたと思います。私もこの二つが原因で、ある大学の文学部から受け入れを断られた事があります。

しかし、変体仮名の触読に関しては、共立女子大学の先生方のご配慮により、克服する事ができました。変体仮名を立体化して、それを触読するという方法があったのです。
簡単に変体仮名が読めるようにはなりませんでしたが、あきらめずに練習した事で、読めるようになりました。

この事で、私の学問は豊かになりました。何しろ、目が見えていても読めない文字が読めるようになったのです。
変体仮名が読めるようになった事で、一次資料作りに従事できました。卒業論文では、翻刻や解題資料のない、共立女子大学図書館に所蔵されている「竹取物語絵巻」の詞書の翻刻と絵の分析を行う事ができました。
努力の甲斐あって、学部の優秀卒業論文集に掲載していただける事になりました。

目が見えない事で、努力してもどうにもならない事があります。紙の資料と一晩寝ずに向き合ったところで、その資料が読めるようにならないといったように、晴眼の人と同じような努力では、成果が実らない事もあるでしょう。
しかし、変体仮名の触読のように、努力が確実に実る事もあります。
私は努力して何とかなる事であれば、精いっぱい努力すべきだと考えています。途中で投げ出す事なくやりぬく事こそ、最も重要なのです。この事を、大学の4年間で学んだ気がいたします。いつも応援してくださる先生方や助手の方々に応えたかった、という気持ちも強かったとは思いますが、自分のための努力こそが、生涯にわたって自分を支えとなるのです。

そこで私は、大学院に進学し、自分の研究をさらに発展させたいと考えました。目の見えない人が誰も挑戦した事のない分野だからこそ、やりがいがあります。
そして、次の世代の若者たちに、見えなくても古典文学の研究ができる事を伝えていきたいと思っています。そのために、修士論文の執筆と言う責務を果たします。

来年度も楽しみながら、新しい事にどんどん挑戦していきたいと思っております。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

 
 
 

posted by genjiito at 00:14| Comment(1) | 視聴覚障害

2017年03月21日

江戸漫歩(154)昨日の鳥の写真から「帰雁」を想う

 伊井春樹先生から、いい写真を見せてもらったという感謝のメールをいただき、恐縮しています。
 昨日のブログの後半に掲示した、中央大橋の上空を隊列をなして飛ぶ鳥の写真のことです。

 私が持ち歩いているカメラはコンパクト版なので、拡大するとぼやけてしまいます。この鳥が何なのか、私にはよくわかりません。しかし、先生がおっしゃるように雁だと思うことで、イメージが膨らみます。
 鳥の専門家の方々には、どのように見えるのでしょうか。
 それはともかく、「帰る雁」として結構楽しんでいます。

 先生は、「帰雁」は大阪では見かけないのものの、東京では数回目にしたことがあって懐かしい、とおっしゃっています。この官舎にお住まいだった頃に、越中島公園でご覧になったことがあったのでしょうか。
 この写真が、先生のご記憶を刺激したようです。

 また、「帰る雁」は確かに和歌にもよく出てくるし、森鴎外の「雁」、水上勉の「雁の寺」等々、文学との縁も深いものです。

 隅田川に雁という取り合わせが、この季節ならではの、春先に北に帰る姿だとは。
 そんなこととはつゆ知らず、絵になるなーっと思って、無意識にシャッターを切ったのです。
 そういえば聞いたことがあるな、という程度の歌心のない貧弱な感性しか持ち合わせていないので、それではと早速調べてみました。
 和歌や物語や俳句に無数に歌われています。
 一部を引きます。


春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる 伊勢

朝ぼらけの空に、雁連れて渡る。主人の君、
(光源氏)故郷をいづれの春か行きて見むうらやましきは帰る雁がね 源氏物語「須磨」

いくかすみいく野の末は白雲のたなびくそらに帰る雁がね 定家

なきつれてかへる雁がねきこゆなりわが古さとの花も咲くらむ 一葉

去年今年大きうなりて帰る雁 漱石

それが一つには帰雁とあり 芥川竜之介「俊寛」


 ということで、昨日は連写で撮影していたので、その写真の前後のものも掲載します。
 
170320_kari1.jpg

170320_kari2.jpg

170320_kari3.jpg

170320_kari4.jpg
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月20日

江戸漫歩(153)越中島の花壇と公園

 温かくなって来ました。
 宿舎にお住まいの方々から都合7枚の花壇をお借りして、季節季節に色とりどりの花々を植えて楽しんで来ました。今年もこれからという時なのに、あと2週間で退居です。ベランダで育てていた花の土は、花壇に返しました。我が家の花々は、上の階の花好きな方が引き継いで育ててくださいます。

170320_kadan1.jpg

170320_kadan2.jpg

170320_kadan3.jpg

170320_kadan4.jpg

 引っ越しの忙しさにかまけて、隅田川の散策を忘れていました。
 公園の入口に彼岸桜が咲いているだけで、越中島公園の大島桜は固い蕾でした。

170320_sakura.jpg

170320_ikari.jpg

170320_map.jpg

 永代橋は補修が終わり、みごとなアーチを見せています。

170320_eitaibashi.jpg

 中央大橋の上空を鳥たちが隊列をなして、今日も都議会で問題となっていた豊洲に向かって飛んで行きます。

170320_tori.jpg

 いつかいつかと思いながら、見学をしないままに終わりそうな明治丸が、宿舎の前に停泊しています。今週末しか機会がないので、これはまたの楽しみとなります。

170320_meijimaru.jpg

 この宿舎に9年いました。充実した、稔り多い日々を過ごすことができました。
 この宿舎に伊井春樹先生が10年間お住まいだったことは、「江戸漫歩(19)妙栄稲荷大善神」(2010年04月02日)に書いた通りです。
 縁というものを感じながら、今日も書類を整理する1日となりました。
 
 
 

posted by genjiito at 20:30| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月19日

点字付百人一首〜百星の会で見た八つ橋型の新開発カルタ

 京橋であったNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせを正午に終えるとすぐに、高田馬場へと急ぎました。1時から開催される、百星の会の『点字百人一首』の集まりに参加するためです。

 高田馬場の駅から、会場となっている新宿区社会福祉協議会へは、お好み焼き屋さんの前にある道案内が目印です。

170318_magarikado.jpg

 先月の集まりの折には、施設の周りは工事中でした。「「点字付百人一首」の全国大会ができないか」(2017年02月25日)
 それも、すっかりときれいになっていました。

170318_kouji.jpg

 今日は初心者のために、一字決まりの札「むすめふさほせ」の7枚について、お世話をしてくださっている北村さんから、札の取り方に関する説明がありました。
 それに続いてその歌の解説が、りおさんからありました。りおさんの説明は、わかりやすいので、みなさん聞き入っておられました。質問も飛び出したりするので、非常に和やかに進んでいきます。
 その次には、2字決まりの札である「うつしもゆ」の10枚についての説明がありました。さらには、「押さえ手」「突き手」「払い手」という、カルタの取り方の具体的な指導もありました。次第に、実践モードでのテクニックが伝授されていきます。

 しばらくは練習時間です。みなさん、自分の力に応じたカルタで、練習を繰り返しておられます。

170318_rensyuu.jpg

 サポートとしておいでの方が、目隠しをして一緒に加わっておられました。
 不織布のマスクを目隠しにするなど、この会ではさまざまなアイデアのもとに臨機応変に対処しておられます。

170318_mask.jpg

 決まり字だけが書かれた札もあります。

170318_kimariji1.jpg

 この「点字付百人一首」においては、常に新しい工夫がなされています。
 今回新たに開発された、札の短辺が丸く反った札は、すばらしい発明です。

170318_yatuhasi.jpg

 発泡スチロールに窪みを付けたカルタ台は、作るのが大変です。そのため、台を量産できません。そこで、カルタに工夫を加えることで、目が見えなくても取りやすくしようということです。
 カルタを指で摘んで持ち上げるのが難しいので、丸く反っているのはいいと思いました。この八つ橋みたいなカードは、カルタを取る様子を見るギャラリー側から言っても、ごく自然なカルタ取りに見えます。また、取る方も、これまでのように指でカルタを摘まむのではなくて、上から押さえて指の第一関節を軽く曲げることで、楽にカルタが取れます。カルタ台の溝にしっかりとはめ込まれているのではなくて、隙間がポイントなのです。この活用をさらに競技に取り入れてルールを見直すことで、観客であるギャラリーも楽しめる「点字付百人一首」にすることを考えてもいいと思いました。。

 この形でいこうということが決まると、次の改良点に進めます。こうして、さまざまな方が参加できる対応ができるようになります。
 この八つ橋型のカルタは、厚紙にスプレーで水を含ませ、手で押し曲げて丸みを付けたとのことでした。常に工夫を積み重ねておられる関場さんの、面目躍如たるものがあります。

 さらに、レベルアップをはかりたい方には、こんなカルタもあります。

170319_karuta1.jpg

 その裏面は、こうなっています。
 真ん中には、歌の番号も点字で貼られています。

170319_karuta2.jpg

 その後、相対の勝負形式でカルタの取り合いです。

170319_aitai.jpg

 そして今回からは、勝った方には名札に星を1つ付けてもらえることになりました。

170319_hosi.jpg

 この星の数で、その実力のほどがわかるようになります。このアイデアで、ますます「点字付百人一首」が楽しく取り組めるものとなることでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年03月18日

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会 -2017-

 午前中は「京橋プラザ区民館」で、来年度のNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の総会に向けての、運営メンバーによる打ち合わせ会がありました。
 昨年の打ち合わせ会については、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会 -2016-」(2016年03月26日)に記したとおりです。

 これまでにも何回か使った、昨年度と同じ「京橋区民館」に行って、みんなを待っていました。しかし、いつもは時間前には集まる仲間の姿が、一人も見当たりません。
 いつまで待っても誰も来ないので、受付で聞くと、場所が違うことがわかりました。
 この前、昨年の3月と6月に集まった場所ではなくて、今日はよく似た名前の別の所だったのです。「プラザ」ということばが付いていることに気づきませんでした。

 今年に入ってからは、1日が72時間あることを想定して、3倍速の日々を送っています。連日の忙しさで、こうした細かな違いは無視してアバウトに生きないと、溢れ返るメモと飽和状態の記憶に埋もれてしまいます。今回のようなややこしい違いは、自分の中では区別が付かない情況のままに行動しています。とにかく、疲れているな、ということは日々実感しながら生きています。もはや夢遊病者の状態です。すみません。参加者のみなさまにはご迷惑をおかけしました。
 また、慌てていたせいか、いつものように会場の写真を撮ることを忘れていました。記録魔と言われる私らしくありません。
 また、今日、3時間にわたって話し合ったことを、ほとんど覚えていません。しっかりしたメンバーが記録をとっているので、必要なことはまた後日教えてもらい、確認して取り上げます。

 そういえば、昨日は同じ時間帯に国文学研究資料館の中であった2つの送別会に出て、それぞれに挨拶をして来ました。まさに、いくつものことが同時進行で身の回りに渦巻いています。
 これまでにないハイペースで突っ走っているのは明らかなので、倒れてそのまま、とならないように気をつけなければいけません。隠れ脳梗塞が認められると医者から言われているので、なおさらです。どうやら、自分で自分をコントロールできていない時があるようです。私がとんでもないことをしていたら、まったくの無意識でそうしているのですから、いつでも構いません、勘違いしていることをご指摘いただけると幸いです。まだ、こうしたことの自覚はあるので、当分は大丈夫だと思っていますが。

 本日の午後は、高田馬場で開催された「点字付百人一首〜百星の会」に参加してきました。
 しかし、ここまで書いてきて、記憶とその整理が混乱してきたので、これは時間を置いて、明日の記事にします。少し休憩します。
 
 
 

posted by genjiito at 22:08| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年03月17日

読書雑記(197)山本兼一『おれは清麿』

 『おれは清麿』(山本兼一、祥伝社文庫、平成27年4月)を読みました。

160107_orehakiyomaro.jpg

 山浦正行(清麿)は、信濃国小諸の村役人の子。兄と共に、刀鍛冶を目指す17歳の若者です。清麿は、江戸末期の刀工として知られています。ただし、その人物像はよくわかっていないようです。安政元年(1854)に42歳で自刃しました。
 刀工や刀剣に関する作品を執筆していた山本兼一が、この男に挑んだのが本作です。
 結婚して男の子が生まれます。しかし、大好きな刀を打つことが諦められず、妻子を置いて松代に出ました。
 その後、一年間江戸で修行をします。しかし、悪い鋼を平気で使う江戸では得るものがなかったこともあり、また信濃に帰ります。そしてまた江戸に。
 職人としての己と葛藤し、めくるめく思いが、丹念に道具の説明を通して語られます。素材である鉄に対しても、作者山本の並々ならぬ実地や実見を踏まえた調査の痕が伝わってきます。
 そのような中で、長州の萩へ刀鍛冶として行くことになります。2年後にはまた上京。
 読み進むうちに、女性の描き方が型どおりで、思いやりに欠けるように思いました。最初の妻のつるも、後のふくも、共にお人形です。これは、主人公に思いを注ぎ込んだことによるものなのでしょう。初期の山本作品の特徴だと思っています。
 正行(清麿)は刀鍛冶一徹の職人気質を守り抜きます。
―とことんまで、納得できる刀を打つ。
 それがおれの仕事だ、と自分に言い聞かせた。なにも妥協せず、気を抜かず、できる限りのことをすべてやる。それ以外に、満足できる刀を打つ方法はない。おれは愚か者だ。そこで妥協したら、生きている値打ちのない人間になってしまう。(353頁)

 この芸術家とでもいうべき人間像は、余すところなくこれでもかと描き尽くされます。
 最後の場面では、作者の清麿に対するあらん限りの情愛と思い入れが感じられました。【3】

初出誌︰「破邪の剣」(『小説NON』祥伝社、平成22年3月号〜平成23年9月号に連載)
 加筆改題した単行本『おれは清麿』(祥伝社、平成24年3月)
 
 
 

posted by genjiito at 23:00| Comment(0) | 読書雑記

2017年03月16日

橋本本が伝える本文から大島本とは違う表現世界を考える

 日比谷図書文化館で鎌倉期の古写本『源氏物語』を読んで来ました。
 今日で今期の最後です。
 ただし、新年度の5月から毎月1回、基本的には毎週第1土曜日の午後2時半から4時半までの2時間の講座として、新たにスタートします。
 その意味では、こうして夜の日比谷公園に来るのは、これからはないと思われます。記念に、日比谷図書文化館の夜の姿を記録に留めておきます。

170316_hibiya.jpg

 初夏からの再開でも、一緒に古写本の『源氏物語』が読める機会を大切にして、可能な限り少しでも多く読み進めていきたいと思います。

 今日も、橋本本「若紫」の本文を、字母に注意しながら見ていきました。受講者のみなさまは、もう大分慣れておられるので、後半は異文について考えました。
 例えば、次の本文の異同などはどう考えたらいいのでしょうか。


(1)〈甲類〉と〈乙類〉が見せるおもしろい例
なつかしう[橋=尾中高天尾]・・・・051201
 なつかしふ[陽]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かほりあひたるに[橋=中陽高天]・・・・051202
 かをりあひたるに[尾尾]
 にほひあひたるに[麦阿]
 にほひみちたるに[大池御国肖日穂保伏]

 ここでは、私が〈甲類〉とする橋本本などの諸本が「なつかし」ということばを持つのに対して、大島本などの〈乙類〉にはそのことばがありません。それに続いて、〈甲類〉は「かをりあひたる」とし、〈乙類〉は「にほひみちたる」という違いを見せています。この語句の意味の違いは何なのでしょうか。幅広い視点で解釈をしていくのにいい例です。
 その間でうろうろしているのが、〈甲類〉に属する麦生本と阿里莫本の「にほひあひたる」です。興味深い本文の分別ができるところです。

(2)ことばの異同から語られる内容の違いを見る
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051354
 いかなる[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051355
 人の[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051356
 しわさにか[大中麦阿池御国肖穂保伏]
 しはさにか[陽]
 しわさにか/に〈改頁〉[日]
兵部卿の宮[橋=中]・・・・051357
 兵部卿の宮なむ[大陽池]
 兵ふ卿のみや[尾尾]
 兵部卿宮なん[麦阿御国]
 兵部卿の宮なむ/=紫上ノ父[肖]
 兵部卿の宮なん[日保伏]
 兵部卿宮なむ[穂]
 兵部卿のみや[高]
 兵部卿宮[天]
しのひて[橋=大尾中陽池御国肖日穂伏高天尾]・・・・051358
 忍て[麦]
 忍ひて[阿]
 しのひて/〈改頁〉[保]
かよひつき[橋=尾中高天尾]・・・・051359
 かよひつき/つ[陽]
 かたらひつき[大麦池御国肖日穂保伏]
 かたらひ[阿]

 私の分別では〈乙類〉に属する大島本などは、「いかなる人のしわざにか」と、女房などの手引きを匂わせています。しかし、そのことばを橋本本などの〈甲類〉は伝えていません。
 また、橋本本などの〈甲類〉は「しのびてかよひつき」とし、大島本などの〈乙類〉は「しのびてかたらひつき」とします。この「かよふ」と「かたらふ」という表現の違いに着目して解釈すると、こうした語句レベルの異同の集積が全体の表現にも影響するはずです。
 橋本本などの〈甲類〉の読み込みを、今後はもっと深めて行きたいものです。今までは、大島本だけで『源氏物語』の表現を考えていました。しかも、活字による校訂本文に依ってのものです。しかし、ここに提示している橋本本で物語を考えると、新しい『源氏物語』の読み解きに展開していきます。
 それこそ、次の世代を担う、若手の出番なのです。

 今日は、17丁裏 3行目「多まふ」まで確認しました。
 次回、2017年度の第1回目は5月6日(土)で、17丁裏3行目の「可の・【大納言】八」から始まります。
 
 
 
posted by genjiito at 23:02| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年03月15日

[補訂]科研に関する印刷版の報告書が3冊できました

 今年が最終年度となる科研の報告書は、すでに電子版としてウェブ上に公開しています。しかし、図書館やインターネットの環境が整っていない方々から、印刷した本として利用できるようにしてほしい、という要望をかねてよりいただいていました。

 電子版で成果を公開することには、編集製作の迅速さ、内容の多彩さ豊富さ、資料の充実、そして世界各国の方々に届けられる、というさまざまな利点があります。ただし、前述の通り、利用環境によっては不便なこともあります。
 そうしたことを勘案して、最終年度となる今年度は印刷費を計上し、公開したデータを再編集して印刷し製本しました。

 次の写真は、出来たばかりの報告書です。
 左から、『合冊 海外平安文学研究ジャーナル Vol.1-3』『合冊 海外平安文学研究ジャーナル Vol.4-6』『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』の3冊の書影です。共に、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)(課題番号25244012︰平成25〜28年)で採択された、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」の成果物です。

170315_houkokusyo.jpg

 この印刷体の報告書が、本日お昼にやっと、国文学研究資料館の研究室に搬入されました。
 いろいろな事情があり、印刷・納本が大幅に遅れたのです。さらに、『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』においては、印刷と製本で不備がいろいろと見つかり、一冊ずつ目視で点検をすることになりました。そして、普通に渡せる本、少し難のある本、作り直すしかない本に仕分けをするという、何とも時間と労力の無駄としか言いようのないことを強いられました。12月22日には電子版としてネットに公開したデータを印刷製本するだけの、極めて単純な作業を依頼したつもりでした。それが、今ごろ納品となり、しかも製本は不備だらけという為体です。あまりにも酷いものは業者に持ち帰ってもらい、作り直しとなりました。実は、こうしたやり直しは、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』の時にもありました。安かろう悪かろうを地で行く話には事欠きません。定年退職間際の最後の仕事がこんな杜撰なものとなり、失望しているところです。それはともかく、気を取り直して、気分一新で対処していくしかありません。

 さて、本研究では、約3年半にわたり、日本古典文学作品の翻訳の問題に取り組んできました。
 そして、この研究期間に6冊の研究誌としての『海外平安文学研究ジャーナル』を電子版として発行しました。今回、印刷本を作成するにあたり、第1号から第3号までを一冊の合本に、第4号から第6号までを一冊の合本という、2冊の書籍体にしました。
 それぞれの巻頭に、次のような目次を付けました。

『《合冊》海外平安文学研究ジャーナル』


《ジャーナル1〜3号・目次》


【海外平安文学研究ジャーナル1号】
○創刊の辞 伊藤 鉄也 p3
●研究論文
スペイン語版『源氏物語』の評価と享受 高木 香世子 p9
『源氏物語』の「京都」はどう英訳されたか? 創造された京都と、変貌する『源氏物語』 ? 須藤 圭 p37
●小論文
ベーネル訳『源氏物語』における和歌の翻訳 ?英訳・仏訳との比較から? 常田 槙子 p58
●翻訳レポート Traduttore traditore ?イタリアが恋に落ちた『源氏物語』? イザベラ ディオニシオ p69
○執筆者一覧 p77/科研活動報告 p78/編集後記 p82/研究組織 p83

【海外平安文学研究ジャーナル2号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p.4
●特集「国際研究交流集会」(2014カナダ)
カナダ国際研究交流集会特集 英訳された『枕草子』が作り出した大衆文化 ゲルガナ・イワノワ p11
カナダ国際研究交流集会特集 小説として読まれた英訳源氏物語 緑川 眞知子 p22
カナダ国際研究交流集会特集 1955 年のサイデンステッカー訳蜻蛉日記について 川内 有子 p37
カナダ国際研究交流集会レポート 海野圭介 p50
カナダ国際研究交流集会特集 新出資料『蜻蛉日記新釈』(上・下) 伊藤鉄也 淺川槙子 p54
●研究の最前線
『源氏物語』韓国語訳と李美淑注解『ゲンジモノガタリ1』 李美淑 p63
スペイン語に訳された『源氏物語』の書誌について 淺川槙子 p69
○執筆者一覧 p83/編集後記 p84/研究組織 p85

【海外平安文学研究ジャーナル3号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
 原稿執筆要項 p.4
●研究会拾遺 
モンゴル語訳『源氏物語』について 伊藤鉄也 p11
(参考資料:各国語訳『源氏物語』翻訳時に省略された場面の一覧)
『源氏物語』末松英訳初版表紙のバリエーションについて ラリー・ウォーカー p42
《コラム》 日本でも出版された末松謙澄訳『源氏物語』 淺川槙子 p46
 各国語訳『源氏物語』「桐壺」について 淺川槙子 p48
 各国語訳「桐壺」翻訳データについてのディスカッション報告 p77
●翻訳の現場から 
『十帖源氏』の英訳の感想  ジョン・C・カーン p87
 『十帖源氏』英訳所感 緑川眞知子  p89
 『十帖源氏』スペイン語翻訳における文化的レファレンスの取り扱い 猪瀬博子  p91
『十帖源氏』「桐壺」巻のウルドゥー語訳によせて  村上明香  p99
●研究の最前線  
スペインにおける平安文学事情 清水憲男  p105
新刊紹介:朴光華著『源氏物語?韓国語訳注?』(桐壺巻) 厳教欽  p109
○付録 p118/執筆者一覧 p187/編集後記 p188/研究組織 p189

--------------------------------------

『《合冊》海外平安文学研究ジャーナル』


《ジャーナル4〜6号・目次》


【海外平安文学研究ジャーナル4号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p4
●研究論文 
ロシア語訳『源氏物語』とウォッシュバーンによる 新英訳の比較研究~<語り>・和歌・「もののあはれ」の観点から 土田久美子 p11
スペイン語版『伊勢物語』について 雨野弥生 p37
●研究会
ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見 伊藤鉄也 p51
●翻訳の現場から 
「十帖源氏」ヒンディー語訳の問題点 菊池智子 p61
ウルドゥー語版『源氏物語』の色の世界 村上明香 p65
『十帖源氏』の多言語翻訳と系図について~「母の堅子」と「祖父の惟正」はどこから来てどこへ行ったのか 淺川槙子 p76
○付録 p99/執筆者一覧 p167/編集後記 p168/研究組織 p169

【海外平安文学研究ジャーナル5号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p4
●研究論文 「中譯本《源氏物語》試論?以光源氏的風流形象為例」 朱秋而(翻訳:庄?淳) p11
翻訳にあたって 庄?淳 p33
「忠こそ物語」と継子いじめ譚 趙俊槐 p34
●研究会拾遺 
ウォッシュバーン訳『源氏物語』の問題点 緑川眞知子 p61
スペイン語版・英語版・フランス語版『伊勢物語』7 種における官職名の訳語対照表 雨野弥生 p76
○付録p85/執筆者一覧 p105/編集後記 p106/研究組織 p107

【海外平安文学研究ジャーナル6号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p4
●研究論文 
『十帖源氏』の本文と各種版本ー和歌の異文と解釈の問題ー 清水婦久子 p11
母語話者・非母語話者によるロシア語訳『十帖源氏』桐壺巻比較考ー母語話者による翻訳に見る日本文化の受容ー 土田久美子 p29
「交じらふ」女主人公ージェンダーコードの視点から読む『とりかへばや物語』 庄?淳 p39
●研究の最前線
「訳し戻し」という翻訳 藤井由紀子 p61
英訳『今昔物語集』兵と戦いの世界 淺川槙子 p65
●科研活動報告
科研活動報告vol.2  加々良惠子 p93
○付録/執筆者一覧/編集後記/研究組織


 この『海外平安文学研究ジャーナル』の性格がわかるように、以下に第6号に寄せた研究代表者としての私の挨拶文を引きます。

 2013年にスタートした本科研の課題も、2017年3月をもって無事に終えることとなりました。
 この間にご協力いただきましたみなさまに、心よりお礼申し上げます。
 その成果物としてのオンライン版『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN:2188ー8035)は、今回の6冊目で最終号となります。2014年秋に創刊して以来、みなさまの変わらぬご理解とご支援をいただき、順調に号を重ねることができました。関係者のみなさまに、あらためてお礼を申し上げます。

 さて、今号では、『十帖源氏』の多言語翻訳に取り組んでいる中で、原本に関する論考やロシア語訳の問題点などを掲載しました。『とりかへばや物語』の考察も興味深いものです。国際的、学際的な視点でお読みいただけると幸いです。
 付録には、『源氏物語』の中国語訳として「桐壺」を収載しました。ことばによる翻訳を通して文化の変容を考える際には、貴重な資料となるはずです。幅広く活用していただけると幸いです。

 なお、科研費による研究成果としての『海外平安文学研究ジャーナル』は、ここでひとまず終刊となります。しかし、オンラインジャーナルとしては、これまで通りのサイトから引き続き発行いたします。第7号からの発行母体は変わっても、その基本的な方針はそのままに、さらにバージョンアップして続刊していくつもりです。
 本課題では、国際的な視野で日本文学および日本文化を見つめることを意識して、さまざまな問題に取り組んでいきます。今後とも、多角的な視点で平安文学を論じた、みなさまからの意欲的な投稿を歓迎します。


 次は、上掲写真右端の『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』です。
 初年度の報告書は『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』でした。当時も今も、いまだ類書がないので、それにひき続き、平安時代の文学作品を世界各国の言語で翻訳された書物の情報を整理しました。特にこの2冊目は、英語以外の各国語に翻訳された平安文学作品を対象としています。
 本事典の巻頭に、次の挨拶文を置きました。本書のなりたちがよくわかるので、これもそのまま引用します。

はじめに

−試行版としての事典であること−


 本書は、『日本古典文学翻訳事典〈1・英語改訂編〉』(平成26年3月)を受けて、平安時代の文学作品に限定して世界各国語に翻訳された書籍情報を事典としてまとめたものです。前著に続き、あくまでも暫定的なものであり、試行版として編集した中間報告であることを、まずはお断りしておきます。

 この翻訳事典は前著同様に、2006年4月23日にお亡くなりになった、国文学研究資料館名誉教授福田秀一先生から託されていたメモを最大限に活用しました。
 ただし、多言語にわたる書籍を対象とする関係で、各項目のまとめ方も含めて、まだまだ不備の多いものであること承知しています。また、最新情報にまでは、十分に手が及んでいないことも承知しています。
そのことを知りつつも、類書がないこともあり、ここで私の手元にある情報をとりあえず一まとめにしておくことにしました。これを次の世代に引き渡して補訂してもらい、さらに追加していくことで、よりよい事典に育てていく始発点にしたいと思っています。

 本書作成にあたっては、実に多くの方々が原稿作成のお手伝いをしてくださいました。基本的な情報が整理されていないのであれば、とにかくたたき台でも提示して、それに手を加えながら形を成していく方針で臨みました。項目の執筆者は、必ずしも各言語や各作品の専門家ではありません。しかし、何もない平地に道をつけることを一大方針として取り組んだものということで、至らないところはご寛恕のほどを、お願いいたしたす。ご批判は、そのまま改訂版に活かします。

 そのような経緯もあり、日本古典文学に関する翻訳事典としては、各項目の立項はもとより、内容もいまだ未整理の状態にあります。今回、その見出し項目と表記上の体裁及び、内容に関する記述の統一を試みました。それでも、いろいろな機会に、多くの方々に執筆していただいた原稿の集積であることから、不統一の感は免れません。各所に編者の判断で多くの手を入れました。あくまでも暫定的な処置に留まるものです。

 そのことを承知で、この時点で公開することにしたのは、これを叩き台とし、より良い情報の提供とご教示を受ける中で、さらに充実した事典に育てたいとの思いからです。まさに本冊子は、試行錯誤の中でまとめた暫定版として利用に供する事典です。

 また、盛り込まれた情報は、編者伊藤が運用する科研のホームページ「海外源氏情報」にも公開しています。
http://genjiito.org
 このホームページを通して、情報の更新を行います。折々に最新情報を確認していただき、翻訳情報を活用していただければ幸いです。

 今回も、この科研を支えているプロジェクト研究員の淺川槙子、技術補佐員の加々良恵子の頼もしい2人が奮闘して、膨大な情報を整理して組み立ててくれました。ただし、『源氏物語』については単独で1冊にするため、本書には収録していません。

 みなさまからの情報提供により、各項目の精度を高めたいと思います。
 今後とも、ご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。


 いろいろのことがあったにせよ、この3冊の印刷体の報告書は、プロジェクト研究員の淺川槙子さんと技術補佐員の加々良惠子さんの献身的な支援なくしては成し得なかったものです。すばらしい仲間に恵まれたことに感謝しています。
 完成したばかりの印刷版はもとより、ウェブに公開している電子版共々、本研究のさらなる展開のためにも、今後ともご教示のほどをよろしくお願いいたします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 古典文学