2025年10月03日

集会所から京大病院へ

 毎月第一金曜日は、ボランティアの方がご自宅でパンを焼いて、集会所に持って来てくださいます。今日は、サツマイモで作ったパンに、歯応えがあるようにと干し芋を刻んだものが入っています。美味しいパンでした。挽きたてのコーヒーを2杯もいただきました。

 みんなで連想ゲームをしました。出題者のヒント如何で、正解が出るタイミングが変わります。だいたい、2つ目のヒントで答えが出ていました。私は「ラーメン」というお題で、ヒントとして「チャルメラ」と言うとすぐに「ラーメン」という答えが帰ってきました。

 脳トレを兼ねて、手首を動かす体操をしました。右手で机の上を上下に擦りながら、左手はグーでトントン机を叩きます。左右入れ替えても、これは何とかできました。
 しかし、いつもの、右手を上下に動かし、左手で三角形を描く動きは、バラバラに動いて笑うしかありません。逆のパターンでも同じです。サッとできたら脳は働いていない、と言われても、悔しい限りです。

 終わってから、100歳のTさんのことはお仲間にお願いして、我々はいつものように京大病院へ直行です。

 大文字山は秋の爽やかな風を受けて、優しく病院越しに京洛を見守っています。

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 京大病院で受ける妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴は、15回目の今日が最後です。副作用もなく、認知機能も特段に進行することもなく、順調にきました。対処が非常に早かったので、こうした治療を受けながら経過観察ができているのです。

 再来週からは、昨日行って顔合わせをした宇治徳洲会病院で、今後一年間にわたり点滴を受けます。昨日お目にかかった先生は、普段は京大病院の大学院にいらっしゃるそうです。週一回の派遣で診察を担当しておられるとのことでした。病院は違っても、主治医の目の届くところで診てもらうことがわかり、安心しました。

 帰りは、iPS 細胞研究所の前の花を見ながら帰りました。

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 ミニヒマワリの背景にある赤紫の葉は、シソ科のコリウスで観賞用だと、この写真を見て生成AIが教えてくれました。妻もそうそう、と言っているので、この名前でいいようです。
 妻は、iPS 細胞研究所の前で山中伸弥先生がお帰りになるところと出会い、頭を下げると先生も丁寧に答礼をしてくださったことを、昨日のことのように何度も語ってくれます。またお目にかかれるのではとの思いもあって、よくこの研究所の前を通って帰ります。残念ながら今日は、そんな出会いはありませんでしたが……




posted by genjiito at 21:42| Comment(0) | *健康雑記

2025年10月02日

[その2]宇治徳洲会病院で新しい先生との顔合わせ

 京大病院での妻の「レカネマブ(レケンビ)」月2回の点滴治療は、半年が経ったために近くの医療機関に依頼して実施することになっていました。診察や薬の処方は、こまれで通り2ヶ月毎に京大病院で行われます。

 明日が京大病院で受ける最後の点滴の日ということもあり、今日は宇治徳洲会病院の担当医との顔合わせに行ってきました。

 設定された時間が、送迎バスを使えない早い時間帯だったので、早朝散策のつもりで歩いて行きました。ちょうど30分かかります。適度な運動になりました。

 紹介された先生は、京大病院にいらっしゃった方で、今の主治医の先生から引き継ぎの資料を受け取っておられました。いろいろなことを承知で引き受けてくださったようで、安心しました。若い女医さんで、てきぱきとした説明を受けました。

 何か質問がありますか、とのことだったので、私からは確認の意味で1点だけ。
 昨秋、ここ宇治徳洲会病院で処方された「ドネペジル」という薬に対して、妻は副作用で過剰な反応を示したことを話題にしました。治療薬としての「ネペジル」は、気持ちを高揚させる効果を狙ったものであり、それが妻には異常に作用したために錯乱状態になったのでしょう、と負の薬効・薬害に対する理解を示してくださいました。
 妻も、当時は何事において訳もなく、異様に腹が立った経験を話していました。理解を示してくださる先生で、ホッとしました。

 今後4ヶ月間8回の点滴治療のスケジュールが組まれました。もちろん、私も毎回1時間半の付き添いで来院します。

 気分一新、これまでと変わることなく、地道な治療に取り組んで行きます。




posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | *健康雑記

[その1]宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(第5回)のご案内

 本日の京都新聞の山城版「まちかど[宇治]」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の案内記事を掲載していただきました。

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 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。

 宇治の地で、宇治十帖の初めの巻である第45帖「橋姫」に書かれた、鎌倉時代の文字を読み進めています。
 扱う古写本は、相愛大学の春曙文庫が所蔵する『源氏物語 「橋姫」』(断簡)です。
 写本の画像は、国文学研究資料館の国書データベースで公開中のものを使います。

 開催日時は、毎月第1土曜日の午後2時〜4時
 会場は、シェア型書店HONBAKO京都宇治の2階にあるシェアスペース
 今後の日程は、次の通り

 2025 10/4、11/1、12/6
 2026/1/3(休会)、2/7、3/7

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 『源氏物語』の内容は扱わず、仮名文字を読むことを主眼としており、毎回読み切りです。
 参加費は2,000円。
 毎回の勉強会の様子は、この[たつみのいほりより](http://genjiito.sblo.jp/)に報告しています。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、JR宇治駅から歩いて3分(京都府宇治市宇治宇文字2-38)、宇治警察署の裏側。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。
 お知り合いの方へのご紹介も、よろしくお願いします。




posted by genjiito at 19:49| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年10月01日

出雲で出会った方々との奇縁続きに驚く

 今朝は朝食前に、別棟の個室温泉でくつろぎました。大社温泉は、日頃の疲れを取ってくれます。

 まず、出雲大社にお参りです。
 神域の松林には、ヒガンバナが一面に咲いていました。その燃えるような色に、神々しさを感じました。

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 運良く、神職の方による「月始祭」が催行される場面に行き合えました。
 大国主命とウサギの前で祝詞の奏上の後、鳥居を潜って本殿への移動です。

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 厳粛な雰囲気があたりに満ちていました。
 出雲大社の拝礼の仕方は、一般的な「二礼ニ拍手一礼」ではなくて、「二礼四拍手一礼」と、「四拍手」であることに特徴があります。

 ケタ違いに大きなしめ縄には、いつ来ても圧倒されます。

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 境内の一画にあったお土産物屋さんの女性が、我が家の親戚であるヘルン(小泉八雲)の宿の「いなばや旅館」のことをよくご存知でした。さらには、その方のお父さんは、「いなばや旅館」のご主人の遺影を今も持ち歩くほど親しかったそうです。その娘さん同士が、また親友だとか。話が弾みました。

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 街中を散策中に「いなばや旅館」のことをお聞きした男性が、なんと「いなばや旅館」で番頭をしていた方の息子さんだったのです。毎年、夏と年末の繁忙期には、母に連れられて我々も「いなばや旅館」に行っていました。その方のお父さんに会っていた可能性が高いのです。思い出話が尽きません。
 次の写真は、車がある場所に「いなばや旅館」のボイラー室があったそうです。その上の段に、旅館が建っていました。

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 郵便局の局員の方が、話をしている内に我々の生地と同じであること、しかも我々の従姉妹のお孫さんだったのです。その方のお父さんが、なんと姉とは同級生だったとか。郵便局でたまたま対応してくださった方が、親戚つながりだったのです。

 さらには、お土産にしようと、昔からよくいただいていた馴染みの俵饅頭を買いに行ったところ、そこの女性が「いなばや旅館」の前にお店があった頃には、よく俵饅頭を運び込んだのだそうです。ご縁のあったお店に入ったのです。

 とにかく、出会う人出会う人と、奇縁の連続です。これも、出雲大神のご縁なのでしょう。
 不思議な思いで、旅を続けました。

 最後に、私と姉が生まれた出雲市古志町に行きました。通っていた保育園は、お寺の中にあったのでわかります。しかし、それ以外は、かつて住んでいた場所や親戚の家までもが、確信を持ってここだと言えないのです。生まれ故郷は、面影が薄くなっていました。

 この町に来ると必ず行くことになっている、従兄弟の家に立ち寄りました。本当に久しぶりなので、歓待してもらえました。
 従兄弟夫妻は、共に高校と中学の先生でした。90歳が近いのに、しっかりしておられます。息子さんが高校の校長先生をしておられるとのこと。代々、教員一家です。
 行くといつも、抹茶と和菓子が出ます。今日も、松平不昧公お好みの若草が出ました。私も妻も、二服もいただきました。美味しいお茶でした。

 帰りの車中では、同行4人でこの2日間を思い出しては笑い転げるという、まさに楽しかった金婚記念の旅だったことを実感しました。

 宍道湖に見送られながら、一路京都へと向かいます。

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 この2日間、思いつきからのわがまま勝手な行程を、とにかく快適で無事故の運転をして手助けしてくれた姪には、心よりのお礼を記して感謝の気持ちにかえます。ありがとう。




posted by genjiito at 23:02| Comment(0) | ・ブラリと

2025年09月30日

鳥取の日南町から島根の亀嵩へ

 今朝は4時に起きて7時に芦屋駅に降り立ちました。
 駅前で姪と姉に合流して、映画『砂の器』のロケ地を探訪するために、車で亀嵩に向かいます。

 米子自動車道を降りてすぐ、道の駅「奥大山」で休憩。その時に見かけた標識に、池田亀鑑賞のことで何度も通った鳥取県日野郡日南町まで26.5 km とあります。

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 どうやら、今回の道は日南町の近くを通るようです。そこで、我がままを言って日南町の役場に少し立ち寄ってもらうことにしました。図書館のAさんには、池田亀鑑文学碑を守る会事務局長の久代安敏さんと、池田亀鑑のご子息である池田研二先生が共にお亡くなりになったので、しばらく休会となっていた池田亀鑑賞に関連して追悼会を提案するつもりでいました。しかし、残念なことに突然のことでもあり、今日はAさんの休暇日だったので、直接話を持ちかけることはしないで、後日の打ち合わせにしました。

 道の駅「にちなん日野川の郷」で、東京銀座にある伊東屋の2代目社長が日南町の出身であることから出店しているコーナーが、今も健在であることを確認しました。

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 次に、その近くの矢戸にある松本清張文学碑に行きました。

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 この辺りは、勝手知ったるところです。井上靖の文学館や、池田亀鑑の顕彰碑などは今回はまわれません。

 県道9号線を西側の山に向かい、県道108号線経由で島根県に入りました。念願の奥出雲です。
 湯野神社の前に、「砂の器 舞台の地」という石碑があります。

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 神社に向かう石段は印象的です。

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 宮司さんのお話を伺った後、映画で縁の下に隠れる親子を見つけるシーンを撮影したという場所の写真を撮らせていただきました。

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 映画に出て来る亀嵩駅。ただし、ここは製作スタッフのイメージに合わなかったようで、実際にはこの後に行く八川駅の駅舎が使われました。念のために亀嵩駅舎を確認しました。

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 この駅の裏側に、和泉式部の墓があるとの案内板があります。このことは知りませんでした。「謎、不思議」という表記に、地元の方の戸惑いが伺われます。全国に散在しているのですが……

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 お墓の横には、多くの記事が貼られていました。判読に時間がかかるので、後日紹介しましょう。
 ちょうど目の前の単線を、一両の電車が走り過ぎて行きました。のどかな風景です。

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 亀嵩駅舎のかわりに映画で映し出されるのは八川駅舎です。

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 そして、刑事がホームに立ち、少年が線路を走って来たり、親子の別れのシーンが撮られたのは、これも亀嵩駅ではなくて出雲八代駅のホームでした。

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 姪は私の気ままな願いを聞き届けてくれ、車で一日中、ロケ地巡りに付き合ってくれました。とにかく感謝です。

 明日から10月。出雲では旧暦10月を、神無月(かんなづき)ではなくて神在月(かみありづき)と言います。私も、小さい時にそういう呼称を教えてもらいました。全国に通用するかどうかはともかく、これも一つの文化です。大事にしたいものです。
 お土産物にも、しっかりと明記されています。

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 今夜は、出雲大社の近くに宿を取っています。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | □清張復読

2025年09月29日

明日の出雲行きの準備中

 明日は早朝より、姪が運転する車で、姉と妻と私の4人で出雲の旅に出ます。
 スタートは芦屋駅。姪はすでに姉の家に来ていて、明朝合流します。

 今春、秋田へ行きました。「東京の青山から東北新幹線で一路秋田の由利本荘へ」(2025年03月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/191301523.html)の最後に、次のように書きました。

秋田の妻の実家がある羽後地方は、私の生地の出雲地方と同じ文化圏にあります。松本清張の『砂の器』では、東京蒲田での殺人事件から捜査の手は秋田の「羽後亀田」に延びます。しかしその後、同じズーズー弁を喋る出雲の「亀嵩(かめだけ)」に話が移っていきます。

 妻の実家がある隣の駅が、『砂の器』で犯人の出身地をミスリードする役目を持たされた「羽後亀田」なのです。
 この秋田行きが、我々の金婚旅行の第一弾でした。

 そして今回の出雲行きは、「亀田」つながりの「亀嵩」を訪問する、いわば第二弾。

 第三弾は、我々の家が同じ曹洞宗の家系で本山が同じ永平寺なので、11月頃に両親を分骨している永平寺へ行くつもりです。

 まず明日は、『砂の器』のロケ地である亀嵩駅を中心に巡ります。ここは初めて行くところです。
 その後は、生まれ故郷の出雲市と、小泉八雲との縁が深い在りし日の「いなばや旅館」を偲びながら、出雲大社へ行く予定です。

 なお、前回出雲へ行ったのは、16年も前になります。
 その時のことは、「50年前の自分に会う」(2009年12月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934283.html)に、詳しく書いています。

 さて、今回はどのような旅になりますか。




posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月28日

読書雑記(361)村田英治『『砂の器』と木次線』

 松本清張の小説『砂の器』は、何度も読みました。
 最近の記事では、「清張復読(72)『砂の器』」(2024年08月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/191037073.html)があります。
 1974年に公開された映画『砂の器』は、今も幅広い人気があります。
 そこに出て来る秋田県の「羽後亀田」駅と島根県の「亀嵩」駅は、ズーズー弁でつながる地域なのです。そして、私と妻が育った地域でもあります。

 本書は、その舞台の一つである島根県出雲の亀嵩を巡って、詳細な追跡調査をした報告書です。
 とにかく徹底的に、映画の背景を丹念に追います。
 「おわりに」で筆者は、次のように言います。

 『砂の器』が映画化されて二〇二四(令和六)年でちょうど五〇年になる。
 「はじめに」で書いた通り、たまたま私自身、小学生の時にこの映画のロケに遭遇したのだが、その時の記憶は断片的で曖昧なものでしかない。だいぶ歳月を経た今になって、そもそもなぜ昭和を代表する名作映画の撮影が地元で行われたのか、そのロケはどんな様子だったのか、改めて知りたいと思うようになった。そうした個人的な関心、動機のもとに本書は出発した。『砂の器』について地域の視点で書かれたものがこれまでほとんどなかったことも、この作業に取り組んだ理由の一つである。(294頁)

 ただし、視点が出雲の「亀嵩」に集中しているために、秋田の「羽後亀田」と方言でつながっていることへの言及はほとんどありません。国立国語研究所の方言分布図が、犯人を特定する重要な役割を果たしているのに。また、柳田國男の方言周圏論も話題になっていません。さらには、話の舞台である奥出雲町と県境を接する鳥取県日野郡日南町に、松本清張の文学碑があることにも触れていません。清張の父親の生まれ故郷が日南町にあると言うことで、サッと書かれているのみです。私のブログの記事では、「松本清張ゆかりの日南町」(2009年12月11日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934275.html)をはじめとして、繰り返し書いてきたことです。

 さて、『『砂の器』と木次線』(村田英治、ハーベスト出版、2023年12月)です。

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 本書の取材エリアを示す地図を、巻頭資料から引きます。

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 本書で私がチェックした箇所を列記し、筆者の視点のユニークさを点描します。
 引用が長いので、適宜読み流してください。

・「事前にロケハン(下見)を行った野村、川又には「亀嵩は画にしにくい」という共通認識が形成されていた。プロの映画人として、物語の中の「亀嵩」のイメージをより観客の心に残る、印象的な映像で作り上げるために、撮影スタッフはロケの対象を現実の亀嵩地区だけではなく、木次線沿線の周辺地域にまで広げて、ふさわしい撮影地点を探したのである。」(28頁)

・「このシーンで大いに感心したのは、名優・笠智衆の出雲弁である。笠といえば熊本訛りのイメージがあるが、ここで笠が語る出雲弁は、特徴をよく押さえていて、地元出身の人間が聞いても違和感が少ない。いかにも昭和の奥出雲には、このような口調でしゃべるお年寄りがいたように思う。(中略)
 笠の演技者としての資質が秀でていたことは言うまでもないが、それだけではない。野村の「演出ノート」にその秘密があった。

  三成よりは出雲弁の配慮を要する。そして桐原老人と逢い、とくにそれを感じさせる事。(そのため笠〈智衆〉さんには早い目に出雲弁の練習をたのむ事)

 野村はこの作品における出雲弁の重要性を強く意識していた。そして笠にできるだけ早く練習に取りかかってもらうよう、スタッフに指示を出していたのである。笠は亀嵩のロケに参加せず、茶室のシーンを大船のスタジオで撮影したにもかかわらず、物語がごく自然に流れているのは、やはり出雲弁の力が大きいと言えるだろう。」(32頁)

・「三木が秀夫の姿を見つけて走り寄ると、秀夫は神社の拝殿の下に逃げ込む。三木が中を覗き込むと、そこには父と子の姿があった。
 この場面が撮影されたのは、亀嵩の湯野神社である。一三〇〇年以上の歴史があるといわれる古社で、樹齢四五〇年の大ケヤキがあることでも知られる。映画公開後の一九八三(昭和五八)年一〇月二三日には、原作者の松本清張や監督の野村芳太郎、脚本の橋本忍、出演した丹波哲郎、緒形拳らが招かれ、参道の入り口に『砂の器』記念碑が建立された」(44頁)

・「『砂の器』の本浦父子が亀嵩を訪れたのは、小説では一九三八(昭和一三)年、映画では一九四三(昭和一八)年の設定である。いずれにしても、木次線が全線開通してそれほど経っていない頃の出来事ということになる。
 映画では、父の千代吉は列車に乗せられて岡山の施設に向かった。亀嵩から木次線で備後落合まで行って芸備線に乗り換え、新見を経由して伯備線で岡山まで行ったことになろう。そのルートは木次線が全線開通していたからこそ可能だった。『砂の器』の名シーンの奥底には、地域の人々が陰陽連絡線の夢を実現するまでの長いドラマがあったのである」(93〜94頁)

・「亀嵩駅では無人化に伴って地元の杠隆吉さんが当時の仁多町役場から出札業務などを託され、その二年後に駅事務室のスペースを改装してそば店を開業した。映画『砂の器』が撮影された一九七四年の夏には既に店の営業が始まっていたため、八川駅と出雲八代駅を「亀嵩駅」に見立てて撮影されたといわれている。」(131頁)

・「あくまでも推測に過ぎないが、清張が「亀嵩」という地名を知ったのは、朝鮮半島から復員して再び小倉に住んだ戦後すぐの数年の内だったのではないか。」(152頁)

・「日本近代文学が専門で、松本清張を研究する専修大学教授の山口政幸氏は、『砂の器」の前半に出て来る秋田・羽後亀田の場面について、実際に執筆のための取材を行ったのは読売新聞秋田支局本荘通信部のベテラン記者だったことを明らかにしている。
 清張が何を知りたいのか、その意向を受けて地方勤務の記者たちに取材を依頼し、得られた情報を清張に伝えるのが、編集者の山村の役割だったと考えられる。山村自身も読売新聞文化部の記者であり、前出の回想では自ら(秋田や島根に飛んだ)と書いている。「亀嵩」パートの取材でも、おそらく現地あるいは松江支局に赴くなどして、力を発揮したに違いない。」(158頁)

・「桐原老人が語る出雲弁である。桐原老人の台詞はこの場面全体で三二あるが、その中で来訪者の今西を迎え入れて抹茶を勧める冒頭の部分から、五つの台詞を抜き出してみる。
1「まあ、この暑い時ね、ご苦労はんでしたね」
2「まあ、きちゃないことをしちょオましが、どうぞこっちへ上がってくださいませ」
3「こらあーほめてもらあやなもんであアませんが」
4「こげな田舎(ざいご)のことでしもんだけん、なんだりあアませんだども、お茶の習慣(しいかん)だけは昔からのこっちょりましてね、何分ね、出雲の殿さんが松平不昧公(まつだいらふまいこう)だった関係でいまだね、その風習(ふうしい)が残っちょオましだ」
5「東京からござらっしゃった衆(しゅ)には恥ずかしが、−まあ、こぎゃんな土地柄(がら)でし」

 桐原老人の出雲弁は、私のような奥出雲の出身者が読んでも、ほぼ完璧と言っていいほど真に迫っている。しかも、まさに私が子どもだった昭和の頃に耳にした、当時の年配の人たちが話していたディープな出雲弁である。おそらく令和の今では、地元でもこうした伝統的な出雲弁の使い手は少なくなっているのではないか。
 音声的な特徴では、例えば1と4の傍線部の〈ね〉は、〈に〉の音が訛ったものである。出雲弁では母音の〈い〉と〈え〉の区別が曖昧になる。
 また4では〈習慣〉〈風習〉にわざわざルビを振って、〈しゅう〉が〈しい〉に近い音になることを表している。その例に倣うと、5の〈衆〉も〈しい〉とルビを振ってもよい気がする。実際「あの人」の意味で「あのしい」ということもある。
 4、5の〈でし〉は〈です〉の意味だが、実際には〈し〉と〈す〉の中間音が使われる。これに加えて、〈ち〉と〈つ〉、〈じ・ぢ〉と〈ず・づ〉などの区別が曖昧なのが東北弁とも共通する音韻上の特徴で、「ズーズー弁」と呼ばれる所以である。
 3は〈もらうような〉が〈もらあや(あ)な〉、〈ありません〉が〈ああません〉となっている。連母音の〈あう〉が〈ああ〉となったり、語中のラ行の子音が欠落し前の母音を延ばす形になったりするのも、出雲弁の特徴である。
 また、出雲弁ならではの独特の言い回しも使われている。2の傍線部は「汚いことをしていますが」の意味で、家に客を迎える時などによく使われる定型的な謙遜の表現である。
 さらに5では〈田舎〉にルビを振って〈ざいご〉と読ませている。これは出雲に限らず、東北や北陸などにも共通する言葉である。「在郷」が語源と言われ、東京などの都会で聞くことはまずないが、地方の農村部などではよく使われている。
 このように清張の筆は、テレビなどで方言が扱われる場合にありがちな「なんちゃって出雲弁」とでもいうような表面的な模倣にとどまっていない。訛りの音声的な特徴だけでなく、独特の語彙や言い回しも含め、細部に至るまで徹底して出雲弁の忠実な再現に力を注いでいることがわかる。
 逆にここまでリアルに文字にすると、他県の人たちに正しい意味が伝わらないのではと心配になるくらいである。まして『砂の器』は新聞連載という形で全国の読者に届けられていたことを考えると、注釈なしでディープな出雲弁をそのまま文字にすることは、非常に大胆な試みであったともいえる。
 それでも清張があえてそうしたのは、やはり出雲弁は物語の鍵となる重要な要素であると考え、その特殊性を具体的に描くことで、読者に強く印象づけるねらいがあったものと推測できる。」(164〜166頁)

・「緒形が内田家を三回も訪れたのは、もちろん三成の人たちとの交流が楽しかったからに違いないが、理由はそれだけではなかった。内田さんの義父で店の創業者でもある安一さんは明治生まれで、生粋の出雲弁の話し手だった。緒形が安一さんと酒を酌み交わしながら出雲弁を熱心に学んでいた姿を、内田さんは記憶している。
(中略)
 次の日の朝、撮影が行われる前に、緒形は白い巡査の衣装を着て三成の内田家にわざわざ立ち寄った。そして、覚えたばかりの出雲弁で安一さんに話しかけ、しばし会話を楽しんでいたという。

  ほんとうにいい方だけど、頭のいい人でね(中略)次の日には朝間「おはようございまーす」言いて「ゆうべはだんだん(ありがとう)」とかね、すぐそれでやられますけんね。「ゆうべはだんだん、ごっつおなーましたね(ごちそうさまでした)」なんてこと言ってね。朝来て。やぁ、すごいなあ。「やぁ、なんだなーてねぇ(何にも無くてね)」なんてなこと言いて「お前さん、飲んでばっかおらっしゃったがね」なんて話ですからね、おじいさんとですよ。

 木次線沿線のロケに参加した俳優陣の中で、出雲弁を話す役柄を演じるのは、三木謙一役の緒形だけだった。駐在所で本浦父子に事情を聞くシーン、隔離病舎で千代吉を説得するシーンなどで緒形は出雲弁を披露している。
 今なら映画やテレビドラマで方言を扱う際は、演出サイドが方言指導の先生を頼んで俳優たちを指導してもらうところだが、この時はそうではなかったようだ。緒形は奥出雲に入ってから、スタッフの助けも借りず、地元の人たちの中にたった一人で飛び込んでいって、膝を交えて生きた出雲弁を実地で学び取ったのである。
生前「自分は演じるために生きている」と語っていた名優、緒形拳の真髄がこの独特のアプローチにも表れている。」(268〜270頁)


 なお、参考までに島根県に関する情報も付記しておきましょう。
 私は、1951(昭和26)年生まれなので、ちょうどこの統計が参考になります。

島根県全体の人口は、一九五五(昭和三〇)年の約九二万九千人をピークに高度経済成長期を通じて減少したが、一九七〇年代前半から八〇年代半ばにかけては若干持ち直し、七〇万人台の後半で微増傾向を見せた。しかし、八〇年代後半からは再び減少の一途をたどり、二〇二三年四月現在の推計人口は約六五万人に落ち込んでいる。(297頁)

 また、最近の取り組みが2例、紹介されています。

(1)第一章でも少し紹介したが、亀嵩にある温泉宿泊施設、玉峰山荘では、営業プロデューサーの内藤伸夫さんが企画し、事前に申し込んだ宿泊者を対象に「『砂の器』ロケ地巡り〜ガイド同行宿泊プラン」を実施するとともに、新聞や雑誌が取材に訪れる際の同行サポート、有料ガイド案内なども行っている。二〇一一(平成二三)年に取り組みを始めてから、これまでに約三〇回、五〇人ほどを案内した。(300頁)

(2)こうした声にも勇気づけられ、地元では有志が「奥出雲『砂の器』友の会」を立ち上げるなど、映画『砂の器』五〇年にあたる二〇二四年に向けて、さらに何か出来ることはないか、少しずつ動き出している。(302頁)

 長々と引用ばかりで恐縮します。

 とにかく、この郷土愛に溢れた本書は、小説と映画の『砂の器』に関して、さまざまな情報を提供しています。記録に残しておくべき書籍として、ここに取り上げました。

 なお、巻末に『砂の器』の英訳本のことが書かれています。関連情報として参考までに、私の書架に中国語訳の本があったので、その書影と奥付けの画像をアップします。

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 『砂の器』は英語と中国語を含めて、次の言語で翻訳されています。参考までに、生成AIで得られた情報の一部をリストとして引きます。まだ未整理の情報ですのでご寛恕のほどを。
 手元には、あと何冊か翻訳本があったはずなのに、探すとなるとなかなか出て来ません。また何かの折に情報をアップします。

(1)英語訳(Inspector Imanishi Investigates)1989年。訳者 Beth Cary。改訂版、新版、電子書籍版もあり。

(2)中国語訳
 『砂之器(經典回歸版・全新導讀)』繁体字(台湾)、邱振瑞訳、出版社:獨步文化、2019年8月(紙/電子あり)
 『点与线・零的焦点・砂器(2016版)』簡体字(中国本土)、アンソロジー収録、出版社:译林出版社、2016年
 ※架蔵の中国語訳(2016年)は、生成AIの情報にはありませんでした。

(3)フランス語
 Le vase de sable・ditions Philippe Picquier、1998年

(4)イタリア語
Come sabbia tra le dita=AMario Morelli, Arnoldo Mondadori.、1989年

(5)スペイン語
El castillo de arena´IBROS DEL ASTEROIDE

(6)韓国語
모래그릇(モレグルッ/「砂の器」)

(7)ロシア語
Замок из песка(砂の城/Castle of Sand)





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2025年09月27日

キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 帚木(断簡)』を読む(第1回)

 1階正面入口にある掲示板には、いつものように案内が出ています。
 ただし、タイトルが「河内本源氏物語を変体仮名で読む」とあるのは間違いです。正しくは、「相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を変体仮名で読む会」です。3ヶ月前に予約を取った時の、申請書類に書いたままで掲示されました。訂正を忘れていました。次回からは気をつけます。

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 今日はまず、扱う資料が新しくなったために、これからの内容について確認しました。配布資料には、次のように2つの項目に分けて説明文を記しました。
 最初に、扱う資料の概要についての説明です。

(1)勉強会の内容
 ここでは、『源氏物語』の第2帖「帚木」に書かれた、鎌倉時代の古写本の断簡の仮名文字を読みます。
 テキストとする古写本は、鎌倉時代中期に書写された現存最古の古写本の一つであり、美麗な美術品です。具体的には、相愛大学の春曙文庫が現蔵する断簡五冊の内、「帚木」巻に書写されている文字を変体仮名に注目して確認していきます。
 今回使用する資料は、国文学研究資料館から公開されているパブリックドメインの画像です。
 かつてこれは、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』(「須磨」「蜻蛉」)と、国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」(重要文化財)と一緒に伝えられていた古写本でした。春曙文庫に伝わる他の四冊は、第三三帖「藤裏葉」・第四五帖「橋姫」・第四九帖「宿木」・第五三帖「手習」で、すべて現在は断簡としての本文しか残っていません。
 この古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを、当面は第一の目的とします。一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催する勉強会です。そして、これはデータベースの構築へと展開し、生成AIで分析していきます。
 [参考資料]
『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編著、新典社、2013年)
『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編著、新典社、2014年)
『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤・阿部・淺川 共編、新典社、2015年)
『現代の図書館』(vol.62 no.3、通巻251号、日本図書館協会現代の図書館編集委員会編、2024年)
  相愛大学図書館「春曙文庫」の蔵書とその最新研究/阿尾あすか
  春曙庵主田中重太郎−その人となりと蔵書形成/山本和明
  天理図書館と「源氏物語」古典籍資料−蒐集の経緯・名品の紹介/岡嶌偉久子
  日本古典文学作品とAI・機械翻訳について/淺川槙子

 次に、相愛大学本の本文についての説明です。
 ここで、田中重太郎先生が「いま行われている源氏物語の本文と読みあわせると、そらおそろしい気がして来る。」とおっしゃっていることに関連して、この相愛大学の本文が通行の流布本である大島本といかに違うものであるかを、私見をもとに補足説明をしました。鎌倉時代に読まれていた『源氏物語』の本文の内容が、今とは違うものがあることを体感しましょう、という主旨での話をしたのです。大島本は、あくまでも室町時代の写本に江戸時代の書き込みがなされたものを取り込んだ本文です。私は、鎌倉時代の本文が読める環境作りを心がけて、まずは正確な鎌倉時代の『源氏物語』の本文の実態を書かれている文字に忠実な表記で確認しているところです。

(2)春曙文庫の『源氏物語』に関する説明
 リーフレット「春曙庵主田中重太郎その人とことのは」(2024.03_ver.01)
  国文研共同研究「相愛大学「春曙文庫」に関する研究−書物と人」の成果として製作

■源氏物語本文について(田中重太郎)
 ところで、源氏物語の本文でも定家の証本がいま定本視されているが、いわゆる別本系の本文と読みくらべると、いまの源氏物語の本文は、なんだかばかに整頓され、みがかれ過ぎた感じがする。架蔵の鎌倉初期書写の源氏物語断簡(昭和三十九年十月刊)を読みかえしていると、こんな本文の源氏物語がすくなくとも平安末期にはあって、読まれていたのだと思い、いま行われている源氏物語の本文と読みあわせると、そらおそろしい気がして来る。(下略)  (清少納言と「ほのかなり」と『平安文学研究』第四十二輯、昭和四十四年六月号、『枕草子三十五年』再掲)
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リーフレット『春曙文庫の名品2 知られざる名品 古筆切・断簡・清少納言の肖像』(2023.03_ver.01)
  国文研共同研究「相愛大学「春曙文庫」に関する研究−書物と人」の成果として製作

『源氏物語』の断簡(完全な形ではなく、切れ切れとなって不完全な状態で残ったもの)。正方形に近い形の桝形本で、本文は十行書き、列帖装(れっちょうそう)であったと推測される。鎌倉時代中後期の書写と考えられ、筆者は不明だが、五人以上による寄り合い書きである。雁皮紙が使用され、花・鳥・紅葉・月などのぼかし絵が入っている部分がある。
 断簡の本文は、広く読まれている青表紙本(藤原定家が書写や校合に関与した本)系統の『源氏物語』とは異なる部分が多く、別本に分類される陽明文庫本(鎌倉中期書写とされる写本)との一致が見られる。田中重太郎による解説と帚木巻の一部の翻刻を付けて、東風社からコロタイプ印刷による複製が刊行された(一九六四年)。藤裏葉巻と橋姫巻の前半は相愛国文 九・一〇に、柿谷雄三が翻刻を掲載している。
(以下略)(川渕紗佳・飯田実花)


 なお、相愛大学本『源氏物語』(断簡)の全画像は、国文学研究資料館からパブリックドメイン(https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100386667/1?ln=ja)として公開されているので、全丁が自宅で自由に確認できます。

250927_NIJL相愛『源氏物語』表紙.jpg


250927_NIJL相愛『源氏物語』木箱.jpg

250927_NIJL相愛『源氏物語』1表.jpg


 さて、本日は「帚木(断簡)」の第1丁表から第2丁表までの3ページ分の本文を[変体仮名翻字版]で確認しました。『新編日本古典文学全集(1)』(小学館)では98〜99頁にあたり、光源氏が空蝉の部屋に忍び入る場面です。

 本日、問題にしたのは以下の事例です。8項目に整理して列記します。
 本文異同の例示に当たっては、次の順に記します。
 ※丁数と表裏/行・源氏物語別本集成文節番号「相愛本」 「大島本」
 なお、本文の表示は諸本のほとんどが「変体仮名翻字版」になっていない現状を鑑みて、ここに限っては現行の平仮名で対校しています。

(1)1オ/1・4119 「ねたる」 「ふしたる」

(2)1オ/1・4121 「いとこにそ」 「いつこにそ」

(3)1オ/2・4123 「とおかき」 「とをき」

(4)1オ/4・4132 「いとふなり」 「いらへすなり」

(5)1オ/9・4158 「からかつ」 「からひつ」

(6)1ウ/5・4179 「おんなは たゝ よひつる」 「もとめつる」

(7)2オ/1・4203 「そてのさはりておともきこえす」 「きぬのさはりてをとにもたてす」

(8)2オ/9・4234 「あさましうこゝにはさへき人もはへらすなととかへにこそ」  
「こゝに人ともえのゝしらす心ちはたわひしくあるましきことゝ思へはあさましう人たかへにこそ」

 (2)〜(5)は、単純な異同のように見えても、いろいろな事情や背景が見え隠れしているものです。
 (1)(6)(7)は、用語や表現が異なるものです。(6)に関して、私は当初「ただよひつる」で「漂ひつる」の意味で異同を理解しようとしていました。しかし、本日の参会者から「ただ、呼びつる」の意味ではないか、との指摘を受け、自分の勘違いを知らされました。いつもながら、教えられることの多い集まりです。
 (8)は、あまりにも異なる本文異同の行文なので、丁寧に読み解いて行かなくてはなりません。大島本の方が、長い文章になっているところです。(1)(6)(7)は、相愛大本の方が大島本よりもわかりやすい本文になっているのではないか、という指摘がありました。しかし、この(8)は大島本の方が長文なので、相愛大本の解釈しだいでは、大島本がわかりやすくなっているということになる可能性があります。いずれにしても、詳細な検討は後日に、とします。

 また、「心見尓」(1オ7行目)は「【心見】尓」としたことを、特記しておきます。

 本日確認した「変体仮名翻字版」は、以下のようになります。

■相愛大学本「帚木(断簡)」(今回:第1丁表〜第2丁表まで)
[変体仮名翻字版]

・翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
  傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
  補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
  底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
※〈朱点〉の有無から、複合語を認めていない場合を集めるとおもしろい。

[024119]--------------------------------------
て・ね堂るへき/〈ママ〉・【中将】のき三八・いとこに
/と〈ママ、諸本つ〉、そ&に、(いとこそそ)・【人】け・とお可き/可〈ママ〉・【心】ち・して・【物】むつ可し
きひと・いふなれ八・なけしの・し毛に・
【人】/\/(【人人】)・ふして・いとふ/と〈ママ、諸本ら〉・なり・志も尓なん・ゆき・
をりて・堂ゝいまなん/(堂堂いまなん)・まうのほらん
と者へり川と・いふ・三那・し川まりぬる・け
者ゐ奈れ八・ナシ・かけかねお・者那ちて・【心見】
尓・ひきみれ八・ナシ・あなたより八・さゝさり介
り/(さささり介り)・き【丁】越・さうしくち尓/う〈ママ〉・さして・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・から
可川堂つ/可〈ママ、諸本ひ〉・【物】・をきて・み多りか者しきお/お〈次頁〉、者&者、き〈丁末左〉、(1オ)
--------------------------------------
ナシ・わけいり・【給】て・け者ゐ・する・本とに・
より・【給】へれ八・ナシ・ナシ・いと・さゝや可尓て/(ささや可尓て)・ふし
堂りひ八本のくらきに・なまわ川
ら八し介れと・うへなる・きぬを・お
しやり【給】尓於んな八堂ゝ/(堂堂)・よひ川
・【人】と・於もひ介り・いと・しのひて・【中将】・
免し川れ八・【人】志れぬ・於もひの・志るし・
ある・【心】ち・してと・いふ越・と可う毛・
於もひ・わ可れす・もの尓・おそ者るゝ/(おそ者るる)・
古ゝち/(古古ち)・して・やゝと/(ややと)・おひゆれ八と・可本尓/(1ウ)
--------------------------------------
そて能・さ者りて・於とも・きこ江寿
うち川けに・布可ゝらぬ/(布可可らぬ)・【心】と・ナシ・ナシ・於ほさん
も・こと者りなれと/八&後と・としころ・於もひわ
多る・【心】の・うちも・きこ江志らせんとて・
かゝる/(かかる)・於りを・まちいて堂る毛・さらに・
あさう八・あらしと・於もひなし・【給】へ
と・いと・や者らか尓て・お尓か三も・あら
堂ゝすましき/(あら堂堂すましき)・け者ゐなれ八・者し
たなう・あさましうこゝに八さへき/八さへき〈ママ〉、(あさましうここに八さへき)・
【人】毛者へらすなと/△&毛・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・ナシ・堂可へ尓こそ/(2オ)
[4246]--------------------------------------


 終了後は、駅前を散策しました。
 最近は抹茶が海外の方も含めて大人気で、なかなか手に入らなくなっているとのことなので、帰りに、京都駅前の伊藤久右衛門でお徳用の「宇治抹茶」をいただきました。これは、3ヶ月毎に買っている抹茶です。
 品物を渡してくださった店員の方に、宇治のお店によく行くことと、私の父の名前は伊藤忠右衛門というんですよ、と言うと、ご縁があってうれしいです、とおっしゃってくださいました。そして、価格が高くなっていますね、と聞くと、最近は抹茶ブームのため、量も減り値段も上がり、私たちもびっくりしています、とのことでした。
 そうなんです。今日の抹茶は「70g \3,121」でした。手元に4月6日に宇治駅前店で購入した時のレシートがあり、それを確認すると、同じ商品が「100g \1,836」とあります。7月のレシートが見つからないものの、同じ値段だったか少し高かったかも知れません。
 つまり、4月初めにグラムあたり「18.4円」だった抹茶が、9月末には「44.6円」に高騰したのです。なんと「2.4倍」です。
 おりおりに自宅では、食後にお気に入りの茶碗を出して、シャカシャカと茶筅を振っています。私は黒い楽、妻は金継ぎをした赤い楽。しかし、こんなに抹茶が高くなってのでは、気楽に飲むことがためらわれます。抹茶の製造過程を知っているだけに、急に増産というわけにもいかないでしょう。いやはや、困ったことです。

 京都駅の中央口改札前に、新たなモニュメントができました。一昨日、除幕式があったものなので、早速行って来ました。京都ロータリークラブが創立100周年記念として造られたものです。私は、造形物よりも先月102歳でお亡くなりになった裏千家の前家元の千玄室さんが揮毫した「未来 今から一歩」という言葉を見たかったのです。モニュメントのデザインは、現代彫刻家の吉田和央さんだそうです。

250927_モニュメント.jpg


 この新設された場所は、希望の広場と名付けられ、待ち合わせの場所となって行くことが期待されています。しかし、すぐ前がバス停のターミナルなので、ここに人々が集まると、改札前からバス停への、人の行き来に差し障りが起きそうです。待ち合わせの場所と言わずに、モニュメントと書を見て楽しむ、ということでいいと思っています。




posted by genjiito at 22:17| Comment(0) | ■講座学習

2025年09月26日

手足や口の運動をしながら季節の変わり目の体調管理を

 集会所では、いつも体操から始まります。しかし、今日はラジオ体操の第2だったので、私はギクシャクした動きとなりました。第2はあまりしないので、細かな動きを忘れているようです。他の方も、よく似た反応のようにお見受けしました。基礎的な動きから、おさらいをしましょう。

 早口言葉は、3種類ありました。しかし、その内の2種類は最近やりだしたものであり、みなさん何となく馴染めないように見受けられます。私が脳梗塞で入院していた時の、構音訓練で使う基礎資料とでもいうべきプリントを使っているので、あまりにも無機質な訓練らしさが表面に出ていて、親しみが持てないのかも知れません。
 もう一つのパタカラの早口言葉は、ずっとやっていることでもあり、プリントに楽しさが盛り込まれているので、みんなでリズムよくできます。今日は、スピードが速くなるとバラバラになりましたが。ペースの誘導が必要でしょうか。
 みなさんの反応を、もう少し見ようと思います。

 手足の体操も、楽しくできました。家でもできるという、新しい動きを教えてもらいました。おりおりにやりたいと思います。
 なお、右手を上下に動かし、左手で三角形を描く運動は、今日も巧くできません。インストラクター役の方からは、スッとできると脳は働いていないので、できない方が脳の活性化になるとの説明がありました。なるほど。戸惑いながらも、やってみたいと思います。

 季節の変わり目を自覚する程に、朝夕が涼しくなりました。
 そのせいもあってか、何となく身体が気怠い感じが続いています。
 無理をせずに、厳しかった暑さから、次の涼しさへと、身体を慣らしていく時期なのでしょう。
 これまで通りの散策で、体調を整えて行くことにします。




posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月25日

散策で見かけた秋らしさ

 急に涼しくなったせいか、身体が何となく怠い1日です。
 近くの公園を歩いていると、秋らしくなっていく様子が感じられました。

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 噴水のそばの小鳥は、生成AIによるとハクセキレイだそうです。
 前回は嘘の入れ知恵をそのまま書いてしまったので、今回は責任の所在を生成AIにしておきます。

250925_ハクセキレイ.jpg

 白いヒガンバナを見つけました。
 過日見かけた赤いヒガンバナは、今日は見つかりませんでした。

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 近くの小川にダイサギがいました。
 ちょうど飛び立つところが撮れました。

250925_ダイサギ1.jpg

 宇治川に向かって飛んで行く姿がスマートです。

250925_ダイサギ2.jpg





posted by genjiito at 20:05| Comment(0) | ・ブラリと

2025年09月24日

キャンパスプラザ京都で相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」を読む会(No.1)のご案内

 本日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」(春曙文庫)の本文を変体仮名で読む会の案内記事が掲載されました。今回から新たに「帚木(断簡)」がスタートします。

250924_新聞告知.jpg


 会場は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の5階にある第5演習室です。
 相愛大学蔵源氏物語「帚木(断簡)」は、ハーバード大学本「須磨」「蜻蛉」や歴博本「鈴虫」と同じ環境で書写された、鎌倉時代の写本の断簡です。
 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 現在、毎回約10名の参加者と一緒に、和やかに変体仮名を読み進めています。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 鎌倉時代の古写本に書かれている文字が、とにかく読めるようになることを第一の目的としています。
 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で尾州家河内本「桐壺」を読む(第33回)」

 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。
 会場は、京都駅から JR の線路沿いに歩いて5分の所です。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。




posted by genjiito at 19:30| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年09月23日

日本文学データベース研究会の旧ホームページのこと

 1986年11月に私が『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社)を刊行したことが機縁となり、1987年2月に大阪大学の伊井春樹先生の元に集まった3人(谷口・大谷・伊藤)で、日本文学データベース研究会(NDK)を起ち上げました。
 翌1988年に、最初の成果として『源氏物語別本集成 第1巻』(桜楓社)を刊行しました。しかし、数多くの本文を校合するプログラムにミスがあることをNDKに加入したばかりの中村氏が気づき、大至急正しい内容に組み換えて作り直しました。そして、1988年版は出版社の迅速な対応により回収しました。私も、書店で見つけ次第に購入して処分しました。つまり、『源氏物語別本集成』は、1989(平成元)年から2002(平成14)年までに刊行した15巻が正編の正規のものとなります。回収漏れの廃版である1988年版にはお気をつけください。

 さて、1995年9月に私が個人的に『源氏物語』のホームページを公開したことに端を発して、NDKでも、1997年2月にホームページを伊井先生の大阪大学の研究室から起ち上げました。トップページの画像が、解像度が粗いながらも見つかりましたので紹介します。

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 この中で、「別本」「青表紙本」「河内本」に分別した各本文を検索するページは、次のようなレイアウトでした。


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 これではあまりにもピンボケなので、この画面を構成するもう少し鮮明な部品のいくつかをあげます。

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 『源氏物語』諸本の本文データベースの研究活動と検索システムの公開は、中村氏の尽力のたまものです。

 現在、このデータベースの本文を「変体仮名翻字版」にして再構築したデータで、新たに本文データベースを公開しようとしています。そのために、一般に公開するための方策について検討し出しました。来春には公開できたらいいな、というのんびりとした見通しでいます。

 折々にこのデータベースを公開するための構想を、本ブログに記します。より良いデータベースとなるように、闊達なご意見などをお寄せいただけるとありがたく思います。




posted by genjiito at 23:23| Comment(0) | ◎情報社会

2025年09月22日

元禄寿司をいただいてから墓参をし墓所について考える

 今日は涼しい1日でした。
 明日の彼岸の中日はお墓が混むので、今日、お参りに行きました。
 近鉄西大寺駅経由で布施駅まで出ると、一旦下車してお供えのお菓子を買い、お腹ごしらえです。
 駅前の元禄寿司は昭和22年(1947)の創業で、回転寿司を最初に考案したお店として有名です。中学高校生の頃は河内高安に住んでいたので、母に何度か連れて来てもらいました。詳しくは、「大阪の八尾へ墓参に行き布施の回転寿司1号店へ」(2022年03月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/189412950.html)の後半に書いています。

250922_元禄寿司.jpg


 お供えのお菓子は、駅前のモモヤさんでいただいています。

 再度近鉄の布施駅から河内山本駅まで行き、乗り換えて2駅目の信貴山口駅で降ります。
 ちょうど、高安山から降りてきたケーブルカーが到着するところでした。
 阪神タイガースが優勝したので、近い内に虎のお寺として有名で、かつて住んでいた奈良県生駒郡平群町にある信貴山朝護孫子寺にお参りにいくつもりです。国宝の信貴山縁起絵巻は複製を展示しており、原本は国立京都博物館に寄託されています。ついでに、信貴山温泉にも入ってくる予定です。

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 お墓からは、大阪平野が一望のもとに見渡せます。左手に淡路島があります。

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 お墓に自宅で育てた持参の花を飾ろうとすると、花入れが新しくなっていることに気付きました。1週間前に姉が姪たちと一緒にお参りに来ているので、その時に新調してくれたのかと思い、お礼のメッセージを送ったところ、すでに新しくなっていたとのことです。これまでの花入れは、確かに古くなっていました。買い替えようと思っていたところです。それにしても、わざわざ新しい花入れにしてくださる奇特な方を、残念ながら思いつきません。
 この信貴霊苑は、いつも丁寧な対応で気持ちのいい管理をしてくださるので、汚くなっているのを見てサービスとして取り換えてくださったのだろうか、などと勝手なことを思いながら帰りました。いつか、事務所に聞いてみます。

 そうそう、周りの墓地がポコポコ空き地になっていました。墓じまいをなさる方が増えているのでしょうか。どなたかは存じあげないものの、ご近所さん3軒ほどが空き地になっていました。我らはここに入るつもりなので、賑やかな方がいいという訳ではないものの、少し寂しく感じました。
 そういえば、東京にいる息子が、我々のために青山霊園に墓地を申請してくれていることを聞きました。河内高安にはなかなか行けないので、自分が住んでいる近くに呼び寄せて供養をしよう、と思っているようです。ありがたいことだと思いつつも、両親が出雲から移したお墓であることと、『伊勢物語』の筒井筒の段で知られる河内高安の地は、永住(?)するには魅力的な場所であることを伝えました。ここは、私が小学校6年生から高校卒業まで暮らした所でもあります。もし青山霊園に墓地が確保できたら、分骨として供養してほしいことを話して納得してもらえました。

 青山霊園と言えば、大久保利通や吉田茂(分骨)をはじめとして政治家が多い中で、文学関係者として志賀直哉・樋口一葉・岡倉天心・有島武郎・島崎藤村(分骨)・高村光太郎などなど、錚々たる方々がおられます。死後のことながら、引っ越しを繰り返してきた我が人生を振り返り、お墓までも本宅と別宅の2箇所とは、と思うと楽しくなります。
 ちょうどお彼岸なので、対岸にいる両親にも相談してみましょう。これまでがいつもそうであったように、お前がいいようにしなさい、という返事があることでしょう。
 はてさて、どうなりますか。




posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | *身辺雑記

2025年09月21日

江戸漫歩(180)両国国技館から水上バスで越中島へ

 今回泊まった宿には、無料でビュッフェスタイルの朝食が付いています。コーヒーも自由なので、街中で朝食探しをしなくてもいいので助かります。ゆったりとチェックアウトもできます。息子が出張中には、この系列のホテルを使うことが多くなりました。

 蔵前から隅田川沿いに南に歩いて、両国の国技館に行きました。

250921_国技館.jpg

 相撲が場所中だったので、各力士の幟が旗めいています。

250921_幟三役.jpg


 今日は中日の8日目。入場料は2,500円からです。しかし、終わるのが18時なので、京都に帰ることを思うと今回はパス。
 私は、宇良関と翔猿関が好きなので、見上げながら探しました。離れた所に宇良関。上の支えが木に絡まっているので、この名前が表を向くことはありません。その取り口を示すかのように、旗がひっくり返ったままです。

250921_宇良.jpg

 翔猿関が見当たりません。何度も行ったり来たりしてもないのです。係の方に聞くと、後援会などが出すので、力士全員のものが出ているとは限らないそうです。本当かな、と思いながら諦めて散策を続けました。

 両国駅には、相撲関係のお店がたくさん出ています。一軒だけ、変体仮名を交えた看板を見かけました。「や婦"久」は「やぶきゅう」、「日本ばし」は「にほんばし」。大阪なら「にっぽんばし」と読むところです。変体仮名は、東京では京都のように見つけることは大変です。

250921_や婦%22久.jpg

 なお、スカイツリーが間近に見えます。しかし、私はこの鉄塔が建ったことで「業平」という地名を捨てた、地域関係者の感覚が好きになれません。確かに、東京は平安文学とは無縁の地です。だからといって今しか見ないのは、愚かなことです。「業平橋」という地名の変遷などについては、「江戸漫歩(56)佃テラスから見るスカイツリーと業平橋駅」(2012年05月23日、http://genjiito.sblo.jp/article/178946121.html)に書きました。好意的に書いています。しかし、内心は近視眼的な日本の文化理解を残念に思っています。

 駅の南側に史蹟があるそうなので、行って見ました。
 忠臣蔵の吉良邸から。

250921_案内標識.jpg

250921_吉良邸跡.jpg

 少し東に歩いて、勝海舟の生誕の地。

250921_海舟生誕の地.jpg


 西に戻って、両国小学校の角にある芥川龍之介の文学碑。

250921_芥川文学碑.jpg

 もう少し駅の方に戻った芥川龍之介生育の地には、説明板だけがありました。その横に、6年前に息子と来たモンゴル料理屋さんの「ウランバートル」があったので、こちらの方を写しました。

250921_モンゴル料理店.jpg

 このお店のことは、「モンゴル出身力士の千昇さんと両国で語る」(2019年02月17日、http://genjiito.sblo.jp/article/185571565.html)に書いています。

 水上バスの船乗場である両国リバーセンターがある国技館前に戻り、1日2本の越中島まで行く船に乗り込みました。かつて、越中島に住んでいた頃、一度だけ浅草まで乗った東京水辺ラインです。2度目の今回は、逆のコースを走るのです。

250921_両国船着き場.jpg

 一旦、北上して浅草二天門まで戻り、Uターンして隅田川を下ります。直接越中島に向かうと20分のところを、迂回するために45分かかりました。
 展望デッキに上がり、越中島の船着場越しにかつて官舎があったところを写しました。建て替え工事は、順調に進んでいるようです。

250921_越中島水上バス.jpg

 降りてから、聖路加病院やお台場に向かう水上バスのあじさいを見送りました。向こうに、中央大橋が見えます。

250921_中央大橋.jpg

 降りたところは、かつて住んでいた越中島官舎のすぐそばです。私が定年で退去した後、取り壊しの工事が始まりました。今はまだ、基礎工事の段階です。
 隅田川の方から見た工事現場の様子。

250921_官舎の工事現場.jpg

 清澄通りの陸橋から佃島や月島の方を見た工事現場の様子。

250921_橋の上から見た官舎.jpg

 ここに何が建つのか、折々に見に来るつもりです。




posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | ・江戸漫歩

2025年09月20日

日比谷で「須磨」(28)と『百人一首』(5)を読む

 日比谷図書文化館での講座は、次の2つです。
@「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」 13:00〜14:30
A「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」  15:30〜17:00

 いつも朝早く宇治を発ち、最寄り駅の有楽町にはお昼前に着くようにしています。
 今日はいつもより早く着いたので、駅前のビックカメラの中のスシローで早めの食事をし、近くの馬場先門前にある静嘉堂文庫美術館へ立ち寄りました。玄関のガラス戸の向こうが皇居です。

250920_静嘉堂.jpg

 今回のテーマは「絵画よくわかる神仏と人物のフシギ」でした。
 重要文化財である明治生命館の1階は、格調の高さと清潔感に満ちた会場でした。初めて入った美術館なので、少し圧倒される雰囲気を感じます。展示には、イラストを配したかわいいフリップが効果を発揮していて、観覧者に語りかける口調で問いかけて来ます。よく考えられた配慮です。レベルの高い美術館でした。
 なお、期待した国宝の曜変天目茶碗は出品されていませんでした。

 日比谷公園の芝生を、一人黙々と芝刈りをするロボットと出会いました。暑い中を、と言おうとして、今日の東京は肌寒い程に涼しいことに気づきました。

250920_芝刈り機.jpg


 日比谷図書文化館の入口には、いつものように本日のイベントが掲示されています。

250920_掲示板.jpg


 まず、ハーバード本「須磨」です。
 今日は、51丁裏から53丁裏2行目までを確認しました。

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あはれ尓て・
「ともちと里・もろこゑ尓・奈く・あ可【月】八・
ひと里・祢さ免乃・とこ毛・多の毛し」・【又】・越き
堂る・【人】毛・奈介れ八・【返】〻/(【返返】)・ひとりこち
弖・ふし・【給】へ里・【夜】・ふ可く・【御】てう川・まい
り弖・【念】すなと・し・堂満ふ毛・めつ
らしき・ことの・やう尓よろ川のこと・
めて多くの三・みえ・多満へ八・え・み・多てま川
里・すてゝ/(すてて)・【人】や里那らす・【亰(京)】へ・あ可ら佐万
尓毛・えいてさり介り・[29]あ可し乃うら八/(51ウ)
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堂ゝ/(堂堂)・者ひ王多る・本と奈り遣れ八・
よしきよは・可乃・【入道】乃・む須免越・
於もひいてゝ/(於もひいてて)・ふ三なと・や里けれと・【返
事】毛・勢す・ちゝの【入道】そ/(ちちの【入道】そ)・きこゆへき・
こと那ん・ある・あ可ら佐ま尓・多いめんも
可那と・いひ堂り介れと・うけひ可さら
む尓・と可くゆき可ゝ里て/い&ゆ、(いき可可里て、ゆき可可里て)・む奈しく・可へ
らん・うしろ毛・をこなるへしと・くし
い多くて・於もひ川ゝむ/(於もひ川川む)・よ尓・しらす・【心】
堂可く・於もへる尓・くに乃・うちは・可三乃/(52オ)
--------------------------------------
ゆ可りの三こそは・可しこき・もの尓八・
寿免れと・ひ可免る・【心】は・さら尓毛・【思】八て
とし【月】を・へ介る尓・こ乃・【君】・かく弖・
をはすと・きゝて/(ききて)・者ゝのき三に/(者者のき三に)・可多らふ・
やう・き里徒本乃可うい乃・【御】者ら
乃・【源氏】・ひ可るきみこそ・於ほやけ二・
可しこまりて・す満乃うらに・毛のし・
堂まふ奈れ・あこ乃・【御】寿く勢
尓て・於ほえぬ・ことの・あるなり・い可て・可
かる・川いて尓・こ乃・【君】尓・多てま川里てむと/む〈次頁〉、(52ウ)
--------------------------------------
いふ・者ゝ【君】/(者者【君】)・いて・あ奈・可多王や・【宮】こ
乃・【人】こと尓・可多る越・き介は・やむこと奈
き・【御】めを/=ミ、(みめを)・いと・於ほく・毛・多満ひての・あま
里尓・み可との・【御】めをさへ・志のひ/\尓/(志のひ志のひ尓)・あや
まち・【給】て・可く毛・さは可れ・【給】なる・【人】八・ま
さ尓・可ゝる/(可可る)・【山】可川を・【心】・とゝ免/(とと免)・【給】てんや
と・いふ・者ら多ちて・いて・え・し里・堂満者
し・於もふ・【心】・こと那里・さる・【心】を・し・【給】へ・
古ゝ尓/(古古尓)・於者しませむと/ま±さ、(於者しまさせむと)・王可・【心】を・やり
て・いふ毛・可多く奈者しく・三ゆ・け尓・あ里さま八/さ〈次頁〉、(53オ)
--------------------------------------
ま者ゆき満弖・志川らひ・可し
徒介り・          (53ウ)

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 今日も、翻字の不備を指摘していただきました。凡例が詳細になってきて、当の私が時々新しい方針を失念するために、ポツリポツリとミスが出ます。大変失礼しました。

 また、「京」(51丁裏9行目)という漢字について、京都駅の南北通路に出る改札口の前に掲示されている「亰」を例にして、ここの「京」は「亰」と翻字した方がいいのではないか、という話題になりました。さらには、東京が「京」なので京都は「亰都」にしては、ということも提示しました。これには、興味をもっていただけたようです。

 終わってから、いくつかの質問を受けてから、地下のラウンジへ移動して、現在5巻の相愛大学蔵春曙文庫本の臨模本を作成中の宮川保子さんと、作業手順を含めた今後の方針などを打ち合わせました。装飾料紙の作成や、判読しにくい文字などについての、意見交換が中心です。
 私からは、最近かかりきりの「橋姫」巻の本文を確認する中で気付いたことを、何点かお伝えしました。今回の相愛大学本は、ハーバード本よりも判読に時間がかかる変体仮名が多いのです。写し手が、平安時代の仮名文字の多様な字形を、よく理解していないままに書き写しているのではないか、と思える箇所が散見します。ハーバード本「須磨」「蜻蛉」や、歴博本「鈴虫」を書写した人たちとは違う写し手集団が関わったのではないか、と今は勝手に思っています。いずれ、こうした違和感の原因を整理します。

 今日は、「手習」の下書きと清書をお預かりしたので、これまでの「帚木」「藤裏葉」「宿木」と共に、文字から受ける印象の違いを含めて、複眼的に写本の様態と本文の実相を考えて行きたいと思います。
 少しでもいい臨模本ができるように、宮川さんの書写活動のお手伝いをしているところです。

 時間になったので、大急ぎで4階のセミナールームに戻りました。

 次は、『百人一首』です。
 まず、変体仮名の「愛(あ)」について、江戸時代以前の用例を私はまだ見かけていないことをお話しました。
 また、雲林院にある僧正遍昭の歌碑と、宮道神社にある藤原定方の歌碑について取り上げました。

 歌は、21番歌の素性法師から、27番歌の中納言兼輔までを確認しました。

 終わってから、前の『源氏物語』の時に話題にした「京」と「亰」について、さらに詳しい情報を受講者の方からいただきました。「亰」という文字は、中国でも多くの用例があるようです。明治時代には、東京で「東亰」としていた時があったとか。しかし、次第に立ち消えになったようです。このことは、さらに詳しく調べると、いろいろとおもしろいことが見つかりそうです。

 今日は息子が出張中のため、私は妻と共に蔵前に泊まることにしました。かつて、モンゴルのことから白鵬さんの関係者に会うために、息子に連れられて蔵前に来たことがあります。しかし、泊まったことはありません。明日はどこを散策しようかと、地図を見ながら計画を練っています。




posted by genjiito at 23:34| Comment(0) | ■講座学習

2025年09月19日

集会所での夏祭りと京大病院のこと

 今日の集会所では、延期となっていた夏祭り(秋祭り)が開催されました。
 射的やくじ引きで、お菓子や日用品がいろいろとたくさんもらえます。みなさんの顔が輝いていました。
 終わるとすぐに京大病院へ直行です。

 今日の大文字は、秋を感じさせる姿です。暑さがぶり返すことなく、このまま涼しい風を送り続けてほしいものです。

250919_大文字.jpg


 京大病院では、いつものように妻が問診と点滴を受けます。私は、その付き添いです。
 主治医の先生との話では、日々の生活で「運動・食事・趣味・友人・地域貢献」と、それぞれのバランスがうまく取れているようなので、このままでいいでしょう、とのことでした。
 そして、治療に入って半年が経つので、来月からは月2回の点滴は宇治徳州会病院で受けることになり、具体的に日時が決まりました。検査と診察は、2カ月毎に京大病院で受けます。

 今年の3月から、この京大病院で新しい治療に取り組むことになりました。そして、副作用がないままにここまで来られたことに、安堵の思いでいます。以前の病院で処方された「ドネペジル」という薬で、想像を絶する副作用があったからです。いろいろなことがあって、この京大病院に行き着いた経緯があります。

 絶妙のタイミングで「レカネマブ(レケンビ)」の治療を受けることになりました。あとは、この治療の具体的な成果を確認することです。もう1年しないと、その成果は見えてきません。とにかく、多くの方の参考になる報告ができる日が来ることを、願っています。

 明日は東京へ行きます。
 とにかく、何事にも積極的に取り組む日々です。




posted by genjiito at 22:52| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月18日

iPhoneに新 OS をインストールし Apple Watch の問題解消

 近くの公園を散策中に、真っ赤な彼岸花を見つけました。

250918_彼岸花.jpg

 今年も忘れることなく、花が季節の訪れを教えてくれています。来週のお彼岸には、お墓参りに行こうと思います。異常気象と言われている中でも、花は人に寄り添ってマイペースで生きているのです。

 今日は、アップルの情報文具を最新の「OS26 Tahoe」にアップデートしました。
 まず、iPhoneを iOS 26にしました。そして、watchOS も26.0にアップデートできました。これは嬉しい出来事です。実は、半年以上もアップルウオッチに関してエラー続きで困っていたからです。

 今春3月から、ずっと watchOS がアップデートできませんでした。最新バージョンへのインストールをしようとしても、その準備段階で「確認中」の表示が出たままで、毎回決まって3時間後に「エラーが起きました。」となるのです。

 アップルのサポートセンターに電話をし、相談をしたことが3回。私が何度もやったことをやらされ、結果はことごとくこれまでと同じエラーで終わります。
 結局は、iPhoneにハード的には問題がないので、初期化をしてみることを薦められました。しかし、私は何か違うという思いがあり、半年間ずっとアドバイスである初期化はしないで来ました。

 先週は、京都駅前のカメラのキタムラの中にある【Apple正規サービスプロバイダ】に行き、何となく不信感が残る電話でのサポートではなく、対面での相談をしました。そこでも、詳しい説明を受けた後に最終的には iPhoneの初期化でした。納得しました。しかし、数日後に iOS 26が公開されることがわかっていたので、今日まで初期化は先延ばしにしていたのです。そして、iOS 26にした今、これまで悶々としていたことがスッキリと解消しました。

 専門家は、いろいろと原因やトラブルの理由付けをなさるでしょう。しかし、素人の私は結果さえよければいいので、不本意な指示に従わなくてよかった、と思っています。もちろん、アップルの製品との付き合いは長いので、エキスパートの方の意見を受け入れて、何度も難局を乗り切りました。しかし、今回は私の身体が、アップルのアドバイスを受け入れなかったのです。半年間もズルズルと疑問を抱えながら引き摺っていたので、理屈ではない肌感覚も捨てたものではない、と思っています。トラブルの連鎖の渦に巻き込まれずに済み、ホッとしています。

 今回の「タホエ」と名付けられた OS は、デザインに透明感があり丸みがあり、スッキリとしているので気に入っています。
 次は、パソコンに「macOS Tahoe」をインストールすることになります。
 気分一新、情報文具を活用した日々を楽しく送ることにします。




posted by genjiito at 21:37| Comment(0) | ◎情報社会

2025年09月17日

我が仕事環境の写真(その3_京都の自宅)

 これまでに私が仕事をして来た環境や資料を整理している中で、勉強や研究をしていた部屋の様子がわかるものとして、以下の2件をアップしてきました。

(1)「我が仕事環境の写真(その1_宿舎とインド)」
   (2025年09月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/191482592.html

(2)「我が仕事環境の写真(その2_研究室)」
   (2025年09月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/191487293.html

 3回目は、京都の自宅における机周りの様子です。
 ただし、河内八尾・大和平群・京都北大路の頃の写真は、デジタルではなくてフイルムベースだったことと、思うように写真が見つからないことから未整理です。京都の右岸から左岸に引っ越しをした、下鴨貴船から今の宇治の仕事部屋の2箇所を取り上げます。

 下鴨貴船には、2012年から2022年までの10年間いました。
 大学を出て大阪府立高校の教員になった時、お世話になった先生から、自分のためにも周りのためにも同じところに10年以上いない方がいい、とのアドバイスをいただきました。
 以来、職場はもとより、住まいも10年以内で異動移転してきました。実際にそのようになったので、あらためて驚いています。
 国文学研究資料館には18年いました。しかし、都内品川に9年、そして組織の庁舎移転で立川に9年なので、不思議と帳尻が合っています。

 まずは、下鴨貴船の2018年のものから。
 この頃は、いろいろな病気で入退院を繰り返しながらも、スペイン・ベトナム・アメリカ・カナダ・イギリス・インド・ミャンマー・ペルー・ルーマニア・中国と、調査旅行に慌ただしかった時期です。本は別の部屋に置きながら、とにかく報告書をまとめることに追われて籠もっていた部屋です。細長い部屋だったので、右から左へと3枚の写真で見渡せるように組んでいます。

2018-06_下鴨書斎右1.jpg



2018-06_下鴨書斎中1.jpg



2018-06_下鴨書斎左1.jpg

 2022年から宇治に移りました。おそらく、これが最後の引っ越しだと思います。
 先月の2025年8月から、新たに『源氏物語』の本文データベースを構築する作業に入りました。そのため、部屋の配置替えや参考資料の入れ替えなど、大幅に模様替えをしました。この宇治に来て3年ほど仕事に取り組んだ作業場所として、これまでの記念に写したものです。

250909_宇治書斎1.jpg

 次回は、フイルム写真の整理が終わってからアップします。
 「我が仕事環境の写真」はしばらくのお休みとなります。




posted by genjiito at 21:40| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月16日

百歳のTさんに首相と知事からお祝いが届く

 今日は集会所で、昨日の敬老の日に届いた、Tさんの長寿を祝う記念品のお披露目がありました。
 まずは、石破首相からの祝状と銀杯から。

250916_100歳総理ぼかし.jpg


250916_銀杯のみ.jpg

 次に、西脇府知事からの祝状と織り額。

250916_100歳府知事ぼかし.jpg


250916_祝い織りのみ.jpg


 首相や知事からのお祝いは、あくまでも儀礼上のことです。それはそうとして、宇治市長からは何もなかったのは変なことだ、とみんなで不審がりながら話をしていました。国民、府民、市民でいうと、一番身近な市民へのお祝いの言葉がその長からあるのが、本当に生きた思いやりだと思われます。市長も政治屋になってはいけません。市民に寄り添う市長であってほしいものです。他府県も、お祝い事は形骸化しているのでしょうか。

 集合写真を撮った後は、みんなでモルックをしました。これは何度もやっているので、勝手知ったるゲームです。今日も大逆転があり、楽しく盛り上がりました。

 今日は、近くの大学の学生が一人、体験学習として見学に来ていました。聞くと、来るのは今日だけだとのこと。毎月一人でもいいので、若者が一緒に参加する運営ができないか、個人的に思案中です。このことは、少子高齢化に直面するこれからのために、今から手をうつべき大切なつながりの育成事業だと思っています。




posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月15日

グリーンカフェで挑んだクロスワードパズルの難易度

 まだ暑いものの、薄曇りで少し涼しい風を感じました。
 夏の終わりの到来ならいいのですが。

250915_グリーン看板.jpg

 今日のグリーンカフェでは、脳トレとしてまちがい探しとクロスワードパズルをしました。
 クロスワードパズルでは、少し難易度の高いものが含まれていました。多分に高齢者の言語感覚を意識した出題なのかもしれません。

 最初のマス目になる、縦@、横@のヒントが難しかったのです。

「縦@その場を上手にごまかすこと。」

「横@品質などがたしかなものであると保証すること。」
  「〇〇〇〇つき」

 最初の縦横@から躓くこととなり、手こずりました。

 縦の@は7文字です。そして、他の横の答えとの関係で、3文字目が「や」で5文字目が「に」です。
「□□や□に□□」
 これでもわかりません。ヒントとして、若い女性がお茶を点てている横で、先生が手つきをジッと見つめている絵が添えてあります。これを見ても、まだわかりません。
 隣の方がわかった、と仰ったので答えを聞くと、「おちゃをにごす」だ、とのことです。なるほど。それにしても、字数が多いこととイラストがよくないので、これは難問です。

 次の横@も、隣の方がしばらくしてわかったとのこと。答えは「おりがみ」でした。
 確かに、そう言われると品質保証のことばなのでそうです。鑑定に関する言葉から来る「おりがみ」で「おりがみつき」でいいわけです。古写本の古筆鑑定などのこととなると、私の分野で使う言葉です。しかし、これは今は死語ではないでしょうか。高齢者にはわかるはずだ、ということでしょうか。

 慣用句の問題は世代間の格差があるので、ヒントの出し方が難しいな、と思いました。

 帰りに図書館に寄り、予約していた本を受け取り、中央公園を散策しました。夏バテなのか、少し身体が気怠いので、ウォーキングは控えめにして帰りました。




posted by genjiito at 21:52| Comment(0) | *福祉介護

2025年09月14日

我が仕事環境の写真(その2_研究室)

 1999年の4月から、東京都品川区にあった文部省所管の国文学研究資料館に転職しました。それまでは、大阪の熊取にあった大阪明浄女子短期大学(現・大阪観光大学)の教員でした。その頃の写真はフイルムベースのプリント写真だったので、まだ整理ができていません。これは後日にしましょう。

 東京の職場には、大和平群から単身赴任で平日通っていました。
 研究室は元は倉庫だった部屋なので、次の写真の左端に写っている小さい小窓が唯一の明かり取りでした。

2006-8_NIJL研究室のみ01.jpg

 その後、2008年に国文学研究資料館は品川区から立川市に移転しました。それに伴い、職場も新庁舎に移り、研究室も新しくなりました。引っ越したばかりの、何とか仕事ができるように整理をした状態の写真です。

2008-2_立川研究室01.jpg

 スケールの大きな科学研究費補助金によるプロジェクトを同時に3つ運用していたので、研究室の向かいに広い作業室をもらっていました。3人の補佐員さんや10人近いアルバイトの方々に、研究のお手伝いをしていただいていました。私が定年で離職する直前の、作業室の写真が残っています。

170311_NIJL作業室退去01.jpg

 定年退職した翌4月からは、古巣の大阪明浄女子短期大学が4年制の共学となり、新しくなった大阪観光大学に出戻りの教員として赴任しました。かつて使っていた研究室の下の階に、新たに研究室をもらいました。

2019-2_観光大研究室01.jpg


 そして着任早々、また大型科研が採択されたために、科研の業務用の部屋としてもう一室使えることとなりました。荷物を運び込んだばかりの部屋の写真が残っていました。ここで、補佐員さん1名とアルバイトの学生さん8人に、情報収集や資料整理をしてもらいました。

190313_観光大の科研室.jpg


 その2年後に、経営者の意に沿わなかったのか、突然私は解雇されました。大型科研はまだ2年間2千万円の経費が残っており、研究も半ばでした。このままでは全額返納です。そんな宙ぶらりんになった私を、大阪大学にいる仲間が救いの手を差し伸べてくれたのです。大阪大学箕面キャンパス(旧・大阪外国語大学)に研究場所を確保してもらえました。
 だだっ広い部屋に大量の本や情報文具を運び込み、新しくアルバイトさんにも来てもらい、心機一転研究を再開しました。手前が、私が使うことになる机です。

2019-05_阪大研究室01.jpg

 順調に研究成果を上げていた時、またまた突然、大阪観光大学から学長としてお呼びがかかりました。民事再生下にある大学になっていたのです。解雇されて1年半で、学長や理事などの役職者として再建の手伝いをする者として呼び戻されたのです。
 その翌春、科研は終了し、大阪大学の箕面キャンパスも箕面船場にすべて移転することになったと同時に、私は大阪観光大学の学長理事職専任となりました。
 新たな研究室は、学長室があることもあり、大量の本を入れると入口からは仕事机が見えなくなる手狭な部屋でした。

210821_観光大研究室02.jpg

 順調に再建のお手伝いをしていた中の2021年12月末日に、私は大学の運営に関して抗議の辞任をしました。そのために、ここが私の最後の公的な研究室となりました。

 なお、私が我がまま勝手なことをする人間だと思われないためにも、いつも筋は通していることを示す意味で、辞任の経緯を記した文書を、以下の2本の記事として公開しています。あらぬ誤解を受けないように、念のために明示しておきます。

(1)「私が2021年12月末日で学長を辞めた理由」
   (2022年04月02日、http://genjiito.sblo.jp/article/189437966.html

(2)「梯子を外された具体的な例証ひとつ」
   (2022年04月03日、http://genjiito.sblo.jp/article/189439395.html

 以上が、いろいろとあった我が仕事環境を記録した写真です。

 次回は、京都の自宅の勉強部屋を整理してアップします。




posted by genjiito at 21:42| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月13日

中之島での『百人一首』(第16回)と『源氏物語 蜻蛉』(第27回)の講座

 今日の大阪府立中之島図書館は、どんよりとした雲を背後にして佇んでいました。暑くなかったので、快適な1日でした。

250913_図書館.jpg


 まず、入門講座としての「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」からです。
 変体仮名の「愛(あ)」がなかなか見当たらないことをお話ししました。特に、平安と鎌倉時代の例が手元にありません。江戸時代と現代の3例をあげます。この文字は、今後とも気をつけて集めたいものです。どなたか、ご教示をお願いします。

(1)「愛遊割烹」朝日新聞2025.8.23
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(2)「愛しろ【木】」 光琳カルタ 64番歌の「愛」
250913_光琳「愛」.jpg


(3)シャープの携帯電話(アンドロイド15)の「愛」
250702_シャープあ赤入り.jpg


 次は、12番歌の僧正遍昭の歌碑が、大徳寺の近くの雲林院にあることを紹介しました。特に「餘」が読みにくいことを確認しました。

250911_雲林院の遍昭の歌碑-切抜.jpg

 僧正遍昭
 【天】つ【風雲】のかよ比
千ふき登ぢ餘

 をと免の【姿】しば
  しとゝめ無


 『百人一首』は、22番の文屋康秀から34番の藤原興風までを確認しました。陽明文庫カルタと国文研の鶴丸カルタで、使われている字母の違いを確認しながら進めました。
 わかりやすい違いとしては、陽明カルタが「あ」とするところを、鶴丸カルタは「阿」と表記することがほとんどでした。
 人物画については、陽明カルタの春道列樹が後ろ向きに描かれていることを指摘しました。
 収録した2種類のカルタで、横向きではなく後ろ向きは次の人々です。しかも、陽明カルタが圧倒的に多いのです。

僧正遍昭、大中臣能宣朝臣、藤原実方朝臣、清少納言、大納言経信(2種共)、権中納言匡房、法勝寺入道前関白太政大臣、皇嘉門院別当(2種共)、式子内親王(鶴丸は姿も見せず)、前大僧正慈円、

 こうした図様の違いは、他のカルタと比較するとおもしろいかと思います。今後の課題です。

 30分の休憩を置いて、次はハーバード本『源氏物語 蜻蛉』です。
 まず、書家の宮川保子さんが進めておられる相愛大学所蔵の春曙本『源氏物語』の臨模試作写本3冊(帚木 ・藤裏葉・宿木)を見てもらいました。平安鎌倉時代の『源氏物語』の写本の実態を知る上で、原本に近い姿の写本を見ることは、臨模本であっても貴重な勉強になります。今日は、写本の扱い方もお話ししました。こうした講座では、実感することを大事にしています。

 「蜻蛉」の本文については、61丁裏から63丁表8行目までを確認しました。
 〈貼紙〉やなぞった文字の箇所を、時間をかけて説明しました。
 次の画像は、61丁裏7行目に、【心】の上に【思】の貼紙をしている例です。この「蜻蛉」には4箇所に貼り紙があります。詳しくは、拙著『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社、2014年)の「凡例(15)」(9頁)に書いていますので、確認をなさりたい方は参照願います。

250912_ハーバード「蜻蛉」61uL7〈貼紙〉.jpg

 また、ハーバード本の書写者は、「者」の崩し方に特徴があることの確認もしました。

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者川可しめさせ・【給】・於ほ可多の・ゝへ者/者〈判読〉、(のへ者)・さ可しら
ぬそ/ぬ〈ママ、諸本「をこ」〉・きこえさすれと・いふ・八可なき・こと越・多ゝ/(多多)・
すこし・能多万ふも・【人】八・能こり・き可万本しう
の三・【思】・きこえ多り・【心】ちなし・三ち・阿け・【侍】奈
んや・王きても・かの・【御】もの八ち能・ゆへ・阿りぬへき・
於り尓そ/も&そ、(於り尓も)・あんめるとて・多ちいて・【給】へ八・をし
なへて・かく・能こり・な可らんと・【思】ひやり/〈【心】ニ【思】ノ貼紙〉・【給】つるこそ・
【心】う介れと・於もへる・【人】も・阿り・[32]ひん可し能・かうらん
尓・於しかゝりて/(於しかかりて)・ゆふ可け尓・なる・まゝ尓/(まま尓)・【花】の・ひ
もとて/て〈ママ〉、諸本ひもとく・【御前】の・【草】むら越・三王多し・【給】・ものゝみ/み〈次頁〉、(もののみ)、(61ウ)
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あ者れなる尓・な可尓川いて・八らわ多・ゝゆる八/八〈行末左〉、(多ゆる八)・
これ・【秋】のと/の〈墨削〉=のてん、(【秋】のてんと)・いふ・こと越・しの日や可尓・しゆし
川ゝ/(しゆし川川)・井・多万へり・阿りつる・きぬの・をとなひ・
志るき・け者い・して・もやの・【御】しやうしより・と
越りて・あ那多に・いるなり・【宮】の・あゆ三於者
して・これより・あな多に・万いり川る八・多そと・ゝ
ひ/(とひ)・【給】へ八・かの・【御方】の・【中将】の【君】と・きこゆ奈り・なを・
阿やしの・王さや・多れ尓可とかりそめ尓も・うち
【思】・【人】尓・や可て可く・ゆ可しけ那くきこゆる尓/ゆる&ゆる・【名】さ
しよと・いと越しう・この・【宮】尓八・三な・免なれて/三&免、(62オ)
--------------------------------------
於ほえ・【給】つるへ可免るも・くちをし・あ奈
かちなる・【御】もてなしに・【女】・さもこそ/し&こ、(さもしそ)・万け/万$ま、(まけ)・多て
万川ら免・【我】・さま・くちをしく・この・【御】ゆ可り
尓八・ね多く・【心】うく能三・ある可な・い可て・この・わ多り
尓も・め川らしからん・れいの/±【人】の、(【人】のれいの)・【心】いれて・さ者
き・【給】八ん者・可多らひとりて・王可・於もひしや
う尓・や春可らすと多に・於も者せ・多て万つらん・
万ことに・【心】者せ・阿らん・【人】八・わ可・ゝ多にそ/(可多にそ)・よる
へきやと・されと・可多いもの可な・【人】の・【心】八と・【思】尓
川介て・多いの【御】可多の・かの/$・【御】ありさ万越八/(62ウ)
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ふさ者しからぬ・もの尓・於もひ・きこゑて・いと・ひな
き・む川ひ尓・なりゆき・於ほ可多の・於ほえ越八・
くるしと・於もひな可ら・な越・さし八なち可多き・も
の尓・於ほしゝ里多るそ/(於ほしし里多るそ)・あ里可たく・あ者れな
累/し&累、累=さやうなる〈薄墨〉、(あ者れなし)・【心】者せ/【心】&【心】・阿る・【人】八・【心】ちの/【心】$こゝ〈薄墨〉、(こゝちの)・な可尓・阿らんや・いり
多ちて・ふ可く・三ね八・しらぬそかし・ねさめ
かち尓/れ&ね、(れさめかち尓)・つれ/\なる越/(つれつれなる越)・すこし八・すきものなら八ゝや
と/(すきものなら八八やと)・【思】尓・いま八な越・川きなし・←[250913_ココマデ][33]れいの尓しの・
わ多【殿】を・阿りしに・ならひて・わさと於八し多るも・
あやし・ひめ三や・よる八・あな多に・わ多らせ・【給】介れ八/(63オ)
--------------------------------------


 終わってからは、いつもの淀屋橋駅ではなくて、大阪駅に向かって帰りました。阪神タイガースが早々と優勝し、阪神百貨店で優勝記念セールをしているので、賑わいを求めての散策です。数十年来の阪神ファンなので、何か楽しいことはないかと思って行ったのです。

250913_阪神記念セール.jpg

 しかし、優勝記念セールの会場である阪神タイガースショップは大盛況で、入場制限がかかっていて長蛇の列です。オリジナルグッズは来週の17日からです。肩透かしだったので、阪神名物のイカ焼きを買いに行くと、ここも大行列です。小学生の頃には、母に連れられて阪神のイカ焼きを食べに来たものです。大人になってからも、何度かいただきました。十枚くらい抱え込んで、口一杯に頬張っているおじさんがいました。相変わらずの人気です。
 またいつか、ということにして、近くにあった海鮮丼のお店で腹ごしらえをしました。3時間以上しゃべり詰めだったので、腹ぺこだったのです。私には珍しく、丼1杯を時間はかかったものの完食しました。

 大阪駅から京都駅に行くためにJRに向かっていると、街頭演説をして訴えておられる方が目に留まりました。主旨は、以下のことでした。

面倒でやっかいなマイナ保険証は 使う必要も つくる必要も ありません! 期限が来ても ほっておいて大丈夫です!


250913_マイナ保険証廃止.jpg

 マイナンバー制の廃止には、私も賛同します。時間がなかったのでじっくりは聞けませんでした。チラシだけは受け取りました。反対しておられる主旨が政治的だったので、少し違うな、とは思うものの、廃止すべきものであるというところは一致します。
 私は、ブログにマイナカードの無意味さを2度ほど書きました。行動は起こしていません。こうして街頭に立って訴えておられる方がおられることを知り、新鮮な思いを抱きました。私とは視点が異なる論調だったので、機会があれば私の考えを質問してみたいと思いながら、帰途につきました。





posted by genjiito at 22:18| Comment(0) | ■講座学習

2025年09月12日

京洛逍遥(948)観音寺で生成AIの使い勝手を確かめる

 昨日の朝、立ち上がった時に左足の人さし指を捻じってしまい、大きなポキッという乾いた音がしました。痛みを堪えていると、しばらくすると指が動いたので安心しました。そのうち、指が紫色に変わっていきます。病院を考えました。しかし、激痛でもなく、骨折でもなさそうなので、エアーサロンパスを噴霧して、一晩様子見をしました。

 今朝、左足の人さし指はさらに赤黒く変色しています。何となく不安になり、すぐに近くの内科と外科の2つの科がある医院へ行きました。レントゲンを2枚撮り、結果は亜脱臼とのことでした。私が脳梗塞の治療薬として血液サラサラの薬を飲んでいることをご存知の先生だったので、指先が赤黒くなっているのはそのせいだろうと。骨折はしていないので、湿布薬を細長く切って、2本の指に巻き付けるようにして固定しておけば大丈夫、とのことでした。
 大事に至らず、安堵しました。そして、これから集会所で体操やゲームをすることを伝えると、何も問題はないので行っても大丈夫ですよ、と送り出してもらいました。

 今日の集会所では、参加者が3つのチームに分かれ、各チームの一人ずつが3個のサイコロを転がし、合計点を数えるゲームをしました。
 「2 4 3」なら「9」です。
 手元の紙には、3から18までの数字が書かれています。

3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

 投げたサイコロ3つで出た数の合計の数字を消して行き、最後に残された数字の個数を競うゲームです。
 ここで合計が「3」とか「18」を出すのは可能です。しかし、それは「1 1 1」か「6 6 6」しかないので、確率的に条件は同じだといっても、実際には至難の業です。偶然が頼りです。
 同じ合計点が何度も出ます。結果として、どのチームも、「3」「4」と「16」「17」「18」は出ませんでした。

 老若男女、知力、体力に関係なく、誰もが楽しめます。それでいて、難度の高いゲームです。一人ずつサイコロを投げ、みんなで数字を足し、手元の数字をチェックするなど、参加型の脳活ゲームでもあります。そして、盛り上がりました。特にノリのいいみなさんの集まりなので、進行役も楽しく大きな声を上げて指示を出しておられました。

 集会所を出ると、そのまま近鉄の桃山御陵前駅へ行きました。しばらく御香宮神社に行っていなかったので、残暑のご挨拶です。近々イベントがあるので、能舞台からは練習中の笛の音が響き渡っていました。

 近鉄桃山御陵前駅に戻る時に、駅のすぐ横に観音寺があることに気付きました。立ち寄って見ると、狭い境内ながら雰囲気のいいお寺だったので寺門を潜りました。説明がどこにもないので、こんな時にとばかりに生成AIに、

京都市伏見区の近鉄桃山御陵前駅のすぐ横に観音寺があります。何も説明がないので、簡単に教えてもらえませんか?

と聞きました。すると、瞬時にさまざまな情報を教えてもらえました。歴史や由来は伝承頼みでよくわからないようです。ただし、1601年以前にはこの寺が存在していたといえそうです。
 さらに詳しい説明をお願いすると、

残念ながら「太子山観音寺(観音寺/桃山御陵前駅隣)」については、建築様式・構造の詳細な資料はあまり公開されていないようです。

と謙虚な答えが返ってきました。
 そして、

もしよければ、京都府立図書館か京都市の史料館、あるいは地元の「伏見区役所文化財課」のオンラインデータベースをあたって、建築の様式や文化財指定の有無を探してみましょうか?また、現地の写真を見て建築様式を推定することもできます。どうされますか?

と、親切な案内をいただきました。対話型の生成AIには、親しみを覚えます。
 丁寧に感謝の気持ちを伝えて、質問を終えました。

 ここで使った生成AIは、ChatGPT Plus(有料版)です。今は、さまざまな状況での使い勝手の良さを試しているところです。
 今日の生成AIの対応を見ると、私がものを考える時のツールの一つとして、言葉を変えればパートナーとして、一緒に付き合って行けそうな感触を得ました。最近は、とみに自分の記憶の曖昧さを痛感することが多くなったので、この生成AIと仲良くしていく価値はありそうです。




posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月11日

年に一度の来訪者あり

 京都市内の下鴨地域に住んでいた頃にお世話になっていた、不動産屋の青伸ホームの青山さんが、今年もフラリと宇治の拙宅にお越しになりました。

 今から18年前に、子育てを終えた大和平群の地から、京都市内の賀茂川右岸に転居しました。そこで5年間、京町家の借家に住みながら最終的な落ち着き先を探していました。

 そんな時、青伸ホームから売りに出されていた、賀茂川左岸に建つ築100年近い町家に住むことにしました。その時から、青山さんとのお付き合いが始まりました。私が還暦を過ぎていたので、ローンを組むのに青山さんが尽力してくださいました。

 賀茂川の反対側の下鴨に移って半年後に、私の胃に癌が見つかりました。無事に手術を終えて命拾いした後の翌春、妻は早期退職をして単身赴任だった私の東京の官舎に移り住み、私の面倒を見てくれました。定年までずっと続きました。ただし、京都の町家は手放さなかったので、毎週のように代わる代わる下鴨に帰っては、家の掃除や庭の花の世話をしていました。

 青山さんは、折々に自転車で我が家の前を通りかかり、家の様子を気にかけて見ていてくださいました。たまに報告も来ました。お向かいのご主人も、小まめに我が家の玄関先の花に水を撒いてくださっていました。

 今から3年前、10年間いた下鴨から宇治に移るにあたっても、青山さんはいろいろと面倒を見てくださいました。そして、近くにお客さんを案内してきたので、と言って毎年この宇治の住まいに立ち寄ってくださるのです。青山さんは、不動産屋さんといっても、幅広いお付き合いを通して京都中を廻っておられます。

 今日も、突然でした。これまでにも何度か来て見たけれど、とのこと。たまたま我々がいた時だったこともあり、上がって楽しい話をして行かれます。30分ほどでしょうか。今日は、ここは快適な住み心地であることをお話しました。青山さんからは、この地域の情報を教えてくださいます。京都を飛び回っておられるので、知らないことを教えていただけ、楽しく時間が経ちます。

 気心の知れた方が、年に一度とはいえ、ひょっこりとお出でになり、妻を交えて四方山話をするのは楽しいものです。気にかけてくださっていることは、見守られていることでもあり、ありがたいことです。
 立場は不動産屋さんです。しかし、堅苦しくない、垣根のないお付き合いが、ゆったりと生活ができる背景にあることに感謝しています。




posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月10日

京洛逍遥(947)円空展を見て自宅にある木像を取り出す

 京都駅の伊勢丹に入っている美術館「えき」KYOTOで、「円空展 330年の祈り 彫り宿る、円空の魂!」を見てきました。
 江戸時代の初期に活躍した円空(1632-95)は、64歳で亡くなるまでの30年間に12万体の像を彫ったとされています。現在残っているものだけでも、5,400体以上もあるとか。ダイナミックな鑿(のみ)で表現された祈りの姿を、じっくりと見ました。

250909_円空パンフ裏.jpg

 簡単に彫れそうに見えても、じっと見ていると微笑んでくれているのですから、名工の技なのでしょう。励ましてくれる円空仏もあります。削ぎ落とされた中にある仏の心を感じました。

 最後のコーナーに「速報! 令和7年新発見の円空仏」という説明がありました。今年発見されたばかりの観音菩薩2体と釈迦如来1体です。この仏さまとの出会いも、印象に残ります。よくぞ今ここに、という思いにさせてもらえました。
 その説明には、次のような文で締め括られていました。

「新発見のきっかけは、自宅に円空仏とは知らずに祀っている像が円空と判明する場合や、展覧会などで円空を見て自宅にある像が円空仏だと気づかれる場合が多いですが、本展をご覧になりご自宅を捜してみられてはいかがでしょうか。」

 ハタと思い当たることがあったので、帰ってから仏壇の奥にあった煤けた木彫りの像を出してみました。

250910_円空前.jpg


250910_円空後.jpg


250910_円空右.jpg


250910_円空左.jpg

 この恵比寿さまと大黒さまは、両親が戦時中に満洲に持って行き、父がシベリアに抑留されたため、母が引き揚げの時に命からがら持ち帰ったもの(?)、と聞いています。どこまでが事実かは、今となっては不明です。それだけに、謎と夢が膨らみます。

 今日、多くの円空を美術館で見てきた私には、これも「円空だ!」と言いたいところです。
 しかし、門外漢なので逡巡します。しばらく、我が家に「円空仏」がある、と楽しむ日々を送ることにします。
 さきほど妻が、そういえば秋田の実家の仏壇の上の棚にも、こんな小さな煤けた仏さまがたくさんあった、と言い出しました。もう秋田のみなさんはとっくにお休みの時間なので、明日確認してもらうことになりました。ますます夢が拡がります。

 ゆめゆめ、おせっかいな鑑定はしないでください。
 平安な日々を送るために、ご配慮のほどをよろしくお願いします。

 なお、本日の会場に掲出されていた「円空像 所在別体数一覧表」には、次の情報が記されていました。

 島根県  3体2カ所

 秋田県 12体9カ所


 美術館「えき」KYOTO を出ると、いつものように外の大階段を歩いて降りました。リハビリウォーキングの一環です。

 地上に降りると、すぐ目の前の京都鳥居ビル4階に入っている【Apple正規サービスプロバイダ】のお店であるカメラのキタムラに行きました。今使っている iPhone と Apple Watch で今春3月からエラーが続いていることの対処の相談です。
 電話でアップルのエキスパートに相談をしました。しかし、電話越しでは相手がいくら専門家であっても、どうも納得できません。足を運んで、直接会話をすることで解決したかったのです。

 応対してくださった方はとにかく詳しい方で、予約はしていなかったのにもかかわらず、私が納得するまで説明してくださいました。やはり、対面の相談は迫力や熱量があり、相手の技量が直に伝わってきます。アップルユーザーとして数十年の蓄積からなのか、直感としてわかります。
 教えていただいた通り、明日試してみます。目と目を合わせ、言葉を交わしての実感実証とは、まさにこのことです。サービスの基本はここにあります。通信による対応は二の次であることを実感しました。

 次は、向かいのヨドバシカメラで、ソーダストリームの気泡発生装置で使う炭酸ガスシリンダーの交換をしました。ほぼ3ヶ月でボンベを交換しています。それが、4月以来の交換なので、今年の夏はあまり使わなかったようです。暑すぎて、ゼリー系のものを口にしていたためだと思われます。

 帰りは近鉄竹田駅で降りて、伏見温泉力の湯に行きました。温泉に入って、何かと凝り固まっている身体をほぐすことと、前回来た時にロッカーキーを持ち帰ったので、あらかじめ電話をして返却することになっていた、という用事もありました。
 ここのシステムでは、下駄箱のキーと共に、浴室のロッカーキーもうっかり持ち帰ってしまうのです。経営する側では、こうした持ち帰りの事態が起こり得ることは承知のはずなのに、2箇所もセキュリティ態勢が不十分です。物腰の柔らかい対応だったので、何も言いませんでした。私にはわからない、何か深い理由があるのでしょう。

 身体がスベスベで、少し温めの風に当たりながら、気持ちよく帰りました。そうそう、この前は人身事故に巻き込まれたために、帰り着いたのが零時を過ぎていたことを思い出しました。今日も何かあったのか、ホームには人が溢れていました。時計を見ると、ちょうど18時。近鉄と地下鉄が相互乗り入れをしているため、帰宅ラッシュで混んでいたのです。
 定年と共に、仕事のために決められた時間に出掛けることは、完全に土曜日だけの生活を送っています。後は、熱暑を避けて気ままにウォーキングに毎日出掛けています。
 ラッシュアワーに出くわすと、自宅で仕事をする日々のありがたさを感じます。
 長年、毎週関西と関東を往復し、頻繁に海外に出かけていた生活を終えての今。
 自分への「お疲れさま」が、日々の安らぎを支えていると思っています。
 もう現役ではない、という自覚もしっかりと持っています。




posted by genjiito at 23:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月09日

我が仕事環境の写真(その1_宿舎とインド)

 写真を整理していると、いろいろなものが見つかります。
 さまざまな場所で仕事をしていたので、部屋の様子がわかるものを取り出してみました。

 まず、単身赴任で東京に出た1999年から。
 横浜の金沢文庫にあった泥亀住宅(関東財務局所有)へ、奈良の自宅から毎週平日に通っていました。土日は大和平群に帰り、家の用事と子育てをしていました。慌ただしいことでした。
 次の3点の写真は、東京生活に少し慣れた夏、部屋も整理がついた頃のものです。それまでの、奈良にいた頃の写真はフイルムで写していたようで、デジタルの写真は東京の生活が始まってからのようです。ということで、奈良にいた頃の勉強部屋の写真は後日ということにします。
 3部屋それぞれで、仕事の内容に応じたセッティングをしていました。
 画質が悪いのは、いいデジカメを持っていなかったためです。資料を扱う仕事だったこともあり、モニタは必ず複数台つなげていました。

1999-8_泥亀_書斎01.jpg


1999-8_泥亀_北部屋.JPG


2001-2_泥亀_勉強部屋.jpg


 2007年に、泥亀から都内の江東区越中島(東京医科歯科大学所有)の官舎に移ります。ここに定年までの9年間いました。私の主だった仕事の大半は、ここと職場の研究室でやりました。大型の科学研究費補助金が連続して採択され、スケールの大きな仕事ができるようになったのです。成田から海外に出かけることが多くなりました。

2009-11越中島書斎.jpg

 溯って、2002年にインドへ客員教授として赴任しました。滞在したホテルでの作業スペースはこんな感じでした。

2002-1_インドのホテル.jpg

 しかし、このホテルは2週間で逃げ出し、日本のお寺に引っ越しをしました。その経緯は、クラッシュしたホームページの残骸から一部を読むことができます。次の拙文の最初に、ホテルからお寺に引っ越しをしたことを書いています。


 さて、移り住んだお寺の部屋には、机や本棚はありません。ただしベッドが3台もあったので、贅沢に荷物置きとして活用していました。

2002-1_お寺の部屋-ベッド3列.jpg


 デリー大学で用意してくださった研究室は、簡素な部屋でした。窓を開けておくと猿や孔雀が入ってくるというので、戸締まりには気を使いました。
 日本から、いろいろな本を持ち込んでいます。

2002-1_デリー大学研究室.jpg

 続きは、職場の研究室などをアップする予定です。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *回想追憶

2025年09月08日

命拾いした一匹のメダカ

 ベランダで花の世話をしていた妻が、息急き切って私の部屋に来ました。そして、花にやる水を溜めていたポットの中にメダカが一匹泳いでいる、と言うのです。何かの間違いだろうと思いながら行くと、成長した身体の小さいメダカが、チョロチョロと泳いでいます。

250908_メダカ.jpg


 数カ月前、お尻に卵をたくさん付けて優雅に泳ぐメダカを見つけました。すぐに、別の金魚鉢に産卵床を用意し、産み付けるのを待ちました。何度か、他のメダカたちに卵を食べられたことがあったからです。
 卵を抱えているのを確認してすぐに隔離したので、しばらく様子を見ているうちに孵るだろうと思っていました。しかし、お腹に付いていた卵がなくなると、そのメダカはしばらくして亡くなりました。数日たっても卵らしきものは見当たらず、さらに孵る気配もありません。

 卵がどうなったのかよくわからないままに、産卵用の鉢の中を掃除しました。ふやけたエサや汚れた水を大きめのスポイトを使ってプラスチックのポットに移し、花にやる水としてベランダに出していたのです。そのポットの中で、人知れずスクスクと一匹のメダカが育っていたのです。スポイトで吸い上げた水とエサの中にいたことを、まったく気付かなかったのです。

 予想外のことなので、大急ぎで新しい鉢を用意し、命拾いをした一匹のメダカをそこに移しました。元気に泳いでいます。まだこどもなので、もうしばらくは他のメダカたちと一緒にすることは出来ません。

 頃合いを見計らって、仲間がいる大きな水槽に移すつもりです。
 それにしても、他の卵たちはどうしたのでしょうか。
 注意深く卵がどうなったのかを観察していただけに、不思議です。
 このメダカは、奇跡的に助かった子なので、大切に育てたいと思います。




posted by genjiito at 19:51| Comment(0) | *身辺雑記

2025年09月07日

京洛逍遥(946)東寺のがらくた市へ行きピンクの桔梗を買う

 毎月第一日曜日は「東寺がらくた市(骨董市)」の日です。月末の「弘法市」には何度か行っています。月初めの市は初めてです。

250907_東寺南大門.jpg


250907_東寺の市.jpg

 もう片付けのタイミングでした。気になった茶碗がいくつかありました。しかし、数万円もしたのでパス。私が手を出すのは、3千円までにしていますので。

 弘法大師さまと誕生日が同じだと言う妻は、御影堂がお気に入りなのでいつも立ち寄ります。ご祈祷をあげていただく方や、五体投地をしてひたすらお経を唱える方がいらっしゃいました。仏前に額ずく姿は、インドや中国で見かけて以来久しぶりです。篤い信仰心に出会い、こちらも余徳をいただいた気持ちになります。

 国宝の五重塔の手前で、蓮の花を入れて撮りました。

250907_五重の塔と蓮.jpg


 右側に立つ小野道風ゆかりの柳の前には、「歌舞伎 小野道風青龍硯 『柳ケ池蛙飛の場』の舞台より」という説明が掲げられています。花札の中に、道風の前で柳に飛びつくカエルを描いた一枚があったことを思い出しました。この歌舞伎の演目がどのようなものかは、残念ながら知りません。帰ってから調べてみます。
 この柳の下では、カエルではなく、五六羽の鴨が一列に並んで寛いでいました。

250907_道風の柳.jpg


 東寺のすぐ前の花屋さんで、妻が私の好きなキキョウを見つけてくれました。紫は家にあります。しかし、白とピンクはないので3色をいただきました。またベランダが賑やかになります。植物が好きでたまらないというオーラを発散しておられたオジサンと妻は、しばしの花談義。強い陽射しは避けるように、とのアドバイスをいただいたので、東向きのベランダで育てることになりました。

250907_桔梗.jpg






posted by genjiito at 21:41| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月06日

宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(4)

 猛暑の中、宇治も多くの人で賑わっていました。8割方は海外からの観光客のようです。

 今日のシェア型書店HONBAKO京都宇治での勉強会は、写本の画像を映写して確認しながら進めました。
 まず、この相愛大学の「橋姫」はハーバード大学の「須磨」「蜻蛉」、国立歴史民俗博物の「鈴虫」とは感触が異なる写本のように思われる、という個人的な感想から始めました。

 文字が書き写された料紙は、古筆家の宮川保子さんがおっしゃるように鎌倉時代のものだと思われます。しかし、そこに書かれている文字は、ハーバード本などとは違うグループが作成した写本のように思われるのです。そして、書写に当たって用いた『源氏物語』の親本も、ハーバード本の時とは違うように思われます。まだ確証を得るまでに至っていないので、問題点を少しずつ提示しながら考えていきたいと思います。

 例えば、今日見た3丁表から4丁裏までの3ページ半の範囲で言えば、絃楽器の「琴」を「事」と表記するものが四例あります。「きん」と書くのが一例だけありますが。どのような事情からこのような表記になったのかはともかくとして、他の写本ではほとんど見かけない、相愛大学本特有の例です。ただし、相愛大学の他の4巻は未確認です。
 また、「祢とん」(音ども、二例)、「八んへらん」(侍らん)の撥音便の表記も注意したいところです。

 「奈ま多く奈しき」(3丁裏10行目)は諸本が「なまかたくなしき」とするところです。「ま」と「多」の間にあるはずの「か」が脱落しています。
 同じ例として、「な尓」(4丁表3行目)は諸本が「なにか」とあり、ここでも「か」が脱落しています。
 もう一例。「免堂く」(4丁裏10行目)は諸本が「めてたく」とするところであり、「て」が脱落しています。
 さらに注意したいのは、「奈ま多く奈しき」と「免堂く」は、共に料紙の裏丁の丁末行にあたります。
 糸罫という道具を料紙の上に載せて書写していて、最終行になるところで糸罫を次の丁に移動するため、紙と手と目と筆が動くことで、書写の緊張感が解ける時です。本書の書写者には、集中力が緩むと注意力が落ちる習性か性癖があるのかもしれません。

 「み」と読む仮名文字に「三」(三例)と「身」(三例)があり、特に「身」を使うのはこの写本の特徴です。

 こうした書写者の特徴を追って行くと、ハーバード本と同じような料紙を使っていながらも、書写を担当しているグループはハーバード本のグループとは異なるように感じます。また、この相愛大学本の書写時の親本は、ハーバード本を書写した時の親本と違うセットの写本群だったのではないか、という思いを強くしました。

 なお、二例のなぞった箇所について紹介します。

250905_春曙「橋姫」3uL6-7&.jpg

 これは、3丁裏6行目にある「奈」と、そのすぐ左の7行目の「遊」の例です。
 右側の「奈」の下に書かれている文字は判別できませんでした。しかし、左側の「遊」の下には「ゑ」と書かれていることがわかりました。後日、相愛大学へ原本を熟覧するために行くので、その時にこうしたなぞった文字についても詳しく確認してきます。

 以上のことは、今後とも相愛大学本が持つ本文を「変体仮名翻字版」で翻字をして行くことで、問題点が明らかになる中で解明されていくはずです。今は、とにかく翻字を進めて行くことに専念したいと思います。

 本日確認した「変体仮名翻字版」は、以下の通りです。


相愛大学春曙文庫本『源氏物語 橋姫』第三丁表六行目〜第四丁裏
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可く・なる・【程】尓・【250906_ココカラ→】その・【事】ゝ毛/(【事】と毛)・きゝ王可
礼ぬ/(きき王可礼ぬ)・毛のゝ祢とん/(毛のの祢とん)・い登・春こ遣尓・支
こ遊・徒祢尓・可く・あそひ・【給】と・きく越・
ついて・奈くて・古乃・【御】きんの・祢の・奈多可き越毛・ナシ・
き可ぬそ可し・よき・越里那累へし登/(3オ)
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於毛ひ川ゝ/(於毛ひ川川)・い里・【給】へ八・ひ者能・こゑ乃・ひゝ
きなり遣り/(ひひきなり遣り)・王うしきてう尓・
しらへ弖・よの川祢乃・可きあ者世奈ら
祢登・ところ可ら尓や・ゝな礼ぬ/(三三な礼ぬ)・古ゝち/(古古ち)・志て・
可き【返】・者ち乃・越と・毛のきよけ尓・越毛
新ろし・さう乃【事】・あ者れ尓・ま免き
堂る/△&奈・こゑ・して・堂ゑ/\/(堂ゑ堂ゑ)・きこゑ&遊・志八し・
き可ま本しき尓・しのひ・【給】へと・【御】け八ひ・
し累く・きゝ徒け弖/(きき徒け弖)・と乃ひ【人】めく・をのこ・
奈ま多く奈しき/ま多(〈ママ〉諸本なまかたくなしき)・いてき堂り/(3ウ)
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し可/\し奈無/(し可し可し奈無)・古毛り越八しま春・
【御】勢う登越こそ・きこゑさ世免
と・【申】春・な尓/諸本なにか・し可・ゝ幾里/(可幾里)・ある・【御】をこ奈
ひ乃・本とゝ/(本とと)・まきら八し・きこゑさせん
尓・あい奈し・可く・ぬ礼/\/(ぬ礼ぬ礼)・まいりきて・
い堂川ら尓・可へらん・うれ越・ひ免
きみ乃・【御】可多尓・きこゑ弖・あ者
礼登・の多ま者世は奈ん・奈くさむ
へきと・の多まへ八・尓くき・可本越・
うち江弖・【申】させ・八んへらんとて/と〈次頁〉、(4オ)
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堂川を・し八しや登・めしよせて・
とし古ろ・い登徒弖尓乃/い〈ママ〉・きゝて/(ききて)・
ゆ可しう・於毛ふ・【御事】乃・祢とんを・
う礼し幾・をり可奈・春こし・ち可く・
堂ち可くれ弖・きくへき・毛のゝ/(毛のの)・く万
者・あ里や・こち奈く/諸本こゝちなく・さ新すきて・
まいりよらぬ・本と・那・【事】・や免・堂満
ひ弖八・いと・本ひ奈可らん登・乃堂まふ・
遣者ひ・可本可多ち能・さ累・な越/\し
き/(な越な越しき)・古ゝち尓母/(古古ち尓母)・い登・免堂く/諸本めてたく・可多し遣奈く/遣〈次頁〉、(4ウ)←【250906_ここまで】
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 次回の宇治での勉強会は、10月4日(土)です。
 興味と関心をお持ちの方の参加をお待ちしています。




posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | ■講座学習

2025年09月05日

「しりとり」を楽しみながら「ジェンダー」や「ジェネレーションギャップ」を思う

 集会所で、今日はしりとりゲームをしました。
 高齢者の集まりなので、2巡目に言い直しが多くなり、3巡目からはなかなか言葉が出ません。
 みなさん、いろいろと交わされる囁きに耳を傾けながら、苦し紛れの単語を捻り出すことになります。
 「ん」で終わる言葉に行き当たり、違う違うと考え直すこともしばしばです。
 それよりも、すでに出た言葉を言うケースが多くて、次第に何を言えばいいのかわからなくて、考え込むシーンが増えます。
 自信のなさからか、辺りを見渡しながらの回答が、さらに雰囲気をあやふやなものにします。

 行司役の存在が、このゲームをスムーズに進めるためには必須です。
 今日は、巧みな行司さばきが見られました。

 そして思いました。
 参加している方々の年齢構成が、言葉に反応する様子から重要であることを。
 この集会には、65歳以上の方々がお集まりです。
 この中に一人でも若者が交じったら、言葉へのリアクションが混乱することでしょう。
 生活圏や仲間同志で交わす言葉が、世代を跨ぐとまた違ったものとなるのですから。
 例えば、「パンツ」という言葉が出た時に、周りの反応を見て別の言葉にされた方がおられました。
 私は、「パンツ」と言われたら、まずは下着のことを思います。
 そして、そうだ今は「ズボン」の意味で使うのだった、と頭の中で修正しました。
 このことは、女性にズレは少ないとしても、参加している4人の高齢男性には決定的だと思われます。

 難しく言えば、「ジェンダー」(社会的性差)や「ジェネレーションギャップ」(世代間格差)の問題が、ゲームであっても「しりとり」の背景に横たわっていると言えるでしょう。
 もっとも、世代間のコミュニケーションを深める意義を認めてのゲームであれば、老若男女が混在する構成も楽しくておもしろいことでしょう。
 そんなことを考えると、この集まりのボランティアさんたちにも、若者の意識的な投入を考えるべき時期でしょうか。

 一昨年、近くの大学の学生さんが参加したことがありました。
 大学の教育の一環だと思っていたら、ほとんど指導を受けないままに来ていたことが明らかでした。
 高齢者に対して、上から目線の失礼な対応が見受けられたからです。
 ボランティアを履き違えて来ている学生だ、と思いました。
 昨年は、市内の大学からの派遣ではなく、個人の意志で参加した学生さんがおられました。
 その学生さんの高齢者に対応する様子を見ていて、意識の高さを感じ、好感を持ちました。
 若者の参加については、若ければいいと言うのではなく、まずは教育の一環であり、社会性を育むというありようと配慮が望まれます。
 少子高齢化社会になった今、高齢者の集まりで世代間の交流を意識した運営の必要性を、「しりとり」ゲームからあらためて感じました。
 理屈っぽい物言いで恐縮しながらの投稿です。




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2025年09月04日

京大病院で丸1日を過ごし認知機能の理解を深める

 病院通いの日々です。
 先日は帰りの近鉄で、今日は行きの京阪で人身事故があり、電車が大幅に遅れました。東京の中央線や総武線が、飛び込みの多いことで知られていたことを思い出します。

 今朝の大文字は、台風を迎える心の準備ができているようで、サァ来いという顔をしています。

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 今日は、終日妻の付き添いで、3つの科を掛け持ちです。
 MRI検査は、レカネマブ(レケンビ)の点滴治療によって、脳内に出血などの異変がないかを見るものです。最後の診察で画像診断の説明を受け、半年前と変わらないことがわかりました。
 アミロイドβが期待通りになくなっているのか、実際の効果は1年目を迎える来年3月の結果まで待つようです。

 次は、CGA(高齢者総合機能評価)外来で、専門の先生から認知機能検査と心理検査を受けました。記憶力のテストや日常生活に関する問診などを通して、日常生活全般を視野に入れて今後の手立てを考えるための評価を、妻共々受けました。これは、認知症や脳梗塞などの診断に限らず、心身の総合的な機能や生活状況を調べて現状の評価をすることが目的で行われるものです。

 最初は、家族である私からで、30分ほどだったでしょうか。半年前にも、同じような問診を受けました。その時と比べて最近の奥さんはどうですか、ということを中心に聞かれました。
 大きく変わっていないことを答えているうちに、アレッと思いました。

(1)毎朝、時には夕方にも、頻繁に洗濯をし、嬉々としてベランダに干して汗だくとなっている。
(2)コロコロテープで、床、畳、フローリング、絨毯の掃除をマメにする。
(3)暑さもあってか洗髪の回数が増え、時には朝晩2回の日もある。
(4)ベランダの草花に頻繁に水やりをする。
(5)自分の作業場に籠り、ミシンの前でカバンやブックカバーを作るために縫い物に精を出す。

 さらには、私と一緒に毎日1万歩のウォーキングに出掛けるので、妻の1日は忙しいことこの上もないのです。これらは、集中して物事に取り組んでいることなので、いいことに違いありません。先生も、面倒がって動こうとしないのとは違う真逆の行動なので、とてもいいことだとおっしゃっていました。

 日常生活のレベルが落ち出した徴候を見定めるための、専門家による検査や問診のはずでした。しかし、逆にこの半年で妻の脳は活性化されているのですから、先生も楽しそうにいろいろな話をしてくださいました。こんなことはめったにないと……
 ただし、次第にいつしかしなくなる時が来ると、それはそれで新たな問題だとも。
 ということで、たくさんのことを聞かれるがままに、最近の毎日の状況を詳しく先生にお伝えしました。

 入れ替わりで、次は妻が対面での検査と問診です。いろいろな遊びやゲームをし、さまざまな日常生活の実際や思いを聞かれたようです。
 優に1時間以上。外の待合室には、先生と妻の楽しそうで大きな笑い声がずっと聞こえていました。何をしているのか覗いてみたくなる程の、大はしゃぎでした。
 後で聞くと、先生は友だちのように接してくださり、とにかく楽しい時間だったそうです。終わってから先生も出て来られ、こんなに笑い転げた診察は初めてだと、満面に笑みを浮かべて面談の様子を話してくださいました。

 その1時間半後に、主治医の先生から本日の検査と総合評価を聞きました。
 CGAは、さまざまな領域にわたる評価を統合して判断が下されます。
 一例をあげれば、認知機能(MMSE:30点満点)では、今春は23点で、半年後の今日も23点でした。24点以下で認知症の可能性を疑うことになっています。直近のことを忘れることは今も変わらないながらも、半年間に認知機能は軽度のまま、ずっと維持されていたことになります。
 さらには、「基本的日常生活動作(ADL)」(0〜100点)と「精神心理面(GDS)」の評価の点数は、今思い出せないものの、前回の半年前の調査よりも共に好評価に上がっていました。
 レカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、軽度でなければ受けられません。迷いながらも、思い切って治療に入ったことは正解だったようです。

 地域の集会所で、ボランティアとして高齢者の方々と一緒に体操やゲームをし、お話をしているので、こうして厳密な検査を経て自分の認知機能の実態を知っておくことは、さまざまな活動や行動にいい影響を及ぼしているようです。
 難しく考えずに、とにかく日常生活と精神生活の平安を心がけています。
 私のことにしても、妻と行動を共にすることで、脳梗塞の予防にもなっています。妻とは、共に脳神経内科に通う仲間でもあるので、情報も何かと共有できて安心です。

 主治医の診察では、10月からの点滴治療は宇治徳洲会病院で行うことの説明がありました。2週間毎の点滴を、あと1年間行います。ただし診察は、この京大病院に2ヶ月毎に来て、主治医の先生から受けます。

 これからも変わることなく、気長に病院とお付き合いをしていきます。




posted by genjiito at 22:23| Comment(0) | *健康雑記

2025年09月03日

宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(4)のご案内

 京都新聞の山城版「まちかど[宇治]」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」(第4回)の案内記事を掲載していただきました。


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 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。

 宇治の地で、宇治十帖の初めの巻である第45帖「橋姫」に書かれた、鎌倉時代の文字を読み進めて行きます。

 扱う古写本は、相愛大学の春曙文庫が所蔵する『源氏物語 「橋姫」』(断簡)です。

 写本の画像は、国文学研究資料館の国書データベースで公開中のものを使います。

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100386667/31?ln=ja


 開催日時は、毎月第1土曜日の午後2時〜4時

 会場は、シェア型書店HONBAKO京都宇治の2階にあるシェアスペース

 日程は、次の通り


 2025 9/6、10/4、11/1、12/6

 2026/1/3(休会)、2/7、3/7


 一人でも多くの方が、日本の文化資産である変体仮名が読めるようになることを願って開催するものです。

 『源氏物語』の内容は扱わず、仮名文字を読むことを主眼としています。

 参加費は2,000円です。

 毎回の勉強会の様子は、この[たつみのいほりより](http://genjiito.sblo.jp/)に報告していきます。

 資料はすべて、当日の会場で配布します。

 会場は、JR宇治駅から歩いて3分(京都府宇治市宇治宇文字2-38)、宇治警察署の裏側。

 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。

 お知り合いの方へのご紹介も、よろしくお願いします。





posted by genjiito at 18:12| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年09月02日

桂川のイオンモールをゆったりと歩く

 JR桂川駅前にある大型ショッピングモールへ行きました。JR京都駅から大阪方面に向かって2駅目。日頃の生活圏とは反対側にあるので、今朝Nさんに教えてもらうまでは行動範囲ばかりではなく意識の外にありました。この駅に降りるのも初めてです。それだけに刺激的で、右脳が活性化する散策となりました。

 とにかく広いのです。細長い3階建ての空間に、これでもかと数限りなくお店が並んでいます。ショッピングセンターというと、女性向けの専門店が多いのに、ここは男物のお店もたくさんあったので楽しく歩けました。

 大型書店で、『3ステップで読める 仮名のくずし字』(淡交社、2022年11月)を買いました。道中、電車の中で読んでいた届いたばかりの『淡交タイムス』(2025年9月)に、裏千家の教科書の一つとしてシリーズ物の刊行書の宣伝が掲載されていたので知りました。お茶の世界では、変体仮名をどのように説明しているのかを知りたくて、実物を手にしてすぐにいただきました。
 『源氏物語』の講座にいらっしゃっている方の中には、何人かお茶の心得がある方がお出でです。教えていらっしゃる方もおられます。多くの方々が変体仮名を読めるようになっていただくためにも、茶道での教科書に書かれていることは知っておくべきことなのです。我流に固執するつもりはないものの、ひろく文字の世界を見渡すことは大事です。
 パラパラと見ていると、私が「字母」と言っていることを「字源」と表現しておられます。同じことながらも、説明文の雰囲気が違ってきます。おもしろいものです。

 散策路の至るところに、座り心地のいいイスが置かれています。最近は、ショッピングセンターに休憩用のイスが置かれることが増えました。その中でも、ここのイスは何種類かあるすべてが上品です。若者が多い中に、高齢者をはじめとして訪れた人の身体を気遣う気持ちは、これからの社会に必要な配慮だと思います。

 そうした流れの中で、京都駅南口にある都ホテル京都八条のロビー奥の待ち合わせスペースにあった座り心地のいいイスが、昨年にはすべて撤去されたのです。流れに棹さす愚行だと思っています。観光を終えて帰ってきて、狭苦しい部屋に入る前に身体を休める場所を設けることは、旅人への思いやりです。
 このホテルよりも、多くのショッピングセンターでのイスの配置の方が時代を先取りしています。ホテル側にも言い分はあるのでしょう。しかし、傍から見ていると、フロント前のロビー以外は無用の休憩だとばかりに締め出したとしか思えません。

 自宅を出てから帰ってくるまでに、歩いたのは12,867歩でした。想定通りのウォーキングとなりました。
 自宅近くの駅から電車に乗ってからは、まったく外を歩くこともなく散策することとなったので、ここは天気が優れない時にこそいいコースとなります。リハビリウォーキングのメニューが一つ増えました。




posted by genjiito at 22:48| Comment(0) | ・ブラリと

2025年09月01日

血液検査の結果は特に問題なし

 今日から9月。
 大文字山はいつもと変わらず、夏らしい姿を見せています。

250901_大文字.jpg


 糖尿病・内分泌・栄養内科では、ヘモグロビン A1cが少し上がって「7.1」でした。
 この1年間の数値の推移は、次の通りです。

2024年7月7.3
   9月7.3
   12月:6.7
2025年2月:6.7
   4月:6.9
   6月:6.9
   9月7.1

 少し上がったといっても私の身体では誤差の範囲内なので、このままの食生活と運動でいいでしょう、とのことでした。昨年も、夏場には高い数値が出ているので、心配しなくてもいいようです。
 一般的には、「6.0」以上が高血糖とされています。しかし、私は消化管がないために消化吸収が早く、いつも数値が高めに出ます。

 ウォーキングは、順調に毎日8,000歩以上を続けています。歩く時、右半身に違和感があります。それでも、外見は普通に歩いているそうなので、これで良しとしましょう。

 血液検査の結果では、肝臓や腎臓などの内蔵には問題はないとのこと。
 内科的には特に心配はなく、マイペースでいいようです。

 京都市内の気温が37度だったので、賀茂川散策はしないで早々に電車で帰りました。
 昨日は人身事故で電車が止まってしまい、帰ったのは午前1時過ぎでした。今日は寄り道をせず、早めに帰りました。




posted by genjiito at 19:13| Comment(0) | *健康雑記

2025年08月31日

伏見の温泉から帰りの電車が運転取消となる

 8月も今日で最終日。

 熱帯の日々、よくぞ耐え抜いたことだと、ご褒美として近場の温泉に行きました。いつもの、伏見にある力の湯です。

 毎度のことながら、若者が多くて大賑わい。彼らから、活力ももらって来ました。


 入浴後の日替わり定食は、赤魚の煮付けと冷奴とおばんざい。風呂上がりの暑さ凌ぎに最適です。


250831_定食.jpg


 と、ここまではよかったものの、配膳されてから5分ほどで腹痛のために箸が止まりました。よくあることです。5分ほどじっとしていると治るのが常です。


 しかし、今日はそれから10分しても痛みは引きません。15分20分と我慢を強いられます。諦めて、ほとんどを妻に譲り、私は顔を顰めてじっと我慢するしかありません。

 こんなことは外食の時にはよくあること。またかと、座ったままで時の過ぎゆくままに身を任せます。


 30分ほどした頃に、やっと痛みは治りました。やれやれ、とばかりにお膳を見ると、すでに何も残っていません。

 ちょうど、簾に囲まれたプライベート空間だったので、周りを気にせずにいられました。これが、街中のオシャレなレストランであれば、出るに出られず苦しい時間が過ぎるだけです。


 我が家の外食は、いつもこんな事態を想定して、お腹が痛くなっても心安らかに食事ができるお店に入っています。

 消化管を持たない者には、避けて通れない日常です。

 お腹が穏やかになってから、やっと帰ることになりました。


 ところが、一難去ってまた一難。

 帰りの最寄り駅である竹田で、隣の伏見駅で人身事故が起きたために運転取消となり、一旦座った電車から降ろされました。そして運転再開のメドが立たず、運転見合わせは2時間半以上は続きそうです。


 自宅に辿り着くのは、日付が変わってからになります。振替輸送では帰れないため、竹田駅の待合室から本日の記事をアップします。

 8月最後の日は、小旅行の気分を味わった1日となりました。






posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | *身辺雑記

2025年08月30日

イベントのない久しぶりの土曜日

 本年度に入り、土曜日にイベントが入らなかったのは、4月5日と5月3日の2回でした。
 そして今日8月30日は、3回目の貴重な休養日となりました。
 毎週土曜日には、4会場(宇治・大阪・東京・京都)で変体仮名を読む会を開催しているからです。
 そのため、ひと月に土曜日が5回ある時の第5土曜日には、イベントが入りません。
 なお、次の11月15日の千代田区立日比谷図書文化館での講座は祭日のためにお休みで、第5土曜日の29日に移動しています。

 変体仮名を読む会の、これからの日程を整理しました。
 日時の都合が合う時に、ご参加ください。
 資料の用意があるため、本ブログのコメント欄を使って事前に連絡をお願いします。

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【シェア型書店HONBAKO京都宇治】
 第1土曜日 HONBAKO京都宇治
   「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」
    14:00〜16:00
   9/6、10/4、11/1、12/6

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【大阪府立中之島図書館】
 第2土曜日 中之島図書館
   @「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」〔入門講座〕
    13:00〜14:30
   A「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」
    15:00〜16:30
   9/13、10/11、11/8、12/13

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【東京都千代田区立日比谷図書文化館】
 第3土曜日 日比谷図書文化館
   @「ハーバード大学本『源氏物語 須磨』の変体仮名を読む」
    13:00〜14:30
   A「『百人一首』を2種類の変体仮名で読む」
    15:30〜17:00
   9/20、10/18、11/29、12/20

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【キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)】
 第4土曜日 キャンパスプラザ京都
   「相愛大学本『源氏物語 帚木』を変体仮名で読む」
    14:30〜16:00
   9/27(尾州家本「桐壺」の総整理)、10/25(新たに開始)、11/22、12/27

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posted by genjiito at 21:29| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年08月29日

京洛逍遥(945)京大病院からの帰りに鴨川で王朝人のことを想う

 今日の集会所では、ラジオ体操、早口言葉、歌いながらおじやみを隣の人に渡すゲーム、歌いながらグーチョキパーの変形バージョンで脳の活性化を図りました。中でも、片手で縦に1の字を繰り返し書き、反対の手で三角形を書く動作を続けるのが、私にとっては殊の外悪戦苦闘となる脳トレでした。考えながらゆっくりするとできます。しかし、少し早くなると両手が大混乱です。どっと疲れました。
 みなさんとお話をしながら、美味しいコーヒーとお菓子をいただいた後、京大病院へ向かいました。

 今日の大文字山は少し霞んでいました。

250829_大文字.jpg

 院内学級の花壇では、右側のアサガオが終わり、マリーゴールドとホウセンカが残っていました。

250829_花壇.jpg

 最初に診察があります。特に変わりがないことを伝えた後、主治医の先生に気になっていることをお尋ねしました。それは、シオノギヘルスケアが販売している「kikippaイヤホン」のことです。

 「kikippaイヤホン」は、「脳を鍛える イヤホン」という触れ込みで、音楽などをガンマ波と同じ40Hz周期の音に変調し、脳を刺激するものです。「ガンマ波」と呼ばれる40Hz前後の脳波は、加齢などで弱まった記憶や集中力に関係するようです。「ガンマ波サウンド」は、かしこく脳を鍛えることができるのだとのこと。
 先生によると、いろいろな情報がある中で、この商品は学会ではまだ話題になっていないとのことでした。現在の点滴による治療とこれを組み合わせると、成果の分析ができなくなることもあり、これは使わないことにしました。気になる商品ではあります。

 最近、事ある毎に「アイスクリーム、アイスクリーム」と言うので、アミロイドβ と同じように、頭の中からこの言葉を消すことはできないか、という相談をしたところ、先生は笑っておられました。

 いつものように1時間の点滴の間、私は読書タイムです。

 終わってから、豆を挽いて淹れたコーヒーとお菓子を口にして、休憩室でのんびりと身体を休めました。ここには、何ヶ所もゆったりと休めるところがあるので助かります。

 病院の西側を南北に走る川端通に出て、荒神橋の飛び石で身体のバランスのテストをしました。

250829_荒神の飛び石.jpg

 今日は右足が少し不調だったので、右足で踏み切り、左足で着地をして渡りました。着地の時に腰砕けとならないように気をつけたのです。

 賀茂大橋の向こうに、北山が霞んで見えます。

250829_賀茂大橋.jpg

 手前の鷺や鴨たちは、せわしなく夕食中です。

250829_鷺と鴨.jpg

 3年半前までは、のんびりと朝夕に鴨川を散策していました。その頃は、鷺や鴨たちに勝手な名前を付けていたことを思い出します。
 そして、宇治川の流れの速さを、あらためて感じました。平安の都人たちも、宇治に来ると異郷に来たという思いを強くしたことでしょう。




posted by genjiito at 19:32| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年08月28日

樟葉モールで「セレンディピティ」という言葉を体感する

 「セレンディピティ(Serendipity)」という言葉を知りました。
 偶然のきっかけから、思いがけない出合いや発見や幸運を得ることだそうです。
 これを私は、「光明との出会い」という言葉に置き換えたいと思います。
 そして、日々リハビリウォーキングとして妻共ども出歩いていることが、まさにその「光明との出会い」そのものだと気付いたのです。

 今日は、樟葉モールへ行きました。先月の中旬に、大阪府立中之島図書館での源氏講座の帰りに立ち寄って以来なので、2回目となります。集会所でいつもお世話になっている民生委員のNさんがお薦めの場所です。
 3つの階に展開する店舗と建物の様子は、東京の「ららぽーと豊洲」によく似ています。今日も、妻は「ららぽーと豊洲」にあったお店と混同していました。

 ブラブラとウィンドウショッピングです。本屋さんでは、新刊のチェックです。並んでいる本の顔が、河原町の丸善とはまったく違うので、地域の特性を感じます。文房具屋さんでは、楽しい小物に出会いました。使うことよりも、持つことの楽しみを優先した小物たちです。

 そうした中でも、生地や手芸材料の専門店であるユザワヤでは、しっかりとカバンを作る布地を買っていました。数ヶ月前から妻は、自分の部屋一杯の布地を取り出して、カバンとブックカバーの手作りに熱中しています。その集中力たるや、かつてを彷彿とさせる気迫があります。完成作品がいくつか出揃ったら、また報告します。

 前回も行った、ひごペットフレンドリーに立ち寄り、白メダカと気泡発生器用フィルターと水質管理液をいただきました。新たに6匹の白メダカを迎え、自宅の水槽が賑やかになりました。

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 様子を見ていると、これまでいた3匹の赤メダカが先住権を主張しているのか、新参者の6匹の白メダカを水槽の下に押しやっているようです。エサ溜まりも独占しています。オスとメスは半々なので、今後の動向が楽しみです。




posted by genjiito at 21:51| Comment(0) | ・ブラリと

2025年08月27日

加齢と脳梗塞に伴う事象10例

 日常生活の中で「アレッ」「おかしいな」と思うことがあります。
 いわゆる加齢の自覚とでもいうものでしょうか。
 2年前に患った脳梗塞と関係するのかも知れません。
 あくまでも私個人の今の生活の中での出来事の列記です。

●食べ物や飲み物を口からこぼす
 (日常は和式の座卓で食事をいただいています
  洋式のテーブルとイスの時によくこぼします
  食べ物のせいか姿勢のせいか脳梗塞か加齢か?)

●つい気管に飲み物や食べ物が入って咽せる
 (妻と一緒に話をしながら食事をするから?
  もっとも喋るのはひたすら妻で私は相槌だけ
  飲み込むタイミングが悪いのは脳梗塞の影響?)

●立ち上がる時に手で身体を支える
 (和式生活が主なので畳や座卓から立つ時にあります
  お茶のお稽古をしばらくしていないことも遠因?
  毎日1万歩のウォーキングをしているのに?)

●持っているものをうっかり落とす
 (加齢により注意力が散漫になっているため?
  左手に持った物を落とすので握力の左右の差が原因?
  いずれにしても持つ力の加減が微妙に混乱している?)

●ペットボトルのフタが開けにくい
 (もともと握力には自信がなく握力計で計る時が嫌でした
  苦手意識に加えて加齢による衰えも倍加しているのかも
  右手でフタを捻るので身体の右側が麻痺した影響?)

●電気ポットに水を入れた後スイッチを入れ忘れる
 (ポット本体を加熱台に置くだけでいいと思うから?
  置いたら自動でスイッチが入ると思い込んでいる?
  加齢に伴う典型的なもの忘れかも知れません?)

●同時に3つ以上のことができない
 (同時に10件以上の仕事を難なくこなしていたのに
  今では3つを処理するだけで精一杯です
  誰にでもある加齢に伴う処理能力の低下?減退?)

●朝食後すぐ眠くなる
 (血液が消化に使われるために頭が疎かになるとか
  睡眠時間は6時間で長らく暮らしていたのに激変
  午前中は休息の昼寝をすると割り切っています)

●耳が少し遠くなっていることを自覚
 (仕事をしながら音楽を聴くのでわかります
  ついボリュームを上げていることに気付きます
  ただし話し相手の声はよく聴こえています)

●近視のメガネを日常的に使わなくなった
 (自宅ではほとんどメガネを必要としません
  外出する時と人前に出る時にはかけます
  状況が突然変化する時の対処のためです)




posted by genjiito at 19:50| Comment(0) | *身辺雑記

2025年08月26日

1995年9月より公開したホームページのタイトル画像集

 私が初めてインターネットにホームページを起ち上げたのは、今から30年前の1995年9月30日でした。
 〈源氏物語電子資料館〉というタイトルで、日本で古典文学に関するホームページとしては、最初のものだったと思います。
 当時住んでいた大和平群から、〈リムネット〉というプロバイダーの東京ドメインからの発信でした。当時は、接続するのに UNIX のコマンドを入力するなどしてコントロールしていました。
 このスタート時のドタバタ話は、「再録(2)初期のインターネット事情〈1996.10.7〉」(2009年10月24日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934227.html)に書いています。

 さて、そのホームページのバナーには、妻が書いてくれた絵を使っていました。
 私が初めて本を出版したのは今から39年前で、『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、1986(昭和61)年)という、文科系のためのコンピュータの入門書でした。その表紙や挿し絵は、すべて妻が書いてくれました。

100624_funsenki-256kb.jpg

 そのこともあって、絵を描くのが大好きな妻に、ホームページのバナーとなる絵を頼んだのです。
 今回、その画像がハードディスクの片隅からまとまって出て来たので、そのすべてをここに紹介します。

 基本となる画像は、次の2枚でした。これに、さまざまな絵を組み合わせたり、中のセクションのトップに置いたりと、結構楽しいホームページを公開していました。

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 これには、動く絵も使っていました。
 (ただし、スマホでは動くのに、パソコンでは動きません。原因不明です。)

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 最初のお正月のトップページは、こんな表紙でした。

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 タイトルのバナーは、後にはグレードアップしたものと入れ替えています。

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 2月になると、梅に鶯の絵にしています。

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 このバナーも、鶯が動きます。
 (これも、スマホでは動くのに、パソコンでは動きません。原因不明です。)

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 その下に配置したボタンは、バナーで使う次の画像を切り取ったものを活用しています。

keynyuuryoku-int.GIF

byoubu-int.GIF


asahi_int.GIF

 動画では、当時住んでいた下を流れる龍田川の色の移り変わりを表現したものもあります。
 これも色が次々と変わります。
 (ただし、これもスマホでは動くのに、パソコンでは動きません。原因不明です。)

10gatu__anime.GIF


 文献情報を提供する部屋のバナーは、こんな感じでした。

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 元のバナーは、次のものです。

epeatatu-int.GIF

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 以下、四季折々に次々と入れ替えた画像は、こんなものでした。

04gatu_sakura_int.GIF


12hitoe-int.GIF

ehanawatasi-int.GIF

epeaza-int.GIF


eyamase-int.GIF

fue-int.GIF

hahako-int.GIF

mari-int.GIF

neko-int.GIF

oogi-int.GIF

top.GIF

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 とにかく通信環境もパソコンの事情も初期のことなので、画像も転送や表示速度のことを考慮して最小の画素で作りました。今から見ると、幼いものです。しかし、当時はこれでも最先端でした。時代の変化を思うと、隔世の感があります。
 情報を求めて、またこうした画像を楽しみにして、毎日1万アクセスに近い数千の接続がありました。これは、今発信しているブログでも変わることなく続いています。





posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎情報社会

2025年08月25日

平安文学リレー講座の第7回は「谷崎潤一郎と『源氏物語』」

 本日は、大阪府立中之島図書館の重要文化財となっている大広間で、同志社女子大学の大津直子さんの「谷崎潤一郎と『源氏物語』」と題する講演会が開催されました。
 その概要は、「中之島図書館での谷崎潤一郎と『源氏物語』に関するご案内2件」(2025年07月16日、http://genjiito.sblo.jp/article/191420655.html)に記した通りです。

 本日の講演者については、私の後輩に当たることや、谷崎潤一郎の書き込み原稿の鬱蒼とした森に分け入り、余人が知らなかったことを次々と明らかにしている、新進気鋭の研究者であることを中心にして紹介しました。

 大津さんの講演は、2回目の現代語訳となる新版谷崎源氏の書き込み原稿を中心とした調査報告がなされました。興味深い問題点の指摘と、謎解きに似たたのしい話が展開しました。
 谷崎訳に関する原稿は膨大なもので、しかも夥しい書き込みがあります。「ウィキペディア」(https://ja.wikipedia.org/wiki/谷崎潤一郎訳源氏物語)から摘記します。

・玉上による書き入れのある旧訳本
・山田による書き入れのある旧訳本
・谷崎による書き入れのある旧訳本
・山田書き入れタイプ原稿
・玉上書き入れタイプ原稿
・谷崎書き入れタイプ原稿

 この6種類の原稿を管理する國學院大學の出身である大津さんは、紆余曲折があった中で、恵まれた環境下で調査を進め、途中報告とでも言うべき成果を『谷崎源氏の基礎的研究』(武蔵野書院、2024年)にまとめて刊行しました。

 その成果をもとにして今日は、歯切れのいい口調で、わかりやすく谷崎訳の背景と谷崎の訳出にあたっての問題点を浮き彫りにしました。
 どのように訳すかに注力し、文学的翻訳を目指す姿勢を提示していました。
 難しい問題を抱えるテーマを、きれいに整理して語ってくれました。わからないことがまだまだあるので、今後の展開が自身でも楽しみなようです。聞き手の我々も、この先の報告が聞きたくなります。

 発表の後半で、「旧訳は原文よりも一文が長い」という指摘は、谷崎の文体を考える上でも、私には新鮮だったので、しっかりとメモをしました。

 参考までに、私が持っている愛蔵本・特製桐箱入りの『潤一郎訳 源氏物語』を展示し、講演会が始まる前と後で参会者に自由に触っていただきました。これは、触って実感することの大切さを感得していただくために、私が心がけていることです。

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 そして、この愛蔵本に関する資料をA4判で2枚のプリントにまとめて配布しました。
 講演の中で、大津さんは何度かこの旧版の訳文となる愛蔵本の本文の意義に触れていました。

250820_谷崎g見本巻頭.jpg

250820_谷崎g見本巻末.jpg

 本日の講演は、若さ溢れるエネルギッシュな話で、参会者はみなさん満足してお帰りになったようです。好評で、続きをまた聞かせてほしい、という声を何人もから聞くことができました。大盛会となりました。

 次回は、本年12月の初旬に、「歌舞伎と『源氏物語』」と題して開催する予定です。
 また、多くの方のお越しをお待ちしています。

 大津直子さん、本日は有意義で楽しい話を、ありがとうございました。




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2025年08月24日

読書雑記(360)安達未来『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』

 『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか 「先延ばし」と「前倒し」の心理学』(安達未来、光文社新書、2025年4月)を読みました。

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 そして、読み終わって思い返すと、書名とはズレた内容に、肩透かしを食らわされた思いがしています。書名からの期待が裏切られたからです。「なぜつまらないのか」の分析には人さまの研究成果を引くだけで、ご自分がタイプだとされる「前倒し」の側に立った論調が目立ちました。これを「羊頭狗肉」というのでしょう。
 ということで、本書は、締め切りより《早く》提出された原稿を出版したものではないか、と思わせるものでした。

 まず、読んでいる行文にメリハリが効いていないせいか、意味が頭に入らず、私には読みはじめから戸惑う文章でした。一文の中にインパクトに欠ける内容がいろいろと詰め込まれていたので、読む私の注意力が散漫になったようです。これは、海外での成果とされるものの説明に終始する文章であり、自分の研究成果を語るものとなっていないせいだと思われます。

 さらには、何かを提示したすぐその後に、反対のものの見方「も」ある、という語り口になるので、トピックがぼやけてしまいます。読んだそばから頭の中で打ち消されるので、読んでいても冷や水を浴びせかけられた気持ちになるのです。論法で損をしていると思います。

 総じて、話題がポンポン飛ぶので、集中して読めませんでした。わかりやすくするために出された例でも、話の中での意味を考えているうちに次の話になるのです。一見丁寧なようでも、読者には目まぐるしく変わる話についていけないのです。

 著者の仮説を確かめるために、アンケート調査の分析がなされています。例えば、好きなものを最初に食べるか最後まで残すか、ということに関して、私はその分析に違和感を持ちました。具体的なことがあまり書かれていないのでよくわからないながらも、書かれている範囲の情報では著者の見解になるとは限らないと思いました。

 これには、本書の日本語の文章が理解しづらい行文であることから、私の読み取りとの間に誤差が生じたためかもしれません。実際のアンケートの実情がわかると、その分析の意義と結果が判断できると思われます。仮説と結論だけを説明されても、その解釈に疑義が生ずると思われます。

 好きな仕事や、注射を打つタイミングなどの調査結果も、例として挙げるにはその解釈が違うように思いました。
 また、105頁に提示されたグラフとその説明は、これでいいのでしょうか?
 説明はわかっても、その説明とグラフの分析が合っていないと思われます。

 長々と説明をしてから私見を述べるよりも、まずは言いたいことを言ってから説明をした方がいいことを、本書から学びました。

 私がレポートを書く場合は、少しでもいいものにしたいという思いがあると、つい先延ばしになってしまいます。それが、かえって自分への、良い意味でのプレッシャーになります。私は、このタイプです。このことの詳細な分析とその意味合いが、本書のどこに出てくるのかを楽しみにしていました。ところが、少し匂わすかのようなチョイ見せはあっても、結局は語られじまいでした。それはないでしょう、という内容の本です。発展途上の研究テーマが語られた本だった、ということで今は閉じます。【1】




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2025年08月23日

キャンパスプラザ京都で尾州家河内本「桐壺」を読む(第33回)

 キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の1階正面入口にある掲示板には、いつものように案内が出ています。

250823_掲示板.jpg

 今日はまず、中国から来日中の庄婕淳(恵州学院大学)さんに参加してもらえたので、自己紹介から始まりました。
 庄さんは、NPO法人を設立してまもなく、同窓生のKさんの紹介でワックジャパンでの源氏講座に早速参加していただいた方です。当時は立命館大学大学院生で、学位(博士・文学)を取得してからは中国で大学の教員をしておられます。2019年12月20〜22日に中国広東省にある広東外語外貿大学でのシンポジウムでは、私が所属していた大阪大学との共催で国際研究集会が開催されました。そこに参加した折には、日本側の代表者である私と共同研究者の仲間たちを、庄さんは丁重にもてなしてくれました。その時の報告書が『海外平安文学研究ジャーナル《中国編2019》』(伊藤編、大阪大学国際教育交流センター、2021年2月)です。その広東から帰国直後には、日本をはじめとして世界中でコロナウイルスが蔓延したことは、記憶に新しいことです。
 大阪観光大学と恵州学院大学との学術交流協定の締結では、庄婕淳さんがネット会議を取り仕切り親睦を深めたりました。コロナ以後は直接の交流ができなかったこともあり、6年ぶりの今日は久しぶりに話ができました。

 さて、本文の確認を進めている尾州家河内本「桐壺」は、今日が最終となります。
 その前に、「変体仮名翻字版」の意義をあらためて確認しました。鎌倉時代の『源氏物語』の原本の本文を、変体仮名のレベルでデータベース化することにより、本文研究を深めて行くための基礎資料の作成に取り組んでいることです。特に、生成AIによる新しい研究に対応するために作成したデータは、他に例を見ないデータ群であり、気長に取り組む意義のあるものであることを、みんなで確認しました。

 今日の活動内容としては、第25丁表から第26丁裏までを確認し終えました。
 以下の通りです。

--------------------------------------
わ可く・於可しきを・【右】乃於とゝの/±〈朱点〉(【右】乃於ととの)・【御】な可八・よ可ら
ねと・江【見】すくし/△〈削〉【見】、【見】=【見】〈削〉、±〈朱点〉・多ま八て・いと/±〈朱点〉・可なしく/±〈朱点〉・志・【給】・
【四】乃【君】尓/±〈朱点〉・あ八せ/±〈朱点〉・多てまつり・【給】て・於とら春/±〈朱点〉・もて
かしつき/±〈朱点〉・堂まへ八・あらま本しき/±〈朱点〉・【御】あ者ひ尓
なん/±〈朱点〉・【源氏】のき三は/±〈朱点右〉・うへの/へ&へ、±〈朱点〉・徒ね尓・於ほつ
可な可り/±〈朱点〉・めしま川八勢八/±〈朱点〉・【心】やすく/±〈朱点〉・さとす三
も/±〈朱点〉・江/±〈朱点〉・し・堂ま八春・【心】の/±〈朱点右〉・うち尓八・堂ゝ/±〈朱点〉、(堂堂)・ふち川
本乃/±〈朱点〉・【御】可多ち・あ里さまを・多くひなしと/±〈朱点〉・
【思】・起こ江・【給】て・さやう那らん/±〈朱点〉・【人】をこそ・みめ
古ゝら/古±〈朱点〉、(古古ら)・ナシ・【見】る・よ尓・阿り可たく/可&り、±〈朱点〉・於八し遣類可な/ま&遣、、±〈朱点〉、(於八しま類可な)・ナシ・ナシ・於ほ
いとのゝ飛めきみ/△〈削〉み、±〈朱点右〉、(於ほいとのの飛めきみ)・いと/±〈朱点〉・於可し遣尓/り$〈削〉尓、±〈朱点〉、(於可し遣り)・かしつ可礼堂流/堂〈次頁〉、±〈朱点〉、(25オ)
--------------------------------------
ナシ・【人】と・【見】ゆ礼と/△〈削〉【見】、【見】=【見】〈削〉・い可なる尓可/±〈朱点〉・【心】尓も/±〈朱点〉・つ可春・於
本江・堂まひ弖・於さ那き/±〈朱点〉・本との・こゝろ日とつ尓/(こころ日とつ尓)・
をきところ/±〈朱点〉・那く・ゝるしきまて/±〈朱点〉、(くるしきまて)・【思】ありき【給】/±〈朱点〉・
於と那耳なり/±〈朱点右〉・【給】て・能ち八・ありし/±〈朱点〉・やう尓も・み
すの/±〈朱点〉・うち尓も・い礼・多ま八春・【御】あそひなとの/±〈朱点〉・
於里/\尓//\=〈朱傍点〉、尓$〈墨朱〉、(於里於里尓、於里於里)・こと・ふ江の・ね尓・起ゝかよひ、(起起かよひ)・本乃可
なる/±〈朱点〉・ナシ・【御】遣八ひ八可里を・ナシ・那くさめ尓て・【内】す三
乃三/±〈朱点〉・古乃ましう/古+ん〈ママ〉・於本江・【給】へ八・【五六日】/±〈朱点〉・さふらひ/±〈朱点〉・
【給】て八・於本いとの尓/±〈朱点〉・【二三日】なと・多江/\尓/(多江多江尓)、±〈朱点〉・ま可て・
【給】へと・多ゝいま八/±〈朱点〉、(多多いま八)・於さ那き/±〈朱点〉・【御】本と尓・よろ川/±〈朱点〉・
つ三・那く・於ほしなして・ナシ・いと那三/±〈朱点〉・かしつき・多て万川り/万〈次頁〉、(25ウ)
--------------------------------------
【給】【御】可多の/【御】±〈朱点右〉・【人】/\、(【人人】)・ナシ・ナシ・ナシ・よに/±〈朱点〉・をしなへ多らぬ
を・江里とゝのへ/(江里ととのへ)・すくりて・さふら八せ/±〈朱点〉・【給】・【御心】尓/±〈朱点右〉・
徒くへき・あそひを・し・於本那/\/±〈朱点〉、(於本那於本那)・於本しい
堂川く/±〈朱点〉・さま・をろ可なら須/±〈朱点〉・【内】尓八/±〈朱点右〉・もとの/±〈朱点〉・し
遣いさを/=【淑景舎】、±〈朱点〉・【御】さうし尓て/±〈朱点〉・こみやすむところ能/±〈朱点〉・
【御方】乃・【人】〻/(【人人】)・ま可てちら春/±〈朱点〉・さふら八せ/±〈朱点〉・【給】・さとの/±〈朱点右〉・
と乃八もく/も±〈朱点〉、も=【木工】・すり/=【修理】、±〈朱点〉・堂く三つ可さなと尓/【見】$〈削〉三、三=三〈削〉、±〈朱点〉・せんし/±〈朱点〉・く多
里て・尓那く/±〈朱点〉・あら多め/±〈朱点〉・川くら勢・【給】・もとの/±〈朱点右〉・こたち・
【山】乃/±〈朱点〉・堂ゝすま井/(堂堂すま井)・於もしろき/±〈朱点〉・ところなり遣る
を・ナシ・いとゝ/±〈朱点〉、(いとと)・い遣乃【心】/±〈朱点〉・日ろう/±〈朱点〉・しなし・めて多う/±〈朱点〉・つくり
のゝしる/(つくりののしる)・かゝ流/±〈朱点右〉、(かか流)・ところ尓・於もふ/±〈朱点〉・やうならん・【人】を/±〈朱点〉、(26オ)
--------------------------------------
すゑて・すま者やとな遣可しう/±〈朱点〉、な±〈朱点〉・於ほしわ多る・
飛可るきみといふな八/±〈朱点右〉・こまうと能/±〈朱点〉・めて起こ江
て・徒遣/±〈朱点〉・堂て万つりけるとそ・いひ徒多へ多
流となん/±〈朱点〉、(26ウ)
--------------------------------------

 次に、文字の使い分けに関する見通しを考える上で、一例となるものを私から提示しました。それは、「乃」「能」「の」の直前に書かれている語句の漢字の表記です。あくまでも叩き台です。
 [ ]は何例あるかを示します。


■尾州本の「の」「乃」「能」の直前に書かれている漢字
--------------------------------------
なに【事】の
くるしき【事】の三
【人】の
なき【人】の
【時】の
【御時】の
【心】の
【物】の三
【物】ゝふあ多
【源氏】のき三[2]
【源氏】の【君】
【蔵人】の【少将】尓て
--------------------------------------
【人】乃[16]
【事】乃[2]
【世】乃[4]
【山】乃
【物】乃ねを
【大床子】乃
【心】乃と可尓
【草】乃
【身】乃
【風】乃
【月】乃
【女御】乃
【内侍】乃すけ乃
【内侍】乃す遣[2]
【一】乃三やの【女御】八
【一】乃三や能
【一】乃【宮】を
【宮】乃[2]
わ可【宮】乃
【故大納言】乃
【右近】乃
【右大弁】乃
【春宮】乃
【兵部卿】乃【宮】なとも
【源氏】乃
【大臣】乃
【右】乃於とゝ能[3]
【御方】乃
【四】乃【君】尓
--------------------------------------
い尓しへ【人】能
【右大臣】能
【御方】能
【人】能
【物】能[2]
【事】能八も
わ可【宮】能
【長恨歌】能
【亭子院】能
とし【月】能
との井【申】能
【事】能
【親王】能
【先帝】能
【四】能【宮】
【更衣】能
【三代】能
きさい乃【宮】能
【宮】能
【君】能[2]
【春】【東宮】能
【日】能
【春宮】能[2]
【所】能
【源氏】能【君】
--------------------------------------


 そして、参考までに、すでに変体仮名による本文の翻字を終えている池田本の例を提示しました。


■池田本の「の」「乃」「能」の直前に書かれている漢字
--------------------------------------
【右近】の
【御方】の
【北】の【方】[2]
「【雲】の
【心】の[3]
【子】の
【五六日】の
【三代】の
【三位】の
【先帝】の
【亭子院】の
【春宮】の[2]
【春宮】の【女御】の
【時】の
【年】の[2]
【殿】の
【女御】の
【人】の[5]
【宮】の
【物】の
【楊貴妃】の
【世】の[2]
【一】乃【宮】の
【一】の【宮】を
【右】の於とゝ乃
於佐免【殿】の
【更衣】の
きさい乃【宮】の
くら【人所】の
【外尺】の
【源氏】のき三
【源氏】の【君】は
【心】のと可尓
【事】の【葉】も
【四】の【宮】能
【内侍】のす遣乃
【内侍】のすけ八
【右】の於とゝ乃
--------------------------------------
【秋】乃
【池】乃
【一】乃みこの【女御】は
【一】乃み古盤
【一】乃【宮】の
【右大臣】乃
【右大弁】乃
【宇多】乃み可と乃
【内】能【内】乃
【大臣】乃[2]
【御方】乃
【御元服】乃
【御時】乃
かゝやく【日】乃【宮】と
【風】乃
【北】乃【方】
【雲】乃
【源氏】乃きみ八
【故大納言】乃
【四】乃【君】尓
【先帝】乃
【長恨歌】乃
【月】乃
【帝王】乃
【春宮】乃
【年月】乃
と乃ゐ【申】乃
【内侍】乃す遣の
【女房】乃
八ゝみやす【所】乃
【人】乃[17]
【兵部卿】乃みこなと
【松】乃
【親王】乃
【道】乃
みやす【所】乃[3]
【宮】乃
【虫】乃
【物】乃
【物】乃ねを
【物】乃婦
【楊貴妃】乃
【山】乃
【世】乃[4]
【世中】乃
わ可【宮】乃[2]
--------------------------------------
【内】能【内】乃
【風】能
【草】能
【四】の【宮】能
【春宮】能
【人】能
【日】能
【身】能
【宮】能
--------------------------------------


 まだ未整理のデータです。しかし、河内尾州家本と池田本の文字使いが違うことは明らかです。
 その際、「の」と「乃」は、使う者にとっては区別をせずに無意識に流れの中で書いた文字が、たまたま「の」となり「乃」ではないのか、という意見がでました。ここでの出現例を見ていると、そのような見方も可能であることを示しているようです。ただし、その「の」と「乃」とは異なる「能」は、明らかに使い方に違う意味合いがありそうです。今日は、その点は詰められませんでした。しかし、こうした例の検討を重ねることで、平安時代から鎌倉時代にかけての仮名文字の使い分けや、文字列の組み合わせのパターンを明らかにしていきたいと思います。
 次は、生成AIを活用した検討結果を提示できるようにしたいと思っています。

 今日から、昨日購入したプロジェクターを使用して映写しました。大きく、はっきりと映し出せたので、これからも大いに活用して行くことにします。

 終わってからは、すぐ近くのホテルの中にあるバイカルという洋菓子屋さんのカフェで、庄婕淳を交えて四方山話に花を咲かせました。




posted by genjiito at 23:14| Comment(0) | ■講座学習

2025年08月22日

新しいプロジェクターに買い替える

 明日は、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で尾州家河内本『源氏物語』「桐壺」を読む講座があります。
 その準備をしていたら、これまで使用していたソニー製のハンディ・プロジェクターが動作してくれません。

 明日で尾州家河内本「桐壺」の「変体仮名翻字版」の確認が終わり、次に索引のことを考えることになります。どうしてもプロジェクターでスクリーンにデータを映写しながら、ああでもない、こうでもない、と思い思いに検討を進めることになります。

 これまでは、ソニーのハンディタイプのプロジェクターを使っていました(後掲写真の真ん中の四角い機器)。小さいだけに、解像度も明るさも低く、ピントも甘いものでした。それでも小さくて軽いのでポケットに入り、重宝して使っていたのです。いつかはもっといいもので資料を映写したいと思っていたので、これを機会に買い替えることにしました。

 善は急げとばかりに、京都駅前のヨドバシカメラに走りました。
 幸い、対応してくださった店員の方が小さい時から機械の改造が大好きだったとのことで、プロジェクターについても詳細な説明をわかりやすくしていただけました。根っからの電気屋さん向きの、好青年でした。

 決めたものは、予算が大幅に超過しました。しかし、これからは京都駅前のみならず、宇治駅前の会場でも使うことになるので、贅沢ではない程度でコンパクトなプロジェクターを手にすることができました。

 次の写真の右側に立つ、白い円筒のものが今回購入したアンカー製のプロジェクターです。ポケットには入らないものの、片手で握ることが出来、カバンの隙間に入ります。

250822_プロジェクター.jpg

 真ん中の黒くて四角いものが、これまで愛用していたソニー製。
 左側が、私が現在使用中の iPhoneです。
 アンカー製のプロジェクターの高さは、iPhone の高さに届かない低さです。

 さて、明日はこの新しいプロジェクターの初舞台となります。
 これから、映写する資料の作成に取り掛かります。
 新しい機器を手にし、それを活用する場を思うと楽しくなります。




posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年08月21日

パソコンで困っている4件の中間報告(その3)

 今、私がコンピュータ周りで困っていることは、次の4点でした。

(1)ドコモの通信の酷さ

(2)Apple Watchがアップデートできないこと

(3)MacBook Proの同期がほとんど進まないこと

(4)意味不明のメールが配信エラーとして届くこと

 この内、(2)と(4)は、昨日と一昨日の本ブログで現状報告をしました。いずれも、解決には至っていないものの、原因がわかり、その対処に着手しようかどうしようか考えているところです。

 今日は「その3」として、「(3)MacBook Proの同期がほとんど進まないこと」について書きます。

 この件については、今週18日(月)に Apple サポートに電話で相談した際に、私のシステムに入っているセキュリティソフトを削除する提案を受けました。相談の対象となったパソコンは、今春より急遽 MacBook Pro の M1仕様のノートパソコンを使い出したことに伴うトラブルです。

 指摘されたセキュリティ対策ソフトは、5年もの長きにわたって眠っていた M1 パソコンを、アップルインテリジェンスを使いたいがために引っ張り出し、使い物になるようにいろいろとセットしていた時に何かの拍子でインストール【された】ものです。
 これは急場しのぎでもあり、とにかくアプリは削除しました。後に、アンインストールソフトを使って、パラメーターなどを収めた関連するデータなどはきれいに取り去ることにします。

 なお、セキュリティソフトに関しては、想像を絶する酷い体験をしたことを、次の記事で詳細に報告しています。この記事の続きとなる「その2」は、相手の会社が今も存在している中で、公には書けないことが多いこともあり中断したまま今に至っています。5年以上も前のことでもあり、記録はあっても公開しない方がいいだろうと判断した事案です。

「ソースネクスト社のあまりにも酷いサポートの実態(その1)」

 さて、今週18日(月)にセキュリティソフトを削除した後、翌19日(火)の 電話による Apple サポートを担当してくださったのはI2さんでした。非常に高度な知識と経験をお持ちの方のようで、的確なアドバイスをいただけました。この相談する担当者の当たり外れは、サポート窓口に突然電話をして助けてもらうのですから、いたしかたのないことです。月曜日と火曜日の方はともかく、ここに書いている水曜日の担当者のI2さんは、話も合う方でラッキーでした。

 相談をしているうちに、ネットワーク上に置いている私の保管庫である iCloud と、同期で苦戦している MacBook Pro M1との間で、データの通路が詰まっているための障害ではないか、との見通しが見えてきました。しかも、今回のトラブルの対象となっている MacBook Pro M1に対して、私がほとんど使っていなかったこともあり、愛着がなく、また拘りもないことから、出荷時の状態に初期化してはどうかという提案をすると、それは最善の対処だとの回答を得ました。そして、そのための手順を丁寧に教えてくださったので、電話を切ってからすぐに実行しました。

 つまり、現在日常的につかっているパソコン Mac mini M4 Pro のシステムをそっまりそのまま MacBook Pro M1に移し替えるのです。ウェブ上に持っている2Tのクラウド領域から、パソコンのバックアップデータをダウンロードするのではなく、目の前にあるパソコンとノートパソコンを室内LAN で共有し、ピアツーピアでデータを転送する方式です。この方式にしたのは、今使っている NTT ドコモのネットワークがまったく信頼できことが根底にあります。

 初期化をスタートすると、約11時間かかるという表示が出ました。Mac mini M4 Pro と MacBook Pro M1 の2台のコンピュータ間で、しかも容量が2テラ同志の移植作業なので、一晩がかりの作業となることを承知てのゴーサインなのです。
 実際には、700万個以上のファイルが転送されたようです。日々、鋭意データを生み出しているので、こんな大容量のファイルを作っていたのです。コツコツとデータを蓄積している毎日の成果を見ることとなり、あらためて、これらのデータを大切に次世代に受け渡して行く意義を再認識しました。

 昨日のブログが、一部の方には表紙だけが表示され、記事の内容は白紙だったようです。上記の事情でパソコンが使えなかったので、iPhoneと iPad を連携させてブログを更新したために、不具合が生じていたようです。今朝、ブログの記事を補正しましたので、もう問題はないと思います。

 さて、MacBook Pro M1を初期化した後のファイルの移植に関しては、一日経った今現在、特に支障もなくクラウドと同期をしています。Mac mini M4 Proで作成したファイルや、iPhoneやiPad、そしてApple Watchの情報との連携もスムーズです。
 しかし、未成熟なコンピュータのことなので、いつトラブルが発生するかわかりません。しばらくは、このまま静観したいと思います。




posted by genjiito at 21:32| Comment(0) | ◎情報社会

2025年08月20日

【本日の2】HONBAKO京都宇治が 明日の NHK で放映

 お世話になっている「シェア型書店HONBAKO京都宇治」がメディアの取材を受けました。
 たまたま取材のあった8月2日(土)は、私が開催していた「宇治で春曙本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の3回目を2階のシェアスペースでやっていた日です。この勉強会も HONBAKO の社会貢献の一環であり、本を通してのコミュニティ活動の展開として、取材の対象となりました。

 以下の放送時間を予定として聞いています。

「京いちにち」:8/21(木)18:30–19:00にて放送予定。(7分程度)

「おはよう関西」:8/25(月)7:45–8:00にて放送予定。(少し短め)

 短い時間でもあり、HONBAKO さんの紹介の一部に登場するかもしれません。出番がなかったらすみません。
 明日21日(木)の夕方と、25日(月)の朝、お時間がありましたら気にかけていただけると幸いです。




posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | ◎NPO活動

【本日の1】パソコンで困っている4件の中間報告(その2)

 現在、私が直面しているコンピュータ周りのことで困っているのは、次の4点でした。

(1)ドコモの通信の酷さ

(2)Apple Watchがアップデートできないこと

(3)MacBook Proの同期がほとんど進まないこと

(4)意味不明のメールが配信エラーとして届くこと

 この内、(4)の「意味不明のメールが配信エラーとして届くこと」については、まだ問題は解決していません。しかし、その解決方法の1つとしてグーグルに問い合わせるという方法を、一昨日問い合わせでは解決できず、昨日の電話で教えていただいたので、後日、確認しようと思っています。

 今日は「その2」として、「(2)Apple Watchがアップデートできないこと」について書きます。

 このことは、今年の3月から何度も試みたにもかかわらず、ずっと続いていることです。これまで何のトラブルもなく出来ていた最新 OS への更新のことなので、自力で何とかなるだろうと思い、ほぼ毎日のように自動のアップデートを試みていました。しかし、最新の「watch OS 11.6.1」へのアップデートは、ソフトウェアアップデートの直前のダウンロードの所で、ことごとく「確認中」という表示が出てその先に進みません。
 決まって3時間ほどすると、
「アップデートをインストールできません Apple Watchに最新バージョンのwatchOSをインストールする際にエラーが起きました。」
という表示が2種類出て更新は中止となります。

 インストールに当たっては、次の注意事項が表示されます。

アップデートをインストールするには、Apple Watchが以下の条件を満たしていることを確認してください:
・充電器に接続されている
・Wi-Fiに接続されているiPhoneの通信圏内にある
インストールはApple Watchが50%以上充電されているときに開始されます。アップデートが完了するまで、Apple Watchを再起動したり、充電器から取り外したりしないでください。

 これまでに何度もやってきたことなので、指定の条件下でやっています。しかし、いつもエラーになるのです。

 もうかれこれ半年にもなるので、独力では無理だと判断し、一昨日の月曜日に「Apple サポート」に問い合わせの電話をしました。

 エラーが出ていた状況を、直前のアップデートをしてしまうことで再検証出来ないことにならないようにと思い、月曜日には、あえてずっと更新できていないシステム(Watch OS 11.3.1)をアップデートしなしままに問い合わせをしました。エラーが発生した画面の画像は見てもらいました。しかし、とにかくシステムのアップデート(Watch OS 11.6.1)を私がしてからということになり、その日は終わりました。

 そして昨日の火曜日に、再度のサポート受けました。
 電話の窓口では、前日と同じような儀式が最初にあります。iPhone や Apple Watch の空き容量を気にしておられました。そして、Apple Watch の本体自身のアップデートをすることになりました。
 私は、これをすると「最低3時間はかかりますよ。」と言いました。これまでの半年間でわかっていたからです。3時間後にエラーになってストップ、という堂々巡りになることが懸念されると強く言いました。しかし、サポート窓口のFさんは、それをしないと前に進めないし、問題解決にはやるしかない、との結論で終わりました。それまでに、しきりとマニュアルで確認なさる時間があり、スッと解決策が提示できないようでした。このことについても、別の提案はありません。

 仕方がないので、昨夜アップデートのためのインストールをしました。当然のことながら、「確認中」が3時間表示された後に、いつものエラー発生のメッセージが出ました。

 今日で3日連続となる、Apple サポートへの電話をすることになりました。
 今日のIさんとの遣り取りは、淡々と進みました。とにかく、容量の確認がまずなされます。儀式のようです。iPhone は256G の内66.6G 使用、Apple Watch は64G の内17.5G 使用。何も問題はない、とのことです。
 私からは、昨夜の経過とエラーメッセージのスクリーンショットを見てもらいました。

 いろいろな遣り取りの末に、予想外の判断が示されました。
 つまり、iPhone がインストールをする時に Wi-Fi が切れている可能性がある、とのことです。
 昨夜は、エラーが出るまでの3時間以上、私は別の2台のパソコンや iPad を使っており、妻もネットにつなげたり、Apple Watch でネット上のデータを参照しながら体調管理データの閲覧をしていました。我が家にある情報文具が「Wi-Fi から切れている可能性」は、私の生活環境では考えられないことです。
 また、このインストール時にエラーが出るのは、今年の3月からです。この半年間に、数十回はインストールを試みています。その時々に、数十回もネット接続ができなかったことになり、これも確率としては非常に低いものだと思われます。
 とにかく問題の多い NTT ドコモの回線を使っているので、ないことはないとはいえ、にわかには信じられない「Wi-Fi が切れている可能性」の指摘でした。

 この対処としては、iPhone でネットワークリセットをし、Wi-Fiにつなぎ直すことだそうです。
 そのことに着手すると、またトラブルが拡大することが予想されるので、すぐには同意しませんでした。納得できてからにします。

 もう一つ、Apple サポートのIさんは対処策を提示してくださいました。
 それは、Apple Watch とのペアリングを解除し、Apple Watch アプリを削除することでした。
 その後、Apple Watch のアプリをダウンロードして再インストールする、というものです。
 これも、意図はわかるものの、今それをすることによって新たなトラブルを誘発することが心配なので、後日、時期を見計らってやってみたいと思います。

 なお、日常的に使っている手元にある「iPhone16ProMax」は、今年の4月、今から5ヶ月前に購入したものです。「Apple Watch Series 10」は、昨年10月に購入。情報文具にはトラブルが付きものであり、私は欠陥商品を受け取ることが多いことは、自他共に認めるところです。それだけに、被害の拡大が気になるので、今日の Apple サポート方からのアドバイスは、これまで考えても見なかったことでもあり、すぐに実行することには慎重にしたいと思います。

 ネットワーク回りでの問題が4件も同時進行で起きているので、慌てず騒がず、少しずつ対処していくつもりです。




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2025年08月19日

パソコンで困っている4件の中間報告(その1)

 アップルの製品を活用している日々の中で、困っていた4件について、中間報告をします。

(1)ドコモの通信の酷さ

(2)Apple Watchがアップデートできないこと

(3)MacBook Proの同期がほとんど進まないこと

(4)意味不明のメールが配信エラーとして届くこと

 今日は、その1として、解決はしていないものの(4)のことを書きます。

 この、「意味不明のメールが配信エラーとして届くこと」は、相当前から、しかも数年前から時々ありました。それは、無視すれば自然に無くなる一過性のものでした。

 ところが、メールの送受信に使うメインマシンである「Mac mini」や「iPhone」を最新機種にしてからは、連日にわたり、しかもすべてが英語で「Undelivered Mail Returned to Sender」と題するメールとして届くのです。1日に3通来ることもあります。

 これは、私のGmailアドレスからNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の私のメールアドレスに送られたメールが、配信できなかったために戻ってきたものです。

 もう一つのパターンは、「Delivery Status Notification (Failure)」という表題のもと、冒頭に日本語の文章がついたエラーが届くものです。


アドレス不明

アドレスが見つからなかったか、メールを受信できないアドレスであるため、メールは〇〇@nijl.ac.jpに配信されませんでした。


 この「〇〇@nijl.ac.jp」は、8年前までの18年間、私が定年退職するまで職場で使っていたメールアドレスです。

 つまり、私がGmailを送信した相手は、かつての職場の私宛であり、そのアドレスが見つからないので戻ってきた、ということのようです。

 この件について、相談を持ちかけたアップルのサポートセンターの方は、これはアップルの製品やシステムとは関係ないものであり、グーグルに相談を持ちかけたらいい、とのアドバイスをくださいました。

 また、メーリングリストやメールの転送先にこれらのアドレスが含まれていないかも、確認してはどうか、とのことでした。

 納得できる指摘だったので、後日対処することにします。

 なお、冒頭の(1)から(3)までは、何かとややこしいことがあるので、この次に書きます。





posted by genjiito at 21:35| Comment(0) | ◎情報社会

2025年08月18日

キャンパスプラザ京都で尾州家河内本「桐壺」を読む会(第33回)のご案内

 昨日の京都新聞「まちかど」欄(京都市)に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主催する、尾州家河内本「桐壺」(重要文化財)の本文を変体仮名で読む講座の案内記事が掲載されました。
 今回はキャンパスプラザ京都での通算33回目、尾州家河内本では第14回となります。ただし、毎回完結するものなので、いつ参加なさっても大丈夫です。

250818_NPO新聞.jpg

 会場は、いつものように、キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の6階にある第5講習室です。
 変体仮名は初めてだという方のご参加も大歓迎です。
 なお、この会では『源氏物語』の内容は扱いません。
 鎌倉時代の古写本(重要文化財)に書かれている文字が、読めるようになることを第一の目的としています。
 資料はすべて、当日の会場で配布します。

 前回の勉強会の様子は、以下のブログで報告しています。

「キャンパスプラザ京都で尾州家河内本「桐壺」を読む(第32回)」

 会場は、京都駅から JR の線路沿いに西へ歩いて5分の所にあります。
 本ブログのコメント欄を通して、参加希望の旨をお知らせいただけると、資料を用意してお待ちしています。




posted by genjiito at 20:17| Comment(0) | ◎NPO活動

2025年08月17日

渋谷の茶亭「羽當」と室伏先生

 青山から地下鉄銀座線で3駅目が渋谷です。ブラブラと、学生時代を過ごした街である渋谷に出かけました。
 かつての姿は一変し、さらに工事が続いています。

250817_渋谷工事.jpg

 駅前のハチ公は、観光客に大人気で長蛇の待ち人が列をなしています。

250817_ハチ公.jpg

 今日の行き先は、室伏信助先生によく連れて行っていただいた、茶亭「羽當」です。渋谷駅から青山学院大学に向かって信号を渡り少し入ったところなので、まさに知る人ぞ知るカフェです。

250817_羽當入口.jpg

 室伏先生の大学院での授業が終わってから、渋谷の駅前のこのカフェで、いろいろなお話を伺いました。私は、すでに国文学研究資料館に勤務していた頃で、先生の授業に陪席していました。今月25日の「新古典塾 平安文学リレー講座」で「谷崎潤一郎と『源氏物語』」と題して講演をお願いしている大津直子さんは、この頃に大学院生として室伏先生の授業に参加していました。

 室伏先生との『源氏物語』に関するお話は、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(伊藤編、新典社、2011年)に「対談 『源氏物語』本文研究のこれまでとこれから」として収録しています。その冒頭を引きます。


250817_室伏対談.jpg

 先生との思い出話は、本ブログの「室伏信助先生の訃報に接して思い出すこと」(2021年10月24日、http://genjiito.sblo.jp/article/189088682.html)に書いています。

 羽當に来ると、先生はいつも奥の席でキリマンジェロをお飲みになっていました。
 今日は、そのキリマンジェロを、妻はレアチーズケーキを追加注文していました。

250817_羽當の中.jpg


 ゆったりとした時間が流れる、落ち着いた雰囲気のカフェです。こんな場所に今も行けることは、ありがたいことです。

 新幹線で京都駅に降り立つと、急に551の豚まんが食べたくなり、甘酢だんごと一緒に買いました。暑い時には、551のアイスキャンディや豚まんがほしくなります。




posted by genjiito at 19:43| Comment(0) | *健康雑記

2025年08月16日

【写真追補】日比谷で「須磨」(27)と『百人一首』(4)の講座の後は神宮外苑で花火大会を観る

 日比谷図書文化館の正面入口には、いつものように講座の案内が出ていました。

250816_掲示板.jpg


 まずは、ハーバード本「須磨」を変体仮名に注目して読む講座からです。

 回覧した本は、『あさきゆめみし』の豪華愛蔵版と中国語訳版です。これは、先週の大阪府立中之島図書館での報告に記したことと同じなので、ここでは省略します。

 私の手違いから、受講者の木村さんから先月指摘を受けていた翻字の修正が、どうしたことか配布したプリントには反映されていませんでした。私がコピーを間違えたようです。確認しながら、該当箇所の修正をしました。また、和歌の終わりに閉じるカギカッコを付けることも忘れていました。
 いろいろと不備のある資料を配布し、申し訳ないことです。

 今日確認した「変体仮名翻字版」は、次の通りです。

--------------------------------------
ナシ/+【世中】尓・めてられ・【給】へ八・きさき乃
【宮】/後き$い、(きさい乃【宮】)・きこし免して・いみしう・の多まひ
け里・於ほやけの・可う志なる・【人】は【心】尓満
可勢て・こ乃【世】の・あち者ひを多尓・しる・
こと・那くこそ・あむ奈れ・(→以下250816より確認)を毛しろき・い
ゑ井・して・勢うよう新川ゝ/(新川川)・ナシ・ナシ・ゐ・【給】へる・こと・
【世中】を・毛ときて・可の・し可を・むまと・いひ
けん・やう尓・毛てひ可める・ひとの・可く・徒いそう
するなりなと・あしき・ことゝ毛/(ことと毛)・きこゑ
介れ者・王つら者しうて・堂えて・せうそく/そ〈次頁〉、(48ウ)
--------------------------------------
きこゑ・【給】・【人】毛・那し・[27]【二条院】乃
ひめ【君】八・【程】・ふる・満ゝ尓/(満満尓)・なくさむ・可多・
奈し・ひ可んしの堂い尓/可ん〈ママ〉・【候】し・【人】〻毛/(【人人】毛)・三奈・
王多り・まいりし・八しめ八・奈尓可・佐し毛・
あらてと・於もひし可と・み・多てま川里・奈
るゝ/(奈るる)・満ゝ尓/(満満尓)・奈川可しき・ナシ・【御】あ里佐ま尓て・
ま免や可なる・可多の・【御】こゝろ者へ毛/(【御】こころ者へ毛)・【思】や里・ふ
可く・あ者れ奈れ者・ま可てちる毛・那し・
をしなへ堂らぬ・ナシ・き者の・【人】/\尓八/(【人人】尓八)・本の三
えなと毛・し・【給】・そこらの・【御中】尓・すくれ堂る/堂〈次頁〉、(49オ)
--------------------------------------
【御心】さし毛・こと者りなり介り
と・み・多てま川る・[28]可の・やまさと尓八・ひさし
く・なる・満ゝ尓/(満満尓)・え・祢んすくし【給】
ましく/んす〈ママ、諸本んしす〉・於ほえ・【給】へと・王可・三多尓・あさま
しき・すく勢と・於ほゆる・すま井奈る尓・
い可て可・うちくして八・毛のし・【給】者んと・
徒き那可らむ・【御】あ里佐ま越・【思】可へし・
【給】・【所】尓・徒介て八・よろ川の・こと・佐ま・可者
里・み・【給】へ・しらぬ・しも【人】の・こゑを毛さま
を毛・み【給】日なら八ぬ・【御心】ち・めさましく/(49ウ)
--------------------------------------
可多しけ奈く・【身】つ可ら毛・於ほさる・けふりの/の〈行末左〉・
いと・ち可う/ゝ&ち、(ゝ可う、と可う)・とき/\/(ときとき)・堂ちくるを・これ
や・し本・やくと・於ほし王多る八・を八し
ま春・うしろの・【山】尓・志はと・いふ・毛乃・
ふ春ふるなり介り・めつら可尓て・
「やまか川乃・い本り尓・堂ける・志八/\毛/(志八志八毛)・
ことゝひこ奈ん/(こととひこ奈ん)・こふる・さとひと」・【冬】尓・なり
て・ゆき・ふ里あれ多る・ころ・そら能・介し
き毛・ことすこく・奈可免・【給】て・きむ越・
ひきすさひ/前ひ$〈ママ〉・【給】弖・よしきよ尓・う多・/\は勢【給】/は〈次頁〉、(う多は勢)、(50オ)
--------------------------------------
【大輔】尓・ふえ・ふ可勢て・あそ
ひ・多まふ・【心】・とゝ免弖/(とと免弖)・あは礼
なる・て奈と・ひき・堂満へる尓・こと【物】
乃・祢八・三那・や免弖・奈三多越・のこひ
あへ里王う勢うくむ可・【胡】乃く尓へ・
ゆき介ん・於も本四や里弖・ま
して・い可那里介ん・こ乃よ尓・
王可・於もひ・きこゆる・【人】奈とを・さやう
尓・者那ちや里多らむ・ときなと・於も
ふ毛・あらん・こと乃・やう尓・ゆゝし/(ゆゆし)、(50ウ)
--------------------------------------
【胡角一声】/【角】=カク・志毛の・ゝち乃/(のち乃)・ゆめと・いとい多くす
ましてすんし・【給】・【月】・いと・あ可く・さしいりて・
者可那き・堂ひの・をまし【所】は・いく万
て/い=於、(於く万て)・くま那し・ゆ可の・うへ尓・【夜】ふ可き・
そらも・三ゆ・いり可多乃・【月】可け・すこく・三
ゆる尓・堂ゝ/(堂堂)・これ・尓しに・ゆくなりと・ひ
とりこち・【給】弖・
「い川可多乃・【雲】ち尓・王礼毛・まとひ
奈ん・【月】の・三るらん・こと毛・者川可し」・れ
いの・万とろ万ぬ・あ可【月】のそら尓・うらちとり/ら&ら・(51オ)
--------------------------------------

 1時間の休憩時間に、翻字に関する質問を5件ほど受けたので、翻字方針をお伝えしてデータの補訂をしました。

 次は、『百人一首』の講座です。
 最初に、在原行平と藤原定方の歌が刻まれた歌碑の変体仮名を読みました。

250816_100人日比谷4回_1.jpg

250816_100人日比谷4回_2.jpg

 そして、《陽明》と《鶴丸》の2つのカルタに書かれた文字列を見比べながら、それぞれの変体仮名の特徴を確認しました。

 今日は、17番歌の在原業平から20番歌の元良親王までを確認し終えました。
 脇道にそれた話について、反応があったので意見を聞きながらも、「答えは一つではない」という持論を展開しました。

 終了後も質問があったので、いろいろなパターンの仮名文字についてお答えしました。

 息子の所へ移動しようとしたら、今夜は神宮外苑で花火大会が開催されるので、少し時間をずらさないと大変だとのことだったので、新橋駅で時間調整をしてから向かいました。

 東京メトロ銀座線の青山1丁目駅を出ると、とにかく人で埋め尽くされています。何度か紹介しているイチョウ並木の上に、大輪の花火が打ち上げられていました。
 今日はちょうど、京都では五山の送り火があります。東京の神宮外苑で花火大会を見ながら大文字の賑わいを思い、両親をお見送りしました。

250816_花火1.jpg


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posted by genjiito at 23:20| Comment(0) | ■講座学習

2025年08月15日

集会所でバラの花を作った後は京大病院へ

 集会所では、まずラジオ体操をし、早口言葉をやってから、色紙でバラの花を作りました。紙の端を捻りながら作った花びらを巻くので、難易度の高い折り紙です。前回の手順をすっかり忘れているので、みなさん四苦八苦しておられました。

 100歳のTさんも、紙を捻ることに戸惑っておられたので、少しお手伝いをしました。前回に引き続き、写真を撮りました。次の写真では左から、Tさん、妻、私の3人の作品です。今回も、それぞれの個性らしきものが出たバラの花が出来上がりました。

250815_バラ3輪.jpg

 参考までに、前回のバラはこんな感じでした。


250704_紙のバラ.jpg

 終わると、いつものように京大病院へ。

 大文字山は、明日の京都五山の送り火の準備が進んでいるようです。

250815_大文字.jpg

 院内児童の花壇には、マリーゴールド、ホウセンカ、アサガオが咲いています。

250815_箱庭.jpg


 今日も、妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療の付き添いです。投与開始から半年が経ち、今日で12回目です。国内では1年8カ月の実績がある薬で、妻には1年半の投与が予定されています。
 なお、2024年11月から「ケサンラ点滴静注液」(ドナネマブ)が使用可能となりました。2件目の承認薬です。「レカネマブ」と「ドナネマブ」の2種類がある中で、主治医の奨めもあって、先発の「レカネマブ」にしました。

 朝日新聞電子版(枝松佑樹2025年4月20日)によると、「レカネマブ」に関しては次のような状況が報告されています。


・「壊れた神経細胞を再生するわけではなく、症状の進行を遅らせることを目的とするため、使えるのは軽度認知症とMCIの人に限る。」

・「国内外の1795人が参加した治験の結果、18カ月使った人は偽薬を使った人に比べ、記憶力や判断力を評価するスコアの悪化を27・1%抑えられた。」

・「池田教授(私注・日本老年精神医学会理事長、大阪大学教授)はレカネマブ使用を視野に入れる兆候として、同じものを重複して買うことがある、病院の予約日を間違える、薬の飲み忘れが多くなる、同じことを何度も言う、趣味や社会活動が億劫(おっくう)になる、などを挙げる。」

・「製造元のエーザイによると、25年1月時点の使用患者数は約6800人、投与施設は約660カ所にまで増えた。」

・「治験参加者を18カ月経った後も観察すると、投与を36カ月までつづけた人は、18カ月時点よりさらに進行を抑える効果が大きくなったという。」


 「レカネマブ」(レケンビ)を使用して半年が経ちました。来月からは、点滴を受ける施設が自宅近くの宇治徳洲会病院に変わります。2カ月毎の診察や検査は、これまで通り京大病院です。

 それにしても、脳内に蓄積したタンパク質のアミロイドβが、この点滴治療によってどれくらい減ったのか、気になるところです。主治医にお聞きしたところ、その検査は最初の検査でしかできないとのことでした。いろいろと内部のルールがあるようです。
 焦らず慌てず、とにかく効果を期待して続けているところです。

 思い当たるところがあり、診察や治療をためらっておられる方々の参考になれば、と思って情報の公開をしています。
 ちなみに治療費は、毎月2回の点滴と診察を受けて1万6〜8千円です。飲み薬と貼り薬も併用しています。現在、特に問題なく、毎日一緒に京都市内を散策し、毎日一緒に8千歩のウオーキングをする生活をしています。明日は第3土曜日なので、一緒に東京へ1泊2日の小旅行をする日です。




posted by genjiito at 21:23| Comment(0) | *健康雑記

2025年08月14日

5年半ぶりに旧知の仲間3人と会食

 気の置けない仲間がいる、ということは幸せです。

 1986(昭和61)年11月に、私は『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』を刊行しました。日本文学研究と情報処理を結びつけた草分け、と言われています。ちなみに、イラストのすべてを妻が担当しています。

 この本のことが毎日新聞に取り上げられたことが機縁となり、I先生・T氏・O氏と共に「日本文学データベース研究会(NDK)」を結成しました。今から38年半前の1987(昭和62)年2月のことです。このNDKが、コンピュータを活用した日本文学研究を今に推し進めて来た、という自負があります。

 1988(昭和63)年に『源氏物語別本集成 全15巻』を刊行開始。しかし、データにミスがあり、第1巻は回収して再作成した第1巻を刊行したのは、折しも改元されたばかりの1989(平成元)年3月でした。このミスを見つけたのが、NDKの強力な助っ人となるN氏です。

 今日は、NDKの結成当初の仲間である、O氏とN氏と私の3人が京都駅ビルで会食をしながら、四方山話に花を咲かせました。実に、5年半ぶりに集まったことになります。

 5年半前の2020(令和2)年というのは、古稀を控えた私にとってはコロナの禍中で身辺が大きく揺れた年です。白内障の手術、腸閉塞で開腹手術、学長と理事職就任などなど。前回はその直前の、束の間の平安の中での会食だったのです。

 今日は、3人それぞれの生活が安定している時期でもあり、和やかに話が進みました。38年前のNDK創立以来、思うようにコンピュータが進化せず、期待に反してパソコンが下書きマシンに堕落してしまったことは返す返すも残念です。
 しかし、昨年から生成AIが社会に認知され浸透し、今年は新たな展開を見せています。折しも、一昨日には私の息子が生成AIを駆使しての国の情報戦略のブレーンの一人として、マスコミに取り上げられていました。これは、文学研究においても新たな転機をもたらすはずです。
 パソコンが注目されたにもかかわらず失速して以来の、久しぶりの好機です。

 かつて、新しい日本文学の研究を夢見たNDKにとって、この機会を逃さずに積極的に活動を展開できないかを、3人で話題にしました。幸い、手元にはコツコツと作り溜めている物語本文のデータがあります。これを、生成AIの能力を活用して、新たな研究手法の元、人力だけでの調査研究では見えなかった研究成果に結びつけることに、今まさに動き出すタイミングなのです。挑戦する環境は十分に整っています。どのようなステップで展開し、成果を得るかが課題です。

 3人の話題は、お決まりの身体の不調や身辺のことの間に、こうした夢のあるテーマも語ることができました。まさに、気の置けない仲間だからこそ、好き勝手なことが言えるのです。
 5年前には、『源氏物語別本集成』を引き継ぐ新たなプロジェクトとなる《源氏物語本文集成》をスタートさせようとしました。しかし、コロナ禍と各自の身辺の慌ただしさに追われ、ほとんどプロジェクトは進展しませんでした。しかし、今は違います。データを作る実作業はこれまで通り進める中で、とにかくアイデアを持ち寄って、生成AIを活用した実験をすることが急務です。チャレンジのしがいはあります。

 そんなこんなの話をしながら、2時間ほどで散会となりました。
 また新たに取り組む課題が見え出したところなので、NDKの再起動となればと思っています。
 実に楽しい時間でした。今日集まった2人は、私のちょうど10年下になります。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉には、さらに若い仲間もいます。考える楽しさの中で、具体的な方策はすでに今から練っています。
 本ブログのコメント欄を通して、楽しいアイデアの提案をお待ちしています。




posted by genjiito at 22:54| Comment(0) | ◎情報社会

2025年08月13日

映画「国宝」を観る(映画館で見た映画のリスト付き)

 周りにいる多くの知り合いから、映画「国宝」を観たという連絡を受けています。妻も、かつての仕事仲間から報告があったようです。これはのんびりとはしていられないとばかりに、妻と共に映画館に足を運びました。映画を映画館で見るのは、本当に久しぶりです。

 とにかく「国宝」は大人気のようで、取れた座席は最前列でした。長時間だったこともあり、首や肩や腰の痛みに耐えながら観終わりました。

 お話の筋立てとタイトルとの関連性は、あまりわかりませんでした。しかし、きれいな映像だったので楽しめました。歌舞伎がブームになっていることが理解できました。
 映画のパンフレットは、始まるまでに一通り見て、登場人物とあらすじは押さえておきました。これは、姉からのアドバイスでした。
 見終わった今、あらためて読み直そうと思っています。

 実は、この歌舞伎ブームが沸き起こっているのを知ってから、大阪府立中之島図書館で開催している「新古典塾 平安文学リレー講座」に、「歌舞伎と『源氏物語』」を思い立ちました。担当者と相談し、12月の初旬に開催することで動き出しています。
 講師は、私が高校の教員時代に親しかった同僚で、音楽と歌舞伎の熱烈なオタク先生です。国内と中国の大学で学生指導にあたっておられたので、今は少し時間がある中を無理にお願いしました。快諾をいただき、これからその内容を詰めます。

 なお、この仲間との交流は、最新の記事としては「京洛逍遥(800)井上八千代さんの京舞を観て」(2022年07月01日、http://genjiito.sblo.jp/article/189635400.html)に書きました。祇園での伝統文化の体験も、彼のお世話を受けてのものです。(「京洛逍遥(663)祇園で「襟替え」の伝統文化と芸能を味わう」2020年10月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/188043391.html)。また、彼と知りあった経緯は、「突然の電話で懐かしさから生気が蘇る」(2020年10月17日、http://genjiito.sblo.jp/article/188036554.html)に記した通りです。
 今回はブームに乗っての企画であり、後押しをしてもらうことになりました。お楽しみに、お待ちください。

 さて、今回行った映画館は、京都駅の南にあり、これまでにも何度か行ったことがあります。相当前の話になりますが。
 そこで、あらためて私が映画館に足を運んだ記録を、本ブログからリストアップしました。
 これ以外は、海外調査のために中近東とヨーロッパによく行っていた関係で、飛行機の中で新作の映画を観ていました。10時間くらいの長時間は、映画を観ることが楽しみの一つでした。

 以下、新しい記事から列挙します。
 2007年以前の記事は、サーバーのクラッシュや閉鎖で消失しているので、また別の記録から掘り起こしてみたいと思っています。

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「映画「マエストロ」を公開初日に豊洲で観て」

「映画「かぐや姫の物語」を観ました」

「映画『利休にたずねよ』をみました」

「映画『劔岳 点の記』」

「映画『鴨川ホルモー』」

「映画『禅』に失望」

「銀座探訪(13+)銀座で映画「おくりびと」を観る」

「映画『茶々 天涯の貴妃』」

「タバコが気になる映画『HERO』」




posted by genjiito at 22:26| Comment(0) | *身辺雑記

2025年08月12日

置き配に憤慨しながら集会所でのモルックと息子のテレビ出演を楽しむ

 自宅のインターネットがあまりにも遅いことと、その契約のことで、NTT ドコモとその代理店に一昨日は対処をお願いしました。すると、室内用の Wi-Fiの中継器を渡すので試してみてほしい、とのことでした。今日その中継器が届いたのでセットしました。しかし、スピードテストをしてみたところ、速度はさらに遅くなっているようです。しばらくは様子を見ます。この経緯は、後日まとめて報告します。

 それはそうと、この中継器は、何と玄関の外に、ソットではなくてポイと置き配として配達されていたのです。アマゾンからのもので、最近はネットなどでの買い物が増えたこともあり、置き配が流行していることを、ネットのニュースで見たばかりです。私は、ネットショッピングをまったくしません。今回のように相手方が送ってきたことで、その置き配の実態を知ることになりました。

 我が家の玄関先は、いろいろな方が通ります。地べたに無造作に置きっ放しの状態で放置されている荷物は、ヒョイと持って行くことはいとも簡単に可能です。人手が足りないとはいえ、置き引きという犯罪を誘発するような風潮は、どうも理解できません。もし、私がこの置き配に気付く前に誰かに持ち去られていたら、来ないなぁーと思いながら待ち続け、数日後に業者にまだ届かないのですが、と連絡をすることになるのでしょう。
 今回は放ったらかしのままの荷物の存在に気付いたからいいものの、後味の悪いことになっていても不思議ではありません。

 こんな荷物の受け渡しが一般的になって行くことに、疑いの思いを禁じえません。不愉快な思いを募らせています。
 日本に住む人が激減して行く中では、仕方のないことかもしれません。それならせめて、荷物を玄関口に置いて立ち去る前に、インターホンでも鳴らしてください。配送業者の方は、応答を待つ時間がもったいないのでしょう。しかし、家にいてすぐに出られることもあるので、少しでも荷物の盗難の個数を減らせると思います。
 置き配という、この無責任極まりないと思うことが当たり前になる社会に、今回初めて置き配をされる身になって、あらためて違和感を持つことになりました。

 この荷物の置き配には、午後からの集会所へ行くために玄関のドアを開けたから気付いたのです。熱中症アラートが出なかったので、先週はなかった集まりが、今日は開催されたのです。

 今日の集会所では、モルックをしました。
 すでに何回かしているので、みなさんルールはご存知です。そして、勝ち方もわかっています。とにかく、50点になるように得点を重ねて行きます。1回の最高点が12点なので、38点になると12点のピンを1本だけ倒すことに集中します。39点だと11点のピンを。48点になると、並んでいるピンを2本だけ倒せばいいのです。

 この勝ち方がわかってからは、このゲームのおもしろさが倍加しました。今日も、狙いを定めて細長い棒のスキットルを投げた後、思うピンが倒れなかったことに対するみなさんの反応が実におもしろいのです。スキットルがマットレスの上を飛び跳ねて、不思議なことにおもしろいようにピンを避けて行き、1本も倒れないことが何回かありました。おもしろいものです。かといって、何も難しいことはなく、前にスキットルを投げるだけです。緊張感に緩急があるので、今日も盛り上がりました。

 夕方からは、息子が読売テレビの「ten」という番組でインタビューを受けたことが放映されたので、楽しみにして視ました。冒頭で少し顔写真が紹介され、終盤に3分間ほどでしょうか、インタビューに答えていました。肩書きが「社長」だったので、「CEO」だろうと呟いてしまいました。情報化社会における偽情報を見分けるために、生成AIを駆使して対処するという国家プロジェクトの中心メンバーとしての考えを、問われるままに説明していました。国の情報戦略のブレーンの一人として、頼もしい姿を見せていました。

 いつもながらのラフなTシャツ姿は、この業界では普通のことなので、これまでにも何回か放映されたり著書の写真など見慣れていたので違和感がなくなりました。今回は話が人工知能の活用ということもあり、なかなかカッコよかったように思います。
 あらかじめ連絡してあった姉からも、「あんなに難しい話しをするんだね。」というメッセージが届きました。

 ただし、戦争がテーマのコーナーだったこともあり、核兵器の話の間にインタビューが入っていました。息子の会社が戦争に協力していると思われないか、気になりました。もう少し時間が割かれていたら、というのが視終わっての感想です。

 とにかく、人工知能はますます社会に溶け込んで行きます。私も、文学の研究の中でも、文献の調査・整理・研究に役立てようとしているので、生成AIがさまざまな分野でチャレンジされる時代に突入しているのです。
 今週も日比谷図書文化館での講座を終えた後は、息子の所にお世話になります。ここ2ヶ月は出張が立て込んでいたようで、妻共々ホテルに泊まって身体を休めてから京都に帰っていました。そのため、しばらく逢っていません。いろんな話をまた出来ることを楽しみにしています。




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2025年08月11日

谷崎読過(52)「或る調書の一節」「或る罪の動機」

■「或る調書の一節」
 さまざまな罪を犯した男の、実に勝手な理屈が展開します。そして、「かわいい」とか「きれい」という言葉が、妻や愛人を説明する時に使われます。これまた、身勝手な論理です。
 男の嗜虐性が妻に向くのは、妻の清らかな涙に惹かれてのこと、というのも勝手な理屈です。
 善人と悪人の心の中を炙り出すことで、人間の美醜と不完全な人間の姿を描いています。【2】


初出誌:「中央公論」大正10年11月号



■「或る罪の動機」
 博士を殺したのは、忠僕な書生でした。円満な人格で、幸福な家庭を持つ博士に対する感情から発生した殺人だったと言います。厭世観と虚無感もあります。
 人を殺すことが、空想に留まれなかったことへの悔恨で、身勝手な男の語りは終わります。【2】


初出誌:「改造」大正11年1月号


 なお、『谷崎潤一郎全集(新書版・第十巻)』(昭和34年5月)の解説で、伊藤整は次のように言います。
 前回の谷崎読過(51)「私」「AとBの話」と一緒に語っている箇所を、以下に引用します。

「 悪といふものの質質、また罪悪意識の問題を執拠に追求したものとしては、「私」(大正十年三月「改造」)、「AとBの話」(大正十年八月「改造」)、「或る調書の一節」(大正十年十一月「中央公論」)、「或る罪の動機」(大正十一年一月「改造」)等が、決第に發展し變化しながら一連の類似性をもつて並んでゐる。その中で、悪の強い衝動を持つ主人公が、善を求める人間性を妻の中に見出して心の安らぎを得るといふ話を描いた「或る調書の一節」が、強烈な印象を與へる。また、自己の實在感を把握するために、何の怨みもない人を殺してしまふといふ極めて現代的な問題を追求した點では「或る罪の動機」がすぐれてゐる。
 小説としての具體性を生かし、感覺的描冩を十分に行つてゐる點においては「柳湯の事件」が出色である。そのためか、この集中では「柳湯の事件」が一般的によく知られてゐる。しかし解説者の見るところでは、「前科者」における對話の微妙さ、「或る調書の一節」における愛してゐない妻と主人公との人間的關係、「或る罪の動機」における人間の實在性の追求などは、小説としての本質的なものをより多く含んでゐる點で、より注目すべき作品である。」(294頁)




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2025年08月10日

清張復読(81)「闇に駆ける猟銃」「肉鍋を食う女」「二人の真犯人」(『ミステリーの系譜』より)

■「闇に駆ける猟銃」
 30年前に岡山県で起こった、一人の若者が30人もの村民を殺した津山事件のことから始まります。暗い雰囲気で幕開けです。
 夜這いの風習については、最近の若い人には理解が及ばないことでしょう。清張は、民俗学の知識が豊富だったので、その視点から語っています。その延長として、事件のあった村の性的習俗が強調されます。
 話は、大量殺人に至った男の、心の中の変遷が綴られます。犯罪者の心理の移り変わりとでも言えるでしょう。
 そして、30人にも及ぶ大量殺人が、詳細に語られます。

「襲撃した家が十一戸、即死した者二十九名、重傷をうけてのちに死んだ者一名、負傷二名である。このうち一戸は家族全滅である。」(376頁)

 このような執拗に人を殺す場面を事細かに描いた作者の心の中は、どうだったのでしょうか。何が作者をここまで書かせたのか、その執念の元凶を知りたいと思っています。
 犯人の遺書には、以下のように綴られています。犯人の心情を理解するのに参考になる述懐です。

「病気四年間の社会の冷胆〈ママ〉、圧迫にはまことに泣いた、親族が少く愛と云うものの僕の身にとって少いにも泣いた、社会もすこしみよりのないもの結核患者に同情すべきだ、実際弱いのにはこりた、今度は強い強い人に生れてこよう、実際僕も不幸な人生だった、今度は幸福に生れてこよう。」(384頁)

 なお、作者は、日華事変という戦争の影響もあったのではないか、として、最後に「津山事件には戦争の翳も落ちていたのである。」(389頁)と語り終えています。
 稀有な事件を取り上げて、おどろおどろしい殺戮場面を描いたのは、どこにその意図があったのか、まだ読み解けていません。今私は、清張は作家として凄惨な場面を再現し、異常性を描く実験をしていたのではないか、と思っています。【4】


初出誌:『週刊読売』1967年8月〜10月
原題:「闇に駆く猟銃」

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作を「中篇犯罪実録小説」に分類しています。





■「肉鍋を食う女」
 人を殺した後にその肉を食用にした話が3話語られます。
 人里離れた山中に、近親婚が習俗となっている村がありました。そこで、ひもじさから連れ子を殺し、家族で食べる、という事件がありました。また、子供の尻の肉をスープにして病身の者に飲ませる、という事件も紹介されています。3例めは、肉の行商をする妻が夫を切り刻む話です。
 前作同様、常軌を逸した話を通して、作者は人間のモラルを確認すると共に、さまざまな表現の効果を実験していたのではないでしょうか。いくつか他の例を挙げて提示しているのが、こう考える理由です。【4】


初出誌:『週刊読売』1967年11月〜12月

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作を「短篇犯罪実話」に分類しています。


※『松本清張全集7』(文藝春秋社、1972.8.20)の巻末に収載されている荒松雄氏による「解説」では、ここで取り上げた2つの作品を次のように分析しています。

「松本清張は「闇」と「肉鍋」で、過去の最も異常な事件を掘りおこすことによって、彼のいう「現代の恐怖」をその窮極のかたちにおいて提示したかったのだと思う。ただ、この「現代の恐怖」は、同時に、人間たることの恐怖にも連なる。そして、この極限とは、見方を変えれば、実は、人間の原点・原型かもしれないのだ。
 そう考えると、この作品に「系譜」という言葉が使われたのも、大いに理由があることのように思えるのである。」(472頁)




■「二人の真犯人」
 2人の男が殺人を自白します。しかし、決め手となる証拠をどうしても決めかねます。単独犯行なのに、真犯人が2人いることから、裁判でも混乱します。裁判官の迷いと躊躇も、明確に語られています。状況証拠と物的証拠の価値判断についても、戦前と戦後の違いをいくつかの判例から説明しています。清張は、丹念な調査をして本作を成していることがわかります。
 尋問や証言や調書が長々と引き合いに出されて話が展開します。法律に興味がない読者には、次第に飽きがきます。それにも構わず、清張は証言の整合性を追求します。
 検事や判事や巡査などが証拠を捏造する過程の推測もあります。冤罪事件の流れを示唆するものです。
 殺された女が腰巻を2枚していたことに関するやり取りは、実際には1枚だったと思われることから、読者を引き摺り回すことになります。これがまた、わかりやすい証拠品の例示となっています。
 作為や先入観や誘導が入り混じった、興味深い論戦が展開するのです。そこに、警察の拷問や刑務所内に諜者まで忍び込ませての犯人捏造には、今に通じる免罪の温床が透けて見えます。警察や検察の予断に基づく捜査などには、大いに問題点が多いことを指摘しています。裁判批判でもあります。
 最後の文章は、最近あった冤罪事件でも明らかになったように、今に続く捜査の常套手法の一つとなっています。

警察が「証拠」補強のために他の婦人の腰巻をそこに埋めて、市民に「発見」させたのである。(461頁)

 犯人を創り上げる権力者の実態を、作者はこうして炙り出しています。【4】



初出誌:『週刊読売』1967年12月〜1968年2月


※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。

「作者はこの「鈴ヶ森事件」のほかに、大正3年の「島倉事件」、昭和11年の「大橋事件」、昭和23年の「一家八人殺し」を例に引きながら冤罪と誤判の危険性を説く。」(156頁)





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2025年08月09日

中之島での『百人一首』(第15回)と『源氏物語 蜻蛉』(第26回)の講座

 今日は、昨日までの暑さが嘘だったかのような、気持ちのいい爽やかな風を感じながら、涼しい公園の散策路を歩いて近くの駅に向かいました。まさに秋です。

250809_木立.jpg


 京阪で淀屋橋に着くと、大阪も連日の熱暑とは違う優しい風に包まれながら、中之島図書館の別館へ行きました。今日の講座は、本館ではなくて別館での開催です。

 まず、「変体仮名で書かれた『百人一首』をよむ」の15回目から。

 「平仮名で脳活」と「宝塚の役者名のこと」は、すでに日比谷図書文化館の報告に書いたので、今ここでは省略します。

 『百人一首』は、12番歌の僧正遍昭の歌から、2種類のカルタに書かれている変体仮名の確認を進めました。
 「あまつかぜ〜」の歌の説明で、宝塚の伝説的なトップスターだつた「天津乙女」に触れました。また、大徳寺の近くにある雲林院の境内に、この歌を刻んだ歌碑があることも話題にしました。そして、「ふきとぢよ」の「よ」がわからずに、後で「餘」であることが調べてわかった話をしました。ただし、その時にはすぐにその写真をスクリーンに映すことができなかったので、今ここにそのことを書いた記事をあげます。失礼しました。

「京洛逍遙(79)雲林院の歌碑」

 今日は、2種類のカルタに書かれている変体仮名の字母の違いなどを中心にして、21番歌の素性法師まで確認しました。

 のんびりとではあっても、少しずつ書かれている文字を中心に進めています。

 30分の休憩をしてから、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」の26回目です。
 最初に、2冊のマンガ本を回覧しました。次の写真の上は和装本、下は中国語版です。
 内容はまったく一緒です。和装本の手触りとその製本の妙を、中国語版の吹き出しなどが翻訳されていることなどを、手に取って見ていただきました。私の講座では、可能な限り触って実見し感得していただくことを大切にしています。

250807_あさきゆめみし和本.jpg


『源氏物語 あさきゆめみし 豪華愛蔵版 三 炎の章』
  (大和和紀、講談社、1988年12月13日第1刷、1989年8月23日第2刷)
『源氏物语 あさきゆめみし 3 炎之章』
  (大和和紀、文字翻译:章吾一・ 章世菁、山东文艺出版社、2000年10月第1版)

 ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』の「変体仮名翻字版」の確認は、59丁表2行目〜61丁表までを見ました。

 次の3箇所については、プリントに拡大した画像を掲載して、なぞられた文字や訂正の方法について説明しました。

(1)60丁裏2行目_「ゐ多累/ゐ$ゐ、る&累、累=る」

250808_「蜻蛉」60uL2_る&累.jpg

 ここでは、「ゐ」という文字をミセケチにして、その横に同じ「ゐ」を書いていることの意味がわからないことを指摘しました。これまでにも何箇所にもあったことなので、書いた文字が気に入らなかったとして片づけられない例です。書家の方に伺って解決したいものです。
 次の文字の「累」の下には「る」が書かれており、その横に「る」が傍記されたものと判断しました。

(2)61丁表1行目_「堂た/り&た」

250808_「蜻蛉」61oL1可&た_.jpg

 ここは、「堂」の次に「り」と書き、その「り」の上に「累」をなぞった例としました。下に書かれている「り」の字形については、他の箇所での文字を参照して確定したことも付け加えました。

(3)61丁表10行目〈貼紙〉「△なに/〈△ニ貼紙、「△なに」ヲ隠ス〉」

250808_「蜻蛉」61oL10〈貼紙〉.jpg

 ここに貼り紙があるのは、その下に書かれた「△なに」が前の行の末尾の「花二」を二度書きしたため、後の方の「はなに」に貼紙をしてこの語句がなかったものとして隠すものです。実は、今日は進めなかった次の丁に、もう一例、貼り紙の例があります。〈貼紙〉という方法で文字の訂正がなされていることを確認しました。
 すでに見終わった所にも、二例あります。
 ・30丁表2行目「よろつに・つかひ」の「に」と「つ」の右横に小紙片「あ」を貼る。
 ・45丁表2行目「心けれは」の「け」の右横に小紙片「う」を貼る。
 今日の講座では、このことを説明することを失念しました。次回に、補足の説明をすることにします。これまた、大変しつれいしました。

 さらに、「お」という平仮名と、その字母とされる「於」について貴重な例を指摘しました。
 これは、61丁表4行目に「おもと」と書かれている例です。

250808_「蜻蛉」61oL4お.jpg

 私は、「お」の字母は「於」ではないのではないか、という疑念をずっと抱え持っています。こうした例を少しずつ集めているので、いつか整理します。とにかく、この例は明らかに「お」であり、その他のほとんどで確認できる「於」ではないことを、あらためて指摘しておきます。


 以下に、本日確認し終えた「変体仮名翻字版」の翻字を掲載します。
 講座に参加できないために自学自習しておられる方のためにも、これまでと同じルールによるデータをあげます。参考になさってください。

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■ハーバード大学蔵『源氏物語 蜻蛉』59丁表2行目〜61丁裏
翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部
( 「 )・末尾( 」 )、底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
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い川可多尓も/\/(い川可多尓もい川可多尓も)・よりて・めて多き・【御】すく
せ・みえ多る・さ万尓てそよに・於八せまし
かし・あさ満しく・八可なく・【心】うかりける・【御心】可
奈なと・【人】尓八・その・王多りの・こと・かけても・し
里可本尓・い者ぬ・ことなれ八・【心】日と川二・あ可春・
むね・い多く・【思】・【宮】八・うちの・【御】もの可多りなと・
こ万や可尓・きこえ・【給】へ八・いま・【一所】八・多ちいて/ち&ち・
【給】・みつけられ/△&み・多て万川らし・【御】者てをも・すく
さ春・【心】あさしと・みえ・多て万つらしと・【思】へ八・
かくれぬ・[31]ひん可しの・わ多【殿】尓・あきあい多る/(59オ)
--------------------------------------
とくち尓・【人】/\/(【人人】)・ゐて・もの可多りなと・する・【所】尓・
於者して・なにかし越そ・【女房】八・む川可し
う/可=ま、(む川ましう)・於ほすへきや・【女房】多に・かく・【心】や春き八・
あらし可し・さるへ可らん/±さす可尓・こと八・於しへ・きこ
えぬへくも・阿り・やう/\/(やうやう)・三し里・【給】へ可免れ八・
いとなん・うれしきと・の多万へ八・いといらへ尓くゝ/(いらへ尓くく)・
於もふ・【中】尓・【弁】のをもとゝて/(【弁】のをもととて)・なれ多る・於と
なそ・む川可しう・於もひ・きこゆへき・ゆへ
なき・【人】の・八ち・きこえ・八へらぬ尓や・もの八・
さこそは・【中】/\/(【中中】)・八へり介れ・可ならす・その・ゆへ・多つねて/つ〈次頁〉、(59ウ)
--------------------------------------
うちとけ・【御】らんせらるゝにしも/(【御】らんせらるるにしも)・【侍】ら
ねと・か者可り尓・於もなく・川くりそめてける・
【身】尓・於者さらんも・可多八らい多くてなんなと・
きこゆれ八・ゝ川へき/ゝ&へ、(八川へき、八川川き)・あえ/あ$ゆ、(ゆえ)・【侍】らしと・【思】さ多
めて/て$、・多万ひてけるこそ・くちをし介れ
なと・能【給】川ゝ/(能【給】川川)・三れ八・からきぬ八・ぬきすへし・
於しや里・うちと介て・ゝならひしけるなるへし/(てならひ)・
すゝりの/(すすりの)・ふ多川尓/川$、(ふ多尓)・すへて・【心】もとなき・八なの・す
江/\/(す江す江)・於里て・もてあそひけ里と/ひ&そ、(もてあひひけ里と)・三ゆ・可多へ八・
きちやうの・あな多に・春へり可くれ・あるい八(60オ)
--------------------------------------
うちそむき・於し阿介多る・との・可多尓・
万きゝ八し川ゝ/前ゝ$ら、(万きき八し川川、万きら八し川川)・ゐ多累/ゐ$ゐ、る&累、累=る・可しらつきともゝ/(可しらつきともも)・を可
しと・三王多し・【給】て・すゝり/(すすり)・ひきよせ弖・
「於三なへし・三多るゝ/(三多るる)・【野】へ尓・ましると母・
川ゆの・あたなを・王れ尓・可介免や」・【心】や春く
者・於ほさてと・多ゝ/(多多)・この・しやうしに・うしろ・
志多る・【人】尓・三せ・【給】へ八・うちみしろきなと
も・せ須・のとや可なるもの可ら・いと・ゝく/(とく)・
「いなと/い$八、(八なと)・いへ八・なこそ・あ多なれ・於三なへし・
なへての・川ゆ尓・三多れや八・する」と・可き多る/多〈次頁〉、(60ウ)
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て・堂た/り&た・可多そ八なれと・よしつきて・
於ほ可多・めや春介れ八・多れならんと・三・【給】・いま・ゝ
うの本り介る/(まうの本り介る)・三ちに・ふ多遣られて・とゝこ本り
い多るなるへしと/(ととこ本り)・三ゆ・【弁】のおもと八・いと・けさ
や可なる・於きな【事】尓て・八へりとて・
「たひね・して・な越・【心】三よ・【女】へし・さ可り能
さ可りの/さ可りの〈ママ〉・いろ尓・う川り・うつら春」・さて・のち・さ
多め・きこえさせんと・いへは・
「やと・可さ八・【一夜】八・ねなん・於ほ可多の・【花】二
△なに/〈△ニ貼紙、「△なに」ヲ隠ス〉・うつらぬ・【心】なりと母」と/【心】&【心】・阿れ八・な尓可は(61オ)
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2025年08月08日

洛中の無学寺から読経に来ていただく

 無学寺は、鎌倉時代に宋の無学祖元が創建し、当初は臨済宗で今は曹洞宗のお寺です。同志社大学や相国寺の西北にあり、近くには裏千家今日庵があります。

 宇治に来る前の下鴨貴船町にいた時からお世話になっていて、引っ越しをしてからも遠路はるばる来てくださっています。

 朝早くから仏間の掃除をしました。

250808_仏壇.jpg

 左の西国三十三所札所のお軸は、ご詠歌を書いていただいて集印したものです。仏壇の中には、母が大好きだったお花を妻がベランダで育てているものを盛り付けました。お膳は、今年も息子が来て作るはずでした。しかし、急に仕事が入ったとのことで、妻が急遽作りました。右手前のぼたもちは、両親の大好物。右下の木魚は、我が家の貴重な年代物の仏具です。

 お寺さんは、道が混んでいたとのことで、少し遅れていらっしゃいました。
 お盆の時にはいつも、まず『甘露門』から始まります。
「甘露門 願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道(下略)」
 これに続く、餓鬼へ施す功徳を説く部分が特に印象的でした。
 いい声をなさっているので、つい聞きほれます。

250808_読経.jpg

 暑い中を、わざわざお越しいただき、ありがたいことです。
 長男と同い年のようです。
 冷たいお茶をお出しすることを忘れていました。
 失礼しました。




posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | *身辺雑記

2025年08月07日

清張復読(80)『草の陰刻』

 検察と警察の仲がよくない、ということが最初はよくわかりませんでした。そして、この物語は検察の側からの視点で読むものです。新旧刑事訴訟法が事件の前後に関わっています。このことも、法律に暗い私には、しばらく戸惑う点でした。

 そんな中で、資料庫にあった書類の内、特定の年次の冊子がなくなっていたことが発端となり、検事の追跡が始まります。検事、刑事、暴力団の緊迫した駆け引きが、長編小説特有のゆったりとテンポで展開します。清張らしい語り口や描写が、随所に見られます。


 連絡方法が手紙よりも電話が早いとあります。それでも3、4時間もかかるという、背景となっている時代の違いを感じました。今の視点からでは、コミュニケーションの手段のその後の急速な発達を痛感します。ひいてはそれが、登場人物の行動のありようにも影響します。このゆったりとした話の流れに、次第に慣れました。


 瀬川は杉江支部の武藤検事宛に或ることを頼まなければならない必要を感じた。これは手紙の上では遅すぎる。電話を杉江に申しこむことにした。

「どれくらいの時間でつながるかね?」

 交換台に訊いた。

「普通ですと、いまごろなら、三、四時間くらいかかると思います」

 瀬川は急報にしてもらったが、それでも相当な時間がかかりそうである。(331頁)


 手紙で頼むのはまどろこしい。電報では意が尽せない。電話はすぐには通じない。

 だが、結局、電話よりほかないので、彼は昼間を避けて、早く通じる夜間に杉江に申込むことにした。(338頁)


 後半になると、一気に読ませます。放火事件を背景にして、暴力団や代議士が暗躍する話が展開します。いつどんでん返しがあるのかと、期待していました。しかし、推理は理詰めで、落ち着いた語りが続きます。

 やはり予想通りに、代議士は逃げ遂せました。終始追及した検事は辞職します。穏やかな終わり方に、少し物足りなさを感じました。【3】



初出誌:「讀売新聞」1964年月5月16日〜1965年5月22日




※『松本清張全集8』(文藝春秋、2008.5.10)の巻末に収載されている「解説」(見田宗介)には、次のようにあります。


この作品『草の陰刻』にもみられるように、まず推理小説一般の条件として、物語がある一つの事件の論理ともいうべきものを内蔵しており、それが少しずつ明らかにされていくという楽しみがある。しかし同時に、読者がその謎をおっていくなかで、主人公、副主人公、あるいはそれをめぐる幾人かの人間たちの人生が、生ま生ましくうかびあがってくる。清張の小説の人物たちは、「ただの」推理小説の登場人物たちのように、事件の論理にあやつられる小道具ではなく、それぞれの執念や、野望や、不安や、憎悪や、屈辱や、焦燥や、孤独や、葛藤や、貧しさや、正義感や、義狭心等をいだいて、せめぎあい、からみあう実人生として息づいている。しかも同時に、第三に、清張の推理小説の多くにおいては、このような人生のからみあいを通してそれぞれの時代の社会の構造があばき出される。『草の陰刻』はこのことが、もっとも意識的になされている作品群の一つであろう。(435〜436頁)



※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。


権力構造の暗部に潜む犯罪をリアルに描いた社会派ミステリーの力作。(51頁)







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