2025年10月22日

[その1]キャンパスプラザ京都で相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を読む会(No.2)のご案内

 昨日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」(春曙文庫)の本文を変体仮名で読む会の案内記事が掲載されました。前回から「帚木(断簡)」がスタートしています。

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 会場は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の5階にある第5演習室です。
 相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」は、ハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」や歴博本「鈴虫」と同じ環境で書写された、鎌倉時代の古写本の断簡です。
 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 現在、毎回約10名の参加者と一緒に、和やかに変体仮名を読み進めています。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 鎌倉時代の古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを第一の目的としています。
 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第1回)」

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、京都駅から JR の線路沿いに西へ歩いて5分の所です。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。





posted by genjiito at 22:33| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年10月21日

集会所でのお好み焼きゲームと女性のお喋りのこと

 今日の集会所では、ラジオ体操をしてからテーマソングを歌った後は、紙に印刷したお好み焼きをテーブルの上に敷き並べ、それを団扇でひっくり返すゲームをしました。

 2人ずつ組むことになり、番号を貼り付けた割りばしでくじ引きをしたところ、なんと私と妻がペアとなりました。みなさんから冷やかされながら、お好み焼きすくいに挑みました。

 お好み焼きの裏に書かれた得点は、10点から400点まであります。みなさんが2,000点前後を得点しておられる中で、我らは、ひっくり返すたびに点数が何も書かれていない、真っ白なお好み焼きなのです。声援を受けながらも、30秒間で8枚はひっくり返しました。しかし、ことごとく真っ白で、結局はゼロ点でした。

 2回目は、同情の混じった励ましの声援を受ける中で、なんとか2,000点をクリアしました。8チームで競い7位でした。いつもゲームでは頑張っていたのに、どうも今日は2人共に不調でした。

 この集まりは、何をやっても盛り上がります。おもしろかったね、楽しかったねを合い言葉に、三々五々帰路につきます。

 今日もTさんを囲んで5人で帰りました。話しをしているうちに、Tさんは週に2回はマッサージに行っているとのことでした。若さの秘訣はここにもあるのか、と納得です。

 Tさんを自宅に送ってから少し休憩し、30分ほどしてから、京大病院で昨日もらった薬の処方箋を持って、近所の薬局へ行きました。すると、Tさんを送り届ける前に別れたお2人が、薬局の駐車場で立ち話をしておられたのです。この前もそうだったので、今日もまたどこかで喋っておられるのではと思っていたので、おいおいと声掛けをして、少し話をして別れました。

 処方薬をもらって薬局を出ると、通りの向かいの信号のところで、先ほどのお2人が場所を変えてまだ話し込んでおられます。また手を振って挨拶をして、我々は近所のスーパーへ買い物に行きました。

 集会所に集まっている方々は、とにかくお喋りが大好きです。帰りの道々でも、小さい頃に道草を食って遊び遊び帰ったように、なかなか自宅には辿りつかないようです。妻いわく、女性は何歳になってもお喋りで、話し出したら止まらない、とのこと。

 みなさんが集会所に行くことを楽しみにしておられるのは、集会所で気ままにお喋りをすることに加えて、帰りの道々でのお喋りもあったからのようです。




posted by genjiito at 22:57| Comment(0) | *福祉介護

2025年10月20日

京大病院から大急ぎで集会所に駆けつける

 朝が早かったせいか、如意ヶ岳の大文字山の「大」の字は陰っています。

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 今日は、まず血液検査からです。いつものように、1時間ほど待ってやっと順番が回って来ました。試験管3本に私の命の源が吸い上げられていくのを、じっと見ていました。血液を調べると、ほとんどの身体の変調がわかると言われています。定期的に診てくださっているので、院内の各科を渡り歩く私にとって、基本情報を刻々と提供していることになります。この血液検査で身体の変化がわかるのですから、血液を出し惜しんではいけません。我が身を助ける命の泉なのです。

 今日の2つめは、消化器内科の腹部超音波検査です。お腹にベトベトの薬を塗り、スキャンする小さなT字型の道具でお腹をナゾリながら、丹念に内臓の様子を観察する検査です。今日は、膵臓がターゲット。膵臓に水が溜まっており、主膵管の変異が認められるので経過観察が続いています。拡大しつつある膵臓の異変は、今後とも経過観察の状態が続きます。
 検査技師の方が、途中で前回の画像を確認して来ます、と言って退席されました。何か異変があったようです。終わってから部屋を出る時に、先ほどの技師さんがモニタに向かい、検査を通しての所見を打ち込んでおられました。これを踏まえて、午後に設定されている診察で、詳しい説明があるはずです。

 今日は検査のために絶食で来ています。もう血液の採取は終わっているので、食事をしても大丈夫です。腹ペコなので、院内のコンビニで軽食を買い、休憩室でいただきました。ほっと一息つきました。

 3つめは、糖尿病・内分泌・栄養内科での血液検査を踏まえた診察です。
 一番のポイントは、ヘモグロビン A1cの値です。今年になってからの推移は、「6.7→6.9→6.9→7.1」と少しずつ増えながら変動しています。本来ならば「6.0」までが安全圏内です。しかし、私は消化管がないので一般の方とは判断基準が違うようで、「7.0」に近い値であっても、高め安定の評価がなされて来た流れがあります。今日は少し下がって「7.0」でした。私にとってはまあまあの数値なので、このままの調子で行きましょう、ということになりました。また、血漿血糖の値が「104」と、普通の方の安全圏内の「105」以下に初めて入りました。血糖値のコントロールは良好のようです。

 なお、このところ眼に疲れを感じることと、見えにくいことがよくあります。糖尿病の合併症には視力を失うケースがあるので、異常を感じたら診てもらうことにしています。そこで早速、来週早々に眼科の予約を入れてもらいました。

 診察が終わるとすぐに、4つめの消化器内科から呼び出しがありました。先ほどの腹部超音波検査の結果を元にしての説明と診察です。膵臓に水が溜まって膨れている問題です。
 膵臓嚢胞の肥大については、今すぐに手術ではなくて、もう少し様子を見ることになりました。半年後の予約が入りました。こうして診てもらっている内は、命をつないでいけると思っています。
 とにかく、想定していた寿命を10年も長く、しかも元気に生活をしているので、もう少し長生きをしたいという思いが強くなっています。

 なお、こうして私の健康状態の記録を本ブログに綴っているのは、家族や親族へ現状を報告すると共に、何かあった時にその変化の徴候がいつからなのか、病院の先生に読み取ってもらえるようにするためです。
 2年前に脳梗塞になった時、私のブログをご覧になった主治医が、いつから血管が詰まり出したのかを読み解いてくださいました。緊急入院した2日前に、脳梗塞の徴候が出ていたのです。そのことが、緊急時の血液サラサラの薬を投与する量に関係し、思い切って普通よりも多めの投与という判断をなさったのです。そして、それが回復を早める結果につながりました。ありのままの日常の健康を記録しておいてよかった、と思ったできごとです。

 いろいろな科をまわっていた関係で、病院を出る時間が13時を過ぎました。今日は、地域の集会所で13時からグリーンカフェというイベントがある日です。大急ぎで引き返しました。

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 14時過ぎに着いたので、まだ盛り上がっているところでした。コーヒーやお菓子をいただきながら、間違い探しやクロスワードパズルをしました。今日のパズルは、昔話・物語でした。
 わからなかったのは1問だけ。それは、「『赤ずきん』 オオカミに食べられた赤ずきんとおばあさんを○○○○が助けた。」という問いです。タテのカギはわかっていたので、このヨコは「り○う○」まではわかりました。しかし、あと2文字がどうしてもわかりません。ギブアップして妻に聞いたところ、「りょうし」だとのことです。残念ながら、答えを聞いても猟師であることは知らなかったので頭の中は空白です。手も足も出ない、とはこのことです。
 いずれにしても、知っているか知らないかで答えが埋まる問題なので、レベルとしては低いパズルだと言えるでしょう。考える余地がないからです。これからは、○×ではなくて、考えることで答えが類推できる問題のパズルを作成してほしい、と思いました。そうでなければ、生成AI任せの対処でいいことになります。人間としての参加を考えたパズルを作ってほしいところです。答えがある、ではなくて、答えを引き出すパズルを作りましょう。




posted by genjiito at 21:26| Comment(0) | *健康雑記

2025年10月19日

鎌倉を散策して「鉃」と出会う

 昨夜は寒かったので、宿のフロントに部屋の温度を上げる方法を聞きました。すると、全館を一括で管理しているので、個別には変更が出来ないとのことでした。立派な施設なのに、設計の基準が各所で管理者主体の発想で組み立てられています。利用者主体の視点で見ると、この施設にはいろいろと時代の変化に対応できていない、改善すべき点が見えました。僭越ながら、そろそろ改修の時期のようです。

 玄関口を出ると、すぐ近くでフリーマーケットをしていました。地元の方に加わって、海外からの観光客が楽しく品選びをなさっていました。

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 その近くの店頭に、時代物の手動式のレジスターがありました。

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 これを見てすぐに、銀座4丁目のカルチェの裏にある創業130年のレストラン煉瓦亭で使われている、レアもののレジスターを思い出しました。東京オリンピックの時以来、ずっと現役だというものです。この近くのコナミスポーツクラブに通っていた時に、帰りによく立ち寄ったお店です。

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 そこで、生成AI氏にこの2台のレジスターのことを聞くと、鎌倉の小町通で見たのは National(ナショナル)製レジスター。昭和初期〜昭和30年代(1930〜1950年代)の製造。
 銀座の煉瓦亭で現在も稼働中のものは、昭和30年代後半〜昭和50年代(1950〜1970年代)に製造された、 Sweda(スウェダ)製レジスターということがわかりました。
 さらに詳しい情報が届いているので、それについては、また報告します。

 文学館がありました。しかし、ここは大規模改修ために2029年3月末まで閉館です。残念でした。

 また少し歩くと、甘縄神明宮の参道で朝市をやっていました。地元の名産や手作り品が並んでいて、京都にはない楽しいものが見られました。

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 長谷寺でも、手づくり市かと思わせる賑わいがありました。活気のある楽しい地域になっています。

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 国宝の鎌倉大仏が意外に小さく見えました。この前はいつ来たのか? 大人になってから一度は来ているはずなので、子供の視線でのイメージが残っているとは思えません。奈良の大仏を建物の中で間近に見た思いと比べたせいかもしれません。

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 大仏様の後ろの公園に、与謝野晶子の歌碑がありました。[変体仮名翻字版]で和歌を示します。

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 かまくらや み本とけ奈れど 釈迦牟尼八
 美男尓 おは春 夏木立可那   晶子


 鎌倉駅行きのバスに乗り、1つ手前のバス停で降りました。かねてより妻が行きたいと言っていた、生地屋さんの鎌倉スワニー本店へ行くためです。
 バスを降りてすぐにあったスーパーで、女性にお店の場所を尋ねると、その方もよく行くお店だとのこと。少し布地の話をしていると、今日は日曜日なので確かお休みじゃなかったかな、と衝撃の言葉が聞こえました。
 前もって調べていなかったので、予想外の展開となりそうなので、えーっと声が出るだけです。とにかく行かないとということで、トコトコ歩いて行きました。

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 妻の願いが叶い、やっと来た憧れの鎌倉スワニーは、やはり定休日でした。それでも、来られたことに満足し、しばらくはお店の中に点いている電気の明かりを見ていました。お店の方は今は何を作っておられるのか、いろいろと想像しては楽しんでいました。横浜に支店があるとのことなので、いつかそちらに行くことにします。

 鶴岡八幡宮の境内で、裏千家のお茶会をしていました。席料が15,000円だったのでパス。私は、奈良の支部に所属しており、お茶会があっても5,000円もしません。京都の街中でも、そんなにしません。特別な会だったようです。
 太鼓橋の袂で、桜の蕾を見かけました。これがいつ咲くのか。気候の温暖化に伴い、予測がつきません。

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 鶴岡八幡宮へは、来たことがあるはずなのに記憶がまったくありません。

 大賑わいの小町通を歩きました。とにかく人が多いのです。8割は海外の方のように見えました。

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 看板の中に書かれた「鉃」の字が飛び込んできました。しかも、最近私がはまっている海鮮丼屋さんなのです。これは入らないわけには行きません。

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 この五鉃で、しらす丼を美味しくいただきました。海に近いこともあって、この一帯にはシラス丼のお店が多いのです。

 今回の東京行きで、いつものルートを外れると運賃がややこしくなることを体験しました。そして、駅員さんにもいろいろな方がおられることを、あらためて知ることとなりました。
 まず昨夕のことです。鎌倉へ行くこととなり、経路がいつもの京都行きとは違うので、駅で相談をしました
 新橋駅の改札横に待機しておられた4名の方は、2名の中年の方は関わりを持たないようにされ、一人の若者は一生懸命に経路を考えながらもわからなくなり、もう一人の若い方が解決策を出してくださいました。そして、反対側にあるみどりの窓口で今の説明をして、乗車券と特急券の経路の変更をするように、というアドバイスをもらいました。鉄道に詳しい方だったので感謝をして、西口に行きました。
 みどりの窓口の方は3人おられ、2人の年配者よりも中年の方に対応してもらいたいな、と思っていると、願い通りその方に担当してもらう順番が回ってきました。そして、先ほど改札口で受けた説明をして経路の変更をお願いしました。すると、私の場合はすでに往路で使用済みなので、帰路は変更できないとのことです。先ほどの方は、何か勘違いしておられたようです。そして、後ろに多くの方が並んでおられたのにもかかわらず、時刻表や路線図を見比べながら、最適な解を出してくださいました。

 18日:新橋→大船→鎌倉(精算)→由比ヶ浜
 19日:鎌倉(切符購入)→大船→小田原→新幹線小田原→京都

 これで、精算として170円を2人分、それを行きと帰りでするだけで済んだのです。
 そして思いました。相談した駅員さんによっては、ややこしいことが絡んでいる時には、答えが違ってくることがある、ということです。何とか法というのがあり、微妙に絡んだ事例だったようです。
 新橋駅のみどりの窓口の担当者の方に、あらためてお礼申し上げます。
 これからは、複雑なことが関係している時には、駅員さんに相談すると共に、みどりの窓口で再確認した方が確実なようです。経路と運賃に差がでることなので、知っておくと助かる豆知識かもしれません。

 そうそう、昨日はJRの横須賀線でトラブルがあり、電車がしばらく止まっていました。これまでにも何度か経験していることなので、慌てず騒がす、出発を待つことができました。緻密なダイヤが組まれた日本の鉄道も、トラブルや事故はどうしようもないのです。




posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | ・ブラリと

2025年10月18日

日比谷で「須磨」(29)と『百人一首』(6)を読む

 今日は、日比谷公園で「日比谷公園ガーデニングショー2025」が賑やかに開催されていました。

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 出展テント数は35店、キッチンカーが9台も出ていました。
 大の花好きである妻は大喜び。ただし、京都に帰るのは明日になるので、花を持って帰れないことを理由にして気持ちを抑えていました。

 日比谷図書文化館の入口には、いつものように本日のイベントが掲示されています。

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 今日も、次の2つの講座を担当します。
 @「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」 13:00〜14:30
 A「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」  15:30〜17:00

 まず、ハーバード大学本「須磨」です。
 今日は、[「天」と「弖」について]という資料を用意していました。しかし、前置きの話が長くなったために、来月に回すことにしました。
 本文については、、第53丁裏2行目〜55丁表5行目までを、「変体仮名翻字版」で確認しました。
 本文の画像をここに提示して説明をする例は、今回はありませんでした。また、本日から参加なさっていた方もいらっしゃったので、少しゆっくりと丁寧に進めました。


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ま者ゆき満弖・志川らひ・可し
徒介り・【251018_ココカラ→】者ゝきみ/(者者きみ)・なと可・めて多くとも・
【物】の・者しめ尓・川三尓・あ多り・な可され・を
八し堂らん・【人】をし毛・於もひ可介ん・
佐ても・こゝろ/(こころ)・とゝめ/(ととめ)・【給】へくはこそ八/八〈ママ〉・
あら免・堂王ふれ尓ても・あるま
しき・こと可なと・いふを・いと・い多く・ふや
く/±つ、(つふやく)・川み尓・あたる・ことは・毛ろこし尓毛・
王可・み可と尓毛・可く・よ尓・すくれ・【人】尓・こと
なる尓・なりぬる・ひとの・可奈らす・ある/(53ウ)
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【事】なり・い可尓・毛し/〈ママ、諸本ものし〉・【給】・き三そは/は〈ママ〉・かの・
者ゝ/(者者)・三やす【所】八・をの可・をち尓・毛のし・
堂満ひし・あ勢ちの【大納言】の・むす免
なり・いと・可うさら那る・な・と里て・三や徒可へ
尓・い堂し多て・堂まへりし尓・可くは・
すくれ弖・ときめ可し・【給】な可らひな可り
し・本とに・【人】の・そ祢三・於ほくて・う勢・【給】
尓し可と・この・【君】乃・とまり・【給】へる尓・いと・
免て多し可し・【女】者・【心】・多可く・徒可ふへき・
【物】なり・をのれ・可ゝる/(可可る)・ゐ【中】【人】とゝ/ゝ〈ママ〉、(ゐ【中】【人】とと)・なりき多れと/れ〈次頁〉、(54オ)
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え・於ほし寿てしなと・いひ井堂
里/た&堂、(いひ井た里)・[30]こ乃・む須免・すくれて毛・あらぬ可多ち
奈れと・け奈川可しく・あて者可尓・【心】者勢・
ある・さ満奈とそ・遣尓・【宮】こ乃・やむこ
と那き・【人】尓毛・於とるまし可里ける・【身】
の・あ里佐ま越・くち越しき・毛の尓・
於毛ひし里て・堂可き・【人】尓・王れを・
な尓の可春とん・於ほさし・本と尓・徒
け堂る・【世】越・者多・さら尓・三し・いのち・
奈可くて・於もふ・ひと/\尓毛/(ひとひと尓毛)・於くれ奈八/(54ウ)
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堂ゝあま尓毛/(堂堂)・なり奈ん・う三の・そこ尓
毛・いり奈んとそ・【思】ひける・ちゝ【君】/(ちち【君】)・【所】世く・
【思】ひ可し徒きて・とし尓・ふ多ゝひ/(ふ多多ひ)・す三よ
し尓・まうてさせ介り・【神】乃・【御】志る
志を・とく【見】者やとそ・於もひける・[31]す満尓八・
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 1時間の休憩時間には、古写本の翻字に関する質問を受けました。その他にも、いくつか質問や確認があったので、その対応もしました。

 次は『百人一首』です。
 まず、山科の元慶寺にある 12番歌 僧正遍昭と 21番歌 素性法師の歌碑に刻まれている変体仮名を確認しました。
 続いて、過日確認した、京都の雲林院にある 12番歌 僧正遍昭の歌碑の文字も、元慶寺の文字と比べながら再確認しました。

 テキストである『変体仮名でよむ 百人一首』は、28番歌の源宗干朝臣から36番歌の清原深養父までの、カルタに書かれている文字を、変体仮名に気をつけながら確認しました。
 《陽明カルタ》の文字が独特な字体となっている例が散見します。それに比べて《鶴丸カルタ》は親しみやすい流れるような線で書かれているのが特徴でしょうか。
 この講座でも、今日から参加なさった方がいらっしゃったので、雑談を挟みながら文字に関する情報は、いつもより少なめにしました。

 終わってからは、新橋駅から鎌倉駅へJRで移動し、鎌倉駅から江ノ島電鉄に乗り換えて由比ヶ浜駅のすぐ近くにある今日の宿に入りました。
 鎌倉は、京都よりも数段寒いように感じます。




posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■講座学習

2025年10月17日

インストラクターが左右の動きを指示する時

 今日の集会所では、外部からお越しのインストラクターの方による手足首の運動をしました。新聞紙を丸めて作った棒を使ったエクササイズは、肩を中心にした体操でした。
 体を左右に動かす時に、何となくやりにくかったので、目の前のインストラクターの動きに注視しました。そして、その原因がわかりました。

 「右を向いて」という指示の時に、インストラクターの動きはご自分の右方を向いておられます。しかし、指示を聞いて動く我々から見ると、それは左向きです。目の前のインストラクターの左右の動きと自分の左右の動きの違いは、見よう見まねでやる時には特に、感覚的にも混乱を生じます。頭の中で、一々置き換えることが求められるからです。やはり、自分が見たものと同じ向きの方がいいはずです。これまでも、そうだったように思います。

 この左右のズレが何度もあると、次第にやっているこちらも混乱します。「右を向いて」という時に、みなさんの前で模範演技をする方は、「左」を向いてもらった方が、こちらとしては動きやすいのです。「右を向いて」「左を向いて」という動作が多い時は、「みなさんから向かって右」とか「左」と言うことが、特に注意すべき確認事項だと思いました。

 かつて参会者の前でお話をすることがあった時に、登壇者である私から見て右手を指示する時には、「みなさまから向かって左手をご覧ください。」と言っていたことを思い出しました。その立場に立つと、自然と聴き手優先で対処するものです。自分の視点ではなくて、相手の視点で進める、という問題です。


posted by genjiito at 22:12| Comment(0) | *福祉介護

2025年10月16日

宇治徳洲会病院で1日を過ごす

 これまで京大病院で受けていた、妻のアミロイドβをなくすレカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、今日からは近くにある宇治徳洲会病院で受けることになりました。治療期間の18ヶ月のうち、最初の6ヶ月は京大病院の主治医の元で経過観察をしながら受けました。後の12ヶ月は、近くの病院に委託して点滴だけを実施して、2ヶ月ごとに京大病院で主治医の診察とMRIの検査をすることになっていました。
 この件で宇治徳洲会病院へ行くのは、今日が2回目です。前回は、2週間前に新しい先生との顔合わせで行っています。

「[その2]宇治徳洲会病院で新しい先生との顔合わせ」

 今日は朝10時半に出かけて、点滴が終わったのは16時半でした。食事を取るタイミングがわからないままに、ただひたすら呼ばれるのを待つ1日でした。
 次回からは、お昼の用意をして行くことにします。

 私は、今回も付き添いです。
 点滴の針が妻の左手になかなか入らなくて、結局は右手になりました。横になるベッドの硬さや幅がいつもと勝手が違い、ゴソゴソと苦労していました。環境が変わったので、これからはここの流儀に早く慣れることです。
 この治療にはスタッフのみなさまも慣れておられないのか、何かと段取りが悪くて空き時間がたっぷりとありました。
 この病院で引き受けてくださったのは、京大の主治医の先生の元で学んでおられた大学院の方がいらっしゃったからのようです。レカネマブ(レケンビ)を使った治療は、京大病院の中でも実施例は少ない方です。臨床試験の途中、という感じがします。それでも、この事例が次の治療の開発に役立つのでしたら、大きな意味を持つはずです。少しでも多くの患者さんのお役に立つようにと、いろいろなことにチャレンジをしているところです。




posted by genjiito at 21:18| Comment(0) | *健康雑記

2025年10月15日

相愛大学本『源氏物語』(断簡)の勉強会の進捗状況

 お問い合わせがあったので、相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語』(断簡)の変体仮名を確認する勉強会の進捗状況を整理して報告します。
 現在、相愛大学本『源氏物語』(断簡)については、京都駅前と宇治駅前の2箇所で、別々の巻を読み進めています。まだスタートしたばかりであり、また断簡ということもあり、どの回からの参加でも可能です。

 古写本の影印資料は、国文学研究資料館からパブリックドメインとして公開されている以下のサイトで確認できます。

国文学研究資料館 国書データベース

 以下のリストは、各回の活動の記録です。当日問題にしたことや、確認した範囲と翻字本文を、欠席者や国内外から遠方でリモートの学習をなさっている方々のために、予習や復習用として掲載しているものです。

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【1】京都駅前のキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で第2巻「帚木」(断簡)を読む

※次回〈第2回〉は、11月22日(土)です

「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第1回)」
(2025年09月27日)

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【2】宇治駅前のシェア型書店HONBAKO京都宇治で第45巻「橋姫」(断簡)を読む

※次回〈第6回〉は、11月1日(土)です。

「宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(5)」
(2025年10月04日)

「宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(4)」
(2025年09月06日)

「宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(3)」
(2025年08月02日)

「宇治で春曙本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(2)」
(2025年07月05日)

「宇治で春曙本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(1)」
(2025年05月31日)

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 今後は、大阪府立中之島図書館でのハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」が本年末に終わる予定であることを受けて、年明けからは相愛大学本『源氏物語 手習』(断簡)を資料にした講座にする予定です。

 また、来年早々には、日比谷図書文化館でのハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」が終わる予定なので、その次は相愛大学本『源氏物語 宿木』(断簡)を対象にした講座にする予定です。

 相愛大学本『源氏物語』(断簡)5帖の内、残った第33巻「藤裏葉」は、上記4会場の内で最初に終わった所で翻字を確認する対象資料にします。

 この相愛大学本『源氏物語』(断簡)とハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨・蜻蛉』及び国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語 鈴虫』との関係がいまだ詳らかになっていないこともあり、根気強く変体仮名に注目して翻字の確認を通して本文の素性を考えていきたいと思います。書き写されている本文が、現在の流布本となっている江戸時代の校訂本文である「大島本」とは内容が微妙に異なる鎌倉時代の古写本なので、慎重に本文の確認を続けているところです。
 江戸時代の『源氏物語』ではなく、平安・鎌倉時代の『源氏物語』の本文の実態に興味と関心をお持ちの方の参加をお待ちしています。
 『源氏物語』の本文については、わからない事だらけです。まだまだ、『源氏物語』の本文について自由に意見を交わして考える必要があると思われます。そのためにも、基礎資料となる鎌倉時代の現存本文の確認作業に関して、一人でも多くの方の参加をお待ちしています。
 一緒に、鎌倉時代の『源氏物語』の本文の森を散策しませんか。
 質問や疑問に関しては、本ブログのコメント欄を利用してお知らせください。
 電子メールであれば[genjiito@gmail.com]宛にお願いします。




posted by genjiito at 20:48| Comment(0) | ■講座学習

2025年10月14日

サイコロゲームとメダカが産まれたこと

 今日は集会所で、ラジオ体操第二と「貯筋のテーマ」の筋肉体操の後、サイコロを転がすゲームをしました。先月に続き2回目です。

 手元には、3から16までの数字を書いた紙があります。
 3個の紙製のサイコロを床に転がし、3個のサイコロの数字を足した合計点を、手元の紙に書かれた数字の列から消していきます。当然、「111」の「3」と「666」の「18」は出る確率が低くなります。

 今日は、早々と「18」が出ました。しかし、確率の低い「3」「4」「17」はついに出ませんでした。そして、いつ終わるかわからない無限ループに陥りそうになったので、途中で終了となりました。そういえば、前回もそうでした。
 このゲームをする時には、終わり方をあらかじめ決めておかないと、最後が曖昧になります。だからといってどうだ、ということもないメンバーが集まってのゲームなので、楽しければこれはこれでいいのかもしれません。

 帰りは、いつものようにお仲間の方々と5人で、秋らしくなった風を心地よく感じながら、ブラブラとお喋りをしながら歩きます。100歳のTさんからは、もっと早く、真っ直ぐに歩くように、と注意を受けました。ハイハイと言うと、返事は1回、と追い討ちがかかります。
 通りがかりの車が、我々の横をノロノロとかわしていきます。へたに年寄りに関わっては大変だ、とばかりに、ノロノロというよりもソロソロと通り過ぎて行きました。

 今朝2時頃のことでした。寝る前にメダカの小さい方の水槽を何気なしに見たところ、今回は孵化はないものと諦めていた水面に、2つの小さな点が動いているのです。よく見ると、メダカが孵っていたのです。
 親メダカが卵を抱えていた姿は、偶然ながら写していました。

251012_メダカの産卵.jpg

 このメダカを隔離して、卵がなくなってから仲間がいるところに戻しました。
 それから何日か経っても、隔離用の網の中で孵化する気配がないので、その隔離用の黒い網と水を、いつ片付けようかと思っていました。そのままにしておいたことが良かったのです。
 明け方の5時頃には、何と15匹以上もの小さな粒々がチョロチョロしています。体長は3ミリほどです。
 先ほど見たところ、20匹以上のメダカの子供たちが元気に動いています。すばしこいので、なかなか写真が撮れません。

251014_メダカ.jpg


 過日は、捨てようとしていた水の中に、1匹だけ孵って泳いでいたのを見つけました。今回も、諦めかけていた時のおめでたです。メダカにも、気長に付き合わなければいけないことを学びました。
 大切に育てていきたいと思います。




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2025年10月13日

京洛逍遥(952)龍谷ミュージアムの展覧会

 京都駅のすぐ近く、西本願寺の前に龍谷大学の龍谷ミュージアムがあります。現在、「特別展 仏教と夢 ガンダーラから日本まで(夢でつながる教えの物語)」を開催中なので、行って来ました。

251013_龍谷ミュージアム玄関.jpg


 素晴らしい企画の展覧会でした。惜しむらくは、私にもっと幅広い知識があったなら、感性豊かに展示物から壮大な世界を思い描けたのにと思うと、自分自身に残念な思いが残りました。こうした環境に身を置けることのありがたさよりも、自分の中に「仏教と夢」の物語が大きく展開しないことに悔しい思いをしたのです。

 展示物の名前や説明には、知っている用語や単語が散見します。しかし、それらがバラバラな知識の点に留まっていて、つながらないのです。
 インドの説明が多かったので、何十回と行った中で学んだことが思い合わされました。しかし、それが散発の出来事で終わり、悠久の時間の流れの中で行ったり来たりします。えーっと、えーっとで終わります。返す返すも、もったいないことです。

 明恵の夢の話には興味深いものがありました。大阪大学に提出した博士論文の副査をしてくださった荒木浩先生には、ご著書や論文のみならず、ハーバード大学で展示されていた明恵の夢の資料を見ながら、直接説明をお聞きする貴重な機会がありました。しかし、それらが具体的な内容を伴って、今思い出せないのでした。

 横長の写本を見た時には、ミャンマーで見つけた書写の道具を使って書き写していることに思いが及びました。
 天台山や五台山に関する資料の前では、中国浙江省天台県へ行った時のブログの報告記事が、インターネットのサーバーがクラッシュしたために関連する記事がすべて無くなってしまい、いまだに復元できないままであることを思い出しました。
 絵伝をみると、マンガの駒割りを連想しました。
 展示物を見ている内に、かつて通っていたインドの雑貨屋さんで見かけたり買って来たりした小物を、突然思い出しました。引っ越しの時にまとめてパックしたので、いつか取り出してそれらが何なのか、再確認したいと思います。得体のしれないガラクタであっても、研究の資料になるものが混じっているかも知れないからです。

 シルクロードの遺跡にあった美術工芸品を、世界各国の探検隊が自国に持ち帰りました。大谷探検隊も、その例に漏れません。遺物はあった場所にあるのがいい、と思った時期もありました。しかし、宗教的な意味を持つものであればなおさら、異教徒によって破壊される現実を知り、文化財の保護という観点からも現場から避難させる意味での移動や持ち帰りは必要だ、と思うようになりました。平山郁夫の考え方に賛同しています。
 そのような視点でみると、ロンドンの大英博物館が泥棒博物館と言われ、カイロの博物館の収蔵品が暴動の際に壊され持ち去られたことの意味が、いろいろに解釈されている実状がわかります。私がちょうどカイロに行った後に、政局の混乱に乗じて博物館の中が荒らされました。私が現地の先生や学生さんと見た物は、今も多くが行方不明です。「やはり野に置けレンゲ草」などという悠長な考えではどうしようもない現実の中に、宗教がらみの遺物や歴史資料があるのです。今回の展示でも、シルクロードの現地から持ち帰った物を見て、雑念が混じった視点で資料や史料を見ている自分を実感しました。

 いろいろなものに接することでさまざまに反応する中で、自分自身が溜め込んで知っていることとの連携がスムーズに結びつくようにしたいものです。知識として断片的なものとして知るのではなく、知りえた点と点が連接して物語となるように、物の背景と共にさらに学んで行きたいと思いました。

 館内のシアターでは、短編の映画を3本見ました。丁寧に編集された、よくできたものだったので、各テーマに沿った内容がわかりやすく理解できました。

(1)「ベゼクリク石窟」
(2)「仏伝浮彫で見る釈尊の生涯」
(3)「世にも素敵な当麻曼茶羅」

 この内、「ベゼクリク石窟」については、石窟15号窟回廊壁画が龍谷大学古典籍デジタルアーカイブセンターで実際に復元され、その石窟の中を自由に歩いて仏教石窟の雰囲気を体験することが出来ました。ただし、回廊の幅は実際には1.2mであっても、今回は安全確保のために1.5mにしている、とのことでした。
 また、写真などはネットに転載可能となっていました。最近のこうした傾向は、仲間との情報交換にプラスとなります。早速、以下に3点ほど紹介します。

251013_石窟復元.jpg


251013_石窟1.jpg

251013_石窟2.jpg

 3階の展示を見た後は、2階の展示を見ました。これまでは単語としてしか知らなかった、仏伝浮彫に始まり、書籍や絵巻や図像や仏像の数々が、きれいな会場に整然と並べられています。わかりやすい説明文を読みながら、それらを追いました。充実した、実感実証の一日となりました。

 龍谷ミュージアムのホームページから、今回の出品リストを参考までにあげます。





posted by genjiito at 22:47| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年10月12日

[その 3/3]京都駅舎の設計に関する新聞記事への違和感

 本日の京都新聞の京都市版ぐぐっと京都に、「京都駅ビル 都市変えた/完成時には賛否 今や世界的評価/大阪公立大・倉方教授に聞く」と題する記事が掲載されました。

 以下、この記事に関する私見を記します。

 冒頭で、「近代的なJR京都駅ビル。1997年の完成時には賛否両論がわき起こったが、今では建築作品として世界的評価を得つつある。」(三村智哉)とあります。しかし、私はこの記事の論調と視点に違和感を覚えました。それは、先日「京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える」(2025年10月05日、http://genjiito.sblo.jp/article/191508554.html)という記事をアップしたばかりだったからです。その後半で、私は次のように書きました。そして、【京都駅ビル 大階段および外部階段の安全性向上に関する要望書(案)】なるものも公開しました。


 今後のこととして、京都駅の階段や手すりに関する行政・管理者宛ての「要望文(意見書)」のひな形を、生成AIから提案してもらいました。
 以下に、今後の参考までにその全文を引きます。しかるべきタイミングで、この文案を補訂して提示しようと思います。折しも、京都駅舎の立て替えが検討されているようなので、今後の改善にこの文案が役立つかも知れません。また、すでに動いておられる方の参考にでもなればと思っています。


 要は、「高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮に関する手すり改善のお願い」という主旨で、問題点をいくつか具体的にあげました。指摘したことは、壮大な建築学的な視点とは比べようもない、ささやかなことです。しかし、利用者は不特定多数の人間です。デザインありき、だけではいけません。
 前記ブログで私は、「手すりが無骨で安価なものであるために貧相であることや、高齢者や子供が昇り降りする視点が欠落していることなどについて、多くの疑問を抱いています。美観重視で弱者への配慮が皆無」であることなどを、現状に即して指摘したつもりです。

 さて、京都新聞の記事では、建築家の故・原広司氏(1936~2025年)の功績を称揚し、「1人の建築家の思想が都市の風景を変えた」と、その功績を語ります。とにかく、建築的に優れた点として、中見出しにあるように「旅情感じ、公共空間多く、合理的」の3点を挙げます。デザインにも「今も古く感じさせない」と言います。
 この論理展開に、私は時代錯誤を感じました。

 この新聞に掲載されたコメントを読み、私が問題とする手すりなどに関して、「高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮」がまったく埒外のこととして無視されていることが気になりました。取材を受けた側として、記者の意向に沿うように、いろいろと忖度なさったようです。しかし、こうした提灯記事は、何も新しいものを生み出しません。

 私は2年前に脳梗塞となり、手足に違和感を覚えるようになってから、こうした公共施設に安全の配慮が欠けていることが気になり出しました。今回の取材を受けた先生も、ご自分の身体に少しでも不自由なところが出来したら、こうした無難で太平楽な論調にはならないだろう、と思いました。

 この京都駅ビルは、1991年に国際指名コンペとして公開審査がなされたそうです。高齢者・子ども・身体の不自由な方への配慮など、問題にもならなかった時代の審査だったのでしょう。今から考えると、幅広い多くの利用者への視点が欠落し、機能的で合理的なデザインが最優先された選考だったように思われます。そうであったとしたら、時代の制約とはいえ残念です。

 今は時代も意識も変わりました。
 京都駅ビルを利用する人々への優しい思いやりを盛り込んだ、新たな提案がなされることを期待しましょう。




posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | *身辺雑記

[その 2/3]息子が日経新聞のイベントで受賞したことを知って

 生成AIを活用して、防衛の核となる情報戦の解決策を行動予測AIの観点から挑む会社を運営している息子が、数日前に日経新聞のイベント「スタートアップコンテスト」でファイナリストに選出され、「企業賞(リーテックス賞)」を受賞した、という知らせが届きました。

「スタートアップコンテスト」(https://www.xsum.jp/gai/pitch.html

「デジタルレシピ・プレスリリース」(https://dxr.co.jp/news/20250917093000322/

 私も人工知能を導入した『源氏物語』の本文に関する研究を指向しているので、そのノウハウを何とかして導入し、成果に結びつけたいと思っています。
 文学研究の中でも、本文研究は生成AIが有効な解決策を提示しやすい分野だと思われます。最先端の生成AIを活用した手法を持ち込んで、意義深い成果につなげようとしています。

 とにかく、人工知能に長けた集団が身近にいることを推進力として、私もさまざまな挑戦をしたいと思っています。




posted by genjiito at 21:28| Comment(0) | ◎情報社会

[その 1/3]京洛逍遥(951)新町通と室町通の間の衣棚通を北上

 地下鉄四条駅からスタートし、新町通と室町通の間を北に向かって歩きました。ジグザグに折れ曲がりながら、北大路通につながる衣棚(ころものたな)通の散策です。

 四条通から六角通りまでには、今は衣棚通はありません。六角通から北に伸びる狭い衣棚通を北に歩きます。至るところで行き止まりとなり、迂回しながら北に向かいます。

251012_衣棚通の始発点.jpg

 なお、六角通の手前の室町通に京菓子の永楽屋があります。
 その玄関先に、「柚子古ゞり」と書いた看板が掛かっていました。

251012_柚子古ゞり.jpg

 これを「ゆずこごり」と読める方は少ないことでしょう。「古」は変体仮名で「こ」と読むことは、今の学校教育では教えません。1900(明治33)年に文部省が平仮名を一音一字に統制した時に、他の200字ほどと一緒に今の平仮名グループから外された仮名文字なのです。しかし、こうして街中には残っています。そうした謂れ無き迫害にあっている変体仮名を見つけては、日本の文字を愛する方々には読んで楽しんでいただけるように紹介しているところです。
 国際的な文字体系であるユニコード(UTF8)に、変体仮名は正々堂々と認められています。しかし、日本国内では認められていないのです。浅薄で偏狭な日本語教育が、今も文部科学省によって続けられています。

 廣野了頓邸跡がありました。初めて知った名前ながら、説明に興味を持ったので取り上げます。この辺りを了頓図子町と言う理由もわかりました。

251012_了頓邸跡.jpg


 「もり一」という店の名前の「も」の字形が一風変わっていたので、資料として採集しました。

251012_もり一.jpg

 夕顔に包まれた家があったので、これも撮影しました。

251012_昼顔.jpg

 衣棚通の上方半分は民家が続くエリアだったので、町家の佇まいを楽しみながら歩きました。風情のある板塀が多くて、町並みの変化をおもしろく見て歩けました。

 十数年前に十年以上も住んでいた北大路にあるイオンで休憩して、妻と思い出語りをし合いながらのんびりと過ごしました。




posted by genjiito at 20:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年10月11日

中之島での『百人一首』(第17回)と『源氏物語 蜻蛉』(第28回)

 涼しい日だったので、出がけにブレザーを羽織るかどうかで迷い、結局は着ないままに中之島図書館へ行きました。必要はなかったものの、来月は必要になることでしょう。感じとしては、1ヶ月遅れの温暖化に伴う気候だと思えばいいようです。

 さて、本日の最初は「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」〔入門講座〕です。
 最初に、在原行平の歌が刻まれた須磨にある歌碑の写真をもとに、変体仮名で刻まれている和歌を読みました。

■16番歌 在原行平の歌碑(須磨・松風村雨堂の境内 関守稲荷神社の近く)
【中納言 行平卿詠】 【立】ち和賀連以な波能【山】乃【嶺】尓おふる
            萬徒登し【聞】可婆【今】か遍り古舞

 「【聞】可婆」(聞かば)の「婆」はあまり見かけない仮名文字です。私は京都の三条寺町にある蕎麦屋さんの例しか思いつかない話をしました。

251011_御曽婆と甼.jpg


 なお、「寺甼」の「甼」は「町」の異体字です。
 この「甼」の例は、西洞院通の突き当たりにある茶道の武者小路千家の官休庵西館の前にある、「甼内安全」と町名の「西無車小路町」が思い出されます。街中を歩くと、さまざまな文字と出会えます。

251011_甼と無車.jpg

 次に、『百人一首』のカルタに描かれた図様で、後ろ向きの姿の比較(試案)を一覧にしたものを提示しました。これは、《陽明》《鶴丸》《光琳》の3種類のカルタを例にして整理したものです。

251011_百人-17後ろ姿_2.jpg

 結論は出ないものの、《陽明》カルタに左向きの姿が多いことや、横や後ろ向きの姿は61番歌の後に多いことなど、さらには89番歌の式子内親王だけは《鶴丸》では上半身が隠れていて見えない図様であることなどを、思いつくままにお話しました。

 『百人一首』は、35番歌の紀貫之から44番歌の中納言朝忠までを、変体仮名に注目して文字の確認をしました。


 30分の休憩をおいて、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」です。書家の宮川保子さんが臨模を進めておられる相愛大学本『源氏物語』の「手習」巻の下書きと清書を見てもらい、平安から鎌倉時代の写本のありようや、書写の実態に及ぶ話をしました。

 その後は、変体仮名の「天」と「弖」について多くの例を示して、詳細な説明をしました。今日からは、この2文字をみなさんは識別できるようになります、ということを強調しました。
 なお、国文学研究資料館蔵「橋本本 若紫」の38丁表8行目にある、「弖」の上に「て」となぞっている例を提示し、書写にあたって最初に書き写した「弖」をわざわざ削って「て」と書き直しているのは、明確に字母の違いを意識し区別していたことの例証として紹介しました。この写真は、高精細の顕微鏡を使って撮影したものです。

251011_橋本本「若紫」弖&て.jpg

 スクリーンには、次にあげる私のブログの記事を映写し、さまざまな例を見てもらいました。そして、私がこの「天」と「弖」を明確に区別して翻字をしだしたのが「2017年12月10日」からであることも今回確認しました。
 以下に、「天」と「弖」に関する私のブログの記事のアドレスを列記して、これまでの検討を振り返る資料とします。

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(1)「変体仮名の字母─「天」と「弖」は見分けられるか」

 ※「京洛逍遥(427)高校駅伝と猿回しと終い天神と-2016」

(2)「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」

(3)「平仮名「て(天)」と変体仮名「弖・氐」について(その2)」

(4)「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」

 ※「日比谷での源氏講座で香道の話を聞く」

(5)「平仮名「て」と「弖」の直前に書かれている「り」と「里」について」

 ※「日比谷図書文化館で橋本本「若紫」を読む(2017-第7回)」
 (「筆の入り方が「て」のようにはっきりとした横線ではなく、筆を突いてすぐに下に流れ、さらに「く」の線を描く仮名は、「天」ではなくて「弖」を字母とするものにしたいと思います。」)

(6)「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」

(7)「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」」

(8)「日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その1、触読・「弖」・糸罫)」

 ※「池田本「桐壺」を変体仮名で読む(No.1)」
 (「今後は、「介」と「弖」をこれまでの「个」や「天」と区別して、厳密に字母を明示していくことにします。」)

 ※「池田本「桐壺」を変体仮名で読む(No.2)」
 (「翻字に関する注意事項として、今後は「介」と「个」、「弖」と「て」を厳密に読み分けていくことを確認しました。これから翻字作業に参加してくださる方がいらっしゃったこともあり、この点は強調しました。」)

 ※「オンラインセミナー「デジタル時代の変体仮名」に参加して」
 (「高田智和氏(国立国語研究所)は、ユニコードに変体仮名の字形を登録するにあたり、「天」と「弖」については「天(て)」の方に無理やり決めた、とのことでした。また、「弖」は「ユミイチ」と読んでおられるようです。」)
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 次は、ハーバード大学本「蜻蛉」の本文を「変体仮名翻字版」で翻字するメインの学習となります。
 今日は、ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』の63丁表8行目から64丁表までを見ました。

 問題にしたことを、いくつか列記して記録とします。

(1)細かなことながら、次の「す」(64丁表4行目)の文字の背後には何か別の文字が書かれているようです。赤の矢印で示した突き出た線が左下に降り、それが右に折り返していることまでは確認できます。しかし、それが何という文字を書こうとしていたものなのかは、このままではわかりません。

251011_ハーバード「蜻蛉」64oL4△&す.jpg

(2)次の例も、「なる」(64丁表6行目)の下に書かれている、なぞられている文字とその理由がわかりません。

251011_ハーバード「蜻蛉」64oL6△&る.jpg

 「すそろなる・なけきの」の「る」の下に書かれている赤矢印で明示した線は何という仮名文字なのか、今は見当もつきません。

(3)「あふ【時】と/【時】$、(あふと)・きこゆ累/△&累」(64丁表10行目)では、「あふ【時】と」の「【時】」にミセケチ記号があるので、後にこの文字はなかったことにする意味を示しています。なぜ「【時】」という漢字を書いてしまったのかを考えました。

251011_ハーバード「蜻蛉」64oL10時・累.jpg

 ここは丁の最終行であり、書写の道具として使っている糸罫は料紙の上からは外し、次のページの書写に移るために親本のページも捲る動作が伴っているところです。ということは、書き写す行為の気持ちの集中が途切れるところです。そして、書写している文字列は「あふときこゆ累」であり、気持ちの緩みから「と」と「き」が潜在意識に残ったままだったために、「【時】」という漢字をつい書いたのではないでしょうか。行末や丁末ではよくある、集中力が途切れるときに起きる現象の一つだと思われます。
 また。この文字列の最後の「きこゆ累」の「累」の下には、何か文字があります。ハーバード大学では原本を3回調査をしています。高精細の顕微鏡などを用いて現場で実見しても、その時から読めなかった文字です。残念な思いが、今も残っています。

 こうした判読に困難が伴う箇所については、再度ハーバード大学で原本を閲覧する機会が得られたなら、正確を期するためにもこうした点などを、他の多くの疑問点も含めてじっくりと確認したいと思っていることをお話しました。

 以下、本日確認した「変体仮名翻字版」の翻字の確定版です。

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翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部
( 「 )・末尾( 」 )、底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
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と/(すきものなら八八やと)・【思】尓・いま八な越・川きなし・【251011_ココカラ→】[33]れいの尓しの・
わ多【殿】を・阿りしに・ならひて・わさと於八し多るも・
あやし・ひめ三や・よる八・あな多に・わ多らせ・【給】介れ八/(63オ)
--------------------------------------
【人】尓/尓$/\〈薄墨〉、(【人人】)・川き・三るとて・この・わた【殿】尓・うちとけ・
【物】可多り・する・本となり介り・志やうのこと・いとを可
しう・ひきすふる・川ま於と/こと&於と、(川まこと)・きこゆ・於もひ可介ぬ二・
より於者して・なと・可く・ね多まし可本尓・川ま
ならし・【給】と・の多万う尓・三な・於とろ可るへ
可めれと・すこし・あけ多る・す多れを・うちをろ
しなとも・せ須・於き阿可りて・尓るへき・この可
三や八・ゝへるへきと/(八へるへきと)・いらふる・こゑ・【中将】の【御】もと
ゝ可や/(と可や)・いひしなり介り・まろこそ・【御】八ゝ可多の/(【御】八八可多の)・
於ちなと・者可なき・こと越・の多万ひて・れいの/(63ウ)
--------------------------------------
あな多に・於八し万すへ可りめり/け&め、(於八し万すへ可りけり)・なに王さ
を可・この・【御】さとす三の・本と尓八・せさせ・【給】
なと・あちきなく・とひ・【給】・い川く尓ても・【何事】
を可者・多ゝ可やう尓てこそ八/(多多)・すくさせ/△&す・【給】
めれと・いふ尓・於可しの・【御身】の・本とやと・於もふ尓・
すそろなる/△&る・なけきの・うちわすれてし川
るも・あやしと・於もひよる・【人】もこそと・万きら
八し尓/+八つら八しき〈ママ、薄墨〉・さしいて多る・【和琴】を/△&【琴】・多ゝさな可ら/(多多)・
可きなら志・【給】・里ちの・しらへ八・あやしう・於
里に・あふ【時】と/【時】$、(あふと)・きこゆ累/△&累・こゑなれ八・きゝ尓くゝも/も〈丁末左〉、(きき尓くくも)、(64オ)
--------------------------------------


 図書館を出た中之島公園の中央公会堂前では、「北浜蚤の市」が開催されていました。アンティークやアクセサリーや雑貨など、若者向けのお店が130店ほど出店しています。

251011_蚤の市.jpg


251011_公会堂.jpg

 若者向けの品物ばかりだったので、残念ながら手に取って見るものはありませんでした。もう少し時代と興味をずらしてもらえると、楽しく参加できたのですが。
 今日から3日間、この3連休中の開催です。興味のある方は、足を運んで見られたらいかがでしょうか。多くの若者が各出店に集まり、さまざまな小物を買っておられました。




posted by genjiito at 23:26| Comment(0) | ■講座学習

2025年10月10日

集会所で端材やカンナクズを使った花造り体験

 集会所の近くにある木工屋さんの(株)かわな工業のみなさまのご協力により、カンナクズを使ったバラの花を作りました。これまでにも何回かチャレンジした、モノづくり体験です。

 材料はヒノキの端材なので、爽やかな良い香りがします。
 木を薄く剥いだ細長くてペラペラとした皮状のものを霧吹きで湿らせて、折り畳みながら丸めていきます。丁寧な説明があるので、そんなに難しくはありません。

251010_カンナくず.jpg

 みなさん、それぞれに違った趣の花籠ができあがります。

 私は、今回はふんわりとした花を作りたかったので、そのコツを伺いました。
 まずは、木の皮を巻いていく時に、きっちりと締めつけないで、ゆったりと巻くことだと教わりました。次の写真の赤い斜線で示したあたりを、間隔を空けて折り込んで巻いていくといいようです。折る箇所が左に寄りすぎないようにすることがコツです。

251010_カンナ折り.jpg

 いつものように、我々とTさんの作品を並べて撮影しました。
 左端がTさん、真ん中が妻、右端が私の完成作品です。

251010_カンナ3つ.jpg

 《左端》Tさんは、端材が外に飛び出すような飾り付けを手伝ってもらったそうです。
 《中央》妻は、飾りの端材を高く盛り上げると共に、色の変化も工夫しています。
 《右端》私は、意図したようにふんわりとした花びらに仕上げることができました。

 みなさんと一緒に、楽しい工作の時間を過ごしました。
 お菓子とお茶とコーヒーをいただきながら、出来上がった作品を見せ合って、しばしの歓談となりました。




posted by genjiito at 19:36| Comment(0) | *福祉介護

2025年10月09日

京洛逍遥(950)多くの若者で賑わう御香宮神社の神幸祭

 散策の途中で、宇治川を渡った観月橋の袂のメダカ屋さんに立ち寄り、最近3度も孵化に失敗していることでアドバイスを受けました。どうやら原因は、卵を抱えたメスを隔離するのが早すぎるせいだと思われます。これから寒くなり育てるのも大変なので、温かくなるまで待ってもいいのでは、とのことでした。

 そのまま桃山御陵前まで歩き、御香宮神社で開催中の神幸祭(伏見祭)に参加しました。

251009_大手門.jpg

 とにかく若者が多いことに驚きです。8割方は高校生以下と見ました。どこから集まって来るのか、とにかく若者の大群に圧倒されます。久しぶりです。境内の参道には、150軒以上の露店がびっしりと並んでおり、大盛況です。

251009_屋台通り.jpg


 能舞台には、江戸中期の甲冑が並んでいました。壮観です。

251009_甲冑.jpg

 小さい子が、カニ釣りをしていました。始めて見る遊びです。エサはウドンでした。カニがツメでエサを挟んでも、持ち上げると離すのでなかなか取れません。長期戦になっていました。

251009_カニ釣り.jpg


 大手通のカフェで一休みしてから、電車で帰りました。今日の歩数は13,000歩。涼しくなったので、身体も少し元気になったようです。




posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年10月08日

久代安敏さんと池田研二先生を追悼する集まりを企画中

 先月末に鳥取県日野郡日南町を通りかかった折、池田亀鑑賞のことでたびたびお世話になった図書館のAさんに電話をしたことは、「鳥取の日南町から島根の亀嵩へ」(2025年09月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/191503718.html)の冒頭に書きました。その時には、直接お話しをすることができないままに、私は奥出雲の松本清張と『砂の器』の旅に向かいました。

 本日、そのAさんからお電話をいただき、池田亀鑑文学碑を守る会事務局長の久代安敏さんと、池田亀鑑のご子息である池田研二先生が共にお亡くなりになったことに関して、追悼の集まりを持つことで相談をしました。ちょうど日南町では、来年が木造の見事な町役場ができて30年になることと、池田亀鑑の没後70年ということで、イベントを考えていたところである、ということを伺いました。
 そして、そのイベントの一環として池田亀鑑に関することでは、私のことを日南町で話題にしていただいていたとのことです。お互いの考えが一致したこともあり、実施に向けて前向きに進めることになりました。時期は、来年の6月ごろになりそうです。

 久代安敏さんへの追悼文と池田亀鑑賞については、次の記事にまとめています。

 「久代安敏さんとの14年間の想い出」(2023年05月31日、http://genjiito.sblo.jp/article/190378145.html

 また、池田研二先生への追悼文は、以下の記事を参照願います。

 「江戸漫歩(177)池田先生宅に弔問に訪れた後は懐かしの新宿伊勢丹へ」(2025年06月08日、http://genjiito.sblo.jp/article/191379344.html

 私からAさんへのお願いは、これまでの池田亀鑑賞のイベントの最後に、池田亀鑑体験として『源氏物語』の古写本を読むという時間を設定していただいていたので、最後にもう一度やりたいということです。Aさんも、あれは好評だったので今回も取り入れましょう、ということになりました。

 これまでの池田亀鑑賞の贈呈式は、鳥取県の地域活性化を推進する取り組みの一環として実施されていました。それが今回は、あくまでも日南町単独の行事なので、予算が限られています。そうであっても、ささやかながらも、住民のみなさまと共に久代安敏さんと池田研二先生への追悼の気持ちの籠もった集まりにしたいものです。

 私案の一部には、池田亀鑑関連の思い出の品のいくつかを展示することがあります。

 (1)池田研二先生のご自宅に残っている池田亀鑑の書写道具をお借りして並べる。
   例えば、古写本を写した高松宮本のフィルムとその画像を虫眼鏡で読む道具など。
    「『源氏物語大成』の背景と資料(1)」(2011年04月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/178935178.html

 (2)伯耆町立岸本中学校前の石碑に「生涯稽古」という言葉が刻まれています。
   これは、池田亀鑑の自筆を写したものです。
   その文言と同じ言葉を池田亀鑑自身が記した本が私の手元にあるので、それを展示する。
   「池田亀鑑の揮毫本と三宮散策」(2023年06月04日、http://genjiito.sblo.jp/article/190385147.html

 (3)これまで刊行した以下の4冊を並べる。
  『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』第1集』(伊藤編、新典社、2011年)
  『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』第2集』(伊藤編、新典社、2013年)
  『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』第3集』(伊藤編、新典社、2016年)
  『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』第4集』(伊藤編、新典社、2021年)

 (4)久代安敏さんと池田研二先生との記念写真を会場に掲示する。

 なお、私と日南町とのご縁は、次の記事に書いています。
 まちおこしの一環ということもあり、日南町とは長いお付き合いをしています。

 「10年前の今日3月10日のこと」(2021年03月10日、http://genjiito.sblo.jp/article/188477860.html

 池田亀鑑賞の最後となった第8回授賞式の様子は、次の記事にまとめています。

 「第8回池田亀鑑賞授賞式-2019」(2020年02月22日、http://genjiito.sblo.jp/article/187191083.html

 追悼の集会が実現すると、それ以来の、6年ぶりに日南町のみなさまにお目にかかることになります。
 アイデアを持ち寄りながら、意義深い集まりにしたいと思います。




posted by genjiito at 23:22| Comment(0) | □池田亀鑑

2025年10月07日

集会所でテーブルカーリングをした後に球の動きを確認する

 ラジオ体操の後は、このサークルのテーマソングを歌いました。久しぶりです。地域の活動に参加していることを実感して、自分の立ち位置をあらためて確認することになります。

 宇治市社会福祉協議会コラボネット宇治のUさんが進行役となり、テーブルカーリングをしました。
 今年の初夏にやったので、2回目だとのことです。ただし、私は記憶が薄くて思い出せませんでした。帰ってからブログを確認すると、6月24日の「集会所でテーブルカーリングを楽しむ」(http://genjiito.sblo.jp/article/191397582.html)に報告していました。ゲームのルールなどは、その記事に譲ります。

 1つに3人が座れる会議用の長い机を2本並べ、長方形のスペースにテーブルカーリングのフェルトと、落下防止の柵をセットします。投げるのはストーンではなく、小さな樹脂製の丸いコイン大の平べったい球です。一人が一個ずつ、前方の丸の中を目がけて滑らせて投げます。
 円の中心に球が集中するので、それを蹴散らしながら自分の色の球を真ん中に置いていきます。

 1投ごとに状況が変わるので、気が抜けません。
 100歳のTさんは、右手が少し不自由なので左手での挑戦です。それでも、思い切りがいいので、球は真っ直ぐに滑って行きます。両サイドの木枠に当たって跳ね返るなど、運動神経の良さと元気なリアクションが見られました。歳などまったく関係がないことを、身をもって証明してくださいました。みんながそれぞれの投げ方でチャレンジし、対戦ゲームを大いに楽しみました。

 最後に、球の動きをテストしました。真ん中に3つの球を置き、どのように飛び散るかを実験したのです。同時に2個までは飛ばせます。しかし、3つを同時に飛ばすのは至難の業であることがわかりました。この確認だけでも、次回のゲームに役立ちます。近い内にまたしましょう、とのことでした。
 向上心が旺盛な方が多いので、次はもっと接戦になることでしょう。




posted by genjiito at 21:26| Comment(0) | *福祉介護

2025年10月06日

季節の変わり目に気怠さを感じつつ

 朝夕の風が秋らしくなったようです。
 外に出ると涼しさを感じるので、気持ちよく散策できます。
 もっとも、日中はまだ夏の気配を残しています。
 数日前から、この夏も毎日働いてくれていたエアコンもつけず、扇風機も一休みです。
 秋のない季節となるようなので、今を秋と思うことにします。
 そんな中で、天候の不順と寒暖の差が身体を狂わせるのか、何となく気怠い日が続いています。
 外から帰ってくると、身体が重く感じられます。
 それは、疲れやすくなったのではなく、気圧と血圧と体温のコントロールが崩れたせいだとか。
 加齢で片付けるのではなく、さもありなん、と納得しています。
 イスに座っている時間よりも、身体を横たえている時間が長い1日でした。
 やりたいことがたくさんある中で、休憩時間が多いのです。
 身体は正直なので、その時その時、欲するままに休むことにしています。
 無理に体調を管理するのではなく、なるように任せるのも方策だと思います。
 その日の身体の具合にあわせて、マイペースで仕事を続けて行くことにしましょう。
 四季の移り変わりが、予想とは異なっています。
 しかし、それに惑わされることなく、自分の身体の反応のままに日々を送ることにします。




posted by genjiito at 21:31| Comment(0) | *健康雑記

2025年10月05日

京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える

 母は、2004年に84歳で亡くなりました。今日は、祥月命日。生きていれば、105歳です。裁縫が得意だったので、戒名は縫徳禎香大姉となりました。

 日頃は裁縫や編み物をしている穏やかな母だったので、折々に子供と一緒に、車で賑やかな所へ連れて行ったものです。今日も、そのつもりで東寺に出掛けました。西国三十三所めぐりやお寺参りは大好きでした。東寺にも、何度もお参りをしに来ています。

 朝から小雨です。しかし、傘はなくてもいいくらいの霧雨なので、ガラクタ市は中止にならないことを見越して出掛けました。雨のせいで、人出は疎らです。ほとんどが海外からの観光客です。

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 今日も、妻は帯地を何反も買い込んでいました。カバンを作るためです。妻の部屋と作業場所には、布地や帯地が溢れ返っています。毎日、布を見て触り裁断することに熱中しています。

 お大師さまの誕生日は妻と同じです。そのこともあって、ここに来るといつも御影堂に入ります。今日は、お遍路さんと一緒でした。先達の方が、みんなでお経を唱えてもいいかと、受け付けの方に確認しておられました。大師堂の外で、声は控えめにお願いします、と仰っていました。聴こえてきたのは、般若心経でした。

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 前回にここに来たのは、9月7日のガラクタ市でした。その時と同じように、東寺の東側にある慶賀門の前の花屋さんに寄りました。

2251005_花屋森本.jpg

 この前は、白とピンクと紫の3色の桔梗をいただきました。元気に咲いています。
 今日は、紫式部、秋明菊、野牡丹、千日小坊などなど。秋の花が華やかに咲き誇ることでしょう。
 いつもの通り、店主のおじさんと花談義が始まりました。今日は、我々が初めての客だそうです。昨日も、一昨日もなかったとか。最近は、花に興味を示す人が少なくなった、と嘆いておられました。
 紫式部の仲間で、白式部という花があることを知りました。しかし、作る人が少なくて、今日はないとのこと。来月までに入れておくので、と仰っていました。

 歩いてイオンに行き、その足でキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で12月の勉強会の部屋の予約を取り、京都駅を散策して帰りました。

 帰宅後、京都駅舎で気になっていることを写真付きで何点か列記して、生成AIに問題点の整理を頼みました。大階段の問題点は、本ブログで何度か指摘してきたので、ここでは省略します。

251005_貧相な手すり.png
251005_貧相な手すり.png


2251005_太い手すり.png

 手すりが無骨で安価なものであるために貧相であることや、高齢者や子供が昇り降りする視点が欠落していることなどについて、多くの疑問を抱いています。美観重視で弱者への配慮が皆無なので、その設計思想の背景も聞きました。
 生成AIからは、膨大な量の説明文を受け取りました。なぜあのようなバラバラの駅舎が今もあるのか、その意味が少しずつわかりました。大人の事情があるようです。しかし、そうであっても、これからの時代に向けた、弱者への視点がないことは明らかです。

 そこで、今後のこととして、京都駅の階段や手すりに関する行政・管理者宛ての「要望文(意見書)」のひな形を、生成AIから提案してもらいました。
 以下に、今後の参考までにその全文を引きます。しかるべきタイミングで、この文案を補訂して提示しようと思います。折しも、京都駅舎の立て替えが検討されているようなので、今後の改善にこの文案が役立つかも知れません。また、すでに動いておられる方の参考にでもなればと思っています。

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【京都駅ビル 大階段および外部階段の安全性向上に関する要望書(案)】

提出先
京都駅ビル開発株式会社
または JR西日本 京都支社 ご担当者様

件名
高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮に関する手すり改善のお願い

1.要望の趣旨
京都駅ビルの各階段(特に大階段および西側郵便局方面への外部階段)において、
手すりの位置・太さ・配置が一部の利用者にとって使いづらく、
高齢者や子どもが安全に通行できない箇所が見受けられます。
美観を重視された意匠であることは理解しておりますが、
来訪者数・観光客の増加に伴い、より幅広い層に配慮した安全対策をお願い申し上げます。

2.具体的な指摘事項
手すりの太さ
西側郵便局へ通じる外部階段の中央手すりが非常に太く、
成人でも握りづらい形状となっています。
→ 握り径 φ32〜40mm 程度の把持用手すりを併設していただきたいです。
手すりの連続性
手すりが短く分断されており、上り下りの途中で途切れています。
→ 途切れのない連続手すりへの改修をご検討ください。
両側の手すりの欠如
多くの階段で中央に1本しか手すりがなく、両側に手すりが設置されていません。
→ 高齢者・子ども・ベビーカー利用者などの安全確保のため、
両側壁面への補助手すり設置をお願いいたします。
高さの改善
一部の手すりが高く設定されており、
握る際に肩が上がってしまう姿勢となります。
→ 人間工学的な握り高さ(約80〜90cm)への調整を望みます。

3.背景と利用実態
京都駅ビルは国内外の観光客が多く訪れる公共的空間であり、
大階段や屋外階段は京都の象徴的な景観の一部でもあります。
しかし現在、特に高齢者・子ども連れの方から
「手すりが高くて持てない」「太すぎて滑る」「両側にないので怖い」
といった声が聞かれます。
事故が起きてからの対応ではなく、先んじた安全対策をお願い申し上げます。

4.提案
現在の意匠を尊重しつつ、
@細径サブ手すりの併設、
A両側補助手すりの設置、
B視認性の高い段鼻ラインの整備、
のいずれか、または段階的な改修をご検討ください。

5.結び
京都駅は京都市の玄関口であり、
「安全で美しい階段」は市民と観光客双方の安心を支える重要な要素です。
今後の改修・維持管理の中で、本要望をご参考にしていただければ幸いです。

提出者(例)
京都市在住 ○○○○
連絡先(任意)
提出日 2025年○月○日
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 言挙げをしても行政が動かないことは、すでにこれまでにも何度か体験しています。しかし、問題点を整理して公開しておけば、いつか生きた情報として活用の道が拓けるはずです。そんな思いからの問題提起です。




posted by genjiito at 23:04| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年10月04日

宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(5)

 今日はまず、シェア型書店HONBAKO京都宇治に行くと早速、私が箱主となっている2つの本箱の本の入れ替えをしました。

251004_本箱.jpg

 「特集:小野小町」は終了とし、次は「特集:辞典-事典-小百科」に入れ替えました。隣の本箱の「特集:『源氏物語』」は数冊の本を差し替えました。いずれも、私が読んでほしいと思う本を選んでいます。この書店にお出でになる方々の好みが摑み切れないので、試行錯誤の選書です。一カ月毎に特集を組み直して行くつもりです。
 ここは、本好きの方々が集うコミュニティです。楽しい本が並んでいます。私が書店で行かないコーナーにある本がたくさんあるので、今日も2冊いただいてきました。すばらしい、本との出会いの場所であり、人との出会いの場所でもあります。末長く、多くの方々との交流の場になるように、願っています

 今日の勉強会は、相愛大学春曙文庫本『源氏物語 橋姫』の第五丁表から第七丁裏までを、変体仮名に正確に翻字しながら確認を進めました。いろいろな問題点が見え出したので、列記して整理しておきます。

(1)変体仮名「支」(き)、「春」(す)、「身」(み)、「免」(め)、「累」(る)が頻出します。これらは、ハーバード大学本「須磨・蜻蛉」や歴博本「鈴虫」とは異なる現象です。ハーバード本の親本や書写者が、この相愛大学本のグループとは異なることに起因すると思われます。

(2)助詞「登」(と)の多用が見られます。これも、ハーバード大学本「須磨・蜻蛉」や歴博本「鈴虫」とは異なる現象です。

(3)撥音便「ん」(「八んへらん/5ウ」、「へ可んめ累/6オ」)と変体仮名「ん・毛・无」(「とんの/6オ」)の表記が気になります。これもまた、ハーバード大学本「須磨・蜻蛉」や歴博本「鈴虫」とは異なる現象です。

 次に、相愛大学本の写本に書き写された文字の特徴に関して。

(4)相愛大本の「帚木」(キャンパスプラザ京都で読んでいる写本)と「橋姫」の「お」は、ハーバード大本「須磨・蜻蛉」や歴博本「鈴虫」とは字形が異なるものがあります。
 ※相愛「橋姫」5丁表10行目の「お」の字形

250902_春曙橋姫5oL10おき.jpg

 ※相愛「帚木」1丁表2行目の「お」
250926_相愛「帚木」1oL2お.jpg


(5)次の例は、ナゾリ書きの実態から、書写に用いた親本の本文の素性が推測できるものです。
 ここでは、保阪本(重要文化財、文化庁蔵)の独自異文である本文を書写していることがわかります。つまり、保坂本だけが「なへてならす」という本文を伝えている箇所です(『源氏物語別本集成』451869)。相愛本がその保阪本の独自異文と同じ本文を書写している箇所に、後の人が校合結果として「ならす」の上に「おほえ」をなぞって上書きしているのです。これ以外にも、保阪本と相愛大本の近似性が見られる箇所は枚挙に暇がありません。相愛大本「橋姫」は、保阪本のグループに属する本文を伝えていると考えていいと思われます。
 ※相愛「橋姫」5丁裏6行目のナゾリ 「於ほえ/ならす&於ほえ」

250903_春曙「橋姫」5uL6ナゾリ.jpg

(6)次の例は、誤読や誤写が生ずる原因となることの例証に好例となるものです。
 相愛本「橋姫」6丁表9行目の字形は、「を可く」ではなくて「本そく」と読む箇所です。その左横の「をなし」の「を」とよく似ているのでわかりやすいでしょう。「そ」の第一画の横線が「を」のシンニョウと勘違いさせることから、誤読や誤写が生じかねない字形となっているものです。

251004_相愛「橋姫」6oL9本そく.jpg


(7)次の相愛大本の「ゐ」の下に書かれている文字について、今日は検討に時間を割きました。
 何という文字がなぞられたのか、ということです。可能性としては、以下の3点が考えられます。

 @「心△」と書いた上に「ゐ」を書いている
 A直後の「雲」に目移りして「雲」を書きさした状態で、途中から「ゐ」を上書きした
 B左下の「登」の書き始めの文字に似た文字を書いている途中から「ゐ」を上書きした

 これらのうち、「橋姫」6丁裏4行目のなぞられた文字は何か(ゐ堂る尓/△&ゐ)は、今はどれだと確定ができません。今後の課題とします。

251004_相愛「橋姫」6uL4△&ゐ.jpg

(8)用紙に裏写りが激しいことから、紙を砧などで叩く加工の工程が粗く、墨が吸収しやすい状態のものであったようです。ハーバード大学本等はこうした裏写りは少ないので、これは料紙のグループが異なるものだった可能性が高いと思われます。専門家の鑑定を待ちたいところです。

 本日確認した第五丁表から第七丁裏までの[変体仮名翻字版]は、以下の通りです。
 国文学研究資料館から公開されている相愛大学春曙文庫本「橋姫」の写本の画像は、以下のアドレスで確認することができます。

--------------------------------------
於本ゆれ者・【人】・き可ぬ・と支は・
あ遣くれ・可くなん・あそ者勢登・志
毛【人】尓て毛・身や古の・可多より・まいり・
堂ちまし累・悲と・【侍】・ときは・
をと母・世さ世・【給】者春・於ほ可多・可く
て・【女】堂ち・越八しま春・【事】越者・
可くさ勢・【給】ふ・奈へ弖の・【人】尓・志
ら世・堂てま川らし登・於ほし・の多
ま葉するなり登・【申】世は・うち王らひ
て・ありきおき・【御物】可くしなり・し可/(5オ)
--------------------------------------
しのひ・【給】奈礼登・み奈【人】・あ里
可多き・【世】乃・堂免し尓・きこゑい
徒免る越登・の多まひ弖・な越・し累へ
世よ・王可れ者/可$、(王れ者)・春き/\しき/(春き春きしき)・心なと・奈支・
【人】そ・可くて・越者しま春ら無・【御】あり
さま能・あやしう・介尓・なへ弖/弖±二・於ほえ/ならす&於ほえ、(ならす)・
堂ま者ぬなり登・万免や可尓・乃多ま
へ葉・あ奈・可しこ・古ゝろ奈き/(古古ろ奈き)・やう尓・
のち能・きこゑや・八んへらん登て・あ奈
堂の・越まへ八・【竹】の・春い可き・し古免弖/古〈次頁〉、(5ウ)
--------------------------------------
み奈・へ堂弖・【事】奈免る越・ゝ
しへよ世/(越しへよ世)・堂弖ま川礼里・【御】とんの・
【人】八・尓し乃・らう尓・よひ春ゑ弖・こ能・
【殿】井【人】・あひしらふ・あ奈多尓・可よふへ可
んめ累・春い可/〈ママ〉・と越・春こし・越しあ介弖・
身・【給】へ八・ナシ/+月・を可し支・【程】尓・きり王多れ累越・
な可免弖・春多れ越・三し可く・まきあ遣て・
【人】〻/(【人人】)・井堂り・すのこ尓・いと・佐むけ尓・【身】・
本そく・な衛者免累・王ら八・【一人】・
を奈し・さまなる・於と那毛・井堂り/堂〈次頁〉、(6オ)
--------------------------------------
うち那累・【人】・ひとり者・ゝし
ら尓/(者しら尓)・すこし・ゐ可くれ弖・ひ者越・
まへ尓・越きて・者ちを・てまさくり尓・
し川ゝ/(し川川)・ゐ堂る尓/△&ゐ・【雲】・可くれ堂りつる・
【月】乃・【俄】・い登・あ可く・さしいて
堂れ者・あふきならて・古礼して
毛・徒き葉・ま祢き川へ可り介り登
て・佐し能そき堂累・可を・い身
しう・らう堂け尓・尓本ひや
可なるへし・そひふし堂累/堂〈次頁〉、(6ウ)
--------------------------------------
【人】八・【事】能・うゑ尓・可多ふ支
可ゝ里弖/(可多ふ支可可里弖)・い累・ひを・可へ春・八ち
古そ・あ里け礼・佐ま・【事】尓毛・【思】
越よひ・【給】・【御心】可奈登て・うち王ら
ひ堂る・け者ひ・い満・すこし・
を毛里可尓・よし徒き堂里・越よ
者春とん・古れ毛・【月】尓・者那累ゝ/(者那累累)・【物】
可葉なと・者可奈き・【事】・うちと
遣・の堂まひ可八し堂累・介者い
登母・さら尓・よそ尓・【思】や里し尓八・尓す/(7オ)
--------------------------------------
い登・あ者れ尓・な川可しう・越可し・
む可し毛の可多里奈と尓・可多里川堂
へ・わ可き・【女房】なと乃・よむ越毛・
きく尓・可奈ら春・可やう能・【事】越・
いひ堂累・佐し毛・あらしと・尓くゝ/(尓くく)・
をし八可るゝ越/(をし八可るる越)・介尓・あ者れな累/り&累、(あ者れなり)・
【物】ゝ具ま毛/(【物】の)・あ里ぬへ可り介りい/い〈ママ、諸本と〉・古ゝろ/(古古ろ)・
う川里ぬへし・幾里・ふ可介れ八・
さや可尓・身ゆへく毛・あら春・ま多・
【月】・さしいてなと/(ぬと&なと)、(さしいてぬと)・於ほ春・【程】尓・越く能/(7ウ)←【251004_ここまで】
--------------------------------------

 天気予報は雨でした。しかし、宇治駅前までの往復で濡れることなく帰れました。
 相変わらず、駅前には多くの観光客がおられます。宇治橋通り商店街は大混雑です。
 今日も、抹茶コロッケをいただいて帰りました。




posted by genjiito at 22:29| Comment(0) | ■講座学習

2025年10月03日

集会所から京大病院へ

 毎月第一金曜日は、ボランティアの方がご自宅でパンを焼いて、集会所に持って来てくださいます。今日は、サツマイモで作ったパンに、歯応えがあるようにと干し芋を刻んだものが入っています。美味しいパンでした。挽きたてのコーヒーを2杯もいただきました。

 みんなで連想ゲームをしました。出題者のヒント如何で、正解が出るタイミングが変わります。だいたい、2つ目のヒントで答えが出ていました。私は「ラーメン」というお題で、ヒントとして「チャルメラ」と言うとすぐに「ラーメン」という答えが帰ってきました。

 脳トレを兼ねて、手首を動かす体操をしました。右手で机の上を上下に擦りながら、左手はグーでトントン机を叩きます。左右入れ替えても、これは何とかできました。
 しかし、いつもの、右手を上下に動かし、左手で三角形を描く動きは、バラバラに動いて笑うしかありません。逆のパターンでも同じです。サッとできたら脳は働いていない、と言われても、悔しい限りです。

 終わってから、100歳のTさんのことはお仲間にお願いして、我々はいつものように京大病院へ直行です。

 大文字山は秋の爽やかな風を受けて、優しく病院越しに京洛を見守っています。

251003_大文字.jpg


 京大病院で受ける妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴は、15回目の今日が最後です。副作用もなく、認知機能も特段に進行することもなく、順調にきました。対処が非常に早かったので、こうした治療を受けながら経過観察ができているのです。

 再来週からは、昨日行って顔合わせをした宇治徳洲会病院で、今後一年間にわたり点滴を受けます。昨日お目にかかった先生は、普段は京大病院の大学院にいらっしゃるそうです。週一回の派遣で診察を担当しておられるとのことでした。病院は違っても、主治医の目の届くところで診てもらうことがわかり、安心しました。

 帰りは、iPS 細胞研究所の前の花を見ながら帰りました。

251003_iPSの花.jpg

 ミニヒマワリの背景にある赤紫の葉は、シソ科のコリウスで観賞用だと、この写真を見て生成AIが教えてくれました。妻もそうそう、と言っているので、この名前でいいようです。
 妻は、iPS 細胞研究所の前で山中伸弥先生がお帰りになるところと出会い、頭を下げると先生も丁寧に答礼をしてくださったことを、昨日のことのように何度も語ってくれます。またお目にかかれるのではとの思いもあって、よくこの研究所の前を通って帰ります。残念ながら今日は、そんな出会いはありませんでしたが……




posted by genjiito at 21:42| Comment(0) | *健康雑記

2025年10月02日

[その2]宇治徳洲会病院で新しい先生との顔合わせ

 京大病院での妻の「レカネマブ(レケンビ)」月2回の点滴治療は、半年が経ったために近くの医療機関に依頼して実施することになっていました。診察や薬の処方は、こまれで通り2ヶ月毎に京大病院で行われます。

 明日が京大病院で受ける最後の点滴の日ということもあり、今日は宇治徳洲会病院の担当医との顔合わせに行ってきました。

 設定された時間が、送迎バスを使えない早い時間帯だったので、早朝散策のつもりで歩いて行きました。ちょうど30分かかります。適度な運動になりました。

 紹介された先生は、京大病院にいらっしゃった方で、今の主治医の先生から引き継ぎの資料を受け取っておられました。いろいろなことを承知で引き受けてくださったようで、安心しました。若い女医さんで、てきぱきとした説明を受けました。

 何か質問がありますか、とのことだったので、私からは確認の意味で1点だけ。
 昨秋、ここ宇治徳洲会病院で処方された「ドネペジル」という薬に対して、妻は副作用で過剰な反応を示したことを話題にしました。治療薬としての「ネペジル」は、気持ちを高揚させる効果を狙ったものであり、それが妻には異常に作用したために錯乱状態になったのでしょう、と負の薬効・薬害に対する理解を示してくださいました。
 妻も、当時は何事において訳もなく、異様に腹が立った経験を話していました。理解を示してくださる先生で、ホッとしました。

 今後4ヶ月間8回の点滴治療のスケジュールが組まれました。もちろん、私も毎回1時間半の付き添いで来院します。

 気分一新、これまでと変わることなく、地道な治療に取り組んで行きます。




posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | *健康雑記

[その1]宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(第5回)のご案内

 本日の京都新聞の山城版「まちかど[宇治]」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の案内記事を掲載していただきました。

251002_新聞掲載.jpg

 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。

 宇治の地で、宇治十帖の初めの巻である第45帖「橋姫」に書かれた、鎌倉時代の文字を読み進めています。
 扱う古写本は、相愛大学の春曙文庫が所蔵する『源氏物語 「橋姫」』(断簡)です。
 写本の画像は、国文学研究資料館の国書データベースで公開中のものを使います。

 開催日時は、毎月第1土曜日の午後2時〜4時
 会場は、シェア型書店HONBAKO京都宇治の2階にあるシェアスペース
 今後の日程は、次の通り

 2025 10/4、11/1、12/6
 2026/1/3(休会)、2/7、3/7

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 『源氏物語』の内容は扱わず、仮名文字を読むことを主眼としており、毎回読み切りです。
 参加費は2,000円。
 毎回の勉強会の様子は、この[たつみのいほりより](http://genjiito.sblo.jp/)に報告しています。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、JR宇治駅から歩いて3分(京都府宇治市宇治宇文字2-38)、宇治警察署の裏側。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。
 お知り合いの方へのご紹介も、よろしくお願いします。




posted by genjiito at 19:49| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年10月01日

出雲で出会った方々との奇縁続きに驚く

 今朝は朝食前に、別棟の個室温泉でくつろぎました。大社温泉は、日頃の疲れを取ってくれます。

 まず、出雲大社にお参りです。
 神域の松林には、ヒガンバナが一面に咲いていました。その燃えるような色に、神々しさを感じました。

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 運良く、神職の方による「月始祭」が催行される場面に行き合えました。
 大国主命とウサギの前で祝詞の奏上の後、鳥居を潜って本殿への移動です。

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 厳粛な雰囲気があたりに満ちていました。
 出雲大社の拝礼の仕方は、一般的な「二礼ニ拍手一礼」ではなくて、「二礼四拍手一礼」と、「四拍手」であることに特徴があります。

 ケタ違いに大きなしめ縄には、いつ来ても圧倒されます。

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 境内の一画にあったお土産物屋さんの女性が、我が家の親戚であるヘルン(小泉八雲)の宿の「いなばや旅館」のことをよくご存知でした。さらには、その方のお父さんは、「いなばや旅館」のご主人の遺影を今も持ち歩くほど親しかったそうです。その娘さん同士が、また親友だとか。話が弾みました。

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 街中を散策中に「いなばや旅館」のことをお聞きした男性が、なんと「いなばや旅館」で番頭をしていた方の息子さんだったのです。毎年、夏と年末の繁忙期には、母に連れられて我々も「いなばや旅館」に行っていました。その方のお父さんに会っていた可能性が高いのです。思い出話が尽きません。
 次の写真は、車がある場所に「いなばや旅館」のボイラー室があったそうです。その上の段に、旅館が建っていました。

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 郵便局の局員の方が、話をしている内に我々の生地と同じであること、しかも我々の従姉妹のお孫さんだったのです。その方のお父さんが、なんと姉とは同級生だったとか。郵便局でたまたま対応してくださった方が、親戚つながりだったのです。

 さらには、お土産にしようと、昔からよくいただいていた馴染みの俵饅頭を買いに行ったところ、そこの女性が「いなばや旅館」の前にお店があった頃には、よく俵饅頭を運び込んだのだそうです。ご縁のあったお店に入ったのです。

 とにかく、出会う人出会う人と、奇縁の連続です。これも、出雲大神のご縁なのでしょう。
 不思議な思いで、旅を続けました。

 最後に、私と姉が生まれた出雲市古志町に行きました。通っていた保育園は、お寺の中にあったのでわかります。しかし、それ以外は、かつて住んでいた場所や親戚の家までもが、確信を持ってここだと言えないのです。生まれ故郷は、面影が薄くなっていました。

 この町に来ると必ず行くことになっている、従兄弟の家に立ち寄りました。本当に久しぶりなので、歓待してもらえました。
 従兄弟夫妻は、共に高校と中学の先生でした。90歳が近いのに、しっかりしておられます。息子さんが高校の校長先生をしておられるとのこと。代々、教員一家です。
 行くといつも、抹茶と和菓子が出ます。今日も、松平不昧公お好みの若草が出ました。私も妻も、二服もいただきました。美味しいお茶でした。

 帰りの車中では、同行4人でこの2日間を思い出しては笑い転げるという、まさに楽しかった金婚記念の旅だったことを実感しました。

 宍道湖に見送られながら、一路京都へと向かいます。

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 この2日間、思いつきからのわがまま勝手な行程を、とにかく快適で無事故の運転をして手助けしてくれた姪には、心よりのお礼を記して感謝の気持ちにかえます。ありがとう。




posted by genjiito at 23:02| Comment(0) | ・ブラリと

2025年09月30日

鳥取の日南町から島根の亀嵩へ

 今朝は4時に起きて7時に芦屋駅に降り立ちました。
 駅前で姪と姉に合流して、映画『砂の器』のロケ地を探訪するために、車で亀嵩に向かいます。

 米子自動車道を降りてすぐ、道の駅「奥大山」で休憩。その時に見かけた標識に、池田亀鑑賞のことで何度も通った鳥取県日野郡日南町まで26.5 km とあります。

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 どうやら、今回の道は日南町の近くを通るようです。そこで、我がままを言って日南町の役場に少し立ち寄ってもらうことにしました。図書館のAさんには、池田亀鑑文学碑を守る会事務局長の久代安敏さんと、池田亀鑑のご子息である池田研二先生が共にお亡くなりになったので、しばらく休会となっていた池田亀鑑賞に関連して追悼会を提案するつもりでいました。しかし、残念なことに突然のことでもあり、今日はAさんの休暇日だったので、直接話を持ちかけることはしないで、後日の打ち合わせにしました。

 道の駅「にちなん日野川の郷」で、東京銀座にある伊東屋の2代目社長が日南町の出身であることから出店しているコーナーが、今も健在であることを確認しました。

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 次に、その近くの矢戸にある松本清張文学碑に行きました。

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 この辺りは、勝手知ったるところです。井上靖の文学館や、池田亀鑑の顕彰碑などは今回はまわれません。

 県道9号線を西側の山に向かい、県道108号線経由で島根県に入りました。念願の奥出雲です。
 湯野神社の前に、「砂の器 舞台の地」という石碑があります。

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 神社に向かう石段は印象的です。

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 宮司さんのお話を伺った後、映画で縁の下に隠れる親子を見つけるシーンを撮影したという場所の写真を撮らせていただきました。

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 映画に出て来る亀嵩駅。ただし、ここは製作スタッフのイメージに合わなかったようで、実際にはこの後に行く八川駅の駅舎が使われました。念のために亀嵩駅舎を確認しました。

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 この駅の裏側に、和泉式部の墓があるとの案内板があります。このことは知りませんでした。「謎、不思議」という表記に、地元の方の戸惑いが伺われます。全国に散在しているのですが……

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 お墓の横には、多くの記事が貼られていました。判読に時間がかかるので、後日紹介しましょう。
 ちょうど目の前の単線を、一両の電車が走り過ぎて行きました。のどかな風景です。

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 亀嵩駅舎のかわりに映画で映し出されるのは八川駅舎です。

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 そして、刑事がホームに立ち、少年が線路を走って来たり、親子の別れのシーンが撮られたのは、これも亀嵩駅ではなくて出雲八代駅のホームでした。

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 姪は私の気ままな願いを聞き届けてくれ、車で一日中、ロケ地巡りに付き合ってくれました。とにかく感謝です。

 明日から10月。出雲では旧暦10月を、神無月(かんなづき)ではなくて神在月(かみありづき)と言います。私も、小さい時にそういう呼称を教えてもらいました。全国に通用するかどうかはともかく、これも一つの文化です。大事にしたいものです。
 お土産物にも、しっかりと明記されています。

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 今夜は、出雲大社の近くに宿を取っています。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | □清張復読

2025年09月29日

明日の出雲行きの準備中

 明日は早朝より、姪が運転する車で、姉と妻と私の4人で出雲の旅に出ます。
 スタートは芦屋駅。姪はすでに姉の家に来ていて、明朝合流します。

 今春、秋田へ行きました。「東京の青山から東北新幹線で一路秋田の由利本荘へ」(2025年03月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/191301523.html)の最後に、次のように書きました。

秋田の妻の実家がある羽後地方は、私の生地の出雲地方と同じ文化圏にあります。松本清張の『砂の器』では、東京蒲田での殺人事件から捜査の手は秋田の「羽後亀田」に延びます。しかしその後、同じズーズー弁を喋る出雲の「亀嵩(かめだけ)」に話が移っていきます。

 妻の実家がある隣の駅が、『砂の器』で犯人の出身地をミスリードする役目を持たされた「羽後亀田」なのです。
 この秋田行きが、我々の金婚旅行の第一弾でした。

 そして今回の出雲行きは、「亀田」つながりの「亀嵩」を訪問する、いわば第二弾。

 第三弾は、我々の家が同じ曹洞宗の家系で本山が同じ永平寺なので、11月頃に両親を分骨している永平寺へ行くつもりです。

 まず明日は、『砂の器』のロケ地である亀嵩駅を中心に巡ります。ここは初めて行くところです。
 その後は、生まれ故郷の出雲市と、小泉八雲との縁が深い在りし日の「いなばや旅館」を偲びながら、出雲大社へ行く予定です。

 なお、前回出雲へ行ったのは、16年も前になります。
 その時のことは、「50年前の自分に会う」(2009年12月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934283.html)に、詳しく書いています。

 さて、今回はどのような旅になりますか。




posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月28日

読書雑記(361)村田英治『『砂の器』と木次線』

 松本清張の小説『砂の器』は、何度も読みました。
 最近の記事では、「清張復読(72)『砂の器』」(2024年08月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/191037073.html)があります。
 1974年に公開された映画『砂の器』は、今も幅広い人気があります。
 そこに出て来る秋田県の「羽後亀田」駅と島根県の「亀嵩」駅は、ズーズー弁でつながる地域なのです。そして、私と妻が育った地域でもあります。

 本書は、その舞台の一つである島根県出雲の亀嵩を巡って、詳細な追跡調査をした報告書です。
 とにかく徹底的に、映画の背景を丹念に追います。
 「おわりに」で筆者は、次のように言います。

 『砂の器』が映画化されて二〇二四(令和六)年でちょうど五〇年になる。
 「はじめに」で書いた通り、たまたま私自身、小学生の時にこの映画のロケに遭遇したのだが、その時の記憶は断片的で曖昧なものでしかない。だいぶ歳月を経た今になって、そもそもなぜ昭和を代表する名作映画の撮影が地元で行われたのか、そのロケはどんな様子だったのか、改めて知りたいと思うようになった。そうした個人的な関心、動機のもとに本書は出発した。『砂の器』について地域の視点で書かれたものがこれまでほとんどなかったことも、この作業に取り組んだ理由の一つである。(294頁)

 ただし、視点が出雲の「亀嵩」に集中しているために、秋田の「羽後亀田」と方言でつながっていることへの言及はほとんどありません。国立国語研究所の方言分布図が、犯人を特定する重要な役割を果たしているのに。また、柳田國男の方言周圏論も話題になっていません。さらには、話の舞台である奥出雲町と県境を接する鳥取県日野郡日南町に、松本清張の文学碑があることにも触れていません。清張の父親の生まれ故郷が日南町にあると言うことで、サッと書かれているのみです。私のブログの記事では、「松本清張ゆかりの日南町」(2009年12月11日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934275.html)をはじめとして、繰り返し書いてきたことです。

 さて、『『砂の器』と木次線』(村田英治、ハーベスト出版、2023年12月)です。

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 本書の取材エリアを示す地図を、巻頭資料から引きます。

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 本書で私がチェックした箇所を列記し、筆者の視点のユニークさを点描します。
 引用が長いので、適宜読み流してください。

・「事前にロケハン(下見)を行った野村、川又には「亀嵩は画にしにくい」という共通認識が形成されていた。プロの映画人として、物語の中の「亀嵩」のイメージをより観客の心に残る、印象的な映像で作り上げるために、撮影スタッフはロケの対象を現実の亀嵩地区だけではなく、木次線沿線の周辺地域にまで広げて、ふさわしい撮影地点を探したのである。」(28頁)

・「このシーンで大いに感心したのは、名優・笠智衆の出雲弁である。笠といえば熊本訛りのイメージがあるが、ここで笠が語る出雲弁は、特徴をよく押さえていて、地元出身の人間が聞いても違和感が少ない。いかにも昭和の奥出雲には、このような口調でしゃべるお年寄りがいたように思う。(中略)
 笠の演技者としての資質が秀でていたことは言うまでもないが、それだけではない。野村の「演出ノート」にその秘密があった。

  三成よりは出雲弁の配慮を要する。そして桐原老人と逢い、とくにそれを感じさせる事。(そのため笠〈智衆〉さんには早い目に出雲弁の練習をたのむ事)

 野村はこの作品における出雲弁の重要性を強く意識していた。そして笠にできるだけ早く練習に取りかかってもらうよう、スタッフに指示を出していたのである。笠は亀嵩のロケに参加せず、茶室のシーンを大船のスタジオで撮影したにもかかわらず、物語がごく自然に流れているのは、やはり出雲弁の力が大きいと言えるだろう。」(32頁)

・「三木が秀夫の姿を見つけて走り寄ると、秀夫は神社の拝殿の下に逃げ込む。三木が中を覗き込むと、そこには父と子の姿があった。
 この場面が撮影されたのは、亀嵩の湯野神社である。一三〇〇年以上の歴史があるといわれる古社で、樹齢四五〇年の大ケヤキがあることでも知られる。映画公開後の一九八三(昭和五八)年一〇月二三日には、原作者の松本清張や監督の野村芳太郎、脚本の橋本忍、出演した丹波哲郎、緒形拳らが招かれ、参道の入り口に『砂の器』記念碑が建立された」(44頁)

・「『砂の器』の本浦父子が亀嵩を訪れたのは、小説では一九三八(昭和一三)年、映画では一九四三(昭和一八)年の設定である。いずれにしても、木次線が全線開通してそれほど経っていない頃の出来事ということになる。
 映画では、父の千代吉は列車に乗せられて岡山の施設に向かった。亀嵩から木次線で備後落合まで行って芸備線に乗り換え、新見を経由して伯備線で岡山まで行ったことになろう。そのルートは木次線が全線開通していたからこそ可能だった。『砂の器』の名シーンの奥底には、地域の人々が陰陽連絡線の夢を実現するまでの長いドラマがあったのである」(93〜94頁)

・「亀嵩駅では無人化に伴って地元の杠隆吉さんが当時の仁多町役場から出札業務などを託され、その二年後に駅事務室のスペースを改装してそば店を開業した。映画『砂の器』が撮影された一九七四年の夏には既に店の営業が始まっていたため、八川駅と出雲八代駅を「亀嵩駅」に見立てて撮影されたといわれている。」(131頁)

・「あくまでも推測に過ぎないが、清張が「亀嵩」という地名を知ったのは、朝鮮半島から復員して再び小倉に住んだ戦後すぐの数年の内だったのではないか。」(152頁)

・「日本近代文学が専門で、松本清張を研究する専修大学教授の山口政幸氏は、『砂の器」の前半に出て来る秋田・羽後亀田の場面について、実際に執筆のための取材を行ったのは読売新聞秋田支局本荘通信部のベテラン記者だったことを明らかにしている。
 清張が何を知りたいのか、その意向を受けて地方勤務の記者たちに取材を依頼し、得られた情報を清張に伝えるのが、編集者の山村の役割だったと考えられる。山村自身も読売新聞文化部の記者であり、前出の回想では自ら(秋田や島根に飛んだ)と書いている。「亀嵩」パートの取材でも、おそらく現地あるいは松江支局に赴くなどして、力を発揮したに違いない。」(158頁)

・「桐原老人が語る出雲弁である。桐原老人の台詞はこの場面全体で三二あるが、その中で来訪者の今西を迎え入れて抹茶を勧める冒頭の部分から、五つの台詞を抜き出してみる。
1「まあ、この暑い時ね、ご苦労はんでしたね」
2「まあ、きちゃないことをしちょオましが、どうぞこっちへ上がってくださいませ」
3「こらあーほめてもらあやなもんであアませんが」
4「こげな田舎(ざいご)のことでしもんだけん、なんだりあアませんだども、お茶の習慣(しいかん)だけは昔からのこっちょりましてね、何分ね、出雲の殿さんが松平不昧公(まつだいらふまいこう)だった関係でいまだね、その風習(ふうしい)が残っちょオましだ」
5「東京からござらっしゃった衆(しゅ)には恥ずかしが、−まあ、こぎゃんな土地柄(がら)でし」

 桐原老人の出雲弁は、私のような奥出雲の出身者が読んでも、ほぼ完璧と言っていいほど真に迫っている。しかも、まさに私が子どもだった昭和の頃に耳にした、当時の年配の人たちが話していたディープな出雲弁である。おそらく令和の今では、地元でもこうした伝統的な出雲弁の使い手は少なくなっているのではないか。
 音声的な特徴では、例えば1と4の傍線部の〈ね〉は、〈に〉の音が訛ったものである。出雲弁では母音の〈い〉と〈え〉の区別が曖昧になる。
 また4では〈習慣〉〈風習〉にわざわざルビを振って、〈しゅう〉が〈しい〉に近い音になることを表している。その例に倣うと、5の〈衆〉も〈しい〉とルビを振ってもよい気がする。実際「あの人」の意味で「あのしい」ということもある。
 4、5の〈でし〉は〈です〉の意味だが、実際には〈し〉と〈す〉の中間音が使われる。これに加えて、〈ち〉と〈つ〉、〈じ・ぢ〉と〈ず・づ〉などの区別が曖昧なのが東北弁とも共通する音韻上の特徴で、「ズーズー弁」と呼ばれる所以である。
 3は〈もらうような〉が〈もらあや(あ)な〉、〈ありません〉が〈ああません〉となっている。連母音の〈あう〉が〈ああ〉となったり、語中のラ行の子音が欠落し前の母音を延ばす形になったりするのも、出雲弁の特徴である。
 また、出雲弁ならではの独特の言い回しも使われている。2の傍線部は「汚いことをしていますが」の意味で、家に客を迎える時などによく使われる定型的な謙遜の表現である。
 さらに5では〈田舎〉にルビを振って〈ざいご〉と読ませている。これは出雲に限らず、東北や北陸などにも共通する言葉である。「在郷」が語源と言われ、東京などの都会で聞くことはまずないが、地方の農村部などではよく使われている。
 このように清張の筆は、テレビなどで方言が扱われる場合にありがちな「なんちゃって出雲弁」とでもいうような表面的な模倣にとどまっていない。訛りの音声的な特徴だけでなく、独特の語彙や言い回しも含め、細部に至るまで徹底して出雲弁の忠実な再現に力を注いでいることがわかる。
 逆にここまでリアルに文字にすると、他県の人たちに正しい意味が伝わらないのではと心配になるくらいである。まして『砂の器』は新聞連載という形で全国の読者に届けられていたことを考えると、注釈なしでディープな出雲弁をそのまま文字にすることは、非常に大胆な試みであったともいえる。
 それでも清張があえてそうしたのは、やはり出雲弁は物語の鍵となる重要な要素であると考え、その特殊性を具体的に描くことで、読者に強く印象づけるねらいがあったものと推測できる。」(164〜166頁)

・「緒形が内田家を三回も訪れたのは、もちろん三成の人たちとの交流が楽しかったからに違いないが、理由はそれだけではなかった。内田さんの義父で店の創業者でもある安一さんは明治生まれで、生粋の出雲弁の話し手だった。緒形が安一さんと酒を酌み交わしながら出雲弁を熱心に学んでいた姿を、内田さんは記憶している。
(中略)
 次の日の朝、撮影が行われる前に、緒形は白い巡査の衣装を着て三成の内田家にわざわざ立ち寄った。そして、覚えたばかりの出雲弁で安一さんに話しかけ、しばし会話を楽しんでいたという。

  ほんとうにいい方だけど、頭のいい人でね(中略)次の日には朝間「おはようございまーす」言いて「ゆうべはだんだん(ありがとう)」とかね、すぐそれでやられますけんね。「ゆうべはだんだん、ごっつおなーましたね(ごちそうさまでした)」なんてこと言ってね。朝来て。やぁ、すごいなあ。「やぁ、なんだなーてねぇ(何にも無くてね)」なんてなこと言いて「お前さん、飲んでばっかおらっしゃったがね」なんて話ですからね、おじいさんとですよ。

 木次線沿線のロケに参加した俳優陣の中で、出雲弁を話す役柄を演じるのは、三木謙一役の緒形だけだった。駐在所で本浦父子に事情を聞くシーン、隔離病舎で千代吉を説得するシーンなどで緒形は出雲弁を披露している。
 今なら映画やテレビドラマで方言を扱う際は、演出サイドが方言指導の先生を頼んで俳優たちを指導してもらうところだが、この時はそうではなかったようだ。緒形は奥出雲に入ってから、スタッフの助けも借りず、地元の人たちの中にたった一人で飛び込んでいって、膝を交えて生きた出雲弁を実地で学び取ったのである。
生前「自分は演じるために生きている」と語っていた名優、緒形拳の真髄がこの独特のアプローチにも表れている。」(268〜270頁)


 なお、参考までに島根県に関する情報も付記しておきましょう。
 私は、1951(昭和26)年生まれなので、ちょうどこの統計が参考になります。

島根県全体の人口は、一九五五(昭和三〇)年の約九二万九千人をピークに高度経済成長期を通じて減少したが、一九七〇年代前半から八〇年代半ばにかけては若干持ち直し、七〇万人台の後半で微増傾向を見せた。しかし、八〇年代後半からは再び減少の一途をたどり、二〇二三年四月現在の推計人口は約六五万人に落ち込んでいる。(297頁)

 また、最近の取り組みが2例、紹介されています。

(1)第一章でも少し紹介したが、亀嵩にある温泉宿泊施設、玉峰山荘では、営業プロデューサーの内藤伸夫さんが企画し、事前に申し込んだ宿泊者を対象に「『砂の器』ロケ地巡り〜ガイド同行宿泊プラン」を実施するとともに、新聞や雑誌が取材に訪れる際の同行サポート、有料ガイド案内なども行っている。二〇一一(平成二三)年に取り組みを始めてから、これまでに約三〇回、五〇人ほどを案内した。(300頁)

(2)こうした声にも勇気づけられ、地元では有志が「奥出雲『砂の器』友の会」を立ち上げるなど、映画『砂の器』五〇年にあたる二〇二四年に向けて、さらに何か出来ることはないか、少しずつ動き出している。(302頁)

 長々と引用ばかりで恐縮します。

 とにかく、この郷土愛に溢れた本書は、小説と映画の『砂の器』に関して、さまざまな情報を提供しています。記録に残しておくべき書籍として、ここに取り上げました。

 なお、巻末に『砂の器』の英訳本のことが書かれています。関連情報として参考までに、私の書架に中国語訳の本があったので、その書影と奥付けの画像をアップします。

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 『砂の器』は英語と中国語を含めて、次の言語で翻訳されています。参考までに、生成AIで得られた情報の一部をリストとして引きます。まだ未整理の情報ですのでご寛恕のほどを。
 手元には、あと何冊か翻訳本があったはずなのに、探すとなるとなかなか出て来ません。また何かの折に情報をアップします。

(1)英語訳(Inspector Imanishi Investigates)1989年。訳者 Beth Cary。改訂版、新版、電子書籍版もあり。

(2)中国語訳
 『砂之器(經典回歸版・全新導讀)』繁体字(台湾)、邱振瑞訳、出版社:獨步文化、2019年8月(紙/電子あり)
 『点与线・零的焦点・砂器(2016版)』簡体字(中国本土)、アンソロジー収録、出版社:译林出版社、2016年
 ※架蔵の中国語訳(2016年)は、生成AIの情報にはありませんでした。

(3)フランス語
 Le vase de sable・ditions Philippe Picquier、1998年

(4)イタリア語
Come sabbia tra le dita=AMario Morelli, Arnoldo Mondadori.、1989年

(5)スペイン語
El castillo de arena´IBROS DEL ASTEROIDE

(6)韓国語
모래그릇(モレグルッ/「砂の器」)

(7)ロシア語
Замок из песка(砂の城/Castle of Sand)





posted by genjiito at 23:39| Comment(0) | ■読書雑記

2025年09月27日

キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第1回)

 1階正面入口にある掲示板には、いつものように案内が出ています。
 ただし、タイトルが「河内本源氏物語を変体仮名で読む」とあるのは間違いです。正しくは、「相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を変体仮名で読む会」です。3ヶ月前に予約を取った時の、申請書類に書いたままで掲示されました。訂正を忘れていました。次回からは気をつけます。

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 今日はまず、扱う資料が新しくなったために、これからの内容について確認しました。配布資料には、次のように2つの項目に分けて説明文を記しました。
 最初に、扱う資料の概要についての説明です。

(1)勉強会の内容
 ここでは、『源氏物語』の第2帖「帚木」に書かれた、鎌倉時代の古写本の断簡の仮名文字を読みます。
 テキストとする古写本は、鎌倉時代中期に書写された現存最古の古写本の一つであり、美麗な美術品です。具体的には、相愛大学の春曙文庫が現蔵する断簡五冊の内、「帚木」巻に書写されている文字を変体仮名に注目して確認していきます。
 今回使用する資料は、国文学研究資料館から公開されているパブリックドメインの画像です。
 かつてこれは、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』(「須磨」「蜻蛉」)と、国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」(重要文化財)と一緒に伝えられていた古写本でした。春曙文庫に伝わる他の四冊は、第三三帖「藤裏葉」・第四五帖「橋姫」・第四九帖「宿木」・第五三帖「手習」で、すべて現在は断簡としての本文しか残っていません。
 この古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを、当面は第一の目的とします。一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催する勉強会です。そして、これはデータベースの構築へと展開し、生成AIで分析していきます。
 [参考資料]
『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編著、新典社、2013年)
『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編著、新典社、2014年)
『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤・阿部・淺川 共編、新典社、2015年)
『現代の図書館』(vol.62 no.3、通巻251号、日本図書館協会現代の図書館編集委員会編、2024年)
  相愛大学図書館「春曙文庫」の蔵書とその最新研究/阿尾あすか
  春曙庵主田中重太郎−その人となりと蔵書形成/山本和明
  天理図書館と「源氏物語」古典籍資料−蒐集の経緯・名品の紹介/岡嶌偉久子
  日本古典文学作品とAI・機械翻訳について/淺川槙子

 次に、相愛大学本の本文についての説明です。
 ここで、田中重太郎先生が「いま行われている源氏物語の本文と読みあわせると、そらおそろしい気がして来る。」とおっしゃっていることに関連して、この相愛大学の本文が通行の流布本である大島本といかに違うものであるかを、私見をもとに補足説明をしました。鎌倉時代に読まれていた『源氏物語』の本文の内容が、今とは違うものがあることを体感しましょう、という主旨での話をしたのです。大島本は、あくまでも室町時代の写本に江戸時代の書き込みがなされたものを取り込んだ本文です。私は、鎌倉時代の本文が読める環境作りを心がけて、まずは正確な鎌倉時代の『源氏物語』の本文の実態を書かれている文字に忠実な表記で確認しているところです。

(2)春曙文庫の『源氏物語』に関する説明
 リーフレット「春曙庵主田中重太郎その人とことのは」(2024.03_ver.01)
  国文研共同研究「相愛大学「春曙文庫」に関する研究−書物と人」の成果として製作

■源氏物語本文について(田中重太郎)
 ところで、源氏物語の本文でも定家の証本がいま定本視されているが、いわゆる別本系の本文と読みくらべると、いまの源氏物語の本文は、なんだかばかに整頓され、みがかれ過ぎた感じがする。架蔵の鎌倉初期書写の源氏物語断簡(昭和三十九年十月刊)を読みかえしていると、こんな本文の源氏物語がすくなくとも平安末期にはあって、読まれていたのだと思い、いま行われている源氏物語の本文と読みあわせると、そらおそろしい気がして来る。(下略)  (清少納言と「ほのかなり」と『平安文学研究』第四十二輯、昭和四十四年六月号、『枕草子三十五年』再掲)
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リーフレット『春曙文庫の名品2 知られざる名品 古筆切・断簡・清少納言の肖像』(2023.03_ver.01)
  国文研共同研究「相愛大学「春曙文庫」に関する研究−書物と人」の成果として製作

『源氏物語』の断簡(完全な形ではなく、切れ切れとなって不完全な状態で残ったもの)。正方形に近い形の桝形本で、本文は十行書き、列帖装(れっちょうそう)であったと推測される。鎌倉時代中後期の書写と考えられ、筆者は不明だが、五人以上による寄り合い書きである。雁皮紙が使用され、花・鳥・紅葉・月などのぼかし絵が入っている部分がある。
 断簡の本文は、広く読まれている青表紙本(藤原定家が書写や校合に関与した本)系統の『源氏物語』とは異なる部分が多く、別本に分類される陽明文庫本(鎌倉中期書写とされる写本)との一致が見られる。田中重太郎による解説と帚木巻の一部の翻刻を付けて、東風社からコロタイプ印刷による複製が刊行された(一九六四年)。藤裏葉巻と橋姫巻の前半は相愛国文 九・一〇に、柿谷雄三が翻刻を掲載している。
(以下略)(川渕紗佳・飯田実花)


 なお、相愛大学本『源氏物語』(断簡)の全画像は、国文学研究資料館からパブリックドメイン(https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100386667/1?ln=ja)として公開されているので、全丁が自宅で自由に確認できます。

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250927_NIJL相愛『源氏物語』1表.jpg


 さて、本日は「帚木(断簡)」の第1丁表から第2丁表までの3ページ分の本文を[変体仮名翻字版]で確認しました。『新編日本古典文学全集(1)』(小学館)では98〜99頁にあたり、光源氏が空蝉の部屋に忍び入る場面です。

 本日、問題にしたのは以下の事例です。8項目に整理して列記します。
 本文異同の例示に当たっては、次の順に記します。
 ※丁数と表裏/行・源氏物語別本集成文節番号「相愛本」 「大島本」
 なお、本文の表示は諸本のほとんどが「変体仮名翻字版」になっていない現状を鑑みて、ここに限っては現行の平仮名で対校しています。

(1)1オ/1・4119 「ねたる」 「ふしたる」

(2)1オ/1・4121 「いとこにそ」 「いつこにそ」

(3)1オ/2・4123 「とおかき」 「とをき」

(4)1オ/4・4132 「いとふなり」 「いらへすなり」

(5)1オ/9・4158 「からかつ」 「からひつ」

(6)1ウ/5・4179 「おんなは たゝ よひつる」 「もとめつる」

(7)2オ/1・4203 「そてのさはりておともきこえす」 「きぬのさはりてをとにもたてす」

(8)2オ/9・4234 「あさましうこゝにはさへき人もはへらすなととかへにこそ」  
「こゝに人ともえのゝしらす心ちはたわひしくあるましきことゝ思へはあさましう人たかへにこそ」

 (2)〜(5)は、単純な異同のように見えても、いろいろな事情や背景が見え隠れしているものです。
 (1)(6)(7)は、用語や表現が異なるものです。(6)に関して、私は当初「ただよひつる」で「漂ひつる」の意味で異同を理解しようとしていました。しかし、本日の参会者から「ただ、呼びつる」の意味ではないか、との指摘を受け、自分の勘違いを知らされました。いつもながら、教えられることの多い集まりです。
 (8)は、あまりにも異なる本文異同の行文なので、丁寧に読み解いて行かなくてはなりません。大島本の方が、長い文章になっているところです。(1)(6)(7)は、相愛大本の方が大島本よりもわかりやすい本文になっているのではないか、という指摘がありました。しかし、この(8)は大島本の方が長文なので、相愛大本の解釈しだいでは、大島本がわかりやすくなっているということになる可能性があります。いずれにしても、詳細な検討は後日に、とします。

 また、「心見尓」(1オ7行目)は「【心見】尓」としたことを、特記しておきます。

 本日確認した「変体仮名翻字版」は、以下のようになります。

■相愛大学本「帚木(断簡)」(今回:第1丁表〜第2丁表まで)
[変体仮名翻字版]

・翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
  傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
  補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
  底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
※〈朱点〉の有無から、複合語を認めていない場合を集めるとおもしろい。

[024119]--------------------------------------
て・ね堂るへき/〈ママ〉・【中将】のき三八・いとこに
/と〈ママ、諸本つ〉、そ&に、(いとこそそ)・【人】け・とお可き/可〈ママ〉・【心】ち・して・【物】むつ可し
きひと・いふなれ八・なけしの・し毛に・
【人】/\/(【人人】)・ふして・いとふ/と〈ママ、諸本ら〉・なり・志も尓なん・ゆき・
をりて・堂ゝいまなん/(堂堂いまなん)・まうのほらん
と者へり川と・いふ・三那・し川まりぬる・け
者ゐ奈れ八・ナシ・かけかねお・者那ちて・【心見】
尓・ひきみれ八・ナシ・あなたより八・さゝさり介
り/(さささり介り)・き【丁】越・さうしくち尓/う〈ママ〉・さして・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・から
可川堂つ/可〈ママ、諸本ひ〉・【物】・をきて・み多りか者しきお/お〈次頁〉、者&者、き〈丁末左〉、(1オ)
--------------------------------------
ナシ・わけいり・【給】て・け者ゐ・する・本とに・
より・【給】へれ八・ナシ・ナシ・いと・さゝや可尓て/(ささや可尓て)・ふし
堂りひ八本のくらきに・なまわ川
ら八し介れと・うへなる・きぬを・お
しやり【給】尓於んな八堂ゝ/(堂堂)・よひ川
・【人】と・於もひ介り・いと・しのひて・【中将】・
免し川れ八・【人】志れぬ・於もひの・志るし・
ある・【心】ち・してと・いふ越・と可う毛・
於もひ・わ可れす・もの尓・おそ者るゝ/(おそ者るる)・
古ゝち/(古古ち)・して・やゝと/(ややと)・おひゆれ八と・可本尓/(1ウ)
--------------------------------------
そて能・さ者りて・於とも・きこ江寿
うち川けに・布可ゝらぬ/(布可可らぬ)・【心】と・ナシ・ナシ・於ほさん
も・こと者りなれと/八&後と・としころ・於もひわ
多る・【心】の・うちも・きこ江志らせんとて・
かゝる/(かかる)・於りを・まちいて堂る毛・さらに・
あさう八・あらしと・於もひなし・【給】へ
と・いと・や者らか尓て・お尓か三も・あら
堂ゝすましき/(あら堂堂すましき)・け者ゐなれ八・者し
たなう・あさましうこゝに八さへき/八さへき〈ママ〉、(あさましうここに八さへき)・
【人】毛者へらすなと/△&毛・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・堂可へ尓こそ/(2オ)
[4246]--------------------------------------


 終了後は、駅前を散策しました。
 最近は抹茶が海外の方も含めて大人気で、なかなか手に入らなくなっているとのことなので、帰りに、京都駅前の伊藤久右衛門でお徳用の「宇治抹茶」をいただきました。これは、3ヶ月毎に買っている抹茶です。
 品物を渡してくださった店員の方に、宇治のお店によく行くことと、私の父の名前は伊藤忠右衛門というんですよ、と言うと、ご縁があってうれしいです、とおっしゃってくださいました。そして、価格が高くなっていますね、と聞くと、最近は抹茶ブームのため、量も減り値段も上がり、私たちもびっくりしています、とのことでした。
 そうなんです。今日の抹茶は「70g \3,121」でした。手元に4月6日に宇治駅前店で購入した時のレシートがあり、それを確認すると、同じ商品が「100g \1,836」とあります。7月のレシートが見つからないものの、同じ値段だったか少し高かったかも知れません。
 つまり、4月初めにグラムあたり「18.4円」だった抹茶が、9月末には「44.6円」に高騰したのです。なんと「2.4倍」です。
 おりおりに自宅では、食後にお気に入りの茶碗を出して、シャカシャカと茶筅を振っています。私は黒い楽、妻は金継ぎをした赤い楽。しかし、こんなに抹茶が高くなってのでは、気楽に飲むことがためらわれます。抹茶の製造過程を知っているだけに、急に増産というわけにもいかないでしょう。いやはや、困ったことです。

 京都駅の中央口改札前に、新たなモニュメントができました。一昨日、除幕式があったものなので、早速行って来ました。京都ロータリークラブが創立100周年記念として造られたものです。私は、造形物よりも先月102歳でお亡くなりになった裏千家の前家元の千玄室さんが揮毫した「未来 今から一歩」という言葉を見たかったのです。モニュメントのデザインは、現代彫刻家の吉田和央さんだそうです。

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 この新設された場所は、希望の広場と名付けられ、待ち合わせの場所となって行くことが期待されています。しかし、すぐ前がバス停のターミナルなので、ここに人々が集まると、改札前からバス停への、人の行き来に差し障りが起きそうです。待ち合わせの場所と言わずに、モニュメントと書を見て楽しむ、ということでいいと思っています。




posted by genjiito at 22:17| Comment(0) | ■講座学習

2025年09月26日

手足や口の運動をしながら季節の変わり目の体調管理を

 集会所では、いつも体操から始まります。しかし、今日はラジオ体操の第2だったので、私はギクシャクした動きとなりました。第2はあまりしないので、細かな動きを忘れているようです。他の方も、よく似た反応のようにお見受けしました。基礎的な動きから、おさらいをしましょう。

 早口言葉は、3種類ありました。しかし、その内の2種類は最近やりだしたものであり、みなさん何となく馴染めないように見受けられます。私が脳梗塞で入院していた時の、構音訓練で使う基礎資料とでもいうべきプリントを使っているので、あまりにも無機質な訓練らしさが表面に出ていて、親しみが持てないのかも知れません。
 もう一つのパタカラの早口言葉は、ずっとやっていることでもあり、プリントに楽しさが盛り込まれているので、みんなでリズムよくできます。今日は、スピードが速くなるとバラバラになりましたが。ペースの誘導が必要でしょうか。
 みなさんの反応を、もう少し見ようと思います。

 手足の体操も、楽しくできました。家でもできるという、新しい動きを教えてもらいました。おりおりにやりたいと思います。
 なお、右手を上下に動かし、左手で三角形を描く運動は、今日も巧くできません。インストラクター役の方からは、スッとできると脳は働いていないので、できない方が脳の活性化になるとの説明がありました。なるほど。戸惑いながらも、やってみたいと思います。

 季節の変わり目を自覚する程に、朝夕が涼しくなりました。
 そのせいもあってか、何となく身体が気怠い感じが続いています。
 無理をせずに、厳しかった暑さから、次の涼しさへと、身体を慣らしていく時期なのでしょう。
 これまで通りの散策で、体調を整えて行くことにします。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月25日

散策で見かけた秋らしさ

 急に涼しくなったせいか、身体が何となく怠い1日です。
 近くの公園を歩いていると、秋らしくなっていく様子が感じられました。

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 噴水のそばの小鳥は、生成AIによるとハクセキレイだそうです。
 前回は嘘の入れ知恵をそのまま書いてしまったので、今回は責任の所在を生成AIにしておきます。

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 白いヒガンバナを見つけました。
 過日見かけた赤いヒガンバナは、今日は見つかりませんでした。

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 近くの小川にダイサギがいました。
 ちょうど飛び立つところが撮れました。

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 宇治川に向かって飛んで行く姿がスマートです。

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posted by genjiito at 20:05| Comment(0) | ・ブラリと

2025年09月24日

キャンパスプラザ京都で相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を読む会(No.1)のご案内

 本日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」(春曙文庫)の本文を変体仮名で読む会の案内記事が掲載されました。今回から新たに「帚木(断簡)」がスタートします。

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 会場は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の5階にある第5演習室です。
 相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」は、ハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」や歴博本「鈴虫」と同じ環境で書写された、鎌倉時代の写本の断簡です。
 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 現在、毎回約10名の参加者と一緒に、和やかに変体仮名を読み進めています。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 鎌倉時代の古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを第一の目的としています。
 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で尾州家河内本「桐壺」を読む(第33回)」

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、京都駅から JR の線路沿いに歩いて5分の所です。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。




posted by genjiito at 19:30| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年09月23日

日本文学データベース研究会の旧ホームページのこと

 1986年11月に私が『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社)を刊行したことが機縁となり、1987年2月に大阪大学の伊井春樹先生の元に集まった3人(谷口・大谷・伊藤)で、日本文学データベース研究会(NDK)を起ち上げました。
 翌1988年に、最初の成果として『源氏物語別本集成 第1巻』(桜楓社)を刊行しました。しかし、数多くの本文を校合するプログラムにミスがあることをNDKに加入したばかりの中村氏が気づき、大至急正しい内容に組み換えて作り直しました。そして、1988年版は出版社の迅速な対応により回収しました。私も、書店で見つけ次第に購入して処分しました。つまり、『源氏物語別本集成』は、1989(平成元)年から2002(平成14)年までに刊行した15巻が正編の正規のものとなります。回収漏れの廃版である1988年版にはお気をつけください。

 さて、1995年9月に私が個人的に『源氏物語』のホームページを公開したことに端を発して、NDKでも、1997年2月にホームページを伊井先生の大阪大学の研究室から起ち上げました。トップページの画像が、解像度が粗いながらも見つかりましたので紹介します。

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 この中で、「別本」「青表紙本」「河内本」に分別した各本文を検索するページは、次のようなレイアウトでした。


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 これではあまりにもピンボケなので、この画面を構成するもう少し鮮明な部品のいくつかをあげます。

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 『源氏物語』諸本の本文データベースの研究活動と検索システムの公開は、中村氏の尽力のたまものです。

 現在、このデータベースの本文を「変体仮名翻字版」にして再構築したデータで、新たに本文データベースを公開しようとしています。そのために、一般に公開するための方策について検討し出しました。来春には公開できたらいいな、というのんびりとした見通しでいます。

 折々にこのデータベースを公開するための構想を、本ブログに記します。より良いデータベースとなるように、闊達なご意見などをお寄せいただけるとありがたく思います。




posted by genjiito at 23:23| Comment(0) | ◎情報社会

2025年09月22日

元禄寿司をいただいてから墓参をし墓所について考える

 今日は涼しい1日でした。
 明日の彼岸の中日はお墓が混むので、今日、お参りに行きました。
 近鉄西大寺駅経由で布施駅まで出ると、一旦下車してお供えのお菓子を買い、お腹ごしらえです。
 駅前の元禄寿司は昭和22年(1947)の創業で、回転寿司を最初に考案したお店として有名です。中学高校生の頃は河内高安に住んでいたので、母に何度か連れて来てもらいました。詳しくは、「大阪の八尾へ墓参に行き布施の回転寿司1号店へ」(2022年03月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/189412950.html)の後半に書いています。

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 お供えのお菓子は、駅前のモモヤさんでいただいています。

 再度近鉄の布施駅から河内山本駅まで行き、乗り換えて2駅目の信貴山口駅で降ります。
 ちょうど、高安山から降りてきたケーブルカーが到着するところでした。
 阪神タイガースが優勝したので、近い内に虎のお寺として有名で、かつて住んでいた奈良県生駒郡平群町にある信貴山朝護孫子寺にお参りにいくつもりです。国宝の信貴山縁起絵巻は複製を展示しており、原本は国立京都博物館に寄託されています。ついでに、信貴山温泉にも入ってくる予定です。

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 お墓からは、大阪平野が一望のもとに見渡せます。左手に淡路島があります。

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 お墓に自宅で育てた持参の花を飾ろうとすると、花入れが新しくなっていることに気付きました。1週間前に姉が姪たちと一緒にお参りに来ているので、その時に新調してくれたのかと思い、お礼のメッセージを送ったところ、すでに新しくなっていたとのことです。これまでの花入れは、確かに古くなっていました。買い替えようと思っていたところです。それにしても、わざわざ新しい花入れにしてくださる奇特な方を、残念ながら思いつきません。
 この信貴霊苑は、いつも丁寧な対応で気持ちのいい管理をしてくださるので、汚くなっているのを見てサービスとして取り換えてくださったのだろうか、などと勝手なことを思いながら帰りました。いつか、事務所に聞いてみます。

 そうそう、周りの墓地がポコポコ空き地になっていました。墓じまいをなさる方が増えているのでしょうか。どなたかは存じあげないものの、ご近所さん3軒ほどが空き地になっていました。我らはここに入るつもりなので、賑やかな方がいいという訳ではないものの、少し寂しく感じました。
 そういえば、東京にいる息子が、我々のために青山霊園に墓地を申請してくれていることを聞きました。河内高安にはなかなか行けないので、自分が住んでいる近くに呼び寄せて供養をしよう、と思っているようです。ありがたいことだと思いつつも、両親が出雲から移したお墓であることと、『伊勢物語』の筒井筒の段で知られる河内高安の地は、永住(?)するには魅力的な場所であることを伝えました。ここは、私が小学校6年生から高校卒業まで暮らした所でもあります。もし青山霊園に墓地が確保できたら、分骨として供養してほしいことを話して納得してもらえました。

 青山霊園と言えば、大久保利通や吉田茂(分骨)をはじめとして政治家が多い中で、文学関係者として志賀直哉・樋口一葉・岡倉天心・有島武郎・島崎藤村(分骨)・高村光太郎などなど、錚々たる方々がおられます。死後のことながら、引っ越しを繰り返してきた我が人生を振り返り、お墓までも本宅と別宅の2箇所とは、と思うと楽しくなります。
 ちょうどお彼岸なので、対岸にいる両親にも相談してみましょう。これまでがいつもそうであったように、お前がいいようにしなさい、という返事があることでしょう。
 はてさて、どうなりますか。




posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | *身辺雑記

2025年09月21日

江戸漫歩(180)両国国技館から水上バスで越中島へ

 今回泊まった宿には、無料でビュッフェスタイルの朝食が付いています。コーヒーも自由なので、街中で朝食探しをしなくてもいいので助かります。ゆったりとチェックアウトもできます。息子が出張中には、この系列のホテルを使うことが多くなりました。

 蔵前から隅田川沿いに南に歩いて、両国の国技館に行きました。

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 相撲が場所中だったので、各力士の幟が旗めいています。

250921_幟三役.jpg


 今日は中日の8日目。入場料は2,500円からです。しかし、終わるのが18時なので、京都に帰ることを思うと今回はパス。
 私は、宇良関と翔猿関が好きなので、見上げながら探しました。離れた所に宇良関。上の支えが木に絡まっているので、この名前が表を向くことはありません。その取り口を示すかのように、旗がひっくり返ったままです。

250921_宇良.jpg

 翔猿関が見当たりません。何度も行ったり来たりしてもないのです。係の方に聞くと、後援会などが出すので、力士全員のものが出ているとは限らないそうです。本当かな、と思いながら諦めて散策を続けました。

 両国駅には、相撲関係のお店がたくさん出ています。一軒だけ、変体仮名を交えた看板を見かけました。「や婦"久」は「やぶきゅう」、「日本ばし」は「にほんばし」。大阪なら「にっぽんばし」と読むところです。変体仮名は、東京では京都のように見つけることは大変です。

250921_や婦%22久.jpg

 なお、スカイツリーが間近に見えます。しかし、私はこの鉄塔が建ったことで「業平」という地名を捨てた、地域関係者の感覚が好きになれません。確かに、東京は平安文学とは無縁の地です。だからといって今しか見ないのは、愚かなことです。「業平橋」という地名の変遷などについては、「江戸漫歩(56)佃テラスから見るスカイツリーと業平橋駅」(2012年05月23日、http://genjiito.sblo.jp/article/178946121.html)に書きました。好意的に書いています。しかし、内心は近視眼的な日本の文化理解を残念に思っています。

 駅の南側に史蹟があるそうなので、行って見ました。
 忠臣蔵の吉良邸から。

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250921_吉良邸跡.jpg

 少し東に歩いて、勝海舟の生誕の地。

250921_海舟生誕の地.jpg


 西に戻って、両国小学校の角にある芥川龍之介の文学碑。

250921_芥川文学碑.jpg

 もう少し駅の方に戻った芥川龍之介生育の地には、説明板だけがありました。その横に、6年前に息子と来たモンゴル料理屋さんの「ウランバートル」があったので、こちらの方を写しました。

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 このお店のことは、「モンゴル出身力士の千昇さんと両国で語る」(2019年02月17日、http://genjiito.sblo.jp/article/185571565.html)に書いています。

 水上バスの船乗場である両国リバーセンターがある国技館前に戻り、1日2本の越中島まで行く船に乗り込みました。かつて、越中島に住んでいた頃、一度だけ浅草まで乗った東京水辺ラインです。2度目の今回は、逆のコースを走るのです。

250921_両国船着き場.jpg

 一旦、北上して浅草二天門まで戻り、Uターンして隅田川を下ります。直接越中島に向かうと20分のところを、迂回するために45分かかりました。
 展望デッキに上がり、越中島の船着場越しにかつて官舎があったところを写しました。建て替え工事は、順調に進んでいるようです。

250921_越中島水上バス.jpg

 降りてから、聖路加病院やお台場に向かう水上バスのあじさいを見送りました。向こうに、中央大橋が見えます。

250921_中央大橋.jpg

 降りたところは、かつて住んでいた越中島官舎のすぐそばです。私が定年で退去した後、取り壊しの工事が始まりました。今はまだ、基礎工事の段階です。
 隅田川の方から見た工事現場の様子。

250921_官舎の工事現場.jpg

 清澄通りの陸橋から佃島や月島の方を見た工事現場の様子。

250921_橋の上から見た官舎.jpg

 ここに何が建つのか、折々に見に来るつもりです。




posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | ・江戸漫歩

2025年09月20日

日比谷で「須磨」(28)と『百人一首』(5)を読む

 日比谷図書文化館での講座は、次の2つです。
@「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」 13:00〜14:30
A「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」  15:30〜17:00

 いつも朝早く宇治を発ち、最寄り駅の有楽町にはお昼前に着くようにしています。
 今日はいつもより早く着いたので、駅前のビックカメラの中のスシローで早めの食事をし、近くの馬場先門前にある静嘉堂文庫美術館へ立ち寄りました。玄関のガラス戸の向こうが皇居です。

250920_静嘉堂.jpg

 今回のテーマは「絵画よくわかる神仏と人物のフシギ」でした。
 重要文化財である明治生命館の1階は、格調の高さと清潔感に満ちた会場でした。初めて入った美術館なので、少し圧倒される雰囲気を感じます。展示には、イラストを配したかわいいフリップが効果を発揮していて、観覧者に語りかける口調で問いかけて来ます。よく考えられた配慮です。レベルの高い美術館でした。
 なお、期待した国宝の曜変天目茶碗は出品されていませんでした。

 日比谷公園の芝生を、一人黙々と芝刈りをするロボットと出会いました。暑い中を、と言おうとして、今日の東京は肌寒い程に涼しいことに気づきました。

250920_芝刈り機.jpg


 日比谷図書文化館の入口には、いつものように本日のイベントが掲示されています。

250920_掲示板.jpg


 まず、ハーバード本「須磨」です。
 今日は、51丁裏から53丁裏2行目までを確認しました。

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あはれ尓て・
「ともちと里・もろこゑ尓・奈く・あ可【月】八・
ひと里・祢さ免乃・とこ毛・多の毛し」・【又】・越き
堂る・【人】毛・奈介れ八・【返】〻/(【返返】)・ひとりこち
弖・ふし・【給】へ里・【夜】・ふ可く・【御】てう川・まい
り弖・【念】すなと・し・堂満ふ毛・めつ
らしき・ことの・やう尓よろ川のこと・
めて多くの三・みえ・多満へ八・え・み・多てま川
里・すてゝ/(すてて)・【人】や里那らす・【亰(京)】へ・あ可ら佐万
尓毛・えいてさり介り・[29]あ可し乃うら八/(51ウ)
--------------------------------------
堂ゝ/(堂堂)・者ひ王多る・本と奈り遣れ八・
よしきよは・可乃・【入道】乃・む須免越・
於もひいてゝ/(於もひいてて)・ふ三なと・や里けれと・【返
事】毛・勢す・ちゝの【入道】そ/(ちちの【入道】そ)・きこゆへき・
こと那ん・ある・あ可ら佐ま尓・多いめんも
可那と・いひ堂り介れと・うけひ可さら
む尓・と可くゆき可ゝ里て/い&ゆ、(いき可可里て、ゆき可可里て)・む奈しく・可へ
らん・うしろ毛・をこなるへしと・くし
い多くて・於もひ川ゝむ/(於もひ川川む)・よ尓・しらす・【心】
堂可く・於もへる尓・くに乃・うちは・可三乃/(52オ)
--------------------------------------
ゆ可りの三こそは・可しこき・もの尓八・
寿免れと・ひ可免る・【心】は・さら尓毛・【思】八て
とし【月】を・へ介る尓・こ乃・【君】・かく弖・
をはすと・きゝて/(ききて)・者ゝのき三に/(者者のき三に)・可多らふ・
やう・き里徒本乃可うい乃・【御】者ら
乃・【源氏】・ひ可るきみこそ・於ほやけ二・
可しこまりて・す満乃うらに・毛のし・
堂まふ奈れ・あこ乃・【御】寿く勢
尓て・於ほえぬ・ことの・あるなり・い可て・可
かる・川いて尓・こ乃・【君】尓・多てま川里てむと/む〈次頁〉、(52ウ)
--------------------------------------
いふ・者ゝ【君】/(者者【君】)・いて・あ奈・可多王や・【宮】こ
乃・【人】こと尓・可多る越・き介は・やむこと奈
き・【御】めを/=ミ、(みめを)・いと・於ほく・毛・多満ひての・あま
里尓・み可との・【御】めをさへ・志のひ/\尓/(志のひ志のひ尓)・あや
まち・【給】て・可く毛・さは可れ・【給】なる・【人】八・ま
さ尓・可ゝる/(可可る)・【山】可川を・【心】・とゝ免/(とと免)・【給】てんや
と・いふ・者ら多ちて・いて・え・し里・堂満者
し・於もふ・【心】・こと那里・さる・【心】を・し・【給】へ・
古ゝ尓/(古古尓)・於者しませむと/ま±さ、(於者しまさせむと)・王可・【心】を・やり
て・いふ毛・可多く奈者しく・三ゆ・け尓・あ里さま八/さ〈次頁〉、(53オ)
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ま者ゆき満弖・志川らひ・可し
徒介り・          (53ウ)

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 今日も、翻字の不備を指摘していただきました。凡例が詳細になってきて、当の私が時々新しい方針を失念するために、ポツリポツリとミスが出ます。大変失礼しました。

 また、「京」(51丁裏9行目)という漢字について、京都駅の南北通路に出る改札口の前に掲示されている「亰」を例にして、ここの「京」は「亰」と翻字した方がいいのではないか、という話題になりました。さらには、東京が「京」なので京都は「亰都」にしては、ということも提示しました。これには、興味をもっていただけたようです。

 終わってから、いくつかの質問を受けてから、地下のラウンジへ移動して、現在5巻の相愛大学蔵春曙文庫本の臨模本を作成中の宮川保子さんと、作業手順を含めた今後の方針などを打ち合わせました。装飾料紙の作成や、判読しにくい文字などについての、意見交換が中心です。
 私からは、最近かかりきりの「橋姫」巻の本文を確認する中で気付いたことを、何点かお伝えしました。今回の相愛大学本は、ハーバード本よりも判読に時間がかかる変体仮名が多いのです。写し手が、平安時代の仮名文字の多様な字形を、よく理解していないままに書き写しているのではないか、と思える箇所が散見します。ハーバード本「須磨」「蜻蛉」や、歴博本「鈴虫」を書写した人たちとは違う写し手集団が関わったのではないか、と今は勝手に思っています。いずれ、こうした違和感の原因を整理します。

 今日は、「手習」の下書きと清書をお預かりしたので、これまでの「帚木」「藤裏葉」「宿木」と共に、文字から受ける印象の違いを含めて、複眼的に写本の様態と本文の実相を考えて行きたいと思います。
 少しでもいい臨模本ができるように、宮川さんの書写活動のお手伝いをしているところです。

 時間になったので、大急ぎで4階のセミナールームに戻りました。

 次は、『百人一首』です。
 まず、変体仮名の「愛(あ)」について、江戸時代以前の用例を私はまだ見かけていないことをお話しました。
 また、雲林院にある僧正遍昭の歌碑と、宮道神社にある藤原定方の歌碑について取り上げました。

 歌は、21番歌の素性法師から、27番歌の中納言兼輔までを確認しました。

 終わってから、前の『源氏物語』の時に話題にした「京」と「亰」について、さらに詳しい情報を受講者の方からいただきました。「亰」という文字は、中国でも多くの用例があるようです。明治時代には、東京で「東亰」としていた時があったとか。しかし、次第に立ち消えになったようです。このことは、さらに詳しく調べると、いろいろとおもしろいことが見つかりそうです。

 今日は息子が出張中のため、私は妻と共に蔵前に泊まることにしました。かつて、モンゴルのことから白鵬さんの関係者に会うために、息子に連れられて蔵前に来たことがあります。しかし、泊まったことはありません。明日はどこを散策しようかと、地図を見ながら計画を練っています。




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2025年09月19日

集会所での夏祭りと京大病院のこと

 今日の集会所では、延期となっていた夏祭り(秋祭り)が開催されました。
 射的やくじ引きで、お菓子や日用品がいろいろとたくさんもらえます。みなさんの顔が輝いていました。
 終わるとすぐに京大病院へ直行です。

 今日の大文字は、秋を感じさせる姿です。暑さがぶり返すことなく、このまま涼しい風を送り続けてほしいものです。

250919_大文字.jpg


 京大病院では、いつものように妻が問診と点滴を受けます。私は、その付き添いです。
 主治医の先生との話では、日々の生活で「運動・食事・趣味・友人・地域貢献」と、それぞれのバランスがうまく取れているようなので、このままでいいでしょう、とのことでした。
 そして、治療に入って半年が経つので、来月からは月2回の点滴は宇治徳州会病院で受けることになり、具体的に日時が決まりました。検査と診察は、2カ月毎に京大病院で受けます。

 今年の3月から、この京大病院で新しい治療に取り組むことになりました。そして、副作用がないままにここまで来られたことに、安堵の思いでいます。以前の病院で処方された「ドネペジル」という薬で、想像を絶する副作用があったからです。いろいろなことがあって、この京大病院に行き着いた経緯があります。

 絶妙のタイミングで「レカネマブ(レケンビ)」の治療を受けることになりました。あとは、この治療の具体的な成果を確認することです。もう1年しないと、その成果は見えてきません。とにかく、多くの方の参考になる報告ができる日が来ることを、願っています。

 明日は東京へ行きます。
 とにかく、何事にも積極的に取り組む日々です。




posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月18日

iPhoneに新 OS をインストールし Apple Watch の問題解消

 近くの公園を散策中に、真っ赤な彼岸花を見つけました。

250918_彼岸花.jpg

 今年も忘れることなく、花が季節の訪れを教えてくれています。来週のお彼岸には、お墓参りに行こうと思います。異常気象と言われている中でも、花は人に寄り添ってマイペースで生きているのです。

 今日は、アップルの情報文具を最新の「OS26 Tahoe」にアップデートしました。
 まず、iPhoneを iOS 26にしました。そして、watchOS も26.0にアップデートできました。これは嬉しい出来事です。実は、半年以上もアップルウオッチに関してエラー続きで困っていたからです。

 今春3月から、ずっと watchOS がアップデートできませんでした。最新バージョンへのインストールをしようとしても、その準備段階で「確認中」の表示が出たままで、毎回決まって3時間後に「エラーが起きました。」となるのです。

 アップルのサポートセンターに電話をし、相談をしたことが3回。私が何度もやったことをやらされ、結果はことごとくこれまでと同じエラーで終わります。
 結局は、iPhoneにハード的には問題がないので、初期化をしてみることを薦められました。しかし、私は何か違うという思いがあり、半年間ずっとアドバイスである初期化はしないで来ました。

 先週は、京都駅前のカメラのキタムラの中にある【Apple正規サービスプロバイダ】に行き、何となく不信感が残る電話でのサポートではなく、対面での相談をしました。そこでも、詳しい説明を受けた後に最終的には iPhoneの初期化でした。納得しました。しかし、数日後に iOS 26が公開されることがわかっていたので、今日まで初期化は先延ばしにしていたのです。そして、iOS 26にした今、これまで悶々としていたことがスッキリと解消しました。

 専門家は、いろいろと原因やトラブルの理由付けをなさるでしょう。しかし、素人の私は結果さえよければいいので、不本意な指示に従わなくてよかった、と思っています。もちろん、アップルの製品との付き合いは長いので、エキスパートの方の意見を受け入れて、何度も難局を乗り切りました。しかし、今回は私の身体が、アップルのアドバイスを受け入れなかったのです。半年間もズルズルと疑問を抱えながら引き摺っていたので、理屈ではない肌感覚も捨てたものではない、と思っています。トラブルの連鎖の渦に巻き込まれずに済み、ホッとしています。

 今回の「タホエ」と名付けられた OS は、デザインに透明感があり丸みがあり、スッキリとしているので気に入っています。
 次は、パソコンに「macOS Tahoe」をインストールすることになります。
 気分一新、情報文具を活用した日々を楽しく送ることにします。




posted by genjiito at 21:37| Comment(0) | ◎情報社会

2025年09月17日

我が仕事環境の写真(その3_京都の自宅)

 これまでに私が仕事をして来た環境や資料を整理している中で、勉強や研究をしていた部屋の様子がわかるものとして、以下の2件をアップしてきました。

(1)「我が仕事環境の写真(その1_宿舎とインド)」
   (2025年09月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/191482592.html

(2)「我が仕事環境の写真(その2_研究室)」
   (2025年09月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/191487293.html

 3回目は、京都の自宅における机周りの様子です。
 ただし、河内八尾・大和平群・京都北大路の頃の写真は、デジタルではなくてフイルムベースだったことと、思うように写真が見つからないことから未整理です。京都の右岸から左岸に引っ越しをした、下鴨貴船から今の宇治の仕事部屋の2箇所を取り上げます。

 下鴨貴船には、2012年から2022年までの10年間いました。
 大学を出て大阪府立高校の教員になった時、お世話になった先生から、自分のためにも周りのためにも同じところに10年以上いない方がいい、とのアドバイスをいただきました。
 以来、職場はもとより、住まいも10年以内で異動移転してきました。実際にそのようになったので、あらためて驚いています。
 国文学研究資料館には18年いました。しかし、都内品川に9年、そして組織の庁舎移転で立川に9年なので、不思議と帳尻が合っています。

 まずは、下鴨貴船の2018年のものから。
 この頃は、いろいろな病気で入退院を繰り返しながらも、スペイン・ベトナム・アメリカ・カナダ・イギリス・インド・ミャンマー・ペルー・ルーマニア・中国と、調査旅行に慌ただしかった時期です。本は別の部屋に置きながら、とにかく報告書をまとめることに追われて籠もっていた部屋です。細長い部屋だったので、右から左へと3枚の写真で見渡せるように組んでいます。

2018-06_下鴨書斎右1.jpg



2018-06_下鴨書斎中1.jpg



2018-06_下鴨書斎左1.jpg

 2022年から宇治に移りました。おそらく、これが最後の引っ越しだと思います。
 先月の2025年8月から、新たに『源氏物語』の本文データベースを構築する作業に入りました。そのため、部屋の配置替えや参考資料の入れ替えなど、大幅に模様替えをしました。この宇治に来て3年ほど仕事に取り組んだ作業場所として、これまでの記念に写したものです。

250909_宇治書斎1.jpg

 次回は、フイルム写真の整理が終わってからアップします。
 「我が仕事環境の写真」はしばらくのお休みとなります。




posted by genjiito at 21:40| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月16日

百歳のTさんに首相と知事からお祝いが届く

 今日は集会所で、昨日の敬老の日に届いた、Tさんの長寿を祝う記念品のお披露目がありました。
 まずは、石破首相からの祝状と銀杯から。

250916_100歳総理ぼかし.jpg


250916_銀杯のみ.jpg

 次に、西脇府知事からの祝状と織り額。

250916_100歳府知事ぼかし.jpg


250916_祝い織りのみ.jpg


 首相や知事からのお祝いは、あくまでも儀礼上のことです。それはそうとして、宇治市長からは何もなかったのは変なことだ、とみんなで不審がりながら話をしていました。国民、府民、市民でいうと、一番身近な市民へのお祝いの言葉がその長からあるのが、本当に生きた思いやりだと思われます。市長も政治屋になってはいけません。市民に寄り添う市長であってほしいものです。他府県も、お祝い事は形骸化しているのでしょうか。

 集合写真を撮った後は、みんなでモルックをしました。これは何度もやっているので、勝手知ったるゲームです。今日も大逆転があり、楽しく盛り上がりました。

 今日は、近くの大学の学生が一人、体験学習として見学に来ていました。聞くと、来るのは今日だけだとのこと。毎月一人でもいいので、若者が一緒に参加する運営ができないか、個人的に思案中です。このことは、少子高齢化に直面するこれからのために、今から手をうつべき大切なつながりの育成事業だと思っています。




posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月15日

グリーンカフェで挑んだクロスワードパズルの難易度

 まだ暑いものの、薄曇りで少し涼しい風を感じました。
 夏の終わりの到来ならいいのですが。

250915_グリーン看板.jpg

 今日のグリーンカフェでは、脳トレとしてまちがい探しとクロスワードパズルをしました。
 クロスワードパズルでは、少し難易度の高いものが含まれていました。多分に高齢者の言語感覚を意識した出題なのかもしれません。

 最初のマス目になる、縦@、横@のヒントが難しかったのです。

「縦@その場を上手にごまかすこと。」

「横@品質などがたしかなものであると保証すること。」
  「〇〇〇〇つき」

 最初の縦横@から躓くこととなり、手こずりました。

 縦の@は7文字です。そして、他の横の答えとの関係で、3文字目が「や」で5文字目が「に」です。
「□□や□に□□」
 これでもわかりません。ヒントとして、若い女性がお茶を点てている横で、先生が手つきをジッと見つめている絵が添えてあります。これを見ても、まだわかりません。
 隣の方がわかった、と仰ったので答えを聞くと、「おちゃをにごす」だ、とのことです。なるほど。それにしても、字数が多いこととイラストがよくないので、これは難問です。

 次の横@も、隣の方がしばらくしてわかったとのこと。答えは「おりがみ」でした。
 確かに、そう言われると品質保証のことばなのでそうです。鑑定に関する言葉から来る「おりがみ」で「おりがみつき」でいいわけです。古写本の古筆鑑定などのこととなると、私の分野で使う言葉です。しかし、これは今は死語ではないでしょうか。高齢者にはわかるはずだ、ということでしょうか。

 慣用句の問題は世代間の格差があるので、ヒントの出し方が難しいな、と思いました。

 帰りに図書館に寄り、予約していた本を受け取り、中央公園を散策しました。夏バテなのか、少し身体が気怠いので、ウォーキングは控えめにして帰りました。




posted by genjiito at 21:52| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月14日

我が仕事環境の写真(その2_研究室)

 1999年の4月から、東京都品川区にあった文部省所管の国文学研究資料館に転職しました。それまでは、大阪の熊取にあった大阪明浄女子短期大学(現・大阪観光大学)の教員でした。その頃の写真はフイルムベースのプリント写真だったので、まだ整理ができていません。これは後日にしましょう。

 東京の職場には、大和平群から単身赴任で平日通っていました。
 研究室は元は倉庫だった部屋なので、次の写真の左端に写っている小さい小窓が唯一の明かり取りでした。

2006-8_NIJL研究室のみ01.jpg

 その後、2008年に国文学研究資料館は品川区から立川市に移転しました。それに伴い、職場も新庁舎に移り、研究室も新しくなりました。引っ越したばかりの、何とか仕事ができるように整理をした状態の写真です。

2008-2_立川研究室01.jpg

 スケールの大きな科学研究費補助金によるプロジェクトを同時に3つ運用していたので、研究室の向かいに広い作業室をもらっていました。3人の補佐員さんや10人近いアルバイトの方々に、研究のお手伝いをしていただいていました。私が定年で離職する直前の、作業室の写真が残っています。

170311_NIJL作業室退去01.jpg

 定年退職した翌4月からは、古巣の大阪明浄女子短期大学が4年制の共学となり、新しくなった大阪観光大学に出戻りの教員として赴任しました。かつて使っていた研究室の下の階に、新たに研究室をもらいました。

2019-2_観光大研究室01.jpg


 そして着任早々、また大型科研が採択されたために、科研の業務用の部屋としてもう一室使えることとなりました。荷物を運び込んだばかりの部屋の写真が残っていました。ここで、補佐員さん1名とアルバイトの学生さん8人に、情報収集や資料整理をしてもらいました。

190313_観光大の科研室.jpg


 その2年後に、経営者の意に沿わなかったのか、突然私は解雇されました。大型科研はまだ2年間2千万円の経費が残っており、研究も半ばでした。このままでは全額返納です。そんな宙ぶらりんになった私を、大阪大学にいる仲間が救いの手を差し伸べてくれたのです。大阪大学箕面キャンパス(旧・大阪外国語大学)に研究場所を確保してもらえました。
 だだっ広い部屋に大量の本や情報文具を運び込み、新しくアルバイトさんにも来てもらい、心機一転研究を再開しました。手前が、私が使うことになる机です。

2019-05_阪大研究室01.jpg

 順調に研究成果を上げていた時、またまた突然、大阪観光大学から学長としてお呼びがかかりました。民事再生下にある大学になっていたのです。解雇されて1年半で、学長や理事などの役職者として再建の手伝いをする者として呼び戻されたのです。
 その翌春、科研は終了し、大阪大学の箕面キャンパスも箕面船場にすべて移転することになったと同時に、私は大阪観光大学の学長理事職専任となりました。
 新たな研究室は、学長室があることもあり、大量の本を入れると入口からは仕事机が見えなくなる手狭な部屋でした。

210821_観光大研究室02.jpg

 順調に再建のお手伝いをしていた中の2021年12月末日に、私は大学の運営に関して抗議の辞任をしました。そのために、ここが私の最後の公的な研究室となりました。

 なお、私が我がまま勝手なことをする人間だと思われないためにも、いつも筋は通していることを示す意味で、辞任の経緯を記した文書を、以下の2本の記事として公開しています。あらぬ誤解を受けないように、念のために明示しておきます。

(1)「私が2021年12月末日で学長を辞めた理由」
   (2022年04月02日、http://genjiito.sblo.jp/article/189437966.html

(2)「梯子を外された具体的な例証ひとつ」
   (2022年04月03日、http://genjiito.sblo.jp/article/189439395.html

 以上が、いろいろとあった我が仕事環境を記録した写真です。

 次回は、京都の自宅の勉強部屋を整理してアップします。




posted by genjiito at 21:42| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月13日

中之島での『百人一首』(第16回)と『源氏物語 蜻蛉』(第27回)の講座

 今日の大阪府立中之島図書館は、どんよりとした雲を背後にして佇んでいました。暑くなかったので、快適な1日でした。

250913_図書館.jpg


 まず、入門講座としての「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」からです。
 変体仮名の「愛(あ)」がなかなか見当たらないことをお話ししました。特に、平安と鎌倉時代の例が手元にありません。江戸時代と現代の3例をあげます。この文字は、今後とも気をつけて集めたいものです。どなたか、ご教示をお願いします。

(1)「愛遊割烹」朝日新聞2025.8.23
250909_朝日「愛遊」.jpg

(2)「愛しろ【木】」 光琳カルタ 64番歌の「愛」
250913_光琳「愛」.jpg


(3)シャープの携帯電話(アンドロイド15)の「愛」
250702_シャープあ赤入り.jpg


 次は、12番歌の僧正遍昭の歌碑が、大徳寺の近くの雲林院にあることを紹介しました。特に「餘」が読みにくいことを確認しました。

250911_雲林院の遍昭の歌碑-切抜.jpg

 僧正遍昭
 【天】つ【風雲】のかよ比
千ふき登ぢ餘

 をと免の【姿】しば
  しとゝめ無


 『百人一首』は、22番の文屋康秀から34番の藤原興風までを確認しました。陽明文庫カルタと国文研の鶴丸カルタで、使われている字母の違いを確認しながら進めました。
 わかりやすい違いとしては、陽明カルタが「あ」とするところを、鶴丸カルタは「阿」と表記することがほとんどでした。
 人物画については、陽明カルタの春道列樹が後ろ向きに描かれていることを指摘しました。
 収録した2種類のカルタで、横向きではなく後ろ向きは次の人々です。しかも、陽明カルタが圧倒的に多いのです。

僧正遍昭、大中臣能宣朝臣、藤原実方朝臣、清少納言、大納言経信(2種共)、権中納言匡房、法勝寺入道前関白太政大臣、皇嘉門院別当(2種共)、式子内親王(鶴丸は姿も見せず)、前大僧正慈円、

 こうした図様の違いは、他のカルタと比較するとおもしろいかと思います。今後の課題です。

 30分の休憩を置いて、次はハーバード本『源氏物語 蜻蛉』です。
 まず、書家の宮川保子さんが進めておられる相愛大学所蔵の春曙本『源氏物語』の臨模試作写本3冊(帚木 ・藤裏葉・宿木)を見てもらいました。平安鎌倉時代の『源氏物語』の写本の実態を知る上で、原本に近い姿の写本を見ることは、臨模本であっても貴重な勉強になります。今日は、写本の扱い方もお話ししました。こうした講座では、実感することを大事にしています。

 「蜻蛉」の本文については、61丁裏から63丁表8行目までを確認しました。
 〈貼紙〉やなぞった文字の箇所を、時間をかけて説明しました。
 次の画像は、61丁裏7行目に、【心】の上に【思】の貼紙をしている例です。この「蜻蛉」には4箇所に貼り紙があります。詳しくは、拙著『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、2014年)の「凡例(15)」(9頁)に書いていますので、確認をなさりたい方は参照願います。

250912_ハーバード「蜻蛉」61uL7〈貼紙〉.jpg

 また、ハーバード本の書写者は、「者」の崩し方に特徴があることの確認もしました。

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者川可しめさせ・【給】・於ほ可多の・ゝへ者/者〈判読〉、(のへ者)・さ可しら
ぬそ/ぬ〈ママ、諸本「をこ」〉・きこえさすれと・いふ・八可なき・こと越・多ゝ/(多多)・
すこし・能多万ふも・【人】八・能こり・き可万本しう
の三・【思】・きこえ多り・【心】ちなし・三ち・阿け・【侍】奈
んや・王きても・かの・【御】もの八ち能・ゆへ・阿りぬへき・
於り尓そ/も&そ、(於り尓も)・あんめるとて・多ちいて・【給】へ八・をし
なへて・かく・能こり・な可らんと・【思】ひやり/〈【心】ニ【思】ノ貼紙〉・【給】つるこそ・
【心】う介れと・於もへる・【人】も・阿り・[32]ひん可し能・かうらん
尓・於しかゝりて/(於しかかりて)・ゆふ可け尓・なる・まゝ尓/(まま尓)・【花】の・ひ
もとて/て〈ママ〉、諸本ひもとく・【御前】の・【草】むら越・三王多し・【給】・ものゝみ/み〈次頁〉、(もののみ)、(61ウ)
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あ者れなる尓・な可尓川いて・八らわ多・ゝゆる八/八〈行末左〉、(多ゆる八)・
これ・【秋】のと/の〈墨削〉=のてん、(【秋】のてんと)・いふ・こと越・しの日や可尓・しゆし
川ゝ/(しゆし川川)・井・多万へり・阿りつる・きぬの・をとなひ・
志るき・け者い・して・もやの・【御】しやうしより・と
越りて・あ那多に・いるなり・【宮】の・あゆ三於者
して・これより・あな多に・万いり川る八・多そと・ゝ
ひ/(とひ)・【給】へ八・かの・【御方】の・【中将】の【君】と・きこゆ奈り・なを・
阿やしの・王さや・多れ尓可とかりそめ尓も・うち
【思】・【人】尓・や可て可く・ゆ可しけ那くきこゆる尓/ゆる&ゆる・【名】さ
しよと・いと越しう・この・【宮】尓八・三な・免なれて/三&免、(62オ)
--------------------------------------
於ほえ・【給】つるへ可免るも・くちをし・あ奈
かちなる・【御】もてなしに・【女】・さもこそ/し&こ、(さもしそ)・万け/万$ま、(まけ)・多て
万川ら免・【我】・さま・くちをしく・この・【御】ゆ可り
尓八・ね多く・【心】うく能三・ある可な・い可て・この・わ多り
尓も・め川らしからん・れいの/±【人】の、(【人】のれいの)・【心】いれて・さ者
き・【給】八ん者・可多らひとりて・王可・於もひしや
う尓・や春可らすと多に・於も者せ・多て万つらん・
万ことに・【心】者せ・阿らん・【人】八・わ可・ゝ多にそ/(可多にそ)・よる
へきやと・されと・可多いもの可な・【人】の・【心】八と・【思】尓
川介て・多いの【御】可多の・かの/$・【御】ありさ万越八/(62ウ)
--------------------------------------
ふさ者しからぬ・もの尓・於もひ・きこゑて・いと・ひな
き・む川ひ尓・なりゆき・於ほ可多の・於ほえ越八・
くるしと・於もひな可ら・な越・さし八なち可多き・も
の尓・於ほしゝ里多るそ/(於ほしし里多るそ)・あ里可たく・あ者れな
累/し&累、累=さやうなる〈薄墨〉、(あ者れなし)・【心】者せ/【心】&【心】・阿る・【人】八・【心】ちの/【心】$こゝ〈薄墨〉、(こゝちの)・な可尓・阿らんや・いり
多ちて・ふ可く・三ね八・しらぬそかし・ねさめ
かち尓/れ&ね、(れさめかち尓)・つれ/\なる越/(つれつれなる越)・すこし八・すきものなら八ゝや
と/(すきものなら八八やと)・【思】尓・いま八な越・川きなし・←[250913_ココマデ][33]れいの尓しの・
わ多【殿】を・阿りしに・ならひて・わさと於八し多るも・
あやし・ひめ三や・よる八・あな多に・わ多らせ・【給】介れ八/(63オ)
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 終わってからは、いつもの淀屋橋駅ではなくて、大阪駅に向かって帰りました。阪神タイガースが早々と優勝し、阪神百貨店で優勝記念セールをしているので、賑わいを求めての散策です。数十年来の阪神ファンなので、何か楽しいことはないかと思って行ったのです。

250913_阪神記念セール.jpg

 しかし、優勝記念セールの会場である阪神タイガースショップは大盛況で、入場制限がかかっていて長蛇の列です。オリジナルグッズは来週の17日からです。肩透かしだったので、阪神名物のイカ焼きを買いに行くと、ここも大行列です。小学生の頃には、母に連れられて阪神のイカ焼きを食べに来たものです。大人になってからも、何度かいただきました。十枚くらい抱え込んで、口一杯に頬張っているおじさんがいました。相変わらずの人気です。
 またいつか、ということにして、近くにあった海鮮丼のお店で腹ごしらえをしました。3時間以上しゃべり詰めだったので、腹ぺこだったのです。私には珍しく、丼1杯を時間はかかったものの完食しました。

 大阪駅から京都駅に行くためにJRに向かっていると、街頭演説をして訴えておられる方が目に留まりました。主旨は、以下のことでした。

面倒でやっかいなマイナ保険証は 使う必要も つくる必要も ありません! 期限が来ても ほっておいて大丈夫です!


250913_マイナ保険証廃止.jpg

 マイナンバー制の廃止には、私も賛同します。時間がなかったのでじっくりは聞けませんでした。チラシだけは受け取りました。反対しておられる主旨が政治的だったので、少し違うな、とは思うものの、廃止すべきものであるというところは一致します。
 私は、ブログにマイナカードの無意味さを2度ほど書きました。行動は起こしていません。こうして街頭に立って訴えておられる方がおられることを知り、新鮮な思いを抱きました。私とは視点が異なる論調だったので、機会があれば私の考えを質問してみたいと思いながら、帰途につきました。





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2025年09月12日

京洛逍遥(948)観音寺で生成AIの使い勝手を確かめる

 昨日の朝、立ち上がった時に左足の人さし指を捻じってしまい、大きなポキッという乾いた音がしました。痛みを堪えていると、しばらくすると指が動いたので安心しました。そのうち、指が紫色に変わっていきます。病院を考えました。しかし、激痛でもなく、骨折でもなさそうなので、エアーサロンパスを噴霧して、一晩様子見をしました。

 今朝、左足の人さし指はさらに赤黒く変色しています。何となく不安になり、すぐに近くの内科と外科の2つの科がある医院へ行きました。レントゲンを2枚撮り、結果は亜脱臼とのことでした。私が脳梗塞の治療薬として血液サラサラの薬を飲んでいることをご存知の先生だったので、指先が赤黒くなっているのはそのせいだろうと。骨折はしていないので、湿布薬を細長く切って、2本の指に巻き付けるようにして固定しておけば大丈夫、とのことでした。
 大事に至らず、安堵しました。そして、これから集会所で体操やゲームをすることを伝えると、何も問題はないので行っても大丈夫ですよ、と送り出してもらいました。

 今日の集会所では、参加者が3つのチームに分かれ、各チームの一人ずつが3個のサイコロを転がし、合計点を数えるゲームをしました。
 「2 4 3」なら「9」です。
 手元の紙には、3から18までの数字が書かれています。

3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

 投げたサイコロ3つで出た数の合計の数字を消して行き、最後に残された数字の個数を競うゲームです。
 ここで合計が「3」とか「18」を出すのは可能です。しかし、それは「1 1 1」か「6 6 6」しかないので、確率的に条件は同じだといっても、実際には至難の業です。偶然が頼りです。
 同じ合計点が何度も出ます。結果として、どのチームも、「3」「4」と「16」「17」「18」は出ませんでした。

 老若男女、知力、体力に関係なく、誰もが楽しめます。それでいて、難度の高いゲームです。一人ずつサイコロを投げ、みんなで数字を足し、手元の数字をチェックするなど、参加型の脳活ゲームでもあります。そして、盛り上がりました。特にノリのいいみなさんの集まりなので、進行役も楽しく大きな声を上げて指示を出しておられました。

 集会所を出ると、そのまま近鉄の桃山御陵前駅へ行きました。しばらく御香宮神社に行っていなかったので、残暑のご挨拶です。近々イベントがあるので、能舞台からは練習中の笛の音が響き渡っていました。

 近鉄桃山御陵前駅に戻る時に、駅のすぐ横に観音寺があることに気付きました。立ち寄って見ると、狭い境内ながら雰囲気のいいお寺だったので寺門を潜りました。説明がどこにもないので、こんな時にとばかりに生成AIに、

京都市伏見区の近鉄桃山御陵前駅のすぐ横に観音寺があります。何も説明がないので、簡単に教えてもらえませんか?

と聞きました。すると、瞬時にさまざまな情報を教えてもらえました。歴史や由来は伝承頼みでよくわからないようです。ただし、1601年以前にはこの寺が存在していたといえそうです。
 さらに詳しい説明をお願いすると、

残念ながら「太子山観音寺(観音寺/桃山御陵前駅隣)」については、建築様式・構造の詳細な資料はあまり公開されていないようです。

と謙虚な答えが返ってきました。
 そして、

もしよければ、京都府立図書館か京都市の史料館、あるいは地元の「伏見区役所文化財課」のオンラインデータベースをあたって、建築の様式や文化財指定の有無を探してみましょうか?また、現地の写真を見て建築様式を推定することもできます。どうされますか?

と、親切な案内をいただきました。対話型の生成AIには、親しみを覚えます。
 丁寧に感謝の気持ちを伝えて、質問を終えました。

 ここで使った生成AIは、ChatGPT Plus(有料版)です。今は、さまざまな状況での使い勝手の良さを試しているところです。
 今日の生成AIの対応を見ると、私がものを考える時のツールの一つとして、言葉を変えればパートナーとして、一緒に付き合って行けそうな感触を得ました。最近は、とみに自分の記憶の曖昧さを痛感することが多くなったので、この生成AIと仲良くしていく価値はありそうです。




posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月11日

年に一度の来訪者あり

 京都市内の下鴨地域に住んでいた頃にお世話になっていた、不動産屋の青伸ホームの青山さんが、今年もフラリと宇治の拙宅にお越しになりました。

 今から18年前に、子育てを終えた大和平群の地から、京都市内の賀茂川右岸に転居しました。そこで5年間、京町家の借家に住みながら最終的な落ち着き先を探していました。

 そんな時、青伸ホームから売りに出されていた、賀茂川左岸に建つ築100年近い町家に住むことにしました。その時から、青山さんとのお付き合いが始まりました。私が還暦を過ぎていたので、ローンを組むのに青山さんが尽力してくださいました。

 賀茂川の反対側の下鴨に移って半年後に、私の胃に癌が見つかりました。無事に手術を終えて命拾いした後の翌春、妻は早期退職をして単身赴任だった私の東京の官舎に移り住み、私の面倒を見てくれました。定年までずっと続きました。ただし、京都の町家は手放さなかったので、毎週のように代わる代わる下鴨に帰っては、家の掃除や庭の花の世話をしていました。

 青山さんは、折々に自転車で我が家の前を通りかかり、家の様子を気にかけて見ていてくださいました。たまに報告も来ました。お向かいのご主人も、小まめに我が家の玄関先の花に水を撒いてくださっていました。

 今から3年前、10年間いた下鴨から宇治に移るにあたっても、青山さんはいろいろと面倒を見てくださいました。そして、近くにお客さんを案内してきたので、と言って毎年この宇治の住まいに立ち寄ってくださるのです。青山さんは、不動産屋さんといっても、幅広いお付き合いを通して京都中を廻っておられます。

 今日も、突然でした。これまでにも何度か来て見たけれど、とのこと。たまたま我々がいた時だったこともあり、上がって楽しい話をして行かれます。30分ほどでしょうか。今日は、ここは快適な住み心地であることをお話しました。青山さんからは、この地域の情報を教えてくださいます。京都を飛び回っておられるので、知らないことを教えていただけ、楽しく時間が経ちます。

 気心の知れた方が、年に一度とはいえ、ひょっこりとお出でになり、妻を交えて四方山話をするのは楽しいものです。気にかけてくださっていることは、見守られていることでもあり、ありがたいことです。
 立場は不動産屋さんです。しかし、堅苦しくない、垣根のないお付き合いが、ゆったりと生活ができる背景にあることに感謝しています。




posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月10日

京洛逍遥(947)円空展を見て自宅にある木像を取り出す

 京都駅の伊勢丹に入っている美術館「えき」KYOTOで、「円空展 330年の祈り 彫り宿る、円空の魂!」を見てきました。
 江戸時代の初期に活躍した円空(1632-95)は、64歳で亡くなるまでの30年間に12万体の像を彫ったとされています。現在残っているものだけでも、5,400体以上もあるとか。ダイナミックな鑿(のみ)で表現された祈りの姿を、じっくりと見ました。

250909_円空パンフ裏.jpg

 簡単に彫れそうに見えても、じっと見ていると微笑んでくれているのですから、名工の技なのでしょう。励ましてくれる円空仏もあります。削ぎ落とされた中にある仏の心を感じました。

 最後のコーナーに「速報! 令和7年新発見の円空仏」という説明がありました。今年発見されたばかりの観音菩薩2体と釈迦如来1体です。この仏さまとの出会いも、印象に残ります。よくぞ今ここに、という思いにさせてもらえました。
 その説明には、次のような文で締め括られていました。

「新発見のきっかけは、自宅に円空仏とは知らずに祀っている像が円空と判明する場合や、展覧会などで円空を見て自宅にある像が円空仏だと気づかれる場合が多いですが、本展をご覧になりご自宅を捜してみられてはいかがでしょうか。」

 ハタと思い当たることがあったので、帰ってから仏壇の奥にあった煤けた木彫りの像を出してみました。

250910_円空前.jpg


250910_円空後.jpg


250910_円空右.jpg


250910_円空左.jpg

 この恵比寿さまと大黒さまは、両親が戦時中に満洲に持って行き、父がシベリアに抑留されたため、母が引き揚げの時に命からがら持ち帰ったもの(?)、と聞いています。どこまでが事実かは、今となっては不明です。それだけに、謎と夢が膨らみます。

 今日、多くの円空を美術館で見てきた私には、これも「円空だ!」と言いたいところです。
 しかし、門外漢なので逡巡します。しばらく、我が家に「円空仏」がある、と楽しむ日々を送ることにします。
 さきほど妻が、そういえば秋田の実家の仏壇の上の棚にも、こんな小さな煤けた仏さまがたくさんあった、と言い出しました。もう秋田のみなさんはとっくにお休みの時間なので、明日確認してもらうことになりました。ますます夢が拡がります。

 ゆめゆめ、おせっかいな鑑定はしないでください。
 平安な日々を送るために、ご配慮のほどをよろしくお願いします。

 なお、本日の会場に掲出されていた「円空像 所在別体数一覧表」には、次の情報が記されていました。

 島根県  3体2カ所

 秋田県 12体9カ所


 美術館「えき」KYOTO を出ると、いつものように外の大階段を歩いて降りました。リハビリウォーキングの一環です。

 地上に降りると、すぐ目の前の京都鳥居ビル4階に入っている【Apple正規サービスプロバイダ】のお店であるカメラのキタムラに行きました。今使っている iPhone と Apple Watch で今春3月からエラーが続いていることの対処の相談です。
 電話でアップルのエキスパートに相談をしました。しかし、電話越しでは相手がいくら専門家であっても、どうも納得できません。足を運んで、直接会話をすることで解決したかったのです。

 応対してくださった方はとにかく詳しい方で、予約はしていなかったのにもかかわらず、私が納得するまで説明してくださいました。やはり、対面の相談は迫力や熱量があり、相手の技量が直に伝わってきます。アップルユーザーとして数十年の蓄積からなのか、直感としてわかります。
 教えていただいた通り、明日試してみます。目と目を合わせ、言葉を交わしての実感実証とは、まさにこのことです。サービスの基本はここにあります。通信による対応は二の次であることを実感しました。

 次は、向かいのヨドバシカメラで、ソーダストリームの気泡発生装置で使う炭酸ガスシリンダーの交換をしました。ほぼ3ヶ月でボンベを交換しています。それが、4月以来の交換なので、今年の夏はあまり使わなかったようです。暑すぎて、ゼリー系のものを口にしていたためだと思われます。

 帰りは近鉄竹田駅で降りて、伏見温泉力の湯に行きました。温泉に入って、何かと凝り固まっている身体をほぐすことと、前回来た時にロッカーキーを持ち帰ったので、あらかじめ電話をして返却することになっていた、という用事もありました。
 ここのシステムでは、下駄箱のキーと共に、浴室のロッカーキーもうっかり持ち帰ってしまうのです。経営する側では、こうした持ち帰りの事態が起こり得ることは承知のはずなのに、2箇所もセキュリティ態勢が不十分です。物腰の柔らかい対応だったので、何も言いませんでした。私にはわからない、何か深い理由があるのでしょう。

 身体がスベスベで、少し温めの風に当たりながら、気持ちよく帰りました。そうそう、この前は人身事故に巻き込まれたために、帰り着いたのが零時を過ぎていたことを思い出しました。今日も何かあったのか、ホームには人が溢れていました。時計を見ると、ちょうど18時。近鉄と地下鉄が相互乗り入れをしているため、帰宅ラッシュで混んでいたのです。
 定年と共に、仕事のために決められた時間に出掛けることは、完全に土曜日だけの生活を送っています。後は、熱暑を避けて気ままにウォーキングに毎日出掛けています。
 ラッシュアワーに出くわすと、自宅で仕事をする日々のありがたさを感じます。
 長年、毎週関西と関東を往復し、頻繁に海外に出かけていた生活を終えての今。
 自分への「お疲れさま」が、日々の安らぎを支えていると思っています。
 もう現役ではない、という自覚もしっかりと持っています。




posted by genjiito at 23:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月09日

我が仕事環境の写真(その1_宿舎とインド)

 写真を整理していると、いろいろなものが見つかります。
 さまざまな場所で仕事をしていたので、部屋の様子がわかるものを取り出してみました。

 まず、単身赴任で東京に出た1999年から。
 横浜の金沢文庫にあった泥亀住宅(関東財務局所有)へ、奈良の自宅から毎週平日に通っていました。土日は大和平群に帰り、家の用事と子育てをしていました。慌ただしいことでした。
 次の3点の写真は、東京生活に少し慣れた夏、部屋も整理がついた頃のものです。それまでの、奈良にいた頃の写真はフイルムで写していたようで、デジタルの写真は東京の生活が始まってからのようです。ということで、奈良にいた頃の勉強部屋の写真は後日ということにします。
 3部屋それぞれで、仕事の内容に応じたセッティングをしていました。
 画質が悪いのは、いいデジカメを持っていなかったためです。資料を扱う仕事だったこともあり、モニタは必ず複数台つなげていました。

1999-8_泥亀_書斎01.jpg


1999-8_泥亀_北部屋.JPG


2001-2_泥亀_勉強部屋.jpg


 2007年に、泥亀から都内の江東区越中島(東京医科歯科大学所有)の官舎に移ります。ここに定年までの9年間いました。私の主だった仕事の大半は、ここと職場の研究室でやりました。大型の科学研究費補助金が連続して採択され、スケールの大きな仕事ができるようになったのです。成田から海外に出かけることが多くなりました。

2009-11越中島書斎.jpg

 溯って、2002年にインドへ客員教授として赴任しました。滞在したホテルでの作業スペースはこんな感じでした。

2002-1_インドのホテル.jpg

 しかし、このホテルは2週間で逃げ出し、日本のお寺に引っ越しをしました。その経緯は、クラッシュしたホームページの残骸から一部を読むことができます。次の拙文の最初に、ホテルからお寺に引っ越しをしたことを書いています。


 さて、移り住んだお寺の部屋には、机や本棚はありません。ただしベッドが3台もあったので、贅沢に荷物置きとして活用していました。

2002-1_お寺の部屋-ベッド3列.jpg


 デリー大学で用意してくださった研究室は、簡素な部屋でした。窓を開けておくと猿や孔雀が入ってくるというので、戸締まりには気を使いました。
 日本から、いろいろな本を持ち込んでいます。

2002-1_デリー大学研究室.jpg

 続きは、職場の研究室などをアップする予定です。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月08日

命拾いした一匹のメダカ

 ベランダで花の世話をしていた妻が、息急き切って私の部屋に来ました。そして、花にやる水を溜めていたポットの中にメダカが一匹泳いでいる、と言うのです。何かの間違いだろうと思いながら行くと、成長した身体の小さいメダカが、チョロチョロと泳いでいます。

250908_メダカ.jpg


 数カ月前、お尻に卵をたくさん付けて優雅に泳ぐメダカを見つけました。すぐに、別の金魚鉢に産卵床を用意し、産み付けるのを待ちました。何度か、他のメダカたちに卵を食べられたことがあったからです。
 卵を抱えているのを確認してすぐに隔離したので、しばらく様子を見ているうちに孵るだろうと思っていました。しかし、お腹に付いていた卵がなくなると、そのメダカはしばらくして亡くなりました。数日たっても卵らしきものは見当たらず、さらに孵る気配もありません。

 卵がどうなったのかよくわからないままに、産卵用の鉢の中を掃除しました。ふやけたエサや汚れた水を大きめのスポイトを使ってプラスチックのポットに移し、花にやる水としてベランダに出していたのです。そのポットの中で、人知れずスクスクと一匹のメダカが育っていたのです。スポイトで吸い上げた水とエサの中にいたことを、まったく気付かなかったのです。

 予想外のことなので、大急ぎで新しい鉢を用意し、命拾いをした一匹のメダカをそこに移しました。元気に泳いでいます。まだこどもなので、もうしばらくは他のメダカたちと一緒にすることは出来ません。

 頃合いを見計らって、仲間がいる大きな水槽に移すつもりです。
 それにしても、他の卵たちはどうしたのでしょうか。
 注意深く卵がどうなったのかを観察していただけに、不思議です。
 このメダカは、奇跡的に助かった子なので、大切に育てたいと思います。




posted by genjiito at 19:51| Comment(0) | *身辺雑記

2025年09月07日

京洛逍遥(946)東寺のがらくた市へ行きピンクの桔梗を買う

 毎月第一日曜日は「東寺がらくた市(骨董市)」の日です。月末の「弘法市」には何度か行っています。月初めの市は初めてです。

250907_東寺南大門.jpg


250907_東寺の市.jpg

 もう片付けのタイミングでした。気になった茶碗がいくつかありました。しかし、数万円もしたのでパス。私が手を出すのは、3千円までにしていますので。

 弘法大師さまと誕生日が同じだと言う妻は、御影堂がお気に入りなのでいつも立ち寄ります。ご祈祷をあげていただく方や、五体投地をしてひたすらお経を唱える方がいらっしゃいました。仏前に額ずく姿は、インドや中国で見かけて以来久しぶりです。篤い信仰心に出会い、こちらも余徳をいただいた気持ちになります。

 国宝の五重塔の手前で、蓮の花を入れて撮りました。

250907_五重の塔と蓮.jpg


 右側に立つ小野道風ゆかりの柳の前には、「歌舞伎 小野道風青龍硯 『柳ケ池蛙飛の場』の舞台より」という説明が掲げられています。花札の中に、道風の前で柳に飛びつくカエルを描いた一枚があったことを思い出しました。この歌舞伎の演目がどのようなものかは、残念ながら知りません。帰ってから調べてみます。
 この柳の下では、カエルではなく、五六羽の鴨が一列に並んで寛いでいました。

250907_道風の柳.jpg


 東寺のすぐ前の花屋さんで、妻が私の好きなキキョウを見つけてくれました。紫は家にあります。しかし、白とピンクはないので3色をいただきました。またベランダが賑やかになります。植物が好きでたまらないというオーラを発散しておられたオジサンと妻は、しばしの花談義。強い陽射しは避けるように、とのアドバイスをいただいたので、東向きのベランダで育てることになりました。

250907_桔梗.jpg






posted by genjiito at 21:41| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月06日

宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(4)

 猛暑の中、宇治も多くの人で賑わっていました。8割方は海外からの観光客のようです。

 今日のシェア型書店HONBAKO京都宇治での勉強会は、写本の画像を映写して確認しながら進めました。
 まず、この相愛大学の「橋姫」はハーバード大学の「須磨」「蜻蛉」、国立歴史民俗博物の「鈴虫」とは感触が異なる写本のように思われる、という個人的な感想から始めました。

 文字が書き写された料紙は、古筆家の宮川保子さんがおっしゃるように鎌倉時代のものだと思われます。しかし、そこに書かれている文字は、ハーバード本などとは違うグループが作成した写本のように思われるのです。そして、書写に当たって用いた『源氏物語』の親本も、ハーバード本の時とは違うように思われます。まだ確証を得るまでに至っていないので、問題点を少しずつ提示しながら考えていきたいと思います。

 例えば、今日見た3丁表から4丁裏までの3ページ半の範囲で言えば、絃楽器の「琴」を「事」と表記するものが四例あります。「きん」と書くのが一例だけありますが。どのような事情からこのような表記になったのかはともかくとして、他の写本ではほとんど見かけない、相愛大学本特有の例です。ただし、相愛大学の他の4巻は未確認です。
 また、「祢とん」(音ども、二例)、「八んへらん」(侍らん)の撥音便の表記も注意したいところです。

 「奈ま多く奈しき」(3丁裏10行目)は諸本が「なまかたくなしき」とするところです。「ま」と「多」の間にあるはずの「か」が脱落しています。
 同じ例として、「な尓」(4丁表3行目)は諸本が「なにか」とあり、ここでも「か」が脱落しています。
 もう一例。「免堂く」(4丁裏10行目)は諸本が「めてたく」とするところであり、「て」が脱落しています。
 さらに注意したいのは、「奈ま多く奈しき」と「免堂く」は、共に料紙の裏丁の丁末行にあたります。
 糸罫という道具を料紙の上に載せて書写していて、最終行になるところで糸罫を次の丁に移動するため、紙と手と目と筆が動くことで、書写の緊張感が解ける時です。本書の書写者には、集中力が緩むと注意力が落ちる習性か性癖があるのかもしれません。

 「み」と読む仮名文字に「三」(三例)と「身」(三例)があり、特に「身」を使うのはこの写本の特徴です。

 こうした書写者の特徴を追って行くと、ハーバード本と同じような料紙を使っていながらも、書写を担当しているグループはハーバード本のグループとは異なるように感じます。また、この相愛大学本の書写時の親本は、ハーバード本を書写した時の親本と違うセットの写本群だったのではないか、という思いを強くしました。

 なお、二例のなぞった箇所について紹介します。

250905_春曙「橋姫」3uL6-7&.jpg

 これは、3丁裏6行目にある「奈」と、そのすぐ左の7行目の「遊」の例です。
 右側の「奈」の下に書かれている文字は判別できませんでした。しかし、左側の「遊」の下には「ゑ」と書かれていることがわかりました。後日、相愛大学へ原本を熟覧するために行くので、その時にこうしたなぞった文字についても詳しく確認してきます。

 以上のことは、今後とも相愛大学本が持つ本文を「変体仮名翻字版」で翻字をして行くことで、問題点が明らかになる中で解明されていくはずです。今は、とにかく翻字を進めて行くことに専念したいと思います。

 本日確認した「変体仮名翻字版」は、以下の通りです。


相愛大学春曙文庫本『源氏物語 橋姫』第三丁表六行目〜第四丁裏
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可く・なる・【程】尓・【250906_ココカラ→】その・【事】ゝ毛/(【事】と毛)・きゝ王可
礼ぬ/(きき王可礼ぬ)・毛のゝ祢とん/(毛のの祢とん)・い登・春こ遣尓・支
こ遊・徒祢尓・可く・あそひ・【給】と・きく越・
ついて・奈くて・古乃・【御】きんの・祢の・奈多可き越毛・ナシ・
き可ぬそ可し・よき・越里那累へし登/(3オ)
--------------------------------------
於毛ひ川ゝ/(於毛ひ川川)・い里・【給】へ八・ひ者能・こゑ乃・ひゝ
きなり遣り/(ひひきなり遣り)・王うしきてう尓・
しらへ弖・よの川祢乃・可きあ者世奈ら
祢登・ところ可ら尓や・ゝな礼ぬ/(三三な礼ぬ)・古ゝち/(古古ち)・志て・
可き【返】・者ち乃・越と・毛のきよけ尓・越毛
新ろし・さう乃【事】・あ者れ尓・ま免き
堂る/△&奈・こゑ・して・堂ゑ/\/(堂ゑ堂ゑ)・きこゑ&遊・志八し・
き可ま本しき尓・しのひ・【給】へと・【御】け八ひ・
し累く・きゝ徒け弖/(きき徒け弖)・と乃ひ【人】めく・をのこ・
奈ま多く奈しき/ま多(〈ママ〉諸本なまかたくなしき)・いてき堂り/(3ウ)
--------------------------------------
し可/\し奈無/(し可し可し奈無)・古毛り越八しま春・
【御】勢う登越こそ・きこゑさ世免
と・【申】春・な尓/諸本なにか・し可・ゝ幾里/(可幾里)・ある・【御】をこ奈
ひ乃・本とゝ/(本とと)・まきら八し・きこゑさせん
尓・あい奈し・可く・ぬ礼/\/(ぬ礼ぬ礼)・まいりきて・
い堂川ら尓・可へらん・うれ越・ひ免
きみ乃・【御】可多尓・きこゑ弖・あ者
礼登・の多ま者世は奈ん・奈くさむ
へきと・の多まへ八・尓くき・可本越・
うち江弖・【申】させ・八んへらんとて/と〈次頁〉、(4オ)
--------------------------------------
堂川を・し八しや登・めしよせて・
とし古ろ・い登徒弖尓乃/い〈ママ〉・きゝて/(ききて)・
ゆ可しう・於毛ふ・【御事】乃・祢とんを・
う礼し幾・をり可奈・春こし・ち可く・
堂ち可くれ弖・きくへき・毛のゝ/(毛のの)・く万
者・あ里や・こち奈く/諸本こゝちなく・さ新すきて・
まいりよらぬ・本と・那・【事】・や免・堂満
ひ弖八・いと・本ひ奈可らん登・乃堂まふ・
遣者ひ・可本可多ち能・さ累・な越/\し
き/(な越な越しき)・古ゝち尓母/(古古ち尓母)・い登・免堂く/諸本めてたく・可多し遣奈く/遣〈次頁〉、(4ウ)←【250906_ここまで】
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 次回の宇治での勉強会は、10月4日(土)です。
 興味と関心をお持ちの方の参加をお待ちしています。




posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | ■講座学習

2025年09月05日

「しりとり」を楽しみながら「ジェンダー」や「ジェネレーションギャップ」を思う

 集会所で、今日はしりとりゲームをしました。
 高齢者の集まりなので、2巡目に言い直しが多くなり、3巡目からはなかなか言葉が出ません。
 みなさん、いろいろと交わされる囁きに耳を傾けながら、苦し紛れの単語を捻り出すことになります。
 「ん」で終わる言葉に行き当たり、違う違うと考え直すこともしばしばです。
 それよりも、すでに出た言葉を言うケースが多くて、次第に何を言えばいいのかわからなくて、考え込むシーンが増えます。
 自信のなさからか、辺りを見渡しながらの回答が、さらに雰囲気をあやふやなものにします。

 行司役の存在が、このゲームをスムーズに進めるためには必須です。
 今日は、巧みな行司さばきが見られました。

 そして思いました。
 参加している方々の年齢構成が、言葉に反応する様子から重要であることを。
 この集会には、65歳以上の方々がお集まりです。
 この中に一人でも若者が交じったら、言葉へのリアクションが混乱することでしょう。
 生活圏や仲間同志で交わす言葉が、世代を跨ぐとまた違ったものとなるのですから。
 例えば、「パンツ」という言葉が出た時に、周りの反応を見て別の言葉にされた方がおられました。
 私は、「パンツ」と言われたら、まずは下着のことを思います。
 そして、そうだ今は「ズボン」の意味で使うのだった、と頭の中で修正しました。
 このことは、女性にズレは少ないとしても、参加している4人の高齢男性には決定的だと思われます。

 難しく言えば、「ジェンダー」(社会的性差)や「ジェネレーションギャップ」(世代間格差)の問題が、ゲームであっても「しりとり」の背景に横たわっていると言えるでしょう。
 もっとも、世代間のコミュニケーションを深める意義を認めてのゲームであれば、老若男女が混在する構成も楽しくておもしろいことでしょう。
 そんなことを考えると、この集まりのボランティアさんたちにも、若者の意識的な投入を考えるべき時期でしょうか。

 一昨年、近くの大学の学生さんが参加したことがありました。
 大学の教育の一環だと思っていたら、ほとんど指導を受けないままに来ていたことが明らかでした。
 高齢者に対して、上から目線の失礼な対応が見受けられたからです。
 ボランティアを履き違えて来ている学生だ、と思いました。
 昨年は、市内の大学からの派遣ではなく、個人の意志で参加した学生さんがおられました。
 その学生さんの高齢者に対応する様子を見ていて、意識の高さを感じ、好感を持ちました。
 若者の参加については、若ければいいと言うのではなく、まずは教育の一環であり、社会性を育むというありようと配慮が望まれます。
 少子高齢化社会になった今、高齢者の集まりで世代間の交流を意識した運営の必要性を、「しりとり」ゲームからあらためて感じました。
 理屈っぽい物言いで恐縮しながらの投稿です。




posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月04日

京大病院で丸1日を過ごし認知機能の理解を深める

 病院通いの日々です。
 先日は帰りの近鉄で、今日は行きの京阪で人身事故があり、電車が大幅に遅れました。東京の中央線や総武線が、飛び込みの多いことで知られていたことを思い出します。

 今朝の大文字は、台風を迎える心の準備ができているようで、サァ来いという顔をしています。

250904_大文字.jpg


 今日は、終日妻の付き添いで、3つの科を掛け持ちです。
 MRI検査は、レカネマブ(レケンビ)の点滴治療によって、脳内に出血などの異変がないかを見るものです。最後の診察で画像診断の説明を受け、半年前と変わらないことがわかりました。
 アミロイドβが期待通りになくなっているのか、実際の効果は1年目を迎える来年3月の結果まで待つようです。

 次は、CGA(高齢者総合機能評価)外来で、専門の先生から認知機能検査と心理検査を受けました。記憶力のテストや日常生活に関する問診などを通して、日常生活全般を視野に入れて今後の手立てを考えるための評価を、妻共々受けました。これは、認知症や脳梗塞などの診断に限らず、心身の総合的な機能や生活状況を調べて現状の評価をすることが目的で行われるものです。

 最初は、家族である私からで、30分ほどだったでしょうか。半年前にも、同じような問診を受けました。その時と比べて最近の奥さんはどうですか、ということを中心に聞かれました。
 大きく変わっていないことを答えているうちに、アレッと思いました。

(1)毎朝、時には夕方にも、頻繁に洗濯をし、嬉々としてベランダに干して汗だくとなっている。
(2)コロコロテープで、床、畳、フローリング、絨毯の掃除をマメにする。
(3)暑さもあってか洗髪の回数が増え、時には朝晩2回の日もある。
(4)ベランダの草花に頻繁に水やりをする。
(5)自分の作業場に籠り、ミシンの前でカバンやブックカバーを作るために縫い物に精を出す。

 さらには、私と一緒に毎日1万歩のウォーキングに出掛けるので、妻の1日は忙しいことこの上もないのです。これらは、集中して物事に取り組んでいることなので、いいことに違いありません。先生も、面倒がって動こうとしないのとは違う真逆の行動なので、とてもいいことだとおっしゃっていました。

 日常生活のレベルが落ち出した徴候を見定めるための、専門家による検査や問診のはずでした。しかし、逆にこの半年で妻の脳は活性化されているのですから、先生も楽しそうにいろいろな話をしてくださいました。こんなことはめったにないと……
 ただし、次第にいつしかしなくなる時が来ると、それはそれで新たな問題だとも。
 ということで、たくさんのことを聞かれるがままに、最近の毎日の状況を詳しく先生にお伝えしました。

 入れ替わりで、次は妻が対面での検査と問診です。いろいろな遊びやゲームをし、さまざまな日常生活の実際や思いを聞かれたようです。
 優に1時間以上。外の待合室には、先生と妻の楽しそうで大きな笑い声がずっと聞こえていました。何をしているのか覗いてみたくなる程の、大はしゃぎでした。
 後で聞くと、先生は友だちのように接してくださり、とにかく楽しい時間だったそうです。終わってから先生も出て来られ、こんなに笑い転げた診察は初めてだと、満面に笑みを浮かべて面談の様子を話してくださいました。

 その1時間半後に、主治医の先生から本日の検査と総合評価を聞きました。
 CGAは、さまざまな領域にわたる評価を統合して判断が下されます。
 一例をあげれば、認知機能(MMSE:30点満点)では、今春は23点で、半年後の今日も23点でした。24点以下で認知症の可能性を疑うことになっています。直近のことを忘れることは今も変わらないながらも、半年間に認知機能は軽度のまま、ずっと維持されていたことになります。
 さらには、「基本的日常生活動作(ADL)」(0〜100点)と「精神心理面(GDS)」の評価の点数は、今思い出せないものの、前回の半年前の調査よりも共に好評価に上がっていました。
 レカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、軽度でなければ受けられません。迷いながらも、思い切って治療に入ったことは正解だったようです。

 地域の集会所で、ボランティアとして高齢者の方々と一緒に体操やゲームをし、お話をしているので、こうして厳密な検査を経て自分の認知機能の実態を知っておくことは、さまざまな活動や行動にいい影響を及ぼしているようです。
 難しく考えずに、とにかく日常生活と精神生活の平安を心がけています。
 私のことにしても、妻と行動を共にすることで、脳梗塞の予防にもなっています。妻とは、共に脳神経内科に通う仲間でもあるので、情報も何かと共有できて安心です。

 主治医の診察では、10月からの点滴治療は宇治徳洲会病院で行うことの説明がありました。2週間毎の点滴を、あと1年間行います。ただし診察は、この京大病院に2ヶ月毎に来て、主治医の先生から受けます。

 これからも変わることなく、気長に病院とお付き合いをしていきます。




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2025年09月03日

宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(4)のご案内

 京都新聞の山城版「まちかど[宇治]」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」(第4回)の案内記事を掲載していただきました。


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 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。

 宇治の地で、宇治十帖の初めの巻である第45帖「橋姫」に書かれた、鎌倉時代の文字を読み進めて行きます。

 扱う古写本は、相愛大学の春曙文庫が所蔵する『源氏物語 「橋姫」』(断簡)です。

 写本の画像は、国文学研究資料館の国書データベースで公開中のものを使います。

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100386667/31?ln=ja


 開催日時は、毎月第1土曜日の午後2時〜4時

 会場は、シェア型書店HONBAKO京都宇治の2階にあるシェアスペース

 日程は、次の通り


 2025 9/6、10/4、11/1、12/6

 2026/1/3(休会)、2/7、3/7


 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。

 『源氏物語』の内容は扱わず、仮名文字を読むことを主眼としています。

 参加費は2,000円です。

 毎回の勉強会の様子は、この[たつみのいほりより](http://genjiito.sblo.jp/)に報告していきます。

 資料はすべて、当日の会場で配布します。

 会場は、JR宇治駅から歩いて3分(京都府宇治市宇治宇文字2-38)、宇治警察署の裏側。

 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。

 お知り合いの方へのご紹介も、よろしくお願いします。





posted by genjiito at 18:12| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年09月02日

桂川のイオンモールをゆったりと歩く

 JR桂川駅前にある大型ショッピングモールへ行きました。JR京都駅から大阪方面に向かって2駅目。日頃の生活圏とは反対側にあるので、今朝Nさんに教えてもらうまでは行動範囲ばかりではなく意識の外にありました。この駅に降りるのも初めてです。それだけに刺激的で、右脳が活性化する散策となりました。

 とにかく広いのです。細長い3階建ての空間に、これでもかと数限りなくお店が並んでいます。ショッピングセンターというと、女性向けの専門店が多いのに、ここは男物のお店もたくさんあったので楽しく歩けました。

 大型書店で、『3ステップで読める 仮名のくずし字』(淡交社、2022年11月)を買いました。道中、電車の中で読んでいた届いたばかりの『淡交タイムス』(2025年9月)に、裏千家の教科書の一つとしてシリーズ物の刊行書の宣伝が掲載されていたので知りました。お茶の世界では、変体仮名をどのように説明しているのかを知りたくて、実物を手にしてすぐにいただきました。
 『源氏物語』の講座にいらっしゃっている方の中には、何人かお茶の心得がある方がお出でです。教えていらっしゃる方もおられます。多くの方々が変体仮名を読めるようになっていただくためにも、茶道での教科書に書かれていることは知っておくべきことなのです。我流に固執するつもりはないものの、ひろく文字の世界を見渡すことは大事です。
 パラパラと見ていると、私が「字母」と言っていることを「字源」と表現しておられます。同じことながらも、説明文の雰囲気が違ってきます。おもしろいものです。

 散策路の至るところに、座り心地のいいイスが置かれています。最近は、ショッピングセンターに休憩用のイスが置かれることが増えました。その中でも、ここのイスは何種類かあるすべてが上品です。若者が多い中に、高齢者をはじめとして訪れた人の身体を気遣う気持ちは、これからの社会に必要な配慮だと思います。

 そうした流れの中で、京都駅南口にある都ホテル京都八条のロビー奥の待ち合わせスペースにあった座り心地のいいイスが、昨年にはすべて撤去されたのです。流れに棹さす愚行だと思っています。観光を終えて帰ってきて、狭苦しい部屋に入る前に身体を休める場所を設けることは、旅人への思いやりです。
 このホテルよりも、多くのショッピングセンターでのイスの配置の方が時代を先取りしています。ホテル側にも言い分はあるのでしょう。しかし、傍から見ていると、フロント前のロビー以外は無用の休憩だとばかりに締め出したとしか思えません。

 自宅を出てから帰ってくるまでに、歩いたのは12,867歩でした。想定通りのウォーキングとなりました。
 自宅近くの駅から電車に乗ってからは、まったく外を歩くこともなく散策することとなったので、ここは天気が優れない時にこそいいコースとなります。リハビリウォーキングのメニューが一つ増えました。




posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | ・ブラリと

2025年09月01日

血液検査の結果は特に問題なし

 今日から9月。
 大文字山はいつもと変わらず、夏らしい姿を見せています。

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 糖尿病・内分泌・栄養内科では、ヘモグロビン A1cが少し上がって「7.1」でした。
 この1年間の数値の推移は、次の通りです。

2024年7月7.3
   9月7.3
   12月:6.7
2025年2月:6.7
   4月:6.9
   6月:6.9
   9月7.1

 少し上がったといっても私の身体では誤差の範囲内なので、このままの食生活と運動でいいでしょう、とのことでした。昨年も、夏場には高い数値が出ているので、心配しなくてもいいようです。
 一般的には、「6.0」以上が高血糖とされています。しかし、私は消化管がないために消化吸収が早く、いつも数値が高めに出ます。

 ウォーキングは、順調に毎日8,000歩以上を続けています。歩く時、右半身に違和感があります。それでも、外見は普通に歩いているそうなので、これで良しとしましょう。

 血液検査の結果では、肝臓や腎臓などの内蔵には問題はないとのこと。
 内科的には特に心配はなく、マイペースでいいようです。

 京都市内の気温が37度だったので、賀茂川散策はしないで早々に電車で帰りました。
 昨日は人身事故で電車が止まってしまい、帰ったのは午前1時過ぎでした。今日は寄り道をせず、早めに帰りました。




posted by genjiito at 19:13| Comment(0) | *健康雑記

2025年08月31日

伏見の温泉から帰りの電車が運転取消となる

 8月も今日で最終日。

 熱帯の日々、よくぞ耐え抜いたことだと、ご褒美として近場の温泉に行きました。いつもの、伏見にある力の湯です。

 毎度のことながら、若者が多くて大賑わい。彼らから、活力ももらって来ました。


 入浴後の日替わり定食は、赤魚の煮付けと冷奴とおばんざい。風呂上がりの暑さ凌ぎに最適です。


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 と、ここまではよかったものの、配膳されてから5分ほどで腹痛のために箸が止まりました。よくあることです。5分ほどじっとしていると治るのが常です。


 しかし、今日はそれから10分しても痛みは引きません。15分20分と我慢を強いられます。諦めて、ほとんどを妻に譲り、私は顔を顰めてじっと我慢するしかありません。

 こんなことは外食の時にはよくあること。またかと、座ったままで時の過ぎゆくままに身を任せます。


 30分ほどした頃に、やっと痛みは治りました。やれやれ、とばかりにお膳を見ると、すでに何も残っていません。

 ちょうど、簾に囲まれたプライベート空間だったので、周りを気にせずにいられました。これが、街中のオシャレなレストランであれば、出るに出られず苦しい時間が過ぎるだけです。


 我が家の外食は、いつもこんな事態を想定して、お腹が痛くなっても心安らかに食事ができるお店に入っています。

 消化管を持たない者には、避けて通れない日常です。

 お腹が穏やかになってから、やっと帰ることになりました。


 ところが、一難去ってまた一難。

 帰りの最寄り駅である竹田で、隣の伏見駅で人身事故が起きたために運転取消となり、一旦座った電車から降ろされました。そして運転再開のメドが立たず、運転見合わせは2時間半以上は続きそうです。


 自宅に辿り着くのは、日付が変わってからになります。振替輸送では帰れないため、竹田駅の待合室から本日の記事をアップします。

 8月最後の日は、小旅行の気分を味わった1日となりました。






posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | *身辺雑記

2025年08月30日

イベントのない久しぶりの土曜日

 本年度に入り、土曜日にイベントが入らなかったのは、4月5日と5月3日の2回でした。
 そして今日8月30日は、3回目の貴重な休養日となりました。
 毎週土曜日には、4会場(宇治・大阪・東京・京都)で変体仮名を読む会を開催しているからです。
 そのため、ひと月に土曜日が5回ある時の第5土曜日には、イベントが入りません。
 なお、次の11月15日の千代田区立日比谷図書文化館での講座は祭日のためにお休みで、第5土曜日の29日に移動しています。

 変体仮名を読む会の、これからの日程を整理しました。
 日時の都合が合う時に、ご参加ください。
 資料の用意があるため、本ブログのコメント欄を使って事前に連絡をお願いします。

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【シェア型書店HONBAKO京都宇治】
 第1土曜日 HONBAKO京都宇治
   「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」
    14:00〜16:00
   9/6、10/4、11/1、12/6

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【大阪府立中之島図書館】
 第2土曜日 中之島図書館
   @「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」〔入門講座〕
    13:00〜14:30
   A「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」
    15:00〜16:30
   9/13、10/11、11/8、12/13

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【東京都千代田区立日比谷図書文化館】
 第3土曜日 日比谷図書文化館
   @「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」
    13:00〜14:30
   A「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」
    15:30〜17:00
   9/20、10/18、11/29、12/20

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【キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)】
 第4土曜日 キャンパスプラザ京都
   「相愛大学本『源氏物語 帚木』を変体仮名で読む」
    14:30〜16:00
   9/27(尾州家本「桐壺」の総整理)、10/25(新たに開始)、11/22、12/27

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posted by genjiito at 21:29| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年08月29日

京洛逍遥(945)京大病院からの帰りに鴨川で王朝人のことを想う

 今日の集会所では、ラジオ体操、早口言葉、歌いながらおじやみを隣の人に渡すゲーム、歌いながらグーチョキパーの変形バージョンで脳の活性化を図りました。中でも、片手で縦に1の字を繰り返し書き、反対の手で三角形を書く動作を続けるのが、私にとっては殊の外悪戦苦闘となる脳トレでした。考えながらゆっくりするとできます。しかし、少し早くなると両手が大混乱です。どっと疲れました。
 みなさんとお話をしながら、美味しいコーヒーとお菓子をいただいた後、京大病院へ向かいました。

 今日の大文字山は少し霞んでいました。

250829_大文字.jpg

 院内学級の花壇では、右側のアサガオが終わり、マリーゴールドとホウセンカが残っていました。

250829_花壇.jpg

 最初に診察があります。特に変わりがないことを伝えた後、主治医の先生に気になっていることをお尋ねしました。それは、シオノギヘルスケアが販売している「kikippaイヤホン」のことです。

 「kikippaイヤホン」は、「脳を鍛える イヤホン」という触れ込みで、音楽などをガンマ波と同じ40Hz周期の音に変調し、脳を刺激するものです。「ガンマ波」と呼ばれる40Hz前後の脳波は、加齢などで弱まった記憶や集中力に関係するようです。「ガンマ波サウンド」は、かしこく脳を鍛えることができるのだとのこと。
 先生によると、いろいろな情報がある中で、この商品は学会ではまだ話題になっていないとのことでした。現在の点滴による治療とこれを組み合わせると、成果の分析ができなくなることもあり、これは使わないことにしました。気になる商品ではあります。

 最近、事ある毎に「アイスクリーム、アイスクリーム」と言うので、アミロイドβ と同じように、頭の中からこの言葉を消すことはできないか、という相談をしたところ、先生は笑っておられました。

 いつものように1時間の点滴の間、私は読書タイムです。

 終わってから、豆を挽いて淹れたコーヒーとお菓子を口にして、休憩室でのんびりと身体を休めました。ここには、何ヶ所もゆったりと休めるところがあるので助かります。

 病院の西側を南北に走る川端通に出て、荒神橋の飛び石で身体のバランスのテストをしました。

250829_荒神の飛び石.jpg

 今日は右足が少し不調だったので、右足で踏み切り、左足で着地をして渡りました。着地の時に腰砕けとならないように気をつけたのです。

 賀茂大橋の向こうに、北山が霞んで見えます。

250829_賀茂大橋.jpg

 手前の鷺や鴨たちは、せわしなく夕食中です。

250829_鷺と鴨.jpg

 3年半前までは、のんびりと朝夕に鴨川を散策していました。その頃は、鷺や鴨たちに勝手な名前を付けていたことを思い出します。
 そして、宇治川の流れの速さを、あらためて感じました。平安の都人たちも、宇治に来ると異郷に来たという思いを強くしたことでしょう。




posted by genjiito at 19:32| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年08月28日

樟葉モールで「セレンディピティ」という言葉を体感する

 「セレンディピティ(Serendipity)」という言葉を知りました。
 偶然のきっかけから、思いがけない出合いや発見や幸運を得ることだそうです。
 これを私は、「光明との出会い」という言葉に置き換えたいと思います。
 そして、日々リハビリウォーキングとして妻共ども出歩いていることが、まさにその「光明との出会い」そのものだと気付いたのです。

 今日は、樟葉モールへ行きました。先月の中旬に、大阪府立中之島図書館での源氏講座の帰りに立ち寄って以来なので、2回目となります。集会所でいつもお世話になっている民生委員のNさんがお薦めの場所です。
 3つの階に展開する店舗と建物の様子は、東京の「ららぽーと豊洲」によく似ています。今日も、妻は「ららぽーと豊洲」にあったお店と混同していました。

 ブラブラとウィンドウショッピングです。本屋さんでは、新刊のチェックです。並んでいる本の顔が、河原町の丸善とはまったく違うので、地域の特性を感じます。文房具屋さんでは、楽しい小物に出会いました。使うことよりも、持つことの楽しみを優先した小物たちです。

 そうした中でも、生地や手芸材料の専門店であるユザワヤでは、しっかりとカバンを作る布地を買っていました。数ヶ月前から妻は、自分の部屋一杯の布地を取り出して、カバンとブックカバーの手作りに熱中しています。その集中力たるや、かつてを彷彿とさせる気迫があります。完成作品がいくつか出揃ったら、また報告します。

 前回も行った、ひごペットフレンドリーに立ち寄り、白メダカと気泡発生器用フィルターと水質管理液をいただきました。新たに6匹の白メダカを迎え、自宅の水槽が賑やかになりました。

250828_メダカ横.jpg

250828_メダカ縦.jpg


 様子を見ていると、これまでいた3匹の赤メダカが先住権を主張しているのか、新参者の6匹の白メダカを水槽の下に押しやっているようです。エサ溜まりも独占しています。オスとメスは半々なので、今後の動向が楽しみです。




posted by genjiito at 21:51| Comment(0) | ・ブラリと

2025年08月27日

加齢と脳梗塞に伴う事象10例

 日常生活の中で「アレッ」「おかしいな」と思うことがあります。
 いわゆる加齢の自覚とでもいうものでしょうか。
 2年前に患った脳梗塞と関係するのかも知れません。
 あくまでも私個人の今の生活の中での出来事の列記です。

●食べ物や飲み物を口からこぼす
 (日常は和式の座卓で食事をいただいています
  洋式のテーブルとイスの時によくこぼします
  食べ物のせいか姿勢のせいか脳梗塞か加齢か?)

●つい気管に飲み物や食べ物が入って咽せる
 (妻と一緒に話をしながら食事をするから?
  もっとも喋るのはひたすら妻で私は相槌だけ
  飲み込むタイミングが悪いのは脳梗塞の影響?)

●立ち上がる時に手で身体を支える
 (和式生活が主なので畳や座卓から立つ時にあります
  お茶のお稽古をしばらくしていないことも遠因?
  毎日1万歩のウォーキングをしているのに?)

●持っているものをうっかり落とす
 (加齢により注意力が散漫になっているため?
  左手に持った物を落とすので握力の左右の差が原因?
  いずれにしても持つ力の加減が微妙に混乱している?)

●ペットボトルのフタが開けにくい
 (もともと握力には自信がなく握力計で計る時が嫌でした
  苦手意識に加えて加齢による衰えも倍加しているのかも
  右手でフタを捻るので身体の右側が麻痺した影響?)

●電気ポットに水を入れた後スイッチを入れ忘れる
 (ポット本体を加熱台に置くだけでいいと思うから?
  置いたら自動でスイッチが入ると思い込んでいる?
  加齢に伴う典型的なもの忘れかも知れません?)

●同時に3つ以上のことができない
 (同時に10件以上の仕事を難なくこなしていたのに
  今では3つを処理するだけで精一杯です
  誰にでもある加齢に伴う処理能力の低下?減退?)

●朝食後すぐ眠くなる
 (血液が消化に使われるために頭が疎かになるとか
  睡眠時間は6時間で長らく暮らしていたのに激変
  午前中は休息の昼寝をすると割り切っています)

●耳が少し遠くなっていることを自覚
 (仕事をしながら音楽を聴くのでわかります
  ついボリュームを上げていることに気付きます
  ただし話し相手の声はよく聴こえています)

●近視のメガネを日常的に使わなくなった
 (自宅ではほとんどメガネを必要としません
  外出する時と人前に出る時にはかけます
  状況が突然変化する時の対処のためです)




posted by genjiito at 19:50| Comment(0) | *身辺雑記