2019年11月19日

孫娘2人に変体仮名の特訓を開始

 先日、京都国立博物館へ「佐竹本三十六歌仙」を見に行った折に、複製の『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』をいただいてきました。
 俵屋宗達が金銀泥で下絵を描き、その上に本阿弥光悦が三十六歌仙の和歌を書いた、重要文化財となっている江戸時代の巻物です。
 かねてより、いつかいつかと機会を窺っていたので、ちょうどその日に我が家へ来たことを幸いに、さりげなく2人の前に拡げてみました。

 まずは9ヶ月の子から。
 この真剣なまなざしと、その手の突き方からして、次の反応を期待させます。

191116_kouetu0.jpg

 やがて、巻物の意匠や装幀を確認しだしました。
 書誌的な関心が芽生えたようです。

191116_kouetu2.jpg

 しかし、あっという間にグシャグシャにしてくれました。
 興味を示していると思ったので、油断していました。

191116_kouetu1.jpg

 2歳半のお姉ちゃん登場。
 妹に文字を教えだしました。

191116_kouetu3.jpg

 いやいや、指は墨の文字ではなくて、金泥と銀泥で描かれた鶴を追っています。
 何のことはない、鶴の数を数えているだけでした。

191116_kouetu4.jpg

 それでも、この歳にして、貴重な日本の古典文化に初めて触れたのです。
 さて、次は何にしようかと、今から策を練っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:00| Comment(0) | ■変体仮名

2019年11月16日

佐竹本三十六歌仙再見

 東京からの帰りに京都国立博物館に立ち寄りました。「佐竹本三十六歌仙」をもう一度観るためです。
 会場の前の広場では、トラの着ぐるみの「トラりん」が大人気でした。この博物館の公式キャラクターであり、PR大使なのです。本名は「虎形 琳丿丞 (こがた りんのじょう)」、略して「トラりん」。尾形光琳の幼名「市之丞」から名付けられたのだそうです

191116_torarin3.jpg

191116_torarin4.jpg

191116_torarin5.jpg

 「佐竹本三十六歌仙」の図様については、前回でほぼ頭に入っていたので、今日はポイントをいくつかに絞って観ました。展示ガラスに貼り付けられている説明文が気になるのです。前回の記事では、変体仮名の翻字のことを書きました。今日は、さらに細かなことを取り上げます。
 歌仙絵には明らかに「ん」と書いてあるのに翻字のほとんどが「む」となっています。「む」や「無」は「む」となっているので、それに合わせるのであれば「ん」は「む」とはせずに「ん(无)」がいいと思います。
 また、「行」と書いてあるのに翻字が「ゆく」だったり、「くら婦」が「比ぶ」になっています。漢字の当て方によっては、せっかくの流麗な仮名で書かれた和歌が台無しです。
 このことは、資料を展示する時の技術的な問題なので、学芸員の方の判断によるものかと思われます。こうした見せ方について、非常に気になりました。せっかくの名品を並べるのです。2度とない機会を提供する学芸員にとって、腕の見せ所です。何かと雑事に追われることの多い仕事だとしても、この点が検討しての結果なのか、見切り発車だったのか、あるいは意識になかったのか、知りたいところです。
 時間をかけて準備された展覧会は、今後のためにも、その展示方法は伝承すべきだと思います。見せ方と見られ方に神経を配った手法が、次の機会に活かされるように、伝えられていくことを願っています。

 この次は、西国三十三所の展示が予定されているとのことです。これも、ぜひとも観に行きたいと思っています。

191116_seiti.jpg 
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■変体仮名

2019年11月07日

京博で開催中の「佐竹本三十六歌仙展」へ行く

 時間がとれなかったため、なかなか行けなかった「佐竹本三十六歌仙」の展覧会に行ってきました。京都国立博物館で開催されている特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」は、大人気のようです。

191107_entrance.jpg

 この佐竹本は、佐竹家に収まる前には下鴨神社にあったものなので、氏子としては親近感を抱いていました。これまでは、いくつかの絵を五月雨式に見ただけだったので、やっと、一堂に会した絵の数々が見られました。

 佐竹本に辿り着くまでに、いろいろな絵や書で気持ちを高めていく展示の構成となっています。

 重文である寸松庵色紙「ちはやふる」(伝紀貫之筆)は、最近とみに見えにくくなった目で小さな文字を追いました。とにかく現在の姿をよく見ておいて、後で図録でよく確認するのです。図録に掲載されている写真は、鮮明に文字が読めます。それにしてもよくできた、見ていて飽きない図録(336頁)です。

191107_zuroku.jpg

 国宝本阿弥切『古今和歌集』巻第十二残巻 伝小野道風筆の説明文では、巻頭歌を「思ひつゝ〜」としています。しかし、目の前の原本を字母に忠実に翻字すると、次のようになります。漢字で表記されている「人」は【人】としています。

  多いしら寿 をのゝこ万遅
お裳日つゝぬ連者や【人】のみえつらん
遊免としりせ者さめさら万し越


191107_komati.jpg

 いつものことながら、「お裳日つゝ」と書かれているものを「思ひつゝ」と翻字することには、非常に違和感を覚えます。観覧者は、まず絵を観て、そして書を読もうとする人が多いようです。とすると、現代語訳を添えることも大事だとは思うものの、やはり翻字をどこかに添えてほしいと思いました。自分の目で1文字1文字を追おうとする方が大多数だからです。その次に、余裕のある方は、その意味は何だろうと思われることでしょう。書かれている和歌の意味を知りたいと思う前に、次の作品に移動しておられます。
 その際、やはり字母を明示してもらいたいものです。実際には変体仮名交じりで「お裳日つゝ」と書かれているのに、説明文では「思ひつゝ」と表記していては、それはうその翻字になります。また、文字を読みたいと思う人を裏切り、だますことになります。日本語の本当の姿を知ろうとする海外の方々にも失礼だと思います。
 実は、海外の方々は、実際に書かれている文字が、それを翻字した文字列と違うことを知った時に、なぜ不正確な情報を与えるのだろうと疑問に思っておられます。やはり、字母を明示した正確な翻字をすることで、変体仮名を日本の文化として大事に守り伝えて行きたいものです。
 しつこいくらいに繰り返します。実際に書かれている文字を、翻字では別の現代の文字に置き換えて提示をするごまかしの行為は、もうやめませんか。明示33年に言語統制された結果としての五十音図にあわせた表記に、いつもでもこだわる必要はないと思います。教育現場が混乱するから、変体仮名は教えないというのは、もうやめませんか。変体仮名はユニコードに収録され、世界が認めている日本の文字です。日本人がそれを認めないのは、恥ずべきことだと思います。

 絵巻の所蔵者が持っていた茶碗や茶入れや茶杓が、その横に展示されていたのは、その絵を所持して伝えられて来た文化的な意味と背景に思いを馳せることとなり、なかなかいい展示方法になっていると思いました。茶会と説明がリンクしていたのは、まさに日本の美術品を所有しようとした人たちの文化的な背景が見えてきます。重層的な日本の文化を、こうした折に実感することになります。

 描かれた絵は、全体的に薄く見えたのは、私の目の調子が良くないからでしょうか。色の鮮やかさはともかく、迫りくるものを感じなかったのも事実です。いや、ガラス越しに、1メートル以上離れて眺めるという見方だったからでしょうか。こうした絵や書は、個人的な鑑賞を想定してできており、巻物は肩幅に拡げて1点ずつ見るものなのです。やはり、50センチ位内の近さで見たいものです。その意味から言えば、今回の図録はその疑似体験をさせてくれるほどの、精度の高い印刷をこの価格(三千円)で作製されたことに感謝しています。

 田中訥言の模本は、『探幽筆 三拾六哥仙』の模本を持っている者としては興味深い資料でした。書き込まれた指示や模様の断片などは、絵巻を伝えようとする人の熱意が伝わってくるものとなっています。

 帰ろうと思って1階に降りると、仏像などが並ぶ展示会場に入りました。しかし、そのまま帰らずにしばらく歩いていくと、また三十六歌仙関連の絵や書がありました。こちらも、貴重な作品がならんでおり、贅沢な作品を堪能することができました。
 帰り際、ロダンの「考える人」越しに、夕景の中に京都タワーが見えました。

191107_tower.jpg

 もう一度行くつもりでいます。会期の前半に行けなかったことが残念です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | ■変体仮名

2019年10月08日

新出定家本「若紫」の翻字は「変体仮名翻字版」による正確な資料作成を

 本日夕刻に、藤原定家が書写したと思われる『源氏物語』の第5巻「若紫」が見つかった、というニュースが流れました。
 これまで「若紫」は、大島本という〈いわゆる青表紙本〉で読んでいました。
 その大島本の冒頭部分をあげます(『大島本源氏物語 DVD‐ROM版』古代学協会編、角川書店、2007年11月)。

191008_05-osima-top.jpg

 それが、今回公開された定家本「若紫」の冒頭は、次のように書き出されています(京都新聞電子版)。写真を見る限りでは、ここで赤丸をした「に」は、何か文字をなぞっているように見えます。これは、いつか原本を実見できた時に確認します。

191008_05-teika-top.jpg

 参考までに、私が日比谷図書文化館の講座で使用している、鎌倉時代中期に書き写された橋本本「若紫」の冒頭は、次のようになっています(『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年10月)

191008_05-NIJL-top.jpg

 定家本には「ハ、三」の2種類の変体仮名が、大島本と橋本本には「ハ、三、尓」の3種類の変体仮名が、使われています。変体仮名というのは、明治33年に文部省によって文字統制がなされた際に、教育上の観点から外された、現行の字体と異なる平仮名のことです。たとえば、「安」と「阿」の内で「阿」は平仮名から除外され、変体仮名のグループに入れられたのです。
 平仮名には、その仮名の元となる漢字(字母)があります。その字母を考慮した、より原典に正確な、原典を再記述できる「変体仮名翻字版」で、この3例を翻字してみます。

■大島本「わらハや三
■定家本「わらハや三
■橋本本「わらハや三


 ここだけを見比べると、今回見つかった定家本は他の2本である大島本や橋本本とは字母が異なるものがあります。大島本と橋本本が「尓」とする箇所を、定家本では「に(仁)」となっているのです。つまり、書写にあたって用いた親本が違うようです。

 仮名文字の使われ方の違いを考えるために、「現行翻字方式」と「変体仮名翻字版」で見比べてみましょう。定家本で分かりやすい字句が近接する箇所から例をあげます(京都新聞電子版)。

191008_05teika-tamau.jpg

 上の写真の場合、「現行翻字方式」では次のように表記されます。すべて、現行の五十音図の中にある文字に置き換えています。

■定家本を現行の翻字方法で示す■
たまひて よろつに
らせたまへとしるし
りたまひけれはある


 ここを「変体仮名翻字版」で表記すると、次のようになります。

■定家本を「変体仮名翻字版」で示す■
まひて よろつ
らせまへとるし
まひある


 写本に記されている仮名文字を、「現行翻字方式」で翻字したのでは、正確に翻字したことにはなりません。書かれている仮名文字が、統制された都合のいい表記に置き換えているからです。「現行翻字方式」は、私が言うところの〈嘘の翻字〉です。この不正確な翻字データを、次の世代に引き渡すわけにはいきません。変体仮名の「堂、尓、多、志、介、盤」に注意してください。明らかに、書写されている文字が違うのです。

 私は、約5年前から、古写本の翻字には変体仮名交じりの表記で文字起こしをする決心をしました。このことは、「『源氏物語』を「変体仮名混合版」にする方針で一大決心」(2015年01月15日)に、その意義を書いています。あの時には、「変体仮名混合版」という名称を使っていました。しかし、今はそれを「変体仮名翻字版」と称しています。

 定家本と橋本本を、前例にならって「変体仮名翻字版」で翻字すると、次のようになります。漢字で表記された文字は【 】で囲っています。

■大島本を「変体仮名翻字版」で示す■
【給】て よろ徒尓
【給】へとるしなく
【給】盤阿る【人】

■橋本本を「変体仮名翻字版」で示す■
まひ よろ
まへとし累志
【給】れはあ【人】


 字母を丹念に確認しながら仮名文字を読んでいくと、それぞれの写本が抱える背景や特徴が見えてきそうです。今回見つかった定家本と、これまで基準本文として一般に唯一流布していた大島本を、字母レベルで比較すると、それぞれの写本の違いが見えてくることでしょう。また、これまでに確認されていた定家本「花散里」「柏木」「行幸」「早蕨」の4帖との文字遣いから、それぞれの関係もわかることでしょう。そのためにも、今は「変体仮名翻字版」の翻字データを作成することが急務です。

 今回、定家本「若紫」が出現したことにより、書写されている本文がいろいろと検討されていくことでしょう。その際、当然のことながら、検討のために引用される翻字本文は、私が言うところの〈嘘の翻字〉で語句が検討されることになります。
 少数の方でもいいので、明治33年に統制された現行五十音に仮名文字を置き換えた文字列で本文を検討するのではなく、本当に書かれている文字に基づく本文の検討をする、勇気ある若手研究者が出てくることを期待します。そして、「変体仮名翻字版」のデータが必要であれば、私が手元で管理している50万字以上のデータから、適宜抄出して考察の参考に供することで、研究の進展にお手伝いできないか、と考えています。この翻字データは、日比谷図書文化館の受講生の方々のご理解とご協力により、日々着実に増えています。
 この翻字データの提供方法については、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を仲立ちにして実施します。いま少し時間がかかるものの、近い内に情報提供のアナウンスができるだろうと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2019年07月07日

西国三十三所(2019-1)/6巡目は洛中の革堂(19番)から

 梅雨の合間のせいか、何となく身体が怠くて重たい感じがします。大和へお茶のお稽古に行こうとしていたら、あろうことか腹痛が起き出しました。私には、よくあることです。今日はのんびりと過ごすことにします。
 そんなこんなで、予定していた6回目の西国三十三所めぐりで気分転換をはかることにしました。今回は、家から一番近い丸太町通りから寺町通りに入って少し下ったところにある、革堂(第19番札所・行願寺)からスタートです。

190707_33map19.jpg

 先週、この革堂に来ました。しかし、朱印軸がなかったので納経の開始を見送ったことは、「京洛逍遥(556)革堂を「かうだう」と仮名書きすること」(2019年06月23日)に書いた通りです。

 西国三十三所めぐりについては、前回の5巡目をスタートしたのが、ちょうど9年前の今ごろでした。2010年7月19日に、石山寺から始めています。この時は縦長の朱印軸に御詠歌を書いていただきました。「西国三十三所(1)5周目は石山寺から」(2010年07月19日)
 今回は、以下に掲げる写真のような、今週入手した、小振りで巻物仕立ての横長の朱印軸を持ち歩くことにしました。

 革堂は、寺町通りの民家の間に挟まれるようにして建っています。知らないと見過ごします。

190707_sanmom.jpg

 境内が狭いこともあり、山門を入るとすぐに本堂があります。

190707_hondo.jpg

 朱印軸を出し、小さめに書いてもらいました。

190707_syuin.jpg

190707_makimono-19.jpg

 まずは一つ。
 これから新しい旅が始まる実感が伝わってきます。

 本堂の柱に、御詠歌を書いた奉納板が打ち付けてありました。今の表記にすると、「花を見ていまは望みも革堂の庭の千草も盛りなるらん」となる歌です。
 明治23年の奉納板の和歌を「変体仮名翻字版」で示します。

190707_kana-wa0.jpg
花を見て
 今八のぞ三も
  かう多"うの
尓王のちくさも
 さ可りなるらん


 あたりを見回していると、昭和8年に奉納された御詠歌の中で、「に王」(漢字で書くと「庭」)という文字に目が止まりました。ただし、「に王」ではなくて「に生」としか読めない字で書いてあります。

190707_kana-wa.jpg
はなをみて
 いまはのぞみも
かうだうの
 に生のちぐさも
  さかりなるらん


 ここで、後者の奉納板に「に生」と書いてある文字は、本来なら「に王」となるはずのものだったと思われます。その前後の平仮名は、すべてが明治33年に平仮名が1文字の字体に統一・制定された、現行の五十音にある仮名文字です。そのような中で、この「王」という字母を持つ文字が認識出来ないままに書かれたのでしょうか。この書写者の書き癖ではなくて、変体仮名に対する意識が希薄だったと思います。

 明治23年の方の奉納板は、平仮名が一文字に統制される前の、変体仮名を用いて自由に書かれています。「八・三・多・尓・王・可」がそうです。それが、昭和8年のものでは、「天・以・久"・左・奈」が字母である漢字に近い形で書かれているものの、あくまでも文部省の指導方針を忠実に守っています。「王」と書くはずが「生」と書いてしまった一文字以外は。
 個人的な推測ながら、この昭和8年の奉納板の書写者は、変体仮名に親しんでいなかった人のように思われます。そのため、「には」とか「に八」、さらには「に者」などと書かず、手本にしたものに書いてあった、よくわからない「王」の字形を見よう見まねで書いたために、このような「に生」という文字を今に伝えることとなったのではないでしょうか。「生」という文字の縦棒が上に突き抜ける字形で書く癖があったにしても、この一文字だけが変体仮名になっているというのが、この書写者の一貫性に欠ける文字遣いとなっています。
 いろいろとおもしろい例になるので、少しこだわってみました。これも、変体仮名の受容史と言えるでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2019年06月05日

孫娘が描いた不可解な変体仮名

 2歳2ヶ月の孫娘が、文字なのか絵なのか判断に迷う、摩訶不思議なものを描きました。
 もちろん、上下左右、どこから見ればいいのかもわかりません。

 右利きの子なので、縦書きであれば、この向きでしょうか。

190604_line-tate1.jpg

 いや、これでは最初が横書きなので変です。
 180度向きを変えてみました。

190604_line-tate2.jpg

 いやいや、文字だとしたら、縦に書くのは早すぎるのではと思い、横書きとして見ました。

190604_line-yoko1.jpg

 しかし、これでは、左端が縦に書いたように見えるので、これも180度向きを変えてみます。

190604_line-yoko2.jpg

 あるいは、紙を斜めにしたり、回したりと、勝手気ままに書いたのかもしれません。
 この時、この子の頭の中にはどんな図像があり、それを何を思って線で形にしていったのでしょうか。

 日ごろから私は変体仮名を読んでいるので、これも変体仮名として読めないか、などと思いをめぐらせました。
 しかし、孫娘は平仮名を見たことはあっても、それがどのような意味を持つものなのかは知らないはずです。
 ましてや、変体仮名などは、まだ見たこともないはずです。

 楽しく想像を逞しくしていると、人が図形から意味のある記号へと認識していく過程が、おもしろく連想されます。
 象形文字ならまだしも、これが1字1音の仮名文字だとしたら、さらに複雑な認識がなされていることになります。
 そんなことがあるのかないのか。
 こんな研究は、すでにあることでしょう。

 とにかく、記録として残しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 21:32| Comment(0) | ■変体仮名

2018年12月07日

メリッサ・マコーミック編著『The Tale of Genji : A Visual Companion』

 ハーバード大学のメリッサ・マコーミック(Melissa McCormick)先生が、ハーバード大学美術館所蔵の『源氏物語画帖』を、プリンストン大学出版社から美麗な美術研究書として刊行なさいました。

181207_Melissa-G.jpg

 日本美術と文化の研究成果が、このように豪華な一書としてまとまったのです。『源氏物語画帖』がフルカラーで自由に確認できるようになったことは、『源氏物語』の受容史のみならず、日本文化史においても画期的なことです。
 本書は、巻頭に解説を置き、絵と詞を左右に配して54図を見開きで掲載し、その絵の詳細な解説を続く見開きで展開する構成となっています。巻末には詳細な索引もあり、利用者への細やかな心遣いがなされています。
 見開きの各画帖には、場面解説(英文)・ローマ字・翻字が添えてあり、わかりやすい『源氏物語』の絵解きに接することができます。

181207_01kiri.jpg

 この画帖の絵は土佐光信らが、詞は三条西実隆などが筆を揮っています。まとまった画帖としては、現存最古のものだと言えます。私は、精密な絵はもちろんのこと、特に詞の力強い文字に惹かれます。

 これまでに、この画帖には3回ほど、間近に接する機会を得ています。直近では、今年の8月にハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」の原本調査でボストンへ行った折に、メリッサ先生のご高配により直々のご説明を伺いながら画帖を拝見することができました。その時のことは、「ハーバードのフォグミュージアムで古写本『源氏物語』の調査」(2018年08月29日)に記録として残しています。

181207_ART-M.jpg

181207_gatyou.jpg

 今回のご著書では、詞の翻字に関して少しお手伝いをしました。本書では、明治33年に平仮名が1文字に統制された時の方針によって、現在一般に流布する五十音の平仮名で翻字がなされています。しかし、もし可能であれば、字母が明確に識別できる「変体仮名翻字版」で翻字をすると、実際に書かれた文字と整合性をもった仮名文字として対照しやすくなります。現行の方式の翻字では、不正確な文字に置き換えられています。実際には「古」と書いてあるのに、それを仮名表記の統一ということで「こ」に置き換えて読むのですから、崩し字の初学者は混乱します。その翻字から、元の仮名文字に戻れないのですから、厳密に言うと嘘の翻字ということになります。ジレンマに陥るところです。
 たとえば、この「桐壺」の「変体仮名翻字版」による翻字は、次のようになります。

古濃【君】の【御】わらは春可た
い登可遍万うくお本せと【十】
【二】尓て【御元服】志多ま婦ゐ
多ちおほしいとな三てかきり
あ類【事】尓古とをそへ佐せ【給】


 実は、今回の翻字のお手伝いをした時に、併せて「変体仮名翻字版」のデータを同時に作成しておきました。何らかの形で、変体仮名交じりの正確な翻字がお役に立てばいいのに、と思っています。

 さらには、解説などを日本語にしてもらえると、英語がわからない私にも親しく読める本となり大助かりです。

 とにかく、『源氏物語画帖』を繙くすばらしい環境が提供されました。日本の古典文学や古典文化に親しめる、道案内の書となるにちがいありません。一人でも多くの方が手に取ってご覧になることを願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ■変体仮名

2018年09月05日

誤差1時間を見込んだ生活と「すゝめ」のこと

 昨日の台風の影響もあり、今朝の交通は乱れていました。
 大学へ行くために、事前に情報を収集。天王寺駅まで出れば、阪和線は大阪方面へ向かう電車は止まっているけれども、和歌山方面は大丈夫だとありました。大学がある関西国際空港の手前の日根野駅には行けそうです。いつもの通勤ならば、行きは3時間ほどを見ています。この状況ならば、今日は4時間ほどを考えておけばよさそうです。毎月、東京の日比谷図書文化館へ新幹線で行く時と同じです。その意味では、長時間の通勤は特に苦にはなりません。それよりも、今日はこのプラスとなる1時間が閃きをくれました。
 日頃は、何かとあたふたバタバタと生活をしています。そこへ、1時間の誤差を見込んだ生活にしたらどうだろうか、と。
 会議や約束の時間は、守らなければなりません。人に迷惑をかけるからです。少なくとも、日本ではそうなっています。この点は、海外ではそんなにがんじがらめに縛られてはいない方が多いように思います。
 そこで、これからは、私も1時間の誤差を見越した生活のパターンを取り入れたいと思うようになったのです。もし、設定された時間に対応できないことが想定される時には、最初からその予定はパスをするか、責任者にそのことを伝えてあらかじめ了解を取ることにすればいいのです。

 もう現役は引退しています。そのためにも、自分に課せられた責任は可能な限り軽くしたいものです。人様に迷惑をかけないように、必要最低限のことはします。しかし、いつまでも中心にいることは控え、可能な限り立ち位置を少しずらすことにするのです。

 とにかくやって見ます。これも、一日も長く生きるための試行錯誤の一つとして、ご理解の程をお願いします。

 と書きながら、JR以外の私鉄と地下鉄を乗り継いで、やっと天王寺駅に着いて呆然。JRの改札口に入れないことがわかったのです。
 依然として、大学から今日は休学かどうかの連絡はありません。昨日は、いくつかのルートで休学の連絡があったので、今日はさらなる混乱の中なのでしょう。

 またまた情報を集めました。

・JR阪和線の天王寺駅から日根野駅までは動いているけれども120分の遅れ
・朝9時の段階では、天王寺駅と日根野駅とは折り返し運転中のはず
・ところが、阪和線はホームに入ることすらできない
・それでも情報では阪和線は動いていると書いてある
・阪和線は、やっと乗れても普通だけ
・異音感知のため、阪和線は緊急の不通状態になる
・やっと乗れても、普通だけの上、信号待ちなどで止まって進まず、トイレで苦しんでいる人がいる
・南海はやっと和歌山方面が10時から動くとか
・異音感知解決で、運転再開らしい
・信太駅にいる人からの情報では、日根野行きは駅でずっと止まったまま
・天王寺行きはホームに人が溢れていて乗れない
・普通電車は4両のみで異常な混みよう
・線路上に葉っぱが乗っていて、また停車とのこと
・阪和線があまりにも止まってばかりなので、ちゃんと点検してから再開しろ、とネットが炎上
・泉佐野市は今も停電中なので、大学のエレベーターもエアコンも無理?
・科研のプロジェクト研究員で大学の近くに住んでおられる方から、停電でメールの送受信ができないため携帯で失礼を、として連絡あり
・大学のシステムに不具合が発生しているらしい
・科研のことでお世話になっている大学の事務の方から、大学は停電はしていないものの、スクールバスは運行していない、と


 以上の情報から導き出した結論は、天王寺から京都に引き返すことになりました。
 帰り道、天満橋駅で「学問のすめ」というおつまみを見つけました。

180905_surume.jpg

 このネーミングは、もう一捻りできそうです。
 例えば、『源氏物語』の写本では「すゝめ」は次のような字形で書かれています。
 高校の教科書に採択されている、「若紫」の「雀の子をいぬきが逃がしつる」という場面です。「鈴虫」にもあるので、参考までにあげておきます。

180905_suzume.jpg

 商品名に変体仮名を使うと、もっとおもしろい文字遊びができる名前ができるでしょう。
 徒労に終わった出勤の気分転換に、こんなことでいろいろと楽しく頭の体操をしながら帰りました。

 出町柳は、昨日とはちがってのどかでした。
 ただし、飛び石が、水嵩が増したために見えなくなっています。

180905_demachi.jpg

 参考までに、3日前の出町柳の様子を再掲載しておきます。

180902_demachi.jpg
 
 
 
posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | ■変体仮名

2018年03月11日

ビルマ語にも変体仮名があるのでは?

 この記事も、前回同様に専門外の思いつきであり、あくまでも私見です。
 もしかして、すでに研究成果があり、これが間違っていたり、ひょっとして何かの間違いでいい線をついていたりするかもしれません。

 いずれにしても、旅先での[とはずがたり]ということでご寛恕のほどを願います。
 最近よく、「もっと勉強してから書け」とか「よく調べろ」というご批判をいただきます。
 一方的な暴言は甘受するしかないものの、毎日の日記の公開というブログの性格上、突然のアホバカ呼ばわりは平にご容赦いただきたいと思います。
 私としても、毎日の流れの中で書いていますので、ある日の特定の箇所だけを切り取っての攻撃には対処のしようがないのです。
 これは、生き続け書き続けることに意義を見いだしている者にとっては、困った現象だと思っています。

 さて、インドから伝わって来た文字が変化して、今のミャンマーアルファベット(アケア)があるそうです。
 もちろん、今回来ているミャンマーではじめて知りました。

 先日訪問した国立図書館で、文字に関する展示パネルを拝見し、このビルマにも日本で再評価されている変体仮名とでもいうべき文字のスタイルが併存する時期があったのではないか、と思うようになりました。

180308_hentaimoji1.jpg

 例えば「が」(?)と読む文字について。
 次の写真に、色文字でメモを追記しました。

180308_hentaimoji2.jpg
 パガン朝時代の文字が、スタイルを変えて今に来ているそうです。
 右端の文字は、視力検査で使われる記号のような文字であり、「下」と答えている文字(?)記号(?)です。
 ただし、発音も意味も、それぞれに変わらないとのことです。
 王朝ごとに文字の形が変わってきた、ということで、それぞれの時代に文字は一新されているという説明だったかと思います。

 そこで、勝手な思いつきが浮かびました。
 文字が突然一新されることは考えにくいので、当然共存して使われた時期があったことでしょう。
 そうすると、次々と文字が変遷したと見るのではなく、異なるいくつかのスタイルの文字が一緒に使われていた、ということを想定するとどうでしょうか。
 変体仮名のような文字の存在があったのでは、ということにならないでしょうか。
 当然、国策であれば、異体字は自然淘汰されていくことでしょうが。

 日本では、明治33年以前には、千年近くもの長い間、「あ」という平仮名に「安」「阿」「愛」等が用いられていました。
 例えば、「伊勢」は今では漢字による表記として理解されています。
 しかし、「伊」も「勢」も、いずれの文字も明治33年以前には平仮名に属する仮名文字であり、その後に共に変体仮名として平仮名のグループから外されたのです。
 国策として、平仮名の枠から外され、文字統制によって変体仮名が生まれたのです。
 ただし、それ以降も、しばらくは現行の五十音と切り捨てられた変体仮名が共存していました。
 今でも、共存しています。
 例えば「お天も登」

180310_otemoto.jpg

 ということで、手元に何も資料がないままに、勝手な思いつきを記しました。
 実際には、ミャンマーの古い文字はどうなのでしょうか。
 来週には日本に帰りますので、あらためて調べてみたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 01:40| Comment(0) | ■変体仮名

2018年02月11日

箸袋に書かれた「おてもと」の変体仮名

 昨日の日比谷図書文化館での『源氏物語』講座の折、いつもNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動にご支援をいただいているOさんから、珍しい箸袋を提供していただきました。

180211_hasi-genji.jpg

 「おてもと」とある文字の背景に、『源氏物語』の第2巻「帚木」の冒頭の文章が書かれているのです。

登可おほ可な流耳い登ゝかゝ流すき【事】とも越
      きゝ津多へて可ろひ多流【名】をやな可
      【給】个流かくろへこと越さへ可多りつ
多へ个ん【人】能物いひさ可な佐よ左る八い登いたく


 この箸袋がどこの、何というお店のものなのか、よくわからないとのことでした。
 どなたかご教示いただけると幸いです。

 また、もう1枚の箸袋も提供していただきました。

180211_otemoto.jpg

 実は、「御手茂登」と書いた箸袋はよく見かけました。しかし、ファイリングしようと思っているうちに、いつしかこの文字を書いた箸袋を見かけなくなっていたのです。
 思いついた時に集めておくものです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:13| Comment(0) | ■変体仮名

2018年01月25日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その11)ひらがなの「盤・半」

 大阪観光大学の図書館で、橋本本「若紫」を変体仮名に注目しながら読み進めています。今日の参加者は9名。いつものように、変体仮名の文字にまつわる話で盛り上がりました。特に、キーボードを使って文字を入力することでは、かな入力は私だけで、あとのみんなはローマ字入力だったので、白熱した議論となりました。みんなが参加できる話題なのでなおさらです。

 文字の入力方法は、テンキーだけからキーボードへ、そしてガラス面で指を滑らせるフリック入力に変わってきました。それが、これからは音声入力に移行しつつあります。やがては、テレパシーによる会話や入力になるのでは、という話にまで発展しました。

 以下、写本を読み進めていって気づいたことを、メモとして記しておきます。
 先週20日(土)に、東京で科研の研究会を開催しました。そこで、濁音で読む「盤」という変体仮名の研究成果を発表した門君と田中君が、今日もこの勉強会を進めてくれています。その2人が、今日問題となった例にも反応していました。その例を、記し留めておきます。

 橋本本「若紫」の4丁裏1行目に、次の例があります。

180125_ba-ha.jpg

 これは、「の堂まへ半【人】/\これ盤」と翻字をするところです。

 ここで「の堂まへ半」の「半」は「ba」と読む例です。これは、これまでにも出てきました。
 その直後に出てくる「これ盤」の「盤」は、「ba」ではなくて「ha」と読むものです。接続助詞の「ba」には「盤」を使う例が多いとしても、そうではないものもある、ということが、こうして実際に確認できたことになります。学生にとっては、着実に前に進む上では、非常にいいタイミングで出てきたと言えます。とにかく、学生たちは変体仮名を読み始めて、まだ半年ほどなのですから。
 このような例は、今後とも集めていこう、という確認をしました。

 一つの小さな課題が、こうして少しずつ広がっていきます。手元には「変体仮名翻字版」による正確な翻字データがあります。これまでは、このような信頼に足る資料が皆無でした。翻字と言えば、すべてが明治33年に言語統制として平仮名が1種類の文字に統一された、約50個の平仮名だけでこうした古写本が翻字されていたのです。字母の調査や研究はとにかく遅れていました。この「変体仮名翻字版」のデータを道標にして、一歩ずつ着実に進んでいくことを心がけるようにと、学生たちにはアドバイスをしています。

 とにかく、彼らはまだ大学の一回生です。
 先入観がないだけに、確かな一歩を踏み出せます。自分たちが発見したことを、1文字ずつ用例を拾い集める中で、確認し続けることが大事だと思います。牛歩の歩みで構わないのです。
 彼らの今後の進捗を、大いに楽しみにしています。

 参加なさっている社会人の方は80歳以上です。世代間のギャップがおもしろくて、自分たちの体験談を交えて楽しい話をしてくださいます。漫談や放談になって笑い転げながらも、しっかりと変体仮名は読み進めています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■変体仮名

2018年01月23日

第1回《仮名文字検定》延期のお知らせ


180123_kentei.jpg


 本年2018年8月に1回目を予定していた《仮名文字検定》は、諸般の事情によりやむなく1年延期し、明年2019年8月に実施することとなりました。
 受検の準備をしておられたみなさま、本当に申しわけありません。
 突然の延期のお知らせで恐縮しております。
 来夏の初回までに、古写本や展覧会や街中で見かける変体仮名を読み、目慣らしをしながら実力をつけてくださるよう願っております。
 この場を借りて、お詫びかたがたお知らせいたします。
 
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2018年01月11日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」

 熊取ゆうゆう大学で『源氏物語』の「若紫」を読む集まりも、今日が今年の第1回目です。参会者は7人。

 数行も進まないうちに、「て」の字母のことで立ち止まってしまいました。「天」と「弖」に加えて「氐」も検討することにしたからです。

 図書館にあった『くずし字字典』や『異体字字典』などを参考にしていると、いろいろな問題点が見つかりました。
 これまでにも、この「て」に関することは書いて来ました。「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」(2017年12月14日)
 今日も問題となったので、中間報告として記します。

 『難字・異体字典』(有賀要延、国書刊行会、平成5年12月第7刷)に、次のような例があります。「弖」と「氐」の箇所を引きます。「夷」に下線が付いた文字は初めて見ました。いずれも「て」と読む文字のようです。

180111_itaiji.jpg

 『かな字典』(井茂圭洞、二玄社、1993年5月 四刷)には、次のような例があります。ここには、藤原定実の字を例に借ります。この字典には「て」の変体仮名として「弖」は採られていません。

180111_te.jpg

 字母の字形のどこに線引きをするのかは、実に悩ましいところです。

 ここで、「阿弖流為」(あてるい)の「弖」の意味を考えようとしたところで、もう夜となったので帰ることになりました。
 この勉強会には、地域の社会人と学部の1回生だけしかいません。丁寧に変体仮名を確認しながら見て行くので、遅々として進みません。しかし、素朴な疑問が新たな疑問を呼びます。ああでもないこうでもないと盛り上がるので、歓声が絶えません。

 帰途、研究仲間の王先生にこうした字典の資料をお見せして、漢字が持つ中国での意味を教えていただきました。
 「弖 = 互 = 氐」の3文字は、いずれも「互いに」という意味を持つ漢字だそうです。
 「弖」は「互」と同じく「hu」と読みます。「氐」は「di」と読み、始皇帝の頃の中国の少数民族の名前でもあり、星の名前でもあるようです。
 「夷」に下線が付いた文字は、野蛮とか他民族の意味を持つ漢字だとのことです。
 もっとも、これらのことは車中でいただいた教示なので、あらためて帰ってから調べて教えてくださることになりました。

 こうした断片的なことをつなげて、「て」の字母が持つ背景に初学者と立ち向かおうとしています。
 まだ彷徨っている状況にあります。それぞれの分野の専門家からのご教示を、心待ちにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:08| Comment(0) | ■変体仮名

2017年12月14日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処

 大阪観光大学の課外勉強会では、社会人の方々と学生とを交えたメンバーで、気楽に『源氏物語』の古写本を読んでいます。
 場所は、大学の図書館1階にあるラーニングコモンズというスペース。活動時間は、学生たちの授業が終わる午後4時半から6時までです。

 今日の参加者は10名で、橋本本「若紫」を前回の続きである2丁裏1行目「あな」から3丁裏3行目「の堂まふ」までを読みました。
 ただし、私はいくつかの用務が入ったために、出たり入ったりで落ち着かないことで、本当に申し訳ないことでした。1年生のK君に進行役をお願いし、私は事務室と図書館を行ったり来たりしていました。

 今日は、これまで「て」で統一していた字母の「天」と「弖」について、これからは読み分けたいことを伝えました。先週の日比谷図書文化館がそうであったように、「天」と「弖」は、字母の認定で二つに分けるということです。これは、長い間をかけて逡巡して来たことです。しかし、この時点で変更することによって、当座は様子見をすることにします。

 もちろん、起筆と終筆の書かれ方を見ると、どちらかに読み分けるのは問題が残ります。

171214_te.jpg

 「く」のように見える「弖」の場合、終筆の線が右下に流れる様子は「天」の方に近いからです。素人の集まりである今日の勉強会でも、この不自然さはみんなが認めるところでした。割り切ったと言っても、実のところはスッキリと説明しきれません。
 しかし……です。書き写されている文字の形が明らかに違うのですから、ここは字母を異なるものに認定しておいた方が何かといいのでは、と判断しました。

 このことは、「个」と「介」についても言えます。ただし、今日はその例が出なかったので、このことはまた次回に考えます。

 思ったままの、素直な疑問がぶつけられる勉強会だからこその、怖いもの知らずの結論です。いつでも訂正や方針の変更ができることだと思って、こうして好き勝手に書いています。

 なお、この問題はすでに今から1年前に、「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げています。その後も、時々問題としてきました。迷いながらの、「変体仮名翻字版」の翻字方針に関する、あくまでも暫定的な変更です。
 折々に、みなさまのお考えを聞かせていただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ■変体仮名

2017年11月24日

高校生が平安時代の影印古写本を初めて手にした感想

 女子高校の日本文学史の授業で、平安時代に書かれた3冊の日記を回覧しました。影印本として刊行されている『和泉式部日記』(三条西家本)・『紫(式部)日記』(黒川本)・『更級日記』(御物本)です。いずれも、宮内庁書陵部ご所蔵の古写本を、容易にその実態が確認できるようにしたものです。

171124_nikki1.jpg

 以下に列記した生徒のコメントは、それぞれの日記がどういう内容のものかはほとんど知らない状況での、いわゆる第一印象とでもいうものです。

 2年生の生徒たちは、こうした日本の古典籍を影印本とはいえ、直に手にするのは初めてのはずです。平安時代の作品が、その後に手で書き写されたものを初めて見て、今おもいつくまま自由にコメントを書いてもらいました。これが影印本であることについては、そのありようがよくわからないままの印象を記したものです。しかし、その感想には、鋭く物を見た言葉もちらばっています。

 次に機会があれば、男子高校の生徒の反応も知りたいものです。

171124_nikki2.jpg

■3冊共通のコメント■
・漢字だらけでまったく読めない。
・当時の文字はつなげ字だったんだ。
・字がつながっていて読みにくい。
・字が崩れていてわからない。
・昔の人はこれを読み書きしていたというのが凄い。
・読めたらおもしろいだろうな。


■『和泉式部日記』(三条西家本)■
・今と違って四角形の本。
・字の大きさがバラバラ。
・平仮名は大きく、漢字は小さい。
・字が細い。
・柔らかい、優しい雰囲気がした。
・書き方がかっこいい。
・行の頭に2文字分空いているところがある。
・「る」と「ら」が読めた。
・「み」と「た」が読めた。


■『紫(式部)日記』(黒川本)■
・これだけが長方形の本だった。
・文字がつながりすぎている。
・字の大きさが小さい。
・他の2冊と字の形が違う。
・字がちょっと汚い。
・他の2冊よりも読みにくそう。
・他の2冊よりも字がきれい。
・反復記号が多くて、字が細い。
・「をかし」があった。
・右上にハンコが捺してあったのが印象的。
・なぜハンコが捺されているのですか?
・『紫日記』と『紫式部日記』とはどう違うのかな?


■『更級日記』(御物本)■
・3冊の中で一番読みやすそう。
・現代の字に近くて見やすい。
・他の本に比べて字と字の間が少し空いている。
・字が丸い。
・文字が太くて濃い。
・字がつながっていなくて読みやすい。
・文字に四角いマスが見えて来そう。
・可愛らしい雰囲気がする。
・他の2冊よりも漢字が多い。
・途中に藤原定家卿略伝っていうものがあって、そのページだけが中国の方が書いたかのような漢字ばっかりで、びっくりした。

 
 
 
posted by genjiito at 20:33| Comment(0) | ■変体仮名

2017年11月16日

熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その7)

 今日も図書館の一角で、橋本本「若紫」を読みました。
 この勉強会は、社会人の方と学生とが一緒に変体仮名を読む、まったく自主的に開催している課外学習です。
 これが、ありがたいことに来年度からは、受講する学生には単位が与えられるものとなりそうです。私にとっては講義科目が一コマ増えることになります。しかし、一人でも多くの学生が変体仮名に興味を持ってくれるのであれば、それに勝るものはありません。
 来年度から実施となれば、これは卒論指導の一環と言うことで、3年生が対象です。ただし、現在の自主的な勉強会に参加している学生は全員1年生だけなので、この点の調整をこれからする必要があります。
 もっと勉強をしたいという社会人や学生のみなさんのためにも、現行の制度をうまく活用してよりよいものへと手を加えながら、さらに検討を重ねて行くつもりです。

 今日も、一人の学生に変体仮名を読んでもらい、それに私が突っ込むという、まさに大阪ののりで進みました。私と学生の掛け合い漫才でおもしろいと、なかなか好評です。
 そのような中で、参加なさっている社会人の方から、テキストの文字が小さ過ぎて見えない、というご意見をいただきました。たしかに、私も小さな文字には、メガネを掛けたり取ったりとせわしないことです。次回は、大文字版の影印資料を用意して対応することにします。

 いろいろな話をしている中で、私が大阪のおばちゃんはアメをくれる、という話をした時でした。女子学生が二人ともアメを持っていると言います。さすが、大阪の娘です。しっかりと私にアメを渡してくれました。おそるべし、大阪のアメちゃん文化。

171116_ame.jpg

 雑談が多くて、今日も5行しか進みませんでした。今日も、「盤」「満」「堂」などの、画数の多い文字でつっかえていました。

 こんな調子で、ノロノロと進んでいます。
 次回は、11月30日(木)の午後4時半から6時まで。いつもの通り図書館で行います。外部の方も、自由にご参加ください。
 
 
 
posted by genjiito at 22:46| Comment(0) | ■変体仮名

2017年08月03日

変体仮名がカタカナに見えたとか

 放課後、変体仮名を読む学習会を、大阪観光大学図書館の一角を借りてしています。
 今日は、新たに4人の1年生が参加してくれました。
 いろいろと話をしている中で、初めて変体仮名を読んでみての感想が、「カタカナに見えた」ということでした。これは初耳です。
 橋本本「若紫」の冒頭は次のような書き出しです。

170803waraha2.jpg

 この「わら八や三」と始まる文字が、「ワらハヤミ」に見えた、というのです。
 確かに、そう言われてみると、そのように見えなくもありません。
 初めて変体仮名を読もうとする人には、カタカナのように見えるということも考えて、これからはお話をしたいと思います。
 自分の思い込みで、頭から平仮名で書かれていると決めつけて話をしてはいけない、ということを学びました。
 手書きの文字を読むことがなくなり、決まりきった活字体ばかりを読む文化に身をおくようになりました。
 変体仮名がユニコードに採択されたことにより、今後は印刷体の文字を読む環境が激変すると思っています。
 文字に関しては、先入観のない立ち位置で考え、説明をし、話していきたいという思いを強くしています。
 その意味からも、変体仮名を見たことも聞いたこともない、という学生さんが、この学習会に参加することは大歓迎です。

 次回は、夏期休暇が入るために、9月29日(金)午後3時から始めます。
 10月は13日(金)、27日(金)午後3時から
 11月は10日(金)、24日(金)午後3時から
となりました。

 変体仮名を読むことに興味がある方は、社会人や学生を問わず、どなたでも参加してもらえる集まりです。
 資料の準備がありますので、あらかじめ本ブログのコメント欄などを通して、参加を希望する連絡をお願いします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:01| Comment(0) | ■変体仮名

2017年06月21日

速報☆申請中の変体仮名が「ユニコード 10.0」に採録

 国立国語研究所の高田智和さんから朗報が寄せられました。
 昨日「Unicode 10.0」が公開されたことが、変体仮名を国際規格として申請する上で日本側の代表者である高田さんから、速報として届いたのです。
 そして、そこには、懸案だった変体仮名がしっかりと収録されています。

「7/20「Unicode 10.0」リリース」(2017年06月20日)

 高田さんからは、以下のコメントをいただいています。

提案主体である日本(行政)の最終目的は ISO/IEC 10646 への収録ですが、一般には Unicode の方が著名で実装能力が高いので、一応の目的は果たしたことになります。


 私は苦手な英文をかき分けて、必死の思いで何とか変体仮名の部分にたどり着きました。
「スクリプト関連の変更」の項目を引きます。

Script-related Changes

A large collection of Japanese hentaigana has been added. These are effectively historic variants of Hiragana syllables. However, they are not encoded with normative decompositions, nor using variation sequences. For collation, hentaigana syllables do not have default weights the same as the standard Hiragana syllables they are equivalent to. Instead, they are sorted in a separate range following all the standard Hiragana syllables.


 今私は、これを正確には紹介できません。どなたか、フォローをお願いします。

 以下に、「Unicode 10.0文字コードチャート」の中にある仮名文字のフォント一覧をPDFとして引用します。

ひらがな.pdf

かな拡張.pdf

かな補遺.pdf


170622_kana.jpg

 とにかく、日本の変体仮名の文字集合が、ユニコードに追加されたのです。
 慶事です。

 今後は、この変体仮名がどのような分野で、どのように活用されるのかが、大いに楽しみです。そして、この変体仮名を自由に駆使して、文章が読み書きできる環境が提案される日を、心待ちにしています。

 来年8月に《仮名文字検定》のスタートをさせる準備を進めている立場としては、これは追い風です。

 なお、変体仮名をユニコードに収録する提案に積極的に関わって来られた高田智和さんは、次の論考で『源氏物語』を例にしてこの問題をわかりやすく説明しておられます。

「国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の仮名字体記述 −ISO/IEC 10646 提案文字による翻字シミュレーション−」

 これは、電子ジャーナル『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル 2』(伊藤編、国文学研究資料館、〈非売品〉2017年3月31日発行、ISSN 2189−597X)に収録しています。自由にダウンロードしてお読みいただけるようになっていますので、ここれを機会にお読みいただけると幸いです。
 そして、この問題を一人でも多くの方々と共有し、これからの仮名文字について一緒に考えていきたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ■変体仮名

2017年06月20日

日常生活の中で見かけた変体仮名

 日々の生活の中で見かけた変体仮名を並べてみました。

(1)小さな仮名だったので、遠目に見た最初は「ゆろ」と読んでしまいました。漢字を見て「ゆう」であることに思いいたりました。最初の点の次の横線が、これだけ左下から突き上げるような線になると「う」には見えにくく、紛らわしくなります。

170605_kana-yuu.jpg

(2)仮名の元となっている漢字の意味を汲み取って、「弥喜久゛里」とした変体仮名の組み合わせの典型です。「とゝのえ」の「え」のような使われ方も、よくみかけます。

170617_yakiguri.jpg

(3)お寿司のパッケージに貼られていたシールの文字です。現在使っている「え」であっても、こうした崩しには戸惑う方もいらっしゃることでしょう。

170602_netakae.jpg

(4)同じ表現を、字母を変えて表記したものです。「者」の字形が微妙に違います。文字を単独で見た場合、前者は読めても、後者にはしばらく時間がかかる方もいらっしゃることでしょう。
 また、「てん具゛」の「て」の終筆が「弖」のことを意識するせいか、気になります。

170620_hakimono1.jpg


170620_hakimono2.jpg

(5)お馴染みの箸袋「おても登」です。「天」と「登」の最後の筆の止め方が、右下に抜く場合と横線の扱いにおいて、字形がよく似ていると思い、記録しました。

170620_otemoto.jpg

(6)橋の名前の表記に関して、変体仮名のことよりも仮名遣いの違いに興味を持ちました。「おおじばし」と「おほぢ者し」です。

170617_kitaoojibashi.jpg

170620_kitaohoji-hasi.jpg 
 
 

posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ■変体仮名

2017年06月16日

平仮名「て」と「弖」の直前に書かれている「り」と「里」について

 先週土曜日の日比谷図書文化館で、興味深い指摘を受けました。それは、平仮名の「く」が長く伸びた形で、変体仮名の「弖」のように見える文字の前には「里」が来る傾向があるのではないか、というものでした。

 そこで、講座でテキストにしている『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』において、平仮名で「ri-te」はどのように表記されているのかを確認しました。
 次の画像は、21丁表の3行目から6行目の行末です。「て」が並んでいる箇所なので、好例としてあげます。今、説明をしやすくするために、「弖」のように見える縦長の「く」は、便宜上「弖」と表記しておきます。

170616_te.jpg

 ここに出てくる順番に確認すると、「と弖」「きて」「給弖」「里弖」となります。そして、左端の「里弖」がここで問題にする表記です。

 「て」と「弖」の前に「り」か「里」が来る場合について調べたところ、以下のような傾向があることがわかりました。

 まず、今回問題にしている【里弖】についてです。この変体仮名による表記は、国文研蔵橋本本「若紫」では23例が確認できました。
 これに対して、【り弖】は4例(本行削除後のナゾリ1例を含む)と、少数です。
 この27例の「弖」は、すべてが助詞として使われているものです。

 次に、「り」の次に「弖」がくる3例を確認しておきます。

あり弖(4ウ L8)
多て満つり弖(46オ丁末)
可ゝり弖(49オ L3)


 なお、次の例は、本行に書いた「給」を小刀で削り、その削除した文字の上から「弖」がなぞり書きされています。

多て満(改行)つり弖/【給】〈削〉弖(31ウ L4)


 これは、「弖」がミセケチや傍記ではなくて、なぞられていることに注目すべき例です。橋本本は、親本に書かれている本文を忠実に書写しようとする意識が強い写本です。ここは、「弖」と書くべきところを、ついうっかり「多て満つり」と書いてしまったようです。しかし、すぐに間違いに気づき、「給」を削ってから、親本通りの字形の文字「弖」を書いて訂正したのです。このことから、ここで橋本本の親本には「弖」という字形の文字が書かれていたことが推認できます。
 これに関連して、「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)という記事も参照してください。この本の書写者は、「て」と「弖」を字形まで区別して書写していることがわかる例です。

 次は、「て」が現行の字形の場合です。

【りて】12例
【里て】16例(本行削除後のナゾリが1例)
 ※多てまつ里てん/らん〈削〉里てん(53オ L3)
 このなぞり書きの例は、「らん」という文字を削って、その上に「里てん」となぞり書きしているものです。「らん」と「里てん」が混同されることの説明を、今私はできません。字形からの間違いではなく、語句の意味からの混同が原因ではないかと、今は思っています。

 語頭および語中で、「り」か「里」の後に「て」か「弖」が来る例(【り弖】【里弖】【りて】【里て】)はありませんでした。

 ということで、ここでは「里」の次には「て」ではなくて「弖」のような縦長の「く」がくることが多い、ということは言えそうです。日比谷図書文化館で指摘のあったことは、この『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』に限っては、そうした傾向が強い、ということになります。
 なお、私は、仮名文字に関する研究成果について、まだほとんど確認していません。もしこのような調査結果がすでに提示されているようでしたら、ご教示いただけると幸いです。

 今回、「て」と「弖」の前に来る文字について、いろいろと調べました。その過程でいろいろなことがわかったので、いつかそれらも整理して報告したいと思っています。
 
 
 

posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2017年05月11日

初めて写本を読む学生との記録

 大阪観光大学で授業の後、課外でも勉強しようということで、学生と一緒に『源氏物語』の写本を読み出しました。今日が第1回目です。

 バタバタと用務が入ったので、実質的には45分ほどでした。今日来た第1回生の学生は、古典に興味があるだけで、これまでに墨で書かれた文字は読んだことがないとのことです。
 テキストは、鎌倉時代に書き写された『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』を使うことにしました。

 場所は、大きな柱時計のある玄関の待ち合いロビーの一角。簡単なイスに座って、膝にテキストを置いての、2人だけでのささやかな勉強会です。1対1の真剣勝負なのです。少し薄暗かったので、事務の方がスポットライトを点けてくださいました。

 その習得の様子を、以下に記し留めておきます。

 冒頭部分「わら八や三尓」と始まる所で、「八」や「三」を「は」や「み」と同じように平仮名として読むことに、大いに違和感を持ったようです。

170511_1omote.jpg

 そして、続く「王つらひ」の「王」を「WA」と読むことで、最初のカルチャーショック……
 さらに、「堂まひて」の「堂」が「TA」となると、もうお手上げだとのこと。

170511_boutou.jpg

 変体仮名の一覧表を見ながら、「王」や「堂」の文字が崩れていくステップを、一緒に確認しながら進めました。

 なお、「く」によく似た「て」の字母は、iPhoneを取り出してブログ「平仮名「て」の字母に関する資料を検討中」(2017年05月08日)を見てもらい、私にはまだよくわからない文字だ、ということを説明しました。

 続く「よろ(改行)徒尓」では、「徒」でストップ。しかし、これも変体仮名一覧表を見比べながら、「つ」の元の漢字は「川」、それに加えて「徒」という変体仮名「TU」の2種類だけを覚えたらいい、と言うと、ホッと一息ついていました。

 さらには「ま新な井可ちなと」の「新」が平仮名の「SI」だと知り、変体仮名の渾沌とした世界に引き込まれて行くことになります。

 こんな調子で40分も読んでいると、目が慣れてきたようです。開巻第1丁オモテの10行分を、無事に読み終えることが出来ました。

 読めるようになりたい、という気持ちが集中力を高めて良かったのでしょう。とにかく、初日なりに達成感はあったと思います。

 1人の学生との出会いをきっかけにして、少しずつ写本を読む輪を、この大学でも広げていきたいと思います。
 
 
 

posted by genjiito at 21:11| Comment(0) | ■変体仮名

2017年05月08日

平仮名「て」の字母に関する資料を検討中

 昨日の記事で、平仮名の「て」について、字母を「天」にするか「弖」にするかで思案し続けていることを書きました。そこで、この問題を考える上で参考になる例を提示します。
 『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)の38丁表8行目下部に、次の字句が書き写されています。

170508_te1.jpg

 これは、「給て とく」と読むところです。
 ただし、2文字目の平仮名の「て」をジッと見ると、その下に最初は「く」のような「て」が書かれていたことがわかります。それを小刀で削って、その上から「て」となぞっているのです。
 この箇所を拡大して撮影すると、次のように鮮明になぞられた文字が確認できます。

170508_te0.jpg

 橋本本「若紫」に書写されている「て」については、この38丁表の見開き右側にあたる、37丁裏の2行目と3行目の上部に見られる、次の字形が普通です。

170508_te2.jpg

 これは、「見ても…」と「や可て…」と書かれているものです。
 今、私はこの2種類の「て」を、共に「天」が崩れた平仮名だとしています。しかし、「や可て…」の「て」が「く」のように見える「弖」とする方がいいのではないか、という気持ちも払拭できないのです。

 この問題については、すでに「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)で取り上げました。
 その後、「弖」と確証が得られる例に出会っていません。「く」によく似た文字の最後の線が、どうしても左から右下に向かい、さらに下向きに弧を描いて流れているので、「弖」よりも「天」の方に魅かれます。もちろん、「第一画の線の長短によって見分けられる」というご意見も認めます。しかし、『源氏物語』の鎌倉期の写本をいろいろと見ている限りでは、「弖」の字形がイメージできないのです。

 なお、上掲の「給てとく」の場合は、目が次の文字に流れていたために、「給」を書いてから字形がよく似ている「とく」のような「く」に近い字を書いてしまい、すぐにそれを削って「て」と書き直したとも考えられます。すぐに書き直す例は、橋本本ではよく見られることです。

 いずれにしても、この橋本本「若紫」の親本にどのような字母で「て」が書かれていたのかがわかると、おもしろくなります。いつかわかれば、いいのですが。

 この「天」か「弖」かという問題は、文字を専門に研究なさっている方々には、自明のことなのかもしれません。しかし、私はこれまでの経験から抜け出られないので、まだ決めかねているのです。
 ご教示いただけると幸いです。
 
 
 

posted by genjiito at 21:22| Comment(0) | ■変体仮名

2017年03月02日

橋本本「若紫」で同じ文字列を同じ字母で傍記している例

 いつものように日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻の字母に注目しながら読んでいます。
 今日は、講座の受講生の方から、貴重な意見をいただきました。次のように書かれている箇所をどう読むか、ということです。
 14丁表で終わりの2行は、次のようになっています。

170302_yositada.jpg

 この最終行の手前の行間に、なぜ「よし堂ゝ」とあるのか、というのが問題なのです。
 その直前の行末にある「よし堂ゝ」と同じ字母で書かれています。それも、ほとんどが右横に傍記されるのに、ここでは左側に傍記されているので、なおさら不可解です。

 ここの諸本を見ると、次のような本文の異同があります。まず17種類の諸本の略号をあげてから、本文の異同を示します。


橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 
 
よきり[橋=大尾中麦阿陽池肖日保高天]・・・・051074
 より[御穂]
 ナシ[国]
 よきおり[伏]
おはしましたる[橋=高]・・・・051075
 をはしましける[大御保]
 おはしたる/し+〈朱〉まし[尾]
 をはしましたる[中陽天]
 おはしましける[麦阿池国肖日穂伏]
よし/し=よしたゝ〈左〉[橋]・・・・051076
 よし[大尾中麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]
たゝいまなん[橋=尾陽御国保伏高天]・・・・051077
 たゝいまなむ[大中池肖日穂]
 たゝ今なん[麦阿]
うけたまはりつる[橋]・・・・051078
 人[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 うけ給はり[尾中高天]
 うけ給[陽]
ナシ[橋]・・・・051079
 申すに[大池御肖保]
 はへりつる[尾高]
 さふらひつる[中]
 申に[麦阿国穂伏]
 侍つる[陽天]
 申すに/〈改頁〉[日]
おとろきなから/き〈改頁〉[橋]・・・・051080
 おとろきなから[大尾中麦阿陽御国肖日保伏高天]
 おとろきなから/前1ら〈改頁〉[池]
 をとろきなから/〈改頁〉[穂]


 受講生の方の意見は、この「よし堂ゝ」は最終行の丁末にある「おとろ」に対する傍記ではないか、というものでした。つまり、「う遣多ま八里つる」と「おとろ〜」の間に「よし堂ゝ」を補入したいのではないか、と見る意見です。ただし、ここに補入記号の○などはありません。

 その時に、私の手元に諸本の正確な翻字資料がなかったので、指摘があったことの可能性を保留にして、私の宿題にさせていただきました。そして今、諸本を調べると、上記のようになっていることが確認できました。

 結果的に、この丁末の「おとろ〜」の前後に「よし堂ゝ」が入るような異文は見つかりませんでした。特に、私が乙類としている大島本などの本文の類が橋本本の校訂に参照されていることを考えても、そうした痕跡は大島本などの乙類にはまったくありません。

 これで、問題は白紙にもどりました。一体、なぜ、この行間に「よし堂ゝ」という文字列が書かれているのでしょうか。間違って書いたとは思われません。間違いだったとしても、ミセケチや削除もしていません。字母が同じ文字列というのも不可解です。
 親本に書かれていたままに書写している可能性もあります。しかし、それでは親本はなぜそのような本文を伝えていたのでしょうか。そうしたことの説明が、今の私にはできません。

 この件に関してご教示のほどを、よろしくお願いします。
 
 
 

posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2017年02月16日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その2「も」)

 今日も日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」巻を字母に注目しながら読みました。
 前回の講座で、テキストとして使用している『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016年)の翻字ミスを指摘していただき、その訂正を「橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1「本」)」(2017年02月02日)で報告しました。

 今日も、受講生の方から、テキストの不備を見つけてくださいました。今回は、書写されていた文字が、活字での翻字欄に印刷されていない、というものでした。翻字本文に、脱字があったのです。

 13丁裏の5行目で、次のように書写されている所です。

170216_missmo_2.jpg

 テキストでは、「・【事】ともを・」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「・【事】ともを・」とすべきところです。「」の脱字です。「【事】とも」がミセケチになっていて、その「も」の横に「人」と書かれていることも、念のために記しておきます。

 申し訳ありません。お手元にこのテキストをお持ちの方は、前回の「本」(12丁表の後ろから2行目)の訂正と共に、この「も」の追記をお願いします。

 二度あることは三度ある、などと思わず、気長にお付き合いください。

 
 
 
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | ■変体仮名

2017年02月02日

橋本本「若紫」の翻字で訂正すべき箇所(その1)

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を字母に注目しながら読み進めています。
 今日は受講生の方が、翻字の誤りを指摘してくださいました。確かに、ケアレスミスでした。

 12丁表の後ろから2行目に、次の文字が書写されています。


170202_kowore1




 テキストでは、「これ」としています。しかし、この画像からも明らかなように、ここは「これ」とすべきところです。
 現行の平仮名の書体に引きずられての翻字のミスです。

 現在、「て=天・弖」と「け=个・介」の識別について思案中です。
 近日中に決断しようと思っています。

 平仮名や変体仮名の字母を認定することが、こんなにもややこしい問題を抱え込んでいるものだとは思っていませんでした。一連の「変体仮名翻字版」の資料を作成する中で、このことを痛感するようになりました。

 今後とも、こうした翻字の誤りや、迷って決めかねる字母の判定などについても、ここに提示していくつもりです。お気付きの点がありましたら、遠慮なくお知らせください。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月28日

平仮名「て(天)」と変体仮名「弖・氐」について(その2)

 明治33年に平仮名の字体が一文字に統制されました。小学校令の改正を受けた小学校施行規則によるものです。その時、「TE」については、「天」を字母とする「て」が選定されました。その事情について、今はまだ私にはよくわかりません。しかし、鎌倉時代からの仮名文字で表記された古写本を読み続けている感触からは、妥当な結論だったように思っています。

 その平仮名の「て」に関して、字母をどうするかで、いまだに迷いがあります。
 「く」のように見える「弖」や「氐」を「て」として翻字して来ていたからです。これまでに私は、「天・弖・氐」の草書体について識別基準をもっていなかったので、「く」のように見える文字も、その字母はほとんどを「て(天)」としてきました。

 先週の研究会で、関西大学の乾善彦先生から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。いま、「氐」のことはおきます。

「ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について」(2017年01月23日)

 そうであれば、そうした判断基準を設定することは可能です。しかし、そう単純に識別できない例にしばしば出くわしていたことから、これまで私は割り切ることができないでいたのです。

 そんなことを考えていた時、鎌倉時代に書写された国文学研究資料館蔵(橋本本)『源氏物語「若紫」』の中に、次の例があったことを思いだしました。「給て」(38オ8行目)とあるところです。

170128_hasimoto05te




 この「て」下に書かれている文字が「弖・氐」であることは、その直前の丁末の行頭にある「や可弖(氐)」(37ウ)からも明らかです。


170128_hasimoto05yakate




 昨日、日比谷図書文化館の講座に参加しておられる方々が、橋本本『源氏物語』の原本を実見するために国文学研究資料館にいらっしゃいました。午前と午後に7名ずつに分かれて、橋本本『源氏物語』を実際に閲覧していただき、いろいろとお話をしながら説明をしました。

 その際、上記の問題を再度確認しました。確かに、「弖・氐」と書かれた文字を削った上に「て」と書かれていました。

 つまり、最初に書写された「弖・氐」を削って、その上から「て」を書いたということは、書写者に字母に関して識別する意識があったということが確認できるのです。
 そうであれば、なぞられた「て」は現行の平仮名の「て」なので、その下に書かれていた文字は「弖」か「氐」だったことになります。これは、翻字する際に書写された文字の字母を意識して対処する上では、この字母の識別を明確にすべきです。下に書かれた文字を「て」としたのでは、正確な翻字とはなりません。

 となると、最初に書かれた下の文字は「弖」とすべきか「氐」とすべきか、ということになります。このことは、次回にします。

 平仮名が約50個に絞り込まれた経緯を、ずっと追い続けていることに関連して、しばらく、この件で調べたことを何度かに分けて報告します。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月23日

ひらがな「て」の字母とされている「天」と「弖」の区別について

 一昨日の清泉女子大学で開催された「表記研究会」で、3人の発表の後のシンポジウムでは、今野真二先生が司会進行役となり「仮名の成立」というテーマで全体討論がなされました。

 その質疑応答の最後の方で、私は発表で提示されたプリントに引かれた文字資料について、その翻字に関する質問をしました。それは、「て」の表記について、その字母を「天」とするか「弖」とするか、ということです。

 まず、乾善彦氏に、「正倉院仮名文書二通にみえる字母」にあげられた「天・弖」について、その字母の識別についてお尋ねしました。万葉仮名で表記されているので、この識別は問題はないとのことです。
 続いて、長谷川千秋氏の発表資料にある影印文字の「天・弖」について、全7例の字母の確認をしました。
 乾氏から、第一画の線の長短によって見分けられる、とのご教示を得ました。つまり、第一画が長ければ「天」であり、短ければ「弖」だということです。

 その基準によれば、長谷川氏の資料にあった次の文字は、それぞれ次のようにその字母を認定できる、ということを確認することができました。

 まず、「天」となるもの。


「讃岐国司解端書 藤原有年申文」
(漢字の「天」をつかった【比天(ひて)】)

170121_te2





「虚空蔵菩薩念誦次第紙背仮名消息 かな消息(第V種)」
【之天无(してん)】

170121_te6




 次に、「弖」となるもの。


「多賀城跡出土仮名漆紙文書」
(「弖」の左に人偏の「イ」の付いたものだとのこと)

170121_te1




「東寺檜扇墨書」
【太弖(たて)】

170121_te3




「伊州某書状写(唐招提寺施入田劵文写、第15紙」
【太弖(たて)】

170121_te4




「因幡国司解案紙背仮名消息」
【美弖(みて)】

170121_te5




「小野道風書状」
【以弖(いて)】)

170121_te7




 これまで私は、「弖」の認定基準をもっていなかったので、ほとんどを「天」としてきました。
 しかし、今回ご教示いただいた認定基準は、これまで見てきた『源氏物語』の古写本にはあてはまらない例が多いようにも思われます。
 この件は、後で詳細に確認し、報告したいと思います。
 しばらく時間をください。
posted by genjiito at 21:02| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月15日

葛原勾当のひらがな日記について

 本郷三丁目であった、日本のローマ字社(代表 木村一郎)のイベントに参加してきました。
 ホームページには、次の案内文があります。


新年の集い 2017

とき: 2017ネン 1ガツ 15ニチ, 14:00〜
ところ: NRS ジムショ
おはなし: 幕末を生き抜いた盲目の琴師
       葛原勾当のひらがな日記を読む
はなして: くずはら・まこと (葛原 眞)さん
きどせん: 500エン(NRS カイイン わ ただ)

--------------------------------------

Sinnen no Tudoi 2017

toki: 2017 nen 1 gatu 15 niti, 14:00-
tokoro: NRS zimusyo
ohanasi: Bakumatu o ikinuita mômoku no kotosi
     Kuzuhara-Kôtô no hiragana nikki o yomu
hanasite: Kuzuhara-Makoto (葛原 眞) san
kidosen: 500 En(NRS kaiin wa tada)


170115_tirashi




 かねてより、葛原勾当について興味を持っていたので、聞きに行ってきました。

 江戸時代から明治時代にかけて、盲人ながらも現代のタイプライターとでも言うべき、木活字を駆使して40年間も日記を書き(スタンプ印刷し)続けた人です。
 『葛原勾当日記』(小倉豊文、緑地社、1980)や『日本語発掘図鑑』(紀田純一郎、ジャストシステム、1995)で、この日記のおおよそのことは知っていました。


170115_katujibako


(『日本語発掘図鑑』13頁)

 「遊び棒」と呼ばれる印字位置を示す一本の黒っぽい棒が、今のパソコンで言うとスペースやカーソルに当たるものです。

 しかし、実際に葛原勾当の直系の縁者である方からお話を聞くことで、具体的に盲人と文字というものについて再度考えるきっかけをいただくことができました。

 現在、私が科研で取り組んでいる「古写本『源氏物語』の触読研究」の連携研究者として一緒に勉強している中野眞樹さんが、昨春ここで研究報告をしていたことを知りました。そのことをまったく知らずに来たのですから、これも縁なのでしょう。中野さんは、今日はセンター試験の監督があるとのことでお休みだとのことでした。

 葛原勾当の木活字による携帯用の印字道具は、東大の史料編纂所がレプリカを作っていました。それを使って、葛原眞氏が実際に文字の印刷をテストする実験映像を拝見しました。これを見ると、この木活字を使った印刷の過程がよくわかります。ぜひとも公開していただけるようにお願いしました。いずれ、実現すると思います。

 葛原勾当について、すこしおさらいをしておきます。
 3歳頃に天然痘で両目を失明。14歳で座頭。その後、検校にはならなかったのは、当道座の階位を得るのには多額の金銭が求められたからだそうです。
 16歳で備忘録としての代筆日記をつけさせます。
 22歳の時に勾当になったことで上京。1ヶ月京都に滞在。この時に木活字を入手したようです。
 25歳で結婚。26歳から木活字を使って自ら印字して日記を付け始めます。
 明治15年に71歳で亡くなります。

 勾当日記に出てくる文字は、次のものが基本です。


170115_kana1




 これを通覧して気付くのは、明治33年に制定された現行ひらがなの字体がほとんどであることです。
 4行目の「於」の字形に留意したいことと、5行目の「江」、7行目の「志」が変体仮名となっていることが特徴です。ここには、「え」がありません。今の「お」に近い字体が別にあるので、こうしたことにも注意しておくべきでしょう。

 葛原勾当が木活字を用いて残した日記は、次のようなものです。


170115_kana2




 活字は何度か作り直していたようです。濁音の判子は別に作っていました。
 上の写真の3行目で「十四日よる」とある「よ」は、その下に不明の文字が一文字捺されていることがわかります。「日(ひ)」とあれば、次の行の「日る」と並んでいいのですが、どう見ても「日」ではないので思案中です。
 こうした印字の間違いは、その行を終える前であれば、すぐに直していることがわかります。その後の間違いは、もう直しようがなかったようで、いくつもそうした例が見られます。

 この勾当日記には、112箇所の間違いがあり、前後左右の間違いは92箇所あるそうです。文字を進める時や、行が移る時にケアレスミスがあるようです。

 この葛原勾当日記については、またわかりしだいに報告します。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月12日

渋谷氏による『源氏釈』の研究資料が全面改訂へ

 渋谷栄一氏が作成中の『源氏釈』の研究資料に関して、以下のような全面改訂の方針が示されました。これは、ご自身の「楽生庵日誌(1月11日)」で表明されたものです。
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e
 

【1月11日(水)】
「源氏釈」の全面改訂について、
第1は本文資料を漢字仮名字母による翻字法に切り替えたこと、
第2は対校写本を平安・鎌倉・南北朝期頃までの写本の写真影印資料等に拠り、青表紙・河内本・別本の枠組みを外したこと、
第3には後世の仮託偽書は除外したこと。
平安末期の藤原伊行の源氏物語の本文と注釈について考究していくことを目的とした。


 大賛成です。こうあってほしいと願っていたことなので、今後の進捗がますます楽しみになりました。

 この『源氏釈』の改訂版と、私が構築しつつある『源氏物語』の本文に関する「変体仮名翻字版」のデータベースがリンクする日が来ることを思うと、今からワクワクして来ます。
 これが実現すると、『源氏物語』の本文研究史と注釈史の研究が、格段に精緻なものへと変わっていくことでしょう。

 これまでの研究資料は、明治33年に施行された、現行ひらがな書体という制約から出ないままのものがほとんどでした。つまり、簡略化された翻字や翻刻による研究がなされていました。それが、注釈書の原本に書写されているままの文字列で研究ができるようになると、より正確な翻字資料で考えることができるようになるのです。簡略版による翻字資料での研究には、やはり限界があり、学際的な研究には至らなかったのです。

 これで、研究環境が各段に向上します。後は、一点でも多く変体仮名を用いた翻字資料が増えることを待てばいいのです。
 『源氏物語』の本文の翻字は、着実に進展しています。
 これに加えて、『源氏物語』の注釈書の翻字も、「変体仮名翻字版」で展開することを考えたいと思います。

 昨日の、本文分別に関する渋谷氏の記事に引き続き、これも新年早々うれしい知らせとなりました。
 少しずつではあるものの、『源氏物語』の研究環境は着実に進化しています。
 若い方々がこうした資料を活用し、新しい視点での研究成果を公表される日が来ることが期待されます。
 この問題に興味をお持ちになった方からの、質問や連絡をお待ちしています。
posted by genjiito at 20:23| Comment(0) | ■変体仮名

2017年01月07日

久しぶりの大阪駅で『源氏物語』の翻字の打ち合わせ

 大阪駅に行ったのは、本当に久しぶりです。
 駅ナカのホテルのラウンジで、『源氏物語』の古写本を翻字してくださる方とお話をしてきました。

 かつて私と同僚だった方の今の同僚で、翻字に興味を持ってくださった方がいらっしゃるとのことで、直接お目にかかって説明をしました。顔を合わせてお話をする、ということを大事にしているからです。
 尾州家河内本『源氏物語』をお願いしようと思います。

 明治33年に策定された、現行のひらがな約50種で作成した翻字データは、すでに私の手元に相当数あります。約30万レコードのデータベースとなっています。それを、書写された文字の字母に忠実な、「変体仮名翻字版」と言っている正確な翻字をお願いし続けているのです。

 「安」も「阿」も、これまでは「あ」という一文字のひらがなで翻字をしてきました。しかし、それは不正確であり、写本に書かれている文字の姿から翻字に戻れないものです。次の世代に嘘の翻字データを引き渡すわけにはいかないので、「安」は「あ」に、「阿」は「阿」で翻字をしていただくのです。今からちょうど2年前に決断した、新しい方針です。

 国文研蔵橋本本「若紫」の冒頭部分の例をあげます。


170107_boutou




 これを翻字する場合、これまでは次の写真の左側列のように、「わらはやみに」としていました。明治33年に一文字に限定されたひらがなで済ませていたのです。しかし、これを「変体仮名翻字版」で翻字をすると、右側列のようになります。


170107_honji




 「変体仮名翻字版」の列にある、「八」「三」「尓」が、字母を混在させた、写本に戻れる翻字です。左右の列の文字の違いを見ると、今までの左側の翻字の不正確さが明らかでしょう。

 「変体仮名翻字版」であれば、写本に書かれている文字がほぼ正確にデータ化できます。もちろん、崩し字は一様ではないので、字母である漢字に近い形であったり、明治33年に国策として一字体に決められた現行のひらがなの字体であったりと、その間でさまざまな変化があり、揺れがあります。そこまで厳密な違いを文字データベースで再現することは困難なので、写真に依ることにしています。今はひとまず、嘘のひらがなによる翻字ではなくて、字母レベルに一元化しての翻字に移行しているところです。
 これで、これまでよりも少しでもましな「変体仮名翻字版」によるデータが出来上がります。

 翻字をお願いする、と言うと、何やら難しい特殊な能力を求められるかのように思っておられる方が大半です。しかし、私がお願いするのは、写本の影印資料と、すでに完成している現行ひらがなによるテキストデータを渡し、データをパソコンで「変体仮名翻字版」にしてもらうのです。つまり、写本はすでに正確に読まれており、そこに用いられた平仮名を変体仮名に置き換えてもらう作業になるのです。ややこしいいことと言えば、データベース化にともなう、写本が書かれている現状を記述した付加情報でしょうか。しかし、これは2人目の別の方が確認するので、特に神経質になっていただく必要はありません。
 とにかく、後ろを振り向かず、ひたすら前を見て進んでください、と言ってお願いしています。

 私は特に翻字の進捗具合を催促はしないようにしているので、気長に続けていただければ、と願っています。
 『源氏物語』の写本の分量は膨大なので、90年を一応のメドとして取り組んでいます。私一代ではできないプロジェクトなので、特定非営利活動法人〈源氏物語電子資料館〉を設立して取り組んでいるところです。
 NPO活動の一環なので、ほんの少しですが謝金をお渡ししています。翻字作業をお願いする方には、NPO組織の支援会員になってもらうことを原則としています。しかし、その会費は謝金ですぐに相殺されるように配慮がなされています。

 今日も、こうした取り組みに興味を持っていただけたことは、ありがたいことでした。
 東京では、日比谷図書文化館での講座を通して、少しずつ翻字を手伝ってくださる方が増えています。今後は、関西での支援者が一人でも増えるように、意識していろいろな方に語りかけ、呼びかけて行きたいと思っています。

 帰りに、JRで京都方面行きのホームにあがったところ、事故か何かで電車が遅れていました。
 なかなか来そうにないので、いったん改札の外に出て、阪急で帰ることにしました。

 久しぶりに訪れた大阪駅の北側の外観は開放的でした。


170107_station




 北向きに見下ろすと、スケートリンクが出来ていました。
 みなさん楽しそうに滑っておられます。


170107_icelink




 この大阪駅の北側地域は、今後はさらに開発が進みそうです。
 新しい大阪駅が、ますます楽しみになりました。
posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | ■変体仮名

2016年12月12日

総研大文化フォーラム(第1日目)で触読研究の成果を発表して

 無事にポスター発表を終えました。
 今年は、発表者に1分間の自己ピーアールの時間が与えられ、ストップウォッチに急かされるように、ショートスピーチをさせられました。

 私は、3年連続で触読研究の成果を報告していることと、音声のアシストで展開するようになったことに加え、昨日は国立民族学博物館で「古写本『源氏物語』の触読研究会をやってきたことをお話しました。

 ポスターセッションでは、30分の発表の間に、いろいろな方からお声掛けをいただきました。


161210_poster1




 みなさん、目が見えない方が本当に読めるのかなー、という問いかけから始まります。

 立体コピーのサンプルと、科研の三つ折りのチラシをお渡ししました。

 それぞれに課題と問題意識をお持ちの先生方や大学院生の集まりなので、ご自分のテーマとの接点を求めての質問が多かったように思います。

 『立体文字触読字典』と連綿のサンプルを、上記写真にもあるように、ポスターの右横に貼り付けて、自由に触っていただきました。みなさん、興味を示しておられました。

 懇親会でも、いろいろな角度からの質問や感想がありました。
 理科系の方々とお話をしていると、さまざまな刺激をいただけます。
 さらなるバージョンアップにチャレンジしていきます。

 みなさま、拙い話をお聞きいただき、ありがとうございました。
posted by genjiito at 07:22| Comment(0) | ■変体仮名

2016年12月10日

民博で古写本『源氏物語』の触読研究会

 昨年度からスタートした科研費による「挑戦的萌芽研究」に関する報告です。

 現在取り組んでいる、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也/課題番号︰15K13257)というテーマでの、第4回目となる研究会を、大阪にある国立民族学博物館で開催しました。

 東京から私と一緒に参加する4人(内、全盲お2人)とは、金曜日の早朝9時に東京駅構内の東海道新幹線八重洲南乗り換え口で待ち合わせをしました。
 尾崎さんは、お母さんが東京駅まで付き添って来られ、乗り換え口で引き継ぎました。

 福島県からお越しの渡邊先生は、駅職員の方の介助を得て、東北新幹線から乗り継いで東海道新幹線17番線ホームに来られました。駅員さんは、非常に親切な対応でした。
 出迎えと見送りに来た妻も、お2人との再会を喜んでいました。

 新大阪駅までの車中では、触読の実験をしました。
 まず、私が翌10日の総合研究大学院大学文化フォーラムで発表する、「i-Pen」という音声ペンを活用した触読と読み上げのテストです。


161210_ipen




 お2人からは、「i-Pen」による音声ガイドの説明がわかりやすくて、変体仮名を読みとるのに助かる、との感想をいただきました。
 ただし、改良の余地も多いこともわかりました。さらなる進歩をお楽しみに。

 また、触読字典の試作版も、実際に使ってもらい、意見をいただきました。これについても、改良点をたくさんもらいました。
 やはり、直接触っての意見をいただくと、改善すべき点がよくわかります。


161209_dic




161209_touch1




161209_touch2_2




161209_touch3




 新大阪駅に降り立って早々に、全盲の2人はホームで、点字ブロックのことを放送していることに感心したそうです。東京や福島では聞いたことがないと。

 新大阪駅から千里中央駅へは、北大阪急行を使いました。地下鉄の自動券売機には、「福祉」と書いたボタンがありました。これも、東京では見かけません。


161209_button1




 ここでは、江坂駅までしか切符が買えません。その先へは乗り換えることになります。一気に行けないのは不便です。

 千里中央駅を出るとき、江坂駅からの清算をする必要があります。改札に駅員さんがおられなかったので、自動改札の横にあったインターホンで、障害者同伴の乗り越し清算の仕方を訊ねました。すると、障害者証明書を確認するので、ボックスに差し込んでほしい、とのことです。そのボックスがどこにあるのか、見回してもわからないのです。また、見つかってからも、どうしたらカメラで確認してもらえるのかも、さっぱりわかりません。

 相手の駅員さんは、モニタで遠隔対応です。目が見えない2人共に困惑しておられます。
 なんとか、2人分の証明書を小さな空間に差し入れて、モニタで確認してもらいました。晴眼者がいなかったら、手も足も出せず立ち往生です。いても、こんなに手間も時間もかかるのですから、これはあまりにも時代遅れの感覚ではないでしょうか。

 さらに、確認後はその後ろにある精算機の操作をさせられます。割引乗車券のボタンを押し、不足金額を投入します。ここでも、ボタンのアイコンと文章は「車椅子」なのです。視覚・聴覚障害の方は対象外なのでしょう。


161209_button2




 そして、この車椅子ボタンの下には、「係員がまいります」と書かれています。しかし、係員は来られることはありませんでした。すべて、さらにその下にあるスピーカーの小穴から聞こえる係員と対応するのです。徹底した非人間的な対応です。

 北大阪急行がどのような会社なのかは知りません。しかし、今回の対処は、大いに問題だと思いました。この鉄道会社は、まじめに意識改革することが必要です。

 乗り替えとなった大阪モノレールの千里中央駅の自動券売機には、車椅子マークのボタンがありました。


161209_button3




 これを押すと駅員の方が小窓から顔を覗かせて、窓口へ行くように指示されます。そして窓口で割引の処置をしてもらいました。今度はスムーズです。北大阪急行の酷い対応とは大違いです。

 ホームで、東京から一人でお出でになった高村先生と合流しました。高村先生は、一般の乗客の方に介助を受けながら、エスカレーターで上がって来られました。お節介だと言われている大阪のおばちゃんは、とても親切なのです。

 万博記念公園駅で、広島からお越しの田中さんと合流して、国立民俗学博物館へ歩いて移動しました。

 まず、国立民俗学博物館の広瀬浩二郎先生と、MMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)の方々の案内により、「さわる展示」を体験しました。
 触ることで自分なりの理解が深まることに加えて、解説員の方の説明でさらに興味が広がります。

 これは、今回私が総研大の文化フォーラムで報告する、古写本『源氏物語』を触読する上で、耳から入る説明の役割を体感することになりました。目が見えない方にとって、耳を通しての音の情報は貴重です。

 見学中に、公務を終えてから来阪の大内先生も合流されました。
 今回は、韓国とオセアニアの展示をMMPの方の説明でしっかりと触り、拝見しました。

 展示室からセミナールームに移り、「第4回 古写本『源氏物語』の触読研究会」となりました。

 これまでとこれからの科研の取り組みから始まりました。

(1)「2016年6月から12月までの活動報告」
 科研運用補助員の関口さんから、本年の報告をしてもらいました。

(2)来年3月で一旦終わるこの研究会の今後について、私から現在わかっている範囲でお話しました。
 早速、大内先生から来夏の第5回研究会の会場として、高田馬場にある研究所を提供できる旨の申し出をいただきました。ありがたいことです。
 ということで、科研での取り組みが終わった後も、研究会と電子ジャーナルは発行し続けることの確認をしました。

 その後、私から次の報告をしました。

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」と「立体文字触読字典」の取り組みについて。
 これは、関口さんと研究協力者である間城さんの協力によって、具体的な形を見せているものです。
 まだ熟していないプロジェクトについて、貴重な意見をたくさんいただきました。特に、「誰のためのものか」ということと、「広く興味を持ってもらえるものを目指すべきではないか」という点でのアドバイスをいただきました。これは、前回の研究会でも指摘された問題点です。今後とも、心して取り組んでいきます。

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)
 学習と研究を区別する必要がある、という視点から、これから研究者になろうとする若者に、叱咤激励のアドバイスがありました。
 サポートが得られなくなっても続けられる、自立した研究を心掛けること。おもしろみを自分で見つけることが大事だということ、見ることの代用を触ることではできないので、その意味からも、触ることでオリジナルなことが出せないか、ということを考えたらどうかという意見が出されました。
 テーマによっては、共同研究か独自の研究かの見極めも大事だと、期待を込めた発言に終始しました。ありがたい指導の場となったことは、仲立ちとなった私も、ずっしりと重い課題をいただくこととなりました。

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)
 変体仮名を取り入れた、弱視者を対象とした高校古典の実践報告でした。
 板書の実演も、本当に目が見えないとは思えない感動が伝わるものでした。


161209_baksyo




 また、授業の録音を流しながら、熱く語りかける先生と生徒との、丁々発止のやりとりが、実にすばらしいと思いました。
 ただし、長年教職にある先生からは、ご自分の体験を振り返りながらも、自分が見えないものを黒板に書くのは邪道である、という考え方があることも述べられました。これもまた真実です。
 教える、ということの根源を問う問題提起でもあります。
 いろいろと考えさせられる時間を共有する機会を得ることができました。

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)
 『紫式部日記』にある「黒方をまろがして、ふつゝかにしりさきて、白き紙一かさねに、立文にしたり。」という部分から派生したワークショップとなりました。
 黒方によく似たものを立文にする、という課題のもとに、香の実演と解説がなされました。
 今回のものは「稲妻」だそうです。これに麝香をいれたら黒方になります。立文に包んだ練り香を、参加者みんなが、ありがたくいただきました。


161209_kou




 食べてもいいとのことだったので、広瀬先生に倣って私も少し口にしました。蜜で練ってあるだけに、おいしいのです。しばらくして、お腹がホコホコと温かくなりました。

(7)研究発表「手でみる絵画の作成の基礎・基本−−「手でみる新しい絵画を作ろう」の取組から」(大内進)
 展覧会情報を中心とした発表でした。
 一枚のポスターが、北斎の「神奈川沖浪裏」になるのです。しかも、立体的なものです。形はデフォルメしないと立体の認識に至らないのだと。
 時間が来たので、大内先生の発表の続きは次の懇親会場で、場所を変えて行なうことになりました。

 研究会終了後、民博から懇親会会場までは、タクシーで移動しました。

 大内先生の引き続いての発表の後も、懇親会は大いに盛り上がりました。みなさんが喋り足りない思いもあったため、ホテルにチェックインしてから、また近くで語り合いました。
 日付が替わる頃まで、全盲の3人と見える3人が、熱っぽく日頃の思いの丈を語りました。

 昨年度採択された科研「挑戦的萌芽研究」としては、今回が最後の研究会です。しかし、今後につながる、充実した時間を共有することができました。
 来夏、さまざまな問題を持ち寄って、また討議を重ねたいと思います。
posted by genjiito at 23:33| Comment(0) | ■変体仮名

2016年12月09日

総研大文化フォーラム-2016 で触読研究の成果を発表します

 今日の第4回「古写本『源氏物語』の触読研究会」の後、明日12月10(土)と11日(日)は2日間にわたり、京都にある国際日本文化研究センターで、総合研究大学院大学文化科学研究科が主催する「総研大文化フォーラム 2016」が開催されます。

 本年度は「異文化へ旅する、異分野を旅する ―文化科学からの招待状―」と題するテーマが設定されています。

 私は、第1日目(12月10日)の、Aグループ発表(16:00 ~ 16:30)となっており、会場はセミナー室1横です。

 今年の題目は、「指と耳で700年前の古写本『源氏物語』を読み書きする −視覚障害者と文化を共有するために−」としました。


161203_soukenforum




 これまでに、本文化フォーラムでは、以下の通り2回のポスター発表をしてきました。

■2014年 「視覚障害者と共に古写本『源氏物語』を読むための試み」
「視覚障害者と共に古写本を読むためのポスター発表をする」(2014年12月20日)

2015年 「指で読めた鎌倉期の写本『源氏物語』 ─視覚障害者と文化を共有する─」
「「学術交流フォーラム 2015」でポスター発表をする」(2015年11月21日)

 回を重ねるたびに、少しずつバージョンアップしています。
 総合研究大学院大学は多彩な分野の研究者や大学院生が集まっておられます。
 今年も、異分野からのアドバイスを楽しみにして参加し、発表してきます。
posted by genjiito at 08:30| Comment(0) | ■変体仮名

2016年12月03日

江戸漫歩(146)皇居東を散策し出光美術館で仮名古筆を見る

 ぽかぽかとした陽気に誘われて、皇居東御苑側の竹橋駅付近から時計回りに、日比谷駅までを散策しました。皇居周辺では、九段下と日比谷という、ピンポイントしか知りません。長年東京にいたのに、あらためて皇居の周りを散策するのは初めてです。

 竹橋御門の説明が立派な石に刻まれていました。
 目の前に平川橋が見えています。その右手後方に東京駅があります。


161203_takebashi1




 この説明文を読もうとして、しばし目が泳ぎました。縦書きだと思って読もうとしたからです。原稿用紙のマス目のデザインだと錯覚しました。横書きだとは思いもしませんでした。


161203_takebashi2




 竹橋駅の近くから平川門を望みました。いつもは、この下を走る地下鉄東西線で通っています。通勤経路の地上を歩くと、頭の中の地図が立体的に再構成されておもしろいものです。
 お濠の鴨たちも、気持ちよさそうです。賀茂川の鴨たちを、遠足でここに連れて来たくなりました。


161203_hirakawa




 白鳥がいました。これは、賀茂川にはいません。


161203_swan




 お濠の散策路に、秋田県のパネルが敷かれていました。今度のんびりとこのお濠ばたを一周しながら、私が行ったことのある都道府県を確認してみましょう。


161203_akita




 本日のお目当てである、出光美術館へ行き着きました。今、開館50周年記念として「時代を映す仮名のかたち」という展覧会が開かれています。
 平安時代から鎌倉、そして室町へとつながる仮名の名品が、これでもかと並んでいます。国宝に重要文化財などなど、出光美術館所蔵の古筆を中心として、贅沢な展覧会となっていました。じっくりと古筆の名品の数々を堪能できました。

 休憩スペースで足腰を休めて皇居の紅葉を眺めては、また展示会場へ戻りました。


161203_koukyo1


posted by genjiito at 21:05| Comment(0) | ■変体仮名

2016年11月30日

古写本『源氏物語』の触読研究会を開催します

 来週、古写本『源氏物語』の触読研究会を開催しますので、関係者のみなさまのご参加をお待ちしています。
 今回は、大阪の万博公園の中にある、国立民族学博物館をお借りして行ないます。


科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(15K13257)代表者:伊藤鉄也
 
2016年度第2回研究会プログラム

 日時:2016年12月9日(金)
 場所:国立民族学博物館

T.民博のさわる展示の学習会(14時〜15時半)

 民博のさわる展示をMMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)によるガイドでめぐり、触察の仕方や説明方法などの情報収集をする
 
U.古写本『源氏物語』の触読研究会(15時半〜18時)

(1)挨拶(伊藤鉄也)

(2)2016年6月から12月までの活動報告(関口祐未)

(3)研究報告「i-Penを活用した触読資料」(伊藤鉄也)

(4)研究発表「絵巻の触読と触察に関する実践報告
   ―共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」―」(尾崎栞)

〜休憩〜

(5)研究発表「『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
   ―弱視生徒の目をかりて」(渡邊寛子)

(6)研究発表「浮舟巻の「つゝみふみ」と『花鳥余情』勘物
   ―古註釈書に伝わる薫物の贈答様式について―」(田中圭子)

(7)共同討議(質疑応答・用語確認と実験方法など、参加者全員)

(8)連絡事項(関口祐未)
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ■変体仮名

2016年11月23日

橋本本「若紫」の原本で削除されている文字を確認して気付いたこと

 日比谷図書文化館の「古文書塾てらこや」で、鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読み続けています。

 今秋から、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)をテキストにして、みなさんと一緒に本文を翻字する時の注意点を考えています。

 せっかく国文学研究資料館が所蔵している写本をテキストにしているので、その原本を直接見ていただくことにしました。今から700年前に書き写された写本を、直接見て確認してもらおうというものです。

 昨日は、午前と午後の2回にわけて、4人ずつにたっぷりと2時間、詳細なところまで見てもらうことができました。鎌倉時代の写本ということで、みなさんにとっても、なかなか得難い体験ができたかと思います。

 この写本の特徴的な書きざまが見られる箇所や、私が説明し切れない箇所を、以下に紹介します。

(1)本行の文字が削られ傍記だけが残っている
(1丁ウラ)

161123_1ura




 1行目の本行には、「【侍】越と□こそ」と書かれています。
 ここで、削られて空白となっている4文字目は、その下に「く」と書かれており、それが小刀で削り取られていることがわかります。ただし、傍記の「く」だけはそのまま残っています。
 おそらく、「とく」と書いた時の「く」が「久」の崩しとしてはあまりにも漢字に近いものであり違和感を覚えた人が、あらためて「く」を傍記したものかと思われます。この字母である「久」に近い「く」は、他にも各所に見られます。
 さらには、この本行の「く」にはミセケチ記号としての「˵」があったと考えられます。この「く」が削られているので、そこまでは原本で痕跡が確認できませんが。
 この箇所で「く」が削られて空白となっているのは、この写本が書写された後の仕業であることを示していると思われます。本行の「く」を削った後に、その上に「く」を書いていないことと、傍記の「く」が残ったままであることからそう想定していいと思われます。

 また、上掲写真の4行目7文字目の「まう□□たれ盤」も、同じような状況を考えていいと思います。
 削られた文字は「さ勢」です。そしてその直前の「う」の右下に小さな補入記号である「○」を添え、その右に補入文字としての「し」が書き加えられています。
 最初は「まうさ勢たれ盤」と書き写されました。しかし、「さ勢」をミセケチにしてその右横に異本との校合によって「し」を書いたのでしょう。ここでも「さ勢」が削られているので、ミセケチ記号の痕跡は確認できません。しかし、後に下に書かれていた「さ勢」が削られていることと、補入文字としての「し」が残っているので、そのように考えていいと思います。
 ただし、こう説明しても、ここになぜ補入記号があるのかは、今説明ができません。

 この橋本本「若紫」の写本には、後に写本に手を入れたと思われる、さまざまな人の手が確認できます。ここに示した2例は、書写されている文字に対して、他本との校合をしたにもかかわらず、その上に文字をなぞって書けなかった事情が推測できるものです。
 こうした判別を続けて行くと、写本が受容され、そこに加えられた手の歴史が確認できます。書写後に写本が経巡ってきた背景が少しずつわかると、さらにおもしろい受容史が見えてくることでしょう。
 
(2)同じ文字を左横に傍記
(14丁オモテ)

161123_14omote




 最終行と後ろから2行目の間の行末に、「よし堂ゝ」という少し小さな文字が傍記されています。この傍記は、その右の本行本文である「よし堂ゝ」に関係するものです。
 普通は、異文注記などは本行本文の右側に傍記されます。しかし、ここは左側にあるのです。もっとも、行末においては、こうした左傍記はよくあることです。
 そのことに加えて、この左傍記の文字は、本行本文と字母のレベルまでがまったく同じ文字列です。もし「四志多ゝ」などと、親本と字母が異なるための注記としての傍記であるなら、あえてここに記されたことの意味は理解できます。しかし、ここにはまったく同じ文字が記されているのです。
 その前の2行分の行末に、「盤」と「尓」が隙間に挟み込まれるように小さく書写されていることからもわかるように、この写本は親本の書写状態を忠実に書き写しています。勝手に改行して書写したりはしていないようです。
 そのことと併せて考えると、この行間に記された「よし堂ゝ」という文字も、親本に記されていたのかもしれません。ただし、この行間に記された文字の「堂」は、本行の本文に書かれている「堂」とはその字形が異なることをどう説明したらいいのか、今私は解決策を持っていません。
 
(3)和歌の直前で削除された「僧都」
(26丁オモテ)

161123_26omote




 これは、丁末に「僧都」と書かれていたところで、その「僧都」が削られているものです。この次の丁の最初は、僧都の「優曇華の」という和歌で始まります。削られた「僧都」は、次の歌を詠んだ人を明示しているのです。
 この箇所の諸本を確認すると、次のようになっています(諸本の略号は今は省略します)。


僧都/〈削〉[橋]・・・・052034
 そうつ[尾国高]
 僧都[中陽天]
 ナシ[大麦阿池御肖日穂保伏]


 つまり、橋本本をはじめとして[尾国高中陽天]のグループ(私が〈甲類〉とするもの)は、この和歌の直前に「僧都」という文字を伝えています。現在一般に読まれている大島本(〈乙類〉)を始めとする流布本には、この「僧都」がないことがわかります。
 「若紫」の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、ということは煩雑になるので今はおきます。
 橋本本「若紫」は、現在の流布本となっている大島本のような本文で校合され、本文が異なる箇所には削除などの手が入っていることが、この例からも言えます。

 参考までに、その直前にある和歌についての確認もしておきます。

(25丁オモテ)

161123_25omote




 この箇所の諸本の本文を調べると、次のようになっています。


僧都/〈改頁〉[橋]・・・・051904
 僧都[中陽穂天]
 そうつ[尾御国高]
 そうつ/〈朱合点〉、=イ[肖]
 ナシ[大麦阿池保伏]
 ナシ/+僧都イ無本[日]


 橋本本をはじめとする[尾国高中陽天]の〈甲類〉の諸本は、和歌を詠んだ者が「僧都」であることを明示しています。しかし、それ以外の現行流布本である〈乙類〉としての大島本などは、この「僧都」を文字を持っていないのです。
 このことから、橋本本の「僧都」を削除しているかと思うと、ここでは削除していないことが明らかになったのです。前例との違いは、丁末にあるか丁始めにあるか、という違いです。
 この違いについて、私は今はまだ説明できません。校合の手が不十分のままに今に伝わっている、と考えられること以外に。

 ここでは、具体的な問題箇所を提示しただけに留まっています。
 こうした点について、ご教示をいただけると幸いです。
posted by genjiito at 20:38| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月27日

変体仮名の「个」と漢字の「箇」の用例

 日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読むことが続いています。
 今日は、熱心に変体仮名を読んでおられるKさんが、終了後に貴重な資料を持ってきてくださいました。
 明治23年と32年の商法の法律文書に書かれている文字です。

 まず、明治23年のものから。
 この中に、「一个年」という文字があります。


161027_keko_m23




 変体仮名の「介」と「个」について、私は「个」の方を字母としてよしとしています。それは、その字母が「箇」だと思われるからです。変体仮名の字典などを見ていると、このことはさまざまに用例が示されています。ほとんどが、「介」の方を示し、「个」は括弧付きで補足的に例示されているのです。

 上の文書だと、「个」はカタカナの「KE」を示し、「箇」は漢字で「KO」と書かれているのです。

 また、明治32年の同じく商法の条文には、次のようになっています。
 これは、「六个月ヲ」と書かれている部分です。


161027_kem32




 この後に、「箇」が何度も出てきます。


161027_kom32




 こうした法律の条文の例を見ると、ここで揚げたのはカタカナではあるものの、変体仮名の「KE」についても、「介」ではなくて「个」がいいと言えそうです。

 私はこの分野を専門としているのではないので、理由づけが今はできません。
 とにかく、気付いたときに、わかったことを記しておくことにしています。

 このことで、ご存知のことがありましたら、どうかご教示いただけると助かります。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月26日

橋本本「若紫」の翻字の補訂(1)

 先週、「『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました」(2016年10月20日)という記事を書きました。

 その橋本本「若紫」の翻字で、早々と1箇所にミスを見つけたので報告します。

 それは、第1丁表4行目の行末にある「万う」に、ミセケチ記号が付いていたことです。次の写真の赤矢印の箇所に、小さな黒い点があります。


161026_syahon




 それを、刊行した書籍の翻字には、当該箇所にそのミセケチ記号「˵」がありませんでした。
 お手元に本書がある方は、4行目の行末の「万う」の左横に、ミセケチ記号「˵」を2つ付けてください。お手数をおかけして申し訳ありません。


161026_katuji




 手元の翻字データベースでは、ミセケチ扱いでデータが出来ています。


万う春/$


 この表記は、「万う春」の3文字がミセケチとなっていることを、「$」の記号で示しています。

 翻字データベースのデータを元にして版下を作成する段階で、「万う」の左横にミセケチ記号「˵」を付け忘れたようです。

 細心の注意をはらって、何度も翻字を見直したはずでした。
 しかも、あろうことか、開巻早々のミスで恐縮しています。

 また何か見つかりましたら、ここで報告いたします。
 ないことを祈りながら。
posted by genjiito at 23:07| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月20日

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉中期の書写と思われる『源氏物語』「若紫」を「変体仮名翻字版」で刊行しました。
『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10、\1,400)



161020_hashimotobon




 本書の写本としての特徴は、「解説」に書いたとおりです。
 懐中電灯で紙面をくまなくスキャンして精査し、〈墨ヨゴレ〉・〈付箋跡〉・〈剥落〉などの付加情報を丹念に記録しました。また、顕微鏡やカメラを用いて80倍に拡大し、削られた箇所で下に書かれている文字を推読したり、破損個所の判読も充分な時間をかけて読み取りました。
 こうした調査結果を、本書の本文の右横に注記として添えています。

 この次に本書を調査なさる方は、さらに精巧な機器を用いて翻字と付加情報を補訂してくださることを望みます。一応、現在可能な限りの手法で「変体仮名翻字版」を作成したことになります。

 本書を刊行した背景については、巻末の「編集後記」に記しました。
 その全文を、以下に引きます。


編集後記



 本書は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(平成二五年)、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(平成二六年)、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(平成二七年)に続く、鎌倉期古写本の影印資料シリーズの四冊目となるものである。いずれも、写本を読む楽しさを共有できるテキストになれば、との思いから編集し続けているものである。
 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。
 変体仮名を字母に忠実な翻字で表記する、自称「変体仮名翻字版」という形式で刊行するのは、前著『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に次いで二冊目となる。この翻字のよさは、今後の利活用によって認められるものだと確信している。手元の三五万レコードの翻字データベースも、この「変体仮名翻字版」に置き換えつつある。正確な『源氏物語』の本文データベースを次世代に手渡すことを一義に、臆することなく山を移す覚悟で取り組んでいるところである。
 本書の翻字資料作成と編集にあたっては、国文学研究資料館の淺川槙子プロジェクト研究員による的確な対処に負うところが多い。すでに構築したデータベースを元にした作業とはいえ、「変体仮名翻字版」への再構築は思いのほか手間と時間を要するものとなった。いつものことながら、字母に正確な翻字を行うことは、気力と体力が求められるものであることを実感している。
 引き続き、橋本本として残っている「絵合」「松風」「藤袴」の残欠三巻の編集に入っている。本書の姉妹編ともなるものであり、併せて有効な活用がなされることを楽しみにしている。
 影印画像と原本の熟覧にあたっては、国文学研究資料館の担当部署の方々のご理解とご協力をたまわった。あらためてお礼申し上げる。
    平成二八年一〇月一日
              編者を代表して 伊藤鉄也


 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉期に書写された写本は、この橋本本の他の残欠本三冊と、「若菜上」の零本があります。近日中に、これらもこの影印本シリーズの一つとして刊行する準備をすすめています。

 現在私は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が読める環境を、こうして構築しているところです。これまでは、江戸時代の人が書き込んだ文字を取り込んだ本文を、平安時代の物語として精緻に読み込んでいました。そうした読みの意義はそれとして、それに並行して、平安時代とは言わないまでも鎌倉時代に書写された『源氏物語』を読むことも、新しい『源氏物語』の読み方になると思っています。その意義を痛感して、鎌倉時代の写本による、こうした正確な翻字を目指した作業をしています。

 本書のよううな資料を作ることは地味ではあっても、いつかは、誰かがしなければならない、必要な研究基盤の整備だと思います。そして、『源氏物語』の研究の本文という根本のところが脆弱であったことを知り、写本に書き写された本文に向き合うことから再出発する若者の出現を心待ちにしています。

 今市販されている活字の校訂本文で『源氏物語』を読むことと共に、こうした鎌倉時代の『源氏物語』の本文を読む楽しみも、新しい〈源氏読み〉として体験していただきたいと思っています。
posted by genjiito at 21:17| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月13日

変体仮名の練習用シートを試作中

 仕事帰りの電車が遅れていました。
 立川駅で、特急が遅れていたために、その特急の待ち合わせをせずに、私が乗った快速が先に発車しました。
 中野駅で乗り換えて地下鉄に乗ったところ、途中の駅で電車が止まりました。線路内に人が立ち入ったために点検をしているとのことです。
 相変わらず、電車は時刻通りには走ってくれません。
 よく考えると、あの時間に厳格に走っていたのは無理があり、こうして多少の誤差があることが普通だと思う方が自然なのでしょう。

 さて、今日から、国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」を、日比谷図書文化館で読み始めました。
 ただし、テキストが間に合わなかったので、プリントで進めました。みなさまには、本当に申し訳ないことです。来週の19日には書店に並びますので、もうしばらくお待ちください。

 今日は、効率のよい学習に役立つのではと思い、こんなプリントを作ってみました。


161014_waka2




 【原案】では、変体仮名の部分が空欄になっています。影印画像を見ながら、この空欄に変体仮名の字母を書いていくのです。
 たとえば、次のようになります。

わら〔〕や〔〕〔〕〜


 このシートを埋める方式で進めていたところ、どうも反応がよくありません。
 後で感想や意見を聞けたので、次のように改訂案を作ってみました。

わら〔  ha〕や〔  mi〕〔  ni〕〜


 この改訂案の方のシートに変体仮名の字母を記入していくと、次のようになります。
 変体仮名の読みがわかるので、ことばの意味なども確認でき、理解しながら進むことができます。

わら〔八 ha〕や〔三 mi〕〔尓 ni〕〜


 さて、このシートは、変体仮名が読めるようになるために、有効なものなのでしょうか。
 どのような方針で改良したり取り組んだらいいのか、このところ思案しています。
 もちろん、初心者、中級者、上級者の区別があるかもしれません。しかし、変体仮名は多くの文字を読んで慣れることで、めきめきと上達します。上達ということばが不適切なら、自在に読めるようになると言い代えましょう。

 改訂案のほうで数ページを読んだら、後はそのまま読み進めることが可能だ、とも思われます。

 変体仮名の指導をなさっている方や、かつてやっていたという方からの、体験談や実践例をお聞きできないかと思い、あえてこんな話題を記しました。
 ご教示をいただけると幸いです。

 今日は、参加者から非常にいいことばを教えていただきました。
 昨日も国文学研究資料館のくずし字講座に参加されていた方で、京都での古写本を読む会にもお越しになったYさんが、『目習い』『手習い』『耳習い』ということばを口にされたのです。
 よくお聞きすると、それは稽古事等で言われることばで、特に『目習い』は、質の高いものを観て目を養うことを言うそうです。きれいなことばだと思います。これは、変体仮名などを学ぶ時にも当てはまるものです。今後とも、『目習い』ということばを大いに使わせていただきます。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | ■変体仮名

2016年10月05日

鎌倉期の橋本本「若紫」の字母が見せる2つの疑問

 国文学研究資料館蔵の『源氏物語』の古写本である橋本本「若紫」を、詳しく見ています。
 第1丁表4行目に、「おこ里・【給】気れは」と書かれている箇所について、まだ思いつきながら疑問点を記しておきます。


161005_kereba




 ここで「【給】気れ」と書かれた文字については、この下の文字が小刀で完全に削られており、その後に上から書かれているものです。下に何が書かれていたのかは、いろいろと道具を使って読み取ろうとしました。しかし、まったく一文字も読めませんでした。
(今、その直前の「おこ里」も、削除された上に書かれていることについては触れません)

 そこで、こんなことを考えてみました。
 この箇所の異文を調べると、次のようになっています。
 まだ「変体仮名翻字版」でのデータが揃っていないので、従来の通行の平仮名を使った翻字で校異をあげます。
 記号などについては、煩雑になるので省略します。


給けれは/△△△〈削〉給けれ[橋]・・・・050013
 給けれは[池大麦阿御国肖日伏]
 たまひけれは[穂]
 給ひけれは[保]
 たまへは[尾高天]
 給へは[中陽]


 この17種類の諸本の本文異同は、私が〈甲類〉とする[尾高天尾中陽]は「たまへは(給へは)」であり、〈乙類〉とする[池大麦阿御国肖日伏穂保]は「給けれは」となっています。

 私の自説である、『源氏物語』の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2つにわかれる、という傾向をここでも見せています。

 それはさておき、〈甲類〉に属する性格を色濃く見せる橋本本が、ここでは「給けれは」なので、〈乙類〉ということになるのです。しかし、それはなぞられた文字で読むとそうだということです。もし、最初に書写された、ここでは下に書かれて削られた文字がわかると、また別のことがわかるかもしれません。これは、探る価値があります。

 橋本本が〈甲類〉の本文を持っていたとすると、この下に書かれていた文字は「給へは」である可能性がありそうです。
 そこで試しに、前の行頭にあった「堂まへ」という三文字をここに複写して貼り付けてみました。


161005_tamahe




 するとどうでしょう。ぴったりと収まったのです。
 これは実証的でも何でもなくて、力技で、ただ思いつきの切り貼りをしただけです。しかし、これも可能性の追及ということで、やってみる意味はあった、と言ってもいいでしょう。

 橋本本において、本行の本文を削った上に書写されている文字は、意外に対立する本文(異文)なのかもしれません。後の人が、橋本本で異文となっている箇所を、流布本で校訂したのが、この削除してなぞり書きをしているものかもしれません。

 これは、学問的ではなく、一例を取り上げての単なる思いつきの段階です。

 本文を削除して、その上からなぞるという本文の修正は、この橋本本には無数にあります。今、手元の「変体仮名翻字版」による翻字本文で調べると、削除後になぞり書きされているのは、114箇所に見られます。この削除された114箇所に書かれた本文を、時間を見つけて、一つずつ調べてみようと思っています。根気のいることですが……

 もう一つは、鎌倉期の写本で「気」という字がどのように使われているか、ということです。

 ハーバード本「須磨」と「蜻蛉」、そして歴博本「鈴虫」には、「気」はまったく見られません。しかし、橋本本「若紫」には、63例も使われています。これはどういうことを意味するのでしょうか。

 ほとんどが、上掲の例のように「【給】気れ」と助動詞などで使われています。
 そこで、この「気」を漢字の意味を持たせて使われている例を抜き出してみました。
 私の基準で漢字と認定したのは、以下の18例です。


きよ【気】なるや(3オL5)
きよ【気】な累(3ウL3)
を閑し【気】なる(3ウL9)
【御】ものゝ【気】(8ウL1)
ゆ可し【気】那累(11ウL2)
い者【気】なき(19ウL4)
すこ【気】に(20ウL1)
【気】はひ(20ウL5)
つゆ【気】さ(22オL8)
【御気】しきの(34オL3)
【御気】しなるもの可ら(37オL2)
【御気】しきも(39オL1)
【御】ものゝ【気】能(39オL6)
【御気】しきも(39オL7)
【気】しきの(40ウL6)
堂のもし【気】那く(42オL3)
すこし可た【気】にて(44ウL7)
春こ【気】尓(46オL8)


 これらの語句の「気」について考えるには、まだ翻字した写本の数が少ないので何とも言えません。しかし、今後のために、こうした用例が確認できた、ということを記録に留めておきます。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ■変体仮名

2016年09月12日

国文研蔵「橋本本 若紫」〈その4〉傍記の削除と書写者

 橋本本「若紫」は、書写の過程や書写後に、丹念な削除による本文の補訂をしています。本行はもちろんのこと、傍記にもその跡が数多く確認できます。

 まず、1丁表の5行目にある例をあげます。


160912_mu0




 この行間で、一文字が擦り消されていることがわかります。
 ここは、「〜き堂【山】なな尓可し〜」と書写しているところです。
 この「る」にミセケチ記号である「=」を付け、その右に「む」かと思われる一文字が書かれていたようです。ここで、傍記が「む」であったのではないかと思うのは、紙面を削った跡の繊維を目で追うと、「む」のように見えるからです。

 この箇所を拡大鏡を取り付けたカメラで撮影すると、次のような画像が得られました。


160912_mu1




 残った墨痕と削られた繊維の流れから、ここに書かれていたのは確かに「む」であることがわかります。さらに、ミセケチ記号の「=」は削除していないこともわかります。

 参考までに、諸本と本文を較べてみました。
 確かに、「北山なる」と「北山になむ(ん)」の2種類の本文が伝わってきています。そして、橋本本は「北山なる」のグループに属する本文を伝承しているのです。私が〈甲類〉とするグループです。流布本として読まれている大島本とは異なるグループです。
(なおここでも、翻字は「変体仮名翻字版」が間に合わないので、復元性の低い従来の翻字で掲示します。)


 きた山なる[尾高尾]

 北山なる[天]

 きた山に[中]

 きた山になむ[大肖]

 きたやまになむ[保]

 北山になん[麦阿]

 きた山になん[陽御国穂]

 きたやまになん[池日伏]


 書写者あるいは校訂者は、「き堂【山】なる」と書き、その後、「る」をミセケチにして異文である「む」と傍記して「き堂【山】なむ」という本文に補訂したのです。しかし、どうしたことか、傍記の「む」を後で削除することになったのです。

 ここは、本文を書写した時点での本文訂正や校訂ではなくて、書写後に他本で本文を校訂したか、親本の書写状態をそのまま写し取ったけれども不要と判断したものかと思われます。書写者ではなく、校訂者の判断が入っている箇所です。
 また、削除した文字の一部が残っていることと、ミセケチ記号に削除の手が入っていないので、補訂が不徹底なままに放置されている例ともなっています。

 本書の削除は徹底的に削る傾向があります。書写し始めてすぐのことでもあり、後の人の手ではないかと思っています。

 次は、11丁裏の8行目にある例です。


160912_koso0




 これは、本行の「く」の右側に補入記号の「◦」を付した上で、傍記として「ものし給」と書かれているところです。
 ここをよく見ると、傍記の「給」の下に文字が削除されたかと思われる、紙面の乱れが認められます。

 拡大写真を撮ると、次のようになっていることがわかりました。


160912_koso2




 諸本の本文とも対照させると、ここで削られた文字は「こ楚」であることが判明します。そう思ってみると、確かに残っている墨痕と削られた繊維の流れから、そのような文字が浮かび上がります。ただし、私が現在までに確認した17本すべてに「こそ」があるので、橋本本がこの「こそ」を削除している意味は不明です。

 国文学研究資料館所蔵の橋本本「若紫」には、こうした本文を補訂するために紙面を削った痕跡が無数にあるのです。

 この写本がどのようにして書写され、どのような訂正の手が入ったものかを、こうしてなぞられた箇所から推測することを、これからも時間をかけて点検し確認していくつもりです。それによって、書写や校訂された現場の再現が可能になると思っています。

 写本が出来るその裏側で、その時代の人がどのように関わってきたのかは、非常に興味深い問題を提示してくれます。特に、なぞられた箇所は、書写者や校訂者の強い意思を伴った営為が読み取れるので、本が写された時代の人々のありようを探求する上で、貴重な情報や読み解く資料がもらえるのです。

 私はまだ、興味のおもむくままに写本の背景を想像して楽しんでいるレベルです。しかし、こうした訓練を続けていると、いつか書写者に、この写本で言えば鎌倉時代の人と気持ちが通じるのではないかと、それを楽しみにして読み続けています。

 物語の内容と共に、写本を書き写している人とも対話を楽しんでいるのです。
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | ■変体仮名

2016年09月10日

国文研蔵「橋本本 若紫」の破損個所〈その3〉

 国文研蔵「橋本本 若紫」の後半には、綴じ目から大きく破損した個所があります。
 その中でも、微かに読める部分は、最大限の方策を尽くして読み取るようにしています。

 国文学研究資料館からいただいた画像データで、61丁裏と62丁表の見開き下の部分を例にあげて確認します。


160910_musi2




 上掲画像の右側から左へと翻字すると、次のようになります。


〜閑く八あ里

〜ん△△△□

−−−−−−

〜ふ可△△□

    さし

〜ひしよ里も



 右から2行目を無理やり読めば、「ん」の次が「よ」の頭らしく見えます。その次は「き」の右半分、その次は「れ」の右側のように見えます。
 欠けている文字の境界を確認すれば、さらにこの文字が推測しやすくなるはずです。
 この個所の破損状況がよくわかるようにするために、実見による調査の際、裏に白紙を差し入れて背景をなくして際立たせてみました。


160910_musi1




 これで、破損個所のありようが明らかになりました。そして、微かに残った文字の残存部分から、書かれていた文字がより正確に推測できるようになりました。
 さらに、この箇所での諸本の本文を確認することにより、それがさらに明確になります。
 昨日もそうであったように、まだ「変体仮名混合版」での翻字が進んでいないので、ここでは再現性に問題があるのを知りつつも従来の翻字で確認しています。

 手元の翻字本文資料で確認したところ、右から2行目下の諸本はすべて「よきなと」(陽明文庫本だけは「よきなんと」)となっています。
 橋本本のこの破損個所は、「よきなと」と書かれていたと思われます。

 次に、その左丁一行目下の諸本の異同は、次のようになっていました。


かほ△…△/ほ〈判読〉[橋]・・・・055301

 かほかたちは[尾中高天尾]

 御かたちは[大麦阿池御国日穂保伏]

 御かたちは/=ミ[肖]

 御かほかたちは[陽]

さしはなれて[橋=大中麦阿陽池御肖日穂保伏高天尾]・・・・055302

 さしはなれて/△〈削〉れ[尾]

 さしはなれて/は〈改頁〉[国]



 ここでも、「若紫」の本文は2つにしか分別できないことがわかります。
 そのことは今は措き、破損個所の推測をします。

 橋本本の破損個所は、同じグループ[尾中高天尾]が伝える「かほかたちは」だったと思われます。もう一つのグループ(現在の流布本となっている大島本等)の「御かたちは」ではない、ということです。ここからも、この橋本本は現在流布する大島本による本文とは異なることばを伝える写本だったことがわかります。

 行末の左側に「さし」が書き添えられています。これは、次に続く「さしはなれて」の語頭の部分を、親本通りに一行目に書写しようとしたために、左横にはみ出して書かれたものです。それだけ、この写本は親本に忠実に書写しようとする姿勢が見られるものだといえます。

 こうしたことを勘案すると、ここは、次のように書かれていたことが判明します。文字が欠脱していて推測する手だてがまったくない場合は、□を使って示します。
 

閑く八あ里

よき那(判読)

−−−−−−

ふ可本(判読)△□□□

   さし

ひしよ里も




 この箇所では、白紙を差し込むことで、新たに文字が読めるようになることはありませんでした。
 麦生本(天理図書館蔵)は膨大な虫食いがある写本であり、穴から下の文字が見えるために、写真資料だけでは線が重なって別の文字に読めたりしました。そこで、図書館の司書の方の手を煩わせて、薄様等を差し入れて読んだことを思い出します。

 麦生本などの翻字において、影印資料だけではとんでもない翻字をすることがある、という経験をしたので、この橋本本でも慎重に対処しました。幸いなことに、そうした微妙な判断を伴う例はなかったことに安堵しています。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■変体仮名

2016年09月09日

国文研蔵「橋本本 若紫」のナゾリ〈その2〉(本文2分別のこと)

 古写本『源氏物語』のなぞりに関して、国文研蔵「橋本本 若紫」の書写状態を確認しています。

 58丁表の6行目には、昨日取り上げた「多つねいて・堂万へらん」に続けて、「いと・春ゝろ尓(改行)」とあります。


160909_suzuroni1




 この行末の「春ゝろ尓」という箇所には、2つのなぞりが確認できます。

 まず、「春ゝろ尓」の「春」とある文字では、その文字の下に「そ」が隠れていることが精細な写真からもわかります。「そ」と書いた後、その上から「春」をなぞっています。


160909_su




 行末の「尓」にも、なぞりがあります。


160909_ni





 ここでは、「八志」と書いた文字を紙面から削り、その上に「尓」と書いています。

 つまり、ここでは「いと・そゝろ八志」と書いて改行する時に、「そ」の上に「春」をなぞって書き、「八志」という2文字については、削った後に大きく「尓」と書いているのです。
 こうして、最終的な文字は「春ゝろ尓」となります。

 このようになぞった原因としては、次の行が「者し多那可るへき」と続くことから、次の行頭の「者し多…」の「ha si」という音が書写者の意識に残っていたことが考えられます。

 古写本では、行末や丁末にケアレスミスが多発します。それは、親本を手で書き写しながら、目は次の行や次のページに移っているからです。書写する人の気持ちは、次へ次へと流れていっているので、改行や改丁という物理的な変化が、書写者のミスを誘発するのです。先を見る視線の移動と、筆で文字を書く手の動作とが、この行末や丁末でズレが生まれるのです。

 書かれている本文に立ち入って、もう少し詳しく説明します。

 私がこれまでに「若紫」で翻字した15本の写本の本文を較べると、次のような本文の異同が確認できます。まだ「変体仮名翻字版」のデータベースが出来ていないので、非常に不正確ながらも従来の現行ひらがなだけを使った翻字による校合結果を示します。(こんな問題を考える時には、変体仮名の使われ方がわかる「変体仮名翻字版」で校合できる日が待ち遠しく思われます。)


いと[橋=尾中陽高天]・・・・054849

 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]

すゝろに/そ&す、はし〈削〉に[橋]・・・・054850

 すゝろに[尾中陽高]

 はしたなう[大麦阿池御国肖日穂保伏]

 心に[天]

はしたなかるへきをと[橋=尾中陽高天]・・・・054851

 すゝろなるへきをと[大麦阿池御肖保伏]

 すゝろなへきをと[国日]

 そゝろなるへきおと[穂]



 「いと」を始めとして、この異文を見ると、橋本本と同じ本文を伝えるのは[橋尾中陽高天]の6本であることがわかります([天]は少し違いますが)。今、煩わしくなるので、諸本の略号の説明は省略します。
 そして、ここからだけでも、本文が2つにわかれることがわかります。

 池田亀鑑は、『源氏物語』の本文を、〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類しました。しかし、この諸本分類の基準については、近年さまざまな形で問題点の指摘がなされ、今は再検討の時期に入っています。阿部秋生氏の『源氏物語の本文』(昭和61年、岩波書店)以来、『源氏物語』の本文はその足元がすでに不安定な状態になっていたのです。

 古典の中でもよく読まれる『源氏物語』において、その基礎的研究とでもいうべき本文研究は、非常に遅れています。80年もの長きにわたり、停滞ではなくて停止しているのです。
 大島本が微に入り細に渡って読まれ続けています。しかし、大島本には独自異文が多いこともよく知られているので、いったい今なにを読んでいるのかを自覚する必要があります。この大島本が現状では『源氏物語』を理解する唯一の本文なので、この研究環境は基本的なところから整備する必要を痛感しています。
 その背景には、池田亀鑑が成した仕事の大きさが横たわっています。私は、呪縛だと思っています。
 と言いながら、もう30年が過ぎようとしています。
 自分のためにも、本記事の末尾で一つの方向性を示すことにしました。

 さて、池田亀鑑は『源氏物語大成』の「校異源氏物語凡例」で、「原稿作成ノ都合上、昭和十三年以後ノ発見ニ係ル諸本ハ割愛シタ。」(五頁)と言っています。このことから、『源氏物語』の本文を〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類できるのは、昭和13年までに確認された『源氏物語』の本文資料を整理した場合にのみ適用できることだといえるのです。

 昭和13年以降になると、さらに多くの写本が見つかり、さまざまな本文が紹介されています。今ここで取り扱っている国文研蔵本の橋本本「若紫」も、池田亀鑑は見ていないと思われます。
 昭和13年以前に池田亀鑑が確認した写本だけで『源氏物語』の本文のことを考えるのは、もうやめた方がいいと思います。今年は平成28年なので、80年前のモノサシで今の『源氏物語』の本文を考えるのは、とにかく生産的ではありません。
 〈青表紙本・河内本・別本〉という分別が、解説などで便利に使われています。しかし、これは見当違いなモノサシで『源氏物語』の本文を見ることなので、大いに問題だと思っています。

 私は、〈河内本群〉と〈別本群〉という2分別の私案を経て、現在は〈甲類〉と〈乙類〉という2分別の試案を提示しています(「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 −「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同−」『源氏物語の新研究』横井孝・久下裕利編、新典社、2008・10、拙著『源氏物語本文の研究』平成14年、おうふう 所収)。簡単にいうと、従来の河内本は〈甲類〉の中心となることが多いようです。

 その視点で「若紫」を通覧すると、上記の例示だけでも、きれいに2つのグループに本文がわかれる様子が確認できます。

 ややこしい話は、これくらいにして、当面の橋本本「若紫」に書写された本文をみましょう。
 上記の本文異同から、書写されていた環境を考えます。

 「すゝろ」という言葉に対して、「そゝろ」ということばが穂久邇文庫本に書かれています。
 橋本本が最初に「そゝろ」と書いたのは、こうした本文が伝流していたことが関係しているかもしれません。親本にそうしたメモとしての注記があったことなどが想定できます。最初に書かれた「そゝろ」という文字列は、書写者の単純なミスとするのではなく、根拠のあるミスだと考えていいでしょう。

 また、「はしたなう」ということばが「すゝろ」よりも前に出ている、語句が転倒した本文を、橋本本とは別のもう一つのグループが伝えています。
 現在一般的に読まれているのは、大島本によって作られた校訂本文だけです。その大島本は、この橋本本とは対極にある、もう一つのグループに属しています。
 そして、「八志」と書いた文字を刃物を使って紙面から削り、その上に「尓」と書いているのです。これも、「はしたなう」に続く書写文字の影響があると考えられます。
 実際に、次の行頭のことばが、その直前の行末に先取りして書かれることはよくあります。目と手が異なる動きをすることによる、混乱から生じた書写ミスです。

 この「すゝろ」と「はしたなう」ということばが入れ替わっていることに関して、私は傍記の本行への混入によって異文が発生する、ということを考えています。
 このことは煩雑になるので、また別の機会にします。

 いずれにして、本文が2つにわかれる中でこの橋本本を読むということは、大島本とは異なることばが散見する橋本本という新たな『源氏物語』を読むことになります。これまでは、大島本の校訂本文しか提供されていなかったので、その大島本しか読めませんでした。というよりも、活字で公刊された大島本の校訂本文だけを、一般には読んでいました。
 しかし、こうして、また別の本文で語られる『源氏物語』を読む楽しみが出てきたのです。これは、文学の受容の問題としても、おもしろいことです。
 ここで取り上げた橋本本のなぞりを手掛かりにした本文異同の諸相は、興味深い問題を投げかけてくれます。

 何十年も前から、『源氏物語』の本文研究が数十年も停止している、と言ってきました。ここでも、同じことの繰り返しで恐縮しています。
 このことについては、何度も聞いた方は聞き流し、何度も読んだ方も読み飛ばしてください。

 なお、現在私は机の横で、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(新典社、336頁、平成28年9月30日 刊行予定)の最終校正を終えたところです。池田亀鑑の顕彰をしながら、こうして池田亀鑑の本文分別に異論を唱えているのです。
 学問というのは、対立するのではなくて共存する中で、さまざまな展開を見せるもののようです。
 異なるベクトルを我が身に抱え込んで、いろいろと試行錯誤を楽しんでいるところです。

 この機会に、もう少し宣伝をしておきます。

 今月から来月にかけて、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、平成28年10月初旬 予定)を刊行します。昨日と今日の記事は、その本文を確認している過程で気付いたことの報告です。
 これは、鎌倉時代の『源氏物語』を読む楽しさを味わっていただく資料の提供となるものです。さらには、明治33年に平仮名が一つに制限された下での従来の翻字が妥協の産物であることへ異を唱え、「変体仮名翻字版」という変体仮名の字母を交えた翻字の事例報告も兼ねるているものです。

 また、《NPO法人〈源氏物語電子資料館〉・伊藤鉃也・須藤圭 責任編集》『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」』(試行第1版 平成28年10月1日、非売品)を、今月末あたりから簡易製本したものを配布する予定です。天理図書館と八木書店との打ち合わせ等を通して、お互いの権利関係を守る意味から、ネットでの公開ではなくて私家版としての印刷による配布、という形を選択しました。
 現在、池田本の校訂本文の最終チェックをしているところです。大島本に代わる『源氏物語』の流布本のテキストとして、新たに池田本の校訂本文を試験的に提供する中で、よりよい校訂本文に仕上げていくつもりです。

 《江戸時代の大島本『源氏物語』から、鎌倉時代の池田本『源氏物語』へ》、というキャッチフレーズで、印刷媒体による無料配布となります。
 詳細は、月末までに、また本ブログでお知らせします。
 これも、楽しみにお待ちください。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ■変体仮名

2016年09月08日

国文研蔵「橋本本 若紫」のナゾリ〈その1〉

 国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」は、鎌倉時代の中期頃に書写された貴重な写本です。この写本の「変体仮名翻字版」を作成中なので、原本の確認をしているところです。
 これには、文字を削ったり、そのまま上からなぞっている箇所が無数に確認できます。
 なぞりの一例を紹介します。

 58丁表の6行目に、「多つねいて・堂万へらん」とあります。
 その「堂万へらん」という箇所は、国文学研究資料館が撮影した写真によると次のようになっています。


160908_tamaheran1




 この「へ」は「ふ」のようにも見えるので、「堂万らん」かとも思われます。
 しかし、私が調査を終えた諸本16本の中に、「ふ」とする写本は一本もありません。
 実際にこの部分を接写して確認すると、次のようになっています。


160908_he




 この拡大写真は許可を得て、本日私が撮影したものです。
 よく見ると、横に引かれた線の「へ」は、その下に見える縦線二本の墨の濃淡とは明らかに差があります。料紙に墨が乗っている状態から見ても、後に書かれたものであり、なぞることによって書写した本文を訂正するものであることがわかります。

 ここは「堂万八ん」と書いた後、「八ん」を刃物等で削って、その上から「へら」とナゾリ、続けて「ん」を書いているのです。

 なお、ここで接写に用いた道具は、藤本孝一先生のご指導の下、大島本(重要文化財)の精細な調査をした時に大活躍した機材です。


160908_nikon




 影印本や写真ではよく見えない箇所でも、実際に原本を見て、さらにこうした道具を活用すると、書かれた文字の実態が明確になり、より正確な翻字ができます。

 今回の調査を通して、さまざまなことがわかりました。
 時間と手間のかかる工程を踏んで書写されている実態を確認するものでもあり、いつでもできることではありません。
 これを機会に、以下、何回かにわけて書かれた文字の状態を紹介します。
 翻字のスキルアップに役立てていただけると幸いです。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■変体仮名

2016年08月23日

《仮名文字検定》の公式サイト(仮)公開

 先月下旬に、「《仮名文字検定》2018年夏より実施のお知らせ」(2016年07月22日)を、本ブログに掲載しました。

 その《仮名文字検定》の公式サイトを、まだ完成型ではないものの、新たに公開しました。
 アドレスは、本ブログの「お知らせ」に記したものと、今後とも変更はありません。
 以下の通りですので、ブックマークやリーダーなどに登録していただけると幸いです。

  《http://www.kanakentei.com/》

160823_kenteihp




 多くの方々に「設立趣旨」や「検定概要」などを確認していただけるようにとの思いから、仮バージョンではあるものの公式サイトの立ち上げを急ぎました。

 今後は、「受付ページ」や「申込みページ」等の作り込みと共に、スマートフォン対応のページも用意します。

 お知り合いの方々に、《仮名文字検定》が動き出しているということを、ニュースとしてお知らせいただけると幸いです。

 公式テキストは、2017年12月末にできます。

 まずは、鎌倉時代に書写された仮名写本(『源氏物語』等)を使って、変体仮名を読むことから受験の準備をなさってはいかがでしょうか。
 その時には、仮名文字の字母に注意していただくと、着実に変体仮名を読む力がつくはずです。さらに注意していただきたいのは、変体仮名の「阿」を「あ(安)」に、「可」を「か(加)」にというように、変体仮名を現行の平仮名に置き換えて翻字しないで、字母のままに翻字する練習をしてください。それが、本検定試験の受験対策につながる近道となることでしょう。

 みなさまが《仮名文字検定》を受験するための準備として自習なさる際には、私が科研(A)の成果として公開しているホームページ「海外源氏情報」の中にある、「『源氏物語』原本データベース」が、有益な情報源の一つになるかと思います。


160823_kaigaig




 そこでは、『源氏物語』の写本の画像が閲覧できるサイトを、50件以上も紹介しています。
 また、刊行されている『源氏物語』の影印本についても、30件以上を紹介しています。
 これは『源氏物語』に限定してのものです(現在では入手困難な書籍も含んでいます)。
 こうした情報も、《仮名文字検定》を受験するための学習資料の一部として活用していただければ幸いです。

 なお、《仮名文字検定》の特徴の一つとして、視覚障害者が触読で受験することも可能としています。
 もし興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、本ブログのコメント欄を活用してお問い合わせください。
 立体コピーによる写本の触読に関して、現在お手伝いできることをお知らせします。

 変体仮名を触読することに関する情報源としては、私が科研の「挑戦的萌芽研究」で取り組んでいるホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」も、お役に立つかと思います。


160823_syokudokuhp




 古写本の触読については、その中の「触読通信」の記事が、具体的で実践的な参考情報となっています。ここもご覧いただいて、《仮名文字検定》を触読で受験する対策の一つとしてお役立てください。
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ■変体仮名

2016年08月19日

尾崎さんからすぐに届いた『源氏物語 鈴虫』を触読した感想文

 昨日、日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」を読んだ記事をアップした後、すぐに参加していた共立女子大学の尾崎さんから感想文が届きました。
 メールには、こんな言葉が添えてあります。


1年前に比べたら自分でも驚くほど読める文字が増えていて、だてに毎日変体仮名を読んでいないなとうれしくなりました。


 一人の若者が、ひたすら前を見て歩んでいることを実感させてくれる文章なので、ここに紹介します。
 目が見えない方でも、鎌倉時代に写された『源氏物語』などの古写本をこれから読んでみようと思われた方や、そうした方が身近にいらっしゃる方は、遠慮なくこのブログのコメント欄を使って連絡をください。
 
--------------------------------------
 

「講座を終えて 〜触読できる文字が増えた今 思うこと〜」



 私は今回、伊藤先生にメールで送っていただいたデータを大学の助手さんに立体化していただき、それを持参して講座に参加させていただきました。
 助手さんの配慮で、私が触読しやすいようにと、変体仮名を拡大してから立体コピーしてくださったので、A3サイズの大きな紙で触読しました。

 卒業論文執筆のため、ここ最近は頻繁に変体仮名を触読していたせいか、講座には問題なくついていくことができました。分からない文字があった時は、お隣の席の受講者の方や、同行してくださった助手さんに、指を持って一緒に文字をなぞっていただき、形を把握しました。
 その後、書写できる文字は持参していたノートにサインペンで書き取り、形を記録しました。

 やはり、漢字は読めないものが多くありました。「侍」や「六条院」の「条院」などは字が細かいのか、完全に形を把握することができませんでした。

 触読のスタイルは、右手で紙を抑え、左手で先生の読みに合わせて文字を触読しました。私は主に左手で点字を読むので、そのせいか、変体仮名も左手が中心に触読しているようです。ただ、右手で触読することもあるので、左手でなければ読めないということではありません。
 左右で触読のスピードに差があるのか、今後検討していきたいと思います。

 昨年度の夏に、初めてハーバード本「須磨」と「蜻蛉」を触読した時は、これまで読んできた江戸時代の変体仮名と形が異なる文字が多いため、ほとんど触読することができませんでした。
 しかし、いま振り返ってみると、書かれた時代によって、字形が異なるとは言え、あの時は単に勉強不足で、変体仮名の字形の一部しか把握していなかったため、読めなかったのだと思います。

 見える見えないに関係なく、字形を知らなければ文字が読めないのは当たり前だと思います。触読以前に、いかに字形を記憶しているかが大きな焦点となるはずです。
 文字の記憶方法も、伊藤先生がおっしゃっていましたが、通常目から入ってくる形が、触読の場合指から入って来るだけで、形を記憶する大本のメカニズムのようなものは、目で読むのも触読するのも変わらないと思います。どちらも勉強すれば読めると言うことなのでしょう。

 また今回、書き癖を把握することで、スムーズに読めると言うことも実感しました。
 同じ文字でも、書き手によって若干異なります。始めのうちは戸惑っていた文字も、
「これがこの人の【な】なんだ」
「これがこの人の【ふ】なんだ」
というように、読みながら覚えていくことで、書き癖を把握できるだけでなく、読むスピードは上がるのだということを、あらためて実感しました。

 点字には版があり、フリーハンドで書くことはできません。そのため、書き手の癖のようなものが反映されることもありません。読みやすい文字を書くことはできますが、どうしても形は一定になってしまいます。

 それが変体仮名だと、書き癖をもろに感じることができるだけでなく、字母が何種類かあるので、その中からどの字母の文字なのかということも知ることができます。これは変体仮名の魅力だと思います。
 変体仮名を触読することで、書き手はもちろん、書かれた時代の文化にも触れることができます。

 今回の講座で変体仮名を触読したことによって、『源氏物語』の本体に触れられたようで、大変うれしく思います。伊藤先生やご参加のすべてのみなさまに、心より感謝もうしあげます。

 触読によって変体仮名を読むことで、目が見えなくても日本の文化や物語に直接触れることができるということを、多くの人々に広めるべく、伊藤先生と共に触読の方法をより確かなものにしていきたいと思っています。
posted by genjiito at 05:30| Comment(0) | ■変体仮名

2016年08月03日

国冬本「鈴虫」の長文異同(その5-仮名文字表記)

 日録として本ブログに書くことがいろいろとあったために、古写本に書写された文字を見つめての私見が途絶えてしまいました。

 これまでの「その1」から「その4」までは、国冬本「鈴虫」に見られる長文異同の内、漢字の表記に注目して、その出現する様相を見てきました。
 私が注目しているのは、長文異同があった箇所で、物語があらためて書き継がれた痕跡が見いだせないか、ということです。

「『源氏物語』国冬本「鈴虫」の長文異同(その1-問題点)」(2016年07月19日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その2-【御】と【心】)」(2016年07月20日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その3-【給】と【侍】)」(2016年07月21日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その4-【人】と【見】)」(2016年07月26日)

 最後にここでは、仮名で表記された例について、気になっているものを見ます。


160728_ahare




 長文異同となっている箇所に、「あはれ」という語が集中しています。
 「をかし」は、その後に見られます。
 「たてまつる」ということばが、長文異同がある箇所の前後で、その用いられる頻度が異なっています。
 「のたまふ」という語が、長文異同の後に見られます。

 以上、5回にわけて、長文異同がある国冬本を例にして、それが現在の物語にはまったく痕跡すら残っていない箇所の前後における、文字や語句の使われ方に何か変化がないかを見てきました。

 今回は、国冬本における特定の範囲に限定しての私見を記しました。
 限られた場面ではあっても、本文異同の様子から、539文字もの長文の異文が破棄された背景には、物語の生成発展という舞台裏が想定できそうだ、ということをあれこれと記しました。

 そう断定するためには、さらに厳密な調査と分析が必要であることは承知しています。

 もし、この不可思議な『源氏物語』の本文異同に興味を持たれたら、頭の体操をしてみてください。考える資料は『源氏物語の異本を読む−「鈴虫」の場合−』(臨川書店、240頁、2001年)にすべて掲載しています。私の仮説はともかく、これまでの研究成果に囚われない、若手の方からの意見を聞きたいと思っています。
posted by genjiito at 06:54| Comment(0) | ■変体仮名

2016年07月26日

国冬本「鈴虫」の長文異同(その4-【人】と【見】)

 『源氏物語』の長文異文に関するこの一連の記事では、拙著『源氏物語の異本を読む−「鈴虫」の場合−』で提起した仮説、長文の独自異文が廃棄された後に、二千円札の図様に採択された国宝源氏物語絵巻詞書にある「十五夜の夕暮に〜」が書き継がれたのではないか、ということを再確認しています。

 国冬本「鈴虫」巻には、諸本にはない539文字もの長文の異文があります。その箇所(後掲表中の「長文異同(539字)」)の前後に、どのような文字列が使われているのかを確認することで、外観上からの物理的な切れ続きの一端が確認できないか、と思って見ています。
 もちろん、文字遣いは語られる内容に規制されるので、あくまでも現象の確認にすぎないことを、あらかじめ意識しての検証であることをお断わりしておきます。

 今回は、「人」と「見」という漢字の使われ方を確認します。
 この漢字を平仮名で「ひと」「み」等と表記したものは、今回対照とする範囲内にはありませんでした。


160724_hito




 この2種類の例からも、「異同後(537字)」がそれまでの文字使いの傾向とは異なることが容易に確認できます。
 特に、長文異同(539字)に「人」が多く使われているのは、そこに登場する人物に関係すると思われます。拙著『源氏物語の異本を読む−「鈴虫」の場合−』で、次のように記したことに関連する事象かもしれません。


 この異文の特徴は、文字数において長いばかりでなく、また話題転換部分である以外に、この異文の中に七人もの人物が登場することです。そこには、女三宮・薫・光源氏・小侍従君・柏木・夕霧・一条御息所の動静が語られるのです。
(中略)
 第二十一巻「少女」や第三十三巻「藤裏葉」において、登場人物の多くが呼び出されていたことに思いを致すからです。(157〜158頁)


 「見」について、今は説明できません。
 「異同後(537字)」で、「人」と同じように「見」も使われていないことについては、ここで検討対象としている部分の内容を解釈していくと明らかになることでしょう。

 この検討はさらに続きます。
posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ■変体仮名

2016年07月21日

国冬本「鈴虫」の長文異同(その3-【給】と【侍】)

 国冬本「鈴虫」巻において、諸本にはない539文字もの長文の異文がある箇所の前後に、どのような文字が使われているのかを確認しています。
 特に、二千円札で有名になった「十五夜の夕暮に〜」の直前にある長文の異文は、どのような意味を持つのかを考えようとするものです。

 なお、昨日書き忘れたことを補っておきます。
 ここで抜き出した3箇所の文章は、「長文異同(539字)」とほぼ同じ分量でその前後にあり、意味の上からも切れのいい箇所を取り出したものです。そして、「異同前(539字)」の文字数が539文字なのは、偶然に「長文異同(539字)」と一致したものです。

 今日は、【給】について見ます。併せて【侍】についても触れます。


160721_tamafu




 ここで検討対象とする3箇所で語られている内容については、今は吟味をしていません。物語の内容と用字は密接に関連するものなので、当然それを語る用字に話の内容が強く関係します。また、語学的な視点での解明も必要です。しかし、ここでは書写された文字の違いという現象にだけ注目し、その外形的な違いを確認しているところです。

 ここで【給】については、「異同前(539字)」で15例、それに続く「長文異同(539字)」で7例、「異同後(537字)」で6例見られます。「15−7−」です。
 さらに細かく見ると、「【給】て」が「異同前(539字)」で4例、それに続く「長文異同(539字)」で0例、「異同後(537字)」で2例見られます。「4−0−」です。
 その他でも、「給」に続く文字を見ていくと、さまざまなことを考えさせてくれます。「長文異同(539字)」にある「【給】えり个り」の「え」という語尾の表記も気になります。
 なお、この「給」を平仮名で表記した例は、今回切り出した3箇所には1例もありませんでした。
 さらには、今回抜き出した中で「異同後(537字)」に1例だけ見られる「【侍】へ連と」も、「給」と一緒にその使われ方を考える際に参考となるものです。

 国冬本「鈴虫」におけるこうした文字使いを見ていると、私が仮説として提示したことが、外形的な様態からも可能性が高いのではないかと思われます。
 昨日記した私見を、ここに再度引きます。


物語が、上記表の真ん中に位置する「長文異同(539字)」を破棄した後に、それを挟むようにして存在する旧「異同前(539字)」と新「異同後(537字)」をつなげることで、現行の「鈴虫」が構築されているという拙著『源氏物語の異本を読む−「鈴虫」の場合−』で述べた仮説は、ここでの用語例の出現傾向から見て、決して的外れなものではありません。


 この検討は、さらに続きます。続きを読む
posted by genjiito at 21:14| Comment(0) | ■変体仮名