2018年02月23日

高校の最終授業日は版木などを回覧

 昨年9月から担当することになった明浄高校の授業も、今日が最終回。
 休んで自習にしたのは1回だけだったので、過密スケジュールの日々の中にもかかわらず、毎週よく通ったと言えるでしょう。楽しかったので、あまり疲れは感じませんでした。

 今日は、午前中の現代文の時間に、今回芥川賞を受賞した石井遊佳さんの『百年泥』をとりあげました。丁寧に作成したプリントをもとにして、その特質を説明したのです。
 その中で、「熟れすぎ」という言葉が出て来ます(393頁上段)。これは「うれすぎ」と読みます。しかし、そのすぐ後に「熟みわれたパパイヤ」とあります(393頁下段)。この言葉に関して、私は恥ずかしながら読むことができず詰まってしまい、午後の授業までに調べて来ます、と答えました。しかし、電子辞書を持っていた生徒が、「熟み柿」を「うみがき」と読むと書いてあるので「うみ」とよむのではないですか、と言うのです。ごもっとも。まじめな生徒たちは、こうして私を助けてくれるのです。良い子たちです。

 午後の文学史の時間では、今回の回覧図書として、まずは架蔵の版木を回しました。これは、『古訓 古事記』の木版刷りのための版木です。表面と裏面の両面に文字が彫ってあります。叩くと、カンカンと、乾いたいい音がします。生徒たちは、江戸時代の印刷本の舞台裏を知り、初めて見て触るものに興味深そうでした。ペタペタ触り、匂いを嗅ぎ、叩いてみたり、文字をなぞったりしていました。

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 次に、お札に描かれた人のシリーズということで、まずは福沢諭吉の『学問のすゝめ』を回しました。
 薄っぺらい、12枚の紙を綴じた冊子です。有名な割には貧相なぺらぺらのパンフレットみたいなもので、意外だったようです。

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 続いて、樋口一葉の『たけくらべ』。一葉の自筆原稿を印刷したものです。文字はまったく読めないと。でも、若草色の装丁は気に入ったようです。

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 夏目漱石の『こゝろ』も回しました。

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 ちょうど、私と対となる別の現代文の時間に、この『こゝろ』を勉強しているところだそうです。来週からの学年末試験では、その『こゝろ』が試験範囲だったのです。教科書にも、上の角度からの写真が挿し絵として印刷されているとのこと。一人の生徒が、今勉強している教科書の挿し絵を見せてくれました。この写真を見ていたので、その教科書に載っているのとそっくりそのままの本が回ってきて、びっくりしたようです。タイムリーな本の回覧でした。

 いずれも複製本ながらも、よくできた参考資料といえるものです。とにかく触って感覚で覚えよう、と言って、毎回代表的な作品の複製本や原本まがいのものを持参して、回覧してきました。印刷された文学史の教科書だけでは、本というものの実態が見えません。本屋さんの文庫本コーナーのように、書名の羅列と思ってしまうと、作品が生まれた時代のことや読者の存在が見えません。少しでも実物に近いものを直に手で触ることで、作品の存在価値や歴史が実感できると思います。これは、今後とも続けていきたいことです。

 昨秋より、それまでの若い先生の後に突然こんなひ弱な老体が現われ、生徒たちはどう思っていたのでしょうか。それでも、今日は放課後に教室で掃除をしているところを見ながら、いろいろと世間話をしました。お爺ちゃんと思ってか、よくしゃべってくれます。
 この半年間、教材研究に四苦八苦しながらも、高校生を相手に稔りある日々となりました。来週は学年末試験です。私の教え方はともかく、精一杯テストと格闘してほしいと願っています。

 帰り際に、「インド、気ーつけてな」と声をかけてくれました。来週の26日(月)に、私はもうインドにいます。この生徒たちとも今日でお別れであることを、あらためて後追いで実感しました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:03| Comment(0) | 身辺雑記

2018年02月22日

第6回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末の24日(土)午後2時から、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で6回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 本日の京都新聞「まちかど」欄に案内記事が掲載されましたので、あらためてこのブログでも紹介します。

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 これは、『源氏物語』の写本に書かれている変体仮名を読む勉強会です。
 今回も、テキストである『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(編著、新典社、2013(平成25)年)で読み進めるのではなく、書き写されている文字に関して問題がある箇所に絞って確認していきます。
 12丁表から、特になぞっている箇所で下に書かれている文字を推測して読み取るテクニックを伝授する予定です。

 興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 
 
 
posted by genjiito at 12:09| Comment(0) | ◆NPO活動

2018年02月21日

読書雑記(223)石井遊佳『百年泥』

 『文藝春秋』(第96巻第3号、2018.2.10)に芥川賞受賞作二作品が掲載されたので、早速読みました。

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 来週早々にインドへ行きます。そこで、まずは『百年泥』から。

 冒頭で、生徒のアーナンダが「……はい……せんせ……はい……」と言う場面があります。敬愛の念を持つ相手に対するこのインドの方々の口振りを、みごとに活写していることが伝わって来ました。本作は、軽妙な語り口でありながら、物語の中身はしっかりしています。硬質な表現がちりばめられていて、言葉遣いも楽しめました。研究論文で使われる口調も感じられます。時々、助詞が省かれているところは、意図的なのか作者の癖なのか、よくわかりません。私は、助詞を省くと品格が落ちるので、付けてほしいと思います。そうした多彩な表現で語られるエピソードの数々に、つい引き込まれます。

 「いっさんに」という言葉が出て来たので、すぐに辞書を調べました。『日本国語大辞典』にありました。1600年頃から出典があり、正岡子規も使っていた言葉なのでした。てっきり、「一目散に」の間違いだろうと思ったのです。

 インドのチェンナイ(旧称・マドラス)で日本語を教えることになった、複雑な経歴を持つ女性が主人公です。洪水に始まり、しだいに、捉えどころのないインドの人々のありようが浮き彫りにされて行きます。さまざまな小話に彩られた、インドならではのおもしろい話が続きます。〈お見合い〉か〈恋愛〉かについては、もっと語ってほしい話題でした。

 物語は時間が行き来し、話題となる場所が転移して展開します。読者を飽きさせません。
知的な言葉で紡ぎ出される文章と、インドを背景にした上品なユーモアに満ちた、私好みの作品でした。関西人ならではの軽さが、作品全体をほんわかと包み込みます。関東の読者は、この作者特有の笑わせ方をどのように読まれるのか、その反応を大いに楽しみにしています。
 ただし、終わり方に釈然としないものを感じました。乱暴です。もっと丁寧で洒脱なエンディングがあるはずです。これまでの饒舌さが台無しでした。今後とも楽しみな方のようなので、次作も期待しましょう。

 なお、芥川賞の選評で、島田雅彦氏が「日本文学はインドを受容し損ねて来た」とおっしゃっています(329頁)。この指摘は気付かなかったことです。今後のために、当該部分を引きます。
『百年泥』のディテールはインド社会の多様性を反映し、ワンダーランドの様相を呈しており、地域研究の成果として出色のものである。日本文学はインドを受容し損ねて来たその歴史といってもいい。和製ヒッピーが自我を見つめ直す時代は遠い昔で、それに較べれば、本作はチェンナイの日本語教師の目を通じ、インド人の結婚観、家族関係、職業意識などをあぶり出し、そこにない読者の常識を揺さぶってくれる。海外体験のバリエーションが増えた現代、ルポルタージュのジャンルはかなり豊かになって来たが、小説との境界線を何処に引くべきかといったことを考えさせられた。(329頁)


さらに蛇足ながら、川上弘美氏の選評に、「関東の「バカ」は、関西の「アホ」と同じく、褒め言葉です。ねんのために。」とあることについて(331頁)。これは、大きな勘違いです。「バカ」は、相手を冷たく突き放し救いようのない愚かな人を指します。「アホ」は、親愛の情を持って相手を貶す言葉です。まったく異なる言葉です。念のために。【5】
 
 
 
posted by genjiito at 21:25| Comment(0) | 読書雑記

2018年02月20日

大学の8階まで階段で登り降りする

 今朝、乗り換えの京橋駅で、電光表示板を見つめてしまいました。
 以下の文字が流れていたからです。

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受験生の皆様体調管理を万全に、今までの頑張りを信じて試験に臨んでください! 京橋駅係員は受験生の皆様を応援しています。


 こうした励ましは、微笑ましくていいものです。

 今週は、大学の研究室棟に設置されているエレベータが、改修のために全面的に停止しています。

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 私の研究室は8階にあります。スポーツクラブでトレーニングをしていると思い、狭い階段を使いました。
 今日は、4回生の卒業論文発表会です。泉佐野地域の溜池、和太鼓集団、和食と醤油、だんじり等々、多彩な発表を聞きました。

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 私が卒業論文を書いたのは、もう40年以上も前のことです。研究分野がまったく異なるとはいえ、学生たちがよく調べていることに感心しながら聞きました。特に、先生方との質疑応答が楽しめた、和やかな研究発表会でした。
 
 
 
posted by genjiito at 20:48| Comment(0) | 身辺雑記

2018年02月19日

2002年春にインドで書いた未公開日記(その1)

 2002年1月から3月まで、客員教授としてインド・デリー大学に行っていました。初めてのインド体験であり、それからというもの、今にいたるまで、毎年のように通うようになりました。

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 赴任中は毎日、丹念に日記を書いていました。これは、恩師伊井春樹先生ゆずりの秘技です。
 その一部は、1995年9月から発信していたホームページ「大和まほろば発 へぐり通信」に、インドから毎日アップロードして情報発信をしていました。
 しかし、その記事もいつしか雲散霧消し、そのホームページも私がよく経験するサーバーのトラブルによって、数年前から見られなくなっています。
 いろいろと問い合わせがあるので、今その「大和まほろば発 へぐり通信」の再建に着手しています。

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 しかし、まだ日にちがかかりそうなので、来週から行くインドに関係する記事だけでも、しかもまだ公開していなかった文章が見つかったことでもあり、それを少しずつここに掲載します。
 後日、「大和まほろば発 へぐり通信」が無事に再構築できたら、その時にこのブログに掲載した記事を「突然インドへ飛ぶ」の中に転送して、欠けていた日記を補完するつもりです。

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 以下の記事は、ホームページ「大和まほろば発 へぐり通信」の【新・奮戦記】の中にあるカテゴリー[突然インドへ飛ぶ]の中にある【現地編(1)】(デリーの土埃)に追記することになるものです。

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 以下のものは、その中でも「第6週 02/10〜02/16」の項目の2月11日に該当するものです。ただし、2月10日の記事はまだ見つかっていません。
 
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「現地編」(デリーの土埃)
(A cloud of dust in DELHI)


【2002年2月11日】

 朝食時に、ロシアやクロアチアやアゼルバイジャンなどを回っておられるお坊さんと、その二人の弟子の人が一緒だった。中近東の話を聞く。無縁だと思っていた国のことが、日常会話に出てきて驚く。今は、酷い状況にあるそうだ。
 N2君にホームページの〈インド編〉を見てもらう。後でコンパクトフラッシュに入れて渡すことにする。
 大急ぎで、娘の航空券の日時変更に行く。お寺の前からオートリクシャで。ネループレイスの横にあるパークロイヤルホテルまで、20ルピーでオッケー。ホテル内のタイ航空のカウンターで手続きをする。簡単にやってくれたが、デリーとバンコク間がキャンセル待ちとなった。バンコク・関空はオッケー。

 ネルー・プレイスは、まだ開店していない店が大半。

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 先日、娘が壊したガラスのベルの店へいく。男の人がいて、同じ物が同じところにあったので、事情を説明して買おうとしたら、60ルピーだというのである。この前は、50ルピーだったと言っても、わざわざ手に60と書いて、譲らない。娘はもういいと言って、あきらめて店を出る。他の店を物色してから、また通りかかったら、先日の女性がお店にいたが、さきほどの男性もいたので、めんどうになりそうなので、やはり諦める。

 雨が強くなるばかり。歩いて帰る予定だったが、またオートリクシャで帰ることにする。車を探しているときに、お店の前にスラムの子らしき一群が雨宿りをしていた。その内の一人が、娘のそばに来て、施しを求めた。娘がお金をあげようとしたので、それを制して車のところへ走る。

 手近なところにいた運転手に行き先を告げると、メーターを使うと言うので断る。さらに、35ルピーだというのでやめて、その前の人のところへ行くと、15ルピーでいいというので、それに乗る。ところが、その運転手は行き先のサプナシネマを知らないらしくて、前の運転手に聞いていた。走り出したら、行き先とは遠い交差点で右折した。それも、その道なら左折したほうが近いが、わざわざ遠回りをする。私は道をすぐに覚えるので、このネルー・プレイスからの帰り道はよくわかっている。運転手は、知らないと思っているのだろう。とにかく、走るにまかせていた。大きな信号で、また隣に止まった別のオートリクシャの運転手に、サプナシネマへの道を聞いている。

 お寺に着いてから、15ルピーを渡すと、20を要求した。15でオッケーしたではないか、というと、天気が悪いことと、大回りをしたので、と理屈をいう。しばらく押し問答をしたが、雨も降っているのでさらに5ルピー硬貨を追加した。ところが、今度は、硬貨ではなくて10ルピーのお札を出せと言う。硬貨もお札も同じだというと、大声をあげてしつこくお前が持っている財布の中のお札を出せ、と言い張る。時間の無駄なので、お札で払った。まったく態度の悪い運転手である。気分が悪いが、これがインドである。

 昼食のときにこの話をしたら、よくある話だそうだ。硬貨については、お札のほうが持ちやすいからだろうとのこと。N2君の持論だが、若いのは態度が悪いので、年配の運転手を選ぶと無難だとのこと。この間も聞いたことだが、ついうっかりしていた。インドでは、運転手は若い人を避けたほうが、精神衛生上いいようである。若い運転手がみんなではないだろうが、これが自分たちで自分たちの首を締めることになることなど、説明してもわかるはずもないので、こちらで気をつけることが肝心である。

 雨が降り続くので、今日は休養の日とする。

 部屋の湯沸かし器が壊れたままで数日。一度直ったが、また別の場所から水が漏れるのだ。二人の修理屋さんが来たが、結局だめだった。また来るそうである。

 娘に、デリー大学大学院生の2編の作文の入力を頼む。きちんとした日本語に直しながら入力してもらう。「実のならない女の人」というP2さんの表現について、たまたま湯沸かしの修理でいたN6さんに聞く。なかなかわからなかったが、どうやら「若い女性」の意味であろう、ということになった。英訳からくる日本語のようである。

 T2先生が宿にお帰りになり、今日のインド・インターナショナル・センターでのピアノとフルートの演奏会の後の食事の予約やタクシーの手配を終えたとのこと。段取りよく配慮が行き届く先生である。

 また、湯沸かしの修理の人が来たが、見ただけで帰っていった。

 5時半に出ようとして、T2先生に今日は正装かと聞くと、ネクタイをした方が無難だろうということなので、大急ぎでカッターシャツとスーツを取り出す。大慌てでビニール袋を破り、ネクタイをする。早業で5分。待たせていたオートリクシャーで出発。乗って驚いたが、今朝方乗ろうとしたら向こうに行け、と言った人だった。T2先生専用の運転手である。
 GK-Mマーケットで写真を受け取る。雨の後なので、道がぬかるんでいた。泥跳ねを気をつけながら走るスーツ姿が、我ながらおかしかった。オートリクシャーがカメラ屋の反対側に着いたので、またもや大急ぎ。もらった写真のCD-ROMが一枚だったので、これでいいのかを何度も確かめた。

 コンサート会場には15分前に到着。なかなか立派なところだった。演奏は、私には最初は二人がちぐはぐに思えたが、T2先生はいいというし、娘も感激していたので、そんなものかと思うことにした。しだいに、フルートのテクニックが尋常でないことがわかった。ピアのを弾く女性が、一曲終わるごとにお辞儀をして楽屋裏に引っ込むのだが、そのお辞儀の時の手の位置と指が開いているのがみっともないと思った。
 アンコール曲はアベマリア。ヒンドゥーの国でキリストとは、何か意味があるのかと思ったが、T2先生は特にないだろうとのこと。

 レストランで食事。私は、ローストチキンのピーナッツ煮、娘はマトンのカレーだった。おいしかった。

 オートリクシャーで帰る。また、T2先生お抱えの運転手。言われた時間に、きちんと待っていたのだ。
 日本でもめったに経験しない、充実した時間を持つことが出来た。

 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆国際交流

2018年02月18日

濃茶のお稽古で自分だけが大あわて

 今日は「京都マラソン」の日です。賀茂街道から賀茂川の河川敷に降りる地点では、延々とランナーが続いていました。

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 久しぶりに、お茶のお稽古に行きました。
 昨夜は雪が舞った京都と違い、奈良は春に向かう暖かさを感じました。
 これから、ハイキングに訪れる人が多くなることでしょう。

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 丸卓を使った濃茶のお稽古をしました。1ヶ月も空くと、すっかり忘れています。手順ならまだしも、こんなことをしたのだろうかと首を傾げ、どうしても思い出せないのですから、何をか言わんやです。
 特に、濃茶での袱紗の扱いで、表裏が怪しかったこともあり、この期に及んで、基本のおさらいをしました。なかなか厄介なことです。

 他の方の逆勝手のお稽古は、ますます混乱するだけなので見ないようにしていました。
 前途多難です。とにかく、続けるしかありません。

 帰りに、生駒駅へ向かう車窓から、生駒山山頂に並び立つテレビ塔がくっきりと見えました。
中学生時代には山越しの大阪・八尾から歩いて登った山なので、親しみを感じる信貴生駒連山の山並みです。

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 龍田川に沿って走る単線の生駒線は、次の南生駒駅から生駒駅までは複線となります。

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posted by genjiito at 20:03| Comment(0) | 美味礼賛

2018年02月17日

「蜻蛉」巻の小見出し(108項目版、担当者:関口祐未)の公開

 現在、『源氏物語』の各巻々の翻字本文と校訂本文の整理をしています。
 校訂本文は、大島本(古代学協会蔵)ではなく、池田本(天理図書館蔵)で試案を作成中です。
 すでに公開しているのは、『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」(第一版)』(NPO法人〈源氏物語電子資料館〉編、伊藤鉄也・須藤圭 責任編集、平成29年1月31日)です。今後とも継続して発行していきます。

 その過程で、物語の内容が把握しやすいように、詳細な小見出しを作成してきました。
 これまでに、「桐壺」「帚木」「若紫」の3巻分を終え、本ブログの以下の記事で公開しています。

☆(1)「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」(担当者:伊藤鉄也)(2014年03月26日)

☆(2)「池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)」(担当者:高橋麻織)(2016年09月16日)

☆(3)「【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)」(担当者:淺川槙子)(2016年09月15日)

☆(4)「『源氏物語』の小見出しは池田本の校訂本文に合わせること」(2016年09月25日)

☆(5)「過日公開した「若紫」の小見出しを【補訂2版】としたこと」(2016年10月06日)

 諸伝本との違いや、現代語訳や外国語訳本との違いなどを、この詳細な小見出しを単位として比較して見ていくと、それぞれの違う箇所がわかりやすく、通覧しやすくなるという利点があります。
 その他にも活用できそうなので、引き続き掲載します。

 さて、池田本の校訂本文で使用するための小見出しの「蜻蛉」巻ができあがりました。
 これは、関口祐未さん(元国文学研究資料館・科研運用補助員)の労作です。
 「桐壺」「帚木」「若紫」巻と同じように、1つの小見出しが30文字でできています。
 これまでの方針通り、物語本文を細かく分けることで、全108項目となっています。

 この小見出し一覧には、以下の特徴があります。

1 30字の簡潔な小見出し
2 校訂本文150字位(250字以下)に一つの小見出し
3 小見出しの次に、「校訂本文(最初の数文字)」+(参照資料情報)を付加
4 参照資料情報は、次の3種類を「/」で区切って明示
  ・『源氏物語別本集成 続 第十五巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、2002年、おうふう)の文節番号
  ・『源氏物語大成 普及版 第六冊 校異編』(池田亀鑑編、1985年、中央公論社)の頁行数
  ・『新編日本古典文学全集(25)源氏物語(6)』(阿部・秋山・今井・鈴木編、1998年、小学館)の頁数
5 『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』所収小見出し(35項目)は、該当する箇所にだけ挿入
 

 この小見出しに関して、問題箇所やお気づきの点をご教示いただければ幸いです。
 
 
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180217版_『源氏物語』蜻蛉・小見出し(108項目)

■1 宇治では、浮舟の姿が見えないことに女房達が大騒ぎして探し回る
   「かしこには〜」   (0001/一九三一@/二〇一)
   [1]浮舟の失踪に大騒動となり右近と侍従は浮舟が入水した思う

■2 乳母らが慌てふためく中、右近と侍従は浮舟が身投げしたかと思う
   「京より〜」   (0013/一九三一A/二〇一)
   
■3 京の母君から届いた手紙を開くと、浮舟を気にかけて心配する文面
   「泣く泣く〜」   (0055/一九三一F/二〇一)
   
■4 右近は浮舟が書き残した母君への返事を読み、地団駄を踏んで泣く
   「昨夜の御返りをも〜」   (0093/一九三一J/二〇二)
   
■5 右近は浮舟が身投げするとは考えられず、乳母は驚き慌てるばかり
   「いみじく思したる〜」   (0144/一九三二@/二〇二)
   
■6 匂宮は普段とは異なる浮舟からの返事に驚き、宇治に使者を寄こす
   「宮にも〜」   (0174/一九三二D/二〇三)
   [2]浮舟を心配して匂宮が文を遣わし従者は浮舟の死を伝える

■7 匂宮の使者は下仕えの女から浮舟が昨夜急死したことを聞き、帰京
   「あるかぎり〜」   (0193/一九三二G/二〇三)
   
■8 匂宮は浮舟急死の報に驚き、宇治に時方を遣わして事情を探らせる
   「かくなんと〜」   (0232/一九三二J/二〇三)
   
■9 宇治の邸では人々がたち騒ぎ、時方は右近に会えず侍従と対面する
   「かやすき人は〜」   (0321/一九三三G/二〇四)
   [3]時方は匂宮の命により宇治で侍従と会い浮舟の急死を知る

■10 侍従は後日落ち着いてから詳しい事情を話す、と言って激しく泣く
   「いとあさましく〜」   (0376/一九三三M/二〇五)
   
■11 邸の人々はただ泣くばかり、亡骸さえないと嘆く乳母らしき人の声
   「内にも〜」   (0425/一九三四D/二〇五)
   [4]乳母の嘆きを不審に思う時方は侍従を責めるも要領を得ない

■12 聞こえてくる言葉に合点のゆかぬ時方、侍従に事実を話すよう促す
   「心得ぬことども〜」   (0493/一九三四L/二〇六)
   
■13 侍従は浮舟が自ら命を絶ったことを、時方にそれとなく打ち明ける
   「げにいとあはれなる〜」   (0550/一九三五E/二〇七)
   
■14 侍従は帰る時方に、浮舟と匂宮の関係を他へ漏らさぬよう念を押す
   「心得がたく思ひて〜」   (0627/一九三六@/二〇七)
   
■15 宇治に母君が到着、事情を知らず浮舟が突然消えたことに動揺する
   「雨いみじかりつる〜」   (0682/一九三六E/二〇八)
   [5]母君が大騒ぎをするも右近と侍従は入水を伝え葬送の車を出す

■16 母君は、浮舟と薫の結婚を面白く思わない下人などの仕業かと疑う
   「さては、かの〜」   (0726/一九三六K/二〇九)
   
■17 侍従は右近と相談して、浮舟と匂宮のこれまでの関係を母君に話す
   「侍従などこそ〜」   (0780/一九三七C/二〇九)
   
■18 母君は気も動転し、せめて亡骸だけでも探し出して弔いたいと願う
   「言ふ人も消え入り〜」   (0876/一九三八@/二一一)
   
■19 右近と侍従は亡骸のない葬送の車を仕立て、近親者だけで送り出す
   「この人々二人して〜」   (0927/一九三八G/二一一)
   
■20 右近と侍従は車を山裾へやり、事情を知る法師達だけで火葬させる
   「大夫、内舎人など〜」   (0966/一九三八K/二一二)
   [6]反対をおしての偽装による火葬、右近と侍従は真相を隠す手だてを尽くす

■21 火葬があっけなく終わったことに、里の人々はあれこれ噂を立てる
   「田舎人どもは〜」   (1011/一九三九B/二一二)
   
■22 浮舟の噂が薫の耳に入ることを恐れ、右近と侍従は真相をひた隠す
   「かかる人どもの〜」   (1038/一九三九F/二一三)
   
■23 薫は石山寺に籠もり女三の宮の病気平癒を祈祷中、浮舟の死を知る
   「大将殿は〜」   (1134/一九四〇C/二一四)
   [7]薫は母女三宮の病気のため石山寺に参籠中に浮舟の葬送を聞く

■24 薫は宇治へ大蔵大輔を遣わし、葬儀を急いで済ませたことを責める
   「いみじきことは〜」   (1176/一九四〇H/二一四)
   
■25 大輔の報告に、薫は浮舟を宇治に住まわせていたことを悔やみ帰京
   「殿は、なほ〜」   (1238/一九四一A/二一五)
   
■26 薫は浮舟との儚い仲を悔やみ、思い通りにならない己の宿命を歎く
   「宮の御方にも〜」   (1285/一九四一F/二一五)
   
■27 匂宮の悲嘆に沈む様子を聞いた薫は、浮舟と匂宮の関係を確信する
   「かの宮〜」   (1370/一九四二A/二一六)
   [8]匂宮は悲嘆から病となり薫は浮舟の死によるものと知る
■28 人々が日々匂宮を見舞う中、薫も式部卿宮の喪に服した姿で訪れる

   「宮の御とぶらひに〜」   (1459/一九四二J/二一七)
   
■29 匂宮は薫と対面し涙が落ちるが、浮舟ゆえとは気づかれまいと思う
   「人々まかでて〜」   (1501/一九四三A/二一八)
   
■30 匂宮は薫の冷静さを薄情だと思うが、薫こそ浮舟の形見だとも思う
   「さりや、ただ〜」   (1578/一九四三I/二一八)
   
■31 薫は匂宮に浮舟の死を語り、流れ落ちる涙を抑えることができない
   「やうやう世の物語〜」   (1646/一九四四C/二一九)
   [9]薫は大君の縁者だった浮舟の死を語り匂宮との関係をあてこする

■32 匂宮は薫の取り乱した様子に動揺するも、何気ないふうをよそおう
   「気色のいささか〜」   (1776/一九四五C/二二一)
   
■33 薫は匂宮に浮舟との関係を少しずつ当てつけながら話し、退出する
   「さる方にても〜」   (1806/一九四五F/二二一)
   
■34 薫は匂宮の浮舟に対する思いの深さを知って、悲しみを新たにする
   「いみじくも思したりつるかな〜」   (1839/一九四五J/二二一)
   [10]匂宮が病気になるほどの浮舟を思い葬送の簡略さを気にする

■35 浮舟の死や葬儀のことなど、薫には腑に落ちない点が多く思案する
   「後のしたためなども、〜」   (1918/一九四六E/二二二)
   
■36 浮舟が生きていれば京に迎えた日、薫は浮舟を思い匂宮へ歌を贈る
   「月たちて〜」   (1956/一九四六J/二二三)
   [11]薫が浮舟を引き取る日に匂宮へ歌をやり匂宮は中君に打ち明ける

■37 これまでの経緯を知る中の君に、匂宮は浮舟との関係を打ち明ける
   「女君、このことの〜」   (2026/一九四七E/二二四)
   
■38 匂宮は右近を迎えるため宇治へ使者、浮舟亡き後の宇治の邸の様子
   「いと夢のやうにのみ〜」   (2091/一九四七L/二二四)
   [12]浮舟の死を偲び匂宮は時方を宇治へ遣わし侍従を連れ出す

■39 使者と対面した右近は泣きくずれ、喪が明けてから上京すると話す
   「右近あひて〜」   (2169/一九四八G/二二五)
   
■40 共に泣く時方、右近らへの気持ちが深いものとなった胸の内を語る
   「大夫も泣きて〜」   (2218/一九四九@/二二六)
   
■41 右近は侍従に上京を勧め、侍従は匂宮の姿見たさに上京を決心する
   「わざと御車など〜」   (2258/一九四九E/二二六)
   
■42 支度をした侍従は、浮舟が生きていれば通った道を泣きながら上京
   「黒き衣ども着て〜」   (2328/一九四九L/二二七)
   
■43 匂宮は侍従に浮舟の死直前の様子を詳しく尋ね、一晩中語り明かす
   「宮は、この人〜」   (2357/一九五〇B/二二七)
   13]匂宮は侍従から浮舟の様子を聞き右近と贈り物を見て悲しむ

■44 匂宮は侍従に親しみを感じ、匂宮に仕えるよう勧めて別れを惜しむ
   「何ばかりのものとも〜」   (2456/一九五〇M/二二八)
   
■45 匂宮は侍従に、浮舟のために用意していた櫛や衣装を持たせて帰す
   「暁に帰るに〜」   (2486/一九五一C/二二九)
   
■46 宇治に帰った侍従は、匂宮からの贈り物を右近と見ては泣いて嘆く
   「右近と二人〜」   (2527/一九五一G/二二九)
   
■47 薫は宇治に到着、道すがら八の宮から始まった宇治との因縁を思う
   「大将殿も〜」   (2546/一九五一J/二三〇)
   [14]薫は不審な思いで宇治を訪れ右近から入水の真相を聞く

■48 薫に浮舟の死について尋ねられた右近は、身投げしたことを明かす
   「右近召し出でて〜」   (2585/一九五二A/二三〇)
   
■49 薫は浮舟が身投げしたとは信じられず、右近に詳しく話すよう促す
   「あさましう〜」   (2646/一九五二H/二三一)
   
■50 右近は、薫からの手紙がないことを浮舟が悲観していた様子を話す
   「おのづから〜」   (2728/一九五三D/二三二)
   
■51 薫は浮舟の浮気心を言い立てて、匂宮との関係を右近に問い詰める
   「我は心に〜」   (2865/一九五四G/二三三)
   [15]薫は浮舟と匂宮との関わりを難詰し右近は消息を認める

■52 浮舟と匂宮は手紙のやりとりをしただけの関係と、右近は嘘をつく
   「たしかにこそは〜」   (2932/一九五五@/二三四)
   
■53 薫は浮舟を宇治に住まわせたことを後悔、宇治の地を疎ましく思う
   「かうぞ言はむかし〜」   (3016/一九五五J/二三五)
   
■54 薫は自分の手落ちから浮舟の死を招いたことを悔やみ、母君に同情
   「宮の上の〜」   (3088/一九五六C/二三六)
   [16]薫は浮舟を人形と称した不吉さを思い法要を依頼して帰京

■55 薫は木の下の苔に座り、宇治の地との辛い関わりを思って詠歌する
   「穢らひといふことは〜」   (3138/一九五六I/二三六)
   
■56 薫は宇治山の阿闍梨に浮舟の法要を行うよう細やかに指示し、上京
   「阿闍梨、今は〜」   (3181/一九五七@/二三七)
   
■57 穢れを避けての旅住まいに呆然とする母君、薫の使者の来訪を喜ぶ
   「かの母君は〜」   (3261/一九五七J/二三八)
   [17]薫は母君を弔問して子どもたちの後見を約束する

■58 薫は大蔵大輔を遣わし弔問、悔やみの言葉と共に遺族の世話を約束
   「あさましきことは〜」   (3302/一九五八@/二三八)
   
■59 薫の心遣いに感激した母君は、涙ながらに返事をし帯や太刀を贈る
   「いたくしも〜」   (3381/一九五八I/二三九)
   
■60 母君からの返事と、遺族と親戚づきあいをすることになる薫の本心
   「殿に御覧ぜさすれば〜」   (3481/一九五九G/二四〇)
   
■61 事情を知らない常陸守に、母君は浮舟のこれまでのいきさつを語る
   「かしこには〜」   (3573/一九六〇D/二四二)
   [18]三条小家に来た常陸介が立腹し薫の文を見て浮舟の死を悲しむ

■62 常陸守は薫の手紙を見て感激し、浮舟の幸運な人生を惜しんで泣く
   「大将殿の御文も〜」   (3600/一九六〇H/二四二)
   
■63 薫は浮舟の四十九日の法要を営み、右近に匂宮から供養の品が届く
   「四十九日のわざなど〜」   (3665/一九六一B/二四三)
   [19]四十九日の法要で匂宮も密かに布施し薫は尽きぬ悲しみ

■64 薫に手厚く法要を営む女性がいたことを知り、帝をはじめ驚く人々
   「あやしく。〜」   (3718/一九六一H/二四三)
   
■65 悲しみが紛れるかと匂宮は他の女性に懸想、薫は浮舟を思い続ける
   「二人の人の御心の中〜」   (3797/一九六二C/二四四)
   
■66 女一の宮の住まいを慰め所とする匂宮、小宰相の君に好意を寄せる
   「后の宮の〜」   (3828/一九六二G/二四五)
   [20]中宮の女房小宰相は匂宮に心は靡かず薫への悔やみの歌

■67 小宰相の君は悲嘆に暮れる薫の心中を思いやる歌を送り、薫も返歌
   「かくもの思したるも〜」   (3912/一九六三B/二四五)
   
■68 薫は、浮舟よりも奥ゆかしさの身に備わった小宰相の君に感心する
   「いと恥づかしげに〜」   (3957/一九六三H/二四六)
   
■69 蓮の花の盛りの頃、六条院で明石の中宮による法華八講が催される
   「蓮の花の盛りに〜」   (4008/一九六四@/二四七)
   [21]六条院で法華八講があり薫は氷で遊ぶ女一宮をかいま見る

■70 法会が終わり小宰相の君を探す薫は、几帳の間から中をのぞき見る
   「五日といふ〜」   (4034/一九六四C/二四七)
   
■71 薫は、白い薄絹の着物姿で氷を持ち微笑む女一の宮の美しさに感動
   「氷を物の蓋に〜」   (4126/一九六四M/二四八)
   
■72 薫は女房達の中に、一際心遣いの感じられる小宰相の君を見つける
   「御前なる人は〜」   (4183/一九六五F/二四九)
   
■73 氷を割って遊ぶ女房達、雫を嫌がる女一の宮の声を聞き感動する薫
   「心づよく割りて〜」   (4221/一九六五J/二四九)
   
■74 女一の宮を見守る薫、慌てて入ってきた女房に姿を見られ立ち去る
   「まだいと小さく〜」   (4262/一九六五M/二四九)
   
■75 女房は襖を開け放しにしたことを反省し、薫は女一の宮を見て後悔
   「このおもとは〜」   (4330/一九六六H/二五〇)
   [22]薫は女一宮を見たことを後悔し女二宮に薄物の単衣を着せる

■76 翌朝女一の宮の姿を思い返す薫、女二の宮に薄物の単衣を仕立てる
   「つとめて〜」   (4392/一九六七B/二五一)
   
■77 薫は女二の宮に薄物の単衣を着せて氷を与え、女一の宮と比較する
   「例の、念誦したまふ〜」   (4450/一九六七I/二五二)
   [23]女二宮に薄物の単衣を着せ氷も持たせ女一宮との文通を求める

■78 薫は女二の宮の降嫁以降、女一の宮から便りがないことを聞き嘆く
   「一品の宮に〜」   (4531/一九六八D/二五三)
   
■79 翌朝薫は明石の中宮を訪ね、匂宮に似た美しい女一の宮を思慕する
   「その日は暮らして〜」   (4573/一九六八I/二五三)
   [24]薫は中宮のもとに参上し女一宮から女二宮への文を求める

■80 薫は明石の中宮に、女一の宮から女二の宮へ便りを出すよう求める
   「大将も近く〜」   (4636/一九六九A/二五四)
   
■81 小宰相の君を訪ね薫は西の渡殿の方へ、女房達と世間話をして長居
   「立ち出でて〜」   (4745/一九六九M/二五五)
   [25]薫は中宮の女房と語り中宮は薫と小宰相との親密さを聞く

■82 明石の中宮は大納言の君から、薫と小宰相の君の親密な間柄を聞く
   「姫宮は〜」   (4837/一九七〇I/二五六)
   
■83 大納言の君、浮舟が匂宮と薫との板挟みで入水したという噂を語る
   「いとあやしきことを〜」   (4929/一九七一E/二五七)
   [26]大納言は中宮に浮舟入水と匂宮の軽率さが世の非難にと語る

■84 明石の中宮は驚愕し、下童に口止めするよう指示して匂宮を気遣う
   「宮も、いとあさましと〜」   (4995/一九七一M/二五八)
   
■85 女一の宮から女二の宮へ便り、喜ぶ薫は女一の宮に物語の絵を贈る
   「その後、姫宮の〜」   (5086/一九七二I/二五九)
   [27]女一宮から女二宮へ消息と絵あり薫は大君と浮舟の死を悔やむ

■86 薫は大君が生きていたならと恨めしく思い、また中の君を思い後悔
   「かくよろづに〜」   (5153/一九七三D/二六〇)
   
■87 薫は浮舟の死を恨むも、すべては俗世になじまぬゆえと己を責める
   「これに思ひわびて〜」   (5197/一九七三I/二六〇)
   
■88 匂宮は浮舟を失った悲しみを紛らわすため、再び侍従を呼び寄せる
   「心のどかに〜」   (5254/一九七四B/二六一)
   [28]匂宮は侍従を中宮の女房とし浮舟のすばらしさを回顧

■89 既に上京していた侍従、匂宮より明石の中宮に出仕することを希望
   「皆人どもは行き散りて〜」   (5301/一九七四H/二六一)
   
■90 侍従は明石の中宮に出仕し、浮舟のように美しい人はいないと思う
   「心細くよるべなきも〜」   (5366/一九七五A/二六二)
   
■91 式部卿宮亡き後、明石の中宮のはからいで宮の君は女一の宮に出仕
   「この春亡せたまひぬる〜」   (5407/一九七五F/二六三)
   [29]式部卿宮の没後に中宮はその姫君を宮の君として女房にする

■92 匂宮は宮の君に懸想し、薫は女房の身分に落ちた宮の君に同情する
   「兵部卿宮〜」   (5477/一九七六@/二六三)
   
■93 明石の中宮を世話する夕霧は繁栄を極め、匂宮は宮の君を懸想する
   「この院に〜」   (5530/一九七六F/二六四)
   
■94 六条院の秋、匂宮は女房達と風流事に興じるも薫は深く立ち入らず
   「涼しくなりぬとて〜」   (5595/一九七六M/二六五)
   [30]侍従は匂宮と薫をかいま見し浮舟の幸せな宿世を思う

■95 侍従は匂宮と薫を物陰からのぞき見ては、亡き浮舟を恨めしく思う
   「例の、二ところ〜」   (5650/一九七七E/二六五)
   
■96 薫は東の渡殿に立ち寄り、女房達に声を掛けると弁のおもとが応対
   「東の渡殿に〜」   (5706/一九七七K/二六六)
   [31]薫は中宮女房を訪れて弁のおもとと話し歌を詠み交わす

■97 薫は女房に戯れに歌を書いて詠みかけ、女房は風情ある手跡で返歌
   「かたへは几帳の〜」   (5793/一九七八H/二六七)
   
■98 弁のおもとは生真面目な薫の歌を批難し返歌、薫も返歌して戯れる
   「弁のおもとは〜」   (5860/一九七九B/二六八)
   
■99 薫は女房と匂宮の会話を聞き、女房達と匂宮の打ち解けた仲に嫉妬
   「東の高欄に〜」   (5932/一九七九K/二六九)
   [32]薫は中宮方の女房と親密になり匂宮を悔しがらせたいと思う

■100 薫は匂宮との辛い関わりを歎き、中の君の好意的な態度に感心する
   「下り立ちてあながちなる〜」   (6000/一九八〇D/二七〇)
   
■101 薫は西の渡殿を訪れ、くつろいで筝の琴を弾く女房達に声をかける
   「例の、西の渡殿を〜」   (6081/一九八一@/二七一)
   [33]薫は女一宮の女房と話し以前かいま見した姫宮のことを思う

■102 薫は中将のおもとに女一の宮の事を尋ね、差し出された和琴を弾く
   「まろこそ御母方〜」   (6130/一九八一F/二七一)
   
■103 薫は己の優れた宿命を思い、女一の宮を妻にできたらと高望みする
   「律の調べは〜」   (6171/一九八一L/二七二)
   
■104 若い女房達が月を鑑賞する中、宮の君に同情する薫は部屋を訪れる
   「宮の君は〜」   (6224/一九八二D/二七三)
   [34]薫は宮の君の不幸な運命に同情し匂宮が心を乱す女性かとも思う

■105 薫は女房に宮の君への取り次ぎを頼むも、女房は取り次ぎせず応対
   「南面の隅の間に〜」   (6266/一九八二H/二七三)
   
■106 薫にたしなめられ驚く女房、促されるまま宮の君は薫に話しかける
   「並々の人めきて〜」   (6315/一九八三@/二七四)
   
■107 薫は宮の君の声を聞き将来が気遣われ、匂宮の心を乱す人かと思う
   「ただ、なべての〜」   (6359/一九八三F/二七四)
   
■108 宇治の姫君達を思い続ける薫、夕暮れに飛び交う蜻蛉を眺めて詠歌
   「これこそは〜」   (6392/一九八三J/二七五)
   [35]宮の君に比べ大君と中君の難点のなさから浮舟の運命を悲しむ
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posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2018年02月16日

清張全集復読(15)「父系の指」

 不遇だった父を想う、清張の情愛に溢れる言葉で綴られた回想記となっています。やはり、清張にとっての父は特別だったのです。それは、他の作品を読んでいると、父への思い入れが異常なほどであることからも言えます。
 本作品で言えば、特に前半は、事実に近い自伝だと思われます。
 かつて、『白い系譜』という作品について、本ブログで連載しました。この「父系の指」は、これと対峙する作品だと言えます。

「清張全集復読(1)松本清張の家系の謎『白い系譜』(1)」(2014年08月08日)

「清張全集復読(2)松本清張の家系の謎『白い系譜』(2)」(2014年08月09日)

「清張全集復読(3)松本清張の家系の謎『白い系譜』(3)」(2014年08月10日)

 後半は多分に創作も交えた話となっているのではないでしょうか。迫力が途端になくなっているからです。

 鳥取県の南部、現在の日野郡日南町の矢戸が父の生まれた場所であり、今は清張の文学碑がこの矢戸を見つめています。
 池田亀鑑賞の授賞式に出席するため、この10年で何度もこの町に通いました。そして、清張のことを調べておられる足羽先生に町内を案内していただいたり、久代議員のお世話で清張のことを幾度も聴きました。住民の方にもお目にかかり、知られていないこともうかがっています。自分にとっても身近な日南町のことなので、清張の話を聞き入るようにして読みました。
 清張が父を語る時には、万感の想いが込められています。
 父の相場師仲間に盲人がいたことが出て来ます。このことは、何かの小説に出てくるのでしょうか。今、思い出すものはありません。
 清張が、大阪の出張帰りに途中下車をして矢戸に立ち寄ります。その時、こんなことを書いています。後の『砂の器』を連想しました。

この奥の出雲の者らしく、東北弁のような訛である。(411頁下段)


 伯備線の生山駅を降り、親戚の家に行きます。医者をしている家です。写真を見せられて時間潰しをするものの、ご主人がなかなか帰らないので、そのまま帰るのでした。その後、東京で父の兄の豪邸に行きます。そして、血のつながりを思わす父系の指に出くわします。
 父を通して、肉親というものへの複雑な感情を綴っています。清張の小説の底流をなす物の見方が、余すところなく語られています。【5】
 
 
 
posted by genjiito at 22:10| Comment(0) | 清張全集復読

2018年02月15日

読書雑記(223)『人文知のトポス』の読み方

 『人文知のトポス - グローバリズムを超えて あるいは「世界を毛羽立たせること」』(就実大学吉備地方文化研究所 編、和泉書院、2018年1月)を読みました。

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 中でも、次の2編は最初に通読しました。


「イスラームをどう認識するか」井上あえか
  はじめに
  一 インドにおける多用な人々の共存
  二 近代におけるコミュナリズムの生成
  三 「インドらしさ」の変容
  四 ガンディーの「反近代」
  五 イスラームをどう認識するか
  
 
「岡倉天心著『白狐』をめぐって」土井通弘
  はじめに
  一 『白狐』の世界
  二 歌劇『白狐』のトポス


 日頃は、こうした論考を読むことがないので、いい刺激と共に、もっと知りたいという思いを抱きました。もっとも、実のところ、私にはよく理解できなかった、というのが本音です。私の関心とは微妙にズレているようなのです。

 本書は公開シンポジウムが元になった編集物なので、各論考ともに一般の聴衆を意識した内容となっています。さらに詳しく知りたければ、注に引かれた著書や文献を見ればいいのでしょう。しかし、身近なところにある文献ではなさそうなので、これから関連書籍との出会いがあるのであれば、こうしたテーマを楽しむことにします。

 最近、紙に印刷された文章を書物で読んでも、それが紙媒体で必要なのかどうかと思うと、やや疑問を抱くようになってきました。かと言って、電子版の文章を読むことには、まだ慣れないせいもあってか抵抗があります。その前に、目が疲れてしまい、少し長いものは読み通せません。ニュース記事ならば、何とか読めます。
 一体どうしたいのだ、と言われると困ります。

 本は重さがあります。小さな木造の家に住む身には、本の重みで傾くことが不安の種となっています。現実に、日々傾いていっているのです。
 また、本は高さと厚みがあるために、空間を占有します。文庫本はともかく、ハードカバーの本は保管場所に悩みます。
 勢い、読み終わるとそのそばから、読み終わった本の始末に困ります。
 資料性の高いものならまだしも、読み物の類いの保管は悩ましい問題を抱えています。
 読もうと思って置いてある本をどうするか、という問題もあります。

 そこで、個人的に本を裁断してスキャナで電子化し、PDFの形でハードディスクに保存しているものもあります。それでも、実際にはそれを読むことはなく、たまたま検索に引っかかって、こんな本があったのだと気づかされるだけです。
 裁断した本を処分することには、罪の意識が薄いので気が楽ですが。

 今回の『人文知のトポス』については、電子版でさっと見た上で、じっくりと読みたくなった時に適宜自宅で印刷して読み、そのプリントは保存しておかないでシュレッダーにかける、というのがいいのではないか、と思います。実際にそうするかは、今は別として。

 出版社をはじめとして、執筆者や編集者にも申し訳なく思います。本自体が文化を継承するものであり、その中身には人類の英知が詰まっているからです。しかし、この手元に残された本の処遇という問題は、多くの方々が抱えておられる、喫緊の課題だといえるでしょう。「じゃまもの」では片づけられないものだからです。

 これまでに何度も書いたように、処分しずらいものの筆頭が、こうした書籍なのです。
 今日も、読み終わって、さてどうするかを思案しているところです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | ◆国際交流

2018年02月14日

乗り心地の悪い特急「はるか」で帰る

 会議続きの1日でした。
 いつも持って行くお弁当も、会議の合間を縫って、4回に小分けして食べるのがやっとのこと。
 一つのお弁当を食べ終えたのは18時半でした。
 学バスが17時15分で終わっているので、駅まで歩こうとしていた時でした。
 先月から科研のお手伝いで来ていただいている、プロジェクト研究員のOさんが、駅まで車で送りましょうかとのありがたいお言葉。
 寒い夜道を駅まで歩くのは気が重かったので、甘えることにしました。
 大助かりです。

 天王寺駅からは、ぐったり疲れていたので、いいタイミングで来た関空と京都をつなぐ特急「はるか」に飛び乗りました。
 大学は関空から2つめの駅にあるのに特急が止まらないのです。
 急ぐ時は天王寺駅まで出て、そこから特急で一路京都に向かいます。

 ただし、「はるか」は乗り心地が最悪です。
 特急「くろしお」も似たり寄ったりです。
 とても、本など読めません。
 それでいて、特急料金は天王寺〜京都間が970円もします。
 その点、時々使う京阪は、特急料金はいらない上に、乗り心地は新幹線以上です。
 ダブルデッカーの2階席で、ゆったりと本が読めるのです。
 「はるか」とは比較にならないほどの快適さがあります。

 今日はひたすら疲れていたので、本を読む気力もありません。
 「はるか」にガタゴトと小一時間ほど揺られて、うつらうつらと帰ります。

 京都で地下鉄に乗り換え、北大路駅からバスで帰りました。
 「はるか」に乗ったせいもあってか、22時前には家に着きました。
 予想外に早かったので、いつもほどに帰り道で体力は使いませんでした。

 それにしても、JRも地下鉄の車内も、夜なのに海外からの観光客でいっぱいです。
 活気があるというのか、喧騒に包まれているというべきか。
 個人的には、心がざわざわするばかりで、落ち着きません。

 疲れた気持ちで書いているからではなくて、インバウンドについては、考え直す時期に差し掛かっているのではないかと思っています。
 観光客最優先ではなくて、これまで育んできた日本人の生活パターンを守ることが大事だと思うのです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | 健康雑記

2018年02月13日

京洛逍遥(484)変体仮名で書かれた高瀬川の橋の銘板

 木屋町から先斗町の狭い水路を南に流れる高瀬川では、平成2・3年に架けられた橋の銘板には、変体仮名が混在しています。
 しかし、平成5・6年に建て替えられた橋の文字は活字体で彫られていました。
 この時期に、何か方針の見直しがなされたのでしょうか。

180213_minamidaikoku-kanji.jpg

180213_minamidaikoku-kana.jpg

 少ないながらも、まだ変体仮名で書かれた橋はあります。
 なくなってしまわない内に、記録しておきます。

 「恵比須橋」の左岸側の橋柱には、こんな漢字で書かれていました。

180213_kanji-ebisu.jpg

 その西側の右岸には「盈比須波之」(えひすはし、平成2年3月竣工)とあります。

180213_ebisubasi.jpg

 それに向かい合う北の橋柱には「たかせ可は」とありました。

180213_takasegawa.jpg

 さらに上流には、「かみく流万や者し」(かみくるまやはし、平成3年3月竣工)と彫った銅板があります。

180213_kamikuruma-kana.jpg

 その反対側の左岸の柱には「上車屋橋」と銅板に書かれていました。


180213_kamikuruma-kanji.jpg

 今の内に、折を見て京洛に散在する橋の名前を刻んだ銘板を、写真で残しておきたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:12| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年02月12日

京洛逍遥(483)橋の銘板と出町柳の桝形商店街のこと

 賀茂川に架かる橋の名前の表記が気になり、少しずつ歩いて確認しています。

180211_kamo-hasi-map.jpg

 変体仮名による表記が、急速に明治33年に制定された50音の平仮名になっているのです。

 上賀茂神社の西側を流れる賀茂川に架かる御園橋は、新しい橋に架け変わっていくところです。
 その工事の一環として、橋の銘板が外されていました。

180211_misono-nasi1.jpg

180211_misono-nasi2.jpg

 そして、新しく架けられた橋脚には、これから嵌め込まれる準備ができています。
 ここに、どのような文字で橋の名前が記されるのか楽しみです。

180211_misonobasi.jpg

 ずっと南に下り、下鴨神社の西側に架かる賀茂大橋の1本南側の荒神橋も、現在工事中です。

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 この橋の銘板は変体仮名を混在させた「くわう志ん者し」と書いてあります。
 昨年、国際標準規格としてのユニコードに変体仮名が採択されました。これからの日本文化に彩りを添える変体仮名を広く認知してもらうためにも、この橋の名前の表記は保存して伝えていきたいものです。

 賀茂の河原の梅が、ぷっくりとしてきました。間もなく開花しそうです。

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 出町柳の桝形商店街には、新しく映画館「出町座」が開館しました。中の書店には、選りすぐりの本が並んでいます。

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 この隣には、昨日から古書店がオープンしました。
 これで、この商店街に2軒の古本屋さんが向かい合わせに並ぶことになりました。
 この桝形商店街は、これから少しずつその姿を変えようとしています。
 これが文化的な一大変革だけに、今後の発展が大いに楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:43| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2018年02月11日

箸袋に書かれた「おてもと」の変体仮名

 昨日の日比谷図書文化館での『源氏物語』講座の折、いつもNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動にご支援をいただいているOさんから、珍しい箸袋を提供していただきました。

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 「おてもと」とある文字の背景に、『源氏物語』の第2巻「帚木」の冒頭の文章が書かれているのです。

登可おほ可な流耳い登ゝかゝ流すき【事】とも越
      きゝ津多へて可ろひ多流【名】をやな可
      【給】个流かくろへこと越さへ可多りつ
多へ个ん【人】能物いひさ可な佐よ左る八い登いたく


 この箸袋がどこの、何というお店のものなのか、よくわからないとのことでした。
 どなたかご教示いただけると幸いです。

 また、もう1枚の箸袋も提供していただきました。

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 実は、「御手茂登」と書いた箸袋はよく見かけました。しかし、ファイリングしようと思っているうちに、いつしかこの文字を書いた箸袋を見かけなくなっていたのです。
 思いついた時に集めておくものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:13| Comment(0) | 変体仮名

2018年02月10日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-第9回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で、古写本『源氏物語』の変体仮名を読む講座を続けています。

 上京する時、富士山の山頂をドーナッツが包み隠すような奇妙な雲のかたまりが、車窓から見えました。後でニュースを見ると、「つるし雲」というものだそうです。

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 日比谷公園に内幸町そばの入口から入ると、日比谷公会堂の横に雪がまだ残っていました。

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 今日の講座では、立教大学大学院で勉強しているOさんが、ゲストとして参加しました。Oさんは全盲です。しかし、彼女は写本の変体仮名が触読できるのです。墨の濃淡も、原本ならわかるようです。
 以前、一度だけこの講座に参加してもらったので、受講生の半数の方はOさんのことをご存知です。Oさんは、5月から始まる私の講座に参加することになりました。触常者と見常者が、お互いに刺激し合いながら写本を読んで行くことになります。新しいコラボレーションが生まれる、楽しいニュースです。

 いつものように京都新聞の記事などを使って、世間話として古典文学の世界の背景をお話ししました。昨日のブログで扱った、「おもてなし」と「観光」と「文化」についても。

 今日は、写本の28丁裏から29丁裏まで、3頁分も進みました。
 光源氏に僧都が琴を勧める場面を読むので、その源氏絵をまず確認しました。秋山光和先生が昭和52年に発見された、国宝源氏絵巻の「若紫」巻断簡をスクリーンに映しました。また、国文学研究資料館在職時代に作成した展示図録の『千年のかがやき』を、毎回みなさんの机上に置いて勉強を進めているので、天理大学付属天理図書館の源氏絵(重美)も確認しました。さらには、この後で物語の本文の違いを確認する時に出てくる、国立歴史民俗博物館蔵の中山本についても、この図録で確認しました。

 本文の異同については、こんな例を取り上げました。たくさん指摘した内から、2例だけ紹介します。17種類の本文を校合しています。

(1)
あしきものをと[橋=中]・・・・052308
 たへかたきものをと[大国]
 たえかたきものをと[尾陽伏高]
 たへかたき物をと[麦池日保]
 たへかたき物をと/物〈改頁〉[御]
 たえかたき物をと[肖穂天]
 ナシ[阿]
のたまへと[橋=尾高天]・・・・052309
 の給て[中]
 の給へと[陽]
 きこえ給へと[大御国日穂保伏]
 聞え給へと[麦肖]
 きこえ給へと/は〈削〉と[池]
 ナシ[阿]


(2)
その[橋=尾阿陽肖高天]・・・・052382
 其[中]
 ナシ[大麦池御国日穂保伏]
ゝちは(のちは)[橋=尾陽高天]・・052383
 後は[中肖]
 ゝち(のち)[阿]
 ナシ[大麦池御国日穂保伏]
え[橋]・・・・052384
 ゑ[尾中陽高天]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かき[橋=尾中陽高天]・・・・052385
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ひな[橋]・・・・052386
 ひゝな[尾池国肖日高天]
 ひいな[大中麦阿陽御穂保伏]
つくり[橋=尾中陽高天]・・・・052387
 あそひにもゑかい[大池御国日穂]
 遊にもゑかい[麦阿]
 あそひにもゑかひ[肖保伏]
給にも[橋=中麦阿陽池国伏天]・・052388
 たまふにも[尾御穂高]
 給ふにも[大肖日]
 たまふにも/ま〈改頁〉[保]


 ここでは、次の3点を強調しました。

@『源氏物語』の本文は3つではなくて2つに分別できること

A橋本本と中山本は大島本などのグループとは異なり、互いによく似た興味深い本文を伝えていること

B橋本本は中山本と共に、河内本グループに括られる本文を持つ傾向が強いこと


 こうした例は、古文に親しんでいる、いないに関わらず、明らかに違う2つの本文が伝わっていることがわかってもらえるものです。

 『源氏物語』を大島本だけで読むのは、江戸時代に良しとされた本文だけで物語を楽しむことに留まります。それに加えて、こうした鎌倉時代に書き写された本文を読むことで、『源氏物語』を読む楽しさやおもしろさが倍加すると思います。大島本という一つの写本だけで作品を禁欲的に読むのではなくて、複眼的に、多視点からさまざまな『源氏物語』を読む読書もあっていいと思います。

 どちらが平安時代に語られ、書写された物語だと思うかは、その人の自由です。大島本にがんじがらめにされた、池田亀鑑を始発とする『源氏物語』の読み方からは、もう解放されてもいいのではないでしょうか。
 私の場合は、自分を研究者という立場から解放した今、このようなことを強く思うようになりました。その実践が、この日比谷図書文化館を舞台として繰り広げている、古写本『源氏物語』を変体仮名だけに着目して読む講座です。

 『源氏物語』の本文を研究する方がほとんどおられないのが現状なので、こうしたことはいつかどなたかが証明してくださることを待つしかありません。私の拙い私見に対する批判は、まだ正面からは何もありません。そのためにも、諸本を翻字したデータを一日も早く公開しなければなりません。上にあげた17種類の本文も、『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井・伊藤・小林編、桜楓社・おうふう)と『源氏物語別本集成 続 全15巻』(7巻まで刊行、伊井・伊藤・小林編、おうふう)で活字として公開しているだけで、詳細なデータは私の手元にあるだけです。手元に資料や情報がなければ、批判をしようにも、賛同しようにも、議論をする土俵を同じくすることができません。私の私見に対する批評がないのは、いたしかたのないところだと言えます。

 遅々として進まない翻字作業に喝を入れなければならないほどに、追い込まれています。私は、研究から遠ざかりつつも、資料整理と情報の提供と公開は続けていきます。お手伝いをしてくださる方と共に、一作業従事者として、より一層の頑張りを課しているところです。

 なお、今回読み進んだ箇所で、29丁裏1行目の「事」は、漢字で表記されているので「【事】」とすべきところでした。取り急ぎ、報告します。

 講座が終わってからは、いつものように有志の方々10名と、有楽町駅前に場所を移します。Oさんも参加です。今日も、『源氏物語』をめぐるさまざまな話で盛り上がりました。

 次回は、3月24日。
 熱心な方々がお集まりの講座なので、私も楽しみにして日比谷図書文化館に毎月通っています。

 京都駅に着いたのは22時半。今日の京都タワーはピンク色です。

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 駅前のバス乗り場は、足元の整列を勧めるラインを無視した、海外からの旅行者の一団で占拠されていました。

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 昨日も書いたように、観光旅行者との共存について早急に議論を深めないと、街づくりがギクシャクしてしまいます。この大きな荷物が、さらに倍加してバスの出入り口をふさぐのですから、乗客が乗り降りするのも大変です。なかなか乗り込めないし、降りられないのです。市内の移動だけで、ぐったりと疲れます。叡知を寄せ集める時です。
 
 
 
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | 変体仮名

2018年02月09日

国策としての観光立国について考えるための材料2つ

 最近、観光について考えることが多くなりました。
 具体的に個人的な結論に導くものではなく、まだまだ情報を収集し、それらを整理しているところです。そんな中で、最近のものを2つほど取り上げます。

 通勤で関西国際空港へ行く電車を使っています。朝9時頃の車内は、いつもこんな様子です。

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 この写真はまだ空いている時であり、通路に立つ人で埋まることもあります。
 もちろん、このスーツケースが持ち主の居眠り中に、コロコロと通路を所狭しと転がったりします。まだ、キャスターにロックの付いたものが少ないので、特に四輪のキャスターは勝手気儘に飛び回っています。座っている方の横の席が、しっかりとお土産物などの荷物置き場になっていることもしばしばです。

 観光客と地域住民とが共存して交通網を利用するにあたり、移動の動態を綿密に調査する必要性を痛感しています。まだ、日本は、観光立国とは掛け声だけで、実態の把握がなされていないと思います。
 日本に来たばかりの人と、満喫して自国に帰る人との違いも、しっかりと調査して対応策を検討すべきです。

 京都の市バスは、今春から前乗り後ろ降りの方式に移行していきます。市民の足であったバスが、観光客と共存できなくなったためです。乗降時間の短縮と混雑緩和に効果があるそうです。
 いろいろなことを模索していく時期にさしかかっています。

 京都新聞に、「古都の深層−秘められた場の歴史」という連載記事があります。「[11]祇園・丸山」(平成30年2月7日)というコーナーに「観光と密接に関わった性」という見出しのもと、次のような興味深い記述を見かけました。
 高木博志氏(京都大人文科学研究所所長)が、
 東京五輪の招致スピーチで、キャスターの滝川クリステルさんは「おもてなし」を、日本の文化とアピールした。とりわけ京都の花街、祇園は「京都らしさ」と「もてなしの文化」の粋とされる。しかし京都の花街の歴史には、バラ色だけでは描けない、性の隠蔽があるだろう。

と前置きして、以下のように語っておられます。

 四条通の南側、現在の華やかな祇園甲部歌舞練場の付近には、定期的に梅毒検査をする駆黴(くばい)院があった。
 明治41(1908)年の京都市の統計書によると、祇園甲部(四条通南側、北側西部)の芸妓540人、娼妓91人に対して、祇園乙部(四条通北側東部)には芸妓64人、娼妓178人がいた。京都には、祇園をはじめ島原・宮川町・先斗町・上七軒・五番町・七条新地など、花街や遊廓が多くあり、それは観光とつながっていた。たとえば大正4(1915)年の大正大礼の時には、観光ブームで京都の花街は遊客で賑わった。
 もっとも社会における性のあり方は歴史的に変化してきたし、「都をどり」や井上流の京舞に代表されるように、明治期以降、花街から発展した芸能や文化は重要だろう。しかし昭和31(1956)年の売春防止法制定以前には公娼制があり、性と観光も密接に関わっていた。祇園に代表される花街の「京都らしさ」と「もてなしの文化」も、多分に近代に創りだされたものであるし、牧歌的なイメージだけで歴史は語れない。


 観光地における歴史や文化の再確認は大切なことだと思うようになりました。「らしさ」や「おもてなし」だけでは簡単に片づけられないものが、観光の背後にあるようです。観光による利益だけでなく、その裏側の見えにくいものはもちろんのこと、隠されてきたものも俎上に置いて考えていきたいものです。これは、日本に住む者にとっても、多くのことを新たに気づかせてくれることでしょう。

 今わたしは、日本が国策としての観光立国に向けて突っ走って行くことに、少しずつ疑いを持ち出しています。日本の伝統的な文化や特有の歴史が、観光客の価値観に迎合する中で、変質を迫られている実態を見聞きするようになったからです。その損失の重さが、しだいに気になるようになりました。これは、経済効果とは違う視点で、この国の歴史や文化を再認識することにつながるはずです。

 難しいこととしてではなく、日常をしっかりと認識する中で、さまざまな問題があることを意識して、身の回りから観察していきたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 20:49| Comment(0) | ◆国際交流

2018年02月08日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その12)言葉と文字にこだわる

 大阪観光大学の図書館で読み進めている変体仮名の勉強会は、今日が2017年度の最終回であり、初年度の一区切りとなります。次は2018年度となり、5月の連休明けから始めます。

 20数年前、大阪観光大学の前身である大阪明浄女子短期大学で、私は社会人を対象にした『源氏物語』の自主講座をやっていました。そこに参加なさっていたTさんから、久しぶりに帰ってきた私に会いたいけれども、手術後で体調が思わしくなくて残念だ、とのお手紙を昨日いただきました。
 今日ご参加のSさんは、Tさんがかつて一緒に参加しておられたことを覚えておられました。自宅に行ったこともある、とのことでした。人のつながりの妙を実感しています。
 またご一緒に、楽しく勉強ができる日が来ることを楽しみにしています。

 さて、今日も9名の参加者によって始まりました。学生の田中君が担当者となり、快調に変体仮名を読み進んでいます。しだいに説明も滑らかになり、一回生にしては古文に対する理解があることが、言葉の端々から感じられます。学生たちに任せて良かった、と安堵しています。

 いつものように雑談が花開いていた時でした。
 消しゴムで文字を消した後に出るゴミをなんと言うか、ということで盛り上がりました。田中君が「消しクズ」と言ったことに関して、他の学生たちは「消しカス」だろう、と大阪のノリで突っ込みます。いろいろな意見が出るうちに、私もわからなくなりました。

 「酒カス」「油カス」「削りカス」など、「カス」がつく言葉が飛び交います。そして、「星くず」や「ごみくず」「削りくず」など「くず」が付く言葉も連想ゲーム式に出てきます。
 「あほ ボケ カス、と言うから……」というあたりからは、さすがに関西弁の世界での議論、とでもいうべきものになっていきました。

 専門的には誰かが整理しておられることでしょう。それはさておき、日常生活の延長からの問題をネタにして討論することは、各自がそれなりに参加できるので、楽しく止め処なく話題が膨らんでいきます。素人ならではの、妄想が許される激論が展開します。これが楽しいのです。

 変体仮名に関して、本行に「し侍」とある箇所で、傍記の「をき帝」(7丁表2行目、明治33年以来の表記では「をきて」)は、本行を書き映している人とは違う、別の環境の文化で文字を使っていた別人による書き込みではないか、という提案を私からしました。

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 これは、橋本本「若紫」の本行の本文には1字も出てこない変体仮名「帝(Te)」をめぐる、新しい問題提起です。もちろん、傍記本文でも「帝」はこの1例だけしかありません。これは、他の写本での確認が必要です。また、このように1例しか確認できない変体仮名を抽出していくと、おもしろいことが見つかるかもしれません。

 疑問に思う文字が出てきた時、すぐに確認することを根気強く続けることで、一歩ずつ写本の文字を読む感覚が磨かれていくことでしょう。
 これからが楽しみな若者たちが、こうしてコツコツと変体仮名と格闘し、歩んでいることを報告しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | 変体仮名

2018年02月07日

読書雑記(222)神田夏生『お点前頂戴いたします』

 『お点前頂戴いたします 泡沫亭あやかし茶の湯』(神田夏生、KADOKAWA、2017,11)を読みました。これまで読んでこなかった本などを、興味のおもむくままに手に取っては乱読中です。

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 高校生になった三軒和音は茶道部に入ります。校舎の裏手にある「泡沫亭」がその舞台です。そこは、化け物というよりも、あやかしとでも言うべき怪しげな者たちがお茶を飲む、摩訶不思議な場所になっていたのです。部長の湯季千里が笑顔であやかしたちにお点前をする、奇想天外な話が展開します。何気ない会話の連続ながら、一風変わった味のする物語です。ただし、私には軽すぎて、拍子抜けしました。
 次の「副音声」という表現上の工夫は、なかなかいいと思いました。立体的に楽しめるからです。ライトノベルにはよくあることかもしれません。あまり馴染んでいない私には、新鮮な語り口に思えました。

「モテモテですね、湯季先輩」
「あはは。羨ましいなら代わろうか、三軒。君にもこの幸せを味わってほしいからね」
副音声。他人ごとだからって面白がってんじゃねえぞ、代われ。
「やだなあ何言ってるんですか。鬼更が好きなのは湯季先輩なんですよ。しっかりその愛を受け止めてあげてくださいね。俺、心から祝福してますんで」
副音声。絶対代わりたくない。人に押し付けようとしないで、どうぞそのまま鬼更につきまとわれ続けてください。そうすれば俺は安全。
「そうだぞ湯季、私が婿にするのはおまえだけだ。同じ人間とはいえ、三軒みたいな軟弱者では話にならん」(172〜173頁)


 話は意外性を孕みながら、好き勝手に展開して行きます。その中に、お茶の心得がさりげなく語られます。例えば、山上宗二の茶書などが。

 学校を卒業すると、あやかしたちの姿は見えなくなります。卒業した葉真が好きだった狐珀のことが忘れられず、学校のお茶室「泡沫亭」で狐珀にお茶を点てます。「第三話 狐と、さよならの一服」では、見えない狐珀に語りかけながら展開します。虚空を相手に語りお茶を点てる場面は、情感の籠った場面となっています。それまでは、遊びの要素が多い物語でした。それが、ここでは一転して静寂の中に相手を想う語りに変身します。ここは読ませます。想像力を掻き立てます。
 この作者の作品は、機会があり、テーマさえ興味が合えば、また読んでみたいと思いました。【3】


書誌情報:文庫本のための書き下ろし
 
 
 
posted by genjiito at 21:36| Comment(0) | 読書雑記

2018年02月06日

読書雑記(221)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・4』

 『京都寺町三条のホームズ・4 ミステリアスなお茶会』(望月麻衣、双葉文庫、2016年04月)を読みました。

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■「年の初めに」
 本書のシリーズ化に伴い、読者を引きつけるために置かれた小話です。矢田地蔵、楽茶碗、コーヒーフレッシュと、物語世界の用意が整いました。


■「ビスクドールの涙」
 八坂神社から清水寺という、京都観光の王道とでもいうべきコースを、清貴と葵は散策します。お互いが好意を伝え合えないまま、その気持ちを内に抱え込んだままに、初々しいデートです。祇園のチョコレートカフェや、祖母の人形にまつわる推理など、読者へのサービス満点の話としてまとまっています。物語の中味よりも、その語り口が優しいので、次の話が楽しみになります。【4】


■「バレンタインの夜会」
 バレンタインの夜、吉田山荘のカフェ真古館で朗読会があります。それまでの話が退屈だったので、私は適当に読み流そうとしていました。ところが、夜会が始まるや、がぜんおもしろくなったのです。一気に読ませます。前半でもっと読む者を惹きつけておけたら、さらに完成度が高くなったことでしょう。【4】


■「後継者の条件」
 今宮神社の話をもっと語ってから、その西にある鷹峯の屋敷での骨董鑑定につなげたらよかったのに、と思いました。今宮神社では、毎月1日に骨董市が開催されます。雑多な古物が境内に並びます。せっかくの話題が、うまく連携しないのは惜しいことです。もう一捻りです。作者は、まだこの骨董市に行っていないのでしょうか。
 さて、本題の鑑定は楽茶碗から始まります。しかも葵が。八碗の茶碗の陶工の名前を当てる試験です。これはありふれた内容で、おもしろい展開にはなりません。引き続き、家の中の宝物探し。その話の合間に語られる男と女の愛憎と純愛の話題は、どうも取ってつけたようでぎこちないのです。作者は、恋愛心理の分析が苦手なのかもしれません。巻末の場面でも、月に爽やかさがありません。【2】

 本作品は、語り口が優しくて、流れるように読み進められます。話にも無理がなく、今の京都の文化が伝わって来ます。本シリーズは、この調子で続くことを楽しみにしています。
 ただし、物語の展開が京都という背景に埋もれています。場所や物をもっと煮詰めて、背景に頼りすぎない物語にしたらいいと思いました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:41| Comment(0) | 読書雑記

2018年02月05日

生き延びるための身体検査と予防接種

 私が生き続けていることを不思議に思われながら、大きな変化もなく日々を過ごしています。毎朝、目覚めの嬉しさと楽しさが快感です。生かされているというよりも、生きていることの実感があるのです。
 今、困っていることといえば、早寝を心がけながら、それがなかなか実行できないことと、不眠症に近い状況に置かれていることでしょうか。
 その原因は、仕事を抱え込み過ぎているためであるのは、自分でも自覚しています。これまでに何度も記してきたように、これはご迷惑をおかけしている方々に、平身低頭お詫びをし続けるしかありません。生きていれば、お引き受けした仕事はいつか仕上げられる、ということでお許しいただくしかありません。ご寛恕を切に願うのみです。

 さて、今日は京大病院で、糖尿病・内分泌・栄養内科の診察を受けました。
 いつものように、診察の前に採血があります。ついでに、自宅で日頃使っている血糖値測定器の精度を調べてみました。採血後の余分な血液に、持参した2個の測定器を当てて測りました。

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 上段の新しい方が「114」、下段の古い方が「125」でした。この1時間後の診察時に教えていただいた、病院の機器で計測した今日の値は「127」でした。持参した古い方が、病院の値に近いものです。最近はずっと新しいものを使っていました。これは、昨春まで東京で使っていたもので、古いものは京都で使っていました。この数値の誤差は「10」くらいなら無視すべき範囲だそうです。さて、低く出る新しい方の測定器を使い続けていいものか、悩ましいところです。簡易測定器なので、あくまでも目安ということで、あまり気にしなくてもいいのでしょうが……

 今日の血液検査の結果、ヘモグロビンA1cの値は「7.5」でした。また高くなりました。2ヶ月前の12月が「7.3」、その前の10月が「7.2」でした。少しずつ下がらなくなっています。
 いろいろと理由があるにしても、空腹時血糖値は安定しているので、食後に急上昇しているようです。消化管がないのですから、これはしようがないことです。血液検査による結果からは、他に特に注意すべき問題はありません。このまま、もうしばらく様子を見ることになりました。
 タンパク質が従来に復してきました。毎日食事を考えてくれている妻のお手柄です。

 栄養指導では、1時間にわたってアドバイスをいただきました。体重を増やすことで、いろいろと考えてくださいました。いくつかの提案を受けたので、少しずつチャレンジしてみます。とにかく、今は1度にあまり食べられないのです。分食をさらに徹底します。

 体成分分析、骨格筋・脂肪、肥満評価、筋肉バランス等のチェックも受けました。
 もともと体重が軽いので、それぞれの検査項目が標準値よりも下回っているものの、バランスは悪くないようです。とにかく、体重を増やすことが先決です。しかし、それが私には難題なのです。
 担当の栄養士の先生も、体重を増やしたい太りたいというのは、社会的には少数派ですとニコニコしておっしゃっていました。今の体重は49キロなので、とにかく50キロを目標にしています。これが、とてつもなく遠いのです。

 東大路通りに面したところには、全快地蔵があります。ここを通ると、いつも医科学と民間信仰の接点を見ることになるので、楽しくなります。そして、つい頭を下げて帰ります。

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 夕方からは、近所の那須医院で肺炎予防のワクチンを接種してもらいました。これは、23価肺炎球菌ワクチンといって、高齢者が打っておくといいということでお願いしたものです。次の接種は5年の間を空けるようにとのことでした。

 1日がかりで、身体をチェックしました。特に重大な異変はなく、気をつける点をいくつか教えていただくことができました。こまめな点検を心掛けているので、こうしてささやかながらも元気に日々を送っているのだと思います。これは、私が病院好きで医者好きだからでもあります。

 さて、去年の2月は、よくぞ気が狂わずに生き抜けたものだと感心するほどの、思い出すのもゾッとする日々でした。あれから1年。忙しいとはいっても、あの時をやりくりしたことを思うと、なんとかなるさと開き直れます。
 とにかく気を抜かずに、健康第一の年度末を過ごすことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 健康雑記

2018年02月04日

迂闊にも昨夏骨折した左足首を捻った後にスイミング

 私は座卓で仕事をするのが好きです。
 しかし、実際には書類を所狭しと広げて文章を書くことが多いのです。
 そこで、勉強部屋の机には3台のモニタをコンピュータの前に置いています。
 このところ連日の寒さもあり、比叡颪が直撃する2階の勉強部屋は使っていません。
 今日は寒さも少し緩んだので、2階で机に向かいました。
 何気なく立ち上がった時のことでした。
 左足首に違和感を覚え、歩き出そうとしたら捻ったことに気づきました。
 アチャー です。
 今月下旬にはインドへ行きます。
 インドでは歩く旅になるので、これは一大事。
 以前こんなことがあった時、スイミングで事無きを得たことを思い出しました。
 水中ウオーキングをしに、コナミスポーツクラブへ行きました。
 まずは、足首のストレッチをして様子見です。
 しばらく歩いても何も異変はありません。
 恐る恐る泳いでみました。
 ゆっくりとバタ足で50メートル。
 大丈夫です。
 平泳ぎも軽快です。
 ゆっくりと500メートルを流しました。
 何ともありません。
 足腰が軽くなったような気がします。
 どうやら、大事には至っていません。
 粗っぽい対処療法が功を奏したようです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | 健康雑記

2018年02月03日

海外出張に同行する学生のご両親と面談して主旨説明

 2月から3月にかけて、インドとミャンマーへ科研の用務で出張します。
 当初の計画では、1月末にミャンマーへ行くはずでした。しかし、ビザの取得に予想外に日数がかかりそうだとのことで、1月の出張は昨年末に早々に中止の判断をしました。そして、2月後半から予定していたインド行きと合体させたのです。

 その後もいろいろと問題が噴出し、また、旅程が二転三転ならぬ四転五転したために、なかなか決まらない中で、無事に実施の運びとなりました。

 これまでに、以下の再検討をしました。

A_乗り継ぎの多さと長旅を再検討(疲労の蓄積を考慮)
B_発着の時間帯と待ち時間を再検討(効率的な旅行計画)
C_科研の用務を再確認(多大な成果を求めすぎない)


 ただし、以下の用務の目的はほとんど変更していません。

【インド】
 「第9回 インド国際日本文学研究集会」(2019年2月実施予定)のため、ハイデラバード外国語大学で打ち合わせと下見、さらに情報収集・資料調査・国際交流を実施する。
・ハイデラバード外国語大学の先生方とは、一昨年秋にデリーで開催した「第8回 インド国際日本文学研究集会」でお世話になっています。その時の成果を踏まえて、第9回の開催を会場校として引き受けていただくことになったので、さらに具体的な打ち合わせをすることになりました。

【ミャンマー】
 ミャンマーにおける、日本文学と日本文化に関する研究情報と関連書籍及び翻訳本の調査収集およびミャンマー語翻訳に関する打ち合わせ。
・昨秋大阪観光大学で研修を受けて帰国された「ミャンマー政府ホテル・観光省」の職員5名のみなさまと、現地で情報交換をする。
・伊藤科研でアルバイトをしている、帰省中の大阪観光大学の学生と現地で合流し、先生や学生たちと国際交流。
・株式会社ココライズ・ジャパンのミャンマー法人(在ヤンゴン)でミャンマー語訳の翻訳協力を依頼。

 共に両国では以下の活動をします。
 1.日本学を研究しておられる先生や学生に会う
 2.日本の文学や文化に関する研究情報を収集する
 3.日本の文学や文化を翻訳した書籍を入手する
 (現在手元にはミャンマー語訳の書籍が皆無の状態)


 とにかく、無理をしない、欲張らない、安全最優先の旅となるように、スケジュール全体を作り直しました。そして、難題・難問に頭を抱える日々の中で、なんとか旅程をまとめることができました。フーッというのが、今の実感です。あまりみなさまに相談をせず、変更案を決めてから、大学の事務局長と科研のプロジェクト研究員との確認を経て今に至りました。

 そのような経緯があるため、ここにそのメモの一端を記し、今後のための記録としておきます。
 関係するみなさまには、大変なご心配とご迷惑をおかけしました。この場をお借りして、お礼とお詫びの気持ちに代えさせていただきます。
 まだ難問は山積しています。しかし、それは今回のスケジュールの一大変更の建て直しに費やした時間のことを思えば、大したことではありません。とにかく、外部資金として交付された科研費が、こうして適正に執行できることになったことに安堵しています。

 いつものことながら、学振(日本学術振興会)の規定に準拠した、学振が示す範囲内での判断で実施するものです。そのため、伊藤の前職である人間文化研究機構・国文学研究資料館での前例に倣い、厳格な運用を行なっています。今度の基盤機関である大阪観光大学では、この科研が最初の大型科研であることと、来年度以降の科研費採択の増加を念頭に、今後の模範となるような経費の運用と執行を行なうことを心掛けています。また、個人科研の研究経費を運用する関係で、大学の経費が充当できないことからの縛りの中での判断であることも、ここに特記しておきます。

 今年度から採択になった科研・基盤研究A「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号:17H00912)では、若手研究者の育成も大きな柱としています。その一環として、基盤研究機関である大阪観光大学の学部学生を同行し、研究協力者として研究の支援をしてもらう中で、その意義や現地の先生や学生との交流にも参加してもらいます。

 今回の同行学生2名は、昨年7月から科研のアルバイトとして私の研究室に出入りしています。その点では、気心の知れたよき研究協力者です。しかし、何分にも未成年の学部1回生です。海外経験は何度か体験している学生だとはいえ、今回はあくまでも個人科研を経費の出所とするものです。大学の授業の延長ではなく、また大学の経費は使わない渡航調査です。

 そうしたことを考え、本日は学生のご家族にお目にかかり、直接今回の海外出張についての説明と不安に思われていることなどにお答えしました。
 科研の主旨に留まらず、インドでの生活上の注意点を中心にしてお話しました。ご両親共に、今回の渡航についてよく主旨などを理解なさっていたので、和やかな懇談となりました。私が念には念を入れて説明することを心掛けたこともあり、2時間半も茶房で語り合いました。多分に、私が一方的に話をしていたように思いますが……

 旅立ちまであと3週間。こうして、着実に準備が進んでいます。
 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | ◆国際交流

2018年02月02日

歌詞が耳や目を通して高校生の心にどう届いているのか

 高校の日本文学史の授業で、今日は『閑吟集』(宮内庁書陵部蔵)の複製本を回覧しました。

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 これまでの古写本と違い、袋綴じであることに注目です。装幀は四つ目綴じで、縦横20cmほどの枡形の本です。黒板に模造紙を広げ、プロジェクターを使って、四つ目綴じの本の作り方を説明した画像を映写しました。この本のカバーにあたる帙も、作り方は簡単であることを、これも映像で確認しました。
 器用な生徒なら、いろいろなカバーや和綴じ本を作ることでしょう。身近なものとしてこうした和装本に触ったことを機会に、自分のノートや日記を和風に仕立てることを勧めました。

 『閑吟集』は、今でいうところの歌謡曲の本なので、そんな話でこの本の内容や性格を説明しました。生徒たちは、AKB48 や Kポップなどを聞いているそうです。自分の好きなアーティストの歌詞を集めた本があるのかどうかを聞いたところ、知らないと言っていました。

 私が小学生だった頃には、『明星』や『平凡』の付録として、当時流行していた歌謡曲の歌詞を集めた冊子が付いていました。姉が買ってきた雑誌の付録を、時々見ていました。昭和30年代のことです。ラジオで聴いた歌の歌詞が、こうした付録で確認できたのです。演奏用のコード進行が歌詞の行間にあったので、ギターで弾いて歌ったりもしていました。今なら、ネット経由で歌詞を表示させたり、歌詞のテキストを手に入れたりしているのでしょうか。それとも、歌詞を目で追うことはないのでしょうか。

 冊子に印刷された歌詞を目で追うのではなくて、歌を聴きながら歌詞を耳だけで理解や認識することは、どれだけ可能でしょうか。個人的な考えとしては、困難を伴うと思っています。いや、今の若者たちは、目で文字を追うことから自由になっていると思われます。こうした共通の話題を通して、今の若者像を自分なりに作り上げたいと思っています。

 流行歌と言っても、いつの時代も「はやりうた」はあるものです。楽曲そのものや、その歌詞の受容形態が変わってきている、と思われます。これは、メディアの変遷と密接に関係するものに違いありません。

 私は、アグネスチャンの私設後援会の会長をしていたり、モーニング娘。に関する資料を片っ端から集めていた時期があります。そんなことから、生徒たちが今の歌手や歌詞とどのように接しているのかは、大いに興味があります。しかし、授業という限られた時間の中ではほとんど聞き取ることはできません。かと言って、宿題にするわけにもいきません。長期休暇の宿題なら可能かもしれません。いつかまた、今年の夏にでも、歌詞が耳や目を通してどのように生徒の心に届いているのかを、調査してみるとおもしろいのでは、と思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:40| Comment(0) | 身辺雑記

2018年02月01日

孫が日本語を喋り出す直前の発声記録

 生まれて9ヶ月になる孫娘は、口にすることばが少しずつ増えています。
 これまでは、唇を使った「マ行」と「パ行」でした。
 これに加えて今日からは、舌を使った「ナ行」と「タ行」の音が出せるようになったのです。

……ないないないないにゃいにゃいにゃいにゃいないないにゃいにゃい……


 こうして、新しい音が発音できるようになっていくのに付き合うのは、心がウキウキするものがあります。その成長の過程が追体験できて、楽しくもあり、おもしろくもあります。今後の成長を応援する気持ちが、日々に膨らみます。

 古写本好きのお爺ちゃんとしては、さて変体仮名をどの段階でチラチラと見せるか、ということを密かな企みとして様子見をするようになりました。絶妙のタイミングを見計らっているところです。

 私にとっては、この子が音声と文字をどのようにして獲得するのかを見定める、興味深い実験台でもあります。自分の子供たちが成長する時には、こんな余裕はありませんでした。

 折々にここに報告します。その道の専門家の方への、研究資料としての情報となれば幸いです。子供をダシにしての資料提供で気が引けなくもありません。しかし、そこは広い心で、お役に立つ情報の公開ということで、許してください。

 さて、次はどんな音が出てくるのでしょうか。言語の専門家の方なら、ある程度は予測できるのではないでしょうか。コラボレーションとしてのご意見をお寄せいただけると、この実験がさらに楽しいものになるかと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | 身辺雑記

2018年01月31日

第3回「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」のご案内

 昨冬からスタートした「大阪 点字付きかるたを楽しむ会」の第3回が、以下の通り開催されます。
 今回も私は、ちょうどインドへの海外出張中のために、残念ながら参加できません。
 興味と関心をお持ちの方は、事前に兵藤さんにメールでお尋ねください。

 厳しい寒さが続いておりますが、皆さんお元気でお過ごしでしょうか。
 「点字の百人一首を楽しめる場を大阪で作りたい!」という思いから、日本点字制定記念日の直後、昨年の11月4日に集りを持ったのが第1回目。
 第2回目の1月には、子どもさんから大人まで18名の方が参加してくださり、坊主捲りや4人一首、文字通り100枚使っての百人一首で盛り上がりました。

 春風そよぐ3月には、第3回「かるたを楽しむ会」を開催したいと思います。
 点字の付いたカルタ(百人一首)のお持ち込みも大歓迎です。
 ご持参いただける方は、お申し込み時にお知らせください。
 「点字は苦手」という方もお子さんも、一緒に楽しめる場にしたいと思います。
 そして、もしよろしければお好きな一首を考えておいていただけると嬉しいです。
 皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2018年3月3日(土)14時30分〜17時
場所  日本ライトハウス情報文化センター 4階 会議室3
(大阪市西区江戸堀1-13-2 電話  06-6441-0015)
交通:大阪市営地下鉄四つ橋線「肥後橋駅」北改札から2番出口を出てすぐ左。
もしくは地下鉄御堂筋線・京阪本線「淀屋橋駅」4番出口から西へ400m
(肥後橋交差点の南西角)
参加費:大人―500円 高校生以下―無料
定員:先着20名(定員になり次第締め切ります)
申込:事前に、下記へメールでお願いします。
putti-castle205@key.ocn.ne.jp (兵藤美奈子)
※いただいたメールにすぐにご返信できない場合もありますが、ご容赦ください。
お問い合わせ先:野々村好三(電話090−3841−9107)

<参考1>
 坊主捲りには、「点字付き お坊さんめくり」(発売元:京都ライトハウス)
を使用しています。
 札を横長に置いた時の左上の角が丸くカットされ、上下に札の記号があります。
 札は、姫は「メメ」(姫のメ)、坊主は「こた」(お坊さんの頭?)、殿は1本線のほ
か、皇族を表す台座も点字で表されていて、手で触って区別しやすくなっています。

<参考2>
 3月17日公開『ちはやふる -結び-』がバリアフリー上映されます。
 2016年公開の[上の句][下の句]に続く、[結び]です。
 手に汗握る、競技かるたの世界をご堪能ください。
 音声ガイドは、公開初日からUDCast(ユーディーキャスト)アプリにて、全ての上映劇場でお楽しみいただけます。
 [上の句][下の句]はシネマデイジーでお楽しみください。

 
 
 
posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | 視聴覚障害

2018年01月30日

パスワードを191個も持っていたこと

 年末から年始にかけて、日頃使っているパスワードの更新や変更をしていました。少しずつではあるものの、ほとんどのパスワードを変更しました。この一つ一つの変更はなかなか大変なことで、面倒な作業でした。

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 そしてわかったこと。

 私が使いこなしているパスワードは、メモなどを寄せ集めると、何と191個もありました。あらためて調べたことはなかったので、この多さに驚いています。実際には、無意識に入力しているものも含めると、もっとあるかと思われます。ざっと計算して、250個はあるのではないでしょうか。

 いろいろなウェブサイトにログインする時に、パスワードを定期的に更新するように促されます。怠っていると、しばらく更新がないという警告を受けることにもなります。しかし、これには、どうしたものかという戸惑いと共に、疑問も残ります。たくさんのパスワードを管理させられている身としては、そう簡単に変えては、自分自身が混乱の坩堝に嵌まります。自殺行為なのです。
 かといって、パスワードを管理するアプリを信用するほど平和ボケはしていません。20年以上も前にヨーロッパから日本の仲間に送ったメールを、あるサイトから取り出したことがあります。一度ネットに流した情報は、世界中で共有したも同然だと思っています。アップルのブラウザの機能に、パスワードを補完するものがあります。しかし、これも時々おかしな動きをします。

 この記事をお読みのみなさんは、定期的にパスワードを変更なさっているのでしょうか。
 私は1年毎に変えているつもりです。それでも、多くのパスワードを一つ一つ変えていくのは、なかなか気力と体力と労力が要るものです。歳と共に記憶力の減退を痛感する身としては、こうした更新が自分の首を絞めます。どうしてもログインできないサイトが、必ず後で見つかるのです。

 今、私が使っている情報文具は、MacBookPro・iPhone・iPadProが中心です。そして、これらはいずれも「指紋認証」が有効です。自分の身体の一部を使うので、記憶力に頼らない分、気分的にも楽です。
 私がまだ利用していないものとしては、掌や顔認証と虹彩認証があります。文化的にも、記憶に頼るシステムは原始的だと言えるかもしれません。人間は忘れるし、思い違いはあるし、勘違いも錯覚もあります。

 こうしたセキュリティがどうなっていくのか、今後の動向が気になります。

 私が死んだ後、プライバシーが詰まった個人所有の情報文具は、誰がどのようにして開くのか、または誰にも見られない状態で放置され、消滅していくのか……
 深くは思い詰めないようにしている問題だけに、このままでいいはずはありません。

 情報やデータには、無限の価値があります。それを健全な方策で次世代にひき渡し、有効に活用してもらうためにも、セキュリティとプライバシーの間の橋渡しの一端を担うパスワード等の個人認証手続は重要な役割を果たします。そのやり方をどうするかは、すべての人に関わる問題でもあります。このことは、一日も早く対策を講ずる必要があるでしょう。といっても、今はパスワードを更新する中で、渾沌の中を歩んでいくしかないのが実情です。

 人任せにしかできないことに忸怩たる思いがあるものの、一日も早い解決策が構築されることを待ち望んでいます。次世代に託すしかないといういことが、どうにも悔しい思いに押しやられる、残念さが残るものだといえるものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆情報化社会

2018年01月29日

内視鏡検査の結果は問題なし

 2週間前の1月15日に受けた胃カメラの結果を聞きに、近所のお医者さんの所へ行きました。その結果、まったく問題はないとのことです。一安心です。

 8年前に胃ガンで消化管を全摘出した後、食道と腸を直結する手術を受けました。18歳で胃の3分の2と十二指腸を切除していたので、残された内蔵が寂しい状況になってしまいました。40年以上も胃がほとどない生活をして来たので、それなりに食べて生き続ける力は鍛えられていたのでしょう。とにかく、それ以後も元気に暮らして来ました。

 今回の内視鏡検査では、さらに消化管と腸のつなぎ部分もきれいな状態であることが確認できました。食道から腸へと続く連続写真を見ながら、詳しく説明をしてくださいました。何も問題がないそうです。執刀してくださった京大病院の岡部先生に感謝しています。

 食道の壁面にあった白い塊については、内視鏡で見ながら採取し、組織の精密検査に回してもらっていました。その結果、壁面が少し変質しているだけであって、ガンでもないし、潰瘍でもないそうです。気にしなくてもいいのだと。ホッとします。
 プレパラートに貼り付けられた、問題の白い組織の試料が載ったものを手渡されました。これがそうなのか、とジッと見つめては実感を持つことができました。

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 しかし、これをもらっても、実のところ戸惑うだけです。それでも、内視鏡で撮った写真と共に、何も問題がなかった記念としていただいて帰りました。歯医者さんで、抜いた歯を渡された時に近い気持ちです。自分の身体の一部なので、粗末に扱うわけにもいきません。みなさんはどうなさっているのでしょうか。私は一応、仏壇の中に置くことにしました。深い意味はありません。置き場所がないからです。あなたたちの息子の身体の一部ですよ、と言うしかありません。

 なお、食事が喉を通らない症状については、まだ課題が残っています。食べ始めてしばらくすると、腹部が押し上げられるようになって、ゲップが出続けます。もう、何も入らなくなるのです。それでいて、しばらくじっとしていると、また食べられるようになるのです。酷い時には、腹痛でジッと蹲ることも多いのです。そのため、あまり外食はしないようにしています。人様と一緒に食事ができないことが悩みといえば悩みです。

 この食事に関しては、自分との闘いとなっています。今回の内視鏡の検査で、外科的な問題は何もないことがわかりました。次は、食事について、毎回苦しむ原因を探し求めることにします。
 
 
 
posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | 健康雑記

2018年01月28日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第5回)の報告(ナゾリの問題点)

 雪が降りしきる中、「be京都」で『源氏物語』の写本を読み進めました。

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 今日は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の定期勉強会以外に、デジタルカメラと鼓の集まりがあります。

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 中庭の手水鉢は凍っています。

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 お借りしている部屋の床の間には、いつも季節を感じさせる花が活けてあります。

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 今日は、書き写されている文字に関して問題がある箇所に絞って、丁寧に確認を進めました。参会者は4人でした。
 今回問題となった内のいくつかを、以下に取り上げます。

(1)本文「まことに」(7丁表4行目)と読んだ箇所で、なぞられた「ことに」の下に何と書いてあるかは、実はよくわかりません。一応「こらへ」と読んでみました。

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 しかし、これはさらに確認すべきものです。最初に書き写された文字が「まこらへ」では、前後の意味が通じないからです。そのために、書写者は「ことに」となぞり書きしたのでしょう。右横に細い字で「こと尓」とあるのは、この読みにくくなった文字列の読み方を、後に誰かが傍記したものと思われます。本行で「へ」を「に」になぞっているのに対して、傍記が「尓」とあるのは、親本とどういう関係なのでしょうか。字母レベルでの、なぞりや傍記のありようを調査する必要があります。
 諸本19本の本文異同は、次のようになっています。この資料は、「変体仮名翻字版」による校合が間に合わないので、明治33年に国策として統制された現行の五十音による「平仮名」で校合しています。諸本に注目すべき本文の異同はありません。

まことに/こらへ〈判読〉&ことに、こ=ことに[ハ]・・・・120548
 まことに[大尾御高天平麦阿三池国肖日伏保前]
 まことに/こ〈改頁〉[陽]
 ま事に[穂]


(2)本文「いえはえに」(7丁裏6行目)と読んだ箇所で、「いえ」は「八△」をなぞって書かれています。

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 このことは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013(平成25)年)の翻字では、何も指摘しませんでした。「八△」というなぞりのことは、ハーバード大学美術館で原本を調査した時のメモにあるものです。この「いえ」のなぞりについては、いまだに自分の中でその意味と意図がわからないままです。上記編著を刊行する時には、同じ文字を確認の意味でなぞったものとしました。しかし、それも再確認をして、明確にしたいと思っています。
 諸本間の本文異同は、次のようになっています。ここでも、特に参考になる情報は得られません。

いえはえに[ハ=陽]・・・・120600
 いへはえに[大尾天平麦阿三国肖伏保]
 いと[御]
 いうはえに/う=え[穂]
 いへはえに/「いへはえにふかきかなしき笛竹のよこゑにたれとゝふ人もかな」〈行間〉、傍後に=やイ[高]
 いへはえに/〈朱合点〉、いへはえにふかくかなしきふえ竹の夜こゑやたれととふ人もかな〈行間〉[池]
 いへはえに/〈朱合点〉[日]
 いへはえに/〈合点〉、「いへはえにいはねはむねにさはかれて心一になけくころ哉」〈行間〉[前]


(3)本文「夜部」(11丁裏3行目)と読んだ箇所で、「夜」にはなぞりがないと判断して、上記テキストを刊行しました。ハーバード大学美術館で実見した時のメモにも、「なぞりナシ」とあります。

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 しかし今見ると、「夜」という漢字の左側に縦に細い線が引かれているのが気になります。なぞったように見えます。このハーバード大学美術館蔵本の「須磨」と「蜻蛉」は、3度実見しました。そして、ここのメモに「なぞりナシ」とわざわざ記しているのは、なぞりに見えるので何度も自分の目で確認したからこそ、そのように書き残したものなのです。翻字に変更はないとしても、書写されている現状の記述には、念のために再検討が必要な箇所です。
 また、この「部」は注意しておきたい例だと思っています。平仮名「へ」の字母は「部」だと言われています。しかし、私はそれに違和感を拭いきれないのです。この例でも、「部」を「変体仮名翻字版」で平仮名の「部」と翻字するのは問題ないとしても、それではこれが現行の「へ」の字母なのかというと、それには従えない気持ちが強いのです。
 参考までに、諸本19本の校合結果は、次のようになっています。

夜へは[ハ=陽池]・・・・120922
 よへは[大尾高平麦阿三国肖日伏保]
 夜部は[御]
 夜るは[穂]
 よへ/へ+は[天]
 よへは/=おほいとの△△ノコト[前]


 写本を読むことは、単純に文字を今の文字に置き換えるだけではすみません。さまざまな問題をクリアすることが求められます。
 今も、「be京都」で、日比谷図書文化館で、大阪観光大学で、遅々として進まないながらも古写本を読み続けているのは、現行の翻字が不正確だと思っているからです。写本に書写された文字が正確に読めていない中で、仮に読んだ翻字をもとにして作成した校訂本文の活字になったもので作品を読むことに、私はすなおに従えないのです。ごまかしの中で生まれた本文を読む前に、正確な翻字をしたいという思いが強くて、こうして写本と向き合っています。

 [町家 de 源氏物語の写本を読む]の次回は、2月24日(土)午後2時から、いつも通り「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で行ないます。こうしたことに興味や関心をお持ちの方々の参加を、お待ちしています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 変体仮名

2018年01月27日

大学コンソーシアム大阪で『伊勢物語』を語る

 我が家の周りは朝から雪です。

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 琵琶湖の方から来るJRの電車は、天候が不順の日は京都駅に10分くらい遅れて来るのはいつものことです。移動が多い私にとって、路線の選択は大事なことになっています。

 今日は大阪駅前第2ビル4階「キャンパスポート大阪」で開催される、38大学間連携事業で単位互換となっている講座を担当する日です。行きの経路の選択肢はJR一つしかありません。電車の遅延という無駄な時間を背負っての、早め早めの移動を心掛けました。

 今日は「センター科目 世界と日本のツーリズム」の第14回の講義です。私は「伊勢物語と大阪 河内高安の里の話 筒井筒の段」と題する授業を行いました。

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 この講座の前期7月には、『源氏物語』の「澪標」巻を扱いました。

「「キャンパスポート大阪」で「源氏物語と大阪」と題する講義をして」(2017年07月01日)

 後期の今日は、『伊勢物語』の「筒井筒」の段を扱います。
 この話は、高校で習っているはずだということと、私が河内高安で中学生時代を送ったので、やりやすい教材です。ただし、関西以外の高校の出身者がこの話を知っているか、というと微妙です。例えば、秋田県出身の妻は、授業では教わらなかったようです。
 そんな事情があるので、丁寧に物語の確認をしました。
 その前に、世界的な視点から観光学に関するテーマが設定されている講座なので、『日本古典文学翻訳事典1・2』の『伊勢物語』に関する項目を確認してから始めました。この『日本古典文学翻訳事典』は2冊共にウェブ上に公開していて、自由にダウンロードしてもらえるようになっています。不特定多数の方々に紹介する時は、この資料提供のことを紹介すればいいので便利です。

「ダウンロード版『日本古典文学翻訳事典 1・2』のお詫びと再公開」(2017年05月25日)

 『日本古典文学翻訳事典』の2冊を回覧し、海外で翻訳されている『伊勢物語』は、どのような言語があるのかを確認しました。
 また、『伊勢物語』の複製の影印本2種類も回覧しました。これは、古典文学作品を扱う時の、私の流儀です。活字で作品を読むことになるにしても、元々は写本であったことの確認は大事なことの一つにしているのです。
 この講座の受講生は、日本文学が専門ではない大学生がほとんどです。古文は参考程度に示すことに留めて、俵万智の『恋する『伊勢物語』』を参照しながら進めました。一人の男と二人の女の恋物語を、今みなさんはどう読みますか? ということです。物語の舞台は、信貴生駒連山を挟んだ大和と河内です。観光学の視点からは、「筒井筒」は限定された地域における恋物語であり、和歌のやり取りを楽しみましょう、ということです。

 受講生のみなさんは、この講座に文学ネタを期待して参加しておられるのではありません。そのために、平安時代と現代という時間を隔てた異文化理解と、日本と海外という地域を異にする文化圏のありようと理解の違いもお話しました。

 真剣に聞いていただけたようなので、こちらの意図することは伝わったと思います。
 90分という短い時間で、しかも一回きりという読み(聴き)切りの講座なので、何かと制約があります。お話できなかったことは、興味がわけばもっと深められるように10頁の資料を配布して対処しました。

 受講生のみなさんは、この「筒井筒」の話をどのように理解されたのでしょうか。それを聞くゆとりのないままに終わったことが残念です。来年度は、反応を確認できるような講座の構成にしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | 古典文学

2018年01月26日

明浄高校に飾られていたお雛壇と扇面屏風

 地下鉄天王寺駅から2駅目の文の里駅に明浄高校があります。
 女子高校ということもあってか、作法室に七段飾りのお雛さまがありました。
 学校を訪れた方が自由に見られるようになっています。
 これは、生徒たちが作った木目込み人形の雛飾りなのです。

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 その右横には、扇面屏風が置かれています。
 これも、生徒の作品です。古くからおられる先生にうかがうと、戦前のものではないか、とのことでした。

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 貼られた扇面の中に、紫式部の和歌がありました。

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人能おやのこゝろ
 盤や三耳
    あら年とも
      子をお
       もふ
       三地二
    まとひ
     ぬる可那
      みち可く


 今日の授業では、雛飾りと扇面屏風の話からはじめました。すると、教えているクラスの中の2人の生徒が、私たち茶道部の部員がお雛さんを飾りました、と言うのです。こんな偶然があるのです。
 続く文学史の時間には、作品を印象づけることに有効と思われる複製本を回覧しました。

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 巻き物は、日本の文学や文化を考える時の基本といえるものだと思います。
 これは個人的に持っている物で、複製ではありません。この巻き物を生徒の協力を得て、教室の教卓の前ですべてを延ばして広げてみました。長さは約7メートルほどあります。入り口から窓際まで、黒板の前をすべて覆うほどの長さでした。巻いている時は太巻きのようだったものが予想外に延びたので、生徒たちはみんな驚いていました。

 もう一冊、『無名抄』という鴨長明の歌論書の複製を、この巻き物の巻頭部分に置いてみました。
 巻き物は肩幅で見るものだ、ということと、本の大きさを実見・実感してもらうのが狙い目です。
 すでに、『蜻蛉日記』『紫式部日記』『更級日記』『拾遺集』を回覧しているので、生徒も原本というものの姿形は見慣れてきたようです。

 今日も、この巻き物と列帖装の冊子を回覧し、とにかく自分の手でペタペタ触るように言いました。
 国立民族学博物館の全盲の宗教学者・広瀬浩二郎さんの刺激を受けたこともあり、とにかく触るということを大事にした学習を実践しているところです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:38| Comment(0) | 古典文学

2018年01月25日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その11)ひらがなの「盤・半」

 大阪観光大学の図書館で、橋本本「若紫」を変体仮名に注目しながら読み進めています。今日の参加者は9名。いつものように、変体仮名の文字にまつわる話で盛り上がりました。特に、キーボードを使って文字を入力することでは、かな入力は私だけで、あとのみんなはローマ字入力だったので、白熱した議論となりました。みんなが参加できる話題なのでなおさらです。

 文字の入力方法は、テンキーだけからキーボードへ、そしてガラス面で指を滑らせるフリック入力に変わってきました。それが、これからは音声入力に移行しつつあります。やがては、テレパシーによる会話や入力になるのでは、という話にまで発展しました。

 以下、写本を読み進めていって気づいたことを、メモとして記しておきます。
 先週20日(土)に、東京で科研の研究会を開催しました。そこで、濁音で読む「盤」という変体仮名の研究成果を発表した門君と田中君が、今日もこの勉強会を進めてくれています。その2人が、今日問題となった例にも反応していました。その例を、記し留めておきます。

 橋本本「若紫」の4丁裏1行目に、次の例があります。

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 これは、「の堂まへ半【人】/\これ盤」と翻字をするところです。

 ここで「の堂まへ半」の「半」は「ba」と読む例です。これは、これまでにも出てきました。
 その直後に出てくる「これ盤」の「盤」は、「ba」ではなくて「ha」と読むものです。接続助詞の「ba」には「盤」を使う例が多いとしても、そうではないものもある、ということが、こうして実際に確認できたことになります。学生にとっては、着実に前に進む上では、非常にいいタイミングで出てきたと言えます。とにかく、学生たちは変体仮名を読み始めて、まだ半年ほどなのですから。
 このような例は、今後とも集めていこう、という確認をしました。

 一つの小さな課題が、こうして少しずつ広がっていきます。手元には「変体仮名翻字版」による正確な翻字データがあります。これまでは、このような信頼に足る資料が皆無でした。翻字と言えば、すべてが明治33年に言語統制として平仮名が1種類の文字に統一された、約50個の平仮名だけでこうした古写本が翻字されていたのです。字母の調査や研究はとにかく遅れていました。この「変体仮名翻字版」のデータを道標にして、一歩ずつ着実に進んでいくことを心がけるようにと、学生たちにはアドバイスをしています。

 とにかく、彼らはまだ大学の一回生です。
 先入観がないだけに、確かな一歩を踏み出せます。自分たちが発見したことを、1文字ずつ用例を拾い集める中で、確認し続けることが大事だと思います。牛歩の歩みで構わないのです。
 彼らの今後の進捗を、大いに楽しみにしています。

 参加なさっている社会人の方は80歳以上です。世代間のギャップがおもしろくて、自分たちの体験談を交えて楽しい話をしてくださいます。漫談や放談になって笑い転げながらも、しっかりと変体仮名は読み進めています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 変体仮名