2019年06月22日

吉行淳之介濫読(21)『女の決闘』

 「吉行淳之介傑作小説選集(全4冊)」の一冊として刊行された『女の決闘』(吉行淳之介、文理書院ドリーム出版、昭和42年(1967)12月、挿し絵は野田弘志)を読みました。

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 いくつか刊行されている中でこの本を読むことにしたのは、挿し絵があったからです。ここにあげた書影は、あるいは本来は別のカバーがあったかも知れません。確認は後日とします。
 本作については、別に新書版の『女の決闘』〈コンパクト・ブックス〉(集英社、昭和46年(1971)4月)が手元にあります。

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 また、『東都書房創業十周年記念出版 吉行淳之介集 現代文学15』(昭和41(1966)年9月)に収録された『女の決闘』も持っています。共に、本文は今回読んだものと同じです。
 なお、後述するように、『女の決闘』の改稿版である『赤と紫』(角川文庫、昭和49年(1974)7月)もあります。

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 これは、『女の決闘』の本文を、少し刈り込んだものです。吉行としては、この『赤と紫』を決定稿としたかったようです。本作品の来歴を知るために、『赤と紫』(角川文庫、昭和49年7月)の巻末に置かれた著者による「あとがき」を引きます。

 この作品は、昭和三十八年に「赤と紫」という題で地方新聞に連載したものである。そのときにはまったく連想がなかったのだが、「赤と黒」という名作のあることに気が付いたので、単行本にするとき「女の決闘」という書名にした。しかし、そういうこだわり方もおかしなものなので、今回また原題に戻した。
 この作品の中に霊感少女の問題が出てきて、彩りというよりももう少し重い役割をしている。昭和四十八年にこういう霊感とか念力の問題がクローズ・アップされてきたので、そういう点に興味をもつ読者もいるかもしれない。
 かなり以前の作品だが、美容整形の問題とか、そのほかの問題もますます進行しているものなので、古くなっていないところが取柄といえるだろう。なお、文庫にするにあたって大幅に改稿した。(374頁)


 ここで、吉行は「文庫にするにあたって大幅に改稿した。」と言います。しかし、私が本文の異同を調べた限りでは、後に記すように、「大幅」と言うほどの改変ではありません。『星と月は天の穴』を例にして、その改変の跡を提示した記事、「吉行淳之介濫読(17)未発表原稿が見つかったこと」(2016年06月09日)を参照願えれば、吉行が手を入れることで様変わりする一端が、実感してもらえるかと思います。

 さて、整形手術をしてテレビスタアへの道を歩みだした江里子。妹の路子は姉を羨ましく見ています。その江里子は、3年前まではアンナと名乗るコールガールだったのです。自分の素性が知られはしないかと、江里子の胸は騒ぎます。
 ミステリー仕立てで、ぐんぐんと読ませてくれました。ドンファンやプレイボーイの飄々とした話とは違う世界が展開するのです。
 かつてのコールガール仲間だったユカリは、その江里子を揺さぶり動揺させ、貶めていくことに快感を覚えるようになります。テレビドラマの主役として江里子がコールガールに扮するすることになってからは、さらにさまざまな思いが錯綜します。
 そんな中で、光姫とみよ子の予言話のくだりは退屈でした。作者が2つの話を並走させた意図がよくわかりません。大人の世界と子供の世界が交流するのです。その前段階において、前が見えない展開なのでおもしろくないのです。
 しかし、後半に入ると、江里子と対をなすもう一つのみよ子の予言話が推理仕立てでおもしろくなります。二本立てで進行する構成が功を奏したことになります。ただし、最後までわたしにはこの設定がよくわかりませんでした。
 整形手術によって、林江里子と路子姉妹は人生が大きく変わり、ついには姉妹が入れ替わるという、おもしろい設定が後半で楽しめました。男女ではなくて姉妹の入れ替わりは、これまでにもありました。この作品も、そうした種類の一つに加えましょう。周りの混乱が、話をいや増しにおもしろくします。
 この姉妹を「赤と紫」に例える場面が、「第二十一章 林江里子」にあります。

「ぼくも、そうおもう。光姫が赤とすれば、みよ子は紫といえる。赤は三原色の一つで、まじりっけのない色だ。赤に混ぜものをすると紫になる。みよ子もたしかに才能はある。しかし、まじりもののある才能だ。赤には勝てない。光姫は天才とすれば、みよ子は秀才というところだな」(232頁、上段)
(中略)
「赤と紫、ね。おもしろいたとえだわ。先生、姉とわたしでは、どちらが赤でどちらが紫かしら」
「それは、はっきりしている。この前までは、江里子くんが紫できみが赤だったが、今はその逆だ」
「いまは、わたしが紫ですか」
「なぜなら、きみは今、まじりっけがあるからね、整形手術を受けて、鼻のあたりに混じりっけができた」(232頁、下段)
◎「才能だ。」→『赤と紫』「才能なんだ。」(232頁、上段)


 吉行が後に手を入れた改稿版『赤と紫』(角川文庫)が、どうやら本作の決定稿のようです。
 本作は小説家吉行を知るのに好例になると思います。カットされたのは、新聞の連載小説のために、つなぎの役割を果たす部分があげられます。また、「筝曲教授の家」と「同性愛者」と「復讐」を語る一章は、ごっそりと削除しています。これは、関係者への配慮ではないか、と思っています。さらには、作者が解説しすぎたと思い、後に手を入れてカットしたものもあります。特に、一章まるごと削除しているところは、検証すべき問題を孕んでいます。吉行の小説作法を知ることができるからです。これらは、またいずれ、ということにしておきます。【4】

私注:目次構成の異同

 『女の決闘』目次   →『赤と紫』目次
 第一章 顔      → 第一章 同(ただし冒頭の2文が入れ替わっている)
 第二章 食卓の光景  → ナシ(前章に組み込む)
 第三章 光姫     → 第二章 同
 第四章 黒い点    → 第三章 同
 第五章 晩飯会    → 第四章 同
 第六章 山川みよ子  → 第五章 同
 第七章 酒場にて   → 第六章 同
 第八章 買った話   → ナシ(前章最後の「コールガールという役を与えられたときの江里子の内心の動揺。」から5行分カットに加え、この章もカット)
 第九章 光と影    → 第七章 同
 第十章 霊感について → 第八章 同
 第十一章 食味通信  → 第九章 同
 第十二章 危険な日々 → 第十章 同(本章末尾「でもみよ子さんの実力って、信用できるの。」から3行分カット)
 第十三章 変化    → 第十一章 同(本章冒頭の10行分の、作者が顔を出して誘拐の経緯を語る部分を3行に縮約)
 第十四章 足を引張る → 第十二章 同
 第十五章 女の決闘  → 第十三章 同
 第十六章 日暮どき  → 第十四章 同
 第十七章 姉妹    → 第十五章 同
 第十八章 揺れ動く  → 第十六章 同
 第十九章 勝負    → 第十七章 同
 第二十章 二つの顔  → 第十八章 同
 第二十一章 林江里子 → 第十九章 同
 第二十二章 新しい巣 → 第二十章 同


※初出誌︰「赤と紫」(昭和38年2月23日〜10月2日、連載220回、中国新聞他6紙、後に『女の決闘』と改題、それをさらに昭和49年の文庫収録にあたり大幅に改稿して原題の『赤と紫』として刊行)

※刊行情報(全集及び選集は未確認のものが多い)
・『女の決闘』(桃源社、昭和39年(1964)年4月)
・『女の決闘』〈ポピュラー・ブックス〉(桃源社、昭和41年(1966)年7月)
・『女の決闘』(『東都書房創業十周年記念出版 吉行淳之介集 現代文学15』収録、昭和41(1966)年9月)
☆『女の決闘』(文理書院ドリーム出版、昭和42年(1967)12月)[『吉行淳之介全集 第15巻』所収の「著書目録」に未記載]
・『女の決闘』(東方社、昭和43年(1968)年11月)
・『女の決闘』〈コンパクト・ブックス〉(集英社、昭和46年(1971)4月)
・『女の決闘』(青樹社、昭和48年(1973)9月)
・『赤と紫』(角川文庫、昭和49年(1974)7月)


 
 
 
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2019年05月21日

吉行淳之介濫読(20)『コール ガール』

 この『コール ガール』(吉行淳之介、角川文庫、昭和50年5月)は、前回は昭和54年正月に読み終えています。しかし、内容はまったく覚えていませんでした。そのせいもあってか、楽しく読めました。

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 書き出しは、作者(語り手)が「コール ガール」という作品を週刊誌に連載することとなり、都内に部屋を借りて執筆を始めるところからです。対談の名手と言われる吉行らしい、乗りのいい語り口です。
 アメリカのコール ガールを引き合いに出し、精神分析医のハロルド・グリーンウォルド氏の『コール ガール』(中田耕治訳、荒地出版社)を引用しながら、日本のコール ガールとも違う娼婦と比較しながら論じたりします。実に楽しそうに語っていきます。
 この作品が連載物であることは、「この作品の第1回で、書いておいたように、〜」(101頁)とあることからわかります。掲載雑誌の読者を多分に意識した、読者に語りかける口調で物語は展開します。
 文中に、一年前に刊行した『浮気のすすめ』(昭和35年3月〜11月、『週刊サンケイ』連載、35回、同12月に新潮社から刊行)からの引用文が、次のことばの後に12行分ほどあります。
 彼女の演出及び演技力の一端を、『浮気のすすめ』から引用してみよう。(78頁)

 また、その『浮気のすすめ』の内容に対して抗議があった話が7行分あり、その抗議は筋違いだとしてここに反論を書いています(131頁)。なかなかおもしろい構成です。
 空は鉛色で、湿気が多くて、皮膚はジメジメしている、という描写は、本作でも健在です。吉行の作品でよく出てくる、特徴的な表現です。ゼンソクの持病を抱えることから、この表現は至る所でなされます。
 隣室のコールガールの部屋に行き、隣の自分の部屋からおつまみを取り出してくる話の「23 乾酪盗人」(190頁)は秀逸です。
 後半で展開する「全日本タイトルマッチ、コールガール選手権試合」は、面白半分のネタながら、作者は楽しんで書いています。遊び心の本領発揮です。女性をモノ扱いにしていると、今なら批判される内容です。しかし、作者は本気です。もしお急ぎの方は、「30 決戦の日近し」(角川文庫、251頁)から「37 奇想天外」(325頁)までの節を読むだけでも、十分に本作を堪能できます。
 最後に、また精神分析医ハロルド・グリーンウォルド氏の『コール ガール』(中田耕治訳)を引用しながら、日本のコール ガールとも違う娼婦と比較しながら、真面目な私見を展開します。生真面目な吉行の本領発揮です。
 そして、最後の作者のまとめは、これまた吉行らしい生真面目なものです。
 興味の赴くままに、肩肘張らずに随想のような語り口に、すっかり引き込まれました。物語る作者が、時たま小説家吉行淳之介として登場します。いろいろな仕掛けがなされています。
 なお、この作品を生み出した前作『すれすれ』(昭和34年4月〜12月、『週刊現代』連載、38回、昭和34年10月に講談社から刊行)のことが、作中に出ています。
 もともと田井重吉は私の作品『すれすれ』の中の重要な登場人物である。その作品のなかの彼がこの世を去る場面を引用して、あらためて田井重吉の冥福を祈ることにしようとおもう。(396頁)

 こうした形で引かれる登場人物に関しては、吉行の作品を通して注目しています。そのことは、またいつか書きます。
 また、関西在住の田中堅太郎氏からの手紙によるものとして、関西の状況については次のように言います。
関西では、この方法によるものの最も盛んなのが、神戸です。この土地は、昔からの港町で取締まりがゆるく、現在は戦前以上です。あきらかに売春防止法に抵触するもの以外は、追求されません。結構なことです、ありがたいことです。したがって、コールガールの質も非常に高く、そして広く、大阪、京都はその足下にも及びません。
 大阪は……、ほとんどが赤線上りです。中継所もうどん屋とか三畳土間だとか、そのくせ値段は時問で二千円です。不潔さは天下一品也。
 京都は……、日本の観光都市として、健全娯楽をうたっていますから、売春防止法にちょっとでも触れるものは徹底的に取締まられます。したがって、コールガールは、絶対に表面に出ていません。旅館で呼んでくれるところも稀にありますが、いわゆるヤトナばかりで、素人は皆無。ポン引の手を経るものは、ドングリ橘一帯のジキパンで、プロもプロも大プロで、コールガールの部に入らず(184頁)

 本作品を読んだメモに、「41節は『赤と紫』のモデルか。同じパターンの話である。」とあります。またいつか、このことを検証してみたいと思っています。【4】

※?の表現
 「差出人の住所は書いてあらず、」(49頁)
 「田舎ナマリの岩乗な女中だけだがな」(237頁)

書誌情報:『週刊サンケイ』連載、昭和36年2月〜37年1月、45回、昭和37年3月に角川書店から刊行)

※参考情報:「『コール ガール』の頃」(吉村平吉・風俗評論家、『面白半分 とにかく、吉行淳之介。 愛蔵版』、昭和55年1月、面白半分編集部、面白半分社)に、次のような裏話が語られています。本作品を理解する上で大いに参考になる話なので、長文ながら以下に引用します。
 自分自身が、売春婦のいる世界の生活にずぶずぶに漬っていた時期だったから、娼婦を主人公にしたり娼婦が登場したりする小説類を読み漁っては、生意気にもわたしなりの批評をくだしていたのだった。
 かねがね、自分のぐうたらと不行跡を棚に上げて、新聞や雑誌の売春社会または売春婦に関する文章のいい加減さに腹を立て、軽蔑していたのだ。
 吉行さんの作中の娼婦は、いずれもそんなわたしの心をときめかすほどの実在感と親近感をたたえていた。むろん小説としての見事さに感銘させられもしたが、それ以上に、作中人物へのわたしの側からの熱っぽい感情移入があったわけである。
 わたしの気持が通じてか、銀座の勉強会のあと、吉行さん単独でのご指名があって、以後、ちょくちょくお逢いするようになった。
 お逢いすると、お互いに妙な具合の真顔で、Y談がかった女の話や売春業界の話を交わすのが常だった。ポン引き稼業はお喋りと相場がきまっていたし、吉行さんのほうはあの名うての聴き上手だったから、当然にいつも話が弾んだ。
 そのうち、吉行さんの小説やエッセイのなかに、わたしらしき人物とかわたし風のポン引きとかが登場するようになった。読んでいて、面映ゆい気がしないでもなかったが、満更でない気持のほうが強かった。よく映画俳優なんかが、○○監督の作晶なら、ぜひとも出演させていただきたい、といった発言をしているが、ちょうどそういった心境だった。
 吉行さんの年譜によると、昭和三十五年の週刊誌の連載エッセイ『浮気のすすめ』、初めての新聞小説だという『街の底で』、そして翌三十六年の週刊サンケイ連載小説『コールガール』−の頃が、わたしの影みたいなものが吉行さんの作品のなかに見え隠れしたピークだった。したがって、しょっちゅうお逢いしていたし、しょっちゅうご馳走になっていた。
 とくに『コールガール』の連載中は、毎週のように、取材の手伝いをさせていただく格好になった。この小読は、作者が当時まだわが国でほ実態が明らかでなかった"コールガール"と呼ぼれる売春婦の存在を求めて探訪して歩く……という、いかにも週刊誌の連載らしいドキュメントタッチのもので、吉行さんは実際に、情報にもとづいて東奔西走したのだ。
 その頃はもう、わたしはポン引き稼業の足を洗っていたのだが、それでも古巣の売春業界には大勢の仲間が残っていたから、もっぱらそれらの連中を活用した。
 元仲間のボン引きのルートをたどって、コールガールと称する女たちに近づいたり、モグリ売春業者のなかの気のきいたので、アチラ風の仕組みにしたものなどに接触したりしたのだ。
「−よく考えてみると、平さんに、直接女を世話してもらったことは、一度もないんだよな」
 吉行さんがわたしに向って、新発見のようにこういったことがあるが、まったくそのとおりだった。
 おそらく、吉行さんは、ポン引きを介して女を買うなどという趣味は、まったくなかったのだろう。わたしをはじめとするポン引きという職業(?)、さらにモグリの売春業界の仕組み、そこにいる女たち、そういったものに探究心をかき立てられたに過ぎなかったのだろう、と、わたしは思う。
 それにしても、『コールガール』の頃の吉行さんは、探究的な好奇心旺盛で、探訪的行動にも結構マメであった。
(中略)
 一般の読者は気づいていないかもしれないが、吉行さんの小説には、いわゆる悪役的な人物は描かれていない。むろん正義の味方なんぞはお呼びじゃないだろうが、根っからの悪党も登場していない。ポン引きも、売春業者も、詐欺漢も、まして娼婦、女性。
 野間文芸賞のパーティでは、主賓である吉行さんがどういうわけか会場の隅のほうに佇んでいて、真っ先にわたしの傍にきてくださった。浅草のはずれからきた元ポン引きのために。(160〜161頁)

 
 
 
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2019年03月04日

吉行淳之介濫読(19)『すれすれ』

 この『すれすれ』は、さまざまなバージョンで刊行されています。吉行淳之介の刊行書はほとんど持っているので、その中でも今回は珍しい〈カラー小説新書〉(挿し絵:風間完、広済堂出版、昭和44年5月)で読みました。

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 ハンカチタクシーと呼ばれた白タクを始めたばかりの石原沢吉の話から始まります。
 初日からイチャイチャする腹立たしいカップルを乗せる羽目に陥りました。タクシーの後部座席で展開する人生模様が語られていきます。
 そして、しだいに沢吉は、女性を口説き落とすためのテクニックを、乗客から学ぶようになるのです。また、そのエピソードが軽妙に語られるので、楽しく読み進められます。このユーモア混じりの語り口が、吉行淳之介の特徴です。
 沢吉は、ドンファンとして悪名高かった亡父竜一の資質を受け継いでいることを確かめようとしています。「親父の秘伝書」なるものを追い求めて生きているのです。そのありかを知るヒントは、小花という女です。女遍歴は、その確認でもあるようです。ドンファン開眼を目標にして、女性を渡り歩く日々なのでした。
 そんな中でも、男娼と大腸菌の話は大いに楽しめます。
 新宿の女給に「波奈子」がいます(94頁)。名前が、今の平仮名の字母なのです。「はなこ」となっていないので、あれっと思いました。
 全編にホテルは「温泉︎」のマークで表記されています。これが意外と効果的です。情事につきものの湿っぽさがなくなるからです。
 亡父竜一が残した物が何かは、秘伝書かどうかはともかく、小花という女性がその秘密を握っていることが明らかになって以来、その何ものか探しが物語を引っ張ります。そして、ついにその遺品を手にします。それは、千本もの曲がりくねった細毛のコレクションでした。なかなかユーモラスな展開を楽しめます。
 軽妙な語り口の中に、男の物の考え方がよく描かれています。その純粋な思いに発する思考過程が。
 井原西鶴『好色一代男』の世之介の話が出てきます。後に、現代語訳をすることになる作品です(昭和55年『海』に16回の連載)。すでに、この時から興味のある作品だったのです。
 沢吉は理髪師の山藤から、亡父竜一と一緒に研究をしていたという『陰翳分析』というノートを見せられます。亡父の遺品である細毛を貼り付けたアルバムは、この研究ノートの付録のようなものだというのです。科学的、統計学的な研究だというのですから、作者の薄ら笑いが伝わってきます。
 最終章は、「はるばるきつるものかな」となっています。作者のウイットが最大限に生かされた終わり方です。【4】


初出誌:『週刊現代』(昭和34年4〜12月、連載38回)
※手持ちの角川文庫の表紙絵(松野のぼる)と「あとがき」を引きます。
 この角川版の巻末のメモには、「昭和51.12.20 修論を出して池袋で購入 昭和51.12.23 読了」とあるので、論文執筆で張り詰めていた日々の解放感から一気に読んだことがわかります。

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 この作品は、昭和三十四年に書いたもので、私のはじめての週刊誌小説である。当時としては、「天下の奇書」と呼んでもよいようなものだと自負していたが、今の時代ではそれほどではないだろう。ただ、「奇書」の趣はかなり残っている。
 時代風俗については、私はあまり作品に取入れないほうだし、時代感覚についても現在とズレはない、とあらためて読み返してみて感じた。一つだけ困るのは、主人公の商売である「ハンカチ・タクシー」である。これは、いまの夜の銀座では「白タク」(ナンバー・プレートが白だからだろう)と呼ばれて実在しているが、すべてヤクザの商売の一環である。
 十五年前には、シロウトが自家用車を走らせて、モグリの営業をやることが可能であった。当然、法律には触れるので、ハンカチを買ってもらうかわりに車に乗せる、という体裁をとっていたから、「ハンカチ・タクシー」と呼んだと聞いたことがある。実際には、乗ってみてもハンカチはくれなかったが。本篇の主人公の石原沢吉くんも、そういう時代のモグリ稼業の一人である。
 この作品が、どこまでいまの時代に受け容れられるか、作者としては興味がある。(353頁)

 
 
 
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2018年12月25日

吉行淳之介濫読(18)『焔の中』(追補-2019.01.14)

 吉行淳之介の『焔の中』(中公文庫、昭和53年7月3版)を読みました。

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 昭和19年8月、二十歳の吉行のもとに召集令状が届きます。そして、O市の連隊に入営しました。さまざまな体験をする中で、軍医から気管支ゼンソクを理由に兵営を出ます。こうした経緯が、軽妙に語られています。
 吉行淳之介は、話がうまい作家です。本作でも、話題の切り替えが絶妙で、絵物語を読むように、その展開がわかります。
 昭和19年秋に、旧制高校の友人と湖で過ごしたエピソードも秀逸です。時勢もあり、死を意識した会話の中にも、達観した余裕が感じられます。
 その後も、吉行がよく使う表現の、肌にまつわりつくじめじめ、べたべたした感触が続きます。
 昭和20年5月25日の東京空襲下の家での様子は、母や女中を含めての描写が生々しく具体的です。若者の感性に満ちた視点で描かれています。
 自宅が焼け落ちる時に持ち出すものに、ドビュッシィのピアノ曲のレコードがあります。吉行らしいと思いました。実は、私は学生時代に、この吉行が好きだったドビュッシィのレコードをよく聴いていました。よくわからないままに、吉行がいいと言うので聴いていたように思います。
 そして、焼夷弾で焼け野原となった中をさまよう場面は、精細に語ろうとする姿が言葉を紡ぐ中から伺えます。吉行特有の神経が尖った筆致が生む、戦争を語る作品となっています。冷静な中に、鋭い視線と複雑な思いが交錯する文章です。
 吉行の表現によく出てくる、黒と茶色と灰色の世界は、この焼け出された時の記憶が生み出すものではないのか、と思ったりしました。
 終戦の玉音放送を大学で聞いた後、8月17日に逃避先の田舎で、吉行は次の感懐を抱くのでした。
 いったい、どうやって何の手掛りもない世の中から、生きてゆくための糧を奪い取ればよいのだろう。家財が一物も余さず焼失するまで疎開しなかった僕には、ゆっくり勉強する余裕は残されていない。それこそ、大学なぞはビール瓶のカケラに過ぎないのだ。戦争の間は、死ぬことについてばかり考えさせられてきた僕は、今度は生きることを考えなくてはならぬ時間の中に投げ出されてしまったのだ。(160頁)

 1行1行の言葉に重みのある、吉行淳之介の代名詞である軽妙からは程遠い、異色作と言える自伝作品です。

 今回読んだ中公文庫の巻末には、「S54.3.29 本荘駅前で買う」「S54.3.30 田無行きバスの中で読了」とのメモがあります。春休みに秋田へ行き、恩師の家に年末の挨拶に行く道中で読み終わったものだったことがわかります。本書の至る所にペンでチェックがあります。こんな表現に反応していたのかと思いながら、40年前の自分を感じながら得難い読書体験となりました。【4】
 
[追補1]
 本書は以下の文章5編で構成されています。
 ・1956年3月『藺草の匂い』(文藝)
 ・1956年2月『湖への旅』(文藝)
 ・1955年4月『焔の中』(群像)
 ・?『廃虚と風』?
 ・1956年4月『華麗な夕暮』(群像)

[追補2]
 手持ちで別の『焔の中』(東方社、East Books、昭和39年12月)の表紙絵をあげておきます。

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2016年06月09日

吉行淳之介濫読(17)未発表原稿が見つかったこと

 今日(2016年6月9日)の毎日新聞(東京夕刊)に、次のタイトルで吉行淳之介の自筆原稿が見つかったというニュースが報じられていました。


吉行淳之介 未発表の原稿発見
 散文移行期、貴重な資料
 作家・中井英夫の遺品に


 この記事では、次のような紹介がなされています。


 吉行は10代の頃から詩作を始め、『新思潮』の当時は<詩から散文に移ろうとして>(『私の文学放浪』)いる時期だった。「挽歌」は46年、吉行が22歳の年に作った詩で、『吉行淳之介初期作品集』(67年)『吉行淳之介の本』(69年)などに収録された。お金持ちの貴婦人が、貧しい子供たちにバナナを投げ与えている場面の悲しさや、元兵士の腕のない袖が揺れている様子など、混乱した時代を戦争後の心象風景と重ねて詠んでいる。


 新聞記事の後半では、「改稿された未発表の詩「ポンポン蒸気船」」と「既に発表されている詩「挽歌」」の2つについて、次のような翻字と引用がなされています。


改稿された未発表の詩「ポンポン蒸気船」



支那人街(まち)の児どもたちは 運河沿いに舟を追いかけ/(狂喚また狂喚)/とめどもなくわらいわらいバナナを投げる未亡人の/象牙の腕輪が カチッカチッ 鳴りひびくと……/あたりいちめん 溝泥(どぶどろ)の臭いだった

ゆうがた 海ははたして大時化(おおしけ)で/日はひがしにうららかに蒸気の音もかろやかな……おもかげなく/(ぼくは未亡人の膝に載るほどちいさくなり 彼女は/そのままであるほど母親めいておらなかった)おもかげもなく/舵を握った退役伍長<ごちょう>の ぷらんぷらん 片袖だけが/疾風(はやて)のなかで さも頼もしげにはねていた

はるかな沖合の沈没船は もうもう赤錆<さ>びた鉄板だった
 
 

既に発表されている詩「挽歌」



南京街の子供たちは/運河沿いに小さな蒸気船を追いかけ/(狂喚また狂喚)/とめどもなくわらいわらい/バナナを投げあたえる未亡人の/腕の脂肪が 舟の上できらめくと/あたり一面 溝泥の臭いだった

ゆうがた 海ははたして大時化(おおしけ)で/(陽はひがしにうららかに/蒸気の音もかろやかな−−おもかげなく/ぼくは未亡人の膝に載るほど矮(ちいさ)くなり/彼女は そのままであるほど/母親めいておらなかった−−おもかげもなく)/舵を握った戦傷兵曹の/ぷらんぷらん 片腕の袖が/疾風のなかで さも頼もしげに揺れていた

遥かな沖合の 沈没船は/もうもう 赤錆びた鉄板だった

 ※字の横のルビは詩にもともとあるもので、< >の中のルビは本紙がつけた。


 ここで「改稿された未発表の詩「ポンポン蒸気船」」として毎日新聞に翻字されたものは、実際の原稿を正確に翻字したものではありません。新字新仮名に直して翻字したものです。

 吉行は『吉行淳之介初期作品集』(冬樹社、昭和42年5月)の「あとがき」(230頁)で、自身の仮名遣いについて次のように言っています。


 私は、昭和二十四年以後は、新仮名づかいを使っている。したがって、二十三年以前の作品(「詩」および「遁走」から「藁婚式」まで)は旧仮名だが、この本では新仮名に改めておいた。漢字制限には反対なので、漢字については原のままになっている。現在の送り仮名は納得できないのだが、新聞雑誌で見馴れているし、私自身混乱し曖昧になっている。この本の送り仮名は、そのときどきの原稿どおりにしておいた。
昭和四十二年早春
         著者


 『吉行淳之介初期作品集』に収められた「挽歌」は、昭和21年の作品です。そこでここでは、今回見つかった原稿は自筆のままに、旧漢字旧仮名で翻字しておくことにしました。
 毎日新聞の電子版には原稿の写真がないので、印刷された新聞紙面の写真をもとにして、私に翻字すると以下のようになりました。


160609_





   ポンポン蒸氣船
             吉行淳之介
 
支那人街《まち》の兒どもたちは 運河沿ひに舟を追ひかけ
(狂喚また狂喚)
とめど[も]なくわらひわらひバナナを投げる未亡人の
象牙の腕輪が カチツカチツ 鳴りひびくと……
あたりいちめん 溝泥《どぶどろ》の臭ひだつた
 
ゆうがた 海ははたして大時化《おほしけ》で
日はひがしにうららかに蒸氣の音もかろやかな……おもかげなく
(ぼくは未亡人の膝に載るほどちひさくなり 彼女は
そのままであるほど母親めいてをらなかつた)おもかげもなく
舵を握つた退役伍長の ぷらんぷらん 片袖だけが
疾風《はやて》のなかで さも頼もしげにはねてゐた
 
はるかな沖合ひの沈没船は もうもう赤錆びた鐡板だつた

《 》ふりがな
[も]補入文字1文字


 新聞の翻字も、へたに現行の漢字仮名遣いに置き換えるのではなくて、原稿用紙に書かれたままに翻字するのが正しい対処ではないでしょうか。なんでもかんでも現行のルールに統一して書き換える、というのはどうかと思います。こうした資料を紹介する時には、資料を改変した表記で紹介すべきではないと考えます。

 『吉行淳之介初期作品集』に発表された詩と、今回見つかった改稿版の違いは、おおよそ以下のような表現の箇所となります。
 数字の 01〜 51 の番号は、吉行の詩を文節に区切って比較しやすくした際に、私が振った通番号です。
 改稿版では、簡潔でわかりやすい表現になっています。


番号─改稿原稿「ポンポン蒸氣船」─単行本「挽歌」
01:支那人街《まち》の─南京街の
04:舟を─小さな蒸気船を
07:とめど[も]なく─とめどもなく
10:投げる─投げあたえる
12:象牙の─腕の
13:腕輪が─脂肪が
14:カチツカチツ─舟の上で
15:鳴りひびくと……─きらめくと
44:退役伍長の─戦傷兵曹の
46:片袖だけが─片腕の袖が
51:はねてゐた─揺れていた


 もっとも、「バナナを投げあたえる未亡人の(改行)腕の脂肪が 舟の上できらめくと」が「バナナを投げる未亡人の(改行)象牙の腕輪が カチツカチツ 鳴りひびくと……」というように大きく書き換えられると、その意図を知りたくなります。

 ただし、吉行は作品を再度公開する時などに、大きく手を入れることが多いのです。
 例えば、『星と月は天の穴』を例にとると、こんなに違っているのです。
 これは、講談社文庫本(昭和46年7月)に、初出誌である『群像』(昭和41年1月)に発表された本文を、私が手書きの赤字で校合したものです。


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 こうした吉行の改変の傾向は、いつか明らかにしたいと思っているところです。
 吉行は私の好きな作家なので、作品本文の異同を個人的に調べては、その書き換えのおもしろさも楽しんでいます。

 なお、今回話題になっている「挽歌」が収録された『吉行淳之介初期作品集』については、「吉行淳之介濫読(6)「ある脱出」「詩編」」(2010/12/15)で少しだけ触れていますので、おついでの折にでもご笑覧ください。
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2016年04月01日

吉行淳之介濫読(16)「鳥獣虫魚」「青い花」

■「鳥獣虫魚」

 冒頭文が吉行淳之介の心の中のありようを端的に示しています。


 その頃、街の風物は、私にとってすべて石膏色であった。長くポールをつき出して、ゆっくり走っている市街電車は、石膏色の昆虫だった。地面にへばりついて動きまわっている自動車の類も、石膏色の堅い殻に甲われた虫だった。
 そういう機械類ばかりでなく、路上ですれちがう人間たち、街角で出会いがしらに向かい合う人間たちも、みな私の眼の中でさまざまの変形と褪色をおこし、みるみる石膏色の見馴れないモノになってしまった。
(『われらの文学 14 吉行淳之介』360頁、講談社、昭和41年5月)


 色彩のあるものが褪色しているのです。カラーがモノクロにしか見えないのです。
 そんな中で、匂いは人の個別な違いを識別させてくれるのでした。事務員の女性がそうです。獣の匂いを持った身体の関係を通して、それを感じているのです。
 モノトーンの風景の中で、色を持った彼女は私の部屋に来るのでした。石膏色の人間が、生々しく色彩を見せるのです。
 また、女たちがいる地帯でも、風景や人間が色付くことを感じます。
 会社に返本されてくる書籍の山も、色彩が失われているものでした。本というものを、おもしろい視点で描写しています。
 ある時、街角で人間の色彩を持つ女と出逢います。その木場よう子が、会社の女性を石膏色の存在に変えるようになりました。よう子は、絵具箱を持った、似顔絵を描く女です。私の部屋で、畏れていた色彩が失われなかったのです。
 同僚が殺された後で、非日常の中で色彩が感じられるのでした。色彩をキーにして、ものの見え方が描かれています。
 よう子の身体は、心臓の裏側の骨がないために、肺が鳴るのでした。
 色彩と音が、2人の新しい旅立ちとなります。2人のこれからがどうなるのか、そのことを思い描くと楽しくなります。【4】
 
初出誌:『群像』昭和34年3月号
 
 
■「青い花」

 原稿を書くことに精力を割く麻田和夫を取り巻く、色・音・匂いが伝わってきます。
 また、液体や粘液が身体を包み込むように纏わりついて来ます。
 睡眠薬を大量に飲んだ妻が登場し、和夫の平穏ではない家庭生活がわかります。横たわる妻との非日常の一夜の後、事態は急展開します。
 もがき苦しむ妻の対応に、和夫の妻への淡白な思いが伝わってきました。
 妻の口に差し込んでいる指について、次のようにあります。

「片手の五本の音は彼女の歯のあいだに挟まれている。(『われらの文学〈第14〉吉行淳之介』386頁)」

 この「五本の音」は「五本の指」ではないかと思いながら読み進みました(後で「音」ではなくて「指」が正しいことを確認しました)。
 その口に枕カヴァの布を押し込んで、和夫は家から抜け出したのです。
 タクシーで繁華街に行き、そしてある山の麓の旅館に籠もります。2日間、転々とさまよいます。
 さらに、15年前の過去の事件を思い出して、その湖畔を訪れます。かつての家や思い出は荒廃していました。しかし、現実は過去につながっていたのです。思い出語りが、展開します。
 生きるということの中から、過去と現在が混然として語られます。
 自宅に戻った和夫は、またもや幻覚のような数日を過ごします。
 男と女の関係について解決を見ないという点でも、不思議な読後感を持った作品です。【3】
 
初出誌:『新潮』昭和34年7月号
今回は『われらの文学〈第14〉吉行淳之介』(1966年、講談社)で読みました。
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2015年12月16日

吉行淳之介濫読(15)「娼婦の部屋」「寝台の舟」

■「娼婦の部屋」
 役立たずになった学生服を身に付けて、大臣夫人へのインタビューに出掛けるところから始まります。
 そして、抑圧された怒りを爆発させるかのように、娼家で秋子の躯に向かうのです。
 秋子は、娼家から商事会社へと、部屋を移ります。しかし、すぐに戻ってきます。
 その秋子の部屋が、私の安息の場所となるのでした。
 やがて、秋子はバーに身を移し、またそこから姿を消します。
 男が出入りする町や娼家や部屋を通して、そこに棲息する女たちがうつろう姿を描き出しています。
 秋子の背後にいる黒田という男の存在が気になりました。
 この作品は、「吉行淳之介濫読(11)「原色の街」」(2013年07月21日)の流れを受けた娼婦ものです。【3】
 
初出誌:『中央公論』昭和33年9月
 
 
■「寝台の舟」
 「ねだいのふね」と読むことを、文中のルビで知りました。
 男同士が大きなベッドで交わす言葉が楽しいのです。
 吉行淳之介は、よく童謡を作品に取り入れています。
 作中で引かれる童謡「寝台の舟」の意味することが、まだ私にはわかりません。
 主人公が女学校の先生だというのも、よくわかりません。
 好奇心がしだいに優しさを理解するようになります。
 いわゆる男娼との話で、感覚的な世界が語られています。
 何度か読んでいるはずなのに、いまだによくわからないままです。【2】
 
初出誌:『文学界』昭和33年12月
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2015年11月20日

吉行淳之介濫読(14)『闇のなかの祝祭』

 主人公である沼田沼一郎の背中が印象的です。

 愛人である女優で歌手の奈々子と、妻の草子の描き分けがみごとです。
 「別れろ」「別れない」という、通俗小説ではいわばありふれたものです。しかし、そのことへの拘りと展開がおもしろいのです。

 この3人の微妙な心の起伏と関係が、卓上電話を挟んで展開する場面があります。
 公衆電話を利用していた時代があり、やがて自宅に電話が敷設されて黒電話が普及しました。
 この電話のありようの変転を背景に持つ小説の同時代性を、現代の読者は共有しにくいでしょう。
 この作品における固定電話の役割と人間関係における意義は、携帯電話が普及することで1対1の対応が可能な現代において、どう読まれるのでしょうか。非常に興味があります。

 文明の利器という道具だてが果たす役割や効果を読み取ることは、異文化に対する理解に及ぶものです。これは、物語や小説が抱える永遠の課題なのかもしれません。

 「浮気」と「本気」というテーマも、吉行淳之介ならではの解釈で語られます。私が高校生時代に読んで吉行淳之介の作品に手を出したのは、『浮気のすすめ』(新潮社、1960.12)の軽妙さと理知に惹かれたからです。本作でもこの視点が読みとれて、大いに楽しめました。

 奈々子の手紙に、ひらがなが多用されています。


『もう少しお話をしたかったんですけど、この方が好かったかも知れないと、今おもっております。さっきから、一ぱい字を書きましたけど、うまく表現できません。もしかしたら、お電話かかるかなと思って、椅子にすわって待っていましたが。
 今まだあなたが、なな子のことを好きだと思っていらっしゃる間に、さよならしたいと思います。
(中略)
 もっと後になったら、一緒に暮そうとか、奥さんと別れられないのとか、そんなわがままをいうなな子がきらいになり、私ものぞみがききいれられないから悲しむことでしょう。ケンカしてあなたをきらいになるのはいやです。
 舞台なんか、出なくてよかったら、どんなに好いかと思います。
 さようなら。
                      なな子
沼田沼一郎さま。   』

(『われらの文学 14 吉行淳之介』講談社、278頁)


 これまで、吉行淳之介のひらがな文の書き方に注意していませんでした。
 今後、かなと漢字の使い分けにも気をつけてみたいと思います。

 2人の女に挟まれて、お互いを刺激しないように気を使い神経をすり減らす沼田が、実に丹念に描かれています。これが、男の本性なのかもしれません。
 妻との気持ちは完全に絶たれているのです。それでいて別れることのできない状況が、男の決断を先延ばしにするのです。

 3人の関係に結論は示されません。しかし、薔薇の花束がこれからのことを暗示しています。吉行淳之介がよく取り上げる花束です。思索の中を彷徨い続ける人間の感情と生き様を、この薔薇に託しているようです。
 乾いた筆致を通して、心の闇という領域がみごとに掬い取られました。【3】
 
 
■メモ:「妻と恋人との間で振り回される男の姿を描いた作品。当時の宮城まり子との恋愛からディテールを構成したため「女優との交際の告白」として物議をかもした。のち『春夏秋冬女は怖い』で事実だと書いている。」(「ウィキペディア」より)
■初出誌:『群像 11月』(昭和36年11月)
■単行本:昭和36年12月(1961、37歳)講談社より刊行
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2013年09月24日

吉行淳之介濫読(13)「白い神経毬」「人形を焼く」

■「白い神経毬」
 病院に入院して4日目に抜け出した学生の小針。病室に戻ると、恋人によく似た看護人の女を見掛けます。それから気になり出すのです。
 手術後、屋上での戯れにひたる間もなく、彼女が看病する男が亡くなります。
 やがて、小針に新しい仕事として、アスリートへのインタビューがきます。
 短いながらもよくまとまっています。【3】

※今回読んだ中公文庫には、34年前に読んだ時のメモが記されていました。再読してみて、チェックした意図も意味も思い出せません。
 
※追記:白い神経毬」の原題は「人ちがい」(『別冊小説新潮』13巻2号、昭和34年1月)、とのご教示をいただきました。(2013年9月28日補記)
 
 
 
■「人形を焼く」
 裸のマネキン人形のそばにいる男の様子が、おもしろく描かれています。
 修理できなくなったマネキンを集めて、海岸で焼いて供養することになります。
 その人形が燃えるのを見て、男の愛人が逆上するのです。
 不思議な味がする作品です。
 マネキン人形が、うまく活かされています。
 友人への疑念が、しだいに炙り出されていくのも、さりげなく語られています。
 佳品だと言えます。【4】

※今回読んだ中公文庫には、34年前に読んだ時のメモが記されていました。再読してみて、チェックした意図も意味も思い出せません。
 
初出誌:『美術手帖』(昭和33年4月)
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2013年09月10日

吉行淳之介濫読(12)『男と女の子』

 主人公である岐部は、恋愛を避けて生きています。男と女に関する比喩が、抽象的になり、色彩を伴って絵になるような場面がいくつか現れます。内容よりも、印象に残るシーンが創出されるのです。
 ヌードモデルになりたいと言う少女の様子から描かれます。少女の幼さが浮かび上がります。原爆で孤児になったのです。
 岐部の友人の2人は、長崎の大学に入学し、原爆で亡くなりました。岐部は億劫だったので東京に残ったために、命拾いをしたことになります。
 恋愛感情を極力排して、不機嫌に腹を立てる気持ちを維持しながら、岐部は生きています。自分からは積極的には前に出て行かない男です。
 知り合った少女が歌手になり、テレビに出るうちに場慣れしていく姿を、克明に描きます。
 とにかく岐部は、さまざまなことを考え、思いをめぐらせます。自分で考えて納得しないとすまない性格なのです。
 物語の最後がいいと思いました。着地が決まったという感じです。
 後の吉行のエンターテインメントの要素が、至るところに鏤められているようです。【2】

※ 今回読んだ中公文庫には、34年前に読んだ時のメモが記されていました。
 再読してみて、かつてチェックした意図もその意味も思い出せません。なぜこんな所に線を引いたのだろう、と思いながら読み終えました。
 20代と60代の感じ方の違いであることは明らかです。成長したのか、感覚が鈍感になったのか。
 吉行淳之介の作品は、そのすべてをすでに読んだので、今後は再読しての思いを綴ることになります。可能な限り、かつて手にした本を取り出して来て読み、30年の時を隔てた読後感の変化も楽しみたいと思います。
 
初出誌:『群像』(昭和33年9月)
 10月に大日本雄弁会講談社より刊行
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2013年07月21日

吉行淳之介濫読(11)「原色の街」

 昭和20年初頭の、ごくありふれた庶民的な日常から、色彩豊かな露地裏の原色の街へと移行します。娼婦の街です。ただし、風俗小説ではありません。
 男は女に、物質感を与えるだけの存在にしか過ぎない、という表現はシャープです。
 「愛することは、この世の中に自分の分身を一つ持つことだ。」(124頁)というのは、吉行の作品ではしばしば見掛ける言葉です。感情を具体的なもので感じる吉行の理会法がうかがえます。
 「烈しく打つかるような音」(130頁)という言葉があります。この語はどのような用いられ方をするものなのか、後で調べてみましょう。
 本作のキーワードは「原形質」だと言えます。
 乾いた筆致で、男と女の心の中を丹念に綴っていきます。その透明感と無機質なところが吉行の特色です。
 さまざまな色彩が光として発せられています。それでいて、その光が拡散しているせいか、私の中では収束しないのです。読んでいて、話に集中できなかったのは、どうしてなのでしょうか。
 この作品は何度か読んでいます。それなのに、いまだに掴み切れないものとなっています。今回は、と思っていても、やはり話が四方八方に飛び散っていくのです。
 今回読み終えて思うことは、作者が文章を大幅に書き替えたことに起因するものではないのか、ということです。自分の理解力の不足は今は措くとして、作者との相性の問題ではなくて、改稿によって、物語の中の光が束にならずに拡がってしまっているのではないか、ということです。
 この作品は、あらためて読む必要がありそうです。【2】
 
 
〔メモ〕
 今回は、『われらの文学14 吉行淳之介』(昭和41年、講談社)で読みました。
 初出誌:『世代 14号』(昭和26年12月)
 昭和27年1月、第26回芥川賞候補作品となる。
 昭和30年の春〜夏に、昭和26年に発表した「原色の街」をもとに書き下ろす。
 昭和31年1月に新潮社より刊行。
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2013年01月19日

吉行淳之介濫読(10)『砂の上の植物群』

 吉行淳之介は、最初に発表した作品を単行本化する時や全集に収録する際に、非常に多くの手を入れます。
 そのため、この吉行の代表作でもある『砂の上の植物群』などは、大江健三郎と江藤淳が編集した『われらの文学 全22巻』(講談社)の内の一冊として刊行された『われらの文学 14 吉行淳之介』(昭和41年5月)に収録された本文を読んで行くことにします。吉行が42歳の時に編集された全集本をテキストにすることにしたことを、まずは明記しておきます。

 伊木一郎は化粧品のセールスマンです。定時制高校の教員を辞めて、今の仕事をしています。そして、推理小説の構想を楽しんでいるのです。その構想には、18年前に亡くなった父が関係しています。
 父親のことが何かと問題になります。作者の潜在意識に、父があるということです。また、伊木と京子の間には、血の濃さと父親の亡霊がブレンドされて語り進められて行きます。読者を惹き付ける、うまい展開となっています。

 登場人物である伊木が構想中の小説とその作者が、本作の中に顔を出してきて語る展開が、読み進んでいるとおもしろい効果となっています。登場人物の伊木とは違う私(作者)が間歇的に姿を見せることで、作品に奥行きが出ています。また、自作の「出口」のことまで、本作の中で言及しています。作者と登場人物が渾然一体となって、物語が進展しているのです。

 背景などの描写で、色彩表現が豊かです。本作のタイトルは、クレーの絵の題名から付けられているようです。
 この小説を一言で表現するならば、色彩がスライドしていく、と言うことができます。吉行は夕焼けを大事に点描していて、印象的な赤い色が滲んで来ます。

 中年になった男の、女に対するものの見方も克明に語られてもいます。電車の中での痴漢話はおもしろい挿話です。
 吉行の性の表現は都会的なセンスで語られます。男女がお互いの心の中を探る様子を描くタッチも、実にカラッとしています。男と女の交わりの間にも、人間のバランスを問うかのように芸術が割って入ります。吉行の作品がエロと一線を劃しているのは、こうしたところにあると言えるでしょう。

 濃い橙色の月が出てきます。吉行作品の月については、これから詳しくチェックしていくつもりです。

 なお、『星と月は点の穴』をこの『砂の上の植物群』の延長上に置いてみると、吉行の小説作法の仕組みがわかっておもしろいと思っています。それは、またその時にしましょう。
 
 
※初出誌:『文学界』昭和38年1月〜12月まで連載
 単行本:昭和39年3月に文芸春秋社より刊行
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2011年11月12日

吉行淳之介濫読(9)「水族館にて」「驟雨」

■「水族館にて」
 
 登場人物は3人だけです。大学生と若い奥さんと、その夫です。
 感情の変化が、奥さんの腕の腫れとして表れるのです。
 これは、心理劇として舞台にかけるといいと思いました。
 少し理屈っぽいところがあります。しかし、すっきりとわかくやすく、読後に透明感のある世界が表現されています。【3】
 
初出誌 『婦人朝日』昭和31年
 
 
 
■「驟雨」
 
 この作品を読むのは何度目でしょうか。
 引き締まった文章と語られる世界の異質さが気に入っています。
 人を「気に入る」と「愛する」の違いがわかりやすく語られ場面があります。

その女を、彼は気に入っていた。気に入る、ということは愛するとは別のことだ。愛することは、この世の中に自分の分身を一つ持つことだ。それは、自分自身にたいしての顧慮が倍になることである。そこに愛情の鮮烈さもあるだろうが、わずらわしさが倍になることとしてそれから故意に身を避けているうちに、胸のときめくという感情は彼と疎遠なものになって行った。
 だから、思いがけず彼の内に這入りこんできたこの感情は、彼を不安にした。(新潮文庫、180頁)

 こうした彼の感性は、吉行淳之介の作品を読むときの参考になります。
 この作品では、吉行特有の不安感がよく描かれています。作者が出入りする赤線の娼婦の街では、「女の言葉の裏に隠されている心について、考えをめぐらさなくてはならぬ煩わしさがない。」(185頁)と思っています。しかし、それがそうではない女の言葉によって、動揺させられることになるのです。
 終始、男と娼婦が交わすことばがしゃれています。人間の心の中を読み取った上での作品として、よく仕上がっています。閉塞状態の空間から外へ出るときの描写が、吉行のうまさだと感じました。不安な気持ちが取り払われることになる場面です。
 最後までしっかりと読者をとらえて離さない文章が、私には心地よく感じられました。【5】

初出誌 『文学界』昭和29年2月号

※この『驟雨』は、第31回(昭和29年上半期)芥川賞受賞作です。
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2011年11月02日

吉行淳之介濫読(8)「重い体」「夜の病室」

■「重い体」
 
 病院で退屈をまぎらわす話です。
 自殺した山田さんのことを、もっと知りたくなります。
 すべてが、外から見た人間の生きざまとなっています。【2】
 
 初出誌 『別冊文藝春秋』昭和30年
 
 
■「夜の病室」
 
 結核で肺を病んだ男の、入院中のベッドの上での話です。
 24人が一部屋にいる状況を読みながら、昨夏自分が入院していたことを思い出しながら、つい我が事と引き比べていました。
 私が入院したのは、新築数ヶ月の新棟でした。この小説のように、木製のベッドの軋む音や、天井の穴やシミ、ましてや床の釘が踏まれると音をさせることはありませんでした。しかし、ベッドに横たわる患者の気持ちは、今も昔も大きくは変わりません。いろいろと、不安の中にいることに違いはないのですから。
 聴覚だけの世界を語るくだりも、その状況がよく伝わってきます。
 作者と読者の体験が共有されるということが、作品を読んでいく上では少なからず影響することを、この作品で痛感しました。体験を作品の理解度に持ち込むのは、果たしてどうなのか、どのような議論が交わされているのかわかりません。しかし、作者と共有できる体験は、解釈に深く関わることは確かだと思いました。【3】

 初出誌 『新潮』昭和30年
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2011年10月30日

吉行淳之介濫読(7)「谷間」「祭礼の日」

■「谷間」
 
 長崎に原爆が落とされた八月九日のことから語られます。
 長崎にいた友からの手紙は、すでに亡くなった友からのものとなったのです。
 主人公は銀座の出版社に務めています。ビルの谷間に、ひっそりと静まりかえった所があります。そのように、人間も人に知られない、ひっそりとしたものがあると言いたげです。
 別の友が女と熱海で心中します。
 この作品の男と女のありようは、私にはまだ理解できません。
 この作品の原型とされるものに『花」があります。「吉行淳之介濫読(3)「餓鬼」「火山の麓で」「花」」」(2010年4月 4日)を参照願います。【2】

※第27回芥川賞 昭和27年/1952年 上半期の候補作
  前年の昭和26年/1951年、下半期の候補作として「原色の街」(『世代』昭和26年12月)があります。
 吉行淳之介は、「驟雨」で第31回芥川賞(昭和29年/1954年上半期)を受賞します。「驟雨」については、次回書きます。
 
初出誌 『三田文学』昭和27年6月号
 
 
 
■「祭礼の日」
 
 夢の世界と現実、異常と日常が、うまく溶け合って語られていきます。
 靖国神社の祭礼で写真を撮るくだりは、乾板写真なので今ではおもしろい描写です。この時が200円なので、今のプリクラ並みでしょうか。
 サーカスや見世物小屋のことを、もっと吉行流に語ってほしいところです。
 吉行は、この靖国から戦争のことへとはつなげていきません。時代のせいなのでしょうか。吉行の関心の違いなのでしょうか。作者の心象に浮かぶ自殺した視の夫人は、非常に魅力的な女性として描かれています。【3】

初出誌 『文学界』昭和28年
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2010年12月15日

吉行淳之介濫読(6)「ある脱出」「詩編」

■「ある脱出」
 娼婦弓子の胸に去来する不快感とは何かが語られます。
 自分で自分を作り上げていくことに目が向くようになった時、モノの見方が違ってくるのです。そんな中、ある男と結婚することになります。すると、特定の一人に対する娼婦という場所に置かれたことに、自己嫌悪を感じるようになりました。
 常態の女に憧れながらも、それへの復讐の気持ちを覚える弓子です。鮮やかな脱出をします。
 一人の女の心の変化を、ズームインとアウトを繰り返しながら、巧みに語っています。【2】
 
初出誌
『群像』昭和27年12月号(新人小説特集)

『吉行淳之介初期作品集』の「あとがき」には本作品について、次のように記されています。

私の作品が、名のある文芸雑誌に載った最初のもので、同年下半期の芥川賞候補作品に選ばれた。三十年に「原色の街」という長篇を書いたとき、この作品を部分および材料として使ったため、これまでの私の作品集には収めていない。単行本に入れるのは、今度が最初でまた最後である。(226頁)

 
 
■「詩編」
 冴え渡る月光の下、男の渇いたつぶやきが聞こえます。
 1944年から46年にかけての10編の詩が並んでいます。
 ここに描かれる月光は、カミソリのような切れ味で降り注ぐイメージがあります。
 前が見えない、その中で、作者は心の目で何かを見つめようとし、探しだそうとしています。【2】
 
 『私の文学放浪』(昭和40年春)に所収されたものです。
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2010年12月14日

吉行淳之介濫読(5)「藁婚式」「薔薇販売人」

■「藁婚式」
 感覚に訴える小説です。
 ことばで情景を刻んでいきます。鋭さを感じました。
 ねずみ色の壁に囲まれた部屋が、吉行の小説の雰囲気を作り出します。
 二人の男と女の心象風景が、丁寧に語られていきます。
 私は、どうもこの手のスタイルは苦手です。作者の一人芝居を見ているようなので……。
 空襲が背景にあり、現実との接点を持っています。【2】
 
 本作は、吉行が原稿料をもらった最初の作品です。
 
初出誌
季刊誌『文学会議』昭和23年12月
 
 
■「薔薇販売人」
 石膏色やねずみ色や昆虫が雰囲気を作ります。
 色覚と嗅覚を敏感にさせる小説です。
 空襲が背景に出てきているのが、この時期の吉行の特長です。

 自分のスタイルを作ろうとしているかのように、半ばで作者が顔をだします。
 そして、男と女の心理劇が始まります。駆け引きが巧みです。やがて、恋愛遊戯に近い採点遊びとなっていきます。しかし、最後に意外な行動が、読者の予想を収束させます。
 この、膨らんだものを急激に萎ませるのも、吉行の手法の一つです。【2】
 
初出誌
『真実』、1950(昭和25)年1月1日、新年号
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2010年05月11日

吉行淳之介濫読(4)「鼠小僧次郎吉」「小野小町」

吉行淳之介濫読(4)「鼠小僧次郎吉」「小野小町」

■「鼠小僧次郎吉」
 読んで楽しい、吉行初の時代小説です。
 江戸の蛤町から深川八幡あたりを舞台として、おもしろおかしく話が展開します。
 現在、私が深川に住んでいることもあり、以前に読んだときよりも親近感をもって読めました。物語の舞台を知っているのと知らないのとでは、やはりその楽しさが違います。他所のできごとではなくて、自分が知っている場所で登場人物が動くので、話がグッと現実味を増します。その意味でも、語られる場所や人物に関する知識は、話に入り込んでいくのに有効なものだと言えるでしょう。ことばだけの文芸のありようについて、考えてしまいました。

 さて、この小説は、物語の合間に入る作者の解説が楽しいのです。限られた空間しか聞こえない会話術や、千両箱の重さや現在の金額への換算などなど。対談の名手と言われた吉行の、間合いを計っての息抜き話が、読者を惹きつけます。
 また、カッコ付きで記された作者のコメントが粋です。時々、「ところで……」と作者が顔を出します。その軽みもいいものです。

 中盤から出てくる養父の敵捜しの話は、さらにおもしろく展開します。
 「在来の次郎吉物語では〜。しかし、われらの次郎吉は〜」などと、落語的な吉行版「鼠小僧」となっています。
 「(当然、大坂弁で喋るのだが都合で標準語で書いておく)」なども、好感の持てる流れを作っています。

 なにはともあれ、最後の素直な「結びの章」が秀逸です。【4】
 
 
初出誌
原題は「鼠小僧異聞」
『週刊現代』昭和37年11月18日号〜38年4月4日号に、「雨か日和か」(謎解きの仕掛けあり)と題して20回にわたって掲載
 
 
 
■「小野小町」
 これまた、吉行版「小野小町」です。
 日本古典文学に対する愚痴から始まるのがおもしろいのです。
 藻之瀬二郎(謎解きの仕掛けあり)なる者の説を元にして、風変わりな小野小町が語られます。
 「講釈師見てきたような嘘を言い」というのを地で行く物語です。
 ただし、小町が殺人を、というところは、話の流れに馴染んでいないように思えました。
 最後で、深草少将(後の僧正遍照)が言う「恐い」、という意味は納得できました。【3】


初出誌
『週刊読売』昭和44年8月8日号〜8月29日号までの4回連載
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2010年04月04日

吉行淳之介濫読(3)「餓鬼」「火山の麓で」「花」

■「餓鬼」
 一人の男の、自分自身の身の回りを観察した記録です。
 色彩に溢れることばで語ります。しかし、おもしろくありません。
 吉行自身が、文章の表現力を実験をしているような作品です。【1】

初出誌︰同人誌『葦』(第3号、昭和21年12月)
・昭和20年10月脱稿
・『星の降る夜の物語』(昭和29年秋、作品社)未収録
・第1創作集『驟雨』所収。
・『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)収録

■「火山の麓で」
 子供の気持ちを、本当に短い小説の形で表現している。
 若い父親を見る少年が、600字ほどの中で、うまく描かれています。【4】

初出誌︰『毎日グラフ』(昭和27年秋)
『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)収録

■「花」
 男と女の、嘘を交えての駆け引きがおもしろいと思います。つい、読んでしまいます。
 ただし、盛り上がりのないままに、萎んだ感じがします。女の反応がいいので、男の話が、もっと展開したらよかったのでは、と思います。【2】

初出誌︰『新思潮』(第5号、昭和23年)
 この一部分(原稿用紙で8枚分)は、後年の『谷間』に使用。
『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)収録
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2010年03月23日

吉行淳之介濫読(2)「星の降る夜の物語」「遁走」

■「星の降る夜の物語」
 巧妙な語り口です。
 4章仕立ての短編なので、演劇にしたらいいと思いました。檜山太郎の一人語りで。
 そのためには、もっとドラマチックな展開が必要です。
 後年の吉行淳之介の作品を知っているせいか、エンターテイメント性を発揮する前の、まじめに文学を書くために原稿用紙に向かう、文学青年としての吉行が浮かんできます。
 婚約を前にして、ルリ子とその両親に語る檜山の話は、私には緊張した語りにしか伝わって来ませんでした。面白味がほしいところです。
 その意味では、最後の「かの輝ける北極星はコンペイ糖でありました。」というフレーズが、記憶に残りました。【2】

 なお、作者は本作を収録する『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)の「あとがき」で、この作品について次のように言っています。

この題名は、当時、星を仰いで溜息をもらし菫を見て涙を流すいわゆる星菫派の戦後版が流行しはじめたので、その風潮にたいしてイロニックな気持も含めてのものである。もしも、抒情的な風景の中でたいへん抒情的なお話の始まることを期待した読者があったとしたら、深くおわびしなくてならぬ。(227頁)



■「遁走」
 気が狂った三之介の言動がおもしろい作品です。
 彼を取り巻く人たちの反応も、興味深いものがあります。
 人間をよく観察していると思います。ただし、読後に心に残るものがありませんでした。【1】

 なお、本作は、前回「吉行淳之介濫読(1)」で取り上げた「雪」よりも半年早く書かれた作品です。

掲載誌︰「葦」(第2号、発刊年未詳、昭和20年6月稿)
『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)収録
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2010年03月06日

吉行淳之介濫読(1)「路上」「雪」

■「路上」
 何を言いたい小説なのかが、よくわかりません。
 しかし、色鮮やかなことばが印象的です。男と女の向き合い方がいいと思いました。
 それでも、2人の心の中が、よくわかりません。
 自分を押し殺すことで、自分を見つめようとする男が、どうしても私にはわからないのです。
 話のテンポが軽快なので、つい読み進んでしまいます。【2】

掲載誌︰『世代』(復刊号)昭和22年9月
『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)収録
 
 
 
■「雪」
 色彩を楽しむ小説です。
 雪という白、鉛色の背景、そして花売り娘。
 雪と花が散る小説と言えます。【2】

掲載誌︰「葦」(第1号、昭和21年3月、昭和20年11月稿)
『吉行淳之介初期作品集』(1967年、冬樹社)収録
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2010年02月28日

吉行淳之介濫読(0)作者紹介

 吉行淳之介は、1994年(平成6年)に71歳で亡くなりました。
 1954年に、『驟雨』で第31回芥川賞を受賞しています。
 遠藤周作、安岡章太郎、三浦朱門と共に、「第三の新人」の一人として脚光を浴びました。

 私は、高校生だった40年前に『浮気のすすめ』というエッセイ集で知り、以後その他の作品のすべてを読破しました。

 父は、ダダイズムの作家・詩人の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり、妹に女優の吉行和子と詩人の吉行理恵がいます。
 母のあぐりについては、1997年のNHK連続テレビ小説「あぐり」のモデルで知られるようになりました。

 女優宮城まり子との関係もあり、静岡県掛川市にある社会福祉施設ねむの木学園の敷地内に吉行淳之介文学館があります。

 私生活については、愛人だった大塚英子が『暗室のなかで 吉行淳之介と私が隠れた深い穴』(河出書房新社、1995年)で、同じく高山勝美が『特別な他人』(中央公論社、1996年)で、そして宮城まり子が『淳之介さんのこと』(文藝春秋、2001年)で、本妻の文枝が『淳之介の背中』(新宿書房、2004年)で、それぞれ吉行淳之介のことを赤裸々に語っています。

 参考までに、著作物の中から小説の一覧をウィキペディアから引いておきます。
 この他に、随筆や対談が多数あります。


『星の降る夜の物語』 作品社、1954年

『驟雨』(『薔薇販売人』を含む) 新潮社、1954年、のち『薔薇販売人』は角川文庫

『漂う部屋』 河出新書、1955年

『原色の街』 新潮社、1956年、のち『原色の街』『驟雨』は新潮文庫。向島の赤線地帯、鳩の街が舞台(現在新潮文庫に入っているものは芥川賞候補になった『原色の街』と『ある脱出』を組み合わせ、加筆訂正したもの)。

『焔の中』 新潮社、1956年、のち中公文庫、旺文社文庫

『悪い夏』 角川書店、1956年、のち角川小説新書

『美女哄笑』 現代文芸社、1957年、のち新鋭作家叢書、『がらんどう』は中公文庫

『男と女の子』 講談社、1958年、のち中公文庫、集英社文庫

『二人の女』 平凡出版、1959年

『すれすれ』 講談社、1959年–60年、のち角川文庫、光文社文庫

『娼婦の部屋』 文藝春秋新社、1959年、のち角川文庫、新潮文庫、光文社文庫

『風景の中の関係』 新潮社、1960年、のち『鳥獣蟲魚』は旺文社文庫

『街の底で』 中央公論社、1961年、のち角川文庫

『闇の中の祝祭』 講談社、1961年、のち光文社文庫、角川文庫、光文社文庫。妻と恋人との間で振り回される男の姿を描いた作品。当時の宮城まり子との恋愛からディテールを構成したため「女優との交際の告白」として物議をかもした。のち『春夏秋冬女は怖い』で事実だと書いている。

『コールガール』 角川書店、1962年、のち角川文庫

『札幌夫人』 集英社、1963年、のち集英社文庫

『雨か日和か』 講談社、1963年

『花束』 中央公論社、1963年、のち中公文庫

『女の決闘』 桃源社、1964年

『ずべ公天使』 集英社、1964年、のち『にせドン・ファン』は角川文庫

『砂の上の植物群』 文藝春秋新社、1964年、のち新潮文庫

『夜の噂』 朝日新聞社、1964年、のち新潮文庫

『痴・香水瓶』 学習研究社・芥川賞作家シリーズ、1964年

『吉行淳之介短篇全集』全5巻  講談社・ロマンブックス、1965年

『不意の出来事』 新潮社、1965年、のち『娼婦の部屋』『不意の出来事』は新潮文庫。新潮社文学賞受賞。

『技巧的生活』 河出書房新社、1965年、のち新潮文庫

『怪盗ねずみ小憎』 講談社、1965年、のち『鼠小僧次郎吉』は角川文庫

『唇と歯』 東方社、1966年、のち角川文庫

『赤い歳月』 講談社、1967年

『星と月は天の穴』 講談社、1967年、のち講談社文庫、文芸文庫

『美少女』 文藝春秋、1967年、のち新潮文庫

『女の動物園』 毎日新聞社、1968年

『暗室』 講談社、1970年、のち講談社文庫、文芸文庫。谷崎潤一郎賞受賞。

『浅い夢』 毎日新聞社、1970年、のち角川文庫

『小野小町』 読売新聞社、1970年、(小説選書)

『吉行淳之介全集』全8巻  講談社、1971–72

『裸の匂い』 ベストセラーズ、1971年、のち集英社文庫

『湿った空乾いた空』 新潮社、1972年、のち新潮文庫

『一見猥本風』 番町書房、1973年、のち角川文庫

『猫踏んじゃった』 番町書房、1973年、のち角川文庫

『出口・廃墟の眺め』 講談社文庫、1973年

『鞄の中身』 講談社、1974年、のち講談社文庫、文芸文庫。読売文学賞受賞。

『赤と紫』 角川文庫、1974年

『吉行淳之介自選作品』全5巻  潮出版社、1975年

『子供の領分』 番町書房、1975年、のち角川文庫、集英社文庫

『童謡』 出帆社、1975年、のち集英社文庫

『怖ろしい場所』 新潮社、1976年、のち新潮文庫

『牝ライオンと豹』 角川文庫、1976年

『吉行淳之介エンタテインメント全集』全11巻  角川書店、1976–77

『寝台の舟』 旺文社文庫、1977年

『鬱の一年』 角川文庫、1978年

『夕暮まで』 新潮社、1978年、のち新潮文庫

「夕ぐれ族」の語源。社会現象となった。野間文芸賞受賞

『菓子祭』 潮出版社、1979年、のち角川文庫、講談社文芸文庫

『堀部安兵衛 黒鉄ヒロシえ』 集英社文庫、1980年

『百の唇』 掌篇小説選、講談社、1982年

『夢の車輪 パウル・クレーと十二の幻想』 掌篇小説集、文藝春秋、1983年

『吉行淳之介全集』全17巻 別巻3巻  講談社、1983–85年

『目玉』 新潮社、1989年、のち新潮文庫

『吉行淳之介全集』全15巻  新潮社、1997–98年

『悩ましき土地』 講談社文芸文庫、1999年

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