2017年03月30日

【再掲】〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中

 本年1月13日に「〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中です」という記事を掲載しました。
 その応募の〆切り日である平成29年3月末日が明日となりましたので、再度のお知らせです。
 過日の記事と重複します。

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 応募は、一般から、あるいは、学術機関、各種法人、出版社など推薦人から推薦を受けたものとなっています。自薦・他薦を問いません。

 応募作(平成28年4月1日〜平成29年3月末日刊行奥付および発表分)の中から、〈池田亀鑑賞選考委員会〉により選ばれます。

 応募にあたっては、刊行物および掲載誌を2部、下記の〈池田亀鑑賞事務局〉に送付してください。
 また、【タイトル・氏名・住所・電話番号・メールアドレス・所属】を明記の上、【要旨(800字〜2000字程度)】も添えてください。


平成29年3月末日 必着

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053


 これまでの受賞作は、以下の通りです。
 弛まぬ努力が結実した成果に対して贈られました。

 平成24年度 第1回受賞作 杉田 昌彦氏『宣長の源氏学』(新典社)
 平成25年度 第2回受賞作 岡嶌 偉久子氏『林逸抄』(おうふう)
 平成26年度 第3回受賞作 須藤 圭氏『狭衣物語』(新典社)
 平成27年度 第4回受賞作 滝川 幸司氏『菅原道真論』(塙書房)
 平成28年度 第5回受賞作 畠山 大二郎氏『平安朝の文学と装束』(新典社)

 この〈池田亀鑑賞〉の趣旨は次の通りです。


「池田亀鑑賞」は、文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 選定にあたっては、「前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。」となっています。
 つまり、「研究論文や資料整理及び資料紹介」が対象であることが、この池田亀鑑賞の特色です。

 選考は、以下の6人の委員があたります。


伊井春樹(会長)
伊藤鉄也(委員長)
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二


 選考委員の一人として、池田亀鑑賞のホームページに私は次のコメントを寄せています。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。
そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。
池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。
達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。


 コツコツと研究を続けて歩んで来られた成果が、今回も応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。
 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。
 積極的な応募を検討してください。

「池田亀鑑賞のホームページ」もご覧ください。
 
 
 
posted by genjiito at 23:00| Comment(0) | 池田亀鑑

2017年01月13日

〈第6回 池田亀鑑賞〉の候補作を募集中です

 〈第6回 池田亀鑑賞〉の募集は、平成29年3月末日が〆切りです

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 応募は、一般から、あるいは、学術機関、各種法人、出版社など推薦人から推薦を受けたものとなっています。自薦・他薦を問いません。

 応募作(平成28年4月1日〜平成29年3月末日刊行奥付および発表分)の中から、〈池田亀鑑賞選考委員会〉により選ばれます。

 応募にあたっては、刊行物および掲載誌を2部、下記の〈池田亀鑑賞事務局〉に送付してください。
 また、【タイトル・氏名・住所・電話番号・メールアドレス・所属】を明記の上、【要旨(800字〜2000字程度)】も添えてください。


平成29年3月末日 必着

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053


 これまでの受賞作は、以下の通りです。
 弛まぬ努力が結実した成果に対して贈られました。

 平成24年度 第1回受賞作 杉田 昌彦氏『宣長の源氏学』(新典社)
 平成25年度 第2回受賞作 岡嶌 偉久子氏『林逸抄』(おうふう)
 平成26年度 第3回受賞作 須藤 圭氏『狭衣物語』(新典社)
 平成27年度 第4回受賞作 滝川 幸司氏『菅原道真論』(塙書房)
 平成28年度 第5回受賞作 畠山 大二郎氏『平安朝の文学と装束』(新典社)

 この〈池田亀鑑賞〉の趣旨は次の通りです。


「池田亀鑑賞」は、文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 選定にあたっては、「前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。」となっています。
 つまり、「研究論文や資料整理及び資料紹介」が対象であることが、この池田亀鑑賞の特色です。

 選考は、以下の6人の委員があたります。


伊井春樹(会長)
伊藤鉄也(委員長)
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二


 選考委員の一人として、池田亀鑑賞のホームページに私は次のコメントを寄せています。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。
そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。
池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。
達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。


 コツコツと研究を続けて歩んで来られた成果が、今回も応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。
 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。
 積極的な応募を検討してください。

「池田亀鑑賞のホームページ」もご覧ください。
posted by genjiito at 21:41| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年10月02日

日南町で文学散歩をして今後のNPO活動を思う

 第5回池田亀鑑賞の受賞者である畠山大二郎さんを、日南町の文学散歩に案内しました。

 昨日は、授賞式と講演会が終わってから、池田亀鑑文学碑に関係者一堂で行きました。
 そこで、今日はまず、池田亀鑑生誕の地に建つ石柱を見てもらいました。池田亀鑑が生まれ育った家の庭に、同じ家で一日違いで生まれた後藤孝重さんが建てたものです。
 このことに関しては、「日南町の池田亀鑑(4)生誕の家と2人の「とら」さん」(2011/3/19)に詳しく記しましたので、お読みください。

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 井上靖の記念館である「野分の館」は、これまでと何も変わることなく、温かく迎えてもらえます。手入れも行き届いています。
 自由帳には、この夏に多くの方が全国からお出でになり、メッセージを残していっておられます。
 来訪記念のスタンプがあったので、捺して来ました。これまで、このことに気付きませんでした。


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 移動中に、車の前を2頭のイノシシが横切りました。昨日、イノシシのチャーシューをいただいたので、あのお店から逃げてきたのではないかと、車中ではイノシシ談義で盛り上がりました。

 松本清張の文学碑の周りは、改修工事も終わりきれいに整備されていました。
 この碑文は、父親の生家がある矢戸に向けられています。


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 今回、松本清張の親のことを語る小説『白い系譜』を町民の方々と輪読する企画を、多方面でプランニングや支援をしておられる浅川三郎さんに持ちかけました。

「清張全集復読(1)松本清張の家系の謎『白い系譜』(1)」(2014年08月08日)

「清張全集復読(2)松本清張の家系の謎『白い系譜』(2)」(2014年08月09日)

「清張全集復読(3)松本清張の家系の謎『白い系譜』(3)」(2014年08月10日)

 謎に満ちた清張の父親や自身の出生の秘密について、地元の方ならではの記憶をたどりながら、資料を掘り起こそうするものです。
 この件に関しては、また何か進展があれば報告します。

 今回も、充実した日南町の旅となりました。
 関係者のみなさま、ごくろうさまでした。そして、ありがとうございました。
 また来年。次は、2017年6月24日の第6回池田亀鑑賞授賞式でお目にかかりましょう。

 今回も、たくさんの課題を残したままで、特急やくもに乗り込みました。久代安敏さんには、いつものことながら、お世話になりっぱなしでした。今後の顕彰活動をさらに大きく展開する事案は、喫緊の課題ですね。

 夢と希望を抱いて、古典文学の受容や解明に挑む、多くの若者がいます。その人たちへ、今後とも積極的に働きかけをしていくつもりです。日南町を舞台とする取り組みや、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動を、さらに発展的に、具体的に展開できる環境づくりのお手伝いを、これからもしていくつもりです。みなさまの変わらぬご理解とご協力を、ひきつづきお願いするしだいです。
posted by genjiito at 21:19| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年10月01日

第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会

 昨年は、開式前まで降っていた雨が、午後にはすっかり上がりました。
 今日も、朝方からの小雨が、昼前には止み、さわやかな秋の一日となりました。


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 この日南町の位置を示す地図を掲載します。
 赤丸のところを確認してください。


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 第5回池田亀鑑賞授賞式と講演会も、多くの方の参加を得て、盛大に執り行なわれました。
 今年は、池田亀鑑の生誕120年、没後60年、そして池田亀鑑賞の第5回目となります。


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 池田亀鑑賞の授賞式の司会進行は、今年も日南町図書館の浅田幸栄さんです。
 池田亀鑑文学碑を守る会の加藤和輝会長の挨拶で始まりました。


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 加藤会長から、受賞者である畠山大二郎さんに賞状と賞金が渡されます。


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 続いて、池田亀鑑賞選考委員会を代表して伊井春樹会長の挨拶です。


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 それを受けて、池田亀鑑賞選考委員長として私が、選考過程と選定理由などの説明をしました。


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 時間の都合で用意した内容の半分もお話できませんでした。お話しようと思っていたことの概要を、以下に引きます。


第五回 池田亀鑑賞受賞作の紹介と選考理由(伊藤鉄也)

 今年は、池田亀鑑の生誕一二〇年、没後六〇年、そして池田亀鑑賞の第五回目となります。

 第五回池田亀鑑賞は、畠山大二郎氏に授与されることとなりました。
 選考委員長として、受賞作の紹介と選考過程及び授賞理由を報告します。

 第五回池田亀鑑賞の選考委員会は、本年五月一四日(土)午後二時より、これまで同様に伊井春樹先生のご高配をいただき、逸翁美術館に隣接する池田文庫で開催いたしました。
 応募作五点の選考にあたり、これも昨年までと同様に基礎資料をもとにして委員全員で討議して決定しました。

 各選考委員の選評については、応募作各点につき200字以内でまとめて、5点満点の評価点と共に伊藤まで送付していただきました。他の委員には同送・転送はしないという申し合わせです。
 なお、会長である伊井春樹先生には、前回同様に評価点および選評はお願いしていません。選考会当日、ご意見を伺いました。

・選考対象は、『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介とする。
・平成28年3月31日までに応募のあった著作と書類(今回は5点)。
・今後の『源氏物語』および平安文学研究の励みとなるような研究及び成果物を選考する。
 (今回は平安文学の研究に資する所大なるものとして高く評価された著作物)
・なお、公平を期すために、事務局である新典社は選考会に関わらない。

 評価点をつけるに当たっては、次の4項目を設定し、それぞれに5点満点で評価していただき、その点数のすべてを見ながら選考を進めていきました。

(1)地道な努力の成果
(2)研究の基礎を構築
(3)研究の発展に寄与
(4)成果が顕著な功績

 その結果、全会一致で畠山大二郎氏の作品『平安朝の文学と装束』を受賞作と決定しました。

 本書は、平安朝文学における服飾・装束に焦点をしぼり、その文化史的意義を明らかにしようとするものです。絵画資料や遺品等を視野に入れ、隣接領域の研究成果も踏まえつつ各論が展開されています。
 平安朝の物語文学において、読解と復元という立体的な文学理解の試みと提示は、特に斬新ではありません。しかし、既成の有職故実の知識に頼らず、装束の実態から実感実証の読解へと展開する論考からは、新鮮で多くの刺激を受けました。
 とりわけ小袿など実際の装束の復元は、文学研究はもちろん、文化、歴史といった方面の研究にも今後寄与することが想定される点で、高く評価できるものです。

 本書は、目の前に平安朝の物語世界を彷彿とさせます。しかし、あまり褒めすぎてもいけないので、今後の畠山大二郎氏のためにも、気になったことも触れておきます。

 装束の理解を援用しての読解においては、別解も存する危うさも内在しています。まったく逆の論が成り立つのではないかと思われる場合もあるからです。
 著者の独自性がよく見られる一方で、「従来の文学研究からはやや距離のある、マニアック文化論に陥る危険性もないわけではなく、今後の著者の動向を見守っていきたい。」という意見も、委員からは出されました。

 そうであっても、その志が向かうところには、先人のなし得なかった若さを感じました。
 多くの写真と図版に加えて、添付の織物を触って実感させる心配りには、理解を得ようとする誠意が伝わって来ます。
 総合的に見て、完成度の高い作品であることに間違いはありません。
 地道な実践を踏まえた成果を挙げたものとして、池田亀鑑賞にふさわしい著作物として選定しました。

 本賞の受賞を機に、畠山大二郎氏のますますのご活躍を楽しみにしたいと思います。
 本日は、おめでとうございました。


 選考委員の紹介を簡単にして、続いて、来賓挨拶です。
 日南町の増原聡町長から祝辞をいただきました。


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 第1部は、受賞者である畠山大二郎さんの記念講演です。
 今回は、「『源氏物語』を着る」として、自己紹介と研究テーマについての概略を語った後、着装の実演となります。
 モデルは、増原町長と惠比奈礼子町議会議員です。

 まず、男性用として直衣姿の着装です。
 わかりやすい説明とともに、手際よい着付けが目の前に展開し、貴族が着ていた服装の実態がよくわかりました。

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 続いて、女性の袿姿です。
 時間の都合もあり、羽織るところを中心にしたものでした。
 とにかく畠山さんの巧みな話しぶりに、つい引き込まれていきます。

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 みごとな着装のあとは、桧扇の話で会場を和やかにしてもらえました。


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 第2部は、小川陽子さんの「小説家池田亀鑑と山陰」と題する記念講演です。
 大正から昭和にかけて小説を書いた国文学者を、わかりやすく優しい口調で語ってもらえました。
 米子など鳥取県や島根県とのつながりを例としながら、会場の皆様は地元の話に興味津々で耳を傾けておられました。とにかく、池田亀鑑が小説を書いていたことに、会場のみなさまは驚いておられました。


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 質疑応答も歯切れのいいことばの応酬で、この日学んだことの再確認となりました。


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 最後は、石見まちづくり協議会の吉澤晴美会長より閉会の辞をいただきました。
 今回の参加者も70名と、いつものように多くの方々が足を運んでくださいました。ありがたいことです。
 閉会後の関係者による記念撮影も、いつものように和やかなうちにシャッターが切られました。


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 終了後は、恒例となっている池田亀鑑文学碑のある石見東小学校の校庭横へ行き、関係者で記念撮影をしました。

 ふるさと日南邑での懇親会には広島大学の学生さんも参加され、楽しい親睦の集いとなりました。さらに、三味線の演奏も入りました。曲目は「夕顔」。『源氏物語』に関係するものだったので大いに盛り上がりました。


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 懇親の場でいろいろな話が飛び交う中で、続きはロッジに場所を変えて、ということで、外へ出て森の中のロッジに移りました。しかも、日付が変わるまで話に花が咲いたのですから、これも、授賞式と講演会がよかったからこその、満足感の共有をしたかったからだと思います。特に、今後の会の持ち方がメインテーマとなったことは、さらなる展開が期待できる手応えがあったからだといえるでしょう。
 来年の集まりが、また楽しみになりました。

 引き続き、私は『花を折る』の後編を収録する『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第4集』の編集にかかります。関係者のみなさまのご協力を、よろしくお願いします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年09月30日

一年ぶりに鳥取県の日南町に来ました

 昨年の第4回池田亀鑑賞授賞式は6月27日でした。
 例年初夏に開催しているこの授賞式を、今年は日南町美術館で池田亀鑑展があることから、それに合わせて明日10月1日に、第5回池田亀鑑賞授賞式が執り行なわれることになりました。
 秋にこの地に来るのは初めてです。

 東京から新幹線で岡山に出て、そこから特急やくもに乗り継いで、鳥取県の生山駅まで5時間半の長旅です。お昼過ぎに着きました。


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 出来たばかりの道の駅「にちなん日野川の郷」へ、日南町図書館の浅野康紀さんに案内していただきました。ここでお昼の食事をするためです。


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 レストランでは、めずらしいイノシシのチャーシューを乗せた丼をいただきました。癖のないおいしい肉でした。

 お土産売り場では、日南町公式キャラクターの「オッサンショウオ」がいました。
 店内はきれいにお土産物が並んでいます。東京銀座の伊東屋の文具類のコーナーがありました。伊東屋2代目社長が日南町出身という縁から、ここに小さな売り場を設けたのだそうです。木に囲まれる中で、文具が静かに語りかけてくれるしかけです。


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 店内の一角に、井上靖と松本清張のパンフレットがありました。


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 池田亀鑑は? と聞くと、まだ作られていないとのことでした。

 池田亀鑑展を先週からやっている日南町美術館で、増原町長とお話しをする機会がありました。そこで池田亀鑑のことをお聞きすると、現在そのパンフレットも作成中だとのことでした。楽しみに待つことにしましょう。


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 明日の池田亀鑑賞授賞式の会場となる、日南町役場の交流ホールへ行きました。
 いつもお世話になっている池田亀鑑文学碑を守る会の方々と、役場のみなさんが準備を進めておられるところでした。
 町内にある木をふんだんに活かした、天井の高い立派なホールです。
 この町には、木のぬくもりが至る所で感じられます。


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 いつもと会場が違うので、気分も一新されます。
 明日もまたすばらしい会となることでしょう。

 今夜も、いつもと同じふるさと日南邑に泊まります。
 2階の部屋から下を見ると、池田亀鑑の随筆の一節を写したパネルと、第3回池田亀鑑賞授賞式の時の写真パネルが、小雨に煙る中に立っていました。


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 この町で実施した事がこうして形になっていくのを見ると、少しずつ足跡が記録されているようで不思議な気持ちになります。住民の方々と一緒に、思い出を共有できることのすばらしさを感じる光景となっています。

 日南町の山々も、しだいに雨雲に包まれていきます。山陰特有の天候です。


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 明日がまたいい日となるように、今日はこれで一休みとします。
 多くの方が式に参加してくださることを願いながら。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年09月27日

新刊紹介『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』〔160928_改版〕

 『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(伊藤鉄也編、336頁、新典社、2016(平成28)年9月)を刊行しました。数日中に、全国の書店に並ぶことでしょう。

 今月末の30日(土)には、池田亀鑑の生誕の地である鳥取県日野郡日南町で、「第5回池田亀鑑賞授賞式」が開催されます。さらに、先週23日からは、日南町美術館で池田亀鑑の特別展が開催中です。
 おめでたいイベントにこの本が間に合い、ホッとしています。

 今回は、研究者・池田亀鑑ではなく、随筆家であり小説家としての池田亀鑑を浮き彫りにする編集を心がけました。


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 【目次】は以下のとおりです。
 『花を折る』は前後2回に分け、後篇は次集『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第4集』に収録します。


  はじめに(伊藤 鉄也)
■復刻■
 『随筆集 花を折る』前篇(日野川のほとり〜抒情の花籠)
■講演■
 池田亀鑑賞の意義(伊井 春樹)
 第二回池田亀鑑賞受賞作の紹介と選考理由(伊藤 鉄也)
 『林逸抄』―俗語で書かれた『源氏物語』注釈書―(岡嶌 偉久子)
  ◎もっと知りたい1 第二回 池田亀鑑賞授賞式と記念講演会◎(伊藤 鉄也)
 池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』について(杉尾 瞭子)
   ―その出典と時代背景を軸として―
  ◎もっと知りたい2 『馬賊の唄』の内容と満蒙の地名◎(伊藤 鉄也)
■連載■
 伯耆地方の古典文学(第二回 追憶雑感篇)(原 豊二)
 〈池田亀鑑の研究史〉(第三回 池田亀鑑と『紫式部日記』)(小川 陽子)
■コラム■
 池田亀鑑碑のこと(原 豊二)
 《仮名文字検定》を創設(伊藤 鉄也)
 「変体仮名翻字版」とは何か(伊藤 鉄也)
■資料■
 復刻・池田亀鑑著作選
  (美しく悲しい安養尼のお話 上・下/
   嵯峨の月/笄の渡/落城の前/咲けよ白百合)
 小説家・池田亀鑑の誕生―少女小説編―(上原 作和)
  ◎もっと知りたい3 池田亀鑑の小説デビュー作と米子◎(小川 陽子)
 アルバム・池田亀鑑(昭和四、五年頃)(伊藤 鉄也)
  おわりに(伊藤 鉄也)
  執筆者紹介


 今回も、多彩な内容となっています。
 読んでみようかと思っていただけたら、との思いから、「はじめに」を以下に引用します。
 書店等で、お目に留まり、お手に取っていただけたら幸いです。
 また現在、池田亀鑑のご子息である池田研二先生がお持ちの手紙類を整理する準備をしています。
 もし、池田亀鑑に関する資料や手紙等をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご一報いただけると幸いです。


  はじめに

 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」』は、平成二三年五月に『第1集』を、その二年後の平成二五年八月に『第2集』を刊行した。本書は、三年を置いての『第3集』である。その後の本文研究と池田亀鑑に関する情報や資料を、こうした形で提供できたことにより、また『第4集』へとつなげることができる。
 本書では、『源氏物語』を中心とした本文や文献に関する内容と、その調査・収集・整理・研究に生涯をかけた池田亀鑑を取り上げている。これが、待ち望んでおられる方々にお届けできることは、編者としてありがたく嬉しいことでもある。
 『第1集』と『第2集』の間にあたる平成二四年春には、鳥取県の日南町と池田亀鑑文学碑を守る会のご尽力のもとに、めでたく池田亀鑑賞を創設した。その池田亀鑑賞の授賞式等でその出生地である日南町を訪れるたびに、池田亀鑑が書き残したさまざまな文章を長野甞一氏が中心となって編まれた『随筆集 花を折る』(中央公論社、昭和三四年一月)の復刊を、楽しみになさっている地元のみなさまの声を耳にした。池田亀鑑の望郷の念が語られ、その成した研究成果の背景から、池田亀鑑の実像が偲ばれるものだからである。
 池田亀鑑が亡くなったのは昭和三一年一二月であった。『随筆集 花を折る』の刊行は、その二年後のこととなる。それから五七年が経ち、入手が困難な書籍となったこともあり、今回その全文をありのままに復元することにした。『随筆集 花を折る』を、前編(「日野川のほとり」〜「抒情の花籠」)と後編(「忘れえぬ人々」〜「源氏を大衆の手に」)に分け、本書『第3集』には、その前編を収載している。後編は次に予定している『第4集』となる。今となっては、内容に差別的な言辞を含む文章もある。しかし、ここでは刊行時のままで復刻した。
 さらに本集では、第二回池田亀鑑賞の授賞式の報告と、小説家としての池田亀鑑の紹介と実作品を資料として掲載した。池田亀鑑賞については、その後、第三回から本年度の第五回までが決定し、以下の作品が受賞している。
  第三回受賞作 『狭衣物語 受容の研究』須藤 圭(新典社発行)
  第四回受賞作 『菅原道真論』滝川幸司(塙書房発行)
  第五回受賞作 『平安朝の文学と装束』畠山大二郎(新典社発行)
 これらの詳細は、『第4集』以降で順次公表していくことになる。今しばらくお待ちいただきたい。なお、本書に講演録として収載した「池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』について―その出典と時代背景を軸として―(杉尾瞭子)」は、第四回池田亀鑑賞授賞式及び記念講演会において、研究報告として口頭発表されたものである。本書後半のテーマである小説家池田亀鑑と密接に関連するものであることから、ここに掲載することにした。
 池田亀鑑とその仕事については、まだ知られていないことが多い。さまざまな切り口から、池田亀鑑を広く知っていただければ幸いである。

  平成二八年九月

                           伊藤鉄也
posted by genjiito at 21:17| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年09月04日

第5回池田亀鑑賞授賞式及び記念講演会のご案内

 例年初夏に実施していた池田亀鑑賞の授賞式を、今年は秋に開催することになっていました。
 これは、池田亀鑑生誕の地である日南町の美術館で、池田亀鑑に関する特別展が開催されることに連動したイベントとするためです。

 池田亀鑑の生誕120年、没後60年の特別展であり、貴重な品々が展示されることは、「池田研二先生のお宅で父亀鑑の遺品を確認」(2016年09月01日)で報告した通りです。
 
 第5回池田亀鑑賞授賞式及び記念講演会(2016年10月1日)に関するポスターが届きましたので、ここに紹介します。


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 今回の講演会は、今活躍中の若手研究者による興味深いものとなっています。
 特に、受賞者の畠山大二郎氏の講演では、実際にモデルに平安時代の装束を着装するというパフォーマンスが盛り込まれています。モデルが誰であるかは、当日のお楽しみです。

 このイベントに、一人でも多くの方々が参加してくださることを願っています。

 この日に合わせて、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第3集』(新典社刊)を突貫工事で制作中です。いつもながら、時間に追われる日々の中で、間に合わせたい一心で校正を進めています。この書籍も、その内容共々、当日のお楽しみということにしておきます。
posted by genjiito at 19:48| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年09月01日

池田研二先生のお宅で父亀鑑の遺品を確認

 10月1日(土)に予定している池田亀鑑賞授賞式と展覧会及び、現在編集を進めている『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第3集』(新典社刊)の打ち合わせのため、池田研二先生のお宅へ行って来ました。

 今日は、池田亀鑑賞と展覧会「日南町ゆかりの文学者たち(池田亀鑑)」の主催者側として、日南町からお越しの久代安敏さん(池田亀鑑文学碑を守る会事務局長)と浅野康紀さん(日南町図書館主任司書)もご一緒でした。

 研二先生は、私が地下鉄大江戸線の門前仲町駅から一本で行ける、便利なところにお住まいです。かつて父亀鑑が住んでいたご自宅です。

 余裕を持って出かけ過ぎたせいか、あらかじめ調べてあった時間ちょうどにホームに入ってきた電車に乗ったところ、何と反対方向に行く電車だったのです。同じ時間に上りと下りが入線することを知らず、時間通りに先に入ってきた電車に、無意識に乗ってしまったのです。

 東京の地下鉄は網の目のように張り巡らされています。引き返さずに、2つ先の森下駅と10駅ほど行った新宿駅で乗り換えることにしました。
 ところが運悪く、新宿で乗り換える電車が、車両点検のため大幅に遅れたのです。鳥取からおいでのみなさまとの駅での待ち合わせはキャンセルし、遅れて伺うことになりました。

 電車は時間通りに走っているものだ、という、平和過ぎる日本に安住している自分の感覚が、かくも麻痺していることを痛感しました。トラブルは自分が関知しないところで発生するものだと、平和ぼけしていたことにあらためて気付かされることとなりました。

 研二先生のお宅では、今回日南町で開催される池田亀鑑展で展示する、遺品や資料等の選定のお手伝いをしました。
 展覧会では、本邦初公開となる貴重な品々が並ぶことになります。9月23日(金)〜10月16日(日)に開催される日南町美術館で展示されますので、この期間にぜひとも日南町に足をお運びいただければと思います。

 その他、どなたもご存知の文豪(谷崎潤一郎等)からの手紙やハガキも、展覧会場に展示されます。
 今回確認できた、膨大な量の信書類をどうするかは、今後の課題です。

 何とかして、手紙類を時間の流れに沿って並べ直すことに、一日も早く着手したいものです。そして、内容を精査・解読して、池田亀鑑の研究や周辺の人々のつながりや流れを、明らかにしたいものです。

 書きかけや推敲の跡が随所に見られる原稿も、その数は数えきれないほど多いのです。これについては、すでに印刷刊行されたものとの照合も必要です。

 中でも、『花を折る』への収録を見送られた文字起こし原稿や資料が、百点近く確認できました。これらは根気強く整理した上で、『花を折る』の続編として多くの方に読んでいただけるようにしたいと思います。

 どのような形にするのかを思案中です。楽しみにお待ちください。
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2016年05月16日

第5回 池田亀鑑賞の授賞作発表

 先週14日(土)に、逸翁美術館に隣接する池田文庫で、第5回池田亀鑑賞の選考委員会が開催されました。

 その決定を受け、本日「池田亀鑑賞のホームページ」を通して、第5回の授賞作が発表されました。

 第5回授賞作は畠山大二郎著『平安朝の文学と装束』(新典社)です。


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 選考過程や授賞理由などは、本年10月に日南町で開催される授賞式で公開されます。
 また、後日『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」』に、その詳細と授賞者の記念講演の内容が掲載されることになっています。

 もっとも、現在その『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」』の第3集の編集を進めているところです。これは、本年10月の第5回授賞式までに刊行する予定です。
 この第3集には、第2回の授賞者である岡嶌偉久子氏の記念講演が掲載される予定なので、今秋の授賞者の内容は、来年以降になりそうです。
 そうした遅れは、本ブログで授賞式の報告として記し、フォローしていますので、しばらくはこうした対処でお許しください。

 これまでの第1回から第4回までの池田亀鑑賞授賞式の様子は、以下の記事で確認できます。

第1回「盛会だった池田亀鑑賞の授賞式」(2012年03月10日)

第2回「第2回池田亀鑑賞授賞式と記念講演会」(2013年06月22日)

第3回「第3回池田亀鑑賞授賞式」(2014年06月29日)

第4回「第4回池田亀鑑賞授賞式と講演会」(2015年06月27日)

 今回も、従来と同じ選考基準と手順で授賞作品を選定しました。
 よく聞かれることなので、あらためてここに記しておきます。

 選考委員は応募作のすべてを読み、各委員からは選評と評価表が提出されます。
 それを基礎資料として持ち寄り、全員が集まって応募作一点ずつについて討議をします。
 さまざまな観点から応募作を見ていく中で、全員の合意が得られたところで、授賞作の決定となります。毎回、委員の全員一致により授賞者決定に至っています。

 すでに、点数化する選考項目は公開しています。あらためて、再掲しておきます。


(1)地道な努力の成果
(2)研究の基礎を構築
(3)研究の発展に寄与
(4)成果が顕著な功績


 これは、あくまでも評価の一部を共通の視点で数値化することにより、より客観的な参考資料を手元に置いて選考会を進めるためのものです。
 特色は、地道な努力の成果を評価するところにあります。
 次回以降、本賞の第6回に応募なさる方の参考になればと思っています。
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2016年03月13日

第5回 池田亀鑑賞授賞式の開催日時の変更

 「第5回 池田亀鑑賞授賞式と記念講演会」の開催期日が変更となりましたので、取り急ぎお知らせいたします。

 当初の日程では、今月3月末に池田亀鑑賞の応募を締め切り、5月の選考委員会を経て、6月25日(土)に鳥取県日野郡日南町で「第5回 池田亀鑑賞授賞式と記念講演会」を予定していました。

「第5回池田亀鑑賞 募集・選定概要」

 しかし、今秋(9月23日〜10月16日)日南町美術館で「ふるさとにゆかりの文学者」という企画展が開催されます。昨年は「井上靖」、一昨年は「松本清張」でした。
 今年は、池田亀鑑の企画展が開催されます。
 その展示内容がこれから計画されることもあり、「第5回池田亀鑑賞の授賞式と記念講演会」を10月1日(土)に変更し、池田亀鑑賞を幅広く知っていただく機会にすることとなりました。

 企画に合わせて、選考委員のメンバーがギャラリートークを美術館で行うことなど、今からいろいろと計画を立案中です。

 突然の授賞式延期のお知らせで恐縮です。
 6月の授賞式に参加を予定されていたみなさまには、ご理解とご協力のほどをよろしくお願いいたします。

 なお、「第5回池田亀鑑賞」の募集の締め切り日である月末まで、あと残すところ2週間となりました。上記ホームページにも記載されているように、以下の内容に該当するものが応募対象となっています。


一般公募。
あるいは、学術機関、各種法人、出版社など推薦人から推薦を受けたもの(平成27年4月1日〜平成28年3月末日刊行奥付および発表分)の中から、同賞選考委員会により選ばれます。


 コツコツと、倦まず弛まず、地道に調査研究をなさった成果を評価するのが「池田亀鑑賞」です。
 自薦・他薦を問いません。奮ってご応募いただければ幸いです。

 過去4回の受賞作については、以下の通りです。

「池田亀鑑賞 受賞作4点」
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | 池田亀鑑

2016年01月23日

池田研二先生と『桃園文庫展―池田亀鑑の仕事―』を観て

 東海大学湘南キャンパスで開催中の展示会「東海大学蔵桃園文庫目録完成記念 桃園文庫展 ―池田亀鑑の仕事―」に、池田亀鑑博士のご子息である研二先生とご一緒に行ってきました。

 池田研二先生とは、昨年の池田亀鑑賞の授賞式に先だって、奈良の天理図書館へご案内し、そのまま鳥取県の日南町へ同行した時以来です。

 東海大学には、今から30年以上前になるでしょうか。伊井春樹先生と秋沢亙先生(当時はまだ学生だったのでは?)と一緒に、明融本の調査に伺いました。暑い盛りで、おりしも館内が停電となり、薄暗くて暑い中で写本を繰ったことを思い出します。

 今日は、多数の資料を東海大学に提供なさった研二先生とご一緒ということもあり、開催に尽力なさった蟹江秀明先生と村山重治先生の説明を伺いながら、じっくりと展示品を拝見することができました。展示資料の背景や裏話を、ふんだんに聞く機会が得られたのは幸いでした。ありがたいことです。

 展示品の中で、今回私が注目したのは、「源氏物語大成出版 芳賀矢一先生墓前報告祭に於ける祝詞文」(桃47-195)と、[源氏物語歌舞伎座で上演されるいきさつ](原稿[仮題]・桃47-191)です。

 後者は、池田亀鑑博士の随筆集『花を折る』に「源氏劇上演について」として収載されている文章の原稿(草稿の写しか座談会や御自宅での口述筆記?)かと思われます。
 共に、初めて見るものでした。
 現在復刻作業を進めている『花を折る』の参考資料か、もしくは刊行予定の『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』に収載できないかと、検討を始めているところです。

 なお、本展示会は、今月末1月29日(金)まで開催されています。
 よく展示構成が練られた、刺激的な展覧会となっています。
 入口に置かれたパンフレット(17頁)には、桃園文庫の来歴や所蔵品の解説が、簡潔にわかりやすく記されています。
 展示品目録の後には、1頁を使って池田亀鑑賞の紹介もなされています。
 まさに、この1冊で〈池田亀鑑の仕事〉が確認できる編集となっているのです。

 表紙の写真について研二先生のお話では、亀鑑博士は作家のような写り具合なので好きではなかった、とのことでした。
 上記ウェブサイトで、その写真を確認してみてください。
 確かに、文士の雰囲気が漂う1枚です。
posted by genjiito at 21:49| Comment(0) | 池田亀鑑

2015年06月27日

第4回池田亀鑑賞授賞式と講演会

 第4回池田亀鑑賞授賞式と講演会が始まる頃には、午前中の雨は爽やかに晴れ上がっていました。


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 池田亀鑑賞の授賞式の司会進行は、今年も図書館の浅田幸栄さんです。
 まず文学碑を守る会の加藤和輝会長の挨拶で始まりました。


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 加藤会長から、受賞者である滝川さんに賞状と賞金が渡されます。


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 続いて私が、本日ご欠席の伊井春樹会長の代わりとしての挨拶と、選考委員長として選考過程と選定理由などの説明をしました。


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 授賞式の内容がわかりやすいように、私が用意していた原稿を引用します。
 もっとも、手持ち原稿を読みながらの研究発表や講演はしないように、という伊井先生からの指導を徹底して受けているので、この原稿通りにお話はしていません。ほぼこのような内容でした、ということでご理解ください。


挨 拶   伊藤鉄也

 滝川幸司さん。このたびは第4回池田亀鑑賞の受賞、おめでとうございます。

 池田亀鑑賞の選考委員会の伊井春樹会長が、本日は宇和島伊達400年祭 記念文化講演会に出席のためにご欠席です。伊井先生は宇和島のご出身です。

 そこで、選考委員長を務める私が代わりましてご挨拶申し上げます。
 併せて、池田亀鑑賞の選考についても報告いたします。

(1)池田亀鑑賞 設立の意義

 文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要です。

 そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続に対する理解と応援が必要です。

 池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っています。

 達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っているところです。

 この「池田亀鑑賞」は、今から5年前、平成22年(2010年)3月13日に日南町で開催された講演会「もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』」が原点です。

 そのイベントが契機となり、日南町と「池田亀鑑文学碑を守る会」が平成23年(2011年)5月2日に「池田亀鑑賞」の設立を実現しました。

 「池田亀鑑賞」は、文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。

 来年は、池田亀鑑の生誕120年、没後60年の記念すべき年となります。

 中古古典文学研究などの奨励となり、源氏物語千年のかがやきのような光彩を放つ賞として、今後ともみなさまのお力添えを得まして、末永く継承したいと考えています。

(2)選考対象と選考方法

 「池田亀鑑賞」は、前年度に発表された平安文学に関する学術図書、研究論文、資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるものを選定しています。

 応募作の評価については、選考委員全員があらかじめすべてに目を通し、毎回4つのチェック項目について5段階評価をし、それに各委員が講評(200字)を付けた評価表を提出していただいています。

 その4つの評価項目は、次の通りです。

 @地道な努力の成果
 A研究の基礎を構築
 B研究の発展に寄与
 C成果が顕著な功績

 そして、その資料を参考にしながら、自由討議によって選考を進めていきます。

(3)選考経過と理由

 @3月末日〆切り
 A選考委員会は、本年5月2日(土)午後2時より、伊井春樹先生の逸翁美術館・池田文庫で開催

【選評】
滝川幸司『菅原道真論』(塙書房)

 今回の受賞作『菅原道真論』は、700ページにも及ぶ、平安前期の漢学者・漢詩人の研究です。
 今回の応募作の中では、群を抜く大著でした。
 本書は、『源氏物語』を中心とした平安文学を視野に置く池田亀鑑賞にはやや違和感があるかもしれません。しかし、昨年度の『狭衣物語』の研究がそうであったように、「地道で基礎的な研究」という点では申し分のないものです。
 歴史史料を精緻に読解し考証することから、多くの成果を導き出しているのです。しかも、道真だけでなく、その周辺の人物の伝記をも詳細に考証しています。
 特に、第二篇「道真の交流」は、文学や歴史学に多大な恩恵をもたらす成果となっています。
 全編にわたり力作の論稿が多く、それでいて全体が統一されています。
 努力の成果が、基礎研究と顕著な功績として一書をなしているのです。
 本書は文学研究にとどまらず、歴史学などの他領域にも影響を及ぼす可能性が高いものです。
 著者の今後の展開にも期待したいと思います。
 なお、取り組む研究テーマを異にする者にとって、初見の人名と書名が頻出する論稿を理解する上で、巻末索引(「人名」「研究者名」「官職・官司」「書名・篇名・詩題」)は配慮が行き届いており、理解を助けるものとなったことを申し添えておきます。

 以上、池田亀鑑賞の趣旨に最も合致する著作として、滝川さんの『菅原道真論』を、第4回池田亀鑑賞の受賞作といたしました。

 文学研究の基本となる文献を大切にする研究者として、今後とも注目したいと思います。

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 本日は4時から、第三部として池田亀鑑が生涯の仕事とした『源氏物語』の古写本を読む、ということの体験をみなさまと一緒にしたいと思います。
 この古写本を読むことについては、今後とも継続して、この日南町で行います。これは、私と原豊二先生が担当し、年に複数回実施したいと計画しています。
 今回はその第3回目です。
 今から700年以上も前の鎌倉時代に書き写された『源氏物語』を、一緒に読んでみましょう。そして、日本の文化の奥深さを、ご自分の目と手で実感していただければ幸いです。
 多数のご参加をお待ちしています。

(4)広報活動

 池田亀鑑賞に関する幅広い広報・普及活動の検討と対策を考えています。
 その一環として、今秋広島で開催される中古文学会のフリースペースに、池田亀鑑賞関係の展示とパンフレットの配付を検討しています。



 長々と引用しました。おおよそ、以上のような内容の挨拶をしましたので、記録に留めておきます。

 次に、選考委員の紹介です。


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 池田研二先生は、会場後ろに池田亀鑑の自筆原稿を展示したことに関して、見る際のポイントと簡単な説明をなさいました。


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 妹尾好信先生は、来月19日に米子の今井書店「本の学校」で開催される「文藝学校」講演会の紹介をなさいました。


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 原豊二先生は、私が言及した文学部がなくなって行くことに関連した中国地区の現状と、本日の研究発表者である杉尾瞭子さんの紹介でした。


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 続いて、来賓挨拶として、日南町の増原聡町長から祝辞をいただきました。


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 そして、町議会の村上正広議長。


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 日南町の丸山悟教育長からの祝辞もありました。


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 第1部は、受賞者である滝川幸司さんの記念講演会です。


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 菅原道真の2つの漢詩を例にして、これまでとは異なる解釈により、従来よくわからないままに来た問題を、誰にでもわかりやすく読み解いてくださいました。
 漢字が並ぶ漢詩漢文は、苦手な方が多いと思います。しかし、今日のお話では、「未知」と「断腸」の解釈をみごとに解き明かし、漢詩を読む楽しさを教えていただきました。

 配布された講演資料を見た時には、こんなに難しい内容では参会者のみなさんは頭を悩ませられるのではないか、という主催者側の心配は、まったくの杞憂に終わりました。難しそうな内容をわかりやすく語るという、みごとな講演でした。

 第2部は、ノートルダム清心女子大学の博士前期課程二年生の杉尾瞭子さんの研究発表です。
 タイトルは「池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』について」でした。


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 作品を丹念に読み解いての発表でした。
 土井晩翠の「万里長城の歌」の引用の研究は、実証的で説得力のあるものでした。
 続く懐かしの歌となっている「馬賊の歌」は、大正後期に宮崎滔天が作ったものだそうです。それが、断片的に池田亀鑑の小説に引用されているのです。乃木希典の漢詩もそうです。

 出典に関しては、いずれもが剽窃だとわかります。もっとも、権利意識の薄い当時にあっては、その時代の考え方でものを見て行く必要もあります。
 時代背景に関して、アジア主義や侵略思想への言及がありました。少年の大陸飛雄の夢を描いたものだというまとめは、今後の課題として、さらなる研究の発展が期待できます。
 こうして若手が臆することなく、各種資料を吟味しながら多視点による調査結果を研究発表することは、今後が頼もしく思えます。

 第3部は、私が担当するもので、「鎌倉時代の『源氏物語』古写本を読み、池田亀鑑を追体験する」という実習講座です。


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 今回は、国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」の巻頭を、みなさんと一緒に、字母に注意しながら読みました。30分という短い時間でした。しかし、みなさん懸命に変体仮名に見入ってくださいました。
 また、古写本『源氏物語』の触読研究というプロジェクトについてもお話し、視覚障害の方々と一緒に『源氏物語』を手や耳を使って読む取り組みについても報告しました。

 最後は、石見まちづくり協議会の吉澤晴美会長より閉会の辞をいただきました。


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 今回の参加者は60名と、いつものように多くの方々が参会してくださいました。

 日南町は、小さな過疎の村だといわれています。しかし、向学心や知的好奇心に溢れる町民のみなさまの熱意は、企画や運営の立場から見ると驚嘆というのが実感です。さすがは、池田亀鑑の生誕の地であり、井上靖の文学館があり、松本清張の文学碑がある町です。

 国として文学の評価が消極的な現在のご時世において、こうした文学研究という専門性の高い内容にも、日南町の多くの方が興味と関心をもって理解をしていこうとなさる風土は、地方創生のエネルギーを秘めているように思えます。高い評価と共に、全国から注目される町となるのも、そう遠くはないことでしょう。

 来年は、池田亀鑑の生誕120年、没後60年、そして池田亀鑑賞の第5回目となります。
 記念になるイベントにしようと、みなさんで楽しく語らいながら、名残惜しい中での閉会となりました。


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 終了後は、恒例となっている池田亀鑑文学碑のある石見東小学校の校庭横へ行き、関係者で記念撮影をしました。


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 ちょうど2日前に、この文学碑の横に非常に珍しい亀の子石が置かれたところでした。


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 この碑の周りは、今後ともますますいい環境に整備されていくことでしょう。
 また来年、この地に来られる日が、今から楽しみです。

 なお、これまた恒例の懇親会が、今回も宿舎となっている「ふるさと日南邑」で行われました。
 会場に帰り着いた頃には、また雨が紫陽花に降り注いでいました。山陰の気候の特徴のようです。


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 この懇親会は、ただ単にお酒を飲む場ではなくて、夢が語られ、思い出が語られ、町民の方々が元気になる話題に満ちています。

 今日も、今では手に入らない池田亀鑑の随筆を集めた『花を折る』の復刊について、計画を実質的に詰めることができました。
 すでに関係者には事前に相談をしておいたこともあり、その概要と役割分担が即決です。

 ・新典社から刊行
 ・本文は現代仮名遣いに改訂
 ・地名、人名、行事、気候、風土などの脚注/浅田幸栄
 ・上記以外の脚注とコラム/原豊二
 ・コラム数本/未定
 ・池田亀鑑の写真選定と説明/池田研二・伊藤鉄也
 ・寄稿/池田研二
 ・寄稿/久代安敏
 ・解題/伊藤鉄也
 ・事項索引/NPO法人〈源氏物語電子資料館〉

 以上は、今日の確認事項です。
 『花を折る』に収録されていない池田亀鑑の随想等は、これから編集に着手することになります。
 今後とも些少の変更があるとしても、来年の6月25日(土)に予定している、第5回池田亀鑑賞の授賞式には間に合うように刊行することになります。
 さまざまな確認事項や不明な点の解明が、いまから大仕事として降りかかることが想定されます。
 しかし、みなさまのご理解とご協力を得て、良い本に仕上げたいと思います。
 関係者のみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 池田亀鑑

2015年06月26日

池田研二先生と共に奈良から鳥取へと移動

 昨夜11時に新宿の都庁前を発ったバスは、天理駅前に予定よりも早い朝5時55分に着きました。


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 駅前で食事をしたりしてのんびりした後、池田研二先生のお供として天理図書館へ行き、研二先生の父池田亀鑑蔵書群(桃園文庫)について、貴重な話を伺いました。

 それとは別に、私が現在の関心事としている、視覚障害者と一緒に古写本『源氏物語』を読む課題に直結する、これまでまったく情報を持っていなかった本の存在を知りました。
 それは、「行儀作法の書」(1875年刊)と、「盲人のための印刷法手引き書」(1820年刊)です。共に浮き出し文字(凸字)による本で、立体的にアルファベットが触れるものです。
 これについては、今日は見かけただけなので、今後さらに調べてみます。この本について何かご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示のほどをお願いします。

 お昼に天理図書館を辞してからは、研二先生と一緒に、大和路快速・新幹線のぞみ・特急やくも等の列車を乗り継いで、池田亀鑑賞の授賞式が行われる鳥取県の日南町に入りました。

 私が事前に時刻表で組んだのが、乗り換えが10分以内という、実に強行なタイムスケジュールでした。そのために、80歳という研二先生には慌ただしい思いをしていただくことになりました。申し訳ありません。その日の明るい内に日南町の宿に入るためには、このルートしかなかったのです。

 列車の中では、長旅の時間を忘れるほどに、ずっと研二先生と喋り詰めでした。
 興味深い貴重なお話をたくさん聴くことができました。得難い収穫の多い一日となりました。


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 目的地である生山駅には、池田亀鑑文学碑を守る会事務局長の久代安敏さんが、いつものように出迎えに来てくださっていました。雨が上がったばかりの中を、毎年お世話になっている「ふるさと日南邑」に身を休めることとなりました。

 部屋からは、これまたいつものように、雲を被った山々が望めます。
 今年も来たな、という思いを胸に、明日の授賞式と講演会と追体験会の準備をすることとなりました。


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 昨年までとは違うことに気付きました。「ふるさと日南邑」の館内に無線LANが敷設されたのです。
 いつもは iPhone のテザリングか、事務所の LAN を借りてインターネットにつなげていました。それが、部屋にいながらにしてネットにつながるのです。これは一大変革であり、快適な滞在地となります。情報化社会への対処はありがたいことです。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 池田亀鑑

2015年05月07日

第4回 池田亀鑑賞受賞作品の発表

 過日お知らせした通り、池田亀鑑賞のホームページから、第4回受賞作品が発表されました。

 受賞作は、滝川幸司著『菅原道真論』(塙書房)です。


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 これまでの受賞作を見ると、本居宣長の源氏学、『源氏物語』の注釈書、『狭衣物語』の研究となっています。

「受賞作と関連書籍紹介」

 今回が菅原道真の研究なので、『源氏物語』の研究書はまだ受賞していないことになります。

 池田亀鑑賞は、こつこつと調査研究した、地道な成果を顕彰するための賞です。
 池田亀鑑賞のホームページでも、その「選定」の項目で次のように明記しています。


平安文学に関する学術図書、研究論文、資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの


 これまでの受賞作品が、広く平安文学から選定されたものであることは、妥当かと思われます。
 もっとも、受賞した『源氏物語』が注釈書であり、研究書ではないことを意外に思われることでしょう。
 これは、現今の研究環境を反映していると思われます。

 理科系の発想によって、短期間に成果が求められるのが、今の社会的な風潮です。
 そのような中で、古典文学についても1年単位で成果を示せと言われても、ただただ困惑するのみです。

 そのせいもあって、勢い短期間に成果らしきものが手軽に生み出せる、活字の市販本による読後感想文のような文章が量産されているのです。
 『源氏物語』の研究は、地道な調査研究から遠ざかっている顕著な例かもしれません。

 そこに一石を投じようとするのが、この池田亀鑑賞です。
 これまでの選考結果を見ると、たゆまぬ努力で、研究の基礎を築いた成果をすくい上げています。
 過日の記事でも、以下の4点を池田亀鑑賞の選考基準としていることを報告しました。


(1)地道な努力の成果
(2)研究の基礎を構築
(3)研究の発展に寄与
(4)成果が顕著な功績


 しっかりと腰を据えた地道な研究に、これからも温かいまなざしを向け、さらなる展開を後押しする賞となるように、今後とも運営と選考を続けて行きたいと思います。

 来年3月には、また素晴らしい研究成果と出会えることを、今から心待ちにしています。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | 池田亀鑑

2015年05月02日

第4回池田亀鑑賞の受賞作決定

 今日は、逸翁美術館に隣接する池田文庫で、第4回池田亀鑑賞の選考委員会が開催されました。

 今日の関西は、夏を思わせる暑さです。
 阪急池田駅から歩いて逸翁美術館に着くまでに、日差しの強さもあってすっかり汗をかきました。


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 逸翁美術館館長である伊井春樹先生のご高配により、毎回恵まれた環境で選考会議を開催できています。


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 今日も委員が集まって、慎重に時間をかけて検討を重ねました。
 その結果、無事に受賞作が「委員全員一致」で決まりました。

 池田亀鑑賞は、次の4点を選考基準として評価を出し合い、委員全員で協議をしながら決定しています。

 (1)地道な努力の成果
 (2)研究の基礎を構築
 (3)研究の発展に寄与
 (4)成果が顕著な功績

 連休明けには、池田亀鑑賞のホームページを通して受賞作が発表されます。
 楽しみに、お待ちください。

 6月27日(土)に鳥取県の日南町で開催される授賞式の内容と、第5回池田亀鑑賞の応募方法などの確認をした後、散会となりました。

 今回も、賞の趣旨にふさわしい応募作が選ばれました。
 来年も、地道な努力の成果を示す作品を拝見できることを、今から楽しみにしています。
posted by genjiito at 23:06| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年06月30日

ふるさと日南邑から米子の稲賀先生の墓参へ

 池田亀鑑賞の授賞式の翌朝は、爽やかな朝靄に包まれて目覚めました。
 今朝も肌寒い日南町です。


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 日本海新聞の朝刊日曜版に、池田亀鑑賞のことが掲載されていました。


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 朝日新聞も、全国版で取り上げて行く意向だそうです。
 こうしたメディアを通して、さらに広く広報していきたいと思っています。

 今秋、「鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読む(第2回)」を開催するにあたり、勉強会場と宿泊場所については、今回も泊まった「ふるさと日南邑」にすることとなりました。早々と予約も入れました。
 すると、ここにはロッジもある、とのことなので、早速案内していただきました。


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 3棟あるロッジは、すべて同じ内装と間取りです。ただし、1棟だけ応接セットと畳の部屋がありました。


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 1棟に6人は寝泊まりできるので、学生さんを含めて少し数が増えても大丈夫でしょう。

 また、会議場にもなる立派な大広間もあります。
 ここで、みんなが古写本を読むのもいいでしょう。


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 自然の中にある、なかなか快適な空間となっています。
 ここを会場にして、9月13日の計画を進めていくことにします。

 今年も、妹尾先生の車に同乗させていただき、米子にある稲賀敬二先生の墓参に行きました。
 私は、これで3年連続でお墓参りに行ったことになります。

 これまでの墓参のことは、一昨年の「米子にある稲賀敬二先生のお墓へ」(2012年03月12日)と、昨年の「日南町から米子へ─稲賀先生の墓参─」(2013年06月23日)の後半に詳しく報告しています。

 今年は、日南町の隣町から広島大学に入学したばかりの学生さんも同道です。なかなか頼もしい若手の出現です。今後の成長が楽しみです。

 お昼は、これまた昨年同様に境港で新鮮な魚をいただきました。
 ちょうど市場の外では、和太鼓のイベントをやっていました。


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 日差しが強くなりだしたので、少しだけ拝見しました。
 池田亀鑑賞の今後を寿ぐ撥の音だと思いながら、その勢いの頼もしさを楽しみました。

 米子駅前で妹尾先生とお別れし、入手したばかりの須藤君の受賞記事が掲載された日本海新聞3部を郵便局から発送しました。

 そして、一路「やくも」で岡山へと出ました。この特急は揺れが大きいので、本などは読めません。身体を休める時間に当てました。

 岡山駅からは往路と同様に、グリーン車を利用するためだけのポイントが、今月末で失効する直前にとにかく消費するため、グリーン券を手にして乗り込みました。

 しかし、私はこのグリーン車とはよほど縁がないのか、何と電源コンセントが自分の席の周りにないのです。車輌の前と後ろの2ヶ所にしかないのです。何のためのグリーン席なのか、さっぱり理解できません。
 しかたがないので、インターネットを活用したパソコンでの仕事は断念し、ここでも身体を休めることに専念しました。

 ところが、あろうことか通路を挟んだ横の席の人が、携帯電話で大声で喋り出したのです。旅の途中でもあり、気持ちが大きくなっておられたのでしょうか。あまりにもマナーの悪い方だったので、よほど止めてもらえないかと言おうと思いました。しかし、下手に声を掛けて、かえって逆上されて手荒なことをされても大変なので、結局は黙って我慢していました。

 いろいろな方がいらっしゃるので世の中は楽しい、とは言うものの、最低限のマナーは守り合いたいものです。帰路も往路同様に、大失敗のグリーン席となりました。

 東京の宿舎に着いたのは、夜の10時でした。
 この充実した金、土、日の3日間を、さらに有意義な方向で今後につなげていくつもりです。
 業務と科研とNPOと自分の研究等々、みなさまのご理解とご協力を、せつにお願いするのみです。
posted by genjiito at 22:38| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年06月29日

第3回池田亀鑑賞授賞式

 心配していた天気は、ありがたいことに曇り空に留まってくれています。
 雨にならなかったことに安堵しました。

 まずは、本日の会場である日南町文化センターの入り口で、関係者一同で記念写真を撮りました。
 池田研二先生も元気に来てくださっています。


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 今日の参会者は70名です。この池田亀鑑賞の授賞式の参加者は、町民の方が中心であることはもちろんのこと、米子や岡山からもいらっしゃっています。
 授賞式が始まってすぐに、役場の職員の方々がテーブルとイスを何台も運び込んでおられました。予想では50〜60名と見込んでおられたようです。会場の後ろで聞こえる騒めきを、ありがたさとうれしい思いで耳にしていました。

 日南町の町民のみなさんの熱気が肌身に感じられるので、主催者側の気持ちも引き締まります。

 まず、「第3回池田亀鑑賞授賞式」です。
 司会は、昨年同様、日南町図書館司書の浅田幸栄さんです。

 開会挨拶は加藤和輝(池田亀鑑文学碑を守る会)会長です。
 今年もこの授賞式が開催できたことの喜びを語られました。


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 賞状と副賞の贈呈には、地元報道関係者など多くのカメラマンが舞台に集まりました。


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 池田亀鑑賞選考委員会の会長挨拶として、伊井春樹先生が「池田亀鑑賞の意義」について、いつもの優しい語り口で話されました。みなさん、伊井先生のお話を、毎年楽しみにしておられます。


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 それを受けて、池田亀鑑賞の選考委員長である私が「選考理由」について報告しました。併せて、古写本を読んで池田亀鑑を追体験する中で、町民のみなさんと一緒に「古典文学の町づくり」に取り組んで行く企画をお知らせしました。


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 来賓紹介は、日南町議会議長と、日南町教育長でした。


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 来賓挨拶は、増原聡日南町長です。
 このアカデミックな村おこしとも言えるイベントの盛り上がりを、さらに次の世代に語り継ぎたいと、力強く宣言なさいました。


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 本日のメインとなる、「第一部 第3回池田亀鑑賞受賞記念講演」です。
 受賞者の須藤圭さんが、柔らかな語り口で『狭衣物語』についてわかりやすく話されました。


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 「『狭衣物語』とは何か」
 「わたしと『狭衣物語』の出会い」
 「池田亀鑑と『狭衣物語』」
 「『狭衣物語』研究の未来」


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 最後に、広島大学の妹尾好信先生から、広島大学所蔵の『狭衣物語』の写本と版本の紹介がありました。

 休憩時間には、妹尾先生と須藤さんによるギャラリートークもありました。
 多くの方が展示ケースを取り囲んで聴き入っておられました。


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 天保8年の絵入り版本「さころも」に、「紅梅文庫」の印がはっきりと確認できます。


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 「紅梅文庫」については、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第2集』(新典社、平成25年)で、永井和子先生と私が対談の中で詳細に語っていますので、ご参照のほどを。

 会場の入り口には、日南町図書館にある池田亀鑑に関する本が並んでいます。


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 この日のために、小さいながらも、こんなにかわいい幟を作られたのですね。職員とお手伝いをしてくださるみなさんの、このイベントを一緒に盛り上げようとしてくださるそのお気持ちが、温かい声援として聞こえて来ます。一人で感激しています。想いのこもった小道具が嬉しくて、また来年も来ますから、と、幟に向かってつい手を合わせ、一人で笑ってしまいました。みなさん、ありがとうございます。

 続いて、「第二部 もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」講演会」です。
 今春から岡山のノートルダム清心女子大学に移られた原豊二先生の講演は、「江戸時代の日南町 元禄歌人・竹内時安斎の旅」と題するものです。

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 「竹内時安斎の人物紹介」
 「江戸時代の日南町地域を知る」
 「紫式部伝説の一断章」

 中でも、竹内時安斎が元禄7年に伯耆地方を旅し、日南町地域を通過した5日間の記事では、地名や人名が出てくることもあり、会場のみなさんとの反応ややりとりに興味深いものがありました。

 最後に、原先生から

日南町のあらたな価値に「古典文学」を

という提言には、会場から多くの首肯きが波として伝わってきました。

 この原先生の勢いは、続く私の古写本を読む体験へとつながります。

 少し休憩した後、「第三部 鎌倉時代の『源氏物語』古写本を読んで池田亀鑑を追体験してみよう」という、参加型の体験学習を企画しました。
 これは、これまでが講演を聴くという、参加者にとっては受け身の催し物ばかりだったので、少しでも身体を使った体験を共有しよう、という趣旨の元に取り組むことにしたものです。

 現地のスタッフの方々の予想では、10人位が残って参加してもらえたら、ということでした。学習用に鉛筆も10本ほど用意してくださっていました。
 しかし、意外というべきか、うれしいことに40人近くの方々が残ってくださったのです。

 事前に広報用に配布したチラシには、次のような説明文を掲載しました。


 池田亀鑑が生涯をかけて取り組んだ『源氏物語』の古写本を読むことを、みなさまと一緒に追体験してみたいと思います。
 米国ハーバード大学美術館には、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の「須磨」巻と「蜻蛉」巻の2冊が所蔵されています。
 今回は、その内の「蜻蛉」巻の最初のページを、変体仮名といわれる仮名文字を一文字ずつたどりながら読んでみます。
 資料は配布しますので、筆記用具だけをご持参ください。
 この企画は、今後とも継続して日南町で開催する予定です。


 今回の体験学習のために用意した資料には、「ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 蜻蛉』の来歴」、「ハーバード本「蜻蛉」第1丁表のカラー写真」、「掲出仮名の字母一覧」、「第1丁表の字母」、「第1丁表の翻字」が印刷してあります。


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 これを使って、1時間ほどをかけて、丁寧に仮名文字とその字母を確認しながら、またその文字の背景を説明しながら読みました。

 今回は、「か・け・し・す・せ・た・と・な・に・の・は・ひ・ま・み・め・り・る・を」の18文字が読めたら目標達成です。この第1丁に出てくる漢字は「人・返・給・事・思・心」の6文字だけです。これだけで、800年前に書かれた写本の冒頭一枚が、完璧に読めることになるのです。


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 実際には、丁寧に話をしながら進めたこともあり、10行あるうちの4行分しか読めませんでした。しかし、2行目にあるナゾリや、4行目の補入の説明もしたこともあり、予想以上に実感として読めた気になっていただけたようです。

 池田亀鑑賞の事務局長をなさっている久代さんも、真剣に変体仮名読解に取り組んでいらっしゃったようです。


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 今回のみなさんの反応がよかったことは、第2回目の追体験につながる収穫でした。次回はもっと、謎解きの要素を入れてみたいと思います。

 なお、この後の懇親会で、私が「800年前の写本」というフレーズを十数回言ったということが披露されました。そうなのです。とにかく、「800年前」の文字を読む、ということを脳裏に刻んでいただきたかったので、「800年前」を連呼したのです。

 閉会後、何人もの方々が我々の所にお出でになり、いろいろな質問や感想を投げ掛けてくださいました。


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 こうした交流は、今後とも大切にしていきたいと思います。

 会場を後にして、懇親会場へ移動する途中に、いつものように池田亀鑑の顕彰碑の前で関係者一同が記念撮影をしました。いつもお忙しい伊井春樹先生は、急いで松江へと移動なさったため、今回は写真の中にはいらっしゃいません。


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 また、恒例となっている「池田亀鑑誕生地」の碑に受賞者を案内して、記念撮影をしました。

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 この碑は個人の敷地に建っているため、ご迷惑をおかけしないようにと、今回は少人数で訪問しました。

 日南町のみなさまのご理解とご協力のもとに、第3回目となる池田亀鑑賞の授賞式と関連するイベントも、すべて盛会のうちに無事終えることができました。みなさまに、感謝します。そして、来年もよろしくお願いいたします。

 懇親会では、今後の夢語りも含めて、いろいろと楽しい話で沸きました。
 特に、古写本を町民のみなさまと一緒に読むことで池田亀鑑と古典文学を実感していただく企画は、さらに具体化へと向かいました。

 今回確認できたことの一部を、気が早いかもしれませんが、速報として記しておきます。次のイベント会場は、池田亀鑑の生誕地の近くです。

企画名称:「鎌倉時代の古写本『源氏物語』を読む(第2回)」
開催日時:平成26年9月13日(土)午後2時〜3時半
体験会場:ふるさと日南邑(鳥取県日野郡日南町神戸上)
主催 or 後援:NPO法人〈源氏物語電子資料館〉/日南町(予定)

 なお、この時に、井上靖と松本清張の文学碑にご案内する予定です。
 さらに詳細が決まり次第、またお知らせいたします。
posted by genjiito at 23:01| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年06月28日

一年ぶりの日南町に来ました

 岡山から乗った出雲市行きの特急「やくも」は、1時間半で鳥取県の生山駅に着きます。岡山と鳥取の分水嶺をトンネルの中で潜った列車は、鳥取県に入って最初の駅である上石見駅には止まりません。上石見駅から東の方向に、池田亀鑑の生誕地があります。

 この上石見駅は、井上靖の『通夜の客』の舞台の入口でもあります。


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 この上石見駅の次の生山駅が、日南町の中心地です。
 駅に降りると、昨年はなかったはずの「古事記伝承の地」という幟が目に飛び込んで来ました。


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 ここは、島根県と共に神話の地です。昨年も、神楽の練習場所を訪問しました。そのことは、「日南町から米子へ─稲賀先生の墓参─」(2013年06月23日)に書きました。

 駅前は、落ち着いた駅舎が山を背景にしてたたずんでいます。
 日南町は山峡の町です。谷間を渡る風は、まだ肌寒さを伝えていました。


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 今年も、池田亀鑑賞の授賞式が、この日南町で開催されます。
 まず、役場へ行き、町長と教育長を表敬訪問しました。教育長は、今年度から変わられた方でした。

 町長との懇談の中で、日本文学研究者のジェームス荒木氏(ジャズ音楽家としてはジミー荒木)のことに及びました。そして、ジェームス荒木氏(1926─1991年)が日南町と関係のある方であり、しかも井上靖の小説『楼蘭』(エドワード・サイデンステッカーと共訳)や「風濤」などの英訳をなさっている、ということが語られました。
 池田亀鑑文学碑を守る会の事務局長をなさっている久代安敏さんも、荒木氏と日南町の関係についてはご存知ないようでした。私もまったく情報を持っていないことだったので、これから調べてみます。

 役場の前の広場に、松本清張と井上靖のオブジェがありました。これまでにもあったそうです。私の目に入っていなかっただけなのです。


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 井上靖のオブジェだけをここでは紹介します。


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■井上靖の世界 ワーク1
井上氏愛用の万年筆や机などをその
まま再現し、数々の作品が生み出さ
れた書斎のイメージを形にしていま
す。



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■井上靖の世界 ワーク2
40年間現役で活躍し続けた井上氏の
作品の数や量は大変多く、その長い
作家生活を原稿用紙で表現していま
す。



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■井上靖の世界 ワーク3
途方もなく遠く隔たった時空から伝えられ
た、冷ややかで無機質な物象を、現在に蘇
らせることは井上靖氏の歴史認識の方法で
あり、感動の急所です。
その激しい衝動を感じつつ、ひたむきに歩
き続けた井上氏と、井上氏の愛し続けたシ
ルクロードのイメージを重ね合わせていま
す。


 日南町の図書館は、よく整理されています。
 また、3人の司書の方が、時流と興味に流されない、長く読める選りすぐりの図書を選定しておられました。地域のみなさんの読書指向をよく読み取って、評価の高い作家の作品などは網羅的に集書しておられます。こうした、しっかりした図書が収蔵されている図書館を持つ町では、住民のみなさんも本を見たり読んだりするのが楽しいことでしょう。

 その中でも、松本清張と井上靖のコーナーは出色です。


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 また、池田亀鑑のコーナーは、これから充実していこうという雰囲気が感じられました。


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 このように、地域の特色を明確にした図書館は、なかなか得難いものだと思います。ますます多様な本が並ぶと、町民のみなさんもここに来るのがもっと楽しくなることでしょう。子供たちのための本も、非常に充実しています。

 松本清張の文学碑の一帯は、道路の拡幅整備のために工事中でした。


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 また、井上靖記念館は、いつも手入れが行き届いています。新しい花を植え替えられたそうです。


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 今回も、[ファームイン]ふるさと日南邑でお世話になります。
 入口には、昨年はなかった池田亀鑑の写真2枚が飾られていました。


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 これは、池田亀鑑の顕彰事業に深い理解を示してくださっている浅川三郎氏の寄贈になるものです。その横の「私のふるさと」という池田亀鑑のエッセーのパネルも、浅川氏が建てられたものです。
 こうした日本文化の理解者が日南町にいらっしゃるということは、これからもますますこの町が発展していくということでもあります。

 なお、浅川氏は『夢創 無限大』という、ご自身の貴重な体験記録を自費出版という形で今月刊行なさいました。


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 林業を中心とした多くのプロジェクトを起こされ、それが次の世代の若者に継承される契機となれば、と思います。

 今日の夕刻の山並みは、雲に覆われています。


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 明日は天気が心配だ、とのことでした。
 さて、第3回池田亀鑑賞授賞式はどのような催しになるのか、大いに楽しみにしています。
posted by genjiito at 11:44| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年06月18日

第3回「池田亀鑑賞」授賞式のお知らせ

 池田亀鑑賞の第3回授賞式のお知らせが、「池田亀鑑賞ホームページ」に告知されています。

 確認のため、以下に引用します。

日時:平成26年6月28日(土) 午後1時30分〜5時30分
場所:日南町総合文化センター 多目的ホール
  〒689-5212 鳥取県日野郡日南町霞785
  TEL:0859-77-1111
  http://culture.town.nichinan.tottori.jp/

第一部
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 池田亀鑑賞授賞および受賞者記念講演 須藤圭
 「『狭衣物語』との出会い
    ─『源氏物語』以降に書かれた物語の世界─」
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第二部
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 もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』講演会 原豊二
 「江戸時代の日南町 〜元禄歌人・竹内時安斎の旅〜」
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 また、第三部として「池田亀鑑体験」というイベントを追加することになりましたので、お知らせします。


第三部
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 もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』
   鎌倉時代の古写本を読む体験会  担当:伊藤鉄也氏

「ハーバード大学本『源氏物語』の仮名文字を読む(第1回)」
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 池田亀鑑が生涯をかけて取り組んだ『源氏物語』の古写本を読むことを、みなさまと一緒に追体験してみたいと思います。
 米国ハーバード大学美術館には、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の「須磨」巻と「蜻蛉」巻の2冊が所蔵されています。
 今回は、その内の「蜻蛉」巻の最初のページを、変体仮名といわれる仮名文字を一文字ずつたどりながら読んでみます。
 今回の資料は会場で配布しますので、筆記用具だけをご持参ください。
 この企画は、今後とも継続して日南町で開催する予定です。

■主催:池田亀鑑文学碑を守る会
■後援:NPO法人〈源氏物語電子資料館〉
■協力:株式会社 新典社


 追加のチラシも出来ました。


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 なお当日、会場内の展示ケースでは、広島大学の妹尾好信先生のご高配により、広島大学図書館ご所蔵の『狭衣物語』が展示されます。

(1)狭衣物語 古写本 4冊 国文N2223(モノ前120)
(2)狭衣物語 版本 12冊 大国779(モノ前118)承応3年刊 系図・下紐とも
(3)狭衣物語 版本 5冊 国文296(モノ前119)天保8年刊 下紐とも 紅梅文庫旧蔵


 岡山駅から開催地である生山駅へは、特急「やくも」で1時間半です。
 このイベントに興味をお持ちの方は、ぜひ足をお運びください。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年06月09日

「樂友舎」と池田亀鑑についてご教示を乞う

 池田研二先生より先般、池田亀鑑が写っている次の写真の裏面に「樂友舎を出る日」と書いてあった、との連絡をいただきました。研二先生は、この「樂友舎」については何も聞いていないし、知らない、とのことです。


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 「樂友舎」について、いろいろと調べました。東京の出版社として「楽友舎」が主に医学系の図書を刊行しています。しかし、ここには池田亀鑑との接点はなさそうです。それ以外に、手がかりがまったく摑めません。

 この写真は、すでに『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(277頁)に掲載させていただいたものです。その時には、裏書きまでは確認できていませんでした。
 掲載にあたり、以下の簡単な推測による説明を付けました。


正装姿(大正末年頃)
今のところ、手がかりのない写真である。ご子息の池田研二氏は、当時アルバイトをしていた実業之日本社編集長の岩下天年宅(妻房の姉律の嫁ぎ先)での前ではないか、と推測されている。大正11年より女子学習院の教員をしていたので、華族子女の授業へ出かける姿か、とも思われる。


 「樂友舎を出る日」とは、この写真の後ろの建物が「樂友舎」と呼ばれていた所であり、そこから別のところに生活の拠点を移す、という意味ではないか、と今は想像しています。

 いずれにしても、この「樂友舎」が何なのかがわかれば、池田亀鑑の若き日に関して、また新しいことにつながっていくはずです。

 このことに関して、何かご存知の方からの情報を募りたいと思います。
 ご教示のほどを、よろしくお願いします。
posted by genjiito at 22:16| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年04月30日

第3回池田亀鑑賞は若手の『狭衣物語 受容の研究』に決定

 一昨日の本ブログで経過を報告したように、第3回池田亀鑑賞の授賞者が決定しました。
 本日の「池田亀鑑賞公式サイト」で、その受賞作品が発表されましたので、ここに報告いたします。

 第1回池田亀鑑賞は、40代後半の杉田昌彦氏(明治大学)の『宣長の源氏学』(新典社)。
 第2回は、60代前半の岡嶌偉久子氏(天理図書館)の『林逸抄』(おうふう)。
 そして今回の第3回は、20代後半の須藤圭氏(立命館大学)の『狭衣物語 受容の研究』(新典社)となりました。


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 私は公式サイトの「選考委員紹介」に、次のコメントを寄せていました。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。


 今回の須藤氏の『狭衣物語 受容の研究』は、まさにこれにぴたりと当てはまる研究の成果だと言えます。
 基本姿勢として、書誌的事項を押さえつつ写本や版本に立ち返って確認し、文献調査を踏まえた手堅い研究手法には、須藤氏が20代であることをを忘れさせます。実見できなかった資料は、国文学研究資料館のマイクロ資料で補う姿勢も徹底しており、極めて地道な研究だと言えます。


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 これからがますます楽しみな若い研究者を、池田亀鑑賞で顕彰することとなりました。
 これを契機として、若手研究者が文献を丁寧に読み解き、コツコツと一歩ずつ成果をまとめる励みともなれば、この池田亀鑑賞もさらに意義深いものとなることでしょう。

 最近の私の口癖となりましたが、読書感想文を突き抜けた、文献で実証する研究を後方支援する池田亀鑑賞となるように、今後とも目配りをしていきたいと思います。

 なお、「第四回 池田亀鑑賞 募集・選定概要」の内容が少し補正されています。
 来年3月末日までに応募していただく際には、お気を付けください。

 以下に、受賞者須藤圭氏の著作である『狭衣物語 受容の研究』(2013年10月25日、402頁、新典社)の目次を掲載します。


〈目次〉
はじめに 
  一 なぜ、そして、どのように、狭衣物語は読み継がれてきたか 
  二〈受容〉〈享受〉〈影響〉 
  三 本文について 

第一章 狭衣物語歌集の諸相 
 第一節 狭衣物語歌集の成立と展開 
  一「源氏集」の諸相 
  二 狭衣物語歌集の発生 
  三 現存狭衣物語歌集の諸相 
  四 物語をどう評するか 
  五 狭衣物語の和歌がもたらすもの 

 第二節 『類句和歌』の狭衣物語所収歌 
  一 三条西実隆と狭衣物語 
  二『類句和歌』の成立 
  三『新編類句和歌』の成立 
  四 大永期における新写本の作成 
  五 尊経閣文庫蔵『類句和歌四句』の狭衣物語 
  六 おわりに 

 第三節 伝尊鎮法親王筆『さころもの哥』 
  一 はじめに 
  二 諸本書誌 
  三 本文の様相 
  四 付載された定家詠十四首、慈円詠一種 

 第四節 鷹司信房筆『さころもの哥きゝ書』 
  一 はじめに 
  二 書誌と成立過程 
  三 依拠本文の推定 
  四 受容の様相 
  五 おわりに−信房と信尹と紹巴と−
  付 翻刻・山路の霧切、源氏物語夢浮橋巻切各一葉 

 第五節 近衞信尹外題筆『さ衣之集謌』 
  一 はじめに 
  二 依拠本文の推定 
  三 近衞家、連歌師の関与 
  四 おわりに 

 第六節 『古今類句』の狭衣物語所収歌 
  一 はじめに 
  二 『古今類句』の編者 
  三 依拠本文の推定 
  四 雅章とのかかわり 
  五 おわりに 

第二章 狭衣物語注釈の諸相 
 第一節 『狭衣三箇秘訣切紙』の方法
       −狭衣物語と涅槃経− 
  一 はじめに 
  二 諸本とその伝来 
  三 狭衣物語と源氏物語 
  四 狭衣物語と涅槃経 
  五 おわりに 

 第二節 切臨の解釈一面
      −承応三年版本の傍注と巻四「よそなから」歌の詠者−
  一 はじめに 
  二 問題の所在 
  三 承応三年版本傍注と下紐 
  四 宰相中将妹君の人物造形 
  五 おわりに 

第三章 狭衣物語本文の諸相 
 第一節 京都大学文学研究科蔵『さころも』の和歌の異文と空間 
  一 はじめに 
  二 諸本の様相 
  三 京大五冊本巻四の本文 
  四 「むかいひの岡」という表現 
  五 おわりに 

 第二節 巻四飛鳥井女君詠二首の異文 
  一 はじめに 
  二 二首を有する本文 
  三 二首の順序が相違する本文 
  四 二首を欠く本文 
  五 おわりに 

 第三節 狭衣物語古筆切の一様相
      −伝阿仏尼筆切(伝冷泉為相筆切・伝花山院師賢筆切)から−
  一 はじめに 
  二 伝阿仏尼筆狭衣物語の紹介 
  三 本文の検討 
  四 おわりに

資料紹介
 一 冷泉家時雨亭文庫蔵『口伝和歌釈抄』所収「さころもの哥」
 二 尊経閣文庫蔵『類句和歌四句』狭衣物語所収歌
 三 寛文六年版『古今類句』狭衣物語所収歌
 四 元禄五年東園基雅筆『源氏狭衣歌』所収「狭衣和歌抜書」

 初出一覧
 あとがき
 索  引
posted by genjiito at 19:30| Comment(0) | 池田亀鑑

2014年04月28日

「第3回 池田亀鑑賞」の選考委員会を終えて

 昨日は、大阪なんばの難波八坂神社での聞き取り調査の後、地下鉄と阪急を乗り継いで大阪府池田市に向かいました。伊井春樹先生が館長をしておられる逸翁美術館に隣接する池田文庫で、「第3回 池田亀鑑賞」の選考委員会が開催されるためです。

 池田駅前の喫茶店で、「池田亀鑑文学碑を守る会」の事務局長をなさっている久代安敏さんと打合せをしてから、会場に向かいました。

 池田文庫の入口には、小林一三のイラストを配した、こんなおしゃれな案内表示がありました。

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 伊井先生は、この池田文庫と、さらには小林一三記念館の館長もなさっています。先生の温かい心遣いに感謝して、会議室に入りました。

 今回もこれまで通り、委員のみなさんにはあらかじめ応募作に対する評価と講評をお願いしてありました。
 それは昨日までにいただいていたので、すべてをとりまとめた資料は、昨夜までに選考委員のみなさんには送付してあります。したがって、その資料を参考にしながら選考作業を進めることとなります。

 第1回池田亀鑑賞は、40代後半の杉田昌彦氏(明治大学)の『宣長の源氏学』(新典社)。
 第2回は、60代前半の岡嶌偉久子氏(天理図書館)の『林逸抄』(おうふう)でした。
 今回の結果は、今月末に池田亀鑑賞の公式サイト(http://www.shintensha.co.jp/sp/ikeda_kikan/index.html)で発表されます。

 また、公式サイトから公開していた「募集・選定概要」(http://www.shintensha.co.jp/sp/ikeda_kikan/case03.html)の各項目すべてについて、あらためて見直しをしました。
 第4回池田亀鑑賞の応募(平成26年4月1日〜平成27年3月末日刊行奥付および発表分)については、このあたらしい要項で選考審査を行うことになります。

 今回の第3回池田亀鑑賞の授賞式は、予定通り平成26年6月28日(土)午後1時30分〜4時に、日南町総合文化センター多目的ホール(鳥取県日野郡日南町霞785)で行われます。
 今年も、受賞者の記念講演があります。
 近隣の方をはじめとする一般の方々のご来場をお待ちしています。
posted by genjiito at 23:06| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年09月15日

武井和人先生の研究成果を補完した拙文のこと

 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』を刊行してからの後日譚です。

 編著の《連載》の中にある拙文「池田亀鑑を追う(第二回 源氏展の背景にある検閲と写真)」で、「四、昭和六年に大正大学で展示された古写本『源氏物語』」という節があります。
 次のように語り出したところです。


 東京大学で源氏展が開催された前年の昭和六年に、大正大学で一つの展覧会があった。そこには、池田亀鑑が所蔵していた古典籍が多数展示されたのである。これは、これまでに指摘がなかったことである。(213頁)


 ここで、「これまでに指摘がなかったことである。」と書いてしまったことは、実は調査と確認が不足したものでした。

 この展覧会のことは、池田亀鑑のご子息である池田研二先生より拝受した、『国文学資料展観目録』(主催 大正大学郊北文学会、昭和六年五月八日・九日)によっています。

 その展覧会は、「はしがき」に
「高野辰之池田亀鑑亀鑑両人の蔵品中から四百点ばかりを選んで列ねます。」
とある通りです。

 私はこの冊子から、池田亀鑑の所蔵にかかる129点を紹介して、二三の問題を検討しました。

 これは、すでに本ブログ「昭和6年に大正大学で展示された古写本『源氏物語』」(2011年6月16日)で報告したことをもとにして整理し、再構成して収載したものです。

 この展覧会に関連して、私が取り上げたものと同じ展示目録である『国文学資料展観目録』によりながら、池田亀鑑についてではなくて、高野辰之のコレクションである「斑山文庫」に関して論じたものがあったことを、このたび教えていただきました。しかも、それは、旧知の武井和人先生(埼玉大学)からでした。目配りの至らなさに、恐縮しています。

 武井和人「斑山文庫本追尋・続」(『研究と資料』第61輯、2009・7)
がそれです。
 この論文名をクリックしていただくと、論文本体がダウンロードできます。

 ここには、次のように記されています。


 該目録より高野辰之蔵とされるもののみ抄出する(因みに、池田亀鑑蔵とするもののうち、現在、行方が分からなくなつてゐるものが含まれるかと想像され、この紹介も必要なのであらうが、紙幅の関係で省く。今後別途機会を得て考察してみたい。)


 つまり、4年前に武井先生が報告紹介のうえ考察を加えられた資料に関して、それが高野辰之だけに関してのものであったのに対して、私の報告では、もう一人の池田亀鑑だけに関するものだった、ということです。

 しかも、その資料を武井先生に提供されたのが、徳江元正先生だったのです。

 徳江先生には、私が國學院大学で授業を教わったことのみならず、私が大阪の高校で教員をしていた頃に、忘れられない出来事がありました。
 私が上京して学会で研究発表をした後、会場近くの食堂で一人で食事をしていた時のことでした。同じ食堂におられた徳江先生が先にお帰りになる時に、君のも一緒に払っておくからね、と言って出て行かれたのです。
 遠い所からご苦労さま、というお気持ちからだったのでしょうか。
 先生とは研究対象とする時代も、テーマも異にしていて、特に親しく指導していただいたのでもなかったので、本当に恐縮しました。

 その後、私が高崎正秀博士記念賞を受賞(平成2年5月)した時も、百周年記念館の廊下ですれ違いざまに、心温まる労いのことばをいただきました。直接の接点がない先生だっただけに、ありがたくお言葉を拝受いたしました。
 当時の私の指導教授とはあまり仲がよくなかっただけに、個人的におことばをかけてくださることが、嬉しくて心に滲みる思いでいます。

 閑話休題
 武井先生にはコンピュータの初期からの知り合いです。私が『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)を刊行した時にお手紙をいただいて以来です。
 2年前にも、私が知らなかったこととは言え失礼なことを書いてしまい、武井先生からやんわりとご指摘をいただきました。
 次の記事の末尾にある、《コメント欄》をご覧いただければ、武井先生の優しさと、私の迂闊さがわかっていただけるかと思います。

「JISカナ・キーボードの存続が危うい」(2011/7/24)

 また、武井先生が指導しておられた大学院生の数人には、私の所でアルバイトをしていただいたり、総合研究大学院大学で学位を取るお手伝いをしたり、埼玉大学へ留学で来ていた大学院生の研究のお手伝いや、中国の東北地方へ案内してもらったりと、枚挙に暇がありません。それでいて、研究分野が異なることもあって、直接お目にかかってお話をしたことはほんの数回です。
 気持ちのいいほど、さっぱりした関係なのです。

 それにしても、今回は私の調査と認識不足により、武井先生がすでに発表なさっていたことも知らずに、新しい資料として紹介してしまいました。同じ資料を、視点と切り口がまったく異なり、お互いが補完する関係となる報告となったことは、偶然とはいえ幸いでした。
 それにしても、私の方が失礼をしたことに違いはありません。

 自戒の念を込めて、ここに報告しておきます。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年09月14日

九条武子と池田亀鑑の写真は昭和2年11月15日撮影と判明

 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』の379頁に「対談中の池田亀鑑(昭和7年秋頃)」として掲載した写真について、そこに付した私の説明文の推測部分が間違っていました。このことは、「入江たか子の写真へのこだわりを反省」(2013/9/5)でお詫びと訂正をした通りです。

 私のこの推理の誤りを早急に正すために、その後も調べを続けていました。特に『婦人世界』にポイントをしぼっていました。

 そうした折、横溝博氏(東北大学)より再度、決定的な証拠となる雑誌『婦人世界』からの切り抜き2枚を送っていただきました。ありがとうございました。
 
 
 

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 ただし、掲載誌『婦人世界』の年次は不明とのことでした。そこで早速、国立国会図書館へ行き、デジタル化資料とマイクロフイルムで、問題となっている記事の確認をしてきました。

 以下に掲載する写真は、国立国会図書館から「インターネット・ホームページ等掲載許可申請」を経て私個人が許可を受けたものです。これらの写真を引用・転載なさる際には、お気をつけください。

 以下、横溝氏からの情報を手掛かりにして行き着いた結論までの資料と、その記事へのコメントを記していきます。

 九条武子は、明治20年(1887)10月20日生まれで、昭和3年(1928)2月7日に亡くなっています。
 前掲の写真(右)には「九条武子夫人の尊き臨終とその絶筆」との見出しのもとに、「春めぐれども、聖花再び帰り来らず。婦人世界謹みて哀悼の意を表す。」とあります。
 ここから、『婦人世界』の昭和3年3月号に当たりをつけて同誌を探しました。

 予想通り、前掲写真が掲載されていました。
 目次には、左端に枠囲いで次のようにあります。


□地に帰りませし九条武子夫人を悼みて 婦人世界編集部(判読不能)
□法悦の苑生(絶筆)九条武子(判読不能)


 記事の内容は、また後日翻字します。

 いずれにしても、池田家に残されていたアルバムの写真は、この写真と同一のものであることが確定しました。

 さらに遡って『婦人世界』を通覧しました。しかし、昭和3年2月号には特に注意を惹く記事はありませんでした。

 そして昭和3年正月号に至り、まさに探し求めていた写真と記事が掲載されていることに出会えたのです。


□京に於ける九条夫人 グラビア版
 「記者は、十一月十五日九条武子夫人を京都西大谷の御廟所にお訪ねいたしまして、夫人から、文学、宗教、恋愛、結婚、貞操、離婚等に亘つて、赤裸々なご感想を承ってまゐりました。」
□同     その二 グラビア版
 「(左)は夫人が親鸞上人の廟前にて黙祷をさゝげてをられる所。(右)は手水所に立たれて、水の音に聞き入つてをられるところでございます。」
□九条夫人の近影   グラビア版
 「(上)は京都西大谷の廟の前庭を静かに散策せらるる夫人。(中)は西大谷のお宅の奥庭で、心ゆたかに歌を詠まれてゐる夫人。(下)は最近において、結婚後はじめて丸髷に結はれた時の夫人のお姿でございます。」
□同     その二 グラビア版
 「(上)は夫人が記者を、古風な一室に招かれて、詩を語つてゐらるゝところ。(中)は夫人が△△堂前の前庭から、裏門のきざはしを下りてこらるゝところでございます。


 この後半の2つ、「九条夫人の近影 グラビア版」とあるのが、次の写真にあたります。
 
 
 

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 ここにある「九条夫人の近影 グラビア版」が、横溝氏より提供された上掲写真左側のものと一致します。
 そして、「同     その二 グラビア版」の上の写真が、今回問題としているものとまったく同一のものであることが明らかです。

 また、この関連で「九条武子夫人を訪ふて詩と人生を語る……本紙記者」という記事が、この写真に続いて掲載されています。
 
 
 

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 ここで「京都特派記者稿」とあるのは、池田亀鑑が書いた原稿ということです。
 この本文の冒頭は、次のように書き出されています。


 十一月十五日朝九時、記者は九条武子夫人を京都西大谷廟荼所にお訪ねしました。


 これによって、この写真が昭和2年11月15日午前中のものであることが判明したのです。
 この記者池田亀鑑の文章の全文は、後日翻字します。

 さらに頁を繰っていくと、次のような文章に出くわしました。


□九条武子夫人本誌へ毎号随筆執筆
 九条武子夫人は、今後、毎号本誌に随筆を御執筆下さることになりました。令夫人は、昭和の紫式部として、文名高きお方、必ずや皆さまの魂をふるはせるやうな名文が本誌の巻頭をかざることと思ひます。なほ令夫人は今後長篇小説を御執筆の時には、先ず婦人世界におのせ下さることを御約束下さいました。皆様どうかおよろこび下さいませ。又本号にのせてある特別記事「九条武子夫人と詩と人生を語る」は本紙が、わざ/\記者を京都に派して、親しく令夫人の談話をきいてきたものであります。何卒御愛読願ひます。(313頁)


 これによって、池田亀鑑は社命によって京都へ出張して、九条武子とのインタビューを果たしたことになります。そして、この『婦人世界』の正月号が刊行された2ヶ月後に九条武子が亡くなるとは、予想だにしなかったことであることもわかります。

 以上、取り急ぎの報告です。
 これで、私が問題としている写真を「昭和7年秋頃」としたのは間違いで、「昭和2年11月15日」が正しいことになりました。

 そこで、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』の379頁で「対談中の池田亀鑑(昭和7年秋頃)」としたことと、その説明文は次のように訂正することとします。
 お知り合いの方との話題の1つにしていただけると幸いです。


九条武子にインタビュー中の池田亀鑑(昭和2年11月15日)

 池田亀鑑が『婦人世界』の京都特派記者として、九条武子夫人を京都西大谷の御廟所に訪問し、文学、宗教、恋愛、結婚、貞操、離婚等についてインタビューした時の写真。場所はそこの古風な一室。この時の本写真と取材記事は、『婦人世界』の昭和3年3月号に「九条武子夫人を訪ふて詩と人生を語る……本紙記者」として掲載されている。この取材の3ヶ月後に、九条武子は42歳の若さで亡くなった。


 なお、『婦人世界』に掲載されている記事の詳細は、またの機会とします。
posted by genjiito at 00:59| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年09月05日

入江たか子の写真へのこだわりを反省

 先月初旬に刊行した編著『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』(新典社)の最後に、「アルバム・池田亀鑑(昭和七、八年)」として4枚の写真を掲載し、編者としての私見を付しました。
 そのうち、後の2枚についての推測に関しては、「昭和初年の2人の女優に拘っています」(2013/8/20)でも、私見を整理して掲載しました。

 その後、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』をご覧になった浅岡邦雄氏(中京大学)と横溝博氏(東北大学)より、入江たか子ではないと思う旨のご教示をいただきました。
 特に、横溝氏からは、ネット上に公開されている九条武子の写真とともに、以下のコメントも頂戴しました。
 
 
 
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いま、手元に年譜がないので詳細が不明ですが、九条武子が下落合に住んでいたころのことかと思われます。没年である昭和3年以前であることは間違いないでしょう。


 確かに、私が『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』に掲載し、上記ブログでも公開した女性とこの九条武子の写真は一致します。

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 この貴重なご教示に対して、私からは次のようなお礼と補足説明の返信しました。


『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』に掲載した写真について、ご教示に感謝します。
実は、中京大学の浅岡邦雄先生からも、横溝さんと同じ指摘をいただいています。
さらには、写真の所蔵者である池田研二先生も、3年前から九条武子では、とおっしゃっていました。
亀鑑の助手だった木田園子さんから、そのように聞いていた、とのことでした。
しかし、池田亀鑑のヘアースタイルに私が拘ったために、昭和7年から8年の写真としたものです。
今回、横溝さんから送っていただいた写真により、顔はもちろんのこと、帯や着物の柄からも、九条武子と認定すべきだろうと判断します。
もう少し裏をとってから、ブログを通してお詫びと訂正の報告をしようと思っています。
現在、「婦人世界」という雑誌に注目しています。
これについて、何かご存知のことがあれば、またご教示いただければ幸いです。


 ここで、池田研二先生のことに言及しているのは、研二先生から先日も以下のお考えを伺っていたからです。
 箇条書きで列記します。


(1)「九条武子」か、「入江たか子」か、の件ですが、私の心中では、いまだ九条武子説を完全には払拭しきれておりません。
(2)亀鑑の助手を務めた木田園子女史からは、確かに九条武子と聞いたと記憶します。
(3)お貸しした古いアルバムは私が整理して貼り付けたものですが、撮影日順に従わず、偶々、古写本展示会の近くに、少し前の写真を貼ったのかも知れません。
(4)この手のインタビューは雑誌に掲載の目的であれば、「日本少年」や「少女の友」への記事の筈はなく、「婦人世界」への掲載と思います。
(5)当時の「婦人世界」の目次だけでもあれば、九条武子生存中、何らかのインタビューを「婦人世界」の読者向けに行った可能性も無いとは言えず、それが分かるかも知れません。
(6)遺された写真や雑誌の整理をしたのも半世紀も前のこととて、全くのうろ覚えで恐縮ですが、「婦人世界」の複写中か何処かでこの写真が掲載されているのを見たような気かしてならないのです。「・・・・右は本誌記者・・・」とか注記してあったような気がします。


 ということで、私が入江たか子と推測したことは間違いで、この写真は九条武子と池田亀鑑ということに訂正いたします。お騒がせしました。

 池田研二先生からいただいていたご教示は、私がこの写真を昭和7・8年と思い込んでいたために、さらなる確認を怠っていました。また、横溝氏ご指摘の写真についても、調査の過程で見たように思います。しかし、これも流してしまったようです。
 弁解がましくなり、恐縮します。

 膨大な資料を渉猟する中で、慎重な確認をせずに遣り過ごしていたことに対して、反省頻りです。
 入江たか子に拘ったことについては、次の『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第3集』で池田亀鑑が書いた小説を取り上げる予定であったことが、判断を誤らせた原因の一つでもあります。
 池田亀鑑が池田芙蓉のペンネームで書いた『馬賊の唄』という、中国大陸から旧満州にかけての冒険ロマンと、入江たか子の満州国に関する映画作成に気持ちが移っていたことは確かです。
 思い込みの怖さを、今回の件で痛感させられました。

 併せて、4枚目の写真の伊藤智子についても、その妥当性はともかく、昭和8年と限定せずにもっと幅広く見渡すことが求められます。手元に集めた資料を再確認する中で、あらためて考え直したいと思います。

 さて、さらにこの写真における対面の背景を探るためには、「婦人世界」の記事を確認する必要が出てきました。
 これまでに、「少女の友」の調査は終えているので、次のステップに移ろうと思います。
 雑誌記者としての池田亀鑑の実像を明らかにしていくことになります。

 この件でのさらなるご教示をいただけると幸いです。
posted by genjiito at 20:03| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年08月20日

昭和初年の2人の女優に拘っています

 先日刊行した『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』(新典社)の巻末に、「アルバム・池田亀鑑(昭和七、八年)」として4枚の写真を掲載しました。
 その最後の2枚に関して、そこに写っている2人の女性については、編者としての当て推量で名前を特定しておきました。入江たか子と伊藤智子(としこ)です。しかし、依然として確証が得られないままに、今日も調査を続けています。

 「アルバム・池田亀鑑(昭和七、八年)」の3枚目には、次のような説明を付しています。
 
 
 
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編者は、池田亀鑑が池田芙蓉の名で冒険ロマン『馬賊の唄』を書いたことと、女優入江たか子が昭和7年に「入江ぷろだくしょん」を創立し、その第1作が溝口健二監督『満蒙建国の黎明』だった状況等から、この写真は入江たか子へのインタビューという場面を想定している。(379頁)


 こう言うためには、その前段階で、この写真の女性が確かに入江たか子であることを決定しておく必要があります。
 これまでに、いろいろな資料を探し回り、次の3点の写真に行き着きました。いずれも、昭和7年11月から昭和8年11月までの写真です。
 
 
 
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 写真の左から、その出典は以下の通りです。


『処女作・出世作・代表作 映画花形大写真帖』(『冨士』昭和9年新年号付録、ただし後半落丁)/大阪朝日新聞(昭和7年11月25日7面)/大阪毎日新聞(昭和7年11月25日8面)


 この最初にあげた『冨士』の付録は、「江戸漫歩(66)国立国会図書館で資料を調べる」(2013/7/22)の後半部分で報告した資料です。日本国内では、高知県立図書館にしかないものです。
 それを、近所の図書館に配送していただき、館内閲覧という制約はあるものの実物を見ることができたのです。

 この写真にしても、似ている、とか、似ていない、では堂々巡りです。
 いまだに、確たる証拠を探し続けています。
 
 
 もう1人の伊藤智子についても、まだ決め手に行き当たっていません。

 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』では、この4枚目の写真に次のような編者のコメントを付しました。
 
 
 
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あくまでも今は推測の域を出ないが、中央の女性は女優の伊藤智子、その右に池田亀鑑、と編者は想定している。(380頁)


 もしこの女性が伊藤智子であったなら、この写真はまさしく源氏物語劇の上演が中止となった昭和8年11月22日前後のスナップ写真ということになります。伊藤智子は夕顔役をするはずでした。この周りの男性陣の名前もわかれば、この弾圧事件の背景がわかる貴重な資料となります。

 昭和10年のベストワン作品となった成瀬巳喜男監督の『妻よ薔薇のやうに』(『日本映画傑作全集』の1巻として収録されたビデオテープ版)を観ました。伊藤智子が、誇り高い歌人役を美事に演じています。
 登場する伊藤智子の表情を、一時停止や巻き戻しを繰り返しながら、丹念に見比べました。その結果、池田亀鑑の左に座る女性と、この映画に出て来る伊藤智子が同一人物である確信を得ました。
 ただし、これもまだ傍証となる資料を探さなくてはいけません。

 そんなこんなで、最近私は昭和初期の情報を、当時の雑誌や新聞をひがな捲りながら、幅広く調査し収集しています。相当増えてきたので、少しずつ整理にかかろうと思っています。

 なお、私が俳優の顔写真を確認するために図書館で利用した資料で、あまり一般的ではないものは以下の通りです。これ以外で参考になる情報がありましたら、ご教示いただけると幸いです。


(1)『芝居と映画 名流花形大写真帖』
  『冨士 新年号 第4巻第1号 付録』
   昭和5年12月3日印刷納本/昭和6年1月1日発行
   大日本雄弁会講談社
   ※坂東簑助/入江たか子
 
(2)『芝居と映画写真大観』
  『講談倶楽部 新年号 第22巻第1号 付録』
   昭和6年12月5日印刷納本/昭和7年1月1日発行
   大日本雄弁会講談社

(3)『俳優大鑑』
   昭和10年10月1日調査/昭和11年1月15日発行
   歌舞伎書房

(4)『俳優名鑑』
   大正13年9月27日印刷/大正13年10月1日発行
   杉岡文楽堂
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2013年08月02日

『もっと知りたい … 第2集』(新典社)が出来ました

 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』が、今月9日に新典社から刊行されます。
 
 
 
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 新鮮で充実した情報を、と、時間をかけて欲張った編集をしたこともあり、第1集よりも100頁も増えて384頁にもなってしまいました。それだけ、盛りだくさんの内容となっています。


目 次

はじめに (伊藤 鉄也)

■ 対談 ■
前田善子の紅梅文庫と池田亀鑑の桃園文庫 (永井和子・伊藤鉄也)

■ 講演 ■
池田亀鑑賞受賞作選考にあたって (伊井春樹)
本居宣長と 『源氏物語』 (杉田昌彦)
◎ もっと知りたい1 盛会だった第一回池田亀鑑賞の授賞式 ◎ (伊藤鉄也)

■ 論考 ■
『源氏物語に関する展観書目録』 を巡る一考察 (安野一之)
池田亀鑑の見たヤマタノオロチ − 近現代的課題とその克服にむけて − (原豊二)
伝二条為明筆本源氏物語 (岡嶌偉久子)

■ 連載 ■
池田亀鑑の研究史 (第二回 池田亀鑑の卒業論文と 『宮廷女流日記文学』) (小川陽子)
伯耆地方の古典文学 (第一回 八幡神社の源氏物語) (原豊二)
追憶・池田亀鑑 (第二回 『源氏物語大成』 完結まで) (池田研二)
池田亀鑑を追う (第二回 源氏展の背景にある検閲と写真) (伊藤鉄也)
◎ もっと知りたい2 日南町の池田亀鑑と井上靖 ◎ (伊藤鉄也)

■ コラム ■
広島大学図書館所蔵の池田亀鑑旧蔵『古今著聞集』について (妹尾好信)
伯耆町から見た池田亀鑑 − その顕彰事業の紹介 − (原豊二)
亀鑑が反町に依頼した写本群 (伊藤鉄也)
亀鑑の書簡から見える本文研究の背景 (伊藤鉄也)
亀鑑の旧蔵書を活用した研究発表 (伊藤鉄也)
◎ もっと知りたい3 池田亀鑑の生い立ちに関する新事実 ◎ (伊藤鉄也)

■ 資料 ■
復刻 源氏展目録二種
(『源氏物語に関する展観書目録』 昭和七年/『源氏物語展観書解説』 昭和一二年)
アルバム・池田亀鑑 (昭和七、八年) (伊藤鉄也)

おわりに (伊藤鉄也)

執筆者紹介


 巻末に収録した「アルバム・池田亀鑑(昭和七、八年)」では、4枚の写真を掲載しました。
 前半の2枚は、昭和七年に東京大学で開催された〈源氏物語に関する展覧会〉の時の写真です。
 『校本源氏物語』の原稿が完成したのを祝しての展覧会です。
 池田亀鑑が展示ケースの前で、高松宮喜久子妃殿下に説明をしている場面が、鮮明に写っています。
 ただし、ケースの中に展示されている本が何かは、よくわかりません。

 この時のために用意された『源氏物語に関する展観書目録』は、本書の資料編に復刻しました。
 ただし、安野一之氏と私が本書で考察しているように、実際には検閲に関連する問題で配布されなかったはずです。

 そこで注目すべきは、掲載した1枚目の写真で、池田亀鑑の右後ろの女性が胸に抱えておられる白っぽい冊子のようなものです。
 この女性については、老女小山トミ氏であることが、本書の最終校正の段階で奇跡的に判明し、滑り込みで解説文に補足することができました。
 来月には、その小山氏のお孫さんにお目にかかり、直接お話を伺うことになっています。
 このことは、またその時に報告します。

 写真の3枚目と4枚目については、残念ながら、池田亀鑑以外の方々の名前が特定できません。

 3枚目の女性は、個人的には女優の入江たか子ではないか、と思っています。
 この時に池田亀鑑は取材する立場で、溝口健二監督作品の映画『満蒙建国の黎明』に関するインタビューをしているのではないか、と、今は勝手に想像しています。池田亀鑑が池田芙蓉の名で、冒険ロマン小説『馬賊の唄』を書いたことに関係するのでは、と睨んでいますが、果たしていかがでしょうか。

 4枚目の女性は、これも個人的には女優の伊藤智子で、源氏物語の劇が警察当局により中止させられた前後のものではないか、と思っています。

 後の2枚については、何かお気づきのことや、情報をお持ちの方からの連絡を期待して、あえて掲載したものです。2人の女性が俳優であれば、映画好きの方ならすぐにおわかりかと思われます。今も、当時の写真をもとにして、顔認識を進めています。しかし、なかなか思うように確証が得られていません。

 併せて、4枚目の池田亀鑑の周りの男性陣についても、今の私には皆目見当が付きません。
 これについても、公開することにより、ご教示をお願いすることにしたしだいです。

 本書は、池田亀鑑をめぐる、多彩な内容で編集できたと思います。
 お読みいただき、ご意見やご感想をお寄せいただけると幸いです。
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年06月27日

90歳のMさんから池田亀鑑との話を聞く

 先週末、日南町で開催された池田亀鑑賞の授賞式から帰った夜のことです。
 私がブログに、池田亀鑑のことを書いたことについて、以下のコメントが投稿されていました。


はじめまして。
母が昨日たまたま池田亀鑑先生についてブログ記事を書いたので、偶然この記事を見つけました。
母は若い頃、一時期、池田亀鑑先生のお宅に研究のお手伝いに通っていたそうです。
池田研二さんのこともよく覚えていますし、長年、年賀状のやりとりもしていました。
母はもう今年90歳になります。
よろしければ母のブログをご覧ください。


 早速、コメントをくださった方のお母さんが書かれたブログを拝見しました。
 冒頭の
昭和21,22年のころ、2年間ほど池田亀鑑先生のお手伝いをしていたことがあります。

ということばに惹かれ、その記事を何度も読み返しました。

「池田亀鑑先生」(2013年06月22日)

 貴重な情報なので、以下の返信を出し、可能であればお目にかかって直接お話を伺いたい旨のお願いをしました。


池田亀鑑に関するコメントをありがとうございます。
本日、数時間前に池田研二先生と東京駅でお別れしたばかりです。
鳥取県の日南町に、池田亀鑑賞の授賞式に行っていました。
昨日来の池田亀鑑賞の授賞式に関する話は、昨日と今日の以下のブログに書きました。
「鷺水亭より」http://genjiito.blog.eonet.jp/
ご笑覧いただければ幸いです。


 すぐに快諾の返信をいただき、お話が伺えることになりました。


母はもう90歳になるため、記憶もあやふやなところも多く、池田先生のことについても、ブログに書いたこと以上のことを覚えているかどうか甚だ怪しいです。
が、もしそれでも…とおっしゃるのであれば、自宅までお越し頂けるのでしたら、どうぞ話を聞いてやってください。


 雨の中、神奈川県のご自宅に伺いました。
 そして、大正12年(1923)生まれの90歳になられるMさんから、2時間にわたって、多くのお話を伺うことができました。

 学生時代に、池田亀鑑の国文学史と『紫式部日記』の授業を聞いたのがきっかけで、それがよかったので池田亀鑑の仕事を手伝うようになったそうです。
 Mさんは、池田宅の2階の小さい方の部屋で仕事のお手伝いをなさっていました。
 森本元子先生と国島さん(?)もご一緒だったとか。

 Mさんは、朝日古典全書の『源氏物語』第1巻の頭注の口述筆記と校正、そして雑務などを、2年ほどなさっていました。
 手当をくださったが、もらわなかったそうです。

 池田研二先生が病気だったときには、枕元で介抱したこともあるそうです。

 なお、Mさんのブログに本日、私が訪問してお話を伺ったことについての注記が追記されました。
 今回のことが刺激となり、きっかけとなって、いろいろと思い出されたら、またブログに書いてください、とお願いしてきました。
 池田亀鑑に関するMさんの話が掲載される日が、ますます楽しみとなりました。

 私は、2年前に手術をしてからというもの、仕事のペースを意図的に落としてきました。おそくら、意識的に10分の1以下のスピードにしていると思います。
 しかし、今回はその自分に課したスローペースを守ることなく、すっかり忘れたかのように迅速に動きました。
 連絡をいただいて3日後には、遠方のご自宅を訪問してお話を伺うという、目にも留まらぬ早業だったのですから。
 かつてのように、こうした速攻で身軽に動ける自分に、我ながら驚いています。
 でも、ご心配なく。決して無理はしていませんから。

 情報を公開していると、いろいろな出会いがあります。
 今回も、得がたい話を伺うことができたのです。
 ありがたいことです。
 また新しいことがわかりましたら、折々にここで報告します。
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年06月23日

日南町から米子へ─稲賀先生の墓参─

 昨年の3月に日南町に来たときと違っていた光景を2つほど、記録として残しておきます。

 まず、池田亀鑑が通っていた小学校が廃校となり、その校庭が昨年度は工事中だったことは、「池田亀鑑の生誕地日南町にまた来ました」(2012年3月 9日)で、すでに記したとおりです。

 その校庭に、今年はソーラーパネルが整備されていました。壮観です。5,500人の町は高齢化が加速しており、数年後には半減するのでは、とのことです。さまざまな対策が考えられているようです。
 
 
 
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 次に、池田亀鑑は生誕の地である神戸上には2歳までいて、3歳から12歳までは小学校に近い砂田に移っていたことが、昨年の聞き取り調査でわかりました。その昨年の池田亀鑑賞の授賞式は、雪の降った3月でした。

「池田亀鑑の生い立ちに関する新事実」(2012年3月11日)

 
 
 あの時は、辺り一面真っ白の雪景色でした。
 そこで、もう一度立ち寄り、雪のない砂田の旧宅の地の写真を撮りました。
 
 
 

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 さて、昨日、無事に池田亀鑑賞の授賞式を終え、関係者のみなさんと打ち上げ会をしていた時、外から大きな太鼓の音が聞こえてきました。何事かとお尋ねすると、神楽の練習をしているとのことでした。

 興味を示すと、練習場となっている「みどりの館」へ案内して下さいました。
 空には満月が照っていました。
 
 
 
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 建物の中は体育館のようになっており、4人の方が練習中でした。
 
 
 
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 指導にあたっておられた方が、丁寧な説明をしてくださいました。
 これは日南町の無形民俗文化財に指定されている日南神楽で、神光社のみなさんが練習なさっているところでした。夏に、ハワイへ公演にいくための練習だそうです。

 倉庫にある衣装を見せていただきました。
 みごとなものです。お面もすばらしいものでした。
 
 
 
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 10キロもある大黒様の羽織を着せてくださいました。ズッシリと肩に重みがかかります。これで10分以上も演じるのですから、大変な重労働です。
 
 
 
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 今朝は、妹尾先生の車に乗せていただき、昨年同様に米子にある稲賀敬二先生のお墓にお参りしました。
 今回は、昨年に引き続き池田研二先生と、そして昨年はお仕事の関係ですぐに大阪へお帰りになった伊井春樹先生もご一緒です。
 伊井先生は、稲賀先生が広島大学の大学院で最初に指導を受けられた、いわば1期生です。しかし、稲賀先生のお墓にいつかお参りしたいと思っておられましたが、これでやっと叶ったと感慨深げでした。
 妹尾先生は稲賀先生の最晩年の教え子にあたられます。稲賀先生にとって、最初と最後の教え子が揃っての墓参となったのです。
 お墓の周りに少し草が生えていたので、みんなで草取りをしました。
 
 
 
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 きれいになった墓前で、伊井先生は墓石に手を当て、しばし感無量の思いを噛みしめておられました。

 来年の池田亀鑑賞の授賞式は、6月28日(土)となりました。
 またその時に墓参に参ります、と稲賀先生に報告をして、米子から帰路につきました。
 妹尾先生はお一人で、広島まで200キロのドライブです。
 伊井春樹先生は新大阪まで、池田研二先生と私は東京までの新幹線の旅となりました。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年06月22日

第2回池田亀鑑賞授賞式と記念講演会

 昨日までの颱風の心配もなく、少しヒンヤリするくらいの爽やかな空気を肌に感じる朝でした。
 中国山地は雲に覆われています。
 
 
 
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 宿舎だった「ふるさと日南邑ファーム・イン」の玄関横には、池田亀鑑の『花を折る』から「私のふるさと」という文章が掲げられていました。
 
 
 
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 第二回池田亀鑑賞授賞式の会場である日南町総合文化センター・多目的ホールは、準備万端整っています。
 
 
 
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 会場の後には、池田亀鑑関連の著書と、ガラスの展示ケース2台には、池田家のアルバム、池田亀鑑自筆原稿、広島大学蔵池田亀鑑付箋書き入れ『古今著聞集』を展示しました。これは、本日の講演と関連する資料でもあります。
 
 
 
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 今回の受賞作である『林逸抄』も飾ってあります。
 
 
 
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 第一部の「第二回池田亀鑑賞授賞式」の始まりです。
 司会は、浅田幸栄(日南町図書館司書)さんがなさいました。

 まず、開会挨拶は加藤和輝(池田亀鑑文学碑を守る会)会長です。
 
 
 

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 この池田亀鑑賞の授賞式を開催できることは、この日南町の誇りであることを述べられました。
 続いて、今回の受賞者である岡嶌偉久子さんへ、賞状と賞金の贈呈です。
 
 
 
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 続いて、副賞が朝日新聞の米子支局長である佐々木宏氏より贈呈されました。
 
 
 
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 池田亀鑑賞会長挨拶として、伊井春樹先生が「池田亀鑑賞の意義」について話されました。
 
 
 
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 それを受けて、池田亀鑑賞選考委員長である私が「選考理由」について報告しました。
 
 
 
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 来賓挨拶は、増原聡日南町長です。
 過日の「なんでも鑑定団」で『源氏物語』の写本の鑑定で、池田亀鑑のことが出てきたので嬉しかったことなどを話されました。
 
 
 
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 来賓紹介は、日南町議会の村上正広議長と、日南町の内田格教育長でした。

 いよいよ、第二回池田亀鑑賞受賞記念講演として、岡嶌偉久子さんの「林逸抄─室町末期、俗語で書かれた源氏物語注釈書─」が始まりました。
 
 
 
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 丁寧にスライドを使って、わかりやすく『林逸抄』とその著者である林宗二について話されました。

 第二部は、「もっと知りたい池田亀鑑と源氏物語」として、池田亀鑑賞の選考委員がお話をしました。

(1)池田研二「『源氏物語大成』完結まで」は、年譜と写真をもとにして、池田亀鑑の生涯と生活を語られました。
 
 
 
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(2)伊藤鉄也「昭和7年に東大で開催された源氏物語展」は、展覧会の写真が見つかったことと、その時の展示図録が検閲に引っ掛かっていた話です。
 
 
 
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(3)妹尾好信「池田亀鑑の付箋書き入れ『古今著聞集』」は、その本に貼られている付箋は昭和5年前後のものではないか、ということでした。
 
 
 
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(4)原 豊二「伯耆地方の源氏物語」は、鳥取各地の文献調査をもとにして、この伯耆地方にはまだ『源氏物語』の資料があるのではないか、ということでした。
 
 
 
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(5)小川陽子「池田亀鑑の卒業論文と『宮廷女流日記文学』」は、池田亀鑑が示した女性へのまなざしを具体的に語るものでした。
 
 
 
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 質疑応答は、岡嶌偉久子さんに対してありました。なかなかいい質問で、岡嶌さんも懇切丁寧に答えておられました。
 
 
 
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 閉会の挨拶は、石見町づくり協議会会長の田辺正幸さんで、今後とも池田亀鑑文学碑を守る会をバックアップするとの心強い話で締めくくられました。
 
 
 
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 長時間にわたり、総勢80人もの方々が熱心に参加され、盛会のうちに終えることとなりました。

 その後は、関係者のみなさんと懇親会となり、遅くまで盛り上がりました。
 また来年、第3回の池田亀鑑賞授賞式でお目にかかることを約束して散会となりました。
 仕掛け人の立場としては、みなさんに喜んでもらえる式典と講演会だったことに安堵しています。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年06月20日

第二回 池田亀鑑賞 授賞式 プログラム

 明後日22日(土)の午後、鳥取県日野郡日南町で《第二回 池田亀鑑賞 授賞式》があります。
 そのプログラムが届きましたので、速報として流します。
 颱風の進路が気がかりです。
 多くのみなさまのご参加をお待ちしています。




《第二回 池田亀鑑賞 授賞式》 プログラム

     開会 午後1:30

第一部 第二回池田亀鑑賞授賞式
            司会 浅田幸栄(日南町図書館司書)

■ 開会挨拶 加藤和輝(池田亀鑑文学碑を守る会・会長)
■ 賞状と賞金の贈呈
■ 副賞(朝日新聞鳥取総局)の贈呈を鳥取総局長より
■ 池田亀鑑賞会長挨拶 伊井春樹先生(池田亀鑑賞の意義について)
■ 池田亀鑑賞選考委員長挨拶 伊藤鉄也先生(選考理由について)
■ 来賓挨拶 日南町長 増原聡 様
■ 来賓紹介 日南町議会議長 村上正広 様、日南町教育長 内田格 様

     午後2:00~2:40

第二回池田亀鑑賞受賞記念講演 岡嶌偉久子氏 
  「林逸抄─室町末期、俗語で書かれた源氏物語注釈書─」

     午後2:45~4:30

第二部 もっと知りたい池田亀鑑と源氏物語

(1)池田研二氏「『源氏物語大成』完結まで」

(2)伊藤鉄也氏「昭和7年に東大で開催された源氏物語展」

(3)妹尾好信氏「池田亀鑑の付箋書き入れ『古今著聞集』」

(4)原 豊二氏「伯耆地方の源氏物語」

(5)小川陽子氏「池田亀鑑の卒業論文と『宮廷女流日記文学』」

閉会 挨拶

posted by genjiito at 23:08| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年06月11日

第2回池田亀鑑賞授賞式と記念講演会のご案内

 『第2回 池田亀鑑賞授賞式および記念講演会』が、来週6月22日(土)に開催されます。
 主催は「池田亀鑑文学碑を守る会」で、会場は日南町総合文化センター・多目的ホールです。

 日南町は、鳥取県の南端にあります。島根県、広島県、岡山県に接する、中国山地のど真ん中です。
 会場がある日南町役場までは、JR伯備線の生山駅を降りて車で3分です。
 興味のあるお方は、こうした機会を利用して一度日南町に足を運んでみてはいかがですか。
 文学関係者ゆかりの地としては、池田亀鑑だけではなく、井上靖と松本清張の文学散歩もできます。

 第1回の池田亀鑑賞の授賞式のことは、次のブログをご参照ください。

「盛会だった池田亀鑑賞の授賞式」(2012/3/10)

 その他、これまでに本ブログで日南町のことは何度か報告しています。
 ご笑覧いただければ幸いです。
 
 今年のポスターが出来上がっていますので、掲示します。
 
 
 
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posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年05月14日

第2回池田亀鑑賞は岡嶌偉久子氏の『林逸抄』に決定

 第2回の池田亀鑑賞は、岡嶌偉久子氏の『林逸抄』に決定しました。
 これは、おうふうから刊行中の「〈源氏物語古注集成〉の第23巻」にあたるものです。
 池田亀鑑賞のホームページに、「受賞作に関する情報」が掲載されています。

 第3回の池田亀鑑賞については、近日中にその募集の概要が発表されます。

 なお、この「池田亀鑑賞の後援」に、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉も加えていただきました。

 地道にコツコツとなされた調査や研究の成果が、こうして顕彰されることを、共に慶びたいと思います。
posted by genjiito at 00:03| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年04月28日

逸翁美術館で池田亀鑑賞の選考委員会がありました

 今日は、第2回となる池田亀鑑賞を選考する委員会がありました。審査会場は、当委員会の会長である伊井春樹逸翁美術館館長が文庫長を兼務なさっている、美術館に隣接する池田文庫の会議室です。
 
 
 

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 私は、昨日のお昼までは東京日本橋で開催されたNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の通常総会に出席し、午後はそのままみんなと一緒に、皇居前の出光美術館で公開されている「土佐光吉没後400年記念 源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」(2013年4月6日〜5月19日)の展覧会に足を運びました。これは、多くの刺激を受けるすばらしい展覧会でした。

 その足で、すぐ目の前の東京駅から新幹線で入洛です。
 京都の自宅に着くとすぐに、委員のみなさまから送られて来ていた審査資料を整理し、まとめたものを委員の先生方にお送りしました。

 今日の会議では、各委員の先生方から事前に伺っていたコメントに加え、当選考会での話題に沿って、さまざま角度から発言がありました。ありとあらゆる視点から検討することによって、今回の受賞作が決定したのです。

 また、今回も日南町から、「池田亀鑑文学碑を守る会」の事務局長をなさっている久代安敏氏が、オブザーバーとして参加してくださいました。主催者側である日南町のご理解がいただけていることは、大変ありがたいことです。

 審議の結果、池田亀鑑賞にふさわしい著作一点が、第2回受賞作として選定されました。近日中に、池田亀鑑賞のホームページを通して発表されますので、今年度の詳細は今しばらくお待ちください。

 授賞式は、本年6月22日に日南町で行われます。
 このことに関しては、「池田亀鑑賞のホームページ」をご覧いただければ幸いです。

 第3回の募集については、今回の受賞作の発表と共にお知らせします。
posted by genjiito at 23:26| Comment(0) | 池田亀鑑

2013年03月25日

第2回池田亀鑑賞の募集は今月末が〆切りです

 昨年3月に、第1回池田亀鑑賞受賞作品として杉田昌彦氏の『宣長の源氏学』(新典社)が選ばれてから、早いもので1年が経ちます。

 第2回目となる今年は、今月末(3月31日(日))が応募の〆切りとなっています。
 昨年よりも募集も選定も遅くなり、授賞式は平成25年6月22日(土)です。

 詳細は、「池田亀鑑賞のホームページ」をごらんください。

 募集期間があと1週間となりましたので、あらためてお知らせいたします。
 昨年平成24年1月から今月までの1年3ヶ月の間に、刊行および発表された作品が対象となります。

 この「池田亀鑑賞」の趣旨は、ホームページに以下のように明記されています。


文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である
日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 この賞の募集内容と応募方法および応募先については、次のとおりとなっています。


募集
一般公募。あるいは、全国の作家、評論家、出版社、新聞社など推薦人から推薦を受けたもの(平成24年1月1日〜平成25年3月末日刊行奥付および発表分)の中から、同賞選考委員会により選ばれます。
 
応募
刊行物および掲載誌を1部送付してください。
また、タイトル・氏名・住所・電話番号・メールアドレス・所属を明記の上、要旨(800字〜2000字程度)も添えてください。
 
応募先
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053


 応募書類等は、平成25年3月末日必着となっていますので、ちょうどあと1週間です。

 選定にあたっては、次の目安がホームページ上にも示されています。

前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。


 なお、受賞作には、賞金(20万円)と朝日新聞鳥取総局より副賞が贈呈されます。
 そして、平成25年6月に日南町で行われる「もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』」の講演会において、授賞式および講演を行なう予定です。

 選考は、以下の6人の委員があたります。

伊井春樹
伊藤鉄也
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二

 原豊二氏は、今回の第2回からの委員です。
 それぞれのコメントは、池田亀鑑賞のホームページ内「選考委員紹介」をご覧ください。

 昨年は10点以上の応募がありました。
 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。
 コツコツと歩んで来られた成果が応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。
posted by genjiito at 21:50| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年07月14日

池田芙蓉(亀鑑)著『馬賊の唄』を読んで

 池田芙蓉の空想冒険小説『馬賊の唄』(昭和50年、桃源社)を読みました。池田芙蓉とは池田亀鑑のペンネームです。
 この本のことは、すでに一年前に書いた通りです。

「本と出会う楽しみ−末松謙澄と池田芙蓉」(2011年6月17日)

 あの時は冒頭部分を読んだだけだったので、今回一気に読み通したのです。
 実際にはもっと話は続いたようです。しかし、ここに再編集された部分しか、今は読むことができません。

 読み終えてみて、荒唐無稽ながらも、非常におもしろい話でした。これは、大正14年に「日本少年」に連載されました。読者であった少年たちは、次の展開を心待ちにしながら、心躍らせて夢を膨らませながら読み耽ったことでしょう。
 主人公である山内日出男は、中国の奥地から満州までを駆け巡ります。文中にも「父を尋ねて幾百里」(132頁)とあるように、気宇壮大な物語です。

 巻頭部分を引いておきます。


第一回

    一 落日紅き万里の長城

  絶域花はまれながら
  平蕪の緑今深し
  春乾坤にめぐりては
  霞まぬ空もなかりけり
 いずこともなく朗々たる歌の声が聞える。小手をかざして眺めやれば、落日低く雲淡く辺土の山々は空しく暮色に包まれようとしている。
 夕陽の光は大陸の山河を紅にそめて、名も長城の破壁を淋しく彩った。霞こめた紫色の大空には、姿は見えぬタ雲雀の声も聞えていた。(三頁)


 この美文調は、読み進むにしたがって慣れました。
 この冒険活劇の舞台となる中国大陸は、朝日ではなくて夕陽と月影が似合うように語られています。

 参考までに、この小説の目次をあげておきます。


第一回
 一 落日紅き万里の長城
 二 痛恨涙をのむ亡命の志士
 三 秋は深し楊子江
 四 父を尋ねて幾百里

第二回
 一 闇夜の物音
 二 闇をてらす炬火の光
 三 よし、相手になろう!
 四 人質の美少女

第三回
 一 腕は鳴る!
 二 敵か味方か
 三 かがやく朝日

第四回
 一 何等の荘厳
 二 馬もろともに真倒さま
 三 男児の試練
 四 戦闘準備

第五回
 一 魔の淵へ
 二 霊峰の落日
 三 死の窓
 四 この顔を見よ!

第六回
 一 真紅の大怪物
 二 計られたり!
 三 死の谷底へ
 四 起て! 稲妻!

第七回
 一 黒き影
 二 正義の妖霊
 三 覆面の曲者
 四 樹上の怪物

第八回
 一 両雄相会す
 二 平和の眠り
 三 敵近し

第九回
 一 怪火揚る
 二 「西風」たのむぜ!
 三 怪傑何人ぞ

第十回
 一 何者?
 二 戦のあと
 三 五月の朝
 四 見よ! 猛火の天

第十一回
 一 来れ! 大陸の王者
 二 さらば小英雄
 三 何者ぞ

第十二回
 一 絶壁の上
 二 月明の夜に
 三 乱闘又乱闘
 四 敵か味方か

第十三回
 一 万事休す
 二 呪いの炎
 三 さらばエニセイ

解説 種村季弘


 中国大陸を舞台にし、遠くヨーロッパまで見霽かした雄大な語り口は、『源氏物語』をはじめとする古典文学の文献学者とはとても思えません。その雄大な物語の展開は、つぎにあげるような、ここに出てくる地名を見ていくだけでも想像できるかと思います。
 ただし、池田亀鑑が中国大陸や満州の地理に詳しかったどうかはわかりません。いや、実際には知らなかったために、こうした夢幻の空想冒険談が書けたといえるでしょう。
 ここに引いた地名が、実際に今もあるものなのか、まだ調べてはいません。


万里の長城/浙江/奉天/上海/北京/江南/内蒙古/山海関/長白山脈/ゴビ沙漠/崑崙山脈/張家口/陰山山脈/帰化城/黄河/蒙古高原/天山山脈/嘉峪関/祁蓮山脈/キルギス広原/ブルカール/ロシヤ/モスコー/キエフ/ポーランド/ハンガリ/寧夏/蜿蜒山/ウラル/アルタイ/ヒマラヤ/サヤン山脈/バイカル湖/イルクーツク/シベリヤ/満州/コブド盆地/外蒙古/セレンガ河/タンヌウレヤンハイ/エニセイ河/ヨーロッパ/エニセイスク/クラスノヤルスク/トムスク


 さて、この物語の最後は、次のように結ばれています。


 一年に亙る冒険旅行は終った。
 日東の健児山内日出男は、宿願の通り、父を辺境に救うことが出来た。これは、あらゆるものにまさる喜びであった。が、彼の心は淋しかった。
 サヤン山脈を東に、国境を去らんとする日、彼は幾度か後ろをふりかえった。
「西風! お前も淋しいか?」
 愛馬はもの恨ましげにいなないた。旅衣ふきひるがえす夕風よ!
 顧みれば、夕陽紅をながすエニセイの河は、大山脈をきってうねうねとつづいている。
「さらばエニセイよ! 稲妻の霊よ!」
 日出男はこう云って暗涙をのんだ。
 父も佐藤父子も、蛮勇頬骨の快僧も、緑林好はじめ数百の騎手も、等しく夕日の光に照らされ、秋風に吹かれて愁然とつっ立った。(一七三頁)


 これが、今から87年前に池田亀鑑が池田芙蓉というペンネームで書いた物語の概略です。
 登場人物の設定や、表現の問題など、興味深いことがあげられます。しかし、それらは機会を改めることにします。
posted by genjiito at 23:17| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月31日

小冊子『池田亀鑑』ができました

 鳥取県立図書館から「郷土出身文学者シリーズ(8)」として『池田亀鑑』(平成24年3月、55頁)が刊行されました。
 
 
 
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 内容は、以下の通りです。


はじめに
第一章
 一 池田亀鑑の資料収集 原 豊二
 二 池田亀鑑と教え子 小川陽子
 三 池田亀鑑の生涯─鳥取時代素描─ 伊藤鉄也
第二章
 一 亀鑑ゆかりの地案内
 二 池田亀鑑略年譜


 内容的には、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』と重複するところがあります。しかし、こちらは鳥取県民のみなさんを意識した、わかりやすい内容になっています。
 鳥取県立図書館郷土資料課の渡邉仁美さんが、1年がかりで1冊にまとめてくださったものです。

 手にとってご覧になりたい方は、図書館(電話:0857-26-8155)に問い合わせてみて下さい。奥付には、「この冊子は1,200部印刷し、1部当たり500円です。」とあるので、頒布しておられるかと思います。
posted by genjiito at 23:39| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月30日

池田亀鑑の書簡から本文研究の背景を推測する

 日本近代文学館の館報(第246号、2012年3月15日)に、池田亀鑑の書簡が翻字とともに紹介されています。これは、「館蔵資料から=未発表資料紹介 佐佐木信綱宛書簡(三)」として掲載された記事の中で、新井洸の手紙に続いて列記されています。
 この資料については、浅岡邦雄先生(中京大学)のご教示により知りました。いつも、貴重な情報を教えていただき、感謝しています。

 さて、当館報に紹介されている池田亀鑑の書簡は、以下の8通です。


(1)昭和6年6月22日(封書、ペン書、便箋一枚)
(2)昭和10年12月17日(封書、墨書、便箋三枚)
(3)昭和13年10月7日(封書、墨書、便箋二枚)
(4)昭和15年8月12日(封書、墨書、便箋二枚、速達)
(5)昭和15年(推定)8月21日(封書、墨書、便箋四枚、速達)
(6)昭和16年3月29日(封書、墨書、便箋二枚)
(7)昭和19年5月28日(封書、墨書、方眼紙一枚)
(8)(不明)年4月25日(封書、墨書、巻紙、使い便、冒頭部の影印掲載)


 この中でも、(4)の手紙文に次のように書かれていることが、私の興味を惹きました。


(前略)昨日は御芳書たまはりまして忝く存じます 御下命の件早速調査を致しまして御報告申上げます あの箇所の異文も悉くご報告申上げます 何卒一両日の御猶予御願申上げます(後略)


 これによると、この返信を書いた前日の昭和15年8月11日に、佐佐木信綱から『源氏物語』の異文箇所についての問い合わせの手紙が来たようです。それについて、すぐに調べて回答すると言っているのです。

 次の(5)の書簡には、昭和何年かが記されていないようです。しかし、手紙全文が次のように書かれていることから、これは(4)を受けて池田亀鑑が『源氏物語』の本文を調べている内に、佐々木信綱からさらに書簡が届き、それに恐縮して調査結果の報告を記したものであることがわかります。
 最初に佐々木信綱から問い合わせがあってからこの返信まで、10日ほどが経過しています。


拝啓 只今は重ねて御手紙をたまはりまして忝く存じ上げます 御下命の件大変延引いたし申訳ございません 色々と調査いたしました処 青表紙本と河内本とは本文の異同はございませんが別本と申してをりますものが別紙の如く二様になつてをります
そこで青表紙本といたしまして東山御文庫御蔵の御物本 河内本といたしましてやはり東山御文庫御蔵の

伝慶運筆梅ケ枝巻(七亳源氏中)別本といたしまして甲類を近衛家本越中局筆 乙類を麦生鑑綱自筆本と定め写真に取りかゝりました処 東山御文庫本が引延しに失敗いたしましたので再三やりかへし やうやく物になりさうな処まで達しました 本日夕方には出来上るとのことでございますから出来上りましたら早速御とゞけに参上いたします 延引の」

段何卒御許し下さいませ
なほ東山御文庫本は正式な許可を得ましてフイルムにをさめましたもの近衛本も同様でございますから御自由に御使用下さいまして一向に差支なきものと存じます いづれ拝眉を得まして
  八月二十一日        亀鑑
 佐佐木先生 侍史」

青表紙本、河内本
 さかの御かと古万葉をえらひかゝせ給へる四巻
別本
甲類
 さかの御かと万えうしうをえらひかゝせ給へる四巻
乙類
 さかの御かと万えうしうをゑらひかゝせ給へりける四巻


 佐佐木信綱からもたらされた『源氏物語』に関する問い合わせは、現在一般的に読まれている『新編日本古典文学全集』(小学館)で見ると、第32巻「梅枝」で次のような校訂本文となっている箇所です。


嵯峨帝の、古万葉集を選び書かせたまへる四巻、(第3巻、42頁)


 おそらく佐佐木信綱は、嵯峨天皇が書写させた「(古)万葉集」が「4巻」となっていることについて、池田亀鑑に問い合わせたと思われます。
 この箇所について、池田亀鑑は諸本の本文の違いを調べて、それぞれの本文を引用しています。

 ここで気になるのは、「青表紙本といたしまして東山御文庫御蔵の御物本」と言っていることです。池田亀鑑が最善本とした高らかに宣言した「大島本」ではないのです。また、〈河内本〉としては同じく東山御文庫御蔵の「伝慶運筆本」(通称「七亳源氏」)を例示しています。

 この書簡は昭和15年8月のものです。
 この前後の『源氏物語』の本文関係の情報を整理しておきましょう。

 昭和7年11月に、「校異源氏物語」の稿本が完成したので、蒐集した資料の一部が東京大学で展観されました。その時点での底本は〈河内本(禁裡御本転写・室町時代)〉でした。
 そして昭和12年2月に、東京大学で開催された第2回目の〈源氏物語展覧会〉では、『校異源氏物語』の底本は「大島本」に変更されていたと思われます。
 さらに、昭和17年に刊行された『校異源氏物語』では、〈河内本〉から〈いわゆる青表紙本〉を代表するものと認定した「大島本」に、底本が一大変更となりました。

 こうした背景を考えると、昭和15年8月に佐佐木信綱への回答文の中で、池田亀鑑が「大島本」をまず取り上げていないのはどうしてでしょうか。この時点では、まだ「大島本」の整理が終わっていなかったと考えた方が自然ではないでしょうか。
 昭和17年には「大島本」を絶賛して『源氏物語』の最善本とするのですから、その前の昭和15年は、〈河内本〉としての東山御文庫蔵「御物本」から〈いわゆる青表紙本〉としての「大島本」へと大きく方針が転回したと見ることができます。

 とすると、昭和12年に東京大学で開催された第2回目の〈源氏物語展覧会〉で展示された『校異源氏物語』は、まだ「大島本」を底本とするものには切り替わっていなかった、と考えられます。その過渡期のものだった、と今は考えておきたいと思います。
 具体的なことは、今はまだわかりません。状況からしてそう考えられるのであって、このことはさらに調べます。

 上記書簡で、池田亀鑑は〈別本〉の本文が2種類あると言っています。
 〈青表紙本〉と〈河内本〉が「古万葉」とするところを、〈別本〉では「万えうしう」とし、その中でも「麦生本」には「て」があり、「給へりける」となっている、と言うのです。

 池田亀鑑が佐佐木信綱に示した本文を、今に伝わる写本で確認すると、次のようになっています。


陽明文庫本(『源氏物語別本集成』321617)
「さかのみかと万えうしうをえらひかゝせ給へる四巻/巻=くわん」

麦生本
「さかのみかとまんえうしゆうをゑらひてかゝせ給へりける四巻」


 「陽明文庫本」も「麦生本」も「みかと」となっていて、池田亀鑑が示した「御かど」ではありません。
 また、「麦生本」では「しゆう」となっていて、池田亀鑑の言う「しう」ではありません。

 どうやら、池田亀鑑が佐佐木信綱に提示した本文は、『校異源氏物語』として校合作業が進んでいた資料をもとにしたものだったようです。『校異源氏物語』の編集方針により、本文が他の本との表記に統一的に調整されたものなのです。
 つまり、この昭和15年の時点で、すでに『校異源氏物語』の作業は表記を統一するという方針で整理が進んでいた、ということが言えそうです。早い段階から、〈いわゆる青表紙本〉以外は、写本を正確に翻字したものとなっておらず、漢字かなや活用語の送り仮名などはおおまかにまるめてあったようなのです。

 ただし、その本文異同がある箇所の写真を、池田亀鑑は佐佐木信綱の元に届けようとしています。すると、この表記が正確でないことが明らかになります。池田亀鑑にとっては、こうした細かなことは作業チームの担当者に任せていたために、まだ気付いていなかったか、こうした些細なことには目をつぶっていた、ということなのでしょうか。
 よくわからないことが出来しました。このことも、さらに調べてみます。

 なお、「大島本」では、この箇所は次のようになっています。

さかの御かと古万葉集をえらひかゝせ給へる四巻/=ヨマキ


 つまり、池田亀鑑は佐佐木信綱に、〈青表紙本〉と〈河内本〉は「古万葉」という同じ本文を伝えていると報告しました。しかし、「大島本」は「古万葉集」となっているのです。
 このことからも、この昭和15年の時点では、池田亀鑑は「大島本」について全幅の信頼の元に『源氏物語』を代表する本文という認識を確たるものにしていなかった、と言っていいようです。

 また、昭和17年に刊行された『校異源氏物語』では、この「梅枝」巻の当該箇所は次のようになっています。

古万葉集─万えうしう陽麦阿桃
えらひかゝせ給へる─ゑらひかゝせ給へりける麦阿

 これは、上記の私の推測があながち外れていないことの証左となりそうです。

 さらに、『校異源氏物語』の「梅枝」巻の巻頭にあげられた諸本名は、〈青表紙本〉の最初に「御物本(東山御文庫御蔵)」、〈河内本〉の最初に「七亳源氏(東山御文庫御蔵)」、〈別本〉の最初に「陽明家本(近衛侯爵家蔵)」が置かれています。
 この配列の淵源には、昭和15年に池田亀鑑が佐佐木信綱宛の書簡で例示した『源氏物語』の本文を代表するもの、という意識が読み取れるようにも思われます。

 以上、いろいろな推測を交えて取り急ぎ記しました。
 さらに調べて、『校異源氏物語』が完成する背景の正確なところを、あらためて報告します。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月12日

米子にある稲賀敬二先生のお墓へ

 日南町からの帰りに、広島からお越しの妹尾好信先生が、米子にある恩師稲賀敬二先生のお墓参りをなさるということです。そこで、池田研二先生と私も、ご一緒させていただくことになりました。

 稲賀先生は、池田亀鑑の晩年の『源氏物語大成』のお仕事を手伝われました。そのころの写真も何枚か残っています。『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」』で、また紹介します。
 池田研二先生も、稲賀先生の広島のお宅にいらっしゃったことがあるそうです。

 稲賀先生の広島大学での教え子が伊井春樹先生であり、妹尾先生です。伊井先生の教え子の一人が私であり、妹尾先生の教え子が小川陽子さんです。こうしたメンバーで、池田亀鑑賞の選考委員は構成されています。

 私にとっての稲賀先生は、1999年秋の国文学研究資料館におけるシンポジウムで、先生がおられる広島大学と国文学研究資料館をインターネットで繫ぎ、国文学研究資料館で進行するシンポジウムに広島大学から中継によってスクリーンに大写しにして参加していただいたことが忘れられません。この時のことは、『源氏物語の異本を読む―「鈴虫」の場合―』(臨川書店、平成13年)に、写真入りで詳しく報告しています。

 その準備のために事前に広島へ行って、稲賀先生と打合せをしました。妹尾先生の細やかなご配慮の元、インターネット中継は大成功でした。

 また、私が書いた拙い論文を送ると、いつもすぐにアドバイスを含めての返信が来ました。ありがたい先生でした。

 米子から水木しげるで有名になった境港へ向かって北上し、井上靖記念館や米子空港の先の上道神社の中の墓地に、稲賀先生のお墓はありました。
 
 
 
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 立派な稲賀家のお墓でした。手前右が、分家である稲賀先生のお宅のお墓です。
 何度も来ておられるという妹尾先生は、お酒が大好きだった稲賀先生のために、小さな御神酒をそっと供えておられました。
 
 
 
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 この墓地を歩いていると、我が家と同じ家紋である丸に九枚笹がたくさん墓石に彫ってありました。この地域に多い家紋なのでしょうか。我が家の実家が島根県出雲市であることと、何か関係があるのでしょうか。あまりにも多いので、気になりました。

 近くの夢みなとタワーの下で、新鮮なお刺身で食事をしました。
 このタワーの格子状のフレームは、何と先ほどまでいた日南町の杉の集成材だったのです。温もりのある設計です。
 
 
 
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 今回の鳥取の旅は、イベントも大成功で、さらには稲賀先生の墓参もできました。
 充実した時の中に身を置くこととなり、ゆったりとした気持ちで帰路につくこととなりました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月11日

池田亀鑑の生い立ちに関する新事実

 池田亀鑑の生い立ちに関して、新しいことがわかりました。
 池田亀鑑は、明治29年12月9日、鳥取県日野郡福成村大字神戸上(かどのかみ)下代(しもだい、現日南町)の寄留先であった後藤宅で生まれました。
 このことは確かです。ただし、私はこの背景に、池田とらと後藤とらの2人のとらさんが、同じ屋根の下で10月10日を共にしていたことに、何か吹っ切れない疑念を抱いています。ただし、今はそのことは措いておきましょう。

 明治41年6月に、池田家は累代の居住地である日野郡久古村(旧岸本町、現伯耆町)に、父宏文の転勤もあって転居します。それまでは、この現日南町の神戸上下代の後藤宅に間借りをしていた、と私はこれまで報告していました。しかし、このことを修正する必要が生じたのです。

 昨日、池田亀鑑賞授賞式の後、池田亀鑑文学碑を守る会のみなさんとの懇親会の席上でのことです。池田亀鑑のご子息である池田研二先生から、新しい情報があるようなので一緒に聞いてほしいとのことでした。
 守る会の会長である加藤和輝さんと、会員の金田浩さんからその詳細を伺いました。

 池田家に関することを思い出されたのは、今回の池田亀鑑賞の授賞式の話を金田さんがなさったことに端を発しているのだそうです。池田亀鑑賞がこのような記憶を呼び覚ます力を持っていたとは、本当にありがたいことです。

 さて、金田さんと話された福田さんの話によると、お母さんから聞いているのは、亀鑑が下代の後藤宅にいたのは、2歳までだったというのです。

 これまで私は、明治41年(亀鑑満12歳)の6月に、亀鑑生誕の地である神戸上下代の後藤宅から、久古の貝田原にあった校舎の中で池田一家の生活が始まった、と考えていました。しかし、昨日の情報によると、明治31年の亀鑑2歳の時に後藤宅を出て小学校に近い砂田に転居し、その10年後の明治41年6月に、そこから久古に移ったことになるのです。

 これまで私が信じていたように、亀鑑は生まれてから12年間ずっと後藤宅で育ち、いわば乳母子でもあるかのような後藤孝重さんと共に育った、というのは正確ではないようです。
 これでは、池田亀鑑賞の授賞式が終わったからといって、このまま帰るわけにはいきません。

 このことを確かめるために、今朝早く、その情報をお持ちの福田宅に連れて行っていただき、福田澤枝さんと金田さんにお目にかかり、この件に関してお話を伺いました。池田研二先生もご一緒でした。

 福田さんのお話によると、お母さんから聞いた話だがとして、池田家は亀鑑が2歳の時に、かつて砂田にあった旅館か料理屋をしていた2軒の長屋が空き家になったのを機会に、後藤宅から引っ越しをしたそうだ、とのことです。
 亀鑑の随筆集『花を折る』に、砂田のことは書いてあるのではとも。(これから確認してみます。)

 そして、亀鑑と後藤孝重さんは1日違いで同じ屋根の下で生まれたこともあり、孝重さんは成人すると上石見に出たが、その後も2人は連絡を取り合っていたようです。
 石見東小学校の校庭横にある亀鑑の石碑の文言は、亀鑑が書いたものを、米子の公民館長をしていた足立サンジさんが仲介人となって孝重さんに渡されたものだそうです。それを石に刻んだのが、今の顕彰碑ということになるのです。

 昨年3月に私もお目にかかってお話しした、孝重さんの跡を継いだ道之さんは、亀鑑の手紙などを保管しておられましたが、近年処分され、昨年お亡くなりになったのだそうです。

 孝重さんの家のすぐ下の佐々木さんの家は、福田さんのお母さんと佐々木さんのお母さんが姉妹ということもありよく知っているが、あそこに亀鑑さんが小さかった頃のみんなの集合写真があったように思う、とのことを、お母さんから聞いた話として語ってくださいました。
 折を見て確認していただけるようにお願いをしてきました。

 さらに興味深いことがわかりました。
 この福田さんのお宅は、池田亀鑑のみならず、井上靖、松本清張とも関係のある家だったのです。
 福田さんの従兄弟が京都の学校で勉強をしていた時、お世話になった先生の奥さんと井上靖の奥さん(京都大学教授足立文太郎の娘ふみ)が親戚だったのです。いつぞやは、井上靖の奥さんがお忍びで従兄弟の墓参に来られたのだそうです。また、井上靖に関する野分の会の会長をなさっている伊田さんの家の磯次さんは、この福田家に養子に来ておられます。そして、その伊田さんが、井上靖の疎開の紹介をしている同級生だとも。

 さらには福田さんのお母さんの話によると、松本清張の父親峯太郎の母親とよは、この福田家から出ているのだそうです。早速調べてみると、峯太郎の父親は日南町の田中雄三郎です。ただし、初めて私がこの日南町に来たときに、町内を案内してくださった足羽先生の調査を踏まえたお話と、清張の父親を巡るお墓に記されている内容などから、この松本清張の出生についてはまだまだ謎が多いように思っています。清張は、終生自分の出生について漠然とした不安を抱きながら、あの強靱な執筆生活に没頭していたようです。

 そうしたことが、この福田家をめぐる話をたどっていくと、なにがしかのヒントが得られそうです。
 こうしたことは、私の専門外です。しかし、興味深いことなので、少しずつでもわかったことを、今後とも報告していきたいと思っています。

 帰りがけに、玄関の右の建物が、かつて池田亀鑑が移り住んだ砂田にあった長屋を移築したものだとのことでした。大分小さくしているが、とも。
 ちょうど折悪しく、大雪になったところでした。吹きすさぶ雪の中で撮影したものですが、とにかく掲載しておきます。
 
 
 

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 また、池田家が移り住んだ家があった砂田の地へも、雪が降りしきる中を金田さんが案内して下さいました。ここ数日は雪がやみ、少し温かくなったのに、また雪が降り積もりだしたのです。
 
 
 
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 この、かつて池田亀鑑が2歳から12歳までの10年間住み、ここから200メートルほど下ったところにある小学校に通ったという池田家の跡地は、雪に埋もれているので今は想像するしかありません。

 それでも、こうしていくつかのことが、より正確にわかりだしたのです。

 いろいろな情報を思い出しながら教えて下さる日南町のみなさまに、この場を借りてあらためてお礼申し上げます。
 教えていただいたことを元にして、ジクソーパズルの齣を1つずつ組み合わせるように形を整えていきたいと思っています。

 行く先々で、あなた10年前に来てくれていたら、いろいろな人の話が聞けたのに、とおっしゃってくださいます。
 そうなのです。しかし、10年前は勉強不足で問題意識に乏しかったので、お話をお聞きできても、私には消化不良だったと思われます。遅まきながら、いまから少しでもジグソーパズルの齣を並べ、もとの形の復元に微力を捧げたいと思います。
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月10日

盛会だった池田亀鑑賞の授賞式

 第1回池田亀鑑賞授賞式および記念講演会は、鳥取県日野郡日南町の総合文化センター・多目的ホールで開催されました。
 2年前の3月、「もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』」という講演会を仕掛け、その時の懇親会の席で池田亀鑑賞の設立を提案しました。そして、昨年3月の講演会でこのことをさらに具体化させ、池田亀鑑文学碑を守る会の了承を得、5月に『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』の刊行とともにその実現を公表しました。
 そして今日、みなさまの理解と協力の下、晴れて第1回の授賞式となったのです。

 選考委員長をお引き受けいだいた伊井春樹先生も、お忙しいところを無理を押して駆けつけて下さいました。
 明日の午後には大阪で講演会があるため、明朝早くにお発ちになます。そのような中でも足を運んで下さったことに感謝しています。
 久しぶりに、乞われるままに、ご一緒に記念撮影です。
 
 
 
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 池田亀鑑賞については、ここまで来るのに2年という時間がかかりました。しかし、意義深い賞の設立と実現に立ち会え、楽しく事を進めることができました。関係者のみなさまに感謝しています。

 さて、今日はあいにくの曇り空でした。しかし、式が始まる午後になると晴れ、会場も100人近い方々で埋め尽くされました。これまでに何度か訪れた地ということもあり、さまざまな方から労いの声をかけていただきました。ありがたいことです。

 授賞式は、以下の流れで進みました。

【第一部】第一回池田亀鑑賞授賞式

 ■主催者挨拶 加藤和輝・池田亀鑑文学碑を守る会会長
 ■杉田昌彦氏へ加藤和輝会長から賞状と賞金授与
 
 
 
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(賞状・文面)

 第一回池田亀鑑賞
    作品名 宣長の源氏学
    著者  杉田昌彦殿
右作品に第一回池田亀鑑賞を
贈呈し永くその栄誉を称えます
     平成二十四年三月十日
池田亀鑑文学碑を守る会
   会 長  加藤和輝
   選考委員 伊井春樹
        伊藤鉄也
        池田研二
        小川陽子 
        妹尾好信


 ■副賞を朝日新聞鳥取総局長・西出 光氏から贈呈
 
 
 
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 ■池田亀鑑賞選考理由を兼ねて選考委員長挨拶
      池田亀鑑賞選考委員長 伊井春樹氏
 
 
 
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 選定理由と挨拶の内容は以下の通りでした。
  ・国学者の源氏物語研究は池田亀鑑の研究と重なる
  ・宣長の文献学的な研究を資料を漁って調べたもの
  ・日本の文化・文学を豊かにしていくためにもこの賞は意義深い
  ・これを機会に豊かな町作りにも励んでいただきたい

 ■来賓挨拶 日南町長     増原 聡 様

 ■来賓紹介 日南町教育委員長 立脇兌昶 様
       日南町議会議長  村上正広 様

 続いて、第1回池田亀鑑賞受賞者である杉田昌彦氏の記念講演に移ります。
 演題は「本居宣長と『源氏物語』」です。
  ・何故に宣長は『源氏物語』に傾倒したのか
  ・宣長の「もののあはれを知る」説について
  ・宣長の本文研究は無念なものだった。それを池田亀鑑が晴らそうとした
 杉田氏の熱弁に、会場のみなさまは聴き入っておられました。

【第二部】もっと知りたい池田亀鑑と「源氏物語」講演会
 ■講師 阪急文化財団逸翁美術館館長・伊井春樹氏
   演題 「池田亀鑑による日本古典文学研究の世界」
 ドナルド・キーンさんが日本への永住権を獲得したことにはじまり、いつもの優しい語り口で聴衆を惹き付けておられました。いつ聴いても、うまい話の展開です。
 池田亀鑑の業績と評価を交えて、『校異源氏物語』から『新構源氏物語』へと進みました。
 ここでは、『源氏物語評釈』25巻と『源氏物語研究』10巻の計画が実現しなかったことにまで及びます。
 そして、『源氏物語大成』の意義について語られました。

 続いて、池田亀鑑のご子息である池田研二氏です。
 ■講師 元東海大学教授・池田研二氏
   演題「父の思い出あれこれ」
 
 
 
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 医工学(医療技術)という学問を専門にしたのは父の仕事を避けたためであることに始まり、学問ではなくて家族のことを話されました。
 池田亀鑑がラジオで語った『枕草子』の話を録音したものを会場に流されました。池田亀鑑の声を聴いたのは、この会場に集まった方々すべてが初めてだったはずです。これも、みなさん聴き入っておられました。
 また、池田亀鑑の娯楽はラジオでお笑い番組を聞くことで、漫才はエンタツ・アチャコが好きだった、とか、歌謡曲は春日八郎の「お富さん」、美空ひばりの「りんご追分」がお気に入りだったとか。人間池田亀鑑を彷彿とさせるお話でした。

 ■閉会挨拶 田邊眞幸・協賛/石見まちづくり協議会会長
  池田亀鑑の人となりをあらためて痛感した1日だったということを語られました。
  また、今後の町作りの一環として、池田亀鑑賞の意義が深い点にも及びました。

 会場に集まったみなさまは、池田亀鑑という一人の人間について、さまざまな角度からのお話を聞かれ、郷土に対する親愛の情と共に、もっと知りたいと思われたことでしょう。

 来年も第2回が盛大に開催できるように、さらなる活動の気持ちを高めようと、運営に当たったみんなで確認しあいました。
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月09日

池田亀鑑の生誕地日南町にまた来ました

 岡山県から北上して県境のトンネルを抜けると、すぐに鳥取県の最南端に位置する上石見駅があります。
 ここまで南に流れていた高梁川は、この分水嶺を境にして日野川となって北に流れます。

 上石見駅は、井上靖の『通夜の客』の舞台です。井上靖が好きな私にとって、ここは池田亀鑑と共に何度来ても飽きない所です。
 
 
 
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 岡山で乗り換えた特急やくもが、鳥取県に入って最初に止まる生山駅で、池田亀鑑のご子息である研二先生と落ち合いました。
 駅には、池田亀鑑文学碑を守る会の役員で日南町教育委員長の立脇兌昶氏が出迎えに来ておられました。そして、車で町内の案内もしてくださいました

 今年は、雪が少ないようです。昨年も、一昨年も、3月に来ました。共に雪の日南町でした。今回は、新鮮な目で雪の積もっていない町を見ることになりました。

 松本清張の記念碑のあるところは、工事中でした。訪れる人が多くなっているようです。
 
 
 
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 そこから大回りして行った井上靖記念館「野分の館」は、相変わらずひっそりとした佇まいです。
 野分の会のみなさんの心遣いで、いつもきれいに整理整頓されています。
 
 
 
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 中に、映画『わが母の記』のポスターが貼ってありました。これは、井上靖の自伝小説を映画化したもので、今年のゴールデンウィークに封切りとなります。脚本・監督は原田眞人、配役は役所広司、樹木希林、宮崎あおいという、豪華なキャストです。第35回モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリ受賞、第16回釜山国際映画祭クロージング作品という高い評価をすでに得ている映画です。
 
 
 
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 『通夜の客』に出て来る、上石見駅から小説の舞台である福栄村までの二こぶラクダの道に、新しく説明板が作られました。これは、昨年の3月に開催された講演会の後に建てられたものです。
 この坂道の先に上石見駅があり、当時は左の茂みの中を通って下っていったのです。
 
 
 
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 次は、今回の目的である池田亀鑑に関する所へ案内していただきました。
 私は何度も来ていますが、池田研二先生が相当前のことだとのことなので、あえて回ってもらいました。
 池田亀鑑が通い、父が校長をしていた小学校の入口の右側に、新しく案内の標識が建っていました。これも、昨春はなかったもので、昨年末に設置されたものでした。
 
 
 
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 そして、小学校があったところに登ると、伝え聞いていたように学校が取り壊され、ソーラーパネルを敷き詰める工事が始まっていました。
 
 
 
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 池田亀鑑の碑は、いつものように建っています。これまで、ずっと雪の中の碑を見ていたので、雪のない碑は新鮮です。その後ろに、二宮金次郎の石像があることに気付きました。これがいつ建てられたものなのか、亀鑑が通っていた頃にすでにあったものなのか、調べていただくことにしました。
 
 
 
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 この金次郎の周りの石が苔生している様は、時の流れを感じさせるものです。大いに気に入りました。ここも、是非とも庭園として残していただけるといいですね。池田亀鑑文学碑を守る会のみなさんも、そのようにお考えのようです。

 校庭の片隅に、亀のような彫り物が施された石が置いてありました。
 
 
 
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 これは、今年の年末に新しく池田亀鑑に関する碑と施設を作るときに活かされるものだそうです。石は、すでに池田亀鑑の随筆集『花を折る』の中から採った碑文を刻む作業が進んでいるのだとか。池田亀鑑の顕彰が、少しずつ進んでいることがわかりました。

 すぐ近くの、かつて小学校があった所には、池田亀鑑が住んでいた家への標識が、これまた新たに設置されていました。ただし、石柱が建っている家にお住まいの方の意向で、あまりはっきりとはさせないように配慮した、とのことです。
 
 
 

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 少しずつですが、池田亀鑑に関する案内も親切になっています。

 宿から見た日南町の山々は、神秘的な美しさを映し出しています。
 この右先が島根県の奥出雲です。さらにその北にある出雲市が、私の生まれ故郷になります。
 
 
 
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 明日は、第1回池田亀鑑賞の授賞式です。
 どのような式典になるのか、今から楽しみです。

 今、このブログは、宿泊先である「ふるさと日南邑ファームイン」の事務室からアップしています。
 昨年の部屋が改装され、ホテルのような個室になっていて驚きました。部屋にバストイレが付き、ツインベッドの部屋が整ったのです。これで、お客さんの受け入れは万全です。
 それよりも何よりも、昨年ここに泊まった夜は、ちょうど東日本大震災があった3月11日の夜でした。この事務室で東日本の惨状を宿直の方と一緒に見ながら、あの日のブログをアップしました。

「日南町の井上靖と池田亀鑑」(2011年3月11日 (金) 午後 10時45分)

 今日も、同じ宿直の方と昨年のことを話ながら、大震災の時に撮影された自衛隊のビデオを見ながら、こうしてこのブログをアップしています。
 あれからちょうど1年経ったことを、あらためて思い起こしています。
posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年03月07日

第1回 池田亀鑑賞の授賞式のご案内

 第1回池田亀鑑賞の授賞式が、今週土曜日に鳥取県の日南町で開催されます。
 近在の方、および参加をお考えの方は、現地会場にお越し下さい。特に定員や予約は設定していませんので、ご自由にどうぞ。

 このことは、すでに「池田亀鑑賞ホームページ」で告知されていますが、再度引用して紹介します。


■日時:平成24年3月10日(土) 午後1時30分〜4時00分
 
■場所:日南町総合文化センター 多目的ホール
   〒689-5212 鳥取県日野郡日南町霞785
   TEL:0859-77-1111
   http://culture.town.nichinan.tottori.jp/
 
■内容1:第一部(午後1時30分〜2時30分)

 池田亀鑑賞授賞式および受賞者記念講演
  「本居宣長と『源氏物語』」
    杉田 昌彦 氏
     ■東京大学大学院卒
     ■明治大学准教授、博士(文学)
     ●『宣長の源氏学』(平成23年11月 新典社刊)
 
■内容2:第二部 (午後2時40分〜4:00)
 
 もっと知りたい池田亀鑑と「源氏物語」講演会
 
 (1)「池田亀鑑による日本古典文学研究の世界」
     伊井 春樹 氏
      ■池田亀鑑賞選考委員長
      ■阪急文化財団逸翁美術館館長
      ■大阪大学名誉教授
      ■前国文学研究資料館館長

 (2)「父の思い出あれこれ」
     池田 研二 氏
      ■池田亀鑑子息
      ■元東海大学教授
 
■参加費・資料代:300円


 なお、朝日新聞の鳥取版に、今回の池田亀鑑賞のことが記事になりました。これも、池田亀鑑賞ホームページから画像としてご覧いただけます。今回の授賞式では、朝日新聞鳥取総局長から副賞が授与されることになっています。
 また、いくつかの放送局が取材に来られるようです。山陰地方では、3月10日夜のニュースで取り上げられることでしょう。

 昨年『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」 第1集』を刊行したことを機に、池田亀鑑賞を設立されました。そして、無事に第1回の授賞式に至ったことを、関係者の一人として喜んでいます。
 今後とも、ますますこの池田亀鑑賞が広く知られ、コツコツと努力された成果や地道な研究を後押しする文学賞となるように、みんなで大切に育てていきたいものです。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年02月13日

池田亀鑑賞 第1回受賞者の公表

 池田亀鑑賞の第1回受賞者が、ホームページを通して公開されました。

 第1回の受賞作は、杉田昌彦著『宣長の源氏学』(新典社、2011)です。

「【受賞作決定のお知らせ】ページを公開しました!」(2012.2.13)

 選考過程と受賞理由等は、3月10日に日南町で執り行われる授賞式で、伊井春樹委員長より公表されます。

 授賞式には、たくさんの方々がお越しになることを楽しみにしています。
 日南町は、池田亀鑑が生まれた鳥取県の山間の町です。
 島根県、広島県、岡山県と県境を接しています。
 経路は、以下の通りです。

「日南町へのアクセス」

 今回の受賞を、共に慶びたいと思います。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | 池田亀鑑

2012年01月28日

池田亀鑑賞の選考会

 今日は、池田亀鑑賞の選考委員会がありました。

 会場は、本賞の委員長である伊井春樹先生が館長をなさっている、逸翁美術館・池田文庫の会議室でした。
 委員5人で慎重に応募作について討議し、池田亀鑑賞の受賞者の決定に至りました。
 近々、「池田亀鑑賞」のホームページ(主催:池田亀鑑文学碑を守る会)を通して発表があります。お楽しみにお待ちください。

 なお、3月10日には、予定通り「日南町で授賞式」が執り行われます。
 翌11日には、池田亀鑑関係の地を、伊井委員長をはじめとして選考委員全員と希望者のみなさんで、日南町のバスをお借りして現地踏査をする計画があります。

 池田亀鑑の生誕の地である日南町は、大阪から岡山経由で3時間の所にあり、井上靖や松本清張ゆかりの地でもあります。授賞式と共に自由参加なので、この機会に小旅行の計画を検討なさいませんか。
 追って、ホームページで案内があると思います。

 選考会が終わってから、逸翁美術館で開催中の「2012早春展 呉春の俳画と写生画」を拝見しました。特別公開された重要文化財の「白梅図屏風」には圧倒されました。

 その呉春の絵のすばらしさの一端が見られたことのうれしさと共に、私はそれに加えて、展示室の奥のコーナーにあった逸翁(小林一三)と茶の湯の深いつながりがわかる「逸翁茶会記」も興味深く拝見しました。

 今日は、昭和31年3月11日に催された「北摂丼会」の時のお茶道具を見ることができました。
 逸翁所蔵のお茶会の道具は、今でも再現できるほどに、そっくりそのまま大切に保存されているそうです。
 展示されていた床のお軸が呉春筆であったことと共に、お茶道具で私が注視したものは以下の品々です。

床 :柳小禽図 呉春筆 江戸時代
釜 :筋万代屋 辻与次郎作
茶碗:高麗玉子手 篷雪銘「槿花」 朝鮮王朝時代
茶杓:共筒 銘「雪解」 古市自得作 江戸時代
棗 :こぼれ梅花蒔絵 原羊遊斎作 江戸時代
花入:古備前耳付 江戸時代

 こうしたお茶道具に目が行くようになったのも、自分がお茶に興味を持ち、お稽古を始めたためです。いろいろな道具を立ち止まってじっと見られるようになったことは、お稽古は遅々として進みませんが、少しずつお茶に親しんできた証ともいえます。

 折々に、こうした機会を持ちたいと思っています。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年11月05日

第1回「池田亀鑑賞」の応募は12月20日までです

 今春、池田亀鑑賞を設立しました。

 その「設立の趣旨」は、 「池田亀鑑賞」のホームページ の中の 「趣旨・経緯」 に記されています。

 また、「募集の概要」については、同じホームページの 「募集・選定概要」 をご覧ください。

 参考までに「募集・選定概要」の項目を、以下に引用しておきます。
 
 

【募集】
一般公募。あるいは、全国の作家、評論家、出版社、新聞社など推薦人から推薦を受けたもの(平成23年1月1日〜平成23年12月31日刊行奥付および発表分)の中から、同賞選考委員会により選ばれます。

【応募】
刊行物および掲載誌を1部送付してください。
また、タイトル・氏名・住所・電話番号・メールアドレス・所属を明記の上、要旨(800字〜2000字程度)も添えてください。

応募先:
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053

【募集期間】
平成23年12月20日まで《必着》

【選定】
前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。

【賞】
受賞作は原則として1作品で、賞金(20万円)と朝日新聞鳥取総局より副賞が贈呈されます。
毎年3月に行われる「もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』」の講演会において、授賞式および講演を行なう予定です。

 
 
 応募の締切日である「平成23年12月20日」まで、あと1ヶ月半となりました。
 すでに「池田亀鑑賞事務局」への問い合せもあり、版元への推薦依頼や学会時の広報・宣伝などもなされていますが、ここにあらためて応募のお願いをすることで、幅広い方々に参加を呼びかけたいと思います。

 積極的な応募あるいは推薦を、心待ちにしています。
 
 
 
 なお、来週、11月12日(土)に、鳥取県の岸本公民館で「伯耆町立図書館郷土講演会」(午後1時30分から)が開催されます。
 講師は原豊二氏(米子高等専門学校・准教授)で、「池田亀鑑とその研究人生」と題しての講演があります(入場料・無料)。
 詳細は、岸本図書館(電話0859-68-3617)か、以下のPDFをご参照ください。
 
http://www.houki-town.jp/system/site/upload/live/11278/atc_1319019739.pdf
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年10月25日

昭和8年の高松宮妃殿下のお写真

 先日、昭和7年に東京大学の大講堂で開催された『源氏物語展』に関連して、展示ケースの前で女性に説明をする池田亀鑑の写真を2枚紹介しました。いずれも、ご子息の池田研二氏よりお預かりしたアルバムにあった写真です。

「昭和7年の東大源氏物語展の報道記事見つかる」(2011年10月21日)

 その女性について、安野さんからその後の報告をいただきました。

 次の新聞記事は、昭和8年4月6日の朝日新聞(夕刊)で、そこに掲載されている写真が高松宮妃殿下だとのことです。
 
 
 

111025_hidenka
 
 
 

 新聞の小見出しは、「高松宮妃殿下 九州へ御西下」となっています。
 そして、左端のキャプションには、「御写真は品川駅御出発の妃殿下」とあります。

 ということで、過日のブログで紹介した昭和7年11月20日の源氏物語展覧会での写真と、この昭和8年4月6日の朝日新聞の写真に写る女性は同じ方であることが判明したのです。

 ご当人をご存知の方にとっては何でもないことなのでしょうが、知らない者にとっては、とにかくこうして一つ一つを調べながら確認していくしか方法がありません。

 安野さんと共に、いろいろとアドバイスをくださる中京大学の浅岡邦雄先生には、あらためて感謝しています。

 さて、ブログで紹介した写真で、池田亀鑑の右後ろでパンフレットのようなものを胸に抱えて展示ケースを見る女性は、安野さんの推測では妃殿下の侍女ではないか、ということでした。


 高松宮妃殿下の学友で、生涯にわたる親友だった岩崎藤子の回想録、『九十六年なんて、あっという間でございます』(雄山閣・2008/4)によると、高松宮妃殿下(当時は徳川喜久子)は学習院女子校時代、国文学、特に和歌が好きで尾上柴舟の授業を受けていたそうです(ただし、書道は諸事情があり教わらなかったそうですが)。
 この本には少しだけですが、侍女の名前も出て来るので、ひょっとすると写真右側の女性はそのうちの一人かも知れません。
 ただし、特定するためにの写真が見つかりそうにありません。


 このことについて、少しずつ情報が集まるようになりました。これをお読みの方で、何かご存知のことがありましたら、ご教示いただけると幸いです。

 何分にも、皇室の当時の実態をまったく知りません。
 手前勝手な当て推量はこれまでにしておきましょう。
posted by genjiito at 23:42| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年10月21日

昭和7年の東大源氏物語展の報道記事見つかる

 昭和7年と12年の2度にわたって、東京大学で源氏物語展覧会が開催されました。これは、池田亀鑑が苦労して実施にこぎつけたものです。
 特に昭和7年には、河内本を底本とした『校本源氏物語』の原稿が展示されています。これはその後の昭和17年に、底本を大島本に変更し『校異源氏物語』として刊行されました。
 つまり、これらは『源氏物語大成』ができるまでの経緯を知る上で重要な、『源氏物語』の研究史上の一大イベントなのです。

 この2度の展覧会の展示実態と内容について知りたくて、いろいろと調査を進めています。

 このことについては、本ブログの以下の記事に詳しく書いていますので、おついでの折にでもご覧ください。

(1)「昭和7年に東大で開催された源氏展冊子は検閲されていた」(2011年6月 3日)

(2)「昭和7年の源氏展冊子の奥付が書き換えられたこと」(2011年6月 8日)

(3)「幻の『校本源氏物語』には改訂版があった?」(2009年7月 4日)

 そんな折、研究仲間の安野一之氏(国際日本文化研究センター・共同研究員、上記記事ではY氏として紹介)から、先月朗報が飛び込んで来ました。
 そして今日、調査に行った千代田図書館で、安野氏から発掘した資料について説明を聞くことができました。

 その詳細な報告は、来春刊行予定の『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」 第2集』に掲載されますのでお楽しみに。

 以下、今回安野氏が発掘した資料をとりあえず紹介し、これに関する関係者からの情報提供を待つことにしたいと思います。

 今回わかったのは、昭和7年11月19日と20日に東京大学で開催された「源氏物語に関する展観」の新聞報道記事です。ここに転載するのは、昭和7年11月21日発行の「帝国大学新聞」の7面上部です。
 
 
 

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 参考のために、掲載写真だけを拡大しておきます。
 マイクロフイルムからの転写なので、これでもまだ不鮮明ですが、あくまでも今は参考までに。
 
 
 

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 本来は、事前に用意されていた『源氏物語に関する展観書目録』(東京帝国大学文学部国文学研究室編、昭和7年、岩波書店)が配布されたはずです。しかし、上記ブログで報告したように、検閲ということにより、この展覧会の2日間には間に合わなかったようです。そのことは、安野氏の論考に譲りましょう。お楽しみは後で、ということにします。

 実は、池田亀鑑のご子息である研二氏より、アルバムをお預かりしています。その中の写真で結婚式までのものは、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」 第1集』に掲載しました。

 その後のもので、次の2枚について、これが何なのか、いろいろと思案していました。
 上記ブログ(1)で、私は次のように書きました。


この昭和7年の『源氏物語』の資料展覧会は、不明なことが多いことで知られています。ただし、この時のものと思われる写真が、池田亀鑑のご子息である研二氏によって、2枚が見つかっています。これも、後日公開する予定です。しばらくお待ち下さい。


 その2枚の写真については、昭和7年か12年の源氏物語展覧会のものであることは間違いないとしても、そのいずれかを決しかねていました。しかし、今回安野氏が見つけてくださった新聞記事に掲載されている写真に酷似することから、この研二氏ご所蔵のアルバムにあった2枚の写真は昭和7年の源氏物語展のものであることが判明したのです。
 そのことが確認できたので、ここにあらためて紹介するしだいです。
 
 
 
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 新聞写真が不鮮明ですが、池田亀鑑の服装や展示ケースなどにより、昭和7年の写真であることが確認できます。つまり、昭和12年2月7日に東京大学の山上会議所で開催された「源氏物語展観」の写真ではないのです。そして、この昭和7年の展示会場が、以下の翻字からわかるように、東京大学の大講堂であることが確認できました。
 これで、昭和7年の源氏展のことが具体的にわかるようになりました。
 引き続き、これに関連した情報を収集したいと思います。

 一つ気になるのは、1枚目の写真で池田亀鑑の右後ろの女性が手にしておられる印刷物が何なのか、ということです。
 上記『源氏物語に関する展観書目録』ではないか、と思われます。ただし、この冊子の検閲の経過を考慮すると、当日は間に合わなかったようです。とにかく、実際はどうだったのでしょうか。

 なお、池田亀鑑の左横の女性については、まだ確認がとれていません。
 これについても、ご教示をお願いするところです。

 この記事にある展覧会の内容について、そして掲載されている写真について、何かご存知のことがございましたら、お教えいただけませんでしょうか。また、この時に配布されたと思われるパンフレットについても、どこかに残っていませんでしょうか。さらには、この「帝国大学新聞」の実物を、どなたかお持ちではないでしょうか。そして、この展覧会の時の写真も。

 安野氏が、上記新聞記事に書かれていることを文字に起こしてくださいました。
 ありがたく拝受し、以下に掲載します。
 なお、「帝国大学新聞」の昭和7年11月28日のこの展覧会に関連する記事に「解説付きの目録が刊行されなかった」ということが書かれています。ただし、この詳細は安野氏の論考に譲り、ここでは紹介を控えます。


昭和7年11月21日「帝国大学新聞」

禁中の秘本を始め
 河内本も出陳さる
   源氏物語展覧会賑ふ

本学文学部国文科主催紫式部学会後援の源氏物語展覧会は、十九廿の両日、本学大講堂で開催されたが、その出陳の大部分は国文学研究室の池田亀鑑氏が多年にわたり苦心収集した資料で、源氏に関するコレクションとしてはこの右に出るものがないといはれ従来はほとんど見ることを得なかつた河内本が三十余種も並べられ、加持井宮や有栖川王府の御蔵本、長慶院の御作「仙源抄」、更に東山御文庫の勅封を特に許されて解けるもの、高松宮の御蔵本等はいづれも他日拝観の機会を得ることは困難なものである。その他源氏に関する美文集、名歌集から香、生花、茶、かるた、すご六、投げ扇に至るまでの参考品が陳列された。十九日には東伏見宮大妃殿下、二十日には高松宮妃殿下を始め学会各方面の多数の名士が来場し一般入場者も非常に多く特に女性の多かつたことは注目された。光栄の池田亀鑑氏は語る。
 宮様の台覧あらせられたことは大変有難いことと感激して居ります。殿下は終始御熱心に御質問あらせられ、紫式部に対して同性としての御なつかしみを特にもたれてゐるやうに拜察いたしました。慶福院王榮の著作にも特に御興味を感ぜられた如くで御座いました。こういふ光栄の機会に際し更に一層努力致したいと考へてをります。

---《囲み記事》-----------------------------------------
高松宮妃殿下
東伏見大妃殿下

御成り

東伏見大妃殿下には十九日午後関屋宮内次官、同夫人を従えられ源氏物語展に御成り、小野塚議長、姉崎図書館長、宇野文学部長、藤村紫式部学会長御附添ひにて国文研究室の池田亀鑑氏の説明を御熱心に聞こし召され御機嫌うるはしく御帰還あらせらる。また廿日午後、高松宮妃殿下には源氏物語展覧会へ御成りあそばされ藤村教授、久松助教授の御案内にて池田亀鑑氏御説明申上たが、御熱心に御覧の後図書館に御成り、姉崎館長御案内申あげ御一巡の後御機嫌うるはしく御帰還あらせられた。
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紫式部学会長の藤村作教授は語る
 誠に光栄のことで御座います。殿下には兼々シェークスピア学会にも比すべきかかる会のないのを御遺憾のやうで御座いましたが、微力ながら我々が漸く紫式部学会を作りましたので大変御喜びの御様子で御座います。今後我々は一層この会を発展させて行きたいと思つてをります。
【写真――御巡覧の東伏見宮大妃殿下】

*仮名遣いは原文のまま、句読点は引用者が適宜補った。
posted by genjiito at 23:56| Comment(1) | 池田亀鑑

2011年08月26日

日南町のガイドブックに紹介された池田亀鑑

 これまでに本ブログにおいて、井上靖・松本清張・池田亀鑑に関連して紹介してきた鳥取県の日南町で、「まるごと日南町完熟ガイドブック」が発刊されました。

 その中で、「町と文豪のゆかり」というページに池田亀鑑が取り上げられています。

 その紙面については、「池田亀鑑賞公式サイト」(2011年8月24日)から読むことができます。

 少しずつではありますが、池田亀鑑とその賞について知ってもらえる機会が増えています。

 地道にコツコツと広報や研究活動が続き、多くの方々に支えていただける中で、今後とも着実に育ってほしいものです。
posted by genjiito at 12:24| Comment(0) | 池田亀鑑

2011年06月17日

本と出会う楽しみ−末松謙澄と池田芙蓉

 いつも色々と教えていただくK先生から、嬉しいメールが来ました。
 末松謙澄の英訳源氏の本が、ネットに出ているとのことなのです。
 早速予約を入れました。

 これまで、この本との出会いがなかったのは、ネットに掲載されている書店のブックリストに、末松謙澄の「謙」が「兼」で入力されていたからです。検索にかからなかったはずです。


[英]源氏物語
末松兼澄、丸屋、明14、1冊
クロス装 木版口絵入 丸屋
◯◯書店 ●●●円


 この本については、異版をずっと探していました。仲間のラリー・ウォーカー先生がお持ちの本を拝見して以来です。
 4年前に刊行されるはずだった『源氏物語【翻訳】事典』が、不手際からいまだに完成していません。解題やコラムを書いていただいた多くの先生方には、平身低頭平謝りの数年です。何とか今秋には刊行できるように、最後の確認作業をしているところです。この本については、もうしばらくお待ちください。
 その『源氏物語【翻訳】事典』で、ラリー先生にはこの末松謙澄訳の『源氏物語』について、解題とコラムを担当していただきました。『源氏物語【翻訳】事典』がまだ刊行されていないので、その内容をここで少し紹介しておきます。ラリー先生、編集が遅くなっていることを、お許し下さい。
 ラリー先生がお持ちの本は、明治27年の第2版です。表扉に「Z.P.Maruya & Co.,Limited」とあり、裏側には日本語で「丸善書店」とあるものです。
 沼沢龍雄の『日本文学史表覧』(昭和9年、明治書院)の別冊年表によると、その「Genji Monogatari」のグループの最初に、末松謙澄の源氏訳が明治14年に丸善社から刊行されたとなっています。明治14年というと、末松謙澄はまだイギリスにいた頃です。続いて、明治15年にロンドンで刊行されています。
 この明治14年版の謙澄訳『源氏物語』が確認できていないので、その初版については不明な点が多いのです。

 今日、K先生から教えていただいた本は、本屋さんの情報によると、明治14年に丸屋から刊行されたもの、とあります。しかし、出版元である丸屋商社は、明治13年に丸善商社に改組され、明治26年に株式会社となり、今の丸善へと続いています。

 明治14年に丸屋から刊行されたとあることが、どうも気になっていた本なので、これは初版なのではないか、と早速注文しました。この当時の本はよくわからないことが多いので、とにかく実物を入手してから考えるしかありません。初版ではなくて、第2版であっても、何か違うかも知れませんので。

 今日は、千代田図書館へ古書販売目録の調査に行く日でした。末松の源氏訳の本を注文した書店が神保町にあることに気付き、図書館へ行く前に立ち寄ることにしました。

 注文した本は店頭にはなく、倉庫にあるとのことで、持ち帰ることはできませんでした。しかし、その奥付の詳細を倉庫に電話をしてもらい、確認することができました。しかし、それでもよくわかりません。現物を見れば、また何か新しいことがわかるかもしれません。この本が届くのが楽しみです。

 神保町に足を向けたのは、もう一つ目的がありました。それは、池田芙蓉の空想冒険小説『馬賊の唄』(昭和50年、桃源社)を店頭に置いている書店があるからです。再編集本ですが、小説家池田亀鑑を考える上では、大切な資料ともなります。
 このことは、ネットで見かけたので知っていました。まずは、実物を見て、本の状態を確認してから買おうと思っていました。ちょうどいい機会です。

 実際に『馬賊の唄』を手にすると、予想外に綺麗で帯も付いていたので、迷わず購入しました。
 
 
 

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 この冒険少年小説の作者である池田芙蓉とは、実は池田亀鑑のペンネームなのです。
 小説家池田亀鑑は、多くの筆名で少年少女小説を書いていました。池田芙蓉、青山桜洲、村岡筑水、北小路春房、闇野冥火、富士三郎などのペンネームがわかっています。これは、古典籍を購入する資金の調達に奔走していたからです。
 それよりも何よりも、亀鑑自身が空想の世界に遊ぶことが好きだったこともあります。
中学生のころから、荒唐無稽な話を書いていたことが、『文範』という習作帖を見るとわかります。この『文範』については、またいつか詳しく紹介します。

 今、京都に向かう新幹線の中です。
 シートに蹲りながら、小説『馬賊の唄』のページを繰っています。
 
 
 
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 今から見ると、照れくさくなるような美文調です。このリズムは、私が小さい時に読んだ活劇物を思い出させます。
 得難いものとの出会いを、今こうして楽しんでいます。
 本は、読み始めや読み終わりだけでなく、その本を手にするまでのプロセスも楽しいものです。
 その後の千代田図書館での調査も含めて、収穫の多い一日となりました。
posted by genjiito at 23:38| Comment(0) | 池田亀鑑