2025年08月06日

【追記あり】全盲の文化人類学者広瀬浩二郎氏の言葉から

 国立民族学博物館教授の広瀬浩二郎氏が、昨日(8月5日)の京都新聞「現代のことば」に、「共鳴する二つの歴史」と題するコラムを執筆しておられます。

 広瀬氏には、総合研究大学院大学の教授会で毎年京都と東京で同席したり、科学研究費補助金の「挑戦的萌芽研究」(平成27年〜28年)で私が研究代表者となっていた「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」において連携研究者をお願いしたりと、いろいろとお世話になって来ました。

 その広瀬氏が、点字の記念年でもある今年の現況などを話題として、コラムの中で私見を述べておられます。以下、発言を摘記して、現在の状況を整理しておきたいと思います。
 私の関心に引き付けて言えば、1900年に300字近くあった変体仮名が現行の五十音図のように整理された、その10年前に日本語点字が制定されたということが、文字の歴史の上で社会環境を背景としてリンクしているよう思われます。このことは、現在も興味と関心をもって、鋭意追跡調査をしいてるところです。

 さて、広瀬氏のコラムからの引用です。


 今年はルイ・ブライユによる点字考案から200周年に当たる。中1の終わりに失明した僕が点字を使うようになって、40年以上が経過する。視覚障害者のための文字という位置づけにとどまらず、点字の魅力・意義を万人に伝える活動ができないものか。
(中略)
ブライユ点字はヨーロッパから米国に普及し、明治維新直後の日本にも導入される。ブライユの理念を継承して、日本語点字が制定されるのは1890年である。投票・郵便・受験など、点字は視覚障害者の人権と密接に関わってきた。
(中略)
今日、情報通信技術の進展に伴い、視覚障害者がパソコン、スマホを介して通常の文字を読み書きすることが当たり前となった。障害者と健常者が「ともに生きる」という点において、この200年間で著しい変化があったのは間違いない。一方、ブライユが確立した「点字国」の存在は、当事者間でも忘れられつつある。
 人権保障のツールとしての点字は、一定の役割を終えた。今後は、視覚障害者が育んだ触覚文化を健常者に広げていきたい。
(京都新聞、2025年8月5日「現代のことば」より)


 ここで、点字が「一定の役割を終えた」と言っておられることに、私は注目しています。確かに、現在は視覚障害者で点字が読める方は1割にも満たない、という現状があるようです。そうした実状の中で、公共施設や駅などには点字シールが所構わず貼られています。こうしたことも含めて、「一定の役割を終えた」と言われる意味について、さらに具体的な意見を伺いたいと思っています。

 昨夏、中之島図書館で開催された「平安文学リレー講座」では「ユニバーサル〈カルタ〉で百人一首」と題して、目が見えない方々と一緒に点字百人一首を体験する講座を開催しました。以来、私の身辺では特に目立った動きはなく、参加や紹介する情報もなく過ぎました。東京の点字付き百人一首の活動も、しばらくお休みのようです。
 昨日の広瀬氏の記事に触発されて、あらためてこのテーマにも積極的に関わりたいと思うようになりました。

 以下、これまでに本ブログで取り上げた広瀬氏を中心とした記事を整理してみました。
 確認しておきたい情報を、記事一覧として掲載します。

 [追記](2025年08月07日)
 視覚障害者に関する記事を、淺川槙子さん(名古屋大学)が整理してくださいました。
 幅広い視点から障害者問題を考える上で参考情報となるものなので、ここに追記します。

 ■ 視覚障害者に関する研究代表者のノート ■

【視覚障害者・盲教育・触常者・触読・点字に関する記事一覧】



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■広瀬氏に関連する本ブログでの記事一覧■

・「読書雑記(348)広瀬浩二郎・相良啓子『「よく見る人」と「よく聞く人」』」

・「民博の特別展でアートに触り体感する」

・「コロナ禍で始まった“触”の大博覧会を応援中」

・「パラリンピックと障害がセットになっていることに違和感がある」

・「民博の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」の HP 公開」

・「「東京オリ・パラ」の「・」の意味について」

・「触察の名手広瀬さんの手触りに関する〈とはずがたり〉」

・「「障害」と書くことに対する広瀬さんの意見」

・「京洛逍遥(676)若冲の錦市場で「莫大海」を入手」

・「来春3月に富山でユニバーサルツーリズムのシンポジウム」

・「[学長ブログ]神戸大学でオンライン留学の実情を聞く」

・「読書雑記(303)広瀬浩二郎『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける』」

・「広瀬さんの新著『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける!』」

・「全盲の広瀬さんから「優しさ・安全」が強調される社会への異議申し立て」

・「盲学校の授業にフォーカスするETV特集」

・「新しいコラムの連載を通して〈濃厚接触の意義〉を考える」

・「「イグ・ノーベル賞の世界展」に行って」

・「ユニバーサル・ツーリズムに関する思いつき」

・「奈良で始まった「さわって楽しむ体感展示」」

・「奈良で開催される「さわって楽しむ体感展示」のお知らせ」

・「民博で古写本『源氏物語』の触読研究会」

・「駅のホームドア設置と「ホーム縁端警告ブロック」」

・「刺激的だった「第3回 古写本『源氏物語』の触読研究会」」

・「第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」のご案内」

・「インドの盲学校で手書き文字についてミッタル先生と議論する」

・「宇治の街歩きと〈運読〉のワークショップ開催」

・「〈運読〉で楽しむ『源氏物語』のご案内」

・「点訳された古文の教科書と読み上げソフトを使った確認の必要性」

・「江戸漫歩(111)赤坂で打ち合わせと会議」

・「立川市中央図書館で点字プリンタを使う」

・「視覚障害に関する本ブログの関連記事一覧」

・「視覚障害者と写本文化を共有するための47本の記事一覧」




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2024年07月26日

中之島図書館での第5回リレー講座は《点字付きカルタで百人一首》

 今日の淀屋橋界隈は、入道雲を見はるかす夏空でした。

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 中之島図書館で開催された「平安文学リレー講座」の今回のテーマは「ユニバーサル〈カルタ〉で百人一首」と題して、目が見えない方々と一緒に点字百人一首を体験する講座でした。みなさんが一緒に参加しての、楽しい集いとなりました。

 私は最初の挨拶だけで、全体の進行は〈大阪点字付きかるたを楽しむ会〉の兵藤さんと野々村さんの担当です。
 競技カルタの模範対戦は、吉村君と岡田さん。読み手は南沢さんです。南沢さんは、遠路はるばる栃木県からの、元気一杯の頼もしい加勢です。
 現役のカルタ取りの実技は、その瞬発力と記憶力の闘いで、みなさんその迫力に驚いておられました。途中から、戦術という視点からの吉村君の解説入りで展開しました。

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 続いて、視覚障害者による四人一首です。考案者である南沢さんから、四人一首ができた経緯の説明などを伺いました。四人一首の対戦は全盲の野々村さんと兵藤さん。これも、白熱の対戦を見ることとなりました。

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 点字カルタに親しみ、参加者同士の会話が弾むように、お坊さんめくりも取り入れました。

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 『百人一首』の歌を読み上げる練習も、みんなでしました。読み手講習の講師は吉村君です。時間が押していたので、短い時間でした。しかし、テレビで観たり聞いたりしていた和歌の調子が思い出され、楽しい時間となりました。

 休憩を挟んで、参会者を交えての四人一首をしました。
 簡単なルールでありながら、さまざまな能力が求められるので、刺激的な遊びとなっていました。

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 目の見えない人や見えにくい人への、声掛けや手引きの体験も、参加者のみなさまには興味をもっていただけました。即興のペアーで手引き体験をしてもらったりもしました。

 終了後は、希望者による、重要文化財となっている中之島図書館本館の見学ツアーです。
 手引き体験を兼ねて、参加者の方と視覚障害者とがペアとなって歩いてもらいました。

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 毎月この図書館で『源氏物語』と『百人一首』の講座を担当している私も、今日のような図書館の建物の詳しい話は初めて聞きました。
 参加者のみなさま、長時間、お疲れさまでした。

 視覚障害者が『百人一首』をゲーム感覚で取ることを通して、日本の古典文化がさまざまな形で継承されている姿を見たり、体験することで、ユニバーサル〈カルタ〉を広く知っていただくことを主旨とするイベントは大成功となりました。
 スマホの普及などの刺激を受けて、デジタル技術の導入でコミュニケーションの多彩さが点字の存在にも問題点を突き付ける時代となりました。しかし、点字を交流の起点とする多くの方々にとって、コミュニケーションツールとしての点字の意義は、まだまだ受け継がれていきます。その中で、『百人一首』という日本の古典文化と結びついた、遊びと実技を融合させた点字付き『百人一首』は、もっと広くその意義を再確認すべきだと思っています。そんな意識改革の一端となれば、との思いで企画したイベントでした。
 次回は、さらに進化した視覚障害者と『百人一首』の接点となるツールの紹介ができるように、まだまだ模索と試行錯誤は続きます。




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2024年07月04日

「平安文学リレー講座 ユニバーサル〈カルタ〉で百人一首」のご案内

 大阪府立中之島図書館における、第5回となる「平安文学リレー講座」は、3週間後の7月26日(金)です。今回は、目の見えない方々が『百人一首』を点字付きのユニバーサル〈カルタ〉で楽しんでおられることを、広く知ってもらおうという趣旨で開催するものです。
 カルタ取りの実践としての競技カルタの模範演技はもちろんのこと、見えない方々による八ッ橋型のカルタを使った《四人一首》、点字が果たす役割、『百人一首』の歌の読み方の練習などを、一般市民の方々の参加を得て一緒に楽しみたいと思います。

 チラシが出来上がりましたので掲載します。
 (画像をクリックすると精細表示となり、文字が読みやすくなります。)

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「ユニバーサルな〈カルタ〉ってどんなもの?!」
「視覚障害者が百人一首の〈カルタ〉をどうやって取るの?」
当然不思議に思いますよね。点字と白黒反転した大きい文字の〈カルタ〉を使うと、白熱した試合も展開できます。さあ、皆様も一度体験してみませんか? 新しい発見があるかもしれません。
 (このイベントは、ユニバーサル〈カルタ〉を広く知っていただくための講座です。)

 今回のイベントは、兵藤美奈子さん(大阪点字付きかるたを楽しむ会代表・大阪府職員)と、野々村好三さん(大阪点字付きかるたを楽しむ会副代表・京都ライトハウス職員)の活動を通して、ユニバーサル〈カルタ〉による『百人一首』を広く知っていただきたいと思って企画しました。特に《四人一首》は必見です。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事務局長である吉村仁志氏も、競技カルタの選手の一人として、参加なさるみなさまのユニバーサルカルタの体験のお手伝いをします。

 本日、上記3名と私の4人でネット会議をして、開催に向けての具体的な打ち合わせをしました。参加してくださるみなさまが大いに楽しんでいただけるように、いろいろとアイデアを持ち寄りました。
 このイベントを通して、古典文学である『百人一首』の新たな姿を実見し体感してほしいと願っています。

 参加していただく定員が限られていますので、早めの申し込みをお願いいたします。




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2024年03月03日

「京都で点字付きかるた(百人一首)を楽しむ会」は大盛況でした

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」の代表者である兵藤さんから、久しぶりにカルタ会のお誘いを受けたことは、過日の案内に記した通りです。
 会場は、JR長岡京駅から徒歩すぐの長岡京市立中央生涯学習センター3階特別展示室です。

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 本日の内容は、午前…坊主めくり、懐メロかるた・紫式部すごろくの紹介など。
 午後は、紫式部周辺の歌人の歌の解釈、歌読み体験、札を並べてのチーム対戦など。
 そのほか、楽しい企画が予定されていました。

 今日この会場に集まったのは、37名プラス福島県から音声参加で、計38名と大盛況でした。
 会場では、過去のカルタ大会で元気な小学生ながら札をバンバン取っていたH君が、来月から高校生だと言うのには驚きです。コロナ禍の5年間の長さを、あらためて知りました。
 この間、コロナウイルスの感染を理由に、目が見えない方々は貴重な情報収集手段である触ることを、いかにも悪いことであるかのような対応を受け、悔しい思いをして来られました。触って知ることが唯一のコミュニケーションであったことが、惨いことにあろうことか理解が得られないままに遮断されたのです。見えない人たちは、息苦しい生活を強いられていたのです。
 折々に話をきいていると、知る権利を奪われ、仲間と楽しむことも出来ない日々の中を経て、やっとこうしてみなさんで『百人一首』を通して元気を取り戻されたのです。
 この集まりでは自称広報担当である私は、こうしてまた支援活動を再開することにしました。

 今日も、楽しいことをしたくて来たという人が、しかも『百人一首』は初めてだという方が何人もおられました。特に午前の部は、初心者を自認する方が多かったのが印象的です。
 私も知らなかった、いろいろな遊びを教えていただきました。

 福島県立視覚支援学校で国語を教えておられる渡邊さんが、紫式部の背景である人間関係を、リモートで話してくださいました。お話を伺うのに目は見えなくてもいいので、みなさん興味深く聴き入っておられました。

 『百人一首』の読みあげ方について、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事務局長をしている吉村君から、講師役となっての説明がありました。下の句から上の句を読むに当たっての、声の伸ばし方や間の取り方のコツが伝授されました。
 質疑応答タイムでは、多くの疑問が出ました。

 肝心のカルタ取りの実際は、これまでにも本ブログで紹介したので、詳しくは以下の記事などをごらんください。いずれも、コロナ禍でのイベントの紹介です。特に、(3)と(4)はお奨めの記事です。

(1)(2019年11月02日)
「バリアフリーかるた全国大会2019 に参加」

(2)(2019年11月03日)
「盲導犬と一緒に「全国大会 2019」から「サイトワールド 2019」へ」

(3)(2019年10月26日)
「見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日」

(4)(2017年07月22日)
「目が見えない方々と須磨で『源氏物語』の散策をしました」

(5)(2017年07月23日)
「神戸で百人一首の合宿の後はお楽しみの食事とスイーツツアー」

(6)(2017年03月19日)
「点字付百人一首〜百星の会で見た八つ橋型の新開発カルタ」


 今日の会場での様子は、次の写真で感じ取ってください。

■四人一首の練習風景

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■見えない・聞こえない(盲聾)の方の練習風景
 サポート役の方が読まれた和歌をブレイルメモに入力すると、左手の指でその歌を読み取り、右手でカルタを取ります。その早さは感動ものです。

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■コロナ禍で中止となった全国大会出場のために作ったTシャツ

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【追伸】
 今回、主催者である兵藤さんと野々村さんに、私からイベント開催の相談を持ちかけました。それは、大阪府立中之島図書館で開催している「新古典塾 平安文学リレー講座」の5回目を、『点字百人一首』にしたいというわがままなお願いです。幸い、快諾をいただき、今年の7月にどうだろう、という道筋までができました。東京からは関場さん、栃木県からは南沢さん、福嶋からは渡邊さんという、草創期からの先達も参加してくださるようです(希望的観測も含めて)。後は、図書館側との相談です。

 とにかく、広く『点字百人一首』を知ってもらうことと、目が見えない方々が楽しく集える場所を設営したいと思います。もちろん、幅広く広報をして一般の方々にも参加してもらえるような企画にまとめあげるつもりです。お手伝いしていただける方を募ります。
 このイベントも、楽しみにしてください。




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2024年01月28日

「大阪点字付きかるた(百人一首)を楽しむ会」からの案内

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」から、本年初の案内が届きました。

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」は、コロナ禍の活動休止期間を経て今は再開し、2か月に一回、日本ライトハウス情報文化センターでかるた会をやっておられます。
 今回は大河ドラマ「光る君へ」に関連する歌を取り上げ、京都で開催するそうです。
 以下、いただいた連絡を整理してお知らせします。


 早春企画!
「京都で点字付きかるた(百人一首)を楽しむ会」開催のご案内

 梅の香薫る3月、今年初となる「楽しむ会」を開催することとなりました。
 百人一首の歌を全く覚えていない方、点字が読めない方も大丈夫です。
 当日は色々な遊び方を楽しみましょう。

■主催:大阪点字付きかるたを楽しむ会
■日時:3月3日(日)10時〜16時30分
■会場:長岡京市立中央生涯学習センター3階特別展示室
(京都府長岡京市神足2丁目3番1号バンビオ1番館内 TEL075-963-5500)
 ※JR長岡京駅から徒歩すぐ。
■内容:午前…坊主めくり、懐メロかるた・紫式部すごろくのご紹介など。
    午後…歌読み体験、札を並べてのチーム対戦など。
    そのほか、楽しい企画を予定しています。
■参加費:1,000円(昼食・お茶付き。付き添いも同額。昼食とお茶が不要な方は300円)
 ※途中参加・途中退出も可能ですが、事前にお知らせください。参加費は終日参加の方と同額です。
■定員:40名程度
■お申込・お問い合わせ先:2月25日(日)までに下記宛てにご連絡ください。
 メールの場合は、受付後、数日以内にお返事いたします。
 代表 兵藤 美奈子(ひょうどう みなこ)
  (メール:putti-castle205@key.ocn.ne.jp)
  または、副代表 野々村 好三(ののむら こうぞう)
  (電話 090−3841−9107)。
☆お申し込みの際に以下の点についてお知らせください。
 ・氏名(ふりがな)
 ・当日連絡のつく電話番号
 ・昼食(お茶付き)がいるかどうか
 ・付き添いの有無(付き添い有りの場合は昼食の要・扶養)
 ・JR長岡京駅での待ち合わせ希望の有無(9時50分改札待ち合わせ)

*ご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。




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2023年10月21日

盲史研に出席後、久しぶりの賀茂川散策

 秋晴れの中、京都府立盲学校花ノ坊校地へ行きました。「日本盲教育史研究会第12回総会・研究会」に出席するためです。対面による会は4年ぶりです。

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 以下、いただいた案内を転記します。

日時:2023年10月21日(土曜日)10時から16時30分
会場:京都府立盲学校花ノ坊校地(高等部・多目的教室)
主催:日本盲教育史研究会
後援:全国盲学校長会,日本盲人福祉委員会,毎日新聞社点字毎日

研究会テーマ「10年を経た盲史研、その新しい展開を」
 報告 渡辺 譲「日本盲教育史研究会10周年記念出版物について」
 発表 濱井良文「点字毎日、100年の歩みをふまえて」
  (昼休憩)
 講演 愼英弘「障害者の歴史試論<共に生きる社会をめぐって>」

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 発表 深串 徹「戦時体制下の台湾における視覚障害者(1937〜1960s)」

 午前の一つ目の報告で紹介された本の、北海道における活動報告の中の一部の写真は、私が同行した時のものが収載されています。事務局長の岸先生からご丁寧なお電話をいただき、私のブログから写真を転載したい、との依頼があり、お役に立つのであればと快諾したものです。
 次の点字毎日の発表の内容は、特に戦時中の記事について、他の新聞社と同じように戦争協力をするものであったということでした。墨字新聞と点字新聞の内容と論調に、どのような違いがあるのか興味を持ちました。印刷物としての編集も進んでいるようなので、後日確認することにしましょう。
 休憩を挟んで、障害者の歴史についての考察が発表されました。今回の発表は、「歴史の捉え方を示したものであり、実証研究ではない。」とのことです。しっかりと文献を押さえた実証的なものではなかったので、少し残念でした。
 最後の、戦時下の台湾に関する発表は、次の予定があったので失礼しました。

 帰りには、賀茂川を歩いて出町柳駅まで歩きました。昨春までこの川の近くに住んでいたので、毎日のように歩いていた勝手知ったる散策路です。

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 狭い石の1本道は、バランス感覚を養うのに格好の道具にしていました。ところが、今日はふらふらと揺れてしまい、真っ直ぐに歩けませんでした。まさに、脳梗塞の後遺症のようです。これはこれで、いいリハビリの道です。
 それにしても、気持ちのいいリハビリコースでした。鷺たちも、相変わらず元気に群れていました。




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2022年02月10日

『BE LOVE』の百人一首マンガに登場する南沢さんのこと

 昨日の記事で、百人一首のマンガ「ちはやふる」に、視覚障害者の話題が取り上げられていることを紹介しました。漫画雑誌の『BE LOVE』には、百人一首の競技かるたの世界をマンガ化した「ちはやふる」が連載されています。今月号である『BE LOVE』(2022年3月号、2022年3月1日発行、講談社)には、全盲でもかるたを取る話が描かれています。今、店頭にこのマンガ雑誌が並んでいます。

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 そこに登場する北沢先生は、次のように紹介されています。

会いにいったんだ
全盲で
かるたを教える
先生に
(中略)
北沢先生は
声が大きくて
体幹が
しっかりしてて
目が大きくて

全盲なのに
目が合っているような
感じのする
先生で


 この場面は、「○○市立中央小学校」での話となっています。そして、点字付百人一首の紹介があります。
 そうなんです。この北沢先生は、「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」で『四人一首』の発案者であり、栃木県宇都宮市立中央小学校で音楽を教えておられる、南沢創先生(通称・ドラネコさん)なのです。本ブログでも、何度か紹介しました。確かに、このマンガは、南沢さんの特徴をよく摑んだ人物として描いています。
 おついでの折にでも次の記事もお読みいただけると、大活躍中の南沢さんの立ち位置と姿が見えてくると思います。

「「点字拡大文字付百人一首〜百星の会」からの報告」(2022年02月08日)

「コロナ禍でのカルタ遊び」(2021年04月21日)

「[追補版]『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事」(2020年01月23日)

「[六訂版]パラリンピックを見据えて『百人一首』を考える」(2019年10月24日)

「点字付百人一首のことがよくわかるPR動画の紹介」(2019年09月03日)

「大盛会だった「大阪点字付きかるたを楽しむ会」の福岡開催」(2019年07月15日)

「「京都でかるたを楽しむ会」で『百人一首』」(2019年05月01日)

「(補訂版)神戸で百人一首の合宿の後はお楽しみの食事とスイーツツアー」(2017年07月23日)

「目が見えない方々と須磨で『源氏物語』の散策をしました」(2017年07月22日)

 
 
 
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2022年02月08日

「点字拡大文字付百人一首〜百星の会」からの報告

 コロナ禍で思うように活動ができず、残念ながら今年も「新春かるた会」は開催されませんでした。
 そんな中で、若者たちの活躍が「点字拡大文字付百人一首〜百星の会」事務局の関場理華さんから伝わって来ました。
 明るいニュースとして、二題を紹介します。(私に少し編集をしています。)

【その1】
 中学生の時から、お母さんと妹さんと、かるた会のお手伝いに来て、家族ぐるみで「百星の会」の活動を支援してくれた斎藤玄志君(大学2年)が、地元の群馬県に点字かるたを根付かせようと、点字図書館で競技かるたの勉強会を開催します。
 題して「かるたのお話会」
 ○日 時・・・2022年2月14日(月) 11:00~12:00
 ○案内役・・・斎藤玄志さん(百人一首競技者・点字付きかるた「百星かるた会」参加)
 ○開催方法・・Zoomによるリモート開催
 ○参加申込・・Eメールで「guntento@mtd.biglobe.ne.jp」宛にお申し込みください。
   (Zoomの利用が難しい、不安な場合は、申込時にお申し出ください)
 詳細は、群馬県立点字図書館(https://www.guntento.org/oyako.htm
  申込締切 2022年2月8日(火)


【その2】
 人気まんが『ちはやふる』に、「北沢先生」登場!
 あの、空前の百人一首ブームを巻き起こし、アニメや映画にもなって話題をさらった、人気まんが『ちはやふる』(2月1日発売の漫画雑誌「BE LOVE」)に、点字を貼ったかるたで、子どもたちと共にかるたを楽しむ「北沢先生」!が登場しました!
 モデルは、百星の会でもおなじみの、四人一首ほか、数々の工夫をこらした札やルールを発明しておられる、南沢ドラネコさん。
 作者の末次ゆき先生からの綿密な取材も受け、ついにマンガの本編に登場!
 ご本人に負けず劣らず?!、さわやかイケメンキャラです。
 現在のまんがストーリーでは、主人公達のライバルである若きかるた名人が、徐々に視力が失われる病に戸惑い、かるたの札のみを一心に見つめ、心を閉ざしています。果たしてその名人に「北沢先生」は、目が見えなくても楽しめるかるたを伝えることができるのでしょうか?
 乞う、ご期待!

 
 
 
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2021年10月26日

民博の特別展でアートに触り体感する

 本日、本ブログで「民博の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」の HP 公開」(2021年07月09日)と題して紹介した、国立民族学博物館の特別展「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」に行き、展示品のすべてを触ってきました。私が確認したところでは172点だったので、約200点としておきます。どなたも、このすべてに触れます。

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 入口で、「大学共同利用機関法人人間文化研究機構」とか「総合研究大学院大学」という文字列を見ると、前職が同じ機関だったこともあり懐かしさが過ります。

 民博にこの前に来たのは、5年前に科研の研究会を開催した時でした。本当に久しぶりです。

「民博で古写本『源氏物語』の触読研究会」(2016年12月10日)

 今回の特別展の仕掛け人で責任者である広瀬浩二郎さんには、延々3時間にもわたって全展示品の説明をしていただきました。とにかく、このコロナ禍で「非接触」が声高に叫ばれているにもかかわらず、触ることに徹したこの展覧会は前代未聞です。1年延期となったにもかかわらず、広瀬さんは初志貫徹されました。盛大な拍手を送ります。
 会場に入るとすぐに、広瀬さんの像が出迎えてくれます。その手前にある興福寺の仏頭(国宝のレプリカ)をペタペタと触った後、ご本人を前にして広瀬像を触るのは、得も言われぬ不思議な感触にとらわれました。

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 次に入った展示場の最初に置いてある耳なし芳一の右手は、杖を持った左手とはその感触がまったく異なります。生身の肌の手触りなのです。実は、広瀬さんの右手を象ってシリコンで覆ったものだそうです。知らないとそのまま通り過ぎますので、ぜひとも触って入ってください。

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 「ユニバーサル・ミュージアム」の意義はもちろんのこと、今回の特別展の趣旨と意図が、自分の手指を通して伝わってきます。今ここでは、それ以上に書きようがないので、とにかく国立民族学博物館に足を運ばれることをお勧めします。会期はあと1ヶ月あります。

 展示図録と私が出品した『変体仮名触読字典』と『触読例文集』のことは、「コロナ禍で始まった“触”の大博覧会を応援中」(2021年09月04日)を参照願います。会場の最終コーナーでは、『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が自由に触れる状態で置かれていました。これも、ぜひともご自分で触ってみてください。

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 「けっして触らないように」と言われる昨今、これは「とにかく触ってみよう」というコンセプトの展覧会です。貴重な体験ができること請け合いです。日常生活で忘れていた感覚を、知らなかった感触を、この会場で思い出し、見つけるという、新たな気付きの機会となることでしょう。
 
 
 
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2021年09月04日

コロナ禍で始まった“触”の大博覧会を応援中

 今月から、国立民族学博物館で特別展示として、「ユニバーサル・ミュージアム―さわる!“触”の大博覧会」が、2021年9月2日(木)〜11月30日(火)の会期で開催されています。

「ユニバーサル・ミュージアム―さわる!“触”の大博覧会」

 昨年秋の計画が、新型コロナウイルスの感染拡大のために延期となっていたものです。企画運営の責任者として奔走しておられた広瀬浩二郎さんは、私の触読研究の研究協力者でもあります。関係者が気を揉む中で粘り強い交渉を重ね、こうして開催に漕ぎ着けられたことは、その末席から応援する者としてとにかく安堵しています。会期末の11月末までは、コロナ禍ゆえに気が抜けません。それでも、パラリンピック開催中にこうした催しがスタートしたことは、特筆すべきことだと言えます。

 手元に、展示図録である『ユニバーサル・ミュージアム −−さわる!“触”の大博覧会』(国立民族学博物館・広瀬浩二郎編、小さ子社、248頁、2021年9月2日)があります。

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 よくできた図録です。ページを繰っていて楽しくなる図録です。展示された作品を触ってみよう、という気持ちになります。
 バタバタするだけの日々の中で、隙間を見つけて〈触りに行く〉機会を探しているところです。

 図録の表紙が気に入りました。その【カバーデザイン解説】には、次のような説明があります。

カバーでは、色と点字を要素にした「さわる」文化を体験するデザインを制作しました。本図録に掲載されている作品をクローズアップし切り抜き、切り抜いた帯を13本並べ、それぞれ2色の組み合わせに置き換えています。その帯の上に重なる点字に色をつけることによって、視覚には作品素材に色の点字が、出現や消失をしている様子が表現されています。また、帯の上に重なる点字には、点字模様という規則的に同じ点字の並びを繰り返すことで模様を作る点字の文化を取り入れています。色と点字による視覚と触覚の関わり合いと、点字模様が生み出す「さわる」文化を体験するカバーデザインです。


 私は、この図録の「第6章 見てわかること、さわってわかること」に「変体仮名を触読する意義」(174〜175頁)という文章を寄せ、展示品としては『変体仮名触読字典』と『触読例文集』の2点を提供しています。

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 〈新型コロナウイルス〉と〈触ること〉は、今は相容れないものになっています。そうであるからこそ、〈触ること〉を忌避するのではなく、〈触ること〉の意義を再認識して、居心地のいい、気持ちのいい社会を作り上げていきたいものです。

 広瀬さんは、このところ新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどなど、さまざまなメディアに向けて視覚障害者からの情報を発信中です。今朝届いたメールには、次のようにあります。

どうしても「視覚障害者である広瀬」にフォーカスする取り上げ方が多くなります。
 この点について、いろいろ思うことはありますが、今回は特別展の注目度アップにつながればと、本人は割り切っています。


 今後とも、このイベントに関連する情報を、本ブログからも援護射撃として発信します。実際に国立民族学博物館へ足を運ばれた方のご意見や感想をお寄せいただけましたら、ここで紹介します。この記事の末尾にある〈コメント欄〉をご利用ください。
 
 
 
posted by genjiito at 20:18| Comment(0) | ■視覚障害

2021年08月29日

視覚障害に関する記事のリンクを訂正

 必要があって、これまでに本ブログで取り上げてきた視覚障害に関する記事を確認していました。すると、リンク先が切れているものが150件以上もあることがわかりました。このままではいけないので、次の3本の記事に一覧としてあげたブログに関しては、そのリンク先を正しいものに訂正しました。今回は、そのすべてが eonet から発信していた「eo ブログ」の記事です。大変失礼しました。
 長くブログを書いていると、サーバー側の都合で閉鎖されたり、移転したり、クラッシュしてデータが消えたりすることに何度も出くわしました。そのため、以下のようにリンクが変更になり、そのサーバーも今は存在しないためにつながらなくなったのです。今後とも、こうした不備は、見つけしだいに補正していきます。

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(1)「視覚障害者と写本文化を共有する接点を求めて」
   (2014年09月15日)

(2)「視覚障害者と写本文化を共有するための47本の記事一覧」
   (2015年02月10日)

(3)「視覚障害に関する本ブログの記事一覧」
   (2015年05月23日)
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■視覚障害

2021年08月28日

目を休めながら思うこと

 右目は、ほぼいつもの状態に戻りました。しかし、パソコンやモバイル機器の液晶画面を見ていると、しばらくして目の裏が落ち込むように重たくなります。目がゴロゴロする時もあります。
 メモを見たり書いたりすることには、何も問題はありません。しかし、書類などの長い文章はいけません。そこで、紙に印刷して読んだり、原稿はプリントアウトしたものに手を入れることにしました。
 ところが、これも集中して取り掛かると、やがて瞬きが多くなり、目がヒリヒリし出します。眼科でいただいた目薬や軟膏を塗っても、症状はあまり変わりません。
 こんな調子で、なかなか思うようには仕事が捗らなくなりました。諦めて目を休めなさい、ということなのでしょう。
 もし見えなかったら、と考えてみました。
 おそらく、文章をパソコンなどで読み上げさせるなど、音声で読書や書き物や校正をすることでしょう。アップルの製品には、そうした人に優しいサポートがしっかりと用意されています。しかし、まだ私がその機能を使いこなすだけのスキルを持ち合わせていないので、今すぐにとはいきません。時間があれば可能だ、ということは安心材料ではあります。
 それにしても、ささいなことに限られるとはいえ、その気になれば何とかなるという、便利な環境が身の回りにあることに、あらためて気付きました。不便とか不自由ということに対する意識が、時代とともに変化しているように思えます。何か変だ、と思った時、最善の方法を見つける能力がこれからは問われてくるのではないか、と思うようになりました。
 
 
 
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2021年08月24日

パラリンピックと障害がセットになっていることに違和感がある

 今日からパラリンピックが始まりました。
 ネット関係の記事に、「障害」という文字列が急に氾濫し出しました。
 先日閉幕したオリンピックは、「障害」とはまったく無関係の人たちの集まりだったのでしょうか。
 報道関係者やテレビ観戦をした方々は、あのオリンピックと「障害」はつながっていなかったと思われます。
 しかし、パラリンピックは「障害」と不即不離の関係にあるもののようです。
 この「障害」とは何を指して言われているのか、疑問に思い出しました。
 「障壁」「障害物」「ハンディ」などなど、いろいろなことばが連想されます。
 今年になって早々に、私見を記してから、広瀬浩二郎さんの次の意見を紹介しました。

「「障害」と書くことに対する広瀬さんの意見」(2021年01月11日)

 これから毎日、パラリンピックの話題と共に「障害」ということばが飛び交うことでしょう。
 人と人の間に立ちはだかる「障害」の意味するところを考えるのに、ちょうどいいタイミングだと思います。


 
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2021年08月06日

バリアフリーかるた(点字付き百人一首)のビデオ公開

 「百星の会」事務局の関場理華さんから、これまでの活動がわかるようにと、ビデオを編集し直して作成されたホームページ「バリアフリーかるたのページ」に関する情報が届きました。
 いただいた連絡によると、全日本かるた協会の方々がホームページ「小倉百人一首フェスティバル 2020 in Tokyo」(https://karuta2020.com)の中に、「バリアフリーかるた」(https://karuta2020.com/free/)というページを作成して世界発信をしてくださった、とのことです。

 以下の3本の動画が公開されています。

■「バリアフリーかるた 全国大会に向けて!〜百星の会〜」
 バリアフリーかるた全国大会に向けた、団体戦&個人戦のルール紹介です。

■「バリアフリーかるたの活動紹介」
 百星の会では、目が見えない、あるいは見えにくい方にも「競技かるた」の魅力に触れていただきたいと活動を続けています。

■「点字付きかるたを取ってみた!〜初めてのバリアフリーかるた体験〜」
 「バリアフリーかるた」は、京都ライトハウス、百星の会、大石天狗堂、全日本かるた協会が協力して開発した、全ての人が楽しめる百人一首かるたです。


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 関場さんからの文章を引きます。

私達「百星の会」には、視聴覚の記録は全くないので、全日本かるた協会の方々が、掘り起こしてまとめてくださったこれらは、貴重な映像です。
残念ながら、3本すべての動画に、音声解説をつける時間はありませんでしたので、わかりにくい箇所がございましたら、事務局でサポートいたします。お問い合わせください。


 この動画像をご覧になると、「バリアフリーかるた(点字・拡大文字付き百人一首)」の実際と、「百星の会」がどのような活動をしているかが、よくわかります。
 これまでに私が本ブログで紹介したのは、写真と文字による説明だけでした。ぜひこのビデオ映像で、実際のかるた取りの様子を観てください。
 
 
 
posted by genjiito at 19:15| Comment(0) | ■視覚障害

2021年07月09日

民博の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」の HP 公開

 昨秋予定されていた国立民族学博物館の特別展「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」は、新型コロナウイルスのために残念ながら1年延期となりました。今年は関係者の熱意と努力で開催に漕ぎ着け、以下の要領で実施されます。現在、最終の詰めの段階となっています。

◆会期:2021年9月2日(木)〜 11月30日(火)
◆会場:国立民族学博物館 特別展示館
◆展示概要:さわって体感できるアート作品が大集合!
 「歴史にさわる」「風景にさわる」「音にさわる」などのテーマの下、さまざまな素材と手法を用いて、“触”の可能性を探る大博覧会。
 コロナ禍を経験した人類は、「さわらない・さわれない・さわらせない」日常が人間本来のコミュニケーション(触れ合い)を破壊することを知った。
 非接触社会は、豊かな触感を持つ文化を育てることができない。
 展示場に足を運び、手を動かしてみよう。
 ユニバーサル・ミュージアムは単なる障害者対応、弱者支援ではない。
 本特別展に集うすべての来館者の手から、接触と触発の連鎖が広がる!


 こうした中、この特別展の運営責任者である広瀬浩二郎さんの奮闘の結実であるホームページが、以下のアドレスで公開されました。すばらしい展示内容が、一般のみなさま方の前に姿を見せることとなったのです。

「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」

 これから、関連イベント情報などが充実していきます。たった今、生まれたばかりのホームページなので、これから成長していきます。楽しみにしてご覧いただき、開会の9月2日をお待ちください。
 なお、私は「セクション6 見てわかること、さわってわかること」で、「変体仮名を触読する意義」と題して次の2点を出品をしています。

■『変体仮名触読字典』
■『触読例文集』

 これは、本ブログの「『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました」(2017年03月31日)で紹介したものです。
 すべて手作業だったために、2冊共に作成部数は少ないものでした。今回の特別展では自由に触っていただけますので、会場で変体仮名の触読体験をしてください。
 
 
 
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2021年07月08日

「東京オリ・パラ」の「・」の意味について

 語中の中黒点が必要か不要か、あらためて考えています。

 昨年3月に、「「東京オリ・パラ」から「パラ」が消えた最近のメディア報道を糺す」(2020年03月16日)という記事を書きました。
 その後、開催日が1年を切ったあたりから、取って付けたように「パラ」の文字が増えていきました。しかし、新型コロナウイルスの感染者が急増し出した昨今、「東京オリンピック」の開催を無観客で実施せざるを得なくなるに連れて、「パラリンピック」の文字が消えています。
 本日、東京に4度目の緊急事態宣言が出ることが決まったことを報じるニュースでは、「パラリンピック」のことはついでの話題にもなっていません。もちろん、管見の限りではありますが……
 「パラリンピック」と無観客試合のことは、どのようになっているのでしょうか。大多数のマスコミ関係者にとって、「パラリンピック」は付け足しだったことを、本日再確認した思いです。

 そんな中で、一昨日(7月6日)の京都新聞に、広瀬浩二郎さん(文化人類学者)と竹下義樹さん(弁護士)の対談記事(「日本人の忘れもの 未来を拓く京都の集い 知恵会議」3)が掲載されていることを紹介します。お二人とも、全盲の方です。特に広瀬さんは、「源氏写本の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)で研究協力をしていただいた研究仲間のお一人です。

 一昨日の対談記事の中に、
「今回の東京大会が「オリ・パラ」から「オリパラ」へと成熟していくきっかけになればと願っています。」
という広瀬さんの発言があります。
 このことに関する、京都新聞に掲載された部分を以下に引用して、広瀬さんに後押しされてのことながら、私からも「オリ・パラ」ではなくて「オリパラ」と表記することへの、ささやかながらも問題提起とします。

広瀬 僕は、パラリンピックを「もう一つのオリンピック」と捉える風潮に違和感を持っています。 視覚障害者がスポーツをプレーする、あるいは観戦するのは、特別なことではありません。健常者は視覚に頼ってスポーツをプレーし、観戦しますが、視覚障害者は他の感覚を駆使して、同じことをしているだけです。 視覚障害者スポーツと一般のスポーツはつながっている。一般のスポーツに視覚障害者スポーツの要素を取り入れれば、もっとスポーツの可能性が広がる。 これが僕の思いです。ほんとうの意味での「オリパラ」を具体化するために、「障害/健常」の枠を超えて、一体感を構築していかなければなりません。スポーツには「障害/健常」の区別を取っ払う力があるし、今回の東京大会が「オリ・パラ」から「オリパラ」へと成熟していくきっかけになればと願っています。

 
 
 
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2021年06月02日

『新しく古文を読む』が点字図書・デイジー図書になりました

 昨年より埼玉県立久喜図書館に勤務している尾崎さんから、「点字百人一首〜百星の会」のメーリングリストにうれしい知らせが入りました。尾崎さんのことは、「尾崎さんからすぐに届いた『源氏物語 鈴虫』を触読した感想文」(2016年08月19日)に詳しく書いていますので、参照願います。

 さて、久喜図書館では毎年、点字図書やデイジー図書を製作していて、その一つとして高橋良久・畠山大二郎共著『新しく古文を読む 〜語と表象からのアプローチ〜』(右文書院、2019年)を製作した、ということです。
 尾崎さんは、次のようなコメントも寄せています。

高校生から大人まで、古文が楽しめる一冊となっております。
私も読みましたが、とてもおもしろかったです。


 丁寧に、目次も情報として添付してありました。

<目次>
第1編 語からのアプローチ
 第 1章 「みな人」――「東下り」(『伊勢物語』第九段)
 第 2章 「年ごろ」――「仁和寺にある法師」(『徒然草』第五二段)
 第 3章 「ずなりぬ」――「筒井筒」(『伊勢物語』第二三段)
 第 4章 二重叙法――「筒井筒」(『伊勢物語』第二三段)
 第 5章 「さりとて」――「児の空寝」(『宇治拾遺物語』巻一の一二)
 第 6章 「なんぞ」――「或人、弓射る事を習ふに」)『徒然草』第九二段

 第 7章 「まうづとす」――「さらぬ別れ」(『伊勢物語』第八四段)
 第 8章 一筆双叙法――「神無月の比」(『徒然草』第一一段)
 第 9章 伝聞推定の「なり」――「男もすなる日記といふものを」(『土佐
日記』)
 第10章 「ものしたまふ」――「野分」(『源氏物語』二八帖
 第11章 「わたらせたまふ」――「能登殿最期」(『平家物語』巻第一一)
 第12章 「奉る」と「着たまふ」

第2編 表象からのアプローチ
 第13章 「しのぶずり」と「狩衣」――「初冠」(『伊勢物語』初段)
 第14章 平安時代の洗濯事情と位色――「紫」(『伊勢物語』第四一段)
 第15章 「さらにまだ見ぬ骨」の翁 ――「中納言参り給ひて」(『枕草子
』第九八段)
 第16章 「几帳」のほころび―半隠蔽の装置――「宮にはじめてまゐりたり
たるころ」
 第17章 「山吹」を着た紫の上――「若紫」(『源氏物語』第5帖)
 第18章 「鈍色」と「山鳩色」――「先帝身投」(『平家物語』巻第一一)
 第19章 「一二単」という言葉
 第20章 古典文学の中の装束
あとがき
<目次終わり>


 さらに、次のような案内も追記されています。

最寄りの図書館でお申込みいただければ、貸出、データのダウンロードが可能です。
もうすぐサピエ図書館からもダウンロードやオンラインリクエストができるようになると思います。(尾崎の手続き次第ですが……笑)
百星の会の皆様にはきっとお楽しみいただけると確信しています!
ご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度お借りになってみてはいかがでしょうか。
ステーホームのおともにオススメです。
ではでは、皆様とお目にかかれる日を楽しみにしております。


 この本については、1年前に、私のブログで新刊の紹介をしています。その内容については、以下の記事で詳しく書いていますので、参照願います。

「読書雑記(279)高橋良久・畠山大二郎『新しく古文を読む』」
http://genjiito.sblo.jp/article/187040612.html

 付属のDVDもいい内容です。畠山氏が語る解説を聞くだけでも、平安時代の服装のことがよくわかります。このことも、ぜひ目が見えないみなさんに宣伝してもらいたいと、返信をしました。

 今回紹介された『新しく古文を読む』の編者の畠山大二郎氏は、私が運営しているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の副代表理事をしています。
 畠山氏は博士論文である『平安朝の文学と装束』で「池田亀鑑賞」を受賞しています。
 そのことは、「第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会」(2016年10月01日)で報告しているので、掲載した多くの着付けの写真などと共に、その背景がわかりやすいと思います。
 目が見えない方々には、仲間と一緒にこのブログを見ていただけると、平安時代のことがさらにおもしろくわかっていただけるかと思います。
 いずれにしても、服装のことは、見えない方にはどのような方法で伝えたらいいのか、メーリングリストに質問の形で問いかけました。提案を受けて畠山氏に伝え、何かいい方策を考えていきたいと思います。
 このことは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動の一環にもなるので、提案や意見をいただく中で、前向きに対処していきたいと思います。
 
 
 
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2021年05月29日

視覚障害者が介護をすることを考える本

 4日前の本ブログで、「無料配布版「視覚障害者の介護体験」の紹介」(2021年05月25日)という記事を書きました。その本、『わたしたちの介護〜視覚障害者が介護に携わる時』(社会福祉法人 桜雲会 一幡良利 編、取材・執筆 星野恭子、桜雲会点字出版部、2020年12月)が、「点字付き百人一首〜百星の会」の関場理華さんのご高配により本日届きました。

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 早速、読みました。墨字30頁と点字88頁の合綴本です。点字が読めない私は、墨字の頁だけしか読めませんが……
 巻頭の「発刊にあたって」に、桜雲会理事長である一幡良利氏の次のようなことばがあります。

 本企画は、視覚障害のある人に介護体験を語っていただき、それらをまとめた貴重なものです。当事者3人の方々の、それぞれの違った立場でのご苦労がよくわかります。誰もが安心して介護ができるための、持続可能な社会保障制度への手助けにもなれば幸いです。(1頁)


 目の見えない方が介護をする立場に立っての体験談、という点が特徴です。
 続く、桜雲会理事の甲賀佳子氏による「はじめに」には、本書の全体像が語られているので、その全文を引きます。

 私たちは、これまで、見えないあるいは見えにくい人が主人公となり介護をするということを、真剣に真正面から考えてみたことがあったでしょうか?
 残念ながら、視覚に障害があると、ともすれば常に保護される立場、何かをしてもらう対象にしかならないと考えられてきたように思います。
 この本は、それぞれ立場の異なる3人の視覚障害者に、インタビューという手法でアプローチを試み、堅苦しくない率直な自らの介護体験を語っていただき、それをもとに、経験豊富なライターによって描き出された人間の記録です。
 この本を通して、多くの方が「障害を持つ人が介護をする」という問題を、積極的に考えていただけるきっかけとなれば幸いです。(2頁)


 確かに、以前の私は、目の見えない方々は何かをしてもらう立場にある、という視点で認識していました。しかし、「点字付百人一首」を楽しんでおられる「百星の会」などの参加者のみなさま方とお付き合いが広がるにつれて、受け身ではなくて積極的にものごとに立ち向かっておられることが実感できたのです。そこから、関場さんたちの活動のお手伝いをするようになりました。さらに今、本書によって、介護をする立場での目が見えない方々の思いが伝わってきて、新たな気付きをいただくことができました。本書により、またあらたに新鮮な理解へと導いていただけたことに感謝しています。これは、人に語らずにはいられない、という思いで、ここに紹介します。

 本書では、3人の方の体験談が展開します。
 その冒頭に掲げられた3人それぞれの紹介文を引きます。ここからさらに詳しく知りたいと思い、本書を手にしていただくきっかけになれば幸いです。

 1.藤田薫さんの場合


 30代の弱視の女性、藤田薫さんは、会社勤めをしながら、ともに70代後半の両親を介護しています。父には肢体不自由があり、母は認知症のため、平日の昼間はデイサービスなどを上手に利用しながら、仕事と介護を両立させています。
 見えにくいなかでの介護には苦労も多く、母の症状も確実に進行していますが、真摯に向き合うことで、あらためて親子の絆を深めています。(3頁)


 この記事の中で、以下の2箇所が私の心に留まりました。摘記します。

 「昔は母の行動や言葉にイライラしたりカッとしたりして、取っ組み合いをしたり、ときには羽交い絞めにしたことも。“くそばばあ”と思ったこともあります」と振り返る薫さんだが、母の異変を感じてから約6年。「今は少しずつ対応の仕方も分かり、私自身も成長できています」と感慨深げに話す。
 これまでの経験を通し、さまざまな工夫も生まれている。例えば、弱視の薫さんが母の介護で最も困っているのは、「表情が見えないこと」。外見から母の症状を推し量ることができないからだ。だが、その代わりに最近は、帰宅するとまず母を抱きしめるようにしている。
 「体温を感じ、体の匂いも分かります。目では見えない代わりに、触れ合うことで体調管理ができます。母も落ち着くようです」(9頁)
 
 
 「毎日の世話は大変なこともありますが、母も父も、私にはかけがえのない存在です。1日でも長生きしてほしいと、心から願っています」
 これからも、薫さんなりに精一杯の愛情と接し方で、寄り添っていこうと誓っている。(11頁)

 
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 2.渡辺勝明さんの場合


 渡辺勝明さんは、幼少期から全盲の50代の男性です。高校の同級生と結婚し、2人の息子にも恵まれ、穏やかで幸せな日々を過ごしていました。
 しかし、結婚14年目に突然、妻が末期がんと診断されます。約1年8カ月の懸命な闘病の末、妻は先立ちました。
 勝明さんは、「僕が在宅で介護したのは最後の1週間だけ。ほとんど何もしていないです....…」と謙遜しますが、妻と交わした約束を、勝明さんは今も忘れず叶え続けています。(12頁)


 この記事の中では、以下の箇所が私の心に留まりました。摘記します。

 妻は普段から周囲にとても気を遣う人で、「すいません」「ごめんね」が口グセだった。その日も勝明さんの献身的な介護に対し、「ごめんね」ばかりを繰り返した。だから、勝明さんは優しく伝えた。
 「そういうときはね、『ありがとう』って言えばいいよ。『ごめんね』よりも、ずっとスマートだよ」
 思いやりあふれる言葉は妻にも響いたようだった。
 「そうだね。ありがとう!」
 それが、2人で穏やかに過ごした最後のひとときとなった。その日の夕方、妻の病状が急変し昏睡状態に陥った。在宅医の診療を受けたが、意識は戻らないまま、4日後に妻は静かに息を引き取った。(16頁)

 
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 3.信子さんの場合


 全盲の信子さんは、2019年の春、91歳だった最愛の母を看取りました。幼いころから重度の弱視だった信子さんを愛し、さまざまなことを教え、見守ってくれた母は、80歳を前に認知症を発症。信子さんは母と同居し、仕事と両立させながら献身的に介護して12年。ある日、母の体調が急変し、突然のお別れとなりました。
 認知症発症前の母は信子さんに対してかなりの過保護で、ともすれば過干渉にも感じ、信子さんは家を出て母と離れて暮らしたいと思ってきましたが、今は「母を介護できてよかった」としみじみと感じています。(19頁)


 この記事の中では、以下の2箇所が私の心に留まりました。摘記します。

 ずっとそばにいたのに何か足りなかったかもしれない。私の目が見えていたら母の異変にもっと早く気づいて違う対応ができたのではないか。信子さんは「最後の日に関しては悔いが残っています」と唇をかむ。
 実は救急搬送時にもトラブルがあった。救急車に信子さんも乗ろうとしたら、盲導犬は断られた。「以前も乗ったことがある」と押し問答になったが、一刻を争う状況を思って諦め、タクシーで行こうとした。その後、なぜか一転して同乗を許可されたが「これで母の処置が少し遅れたのでは」と思うと今でも切なさが込みあげる。(25頁)
 
 
 改めて感謝の思いも強くしている。幼いころ、母は信子さんにさまざまなモノを触らせ、その名を教えた。花や野菜、布地……。旅行先では土産屋で陶器や漆器、織物など工芸品を一つひとつ手渡して詳しく説明してくれた。おかげで全盲になった今でも、名前を聞いたり手で触るだけでイメージがパッと広がり、1人でも楽しむことができている。
 母はまた、「お酒を嗜みなさい」「洋画を観なさい」「着物を楽しみなさい」という3つを信子さんに説いた。「どれも人生を楽しくさせてくれるからと。見えない娘に多くを伝え、人生を少しでも豊かに楽しめるように『いろいろ世界を広げてあげるのが私の役目』と思っていたのでしょう」と信子さんは感謝する。
 今でもまだ、ふとしたときに喪失感に押しつぶされそうになることもある。そんなとき、母が言った「死なないでね」という言葉を思い出す。「母の愛情に報いるには私自身が楽しく充実した日々を生き抜くことだ」と思えるようになった。(28頁)


 巻末に置かれた松谷詩子氏の「監修のことば」から、私の記憶に残った箇所を引きます。障害と介護という観点から、いろいろなことを考えさせてくれる本です。

 家族の介護の本質は、完ぺきな介護テクニックではなく、介護を受ける人の「心」に丁寧に耳を傾けて、安全に、そして安心してその人らしく日々を送ることを、総合的に支援することであると、本書は改めて示していると思うのです。(29頁)
 
 
 介護の課題を家庭内に閉じ込めたことにより、不幸な結果に至ってしまうケースが報道されるたび、「介護の社会化」の重要性が論じられます。介護とは、その担い手が孤独に取り組む課題ではなく、人々の連携のもとに「社会で支えるもの」であるというのは、きわめて一般的な命題です。
(中略)
 本書は自身の視覚障害を克服して挑戦した介護の記録ではなく、大切な人がどのような状況にあっても、与えられた条件の中でその人らしく生き抜くことを支えたいという、きわめて自然な「人間の願い」の記録であると思うのです。その願いは、障害の有無にかかわらず、大切な人との関係性の中で育まれていくものであることを、一人ひとりの体験談は静かに、そして力強く語り掛けています。(30頁)

 
 
 
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2021年05月25日

無料配布版「視覚障害者の介護体験」の紹介

 「点字付き百人一首〜百星の会」を運営なさっている関場理華さんから、無料配布版の「わたしたちの介護〜視覚障害者が介護に携わる時」(点字・墨字合本)に関する連絡が届きました。
 興味と関心をお持ちの方は、連絡をしてみてください。
 私は送付のお願いをしました。入手できましたら拝読してから、後日ここで紹介しようと思っています。
 社会福祉法人 日本視覚障害者団体連合(日視連)のホームページ(http://nichimou.org/welfare/201224-jouhou-1/)から、関係する文章を引用します。

 社会福祉法人桜雲会では、一般財団法人日本宝くじ協会の助成を受けて「わたしたちの介護〜視覚障害者が介護に携わる時」(点字・墨字合本)を発行しました。

 「家族の介護」は誰もが直面する可能性のある問題です。しかし、これまで視覚障害者が介護の担い手として考えられることはほとんどありませんでした。
 同書は、それぞれ立場の異なる3名の視覚障害者にインタビュー形式で自らの介護体験を語ってもらった生の声が収められています。「障害を持つ人が介護をする」という問題を考える一助に。

 ★先着160名には無料配布を実施します

【お申し込み・お問い合わせ】
「社会福祉法人桜雲会」
(電話03-5337-7866、FAX03-6908-9526、Eメールounkai@nifty.com)

 
 
 
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2021年05月24日

障害者が国際企画のシェイクスピア劇に挑む

 「点字付百人一首〜百星の会」の会長である関場理生さんから、このコロナ禍であっても元気が出る、嬉しくなるニュースが届きました。
 目が見えない仲間とその支援者が点字付きの『百人一首』でカルタを取合う「百星の会」の活動は、新型コロナウイルスのためにやむにやまれず停止を余儀なくされている状態にあります。いつになれば再開できるのかと気を揉んでいたところ、その想いを吹き飛ばすような明るいニュースが、昨夜1本のメールとして飛び込んできたのです。
 それは、シェイクスピアの戯曲『テンペスト』を、日・英・バングラデシュの3カ国が国際共同制作として描く『テンペスト〜はじめて海を泳ぐには〜』であり、意欲的な新作パフォーマンスなのです。

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 理生さんは、中でもジョニー/ミランダ役で出演とのこと。

 そのストーリーは、以下の通りです。

●ストーリー
舞台は、日本、英国、バングラデシュの3 か国での『テンペスト』の作品上演を控えた稽古場。
新型コロナウイルスの影響により、海外キャスト・スタッフの来日が不可能となってしまった。
オンラインで海外と日本の稽古場を繋ぎ、様々な障害やバックグラウンドを持つ出演者たちは、それぞれに異なる表現方法で『テンペスト』を創造するため奮闘する。


 理生さんから受け取った連絡の一部を以下に引き、この企画の舞台裏を紹介します。

 障害者ばかりで演じる『テンペスト〜はじめて海を泳ぐには〜』、6月1日(火)から6日(日)に上演いたします。場所は東池袋駅から直結の劇場あうるすぽっとです。
 出演者は聴覚障碍者、視覚障害者、高次脳機能障害、義足など様々な障害を抱える俳優です。また、演出はロンドンオリンピック開会式の演出をしたジェニー・シーレイが指揮を取り、英国、バングラデシュの俳優も映像で参加します。舞台上のみならず、稽古場でも様々な言語が飛び交い、コミュニケーションをとる迄が一苦労。しかし、その分、気持ちが通じた時の達成感とエネルギーはすさまじいと感じています。
 当初2020年に上演を予定していましたが、コロナ渦で延期されました。それも好機と捉え、俳優同士でオンライン稽古も重ねてまいりました。
 1歩1歩積み上げてきた、私達の旅の記録を見届けて頂きたいと思います。


 このイベントの詳細は、以下のサイトから確認できます。

https://www.owlspot.jp/events/performance/post_207.html

 新型コロナウイルスと変異種の感染が、まだまだ収束を見せません。そんな時節柄、東京の池袋へ出かけるのが難しいことが悔やまれます。しかし、私は「点字付百人一首〜百星の会」の自称広報担当です。こうして元気な活動を展開していることを本ブログをお読みいただいている多くの方々に広報することで、この意気込みを誇らしく支援したいと思います。
 
 
 
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2021年04月29日

弱視児童の支援から生まれた本の紹介

 『アイリス《弱視通級指導教室》〜アイリス児の実態と指導内容 そして望まれる支援〜』(弘報印刷(株)出版センター、令和3年4月3日)という報告書を、著者である上川恒雄先生(新道小(東山区、閉校)元校長)より送っていただきました。貴重な情報と資料が詰まった報告書なので、ここに紹介します。

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 本書は、京都新聞(2021年4月19日、夕刊)に紹介されました。すぐに連絡をとり、送っていただいたのです。希望者には無料で配布なさっています。問い合わせ先は、元新道小学校となっています。
 私は、弱視児童への「通級指導」というものを、まったく知りませんでした。弱視児童の割合は1万人に3人ということです。意外に少ないと思いました。しかし、それだけに指導の手が届きにくいのです。弱視通級指導は、まだ30年弱の歴史しかありません。そのために、さまざまな課題があるのです。
 京都新聞の記事に添えられた補注を引きます。

弱視児童への通級指導

 弱視児童が普通学級で授業を受けながら個々の障害に応じた指導を受ける制度。1993年度から全国で始まった。京都市では両眼の矯正視力が0.04以上 0.3未満または視野狭窄(さく)などの障害があり、普通学級での学習が可能な児童を対象に学校を巡回して指導する方式をとる。通称「アイリス教室」。新道小閉校後、拠点を総合支援学校に移し、支援学校の教員が指導にあたっている。


 著者である上川先生と弱視通級指導の背景がよくわかるように、上川先生からいただいたお手紙の後半を引きます。

 閉校まで弱視通級指導教室(通称:アイリス教室)として、京都市唯一の視覚障害教育の設置校として新道小学校が存在していたことから、閉校後も私は新道校の管理をしながら、引き続きアイリス教室の指導に陰ながら関わらせていただいておりました。
 消えゆく新道小学校の校舎とともに、私も施設管理やアイリス教室へも一区切りつけることにいたしました。そこで後進の方々へアイリス教育を委ねるために稚拙な物ですがアイリス教育について書き留めました。

 これまでアイリス教育に携わっていただき、お教えをいただいた先生方、現在アイリス教室をご指導いただいている先生方、在籍校でアイリス児に支援をいただいた先生方、ご協力いただいた関係機関等へのお礼の意味と、今後アイリス教育に携わられる新しい先生方、そして養護教諭の先生方、また現職の学校や児童施設で子どもたちを見ていただいている先生方に読んでいただき、弱視児童の発見に少しでも役立てていただければとの思いで、本小誌を送らせていただいた次第です。(なお、京都市内でお心当たりの事例がありましたら、京都市教育委員会総合育成支援課へお知らせいただき、ご相談いただきますようお願いいたします。)

 本小誌は私の私見も多々ありますので、ご批判等遠慮なくお知らせいただければ幸いです。
 皆様方のますますのご活躍とご健康をお祈りいたします。
2021年4月
上川恒雄


 さらに、本書の冒頭部分を引き、問題とされていることの背景の確認をしておきましょう。

1.アイリス児の実態


(1) アイリスの児童

 京都市の弱視通級指導教室(通称:アイリス教室)の子どもたち(アイリス児)は、京都市内の小学生で両眼の矯正視力が0.04以上0.3未満であること、または視野狭窄や視野欠損など何らかの視機能障害があり、見えに困りを感じている子どもたちである。
 さらに将来、点字による教育が必要ではなく、発達にも遅れがなく普通学級での教科学習が可能なこともアイリス教室入級の条件となっている。
 アイリス児の実態は様々である。筆者が見てきた平成19年度以降令和2年度までの14年間の対象児35名のうち、眼疾患の病名が確認できた31名の病種は以下のとおりである。( )は人数

(以下、囲みの中に列記されている病種を、私にスラッシュで区切った)

未熟児網膜症(8)/斜視による視力障害(7)/先天性白内障(1)/乱視(7)/白内障(1)/網膜剥離(3)/先天性緑内障(1)/網膜色素変性症(3)/続発性緑内障(2)/網膜分離症(1)/無虹彩症(2)/不同視弱視(3)/無水晶体眼(2)/強度近視(屈折異常性弱視)(6)/黄班部低形成(3)/家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)(2)/虹彩発達不全症(1)/錐体ジストロフィーによる視野狭窄症(1)/視神經乳頭陷没1)/スティーブンスジョンソン症候群(中毒性表皮壊死症)(1)/眼球振とう症(6)/眼皮膚白皮症(先天性白皮症)(2)/透明中隔欠損による視神経乳頭低形成症(1)/硬膜下血腫脳挫傷による視力障害(1)/杆体一色型色覚(1)/高眼圧症(1)/小眼球症(1)/角膜混濁(1)/コロボーマ角膜混濁(1)/ピータース奇形(1)/マルファン症候群(1)


 さらに、この弱視通級指導教室(通称:アイリス教室)に興味を持たれた方のために、本書の目次も揚げます。指導と支援と課題が、この目次を通覧するだけでも、わかりやすくなると思われるからです。
 さて、これから私は、本書を熟読するモードに入ることにします。

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目次

1.アイリス児の実態
 (1) アイリスの児童
 (2) アイリス教室の歩み
 (3) アイリス教室巡回小学校一覧
 (4) 未熟児網膜症
 (5) 弱視児の出現率
 (6) 弱視児の視行動
 (7) 弱視児の理解
 【「見える」とは?】

2.アイリス教室の指導
 (1) 法的根拠と京都市の基準
 (2) アイリス教室の使命
 《アイリス教室「学びの地図」》
 (3) アイリス教室の指導
  @指導形態
  A指導目標
  B指導内容
 【「弱視」とは?】

3.自立活動
 (1) 自立活動
 (2) 自立活動の目指すもの
 (3) 自立活動の内容
 《自立活動の指導と教科指導の違い》
 《自立活動の内容》
 (4) 指導にあたって
  @実態把握
  A指導目標
  B「指導分野」と「年間指導計画」との系統性
  C「本時の展開」も自立活動の内容で説明できる
  Dあくまでも「自立活動の目標」であること
  E授業の振り返り
 (5) 自立活動の吟味を!
 (6) 指導時の留意点
  @〈2.心理的な安定〉
  ○2 -(2)「状況の理解と変化の対応に関すること」
  A〈4.環境の把握〉
  ○「単眼鏡」の活用
  B〈5.身体の動き〉
  C〈6.コミュニケーション〉
 (7) 自立活動を意識する
 (8) 特設の自立活動に準じた指導
 《自立活動のL字型の指導》
 (9)“教え込み”から“学び取り"へ(マン・ツー・エンバイロメント)

4.視覚発達支援
 (1) 視覚発達支援
  @視覚発達支援の場
  A視覚発達支援において大切にしたい点
 (2)視覚行動の見極め
  ○弱視児の視覚認知能力の段階
 (3)具体的な指導の場で
  @指示語は極力使わない
  A児童との関係
  B見え方の確認
  C教材の提示や学習環境
 【「視力」を伝えるには?】

5.在籍校の支援
 (1) アイリス児にとっての自立活動の場
 《自立活動の課題位置とアイリス教室の指導の方向性》
 (2) アイリス教室の授業研究には、在籍校職員の参加を!
 (3) アイリス教室の保護者観
 (4) 弱視児が普通学級(在籍学級)で学習する条件
 (5) 中学校進学に向けて…
 【「アイリス」とは?】

6.アイリス教室の諸課題
 (1) 弱視児童の少なさが招いている弱視教育の課題
 (2) 教具が高額であること
 (3) アイリス教室が「小学校」から
  「総合支援学校」に設置替えになったことについて
 (4) 在籍校への理解、京都市全体への理解
 (5) 通級指導教室の「設置校」
 (6) 就学指導システムの枠を感じるケース
 (7) 視覚障害教育に使用される用語
 (8) 個別の指導計画
 (9) 普通学級の指導以上の“やりがい”を感じてほしい
 【「晴眼者」?】

7.アイリス教室Q&A

8.添付資料について

あとがき

引用参考文献
 〈添付資料〉
  @「自立活動の区分項目に対する指導内容」記入用紙
  A「自立活動の区分項目に対する指導内容」記入例
  B「自立活動指導計画プレシート」記入用紙
  C「自立活動指導計画プレシート」記入例
  D「自立活動の『特設指導』と
   特設の自立活動に『準じた指導』との関係例」

 
 
 
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2021年04月21日

コロナ禍でのカルタ遊び

 新型コロナウイルスのために、いろいろなことに制約が生まれています。カルタ遊びにも、その影響があります。
 視覚障害者が集う「点字付百人一首〜百星の会」でも、人と人とが接することや、大きな声を上げられないこと、カルタを取る手がぶつかることなどから、これまでのカルタ取りができない状況で、活動が停滞しています。さまざまな工夫をしておられます。しかし、妙案はいまだ浮かんでいないようです。
 そのような中、昨日の京都新聞に、京都市西京区役所の若手職員によって、コロナ禍に対応した新しいカルタの遊び方が提案されている、という記事が掲載されました。これは、取り札を直接手では触らずに、指で示す方法で遊ぶものです。
 その遊び方を、記事から引用しましょう。

 遊び方は、間隔を開けて取り札を置き、札を取る時は「ハイ」と声を上げ、札を触らずに指で示す。同時だった場合はじゃんけんで決める。


 この記事を読んで、「点字付百人一首〜百星の会」の活動の中でも「四人一首」として南沢創さん(宇都宮市立中央小学校教諭)が啓蒙活動を展開しておられるカルタ遊びとの連携を思いました。「四人一首」については、「『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事」(2020年01月23日)に詳しく書いていますので、参照願います。
 これだと、札が置かれている距離も十分に離れています。掲載した写真のように、手と手が重なることのないような配慮をすることで、それこそ指し示す行為だけで十分に勝ち負けはわかります。白熱した勝負も可能になります。となると、目が見えない人同士の対戦の場合は、審判が果たす役割が重要となります。そうであれば、札と札の距離は、さらに遠ざけても大丈夫でしょう。一枚ずつの札の位置と、次々と置かれていく札の内容は、各自の頭の中、仮想空間にあるのですから。目に頼った実際の距離は関係ないのです。まさに、安全で楽しいカルタ遊びができます。もっとも、カルタを撒き散らして複数の人で取る方法は無理です。一対一の対戦型に向いています。あとは、いろいろと知恵を出し合って、さまざまなケースを想定したらいいのではないでしょうか。
 新しい遊び方を、これを機会にぜひとも考え出したいものです。
 
 
 
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2021年02月15日

触察の名手広瀬さんの手触りに関する〈とはずがたり〉

 国立民族学博物館で触文化を研究中の広瀬浩二郎さんから、最近の感動と発見の報告がありました。
 『朝日新聞』の2月10日付の朝刊「ひと」欄に掲載されたことに関連して、その裏話をメーリングリストを通して語っておられるので、その一部を紹介します。
 広瀬さんは、視覚障害者にとって触ることはかけがいのない手段だとの信念から、視覚優位の社会に物申す立場での発言が続いています。「触ること」の大切さを、身をもって訴え続けておられるのです。今まさに、新型コロナウイルス禍ということから、物にはできるだけ触らないように、という指示が社会全般に出されています。しかし、広瀬さんの生きざまは、それとは真っ向から反対する立場からの提言であり、活動を展開中なのです。
 私も、その活動の一端を支援しているので、折々にこの場を借りて紹介しているところです。

「「障害」と書くことに対する広瀬さんの意見」(2021年01月11日)

「来春3月に富山でユニバーサルツーリズムのシンポジウム」(2020年12月27日)

「読書雑記(303)広瀬浩二郎『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける』」(2020年11月26日)

「広瀬さんの新著『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける!』」(2020年10月09日)

「全盲の広瀬さんから「優しさ・安全」が強調される社会への異議申し立て」(2020年09月28日)

 今日は、トーテムポールの〈ざらざら感〉から感得したこと、という話です。

 脚立に乗って、トーテムポールの上部へ手を伸ばした時、意外な発見がありました。
 トーテムポールの下部、僕たちが手を伸ばしてさわれる部分は、つるつるになっています。
 多くの人がさわるので、木の手触りが滑らかです。
 一方、上部、僕たちの手の届かない部分は、ざらざらで、ちょっとワイルドな感触です。
 トーテムポールの上部をさわりながら、ふと思いました。
 「このトーテムポールが民博に設置されて40年。おそらく、上部にさわった人は誰もいない」
「このざらざら感を俺が独り占めしている!」
「このざらざらと、つるつるの差を多くの人に味わってもらいたい」。
 さわることによって、彫刻の細部に積もっていた埃を払うこともできたので、きっとトーテムポールは喜んでいたのではないでしょうか。
 そんな、さまざまな思いを抱きながら、トーテムポールの上部に懸命に手を伸ばす体験は新鮮でした。
 自分でも、ざらざらに触れた瞬間に、パッと明るい表情になったことがわかりました。
(中略)
 今回はざらざらの「発見」を僕一人が楽しみましたが、秋の特別展では多くの来館者に各人各様の「発見」を味わってもらいたいです。
 そして、僕が「発見」を独り占めすることなく、来館者が貪欲に展示作品に手を伸ばす仕掛けを、みなさんとともに考えていきたいと思います。

 
 
 
posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | ■視覚障害

2021年01月20日

点字付き百人一首の発展に貢献された上原紀保子さんの訃報

 「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」の関場理華さんから、上原紀保子さんの訃報がもたらされました。
 目の見えない方々が点字付きの『百人一首』で日々弛まず研鑽を積んでおられることは、本ブログでも折々にお伝えして来ました。私は、自称「百星の会」の広報係です。

 昨夏は、「「点字付き百人一首〜百星の会」のリモートゲーム会」(2020年08月05日)という記事で、新型コロナウイルスにも負けずに活動を展開なさっていることを紹介しました。
 「[追補版]『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事」(2020年01月23日)では、点字付きカルタの取り方などの詳細がわかる報告をしました。

 そうした活動の発展を支えて来られた上原さんが、今月お亡くなりになりました。
 上原さんのような方に支えられて「百星の会」の活動があることを、ここにあらためてお知らせします。
 以下、関場さんからいただいた全文を引きます。

「百星の会」の活動が、コロナのために休会状態になってしまって1年が経とうとしております。

”コロナが終息したらその時は”と焦り やきもきするばかりでした。そんな中、悲しい訃報が飛び込んできました。

私達の会の、百人一首の札づくりを、全面的に引き受けてくださっていた、多摩市点字サークル「トータス」の、上原紀保子さんが、1月4日に、お亡くなりになりました。88歳でした。

「百星の会」の活動も、始まりの頃は札すらなく、全て手打ちで作っていました。
「このままでは、競技はおろか、個人で練習することも出来ない!」と困っていた時、点字プリンターを使っての大量打ち出しを、一手に引き受けてくださったのが、上原さんでした。
しかも、タックペーパーでは、点字用紙に打った時のようには、はっきりとした点が出ないので結局読みずらい…。触読の練習を始めたばかりの人にこそ、点字に慣れ親しむきっかけにして欲しいのに…という、ユーザーの悩みに応えて、なんと、タックペーパーを点字プリンターに2度通すことで、確かな高さの点を出すという、高い技術が必要な難しい作業にも挑んでくださいました。

そのおかげで、点字初心者の方にも自信をもってお勧めできる札が出来上がり、現在の「百星の会」の活動の広がりがあります。いつも、どんなに無茶なお願いをしても、笑顔で引き受け
てくださり、サイトワールドなどのイベントにも応援に来て盛り上げてくださったパワフルなお姿に、励まされました。

これまでのご献身に深く感謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

    事務局 関場理華

 
 
 
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2021年01月11日

「障害」と書くことに対する広瀬さんの意見

 昨秋、新型コロナウイルスのために実現しなかった国立民族学博物館の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」は、今秋に延期となっています。その図録の原稿の再確認が進む中で、編者である民博の広瀬浩二郎さんが用字用語の表記について、以下の私見を示しておられます(昨日10日にいただいたメールの文中で)。私も、「障がい」や「障碍」という問題点をすり替えた用字ではなく、「障害」という表記を使っています。ただし、「視覚障害者」と言う場合には、「目が見えない人」としています。「障害」はことばの認定が安定していないので使いたくない、という思いがあるからです。さらには、「目が不自由な人」というような、「不自由」という表現も私は使いません。見えないから「不自由」だと言うのは、明らかに、見える者からの一方的な価値判断でのもの言いです。広瀬さんは、自分が不自由な身だとは思っていないはずです。
 江戸時代に『群書類従』の編纂をした塙保己一には、『源氏物語』に関して次のエピソードがあります。

ある夏の晩、保己一が『源氏物語』を弟子に講義していたら、風が吹いてきてローソクの灯が消えてしまった。
あわてた弟子たちは、「ちょっと待ってください。灯が消えて本が読めません」と言ったら、保己一は「やれやれ、目明きとは不自由なものじゃな」と笑いながらつぶやいた。(温故学会のホームページより)


 講義中に火が消えたことでうろたえる受講者に対して、目に頼る人たちに「不自由」という表現で対応しています。どちらが不自由なのか、立場と状況によって変わってきます。
 そのように、「障害」や「不自由」ということばは、その使われ方によっては意味する内容が違ってきます。弱者と強者との差を認めた「ハンディキャップ」ということばも、使い方に気をつけているところです。

 さて、前置きが長くなりました。
 以下、広瀬さんの考えをいただいたメールの文中から引用して、この問題に対する参考意見の提示とします。

・「障害/障がい」について: これは8対2くらいの割合で混在しています。
 近年、役所等の公文書では「障がい」という表記をよく目にします。
 この文字使いについて、僕はあちこちで書いたり喋ったりしてきました。
 僕の方針を押し付けるつもりはありませんが、「障がい」という文字使いの変更は事勿れ主義で、何の積極的意味もないと考えています。
 近年、「障害」の社会モデルという考え方が国際的なトレンドとなっています。
 「障害」は個人の問題ではなく、社会と個人の関りから生まれるという考え方です。
 つまり、「障害」の原因は社会の側にあり、それを取り除いていくのが社会共通の課題であるととらえるわけです。
 社会が「障害」を創りだしていると考えれば、「害」の字を使う意味がはっきりします。
 残念ながら、一部の当事者の間にも「害はけしからん」という意見がありますが、それは「障がい」が個人の属性であると考える浅はかな理解に根差しています。
 と、小難しいことをだらだら書きましたが、僕としては今回の図録においても「障害」で統一したいと強く希望しています。
 ただし、先述したように、最終的には各執筆者のご意向を尊重しますので、「さわる」「障害」について、上記の僕の意見に賛同できない、別の考え方があるという人は遠慮なくお知らせください。
 とりあえず、初校ゲラでは「さわる」「障害」で統一し、異論がある方はゲラに書き込んでいただくという形でもいいです。
 ご検討ください。

 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | ■視覚障害

2020年12月27日

来春3月に富山でユニバーサルツーリズムのシンポジウム

 広瀬浩二郎さん(国立民族学博物館)から、元気いっぱいの案内が届きました。
 ユニバーサルツーリズムを新たな視点から問い直そうという趣旨でのシンポジウムです。
 私は、個人的な支援活動の一環として参加します。

 広瀬さんは、コロナ禍においても、目が見えない立場から積極的に《触る》ことの意義を問い続けておられます。近著、「読書雑記(303)広瀬浩二郎『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける』」(2020年11月26日)は、触ることが生命線だった目が見えない立場からの言挙げです。
 コロナ禍において「触ってはいけない」という風潮が醸成された今、それでなくても遅れていた分け隔てのない旅行のありようをディスカッションするのは、まさに今もっとも旬な話題になると思います。私は、会場から質問をしようと、今から準備をしておきましょう。

 開催日時:2021年3月7日(13:00~17:00)
 会場:富山県民会館(先着50名、無料)

 後掲のチラシの冒頭文を引いておきます。

ユニバーサルツーリズムとは、「すべての人が楽しめるよう創られた旅行であり、高齢や障がい等の有無にかかわらず、誰もが気兼ねなく参加できる旅行を目指すもの」(観光庁)と言われています。高齢化社会の到来、障害者の社会参加が進む中、東京オリンピック・パラリンピック開催を控え、ユニバーサルツーリズムは今後の観光の主要なテーマとなります。本シンポジウムでは、従来のユニバーサルツーリズムにおける「支える-支えられる」という関係性を問い直し、新たな視点からユニバーサルツーリズムの今後の可能性について考えていきます。


 さらには、プログラムも紹介します。

第1部 話 題 提 供 (13:20 ~ 15:10)
1『誰もが楽しめる「無視覚流」観光~「非接触」社会から「触発」は生まれない~』
  (広瀬浩二郎:国立民族学博物館 グローバル現象研究部准教授)
2『ユニバーサルツーリズムにおける現状と課題~総論 OK、各論モヤモヤから始まる~』
  (久保田美穂子:亜細亜大学経営学部 ホスピタリティ・マネジメント学科准教授)
3『ユニバーサルツーリズムの先進事例紹介』
  (坂井さゆり:NPO 法人 石川バリアフリーツアーセンター理事長)

第2部 パネルディスカッション (15:25 ~ 16:25)
テーマ『富山発 ! ユニバーサルツーリズムの新たな可能性』
パネリスト
  広瀬浩二郎 国立民族学博物館 グローバル現象研究部准教授
  久保田美穂子 亜細亜大学経営学部 ホスピタリティ・マネジメント学科准教授
  江上 昌子 NPO 法人 富山ユニバーサルツーリズムセンター副理事長
  坂井さゆり NPO 法人 石川バリアフリーツアーセンター理事長
コーディネーター
  一井 崇 富山国際大学現代社会学部 観光専攻講師


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 広瀬さんからは、以下のコメントもいただいています。

 シンポジウム前日には、富山の観光ツアーもする予定です。
 富山は感染者数が少なく、今のところ対面でツアー、シンポジウムを行うことになっています。


 この「対面でツアー、シンポジウム」というのが大事です。新型コロナウイルスの蔓延でバーチャルツアーにならないことを祈るのみです。
 いつもながらの、アクティブな取り組みです。こちらも元気になります。
 来春から、広瀬さんと一緒にユニバーサルツーリズムに関する活動を展開しようと思って計画中です。プランはでき上がっているので、後は新型コロナウイルスとその変異種の動向にかかっています。
 来年は、コロナ禍に一喜一憂することなく、心穏やかな一年になることを願っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:56| Comment(0) | ■視覚障害

2020年11月26日

読書雑記(303)広瀬浩二郎『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける』

 『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける! 世界の感触を取り戻すために』(広瀬浩二郎、小さ子社、161頁、2020年10月)を読みました。

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 冒頭、「はじめに−さわる文化と新型肺炎」で、次のように少し過激な口調で問いかけています。
 世の中には可視化できないものがある。コロナウイルスは、「目に見えない世界」からのメッセージを伝える存在なのかもしれない。新型肺炎の流行は、「可視化=進歩」と信じてきた人類の傲慢さに鉄槌を下したともいえよう。誤解を恐れずに言うなら、オリパラはすべての人が「できる」ようになる、もしくは「できる」ようにする創意工夫の産物である。そのオリパラの開催予定年に、人間の無力さ(できないこと)を明らかにし、進歩とは何なのかを問いかけているのが新型肺炎なのではなかろうか。
(中略)
 近代とはさわらない、さわれない、さわらせない時代なのである。
 新型肺炎の流行に伴い、「濃厚接触」という言葉を頻繁に耳にするようになった。ウイルスの感染を防ぐために、濃厚接触を避ける。単純にとらえるなら、一連のコロナ騒ぎは、さわる文化の危機ということができる。
(中略)
 2021年は究極の濃厚接触、新たな触れ合いのマナーが創出される記念の年となることを期待したい。さあ、「距離」を感じない時代だからこそ、一歩踏み出してみよう。伸ばした手の先に、目に見えない豊かな世界が広がっていることを信じて!(4〜6頁)


 本書を手にされた方の多くは、新型コロナウイルスへの興味と関心から、目が見えない人はどう考えているのかを知りたいと思っておられるはずです。そうであれば、まずは第3章「禍転じて福と為す」新たな博物館構想」から読み進められたらいいかと思います。この、タイムリーな話題から入って、その後で巻初に戻り、広瀬ワールドを堪能していただきたいものです。
 その第3章から、私がチェックした文章を引きます。

「距離」を取ることは、視覚優位・視覚偏重の近代的な価値観にも合致する。しかし、僕は「濃厚接触」の本来の意義が軽視・忘却されてしまうことに大きな危惧を抱いている。時代の流れに逆らうことになるかもしれないが、「濃厚接触」のプロである視覚障害者が、“触”の大切さを発信すべきではなかろうか。今、そんな使命感に突き動かされて、この本を書いている。(133頁)
(中略)
 「人に優しい」という表現には違和感があった。少しひねくれた言い方になるが、「人に優しい」で用いられる「人」とは誰だろうか。そこには、健常者(多数派)が障害者(少数派)に対して優しいという図式が見え隠れする。健常者の「上から目線」というと言い過ぎだろうか。僕は、「してあげる/してもらう」という一方向の人間関係を打破するのが「ユニバーサル」の真意だと考えている。(136頁)


 さて、巻初に戻ります。次の説明文があります。

 点字考案以前、各国の盲学校では通常の視覚文字(線文字)を凹凸化した触覚教材が使用されていた。線文字は視覚的な認知には適しているが、触覚で読み取るのは難しい。(15頁)


 実は、私は「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)というテーマに取り組んでいた時、広瀬さんにも研究協力者になっていただき、目が見えなくても変体仮名が読める、という挑戦をしました。何人か読める人が出てきているので、この線文字の触読は、今の技術を活用すれば可能になったと思います。ただし、目が見えても変体仮名を読むのは大変なので、訓練は必要ですが。

 続く、写真による紙上展示は、視覚で触覚を追体験するという、一風変わった世界を味わえました。見えないと、これがどのように感覚として伝わるのかを、興味深く目で追い続けました。これは、情報の共有化のためにも有効な試みです。

 第二部に入り、アメリカ出張の体験談は、広瀬さんらしさが満載で、楽しく読み進めることができました。私も、海外に行くと視覚障害者の施設に足を運ぶようにしています。しかし、やはり目が見えない広瀬さんの方が、比較にならないほどに、多くの情報を獲得しておられます。身体中が周りの情報を受け入れる態勢になっているからでしょう。見えることによる鈍感さを実感する、広瀬流の巧みな文章です。
 能力主義社会アメリカでの障害者の就職難(頁95)、寿司の話(97頁)、音訳者の声で読書を続けてきたこと(101頁)、古文書を点訳・音訳すること(105頁)、琵琶法師が語る『平家物語』を「聴き手」「聴衆」の視点で卒論に取り組んだこと(111頁)、竜安寺の石庭のミニチュア作成に協力したこと(129頁)などなど、もう一度読み直そうと思っている箇所は枚挙に暇がありません。

 耳による読書の話(101頁)から、私は平安時代の読書を思いました。『源氏物語』は、お姫様が侍女の読む物語を聴くことが原点だという、玉上琢彌氏の物語音読論です。それ以前に、折口信夫も語り伝えられて来た『源氏物語』を論じています。ここで広瀬さんが展開する耳による読書は、まさにそれです。とすると、『源氏物語』の作者の手元にあったさまざまな〈物語〉群は、黙読のための文章ではなくて、声で語られるための、読み上げられるためのテキストだったはずです。『平家物語』が思い合わされます。つまり、伝えられ、集まっていた語りの数々を、個人が目で読める〈物語〉にまとめあげたのが、作者だとされている紫式部という女性たちだったのではないでしょうか。わたしが『源氏物語』の作者を紫式部という一人の人間に限定しないのは、こうした語りを原点に持つ〈物語〉として、『源氏物語』を見ているからです。
 期せずして、広瀬さんの話からあらためて自論を確認することになりました。そして、その語りの痕跡を見つけ出さなくては、と思うようになりました。今に伝わる『源氏物語』は黙読用に整理されたものであるならば、その前段階として耳で聴く〈物語〉だった頃の面影が、広瀬さんたちと輪読することで見えてくるのかもしれません。耳に訴える〈物語〉ならではの言葉の塊を引き出せないかと。いい刺激をもらいました。

 次の文章には、社会を鋭く見抜いたものの見方が伺えます。ここには、自立精神が旺盛な広瀬さんがいます。

 僕はガイドヘルパー(外出支援者)制度の拡充を喜ぶ一方で、視覚障害者たちを一人で「歩かせない」優しい社会に、ある種の危機感を抱いている。さあ、棒(白杖)を持って歩め、されば望(希望)が見えてくる!(117頁)


 優しさを追い求める社会や、オンライン会議、さらにはマスクが、五感を研ぎ澄まして生きている広瀬さんにとって、生きづらいものであることには、感覚的に理解できます(118〜119頁)。さらには、「僕たち全盲者は「顔」が勝負である。視覚障害者の「顔」には、人間本来の「野生の勘」が集約されている。」という言葉に接し、つい自分の顔を触ってしまいました。自分はどうだろう、と。

 私自身の日常生活とはまったく違う広瀬さんのものの見方や考え方を見聞きし、多くの知的刺激をいただきました。来年も、一緒に仕事をする機会がありそうです。折々に、このブログでも報告しますので、お楽しみに。

 なお、ちょうど本日、本書のプロモーション動画が公開されました。
 広瀬さんからいただいた宣伝文句を引きます。

「なぜさわるのか」「どうさわるのか」について、僕なりの主張を述べています。
 さまざまなモノ(民族資料)に実際に触れながら、「濃厚接触」の魅力を訴える楽しい動画なので、ぜひご覧ください。
 動画は(僕が喋り過ぎたので)2種類あります。
 完全版は46分、ダイジェスト版は14分です。

(1)完全版のアドレス
 https://youtu.be/KW5M8ucd14M

(2)ダイジェスト版のアドレス
 https://youtu.be/EKboZgkQYRA

 
 
 
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2020年10月11日

映画雑記『見えない目撃者_2019』(日本版)

 この映画は、かつて観たことがあるということを、観始めてしばらくしてから気づきました。さらには、元になった韓国映画『見えない目撃者』(字幕版)を、前日に観たことにすらしばらくは気づかないほどに、できあがりが違っている作品でした。
 オープニングは同じです。しかし、亡くなった弟の墓参りから違ってきます。誘拐犯人にぶつかりそうになった若者が、手足になって捜索に手を貸します。
 作りは緻密で丁寧です。人間のつながりを温かく見つめています。
 誘拐され、監禁されている少女が、丁寧に描かれています。
 母は防犯スプレーを渡します。
 殺害された少女の部位から、六根清浄の教えが犯行動機だという線が見えてきます。
 無関心が物語の背景にあります。
 犯人が警察官とつながりがあるというところから、話はさらにおもしろくなります。その警察官が、数年前の同じような事件の目撃者だったのです。
 スマホでの誘導に、「2時の方向」などと的確に指示を出します。盲導犬も犯人に刺されます。猟奇殺人事件にポイントが絞られていきます。緊迫感と迫力が伝わってきます。
 細かなところは元の韓国版と同じようでも、仕上がりはまったく違います。あまりの違いに、その背景や理由が知りたくなりました。
 こう書いた後に、以前この作品のことを本ブログに書いたことに思い至りました。ちょうど1年前です。そのことに今の今まで気付かないとは、暢気なものです。「映画雑記『見えない目撃者』(2019.9.20 公開)」(2019年10月05日)
 そこでは、この映画の細部に反発を感じたようで、批判的なことばでつづっています。今回は、それほどではありませんでした。前回観た記憶が背景にあり、物語の展開に気持ちが追いついたからでしょうか。不思議な体験をしました。
 昨日の記事「映画雑記『見えない目撃者』(韓国映画・字幕版)」の末尾に、なかざわ ひでゆき氏の「【深読み映画レビュー】『見えない目撃者』 韓国版・中国版との比較も!」を引きました。韓国→中国→日本と、3種類のバージョンが提示されているのです。3カ国における文化の違いを考える上でも、異文化論の対象となる興味深い映画だと言えるでしょう。【4】
 
 
 
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2020年10月10日

映画雑記『見えない目撃者』(韓国映画・字幕版)

 この映画は、韓国映画『ブラインド』(2011年8月)として2014年に日本で公開されたものです。
 兄弟愛を背景にして、生きる意味を問う形を取りながらも、非常に暴力的な映画だと思いました。視覚障害者を利用した、差別的な意識が漂う印象も持ちました。どの場面がそうだというのではなくて、会話と表情と行動においてです。荒れ果てた人間の心が産んだ作品だ、との感想を抱いた映画です。
 自分の運転で交通事故を起こし、同乗していた弟を亡くした上、自分は目が見えなくなった女性警察官シャオシンが主人公です。
 点字、盲導犬、点字ブロックなどの小道具に、つい目が行きます。日本とどう違うのかと。
 母から渡された盲人用の障害物感知器は、初めて見ました。杖が届かない物を振動の強弱で感知する、掌に収まる小道具です。これが最後に、主人公の身を護ります。
 主人公は失明して3年間、点字などを学び、復職を目指します。しかし、そのことはいつしか物語からは触れられなくなっていきます。目が見えないことについては、問題意識に鋭さがなく、そのことへの切り込みが不十分です。盲導犬の扱いについても疑問があります。
 字幕に数回出てきた「盲心」ということばが、原語では何と言っているのか気になりました。
 主人公は記憶を頼りに、辛抱強く捜査に協力します。元警察官なので、要領を得た協力です。そして、女子大生失踪事件とリンクしていきます。展開の妙に目が離せなくなります。観客の心理を心得た、巧みな物語です。
 見終わってから、女性を偶像崇拝する傾向があることに違和感を覚えました。【2】

※2016年に中国で制作されたリメイク版は、まだ見ていません。
※2019年の日本版の映画については、引き続き次回アップします。

 参考までに、なかざわ ひでゆき氏の「【深読み映画レビュー】『見えない目撃者』 韓国版・中国版との比較も!」(https://eiga-board.com/posts/3323?p=2)から、3種類の映画の「あらすじ」を比較している部分を引用します。

<韓国版『ブラインド』・あらすじ>

 かつて警察大学の優秀な学生だったスア(キム・ハヌル)は、母の運営する孤児院で姉弟同然に育ったダンサー志望の若者ドンヒョン(パク・ボゴム)を連れ帰る途中で交通事故を起こし、逃げ遅れたドンヒョンは車ごと橋から落下して死亡。スア自身も視力を失ってしまいます。それから3年後。視覚障碍者となったスアの乗車したタクシーが何かに衝突します。運転手は犬を轢いてしまったと言いますが、しかしスアはそれが人間であることに気付いてしまう。慌てた運転手は被害者をトランクに押し込めて逃走します。

 すぐに警察へ届け出るスアですが、警察の対応はいい加減。しかし、聴覚や嗅覚を駆使した彼女の鋭い観察力に驚いたチョ刑事(チョ・ヒボン)だけが彼女の言葉に耳を傾け、やがて世間を騒がせている女子大生失踪事件とひき逃げ事件の関連性が浮上します。そこへ第二の目撃者である若者ギソプ(ユ・スンホ)が名乗り出るも、2人の証言の食い違いに警察は困惑。やがて、犯人(ヤン・ヨンジョ)はアルバイト帰りのギソプを襲撃し、さらには地下鉄でスアにも襲いかかります。スマホのビデオ通話でギソプに誘導され、なんとか間一髪で難を逃れたものの、大切な盲導犬チヘを殺されてしまい悲しみに暮れるスア。徐々に姉弟のような絆で結ばれていくギソプとスアですが、そんな2人に再び犯人の魔手が忍び寄ります…。

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<中国版『見えない目撃者』・あらすじ>

 新人女性警官のルー・シャオシン(ヤン・ミー)は、バンド活動に熱中して学校を退学した弟リャン・ツォン(リウ・ルイリン)に腹を立て、ライブ会場から無理やり連れ戻したところ、交通事故を起こして弟は死亡。シャオシン自身も視力を失います。それから3年後、たまたまシャオシンの乗ったタクシーが何かに衝突。運転手は犬を轢いたと言いますが、そのうめき声からシャオシンは人間の女性だと気づきます。犠牲者をトランクに押し込めた運転手はそのまま逃走。すぐさまシャオシンは警察へ届け出ます。温厚なルー刑事(ワン・ジンチュン)はにわかに彼女の証言を信じられなかったものの、事故現場付近で行方不明者の届け出があったことから警察が動き始めます。

 すると、ローラースケート少年リン・チョン(ルハン)が第2の目撃者として名乗り出る。最初はリン・チョンを懸賞金目的の不届き者だと思っていたルー刑事でしたが、彼が犯人(チュウ・ヤーウェン)に襲われたことから考えを改めます。やがて、出会い系アプリを悪用した女子大生連続失踪事件との関連性が浮上。そうこうしているうち、シャオシンはバスで犯人につけ狙われ、スマホのビデオ通話でリン・チョンに誘導されて命を救われるものの、盲導犬コンコンが殺されてしまいます。実はリャン・ツォンの大ファンだった音楽好きのリン・チョン。亡き弟を介して姉弟のような絆を育むシャオシンとリン・チョンですが、そんな2人に犯人が襲い掛かります…。

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<日本版『見えない目撃者』・あらすじ>

 警察学校の卒業式当日に交通事故を起こし、最愛の弟・大樹(松大航也)を死なせてしまい、自らも視力を失ってしまった浜中なつめ(吉岡里帆)。それから3年後、悲しみと後悔のどん底に生きているなつめは、ある晩たまたま車の接触事故と遭遇します。慌てて立ち去る車の中から、助けを求める少女の声を耳にするなつめ。すぐに警察へ届け出る彼女ですが、話を聞いた木村刑事(田口トモロヲ)も吉野刑事(大倉孝二)も取り合ってはくれません。しかし、これが誘拐事件だと確信するなつめは、車との接触事故を起こしたスケボー少年・国崎春馬(高杉真宙)を探し出して協力を求めます。

 事件に気付きながらも犯人の姿を見ていないなつめと、犯人の姿を見ていながら事件に気付かなかった春馬。はじめこそ迷惑がっていた春馬ですが、しかしなつめの熱意に押されて調べ始めるうち、2人は家出女子高生たちの間で噂になっている謎の人物「救様」の存在にたどり着きます。やがて、荒れ果てた廃墟の裏庭で発見された女子高生たちの無残な死体。その傍で見つかった自殺者が犯人かと思われましたが、しかしその陰惨な儀式的殺害方法を目の当たりにした木村刑事は、15年前に起きた猟奇事件と何らかの関係があるのではと疑い始めます…。

 
 
 
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2020年10月09日

広瀬さんの新著『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける!』

 研究仲間の広瀬浩二郎さん(国立民族学博物館)が、楽しい本を刊行します。
 目の見えない方々が物を確認しようとする時、触らないとどうしようもありません。認知と情報共有をもとにコミュニケーションを取る上で、これは欠かせないことです。しかし、新型コロナウイルスの拡大に伴い、触らない、ということが推奨される社会的な風潮が出来上がりました。これで良いのでしょうか。

 広瀬さんが、これに答えを出しています。それが、新著『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける!』です。以下の画像をクリックすると、精細な表示となります。

201009_hirose1.jpg

201009_hirose2.jpg

 送っていただいたメールの一部を引いて、新著の紹介とします。

 コロナ禍を吹き飛ばす「触発の書」です。
 コラムをまとめるだけでは新しさがないので、国立民族学博物館所蔵の資料写真を多数掲載しました。
 写真を見たら、実物にさわりたくなるというコンセプトで、各資料写真のキャプションでは、僕が資料にさわった印象を述べています。
 新著の前半は「世界の感触」写真集、後半は文章(連載コラムの拡大版)という構成です。
 前半の写真集はカラー印刷です。
 どさくさ紛れに(?)僕自身が撮った通勤時の風景写真も6枚ほど入れています。
 後半の文章部分はあらためて「ユニバーサル・ミュージアムとは何か」についてじっくり考える三つの章から成り立っています。

 今回も「さわる表紙」にはこだわりました。
 濃厚接触をイメージする触図は、さまざまな触感を伝えてくれます。
 昨年のシンポジウムのチラシでもお世話になった桑田知明さんのデザインです。
 視覚障害の有無に関係なく、多くの方にぜひ触れていただきたい「さわる表紙」となっています。


 さらに詳しくは、以下の小さ子社のホームページで確認してください。
 https://www.chiisago.jp/books/?code=9784909782069
 刊行されたら、またここで紹介します。
 まずはお知らせまで。
 
 
 
posted by genjiito at 20:09| Comment(0) | ■視覚障害

2020年09月28日

全盲の広瀬さんから「優しさ・安全」が強調される社会への異議申し立て

 国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんが、今度は山登りにチャレンジしています。その動画が届きました。
 広瀬さんは、「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)で、共に変体仮名を読むことの可能性を考えた仲間です。その広瀬さんが、「野外活動のユニバーサル化に関する提言」を始めたのです。
 いただいた説明文を引きます。

 ちょっと不思議な(?)動画を紹介いたします。
 なぜか僕が山登り(森の散策)をしながら、「バリアフリー」についてあれこれ語っている動画です。
 小難しく言えば、野外活動のユニバーサル化に関する提言という感じですが、50歳の全盲のおっさんが「老骨に鞭打って」森の自然を文字どおり体感しています。
 動画は25分ほどです。
 副音声(音声解説)はありませんが、喋りが多いので、視覚障害の方にも楽しんでいただけると思います。
 字幕は入っていますので、聴覚障害の方にもぜひ見ていただきたいです。
 本人としてはちょっと恥ずかしいですが、「優しさ」「安全」のみが強調される近年の社会に対するささやかな異議申し立てでもあります。

「バリアアリー森の冒険: 森から生まれる心のバリアフリー」
(2020SEP1-2) morinosトーク、視覚障害者/広瀬浩二郎
https://youtu.be/8sY9_UU3aH0


 「バリアフリー」が叫ばれる中で、広瀬さんが言う「バリアアリー」はおもしろい発想だと思います。確かに、「バリア」とは何なのでしょう。
 この25分の動画を見ながら、特に若い方々と話をしてみたいと思うようになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■視覚障害

2020年08月05日

「点字付き百人一首〜百星の会」のリモートゲーム会

 目が見えない方々が中心となって活動を展開しておられる「点字付き百人一首〜百星の会」事務局の関場さんから、「百星のリモートゲーム会」の案内が来ました。

 新型コロナウイルスのため、「点字付き百人一首」の活動が半年もお休みとなっています。
 そんな中で、『百人一首』と縁遠くなってしまわないようにと、電話だけで楽しめる企画を展開しておられます。

 「ブラステル」の電話会議システムを使い、複数の人と同時に通話することに着目し、いろいろと楽しい仕掛けを提案しておられます。

(1)百人一首を使ったコミュニケーションゲーム
(2)知恵と運で勝利を勝ち取る、頭脳戦すごろく(オリジナル)
などなど。

 興味と関心をお持ちの方は、関場さんに連絡を取って、ゲームに参加なさってはどうでしょうか。詳しい内容は、以下の通りです。

 開催日:毎週水曜日と土曜日
 時間:21時半から1時間半程度
 連絡:「百星の会」事務局(r-sekiba@tenpitsu.com)

 
 
 
posted by genjiito at 19:19| Comment(0) | ■視覚障害

2020年07月20日

盲学校の授業にフォーカスするETV特集

 国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんからの情報を紹介します。
 今週末に、ETV特集「心が躍る生物教室」という番組が放映されます。

 本放送: 7月25日(土)23:00〜23:59 Eテレ
 再放送: 7月30日(木)0:00〜0:59 Eテレ

 この内容については、次の広瀬さんからのコメントをお読みください。
 一人でも多くの方が、「触る」ということの大切さに思いを馳せてもらえたら、その活動を支援している一人として幸いです。

最近、僕の母校である筑波大学附属盲学校の生物の授業が注目されています。
 授業の様子を紹介する書籍も刊行されましたし、すでにNHKの番組でも2度放送されています。
 NHKの番組が好評だったということで、今回、拡大版としてETV特集で取り上げられることになりました。
 盲学校の授業にフォーカスするETV特集が放送されるのは画期的なことだと思います。

 このETV特集に、僕は盲学校の卒業生として協力しました。
 僕の民博での仕事、トーテムポールの触察シーン、コロナ禍に対する思い(インタビュー)などが紹介されます。
 僕自身が登場するのは短時間で、もちろん盲学校の生徒たちの成長がメインテーマです。
 見応えある番組に仕上がっているので、ぜひご覧ください。

 僕自身が「さわる文化」を提唱する根底には、盲学校での経験があります。
 盲学校の授業は特殊・特別なものではなく、普遍的な(ユニバーサルな)価値を有しているというのが僕の持論です。
 今回の番組取材を通じて、あらためて自分のルーツを確認することができたと感じています。

 
posted by genjiito at 20:33| Comment(0) | ■視覚障害

2020年05月19日

新しいコラムの連載を通して〈濃厚接触の意義〉を考える

 先週に続いて、今日も箕面キャンパスへ行きました。驚いたことに、市バスも阪急電車も満員です。特に阪急電車の乗客は、先週の3倍はいます。駅に着くと、ホームにいた方々が開くドアに集まって来られます。まさに、数ヶ月前のラッシュアワーを思い出させるシーンです。
 外出自粛は早くも崩れ去ったかのようです。せっかく新型コロナウイルスの感染をみんなで防いで来たのに、これで感染拡大が一気に逆戻りとなれば、悔やみきれません。もっとも、かくいう私も、理由はともかくこうして出かけているのですから、批判的に言う資格はありませんが……
 大学へ行くバスは、いつものように2人だけで閑散としています。私の研究室がある棟は、人っ子一人いません。エレベータは、帰るまでずっと同じ階に止まっていました。

 帰りは、今日も大学を早めに出ました。バスも電車もガラガラです。特に電車は、今朝の混雑が嘘だったかのように、駅のホームはもとより車内も、人はまばらです。通勤時間をずらすと、混み合う電車で移動することは避けられそうです。

 昨日から、近所の大型ショッピングモールが営業を始めました。これまでは、1階の食料品を中心としたスーパーマーケットエリアだけが開いていたのです。全館再開で、賑わいが戻って来たようです。ただし、適度な人出なので、これなら3密は心配なさそうです。マナーが守られているなーと実感しました。

 3月初旬に白内障の手術をしました。順調に回復して、今では本を読んだり資料を見たり、コンピュータに向かっての仕事などが楽になりました。先月の中旬には、遠近のメガネを作るつもりでした。しかし、新型コロナウイルスのために、近くのメガネ屋さんが営業を自粛しておられたので、作れないままだったのです。やっと、メガネ屋さんに行けました。入荷の関係で、1週間ほどかかりそうです。これで、テレビを観たり、掲示物を見たりすることができます。

 そんな折、研究仲間である国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんから、新しいコラムを始めたという知らせが届きました。題して「それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける! ―世界の感触を取り戻すために―」。
 これは、昨年末から準備が進み、私も協力者の一人に加えていただいていた〈国立民族学博物館のユニバーサル・ミュージアム特別展〉が延期となったことを受けての、積極的な問いかけともなっています。
 広瀬さんからの案内文の一部を紹介します。

 さわることに対する拒否反応が強まる社会状況の中で、「濃厚接触」のプロともいえる視覚障害者からのメッセージを発信するのは大切だと思います。
 図録の出版を担当してくれる小さ子社の原さんにご協力いただき、小さ子社のホームページでコラムを連載することになりました。
 テーマは、「それでも僕たちは『濃厚接触』を続ける! ーー世界の感触を取り戻すために」です。
 タイトルでは、あえて「僕」ではなく、「僕たち」を使いました。
 ユニバーサル・ミュージアム展に関わってくださるみなさんは「僕たち」だと、勝手に決めています。
 本日、初回分のコラムが公開されました。
 コラムは毎週火曜に更新され、6回続く予定です。
 ぜひお読みください。


 第1回となる本日は、「さわる文化と新型肺炎」です。
 目が見えない人にとっては、我々以上に〈触る〉ということは大事なことです。その触るプロからの、篤いメッセージが伝わって来ます。
 第1回の小見出しは、次の通りです。

■新たな触れ合いのマナー創出に向けて■

■「濃厚接触」のプロとして■

■「禍を転じて福と為す」ユニバーサル・ミュージアム構想■

■視覚優位の近代文明■

■近代的な人間観、ミュージアムの常識を覆す■

■「人に優しい」から「人が優しい」へ■


 このコラムの文末に置かれた一文を引いておきます。

次回は5月26日更新予定です。
この連載をもとに、2021年へと開催延期になった国立民族学博物館のユニバーサル・ミュージアム特別展に向けた動きや、世界中から集められた民族資料と「濃厚接触」して世界を感触でとらえた記録なども付け加えた書籍を、小さ子社より今夏刊行します。ご期待下さい。


 この連載を、これから楽しみにして読んでいきながら、来年の秋に延期となった〈ユニバーサル・ミュージアム展〉と、それに関連するイベントを心待ちにしたいと思います。
 
 
 
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2020年04月25日

京洛逍遥(618)点字ブロックと岩倉川に沿う八重桜やカレーのこと

 地下鉄烏丸線の北山駅から国際会館駅までの2駅を、電車で移動しました。散策のつもりで出かけたはずです。しかし、少し距離がありそうなので、途中から気が変わって電車にしたのです。不要不急の外出だとお叱りを受けそうです。それでも予想通り、各車輌には一人いるかいないかでした。新型コロナウイルスの感染予防のため、外出自粛は徹底しています。

 国際会館駅の改札から地上までの通路は、こんな通行区分になっていました。

200425_tenjibrock.jpg

 おそらく、視覚障害者のための黄色い点字ブロックを最優先にしたための区分けなのでしょう。それにしても、写真右側の改札口に向かう通路の狭いこと。一人分の肩幅しかないので、前の方がゆっくりと歩いておられると、後ろから来る方は追い越すこともできず、ストレスが溜まることでしょう。地上に行く通路は、その升目を見ればわかるように、3倍の広さがあります。高齢化社会となり、スローな人たちが社会を構成することに、まだ思いが及ばない頃に作られた通路なのでしょう。これでは、スローライフに対応できなので、心地よい社会にはならないことでしょう。
 極端な左通行のシフトなので、その意図を考えました。国立の施設である国際会館があるからでしょうか。車イスのことを考えての配慮なのでしょうか。そうだとしても、これはやりすぎだと思います。
 私は、点字ブロックは過剰に日本中の道や通路に敷き詰められている、と思っています。すでに、「点字ブロックは本当に視覚障害者のための物でしょうか」(2018年10月22日)という記事を書き、その後も折々にこのことを問題にしています。私のこの記事に、目が見えない方々からは理解を示していただいています。批判的なのは、かえって目が見える方々です。点字による案内などの問題点は、またいつかにします。

 さて、地上に出ると、右手に比叡山が大きく迫っています。

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これからは、この山肌の色彩が多彩に変化します。私の部屋からも、この時期になると比叡山から東山に向けて拡がる緑の屏風が、刻々と移り変わっていき、初夏独特の新緑のグラデーションが楽しめます。

 岩倉川の散策路には、八重桜がまだすこしだけ残っていました。

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 昨日までの数日は、寒さに震えていました。そして今日は、ポカポカといい陽気となりました。
 自粛のために、食事をするお店はすべて閉まっています。コンビニでお弁当を買って、公園で食べようと思いながらブラブラしていると、唯一、インド料理のお店が開いているのに出くわしたのです。お客さんは誰もいません。ご主人に話を伺うと、ネパールから来た方でした。デリーの話などをしました。
 ほうれん草とパニールのマサラ料理をいただきました。ただし、パニールではなくて、とろけるチーズを入れたものでしたが。アツアツの焼き立てのナンによく合う味です。私のために、甘い味にしていただきました。
 日本では、パニールになかなか出会えません。東京の越中島にいた時には、門前仲町のインド料理屋さんがリクエストに応じてパニールを使った料理を出してくださいました。インド料理は、京都よりも東京が多いようです。しかし、京都でもがんばっておられます。「読書雑記(80)続木義也『カレーの海で泳ぎたい』」(2013年09月26日)は、お薦めの一冊です。
 
 
 
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2020年03月16日

「東京オリ・パラ」から「パラ」が消えた最近のメディア報道を糺す

 京大病院の眼科を退院した後、今日が初めての診察でした。
 視力測定や眼圧の検査の後、主治医の先生の診察です。
 まったく問題はなく、順調に回復しているとのことでした。
 一安心です。

 眼がよく見えるようになったこともあり、新聞や雑誌を読むのが苦痛でなくなりました。
 そんな中で、今月に入ってからメディアで「東京オリンピック・パラリンピック」と表現されていたものが、「パラリンピック」の文字が外れて「東京オリンピック」となっていることに気付かされました。私だけの偏見なのかと思い、周辺にいろいろと聞いてみました。すると、テレビのニュースをはじめとして、ニュース解説やバラエティ番組でも、「東京オリンピック・パラリンピック」の延期や中止に関することが話題になった今月からは、確かに「パラリンピック」という言葉が外れて「東京オリンピック」と言われているそうです。私の感触は、今日(令和2年3月16日)現在のところでは間違っていないようです。

 今年の8月下旬、8月22・23日(予定)に「文京区シビックセンター」においてバリアフリーカルタの全国大会が開催されます。眼の見えない方々が楽しんでおられる「バリアフリーかるた」である「点字付百人一首」が、「東京オリンピック・パラリンピック」に関連したイベントとして広く活動が紹介されるのです。これに関連した記事は、「[追補版]『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事」(2020年01月23日)を参照してください。この記事の後半には、別の『淡交タイムス』という冊子の中で、「オリンピック・パラリンピック」と「オリンピック」という表現が混在している記事が掲載されていることを取り上げています。目くじらを立てることもない些細なことだとはいえ、事実としてこれも参考までに紹介しておきます。

 こうしたバリアフリー活動の広報役を買って出ている私としては、現在、メディアが掌を返したように「パラリンピック」を付けない「東京オリンピック」という表現に流れている時流に、化けの皮が剥がれたのではないか、と思うようになりました。もちろん、意識的ではなくて、無意識に外れてしまっているのでしょう。これまでは、いかにも障害者への配慮をしているかのように装っていた記者や司会者やコメンテーターは、付け足しとして「パラリンピック」という言葉を添えていただけだったようです。今、新型コロナウイルス騒ぎに関連した「東京オリンピック・パラリンピック」の報道で、障害者への意識が本当は薄かったことを露呈してしまったのです。メディアのみなさんは、体面を保つために、無理をなさっていたのでしょうか。

 とにかく、「オリンピック」が延期か中止になるのでは、という記事や番組が多い中で、「パラリンピック」はこれからどうなるのかを報じているメディアは、果たしてあるのでしょうか。
 もしあるのであれば、ご教示いただけると、その報道を追って紹介したいと思います。きっと、心あるメディアは日本国内にあるはずです。そう信じています。今は、具体的にどこということが、私の情報網に入っていないだけにちがいありません。そうでなければ、口だけのメディアが心もなかったことになり、これからますますメディアが信じられなくなります。

 みなさんの身の回りで、新型コロナウイルスの報道の陰で「パラリンピック」という文字列が欠けている実態を、どうぞ実感してみてください。この人が、この番組も、という意外な体験をすることも大事かと思います。今は、関西を中心に聞いてみたところなので、関東やその他の地域はどうなのでしょうか。
 この「パラリンピック」という言葉が、「新型コロナウイルス」のニュースバリューに幻惑されて削られた報道がなされている実態が、この1週間の情報では確実に確認できます。どなたか、本格的に、この事実の推移の確認から、手始めに調査をなさいませんか。
 
 
 
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2020年02月05日

映画や演劇の次は触って楽しむ『源氏物語』へ

 科研のお手伝いで研究室に来ている二十代前半の学生さんに、『源氏物語』の映画や演劇・ドラマのことを聞きました。すると、何も思いつかない、というのです。意外でした。
 私の世代なら、ちょうど私が生まれたその年の長谷川一夫(1951年、谷崎潤一郎・池田亀鑑が監修)に始まり、市川雷蔵(1961年)、花ノ本寿(1966年)、沢田研二(1981年)、東山紀之(1991年)、中条きよし(1993年)、天海祐希(2001年)、紫吹淳(2010年)、生田斗真(2011年)、さらにはピアスをしたアニメ(1987年、声・風間杜夫)、ドラマ(2017年、城田優)、ミュージカル(2018年、初風緑)、プロジェクションマッピングと歌舞伎(2018年、市川海老蔵)、アイスショー(2019年、高橋大輔)と、いろいろ出てきます。
 今春(2020年4月)からのドラマ『いいね!光源氏くん』では、千葉雄大が光源氏役だそうです。これで、今の若者たちが『源氏物語』との新しい接点を持つことになるのでしょうか。
 『源氏物語』の受容が、読書という視覚によるものが中心となり、しかも孤独に黙読の世界で物語を味わう時代となって久しいのです。『源氏物語』は《物語》なので、本来は《かたり》であることが忘れられていました。朗読や宝塚の存在は、その意味では貴重です。
 目で、耳で、と『源氏物語』が視聴覚によって楽しめるのですから、次は触って楽しむ『源氏物語』のことを考えてみようと思います。
 
 
 
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2020年01月27日

「紫風庵」での触読に関する報告(その2)

 一昨日、1月25日(土)の「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第8回)」で、全盲のHさんがどのような様子だったのかを、直接横でサポートをした吉村君から報告を受けました。前回の報告、「目が見えなくても変体仮名は触読できる」(2019年12月10日)に続いて、2回目の報告を整理しました。

■Hさんへの触読支援に関する報告■



「第8回 源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(1920.01.25_)

 今回は、前回(昨年末12月10日)よりも格段に文字を読むことができるようになっておられました。
 まず三十六歌仙では、藤原清正の「藤」を触った時に「これは藤原ですか?」と尋ねられました。「なぜわかったのですか?」と訊いてみると、「草冠の所でわかった」との事でした。
 また源順の「源」を触った時には、「源ですよ」と伝えると右の部分(旁)はわからなかったものの、「(三水の部分が)繋がっているんですね」とおっしゃいました。
 脈絡なしに漢字が出てきた時には、「藤原」や「源」であるとわかるのは難しいかもしれません。しかし、漢字の場合は、部首が理解に繋がることは多いかもしれません。
 他の漢字について、「月」については「言われてみればわかる」との事でした。また「風」は右側の跳ねる部分が特徴的だったようで、後にご自分で確認した際に「ああこれが風ですね」とおっしゃっていました。
 その他、漢字の「川」の形に近い「つ」を、ご自身で読むことができていました。
 「の」は、漢字に近いものも平仮名に近いものも、ご自分で読む事ができていました。
 また、藤原興風の書風が他のものと明らかに異なる、という説明がありました。これについては、触読でも文字の太さから理解されていたようです。また源順の左下の模様がそのまま印刷されていたので、普段は字を読むために消している地の模様が、今回はこのような形で線が浮き出ている、ということもお伝えしました。

 『源氏物語』の写本の「須磨」では、最初の「み」をご自分で読む事ができていました。
 変体仮名は、「可」もご自分で読むことができています。「可」は前回は読めていなかったかと思います。ただ、「る」を踊り字「ゝ」と、似た形であることもあって混同してしまうことがありました。このあたりは、文脈も含めた慣れが必要かもしれません。
 全休的には、やはり変体仮名が難しいようでした。「堂」のような画数が多いものは立体コピーの限界もあって、文字が潰れてしまいやすいのです。「尓」のような小さいものも、文字が潰れてしまうために、認識しづらい原因となっているかと思われます。
 今回頻出した「多」は、画数も少なく、字も小さくないため、変体仮名の中では読みやすいのではないかと思います。逆に、平仮名ではご自分でわかるものと、答えを伝えれば理解できるものが半々くらいだったように思います。答えを伝えたもとしては、「き」のように一文字が大きいものや、「て」と「く」などのように、似ているものが多かったように思います。
 和歌が一字下がって書かれている、という説明がありました。これは、実際に触ることで理解できていました。16丁ウラの左上部分にある三角形の装飾(砂子でしょうか?)が立体コピーでも出ていたので、そこが装飾されている部分だということをお伝えしました。(科研運用補助員・吉村仁志)


 前回からの格段の進展がうかがえる報告です。変体仮名が読め出したというご自身の感触が、着実にこちらにも伝わってきます。
 今回、漢字に反応されたことは驚きでした。2回目でこうした感触を得られたことを好機として、さらに前進することをご本人に伝えました。そして、快諾をいただきました。
 今は、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の写本に書かれている漢字の文字列を活用して、『漢字触読字典』の用意をし出しています。3年前に、『変体仮名触読字典』と『触読例文集』を手作業で作りました。その第3弾が、これから着手する『漢字触読字典』になりそうです。今週中に、その報告ができると思います。
 また、アルファベットにも挑戦していただこうかと思います。
 こうした挑戦については、インドで試みました。「デリーの盲学校で立体コピーに挑戦してもらう」(2016年02月18日)
 あれから4年。さらにいい環境と関係ができているので、この試みがどのように進展していくのか、今から楽しみです。
 このチャレンジは、図書館の「触読ライブラリ」の実現にもつながっていきます。さらなる高みを目標に置き、試行錯誤を続けていきます。

 「読みたい」というHさんの気持ちを汲み取り、より快適な学習環境や触読用の教材を作り、変体仮名を通して、文字を読むことの楽しさを一緒に追体験したいと思います。そして、文字を読むことの意義も、こうした実習を通して共に語り合いたいと思います。
 
 
 
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2020年01月23日

[追補版]『かるた展望』に掲載された『四人一首』の記事

 『かるた展望 第70号』(令和元年12月23日発行、全日本かるた協会)に、目の見えない方々が楽しんでおられる「点字付百人一首」の最新情報が掲載されています。

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 「点字付百人一首」を主導なさっている「百星の会」のイベントなどでいつもお目にかかり、エネルギッシュに指導にあたっておられる南沢創さん(宇都宮市立中央小学校教諭)が、みずから開発された『四人一首』について書いておられます。「バリアフリーかるたの試合方法 メディアが注目 四人一首」(60頁)がそれです。
 まずは、『百人一首』と宇都宮との奇縁から語り出されていきます。

 宇都宮といえば、藤原定家に、小倉山荘の襖に和歌の染筆を依頼した蓮生の出身地である。蓮生の依頼から定家が選んだ和歌が、小倉百人一首のルーツとなった。
 そのことから宇都宮は今、百人一首の街を全国にPRするさまざまな取り組みを行っており、その一環として地元のメデイアが全国向けの情報発信を模索し始めた。


 『百人一首』は、京都・滋賀・福井をはじめとして、全国各地の学校や自治体でのイベントで盛り上がりを見せています。今年も年末年始には、毎日のように全国のローカルニュースで、さまざまなカルタ取り大会の様子が報じられていました。今年の名人戦は?、クイーン戦は? と、大きなニュースにもなりました。
 今回手にした『かるた展望 第70号』に掲載された南沢さんのバリアフリーかるたに関する記事は、この会誌を手にされた方のほとんどが、読まれないままに保管されていることでしょう。このバリアフリーかるたに関わっている1人として、この記事があることを取り上げて、目の見えない方々も『百人一首』を楽しんでおられることを記し留めて置きたいと思います。

 『四人一首』というものをご存知の方は、ほんの少数かと思います。まずは、最近のイベント(2019年11月2日)の写真で、その様子を想像してください。

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 次に、その発案者である南沢さんの説明を引きます。

 四人一首では、向かい合う二人の問に置かれた競技台の四隅に四枚の札が並べられ、その中から読まれた札を取り合う。取られた札のあった場所に次の札が追加され、場に並んだ四枚から次の句が読まれる。この繰り返しで試合が進む。四人一首のアイディアは、私の指導する宇都宮市立中央小学校放課後かるたクラブで生まれた。日ごろから競技かるたに親しむ子供達が、和歌を一首も覚えていない友達に、おもてなしの心をもって百人一首の楽しさを伝えられるよう工夫する中で、形を成してきた。3年ほど前、ふと〈これならば視覚障碍者も百人一首を楽しめる〉と思いつき、点字・拡大文字付かるたを楽しむ会『百星の会』の活動で紹介したところ、参加者から好評を得て、今の形に進化した。そして同会代表の関場理生さんにより、『四人一首』と名づけられた経緯がある。(60頁)


 この、目が見えない方々の「点字付百人一首」は、「オリンピック・パラリンピック」関連のイベントの一環で、今夏8月22日、23日(予定)に「文京区シビックセンター」においてバリアフリーカルタの全国大会として開催されます。

 私も、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の企画として、昨秋、次のイベントを実施しました。
「見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日」(2019年10月26日)
 この集まりに南沢さんをご招待しました。しかし、全国を「点字付百人一首」の普及活動で飛び回っておられることもあり、ご都合がつかず「またの機会に」ということになりました。いつの日か、みなさまには直接『四人一首』の指導をお願いしたいと思っています。常に新しいことを考え続けておられる南沢さんなので、今年も楽しい提案をしてくださることでしょう。

 なお、目の見えない方々が『百人一首』と取り組んでおられるニュースは、私の知る範囲ではこの年末年始には流れていませんでした。東京五輪に関しても、「オリンピック・パラリンピック」という併称が広まっていることはいいことだと思います。ただし、私の所に届く会誌の中のいくつかには、「オリンピック」と言うだけで「パラリンピック」の言葉がないものもあります。一例をあげましょう。

 いよいよ東京オリンピックの開催が迫り、日本にとって記念すべき一年が始まりました。(巻頭言、2頁、『淡交タイムス 第546号』令和2年1月1日発行、茶道裏千家淡交会総本部)

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 また今年は四年に一度のオリンピックイヤーでもあります。先の東京大会から五十六年の歳月が経ちますが、アジアで最初に開催されたオリンピックの感動は忘れることができません。今回も多くの感動をオリンピック・パラリンピックのアスリートたちは与えてくれるでしょう。(同上、4頁)


 めくじらを立てるほどのことではないものの、同じ冊子の中でこれが混在している記事が収載されていると、つい気になります。後者の場合は、これまでの経緯と最近の表現の潮流を考慮して、「オリンピック」と「パラリンピック」が使い分けられていると思われます。しかし、前者の場合の「東京オリンピック」は、「東京オリンピック・パラリンピック」とすべきだと思います。
 これは、編集者の方にも問題意識がないために、見過ごされたままで印刷・発行されたのでしょう。

 こうした情報は、折々にこのブログでも取り上げていきます。目が見える人と見えない人が一緒に楽しめるスポーツの1つとして、この競技に理解が深まることを期待して、「点字・拡大文字付き百人一首〜百星の会」や「大阪点字付きかるたを楽しむ会」のイベントなどの広報のお手伝いを続けていきます。
 
 
 
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2020年01月04日

京洛逍遥(587)視覚障害者の写真展を見てから仲源寺にお参り

 河原町三条で食事をしてから、四条の祇園に向かいました。
 三条大橋の下には、多くの鴨が集っています。
 とにかく今年の賀茂川は、鴨が多いことが特徴でしょうか。

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 四条通り花見小路西入ルに、お漬物の「西利」があります。鴨川畔にある南座の並びです。その4階の「ぎやらりぃ西利」で写真展があったので行ってきました。
 今回の写真展は、「いのちV」と題して3人の作品を3階と4階で展開するものです。そのうちの一人、視覚障害者の堀越信司さんは、陸上競技のパラリンピックに出場という実績のある選手でもあり、今年の東京パラリンピックにも出場が内定している方です。
 会場に掲示してあった堀越信司さんのプロフィールを引きます。

 堀越信司
 Tadashi Horikoshi


視覚障がい陸上長距離・マラソン選手
1988年生まれ(31歳)長野県出身
2008年北京から3大会連続でパラリンピソクに出場し、世界選手権やアジアパラ大会など、これまでに国際大会で合計8個のメダルを獲得
NTT西日本陸上競技部に所属


写真への思い


私は弱視であり、自らの目で像を捉えるには限界があります。
しかし、写真を撮影しそれを拡大することで、普段肉眼では見えないものも見ることができます。
写真は、自分の世界を広げてくれるのです。
専門知識や技術はありませんが、私なりに捉えた世界をご覧いただけると幸いです。


 20数点の写真は、飛行機であったり空であったり、また渓流や植物もあります。見ているうちに、その背後に音があることに気づきました。それがシャッターチャンスだったのでしょうか。撮影後に写真を大きくして確認する時に、耳によるイメージが選定に深く関わっているのではないか、と素人目ながら感じました。
 この感覚による写真は好きです。機会を得て、また見たいと思います。
 パラリンピックでの健闘も楽しみにしています。
 なお、「パラサポWEB」には、次の戦績が掲載されていたので紹介します。

パラリンピック成績


2008年
 北京パラリンピック
  男子1500m(T13)予選敗退
  男子5000m(T13)予選敗退
2012年
 ロンドンパラリンピック
  男子5000m (T12)5位
2016年
 リオパラリンピック
  男子マラソン(T12) 4位
     最終更新日:2019.11.26
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主な成績


2010年
 広州2010アジアパラ競技大会(中国)
  男子5000m 2位
2014年
 インチョン2014アジアパラ競技大会(韓国)
  男子5000m 1位
  男子1500m 1位
2015年
 IPCマラソン世界選手権・ロンドンマラソン
  3位
2017年
 マラソンワールドカップ・ロンドンマラソン
  3位
     最終更新日:2019.11.26


 四条河原町まで出てバスで帰る前に、西利のすぐ横にある仲源寺に新年のご挨拶をしました。

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 この仲源寺について詳しくは、「京洛逍遥(549)洛陽三十三所(16)仲源寺」(2019年05月06日)に書きました。
 間近に佇む、重要文化財に指定されている大きな千手観音は、頼み甲斐があります。
 今は、ひたすら今年の安寧を祈って歩いています。

 家の床の梅は、親梅は2色ともにほぼ咲きそろいました。
 加えて、子供の紅梅と白梅も蕾が一つ二つと花開くようになりました。
 これからどのように広がっていくのか、大いに楽しみです。

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2019年12月10日

目が見えなくても変体仮名は触読できる

 先々週の「紫風庵」での勉強会の様子は、「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第7回)」(2019年11月30日)に書いた通りです。

 その記事の冒頭で、全盲のHさんについては、「生まれつき目が見えない方です。五十音図のひらがなは何とか書けるそうです。歴史と古典に興味があり、昨年から現代語訳の古典を読んでいるとのことです。初めて仮名文字の触読に挑戦ということになります。」と書きました。
 勉強会では、どのような文字を、どのように説明したのか、その詳細は上掲のブログの記事を参照願います。

 その後、全盲のHさんへの勉学支援を今後どうしたら一番いいかを、当日直接横でサポートした吉村君と相談しました。そして、吉村君が触読のサポートをしていて感じたことを、そのままメモとして私へのレポートにしてもらいました。
 この吉村レポートをHさんに読んでもらうことで、こちらが感じたことを伝え、それに対するHさんの意見を聞く。その繰り返しの中で、お互いの意思の疎通をはかりながら進んで行くことにしよう、ということになりました。
 以下、吉村君がまとめたレポートを適宜整理し、箇条書きにして引用します。
 この吉村レポートに対するHさんからの感想や思うところを伺うことで、我々は次の対処の方向性を探ろうということです。

 これまでに私は、見えない方が変体仮名を読まれることに関しては、3人の方に関わりました。その過程は、「古写本『源氏物語』の触読研究」に、いろいろな記事として報告しています。その中でも特に「触読通信」と「研究会報告」が、さまざまな事例を取り上げています。

 私と同年というHさんは、いろいろと豊かな文字感覚や知識をお持ちです。今回の「紫風庵」での立体コピーを触っておられる様子を拝見していて、予想外に触読ができそうにお見受けしました。横で直接サポートに当たった吉村君の報告を読んで、その思いはさらに強いものになっていきました。
 私としては、一緒に楽しみながら日本語の文字の歴史をたどりつつ、文字の触読を通して日本文化を共に体験していく仲間に出会えたと思っています。
 そして、いつも一緒に行動しておられる旦那様も、共に変体仮名が読めるようになり、お2人で博物館や美術館や街の書道展などに足を向けられ、展示されている仮名文字を旦那さまが読んで説明し、Hさんがその文字の形を確認するなど、楽しい話が交わされる姿を思い浮かべています。
 もっとも、見える見えないに関係なく、しばらく変体仮名に接していないと、すぐに読めなくなります。久しぶりに立体コピーを触ると、しばらくは指が空をさまようそうです。「あれっ うーん」と。とにかく、気長に続けることしかありません。まずは、月に1回ながら、「紫風庵」での勉強会です。

 以下、吉村レポートを整理したものを引用します。

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■Hさんへの触読支援に関する報告■



「第7回 源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(2019.11.30)

(0) 「三十六歌仙絵」を紙で確認する時は、初めに全体像の絵を立体コピーにしたものを触ってもらい、襖の枠に当たる四角い部分の内側に、歌と絵があることを確認してもらいました。

(1) 字を読む時は、まず作者名を確認します。しかし、漢字なので読むことはできません。この文字列が名前を表しているのだ、という認識だったと思います。

(2) 最初の清原元輔の歌では、1行目「【音】」「那」はやはり難しかったようです。
 「し」は、「これが「し」ですよ」と伝えると、「ああ、わかるわかる!」と感嘆しておられました。
 「の」は、今の字母と同じです。しかし、漢字に近く輪になっている部分がなかったため、腑に落ちない様子でした。
 「【河】と楚徒ゐ丹」は難しかったので、1文字ずつ一応説明するような形になりました。
 「と」は、今と同じ形です。しかし、小さいので読みにくいようでした。
 次の「な可連いつる」も、難しかったようです。手違いで資料作成の段階で消してしまった「い」については、「ここに本当は「い」があります」と言って、何もない所を触ってもらいました。
 「可」はよく出てくるので、「くるっと回っていたら「可」ですよ」と伝えました。この時には、この文字が変体仮名であることを伝え忘れてしまったような気がします。今後気をつけなければなりません。
 次の「い者で【物】おもふ」は、「お」と「ふ」がわかったようでした。「お」は最後の点を触ってもらい、「ふ」は最後の2画の点を触ってもらうと納得してもらえました。
 「【人】の【涙】盤」は、漢字の「【人】」がわかったようでした。

(3) 当日は気にならなかったことで、後で漢字が読めていた事に気がつきました。次回、漢字をどの程度知っておられるのか、確認したいと思います。

(4) 歌仙絵を見比べる時は、触って顔や目の位置、冠があることを確認しました。ポーズなどは触って知るのが難しく、笏を持っている部分がどうなっているのか、よくわからない様子だったので、口で説明しました。絵の様子については、旦那様も説明に加わってくださいました。

(5) 次の坂上是則では、1行目「三」「よ」は触りながら伝えても、理解するのが難しかったようです。しかし、「し」はすぐに読むことができていました。
 続く「野」「々」「山」は、漢字なので説明するだけに留めました。
 「能」は、「これは「の」ですよ」と伝えると、「これもわかる」とおっしゃっいました。
 なぜ変体仮名がわかったのかと思いましたが、形が少し「の」に似ていたので勘違いされたのだと思います。「今の平仮名とは違う形の変体仮名ですよ」ということは一応伝えました。
 また1文字目の「三」は、「カタカナの「ミ」に似ています」と伝えました。しかし、そもそもカタカナはわかるのかどうか、という事に後で気がつきました。これは後に出てくる「八」も同様だと思います。

(6) 2行目は変体仮名が多く、「これは今と違う仮名ですが、「○」です」、「これは漢字で、「雪」と書いています」といったように、説明ばかりになってしまいました。
 最後の「し」は、「これは何かわかりますか?」と尋ねると、見事に「し」であることを当てられました。
 3行目では、「む」と「く」はわかったようでした。
 「さ」も、見た目は今の形に近いですが、小さかったので触って読むのは難しかったようです。
 4行目の「里」は、「り」だとわかるとのことでした。しかし、これも先の「能」と同じように、「里」の上の部分を「り」と勘違いされたのだと思います。これについては、私も「里」を「りと」と二文字だと思って読んだ経験があるので、慣れで解消できる問題ではないかと思いました。目で見ると、字の全体像を把握できるのに対して、触って読む場合は上からなぞっていくため、「里」の上の部分まで触ったところで「り」と判断してしまいやすいようにも思われます。
 この点については、福島の渡邊さんや、東京の尾崎さんがどうされているのか、気になりました。

(7) 5行目最後の「り」は、今の平仮名と同じです。左右のバランスが今と違うためか、少し難しいようでした。

(8) 4,5行目は、「な」の形が問題になりました。しかし、くずし字を読むのが初めてということもあり、内容の理解はなかなか難しい様子でした。

(9) 藤原元真の歌では、1行目「【夏】【草】は志希り耳」のうち、「は」はわかったようでした。
 2行目「気里奈堂まほこの」については、「まほこの」の部分がわかったようでした。「ま」は1、2画目の横棒が、「ほ」は1画目の縦棒が、「こ」「の」は今の形に近い事が理解の助けになったのだと思います。
 3行目「【道】遊く【人】も」は、「く」「人」「も」がわかりました。
 4行目「む春婦者閑梨に」は、「む」「に」がなんとなくわかったようでした。「む」は右上の点が助けになったようです。

(10) 襖で実物を確認している間は、もう一度同じように触ってもらいました。実物と比較はできませんが、良い復習タイムになっていたように思います。「し」や「く」などは、何も助言しなくても読むことができていました。

(11)「須磨」15丁ウラの変体仮名交じりの文章は、時々指を筆の運びに従ってなぞりながら進めてもらいました。どうしても途中で遅れてしまうので、キリの良いタイミングで遅れてしまった部分は飛ばしました。
 すぐに理解できたのは、「く(4行目など)」「け(5行目など)」「し(2行目など)」「の(2行目など)」「や(3行目など)」です。
 逆に難しかったのは、やはり変体仮名と漢字です。特に、画数が多いものや小さいものは、立体コピーで潰れてしまう所が多かったことも、原因だと思います。
 そこで今回は、「可」や「八」を特に強調しながら進めました。「か」はクルッと回っているもの、「八」は左右に点が2つあるもの、といった感じです。
 この時に、カタカナの「ハ」に似ているという説明をしました。しかし、先の「ミ」と同様に、伝わっていたのかどうかわかりません。
 頻出の「尓」も、強調しようと思いましたが、小さいため難しいようでした。

(12) 全体を通して、読めた時に毎回喜びが伝わってきました。終わった後も、参考資料である『変体仮名触読字典』を取り出して、「どれから覚えていけばいいですか」と聞いてくださいました。
 まず、現行の平仮名と同じ字母のもの(字典では一番右のもの)を勧めました。しかし、この調子だと、変体仮名も覚えていく順番を決めておかなければならないかな、と思いました。その時は、出現頻度が高い文字や、余白が多めの文字から始めるのがよいかと思います。またある程度慣れてきたら、特に注意する部分を拡大コピーしておくことで、わかりやすくなる所もあるのではないかと思いました。


 この吉村レポートをメールでHさんに送ったところ、以下のような返信をいただきました。少し整理して紹介します。

・ 紫風庵での勉強会は、学生時代に帰ったような気持ちでとても楽しかったです。

・ 立体コピーの人物像は、輪郭をつかむのに役立ちます。詳しいことは、言葉で説明していただくとイメージがわきます。

・ 文字について。私は学生時代にリポートを提出するとき、今のようなパソコンはなかったので、ひらがなタイプと英文タイプを使っていました。そのため、ひらがなとアルファベットは覚えています。しかし、カタカナや漢字は忘れてしまいました。

・ 勉強会で漢字が出てきたときは、最初からわからないとあきらめて触れるだけになってしまいました。心を入れ替えて、次からは丁寧に指でなぞることにします。

・ 変体仮名については、現代の仮名に近いものは何とかわかりました。しかし、ほとんどは吉村さんの説明を聞きながらなぞっていくだけになりました。どこまでが一文字なのか、自分がどこまで理解できているのか、よく分かりません。

・ 複雑で細かい文字は、拡大していただくと分かりやすくなります。

・ 『変体仮名触読字典』を使うときの、有効な方法があれば教えてください。


 この往復便となったメールを読み返して、また次の対処法を考えることにします。
 『変体仮名触読字典』と『触読例文集』の活用によって、さらに効果的に触読できるようになるはずです。そのための学習プログラムを、3人で意見交換をしながら作っていくことにします。なお、ここで紹介している『変体仮名触読字典』と『触読例文集』については、「『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました」(2017年03月31日)で詳しく紹介しています。
 
 
 
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2019年11月03日

盲導犬と一緒に「全国大会 2019」から「サイトワールド 2019」へ

 「バリアフリーかるた全国大会 2019」の2日目は、慌ただしく賑やかな朝食で始まりました。
 目が見えない方々のために、食事の準備ではあらかじめプレートにパンやソーセージやサラダやトマトなどを装っておきます。私は、パンとソーセージと水を担当しました。この時に気をつけるのは、プレートのどこに何があるかを一人ずつに説明することになるので、全員分を同じ位置に置いておく必要があります。いくつか間違えました。横で説明してくださる方、ごめんなさい。食事は、私がいつもゆっくりといただくペースで進むので、忙しない朝食にならなくて助かります。ゆったりと、1時間をかけていただきました。

 さて、食後にはオプションのイベントとして、「競技かるたのルールを取り入れた・新しい百人一首体験会」がありました。
 これは、「百星の会」の会長である関場理生さんが中心となり、「点字・拡大文字付き百人一首」の競技カルタのルールを見直して、さらなる新展開を図ろうとして企画されたものです。
 まず、12枚を用意します。カルタ台の左側4マスは空けて、その右側に6枚置きます。

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 お手付きをしたら、相手から1枚札が送られてくるので、自分の陣地の左側に置きます。

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 読まれていない方の陣地を触るとお手付き。
 相手陣が読まれているときに自陣を触るとお手付き。
 自陣が読まれているときに相手陣を触るとお手付き。
 お手付きをすると、自陣の札を一枚相手陣に渡します。
 これは、札を触るだけでよくて、持ち上げなくてもいいので、競技参加者にとってはやりやすくなります。

 お試し試合をして、感想を聞きながら今後の対策を考えるという、意見交換となりました。
 札が動くことによる勘違いのおもしろさがあります。
 中途失明者は距離感が狂うので、台の入れ替えはしないことになりました。
 手首から先での防御は取ったことにならないし、お手付きにもならない、そうです。
 ただし腕で複数枚を覆い隠すのは、妨害行為になりかねません。現在の日本かるた協会のルールでは、反則、警告、退場になることもあるそうです。いわゆる、有効手についての説明だとのことでした。
 協会の菅さんが専門家の立場からのアドバイスをいただけたことにより、この『点字百人一首』も本格的な競技へと格が上がってきていることを実感しました。私の科研で科研運用補助員として来てくれている同行の吉村君も、進行のお手伝いで大活躍です。日本かるた協会の方も、次々に飛んでくる質問に対応するのに大変でした。
 とにかく、目が見えない方々の理解と実践が速くて、横から見ていても驚くことの連続です。
 左利きの人のために、6枚の並べ方を考えたい、という意見もでます。
 台に番号を付けたらどうだろう、と。これについては、左上1、……左下6……とすることに、この場では一致しました。
 送り札を置く位置は、自由の方がおもしろい。しかし、覚える時間がかかるので、これは問題だとの意見もありました。
 空札を入れて、激しさを緩和することも導入されました。
 触ってOKなら、八ツ橋カルタでなくてもいいかな、とも。
 「おもてなしカルタ」と「勝つカルタ」の話で盛り上がりました。
 手を置いた時の面積で判定するのは不公平なので、手の上下を優先すべきか。
 2つのカルタ台の間がバラバラなので、距離感を平等にするため、1枚のカルタを横に置いた分の隙間を空けると平等になるのではないか、というのもいいアイデアです。

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 こうした質問や意見などを受けて、協会側の管さんが語られる競技カルタの実態を踏まえての説明は、素人の私にも非常によくわかりました。
 この『点字百人一首』も、いろいろなことを考えながら進む段階に入った、ということを実感する意見交換会でした。
 最後に外野側としての感想を求められたので、とにかくカルタ取りのレベルが回を追うごとに向上していることに驚きを隠せないことを、素直に印象として話しました。広く『点字百人一首』の存在を呼びかける段階から、次第に競技カルタとして前に突き進んで行くパワーがみなぎっていることがヒシヒシと伝わってくることも。そして、呼びかける段階から、とにかく前に進むことで、周囲の人たち少しずつ巻き込む時代に入っているのではないか、ということを言いました。
 和気靄々と、そして勝負にこだわる皆さんの熱意を感じながらの閉会式でした。

 午後は、まずは飯田橋でお昼ご飯をいただきました。盲導犬は、ご主人の椅子の下で寝そべっています。お昼は食べさせず、朝と夜の食事だけで一緒に暮らしているそうです。そう聞くと、なんとなく食べたそうな表情に見えてきます。
 錦糸町駅前にある、すみだ産業会館サンライズホールで開催されている「第14回視覚障害者向け総合イベント サイトワールド 2019」に行きました。
 盲導犬と一緒の移動です。はじめて2日間を盲導犬と過ごすこととなった私は、その賢さに感嘆しました。常に、さりげなく横にいるのです。

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 エレベーターで8階に上がろうとしていた時、先週の四条烏丸・玄想庵で開催したNPOのイベントに来てくれていた春道くんとお母さんとにバッタリと出会いました。楽しかったと言ってくれたので、嬉しくなりました。それにしても、こんなところで会うとは、狭いものです。

 福島からお越しの渡邊さんは、シンポジウム「視覚障害教育の現状と課題」に参加されました。お仲間が、パネラーとして出席されるとのことです。
 一緒に行った目の見えない人たちが、囲碁の体験コーナーに行きたいとのことなので、そこへ案内しました。囲碁も、さまざまな取り組みがなされていることを初めて知りました。

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 囲碁が終わるまでの時間を、私は同行の吉村君と一緒に、自分の興味と関心のある展示ブースを見て回ることにしました。
 まずは、「新潟大学工学部福祉人間工学科」のブースへ行きました。ここでは、渡辺哲也先生と、触る立体地図の話から変体仮名の立体文字に関する話をしました。文学の分野で触読の研究をしていることを理解していただき、今後が楽しみな展開を予感させる出会いとなりました。
 「SINKA」では、パソコンから点字やイメージが立体印刷できる「Easy Tactix」の説明を聞きました。これは、変体仮名をいかに精細に立体コピーできるか、という問題を解決するものになるはずです。今後につながる情報が得られました。

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 「ジェイ・ティー・アール」は、渡辺先生が紹介してくださった会社で、点字プリンターに関する有益な情報をいただけました。
 「欧文印刷」では、平仮名やカタカナを立体文字にしたシートを見かけたので立ち寄りました。出版物への応用が効くので、詳しく話を伺いました。ここには、今日の午前中まで、一緒に『百人一首』のカルタ取りをしていた女性が、アルバイトで参加していました。人の縁とはおもしろいものです。
 「ケージーエス」では、私が持っている「ブレイルメモスマート 16」の後継機である「ブレイルメモスマート Air 16」の話を聞きました。

 帰ろうとした時、出口のすぐ横にあった「視覚障害者支援総合センター」のブースに、『視覚障害 その研究と情報』を発行しておられる星野敏康さんがいらっしゃったのです。久しぶりです。これまでにも、星野さんには私の研究に関わる記事を何度か『視覚障害』に書いてくださいました。また、私の研究テーマに合った研究者の紹介もしてくださった方です。突然だったからこその、嬉しい出会いでした。

 会場から錦糸町駅に向かう途中で、盲導犬が排泄しました。小振りのものを2つ。会場やエレベータの中などでは、じっと我慢していたようです。外に出て、人が少ないと感じた頃合いを見計らって、しゃがみ込んで動かなくなりました。どうしたのだろう、と思ってみると、コロンコロンでした。主人である女性は、さっとカバンからビニール袋をとり出して、こともなげに回収です。そして、水の入ったペットボトルで、地面に水を撒いて紙でふき取っておられました。まるで目が見えるかのような、爽やかな仕草で処理をしておられたのが、今回の旅で印象深かった1つとなりました。
 なお、今回の道中で、『百人一首』のカルタが5ヵ国語で出ている、ということを聞きました。わたしは、英語の大型カルタを持っています。まだあるとのことなので、調べてみます。

 稔り多い旅となりました。多くの方のお世話になりました。またお目にかかることを楽しみています。
 
 
 
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2019年11月02日

[写真追補]「バリアフリーかるた全国大会2019」に参加

 早朝から新幹線で上京です。
 富士山が少し雪を被っているのが見えました。

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 JR飯田橋駅で早めに集まって、食事をしながら、「バリアフリーかるた全国大会2019」の運営に関する打ち合わせをしました。審判や読手を決めました。何もできない私は、撮影係に専念です。
 新しいルールが、動画になっていました。近日中にネット上に公開されるようです。
 会場は、セントラルプラザ10階にある東京ボランティア・市民活動センターの会議室Bです。

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 立ち見が出るほどに集まっています。

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 参加者は全員で45人。プラス盲導犬。
 団体戦は8チーム、個人戦は12チームが対戦しました。
 この全国大会は、事務局の関場さんのお世話で、盛大に開催されました。
 今回は、下駄を履かせたような形をしたカルタを使います。これは、1ヶ月前から作り出したものだそうです。私は初めて見るものです。

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 審判とスコアラーが横についての、真剣勝負の競技会です。
 ルールについては、いろいろと質問がありました。
 カルタ台から5センチ位離れたところに持ち上げた段階で取ったと判断する、ということです。飛ばしてしまったら無効。暗記時間は10分。
 白熱の戦いが繰り広げられます。

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 2回戦は、なかなかのチームが残りました。
 「こすもす」「なにわチーム」「チーム福島」「みやこびと」の4チームです。東京、大阪、福島、京都の代表です。

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 決勝は「なにわチーム」と「チーム福島」となりました。
 1回戦で負けたチームは、18階の会議室で対戦です。
 和気藹々と思いきや、こちらも真剣勝負が続いています。

 決勝は、「チーム福島」が勝ちました。

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 今日の審判長は、クィーン戦の審判をしたことがある菅さんです。その時と変わらぬ熱戦だった、という講評でした。

 引き続き、四人一首の個人戦です。触ったら取ったことになるので、お手付きに要注意です。同時の場合は、触った面積が大きい方が取ったことになります。とにかく、みなさま、パワフルです。参加者は、22名です。

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 1位は渡邊寛子さん。断トツの優勝。2位が南澤創さん、3位が杉谷さんでした。おめでとうございます。

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 夕食はお弁当を会場で食べ、食後は見えない人の上位4人と日本かるた協会の選手の対戦という、見ごたえのある戦いとなりました。協会の選手は、アイマスクをします。

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 結果は、バリアフリーチームの4人が全員勝ちました。ほぼ、8枚対5枚位の取り札でした。これには、参加者のみなさんも驚きです。審判長も、2対2くらいだと思っていたと漏らしておられました。バリアフリーカルタは、目よりも耳の反応によって勝負が決まるようです。その点では、日ごろ目に依存している者が不利になります。カルタとの距離感もあることでしょう。興味深い戦いを見ることができました。

 21時より、会場を宿泊先の東京セントラルユースホステルに移しての懇親会です。いろいろなゲームをしました。楽しい時間を、みんなでワイワイガヤガヤと過ごしました。
 その時に聞いたことで、『百人一首』のカルタ競技は、現在は13ヵ国に広がっているとのことでした。来年5月に、各国の選手が日本に集まることになっています。そして、8月22日、23日には、文京区シビックセンターでバリアフリーカルタの全国大会が開催されるという情報を得ました。
 広報担当を自認している私は、さらに情報を得てその詳細を後日お知らせします。
 
 
 
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2019年10月26日

見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日

 今日の時代祭は、烏丸丸太町周辺に14人が集まって見ました。御所を出てすぐの交差点です。ちょうど12時半前に、少しずつ行列が通過しました。最初から見ていて思ったのは、衣装を着けてだらだら歩く姿が、私にはどうにも受け入れられません。人を惹き付ける魅力を、もっと訴えかけるようにしないと、このお祭りは先行き不安です。我が家は、この平安神宮の氏子となっているので、何かどこかで言う機会を探すことにします。

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 本日のメインイベントである、『百人一首』の会場へ移動する時間となりました。平安時代の行列が来る前で残念ながら、観覧場所を離れました。

 今日の会場は、築130年という結城紬のお店「玄想庵」です。

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 しかも、富岡鉄斎の扁額が掲げられている部屋を使わせていただけたのです。

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 プログラムは、次のように考えました。今朝まで思案をし続けたものです。


 ○移動、自己紹介など
 ○読み方講習
 ○競技カルタのルール説明
(A)競技カルタのデモンストレーション
  →選手 vs 選手(使用する札は25枚ずつ)
(B)四人一首のデモンストレーション
 →見えない若手 vs 選手
 ○四人一首
 →盲聾の方が使うブレイルメモの説明
 ○玄想庵の説明


 参加者の紹介をしてから、『百人一首』の読み方を学びました。まず、Nさんに2首を模範演技として読んでもらいました。その後、Sさんに「ちはやぶる」を読んでもらい、それにならってみんなで唱和します。これはいい体験でした。みなさん、大きな声が出ていました。
 突然のことながら、小学五年生のI君に読手を振ったところ、さっと、みごとに読み上げてくれました。みなさん、どうぞ声変わりしないでほしい、と願われたことと思います。

 次が、競技カルタのデモンストレーションです。
 これは実践形式なので、その迫力がそばにいる我々にも伝わってきます。1枚取ると、今どのようにしてカルタを取ったのか、という説明が入ります。相手の妨害をして取ることもあるのです。攻める、守るの駆け引きの披露も好評でした。1枚を取るために、いろいろな仕掛けや技術が必要だとのことでした、

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 この競技者の立場からの詳しい説明に、みなさん身を乗り出して聞き入っておられました。力が入り過ぎたためか、みなさんにも体験していだく時間を確保できませんでした。すみません。

 四人一首のデモンストレーションも、大いに盛り上がりました。

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 見える人と見えない人の対戦も組みました。上掲写真の奥の方で取り合っている男性2人がそれです。まさに、本邦初の取り組です。無事に終えることができ、安堵しています。

 最後は、盲と聾の中でもいつも熱心にバリアフリーカルタの集まりに足を運んでおられるTさんに、ブレイルメモを活用した新時代感覚のカルタを取っていただきました。

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 今日は、予想以上に大盛り上がりだったこともあり、予定していた「一般参加者の競技カルタ体験」や「四人一首の体験」など、多くのことができませんでした。次回以降のお楽しみです。
 とにかく熱気が伝わる会場でした。見えない人と見える人が一緒にカルタを取ることは、今回の冒頭の挨拶で申し上げたように、今後実現したいことです。

 一通り終わったところで、玄想庵の説明をしてくださいました。これも贅沢な、町家や紬の歴史を知るいい機会でした。

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 今日は、25名が集まりました。下は小学校5年生から、上は私以上の方まで。外国から2人、東京から4人。盲聾の方もいらっしゃいました。
 盛りだくさんにならないように、気をつけました。そんな中、途中で近衛家のカルタを見てもらいました。これは、変体仮名で和歌が書かれているので、楽しい体験ができると思われるカルタです。

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 さらには、近衛家のカルタの下に置いてある、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が主体的に作った「変体仮名カルタの立体文字版」をおみやげとして全員に配布しました。この変体仮名の立体文字は、目が見えなくても読めることは実証しています。つまり、変体仮名バージョンのカルタでも、目が見えない人と見える人が対戦できるのです。今後の可能性が、ますます実感できた稔り多いイベントとなりました。
 さまざまな局面で手助けをしてくださった「百星の会」の関場さん親子、「大阪点字付きかるたを楽しむ会」の兵藤さんに、あらためてお礼を申し上げます。
 
 
 
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2019年10月14日

NPO秋の催し「一味違う〈百人一首〉を見る聴く楽しむ」のご案内

 先月中旬の本ブログ、「京洛逍遥(576)玄想庵へNPO開催イベントの下見に行く」(2019年09月12日)の後半で紹介したように、来週末の10月26日(土)の午後、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の秋のイベントとして、「一味違う『百人一首』を見る聴く楽しむ」を以下の要領で開催します。今年は、時代祭(原則自由観覧)と連動させて行ないます。

内容:「同志社大学競技かるた同好会」の協力を得て、本会らしいイベントを考えました。視覚障害者の会である「大阪点字付きかるたを楽しむ会」(大阪)と「点字付百人一首〜百星の会」(東京)のメンバーも参加して、『百人一首』のさまざまな魅力を幅広く体感していただく催しです。見える見えないは問題ではなく、『百人一首』はさまざまな楽しみ方がなされているのです。さらに今回は、本邦初となる「変体仮名カルタの立体文字版」(試作版)も触っていただきます。
 戸外で1000年にわたる時代風俗行列を気ままに観た後は、築130年の京町家の一室で『百人一首』を観戦し、一緒に楽しんでください。
 参加希望の方で、特に「玄想庵」での『百人一首』の会にお越しの方は、準備の都合がありますので、来週の10月24日(木)正午までに、本ブログ後掲のコメント欄を利用して連絡をお願いします。

【プログラム】


「一味違う〈百人一首〉を見る聴く楽しむ」


開催日時:2019年10月26日(土)午後
場所:(1)烏丸丸太町周辺、(2)東洞院仏光寺「玄想庵」

内容:(1)「時代祭」の行列を観る
     観覧場所:地下鉄丸太町駅の地上付近(原則、自由行動)
     時間:12時半から13時半まで
     (原則、自由行動。14時までに直接「玄想庵」へ)
   ■ブラブラ組の待ち合わせ場所
   「noku cafe by MAEDA'S COFFEE」の入口付近に正午
    (各自あらかじめ食事を済ませて参集願います)
    地下鉄烏丸線「烏丸丸太町」駅より徒歩1分
    https://www.maedacoffee.com/shopinfo/noku/
    〒604-0861 京都市中京区大倉町205-1 烏丸丸太町下る
    電話:075-256-1223

   (2)京町家で『百人一首』
     場所:「玄想庵」(京都市下京区東洞院通仏光寺上ル301)
       地下鉄烏丸線「四条」駅南側(京都駅寄り)5番出口から徒歩1分
       京都東洞院仏光寺郵便局すぐ北、「廣田紬株式会社」の看板が目印
       TEL 075-351-2458
     時間:14時から16時まで
     参加費:本NPO正会員 1,000円
          サポート会員 1,500円
          一般参加   2,000円
      (いずれも障害保険加入費を含む)
      (障害者手帳保持者は1,000円、その介助者は無料)

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2019年10月06日

映画雑記『ブラインド 朗読する女』(2017年、アメリカ)

 D・ムーアとA・ボールドウィンが演じる、大人のラブストーリーです。
 舞台はニューヨーク。
 犯罪者となった夫に関連して、その協力者である妻への釈放の条件が、100時間の社会奉仕活動でした。
 そして彼女が行ったところが、視覚障害者センターだったのです。
 そこでの仕事は、本を読むことです。
 相手は、盲人の元作家で大学の先生でした。
 刑務所にいる夫の様子と、留守の間にボランティアで本を読む妻。
 次第に本を読む相手の魅力に傾きます。
 最後のシーンがきれいです。音楽も。
 目が見えるとか見えないとかは関係なく、人間としての愛情が一番大切であることが伝わってくる映画です。【5】

監督:マイケル・メラー
 
 
 
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2019年10月05日

映画雑記『見えない目撃者』(2019.9.20 公開)

 目が見えない人が中心となる作品だ、という知識だけで観ました。あらかじめこの作品について調べることなく、とにかく観たのです。観ておかなくては、という思いからです。
 いずれ、WOWOWなどで再度観られるでしょうから、またその時に詳しく自分なりの意見を書きます。今は初発の感想、ということに留めます。

 この映画を観終わった今、書かれた台本とそれを映像にした方に対して、大いに不満があります(監督:森淳一/脚本:藤井清美・森淳一)。
 目が見えない方々への温もりのある視線を感じませんでした。また、警察組織への冷たい蔑視が露骨に伝わってきました。これは、なぜでしょうか。私は映画はそんなに観ないので、映画の見方は知りません。今回の作品は、サスペンスの中でもスリラー物です。この分野はこんな風潮だと言われたら、そうですか、と言うしかありません。そうであっても、私は不愉快な思いで映画館を出たことは確かです。この分野がお好きな方からは、間違って観に来たんだからしょうがないよ、と一笑に付されるだけでしょう。しかし、という思いが残ります。

 観る前と後とで、こんなに気持ちが変わるものかと、我ながら驚いています。もし、製作者側がそうした違和感を抱くような反応を意図していたものであるならば、少なくとも目が見えない方々への冷めた視線は盛り込んでほしくありませんでした。私が知っている目が見えない方々は、音声ガイド付きのこの映画を観たら、何とおっしゃるでしょうか。途中で観るのを、いや聴くのを辞めて、楽しい『百人一首』のカルタ取りをなさることでしょう。この目が見えない登場人物が繰り広げる内容には、感情移入ができないだろうと思います。

 まだ私は、この映画製作の背景を知りません。ここに記しているのは、作品としての映画を観た直後の感想です。製作者側には、それなりの製作にあたっての動機があるはずです。そのことに思いを致しながら、まだ書いていきます。

 年齢指定(R15指定)がなされていた理由が、観ている途中でわかりました。残虐なシーンが多いのです。猟奇的な殺人であることを強調したいようです。六根清浄の儀式で、こうした行為を正当化しようとしています。六根とは、五感[視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚]に加えて、第六感としての[意識]を合わせたもののことを言うようです。この映画では、それを清浄にすることと殺人の正当性が結びついています。製作者側も、それを足場にして物語を展開させています。しかし、六根清浄とは何なのか、という説明はしっかりとすべきでしょう。

 この映画は、バリアフリー上映がなされていて、視覚障害者用の音声ガイドと聴覚障害者用の日本語字幕が用意されているそうです。事前に知っていたら、スマホに専用アプリをインストールして行くのでした。これらのシーンを、音声ガイドはどのような日本語で語るのでしょうか。映画『光』(2017年公開、河瀬直美監督)では、視覚障害者のために映画の音声ガイドをする仕事を取り上げていました。今回の映画は、目が見えない方々にとっては、自分たちの存在が置き去りにされていると感じられないかと危ぶまれます。

 私はここまで酷たらしい場面を見せつけなくてもいいのに、と思いました。スリラーを見慣れないので、そういうものだと言われたらそれまでです。
 目の見えない方が、音や匂いに対する鋭敏な感覚を持っておられることを知っています。この作品でも、そのことに注目して展開しています。そうであっても、私はこの映画をお勧めする人を選びます。人間の残虐さをしつこく描いているからです。正直、私には、見たくもないシーンが多すぎました。リアルに描き出していると言ってしまえないものを感じました。

 また、犯人の動機には、十数年前の体験があります。しかし、それが今回の連続殺人につながることについては、あまり詳しく語られません。掘り下げが浅いと思われます。

 この映画を、警察の方がご覧になったら、どのように思われるでしょうか。令状なしに家捜ししたり、拳銃の扱いも無頓着です。警察の情報も漏れ漏れです。最後の場面で、事件の解決に協力した若者が、自分も警察官になろうと思う、と明るい未来を語ります。こんな太平楽な終わり方でいいのでしょうか。

 思うようにならない身体を抱える人や、精神的にも身体的にも未成熟な少女たちの存在を玩ぶ、なんとも不気味な視線が随所に見られました。社会的に弱い立場にある人々への、製作者側の正視しないまなざしに深い疑念を抱きました。

 最後に、製作に関わった多くの方々の名前がロールアップしていきました。しかし、この人たちはどのような思いで自分の役割を果たされたのだろうかと、じっと名前を追いました。こんな不信感で映画の最後を目で追ったのは初めてです。楽しくない、後味の悪い映画でした。
 
 
 
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2019年09月22日

秋の特別企画!「京都でかるたを楽しむ会」に参加

 「大阪点字付きかるたを楽しむ会」が主催する「京都でかるたを楽しむ会」が、京都ライトハウスで開催されました。私は、午後の部からの参加です。

 まずは、四人一首のイメージトレーニングからです。参加者がみんなで、掛け声に合わせて四角い範囲で畳を叩きます。私も交じってやりました。覚えることに加えて、反射神経の鍛練が求められます。これに、上の句を聞いて下の句の札を取るのですから、頭と手がバラバラになります。さらに、見えないという条件が加わると、なおさら戸惑いしかありませんでした。ただひたすらに訓練で慣れるしかなさそうです。

 今日は、盲聾の方のカルタ取りについて、いろいろと考えました。たまたま、筑波大学4年生の全盲の学生が参加していていました。卒業論文で、盲聾の方への学習支援をテーマにした取り組みをしているとのことです。見えない、聞こえないという方とは、ブレイルメモを2台使って、通信しながらコミュニケーションをとります。この実際の場に居合わせたことにより、いい勉強になったようです。ただし、道具を使った通信による会話には時間差があるので、これは今後の課題です。

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 また、進むにつれて決まり字が変わっていくという、限られた枚数の中で競うバリアフリーかるたのためのテクニックなど、少し上級者向けの解説もありました。この集まりも、少しずつレベルが上がってきています。
 団体戦では、取った札の数を競り合うという、熱戦が繰り広げられました。札を取ったら高く持ち上げるというルールがあるので、勝つためにはこのあたりに工夫が必要です。その点でも、小学生たちがすばらしい活躍と成果を見せていました。

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 最後に、読手を務めておられた京都小倉かるた会の植山さんと、同志社大学競技かるた同好会の吉村君のエキシビションがありました。ここでの読手は、小学生のH君です。和歌を打刻した点字シートを触読しながら、堂々とした読みっぷりでした。

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 実力伯仲の真剣勝負だったので、目が見えない方々にもその気迫がじかに伝わったようです。
 1手ごとに札の並べ方や、相手に札を送るときのテクニックに関する説明には、みなさん真剣に聞き入っておられました。
 こうした実践の場に身を置くと、この競技の魅力がストレートに伝わってきます。

 最後に、参加したみなさんのコメントがありました。集中力に加えて記憶力が求められていることが、みなさんの発言から実感として聞こえてきました。こうした実戦形式の対戦で、団体戦の楽しさを体感なさった方がも多かったようです。
 この集まりも、参加者が毎回増えています。益々の広がりと発展が楽しみです。 
 
 
 
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2019年09月03日

点字付百人一首のことがよくわかるPR動画の紹介

 「点字付百人一首」といっても、その実際をご存知の方はまだ少ないと思います。
 そこで、「百星かるた会」が公開しておられるPR動画(約7分)を紹介します。

「はじめよう 点字と大きな文字のついた百人一首 −四人一首の巻−」

 これまでに本ブログの記事で登場した方が、一人でも多くの方々に「点字付百人一首」のことを知ってもらおうと大熱演です。これを観て、「点字付百人一首」がどういうものかを知っていただけると幸いです。

 さらに、「点字付百人一首」に興味を持たれた方は、精力的に普及活動をなさっている南沢創さんのホームページ「バリアフリーかるたの世界へようこそ!!」にアクセスしてみてください。

 この南沢さんのホームページのトップに、以下の案内があります。
点字・拡大文字つき バリアフリー百人一首
 2019年 全国大会 開催!
 日時:11月2日(土)13時半〜
 会場:東京ボランティア・市民活動センター
    飯田橋駅から徒歩2分

 来年のパラリンピックのためにも、一人でも多くの方々にこの取り組みの実状を体感していただけたらと思います。

 また、南沢さんのホームページの「視覚リハ大会in盛岡の発表ポスターはこちら!!」も、「点字付百人一首」のことが簡潔にまとめられていますので、ぜひご覧ください。このポスターの最下段には、写真などを提供した私のことが協力者として記されています。独自に「点字付百人一首」の広報活動をしていることもあり、このポスターも多くの方が見て読んでくださることを願っています。
 参考までに、このポスターを転載しますので、これが拡散するといいと願っています。
 大きな画像なので、この画像を一度クリックしてから、拡大してご覧ください。

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2019年08月29日

京大病院の眼科で診察を受ける

 京大病院の眼科で、白内障に関する検査を受けて来ました。
 これまで、本ブログに書いたことで振り返ると、以下のような経緯があります。
「あわてて眼科で白内障の検査を受ける」(2015年06月23日)
 今日は、視力検査に始まり、薄暗い部屋で眼底検査ともう一つ何か別の機械で目の検査がありました。瞳孔を開く目薬をさされていたので、眩しさを我慢しながらの検査です。
 診察の結果、眼の中心部分が濁っているので、全体的に見づらくなっているのではないか、とのことです。急ぐ必要はないとしても、いずれは手術をすることになるものだということなので、この段階でお任せすることにしました。多くの方が手術を待っておられる状態なので、私の順番は半年後の来年の2月以降になるそうです。10日ほどの入院だとか。
 白内障手術では、単焦点レンズと多焦点レンズの選択があります。次の診察の9月11日までに決めることになりました。今は、多焦点レンズにしようと考えています。

 夕方の賀茂川散歩では、このところの大雨で川の水嵩があがっていることがよくわかりました。鴨や鷺たちは、久しぶりの水を楽しんでいるように見受けられます。

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 夕方のニュースで、大阪大学が世界で初めてのiPS細胞を使った角膜の再生医療に成果があったことを放送していました。そして、患者の視力は確実に回復しているそうです。
 大阪大学眼科の西田幸二教授らのグループは、角膜の表面が傷つき失明状態にある患者に対して、iPS細胞から作った角膜シートを移植し、その患者が8月23日に退院したということです。
 使われた角膜シートは、京都大学から提供された他人のiPS細胞を培養して作られたものだそうです。患者に拒絶反応はなく、失明状態だった視力は移植後に回復しているということです。字も見えるようになったということなので、これは目が見えない多くの方々にとっては朗報です。見えなかった眼が見えるようになるということは、日常生活が変わることです。今、点字百人一首を通して多くの目が見えない方々と接しているので、これは新しい世界が拓けることになります。
 東京の日比谷図書文化館で開催している源氏講座には、2人の全盲の若者が受講しています。今は立体コピーで作成した、鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読んでいます。これが、自分の眼で変体仮名が読めるようになることは、何物にも換えがたい感動的な出来事となるはずです。多くの方々に夢と希望を与えるニュースに接して、私もその余香を大いに噛みしめています。
 
 
 
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