2018年05月13日

新しく古写本『源氏物語』のくずし字を読む講座がスタート

 毎日いろいろな案件や仕事をこなしていると、このブログに書き留めておきたい記事も溜まっていく一方です。
 先週の木曜日、5月10日から滞っているものを、手元のメモをもとにして整理します。

 「キャリアアップ講座と熊取ゆうゆう大学とで『源氏物語』を開講」(2018年04月04日)で予告した通り、初心者講座として「古写本『源氏物語』のくずし字を読む」というものがスタートしました。これは、これまで「熊取ゆうゆう大学」の社会人講座として実施していた「『源氏物語』の古写本を読む」と連携・合体したものです。新たに「キャリアアップ講座」という名称で、同じ時間帯に同じ部屋で開催します。

 10日(木)は、午後3時から5時まで、12人の社会人の方々と6人の学生と一緒に始まりました。
 テキストは、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)です。

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 これは、国立歴史民俗博物館が所蔵する国の重要文化財『源氏物語 鈴虫』をカラー版の複製本として刊行したものです。
 この本を刊行した時のことは、「歴博本「鈴虫」をカラー版で「変体仮名翻字版」として刊行」(2015年10月01日)に書いた通りです。

 この「キャリアアップ講座」でも、「日比谷図書文化館」や「be京都」と同じように、平仮名の元となった漢字(字母)を確認しながら読み進めます。
 今回テキストにした「鈴虫」巻の写本は、米国ハーバード大学が所蔵する『源氏物語 須磨・蜻蛉』と兄弟本であり、鎌倉時代中期に書写された現存最古の写本の一つです。
 この写本の価値などを、まず確認しました。
 最初ということもあり、4行目まで進みました。字母を確認しながら、変体仮名を読みます。ゆっくりと目慣らしをし、平仮名と漢字の関係をイメージしながらのトレーニングです。
 最後に、さまざまな質問を受けました。自由に疑問に思ったことを訊いていただけるということは、こちらとしては願ってもないことです。次回も、疑問が生まれるように話を持って行くつもりです。
 
 
 
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2018年04月21日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第8回)(糸罫の試作品完成)

 今日の「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)での勉強部屋には、端午の節句の飾り付けがなされていました。
 いつも季節季節の雰囲気に包まれた和室で、気持ちよく『源氏物語』を読んでいます。

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 今回から、同志社大学2回生の若者が参加です。テキストである『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』を持参です。『和泉式部日記』の異本に興味があるとのこと。『四本対照 和泉式部日記 校異と語彙索引』(拙編、和泉書院、1991年)を参考にと渡しました。これは、もう27年も前にした仕事です。『和泉式部日記』の字母索引はこの本しかないので、今も利用されているようです。頼もしい新人の今後の活躍が楽しみです。

 さて今日は、待ち望んでいたものが持ち込まれました。毎回のように話題となっている糸罫の試作品です。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の理事でもあり、この勉強会のお世話をしていただいている石田弥寿子さんの労作です。

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 裏面で糸を止めている処置はこれでいいのか、まだ検討課題はあります。しかし、とにかく物の形が見えると、写本がぐっと身近に思えてきます。この糸罫を書写する用紙の上に置き、親本のままに書き写していたと考えられます。

 試しに、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の巻頭部分の上に置いてみました。なかなかいい感じです。
 枠の大きさや、糸の張り具合については、追い追い調整しましょう。

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 目の前に糸罫があるせいか、写本を読んでいても、すぐに、どのようにして書写していたのかに話題がいきます。
 例えば、今日読み進んだ中では、6丁裏にあったこんな例で頭を悩ませました。

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 この写真の2行目(実際は4行目)の下から2文字目の「人」は、糸罫の行の横幅スレスレか、それよりも大きいものかと思われます。これまでは、左手の親指と人差し指で糸を押し広げて行間を広くして書いている、としてきました。しかし、この行末では大きく行間を広くできません。さて、糸罫をどう使っていたのでしょうか。それとも、糸罫は使わずに書いていたのでしょうか。

 その視点で見ると、その3文字上の「【侍】尓志」において漢字で書かれた「侍」の左側の人偏は、次の行の「那く」の「那」と糸を介してスレスレの位置になります。ここでは、筆が糸罫の糸に触れていたように思われます。これも、実際はどうだったのか知りたいところです。

 さらに、「人」の次の行末の「いま尓」の「尓」は、行末ということですぐ下に糸罫の横板があり、筆を下に抜くことができません。そこで、右横に筆を抜いています。それが、すぐ右横の「人」という文字と糸を挟んでぶつかりそうです。ここでも、文字と文字の間に張られている糸に、書写中の筆が触れていてもおかしくはありません。

 一行飛んだ行末の「【侍】ら」の「ら」は、糸罫の下部に木の部分があるため、糸罫を置いたままでは書けません。ここは、糸罫を5ミリほど下にずらしたのではないか、と考えてみました。行頭はきれいに文字が揃っているので、上にずらすことはなかったようです。この、書写中に使っていた道具である糸罫を下にずらすことは、実際になされていたのでしょうか。
 そう思いながら、さらにこの「ら」をよく見ていると、「ら」の文字の書き始めのところの背面に、なぞられた文字があるように見えて来ました。

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 その下の文字は、行末の文字としては枠内に収まっています。そして、この「ら」の下には寸足らずの「ら」が小さく書かれていることが判読できそうです。この形の「ら」は次丁にもあります。ということは、ここのなぞられた「ら」は、糸罫を外した後に小さく書かれた「ら」をなぞるようにして書き足された文字である、ということになりそうです。原本を再確認しないと、このことは断定できません。これも、今は疑問の残るところとして記録しておきます。

 もう一つの例もここにあげておきます。次回に読むところながら、7丁表の後ろから4行目と5行目は、その行間が明らかに狭くなっています。

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 ここは、どうしても糸罫は使っていない箇所だといえます。糸罫がズレたために、9行目からは本来の位置におき直した、ということは考えられます。しかし、実際にはどうなのでしょうか。なぜこのような書写になっているのか、糸罫という道具を使っていたという前提では、どうしても説明しにくい例です。

 今回は、糸罫の試作品ができたために、かえって書写状態について多くの疑問が生まれました。
 こうした点について、ご教示をお願いするしだいです。
 
 次回は、5月26日(土)午後2時から4時までです。
 さらに、その次は6月18日(月)午後2時から4時までです。この時だけは、月曜日なのでご注意ください。
 
 
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2018年03月25日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-その10)

 午前中に京橋区民館であったNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会を終えると、急いで日比谷公園に向かいました。公園内では、もう桜が満開です。「鶴の噴水」の周りが一番みごとでした。

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 「日比谷カレッジ 古文書塾 ‘てらこや’」の中で展開している5回でワンセットの『源氏物語』の講座も、今回でひとまず2回目のサイクルの最終回となります。5回の講義を一区切りとするものなので、月1回の講義もあっという間です。お陰さまで少しずつ受講者が増え続け、長年通い続けてくださる方も多くなりました。次は5月からスタートです。
 写本に書き写された文字を確認しているだけの講座にもかかわらず、多くの方々が受講してくださっていることに感謝しています。

 日比谷図書文化館の入口にあるイベントの案内板には、「古文書塾てらこや 国文学研究資料館「源氏物語 若紫」を読む」という掲示があります。これは、正確には「国文学研究資料館」ですね。

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 さて、今日はビルマ語訳『源氏物語』が見つかったことに始まり、ミャンマーにも糸罫や異体字があったことを報告することから始めました。これまでにまったく知られていなかった情報なので、興味を持って聴いてくださっていました。

 毎回提供している京都新聞に掲載されたニュースとしては、次の2つの話題を提示しました。

(1)洛北は洛中よりも気温が1.8度も寒いという記事(京都新聞、2018.3.17)
 (ちょうど我が家の辺りが例にあがっていたこともあり、京都を知る一助にと配布しました。ただし、これが古典を読む際に参考になるかというと、それはまた別問題です。現在の洛中の建物の高さと密集の度合い、そしてエアコンの室外機が吐き出す熱気を勘案すると、とても平安時代とは同じ環境だとは思えないからです。)

(2)京都府立盲学校所蔵で、明治11年設立の盲唖院以来の教材などが、このたび重要文化財に指定された記事(京都新聞、2018.3.14)
 (点字以前の「木刻凸凹字」のカタカナなどが写真で紹介されています。こうした手作り教材などの貴重な資料を、これまで多年にわたって詳細に調査研究をしてこられた岸博実先生のことが、この新聞記事には一字も見当たりません。この記事を書かれた記者の情報収集範囲が、盲聾学校の2人の校長のコメントに留まっていたことは、事実の外周部をなぞっただけという程度だったので残念でした。)

 さて、「若紫」の本文を確認する本題は、29丁裏7行目(76頁)から31丁表1行目までを、字母に注目しながら見ていきました。
 その過程で、私の翻字が間違っている箇所を指摘してくださいました。
 30丁表9行目で、テキスト『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(新典社、2016.10)の翻字が「うまれ」となっている箇所です。ここは「う万れ」となる、ということです。

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 確かに、ここの翻字は変体仮名を漢字にもどして表記すると、「万」となるべきところです。明らかなミスというよりも誤植というべきものなので、ここに訂正してお知らせします。

 また、31丁表5行目(79頁)の次の文字列「しろし免され」では、「さ(左)」と読むことになるはずの文字が、どう見てもそのようには見えない姿形で書写されていることも、皆さまと確認しました。

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 ここの翻字は、「しろし免△れ」とするか、「しろし免され/さ〈判読〉」かのどちらかとなります。この直後の「さ」の字形から見て、ここは仮名文字が簡略化され過ぎたための結果だと思われます。「△」という付加情報としての記号は、どうしても読むことができない不明な文字に当てるものです。ここでは、「さ」と読むことも何とか可能だということから、「〈判読〉」という付加情報を付けることで対処した、「しろし免され/さ〈判読〉」に修正したいと思います。
 なお、この部分に関して、諸本に本文の異同はありません。
 「変体仮名翻字版」でのデータベース化が遅れているので、明治33年に統制された現行の平仮名約50種類での表記による異文校合の結果で示します。

しろしめされさりける[橋=大尾中麦阿陽池御国肖日穂保高]・・・・052429
 しろしめされさりける/後さ〈改頁〉[伏]
 しろしめされける[天]


 さらに、用例の同じ行末近くに見られる「ける」の「る」が「【事】」の右横上に小さく添えられた形となっていることにも注意したいところです。
 さらには、次の行末の「【大殿】も万いり」の「万」の位置が、中心線から左に寄り、「も」と接近するように書かれていることも、ここでの書写状況をいろいろと教えてくれます。
 この書写者は、この辺りでは筆写する上での集中力が緩んでいる、と見ていいのではないでしょうか。そのために、字形が曖昧なままに、そして字配りがふらつきながら書写が続けられていったのではないでしょうか。あくまでも、勝手な想像を交えた見方です。

 昨日は、福島県立盲学校高等部国語科の渡邊寛子さんが、息子さんの介助を得て講座に顔を出してくださいました。全盲にもかかわらず、『源氏物語』の写本を触読できる仲間です。もう3年のお付き合いとなりました。いつも前向きなので、会うたびに私の方が元気をもらえます。
 渡邊さんは、その後の有楽町駅前での課外の勉強会にも参加してくださいました。日頃はできない話が、参加なさっていた十人ほどの受講生のみなさまと一緒に、楽しくできました。いい仲間に囲まれているな、ということをいつも実感しています。

 なお、日比谷公園から有楽町駅に行く手前の日比谷シャンテ前では、しばらく姿を眩ましていたゴジラが、あらためてその迫力のある姿を見せていました。おかえり、と声をかけたくなります。

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2018年03月11日

ビルマ語にも変体仮名があるのでは?

 この記事も、前回同様に専門外の思いつきであり、あくまでも私見です。
 もしかして、すでに研究成果があり、これが間違っていたり、ひょっとして何かの間違いでいい線をついていたりするかもしれません。

 いずれにしても、旅先での[とはずがたり]ということでご寛恕のほどを願います。
 最近よく、「もっと勉強してから書け」とか「よく調べろ」というご批判をいただきます。
 一方的な暴言は甘受するしかないものの、毎日の日記の公開というブログの性格上、突然のアホバカ呼ばわりは平にご容赦いただきたいと思います。
 私としても、毎日の流れの中で書いていますので、ある日の特定の箇所だけを切り取っての攻撃には対処のしようがないのです。
 これは、生き続け書き続けることに意義を見いだしている者にとっては、困った現象だと思っています。

 さて、インドから伝わって来た文字が変化して、今のミャンマーアルファベット(アケア)があるそうです。
 もちろん、今回来ているミャンマーではじめて知りました。

 先日訪問した国立図書館で、文字に関する展示パネルを拝見し、このビルマにも日本で再評価されている変体仮名とでもいうべき文字のスタイルが併存する時期があったのではないか、と思うようになりました。

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 例えば「が」(?)と読む文字について。
 次の写真に、色文字でメモを追記しました。

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 パガン朝時代の文字が、スタイルを変えて今に来ているそうです。
 右端の文字は、視力検査で使われる記号のような文字であり、「下」と答えている文字(?)記号(?)です。
 ただし、発音も意味も、それぞれに変わらないとのことです。
 王朝ごとに文字の形が変わってきた、ということで、それぞれの時代に文字は一新されているという説明だったかと思います。

 そこで、勝手な思いつきが浮かびました。
 文字が突然一新されることは考えにくいので、当然共存して使われた時期があったことでしょう。
 そうすると、次々と文字が変遷したと見るのではなく、異なるいくつかのスタイルの文字が一緒に使われていた、ということを想定するとどうでしょうか。
 変体仮名のような文字の存在があったのでは、ということにならないでしょうか。
 当然、国策であれば、異体字は自然淘汰されていくことでしょうが。

 日本では、明治33年以前には、千年近くもの長い間、「あ」という平仮名に「安」「阿」「愛」等が用いられていました。
 例えば、「伊勢」は今では漢字による表記として理解されています。
 しかし、「伊」も「勢」も、いずれの文字も明治33年以前には平仮名に属する仮名文字であり、その後に共に変体仮名として平仮名のグループから外されたのです。
 国策として、平仮名の枠から外され、文字統制によって変体仮名が生まれたのです。
 ただし、それ以降も、しばらくは現行の五十音と切り捨てられた変体仮名が共存していました。
 今でも、共存しています。
 例えば「お天も登」

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 ということで、手元に何も資料がないままに、勝手な思いつきを記しました。
 実際には、ミャンマーの古い文字はどうなのでしょうか。
 来週には日本に帰りますので、あらためて調べてみたいと思います。
 
 
 
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2018年02月24日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第6回)の報告(重ね書きの問題点)

 勉強会の会場としてNPO法人〈源氏物語電子資料館〉でお借りしている「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)の部屋には、春を感じさせる花が活けてあります。

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 今日は、先日来ハーバード大学の先生から問い合わせを受けていた、『源氏物語画帖』の詞書に見られる「開」という漢字をどう読むか、ということの話題から始めました。諸本は「さく」とあるところを「開」という漢字で書いているのです。意味はそうとして、これをどう読むか、ということで質問を受けていたのです。
 本来なら「咲」と書かれるべきです。そうなっていないことについて、私の考えがまとまりましたので、その結果をハーバード大学にお伝えし、その私見を今日は参会者のみなさんに聞いてもらいました。中国語の問題ともなるので、いつものように博識の庄婕淳さんが欠席なのが残念でした。

 さて、今日も『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)で、ナゾリが認められる箇所など、非常にマニアックな問題を一緒に考えました。
 一例をあげます。

 16丁裏の最終行で、文字を重ねてナゾル場面を見ましょう。
 写本では、行末や丁末に書写のミスが発生しやすい傾向があります。ここも、その例です。

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 まず、右側の丁の最終行ということで、書写者の左手は、これまで使用していた書写用の小道具である糸罫を右丁から左丁に移動する動作に入ります。また、目は親本の丁末の文字から次の丁の行頭に移っています。つまり、書写者は文字を写し取ることにおいて集中力が途切れ、写すための作業に気持ちを取られているのです。手も目も、そして姿勢も。この状態で、親本に書かれていた文字列の丁末の「な里遣れ奈と乃」と書いて、次の丁に移ろうとする、ちょうどその場面で、あろうことか書き間違ったのです。

 丁末にある「乃」が記憶に刻まれていたこともあり、「な里遣れ」と書いてしまいました。しかし、糸罫を移動し次の丁の行頭から「給てあけくれの本と尓」と書こうとして、右丁最終行に2文字分の空白が残っていることから、脱字となっていることに気づいたのです。そこで書写者は、「な里遣れ」の「乃」の上に「奈」と重ね書きし、そして「と乃」と続けています。これで、「な里遣れ奈と乃」と無事に親本通りに写し終えることができたのです。

 この『ハーバード本「須磨」の書写者は、間違いに気づくとすぐに修正する傾向が確認できています。ここもその例です。

 とにかく、行末や丁末には書写ミスが多いことと、ミスに気づくとすぐに間違った文字を小刀で削って、その上から正しい文字を書いたりしています。ここでは小刀を使わずに、重ね書きをしています。そして、二つの「乃」の字形からわかるように、親本の字母を忠実に写し取っていると思われるのです。

 写本を丹念に見ていくと、書写した人の性格や、その時の心情や状況が推し量られておもしろいものです。
 今日は、非常にマニアックな勉強会でした。さまざまなことを想定して写本に書かれた文字を読み取りながら進んでいるので、終わるとどっと疲れます。しかし、爽快感の残る疲れです。

 次回となる第7回は、3月31日(土)午後4時から6時までです。いつもと開始時間が2時間ほど遅くなります。
 このようにして写本を読むことに興味と関心をお持ちの方の参加を望んでいます。

 帰り道で、烏丸通沿いの同志社大学前にある、和菓子の「俵屋吉富」さんに寄りました。
 来週月曜日から行くインドとミャンマーへ持参するお土産をいただくためです。

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 この時期に海外に行く時には、私は決まってお雛祭りに関係するお菓子を持っていきます。海外では、煎餅やおかきが喜ばれるので、季節のものとの組み合わせで決めています。今日いただいた内の一つを紹介します。

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 明後日から半月ほど家を空けるので、やりのこしている仕事に追われて大わらわです。いろいろと不義理をしたままで旅立ちます。多くの方々にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。3月中旬に帰ってきてから、可能な限りの穴埋めをしますので、ご寛恕のほどをお願いします。
 
 
 
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2018年02月11日

箸袋に書かれた「おてもと」の変体仮名

 昨日の日比谷図書文化館での『源氏物語』講座の折、いつもNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動にご支援をいただいているOさんから、珍しい箸袋を提供していただきました。

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 「おてもと」とある文字の背景に、『源氏物語』の第2巻「帚木」の冒頭の文章が書かれているのです。

登可おほ可な流耳い登ゝかゝ流すき【事】とも越
      きゝ津多へて可ろひ多流【名】をやな可
      【給】个流かくろへこと越さへ可多りつ
多へ个ん【人】能物いひさ可な佐よ左る八い登いたく


 この箸袋がどこの、何というお店のものなのか、よくわからないとのことでした。
 どなたかご教示いただけると幸いです。

 また、もう1枚の箸袋も提供していただきました。

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 実は、「御手茂登」と書いた箸袋はよく見かけました。しかし、ファイリングしようと思っているうちに、いつしかこの文字を書いた箸袋を見かけなくなっていたのです。
 思いついた時に集めておくものです。
 
 
 
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2018年02月10日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-第9回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で、古写本『源氏物語』の変体仮名を読む講座を続けています。

 上京する時、富士山の山頂をドーナッツが包み隠すような奇妙な雲のかたまりが、車窓から見えました。後でニュースを見ると、「つるし雲」というものだそうです。

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 日比谷公園に内幸町そばの入口から入ると、日比谷公会堂の横に雪がまだ残っていました。

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 今日の講座では、立教大学大学院で勉強しているOさんが、ゲストとして参加しました。Oさんは全盲です。しかし、彼女は写本の変体仮名が触読できるのです。墨の濃淡も、原本ならわかるようです。
 以前、一度だけこの講座に参加してもらったので、受講生の半数の方はOさんのことをご存知です。Oさんは、5月から始まる私の講座に参加することになりました。触常者と見常者が、お互いに刺激し合いながら写本を読んで行くことになります。新しいコラボレーションが生まれる、楽しいニュースです。

 いつものように京都新聞の記事などを使って、世間話として古典文学の世界の背景をお話ししました。昨日のブログで扱った、「おもてなし」と「観光」と「文化」についても。

 今日は、写本の28丁裏から29丁裏まで、3頁分も進みました。
 光源氏に僧都が琴を勧める場面を読むので、その源氏絵をまず確認しました。秋山光和先生が昭和52年に発見された、国宝源氏絵巻の「若紫」巻断簡をスクリーンに映しました。また、国文学研究資料館在職時代に作成した展示図録の『千年のかがやき』を、毎回みなさんの机上に置いて勉強を進めているので、天理大学付属天理図書館の源氏絵(重美)も確認しました。さらには、この後で物語の本文の違いを確認する時に出てくる、国立歴史民俗博物館蔵の中山本についても、この図録で確認しました。

 本文の異同については、こんな例を取り上げました。たくさん指摘した内から、2例だけ紹介します。17種類の本文を校合しています。

(1)
あしきものをと[橋=中]・・・・052308
 たへかたきものをと[大国]
 たえかたきものをと[尾陽伏高]
 たへかたき物をと[麦池日保]
 たへかたき物をと/物〈改頁〉[御]
 たえかたき物をと[肖穂天]
 ナシ[阿]
のたまへと[橋=尾高天]・・・・052309
 の給て[中]
 の給へと[陽]
 きこえ給へと[大御国日穂保伏]
 聞え給へと[麦肖]
 きこえ給へと/は〈削〉と[池]
 ナシ[阿]


(2)
その[橋=尾阿陽肖高天]・・・・052382
 其[中]
 ナシ[大麦池御国日穂保伏]
ゝちは(のちは)[橋=尾陽高天]・・052383
 後は[中肖]
 ゝち(のち)[阿]
 ナシ[大麦池御国日穂保伏]
え[橋]・・・・052384
 ゑ[尾中陽高天]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かき[橋=尾中陽高天]・・・・052385
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ひな[橋]・・・・052386
 ひゝな[尾池国肖日高天]
 ひいな[大中麦阿陽御穂保伏]
つくり[橋=尾中陽高天]・・・・052387
 あそひにもゑかい[大池御国日穂]
 遊にもゑかい[麦阿]
 あそひにもゑかひ[肖保伏]
給にも[橋=中麦阿陽池国伏天]・・052388
 たまふにも[尾御穂高]
 給ふにも[大肖日]
 たまふにも/ま〈改頁〉[保]


 ここでは、次の3点を強調しました。

@『源氏物語』の本文は3つではなくて2つに分別できること

A橋本本と中山本は大島本などのグループとは異なり、互いによく似た興味深い本文を伝えていること

B橋本本は中山本と共に、河内本グループに括られる本文を持つ傾向が強いこと


 こうした例は、古文に親しんでいる、いないに関わらず、明らかに違う2つの本文が伝わっていることがわかってもらえるものです。

 『源氏物語』を大島本だけで読むのは、江戸時代に良しとされた本文だけで物語を楽しむことに留まります。それに加えて、こうした鎌倉時代に書き写された本文を読むことで、『源氏物語』を読む楽しさやおもしろさが倍加すると思います。大島本という一つの写本だけで作品を禁欲的に読むのではなくて、複眼的に、多視点からさまざまな『源氏物語』を読む読書もあっていいと思います。

 どちらが平安時代に語られ、書写された物語だと思うかは、その人の自由です。大島本にがんじがらめにされた、池田亀鑑を始発とする『源氏物語』の読み方からは、もう解放されてもいいのではないでしょうか。
 私の場合は、自分を研究者という立場から解放した今、このようなことを強く思うようになりました。その実践が、この日比谷図書文化館を舞台として繰り広げている、古写本『源氏物語』を変体仮名だけに着目して読む講座です。

 『源氏物語』の本文を研究する方がほとんどおられないのが現状なので、こうしたことはいつかどなたかが証明してくださることを待つしかありません。私の拙い私見に対する批判は、まだ正面からは何もありません。そのためにも、諸本を翻字したデータを一日も早く公開しなければなりません。上にあげた17種類の本文も、『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井・伊藤・小林編、桜楓社・おうふう)と『源氏物語別本集成 続 全15巻』(7巻まで刊行、伊井・伊藤・小林編、おうふう)で活字として公開しているだけで、詳細なデータは私の手元にあるだけです。手元に資料や情報がなければ、批判をしようにも、賛同しようにも、議論をする土俵を同じくすることができません。私の私見に対する批評がないのは、いたしかたのないところだと言えます。

 遅々として進まない翻字作業に喝を入れなければならないほどに、追い込まれています。私は、研究から遠ざかりつつも、資料整理と情報の提供と公開は続けていきます。お手伝いをしてくださる方と共に、一作業従事者として、より一層の頑張りを課しているところです。

 なお、今回読み進んだ箇所で、29丁裏1行目の「事」は、漢字で表記されているので「【事】」とすべきところでした。取り急ぎ、報告します。

 講座が終わってからは、いつものように有志の方々10名と、有楽町駅前に場所を移します。Oさんも参加です。今日も、『源氏物語』をめぐるさまざまな話で盛り上がりました。

 次回は、3月24日。
 熱心な方々がお集まりの講座なので、私も楽しみにして日比谷図書文化館に毎月通っています。

 京都駅に着いたのは22時半。今日の京都タワーはピンク色です。

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 駅前のバス乗り場は、足元の整列を勧めるラインを無視した、海外からの旅行者の一団で占拠されていました。

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 昨日も書いたように、観光旅行者との共存について早急に議論を深めないと、街づくりがギクシャクしてしまいます。この大きな荷物が、さらに倍加してバスの出入り口をふさぐのですから、乗客が乗り降りするのも大変です。なかなか乗り込めないし、降りられないのです。市内の移動だけで、ぐったりと疲れます。叡知を寄せ集める時です。
 
 
 
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2018年02月08日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その12)言葉と文字にこだわる

 大阪観光大学の図書館で読み進めている変体仮名の勉強会は、今日が2017年度の最終回であり、初年度の一区切りとなります。次は2018年度となり、5月の連休明けから始めます。

 20数年前、大阪観光大学の前身である大阪明浄女子短期大学で、私は社会人を対象にした『源氏物語』の自主講座をやっていました。そこに参加なさっていたTさんから、久しぶりに帰ってきた私に会いたいけれども、手術後で体調が思わしくなくて残念だ、とのお手紙を昨日いただきました。
 今日ご参加のSさんは、Tさんがかつて一緒に参加しておられたことを覚えておられました。自宅に行ったこともある、とのことでした。人のつながりの妙を実感しています。
 またご一緒に、楽しく勉強ができる日が来ることを楽しみにしています。

 さて、今日も9名の参加者によって始まりました。学生の田中君が担当者となり、快調に変体仮名を読み進んでいます。しだいに説明も滑らかになり、一回生にしては古文に対する理解があることが、言葉の端々から感じられます。学生たちに任せて良かった、と安堵しています。

 いつものように雑談が花開いていた時でした。
 消しゴムで文字を消した後に出るゴミをなんと言うか、ということで盛り上がりました。田中君が「消しクズ」と言ったことに関して、他の学生たちは「消しカス」だろう、と大阪のノリで突っ込みます。いろいろな意見が出るうちに、私もわからなくなりました。

 「酒カス」「油カス」「削りカス」など、「カス」がつく言葉が飛び交います。そして、「星くず」や「ごみくず」「削りくず」など「くず」が付く言葉も連想ゲーム式に出てきます。
 「あほ ボケ カス、と言うから……」というあたりからは、さすがに関西弁の世界での議論、とでもいうべきものになっていきました。

 専門的には誰かが整理しておられることでしょう。それはさておき、日常生活の延長からの問題をネタにして討論することは、各自がそれなりに参加できるので、楽しく止め処なく話題が膨らんでいきます。素人ならではの、妄想が許される激論が展開します。これが楽しいのです。

 変体仮名に関して、本行に「し侍」とある箇所で、傍記の「をき帝」(7丁表2行目、明治33年以来の表記では「をきて」)は、本行を書き映している人とは違う、別の環境の文化で文字を使っていた別人による書き込みではないか、という提案を私からしました。

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 これは、橋本本「若紫」の本行の本文には1字も出てこない変体仮名「帝(Te)」をめぐる、新しい問題提起です。もちろん、傍記本文でも「帝」はこの1例だけしかありません。これは、他の写本での確認が必要です。また、このように1例しか確認できない変体仮名を抽出していくと、おもしろいことが見つかるかもしれません。

 疑問に思う文字が出てきた時、すぐに確認することを根気強く続けることで、一歩ずつ写本の文字を読む感覚が磨かれていくことでしょう。
 これからが楽しみな若者たちが、こうしてコツコツと変体仮名と格闘し、歩んでいることを報告しておきます。
 
 
 
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2018年01月28日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第5回)の報告(ナゾリの問題点)

 雪が降りしきる中、「be京都」で『源氏物語』の写本を読み進めました。

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 今日は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の定期勉強会以外に、デジタルカメラと鼓の集まりがあります。

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 中庭の手水鉢は凍っています。

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 お借りしている部屋の床の間には、いつも季節を感じさせる花が活けてあります。

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 今日は、書き写されている文字に関して問題がある箇所に絞って、丁寧に確認を進めました。参会者は4人でした。
 今回問題となった内のいくつかを、以下に取り上げます。

(1)本文「まことに」(7丁表4行目)と読んだ箇所で、なぞられた「ことに」の下に何と書いてあるかは、実はよくわかりません。一応「こらへ」と読んでみました。

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 しかし、これはさらに確認すべきものです。最初に書き写された文字が「まこらへ」では、前後の意味が通じないからです。そのために、書写者は「ことに」となぞり書きしたのでしょう。右横に細い字で「こと尓」とあるのは、この読みにくくなった文字列の読み方を、後に誰かが傍記したものと思われます。本行で「へ」を「に」になぞっているのに対して、傍記が「尓」とあるのは、親本とどういう関係なのでしょうか。字母レベルでの、なぞりや傍記のありようを調査する必要があります。
 諸本19本の本文異同は、次のようになっています。この資料は、「変体仮名翻字版」による校合が間に合わないので、明治33年に国策として統制された現行の五十音による「平仮名」で校合しています。諸本に注目すべき本文の異同はありません。

まことに/こらへ〈判読〉&ことに、こ=ことに[ハ]・・・・120548
 まことに[大尾御高天平麦阿三池国肖日伏保前]
 まことに/こ〈改頁〉[陽]
 ま事に[穂]


(2)本文「いえはえに」(7丁裏6行目)と読んだ箇所で、「いえ」は「八△」をなぞって書かれています。

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 このことは、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013(平成25)年)の翻字では、何も指摘しませんでした。「八△」というなぞりのことは、ハーバード大学美術館で原本を調査した時のメモにあるものです。この「いえ」のなぞりについては、いまだに自分の中でその意味と意図がわからないままです。上記編著を刊行する時には、同じ文字を確認の意味でなぞったものとしました。しかし、それも再確認をして、明確にしたいと思っています。
 諸本間の本文異同は、次のようになっています。ここでも、特に参考になる情報は得られません。

いえはえに[ハ=陽]・・・・120600
 いへはえに[大尾天平麦阿三国肖伏保]
 いと[御]
 いうはえに/う=え[穂]
 いへはえに/「いへはえにふかきかなしき笛竹のよこゑにたれとゝふ人もかな」〈行間〉、傍後に=やイ[高]
 いへはえに/〈朱合点〉、いへはえにふかくかなしきふえ竹の夜こゑやたれととふ人もかな〈行間〉[池]
 いへはえに/〈朱合点〉[日]
 いへはえに/〈合点〉、「いへはえにいはねはむねにさはかれて心一になけくころ哉」〈行間〉[前]


(3)本文「夜部」(11丁裏3行目)と読んだ箇所で、「夜」にはなぞりがないと判断して、上記テキストを刊行しました。ハーバード大学美術館で実見した時のメモにも、「なぞりナシ」とあります。

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 しかし今見ると、「夜」という漢字の左側に縦に細い線が引かれているのが気になります。なぞったように見えます。このハーバード大学美術館蔵本の「須磨」と「蜻蛉」は、3度実見しました。そして、ここのメモに「なぞりナシ」とわざわざ記しているのは、なぞりに見えるので何度も自分の目で確認したからこそ、そのように書き残したものなのです。翻字に変更はないとしても、書写されている現状の記述には、念のために再検討が必要な箇所です。
 また、この「部」は注意しておきたい例だと思っています。平仮名「へ」の字母は「部」だと言われています。しかし、私はそれに違和感を拭いきれないのです。この例でも、「部」を「変体仮名翻字版」で平仮名の「部」と翻字するのは問題ないとしても、それではこれが現行の「へ」の字母なのかというと、それには従えない気持ちが強いのです。
 参考までに、諸本19本の校合結果は、次のようになっています。

夜へは[ハ=陽池]・・・・120922
 よへは[大尾高平麦阿三国肖日伏保]
 夜部は[御]
 夜るは[穂]
 よへ/へ+は[天]
 よへは/=おほいとの△△ノコト[前]


 写本を読むことは、単純に文字を今の文字に置き換えるだけではすみません。さまざまな問題をクリアすることが求められます。
 今も、「be京都」で、日比谷図書文化館で、大阪観光大学で、遅々として進まないながらも古写本を読み続けているのは、現行の翻字が不正確だと思っているからです。写本に書写された文字が正確に読めていない中で、仮に読んだ翻字をもとにして作成した校訂本文の活字になったもので作品を読むことに、私はすなおに従えないのです。ごまかしの中で生まれた本文を読む前に、正確な翻字をしたいという思いが強くて、こうして写本と向き合っています。

 [町家 de 源氏物語の写本を読む]の次回は、2月24日(土)午後2時から、いつも通り「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で行ないます。こうしたことに興味や関心をお持ちの方々の参加を、お待ちしています。
 
 
 
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2018年01月25日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その11)ひらがなの「盤・半」

 大阪観光大学の図書館で、橋本本「若紫」を変体仮名に注目しながら読み進めています。今日の参加者は9名。いつものように、変体仮名の文字にまつわる話で盛り上がりました。特に、キーボードを使って文字を入力することでは、かな入力は私だけで、あとのみんなはローマ字入力だったので、白熱した議論となりました。みんなが参加できる話題なのでなおさらです。

 文字の入力方法は、テンキーだけからキーボードへ、そしてガラス面で指を滑らせるフリック入力に変わってきました。それが、これからは音声入力に移行しつつあります。やがては、テレパシーによる会話や入力になるのでは、という話にまで発展しました。

 以下、写本を読み進めていって気づいたことを、メモとして記しておきます。
 先週20日(土)に、東京で科研の研究会を開催しました。そこで、濁音で読む「盤」という変体仮名の研究成果を発表した門君と田中君が、今日もこの勉強会を進めてくれています。その2人が、今日問題となった例にも反応していました。その例を、記し留めておきます。

 橋本本「若紫」の4丁裏1行目に、次の例があります。

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 これは、「の堂まへ半【人】/\これ盤」と翻字をするところです。

 ここで「の堂まへ半」の「半」は「ba」と読む例です。これは、これまでにも出てきました。
 その直後に出てくる「これ盤」の「盤」は、「ba」ではなくて「ha」と読むものです。接続助詞の「ba」には「盤」を使う例が多いとしても、そうではないものもある、ということが、こうして実際に確認できたことになります。学生にとっては、着実に前に進む上では、非常にいいタイミングで出てきたと言えます。とにかく、学生たちは変体仮名を読み始めて、まだ半年ほどなのですから。
 このような例は、今後とも集めていこう、という確認をしました。

 一つの小さな課題が、こうして少しずつ広がっていきます。手元には「変体仮名翻字版」による正確な翻字データがあります。これまでは、このような信頼に足る資料が皆無でした。翻字と言えば、すべてが明治33年に言語統制として平仮名が1種類の文字に統一された、約50個の平仮名だけでこうした古写本が翻字されていたのです。字母の調査や研究はとにかく遅れていました。この「変体仮名翻字版」のデータを道標にして、一歩ずつ着実に進んでいくことを心がけるようにと、学生たちにはアドバイスをしています。

 とにかく、彼らはまだ大学の一回生です。
 先入観がないだけに、確かな一歩を踏み出せます。自分たちが発見したことを、1文字ずつ用例を拾い集める中で、確認し続けることが大事だと思います。牛歩の歩みで構わないのです。
 彼らの今後の進捗を、大いに楽しみにしています。

 参加なさっている社会人の方は80歳以上です。世代間のギャップがおもしろくて、自分たちの体験談を交えて楽しい話をしてくださいます。漫談や放談になって笑い転げながらも、しっかりと変体仮名は読み進めています。
 
 
 
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2018年01月24日

第5回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末の28日(日)の午後2時から、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で5回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 本日の京都新聞「まちかど」欄に案内記事が掲載されましたので、あらためてここでも紹介します。
 これは、『源氏物語』の写本に書かれている変体仮名を読む会です。
 今回は、テキストとしている『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(編著、新典社、2013(平成25)年)の7丁1行目から読みます。
 興味と関心のある方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 
 
 
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2018年01月23日

第1回《仮名文字検定》延期のお知らせ


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 本年2018年8月に1回目を予定していた《仮名文字検定》は、諸般の事情によりやむなく1年延期し、明年2019年8月に実施することとなりました。
 受検の準備をしておられたみなさま、本当に申しわけありません。
 突然の延期のお知らせで恐縮しております。
 来夏の初回までに、古写本や展覧会や街中で見かける変体仮名を読み、目慣らしをしながら実力をつけてくださるよう願っております。
 この場を借りて、お詫びかたがたお知らせいたします。
 
 
 
 
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2018年01月13日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2017年度-第8回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で、『源氏物語』の変体仮名を読む講座を持っています。観光客で大混雑の京都から、大雪の心配をしながら新幹線で上京です。
 いつもより早めに起き、雪で新幹線が遅れないような早めの時間に京都を発ちました。
 難関の関ヶ原は、そんなに雪が降っていません。少し過ぎてから、岐阜羽島駅のずっと手前で、一面の雪景色となりました。これなら大丈夫です。

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 名古屋から東の天候は快晴です。富士山がきれいに見えました。

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 永井和子先生の近著『日なたと日かげ』(笠間書院、2018年1月)を読み終わったところです。その中で、益田鈍翁の直系の方が「ベストインターナショナル」というジュエリーのお店を、帝国ホテルにもっていらっしゃるということが書かれていました。帝国ホテルは日比谷図書文化館へ行く途中なので、立ち寄ってみました。1984年の記事に「現在」としてあることなので、まだあるのかなと思ったからです。
 ホテルの方に尋ねると、丁寧に調べてくださいました。結局、今はもうお店はなくて、いつまであったのかも確認できませんでした。五島美術館ご所蔵の国宝『源氏物語絵巻』に関係する話の一環だったので、念のために確認したのです。

 今回早く上京したのは、雪のことに加えて、もう一つありました。科研のことで、いろいろと打ち合わせをすることになったのです。日比谷図書文化館の地下のレストランで、これまで7年にわたった科研の研究員をしてもらってきた淺川さんと、大阪観光大学でその事務の一部を手伝ってくれている池野さんも同席して、今とこれからについて相談をしました。来週土曜日に、東京で研究会をします。そのことや、今年度の成果をどのようにして公開するか、などなど、多くの検討事項があります。これらは、無事にメドがたちました。淺川さんのおけげで、打ち合わせは順調に終わりました。

 今日の日比谷の講座では、変体仮名としての「て」にこだわった話に終始しました。これは、一昨日書いた内容の延長上のものです。「天」「弖」「氐」のどれを字母にするか、ということです。

 また、スクリーンに写真や画像を映し出しながら、さまざまな文字の話をしました。

 今日も、お話が1時間、写本を読むのが1時間ということになりました。

 写本を読んでいる時も、終わってからも、受講生の方々がいろいろな意見を出してくださいます。それが、私にとってもいい刺激であり、いいヒントになるのです。

 今日は、28丁裏の1行目まで読みました。次回は、2月10日。熱心な方々がお集まりの会なので、私も楽しみにして毎月通っています。
 
 
 
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2018年01月11日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」

 熊取ゆうゆう大学で『源氏物語』の「若紫」を読む集まりも、今日が今年の第1回目です。参会者は7人。

 数行も進まないうちに、「て」の字母のことで立ち止まってしまいました。「天」と「弖」に加えて「氐」も検討することにしたからです。

 図書館にあった『くずし字字典』や『異体字字典』などを参考にしていると、いろいろな問題点が見つかりました。
 これまでにも、この「て」に関することは書いて来ました。「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」(2017年12月14日)
 今日も問題となったので、中間報告として記します。

 『難字・異体字典』(有賀要延、国書刊行会、平成5年12月第7刷)に、次のような例があります。「弖」と「氐」の箇所を引きます。「夷」に下線が付いた文字は初めて見ました。いずれも「て」と読む文字のようです。

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 『かな字典』(井茂圭洞、二玄社、1993年5月 四刷)には、次のような例があります。ここには、藤原定実の字を例に借ります。この字典には「て」の変体仮名として「弖」は採られていません。

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 字母の字形のどこに線引きをするのかは、実に悩ましいところです。

 ここで、「阿弖流為」(あてるい)の「弖」の意味を考えようとしたところで、もう夜となったので帰ることになりました。
 この勉強会には、地域の社会人と学部の1回生だけしかいません。丁寧に変体仮名を確認しながら見て行くので、遅々として進みません。しかし、素朴な疑問が新たな疑問を呼びます。ああでもないこうでもないと盛り上がるので、歓声が絶えません。

 帰途、研究仲間の王先生にこうした字典の資料をお見せして、漢字が持つ中国での意味を教えていただきました。
 「弖 = 互 = 氐」の3文字は、いずれも「互いに」という意味を持つ漢字だそうです。
 「弖」は「互」と同じく「hu」と読みます。「氐」は「di」と読み、始皇帝の頃の中国の少数民族の名前でもあり、星の名前でもあるようです。
 「夷」に下線が付いた文字は、野蛮とか他民族の意味を持つ漢字だとのことです。
 もっとも、これらのことは車中でいただいた教示なので、あらためて帰ってから調べて教えてくださることになりました。

 こうした断片的なことをつなげて、「て」の字母が持つ背景に初学者と立ち向かおうとしています。
 まだ彷徨っている状況にあります。それぞれの分野の専門家からのご教示を、心待ちにしています。
 
 
 
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2017年12月14日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処

 大阪観光大学の課外勉強会では、社会人の方々と学生とを交えたメンバーで、気楽に『源氏物語』の古写本を読んでいます。
 場所は、大学の図書館1階にあるラーニングコモンズというスペース。活動時間は、学生たちの授業が終わる午後4時半から6時までです。

 今日の参加者は10名で、橋本本「若紫」を前回の続きである2丁裏1行目「あな」から3丁裏3行目「の堂まふ」までを読みました。
 ただし、私はいくつかの用務が入ったために、出たり入ったりで落ち着かないことで、本当に申し訳ないことでした。1年生のK君に進行役をお願いし、私は事務室と図書館を行ったり来たりしていました。

 今日は、これまで「て」で統一していた字母の「天」と「弖」について、これからは読み分けたいことを伝えました。先週の日比谷図書文化館がそうであったように、「天」と「弖」は、字母の認定で二つに分けるということです。これは、長い間をかけて逡巡して来たことです。しかし、この時点で変更することによって、当座は様子見をすることにします。

 もちろん、起筆と終筆の書かれ方を見ると、どちらかに読み分けるのは問題が残ります。

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 「く」のように見える「弖」の場合、終筆の線が右下に流れる様子は「天」の方に近いからです。素人の集まりである今日の勉強会でも、この不自然さはみんなが認めるところでした。割り切ったと言っても、実のところはスッキリと説明しきれません。
 しかし……です。書き写されている文字の形が明らかに違うのですから、ここは字母を異なるものに認定しておいた方が何かといいのでは、と判断しました。

 このことは、「个」と「介」についても言えます。ただし、今日はその例が出なかったので、このことはまた次回に考えます。

 思ったままの、素直な疑問がぶつけられる勉強会だからこその、怖いもの知らずの結論です。いつでも訂正や方針の変更ができることだと思って、こうして好き勝手に書いています。

 なお、この問題はすでに今から1年前に、「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げています。その後も、時々問題としてきました。迷いながらの、「変体仮名翻字版」の翻字方針に関する、あくまでも暫定的な変更です。
 折々に、みなさまのお考えを聞かせていただけると幸いです。
 
 
 

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2017年12月10日

日比谷図書文化館で橋本本「若紫」を読む(2017-第7回)

 日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」で『源氏物語』の変体仮名を読む講座のため、観光客で大混雑の京都から上京しました。
 会場である日比谷公園へ行く前に、帝国劇場の隣にある出光美術館で、「書の流儀U 美の継承と創意」という贅沢な展覧会を見ました。高野切や石山切など、重要文化財や重要美術品を堪能しました。みなさんと仮名文字を読む前に、いい目の保養となります。
 出光美術館の展望室から日比谷公園を望むと、もう紅葉は終わりかけていることがわかります。

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 日比谷図書文化館では、国文学研究資料館所蔵の橋本本「若紫」を読み進めています。
 昨日は、27丁表の3行目「や可て・可の・く尓より」からです。

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 ここで、「や可て」の「て」について、これまでとは字母の認定を変えたいと思っていることを話しました。
 これまでは、「く」に見える「て」の字母は、「弖」ではなくて「天」としてきました。「弖」は、最終画が横棒になっていない限り、字母として採択してこなかったのです。しかし、「天」とは明らかに違う形の文字で書かれている「く」に見える「弖」らしき文字は、その区別を明確にしておくべきだと思います。そこで、筆の入り方が「て」のようにはっきりとした横線ではなく、筆を突いてすぐに下に流れ、さらに「く」の線を描く仮名は、「天」ではなくて「弖」を字母とするものにしたいと思います。

 とはいっても、例外が多くて、一概にそうとは言い切れない文字もあります。
 今回の「や可て・可の・尓より」とある文字列でみると「尓より」の「く」などは、文脈からは「く」としか読めないものの、「弖」との形を区別することは容易ではありません。

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 「弖」を認めつつも、今後ともさらに検証していくという方向で対処していきます。

 また、これまで「个」としてきた文字についても認定を変えたいと思います。最後の縦棒がまっすぐ下に引かれず、一度立ち止まって筆を右に折り返して横向きの線を残してから下に流れる場合は、「个」ではなくて「介」を字母とするものとしたい、ということです。

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 これらの「弖」と「介」については、今後とも様子を見ながら、これまでの認定を変えていく方向で検討をすすめていきたいと思います。

 昨日は、27丁表の最終行末「ときやうの」まで進みました。

 終了後は、日比谷図書文化館の地下にあるレストランで、課外の勉強会である橋本本「若紫」を現代語訳する集まりに参加しました。この日は風邪が流行っていることもあって、幹事さんなど数人が欠席でした。しかし、それでも7名で侃侃諤諤の検討を展開しました。遅々として進まないながらも、楽しく「若紫」の解釈に挑んでいます。

 なお、多くのおもしろい話題が交わされた中で、「変体仮名」という名称に代わるものを提案してくださる方がいらっしゃいました。
 「大和仮名」「いにしえがな」「源仮名」「よめんがな」「歴字」「なでしこがな」などなど。
 今後、若い方々と共に親しむ「へんたいがな」の普及を考えた時、その名称は大事です。これについては、さらに検討を重ねることになりました。ご意見をいただけると幸いです。
 
 
 
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2017年11月30日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その8)「盤」という文字

 今日も大学の図書館の一角で、学部1年生を担当者として、橋本本「若紫」の写本を変体仮名に忠実な読みをしながら勉強しました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とがテーブルを囲み、一緒に変体仮名を読む集まりです。あくまでも、自主的に開催している課外学習です。今日の参加者は7名でした。

 ちょうど、付箋跡がある所が出て来たので、私がこの「若紫」を実見した時のことを話しました。この付箋跡は、書写した写本の本文を、跡で修正や追記するための目印だと思われます。もっとも、書写した人とは違う、別の人の仕業かもしれません。あるいは、後の人が他本と校合しながら、補訂箇所に付箋を貼ったのかもしれません。
 いずれにしても、後でまとめて手を入れる作業をするため、その行頭に目印として付箋を貼り付けた箇所であり、剥がした跡なのです。
 原本の紙面を、懐中電灯の光を斜めに当てて仔細に見ると、付箋の痕跡がはっきりと確認できます。このことは、昨秋、日比谷図書文化館の講座を受講しておられた皆さんと、原本を閲覧した折に確認したことでもあります。テキストとして使っている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)では、こうした痕跡も忠実に再現できるように注記しています。

 橋本本「若紫」を読み進めていると、「盤」を字母とする文字は濁る音に使われていることが多いのではないか、ということが想定できるようになってきました。このことに、参加者は大いに興味を示しました。ささやかなことながらも、この集まりとしては一つの発見なのです。
 今日見た本文では、次の「【見】ゆれ盤」という文字列がその例の一つです。

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 手元にあるデータベースでこの「盤」が出てくる箇所を確認すると、この文字の使われ方の傾向がわかるはずです。来週にでも、テキストを作成した時の基礎資料が手元のにあるので、そのデータベースを使って、学生たちに調査してもらおうと思っています。疑問点や仮説が生まれたら、すぐに調べ、暫定的であっても何らかの結論を得ておく、という訓練をしてもらうつもりです。この勉強会に集まっている1年生は、まだ研究の意義も手法もわからない状態にいます。そうであるからこそ、こうした疑問を抱いたその時が、解決するための方策を模索する格好のタイミングなのです。そうした態度を、試行錯誤の中で身に付けてくれたら、という期待を込めて調査してもらおうと思います。

 もし、すでにこのことを記した書籍や論文などをご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。
 
 
 
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2017年11月25日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第3回)の報告

 寒さが厳しくなりました。それでも、いつもどおり「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)での勉強会をしました。今日の参加者は4名でした。
 テキストとしている『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)を、3丁裏から5丁表まで読み進めました。今日の進行役は須藤圭氏(立命館大学)です。
 今日の一番の問題点となったことは、文字のなぞり書きについてでした。
 次の写真を見てください。問題となる箇所は、3丁表3行目の「徒可万つ里」(つかまつり)の「万」と、5行目の「さるへき」の「さ」という部分です。

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 3行目の「徒可万つ里」の「万」は、その前後の文字と墨の色と太さが違うことから、後の筆が加わっているのではないか、と思いました。もし文字がなぞられたものであれば、その下に書かれている文字は何でしょうか。その参考になるのが、5行目の「さ」です。つまり、最初に「徒可さつ里」と書いた後、「さ」ではないことに気づいた書写者は、それを「万」になぞったのではないか、ということです。

 その可能性を探っていると、本日最後に読んだ第5丁目表の8行目と9行目の行末に、次の例がありました。
 「佐万二」と「あ里さ」とあるところです。

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 ここは行末なので、何かと書写に問題が起きるところです。それは、糸罫という道具を使って書き写しているために、行末は下端の木枠のことが気にかかり、よく文字が歪んだり書写ミスが起こる場所だからです。それでも、この例から、「万」と「さ」は紛らわしい字形であることがわかります。

 前例の「万」について、「さ」をなぞって「万」にしたということは、想像ではなくて現実にありうるケースだと思われます。

 このハーバード大学に所蔵されている古写本『源氏物語』については、3回も現地に足を運んで写本を実見しました。ここについても、よく見て翻字したはずです。しかし、こうした例に出くわすと、少し自信が薄らいできました。
 機会があれば、ぜひともこの箇所を原本でもう一度確認したいと思っています。

 こんな調子で、のんびりと古写本『源氏物語』を読み進んでいます。

 次回は、12月16日(土)の10時から12時まで。
 場所はいつもの「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)です。
 定例の第4土曜日ではなく、また時間も午前中です。
 参加を予定しておられる方は、お気をつけください。
 
 
 
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2017年11月24日

高校生が平安時代の影印古写本を初めて手にした感想

 女子高校の日本文学史の授業で、平安時代に書かれた3冊の日記を回覧しました。影印本として刊行されている『和泉式部日記』(三条西家本)・『紫(式部)日記』(黒川本)・『更級日記』(御物本)です。いずれも、宮内庁書陵部ご所蔵の古写本を、容易にその実態が確認できるようにしたものです。

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 以下に列記した生徒のコメントは、それぞれの日記がどういう内容のものかはほとんど知らない状況での、いわゆる第一印象とでもいうものです。

 2年生の生徒たちは、こうした日本の古典籍を影印本とはいえ、直に手にするのは初めてのはずです。平安時代の作品が、その後に手で書き写されたものを初めて見て、今おもいつくまま自由にコメントを書いてもらいました。これが影印本であることについては、そのありようがよくわからないままの印象を記したものです。しかし、その感想には、鋭く物を見た言葉もちらばっています。

 次に機会があれば、男子高校の生徒の反応も知りたいものです。

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■3冊共通のコメント■
・漢字だらけでまったく読めない。
・当時の文字はつなげ字だったんだ。
・字がつながっていて読みにくい。
・字が崩れていてわからない。
・昔の人はこれを読み書きしていたというのが凄い。
・読めたらおもしろいだろうな。


■『和泉式部日記』(三条西家本)■
・今と違って四角形の本。
・字の大きさがバラバラ。
・平仮名は大きく、漢字は小さい。
・字が細い。
・柔らかい、優しい雰囲気がした。
・書き方がかっこいい。
・行の頭に2文字分空いているところがある。
・「る」と「ら」が読めた。
・「み」と「た」が読めた。


■『紫(式部)日記』(黒川本)■
・これだけが長方形の本だった。
・文字がつながりすぎている。
・字の大きさが小さい。
・他の2冊と字の形が違う。
・字がちょっと汚い。
・他の2冊よりも読みにくそう。
・他の2冊よりも字がきれい。
・反復記号が多くて、字が細い。
・「をかし」があった。
・右上にハンコが捺してあったのが印象的。
・なぜハンコが捺されているのですか?
・『紫日記』と『紫式部日記』とはどう違うのかな?


■『更級日記』(御物本)■
・3冊の中で一番読みやすそう。
・現代の字に近くて見やすい。
・他の本に比べて字と字の間が少し空いている。
・字が丸い。
・文字が太くて濃い。
・字がつながっていなくて読みやすい。
・文字に四角いマスが見えて来そう。
・可愛らしい雰囲気がする。
・他の2冊よりも漢字が多い。
・途中に藤原定家卿略伝っていうものがあって、そのページだけが中国の方が書いたかのような漢字ばっかりで、びっくりした。

 
 
 
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2017年11月16日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その7)

 今日も図書館の一角で、橋本本「若紫」を読みました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とが一緒に変体仮名を読む、まったく自主的に開催している課外学習です。
 これが、ありがたいことに来年度からは、受講する学生には単位が与えられるものとなりそうです。私にとっては講義科目が一コマ増えることになります。しかし、一人でも多くの学生が変体仮名に興味を持ってくれるのであれば、それに勝るものはありません。
 来年度から実施となれば、これは卒論指導の一環と言うことで、3年生が対象です。ただし、現在の自主的な勉強会に参加している学生は全員1年生だけなので、この点の調整をこれからする必要があります。
 もっと勉強をしたいという社会人や学生のみなさんのためにも、現行の制度をうまく活用してよりよいものへと手を加えながら、さらに検討を重ねて行くつもりです。

 今日も、一人の学生に変体仮名を読んでもらい、それに私が突っ込むという、まさに大阪ののりで進みました。私と学生の掛け合い漫才でおもしろいと、なかなか好評です。
 そのような中で、参加なさっている社会人の方から、テキストの文字が小さ過ぎて見えない、というご意見をいただきました。たしかに、私も小さな文字には、メガネを掛けたり取ったりとせわしないことです。次回は、大文字版の影印資料を用意して対応することにします。

 いろいろな話をしている中で、私が大阪のおばちゃんはアメをくれる、という話をした時でした。女子学生が二人ともアメを持っていると言います。さすが、大阪の娘です。しっかりと私にアメを渡してくれました。おそるべし、大阪のアメちゃん文化。

171116_ame.jpg

 雑談が多くて、今日も5行しか進みませんでした。今日も、「盤」「満」「堂」などの、画数の多い文字でつっかえていました。

 こんな調子で、ノロノロと進んでいます。
 次回は、11月30日(木)の午後4時半から6時まで。いつもの通り図書館で行います。外部の方も、自由にご参加ください。
 
 
 
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2017年11月02日

熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その6)

 明日から、大阪観光大学では大学祭「第12回 明光祭」が始まります。学内は、その準備のために喧騒状態にあります。この場を借りて宣伝を兼ね、大学祭のパンフレットをアップします。興味のある方は、ダウンロードしてご覧ください。

大学祭パンフレット.pdf

 そのような中で、図書館の一角を借りて、学外の方や学生さんと共に、『源氏物語』「若紫」の写本を読みました。
 今日は、前回の復習をブログの報告記事を見ながら行いました。「新」や「登」などの変体仮名は、この2週間ですっかり忘却の彼方のようでした。根気強く繰り返し変体仮名を見て、目慣らしをする努力は怠らないことです。常に意識して、文字を見る習慣を身につけてほしいと思っています。

 さて、今日集まったのは、昨日、広島大学へ行った学生が中心だったので、タチアナ先生のお仕事の凄さなどが話題となりました。いわば、日本文学を広く見渡しての話に終始しました。

 たまたま話がコンピュータのことに及んだ時のことです。参加なさっている社会人の方が、かつて私がこの大学の前身である大阪明浄女子短大で開催した、パソコンを使おう、という講座に参加なさっていたのだそうです。
 そうなんです。今から20数年前に、この大学では、全国でも最先端のコンピュータ教育を展開していたのです。しかも、アップルのマッキントッシュ50台をネットワークでつなげて。
 その最先端の技術を駆使した教育を、私は推進していました。社会人を対象にした公開講座も実施し、毎年40名もの方々が、コンピュータなるものを触ってみようと、お出でになっていたのです。マスコミや教育関係者の話題にもなっていました。
 また私は、マルチメディア部や、ワールドワイドリサーチ部を作り、学生たちとホームページを作ったりして活動を展開していました。

 私が東京に異動してからは、新しい情報処理を導入した教育は、次第に他大学にマネをされ、特色のないものになったようです。
 その、一番華やかな頃に足を運んでくださっていた方が、今は古写本を読む講座にお出でになっているのです。驚きとご縁の深さに、感慨深く思い出話をしてしまいました。
 このことは、またいつか、当時の資料がみつかれば書きます。

 際限もなく話題が発展したので、今日のところは前回の復習だけで、それ以上には写本を読むことはできませんでした。
 ちょうど、テーブルに映像を投影するプロジェクタがあったので、手元のiPhone の画像を映写し、みんなで覗き込みながら、まさにフリートーキングの講座となりました。

 次回は、2週間後の11月16日(木)午後4時半から、いつものように図書館の入口右横の特設コーナーで、『源氏物語』の写本をテキストにして変体仮名を読んでいます。参加は自由です。立ち寄ってみてください。
 
 
 
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2017年10月19日

熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その5)

 今日も、熊取ゆうゆう大学の講座では、8人で橋本本「若紫」の写本を読みました。
 テキストは、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)です。
 今回は、変体仮名に慣れた学生さんに読み進めてもらい、私がその合間合間に話をつなげました。
 前回は巻頭部の最初の一行だけで終わっていたので、今日は少しペースを上げ、第一丁の裏まで進みました。
 しばらく間が開くと忘れがちな変体仮名は、以下の通りでした。
「堂」「新」「累」「多」「気」「万」「春」「登」「古」「者」

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 また、「を」「遣」「世」のくずし字の字形が紛らわしいことも、要注意です。

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 さらには、踊り字の「ゝ」や「/\」がなかなか識別できないことに対して、ぼやきながらの勉強会です。
 なお、「登」の説明で、箸袋に書かれている「御手茂登」(おてもと)や、「者」の説明で「楚者”」(そば)の例をあげても、若者たちにはまったく通じません。普通の平仮名で書かれたものしか見たことがない、とのことです。
 学校の周辺で、変体仮名を使った言葉の表記を、これから探してみることにします。そうでないと、信じてもらえないのです。次回は、この実例報告からとなります。
 社会人のお二人は、関西の学生特有のツッコミで私を困らせる、その軽妙さとおもしろさに、終始笑い転げておられました。
 次回は、11月2日(木)午後4時半から6時まで、大阪観光大学図書館で気ままに読み進んでいきます。
 以前7月にお知らせした日時と異なりますので、参加希望の方はお気をつけください。
 
 
 
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2017年10月05日

熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その4)

今日の熊取ゆうゆう大学の講座は、11人で橋本本「若紫」の写本を読みました。今年度の4回目です。大阪観光大学の図書館の一角を借り、午後4時半から6時まで、じっくりと変体仮名で書かれた文字を追いかけました。
社会人の方お2人と、大阪観光大学の1回生8人が参加しての、自由に取り組んでいる課外の勉強会です。今日は、3人の留学生が参加しました。マレーシア、中国、韓国と、なかなか得難い若い仲間です。
新しい仲間が増えたこともあり、自己紹介や鎌倉時代に書写された『源氏物語』の話など、これまでのことを繰り返し振り返りながら進みました。
中国から参加してもらうと、変体仮名の読み方で中国語の発音が参考になるので大助かりです。今日も、「王」「堂」「徒」の読みを説明するときに、中国語で発音してもらうことでみんなが納得です。さらには、「蝶」「今日」「母」「父」などの発音へと発展し、興味深い話題へと際限もなく広がりました。
結局は、今日も一行しか進めませんでした。
とにかく初心者の集まりなので、何を急ぐこともなく、牛の歩みで進めています。
学外の方を含めて、参加は自由です。こうした取り組みに興味のある方は、大学に足を運んでみてください。



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2017年08月03日

変体仮名がカタカナに見えたとか

 放課後、変体仮名を読む学習会を、大阪観光大学図書館の一角を借りてしています。
 今日は、新たに4人の1年生が参加してくれました。
 いろいろと話をしている中で、初めて変体仮名を読んでみての感想が、「カタカナに見えた」ということでした。これは初耳です。
 橋本本「若紫」の冒頭は次のような書き出しです。

170803waraha2.jpg

 この「わら八や三」と始まる文字が、「ワらハヤミ」に見えた、というのです。
 確かに、そう言われてみると、そのように見えなくもありません。
 初めて変体仮名を読もうとする人には、カタカナのように見えるということも考えて、これからはお話をしたいと思います。
 自分の思い込みで、頭から平仮名で書かれていると決めつけて話をしてはいけない、ということを学びました。
 手書きの文字を読むことがなくなり、決まりきった活字体ばかりを読む文化に身をおくようになりました。
 変体仮名がユニコードに採択されたことにより、今後は印刷体の文字を読む環境が激変すると思っています。
 文字に関しては、先入観のない立ち位置で考え、説明をし、話していきたいという思いを強くしています。
 その意味からも、変体仮名を見たことも聞いたこともない、という学生さんが、この学習会に参加することは大歓迎です。

 次回は、夏期休暇が入るために、9月29日(金)午後3時から始めます。
 10月は13日(金)、27日(金)午後3時から
 11月は10日(金)、24日(金)午後3時から
となりました。

 変体仮名を読むことに興味がある方は、社会人や学生を問わず、どなたでも参加してもらえる集まりです。
 資料の準備がありますので、あらかじめ本ブログのコメント欄などを通して、参加を希望する連絡をお願いします。
 
 
 

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2017年07月08日

日比谷で『源氏物語』「若紫」を読む/第3回

 月一回となった東京日比谷で写本を読む講座は、今回が3回目です。今日は、テキストである国文研蔵「橋本本 若紫」の21丁表4行目「【人】あ那里」から、22丁表最終行の「きこえ・堂まふ」までを確認しました。

 その前に、いつものようにいろいろな話題を提供しました。「仙洞御所」の意味や、新たに古写本を読む学習会を始めたことなど、雑多な情報を提示したのです。
 休憩時間にも、昨日の京都新聞で見かけた次の表現について、一つの話題を振りました。
 「地面揺れうなる音」
 これは、このままでは紛らわしい表記だと思ったからです。「ゆれ」と「唸る・呻る」の文字としての判別というよりも、視認性の問題です。
 これについては、読点か分かち書きで対処すべきものだ、という私見を持っています。とくに、スペースを入れる分かち書きの復活は、漢字を手で書けなくなった現代においては、平仮名の表記が生き返る意味からも、有効ではないでしょうか。
 また、今回配布したプリントでは、京都新聞に連載中の京言葉訳「若紫@」(いしいしんじ)や、「京」と「洛」の使い分けなどの研究成果も話題としました。
 前回の課題とした、「天」と「弖」の前に来る「り」や「里」の傾向についても、調査した結果をブログに書いたことをもとにして報告しました。
 今日の『源氏物語』の講座の中で、写本に記された文字で拘ったことは、「仏」と書いてあって「佛」ではないこと、「わ可【葉】」の場合は「葉」を平仮名ではなくて漢字として翻字しておくこと、などです。
 「仏」については、現行の「煮沸」の「沸」はこのままでいいのか、ということです。鎌倉期の写本には、明らかに「仏」と書いてあるからです。
 【葉】については、「葉」の意味が強く残っているものは、漢字として翻字していることを伝えました。漢字を特定する記号の【 】は、いつでも外せるからです。
 終了後に、有志の方々と有楽町の駅前で、少し暑気払いをすることになりました。
 日比谷公園の中では、ペルーのイベントがあり、舞台で躍りが披露されていました。

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 今年こそ何とかしてペルーに行き、スペイン語訳『源氏物語』の後半部分を 進めておられるピント先生にお目にかかりたいと思っています。こうして偶然ながらもペルーの踊りが観られたので、この願いは叶うかもしれません。
 有楽町の駅前では、イタリア料理店に入りました。話に夢中になり、何をいただいたのかほとんど覚えていません。 赤ワインをいただいたことは覚えています。ここでも、さまざまな話題で盛り上がりました。
 次回の第4回は、8月5日(土)の午後2時半からです。
 
 
 

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2017年06月21日

速報☆申請中の変体仮名が「ユニコード 10.0」に採録

 国立国語研究所の高田智和さんから朗報が寄せられました。
 昨日「Unicode 10.0」が公開されたことが、変体仮名を国際規格として申請する上で日本側の代表者である高田さんから、速報として届いたのです。
 そして、そこには、懸案だった変体仮名がしっかりと収録されています。

「7/20「Unicode 10.0」リリース」(2017年06月20日)

 高田さんからは、以下のコメントをいただいています。

提案主体である日本(行政)の最終目的は ISO/IEC 10646 への収録ですが、一般には Unicode の方が著名で実装能力が高いので、一応の目的は果たしたことになります。


 私は苦手な英文をかき分けて、必死の思いで何とか変体仮名の部分にたどり着きました。
「スクリプト関連の変更」の項目を引きます。

Script-related Changes

A large collection of Japanese hentaigana has been added. These are effectively historic variants of Hiragana syllables. However, they are not encoded with normative decompositions, nor using variation sequences. For collation, hentaigana syllables do not have default weights the same as the standard Hiragana syllables they are equivalent to. Instead, they are sorted in a separate range following all the standard Hiragana syllables.


 今私は、これを正確には紹介できません。どなたか、フォローをお願いします。

 以下に、「Unicode 10.0文字コードチャート」の中にある仮名文字のフォント一覧をPDFとして引用します。

ひらがな.pdf

かな拡張.pdf

かな補遺.pdf


170622_kana.jpg

 とにかく、日本の変体仮名の文字集合が、ユニコードに追加されたのです。
 慶事です。

 今後は、この変体仮名がどのような分野で、どのように活用されるのかが、大いに楽しみです。そして、この変体仮名を自由に駆使して、文章が読み書きできる環境が提案される日を、心待ちにしています。

 来年8月に《仮名文字検定》のスタートをさせる準備を進めている立場としては、これは追い風です。

 なお、変体仮名をユニコードに収録する提案に積極的に関わって来られた高田智和さんは、次の論考で『源氏物語』を例にしてこの問題をわかりやすく説明しておられます。

「国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の仮名字体記述 −ISO/IEC 10646 提案文字による翻字シミュレーション−」

 これは、電子ジャーナル『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル 2』(伊藤編、国文学研究資料館、〈非売品〉2017年3月31日発行、ISSN 2189−597X)に収録しています。自由にダウンロードしてお読みいただけるようになっていますので、ここれを機会にお読みいただけると幸いです。
 そして、この問題を一人でも多くの方々と共有し、これからの仮名文字について一緒に考えていきたいと思います。
 
 
 
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2017年06月20日

日常生活の中で見かけた変体仮名

 日々の生活の中で見かけた変体仮名を並べてみました。

(1)小さな仮名だったので、遠目に見た最初は「ゆろ」と読んでしまいました。漢字を見て「ゆう」であることに思いいたりました。最初の点の次の横線が、これだけ左下から突き上げるような線になると「う」には見えにくく、紛らわしくなります。

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(2)仮名の元となっている漢字の意味を汲み取って、「弥喜久゛里」とした変体仮名の組み合わせの典型です。「とゝのえ」の「え」のような使われ方も、よくみかけます。

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(3)お寿司のパッケージに貼られていたシールの文字です。現在使っている「え」であっても、こうした崩しには戸惑う方もいらっしゃることでしょう。

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(4)同じ表現を、字母を変えて表記したものです。「者」の字形が微妙に違います。文字を単独で見た場合、前者は読めても、後者にはしばらく時間がかかる方もいらっしゃることでしょう。
 また、「てん具゛」の「て」の終筆が「弖」のことを意識するせいか、気になります。

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(5)お馴染みの箸袋「おても登」です。「天」と「登」の最後の筆の止め方が、右下に抜く場合と横線の扱いにおいて、字形がよく似ていると思い、記録しました。

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(6)橋の名前の表記に関して、変体仮名のことよりも仮名遣いの違いに興味を持ちました。「おおじばし」と「おほぢ者し」です。

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2017年06月16日

平仮名「て」と「弖」の直前に書かれている「り」と「里」について

 先週土曜日の日比谷図書文化館で、興味深い指摘を受けました。それは、平仮名の「く」が長く伸びた形で、変体仮名の「弖」のように見える文字の前には「里」が来る傾向があるのではないか、というものでした。

 そこで、講座でテキストにしている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』において、平仮名で「ri-te」はどのように表記されているのかを確認しました。
 次の画像は、21丁表の3行目から6行目の行末です。「て」が並んでいる箇所なので、好例としてあげます。今、説明をしやすくするために、「弖」のように見える縦長の「く」は、便宜上「弖」と表記しておきます。

170616_te.jpg

 ここに出てくる順番に確認すると、「と弖」「きて」「給弖」「里弖」となります。そして、左端の「里弖」がここで問題にする表記です。

 「て」と「弖」の前に「り」か「里」が来る場合について調べたところ、以下のような傾向があることがわかりました。

 まず、今回問題にしている【里弖】についてです。この変体仮名による表記は、国文研蔵橋本本「若紫」では23例が確認できました。
 これに対して、【り弖】は4例(本行削除後のナゾリ1例を含む)と、少数です。
 この27例の「弖」は、すべてが助詞として使われているものです。

 次に、「り」の次に「弖」がくる3例を確認しておきます。

あり弖(4ウ L8)
多て満つり弖(46オ丁末)
可ゝり弖(49オ L3)


 なお、次の例は、本行に書いた「給」を小刀で削り、その削除した文字の上から「弖」がなぞり書きされています。

多て満(改行)つり弖/【給】〈削〉弖(31ウ L4)


 これは、「弖」がミセケチや傍記ではなくて、なぞられていることに注目すべき例です。橋本本は、親本に書かれている本文を忠実に書写しようとする意識が強い写本です。ここは、「弖」と書くべきところを、ついうっかり「多て満つり」と書いてしまったようです。しかし、すぐに間違いに気づき、「給」を削ってから、親本通りの字形の文字「弖」を書いて訂正したのです。このことから、ここで橋本本の親本には「弖」という字形の文字が書かれていたことが推認できます。
 これに関連して、「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)という記事も参照してください。この本の書写者は、「て」と「弖」を字形まで区別して書写していることがわかる例です。

 次は、「て」が現行の字形の場合です。

【りて】12例
【里て】16例(本行削除後のナゾリが1例)
 ※多てまつ里てん/らん〈削〉里てん(53オ L3)
 このなぞり書きの例は、「らん」という文字を削って、その上に「里てん」となぞり書きしているものです。「らん」と「里てん」が混同されることの説明を、今私はできません。字形からの間違いではなく、語句の意味からの混同が原因ではないかと、今は思っています。

 語頭および語中で、「り」か「里」の後に「て」か「弖」が来る例(【り弖】【里弖】【りて】【里て】)はありませんでした。

 ということで、ここでは「里」の次には「て」ではなくて「弖」のような縦長の「く」がくることが多い、ということは言えそうです。日比谷図書文化館で指摘のあったことは、この『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』に限っては、そうした傾向が強い、ということになります。
 なお、私は、仮名文字に関する研究成果について、まだほとんど確認していません。もしこのような調査結果がすでに提示されているようでしたら、ご教示いただけると幸いです。

 今回、「て」と「弖」の前に来る文字について、いろいろと調べました。その過程でいろいろなことがわかったので、いつかそれらも整理して報告したいと思っています。
 
 
 

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2017年06月10日

日比谷での源氏講座で香道の話を聞く

 本年度2回目の勉強会です。
 今日は、私が国文学研究資料館に在職していたとき、総合研究大学院大学の大学院生として精力的に研究を続け、今春めでたく博士(文学)の学位を取得された武居雅子さんに、ゲストとして来ていただきました。武居さんの学位論文は、文学が香道の世界に受容され、また実践の場で再構成されていく様を、実証的に考察したものです。この問題では、武居さんと一緒に京都や大阪を実地踏査したりするなど、いろいろと貴重な体験をしたことが思い出されます。

「京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行」(2014年04月25日)

「難波八坂神社の綱引き神事」(2014年04月27日)

 その成果が学位に結びつき、嬉しいことこの上もありません。
 今日は短い時間ながら、「『源氏物語』と組香」というテーマで、その研究の一端をお話していただきました。新しく博士になった方の話は、新鮮な活力が伝わってきます。
 「若紫香」を例にして、わかりやすい話でした。終わってから、次々と質問があったのは、参会者のみなさんが興味深く聞き、内容をよく理解なさったからです。非常に刺激的な時間となりました。
 私が、京都新聞に連載されている京言葉で訳した『源氏物語』の資料を使って、余計な話をいつものように長々としたために、本来の写本を読む時間は短いものとなりました。
 それでも、おもしろい指摘を受けたので、ここに記し留めておきます。それは、武居さんからいただいたもので、「て」の字母は「天」か「弖」かという、最近もこのブログで取り上げた問題につながるものです。
 写本を元にして私が「〜里て」と翻字した箇所について、この写本の筆者は「里」の次に書く「て」は、「く」のような文字を書く癖があるのではないか、というものでした。このことは、私も気付かなかったことです。そう言われてみると、確かにその前後ではそうした傾向が伺えます。これは、改めて確認する価値のあることです。
 このことは、書写された文字の字母を、さらに詳しく調べることとなります。今すぐに調べられないので、近日中に調査結果をお知らせします。
 講座が終わってから、私が新幹線で帰るまでの間、地下のレストランで軽食をいただきながら懇談をすることになりました。さまざまな話題が飛び交い、楽しい時間となりました。
 
 
 


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2017年05月11日

初めて写本を読む学生との記録

 大阪観光大学で授業の後、課外でも勉強しようということで、学生と一緒に『源氏物語』の写本を読み出しました。今日が第1回目です。

 バタバタと用務が入ったので、実質的には45分ほどでした。今日来た第1回生の学生は、古典に興味があるだけで、これまでに墨で書かれた文字は読んだことがないとのことです。
 テキストは、鎌倉時代に書き写された『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』を使うことにしました。

 場所は、大きな柱時計のある玄関の待ち合いロビーの一角。簡単なイスに座って、膝にテキストを置いての、2人だけでのささやかな勉強会です。1対1の真剣勝負なのです。少し薄暗かったので、事務の方がスポットライトを点けてくださいました。

 その習得の様子を、以下に記し留めておきます。

 冒頭部分「わら八や三尓」と始まる所で、「八」や「三」を「は」や「み」と同じように平仮名として読むことに、大いに違和感を持ったようです。

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 そして、続く「王つらひ」の「王」を「WA」と読むことで、最初のカルチャーショック……
 さらに、「堂まひて」の「堂」が「TA」となると、もうお手上げだとのこと。

170511_boutou.jpg

 変体仮名の一覧表を見ながら、「王」や「堂」の文字が崩れていくステップを、一緒に確認しながら進めました。

 なお、「く」によく似た「て」の字母は、iPhoneを取り出してブログ「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)を見てもらい、私にはまだよくわからない文字だ、ということを説明しました。

 続く「よろ(改行)徒尓」では、「徒」でストップ。しかし、これも変体仮名一覧表を見比べながら、「つ」の元の漢字は「川」、それに加えて「徒」という変体仮名「TU」の2種類だけを覚えたらいい、と言うと、ホッと一息ついていました。

 さらには「ま新な井可ちなと」の「新」が平仮名の「SI」だと知り、変体仮名の渾沌とした世界に引き込まれて行くことになります。

 こんな調子で40分も読んでいると、目が慣れてきたようです。開巻第1丁オモテの10行分を、無事に読み終えることが出来ました。

 読めるようになりたい、という気持ちが集中力を高めて良かったのでしょう。とにかく、初日なりに達成感はあったと思います。

 1人の学生との出会いをきっかけにして、少しずつ写本を読む輪を、この大学でも広げていきたいと思います。
 
 
 

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2017年05月08日

平仮名「て」の字母に関する資料を検討中

 昨日の記事で、平仮名の「て」について、字母を「天」にするか「弖」にするかで思案し続けていることを書きました。そこで、この問題を考える上で参考になる例を提示します。
 『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)の38丁表8行目下部に、次の字句が書き写されています。

170508_te1.jpg

 これは、「給て とく」と読むところです。
 ただし、2文字目の平仮名の「て」をジッと見ると、その下に最初は「く」のような「て」が書かれていたことがわかります。それを小刀で削って、その上から「て」となぞっているのです。
 この箇所を拡大して撮影すると、次のように鮮明になぞられた文字が確認できます。

170508_te0.jpg

 橋本本「若紫」に書写されている「て」については、この38丁表の見開き右側にあたる、37丁裏の2行目と3行目の上部に見られる、次の字形が普通です。

170508_te2.jpg

 これは、「見ても…」と「や可て…」と書かれているものです。
 今、私はこの2種類の「て」を、共に「天」が崩れた平仮名だとしています。しかし、「や可て…」の「て」が「く」のように見える「弖」とする方がいいのではないか、という気持ちも払拭できないのです。

 この問題については、すでに「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げました。
 その後、「弖」と確証が得られる例に出会っていません。「く」によく似た文字の最後の線が、どうしても左から右下に向かい、さらに下向きに弧を描いて流れているので、「弖」よりも「天」の方に魅かれます。もちろん、「第一画の線の長短によって見分けられる」というご意見も認めます。しかし、『源氏物語』の鎌倉期の写本をいろいろと見ている限りでは、「弖」の字形がイメージできないのです。

 なお、上掲の「給てとく」の場合は、目が次の文字に流れていたために、「給」を書いてから字形がよく似ている「とく」のような「く」に近い字を書いてしまい、すぐにそれを削って「て」と書き直したとも考えられます。すぐに書き直す例は、橋本本ではよく見られることです。

 いずれにしても、この橋本本「若紫」の親本にどのような字母で「て」が書かれていたのかがわかると、おもしろくなります。いつかわかれば、いいのですが。

 この「天」か「弖」かという問題は、文字を専門に研究なさっている方々には、自明のことなのかもしれません。しかし、私はこれまでの経験から抜け出られないので、まだ決めかねているのです。
 ご教示いただけると幸いです。
 
 
 

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2017年05月07日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その3︰漢字表記の記号等)

 日比谷図書文化館の古文書塾「てらこや」で、本年度も本科コースの「国文学研究資料館蔵『源氏物語 若紫』を読む〔協力・大阪観光大学〕」が始まりました。

 昨日、その第1回目を行ないました。今年度から受講者が増えたことにより、「スタジオプラス」という少し大きな部屋で行うことになりました。
 毎月第一土曜日を開講日とするのを原則としています(14:30〜16:30 全5回)。
 今回から、大阪観光大学が協力してくださることになりましたので、広報などでは大学名が付くようになりました。

 昨年度末の3月からひと月以上空きました。そこで話題の提供として、谷崎潤一郎の自筆短歌が先月見つかったことを取り上げ、その写真を見ながら谷崎が書いた変体仮名混じりの文字を読みました。
 漢字が多いように思えます。それでも、みなさん読めたようです。

吾妹子可箸尓つら連る
素麺乃瀧の志ら
以登夏八来尓个利
    潤一郎


170506_tanizaki.jpg

 この講座では、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)をテキストにして、今から700年前の鎌倉時代中期に書き写された『源氏物語』の写本を読んでいます。しかし、時々こうして近代や現代の変体仮名も見ることで、仮名文字を読む感覚を養っていただいています。

 今回から初めて参加なさる方がいらっしゃるので、いくつかの方針などを説明しました。
 まず、この講座では変体仮名を読むことに専念するために、語られている内容にはまったく触れないことの確認です。
 次に、変体仮名の「弖」と「个」等の文字の字母を確定する判断について、私自身がまだ揺れている状態であることも、正直にお伝えしました。さらには、「お」や「へ」の字母についても疑問を持っていることも。

 昨日は、17丁裏3行目「可の・【大納言】八」(56頁)から確認していきました。
 その中で、漢字として書き写されている文字を、テキストの下段にあげた現代の文字表記による翻字では、方針として決めている隅付きパーレンの記号【 】を付け忘れているものが見つかりました。しかも2例も。
 出版前に慎重な点検をしたはずでした。お詫びとともに、今回テキストにしている『橋本本』で、これまでにわかっている誤字・脱字や補訂を、以下に報告します。
 なお、すでに2回にわたって、翻字の訂正を以下の通り行なっています。

「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)」(2017年02月02日)

「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その2「も」)」(2017年02月16日)

 お手元にこの本をお持ちの方は、補正・追記をお願いします。
 お手数をおかけします。申し訳ありません。

・1丁表4行目 行末(19頁)「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付ける。

・13丁裏2行目 行末(44頁)「登」の左横にミセケチ記号「˵」があり、それが削除されている(˵〈削〉)。

・14丁表1行目 (45頁)「おほさる」の「ほ」と「さ」の間に補入記号「◦」がある(「ほ◦さ」)。

・14丁表10行目 (45頁)「つる」の右横の黒い点々は撮影時にレンズに付いたゴミ、原本にはないもの。

・18丁表8行目 行頭(53頁)「事」は漢字表記のため「【事】」。

・18丁裏1行目 行頭(54頁)「人」は漢字表記のため「【人】」。

 
 
 

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2017年03月02日

橋本本「若紫」で同じ文字列を同じ字母で傍記している例

 いつものように日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻の字母に注目しながら読んでいます。
 今日は、講座の受講生の方から、貴重な意見をいただきました。次のように書かれている箇所をどう読むか、ということです。
 14丁表で終わりの2行は、次のようになっています。

170302_yositada.jpg

 この最終行の手前の行間に、なぜ「よし堂ゝ」とあるのか、というのが問題なのです。
 その直前の行末にある「よし堂ゝ」と同じ字母で書かれています。それも、ほとんどが右横に傍記されるのに、ここでは左側に傍記されているので、なおさら不可解です。

 ここの諸本を見ると、次のような本文の異同があります。まず17種類の諸本の略号をあげてから、本文の異同を示します。


橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 
 
よきり[橋=大尾中麦阿陽池肖日保高天]・・・・051074
 より[御穂]
 ナシ[国]
 よきおり[伏]
おはしましたる[橋=高]・・・・051075
 をはしましける[大御保]
 おはしたる/し+〈朱〉まし[尾]
 をはしましたる[中陽天]
 おはしましける[麦阿池国肖日穂伏]
よし/し=よしたゝ〈左〉[橋]・・・・051076
 よし[大尾中麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]
たゝいまなん[橋=尾陽御国保伏高天]・・・・051077
 たゝいまなむ[大中池肖日穂]
 たゝ今なん[麦阿]
うけたまはりつる[橋]・・・・051078
 人[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 うけ給はり[尾中高天]
 うけ給[陽]
ナシ[橋]・・・・051079
 申すに[大池御肖保]
 はへりつる[尾高]
 さふらひつる[中]
 申に[麦阿国穂伏]
 侍つる[陽天]
 申すに/〈改頁〉[日]
おとろきなから/き〈改頁〉[橋]・・・・051080
 おとろきなから[大尾中麦阿陽御国肖日保伏高天]
 おとろきなから/前1ら〈改頁〉[池]
 をとろきなから/〈改頁〉[穂]


 受講生の方の意見は、この「よし堂ゝ」は最終行の丁末にある「おとろ」に対する傍記ではないか、というものでした。つまり、「う遣多ま八里つる」と「おとろ〜」の間に「よし堂ゝ」を補入したいのではないか、と見る意見です。ただし、ここに補入記号の○などはありません。

 その時に、私の手元に諸本の正確な翻字資料がなかったので、指摘があったことの可能性を保留にして、私の宿題にさせていただきました。そして今、諸本を調べると、上記のようになっていることが確認できました。

 結果的に、この丁末の「おとろ〜」の前後に「よし堂ゝ」が入るような異文は見つかりませんでした。特に、私が乙類としている大島本などの本文の類が橋本本の校訂に参照されていることを考えても、そうした痕跡は大島本などの乙類にはまったくありません。

 これで、問題は白紙にもどりました。一体、なぜ、この行間に「よし堂ゝ」という文字列が書かれているのでしょうか。間違って書いたとは思われません。間違いだったとしても、ミセケチや削除もしていません。字母が同じ文字列というのも不可解です。
 親本に書かれていたままに書写している可能性もあります。しかし、それでは親本はなぜそのような本文を伝えていたのでしょうか。そうしたことの説明が、今の私にはできません。

 この件に関してご教示のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 

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2017年02月16日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その2「も」)

 今日も日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻を字母に注目しながら読みました。
 前回の講座で、テキストとして使用している『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年)の翻字ミスを指摘していただき、その訂正を「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)」(2017年02月02日)で報告しました。

 今日も、受講生の方から、テキストの不備を見つけてくださいました。今回は、書写されていた文字が、活字での翻字欄に印刷されていない、というものでした。翻字本文に、脱字があったのです。

 13丁裏の5行目で、次のように書写されている所です。

170216_missmo_2.jpg

 テキストでは、「・【事】ともを・」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「・【事】ともを・」とすべきところです。「」の脱字です。「【事】とも」がミセケチになっていて、その「も」の横に「人」と書かれていることも、念のために記しておきます。

 申し訳ありません。お手元にこのテキストをお持ちの方は、前回の「本」(12丁表の後ろから2行目)の訂正と共に、この「も」の追記をお願いします。

 二度あることは三度ある、などと思わず、気長にお付き合いください。

 
 
 
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2017年02月02日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1)

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を字母に注目しながら読み進めています。
 今日は受講生の方が、翻字の誤りを指摘してくださいました。確かに、ケアレスミスでした。

 12丁表の後ろから2行目に、次の文字が書写されています。


170202_kowore1




 テキストでは、「これ」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「これ」とすべきところです。
 現行の平仮名の書体に引きずられての翻字のミスです。

 現在、「て=天・弖」と「け=个・介」の識別について思案中です。
 近日中に決断しようと思っています。

 平仮名や変体仮名の字母を認定することが、こんなにもややこしい問題を抱え込んでいるものだとは思っていませんでした。一連の「変体仮名翻字版」の資料を作成する中で、このことを痛感するようになりました。

 今後とも、こうした翻字の誤りや、迷って決めかねる字母の判定などについても、ここに提示していくつもりです。お気付きの点がありましたら、遠慮なくお知らせください。
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2017年01月28日

平仮名「て(天)」と変体仮名「弖・氐」について(その2)

 明治33年に平仮名の字体が一文字に統制されました。小学校令の改正を受けた小学校施行規則によるものです。その時、「TE」については、「天」を字母とする「て」が選定されました。その事情について、今はまだ私にはよくわかりません。しかし、鎌倉時代からの仮名文字で表記された古写本を読み続けている感触からは、妥当な結論だったように思っています。

 その平仮名の「て」に関して、字母をどうするかで、いまだに迷いがあります。
 「く」のように見える「弖」や「氐」を「て」として翻字して来ていたからです。これまでに私は、「天・弖・氐」の草書体について識別基準をもっていなかったので、「く」のように見える文字も、その字母はほとんどを「て(天)」としてきました。

 先週の研究会で、関西大学の乾善彦先生から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。いま、「氐」のことはおきます。

「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)

 そうであれば、そうした判断基準を設定することは可能です。しかし、そう単純に識別できない例にしばしば出くわしていたことから、これまで私は割り切ることができないでいたのです。

 そんなことを考えていた時、鎌倉時代に書写された国文学研究資料館蔵(橋本本)『源氏物語「若紫」』の中に、次の例があったことを思いだしました。「給て」(38オ8行目)とあるところです。

170128_hasimoto05te




 この「て」下に書かれている文字が「弖・氐」であることは、その直前の丁末の行頭にある「や可弖(氐)」(37ウ)からも明らかです。


170128_hasimoto05yakate




 昨日、日比谷図書文化館の講座に参加しておられる方々が、橋本本『源氏物語』の原本を実見するために国文学研究資料館にいらっしゃいました。午前と午後に7名ずつに分かれて、橋本本『源氏物語』を実際に閲覧していただき、いろいろとお話をしながら説明をしました。

 その際、上記の問題を再度確認しました。確かに、「弖・氐」と書かれた文字を削った上に「て」と書かれていました。

 つまり、最初に書写された「弖・氐」を削って、その上から「て」を書いたということは、書写者に字母に関して識別する意識があったということが確認できるのです。
 そうであれば、なぞられた「て」は現行の平仮名の「て」なので、その下に書かれていた文字は「弖」か「氐」だったことになります。これは、翻字する際に書写された文字の字母を意識して対処する上では、この字母の識別を明確にすべきです。下に書かれた文字を「て」としたのでは、正確な翻字とはなりません。

 となると、最初に書かれた下の文字は「弖」とすべきか「氐」とすべきか、ということになります。このことは、次回にします。

 平仮名が約50個に絞り込まれた経緯を、ずっと追い続けていることに関連して、しばらく、この件で調べたことを何度かに分けて報告します。
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2017年01月23日

ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について

 一昨日の清泉女子大学で開催された「表記研究会」で、3人の発表の後のシンポジウムでは、今野真二先生が司会進行役となり「仮名の成立」というテーマで全体討論がなされました。

 その質疑応答の最後の方で、私は発表で提示されたプリントに引かれた文字資料について、その翻字に関する質問をしました。それは、「て」の表記について、その字母を「天」とするか「弖」とするか、ということです。

 まず、乾善彦氏に、「正倉院仮名文書二通にみえる字母」にあげられた「天・弖」について、その字母の識別についてお尋ねしました。万葉仮名で表記されているので、この識別は問題はないとのことです。
 続いて、長谷川千秋氏の発表資料にある影印文字の「天・弖」について、全7例の字母の確認をしました。
 乾氏から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。

 その基準によれば、長谷川氏の資料にあった次の文字は、それぞれ次のようにその字母を認定できる、ということを確認することができました。

 まず、「天」となるもの。


「讃岐国司解端書 藤原有年申文」
(漢字の「天」をつかった【比天(ひて)】)

170121_te2





「虚空蔵菩薩念誦次第紙背仮名消息 かな消息(第V種)」
【之天无(してん)】

170121_te6




 次に、「弖」となるもの。


「多賀城跡出土仮名漆紙文書」
(「弖」の左に人偏の「イ」の付いたものだとのこと)

170121_te1




「東寺檜扇墨書」
【太弖(たて)】

170121_te3




「伊州某書状写(唐招提寺施入田劵文写、第15紙」
【太弖(たて)】

170121_te4




「因幡国司解案紙背仮名消息」
【美弖(みて)】

170121_te5




「小野道風書状」
【以弖(いて)】)

170121_te7




 これまで私は、「弖」の認定基準をもっていなかったので、ほとんどを「天」としてきました。
 しかし、今回ご教示いただいた認定基準は、これまで見てきた『源氏物語』の古写本にはあてはまらない例が多いようにも思われます。
 この件は、後で詳細に確認し、報告したいと思います。
 しばらく時間をください。
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2017年01月21日

江戸漫歩(151)「表記研究会」で清泉女子大学へ行く

 清泉女子大学で開催された「表記研究会」に行ってきました。
 最寄り駅である五反田駅前には、今も郵便ポストが2つ並んでいました。


170121_post




 このポストのことは、「江戸漫歩(4)怪しい郵便ポスト」(2008年01月19日)に書きました。この時のポストは、もっと寄り添っていました。向かって左側のポストが、さらに左に引き離されたようです。

 清泉女子大学は、閑静な住宅地の中にあります。


170121_entrance




 この近くには来たことがあります。しかし、キャンパスに入るのは初めてです。

 ここで教員をしている、大阪大学で一緒に勉強した研究仲間の藤井由紀子さんが、あらかじめ守衛さんに連絡してもらっていたので、迷わずに行けました。


170121_honkan1




 藤井さんに学内を案内してもらいました。100年の重みを感じる、素晴らしい環境です。映画やテレビの撮影でも使われるそうです。

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 研究会が始まる前に、藤井さんにお願いして、この研究会の司会進行役である今野真二先生を紹介してもらいました。今野先生の本はほとんど読んでいたので、私にとっては旧知の研究者です。ただし、初対面です。

 最初から質問をしました。明治33年にひらがなを決めた事情を明らかにしてほしいと。
 しかし、当時の資料がないので、そのことはほとんどわからない、とのことでした。
 これは、当時の資料を丹念に調べるしかありません。

 そうこうするうちに、中部大学の蜂矢真郷先生がいらっしゃいました。
 日比谷図書文化館で『源氏物語』を読む講座を受講なさっている方が2人お出ででした。

 研究会は、3人の発表で進みました。一人30分の発表です。
 配布された資料から、発表を聞いて確認できたことを抜き出しておきます。
 
(1)「かたちからみた仮名の自立」
     愛媛大学  佐藤 栄作氏


仮名(真仮名@、草体仮名、省画仮名)が新たな文宇体系であると確認するためには、真名に見られない「かたちに関わるふるまい」が観察されるか否かがポイントになる。


 なお、ひらがなの「ま」は用例からは、下の線が長いとのことでした。
 
(2)「仮名の資格」
     関西大学  乾 善彦氏


漢宇の「形(ケイ)」を残す限り、意味への抽象性はみとめられても、完全に意味から脱却することはできない。その点で、万葉集仮名書歌巻の仮名は、「仮名」に近い性格を持ちながらも、仮名の資格にかける。逆に文書中の仮名は独立して日本語をあらわさないかぎりにおいて、仮名の資格にかけるが、ひらがなに連続するものと考えられる。漢字の「形(ケイ)」からの脱却が、「仮名」への第一歩と考えるが、基層の仮名と実用の仮名との関係を考えることが求められているのだろうか。

 
(3)「平安期の仮名資料からみた仮名の成立」
     山梨大学  長谷川千秋氏


仮名と漢字は、判断・評価などの微妙なニュアンスを伝達する箇所を仮名が請け負い、手続きや事態の経過など叙述的な面を漢字が請け負い、伝達内容によって漢字列と仮名列の切り替えが起きているように見受けられる。仮名は、表音的な機能をもつことから、
 
 
このことから、土左日記で漢詩を漢字で書かないということは、文学的行為としての選択であり、日用的な書き様とは切り離して考えるべきところであろうと思われる。こうした漢字列を排除する表記態度の延長に十一世紀の和歌表記が位置づけられていくと推測する。

 
 その後の「全体討論」であるシンポジウム「仮名の成立」については、あらためて別に記します。
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2017年01月15日

葛原勾当のひらがな日記について

 本郷三丁目であった、日本のローマ字社(代表 木村一郎)のイベントに参加してきました。
 ホームページには、次の案内文があります。


新年の集い 2017

とき: 2017ネン 1ガツ 15ニチ, 14:00〜
ところ: NRS ジムショ
おはなし: 幕末を生き抜いた盲目の琴師
       葛原勾当のひらがな日記を読む
はなして: くずはら・まこと (葛原 眞)さん
きどせん: 500エン(NRS カイイン わ ただ)

--------------------------------------

Sinnen no Tudoi 2017

toki: 2017 nen 1 gatu 15 niti, 14:00-
tokoro: NRS zimusyo
ohanasi: Bakumatu o ikinuita mômoku no kotosi
     Kuzuhara-Kôtô no hiragana nikki o yomu
hanasite: Kuzuhara-Makoto (葛原 眞) san
kidosen: 500 En(NRS kaiin wa tada)


170115_tirashi




 かねてより、葛原勾当について興味を持っていたので、聞きに行ってきました。

 江戸時代から明治時代にかけて、盲人ながらも現代のタイプライターとでも言うべき、木活字を駆使して40年間も日記を書き(スタンプ印刷し)続けた人です。
 『葛原勾当日記』(小倉豊文、緑地社、1980)や『日本語発掘図鑑』(紀田純一郎、ジャストシステム、1995)で、この日記のおおよそのことは知っていました。


170115_katujibako


(『日本語発掘図鑑』13頁)

 「遊び棒」と呼ばれる印字位置を示す一本の黒っぽい棒が、今のパソコンで言うとスペースやカーソルに当たるものです。

 しかし、実際に葛原勾当の直系の縁者である方からお話を聞くことで、具体的に盲人と文字というものについて再度考えるきっかけをいただくことができました。

 現在、私が科研で取り組んでいる「古写本『源氏物語』の触読研究」の連携研究者として一緒に勉強している中野眞樹さんが、昨春ここで研究報告をしていたことを知りました。そのことをまったく知らずに来たのですから、これも縁なのでしょう。中野さんは、今日はセンター試験の監督があるとのことでお休みだとのことでした。

 葛原勾当の木活字による携帯用の印字道具は、東大の史料編纂所がレプリカを作っていました。それを使って、葛原眞氏が実際に文字の印刷をテストする実験映像を拝見しました。これを見ると、この木活字を使った印刷の過程がよくわかります。ぜひとも公開していただけるようにお願いしました。いずれ、実現すると思います。

 葛原勾当について、すこしおさらいをしておきます。
 3歳頃に天然痘で両目を失明。14歳で座頭。その後、検校にはならなかったのは、当道座の階位を得るのには多額の金銭が求められたからだそうです。
 16歳で備忘録としての代筆日記をつけさせます。
 22歳の時に勾当になったことで上京。1ヶ月京都に滞在。この時に木活字を入手したようです。
 25歳で結婚。26歳から木活字を使って自ら印字して日記を付け始めます。
 明治15年に71歳で亡くなります。

 勾当日記に出てくる文字は、次のものが基本です。


170115_kana1




 これを通覧して気付くのは、明治33年に制定された現行ひらがなの字体がほとんどであることです。
 4行目の「於」の字形に留意したいことと、5行目の「江」、7行目の「志」が変体仮名となっていることが特徴です。ここには、「え」がありません。今の「お」に近い字体が別にあるので、こうしたことにも注意しておくべきでしょう。

 葛原勾当が木活字を用いて残した日記は、次のようなものです。


170115_kana2




 活字は何度か作り直していたようです。濁音の判子は別に作っていました。
 上の写真の3行目で「十四日よる」とある「よ」は、その下に不明の文字が一文字捺されていることがわかります。「日(ひ)」とあれば、次の行の「日る」と並んでいいのですが、どう見ても「日」ではないので思案中です。
 こうした印字の間違いは、その行を終える前であれば、すぐに直していることがわかります。その後の間違いは、もう直しようがなかったようで、いくつもそうした例が見られます。

 この勾当日記には、112箇所の間違いがあり、前後左右の間違いは92箇所あるそうです。文字を進める時や、行が移る時にケアレスミスがあるようです。

 この葛原勾当日記については、またわかりしだいに報告します。
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2017年01月12日

渋谷氏による『源氏釈』の研究資料が全面改訂へ

 渋谷栄一氏が作成中の『源氏釈』の研究資料に関して、以下のような全面改訂の方針が示されました。これは、ご自身の「楽生庵日誌(1月11日)」で表明されたものです。
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e
 

【1月11日(水)】
「源氏釈」の全面改訂について、
第1は本文資料を漢字仮名字母による翻字法に切り替えたこと、
第2は対校写本を平安・鎌倉・南北朝期頃までの写本の写真影印資料等に拠り、青表紙・河内本・別本の枠組みを外したこと、
第3には後世の仮託偽書は除外したこと。
平安末期の藤原伊行の源氏物語の本文と注釈について考究していくことを目的とした。


 大賛成です。こうあってほしいと願っていたことなので、今後の進捗がますます楽しみになりました。

 この『源氏釈』の改訂版と、私が構築しつつある『源氏物語』の本文に関する「変体仮名翻字版」のデータベースがリンクする日が来ることを思うと、今からワクワクして来ます。
 これが実現すると、『源氏物語』の本文研究史と注釈史の研究が、格段に精緻なものへと変わっていくことでしょう。

 これまでの研究資料は、明治33年に施行された、現行ひらがな書体という制約から出ないままのものがほとんどでした。つまり、簡略化された翻字や翻刻による研究がなされていました。それが、注釈書の原本に書写されているままの文字列で研究ができるようになると、より正確な翻字資料で考えることができるようになるのです。簡略版による翻字資料での研究には、やはり限界があり、学際的な研究には至らなかったのです。

 これで、研究環境が各段に向上します。後は、一点でも多く変体仮名を用いた翻字資料が増えることを待てばいいのです。
 『源氏物語』の本文の翻字は、着実に進展しています。
 これに加えて、『源氏物語』の注釈書の翻字も、「変体仮名翻字版」で展開することを考えたいと思います。

 昨日の、本文分別に関する渋谷氏の記事に引き続き、これも新年早々うれしい知らせとなりました。
 少しずつではあるものの、『源氏物語』の研究環境は着実に進化しています。
 若い方々がこうした資料を活用し、新しい視点での研究成果を公表される日が来ることが期待されます。
 この問題に興味をお持ちになった方からの、質問や連絡をお待ちしています。
posted by genjiito at 20:23| Comment(0) | 変体仮名

2017年01月07日

久しぶりの大阪駅で『源氏物語』の翻字の打ち合わせ

 大阪駅に行ったのは、本当に久しぶりです。
 駅ナカのホテルのラウンジで、『源氏物語』の古写本を翻字してくださる方とお話をしてきました。

 かつて私と同僚だった方の今の同僚で、翻字に興味を持ってくださった方がいらっしゃるとのことで、直接お目にかかって説明をしました。顔を合わせてお話をする、ということを大事にしているからです。
 尾州家河内本『源氏物語』をお願いしようと思います。

 明治33年に策定された、現行のひらがな約50種で作成した翻字データは、すでに私の手元に相当数あります。約30万レコードのデータベースとなっています。それを、書写された文字の字母に忠実な、「変体仮名翻字版」と言っている正確な翻字をお願いし続けているのです。

 「安」も「阿」も、これまでは「あ」という一文字のひらがなで翻字をしてきました。しかし、それは不正確であり、写本に書かれている文字の姿から翻字に戻れないものです。次の世代に嘘の翻字データを引き渡すわけにはいかないので、「安」は「あ」に、「阿」は「阿」で翻字をしていただくのです。今からちょうど2年前に決断した、新しい方針です。

 国文研蔵橋本本「若紫」の冒頭部分の例をあげます。


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 これを翻字する場合、これまでは次の写真の左側列のように、「わらはやみに」としていました。明治33年に一文字に限定されたひらがなで済ませていたのです。しかし、これを「変体仮名翻字版」で翻字をすると、右側列のようになります。


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 「変体仮名翻字版」の列にある、「八」「三」「尓」が、字母を混在させた、写本に戻れる翻字です。左右の列の文字の違いを見ると、今までの左側の翻字の不正確さが明らかでしょう。

 「変体仮名翻字版」であれば、写本に書かれている文字がほぼ正確にデータ化できます。もちろん、崩し字は一様ではないので、字母である漢字に近い形であったり、明治33年に国策として一字体に決められた現行のひらがなの字体であったりと、その間でさまざまな変化があり、揺れがあります。そこまで厳密な違いを文字データベースで再現することは困難なので、写真に依ることにしています。今はひとまず、嘘のひらがなによる翻字ではなくて、字母レベルに一元化しての翻字に移行しているところです。
 これで、これまでよりも少しでもましな「変体仮名翻字版」によるデータが出来上がります。

 翻字をお願いする、と言うと、何やら難しい特殊な能力を求められるかのように思っておられる方が大半です。しかし、私がお願いするのは、写本の影印資料と、すでに完成している現行ひらがなによるテキストデータを渡し、データをパソコンで「変体仮名翻字版」にしてもらうのです。つまり、写本はすでに正確に読まれており、そこに用いられた平仮名を変体仮名に置き換えてもらう作業になるのです。ややこしいいことと言えば、データベース化にともなう、写本が書かれている現状を記述した付加情報でしょうか。しかし、これは2人目の別の方が確認するので、特に神経質になっていただく必要はありません。
 とにかく、後ろを振り向かず、ひたすら前を見て進んでください、と言ってお願いしています。

 私は特に翻字の進捗具合を催促はしないようにしているので、気長に続けていただければ、と願っています。
 『源氏物語』の写本の分量は膨大なので、90年を一応のメドとして取り組んでいます。私一代ではできないプロジェクトなので、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉を設立して取り組んでいるところです。
 NPO活動の一環なので、ほんの少しですが謝金をお渡ししています。翻字作業をお願いする方には、NPO組織の支援会員になってもらうことを原則としています。しかし、その会費は謝金ですぐに相殺されるように配慮がなされています。

 今日も、こうした取り組みに興味を持っていただけたことは、ありがたいことでした。
 東京では、日比谷図書文化館での講座を通して、少しずつ翻字を手伝ってくださる方が増えています。今後は、関西での支援者が一人でも増えるように、意識していろいろな方に語りかけ、呼びかけて行きたいと思っています。

 帰りに、JRで京都方面行きのホームにあがったところ、事故か何かで電車が遅れていました。
 なかなか来そうにないので、いったん改札の外に出て、阪急で帰ることにしました。

 久しぶりに訪れた大阪駅の北側の外観は開放的でした。


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 北向きに見下ろすと、スケートリンクが出来ていました。
 みなさん楽しそうに滑っておられます。


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 この大阪駅の北側地域は、今後はさらに開発が進みそうです。
 新しい大阪駅が、ますます楽しみになりました。
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2016年12月12日

総研大文化フォーラム(第1日目)で触読研究の成果を発表して

 無事にポスター発表を終えました。
 今年は、発表者に1分間の自己ピーアールの時間が与えられ、ストップウォッチに急かされるように、ショートスピーチをさせられました。

 私は、3年連続で触読研究の成果を報告していることと、音声のアシストで展開するようになったことに加え、昨日は国立民族学博物館で「古写本『源氏物語』の触読研究会をやってきたことをお話しました。

 ポスターセッションでは、30分の発表の間に、いろいろな方からお声掛けをいただきました。


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 みなさん、目が見えない方が本当に読めるのかなー、という問いかけから始まります。

 立体コピーのサンプルと、科研の三つ折りのチラシをお渡ししました。

 それぞれに課題と問題意識をお持ちの先生方や大学院生の集まりなので、ご自分のテーマとの接点を求めての質問が多かったように思います。

 『立体文字触読字典』と連綿のサンプルを、上記写真にもあるように、ポスターの右横に貼り付けて、自由に触っていただきました。みなさん、興味を示しておられました。

 懇親会でも、いろいろな角度からの質問や感想がありました。
 理科系の方々とお話をしていると、さまざまな刺激をいただけます。
 さらなるバージョンアップにチャレンジしていきます。

 みなさま、拙い話をお聞きいただき、ありがとうございました。
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2016年12月10日

民博で古写本『源氏物語』の触読研究会

 昨年度からスタートした科研費による「挑戦的萌芽研究」に関する報告です。

 現在取り組んでいる、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也/課題番号︰15K13257)というテーマでの、第4回目となる研究会を、大阪にある国立民族学博物館で開催しました。

 東京から私と一緒に参加する4人(内、全盲お2人)とは、金曜日の早朝9時に東京駅構内の東海道新幹線八重洲南乗り換え口で待ち合わせをしました。
 尾崎さんは、お母さんが東京駅まで付き添って来られ、乗り換え口で引き継ぎました。

 福島県からお越しの渡邊先生は、駅職員の方の介助を得て、東北新幹線から乗り継いで東海道新幹線17番線ホームに来られました。駅員さんは、非常に親切な対応でした。
 出迎えと見送りに来た妻も、お2人との再会を喜んでいました。

 新大阪駅までの車中では、触読の実験をしました。
 まず、私が翌10日の総合研究大学院大学文化フォーラムで発表する、「i-Pen」という音声ペンを活用した触読と読み上げのテストです。


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 お2人からは、「i-Pen」による音声ガイドの説明がわかりやすくて、変体仮名を読みとるのに助かる、との感想をいただきました。
 ただし、改良の余地も多いこともわかりました。さらなる進歩をお楽しみに。

 また、触読字典の試作版も、実際に使ってもらい、意見をいただきました。これについても、改良点をたくさんもらいました。
 やはり、直接触っての意見をいただくと、改善すべき点がよくわかります。


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 新大阪駅に降り立って早々に、全盲の2人はホームで、点字ブロックのことを放送していることに感心したそうです。東京や福島では聞いたことがないと。

 新大阪駅から千里中央駅へは、北大阪急行を使いました。地下鉄の自動券売機には、「福祉」と書いたボタンがありました。これも、東京では見かけません。


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 ここでは、江坂駅までしか切符が買えません。その先へは乗り換えることになります。一気に行けないのは不便です。

 千里中央駅を出るとき、江坂駅からの清算をする必要があります。改札に駅員さんがおられなかったので、自動改札の横にあったインターホンで、障害者同伴の乗り越し清算の仕方を訊ねました。すると、障害者証明書を確認するので、ボックスに差し込んでほしい、とのことです。そのボックスがどこにあるのか、見回してもわからないのです。また、見つかってからも、どうしたらカメラで確認してもらえるのかも、さっぱりわかりません。

 相手の駅員さんは、モニタで遠隔対応です。目が見えない2人共に困惑しておられます。
 なんとか、2人分の証明書を小さな空間に差し入れて、モニタで確認してもらいました。晴眼者がいなかったら、手も足も出せず立ち往生です。いても、こんなに手間も時間もかかるのですから、これはあまりにも時代遅れの感覚ではないでしょうか。

 さらに、確認後はその後ろにある精算機の操作をさせられます。割引乗車券のボタンを押し、不足金額を投入します。ここでも、ボタンのアイコンと文章は「車椅子」なのです。視覚・聴覚障害の方は対象外なのでしょう。


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 そして、この車椅子ボタンの下には、「係員がまいります」と書かれています。しかし、係員は来られることはありませんでした。すべて、さらにその下にあるスピーカーの小穴から聞こえる係員と対応するのです。徹底した非人間的な対応です。

 北大阪急行がどのような会社なのかは知りません。しかし、今回の対処は、大いに問題だと思いました。この鉄道会社は、まじめに意識改革することが必要です。

 乗り替えとなった大阪モノレールの千里中央駅の自動券売機には、車椅子マークのボタンがありました。


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 これを押すと駅員の方が小窓から顔を覗かせて、窓口へ行くように指示されます。そして窓口で割引の処置をしてもらいました。今度はスムーズです。北大阪急行の酷い対応とは大違いです。

 ホームで、東京から一人でお出でになった高村先生と合流しました。高村先生は、一般の乗客の方に介助を受けながら、エスカレーターで上がって来られました。お節介だと言われている大阪のおばちゃんは、とても親切なのです。

 万博記念公園駅で、広島からお越しの田中さんと合流して、国立民俗学博物館へ歩いて移動しました。

 まず、国立民俗学博物館の広瀬浩二郎先生と、MMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)の方々の案内により、「さわる展示」を体験しました。
 触ることで自分なりの理解が深まることに加えて、解説員の方の説明でさらに興味が広がります。

 これは、今回私が総研大の文化フォーラムで報告する、古写本『源氏物語』を触読する上で、耳から入る説明の役割を体感することになりました。目が見えない方にとって、耳を通しての音の情報は貴重です。

 見学中に、公務を終えてから来阪の大内先生も合流されました。
 今回は、韓国とオセアニアの展示をMMPの方の説明でしっかりと触り、拝見しました。

 展示室からセミナールームに移り、「第4回 古写本『源氏物語』の触読研究会」となりました。

 これまでとこれからの科研の取り組みから始まりました。

(1)「2016年6月から12月までの活動報告」
 科研運用補助員の関口さんから、本年の報告をしてもらいました。

(2)来年3月で一旦終わるこの研究会の今後について、私から現在わかっている範囲でお話しました。
 早速、大内先生から来夏の第5回研究会の会場として、高田馬場にある研究所を提供できる旨の申し出をいただきました。ありがたいことです。
 ということで、科研での取り組みが終わった後も、研究会と電子ジャーナルは発行し続けることの確認をしました。

 その後、私から次の報告をしました。

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」と「立体文字触読字典」の取り組みについて。
 これは、関口さんと研究協力者である間城さんの協力によって、具体的な形を見せているものです。
 まだ熟していないプロジェクトについて、貴重な意見をたくさんいただきました。特に、「誰のためのものか」ということと、「広く興味を持ってもらえるものを目指すべきではないか」という点でのアドバイスをいただきました。これは、前回の研究会でも指摘された問題点です。今後とも、心して取り組んでいきます。

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)
 学習と研究を区別する必要がある、という視点から、これから研究者になろうとする若者に、叱咤激励のアドバイスがありました。
 サポートが得られなくなっても続けられる、自立した研究を心掛けること。おもしろみを自分で見つけることが大事だということ、見ることの代用を触ることではできないので、その意味からも、触ることでオリジナルなことが出せないか、ということを考えたらどうかという意見が出されました。
 テーマによっては、共同研究か独自の研究かの見極めも大事だと、期待を込めた発言に終始しました。ありがたい指導の場となったことは、仲立ちとなった私も、ずっしりと重い課題をいただくこととなりました。

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)
 変体仮名を取り入れた、弱視者を対象とした高校古典の実践報告でした。
 板書の実演も、本当に目が見えないとは思えない感動が伝わるものでした。


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 また、授業の録音を流しながら、熱く語りかける先生と生徒との、丁々発止のやりとりが、実にすばらしいと思いました。
 ただし、長年教職にある先生からは、ご自分の体験を振り返りながらも、自分が見えないものを黒板に書くのは邪道である、という考え方があることも述べられました。これもまた真実です。
 教える、ということの根源を問う問題提起でもあります。
 いろいろと考えさせられる時間を共有する機会を得ることができました。

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)
 『紫式部日記』にある「黒方をまろがして、ふつゝかにしりさきて、白き紙一かさねに、立文にしたり。」という部分から派生したワークショップとなりました。
 黒方によく似たものを立文にする、という課題のもとに、香の実演と解説がなされました。
 今回のものは「稲妻」だそうです。これに麝香をいれたら黒方になります。立文に包んだ練り香を、参加者みんなが、ありがたくいただきました。


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 食べてもいいとのことだったので、広瀬先生に倣って私も少し口にしました。蜜で練ってあるだけに、おいしいのです。しばらくして、お腹がホコホコと温かくなりました。

(7)研究発表「手でみる絵画の作成の基礎・基本−−「手でみる新しい絵画を作ろう」の取組から」(大内進)
 展覧会情報を中心とした発表でした。
 一枚のポスターが、北斎の「神奈川沖浪裏」になるのです。しかも、立体的なものです。形はデフォルメしないと立体の認識に至らないのだと。
 時間が来たので、大内先生の発表の続きは次の懇親会場で、場所を変えて行なうことになりました。

 研究会終了後、民博から懇親会会場までは、タクシーで移動しました。

 大内先生の引き続いての発表の後も、懇親会は大いに盛り上がりました。みなさんが喋り足りない思いもあったため、ホテルにチェックインしてから、また近くで語り合いました。
 日付が替わる頃まで、全盲の3人と見える3人が、熱っぽく日頃の思いの丈を語りました。

 昨年度採択された科研「挑戦的萌芽研究」としては、今回が最後の研究会です。しかし、今後につながる、充実した時間を共有することができました。
 来夏、さまざまな問題を持ち寄って、また討議を重ねたいと思います。
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | 変体仮名

2016年12月09日

総研大文化フォーラム-2016 で触読研究の成果を発表します

 今日の第4回「古写本『源氏物語』の触読研究会」の後、明日12月10(土)と11日(日)は2日間にわたり、京都にある国際日本文化研究センターで、総合研究大学院大学文化科学研究科が主催する「総研大文化フォーラム 2016」が開催されます。

 本年度は「異文化へ旅する、異分野を旅する ―文化科学からの招待状―」と題するテーマが設定されています。

 私は、第1日目(12月10日)の、Aグループ発表(16:00 ~ 16:30)となっており、会場はセミナー室1横です。

 今年の題目は、「指と耳で700年前の古写本『源氏物語』を読み書きする −視覚障害者と文化を共有するために−」としました。


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 これまでに、本文化フォーラムでは、以下の通り2回のポスター発表をしてきました。

■2014年 「視覚障害者と共に古写本『源氏物語』を読むための試み」
「視覚障害者と共に古写本を読むためのポスター発表をする」(2014年12月20日)

2015年 「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』 ─視覚障害者と文化を共有する─」
「「学術交流フォーラム 2015」でポスター発表をする」(2015年11月21日)

 回を重ねるたびに、少しずつバージョンアップしています。
 総合研究大学院大学は多彩な分野の研究者や大学院生が集まっておられます。
 今年も、異分野からのアドバイスを楽しみにして参加し、発表してきます。
posted by genjiito at 08:30| Comment(0) | 変体仮名

2016年12月03日

江戸漫歩(146)皇居東を散策し出光美術館で仮名古筆を見る

 ぽかぽかとした陽気に誘われて、皇居東御苑側の竹橋駅付近から時計回りに、日比谷駅までを散策しました。皇居周辺では、九段下と日比谷という、ピンポイントしか知りません。長年東京にいたのに、あらためて皇居の周りを散策するのは初めてです。

 竹橋御門の説明が立派な石に刻まれていました。
 目の前に平川橋が見えています。その右手後方に東京駅があります。


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 この説明文を読もうとして、しばし目が泳ぎました。縦書きだと思って読もうとしたからです。原稿用紙のマス目のデザインだと錯覚しました。横書きだとは思いもしませんでした。


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 竹橋駅の近くから平川門を望みました。いつもは、この下を走る地下鉄東西線で通っています。通勤経路の地上を歩くと、頭の中の地図が立体的に再構成されておもしろいものです。
 お濠の鴨たちも、気持ちよさそうです。賀茂川の鴨たちを、遠足でここに連れて来たくなりました。


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 白鳥がいました。これは、賀茂川にはいません。


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 お濠の散策路に、秋田県のパネルが敷かれていました。今度のんびりとこのお濠ばたを一周しながら、私が行ったことのある都道府県を確認してみましょう。


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 本日のお目当てである、出光美術館へ行き着きました。今、開館50周年記念として「時代を映す仮名のかたち」という展覧会が開かれています。
 平安時代から鎌倉、そして室町へとつながる仮名の名品が、これでもかと並んでいます。国宝に重要文化財などなど、出光美術館所蔵の古筆を中心として、贅沢な展覧会となっていました。じっくりと古筆の名品の数々を堪能できました。

 休憩スペースで足腰を休めて皇居の紅葉を眺めては、また展示会場へ戻りました。


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posted by genjiito at 21:05| Comment(0) | 変体仮名

2016年11月30日

古写本『源氏物語』の触読研究会を開催します

 来週、古写本『源氏物語』の触読研究会を開催しますので、関係者のみなさまのご参加をお待ちしています。
 今回は、大阪の万博公園の中にある、国立民族学博物館をお借りして行ないます。


科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(15K13257)代表者:伊藤鉄也
 
2016年度第2回研究会プログラム

 日時:2016年12月9日(金)
 場所:国立民族学博物館

T.民博のさわる展示の学習会(14時〜15時半)

 民博のさわる展示をMMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)によるガイドでめぐり、触察の仕方や説明方法などの情報収集をする
 
U.古写本『源氏物語』の触読研究会(15時半〜18時)

(1)挨拶(伊藤鉄也)

(2)2016年6月から12月までの活動報告(関口祐未)

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」(伊藤鉄也)

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告
   ―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)

〜休憩〜

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
   ―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物
   ―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)

(7)共同討議(質疑応答・用語確認と実験方法など、参加者全員)

(8)連絡事項(関口祐未)
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2016年11月23日

橋本本「若紫」の原本で削除されている文字を確認して気付いたこと

 日比谷図書文化館の「古文書塾てらこや」で、鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読み続けています。

 今秋から、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)をテキストにして、みなさんと一緒に本文を翻字する時の注意点を考えています。

 せっかく国文学研究資料館が所蔵している写本をテキストにしているので、その原本を直接見ていただくことにしました。今から700年前に書き写された写本を、直接見て確認してもらおうというものです。

 昨日は、午前と午後の2回にわけて、4人ずつにたっぷりと2時間、詳細なところまで見てもらうことができました。鎌倉時代の写本ということで、みなさんにとっても、なかなか得難い体験ができたかと思います。

 この写本の特徴的な書きざまが見られる箇所や、私が説明し切れない箇所を、以下に紹介します。

(1)本行の文字が削られ傍記だけが残っている
(1丁ウラ)

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 1行目の本行には、「【侍】越と□こそ」と書かれています。
 ここで、削られて空白となっている4文字目は、その下に「く」と書かれており、それが小刀で削り取られていることがわかります。ただし、傍記の「く」だけはそのまま残っています。
 おそらく、「とく」と書いた時の「く」が「久」の崩しとしてはあまりにも漢字に近いものであり違和感を覚えた人が、あらためて「く」を傍記したものかと思われます。この字母である「久」に近い「く」は、他にも各所に見られます。
 さらには、この本行の「く」にはミセケチ記号としての「˵」があったと考えられます。この「く」が削られているので、そこまでは原本で痕跡が確認できませんが。
 この箇所で「く」が削られて空白となっているのは、この写本が書写された後の仕業であることを示していると思われます。本行の「く」を削った後に、その上に「く」を書いていないことと、傍記の「く」が残ったままであることからそう想定していいと思われます。

 また、上掲写真の4行目7文字目の「まう□□たれ盤」も、同じような状況を考えていいと思います。
 削られた文字は「さ勢」です。そしてその直前の「う」の右下に小さな補入記号である「○」を添え、その右に補入文字としての「し」が書き加えられています。
 最初は「まうさ勢たれ盤」と書き写されました。しかし、「さ勢」をミセケチにしてその右横に異本との校合によって「し」を書いたのでしょう。ここでも「さ勢」が削られているので、ミセケチ記号の痕跡は確認できません。しかし、後に下に書かれていた「さ勢」が削られていることと、補入文字としての「し」が残っているので、そのように考えていいと思います。
 ただし、こう説明しても、ここになぜ補入記号があるのかは、今説明ができません。

 この橋本本「若紫」の写本には、後に写本に手を入れたと思われる、さまざまな人の手が確認できます。ここに示した2例は、書写されている文字に対して、他本との校合をしたにもかかわらず、その上に文字をなぞって書けなかった事情が推測できるものです。
 こうした判別を続けて行くと、写本が受容され、そこに加えられた手の歴史が確認できます。書写後に写本が経巡ってきた背景が少しずつわかると、さらにおもしろい受容史が見えてくることでしょう。
 
(2)同じ文字を左横に傍記
(14丁オモテ)

161123_14omote




 最終行と後ろから2行目の間の行末に、「よし堂ゝ」という少し小さな文字が傍記されています。この傍記は、その右の本行本文である「よし堂ゝ」に関係するものです。
 普通は、異文注記などは本行本文の右側に傍記されます。しかし、ここは左側にあるのです。もっとも、行末においては、こうした左傍記はよくあることです。
 そのことに加えて、この左傍記の文字は、本行本文と字母のレベルまでがまったく同じ文字列です。もし「四志多ゝ」などと、親本と字母が異なるための注記としての傍記であるなら、あえてここに記されたことの意味は理解できます。しかし、ここにはまったく同じ文字が記されているのです。
 その前の2行分の行末に、「盤」と「尓」が隙間に挟み込まれるように小さく書写されていることからもわかるように、この写本は親本の書写状態を忠実に書き写しています。勝手に改行して書写したりはしていないようです。
 そのことと併せて考えると、この行間に記された「よし堂ゝ」という文字も、親本に記されていたのかもしれません。ただし、この行間に記された文字の「堂」は、本行の本文に書かれている「堂」とはその字形が異なることをどう説明したらいいのか、今私は解決策を持っていません。
 
(3)和歌の直前で削除された「僧都」
(26丁オモテ)

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 これは、丁末に「僧都」と書かれていたところで、その「僧都」が削られているものです。この次の丁の最初は、僧都の「優曇華の」という和歌で始まります。削られた「僧都」は、次の歌を詠んだ人を明示しているのです。
 この箇所の諸本を確認すると、次のようになっています(諸本の略号は今は省略します)。


僧都/〈削〉[橋]・・・・052034
 そうつ[尾国高]
 僧都[中陽天]
 ナシ[大麦阿池御肖日穂保伏]


 つまり、橋本本をはじめとして[尾国高中陽天]のグループ(私が〈甲類〉とするもの)は、この和歌の直前に「僧都」という文字を伝えています。現在一般に読まれている大島本(〈乙類〉)を始めとする流布本には、この「僧都」がないことがわかります。
 「若紫」の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、ということは煩雑になるので今はおきます。
 橋本本「若紫」は、現在の流布本となっている大島本のような本文で校合され、本文が異なる箇所には削除などの手が入っていることが、この例からも言えます。

 参考までに、その直前にある和歌についての確認もしておきます。

(25丁オモテ)

161123_25omote




 この箇所の諸本の本文を調べると、次のようになっています。


僧都/〈改頁〉[橋]・・・・051904
 僧都[中陽穂天]
 そうつ[尾御国高]
 そうつ/〈朱合点〉、=イ[肖]
 ナシ[大麦阿池保伏]
 ナシ/+僧都イ無本[日]


 橋本本をはじめとする[尾国高中陽天]の〈甲類〉の諸本は、和歌を詠んだ者が「僧都」であることを明示しています。しかし、それ以外の現行流布本である〈乙類〉としての大島本などは、この「僧都」を文字を持っていないのです。
 このことから、橋本本の「僧都」を削除しているかと思うと、ここでは削除していないことが明らかになったのです。前例との違いは、丁末にあるか丁始めにあるか、という違いです。
 この違いについて、私は今はまだ説明できません。校合の手が不十分のままに今に伝わっている、と考えられること以外に。

 ここでは、具体的な問題箇所を提示しただけに留まっています。
 こうした点について、ご教示をいただけると幸いです。
posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月27日

変体仮名の「个」と漢字の「箇」の用例

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読むことが続いています。
 今日は、熱心に変体仮名を読んでおられるKさんが、終了後に貴重な資料を持ってきてくださいました。
 明治23年と32年の商法の法律文書に書かれている文字です。

 まず、明治23年のものから。
 この中に、「一个年」という文字があります。


161027_keko_m23




 変体仮名の「介」と「个」について、私は「个」の方を字母としてよしとしています。それは、その字母が「箇」だと思われるからです。変体仮名の字典などを見ていると、このことはさまざまに用例が示されています。ほとんどが、「介」の方を示し、「个」は括弧付きで補足的に例示されているのです。

 上の文書だと、「个」はカタカナの「KE」を示し、「箇」は漢字で「KO」と書かれているのです。

 また、明治32年の同じく商法の条文には、次のようになっています。
 これは、「六个月ヲ」と書かれている部分です。


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 この後に、「箇」が何度も出てきます。


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 こうした法律の条文の例を見ると、ここで揚げたのはカタカナではあるものの、変体仮名の「KE」についても、「介」ではなくて「个」がいいと言えそうです。

 私はこの分野を専門としているのではないので、理由づけが今はできません。
 とにかく、気付いたときに、わかったことを記しておくことにしています。

 このことで、ご存知のことがありましたら、どうかご教示いただけると助かります。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月26日

橋本本「若紫」の翻字の補訂(1)

 先週、「『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました」(2016年10月20日)という記事を書きました。

 その橋本本「若紫」の翻字で、早々と1箇所にミスを見つけたので報告します。

 それは、第1丁表4行目の行末にある「万う」に、ミセケチ記号が付いていたことです。次の写真の赤矢印の箇所に、小さな黒い点があります。


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 それを、刊行した書籍の翻字には、当該箇所にそのミセケチ記号「˵」がありませんでした。
 お手元に本書がある方は、4行目の行末の「万う」の左横に、ミセケチ記号「˵」を2つ付けてください。お手数をおかけして申し訳ありません。


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 手元の翻字データベースでは、ミセケチ扱いでデータが出来ています。


万う春/$


 この表記は、「万う春」の3文字がミセケチとなっていることを、「$」の記号で示しています。

 翻字データベースのデータを元にして版下を作成する段階で、「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付け忘れたようです。

 細心の注意をはらって、何度も翻字を見直したはずでした。
 しかも、あろうことか、開巻早々のミスで恐縮しています。

 また何か見つかりましたら、ここで報告いたします。
 ないことを祈りながら。
posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | 変体仮名

2016年10月20日

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉中期の書写と思われる『源氏物語』「若紫」を「変体仮名翻字版」で刊行しました。
『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10、\1,400)



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 本書の写本としての特徴は、「解説」に書いたとおりです。
 懐中電灯で紙面をくまなくスキャンして精査し、〈墨ヨゴレ〉・〈付箋跡〉・〈剥落〉などの付加情報を丹念に記録しました。また、顕微鏡やカメラを用いて80倍に拡大し、削られた箇所で下に書かれている文字を推読したり、破損個所の判読も充分な時間をかけて読み取りました。
 こうした調査結果を、本書の本文の右横に注記として添えています。

 この次に本書を調査なさる方は、さらに精巧な機器を用いて翻字と付加情報を補訂してくださることを望みます。一応、現在可能な限りの手法で「変体仮名翻字版」を作成したことになります。

 本書を刊行した背景については、巻末の「編集後記」に記しました。
 その全文を、以下に引きます。


編集後記



 本書は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(平成二五年)、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(平成二六年)、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(平成二七年)に続く、鎌倉期古写本の影印資料シリーズの四冊目となるものである。いずれも、写本を読む楽しさを共有できるテキストになれば、との思いから編集し続けているものである。
 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。
 変体仮名を字母に忠実な翻字で表記する、自称「変体仮名翻字版」という形式で刊行するのは、前著『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に次いで二冊目となる。この翻字のよさは、今後の利活用によって認められるものだと確信している。手元の三五万レコードの翻字データベースも、この「変体仮名翻字版」に置き換えつつある。正確な『源氏物語』の本文データベースを次世代に手渡すことを一義に、臆することなく山を移す覚悟で取り組んでいるところである。
 本書の翻字資料作成と編集にあたっては、国文学研究資料館の淺川槙子プロジェクト研究員による的確な対処に負うところが多い。すでに構築したデータベースを元にした作業とはいえ、「変体仮名翻字版」への再構築は思いのほか手間と時間を要するものとなった。いつものことながら、字母に正確な翻字を行うことは、気力と体力が求められるものであることを実感している。
 引き続き、橋本本として残っている「絵合」「松風」「藤袴」の残欠三巻の編集に入っている。本書の姉妹編ともなるものであり、併せて有効な活用がなされることを楽しみにしている。
 影印画像と原本の熟覧にあたっては、国文学研究資料館の担当部署の方々のご理解とご協力をたまわった。あらためてお礼申し上げる。
    平成二八年一〇月一日
              編者を代表して 伊藤鉄也


 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉期に書写された写本は、この橋本本の他の残欠本三冊と、「若菜上」の零本があります。近日中に、これらもこの影印本シリーズの一つとして刊行する準備をすすめています。

 現在私は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が読める環境を、こうして構築しているところです。これまでは、江戸時代の人が書き込んだ文字を取り込んだ本文を、平安時代の物語として精緻に読み込んでいました。そうした読みの意義はそれとして、それに並行して、平安時代とは言わないまでも鎌倉時代に書写された『源氏物語』を読むことも、新しい『源氏物語』の読み方になると思っています。その意義を痛感して、鎌倉時代の写本による、こうした正確な翻字を目指した作業をしています。

 本書のよううな資料を作ることは地味ではあっても、いつかは、誰かがしなければならない、必要な研究基盤の整備だと思います。そして、『源氏物語』の研究の本文という根本のところが脆弱であったことを知り、写本に書き写された本文に向き合うことから再出発する若者の出現を心待ちにしています。

 今市販されている活字の校訂本文で『源氏物語』を読むことと共に、こうした鎌倉時代の『源氏物語』の本文を読む楽しみも、新しい〈源氏読み〉として体験していただきたいと思っています。
posted by genjiito at 21:17| Comment(0) | 変体仮名