2017年04月14日

京洛逍遥(437)半木の道の桜と賀茂川の鷺たち

 今朝の賀茂川散歩では、半木の道の桜は八分咲きでした。

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 鳥たちの説明板が新しくなりました。

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 土砂が中洲となって川を堰き止めてきたので、それを取り除く作業が続いています。

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 そんな中で、鷺や鵜や鴨たちの活動が活発になってきました。
 思いつくままに撮った写真をあげます。

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 我が家でトントンと言っている飛び石で、犬を連れて渡る方がいらっしゃいました。

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 そろそろ水も温んできたようです。
 さまざまな鳥たちがやってくる季節となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月13日

京都と大阪の花模様から今の想いまで

 早朝の賀茂川散歩は、お花見気分です。

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 ソメイヨシノもユキヤナギも、朝から華やかな姿を見せています。

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 待ち遠しいベニシダレは、やや焦らし気味に時間稼ぎをしているように見えます。満開は、今週末でしょうか。

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 大阪の南端に位置する大阪観光大学の桜を観るのは、実に20年ぶりです。
 あの頃と同じように、関西空港を背景にして、静かに咲いています。前方奥に、リンクウタウンのタワービルが見えています。

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 研究室がある管理棟は、現在は外壁の補修中です。かつては10階、今は8階にいます。

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 研究室からは、関西空港越しに大阪湾へと沈む夕陽がきれいです。息をのむほどの夕景は、またいつか写真に撮って掲載します。今は、ベランダに出るガラス戸一面に防塵フィルムが貼られていて、外の景色が曇って見えるのです。

 コリドールと言われる回廊は、私が好きなシルエットを見せています。

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 学内の紹介は、また落ち着いたら記します。久しぶりに若者たちに語りかけることとなり、今は毎日がバタンキューの日々となっています。

 日本において、観光立国の重要性が注目される時代となりました。東京五輪に大阪万博、文化庁の京都移転。若者たちは、予想外の願ってもない風向きを感じ出しているようです。さまざまな後押しを好機と自覚して、さらなる一歩を踏み出してほしいと願っています。
 一人一人に、日本の文化資源の世界的な価値とその継承の意義を、丁寧に語りかけていくつもりです。

 私は、これまで所属していた学会のすべてを退会しました。研究者のみなさまとお目にかかる機会は、これからはあまりないかと思います。それでも、どこかでお目にかかることがありましたら、志を同じくしたことのある仲間として、お声掛けいただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月12日

新規科研の開始にあたって3(学術的な特色・独創性・成果・意義)

 今年度から新規採択(内定)となった科研A「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」の、学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義についてまとめておきます。

 この研究課題は、海外における日本文学研究に関して、英語のみならず、各種言語で公表されたものに対応するのが特徴です。そして、外国語訳等を日本語に置き換え、その訳し戻した情報や資料を活用して研究を推進するものです。多言語情報を日本語で一元化し、多角的に考察する環境を提供しようと思います。
 このことにより、外国語という障壁が軽減され、日本語を母語とする研究者が多言語翻訳された環境を共有し、海外の方々と一緒に考える場に参加できるようになるのです。

 基礎情報であるはずの日本文学研究関連の情報の整備が、現状では海外の部分が大きく欠落しています。本課題は、平安文学を中心とする海外の日本文学研究の情報を再構築し、さらに発展させて文化を共有する資源とする意義を持っています。
 また、これまでに構築した情報をデータベース化して公開しているホームページ「海外源氏情報」と、研究成果の発信母体となる電子版『海外平安文学研究ジャーナル』が、さらに発展して広く平安文学を対象として有機的な活用がなされることが期待できます。

 ここでは、新たな気持ちでスタートを切ろうとしている時点での、その意義を確認しておくしだいです。
 (つづく)
 
 
 

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2017年04月11日

京洛逍遥(436)浄土寺のフレンチレストラン「聖宙庵」

 銀閣寺・法然院・真如堂に近い白川通りのバス停「浄土寺」から西に1本入ったところに、「フレンチレストラン「聖宙庵」」があります。
 住宅街の奥まったところにあるので、知らないと行き着けません。

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 中はお茶室で、和の雰囲気に包まれています。

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 料理はフランス料理というよりも、私には和食に近い感覚でした。
 前菜から新鮮な食材が並び、小食の私にも楽しくすべていただけました。

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 石のスピーカーから流れる音楽が、柔らかいボサノバです。ゆったりとした、豊かな時間に浸れます。

 食後、白川通に出ると、昭和22年創業の「ヤマダベーカリー」がありました。

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 パンはもちろんのこと、私はピロシキが気に入りました。

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 「聖宙庵」と「ヤマダベーカリー」へ行くには、「フレスコ白川店」が目印です。
 
 
 
posted by genjiito at 21:08| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月10日

新しい命との対面

 孫の様子を見に、病院に立ち寄りました。

 家の玄関の横に咲いている花で、部屋を飾っています。

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 生まれた日と2日目の姿を写し留めました。
 成長が早いので、表情の変化に驚いています。

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posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月09日

京洛逍遥(435)京都御苑と第43回鴨川茶店の桜

 昨夜生まれた孫娘の様子を見に、御所西へ行きました。
 一晩で目鼻立ちがくっきりとしています。すらりと伸びた指は、まさに白魚のようです。
 清らかな姿を見て安心しました。

 窓からは京都御苑の木々越しに、右に送り火の大文字が、左に比叡山の姿が望めます。

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 この地には、かつて北大路魯山人などが通った「梅屋尋常小学校」がありました。しかし、平成9年(1997)に御所南小学校と新町小学校に分割統合され、廃校となりました。それを記念して、敷地の一角に碑文が置かれています。

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「梅屋小学校の碑」
梅屋小学校は明治二年十一月二十一日
上京第二十番組小学校として
小川通竹屋町角の地に創設
明治六年にこの地に移転される
開校以来百二十六年のその歩みは
学区民の物心両面の支えと教育
関係者の努力によって一万有余名の
有為ある卒業生を輩出した
平成七年三月 子どもたちの教育
充実を願い地域の人々の熱意と
支援のもと新しい統合校である
御所南小学校に後を託して伝統ある
輝かしい歴史の幕を閉じた


 帰りに、京都御苑の間ノ町口から入り、左手の椹木口を桜越しに見ました。門の向こうが烏丸通りです。

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 苑内では、御所の南にある建礼門の左手に桜が咲いています。

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 賀茂川に架かる北大路橋から北山大橋にかけて、植物園沿いの半木の道では、昨日と今日の2日間にわたって「第43回鴨川茶店」が催されていました。ただし、お目当ての紅枝垂れ桜は来週が満開のようです。

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 目を南に転じ、北大路橋から下流の出雲路橋越しの出町方面を望むと、ソメイヨシノとユキヤナギが満開です。

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 琵琶湖から流れ来る疏水通りも満開です。正面に、比叡山が見えます。

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 突き当たりが賀茂川の桜並木です。このあたりは花見客も来ないので、ゆったりと花見をしながら散策ができます。

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 今年は格別のお花見ができました。
 毎年この頃になると、孫の誕生日には一緒にお花見ができるのです。
 楽しみがまた一つ増えました。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月08日

こんや、おじいちゃんになりました。

 本日、4月8日19時25分に、3,232グラムの元気な女の子が生まれました。
 平成29年度は、たくさんのことが身の回りで動きだしたのです。
 賀茂川の桜も、祝福してくれています。

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posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月07日

新規科研の開始にあたって2(翻訳文献と関係論文の点数と到達目標)

 新規に採択された科研に着手する前に、これまでに「海外源氏情報」(科研HP)で公開している翻訳文献と翻訳関係論文の点数や到達目標をまとめておきます。

 ホームページで公開している翻訳文献は『源氏物語』が290点・平安文学が581点、翻訳関係論文は『源氏物語』を含む平安文学が514点、翻訳以外の関係論文は716点です(2017年4月7日現在)。

 こうした状況を基礎的な情報として、新科研の研究期間である4年間に取り組み解明する目標は、次の3点を考えています。

1. 世界各国で翻訳されている平安文学の総合的調査を実施し、各国の受容史と研究史を整理
(ホームページ「海外源氏情報」で情報の収集と公開)

2. 江戸時代の簡約版『十帖源氏』を多国語翻訳し、日本文化の変容と理解について共同研究
(電子版『海外平安文学研究ジャーナル Vol7』以降で成果を掲載)

3. ホームページや電子ジャーナル等のメディアを活用して、研究者が情報交換をする場所を提供
(上記メディアに加えて、スペインとインドで国際日本文学研究交流集会を開催予定)


 いずれも、海外の研究者と共同研究を進め情報を共有することで、具体的な成果物としての刊行及びウェブ公開に結実させることとなります。そして、これらをまとめる過程で、研究者のネットワークの形成も果たしていきたいと思っています。

 多くの方々が、このコラボレーションに参加されることを心待ちにしています。
 
 
 

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2017年04月06日

新規科研の開始にあたって1(翻訳された『源氏物語』の言語数)

 先月で終了した科研(基盤研究A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」は、平成25年度から28年度までの4年間にわたって取り組んで来たものです。新たに平成29年度から始まる4年間は、『源氏物語』を中心としてきたことから平安文学へと対象を拡げます。テーマは「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」です。
 今月から新課題でスタートするにあたり、これまでの基本的な事項を、あらためて確認しておきます。

 まず、『源氏物語』が何種類の言語で翻訳されているか、ということです。
 現在、私の手元に集まっている情報によると、以下の33種類が確認できています。

【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
アッサム語・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語・英語・エスペラント・オランダ語・オディア語・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャービー語・ヒンディー語・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤーラム語・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語


 このことを踏まえて、海外における平安文学の研究状況の情報を収集し、これまでわかっていることと共に整理をし、分析を加えることになります。

 また、平安文学の多言語翻訳についても、『源氏物語』を参考にしながら取り組んでいきます。

 上記33言語に関連して、以下の言語に関する情報が集まっていないので、この言語について調査を始めたいと思います。
 具体的には、東南アジアだけで見ても、次の言語の『源氏物語』の翻訳がありません。これらの言語の翻訳状況の調査から始めたいと思っています。例えば、『あさきゆめみし』のタイ語訳版は手元にあります。しかし、物語本文の翻訳はまだないのです。
 こうしたことに関して、情報提供や資料の所在などのご協力をお待ちしています。

インドネシア語、カンボジア語、シンガポール語、タイ語、フィリピン語、ブルネイ語、マレーシア語、ミャンマー語、ラオス語

 
 
 
posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月05日

今年度の科研で「海外の平安文学」が採択(内定)となりました

 昨秋、定年退職間際に申請した、平成29年度の科学研究費補助金の審査結果が、幸運にも採択(内定)となりました。
 国文学研究資料館を所属機関とする申請でした。しかし、今月から所属が大阪観光大学に異動となったので、これから転出と転入の手続きをします。

 申請分野は基盤研究(A)なので、個人研究としては大きな種目です。次の「申請課題」で、4年間の調査研究に挑みます。
「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」

 「研究目的」は、以下の通りです。
 本申請課題は、日本で平安時代の文学を研究する者が中心となり、海外の研究者と協力して実現するものである。海外での平安文学における研究情報の総合的な調査を踏まえ、その日本古典文学の受容と研究の歴史を総整理することをめざす。
 また、江戸時代のダイジェスト版『源氏物語』である『十帖源氏』の多国語翻訳をとおして、日本文化が変容して海外に伝えられていく様子と文化理解についての共同研究も展開する。
 こうした活動と成果は、情報交換を目的とするホームページ「海外源氏情報」(http://genjiito.org)と電子版『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN:2188-8035)を媒介として、研究者間の交流の場へと展開していくものに育て上げる。

 先月末まで、がむしゃらに取り組んでいた基盤研究(A)の「海外源氏情報」を、さらに拡大して「海外の平安文学」に展開することとなります。
 海外の『源氏物語』に関する研究課題は、予想をはるかに超える成果が得られました。そのことを踏まえて、これまでに培った情報収集の手法と分析、さらには多言語翻訳にも多角的に取り組むことになります。

 これまで通り、コラボレーションを展開する中で研究を深めていきます。幸い、今月から勤務している大阪観光大学には、観光学部と国際交流学部があります。私が所属することになった国際交流学部のみならず、観光学部共々、学際的な視野のもとで多彩な研究をなさっている先生方と一緒に、今回の申請課題に取り組めるのです。
 これまでは、国文学を中心とした環境にありました。しかし、これからはさらに海外に拓いた多方面からのお力添えが得られます。全世界を見据えた研究環境に身を置くありがたさを、赴任したばかりの大学で、日々実感しているところです。

 みなさまのご理解とご協力を推進力として、さらにギアを一段上げての研究遂行となります。これまでに変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

 科研費研究の道がさらに大きく開けたことを受けて、この研究に協力してくださる方を募っています。ネット社会なので、参加のしかたはいろいろとあるかと思います。
 海外の平安文学、及び多言語翻訳に興味と関心をお持ちの方で、一緒に夢を追いかけようとお思いの方からの連絡を、心よりお待ちしています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:18| Comment(0) | ◆国際交流

2017年04月04日

オイオイ! と思うこと(1)


(1)長々と待っていたバスが、2台連れ立って来たとき。さらには、観光地で同じ行き先のバスが、3台もつながって来ると、乗る気が失せます。

(2)処方箋を持って薬局へ行ったのに、処方されているほしい薬が在庫切れで、翌日取りに行くことになったとき。

(3)ATMで千円札を入れ、おつりが100円玉と10円玉でジャラジャラと出てきたとき。500円玉と50円玉が混じると予想していたのに、あてが外れてがっかり。

(4)業者に荷造りをしてもらって送ったのに、届いたパソコンのモニタ画面のガラスが欠けていたとき。

(5)飛び乗った電車が女性専用車両だったとき。関東は先頭車両、関西は中央あたりの車両に気をつけましょう。終日、女性専用車両の鉄道会社もあります。

 
 
posted by genjiito at 00:45| Comment(0) | 身辺雑記

2017年04月03日

京洛逍遥(434)鞍馬の霊気を浴びて温泉で英気を養う

 昨日は賀茂川散歩の後、出町柳駅から叡山電車鞍馬線で、天然硫黄温泉が湧くくらま温泉に行きました。
 叡電の「きらら」号は、窓側に向いた座席がある電車です。季節毎に窓外の景色の移り変わりが楽しめます。

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 ただし、いつもこの電車に乗れるのではないので、次のような姿の普通の電車が来たら、パスするかどうか思案のしどころです。

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 昨日は、行きは「きらら」号に、帰りは普通車輌でした。

 終点の鞍馬駅は、2両の列車が入るだけの小さな駅です。

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 駅前では桃の花と天狗が出迎えてくれました。
 
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写真

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 この鞍馬の地は、次のように説明されています。
風水学を元に平安京が築かれ、御所を中心とした四方・四神の内、貴船・鞍馬は北の神「玄武」にあたり、「エネルギーが湧き出る所」=「パワースポット」であると言われています。

 駅前から無料送迎バスで、仁王門よりもさらに奥まったところにある秘湯の湯とされる「くらま温泉 峰麓湯(露天風呂)」に向かいます。ここは、腰痛や糖尿病にいいとのことなので、今の私にはぴったりです。

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 このくらま温泉には、一昨年の5月に来ていました。
 これまでにこの温泉に来たことは、「京洛逍遥(352)新緑の鞍馬温泉でお山の霊気を浴びる」(2015年05月03日)に記しています。桜や紅葉の季節となる春か秋に来ているのは、見ごろを意識してのようです。鞍馬寺には行っている、夏と冬にもこの温泉に来てみたくなりました。
 
 
 

posted by genjiito at 00:32| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月02日

京洛逍遥(433)半木の道の桜はまだまだ蕾です

 新しい年度を迎え、早朝の散歩を始めました。
 賀茂川に沿う植物園の横を南北に通る半木の道は、毎年みごとな桜並木を楽しめます。
 次の写真の右手正面に、京都五山の送り火で知られる船形が微かに見えます。

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 賀茂川沿いの桜は、まだ蕾です。

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 あと二三日で開花するかもしれません。

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 鴨たちもその日を楽しみにして泳ぎ回っています。

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posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月01日

大阪観光大学国際交流学部に着任しました

 昨日3月31日は、東京の立川で国文学研究資料館の今西祐一郎館長から、研究部教授を定年退職する辞令をいただきました。
 今日4月1日は、大阪の日根野で大阪観光大学の明野欣一理事長から、国際交流学部特命教授として採用の辞令をいただきました。

 昨年末からの激動の日々を経て、先月は想像を絶する怒涛の時間の流れの中にいました。
 そのことが嘘であったかのように、昨夜は東京から辿り着いた京都の家で、日付が31から1にカシャッと変わりました。

 今朝は、街中で新入社員らしいフレッシュな若者たちに紛れて、私も晴れて初出勤となりました。これからは、京都駅と大阪駅で乗り換えての、片道2時間半の小旅行の日々が始まります。18年間にわたって、奈良や京都から東京へと、4時間半をかけて通っていたので、長時間の移動はさほど苦ではありません。本を読む時間が確保できるので大歓迎です。

 今日は、大阪観光大学の辞令交付式と入学式がありました。会場は泉佐野市立文化会館で、愛称は「エブノ泉の森ホール」と呼ばれているところです。
 入学式の後、ガルーダ・インドネシア航空との調印式があり、関空のお膝元で仕事をすることに実感を強めました。

 その後のアトラクションは、和太鼓、ダンス、吹奏楽と、新入生を楽しませるイベント。さらに、ダンサーの洋平さんがプロデュースした、7人のアイドルグループ「Chu-Z(チューズ)」のパフォーマンスです。これは、学生のみならず、教職員も一緒になって盛り上がりました。
 いい入学式でした。
 来週から始まるオリエンテーションが、実質的な私の仕事始めとなります。

 1999年に、この大学の前身である大阪明浄女子短期大学から、籍を東京の品川にあった国文学研究資料館に移しました。このたび、18年ぶりに古巣に帰ったことになります。
 研究室をはじめ、職員の方々や建物が懐かしく、遠い思い出が一気に蘇ります。玉手箱をひっくり返したような、言葉にし難い感慨に耽っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:32| Comment(1) | ◆国際交流

2017年03月31日

『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました

 科学研究費補助金による「挑戦的萌芽研究」として、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」というテーマで研究に取り組んで来ました。
 当初から研究成果の中心となるように作成を進めていた『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が、私の定年退職の日である今日3月31日に無事に完成しました。とにかく、膨大な手間と時間がかかる作業を伴うものでした。そのため、関係者だけに配布する数十部の限定版となりました。この科研のメンバーや、実験に協力してくださった方及び盲学校の先生にお渡しすることに留まります。この「触読字典」と「例文集」を実際に活用していただき、さらに改訂の手を加えたいと思います。次回は、もう少し作成部数を増やすつもりです。

 中扉は、こんな感じです。

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 『変体仮名触読字典』の最初のページは、このようになっいます。
 「安」の上には、点字で「あ」と打ったシールを貼っています。

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 その「あ」を触読しているところです。

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 『触読例文集』には、各例文の右横に点字で変体仮名の読みを貼り付けています。

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 例文を触読する練習をしているところです。
 文字の右横にその読みを示す点字が貼ってあるところが、今回の研究の成果を盛り込めた特徴です。

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 奥付もしっかりと付けました。

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 とにかく、気の遠くなる作業が、連日展開しました。
 関係者のみなさま、ご苦労さまでした。

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 この科研は今日で終了します。しかし、このテーマは、今後とも気長に取り組みますので、変わらぬご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。
 なお、本書2冊は、科研運用補助員として本研究活動を支えてきた、関口祐未さんの献身的な労苦の産物です。また、最終段階で点字を補助情報として貼り付ける作業を担当した阿部江美子さん、ご苦労さまでした。さらには、その点字を1文字ずつ打ってくださった渡邊寛子先生にも、あらためてお礼を申し上げます。
 こうして、たくさんの方々の協力により、『変体仮名触読字典』と『触読例文集』ができあがりました。コラボレーションとチームプレイの産物です。これを活用しての成果は、また後日報告いたします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | 視聴覚障害

電子版「海外平安文学研究ジャーナル」を2冊同時に公開

 昨日に続き、オンライン版の電子ジャーナルが完成しましたので、科研のホームページから公開しています。これは、科学研究費補助金による研究である科研A『海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究』の研究成果として、2種類の電子ジャーナルをまとめて公開したものです。

 いずれも、以下のサイトから自由にダウンロードして読んでいただけます。

(1)『海外平安文学研究ジャーナル vol.6.0』(全261頁)

(2)『海外平安文学研究ジャーナル インド編2016』(245頁)


 多彩なテーマが、膨大な成果としてまとまりました。その意義等については、巻頭の拙文「あいさつ」と「はじめに」に書きました。まずは、そこからお読みいただけると、編集の意図がみえてくるかと思います。
 ここでは、それぞれの「目次」を引きます。

(1)「海外平安文学研究ジャーナル 6.0 」(全261頁)

●目次
あいさつ 伊藤 鉄也 p3
[研究論文] 『十帖源氏』の本文と各種版本―和歌の異文と解釈の問題― 清水婦久子 p11
[研究論文] 母語話者・非母語話者によるロシア語訳『十帖源氏』桐壺巻比較考―母語話者による翻訳に見る日本文化の受容― 土田久美子 p29
[研究論文] 「交じらふ」女主人公―ジェンダーコードの視点から読む『とりかへばや物語』― 庄婕淳  p39
[研究の最前線] 「訳し戻し」という「翻訳」  藤井由紀子 p61
[研究の最前線] 英訳『今昔物語集』兵と戦いの世界 淺川槙子 p65
[科研活動報告] 科研活動報告 vol.2 加々良恵子 p93
【付録】各国語訳『源氏物語』「桐壺」「若紫」『十帖源氏』「桐壺」翻訳データ  p103
執筆者一覧 p259
編集後記 p260
研究組織 p261

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(2)「海外平安文学研究ジャーナル インド編 2016」(245頁)

●目次
はじめに 伊藤鉄也 p3
ご挨拶 宮本薫 p15
第8回研究集会の趣旨 伊藤鉄也 p16
[基調講演] 「 変体仮名の国際標準化について」 高田智和 p25
[講演] 「 インド8言語訳『源氏物語』の書誌」 伊藤鉄也 p31
[講演]  「 江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」 入口敦志 p40
[講演]「『源氏物語』の英訳について」 須藤圭 p49
[問題提起]
パネルディスカッション
シンポジウム
【資料集】資料集(各国誤訳『十帖源氏』「桐壺」)
執筆者一覧 p243
編集後記 p244
研究組織 p245

 海外における平安文学の研究については、今後とも引き続き取り組んでいきます。変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いいたします。
 
 
 

posted by genjiito at 00:59| Comment(0) | ◆国際交流

2017年03月30日

【再掲】〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中

 本年1月13日に「〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中です」という記事を掲載しました。
 その応募の〆切り日である平成29年3月末日が明日となりましたので、再度のお知らせです。
 過日の記事と重複します。

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 応募は、一般から、あるいは、学術機関、各種法人、出版社など推薦人から推薦を受けたものとなっています。自薦・他薦を問いません。

 応募作(平成28年4月1日〜平成29年3月末日刊行奥付および発表分)の中から、〈池田亀鑑賞選考委員会〉により選ばれます。

 応募にあたっては、刊行物および掲載誌を2部、下記の〈池田亀鑑賞事務局〉に送付してください。
 また、【タイトル・氏名・住所・電話番号・メールアドレス・所属】を明記の上、【要旨(800字〜2000字程度)】も添えてください。


平成29年3月末日 必着

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053


 これまでの受賞作は、以下の通りです。
 弛まぬ努力が結実した成果に対して贈られました。

 平成24年度 第1回受賞作 杉田 昌彦氏『宣長の源氏学』(新典社)
 平成25年度 第2回受賞作 岡嶌 偉久子氏『林逸抄』(おうふう)
 平成26年度 第3回受賞作 須藤 圭氏『狭衣物語』(新典社)
 平成27年度 第4回受賞作 滝川 幸司氏『菅原道真論』(塙書房)
 平成28年度 第5回受賞作 畠山 大二郎氏『平安朝の文学と装束』(新典社)

 この〈池田亀鑑賞〉の趣旨は次の通りです。


「池田亀鑑賞」は、文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 選定にあたっては、「前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。」となっています。
 つまり、「研究論文や資料整理及び資料紹介」が対象であることが、この池田亀鑑賞の特色です。

 選考は、以下の6人の委員があたります。


伊井春樹(会長)
伊藤鉄也(委員長)
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二


 選考委員の一人として、池田亀鑑賞のホームページに私は次のコメントを寄せています。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。
そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。
池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。
達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。


 コツコツと研究を続けて歩んで来られた成果が、今回も応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。
 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。
 積極的な応募を検討してください。

「池田亀鑑賞のホームページ」もご覧ください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:00| Comment(0) | 池田亀鑑

2017年03月29日

電子版「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル2」を公開中

 科研で取り組んでいる「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」のホームページから、「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル」(ISSN:2189−597X)の第2号を公開しています。

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 オンラインジャーナルなので、ご自由にダウンロードしていただき、ご教示や情報提供をしていただけると幸いです。

 この電子ジャーナルは、昨年度から取り組んでいる科学研究費補助金による研究成果を、ウェブ上に公開しているものです。本年度が最終年度となり、この第2号でひとまず完結となります。
 その研究テーマと趣旨については、「まえがき」に記した通りなので、それを引用します。


 科学研究費補助金の研究分野において、「挑戦的萌芽研究」に応募して採択された本テーマ「古写本『源氏物語』の触読研究」は、平成29年3月でひとまず終了となります。
 2年という短かい期間での研究にもかかわらず、多彩な成果が得られました。その一端は、本ジャーナル2冊をご覧になれば明らかでしょう。また、2年間の活動の全容は、ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に、あますところなく報告しています。まさに、情報を共有しながら、コラボレーションという手法で共同研究を展開したことになります。
 ここに至までの経緯は、本誌に「古写本の触読研究に着手した経緯(1)−科研採択まで−」として拙文を掲載しましたので、ご笑覧いただければ幸いです。
 本科研のテーマは、これから一年をかけて情報や成果を整理した後、新たな外部資金の申請などを検討して再開する予定です。また、貴重な情報満載のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」と「古写本『源氏物語』の触読研究ジャーナル」は、平成29年度からNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に運用を移管します。場所を変えて、さらなる展開を図ろうと思っているところです。
 研究分担者と研究協力者のみなさまには、研究会などの機会を通して、さまざまなご教示をいただきました。あらためてお礼を申し上げます。
 また、さまざまな資料や情報の整理を担当してもらった科研運用補助員の関口祐未さんの奮闘も、大きな力となりました。ここに特記しておきます。
 本テーマに関しては、また機会をあらためて再開することになると思います。
 変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

平成29年3月31日

日本学術振興会科学研究費補助金
2015~2016年度「挑戦的萌芽研究」
課題番号:15K13257
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」
研究代表者
大学共同利用機関法人人間文化研究機構
国立大学法人総合研究大学院大学
国文学研究資料館 伊藤鉄也


 全278頁という、ボリューム豊かな本号の目次は、以下の通りです。


はじめに 伊藤鉄也
原稿執筆要綱

【研究論文】
薫物文化の実相に照らした『源氏物語』の薫物の特徴
  −古典籍の触読時における参考として−(1)「えひの香」及び「えひの香の香」について
    田中圭子 11
足柄山にひびく笙の音
  −「指」・「耳」・「変体仮名」から考える群書類従本『時秋物語』の世界−
    淺川槙子 35

【実践報告】
『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
  −弱視生徒の目をかりて−
    渡邊寛子 79

【研究の最前線】
国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の仮名字体記述
  −ISO/IEC 10646 提案文字による翻字シミュレーション−
    高田智和 91
文字の歴史と凸字・点字の意義
  −そして、<見えない人>による挑戦−
    岸博実 103
厚紙凸字と『立体<ひらがな>字典』作成の試み
    関口祐未 109

【触読研究ジャーナルに寄せて】
触読研究ジャーナルに寄せて 中野真樹 215
「古写本『源氏物語』の触読研究」の活動についての感想 大橋由昌 218
これまでの取り組みにみる「触読研究」の意味と、今後の展望 中村真規 223
古写本触読研究ジャーナルに寄せて 冨田晋作 232
古写本『源氏物語』の触読研究と月刊『視覚障害』 星野敏康 235

【研究活動報告】
古写本の触読研究に着手した経緯(1)−科研採択まで− 伊藤鉄也 243
2016年度「古写本『源氏物語』の触読研究会」活動報告 関口祐未 255

【資料】
明治三十三年八月文部省令第十四号 小学校令施行規則中教授用新定字音仮名遣いに関する規定 271

執筆者一覧 274
編集後記 276
研究組織 278


 「研究論文」「実践報告」「研究の最前線」などでは、鋭い切り口による非常に興味深いものが並んでいます。これが少し重たいとお思いの方は、ぜひとも「触読研究ジャーナルに寄せて」という5本の寄稿文をお読みください。本科研で取り組んでいるテーマの本質が、賛否両論にわたって語られています。特に、批判的なご教示には、本テーマが抱え持つ本質的な問題が横たわっています。今後の展開において、貴重なご意見として受け止め、さらなる挑戦に資するものにしたいと思っています。
 最後に、この科研のテーマに関わってくださったみなさまに、この場を借りてお礼申し上げます。
 一年の充電期間を経て、また新たなスタートを切りたいと思っているところです。これまでと変わらぬご理解とご支援をいただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年03月28日

お世話になっているワックジャパンが「関西インバウンド大賞」を受賞

 昨年まで、京都で『源氏物語』を読む会場としてお世話になっていたワックジャパンが、この度「関西インバウンド大賞」を受賞しました。この賞は、優れたアイデアや事業モデルで訪日外国人を受け入れている、関西の企業や団体を評価するものです。その「第1回はなやかKANSAI魅力アップアワード」で、ワックジャパンが高い評価で認められたのです。ワックジャパンは、すでに20年にもわたって日本の文化体験で顕著な功績をあげているのです。
 詳細は、次の記事をご覧ください。

http://www.kansai.meti.go.jp/3-1toukou/28koubo/28_toukou_award_result.html

 また、京都新聞の今日(平成29年3月28日(火))の朝刊でも取り上げています。

 先月、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉から発行した《ニューズレター 第3・4号 合併号》では、京都での活動報告として次の記事を掲載しました。


     

京都で『源氏物語』を読む会


 京都御所の南にある京町屋の「ワックジャパン」で、『十帖源氏』を世界中の言語(33種類)に翻訳するための、わかりやすい現代語訳を作成する検討会を進めています。

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 第1回目は、本法人を設立してすぐの、平成25年4月6日(土)。立命館大学大学院生の川内有子さんがリーダーでした。その後、7月13日からハーバード大学蔵『源氏物語』「蜻蛉」巻を、写本の文字に注意しながら、字母を一々確認して翻字をしていく学習会も、新たにスタートしました。変体仮名が読めるようになることを目的とする勉強会です。

 共に毎回、『源氏物語』にゆかりのある和菓子をいただきながらの、楽しい学習会でした。秋岡さんからの四季折々の差し入れに感謝しています。

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 これまでに、『十帖源氏』の「須磨」巻と「明石」巻の現代語訳を終えました。ハーバード大学本「蜻蛉」巻は途中まで進んでいました。しかし、主宰者の伊藤が定年まで後1年となり、東京での用務を済ませて引き上げる準備に入ったこともあり、無理はせずに一年ほど休むことになりました。誠に勝手ながら、ワックジャパンで源氏を読む会は平成29年3月までお休みです。
 平成29年4月以降に、装いも新たに再開となります。どのようにして活動するかについては、その運営方針も含めて、関係者とさまざまな形態を検討中です。どうぞお楽しみに。


 今年の4月から、「ワックで源氏を読む会」を再開するつもりです。ただし、その予定はまだ決まっていません。これから、あらためて考えます。そんな矢先の、「関西インバウンド大賞」の受賞という朗報だったのです。
 社長の小川美知さん、おめでとうございます。
 ますますのご活躍をお祈りしています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年03月27日

突然姿を消してしまった一本のネジ

 引っ越しで、手作りの椅子を解体していた時のことです。
 娘が使っていたものを、足継ぎに作り替えた愛着のある椅子です。これは処分せずに、京都でも使い続けるつもりです。
 組み立てに、六角レンチが必要なネジを使っていたので、ねじ回しの先端を取り替えて使う、ちょうどいい大きさの六角形のビットを用意しました。
 その前に別の解体があったので、先端をプラスのネジに取り替え、同時進行で解体をしていました。
 別の作業が終わってから、六角ねじに合う3センチほどの長さのビットを探したところ、身の回りのどこにも見あたりません。
 右膝横に一時的に置いて作業をしていたので、探す範囲は限られています。それなのに、いくら探しても見あたりません。やることがいっぱいあるのに、こんな事で無駄な時間を費やすわけにはいきません。
 工具類を入れ終えたダンボール箱を探し出し、ガムテープを剥がし、何か代わりになるものがないかと掻き回したところ、アップルの製品によく使われる星形のねじ回しを見つけました。この星の尖りが六角レンチと一致するものがありました。なんでもかんでも、私は後生大事に持っています。それが、今回は、いや今回も幸いしました。
 ほとんどの整理をすべて終えても、やはりあの六角形のビットは見つかりません。畳の隙間も、部屋の隅にもないのです。荷物のなくなったがらんとした部屋のどこかで、じっと息を潜めて、私が退去していくのを見ているのでしょうか。
 何とも不思議な出来事に心をかき乱されながら、丁寧にドアを閉めて部屋を出ました。
 
 
 

posted by genjiito at 20:02| Comment(0) | 身辺雑記

2017年03月26日

『陰翳礼讃』の日々を送って思うこと

 東京の宿舎の管理人さんに部屋に来ていただき、官舎を退去するにあたっての現状確認をしていただきました。入居時の状態に戻して部屋を退去することになっているので、保管してあった器物で復旧しました。
 各部屋に個人的に取り付けた照明器具は外して、最初に付けられていた裸電球に付け替えました。天井からぶら下がるコードに差し替え、その先に電球をねじ込み、口金のところにあるつまみを捻ると点く、あれです。

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 40ワットの裸電球は、旧懐の情を催します。しかし、薄暗い部屋になるので、物をじっと見つめるようになります。子供のころは、30ワットや40ワットの裸電球でした。今から思うと、よくもあんなに暗い明かりで生活をしていたものだと、あらためて文明の進歩を実感しました。特に今、照明をLEDに変えると、眩しいくらいに明るい部屋になります。明るさに慣れてしまうのでしょうか。
 人間の感度は、上がったのでしょうか、それとも下がったのでしょうか。
 それにしても、この40ワットの裸電球の生活も、数日が過ぎると目が慣れてくるから不思議なものです。薄暗い部屋の隅にあったゴミが、なんと見えたりするのです。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出しました。
 瞬間湯沸かし器も撤去し、トイレも蓋だけのシンプルなものにしました。さすがに、汲み取り式に戻すことはありません。
 生活の原点に返った新鮮な気持ちで、外界と遮断された日々を送って来ました。
 食べ物に関しては、昨日書いたように、近くにコンビニエンスストアが3軒もあることのありがたさを痛感しました。火が使えない、電子レンジが使えない等、煮炊きや温めができません。そんな環境の中に身を置くと、コンビニは実に重宝します。高齢者にとってありがたい存在であることも、今回あらためてわかりました。短期間とはいえ、こうした不便な生活をする中で、このコンビニの役割を考え直しました。コンビニには、災害時のみならず、日常生活を支援する可能性が、もっと考えられるように思いました。
 見方を変えると、物を持たない身軽な生活が透けて見え出したのです。私のように、ことさらに物を溜め込む生活パターンの者にとって、これは新たな生き方が拓けてきました。身近にコンビニがあれば、生活の簡素化と共に多様さが生まれます。
 すでにこうした論議は、ネットやテレビに流れていたように思います。しかし、自分自身がそのことを身をもって体感すると、こうしたシンプルな生活の実践に注意が向きます。
 4月からの私の新しい生活に、さらに新しいものの見方が加わりました。社会の仕組みと文化が発展する中で、自分の居場所をもう一度確認してみる必要がありそうです。そして、シンプル イズ ベストという生き方を、意識して日々を送ってみようと思うようになりました。
 
 
 

posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | 回想追憶

2017年03月25日

江戸漫歩(156)深川さくらまつりの初日に魚三酒場へ

 東京の宿舎では、引っ越しの荷出しをいまだにやっています。
 いつまでやっているのか、と言われそうです。書籍については発送と処分を、先月に終えました。しかし、それ以外の生活用品がまだすべてを終えていなかったのです。物を捨てられない性分の私には、いやー、引っ越しは大変な大仕事です。行き先のあるものはいいとして、捨てることになった物を見送るたびに、どっと気疲れに襲われる毎日です。

 今日は、段ボール箱を数十個送り出しました。明日も、それくらい搬出することになりそうです。何と2ヶ月にわたり、いつ終わるとも知れない引っ越しに振り回されています。

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 そんな中で、今日25日から4月9日まで、恒例の「お江戸深川さくらまつり」が始まりました。

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 お祭りが大好きな私は、荷造りの合間に様子を見に行きました。
 まだ桜は小さな蕾の状態です。それでも、黒船橋乗船場には船が集まっていました。

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 その入口には、遊覧バスがお客さんを拾っていました。

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 隣の石島橋では、出店の屋台が賑やかです。

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 この門前仲町一帯には、コンビニエンスストアが多いのです。黒船橋の手前には3つのお店、ローソン、セブンイレブン、ファミリーマートが並んでいます。非常に住みやすい地域です。

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 ガスコンロも冷蔵庫も電子レンジもなくなったために、外食となりました。
 それでは、ということで、私が一番気に入っている居酒屋です。
 いつも行列が絶えない「魚三酒場」は、新鮮な食材が食べられる、場末の飲み屋さんの雰囲気です。しかし、若者も多いので活気があります。宿舎の前には東京海洋大学があるので、留学生も多く見かけます。

 このお店は、上京した折々に、立ち寄りたくなるはずです。私が東京でお薦めのお店は、この「魚三酒場」と新宿の「岐阜屋」です。気軽に行ける店なので、ぜひ一度どうぞ。ただし、お店は少し汚いので、気取ったお店がお好きな方には向きませんので悪しからず。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月24日

江戸漫歩(155)これまでのご厚誼に感謝して巡礼中

 昨年6月中旬から、九段坂病院で足の疣を診てもらっています。これが、なかなか治りません。すでに9ヶ月。それも、当初よりも酷くなっています。そして後一週間で東京を離れます。治療を担当してくださっている先生も、別の病院に転院なさるようです。お互いが、この病院を離れることになったのです。

 今後のことについては、京都の街中で一般的な医院で診てもらってほしい、とのことでした。病名は「尋常性疣贅」でウイルス性だと伝えればいいそうです。誰が診ても同じだとおっしゃいました。

 それでは、なぜ毎週毎週通院して9ヶ月もかかり、しかも治るどころか悪くなっているのでしょうか。今日も、液体窒素だけでなく、化膿している箇所の処置もしてもらいました。このところずっと、痛くて歩きにくくて困っています。
 いただいた「ヨクイニン」という漢方薬は、私にはまったく効きませんでした。効果がないので、先週から飲まなくていいようになりました。
 化膿が酷くなったので、先週からは「ゲンタシン」という細菌の感染を防ぐ塗り薬を塗っています。
 来月から、京都のどこかの病院で診てもらうことにします。

 右足が歩くたびに痛み、それに加えて左足は、昨年7月の骨折以来いまだに熱をもつことがあります。両足を庇っていると、無理な姿勢で歩くからでしょうか、腰が痛くなります。いろいろと身体のパーツパーツが連動しているようです。

 九段坂病院のすぐ前に千代田区立図書館があります。
 千代田図書館の河合さんと幸田さんには、これまでにいろいろとお世話になってきました。その感謝の気持ちとお別れを伝えるために、病院での治療を終えたその足で行きました。
 会議で非常にお忙しい中を、2人とも中座して出てきてくださいました。
 日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座を持てたのは、このお2人の尽力があってのことです。中断したままの古書目録の調査も、これからは東京に出て来た時に機会を見つけて、一点でも一冊でも確認を続けたいと思います。いつ終わるとも知れぬ、気の遠くなる調査です。まだ、引き継ぐ人は見つかっていません。

 屋上のレストランで食事をしました。
 皇居のお堀を見おろすと、国会議事堂や東京タワーが見えました。

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 今日は国会内で、ちょうど証人喚問をしている時です。マスコミは、今は人目を引くおもしろいネタがないせいか、このことで大騒ぎをしているようです。しかし、国会はもっと大事なことを話し合う場であるはずなのに、と思いながら、しばらく皇居の景色を眺めていました。

 神田神保町の出版社へも、ご挨拶を兼ねて顔を出してきました。

 途中で、高田郁の「みおつくし料理帖」に出てきた、澪ちゃんがお祈りを捧げていた俎板橋を通りました。今日は大学の卒業式があるらしく、晴れ着姿の女性を多くみかけました。次の写真の右端にも写っています。

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 帰りがけに、地下鉄神保町駅の近くで、焼き鳥屋の「光げんじ」という店を見かけました。このあたりに詳しい方は、よくご存知かと思います。初めて見たので、看板を写しておきました。

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 こうして、行く先々でお世話になった方々にお目にかかり、いろいろな話ができるのは、本当に幸せなことだと思います。自分で足を向けての訪問は、私なりの巡礼だと思っています。口に出すと照れくさいので、お目にかかるだけで感謝の気持ちを伝えたことにしているのです。西国三十三所の巡礼よろしく、お目にかかった方から印をいただけば、私が好きなスタンプラリーとなります。しかし、今回はそうした遊び心はなく、ただ無心に一人でも多くの方に会い、これまでの感謝の気持ちを自分なりに確認して歩いているのです。

 みなさまとの、いい出会い、充実した仕事、楽しい語らいができたことに、心より感謝しています。いい18年でした。
 これからは東京に出てきた時に、またお目にかかる機会を作りましょう。
 折々に気にかけていただき、ありがとうございました。
 
 
 

posted by genjiito at 07:25| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月23日

東京電力だけ引っ越しに伴う解約ができません

 東京を引き払うために、いろいろな契約を解除しています。
 郵便、電話、インターネット、水道、ガスは、何の問題もなくクリアしました。
 しかし、東京電力だけは、延々と時間との格闘の末、今の私の力量では不可能であることがわかりました。
 今日はギブアップします。
 書くと、今日の数時間の孤軍奮闘が長文となります。
 そんな余裕がないので、書くのは控えておきましょう。
 スーっと解約できた方にとっては、何をそんなに時間と手間をかけて遊んでいるのか、と思われることでしょう。
 それが、一度嵌まると、この伏魔殿への道はまったく開けません。
 解約をするだけのために、ネットの会員になれというので、仕方なく面倒な手続きをしてなりました。
 しかし、それも登録情報が一致しないとのことで、無情にも弾かれます。
 この解約という一時を果たすためだけに会員になったようなのに、中に入れてもらえないのです。
 電話はもちろんのこと、ネットでもコミュニケーションがとれないのです。
 電話は、午後6時を過ぎると非常電話に切り替わり、恐ろしいことになります。
 スマホを再起動させないことには、電話は切れません。
 東京電力は、原発事故の対応でもわかるように、国民から遠い、ハードルが高い会社のようです。
 おそらく、できる時には、あっけなく簡単に解約できるのでしょう。
 さて、明日の再挑戦はどうなるのでしょうか。
 まさかの場合には、日比谷図書文化館の近くにある東京電力の本社へ行けば、解約できるのでしょうか。
 やることは山ほどあるのに、この東京電力の解約作業にとてつもないエネルギーが吸い取られています。
 日頃は気づかないことなのに、こんな時に限って見たくもない姿に出くわし、いやな思いをさせられています。
 東京電力さん、勘弁してくださいよ。
 
 
 

posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年03月22日

全盲のOさんが大学院で古写本『源氏物語』の研究を続けます

 今月で終了する科研「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)で、この2年間にわたって一緒に果敢に触読に挑戦していた共立女子大学のOさんが、めでたく立教大学大学院に合格し、来月から博士前期課程で研究を深めることになりました。
 先週末に開催された、百星の会の『点字百人一首』の集まりで会った時、Oさんからこの朗報を聴きました。一緒に高田馬場の駅まで送りながら、今後のことなどを楽しく話しました。
 嬉しい知らせは、一人でも多くの方々と喜びを共にしたいものです。

 全盲であっても、変体仮名を自在に触読しているOさんです。大学院では、『源氏物語』の研究に取り組むとのことです。私も、学外からではあっても、これまで通りにいろいろと支援していくつもりです。

 以下、本人から届いた、古写本『源氏物語』の触読研究会のみなさまへの報告と決意を認めた文章を紹介します。
 力強い決意表明となっています。古写本の触読で日々研鑽を積んで来たOさんのことです。ますますの活躍が楽しみです。


4月からの進路につきまして、ご報告させていただきます。

立教大学文学研究科 日本文学専攻に進学する運びとなりました。
「竹取物語絵巻」の研究はできませんが、これまでよりも専門的に古典文学を研究してまいります。
けして平坦な道ではございませんが、変体仮名の触読という新たな手法を手に、より一層研究に励みます。

私のように全盲で、古典文学を研究している学生を知りません。先行研究の読み込みや、変体仮名の触読が壁となっているのでしょう。これらは、目が見えなければ不可能だと考えられてきたと思います。私もこの二つが原因で、ある大学の文学部から受け入れを断られた事があります。

しかし、変体仮名の触読に関しては、共立女子大学の先生方のご配慮により、克服する事ができました。変体仮名を立体化して、それを触読するという方法があったのです。
簡単に変体仮名が読めるようにはなりませんでしたが、あきらめずに練習した事で、読めるようになりました。

この事で、私の学問は豊かになりました。何しろ、目が見えていても読めない文字が読めるようになったのです。
変体仮名が読めるようになった事で、一次資料作りに従事できました。卒業論文では、翻刻や解題資料のない、共立女子大学図書館に所蔵されている「竹取物語絵巻」の詞書の翻刻と絵の分析を行う事ができました。
努力の甲斐あって、学部の優秀卒業論文集に掲載していただける事になりました。

目が見えない事で、努力してもどうにもならない事があります。紙の資料と一晩寝ずに向き合ったところで、その資料が読めるようにならないといったように、晴眼の人と同じような努力では、成果が実らない事もあるでしょう。
しかし、変体仮名の触読のように、努力が確実に実る事もあります。
私は努力して何とかなる事であれば、精いっぱい努力すべきだと考えています。途中で投げ出す事なくやりぬく事こそ、最も重要なのです。この事を、大学の4年間で学んだ気がいたします。いつも応援してくださる先生方や助手の方々に応えたかった、という気持ちも強かったとは思いますが、自分のための努力こそが、生涯にわたって自分を支えとなるのです。

そこで私は、大学院に進学し、自分の研究をさらに発展させたいと考えました。目の見えない人が誰も挑戦した事のない分野だからこそ、やりがいがあります。
そして、次の世代の若者たちに、見えなくても古典文学の研究ができる事を伝えていきたいと思っています。そのために、修士論文の執筆と言う責務を果たします。

来年度も楽しみながら、新しい事にどんどん挑戦していきたいと思っております。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

 
 
 

posted by genjiito at 00:14| Comment(1) | 視聴覚障害

2017年03月21日

江戸漫歩(154)昨日の鳥の写真から「帰雁」を想う

 伊井春樹先生から、いい写真を見せてもらったという感謝のメールをいただき、恐縮しています。
 昨日のブログの後半に掲示した、中央大橋の上空を隊列をなして飛ぶ鳥の写真のことです。

 私が持ち歩いているカメラはコンパクト版なので、拡大するとぼやけてしまいます。この鳥が何なのか、私にはよくわかりません。しかし、先生がおっしゃるように雁だと思うことで、イメージが膨らみます。
 鳥の専門家の方々には、どのように見えるのでしょうか。
 それはともかく、「帰る雁」として結構楽しんでいます。

 先生は、「帰雁」は大阪では見かけないのものの、東京では数回目にしたことがあって懐かしい、とおっしゃっています。この官舎にお住まいだった頃に、越中島公園でご覧になったことがあったのでしょうか。
 この写真が、先生のご記憶を刺激したようです。

 また、「帰る雁」は確かに和歌にもよく出てくるし、森鴎外の「雁」、水上勉の「雁の寺」等々、文学との縁も深いものです。

 隅田川に雁という取り合わせが、この季節ならではの、春先に北に帰る姿だとは。
 そんなこととはつゆ知らず、絵になるなーっと思って、無意識にシャッターを切ったのです。
 そういえば聞いたことがあるな、という程度の歌心のない貧弱な感性しか持ち合わせていないので、それではと早速調べてみました。
 和歌や物語や俳句に無数に歌われています。
 一部を引きます。


春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる 伊勢

朝ぼらけの空に、雁連れて渡る。主人の君、
(光源氏)故郷をいづれの春か行きて見むうらやましきは帰る雁がね 源氏物語「須磨」

いくかすみいく野の末は白雲のたなびくそらに帰る雁がね 定家

なきつれてかへる雁がねきこゆなりわが古さとの花も咲くらむ 一葉

去年今年大きうなりて帰る雁 漱石

それが一つには帰雁とあり 芥川竜之介「俊寛」


 ということで、昨日は連写で撮影していたので、その写真の前後のものも掲載します。
 
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posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月20日

江戸漫歩(153)越中島の花壇と公園

 温かくなって来ました。
 宿舎にお住まいの方々から都合7枚の花壇をお借りして、季節季節に色とりどりの花々を植えて楽しんで来ました。今年もこれからという時なのに、あと2週間で退居です。ベランダで育てていた花の土は、花壇に返しました。我が家の花々は、上の階の花好きな方が引き継いで育ててくださいます。

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 引っ越しの忙しさにかまけて、隅田川の散策を忘れていました。
 公園の入口に彼岸桜が咲いているだけで、越中島公園の大島桜は固い蕾でした。

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 永代橋は補修が終わり、みごとなアーチを見せています。

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 中央大橋の上空を鳥たちが隊列をなして、今日も都議会で問題となっていた豊洲に向かって飛んで行きます。

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 いつかいつかと思いながら、見学をしないままに終わりそうな明治丸が、宿舎の前に停泊しています。今週末しか機会がないので、これはまたの楽しみとなります。

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 この宿舎に9年いました。充実した、稔り多い日々を過ごすことができました。
 この宿舎に伊井春樹先生が10年間お住まいだったことは、「江戸漫歩(19)妙栄稲荷大善神」(2010年04月02日)に書いた通りです。
 縁というものを感じながら、今日も書類を整理する1日となりました。
 
 
 

posted by genjiito at 20:30| Comment(0) | 江戸漫歩

2017年03月19日

点字付百人一首〜百星の会で見た八つ橋型の新開発カルタ

 京橋であったNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせを正午に終えるとすぐに、高田馬場へと急ぎました。1時から開催される、百星の会の『点字百人一首』の集まりに参加するためです。

 高田馬場の駅から、会場となっている新宿区社会福祉協議会へは、お好み焼き屋さんの前にある道案内が目印です。

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 先月の集まりの折には、施設の周りは工事中でした。「「点字付百人一首」の全国大会ができないか」(2017年02月25日)
 それも、すっかりときれいになっていました。

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 今日は初心者のために、一字決まりの札「むすめふさほせ」の7枚について、お世話をしてくださっている北村さんから、札の取り方に関する説明がありました。
 それに続いてその歌の解説が、りおさんからありました。りおさんの説明は、わかりやすいので、みなさん聞き入っておられました。質問も飛び出したりするので、非常に和やかに進んでいきます。
 その次には、2字決まりの札である「うつしもゆ」の10枚についての説明がありました。さらには、「押さえ手」「突き手」「払い手」という、カルタの取り方の具体的な指導もありました。次第に、実践モードでのテクニックが伝授されていきます。

 しばらくは練習時間です。みなさん、自分の力に応じたカルタで、練習を繰り返しておられます。

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 サポートとしておいでの方が、目隠しをして一緒に加わっておられました。
 不織布のマスクを目隠しにするなど、この会ではさまざまなアイデアのもとに臨機応変に対処しておられます。

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 決まり字だけが書かれた札もあります。

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 この「点字付百人一首」においては、常に新しい工夫がなされています。
 今回新たに開発された、札の短辺が丸く反った札は、すばらしい発明です。

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 発泡スチロールに窪みを付けたカルタ台は、作るのが大変です。そのため、台を量産できません。そこで、カルタに工夫を加えることで、目が見えなくても取りやすくしようということです。
 カルタを指で摘んで持ち上げるのが難しいので、丸く反っているのはいいと思いました。この八つ橋みたいなカードは、カルタを取る様子を見るギャラリー側から言っても、ごく自然なカルタ取りに見えます。また、取る方も、これまでのように指でカルタを摘まむのではなくて、上から押さえて指の第一関節を軽く曲げることで、楽にカルタが取れます。カルタ台の溝にしっかりとはめ込まれているのではなくて、隙間がポイントなのです。この活用をさらに競技に取り入れてルールを見直すことで、観客であるギャラリーも楽しめる「点字付百人一首」にすることを考えてもいいと思いました。。

 この形でいこうということが決まると、次の改良点に進めます。こうして、さまざまな方が参加できる対応ができるようになります。
 この八つ橋型のカルタは、厚紙にスプレーで水を含ませ、手で押し曲げて丸みを付けたとのことでした。常に工夫を積み重ねておられる関場さんの、面目躍如たるものがあります。

 さらに、レベルアップをはかりたい方には、こんなカルタもあります。

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 その裏面は、こうなっています。
 真ん中には、歌の番号も点字で貼られています。

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 その後、相対の勝負形式でカルタの取り合いです。

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 そして今回からは、勝った方には名札に星を1つ付けてもらえることになりました。

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 この星の数で、その実力のほどがわかるようになります。このアイデアで、ますます「点字付百人一首」が楽しく取り組めるものとなることでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 視聴覚障害

2017年03月18日

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会 -2017-

 午前中は「京橋プラザ区民館」で、来年度のNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の総会に向けての、運営メンバーによる打ち合わせ会がありました。
 昨年の打ち合わせ会については、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会 -2016-」(2016年03月26日)に記したとおりです。

 これまでにも何回か使った、昨年度と同じ「京橋区民館」に行って、みんなを待っていました。しかし、いつもは時間前には集まる仲間の姿が、一人も見当たりません。
 いつまで待っても誰も来ないので、受付で聞くと、場所が違うことがわかりました。
 この前、昨年の3月と6月に集まった場所ではなくて、今日はよく似た名前の別の所だったのです。「プラザ」ということばが付いていることに気づきませんでした。

 今年に入ってからは、1日が72時間あることを想定して、3倍速の日々を送っています。連日の忙しさで、こうした細かな違いは無視してアバウトに生きないと、溢れ返るメモと飽和状態の記憶に埋もれてしまいます。今回のようなややこしい違いは、自分の中では区別が付かない情況のままに行動しています。とにかく、疲れているな、ということは日々実感しながら生きています。もはや夢遊病者の状態です。すみません。参加者のみなさまにはご迷惑をおかけしました。
 また、慌てていたせいか、いつものように会場の写真を撮ることを忘れていました。記録魔と言われる私らしくありません。
 また、今日、3時間にわたって話し合ったことを、ほとんど覚えていません。しっかりしたメンバーが記録をとっているので、必要なことはまた後日教えてもらい、確認して取り上げます。

 そういえば、昨日は同じ時間帯に国文学研究資料館の中であった2つの送別会に出て、それぞれに挨拶をして来ました。まさに、いくつものことが同時進行で身の回りに渦巻いています。
 これまでにないハイペースで突っ走っているのは明らかなので、倒れてそのまま、とならないように気をつけなければいけません。隠れ脳梗塞が認められると医者から言われているので、なおさらです。どうやら、自分で自分をコントロールできていない時があるようです。私がとんでもないことをしていたら、まったくの無意識でそうしているのですから、いつでも構いません、勘違いしていることをご指摘いただけると幸いです。まだ、こうしたことの自覚はあるので、当分は大丈夫だと思っていますが。

 本日の午後は、高田馬場で開催された「点字付百人一首〜百星の会」に参加してきました。
 しかし、ここまで書いてきて、記憶とその整理が混乱してきたので、これは時間を置いて、明日の記事にします。少し休憩します。
 
 
 

posted by genjiito at 22:08| Comment(0) | ◆NPO活動

2017年03月17日

読書雑記(197)山本兼一『おれは清麿』

 『おれは清麿』(山本兼一、祥伝社文庫、平成27年4月)を読みました。

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 山浦正行(清麿)は、信濃国小諸の村役人の子。兄と共に、刀鍛冶を目指す17歳の若者です。清麿は、江戸末期の刀工として知られています。ただし、その人物像はよくわかっていないようです。安政元年(1854)に42歳で自刃しました。
 刀工や刀剣に関する作品を執筆していた山本兼一が、この男に挑んだのが本作です。
 結婚して男の子が生まれます。しかし、大好きな刀を打つことが諦められず、妻子を置いて松代に出ました。
 その後、一年間江戸で修行をします。しかし、悪い鋼を平気で使う江戸では得るものがなかったこともあり、また信濃に帰ります。そしてまた江戸に。
 職人としての己と葛藤し、めくるめく思いが、丹念に道具の説明を通して語られます。素材である鉄に対しても、作者山本の並々ならぬ実地や実見を踏まえた調査の痕が伝わってきます。
 そのような中で、長州の萩へ刀鍛冶として行くことになります。2年後にはまた上京。
 読み進むうちに、女性の描き方が型どおりで、思いやりに欠けるように思いました。最初の妻のつるも、後のふくも、共にお人形です。これは、主人公に思いを注ぎ込んだことによるものなのでしょう。初期の山本作品の特徴だと思っています。
 正行(清麿)は刀鍛冶一徹の職人気質を守り抜きます。
―とことんまで、納得できる刀を打つ。
 それがおれの仕事だ、と自分に言い聞かせた。なにも妥協せず、気を抜かず、できる限りのことをすべてやる。それ以外に、満足できる刀を打つ方法はない。おれは愚か者だ。そこで妥協したら、生きている値打ちのない人間になってしまう。(353頁)

 この芸術家とでもいうべき人間像は、余すところなくこれでもかと描き尽くされます。
 最後の場面では、作者の清麿に対するあらん限りの情愛と思い入れが感じられました。【3】

初出誌︰「破邪の剣」(『小説NON』祥伝社、平成22年3月号〜平成23年9月号に連載)
 加筆改題した単行本『おれは清麿』(祥伝社、平成24年3月)
 
 
 

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2017年03月16日

橋本本が伝える本文から大島本とは違う表現世界を考える

 日比谷図書文化館で鎌倉期の古写本『源氏物語』を読んで来ました。
 今日で今期の最後です。
 ただし、新年度の5月から毎月1回、基本的には毎週第1土曜日の午後2時半から4時半までの2時間の講座として、新たにスタートします。
 その意味では、こうして夜の日比谷公園に来るのは、これからはないと思われます。記念に、日比谷図書文化館の夜の姿を記録に留めておきます。

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 初夏からの再開でも、一緒に古写本の『源氏物語』が読める機会を大切にして、可能な限り少しでも多く読み進めていきたいと思います。

 今日も、橋本本「若紫」の本文を、字母に注意しながら見ていきました。受講者のみなさまは、もう大分慣れておられるので、後半は異文について考えました。
 例えば、次の本文の異同などはどう考えたらいいのでしょうか。


(1)〈甲類〉と〈乙類〉が見せるおもしろい例
なつかしう[橋=尾中高天尾]・・・・051201
 なつかしふ[陽]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かほりあひたるに[橋=中陽高天]・・・・051202
 かをりあひたるに[尾尾]
 にほひあひたるに[麦阿]
 にほひみちたるに[大池御国肖日穂保伏]

 ここでは、私が〈甲類〉とする橋本本などの諸本が「なつかし」ということばを持つのに対して、大島本などの〈乙類〉にはそのことばがありません。それに続いて、〈甲類〉は「かをりあひたる」とし、〈乙類〉は「にほひみちたる」という違いを見せています。この語句の意味の違いは何なのでしょうか。幅広い視点で解釈をしていくのにいい例です。
 その間でうろうろしているのが、〈甲類〉に属する麦生本と阿里莫本の「にほひあひたる」です。興味深い本文の分別ができるところです。

(2)ことばの異同から語られる内容の違いを見る
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051354
 いかなる[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051355
 人の[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051356
 しわさにか[大中麦阿池御国肖穂保伏]
 しはさにか[陽]
 しわさにか/に〈改頁〉[日]
兵部卿の宮[橋=中]・・・・051357
 兵部卿の宮なむ[大陽池]
 兵ふ卿のみや[尾尾]
 兵部卿宮なん[麦阿御国]
 兵部卿の宮なむ/=紫上ノ父[肖]
 兵部卿の宮なん[日保伏]
 兵部卿宮なむ[穂]
 兵部卿のみや[高]
 兵部卿宮[天]
しのひて[橋=大尾中陽池御国肖日穂伏高天尾]・・・・051358
 忍て[麦]
 忍ひて[阿]
 しのひて/〈改頁〉[保]
かよひつき[橋=尾中高天尾]・・・・051359
 かよひつき/つ[陽]
 かたらひつき[大麦池御国肖日穂保伏]
 かたらひ[阿]

 私の分別では〈乙類〉に属する大島本などは、「いかなる人のしわざにか」と、女房などの手引きを匂わせています。しかし、そのことばを橋本本などの〈甲類〉は伝えていません。
 また、橋本本などの〈甲類〉は「しのびてかよひつき」とし、大島本などの〈乙類〉は「しのびてかたらひつき」とします。この「かよふ」と「かたらふ」という表現の違いに着目して解釈すると、こうした語句レベルの異同の集積が全体の表現にも影響するはずです。
 橋本本などの〈甲類〉の読み込みを、今後はもっと深めて行きたいものです。今までは、大島本だけで『源氏物語』の表現を考えていました。しかも、活字による校訂本文に依ってのものです。しかし、ここに提示している橋本本で物語を考えると、新しい『源氏物語』の読み解きに展開していきます。
 それこそ、次の世代を担う、若手の出番なのです。

 今日は、17丁裏 3行目「多まふ」まで確認しました。
 次回、2017年度の第1回目は5月6日(土)で、17丁裏3行目の「可の・【大納言】八」から始まります。
 
 
 
posted by genjiito at 23:02| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年03月15日

[補訂]科研に関する印刷版の報告書が3冊できました

 今年が最終年度となる科研の報告書は、すでに電子版としてウェブ上に公開しています。しかし、図書館やインターネットの環境が整っていない方々から、印刷した本として利用できるようにしてほしい、という要望をかねてよりいただいていました。

 電子版で成果を公開することには、編集製作の迅速さ、内容の多彩さ豊富さ、資料の充実、そして世界各国の方々に届けられる、というさまざまな利点があります。ただし、前述の通り、利用環境によっては不便なこともあります。
 そうしたことを勘案して、最終年度となる今年度は印刷費を計上し、公開したデータを再編集して印刷し製本しました。

 次の写真は、出来たばかりの報告書です。
 左から、『合冊 海外平安文学研究ジャーナル Vol.1-3』『合冊 海外平安文学研究ジャーナル Vol.4-6』『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』の3冊の書影です。共に、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)(課題番号25244012︰平成25〜28年)で採択された、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」の成果物です。

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 この印刷体の報告書が、本日お昼にやっと、国文学研究資料館の研究室に搬入されました。
 いろいろな事情があり、印刷・納本が大幅に遅れたのです。さらに、『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』においては、印刷と製本で不備がいろいろと見つかり、一冊ずつ目視で点検をすることになりました。そして、普通に渡せる本、少し難のある本、作り直すしかない本に仕分けをするという、何とも時間と労力の無駄としか言いようのないことを強いられました。12月22日には電子版としてネットに公開したデータを印刷製本するだけの、極めて単純な作業を依頼したつもりでした。それが、今ごろ納品となり、しかも製本は不備だらけという為体です。あまりにも酷いものは業者に持ち帰ってもらい、作り直しとなりました。実は、こうしたやり直しは、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』の時にもありました。安かろう悪かろうを地で行く話には事欠きません。定年退職間際の最後の仕事がこんな杜撰なものとなり、失望しているところです。それはともかく、気を取り直して、気分一新で対処していくしかありません。

 さて、本研究では、約3年半にわたり、日本古典文学作品の翻訳の問題に取り組んできました。
 そして、この研究期間に6冊の研究誌としての『海外平安文学研究ジャーナル』を電子版として発行しました。今回、印刷本を作成するにあたり、第1号から第3号までを一冊の合本に、第4号から第6号までを一冊の合本という、2冊の書籍体にしました。
 それぞれの巻頭に、次のような目次を付けました。

『《合冊》海外平安文学研究ジャーナル』


《ジャーナル1〜3号・目次》


【海外平安文学研究ジャーナル1号】
○創刊の辞 伊藤 鉄也 p3
●研究論文
スペイン語版『源氏物語』の評価と享受 高木 香世子 p9
『源氏物語』の「京都」はどう英訳されたか? 創造された京都と、変貌する『源氏物語』 ? 須藤 圭 p37
●小論文
ベーネル訳『源氏物語』における和歌の翻訳 ?英訳・仏訳との比較から? 常田 槙子 p58
●翻訳レポート Traduttore traditore ?イタリアが恋に落ちた『源氏物語』? イザベラ ディオニシオ p69
○執筆者一覧 p77/科研活動報告 p78/編集後記 p82/研究組織 p83

【海外平安文学研究ジャーナル2号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p.4
●特集「国際研究交流集会」(2014カナダ)
カナダ国際研究交流集会特集 英訳された『枕草子』が作り出した大衆文化 ゲルガナ・イワノワ p11
カナダ国際研究交流集会特集 小説として読まれた英訳源氏物語 緑川 眞知子 p22
カナダ国際研究交流集会特集 1955 年のサイデンステッカー訳蜻蛉日記について 川内 有子 p37
カナダ国際研究交流集会レポート 海野圭介 p50
カナダ国際研究交流集会特集 新出資料『蜻蛉日記新釈』(上・下) 伊藤鉄也 淺川槙子 p54
●研究の最前線
『源氏物語』韓国語訳と李美淑注解『ゲンジモノガタリ1』 李美淑 p63
スペイン語に訳された『源氏物語』の書誌について 淺川槙子 p69
○執筆者一覧 p83/編集後記 p84/研究組織 p85

【海外平安文学研究ジャーナル3号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
 原稿執筆要項 p.4
●研究会拾遺 
モンゴル語訳『源氏物語』について 伊藤鉄也 p11
(参考資料:各国語訳『源氏物語』翻訳時に省略された場面の一覧)
『源氏物語』末松英訳初版表紙のバリエーションについて ラリー・ウォーカー p42
《コラム》 日本でも出版された末松謙澄訳『源氏物語』 淺川槙子 p46
 各国語訳『源氏物語』「桐壺」について 淺川槙子 p48
 各国語訳「桐壺」翻訳データについてのディスカッション報告 p77
●翻訳の現場から 
『十帖源氏』の英訳の感想  ジョン・C・カーン p87
 『十帖源氏』英訳所感 緑川眞知子  p89
 『十帖源氏』スペイン語翻訳における文化的レファレンスの取り扱い 猪瀬博子  p91
『十帖源氏』「桐壺」巻のウルドゥー語訳によせて  村上明香  p99
●研究の最前線  
スペインにおける平安文学事情 清水憲男  p105
新刊紹介:朴光華著『源氏物語?韓国語訳注?』(桐壺巻) 厳教欽  p109
○付録 p118/執筆者一覧 p187/編集後記 p188/研究組織 p189

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『《合冊》海外平安文学研究ジャーナル』


《ジャーナル4〜6号・目次》


【海外平安文学研究ジャーナル4号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p4
●研究論文 
ロシア語訳『源氏物語』とウォッシュバーンによる 新英訳の比較研究~<語り>・和歌・「もののあはれ」の観点から 土田久美子 p11
スペイン語版『伊勢物語』について 雨野弥生 p37
●研究会
ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見 伊藤鉄也 p51
●翻訳の現場から 
「十帖源氏」ヒンディー語訳の問題点 菊池智子 p61
ウルドゥー語版『源氏物語』の色の世界 村上明香 p65
『十帖源氏』の多言語翻訳と系図について~「母の堅子」と「祖父の惟正」はどこから来てどこへ行ったのか 淺川槙子 p76
○付録 p99/執筆者一覧 p167/編集後記 p168/研究組織 p169

【海外平安文学研究ジャーナル5号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p4
●研究論文 「中譯本《源氏物語》試論?以光源氏的風流形象為例」 朱秋而(翻訳:庄?淳) p11
翻訳にあたって 庄?淳 p33
「忠こそ物語」と継子いじめ譚 趙俊槐 p34
●研究会拾遺 
ウォッシュバーン訳『源氏物語』の問題点 緑川眞知子 p61
スペイン語版・英語版・フランス語版『伊勢物語』7 種における官職名の訳語対照表 雨野弥生 p76
○付録p85/執筆者一覧 p105/編集後記 p106/研究組織 p107

【海外平安文学研究ジャーナル6号】
○あいさつ 伊藤 鉄也 p3
原稿執筆要項 p4
●研究論文 
『十帖源氏』の本文と各種版本ー和歌の異文と解釈の問題ー 清水婦久子 p11
母語話者・非母語話者によるロシア語訳『十帖源氏』桐壺巻比較考ー母語話者による翻訳に見る日本文化の受容ー 土田久美子 p29
「交じらふ」女主人公ージェンダーコードの視点から読む『とりかへばや物語』 庄?淳 p39
●研究の最前線
「訳し戻し」という翻訳 藤井由紀子 p61
英訳『今昔物語集』兵と戦いの世界 淺川槙子 p65
●科研活動報告
科研活動報告vol.2  加々良惠子 p93
○付録/執筆者一覧/編集後記/研究組織


 この『海外平安文学研究ジャーナル』の性格がわかるように、以下に第6号に寄せた研究代表者としての私の挨拶文を引きます。

 2013年にスタートした本科研の課題も、2017年3月をもって無事に終えることとなりました。
 この間にご協力いただきましたみなさまに、心よりお礼申し上げます。
 その成果物としてのオンライン版『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN:2188ー8035)は、今回の6冊目で最終号となります。2014年秋に創刊して以来、みなさまの変わらぬご理解とご支援をいただき、順調に号を重ねることができました。関係者のみなさまに、あらためてお礼を申し上げます。

 さて、今号では、『十帖源氏』の多言語翻訳に取り組んでいる中で、原本に関する論考やロシア語訳の問題点などを掲載しました。『とりかへばや物語』の考察も興味深いものです。国際的、学際的な視点でお読みいただけると幸いです。
 付録には、『源氏物語』の中国語訳として「桐壺」を収載しました。ことばによる翻訳を通して文化の変容を考える際には、貴重な資料となるはずです。幅広く活用していただけると幸いです。

 なお、科研費による研究成果としての『海外平安文学研究ジャーナル』は、ここでひとまず終刊となります。しかし、オンラインジャーナルとしては、これまで通りのサイトから引き続き発行いたします。第7号からの発行母体は変わっても、その基本的な方針はそのままに、さらにバージョンアップして続刊していくつもりです。
 本課題では、国際的な視野で日本文学および日本文化を見つめることを意識して、さまざまな問題に取り組んでいきます。今後とも、多角的な視点で平安文学を論じた、みなさまからの意欲的な投稿を歓迎します。


 次は、上掲写真右端の『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』です。
 初年度の報告書は『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』でした。当時も今も、いまだ類書がないので、それにひき続き、平安時代の文学作品を世界各国の言語で翻訳された書物の情報を整理しました。特にこの2冊目は、英語以外の各国語に翻訳された平安文学作品を対象としています。
 本事典の巻頭に、次の挨拶文を置きました。本書のなりたちがよくわかるので、これもそのまま引用します。

はじめに

−試行版としての事典であること−


 本書は、『日本古典文学翻訳事典〈1・英語改訂編〉』(平成26年3月)を受けて、平安時代の文学作品に限定して世界各国語に翻訳された書籍情報を事典としてまとめたものです。前著に続き、あくまでも暫定的なものであり、試行版として編集した中間報告であることを、まずはお断りしておきます。

 この翻訳事典は前著同様に、2006年4月23日にお亡くなりになった、国文学研究資料館名誉教授福田秀一先生から託されていたメモを最大限に活用しました。
 ただし、多言語にわたる書籍を対象とする関係で、各項目のまとめ方も含めて、まだまだ不備の多いものであること承知しています。また、最新情報にまでは、十分に手が及んでいないことも承知しています。
そのことを知りつつも、類書がないこともあり、ここで私の手元にある情報をとりあえず一まとめにしておくことにしました。これを次の世代に引き渡して補訂してもらい、さらに追加していくことで、よりよい事典に育てていく始発点にしたいと思っています。

 本書作成にあたっては、実に多くの方々が原稿作成のお手伝いをしてくださいました。基本的な情報が整理されていないのであれば、とにかくたたき台でも提示して、それに手を加えながら形を成していく方針で臨みました。項目の執筆者は、必ずしも各言語や各作品の専門家ではありません。しかし、何もない平地に道をつけることを一大方針として取り組んだものということで、至らないところはご寛恕のほどを、お願いいたしたす。ご批判は、そのまま改訂版に活かします。

 そのような経緯もあり、日本古典文学に関する翻訳事典としては、各項目の立項はもとより、内容もいまだ未整理の状態にあります。今回、その見出し項目と表記上の体裁及び、内容に関する記述の統一を試みました。それでも、いろいろな機会に、多くの方々に執筆していただいた原稿の集積であることから、不統一の感は免れません。各所に編者の判断で多くの手を入れました。あくまでも暫定的な処置に留まるものです。

 そのことを承知で、この時点で公開することにしたのは、これを叩き台とし、より良い情報の提供とご教示を受ける中で、さらに充実した事典に育てたいとの思いからです。まさに本冊子は、試行錯誤の中でまとめた暫定版として利用に供する事典です。

 また、盛り込まれた情報は、編者伊藤が運用する科研のホームページ「海外源氏情報」にも公開しています。
http://genjiito.org
 このホームページを通して、情報の更新を行います。折々に最新情報を確認していただき、翻訳情報を活用していただければ幸いです。

 今回も、この科研を支えているプロジェクト研究員の淺川槙子、技術補佐員の加々良恵子の頼もしい2人が奮闘して、膨大な情報を整理して組み立ててくれました。ただし、『源氏物語』については単独で1冊にするため、本書には収録していません。

 みなさまからの情報提供により、各項目の精度を高めたいと思います。
 今後とも、ご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。


 いろいろのことがあったにせよ、この3冊の印刷体の報告書は、プロジェクト研究員の淺川槙子さんと技術補佐員の加々良惠子さんの献身的な支援なくしては成し得なかったものです。すばらしい仲間に恵まれたことに感謝しています。
 完成したばかりの印刷版はもとより、ウェブに公開している電子版共々、本研究のさらなる展開のためにも、今後ともご教示のほどをよろしくお願いいたします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 古典文学

2017年03月14日

ブログを従来の「鷺水亭」から、この「鷺水庵」へ完全に移行しました

 昨秋、「鷺水亭」と題するブログを発信していた「eoblog」の運営会社から、突然、閉鎖の連絡を受けました。
 今月3月末で、これまで10年にわたって毎日書き続けて来た「鷺水亭より」は、アクセスできなくなります。
 そのため、「鷺水亭より」の更新は本日(2017年03月14日)までとします。

 これまでにも、いくつかの運営会社の問題で、私の情報発信基地は移転を繰り返しながら彷徨っていました。
 今回は時間があったために、どうにかそのすべての記事を移転させることができました。
 この面倒な作業を支援していただいたKさんを始めとする関係者のみなさまに、この場を借りてお礼を申し上げます。
 今後は、この「さくら」のサイトを情報発信の母体として、「鷺水庵より」として、これまで通りに継続していきます。

 今日が区切り目となるため、これまでを振り返っておきます。

 私がインターネットにホームページ〈源氏物語電子資料館〉を開設したのは、1995年9月でした。
 ブログとして〈たたみこも平群の里から〉を開始したのは、2004年12月13日です。
 それも、奈良から京都への転宅に伴い、2007年6月24日からは〈賀茂街道から〉として、あらためての始発としました。
 そして、2011年11月に還暦を迎えたことを機に、そのブログの標題を〈鷺水亭より〉と変更しました。

 2007年6月に京都から発信しだした記事は、本日(2017年03月14日)までに3,617本となっています。
 「鷺水亭より」へのアクセス数は、921,702件でした。
 そのカウントの手法はわからないものの、多くの方に読んでいただいて来たことは、毎日300から400件以上の来訪があったことでわかります。
 ありがたいことです。

 情報発信のサイトは変わっても、今後も同じ調子で書き続けるつもりです。

 自己紹介の文章には、次のように記しています。

 『源氏物語』に関する情報の収集と整理、海外との文化交流のお手伝い、そしてアクセシビリティ等を考えています。
 この世に生存していたことの証明も兼ねて、日々の雑録を記します。


 今後ともこれまでと変わらず、この「鷺水庵より」を折々に読んでいただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 17:45| Comment(0) | 連絡事項

2017年03月13日

読書雑記(196)高田郁『あきない世伝 金と銀 三 奔流篇』

 高田郁の最新作『あきない世伝 金と銀 三 奔流篇』(ハルキ文庫、2017年2月)を読みました。本書は時代小説文庫の書き下ろしです。

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 十三夜の月を観ながらの求婚は、月光の下でのシーンに期待をしていた私には、十分に満足でした。天満橋へ二人でそぞろ歩きもいいものです。力強く第3作の始まりです。
 高田の作品には、目と鼻と耳の感覚が研ぎ澄まされています。何気ないところに、香りがします。登場人物の動きはアニメっぽいにもかかわらず、こうした五感が言葉で伝わってくるところが、この作者の特質のように思います。
 中でも、浮世草子の余白に呉服店である五鈴屋の宣伝を載せる発想は秀逸です。出版文化の台頭を、うまく引き込んでいます。そして、物語の背後に、しっかりと女の文化史が読みとれます。なかなか奥の深い設定となっているのです。
 住吉大社での宝の市の話があります。難波の賑わいも、しっかりと描き込まれているのです。
 「せやさかい、呉服では長いこと西陣の独擅場(振仮名「どくせんじょう」)やった。」(141頁)とあります。「独壇場」とせずに、当時の実態を意識した用字で表記しています。
 人形浄瑠璃や歌舞伎など、伝統芸能にも目配りをして、江戸期の世相を通して文化を読者に伝えようとしています。これが、この物語に厚みをもたらしているのです。こうした視点が、小さくなったお店を繁盛させるためのアイデアを生み出す元となります。惣次と幸とが知恵を出し合い、さらに行動する活気が、小気味よく展開していきます。
 井原西鶴のことばがひょいと顔を出すのが、これも一つの味付けになっています。また、石田梅岩の『都鄙問答』が、この物語に一本の筋を通しています。これらのことが、骨太な物語にしています。その意を汲んで、近江の絹織物をめぐって惣次の立ち位置が危うくなります。話の続きは次巻へと。
 本作は、図太く生きる、というのが底流にあります。機知に富んだ幸と五鈴屋のこれからが、ますます楽しみです。【5】
 
 
 

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2017年03月12日

研究室の引っ越しを完了しました

 昨日は立川で、終電前まで引っ越しの荷造りをしていました。本に関しては、送るものと処分するものとの仕分けを終えてから帰りました。
 この1ヶ月間、少しずつ手を着けていたにもかかわらず、宿舎の方にばかり手が掛かり、研究室は捗っていませんでした。
 また、研究員や補佐員、そしてアルバイトの方々が仕事をする部屋にあった本や資料も、ほとんどをトラックで運び出すことができました。特に、私が世界中から集めた『源氏物語』の翻訳本は、貴重なコレクションです。これも、公私の別を仕分けして、無事に送り出すことができました。今後は、関西を中心とした展覧会で役立てることになります。

 あっという間に、本が研究室から消えました。集中力のなせるわざです。
 壁面に据え付けられた棚に、背文字を見せる本が一冊もないのは、気持ちのいいものです。プリント類も、実際に残しておくのは10分の1ほどでした。
 棚の空きスペースは、後日処分する本やプリントで、埋め尽くされました。

 館の職員として、そして研究者として、18年間ここにいた証が、送り出した本であり、残されて処分を待つ本やプリント類です。

 ガラス戸の中には、まだもう少し役割を持つ書類が、数枚のクリアーファイルに挟まれてポツンと置かれています。これらは、数日後に私の手を離れていきます。
 これからのほとんどの書類は、事務方とネットでやりとりすることで用を足すことになります。

 今、新幹線の中です。荷造りで格闘した長い日々を思い出しながら、少し引っ越し疲れを感じて、うとうととしています。

 明日からはまた、荷解きや書棚への配置や書類の整理や収納と、根を詰めた日々が待っています。
 これが私にとって、最後の引っ越しかと思われます。そう思うことで、もう一踏ん張りしようと思っているところです。
 
 
 
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2017年03月11日

キャリーバッグのキャスターが壊れる

 長距離移動が多い私は、その時々の荷物の量に合ったバッグが必需品です。そのために、様々な大きさや形のバッグを用意しています。

 昨年の5月末に、東京駅にある大丸東京店の東急ハンズで、少し大きめのキャリーバッグを買いました。
 だいたいエースのバックを買うことが多いのです。
 過去の自分のブログを見たところ、この買い物については書いていませんでした。

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 その5ヶ月後に購入したバッグのことは、ロック式だったり、点字ブロックについての問題意識があったこともあり、次の記事にまとめていました。

「最適な4輪式キャリーバッグとの出会いと点字ブロックの今後」(2016年10月16日)

 さて、この昨年初夏に購入したキャリーバッグが壊れたのです。キャスターの一つが、何とも無残な姿になっていました。

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 車軸(シャフト)がズレたままで、回転する車輪を支えきれなかったようです。まっすぐに走行しないし、どうも重たいとは思っていました。しかし、わざわざ下を見ることもなく、こんな状態になっているとは思いもしませんでした。

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 早速、東京駅を通りかかった時に、購入した東急ハンズに持ち込み、コンピュータで私の履歴を確認してもらってから、修理の依頼をしました。昔のように、領収書や保証書を提示することはありません。
 購入から1年が経っていないので、無償のはずだとのことです。ただし、1週間で見積もりが出て、修理完了までには1ヶ月はかかるのだそうです。その頃には私は東京にいないことを告げると、転居先に送ることになるでしょう、とのことでした。実費で数千円かかります、と言われたらどうしよう、などなど、一抹の不安を抱きながらも、とにかく壊れたキャリーバッグを預けました。

 昨日のシュレッダーといい、今日のキャリーバッグといい、小さなトラブルが立て続けに起こる日々です。
 春の椿事ということにしておきます。
 
 
 

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2017年03月10日

またもや壊れたシュレッダーを交換する

 ちょうど一週間前に、「情報をなかったことにする小道具」(2017年03月01日)という記事を書きました。
 ところがその数日後に、新しく購入したシュレッダーも動かなくなったのです。いかにも、私によくありがちなトラブルです。もう慣れています。
 製品に記されていたサポートの部署に、フリーコールで電話をしました。症状を説明すると、いくつか確認がありました。
 一度に多くの紙を入れなかったか、とか、長時間連続して使わなかったか、ということです。それには十分気をつけたはずであることを伝えると、あっけない程す早く、不調の商品を引き取って、新品と交換するということです。
 自問自答していました。どうしてこんなことになったのか、どうしたら一番よかったのか等々、いろいろと思い悩みました。それが、呆気なく本体交換となり、拍子抜けです。
 すぐに同等品を送るので、使えなくなったシュレッダーは配達業者が回収する、とのことでした。この迅速な応対には好感を持ちました。
 思い出すだけで複雑な思いがします。これまでに使っていたものが壊れ、先週購入したばかりのシュレッダーが、またもや使えなくなったのです。モーターが空回りするだけで、紙が中に入って行きません。ウゥーンウゥーンという唸るような音だけがします。
 購入した日に、数枚試しに使いました。そして先日、初めて実際に書類を裁断したのです。そして、紙屑を溜めるボックスが一杯になったので一度捨て、その後、再度使おうとしたら、もう紙が吸い込まれなくなっていたのです。自動モードはもとより、正転や反転というモードでも同じモーター音がするだけです。
 意外な幕切れでした。
 
 アップルなどがそうであるように、何か問題があると、とにかく新品と交換する風潮があります。よく言えば、その製品の故障個所をじっくり確認し、検討を重ねて改良に役立てようという姿勢の表れだということになります。ユーザーに無用で気分の良くない状況に置かないのはいいことです。
 昨日から、無事に届いた交換品のシュレッダーの投入口に、また紙を吸い込ませて、裁断を続けています。今度は大丈夫のようです。書類を裁断して処分する作業が、また始まりました。本を処分する時とは異なり、紙類の裁断は精神的な疲れはなく、かえって気持ちはすっきりします。
 10日ほどの間に、3つものシュレッダーを使うことになりました。今回は何事もなく、不要になった紙の裁断という残務処理が、何事もなく終わることを祈っています。
 
 
 
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2017年03月09日

日比谷の講座受講生の方々と鎌倉期『源氏物語』を実見

 日比谷図書文化館での講座では、国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」を、字母に注意して読み進めています。テキストは、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)を使っています。

 その講座の受講生の方々に、テキストとして使用している橋本本を、実際に国文学研究資料館で見てもらいました。日頃は、白黒印刷の影印版で読んでいる写本です。その700年前に書かれた原本を、ご自分の目と手で読んでもらうのですから、毎回みなさま方は楽しみにして参加なさっています。
 今日も8名の方がお集まりでした。

 用意したのは、3種類の鎌倉期に書写された『源氏物語』です。

(1)榊原本、16冊(内一冊は室町時代)
(2)橋本本、3冊(1冊は展示中)
(3)「若菜上」、1冊

 一昨年来、何度かこのような実見の機会を設定した関係で、2度目の方も3度目の方もいらっしゃいます。やはり、原本を読む機会を得ると、数百年前に書かれた写本の世界に引きずり込まれます。古写本の魅力に取り憑かれるのは、本当に贅沢なことだと思います。

 今日も2時間半をかけて、説明をしながら見ていただきました。
 この催しは、今回で一応終了となります。
 毎回、拙い説明で恐縮しています。たくさんのご質問をいただき、私もいい勉強をさせていただきました。700年前に書写された『源氏物語』を目の前にして、みなさまと自由にお話ができるのは至福のときです。
 来年度からは、また新たな場所で、魅力的な写本を見ていただく用意をしています。
 本との出会いの旅を、ご一緒に楽しみましょう。
 
 
 

posted by genjiito at 22:43| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年03月08日

京洛逍遥(432)紫式部と小野篁の墓所で見た蜜柑

 昨日は、茶道資料館から歩いて堀川北大路まで行く途中で、久しぶりに紫式部と小野篁の墓所に足を留めました。島津製作所の隣です。この敷地は、いつも手入れが行き届いています。
 西向きの入口から、橙色の蜜柑らしい果物が樹上に見えました。柑橘系の果物としておきましょう。

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 お墓の手前のところで見上げると、立派な実をつけています。

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 紫式部のお墓の右隣に小野篁のお墓があります。共に、お墓というよりも墳墓という方がいいと思います。

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 小野篁と紫式部が並んでいるのは、学生時代に教わったことによると、小野氏の唱導文芸者集団と関係するからだそうです。その教えの影響からでしょうか、私は今でも、『源氏物語』の作者を紫式部という一人の女性に特定しません。紫式部が『源氏物語』と関わったことは『紫式部日記』からも確かなことです。しかし、それが今でいうところの物語の作者とは違うと思っています。
 紫式部は、『源氏物語』という一大長編物語を編集した人であって、『源氏物語』は紫式部という一個人によって書かれた物語ではない、と考えます。編集は監修としてもいいと思います。その意味からも、こうして紫式部のお墓に立ち寄るのは、あくまでも遺跡としての意味を大事に伝えていきたいからです。

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 ひっそりとした一角にあるので、見過ごす方が多いようです。堀川通を北上し、北大路通りの少し南に下った西側にあります。
 このブログで、これまでにこの紫式部の墓所をどのように紹介していたのかを調べたところ、詳しくは取り上げていないことがわかりました。
 よく通る道にあることもあり、意外といつでも記事にできると思っていたようです。というよりも、紫式部にあまり興味と関心が向いていないことの現れなのかもしれません。避けていたわけではないのです。こんなこともあるのです。紫式部と向き合わない自分を、一人でおもしろがっているところです。
 
 
 

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2017年03月07日

茶道資料館で筒井先生に武居さんの学位取得を報告

 茶道資料館に、副館長で今日庵文庫長でもある筒井紘一先生をお訪ねしました。
 今日は筒井先生に、武居雅子さんが無事に学位[博士(文学)]を取得されたことをご報告しました。

 筒井先生と武居さんのことは、「茶道資料館で香道具を見たあと筒井先生にお目にかかる」(2013年05月02日)に記したとおりです。
 また、「京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行」(2014年04月25日)でも報告しました。

 武居さんの学位論文は「香道と文学 −江戸中期の香道伝書による文学受容の研究−」です。この快挙を、非常に喜んでくださいました。よく頑張ったな、と。
 国文学研究資料館の総合研究大学院大学関係者はもちろんのこと、それ以上に筒井先生は感慨深げでした。教え子の慶事なのです。

 武居さんが博士論文を刊行するなら出版社を紹介するので、遠慮なく言ってほしいとのことでした。ありがたいことです。

 私が今月で国文学研究資料館を定年退職することなど、いろいろとお話ができました。貴重なお時間を取っていただき、ありがとうございました。

 その後、茶道資料館の呈茶室で一服いただきました。
 お菓子は、二條若狭屋の「早わらび」でした。そして私がいただいた茶碗は、元首相の細川護煕氏が陶芸を始めた初期の作品だとのことです。これもありがたいことでした。

 陳列室では「描かれた茶の湯」(3月29日まで)を見ました。

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 茶道資料館のホームページには、内容が次のようにまとめてあります。


 「日常茶飯事」と言われるように、茶は身近なものとして人々に親しまれてきました。
 室町時代には、寺社など人が集まる場で茶が振る舞われる一方、精神性を前面に押し出した「わび茶」が誕生し、茶室の中で亭主と客が一体となって、その空間・時間とともに茶を味わうようになります。天正15年(1587)、豊臣秀吉が貴賤や貧富を問わず参加を呼びかけた「北野大茶湯」では、800もの茶屋が設けられたと言い、茶の湯の流行をみることができます。男性主体に行われてきた茶道は、明治時代になると、身に付けるべき礼式の一つとして女性たちにも広まり、今日に至っています。
 本展では、主に江戸時代から明治時代にかけて様々な形式の茶の湯を描いた絵画を紹介します。


 今回の展示で、私は次の4点に注目して拝見しました。これは、男性中心だった茶の湯が、明治時代中期になると女性が嗜むようになったことがわかる図様だからです。


(1)女礼式之図(安達吟光(1870-1900)画、明治20年(1887)、今日庵文庫蔵)
(2)女礼式之図(安達吟光(1870-1900)画、明治20年(1887)、今日庵文庫蔵)
(3)女礼式茶之湯ノ図(歌川国貞(三代)(1848-1920)画、明治22年(1889)、今日庵文庫蔵)
(4)女礼式茶の湯(楊州周延(1838-1912)画、明治34年(1901)、今日庵文庫蔵)


 明治時代は、文化や文学が大きく回転した、非常に興味深い時代です。
 今後とも、折を見てはこうした資料を丹念に見て歩きたいと思っています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 古典文学

2017年03月06日

突然ベトナムのホテルから予約完了の通知が来ました

 今日、突然のことながら、ベトナムのダナン市にあるホテルから、宿泊予約が完了した旨のメールが来ました。
 3月下旬に、大人2人、子供1人で、私が一泊の旅をするのだそうです。
 自分のことながら、寝耳に水です。

 メールを調べると、その1分前に、私の Googleのメールアドレスを騙って、ブッキングコムのアカウント登録が行なわれていました。
 そして、私がそのメールアドレスの認証をすると、この登録メールアドレスが有効化する、とあります。
 もちろん、そんな認証など、自分の手でするはずがありません。

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 しかも奇妙なことに、有効化の手続きをしてもいないのに、その【1分後】にブッキングコムから「予約確認」のメールが、件の私が登録したというメールアドレスに来たのです。
 予約番号も暗証番号も明示され、デラックス・キングルームが確保されているようです。
 おまけに、「クレジットカードによって予約が確定・保証されました。」とあるので、どうなっているのかますます不可解です。

 私は3年前にベトナムのハノイとホーチミンへ行きました。
 しかし、ダナン市は知りませんし、今のところ用事もありません。
 折も折、東京を引き払う直前のこの多忙な時期に、家族と豪遊旅行をすることになっています。

 送られてきたメールの情報は信用できないので、ネットでブッキングドットコムの連絡先を調べ、電話で直接確認をしました。
 思い当たることがないことを伝えると、予約番号と暗証番号を確認してから、私の情報をチェックしてくださいました。
 そして、連絡用電話番号が、私には身に覚えのないものであることがわかりました。
 私の住所録で調べても、ブッキングコムの方がおっしゃる電話番号を持つ人は、私の身の回りにはいません。

 とにかく、身に覚えのない、当該ホテルへの宿泊予約であることを伝えると、一応は了解してもらえたようで、調べてくださいました。
 そしてその後の連絡で、宿泊ホテルに確認中なので、わかり次第にメールで報告をしてもらえることになりました。

 とにかく、キャンセル料が発生するようなので、大至急対処してもらうことにしました。
 送られてきたメールには、次のようにキャンセル料のことが明記されているのです。


現在のキャンセル料: US$55.90
この予約のキャンセルには、キャンセル料が発生いたします。


 明日の宿泊予約ではなくて、まだ2週間以上もある予約なので、慎重に対処する時間はあります。

 私の個人情報が漏れているのでしょうか。
 早速、思い当たるIDのパスワードを片っ端から変更しました。
 これだけでも、大変な作業であり、手間がかかります。

 ということで、私への連絡がある方は、現在調査中となっている Gmail 経由は避けていただいた方がいいかと思います。
 このブログのコメント欄を利用していただくのが、今のところは一番いいかと思います。

 誰に、どのようなメリットがあるのか、私にはまったくわかりません。
 とにかく、迷惑なことに時間と手間をとられることとなり、本当に困っています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年03月05日

京洛逍遥(431)重要文化財「旧三井家下鴨別邸」でのお茶会

 何度も行こうとして果たせなかった、重要文化財に指定されている旧三井家下鴨別邸へ行きました。
 昨日と今日の2日間、京都伝統産業青年会の展覧会「伝青会」が、旧三井家下鴨別邸で開催されます。東京での仕事に一区切りをつけた後、大急ぎで帰洛して駆けつけました。お茶室に入ったのは、3時までのところを危うく1分前でした。キャリーバッグを引きずって走りました。

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 お茶室は、上の写真の右側です。

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 お茶室については、いただいた資料によると次のように書いてあります。このお茶室は、江戸時代のものだそうです。


茶室は,庭園に面して3畳次の間が付いた4畳半の開放的な広間を配置します。裏側には茶室として極小空間である1畳台目の小間を置き、煎茶と茶の湯(抹茶)のいずれにも対応できたと考えられます。
※非公開


 お茶室の南側の瓢箪型の池には、泉川から水を取り入れた滝流れを見ることができます。

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 私が入ったお茶席では、陶芸家で伝統工芸士の伊藤南山氏と同席でした。世界的に活躍されている方で、今回新たに京都伝統産業青年会の会長になられるそうです。
 ご自分の作品である茶碗・建水・香合・茶杓が、私の目の前で実際に使われています。なかなか緊張する空間に身を置くこととなりました。ただし、私は両足共に調子が良くないので、失礼ながら胡坐をかかせていただきました。

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 先月から、引っ越しのドタバタ騒ぎの中にいました。昨日までとは打って変わって、まったく異質な時間の中にいることを肌身に感じ、不思議な気持ちになりました。

 お菓子は、西陣にある和菓子屋聚洸の「なたね」でした。予約をしても、なかなか手に入らないお菓子だそうです。


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 その後、銀行・生命保険会社・女子大学を日本で初めて作った女性起業家広岡浅子の手紙(複製)を見たり、庭を散策しました。

 「忙中自ずから閑あり」とは、まさにこの今の自分のことを言うのでしょう。
 
 
 

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2017年03月04日

読書雑記(195)安部龍太郎『等伯 下』

 この作品『等伯』は、下巻を読まないと作者の思いが伝わってきません。話が進むにつれて、等伯の姿が鮮やかに立ち上がるからです。

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 長谷川信春は、天正13年(1585)に二度目の上洛を果たし、幸運にも絵屋を営むことになりました。
 その後、狩野永徳に認められ、息子の久蔵が永徳の元に弟子入りしました。長谷川派を起こそうとしていた信春にとって、狩野派に息子を取られたことで微妙な気持ちが渦巻きます。その後の、信春と永徳の心理劇が見物です。
 大徳寺の三門造営から利休が出てきます。信春から見た利休が興味深く描かれていて、新しい利休像が生まれています。
 春信は、狩野永徳に負けない絵師を目指しています。その永徳が卑小な男として描かれていました。小気味良いくらいに、永徳の惨めな様が印象的です。
 静子の後添えとして清子のことを思案しながら、仏間で亡き静子と語るくだりはいい場面です。井上靖が得意だったように、死者との対話は難しいものです。安部のこれからが楽しみです。
 仙洞御所の西に造営される対の屋の衾絵を担当することで、等伯は大金を工面して何とか着手までこぎ着けました。しかし、永徳の悪巧みで中止となり、お金も仕事も取り上げられました。この経緯が詳細に語られており、本巻の読みどころでもあります。等伯の腹立たしさがよく伝わってきます。
 利休とのことも詳細に語られます。石田三成を悪役にして。
 利休切腹の段は、等伯の視点から描かれているので、一味違った利休像が味わえました。一条戻り橋に晒された利休の首を見やる等伯が、生々しい状況での描写となっています。三門に飾られていた利休の木造に踏まれる生首のことを思い、等伯は利休の肖像画に打ち込みます。その苦悩も、見事に描かれています。
 その後、等伯と久蔵親子の絵をめぐるやりとりが展開します。
 人間が真の姿を見る目について、次のように言います。
「お前が描いているのは、狩野派の様式を通して見た松だ。裸の目で見た真の姿を写し取ってくれ」
「人の目とは不思議なもので、自分が学んだ知識や技法の通りに世界を観てしまう。それは真にあるがままの姿ではなく、知識や技法に頼った解釈にすぎない。」(255頁)
 等伯は息子とともに、故郷の七尾に旅をします。22年ぶりの帰郷です。長かった物語を振り返る設定です。そして、亡き妻静子の慰霊の旅でもあります。
 語られる等伯の姿が、次第に重みを持ちます。巻末に向けて、作品に重厚感が伝わってくるようになります。この等伯の物語を書き継ぐ中で、作者が成長していることを実感しました。
 読者にとっては、生き続ける勇気がもらえる一書になると思います。【5】
 
 

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2017年03月03日

読書雑記(194)安部龍太郎『等伯 上』

 安部龍太郎の『等伯』(日本経済新聞社、2012.9)を読みました。
 まずは上巻から。

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 等伯の本名は長谷川又四郎信春。
 染物屋の長谷川家に11歳の時に養子に入った信春。絵仏師をしていた彼が33歳の時、兄の事件に巻き込まれて、義理の両親に悲劇が起きます。そして、追われるままに、親子三人で能登から京へ。
 事件と人物が丹念に描かれています。信長の比叡山焼き討ちの中での人々も、迫力あるくだりとなっています。この丁寧な語り口が、安部龍太郎の作品を支えています。
 人間が持つ八識という感覚の世界に興味を持ちました。


 人間には眼・耳・鼻・舌・身・意という六つの識があり、それぞれ視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、知情意をつかさどっている。その先の第七段階にあるのが末那識で、自己という意識を生み出す心の働きのことである。
 この末那識が他の六識を統合して自分らしい生き方を生み出すわけだが、その一方で自己にこだわる心が執着となって悟りにいたるのを妨げる。
 それゆえ修行者はここを乗りこえて第八段階の阿頼耶識まで進み、執着から離れて真如に至らなければならない。
 真如とは在るがままの姿、存在の本質としての真理のことだった。(143頁)


 時代背景を描き、社会情勢を語ることに筆を費やしています。この点が、私に退屈さを感じさせることになりました。しかし、そうであっても、資料や史実に正確な物語ではなく、人間を描くことを主題にした作品となっています。
 信春と妻静子の仲睦まじい姿は、人の温かさを感じさせてくれます。相手を思いやる二人がよく描けています。
 ただし、私は安部氏の文章に身を委ねて読み進むことができませんでした。どこか、他人事のように話が展開していると思えるのです。これはどこに起因するものなのか、何だろう、どうしてだろうと思いながら頁を繰っていました。そして、気づきました。作者は読者である私に向かって語ってはいないのだ、ということです。自分を納得させるために書いているのです。
 上巻の終盤で、感動的で胸が詰まる場面があります。
 27年間連れ添った妻の静子が、次第に弱っていきます。信春は、静子のために故郷である七尾の景色を、三方の山水画に描こうとします。注文があったことにして、二人の合作にしようとするのです。夫婦の心の交感がしみじみと語られます。作者安部が得意とする描写が出色です。苦楽を共にした者が互いに最後の想いをぶつけ合う場面は、情を掻き立てるものがあり、読み応えがあります。明日をも知れぬ二人が過去を回想するのは、読者の心に響くものです。
 その後、信春は余命幾ばくもない静子と息子の3人で、故郷の七尾を目指します。琵琶湖を越え、敦賀まで来たところで静子は信春の腕の中で力尽きるのでした。【4】
 下巻は明日にします。
 
 
 


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2017年03月02日

橋本本「若紫」で同じ文字列を同じ字母で傍記している例

 いつものように日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻の字母に注目しながら読んでいます。
 今日は、講座の受講生の方から、貴重な意見をいただきました。次のように書かれている箇所をどう読むか、ということです。
 14丁表で終わりの2行は、次のようになっています。

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 この最終行の手前の行間に、なぜ「よし堂ゝ」とあるのか、というのが問題なのです。
 その直前の行末にある「よし堂ゝ」と同じ字母で書かれています。それも、ほとんどが右横に傍記されるのに、ここでは左側に傍記されているので、なおさら不可解です。

 ここの諸本を見ると、次のような本文の異同があります。まず17種類の諸本の略号をあげてから、本文の異同を示します。


橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 
 
よきり[橋=大尾中麦阿陽池肖日保高天]・・・・051074
 より[御穂]
 ナシ[国]
 よきおり[伏]
おはしましたる[橋=高]・・・・051075
 をはしましける[大御保]
 おはしたる/し+〈朱〉まし[尾]
 をはしましたる[中陽天]
 おはしましける[麦阿池国肖日穂伏]
よし/し=よしたゝ〈左〉[橋]・・・・051076
 よし[大尾中麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]
たゝいまなん[橋=尾陽御国保伏高天]・・・・051077
 たゝいまなむ[大中池肖日穂]
 たゝ今なん[麦阿]
うけたまはりつる[橋]・・・・051078
 人[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 うけ給はり[尾中高天]
 うけ給[陽]
ナシ[橋]・・・・051079
 申すに[大池御肖保]
 はへりつる[尾高]
 さふらひつる[中]
 申に[麦阿国穂伏]
 侍つる[陽天]
 申すに/〈改頁〉[日]
おとろきなから/き〈改頁〉[橋]・・・・051080
 おとろきなから[大尾中麦阿陽御国肖日保伏高天]
 おとろきなから/前1ら〈改頁〉[池]
 をとろきなから/〈改頁〉[穂]


 受講生の方の意見は、この「よし堂ゝ」は最終行の丁末にある「おとろ」に対する傍記ではないか、というものでした。つまり、「う遣多ま八里つる」と「おとろ〜」の間に「よし堂ゝ」を補入したいのではないか、と見る意見です。ただし、ここに補入記号の○などはありません。

 その時に、私の手元に諸本の正確な翻字資料がなかったので、指摘があったことの可能性を保留にして、私の宿題にさせていただきました。そして今、諸本を調べると、上記のようになっていることが確認できました。

 結果的に、この丁末の「おとろ〜」の前後に「よし堂ゝ」が入るような異文は見つかりませんでした。特に、私が乙類としている大島本などの本文の類が橋本本の校訂に参照されていることを考えても、そうした痕跡は大島本などの乙類にはまったくありません。

 これで、問題は白紙にもどりました。一体、なぜ、この行間に「よし堂ゝ」という文字列が書かれているのでしょうか。間違って書いたとは思われません。間違いだったとしても、ミセケチや削除もしていません。字母が同じ文字列というのも不可解です。
 親本に書かれていたままに書写している可能性もあります。しかし、それでは親本はなぜそのような本文を伝えていたのでしょうか。そうしたことの説明が、今の私にはできません。

 この件に関してご教示のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 変体仮名

2017年03月01日

情報をなかったことにする小道具

 家庭用のシュレッダーを、重宝して使っています。A4の紙が一度に5枚ほど裁断できるものです。
 もう古くなり使わなくなったシュレッダーは、うどんのように細長い紙が出てきました。これは、裁断する方向によっては、書かれている文字が読めるのです。
 最近のものは、紙吹雪のように切り刻まれて出てきます。
 今回の引っ越しでも、このシュレッダーは大活躍しました。個人情報が記された書類や、古くなった名簿、そして住所録に取り込んだ後の名刺などは、こんな時にしか処分することがありません。いつかいつかと思いながら、知らず知らずに溜まっていたのです。
 一気に処分しようとしたせいか、愛用のシュレッダーがモーター音だけを唸らせるようになりました。どうやら、硬質プラスチックの歯車が割れているようです。長時間にわたって、連続して使ったことが壊れた原因のようです。
 すぐに別のものを買いに行きました。家庭用なので、安く購入できます。選択肢は30種類以上もあり、店員さんに相談して迷いながらも、コンパクトなものを選びました。まだまだ、裁断して処分したいものがあるので、少しでも長く連続使用に耐えられるものにしました。
 数十年前までは、個人がシュレッダーを持つなどということは、とても考えられないことでした。せいぜい職場にあるものでした。それだけ生活環境が変化し、プライベートな印刷物が増えたのです。
 そんな中で、郵便物の宛先が読めないようにするために、100円ショップで買ってきた千鳥格子柄のスタンプも重宝しています。
 この他に今気に入っているものは、消せるボールペンです。ペンの軸に取り付けられた柔らかい樹脂の塊でこすると、いつでも文字や絵が消せるのです。目まぐるしく変わる手帳のメモ書きにはもってこいです。
 いろいろと便利な小道具を手元に置いて、せっせと個人情報を隠すことに時間を割いています。
 
 
 

posted by genjiito at 22:30| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月28日

インターネットが使えなかった一日

 子どもたちは、インターネットにどっぷりと浸かる日々のようです。
 内閣府の調査によると、青少年は1日に何時間もインターネットを使っている、ということです。そうはいっても、さして驚きません。便利なのですから。それよりも、いつ、どこで、だれが、だれに、どのようにして聞いた調査なのか、ということが気にかかります。統計は如何様にでも操作出来るからです。

 それはさておき、求める情報をいかに的確に、しかも早く手にするかということは、生きざまを大きく変えます。そのスキルが求められるのが、今の時代だと思います。その適応能力は、若いうちに鍛えておくべきです。ネットで何を見て、何をするかは別にして。

 30年近く前に、出先や海外のホテルから、音響カプラを電話機に取り付けて通信をしていました。ピーヒョロヒョロと鳴る音に耳を澄ませながら、タイミングを見計らって回線にデータを流していた頃と、今は雲泥の差です。

「再録(3)インターネット以前の奮闘劇〈1997.2.13〉」(2009年10月25日)

 今の便利なインターネットを、日々の中で活用しない手はありません。
 とはいえ、今日の職場でのネットの環境は最悪でした。午後6時に研究室を出るまでに、結局インターネットにはつながりませんでした。仕方なく、メールなどはiPhone で確認したのですから、無駄の多い時間の一日を過ごしました。

 このところ、ネットに接続する環境に恵まれていません。データのほとんどをクラウドやエバーノートに置いているので、つながらないと仕事の能率に直撃です。

 結局、今日はインターネットにつながるのを待ちながら、引っ越しの荷造りをして終わりました。本の処分が捗ったのでよしとします。しかし、目の前には大画面のパソコンがあるのに、手元の小さなiPhone の画面とにらめっこで情報を確認しているというのは、まさにマンガです。成熟した情報社会から、突然人里離れた自然の中に身を置いた一日となりました。

 私は、ネットがなかった時代から今を見ています。それに引き替え、生まれた時からずっとネットがある生活をしている若者たちは、突然のネットレスの状態をどう思うのでしょうか。意外と、不便がもたらす新鮮さを楽しむのかもしれません。情報に振り回されない、自分を見つめるいい一日だった、と。

 そうした中で、インターネットの次の時代が待ち望まれています。次は、どのような仕掛けが登場するのか、大いに楽しみにしているところです。若い子たちから、インターネットを使っていたの? と言われる日が近いようです。
 
 
 

posted by genjiito at 22:41| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月27日

文字読み取りアプリ「e.Typist Mobile」で資料整理中

 さまざまな資料を整理しています。
 その中で、特に冊子やパンフレットや切り抜き記事などの処分は、その始末に困ります。
 そんな時、PDFのファイルにした後、 iPhone のアプリである「文字認識・OCRソフト e.Typist Mobile」(Media Drive Corporation、\960)は重宝しています。これまでにも、本ブログに引用したテキストのほとんどは、このアプリで文字認識をしたものです。

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 ネットでの評価を見ると、惨憺たるものが散見します。しかし、何かと欠陥商品を摑まされる私なのに、これは快適に使えるアプリです。ほぼ毎日使っています。
 開発が2012年であり、2014年から更新が止まっているので、不安に思うことがあります。しかし、特に今は不自由を感じないので、このまま使っていくつもりです。
 かつては、パソコン用のマッキントッシュ版の「e.Typist」があり、それを便利に使っていました。しかし、販売がウインドウズ版のみとなり、どうしたものかと思っていたときに、この「e.Typist Mobile」に出会いました。
 確かに、撮影の仕方によってはとんでもない文字列になることもあります。しかし、それは大した問題ではありません。すぐにその場でさっと文字化できることが、一番重要だと思っています。
 今日もiPhone を片手に、「エバーノート」と富士通の「ScanSnap」と「e.Typist Mobile」を駆使して、身辺整理を進めています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:30| Comment(0) | ◆情報化社会

2017年02月26日

東京マラソンで思い出した個人的なマラソン史

 今日は、第11回目となる「東京マラソン」の日でした。このマラソン大会は、東京都知事だった石原慎太郎氏の肝入りで2007年に実現したものです。豊洲の市場移転の問題はともかく、このマラソン大会はいいイベントとして育っていると思います。
 ちょうど宿舎周辺を走者が通りかかる頃、マイクで交通整理を呼びかける車が往き来していました。応援に出ようかと思いました。しかし、荷物を京都に送った後のがらんとした部屋で、運ばずに残しておいた資料で報告書などを作成する仕事に忙しく、気にしながらも外に出るだけの心の余裕がありませんでした。
 夕方床屋さんへ行った時、おやじさんが髪を切りながら、興奮気味にマラソンの話をしてくれました。折り返し地点となった深川の富岡八幡宮の賑わいや、床屋さんの真下が給水ポイントだったことなど、詳しく聞くことができました。

 東京でのマラソン大会というと、一度だけ出場のチャンスがありました。しかし、結局は出ずに終わった45年前を思い出します。何度か書いた通りですみません。私が二十歳になった成人式の時、記念マラソン大会にエントリーしました。しかし、その2日前に、住み込みの新聞配達店が火事となったのです。すべてをなくして焼け出されたために、人前にでるだけの着るものがありません。両親が作ってくれた初めてのスーツも焼け、残念ながら成人式に行けず、マラソンも棄権したことが貴重な成人の日の想い出です。

 生まれつき身体が弱かった私は、小学校3年生あたりから走ってもいいようになり、中学や高校では長距離走が好きでした。一番の得意種目は1,500メートル。

 マラソンや駅伝は、今ではもっぱら観るほうです。

 京都では、駅伝やマラソンのシーズンになると、賀茂川の散策路で隊列を作って走る選手をよく見かけます。駅伝やマラソンでは、家の近くがコースになることが多いので、応援に行くこともしばしばです。

 生まれ育った地では「出雲駅伝」があります。小さい頃の年末年始は、出雲大社の前にあった「いなばや旅館」の「〈か〉の間」(小泉八雲執筆の間)で冬休みを過ごしていたので、出雲大社をスタートする場面が大好きです。
 今月開催された「出雲くにびきマラソン大会」は、大雪のために中止となりました。
 4月には、「奥出雲ウルトラおろち100キロ遠足」があります。

 大阪で高校の教員をしていた頃、学校のマラソン大会では生徒たちと一緒に走りました。あまり恥ずかしい思いはしなかったので、それなりの順位でゴールしていたと思います。

 奈良では、子供たちと一緒に平群町主催の「くまがしマラソン」に出ました。家の前で家族に手を振りながら、楽しく走ったものです。参加者に配られた、「くまがしマラソン」と記されたスポーツタオルを、今も記念品として持っています。
 
 
 

posted by genjiito at 20:20| Comment(0) | 回想追憶

2017年02月25日

「点字付百人一首」の全国大会ができないか

 前回の「高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会」(2017年01月14日)に続き、今月の集まりにも参加してきました。

 高田馬場の社会福祉協議会は、今日は外壁の工事中でした。

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 今日は、広島大学3年生のAさんと一緒に行きました。Aさんは午前中に国文学研究資料館で調べ物をしてから、高田馬場へ来てくれたのです。自己紹介で日本文学の勉強をしていると言った時には、参加者から励ましのことばが飛び交いました。

 今回は、これまでとは少し違って、カルタ取りに集中する会でした。これもまた楽しい体験を共にできました。視覚障害者交流コーナーでは、熱気に包まれた3時間があっという間に過ぎていきました。

 今回は、初めてのカルタ台で対戦した方が多かったので、ルールについてさまざまな意見や感想が寄せられました。この「点字付百人一首〜百星の会」の活動は、まだまだ揺籃期です。そして、大きく発展する可能性を包み込んでいます。

 「点字付百人一首」といっても、さまざまなカルタが開発されています。上の句だけで取れるカルタもあります。初心者が参加しやすいことへの配慮が行き届いています。

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 いつもは読み手としてカルタ取りの指導にあたっておられる方は、自分で初めて真剣にカルタ取りをやった後で、日頃子どもたちにこんなむちゃなことをやらせていたのか、ということを実感した、とおっしゃっていました。どっと疲れたとのことで、こんなにハードなことをやらせていたんだ、としみじみと語っておられたのが印象的でした。

 新しい遊び方の提案がなされ、いろいろなことが試されました。
 「五色百人一首」の緑と橙の札を使ってグループで取り合うやり方は、私にはまだよく理解できていません。

 緑の札の20枚を10枚ずつに分け、お互いが並べたセットを相手側に置くというのは、少し手を加えただけでおもしろさが増したようです。自分が並べたものを相手側に置き、相手が並べたものを手前に置いて5分間で覚えてスタートする、というものも楽しそうです。

 ルールを少し変えるだけでまったく違うゲームになるので、さらに検討を進めると、多くの方が参加できるようになることでしょう。日々創意工夫がなされている百星の会の「点字付百人一首」です。これからがますます楽しみです。

 今日は、さまざまな札の取り方やテクニックを見ることができました。
 以下、バリエーションに富んだ手の動きがわかる写真を並べます。

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 広島から来たAさんが、この「点字付百人一首」の楽しさをすぐに理解したようです。そこで、「点字付百人一首」ではクイーンとでも言うべき理生さんと対戦してみないかと勧めたところ、快く引き受けてくれました。古典文学好きな心を刺激するものがあったのでしょう。
 このようなことになるとは思わず、何も準備をしていない上に、上の句に関する情報が何もないので、目が見えるという一点以外は不利な条件の中で、対戦に臨みました。

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 前半から中盤にかけては、見えない理生さんが有利に試合を進めていました。しかし、後半になると、見えるAさんが挽回してきました。札が少なくなってくると、限られた札の位置を目で追えるので有利になるようです。


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 結果は10対8という、わずかの差でした。
 どちらが勝ったのかは、ご想像にお任せします。
 すばらしい試合を見せてもらいました。

 福島県立盲学校の渡邊さんと話しているうちに、全国大会をしたらいいと思うようになりました。それも、個人戦だけではなくて、晴眼者との対戦や、全盲・弱視・晴眼者の組み合わせによるダブルスなども考えました。組み方によってはいろいろな対戦が可能です。しかも、全国から参加者を募るのです。初心者や上級者などのクラス別けも楽しいことでしょう。

 私の流儀である「とにかくやってみる」、ということでこの提案をしたいと思います。

 東京の関場さん、大阪の畑中さんたちによって、いろいろな趣向で楽しい「点字付百人一首〜百星の会」の運営がなされています。その中に、「点字付百人一首」の全国大会をスタートすることを検討していただけないか、と思うようになりました。いろいろと検討すべきルールや実施要領などを詰める必要があるかと思います。その検討も、楽しく取り組めば、さらに活動への理解は拡がることでしょう。
 今日の思いつきながら、ご検討のほどをよろしくお願いします。

 そんな全国大会のことを、最後の挨拶の中で言いました。今回の進行役であった理生さんからは、いつも夢のある話をありがとうございます、と言ってもらえたので、これは実現に向けて動いていくように思いました。
 この件でのご意見を、本ブログのコメント欄などを通してお寄せいただけると幸いです。

 なお、次回の「点字付百人一首〜百星の会」は、来月3月18日(土)午後1時より、今日と同じ高田馬場の社会福祉協議会の中にある視覚障害者交流コーナーで開催されます。
 
 
 

posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | 視聴覚障害