2025年03月06日

相愛大学で古写本『源氏物語』の原本調査

 今日は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の古写本を調査する日です。
 ニュートラムに乗ったのは、数十年ぶりです。気持ちのいい無人運転でした。

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 写本を所蔵しておられる相愛大学は、ポートタウン東駅から歩いてすぐの、瀟洒なキャンパスです。

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 図書館長の千葉真也先生が、お忙しい中をご丁寧に校門まで迎えに来てくださいました。恐縮します。ありがとうございます。

 本日拝見した古写本は、『枕草子』の研究者として知られていた、田中重太郎先生が収集なさったものです。言われている通りの、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」と、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』と同じ装幀で、同じ紙質で、同じ時代に書き写された写本でした。
 つまり、今から800年前には同じ一組の『源氏物語』の内の5冊だったと思われます。ただし、相愛大学の5冊すべてが完全な形ではなくて、多くの落丁がある写本であることが惜しまれます。それでも、これまで詳細な調査がなされていなかった写本なので、あらためて鎌倉時代の写本の実態を調べることにしました。

 実は、10年前に相愛大学の『源氏物語』を調査をする予定でした。しかし、ハーバード本や歴博本の影印本を刊行することに時間を取られ、調査ができないままに今に至ってしまいました。
 当時から、私の科学研究費補助金のプロジェクト研究員だった淺川槙子氏(現・名古屋大学)に、関連資料を集めてもらっていました。丹念に集めてあった資料をあらためて送ってもらい、遅ればせながら少しずつ調査を始めることになりました。10年越しで調査研究の願いが叶い、楽しみにして今日は相愛大学へ行きました。

 私は大阪府立高校で教員をしていた1980年頃に、相愛大学の大学入試説明会に参加しました。その時に田中重太郎先生が壇上で、入試のお話をなさった時のことを記憶しています。遠くからではあっても、その研究業績を知っていたので、感激しながら伺いました。会場は本町にある高校だったかと思います。
 また、阿尾あすか先生には、私が国文学研究資料館に在職中の2008年に、源氏千年紀で『源氏物語展』を担当した際、機関研究員として調査や研究のみならず展示のお手伝いをしていただきました。
 その阿尾さんが、今は相愛大学の准教授になっておられました。阿尾先生にも若手としてこの調査に加わっていただき、成果の取りまとめにも関わってもらうことになりました。

 今日は、ハーバード大学本と歴博本の3冊のみごとな臨模本を作成された、書家の宮川保子さんのお声がけで写本の確認と調査をすることになったものです。私は、書き写された物語本文を「変体仮名翻字版」で翻字して、多くの方に鎌倉時代の信頼すべき本文の実情と書写されている文字の実態をお伝えすることを使命として望みます。
 京都と大阪の源氏講座で、変体仮名を読むスキルを磨いておられる辻義孝さんにも同席してもらい、鎌倉時代の手書きの列帖装の写本を熟覧しました。糸が切れた断簡なので、取り扱いには慎重を期しました。

 明日からは、この写本の[変体仮名翻字版]の作成にかかります。そして、疑問点や再確認を必要とする箇所などの再調査を、今月中に一度はしようと思っています。

 この写本の臨模本の作成と本文の調査研究とが、こうして今日から同時に進行することになります。今年中には成果を公表しましょう、と決意表明をして、初回の顔合わせを終えました。

 このプロジェクトの進捗状況は、折々に報告します。




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2024年11月04日

宮川源氏作品展の準備が完了し明日から一般公開へ

 宮川保子さんが制作された、ハーバード大学本『源氏物語』の臨模本と創作本の展覧会が、明日11月5日(火)から約1ヶ月の会期で開催されます。場所は、平安神宮の近くの白川沿いにある、タッセルホテルです。地下鉄東西線の東山駅を出てすぐです。

 「源氏物語」宮川保子 作品展
 会期:2024年11月5日(火)〜30日(土)
 会場:タッセルホテル三条白川 1階
 後援:古典の日推進委員会

 紹介記事は、「ご案内2題(2/2)宮川さんの作品展が古典の日の行事として開催されます」(2024年10月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/191107632.html)をご覧ください。

 展示の準備をするために、今日は会場となるタッセルホテルに行きました。
 展示に熱中していたので、昨日まで九州の太宰府にいたことはすっかり忘れていました。
 私の体調管理のために九州に同行した妻も、疲れを忘れて展覧する作品の配色の具合や、展示する写本のズレなどをチェックしていました。

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 喫茶室のパーティションとして並ぶ4台のショーケースの下2段を使っての展示です。
 入ってすぐのケースから奥へと、順に紹介します。

 最初の3台のケースには、宮川さんの創作本を展示しています。今回は、宇治十帖に限定です。
 上の段に写本を、下段にはその写本を制作するための小道具などが並んでいます。

 1台目と2台目のケースの下段には、料紙の背景に刷り込まれた装飾のための版木が、参考資料として配置されています。

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 なお、後者のケースにある大判の版木は、帰り際に一回り小さな藤の花の版木に変えました。明日からの公開展示では、変更した藤の花が配置されていることをお断わりしておきます。

 3台目のケースの下段には、「浮舟」に関する巻の料紙に使用した小道具が置かれています。

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 1番奥の4台目のケースには、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の二帖と、国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」が並んでいます。このケースは私に任せていただけたので、一番見てほしいと思う箇所を開きました。右から、「須磨」「鈴虫」「蜻蛉」です。

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 右の「須磨」は、「こよ〈改行〉ひ八【十五夜】なり介り」という有名な箇所の上に矢印を付けてもらう手配をしました。今日は、仮にオレンジ色の附箋がその上に付いています。
 真ん中の「鈴虫」では、背景の装飾となっている雁が飛び行く様が、どのような手法で制作されたのかがわかるようになっています。作業段階の写真を上に掲示することで、舞台裏を実見していただきたいと思っています。下段の小道具も、見ていただきたいものを配列しています。

 この展示エリアと喫茶室の壁面には、軸装にした作品が並んでいます。その中でも、ハーバード大学本の左手の壁面には、「須磨」の28丁裏と29丁表、そして40丁裏と41丁表を軸装にした作品を掲げています。
 この表装も、裂地を含めてすべて宮川さんの手になるものです。

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 写本のすばらしさを堪能していただきたい、との思いで作品を並べました。
 ささやかな展覧会です。多くの方に観ていただけることを願っています。

 帰りは、白川沿いに岡崎公園へと歩きました。平安神宮に向かう朱塗りの大鳥居が、明日から1ヶ月間の展覧会の盛況を祝福しているようです。

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2024年06月21日

池田本「桐壺」に書写されている文字の仕分け

 明日のキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)での源氏を読む会で使用する資料を作成しています。
 まずは、池田本「桐壺」の写本に書写されている文字を整理しました。
 漢字と変体仮名の字母、そして現行の平仮名が何例あるのかを、一覧にしました。
 あとは、池田本「桐壺」の本文を文節に区切り、その『総索引』を作ることがあります。
 これは、明日の朝には完成します。
 取り急ぎ、出来たばかりの資料を提示します。
 画像をクリックすると、文字が読みやすい精細表示となります。

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2024年06月06日

オンラインセミナー「デジタル時代の変体仮名」に参加して

 今日は夕刻より2時間にわたり、人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)主催の Zoomを使ったオンラインセミナーに参加しました。
 「第22回CODHセミナー デジタル時代の変体仮名:日本の文字文化の継承と新たな展開」(17:00-19:00)は、現在私が社会人講座で取り組んでいる変体仮名に関する専門家による討論会です。久しぶりに、日頃はあまり刺激しない、脳の奥深くを掻き混ぜることになりました。心地よい感触の余韻に浸っています。

 CODH のホームページより、今回のイベントの「概要」を引きます。

変体仮名とは、現代社会では使われなくなった「ひらがな」の字形を指す言葉です。江戸時代のひらがなは現在とは異なり、一つの音にも複数の字形が存在していました。しかし明治時代以降のひらがなは一音一字への動きが進み、現代社会における変体仮名は、そば屋の看板の「読めない文字」などにわずかに残る存在となってしまいました。
しかし最近、デジタル技術による変体仮名の再生に向けた動きが相次いでいます。まず2017年に変体仮名285文字がUnicodeに採用され、標準化が進みました。そして2024年にはGoogleがNoto Serif Hentaiganaを開発し、オープンな変体仮名フォントが誕生しました。さらに、くずし字認識や生成技術を活用したアプリが普及するなど、変体仮名の利用と継承にも新たな可能性が生まれています。そこで本セミナーでは、デジタル時代の変体仮名に取り組む関係者の方々にお集まりいただき、これまでの取り組みを紹介いただくとともに、これからの展望について議論します。

 そして、プログラムは以下の通りでした。

17:00はじめに
17:05-17:20変体仮名が「廃止」されるまで岡田 一祐(慶応義塾大学)
17:20-17:35変体仮名とUnicode高田 智和(国立国語研究所)
17:35-17:50Noto Serif Hentaiganaのデザイン山田 和寛(株式会社nipponia)
17:50-18:05アプリにおける変体仮名北本 朝展(ROIS-DS CODH/国立情報学研究所)
18:05-18:15専門家コメント小松 弘幸 (Google)
      カラーヌワット・タリン(Sakana AI)
      きむみんよん(Studio Em Dash)
      ほか
18:15-18:55ディスカッション・質疑応答全員
18:55-19:00おわりに

 今回の資料は、後日、リポジトリで公開される予定です。

 このセミナーを通して、貴重な情報をいただくことができました。
 その中からいくつかを拾っておきます。

 高田智和氏(国立国語研究所)は、ユニコードに変体仮名の字形を登録するにあたり、「天」と「弖」については「天(て)」の方に無理やり決めた、とのことでした。また、「弖」は「ユミイチ」と読んでおられるようです。

 矢田勉氏(東京大学)は、変体仮名の使い分けで「さしすせそ」は文の先頭には「志」というものを使い、「け」の字には「介」の字を使うなどのルールはあるが、絶対的なものはなく、傾向でしかない、という示唆に富む意見を述べておられました。

 いずれにしても、字母に関する傾向は統計的にありそうで、今後はビッグデータによりますます研究が深まって行く、というまとめの言葉が司会者よりありました。

 本日のセミナーには、ピーク時に150人以上の参加者があったそうです。
 この問題がますます発展して、日本語の文字表記の研究が多彩な方向で検討されることに期待したいと思います。
 その流れの中で、私は地道に翻字を進め、その成果を通して変体仮名とその字母のデータが研究に資するように、データベースを構築することに専念したいと思います。
 翻字のお手伝いをしてくださっているみなさま、引き続きご協力のほどをよろしくお願いいたします。




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2024年04月28日

昨日の池田本「桐壺」の記事で「火んさ」と「ムスメ」に関する補訂

 昨日の本ブログ「キャンパスプラザ京都で池田本「桐壺」を読む(第17回)」(2024年04月27日、http://genjiito.sblo.jp/article/190874213.html)に関して、訂正と新たにわかったことを追記します。

【その1】「火んさ」のこと
 池田本「桐壺」の27丁裏8行目に「火んさ」(冠者)という表記があり、その「火」について、次のように指摘しました。

「これは、手近な仮名文字字典には見当たりません。陽明文庫本にはあるようです。貴重な文字だと言えるでしょう。」

池田本「桐壺」27ウL8火んさ.jpg


 しかし、ここには私の思い違いがありました。昨日の講座に参加しておられた淺川さんから、陽明文庫本にはこの語句が欠脱していることと、諸本の異同状況をご教示いただきました。
 そこで、あらためて手元の本文データベースで確認したことを、以下に報告します。
 ただし、この手元のデータ群で[変体仮名翻字版-2023]に補訂したのは、「池田本」と「尾州本」の2本だけです。それ以外は、2013年12月時点のデータであり、変体仮名を無視した不正確な旧データです。さらに正確を期して言えば、『源氏物語別本集成 続 第1巻』(おうふう、2005年5月)を刊行した時の元データに対して、部分的に[変体仮名翻字版]に補訂しつつあるものです。ほとんどが従来の旧翻字方法で作成したものであるため、今となっては不正確なものです。しかしながら、ここで問題とする箇所については、ほぼ実状が確認できるので、その書写状況を知ることには問題はないと考えます。
 旧データながら、今回確認した諸本がこの文節番号「012543」の箇所(池田本「火んさ」)をどのように表記しているかは、次のように整理できます。括弧内は同一本文を伝える写本名です。波線の上下で、本文の分別ができそうです。これは、従来より「『源氏物語』の本文は2つにしか分別できない。」としてきた私見を支えるものとなっています。そして、「火」を「か」という変体仮名の仲間としていいのか、という参考資料となります。文字に関する専門家のご意見がいただけると幸いです。

陽明本 → ナシ (仏阿仏(室伏)・慈鎮本(室伏))
池田本 → 火んさ (明融本)
尾州本 → 火さ (高松宮本・平瀬本)
議会本 → かさ
御物本 → かくわん
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大島本 → くわんさ (国文研三条西本・書陵部三条西本・日大三条西本・国冬本・大正大本・絵入源氏・京女大正徹本・国文研正徹本・天理河内本・肖柏本・保坂本・尊経閣前田本・九大古活字版・湖月抄)
阿里莫 → くはんさ
麦生本 → くはさ (首書源氏)
穂久邇 → くわさ
伏見本 → 冠者の

 私が構築を進めている翻字データベースには、旧方式の翻字データが混在しています。変体仮名を意識して翻字したデータは、残念ながら今のところは「池田本」と「尾州本」の2本だけです。こうしたおもしろいことがわかるのですから、今後とも鋭意[変体仮名翻字版-2023]の作業を進めて行くことの重要性を痛感しています。


【その2】「ムスメ」のこと
 昨日の記事のコメントで、この「ムスメ」については次のように記しました。

「女」に「ムスメ」という読み仮名を振っています。カタカナで記されているので、この注記は親本に書かれていたものか、後の人が書いたものなのか、調べてみる必要があります。

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 これについても、淺川さんからご教示をいただきました。

・池田本「おほん女/女=ムスメ」
・明融本「おほん女」
・議会本「おほんむすめ」
・高松宮本「御むすめ/む=葵上」
・前田家本「おほむむすめ/す=葵ノ上ノコト」
・国冬本「御いつきむすめ」

 これ以外の写本には「御むすめ」「おほんむすめ」とあります。
 「女」を「ムスメ」と読み、表記することに関して、当座の情報として紹介しておきます。




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2024年03月31日

宇治で2年が経ち、[変体仮名翻字版]を世に問う

 2年前の今日、京都市から宇治市に住まいを移すにあたり、ブログのタイトルを[鷺水庵より]から[たつみのいほりより]にあらためました。
 『百人一首』にある喜撰法師の歌
  わがいほは みやこのたつみ しかそすむ よをうちやまと ひとはいふなり
にあやかって、ブログのタイトルを改名したのです。

 あれから2年が経ちました。生活の舞台を宇治にしようと決めて一カ月半後には、もう新しい宇治の住まいの鍵を手にしていました。電光石火とは、まさにこのことです。
 日々の雑録が一人の生きざまとして等身大の記録で残るようにと一念発起し、2008年に始まった毎日書くというブログも、今年で17年目を迎えています。昨夏には、脳梗塞となるも奇跡的に半身不随とはならず、以来大過なく書き続けています。
 明日から4月。新しい年度となります。しかし、私の生活においては、時を刻み続けていく通過点です。

 新年度早々に、『変体仮名翻字版 百人一首』を私家版で刊行します。[変体仮名翻字版]とは、古写本や資料と読み手とのコミュニケーションツールとして、新しい研究環境や日本文化の接し方を提案するものです。写本などに書かれたままの文字で翻字する、という方針を、数年前に固めました。嘘の翻字をしないことを標榜して以来、初めて見える形で提示するものです。
 『源氏物語別本集成 正・続』(全22巻、桜楓社・おうふう、1989年〜2010年)の刊行を中止したのは、このことがあってのことです。今は、新たに更に100年をかけてのプロジェクトとして、[変体仮名翻字版]による『源氏物語』の本文データベースを構築しつつあります。そのための運営母体としてのNPO法人〈源氏物語電子資料館〉も、コツコツと当初の目的である事業を推進しています。

 新年度となっても、これまでと変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。




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2024年03月21日

仮名文字「こ(己)」と「古」の判別で困っています

 現在、江戸時代の寛文ごろに書かれた文字を読み解いています。
 その中で、次のような文字に出くわし、自分の中で判断が揺れています。

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 Aを「古ゝのへ」と読み、BからFまでを「己」が崩れた「こ」として単語を読んだところで、ハテナと思い留まりました。
 変体仮名の「古」と思われる字形の文字は、ここ以外には出てきません。Aを、あえて変体仮名の「古」とすべきか、ということです。
 江戸時代の文字に私は親しんでいないので、このAは、「古ゝのへ」とすべきか「こゝのへ」とすべきか、判断を休止しています。
 この分野に明るい方のご意見を、お伺いしたいと思います。
 ご教示のほどを、よろしくお願いします。




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2024年01月06日

書家宮川保子さんの源氏物語作品展は4月16日から

 本年4月16日(火)から21日(日)の6日間、東京の銀座4丁目交差点角にある鳩居堂で、「宮川保子作品展」が開催されます。
 そのリーフレットが届いたので、ここに紹介します。A4判四つ折りで、両面印刷されています。
 ※画像をクリックすると、別画面に精細な画像が表示されます。

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 宮川保子さんは、ハーバード大学本「須磨・蜻蛉」と歴博本「鈴虫」の三冊を、写本に極めて忠実な臨模本として制作なさいました。文字はもとより、その料紙も含めて驚嘆すべき再現がなされていることが、特筆すべきことです。

 また今春の展覧会では、令和版というべき実証実験を兼ねた五十四冊の創作書写本も展観されます。版木や型紙を用いて制作された装飾料紙の上を、『源氏物語』の本文が自在な筆使いで空間を楽しむかのように舞っています。多彩な変体仮名は、我々をいにしえに誘います。見る者を飽きさせません。

 宮川さんと私は、2018年8月3日に重要文化財に指定されている歴博本「鈴虫」の原本調査をしました。同月29日からはハーバード大学美術館で、同大学のメリッサ・マコーミック教授に直接ご教示をいただきながら、「須磨」と「蜻蛉」の原本を調査しました。見た目ばかりではなく手触りに至るまで追体験できる極上の臨模本として蘇ったのは、宮川さんに原本に対して情熱をもって実見した体験の裏打ちがあるからです。

 この機会に、一千年前の古写本の姿を彷彿とさせる実証研究の成果を通して、日本の古典文化の一端を体感していただきたいと願っています。




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2023年05月10日

中之島で「澪標」を読む(その2)翻字の新方針

 少し早めに淀屋橋に着いたので、持参の弁当を中之島公園で広げました。木陰にいい場所があったので、花と行き交う人々を見ながら、のんびりと食事です。海外からの方が多く散策しておられたのは意外でした。
 中央公会堂のそばから御堂筋に向かって西を見やると、中之島図書館と大阪市役所が望めます。しばし、心地よい風に吹かれていました。

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 本日配布した資料は、次のものです(一部分、画像をクリックすると精細表示になります)。2枚目の後半以降の「池田本「澪標」の本文を確認/[補訂・変体仮名翻字版]」の項目については、広くご教示をいただくためもあり、この後に詳細な資料を掲載します。

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 今日の源氏講座では、まずハンガリー語訳『百人一首』(共著、フイットレル・アーロン、カーロイ・オルショヤ、2022年12月)を回覧しました。毎回、手で触れることのできる物で、日本の古典文化の理解に役立つ物を実感・体感していただいています。詳しくは、前掲の配布資料の1枚目の半ばからを参照願います。

 本題となる翻字は、新たに定めた凡例に即して、最初から確認をしました。
 新たな凡例とは、次の2つがこれまでより大きく改正した点です。

・現行五十音図の平仮名の字母・漢字に近い字形の時は[ ](角括弧・ブラケット)で括る
・踊り字をすべて文節単位で開く

 その他の翻字に関する凡例は、『源氏物語別本集成 正・続』で公開したことを引き継いでいます。
 この新方針に切り換えて翻字を進めることで、その背後にある書写者の書写態度や作業環境を字母レベルで追認できるようにしたいと思っています。

 以下、本日の講座で確認した新たな翻字版の試行版とでもいうべき[補訂・変体仮名翻字版]は、次のようになります。対象範囲は、1丁表から3丁裏までです。なお、平仮名の「お」はその字母となる漢字の「於」で表記されています。しかし、すべてが「於」で書写されており、他の字母は出てこないこともあり、今回の括弧([ ]、角括弧・ブラケット)の対象から外すことにしました。これは、本日の講座で説明している中で決断したものです。受講者のみなさま、翻字の方針で迷走する姿にお付き合いいただくこととなり、大変失礼しました。
 ここでは、「乃→[の]」、「川→[つ]」(「州」も認める)、「奈→[な]」、「加→[か]」、「幾→[き]」、「曽→[そ]」などが対象となっています。
 参考までに、巻頭部5行分の影印画像に赤色と青色で印をつけたものも提示します。

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天理大学付属天理図書館蔵 池田本「澪標」第一丁表から三丁裏まで、字母に注意して確認[補訂・変体仮名翻字版]



さや可尓・み・堂まひし・ゆ免の・ゝちは/(のちは)・【院】
[の]み可と能・【御事】越・古ゝろ尓/(古古ろ尓)・可遣・きこえ・【給】
て・い可て・閑[の]・し徒三・堂満ふらん・徒三・す
くひ・堂て満[つ]る・こと越・せむと・おほし[な]遣
きけるを・[か]く・【返】・【給】ては・そ[の]・【御】いそ[き]・
し・【給】・【神無月】尓・【御八講】・し・【給】・よ能【人】・
なひき・徒可婦ま[つ]る・こと・む可し能・やうな
里・お本【后】・な越・【御】[な]や三・をもく・お八し満
す・うち尓も・[つ]井尓・古[の]・ひとを・ナシ/+盈・け堂須・
な里ぬると・ナシ・ナシ・おほし遣れと・【御門】盤・【院】[の]・【御】
ゆい古んを・【思】・き古え・【給】・ものゝ/(ものの)・むくひ・ありぬへく/ぬ〈次頁〉、(1オ)
--------------------------------------
ナシ・おほし遣る越・ナシ・な越し堂て・【給】て・
【御心】ち・ナシ・すゝしくなむ/(すすしくなむ)・おほしける・ナシ/+と起/\/(と起と起)・お古り・[な]
やま勢・【給】し・【御】免も・さ八やき・【給】ぬれと・
お本可多・【世】尓盤・ナシ・[な]可く・ある満しう・古ゝろ
本そき/(古古ろ本そき)・【事】との三・ひさし可らぬ・こと越・お
ほし徒ゝ/(おほし徒徒)・つね尓・めし・あ里て・【源氏】[の]【君】
は・満い里・【給】婦・【世】[の]【中】能・【事】なとも・へ多て
[な]く・能堂満八せ徒ゝ/(能堂満八せ徒徒)・【御】【本】い[の]・やうなれ八・
おほ可多[の]・【世】の【人】裳・あひ[な]く・うれし
き・【事】尓・よろ古ひ・き古えける・お里井
なむ[の]・【御心】徒可ひ・ち可く・な里ぬる尓も/(1ウ)・
--------------------------------------
【内侍督】・古ゝろ本そ遣に/(古古ろ本そ遣に)・よ越・【思】・なけき・
【給】へる・い登・あ八れ尓・おほされ遣里・ナシ・おと登・
うせ・【給】・【大宮】裳・堂のもしき遣なうの三/き$・
あ徒可ひ/可$・堂まへるは・【我】・よ・能古里・すく
なき・【心地】・するになん・いと・/\をしう/(いとをしう)・[な]こり・
なき・さ満尓て・と満里・【給】八んと・すらむ・ゝ可志
よ里/(む可志よ里)・【人】尓盤・【思】おとし・【給】えれと・【身】徒
閑らの・古ゝろさし能/(古古ろさし能)・【又】なき・ならひ尓・たゝ/(たた)・
【御事】の三[な]ん・あ八れ尓・おほえ遣る・堂ち
まさる・【人】・【又】・【本】い・あ里弖・み・堂まふと
裳・をろ可ならぬ・【心】さし者/し+えイ・しも/〈ママ〉・なすら
八さらんと/八〈次頁〉、(2オ)・
--------------------------------------
【思】さへこ[そ]・【心】く累し遣れとて・
うち[な]き・【給】ぬ・【女君】・可本は・いと・あさや可に/あ+可くイ・
尓本ひて・古本る八可里/里+の・【御】あい【行】尓・な三
堂も・古本連ぬる越・よろ徒[の]・[つ]三・王
寿連て・あ八れ尓・らう堂しと・【御覧】せ
羅る・なと可・み古越堂尓・裳・たまへる満
しき・くちおしう裳・ある可[な]・ちき
里・婦可き・日と能・堂免尓盤・い満・【見】いて・【給】
てんと・【思】も・くちおしや・[か]き里・あれ八・
堂ゝ【人】尓て[そ]/(堂堂【人】尓て[そ])・み・【給】八ん閑しなと・ゆく
すゑ[の]・【事】越さへ・の【給】八するに・いと・者つ
[か]しうも/[か]〈次頁〉、(2ウ)・
--------------------------------------
可[な]しうも・おほえ・【給】・【御】可多ち
なとも・な満免可しう・きよらにて・[か]き里
[な]き・【御心】さしの・【年月】尓・そ婦・やう尓・も
て[な]させ・【給】尓・めて堂き・【人】[な]れと・さしも・
おも・【給】へらさ里し・遣しき・【心】者へなと・ナシ・も
[の]・【思】しられ・堂まふ・満ゝに/(満満に)・[な]とて・王可・【心】能・
わ可く・い者遣なきまゝに/(ままに)・満可せて・さる・さ八
きをさへ・日きいてゝ/(日きいてて)・わ可・な越八・さら尓も・い
者須・【人】[の]・【御】堂免さへなと・おほしい徒る
尓・いと・うき・【御身】な里・あくる・としの・きさ
らき尓・【春宮】[の]・【御元】婦く[の]・【事】・あ里・【十一】尓/尓〈次頁〉、(3オ)・
--------------------------------------
な里・給へと・本とより・おほき尓・おと[な]
しう・きよらにて・堂ゝ/(堂堂)・【源氏】[の]【大納言】[の]・
【御】可本を・布多徒尓・う[つ]し堂らん・
やう尓・みえ・【給】・い登・満者ゆきまて・ひ可り
あひ・堂まへる越・【世人】・めて堂き・もの尓・
きこゆれと・者ゝ/(者者)・【宮】盤・いみしう・[か]多八らい
堂き・【事】尓・あひ[な]く・【御心】越・[つ]くし・【給】・
【内】尓も・めて堂しと・み・堂て満徒里・【給】て・【世
中】・ゆ徒里・き古え・【給】へ[き]・【事】なと・な徒可
しう・き古えしらせ・【給】・おなし・【月】[の]・【廿】よ
【日】・【御】くにゆ徒里[の]・【事】・尓者可[な]れ半・【大后】/【后】〈次頁〉、(3ウ)・
--------------------------------------


 この新方針での翻字について、興味と関心をお持ちの方からのご意見をお待ちしています。

 帰りに、図書館の1階奥の新聞閲覧室の手前で、大阪府立中之島図書館が『名探偵コナン』(19巻、青山剛昌、少年サンデーコミックス、1998年4月)に紹介されていることを知らせる立て看板を見つけました。コナンたちがこの図書館で過去の記事を検索しているのです。ここは、あのコナンも調査で来た図書館です。これも、参考までに掲載します。

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2023年01月29日

片仮名「ホ」の字形に関して思案中

 京都駅の南東に「京都アバンティ(AVANTI)」というショッピングビルがあります。駅の真向かいになる壁面に「響都ホール」という文字が掲示されていました。その「ホ」という片仮名を見ていて、違和感を覚えました。自分の思っていた字体(字形)と違っていたからです。私は、2画目を跳ねないで書きます。

230129_katakana-ho.jpg

 帰ってからネットで調べると、2画目を跳ねないという方が多いのです。しかし、正しくは跳ねるようです。手元にある仮名の事典や辞書を見ると、片仮名の「ホ」は確かに跳ねた文字で印刷されています。

 パソコンで「ホ」を表示すると、フォントによって跳ねるものと跳ねないものの2種類が出てきます。跳ねないフォントは、「DFP 隷書体・ MS ゴシック・ Osaka ・ヒラギノ角ゴシック・ヒラギノ丸ゴシック・メイリオ」などなど、ゴシック体を中心として出てきました。

 文化庁が発表している「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)について」(平成28年2月29日)を見ると、「Q41 「木」と「ホ」(「保」など)」(92頁)に次の説明がありました。画像をクリックすると、精細な画像が表示されます。

230129_katakana-ho1.png

230129_katakana-ho-2.png

 「ホ」の3画目は、はらうのではなくて止めるのだそうです。私はこれまで、はらっていました。だんだん自信がなくなります。
 さらに、漢字に関して「2章 4 手書き(筆写)の楷書では、いろいろな書き方があるもの」の「(5)はねるか、とめるかに関する例」(54頁〜55頁)には、次の説明がありました。

230129_hane1.png

230129_hane2.png
230129_hane3.png

 これによると、字母である「保」の右下の「木」は、跳ねても止めてもいいことになります。
 参考までに、『図解 かなの成り立ち事典』(森岡隆、教育出版、2006年8月)には、片仮名「ホ」について次の説明があります。

「保」の終画「木」から片仮名の「ホ」ができました。「楽」「集」「案」「条」などのように、「木」が下につく場合は、「木」を「ホ」の形に書くのが通例でした。「保」も同様で、その形を用いたわけです。(15頁)



 ここではこれ以上は立ち入らないとしても、「ホ」の2画目は跳ねても跳ねなくてもいいように思えます。いろいろな問題が、この背景にはありそうです。
 なお、「ホ」の他に「カ」と「オ」も、片仮名の例の中で跳ねる跳ねないの問題があるようです。

 今日は数時間前に抱いた違和感から、この問題に専門ではないものの、少し調べたことを現時点でのこととして記しました。さらに問題意識を持って、情報を集めます。
 学校教育の現場では、どのような理由でどのように教えておられるのでしょうか。この件に関して、ご教示いただけると幸いです。
 
 
 
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2022年09月29日

橋本本「若紫」のテキストの正誤表

 6年前に、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)を刊行しました。これは、明日30日(金)に日比谷図書文化館で開催される「古文書塾 てらこや」でのテキストとして使用しています。

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 このテキストを用いて、「てらこや」の受講生のみなさまと一緒に変体仮名の確認をしてきました。そして、いろいろと翻字のミスが見つかりました。みなさん、熱心に予習や復習をなさっているので、翻字に関してご指摘を受けながら、丹念に字母などの確認をすることとなりました。
 以下に、その誤りの箇所を列記します。お手元に本テキストをお持ちの方は、ご面倒でも訂正をよろしくお願いします。

・「万う春/春$」(1丁表4行目)→「万う春/$」
・「きよ気なるや」(3丁表5行目)→「きよ気なる・や」
・「なれ$覧」(7丁裏5行目)→「なれ$【覧】」
・「こをれ」(12丁表9行目)→「こ本れ」
・「【御】さま那里登いふなり/【御】+あ里、いふなり$」(13丁裏2行目)→・「【御】さま那里登いふなり/【御】+あ里、登$〈$削〉、いふなり$」
・「【事】ともを」(13丁裏5行目)→「【事】ともをも」
・「おほさる/さる$寿」(14丁表1行目)→「おほさる/ほ+◦、さる$寿」
・「う遣多ま八里つる」(14丁表10行目)→「う遣多ま八里つる/つ=〈ゴミ〉」
・「事とは」(18丁表8行目)→「【事】とは」
・「人にも」(18丁裏1行目)→「【人】にも」
・「なに事も」(29丁裏1行目)→「なに【事】も」
・「うまれ【給】らん」(30丁表9行目)→「う万れ【給】らん」
・「しろし免されさりける」(31丁表5行目)→「しろし免されさりける/前さ〈判読〉」
・「思」(34丁表4行目)→「【思】」
・「【御】こと【葉】」(34丁裏6行目)→「【御】こと葉」
・「【御】気し◦なるもの可ら/◦=き」(37丁表2行目)「【御気】し◦なるもの可ら/し+き」
・「【給】て/て〈削〉て」(38丁表8行目)→「【給】て/弖〈削〉て」
・「すこし可た【気】にて」(44丁裏7行目)→「すこし可多【気】にて」
・「ものおそろし可覧と」(46丁表9行目)→「ものおそろし可【覧】と」
・「堂てま徒覧と」(46丁裏3行目)→「堂てま徒【覧】と」
・「免さ満し可覧と」(47丁裏7行目)→「免さ満し可【覧】と」
・「葉多徒きを」(50丁表8行目)→「葉多徒き越」
・「いたう葉」(50丁裏5行目)→「い多う葉」
・「【道】なれ葉」(51丁裏10行目)→「【道】なれ半」
・「多まへる尓」(53丁表8行目)→「多万へる尓」
・「多まへ類よ里葉」(53丁裏3行目)→「多万へ類よ里葉」
・「【御】こと【葉】」(54丁表7行目)→「【御】こと葉」
・「あ覧」(54丁裏4行目)→「あ【覧】」
・「あ覧」(55丁裏8行目)→「あ【覧】」
・「あ可月尓」(57丁裏8行目)→「あ可【月】尓」
・「きこゑや覧」(59丁表5行目)→「きこゑや【覧】」
・「こ満や可那る・可うちなへ多類とも」(62丁表8行目)→「こ満や可那る可・うちなへ多類とも」
・「うちそ八【見】て」(63丁裏2行目)→「うちそ八見て」
・「ゆ里なる覧」(63丁裏8行目)→「ゆ里なる【覧】」
・「可多ちを」(65丁表1行目)→「可多ち越」
・「ま可勢徒へて」(65丁表3行目)→「万可勢徒へて/〈ママ〉」
・「を可れんも」(65丁裏9行目)→「を可れ【人】も/【人】〈ママ〉」

 
 
 
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2020年08月23日

京洛逍遥(652)七條甘春堂さんの掛け紙に書かれた和歌のこと

 昨日、京都国立博物館で開催中の、西国三十三所の特別展を見に行ったことは、昨日のブログに書いた通りです。
 その帰りに、博物館のすぐ東横にある、京菓子屋の七條甘春堂さんに立ち寄りました。
 特別展に関係する「西国三十三所草創1300年」のシールを貼った京麩焼きのお菓子があったので、抹茶のわらび餅と一緒にいただきました。

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 そのお菓子を入れて手渡された袋に、『源氏物語』の「若紫」の巻に出てくる和歌が書かれています。

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 この和歌を、私がかねてより提唱している「変体仮名翻字版」で翻字すると、次のようになります。

手尓つみて
  いつし可も見む紫の
 ね尓通いける
    野辺の若草


 以前は、この和歌の文字表記が一文字だけ間違って書かれていたことを思い出したので、包み紙である掛け紙がないかと聞くと、今は和歌を書いたものは使っていないとのことで、藤の花が描かれたものを見せてくださいました。

 記憶が、今からちょうど3年前に溯ります。

 日比谷図書文化館で源氏の講座があった、2017年9月10日のことでした。
 受講生のお一人から、変体仮名混じりの文字で記された掛け紙を手渡され、そこに書かれている和歌について質問がありました。この和歌の文字「紫つね尓」は間違っていませんか、と。

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 これも、「変体仮名翻字版」で翻字しておきます。

手につみて
 い徒し可も見む
紫つね尓
  通ひける野辺
       の
      若草


 この和歌の3行目「紫つね尓」は、正しくは「紫[の or 能]ね尓」とあるべきです。
 諸本の本文を調べると、すべてが「紫の」となっています。「紫つ」は一例もありません。
 そこで、3年前の秋に私は七條甘春堂さんの所へ行き、このことをお尋ねしました。すると、会社の役員の方に問い合わせをしてくださり、後日返答をいただくことになりました。
 結果は、和歌を書いていただいた方が偉い書家の方なので、書き直しはお願いしにくい事情をご理解ください、ということで終わりました。その翌年は、まだこの掛け紙の文字はそのままでした。そして昨日、掛け紙には和歌はなく、手提げ袋の文字が書き変わっていることを知りました。
 あまり追求しても、との思いから、3年前にはこのブログには報告しませんでした。しかし、今は書き変わっているので、こんなことがありましたということで、ここに記録として残しておきます。
 
 
 
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2020年04月29日

一日中「そ」という平仮名一文字とたたかう

 昨年10月に、藤原定家が書写したと思われる『源氏物語』の第5巻「若紫」が見つかった、というニュースが流れました。そして、本年3月に『定家本 源氏物語 若紫』(監修:大河内元冬・解題:藤本孝一、八木書店、2020年3月)が、高精細な写真版として刊行されました。
 現在、この「若紫」の「変体仮名翻字版」を作成中です。
 今日は、「そ」という仮名文字に一日中かかりきりでした。
 定家本「若紫」の55丁表8行目に、「遣れ八」とあるところです。

200429_teika-kereha.jpg

 影印本の解題で、藤本孝一先生は次のように報告しておられます。この「遣」の下に書かれていた文字は不明だとされています。

55オ8(117頁)、けれ八→「け」は「□」を擦消した上に書く。(13頁)


 私が進めている「変体仮名翻字版」の表記で「遣」とある文字は、確かに何か一文字をなぞっています。このちょうど裏面は、次のようになっています。「ひきつ」の「ひ」と「き」の間に、表側の面の「遣」が擦り消されたために、墨が少しにじんで文字の形が何となく確認できます。

200429_teika-kereha-ura.jpg

 さらにこの画像を反転すると、次のようになります。

200429_hanten.jpg

 この2つの画像を並べると、つぎのようになります。

200429_nazori2taihi.jpg

 さらに、手元にある資料で17種類の諸本の本文を見比べたところ、大島本だけは本行の本文が「そ連八」となっており、それ以外の16本(橋本本・大島本・尾州河内本・中山本・麦生本・阿里莫・陽明本・池田本・御物本・国冬本・肖柏本・日大三条西本・穂久邇本・保坂本・伏見本・高松宮本・天理河内本(鉛筆なし))は、すべて今の表記で示すと「けれは」となっていました。
 参考までに、『大島本源氏物語 DVD‐ROM版』(古代学協会編、角川書店、2007年11月)の当該箇所の画像を引きます。大島本では、最初に「そ連八」と書き、後で「そ」をミセケチにして「け」と右横に傍記しています。

200429_oosima53o-L9-kereha.jpg

 このことから、定家本「若紫」のこの箇所は、大島本のように最初は「それ八」と書き、後に「そ」を擦り消して「遣」をナゾリ書きしたと考えることが可能となります。とすると、定家本「若紫」の「そ」の字形を確認する必要があります。この少し前の49丁裏の9行目にある「それを」を引きます。

200429_teika49u-L9so.jpg

 定家本では、現在普通に使われている「そ」の字形ではなく、「ろ」のような形をした文字ばかりです。そのことを念頭に置き、この擦り消された下の文字を必死に読み解こうとしました。しかし、残念ながら、一日を費やしても確証は得られませんでした。やはり、原本を実見するしか解決しません。ただし、藤本先生のお話では、この本はなかなか見られないとのことです。どなたか、この本を実見する幸運に恵まれた方がいらっしゃいましたら、この「遣」の下に書かれている文字を教えてください。
 なお、今は中断した『源氏物語別本集成 正・続』の仕事をしていた時のことを思い出しました。底本である陽明文庫本は、印刷が高精細ではなかったことと、白黒印刷であったために、こうしたナゾリの箇所については特に苦労しました。しかし、慣れるといつしか白黒の写真でも下に書かれている文字が読めてきたのです。後に、名和修先生のご高配を賜わり、原本を直に確認することができました。そして、嬉しいことに、ほとんどのナゾリの文字の下に書かれていた文字が、私の推測通りの文字であったことが確認できました。また、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」についても、原本を確認して、写真で推測したことが間違っていないことが多かった、という体験をしています。以来、こうした写真版でも、そのナゾリの箇所の下が読めるという自信を持つようになりました。また、2008年以降は、藤本先生のご教示をいただき、カメラに顕微鏡のような装置を付けて、削られたところの繊維の流れから、削られる前の文字の形を推測するようにもなりました。さらには、科学的な手法が可能であれば、より正確な写本の実態がわかることでしょう。
 とは言え、今回はギブアップです。返す返すも残念です。原本は、今は日本に実際にあるのですから、いつか実態がわかることでしょう。楽しみが増えた、ということに留めておきます。
 
 
 
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2020年01月28日

鎌倉期に書写された『源氏物語』の《宮川版 臨模本》

 鎌倉時代中期に書き写された『源氏物語』の中でも、私が現存する古写本の中でもっとも完成度が高くて古いと考えているものが、この世に3冊あります。それは、すでに影印本として刊行していますので、本文の実態は容易に知ることができます。

(1)『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013年)
(2)『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤鉄也編、新典社、2014年)
(3)『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子編、2015年)


 その写本をそっくりそのままに写し取った臨模本の作成に、書家の宮川保子さんが挑戦して来られました。

 国立歴史民俗博物館に収蔵されている「鈴虫」については、私が同じ機構に所属していたことと源氏千年紀に何度か調査に伺い、また学芸員の資格を持っていたこともあって、ご高配をたまわって宮川さんをお連れして原本の調査を行ないました。このことは、「【追補版】国立歴史民俗博物館で重文の源氏写本の調査」(2018年08月03日)に記した通りです。

 そして、同じ月の8月29日には、日比谷図書文化館での源氏講座を受講なさっていた宮川さんと一緒にアメリカのハーバード大学美術館へ行き、ご所蔵の『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の2巻を実見してきました。メリッサ・マコーミック先生には、写本の実見と調査の上でさまざまなご協力をたまわりました。

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 こうして、紙の用意から始まり、装飾の手法で美麗な本文を書写する用紙が整い、完成した臨模本が公開されたのは昨年、2019年5月13日の中古文学会の折でした。共立女子大学で開催された「共立女子大学図書館所蔵貴重和書展示 本の見た目を楽しむ」で、ハーバード本の臨模・複製本を展示なさったのです。その様子は、「日比谷で源氏の橋本本(11)を読んだ後は共立女子大学へ」(2019年05月11日)に詳しく書いています。

 その3冊の内、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨』と『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語 鈴虫』の臨模本2冊が、宮川さんのご理解をいただいたことから、今、私の手元にあります。
 送り届けていただいた2冊の臨模本には、「拙い作品ですが資料としてお役にたてればうれしいです」という添え書きがあります。ありがたいことです。
 実際には、昨年の師走に京都で受け取ることになっていました。しかし、お互いに所用が重なり延期となり、心待ちにしていたすばらしい写本が新年に届いたのです。これは、私がお預かりするというのではなく、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉でお受けし、末長く『源氏物語』の本文のことを考えるための資料として、会員のみなさまと共に大切に守り伝えていきたいと思います。宮川さんは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の会員でもあります。2015年5月8日に、西荻窪駅前の喫茶店で写本を書写されている件でご相談を受けて以来の、そのありがたいご縁に感謝しています。
 この臨模本の価値を一人でも多くの方々に知っていただくためにも、機会を得ては直接手に取って見ていただこうと思っています。まずは、今週、目が見えないHさんに触っていただき、生まれながらにして見えなかった中での初めての感触をお聞きしようと思っています。その役目を果たしていただくのに、感覚が研ぎ澄まされた方ということもあり最適な方だと思います。
 今後は、さまざまなイベントに持参して、宮川さんの手を通して伝わる鎌倉時代の文化を体感してもらうつもりです。必要であれば、小学・中学・高校や大学の行事や授業などにも参加して見ていただき、手と目の感覚で実体験をしてもらう予定です。このブログのコメント欄を活用して連絡をいただければ、可能な限りご相談に応じます。

 以下、宮川さんの臨模本の姿がわかる写真を掲載します。
 まずは、箱書きから。

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 「須磨」の装飾料紙がすばらしいので、この雰囲気を感じ取ってください。

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 この見開き丁のハーバード本原本の画像を、参考までに引きます。雲の模様と文字の配置の絶妙なコラボが堪能できます。

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 「須磨」の第1丁表の前から3行目の下には、1行に書き切れなかった「支(ki)」が「那(na)」の左横に書き添えられています。

200128_sitanaki-rinmo-1o.jpg

 ここに関しても、原本の画像をあげて比べてみましょう。

200129_sitanaki-org-1o.jpg

 長文の注記が行間に書き込まれている箇所も、忠実に再現されています。

200128_tarisi-rinmo-30u.jpg

 これも、次の原本をご覧ください。

200128_tarisi-org-30u.jpg

 書き様も再現されています。

200128_sumaniha-rinmo-55o.jpg

 この「す満尓八(sumaniha)」の原本は、次のようになっています。

200128_sumsniha-org-55o.jpg

 この臨模本のことは書き切れません。
 直接お話をする機会を得て、思う存分に語らせていただくつもりです。
 
 
 
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2019年11月19日

孫娘2人に変体仮名の特訓を開始

 先日、京都国立博物館へ「佐竹本三十六歌仙」を見に行った折に、複製の『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』をいただいてきました。
 俵屋宗達が金銀泥で下絵を描き、その上に本阿弥光悦が三十六歌仙の和歌を書いた、重要文化財となっている江戸時代の巻物です。
 かねてより、いつかいつかと機会を窺っていたので、ちょうどその日に我が家へ来たことを幸いに、さりげなく2人の前に拡げてみました。

 まずは9ヶ月の子から。
 この真剣なまなざしと、その手の突き方からして、次の反応を期待させます。

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 やがて、巻物の意匠や装幀を確認しだしました。
 書誌的な関心が芽生えたようです。

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 しかし、あっという間にグシャグシャにしてくれました。
 興味を示していると思ったので、油断していました。

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 2歳半のお姉ちゃん登場。
 妹に文字を教えだしました。

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 いやいや、指は墨の文字ではなくて、金泥と銀泥で描かれた鶴を追っています。
 何のことはない、鶴の数を数えているだけでした。

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 それでも、この歳にして、貴重な日本の古典文化に初めて触れたのです。
 さて、次は何にしようかと、今から策を練っています。
 
 
 
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2019年11月16日

佐竹本三十六歌仙再見

 東京からの帰りに京都国立博物館に立ち寄りました。「佐竹本三十六歌仙」をもう一度観るためです。
 会場の前の広場では、トラの着ぐるみの「トラりん」が大人気でした。この博物館の公式キャラクターであり、PR大使なのです。本名は「虎形 琳丿丞 (こがた りんのじょう)」、略して「トラりん」。尾形光琳の幼名「市之丞」から名付けられたのだそうです

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 「佐竹本三十六歌仙」の図様については、前回でほぼ頭に入っていたので、今日はポイントをいくつかに絞って観ました。展示ガラスに貼り付けられている説明文が気になるのです。前回の記事では、変体仮名の翻字のことを書きました。今日は、さらに細かなことを取り上げます。
 歌仙絵には明らかに「ん」と書いてあるのに翻字のほとんどが「む」となっています。「む」や「無」は「む」となっているので、それに合わせるのであれば「ん」は「む」とはせずに「ん(无)」がいいと思います。
 また、「行」と書いてあるのに翻字が「ゆく」だったり、「くら婦」が「比ぶ」になっています。漢字の当て方によっては、せっかくの流麗な仮名で書かれた和歌が台無しです。
 このことは、資料を展示する時の技術的な問題なので、学芸員の方の判断によるものかと思われます。こうした見せ方について、非常に気になりました。せっかくの名品を並べるのです。2度とない機会を提供する学芸員にとって、腕の見せ所です。何かと雑事に追われることの多い仕事だとしても、この点が検討しての結果なのか、見切り発車だったのか、あるいは意識になかったのか、知りたいところです。
 時間をかけて準備された展覧会は、今後のためにも、その展示方法は伝承すべきだと思います。見せ方と見られ方に神経を配った手法が、次の機会に活かされるように、伝えられていくことを願っています。

 この次は、西国三十三所の展示が予定されているとのことです。これも、ぜひとも観に行きたいと思っています。

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2019年11月07日

京博で開催中の「佐竹本三十六歌仙展」へ行く

 時間がとれなかったため、なかなか行けなかった「佐竹本三十六歌仙」の展覧会に行ってきました。京都国立博物館で開催されている特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」は、大人気のようです。

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 この佐竹本は、佐竹家に収まる前には下鴨神社にあったものなので、氏子としては親近感を抱いていました。これまでは、いくつかの絵を五月雨式に見ただけだったので、やっと、一堂に会した絵の数々が見られました。

 佐竹本に辿り着くまでに、いろいろな絵や書で気持ちを高めていく展示の構成となっています。

 重文である寸松庵色紙「ちはやふる」(伝紀貫之筆)は、最近とみに見えにくくなった目で小さな文字を追いました。とにかく現在の姿をよく見ておいて、後で図録でよく確認するのです。図録に掲載されている写真は、鮮明に文字が読めます。それにしてもよくできた、見ていて飽きない図録(336頁)です。

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 国宝本阿弥切『古今和歌集』巻第十二残巻 伝小野道風筆の説明文では、巻頭歌を「思ひつゝ〜」としています。しかし、目の前の原本を字母に忠実に翻字すると、次のようになります。漢字で表記されている「人」は【人】としています。

  多いしら寿 をのゝこ万遅
お裳日つゝぬ連者や【人】のみえつらん
遊免としりせ者さめさら万し越


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 いつものことながら、「お裳日つゝ」と書かれているものを「思ひつゝ」と翻字することには、非常に違和感を覚えます。観覧者は、まず絵を観て、そして書を読もうとする人が多いようです。とすると、現代語訳を添えることも大事だとは思うものの、やはり翻字をどこかに添えてほしいと思いました。自分の目で1文字1文字を追おうとする方が大多数だからです。その次に、余裕のある方は、その意味は何だろうと思われることでしょう。書かれている和歌の意味を知りたいと思う前に、次の作品に移動しておられます。
 その際、やはり字母を明示してもらいたいものです。実際には変体仮名交じりで「お裳日つゝ」と書かれているのに、説明文では「思ひつゝ」と表記していては、それはうその翻字になります。また、文字を読みたいと思う人を裏切り、だますことになります。日本語の本当の姿を知ろうとする海外の方々にも失礼だと思います。
 実は、海外の方々は、実際に書かれている文字が、それを翻字した文字列と違うことを知った時に、なぜ不正確な情報を与えるのだろうと疑問に思っておられます。やはり、字母を明示した正確な翻字をすることで、変体仮名を日本の文化として大事に守り伝えて行きたいものです。
 しつこいくらいに繰り返します。実際に書かれている文字を、翻字では別の現代の文字に置き換えて提示をするごまかしの行為は、もうやめませんか。明治33年に言語統制された結果としての五十音図にあわせた表記に、いつもでもこだわる必要はないと思います。教育現場が混乱するから、変体仮名は教えないというのは、もうやめませんか。変体仮名はユニコードに収録され、世界が認めている日本の文字です。日本人がそれを認めないのは、恥ずべきことだと思います。

 絵巻の所蔵者が持っていた茶碗や茶入れや茶杓が、その横に展示されていたのは、その絵を所持して伝えられて来た文化的な意味と背景に思いを馳せることとなり、なかなかいい展示方法になっていると思いました。茶会と説明がリンクしていたのは、まさに日本の美術品を所有しようとした人たちの文化的な背景が見えてきます。重層的な日本の文化を、こうした折に実感することになります。

 描かれた絵は、全体的に薄く見えたのは、私の目の調子が良くないからでしょうか。色の鮮やかさはともかく、迫りくるものを感じなかったのも事実です。いや、ガラス越しに、1メートル以上離れて眺めるという見方だったからでしょうか。こうした絵や書は、個人的な鑑賞を想定してできており、巻物は肩幅に拡げて1点ずつ見るものなのです。やはり、50センチ位内の近さで見たいものです。その意味から言えば、今回の図録はその疑似体験をさせてくれるほどの、精度の高い印刷をこの価格(三千円)で作製されたことに感謝しています。

 田中訥言の模本は、『探幽筆 三拾六哥仙』の模本を持っている者としては興味深い資料でした。書き込まれた指示や模様の断片などは、絵巻を伝えようとする人の熱意が伝わってくるものとなっています。

 帰ろうと思って1階に降りると、仏像などが並ぶ展示会場に入りました。しかし、そのまま帰らずにしばらく歩いていくと、また三十六歌仙関連の絵や書がありました。こちらも、貴重な作品がならんでおり、贅沢な作品を堪能することができました。
 帰り際、ロダンの「考える人」越しに、夕景の中に京都タワーが見えました。

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 もう一度行くつもりでいます。会期の前半に行けなかったことが残念です。
 
 
 
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2019年10月08日

新出定家本「若紫」の翻字は「変体仮名翻字版」による正確な資料作成を

 本日夕刻に、藤原定家が書写したと思われる『源氏物語』の第5巻「若紫」が見つかった、というニュースが流れました。
 これまで「若紫」は、大島本という〈いわゆる青表紙本〉で読んでいました。
 その大島本の冒頭部分をあげます(『大島本源氏物語 DVD‐ROM版』古代学協会編、角川書店、2007年11月)。

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 それが、今回公開された定家本「若紫」の冒頭は、次のように書き出されています(京都新聞電子版)。写真を見る限りでは、ここで赤丸をした「に」は、何か文字をなぞっているように見えます。これは、いつか原本を実見できた時に確認します。

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 参考までに、私が日比谷図書文化館の講座で使用している、鎌倉時代中期に書き写された橋本本「若紫」の冒頭は、次のようになっています(『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年10月)

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 定家本には「ハ、三」の2種類の変体仮名が、大島本と橋本本には「ハ、三、尓」の3種類の変体仮名が、使われています。変体仮名というのは、明治33年に文部省によって文字統制がなされた際に、教育上の観点から外された、現行の字体と異なる平仮名のことです。たとえば、「安」と「阿」の内で「阿」は平仮名から除外され、変体仮名のグループに入れられたのです。
 平仮名には、その仮名の元となる漢字(字母)があります。その字母を考慮した、より原典に正確な、原典を再記述できる「変体仮名翻字版」で、この3例を翻字してみます。

■大島本「わらハや三
■定家本「わらハや三
■橋本本「わらハや三


 ここだけを見比べると、今回見つかった定家本は他の2本である大島本や橋本本とは字母が異なるものがあります。大島本と橋本本が「尓」とする箇所を、定家本では「に(仁)」となっているのです。つまり、書写にあたって用いた親本が違うようです。

 仮名文字の使われ方の違いを考えるために、「現行翻字方式」と「変体仮名翻字版」で見比べてみましょう。定家本で分かりやすい字句が近接する箇所から例をあげます(京都新聞電子版)。

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 上の写真の場合、「現行翻字方式」では次のように表記されます。すべて、現行の五十音図の中にある文字に置き換えています。

■定家本を現行の翻字方法で示す■
たまひて よろつに
らせたまへとしるし
りたまひけれはある


 ここを「変体仮名翻字版」で表記すると、次のようになります。

■定家本を「変体仮名翻字版」で示す■
まひて よろつ
らせまへとるし
まひある


 写本に記されている仮名文字を、「現行翻字方式」で翻字したのでは、正確に翻字したことにはなりません。書かれている仮名文字が、統制された都合のいい表記に置き換えているからです。「現行翻字方式」は、私が言うところの〈嘘の翻字〉です。この不正確な翻字データを、次の世代に引き渡すわけにはいきません。変体仮名の「堂、尓、多、志、介、盤」に注意してください。明らかに、書写されている文字が違うのです。

 私は、約5年前から、古写本の翻字には変体仮名交じりの表記で文字起こしをする決心をしました。このことは、「『源氏物語』を「変体仮名混合版」にする方針で一大決心」(2015年01月15日)に、その意義を書いています。あの時には、「変体仮名混合版」という名称を使っていました。しかし、今はそれを「変体仮名翻字版」と称しています。

 定家本と橋本本を、前例にならって「変体仮名翻字版」で翻字すると、次のようになります。漢字で表記された文字は【 】で囲っています。

■大島本を「変体仮名翻字版」で示す■
【給】て よろ徒尓
【給】へとるしなく
【給】盤阿る【人】

■橋本本を「変体仮名翻字版」で示す■
まひ よろ
まへとし累志
【給】れはあ【人】


 字母を丹念に確認しながら仮名文字を読んでいくと、それぞれの写本が抱える背景や特徴が見えてきそうです。今回見つかった定家本と、これまで基準本文として一般に唯一流布していた大島本を、字母レベルで比較すると、それぞれの写本の違いが見えてくることでしょう。また、これまでに確認されていた定家本「花散里」「柏木」「行幸」「早蕨」の4帖との文字遣いから、それぞれの関係もわかることでしょう。そのためにも、今は「変体仮名翻字版」の翻字データを作成することが急務です。

 今回、定家本「若紫」が出現したことにより、書写されている本文がいろいろと検討されていくことでしょう。その際、当然のことながら、検討のために引用される翻字本文は、私が言うところの〈嘘の翻字〉で語句が検討されることになります。
 少数の方でもいいので、明治33年に統制された現行五十音に仮名文字を置き換えた文字列で本文を検討するのではなく、本当に書かれている文字に基づく本文の検討をする、勇気ある若手研究者が出てくることを期待します。そして、「変体仮名翻字版」のデータが必要であれば、私が手元で管理している50万字以上のデータから、適宜抄出して考察の参考に供することで、研究の進展にお手伝いできないか、と考えています。この翻字データは、日比谷図書文化館の受講生の方々のご理解とご協力により、日々着実に増えています。
 この翻字データの提供方法については、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を仲立ちにして実施します。いま少し時間がかかるものの、近い内に情報提供のアナウンスができるだろうと思っています。
 
 
 
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2019年07月07日

西国三十三所(2019-1)/6巡目は洛中の革堂(19番)から

 梅雨の合間のせいか、何となく身体が怠くて重たい感じがします。大和へお茶のお稽古に行こうとしていたら、あろうことか腹痛が起き出しました。私には、よくあることです。今日はのんびりと過ごすことにします。
 そんなこんなで、予定していた6回目の西国三十三所めぐりで気分転換をはかることにしました。今回は、家から一番近い丸太町通りから寺町通りに入って少し下ったところにある、革堂(第19番札所・行願寺)からスタートです。

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 先週、この革堂に来ました。しかし、朱印軸がなかったので納経の開始を見送ったことは、「京洛逍遥(556)革堂を「かうだう」と仮名書きすること」(2019年06月23日)に書いた通りです。

 西国三十三所めぐりについては、前回の5巡目をスタートしたのが、ちょうど9年前の今ごろでした。2010年7月19日に、石山寺から始めています。この時は縦長の朱印軸に御詠歌を書いていただきました。「西国三十三所(1)5周目は石山寺から」(2010年07月19日)
 今回は、以下に掲げる写真のような、今週入手した、小振りで巻物仕立ての横長の朱印軸を持ち歩くことにしました。

 革堂は、寺町通りの民家の間に挟まれるようにして建っています。知らないと見過ごします。

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 境内が狭いこともあり、山門を入るとすぐに本堂があります。

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 朱印軸を出し、小さめに書いてもらいました。

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 まずは一つ。
 これから新しい旅が始まる実感が伝わってきます。

 本堂の柱に、御詠歌を書いた奉納板が打ち付けてありました。今の表記にすると、「花を見ていまは望みも革堂の庭の千草も盛りなるらん」となる歌です。
 明治23年の奉納板の和歌を「変体仮名翻字版」で示します。

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花を見て
 今八のぞ三も
  かう多"うの
尓王のちくさも
 さ可りなるらん


 あたりを見回していると、昭和8年に奉納された御詠歌の中で、「に王」(漢字で書くと「庭」)という文字に目が止まりました。ただし、「に王」ではなくて「に生」としか読めない字で書いてあります。

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はなをみて
 いまはのぞみも
かうだうの
 に生のちぐさも
  さかりなるらん


 ここで、後者の奉納板に「に生」と書いてある文字は、本来なら「に王」となるはずのものだったと思われます。その前後の平仮名は、すべてが明治33年に平仮名が1文字の字体に統一・制定された、現行の五十音にある仮名文字です。そのような中で、この「王」という字母を持つ文字が認識出来ないままに書かれたのでしょうか。この書写者の書き癖ではなくて、変体仮名に対する意識が希薄だったと思います。

 明治23年の方の奉納板は、平仮名が一文字に統制される前の、変体仮名を用いて自由に書かれています。「八・三・多・尓・王・可」がそうです。それが、昭和8年のものでは、「天・以・久"・左・奈」が字母である漢字に近い形で書かれているものの、あくまでも文部省の指導方針を忠実に守っています。「王」と書くはずが「生」と書いてしまった一文字以外は。
 個人的な推測ながら、この昭和8年の奉納板の書写者は、変体仮名に親しんでいなかった人のように思われます。そのため、「には」とか「に八」、さらには「に者」などと書かず、手本にしたものに書いてあった、よくわからない「王」の字形を見よう見まねで書いたために、このような「に生」という文字を今に伝えることとなったのではないでしょうか。「生」という文字の縦棒が上に突き抜ける字形で書く癖があったにしても、この一文字だけが変体仮名になっているというのが、この書写者の一貫性に欠ける文字遣いとなっています。
 いろいろとおもしろい例になるので、少しこだわってみました。これも、変体仮名の受容史と言えるでしょう。
 
 
 
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2019年06月05日

孫娘が描いた不可解な変体仮名

 2歳2ヶ月の孫娘が、文字なのか絵なのか判断に迷う、摩訶不思議なものを描きました。
 もちろん、上下左右、どこから見ればいいのかもわかりません。

 右利きの子なので、縦書きであれば、この向きでしょうか。

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 いや、これでは最初が横書きなので変です。
 180度向きを変えてみました。

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 いやいや、文字だとしたら、縦に書くのは早すぎるのではと思い、横書きとして見ました。

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 しかし、これでは、左端が縦に書いたように見えるので、これも180度向きを変えてみます。

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 あるいは、紙を斜めにしたり、回したりと、勝手気ままに書いたのかもしれません。
 この時、この子の頭の中にはどんな図像があり、それを何を思って線で形にしていったのでしょうか。

 日ごろから私は変体仮名を読んでいるので、これも変体仮名として読めないか、などと思いをめぐらせました。
 しかし、孫娘は平仮名を見たことはあっても、それがどのような意味を持つものなのかは知らないはずです。
 ましてや、変体仮名などは、まだ見たこともないはずです。

 楽しく想像を逞しくしていると、人が図形から意味のある記号へと認識していく過程が、おもしろく連想されます。
 象形文字ならまだしも、これが1字1音の仮名文字だとしたら、さらに複雑な認識がなされていることになります。
 そんなことがあるのかないのか。
 こんな研究は、すでにあることでしょう。

 とにかく、記録として残しておきます。
 
 
 
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2018年12月07日

メリッサ・マコーミック編著『The Tale of Genji : A Visual Companion』

 ハーバード大学のメリッサ・マコーミック(Melissa McCormick)先生が、ハーバード大学美術館所蔵の『源氏物語画帖』を、プリンストン大学出版社から美麗な美術研究書として刊行なさいました。

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 日本美術と文化の研究成果が、このように豪華な一書としてまとまったのです。『源氏物語画帖』がフルカラーで自由に確認できるようになったことは、『源氏物語』の受容史のみならず、日本文化史においても画期的なことです。
 本書は、巻頭に解説を置き、絵と詞を左右に配して54図を見開きで掲載し、その絵の詳細な解説を続く見開きで展開する構成となっています。巻末には詳細な索引もあり、利用者への細やかな心遣いがなされています。
 見開きの各画帖には、場面解説(英文)・ローマ字・翻字が添えてあり、わかりやすい『源氏物語』の絵解きに接することができます。

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 この画帖の絵は土佐光信らが、詞は三条西実隆などが筆を揮っています。まとまった画帖としては、現存最古のものだと言えます。私は、精密な絵はもちろんのこと、特に詞の力強い文字に惹かれます。

 これまでに、この画帖には3回ほど、間近に接する機会を得ています。直近では、今年の8月にハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の原本調査でボストンへ行った折に、メリッサ先生のご高配により直々のご説明を伺いながら画帖を拝見することができました。その時のことは、「ハーバードのフォグミュージアムで古写本『源氏物語』の調査」(2018年08月29日)に記録として残しています。

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 今回のご著書では、詞の翻字に関して少しお手伝いをしました。本書では、明治33年に平仮名が1文字に統制された時の方針によって、現在一般に流布する五十音の平仮名で翻字がなされています。しかし、もし可能であれば、字母が明確に識別できる「変体仮名翻字版」で翻字をすると、実際に書かれた文字と整合性をもった仮名文字として対照しやすくなります。現行の方式の翻字では、不正確な文字に置き換えられています。実際には「古」と書いてあるのに、それを仮名表記の統一ということで「こ」に置き換えて読むのですから、崩し字の初学者は混乱します。その翻字から、元の仮名文字に戻れないのですから、厳密に言うと嘘の翻字ということになります。ジレンマに陥るところです。
 たとえば、この「桐壺」の「変体仮名翻字版」による翻字は、次のようになります。

古濃【君】の【御】わらは春可た
い登可遍万うくお本せと【十】
【二】尓て【御元服】志多ま婦ゐ
多ちおほしいとな三てかきり
あ類【事】尓古とをそへ佐せ【給】


 実は、今回の翻字のお手伝いをした時に、併せて「変体仮名翻字版」のデータを同時に作成しておきました。何らかの形で、変体仮名交じりの正確な翻字がお役に立てばいいのに、と思っています。

 さらには、解説などを日本語にしてもらえると、英語がわからない私にも親しく読める本となり大助かりです。

 とにかく、『源氏物語画帖』を繙くすばらしい環境が提供されました。日本の古典文学や古典文化に親しめる、道案内の書となるにちがいありません。一人でも多くの方が手に取ってご覧になることを願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ■変体仮名

2018年09月05日

誤差1時間を見込んだ生活と「すゝめ」のこと

 昨日の台風の影響もあり、今朝の交通は乱れていました。
 大学へ行くために、事前に情報を収集。天王寺駅まで出れば、阪和線は大阪方面へ向かう電車は止まっているけれども、和歌山方面は大丈夫だとありました。大学がある関西国際空港の手前の日根野駅には行けそうです。いつもの通勤ならば、行きは3時間ほどを見ています。この状況ならば、今日は4時間ほどを考えておけばよさそうです。毎月、東京の日比谷図書文化館へ新幹線で行く時と同じです。その意味では、長時間の通勤は特に苦にはなりません。それよりも、今日はこのプラスとなる1時間が閃きをくれました。
 日頃は、何かとあたふたバタバタと生活をしています。そこへ、1時間の誤差を見込んだ生活にしたらどうだろうか、と。
 会議や約束の時間は、守らなければなりません。人に迷惑をかけるからです。少なくとも、日本ではそうなっています。この点は、海外ではそんなにがんじがらめに縛られてはいない方が多いように思います。
 そこで、これからは、私も1時間の誤差を見越した生活のパターンを取り入れたいと思うようになったのです。もし、設定された時間に対応できないことが想定される時には、最初からその予定はパスをするか、責任者にそのことを伝えてあらかじめ了解を取ることにすればいいのです。

 もう現役は引退しています。そのためにも、自分に課せられた責任は可能な限り軽くしたいものです。人様に迷惑をかけないように、必要最低限のことはします。しかし、いつまでも中心にいることは控え、可能な限り立ち位置を少しずらすことにするのです。

 とにかくやって見ます。これも、一日も長く生きるための試行錯誤の一つとして、ご理解の程をお願いします。

 と書きながら、JR以外の私鉄と地下鉄を乗り継いで、やっと天王寺駅に着いて呆然。JRの改札口に入れないことがわかったのです。
 依然として、大学から今日は休学かどうかの連絡はありません。昨日は、いくつかのルートで休学の連絡があったので、今日はさらなる混乱の中なのでしょう。

 またまた情報を集めました。

・JR阪和線の天王寺駅から日根野駅までは動いているけれども120分の遅れ
・朝9時の段階では、天王寺駅と日根野駅とは折り返し運転中のはず
・ところが、阪和線はホームに入ることすらできない
・それでも情報では阪和線は動いていると書いてある
・阪和線は、やっと乗れても普通だけ
・異音感知のため、阪和線は緊急の不通状態になる
・やっと乗れても、普通だけの上、信号待ちなどで止まって進まず、トイレで苦しんでいる人がいる
・南海はやっと和歌山方面が10時から動くとか
・異音感知解決で、運転再開らしい
・信太駅にいる人からの情報では、日根野行きは駅でずっと止まったまま
・天王寺行きはホームに人が溢れていて乗れない
・普通電車は4両のみで異常な混みよう
・線路上に葉っぱが乗っていて、また停車とのこと
・阪和線があまりにも止まってばかりなので、ちゃんと点検してから再開しろ、とネットが炎上
・泉佐野市は今も停電中なので、大学のエレベーターもエアコンも無理?
・科研のプロジェクト研究員で大学の近くに住んでおられる方から、停電でメールの送受信ができないため携帯で失礼を、として連絡あり
・大学のシステムに不具合が発生しているらしい
・科研のことでお世話になっている大学の事務の方から、大学は停電はしていないものの、スクールバスは運行していない、と


 以上の情報から導き出した結論は、天王寺から京都に引き返すことになりました。
 帰り道、天満橋駅で「学問のすめ」というおつまみを見つけました。

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 このネーミングは、もう一捻りできそうです。
 例えば、『源氏物語』の写本では「すゝめ」は次のような字形で書かれています。
 高校の教科書に採択されている、「若紫」の「雀の子をいぬきが逃がしつる」という場面です。「鈴虫」にもあるので、参考までにあげておきます。

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 商品名に変体仮名を使うと、もっとおもしろい文字遊びができる名前ができるでしょう。
 徒労に終わった出勤の気分転換に、こんなことでいろいろと楽しく頭の体操をしながら帰りました。

 出町柳は、昨日とはちがってのどかでした。
 ただし、飛び石が、水嵩が増したために見えなくなっています。

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 参考までに、3日前の出町柳の様子を再掲載しておきます。

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posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | ■変体仮名

2018年03月11日

ビルマ語にも変体仮名があるのでは?

 この記事も、前回同様に専門外の思いつきであり、あくまでも私見です。
 もしかして、すでに研究成果があり、これが間違っていたり、ひょっとして何かの間違いでいい線をついていたりするかもしれません。

 いずれにしても、旅先での[とはずがたり]ということでご寛恕のほどを願います。
 最近よく、「もっと勉強してから書け」とか「よく調べろ」というご批判をいただきます。
 一方的な暴言は甘受するしかないものの、毎日の日記の公開というブログの性格上、突然のアホバカ呼ばわりは平にご容赦いただきたいと思います。
 私としても、毎日の流れの中で書いていますので、ある日の特定の箇所だけを切り取っての攻撃には対処のしようがないのです。
 これは、生き続け書き続けることに意義を見いだしている者にとっては、困った現象だと思っています。

 さて、インドから伝わって来た文字が変化して、今のミャンマーアルファベット(アケア)があるそうです。
 もちろん、今回来ているミャンマーではじめて知りました。

 先日訪問した国立図書館で、文字に関する展示パネルを拝見し、このビルマにも日本で再評価されている変体仮名とでもいうべき文字のスタイルが併存する時期があったのではないか、と思うようになりました。

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 例えば「が」(?)と読む文字について。
 次の写真に、色文字でメモを追記しました。

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 パガン朝時代の文字が、スタイルを変えて今に来ているそうです。
 右端の文字は、視力検査で使われる記号のような文字であり、「下」と答えている文字(?)記号(?)です。
 ただし、発音も意味も、それぞれに変わらないとのことです。
 王朝ごとに文字の形が変わってきた、ということで、それぞれの時代に文字は一新されているという説明だったかと思います。

 そこで、勝手な思いつきが浮かびました。
 文字が突然一新されることは考えにくいので、当然共存して使われた時期があったことでしょう。
 そうすると、次々と文字が変遷したと見るのではなく、異なるいくつかのスタイルの文字が一緒に使われていた、ということを想定するとどうでしょうか。
 変体仮名のような文字の存在があったのでは、ということにならないでしょうか。
 当然、国策であれば、異体字は自然淘汰されていくことでしょうが。

 日本では、明治33年以前には、千年近くもの長い間、「あ」という平仮名に「安」「阿」「愛」等が用いられていました。
 例えば、「伊勢」は今では漢字による表記として理解されています。
 しかし、「伊」も「勢」も、いずれの文字も明治33年以前には平仮名に属する仮名文字であり、その後に共に変体仮名として平仮名のグループから外されたのです。
 国策として、平仮名の枠から外され、文字統制によって変体仮名が生まれたのです。
 ただし、それ以降も、しばらくは現行の五十音と切り捨てられた変体仮名が共存していました。
 今でも、共存しています。
 例えば「お天も登」

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 ということで、手元に何も資料がないままに、勝手な思いつきを記しました。
 実際には、ミャンマーの古い文字はどうなのでしょうか。
 来週には日本に帰りますので、あらためて調べてみたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 01:40| Comment(0) | ■変体仮名

2018年02月11日

箸袋に書かれた「おてもと」の変体仮名

 昨日の日比谷図書文化館での『源氏物語』講座の折、いつもNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動にご支援をいただいているOさんから、珍しい箸袋を提供していただきました。

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 「おてもと」とある文字の背景に、『源氏物語』の第2巻「帚木」の冒頭の文章が書かれているのです。

登可おほ可な流耳い登ゝかゝ流すき【事】とも越
      きゝ津多へて可ろひ多流【名】をやな可
      【給】个流かくろへこと越さへ可多りつ
多へ个ん【人】能物いひさ可な佐よ左る八い登いたく


 この箸袋がどこの、何というお店のものなのか、よくわからないとのことでした。
 どなたかご教示いただけると幸いです。

 また、もう1枚の箸袋も提供していただきました。

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 実は、「御手茂登」と書いた箸袋はよく見かけました。しかし、ファイリングしようと思っているうちに、いつしかこの文字を書いた箸袋を見かけなくなっていたのです。
 思いついた時に集めておくものです。
 
 
 
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2018年01月25日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その11)ひらがなの「盤・半」

 大阪観光大学の図書館で、橋本本「若紫」を変体仮名に注目しながら読み進めています。今日の参加者は9名。いつものように、変体仮名の文字にまつわる話で盛り上がりました。特に、キーボードを使って文字を入力することでは、かな入力は私だけで、あとのみんなはローマ字入力だったので、白熱した議論となりました。みんなが参加できる話題なのでなおさらです。

 文字の入力方法は、テンキーだけからキーボードへ、そしてガラス面で指を滑らせるフリック入力に変わってきました。それが、これからは音声入力に移行しつつあります。やがては、テレパシーによる会話や入力になるのでは、という話にまで発展しました。

 以下、写本を読み進めていって気づいたことを、メモとして記しておきます。
 先週20日(土)に、東京で科研の研究会を開催しました。そこで、濁音で読む「盤」という変体仮名の研究成果を発表した門君と田中君が、今日もこの勉強会を進めてくれています。その2人が、今日問題となった例にも反応していました。その例を、記し留めておきます。

 橋本本「若紫」の4丁裏1行目に、次の例があります。

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 これは、「の堂まへ半【人】/\これ盤」と翻字をするところです。

 ここで「の堂まへ半」の「半」は「ba」と読む例です。これは、これまでにも出てきました。
 その直後に出てくる「これ盤」の「盤」は、「ba」ではなくて「ha」と読むものです。接続助詞の「ba」には「盤」を使う例が多いとしても、そうではないものもある、ということが、こうして実際に確認できたことになります。学生にとっては、着実に前に進む上では、非常にいいタイミングで出てきたと言えます。とにかく、学生たちは変体仮名を読み始めて、まだ半年ほどなのですから。
 このような例は、今後とも集めていこう、という確認をしました。

 一つの小さな課題が、こうして少しずつ広がっていきます。手元には「変体仮名翻字版」による正確な翻字データがあります。これまでは、このような信頼に足る資料が皆無でした。翻字と言えば、すべてが明治33年に言語統制として平仮名が1種類の文字に統一された、約50個の平仮名だけでこうした古写本が翻字されていたのです。字母の調査や研究はとにかく遅れていました。この「変体仮名翻字版」のデータを道標にして、一歩ずつ着実に進んでいくことを心がけるようにと、学生たちにはアドバイスをしています。

 とにかく、彼らはまだ大学の一回生です。
 先入観がないだけに、確かな一歩を踏み出せます。自分たちが発見したことを、1文字ずつ用例を拾い集める中で、確認し続けることが大事だと思います。牛歩の歩みで構わないのです。
 彼らの今後の進捗を、大いに楽しみにしています。

 参加なさっている社会人の方は80歳以上です。世代間のギャップがおもしろくて、自分たちの体験談を交えて楽しい話をしてくださいます。漫談や放談になって笑い転げながらも、しっかりと変体仮名は読み進めています。
 
 
 
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2018年01月23日

第1回《仮名文字検定》延期のお知らせ


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 本年2018年8月に1回目を予定していた《仮名文字検定》は、諸般の事情によりやむなく1年延期し、明年2019年8月に実施することとなりました。
 受検の準備をしておられたみなさま、本当に申しわけありません。
 突然の延期のお知らせで恐縮しております。
 来夏の初回までに、古写本や展覧会や街中で見かける変体仮名を読み、目慣らしをしながら実力をつけてくださるよう願っております。
 この場を借りて、お詫びかたがたお知らせいたします。
 
 
 
 
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2018年01月11日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」

 熊取ゆうゆう大学で『源氏物語』の「若紫」を読む集まりも、今日が今年の第1回目です。参会者は7人。

 数行も進まないうちに、「て」の字母のことで立ち止まってしまいました。「天」と「弖」に加えて「氐」も検討することにしたからです。

 図書館にあった『くずし字字典』や『異体字字典』などを参考にしていると、いろいろな問題点が見つかりました。
 これまでにも、この「て」に関することは書いて来ました。「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」(2017年12月14日)
 今日も問題となったので、中間報告として記します。

 『難字・異体字典』(有賀要延、国書刊行会、平成5年12月第7刷)に、次のような例があります。「弖」と「氐」の箇所を引きます。「夷」に下線が付いた文字は初めて見ました。いずれも「て」と読む文字のようです。

180111_itaiji.jpg

 『かな字典』(井茂圭洞、二玄社、1993年5月 四刷)には、次のような例があります。ここには、藤原定実の字を例に借ります。この字典には「て」の変体仮名として「弖」は採られていません。

180111_te.jpg

 字母の字形のどこに線引きをするのかは、実に悩ましいところです。

 ここで、「阿弖流為」(あてるい)の「弖」の意味を考えようとしたところで、もう夜となったので帰ることになりました。
 この勉強会には、地域の社会人と学部の1回生だけしかいません。丁寧に変体仮名を確認しながら見て行くので、遅々として進みません。しかし、素朴な疑問が新たな疑問を呼びます。ああでもないこうでもないと盛り上がるので、歓声が絶えません。

 帰途、研究仲間の王先生にこうした字典の資料をお見せして、漢字が持つ中国での意味を教えていただきました。
 「弖 = 互 = 氐」の3文字は、いずれも「互いに」という意味を持つ漢字だそうです。
 「弖」は「互」と同じく「hu」と読みます。「氐」は「di」と読み、始皇帝の頃の中国の少数民族の名前でもあり、星の名前でもあるようです。
 「夷」に下線が付いた文字は、野蛮とか他民族の意味を持つ漢字だとのことです。
 もっとも、これらのことは車中でいただいた教示なので、あらためて帰ってから調べて教えてくださることになりました。

 こうした断片的なことをつなげて、「て」の字母が持つ背景に初学者と立ち向かおうとしています。
 まだ彷徨っている状況にあります。それぞれの分野の専門家からのご教示を、心待ちにしています。
 
 
 
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2017年12月14日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処

 大阪観光大学の課外勉強会では、社会人の方々と学生とを交えたメンバーで、気楽に『源氏物語』の古写本を読んでいます。
 場所は、大学の図書館1階にあるラーニングコモンズというスペース。活動時間は、学生たちの授業が終わる午後4時半から6時までです。

 今日の参加者は10名で、橋本本「若紫」を前回の続きである2丁裏1行目「あな」から3丁裏3行目「の堂まふ」までを読みました。
 ただし、私はいくつかの用務が入ったために、出たり入ったりで落ち着かないことで、本当に申し訳ないことでした。1年生のK君に進行役をお願いし、私は事務室と図書館を行ったり来たりしていました。

 今日は、これまで「て」で統一していた字母の「天」と「弖」について、これからは読み分けたいことを伝えました。先週の日比谷図書文化館がそうであったように、「天」と「弖」は、字母の認定で二つに分けるということです。これは、長い間をかけて逡巡して来たことです。しかし、この時点で変更することによって、当座は様子見をすることにします。

 もちろん、起筆と終筆の書かれ方を見ると、どちらかに読み分けるのは問題が残ります。

171214_te.jpg

 「く」のように見える「弖」の場合、終筆の線が右下に流れる様子は「天」の方に近いからです。素人の集まりである今日の勉強会でも、この不自然さはみんなが認めるところでした。割り切ったと言っても、実のところはスッキリと説明しきれません。
 しかし……です。書き写されている文字の形が明らかに違うのですから、ここは字母を異なるものに認定しておいた方が何かといいのでは、と判断しました。

 このことは、「个」と「介」についても言えます。ただし、今日はその例が出なかったので、このことはまた次回に考えます。

 思ったままの、素直な疑問がぶつけられる勉強会だからこその、怖いもの知らずの結論です。いつでも訂正や方針の変更ができることだと思って、こうして好き勝手に書いています。

 なお、この問題はすでに今から1年前に、「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げています。その後も、時々問題としてきました。迷いながらの、「変体仮名翻字版」の翻字方針に関する、あくまでも暫定的な変更です。
 折々に、みなさまのお考えを聞かせていただけると幸いです。
 
 
 

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2017年11月24日

高校生が平安時代の影印古写本を初めて手にした感想

 女子高校の日本文学史の授業で、平安時代に書かれた3冊の日記を回覧しました。影印本として刊行されている『和泉式部日記』(三条西家本)・『紫(式部)日記』(黒川本)・『更級日記』(御物本)です。いずれも、宮内庁書陵部ご所蔵の古写本を、容易にその実態が確認できるようにしたものです。

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 以下に列記した生徒のコメントは、それぞれの日記がどういう内容のものかはほとんど知らない状況での、いわゆる第一印象とでもいうものです。

 2年生の生徒たちは、こうした日本の古典籍を影印本とはいえ、直に手にするのは初めてのはずです。平安時代の作品が、その後に手で書き写されたものを初めて見て、今おもいつくまま自由にコメントを書いてもらいました。これが影印本であることについては、そのありようがよくわからないままの印象を記したものです。しかし、その感想には、鋭く物を見た言葉もちらばっています。

 次に機会があれば、男子高校の生徒の反応も知りたいものです。

171124_nikki2.jpg

■3冊共通のコメント■
・漢字だらけでまったく読めない。
・当時の文字はつなげ字だったんだ。
・字がつながっていて読みにくい。
・字が崩れていてわからない。
・昔の人はこれを読み書きしていたというのが凄い。
・読めたらおもしろいだろうな。


■『和泉式部日記』(三条西家本)■
・今と違って四角形の本。
・字の大きさがバラバラ。
・平仮名は大きく、漢字は小さい。
・字が細い。
・柔らかい、優しい雰囲気がした。
・書き方がかっこいい。
・行の頭に2文字分空いているところがある。
・「る」と「ら」が読めた。
・「み」と「た」が読めた。


■『紫(式部)日記』(黒川本)■
・これだけが長方形の本だった。
・文字がつながりすぎている。
・字の大きさが小さい。
・他の2冊と字の形が違う。
・字がちょっと汚い。
・他の2冊よりも読みにくそう。
・他の2冊よりも字がきれい。
・反復記号が多くて、字が細い。
・「をかし」があった。
・右上にハンコが捺してあったのが印象的。
・なぜハンコが捺されているのですか?
・『紫日記』と『紫式部日記』とはどう違うのかな?


■『更級日記』(御物本)■
・3冊の中で一番読みやすそう。
・現代の字に近くて見やすい。
・他の本に比べて字と字の間が少し空いている。
・字が丸い。
・文字が太くて濃い。
・字がつながっていなくて読みやすい。
・文字に四角いマスが見えて来そう。
・可愛らしい雰囲気がする。
・他の2冊よりも漢字が多い。
・途中に藤原定家卿略伝っていうものがあって、そのページだけが中国の方が書いたかのような漢字ばっかりで、びっくりした。

 
 
 
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2017年11月16日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その7)

 今日も図書館の一角で、橋本本「若紫」を読みました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とが一緒に変体仮名を読む、まったく自主的に開催している課外学習です。
 これが、ありがたいことに来年度からは、受講する学生には単位が与えられるものとなりそうです。私にとっては講義科目が一コマ増えることになります。しかし、一人でも多くの学生が変体仮名に興味を持ってくれるのであれば、それに勝るものはありません。
 来年度から実施となれば、これは卒論指導の一環と言うことで、3年生が対象です。ただし、現在の自主的な勉強会に参加している学生は全員1年生だけなので、この点の調整をこれからする必要があります。
 もっと勉強をしたいという社会人や学生のみなさんのためにも、現行の制度をうまく活用してよりよいものへと手を加えながら、さらに検討を重ねて行くつもりです。

 今日も、一人の学生に変体仮名を読んでもらい、それに私が突っ込むという、まさに大阪ののりで進みました。私と学生の掛け合い漫才でおもしろいと、なかなか好評です。
 そのような中で、参加なさっている社会人の方から、テキストの文字が小さ過ぎて見えない、というご意見をいただきました。たしかに、私も小さな文字には、メガネを掛けたり取ったりとせわしないことです。次回は、大文字版の影印資料を用意して対応することにします。

 いろいろな話をしている中で、私が大阪のおばちゃんはアメをくれる、という話をした時でした。女子学生が二人ともアメを持っていると言います。さすが、大阪の娘です。しっかりと私にアメを渡してくれました。おそるべし、大阪のアメちゃん文化。

171116_ame.jpg

 雑談が多くて、今日も5行しか進みませんでした。今日も、「盤」「満」「堂」などの、画数の多い文字でつっかえていました。

 こんな調子で、ノロノロと進んでいます。
 次回は、11月30日(木)の午後4時半から6時まで。いつもの通り図書館で行います。外部の方も、自由にご参加ください。
 
 
 
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2017年08月03日

変体仮名がカタカナに見えたとか

 放課後、変体仮名を読む学習会を、大阪観光大学図書館の一角を借りてしています。
 今日は、新たに4人の1年生が参加してくれました。
 いろいろと話をしている中で、初めて変体仮名を読んでみての感想が、「カタカナに見えた」ということでした。これは初耳です。
 橋本本「若紫」の冒頭は次のような書き出しです。

170803waraha2.jpg

 この「わら八や三」と始まる文字が、「ワらハヤミ」に見えた、というのです。
 確かに、そう言われてみると、そのように見えなくもありません。
 初めて変体仮名を読もうとする人には、カタカナのように見えるということも考えて、これからはお話をしたいと思います。
 自分の思い込みで、頭から平仮名で書かれていると決めつけて話をしてはいけない、ということを学びました。
 手書きの文字を読むことがなくなり、決まりきった活字体ばかりを読む文化に身をおくようになりました。
 変体仮名がユニコードに採択されたことにより、今後は印刷体の文字を読む環境が激変すると思っています。
 文字に関しては、先入観のない立ち位置で考え、説明をし、話していきたいという思いを強くしています。
 その意味からも、変体仮名を見たことも聞いたこともない、という学生さんが、この学習会に参加することは大歓迎です。

 次回は、夏期休暇が入るために、9月29日(金)午後3時から始めます。
 10月は13日(金)、27日(金)午後3時から
 11月は10日(金)、24日(金)午後3時から
となりました。

 変体仮名を読むことに興味がある方は、社会人や学生を問わず、どなたでも参加してもらえる集まりです。
 資料の準備がありますので、あらかじめ本ブログのコメント欄などを通して、参加を希望する連絡をお願いします。
 
 
 

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2017年06月21日

速報☆申請中の変体仮名が「ユニコード 10.0」に採録

 国立国語研究所の高田智和さんから朗報が寄せられました。
 昨日「Unicode 10.0」が公開されたことが、変体仮名を国際規格として申請する上で日本側の代表者である高田さんから、速報として届いたのです。
 そして、そこには、懸案だった変体仮名がしっかりと収録されています。

「7/20「Unicode 10.0」リリース」(2017年06月20日)

 高田さんからは、以下のコメントをいただいています。

提案主体である日本(行政)の最終目的は ISO/IEC 10646 への収録ですが、一般には Unicode の方が著名で実装能力が高いので、一応の目的は果たしたことになります。


 私は苦手な英文をかき分けて、必死の思いで何とか変体仮名の部分にたどり着きました。
「スクリプト関連の変更」の項目を引きます。

Script-related Changes

A large collection of Japanese hentaigana has been added. These are effectively historic variants of Hiragana syllables. However, they are not encoded with normative decompositions, nor using variation sequences. For collation, hentaigana syllables do not have default weights the same as the standard Hiragana syllables they are equivalent to. Instead, they are sorted in a separate range following all the standard Hiragana syllables.


 今私は、これを正確には紹介できません。どなたか、フォローをお願いします。

 以下に、「Unicode 10.0文字コードチャート」の中にある仮名文字のフォント一覧をPDFとして引用します。

ひらがな.pdf

かな拡張.pdf

かな補遺.pdf


170622_kana.jpg

 とにかく、日本の変体仮名の文字集合が、ユニコードに追加されたのです。
 慶事です。

 今後は、この変体仮名がどのような分野で、どのように活用されるのかが、大いに楽しみです。そして、この変体仮名を自由に駆使して、文章が読み書きできる環境が提案される日を、心待ちにしています。

 来年8月に《仮名文字検定》のスタートをさせる準備を進めている立場としては、これは追い風です。

 なお、変体仮名をユニコードに収録する提案に積極的に関わって来られた高田智和さんは、次の論考で『源氏物語』を例にしてこの問題をわかりやすく説明しておられます。

「国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の仮名字体記述 −ISO/IEC 10646 提案文字による翻字シミュレーション−」

 これは、電子ジャーナル『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル 2』(伊藤編、国文学研究資料館、〈非売品〉2017年3月31日発行、ISSN 2189−597X)に収録しています。自由にダウンロードしてお読みいただけるようになっていますので、ここれを機会にお読みいただけると幸いです。
 そして、この問題を一人でも多くの方々と共有し、これからの仮名文字について一緒に考えていきたいと思います。
 
 
 
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2017年06月20日

日常生活の中で見かけた変体仮名

 日々の生活の中で見かけた変体仮名を並べてみました。

(1)小さな仮名だったので、遠目に見た最初は「ゆろ」と読んでしまいました。漢字を見て「ゆう」であることに思いいたりました。最初の点の次の横線が、これだけ左下から突き上げるような線になると「う」には見えにくく、紛らわしくなります。

170605_kana-yuu.jpg

(2)仮名の元となっている漢字の意味を汲み取って、「弥喜久゛里」とした変体仮名の組み合わせの典型です。「とゝのえ」の「え」のような使われ方も、よくみかけます。

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(3)お寿司のパッケージに貼られていたシールの文字です。現在使っている「え」であっても、こうした崩しには戸惑う方もいらっしゃることでしょう。

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(4)同じ表現を、字母を変えて表記したものです。「者」の字形が微妙に違います。文字を単独で見た場合、前者は読めても、後者にはしばらく時間がかかる方もいらっしゃることでしょう。
 また、「てん具゛」の「て」の終筆が「弖」のことを意識するせいか、気になります。

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(5)お馴染みの箸袋「おても登」です。「天」と「登」の最後の筆の止め方が、右下に抜く場合と横線の扱いにおいて、字形がよく似ていると思い、記録しました。

170620_otemoto.jpg

(6)橋の名前の表記に関して、変体仮名のことよりも仮名遣いの違いに興味を持ちました。「おおじばし」と「おほぢ者し」です。

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2017年06月16日

平仮名「て」と「弖」の直前に書かれている「り」と「里」について

 先週土曜日の日比谷図書文化館で、興味深い指摘を受けました。それは、平仮名の「く」が長く伸びた形で、変体仮名の「弖」のように見える文字の前には「里」が来る傾向があるのではないか、というものでした。

 そこで、講座でテキストにしている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』において、平仮名で「ri-te」はどのように表記されているのかを確認しました。
 次の画像は、21丁表の3行目から6行目の行末です。「て」が並んでいる箇所なので、好例としてあげます。今、説明をしやすくするために、「弖」のように見える縦長の「く」は、便宜上「弖」と表記しておきます。

170616_te.jpg

 ここに出てくる順番に確認すると、「と弖」「きて」「給弖」「里弖」となります。そして、左端の「里弖」がここで問題にする表記です。

 「て」と「弖」の前に「り」か「里」が来る場合について調べたところ、以下のような傾向があることがわかりました。

 まず、今回問題にしている【里弖】についてです。この変体仮名による表記は、国文研蔵橋本本「若紫」では23例が確認できました。
 これに対して、【り弖】は4例(本行削除後のナゾリ1例を含む)と、少数です。
 この27例の「弖」は、すべてが助詞として使われているものです。

 次に、「り」の次に「弖」がくる3例を確認しておきます。

あり弖(4ウ L8)
多て満つり弖(46オ丁末)
可ゝり弖(49オ L3)


 なお、次の例は、本行に書いた「給」を小刀で削り、その削除した文字の上から「弖」がなぞり書きされています。

多て満(改行)つり弖/【給】〈削〉弖(31ウ L4)


 これは、「弖」がミセケチや傍記ではなくて、なぞられていることに注目すべき例です。橋本本は、親本に書かれている本文を忠実に書写しようとする意識が強い写本です。ここは、「弖」と書くべきところを、ついうっかり「多て満つり」と書いてしまったようです。しかし、すぐに間違いに気づき、「給」を削ってから、親本通りの字形の文字「弖」を書いて訂正したのです。このことから、ここで橋本本の親本には「弖」という字形の文字が書かれていたことが推認できます。
 これに関連して、「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)という記事も参照してください。この本の書写者は、「て」と「弖」を字形まで区別して書写していることがわかる例です。

 次は、「て」が現行の字形の場合です。

【りて】12例
【里て】16例(本行削除後のナゾリが1例)
 ※多てまつ里てん/らん〈削〉里てん(53オ L3)
 このなぞり書きの例は、「らん」という文字を削って、その上に「里てん」となぞり書きしているものです。「らん」と「里てん」が混同されることの説明を、今私はできません。字形からの間違いではなく、語句の意味からの混同が原因ではないかと、今は思っています。

 語頭および語中で、「り」か「里」の後に「て」か「弖」が来る例(【り弖】【里弖】【りて】【里て】)はありませんでした。

 ということで、ここでは「里」の次には「て」ではなくて「弖」のような縦長の「く」がくることが多い、ということは言えそうです。日比谷図書文化館で指摘のあったことは、この『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』に限っては、そうした傾向が強い、ということになります。
 なお、私は、仮名文字に関する研究成果について、まだほとんど確認していません。もしこのような調査結果がすでに提示されているようでしたら、ご教示いただけると幸いです。

 今回、「て」と「弖」の前に来る文字について、いろいろと調べました。その過程でいろいろなことがわかったので、いつかそれらも整理して報告したいと思っています。
 
 
 

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2017年05月11日

初めて写本を読む学生との記録

 大阪観光大学で授業の後、課外でも勉強しようということで、学生と一緒に『源氏物語』の写本を読み出しました。今日が第1回目です。

 バタバタと用務が入ったので、実質的には45分ほどでした。今日来た第1回生の学生は、古典に興味があるだけで、これまでに墨で書かれた文字は読んだことがないとのことです。
 テキストは、鎌倉時代に書き写された『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』を使うことにしました。

 場所は、大きな柱時計のある玄関の待ち合いロビーの一角。簡単なイスに座って、膝にテキストを置いての、2人だけでのささやかな勉強会です。1対1の真剣勝負なのです。少し薄暗かったので、事務の方がスポットライトを点けてくださいました。

 その習得の様子を、以下に記し留めておきます。

 冒頭部分「わら八や三尓」と始まる所で、「八」や「三」を「は」や「み」と同じように平仮名として読むことに、大いに違和感を持ったようです。

170511_1omote.jpg

 そして、続く「王つらひ」の「王」を「WA」と読むことで、最初のカルチャーショック……
 さらに、「堂まひて」の「堂」が「TA」となると、もうお手上げだとのこと。

170511_boutou.jpg

 変体仮名の一覧表を見ながら、「王」や「堂」の文字が崩れていくステップを、一緒に確認しながら進めました。

 なお、「く」によく似た「て」の字母は、iPhoneを取り出してブログ「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)を見てもらい、私にはまだよくわからない文字だ、ということを説明しました。

 続く「よろ(改行)徒尓」では、「徒」でストップ。しかし、これも変体仮名一覧表を見比べながら、「つ」の元の漢字は「川」、それに加えて「徒」という変体仮名「TU」の2種類だけを覚えたらいい、と言うと、ホッと一息ついていました。

 さらには「ま新な井可ちなと」の「新」が平仮名の「SI」だと知り、変体仮名の渾沌とした世界に引き込まれて行くことになります。

 こんな調子で40分も読んでいると、目が慣れてきたようです。開巻第1丁オモテの10行分を、無事に読み終えることが出来ました。

 読めるようになりたい、という気持ちが集中力を高めて良かったのでしょう。とにかく、初日なりに達成感はあったと思います。

 1人の学生との出会いをきっかけにして、少しずつ写本を読む輪を、この大学でも広げていきたいと思います。
 
 
 

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2017年05月08日

平仮名「て」の字母に関する資料を検討中

 昨日の記事で、平仮名の「て」について、字母を「天」にするか「弖」にするかで思案し続けていることを書きました。そこで、この問題を考える上で参考になる例を提示します。
 『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)の38丁表8行目下部に、次の字句が書き写されています。

170508_te1.jpg

 これは、「給て とく」と読むところです。
 ただし、2文字目の平仮名の「て」をジッと見ると、その下に最初は「く」のような「て」が書かれていたことがわかります。それを小刀で削って、その上から「て」となぞっているのです。
 この箇所を拡大して撮影すると、次のように鮮明になぞられた文字が確認できます。

170508_te0.jpg

 橋本本「若紫」に書写されている「て」については、この38丁表の見開き右側にあたる、37丁裏の2行目と3行目の上部に見られる、次の字形が普通です。

170508_te2.jpg

 これは、「見ても…」と「や可て…」と書かれているものです。
 今、私はこの2種類の「て」を、共に「天」が崩れた平仮名だとしています。しかし、「や可て…」の「て」が「く」のように見える「弖」とする方がいいのではないか、という気持ちも払拭できないのです。

 この問題については、すでに「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げました。
 その後、「弖」と確証が得られる例に出会っていません。「く」によく似た文字の最後の線が、どうしても左から右下に向かい、さらに下向きに弧を描いて流れているので、「弖」よりも「天」の方に魅かれます。もちろん、「第一画の線の長短によって見分けられる」というご意見も認めます。しかし、『源氏物語』の鎌倉期の写本をいろいろと見ている限りでは、「弖」の字形がイメージできないのです。

 なお、上掲の「給てとく」の場合は、目が次の文字に流れていたために、「給」を書いてから字形がよく似ている「とく」のような「く」に近い字を書いてしまい、すぐにそれを削って「て」と書き直したとも考えられます。すぐに書き直す例は、橋本本ではよく見られることです。

 いずれにしても、この橋本本「若紫」の親本にどのような字母で「て」が書かれていたのかがわかると、おもしろくなります。いつかわかれば、いいのですが。

 この「天」か「弖」かという問題は、文字を専門に研究なさっている方々には、自明のことなのかもしれません。しかし、私はこれまでの経験から抜け出られないので、まだ決めかねているのです。
 ご教示いただけると幸いです。
 
 
 

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2017年03月02日

橋本本「若紫」で同じ文字列を同じ字母で傍記している例

 いつものように日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻の字母に注目しながら読んでいます。
 今日は、講座の受講生の方から、貴重な意見をいただきました。次のように書かれている箇所をどう読むか、ということです。
 14丁表で終わりの2行は、次のようになっています。

170302_yositada.jpg

 この最終行の手前の行間に、なぜ「よし堂ゝ」とあるのか、というのが問題なのです。
 その直前の行末にある「よし堂ゝ」と同じ字母で書かれています。それも、ほとんどが右横に傍記されるのに、ここでは左側に傍記されているので、なおさら不可解です。

 ここの諸本を見ると、次のような本文の異同があります。まず17種類の諸本の略号をあげてから、本文の異同を示します。


橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 
 
よきり[橋=大尾中麦阿陽池肖日保高天]・・・・051074
 より[御穂]
 ナシ[国]
 よきおり[伏]
おはしましたる[橋=高]・・・・051075
 をはしましける[大御保]
 おはしたる/し+〈朱〉まし[尾]
 をはしましたる[中陽天]
 おはしましける[麦阿池国肖日穂伏]
よし/し=よしたゝ〈左〉[橋]・・・・051076
 よし[大尾中麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]
たゝいまなん[橋=尾陽御国保伏高天]・・・・051077
 たゝいまなむ[大中池肖日穂]
 たゝ今なん[麦阿]
うけたまはりつる[橋]・・・・051078
 人[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 うけ給はり[尾中高天]
 うけ給[陽]
ナシ[橋]・・・・051079
 申すに[大池御肖保]
 はへりつる[尾高]
 さふらひつる[中]
 申に[麦阿国穂伏]
 侍つる[陽天]
 申すに/〈改頁〉[日]
おとろきなから/き〈改頁〉[橋]・・・・051080
 おとろきなから[大尾中麦阿陽御国肖日保伏高天]
 おとろきなから/前1ら〈改頁〉[池]
 をとろきなから/〈改頁〉[穂]


 受講生の方の意見は、この「よし堂ゝ」は最終行の丁末にある「おとろ」に対する傍記ではないか、というものでした。つまり、「う遣多ま八里つる」と「おとろ〜」の間に「よし堂ゝ」を補入したいのではないか、と見る意見です。ただし、ここに補入記号の○などはありません。

 その時に、私の手元に諸本の正確な翻字資料がなかったので、指摘があったことの可能性を保留にして、私の宿題にさせていただきました。そして今、諸本を調べると、上記のようになっていることが確認できました。

 結果的に、この丁末の「おとろ〜」の前後に「よし堂ゝ」が入るような異文は見つかりませんでした。特に、私が乙類としている大島本などの本文の類が橋本本の校訂に参照されていることを考えても、そうした痕跡は大島本などの乙類にはまったくありません。

 これで、問題は白紙にもどりました。一体、なぜ、この行間に「よし堂ゝ」という文字列が書かれているのでしょうか。間違って書いたとは思われません。間違いだったとしても、ミセケチや削除もしていません。字母が同じ文字列というのも不可解です。
 親本に書かれていたままに書写している可能性もあります。しかし、それでは親本はなぜそのような本文を伝えていたのでしょうか。そうしたことの説明が、今の私にはできません。

 この件に関してご教示のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 

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2017年02月16日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その2「も」)

 今日も日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻を字母に注目しながら読みました。
 前回の講座で、テキストとして使用している『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年)の翻字ミスを指摘していただき、その訂正を「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)」(2017年02月02日)で報告しました。

 今日も、受講生の方から、テキストの不備を見つけてくださいました。今回は、書写されていた文字が、活字での翻字欄に印刷されていない、というものでした。翻字本文に、脱字があったのです。

 13丁裏の5行目で、次のように書写されている所です。

170216_missmo_2.jpg

 テキストでは、「・【事】ともを・」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「・【事】ともを・」とすべきところです。「」の脱字です。「【事】とも」がミセケチになっていて、その「も」の横に「人」と書かれていることも、念のために記しておきます。

 申し訳ありません。お手元にこのテキストをお持ちの方は、前回の「本」(12丁表の後ろから2行目)の訂正と共に、この「も」の追記をお願いします。

 二度あることは三度ある、などと思わず、気長にお付き合いください。

 
 
 
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2017年02月02日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1)

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を字母に注目しながら読み進めています。
 今日は受講生の方が、翻字の誤りを指摘してくださいました。確かに、ケアレスミスでした。

 12丁表の後ろから2行目に、次の文字が書写されています。


170202_kowore1




 テキストでは、「これ」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「これ」とすべきところです。
 現行の平仮名の書体に引きずられての翻字のミスです。

 現在、「て=天・弖」と「け=个・介」の識別について思案中です。
 近日中に決断しようと思っています。

 平仮名や変体仮名の字母を認定することが、こんなにもややこしい問題を抱え込んでいるものだとは思っていませんでした。一連の「変体仮名翻字版」の資料を作成する中で、このことを痛感するようになりました。

 今後とも、こうした翻字の誤りや、迷って決めかねる字母の判定などについても、ここに提示していくつもりです。お気付きの点がありましたら、遠慮なくお知らせください。
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2017年01月28日

平仮名「て(天)」と変体仮名「弖・氐」について(その2)

 明治33年に平仮名の字体が一文字に統制されました。小学校令の改正を受けた小学校施行規則によるものです。その時、「TE」については、「天」を字母とする「て」が選定されました。その事情について、今はまだ私にはよくわかりません。しかし、鎌倉時代からの仮名文字で表記された古写本を読み続けている感触からは、妥当な結論だったように思っています。

 その平仮名の「て」に関して、字母をどうするかで、いまだに迷いがあります。
 「く」のように見える「弖」や「氐」を「て」として翻字して来ていたからです。これまでに私は、「天・弖・氐」の草書体について識別基準をもっていなかったので、「く」のように見える文字も、その字母はほとんどを「て(天)」としてきました。

 先週の研究会で、関西大学の乾善彦先生から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。いま、「氐」のことはおきます。

「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)

 そうであれば、そうした判断基準を設定することは可能です。しかし、そう単純に識別できない例にしばしば出くわしていたことから、これまで私は割り切ることができないでいたのです。

 そんなことを考えていた時、鎌倉時代に書写された国文学研究資料館蔵(橋本本)『源氏物語「若紫」』の中に、次の例があったことを思いだしました。「給て」(38オ8行目)とあるところです。

170128_hasimoto05te




 この「て」下に書かれている文字が「弖・氐」であることは、その直前の丁末の行頭にある「や可弖(氐)」(37ウ)からも明らかです。


170128_hasimoto05yakate




 昨日、日比谷図書文化館の講座に参加しておられる方々が、橋本本『源氏物語』の原本を実見するために国文学研究資料館にいらっしゃいました。午前と午後に7名ずつに分かれて、橋本本『源氏物語』を実際に閲覧していただき、いろいろとお話をしながら説明をしました。

 その際、上記の問題を再度確認しました。確かに、「弖・氐」と書かれた文字を削った上に「て」と書かれていました。

 つまり、最初に書写された「弖・氐」を削って、その上から「て」を書いたということは、書写者に字母に関して識別する意識があったということが確認できるのです。
 そうであれば、なぞられた「て」は現行の平仮名の「て」なので、その下に書かれていた文字は「弖」か「氐」だったことになります。これは、翻字する際に書写された文字の字母を意識して対処する上では、この字母の識別を明確にすべきです。下に書かれた文字を「て」としたのでは、正確な翻字とはなりません。

 となると、最初に書かれた下の文字は「弖」とすべきか「氐」とすべきか、ということになります。このことは、次回にします。

 平仮名が約50個に絞り込まれた経緯を、ずっと追い続けていることに関連して、しばらく、この件で調べたことを何度かに分けて報告します。
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2017年01月23日

ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について

 一昨日の清泉女子大学で開催された「表記研究会」で、3人の発表の後のシンポジウムでは、今野真二先生が司会進行役となり「仮名の成立」というテーマで全体討論がなされました。

 その質疑応答の最後の方で、私は発表で提示されたプリントに引かれた文字資料について、その翻字に関する質問をしました。それは、「て」の表記について、その字母を「天」とするか「弖」とするか、ということです。

 まず、乾善彦氏に、「正倉院仮名文書二通にみえる字母」にあげられた「天・弖」について、その字母の識別についてお尋ねしました。万葉仮名で表記されているので、この識別は問題はないとのことです。
 続いて、長谷川千秋氏の発表資料にある影印文字の「天・弖」について、全7例の字母の確認をしました。
 乾氏から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。

 その基準によれば、長谷川氏の資料にあった次の文字は、それぞれ次のようにその字母を認定できる、ということを確認することができました。

 まず、「天」となるもの。


「讃岐国司解端書 藤原有年申文」
(漢字の「天」をつかった【比天(ひて)】)

170121_te2





「虚空蔵菩薩念誦次第紙背仮名消息 かな消息(第V種)」
【之天无(してん)】

170121_te6




 次に、「弖」となるもの。


「多賀城跡出土仮名漆紙文書」
(「弖」の左に人偏の「イ」の付いたものだとのこと)

170121_te1




「東寺檜扇墨書」
【太弖(たて)】

170121_te3




「伊州某書状写(唐招提寺施入田劵文写、第15紙」
【太弖(たて)】

170121_te4




「因幡国司解案紙背仮名消息」
【美弖(みて)】

170121_te5




「小野道風書状」
【以弖(いて)】)

170121_te7




 これまで私は、「弖」の認定基準をもっていなかったので、ほとんどを「天」としてきました。
 しかし、今回ご教示いただいた認定基準は、これまで見てきた『源氏物語』の古写本にはあてはまらない例が多いようにも思われます。
 この件は、後で詳細に確認し、報告したいと思います。
 しばらく時間をください。
posted by genjiito at 21:02| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月15日

葛原勾当のひらがな日記について

 本郷三丁目であった、日本のローマ字社(代表 木村一郎)のイベントに参加してきました。
 ホームページには、次の案内文があります。


新年の集い 2017

とき: 2017ネン 1ガツ 15ニチ, 14:00〜
ところ: NRS ジムショ
おはなし: 幕末を生き抜いた盲目の琴師
       葛原勾当のひらがな日記を読む
はなして: くずはら・まこと (葛原 眞)さん
きどせん: 500エン(NRS カイイン わ ただ)

--------------------------------------

Sinnen no Tudoi 2017

toki: 2017 nen 1 gatu 15 niti, 14:00-
tokoro: NRS zimusyo
ohanasi: Bakumatu o ikinuita mômoku no kotosi
     Kuzuhara-Kôtô no hiragana nikki o yomu
hanasite: Kuzuhara-Makoto (葛原 眞) san
kidosen: 500 En(NRS kaiin wa tada)


170115_tirashi




 かねてより、葛原勾当について興味を持っていたので、聞きに行ってきました。

 江戸時代から明治時代にかけて、盲人ながらも現代のタイプライターとでも言うべき、木活字を駆使して40年間も日記を書き(スタンプ印刷し)続けた人です。
 『葛原勾当日記』(小倉豊文、緑地社、1980)や『日本語発掘図鑑』(紀田純一郎、ジャストシステム、1995)で、この日記のおおよそのことは知っていました。


170115_katujibako


(『日本語発掘図鑑』13頁)

 「遊び棒」と呼ばれる印字位置を示す一本の黒っぽい棒が、今のパソコンで言うとスペースやカーソルに当たるものです。

 しかし、実際に葛原勾当の直系の縁者である方からお話を聞くことで、具体的に盲人と文字というものについて再度考えるきっかけをいただくことができました。

 現在、私が科研で取り組んでいる「古写本『源氏物語』の触読研究」の連携研究者として一緒に勉強している中野眞樹さんが、昨春ここで研究報告をしていたことを知りました。そのことをまったく知らずに来たのですから、これも縁なのでしょう。中野さんは、今日はセンター試験の監督があるとのことでお休みだとのことでした。

 葛原勾当の木活字による携帯用の印字道具は、東大の史料編纂所がレプリカを作っていました。それを使って、葛原眞氏が実際に文字の印刷をテストする実験映像を拝見しました。これを見ると、この木活字を使った印刷の過程がよくわかります。ぜひとも公開していただけるようにお願いしました。いずれ、実現すると思います。

 葛原勾当について、すこしおさらいをしておきます。
 3歳頃に天然痘で両目を失明。14歳で座頭。その後、検校にはならなかったのは、当道座の階位を得るのには多額の金銭が求められたからだそうです。
 16歳で備忘録としての代筆日記をつけさせます。
 22歳の時に勾当になったことで上京。1ヶ月京都に滞在。この時に木活字を入手したようです。
 25歳で結婚。26歳から木活字を使って自ら印字して日記を付け始めます。
 明治15年に71歳で亡くなります。

 勾当日記に出てくる文字は、次のものが基本です。


170115_kana1




 これを通覧して気付くのは、明治33年に制定された現行ひらがなの字体がほとんどであることです。
 4行目の「於」の字形に留意したいことと、5行目の「江」、7行目の「志」が変体仮名となっていることが特徴です。ここには、「え」がありません。今の「お」に近い字体が別にあるので、こうしたことにも注意しておくべきでしょう。

 葛原勾当が木活字を用いて残した日記は、次のようなものです。


170115_kana2




 活字は何度か作り直していたようです。濁音の判子は別に作っていました。
 上の写真の3行目で「十四日よる」とある「よ」は、その下に不明の文字が一文字捺されていることがわかります。「日(ひ)」とあれば、次の行の「日る」と並んでいいのですが、どう見ても「日」ではないので思案中です。
 こうした印字の間違いは、その行を終える前であれば、すぐに直していることがわかります。その後の間違いは、もう直しようがなかったようで、いくつもそうした例が見られます。

 この勾当日記には、112箇所の間違いがあり、前後左右の間違いは92箇所あるそうです。文字を進める時や、行が移る時にケアレスミスがあるようです。

 この葛原勾当日記については、またわかりしだいに報告します。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月12日

渋谷氏による『源氏釈』の研究資料が全面改訂へ

 渋谷栄一氏が作成中の『源氏釈』の研究資料に関して、以下のような全面改訂の方針が示されました。これは、ご自身の「楽生庵日誌(1月11日)」で表明されたものです。
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e
 

【1月11日(水)】
「源氏釈」の全面改訂について、
第1は本文資料を漢字仮名字母による翻字法に切り替えたこと、
第2は対校写本を平安・鎌倉・南北朝期頃までの写本の写真影印資料等に拠り、青表紙・河内本・別本の枠組みを外したこと、
第3には後世の仮託偽書は除外したこと。
平安末期の藤原伊行の源氏物語の本文と注釈について考究していくことを目的とした。


 大賛成です。こうあってほしいと願っていたことなので、今後の進捗がますます楽しみになりました。

 この『源氏釈』の改訂版と、私が構築しつつある『源氏物語』の本文に関する「変体仮名翻字版」のデータベースがリンクする日が来ることを思うと、今からワクワクして来ます。
 これが実現すると、『源氏物語』の本文研究史と注釈史の研究が、格段に精緻なものへと変わっていくことでしょう。

 これまでの研究資料は、明治33年に施行された、現行ひらがな書体という制約から出ないままのものがほとんどでした。つまり、簡略化された翻字や翻刻による研究がなされていました。それが、注釈書の原本に書写されているままの文字列で研究ができるようになると、より正確な翻字資料で考えることができるようになるのです。簡略版による翻字資料での研究には、やはり限界があり、学際的な研究には至らなかったのです。

 これで、研究環境が各段に向上します。後は、一点でも多く変体仮名を用いた翻字資料が増えることを待てばいいのです。
 『源氏物語』の本文の翻字は、着実に進展しています。
 これに加えて、『源氏物語』の注釈書の翻字も、「変体仮名翻字版」で展開することを考えたいと思います。

 昨日の、本文分別に関する渋谷氏の記事に引き続き、これも新年早々うれしい知らせとなりました。
 少しずつではあるものの、『源氏物語』の研究環境は着実に進化しています。
 若い方々がこうした資料を活用し、新しい視点での研究成果を公表される日が来ることが期待されます。
 この問題に興味をお持ちになった方からの、質問や連絡をお待ちしています。
posted by genjiito at 20:23| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月07日

久しぶりの大阪駅で『源氏物語』の翻字の打ち合わせ

 大阪駅に行ったのは、本当に久しぶりです。
 駅ナカのホテルのラウンジで、『源氏物語』の古写本を翻字してくださる方とお話をしてきました。

 かつて私と同僚だった方の今の同僚で、翻字に興味を持ってくださった方がいらっしゃるとのことで、直接お目にかかって説明をしました。顔を合わせてお話をする、ということを大事にしているからです。
 尾州家河内本『源氏物語』をお願いしようと思います。

 明治33年に策定された、現行のひらがな約50種で作成した翻字データは、すでに私の手元に相当数あります。約30万レコードのデータベースとなっています。それを、書写された文字の字母に忠実な、「変体仮名翻字版」と言っている正確な翻字をお願いし続けているのです。

 「安」も「阿」も、これまでは「あ」という一文字のひらがなで翻字をしてきました。しかし、それは不正確であり、写本に書かれている文字の姿から翻字に戻れないものです。次の世代に嘘の翻字データを引き渡すわけにはいかないので、「安」は「あ」に、「阿」は「阿」で翻字をしていただくのです。今からちょうど2年前に決断した、新しい方針です。

 国文研蔵橋本本「若紫」の冒頭部分の例をあげます。


170107_boutou




 これを翻字する場合、これまでは次の写真の左側列のように、「わらはやみに」としていました。明治33年に一文字に限定されたひらがなで済ませていたのです。しかし、これを「変体仮名翻字版」で翻字をすると、右側列のようになります。


170107_honji




 「変体仮名翻字版」の列にある、「八」「三」「尓」が、字母を混在させた、写本に戻れる翻字です。左右の列の文字の違いを見ると、今までの左側の翻字の不正確さが明らかでしょう。

 「変体仮名翻字版」であれば、写本に書かれている文字がほぼ正確にデータ化できます。もちろん、崩し字は一様ではないので、字母である漢字に近い形であったり、明治33年に国策として一字体に決められた現行のひらがなの字体であったりと、その間でさまざまな変化があり、揺れがあります。そこまで厳密な違いを文字データベースで再現することは困難なので、写真に依ることにしています。今はひとまず、嘘のひらがなによる翻字ではなくて、字母レベルに一元化しての翻字に移行しているところです。
 これで、これまでよりも少しでもましな「変体仮名翻字版」によるデータが出来上がります。

 翻字をお願いする、と言うと、何やら難しい特殊な能力を求められるかのように思っておられる方が大半です。しかし、私がお願いするのは、写本の影印資料と、すでに完成している現行ひらがなによるテキストデータを渡し、データをパソコンで「変体仮名翻字版」にしてもらうのです。つまり、写本はすでに正確に読まれており、そこに用いられた平仮名を変体仮名に置き換えてもらう作業になるのです。ややこしいいことと言えば、データベース化にともなう、写本が書かれている現状を記述した付加情報でしょうか。しかし、これは2人目の別の方が確認するので、特に神経質になっていただく必要はありません。
 とにかく、後ろを振り向かず、ひたすら前を見て進んでください、と言ってお願いしています。

 私は特に翻字の進捗具合を催促はしないようにしているので、気長に続けていただければ、と願っています。
 『源氏物語』の写本の分量は膨大なので、90年を一応のメドとして取り組んでいます。私一代ではできないプロジェクトなので、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉を設立して取り組んでいるところです。
 NPO活動の一環なので、ほんの少しですが謝金をお渡ししています。翻字作業をお願いする方には、NPO組織の支援会員になってもらうことを原則としています。しかし、その会費は謝金ですぐに相殺されるように配慮がなされています。

 今日も、こうした取り組みに興味を持っていただけたことは、ありがたいことでした。
 東京では、日比谷図書文化館での講座を通して、少しずつ翻字を手伝ってくださる方が増えています。今後は、関西での支援者が一人でも増えるように、意識していろいろな方に語りかけ、呼びかけて行きたいと思っています。

 帰りに、JRで京都方面行きのホームにあがったところ、事故か何かで電車が遅れていました。
 なかなか来そうにないので、いったん改札の外に出て、阪急で帰ることにしました。

 久しぶりに訪れた大阪駅の北側の外観は開放的でした。


170107_station




 北向きに見下ろすと、スケートリンクが出来ていました。
 みなさん楽しそうに滑っておられます。


170107_icelink




 この大阪駅の北側地域は、今後はさらに開発が進みそうです。
 新しい大阪駅が、ますます楽しみになりました。
posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | ■変体仮名

2016年12月12日

総研大文化フォーラム(第1日目)で触読研究の成果を発表して

 無事にポスター発表を終えました。
 今年は、発表者に1分間の自己ピーアールの時間が与えられ、ストップウォッチに急かされるように、ショートスピーチをさせられました。

 私は、3年連続で触読研究の成果を報告していることと、音声のアシストで展開するようになったことに加え、昨日は国立民族学博物館で「古写本『源氏物語』の触読研究会をやってきたことをお話しました。

 ポスターセッションでは、30分の発表の間に、いろいろな方からお声掛けをいただきました。


161210_poster1




 みなさん、目が見えない方が本当に読めるのかなー、という問いかけから始まります。

 立体コピーのサンプルと、科研の三つ折りのチラシをお渡ししました。

 それぞれに課題と問題意識をお持ちの先生方や大学院生の集まりなので、ご自分のテーマとの接点を求めての質問が多かったように思います。

 『立体文字触読字典』と連綿のサンプルを、上記写真にもあるように、ポスターの右横に貼り付けて、自由に触っていただきました。みなさん、興味を示しておられました。

 懇親会でも、いろいろな角度からの質問や感想がありました。
 理科系の方々とお話をしていると、さまざまな刺激をいただけます。
 さらなるバージョンアップにチャレンジしていきます。

 みなさま、拙い話をお聞きいただき、ありがとうございました。
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2016年12月10日

民博で古写本『源氏物語』の触読研究会

 昨年度からスタートした科研費による「挑戦的萌芽研究」に関する報告です。

 現在取り組んでいる、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也/課題番号︰15K13257)というテーマでの、第4回目となる研究会を、大阪にある国立民族学博物館で開催しました。

 東京から私と一緒に参加する4人(内、全盲お2人)とは、金曜日の早朝9時に東京駅構内の東海道新幹線八重洲南乗り換え口で待ち合わせをしました。
 尾崎さんは、お母さんが東京駅まで付き添って来られ、乗り換え口で引き継ぎました。

 福島県からお越しの渡邊先生は、駅職員の方の介助を得て、東北新幹線から乗り継いで東海道新幹線17番線ホームに来られました。駅員さんは、非常に親切な対応でした。
 出迎えと見送りに来た妻も、お2人との再会を喜んでいました。

 新大阪駅までの車中では、触読の実験をしました。
 まず、私が翌10日の総合研究大学院大学文化フォーラムで発表する、「i-Pen」という音声ペンを活用した触読と読み上げのテストです。


161210_ipen




 お2人からは、「i-Pen」による音声ガイドの説明がわかりやすくて、変体仮名を読みとるのに助かる、との感想をいただきました。
 ただし、改良の余地も多いこともわかりました。さらなる進歩をお楽しみに。

 また、触読字典の試作版も、実際に使ってもらい、意見をいただきました。これについても、改良点をたくさんもらいました。
 やはり、直接触っての意見をいただくと、改善すべき点がよくわかります。


161209_dic




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 新大阪駅に降り立って早々に、全盲の2人はホームで、点字ブロックのことを放送していることに感心したそうです。東京や福島では聞いたことがないと。

 新大阪駅から千里中央駅へは、北大阪急行を使いました。地下鉄の自動券売機には、「福祉」と書いたボタンがありました。これも、東京では見かけません。


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 ここでは、江坂駅までしか切符が買えません。その先へは乗り換えることになります。一気に行けないのは不便です。

 千里中央駅を出るとき、江坂駅からの清算をする必要があります。改札に駅員さんがおられなかったので、自動改札の横にあったインターホンで、障害者同伴の乗り越し清算の仕方を訊ねました。すると、障害者証明書を確認するので、ボックスに差し込んでほしい、とのことです。そのボックスがどこにあるのか、見回してもわからないのです。また、見つかってからも、どうしたらカメラで確認してもらえるのかも、さっぱりわかりません。

 相手の駅員さんは、モニタで遠隔対応です。目が見えない2人共に困惑しておられます。
 なんとか、2人分の証明書を小さな空間に差し入れて、モニタで確認してもらいました。晴眼者がいなかったら、手も足も出せず立ち往生です。いても、こんなに手間も時間もかかるのですから、これはあまりにも時代遅れの感覚ではないでしょうか。

 さらに、確認後はその後ろにある精算機の操作をさせられます。割引乗車券のボタンを押し、不足金額を投入します。ここでも、ボタンのアイコンと文章は「車椅子」なのです。視覚・聴覚障害の方は対象外なのでしょう。


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 そして、この車椅子ボタンの下には、「係員がまいります」と書かれています。しかし、係員は来られることはありませんでした。すべて、さらにその下にあるスピーカーの小穴から聞こえる係員と対応するのです。徹底した非人間的な対応です。

 北大阪急行がどのような会社なのかは知りません。しかし、今回の対処は、大いに問題だと思いました。この鉄道会社は、まじめに意識改革することが必要です。

 乗り替えとなった大阪モノレールの千里中央駅の自動券売機には、車椅子マークのボタンがありました。


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 これを押すと駅員の方が小窓から顔を覗かせて、窓口へ行くように指示されます。そして窓口で割引の処置をしてもらいました。今度はスムーズです。北大阪急行の酷い対応とは大違いです。

 ホームで、東京から一人でお出でになった高村先生と合流しました。高村先生は、一般の乗客の方に介助を受けながら、エスカレーターで上がって来られました。お節介だと言われている大阪のおばちゃんは、とても親切なのです。

 万博記念公園駅で、広島からお越しの田中さんと合流して、国立民俗学博物館へ歩いて移動しました。

 まず、国立民俗学博物館の広瀬浩二郎先生と、MMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)の方々の案内により、「さわる展示」を体験しました。
 触ることで自分なりの理解が深まることに加えて、解説員の方の説明でさらに興味が広がります。

 これは、今回私が総研大の文化フォーラムで報告する、古写本『源氏物語』を触読する上で、耳から入る説明の役割を体感することになりました。目が見えない方にとって、耳を通しての音の情報は貴重です。

 見学中に、公務を終えてから来阪の大内先生も合流されました。
 今回は、韓国とオセアニアの展示をMMPの方の説明でしっかりと触り、拝見しました。

 展示室からセミナールームに移り、「第4回 古写本『源氏物語』の触読研究会」となりました。

 これまでとこれからの科研の取り組みから始まりました。

(1)「2016年6月から12月までの活動報告」
 科研運用補助員の関口さんから、本年の報告をしてもらいました。

(2)来年3月で一旦終わるこの研究会の今後について、私から現在わかっている範囲でお話しました。
 早速、大内先生から来夏の第5回研究会の会場として、高田馬場にある研究所を提供できる旨の申し出をいただきました。ありがたいことです。
 ということで、科研での取り組みが終わった後も、研究会と電子ジャーナルは発行し続けることの確認をしました。

 その後、私から次の報告をしました。

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」と「立体文字触読字典」の取り組みについて。
 これは、関口さんと研究協力者である間城さんの協力によって、具体的な形を見せているものです。
 まだ熟していないプロジェクトについて、貴重な意見をたくさんいただきました。特に、「誰のためのものか」ということと、「広く興味を持ってもらえるものを目指すべきではないか」という点でのアドバイスをいただきました。これは、前回の研究会でも指摘された問題点です。今後とも、心して取り組んでいきます。

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)
 学習と研究を区別する必要がある、という視点から、これから研究者になろうとする若者に、叱咤激励のアドバイスがありました。
 サポートが得られなくなっても続けられる、自立した研究を心掛けること。おもしろみを自分で見つけることが大事だということ、見ることの代用を触ることではできないので、その意味からも、触ることでオリジナルなことが出せないか、ということを考えたらどうかという意見が出されました。
 テーマによっては、共同研究か独自の研究かの見極めも大事だと、期待を込めた発言に終始しました。ありがたい指導の場となったことは、仲立ちとなった私も、ずっしりと重い課題をいただくこととなりました。

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)
 変体仮名を取り入れた、弱視者を対象とした高校古典の実践報告でした。
 板書の実演も、本当に目が見えないとは思えない感動が伝わるものでした。


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 また、授業の録音を流しながら、熱く語りかける先生と生徒との、丁々発止のやりとりが、実にすばらしいと思いました。
 ただし、長年教職にある先生からは、ご自分の体験を振り返りながらも、自分が見えないものを黒板に書くのは邪道である、という考え方があることも述べられました。これもまた真実です。
 教える、ということの根源を問う問題提起でもあります。
 いろいろと考えさせられる時間を共有する機会を得ることができました。

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)
 『紫式部日記』にある「黒方をまろがして、ふつゝかにしりさきて、白き紙一かさねに、立文にしたり。」という部分から派生したワークショップとなりました。
 黒方によく似たものを立文にする、という課題のもとに、香の実演と解説がなされました。
 今回のものは「稲妻」だそうです。これに麝香をいれたら黒方になります。立文に包んだ練り香を、参加者みんなが、ありがたくいただきました。


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 食べてもいいとのことだったので、広瀬先生に倣って私も少し口にしました。蜜で練ってあるだけに、おいしいのです。しばらくして、お腹がホコホコと温かくなりました。

(7)研究発表「手でみる絵画の作成の基礎・基本−−「手でみる新しい絵画を作ろう」の取組から」(大内進)
 展覧会情報を中心とした発表でした。
 一枚のポスターが、北斎の「神奈川沖浪裏」になるのです。しかも、立体的なものです。形はデフォルメしないと立体の認識に至らないのだと。
 時間が来たので、大内先生の発表の続きは次の懇親会場で、場所を変えて行なうことになりました。

 研究会終了後、民博から懇親会会場までは、タクシーで移動しました。

 大内先生の引き続いての発表の後も、懇親会は大いに盛り上がりました。みなさんが喋り足りない思いもあったため、ホテルにチェックインしてから、また近くで語り合いました。
 日付が替わる頃まで、全盲の3人と見える3人が、熱っぽく日頃の思いの丈を語りました。

 昨年度採択された科研「挑戦的萌芽研究」としては、今回が最後の研究会です。しかし、今後につながる、充実した時間を共有することができました。
 来夏、さまざまな問題を持ち寄って、また討議を重ねたいと思います。
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | ■変体仮名

2016年12月03日

江戸漫歩(146)皇居東を散策し出光美術館で仮名古筆を見る

 ぽかぽかとした陽気に誘われて、皇居東御苑側の竹橋駅付近から時計回りに、日比谷駅までを散策しました。皇居周辺では、九段下と日比谷という、ピンポイントしか知りません。長年東京にいたのに、あらためて皇居の周りを散策するのは初めてです。

 竹橋御門の説明が立派な石に刻まれていました。
 目の前に平川橋が見えています。その右手後方に東京駅があります。


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 この説明文を読もうとして、しばし目が泳ぎました。縦書きだと思って読もうとしたからです。原稿用紙のマス目のデザインだと錯覚しました。横書きだとは思いもしませんでした。


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 竹橋駅の近くから平川門を望みました。いつもは、この下を走る地下鉄東西線で通っています。通勤経路の地上を歩くと、頭の中の地図が立体的に再構成されておもしろいものです。
 お濠の鴨たちも、気持ちよさそうです。賀茂川の鴨たちを、遠足でここに連れて来たくなりました。


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 白鳥がいました。これは、賀茂川にはいません。


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 お濠の散策路に、秋田県のパネルが敷かれていました。今度のんびりとこのお濠ばたを一周しながら、私が行ったことのある都道府県を確認してみましょう。


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 本日のお目当てである、出光美術館へ行き着きました。今、開館50周年記念として「時代を映す仮名のかたち」という展覧会が開かれています。
 平安時代から鎌倉、そして室町へとつながる仮名の名品が、これでもかと並んでいます。国宝に重要文化財などなど、出光美術館所蔵の古筆を中心として、贅沢な展覧会となっていました。じっくりと古筆の名品の数々を堪能できました。

 休憩スペースで足腰を休めて皇居の紅葉を眺めては、また展示会場へ戻りました。


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posted by genjiito at 21:05| Comment(0) | ■変体仮名

2016年11月23日

橋本本「若紫」の原本で削除されている文字を確認して気付いたこと

 日比谷図書文化館の「古文書塾てらこや」で、鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読み続けています。

 今秋から、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)をテキストにして、みなさんと一緒に本文を翻字する時の注意点を考えています。

 せっかく国文学研究資料館が所蔵している写本をテキストにしているので、その原本を直接見ていただくことにしました。今から700年前に書き写された写本を、直接見て確認してもらおうというものです。

 昨日は、午前と午後の2回にわけて、4人ずつにたっぷりと2時間、詳細なところまで見てもらうことができました。鎌倉時代の写本ということで、みなさんにとっても、なかなか得難い体験ができたかと思います。

 この写本の特徴的な書きざまが見られる箇所や、私が説明し切れない箇所を、以下に紹介します。

(1)本行の文字が削られ傍記だけが残っている
(1丁ウラ)

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 1行目の本行には、「【侍】越と□こそ」と書かれています。
 ここで、削られて空白となっている4文字目は、その下に「く」と書かれており、それが小刀で削り取られていることがわかります。ただし、傍記の「く」だけはそのまま残っています。
 おそらく、「とく」と書いた時の「く」が「久」の崩しとしてはあまりにも漢字に近いものであり違和感を覚えた人が、あらためて「く」を傍記したものかと思われます。この字母である「久」に近い「く」は、他にも各所に見られます。
 さらには、この本行の「く」にはミセケチ記号としての「˵」があったと考えられます。この「く」が削られているので、そこまでは原本で痕跡が確認できませんが。
 この箇所で「く」が削られて空白となっているのは、この写本が書写された後の仕業であることを示していると思われます。本行の「く」を削った後に、その上に「く」を書いていないことと、傍記の「く」が残ったままであることからそう想定していいと思われます。

 また、上掲写真の4行目7文字目の「まう□□たれ盤」も、同じような状況を考えていいと思います。
 削られた文字は「さ勢」です。そしてその直前の「う」の右下に小さな補入記号である「○」を添え、その右に補入文字としての「し」が書き加えられています。
 最初は「まうさ勢たれ盤」と書き写されました。しかし、「さ勢」をミセケチにしてその右横に異本との校合によって「し」を書いたのでしょう。ここでも「さ勢」が削られているので、ミセケチ記号の痕跡は確認できません。しかし、後に下に書かれていた「さ勢」が削られていることと、補入文字としての「し」が残っているので、そのように考えていいと思います。
 ただし、こう説明しても、ここになぜ補入記号があるのかは、今説明ができません。

 この橋本本「若紫」の写本には、後に写本に手を入れたと思われる、さまざまな人の手が確認できます。ここに示した2例は、書写されている文字に対して、他本との校合をしたにもかかわらず、その上に文字をなぞって書けなかった事情が推測できるものです。
 こうした判別を続けて行くと、写本が受容され、そこに加えられた手の歴史が確認できます。書写後に写本が経巡ってきた背景が少しずつわかると、さらにおもしろい受容史が見えてくることでしょう。
 
(2)同じ文字を左横に傍記
(14丁オモテ)

161123_14omote




 最終行と後ろから2行目の間の行末に、「よし堂ゝ」という少し小さな文字が傍記されています。この傍記は、その右の本行本文である「よし堂ゝ」に関係するものです。
 普通は、異文注記などは本行本文の右側に傍記されます。しかし、ここは左側にあるのです。もっとも、行末においては、こうした左傍記はよくあることです。
 そのことに加えて、この左傍記の文字は、本行本文と字母のレベルまでがまったく同じ文字列です。もし「四志多ゝ」などと、親本と字母が異なるための注記としての傍記であるなら、あえてここに記されたことの意味は理解できます。しかし、ここにはまったく同じ文字が記されているのです。
 その前の2行分の行末に、「盤」と「尓」が隙間に挟み込まれるように小さく書写されていることからもわかるように、この写本は親本の書写状態を忠実に書き写しています。勝手に改行して書写したりはしていないようです。
 そのことと併せて考えると、この行間に記された「よし堂ゝ」という文字も、親本に記されていたのかもしれません。ただし、この行間に記された文字の「堂」は、本行の本文に書かれている「堂」とはその字形が異なることをどう説明したらいいのか、今私は解決策を持っていません。
 
(3)和歌の直前で削除された「僧都」
(26丁オモテ)

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 これは、丁末に「僧都」と書かれていたところで、その「僧都」が削られているものです。この次の丁の最初は、僧都の「優曇華の」という和歌で始まります。削られた「僧都」は、次の歌を詠んだ人を明示しているのです。
 この箇所の諸本を確認すると、次のようになっています(諸本の略号は今は省略します)。


僧都/〈削〉[橋]・・・・052034
 そうつ[尾国高]
 僧都[中陽天]
 ナシ[大麦阿池御肖日穂保伏]


 つまり、橋本本をはじめとして[尾国高中陽天]のグループ(私が〈甲類〉とするもの)は、この和歌の直前に「僧都」という文字を伝えています。現在一般に読まれている大島本(〈乙類〉)を始めとする流布本には、この「僧都」がないことがわかります。
 「若紫」の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、ということは煩雑になるので今はおきます。
 橋本本「若紫」は、現在の流布本となっている大島本のような本文で校合され、本文が異なる箇所には削除などの手が入っていることが、この例からも言えます。

 参考までに、その直前にある和歌についての確認もしておきます。

(25丁オモテ)

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 この箇所の諸本の本文を調べると、次のようになっています。


僧都/〈改頁〉[橋]・・・・051904
 僧都[中陽穂天]
 そうつ[尾御国高]
 そうつ/〈朱合点〉、=イ[肖]
 ナシ[大麦阿池保伏]
 ナシ/+僧都イ無本[日]


 橋本本をはじめとする[尾国高中陽天]の〈甲類〉の諸本は、和歌を詠んだ者が「僧都」であることを明示しています。しかし、それ以外の現行流布本である〈乙類〉としての大島本などは、この「僧都」を文字を持っていないのです。
 このことから、橋本本の「僧都」を削除しているかと思うと、ここでは削除していないことが明らかになったのです。前例との違いは、丁末にあるか丁始めにあるか、という違いです。
 この違いについて、私は今はまだ説明できません。校合の手が不十分のままに今に伝わっている、と考えられること以外に。

 ここでは、具体的な問題箇所を提示しただけに留まっています。
 こうした点について、ご教示をいただけると幸いです。
posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月27日

変体仮名の「个」と漢字の「箇」の用例

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読むことが続いています。
 今日は、熱心に変体仮名を読んでおられるKさんが、終了後に貴重な資料を持ってきてくださいました。
 明治23年と32年の商法の法律文書に書かれている文字です。

 まず、明治23年のものから。
 この中に、「一个年」という文字があります。


161027_keko_m23




 変体仮名の「介」と「个」について、私は「个」の方を字母としてよしとしています。それは、その字母が「箇」だと思われるからです。変体仮名の字典などを見ていると、このことはさまざまに用例が示されています。ほとんどが、「介」の方を示し、「个」は括弧付きで補足的に例示されているのです。

 上の文書だと、「个」はカタカナの「KE」を示し、「箇」は漢字で「KO」と書かれているのです。

 また、明治32年の同じく商法の条文には、次のようになっています。
 これは、「六个月ヲ」と書かれている部分です。


161027_kem32




 この後に、「箇」が何度も出てきます。


161027_kom32




 こうした法律の条文の例を見ると、ここで揚げたのはカタカナではあるものの、変体仮名の「KE」についても、「介」ではなくて「个」がいいと言えそうです。

 私はこの分野を専門としているのではないので、理由づけが今はできません。
 とにかく、気付いたときに、わかったことを記しておくことにしています。

 このことで、ご存知のことがありましたら、どうかご教示いただけると助かります。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月26日

橋本本「若紫」の翻字の補訂(1)

 先週、「『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました」(2016年10月20日)という記事を書きました。

 その橋本本「若紫」の翻字で、早々と1箇所にミスを見つけたので報告します。

 それは、第1丁表4行目の行末にある「万う」に、ミセケチ記号が付いていたことです。次の写真の赤矢印の箇所に、小さな黒い点があります。


161026_syahon




 それを、刊行した書籍の翻字には、当該箇所にそのミセケチ記号「˵」がありませんでした。
 お手元に本書がある方は、4行目の行末の「万う」の左横に、ミセケチ記号「˵」を2つ付けてください。お手数をおかけして申し訳ありません。


161026_katuji




 手元の翻字データベースでは、ミセケチ扱いでデータが出来ています。


万う春/$


 この表記は、「万う春」の3文字がミセケチとなっていることを、「$」の記号で示しています。

 翻字データベースのデータを元にして版下を作成する段階で、「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付け忘れたようです。

 細心の注意をはらって、何度も翻字を見直したはずでした。
 しかも、あろうことか、開巻早々のミスで恐縮しています。

 また何か見つかりましたら、ここで報告いたします。
 ないことを祈りながら。
posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | ■変体仮名