2026年02月11日

清張復読(87)「速力の告発」(『黒の図説』より)

■「速力の告発 」
 交通事故を話題にする中で、ポイントは加害者ではなくてその高性能を競う自動車産業界のみならず通産省に向いて行きます。主人公は、次のように言います。

「私は妻子の生命を奪った相手は吉村君ではなく、高速力の車を大量生産している自動車会社こそ加害者ではないかと思うようになりました」(10頁)

 本作品が書かれた昭和43年の死亡事故は13,556件だそうです。清張らしい、社会を告発する論法が小気味よく展開します。運転者の優越意識を煽る各社を批判的な目で見ます。

 私は、昭和46年(1971年)に運転免許証を取得しました。この頃に毎年の死者が1万人を超えていることに、交通戦争という言葉を実感として受け止めていました。また、何度も自動車のトラブルを体験し、運転者のみの問題ではなく自動車の製造者側の問題が多分にあることは気付いていました。しかし、清張のように自動車会社そのものへの告発や、具体的な提案までは考えていませんでした。私は、社会の制度を改革する方向へという意識はあったものの、時流に流されていました。この作品を当時読んでいたら、反応はまた変わっていたことでしょう。清張の憤慨は、まさに的を射ていたのです。

 さて、思うように進展しない陳情が、自動車メーカーの社長や、高級官僚に対する恨みとなって募って行きます。くどいように泥臭いやり方で死亡事故を減らす方策を練る男は、次第にピエロのように見えました。作者は、真剣に問題点を追求していることが、読者にするとかえっておもしろおかしく見えるのでした。

 社会問題を先取りした、今にも通ずる内容です。話の流れが犯罪に傾いていく所で、違和感を覚えました。話が捻れていく兆候が見えたからです。
 それにしても、清張の時代を見る目の鋭さがわかる、被害者側からの告発型のミステリー小説となっています。【4】

 なお、底本とした『松本清張全集10』(文藝春秋社、1973.5.20)における本作の末尾に、次の付記があります。今現在は、高齢者が起こす事故が取りざたされています。車が持つ構造上の欠陥や改善には、いまだに至っていません。高齢者を事故の張本人とし批判の対象にして、当の自動車業界は逃げるという構図は、相変わらずです。

「付記
『速力の告発』は「週刊朝日」昭和44年3月21日号より5月16日号まで、9回にわたって連載されたものである。例の欠陥車の問題はまだ起こっていなかった。偶然にも、この小説が終わったころから全国的に騒がれはじめ、各新聞ともその記事を大きくかかげた。メーカーも低姿勢である。小説の主人公、木谷修吉がさぞ喜ぶであろう、というような状況となった。
 しかし人びとは熱しやすく醒めやすい。しばらくすると大問題も忘れられてしまうのではないか。問題は提起されたばかりで、解決はこれからの、まだまだ先のこととなるのであろう。」(56頁)

初出誌:『週刊朝日』1969年3月〜5月




posted by genjiito at 21:55| Comment(0) | □清張復読

2026年02月10日

京大病院で検査の後は集会所でテーブルカーリング

 今朝の大文字山は雪を被っていました。久しぶりに見る寒そうな姿です。

260210_大文字の雪.jpg

 今日は、京大病院で頭部の MRI検査がある日でした。頭の輪切り写真を撮ってもらいます。2年半前、脳の中の血管が詰まったために脳梗塞になりました。他にも監視を続けないと危ない箇所があるので、こうして定期的に診てもらっています。今、もう一本詰まっているのはわかっています。身体を動かすのに大きな影響はない箇所です。
 最近は、身体が突然フラついたり、右足や腰に違和感があったりするので、要注意なのです。毎日ウォーキングをし、毎週の社会人講座で喋り、お茶のお稽古で手を動かしています。麻痺した右半身のリハビリです。
 今日の検査結果は、明後日にわかります。

 帰りに、山中伸弥先生の iPS細胞研究所のすぐ東側で、この季節らしい光景が見られました。
 赤い山茶花、小さくて固い蕾の桜、淡い桃色の梅、そして手前に昨日来の雪。一緒に並んで寄り添っているのが視界に入ってきたので、雪が融けないうちにとすぐに写真に収めました。春の訪れが待ち遠しくなります。

260210_雪桜山茶花梅.jpg

 午後の集会所での集いには、何とか間に合いました。
 今日は、テーブルカーリングというゲームをしました。
 卓上で行なうコンパクトなカーリングなので、誰でも参加できます。
 ルールが単純な割には、意外性もあるので、ワイワイガヤガヤと大いに楽しみました。




posted by genjiito at 21:35| Comment(0) | *福祉介護

2026年02月09日

お茶のお稽古(5)「頑張らないで、楽しく」

 昨夜から雪が降り出し、今朝はあたり一面が薄らと雪景色でした。私(島根県)も妻(秋田県)も、日本海側の雪国育ちなので、小さい頃に雪ダルマやカマクラを作った思い出話は、喋り出すと止まりません。

 大和西大寺へお茶のお稽古に行く頃には雪は止み、道の片隅に残雪があるくらいでした。雪道を歩くことを楽しみに思っていた気持ちは、何となく腰砕けでした。

 いつも最初に、先生からいろいろなお話があります。今日は、茶花は花よりも葉を大切にして生けている、ということでした。つい花に目が行きがちです。しかし、それを支えている葉に気を配る気持ちが大事であることは、考えても見なかったことです。そんな目で、これからはお茶席のお花を見ようと思います。

 今日のお稽古では、最初の課題である立礼の盆略手前を、通しで何とかできました。もちろん、建水を持ち出し忘れたり、お手前がほぼ終わってホッとして、お茶碗を洗ってから茶巾で拭こうとしたりと、アレッということのいくつかはご愛嬌ということで。

 横では、妻が同じく盆略手前のお稽古を、先生についてやっていました。前回に続き2回目です。アドバイスを受けながら、楽しそうに見よう見まねのお手前の練習です。

 ここに来る前に、妻を相手に家で少し練習をしました。しかし、まだほとんど教わっていないことでもあり、帛紗捌きで大混乱となりました。何度やっても、思うようにできません。結局は、今日先生に帛紗の扱いを教えてもらおう、ということで出かけてきたのです。

 その旨を先生にお伝えすると、細かなことは後にして、まずは楽しいことが一番大事です、とのことでした。大らかな対応に、ただただ敬服しました。

 帰りの道々、妻はお茶が楽しいと何度も言っていました。先生の方針が上手く伝わっているようなので、一安心です。

 こんな調子で、我らの茶道とのお付き合いが続いています。
 お互いのスローガンは、「頑張らないで、楽しく」です。




posted by genjiito at 19:51| Comment(0) | *身辺雑記

2026年02月08日

衆議院選挙で投票所へ行き不可解に思ったこと

 衆院選の投票のために、小雪がちらつく中を、近所の小学校の体育館へ行きました。
 いつものように、受け付けの方に投票所入場券の葉書を手渡しました。しかし、「ごくろうさま」の挨拶はなく、私の顔を見て確認するわけでもなく、ノートパソコンの画面と睨めっこをしておられます。そして、ぎこちない手つきで葉書をハンディスキャナで読み取り、画面の表示と見比べると、右の人から投票用紙を受け取れとばかりの身振りがあるだけでした。
 葉書さえ提示すればよくて、いわゆる本人確認などは口頭や目視ではしないのです。

 かつて、村落共同体が機能していた頃には、役場の方は住民の人となりを知っておられました。一目見れば、どこの誰かがわかったのです。しかし、今は見ず知らずの関係であり、今日の受け付けの方のことは皆目わかりません。
 今日も体育館に入り、急ごしらえの会場を見回して、あの映画「スティング」を思い出しました。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが大活躍する、偽の賭博場での大掛かりな詐欺の芝居が繰り広げられる話です。この体育館の投票所も、あの「スティング」のような偽の会場だったら、と妄想を逞しくするほど、とってつけたような場所でした。そして、開票作業も時間差で操作がなされるのです。他の国ならまだしも、ここは日本なのであり得ないと思われます。しかし、そんなことが連想される選挙会場だったのです。

 体育館に入ってから交わした言葉は、私が「お願いします。」と言っただけで、それに対する言葉は何もありません。それ以降も無言劇のまま、出口に向かいました。
 極寒の中での大変な仕事なので、しかたがないことだと理解はしています。
 投票用紙を受け取る時も、「どうぞ」という言葉を期待したにもかかわらず、残念ながら一言も聞こえませんでした。

 小選挙区選挙の投票の後、そのすぐ横で比例代表選挙の投票用紙と、最高裁判所裁判官国民審査の投票用紙を同時に2枚もらいました。別々に投票するものだと思っていたので、2枚同時に渡されたことが意外でした。

 また後ろの記載する台で用紙に記入してから、振り返って投票する時に、2つ置かれているジュラルミンの箱のどちらにどちらの投票用紙を入れるのか、一瞬戸惑いました。2つを見比べると、どうやら色別の工夫がなされているようです。しかし、しばらく箱の前で見定めてわかったことであり、同時に2つの投票をする時にはもっと指示が必要だと思いました。弱視の方は、この色の違いは識別できるのでしょうか。また、箱に貼られている2種類の投票内容の区別はあまりにも文字が小さく、日頃はあまり見かけない漢字の羅列なので、視認性に問題があります。その近くに投票管理者などの関係者を配置しておくべきです。それよりも、別々に記入して、少し離れた別々の場所の箱に投票すべきだと思いました。

 以下に紹介するように、過去のブログの記事を見ると、そのようになっています。今回は急遽実施される選挙なので、手間を省いて簡略になさったのでしょう。

 あるいは、比例代表選挙の投票用紙と最高裁判所裁判官国民審査の投票用紙は、後で仕分けをする時に、どちらに混入していても開票時に間違って入っていた票を開票作業中に片一方に送るので、どちらに入れてもいいのでしょうか。忙しいので、ここは簡略化がなされているのでしょう。

 それにしても、比例代表選挙の扱いが何と軽いことか。
 いかにも、最高裁判所裁判官国民審査と一緒に、ついでにしています、という感触でした。

 ということで、過去の選挙に関する記事を見返してみました。
 投票所に行ったのに投票を断わられたことや、不在者投票の手続のいいかげんな本人確認など、いろいろな経験をしています。そして、今もほとんど変わっていないことがわかります。
 参考までに、その記事を引きます。選挙では、きっちりと厳格にしない方がいい理由が、何かあるのでしょうか。

「衆議院選挙の投票で本人確認がまったくなかったこと」





posted by genjiito at 20:00| Comment(0) | *身辺雑記

2026年02月07日

宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(8)

 シェア型書店HONBAKO京都宇治で開催中の『源氏物語』の変体仮名を読む会も、早いもので今回は8回目です。

 シェア型書店HONBAKO京都宇治は、地域の人々や全国各地の本好きの仲間のコミュニティの場となることを活動の柱としています。さまざまな取り組みで、この空間が人と人との出会いの場となることが期待されます。私が毎月開催する『源氏物語』の古写本の変体仮名を読む会も、そうした場の一つの活動形態として機能すれば幸いです。

 さて、今日の勉強会は前回同様に、さまざまな話題で参会者のみなさんと盛り上がりました。そのためもあり、進んだのは3行だけでした。

 まずは、「宮川保子さんの仕事場から」と題して、雁皮・三椏・麻・二番唐紙(日本での画仙紙)の実物を持参し、触ることで体感していただきました。目に頼る文化が根付いた今の潮流を意識して、私の勉強会では触ることを大事にしています。
 そして、丁子を使った装飾の実際や、料紙を叩く小道具も見てもらいました。

260207_宮川小道具.png

 次に、街中の変体仮名として、「た」の各種バージョンを例示しました。身近な所にある看板などを通して、それぞれの文字に書いた人の字母意識の有無を読み取ってみました。今、ここでは説明の再現は省略します。

260207_たの変相.png

 この時点で、話題が拡散し、変体仮名に関して参会者との意見交換になりました。
 今日は、前回からの参加者と今日からの方を意識したお話しをしたこともあり、いろいろな疑問を抱かせたようです。また、私も具体的な例をあげて変体仮名について説明しました。
 文字は、さまざまな問題を抱え込んだまま、日常に押し流されて意識することなく見過ごしています。街中に散在する変体仮名がそれです。そのために、立ち止まってあらためて見つめると、疑問点が噴出するのです。

 参会者の方には、思いつきでいいので自由に意見を言っていただきました。知的好奇心が旺盛な若い方が集まっておられるので、若いからこそ気付くことがいろいろとありました。こうした意見交換の場は、歳と共に鈍感になっていく私にとっても、いい勉強になります。
 とにかく、正解のない世界を、みなさんと一緒に彷徨いました。

 ということで、本日の相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名の確認は、9丁裏7行目〜10丁表の冒頭部分に認められる重複書写までの確認で終わりました。実質、3行分です。しかし、充実した時間でした。

(1)相愛大学本『源氏物語 橋姫』第九丁裏〜第九丁裏七行目 [変体仮名翻字]

翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
--------------------------------------
[以下、7行目から丁末まで]
しう・ナシ・乃多まひい弖多累尓・【宮】・い登・世ち尓・
を可し登・於ほい多り・され八よと・【御】介し支を・
みいてゝ/(みいてて)・いとゝ/(いとと)・【御心】・うこきぬへく・いひ川ゝけ/(いひ川川け)・
【給】ふ・さ弖・そ乃・【返事】・【有】介ん葉・【何】と可・三世・【給】身世【給】八さりし/身〈次頁〉、身世【給】〈重複〉、(9ウ)
--------------------------------------

 次回は、3月7日(土)の2時からです。




posted by genjiito at 23:02| Comment(0) | ■講座学習

2026年02月06日

宇治での勉強会のチラシを作ってくださいました

 明日の午後2時から、シェア型書店HONBAKO京都宇治の2階にあるシェアスペースをお借りして、古写本『源氏物語』に書かれている変体仮名を読む会があります。
 HONBAKO を運営しておられる山本奈々さんが、宣伝ベタな私のために、この会にふさわしいおしゃれなチラシを作ってくださいました。

260206_宇治で読む会チラシ.jpg


 文字の世界に生きている者にとって、季節感も伝わって来る、こうしたグラフィカルな画像はありがたいものです。
 すでに、InstagramとFacebookで告知をしているとのこと。
 いつもお気遣いを、ありがとうございます。
 会場はJR宇治駅前です。
 スポットでの参加でもいいように資料は当日配布し、毎回読み切りで続けています。
 お気軽にお立ちよりください。




posted by genjiito at 19:53| Comment(0) | ◎NPO活動

2026年02月05日

宇治の病院で『源氏物語』の索引作成をしながら1日を過ごす

 朝8時15分に家を出て宇治徳洲会病院へ行き、帰ってきたのが15時半でした。患者の付き添いの身なので、病院の時間の流れに合わすしかないのです。自分ではどうしようもないことなので、とにかく気長に妻と病院にお付き合いをしています。

 京大病院のように、導線を明確にして電子文具の活用をしないと、高齢化社会に対応し切れない状況がますます続きそうです。もっとも、看護師さんなどの人手が圧倒的に不足している現状では、この設備投資はやりたくても出来ない課題として重くのしかかっていることでしょう。

 現在私は、『源氏物語』の写本の中でもハーバード大学蔵の「須磨」と「蜻蛉」の2冊の古写本の内、第52巻「蜻蛉」を対象とした物語本文の索引を作っています。しかも、変体仮名に対応したデータベースを志向したものなので、『源氏物語別本集成 全15巻』や『源氏物語別本集成 続 全15巻(うち7巻で中断)』で行なったこれまでの手法が転用できません。

 物語本文は、文節に区切ったデータとして、エクセルで管理しています。そのリストをもとにして、「蜻蛉」に関する17種類の写本の翻字データを整理しながら、各語彙に平仮名で読みがなを振り、その読みがなで五十音順の索引を作ろうとしているのです。

 「蜻蛉」は5,500文節あるので、エクセルのセルという小さなマス目は[17種類 × 5,500文節]で93,500マスあります。その一々を目視で確認しながら、データの形式を凡例に沿って統一したり、異文に対応した文節の切り直しなどをしています。
 次の作業シートの冒頭部分は、画像をクリックすると精細表示となり、文字が読みやすくなります。

260205_エクセル52蜻蛉.jpg

 まさに、100年計画の一歩となるものです。ただし前例がないことなので、自由に設計し、折々に形式の変更や手直しをしています。誰もやったことのないことなので、ある意味で縛りのない、自由な作業でもあります。将来、このデータが活用される姿を想像しながら、使いやすいデータベースを意識しているので、夢のある楽しい作業でもあります。

 昨夜からずっとデータの調整をしていて、今朝の4時までコンピュータに向かい合っていました。
 病院では、妻が点滴を受けているそばで、持ち込んだノートパソコンを開いて作業を続けていました。あまり考えることのない単純作業でもあり、細切れの時間を活用して進めています。その意味では、効率は落ちるものの、外出先でも出来る楽しいデータベース構築作業です。

 とはいえ、狭いベッドの隙間や待合室でノートパソコンを拡げての作業は、窮屈で能率は落ちます。今夜も、これから作業の続きをします。眠くなったら手を休める、という仕事の日々が続いています。
 その意味でも、体調管理には気を配りながら、気長に続けていくつもりです。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◎源氏物語

2026年02月04日

宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(第8回)のご案内

 本日の京都新聞山城版「まちかど[宇治]」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の案内記事を掲載していただきました。

260204_NPO新聞掲載.jpg

 会場は、JR宇治駅から歩いて3分(京都府宇治市宇治宇文字2-38)、宇治警察署の裏にあるシェア型書店HONBAKO京都宇治で、2階のシェアスペースをお借りします。
 宇治の地で、宇治十帖の初巻である第45帖「橋姫」に書かれた、鎌倉時代の文字を読み進めています。変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。

 扱う古写本は、相愛大学の春曙文庫が所蔵する『源氏物語 「橋姫」』(断簡)。
 写本の画像は、国文学研究資料館の国書データベースで公開中のものを使い、
資料はすべて、当日の会場で配布します。
 今回は、9丁裏7行目の「しう・乃多まひい弖多累尓・【宮】・い登・世ち尓・」から確認を進めます。

260204_「橋姫」9uL7.jpg

 開催日時は、毎月第1土曜日の午後2時〜4時。
 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。

 『源氏物語』の内容は扱わず、仮名文字を読むことを主眼としており、毎回読み切りです。
 参加費は2,000円。
 次回は、3月7日(土)です。

 毎回の勉強会の様子は、この[たつみのいほりより](http://genjiito.sblo.jp/)に報告しています。前回の活動内容は、以下のサイトから確認できます。1月は休会でした。

「宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(7)」

 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。
 お知り合いの方へのご紹介も、よろしくお願いします。

 なお、当日7日の 12:00 〜 16:30の間に、妻が担当者となって「店名:モモ Handmade」の「お店番」をし、布製のブックカバーなどのチャリティ販売をします。
 よろしかったら、シェア型書店HONBAKO京都宇治の入口近くのテーブルに作品を何点か並べていますので、お手に取ってご覧ください。




posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | ◎NPO活動

2026年02月03日

集会所で楽しんだ鬼退治ゲームと恵方巻きと100歳のTさんがお元気なこと

 今日は節分。いやいや、確かに本来の節分は、立春である2月4日の前日の今日です。しかし、今年に限っては2月3日の今日が立春なので、今年は昨日の2月2日が節分だったのです。
 節分の日は数年ごとに変わり、来年の2027年と2028年は2月3日が節分、そして2029年、2033年、2037年は2月2日が変則的ながら節分になるそうです。ややこしいことです。厳密なことはともかく、今ここでは、2月3日が節分としておきましょう。

 集会所では、新聞紙で作った兜を鬼に見立て、これまた新聞紙を丸めて作った紙つぶてを投げて、テーブルに居並ぶ20匹の鬼を下に追い落とすゲームをしました。
 勝敗は、大きな玉を作った方が勝つようです。
 それはともかく、みんなでストレス発散とばかりに、大いに楽しみました。

 終わってから、恵方巻の事に話が及びました。いつからの事だろうか、などなど。
 先ほど、生成AI氏に聞いてみました。

 結論を簡単に記すと、昭和初期の1930年代から、大阪の寿司商組合の中で「丸かぶり寿司」という商人縁起文化の中で「地域販促イベント」として育ったようです。
 それが、広島のセブンイレブン加盟店のオーナーが「関西の丸かぶり寿司」の習慣に注目し、節分の新商品として1998年に全国キャンペーンとして販売実験をしたところ売り上げが良かった、という報告があるようです。関西の風習と広島の小売実験が、商業的成功例となったとか。そこに、節分の厄払いと方角信仰(恵方)が庶民にわかりやすい形態として相乗りしたのです。

 つまり、1998年頃から、コンビニチェーンなどで全国販売の商品キャンペーンが始まり、その時の恵方巻という名前がこのイベントの用語として使われるようになった、というのが今のスタイルのようです。
 ただし、それ以前の確実な史料は確認されていません。

 さて、昨年12月から、100歳のTさんのことを本ブログで書いていないことについて、お元気かとの問い合わせがありました。Tさんは年末に腰を痛められ、しばらく静養中だったのです。
 今日は集会所の帰りに、いつものお仲間4人でご自宅に立ち寄り、様子伺いに行ってきました。あいにく、Tさんはお休み中でした。息子さんの話では、もう少し暖かくなったら行くそうだ、とのことでした。それを聞いて、みんな安堵しました。

 その後、Tさんに渡し忘れていた、集会所で頂いた節分の福豆を届けに行ってきました。今度はご本人が玄関口まで出て来られ、少しお話ができました。いつもと変わらず、声量もお話の中身も、お元気そのものでした。妻共々、抱き合いながらの涙涙の対面でした。しかも、あろうことか、Tさんはご自分でいつものように確定申告の書類を作っていた、とのことです。相変わらず達者なので、集会所への復帰も早いことでしょう。

 早速、集会所でみんなの集いのまとめ役をなさっているNさんに報告しました。こまめに連絡をとっておられるようで、Tさんは声もしっかり出ているのと、食事も美味しく頂いてると言われるので、安心しているところだった、とのことでした。そして、「もう少しお尻叩きますね。」とおっしゃっています。
 気にかけてくださっているみなさま、Tさんは相変わらずお元気で、調子が思わしくないのは腰だけ、ということを、この場をお借りして報告いたします。




posted by genjiito at 23:08| Comment(0) | *福祉介護

2026年02月02日

お茶のお稽古(4)妻がお点前に初挑戦

 毎週、お茶のお稽古で大和西大寺へ通っています。今日が4回目。
 今日の茶花は、桜と椿でした。

 私は、盆略手前のお稽古が続いています。それも立礼なので、戸惑うことが多々あります。
 つい、帛紗や建水に手が伸びたりと、余計なことをしてしまうのです。これも何度かやっているうちに身につくことでしょう。
 すっかり忘れていた茶巾の畳み方も、再度の指導を受けました。準備段階として水屋でやっていることは目に付きにくいこともあり、案外適当にやっていることが、久しぶりだと分かるものです。反省。一つずつ丁寧にします。そういえば、前回は袱紗の畳み方をチェックされました。これは、数年前から何故かあやしいのです。いろんなことがあります。

 今日は、妻が初めて盆略手前に挑戦しました。お手前らしきことはまったく初めてなので、いろいろと苦労していました。笑いを誘いながら、とにかく一通り終わりました。緊張で肩がガチガチに凝り、気疲れは相当なものだったようです。
 先生からは、楽しくやればいいので、細かなことは気にせずにやりましょう、とおっしゃってくださいました。

 終わりにみんなで挨拶をする時に、何か質問はと問われ、若い方がお茶をおいしく点てるコツはなんでしょうか、と聞かれました。何点かあった中で、若い方が点てたお茶はおいしいですよ、とおっしゃったことが印象深く届きました。元気に茶筅を振ると、泡立ちもよくて、ふんわりとできるようです。
 実年齢はともかく、若々しく元気に点てることを心がけるようにします。

 みなさんがなさる水屋の準備や片付けも、少しずつ覚えている所です。妻は、まだ余計なことはしないで見ておく、ということで、邪魔にならない場所で段取りを観察していました。私も、みなさんの手際がいいので、まだ横で見ている状態です。足手まといにならないように、ボチボチと慣れて行くことにします。

 みなさん、先生からのヤンワリとしたアドバイスを受け、頭を捻りながらも、元気に明るく笑ってごまかす術を心得ておられる方々です。こうして、楽しい雰囲気の中でお稽古が続いています。




posted by genjiito at 21:27| Comment(0) | *身辺雑記

2026年02月01日

京洛逍遥(967)東寺のガラクタ市(2026年2月)

 中央公園を抜けて駅に向かう道々で、椿が元気一杯に咲き誇っていました。陽光の中の椿並木を歩いていると、もう春かと思います。来週からまた寒波がやって来るそうなので、束の間の陽気です。

260201_公園の椿.jpg

 毎月第一日曜日は、東寺のガラクタ市。南大門の前では、鷺が出迎えてくれました。

260201_鷺と南大門.jpg

260201_五重の塔と鷺.jpg


 今日から2月ということもあってか、雛人形が多く出品されていました。

260201_雛人形など.jpg


260201_ひな人形1.jpg

 先月の初弘法のように、食べ物屋さんはまったく出ていません。あくまでも、骨董品や古道具が中心です。
 お茶道具も数多くあった中で、お茶を点てながら、そしていただく方も自然に顔が綻ぶような絵柄の茶碗を見つけました。少し歪んだ形も気に入りました。手前には「福」の文字が見えます。一昨日の集会所でのお茶会には間に合いませんでした。来年のお正月のお茶会では、この茶碗でみなさんに福を摑み取っていただきましょう。

260201_お多福茶碗.jpg

 妻は、いつものようにカバンを作る時の布地にする帯を、ひたすら買い漁っていました。この前に買ったお店のおばちゃんが見当たらないようです。境内狭しと飛び回っているので、スマホでお互いの位置を確認しながら、2人でそれぞれにガラクタ探しです。

 東寺の境内を物色しながら、立ち止まりながらブラブラと歩き回っていたので、腰が何となく怠くなりました。
 今日の歩数は13,713歩。いつもより少し多めでした。




posted by genjiito at 21:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月31日

清張復読(86)「内海の輪」「死んだ馬」(『黒の様式』より)

■「内海の輪」
 考古学の大学助教授と兄嫁だった女との愛人関係の話です。男の気遣いが、丹念に描かれています。そして、女の新たな夫との関係での分別が、2人のバランスを保っていました。しかし、その女の理性が崩れて男に傾きかかって来た時、男はうろたえます。これは危険なことだと。そして、話はお決まりの、男が女を亡き者にする展開となります。
 犯人探しは難渋を極めました。しかし、発掘調査での発見がキーとなり、偶然のことから犯人の目星がつきます。意外にも、タクシーの運転手からでした。有馬温泉の近くの蓬莱峡が印象的です。ここでの展開は、少し強引な幕引きのように思われます。清張らしい、じっくりと詰めていく余裕が、執筆生活であまりの忙しさから時間もなかったかもしれません。
 終盤が時々甘くなる、清張の作品の一つと言えそうです。【2】


初出誌:『週刊朝日』1968年2月〜10月

底本︰『松本清張全集 9』(文藝春秋社、1971.12.20)

原題︰「霧笛の町」

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。

「緊密な伏線と精妙な心理描写が光る倒叙ミステリーの秀作。」(127頁)




■「死んだ馬」
 和風建築が話題として取り上げられます。その社長の妻はバーの叩き上げです。そして、社長の後を乗っ取ろうとして、一人の有能な男を色仕掛けで引き寄せます。
 夫は65歳。いろいろな点で衰えが見えたとして、老境という表現がなされています。今との、時代の落差を感じました。
 さて、物語は社長が殺され、さらに又別の殺人事件が起きます。犯人の特定に当たっては、一瞬の狼狽が引き金となっています。この、微妙な心理の綾を描き出すのが清張の腕であり、読者がうなづかせられるところです。そして、最後の詰めの的確さに感服しました。【5】


初出誌:『小説宝石』1969年3月

底本︰『松本清張全集 9』(文藝春秋社、1971.12.20)





posted by genjiito at 21:12| Comment(0) | □清張復読

2026年01月30日

集会所で新年のお茶会(2026年)

 集会所で新年のお茶会をするのは3回目です。年に一度のことなので、昨年はどのようにしたのか、あまり覚えていません。しかし、以下の2本のブログを見て、道具を揃えました。
 茶碗26客、茶筅3本、茶杓2本、棗2個、菓子鉢1個などです。

1回目︰「集会所でささやかな新年のお茶会」(2023年01月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/190056137.html
(※2024年は私が脳梗塞になったために実施しませんでした。)
2回目︰「集会所で新年のお茶会(2025年)」(2025年01月17日、http://genjiito.sblo.jp/article/191216016.html

 今年も、主催者であるNさんとお手伝いの方々が、宇治川にまつわるお茶菓子、地元の小山園の抹茶、懐紙、そしてお湯の手配などの用意をしてくださいました。

 昨日、河原町三条にある花卉(かき)の老舗である「花政」でいただいた茶花の内、椿は始まる10時には開花しませんでした。

260130_お茶会2.jpg

 まず、テーブルに並べた抹茶茶碗の中から、ご自分が気に入った物を手にしていただきます。次に、あらかじめ用意していただいたお湯で茶碗を簡単に濯いでから、自分の席の前に茶碗を置きます。抹茶が入った棗が回ってくるので、茶杓で2回掬い取って茶碗の中に置きます。
 お湯は、急遽ヤカンを用意していただき、お手伝いの方に注いでいただきました。このあたりは、今後のためにも要検討です。
 そして、お茶は、みなさんに自由に点てていただきました。ただし、茶筅はクルクル回すよりも縦に振った方がやりやすい、という説明はしました。

260130_お茶会1.jpg

 いつものようにお喋りをしながら、見よう見まねで楽しく点てておられました。服するのも、お好きなようになさっていました。

 お茶会が無事に終わると、みなさん、口々に楽しかったとおっしゃっていました。みなさん、それなりに楽しんでおられたので、今後は、少しずつお作法の一端をお話したら良いのかな、という感想を持ちました。

 椿は結局、終わるまでには開きませんでした。

260130_椿の蕾.jpg

 「花政」の方は、10時には咲くようにアドバイスをくださいました。しかし、昨夜泊まった「花政」の隣の宿の空調を、もう少し暖かくしたらよかったのかな、と思っています。蕾が、この1時間半の間にでも、少し膨らんだようです。咲かなかったら咲かないなりに、みなさまと話題を共有することとなり、茶花の話で盛り上がりました。お花の話となると、みなさんそれぞれに意見をお持ちのようでした。

 時間内に、持参した茶碗や道具類をキャリーバッグに入れ終えることができました。私も、片付けの要領がわかってきました。と思っていた時に、棗を一つ机から床に落としたために、抹茶の粉がフロアーに散りました。気が緩んだせいです。お手伝いの方には余計な手間をかけてしまい、すみません。これで、今回も無事に終了です。

 みなさま、お疲れさまでした。
 来年も楽しい新年のお茶会となるように、アイデアを凝らして準備をしておきます。




posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | *福祉介護

2026年01月29日

京洛逍遥(966)美術館えきの写真展と江戸時代創業の茶花屋さん

 京都駅の西口改札前にある「おみやげ街道 亰(みやこ)店」に、「京都離宮」という出汁巻き玉子のお店がありました。実演をしていたので、しばらく見ていました。

260129_出汁巻き.jpg

 大きくて厚い玉子焼きを見ながら、これまでにおいしいと思って食べたことがないことに気付きました。玉子が大好物ではないことも関係するのでしょうか。目の前で玉子がしだいにぶ厚くなって行くのを見ながら、今度機会があれば口にしてみようかと思いました。

 そのすぐ横の伊勢丹の中にある美術館えき KYOTO で、「写真展 今森光彦 にっぽんの里山を旅する」を観ました。初めて知った写真家です。日本の田園風景を切り取った写真を見ながら、小さい頃に育った生まれ故郷の出雲を懐かしく思い出しました。
 次のポスターに使われている写真は、妻の故郷である秋田側から見た鳥海山だそうです。昨秋11月に、私も車窓からみた山です。

260129_今森写真展.jpg

 山、川、水、滝、森、植物、田圃、村などなど。考えさせる展覧会ではなくて、感じさせる写真展です。意識は過去に向けて想像が飛びます。しかし、おのずと今との対比を心の中で繰り返すので、結構楽しみながら写真を見て回りました。疲れを感じさせない展覧会は初めてです。サーッと観ました。それでいて、今さまざまな風景が蘇ります。不思議です。

 帰りは、大階段に出て歩いて下りました。途中で、京都タワーが額縁の中に収まって望める一角があることに気づきました。この空間は、意図的に作られたものなのでしょうか、偶然でしょうか。私は、たまたま生まれた光景だと思います。

260129_京都タワー.jpg

 今日は、突然ながら、京都市内の三条に泊まっています。宿のすぐ裏手に、茶花を専門に扱う花屋さんの「花政」があります。この花屋さんは、1861年(文久元年)に河原町三条で創業して以来、花卉(かき)業界の老舗として知られています。

260129_花政.jpg


 ちょうど明日の午前中は、いつもの集会所で年に一度の新年のお茶会をする日です。昨年は茶花は飾らなかったので、今年は机の上に置く事にしていました。京都に行くので、どこかにあるだろうとは思っていました。それが、ちょうど宿の真裏にあるというのです。いいタイミングで、しかも老舗の茶花を花挿しに入れることができます。偶然とはいえ、いつもながらのラッキーな巡り合わせです。

 お店の方に教えを請うと、親切に相談に乗ってくださいました。大和西大寺でのお茶のお稽古のお茶室に、先生はご自宅で咲いた椿と臘梅を飾っておられたので、それを希望として口にしました。すると、椿の花と葉の具合を丹念に見比べて、いいものがないと言いながらもこれにしよう、と言って一本を選び出して下さいました。また、臘梅はポリバケツをひっくり返して上に上がり、高い所にあった枝を見定めて2本選んでくださいました。

 椿と臘梅を組み合わせて眺めながら、この枝はいらないとか、この花はない方がいい、とかおっしゃっています。私にお花の心得があると思っておられたようです。とんでもないことです。いいように整理してください、とお願いすると、丁寧に花や枝を取り除いて整えてくださいました。
 そして、明日の朝10時に花が咲くようにしたいのですが、と我が儘を言うと、宿は暖房が入っていて暖かいから、花瓶に挿して一晩置くといい、とのことでした。至れり尽くせりで、ありがたいことでした。

 宿に着くなり、フロントの方に事情を説明すると、すぐに花瓶の手配をしてくださいました。後でお部屋に届けます、と。チェックインが終わり、エレベータに乗ろうとしたまさにその時、先ほど横におられた2人の女性の方が大急ぎでガラスの花入れを持って来て、ドアが閉まる直前に手渡ししてくださいました。

 部屋に入るなり、まずは茶花の世話です。

260129_茶花.jpg

 この花を明日は集会所で花瓶に入れ、様子を見ながら花と枝と葉がスッキリするように手入れをします。さて、どのような姿にこの花を入れることになるのでしょうか。楽しみです。

 下鴨に住んでいた頃には、この三条周辺は徒歩圏内でした。勝手知ったる街なので、妻とブラブラ高瀬川沿いと木屋町や、河原町通の「京都BAL」の中にある丸善京都本店で、新刊本の情報収集をしました。ここは、梶井基次郎の小説『檸檬』の舞台として知られており、約100万冊の蔵書を誇る書店です。

 夜の河原町や寺町をのんびりと散策をして、三条通にある宿に帰りました。1階にある京都ゆかりのパン屋さんの「進々堂」では、多くの人が集って大賑わいでした。




posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月28日

ネットで「WordPress」に関するセミナーに参加

 現在、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では WordPress を活用した情報発信を展開しています。息子のアドバイスを受けて、2014年1月に「さくらインターネット」のレンタルサーバーを契約し、そこにインストールした WordPress を基地として、[海外平安文学情報]・[古写本『源氏物語』の触読研究]・[NPO法人〈源氏物語電子資料館〉]などのホームページを公開しています。と言っても、実際にはAさんとY君に更新やリニューアルをお願いしています。
 なお、この3つのサイトには、本ブログ左側のバナーの「プロフィール」(下部)にリンクを掲載していますので、折々にご覧ください。

 そのサーバー提供企業である「さくらインターネット」は、インターネットインフラサービスの一環として、さまざまなイベントを開催しておられます。私は、最新情報と脳の活性化を求めて、そのイベントに何度か参加しました。そして今日もズームを使ったネットでのイベントに参加して、いろいろと勉強をしました。

 コンピュータと私の関わりは、1980年2月に TK-80(NEC)で高校の成績処理プログラムを手がけたことに始まります。以来45年の経験があると言っても、草を分けながら歩んだだけで、当今の流れには完全に乗り遅れています。どうにか生成AIの活用にしがみついている、という状況にあります。

 今日のイベントは、「「なんとなく」から卒業しよう! WordPress の仕組み・メリット・運用までを正しく理解する50分」というものでした。講師は、株式会社mgn 代表取締役 大串肇氏です。分かり易い説明でした。しかし、現場からしばらく遠ざかっている私には、付いて行けないところが多々ありました。しかし、得ることの多いイベントの参加となりました。

 事前に提示されていた説明には、次のことが記されていました。

そもそも、WordPress が自社のプロジェクトに向いているかの判断基準や、安全に長く使い続けるためのメンテナンスの重要性など、実務に直結する勘所を株式会社mgn代表の大串肇(めがね)さんがわかりやすくお伝えします。
技術的な知識に自信がない方でも、今後のサイト運営に役立つ視点を持ち帰っていただける内容です。
【このような方におすすめ】
・ WordPress の仕組みを基礎から知りたい方
・サイト更新をもっと安心してできるようになりたい方
・プラグインやテーマの違いがよく分からない方
・トラブルが起きた時に「何が起きているのか」を想像できるようになりたい方
・ WordPressを使い始めたばかりで、正しい運用方法を知っておきたい方

 「プラグイン」や「トラブルが起きた時」については私の理解が及ばず、正直なところアップアップでした。しかし、本日の内容で一番疑問に思っていた、「WordPressに向くサイトと向かないサイトがある」ということはよくわかりました。
 また、ウェブサイトの更新は生成AIの時代に必要か、という疑問についても、今日の説明で解消しました。静的なホームページにおいて、正しい一次情報を継続的に提供することの意義が理解できたからです。インターネットに掲載されている情報から後追いで学習する生成AIとは、その情報の鮮度が違う、ということのようです。静的なホームページを再認識しました。

 現在、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では、WordPress を活用した情報発信を継続しています。この方針でこれからも続けて行っていいようです。
 また、私のブログを WordPress に移行しようと思っていました。しかし、今は急がなくてもいいようです。これは、今後とも検討課題です。

 久しぶりに、頭の芯が熱くなりました。今日はしばらく、心身共にクールダウンする時間とします。




posted by genjiito at 18:38| Comment(0) | ◎情報社会

2026年01月27日

警察署の方から特殊詐欺や自転車の青切符の話を聴く

 今日は、集会所に宇治警察署の方が2人でお越しになり、高齢者向けの話をしてくださいました。いつもの特殊詐欺のことに加えて、今年4月から始まる交通反則通告制度のことです。

 特殊詐欺については、すでに何度か聴いています。偽の警察官による詐欺は、つい騙されるようです。しかし、今日はいつもと違うオチがありました。
 警察の者だと名乗る時に見せる警察手帳に関して、お2人の現職警察官の方が、実際に手帳を取り出して見せてくださった時のことです。これには、みなさんの目が皿のようになりました。釘付けです。私も初めて、この警察手帳なるものの実物を見ました。

 ところが、前の方に座っておられた方の反応で、みなさんがさらに前のめりになって手帳を凝視することになったのです。手帳の上の方に貼付されていた証明写真と、それを見せてくださった方の容姿とが、ありまにも違っていたからです。
 写真は爽やかな青年です。しかし、目の前にはスキンヘッドの強面の方がその写真が貼られた警察手帳を差し出しておられるのです。そのギャップに、一同から騒めきが起きたのです。
 この方の受け狙いのネタなのか、たまたまそんな流れになったのか。とにかく会場が和やかになりました。

 それにしても、偽の警察手帳の話の時にこの違和感のある写真が貼られた手帳を見せられると、何を信じたら良いのかわからなくなります。そもそも、私を含めてみなさん初めて見る警察手帳です。
 関西だからいいものの、ましてや、参会者の中には吉本新喜劇の元座長のお母さんがおられるので、今日は日常的なお笑いの世界の延長として楽しく盛り上がりました。
 これが関東だったら、どのような反応だったのでしょうか。

 次は、この4月1日から制度が変わる話です。自転車の違反に、青切符が切られることです。
 もっとも、自転車に乗っている方、とか、バイクに乗っている方、という質問に手が上がったのは、ごく数人だったのです。これには、担当の警察の方も肩透かしだったようです。
 高齢者が集う場なので、意外と言うよりも当然だったかもしれません。手が上がったのは、ボランティアで参加しておられた方のようでした。

 それはともかく、話の内容や質問は、歩行者が注意すべきことでした。
 ただし、当然のことながら、スマホを使いながらの自転車やバイクのことは、話題とはなりませんでした。この、ながら運転に直面することが日常茶飯事なので、歩行者としての心得の話の中に、高齢者が注意することについて一言あってしかるべきでした。

 また、道路を横断中の交通事故が4割を占めるという話で、この地域は横断歩道が少なすぎるので、その対策などが聴けたら日々の参考になったのに、との感想も持ちました。
 こうしたことについては、お決まりのメニューで用意した話題を展開する前に、事前に地域の特性と参会者の生活事情などをリサーチしておかれたら、もっと身近な話として聴いてもらえたのではないかと思われます。余計なお節介でしょうが。

 この集会所にお集まりの方は、気心が知れていることもあってか、いつも楽しい雰囲気の中でみなさんと一緒にお話が聴けます。また、質問もしやすい環境にあります。
 ありがたいイベントが折々に用意されているので、みなさんの反応も含めて、毎回楽しみにして参加しています。




posted by genjiito at 23:16| Comment(0) | *福祉介護

2026年01月26日

お茶のお稽古(3)の帰りに新たな後発医薬品のことを知る

 今年度から始めたお茶のお稽古も、今日で3回目となりました。細かな手順に迷うことがあるものの、少しずつ流れを思い出しています。

 私は引き続き、立礼の盆略手前の基礎をお稽古しました。特に後半が混乱します。これで何とか終わるという、一瞬の気の緩みのせいでしょうか。しかし、かつての記憶が呼び覚まされていることを、身体の反応から実感しています。

 妻は、今日もお菓子のいただき方や、自分で点ててみることを、先生が言われる通りにやっていました。これも、着実に一歩ずつ進んでいるようです。
 家でもやってみる、と言っているので、これからは私も家で、点てるだけではなくてお茶をいただくことになります。ああでもない、こうでもないと、楽しみながら続けて行きたいと思っています。

 お稽古のお茶室は二部屋あります。私と妻は、その端にテーブルを1台出していただき、そこでイスに座ってお稽古をします。
 目の前で展開する、若い方々が熱心に取り組んでおられる姿は、見ているだけで元気がもらえます。もの怖じせずに、間違えたらすぐにやり直すことは、何事においても大切な心構えであることを学んでいます。

 年と共に、緊張感の中に身を置くことが少なくなりました。その意味からも、週一でのお茶のお稽古は、日々の中でのいい刺激になっています。

 帰りに、大和西大寺駅から一駅目の高の原駅で降りて、これまでに何度か行ったペットショップへ、メダカ用の小物を探すために立ち寄りました。我が家の水槽の中の産卵床に、たくさんの卵がついているからです。

 ところが、お店の奥の一角にある水槽で飼育する魚などのコーナーは、今月末で閉鎖となり、犬や猫のコーナーを拡張するとのことです。棚にはほとんど品物がなかったので、残念な思いでお店を出ました。時代の趨勢と、店員さんが魚のメンテナンスが大変だということが原因だと思われます。他の系列店では、魚などは引き続き扱っているそうです。ということは、もうこの高の原駅で降りて立ち寄ることはなくなります。

 こうした変化は、少子高齢化と関係しそうです。西大寺駅前にあるお店も、行ってみたら何店か閉まっていました。こうしたことは、今後とも加速して行くのでしょうか。賑わいのある街であるだけに、気がかりなことに直面した思いです。

 3日前の「病院通いに伴う行き違いから薬剤師さんの存在を再認識」(2026年01月23日、http://genjiito.sblo.jp/article/191603804.html)に書いたように、あの時に病院からいただいた処方箋には、いつもの糖尿病の薬の1つが入っていませんでした。新しく行くことになった薬局の方がそのミスに気づかれ、すぐに病院へ電話をして対処の手を打ってくださいました。その薬が、今日届いたのです。
 ただし、記載漏れだった薬の発注の過程で、その血糖を下げる働きがある薬には、昨年の8月に承認・発売された新しいジェネリック医薬品があることがわかったそうです。

 これまでずっと、以前の薬局でこの薬を処方していただいていました。しかし、後発品は、値段が千円弱安いのです。
 昨年は、以前の薬局で10月と12月にその先発品を受け取っていました。この時には、すでにジェネリック医薬品としての後発品が発売されていたのです。あの薬局の方は、新しいジェネリック医薬品が出ていることに気付かずに、高い方の薬を渡してくださったことになります。

 今回新しく薬局を変えたことで、こんなこともわかりました。小さな手違いとはいえ、いろいろなことがあるものです。そして、今日も薬剤師の方から、薬に関する詳しいお話を伺いました。いろいろな薬を飲んでいる身には、ありがたいことばかりです。感謝、です。




posted by genjiito at 21:09| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月25日

承前︰相愛本「帚木(断簡)」の「変体仮名翻字版」の全語彙索引の公開

 昨日アップした、「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』の字母の傾向を読む(第5回)」では、翻字を終えたデータから、次の5種類の字母持つ文節を取り出し、相愛本と池田本を対比しながらその傾向を考えました。いずれも出現頻度に偏りがあり、両本の文字遣いに大きな違いがあることがわかる用例となっています。

《者》《介》《満》《遣》《里》

 そこで本日は、それを承けて、それ以外の全用例を五十音順に一覧にしました。ここでも、相愛本と池田本を対比する形でデータを列記しています。ただし、まだ暫定簡易版です。データは正確であるものの、その配列などのさらなる工夫と、適切な補正も必要でしょう。後日、よりよい資料として提供する予定です。ここでのデータは、当座の用としてご利用ください。

 平安時代から鎌倉時代にかけて読まれていた『源氏物語』の本文については、その正確な翻字がまったく公開されていません。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉では、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の本文を「変体仮名翻字版」で正確に翻字して提供する活動を展開しています。今読まれている江戸時代以降に整定された『源氏物語』の本文ではなく、平安時代から鎌倉時代にかけて書写され伝承されてきた本文を、まずは研究の基礎となるべく「変体仮名翻字版」でデータベース仕様のデータを作成する活動に取り組んでいるところです。

 以下の本文と索引の公開は、そうした活動の成果として提示するものです。平安時代の『源氏物語』の本文に興味と関心をお持ちの方に、当座の資料として作成したものです。江戸時代以降ではなく、あくまでも平安時代の『源氏物語』の本文を読みたい方々の活用を期待しての公開です。

 なお、昨日と本日の2日間で公開した情報は、相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語「帚木」』(断簡)の語彙索引です。それぞれの用例が、第何丁何行目にあるものか、また各データの付加情報については、以下の本ブログで公開している「変体仮名翻字版」の本文データで確認してください。
 また、相愛大学本『源氏物語』(断簡)の全画像は、国文学研究資料館からパブリックドメイン(https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100386667/1?ln=ja)として公開されているので、全丁が自宅で自由に確認できます。
 この写本については、下記の第1回のブログを参照願います。

・「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第4回)」

・「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第3回)」
 (2025年11月22日、genjiito.sblo.jp/article/191551409.html)

・「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第2回)」

・「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第1回)」

--------------------------------------
■相愛本/変体仮名版  池田本/変体仮名版
 ※カッコ内の数字は相愛本での出現回数

【あ行】
あ可  わ可
あ介川る  ナシ
あこ盤  あこは
あさう八  あさく八
あさましう  ナシ
あ佐ましうと  あさくは
あさましき尓  あさ満しき尓
あさましや  あさ満しう
あし介れ八  む徒可ら連て
あせ尓  あ世に
あそこの  あそむの
あてゝ  ナシ
あてなる【人】と  あて【人】と
あとや本能なり  あ遣本の【也】
あな可ちなるま尓て  しら累八可り
あな可ち尓  あ奈可ちなる
あ奈可ち尓  ナシ
あなたより八  あ奈堂より八
あねき三能  いもうと乃
あねき三八  あねき三盤
あねなる  あねなる
あ者てそひ  あ者てそ
あ者められ  あ者免ら連
あ者れけ奈り  あ八れ【也】
あ者れ尓  満して
あ者れの  あ八れの
あひおもふましき奈免りと  あひ【思】ふ満新きな免りと
あひみるへき  あひみるへき
あふ  あふ
あへ可  あ免里
あまた  あま多
あやしきまて那んと  あやしき満てなんなと
あやしく所毛ちより多れと免川る  もとめ徒累
あやしくて  あやしくて
あやしと  ナシ
あやにくけなる  あ奈可ちなる
あらしと  阿らしと
あらす  あら須
あらす  ナシ
あらすと  堂可へりと
あらすと  奈しと
あら堂ゝすましき  あら多徒満しき
あらぬ  あらぬ
あらねと  あれと
あらねと  あらねと
あら者れんと  阿羅者連ん
あらむ  あら無
あら免羅か尓も  あらら可尓毛
あらん  あらむ
ありあ介尓て  【有】あ遣にて
ありく  あ里く
あり介ん  あ里介ん
ありさまを  あ里さ満を
ありさま越を  於ほえ越
ありし  あ里し
ありしな可らにて  あ里しな可ら能
ありて  あ里て
ありと八  あるとは
ありやと  あ里やと
ある  あ累
あれよ  あれよ
い可ゝ  い可ゝ
い可ゝとて  い可て可とて
い可ゝわ  い可ゝ
い可ならんと  い可ならむと
い可なる  い可なる
いきの  いき乃
いくゑ  いらへ
いそき  ナシ
い川らと  い徒らと
いて  いて(2)
ゐて  ゐて(2)
いと  いと(18)
いと  ナシ(7)
いと  つら尓
いと  本の【心】うる毛
いとこにそ  い徒く尓そ
いとこより  い徒こよ里
いとふ  いらへ
いと越しう  いと於しく
いと越し可るへき  い可ゝ
い者ぬ【物】そ  い者ぬ曽よき
い者れし堂る  をし奈へ堂る
いひし  いひし
いひ志らせ  いひしら世
いひ者へらんと  の【給】ひみ無と
いふ  いふ
いふお  いふ尓
いふ可ひなくても  いふ可ひなき尓弖
いふ可ひなしと  い婦可多なしと
いふなれ八  いふなれ半
いふもいふも  いふ毛
いふ越  の堂まふを
いへ八  の堂まへ半
いみしかりける  い三志可里遣る
いよ/\  いよ/\
いよの  いよ能
いれ  いて
う井こと奈れ八  宇ひ【事】そや
うき  うき
うさそひ堂りけるを  うちそへ里遣るを
うしと  うしと
うたてあり介る  う堂てあ里遣る
うちあ可め弖  うちあ可免て
うちいて尓くゝ  うちいて尓くし
うち多へて  可き堂えて
うち川けに  うちつ遣尓
うちとけ  うちと遣
うちとけ堂る  うちと遣堂る
うちふし  布し
うちも  うち毛
うちわらひて  うちゑみて
う川ゝとも  う徒ゝと毛
うと/\しう  うと/\しく
うとましき  うと満しき
うへなる  うへなる
うへ尓もわれ  うへ尓毛われ
うらみられて  うら三羅れて
うれしと  うれしと
ゑ  ナシ
ゑさせよ  え佐勢てんや
ゑん尓も  えむ尓毛
お可く新  於も可くし尓
於可しう  於可しと
お可しき  於可し幾
お可しきこと八  於可しとは
於可しと  於可しと
於きて尓  をきて尓
於きなともの  於き那よりは
おくなる  於く奈累
於さ那  於さ奈
於したち  閑くをし堂ち
おしやり  をしやる万て
おそ者るゝ  をそ者るゝ
於ちぬ  いてきぬ
おとゝや  於とうとや
於とも  をとに毛
お尓か三も  於尓可三毛
おの川から  をの徒可ら
お八して毛  【給】て
於者す  於者し満須
おひゆれ八と  をひゆ連と
おほえて  於もへ半
於ほく弖  於ほくて
於ほさる  【給】て
於ほさるれと  されと
於ほされ堂る  於ほゝれ
於ほさんも  多まふらむ
おほ志あ者せられて  於ほしあ者勢ら連遣り
於ほしおこ多る  於ほしをこ堂る
おほしくたしけ類  於本しく多し遣累
於ほしくらす  於ほしわつら婦
於ほしやる  【思】や里
於ほしわ多る  於本しわ多る
おほしわひて  於ほしわひて
於ほ寿  於ほす
於ほすへき  於ほすへき
於ほせ【事】尓  於ほせ【事】尓
於ほ免い  於本免い
於も者す尓も  於も八す尓毛
於もひ  【思】日
於もひ  【思】
於もひ  【思】い弖
おもひ可けか多けれと  於もひの本可奈れと
於もひ可へ寿なり介り  【思】可へすな里遣り
於もひ介り  於もへ里
於もひ志らぬ  【思】日しらぬ
於もひ川ゝけ  【思】徒ゝ遣て
於もひて  【思】て
於もひて  【思】日て
於もひ奈い  【思】
於もひなし  【思】日奈し
於もひなして  【思】て
於もひの  於もひ能
於もひよりぬ  【思】日よ里ぬ
於もひわ多る  【思】日わ多累
於もふ  【思】婦
於もふ  【思】ふ
於もふ  於もふ
於もふ【給】へられ数こそ  於ほえ須こそ
於もふ川る  於もへる
於もふ尓  ナシ(2)
於もふ尓  於もふ尓
於もふらん  於もふら無
於もふらん  【思】ふらん
於もふらん  【思】ふらん
於もふらんと  【思】らむ
於もへりし  於もへ里志
於もへるも  【思】い里堂るさ満毛
於もへ累も  【思】辺累
於もへれ者  於もへれ半
於も本寿  於ほす
【思】へ八  於もひ弖
於もむき  於ほえ奈き
およすけ多る  於よす遣堂累
をりて  於里て
於り毛  まも
於りを  於里を
於んな  【女】乃
於んな八  ナシ
【女】き三  【女】は
【御】可きさま奈れと  【御】可きさ満裳
【御】可へり  【御返】
【御】介者いの  【御】あ里さま乃
【御】けはひ  【御】遣八飛
【御】ことの  【事】
【御】ふ三  【御】布三
【御】ふ三可き  ナシ
【御】ふ三毛  【御】布三は
【御】ふ三を  【御】布三越
【御】む可へにお  【御】む可へ尓
【御心】の  【御心】乃
【御心】尓  【御心】尓
【御心】尓八  【御心】尓は

【か行】
可う  可くし毛
かう  閑く
かうさま尓  いと於しくと
かうし  ナシ
可うような累  かやう尓なる
かゝりて  可ゝ里て
かゝる  可ゝ累
かゝ類  くゆ里可ゝ累
可ゝる  ナシ
かゝる  かゝる(2)
かゝる  可ゝ累
かきい多きて  閑きい堂きて
かきりなし  可き里奈志
可く  閑く
かくて  かくて
かけ  ひ可里
かけかねお  可遣かねを
可しこき  閑し古き
かすならぬ  か寿ならぬ
可多  可多
可多に  【方】乃
可多毛  可多
可多らひ  閑堂らひ
可多らひ  ナシ
可能  いと
可能  閑乃
か能  ナシ
かの  ナシ
かの  かの
かの三  きの可見
可へり  かへ里
かへりみ可ち尓て  可へ里三可ち尓て
か本  可遣
か本  可本
可本尓  本尓
か本尓も  可本尓毛
から可川堂つ  可らひ徒多川
可ろ/\しき  閑ろ/\しき
かろ/\しく  かろ/\しく
き  きゝ
き江まとへ累  きえ満とへる
き可せ介ると  しら世て遣累と
きゝ  きゝ
きこゑ  き古えなと
きこ江志らせんとて  き古えしら世むとてなん
きこ江寿  堂て須
きこゑす  き古え須
きこ江ぬにしも  き古えぬ尓盤
きこゑむと  【申】さむと
きこ江よと  き古えよと
きこ江んも  き古えん
きこゆ  【申】す
きこゆへき  きこえむ
きこゆへきとて  き古ゆへきそとて
きこゆる  き古えし
きこゆれ八  ナシ
きこゆれ八  【申】す尓
きたるき多る  きあひ多る
きちやう越  き【丁】を
きて  みち堂累
きぬを  きぬを
きの可み越  き能可三越
きのふ八  きの婦
き八/\毛  き王/\を
き八とこそ  き者とこそ
き者ゝ  き八ゝ
き三は  あこは
き三毛  きみ八
き三越  古き三
きり弖  き里弖
く八しう  く八しく
く者へ多れ八  く八へ堂れ半
ゝひ  具ひ
くま那う  くま奈く
くるしきを  く累しく
く累ま尓て  もて閑しつきて
けしき  介しき
けしき  【給】そと
介しきなん  【給】なむ
けしきに  やう尓
けしきも  遣しき毛
け尓  遣に
け尓  け尓
け尓と  遣にと
け者ゐ  け者ひ
け者ゐ奈れ八  遣者ひなれ半
け者ゐなれ八  遣者ひなれ半
け者ゐも  ナシ
け者ゐ毛  【御】いらへ裳
こきみ  き三
こきみは  ナシ
こき三わ八  こ越
古こ新  【心】く累しく
古ゝち  【心】ち
古ゝち  【心地】
古こち  ナシ
こゝに  古八
こゝにて  ナシ
こゝに八  古ゝ尓
こゝろてこしつきゑり  満う遣て
こゝろなれ八  あ里遣は
古ゝろゆ可ぬ  【心】ゆ可ぬ
【心】ち  ここち
【心】ち  【心】ち
【心】ち  【心】ち尓
【心】ち尓  ナシ
【心】あ八せて  ナシ
【心】え可多き  【心】えぬ
【心】く累しう  【心】くるしく
【心】く累しう  【恋】しく毛
【心】くるしう八  【心】く累しくは
【心】さまを  【御心】者え越
【心】ち  【心】ち
【心】川きなしと八  【心月】なしとは
【心】川よう  ナシ
【心】と  【心】乃
【心】の  【心】の
【心】の  【心】乃
【心】の  いふ可ひなの
【心】見尓  【心】見尓
【心】やましうて  【心】や満しくて
【心】や万しくて  【心】や満しく
【心】より  【心】よ里
【心】を  【心】を
こと  こと
こと  ことの
こと  ナシ
こと  【事】
こと古所八と  ことこそ八と
ことそと  【事】そと
ことと  【事】可なと
こと尓そ  【事】能八尓可
ことの  ナシ
ことの者ゝ  【事】は
こと八  【心】乃
ことは  【事】は
こと盤  【事】は
こと者りなれと  こと八里奈れと
ことも  遣しうは
ことも  【事】毛
ことや  【事】や
ことやとて  ことや
ことわりなる尓  こと八里なる
こにて  古尓てを
この  か乃
この  古乃(3)
この  古の
古の  こ乃
この  この
こ者  こ盤
こひしきよりも  【心】く累しく裳
こへ八  こふ
こま/\と  ナシ
こまやか尓  古満や可尓
こ毛  こ毛
ころ  古ろ毛
ころ八  本とは
【五六】者可り  【五六日】

【さ行】
さうし  さうしを
さうしくち尓  さうしくち尓盤
さう新のうち  佐うしのもと
さきより  さき尓
さゝさり介り  さゝ佐里遣里
さゝやか奈れ八  ち日さや可なれ半
さゝや可尓て  さや可尓て
さして  堂てゝ
さす可尓  さす可尓(2)
さ堂まらぬ  さ多満らぬ
佐て  さて
さ八  さ者
さ者りて  満いりて
さへき  ナシ
さま  さ満なと
さ満なる於こそ  さ満なる志裳こ曽
さま越  さまを
さま越  遣しきなとの
さ毛  さも
さ毛  さも屋
さらに  さら尓
さらに  佐ら耳
さる  さ累
さる可多尓  ナシ
さるへき  さるへき
さるへき尓や  さるへき尓や
されと  されと(2)
さわ可るれと  満と者るれと
し  ナシ
志可/\なん  志可/\と
し介く  志遣閑らむ
したなり  し多な里
したひきたれと  し堂ひきたれと
し川まりぬる  し徒万里ぬる
して  して(3)
してと  してと
しのひて  ナシ
志ひて  しゐて
志ふ  遣に
しむ者可り尓  しむ八可里
し毛に  しも尓
志も尓なん  志も尓
し羅しな  しら志奈
志らぬ  【思】日しらぬ
志らん八  志らん半
志るし  し累し
し累へ  し累へを
すい多る  寿き【心】尓
すき可ましう八  すき可満しき
すきか万しき  ナシ
すきかましき【心】と八  寿き【心】盤
すき【心】ともゝ  すき【心】と毛
すき/\志き  ひん奈き
すくしてむと  寿くしてんと
すくせ  すく勢
すくよ可尓  すくよ可尓
すくれ多る  すくれ堂る
すこし  すこし
すこし川へう  あ八れ
すへく  ナシ
する  志徒る
すれ八  する尓
せは  勢は
せん  世む
そて能  きぬ能
その  そ乃(2)
そ乃  そ乃
その  ナシ
そへむ  と里そへむ
そらの  そらの

【た行】
堂可うへうも  堂可ふへく毛
堂可ふへくも  堂可婦へく毛
堂可へ尓こそ  【人】堂可へ尓こそ
たくひなき  堂くひ奈き
堂さう/\しからましと  くち於し加ら満しと
堂ゝ  ナシ
堂ゝ  堂ゝ
堂ゝいまなん  堂ゝい満
堂ちより  堂ちよ里
堂ちよりたれ八  さく里より堂る尓そ
多てまつらし  堂て満つらし
多てまつらんと  堂てまつらんと
多て万つり弖  堂て満徒里て毛
堂てま川るとも  堂て満徒ると毛
堂とらす  堂とらす
堂の毛し介なく  堂のもし気なく
堂のもしけなれと  堂能もし【人】盤
たまう  【給】
堂万者ん尓も  【給】者む裳
堂万ひ弖  ナシ
堂まふすと  【給】布る
多万へり  堂満へり
堂万へりそと  満い里
【給】者す  【給】八須
【給】て  【給】て
【給】て  【給】ぬ
【給】ぬ  堂まひぬ
【給】  【給】(2)
【給】  して
【給】  ナシ
【給】尓  ナシ
【給】尓  【給】尓そ
【給】める可那  【給】可奈
【給】ら免  堂満八免
【給】遍し羅さらん  堂まへ佐らむ
【給】へと  【給】へと
【給】へと  於ほ世と
【給】へ八  【給】
【給】へ八  堂まふ
【給】へり  堂まへ里
【給】へり  あ里
【給】へ累  たまへるを布可く
【給】へ累  【給】へ累
【給】へれ八  堂まへれ半
堂れ多尓  それ堂尓
堂をや可なる尓  堂をやき堂るに
ち可う  ち可く
ちきり  【契】
ちゆうしやう  【中将】
ちゆうしやうのき三八  【中将】能きみ八
ちゆうしやうめく  【中将】堂徒
ち里毛  ちりも
川いせうし  川いそう志
川可ふ  徒可婦
川き那く  【月】奈可るへ具
【月】八  【月】は
川よい  徒よき
川らき  つらき
川らきこと  徒らきと
川れなく  徒連なくの三
川れ那くて  ナシ
とう【中納言】  【中納言】の
とお可き  と越き
と可  とうも
と可う毛  ともかく毛
とさま  堂免毛
としころ  とし古ろ
としころも  ナシ
としもやと  ナシ
との尓  と能尓
との尓の三  【大殿】尓の三
とひ  とひ
と万りぬへき  をよ八ぬ
とみ尓  と見尓毛
とりいて  とうて

【な行】
な  奈
な可/\  【中】/\
奈可/\  【中】/\
な可れぬ者可り尓  な可累ゝまて
なきを  なきを
なく  なく(2)
なく  ナシ
なくさ免可多う  なくさ免閑多く
なくて  なくて
なけく  なけく
なけしの  な遣し能
な介れと  な介れと
奈介れと  な遣れと
なけれ八なと  な遣れ半なと
ゝこの志那ゝ奈可/(那この)  な可のし奈可な
なさけなさお  なさ遣那く
奈さへ  【名】さへ
な川可しう  奈川可しく
なと  なと
なとお  あ里さ満盤
奈に【心】毛那く  な尓【心】なき
奈尓ゝ  な尓可は
なへてなと八  なへて尓や八と
な万めき  な満めき堂る
なまわ川ら八し介れと  な満わつら八し遣れと
な三多も  な三多裳
な三/\の  な見/\乃
なやまし介尓さへ  奈や満し遣なる
奈よたけの  なよ多遣能
ならぬを  なら八ぬを
なり  す奈里
なりて  なりて
なるへきみそと  なるへきなと
なる越  ナシ
奈れ八  【所】尓
なを  な越(2)
【二三】ねんこそ  【二年】八可りそ
に本ゐ  尓本ひ
ぬる  ぬる
ね堂るへき  ふし堂るへき
のこりなう  の古里那く
の多ま者すれ八  の堂万へ半
の多まひ川くすへか免れと  の堂まひ川くすへ可めれと
の【給】者せし越  能堂満八さ里し
の【給】  の堂ま八勢
の【給】尓  【給】へ半
能【給】尓  の【給】尓
の【給】へと  の堂まへと
の【給】へ八  乃【給】へ半
乃【給】へ八  の【給】へ半
の【給】へ八  の堂まへ半
能ひ尓  能【給】尓

【は行】
者可那し  於さ那志
者したなう  八し多なく
者つ可しうて  八し堂奈くて
者つ可しけなれ八  【心】者徒閑しき
者つ可しけ尓  ナシ
者つ可し介れ八  王ひ志遣れ半
者川かし介れ八  八徒可し遣に
八と  いと
者那ちて  ナシ
者者可累  【人】乃
八ひまきれて  八飛満き連
者へなれとて  【侍】へ奈連とて
者へ免れと  【侍】めれと
者へらす  【侍】ら須
はへらすなと  のゝしら須
者へらぬと  【侍】らすと
者へり  【侍】な里
者へり川と  【侍】と
者へると  ナシ
者へる八  ナシ
者へるへし  【侍】らさ累辺し
者へれ  【侍】れと
者へれ八  【侍】れ八
者む多し可らす  よろしく
者ら多ち  ナシ
ひきかなく羅免  日き可奈くら免
ひきたてゝ  日き堂てゝ
ひきひろけ多り  ひろ遣堂り
ひきみれ八  日き阿遣
ひと可らとの三  【人】可ら
ひとそ  【人】曽
ひと奈りとも  こと毛
ひと二  【人】尓
ひとの  【人】乃
ひと本【上】の  【人】閑らの
【人】け  【人】遣
【人】志れぬ  【人】し連ぬ
【人】志れぬ  【人】しれぬ
【人】そかし  【人】そ可し
【人】と  【人】と
【人】奈ら八こそ  【人】ならはこ曽
【人】尓  【人】尓
【人】の  【人】乃
【人】の  【人】の(2)
【人】の  ナシ
【人】/\  【人】/\
【人】免  【人】免
【人】毛  【人】と毛
ひ八  ナシ
ふ可う毛  布可くし毛
布可ゝらぬ  布可からぬ
ふさ者しからぬ  ナシ
ふし  い里
ふしことに  満こと尓
ふし堂り  ふし堂里
ふして  ふして
布し/\八  【事】は
ふ川徒可奈る  布つゝ可なる
ふるまひや  布る万ひや
へ尓介る」  へ尓ける」
本可尓  本可尓
本そと  本そしとて
本とに  【所】尓
ほとに  本の可尓
本との  本との
ほと八  本と毛
本の可那りし  本の可な里し
本のくらきに  ナシ
多てま川るも  堂て満つる毛

【ま行】
まいりぬ  万いりぬ
まいるとて  満いるとて
まいれり  満いれ里
まうけ【給】へ累そかし  堂満ふ奈め里
まうのほらんと  万いらんと
まことに  満ことに
まして  うちを
【又】  ま多
【又】  【又】
【又】  ナシ
【又】乃ひ  【又】乃【日】
【又】も  【又】裳
まちいて堂る毛  満ちいて堂るも
まちくらして  満ちくらしゝを
万とろまれ  満とろまれ
ま尓  万に
まゝ者ゝ能  満ゝ者ゝ乃
ま免多ちて毛  万免堂ちて
みあ川むる  みあ徒免堂る
みいれられ寿  ナシ
みえ  みえ(2)
みえ多り  見え多り
みえ川る可那  もて徒遣て裳
三こそと  三からこ曽と
みさらましか者  見さら満し可盤
「みし  「み志
み多てまつりそめし  みし
見しかゝめ里なと  みし可か里奈んと
み多りか者しきお  三た里可八しき
三川からも  み徒可ら毛
三那  三奈
みな可らかう  【身】奈可ら毛
み尓  【身】尓
み尓  【身】
三能  【身】能
三の  ナシ
みの  【身】乃
みへ  みえ(2)
みへしお  みえしを
みゝ尓  ナシ
みゆ  いと於し遣れと
みる  みる
【見】えて  みえて
【見】さわきて  さ八きて
【見】ゆるなりけり  みゆるな里遣り
みわくへうも  みるへき
むけ尓  む遣尓
む川ひ  む川連
むねい多く  むねい堂く
むね川ふれ  むね徒ふれて
むね川ふれ弖  ナシ
め  め毛
めさへ  免さへ
めしいれて  めしいれて
めし多り  めし堂里
免し多れ八  めし多れ半
免し川れ八  めし徒れ半なむ
めしよせて  免しよ世て
めす尓八  めす尓盤
免て堂き  めて堂き
免て多しと  もの尓
めも  め毛
免やすくも  め屋すく
毛堂れ多る  も多る
もてき多れ八  もてき堂れ半
もて那す  もてなし多里
もて者那れ  もて八なれて
毛のし  ものし
ものとれよと  もの世よと
もの尓  もの尓
【申】尓も  【申】裳
【物】  毛のともを
【物】  【人】
【物】尓八  【物】尓し毛
【物】むつ可しきひと  もの於そろしと
【物】を  なさ遣/\しく

【や行】
やう尓なん  やう尓なん
やうも  やう毛
やさか尓  さや可尓
や者らか尓て  やわら可尓の堂まひて
やみ尓き  【猶】
やゝと  やと
やゝと  やゝと
ゆ可しかり介り  ナシ
ゆき  ゆ尓
ゆくさき  ゆく佐き
ゆ免を  ゆ免を
よ  【世】
よ  【夜】
よく  よく
よしやと  よしやと
よ尓  あ堂らしき
よ尓  ナシ
よひ川る  もとめ徒る
より  い里
よる  ナシ
よろ川尓  よろ徒尓
よ越  【世】を
【世】  よの

【ら行】
らうたけ奈れ八  らう堂遣れ半
らうたけ尓  らう堂け尓
れい尓てなむ  堂とひ尓て

【わ行】
わ可  わ可
わ可れす  王可れす
わ可/\新き  あさ満しき尓
わけいり  わ遣い里
わら八【心】ち尓  ナシ
わら八【心】ち尓  わら八【心地】尓
わ里なう  ナシ
わりなく  わ里奈き尓
を可しき  於可しき
をきて  ゝき堂れ半/(をき堂れ半)
をさまれる【物】可ら  於さ満れるもの可羅
をやの  於やの
をや八  ナシ
越くへくも  於るへく毛
越まし尓  於まし尓
--------------------------------------




posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■変体仮名

2026年01月24日

キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』の字母の傾向を読む(第5回)

 キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の玄関ホールには、いつものようにNPO法人〈源氏物語電子資料館〉主催の勉強会の告知がなされています。

260124_京都でG.jpg

 今日は、相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』が先月終わったことを受けて、急遽語彙索引を作成したので、その確認をしました。
 最初に扱った、「街中の変体仮名」と「宮川保子さんの仕事場から」のことは、今回は省略します。

 さて、語彙索引を作成するために使った基礎データは、これまで本ブログで公開したものに拠っています。
 配布した資料は、「変体仮名翻字索引 相愛本「帚木」(断簡)全文  池田本「帚木」 文節単位の対校」と題するものです。今回[変体仮名翻字版]で確認をし終えた相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語「帚木」』(断簡)の全文を、文節単位で並べ替えたデータが基本となります。そのデータに、このキャンパスプラザ京都で数年前に取り組んだ、池田本(鎌倉時代、重要文化財、天理大学付属天理図書館蔵)のデータを、文節単位で対比した資料を、私が暫定簡易版として作成しました。
 この「帚木」の資料は、異なり文節数が755例あり、「帚木」の全5212文節の内の14%にあたるものが検討対象となります。
 なお、元のデータの付加情報はすべて削除しています。また、池田本は日比谷図書文化館の講座に参加しておられたFさんが作成してくださった[変体仮名翻字版]を、初校データとして使用しました。これらは、今後さらに手を加えて、より正確な検討資料としていく予定のものです。

 まずは、相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』がどのような本文を伝える写本であるかを、とりいそぎ文字レベルで傾向を見ました。[重出]とあるのは、同じ用例が別の字母の項目にも出て来ることを示します。

(1)【相愛本 > 池田本】
  相愛本がよく使う字母の確認です。

《者》次の3例ともに相愛本だけが「者」を使っています。
   池田本には「あ者れ」の表記はなく、「あ八れ」が2例あります。

あ者れけ奈り  あ八れ【也】
あ者れ尓  満して  [重出]
あ者れの  あ八れの

《介》これは、圧倒的に相愛本が多く使う字母です。この項目の末尾に「※」を付して掲出したように、池田本だけが使う例は「※けしき  介しき」だけで、後の3例は両本共に使っています。

ありあ介尓て  【有】あ遣にて  [重出]
あ介川る  ナシ
あし介れ八  む徒可ら連て
うたてあり介る  う堂てあ里遣る  [重出2]
於もひ可へ寿なり介り  【思】可へすな里遣り  [重出2]
於もひ介り  於もへ里  [重出]
【御】介者いの  【御】あ里さま乃  [重出]
き可せ介ると  しら世て遣累と  [重出]
介しきなん  【給】なむ
さゝさり介り  さゝ佐里遣里  [重出3]
し介く  志遣閑らむ  [重出]
堂の毛し介なく  堂のもし気なく
奈介れと  な遣れと  [重出]
なまわ川ら八し介れと  な満わつら八し遣れと
なやまし介尓さへ  奈や満し遣なる  [重出2]
者つ可し介れ八  王ひ志遣れ半  [重出]
者川かし介れ八  八徒可し遣に  [重出]
へ尓介る」  へ尓ける」
ゆ可しかり介り  ナシ

※けしき  介しき
※※あり介ん  あ里介ん  [重出]
※※な介れと  な介れと
※※あり介ん  あ里介ん  [重出2]


 次に、池田本がよく使う字母の確認です。

(2)【相愛本 < 池田本】
 池田本では、[満 32例・遣 48例・里 61例]の3つの文字の用例が極端に偏在しています。この3字は池田本の専用文字と言っていいものです。例外としては、「里」の表記において、両本共にあるのが1例で、相愛本のみが2例です。

《満》これは、すべて池田本のみで使われています。
あ者れ尓  満して  [重出]
あさましき尓  あさ満しき尓
あさましや  あさ満しう
あやしきまて那んと  あやしき満てなんなと
あら堂ゝすましき  あら多徒満しき
ありさまを  あ里さ満を  [重出]
うとましき  うと満しき
於者す  於者し満須
なまわ川ら八し介れと  な満わつら八し遣れと  [重出2]
なやまし介尓さへ  奈や満し遣なる  [重出2]
多て万つり弖  堂て満徒里て毛  [重出]
堂万へりそと  満い里  [重出]
なとお  あ里さ満盤  [重出]
の【給】者せし越  能堂満八さ里し  [重出]
まいれり  満いれ里  [重出]
まうけ【給】へ累そかし  堂満ふ奈め里  [重出]
こゝろてこしつきゑり  満う遣て  [重出]
【御】可きさま奈れと  【御】可きさ満裳
き江まとへ累  きえ満とへる
な万めき  な満めき堂る
八ひまきれて  八飛満き連
ふしことに  満こと尓
多てま川るも  堂て満つる毛
まいるとて  満いるとて
まことに  満ことに
まちいて堂る毛  満ちいて堂るも
まちくらして  満ちくらしゝを
万とろまれ  満とろまれ
まゝ者ゝ能  満ゝ者ゝ乃
みさらましか者  見さら満し可盤
わ可/\新き  あさ満しき尓
をさまれる【物】可ら  於さ満れるもの可羅

《遣》これも、池田本のみで使われています。
ありあ介尓て  【有】あ遣にて  [重出]
あとや本能なり  あ遣本の【也】
うたてあり介る  う堂てあ里遣る  [重出2]
於もひ可へ寿なり介り  【思】可へすな里遣り  [重出2]
き可せ介ると  しら世て遣累と  [重出]
さゝさり介り  さゝ佐里遣里  [重出3]
し介く  志遣閑らむ  [重出]
奈介れと  な遣れと  [重出]
なまわ川ら八し介れと  な満わつら八し遣れと  [重出2]
なやまし介尓さへ  奈や満し遣なる  [重出2]
者つ可し介れ八  王ひ志遣れ半  [重出]
者川かし介れ八  八徒可し遣に  [重出]
いみしかりける  い三志可里遣る  [重出]
うさそひ堂りけるを  うちそへ里遣るを  [重出]
【見】ゆるなりけり  みゆるな里遣り  [重出]
わけいり  わ遣い里  [重出]
こゝろなれ八  あ里遣は  [重出2]
うち川けに  うちつ遣尓
うちとけ  うちと遣
うちとけ堂る  うちと遣堂る
おほ志あ者せられて  於ほしあ者勢ら連遣り
おほしくたしけ類  於本しく多し遣累
於もひ川ゝけ  【思】徒ゝ遣て
およすけ多る  於よす遣堂累
【御】けはひ  【御】遣八飛
かけかねお  可遣かねを
か本  可遣
けしきも  遣しき毛
け尓  遣に
け尓と  遣にと
け者ゐ奈れ八  遣者ひなれ半
け者ゐなれ八  遣者ひなれ半
こゝろてこしつきゑり  満う遣て  [重出]
ことも  遣しうは
さま越  遣しきなとの
志ふ  遣に
なけしの  な遣し能
なけれ八なと  な遣れ半なと
なさけなさお  なさ遣那く
奈よたけの  なよ多遣能
ひきひろけ多り  ひろ遣堂り
ひきみれ八  日き阿遣
【人】け  【人】遣
みえ川る可那  もて徒遣て裳
みゆ  いと於し遣れと
むけ尓  む遣尓
【物】を  なさ遣/\しく
らうたけ奈れ八  らう堂遣れ半

《里》末尾に掲出した3例以外は、池田本のみが使用しています。
ありさまを  あ里さ満を  [重出]
あへ可  あ免里
ありく  あ里く
あり介ん  あ里介ん  [重出2]
うたてあり介る  う堂てあ里遣る  [重出2]
於もひ可へ寿なり介り  【思】可へすな里遣り  [重出2]
於もひ介り  於もへ里  [重出]
【御】介者いの  【御】あ里さま乃  [重出]
あり介ん  あ里介ん  [重出]
ありさまを  あ里さ満を  [重出]
ありし  あ里し
ありしな可らにて  あ里しな可ら能
ありて  あ里て
ありやと  あ里やと
いとこより  い徒こよ里
いみしかりける  い三志可里遣る  [重出]
うさそひ堂りけるを  うちそへ里遣るを  [重出]
於ほしやる  【思】や里
於もひよりぬ  【思】日よ里ぬ
於もへりし  於もへ里志
於もへるも  【思】い里堂るさ毛
をりて  於里て
於りを  於里を
かゝりて  可ゝ里て
かゝ類  くゆ里可ゝ累
かきりなし  可き里奈志
かけ  ひ可里
可へり  かへ里
かへりみ可ち尓て  可へ里三可ち尓て
きり弖  き里弖
こゝろなれ八  あ里遣は  [重出2]
【心】より  【心】よ里
こと者りなれと  こと八里奈れと
ことわりなる尓  こと八里なる
さゝさり介り  さゝ佐里遣里  [重出3]
さゝさり介り  さゝ佐里遣里  [重出3]
したなり  し多な里
し川まりぬる  し徒万里ぬる
しむ者可り尓  しむ八可里
そへむ  と里そへむ
堂ちより  堂ちよ里
堂ちよりたれ八  さく里より堂る尓そ
多て万つり弖  堂て満徒里て毛  [重出]
堂万へりそと  満い里  [重出]
【給】へり  堂まへ里
【給】へり  あ里
なとお  あ里さ満盤  [重出]
なり  す奈里
のこりなう  の古里那く
の【給】者せし越  能堂満八さ里し  [重出]
者へり  【侍】な里
ふし  い里
ふし堂り  ふし堂里
本の可那りし  本の可な里し
まいれり  満いれ里  [重出]
まうけ【給】へ累そかし  堂満ふ奈め里  [重出]
み多りか者しきお  三た里可八しき
【見】ゆるなりけり  みゆるな里遣り  [重出]
めし多り  めし堂里
もて那す  もてなし多里
より  い里
わけいり  わ遣い里  [重出]
わりなく  わ里奈き尓

※見しかゝめ里なと  みし可か里奈んと
※ち里毛  ちりも
※わ里なう  ナシ


 なお、【漢字表記の書き分け】は、次の2字において顕著です。
 ※「事」は13例中、両本共にあるのは1例、池田本のみは12例。
 ※「思」は24例中、両本共にあるのは0例、池田本のみは23例。

【仮名表記の書き分け】
※「阿」は3例すべて相愛本のみ。

※「江」は6例すべて相愛本のみ。
※「ゑ」は9例中、相愛本のみは8例。

※「お」は27例すべて相愛本のみ。
※「於」は112例中、両本共・相愛本のみ・池田本のみは均等に出現。

※「須」は8例すべて池田本のみ。

 こうした傾向は、鎌倉時代の古写本において、書承の経路と書写者の違いが影響していると思われます。今後は、さらに使用されている文字の傾向を分析して、写本の仕分けのモノサシとしたいと思っています。

 次は、相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語「帚木」』(断簡)の本文が、現在読まれている大島本とあまりにも違いすぎるので、その本文の内容の違いを確認する予定です。
 これについては、2種類の校訂本文を作成し、その本文を対比することで、物語世界の違いを見たいと思います。
 今回の書写されている文字のことに留まらず、次の本文異同についても先学の研究が少ないので、今は五里霧中の状況に身を置いているつもりで、一歩でも前に進んで行くしかありません。
 折々にご教示を、よろしくお願いします。




posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2026年01月23日

病院通いに伴う行き違いから薬剤師さんの存在を再認識

 京大病院を見下ろす大文字山は、寒波襲来にも負けずに晴れやかな顔を見せています。まだ登ったことがないので、春先にはチャレンジするつもりです。

260123_大文字.jpg

 今年から月曜日にはお茶のお稽古が入ったため、これまでの病院通いの日を順次別の曜日に移しています。
 先週、脳神経内科の診察で京大病院へ行った時に、2月の月曜日に入っていた糖尿病・内分泌・栄養内科の診察を今日にスライドして入れていただきました。先生の空いている時間に予約を入れ替えるのは、多忙な先生方のスケジュールの中で動かすことになるので一苦労です。

 先週、受け付けの窓口で変更してもらった時には、診察の基礎データとなる血液検査を入れ忘れておられたので、気付いた私が入れていただくようにお願いし、事務的なことはやっておくとのことでした。

 今日、予定の診察時間の1時間半前に病院で血液検査の手続をすると、すでに2週間前に脳神経内科で血液検査をしているので、その数値で今日の診察がなされ、検査もキャンセルされている、とのことでした。血液検査などに影響があるので、私は昨夜から絶食です。しかも、30分ほど待ってから受けた血液検査の結果が出るのに1時間。その結果を元にして診察がなされます。そうしたことを見越して、家は9時半過ぎに出ました。6回食の私が2食分の絶食をしたために、お腹が空いている上に、診察の1時間半前に来たので時間が突然空きました。

 これまでは、こまめに検査や診察のことで電話連絡や確認の電話をいただいていたのに、今回は血液検査がないという連絡はなかったのです。診察の時に主治医の先生からは、行き違いがあったようですみません、とご丁寧なお詫びまでありました。かえって恐縮します。こんなこともあろうかと、仕事の資料や本を持参していたので、実害はありませんでした。

 問診では、数値を見ながら特に問題がないので、このままの調子で生活をしていきましょう、とのことでした。
 また、6回食の最終が午後11時頃なので、この夜中の食事をやめて5回目を午後9時までに終える生活に変える、という話もしました。ただし、夜中の空腹感と朝の低血糖には気をつけるように、というアドバイスをいただきました。

 そして、現在飲んでいる薬が10種類あるので、減らせるものがないかと相談をしました。このことは、折々に聞いています。今日は、鉄分を補うクエン酸第一鉄の薬と、神経の伝達に働くビタミンB12を補う薬の2種類は、しばらくお休みにして様子をみてもいいかな、ということになりました。これで、毎日飲む薬は、10種類から8種類になりました。

 帰りに京都駅に立ち寄り、お香の松栄堂さんのお店で、蚊取り線香の形をした渦巻きのお香をいただきました。瀬戸物のお地蔵さんは、使わないままに仏壇の中で眠っていたものです。早速、仏間のお清めとして使いました。背中から薫香が漂っています。白檀の香りがそんなに強くないので、すがすがしい部屋になりました。

260123_地蔵お香.jpg


 病院からは FAX で、変更した自宅近くの新しい薬局に処方箋を送っておいたので、これも帰りに立ち寄って受け取りました。この薬局は、駅から自宅までの中間地点にあるので、行きやすいのです。
 前回は病院側の登録ミスで、送信システムに間違った電話データが入力されていたために、私が受け取りに行った時には処方箋が届いていませんでした。京大病院からこの新しい薬局に処方箋を送ったのは私が第一号だったのです。その後、訂正の連絡をしたとのことで、今日は無事に届いていました。
 ただし、今度は、処方箋にいつもの糖尿病の薬の1つが入っていませんでした。薬剤師の方が気付かれてわかりました。前回、持参したお薬手帳の情報を保管しておられたので、すぐにわかったようです。早速、病院に電話をしてくださり、対処してもらえました。ただし、今すぐには用意できないので、来週受け取りに行くことになりました。これも、行き違いからのトラブルです。

 そして、薬剤師の方に2種類の薬を休止することを伝えると、それぞれの薬の効能と注意すべきことを教えてくださいました。特に、胃酸を抑えるマグミットという薬と、ビタミンB12を補うメコバラミンは一緒に飲まない方がいい、とのことでした。お互いが効能を打ち消し合うからだそうです。

 これまでにも、妻の処方薬でとんでもない副作用のトラブルを経験しているので、こうしたアドバイスは貴重です。あの時は、人格を豹変させてしまうほどの、恐ろしい薬害でした。その後、すぐに京大病院に転院して今があるので、薬の怖さは身に染みています。

 今日、懇切丁寧な説明をしてくださった薬剤師さんに、感謝します。これまでに、主治医の先生からこんなに詳しい説明を受けてきませんでした。また、薬局でも、処方箋を見て簡単な飲み方の注意を聞いたことはあっても、薬の効能や相互作用の詳細は、伺うことはありませんでした。

 以前、下鴨にいた頃に、耳鼻咽喉科から処方された薬が、糖尿病内科と消化管外科から出ていた薬と相性がよくないことを、よく行っていた薬局の薬剤師の方が見つけて指摘してくださいました。これまでを振り返ってみると、怖い思いはいろいろとしてきているのです。

 また、足がむくむことについて、病院の検査では特に問題はないとのことで終わっている件でも、この薬剤師の方からマッサージなどのアドバイスをいただき、妻が熱心に聴き入っていました。これも、ありがたいことです。

 薬局と薬剤師さんは、今後の医療体制を支える大事な役割を担われる存在であることを、あらためて認識しました。そして、いろいな行き違いの中で、薬剤師さんが身近な先生であることがわかったことも、今日の大きな収穫でした。難しく言えば、地域医療の問題です。薬剤師さんのことは、高齢化社会での地域における新たな存在として注目されているようです。
 まずは、いい出会いがあったことに感謝しています。




posted by genjiito at 21:30| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月22日

キャンパスプラザ京都で相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を読む会(No.5)のご案内

 先日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」(春曙文庫)の本文を変体仮名で読む会の案内記事が掲載されました。

260122_NPO新聞.jpg


 今回の会が、「帚木(断簡)」の最終回となります。
 [変体仮名翻字版]で翻字したデータを元にして、「帚木(断簡)」の暫定的な索引を作成しました。それを活用して、どのような語句がどのような字母の変体仮名で表記されているか、ということの確認をします。

 会場は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の6階にある第5講習室です。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第4回)」

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、京都駅から JR の線路沿いに歩いて5分の所です。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。




posted by genjiito at 21:47| Comment(0) | ◎NPO活動

2026年01月21日

京洛逍遥(965)東寺の初弘法と『百人一首』の陶器のこと

 今年最初の弘法市(初弘法)に行きました。

260121_初弘法1.jpg

 境内に露店は、1,200軒が集まったそうです。骨董や食品が所狭しと並んでいます。大勢の方が出かけて来ておられます。日本人が多かったので、少し意外でした。それでも、半分は海外の方のようです。東南アジアの方をたくさん見かけました。お店の方に、簡単な英語や片言の日本語で訊ねておられます。買い漁る中国からの方が少なかったので、穏やかな中にも何かを探す姿勢が到る処で感じられる初弘法でした。新年の晴れやかな賑わいです。

 『百人一首』の茶碗を見つけました。私には高額です。値段の交渉をしても、ほとんど安くならなかったので諦めました。写真だけは撮らせてもらえました。

260121_100人茶碗.jpg

 別のお店で、『百人一首』の12番歌である僧正遍照の歌を書いた徳利を見つけました。これはコイン1枚にしてもらえたのでいただきました。

260121_徳利1+2.jpg

 【天】津
     可世
  くも能
   可よひち
 【吹】きとちよ
  【乙女】能
    す可た
 し
  は志
  とゝめん

 弘法大師の御影堂の近くで、法会に向かうお坊さんの列に出会いました。自然と頭を垂れる姿勢になり、胸に手を合わせます。

260121_僧侶.jpg


 今年も、猿回しに出会えました。ちょうど、終わりの挨拶をするところがいいタイミングで撮れました。

260121_猿回し.jpg

 いつも立ち寄る門前のお花屋さんで、秋口にはなかった白式部の花のことを聞きました。なかなか入って来ないので、秋まで待ってくれとのことだったので、気長に待つことにします。

 今日は、修学旅行生がたくさんいました。貴重な品物との出会いがある弘法市に来るとは、なかなか粋な選択です。わからないながらも日本の物と食の文化の一旦を体感することになり、いい学習になることでしょう。

 1日6回食の私の3時の食事は、いつもの高木鮮魚店です。最近はずっと、海鮮丼や押し鮨(箱鮨・大阪鮨)や軍艦巻をいただいていたので、久しぶりに握り鮨にしてみました。

260121_にぎり寿司.jpg


 新鮮なネタが握られていて、これで千円なので我が家の予算内です。妻はいつもの漁師めし(海鮮丼)です。

 上の階のワークマン女子で、暖まる健康衣類を買い足しました。予定していた商品は悉く売り切れだったので、今あるもので妥協です。
 1点だけなかったので、それは隣のユニクロで買いました。ただし、ここの返品システムには不信感を持っていることと、今はワークマンの価格設定に無理やり合わせて値下げセールをしています。かつてはヒートテックなどでお世話になったにもかかわらず、今はほとんど行かなくなりました。返品システムについては、次の記事を参照願います。
 「ユニクロの返品交換の方針は一般的なのでしょうか?」
 そして、この時のダブダブのMサイズの商品は、年末年始のお掃除用の布巾となって、最後の一仕事をしてもらいました。

 帰りの京都駅では、551の蓬莱の列が途切れていたので、今日はいつもの豚まんと二種類の焼売に加えて肉団子もいただきました。今日の夜食にするためです。




posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月20日

集会所で簡単なジェンガのゲームをする

 寒い1日でした。
 そんな中でも、集会所には高齢者の方々が集まって来られます。
 家に一人でいるよりも、こうして仲間と体操をしたり歌を唄ったり早口言葉を楽しむのは、いい刺激をもらえます。
 こうした脳活をするのは、全身の活性化にもつながります。
 その後でみんなと話をしたりゲームをするので、心身共に健康になります。
 みなさん、元気をもらって帰られます。

 今日は、手作り版のジェンガによく似たゲームをしました。
 まず、牛乳パックを用意し、ハサミを使って四角の輪っかを12個作ります。
 そして、それをかき集めて1個ずつ積み上げ、何個が積み上がるかを競うゲームです。
 ジェンガのように、抜き取ることはしません。

 私が属したグループでは、32個を積み上げました。隣のグループでも、32個が最高でした。
 40個位までは可能だそうです。
 シンプルなゲームほど、日常の延長としての楽しさと満足感が得られるので、おもしろいものです。

 これは、注意力・集中力・器用さ・協調性に留まらず、論理的な思考力も鍛えられます。
 何個まで積み上げるかという、目標の到達に向けての訓練としてもいいと思います。
 不安定なビルを思わせるので、視覚的な刺激があり、いつ倒れるかという緊張の中に身を置きます。
 子どもたちのみならず、高齢者にこそ、うってつけの遊びです。

 また3日後に、と言ってみなさんと分かれました。




posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | *福祉介護

2026年01月19日

お茶のお稽古(2)で大和西大寺へ

 大和西大寺でのお茶のお稽古は2回目です。
 私は、前回に引き続き立礼での盆略手前を、妻はお菓子のいただき方などの基本動作に加え、初めて茶筅を持ってお茶を点てました。これも立礼です。我々は、足腰に多少の難があるので、ここでのお稽古は立礼でお願いしています。

 妻が最初に点てたお茶は、私がいただきました。ふっくらと泡立っていたので、先生も初めてとは思えない出来です、と褒めておられました。妻も、この年になって褒めていただくとは嬉しいことです、とニコニコと応えていました。

 今日も、若いお弟子さんたちは手順をうっかり忘れてもものともせず、明るく熱心に取り組んでおられます。この楽しくお稽古ができるところが、この教室のいいところなのでしょう。
 私も、前回のことを思い出しながら、なんとかこなしました。それでも、スッと手が動いたのは半分くらいです。

 先生のお話にもあった、1から10に行き、また1に戻って10に向かうことの繰り返しが大切である、という利休さんの考えがここでは徹底しています。緊張するばかりではなく、完璧を求めてそのことだけに集中するのではなく、広く見渡して、とにかく前へ前へと進むことの意義を語ってくださいました。忘れたり、失敗を気にするのではなく、繰り返しの中で身に付けましょう、と。そう言われると、気持ちが楽になります。

 一人の方が使っておられたお茶碗が富士山を描いたもので、新春らしいものでした。三保の松原から望む富士山でしょうか。

260119_百人一首の茶碗.jpg

 『百人一首』の4番歌である、山部赤人の歌の下の句が書かれています。変体仮名は「尓」と「八」だけです。

 ふしのたか
ね尓ゆき八
 ふりつゝ

 お稽古が終わって帰る時に、玄関先で「覚えていらっしゃいますでしょうか、真々庵でお目にかかりました。」というお声がかかりました。お着物姿とご様子から、次のお稽古の先生のようです。しかし、私は森田先生の後ろに付き従ってパナソニックの迎賓館と言われる真々庵へ行ったことと、同行の錚々たる茶道の先生方の雰囲気に気圧されていたので、申し訳ないことに目の前で親しく話しかけてくださる先生のことが、どうしても思い出せません。しかし、真々庵を訪問した15年前のことは覚えているので、「お変わりなくお元気そうで」と言われたので「先年、脳梗塞になり右半身のリハビリ中です」とお答えし、会話にはなりました。大変失礼しました。この次のお稽古までに、失礼のないように情報を仕入れておきます。

 以下に、真々庵へ行った時の本ブログの記事を引きます。玄関先でご挨拶してくださったのは、この時にご一緒した先生だったのです。この体験は貴重だったので、詳細な報告を認めました。しかし、あらかじめ真々庵に記事を公開することの確認をすると、中でのことは書かないでほしいとのことだったので、実際の記事の3分の1以下に縮めています。

「京洛逍遥(208)「真々庵」でPHPを考える」

 近鉄西大寺駅に向かう途中で、故安倍元首相が銃撃された駅前のロータリーの一画に、一束のお花が手向けられていました。ここがあの現場だったのだ、ということを実感します。
 また、駅の改札口の横にあるコンビニで、高石現首相をデザインに取り入れたクッキーを売っていました。

260119_さなえクッキー.jpg


 奈良の生駒で20年間、子育てをしていた頃に、駅前などで高石さんの選挙ポスターを見かけました。その方が後に「奈良初・女性初の総理大臣」になられるとは、予想だにしなかったことです。奈良はすこぶる地味な県なので、これで少しは知られることになったのは良いことだと思います。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *身辺雑記

2026年01月18日

江戸漫歩(183)越中島から西荻窪へ

 昨夜は、永代橋の手前にある宿に泊まりました。かつて住んでいた門前仲町から歩いてすぐなので、定宿にしているところです。ただし、いつも満室でなかなか確保できません。今回は、息子の出張が早い段階でわかったので、かろうじて取れたのです。

 今朝は、隅田川沿いを散歩です。8年前までの8年間住んでいた東京医科歯科大学の官舎跡地の、解体後の工事の様子を見に行きました。この前に来た時のことは、「江戸漫歩(180)両国国技館から水上バスで越中島へ」(2025年09月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/191494163.html)の記事の最後に書きました。
 あれから4ヶ月。この跡地には、19階建ての複合施設が立つようです。掲示板には、共同住宅・商業施設・サービス付き高齢者向け住宅が計画されているようです。4ヶ月前はまだ更地だったのに、今日はビルの姿が思い描けるほどに工事は進んでいました。

260118_官舎の跡地1.jpg


 海洋大学の前の陸橋からは、敷地の全体が見渡せます。

260118_官舎の跡地2.jpg


 手前にショベルカーがあるところの手前に、私の部屋はありました。かつての面影は微塵もありません。参考までに、私の部屋がちょうど壊されている時の写真をあげます。偶然その場にいたのです。詳しくは、「江戸漫歩(168)門前仲町を散策し隅田川で一休み」(2024年06月16日、http://genjiito.sblo.jp/archives/20240616-1.html)の後半に書いています。

240616_官舎の解体.jpg

 お昼前に、 JR越中島駅から京葉線で東京駅を経由して、西荻窪駅に向かいます。書家の宮川さんのお宅を訪問するためです。
 東京駅での乗り換えには、とにかく延々と歩きます。地下から地上に出るために、垂直移動をします。また、中央線のホームまで行くのにも、長いエスカレーターに乗ります。この長いエスカレータに乗ると、モスクワの地下鉄で地底深くに掘られたシェルターの中に吸い込まれ、這い出してくる、あの不気味な感覚に襲われます。もっとも、モスクワの奥深くへ潜るエスカレーターの長さは、東京駅の3倍はあったと思います。

 昨日は、日比谷図書文化館の近くの霞ヶ関駅から千代田線を使って、予約した宿がある門前仲町駅に向かいました。ところが、霞ヶ関駅はいくつもの線が乗り入れており、千代田線は一番端にあります。そのために、構内を二駅以上は歩きます。次の大手町駅も多くの線が交差する所で、延々とこれまた構内を二駅分は歩きました。健康的なリハビリウォーキングが出来た、と前向きに捉えましょう。東京の地下鉄は、リハビリには格好の施設です。

 門前仲町は、通勤に使っていたので勝手知ったる駅です。その駅前にあるスーパーマーケットの赤札堂で、食料品を調達しました。よく行ったお店で、売り場は8年経った今も、配置がまったく変わっていませんでした。一瞬、タイムスリップした気になりました。また、よく行った居酒屋の魚三で極上なのに耳を疑うほどに安いウニを食べたくなりました。しかし、お酒を飲まないとおつまみを注文できないので、まったくお酒を飲まなくなった私も妻も、ジッと我慢です。

 さて、今日のお昼には、中野駅前のブロードウェーを散策しました。

260118_ブロードウェー.jpg

 中野は国文学研究資料館への通勤時の乗り換え駅でした。帰りに途中下車をして、この街をよく歩いたものです。ちなみに、妻が学生時代に下宿していたのも中野でした。住みやすい街なのです。

 そこから西荻窪にある書家の宮川さんのご自宅に伺いました。写本の臨模本を制作なさっている現場で、現在進んでいる相愛大学本の臨模本制作の打ち合わせをするためです。現状と今後のことを話し合いました。また、臨模の実態を教えていただきながら、私が講座などで説明しやすいように、実演もしていただき、写真に収めることができました。

 打紙と言われる、書写をする料紙を木槌(砧)で打つ工程です。トロロアオイを紙に馴染ませてから打って乾かす場面です。しなやかさと光沢が生まれます。

260118_打紙.jpg

 キラ刷りに使う板木(写真右)と、その完成作品(写真左)です。これに裏打ちをして、写本の表紙にするのだそうです。

260118_キラ刷り.jpg

 装飾料紙の一つである、型押しを施して雰囲気を出す工夫も、拝見しました。
 金粉をまぶしたように見える、丁子油を振りかけるための道具の網とブラシも、写真に収めました。

260118_型押しと丁子道具.jpg


 さらに、中国伝来の竹を原料とした二番唐紙(日本での画仙紙)というものも拝見しました。
 次の写真は今回いただいた料紙で、左から、雁皮・三椏・麻・二番唐紙の4種類。

260118_料紙.jpg


 二番唐紙は中国から手に入れるとのことで、下書きや練習に使っておられます。繊維が短いので、長持ちはしない、とのことでした。

 お話を伺いながら、貴重な多くのことを教えていただきました。
 使わなくなった紙や失敗した作品などは処分するとおっしゃっていたので、そのいくつかを今回いただいてきました。現在、私の『源氏物語』の講座にお越しになっている方々には、折々にこれらの料紙の実物を手にして実感していただき、平安・鎌倉の古写本の姿を体感してもらうつもりです。目に頼った視覚優先の社会となった今、手で触って実感することの大切さを身に付けていただくつもりです。「触らないでください」ではなくて、「触ってみましょう」の実践です。

 銀座の鳩居堂で宮川さんが『源氏物語』の作品展をなさった時にご挨拶をした旦那様とも、今日は親しくそして楽しくお話ができました。
 いろいろと収穫の多い一日でした。
 宮川さん、そして旦那様、ありがとうございました。




posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | ・江戸漫歩

2026年01月17日

日比谷で「須磨」(32)と『百人一首』(9)を読む

 日比谷図書文化館の正面入口には、本日の案内が出ています。

260117_掲示板.jpg


 まずは、「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」からです。

 『源氏物語』の翻訳で44番目となる、インドネシア語訳『源氏物語』を回覧しました。

インドネシア語訳G.jpg

 これは昨年入手した本です。昨秋は『探幽筆三十六歌仙』(架蔵粉本)や、版木(『古訓古事記』)と版本(『絵入源氏物語』)を持参して手に取って見ていただいたため、この翻訳本の情報の確認が先延ばしになっていました。

書名:GENJI MONOGATARI
出版元:Boston and New York. Houghton Mifflin Company.
    The Riverside Press Cambridge, 1925年版。
著作権・出版情報:Copyright コピーライトマーク CV. Shinyuu Japanindo
翻訳者:Sutrisno / 編集者:Gafna Raizha Wahyudi
※本書は2024年に出版された。(ただし、2022年と2023年にも出版)
※本書は、アーサー・ウェイリーの英訳(The Tale of Genji, 1925)全6巻の内、第1巻のみの翻訳。例えば、インド語8種類の翻訳は、すべてウェイリーの英訳の第1巻だけをそれぞれの言語に訳したもの。
※参考記事︰「『源氏物語』の44番目の翻訳となるインドネシア語訳を入手」(2025年10月31日、http://genjiito.sblo.jp/article/191531889.html

 昨秋の時点で、『源氏物語』の翻訳本は以下の言語を確認しています。

【『源氏物語』が翻訳されている44種類の言語一覧】(2025年10月31日現在)
アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・【インドネシア語】・ウクライナ語・ウズベク語・ウルドゥー語(インド)・英語・エスペラント・オランダ語・オディアー語(インド)・カタルーニャ語・クロアチア語・ジョージア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・日本語(現代)・日本点字・ハンガリー語・ハングル・パンジャービー語(インド)・ビルマ語・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ヘブライ語・ペルシャ語・ポーランド語・ポルトガル語・マラヤーラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ルーマニア語・ロシア語

 ハーバード本『須磨』の翻字の確認について、今日は以下の箇所が終わりました。
 今回は、平仮名「ま」と「と」の字形が不安定な書かれ方をしていました。とにかく、紛らわしいのです。この巻を通して、本書の書写者の癖を再確認をすべきことだと思われます。

--------------------------------------
■ハーバード大学蔵『源氏物語 須磨』57丁裏3行目〜59丁裏

翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
--------------------------------------
うれを/れ±へ、う〈墨ヨゴレ〉、(うれへを)・【申】いてゝ/(【申】いてて)・そこ者可と・奈く・さ
え徒るも/え〈虫喰、ママ〉・【心】の・ゆくゑは・於奈し・こと奈
る可・こと那る[260117_ココカラ]→あ者れ尓・み【給】・【御】そとも
なと・可川遣さ勢・堂満ふを・いける/へ&い、(へける)・可ひ
と・於もへり・【御】むま奈とも・ち可く・多てゝ/(多てて)・
三や里那る・くら可・な尓そなる・い祢なと・
いふ・毛乃・とりいてゝ/(とりいてて)・可う毛・めつらしく・み・【給】・
あ寿可【井】・すこし・う多ひて・【月】こ
ろの・【御物】可多り・なき身・王らひみ・王可
【君】能・な尓とも・【世】越八・於も者て・毛のし堂満ふ/堂〈次頁〉、(57ウ)
--------------------------------------
可奈しさ越/さ〈墨ヨゴレ〉・於とゝ/(於とと)・あけくれ
尓・徒遣て・於ほし奈介く・こと那と毛・可/〈ママ、諸本かたり〉・
堂満ふ尓・多え可多く・於ほし多り・つき
寿へく毛・あら祢八・【中】/\尓/(【中中】尓)・可多八し
毛・え・ま祢者寿・よ毛す可ら・満とろまて・
ふ三なと・あ可し・【給】・さ・いひな可ら毛・【物】ゝ/(【物】の)・
きこゑを・川ゝ見て/(川川見て)・いそき・可へ里・【給】・
いと・【中】/\な里/(【中中】な里)・【御】可八らけ・まいり弖・
ゑひの・可那しみ・な三多・そゝく/(そそく)・【春】能・
さ可【月】の・うちと・毛ろこゑ尓・すんし・【給】・【御】とも乃/とも〈丁末左〉、乃〈次頁〉、(58オ)
--------------------------------------
ひと/\/(ひとひと)・な三多を・那可す・をの可しゝ毛/(をの可しし毛)・
者る可なる・王可れを・志のふへ可め里・あさ
本らけ乃・そら尓・可り・つらね弖・王多るあ
留し乃【君】・
「ふるさと越・い川れ乃・【春】可・ゆきて・
三ん・うらやましき八・可へる・可り可祢」・【宰相】・
佐ら尓・堂ちいてん・【心】ち・世須・
「あ可奈く尓・可里乃・とこよ越・多ち王可
れ・【花】乃・三やこ尓・三ちや・まと者む」/万&ま〈ママ〉、(万と者む)・さる
へき/さ〈ママ〉・三やこ乃・徒となと・よしある・さ満尓て/て〈次頁〉、(58ウ)
--------------------------------------
あ里・あるし乃【君】・かく・可しこき・【御】を
くり尓とて・くろこ満・堂てま川里・【給】・ゆ
ゆしく八・於ほさるゝとも/(於ほさるるとも)・【風】尓・あ多りて八・
い者えぬへ介れ者奈と・【申】・【給】・よ尓・あ里
可多け奈る・於ほん満の・さまな里・可多
み尓・し・【給】へとて・いみしき・ふえ・多て
まつ里・【給】【人】のと可免徒へきこと八可多三に
えし【給】八須・【日】・やう/\/(やうやう)・さしあ可りて・
【心】あは多ゝし遣れ八/(【心】あは多多し遣れ八)・可へり三の三・し
つゝ/(しつつ)・いて・【給】をみをり【給】介しき/みをり〈ママ、諸本みをくり〉・いと・な可/\なり/(な可な可なり)、(59オ)
--------------------------------------
い川・ま多・堂いめん・多ま者らむと・すらん・
さりとも・かくてやはと・【申】・【給】尓・あるし・
「く毛・ち可く・とひ可ふ・堂川毛・そら尓・三よ/よ〈左傍記〉・
王れ八・者るひ乃・く毛里・那き・みそ」・可
徒者・多のまれ奈可ら・可く・奈りぬ
る尓・【人】八・む可し乃・可しこき・【人】多尓・八
可/\しく/(八可八可しく)・よ尓・【又】ましらふ・こと・可多く・
者へり介れ者・な尓可・【宮】この・さ可ひ
を毛・【又】・【見】む奈と・於ほえ・者へらぬなと・
の【給】・【宰相】/(59ウ)
--------------------------------------

 終了後に受けた質問の中に、今後の翻字方針を補訂すべきことがありました。
 平仮名の「て」の字母に「天」と「弖」があり、「て」と「天」の間の字形に関しては、漢字に近い「て」は「天」がいいのではないか、という提案です。確かに用例を見るとそうなので、今後は「て」の翻字には、さらに厳密な字母を追加して対処することにします。

 1時間の休憩を挟んで、後半は「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」となります。

 プリントにより、「遊びとしての『百人一首』(坊主起し)」と「生成AIによる「坊主めくり」の説明(再編集)」を、『百人一首』の受容史として説明しました。
 また、「57紫式部と58大弐三位の歌碑(廬山寺の境内)の再確認」については、「中之島での『百人一首』(第20回)と『源氏物語 蜻蛉』(第31回)」(2026年01月10日、http://genjiito.sblo.jp/article/191592716.html)の前半に記した通りの説明をしたので、その詳細は上記ブログの記事を参照願います。

 今回追加した新たな情報は、宇治川の氷魚は「琵琶湖から押し出されたか」ということを紹介する、「百人一首に詠まれた宇治川の風景 網代の氷魚 どこ生まれ?」(京都新聞、2026.1.13)という記事です。生態学と歴史学の研究者が、「平安時代の宇治川で盛んだった氷魚漁は、琵琶湖育ちの後期仔魚を対象としたものだった可能性が高い」という研究結果を伝えるものです。
 古典文学や古代文化が今につながっていることを確認できることの楽しさを、いろいろな例をあげてお話しました。

 本題の『変体仮名でよむ 百人一首』は、55番歌の大納言公任から64番歌の権中納言定頼までを、二種類のカルタに書かれた変体仮名を確認しながら終えました。




posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | ■講座学習

2026年01月16日

清張復読(85)「弱気の蟲」(『黒の様式』より)

■「弱気の蟲」
 お役人として、日々平々凡々な生活を送る男は、省内での麻雀のお付き合いで他の職員と接するだけでした。そんな彼が、ふとしたことから外での麻雀に嵌ります。そして、借金地獄に。あの手この手で工面しながらも、どうしてもギャンブル依存症から抜けられません。人間の弱さに端を発した、一人の男の転落する様が描かれています。
 役所での麻雀では、仲間から嘲笑を受け、外では借金で首が回らなくなって脅される。弱気の上に、恐怖感が被さるのでした。さらには、この男は私大出のノンキャリアながら、某本省の課長補佐という立場もあります。情けない男の心情が活写されます。
 後半が秀逸です。殺人事件と麻雀仲間の関係から、警察に疑われるのです。やがて、警察によって追い詰められていきます。自分を守るために、最初についた嘘を守り通そうとする男の心の葛藤が、丹念に描かれていきます。人間を描こうとする作者の粘りが伝わってきました。
 最後に、役人を辞めた後、嘘を突き通したことが麻雀仲間を守ったということに縋り、再就職の相談に行くところで終わります。作者の関心は、殺人事件の犯人ではなくて、人間のつながりにあるのです。
 本作は、後半が読ませます。ただし、犯人にされた麻雀仲間の殺人現場での様子を描くところが、いかにも犯人と思われるような描写になっていました。勇足です。誤誘導と言われかねない部分です。
 それはそれで瑕疵として、前半はぐだぐだと状況説明が続いて少し退屈だったものが、後半は心理劇として楽しめました。【4】


初出誌:『週刊朝日』1967年11月〜68年2月

原題︰「弱気の虫」

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。
「弱気な男が麻雀の魅力に取り憑かれて破滅していく過程をリアルに描いたギャンブル小説の力篇。」(174頁)




posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | □清張復読

2026年01月15日

京洛逍遥(964)病院での予約変更、帰りに茶器を買う、大階段を降りたこと

 今日の大文字山は、薄曇りの寒い中でぼんやりと佇んでいました。

260115_大文字.jpg


 本年度から毎週月曜日は、奈良でお茶のお稽古に行くことにしました。
 京大病院での診察と検査の予約をこれまでは月曜日に入れていたので、それに伴い今後の予定が変わります。その変更の手続きで、今日は長時間にわたり予約を振り替えることであたふたとしました。
 特に、月曜日しか診察をなさっていない先生の場合は、主治医の先生が変わることになります。今日の時点では、後日あらためて再検討を、となりました。

 結局、水曜日だけが自由な日で、その日を調整しながらスケジュールが玉突きで大移動です。少しずつ動かしながら、無理のない最適な予定を組むことになります。

 これまでにも、スケジュールの移動に関しては東京と大阪での社会人講座で経験しています。
 変体仮名を読む講座を、今は4つ持っています。しかし4年前までは、3つの講座が、水曜日、金曜日、土曜日と分散していました。それを、少しずつ移動させて、一昨年からはすべてを土曜日に集中させました。昨夏から始めたものは、空いていた第1土曜日に入れることで、パズルがきれいに一列にまとまりました。

 スケジュールを眺めていると、あらためて慌ただしい日々を送っていることを実感します。ただし、自分が一番好きなことをしているので、充実感を持って楽しく飛び回っています。明後日からは東京です。
 この隙間に、リハビリを兼ねた街歩きをするので、本来の仕事をするのは夜の時間帯となります。量は極端に減ったとはいえ、これも好きなことを好きなようにしているので、今後ともマイペースで取り組んで行きます。

 多くの方への連絡や約束は、こうした中での対処となっているので、忘れていたら折々にいつでも遠慮なくおっしゃってください。
 今もスケジュール表を修正しながら、書き忘れや消し忘れがないか、ネット上のクラウドにあげているデータを再確認しています。

 さて、本日の脳神経内科では、1週間前に受けた右足のむくみについて、検査結果を教えていただきました。結局、血管は詰まっていないので、治療を要するむくみではないとのことです。血液検査でも、体内器官や甲状腺などにも問題はないようです。脳梗塞の後にはよくあることで、足を上げて寝るなどしながら、もう少し様子を見ましょう、ということになりました。
 とにかく、まずは一安心です。

 手元にある薬の残りに多寡があるので、調整をしてもらいました。
 処方箋の送り先は、今日からは家と駅の間にある一昨年に開院した病院の隣にある薬局に変更の登録をしました。

 帰りは、夕暮れの賀茂川を散歩しました。下鴨に住んでいた頃には、朝昼晩と賀茂川沿いを散策していたので、薄暗くなってからの散歩は久しぶりです。

 荒神橋の上手の飛び石を、いつものように飛んで渡りました。足腰の調子を看るのに、この川渡りはいいリハビリです。今日は、1度だけ右足が上がらなかったために、躓いて川に落ちそうになりました。調子の悪い右足で蹴り、左足で着地をしようとした時でした。蹴った右足が、着地をした左足に合わせて、うまく次の石の上まで延びなかったのです。危ないところでした。その後は、左足で蹴り、右足で着地して渡り切りました。右足での着地は、ぐらついたりバランスを崩さないか、慎重に石を飛びました。後ろから様子を見ながら付いてくる妻は、ハラハラしたようです。

 河原では、多くの若者たちが3つのグループに分かれてモルックを楽しんでいました。集会所では、狭い部屋の中に敷き物を拡げてやっています。この若者たちは、だだっ広い公園で思いっきり投げて遠くに飛ばしているので、実に大らかにゲームを楽しんでいました。

 出町柳の手前にある骨董カフェ「京や南店」で、春先の柄のお茶碗をいただきました。

260115_桜の茶碗.jpg


 今年から始めたお茶のお稽古では、季節季節の柄のお茶碗を持参して練習しようと思っています。まずは桜からです。その他、いろいろと小物も見つけました。

 さらに必要な小物を求めて、出町柳駅から帰るのではなく、市バスで京都駅に出て、伊勢丹の茶器売り場に寄りました。その売り場は8階にあったので、帰りはいつもの大階段を使って降りました。ちょうどイルミネーションが始まっていたので、真ん中しかない手すり持って降りました。

260115_大階段の電飾.jpg

 両サイドに手すりがあれば、下で写真を取っておられる方の邪魔にはならないのに、この京都駅のビルの設計は弱者のことをまったく考えない、健常者だけのための施設なのです。上の写真の中央上に2人の姿が写っています。ここしか、歩けないのです。かねてより見直しを提言しているところです。今、再検討がすすめられているようです。私の要望書が無視されないことを願っています。このことを扱った2本の記事を、念のためにあげておきます。

「京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える」

「[その 3/3]京都駅舎の設計に関する新聞記事への違和感」

 さらには、夜食にするために551の蓬莱の豚饅とエビ焼売も、京都駅で手に入れました。何かと忙しい帰り道になりました。

 病院のサービスを利用して処方箋を送った、自宅近くの薬局がまだやっていたので、薬を受け取りに行きました。ところが、FAXは届いていないとのことです。処方箋の原本を見てもらい、受け取る薬の用意をしてもらいました。その間に、FAXが届いていないことについて、手元にあるFAX送信済みの受付票を見てもらいました。確かにこの薬局に送信した記録が記されています。
 いろいろと確認しておられた時に、薬剤師の方が、送信した宛て先がFAX番号ではなくて薬局の電話番号になっていることに気付かれたのです。今回の私が、この薬局としては京大病院のFAX送信サービスでなされた手配の第1号だ、とのことです。この薬局の宛て先であるFAX番号が間違っていることは、私が開局以来初めての例だったのでわかったのです。京大病院で昨年開局した薬局をコンピュータに登録する時に、FAX番号ではなくて電話番号を登録されたようです。明日、病院に直接確認しておきます、ということで、私には何も落ち度がなく処方箋の原本も持参していたので、無事に薬をいただくことができました。

 世の中には、予想外の出来事がいろいろとあるものです。特に私は、こうしたトラブルに出くわすことが多いのです。気をつけようにもどうしようもないことなので、こんなこともままあるものなのだ、ということでこのことも一件落着ということにします。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月14日

清張復読(84)「二つの声」(『黒の様式』より)

 野鳥の鳴き声を録音するために、4人の俳句仲間の男たちが軽井沢の空き別荘に行きます。真夜中の空き時間には、連句会もして楽しみます。なかなか本格的な趣向が盛られた、厚みのある物語となっています。この連句の役割をもっと物語にかかわらせたら、さらに仕上がりがよくなったのに、と思いました。
 集音器で拾った野鳥の声に混じって、人の話し声が聞こえます。そのまま録音をして、後で音声を確認したところ、期待に反しておもしろくありません。しかし、これが後に大問題となるのです。
 4人が行きつけのバアの女が、野鳥の声を聞いていた日に行方不明になっていたのです。そして、あの録音の中に紛れ込んでいた男女の囁きが、その女と結びついていくのです。人殺しの現場を、偶然とはいえ録音していたのです。さらには、4人のうち3人は、その女と関係があったのです。
 なお、テープレコーダのトリック、集音器の役割、録音されていた男の声の正体、死体の運搬などに、やや無理があるように思いました。
 この展開は、清張ならではのツカミです。ある程度、これは読んでいて物語の展開は予想できました。しかし、話が拡がりすぎて、作者に振り回されます。結局は、予想外の結末を見ます。一気に読むだけの物語です。ただし、長々と付き合わされて疲れました。【3】


初出誌:『週刊朝日』1967年7月〜10月

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。
「録音テープをトリックに利用したアリバイ崩しの秀作で、連句と野鳥の趣味が物語に興趣を添えている。」(156頁)




posted by genjiito at 21:39| Comment(0) | □清張復読

2026年01月13日

新しい歯医者さんでの治療が終了し医療の根幹について思う

 ちょうど一年前の昨年1月下旬から、A歯科医院での治療が始まりました。そこの院長からは昨年末の12月1日に、「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という絶縁状を突き付けられました。主語は院長であり、インフォームドコンセント(説明と同意)を確認したくて文書を渡したのは患者である私です。歯の治療と患者との信頼関係とは、医療現場においてどのような位置づけなのか不可解なままです。

 おしなべて医療は、困っている患者を医師が手助けをして本復させる行為だと思っていました。ところが、あくまでも医師が患者に信頼関係を求めるものだという発想が、今でも私にはよくわからないままです。そして、医師が患者との信頼関係が得られないと判断すると、治療がどのような段階にあっても中断し、約束は不履行のままで、さらには治療の継続を拒否できるとのことです。

 18歳の時に内蔵が破裂し、以来65年間にわたって消化管を持たない私は、ずっとお医者さんのお世話になってきました。今回の対応は、医療の捉え方を根底から覆す、衝撃的なものでした。

 さて、4月から院長の判断により保留のままだった箇所と、10月から院長により放置されていた治療箇所と、何も問題のなかった箇所が院長の指示の元に無残にも破壊された箇所に関して、問題は何も解決されないままに店晒しです。治療の継続が突然打ち切られたので、丁寧な説明があるとの情報を得た私は、すぐに別のH歯科へ行きました。
 この間の経緯は、次の3本の記事で詳細に報告した通りです。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置について考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

(3)「私の歯科医療に関する文章は脅迫文だそうです」(2025年12月01日、http://genjiito.sblo.jp/article/191559064.html

 そして年内に4回の診療を受けて、A歯科医院の尻拭いとなる治療が一先ず終わり、スッキリとした年越しとなりました。このことは、「[その1]新しい歯医者さんでの後始末が今日終わりました」(2025年12月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/191583666.html)に書きました。内容が重複する点が多々あることは、ブログという時間を切り取った内容を日々書く性格上、ご寛恕のほどを。

 年明け早々に微調整があり、今日は仕上げの微調整がありました。1年がかりの煩わしい歯の問題がこれでめでたく解決し、H歯科の院長さんには感謝の気持ちしかありません。
 医師と患者の信頼関係は大切です。しかし、今回の場合は入院や大手術とは違います。歯科診療の場合は、お互いの信頼関係が最優先ではなく、患者が困っていることを医師が診る治療が、やはり医療の根幹にあるものだという思いを強くしました。H歯科の院長さんには、そうした意味からも感謝だけではなくて、敬意を表したいと思います。




posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月12日

新春のお稽古始め

 新年早々の今日、お茶のお稽古に行きました。
 場所は、近鉄大和西大寺駅のすぐ前。
 妻は、生まれて初めてのお稽古通いになります。
 あらかじめ指示があったので、お茶碗や茶筅やタオルなどを持参しました。

 私は初心者に立ち返って、盆略手前のお稽古をしました。16年前に先生のご自宅へお稽古に行き、初めてお茶を始めた時も、この盆略手前からだったことを思い出しました。あの時は、胃ガンの手術の2日前でした。
 以来、先生にはとにかく気長に指導をしていただいて来ました。
 最近では、2年半前の「久しぶりにお茶のお稽古で大和路へ」(2022年06月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/189597419.html)に書いように、本当にしばらく遠ざかっていたのです。

 今回は、私も妻も手足がイマイチであることから、テーブルの前での立礼でのお作法です。
 妻は、お菓子をいただいてから、私が点てたお薄をいただくところまでを教わりました。その後は、袱紗の扱いを手取り足取りで教わっていました。

 私の盆略手前は、まだ2回目という若い方がなさっているところをじっくりと拝見した後だったので、10数年前を思い出しながら何とかやり終えました。意外と覚えているものだと、あらためて自信を持ちました。もちろん、先生が横から手順を逐一囁いてくださったから出来たことですが……

 この教室の生徒さんは、明るく楽しくお稽古をなさっているので、雰囲気のいい中でお茶のお稽古ができます。二つのグループに分かれ、初心者は先生のおられる部屋で、もうひとグループは隣のお茶室で教え合いながらのお稽古です。これが、厳しいながらも和気靄々とお稽古ができる秘訣のようです。
 そして、先生の目は二つの部屋を均等にごらんになっており、時折お隣の部屋での所作の不都合な点を指摘しておられます。目が幾つあるのだろう、と思うほどに行き届いたアドバイスでした。

 昨夜は不安でなかなか寝付けなかった、と行くまで妻は言っていました。しかし、初日が終わり心配したほどではなく、みなさんの厳しい表情の中にも和やかなやりとりがあったことに安堵したようです。楽しかった、おもしろかった、と言っているので、今後とも続きそうです。
 よかった、よかった、のお稽古の初日でした。




posted by genjiito at 21:39| Comment(0) | *身辺雑記

2026年01月11日

京洛逍遥(963)女子駅伝と京都マラソンと宇治川マラソン

 今日は、洛中の外周を「皇后杯 第44回 全国都道府県対抗 女子駅伝」のランナーが走りました。3年前まで住んでいた所が北大路通りから京都御所に向かうコースに近かったので、例年見物と応援に行っていました。今日も行こうと思いながら、風邪気味ということもあり、外の寒さを考えて出掛けるのを止めました。

 結果は大阪・兵庫・長野の順位で、2連覇を狙う京都は惜しくも4位でした。見ようと思っていた場所は紫明通だったので、往路も復路も先頭集団とは離されていたようです。また来年、ということにしましょう。

 なお、もう13年前のことながら、「皇后杯 第31回 全国都道府県対抗 女子駅伝」を応援した時のことは、「京洛逍遥(250)都大路を走る女子駅伝」(2013年01月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970734.html)に書いています。この年は奈良から京都に転居した翌年だったこともあり、奈良のランナーに注目していたことがわかります。

 最近、街歩きをしていると、来月開催されるマラソンのポスターを見かけます。
 絵柄がおもしろいので紹介します。

 全国的に知られているのは、2月15日の「京都マラソン2026」でしょう。ポスターは2種類あります。京の町衆が走る徒競走が活写されています。

260109_京都マラソン2.jpg




260109_京都マラソン1.jpg


 この京都マラソンについては、「濃茶のお稽古で自分だけが大あわて」(2018年02月18日、http://genjiito.sblo.jp/article/182450517.html)の最初に、ほんの少しだけ書いています。

 もう一つは、「京都マラソン2026」の1週間後の2月22日に実施される、「40th 宇治川マラソン大会」です。このポスターは、十二単のお姫さまが運動靴を履いて走る姿が描かれています。

260108_12単のマラソン.jpg


 3年前のこのマラソン大会のことは、「京洛逍遥(824)『源氏物語』の宇治十帖古跡巡り」(2023年02月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/190200617.html)の中程に少しだけ書いています。
 今年は、前日から東京へ行っているために、応援に行けません。これもまた来年、ということになります。




posted by genjiito at 21:14| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月10日

中之島での『百人一首』(第20回)と『源氏物語 蜻蛉』(第31回)

 今日の大阪府立中之島図書館での講座は、まずは「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」という〔入門講座〕からです。
 お正月ということで、『百人一首』の「坊主めくり」の話から始めました。
 『百人一首』が遊技化した江戸時代以降、明治29年の「坊主起し」を描いた絵が残っています。このことは、本ブログの「集会所で新春恒例の『百人一首』とトランプで遊ぶ」(2026年01月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/191589343.html)で報告した通りです。その絵では、3人の子供がいずれもカルタをめくって手元に置いています。歌を読み上げる人はいません。今の競技カルタではなくて、遊びとして『百人一首』が楽しまれていることが確認できる絵です。
 こうしたことを踏まえて、あらかじめ生成AI氏には「坊主めくり」の歴史とその意義について尋ねました。いろいろとやりとりをした結果を次のように整理して、本日提示してみました。


■生成AIによる「坊主めくり」の説明(再編集)
・坊主めくり「坊主=不利・姫=有利」は、歴史的・文学的な必然性はなく絵柄による視覚的な役割分担。
・坊主めくり成立の前提条件︰瞬間識別性/坊主と姫とを一瞬で判別できる。
・坊主が多いのは『百人一首』の作者構成を反映した結果→坊主が多いと波乱が起きやすい。
  坊主30〜35枚、姫君21枚、公家44〜49枚
 (ここで坊主の人数に幅があるのは、その認定に曖昧さがあるためです。
  例えば、蝉丸の場合は、次のような事情が関係します。
  蝉丸は、官人でも女性でもなく、僧とも言い切れない。
  百人一首の中で唯一の「世俗の境界に置かれた例外的存在」。
  僧形・隠者・盲目の楽人、などとして伝えられる歌人。)
・平安〜鎌倉期の和歌の担い手に高僧・出家貴族が非常に多かった
・特に鎌倉期以降は、仏教者=知識人=歌人という構図が強まった
  剃髪:正式な僧→完全に俗世を離れた印象(清僧・遁世者)
  頭巾・被衣:入道・隠棲者→元は貴族・武士で、後に出家した「入道」的存在
  完全な無帽:俗世離脱の強調→公的役割を残す高僧イメージ
・高級百人一首 → 横顔・後ろ姿あり
 普及版・学習用 → 顔が見える向き
・中世貴族文化→ 陽明文庫系
 江戸上層文化(鑑賞・意匠)→ 光琳系
 江戸庶民文化(遊戯)→ 絵札カルタ
 近代教育文化→ 教材・競技かるた
・陽明文庫旧蔵『百人一首』は、遊ぶためのカルタ文化とは交わらず、「書と仮名の正統を体現する百人一首」であり、そのため字形が意図的に難解。
・陽明文庫系が公家内部の書の規範なら、光琳かるたは上層町人も鑑賞できる美術。
・陽明文庫旧蔵『百人一首』は、後代のカルタが切り捨てていく「仮名の多様性」を最後まで保持した基準点であり、そこから光琳的翻訳と競技的単純化が分岐した。


 なにげなく遊んでいる「坊主めくり」も、こんな意味合いを見い出すとおもしろくなってきます。あそびが、さまざまな文化を背負っていることがわかります。

 次に、廬山寺の境内にある紫式部と大弐三位の歌碑について説明しました。それも、石に刻まれた文字に関して、これまで私が読んでいた翻字の修正をすることに及びました。
 このことは、昨日の本ブログの「京洛逍遥(961)廬山寺の歌碑を確認してから京大病院へ」(2026年01月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/191591869.html)に詳述しているので、内容についてはそれに譲ります。

 テキストである『変体仮名でよむ 百人一首』については、59番歌の赤染衛門から66番歌の大僧正行尊までを確認しました。「坊主めくり」を思い出させるお坊さんで終わったので、何となく締めのカルタになったようです。

--------------------------------------

 30分の休憩を置いて、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」です。
 今日でハーバード大学本「蜻蛉」巻を終わるにあたり、まずは巻末に捺されている「月明荘」と「拝土蔵書」という朱印の説明をしました。

260103_月明+拝土.jpg

 右側の「月明荘」という朱印については、次の説明文をあげました。

「月明荘」
 反町茂雄(1901〜1991)
 昭和期の書誌学者、古書籍商。弘文荘代表取締役、文庫の会会長、東京古典会会長、明治古典会会長を歴任。自身を描いた「一古書肆の思い出」(平凡社,1986-1992) や「紙魚の昔がたり」(訪書会,1934)、「定本・天理図書館の善本稀書」などを著した。

 また、左側の「拝土蔵書」という朱印については、次の説明文をあげました。

「拝土蔵書」
 ドナルド・ハイド(Donald Frizell Hyde, 1909年 - 1966年)
 アメリカ合衆国の著名な弁護士であり、世界屈指の稀覯本・写本コレクター。1966年に56歳で亡くなりましたが、彼が収集したコレクションは現在も研究者に広く活用されています。

 このことに関連して、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編著、新典社、2013年)に解説を寄せていただいた、前ハーバード大学フォッグ美術館の文子・E・クラストン先生の「ハーバード大学美術館蔵「源氏物語」二冊の古写本の来歴について」と題する文章の一部をプリントに掲げて確認しました。

 この重要文化財又は重要美術品とも成り得る「源氏物語」五十四帖のうち、「すま」の巻(第十二章)と「かげろう」の巻(第五十二章)の二冊(書写された当時は、全五十四帖であったかどうかは不明)のみが市場に出て本館所蔵に帰したのは、今から二十九年前の一九七四年の事でした。
 この記念すべき年は、フォッグ美術館(現在、大改装中)の東洋美術史部門・日本美術史科が、恐らく日本でも珍しい日本美術と日本古典文学(特に古写本、古活字本、絵巻物等等)とを合わせて大々的な「日本古典文芸展」と題する展覧会を開催し大好評を博した一年後のことでした。
 ハイドご夫人はその年を記念してこれらの貴重な古写本二冊を寄贈して下さったのでした。
(中略)
 これらの美麗な稀覯本は、以前、弘文荘〈こうぶんそう〉(東京)の反町茂雄氏(一九〇一〜一九九一年。古本・古写本などを中心に店舗を持たずに販売・買入れを本業とする古本屋で販売目録なども多く出版した)の蒐蔵でしたが、一九六二年にドナルド・ハイドご夫妻が購入され、その所蔵となりました。
(中略)
 東京の弘文荘では、反町氏がその学識と豊富な経験から古写本、絵入り版本、絵巻物など、それこそ重要文化財・重要美術品級の作品を二十種類ばかりご覧に入れたのでした。
 その時、ご夫妻は多くの量は望まれず、質が高く、意義の深い、しかも価値のある日本古典文学の古写本、古版本などを蒐集されるご主旨で、それら二十種類を殆ど購入されました。その時から、ハイドコレクションは始まりました。が、残念なことに、不幸にもドナルド・ハイド氏は一九六六年に永眠されました。(155頁)

 さらには、テキストとして使用している『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編著、新典社、2014年)に収録しているハーバード大学のメリッサ・マコーミック先生の解説文の「古写本が伝えること」について、後半だけではあるものの確認をしました。

 最後に、付録として置いた資料編「ハーバード本と大島本との主要本文異同一覧(含・尾州家本、麦生本)」を見て、ハーバード大学本「蜻蛉」と大島本「蜻蛉」の本文の違いも見ました。鎌倉時代中期に書写された『源氏物語』の古写本であるハーバード大学本は、明らかに現在流布する大島本とは違う本文を伝える写本であることを確認するためです。

 拙稿「海を渡った古写本『源氏物語』―「蜻蛉」の場合―」という解説文も見ました。ハーバード大学本の「須磨」と「蜻蛉」を調査して撮影し、その後刊行した本を今回テキストとして使用している経緯についても、詳しくお話しました。

 なお、この拙稿の前半に、次のように記していることを、ここであらためて確認しておきます。それは、現在調査を進めている相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語』(断簡5冊)について触れているからです。中山本はすでに刊行しています。

 本書の仲間(ツレ・僚巻)が日本に現存している。中山本(第三八巻「鈴虫」、国立歴史民俗博物館蔵、重要文化財)と、いくつかの断簡(第三三巻「藤裏葉」、第四五巻「橋姫」、第四九巻「宿木」、第五三巻「手習」)である。これら七巻分の古写本は、もとは一揃いの写本であったと思われる。(166頁)

 ここで、「帚木」のことに言及はしていないものの、今から12年前にハーバード本「須磨」「蜻蛉」と歴博本「鈴虫」のツレとなる古写本として、相愛大学(春曙文庫)に『源氏物語』(断簡)があることを明記しているのです。そのことを私が長く失念していたために、干支が一回りした昨年あらためて気付き、慌てて調査を始めました。これは、書家の宮川保子さんからいただいた情報を契機として思い出しました。また、12年前に私の科研付きの研究員(現・名古屋大学)だった淺川槙子さんには、相愛大学本の情報収集をお願いしたまま手を付けていなかったことについて、ここにお詫び申し上げます。現在、調査員の辻義孝さんの支援を得て翻字を鋭意進めていますので、成果の公表はいましばらくお待ちください。

 次の写真は、『源氏物語』の写本の調査をしたハーバード大学アーツミュージアムの入口の様子です。

2018_アーツM.jpg


 今日で最後となる本文の確認は、67丁の表6行目から裏の末尾までです。

--------------------------------------
【前略】
を可し可里し可登・【260110_ココカラ→】堂ゝ【何事】尓/(堂堂)・川介
て毛・可乃・ひ登川ゆ可りそ・於もひいて・
【給】け累・あやし婦・川ら可里介累・ち
きりと母なり介り登・徒く/\登/(徒く徒く登)・於毛ひつゝ
け/(於毛ひつつけ)・な可め・【給】ふ・ゆく礼/〈ママ〉・可遣ろう乃・毛能者可那介尓/者〈次頁〉、(67オ)
--------------------------------------
とひち可ふを・
「あ里登・身て・ゝ尓葉/(て尓葉)・とら礼春・三れ
者・満多・ゆくゑ毛・しら春・きゑし・可介
ろう」・ある可・なき可乃登・礼い乃・ひとりこち・
【給】と可や/可$、(67ウ)
--------------------------------------

 次回は、この「蜻蛉」巻の「変体仮名翻字版」による索引を提示して、鎌倉時代の写本にはどのような字母が使われているのかを、丹念に確認したいと思っています。
 索引は面倒な手順を経て作るので、いろいろと苦心することかと思います。しかし、1ヶ月でなんとか字母別の語意索引を完成させるつもりです。どのようなものが出来上がるのか、自分でも楽しみです。




posted by genjiito at 22:32| Comment(0) | ■講座学習

2026年01月09日

京洛逍遥(962)廬山寺の歌碑を確認してから京大病院へ

 中之島図書館で明日使う資料の内、写真では判別が難しい文字がありました。そこで、実物を実際に確認するために、廬山寺へ行きました。過去の写真や、ネットに公開されている情報を確認しても確定できないからです。

 大弐三位の「ゐなの」の「なの」と、「やはする」の「す」の文字が、石の色と紛らわしく、その刻字も不鮮明なため、字母の確認ができないのです。

260109_廬山寺の歌碑.jpg

 今日はちょうど、桜が咲き初めたところです。好天の中、じっくりと文字と睨めっこができました。

260109_歌碑と銘板と桜.jpg

 歌碑の右横に置かれた銘板は、次のように掲示されています。微妙に字形が異なるのです。こちらの銘板の方が、文字を刻む時の最初の資料だったのではないか、と思われます。

260109_銘板_大弐三位.jpg


 この銘板の文字を参考にして歌碑と対峙すると、「ゐ那農」と「やは須る」だと読めます。特に、「ゐ那農」の「那農」は、これまで私が「な乃」だと思っていた文字です。

260109_銘板「ゐ那農」.jpg

260109_那農up.jpg


260109_銘板「者須る」.jpg


 今回の実見により、その翻字を修正することにします。

    【大貮(貳)三位】
【有馬山】ゐ那農
さゝ【原】可ぜふ介ば
 いで所よ【人】を【忘】れ
   や者須る

 なお、途中のバスの中での出来事を記しておきます。
 降りる方が「ありがとう」とおっしゃった時に、女性の運転手さんが「こちらこそ」と返事をなさいました。公共交通機関では「こちらこそ」はあまり聞くことのない言葉でのやりとりだったので、こうしたコミュニケーションも人間味を感じさせていいものだな、と思いました。

 今日の大文字山は、新年らしく春を待つ姿をしています。

260109_大文字.jpg


 京大病院の超音波検査センターで、足の血管を超音波のエコーで診てもらいました。
 昨年の秋口から右足がむくむことが多くなったために、脳神経内科の診察の折に検査を入れてくださいました。脳梗塞の後遺症の疑いがあり、足の静脈の血の流れを見てもらうことになったのです。特に右足が顕著なので、これまでの一連の右半身の障害の一つだと思われます。大事に至らない内に、早め早めの対処をしていただいています。検査結果は、来週わかります。




posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月08日

終日病院で過ごし新しい衣類で寒さ対策中

 朝の9時過ぎに、宇治徳洲会病院へ送迎バスで行きました。
 月2回ある妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療に付き添うためです。
 診察が終わったのはお昼前。
 点滴が終わったのは午後3時。
 いつものように、6時間という半日がかりの大仕事です。

 帰りには、近鉄大久保駅にある、いま話題の衣料品店であるワークマンに立ち寄りました。
 私は、2010年の真冬の1月にモンゴルに行って以来、防寒着はユニクロのヒートテックで通してきました。
 ウランバートルはマイナス34度で、滞在中はヒートテックの衣類に助けられました。

「マイナス34度のウランバートルに到着」

100110_モンゴルの馬.jpg


 それが、昨年末から新しいブームに乗り、ユニクロからワークマンのメディヒールウェアに衣替えです。
 一般医療機器というジャンルで販売されているものです。
 今日も、下着や部屋着のズボンなど、発熱素材や蓄熱素材の衣類を買いそろえました。
 毎日出歩いている私にとって、新しい素材の着衣は試すことに喜びを感じます。
 冬の楽しみが増えました。
 寒さが気にならなくなったからです。

 明日は京大病院で検査を受ける日です。
 今日手に入れた服で、寒さがどのように感じられるのか、試してきます。
 新年早々、相変わらずバタバタするだけの日々が過ぎていきます。




posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月07日

七草の今日は本年初の大階段登り

 年末から、平地を歩くだけで階段登りをしていませんでした。この近くでは、京都駅の上にある大階段が私にとって格好のリハビリ施設です。
 途中の踊り場で、3回も小休止をしました。屋上の大空広場で、息を整えながらゆったりと休憩です。

260107_大階段.jpg

 そして、アップルウォッチを見て驚きました。この階段登りで屋上に到着した時の、私の心拍数は72拍/分。ところが、息切れすることもなく元気に登った妻は、148拍/分でした。その数値が高い理由がわからないこともあり、大急ぎで深呼吸をして85拍/分まで下げるように言いました。心拍数は変動するとは言うものの、息切れした私とはあまりにも差があったので、明日の宇治徳洲会病院での点滴前の診察の時に、先生に報告しましょう。

 共に心拍数が70拍/分台に落ち着いてから階段で下りると、10階で北海道展をやっていました。函館の海鮮寿司と札幌のいかめしをいただき、屋上の大空広場へまた引き返してお昼ご飯としました。

260107_海鮮.jpg


 陽光を浴びながら、ミス・ケミッコ(ケメコの歌)よろしく「大きなおにぎり10コ持ちケメコが8つに僕2つ」という、いつもの配分でいただいていた時です。ベンチの周りを2羽の人馴れしたセキレイが自分たちも欲しそうに我々を見つめています。しばらくすると、ピョンピョンと跳ねて違う所へ行きました。

260107_セキレイ.jpg


 今日は七草なので、今朝は我が家でも七草粥をいただきました。ただし、我が家のベランダで育てている野菜だけでは間に合わないので、スーパーで買ってきた七草で作ったお粥です。身体が浄められた気がしました。そして、お昼には小鳥の視線を感じながら、伊勢丹の屋上で昼食。なかなか変化のある楽しい日となっています。

 帰りに、近鉄京都駅で伊勢の赤福餅を買いました。仏壇へお供えしようと開封したところ、七草に関する「伊勢だより」のカードが入っていました。表面の絵と、裏面の文章をあげます。今日一月七日限定の「伊勢だより」です。

260107_赤福七草.jpg


 今日は七草です。鳥羽・国崎(くざき)の家々では、一月六日の夜、ひじきやふのりなど海の七草を床の間の前にととのえます。
 これを、一家の主が羽織袴の正装をしてきざむのです。左手にすりこぎ、右手に包丁を持つというのも昔からのきまりです。
 こうしてきざんだ七草は酢のものとして神棚に供え、翌朝にはこれでおかゆをいただくのです。
 一月七日
各位
               店主敬白


 新しい年がスタートしたことを体感できた一日でした。




posted by genjiito at 19:28| Comment(0) | *美味礼賛

2026年01月06日

集会所で新春恒例の『百人一首』とトランプで遊ぶ

 新年最初の集まりが集会所でありました。
 残念ながら、100歳のTさんは年末からのお休みが続いています。

 今日は、まず『百人一首』から。といっても、ここでは読み上げられたカルタを取るのではなくて、個人遊技の坊主めくりを楽しみます。お姫さまを引くと場に出ている札をすべてもらい、坊主を引くと手元の札を場に差し出す、という一般的なルールで進みました。
 目が不自由な方々も『百人一首』を楽しんでおられます。「大阪点字付きかるたを楽しむ会」や「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」でも、初心者用に坊主めくりもメニューにあげておられます。
 「点字付百人一首」を使ったカルタ遊びと坊主めくりに関しては、以下の記事をご覧ください。

「「京都で点字付きかるた(百人一首)を楽しむ会」は大盛況でした」


「「京都でかるたを楽しむ会」で『百人一首』」


「【補訂版】ヤンゴンのジャパン・カルチャー・ハウスで盛況だったカルタ取り」


「大阪で開催された「東西でかるたを楽しむ会」に参加」



 なお、『百人一首』が遊技化した江戸時代以降、明治29年の「坊主起し」を描いた絵を紹介します。「坊主めくり」や絵札については、後日整理して報告します。今日楽しんだ坊主めくりは、なかなか歴史のある遊びなのです。

260106_子供坊主めくり.jpg

「六 江戸期の庶民文化と「百人一首」 (六)和歌文芸の外に成立した「坊主めくり」遊技」」(https://japanplayingcardmuseum.com/5-5-6-6-bozumekuri-game-outsideliteralculture/?utm_source=chatgpt.com)より。


 『百人一首』の次は、トランプを使った神経衰弱をしました。
 前回もそうだったように、最後に私の番が回った来た関係で、残った札をすべていただくことができました。それにしても、最近は頓に記憶力が減退し、なかなか札の位置と書かれている数字が覚えられません。この傾向は、老化の一端として自覚しておく必要がありそうです。




posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | *福祉介護

2026年01月05日

世間は仕事始め私は通院始め

 新年早々、病院へ行きました。しかも2箇所に。


 まずは、昨年末に直していただいた歯医者さんから。

 年末に、それまで無責任にも治療が中断し放置されていた口の中を、別の歯医者さんでとにかく快適な口内環境にしていただきました。今日は、そのケアとしての微調整です。少し痛かったところを直してもらいました。


 次は、年末からずっと不快だった鼻と喉です。これは、私のウイークポイントでもあります。

 これまでにも近所の内科で診てもらっていたので、こじれないうちにと、思い切って行きました。アレルギー性鼻炎の薬を処方してくださいました。


 これで、しばらくは快適な日々が送れます。

 今日は身体を休め、明日から本年の仕事始めとします。





posted by genjiito at 21:04| Comment(0) | *健康雑記

2026年01月04日

田郁集(34)『志記(一)遠い夜明け』

 『志記(一)遠い夜明け』(田郁、時代小説文庫−ハルキ文庫、2025年10月)を読みました。田郁の新しいシリーズの始まりです。

260104_田志記.jpg


 女医を志す美津と、女刀鍛冶を志す暁の物語は、逞しく前を向いて生きる2人の女性の生き様が語られます。
 書名の「志記」については、巻末の「赤みみずく付記」で作者は次のように説明しています。

 作者の造った言葉です。最新の医療にせよ、過去から受け継がれる文化にせよ、現代の私たちが享受する暮らしは、そこに至らんと志した先人たちの存在があればこそです。志を抱き、難儀に屈せず、精進を重ね、前へ、前へ、と歩んだひとびと。しかし、その多くがさして報われることもなく、時の経過とともに忘れ去られてしまう。史実を丹念に探った上で、たとえフィクションであっても、誰かの記憶に残るよう、各々の志と、それを叶えるための姿を書き記しておこう−そう願って、タイトルとしました。(312頁)

 本書は本文庫の書き下ろし作品です。


■第一話「遠い夜明け」
 オープニングから、どんな物語が始まるのか楽しみにして、テーマと登場人物を知ろうと思って読み始めました。江戸時代のお医者さんの話です。
 処刑によって首のない女性の腑分けの話からなので、刺激的なスタートです。処刑場の描写があまりにも詳しいのに驚きました。そんな文献があるのでしょうか。あまりに具体的な描写が多いので、いつ見てきたのだろう、と思いました。
 本話は、藩主が医学校を創設する、明るい未来の到来を予感させるところで閉じられます。実に巧みな物語の構成となっています。【5】


■第二話「授けられた灯」
 「青雲館」という藩の医学校を設立してからの話です。女主人公の父親の話が中心となります。
 流行病で3人の男の子を亡くした恵明は、3人目の子が生まれるとともにその母である妻を亡くします。怒涛の日が過ぎる中、生まれた娘が医師になる可能性に逡巡します。
 そうした中で、藩主が精華院尼に対して「一切、承知に存じ仕ります」(148頁)と言った真意が、この物語の伏線となって次へと繋ぎます。【5】


■第三話「春の傷」
 もう一人の女主人公が、一風変わった娘として登場です。刀鍛冶を継ぐ娘の設定は、異色の展開を予感させます。
 刀鍛冶に関する基礎的な知識が披露されます。著者がよく調べていることがわかりました。
 やがて、鋼を打つ場面が緊迫の度を高め、読む者を離しません。筆の力を感じます。女と男の役割が綯い交ぜになり、鋼に神が宿るという瞬間が見えます。
 そんな中、鋼を打つ時の火花が塊として飛んできました。女の顔を掠め、失明は避けられたものの火傷が顔に残るのでした。それでも、親方の優しさを跳ね除けるようにさらなる修行を訴え、女刀工の歩みが始まります。【5】


■第四話「高々と灯火を掲げよ」
 女が医学を志すには、さまざまな障壁があることが語られます。江戸にも、京にも受け入れてくれるところがないのでした。
「病を診るのに、男も女もない。」という女医のありようを確たるものとして、親娘は差別や偏見に立ち向かい、前に向かって進んで行きます。
 また、名付け親であった比丘尼御所の門跡院尼が、この娘の布石を打っておいたと言い残していました。種を蒔いておいた、とも。その言葉の意味することが話題となります。今後の伏線なのでしょう。楽しみです。
 江戸に遊学するにあたって、藩主から直々に徒士2人の同行が伝えられ、院尼から拝領した御軸も江戸へ持参するように、との家老からの言葉もあったのです。隠された背景が少しずつ語られていきます。
 途中で、比丘尼御所に立ち寄り、元乳母だった老尼から院尼の遺言などを聞きます。次の禅問答のような遺言が伝えられます。
「『何を言われ、聞かれようとも、一切を打ち消さず、認めず、ただ慈悲の笑みを以て応えるべし。これ全て、美津の行く道を照らす灯なり。灯を高々と掲げて、その道を行くがよい』 −−清華院尼さまより、そなたにそう伝えよ、と」(270頁)
 美津は、老尼の言葉を振り返ります。

母の命と引き換えに、この世に生を受けた。周囲が伏せていた事実を美津に伝えたのは、清華院尼に他ならなかった。父の仕事の尊さを教えたのも清華院尼なら、女の患者には女の医師が必要だ、と説いたのもそうだ。(272頁)

 江戸に出た美津は、念願の医塾での修行が始まります。
 父に連れて行かれたのは、九段下の俎橋にあるつる家。ここは『みおつくし料理帳』の舞台だったので、あの話と繋がります。田郁の愛読者は、拍手喝采の展開となります。
 女鍛治屋を目標とする暁との出会いで、続きがよろしいようで、と第一巻の幕が降りました。
 また半年待つことになります。【5】




posted by genjiito at 23:08| Comment(0) | □田郁集

2026年01月03日

京洛逍遥(961)宇治上神社の後はHONBAKO京都宇治へ

 今年は、街に出かけてもお正月らしさが感じられない中で、京阪宇治駅前の通園には門松が飾られていました。こうした光景を見るとお正月であることを感じるのは、すでに一世代古くなったからでしょうか。

260103_通園.jpg

 元日には、4年前までいた所の氏神さまである、下鴨神社へお参りしました。新年2つ目の初詣は、今の住まいの氏神さまである宇治上神社へ行きました。共に世界文化遺産で国宝の神社です。
 鎌倉時代前期に伐採された桧が使用されている拝殿は、1000年前の寝殿造りの実際が見られます。

260103_寝殿.jpg

 その正面の半蔀の前には、2流派のお花が生けてありました。

260103_未生流.jpg


260103_池坊.jpg


 少し南に下り宇治川近くの宇治神社には『百人一首』に収録されている喜撰法師の歌「わ可【庵】は【都】のたつみ〜」が石碑として置かれています。しかし、今日はおみくじが優先となっており、残念ながら近付くことも、刻まれている文字を読むこともできません。もう少し工夫できなかったのでしょうか。これも貴重な文化資産なので、残念な神社側の対処だと思いました。

260103_喜撰歌碑.jpg

 平等院の表参道から宇治橋通を経て、シェア型書店HONBAKO京都宇治へ新年のご挨拶に行きました。本年は今日から開店です。

260103_本箱.jpg

 多くの方がいらっしゃっていました。ここは、本屋さんに留まることなく、まさに本好きが集まるコミュニティが生まれ育っています。妻も、初めてお目にかかる方々と、本にまつわる話などで盛り上がっていました。自分の興味と関心のある話で、初めて出会う方との会話が展開するのですから、すばらしいコミュニティが形成されていることを実感しました。ますます多くの人々が集い、来ることが楽しみになる場所になってほしいものです。




posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2026年01月02日

河内高安へ新春の墓参

 河内高安にある信貴霊苑に、新年の挨拶に行ってきました。
 昨年末はバタバタするだけの日々だったために、お参りできなかったのです。
 近鉄だけで、大和西大寺→布施→河内山本→信貴山口と乗り換えをしながら行きました。

 予想外に人出が少なかったので、拍子抜けです。
 また、昨日に引き続き、晴れ着姿の人を今日は一人も見かけませんでした。
 初詣という文化が今はどんな形に姿を変えているのか、知りたくなりました。

 お墓の最寄り駅である信貴山口は、私が高校生の頃に毎日使っていた河内山本からは単線の駅です。
 駅前を含めて、今もほとんど変わっていません。
 駅前から、霊苑行きの送迎バスが待っていました。

 我が家の墓石のお掃除をしてから、眼下の大阪平野を望みました。
 右手に、姉がいる芦屋や神戸と明石方面が見えます。
 正面には淡路島が、左手には関西新空港が見えています。
 我が家のお墓は、大阪一帯が一望できるところに建っています。

260102_大阪一望.jpg

 息子が、東京の青山墓地への移転を考えていて、霊地が空くのを順番待ちしているようです。
 しかし、両親と共に住んでいた高安の地にあるこのお墓は、このままにしておきたいと思っています。
 また、両親が生前に島根県の出雲から墓じまいをしてここに移してきたことを思うと、なおさら去ることが出来ません。

 墓前には、妻がベランダで育てている花をお供えし、花手水のようにしました。

260102_お墓の花.jpg

 今年も健康第一にして過ごしますので、昨年同様に見守っていてください、とお願いしてきました。

 帰りの信貴山口駅では、小雪が舞っていました。
 いつものように布施駅で降り、回転寿司発祥の地で今も大賑わいの元禄寿司へ行きました。
 私は、マイペースで6皿と限界を少し超えました。
 元気な妻は12皿と、いつもの8皿よりも多かったので、快調に新年がスタートしたことを確かめ合いました。




posted by genjiito at 22:27| Comment(0) | *身辺雑記

2026年01月01日

京洛逍遥(960)下鴨神社への初詣で晴れ着姿がないことを実感

 今朝は早々とお仏壇にお膳を運び、今年も息災に過ごせるように見守ってください、とご先祖さまにお願いをしました。我が家のご先祖さまは、ほぼ願いを叶えてくださるので、いつでも何でもお願いをしています。頼りがいのある支援者なのです。

260101_仏壇.jpg

 お節は、奈良にいる息子が今年も2年続きで忙しくて作りに来られなかったので、昨年同様に妻が手がけました。
 我が家の2026年は、我ら2人とお仏壇の中に4人、そしてメダカの成魚が5匹、幼魚が1匹、稚魚が8匹のメンバーで生活がスタートしました。

 自宅から出町柳駅まで、近鉄と京阪の2つの電車を乗り継いで40分。不思議なことに、この間に1人も着物姿の方を見かけません。おめでたいお正月らしさが感じられなくなっている、と感じました。

 出町柳駅から下鴨神社まで、参拝の人々の大群に流されながら歩きました。ここでも、お茶会に行く時の着物姿の高齢の方が3人と、晴れ着姿の若い方が2人、男性は紋付羽織袴姿のエジプトでお世話になった方によく似た1人を見かけただけです。糺ノ森の参道でも見かけません。ほんの数人しか着物を着ていないのです。いつもの初詣でとは違うのです。対して、女性のミニスカートが増えています。妻が、50数年前に自分で作って穿いていた学生時代を思い出す、と言っていました。パンタロン姿もチラホラ見られ、懐かしいと言っています。ファッションの巡り合わせなのでしょうか。

 境内の鳥居の前で、恒例の焚き火にあたり、暖を取りました。後方に楼門が見えています。

260101_焚き火.jpg

 本殿にお参りするのに、ここまで行列ができています。こんなことも初めてです。ここはかつての氏神様なので、勝手知ったる境内をうまく擦り抜け、本殿の近くまで行きました。しかし、とても入れるような状況ではないので、隙間から礼拝をしました。お札をいただくのも一苦労です。いつもと違う初詣です。

 楼門までにも着物姿はなく、境内に入ってからは2人だけ見かけました。海外の方がレンタルで着物を借りてお参りしておられると思っていた予想は、大きく外れました。

 帰りには、いつものように境内のテント下で甘酒をいただきました。寒い時には、殊の外おいしいのです。
 鳥居前の焚き火にあたろうと思って足を向けると、すでに消火作業をなさっているところでした。

260101_消火.jpg


 下鴨神社からの帰りも、出町柳まで着物を着た方とは1人も出会いません。自分の中にあったお正月風景の中の華やかさが、もののみごとに崩れました。




posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年12月31日

大晦日に一年の感謝を

 今日は2025年の最終日となる大晦日。
 今年も一年を何とか生き通せました。
 体調が思わしくない日が何度もある中を、
 大過なくとにかくやり過ごせたのも、
 多くの方の手助けがあってのことです。
 ありがとうございました。

 ブログを今年も356日書き続けました。
 今年のアクセス数で最も多かった日は、
 12月3日の24,223アクセスです。
 2日前の歯医者の記事が原因のようです。

 2007年12月30日から毎日書き出し、

251231_ブログ2007年12月.jpg

 昨日の30日から19年目に入っています。
 本日の記事が6,868本目。
 私がこの世に生存していた証明を、
 日々の歩みを等身大の雑録として、
 このブログで毎日公開し続けています。
 まさに私個人のタイムカプセルです。

 来年で毎日記事を書くことは20年目。
 7,000本の記事で一区切りとしましょう。
 これまでに1,000本近い記事が消えています。
 サーバーのクラッシュや閉鎖されたためです。
 それらを探して再現したいと思っています。

 来年は父にとって縁の深い午年です。
 1983年に亡くなったので生きていたら111歳。
 父の『句集 ひとつぶのむぎ』の巻末にある、
 「柳号『馬蹄』のこと」を引きます。

 「私が柳号を馬蹄と称し半ば本名化しているのは、けだし馬に対する愛着心のお蔭と心得ている為である。
 私は軍隊生活十余年の内、そのほとんどが馬と共にの戦であった。蹄鉄工務から始まり、任官後は師団通信隊、師団衛生隊、歩兵聯隊附、終戦時は師団獣医部附と、愛馬行進曲が涙なしに歌えない程縁が深い動物であった。世の変遷と共に滅多に馬のひづめにもお目にかかれなくなったのを、心から悲しく思う。私の柳号を馬蹄とするゆえんである。」(288頁)

 本ブログを毎日楽しみにしてくださっている、
 英国のN先生をはじめとして国内外の方々など、
 多くのご支援を力にして日々を送っています。
 来年もおりおりにご愛読のほどを、
 よろしくお願いいたします。
 そして、よいお歳をお迎えください。




posted by genjiito at 19:41| Comment(0) | *回想追憶

2025年12月30日

[その2]京洛逍遥(959)先斗町から三条寺町へ

 歯の治療が一段落ついたこともあり、H歯科の帰りに妻と駅で待ち合わせをし、河原町界隈を散策することにしました。
 下の歯の締め付け感から顎が熱を持つこともなく、貼り付けるだけだった上の歯がポロリと落ちてくることもないので、安心して話ができ、食事ができるのです。何かとモヤモヤしていた1年だったので、一時は京大病院のモヤモヤ外来の受診を考えるなど、真剣に悩んでいました。

 爽快な気分で四条河原町に出て、年の瀬の食事を先斗町ですることにしました。
 ブラブラしていたら、ウサギの小物を扱う小さなお店がありました。

251230_ウサギ.jpg

 私は卯年生まれでもあり、狭い店内でいろいろと見ていたら、お店の方が抹茶茶碗に茶筅をササっと振って、一服点ててくださったのです。思いがけず、美味しいお茶をいただくことになりました。他にいらっしゃった2人の海外の方にも差し上げておられました。このおもてなしは、皆さんに喜ばれることでしょう。お店で何もいただかなかったので申し訳ないと思いつつも、お礼を言うと、朗らかな返しが聞こえました。海外の方には、大いに日本のイメージを上げていることでしょう。

 先斗町には、焼肉屋さんが多いことに、あらためて驚きました。そして、少食の私が、しかも一人1,200円以内という予算で入れるお店は見つかりませんでした。

 そのまま三条に向かうと、先斗町の歌舞練場の前にあり過日の火災で焼けたお店がシートに覆われてありました。二十歳の時に火事で焼け出された経験を持つ私は、目のやり場に困りました。これからが大変であることがわかるからです。お隣のお店も、貰い火で類焼したためにしばらく休業します、という張り紙が貼られていました。

 河原町通を西に渡り、足はいつものくら寿司に自然と向かっています。しかし、気を取り直して自由に食事ができるようになったことでもあり、寺町通に出て、かつて行った、創業明治11年の生そばの「常盤」に入りました。このお店のことは、本ブログの「京洛逍遥(927)『百人一首』の版本、昭和の大衆食堂、そして桜を観る」(2025年04月05日、http://genjiito.sblo.jp/article/191308127.html)の中程で紹介しています。
 ここは、昭和を彷彿とさせるレトロな大衆食堂です。運良く、入るとすぐに座れました。
 私は、鯖の塩焼き定食を、妻は今日も大好きな、昔ながらの中華そばです。
 今日も、ご飯は少なめだったにもかかわらず、お蕎麦と鯖とご飯のそれぞれ半分は妻に渡しました。
 それにしても、口の中がしっかり安定していると、少しであっても食べ物が美味しく感じられます。年の瀬に合わせて補修してくださったH歯科には、感謝の思いを強くしました。

 このお店の隣には、矢田寺があります。このお寺のことは「京洛逍遥(878)矢田寺の御詠歌とソバ屋の変体仮名」(2024年08月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/191030599.html)に書いているのでご覧ください。ここの扁額に書かれた矢田地蔵尊詠歌の変体仮名は、実力を測るのに最適です。上記の記事にある答えを見ずに、チャレンジをしてみてください。
 今年も、いろいろとあったものの、何とか無事に生き延びることが出来た感謝を、お地蔵さんにお伝えしました。

 その少し南には、鳴門鯛焼き本舗があり、一ついただきました。お支払いするついでに、東京の新橋駅前にあるお店もお宅の系列店ですかと聞くと、そうだとのことでした。新橋のお店はいつも急いで通るので、新年に行った時にはいただくことにしましょう。

 三条通を京阪三条駅に向かって東に歩き、三条小橋の角にある小川珈琲に入りました。今、私は珈琲焙煎工房Hugの豆を挽いて愛飲しています。しかし、その前までは、小川珈琲の豆を挽いていました。
 2階の窓辺で、高瀬川と柳や桜が春を迎える姿を眺めながら、リッチな珈琲をいただきました。優雅な半日を、心置きなくのんびりと過ごすことが出来ました。




posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | ◎京洛逍遥

[その1]新しい歯医者さんでの後始末が今日終わりました

 2週間前の記事に、「不作為の責任」というものを取り上げました。その言葉の説明がここで問題にしている事案と関連するので、以下に生成AIの解説を再度引くことで再確認しておきます。

 すべき行為(作為)をあえてしないこと(不作為)によって生じた結果に対して負う責任で、法律上、行政や企業、個人が「知っていたのに何もしなかった」ことで問われる法的・道義的責任を指します。これは、積極的な行動を起こさなかったこと(作為)が、結果として損害や問題を引き起こした場合に発生し、「やらないこと」が「やること」と同等の法的・倫理的責任を伴う点が重要です。


 2年前にA歯科医院で作ってもらった装具のピンが折れたので、今年の1月27日に修理をしてもらうために予約を取って行きました。以来、2月、3月と、2度にわたって私には不適合の不出来な物だったので、3度目の作成をお願いしました。しかし、それは半年間はできないとのことでした。我慢を強いられた揚げ句に、約束の9月になっても無責任な約束不履行が続きました。さらに加えて、何も問題がない上の歯に被せていた物を、確認もなく無残にも損壊されたので、インフォームドコンセントを求めました。しかし、それも無視され続けて来ました。

 これらの経緯は、下記の2件の長文の記事を読めば明らかなので、再度の説明はしません。もちろん、患者側からの視点で書いたものです。当然、医師側からは異見や異論があるはずです。しかし、まったく返答がないので、このまま進めます。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、 http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置について考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

 紆余曲折を経て、今月12月1日に交わしたA院長との電話で、「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という宣告のもと、その後の治療は院長の方から拒絶されました。お医者さんとしての本分と患者が望むことの関係が、もう無茶苦茶になっているという思いを強く持っています。

 私が手渡しした文書は事実を追って書いたものであり、電話において事実誤認がないかを確認した時も、院長からは特段の発言はありませんでした。事実という「理」の確認をする私に対して、院長は信頼関係という「情」で切って捨てられたのです。とにかく、院長の治療拒否の口実には時間軸が前後するなど、その行動も含めて矛盾点が噴出します。

 これまでの治療のすべてをA院長は放擲されたので、途方に暮れた私は、妻が行っている歯科の院長のもとにセカンドオピニオンを求めて行きました。しかし、それは明確に拒否されました。そこの院長は私が持参した書面を開封もせず、私の口の中を見もしないで「あなたのことは引き受けられない」とおっしゃったからです。不可解なことです。その背景には、何かありそうです。そのこともあって、その歯科へ行くわけにはいきません。

 途方に暮れている中で、紹介を受けてH歯科へ行ったのは、A院長から「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」と言い放たれた12月1日と同じ日の午後でした。

 私が事情を説明しようとするが早いか、H歯科の院長は、とにかく口の中を見てからにしましょう、とのことで、とんとん拍子にA院長が放擲された尻拭いの治療を、わかりやすい説明と確認をしながら進めてくださいました。そして、4回目の診察となる今日、年の瀬の慌ただしい時に、すべてのやり直しと補修が無事に終わりました。

 あの、今年の1月27日から12月1日までの10ヶ月に亘るA歯科医院での不可解な経緯は、一体何だったのでしょうか? 一切説明がないことなので、患者である私にはお手上げです。
 H歯科ではあっけなく、1ヶ月という短期間ですべてが解消したのです。しかも、費用も圧倒的に安く上がりました。A歯科医院に10ヶ月間で支払った額の半分以下でした。素人には、その裏事情を知る由もないので、わけがわかりません。

 懸案のA歯科医院との問題は今日で終わり、後は今日の処置に対する微調整が年明け早々にH歯科であります。

 なお、手元の資料を片付けていたら、以下のものが出て来ました。これは、上掲(1)の「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」に記した、10月23日の治療に関する次の2項目の内の、(1)にあたることに関する資料です。

 (1)10月23日に入れていただいた7本分の差し歯のその後の調整が1度もなされていない
 (2)3本の部分装具の掛け金が10月23日に無断で切断された理由が不明

251230_維持管理料.jpg

 ここで、「クラウン・ブリッジ維持管理料」(赤丸囲い)が計上されており、これは私が支払ったものです。しかし、これは処置がなされた10月23日以降一切点検されることもなかった上、12月1日にA院長が「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」と、ご自分から宣告されたことによって自動的に無効となり、返戻金の扱いとなるものかと思われます。これはあくまでも素人判断であり、当該業界での慣例はまったく知りません。日割り計算だと、些少の金額が引かれるとしても、歯科医院側が徴収したままで放置することはいかがなものでしょうか。額にして数百円かと思います。しかし、終始うやむやのままで遣り過ごすことはよくないと思うので、請求はしないものの、あえて記しておきます。

 私が蒙った多大なる損害と迷惑は、専門家を自認しておられるA院長は、それがどれほど残酷なものであったかは充分に理解しておられることでしょう。それだけに、私の心労の重さをご存知であったはずなので、冒頭で「不作為の責任」のことをあえて記しました。
 しかし、今日、H歯科で補修が一旦終わったこともあり、これ以上は私から正面切って問題にするつもりはありません。これまでも、私のことは常に無視され続けてきたことであり、お互い子どもではないので再燃することはないと思っています。




posted by genjiito at 23:13| Comment(0) | *身辺雑記

2025年12月29日

2025年の10大出来事・2_日々の活動記録

●相愛大学所蔵の春曙本『源氏物語』(断簡)5巻の原本調査を開始

●シェア型書店HONBAKO京都宇治に本箱を持ち相愛本「橋姫」を読む

●『変体仮名でよむ 百人一首』(伊藤・吉村編、新典社)を刊行する

●NPO法人主催の第6回平安文学散策は宇治の『源氏物語』史蹟巡り

●初夏に通信業者を変更するもあまりの遅さで年末には別の業者に変更

●5年半ぶりにパソコン草創期の旧知の仲間3人と京都駅で楽しく会食

●平安文学リレー講座の第7回は大津氏の「谷崎潤一郎と『源氏物語』」

●『源氏物語』では44番目の翻訳本となるインドネシア語訳を入手する

●私の歯科医療に関する質問文は脅迫文だとして以降の診察を拒絶される

●平安文学リレー講座の第8回は薮下氏の「歌舞伎と『源氏物語』」




posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | *回想追憶

2025年の10大出来事・1_金婚記念の記録

■Mac mini M4Pro48GB2TBをメインマシンにする

■携帯端末を iPhone16 ProMax 256GB に買い替え

■結婚50年の金婚記念の旅行として白浜温泉へ行く

■西国三十三所札所巡りは青岸渡寺で7巡目に入る

■金婚記念の旅行の第2弾は妻の実家がある秋田へ

■義兄と4月に温泉へ行き半年後には葬儀で秋田再訪

■金婚記念旅行で「砂の器」を追って島根の亀嵩へ

■近くの家族葬のホールへ行き我々のお葬式の相談

■金婚記念にと永平寺から芦原温泉へと慰霊の旅へ

■お茶のお稽古を大和西大寺駅前で妻と共に始める




posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | *回想追憶

2025年12月28日

映画『裳着』の制作にご参加を

 平安時代の元服式を描く映画『裳着』が、“全編平安語”で短編映画として再現されます。


251228_映画裳着.jpg



 この映画の制作にあたっては、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の副代表理事である畠山大二郎氏が、衣装考証の監修者として参加しています。


251228_畠山.jpg


 このクラウドファンディング募集の詳細は、以下のサイトをご覧ください。



--------------------------------------
【参考までに、畠山氏に関する本ブログでの主な記事を列記します。】

■「参加できなかった第2回平安文学リレー講座「夏の装束」」

■「『新しく古文を読む』が点字図書・デイジー図書になりました」

■「読書雑記(279)高橋良久・畠山大二郎『新しく古文を読む』」

■「第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会」

■「畠山大二郎著『平安文学の服飾表現研究』に博士(文学)の学位が授与されました」

■「NPO設立1周年記念公開講演会を終えて」

■「国文研蔵『源氏物語団扇画帖』服飾関係分類索引(畠山版1)」
[畠山版2、2012年06月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/178946159.html
[畠山版3、2012年07月02日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970440.html
[畠山版4、2012年07月07日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970446.html
[畠山版5、2012年07月08日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970447.html
[畠山版6完結、2012年07月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970448.html
--------------------------------------




posted by genjiito at 23:30| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年12月27日

キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第4回)

 今日も、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の入口正面には、いつものイベント案内が表示されていました。

251227_掲示板.jpg


 まず、街中の変体仮名からです。

250724_くをん.jpg

 新町通錦小路通りで見かけた暖簾に書かれていた「くをん」は、「を」の字形がおもしろいのと、朱の落款が「久遠ん」と読め、今の平仮名の字母がわかる例として紹介しました。
 平仮名の字母である漢字がわかる例として、宇治橋通の「左し治」も紹介しました。

251206_宇治の「左」.jpg

 今日は、予定通り相愛大学本「帚木(断簡)」を終えることができました。そして、この古写本は草稿本を書き写したものではないか、という視点で変体仮名で書かれた本文を確認していきました。そうした見方で本文を追いかけると、至るところにその片鱗が伺われます。
 今回「変体仮名翻字版」で本文を確認したのは、第8丁表から現存する最終丁である第10丁裏までです。
 脱字や欠脱、そしてナゾリ書きが何例も確認できました。このままでは意味が通らないので、意味などは考えずに、ただ親本を写したようです。その親本が草稿本というものであったのではないか、ということが、確認を通してその蓋然性が高くなったと言えます。これは、今後の検討で明らかにしていくつもりです。

 今日問題とした箇所で、主なものを5例あげます。「文節番号」としているのは『源氏物語別本集成 正・続 第1巻』で用いているものです。

(1)8ウ/8行目 ・文節番号4934「かゝる/寿&る〈判読〉」

251226_相愛帚木8uL8寿&る.jpg


 これは、「かゝ」に続く文字にナゾリがあり、「寿」と書いた後に「寿」の上から「る」をなぞった例としました。「る」の上に「寿」をナゾッたとはしません。ただし、「る」は微妙な字形で書かれていると判断し、〈判読〉としています。


(2)9ウ/9行目 文節番号5029「△&か」

251226_相愛帚木9uL9△&か、し.jpg


 この右のナゾリは「かの」と読み、下に書かれた文字は判読できないものの、上には「か」と書かれているものです。他本に「この」とあります。しかし、この下の文字は「こ」ではなく、「そ」として「その」と想定しても、いずれもそのような字形の文字が下に書かれているとは思えません。いまは不明としておきます。


(3)9ウ/10行目 文節番号5032「見しかゝめ里なと/し〈虫損、左傍記△、諸本みしかゝりなんと〉
 上の写真の左側の行に書かれている「し」の左横の墨の線が何かは、今はわかりません。本日の勉強会の中で最後に、これは「も」ではないか、という意見が出ました。確かに、この形の「も」が前後に見受けられます。そこで、これは「も」であろうとしました。
 しかし、帰宅してから諸本の本文異同で「みしかゝりなんと」とか「みしかからんなと」、そして「みしかし」という例もあることから、ここは「も」ではなくて、やはり「し」であるとします。そして、依然として「し」の左横の墨の線は不明とせざるをえません。今後の課題です。
 この「帚木」の断簡には、「も」の左横に意味不明な傍線が書かれていたり、不思議な字形で「そ」と書かれていたり、「の」の最後が「ぬ」のように丸く廻っていたり、「け」の最初の棒が二本引かれていたりします。踊り字の「ゝ」が「く」や、次の仮名へのつなぎの線のように見えたりもしています。

 とにかく、これまでの古写本には見られない、イレギュラーな字形や意味不明な字句やケアレスミスが散見します。今後とも、この写本の文字列は慎重に読み解いていく必要があります。そして、この写本が「草稿本」ではないか、という可能性も探っていきます。


(4)10ウ/10行目 文節番号5131「り&累〈判読〉」

251226_相愛帚木10uL10り&累.jpg

 ここは「者可累/り&累〈判読〉」と読みました。つまり、下には「り」とあり、その上に「累」がナゾられたとしたのです。「者可累」と書いた後に「累」の上から「り」を書いて「者可り」としたのではない、と判断したのです。

 これらの判断はあくまでも暫定的なものであり、来春早々に相愛大学で原本を直接調査するので、その時に実見を通して確定していきます。

(5)8ウ/10行目 ・文節番号4942堂可ふへくもあらす/〈行間上部・貼紙「△△」〉

251227_相愛帚木8uL9-10上部〈貼紙〉.jpg


 丁末の行頭に〈貼紙〉があります。ただし、千切った和紙を貼り付けた例を、これまでに私は見たことがありません。ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」に、貼紙がありました。しかし、それは四角に切られた和紙に文字を書いて貼り付けたものであり、このような間に合わせの対処は初見です。また、書かれている文字も、私には意味不明です。
 大方のご教示をお願いします。

 以下、本日確認した「変体仮名翻字版」の翻字を引きます。
 これで、相愛大学本「帚木(断簡)」は終わりです。
 次回は、多くの問題点を抱えるこの写本の課題を整理し、索引の作成に入ります。また、大島本などの現行の『源氏物語』とは大きく異なる本文を伝える写本なので、この本文の性格にまで及べるように調査を進めます。


--------------------------------------
■相愛大学本「帚木(断簡)」(今回:第8丁表〜第10丁裏まで)
  [変体仮名翻字版] (翻字:辻 義孝/補訂:伊藤鉄也)
   ・翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
     傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
     補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
     底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
--------------------------------------
ナシ・ナシ・きこゑ【給】・ナシ・いと者川
かし介れ八・ナシ・うちいて尓くゝ/(うちいて尓くく)・於ほさるれと・
いと・よく可多らひ堂万ひ弖【御】ふ三可き
【給】あやしと於もふ尓こま/\とみゝ尓あてゝ/(こまこまとみみ尓あてて)・
いひ志らせ・【給】・かゝる/(かかる)・こと古所八と・ナシ・いとおもひ
可けか多けれと・於さ那・【心】ち・ふ可う毛・堂と
らす・ナシ・もてき多れ八於んなむね川ふれ弖・
あさましき尓・な三多も・於ちぬ・この・古の・於も
ふらん・ことも・者つ可しうて・さす可尓・【御】ふ三を・
お可く新尓/〈ママ、諸本おもかくしに〉・ひきひろけ多り・いとこと・於ほく弖/弖〈丁末左〉、(8オ)
--------------------------------------[4900]
「みし・ゆ免を・あふ・よ・ありやと・なけく・
ま尓・めさへ・あ者てそひ/ひ$・ころ/ろ+も、(ころも)・へ尓介る」・ぬる・
よ・なけれ八なといと・め・と万りぬへき・【御】可き
さま奈れとみいれられ寿・めも・きり弖・
【心】え可多き三の・すくせ・うさそひ堂り
けるを・ナシ・於もひ川ゝけ/(於もひ川川け)・うちふし・【給】へり・【又】
乃ひ・そのき三越/そ〈判読〉・免し多れ八・まいるとて・
【御】可へり・こへ八・かゝる/寿&る〈判読〉、(かかる、かか寿)・【御】ふ三・みわくへうも
あらすと・ナシ・ナシ・きこ江よと・いへ八・うちわらひて・
堂可ふへくもあらす/〈行間上部・貼紙「△△」〉・の【給】者せし越・ナシ・い可ゝ/(い可可)、(8ウ)
--------------------------------------
さは・きこゑむと・いふお・【心】や万しくて・
のこりなう・の【給】・き可せ介ると・於もふ尓・
川らき・こと・かきりなし・いて・およすけ多る・こと
盤・い者ぬ【物】そ・さ八・な・堂万へりそと・ナシ・けしき
あし介れ八・めす尓八・い可ゝとて/(い可可とて)・まいりぬ・かの
三/〈ママ、諸本きのかみ〉・すい多る【心】ち尓・この・まゝ者ゝ能/(まま者者能)・ありさま
を・ナシ・ナシ・よ尓免て多しと於もひて/も〈判読〉・川いせう
し・よるこゝろなれ八/(こころなれ八)・こき三わ八く累
ま尓て/わ〈ママ〉・ナシ・ゐて・ありく・こきみ・めしよせて・
きのふ八・まちくらしてやみ尓き・ナシ・あひおもふましき奈免りと/ま〈次頁〉、(9オ)
--------------------------------------
ナシ・の【給】尓・か本・うちあ可め弖/△&う、ちあ可〈墨ヨゴレ〉・
ナシ・い川らと・能【給】尓・志可/\なん/(志可志可なん)・者ら多ち者へ
ると・ナシ・きこゆれ八・ナシ・ナシ・【心】のことやとて・【又】も・多万へ
り・あこ盤・ゑし羅しな・その・いよの・於きな
ともの・さきより・ナシ・み多てまつりそめし/そ〈判読〉・
ひとそ・されと・堂の毛し介なく・ゝひ/(くひ)・本
そと・ふ川徒可奈る・ナシ・こゝろてこしつき
ゑり・ナシ・ナシ・まうけ【給】へ累そかし/△&け・ナシ・ナシ・き三は
あ可・こにて・あれよ・かのをや八/△&か、かの〈ママ、諸本この〉・堂のもし
けなれと・ゆくさき・見しかゝめ里なと/し〈虫損、左傍記△、諸本みしかゝりなんと等〉、(見しかかめ里なと)、(9ウ)
--------------------------------------
の【給】へ八・さ毛・あり介ん・いみしかりける・こと
と・於もへ累も・於可しと・於も本寿・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・【又】【御】ふ三
毛・ナシ・【給】へり・されと・この・こ毛・いと・者可那し・
【心】より・本可尓・ち里毛・せは・可ろ/\しき/(可ろ可ろしき)・
奈さへ・そへむ・みの・ありさま越を/越を〈ママ〉・いと・川
き那く・おほえて・免て堂き・ひと奈り
とも・わ可・三こそと・【思】へ八・いとすきか万
しきことのふさ者しからぬうちとけ
堂る・け者ゐ毛・きこゑす・本の可那
りし・【御】けはひ・なとお・け尓・よ尓・なへてなと八/て〈次頁〉、(10オ)
--------------------------------------
於もひ・きこ江ぬにしも・あらね
と・を可しき・さま越・みえ・多て万つり弖・
奈尓ゝ/(奈尓尓)・なるへきみそと・於もひ可へ寿
なり介り・き三毛・於ほしおこ多る・ナシ・ナシ・於
り毛なく・こひしきよりも【心】く累し
う・ナシ・ナシ・於もへりしさま越・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・於ほしわ多る・
かろ/\しく/(かろかろしく)・八ひまきれて・堂ちより・
堂万者ん尓も・【人】免・し介く奈れ八/く〈ママ〉・ナシ・す
き/\志き/(すきすき志き)・ふるまひや・あら者れんと・ナシ・ナシ・ナシ・者
者可累とさまかうさま尓於ほしくらす/り&累〈判読〉、(10ウ)
--------------------------------------[文節番号025131]まで
相愛大学春曙文庫「帚木」以降 落丁
--------------------------------------





posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ■講座学習

2025年12月26日

集会所で今年の一文字を各自が漢字で書いて見せ合う

 本年最後となる集まりが集会所でありました。
 今日は、今年を漢字一文字で表わすと何になるか、という問い掛けがなされました。
 みなさんそれぞれが、紙に書いて披露しました。
 以下、思いつくままに書き上げます。

 「希・食・友・明・花・笑・幸・桜・淡・楽」などなど。
 二人から出たのは、「空・歩・喜」。
 私は「」、妻は「」でした。

 各自がそれぞれに、その理由を話しました。

 いろいろなことがあり、いろいろな思いで過ごした一年だったのです。
 みなさんに共通するのは、この集まりに来ることが楽しみだった、ということです。
 来年も元気に集まり、楽しく過ごしましょう。



続きを読む
posted by genjiito at 19:07| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月25日

宇治徳洲会病院で突然のクリスマスコンサート

 朝8時過ぎに送迎バスに乗り、宇治徳洲会病院へ妻の点滴治療の付き添いとして行きました。
 今日から、新しく泌尿器科が加わっています。機能に問題があるのではなくて、多分に不安症候群から来る頻尿のようです。過活動膀胱と言われるものです。私も一昨年、睡眠時無呼吸症候群の治療を受けている時に頻尿となり、この病院で治してもらいました。早めの対処で治るものなので、心配はしていません。しばらくは、漢方薬を飲めばいいそうです。
 私の時には、気の持ちようということで、薬は出ませんでした。他に多くの病気を抱えている我が身の場合は、命に別状がないこともあってか、いつしか治っていました。

 次は、本日のメインである脳神経内科での診察です。担当医の女医さんが京大病院での妻の主治医の教え子ということもあり、先日の京大病院での診察の報告もしました。妻が、この病院での担当医の先生の名前を姓も名もしっかり覚えていたので、京大病院の先生から褒められた話をすると、あの先生らしいと笑っておられました。お茶のお稽古を今週から始めたことを報告すると、それはいいことだと励ましてくださいました。気長に楽しくやってください、と。
 その他には特に問題はないので、下に降りて観察室でレカネマブ(レケンビ)の点滴治療になりました。

 いつものように相変わらず段取りが悪くて、無駄な時間が過ぎていくだけなので、私はカフェで一休み。小一時間してから点滴中の妻のベッドのそばに行くと、あと30分はかかりそうでした。今日はイスがあったので、狭い隙間にイスを置いて、退屈そうに点滴のチューブを見ている妻と世間話をしていました。終わっても、あと30分は生理食塩水を注入するということでベッドを降りられないので、私は部屋の外のソファーで待つことにしました。

 月初めに一回だけ16,000円を払うと、その月の2回目の診察と治療の費用はかかりません。そのため、今日の会計では支払いはありませんでした。
 そうこうするうちに、入口のホールでは背筋に関する講演会が始まりました。姿勢の話などは参考になります。
 この病院の待ち合いに置かれている、個人用のソファタイプのイスは豪華です。病院らしくありません。立派な国際会議場などで使われるイスです。私は、ケンブリッジ大学で国際研究集会を主催した時に、このタイプのイスに座りました。今日は、身体が包み込まれるようなイスにゆったりと身を沈め、先生のお話を伺いました。

 それが終わると、クリスマスコンサートが始まります。ギッシリと集まっておられたみなさまは、実は先生の講演会よりも、このコンサートがお目当てだったのです。
 今日は、ピアノは橋本さん、クラリネットは山口さんという、共に相愛大学の卒業生でした。相愛大学は、今、鎌倉時代の古写本『源氏物語』の調査をしているところなので、つい親近感を覚えました。曲目は、以下のものです。

251225_コンサート曲目.jpg

251225_病院のクリスマス.jpg

 きれいな音でのクリスマスソングなどを聴くことができました。何ものにも替えがたいクリスマスイベントになります。ただし、会場が音響を考えた場所ではなくて、病院の入り口にある待ち合いのスペースだったので、音が吹き抜けの2階のさらに上に抜けていっていたので、身体が音に包まれる感触は皆無でした。クラリネットは思ったほど音が拡がらず、迫力もなかったので、もっと狭いホールだったらよかったのに、と思いました。しかし、臨時のコンサート会場にもかかわらず、主催者と演奏者の思いが伝わって来て、お2人の熱演を楽しませていただきました。トークも楽しく聞きました。ありがとうございました。




posted by genjiito at 21:19| Comment(0) | *健康雑記

2025年12月24日

キャンパスプラザ京都で相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を読む会(No.4)のご案内

 昨日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」(春曙文庫)の本文を変体仮名で読む会の案内記事が掲載されました。
 本年9月から、「帚木(断簡)」を「変体仮名翻字版」で翻字をする勉強会がスタートしています。

251222_NPO新聞.jpg

 会場は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の6階にある第8講習室です。
 相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」は、ハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」や歴博本「鈴虫」と近い環境で書写された、鎌倉時代の写本の断簡だと思われます。ただし、この「帚木」は下書き本ではないか、という意見もいただいています。とにかく、興味深い本文を伝える写本です。
 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 現在、毎回約10名の参加者と一緒に、和やかに変体仮名を読み進めています。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 鎌倉時代の古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを第一の目的としています。
 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第3回)」

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、京都駅から JR の線路沿いに歩いて5分の所です。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。




posted by genjiito at 22:40| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年12月23日

集会所でのクリスマスパーティの前に発熱騒ぎ

 今朝は、何となく気怠い目覚めでした。身体が少し温かいので、熱を測ると「37.2」度。もう少し寝てから測ると「38.0」度。これは大変です。
 先週末は東京、昨日は奈良と、東へ南へと動き回っていたからでしょうか。久しぶりにお茶のお稽古をしたので、慣れないことに身体がついていかなかったからでしょうか。

 お昼前に歯医者さんへ行く予定が入っているので、うどんを食べて風邪薬の「改源」を飲み、「葛根湯」のドリンクを飲んで、また寝ました。
 次に測ると、「37.0」度。さらにもう少し休むと、「36.5」度。急速に回復しています。これで一安心です。

 こんんなことは、これまでにも何度もあったので、気を持ち直して歯医者さんへ行きました。
 春先から、別の歯医者さんでよくわからない治療をされ、インフォームドコンセントとしての説明を求めても無視され、揚げ句の果てには治療を拒否されたのが先月。それからセカンドオピニオンを受けに行った歯医者さんも、口の中を見もしないでこれまた拒否。根拠はないものの、地域で結託して不祥事を隠す連携プレーがなされているとしか思えません。

 民生委員のNさんに教えてもらって行き出したのが、今日の歯医者さんです。経過を説明しようとすると、とにかく見てからということで、治療の方針を説明してくださいました。そして、10ヶ月近くも擦った揉んだした治療が、この歯医者さんに移ってからは、1ヶ月ほどした今日でほぼメドがつきました。次回の12月30日で終了なので、年末にスッキリすることになりました。
 歯医者さんの世界は、まさに伏魔殿となっているようです。いい経験をしました。コンビニの数よりも多い歯医者さん。どこへ行けばいいのか、難儀な時代になっているようです。

 今日の集会所では、クリスマスパーティがありました。
 Nさんの演奏で、冬の歌やクリスマスソングをみんなで歌いました。
 続いて、恒例の射的でお菓子をもらい、そこに書いてある番号の景品がいただけます。みなさん、お楽しみのコーナーです。今日は、家庭用品が並んでいます。

251223_景品.jpg


 私はペーパークリーナーとジュース、妻は冷蔵庫の脱臭剤とジュースでした。
 残り物に福があるとのことで、ジャンケンで争奪戦をしました。私は最初に勝ったので、大きな袋に入ったキッチンペーパーをいただきました。
 全員にロールケーキも配られました。
 景品がいただけることは、幾つになっても楽しくて嬉しいことです。

 今日も、100歳のTさんはお休みでした。通りかかった時に、家の前にいつもの手押し車が出ていたので、今日は出席かな、と思っていました。
 Nさんの話では、大事をとってのお休みで、お元気だとのことでした。家具を入れ替えたりして、生活環境を整備なさっているようです。これも、一安心です。今週金曜日の集まりには、参加なさることでしょう。




posted by genjiito at 22:56| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月22日

久しぶりにお茶のお稽古を始める

 しばらくお休みしていたお茶のお稽古を始めました。
 場所は、大和西大寺駅の右前にある奈良ファミリーの中の近鉄文化サロン奈良です。安倍晋三元首相が銃弾を受けて亡くなられた、駅前広場のすぐ近くです。
 M先生には、15年前に私が癌の宣告を受けてすぐに教えを受け出し、以来五月雨式にではあるものの、根気強く東京や京都から奈良のご自宅にお稽古に通い指導を受けて来ました。最初の日のことは、「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934820.html)に書いています。そして何と、手術の2日前に「心身雑記(71)入院2日目にしてお茶のお稽古へ」(2010年08月28日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934855.html)に書いた通り、大和平群にお稽古に行っているのです。
 2019年9月には、お茶名「宗鉄」をいただきました。「9年目にいただいたお茶名は「宗鉃」」(2019年09月29日、http://genjiito.sblo.jp/article/186624763.html)に、その頃の状況を書いています。それなりの形はあるもののいまだ未熟者で、以来ずっとお茶とは遠ざかっているので、本当に初心者に戻ってお稽古をすることになります。

 今先生は、茶道裏千家淡交会奈良支部の副幹事長で教授という要職に就かれています。2年半前に脳梗塞になってからはお稽古も途絶え、お誘いがあればお茶会に参加するという程度に、足が遠のいていました。最近では、2ヶ月前の「古都散策(74)春日野でのお茶の講演会と野点用の茶碗」(2025年10月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/191526968.html)に書いたように、奈良春日野国際フォーラム甍での講演会場でお目にかかっています。ただし、この時には年内にお稽古を始めるとは思いもしませんでした。

 今、朝食後にポットで沸かしたお湯でお茶を点てる程度の日々です。そんな中で、妻がお茶に興味を示し出したことを機に、初心者のためのお稽古を先生にお願いしたのです。よくぞ、と快諾を得て、今日は2人揃って大和平群のご自宅ではなくて、大和西大寺の文化サロンの受講生となったのです。

 まず、今日は体験会です。
 イスに座って、みなさんがなさるお稽古を拝見しました。この本科は、7名の生徒さんがいらっしゃいます。中に、お一人だけ知っている方がいらっしゃいました。今年の5月に先生の月釜がかかり、往馬大社で開催されたお茶会に参加した時、水屋でお弁当を出してくださった方だったのです。これから一緒にお稽古をすることになるので、これも奇縁といえるでしょう。
 その月釜の日のブログの最初に、「私も、足と手がしっかりしたらもう一度お稽古を、と思いました。」(「往馬大社でのお茶会の後はHONBAKO京都宇治でのパーティへ」2025年05月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/191363526.html)と書きました。それから半年が過ぎ、年内にやっと念願が叶うことになったのです。

 先生は本科と研究科をお持ちで、今日の本科は楽しさが伝わってくるお稽古でした。先生のご自宅がある大和平郡に、急な山道を登ってお稽古に通っていた時は、どちらかというときびしめのお稽古でした。しかしここは、開かれた社会人講座の一環ということもあってか、雰囲気が穏やかで、アットホームな感じがしました。それでいて、先生のピシッとした厳しい指摘はいつも通り飛びます。
 体験で参加した我ら2人にも、お菓子と薄茶を出してくださいました。お菓子のいただき方、お茶碗の扱い方など、他の方に見られる中でもあり、緊張しました。

 次回からは、我らも少しずつお稽古が始まります。のんびり、コツコツ、マイペースで楽しみたいと思います。

 帰りは、新祝園駅にある「スッカマ源氏の湯」の温泉に行きました。過日行った時に、妻が帽子を忘れて帰ったので、すぐに連絡をして保管していただいていたのです。それを受け取りがてら、温泉にも入ったのです。

251222_スッカマ源氏の湯.jpg

 冬至ということもあり、ユズ湯がありました。柚子が40個も入ったお湯なので、じっくりと暖まって来ました。

 今日も電車のトラブルに巻き込まれました。行きも帰りも、奈良線のトラブルの影響で、電車が遅れました。昨日は東京で、今日は奈良でと、実害はなかったものの年末年始の繁忙期ということもあってのことでしょうか。余裕を持って移動することを心がけなければなりません。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *身辺雑記

2025年12月21日

江戸漫歩(182)いわさきちひろの絵を息子さんの解説で見る

 今朝の神宮外苑絵画館前のイチョウ並木は、冬支度のせいか寒そうに見えました。絵画館も霞んでいます。

251221_イチョウ並木.jpg

 地下鉄大江戸線で、青山一丁目駅から中井駅まで出て、そこから西武新宿線で上井草駅へ行きました。西武新宿線では、今日も我々にとってはお決まりの、車両点検で電車が遅れました。

 上井草駅からちひろ美術館へは歩いて7分ほど。初めて行くところです。
 入口で受付の方に、館内で食事ができるかを聞くと、喫茶しかないとのことです。この近くで食事ができる場所を聞くと、近くのお蕎麦屋さんを紹介してくださいました。食後にまた来ます、と言って館外に出て少し歩くと、先ほどの受付の方が走って追いかけて来られました。何だろうと振り返ると、丁寧にお蕎麦屋さんの場所を教えてくださったのです。頼りない老夫婦と思われたのでしょうか。お気遣いを、ありがとうございました。

 ちひろ美術館・東京は、いわさきちひろの自宅とアトリエの跡に建っています。

251221_ちひろ美術館.jpg


 いわさきちひろは、子供を生涯のテーマとした画家で、独特な水墨画の技法には、藤原行成流の書の影響があるとのことです。1974年に55歳で亡くなり、夫の松本善明氏、息子の猛氏のことも広く知られています。

 絵本作家になるのが夢だった妻は、かねてよりこのいわさきちひろに憧れていました。しかも、今日は息子である猛氏のギャラリートークがあります。千載一遇のチャンスとばかりに駆けつけたのです。

 2時からのギャラリートークには、大勢の方が詰めかける事態となり、説明を聞きながら絵を見て歩くという予定は変更され、一階の広い展示室で猛氏の説明を聞く、という形式となりました。
 母親の話ということもあり、リラックスした語り口で、楽しい話をたくさん伺いました。このモデルは僕です、とおっしゃる絵の前では、母の思い出話も交えて、ほほえましい貴重な説明を伺うことができました。
 ちひろが描く絵の中の女の子は、穏やかで優しさが溢れています。しかし、描かれたその目には、微かに涙が認められるという指摘にはハッとしました。もう一度、あらためて原画を見直す機会を得たいと思います。

 会場では、昨日の日比谷図書文化館での2つの講座に参加なさっている方もお出ででした。一緒に、猛氏の話を伺いました。

 ロビーでは、おいしいコーヒーもいただきました。また足を運ぶことでしょう。

 帰りは西武新宿駅に出て、雑踏の新宿歌舞伎町を横切り、中央線に乗って東京駅に出ました。
 新幹線に乗り込んで間もなく、品川駅で無理な駆け込み乗車があったとのことで、しばらく運転が中断されました。鉄道トラブルは、今日で2つ目です。
 結局、大きや事故には至らなかったからいいものの、旅に出ると相変わらずハラハラドキドキの電車トラブルに巻き込まれています。




posted by genjiito at 22:01| Comment(0) | ・江戸漫歩

2025年12月20日

日比谷で「須磨」(31)と『百人一首』(8)を読んだ後は息子に教えを受ける

 肌に感じないほどの霧雨の宇治を早朝に出て、新幹線で3時間かからないうちに微かに霧雨が感じられる有楽町に降り立ちました。うまく雨をすり抜けて東京に来られました。

 早めのお昼ご飯は、西銀座にある回転寿司の「くら銀座」です。開店時間を少し待って入りました。
 ここは、京都の三条通から新京極通を下ったところにあるお店と同じ店構えで、清潔感が漂うお店です。

251220_くら銀座.jpg


 ゆっくりと、お寿司とドリンクとデザートをいただいてから、日比谷公園に向かいました。

 ミッドタウン日比谷の前にいる大好きなゴジラを、今日は斜め後ろから撮りました。初めての角度です。

251220_ゴジラ.jpg

 しばらく公園を散策すると言う妻と別れて、私は先に日比谷図書文化館に入りました。妻は終日図書館で、公園の緑や皇居方面の景色を見ながら、窓辺のイスに座って好きな本を読むことを、ここに来る楽しみにしています。

 掲示板がいつものように立っています。

251220_日比谷の掲示板.jpg


 今日の最初は、「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」です。
 まず、先週の大阪府立中之島図書館と同じように、版木『略解○古訓古事記巻中』と、版本『絵入源氏物語』を実際に触ることで版本の世界を体感していただきました。やはり、実物が訴える重みはズッシリと伝わったようです。

 この講座のメインとなる、ハーバード大学蔵『源氏物語 須磨』については、57丁表から57丁裏3行目まで[変体仮名翻字版]で確認しました。鎌倉時代の古写本の実態について、少し立ち入った話をしたこともあり、予定した範囲の四分の一もできませんでした。すべて、年明けに持ち越すことになりました。

--------------------------------------
あさ者可尓・みいれらる・【五】・すく【六】・
堂き乃/堂±ん〈薄墨〉、き〈左濁点〉、(堂んき乃)・てうとやう乃・毛乃・ゐ【中】王さ尓・
し奈し堂る・いと・を可し・【念】寿の・くと
毛ゝ/(くと毛毛)・めつらしき・さ満尓・し徒ゝ/(し徒徒)・をこ
なひ・川と免・【給】介りと・三ゆる・毛の・万いれ
る・さ満那とこと佐ら尓/こ&こ・【所】尓・つけて・けう
あ里て・志那し堂り・あ満とも乃・あさり
して・かい川【物】・毛てまいる越・めしいてゝ/(めしいてて)・
【御】らん春・うらに・とし・ふらん・さ満なと・ゝ
者勢/(と者勢)・【給】へ八・さ満/\尓/(さ満さ満尓)・やすけ奈きみの/(57オ)
--------------------------------------
うれを/れ±へ、う〈墨ヨゴレ〉、(うれへを)・【申】いてゝ/(【申】いてて)・そこ者可と・奈く・さ
え徒るも/え〈虫喰、ママ〉・【心】の・ゆくゑは・於奈し・こと奈
る可・こと那るあ者れ尓・[12.20 ココマデ確認]
--------------------------------------

 1時間の休憩を置いて、次は「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」です。

 ここでも、まずは前列に並べた版木と版本を触ってもらいながら、写本と版本と活字本の違いなどをお話しました。

 続いて、これも中之島図書館で先週紹介した、包装紙に描かれた『百人一首』の例を確認しました。そして、俳優の伊東四朗さんが70歳を過ぎて「百人一首」の暗記にチャレンジしたという話を紹介しました。これは、脳科学の立場からいえば廃用現象を防ぐ賢明な方法だそうです。物覚えに衰えを感じ出した方は、参考になさってはと提案しました。

 次は、廬山寺の境内に建つ57番歌の紫式部と58番歌の大弐三位の歌碑の写真を見ながら、そこに刻まれた『百人一首』の歌を「変体仮名翻字版」で確認しました。
 また、同時に、有馬温泉の瑞宝寺町公園に建つ58番歌の大弐三位の歌を確認しました。これは、変体仮名は1文字もなく、すべてが現行の五十音図の範囲内での平仮名と漢字で書かれたものなので、不鮮明な写真からいかに文字の輪郭を読み取って文字として認識するかの練習になりました。

 この講座のメインである『変体仮名でよむ 百人一首』の確認は、44番歌の中納言朝忠から54番歌の儀同三司母までを終えました。特に注意をした文字は、陽明文庫のカルタに見られる「支」(ki)でした。何度も出て来るにもかかわらず、どうしても文字が仮名として認識しずらいからです。

 最後は、また来年、元気にお目にかかりましょう、という挨拶で終わりました。

 日比谷図書文化館を出てからは、息子がいる青山に直行です。
 今日は、息子から生成AIを使いこなすコツを伝授してもらいました。具体的には、『源氏物語』の鎌倉時代の写本の一覧を生成AIに作ってもらうことを通して、より時間をかけて網羅的な情報を得るための設定を教えてもらったのです。現役で生成AIを使いこなしているだけに、的確なアドバイスに感謝です。「負うた子に教えられ……」とはこのことです。いやいや、今の息子に対して「自分より劣っている」とか「未熟な者」に教えられたと言うのはお門違いです。専門家に教えてもらうことなので、親子の関係などは問題ではありません。根気強く教えてくれる子を、逞しく思いました。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ■講座学習

2025年12月19日

集会所でクリスマス会とガレージセール

 早いもので、もう年末です。集会所では、恒例のクリスマス会が行われました。
 お茶やコーヒーをいただきながら、オモチャの射的で当たったお菓子をもらい、そこに指示された番号のお土産を受け取ります。

 私は、おいしいビスケットの箱とお箸のセット、妻は、ラミーチョコレートとランチョンマットでした。いずれも、欲しかったものだったのでラッキーでした。

251219_射的.jpg

 ガレージセールは、ほとんどが女性の衣類で、好きなものをもらっていいとのことです。妻は、財布をはじめとして、いろいろといただいていました。大喜びです。
 男物としてはカッターシャツくらいでした。退職後はカッターを着る機会もなくパスです。
 品物を手にしては、思い思いに話が弾んでいます。

 私の横には、以前この集まりを担当しておられた方が座られました。宇治のシェア型書店HONBAKO京都宇治に1度行った、とおっしゃっていました。今度また行くとのことです。
 いろいろな方が宇治の新しい本屋さんのことを話題にしてくださるのは、嬉しいことです。人が集まる場所が本屋さんというのは、これからの社会で求められるコミュニティスペースです。

 会場の横には、新しいクリスマスツリーが置かれていました。以前の物とは違い、大人のためのシックな姿を見せています。

251219_新ツリー.jpg

 これから年の瀬になると、このツリーが会場の雰囲気を作ってくれることになったのです。少しずつ、みんなの集まりとして、小道具も更なる充実をしていきます。楽しみが増えることはいいことです。

 今年も、みなさんには毎週毎週、いろいろとお世話になりました。元気をもらいました。
 気になるのは、100歳のTさんが先週から腰の調子がよくないとのことで、お休みになっていることです。
 来週の火曜日には、元気な姿を見せてくださることを楽しみにしています。




posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | *福祉介護

2025年12月18日

終日京大病院で過ごす

 宇治は、雲がポカリポカリと浮かぶ快晴の朝でした。しかし、如意ヶ岳の大文字山は寒さに縮こまっています。

251218_大文字山.jpg


 京大病院の院内学級の花壇は、春を迎える準備をしています。

251218_花壇.jpg


 今日は病院の中で、のんびりと一日を過ごす日です。
 最初は、糖尿病・内分泌・栄養内科。診察の前に、採血の順番待ちが30分以上あります。事前に採血を受け、その結果が1時間後に出てから、それを踏まえての診察があります。
 今日のヘモグロビン A1cの値は、前回の「7.0」から「6.9」へと、少し下がっていたので安心しました。消化管のない私には、安全圏内です。この半年間の推移は、次の通りです。

「6.9」→ 「7.1」→  「7.0」→「6.9」

 糖尿病の対処は、高め安定で概ね良好、というところです。
 血液検査による診断では、肝臓などの臓器に問題はないとのことでした。消化管周りの管理は、このままの調子でいいようです。

 妻は、本の広場「ほっこり」で、何時間でも本を読みながら待っていてくれます。
 今日の本の広場には、クリスマスツリーが飾られていました。

251218_児童書のツリー.jpg

 何人かの子供が、はしゃぎながら本を読んでいました。

 糖尿病の後は、引き続き4時間半待つことで、次の脳神経内科の診察になります。元々遅い時間に設定されていた上に、1時間半遅れで順番が来ました。先生は丁寧に診ておられるので、相当時間が押しています。ジッと待つしかありませんでした。

 昔、高校の教員をしていた頃に、三者面談で丁寧な対応をしていて、次々と時間が押していったことを思い出します。3年生で進学受験のことがあると、余計に超過したものです。多くの保護者の方々にご迷惑をおかけしました。今日も病院の先生の気持ちがわかり、自分もそうだっただけに、苦情を言うわけにもいきません。他の方も、まだかまだかと痺れを切らしておられました。ダラダラと世間話をするな、とおっしゃる方がお出ででした。しかし、脳神経内科はサッサと終わる内容ではなく、患者の話をジックリと聞くことが大切だと思います。それだけに、予約の時間の兼ね合いと、心を開いた診察のバランスが微妙な問題を投げ掛けています。今日の先生の目は真っ赤でした。ご無理のないように、とこちらが気遣いするほどでした。

 脳梗塞に関しては、特に際立った変化はありません。ただし、右足が1ヶ月半前からむくむので、相談をしました。
 血流が悪いためで、下肢エコー(静脈の流れと血栓)の検査と、血液検査を年明け早々に入れてくださいました。いつもながら、対応が早くて助かります。それだけ、私がギリギリの危うい状態の身体で生きているということです。かつての私を知る人は、まだ生きていることに驚かれることでしょう。そうなのです。京大病院の先生の理解と手助けを得て、いまだに仕事をしています。一番驚いているのは、泉下の両親であり、姉でしょうか。早め早めの対処で、危なっかしいながらも、何とか健康的な日々を送っています。

 今朝は8時半に家を出て、帰ってきたのが18時半でした。今日の通院には、12時間かかったことになります。時間を惜しまず、体調管理に気をつけています。




posted by genjiito at 21:02| Comment(0) | *健康雑記

2025年12月17日

伏見の湯で英気を養った後に食事で違和感を覚える

 午後は雨模様でした。しかし、何となく気怠いので伏見にある温泉「力の湯」へ行きました。
 いつものように、入場券と定食のセットを頼むと、先月末から食事は別の業者になったために、セットの販売はなくなったとのことです。温泉の受け付けの方は、仕事が分断されたことをいかにも残念そうにおっしゃるので、いろいろとあるのだなと思いました。

 今日は、露天風呂の温泉だけにして、リラックスしてきました。身体がホカホカして、足腰の力が抜けて快適に動きます。脳梗塞で何となくぎこちなかった右半身が、血行が良くなったせいか滑らかになっているのです。まさに、温浴効果のおかげです。

 1階で妻と待ち合わせをし、食事をすることにしました。そして、業者が変わったことを実感しました。
 まず、メニューは自分のスマホに表示して注文するのです。支払いは、現金が使えず、キャッシュレスです。クレジットカードは使えるとのこと。終わってから、支払いは自分のスマホでするシステムです。つまり、徹底したスマホによる注文と支払いのシステムになったのです。

 私は、スマホのメニューが見づらいのと、小さな画面を行ったり来たりして選ぶのが嫌いなので、お店の方にその旨を伝えると、代理でするとのことです。すべて、お願いしました。メニューは、立派な冊子があるので、ページを捲りながら選びました。とにかく、私にとっては面倒なシステムです。人件費削減のためだと、お店の方がおっしゃっていたので、今後の日本における人間の激減を意識しての態勢のようです。海外のアルバイトの方が、片言の日本語で、ぎこちない応対をされるのも疲れます。人口減少の現実の前では、こうした方式の方が無難なのでしょうか。

 また、私はいつも現金でものごとを処理しているので、支払いもスマホを使わず、日頃は使わないクレジットカードを取り出して、それで小さな四角の端末をタッチしました。キャッシュレスとスマホの操作ばかりを強調せずに、他にもやり方があることを最初に説明してもいいのではないか、と思いました。
 ここは、若者が多い温泉施設です。しかし、それに負けず劣らず、高齢者も多いのです。高齢者は、いずれはいなくなることを想定しての方針変更なのでしょうか。時流と言えばそうです。しかし、もう少しユルユルでスタートしてもいいのではないでしょうか。

 帰る際に、いつもは食器類を自分でカウンターに返していたのに、これからはお店の方が片付けるそうなので、食器はそのままにしてお店を出ました。この点は、お店の方が手間をかけてするのだというのです。これまでは、我々客の方が食器を下げていて問題はなかったのに、なぜこのところだけ面倒なことをされるのか、よくわかりません。

 今後は、こうした方式が広まっていくのでしょう。しかし、どうも私の生き方とは違いすぎるので、今後はお風呂上がりにここで食事をすることはなくなることでしょう。食事は美味しかったので、残念なことです。もうすこし穏やかな移行処置でもよかったように思います。今日、対応してもらった若者は、とにかくこちらの意向を汲んだ動きをしておられました。しかし、あまりにも急激な変更を強調されたので、人間が持つ特性を生かした運営を、つい望んでしまいました。

 過日、新祝園にあるスッカマ源氏の湯の食堂で、私のお子様ランチをいただきたいという希望を叶えてくださった店員の方は、まさに人間だからこその対応でした。そのお店の店員さんのお母様も、私と同じように消化管を切除しておられたので、私が望むお子様ランチを調理場と掛け合って、用意してくださったのです。何でも一刀両断のもとに切り捨てずに、いろいろな対応ができるシステムとの共存を望みます。




posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎情報社会

2025年12月16日

集会所で新しいゲームのディスコンを楽しむ

 いつものラジオ体操と貯筋の運動をした後は、ボッチャに似たゲームをしました。これは初めてするゲームです。名前は、ディスコン(ディスク・コントロール)と言い、岡山県生まれのスポーツだそうです。
 日本レクリエーション協会のホームページから、使用する用具の画像を引きます。

251216_ディスコン.jpg


 ボッチャが丸いボールを投げるのに対して、これは赤と青の表裏2色の円盤を投げ合う、新しいポーツです。ルールは、ボッチャと同じです。違うのは、最初に一つだけ投げた黄色のポイント(的)に向かって円盤を投げ、できるだけ近づけることです。円盤がコロコロと転がって、思いも寄らない方向に行くことがありました。また、跳ねるのでコントロールの難しさもあります。円盤が裏返ると、相手の色となります。この、裏返ることがあるので、おもしろさが倍増します。

 初めてにもかかわらず、みんなで賑やかに楽しめました。上手い下手の差が出にくいゲームのようで、1点を争うことになりました。円盤の飛び跳ね方が不規則なので、かえって誰にでも遊べるのです。

 また、新しいゲームを覚えました。次々と新しいものが考えられていくようで、次はどんなゲームができるのか、今後が大いに楽しみです。




posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | *福祉介護