2017年07月23日

(補訂版)神戸で百人一首の合宿の後はお楽しみの食事とスイーツツアー

 神戸市北区にある総合福祉ゾーンの「しあわせの村」で開催された「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」の夏期合宿は、今日が2日目です。

 昨夜は、不可思議なことがありました。夜、何度かエアコンが切れました。暑くて目が覚めると、エアコンが作動していないことに気付いたのです。そのために、3回もリモコンのスイッチを押し直しました。T時間のタイマーが設定されていたようです。同室の3人は、みなさん目が見えない方々なので、エアコンのリモコンを操作しようにも難しいのです。自ずと、私の役割です。なぜT時間にセットされていたのか不明です。タイマーのボタンなどは見当たりません。朝、他の部屋の方に伺うと、みなさん一晩中快適だったとのこと。少し寝不足で2日目を迎えました。

 午前中はカルタ取りの錬成会、午後は神戸三宮元町のスイーッツァーとなりました。

 まず朝9時半からは、リーダーの関場さんから依頼を受けた、『源氏物語』に関係する『百人一首』の歌10首の解説をしました。
 この内容は、一昨日の本ブログ「『百人一首』から選んだ『源氏物語』関係の歌10首の簡単な説明」(2017年07月21日)に記した通りです。ただし、30分という時間しかないこともあり、ブログの内容をわかりやすく手短にまとめました。説明不足ですみませんでした。
 『百人一首』の和歌の字句が揺れていたことや、歌から五感に訴えてくる部分の指摘には、興味を持ってもらえました。特に、紫式部の歌の最後のことばである「夜半の月かな」と「夜半の月影」については、みなさん意外だったこともあり、『百人一首』の言葉にも注意が向いたようです。自分なりの解釈を持っていると、『百人一首』のカルタ取りがもっともっとおもしろくなることも、少しは伝えることができました。カルタ取りという性格上、早く札を取ることだけに関心が向きがちです。しかし、この和歌の言葉に違った言い伝えがあることは、意表を突くものだったようです。

 拙いながらも私の話によって、物の見方を大きくし、ゆったりと構えていただいた後は、実践形式のカルタ取り会です。
 「点字・拡大文字付 百人一首」は、まだ完成していません。ルールはもとより、カルタ台やカルタの形と、そこに書く和歌の中から抜き出す文字についても、日々進化しています。
 今回も、八橋型と名付けたカルタで、さまざまな試行錯誤がなされました。
 特に、黒白反転したカルタを使った実践競技がそれです。これは、弱視者も文字の識別がしやすいので好評でした。

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 男女の名人級が対戦するエキシビションもありました。
 とにかく、カルタが上下左右に飛び交います。
 持っていたデジタルカメラで連写しながら、どちらが先にカルタを取ったのかをその場で判定しました。
 「写真判定だ!」とみなさんから大受けでした。

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 しかし、目が見えないために、複数枚の札に指がかかってカルタが飛びます。どの札を飛ばしたのかが、写真判定では確認できないことが多いのです。目が見える方同士の試合では、ピンポイントでカルタを飛ばせます。しかし、見えない者同士ではそこまではできないのです。この判定方法については、今後の課題と言えます。

 続いて、発想をまったく変えた、南沢さんの新方式も紹介されました。4枚だけを一枚のシートの四隅に置くことで、確実に札が取れ、どの一枚を飛ばしたかがわかりやすくなります。そして、取られた札が置いてあった場所に、別の札が置かれるというものです。

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 対戦した名人(?)2人は、頭の切り替えが楽しめたとのこと。これは、晴眼者と一緒にカルタ取りができることにもつながります。ただし、これには、私が担当したカルタを補充する役の動きとタイミングが、勝敗を分ける大きなポイントともなりかねません。
 今回は初めての挑戦でした。今後の展望が開ける、楽しい未来が見えてきました。
 進化する「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」に、今後とも大いに期待していただきたいと思います。

 午後は神戸三宮と元町に繰り出し、「ステーキランド つるうし館」で楽しみにしていた食事タイムです。これは、姉が何度も下見をし、ステーキ屋さんには5回も足を運んで試食をしたのだそうです。メニューの品定めをして、シェフとの交渉もしてくれました。その苦労の甲斐があってか、みなさまには満足していただけたようで安心しました。目の前で展開する包丁捌きのパフォーマンスは見えないとしても、ステーキと野菜を焼く音と、包丁が鉄板とぶつかり滑る軽快な金属音、さらには食欲をそそる香りは格別のものが有りました。まさに音と香りのショーに参加したのです。

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 次は、5軒のスイーツ巡りです。洋菓子の「ケーネヒスクローネ」、チーズケーキの「観音屋」、ケーキの「パティスリー」「トゥーストゥース」、きんつばの「高砂堂」。このお店と巡回コースも、姉が決めてくれました。みなさん、お土産が増え、リュックが一杯になっていました。

 新神戸駅でのお別れでは、あまりにも感動的な2日間だったこともあったためか、思わず涙する方々と再会を約してのお見送りとなりました。
 ガイドヘルパーのみなさまにも、お礼申し上げます。楽しい旅にするためのお手伝いを、ありがとうございました。おかげさまで、すばらしい成果があったと思います。関場さん、お疲れさまでした。広島大学からお手伝いで参加した2人にも感謝します。
 
 
 

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2017年07月22日

目が見えない方々と須磨で『源氏物語』の散策をしました

 今日はお昼前に、新神戸駅に23人が集合。目が見えない方は13名。目が見えるガイドが10名です。
 参加者は、福島・栃木・群馬・埼玉・東京・神奈川・京都・和歌山・大阪・広島・島根と、全国からの参加です。
 お一人だけ列車の事故に巻き込まれたとのことで、遅れての到着です。まずはみなさにはバスの中で待っていただきました。それでも、定刻に旅は無事に始まりました。

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 バスの中では、参加者各自が自己紹介。リーダーの関場さんの名調子で、楽しくスタートです。

 お昼は、神戸市立国民宿舎「須磨荘 シーパル須磨」内の和食処「漁(すなど)」で、おいしい海鮮丼をいただきました。
 食後は、近くに建つ行平の歌碑まで、須磨浦の海風と波音と塩の香りを肌身に感じてもらいながら散策をしました。これは、予告していませんでした。現地に着く前に、海岸に歌碑があることを知り、急遽コースに入れました。みなさん、歌碑をさわり、書かれた行平の和歌2首を触読しておられました。

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 チャーターしたバスには電話で連絡をとりながら近くまで来てもらい、サッと乗り込みました。
 次は関守稲荷神社(須磨の関跡)です。ここの入口には、俊成の歌碑があります。

     俊成
  聞き渡る
   関の中にも
   須磨の関
   名をとゞめける
   波の音かな


 境内には、『百人一首』の源兼昌の歌碑があります。

      源兼昌
  あはちし満
    閑よふちとりの
   那くこゑ耳
    いくよねさめぬ
     す万のせきもり


 『源氏物語』で、光源氏が須磨に退居していた時、巳の日祓いをしたところをここになぞらえ「巳の日稲荷」ともいわれています。

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 さらに3分ほど歩いて現光寺へ。「光源氏旧居跡」の石柱を触って、「源氏寺」と刻まれた石碑のところから、坂を上って本堂に向かいました。
 住職がお茶を出してくださったので、それをいただいて少し休憩しました。
 本堂には、国宝『源氏物語絵巻』10枚をふすま絵に模写したものがありました。
 ここは、光源氏が住んでいたところだとされています。

 この現光寺からバスで須磨寺に移動。

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 須磨琴保存会の小池みほさんのご好意により、須磨琴の演奏をたっぷり堪能しました。

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 その後、みなさんに須磨琴を体験していただきました。須磨琴を7台も出していただけたので、みなさん一絃琴をひくことができました、これは、想像していなかったサプライズとなりました。

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 その後は、バスで今日の宿泊地である「しあわせの村」に行きました。
 みなさんと楽しい食事をし、温泉に入り、それから集会となりました。
 3人の全盲の方の活動報告を聞きました。
 松江で『百人一首』の勉強をなさっている伊藤さんからは、『百人一首』との出会いや現在の活動の報告を伺いました。独学です。
 続いて、福島県からお出での渡邊さんから、これまでの高校の教員生活と『百人一首』の楽しい話を聞きました。一緒に科研に取り組んだ仲間なので、また新しい一面を発見しました。
 栃木からお越しの南沢さんは、小学校で『百人一首』のクラブを立ち上げた話や、カルタ台の今後について、さまざまな構想も語られました。アイデアマンです。

 みなさん、それぞれに人を惹きつける秘訣を体得しておられます。そうであるからこそ、周りに少しずつ『百人一首』に興味を持つ人たちを、それも目が見えない方々を巻き込んで来られたので。そのパワーには驚くばかりです。

 最後に、この会を取り仕切っておられる関場さんから、カルタ台の普及がこれからの『百人一首』の全国展開のカギとなるという話がありました。

 さらに夜の部は、みんなが一部屋に集まり、日付が替わるまで大賑わいでした。
 とにかく、パワフルな1日でした。
 明日は、『百人一首』のカルタ会です。今日以上に盛り上がることでしょう。
 今晩は、全盲の男性3人と一緒の部屋で休みます。いろいろな話をしながら、学生時代を思い出しています。
 
 
 
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2017年07月21日

『百人一首』から選んだ『源氏物語』関係の歌10首の簡単な説明文

 明日、「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」のみなさまを須磨に案内し、明後日は宿泊研修のお手伝いをします。
 研修の時、今回選び出した和歌について、少し説明することになっています。
 その場の説明だけではよくわからないことが多いと思われますので、以下に予習と復習を兼ねて、用意している文章を引用しておきます。

 この文章は、印刷したものを当日お配りします。
 今回は、福島・栃木・群馬・埼玉・東京・京都・大阪・和歌山・島根と、広範囲からお集まりのようです。
 それでは、道中お気を付けてお越し下さい。
 みなさまとの再会を楽しみにしています。


【11】参議篁
「わたのはらやそしまかけてこきいてぬと ひとにはつけよあまのつりふね」
《大海原の島々を目指して漕ぎ出したと、都の人には告げてくれ、漁師の釣り船よ。》
 →小野篁は、光源氏と同じく官位を剥奪されて流罪。遣唐大使の船が壊れた時、副使だった篁は船の交換が不満で乗船を拒否。嵯峨上皇の怒りをかい、隠岐島に流された。出雲の地で詠まれた歌。「人」は家族か恋人か友人か? 背景に船を漕ぐ艪の音が寂しく響いている。墓は京都にある紫式部の横。

【14】河原左大臣
「みちのくのしのふもちすりたれゆゑに みたれそめにしわれならなくに」
《福島県信夫のしのぶずりの乱れ模様のように私の心が乱れているのは、他ならぬあなたのせいなのです。》
 →源融は光源氏のモデル。「夕顔」巻の「某院」は、塩釜の景色を写した河原院が舞台。融の宇治の別荘は後に平等院になる。「誰」は「たれ」と清音。伝わる本文に違いがあり、「乱れ初めにし」は『伊勢物語』、「乱れんと思ふ」は『古今和歌集』。『百人一首』の前に出来ていた、勅撰集から選んだ歌集「百人秀歌」から独立して「乱れ初めにし」になった。

【16】中納言行平
「たちわかれいなはのやまのみねにおふる まつとしきかはいまかへりこむ」
《貴方と別れて因幡の国(鳥取県)へ行っても、いなば山の峰に生える松のように、あなたが待つと言うのを聞いたならすぐに帰ってきましょう。》
 →在原行平は須磨を漂流した。松風村雨堂に歌碑。『古今集』には「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶとこたへよ」とある。一絃の須磨琴を行平が作ったという伝説あり。赴任にあたって左遷のような気持ちを、妻か母か友に贈った歌。

【24】菅家
「このたひはぬさもとりあへすたむけやま もみちのにしきかみのまにまに」
《今回の旅は急なことなのでお供えの幣の用意もできませんでした。手向山の紅葉を神のお心のままにお受け取り下さい。》
 →光源氏のモデルの一人とされる菅原道真。九州の太宰府に左遷されたまま没し、その霊が雷神となって都に現れた。天神信仰を背景に持ち、神へ奉納する紅葉から、この歌は竜田山で詠まれたとも考えられる。

【27】中納言兼輔
「みかのはらわきてなかるるいつみかは いつみきとてかこひしかるらむ」
《みかの原を分けて湧き出てくる泉川ではないが、あなたをいつ見たというので、このように恋しいのだろうか。》
 →「み」と「か」の音が流れるように響く。水が湧き、川が流れる音が背景で聞こえる。この歌は、「逢わざる恋」か「隔離された恋」のどちらか? 藤原兼輔は紫式部の曽祖父で「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」は『源氏物語』に26回も出てくる。

【55】大納言公任
「たきのおとはたえてひさしくなりぬれと なこそなかれてなほきこえけれ」
《滝の音は聞こえなくなってから長い年月が経ったけれど、その名声は今でも世間に伝わり聞こえてくることだ。》
 →藤原公任は、紫式部に「若紫はおられませんか」と声をかけた。「た」と「な」の音の繰り返しが心地よい。本によってこの歌は、「音」と「糸」の違いがある。聴覚の「聞こえ」が「音」の縁語になるか、視覚の「糸」が「滝殿の実景」と結び付くか。

【57】紫式部
「めくりあひてみしやそれともわかぬまに くもかくれにしよはのつきかけ」
《久しぶりにめぐり逢い、見分けのつかないうちに雲間に隠れた夜半の月のように、あなたはあわただしく去って行き残念です。》
 →『源氏物語』の総編集者。『源氏物語』の「雲隠」巻は巻名だけで文章はない。「月影」は『百人秀歌』や競技用かるたでは「月かな」と、いろいろな言葉で伝わっている。七夕を意識した歌であり、「月影」の方が人の別れる情景は深まる。

【78】源兼昌
「あはちしまかよふちとりのなくこゑに いくよねさめぬすまのせきもり」
《淡路島から通う千鳥の悲しい鳴声に、いく夜目を覚ましたことだろうか、須磨の関の番人は。》
 →関守稲荷神社に歌碑。この歌は、千鳥の鳴き声が耳をかすめる。「須磨」巻に「まどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く」。同じく「友千鳥もろ声に鳴く暁は一人寝覚の床も頼もし」を本歌取り。『源氏物語』をヒントにして詠んでいる。

【83】皇太后宮大夫俊成
「よのなかよみちこそなけれおもひいる やまのおくにもしかそなくなる」
《世の中というものは逃れる道はないものなのだ。深く思いこんで入ったこの山奥にも、鹿が悲しげに鳴いている。》
 →関守稲荷神社に藤原俊成の歌碑あり。「聞き渡る関の中にも須磨の関名をとゞめける波の音かな」。鹿が悲しげに鳴く声が背景から聞こえる。俊成は後に「歌詠みが源氏物語を知らないとは何たることか」と言った。

【97】権中納言定家
「こぬひとをまつほのうらのゆふなきに やくやもしほのみもこかれつつ」
《待っても来ない人を待つ、その松帆の浦の夕なぎの時に焼く藻塩のように、わが身は恋心に焦がれている。》
 →藤原定家は『百人一首』の撰者。『源氏物語』の本文を整理した。この歌は、女が恋人の訪れを待つ趣向。無風の「夕凪」や「焦がれ」に皮膚感覚がある。

〔参考文献︰『百人一首の新考察』吉海直人、世界思想社、1993年〕

 
 
 
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2017年07月16日

『百人一首』から『源氏物語』と関係のある10首を選ぶ

 今週末の22日(土)に、「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」のみなさまを須磨に案内します。
 この計画は、過日の「目が見えない方々と須磨を散歩をするための下見」(2017年07月03日)で報告したように、ほぼ確定しました。食事もデザートも、何とか確保できました。みなさまに満足していただけるように準備を進めています。
 その後、宿泊研修場所となる「しあわせの村」でのイベントの検討が進む中で、翌23日(日)の午前中に、『百人一首』の中から『源氏物語』に関係のある歌を10首選び出し、その説明をすることになりました。そして、その歌を取り合うのです。
 実際に『百人一首』の中から『源氏物語』と関連する歌を抜き出してみようとすると、なかなか選べません。しかも、今回散策する須磨との関連も必要です。
 そこで、以下の10首を選んでみました。
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■『百人一首』の中で『源氏物語』と関係のある10首



【11】小野篁「わたの原八十島かけて〜」
  →光源氏と同じく官位剥奪の上で流罪。墓は紫式部の隣。

【14】源融「陸奥のしのぶもぢづり〜」
  →光源氏のモデルで、河原院が「夕顔」巻に関連。

【16】在原行平「立ち別れいなばの山の〜」
  →須磨を漂流し松風村雨堂に歌碑。須磨琴を製作したとか。

【24】菅家「このたびは幣もとりあへず〜」
  →光源氏のモデルとされる一人で、九州に左遷された。

【27】藤原兼輔「みかの原わきて流るる〜」
  →紫式部の曽祖父で「人の親の心は闇にあらねども〜」は『源氏物語』に26回も出る。

【55】藤原公任「滝の音は絶えて久しく〜」
  →酔った公任が紫式部に「若紫はおられませんか」と声をかけた。

【57】紫式部「めぐりあひて見しやそれとも〜」
  →『源氏物語』の編集者。

【78】源兼昌「淡路島かよふ千鳥の〜」
  →関守稲荷神社に歌碑。「須磨」巻に「まどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く」。

【83】藤原俊成「世の中よ道こそなけれ〜」
  →関守稲荷神社に俊成の歌碑。「歌人が源氏物語を知らないとは何たることか」と言った。

【97】藤原定家「来ぬ人をまつほの浦の〜」
  →『百人一首』の撰者で、『源氏物語』の本文を整理した。

 当日までに、みなさまが少しでも予習して参加できるように、これら10首について、簡単な説明を付けたいと思っています。ただし、目が見えない方々への説明文は、いろいろと配慮すべきことがあり、苦心惨憺しているところです。
 
 
 

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2017年07月11日

ユニバーサル・ツーリズムに関する思いつき

 広瀬浩二郎氏(国立民族学博物館)の「『ユニバーサル・ツーリズム』とは何か 共同研究●「障害」概念の再検討―触文化論に基づく「合理的配慮」の提案に向けて」(『民博通信』2017、No.157)を読みました。

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 これを読みながら、それをなぞるようにして、以下のことを考えてみました。
 まだ、ほんの思いつきです。
 しかし、これはさらに大きく膨らむような気がします。
 忘れないうちにと思い、ここに書き残しておきます。
 このことに関して、問題意識をお持ちの方からご教示をいただけると幸いです。


「ユニバーサル・ツーリズムの理論と実践に関する研究(メモ)」


 昨春の障害者差別解消法の施行により、さまざまな分野で「合理的配慮」の模索が始まっています。
 これは、観光においても、意義深い検討課題となるはずです。
 以下のメモは、私自身の問題意識がまだ不安定なので、思いつくままに列記したものです。

■障害者や外国人を対象とした観光のユニバーサル化
・事例を、現状から未来を見通しながら調査する。
・ユニバーサル・ツーリズムの具体例について、世界各国を広く見渡して収集し、分析し、検討する。
・石塚裕子氏(大阪大学)の「被災地ツーリズムのユニバーサル化」プロジェクトから学べるものを整理することからスタートする。

■誰もが楽しめる観光を模索■
・社会的な不利益について、観光における能動的な状況で健常者と共有し、互いに楽しめる旅とするためにはどのような環境が必要かを検討する。
・観光を通して、お互いの感覚の違いを知る、異文化間コミュニケーションを学ぶ場としたい。
・違う立場で、違う観点で物を見たり触ったりして、お互いの感じ方の違いを確認する意義を再確認したい。
・視覚、聴覚、身体に障害がある者が、不自由な感覚を補い助け合う関係と配慮のもとで、観光を楽しむことを実現する意義を確認する。
・「見る」ことだけに頼らない観光を、視覚障害者と共に考えていく。その中で、多視点からの複眼的なものの見方や考え方を、共に学ぶ場を構築していきたい。

■マイノリティーの立場からのバリアフリーについて再確認■
・障害者に寄り添うことから、障害者と共に楽しむ観光へと、発想の転換をはかる。
・自分が不得手とする感覚に気付くところから、気付かなかった潜在能力を発見する喜びと達成感を体験する観光は可能かを考える。
・ユニバーサル・ミュージアムは、障害者が主体的に「触る」ことで楽しむものである。その楽しみは、健常者も共有できることが実証されてきていることを追認する。
・広瀬浩二郎氏が提唱する「障害者発」の観光プランの可能性を、理論と実践を通して模索したいものである。
 
 
 

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2017年07月03日

目が見えない方々と須磨を散歩をするための下見

 夏の神戸合宿「触れて・聴いて・味わう『源氏物語』ゆかりの地めぐり」に関する報告の第2弾です。第1弾については、次の2つの記事で報告した通りです。

「視覚障害者と共に須磨を散策する計画に関してご教示を」(2017年06月09日)

「「百星の会」の宿泊研修で須磨探訪の計画を練っています」(2017年06月12日)

 本日、妻と共に須磨の地の下見をして来ました。そこで以下のように、行程を組み直してみました。これでどうか、この地域をご存知の方からのご教示をいただけると幸いです。

 次の現地地図に、本日歩いた場所を赤丸で記しました。

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 今回の特徴は、新幹線の中で早めの食事をしないことと、新幹線以外は電車を使わずに、現地の行程のすべてをチャーターしたバスで移動することです。
 ご意見を伺いながら、少しずつ微調整していきたいと思います。

 まず、誘導ボランティアについて。
 今回は、私と妻と姉、さらに広島大学の学生さん(以前、2月25日に高田馬場で開催された「百星の会」のカルタ会に来た学生さん)とその友達1人が加勢します。この5人が助っ人となるので、須磨区ボランティアセンターにはお願いしないことにします。

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【須磨散策の行程(第2案)】

■08:50 東京発 のぞみ103号
 (※車中での昼食は《不要》)

■11:37 新神戸着
(駅の改札口に、伊藤・妻・姉・学生・友人の5人が出迎えに出ます。改札口は1ヶ所のみ)
 新神戸駅前で待機しているマイクロバスに乗り込む

↓(バスで25分)

■12:30-13:30
須磨浦海岸で食事
 候補︰神戸市立国民宿舎「須磨荘 シーパル須磨」内
  和食処「漁(すなど)」
  http://www.qkamura-s.com/suma/restaurant
  海鮮丼(1,080円)、お手軽弁当(1,630円)
  (共に、お刺身と天麩羅の定食)

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※駐車場あり。
※食後は、目の前の須磨浦海岸で風を感じ、波の音を聞く。

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※海水浴シーズンのため、駐車場の確保と、食事場所の確保と、人混みを避けて海に出られるところからの選定。問題点は、メニューが2つしかないので、お刺身と天麩羅が苦手な方には他の食べ物がないこと。これは、何か手立てがないか思案中です。
 本日、上記メニューの2つを食べました。お魚が美味しいと思いました。
 もし、他に何か問題があるようであるなら、バスで移動して別の場所にすることも可能です。

↓バスで移動(5分)

■13:50-14:20
関守稲荷神社(須磨の関跡)

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※境内は狭い。無人(?)
※すぐ横に駐車場あり。
 ☆俊成の歌碑
「    俊成
  聞き渡る
   関の中にも
   須磨の関
   名をとゞめける
   波の音かな
       嘉苑?かく」

 ☆『百人一首』の歌碑
 「      源兼昌
  あはちし満
    閑よふちとりの
   那くこゑ耳
    いくよねさめぬ
     す万のせきもり」
※「源氏物語」で光源氏が須磨に退居していた時、巳の日祓いをしたところをここになぞらえ「巳の日稲荷」ともいわれています。
http://kakitutei.web.fc2.com/yukari/suma-akashi/s-sekimori.html

↓バスで移動(5分)

■14:40-15:10
現光寺(源氏寺)(関守稲荷神社から250m、徒歩なら3分強)

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※広い駐車場あり。
※お寺の奥様にお目にかかり訪問の主旨を伝えたところ、歓迎するとのことでした。
 「源氏寺碑」と、謡曲「須磨源氏」の駒札がある。
 「須磨源氏」に関係する「光源氏 月見の松」がある。
 『源氏物語』に関連した松尾芭蕉と正岡子規の句碑もある。
 http://kakitutei.web.fc2.com/yukari/suma-akashi/s-genkouji.html

★【立ち寄らない】松風村雨堂
 (現光寺からバスで5分、駐車スペースがない、石碑が高く触れない)

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 入口の『百人一首』の石碑
 「中納言行平卿詠
  立ちわ賀連いな波野能山の峯尓おふる
  萬徒登し聞可婆今かへり古舞」

↓バスで移動(10分)

■15:30-17:00
須磨寺(チャーターしたマイクロバスはここまで)

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 本堂(会場変更あり)で須磨琴を聞く。
 http://www.sumadera.or.jp/itigenkin/index.html
 一絃須磨琴保存会の責任者小池さんに、今日ご挨拶して来ました。視覚障害の方にお琴を聞いてもらったことがあるそうで、大歓迎とのことです。

↓「しあわせの村」から来る送迎バスで移動(30分)

■17:30〜翌23日
「神戸・しあわせの村」に宿泊し『百人一首』の研修会
 
 
 

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2017年06月18日

3日連続でお茶のお手前を楽しんでいます

 一昨日は、我が家でNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせ会がありました。その時、お出でいただいた理事には、無理やり誘って、私のお茶のお稽古につき合っていただきました。ご協力ありがとうございます。

 昨日は、姉夫妻が立ち寄ってくれたので、またまた、お点前のお稽古につき合ってもらいました。
 いずれも、丸卓を使っての入子点です。入子点については、「歳末に大和平群でお茶のお稽古」(2015年12月26日)で書いた通りです。

 お手前はすぐに忘れるので、「あれ、あれ」と言いながら、気安い間柄ということで許してもらっています。人の迷惑も顧みず、好きなことを好きなときに、我が道を勝手に突き進んでいます。

 そして、今日は大和平群へ。
 花月というお稽古を、お弟子さんたち5人でやりました。花を活けたり、お香を聞いたり、薄茶を点てたりと、たくさんのことを見よう見まねでやりました。この前に花月のお稽古をしたときのことは、「お茶のお稽古の後に視覚障害者のことを想う」(2014年12月23日)に書きました。

 近鉄電車で帰る道々、今日のことを思い出しながらこうして記しています。見て、聞いて、やってと、大忙しでした。今振り返っても、頭の中は大混乱です。こうしたお稽古事は、若い時にやっておくべきです。
 今はもたもたしていても、何度も繰り返し練習しているうちに、いつかは自然な動きでお茶が点てられるようになると思って、懲りもせずに続けています。
 これまでは、3ヶ月に1回行けたらいい方でした。それを、今年の4月以降は、月に2回は大和平群へお稽古に行くことを自分に課しています。今のところは、何とか守っています。とにかく、続けることです。

 なお昨日、お茶を点てながら姉との話では、お茶のことよりも、おもしろい話で盛り上がりました。姉が、ガイドヘルパーの資格を持っていて、視覚障害者の外出のお手伝いをしたことがある、というのです。これは初耳でした。今もずっと介護施設のボランティアをしているので、姉がガイドヘルパーもできることは意外ではありません。ただ、ゆっくりとそんな話をしたことがなかったのです。お茶を点てながら、飲みながら、こんな話ができるのはいいことです。

 来月22日に「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」のみなさまを須磨に案内する話をしたところ、私がプランを練っているコースを先日歩いてきたとのことです。姉は芦屋に住んでいるので、たしかに神戸から須磨は生活圏です。そして、22日も喜んでお手伝いに来てくれるとのことです。頼りになる助っ人が一人増えました。
 「百星の会」のみなさま。今後とも、いつでも安心して関西にお越しください。
 
 
 
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2017年06月12日

「百星の会」の宿泊研修で須磨探訪の計画を練っています

 先週、「視覚障害者と共に須磨を散策する計画に関してご教示を」(2017年06月09日)という記事を書いたところ、すぐに上記記事のコメント欄にあるように、適切なご教示をいただきました。泉さん、ありがとうございました。
 私がこの「さくらブログ」のコメント欄の設定をよく確認していなかったために、連絡先を必須事項にしていなかったことに昨日気づきました。泉さん、すみません、この記事でお礼に代えさせてください。

 さて、本日、須磨観光協会(須磨区役所まちづくり課内)にお電話をして、対応してくださった前田さんに電話でいろいろと教えてもらいました。私からのいくつかの質問に対して、よく調べた上で的確に対処策をアドバイスしていただきました。
 ご教示のままに、須磨寺に電話をし、さらに案内のままに一絃須磨琴保存会の小池さんに親切な対応をしていただけました。

 私からは、須磨寺で須磨琴を聞くことと、源光寺(源氏寺)と関守稲荷神社(須磨の関跡)で歌碑を触ることを考えていることを伝えました。すると、その実現のためには、今回の宿泊先に出張して演奏してくださることも含めて、さまざまな実現方法を考えてくださいました。今日中にはまとまらなかったので、また調べて連絡をくださることになりました。小池さんのご親切に、ただただ感謝しているところです。

 さらには、須磨区ボランティアセンターの福井さんも、相談にのってくださいました。そこで紹介された須磨歴史倶楽部は、ちょうどその日に別の予約が入っているということで叶いませんでした。しかし、もっと具体的にプランがまとまったら、視覚障害者のためのボランティアの方の派遣も含めて、稔りある研修になるように検討してくださることになりました。

 さまざまなネットワークがつながる中で、少しずつ実現の道が見えだしています。
 みなさまのご親切に接し、ありがたいことだと感謝しています。
 「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」のみなさま、もう少しお待ちください。
 また、この記事をご覧になった方で、触る聞くということを中心とする須磨行きに関して、おもしろい訪問地や楽しいアイデアなどをお持ちでしたら、本ブログのコメント欄などを利用してご教示いただけると幸いです。
 
 
 

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2017年06月09日

視覚障害者と共に須磨を散策する計画に関してご教示を

 現在、「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」のみなさまと一緒に、須磨周辺を散策する計画を練っています。
 日時は、今夏7月22日(土)の午後です。参加者は20名〜30名で、実際に目が不自由な方は15名ほどです。
 この日はその後、「神戸・しあわせの村」で「点字・拡大文字付 百人一首〜百星の会」の合宿が計画されています。

 2年前の嵯峨野での宿泊研修の様子は、次の記事で紹介した通りです。
「京洛逍遥(375)嵯峨野で「点字付百人一首」を楽しんだ後は時雨殿へ」(2015年08月31日)

 「百星の会」の方からは、
須磨を観光し、『源氏物語』の舞台とされる場所を、肌で感じ・触れたい!

という希望があり、その実現のためにいろいろとプランを考えているところです。
 事務局では、「源光寺〜須磨の海岸」の散策を考えておられます。それをさらに充実したものにしたいと思い、情報を収集しているところです。

 今は、須磨琴(一弦琴)をみなさんと聞けないか、ということで調べています。
 保存会などがあるようです。しかし、その方面に知人がいないこともあり、今回のような目的に対応していただくことが可能なのかも含めて、どなたかご教示いただけませんでしょうか。保存会に直接お電話で相談を、とも考えました。しかし、もう少し情報を集めてから、と思っているところです。

 また、今回は単なる須磨散歩ではなく、手で触るものがあったり、音も楽しめることが重要です。そのためにも、現地を下見するつもりです。そうであっても、触ることによって、聞くことによって、『源氏物語』や『百人一首』や日本の古典文化が感じられるものについて、事前に調べておこうと思っています。

 例えば、関守稲荷神社には、百人一首にも採録されている源兼昌の「淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいく夜寝覚めぬ須磨の関守」の歌碑があるようです。これは、目の見えない方が触れるのか、また触ることができたとして、その感触はどのようなものなのか等々。

 こうした視点で須磨を散策する上で、ご存知の範囲でアドバイスをいただけると幸いです。

 関西にお越しのみなさまに、触る楽しさを通して日本の古典文化に接し、楽しんでいただける旅の演出をしたいと思っているところです。これも、観光学の実践的なテーマとなるものなのでしょう。
 大阪観光大学という新しい職場に身を置き、私自身の物の見方が変わったように思います。大きな収穫です。
 今回の観光のための計画立案に、いろいろな分野の方からのご協力やご教示をいただけると幸いです。
 
 
 
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2017年05月22日

日本盲教育史研究会の第5回ミニ研修会 in 金沢に参加して

 石川県は、点字毎日文化賞を3名も出しているところです。その風土を感じる好機と思い、金沢で開催された第5回日本盲教育史研究会のミニ研修会に参加しました。

 JR金沢駅前の鼓門は、印象的なデザインでした。

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 今回の会場であるルキーナ金沢(金沢福祉用具情報プラザ)は、駅前から徒歩で3分の至便の地です。

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 まず、開催の案内文を引きます。

第5回ミニ研修会 in 金沢 ご案内


金沢市内でのフィールドワークを中心に

―― 先人の足跡を訪ねる ――
 第5回ミニ研修会を金沢で開催します。今年は、石川県の出身で、新たな道の開拓者となった視覚障害者達の足跡を訪ねます。近代鍼灸教育の父と言うべき奥村三策は、元治元年金沢三社町に生まれました。岐阜盲学校の創始者となった森巻耳も金沢の生まれです。
 そして紹介したいのが、竹川リンと彼女に関わる人々です。リンは幼時に失明しますが母と二人の生活を支えて働きます。しかし、重篤な病に罹ると死後自らを解剖に付すことを遺言して、明治16年に43歳で亡くなりました。翌年建立された顕彰碑に往時を偲ぶことができます。
 短い時間ではありますが、ともに語りながら先人の足跡をたどることができますよう、お待ちしています。

主催 日本盲教育史研究会


 今回は、お弁当を食べながら、お2人の講演を伺いました。

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 これは、1日だけの研修会を充実させるため、食事時間を確保できない苦肉の策だとのことです。さらには、今後はフィールドワークを大切にした運営をするとのことです。今回は、それがうまく機能した研修会となっていました。運営関係者のご苦労が偲ばれます。
 参加者は60名という盛会でした。会場を設営なさった方にお聞きすると、49席の準備だったのが急遽イスを増やすことになり、嬉しいことだとおっしゃっていました。この会の会員数も、180名にもなるそうです。ますます大きくなっていきます。一人でも多くの方が会員として参加なさることを願っています。

 以下、今回伺ったお話を、自分勝手に整理しておきます。

第1部 11時00分から12時45分

ランチョンセミナー レクチャーと昼食交流

* 「竹川リンと支えた人々」
・・・講師 庄田 望 氏(元金沢部落史研究会)


 講師ご自身が執筆中の、天保11年(1841)に金沢で生まれた竹川リンを主人公にした小説の内容を語りながら、熱の籠もったお話でした。
 「浄土真宗の王国加賀で、(竹川リンが)献体する決意はどうして生まれたのか。」
 「盲目の女性リンに献体ということを教えたのは誰か」
ということがテーマです。
 結論は、ヨーロッパ啓蒙思想の流入と、金沢医学館の役割を明らかにすることでした。
 執筆中の小説は、今秋頃には自費出版なさるようです。

 お2人目の松井先生が、今回金沢での開催にあたって、現地側としてとりまとめをなさいました。
 また、お話の中心となった奥村三策のお孫さんも、遠路会場にお越しになっていました。

「道を開拓した石川県の視覚障害者達」
・・・講師 松井 繁 氏(金沢星陵大学)


 金沢生まれの近代鍼灸教育の父と言うべき、奥村三策の偉業を語ってくださいました。明治18年頃まで、差別的な扱いを受けていた鍼治教育の道を拓いた人です。
 針治療と西洋医学との葛藤があったことを知りました。また、1900年にパリ万国博覧会で「万国盲人状態改良会議」があり、そこで日本の盲学校鍼按科の状況が報告されています。これは意外な事実でした。
 戦後、GHQが鍼治療は危険で医療ではないということで、これを禁止しようとしたマッカーサー旋風のことにも触れておられました。私も少し調べてみたいと思うようになりました。
 奥村三策は、1907年に点字略字12字を公表しています。平成直前まで、この略字は教科書などに使われていたそうです。講師の松井先生は、読み書きが早くできるので、今でも点字の略字を使ってもいいと思う、とのことです。コミュニケーションツールに興味を持っている私は、いいヒントをいただきました。

 配布されたレジメには、「あえのこと」が輪島、珠洲、能登に伝承されていることに関する囲み記事がありました。これも、今回のレジメから引きます。

「あえのこと」

輪島市(白米)、珠洲市、能登町等では、「あえのこと」が伝承されている。毎年12月5日、全盲夫婦の田の神様を家に迎え入れて冬を過ごし、翌年2月9日、田にお送りする農耕儀式。1977年重要無形民俗文化財に指定、2009年ユネスコの世界無形遺産に登録。昔、偉大な盲人の活躍が示唆されるが不明である。


 午後は、今回のメインとなる外に出かけました。

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第2部 13時00分から16時30分
フィールドワーク(貸切バス)

* 竹川リン顕彰碑(金沢市上荒屋3丁目260番地)

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* 松江老医有道碑(白山市徳丸町207番地)
(松江安見は、竹川の解剖に深く関わり、顕彰碑を建立した医師。)

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* 金沢医学校(現金沢城・兼六園管理事務所分室、兼六園隋身坂口料金所手前)

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* 故奥村三策先生頌徳碑(金沢市卯辰山公園玉兎ケ丘)

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 兼六園では、個人的にありがたいものと出会えました。昨日もお茶のお稽古で難儀をした右足の疣に関するものです。
 「いぼとり石」は、今も金沢の人は、ゴシゴシと擦りに来るそうです。

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 さて、私の疣は今後どうなるでしょうか。とにかく、午前中は特にビリビリするのです。おまけに、左足首の骨折が、昨日のお茶のお稽古で少し無理をしたせいか、今日は終日熱をもっていました。庇って歩くと、どこかの筋肉が痛むようになります。両足がなかなか完治しません。困ったことです。

 金沢駅前で開催された懇親会も、多くの方が参加なさいました。
 私の周りには、ボランティアグループの「金沢視覚障害者外出支援サークル(KBOS)」のみなさまがいらっしゃいました。15名のうち今回は13名の方々が手助けに駆けつけてくださっていたのです。このご支援は心強いものでした。自宅からの交通費と食費しか出ないにもかかわらず、みなさまは目の見えない方々のために熱心にサポートをしておられました。ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。
 ただし、活動の実態を伺う内に、ボランティア活動を地方自治体がうまく利用していることが、ここでも見ることとなりました。こうした活動を、行政側がうまく無償の勤労奉仕で掠め取っていることは、すでに社会活動におけるボランティアという面で問題が表面化しています。個人の善意と、公的機関の予算節約がうまくすり替えられています。実際に手助けとして参加なさっている方々の気持ちが純粋なだけに、これは、1日も早くボランティア団体の運営者側にも意識の変革が求められている、と思っています。無償の献身的な活動は、ボランティアではありません。営利ではない程度の、最低限の報酬は支払わなければ、これは続きません。このことを、私はインドで学びました。そして、私が代表理事をしているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の運営でも、一番気をつけていることでもあります。もっとも、なかなか難しい問題であることは承知しています。

 懇親会の終盤で、戦時中に視覚障害者はどのような分野で、どのような形で参加していたのか、させられていたのか、ということが話題になりました。マッサージに駆り出されたことはわかるにしても、見えないからこそ夜間にも働かされたり、火花が飛び散る旋盤工の仕事などなど、まだ掘り起こすことは多いようです。いつもこの懇親会は、いろいろと考えさせられることの多い貴重な話題が交わされます。

 今の風潮として、事務手続きとしての出張において、懇親会は単なる飲み会だと位置付けています。しかし、そうではなく、こうして胸襟を開いて語り合い、実質的に障害者が直面する問題をぶつけ合い、話し合うことで問題点を日常レベルに立ち返って炙り出す会もあるのです。事務的な書類処理においては、懇親会は無為な徒食の懇談の場であるとされがちです。しかし、こうして濃厚な時間を共有することで貴重な場となっていることが多いはずです。このことは、さまざまな研究会などの懇親会で見られることではないでしょうか。放談の場だけではない、ということで、こうした懇親会の位置づけが、有意義な情報交換の場として認められるようになってほしいと思います。

 なお、配布資料の中には、CD-ROMがありました。その内容は、次の貴重なものです。自宅に帰ってから、じっくりと拝聴しようと思います。

CD・「音資料」
1NHKラジオ第2放送『盲人の時間』「人と行跡 奥村三策」1980年8月3日放送
2.「杉山検校を讃える歌」作詩奥村三策、作曲鈴木米次郎、1909年、歌林薫夫
3.「不滅の足跡を残した石川の視覚障害者達・関係者達の声」2014年11月製作
4.「石川県立盲学校創立100周年記念、音で辿る盲学校の歩み」(抜粋、編集)
5.「石川県音紀行」石川県製作

 
 
 

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2017年03月31日

『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました

 科学研究費補助金による「挑戦的萌芽研究」として、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」というテーマで研究に取り組んで来ました。
 当初から研究成果の中心となるように作成を進めていた『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が、私の定年退職の日である今日3月31日に無事に完成しました。とにかく、膨大な手間と時間がかかる作業を伴うものでした。そのため、関係者だけに配布する数十部の限定版となりました。この科研のメンバーや、実験に協力してくださった方及び盲学校の先生にお渡しすることに留まります。この「触読字典」と「例文集」を実際に活用していただき、さらに改訂の手を加えたいと思います。次回は、もう少し作成部数を増やすつもりです。

 中扉は、こんな感じです。

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 『変体仮名触読字典』の最初のページは、このようになっいます。
 「安」の上には、点字で「あ」と打ったシールを貼っています。

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 その「あ」を触読しているところです。

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 『触読例文集』には、各例文の右横に点字で変体仮名の読みを貼り付けています。

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 例文を触読する練習をしているところです。
 文字の右横にその読みを示す点字が貼ってあるところが、今回の研究の成果を盛り込めた特徴です。

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 奥付もしっかりと付けました。

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 とにかく、気の遠くなる作業が、連日展開しました。
 関係者のみなさま、ご苦労さまでした。

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 この科研は今日で終了します。しかし、このテーマは、今後とも気長に取り組みますので、変わらぬご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。
 なお、本書2冊は、科研運用補助員として本研究活動を支えてきた、関口祐未さんの献身的な労苦の産物です。また、最終段階で点字を補助情報として貼り付ける作業を担当した阿部江美子さん、ご苦労さまでした。さらには、その点字を1文字ずつ打ってくださった渡邊寛子先生にも、あらためてお礼を申し上げます。
 こうして、たくさんの方々の協力により、『変体仮名触読字典』と『触読例文集』ができあがりました。コラボレーションとチームプレイの産物です。これを活用しての成果は、また後日報告いたします。
 
 
 

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2017年03月29日

電子版「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル2」を公開中

 科研で取り組んでいる「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」のホームページから、「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル」(ISSN:2189−597X)の第2号を公開しています。

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 オンラインジャーナルなので、ご自由にダウンロードしていただき、ご教示や情報提供をしていただけると幸いです。

 この電子ジャーナルは、昨年度から取り組んでいる科学研究費補助金による研究成果を、ウェブ上に公開しているものです。本年度が最終年度となり、この第2号でひとまず完結となります。
 その研究テーマと趣旨については、「まえがき」に記した通りなので、それを引用します。


 科学研究費補助金の研究分野において、「挑戦的萌芽研究」に応募して採択された本テーマ「古写本『源氏物語』の触読研究」は、平成29年3月でひとまず終了となります。
 2年という短かい期間での研究にもかかわらず、多彩な成果が得られました。その一端は、本ジャーナル2冊をご覧になれば明らかでしょう。また、2年間の活動の全容は、ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に、あますところなく報告しています。まさに、情報を共有しながら、コラボレーションという手法で共同研究を展開したことになります。
 ここに至までの経緯は、本誌に「古写本の触読研究に着手した経緯(1)−科研採択まで−」として拙文を掲載しましたので、ご笑覧いただければ幸いです。
 本科研のテーマは、これから一年をかけて情報や成果を整理した後、新たな外部資金の申請などを検討して再開する予定です。また、貴重な情報満載のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」と「古写本『源氏物語』の触読研究ジャーナル」は、平成29年度からNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に運用を移管します。場所を変えて、さらなる展開を図ろうと思っているところです。
 研究分担者と研究協力者のみなさまには、研究会などの機会を通して、さまざまなご教示をいただきました。あらためてお礼を申し上げます。
 また、さまざまな資料や情報の整理を担当してもらった科研運用補助員の関口祐未さんの奮闘も、大きな力となりました。ここに特記しておきます。
 本テーマに関しては、また機会をあらためて再開することになると思います。
 変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

平成29年3月31日

日本学術振興会科学研究費補助金
2015~2016年度「挑戦的萌芽研究」
課題番号:15K13257
「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」
研究代表者
大学共同利用機関法人人間文化研究機構
国立大学法人総合研究大学院大学
国文学研究資料館 伊藤鉄也


 全278頁という、ボリューム豊かな本号の目次は、以下の通りです。


はじめに 伊藤鉄也
原稿執筆要綱

【研究論文】
薫物文化の実相に照らした『源氏物語』の薫物の特徴
  −古典籍の触読時における参考として−(1)「えひの香」及び「えひの香の香」について
    田中圭子 11
足柄山にひびく笙の音
  −「指」・「耳」・「変体仮名」から考える群書類従本『時秋物語』の世界−
    淺川槙子 35

【実践報告】
『群書類従』所収「竹取物語」冒頭触読レポート
  −弱視生徒の目をかりて−
    渡邊寛子 79

【研究の最前線】
国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の仮名字体記述
  −ISO/IEC 10646 提案文字による翻字シミュレーション−
    高田智和 91
文字の歴史と凸字・点字の意義
  −そして、<見えない人>による挑戦−
    岸博実 103
厚紙凸字と『立体<ひらがな>字典』作成の試み
    関口祐未 109

【触読研究ジャーナルに寄せて】
触読研究ジャーナルに寄せて 中野真樹 215
「古写本『源氏物語』の触読研究」の活動についての感想 大橋由昌 218
これまでの取り組みにみる「触読研究」の意味と、今後の展望 中村真規 223
古写本触読研究ジャーナルに寄せて 冨田晋作 232
古写本『源氏物語』の触読研究と月刊『視覚障害』 星野敏康 235

【研究活動報告】
古写本の触読研究に着手した経緯(1)−科研採択まで− 伊藤鉄也 243
2016年度「古写本『源氏物語』の触読研究会」活動報告 関口祐未 255

【資料】
明治三十三年八月文部省令第十四号 小学校令施行規則中教授用新定字音仮名遣いに関する規定 271

執筆者一覧 274
編集後記 276
研究組織 278


 「研究論文」「実践報告」「研究の最前線」などでは、鋭い切り口による非常に興味深いものが並んでいます。これが少し重たいとお思いの方は、ぜひとも「触読研究ジャーナルに寄せて」という5本の寄稿文をお読みください。本科研で取り組んでいるテーマの本質が、賛否両論にわたって語られています。特に、批判的なご教示には、本テーマが抱え持つ本質的な問題が横たわっています。今後の展開において、貴重なご意見として受け止め、さらなる挑戦に資するものにしたいと思っています。
 最後に、この科研のテーマに関わってくださったみなさまに、この場を借りてお礼申し上げます。
 一年の充電期間を経て、また新たなスタートを切りたいと思っているところです。これまでと変わらぬご理解とご支援をいただけると幸いです。
 
 
 

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2017年03月22日

全盲のOさんが大学院で古写本『源氏物語』の研究を続けます

 今月で終了する科研「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)で、この2年間にわたって一緒に果敢に触読に挑戦していた共立女子大学のOさんが、めでたく立教大学大学院に合格し、来月から博士前期課程で研究を深めることになりました。
 先週末に開催された、百星の会の『点字百人一首』の集まりで会った時、Oさんからこの朗報を聴きました。一緒に高田馬場の駅まで送りながら、今後のことなどを楽しく話しました。
 嬉しい知らせは、一人でも多くの方々と喜びを共にしたいものです。

 全盲であっても、変体仮名を自在に触読しているOさんです。大学院では、『源氏物語』の研究に取り組むとのことです。私も、学外からではあっても、これまで通りにいろいろと支援していくつもりです。

 以下、本人から届いた、古写本『源氏物語』の触読研究会のみなさまへの報告と決意を認めた文章を紹介します。
 力強い決意表明となっています。古写本の触読で日々研鑽を積んで来たOさんのことです。ますますの活躍が楽しみです。


4月からの進路につきまして、ご報告させていただきます。

立教大学文学研究科 日本文学専攻に進学する運びとなりました。
「竹取物語絵巻」の研究はできませんが、これまでよりも専門的に古典文学を研究してまいります。
けして平坦な道ではございませんが、変体仮名の触読という新たな手法を手に、より一層研究に励みます。

私のように全盲で、古典文学を研究している学生を知りません。先行研究の読み込みや、変体仮名の触読が壁となっているのでしょう。これらは、目が見えなければ不可能だと考えられてきたと思います。私もこの二つが原因で、ある大学の文学部から受け入れを断られた事があります。

しかし、変体仮名の触読に関しては、共立女子大学の先生方のご配慮により、克服する事ができました。変体仮名を立体化して、それを触読するという方法があったのです。
簡単に変体仮名が読めるようにはなりませんでしたが、あきらめずに練習した事で、読めるようになりました。

この事で、私の学問は豊かになりました。何しろ、目が見えていても読めない文字が読めるようになったのです。
変体仮名が読めるようになった事で、一次資料作りに従事できました。卒業論文では、翻刻や解題資料のない、共立女子大学図書館に所蔵されている「竹取物語絵巻」の詞書の翻刻と絵の分析を行う事ができました。
努力の甲斐あって、学部の優秀卒業論文集に掲載していただける事になりました。

目が見えない事で、努力してもどうにもならない事があります。紙の資料と一晩寝ずに向き合ったところで、その資料が読めるようにならないといったように、晴眼の人と同じような努力では、成果が実らない事もあるでしょう。
しかし、変体仮名の触読のように、努力が確実に実る事もあります。
私は努力して何とかなる事であれば、精いっぱい努力すべきだと考えています。途中で投げ出す事なくやりぬく事こそ、最も重要なのです。この事を、大学の4年間で学んだ気がいたします。いつも応援してくださる先生方や助手の方々に応えたかった、という気持ちも強かったとは思いますが、自分のための努力こそが、生涯にわたって自分を支えとなるのです。

そこで私は、大学院に進学し、自分の研究をさらに発展させたいと考えました。目の見えない人が誰も挑戦した事のない分野だからこそ、やりがいがあります。
そして、次の世代の若者たちに、見えなくても古典文学の研究ができる事を伝えていきたいと思っています。そのために、修士論文の執筆と言う責務を果たします。

来年度も楽しみながら、新しい事にどんどん挑戦していきたいと思っております。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

 
 
 

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2017年03月19日

点字付百人一首〜百星の会で見た八つ橋型の新開発カルタ

 京橋であったNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の打ち合わせを正午に終えるとすぐに、高田馬場へと急ぎました。1時から開催される、百星の会の『点字百人一首』の集まりに参加するためです。

 高田馬場の駅から、会場となっている新宿区社会福祉協議会へは、お好み焼き屋さんの前にある道案内が目印です。

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 先月の集まりの折には、施設の周りは工事中でした。「「点字付百人一首」の全国大会ができないか」(2017年02月25日)
 それも、すっかりときれいになっていました。

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 今日は初心者のために、一字決まりの札「むすめふさほせ」の7枚について、お世話をしてくださっている北村さんから、札の取り方に関する説明がありました。
 それに続いてその歌の解説が、りおさんからありました。りおさんの説明は、わかりやすいので、みなさん聞き入っておられました。質問も飛び出したりするので、非常に和やかに進んでいきます。
 その次には、2字決まりの札である「うつしもゆ」の10枚についての説明がありました。さらには、「押さえ手」「突き手」「払い手」という、カルタの取り方の具体的な指導もありました。次第に、実践モードでのテクニックが伝授されていきます。

 しばらくは練習時間です。みなさん、自分の力に応じたカルタで、練習を繰り返しておられます。

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 サポートとしておいでの方が、目隠しをして一緒に加わっておられました。
 不織布のマスクを目隠しにするなど、この会ではさまざまなアイデアのもとに臨機応変に対処しておられます。

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 決まり字だけが書かれた札もあります。

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 この「点字付百人一首」においては、常に新しい工夫がなされています。
 今回新たに開発された、札の短辺が丸く反った札は、すばらしい発明です。

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 発泡スチロールに窪みを付けたカルタ台は、作るのが大変です。そのため、台を量産できません。そこで、カルタに工夫を加えることで、目が見えなくても取りやすくしようということです。
 カルタを指で摘んで持ち上げるのが難しいので、丸く反っているのはいいと思いました。この八つ橋みたいなカードは、カルタを取る様子を見るギャラリー側から言っても、ごく自然なカルタ取りに見えます。また、取る方も、これまでのように指でカルタを摘まむのではなくて、上から押さえて指の第一関節を軽く曲げることで、楽にカルタが取れます。カルタ台の溝にしっかりとはめ込まれているのではなくて、隙間がポイントなのです。この活用をさらに競技に取り入れてルールを見直すことで、観客であるギャラリーも楽しめる「点字付百人一首」にすることを考えてもいいと思いました。。

 この形でいこうということが決まると、次の改良点に進めます。こうして、さまざまな方が参加できる対応ができるようになります。
 この八つ橋型のカルタは、厚紙にスプレーで水を含ませ、手で押し曲げて丸みを付けたとのことでした。常に工夫を積み重ねておられる関場さんの、面目躍如たるものがあります。

 さらに、レベルアップをはかりたい方には、こんなカルタもあります。

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 その裏面は、こうなっています。
 真ん中には、歌の番号も点字で貼られています。

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 その後、相対の勝負形式でカルタの取り合いです。

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 そして今回からは、勝った方には名札に星を1つ付けてもらえることになりました。

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 この星の数で、その実力のほどがわかるようになります。このアイデアで、ますます「点字付百人一首」が楽しく取り組めるものとなることでしょう。
 
 
 
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2017年02月25日

「点字付百人一首」の全国大会ができないか

 前回の「高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会」(2017年01月14日)に続き、今月の集まりにも参加してきました。

 高田馬場の社会福祉協議会は、今日は外壁の工事中でした。

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 今日は、広島大学3年生のAさんと一緒に行きました。Aさんは午前中に国文学研究資料館で調べ物をしてから、高田馬場へ来てくれたのです。自己紹介で日本文学の勉強をしていると言った時には、参加者から励ましのことばが飛び交いました。

 今回は、これまでとは少し違って、カルタ取りに集中する会でした。これもまた楽しい体験を共にできました。視覚障害者交流コーナーでは、熱気に包まれた3時間があっという間に過ぎていきました。

 今回は、初めてのカルタ台で対戦した方が多かったので、ルールについてさまざまな意見や感想が寄せられました。この「点字付百人一首〜百星の会」の活動は、まだまだ揺籃期です。そして、大きく発展する可能性を包み込んでいます。

 「点字付百人一首」といっても、さまざまなカルタが開発されています。上の句だけで取れるカルタもあります。初心者が参加しやすいことへの配慮が行き届いています。

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 いつもは読み手としてカルタ取りの指導にあたっておられる方は、自分で初めて真剣にカルタ取りをやった後で、日頃子どもたちにこんなむちゃなことをやらせていたのか、ということを実感した、とおっしゃっていました。どっと疲れたとのことで、こんなにハードなことをやらせていたんだ、としみじみと語っておられたのが印象的でした。

 新しい遊び方の提案がなされ、いろいろなことが試されました。
 「五色百人一首」の緑と橙の札を使ってグループで取り合うやり方は、私にはまだよく理解できていません。

 緑の札の20枚を10枚ずつに分け、お互いが並べたセットを相手側に置くというのは、少し手を加えただけでおもしろさが増したようです。自分が並べたものを相手側に置き、相手が並べたものを手前に置いて5分間で覚えてスタートする、というものも楽しそうです。

 ルールを少し変えるだけでまったく違うゲームになるので、さらに検討を進めると、多くの方が参加できるようになることでしょう。日々創意工夫がなされている百星の会の「点字付百人一首」です。これからがますます楽しみです。

 今日は、さまざまな札の取り方やテクニックを見ることができました。
 以下、バリエーションに富んだ手の動きがわかる写真を並べます。

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 広島から来たAさんが、この「点字付百人一首」の楽しさをすぐに理解したようです。そこで、「点字付百人一首」ではクイーンとでも言うべき理生さんと対戦してみないかと勧めたところ、快く引き受けてくれました。古典文学好きな心を刺激するものがあったのでしょう。
 このようなことになるとは思わず、何も準備をしていない上に、上の句に関する情報が何もないので、目が見えるという一点以外は不利な条件の中で、対戦に臨みました。

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 前半から中盤にかけては、見えない理生さんが有利に試合を進めていました。しかし、後半になると、見えるAさんが挽回してきました。札が少なくなってくると、限られた札の位置を目で追えるので有利になるようです。


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 結果は10対8という、わずかの差でした。
 どちらが勝ったのかは、ご想像にお任せします。
 すばらしい試合を見せてもらいました。

 福島県立盲学校の渡邊さんと話しているうちに、全国大会をしたらいいと思うようになりました。それも、個人戦だけではなくて、晴眼者との対戦や、全盲・弱視・晴眼者の組み合わせによるダブルスなども考えました。組み方によってはいろいろな対戦が可能です。しかも、全国から参加者を募るのです。初心者や上級者などのクラス別けも楽しいことでしょう。

 私の流儀である「とにかくやってみる」、ということでこの提案をしたいと思います。

 東京の関場さん、大阪の畑中さんたちによって、いろいろな趣向で楽しい「点字付百人一首〜百星の会」の運営がなされています。その中に、「点字付百人一首」の全国大会をスタートすることを検討していただけないか、と思うようになりました。いろいろと検討すべきルールや実施要領などを詰める必要があるかと思います。その検討も、楽しく取り組めば、さらに活動への理解は拡がることでしょう。
 今日の思いつきながら、ご検討のほどをよろしくお願いします。

 そんな全国大会のことを、最後の挨拶の中で言いました。今回の進行役であった理生さんからは、いつも夢のある話をありがとうございます、と言ってもらえたので、これは実現に向けて動いていくように思いました。
 この件でのご意見を、本ブログのコメント欄などを通してお寄せいただけると幸いです。

 なお、次回の「点字付百人一首〜百星の会」は、来月3月18日(土)午後1時より、今日と同じ高田馬場の社会福祉協議会の中にある視覚障害者交流コーナーで開催されます。
 
 
 

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2017年02月07日

科研の触読サイトから『立体〈ひらがな〉字典(第2版)』を公開

 科研費「挑戦的萌芽研究」による研究成果を公開している「古写本『源氏物語』の触読研究」のホームページで、「触読通信」のコーナーから、「『立体〈ひらがな〉字典』の第2版」をアップしました。

 これは、2016年2月7日の初版から、大幅にバージョンアップしたものです。
 前回同様に、科研運用補助員の関口祐未さんの労作です。
 内容は、「凡例」「索引」「ひらがな文字の説明文・五十音順」で構成しています。
 その「凡例」の冒頭を引用します。


 ひらがな文字の形を、触常者が触って学習することができるように、画用紙を用いて、ひらがなの形に切りとった凸文字を作成しました。「厚紙凸字」と呼ぶことにします。

 「厚紙凸字」を触りながら、ひらがなの形が、より明確にイメージできるように、文字の形を説明した『立体〈ひらがな〉字典』を作成しました。2016年2月7日に、初版を公開しました。その後、凡例と説明文を見直し、表現を改め、第2版として2017年2月4日に更新しました。
 
2.厚紙凸字とは
 
 厚紙凸字は、ひらがな五十音を、一文字ずつその文字の形に画用紙から切りとり、文字の線が凸型に突き出た形に作った道具です。
 厚紙凸字の字体は、丸ゴシック体です。一文字の大きさは約5センチ、線の幅(太さ)は3ミリから4ミリです。
 ひらがなの凸文字は、正方形の台紙に貼りつけ固定しました。台紙は、一辺が6センチの正方形です。文字の正しい向きが触ってわかるように、台紙の右上角を1センチ切り落としています。
 ひらがなの凸文字には、筆順に従って線に段差をつけました。1画目の線を一番高くし、一画進むごとに、線の高さが一枚(一段)ずつ低くなる仕組みです。段差をつけることによって、筆順を示すとともに、書き始めとなる1画目の線や、線同士の区別がしやすいようにしました。


 実際の厚紙凸字は、つぎのような形をしています。

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 この字典の「あ」の項目では、次のような説明文があります。

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 これは、目が見えない人に言葉で説明することを想定した文章です。

 説明文を作成するにあたったは、伊藤の科研の研究協力者である福島県立盲学校の渡邊寛子先生に、説明文を一つ一つ確認していただき、ご教示いただきました。ありがとうございました。

 関口さんの話では、懸案だったひらがな「つ」「ち」「わ」などの大きな曲線部分が、渡邊先生のご指導のおかげでうまく表現できたので、それが一番うれしかった、ということです。

 これはまだまだ試作段階です。今後とも、弛まぬ調査・研究を続けることで、よりよいものに仕上げていきたいと思います。

 この字典を通してお気付きの点がございましたら、いつでもお知らせいただけると幸いです。
 
 
 
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2017年02月04日

奈良で始まった「さわって楽しむ体感展示」

 今日から12日(日)までの9日間、「第32回国民文化祭・なら2017」と「第17回全国障害者芸術・文化祭なら大会」の一体開催という試みのプレイベントである、「奈良県障害者芸術祭 HAPPY SPOT NARA」が始まったので行ってきました。

 近鉄奈良駅前の行基菩薩像が建つ「行基広場」には、横断幕があります。
 ちょうど、2人の托鉢僧がいらっしゃいました。


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 会場となっている奈良県文化会館は奈良県庁の裏手にあり、右手に若草山がかすかに望めます。


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 奈良で子育てをした20年間に、この周辺はしばしば子供たちを遊ばせるために訪れました。秘密の駐車場に車を停めて、子供を奈良公園や東大寺や春日大社などの境内に放し飼いにしました。奈良公園・平城京跡地・唐招提寺と薬師寺・法隆寺・三室山と竜田川・馬見丘陵公園・石上神宮から山野辺の道・信貴山は、子供たちの遊び場にしていました。30年前のことです。

 奈良県文化会館は、母を連れて都はるみのコンサートに一度だけ来たことがあります。

 さて、今回のイベントでは、2階E展示室で行なわれている「さわって楽しむ体感展示」を見るために来ました。これは、“見る”鑑賞ではなく、“さわる”鑑賞を中心とした展覧会です。国立民族学博物館の広瀬浩二郎先生が関わっているとのことだったので来ました。

 この展覧会の紹介は、「奈良で開催される「さわって楽しむ体感展示」のお知らせ」(2017年01月24日)に、広瀬先生の文章を引いて詳しく書きましたので、ご参照ください。

 2階の会場へ行くまでに、道案内がないので戸惑います。館内の方に聞きながら行った方がいいと思います。奥まったところが会場なので、けっこう辿り着くまでに不安になります。

 キャッチフレーズに「カタチをさわって、奈良をさわって、新たな発見をしてみませんか」とあるように、触るということがコンセプトとしてあります。

 カーテンを押し開いて中に入ると、右のモニタに広瀬先生のビデオ解説が流れていました。展示物を触る上でのマナーなどが語られています。まずは、手を消毒してから触りましょう、などなど。


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 今回の展示概要として、次のことが謳われています。


・触ることで再発見を楽しめる「触る絵画」や立体作品
・歴史を肌で感じられる、奈良にまつわる品など


 私は、「さわった本物をあててみよう!」がおもしろいと思いました。3問とも当たりました。手触りの微妙さを、今回初めて体感しました。


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 展示されていた彫刻や絵画には、あまり新鮮さを感じませんでした。ただし、興福寺銅像仏頭(旧東金堂本尊、模造)は、日頃触ることのない仏様なので、心ときめくものがありました。
 その点から言えば、「奈良」というテーマがうまく活かされていません。歴史と地理をどのようにして感じてもらうかは、さらなる検討が必要だと思います。

 また、今回の展示は、緊張感に欠けるようにも思えました。もっと意外性を体感できる仕掛けがほしいところです。ごめんなさい。私は学芸員の一人として、展示のプロの役割という視点で見た感想でもあります。

 関係者の方お2人にお話を伺ったところ、今回のイベントを担当した県庁の担当部署には、障害者のことを専門とする方はいらっしゃらないとのことでした。触読について伺いたかったことがたくさんあったので残念でした。
 広瀬先生や奈良県立盲学校の美術の先生のアドバイスやアイデアや機材に助けられて開催に漕ぎつけられたようです。専門家に任せた生温い安心感が、この部屋には満ちています。それが、今回の展覧会における、思い遣りと思い入れと情熱と感じてほしいという熱意が欠けていた原因のように思われます。

 展示室の各所に、詰め切れないままに漠然と置かれた物や、導線から伝わるストーリーの不整合性を感じたのは、親身になっての取り組みにならなかったことがあるのではないでしょうか。
 中盤から私は、展示物を触る楽しみを感じなくなっていました。仏頭以外は。
 2周しました。しかし、もう1周してみようとは思いませんでした。もう1回、と思わせる味付けがあれば、楽しさが倍増することでしょう。

 出口でアンケートを書きました。そのテーブルに、展示物の配置を立体コピーにした会場案内図があります。A4版のカプセルベーパーに立体コピーしたものです。
 お尋ねしたところ、私が使っているビアフの機器と同じものを奈良県立盲学校から借りて来て、県庁内で作成したとのことです。そうであれば、この立体コピーは、展示を見て触って楽しんでもらうために、もっと有効利用ができるはずです。これでは、あまりにももったいない、立体コピーによる略図の資料に留まっています。
 「触読の研究をしている私たちの成果」を、いつかこうした展覧会とタイアップして盛り上げたいと思うようにりなりました。

 視覚障害者に関する慣れないイベントのため、担当なさったみなさまがご苦労なさったことは理解できます。そのことを忖度しながらも、非礼を承知で思いつくままに記しました。勝手な偉そうな無責任な放言は、ご寛恕のほどをお願いいたします。

 これは秋のためのプレイベントだとのことです。秋の本番では、展示内容の吟味と説明の工夫、そして来場者がもっと楽しめるものにしてくださることでしょう。
 さらなる発展と展開を楽しみにしています。
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2017年01月24日

奈良で開催される「さわって楽しむ体感展示」のお知らせ

 国立民族学博物館の広瀬浩二郎先生より、2月4日(土)〜12日(日)に奈良県文化会館で行われるイベント、「さわって楽しむ体感展示」の案内をいただきました。
 〔6日(月)は休館、開館時間は9時〜18時〕

 得難い体験ができそうなので、いただいた連絡を転記します。


 今年最初のお知らせ(宣伝)は、奈良で開かれる「さわって楽しむ体感展示」についてです。

 毎年、国民文化祭、障害者芸術・文化祭が各都道府県の回り持ちで開催されています。
 これまではオリンピックとパラリンピックのように、国民文化祭が行われた後、障害者芸術・文化祭が開かれてきました。
 この形だと、どうしても障害者芸術・文化祭は「後の祭」という印象で、あまり盛り上がりませんでした。
 今年から国民文化祭と障害者芸術・文化祭は同時開催されることになり、その初回担当が奈良県です。

 国民文化祭、障害者芸術・文化祭の一体開催という試みがうまくいけば、来年度以降、各県でこのイベントが続くことになります。
 障害の有無に関係なく、誰もが楽しめるユニバーサル・ミュージアムをめざす僕にとって、国民文化祭、障害者芸術・文化祭の同時開催はたいへん嬉しい企画です。

 このイベントは9月〜11月に大々的に実施されます。
 本番を前に、プレイベントとして2月4日〜12日に奈良県文化会館で「さわって楽しむ体感展示」が行われることになりました。
 プレイベントなので期間は短いし、小規模な展示です。
 しかし、このプレイベントが成功すれば、秋の本番でも「さわって楽しむ体感展示」が拡大実施されることになります。

 プレイベントの展示について、僕はアドバイザーという形で昨年から関わっています。
 昨年の夏から断続的に奈良県庁の担当者と打ち合わせを重ねてきました。
 いろいろとクリアすべき課題もありましたが、展示準備は順調に進んでいます。

 先日、会場入口で流すビデオを作りました。
 興福寺仏頭(国宝)のレプリカに僕がじっくりさわっている場面を「手」のアップを中心に撮影しました(顔のアップではありません、念のため)。
 さわる展示なのに、観客を集めるためにビデオを使うということに少し矛盾を感じますが、おもしろいビデオができたのではないかと自己満足しています。
 レプリカとはいえ、国宝にじっくりさわっているシーンはかなりインパクトがあります。

 このビデオを見た後、もちろん来場者は実際に仏頭のレプリカにさわることができます。
 来場者の反応が楽しみです。

 その他、奈良から出土した土器などの考古遺物、天平衣装、アート作品などにも触れることができます。

 また、「平城京のさわる地図を作ろう!」というコーナーでは、川、道路、山などを表す素材を手触りで選んでいただき、投票してもらいます。
 この結果を元に、秋の本番では「さわる平城京地図」を制作・展示する予定です。

 僕も会期中に、何度か会場に行くつもりです。
 奈良県文化会館は近鉄の奈良駅から徒歩で行けます。
 ぜひ多くのみなさんに「さわって楽しむ体感展示」を味わっていただき、いい形で秋の本番につなげたいと願っております。
 本メールの転送・転載を歓迎します。
 ご支援・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

                    広瀬浩二郎
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2017年01月18日

『葛原勾当日記』の製作再現映像を試験公開します

 全盲の琴師だった葛原勾当は、天保8年(1837)から明治14年(1881)まで45年の長きにわたり、自分で開発した木製のひらがな活字を駆使して、日々の日記を自分の手で印字していました。

 一昨日、本郷三丁目で開催された研究会で、この葛原勾当のご子孫である葛原眞氏の講演を伺う機会を得ました。その後の話を通して、貴重なレプリカによる再現映像を実験的に研究者や興味をもたれる方々のために公開し、こうした事実や問題の調査研究への協力をお願いしました。葛原眞氏は私のこの申し出に理解を示され、快く映像をお貸しくださいました。

「葛原勾当のひらがな日記について」(2017年01月15日)

 早速、映像を試験公開するための準備を、研究協力者である加々良さんにお願いしたところ、本日突貫工事の末にその実現が叶いました。
 さまざまな人の力が結集して、無事に試験公開にいたったのです。ありがたいことです。

 葛原勾当に関する調査は、一昨年の秋より問題意識を深めつつありました。広島県に調査に行く計画をしました。しかし、実現しないままに来ました。
 しばらくは遅々として進捗を見なかったテーマが、先週から突然動き出し、今日の願ってもない貴重な映像の公開となりました。葛原眞氏との幸運な出会いをはじめとして、周りのみなさまに感謝いたします。

 今回公開した映像は、次の手順で見られるようになります。
 ご覧いただいてのご意見などをおよせいただくと、今後の励みになります。
 また、関連する情報などをお寄せいただけると幸いです。

 この撮影は、葛原眞氏がご東京大学史料編纂所のご理解のもとに、自分の手でレプリカをもとにして撮影なさったものであり、あくまでも実態を記録するために作製されたものです。今回、研究に資するものになれば、というご理解をいただいたことで、試験的に公開することになりました。
 公の場で利用なさる場合には、このコメント欄を活用するなどして、あらかじめ了解を得てからにしていただくよう、お願いいたします。

 今回の公開にあたっては、念のために、パスワードなどで閲覧者の確認をしています。これで、簡略ながらも諸権利の保護にはなるかと思います。煩わしい一手間をおかけして恐縮します。公開の趣旨をご理解いただき、ご協力のほどをよろしくお願いいたします。
 
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【映像 葛原勾当日記・印刷用具の使い方】



(1)「ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」」に移動


(2)「新着情報」の中の「2017年1月18日 NEW 葛原勾当日記について」をクリック

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(3)「[パスワード請求]へ」をクリックして、「名前」「メールアドレス」「視聴目的」を入力

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(4)確認メッセージが表示された後、「送信する」をクリック

(5)画面にパスワードが表示される

(6)「こちらから」をクリックして、パスワードの入力画面で(5)のパスワードを入力

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(7)映像が見られる画面が表示される
 (上下の枠内で説明文をスクロールさせてご覧ください)

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2017年01月16日

点字百人一首の様子をラジオ日本「小鳩の愛〜eye〜」で放送すること

 一昨日の記事「【追記】高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会」(2017年01月14日)で、ラジオ放送の取材があったことを次のように記しました。


ラジオ日本の「小鳩の愛」のスタッフの方が取材に入っておられました。今日の様子やインタビューが、2月に放送されるそうです。


 そのディレクターである宮島佑果さん(アール・エフ・ラジオ日本)から、先日の「百星の会」の様子が以下の日程で放送されることを教えていただきました。
 私は「百星の会」の活動を広報する立場でもあるので、ここで宣伝しておきます。
 何年もラジオを聴いていません。これを機会に、楽しみに放送を待ちたいと思っています。


【番組名】 「小鳩の愛〜eye〜」(こばとのあい)
 http://www.jorf.co.jp/?program=kobato
視覚障害者の方がより暮らしやすい社会を目指して、視覚障害者、晴眼者にとって役立つ情報をお届けする番組です。
 
【放送局】 ラジオ日本 1422kHz  毎週日曜朝 7時5分〜7時20分
      北日本放送 738kHz   毎週日曜朝 7時30分〜7時45分
※スマートフォンアプリ「radiko」でもお聴きいただけます。
 
【放送日】 2017年2月5日(日)、12日(日)、19日(日)
 3週に渡って特集予定です。
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2016年12月20日

「古写本『源氏物語』の触読研究」の情報を更新しました

 科研の「挑戦的萌芽研究」で取り組んでいる「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(課題番号︰15K13257)のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」で、情報の更新をしましたのでお知らせします。担当者は科研運用補助員の関口祐未さんです。

 トップページの「新着情報」の最初にある「2016年12月20日 NEW 第4回研究会報告」をクリックしていただくと、「第4回「古写本『源氏物語』の触読研究会」」の研究会報告が読めるようになっています。
 先々週の12月9日(金)に、国立民族学博物館で開催した第4回の記録です。

 私が本ブログに書いた「民博で古写本『源氏物語』の触読研究会」(2016年12月10日)より、ずっと詳細な報告です。

 着実に活動が進展しています。
 成果も、見えるようになりました。
 今後とも、ご理解とご支援を、よろしくお願いします。
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2016年10月22日

第5回・日本盲教育史研究会に参加して

 日本盲教育史研究会の第5回総会・研究会に参加してきました。
 会場は、筑波大学東京キャンパス文京校舎で、放送大学があるところです。


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 日本盲教育史研究会は創立5年目、会員約180名です。
 昨年は札幌と京都、今年は北九州で研修会や研究会があり、いずれも参加しました。

 今日の午前の第一番は、土居由知氏(静岡県視覚障害支援センター)と岩崎洋二氏(元筑波大学附属視覚特別支援学校)の「『むつぼしのひかり 墨字訳 第一集』出版とそこからわかること」でした。
 『むつぼしのひかり 墨字訳 第一集』は、「視覚障害者の歴史資料集1」として、東京盲学校の同窓生による会報(明治36年第1号〜37年第10号)を10年がかりで編集したものです。
 今年2月に刊行されたばかりの本書を、先般の九州でのミニ研修会の折にいただきました。ただし、まだすべてを読んでいません。


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 「むつぼしのひかり」は、昭和18年の第473号までが発行されました。『点字毎日』が刊行される前は、唯一の点字ジャーナルだったのです。

 続いて、村山佳寿子氏(お茶の水女子大学大学院・筑波大学附属視覚特別支援学校小学部課外箏指導)の「昭和初期における箏曲の点字記譜法の特徴 筑波大学附属視覚特別支援学校資料室蔵「宮城道雄作曲集」を例として」という報告がありました。わかりやすい発表でした。6点で記述する点字楽譜の実態を考察したものです。
 邦楽を点字で記す「手法記号」は、大正3年に始まります。西洋音楽の手法記号を箏曲に代用しているようです。実際に譜面をもとにして演奏も流れたので、説明がよくわかりました。
 後の質問に、山田流と生田流の違いは? というのがありました。これは、私も気になったことです。
 東京は山田流が主で先生を採用したそうです。宮城道雄の関係で、昭和6年からは、生田流を東京盲学校でも教えるようになったのだとか。
 恥ずかしながら、私は学生時代に少しだけお琴を教えていただいていました。しかも、山田流でした。歌いながら弾くのです。東京だったからで、これが関西で教わっていたら生田流だった可能性が高かったのです。

 閉会後の懇親会で、隣におられた村山氏に、山田流と生田流の話を詳しく伺うことができました。また、『源氏物語』に出てくる琴の音は、今の流派とは異なる中国から来たものだそうです。
 それにしても、まだまだ研究課題が多いことを知りました。

 記念講演は、岩波新書で『瞽女うた』を書いておられる山梨大学大学院のジェラルド・グローマー教授でした。この本については、本ブログの「読書雑記(119)ジェラルド・グローマー『瞽女うた』を読んで」(2015年03月16日)で紹介しましたので、ご参照いただければ幸いです。

 本日の演題は「瞽女(ごぜ)・旅芸人の歴史と芸能」です。

 ついメモをしたことは、三条西実隆の周辺に瞽女が来て演奏をしていた、という話です。また、男は当道の組織を持っており、女は高田や長岡で演奏をして生きていた、ということも興味を持ちました。瞽女組織は、総合的な組織であり、関八州と静岡などに文化圏を持っていたそうです。1970年代までは、瞽女が門付けをしていたのです。
 伝統芸能の復活は無理です、という言葉には力強い確信が満ちていました。今、個人的な個性は認められない、みんな同じ形をよしとする文化になっている、とも。

 講演後の質問に、宗教に関連したものがありました。それに対して、瞽女の歌の旋律には宗教がないそうです。そして、聞く側の気持ちに宗教があったかどうかは、よくわからないとのことでした。
 これに対して、時間が迫っていたので私は手はあげなかったものの、瞽女縁起や院宣に「下賀茂大明神」と出てくることの説明はどうなるか、という疑問と問題意識を持ちました。上賀茂神社は賀茂別雷が祭神なので、雷との関係で盲人との関係は想像できます。しかし、その親である下鴨神社とはどのような関係があるのか、わからなかったのです。今度ゆっくりと調べてみます。

 また、ウクライナに日本のような瞽女歌があったそうです。世界中にあったのではないか、とも。海外での瞽女の存在が知りたくなりました。

 続いて、香取俊光氏(群馬県立盲学校)の「江戸から近代への理療の発展 群馬県の事例を中心に」という報告がありました。
 盲人の教育システムを構築した杉山和一とその弟子を通して、鍼灸が職業たして成立する過程を話されました。また、理療と点字の指導に当たった瀬間福一郎の紹介もありました。

 最後の山口崇氏(筑波大学附属視覚特別支援学校)は、「楽善会と凸字聖書」と題する報告でした。
 明治初期に、日本には盲人が多かったことが報告されました。明治8年から11年にかけての、盲唖教育の実態もよくわかりました。さらに、明治9年の凸字聖書は、日本カタカナではなくて、ヘボン式ローマ字だったことが明らかにされました。
 京都高田盲学校には、カタカナ版の凸字聖書があるそうです。いつか見てみたいと思います。

 今日伺った内容は、明治から昭和初年の時間の流れの中でのことがたくさんありました。この時期に興味をもっている私は、一言も聞き漏らすまいとの心意気でしっかりと聞きました。

 最後の総括で、現在も元気な方から、盲教育に関する聞き取りを研究会として取り組むべきだ、との提言がありました。これについては、文献とともに今後はその調査にも着手するとの回答がありました。

 今回のまとめをなさった岸先生が、近世から近代へと移るつなぎ目の格闘が問題として意識できるようになった、とおっしゃっていました。明治・大正から昭和への移り変わりに興味を持つ私は、このテーマにさらなる魅力を感じる研究会となりました。

 今回の参会者は、90名を超えていたそうです。今後がますます楽しみな会となることを実感しました。

 閉会後は、駅前に場所を移して懇親会がありました。
 今回も、多くの方とさまざまな話題で盛り上がりました。
 いろろいな方とお話ができました。
 みなさま、刺激的な出会いを、ありがとうございました。
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2016年08月20日

駅のホームドア設置と「ホーム縁端警告ブロック」

 一昨日は、日比谷図書文化館から尾崎さんと一緒に、地下鉄三田線で途中まで帰りました。
 先日の、地下鉄ホームから転落した方の悲劇を思い出し、そのことを話題にしました。白杖を持った尾崎さんと一緒に駅の構内を歩いていると、こちらも五官が研ぎ澄まされ、あたりにアンテナを張り廻らす自分を意識しました。

 尾崎さんも中学生の時、電車から降りたところを前から来た人に押されて、ホームから線路に転落したことがあるそうです。何人かの方に引き上げてもらったとか。

 これまでに私が出会った多くの全盲の方々は、そのすべての方がと言ってもいいほどに、ホームからの転落を経験しておられました。それが、民博の広瀬浩二郎さんの言葉を借りれば「通過儀礼」であるかのように、みなさんがその怖さを語ってくださいます。
 新聞やテレビなどでは、ホームからの転落は「37パーセント」としています。しかし、現実にはもっと多いと思われます。

 一昨日の三田線大手町駅のホームには、電車との接触や転落を防止するために、両開きのホームドアがありました。


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 宿舎に帰ってから見た毎日新聞(平成28年8月18日(木)朝刊14版)には、1面、3面、28面の都合4箇所で、この問題を大きく取り上げていました。電子版で見たところ、関西版も大きく扱っていました。


 既存の地下鉄駅で、全国で初めて可動式のホーム柵(ホームドア)が設置され運用が始まったのは2000年。東京都営地下鉄三田線の高島平駅(東京都板橋区)だった。毎日新聞が視覚障害者向けに発行する点字毎日の紙面は、当時「落ちない駅が実現」と紹介した。それから16年。ホームドアは着実に増えているとはいえ、まだ不十分だ。(3面、「クローズアップ2016 視覚障害者ホーム転落 周囲の声掛け命綱」)


 設置や補強費用のことと共に、列車のドアの数や位置が現状ではまちまちなので、その対処策と問題点は単純ではないようです。しかし、バーが上下する「昇降式ホーム柵」などの改良を進め、一駅でも多くのホームにドアや柵を設置してほしいと思います。

 また、点字ブロックについて、同紙には私がまったく知らなかった説明があったので以下に引いておきます。それは、次の図版の右側にある「ホーム縁端警告ブロック」に関するものです(3面より)。


160820_block




 点字ブロックについては、「警告ブロック」(図版左側)と「誘導ブロック」(図版中央)があることは知っていました。「社会福祉法人日本盲人会連合」のホームページでも、「点字ブロックについて」という項目にはこの2種類だけが取り上げられています。

 「ホーム縁端警告ブロック」というのは駅のホームにだけ使われているためか、その他のホームページでも「点字ブロック」の説明には見当たりません。「ウィキペディア」でもそうなので、このあたりの説明には、手を入れる必要があるのではないか、と思われます。
 この「ホーム縁端警告ブロック」については、次の2つの報告書が参考になります。ユニバーサルデザインの分野の問題でもあります。

「視覚障害者誘導用ブロックを効果的に配置する」(大野央人、鉄道総合技術研究所、RRR Vol.71 No.7 2014.7 16〜19頁)

「鉄道技術来し方行く末 発展の系譜と今後の展望 第38回 視覚障害者誘導用ブロック」(大野央人、鉄道総合技術研究所、RRR Vol.72 No.6 2015.6 28〜31頁)

 点字ブロックは日本が開発したものであり、平成24年に国際規格として定められ、今や世界130カ国以上で採用されているそうです。

 インドでも、「警告ブロック」と「誘導ブロック」が使われていました。もっとも、その使われ方には疑問を抱きましたが。

「インド・デリーの点字ブロックなどには要注意」(2016年02月25日)

 日本でも、駅のホームにある柱との位置関係をどうするかには、課題があります。上記ブログで写真を掲載したように、インドで樹木やマンホールの蓋を避けて点字ブロックをカクカクと回り込ませているのは、どう見ても無理があります。

 「ホーム縁端警告ブロック」について、上記毎日新聞の説明では続けて次のように記されています。


 国土交通省によると、青山一丁目駅のホームで品田さんが転落した場所にあったのは、歩く方向を示す「誘導ブロック」ではなく、ホームの端が近くて危険だと示す「ホーム縁端警告ブロック」だった。
(中略)
 品田さんは両ブロックの接続する地点から離れた場所で転落した。同省担当者は「縁端警告ブロックの上を歩くことを想定していない」と指摘する。だが、混雑時には一般利用客が点字ブロックをふさぎ、機能しているとは言い難い状況も生まれる。実際、警告ブロックを頼りに移動する視覚障害者は少なくない。青山一丁目駅では、縁端警告ブロックの列を柱が遮るように建っている。
 国交省の指針ではホームに縁端警告ブロックを敷設する場合、途中に構造物があっても連続させるよう求めている。遠回りするよう敷くとかえって方向や位置が分からなくなるという視覚障害者の意見を反映させており、青山一丁目駅はこの指針に沿っている。


 点字ブロックに関して、検討すべき課題はいろいろとあるのです。
 これまでは、ブロックの上に立つ人や置かれた荷物に、注意喚起がなされていました。今は、スマートフォンのながら歩きが、目が見える見えないに関わらず問題になっています。

 尾崎さんに、歩きスマホの人とぶつかったことがあるかを聞きました。彼女の答えは、人にぶつかることは多いので、その相手が歩きスマホかかどうかは見えないのでわからない、とのことでした。
 目が見えない方々の実情を私がまだよく理解していないため、それが愚問であったことを教えられました。

 また、回りの方からの「大丈夫ですか?」という声掛けについても聞きました。
 彼女の返答は、通学などでよく通う道は熟知しているので、声を掛けていただくのはありがたいけれども、あまり続くといちいち対応するのに苛々することがある、とのことでした。ただし、通学路以外では、助かることが多いしありがたいと思うそうです。
 この件も、声掛けする方としては親切心からなので、相手のことを慮っての対応が微妙なこともあるようです。それはそれとして、やはり基本的には、押し付けにならない程度に声を掛けるのが自然なことだと思います。
 危険と隣り合わせの方には、原則として声をかける、という心構えを持ち続けたいと思います。
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2016年07月14日

「点字付き百人一首」とお香のワークショップのご案内

 開催直前の案内となりました。
 以下の通り、「点字付百人一首 〜百星の会」が主催する「香りのワークショップ&かるた会」が開催されます。

 会員ではない方で参加を希望される場合は、「点字付き百人一首 〜百星の会」の事務局を運営なさっている関場理華さん(r-sekiba@tenpitsu.com)に連絡をとってください。

 また、目が不自由な方やお知り合いの方でこのことに興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、こんなイベントがあることをお知らせいただけると幸いです。
 貴重な体験の場を共有できると思います。

 なお、あらかじめ連絡がとれないままにお越しいただいた場合には、会場にいる私にお声掛けいただければ、人数によってはご覧いただけることも可能かと思います。
 

日時:7月16日(土)午後1時より
場所:新宿区社会福祉協議会 交流コーナー
ワークショップ:「香り名人の百人一首の歌人・藤原公任の香りを再現する」
講師:田中圭子(広島女学院大学総合研究所・客員研究員)
内容:以下に引用する文章を参照願います。
   読みにくい固有名詞などには、読みがなが付いています。
   パソコンの読み上げ機能でお聞きいただけます。


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「点字付き(てんじつき)百人一首 〜百星の会(ひゃくぼしのかい)」でのイベントにおける薫物(たきもの)のワークショップについて


 
    田中(たなか) 圭子(けいこ)
   (広島女学院大学総合研究所・客員研究員)
 
■ 概 要 ■

 平安中期に活躍した公卿(くぎょう)・藤原公任(ふじわらのきんとう)は、清慎公(せいしんこう)実頼(さねより)二男廉義公(れんぎこう)関白太政大臣頼忠(よりただ)と中務卿代明親王(よあきらしんのう)女(じょ)厳子(げんし)女王の一男として誕生。
 同母姉妹に円融院太皇太后四条宮遵子(しじょうのみやじゅんし)と花山院女御ィ子(しし)があります。名家の嫡子として将来を嘱望されながら、人臣の位を極めることは叶いませんでしたが、学問芸道の分野において幅広く活躍して優れた成果を残し、高く評価され続けています。

 公任集(きんとうしゅう)の和歌や詞書によれば、公任父(きんとうちち)頼忠(よりただ)は薫物(たきもの)梅花(ばいか)を調合しており、知友との私的な交わりの中で珍重されたようです。公任(きんとう)自身も薫物(たきもの)を調合し、それにちなんだ和歌とともに贈答に及んだとされるほか、姉妹とともに調合や賞翫を楽しんだり、姉妹に献上したりすることもあったとされます。
 事実であるとすれば、頼忠家(よりただけ)では、薫物(たきもの)に関する父の嗜好と手法が子息子女にも受け継がれ、趣味として共有された可能性が伺えます。

 公任(きんとう)ゆかりと伝わる薫物(たきもの)の伝承は、平安後期以降の類纂と伝わる薫集類抄(くんしゅうるいしょう)を始めとして、鎌倉時代の初期から後期にかけて増補加筆の行われたとされる源氏物語古注釈書原中最秘抄(げんちゅうさいひしょう)、南北朝期の年号による跋文をとどめて鷹司家や壬生家に伝来した薫物(たきもの)秘伝書の薫物方(たきもののほう)に散見します。
 また、近年の調査において、京都大学附属図書館菊亭(きくてい)文庫の薫物(たきもの)秘伝書の薫物秘蔵抄(たきものひぞうしょう)一巻に、後徳大寺左府書(のちのとくだいじさふしょ)逸文として公任(きんとう)卿方こと公任(きんとう)ゆかりの薫物(たきもの)の処方七点の載録されることも確認しています。

 後徳大寺左府書(のちのとくだいじさふしょ)逸文の内、一部の薫物(たきもの)方は薫集類抄(くんしゅうるいしょう)載録の公任(きんとう)方と同じ種類であり、処方の内容もおおむね一致します。後徳大寺左府(のちのとくだいじさふしょ)こと藤原実定の所持した文書であったとすれば、既存の資料に確認できる公任(きんとう)方の中で最も古いと目される薫集類抄(くんしゅうるいしょう)載録方と、同時代に読まれていた可能性があります。

 今回は、新出資料である後徳大寺左府書(のちのとくだいじさふしょ)逸文に公任(きんとう)ゆかりの品として伝わる6種類・7点の薫物方(たきもののほう)の内、公任(きんとう)と小野宮家(おののみやけ)の薫物(たきもの)の真髄をくみ取るにはふさわしい種類と考えられます黒方(くろぼう)及び梅花(ばいか)の2種類・2点の薫物方(たきもののほう)を、この分野の専門家であられる鳩居堂製造株式会社社長(きゅうきょどうせいぞうかぶしきかいしゃしゃちょう)熊谷直久(くまがいなおひさ)氏と同社の皆さまのお力により調合、復元してお持ちしました。

 また、この逸文の冒頭脚欄の余白において記載されている、室町時代以降に隆盛した新作薫物(しんさくたきもの)の一種であります紅梅(こうばい)の処方も復元いただきました。

 会場では、粉末にした香料を和合した中に蜜を混ぜて練り合わせ、少量を手にとって丸がして(まろがして)いただいた後に、香炉に入れてたき匂わせる(たきにおわせる)予定です。

 公任(きんとう)が自ら工夫した可能性のある薫物(たきもの)と、後世の人々が公任(きんとう)という稀代の才人に寄せて継承、賞玩したかもしれない新作薫物(しんさくたきもの)それぞれの香りや手ざわりをご鑑賞いただきながら、公任(きんとう)その人の歌と心に思いをはせるひと時を共有できましたら、何よりありがたく存じております。

■薫物のレシピ■

 ワークショップで使用する薫物(たきもの)の処方(レシピ)をグラムに換算してご紹介します。
 
1 黒方(くろぼう)
薫陸(くんろく) 3.1
麝香(じゃこう) 6.2
白檀(びゃくだん) 3.1
甲香(かいこう) 12.5
丁子(ちょうじ) 25
沈香(じんこう) 50
 
2 梅花(ばいか)
沈香(じんこう) 53.1
甲香(かいこう) 18.7
甘松(かんしょう) 1.0
白檀(びゃくだん) 4.35
丁子(ちょうじ) 21.6
薫陸(くんろく) 1.5
 
3 紅梅
沈香(じんこう) 37.5
丁子(ちょうじ) 15.6
白檀(びゃくだん) 19.7
甘松(かんしょう) 7.2
霍香 3.1
甲香(かいこう) 12.5
龍脳(りゅうのう) 0.5
麝香(じゃこう) 9.3

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2016年06月21日

エレベータの開閉ボタンは今のままでいいのか?

 エレベータでのことです。

 後から急いで乗り込んで来られる方がいらっしゃった時、とっさにドアの開閉ボタン【開く】を押したつもりが、うっかり【閉まる】を押したことが何度もあります。これは、私はもとより、妻もよくやるので、少なくとも我々2人に関しては、あのボタンに付いている開閉マークは視認性が低く、混乱するだけのものだと思っています。瞬時に意味がわかるアイコンになっていないという点では、問題があるのではないでしょうか。再検討すべきです。

 ユニバーサルデザインである以前に、記号として不適当なデザイン画だと思っています。あの絵の意味するものが、すぐに共有できないのですから。
 ただし、今も全国で使われているので、それなりの役にはたっているのでしょう。
 いまさら変えられない、ということもあるのでしょう。
 そもそも、平仮名を添えないといけない状態にある、ということからして不完全なアイコンなのです。平仮名は、海外からお越しの方々への配慮なのでしょうか。日本人にもアイコンが視認され難いことが明らかになったことから、平仮名を添えることになったと思われます。
 以下に列挙する開閉ボタンの写真が、そうした実体を物語っています。

 あのボタンに付いている絵文字は、人間の感覚を錯乱させるものではないのか、との思いから、これまで折々に写真に収めてきました。
 そこで、撮り溜めて来た数百枚の写真から、ここにそのいくつかを例として揚げて、別の絵文字のアイコンに変更すべきであることを問題提起したいと思います。
 併せて、表記や表示場所の統一に関しても、判断材料を提供していきます。

 まず、手元に集まっているエレベータの開閉ボタンの写真を、いくつかに仕分けをして整理してみました。
 これは、あくまでも私が歩いた範囲で集めた開閉ボタンです。
 また、エレベータの中は狭い空間なので、写真が取り難いことが多いのです。ピンボケとなっているものが何枚もあります。点字などは、1つの点が2つに見える例がありますので、ご注意願います。

 以下の走り書きのコメントも、時間があれば丁寧に記したいと思っています。
 取り急ぎの中間報告であり、当座のメモとして記したものです。
 ご意見や情報、そして写真の提供などをいただけると幸いです。


   【現時点での、エレベータの開閉ボタンに関するまとめ】
(1)「漢字」か「平仮名」か「絵文字」かの統一が必要
(2)「漢字」の「開 閉」は共に門構えの文字なので、とっさの視認性が悪い
(3)「平仮名」の表記は、「ひらく とじる」か「ひらく しまる」のどちらかに統一を
(4)「絵文字」のデザインは、統一か刷新が必要
(5)「点字」を開閉ボタンの上下左右のどこに添えるかは、早急に統一を
(6)「点字」表記は、「ひらく とじる」「ひらく しまる」「あけ しめ」のいずれかに統一を
(7)応急処置である「アルミ印字プレート」や「ラミネート印字テープ」は剥がれやすい
(8)ボタンの背景の色分けは、「ひらく」は緑色、「とじる(しまる)」は黒色が一般的

 
 

(1)絵文字だけ(日本語も点字もない)


 

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 古いエレベータによくある押し間違えやすいタイプです。
 
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160621_1dsc01393



 この絵柄が圧倒的に多かった旧タイプです。
 
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 人物を加えて視認性の悪さを軽減させようとした少数派の絵柄です。
 
 
 

(2)漢字だけ


 

160621_1dsc08306



 丸型ボタン
 
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160621_1dsc01212



 角型ボタン
 
 
 

(3)平仮名だけ



 未確認
 
 
 

(4)絵文字と平仮名



 未確認
 
 
 

(5)絵文字と点字


 

160621_2dsc00670



 点字(「あけ」「しめ」)が上にあります。
 
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160621_2dsc02274



 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字の左右にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字の左側にあります。
 
 
 

(6)絵文字・平仮名・点字の3種類


 

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 点字(「あけ」「しめ」)がボタンの左右にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの上にあります。
 
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160621_3dsc08305



 点字(「あけ」「しめ」)がボタンの左側にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの左側にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの上にあります。「開延長」(点字は「ひらき つづく」)というボタンは役立つものだと思います。
 
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 この2枚の写真は、同じエレベータ内のものです。点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの上か左にあります。点字を貼る位置は統一してほしいところでした。平仮名で「ひらく」だけが絵文字ボタンの下に貼られています。閉まるボタンにシールが貼られていないのは、前例の開くだけの使用を意識したものでしょう。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの左側にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が上に貼り付けてあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの中の下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの上にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの下にあります。
 
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160621_3dsc00672



 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの左横下にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの左横上にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が上に貼り付けてあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの中の下にあります。このエレベータには、さまざまな工夫が施されていました。
 ボタンを押しやすくするために手を支えるアルミの小さなプレートがあり、さらには聴覚障害者のためのボタン「耳マーク」もあります。本年4月より施行された障害者差別解消法を強く意識したものかと思われます。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が上にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの中の下にあり、さらに浮き出た絵文字がボタンの左上に付いています。
 
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 点字(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの上にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの中の下にあります。点字と平仮名が同一語となっているのです。これが一番自然な表現ではないでしょうか。

 
 
 

(7)漢字とひらがな



 未確認
 
 
 

(8)漢字と点字


 

160621_2dsc01081



 点字(「ひらく」「とじる」)が下にあります。
 
 
 

(9)漢字とひらがなと点字



 未確認
 
 
 

(10)たまたま海外で見かけたもの


 

160621_dsc00923_spein



・スペイン:マドリッドのホテルで見かけました。【開】の意味の絵文字ボタンだけで、【閉】のボタンはありません。これは、近年日本でもよく見かけます。下部のシンドラー社名の両側に、ネジの頭が潰れたものが写っています。プラスとマイナスのネジなので、おもしろいと思いました。同じネジがなかったのでしょうか。
 
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・インド:ニューデリーの地下鉄で見かけました。【開・閉】の絵文字が浮き出ていて点字付きです。点字がぼやけていて、二重に見えます。点字は英語で「close」「op?」。開閉ボタンが日本とは左右逆です。インドの自動車は、イギリスや日本と同じ右ハンドルです。どなたか、イギリスのエレベータの開閉ボタンの写真をお持ちではないでしょうか。)
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2016年06月10日

第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」のご案内

 来週6月18日(土)午前に、以下の通り科研「挑戦的萌芽研究」の研究会を開催します。
 これは、昨年度から取り組んでいる科研「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」の成果と、今後の課題を考え話し合う会です。
 小さな研究会ながら、最新の情報が行き交う集まりです。

 本科研の活動内容については、本科研のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」をご覧ください。

 こうしたテーマに興味と関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、本ブログ下部にあるコメント欄から参加希望の旨を2日前の16日(木)までに連絡していただければ、資料を用意してご来場をお待ちいたします。

 なお、今回も4名の視覚障害者が参加なさいます。
 研究会当日は、地下鉄銀座線京橋駅の6番出口に近い改札口で【9時30分に集合】し、みなさんと一緒に会場に向かいます。
 目が不自由な方および付き添いの方も、安心して参加していただけます。
 
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日時:2016年6月18日(土) 午前9時30分集合。
研究会:10時から12時。
場所:京橋区民館 3号室
・住所:東京都中央区 京橋2丁目6番7号
・アクセス
(1)東京メトロ銀座線京橋駅下車6番出口 徒歩2分
(2)都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口 徒歩2分
(3)中央区コミュニティバス(江戸バス)
  [北循環]八重洲通り西5番 10分程
「会場周辺地図」
「京橋区民館のホームページ」

 
〈内容〉
第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」
(1)挨拶(伊藤鉄也)
(2)2015年度の研究報告(伊藤鉄也)
(3)2015年11月から2016年6月までの活動報告(関口祐未)
(4)研究発表「視覚障碍者による絵巻研究の方法」(尾崎栞)
(5)研究発表「日本語漢字不可欠論再検討
    〜漢字がないと同音異義語でこまるのか?〜」(中野真樹)
(6)研究発表「触文化研究の課題と展望
    ―「無視覚流」の極意を求めて」(広瀬浩二郎)
(7)共同討議(質疑応答、用語確認と実験方法など、参加者全員)
(8)連絡事項(関口祐未)

 なお、研究会終了後に懇親会を予定しています。
 日時:2016年6月18日(土) 午後12時から13時30分
 会場:東京駅周辺を予定。
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2016年06月04日

日本盲教育史研究会第4回ミニ研修会 in 九州

 昨年、北海道の札幌で「日本盲教育史研究会 第3回ミニ研修会」がありました。

「日本盲教育史研究会 第3回ミニ研修会(in札幌)」(2015年05月30日)

 今年は、一気に南下して九州です。

 会場は、博多から電車で小倉に向かって1時間ほどの、黒崎というところにある北九州市立西部障害者福祉会館です。私は、この施設の一角にあるホテルに滞在し、情報収集と打ち合わせ等を続けています。

 今日の研究会は、長崎大学の平田勝政教授による、「日本盲教育史研究の成果と課題」と題する講演から始まりました。この題目は壮大なものです。副題の「1920年代における川本宇之介と希望社運動の検討」が今回の内容でした。
 川本という先人のことや、希望社という存在を知り、いろいろと刺激を受けました。これまでまったく知らなかった世界が、社会運動や政治活動を背景にして炙り出されました。時間が足りなくなり、盲教育と癩病根絶運動との接点までは話が及ばなかったのが残念でした。
 配布された資料は貴重なものが多いので、後で読み通すことを楽しみにします。

 続いて研究報告となりました。
 
1 明治期盲唖学校と支援組織―九州地方を中心に―
 〔長崎県立諫早特別支援学校・菅達也氏〕
 九州における盲学校を支援した組織の実態が、数字を示しながらわかりやすく語られました。
 
2 九州と盲唖教育
 〔日本社会事業大学・木下知威氏〕
 手話による発表なので、通訳の方の説明とスライドで聞きました。明治・大正期の開化を目指す熊本を取りあげたものです。手話通訳を交えた質疑応答の難しさも体験できました。目が見えない、耳が聞こえないという方がいらっしゃる集まりなので、意志の疎通をはかるのは大変です。手話通訳の方々のお力に負うところが多いのです。なお、配布された「九州と盲唖教育・年譜」は、丹念に資料を相互検討した貴重な意義深いものとなっています。
 
3 地方盲学校、聾学校の専門的教員の養成と補充 ―昭和初期から昭和30年代の熊本県―
 〔九州ルーテル学院大学・佐々木順二氏〕
 熊本の盲・聾学校の教職員の教育歴と保有免許状を、丹念に分析したものでした。

4 史料紹介
・「福岡県の盲教育の歴史」〔福岡点字図書館・吉松政春氏〕
 柳河盲学校の校歌は北原白秋と山田耕筰が作ったものです。ウィキペディアには、このペアで50校ほど掲載されているそうです。しかし、柳河盲学校は取り上げていない、とのことでした。

・「九州と京都盲唖院」〔京都府立盲学校・岸博実氏〕
 今後の研究に資するところ大の、貴重な資料15点を提供してくださいました。いずれも、京都府立盲学校が所蔵するものです。歴史を確認し掘り下げる上で、大いに活用されることでしょう。

◆意見交換での主な発言
・障害がある当事者が自分たちの仲間のために、という思いを大切にしたい。
・歴史研究と現状を踏まえた研究をお願いしたい。
・お互いがわかり合える社会にしよう。
・盲教育史は調査研究されていない課題が多い。

 今回の参加者は70名でした。予想外の多さに、運営側のみなさまも嬉しい悲鳴をあげておられました。
 多彩な意見がやりとりされ、充実した研究会でした。
 その後の懇親会では、今回も貴重な情報をいただきました。
 熊本からお出での方から、先般の地震で益城町におられた視覚障害の知人の家が全壊した折の話を伺いました。たまたま目が見える娘さんが来ておられたので、なんとか夜中に避難所までたどり着けたそうです。一般の方々と一緒に体育館での避難生活は大変で、まもなく開設された福祉避難所に移られたそうです。こうした障害をお持ちの方々も、被災されているのです。マスコミは、どの程度こうした情報を収集しているのでしょうか。今後のためにも、実態を掌握しておく必要があるように思いました。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年06月03日

慌ただしく羽田-福岡-博多-黒崎へ

 JALで羽田から福岡に飛んで来ました。
 飛行機の国内線を使うことは滅多にないので、エコノミークラスも機内の環境がよくなっていることに感激です。

 無線のインターネットが、15分なら無料で使えるようになっていました。私は iPhone やパソコンでメールのチェックをするのが中心なので、これだけで満足です。有料のオプションに切り替えても500円なので、ヨーロッパへ行く時などは重宝しそうです。

 座席の目の前にモニタがなかったので、国内線はそうだったのかな、と思っていました。すると、前のポケットに、機内Wi-Fiサービスとしてドラマ等が手持ちの電子機器で観られる説明書が入っているのを見かけました。ドラマやバラエティー番組などが、自分が使い慣れた電子文具で観られるようになっていたのです。

 手持ちの電子デバイス(パソコンやスマートフォン)がないと、こうしたサービスを受けられないので、まだ差別的で不便だとも言えます。しかし、持っていると、国内線に乗っている時間は短いので、15分でもこれはこれでありがたいことです。

 30年近くコンピュータや通信に関わって来た者の一人として、こうしたサービスを目の当たりにし、隔世の感を堪能しています。
 これまでは、飛行機というと富裕層だけへの差別的サービスを展開していた航空機業界でした。ファーストクラスやビジネスクラスとは無縁の者にとっては、自分のシートに居ながらにしてインターネットにつながるとは、思いの外に業界の対処が速かったことに驚いています。

 福岡空港に降り立ってからは、地下鉄空港線で博多駅に出、JR鹿児島本線に乗り換えて1時間弱の黒崎駅まで移動しました。
 改札口前に、「黒崎神社 おみくじロボット」がありました。安川電機が、去年の8月からサービスをしているものです。


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 これは、7軸垂直多関節ロボットが小さなボールをレーンに転がし、「おみくじ」を上手に運んでくれるものです。今日の運勢を占ってくれるのです。
 私は「中吉」でした。一番中途半端な運勢です。まあまあ、そこそこ、ということにしておきましょう。


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 明日のイベント会場がある施設にチェックインし、目が見えない方々にお目にかかり、科研の「挑戦的萌芽研究」の説明と実験実証に関する打ち合わせをしました。
 黒崎という町が予想外に賑やかなので、これまた驚いています。きれいで、便利な町です。

 今回の旅の主目的については、明日詳しく書きます。
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2016年05月21日

埼玉県本庄市で『群書類従』の話をする

 今日と明日は、中古文学会春季大会が早稲田大学である日です。
 しかし、頼まれ事があったために、都心を離れて埼玉県本庄市へ行きました。

 目的地である本庄駅と岡部駅との間で車輛トラブルがありました。行きたい本庄駅の一つ手前の岡部駅で、しばらく安全確認のために電車が止まっていました。私にはよくあることなので、これくらいでは動じません。今日お話しする内容の確認をして、復旧を待ちました。

 駅では、「金鑽神社」の宮司である金鑚(かなさな)俊樹さんの出迎えを受けました。金鑚さんとは、初期のパソコン通信が縁で20年来の仲間です。大学の後輩でもあり、衣紋道に精通している関係から、奈良の春日大社で祭礼があった時に、神官への着装場所に入れてもらい間近で金鑚さんの装束の着付けを拝見しました。東京の大井町であった雅楽にも一緒に行ったりと、貴重な勉強をさせていただいている間柄です。
 今日は、私が行く会場が金鑽神社の近くということもあり、送迎を兼ねて周辺の案内もしていただきました。

 今日の打ち合わせを、総検校塙保己一先生遺徳顕彰会事務局の方とすることになっていました。
 本庄市教育委員会生涯学習課がある市庁舎に、金鑽さんの車で連れて行ってもらいました。しかし、私がよく確認しないままだったために、本日の会場である本庄市児玉文化会館(セルディ)に移動することになりました。

 時間の余裕があったので、金鑽さんの案内で本庄宿にある方の金鑽神社に案内してもらいました。そして、詳しく本庄市の歴史などの説明を聞きました。
 私はただでは帰りません。境内に、変体仮名を刻んだ石を見つけました。「割烹 根起志」とあります。


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 また、琴平神社の御垣の石に刻まれた名前に、江戸時代の女性の名前が変体仮名で刻まれていました。「古登女」「み徒」と読めます。


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 おしゃれなレストランで食事をしてから、本日の会場へ打ち合わせに行きました。

 本日使われる舞台上で、パソコンか iPhone のどちらを使うかをテストしました。
 私は、スクリーンに映像を写してお話をすることはあまりありません。あくまでも、プリントでお話をします。これは、機器のトラブルを何度も経験しているからです。

 今日の場合は、パソコンからスクリーンに映像が出ませんでした。しかし、iPhone からは写し出せたので、パソコンは使わずに、iPhone でプレゼンテーションを行うことにしました。

 また、私はプレゼン用のソフトウェアであるパワーポイントは、使ったことがありません。パワポと言われているこのアプリを使った発表は、あくまでも自己満足のための発表だと思っているので、聞く必要がない、という立場を何十年も取っています。

 私が人前で話す時、スクリーンに画像を写す必要がある場合は、写真やPDFを表示する専用のプレビューソフトか、エバーノートのスライドショーを使います。

 今日は、パソコンが使えない環境であることがテスト段階でわかったので、iPhone のエバーノートでスライドショーとして写真を写しながら、話を展開することに即決しました。

 まだ時間があったので、塙保己一の生家に案内してもらいました。藁葺きのしっかりした家でした。


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 その裏手に、保己一のお墓があります。
 町の偉人として定着しています。

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 金鑚さんが宮司をしておられる金鑚神社にも行きました。


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 ご神体は、拝殿の奥に聳える御室山です。三輪山と同じく、お山がご神体なのです。古代の神奈備山の祭祀を伝え、『延喜式』の「神名帳」には「金佐奈神社」と記されている官幣中社です。
 ここの拝殿で、神職の方が正式で厳かなご祈祷をしてくださいました。久しぶりに榊を捧げ、お神酒までもいただき、身を浄めていただきました。


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 今日の私の出番は3時からだったので、ゆっくりと会場に入ることができました。

 今日のお話のタイトルは「世界中だれでも読める『群書類従』」です。
 すでに『温故叢誌』という冊子に報告した内容に加えて、現在取り組んでいる目の不自由な方々と一緒に変体仮名を読む取り組みを話しました。
 手話通訳の方が横についていてくださいました。


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 あらかじめ、8頁のレジメと、『群書類従』に収録されている「竹取翁物語」の版本の立体コピー、そして、三つ折りチラシ2種「古写本『源氏物語』の触読研究」と「海外源氏情報」を配布して進めました。


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 お話した内容については、いつか印刷することになるはずです。今ここでは、その小見出しだけを揚げて、内容は省略します。


一、『群書類従』が英国ケンブリッジ大学に収蔵された経緯
二、米国バージニア大学から『群書類従』のDBを公開
三、電子化された『群書類従』の利用環境
四、国文学研究資料館の平成の大事業は『(新)群書類従』
五、『群書類従』の版本(変体仮名)を触読する


 終わってから、保己一記念館に立ち寄りました。閉館時間間際だったにも関わらず、質問を含めて丁寧に説明してくださいました。ありがとうございます。
 入口前広場は『群書類従』にならい、400字詰め原稿用紙をイメージしたデザインだそうです。

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 ここの展示で参考になる点を、記録として残しておきます。

 ガラスケースの前に、説明文を板に刻んだものがありました。平仮名を浮き出させて彫ったものです。文字の角が処理されていないので、指を滑らせるとチクチクします。触読には向いていません。しかし、これは今後の触読テストの参考になります。音声でも説明してもらえます。


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 外には、保己一の大きなった座像がありました。
 ヘレン・ケラーも尊敬する保己一像を感動的に触ったという、塙保己一史料館・温故学会にある首を傾げた姿とは違います。


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 自動販売機のイラストも気に入りました。


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 新幹線の本庄早稲田駅前の広場には、今年の3月12日に建ったばかりの、江戸へ旅立つ保己一の像がありました。

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 江戸に向かって歩み出すところです。
 新しい世界を切り開こうとする強い意志が伝わってきます。

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 今日は、長時間にわたり、送迎やら案内やらと、金鑚さんには本当にお世話になりました。お陰さまで充実した一日となりました。
 金鑚神社の拝殿で厳粛なご祈祷を受けたことが一番印象に残っています。
 また、いつかご一緒できる日を楽しみにしています。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年02月28日

「第26回京都視覚障害者文化祭典」でお茶をいただく

 明け方7時前に、比叡山と吉田山の間から朝日が昇るのを、賀茂川散歩の途中で見ることができました。


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 出雲路橋の下では、白鷺が朝食をさがしています。


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 下鴨神社の西の鳥居では、その間からちょうど朝日が顔をのぞかせていました。


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 真っ直ぐ境内を突き抜けると、御手洗川には光琳の梅が咲き掛かっています。


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 気持ちのいい朝です。

 お昼前に、京都ライトハウスで開催中の「第26回 京都視覚障害者文化祭典」に行きました。
 いつも情報収集などでお世話になっている方や、ボランティアの方々からお話をうかがいました。
 「京都ライトハウスで体験三昧」(2015年10月25日)で知り合った方や、「京都ライトハウスでの点字百人一首体験会に参加」(2015年11月07日)で同席した方にも会えました。

 こうした催しは、いろいろな方と得難い出会いの場になります。お元気な姿を見かけると安堵します。


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 音楽は、幅広い人が楽しめるものであることを、あらためて実感しました。
 マトリョミンという楽器は手のひらで操作して音が出せるので、目が見えなくても自由に演奏ができるようです。

 女性部が和室で「お茶席」を設けておられました。
 前回この京都ライトハウスでお茶をいただいたことは、「「第25回京都視覚障害者文化祭典」で弱視の方のお点前をいただく」(2015年03月01日)に記した通りです。
 今回も一服いただきました。
 表千家のお点前です。

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 いつも思います。茶杓の扱いと柄杓でお湯を注ぐことは、目が見えないと大変です。
 先生も、そっと介助をなさっています。
 結構なお点前でした。
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2016年02月25日

インド・デリーの点字ブロックなどには要注意

 例えば、目が見えない方をインドのデリーに案内したとします。
 白杖を持って歩く際に、いろいろと日本とは状況が違うことが歴然としています。

 メトロには、点字板や点字ブロックが設置されています。
 カイラーシュコロニー駅に設置されているエレベータには、こんなボタンがありました。
 点字が添えられています。それも、シールが貼られているのではなくて、ボタン自体に加工が施されています。
 公共交通機関での写真撮影が煩いので、ゆっくりとカメラを構えることができず、ピンボケです。

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 これは、2010年10月3日から14日にかけて、インド・デリーで第19回コモンウェルスゲームズが開催されたことによる成果です。開催地決定の基準の中に、障害者に対する対策が必要事項として入っており、その条件を充たすために急遽対処されたものだそうです。

 ただし、街中はデコボコ道で石やレンガがゴロゴロ転がっています。
 段差や障害物も多いので、白杖があっても、よほど慣れていないと一人では歩けません。
 実際に、このカイラーシュコロニー駅の改札を出ると、もう障害物競走の世界が展開します。
 目が見えていても、段差はもとより、サイクルリキシャや呼び込みのお兄さんなどを避けながら歩くことになります。

 国際交流基金ニューデリー日本文化センターの最寄り駅となる、メトロのムールチャンド駅の改札を出ると、こんな点字ブロックがあります。

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 これでは、点字ブロックを信じて歩いて行くと、壁に突き当たり、柱にぶつかります。

 盲学校である「ザ・ブラインド・レリーフ・アソシエーション」の校門に行くまでには、次の点字ブロックを頼りに歩くことになります。
 これでは、道の状態をあらかじめ熟知していないと、とても危なくて歩けません。

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 目の見えない方に対する街中での配慮はもとより、学校などでの教育も、まだまだ障害のある方に対しては指導が行き届いていないようです。

 地方ではどうでしょうか。
 今回、アラハバードへ行きました。
 ほとんど手付かず、というのが実状のようでした。

 悠久の時間が流れている、と言われるインドです。
 インドの人々は、時間はかかっても、着実に1歩1歩進んで行かれます。
 気長に、教育と施設の整備を待つことになりそうです。
posted by genjiito at 00:54| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年02月22日

インドの盲学校で手書き文字についてミッタル先生と議論する

 盲学校へ行こうとしてお寺のロビーに降りると、ちょうど寺沢上人がお着きになったところでした。
 私が「ソーナの温泉に連れて行っていただきました」と挨拶をすると、「そうでしたね、ずいぶん前のことですね」と、相変わらず柔和な笑顔で応えてくださいました。
 お元気で活躍なさっているようです。
 世界の平和を日々実践を通して願っておられる姿を、私は畏敬の念で見上げています。人間の盾となって紛争阻止の行動を起こしておられるお姿は、日本の報道でも紹介されていました。

「【日本の実力】第8部 草の根平和運動B紛争地で平和祈る僧(半沢隆実 共同通信記者)」(2010年8月27日)

 これから私は日本に帰るところです。寺沢上人は明日日本に行かれるそうです。ご一緒できなくて残念です。日本での滞在先をうかがったので、可能であれば日本でもお目にかかりたいと思っています。
 寺沢上人からは、挫けない気持ちを保つ心構えを、ぜひとも伝授していただきたいと願っています。
 慌ただしく外出なさる直前のことながら、一緒に記念撮影に応じてくださいました。
 優しいお気持ちは、上人のお顔に滲み出ています。ありがとうございました。


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 盲学校では、クマール君が待っていてくれました。デリー市内の渋滞に巻き込まれ、私は少し遅れて盲学校に着きました。
 先日お話をうかがったパンディ先生に加えて、仲立ちをしてくださった日本語教育担当のナンディ先生もご一緒です。ナンディ先生は日本人です。クマール君をネルー大学で教えた先生であり、タリク君も教えていたことがわかりました。人と人とのつながりは、不思議な糸で結ばれていることを実感します。

 まず確認したことは、インドでは先天盲の方と後天盲の方の比率です。これは、だいたい半々ではないか、とのことでした。日本では先天盲の方は1割位ではないか、と言われています。つまり、9割方が中途失明であることが、点字習得者は1割だろうといわれる理由でもあります。後天盲の方は、かつて文字が読み書きでき、その文字のイメージがあるので、点字を学習して習得するモチベーションが低いのです。点字が読めたとしても、書くまでには至らないと言われています。
 このインドと日本の先天盲の比率の違いは、今回私が課題として来た問題に大きな影響を与える一つとなりそうな感触を得ました。

 話始めてから、文字の専門家である A.K.ミッタル先生も参加してくださいました。ミッタル先生は最初から目が見えなかった方で、世界盲人連合(World Blind Union)のインド代表という立場の先生です。
 こうして、盲教育を牽引する3人の先生方という、豪華なメンバーで話し合いをすることになりました。(写真は右から、パンディ先生、ナンディ先生、ミッタル先生、私です。)


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 ミッタル先生は、私の説明を聞いてすぐに、それは点字の歴史に逆行するものである、点字ができる前の時代の動きをやろうとしている、と厳しく指摘されました。また、立体コピーについては、本が厚くなるだけなので、実践的ではない、義務教育で使えるだろうか?とも。イメージ全体を理解できるとは思えないからだそうです。
 それでも、中途失明者、後天盲の人には役にたつかもしれない、という理解はいただけました。

 こうした反応には馴れているので、今取り組んでいることは、おっしゃるように100年前の版木に文字を彫ったものの復活ではなくて、最新の技術と機器を活用した道具で、新たにスタートするものであることを説明しました。環境が変わったことを中心にした説明です。

 ミッタル先生から、彫った文字を読むことは失敗だったということを前提にして、点字にまさるものはないという論理が、日本に留まらずインドでも出てきたのには少なからず意外でした。

 この考え方の行き違いについては、私が長々と説明した後で最後には了解していただけました。そのためには、絵や図形の認識の必要性を間に挟むことで、手書きの文字の認識に理解をつなげることを力説したのです。
 日本でも同じ論法で、これまで積み上げてきた点字の功績を否定するものとして理解されることが多いのです。
 そうではなくて、点字で表記できないものや、過去の手書き資料や文書を読むことの意義を強調しました。先天盲の方には文字の姿形がインプットされていないことを前提にした、フォントのイメージを持ってもらう手段を模索していることも伝えました。

 このレベルの話に展開した後、ミッタル先生は4日前に IIT(インド工科大学)で開催されたイメージをテーマとする会議でワークショップをなさった話も、詳細に話してくださいました。目が見えない人に、形をイメージとしてどう活かすかを議論したそうです。
 その流れで、イメージのありかたについても、ミッタル先生とお互いの意見交換をしました。私は、あくまでも、変体仮名のような形をイメージできるようになる教育方法を模索している立場からです。先生は、図形の認識の視点からお話をしてくださいました。この点では、意見は噛み合ったので安心しました。ただし、先生は実践を重視なさるので、簡単な図形を触ることの重要性を強調なさいました。私が言う仮名文字は、先生にとっては複雑すぎるとおっしゃいます。「シェイプ」ということばを頻繁に使って説明してくださいました。この「シェイプ」ということばが、ミッタル先生とお話をする際にはキーワードになるのです。


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 私は、イメージとして図形を認識することについて、あくまでも日本の変体仮名を例にして説明しました。もちろん、地図や彫刻を触る広瀬浩二郎さんの手法も話題にしました。これについては、通訳をしてくださった先生とクマール君の理解に届かないものだったのか、先生の表情からお察しするに、うまく伝わらなかったかもしれません。私の言うことは、サインには使えるだろう、とおっしゃったので、そのように感じました。

 次回、機会があれば、このことについて先生とお話をしたいと思います。きっとわかってくださるという確信は得られましたので。

 その時の私の説明で、例えば、700年前の鎌倉時代に書かれた『源氏物語』の写本を読むためには、点字だけでは対応できないことを伝えようとしました。そこで、変体仮名という手書き文字の図形認識が必要になります。そして、これが現在の日本では可能になっていることを、渡邊さんや尾崎さんとの取り組みを通して、具体例を上げて詳細にお話しました。

 そんなものを目の見えない者が読む必要があるのか、との反論を、ミッタル先生からいただきました。これについては、指で触読する可能性と文化理解の問題である、という観点から説明しました。特に、手書きの文字が読めることは、コミュニケーションの広がりと、書き継がれてきた文字の文化を理解するスタート地点に立つことになります。その、先人によって書き継がれてきたものを触読して継承することは、温故知新の文化理解につながります、と。

 この手書き文字を読む、という展開になったときに、驚くべきインドの事情を知らされました。
 それは今、インドでは、ヒンディー語で使用するテーバナーガリー文字を手で書くことはほとんどない、ということなのです。すべて、印刷された文字である活字として読まれていて、書ける人は少ないそうです。書くとしたら、英語なら、とも。

 日本の書道の例をあげると、わかっていただけました。文字に美を読むからです。文字の美しさを感じることは大切だという点では、お互いに納得しました。しかし、ヒンディー語ではそれは求められていないのでした。
 ただし、ウルドゥー語には、日本で言う書道があるそうです。これは、先日行ったウルドゥー語の祭典の会場で見かけました。あの時は、日本や中国でよく見かける、いろいろな色を使ったグラフィク文字としか見ていなかったからです。ウルドゥー語の新聞がこの装飾的な文字を取り上げていたことと、石版によるリトグラフの話にも発展しました。

 そこから、アルファベットなどの装飾文字としての花文字の話にもなりました。
 ただし、ヒンディー文字に関しては、この文字に美を感じるという説明が通用しない現実を知らされました。
 私が言わんとすることはわかった。納得できた。しかし、今インドでは、手書き文字の読み書きは必要ない社会になっている、地方なら話は別だ、と言われると、私としては絶句するしかない状況に置かれました。衝撃的な内容だったのです。文字を手で書き、さらにそこに美しさを求めるということは、社会的な取り組みも今後ともなされないだろう、とおっしゃいました。

 ヒンディー語の立体コピーも持参していたので、それを触っていただいた時でした。ヒンディー語を触読する意味はない、と断言なさいました。もっとも、古い文献を読む時には役立つかもしれないが、とも。これは、サンスクリット文字のことになります。ヒンディー語で使うテーバナーガリー文字は、音声的な文字です。そのことから、インドでは英語のアルファベットの方が触読の意味はありそうだ、ということになりました。また、触読のテストをしてのデータは集めやすいだろう、とのことです。
 アルファベットのABCを使った立体コピーは用意して来ませんでした。世界的に意味があるのであれば、今秋インドに来る時に持ってくることにしましょう。

 また、日本点字図書館の理事長である田中徹二先生が、今回持参した古写本『源氏物語 須磨』の数文字を、北海道でお目にかかった時に触読なさったことをお話すると、私の説明を聞く姿勢が心なしか変わったように思えました。それは、ミッタル先生が田中先生をご存知だったからです。

 この変体仮名というイメージを、最初から目が見えない私などにどう植え付けようと考えているのか、という質問になりました。これは、理解を示してくださったからこその質問です。私は、今、書写という文字をなぞる練習をする中で可能だと思っていることをお伝えしました。左手で立体コピーを触読し、右手には「ゆび筆」という物をはめて同じ文字を書くことで、イメージとして文字を覚えることができるようになるはずだ、と説明したのです。すると、筆とはどんな物かと聞かれたので、これはパンディ先生とナンディ先生が詳しく説明してくださいました。

 また、名古屋工業大学の森川慧一君が開発したタッチパネルを触って、古写本に書かれている文字を音として聞き、説明も聞けるシステムの話もしました。すると、さらに耳をそばだてて質問が続きました。一通り説明してから、今秋またデリーに来るので、その時に開発したタッチパネルを持参する約束をしました。これはおもしろくなりました。もっと話を聞いてくださることになったのですから。
 とにかく、音でサポートすることに関しては、共通理解を得られることになりました。ヒンディー語では、この音を使った支援は重要だと痛感しました。もっとも、このタッチパネルで文字の説明をする時には、英語でしてくれ、との注文を受けました。これは大変な課題です。

 さらに、ヒンディー語ではコンピュータで文字を読み取ってテキストにするOCR技術は、まだ対応できていない文字があるので課題が残っているそうです。この点も、目が見えない方にとっては問題点として残っているようです。

 とにかく、パンディ先生、ナンディ先生、クマール君に代わる代わる通訳していただいたこともあり、ミッタル先生に私がやっていることとその考え方が、どの程度伝わったのかよくわかりません。
 しかし、日本から目が不自由な方々のことでインドを訪問したことに感謝のことばをいただきました。これまでになかったことだから、と。
 このお礼のことばを聞いて、こちらの考えがおおよそ伝わったことを感じました。
 そして私からは、こちらこそ、ざっくばらんな話ができたことに、感謝の気持ちを伝えました。

 今あの時間を思い出そうとしても、なかなか再構成できません。必死になって対応したからでしょう。しかし、お互いに前向きに理解しあえたことは確かです。

 インドを代表する世界盲人連合(World Blind Union)のメンバーであるミッタル先生と、お話から議論へと展開する機会を得て、この問題ではずぶの素人ながらも現在推進していることをお伝えできたことは幸いでした。突然に設定された話し合いの場だったのですから。
 ミッタル先生にとっても新鮮だったようです。この若造(?)が、と思いながら対応してくださったことでしょう。しかし、今取り組んでいることを具体的に示せる私にとって、怖じ気づくことなく先生に真っ正面から体当たりしたつもりです。インドにとって大きな存在の先生なので、私などが遠慮することはかえって失礼です。知らないことの強み、と言えるかもしれません。

 日本に帰った直後でもあり、通信事情が悪かったインドでは調べる余裕もなかったので、「世界盲人連合」について、「ウィキペディア」で調べてみました。以下のような組織だったのです。まだ記述が始まったばかりのようです。今後、この項目もさらに詳細になっていくことでしょう。関係者のみなさま、この項目の充実も忘れずに進めてください。


世界盲人連合(World Blind Union)は、盲人の権利を守る目的で1984年に国際盲人連盟(International Federation of the Blind)と世界盲人福祉協議会(World Council for Welfare of the Blind)が提唱してサウジアラビアのリヤドでの設立総会で合併して設立された世界盲人運動団体である。4年ごとに役員改選が行われ、理事会が開催される。現在、約170カ国の全国盲人団体が加盟しており、アフリカ、アジア、アジア太平洋、ヨーロッパ、南アメリカ、北アメリカ・カリブ海に地域事務局が置かれている。
運動団体として世界各国で点字を使う盲人の権利を推進している。会議言語として英語の音声と英語の点字を使うこととなっている。
日本からは日本盲人福祉委員会が設立当初から加盟している。


 ミッタル先生に対しては、話の展開の中では、大変失礼なことも申し上げたかと思います。しかし、終始話を真剣に聴き入ってくださっている表情から、すれすれの所で許してくださっていたからこそ、上記のような話の展開になったかと思います。先生が私にくださったご批判は、今後の活動の中で活かしていくつもりです。
 今後ともよきアドバイスを、どうかよろしくお願いいたします。
 今秋、11月にまたお目にかかれたら幸いです。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年02月18日

デリーの盲学校で立体コピーに挑戦してもらう

 国際交流基金からオートリキシャを飛ばし、オベロイホテルの近くにある盲学校「ザ・ブラインド・レリーフ・アソシエーション」を訪問しました。

 この学校については、インドに来てから得られた幸運な情報によって、偶然に訪問が実現したものです。

 インドに来る前から、視覚障害者の施設について、知り合いに問い合わせていました。しかし、何も情報が得られないままに来ることとなり、今回は諦めていたことです。

 それが、デリー日本人会の大野さんを紹介していただき、そこから盲学校で日本語ボランティアとして先生をしておられるナンディさんに電話をし、さらにザ・ブラインド・レリーフ・アソシエーションのCEOをなさっているカイラシ・チャンドラ・パンディ先生へと、芋づる式に電話をリレーして面談に漕ぎ着けたのです。まさに、奇跡とでも言うしかない、連係プレーのなせる技だったのです。

 学校の入り口で、白杖を持った生徒さんが下校されるところに出くわしました。


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 狭い舗道なのに、慣れた手つきで白杖を使って歩いて行かれます。ここに敷かれた点字ブロックが理解できない敷設となっていることは、また後日、デリーの障害者対策としてまとめる予定です。

 パンディ先生は、少し遅くなった私と村上さんを、わざわざ外に出て待っていてくださいました。ありがたいことです。
 パンディ先生は1961年から日本大使館に勤務しておられ、その後ここにお出でになった方です。流暢な日本語を話されます。

 グラウンドでは、生徒達がクリケットを楽しんでいました。インドでは、野球ではなくてクリケットが国民的なスポーツなのです。見えないことが信じられないほど、早い球を遠くまで飛ばしていました。


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 柔道着を着た生徒や、競歩のように歩く3人連れなど、みんな寮から出てきて運動をしていました。

 パンディ先生とはあいさつもそこそこに、学校の中を詳しく説明していただきました。まずは、トレーニングセンターの中から。


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 最初の部屋では、コンピュータの習得を目指して、キーボードに向かうみなさんの様子を拝見しました。写真は自由に撮影させていただき、私のブログでも紹介していいとのお許しをいただきました。ブログで紹介する場合など、文字よりも写真の方が理解と共感が得やすいのは確かです。

 入ってすぐのコンピュータの前では、キー入力の基礎を若い先生の指導のもとに必死に覚えようとする少女がいました。


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 一番奥には、消えたモニタの前で、スピーカーの音を頼りにキーを叩く生徒がいます。


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 全盲の彼女にとって、モニタは何の役にもたたず、スピーカーから流れる音声だけが、入力した文字や書かれた文字の確認に必要不可欠な情報源なのです。この、真っ黒いモニタの前に座ってキーを無心に叩いている姿には、いろいろな思いが私の心の中に去来します。

 私が基盤むき出しのコンピュータであるマイコンキット「NEC〈TK-80〉」に触ったのは1980年なので、今から36年前になります。その頃は、モニタはまだなくて、電卓のように数字だけが表示されるセグメントが8個ならんでいるものがありました。コンピュータに入出力した情報を小さな窓で確認するのです。それでも、8個の数字を見ながらの操作でした。
 この目の前の少女は、何も見えない中で、墨字か点字を思い浮かべて文字列をイメージしているのです。瞑想という言葉を思い出しました。

 その手前では、ヒンディー語を入力するために、テーバナーガリー文字を扱っているところでした。複雑な文字の構成を、彼も音を頼りにして考えながらキーを叩いています。


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 後ろのテーブルには、点字ライターが数台あります。


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 これについては、19日に再訪することになっているので、その折にうかがうつもりです。

 録音室も完備していました。


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 学生たちが授業を受けたりする教室は、机の形が日本と違います。


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 一通り案内していただいた後は、パンディ先生のCEO室で、勉強の終わった生徒に来てもらい、立体文字を読む体験をしました。
 みんな、行儀良く挨拶をして入ってきます。躾が徹底しているようです。

 まず、ヒンディー語とひらがなの立体コピー文字にチャレンジしてくれたのは、18歳で高校1年生(10年級)のシュエーブアリー君です。パンディ先生に励まされながら、真剣勝負の触読です。


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 彼は先天盲です。しかし、ほんの少しだけ、夕方には見えていたそうです。母と兄が黒板に書いてくれた文字を見た記憶があるとのこと。
 ヒンディー語の点字で書かれた、ガンディーの「金の鉛筆のかけら」という文章を、目の前でスラスラと読んでくれました。確かに点字は自由自在に読めることがわかります。しかし、ヒンディー文字は学んでいないので、私が持参した立体コピーを触っても、ヒンディー文字の字形はわからないそうです。お父さんが木工細工で文字を作ってくれたので、英語のアルファベットなら自信があるようです。
 木工細工ということばを聞いて、今、科研運用補助員の関口祐未さんが作成中の厚紙凸字のひらがなをとり出して、それを触ってもらいました。


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 この日は、このひらがなについての感想は聞けませんでした。しかし、日本語検定試験のために、ひらがなを音として点字で勉強しているそうです。今後はひらがなの字形を覚えてみることも、日本語学習には効果的なものとなる可能性があります。
 外国語としてのひらがなの字形を習得する方法として、立体コピーや厚紙凸字を活用した研究を、さらに続けていきたいと思います。
 触読による文字認識の可能性が、今回の盲学校訪問で広がったようです。
 また、次回はアルファベットの立体コピーでの実験をしてみましょう。

 シュエーブアリー君は、鎌倉時代に書写されたハーバード本「須磨」の冒頭部分の触読にも果敢にチャレンジしてくれました。


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 今のところ彼は、ひらがなについては音だけでの習得に留まっています。それには、ローマ字を使った勉強のようです。
 この墨で書かれた変体仮名については、その多彩な字形を覚えるところから始まるので、彼にふさわしい教育方法を考えてみたいと思います。

 もう一人、昨夏日本に行ったという、サミエル・カーン君も挑戦してくれました。
 彼は17歳で、全盲ではなくて少しだけ見えるようです。彼も、英語の立体コピーなら読めると言い切りました。昨夏より日本語にも興味を持ち、以来勉強を始めたところです。今回試みたヒンディー語とひらがなの触読は、村上さんが少し介助をしたのですが、まったく読めませんでした。


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 彼も、これからに期待しましょう。
 今回は、突然のことでもあり、持参した立体コピーではシュエーブアリー君が数字の「2」だけを読みました。これは、世界共通なので当たり前のことです。しかし、触読できた、ということは、これからの展開の可能性を見せてくれた、ということでもあります。

 この盲学校については、『ノーマライゼーション』(2015年4月号)の巻頭に、「チャレンジ 将来を担って点字で日本語も習得」という写真を多用した記事で、詳しく紹介されています。パンディ先生も登場しておられます。
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2016年02月14日

ウルドゥ語の祭典のオープニングイベントに参加

 12日から14日まで開催されている「ウルドゥー語の祭典」「Jashn-e Rekhta」の会場は、Indira Gandhi National Centre for the Arts, Delhiです。

 あらかじめウエブで参加登録をしており、メールで情報はもらっていたので、スムーズに入ることができました。すべて、村上さんのおかげなのですが。


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 本のブースで、コーランをなぞると読み上げてくれるペンを見つけました。「デジタルペン コーラン」というものです。


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 これは、昨夏に本ブログで紹介した「しゃべるペン(音筆)で絵本の中の漢字と遊ぶ」(2015年08月25日)と同じ仕組みのようです。
 ボタンで言語の切り替えができます。ペンはドバイ製で、値段は1万円弱でした。

 サヒタヤアカデミーは何も並べていないので残念でした。
 オープニングの日なので、明日からの本番で展示なさるのでしょう。


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 一緒に行った村上さんが持っていた特別招待券の効果があり、メインイベントの会場では前の方のエリアの良い席に座れました。
 会場の一番後ろから舞台を見ました。用意された椅子は2500です。その周りに多くの方が立って見ておられたので、3000人は集っておられたと思われます。


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 開会にあたってのウルドゥ語のスピーチを聞いていて、まったくわからないながらも、柔らかい音で優しい感じのする言葉だと思いました。ただし、男性の方が滑らかで、女性の発音はややきついと思われる抑揚が気になりました。これは、スピーカーの個性なのでしょうが。

 この日の朗読は、村上さんが『想い出の小路』として日本語訳を出版している原本をもとにしたものです。


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 仲間が日本語に翻訳した原本が舞台で読まれているので、男性と女性が交互に朗読されるのを聞く方も、格別の思いで聴き入りました。


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 登壇の朗読者は、インドでは本格的な女優として有名なシャバーナー・アーズミーさん、男性の詩人がジャーヴェード・アフタルさんです。ジャーヴェードさんが作品の父親役を、シャバーナーさんが娘役をなさっていました。これ以上にない、特別に豪華な配役とのことです。そのせいもあって、こんなに人が集まるのです。

 舞台の右手前には、学問の神様へお祈りする聖なる火が灯されています。
 これは、かつてサヒタヤアカデミーで開催した「第1回 インド国際日本文学研究集会」(2004年10月29日)でも会場に置かれており、私も蝋燭を献灯させていただきました。下の写真右端が当時の在インド日本国大使の榎泰邦氏、その左横にS.B.バルマ博士、そしてその後ろに私、左下がアニタ・カンナ先生です。

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 この日のメインとなる朗読劇は、言葉はわからなくても、その音の流れと強弱がリズミカルで、楽しく聞くことができました。朗読の合間に演奏される音楽も程よいコラボレーションとなっていました。有名な曲が流れると、会場が大いに湧きます。映画音楽は、みなさん良くご存じなのです。


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 交互に二人が語りあい、佳境に入ったのか会場は沸きに沸きました。
 みなさん、話の内容をよくご存じの方が多いようです。笑いあり拍手ありの、言葉と音楽の総合劇です。後半の笑いの渦は一転して静かになりました。
 朗読がこんなに人々の心をつかむことに感動しました。

 終盤に、舞台の上に三日月が顔を出しました。


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 演者のみなさんが総出で並ばれると、観客の人々がどっと前に押し寄せて来られました。


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 女優のシャバーナー・アーズミーさんと村上さんは出版時にやりとりがあり、今回もメールを交換していたそうです。そして、舞台上で2人が大勢の人垣の中で挨拶する場面を撮影することができました。写真右端に、村上さんが刊行した青色の表紙の本が見えます。


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 ジャーヴェードさんの人気は絶大で、日本で言えば吉永小百合に相当するとおっしゃる方もいらっしゃいました。

 この後、村上さんにとって願ってもない僥倖と言える、奇跡的な展開があります。しかし、そのことは今は置いておきましょう。

 6時半に始まったイベントも、9時を過ぎるとお腹も空きました。
 会場には屋台がたくさん出ていました。


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 私はビリヤニとマトンのハンバーグをいただきました。しかし、辛くてほとんど食べることができませんでした。日頃はインドでも香辛料の少ない食事をしているので、こんな時には口にするものがありません。


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 途中で食料を仕入れてから、宿に帰りました。
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2016年02月03日

「きずなづくり大賞 2015」受賞の関場理華さんと「百星の会」

 「点字付き百人一首〜百星の会」の事務局を運営なさっている関場理華さんから、正月23日に、非常に嬉しい知らせが届きました。

 精力的に続けておられる「点字付き百人一首」の活動が、東京都社会福祉協議会の「きづなづくり大賞 2015」の中でももっとも輝かしい「都知事賞」を受賞した、とのことです。

 関場さんとは、昨夏8月末の暑い日に、京都嵯峨野で初めてお目にかかりました。その時のことは、「京洛逍遥(375)嵯峨野で「点字付百人一首」を楽しんだ後は時雨殿へ」(2015年08月31日)に書いた通りです。

 昨年11月には、東京駅構内の一角で長時間にわたって打ち合わせをしました。それは、12月6日(日)に東京・護国寺の筑波大学附属視覚特別支援学校で開催される「科学へジャンプ! イン東京」というイベントで、「五感を使って感じられる百人一首」というワークショップを関場さんがなさることに協力することになり、その詳細を話し合うものでした。
「五感を使って江戸時代の百人一首カルタにチャレンジ」(2015年11月23日)

 関場さんが書かれた文章「かるたを通したコミュニケーション」が掲載された雑誌の紹介も、「視覚障害をテーマとする3本の記事の紹介」(2015年12月02日)の中でしました。

 そして、筑波大学附属視覚特別支援学校で開催されたイベントの日に、関場さんのお手伝いをさせていただいたことは、「体験型学習会で点字付百人一首のお手伝い」(2015年12月06日)で報告した通りです。

 この3度のお付き合いだけでも、関場さんの誠意と情熱を肌身に感じ取ることができました。ありがたい、嬉しい出会いでした。

 そこへ、今回の受賞です。わが事のように嬉しくてなりません。

 関場さんから受賞の知らせを教えていただき、すぐにネットでその詳細を確認しようとしました。しかし、関場さんの名前が見あたりません。
 「2015 きずなづくり大賞」のホームページを見ても、いつまでたっても昨年の情報のままです。
 主催団体である「東京都社会福祉協議会」のホームページにも、この件での情報はアップされていません。

 公式発表が遅れている中で、関場さんは取る物も取り敢えず、いち早く私に朗報を知らせてくださったのだろうと思いました。そこで、関場さんのお気持ちを、私のフライングで迷惑をかけないようにしようと思いました。主催団体のホームページから正式に発表を待って、その確認をしてからこのブログで取り上げ、関場さんへのお祝いにかえよう、と思い留まったのです。

 ところが、待てど暮らせど、主催団体のホームページから公表がなされません。
 2月になったのを機に、もうどこかに公表されているだろうと思い、それこそ八方手を尽くしてネットを探しました。
 上記の「2015 きずなづくり大賞」のホームページは昨年のままであることは今も変わりません。
 そんな中で、「東京ボランティア・市民活動センター」のニュースの中に、「きずなづくり入選作決定 きずなづくり大賞2015入選作決定」という文字を見つけました。やっと受賞の報告にたどり着けたのです。
 そこには、「きずなづくり大賞2015 入選作が決まりました」とあります。
 この記事を、この10日ほど毎日探していたのです。
 もっとも、そのタイトルの下には、



■東京都知事賞
「点字の向こうに笑顔が見える」関根 理華さん

とあります。
 何と、「関場 理華さん」ではなくて「関根 理華さん」となっているのです。
 名前を間違って公表なさっているのです。いろいろとネットで「関場」さんを検索しても、見つからないはずです。
 この記事のタイムスタンプは、「2016-01-23; TVAC」となっているので、関場さんが私に受賞の知らせを届けてくださった、まさにその日なのです。

 へたに気を回さずに、関場さんから教えていただいてすぐに、本ブログでこの記事を書けばよかったのです。
 実に10日間、毎日探し回っていたことは徒労だったのです。しかし、おめでたいことなので、それはそれ、ということにしましょう。
 なお、上記「2015 きずなづくり大賞」のホームページの「※入賞作品が発表になりました。こちらをご覧ください。(2015年1月29日)」とある項目をクリックしても、これはいまだに「きずなづくり大賞'14 入賞作品」という、昨年の受賞報告に行くだけです。

 「2015 きずなづくり大賞」のホームページを担当なさっている方にお願いです。リンクを今年の授賞作品にたどり着けるようにしていただけませんか。
 よろしくお願いします。続きを読む
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2016年01月28日

点字による変体仮名版の翻字は可能か(4/from 渡邊)

 福島県立盲学校の渡邊寛子さんから、目が見えない方がどのようにして変体仮名を使いこなしておられるのかがよくわかる、貴重な報告をいただきました。
 これは、今後とも変体仮名を点字で翻字する上で、参考になる情報なので、ここに紹介します。

 なお、渡邊さんからいただいた文章中の用例に、変体仮名の字母を【 】付きで添えていることをお断わりしておきます。


点字の翻字ですが、
今まで私は、いただいた立体コピーはすべて翻字データをパソコンで聴きながら点訳して紙で持ち歩き、一緒に触って確認しておりました。
ですから、変体仮名は当たり前のように、ひらがなの字母の「以」でなければ、
 
  い(いとうのい)【伊】
  い(いどのい)【井】
 
のようにつけていました。
他には、
 
  に(なんじのぞくじ)【尓】
  ま(よろづ)【万】
  ま(まんいんのまん)【満】
  み(数符3)【三】
  は(数符8)【八】
  な(なは)【那】
  し(こころざし)【志】
  し(あたらしい)【新】
  す(ことぶき)【寿】
  す(はる)【春】
 
かさばりますが、それが私にとってわかりやすいので、音声読み上げの音訓を短くしたような、耳慣れたメモを作っております。


 今後とも、変体仮名を点字で表記する上で、この渡邊さんの事例は大いに参考にしたいと思います。
 さらなる検討を進めていきます。
 思いつきで結構です。
 さまざまな立場や角度からのご教示を、よろしくお願いします。
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2016年01月26日

点字による変体仮名版の翻字は可能か(3/伊藤 to 中野)

 昨日の本ブログで取り上げた通り、早速、中野さんから返信をいただきました。
 今回この標題に関する問題を検討する上で、まずは前提となる「源氏物語写本を日本語点字に翻字する意義と目的」に関する確認が、中野さんからの文章に記されていました。

 おおよそ、以下のことが中野さんから提示されています。

(1)点字翻字は、墨字で写本を現行の活字に翻字するときにも共通する問題でもある。
(2)写本に書き留められている情報をどれだけ再現するのか。
(3)源氏物語の点字翻字は、どのような研究に、どのような方法で使われることを想定しているのか。
(4)写本の翻字を「自動音声読み上げにより耳で聞いて読む」という利用方法があること。
(5)変体仮名がユニコードに対応したとき、視読以外の方法でデジタルテキストを利用している人々のことをどれだけ想定しているのか。

 自分の問題意識を整理するためにも、上記5項目を順番に、私なりの当座の私見を記しておきます。
 
(1)点字翻字は、墨字で写本を現行の活字に翻字するときにも共通する問題でもある。

 これは、従来のように、書写された文字を現行のひらがなに置き換えた、便宜的で不正確な翻字の場合に顕現することです。
 従来の翻字は、写本に「なつろ」と書かれていても、「なつろ」としてきました。字母である「古」が変体仮名であることから、明治33年に統制された一文字のひらがなの「こ」に置き換えていたのです。この翻字方法は、研究的な視点から言っても、いかに非学問的な対処であり続けていたのかは、あらためて言うまでもありません。
 これに対して、私は元の写本に戻れない翻字は後世に伝えるべきではない、との立場から、「変体仮名翻字版」という翻字方式を昨年正月より提唱しています。その成果が、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)として結実しています。
 今、写本に書写された文字を翻字する際に、現行の50音に配列されたひらがなは、問題なく点字で表記できます。問題は、変体仮名である「古」を点字でどう表記するか、ということです。
 この「古」などの変体仮名を点字で表記する際のルールを、新たに考えるか、代替的な処置を考案する必要に迫られています。

 
(2)写本に書き留められている情報をどれだけ再現するのか。

 これは、上記の問題の根底にあるものです。
 点字によって「変体仮名版」の再現をすることは、資料を正確に翻字することの原点にあたるものです。目が見えない方々にも、基礎資料として正確なものは必要です。これは、研究という視点で資料を考えた時に、目が見える見えないで区別することなく、等しく基本的な資料は整備しておくことが、ものごとの始発点になると思います。
 そのような厳密な資料は必要がない、ということではなく、あくまでも日本の文化の中で培われ、書き写されることで伝承してきた写本を、まずは正確に翻字したいものです。その次に、一般的な用途に向けての、簡略版とでもいえる現行のひらがなによる翻字方針のものがあってもいいでしょう。現在の翻字資料は、あくまでも暫定的なひらがな一文字政策の縛りの中で、禁欲的になされたものなのです。
 まずは、正確な本文の再現を目指す上で必要な、新たな表記文字としての変体仮名を表現できる点字を考えるべきではないか、と思います。それが6点で実現するのか、8点で構成するものとするのかは、今私は判断基準も私案も持っていません。これは、ご教示を受けながら可能性を求めて考えたいと思います。ここに記していることは、当座の意見であることを強調しておきます。
 とにかく、明治33年のひらがな一文字という統制政策の呪縛から、少なくとも翻字という作業では開放されるべきです。いつまでも、不正確な50音のひらがなによる翻字でごまかしていてはいけません。

 
(3)源氏物語の点字翻字は、どのような研究に、どのような方法で使われることを想定しているのか。

 いろいろなケースが想定されます。今思いつく、一例をあげます。
 私は、現在提唱している「変体仮名翻字版」による点字翻字は、今に伝わる『源氏物語』の写本に写されている本文の違いを表記文字レベルで知り、日本人が書写してきた実態と実相を確認して考えながら、平安時代に書かれていたと思われる文章に想いを馳せる手掛かりになれば、と思っています。
 写本の中での変体仮名の使われ方は、まだその実態が解明されていません。「あ」として使っているひらがなについて言えば、今の「あ」の字母「安」と異なる「阿」という変体仮名は、一体どのような場合に使われる傾向があったのか、などなど、多くの未解決の課題を解決することにつながっていくものと予想しています。
 その点では、想像力豊かな方々の文字に対する感覚を啓発する意味からも、「変体仮名翻字版」による翻字は、今後ともより一層、本文研究には必要不可欠なものとなるはずです。その分野に目の不自由な方々が、ぜひとも変体仮名を表記できる点字を駆使して研究に参加してほしいと願っています。

 
(4)写本の翻字を「自動音声読み上げにより耳で聞いて読む」という利用方法があること。

 これは、翻字の校正などの確認作業には、どうしても導入したいものです。そして、さまざまな形で伝わる異本や異文の違いを考える上で、この本文を読み上げることによる聞き分けという行程の導入は、有効な研究手段となることでしょう。見えないことによる聞く力の鋭敏さを、大いに活用していただきたいものです。

 
(5)変体仮名がユニコードに対応したとき、視読以外の方法でデジタルテキストを利用している人々のことをどれだけ想定しているのか。

 ここで中野さんは、次のように具体的な問題を提示されました。

「か」の変体仮名として「加」「可」「閑」「我」「家」などいくつか想定できるとおもいますが、これは自動読み上げのときは「か」なのか、それとも「変体仮名であり、字母は何である」などの情報も付与されるのか、などということが検討されているのでしょうか。

 これについて、今私に腹案はありません。
 おそらく、説明的な仮名文字の説明になるのではないか、と漠然と思っています。
 根拠はありませんが。

 
 以上、中野さんの第1信への、私なりの現在思い描ける限りの回答です。
 こうした遣り取りを続ける中で、少しでも実現性の高い、可能性のある解決策を見つけていきたいと思っています。
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2016年01月25日

点字による変体仮名版の翻字は可能か(2/from 中野)

 先週、次の記事を本ブログに掲載しました。

「点字による変体仮名版の翻字は可能か(1/伊藤 to 中野)」(2016年01月21日)

 これは、中野真樹さんの論文「日本語点字による写本翻字作成のための表記論」に触発されて、思いつくままに書いたものです。

 これに対して、中野さんから以下の返信をいただきました。
 このテーマについては、まだほとんど討議や検討がなされていないかと思います。
 中野さんとのやりとりを公開し、問題点の所在とその対処策が明確になれば、得るものの多い意見交換になるのでは、との思いから、今後とも折々に取り上げます。

 この意見交換の場を、科研のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」に開設したいと思っています。
 しかし、その用意がまだ整っていないので、しばらくはこのブログに連載として掲載します。

 このテーマに関して、さまざまな立場からのご意見などをお寄せいただけると幸いです。
 
----- 以下、中野さんからの返信(1) -----


写本を点字に翻字する際の問題点について的確に整理していただきまして、ありがとうございました。

まずはじめに、確認しておきたいのは、「源氏物語写本を日本語点字に翻字する意義と目的」です。
ここであげられている問題点については、墨字で写本を現行の活字に翻字するときにも一部共通する部分があるのではないでしょうか。
変体仮名をどうするか、ミセケチなどをどのように処理するのか、漢字は現行の字体にするのか、写本にある情報をどれだけ再現するのか。
どの分野・どの研究者にとっても完璧な翻字方法などというものはなく、研究目的や方法によって、必要な情報はかわってくるのではないかとおもいます。
源氏物語の点字翻字は、どのような研究に、どのような方法でつかわれることを想定しているのかを確認することで、「どのような点字翻字を目指すべきか、またそのために解決しなければいけない問題点はなにか」が明確になるのではないかと思います。

次に、これと関連するのですが、写本の翻字は近年は紙媒体だけではなく、デジタルテキストとしてインターネット上などで公開されることも多くなっております。
この場合、翻字された文字を視読する以外に、「耳で聞いて読む」という利用方法が考えられるかとおもいます。
「自動音声読み上げにより源氏物語本文をよむ」という利用方法をしている人たちを想定する必要があるかとおもいます。
つまり、変体仮名がユニコードに対応されるというときに、視読以外の方法でデジタルテキストを利用している人々のことを、どれだけ想定しているのか。ということがとても気になっていました。
つまり「か」の変体仮名として「加」「可」「閑」「我」「家」などいくつか想定できるとおもいますが、これは自動読み上げのときは「か」なのか、それとも「変体仮名であり、字母は何である」などの情報も付与されるのか、などということが検討されているのでしょうか。
それともユニコードの変体仮名セットは、視読者の利用のみ、想定していればよいのでしょうか。

皆様のご意見をいただければ幸いです。

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〈この意見交換は、明日の「点字による変体仮名版の翻字は可能か(3/伊藤 to 中野)」へ続く〉
posted by genjiito at 23:43| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年01月24日

駅のホーム等で点字表示が改善されています

 以前、駅のホーム等の点字表示が、目の不自由な方のことを考えていない点を取り上げました。

 「バリアフリーやユニバーサルデザインから学ぶこと」(2014年11月28日)

 外を歩くたびに、折々に、こうしたバリアフリーのことが気になります。
 気持ちの持ちようで、街を歩いていてもいろいろと感じるものがあります。

 目が見えない方にとって、これは苦労を強いられるだろうな、とか、耳が聞こえないと途方にくれることになるのでは、などなど。

 目が見える者だけで構築されている社会のありようが、視点を変えるとまったく違って見えるようになったのです。
 そこから、手足の不自由な方についても、耳が聞こえない方についても、同じように外出することの困難さに思いを致すことができるようになりました。

 そうした中で、JR有楽町駅のホームに新たに取り付けられた転落防止のためのセーフティーガードには、垂直面ではなく、傾斜した上面に点字表示がなされているのを見かけました。
 しかも、ドアが開く左右の傾斜面に貼られているのです。
 以前、上記ブログで紹介した写真にある左側の垂直面から、大きく進歩しました。


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 また、昨日はJR平塚駅のトイレの入口で、絶妙な角度で触読できる案内図付きの柱を見かけました。触読する時の手首の角度が考えられているのです。
 しかも、それが置かれているのが、トイレの入口で心憎い場所に建っているのです。いろいろと考えられた結果なのでしょう。


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 今、これが私に役立つものではありません。
 しかし、こうした配慮が感じられるものが少しずつ増えていくことは、なぜか理屈なしに嬉しいものです。

 配慮に欠けると思われる、いわゆる不備ばかりを指摘することに心苦しさを感じていました。
 それが、こうして、困っておられる方々に寄り添うようなポジションやデザインの工夫がなされている風潮を感じだすと、いい傾向だなと少しだけでも気持ちが明るくなります。

 これまで以上に気持ちの良い生活環境を作っていくことに、今私は何も協力できていません。しかし、気づいたことをこうしてブログに書くことで、一緒に社会参加し、協力しているような気持ちになっています。

 何もしないで自己満足に過ぎないものだ、と一蹴しないでください。
 いろいろな方へのまなざしが感じ取れるようになっただけでも、自分としては少し成長したな、と思っているところです。
 街には、こんなふうに変化のきざしがありますよ、と書くことが、これも社会参加の一つにつながるものだ、と思えるようになりました。
posted by genjiito at 21:41| Comment(0) | 視聴覚障害

2016年01月21日

点字による変体仮名版の翻字は可能か(1/伊藤 to 中野)

 現在、電子版『触読研究ジャーナル』の創刊号発刊の準備を進めています。
 来月には、科研のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」に、電子ジャーナルとして公開し、ダウンロードしてもらえるようにします。

 その巻頭を飾る中野真樹さんの論文「日本語点字による写本翻字作成のための表記論」は、いろいろなことを考えさせてもらえる刺激的な内容です。
 ジャーナルの刊行を楽しみにお待ちください。

 そのゲラを拝読しながら、歴博本「鈴虫」を点字で翻字することにチャレンジしたいと思うようになりました。

 現在、私は変体仮名の字母を取り込んだ翻字を進めています。
 昨秋刊行した『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)の翻字を例にして示しましょう。
 次の翻字は、歴博本「鈴虫」の冒頭部分一行目です。


【従来の翻字】
なつころ・はちすの・はな・さかりに・入道
 
【変体仮名版】
なつろ・ちすの・者那・さ可里に・【入道】


 この変体仮名版を点字翻字するとどうなるか、ということを考え出したのです。

 明治33年に一文字に統制された現行のひらがなは、今の点字に対応しているので問題はありません。「ゐ」も「ゑ」も大丈夫です。
 問題となるのは、上記の翻字例で赤字で示した変体仮名を、点字でどう表記するか、ということです。

 日本語点字で写本の翻字本文を、それも変体仮名を交えた翻字本文を作成しようということなので、そこには底知れぬ大きな問題が横たわっていそうです。

 そうです、と言えるのは、まだ私が日本語点字をよく理解していないからです。
 不勉強であることを認めつつ、そうであるからこそ新たな扉が開く、ということもあるかと思い、そこに期待する部分も多分にあります。
 それはともかく、変体仮名の文字セット(約300字弱)がユニコードに対応することがほぼ確実な今、この問題は避けて通れないはずです。

 目の見える方のために作成された墨字の翻字とは異なり、点字の翻字には仮名遣いや文字遣い固有の問題があるはずです。
 それが、原文に忠実な変体仮名を交えたものにするとなると、前例がないだけにさまざまな解決すべき課題が噴出することでしょう。

 今は、変体仮名を2年後のユニコードに対応させることが、喫緊の課題だと思います。そのためには、古写本に書写された文字に忠実な翻字を点字で試みる、という具体的な問題を解決する中で、問題点の洗い直しと、その解決策を考えていくことが急務だと思い、ここにこうして急遽駄文を承知で綴ることにしたのです。

 歴史的仮名遣いと点字仮名遣いについては、古写本に忠実な翻字を目指す点においては、原文通りの表記で問題はありません。
 大きな問題は、変体仮名をどう表記するかということに加えて、踊り字、ミセケチ、補入、ナゾリ、傍記などをどうするか、ということです。つまり、写本の再現性の問題です。
 従来の翻字のように、原本に戻れない翻字では、将来に伝え残せないので意味がありません。この新たな点字翻字では、原本に忠実なものにしたいものです。

 また、「御」「給」「入道」などの漢字をどう扱うか、ということもあります。
 これには、8点式の漢字点と、6点式の6点漢字の導入が考えられます。
 しかし、ただでさえ変体仮名によって文字種が増える上に、そこに点字漢字を加えることは、翻字者や学習者に負担を強いるばかりです。

 これについては、立体コピーによる浮き出し文字で、点字が表現できないところを補うことも可能かもしれません。
 ただし、こうなると写本という対象と、それを翻字する文字や図形と、さらには誰が誰のために、という利活用者の問題が錯綜してきます。

 いずれにしても、こうした問題に興味と関心のある方々と一緒に、解決の手だてを得るための情報交換を始めたいと思います。
 とにかく、変体仮名がユニコードとして国際文字規格に公認される前に、以上の点は解決しておかなければなりません。『源氏物語』の「変体仮名翻字版」でデータベース化を進めている立場から、このことを痛感しているところです。
 意見交換の場を、科研のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」に開設したいと思います。

 準備が整い次第に本ブログでご案内しますので、自由な意見をお寄せください。
 ああでもない、こうでもない、と言い合っているうちに、解決の糸口が見つかり、妙案が飛び出し、雲を摑むような話が具体化して実現する、という流れを夢想しているところです。

 以上、とりとめもない話ながらも、本記事を今後の「点字翻字変体仮名版」のための「ことあげ」とします。
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2015年11月10日

理科系の先生方に古写本の触読研究の現状についてお話する

 愛知県岡崎市にある東岡崎駅前は、曇天ということもあり木々の発色はこれからという感じです。


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 総合研究大学院大学の研究プロジェクト第10回企画会議に参加しました。
 学融合推進センターでは、異分野連繋型の課題の創出を目指して取り組み中です。

 今回の会場は、東岡崎駅からすぐのところにある、自然科学研究機構 分子科学研究所でした。


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 以下に、プログラムをあげます。


・開催挨拶
  総合研究大学院大学 学長 岡田泰伸
・参加者による自己紹介
・「電子スピン共鳴(ESR)で何が分かるのか? -物理,化学,材料,生体,医療,食品,年代計測...-」
   機能分子科学専攻 准教授 中村敏和
・「炭水化物食と脂肪食の選択行動に関わるニューロンの発見とその制御機 構に関する研究」
   生理科学専攻 教授 箕越靖彦
・分子科学研究所内 見学
   機能分子科学専攻 准教授 繁政 英治
・「視覚障害者が鎌倉時代の写本『源氏物語』を指で読む」
   日本文学研究専攻 教授 伊藤鉄也
・「総合教育科目『大統合自然史(仮称)』の紹介」
   学融合推進センター 特任教授 鎌田進
・「研究ノートプロジェクトの現状と今後について」
   遺伝学専攻 准教授 木村暁/学融合推進センター 助教 小松睦美
・総合討論 ・意見交換会


 まさに、異分野の先生方の中に自分が置かれていることを実感します。
 しかし、先生方の話の内容は、非常に興味深いものでした。

 1人目の中野先生の話の中では、秋刀魚に大根、唐揚にレモンを添える合理的な根拠が説明されたことが、強く印象に残っています。
 2人目の箕越先生は、炭水化物の摂取に視床下部にある室傍核の影響があることを、実験成果から示されました。糖質制限食を意識している私にとって、これは参考になる貴重な情報です。
 その後の意見交換会でも、先生にはケトン体を始めとして多くのことをお尋ねし、教えていただきました。

 休憩時間に、分子科学研究所のシンクトロン光源加速器等を実際に見学することができました。


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 写真右下の数値は、放射線量です。
 詳しい説明をしてくださいました。しかし、理解を超える内容で、申し訳ないことです。
 それでも、すごい施設であることは、見ただけでわかります。
 放熱のためにアルミフォイルが使われていました。高熱が発生しているようです。
 実験結果から研究が1歩1歩進んでいく理科系の研究手法を目の当たりにして、いい勉強になりました。

 3番目の私の話は、数時間前に名古屋工業大学で実現したタッチパネルを使った触読の動画を見ていただくことから始めました。届いたばかりの映像なので、私もこの時に初めてその完成作を見ることになりました。

 普段私は、パワーポイントは決して使いません。配布したプリントをもとにして、聞いてくださるみなさまの反応を見ながら語る、という手法をとっています。

 しかし、今日は特別です。文字を触ると音声で説明がなされるシステムが、まさに数時間前にできたばかりだからです。その興奮を伝えたい、という思いで、いつもの展開とは違う流れにしました。
 ただし、なかなかパソコンの画面がスクリーンに影写されず、開始早々より間延びのした段取りとなりました。急遽、話題を変更したためとはいえ、みなさまには大変ご迷惑をおかけしました。
 また、プロジェクターへの影写にあたっては、学融合推進センターの准教授の七田麻美子さんが奮闘してくれました。その尽力に感謝します。

 機器を使用しての講演には、こうしたトラブルがままあります。この無為な時間が生まれることを避ける意味からも、私はパワーポイントで映写しないのです。
 今日は、どうしてもタッチパネルの動画を見ていただきたくて、最初にみなさまには我慢をしていただかざるを得ないこととなりました。本当に申し訳ないことです。

 この時に影写したのは、4分ほどに編集された、出来立てほやほやのYouTubeによる動画像です。前半がデータ登録の様子、後半が学習の様子となっています。
 実際に音声を聴きながら触読している様子は、スタートしてから3分10秒経ったあたりからです。

「音声触図学習システムで源氏物語のデータを作成している様子と学習している様子」
 
 なお、このスタートに手間取ったこともあり、私の持ち時間をややオーバーしてしまいました。
 これも、あらためて参会の諸先生方にお詫びいたします。

 4人目の鎌田先生のお話は、総合研究大学院大学における教育に関するものでした。まさに、異分野連携の実践といえるプランです。

 「研究ノートプロジェクトの現状と今後について」の議論は、おもしろく展開しました。

 最後の、記録の公開については、理系のみなさんは実験記録ノートに記入しておられることを知りました。
 私は、エバーノートに書きためているので、その違いに驚きました。そんなことを漏らすと、みなさんから逆に、文系の研究におけるノートについて聞かれてしまいました。
 日常的な研究生活の基本となる部分に関する話題なので、この話は留まることを知らずに展開します。あの小保方さんの研究ノートのことなども、例にあげられたりと、本当に楽しいディスカッションでした。

 最後に、今回の講演を聞いての質問などがやりとりされました。
 私がお話ししたことに関しては、以下のことを尋ねられました。


・人との出会いについて。
  これは、「偶然」による連続である、とお答えしました。
  また、ブログによって人とのつながりと情報が寄せられてくることも。

・研究と資金について。
  科研費の運用によるもので精いっぱいであることをお答えしました。
  その他の資金調達や今後の収益とは、まったく無縁の研究であることも。
  ここも、理系とは発想が違います。

・立体コピーに用いたカプセルペーパーの仕組みについて。
  私の知る限りでの、製造業者と研究開発担当者から聞いている話をお伝えしました。
  「大阪府八尾市にある会社へ立体コピーの調査に行く」(2015年05月14日)

・これまで立体コピーの取り組みはなかったのか、という点について。
  江戸時代以降、木に文字を彫ったり、紙をプレスしたものはありました。
  現在は、それからの資料が、京都府立盲学校に大切に保存されています。
  「京都府立盲学校の資料室(その1)」(2014年08月04日)
  「京都府立盲学校の資料室(その2)」(2014年08月05日)
  しかし、今回のように、簡便な手法で作成した触読資材はなかったことも、ご説明しました。


 今回の参加は、意義深い、収穫の多い、また多くの先生方に古写本の触読研究の実際を知っていただくいい機会となりました。
 それが、特に理科系の研究者として第一線でご活躍の先生方だったので、その後の意見交換会でも壮大なスケールの話へと飛躍しながら、大いに盛り上がりました。
 みなさま、貴重なご教示やおもしろい逸話を語っていただき、本当にありがとうございました。
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2015年10月25日

京都ライトハウスで体験三昧

 科研の研究会で一昨日お世話になった京都ライトハウスへ、いろいろな資料と情報をいただくために行ってきました。野々村さんがいらっしゃることを教えていただいていたからです。

 ちょうど今日は「京都ライトハウスまつり2015〜つながる・ひろがる 地域の輪〜」が開催されていました。これは、利用者や地域のみなさんとの交流の場として取り組んでおられるものです。


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 4階から地下1階までの全館を開放しての一大イベントです。
 以下の赤字のコーナーに立ち寄りました。


4F:船岡老人クラブハウス発表会・トモニー紹介コーナー。
3F:どきどき☆お楽しみ抽選会!新設キッズコーナーの紹介
2F:見えないこと体験点字体験、クイックマッサージなど・・・盛りだくさん!点字クラブ、オセロ、囲碁、将棋
1F:寿司・焼きそば・手作りパン・肉まん・チヂミ・フランクフルト・洋菓子・ビール・ジュースなど模擬店いろいろ!
B1F:物品販売、催し物関係、池坊華道会による生け花教室など


 午後からのステージでは、ちょうど大正琴の演奏が始まったところです。日頃の練習の成果が、楽しく伝わってきました。

 お昼は、お寿司をいただきました。


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 パッケージを見ると、私が好きな回転寿司屋「寿しの むさし」のにぎりでした。近くの上堀川店から持って来られたものだと思います。

 2階では、「見えないこと体験」のコーナーがいくつかありました。
 まず、「木のワークショップ」へ入りました。ここは、京都ユニバーサルミュージアム実行委員会が実験展示をしておられたのです。「視覚に障害がある人もそうでない人も共に楽しめる展示とは何か?」という問題意識のもとに、今年のテーマは「木」でした。
 私も学芸員の勉強をして来たことに加え、身体に不自由を感じておられる方々との文化の共有を意識して以来、ユニバーサルミュージアムには興味を深めているところです。


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 テーブルに置かれた、ヒノキ、コウヤマキ、ニレ等、たくさんの板を触り、その木の匂いを嗅ぎました。聞香を思い出しました。
 しかし、あまりにも多くの木があったので、5枚目以降は匂いがごちゃごちゃになってしまいました。
 これは、ただ単に多くの板を並べるだけでなく、もっとテーマを絞った方がよかったのではないでしょうか。ただし、丁寧に説明していただいたので、いろいろなことを知ることができました。

 その隣の部屋では、音の3D体験をしました。


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 アイマスクをして、ヘッドフォンで音を聞きます。見えない状況で日常の音を聞く体験です。
 マッチ箱を振りながら前後左右で音が聞こえました。ただし、マッチ箱の音は、今の若い人と生活実感を共有できるのでしょうか。また、大阪環状線の駅の発車時のメロディーは、非常にわかりにくいものでした。雑音が多すぎるからです。目が見えない方の状態を体験するにしても、これは不適切な音源だと思いました。また、時間が長すぎます。
 顔に風を当ててくださったり、霧吹きで湿り気を体感させるという小技も、あまり気持ちのいいものではありませんでした。この企画は、大いに再検討の必要がありそうです。

 アイマスクをして階段や外を歩く体験は、あまり乗り気がしなかったのでパスしました。

 盲導犬啓発コーナーでは、京都ハーネスの会の方から詳しい説明をうかがいました。
 東京の立川駅北口で、盲導犬の理解を求めながら募金活動をなさっています。通勤時にその前を通りながら、いつも気になっていました。そのこともあり、思いきって部屋の中に入りました。
 初めて知ることばかりで、いい勉強をさせていただきました。
 盲導犬と目が合った時、犬君がすっと横を向き、大きなあくびをしたのです。


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 私は、警戒しなくていい、しかも退屈な存在のようです。
 それでも、服を着ていることや背中に鞄を背負っている意味がわかり、日頃の疑問の一部が解消しました。

 視覚障害者ボランティア連絡会の活動紹介・啓発コーナーでは、点字の打ち方やパソコン点訳などの説明を受けました。少し知っていることでした。しかし、我流でのことだったので、あらためて教えていただくと、いろいろなことがよくわかり、いい勉強になりました。

 池坊のいけばな体験は、行った時にはすでに終わっていました。
 学生時代に少しやっただけなので、いつか機会があれば遊び気分でやってみようと思っています。

 知らなかったことが、こうして少しずつわかっていくと、いろいろな物事が点から線へとつながっていき、楽しくなります。
 体験の意義を、再認識する1日となりました。

 追伸
 木の体験コーナーで真剣に匂いを嗅ぎ分けておられた野々村さん、あらためてお礼の挨拶もせずに失礼しました。次は、点字百人一首のイベントでお会いしましょう。
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2015年10月24日

日本盲教育史研究会第4回研究会に関する報告

 会場に着いて早々、日本盲教育史研究会の引田会長、岸先生、指田先生、星野記者などなど、初夏の札幌でお世話になった方々と話をしました。

 抱えている古写本の触読というテーマがインパクトを持っていたこともあり、これまでの経緯をよく覚えてくださっていました。ありがたいことです。

 岸先生のお話では、ひらがなや漢字の学習には非常な困難さが伴うものであり、京都盲唖院が日本で最初に設立された明治10年頃から22年までは、退学者が続出だったそうです。

 それが、日本で点字が使えるようになった明治23年以降は、一気にコミュニケーションの手段として意志の疎通がはかられ、徐々に点字が広がったのです。

 現在推進している古写本に書写されている変体仮名を触読することと、この点字が果たす役割については、今後とも一般の方々に混同されないように気をつける必要があります。

 変体仮名の触読は、明治以前の筆写文字を通して、日本の古典文化への理解をみんなで共有するための手掛かりにしようというものです。点字と変体仮名の双方の機能も役割も異なるので、どちらがいいかというような単一化への理解にならないようにしていきたいと思います。

 さて、今回の研究会の案内文には、次の引田会長の言葉があります。


 日本盲教育史研究会は創立から4年目を迎え、お陰様で会員数170名を超す研究会に成長致しました。
 内容的にも、昨年の研究会で芽生えた異分野との共同研究や、聾史研との研究交流等多彩なものになってきています。
 5月の北海道ミニ研の成功や6月にロンドンの Royal Holloway 大学で開催された研究会 Blind Creations Conference 等国際交流の成果を踏まえ、新たな研究展開を図る予定です。
 日本の盲教育発祥の地での研究会に多くの皆様の参加をお待ちしています。
  日本盲教育史研究会会長
         引田秋生


 今日の引田先生のご挨拶で、この中にある「昨年の研究会で芽生えた異分野との共同研究」として、『源氏物語』の触読研究を例としてあげてくださいました。

 会場には、発表者が発言したことが即座にスクリーンに表示されていました。
 この時には、次のように映し出されていたのです。
 これは、同時通訳と同様にタイプなさる方々は大変でしょうが、参加者にとってはありがたい方式です。


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 札幌でもそうでしたが、会長をはじめとして多くの方々に本研究に期待を寄せていただいていることに感謝し、気持ちが引き締まる思いでいます。

 引き続いて午前の研究会となり、私の発表は2番目でした。


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 あらかじめレジメとして印刷されていた資料は、次のものです。


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 会場に追加資料として配布したパンフレットは、この日のために研究協力者の加々良さんが作成したものです。


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 また、「須磨」巻の巻頭部分の立体コピーを配布したことについては、みなさんから取り組んでいる内容が実感として非常によくわかった、と好評でした。

 午後の講演と研究発表は、後日公開される会からの報告に譲りたいと思います。

 本日の参加者は、70名という大盛会でした。
 プログラムは、以下の通りです。


■日時:2015年10月24日(土曜日)
    9時半から16時半
■挨拶 引田秋生
■公募報告
「戦前期盲学校の設立者・支援者」
    足立洋一郎氏

『源氏物語』を触って読む─700年前の写本に挑戦する─
    伊藤鉄也氏

小西信八が見た欧米の「盲唖教育」
    西野淑子氏

■記念講演
「日本の視覚障害者を支え続けた点字出版と点字図書館」
    全国視覚障害者情報提供施設協会参与 加藤俊和氏

■研究報告
「大阪における明治期盲唖教育史」
    近畿聾史研究グループ 新谷嘉浩氏

「インクルーシブな学校秩序の構築過程に関する社会学的探求―小学校における全盲児の学級参画と支援の組織化を中心に」
    大阪市立大学都市文化研究センター研究員 佐藤貴宣氏

「中村京太郎と普選―昭和3年の『点字大阪毎日』によるアンケート調査を中心に」
    関西学院大学人間福祉研究科研究員 森田昭二氏


 閉会後は、東京から一緒に来た3人を京都駅に送り、私は懇親会場へ直行しました。

 ここでも、引田会長をはじめとして、多くの方々から励ましをいただきました。
 また、2人の若い全盲男性が、『源氏物語』の触読研究に積極的に協力したいという申し出を受けました。
 2人とも文学との縁はなく、また1人の方は2才の時には視力を失った方なので、これまでとはまったく異なる角度から、触読に関する調査研究が可能となりました。

 この研究テーマは、ますます質量共に厚いものになろうとしています。

 折々に報告しますので、今後とも変わらぬご教示などをいただけると幸いです。
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2015年10月23日

皇太子さまとご一緒の新幹線で京都へ

 京都で2つの研究会と1つのイベントが、3日間にわたって開催されます。
 さらに調査もあるため、今週も慌ただしく東西を移動する日々です。

 午前10時に東京駅南口乗り換え口に集まって京都に向かうのは、福島県から1人、栃木県から1人、東京から2人の4人です。そのうちの2人は全盲なので、万全の旅立ちを期して、妻には東京駅を出発するまでの介助役として来てもらいました。

 予定の16番線に上がって列車の到着を待っていたところ、駅員さんがこのホーム入る予定の列車は、今日は18番線から出発すると教えてくださいました。理由を聞くと、しばらく口ごもりながらも、皇太子殿下が乗車なさるためだとのことでした。

 目の不自由な方と一緒なので、無理をして18番線に移動することなく、すぐ向かいの17番線に来る、予定よりも7分後に出発する列車に乗ることにしました。
 ところが、その電車が、実は皇太子殿下がお乗りになる列車だったことが、乗り込む直前にわかりました。
 とにかくガードマンの多さで、それが通常の新幹線のホームではないことがすぐにわかりました。

 こんなことはめったにないことなので、弥次馬根性の塊のような私は、すぐにグリーン車輌の10号車に行き、取り急ぎシャッターを切りました。


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 私たちは3号車に乗っていました。そこにも、警察関係の方がイヤホーンをしたままで座っておられました。
 車内は空いていました。この列車には皇太子殿下が乗車されている、ということが関係しているのかどうかはわかりません。

 座席は4人が向かい合わせにして、いろいろな話をしながら楽しく京都に向かいました。
 食事の時は、すぐそばのシートが空いていたので、そこでお弁当を広げることができました。
 グリーン車なみの贅沢な座席の使い方の旅となりました。

 私のことですから、寸暇を惜しんで実証実験を、新幹線の中でもやってもらいました。
 持参した、現在のひらがなで書いた文を、横書きと縦書きでどの程度読み取れるか、お2人に実際にチャレンジしてもらいました。


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 今回のテスト用の立体コピーは文字が少し小さいことと、縦でも横でもどちらでも一緒であることがわかりました。
 これで、図書館でルビ付きの本などを立体コピーすると、目が見えなくても自分なりに読書をすることが可能となることがわかったのです。

 点字にかわるコミュニケーションのために、ひらがなの触読は新たなツールとなるのです。

 京都駅からは、バスで京都ライトハウスに直行しました。


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 「古写本『源氏物語』の触読研究」の研究会の前に、少し時間があったので、京都府立盲学校に立ち寄り、岸先生から貴重な資料を見せていただき、説明もしてくださいました。
 明日の盲教育史研究会の事務局長の身で、何かと準備にお忙しいところを、ありがたい対応をしてくださいました。


 研究会での内容は、後日ホームページを通して会議記録を掲載しますので、ここでは省略します。


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 研究会や打ち合わせが終わってからは、北大路駅のそばにあるお店で京料理をたべながら、いろいろな話に花が咲きました。

 散会後は、歩いて宿まで案内しました。今宮通りを東に直進し、賀茂川のすぐ手前にある、四季倶楽部賀茂川荘が今日の宿です。
 荷物を一旦部屋に置いてから、夜の賀茂川散歩を楽しみにした。
 賀茂川の川音は、千年前から変わりません。

 賀茂川散歩は、明朝も案内するつもりです。
 私の自宅は、この宿の近くなので、雲一つない中天に浮かぶ月を眺めながら帰りました。
 今日も、充実した一日でした。
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2015年10月22日

名工大の音声触図学習システムを動画像で紹介

 名古屋工業大学大学院生の森川慧一さん(工学研究科社会工学専攻)が現在開発中の、「音声触図学習システム」の紹介動画が、よりわかりやすいものとなって「YouTube」にアップロードされました。


151022_syokuzu




 以下の「YouTube」のURL から、実際にこのシステムを使った使用例を動画像として確認できます。

「音声触図学習システムの紹介と使用している様子」

 これは、触図とタッチパネルを使った、音声による学習システムです。

 過日の本ブログ「名工大で触読への想いが実現する予感」(2015年10月09日)で報告したように、このシステムは私が現在進めている「古写本『源氏物語』の触読研究」で有効な、非常に魅力的な触読支援装置となる可能性の高いものです。

 来月には、また名古屋工業大学へ行くことになっています。
 触読研究と音声システム開発とのコラボレーションについて、進展がありしだい、またここで報告します。

 今後の展開を楽しみお待ちください。
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2015年10月20日

古写本の触読レポート第3弾を公開中

 私が現在取り組んでいる科研「挑戦的萌芽研究」の成果は、「古写本『源氏物語』の触読研究」というホームページから公開しています。

 今回新たに、「触読レポート(3)」(2015年10月16日)を掲載しました。


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 本ブログで取り上げる内容が多岐にわたることから、本件の報告が遅くなりました。

 触読に関するレポートとしては、これまで「触読通信」のコーナーから、渡邊寛子さん(福島県立盲学校高等部国語科教諭)の体験報告と、渡邊さんを取材した関口祐未さん(科研運用補助員)の調査報告を掲載していました。
 次の2つがそれです。

「わかる喜び再び ─古写本『源氏物語』触読体験─」(2015年8月3日)

「触読レポート(1)(2)」(2015年8月26日)

 今回公開した「触読レポート(3)」は、共立女子大学の学生Oさん(文芸学部3年)に関する関口祐未さんの調査報告です。

 Oさんは、大学側の理解と協力が得られる中で、古写本の触読に励んでおられます。
 これからの進展がますます楽しみな、現役の学生さんです。

 渡邊さんとOさんは、今週末に京都で開催される「古写本『源氏物語』の触読研究会」(京都ライトハウス)と「盲教育史研究会」(京都府立盲学校)に、一緒に参加してくださいます。
 23日(金)に東京駅で待ち合わせをして、京都の会場に向かうスケジュールも確認し合っています。

 週明けには、また刺激的な報告ができると思います。
 どうぞ、お楽しみに。
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2015年10月05日

昨日の全国盲学校弁論大会の続報

 昨日書いた、「第84回 全国盲学校弁論大会全国大会の優勝者」(2015年10月4日)の続報が入りました。

 渡邊さんから、以下の情報を教えていただきました。
 忘れないうちに、取り急ぎメモとして残しておきます。
 

全国弁論のラジオ放送は、
10月11(日)19時30分〜20時
  NHK第2 視覚障害ナビラジオ
再放送 18日 朝 7時30分〜8時

テレビは、
10月28(水) 20時〜
  NHK教育 上位3名
10月29(木) 同じ時間で 4位以下のハイライト
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2015年10月04日

第84回 全国盲学校弁論大会全国大会の優勝者

 昨日の毎日新聞に、「全国盲学校弁論大会:47歳、渡辺さんが優勝」という記事が掲載されていました。

 「光り輝くあの月へ」と題して発表された、福島県立盲学校高等部専攻科理療科1年の渡辺健さん(47)が優勝だった、というものです。

http://mainichi.jp/shimen/news/20151003ddm012040044000c.html


151003_watanabe



(写真は上記デジタル版からピックアップしています)

 その学校名を見て、すぐに福島県立盲学校の渡邊寛子さんにメールを送りました。
 この優勝者の渡辺健さんは、渡邊さんが教えていらっしゃる方ではないですか? と。
 すぐに返事が来ました。
 高等部の弁論担当は私です、と。

 6月の東北大会を経て、静岡での全国大会で、この大金星です。

 「どうせなら、全国大会を楽しもう!」と「聴衆の感銘度」に訴えることにし、笑いをとる前向きな内容に徹底したそうです。

 「シリアスな、障害と向き合う、どちらかというと不幸自慢になりがちな弁論大会で、笑いをとるのは難しいのですが。」ともありました。

 渡邊さんらしい、みごとなアドバイスが功を奏したようです。

 もっとも、渡辺健さんはアドリブが得意な方だそうです。
 聴衆の心を鷲掴みにしての弁論だったことでしょう。

 その内容は間もなく、点字毎日の紙上に公開されます。
 テレビ放送は、10月28日(水)20時からのNHK教育放送のようです。

 目が不自由な方々を含めて、障害を持つ方に関するニュースは、毎日新聞以外はあまり取り上げません。社会的に影響のあるニュースに留まっているようです。
 この「全国盲学校弁論大会全国大会」のニュースも、昨日の時点では毎日新聞以外のメディアではまったく取り上げていません。想定される読者の興味と関心などなど、その対象が各メディアで異なるからでしょうか。

 点字の新聞は大正11年以来、唯一毎日新聞だけなので仕方がないとしても、他紙はもう少しさまざまな障害を抱える方々の情報を、日常的に流してもいいと思います。
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2015年09月24日

色の見え方は人さまざま

 最近、いろいろな方にスマートフォン用のアプリケーションである「色のシミュレータ」(無料)を勧めています。android版もあります。


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 これは、人によって異なる色覚に関するツールです。人が物を見る時には、それぞれに見えている色が違うそうです。確かに、みんなが同じ色に見えていると思う方がおかしいのです。人さまざまなのですから。

 このアプリは、医学博士でメディアデザイン学博士でもある Kazunori Asada 氏によって開発されたものです。

 手近なところにあった、ソニーのテレビのリモコンでシュミレートしてみました。
 4パターンの異なる見え方が確認できます。


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 左上が一般的な色覚によるものであり、その右が1型2色覚、その下が3型2色覚、その左が2型2色覚です。

 それぞれの分類がどのような意味を持つのか、専門的なことは私にはわかりません。
 しかし、人によってはこんなに見え方に違いがあることを知り、折々に色を確認しています。
 違いを知ることが大事だと思います。

 毎日のようにフォトショップ・エレメンツを使っているので、日頃から色には気を配っています。そんな中で、このツールを知ってからは、自分の写真がどのように見られているのかを知ることは、ユニバーサル・デザインの観点からも意義深いことだと思います。

 目の見えない方や、色弱、色覚に問題を抱える方とのお付き合いが増えたこともあり、今後ともこのアプリは自分の意識改革の上でも重要な位置を占めそうです

 これに類するアプリは、まだ他にもたくさんあるようです。
 気に入ったものとの出会いがあれば、また紹介します。
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2015年09月01日

「点字付百人一首〜百星の会」の紹介と活動内容

 先週8月29日(土)と30日(日)の2日間にわたり、京都嵯峨野で合宿をなさった「点字付百人一首〜百星の会」の事務局より、会の活動についてわかりやすい説明をメールでお知らせいただきました。
 情報として広く共有するために、紹介を兼ねてその文章を以下に引用します。
 「百星の会」の会員のみなさまのますますの活躍と、会のさらなる発展をお祈りしています。

 今後の「イベントの予定」にある、10月31日(土)に開催される京都ライトハウスの体験会には、私も参加しようと思っています。
 点字の触読とともに、変体仮名の触読にも興味と関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、遠慮なくお声掛けください。
 


私達の活動をご紹介させて頂きます。

1.会の成り立ち

私達は、全盲の子育てママからの、
「子どもたちは学校で百人一首のかるた遊びを当たり前に楽しんでいるのに、どうして盲学校では出来なかったのかしら? 何か方法はないものかしら? 」
と問いかけられたことを切っ掛けにして、点訳・音訳者、盲学校教職員、小物制作のプロ、百人一首愛好家等々によって、結成されました。
新宿区社会福祉協議会の全面的な支援を受け、また、これまでの活動の模様は、「点字毎日」にも紹介されております。
視覚障がい者に、かるた遊びを楽しんでもらうため、また、「点字学習ビギナー」が、楽しみながら触読に親しんでもらえるよう、
「使いやすい点字の付いたかるた札」
「オリジナルかるた台」
を試作しております。
ルールには、学校教育現場で20年ほど前から実践されている、「五色百人一首」を導入し、これを立案された先生からの公認を頂いております。
いつか世代を越え、障害を越えて、百人一首を通したコミュニケーションの輪が、広がってゆくことを夢見ながら、活動しております。

2.イベントの予定

高田馬場 かるた会 10月24日(土)
京都ライトハウス 体験会 10月31日 (土)
サイトワールド お披露目会 11月3日(祝)
藤沢点字図書館 体験会 11月8日(日)
高田馬場 新春かるた会 1月16日(土)
※高田馬場の会場は、東京都新宿区社会福祉協議会「視覚障害者交流コーナー」

以上です。
長文を読んでいただきまして、どうもありがとうございました。
今後とも私達の活動に、ぜひ、アドバイスを頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。
 
「点字百人一首〜百星の会」
    事務局 関場理華
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