2019年09月18日

谷崎全集読過(34)「十五夜物語」「仮装会の後」

■「十五夜物語」(戯曲)
 江戸時代は寛永頃、谷中の寺子屋が舞台です。ある日、名主が娘を嫁にしてくれと、浪人で読み書きを教える友次郎の元に来ます。しかし、妻ある身のために結婚はできないのでした。その妻が、3年の年季を明けて吉原から帰って来ます。月が、自分たちの互いの魂を映す鏡だと言います。
 帰ってきた妻との話が第2幕です。病気がちの妻に、友次郎は不満です。二人の魂が離れていくのを互いに愛おしく思い、共に死んで魂を浄化させようとします。しだいに谷崎の世界になっていきます。夫の母の病を治すために廓に行ったことを悔やみ、母の逮夜で十五夜の月を見ながら冥土へと旅立ちます。友次郎の妹が、この物語を終始背後で支えています。【3】

※初出誌:『中央公論』大正6年9月号

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第八巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。

この作品は、夫とその母親のために遊里に身を沈めた人妻が、肉體的な自己喪失と、それに附随する心理的違和のために、夫婦の愛の失はれたことに気づいて苦しむ。しかしなほ、記憶の中にある自分たちの愛の世界の恢復を唯一の生き甲斐として、その精神的な充足のために生命を断つのである。この作品はまた、大正十四年に作者が書いた「マンドリンを弾く男」を思ひ出させるものがある。(258頁)



■「仮装会の後」(戯曲)
 4人の男の会話から、美しいものと醜いものの闘いで、醜くても勝てるということを論じます。美醜の論争が、多分に机上の論理と共に展開します。理が先行する内容に、辟易する読者も多いことでしょう。
 最後の、醜男だけが悪魔の美を持っている、という結論は、広く支持されるものなのでしょうか? 理屈先行で、私には付いて行けない論争です。【2】

※初出誌:「大阪朝日新聞」大正7年1月

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第八巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。

(中略)對話劇は、男性と女性の相互間の牽引性についての問題劇として讀むべきものであらう。(258頁)

 
 
 
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2019年06月19日

「浮かれ源氏」のパンフレットから物語を再現

 先週末に、「谷崎全集読過(33)「鶯姫」「或る男の半日」」(2019年06月15日)をアップしました。その「鴬姫」という戯曲作品に関して、「浮かれ源氏」がミュージカルになっていたことを取り上げたことがきっかけとなり、そのパンフレットを入手する幸運に恵まれました。

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 また、このミュージカルで笠置シズ子が歌った音源が見つかり、CD化されていることもわかりました。
 これは、また後日にして、ここでは、このミュージカルのストーリーが確認できるように、プログラムからその物語展開を再現してみます。谷崎潤一郎の「鴬姫」とはまったく異なる展開の、エンターティンメント性の高いミュージカルであることがわかります。『源氏物語』がこのようにパロディー化されたという受容史の興味深い資料として、以下に掲載します。
 なお、表記にあたっては、仮名遣いはそのままにしつつも、旧漢字は新漢字に書き換えています。



「浮かれ源氏」


 

秦 豊吉



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 歌舞伎、映画、宝塚と至るところ「源氏物語」ばやりとあつては、遅ればせながら、わたくし流の「源氏」を、と頭をひねつてみた。そこで「浮かれ源氏」、英語名「スウィング・源氏」とあつては、どんなものか。
 踊りに「浮かれ坊主」、六代目菊五郎のお得意のもの、パラマウント映画に「浮かれ姫君」、小波山人のお伽噺「浮かれ胡弓」、俗曲に「浮かれ節」とあつては「浮かれ源氏」もおかしくない。
 「源氏」となると、何はともあれ、まず谷崎潤一郎先生に教えを乞わなければならぬ。私が先生の名作「鶯姫」をぜひ舞台でやつてみたいと思つたのは、すでに昭和九年の大昔で、その時先生からお許しを得たまゝ今日に至つた。谷崎先生の源氏研究は、事新しく今日の現代語訳に始まつたのではない。すでに先生の青年時代の小戯曲「鶯姫」に始まつているのだ。処は桜咲く春の京都、ある女学校の国文学の老教師が、平安朝を夢に見るのが話の発端。この教師が生徒の中に、平安朝の姫君のように可愛らしい少女を認め、ほのかな愛着を感じる処へ、夢に鬼が現れ、この時代に連れてゆかれ、この少女そつくりの鶯姫を発見して奪つて羅生門へ逃げ込むと、陰陽師安倍晴明に祈られ、雷神に羅生門の上から蹴落されたと思つたのは、実は校庭で居眠りの椅子からころげ落ちていたという、実に美しく、楽しく、愛らしい小戯曲である。新橋の東おどりが、上演したいと希望したと聞いたが、ご尤もな話である。後年の先生の「源氏」の夢はことごとくこの短篇に溢れている。
 私は先生とお目にかかるたびに、この「鶯姫」上演の遅延の申訳ばかりしていたが、やつと二十年後に、これを果す事が出来る時になつた。私としては実にうれしい。私はその間に、この戯曲を宝塚にも上演を勧めたが、果さなかつた。やつと自分の手にかける事の出来るのは本懐である。
 私はこの夢物語の「鶯姫」を、新しい音楽喜劇にする積りである〈ママ〉そうするには、どうしてもパロデイ化す〈ママ〉ほかはない。この老教授が平安朝を好きなら、一層光源氏に若返つて鶯姫を好いてみたらどんなものか。今日の源氏学者の説によると、平安朝の人間は、どんな女性でも愛人として選ぶことができ、どんなに美しい才能のある女性でも、これを愛人として沢山持つ事によつて、自分の国が栄え富むのだという思想である。これが「色好み」の思想と名付けられたが、そうなると平安朝の日本人の理想は、まさにギリシヤ哲学と同じものではないか。この象徴こそ光源氏であると、諸先生方は云われるのである。
 源氏学者は、この物語を、もののあわれ化しておられるが、十一、二歳で異性の肉体を知り、情欲にかけては何のお叱りもない若い男女が、几帳の陰で一夜を語り明かしたといつても、誰もこれをおしやべりばかりして徹夜したとは考えられない。「源氏」を肉体小説だといつても、決して「源氏」を卑むわけではなく、今日の学説にはひいきのひき倒しが多いが、もつと平安朝の情欲生活を明にして頂くのも人間的ではあるまいか。
 おつと、これは私の悪い癖で、口数が過ぎたようである。桜の庭に遊ぶ女達、鶯、車びき、金色の極楽、昔なつかしい地獄カラクリ〈ママ〉源氏の君の英語御教育、ついでにストリツプ源氏と、私の「浮かれ源氏」を考えるのは、私の最も幸福な時間である。(14〜15頁)



源氏各説



☆とにかく源氏は人間ですよ。彼は聖人ではないただの人間なのだ。しきりに気まぐれな恋愛をやる。 −池田亀鑑−

☆十一二歳で結婚した平安朝貴族の男女の精神年齢は今日の常識では律し得ない。 −池田亀鑑−

☆源氏を見ますと、人間の一番立派な美しい徳は、色好みであるという事になつております。 −折口信夫−

☆ほんとうの色好みは、日本人の理想でした。宮廷の理想であり、公家の理想、それが又庶民の最もあこがれた美しい夢になりました。 −折口信夫−

☆心も容貌もとりどりに捨つるべきものなく、と苦しがりながらも、どんな女性にも何等かの取柄を見出して愛しないでいられないし、またどんな女性に満足し切れないのである。 −関みさを−

☆青春の日に読んだ源氏物語は、若き源氏の愛の生活の香のやうに映じた。 −久松潜一−

☆今人から考へれば、平安朝人は、性欲の点に就いては、殆ど粗野な自然人であつたといわねばならぬ。 −津田左右吉−

☆男子が正室の外、多くの婦人に通じていた当時の習慣は事新しくいうには及ばぬ。その正室よりも、初めから正室と定まつてはいずまた初めから男の家へ迎えられたのでない場合が多いという風であるから、正室ならぬ婦人の情交が必ずしも永続しないのは不思議ではない。 −津田左右吉−

☆男には幾人でも妻を持つ事が許されて、女は惨めに泣いて暮すのね。 −大映「源氏物語」−


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第四回帝劇ミユージカルス

浮かれ源氏



 二部二十三景


  − 谷崎潤一郎作「鶯姫」のパロデイー −

   第一部

  プロローグ


 ここはストリツプ劇場。今しも「ストリツプ源氏」の幕が上る。ヌード居並び十二単衣をきた女が唄いながら着物を脱ぐ。見物中の女学校国文学教諭大伴先生は憤慨して思わず「やめろ、やめろ!」と怒鳴る。
  大伴先生 榎本健一
  オーケストラ指揮者 三木のり平
  歌う十二単衣の女 マリア・ローザ
  絵の女 X・小夜

 (中略)

  第二景 或る学会


 王朝文学の研究会に大伴先生が出席して今日観てきた「ストリツプ源氏」は平安朝文学を侮辱するも甚だしいと憤慨しながら話す。そこへ紅式部が現われて−野暮なことを云わないで、社会科の参考に「ストリツプ源氏」を観ていらつしやい−と云う。
  大伴先生 榎本健一
  紅式部 松田トシ

 (中略)

  第三景 女学校々庭


 放課後である。大伴先生がストリップを見物に行つたことが生徒の間に問題となる。生徒壬生春子は噂の真疑を心配するが、先生から文学の参考にみに行つたに過ぎないときかされてホツとする。けれど、大伴先生は壬生という名前から大宮人を連想し、王朝を憧れるあまりとかく壬生をヒィキにするので京極を初め他の生徒たちが嫉妬するのであつた。壬生が置いて行つた鶯の籠の傍で、大伴先生は源氏物語をヒモトイているうちについ眠つてしまう。と、羅生門の青鬼が現われて、神通力により大伴先生を憧れの平安朝時代へつれて行く。
  大伴先生 榎本健一
  女学生京極文子 笠置シヅ子
  同 壬生春子 筑紫まり

 (中略)

  第四景 羅生門


 青鬼と一緒に羅生門の楼上に立つた大伴先生は、葵祭りの賑いをみて、あの美しい姫たちのところへつれて行つてくれと頼む。
  大伴先生 榎本健一

 (中略)

  第五景 車争い


 葵祭の賑い。市女笠の踊り。雑色の唄。そこで牛車の衝突事件が起る。車争いの主は片や左大臣家の鶯姫、片や右大臣家の京極姫であるから面倒だ。青鬼に伴われてきた大件先生は、鶯姫が壬生春子そつくりなのに吃驚する。.
  大伴先生 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子
  鶯姫 筑紫まり
  父左大臣 三木のり平

 (中略)


  第六景 約束


 大伴先生はなんとかして、この壬生によく似た鶯姫と言葉を交してみたいと、青鬼にたのむ。青鬼は、鶯姫と契りを結ばないと誓うのなら、大宮人にしてやろう。しかも女にモテる光源氏にしてやろうと云う。
  大伴先生 榎本健一

 (中略)


  第七景 朧月夜


 紅学会々員山田先生が、紅式部から源氏物語の中の朧月夜のところを教えてもらつている。
  紅式部 松田トシ

 (中略)


  第八景 太子昇殿


 光源氏にして貰つた大伴先生は殿上人に迎えられる。先生は日頃の含蓄を傾けて大和言葉で話しかけ、一寸ガクのある処をみせる。
  光源氏 榎本健一

 (中略)


  第九景 宮中歌合戦


 成年に達した源氏は、帝の御諚により、歌により妃を選ぶことになつた。京極姫を初め我れと思わん姫君たちによつて一大歌合戦が宮中に開かれた。最後に登場した鶯姫の声をきくと、源氏の君は思わず「壬生春子さん」と叫んで大宮人を吃驚させてしまう。
  光源氏 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子
  鶯姫 筑紫まり
  父左大臣 三木のり平
  紅式部 松田トシ
  末摘花姫 山田周平

 (中略)


  第十景 太子御教育


 大伴先生の源氏は鶯姫ばかりを追つかけるので、これでは原作の源氏物語と筋が違うと殿上人は噂とりどり。一方愛される帝になるべく、プリンス源氏は紅式部先生に就いて英語を勉強する。
  光源氏 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子
  紅式部 松田トシ
  末摘花姫 山田周平

 (中略)


  第十一景 苦しい時の鬼頼み


 京極姫に追い駆けられて、源氏はほとほと困り果て青鬼に助力を頼む。鬼は自分も源氏になつて京極姫のお相手を勤め様と云う。
  光源氏 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子

 (中略)


  第十二景 池のほとり


 やつと二人きりになれた源氏と鶯姫は池のほとりで恋を囁く。片方では鬼の源氏が京極姫に、恋愛の定義について語つたりしている長閑かな春の日−源氏はその夜鶯姫の部屋へ忍んで行くことを約束する。
  光源氏 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子
  鶯姫 筑紫まり
  父左大臣 三木のり平

 (中略)


  第十三景 御簾の前


 御簾の赤い房を目印しに忍び込んだ源氏は両方の部屋に赤い房が下つているので大いにマゴつく。
  光源氏 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子
  鶯姫 筑紫まり

 (中略)


  第十四景 女の部屋


 首尾よく鶯姫の部屋で甘い恋の睦言を交わしたのも束の間、嫉妬にかられた京極姫に騒がれる。鶯姫の部屋にいたのは小野小町という和歌の先生だが、これが怪しげな人物であつたため大騒動となる
  光源氏 榎本健一
  京極姫 笠置シヅ子
  鶯姫 筑紫まり
  父左大臣 三木のり平

 (中略)


  第十五景 極楽への道


 愛する源氏とも逢えなくなつた鶯姫は、窮屈な宮中を抜け出す。跡を追つた源氏は、易者に鶯姫の居所を占つて貰う。
  光源氏 榎本健一
  鶯姫 筑紫まり
  父左大臣 三木のり平

 (中略)


  第十六景 キヤバレー・極楽


 キヤバレー・極楽は女人ばかりの楽園であつた。飲んで唄つて淋しさをまぎらわせていた源氏は、鶯姫を発見する。再び逢えた二人は永遠に変わらぬ愛を誓う。余りの嬉しさに青鬼と約束した愛の限度を越したため、哀れ源氏は地獄へ堕ちなければならない。
  光源氏 榎本健一
  鶯姫 筑紫まり

 (中略)

− 休憩 −

  第二部


  第十七景 地獄の門


 地獄に堕ちた源氏が裁かれる日である。地獄ではその噂さでもち切りである。特に女鬼たちは一張羅の虎の皮のスカートをはいたりして、大めかし。源氏はどこまでも人気がある。
  ニユーフアツシヨンの女鬼 マリア・ローザ
  同 X・小夜

 (中略)


  第十八景 源氏裁判


 閻魔大王裁判長によつて地獄法廷が開かれ、源氏の好色の件が取調べられる。源氏物語は文学であつても、光源氏の所業は倫理規程に反すると、鬼検事は有罪を論告する。弁護人側の主張は浮かれ源氏は光源氏に非ず大伴先生であるという。結局源氏の所業を浄玻璃の鏡にかけてみると、鴬姫と契りを結び、青鬼との約束を破つたことがわかる。そこで源氏は地獄の責苦を加えられ、赤鬼にされてしまう。
  光源氏 榎本健一
  検事 笠置シズ子

 (中略)


  第十九景 参道


 源氏の君の行方がわからないので鶯姫は清水様へ願をかける。その途中で赤鬼になつた源氏にさらわれようとする。この危難を救つたのは一寸法師である。一寸法師は赤鬼から買つた打出の小槌で忽ちに大きくなる。
  赤鬼 榎本健一
  鶯姫 筑紫まり

 (中略)


  第二十景 藤の花の宴


 左大臣家で藤の花の宴が催される。大きくなつた一寸法師即ち渡辺少将と鶯姫の縁組みの催しである。赤鬼になつた源氏は鬼女となつて鶯姫をさらつて行く。このこと知つた陰陽師阿倍晴明は雷神に祈つて鬼を退散させようとする。
  赤鬼 榎本健一
  鶯姫 筑紫まり
  父左大臣 三木のり平
  阿倍晴明 如月寛多

 (中略)


  第二十一景 雷神


 阿倍晴明に呼び出された雷神がその偉力をたたえて跳躍する。
  雷神 笠置シヅ子
  阿倍晴明 如月寛多

 (中略)


  第二十二景 羅生門


 羅生門の楼上に、赤鬼の源氏が鶯姫をさらう。そこへ雷神が現れて大格闘となる。そして赤鬼は楼上から突き落されてしまう。
  赤鬼 榎本健一
  雷神 笠置シヅ子
  鶯姫 筑紫まり


  エピローグ


 いままではすべて大伴先生の夢であつた−大伴先生は椅子から落ちて目を覚ます。
 春の花の校庭はやはり長閑かである。大伴先生は籠の中の鶯を放してやる。鶯も春を謳いながら飛び去つた。それに和するように若い女生徒たちの歌声が春の悦びを歌つている。
  大伴先生 榎本健一
  女学生京極文子 笠置シヅ子
  同 壬生春子 筑紫まり

 (後略)

 (挿入歌の歌詞は省略)

 
 
 
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2019年06月15日

谷崎全集読過(33)「鶯姫」「或る男の半日」

 『谷崎潤一郎全集』の第8巻(昭和34年6月、中央公論社)は戯曲集です。
 巻頭には、次のモノクロ写真が置かれています。
 これは、『源氏物語』の受容資料として貴重なものです。

※「浮かれ源氏」(「鴬姫」のパロディー)
 (昭和二十七年三月帝劇ミュージカルス)
  榎本健一の大伴先生
  筑紫まりの女学生
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■「鶯姫」(戯曲)
 1幕5場の内、第1場と第5場は現代、第2場から第4場までは王朝時代となっています。
 京都の女学校で、国語の教師である大伴先生に学生がテニスをしようと呼びかける場面から始まります。そこで、「つきづきしい」という言葉が出てきます。この『枕の草紙』に出てくる言葉を、3年生ではない2年生の生徒はまだ教わっていないと言います。平安朝を意識した話題を振っている箇所です。
 そうこうする内に、大伴先生はうつらうつらと眠りかけてしまいます。そして、平安朝の羅生門の鬼、渡辺綱に腕を斬られたという鬼に、平安時代に連れて行ってもらうのでした。タイムトラベルです。
 鶯姫が出てきます。しかし、仕掛けが十分には練られていなかったせいか、盛り上がりに欠けます。ここで話を打ち切っては、中途半端すぎます。次の物語を楽しみにしましょう。【2】

※初出誌:『中央公論』大正6年2月号

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集』の解説で、伊藤整は次のように言っています。
「鶯姫」(大正六年二月「中央公論」)は一種の幻想劇としての面白さを持つたものである。この作品は、現代の女学校、平安朝の貴族の酒宴の場、屋上の鬼と少女などの姿を舞台にのせることによつて効果を生むものであり、オペレッタのやうな作劇術をそこに見るべきものと考へられる。(259頁)

 
 
 
■「或る男の半日」(戯曲)
 小説家の間室が、原稿を取りに来た雑誌記者に、できてもいない原稿をさも完成間近のように言い訳をします。この冒頭の場面は、物書きには身につまされる年中行事でもあるので、谷崎潤一郎もその手を使うのか、とニヤリとします。人間の心理を読んだ場面として、秀逸です。
 この小説家は見栄っ張りで、借金に苦しめられながらも贅沢をします。自制が効かない性分なのです。まさに、谷崎の生き様をよく反映している人物です。そこをよく理解した妻は、能天気な夫に対して、冷静に接していくのです。この取り合わせが、おもしろく組み立ててあります。
 郊外だという渋谷や代々木が、遠くて寂しいところだとあります。この作品が書かれた大正6年が遠く感じられました。
 最後に意外なオチを置いて、軽妙な劇は終わります。ユーモアを交えた、知的生活を送ろうとする遊民を描き出したものです。【3】

※初出誌:『新小説』大正6年2・5月号

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集』の解説で、伊藤整は次のように言っています。
一種の性格劇であり、同時にユーモラスな効果を狙つて現代智識階級人の生活批評を行つたものである。(259頁)

 
 
 
posted by genjiito at 19:48| Comment(0) | □谷崎読過

2019年04月16日

谷崎全集読過(32)「或る漂泊者の俤」「母を戀ふる記」「不幸な母の話」

■「或る漂泊者の俤」
 中国・天津での話です。ボロボロ、ヨボヨボの男の姿を丹念に描きます。街の活気や賑わいを言葉で再構築しようとする中で、この男の尋常ではない様が浮き彫りになっていきます。雰囲気を伝える手法を模索する中での、作者としては文章修行の一つのように思いました。【2】
 
初出誌:『新小説』大正8年11月号
 
 
 
■「母を戀ふる記」
 日本橋での豊かな生活を畳み、片田舎に逃れての貧しい、惨めな生活に身を置くことになった、少年時代の自分の姿や考え方が五感を織り交ぜて語られています。冒頭の夜道の描写が印象的です。街道を歩き続けながら、見えたもの聞こえたもの会った人のことを、天空に月を置いて夢語りが続きます。母恋しさに想いを込めて綴られた作品です。【4】
 
初出誌:『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』大正8年1月〜2月
 
 今回読んだ『谷崎潤一郎全集』の解説で、伊藤整は次のように言っています。
教科書などにもしばしば掲げられてゐる「母を戀ふる記」(大正八年一月、「大阪毎日」「東京日日」)は、母を描いたこの作家の小説としては究極的なものである……(239頁)

 
 
 
■「不幸な母の話」
 兄の結婚以来、母は人が変わったように別人になったと言うのです。息子たちの新婚旅行中に、嬉しさのあまり後を追って行き合流する母。しかし、帰りに船が転覆し、兄が母よりも妻の方を先に助けたことから、母の息子への失望から駄々っ子ぶりが酷くなるのでした。このおもしろおかしい展開に、読者は惹きつけられます。語り手の兄の遺書が、また読者を釘付けにします。谷崎の物語の設定がうまいところです。まさに、「カルネアデスの舟板」の話です。偶然とはいえ、人間の根源を突く物語といえるでしょう。【5】
 
初出誌:『中央公論』大正10年3月号
 
 
 
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2019年04月10日

谷崎全集読過(31)「小さな王国」

■「小さな王国」
 東京で小学校の教員をしていた貝島は、立身出世を諦めてからはG県に移り住み、自然の中で生活を営みます。
 その学校で、転校生がクラスを仕切るようになります。先生は、その過程を具に見て、この生徒たちの力関係について考えます。そして、その生徒が多くの生徒に言いつけを守らせていることから、教師にできないことを可能にしていることに脱帽するのでした。生徒と同一化して一緒に遊ぶ心構えが必要だとの結論に至るのです。
 先生は、次第に生活が苦しくなる中で、赤ん坊のミルクにも困ります。そこで、子どもたちが遊んでいた手製のお札での買い物ごっこにかこつけて、仲間にしてもらってミルクを手に入れようとするのです。子どもの遊びと現実が交錯し、正気を失っていく先生の姿が活写されます。人間の弱さと、かろうじて踏みとどまる大人が、巧みに描かれています。【5】

初出誌:『中外』大正7年8月号

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集』の解説で、伊藤整は次のように言っています。少し長くなることを厭わずに、以下に引いておきます。

 「小さな王國」は大正七年八月號の「中外」に發表された。この作品が發表された翌々月の大正七年十月、當時の指導的社會評論家であつた吉野作造が「中央公論」の「時論」において次のやうに述べた。「『中外』八月號に載せられた谷崎潤一郎氏の『小さな王國』は我國現代の社會問題に關し頗る暗示に富む作物である。小學生の單純な頭腦から割り出された共産主義的小生活組織の巧みに運用せらるゝ事や、前途有望を以て自らも許し人も許して居つた青年教育家の生活の壓迫に苦しめる結果、不知不識其共産的團軆の中に入つて行く經過は、一點の無理がなくすら/\と説き示されて居る。作者の覘ひ所は何れにあるにせよ、我々は之によつて現代人が何となく共産主義的空想に耽つて一種の快感を覺ゆるの事實を看過する事は出來ない。而して少しく深く世相を透觀する者にとつて、今やしゃ社會主義とか共産主義とかいふ事は、理論ではない、一個の嚴然たる事實である。」この前年の大正六年十月に、ロシアの十月革命が成立してゐたのである。
 簡單に言へば、この作品は少年の世界に形を借りたところの、統制經濟の方法が人間を支配する物語りである。現代社會は必然的に統制經濟の社會へと推移しつつある。その統制經濟社會で、ある權力のもとに發行される紙幣が、卽ち經濟上の約束が、人間の生活意識を變へ、人間の價値判斷を狂はせるといふ物語りである。谷崎潤一郎の全作品の中で最も特色のある現代社會の批判性を備へた作品と見ることが出來る。吉野作造がこれを面白いと思つたのは、大きな必然性があつた。
 一般的に言ふと、明治時代は、封建性の濃厚な社會秩序の重壓から人間性を解放する努力がされた時代であり、無意味な古き秩序に抵抗する力點となつたのが、明治三十年頃からの社會主義者たちの行つた社會改革運動であり、また文士たちの作品活動を通して戀愛の自由を主張することによる愛情生活の改革であつた。そして大正期前半においては、自然主義者たち、夏目漱石、「白樺」派の人々の仕事を通して、個人の人格、その自由が文學作品の上では通念として確立されてゐた。しかし、この時、別な危險、卽ち個人の自由を原則として成立した資本主義制度は、その確立とともに、組織化された經濟力として人間を支配し、その考へ方を人工的に變化させ、人間を組織の奴隷とする危險が起つてゐたのである。そしてこの危險は、もつと新しい統制經濟を行ふ共産主義社會においても必ず起り得るものであり、現代社會の本質にある組織の非人間性につながるものであつた。
 谷崎潤一郎はこの作品においてそれを諷刺してゐるやうに今の讀者の目には見えるであらう。しかし、そのやうな圖式的諷刺性はこの作者に縁のないものである。むしろ、作者はさういふ物語りを面白いと思つて書いたのであらう。しかし、面白いと思ふことは、その物語りの實質が人間性にとつて關係がある、といふ藝術家の判斷である。面白さが人間生活の本質にかかはりがある時、それは結果として社會問題道徳問題に關係があることとなる。作者の面白がつた面と吉野作造の面白がつた面とは、眞實といふ楯の兩面であつたのだ。
(中略)
 作者はまた、一篇の「小さな王國」を興味ある物語りとして描くことによつて、更に、經濟的な拘束が人間の自主性を奪ひ、自由な人間を奴隷に變化させてしまふ危險のあることを證明した。周知のやうに、これ等のテーマは、實に現代の文學の中心にある二大テーマと言つていいのである。(265〜267頁)

 
 
 
posted by genjiito at 20:17| Comment(0) | □谷崎読過

2019年02月28日

谷崎全集読過(30)『少将滋幹の母』

 『大和物語』や『源氏物語』の注釈書を引きながら、谷崎好みの平安朝の男たちが描かれていきます。そして、50歳も年下の妻を持つ大納言藤原国経に、時の権力者である時平が目を付けるくだりから、物語がおもしろくなります。
80歳に近い国経は、若い美貌の妻に対して、満足させられなくて申し訳ない気持ちを持っていました。そこへ、時平が割って入るのです。まずは、物量を投入します。

折にふれて何とか彼とか口實を設けては、矢繼ぎ早やに使者が來るのであつた。大納言は時平に格別な考があるのだらうなどゝは疑つても見ず、たゞもう有難さと恭さで一杯であつた。誰しも老年になると、若い人からちよつとしたいたはりの言葉をかけられても、つい嬉しさが身にこたへてほろりとするものであるのに、まして生れつきおめでたい、氣の弱い國経なのである。殊に相手は甥と云つても、天下の一の人であり、昭宣公の跡を繼いで攝政にも關白にもなるべき人であるのが、さすがに骨肉の親しみを忘れず、何の取柄もない老いたる伯父に斯くまで眼をかけてくれるとは。
「やつぱり長生きはするものですね」
と、或る晩老人は、北の方のゆたかな頬に皺だらけな顔を擦りつけて云つた。
「わたしはあなたのやうな人を妻に持つて、自分の幸福はもう十分だと思つてゐましたのに、そのうへ近頃は左大臣のやうなお人から、斯やうに優しくして戴ける。……ほんたうに、人はいつどんな時にどんな好運にありつくか分らないものです」
老人は、北の方が默つてうなづいたのを自分の額で感じながら、一層つよく顔を擦り着け、兩手で項を抱きかゝへるやうにして彼女の髪を長い間愛撫した。(『谷崎潤一郎全集 第27巻』26頁)


 人間の心の中に巧みに分け入り、ずる賢さと人の良さを手玉に取った物語展開が、読む者の関心を引き込み、楽しませてくれます。
 時平が歓待されてしたたかに酔って帰ろうとする時になって、引き出物についての国経との駆け引きが見ものです。
 「物惜しみをしない証拠」として、何にも変えがたい宝物である妻を差し出せとのこと。感謝の酔狂の中で、国経は時平に最愛の妻を渡すことになるのです。恋しい妻を人に譲った自分の胸の内を、谷崎は丹念に語ります。言い訳以上に、論理的に整合性を付けようとするところに、谷崎の性格が現れています。
 このくだりには、平中に関わらせて後日談があります。それを、古今集、十訓抄、今昔物語(谷崎は集を付けない)、後撰集、世継物語、大和物語、宇治拾遺物語などの古典に記されている逸話を引いて、歴史的な伝承の重みも付け加えています。
 その平中の話も、逸話を盛り込んで楽しませてくれます。侍従の君を忘れたいばかりに、排泄物を盗みます。しかし、相手もさるもの。芳しい香りの造作物にすり替えられています。尿は丁子を煮出したもの、塊は黒方の薫物に、という話はよく知られているものです。
 時平と道真の怨霊話を間に挟んで、後半は母を慕う滋幹の物語となります。母を恋う男の子の話です。また、父の姿を凝視する息子が描かれます。月光の下、死骸が累々と積まれた中で、父が女人の前で蹲る場面は、妻を慕う国経の老残に凄みを感じます。
 滋幹は、父国経の語る不浄観について、日記に記し残していたというのです。作者は、それを基にして、父が息子に語る話を述べるのでした。難しい話になった時に、手紙や日記を使うのはよくある手法です。
 物語の最終節で滋幹は、出家した母の籠る雲母坂の一乗寺あたりに思わず知らず赴きます。山荘にいると聞いている母のことを想いながら、朽ち果てた庵や瀧の情景の中を彷徨います。このあたりの描写は、谷崎らしい情緒的で妖艶な語りとなっています。意識的に物語を盛り上げようとする作者の気持ちが籠った行文です。
 春を盛りに爛漫と咲く桜と幽遠な月光、そして瀧の落ちる音が静寂の中に響きます。そんな夢幻の夕桜の下に、尼となった母の妖精のような姿を認めます。谷崎の世界です。
 この作品は、歴史と文学のあわいを往き来しつつ、時々作者が顔を出して語っている物語となっています。堅苦しくない語り口なので、歴史物語に引きずり込まれる思いで読みました。【4】

 巻末の文章を引きます。

「もし、………ひよつとしたらあなた樣は、故中納言殿の母君ではいらつしやいませんか」
と、滋幹は吃りながら云つた。
「世にある時は仰つしやる通りの者でございましたが、………あなた樣は」
「わたくしは、………わたくしは、………故大納言の遣れ形身、滋幹でございます」
そして彼は、一度に堰が切れたやうに、
「お母さま!」
と、突然云つた。尼は大きな體の男がいきなり馳せ寄つてしがみ着いたのに、よろ/\としながら辛うじて路ばたの岩に腰をおろした。
「お母さま」
と、滋幹はもう一度云つた。彼は地上に脆いて、下から母を見上げ、彼女の膝に凭れかゝるやうな姿勢を取つた。白い帽子の奥にある母の顔は、花を透かして來る月あかりに暈されて、可愛く、小さく、圓光を背負負つてゐるやうに見えた。四十年前の春の日に、几帳のかげで抱かれた時の記憶が、今歴々と蘇生つて來、一瞬にして彼は自分が六七歳の幼童になつた氣がした。彼は夢中で母の手にある山吹の枝を拂ひ除けながら、もつと/\自分の顔を母の顔に近寄せた。そして、その墨染の袖に沁みてゐる香の匂に、遠い昔の移り香を再び想ひ起しながら、まるで甘えてゐるやうに、母の訣で涙をあまたたゝび押し拭つた。(114頁)

 
 
初出誌:『毎日新聞』昭和24年12月16日〜25年3月9日 連載(挿絵:小倉遊亀)
メモ:本作は、『細雪』が完成して1年半後であり、また本作完成後の6月から『新訳 源氏物語』の執筆開始。
 
 
 
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2017年09月12日

谷崎全集読過(29)「西湖の月」

■「西湖の月」

 上海から列車で杭州へ行く折に見かけた中国の女性を、日本の女性と比べながら丹念に描きます。紀行文の体裁をとった作品です。
 杭州駅から西湖畔のホテルに行く途中で、車夫にお金をせびられたことなど、旅の逸話などが添えてあり谷崎の人柄が忍ばれます。
 ホテルの隣室には、列車で一緒だった美人姉妹がいました。気にかけながらも、杭州の西湖周辺の観光に出かけるのでした。月光を浴びながら西湖の湖水の上を船で遊覧し、夜の西湖に身を置いた感激を丹念に綴っています。
 そんな中から、一文を引いておきます。

 首を擧げて四方の陸をぐるりと眺め廻した後、今度はそろ/\と眼を下の方に向けると、私の視野に這入るものはやがてたゞ一面の波ばかりになつてしまつて、何だか船が水の上を渡つて居るのではなく、水の底に沈みつゝあるやうな心地がする。もし人間がほんたうに斯う云ふやうな心持で、靜かに/\船に遙られながら、うと/\と水の底へ沈んで行く事が出來たなら、溺れて死ぬのも苦しくはなからうし、身を投げるのも悲しくはあるまい。おまけに此の湖の水は、月明りのせゐもあらうけれど、さながら深い山奥の靈泉のやうに透き徹つて居るので、鏡にも似た其の表画に船の影が倒まに映つてゐなかつたら、殆ど何處から空氣の世界になり何處から水の世界になるのだか區別が附かないほど、底の方まではつきりと見えて居るのである。(220頁)
 
 此の水の数滴を掌に掬んで暫く空中に曝して置いたなら、冷やゝかな月の光を受け留めて水晶の如く凝り固まつてしまふだらう。私の船の櫓はそのねつとりとした重い水を、すらり/\と切つて進むのではなく、ぬらぬらと捏ね返すやうにして操って行くのである。をりをり櫓が水面を離れると、水は青白く光りながら、一枚の羅衣のやうに其れヘベつたりと纒はり着く。水に繊維があると云つてはをかしいけれど、全く此の湖の水は、蜘蛛の絲よりも微かな、さうして妙に執拗な弾力のある繊維から成り立つて居るやうにも感ぜられる。兎に角にも綺麗に澄んだ水ではあるが、輕快ではなく寧ろ鈍重な氣分を含んだ水なのである。(220頁)


 こうした表現は、観たまま、感じたまま、聞いたままを、硬質の文章にして、意識的に読者に提示しているのです。

初出誌:『改造』大正8年6月号
※「青磁色の女」を改題

 今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第六巻』(昭和33年6月、新書判、中央公論社)の解説で、伊藤整は次のように言っています。この作品の背景を理解することと位置づけを考える上で参考になると思われるので、以下に引いておきます。

 この時期の作者の異國趣味はやがて作者を驅つて現實の海外族行をさせることになつた。卽ち大正七年、数へ年三十三歳のとき、作者は、その年三月から住んでゐた神奈川縣鵠沼あづまや別館の家をたたみ、妻千代子と長女鮎子とを、日本橋蠣殻町に米穀仲買店を營んでゐた父の許に預け、十一月に單身中國旅行に出發した。その旅程は朝鮮、滿洲、天津、北京、漢口、九江、南京、上海周邊に及んで、十二月の末に上海から船で歸國した。(264頁)


 私が西湖に行ったのは2007年3月でした。その時の文章は、ブログのサーバーがクラッシュしたために再現できないまま今に至っています。残念です。あの時に行った西冷印社の印鑑は、今も大事に持っています。自分が足を留めた地が物語の舞台になると、作中のイメージが思い合わされて背景に色が付くので大いに楽しんで読めます。本作の杭州の地の話は、まさにそうした想いで読みました。【3】
 10年前の現地での記録として、写真だけでも掲載しておます。

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2016年12月02日

谷崎全集読過(28)「呪はれた戯曲」

 この小説は、劇作家である佐々木の秘密を摘発し、その背景にあった恋愛事件を戯曲という創作を借りて読者に語る形式をとっています。谷崎特有の、「善と悪」がその底流にあります。
 佐々木は、妻玉子のか弱さと鈍感さに安心し、愛人の襟子に心を許していました。しかし、ある時、玉子の滂沱の涙にひるみます。予想外の女の姿を見たのです。
 この、玉子が涙を溢れさせる場面は、佐々木を通して執拗に描かれています。人間が泣く場面としては、これだけ言葉を尽くして語るのは珍しいと思います。涙をこれほどまでに詳細に分析して語ったものは、これが一番秀逸なものではないでしょうか。
 佐々木は日記を書いていました。その半年間の記述には、玉子を殺すまでの心の軌跡が記されていたのです。妻のヒステリーと男の神経衰弱は、ますます加速していきます。そして、男は妻への憎悪を抱くようになったのです。
 この作品では、身勝手な男の言い種がくどいまでに語られます。
 作中に戯曲の台本を配するなど、奇抜な構成も見せています。芸術と現実を語りながら、犯罪の実行計画が展開していくのでした。
 戯曲の中の言葉としながらも、男は次のような身勝手なことを言います。


(井上)うん、忌揮なく云へばまあそんなものだ。しかしお前が死なゝければ、己には死以上の苦痛が來る。お前の命と己の命と、孰方が貴いかと云へば、己の立ち場を離れて考へて見ても、己の命の方が貴い。お前は何の働きも自覺もない平凡な女だ。己は此れでも才能のある藝術家だ。孰方か一人の命を失つて濟む事なら、お前の命の失はれるのが正當の順序だ。それが當然の運命だ。無慈悲のやうに聞えるけれど、己は決して理由のない事を云ひはしない。理窟から云へば己は自分で手を下してお前を殺しても差支へはない。たゞ己には膽力がないから、進んで其れを實行する事が出來ずに居る。………(『谷崎潤一郎全集』新書版第六巻、199頁下)


 最後まで、男のエゴイズムが剥き出しの物語です。
 劇中劇という凝った仕掛けを用い、巧妙な口調で殺人事件を成立させたのです。ただし、読者としてはおもしろい話として読めても、非現実的な論理と理屈で構成された内容に、大いに違和感を抱くのは当然です。あくまでも、谷崎の実験的な小説だと言えるでしょう。【4】
 
 
初出誌:『中央公論』大正8年5月号
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2016年10月10日

谷崎全集読過(27)「人面疽」「魚の李太白」

■「人面疽」
 女優歌川百合枝は、アメリカで撮影した神秘劇「人間の顔を持つた腫物」(邦題「執念」)について、自分が演じたものであるにもかかわらず記憶がまったくないのです。
 全5巻のその活動写真の内容を、作者は詳しく紹介し検討していきます。
 女の膝頭にできた腫物が、次第に人の顔に見えるようになってくる場面が不気味です。
 そして、数奇な運命が……
 このフィルムは、とにかく不思議なものでした。次々と怪異が起きるのです。しかも、制作されたことすら怪しくなったのです。何者かがフィルムを繋ぎ合わせて焼き込んだ偽物だとも……
 さらには、笛吹きの乞食役の男が何者なのか。特にフイルムの第5巻は多くの問題を孕んでいるようです。
 終始謎解きの趣向で展開し、谷崎らしい作品となっていきます。映画への関心が顕著なのは、この時期の特徴でもあります。最後が唐突に終わったように思います。【4】
 
初出誌︰『新小説』大正7年3月号
 
 
■「魚の李太白」
 お伽噺を意識した、おもしろい話に仕上がりました。
 17歳の春江という、女学校出のお嬢様の話です。
 親友の桃子が結婚をするので、お祝いを探して銀座に出ます。そして、緋縮緬の鯛の人形に決めて贈りました。その鯛が、李太白の生まれ変わりだったというのです。
 明るく楽しい、童話とでもいうべき作品です。【3】
 
初出誌︰『新小説』大正7年9月号
posted by genjiito at 23:28| Comment(0) | □谷崎読過

2016年06月29日

谷崎全集読過(26)「ハツサン・カンの妖術」

 本作は、すでに発表した「玄奘三蔵」の副産物とでも言うべきものです。

 「谷崎全集読過(18)「魔術師」「玄奘三蔵」「詩人のわかれ」」(2013年04月18日)

 この小品「玄奘三蔵」等の3作は、大正5年12月から6年3月にかけて書かれたものです。本作の「ハツサン・カンの妖術」がそれを受けてのものであることは、本作中に「玄奘三蔵」を発表したことに言い及んでいることからもわかります。

 ハツサン・カンは、インドのカルカッタに住んでいた、有名な魔法使いです。
 出だしから英語の長文が引用されています。「玄奘三蔵」でもそうでした。初期の谷崎に見られる特徴でもあります。

 ここでは、「予がこの小説の中で、特に諸君に語りたいと思ふのは、〜」(谷崎潤一郎全集第六巻、73頁)と、読者に語りかけるスタイルをとっています。
 最後にも、「こゝまで書いて来れば、読者は恐らく、それから以後に起こった其の晩の出来事を、既に想像したであらう。」(110頁)と言います。

 作者自身が登場するところで、インドのことは次のように語られ、インドへの興味も、素直に述べています。


「あゝ、さうですか、あなたが谷崎さんですか。私はあなたの小説を讀んだ事があります。」
と、彼は云つた。聞けば宮森麻太郎氏のリプレゼンタテイヴ・テエルズ・オヴ・ジヤパンを繙いた時、巻頭に載つて居た英譯の「刺⾭」を非常に面白く讀んだので、それ以來「タニザキ」と云ふ名を覺えて居たのださうである。
「−−それで分りました。あなたは今度、何か印度の物語を書かうとして居るのでせう。此の間から印度の事を大變委しく調べて居るから、私は妙だと思つて居ました。失禮ですが、あなたは印度へいらしつた事があるのですか。」
予が「いゝえ」と答へると、彼は眼を圓くして、詰るやうな口調で云つた。「なぜ行かないのです? 此の頃は宗教家や書家が盛んに日本から出かけて行くのに、あなたはどうして行かないのです。印度を見ないで印度の物語を書く? 少し大膽過ぎますね。」
予は彼に攻撃されて、耳の附け根まで眞赤にしながら、慌てゝ苦しい辨解をした。
「私が印度の物語を書くのは、印度へ行かれない爲めなんです。かう云ふとあなたに笑はれるかも知れないが、實は印度に憧れて居ながら、いまだに漫遊の機會がないので、せめて空想の力を頼つて、印度と云ふ國を描いて見たくなつたのです。あなたの國では二十世紀の今日でも、依然として奇蹟が行はれたり、ヱダの~々が暴威を振つたりして居ると云ふぢやありませんか。さう云ふ怪しい熱帯國の、豊饒な色彩に包まれた自然の光景や人間の生活が、私には戀しくて/\堪らなくなつたのです。それで私は、あの有名な玄奘三藏を主人公にして、千年以前の時代を借りて、印度の不思議を幾分なりとも描いて見ようと思つたのです。」
「成る程、玄奘三藏はいゝ思ひ附きですね。いかにもあなたが云ふやうに、印度の不思議は二十世紀の今日でも、玄奘三藏が歩いた時代と餘り違つては居ないでせう。私の生れたパンジヤブの地方へ行けば、科學の力で道破することの出來ないやうな神秘な出來事が、未だに殆ど毎日のやうに起つて居ます。……。」(76〜77頁)


 また、次のようにインドを批判的にも語ります。


彼は口を極めて租國の人民の無氣力を罵倒し、迷信を呪咀し、社會制度を非難した。印度に立派な宗教や、文學や、藝術などが存在したのは、遠い昔の夢であつて、今ではたゝ懶惰なる邪教と蒙昧なる妖法との榮えて居る、「あなたの小読の材料にしかならない國土」だと云つたりした。(90頁)


 谷崎が語るインドは、非常に興味深いものがあるのです。これらの情報は、どのような経路で得たものなのでしょうか。調べてみるつもりです。

 なお、「此の頃神経衰弱に罹つて居る予の感覚」(79頁)とも言っています。当時の谷崎の状況がうかがわれます。

 本作は、上野の図書館で出会ったインド人との話が中心となっています。彼から受け取った名刺には、つぎのように記されていました。


府下荏原郡大森山王一二三番地、
印度人 マティラム・ミスラ(Matiram Misra )


 ミスラによるハッサン・カンの話を通して語られる宇宙論は、私には茫漠としていてよくわかりませんでした。

 この作品を書いていた時期は、谷崎が古代インドを通して須彌山思想などに並々ならぬ興味と関心を抱いていたようです。それを、ハッサン・カンという魔術師を引き合いに出して語っているのです。
 谷崎の思考には、科学的な要素が根強いことがわかります。論理的な思考回路を持っているのです。

 最後に作者は、ここでの魔法を実験したことを語ります。五感が消滅し、清浄な恍惚感だけの世界、涅槃界に入った感覚的世界を語るのです。そこは、奈良の東大寺戒壇院を想起させるものだったと言います。ついには、亡き母へと想いが至ります。
 谷崎の今後の作品の傾向を予想させる筆遣いを感じ取りました。【3】

初出誌︰『中央公論』大正6年11月
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | □谷崎読過

2016年03月25日

谷崎全集読過(25)『異端者の悲しみ』

 この時期、谷崎がよく取り上げていた夢の話から始まります。
 舞台は日本橋八丁堀の裏長屋です。

 主人公章三郎は、逆境に沈む身でありながらも、非凡なる天才としての素質を持て余す自分と戦っています。妄想の世界をさまようのです。

 その章三郎は、根っから狡賢くて、奸計に長けた男でした。いやらしさを前面に押し出して、怖いもの知らずの学生生活を送ります。読者の誰もが好きになれない人物です。とにかく、自分勝手、身勝手な、青春真っただ中の男として振る舞っています。
 章三郎自身も、自分を「卑しい品性」(44頁)と言っているほどです。

 荒れすさんだ息子章三郎を中において、両親と妹、そして友達が冷静に立ち回ります。
 最後の妹の姿は、それまで放蕩三昧だった章三郎から、哀れな一少女に目を転ずるものとなっています。読者のやるせない思いを、いや増しに掻き立てます。

 このような人間の姿が描けるのも、谷崎の筆の力なのでしょう。

 なお、「はしがき」によると、本作は前年の大正5年8月に脱稿していたそうです。しかし、発売禁止になることを惧れて、掲載が見送られていたものであったとのことです。

 また、家族4人についてだけは、ありのままに描写したものだそうです。谷崎自身が「此の一篇は予が唯一の告白書である。」と、明言しています。

 作者が32歳の時に発表したものなので、どうしても語っておきたかった自らの青春時代の記録なのでしょう。青年期の素直でない利己的な面を取り立てて描き出した点では、文筆家の手になる作品としては出色の出来だと思います。
 もっとも、私は再読しようとは思わないので、好んで人には薦めないことにしています。人間としては見たくない姿が、これでもかと、あからさまに描かれているからです。若さゆえの傲慢さが押し付けられるのは御免だからです。

 読んでいて不愉快なままで放置される本作は、私が求める文学を楽しむ領域を逸脱しています。
 ただし、谷崎潤一郎という作家を論ずる際には、読む必要があるものだと思われます。【2】
 
 
初出誌:『中央公論』大正6年(1917)7月号
posted by genjiito at 22:49| Comment(0) | □谷崎読過

2015年07月27日

谷崎全集読過(24)『春琴抄』

 大阪の下寺町にある、鵙屋家のお墓の話から始まります。
 この地域は、私が高校時代にテニス部の基礎練習で走り回った一帯です。それだけに、地理的にも環境や雰囲気もイメージが膨らみます。

 春琴のお墓の横には温井佐助検校の墓石があり、この物語を少しでも知っている者にとって、この幕開けはこれから始まる話に胸をわくわくさせることとなります。

 ただし、本作も『盲目物語』同様に、地の文と会話文とが渾然一体となっています。また、句読点も省略されることが多いので、日頃このような、文の切れ目が不明確な文章を読み慣れていない方は、読み進むのに難渋されることでしょう。
 しかし、谷崎一流の問はず語りを実感できる、味のある小説手法だと思います。

 物語は最近筆者の手に入った小冊子『鵙屋春琴伝』を引きながら進みます。

 春琴は、9歳の時に失明します。風眼によるか、ともあり不明です。
 その後は、得意だった舞技を断念し、琴三絃の稽古に励むのです。
 5、6歳のときから手解きは受けていたとはいえ、眼さえ見えたら音曲には行かずに舞をしていた、とも言います。

 春琴の師である春松検校の稽古場は靫にありました。
 この靫にある公園へ、私は高校時代によくテニスをしに行きました。ここも、先の下寺町と同様に、物語を読みながら背景を想像して楽しめました。
 これまでにも何度か書いたように、物語や小説は、その背景を知っていると読みやすいものです。フィクションは事実と異なるとはいえ、やはり親しみを持って読むのも、読書の楽しみの一つだと思っています。

 さて、丁稚佐助(後の温井検校、春琴より4歳上)は、道修町にあった鵙屋から毎日春琴の手を曳いて、稽古に通っていました。
 その佐助は、春琴失明後の13歳の時に鵙屋に奉公に来たのです。
 そして佐助は、「彼女に同化しようとする熱烈な愛情」(213頁下)と生来の才能で、後に検校にまで昇り詰めます。

 本作中には、谷崎の盲人を見る視点が、いろいろと垣間見えます。語られている言葉をありのままに引くことで、確認としておきます。


〔佐助は彼女の笑ふ顔を見るのが厭であつたといふ蓋し盲人が笑ふ時は間が抜けて哀れに見える佐助の感情ではそれが堪へられなかつたのであらう。〕(211頁下段)
 
もと/\我が儘なお嬢様育ちのところへ盲人特有な意地悪さも加はつて片時も佐助に油断する暇を輿へなかつた。(212頁下)
 
觸覺の世界を媒介として觀念の春琴を視詰めることに慣らされた彼は聽覺に依つてその缺陷を充たしたのであらう乎。人は記憶を失はぬ限り故人を夢に見ることが出來るが生きてゐる相手を夢でのみ見てゐた佐助のやうな場合にはいつ死別れたともはつきりした時は指せないかも知れない。(258頁上)


 春琴の妊娠のことでは、2人の性格が鮮明に描出されます。春琴が佐助を見る蔑みの態度や、その虐める姿からも、春琴の特異な性癖がことば巧みに描かれます。ここには、谷崎自身の姿を彷彿とさせるかのように、非常に具体的です。

 鶯や雲雀を愛する春琴も、高雅な趣味に浸る姿として活写されています。

 語り手が自作で述べた持論を紹介するなど、話題を事実らしくする工夫も見られます。


嘗て作者は「私の見た大阪及び大阪人」と題する篇中に大阪人のつましい生活振りを論じ東京人の贅澤には裏も表もないけれども大阪人はいかに派手好きのやうに見えても必ず人の氣の付かぬ所で冗費を節し締括りを附けてゐることを説いたが春琴も道修町の町家の生れであるどうして其の邊にぬかりがあらうや極端に奢侈を好む一面極端に吝嗇で慾張りであつた。(237頁下)


 ここに引かれている「私の見た大阪及び大阪人」は、『谷崎潤一郎全集 第17巻』に収録されているものです。

 佐助が春琴のことを思って盲目になってからは、これまで以上に2人の世話をした鴫澤てる女が物語を補強する役を担います。読者を飽きさせない、物語の構成にも配慮が行き届いています。

 本作は、私がイメージしている谷崎潤一郎らしさが詰め込まれた、完成度の高い作品だと思います。【5】
 
 
初出誌︰『中央公論』昭和8年6月号
『谷崎潤一郎全集 第十九巻』(昭和33年1月発行、中央公論社)所収
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | □谷崎読過

2015年07月07日

谷崎全集読過(23)『蘆刈』

 後鳥羽院の離宮があった水無瀬行きから語り起こされます。『増鏡』の文章を引きながら、和歌を踏まえた滑らかな美文で進みます。
 読点が極端に少ない、息の長い文章です。漢字も少なく、大和言葉で綴られていきます。

 「まだをかもとに住んでゐたじぶん」とか、「関西の地理に通じないころは」とあり、大阪に馴染みだした頃の作者が顔を覗かせます。
 また、関西人の特徴も、次第に心得て来ていることがわかります。


見も知らぬ人がかういふ風に馴れ/\しく話しかけるのは東京ではめつたにないことだけれどもちかごろ關西人のこゝろやすだてをあやしまぬばかりかおのれもいつか土地の風俗に化せられてしまつてゐるのでそれは御ていねいなことです、ぜひ聞かせていただきませうと如才なくいふと(163頁)


 歴史風土記の語り口で、阪急沿線の昭和初年当時の様子もわかる、大和絵風の旅の記でもあります。旧跡の記録としても貴重なものです。水無瀬の風景への感懐を、次のように述べています。


ちよつと見たゞけではなんでもないが長く立ち止まつてゐるとあたゝかい慈母のふところに抱かれたやうなやさしい情愛にほだされる。(156頁)


 『源氏物語』への言及もあります。


「あはれいにしへの紫式部こそはいみじくありけれ、かの源氏物語にも近き川のあゆ西山より奉れるいしぶしやうのもの御前に調じてとかけるなむすぐれてめでたきぞとよ、」(154頁)
 
「あはれいにしへの紫式部こそはいみじくありけれ、只今さやうの料理つかまつりてむや」と仰せられたり、(157頁)
 
「父には大名趣味と申しますか御殿風と申しますかまあさういつたふう好みがござりまして、いきな女よりも品のよい上臈型の人、裲襠を着せて、几帳のかげにでもすわらせて、源氏でも讀ませておいたらば似つかはしいだらうといふやうな人がすきなのでござりましたから藝者では氣に入るはずがないのでござります。」(173頁)


 「耳ざはりのいゝ」(160頁)という表現に出くわしました。この昭和初期における谷崎の日本語の使い方に当惑しています。

 谷崎が手帳に鉛筆でメモを記す様子も垣間見えます。


わたしはあたまの中に一つ二つの腰折がまとまりかけたのでわすれないうちにと思つてふところから手帳を出して月あかりをたよりに鉛筆をはしらせて行つた。(162頁)


 本話の背後に、父の存在がちらつきます。
 谷崎と父について、これから意識して読みたいと思います。
 父とお遊さんとの話は、非常に具体的です。実話が背後にありそうです。その妹のおしずさんについては、叶わぬ恋の形代として親族への情愛の移り香が、『源氏物語』を連想させます。

 このおしずさんが、本作の語り手の母親なのでした。
 おしずさんが、婚礼の晩に、自分は姉であるお遊さんの身代わりであることを口にします。


ある日のことお遊さんは父にむかつて、あなたはお静がきらひですかと尋ねるのでござりました。父がきらひではありませんといひましたらそれならどうぞ貰つてやつて下さいましといつてしきりに妹との縁組みをすすめるのでござりましたが叔母に向つてはもつとはつきりと自分はきやうだいぢゆうであの兒といちばん仲好くしてゐるからどうかあの兒を芹橋さんのやうな人と添はしてやりたい、あゝいふ人を弟に持つたら自分も嬉しいといふことを申したさうにござります。父の決心がきまりましたのはまつたく此のお遊さんの言葉がありましたゝめでござりましてそれから間もなくおしづの輿入れがござりました。左様でござります、でござりますからおしづは私の母、お遊さんは伯母になるわけでござりますけれどもそれがさう簡單ではないのでござります。父はお遊さんの言葉をどういふ意味に取りましたのか分りませぬがおしづは婚禮の晩にわたしは姉さんのこゝろを察してこゝへお嫁に來たのです、だからあなたに身をまかせては姉さんにすまない、わたしは一生涯うはべだけの妻で結構ですから姉さんを仕合はせにして上げて下さいとさういつて泣くのでござりました。(179頁)


 まさに、『源氏物語』の世界です。
 そして、姉を思う妹お遊の献身的な奉仕も、その後の谷崎の作品の核となっていきます。
 また、お遊さんは「田舎源氏」の絵にあるような世界に生きた女性としています(197頁)。

 この不思議な物語をする男も、やがては「いつのまにか月のひかりに溶け入るやうにきえてしまつた。」(198頁)と結ばれます。

 女性うまく描く、谷崎好みの夢幻的な作品に仕上がっています。【3】
 
 
初出誌︰『改造』昭和7年11月号・12月号
『谷崎潤一郎全集 第十九巻』(昭和33年1月発行、中央公論社)所収
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2015年06月19日

谷崎全集読過(22)『吉野葛』

 作者は少年時代から『太平記』を愛読し、南朝の秘史に興味があったことから、自天王を中心とした歴史物語を書こうと思う、と言います。

 吉野の地が歴史地理案内のように詳細に語られます。その中で、今と昔が渾然となって、行きつ戻りつしながら語られていくのです。日本文化に対する深い理解と共感が滲み出ている、大和美を描こうとする意気込みが伝わる語り物です。

 同行の一高時代の友である津村を通して、大阪人の気質も語られています。関西への興味と関心の現れでしょう。ただし、この津村が好きになった女性の話が中途半端なままに閉じられていることに、物足りなさを感じます。津村の扱いが、この作品では未熟だと思いました。

 記憶にあることとして、盲人の検校のことが出てきます(新書判『谷崎潤一郎全集 第19巻』、24頁下段)。箏曲に関する話も、この作品の雰囲気に溶け込み、いい味付けとなっています。
 その中で、琴の挿し絵が一葉あります(41頁上段)。


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 この図がここに挿入されている意図が、私にはわかりませんでした。
 『盲目物語』に三味線の図が添えられていた必然性はよくわかります。「谷崎全集読過(21)『盲目物語』」(2015年02月03日)で取り上げた通りです。
 しかし、ここではどのような必要性があって置かれたのでしょうか。

 葛の葉の子別れなどの話を通して、母恋いの気持ちが語られます。
 これは、谷崎の潜在意識の中にある女性観を示すものだと思われます。

 吉野の山中を語る中では、紙を漉くシーンがみごとに描かれています。
 特に、女性の指先が印象的でした。

 この物語を読み進みながら、話の帰結点がなかなか見えてきません。これは、作者に話をまとめようという気がないからのようです。人間が溶け込んでいく、吉野の山中の雰囲気を描くところに、作者の意図があるように思いました。

 当初の計画であった歴史小説は、形を成さなかったと言って終わります。本作では、物語展開のおもしろさは、最初から追っていなかったことがわかります。

 特におもしろい話が繰り広げられるわけではありません。しかし、余韻として残るイメージが、読後に残像として揺曳します。日本人と日本文化が描き出されているところに、言葉による語り物の到達点が留め置かれたと言えるでしょう【3】
 

初出誌:『中央公論』昭和6年1月号・2月号
posted by genjiito at 23:24| Comment(0) | □谷崎読過

2015年04月27日

神奈川近代文学館で谷崎潤一郎展を観る

 神奈川近代文学館で、谷崎潤一郎の没後50年を記念した「谷崎潤一郎展 絢爛たる物語世界」(2015年4月4日(土)〜5月24日(日))が開催されています。

 時間の隙間を縫って、先週行ってきました。


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 谷崎潤一郎の単行本などが実際に見られたことは、新鮮な感動でした。
 現在私は、新書版の全集本で谷崎作品を読み、本ブログで「谷崎全集読過」を連載しています。
 刊行された当時の本の装幀などを見ると、やはりその作品の間近に迫った思いがします。

 さらには、さまざまな貴重な情報が得られました。

(1)谷崎潤一郎全集 全26巻刊行


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(2)喜劇 台所太平記 明治座


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 没後50年のイベントを機に可能な限り情報を集めて、谷崎の作品世界を楽しみたいと思います。

 会場でいただいた展観図録(112頁)も、興味深い情報満載でした。


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<寄稿>
端境期の谷崎潤一郎(紀田順一郎)
萌黄の闇の彼方−『蓼食ふ虫』考(辻原 登)
佐藤春夫宛谷崎潤一郎書簡の衝撃(千葉 俊二)
<目次>部門解説(千葉 俊二)
序章 幼少時代/
第一部 物語の迷宮
第二部 〈永遠女性〉の幻影
終章 老いの夢


 表紙の上に置いたピンクのバッジは、図録を購入した時のくじ引きの景品です。
 ぜひ、これも手に入れてください。

 また、会場に置かれていたワークシートは、谷崎に関する興味を掻き立てます。
 参考までに、それを紹介しておきます。
 試しに、各設問にチャレンジしてはいかがでしょうか。


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 会場への入館が遅かったので、足早に見ることとなりました。
 もう一度、再確認の意味でも、ゆっくりと見たいと思っています。

 会場を出ると、港と橋に横浜らしさを感じました。


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 久し振りに元町を散策し、満ち足りた想いで帰途につきました。
posted by genjiito at 23:35| Comment(0) | □谷崎読過

2015年02月03日

谷崎全集読過(21)『盲目物語』

 4歳の時に視力を失った一人の男、盲目の坊主彌市が語る物語です。
 浅井長政をめぐる話が、思い出すままに、問はず語りされるのです。


わたくし生国は近江のくに長濱の在でござりまして、たんじやうは天文にじふ一ねん、みづのえねのとしでござりますから、當年は幾つになりまするやら。左様、左様、六十五さい、いえ六さい、に相成りませうか。(『谷崎潤一郎全集 第19巻』(新書判)昭和33年1月、53頁)


 物語の本文は、振り漢字や振り仮名が気ままに付されているように見えます。平仮名や漢字の表記が混在する理由も不明です。
 谷崎潤一郎の平仮名を中心とした語りと仮名遣いには、一定の表記上の法則性がありそうです。文体を柔らかな印象にすることは確かなようです。
 しかし、例えば「岐阜」「ぎふ(振り漢字「岐阜」)」「ぎふ」と連続して3種類の異なる表記がなされている本文(全集、100頁)にであうと、読むほうが混乱します。こうしたことの連続に出会うと、これが語り物であることの意義を作者が誇示するかのように、意識的に用いた表記だとしか思えません。
 すでにこれらについては、さまざまな研究成果があることでしょう。今、私にはその使われ方やその意味がよくわかりません。

 語り手である彌市は目が見えないので、手の感触による触覚や耳に届く音の聴覚で、周囲のようすを敏感に判断しています。その想像力の世界が手に取るように描かれています。
 お市の方をめぐっての、感覚の世界が文字として記されているのです。平仮名と漢字の混在は、その表現世界をイメージするための作者の工夫なのでしょう。

 語り手である座頭彌市は、長濱の出身ということもあってか、琵琶湖の周りの話が物語展開を牽引します。
 また、三味線の音と「いろは」の文字の対応を語るところには、非常に興味深いことが語られています。三味線の合いの手で暗号文を伝えるというくだりは秀逸です。


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(引用者注︰彌市が)ふと氣がつきましたのは、その(引用者注︰朝露軒の)三味せんのうちに二度もくりかへしてふしぎな手がまじつてゐるのでござりました。さやうでござります、これはわたくしども、座頭の三味線ひきのものはみなよくぞんじてをりますことでござりますが、すべてしやみせんには一つの絲に十六のつぼがござりまして、三つの絲にいたしますなら都合四十八ござります。されば初心のかた/\がけいこをなされますときはその四十八のつぼに「いろは」の四十八文字をあてゝしるしをつけ、こゝろおぼえに書きとめておかれますので、このみちへおはひりなされた方はどなたも御存知でござりますけれども、とりわけめくら法師どもは、文字が見えませぬかはりには、このしるしをそらでおぼえてをりまして、「い」と申せば「い」のおと、「ろ」と申せば「ろ」のおとをすぐにおもひ浮かべますので、座頭同士がめあきの前で内證ばなしをいたしますときには、しやみせんをひきながらその音をもつて互のおもひをかよはせるものでござります。ところでいまの不思議な合ひの手をきいてをりますと、
  ほおびがあるぞ
  おくがたをおすくいもおすてだてはないか
と、さういふふうにきこえるのでござります。
(中略)
(引用者注︰彌市は)わなゝくゆびさきに絲をおさへて、
  けぶりをあいづに
  てんしゆのしたえおこしなされませ
と、こちらも合ひの手にことよせまして、「いろは」の音をもつておこたへ申したのでござります。もちろんいちざのかたん/\はたゝわたくしのうたといとゝにきゝほれてばかりおいでなされ、ふたりのあひだにこんなことばがかはされたとは知るよしもござりませなんだが、(127〜129頁)


 一座の者にはわからない方法で、彌市と朝露軒はお互いだけにしかわからない暗号文で会話を成立させているのです。
 このことに関しては、本作品の末尾に記された「奥書」で、次のように注記を付しています。


○かんどころのしるしに「いろは」を用ひることはいつの頃より始まりしか不レ知今も淨瑠璃の三味線ひきは用レ之由予が友人にして斯道に明かなる九里道柳子の語る所也、本文挿繪は道柳子圖して予に贈らる


 三味線の音を利用して、「いろは」の音を合いの手に交えて、秘密の会話ができたというのです。「かんどころのしるし」を用いた巧妙なコミュニケーションが成立していることに、ただただ驚きました。

 後半で城が火炎に包まれるシーンで、お茶々を背負うことになった彌市が、その手に感じた感懐を語る場面は、谷崎らしい感性が溢れています。

 全作を通して、活字で読み進みながらも目で話を聞いたという感触が、常に実感として伝わってくる物語でした。【3】
 
 
初出誌︰『中央公論』昭和6年9月号
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | □谷崎読過

2013年08月09日

谷崎全集読過(20)「嘆きの門」「或る少年の怯れ」

■「嘆きの門」(未完)
 銀座のカフェでウェイターをする菊村は、1人の女に好奇心を持ちます。その女の顔貌や仕草の描写には、フェティシズムに溢れた視線が満ちています。
 女は小悪魔的な少女で、菊村を自在に操るのでした。菊村も、女の言いなりになり、女のことばかりを考えるようになります。
 物語は、幾分推理仕立てになっているので、次の展開が楽しみでした。
 美少年と美少女を引き取って育てる岡田という人物は、理屈が先行しています。しかし、谷崎はこの世界を指向していることは明らかです。谷崎らしさの萌芽と言えます。
 最後の第三節は、話に集中力が見られないので、盛り上がりに欠けます。未完のままであることについては、また考えます。【2】
 
初出誌︰大正七年九月、十月、十一月月号「中央公論」
 
 
■「或る少年の怯れ」
 家族の話です。兄嫁が亡くなってから、急に家が寂しくなります。そんな時、唱歌を歌う文化があったようです。大正八年の作品なので、これも一つの文化資料となります。また、お正月には、『百人一首』もしています。少年が見た感覚の世界が語られています。
 亡くなった姉に関して、夢の中で兄と、殺したのどうのという会話をします。夢が心中を語る場となっているのです。夢の中で姉は、兄に殺されたことをどうしてだまっているのかと責められます。先の姉さんが殺されたことを知りながら、今の姉さんは兄と結婚しているのでは、との疑いからも抜けられません。人間を疑り深く見る芳雄です。
 そして、そうした想念の中で最終を迎えるのでした。生死の境をさまよう様子が、よく描かれています。
 なお、「しつくどく」(149頁)「むきつけ(傍点付)」(153頁)「恐(こは)らしく」(153頁)「恐(こは)らしい」(156頁)などのことばの使われ方が気になりました。【3】
 
大正八年八月作
初出誌︰大正八年九月号「中央公論」
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | □谷崎読過

2013年05月30日

谷崎全集読過(19)「兄弟」「二人の稚児」

■「兄弟」
 王朝物語です。
 冒頭の語り出しをみると、谷崎は『源氏物語』の「宇治十帖」における浮舟のことを熟知しているように思えます。平安京の中で展開する登場人物の動きが、手に取るように描かれています。谷崎の表現力が、早くから熟していたことがわかる作品です。
 兼家をめぐる人間関係が、おもしろく描かれています。特に、兼通が、弟である兼家へ復讐する心中は、見てきたようです。
 また、道長が若い女房をからかう場面で、誰かが次の上の句をつぶやいて冷やかしました。
 「最上川 のぼればくだる いな舟の……」(『谷崎潤一郎全集 第7巻』28頁)
 これは『古今和歌集 巻20 東歌』にある恋の歌で、下の句は「いなにはあらず この月ばかり」です。上の句を示して下の句を類推させる、日本文学における伝統的な表現手法です。ここでは、「嫌ではない」ということを遠回しに言っているのです。谷崎は、読者がこの歌の下の句を当然知っているであろうことを前提に、あえて下の句は記さずに上の句だけを示して、読者に真意を推測させる語り口をとっています。今の読者には、こうした類推による理解が難しくなってしまいました。しかし、谷崎はあくまでも平安物語における常套手段で書いていくスタイルを見せているのです。というよりも、この作品が書かれた大正2年頃には、読者は物語の受容において、こうした表現手法を理解できていた、とも考えられます。現代は日本古典文学の教育が疎かにされているので、このような古典的な作品に出くわすと、伝統的な表現手法がなされている、という説明や注記が必要になってしまうのです。
 こうした谷崎の創作手法は、後に『源氏物語』の現代語訳をする上で、大いに役立ったことでしょう。【3】
 
初出誌︰大正七年二月号「中央公論」
 
 
■「二人の稚児」
 煩悩に満ちた浮世というものに、二人の稚児は興味を示します。幼い頃から比叡山で育った二人は、浮世がどんなところか知りたくなったのです。女人なるものも、経文の世界では「悪魔」だとか「怪獣」だといいます。しかし、4歳まで母の胸に抱かれて、柔らかい乳房をかすかに覚えている年下の稚児は、どうしても母がそのような恐ろしい人間だとは思えないのです。
 日毎に交わす二人の結論は、女人とは美しい幻、美しい虚無だ、ということになりました。
 16歳になった年上の方の稚児は、上人に内緒で山を下ります。悲愴な決心で、女人というものを、煩悩を明らかにすべく下って行ったのです。
 数年後、上人に嘘をついていたと詫びた年下の稚児のもとに、深草で聟になった年上の稚児から手紙が来ます。浮世への誘いです。比叡山を下り、雲母越えをして京洛に入った後の様子が綴られていたのです。浮世は幻ではなく極楽だとする誘惑と、年下の稚児は心中で闘うことになります。女人の本姿も知りたい。不安と興奮のうちに、道心が崩れそうになります。しかし、女人の情より御仏の恵みを、年下の稚児は選ぶことになります。ラストシーンが美しいのです。絵になります。舞台での効果を想定してのものなのでしょう。
 人間のありようの二態が、巧みに描かれています。【5】
 
初出誌︰大正七年四月号「中央公論」
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | □谷崎読過

2013年04月18日

谷崎全集読過(18)「魔術師」「玄奘三蔵」「詩人のわかれ」

■「魔術師」
 無国籍小説とでも言うべき作品です。そして、何となく妖艶な雰囲気が漂っています。妖しい様子をことばで紡ぎ出そうとする姿勢が明らかです。ただし、私は話の内容に集中できず、何度も行きつ戻りつしながら読み直しました。あまりにも説明的な文章でした。飾りの字句が多すぎるように思われます。目の前で展開しようとする魔術を、作者が解説者よろしく語るために、読んでいて中身に入っていけないのです。
 そして、結末も私にはよくわかりません。人間の世界以外にすばらしい所がある、ということなのでしょうか。視点を変えて読み直してみたいと思います。【1】
 
※初出誌『新小説』大正6年1月号(大正5年12月作)
 
 
 
■「玄奘三蔵」
 冒頭は、リグベーダの英訳文で始まります。中程にも、英文が置かれています。谷崎の意図が、まだ私には理解できていません。
 谷崎は、インドの秘密は幽玄な微妙な観念だと言います。それ以上には、詳しくは述べていません。
 ラーマーヤナの詩句についても、尼を通して語られます。美しい声がラーマーヤナの歌を気高いものにする、と。そして、詩は人間のことばの中で一番神に近いものだとも。
 三蔵は、ただインドの行者の修行を見る立場に徹しています。三蔵の目を通して、行の意味を読者に問いかけるのです。果たして何の意味があるのかと。
 谷崎は、少し批判的な視点でインドの宗教者を見つめています。仏教については触れていません。【3】
 
※初出誌『中央公論』大正6年4月号(大正6年3月作)
 
 
 
■「詩人のわかれ」
 夏にインドへ行く話が出てきます。
 北原白秋をめぐる実話だとのことです。ただし、話はまったく拡がることなく閉じられます。
 私には、単なる記録としか思われません。まったく意味がわからない文章でした。【1】
 
※初出誌『新小説』大正6年4月号(大正6年3月作)
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | □谷崎読過

2013年01月20日

谷崎全集読過(17)「病蓐の幻想」「人魚の嘆き」

■「病蓐の幻想」
 歯を患う苦痛がこと細かに、その心理を抉るように描写されています。人間の感覚の世界を、ことばで書き記そうとしているのです。それが、ピアノを例にして言われると、なるほどと得心してしまいます。うまい説明だと思います。
 明治26年7月の地震のことは、平成23年3月の東日本大震災のことがあるので、実感をもって読めました。
 主人公は、病みや怖さという不安の中で生きているのです。地震の説明に船を持ち出すのもうまいと思います。人形町で体験した地震は、彼が7、8歳の時だったと言います。また、それが夢の体験だったかも、とも言っています。とにかく、想念の中でもがき苦しむ姿が描かれているのです。
 安政の大地震の話は、谷崎が小さい時に聞いた話でしょうか。その時は、深川の冬木が一番酷かったようです。現に、今私はその地の近くに住んでおり、橋の袂には碑が建っています。夢の中の地震にしても、その描写には、今見てきたかのような迫力があります。
 彼の頭の中は、地震の対策にも余念がありません。微に入り細にわたって、その検討が加えられています。逃げ方もしかり。
 結局は夢であり、妄想であり、幻想でした。特に、地震については、生々しさを伴った長文であり、その不気味さがよく伝わってきます。
 英語や仏語が随所に出てきます。この時期の谷崎の特徴でもあります。【2】

※初出誌『中央公論』大正5年11月号(大正5年10月作)
 
 
 
■「人魚の嘆き」
 弁舌爽やかに流暢な語り口で、中国南京の貴公子の話が始まります。豪華絢爛たる、贅美を尽くした世界が展開します。しかし、酒と女と阿片の日々の中、貴公子は鬱々として気持ちは晴れません。
 貴公子は、人魚という妖魔を手に入れ、満たされた気持ちになるのでした。
 ただし、人魚の話は、アイデア倒れのように思います。美しい場面を作ろうとし過ぎているように感じるからです。
 インドのことが、「人魚の知恵は、印度の魔法使ひよりも不思議な術を心得て居ます。」(『谷崎潤一郎全集 第5巻』124頁)という喩えとして引かれています。谷崎のインド感については、あらためてまとめます。【2】

※初出誌『中央公論』大正6年1月号(大正5年12月作)
posted by genjiito at 00:11| Comment(0) | □谷崎読過

2012年12月04日

谷崎全集読過(16)「神童」

■「神童」

 瀬川欽三カの息子春之助は、尋常四年生の頃からその神童ぶりを見せます。
 谷崎自身の自慢話のようであっても、実生活から紡ぎ出される内容に、厭味は感じられません。子供が大人の世界へ背伸びする様子が、一人の少年を通して実に丹念に活写されています。
 中学へ通うために仮住まいする家の壁の色や匂いに、春之助が高雅さを感じたとするあたりに、谷崎の並々ならぬ感覚が窺えます(29頁)。後の『陰翳礼讃』につながるものが、すでにここに片鱗として表出しています。
 話は、少年の自尊心と虚栄心が揺さぶられる話が展開します。実体験に基づくものなのでしょう。克明に語られています。果ては、暴君になる姿まで描いているので、谷崎の性癖が滲み出ているのです。春之助は、自分は天才で世の中は出鱈目だと思い込むに至ります。
 賢愚・貧富・雅俗・尊卑・美醜の好対照が取り上げられます。そして、春之助はその間で思いをめぐらせ、行きつ戻りつします。後の谷崎作品の要素が、この小説の各所に鏤められているのです。その谷崎趣味の萌芽とでも言うべきものが、珠玉のように拾い読みできる作品に仕上がっています。
 才気走り過ぎていて、今では厭味に受け取られかねない行動が目に付きます。まさに、いじめの対象になる子供です。しかし、十四五歳の少年の心中は、巧みな表現の中で活き活きと世の中を渡っていきます。
 美しいものに最高の価値を置く谷崎の眼は、すでにしっかりと対象を見据えていることが確認できます。
 これは、大正4年12月の、谷崎31歳の時の作品です。【3】
 
※初出誌『中央公論』大正5年1月(大正4年12月作)
posted by genjiito at 21:52| Comment(0) | □谷崎読過

2012年10月23日

谷崎全集読過(15)「亡友」「美男」

■「亡友」
 冒頭から英文の引用があります。谷崎の初期の作品の特徴の一つです。この作品のテーマは、女が男にとってどれほど恐いものか、だと言います。しかし、読み進むとその趣旨は伝わってこなくなります。
 伏せ字部分が各所にあり、何が書かれていたのか想像する楽しさがあります。末尾の注に「○○は初出雑誌において伏字」とあります。ただし、この伏せ字の意図が検閲とどのような関係にあるのか、今は不明です。
 この作品は、発禁となったようです。しかし、この伏せ字は作者の作為によるものではないか、とも思われます。このことについては、調査や研究があるはずです。今、私にはわかりません。発禁本の研究対象の資料として、記憶に止めておきたいと思います。作品の中身よりも、その背景にある社会情勢に注意が散りました。
 物語は、自分の周辺にあった出来事を綴っています。だらだらと続く話は、緊張感に欠けます。状況説明が中心で、心中描写がほしいところです。谷崎のこの時期の文章作法なのでしょうか。大体に谷崎の作品は、話を盛り上げようという傾向は見られません。意外性で読者を惹き付けようとする意図は認められます。それが、作品の印象に大きく影響しています。
 この作品は、私にはほとんど心に留まるものがありませんでした。【1】

初出誌:『新小説』(大正5年8月作、発禁)
 
 
 
■「美男」
 女なしには生きてはいけない、女に頼って生きる友人の話です。大正時代を背負った物語の背景は、今の大多数の人には理解されにくいでしょう。谷崎自身の身辺談のスタイルをとる中で、女というよりも、男の本性を炙り出そうとした作品になっています。
 この作品も発禁となっています。この大正時代という背景と、この作品内容の組み合わせで発禁とは、今の私には理解が及びません。出版文化史との関わりで興味深い作品だといえるでしょう。【1】

初出誌:『新潮』大正5年9月(大正5年8月作、発禁)
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | □谷崎読過

2012年09月30日

谷崎全集読過(14)「独探」

■「独探」
 冒頭から、語り手である私の英語コンプレックスが表明されています。英語は読めるけれども喋られないと。今に通ずる悩みです。それは、西洋の芸術に冷淡であったためで、支那やインドに目を向ける方がいい、と思っていたといいます。もっとも、それは考え直すことになります。一転して西洋崇拝となるのです。芸術観が裏返ってしまうのです。谷崎潤一郎らしいと思いました。その意味では、この作品は西洋人の印象記ともなっています。
 時々英単語が出てくるのは、初期の谷崎の作品の特徴です。果ては、6行にもわたる英文が出てくるので、よほど読者にこのことを印象づけたかったようです。
 最後に西洋人好きを自認していますが、果たして言っている通りでしょうか。谷崎の本心ではないように思います。
 ここに出てくるG氏は、本当にスパイだったのでしょうか。人と人とが付き合いを続ける中で、人間の多面性を考えさせてくれました。
 谷崎の身辺雑記の一つを、思い出語りとして綴ったものです。【2】

初出誌:『新小説』大正4年11月(大正4年10月作)
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | □谷崎読過

2012年09月08日

谷崎全集読過(13)「お才と巳之介」

 吉原へ通う、風采の上がらない巳之介の登場です。
 お才は、そこへ奉公に来た小間使いの娘。これに巳之介の心は奪われました。
 お才の描写を見ると、谷崎のフェティシズムが溢れています。
 中盤からおもしろくなります。芝居のような雰囲気がいいと思います。

 内容とは関係ありませんが、目の前からいなくなってほしいことを、「成らう事なら唐天竺へ行つて了つて貰ひたい。」(123頁)と表現しています。ここには、谷崎のインドへのマイナスイメージがあります。かねてより気になっていることなので、メモとして残しておきます。

 後半になり、店を追い出されてからのお才の変貌した姿が見物です。卯三郎の役回りも見所です。

 江戸時代の草紙ものの香りをぷんぷんさせた、色恋に懲りない男と女の物語です。人間の描写が特異で、心理劇としての構成など、その後の谷崎とのつながりを楽しめました。
 ただし、長編の割には間の取り方がバラバラな感じがしました。舞台を意識した習作として位置づけたらいいのかもしれません。【2】
 
 
初出誌:『中央公論』大正4年9月
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | □谷崎読過

2011年06月21日

谷崎全集読過(12)『陰翳礼讃』

 最近の街は節電のためということで、薄暗いお店や電車などなど、日常的に暗い世界と接するようになりました。
 職場も、会議中の照明が消され、配布された書類を読むのに苦労するようになりました。オール電化を目指した職場の建物は、至る所で節電との矛盾を露呈しています。
 節電の意義はわかります。しかし、それが突然のことなので、生活環境が追いついていません。

 そんな日々の中で、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出し、中公文庫版の本を手にしました。巻末の解説が吉行淳之介だったことが、谷崎全集ではなくて、この文庫で読んだ理由です。

■「陰翳礼讃」
 今日本は、東日本大震災と原発事故で、突然降って沸いたように騒がれ出した節電キャンペーンの中にあります。そのことを、早くも谷崎は昭和8年に、当時の社会状況の中で日本文化として指摘しています。特に、無用の照明や明るすぎる生活環境になったことへの不快感は、今にしてもっともと思うものです。
 谷崎のこの文章は、期せずして今の世の賛同と理解を得やすいものとなっているので、興味を持って読み進みました。
 これまでにこの本を何度か読んでいた私は、旧弊に拘った頑固者のオタク的発言だと思っていました。しかし、電気をコントロールせざるをえない現在の状況では、日本で生きる上での心構えを再考することを迫る力が滲み出ている、谷崎流の提言の文となっています。
 その視点に、今だからこそ新鮮さを見つけてしまったように思います。
 最後は、「試しに電燈を消してみることだ。」と結ばれています。それによる不便は痛感しながらも、これからの日本を見直す上では有効な手段です。電気を消してどうするか。美学や伝統という観念論ではなくて、問題は具体的な日々の生活の営為に行き着きます。【4】
 
初出誌︰「経済往来」昭和8年12月号・昭和9年1月号
 
 
■「懶惰の説」
 怠け者のすすめ、とでも言える評論となっています。「何もしない」ということは悪徳なのか、という本質に切り込んでいます。
 今の私には、大いに参考となる物の見方が示されていて、興味深く読みました。【3】
 
初出誌︰「中央公論」昭和5年5月号
 
 
■「恋愛及び色情」
 日本の文学とは何か、ということを考えさせてくれました。また、谷崎の女性観がよく表れてもいます。
 インドや『源氏物語』に関する言及が多いのは、この時期の谷崎の興味と関係するからでしょうか。ただし、『源氏物語』に関しては、まだ作品を深くは読み込んでいない段階のように思われます。谷崎の旧訳と呼ばれる『源氏物語』の現代語訳は、昭和14年から刊行されます。この文章が書かれている昭和6年は、だいぶん前のことになります。
 ここでは、西洋と日本の女性が対比的に語られています。これは、わかりやすい文化論となっています。【2】
 
初出誌︰「婦人公論」昭和6年4月号〜6月号
 
 
■「客ぎらい」
 自分の生き方を通したいが為の、いわば言い訳を記したものです。
 どう見ても我が儘です。しかし、当人にとっては、我が身を守る手段としての保身の術が述べられているのです。
 冒頭の猫の尻尾の例は、なかなかユーモラスでおもしろいものです。【2】
 
初出誌︰「文学の世界」昭和23年10月号
 
 
■「旅のいろ/\」
 委細は語らないで、旅の楽しみ方を伝えています。人それぞれに楽しみがあるということです。そして、話は老いの繰り言になります。急行でなくてもよいこと、大阪人のだらしなさ、乗り物の室内が暑いこと、などなど。ホテルよりも旅籠屋を勧めます。襖を閉めないことをなじり、女中さんに当たります。最後は、日常と違った三等旅行を勧めます。
 旅の楽しみ方がおもしろいと思いました。【1】
 
初出誌︰「文藝春秋」昭和10年7月号
 
 
■「厠のいろ/\」
 昔から、糞尿譚は楽しく読めます。この文章も、軽妙でいいと思います。この種のネタについて、人はなぜこんなに活き活きと語れるのか、おもしろいものです。この手の話は、もっと聞きたいと思わせます。【2】
 
初出誌︰「経済往来」昭和10年8月号
 
 
 
 「インド」と「源氏物語」に関することが書かれている箇所を、この中公文庫版(1995年改版)の頁数を記して備忘録としておきます。
 ●「インド」 18,25,71,120,123頁
 ●「源氏物語」 100,108,126,134,140頁
posted by genjiito at 22:47| Comment(0) | □谷崎読過

2011年05月03日

谷崎全集読過(11)「お艶殺し」

 一文が長い、谷崎潤一郎のスタイルとなっています。
 「お艶」を「おつう」読ませていますが、実際には「おつや」という名前です。
 今では使わない表現、「ふくらがせ」「のめのめと」「ぐれはま」「かいくれ」が目に付きました。大正3年当時のことばなのでしょうか。日本語の語誌に疎いので、感じたままをメモとしておきます。
 谷崎らしい視点で、女の心の内が描けていると共に、好いた女にずるずると引き摺られる、気の小さな男がうまく表現されています。
 下弦の月は「不祥な前兆」とあります(47頁)。手近な事典には、説明が見当たりません。とりあえず、メモを残しておきます。
 妖婦とでも言うべきお艶。すなおな新助は、結局は罪を重ねるだけでした。惨めな男の姿だけが印象的な作品です。この作品を書いた時、谷崎は30歳でした。これを書いた半年後に結婚しています。【2】

初出誌︰『中央公論』(大正4年1月、執筆は大正3年12月)
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2011年02月06日

谷崎全集読過(10)「法成寺物語」「恐怖時代」

 谷崎潤一郎の初期戯曲作品の続きです。

■「法成寺物語」(四幕)
 芸術家としての仏師定朝の、苦悩する心中を語ります。
 舞台設定の指示に留まらず、脇役もしっかりと描かれています。これまでに、相当の舞台を見てきたであろうことが、随所に窺えます。
 道長の愛人である四の御方(為光の娘)に恋をした、定朝の高弟である定雲の心の中を通して、人間がそのまま描かれています。四の御方も、人間味溢れる会話を、定雲と交わします。絶世の美女と、卑しくてみすぼらしい男の気持ちが通じる展開がうまい、と思いました。
 その定雲゛か彫った観音勢至菩薩が、夜な夜な南殿を徘徊すると言います。それが、聞く者を惹き付ける展開となります。
 「あの法師こそ光源氏の再来ではおはさぬか」と言われる老法師良円が登場します。定朝が彫る如来のモデルとなります。定雲の菩薩に勝てるか、ということに注意が向きます。
 最後に、皎々と照らす月光が場面の演出をします。急転回で意外な結末は、月の光で浄められています。【5】
 
初出誌︰『中央公論』(大正4年6月号)
 
 
 
■「恐怖時代」(二幕)
 舞台は、江戸深川の下屋敷です。
 ずる賢い人間の、腹の探り合いで展開していきます。一人目の殺人は毒殺です。
 そして第二場へ。ここが出色の出来です。舞台をよく心得た演出となっています。
 ことの心の裏の裏が、どれが本当かわからないほどに、おもしろく語られています。
 脅されて命が危なくなった珍斎が、人間味を丸出しにして媚びたり命乞いをしたりするところが、生々しく語られます。よく人の心を見抜いた筆遣いとなっています。
 第二幕に入ると、『偽紫田舎源氏』の錦絵風の設定で始まります。
 その第二場の最後は、もう見ていられないほどの人殺しの場面の連続です。
 血迷ったような展開です。これは、ひどい筋立てです。谷崎潤一郎らしいとの評価もあることでしょう。しかし、物語をすべて投げ捨てたかのようです。この、突然の捨て鉢としか思えない書きざまに、私はついていけません。
 おそらく、これが谷崎潤一郎という作家を知る、一番の近道なのでしょう。
 それだけに、今後とも読み進む中で、この乱雑さのありようを再考することになりそうです。また、この作品が読者にどのように読まれたのかも、興味深いところです。【2】
 
初出誌︰『中央公論』(大正5年3月号)
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2010年12月20日

谷崎全集読過(10)「恋を知る頃」「春の海辺」

 これも、谷崎潤一郎の初期戯曲作品です。いずれも、谷崎が戯曲を書くことに対する自信が満ちあふれています。

■「恋を知る頃」(三幕)
 丁寧なト書きと会話の巧みさによって、読んでいても場面がよくわかります。舞台が鮮やかにイメージできるのです。
 谷崎自身を投影した伸太郎が、生き生きと描かれています。それを取り巻く人々も、 うまく描き分けています。
 やがて、驚愕の結末が訪れます。おきんの存在にスポットライトが当たり、幕となります。
 うまい構成になっています。【4】
 
初出誌︰『中央公論』(大正2年5月号)
 
 
 
■「春の海辺」(三幕)
 話の展開がややモソモソしています。三枝春雄の性格から来る煮え切らなさが、物語展開に関係しています。
 妻梅子の役所は難しいと思いました。どこまでが本当かわからないように、長い台詞が続きます。
 友人の吉川も、演技派が担う役所です。人間の心の裏を見せないようにして、話が進んでいくのです。裏がないのに、さもあるかのように演じるのですから……。
 それだけに、作者のうまさが感じられます。
 最後は、あまりにも優等生的で、やや拍子抜けです。私なら、ここで吉川が梅子にささやいて幕にするところですが……
 この一ひねりがないところに、谷崎の若さというよりも、物足りなさを感じながら読み終えました。これが実際に演じられたら、この点はどうなるのでしょうか。演劇の台本を読むのと、それが上演されたものを観るのと、2つの楽しみが得られる作品と言えましょう。【3】
 
初出誌︰『中央公論』(大正3年4月号)
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2010年12月18日

谷崎全集読過(9)「誕生」「象」「信西」

 ここで取り上げる「誕生」「象」「信西」は、谷崎潤一郎が初期に発表した戯曲です。明治43年は、作者が数えで25歳の時です。

■「誕生」(一幕)
 中宮彰子のお産という、めでたい場面です。
 わかりやすい展開で、ト書きも親切です。
 皇子が誕生すると、文章博士が五帝本紀を読むなど、よく当時を調べていることがわかります。『紫式部日記』と『枕草子』を読んで、参考にしているようです。
 明治43年という時代に、このテーマと内容がどう関わるのか、その背景が知りたくなりました。
 ただし、これは前年に「帝国文学」(東京大学)へ投稿したが採択されなかったものです(全集第3巻末の「解説(伊藤整、274頁)」参照)。【2】


初出誌︰『新思潮』(明治43年9月号)
 
 
 
■「象」(一幕)
 この「象」は、「天竺の獣を唐人が連れて来た」とあるように、東南アジアに目が向いています。民衆の会話にも、異文化理解の様が描かれます。華やかな舞台が目に浮かびます。
 新しい時代を求める視線が新鮮に映ります。
 たくさんの人物に語らせることで、祭礼という群衆の熱気がうまく描かれています。【4】


初出誌︰『新思潮』(明治43年10月号)
 
 
 
■「信西」(一幕)
 自分の運命が見えた信西は、生きる気力をなくします。
 信西の心中を、世の動静を、星と月がうまく活用され、信西の口を通して語られます。
 追っ手に召し捕られた時に信西は、「星はまだ光って居るか」と最後のことばを言います。これがいいと思いました。現世を遠く離れた境地にいる信西が、みごとに描かれています。【4】


初出誌︰『スバル』(明治44年1月号)
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2010年04月27日

谷崎全集読過(8)「憎念」「華魁」

■「憎念」
 いささか性根の悪い筆者が読者に語る、というスタイルを取っています。
 へそ曲がりの男の屁理屈です。それが、しだいにサディスティックに進行していくのです。
 嫌悪感を催す内容で、作者のねじ曲がった性癖が生んだ作品、といえるでしょう。
 こうした手法の話から、後に『武州公秘話』につながっていく性格を持つものです。【1】

初出誌︰『甍』(大正3年3月、鳳鳴社)に書き下ろしとして収録
 
 
 
■「華魁」
 16歳の丁稚由之介は、大人の心身を支配する「華魁」という不思議な女性を、どうしても理解できません。大人と互していくことに自信を持っていた由之介は、この「華魁」に挑みます。
 番頭の頼みで女郎屋へ使いに行くことになった由之介が、その後どうなるのか。ちょうどいい所で「未完」として終わります。
 これから先が読みたくなる話です。【4】
 
 
初出誌︰『アルス』(大正4年5月、鳳鳴社)。ただし、風俗壊乱のため発禁。
 
(参照︰「猫を償うに猫をもってせよ」小谷野敦
    http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20050601
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2010年04月05日

谷崎全集読過(7)「羹」

 相変わらず、英単語が顔を覗かせます。
 話が東大生の学生生活を基本とするものなので、かえって英単語がちらほらする所に、青春生活の味が加わり、いい効果を見せています。ただし、中盤から「マーザー」とか「ハズバンド」(175頁)などと、英語をカタカナで表記したりしています。何か意図するところがあるのか、まだ私にはわからない点です。

 冒頭の、車窓からの風景描写が丁寧です。橘宗一の眼を通して、美代子がきれいに描かれています。「ほんとうに妾を忘れないでね」と言う美代子が印象的でした。ただし、この小説が未完とのこともあってか、後半は美代子の出番がありません。宗一が結婚を諦めだした頃から、その存在が薄れていきます。

 全編、青春小説に加えて、風俗的な観点からの資料ともなっています。明治末年の東京大学では、日本の古典文学は『古今和歌集』が教材だったことがわかったりします。学生生活の実態が、よく活写されています。すべてが自伝ではないにしても、こうした社会や学生生活の環境などは、ほぼ谷崎が身を置いた周辺を描いていると思われます。東大の向が岡寮のことは、京大の寮と較べたり出来て、非常に興味があります。

 自宅を出て寮に入る宗一と、それを見送る母お品の頭上に、月がでています(94頁)。感傷的な場面を、印象深くしています。月光の中で入寮。そして、月が美代子への想いを橋渡ししてくれるように、宗一は思います。

 作中で、今で言えば偉人・名著が、登場人物である学生たちの話題としてよくでてきます。よき学生時代が描かれているのです。
 そういえば、ロウソクの灯りで読書をしている場面に出くわし、意外に思いました。明治末から大正初めは、まだ電気は一般的ではなかったようです。『百人一首』のカルタ会での景品に、「昼は消えつつ物をこそ思へ」という謎の元に、電灯の球が出てきます。電球がハイカラなものだったのです。
 「電車が二三台置きに満員の赤札を下げて」(175頁)とあるところなどでは、当時の写真や絵が見たくなります。いまはなき明治のモノが、そこここに出てくるので、知らないとこの背景がわからず、作者と作品を共有できない不安を抱きます。これは、もう古典です。文字による文学が背負う宿命ですが。
 年末、新年の5日前に、「暇つぶしには年始状」(175頁)を書いています。そこには、「恭賀新年」と。この習慣は、いつ頃からのものなのでしょうか。
 社会や文化の違いにも気を配りながら読み進むと、この小説は非常におもしろい読み物だと思います。

 二三日前に、樋口一葉の「たけくらべ」を読んだ、とあります(155頁)。谷崎潤一郎が住んでいた地域や、後半で話題になる女郎屋などが、こうしたことと連携していきます。
 その他、外国の小説のことなどが出てきて、明治から大正の学生が見えてきます。また、kiss や shake hand そして virgin など、男女のことを直接日本語で言わないところに、青春文学らしさが垣間見えます。

 後半は、話題が友達の恋愛問題などへ移ります。未完とのことなので、この後どうなるのか気になります。しかし、これはこれで十分に宗一の青春を描いた作品だと言えます。それよりも何よりも、明治末年の東京が丁寧に描かれていることで、一つの文化的な価値を持つ作品になっていると思います。たくさんの人間の感情も、うまく描き分けられているので、読んで楽しめる小説となっています。【3】


初出誌︰「東京日日新聞」明治45年7月20日〜11月20日
 *明治45年7月30日に明治天皇崩御、大正と改元。
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2010年02月09日

谷崎全集読過(6)「悪魔」「続悪魔」

■「悪魔」

 汽車恐怖症で始まります。前作「恐怖」を引き継いでいます
 谷崎は、時間をどうやって知ったのでしょうか。「もう五分も乗つて居れば」とあるからです。この5分は、どれだけ正確な時間なのでしょうか。少し、の意味としても、一二時間はどうでしょうか。「二三十分立つてから」ともあるので、時間は意識して語られています。それでは、この当時の読者はどうだったのでしょうか。
 この作品は、ちょうど私が生まれたときのものです。自分の幼かったころの社会を思い出すと、時間意識は希薄だったように思います。
 柱時計が出てきます。ボンと刻を打ちます。30分おきに鳴っているようです。

 この作品でも、英語が出てきます。onanism attractive などです。
 女が、鼻をかんだハンカチを、ペロペロとなめる最後のシーンは、一種異様な心理を描こうとしたものです。ただ、突然なので、戸惑うところです。計画的に語られているようではないのでは、という印象を持ちました。思いつくままに話がつながっていく、という趣向のようです。【2】


初出誌︰別冊小説新潮
初出号数︰1951年1月
 
 
 
■「続悪魔」

 「近代人にも似合はない」ということばが出てきます。明治45年頃の「近代人」というものは、どんな人なのでしょうか。
 「近代人なんてものが、女に解るもんぢゃないんだ。」ともあります。

 許嫁者だった鈴木と下宿屋の娘の照子が、おもしろく描かれています。文章が生きていて、迫力があります。ただし、説明口調で論理的な物言いが、気になります。
 しかし、会話のやりとりが絶妙です。
 煮え切らない下宿の男2人と、ハキハキした親子の対比もいいと思います。ただ、話が湿っぽくてベトベトしているので、私には向かない作品です。
 時間の経過が書き込まれていて、ここに興味を持ちました。これは、この前編に当たる「悪魔」も同じです。【4】

初出誌︰『中央公論』大正2年1月号
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2010年02月05日

谷崎全集読過(5)「彷徨」「あくび」「恐怖」

■「彷徨」
 
 人のありようや行動や考え、そして風景などを描くだけで、おもしろくないものでした。
 何をテーマにしたいのかが、よくわかりません。
 最後に、「未完」とあります。
 終わりに出てくる「お才」の話を、もっと聞きたいところで終わります。もったいないと思いました。
 なお、この作品には、英語は出てきません。【1】
 
初出誌︰明治44年2月号「新思潮」
 
 
 
■「あくび」
 
 早々に英単語「Understanding」が出てきます。
 読んでいて、こちらがあくびを堪えることになるほど、退屈な身辺雑記です。
 学生たちの酒席談義を、ダラダラと聞かされる感じがしました。
 青春を謳歌する若者たちを語るというスタイルが、この頃の谷崎のスタンスのようです。【1】
 
初出誌︰明治45年2月「東京日日新聞」
 
 
 
■「恐怖」
 
 ドイツ語「Eisenbahnkrankheit」が早々に出てきます。鉄道病という意味だそうです。
 『罪と罰』に出てくる英文も引かれています。
 この頃の谷崎の精神状況を知るための資料にはなるかもしれません。

 京都の五条あたりが描かれています。しかし、京都らしい文化には触れていません。

 グズグズする男。その煮え切らなさを描こうとしたのでしょうか。
 一人語りにしかすぎません。【1】
 
初出誌︰大正2年1月「大阪毎日新聞」
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2009年12月22日

谷崎全集読過(4)「秘密」「The Affair of Two Watches」

■「秘密」

 最初から英語が出てきます。 「obscure」
 次にカタカナ語と英熟語が。 「アーテイフイシヤルな、Made of lifeを」
 英語の書名も。 「The Sign of Four」「Murder,Considered as one of the fine arts」「Sexuology」
 映画の字幕の一部は3回も繰り返し出てきます。 「……Arrested at last.……」

 今に通ずる、コスプレ、ゲテモノ、伊達者、ニューハーフ、突っ張る若者が描かれていて、非常におもしろい物語です。一言で言えば「変態」です。しかし、そこが今となっては古色でカムフラージュされているように見えます。

 男が女物の着物を身につけ化粧をする場面は、これまた今でもあることです。いつの世も、という感があります。秘めやかなされるところに、その美しさがあるのです。
 入念に女装して夜道を歩くくだりは、不思議な世界が語られています。自己陶酔の世界です。「男」という秘密を隠すのです。そして、昔の女に出会い、再会に臨みます。
 いつしか、女の秘密が知りたくて、夢の中の女の秘密を知ることになります。知ると目が覚め、さらなる刺激を求めることになります。
 谷崎潤一郎らしい作品です。【4】


初出誌︰明治44年11月号「中央公論」



■「The Affair of Two Watches」

 意味不明な英語のタイトルと、冒頭近くの英単語「Tabaks-Collegium」。
 明治時代の学生の様子がわかります。しかし、ただそれだけの語り口に留まります。
 単なる身辺雑記で終わっているように思います。【1】


初出誌︰明治43年10月号「新思潮」
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2009年12月08日

谷崎全集読過(3)「幇間」「飇風」

■「幇間」

 です・ます調の文体に、アレッと思いました。

 罪のない道楽人の桜井さんは、好きなことをして、いつもみんなに可愛がられる質の男でした。幇間になっても、人が喜ぶことに快感を覚えるのです。
 好きなった芸者の梅吉の言いなりに、欺された振りをした後も、何食わぬ顔で戯けてみせます。まさに、プロです。
 自分を捨てて人のために何でもする心意気が、気持ちよい程に伝わって来ます。

 人間、徹することの素晴らしさが描かれています。
 テンポのいい軽快な語り口に、つい読まされました。
 最後に、Professional という英語が出てきます。【5】

初出誌︰明治44年9月号「スバル」


■「飇風」

 始まってすぐに、「○○的にも女は常に勝ち誇つて、」と伏字がでてきます。戸惑いました。谷崎潤一郎全集に収録されているのに、何だろうと。
 注があり、そこには「○○は初出雑誌に拠る」とあります。それ以上には、説明はありません。
 一番字数の多い伏字は、○が47個も並びます。ここまでくると、穴埋め問題や虫食いを推測する次元に引きずり込まれます。それでいて、話の内容はよくわかります。かえって、読者は緊張するのです。

 こうして、何だろうと思いながら読み進むのも、結構楽しめます。厳しい検閲による発売禁止という時代背景が想像されます。しかし、それよりも、本来作者が書きたかったであろう言葉を推測するのが、この作品をおもしろく読む秘訣です。

 また、この作品でも英語が随所に出てきます。
 erotic , abuse , voluptuous , desire , dead white , illusion , attractive , shock , trick と、多彩です。

 性的青年が禁欲を己に強いる東北旅行のくだりも、楽しく読めます。1人の女のために節制した男の物語は、意外な展開が待っています。
 ただし、いかにも作り話というのが見え透いているところが、少し気になりました。【3】


初出誌︰明治44年10月号「三田文学」
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2009年11月26日

谷崎全集読過(2)「麒麟」「少年」

■「麒麟」

 美しさに打ち勝とうとする人間の姿を描きます。
 霊公の妻南子は、悪魔として語られます。孔子は、その影響を受けない聖人でした。
 一旦は、徳を好む孔子に傾いた霊公でした。しかし、最後は夫人の好色に帰します。
 この作品は、論語のことばで終わります。私には、この小説の良さがまだよくわかりません。
 聖人が生まれる時に現れるという麒麟は出ませんでした。題名との関係も、よくわからないままです。【2】

初出誌︰明治43年12月号「新思潮」


■「少年」

 可愛い女のような信一が、自分の家では荒くれを縛ったり鼻糞を付けたりしている。人間の二面性を活写します。
 学校ではガキ大将とひ弱な男が、家に帰るとその立場がまったく逆転したイジメの世界に生きています。そこに快感を覚える倒錯の様が描かれていきます。五感による快楽の世界です。男3人による異様な遊びは、子供が持つ好奇心の一端でもあります。
 別の日には、姉も加わり、4人で遊びます。姉を縛ったりしての遊びに興ずるのです。子供の話だけに、おもしろおかしく語られています。しかし、そこには作者の狙いがあるのです。人間の本姓を暴きたいのでしょう。
 いじめられることの快感は、今でもSMプレイとしてあるようです。「拷問」という語が何度も出ます。それが、次第にエスカレートするのです。
 姉も本性を見せ、男たちをイジメにかかるのです。姉は女王様に、男たちは奴隷に化していきます。不思議な雰囲気を持った小説です。
 作中に英単語がでてきます。前半に「ecstasy」が、後半に「Urine」が。この傾向は、この後さらに多くなっていきます。【4】

初出誌︰明治44年6月号「スバル」
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2009年11月20日

谷崎全集読過(1)「刺青」

 『谷崎潤一郎全集』(新書版、全30巻、昭和33年発行、中央公論社)を、第1巻から収録されている順番に作品を読み通していきたいと思います。

 まずは、谷崎潤一郎の処女小説「刺青」です。
 発表は戯曲「誕生」の方が先ですが、一般的には「刺青」を処女作としています。

 刺青師清吉の宿願は、美女の肌に己の魂を彫り込むことでした。
 ある夏の夕方、深川の料理屋平清のあたりで、1人の娘を見かけます。その娘の足に惹かれ、やがて麻酔剤を使って眠らせ、針を刺していきます。
 明らかな犯罪です。しかし、谷崎はそこに美しさを求める職人の魂を語ろうとします。
 この文章には、鬼気迫るものがあります。作者の、書きたいことを、みごとに圧縮したものとなっています。

 理屈っぽくて、物語展開には無理が見えます。しかし、その後の一見異常とも言える精神世界を追求して見せる谷崎の、いわばスタートとなる作品です。【3】
 
 
 
■初出誌︰「新思潮」明治43年11月号
 
■映像化(『Wikipedia』参照)
[テレビドラマ](未確認)
 テレビ東京「月曜・女のサスペンス」にて「文豪シリーズ」の一編として放映された。
 谷崎の短編「秘密」とストーリーをドッキングしている。
 監督:松井稔
 脚本:新藤兼人
 キャスト︰夏樹陽子
      乙羽信子
      殿山泰司

[映画](未確認)
(1)刺青
  1966年公開。大映製作。
  監督:増村保造
  脚本:新藤兼人
  キャスト︰お艶=若尾文子
       刺青師清吉=山本学

(2)刺青
  1984年公開。にっかつ製作。現代劇に翻案。
  監督:曽根中生
  脚本:那須真知子
  キャスト︰石原麻美=伊藤咲子
       神崎典子=沢田和美

(3)刺青 SI-SEI
  2005年公開。アートポート製作。現代劇に翻案。
  監督:佐藤寿保
  脚本:夢野史郎
  キャスト︰雨宮美妙=吉井怜

(4)刺青 堕ちた女郎蜘蛛
  2007年公開。アートポート製作。現代劇に翻案。
  監督:瀬々敬久
  脚本:井土紀州
  キャスト︰寺本アサミ=川島令美

(5)刺青 背負う女
  2009年6月6日公開。
  監督:堀江慶
  脚本:山村一間・堀江慶
  キャスト︰佐倉真由美=井上美琴

(6)刺青 匂ひ月のごとく
  2009年6月27日公開。
  監督:三島有紀子
  脚本:国井桂
  キャスト︰藤堂葉月=井村空美
       藤堂陽花=さとう珠緒
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