2017年03月25日

江戸漫歩(156)深川さくらまつりの初日に魚三酒場へ

 東京の宿舎では、引っ越しの荷出しをいまだにやっています。
 いつまでやっているのか、と言われそうです。書籍については発送と処分を、先月に終えました。しかし、それ以外の生活用品がまだすべてを終えていなかったのです。物を捨てられない性分の私には、いやー、引っ越しは大変な大仕事です。行き先のあるものはいいとして、捨てることになった物を見送るたびに、どっと気疲れに襲われる毎日です。

 今日は、段ボール箱を数十個送り出しました。明日も、それくらい搬出することになりそうです。何と2ヶ月にわたり、いつ終わるとも知れない引っ越しに振り回されています。

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 そんな中で、今日25日から4月9日まで、恒例の「お江戸深川さくらまつり」が始まりました。

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 お祭りが大好きな私は、荷造りの合間に様子を見に行きました。
 まだ桜は小さな蕾の状態です。それでも、黒船橋乗船場には船が集まっていました。

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 その入口には、遊覧バスがお客さんを拾っていました。

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 隣の石島橋では、出店の屋台が賑やかです。

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 この門前仲町一帯には、コンビニエンスストアが多いのです。黒船橋の手前には3つのお店、ローソン、セブンイレブン、ファミリーマートが並んでいます。非常に住みやすい地域です。

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 ガスコンロも冷蔵庫も電子レンジもなくなったために、外食となりました。
 それでは、ということで、私が一番気に入っている居酒屋です。
 いつも行列が絶えない「魚三酒場」は、新鮮な食材が食べられる、場末の飲み屋さんの雰囲気です。しかし、若者も多いので活気があります。宿舎の前には東京海洋大学があるので、留学生も多く見かけます。

 このお店は、上京した折々に、立ち寄りたくなるはずです。私が東京でお薦めのお店は、この「魚三酒場」と新宿の「岐阜屋」です。気軽に行ける店なので、ぜひ一度どうぞ。ただし、お店は少し汚いので、気取ったお店がお好きな方には向きませんので悪しからず。
 
 
 

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2017年03月24日

江戸漫歩(155)これまでのご厚誼に感謝して巡礼中

 昨年6月中旬から、九段坂病院で足の疣を診てもらっています。これが、なかなか治りません。すでに9ヶ月。それも、当初よりも酷くなっています。そして後一週間で東京を離れます。治療を担当してくださっている先生も、別の病院に転院なさるようです。お互いが、この病院を離れることになったのです。

 今後のことについては、京都の街中で一般的な医院で診てもらってほしい、とのことでした。病名は「尋常性疣贅」でウイルス性だと伝えればいいそうです。誰が診ても同じだとおっしゃいました。

 それでは、なぜ毎週毎週通院して9ヶ月もかかり、しかも治るどころか悪くなっているのでしょうか。今日も、液体窒素だけでなく、化膿している箇所の処置もしてもらいました。このところずっと、痛くて歩きにくくて困っています。
 いただいた「ヨクイニン」という漢方薬は、私にはまったく効きませんでした。効果がないので、先週から飲まなくていいようになりました。
 化膿が酷くなったので、先週からは「ゲンタシン」という細菌の感染を防ぐ塗り薬を塗っています。
 来月から、京都のどこかの病院で診てもらうことにします。

 右足が歩くたびに痛み、それに加えて左足は、昨年7月の骨折以来いまだに熱をもつことがあります。両足を庇っていると、無理な姿勢で歩くからでしょうか、腰が痛くなります。いろいろと身体のパーツパーツが連動しているようです。

 九段坂病院のすぐ前に千代田区立図書館があります。
 千代田図書館の河合さんと幸田さんには、これまでにいろいろとお世話になってきました。その感謝の気持ちとお別れを伝えるために、病院での治療を終えたその足で行きました。
 会議で非常にお忙しい中を、2人とも中座して出てきてくださいました。
 日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座を持てたのは、このお2人の尽力があってのことです。中断したままの古書目録の調査も、これからは東京に出て来た時に機会を見つけて、一点でも一冊でも確認を続けたいと思います。いつ終わるとも知れぬ、気の遠くなる調査です。まだ、引き継ぐ人は見つかっていません。

 屋上のレストランで食事をしました。
 皇居のお堀を見おろすと、国会議事堂や東京タワーが見えました。

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 今日は国会内で、ちょうど証人喚問をしている時です。マスコミは、今は人目を引くおもしろいネタがないせいか、このことで大騒ぎをしているようです。しかし、国会はもっと大事なことを話し合う場であるはずなのに、と思いながら、しばらく皇居の景色を眺めていました。

 神田神保町の出版社へも、ご挨拶を兼ねて顔を出してきました。

 途中で、高田郁の「みおつくし料理帖」に出てきた、澪ちゃんがお祈りを捧げていた俎板橋を通りました。今日は大学の卒業式があるらしく、晴れ着姿の女性を多くみかけました。次の写真の右端にも写っています。

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 帰りがけに、地下鉄神保町駅の近くで、焼き鳥屋の「光げんじ」という店を見かけました。このあたりに詳しい方は、よくご存知かと思います。初めて見たので、看板を写しておきました。

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 こうして、行く先々でお世話になった方々にお目にかかり、いろいろな話ができるのは、本当に幸せなことだと思います。自分で足を向けての訪問は、私なりの巡礼だと思っています。口に出すと照れくさいので、お目にかかるだけで感謝の気持ちを伝えたことにしているのです。西国三十三所の巡礼よろしく、お目にかかった方から印をいただけば、私が好きなスタンプラリーとなります。しかし、今回はそうした遊び心はなく、ただ無心に一人でも多くの方に会い、これまでの感謝の気持ちを自分なりに確認して歩いているのです。

 みなさまとの、いい出会い、充実した仕事、楽しい語らいができたことに、心より感謝しています。いい18年でした。
 これからは東京に出てきた時に、またお目にかかる機会を作りましょう。
 折々に気にかけていただき、ありがとうございました。
 
 
 

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2017年03月21日

江戸漫歩(154)昨日の鳥の写真から「帰雁」を想う

 伊井春樹先生から、いい写真を見せてもらったという感謝のメールをいただき、恐縮しています。
 昨日のブログの後半に掲示した、中央大橋の上空を隊列をなして飛ぶ鳥の写真のことです。

 私が持ち歩いているカメラはコンパクト版なので、拡大するとぼやけてしまいます。この鳥が何なのか、私にはよくわかりません。しかし、先生がおっしゃるように雁だと思うことで、イメージが膨らみます。
 鳥の専門家の方々には、どのように見えるのでしょうか。
 それはともかく、「帰る雁」として結構楽しんでいます。

 先生は、「帰雁」は大阪では見かけないのものの、東京では数回目にしたことがあって懐かしい、とおっしゃっています。この官舎にお住まいだった頃に、越中島公園でご覧になったことがあったのでしょうか。
 この写真が、先生のご記憶を刺激したようです。

 また、「帰る雁」は確かに和歌にもよく出てくるし、森鴎外の「雁」、水上勉の「雁の寺」等々、文学との縁も深いものです。

 隅田川に雁という取り合わせが、この季節ならではの、春先に北に帰る姿だとは。
 そんなこととはつゆ知らず、絵になるなーっと思って、無意識にシャッターを切ったのです。
 そういえば聞いたことがあるな、という程度の歌心のない貧弱な感性しか持ち合わせていないので、それではと早速調べてみました。
 和歌や物語や俳句に無数に歌われています。
 一部を引きます。


春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる 伊勢

朝ぼらけの空に、雁連れて渡る。主人の君、
(光源氏)故郷をいづれの春か行きて見むうらやましきは帰る雁がね 源氏物語「須磨」

いくかすみいく野の末は白雲のたなびくそらに帰る雁がね 定家

なきつれてかへる雁がねきこゆなりわが古さとの花も咲くらむ 一葉

去年今年大きうなりて帰る雁 漱石

それが一つには帰雁とあり 芥川竜之介「俊寛」


 ということで、昨日は連写で撮影していたので、その写真の前後のものも掲載します。
 
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2017年03月20日

江戸漫歩(153)越中島の花壇と公園

 温かくなって来ました。
 宿舎にお住まいの方々から都合7枚の花壇をお借りして、季節季節に色とりどりの花々を植えて楽しんで来ました。今年もこれからという時なのに、あと2週間で退居です。ベランダで育てていた花の土は、花壇に返しました。我が家の花々は、上の階の花好きな方が引き継いで育ててくださいます。

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 引っ越しの忙しさにかまけて、隅田川の散策を忘れていました。
 公園の入口に彼岸桜が咲いているだけで、越中島公園の大島桜は固い蕾でした。

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 永代橋は補修が終わり、みごとなアーチを見せています。

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 中央大橋の上空を鳥たちが隊列をなして、今日も都議会で問題となっていた豊洲に向かって飛んで行きます。

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 いつかいつかと思いながら、見学をしないままに終わりそうな明治丸が、宿舎の前に停泊しています。今週末しか機会がないので、これはまたの楽しみとなります。

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 この宿舎に9年いました。充実した、稔り多い日々を過ごすことができました。
 この宿舎に伊井春樹先生が10年間お住まいだったことは、「江戸漫歩(19)妙栄稲荷大善神」(2010年04月02日)に書いた通りです。
 縁というものを感じながら、今日も書類を整理する1日となりました。
 
 
 

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2017年02月09日

江戸漫歩(152)おしゃれな丸の内のビル群の本屋さん

 東京駅に行くと、いつもは八重洲口周辺の小物屋さんや食べ物屋さんをぶらぶらします。本屋は「八重洲ブックセンター」が行きつけです。
 しかし、最近は反対側の丸の内地域の熱気が気になり、このあたりを歩き出しました。

 丸の内オアゾの中の「丸善丸の内本店」は、本の量にとにかく圧倒されます。
 そういえば、京都の河原町四条にできた梶井基次郎の小説『檸檬』の舞台で有名な「丸善 京都本店」も、2年前におしゃれに生まれ変わりました。私が行く、京都一の本屋さんです。

 さて、東京駅の皇居側にある丸ビルも新丸ビルも、とにかく新鮮な息吹を感じます。

 さらには、南口の前にある超高層ビルJPタワー(旧東京中央郵便局)の中にある底層棟の「KITTE」は、4年前にできた所で98店舗が出店しています。ここは、ユニークなお店が集まっています。ブラブラと歩いていて飽きません。

 その中でも、5階にある「回転寿司 根室花まる」は、いつも長蛇の列です。しかも、若い方が多いので、いつか入ろうと思いながらいまだに果たせていません。今夜もだめでした。

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 その下の階には、書籍・文具・雑貨・カフェというマルチなお店ながら、とにかく品物選びでこだわりの「マルノウチリーディングスタイル」は、特異なお店です。

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 お店の謳い文句は次の通りです。


大人の知的好奇心を刺激する書籍と遊び心を刺激する雑貨を揃え、スタッフが一点一点こだわってセレクトした商品を取り揃えてお客様にご提供いたします。


 これだけこだわった本選びがなされていると、意外な本との出会いが期待できます。
 ネットショッピングで本を買うということは、小売りの本屋さんを廃業に追い込むことに手を貸すことになります。その意味からも、私はネットで本は絶対に買いません。ほしいと思っている本でも、その本と出会えるまでは気長に本屋さんに通って、本との縁を楽しみにしています。
 そんな私にとって、この本屋さんは予想もしなかった本との出会いがありました。本屋さんへ行く楽しみを、思い出させてくれました。

 東京駅周辺を、もっと歩いてみたいと思っています。
 
 
 
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2017年01月17日

江戸漫歩(150)交番横の案内図と蕃書調所跡と九段坂病院

 地下鉄九段下駅を地上に出ると、交差点角に交番があります。


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 写真の左奥に見える高速道路の下には、高田郁の『みおつくし料理帖』に出てくる俎橋。
 この交番の右奥のお濠の向こうには、武道館。
 そして、この交番の右手には、「蕃書調所跡」の説明板。
 「蕃書調所」というのは、江戸幕府が海外事情の調査や、西洋の文物を教育する場ともなった所でした。


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 交番の前に掲示されている案内地図のことは、すでに何度か書きました。
 九段坂病院が千鳥ケ淵のそばから牛ケ淵牛のそばに移転したことを、クラフトテープに油性ペンで書いて貼ってあったのです。

「江戸漫歩(130)移転した九段坂病院と皇居のお堀に咲く蓮」(2016年07月07日)

「江戸漫歩(149)九段坂病院の案内表示のこと」(2016年12月22日)

 それが、今日、通院途中で何気なく見たところ、クラフトテープが剥がされていることに気づきました。

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 これでやっと正式に、病院の名前が地図上に記されたのです。通りすがりの、何の縁もない者だとはいえ、ほっとしました。ただし、これまで貼られていたテープの糊跡が、まだ残っています。

 一週間前も、通院でここを通りかかっています。その時の写真を取り出してみました。


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 たしかに、先週はまだクラフトテープが貼ってあります。この一週間の間に、新しい案内図に入れ替えられ、テープが剥がされたのです。よかった、よかった。

 九段坂病院では、今日も右足の指先の疣を液体窒素で焼く手当てを受けました。ウイルスが相当深く巣くっているそうで、来週も再来週も通院の予約をしました。
 漢方薬の投薬もありました。

 昨夏、剥離骨折をした左足首は、まだ安定しません。

 両足の調子が良くないので、まだしばらくは歩くことに難儀な思いをします。しかし、来月には良くなるようなので、今しばらくの辛抱です。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年12月22日

江戸漫歩(149)九段坂病院の案内表示のこと

 今夏、九段下にある九段坂病院が移転したことに関連して、微笑ましい案内表示のことを書きました。
 その時、勝手な推測ながらも、「交番のお巡りさんがよく聞かれるので親切心から手書きで貼られたのでしょうか。」としました。

「江戸漫歩(130)移転した九段坂病院と皇居のお堀に咲く蓮」(2016年07月07日)

 この九段下の交差点角にある、交番横のガムテープによる病院名の案内は、先週も先々週も、どうしたことか剥がされていました。
 案内図を修正して入れ替えられるのかな、と思って通り過ぎていました。

 今朝も通院で通りかかったところ、同じようなガムテープながらも、こんな表記に変わっていました。


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 日本武道館を挟む形で貼られた、2つの表示ともに「九段下病院」となっています。

 先月までは、正しく「九段坂病院」でした。上記7月のブログに掲載した写真をもう一度ひきます。

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 今朝も、慌ただしく通りかかった折に見かけたので、お巡りさんにお知らせする余裕がありませんでした。また、何かあったらしくて、交番を何人ものお巡りさんが出入りしておられたので、お声掛けするのも躊躇われました。

 どなたか、知らせてあげてください。

 さて、肝心の今日の診察では、どうも右足の指に出来た疣は、きれいにウイルスがとれていないそうです。まだまだ治療が続きます。
 右足を庇うようにして歩くせいか、7月に骨折した左足首が、むくんだり熱くなったり怠くなったりと、調子が良くありません。再度の骨折を気にして、無理な姿勢をとらないようにしていることもあり、どうも立ち姿からして不安定な状況にあるようです。

 病気ではないものの、まだ時間のかかる治療が続くようです。
 命に関わるものではないので、気長に通院するしかありません。
 年末年始でもあり、これまで以上に足には気をつけて歩くことにします。
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2016年12月18日

江戸漫歩(148)平和祈念展示資料館で両親のことを想う

 新宿の都庁前にある平和祈念展示資料館で、企画展「絵と詩で綴る引揚げ−七十五日の旅記録−」を観てきました。

 この平和祈念展示資料館は、次のような趣旨のもとに運営されている、総務省委託の施設です。私は、今回初めて行きました。見ごたえのある展示だったので、今日だけでは見終えることができませんでした。また行くつもりです。


 さきの大戦における、兵士、戦後強制抑留者および海外からの引揚者の労苦(以下、「関係者の労苦」)について、国民のより一層の理解を深めてもらうため、関係者の労苦を物語る様々な実物資料、グラフィック、映像、ジオラマなどを戦争体験のない世代にもわかりやすく展示しています。


 今回の企画展では、満州から引き揚げて来られた岩田ツジ江さんの「満洲さよなら」と「おもいでのきろく」が紹介されています。
 詩文集となっている作品には、ハルビンでの生活、日本の敗戦とソ連軍の侵攻で動揺する人々、ハルビンから佐世保への引揚げの様子が描かれていました。わかりやすい絵でした。私の母がハルビンで暮らしていた日々と、引き揚げてくる時の気持ちを想像しながら、丁寧に見ました。

 学芸員によるギャラリートークがありました。
 わかりやすく展示物の解説を伺いました。

 岩田さんは、大正15年(1926)に広島に生まれた方です。ハルビンで終戦を迎えられました。戦後20〜30年経ってから、こうした絵を書き始めておられます。
 1970年から1980年代に、多くの戦争絵画が描かれたのは、記憶の整理にそれだけの時間が必要だということのようです。
 岩田ツジ江さんは、傷を癒すために緑を多用しておられるとのことでした。このことに、興味をもちました。
 絵に記されたサインを見て、変体仮名を使った人名のことに気付きました。
 「都し江」「つじ江」「川志゛」という自筆の署名は、人名表記に変体仮名を使った時代のことを想起させたからです。「解説文」などには、「ツジ江」とあります。これは、後で調べたいと思います。

 岩田さんは、佐世保に引き揚げて来られました。母もそうだったのでしょうか。これも、これから調べて確認します。

 その後、引揚体験者による語り部お話し会があったので、これにも参加しました。
 引揚体験者が、自らの引揚体験を語る、という企画です。

 今回は手塚元彦氏で83歳の男性でした。昭和8年に満州の奉天で生まれた方です。戸籍では「支那」となっているそうです。
 子供の頃の奉天での生活を語ってくださいました。
 今思うと楽しいと。しかし、それにしても戦後は酷かったと。
 ロシア軍は軍隊と名を借りた強盗団だった。
 至近距離での殺戮を体験した。
 今でもうなされる。
 凍死で亡くなった人は放置されていた。
 それを、中国人が木に立てかけて試し斬りをしていた。
 日本人に対して、掌を返したように酷いことをしていた。
 孤児院で、毎日一人や二人は亡くなる。
 その処理作業に、お駄賃の握り飯がもらえる。
 等々

 淡々と語れるのは、それだけ苦しい体験が自分の中で漉されたからでしょう。

 貴重なお話を伺う機会を得て、いろいろと思うことが生まれました。
 そして、両親の満州での生活、父のシベリア抑留、母の引き揚げと、今になって知りたい思いが充満してきました。
 このことは追い追い自分の中に蓄え、両親への感謝の気持ちと共に育てて行くつもりです。

 出口で、非売品となっている平和祈念展示資料館で制作された2冊の冊子をいただきました。


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 いただいて来たばかりなので、まだ読んでいません。
 パラパラと見ただけでも、父と母が生きた場所と生活と時代が描かれています。
 この紹介は、また後日に。

 貴重な資料をいただきました。私がおりおりに確認できるようにする意味からも、以下に紹介します。

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2016年12月06日

江戸漫歩(147)丸の内界隈でイルミネーションの並木道を散策

 東京駅の丸の内北口に降り立つと、三日月から上弦の月になろうとするお月さまが、ビル群の明かりに飲み込まれるように浮かんでいました。


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 丸ビルの裏通りでは、並木道が幻想的なイルミネーションに包まれています。


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 歩行者天国という粋な計らいもなされていました。


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 日常とは違う空間の演出は、気分を一新してくれます。
 クリスマスが近いことも実感しました。

 日本郵便の商業施設「KITTE」のアトリウムでは、巨大なツリーのライトアップに圧倒されます。


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 最近は、全国各地で LED 電球によるイルミネーションが花盛りです。
 寒い季節だからこそ、こうした光の演出は、日頃たまりにたまった疲れを消し去ってくれるようです。
 文化財のライトアップと共に、少し贅沢な気分に浸れる一時に身を置けます。
 我々は、明かりを求める習性をもっているのでしょうか。
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2016年11月24日

江戸漫歩(145)立川の雪三景

 東京で11月に雪が降るのは54年ぶりだそうです。
 朝からターミナル駅は、早めに出勤する人々で混雑していました。
 今夏、通勤途中に足を骨折したので、道々とにかく足元をよく見て歩きました。

 中央線の電車も、雪を浴びながらホームに滑り込んできます。


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 立川駅から乗った多摩モノレールの車窓から、国営昭和記念公園の横の雪景色を見下ろしました。
 いつもと違う、真っ白な広場です。
 つい最近まで、ここで羊たちが草を食んでいたのです。


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 職場の前では、紅葉が雪と対照的に、鮮やかさを見せつけていました。


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 とにかく寒い1日でした。
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2016年11月07日

江戸漫歩(144)古石場川親水公園の鷺たちと宿舎の庭

 大横川に沿って、細長い古石場川親水公園があります。
 買い物の行き帰りに、天気がいいと散策します。
 3年前に、「江戸漫歩(72)古石場川親水公園の鷺」(2014年01月26日)を書きました。

 今回、また鷺を見かけたので、3羽の写真をアップします。

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 逆光でシャッターを切ったところ、不思議な映像が写っていました。
 虹色の球と遊んでいる鷺です。


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 宿舎の裏庭への入口は、東京のど真ん中とは思えません。

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 妻が近所の方の区画も借りて、いろろいな花を植えて楽しんでいます。

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 慌ただしい日々の中で、気持ちが少しは和らぐ光景です。続きを読む
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2016年11月06日

江戸漫歩(143)隅田川沿いに中央大橋付近を散策

 肌寒くなった隅田川には、夏ほどではないにしても、屋形船が夜ごとに越中島の船着き場に留まります。そして、団体さんを乗せて、夜の宴会クルーズにと岸を離れて行きます。
 川向こうの石川島のマンション群の右側に、ライトアップされた中央大橋のX字型の橋脚が見えています。

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 昼間、川向こうにある佃島の川岸へお弁当を持って行き、隅田川を行き交う遊覧船を見ながら食事をしました。中央大橋の南側から宿舎のある方を見やると、中央大橋の橋脚の右横にスカイツリーが見えます。


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 石川島エリアの隅田川沿いを散策していると、こんな階段があります。
 階段の上は桜並木の散策路で、その向こうが公団住宅です。


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 これだけでは、これがどのような場所にあるのかがわからないので、この階段から斜面に上がり、見下ろした角度で写真を撮りました。
 川から上がってくると、この階段に突き当たります。しかし、それから先には上がれないのです。まさに、意味不明なトマソンです。


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 この写真の右上に架かる橋が、この地に生まれた小津安二郎の映画にも出てくる相生橋です。
 そして、川向こうの越中島公園に船着き場があり、その左端に宿舎が見えています。
 川風が心地よい1日でした。
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2016年10月18日

江戸漫歩(142)九段会館と九段坂病院

 九段坂病院で、右足の指にできた疣の治療を受けてきました。
 隣接する九段会館は、外見上はまだ工事が始まってはいないようです。


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 ここは、平成23年3月11日に、東京観光専門学校の卒業式が行われていた時に東日本大震災が発生し、天井の崩落により2名が死亡したことで平成23年4月に廃業閉鎖となりました。
 もとは、「昭和御大礼記念事業」として計画され、昭和7年に起工したものです。
 2・26事件の時には、戒厳司令部がここに設置され、満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の弟・溥傑と、侯爵・嵯峨実勝の長女・浩の結婚式がここで挙行されたという歴史を持っています。

 池田亀鑑に関連して昭和初期のことを調べている関係で、こうしたことにも注意が向くようになりました。船戸与一の『満州国演義』を読んでいることも、こうした戦前の歴史への興味を掻き立てているように思えます。
 ただし、私は1度もここに入る機会がありませんでした。

 さて、この九段会館の南に建つ九段坂病院へは、1ヶ月ほど通院に間が空きました。先生からは、10日から2週間くらいの間隔で通院するように、との指導を受けました。

 足指にできた2つの疣は、外見上はきれいになっています。しかし、まだ皮膚の奥にウイルスが残っている形跡があるようです。
 確かに、歩く時に小石を踏んだ時のような違和感を感じることがあります。

 この夏以来、9月からの忙しさにかまけて、つい通院をさぼっていたのは確かです。
 命に別状がないことと、あまり苦痛に感じるものではないので、つい気が緩みます。
 病院は便利なところにあり、通勤の途中に立ち寄れるので、年末までには通い詰めて完治させます。
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2016年09月11日

江戸漫歩(141)築地市場移転延期で話題の豊洲でお買い物

 築地市場が豊洲に移転することとなり、今秋11月7日が豊洲市場の開場日でした。このことは、「江戸漫歩(139)有明豊洲地域を見て五輪とマンションを想う」(2016年08月04日)に記した通りです。

 そこでは、「この地域の土壌汚染の問題は未解決で、移転反対の動きも解決していません。さて、新都知事の小池さんは、この問題にどう対処されるのでしょうか。」と書きました。

 その移転話に、暗雲が立ち込め出しました。さまざまな利権絡みで、強引な設計や工事などが行われていたことが、昨日のニュースによると明るみに出だしたようです。さらなる移転の見直しとなると、東京五輪のことにも関連して、ますますこの有明豊洲地域が注目されることでしょう。

 宿舎から近いこともあり、買い物がてらこの豊洲を散策しました。

 新橋駅からやって来る「ゆりかもめ」(東京臨海新交通臨海線)は、この豊洲駅が終点です。
 その駅前には、線路が地上で寸断された姿を見せています。2006年に開業したこの路線は、当初は延伸の予定だったそうです。しかし、今は対象外になっているとのことで、これからこの剥き出しの鉄路がどうなるのか、気になるところです。まさか、この無粋な景観のままで東京五輪を迎えることはないと思いますが。


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 宿舎がある西に目を転ずると、「越中島」「晴海」「銀座」という地名の表示が見えます。都心に向かう晴海通りです。この通りの下を、東京メトロ有楽町線が走っています。


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 ここから左手に、おしゃれな巨大ショッピングセンターの「ららぽーと豊洲」があります。その豊洲駅側は、広大な土地で工事が進んでいます。この次に来ると、この景観も様変わりしていることでしょう。


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 「ららぽーと立川立飛」が、昨年12月に職場の近くにできました。いつか行こうと思いながら、そこにはまだ行っていません。

 豊洲駅前の晴海通り角から豊洲運河を望むと、これからの東京五輪を見越してさらに町並みが変わりそうな気配を感じます。


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 この通りで、回転寿司屋さんを見つけました。


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 昨秋、屋号を変えてオープンしたのだそうです。築地市場の移転を意識した改名なのでしょうか。
 新しくなっていたことに気付かないままでした。自称回転寿司ウオッチャーとしては迂闊でした。血糖値のことを考えて糖質制限食を意識してからというもの、あれだけ好きだったお寿司を、確かにあまり食べなくなっていました。近所の回転寿司屋さんが閉店したことも一因です。
 最近主治医からは、もっとご飯を食べて身体を作ることを意識したらいい、と言われています。これからは、以前のように折を見てはお寿司を食べ歩こうかと思っています。

 このお店は、清潔なシステムでした。


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 レーンに流れているお寿司をいただくよりも、注文した方が楽しいのです。
 もっとも、目指すお寿司を、タッチパネルに表示されている文字列からイメージして辿り着くのは、なかなか面倒なことです。限られた画面を見て選ぶことをやってみて、写真の一覧から選ぶことの効率のよさを実感しました。

 この iPad の画面をタッチして注文すると、上のレーンにトレーが大急ぎで滑るようにして運んで来ます。その素早さが気持ちいいのです。下を流れるお寿司は、一度も手にしませんでした。


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 ただし、まだこのシステムは開発途中のようで、バラバラの感じがしました。

 上のレーンに注文したお寿司が飛んで来ます。しかし、その運ばれてきたトレイは、タッチパネルの返却というボタンを押さないと、戻ってくれないのです。押し忘れていると、店員の方が返却ボタンを押してくださいと、催促に来られます。

 また、タッチパネルなので、押したという感触がなくて、何度も同じボタンを押してしまいました。

 さらには、精算の時に、店員の方がiPhone を片手に皿の数を色別に入力して計算しておられます。せっかく iPad で注文しても、その iPad と店員さんが持つ精算用の iPhone が連動していないのです。別のお店のように、皿に仕掛けをしてもいいと思われます。

 とにかく導入してみました、というレベルであり、試行錯誤の段階のようです。

 さまざまな挑戦がなされている、世界に冠たる日本の回転寿司は、文化としてさらに発展していくことが期待できます。
 常に進化していると言われる回転寿司です。血糖値のことはそれとして、また少しずつ生活に取り入れていこうと思います。そのきっかけをもらえた、好感のもてるお店との出会いでした。
posted by genjiito at 21:38| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年08月07日

江戸漫歩(140)広島原爆の日・リオ五輪・盆踊り・屋形船

 今日は広島原爆の日とリオ五輪で、ニュースは盛りだくさんでした。
 五輪の開会式で、日系移民をイメージさせるパフォーマンスを、ちょうど広島の原爆追悼式での黙祷の時間に合わせたという企画は、運営の中でもよく練られたものだったと思います。

 東京での夜、久し振りに盆踊りに巡り合いました。
 隅田川に架かる相生橋の袂で、納涼盆踊り大会が始まっていたのです。
 月島五神太鼓の勇ましい響きに合わせて、みなさんが踊っておられました。
 太鼓を叩いているのは、町内会の子どものようです。


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 佃島側から宿舎の方を望みました。
 越中島の船着き場の前を、屋形船がせわしなく往き来しています。


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 モダンな船が永代橋の方からやってきました。豊洲の方に向かっています。
 相生橋から見下ろすと、船内では宴会が真っ盛りでした。


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 宿舎の横の船着き場では、これから水上での宴会に乗り込む人々で賑わっています。


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 宿舎の夜の様子も記録に残しておきます。


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 今日の最高気温は、都内で35度だったようです。
 この深川は風が通る街なので、31度くらいでした。
 京都は37度だったようです。
posted by genjiito at 06:38| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年08月04日

江戸漫歩(139)有明豊洲地域を見て五輪とマンションを想う

 ギプスをはめているために歩けなくても、身体は動かすようにしています。
 近在のオリンピック施設の工事現場を、車窓から眺めました。

 有明コロシアムの周辺は、まだ手付かずです。
 正面を上下に分かつように通るのが、首都高速湾岸線です。


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 湾岸線と交差するように、東京臨海新交通臨海線が走っています。
 ちょうど上りと下りが擦れ違うところでした。
 その高架越しに、有明コロシアムの屋根が見えます。


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 ダンプカーが出入りする先には、東雲運河越しに晴海のマンション群が見えます。


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 もうすぐ、築地市場がこの豊洲地区に移転して来ます。
 今秋11月7日が、豊洲市場の開場日となっています。
 写真の右側が、着々と開場の準備が進む豊洲市場です。


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 この地域の土壌汚染の問題は未解決で、移転反対の動きも解決していません。
 さて、新都知事の小池さんは、この問題にどう対処されるのでしょうか。

 近在のマンションは、近隣の海外の人たちに投機目的で買い占められているとか。
 これから建設されるマンションも、その標的となっているのでしょう。もっとも、バブルも弾けたので、すでに売りに出されているのかもしれません。

 今このあたりでマンションを購入している人の多くは、ここに住む気はないのですから、東京五輪が終わると放出され、スラム化するというのです。

 昨夏、『2020年マンション大崩壊』(牧野知弘、文春新書、2015.8)という本を読みました。


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 そのすぐ後に、横浜のマンションで杭打ち施工に問題があり建物が傾いたことが表面化しました。
 私の知人の多くがマンション住まいなので、この『2020年マンション大崩壊』という本を、私のブログの「読書雑記」で取り上げるのは見送ることにしました。私はマンション住まいの経験がないので、余計に本書の内容を話題にしないように気を遣っています。

 参考までに、ネットによる本書の紹介文を引いて、個人的なコメントは控えます。


内容 東京五輪を前にマンション価格は上昇中。
 だがその裏で管理費や修繕積立金の滞納、相続権の拡散など多くの問題が生まれつつある。
 空室急増でスラム化する大規模マンション、高齢化で多発する孤独死、中国人に牛耳られる理事会…
 全国600万戸時代を迎えたマンションに未来はあるのか。
(「BOOK」データベースより)


 さて数年後に、東京五輪の会場となるこの有明・豊洲地域は、今後ともますます注目されることでしょう。そしてさらに数年後には、この宴の後のことも、マスコミが取り上げると思われます。

 予想できることには、今から手を打つべきなのでしょう。しかし、それ以外のことで問題が山積みなので、先のことまで考えてはいられない、というのが実情のようです。
 東京五輪の後のことを想像しながら、明日5日から始まるリオの五輪をいろいろな角度から観たいと思っています。


(注記)私は、五輪を「オリンピック」と「パラリンピック」に区分けするのは問題だと思っています。
 五輪では開催時期もずらされており、パラリンピックは9月7日から19日までの12日間です。
 わざわざ区別せずに、同じ競技場を同じ時期に使い、可能な限りプログラムの工夫をして、障害の有無にかかわらず一人でも多くの観客に応援してもらう中で競技をすればいいと思っています。
 障害の有無で選手と観客を切り離すのは、よくないことです。性差があっても、男女は同じ空間を共有し、男女が一緒に競技をしています。それなのに、なぜ障害の差は区別し、切り離されるのでしょうか。
 このことは、いつかまとめて書くつもりなので、今は措きます。
posted by genjiito at 00:24| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年08月02日

江戸漫歩(138)足を引きずって隅田川を納涼散歩

 今日も駅前の整形外科に行き、ギプスを外しての触診を受けました。
 完治まで、まだまだ時間がかかりそうです。
 ギプス生活を余儀なくされる日々が続くことについては、もう自覚的に容認せざるをえません。
 剥離した部分を触られると、悲鳴を上げるほど痛いのです。

 薬局で購入した伸び縮みする包帯は、ギプスをしっかりと固定できません。
 通気性もよく、伸縮自在な方がいいのかと思いきや、しっかりした包帯の方がいいことがわかりました。
 病院で使っておられる大小2種類の包帯をいただきました。

 あまり外出などせず、自宅で静養しなさい、とのことです。
 金・土・日曜日と、私は動き回りすぎだと、しっかりと釘を刺されました。
 また、鬱血するので、足はできるだけ高くしておくようにと。
 椅子に座り、机にむかってパソコンを操作する姿勢をどうするか、今は真剣に考えています。

 パソコンがないと仕事にならないので、これは死活問題です。
 座卓にパソコンを置いたのでは、折れている足の置き場に困ります。
 寝転がったままでパソコンを使うわけにもいきません。
 いずれにしろ、長時間の使用に耐えられないので、効率の悪いパソコンの使い方になりそうです。

 たくさん抱え込んだ仕事を1日も早くこなすためにも、何かよい方法を見つけ出さないと、さらに多くの方々に迷惑をかけます。
 真剣に対処方法を考える必要に迫られました。

 夕方、気分転換も兼ねて、隅田川沿いを散歩しました。
 これくらいはいいでしょう。
 涼しい川風が肌に心地よいので、ぶらぶらと歩くには最適です。
 屋形船に乗り込み、食事をしながら隅田川を遊覧する船が多くなりました。
 船体の回りに電飾をつけて航行しているので、見た目にも川面に船影が映えます。


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 八朔ということもあるのか、花火の音も聞こえます。
 東京生活で18年目にして初めて、納涼散策をすることになりました。
posted by genjiito at 00:05| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年08月01日

江戸漫歩(137)豊洲有明地域で移転と開発現場を見て

 来る東京オリンピックで会場となる、豊洲・有明地域にある大規模ショッピングセンターであるイオン東雲店に出かけました。
 宿舎の出入り口前に、無料送迎バスが停まるのです。足にギプスを付けたままパソコンを使った仕事をしていると、どうしても身体が硬直します。運動と気分転換がてら出かけました。

 私が消化管の全摘出手術を受けた時、その翌日から歩行訓練をしました。息子が腰椎の手術をした時も、すぐに歩け歩けの指導がなされました。外科の治療は、安静よりも適度な運動のようです。

 今、足腰共に良好なので、積極的に出歩くことにしています。
 昨日も、臆せずに講演会に行きました。

 イオン東雲店の2階には、ソファーが並んだ休憩スペースがあったので、ここで足を休めながら暫く本も読みました。

 東京湾からの海風の影響もあってか、東京の宿舎は風通しがいいのです。そのため、都内よりも1、2度ほど涼しいので、10年以上もエアコンのない、扇風機での暮らしをしています。
 今夏は暑さが厳しくなるという予報もあるので、そんな時には図書館やこうした大型ショッピングモールに来て、熱暑を避けながら読書三昧もいいかもしれません。

 帰りのバスの車窓から、築地市場が移転する豊洲市場や、オリンピックのために日々変貌している有明・豊洲地域を記録に収めました。


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 もし2020年に東京オリンピックを観に来ることがあれば、この一連の写真と比べたらおもしろいことでしょう。

 オリンピックが終わったら、この関連施設をどのように維持管理するのでしょうか。深刻な問題になることは必定です。関係者は十分に認識しておられるはずです。
 決まったばかりの新都知事の小池百合子さんは、この垂れ流しとなっている膨大な無駄遣いをどうされるのでしょうか。
 都知事選挙戦では、この問題から逃げておられました。しかし、もう具体的な方策を示さないと、この有明・豊洲地区の工事の見直し・変更・中止もできなくなります。いまから止めることは不可能としても、このまま進めた後に見えてくることへの覚悟は、共通に認識しておくべきかと思います。もっとも、京都市民の私が言うべきことではないことはわかっているのですが……

 東京は日々変わりつつあります。身近なところで、その一部をこうして見ることができます。これも得難いこととして、記録しておきます。
posted by genjiito at 00:45| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年07月31日

江戸漫歩(136)古書目録の講演会に参加した後は隅田川の花火大会

 骨折した左足を引きずりながら、妻の介助を得て千代田区役所へ行きました。
 楽しみにしていた講演会に出席するためです。
 このイベントに関する案内は、「古書販売目録に関する講演会のお知らせ」(2016年05月18日)に記した通りです。

 この講演会の翌日(31日・日曜日)が都知事選挙の投票会場になってしまった関係で、急遽会場が4階から8階に変更になっていました。いつもお世話になっているみなさまの企画開催ということもあり、その思いがけない変更に対処なさったご苦労がわかります。準備中に飛び込んだ選挙という珍事とはいえ、本当にお疲れさまでした。

 さて、最初は尾上陽介氏(東京大学史料編纂所准教授 古文書・古記録部門)の「古書販売目録の学問的な意味 −『明月記』研究をめぐって−」でした。
 お話は、幅広く目配りして収集し整理した資料をもとにして、散在する定家の『明月記』のありよう興味深く語ってくださいました。その研究に、古書販売目録が役立つのです。レジメは写真が多く、わかりやすい内容でした。
 私も、この古書販売目録を、遅々として進まないながらも、コツコツと調査しています。『源氏物語』の情報をピックアップしていることから、さまざまな調査手法と資料収集そして整理をする上で参考となりました。

 続いて、八木壮一氏(八木書店会長)のミニ講演「反町茂雄と弘文荘」がありました。八木会長には、ちょうど2週間前に八木書店本社ビルで長時間にわたって池田本に関するご相談をしたり、多くの貴重なお話を伺ったので、そのことの延長として楽しく聞くことができました。反町氏の人柄や、よく本を読む人で努力家であったことを、さまざまなエピソードを交えながら語られました。

 イベントが始まる前に、会長とお話ができました。今日の講演が終わるとすぐに京都へ向かわれるとのことです。私が骨折さえしていなければ、ご一緒に新幹線のお伴ができたのに、と思うと残念でした。

 最後は、恋塚嘉氏が「Web版 弘文荘待買古書目」の活用方法などの案内を、わかりやすくしてくださいました。ウエブでデータを見る方法は、実際に体験するとさらにその意義がわかるものです。

 以上、お三方の話が流れるようにつながっており、充実したいい講演会でした。

 受け付けにいらっしゃった八木書店の出版部の方とは、先日お目にかかって会長と一緒にお話をしたことや、その後のメールのやりとりを踏まえて、今後の池田本の校訂本文について詰めの相談ができました。
 この池田本の校訂本文については、近日中にこれからの対処と編集方針について報告する予定です。いましばらくお待ちください。

 帰りは、京都からわざわざ上京して出席しておられた立命館大学の須藤圭氏と、見送りがてら東京駅で池田本の校訂本文や《仮名文字検定》のことなどを具体的に打ち合わせました。今後の展望が開ける、充実した時間を持つことができました。

 この夏を境にして、いくつかのプロジェクトが大きく回転を始めます。
 10年以上も前から温めていた企画が動くのです。足の骨折など、何の問題もありません。若い方々と一緒に、その力を借りながら、とにかく一歩でもプランを前に進めていくつもりです。
 ご協力いただける方々には、いろいろと助力をお願いすると思います。
 多方面からのご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 宿舎に帰る途中で、大勢の人々が中央大橋の方に向かって行かれます。やがて、夜空に打ち上げ花火の音が響き出しました。今日は、隅田川の花火大会の日だったのです。

 お祭りが大好きな私は、不自由な足を妻に支えられてかばいながら、隅田川のリバーサイドエリアの突端まで行きました。永代橋越しのビルの上に、みごとな花が咲き出しました。その右横では、スカイツリーも見下ろしています。


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 今夜京都へ帰っていたら、もう今後とも見られなかった隅田川の花火大会です。骨折のおかげで、初めて見る機会を得ることとなりました。しかも、東京最後の年に。
 いいことが転がり込んでくる、幸運のアクシデントに感謝しましょう。
posted by genjiito at 00:16| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年07月29日

江戸漫歩(135)九段坂病院から望む皇居北の丸公園

 右足裏の疣が完治していないので、九段下にある九段坂病院へ行きました。
 牛ヶ淵の蓮は、日増しに開花が早まっています。


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 最近の蓮の様子は、「江戸漫歩(130)移転した九段坂病院と皇居のお堀に咲く蓮」(2016年07月07日)の写真をご覧ください。

 九段坂病院の皮膚科では、丁寧な治療をしていただいています。
 しかし、完治まではまだ時間がかかるようです。

 一昨日の捻挫の腫れが一旦引いたので、昨夜は一安心していました。しかし、今朝は踝から足の甲へと腫れが広がっています。一人で出かけるのが心もとなかったので、妻に付き添ってもらって九段坂病院に来ました。

 治療はお昼前に終わったので、最上階13階にある「オークラカフェ&レストラン 九段坂メディコ」で食事をしました。おいしいビーフシチューをいただきながら、眼下に拡がる皇居北の丸公園とその向こうに見える国会議事堂や日比谷あたりを見霽かすことができました。昨夜は、この日比谷にいたのです。前方左手に、小さな黄色い尖り帽子の国会議事堂が見えます。


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 右に目を転ずると、武道館の向こうに新宿の町が望めます。贅沢な光景です。


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 病院のレストランというと馴染みのない方が多いことでしょう。しかし、京都府立医大病院の中にもレストランオリゾンテが入っているように、意外なところにいいレストランがあるものです。病院の中、ということで避ける方もいらっしゃるようです。しかし、病院好きの私は、混まないこともあって気に入っています。

 また一つ、気分転換ができるところを見つけました。
posted by genjiito at 22:15| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年07月28日

江戸漫歩(134)日比谷図書文化館前の人だかり

 日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」を読み続けています。
 日比谷公園に入ると、和風庭園の中に鶴が天を仰いでいる噴水があります。
 過日撮影した写真があったので、抜き出しておきます。


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 この日比谷図書文化館の前に、今日は大勢の方が集まっておられました。
 今日から梅雨明け、ということとは関係なさそうです。
 コンサートの待ち合わせをしておられるのかと思いました。しかし、手元を見ると、みなさんスマートフォンをお持ちです。「Pokémon GO」で盛り上がっているのです。


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 私も取り出してみました。確かに、モンスターがいっぱいいます。その賑やかなこと。1匹だけ記念に捕獲しました。

 帰りにも、日比谷図書文化館の前はものすごい人だかりでした。
 さらに増えているようです。仕事帰りの若者たちです。


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 このブームは、これからどうなるのか興味をもって見ています。評論家に脱しないように、自分でも体験しつつあります。

 いろいろな所へ移動して、行く先々でモンスターを捕まえるのは楽しいものです。しかし、捕まえて手元に並べて数を増やして、そしてどうするのか。
 自問しても、今の私には何も見えていません。
 何か仕掛けが用意されているのでしょう。それが何なのか、今はわかりません。

 それにしても、これは今後とも続くだけの、継続する楽しみを抱えた魅力があるのでしょうか。遊びは理屈抜きなので、しばらく付き合ってみようと思います。

 これまでに、私はゲームにはまったく興味がありませんでした。
 コンピュータが登場した初期、今から35年前に、いくつかゲームらしきものを作ったことがあります。インベーダーゲームが流行りかけていた頃です。
 しかし、自分がゲームで遊ぶことはありませんでした。

 今の「Pokémon GO」は、現実の映像を取り込んでの遊びなので、さまざまな可能性があるように思えます。
 私は、この仮想現実の境界を彷徨うゲームを通して、『源氏物語』を再生させることができないか、ということを意識して、この「Pokémon GO」を触っています。

 これまでにも、仮想空間に平安時代を構築し、王朝人が動き回るソフトウェアが開発されていました。『HybridCD-ROM ローム君の「京都博物日記」サウンドスケープリポート編』(1995.3、ローム株式会社)では、二条城の「鴬張り廊下」が歩けました。『源氏物語 上・下巻』(総監修/秋山虔・監修/小山利彦、1996.8、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ)では、六条院が探訪できました。これを体験した方やご存知の方は、もう数少ないことでしょう。
 そういえば、立命館大学のプロジェクトの一員として、このバーチャルな世界を構築するお手伝いをしたことがありました。

 この20年前の擬似体験版とでも言うべきマルチメディアについては、「転居(8)「源氏物語余情」1996年8月分」(2014年08月07日)をご覧いただければ、当時の熱気も伝わるかと思います。

 しかし、いずれもやがて忘れ去られ、消えていきました。今回の「Pokémon GO」には、そうした失敗続きの中で結実しなかった、生き抜く種子を抱え込んでいるように見えます。ただし、まだ文学関係者からの試みはないようです。

 現代は、古典文学とバーチャルリアリティを結びつける楽しみや魅力に共感できない、というよりも感じられない時代なのかもしれません。それでも、きっと興味を示す人は出てくるはずです。その出現を待ち望んでいます。私も、一人静かに実現の可能性を探っていくつもりです。

 今、これといったものはイメージできていません。しかし、「Pokémon GO」で遊んでいる内に、現実と結びついた『源氏物語』の世界を築き上げられないだろうかと、ささやかな閃きがあることを楽しみにしてスマートフォンを片手に歩いています。

 息子から、「Pokémon GO」に関するレクチャを受けました。たしかにすごいことが実現したようです。グーグルの日本人を含む10人が5年がかりで製作したのだとか。
 しかし、これはあくまでも今現在を見据えたものです。千年前を今に蘇らせる物語が、手軽に掌の中で楽しめたら、それは新しい文学の創生になります。歴史物語のフィクション版でいいのです。架空の世界に入り込み、王朝人と一緒に物語世界を共に体験できるとしたら、なんと楽しいことでしょう。
 歴史の時間軸をいじくりまわさないのであれば、物語のストーリーは自分でどのようにでも変更できる、というルールを原則としたいものです。

 私にも何かできそうです。しかし、まだうまく形にして、ことばによる設計図が描けません。しばらく、こんな愚にもつかないことを夢想する日々を楽しませてもらいます。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年07月25日

江戸漫歩(133)人間ドックで身体検査の後は目黒川散策

 中目黒にある東京共済病院で、人間ドックと脳ドックに入りました。
 恒例となっている、夏の身体検査です。

 6年前の7月には、皇居お堀端の九段坂病院の人間ドックで、幸運にも胃ガンを見つけていただきました。
 祇園祭の日に、電話で健診結果としてガンの宣告を受け、早期だったこともありすぐに胃の全摘出手術を受けました。あれは、絶妙のタイミングで見つかったのです。早すぎても、遅すぎても、今の生活はありませんでした。

 今年は、頭が重いことが多いので、九段坂病院ではなくて脳ドックのある東京共済病院にしました。初めて行く病院です。


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 血圧の自動測定で、上が88、下が64でした。上の数値は、私にはありえないものです。2週間前に京大病院で測ってもらった時には、上が140で高すぎると言われたばかりでした。いつもは120前後で普通のはずです。

 看護士さんが聴診器を使った手動の測定器で、再度計ってくださいました。しかし、今度も上が90で低いのです。朝ご飯を食べていないので身体がまだ眠っているのでしょう、とのことです。こんなに低いのは初めてです。しかし、特に問題はないので次々と検査を受けました。

 胃のバリウム検査は中止となりました。
 6年前に胃ガンで消化管を全部摘出してから、バリウムを飲む時に口にする発泡剤に、強く反応するようになったのです。ゲップが酷いので、何度か胃の透視検査を中止していただきました。消化器がないのですから、当然といえば当然です。

 今回はどうした経緯でか、検査項目に入れてしまっていました。検査技師の方との相談の結果、私の場合は胃の透視をすることに意味がないとのことで、バリウムを飲んでの検査はやめました。
 来月末に、京大病院でMRIを含めた術後の精密検査をするので、今回はパスとしました。

 お昼ご飯は、本館の10階で鰻丼をいただきました。昨夜8時から絶食だったので、腹ぺこです。
 そういえば、いつもは50キロすれすれの体重が、今日は49キロでした。1日だけなのに、絶食がすぐに影響しています。こんなひ弱な身体ではあっても、粘り強さはあるようなので、最後の東京での夏を気力だけであっても、何とかやり過ごすしかありません。

 午後の脳ドックは、MRIの検査です。円筒形の中に頭を突っ込み、頭のまわりをドラムが回転します。
 耳にはヘッドホーンをしました。しかし、腑抜けの音楽だったので、ドラムのカンカン、ゴーゴーという音にかき消されていました。こんな時には、手持ちのiPhone で自分が好きな音楽を好きな音量で聴くことができたらいいですね。密閉状態に置かれていることも忘れ、気分も紛れていいのにと思いました。

 帰りの道々、スマートフォンを出したところ、ポケモンがあたりにウヨウヨといることがわかりました。
 目黒川入船場(ふれあい広場)のエリアから地下鉄日比谷線の中目黒駅までで、3匹をゲットしました。
 次の写真の左奥に、今回お世話になった10階建ての東京共済病院があります。右側のレンガ色の時計台は、平成24年3月まで開館していた川の資料館です。


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 目黒川は、川沿いを整備して、居心地のよい地域にしようという意気込みが感じられます。
 私は川が好きです。しかし、匂いとゴミでがっかりすることが多い中で、この目黒川はイベントも多いようなので、これからもっといい川になっていくことでしょう。川に人が集まると、自ずとそのそばの川もきれいになっていくと思います。
 若い人たちには、さまざまな企画とイベントを、川沿いで起こしてほしいものです。
posted by genjiito at 21:50| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年07月24日

江戸漫歩(132)富岡八幡と Pokémon GO と深川不動

 深川の富岡八幡宮では、鳥居前の改装工事が進んでいました。その様子は、「江戸漫歩(126)深川の骨董市と門仲のスリランカ料理屋」(2016年05月08日)の最初に写真を掲載した通りです。

 その工事が終わり、鳥居前はすっきりしました。


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 今日は骨董市の日です。
 今朝から「Pokémon GO」に参加し出した私は、早速この富岡八幡の鳥居横の伊能忠敬像の前で、1匹捕まえました。次の写真の左上に、忠敬が歩く姿の銅像が見えます。その前では、多くの人がスマホをかざして捕獲中でした。


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 ここの境内にも、さまざまなモンスターがいるようです。
 社会現象となっているポケモンのおもしろさを、遅ればせながら体験中です。

 かつて大和平群にいた頃に、子どもたちにピカチュウなどの玩具をいっぱい買ったので、モンスターの名前はいろいろと知っています。このアウトドアタイプのゲームは、新しい文化の仲間入りをしそうなので、注目しているところです。

 富岡八幡宮に来ると、帰りには必ず深川不動へも立ち寄ります。神様と仏様を均等にお参りしているのです。

 今日は、不動堂本堂の中のトイレの表示に目が留まりました。この男女の識別をおもしろく思ったからです。
 女性はともかく、男性の姿絵は、よく見ないと若旦那であることがわかりません。男女が微妙に違うだけなので、日本の服飾文化を知らないと瞬時に見分けられないのではないでしょうか。
 このアイコンは、再検討が必要かな、と思いました。少なくとも、「女」という漢字を書いた文字の背景を赤色か桃色にすると、海外の方にも優しいアイコンになることでしょう。
 お不動様、ごめんなさい。


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 なお、トイレなどの男女の識別については、これまでに以下の記事で書いています。よろしかったらご笑覧を。

「トイレ表示 なぜ男は青、女は赤?」(2007/10/23)

「心身(11)トイレを間違える」(2008/3/14)

「ヘレンという男」(2008/6/18)
posted by genjiito at 22:28| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年07月23日

江戸漫歩(131)赤坂迎賓館を見学

 東京の地下鉄は複雑です。今日も乗り換えで、一瞬パニックになりました。

 東京メトロ銀座線(下図オレンジ色)で赤坂見附駅まで行き、そこで丸ノ内線(下図赤色)に乗り換えて四ツ谷駅へ行こうとしていた時のことです。


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 事前に調べた路線情報によると、銀座線で赤坂見附駅の1番線に着き、そこから丸ノ内線の2番線に乗り換えて四ツ谷駅に行く経路が示されました。
 赤坂見附駅に着いてから、丸ノ内線に乗り換えるために、赤い表示があった丸ノ内線への階段を下りました。ところが、それは四ツ谷とは反対方向へ行く丸ノ内線なのです。
 慌てて構内図を見ると、何と先ほど到着した銀座線の1番線の真向かいの2番線が、丸の内線の四ツ谷駅へ行くホームだったのです。
 知っていると乗り換えが早くて便利です。しかし、まさか違う路線が向かい合うようにして並んでいるとは思いませんでした。
 親切なのか、何か事情があるのか、よくわからないままに一駅先の四ツ谷駅へ行きました。

 今回は、縁あってHさんの高配により、赤坂迎賓館の元館長だった小林秀明先生の解説を伺いながら、赤坂迎賓館の中と庭を拝見しました。小林元館長は国賓や皇族方の案内等をなさっていただけに、楽しいエピソードをたくさん聞くことができました。一般庶民には窺い知れぬ、いろいろなことがあるものです。

 まずは、正面の外観から。
 門はフランスから輸入したもので、中央上部には当初あった王冠が今はありません。その逸話も興味深いものでした。


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 西門から入った受け付けのセキュリティーチェックで、持参している飲み物を自分で一口飲むように、という指示がありました。

 私はペットボトルのお茶を持っていたので、係官の目の前でゴクリと飲みました。
 空港では、機械で容器を調べます。人の目の前で口付けでドリンクを飲まされるのは、一口とはいえ気持ちのいいものではありません。テロなどのことを考えると、仕方のないことかもしれません。しかし、これはお行儀のいいものではありません。何か別の方法がないのだろうかと思ってしまいます。かといって、紙コップを用意するわけにもいかないでしょうし。これから夏の暑さの中で、目の前で一口というのは、抵抗のある方が多いことでしょう。

 本館の中では、小林元館長の興味深いお話を伺いながら、豪華絢爛たる部屋を拝見しました。
 内部の様子や説明は、「迎賓館赤坂離宮」をご覧ください。

 昭和10年と15年の2度、満州国皇帝の溥儀がここに宿泊したそうです。
 現在、船戸与一の『満州国演義(全9巻)』の内、第4巻を読み終わるところなので、その様子が思い浮かび上がりました。

 天井画のだまし絵を堪能した後は、南の主庭を散策しました。


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 噴水の向こうには、ホテルニューオータニが見えます。


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 正面に回りました。


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 内部といい外観といい、フランスのベルサイユ宮殿に似通うところがあります。
 そんな中で、屋根の上に1対の甲冑が置かれているところだけは、日本的なものとなっています。口元は、仁王像や狛犬よろしく、阿吽の形です。


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 ネオバロック様式の壮麗な洋風建築だと言われています。しかし、日本的なものも、わずかながらも取り入れているところに、明治時代の設計らしさを感じました。

 国際交流の窓口である迎賓館です。今日は、念願の赤坂迎賓館を拝見できたので、次は「京都迎賓館の一般公開」に参加したいと思っています。
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2016年07月07日

江戸漫歩(130)移転した九段坂病院と皇居のお堀に咲く蓮

 先月中旬から、千代田区にある九段坂病院に通っています。
 些細なことながら、足の指に出来た疣を処置してもらっているのです。

 今から5年前のちょうど今ごろ、本ブログに「「鼻糞」みたいな「疣」が消える」(2011/7/30)という記事を書きました。

 あの時は顔だったので慌てました。しかし、今回は足の指だったので、しばらく放置していたため、少し酷くなったのです。

 先月、久し振りに九段坂病院へ行って驚きました。何と、インド大使館の裏、二松学舎大学の前にあった病院がなくなっていたのです。
 上記のブログに書いた5年前から、ここには来ていなかったのです。

 移転のお知らせを見ると、昨秋より、千鳥ケ淵から日本武道舘を挟んで反対側の、牛ケ淵にある九段会館の南に引っ越しをしたとのことです。
 走って皇居の北の丸公園をグルリと回りました。

 途中の九段下交番の前の案内図には、ガムテープに書いたこんな移転の表示がありました。交番のお巡りさんが、よく聞かれるので親切心から手書きで貼られたのでしょうか。


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 九段会館の向こうに、新しい九段坂病院が見えます。


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 この九段坂病院の道を隔てた向かいに、古書目録の調査で行っている千代田区役所があります。

 先月は、液体窒素を2回に分けて塗ってもらいました。しかし、思うように消えてくれません。今回の診断では、「尋常性疣贅化膿性肉芽腫」ということでした。

 このままでは時間がかかるので、少し強い薬を使うとのことです。同意書を書いて、モノクロロ酢酸溶液というものを塗られました。10日後にまた様子を見るそうです。

 何となく違和感があって歩きにくいので困っています。

 終わってから、牛ケ淵の蓮をみながら、一息入れました。


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 歳と共に、身体にはいろいろなことが起こるものです。
 早め早めの対処に限ります。
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2016年06月26日

江戸漫歩(129)隅田川に架かる永代橋と中央大橋

 最近の隅田川に架かる橋を記し留めておきます。

 永代橋は現在補強工事が行われています。
 中央大橋からスカイツリーを望んだ景色です。


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 春先のスナップ写真から、隅田川の中でもトップクラスだと言われている優雅な姿を抜き出しておきます。


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 この永代橋から中央大橋、佃島、石川島、豊洲方面を見渡しました。


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 中央大橋は、遠くから見霽かすよりも、真下から見上げた方が力強さを感じます。


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 夕方、宿舎の前の清澄通りに架かる相生橋から、豊洲運河の先に拡がるリバーシティのツインビルや日本橋方面を望みました。右側にスカイツリーの尖頭部分が見えます。


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 運河沿いのマンション群となっている隅田川の河口一帯は、都心とは違う東京のもう一つの姿です。
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2016年05月22日

江戸漫歩(128)早稲田で見かけた漱石の碑

 中古文学会の2日目に出席するため、早稲田大学へ行きました。
 久しぶりに多くの方と挨拶をし、話をすることができました。

 大学時代の同級生である渋谷君、岡部君とも一緒に話ができました。
 お互い、元気にこうして会えることは楽しいものです。

 渋谷君と淺川さん共々、地下鉄東西線の早稲田駅へ向かう帰り道でのこと。夏目漱石の誕生の地を示す石碑があるとのことなので、行ってみることになりました。

 石碑の前の通りを「夏目坂通り」と言うそうです。


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 そして、横断歩道を渡ってすぐのファミリーレストラン「やよい軒」の前に、ひっそりと「夏目漱石誕生之地」の碑が建っていました。生誕100年を記念して建立されたものだそうです。


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 碑文の左下には、「遺弟子安倍能成書」とあります。
 側面には、「昭和41年2月9日 夏目漱石生誕百年記念 新宿区建立」と刻まれています。
 来年の平成29年は生誕150年。

 とにかく、この碑は目立ちません。
 漱石に関連した石碑や標識は、もっとあるようです。
 通りかかったら、またここに取り上げます。
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2016年05月17日

江戸漫歩(127)地震が気になり通勤経路を変える

 昨夜9時半頃、関東で地震がありました。携帯電話が緊急地震速報をけたたましく伝えてくれます。揺れだしたのとほぼ同時でした。

 東京は震度3。久しぶりに大きなものだったので、慌てて玄関のドアを開けて逃げ道を確保しました。

 予想外に大きな揺れだったので、熊本でこうした揺れが続く日々の中におられる方々のことが、おのずと思い出されました。いつ終わるとも知れぬ不安の中での心労は、想像を絶するものがあることでしょう。

 今朝も、7時頃に2度の揺れがありました。これは震度1だったので、携帯電話ではなくテレビのテロップで知りました。

 立川に行こうとしていた時だったので、すぐに今日の通勤経路を考えました。いつものように、地下鉄で中野駅まで出て、それからJR中央線に乗り換えるか、JRで東京駅に行ってから立川まで一本の中央線にするか。

 首都直下型地震と言われているものが起きた時に、自分が地下にいるか地上にいるか、という選択です。地中に埋まるか、高架から落ちるか。
 地下だと、救助を待つしかありません。それが、地上だと運がよければ自力で移動できます。

 結論としては、京葉線で東京駅に出て、JR中央線で高架を走ることにしました。これだと、東京駅までの2駅だけが地下です。埋まるよりも落ちる方を選びました。

 ただし、東京駅経由のルートにすると、ディズニーランドへ向かう魂を抜かれに行く群衆との鉢合わせを覚悟しなくてはなりません。あの呆けた顔や夢遊病者のような姿を見たくないので、東京駅を経由する通勤を避けているのです。
 しかし、今日は何か嫌な予感がするので、心ならずも東京駅からの通勤を選択しました。

 駅の構内では、5機のエスカレータと3本の動く歩道を使って、地下深くから地上の高層階へと移動します。
 この駅のことは、「東京駅でダイビング」(2008/3/21)で書きました。

 電車を待つホームの目の前に、ゼロキロポストがありました。


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 このことは、以前、「江戸漫歩(11)東京駅〈1〉」(2009/4/14)と、「江戸漫歩(13)東京駅〈2〉0キロポスト」(2009/6/9)に書きました。

 すっかり忘れていたものを見たので、今日は災害には遭わないだろうという根拠のない確信を持って、西へ向かうことになりました。

 何事もなかったので、帰りは中野駅から地下鉄東西線にしました。
posted by genjiito at 21:36| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年05月08日

江戸漫歩(126)深川の骨董市と門仲のスリランカ料理屋

 朝9時から、宿舎一斉の大掃除がありました。
 毎月初めの日曜日は、宿舎の敷地内で草取りや自転車置き場の整理整頓等の大掃除をしています。
 今月は私の部屋が月当番なので、自治会費や共益費を集め、回覧板や諸連絡を回しています。大掃除の差配も。
 伊井春樹先生は40年ほど前、隣の階段の横並びにいらっしゃったそうです。その頃も、同じことをなさっていたことでしょう。

 大掃除が終わると、深川の富岡八幡宮へ骨董市を冷やかしに行きました。
 今はちょうど、鳥居の周辺が工事中です。


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 境内は工事のせいもあってか、いつもよりも出店が少ないようでした。


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 値段は総体的に、東寺の「こうぼうさん(弘法市)」、北野天満宮の「てんじんさん(天神市)」、知恩寺の「ひゃくまんべんさん(知恩寺手作り市)」などよりも高目です。
 いつも私は、高そうな茶碗などを見て楽しんでいます。

 お昼は、門前仲町の交差点裏にあるインド料理屋さんへ行きました。永代通りと清澄通りが交わる所です。
 この前は昨秋、インドのハイデラバード外国語大学のタリクさんと行った所です。「ディーパック」という、デリー出身のおじさんがなさっている、2ヶ月前に出来たばかりのお店でした。

「インド料理屋さんでインドに関する情報収集」(2015年11月19日)

 商売っ気のないお店でした。ところが、入口が賑やかになっています。


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 2階に上がってお店に入ると、従業員の方が若くなり、何度かお話をしたおじさんがいらっしゃいません。お店の内装はまったく変わっていません。壁の絵がスリランカの海岸の写真に変わっていました。

 壁際のテーブルだけが空いていたので、そこに座り注文をしました。
 メニューを見ると、きれいなビニール装のファミリーレストラン風になっています。それよりも何よりも、お客さんでいっぱいです。この前までは、せいぜい1組か2組でした。それが、今日は6組で満席状態なのです。

 お店の名前が、スパイシービストロ「タップロボーン」と変わっていました。本店は、南青山一丁目のあるそうです。「タップロボーン」とは、セイロン(現スリランカ)の前の国名だそうです。インド料理屋さんがスリランカ料理屋さんになっていたのです。

 私が大好きなチーズのような豆腐のパニール料理はないかと聞くと、スリランカ料理ではパニールはないのだそうです。
 カレーを妻とシェアするために、ビーフ、チキン、フィッシュ、ベジタブルの4品を選びました。

 運ばれてきたカレーは、予想をはるかに超えて私には辛過ぎるものでした。私にはベジタブルカレーがどうにか半分ほど食べられるものでした。それでも、口がヒリヒリします。

 辛いものが大好きな妻は、目尻から涙をこぼしながらご機嫌です。私の分のほとんどを食べてもらいました。
 インドでは、あまり辛いカレーは出ない所で食事をしているので、久しぶりに辛いカレーを体験しました。

 このスリランカ料理は、鰹節を使って身体を整える、アーユルヴェーダに基づいた料理になっているそうです。確かに、和風の味がします。
 ただし、すぐに口の中が焼けるようになるので、ほんの一口カレーを掬っては水を飲んでいました。

 この周辺には、ネパール料理屋さんが2軒あります。ただし、あまり口に合わないと感じていた中で、やっとデリー出身の方のインド料理屋さんができて楽しみにして行っていたのに、それが今度はスリランカ料理屋さんに衣替えです。
 聞くところによると、今年の正月中旬に開店したのだそうです。
 感じのいい店員さんでした。しかし、その辛さが、刺激物に弱い内蔵を持つ私には堪えます。

 今度行ったら、辛くないものを作ってもらえないか、お願いしてみようと思っています。
 お店の雰囲気はいいので、次回はマイルドなカレーとの出会いを楽しみにします。
 スリランカ料理というと、奈良にいた頃、生駒山の中腹にあったラッキー・ガーデンへよく行ったことを思い出します。非常にマイルドな味でした。
 ここでも、期待できそうです。
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2016年04月09日

江戸漫歩(125)隅田川・佃島・月島・越中島を望む

 隅田川を行き交う船とユリカモメを朝日が照らしていました。


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 スカイツリーと永代橋が遠景に並んでいます。


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 賀茂川ほどではないにしても、早朝のジョギングで島々の一日が明けます。


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 中央大橋も目覚め出しました。


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 豊洲方面は、早々と賑わいが起きています。


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 東京海洋大学に係留されている明治丸の橙色のマストが、越中島駅方面に見えます。


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 月島には、こんな日本的な家がマンション群に挟まれて建っています。


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 佃島にある住吉神社の裏には、鮮やかな橋と船、そして堀には吹き溜まりに桜の花弁が漂っています。ここには、江戸の名残が今もあるのです。


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 相生橋の下を流れる隅田川に、花筏が長く尾を引いています。
 昨日の雨で、江戸の桜も散り急いでいるようです。


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2016年04月06日

江戸漫歩(124)東京の桜は今が満開です

 関東地方には明日は雨との予報が出ているので、桜は今日が一番の見頃です。
 今いる宿舎(左側5階建て)の前から、前方の隅田川に面した越中島公園に咲く桜を見やりました。
 佃島や月島に林立する高層マンションに囲まれて、肩身が狭そうに咲いています。


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 宿舎の広場への入口には、桜吹雪が散り敷かれています。


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 大島桜(?)の緑の葉が、爽やかな初夏の訪れを感じさせます。


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 黒船橋が架かる大横川の川面には、桜花が流れ出しています。


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 和舟での桜遊覧の受け付けテントには、朝早くから多くの人が並んでいます。
 左奥には、中央大橋のX字型のシンボル柱が見えます。


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 一転して、多摩地域の立川の桜です。
 国営昭和記念公園では、葉桜になる直前の少し青みがかった色合いが、コンクリートジャングルと化した立川市街に遠慮するかのように地味に咲いています。


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 昭和天皇記念館の前も、桜で華やかになりました。


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 災害医療センターの北側の桜並木は、毎年みごとなピンクに彩られます。


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 職場までの散策路は、ぜいたくな花見気分にひたれます。


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 東京を離れる来年は、こうした景色の中を歩けないので、週末の葉桜も今のうちにもっと楽しもうと思っています。続きを読む
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2016年03月01日

江戸漫歩(123)新宿「思い出横丁」のうなぎ専門店「カブト」

 新宿の「思い出横丁」には、海外から帰った時や、大きな仕事が終わると行きたくなります。
 いつもは線路際の「岐阜屋」へ直行です。
 しかし、「カブト」がうなぎ専門店として話題になっていたので、かねてより気になっていたこともあり、中通りのお店に初めて行きました。
 昭和23年の創業だとのことで、私よりも先輩です。


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 コの字のカウンターには、10人ほどしか座れません。
 天井を見上げると、レトロな傘と電球が煙で真っ黒にタレ漬け状態になっています。
 よく漏電しないものだと、まず感心しました。

 「一通り」というコースを注文することから始まります。
 7本の串に5種類のうなぎが突き刺さって出てきます。
 うなぎのいろろいな部位を楽しめます。


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 うなぎの頭のえり焼きは、口の中で骨が気になり、いただくのが大変でした。
 肝焼きを追加で注文しました。

 飲み物は焼酎をいただきました。
 かつて「岐阜屋」がそうであったように、グラスから受け皿に溢れ出るほどに、なみなみと注がれます。しかもストレートで。

 目の前の醤油注しに、中華のお店にあるラー油のような液体が入っていました。帰り際に聞くと、焼酎に垂らす梅エキスだとのことです。
 隣にいたおじさんが、飲み終わった私に、その梅エキスを垂らした焼酎を少し分けてくださいました。ご親切に感謝。血糖値を気にしている私には、やや甘すぎるようです。

 楽しいお店が、また一つ増えました。
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2016年01月30日

江戸漫歩(122)東陽町の東京イースト21

 地下鉄東西線の東陽町駅近くに、東京イースト21があります。
 都立深川高校と江東区役所から北へ歩いてすぐのところです。


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 東京の宿舎の東側には、豊洲の高層マンション群がずらりと聳え立っています。南側には佃島と月島の高層マンション群が、西側には茅場町と八丁堀のビジネス街が展開しています。
 そんな環境に身を置いている中で、東北方面を見ると、にょっきりとビルが突き出ているので、どんなところか気になっていました。

 木場公園と東京都現代美術館の先にある東京イースト21に立ち寄りました。ここは、オフィス・ホテル・商業施設・イベントスペースで構成される、平成4年にできた複合都市です。21階建ての2つののっぽビルが、東陽町周辺のランドマークとなっています。
 ホテルイースト21東京はオークラホテルの系列で、落ち着いた雰囲気があります。ランチを美味しくいただきました。

 外に出ると、スカイツリーの尖塔が雨上がりの空に烟っていました。


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 この一帯は庶民的な場所です。東京オリンピックを間近に控え、これからますます人が多く集まる地域になることでしょう。
posted by genjiito at 21:46| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年01月10日

江戸漫歩(121)谷中の夕やけだんだん

 日暮里駅からぶらぶらと谷中銀座へと足を向けました。
 ここは、夕焼けが絶景のスポットとして知られています。
 しかし、時間帯が早かったので、噂の夕焼けは見られませんでした。

 途中で、「谷中せん遍”以」と書かれた暖簾の変体仮名に気づきました。
 最近、街中の仮名文字を収集するようになったので、これからはこうした文字も取り上げていくつもりです。


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 道から見下ろすと、狭くて短い商店街に、多くの人が集まっています。


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 階段の手前で、ベーゴマの遊びを実演してる方がいらっしゃいました。


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 ベーゴマは、昭和レトロの象徴でもあります。西岸良平の『3丁目の夕日』を思い出します。
 平安時代に京洛で遊ばれたそうなので、起源は古いようです。ただし、私はこのベーゴマでは遊びませんでした。もう少し大きなコマ回しはしました。戦後は、関西ではなくて東京の下町で子どもたちが遊んだのがベーゴマだと思っています。

 階段を下りてすぐのところに「夕やけだんだん」の標識がありました。


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 その標識の手前にあるお寿司屋さんの看板に「魚て津」とあります。変体仮名を見かけると反応する私は、それよりも、その真上に掲げられた看板の方に注目しました。「て」が字母である「天」のイメージを留めていたからです。


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 階段下では餅搗きをやっていて、子どもたちがたくさん集まり、興味深そうに見入っていました。


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 谷中の墓地からは、スカイツリーが見えます。


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 中村正直の墓を見つけました。


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 この説明文の中の「訓盲院の開設など女子教育、障害者教育」という言葉に目が留まったのです。


明治五年(一八七二)新政府に出仕し、大蔵省翻訳御用を務めるかたわら、翌年、家塾同人社を開いた。女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)校長就任、訓盲院の開設など女子教育、障害者教育にも力を注ぎ、東京帝国大学教授・元老院議官・貴族院議員も歴任した。


 今年もいろいろなものを見たり聞いたりして、点を線につなげられるように努めたいと思います。
posted by genjiito at 22:37| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年01月09日

江戸漫歩(120)葛飾柴又の帝釈天題経寺

 10年前になるでしょうか。息子と柴又に行ったのは。
 寅さんの映画は、数本見ただけです。映画館では一本だけで、あとはテレビで放映されたものしか知りません。私は寅さんファンではありません。しかし、寅さんには親近感を持っているので、柴又に立ち寄るとやはり寅さんしか思い浮かびません。

 柴又には、予想外に参拝客が多くて驚きました。根強い人気がある観光スポットになっているようです。


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 駅の改札口を出ると、寅さんの像が迎えてくれます。


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 帝釈天参道は、参拝客で一杯です。
 参拝のためなのか寅さんを想って散策を兼ねた観光なのか、この賑わいには2通りの心情が交錯していておもしろいと思いました。


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 二天門は、映画でお馴染みです。


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 境内を抜けて江戸川へ向かうと、土手には芝桜がぱらぱらと咲いていました。もうこのあたりは春です。


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 江戸川の河川敷から対岸に漕ぎ出している矢切の渡しを、柴又公園の土手から望みました。渡し舟には乗りませんでした。


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 軽い食事を兼ねて、草だんごとおかずを「とらや」さんでいただきました。


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 映画の撮影で使用された階段が残っていました。


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 今度寅さんの映画を見たら、この階段のことを思い出すことでしょう。
 ただし、この「とらや」さんは第1作から第4作までの撮影で使われたそうなので、その後の映画ではどのような階段だったのでしょうか。
 機会があれば、そんな視点で映画の背景となっているお店の造りも楽しみたいと思います。
posted by genjiito at 22:06| Comment(0) | 江戸漫歩

2016年01月05日

江戸漫歩(119)見舞いと明治神宮参拝の後は東京駅で夢を語る

 立川では、年始行事としての館長挨拶と、参加者全員の記念撮影がありました。
 新年が始まったことを実感します。

 昨年知り合った大学生のMさんが尋ねて来てくれたので、古写本の翻字のことなどの話をしました。若い方がこうしたことに興味をもってもらえることは、心強い限りです。気長に仲間として一緒に翻字作業などをしていきたいと思います。

 少し早めに館を出て、代々木駅前の病院に入院している息子を見舞いました。
 今日は痛みも軽くなったようです。術後2日目なのに、リハビリで少し歩かされたそうです。身体を動かすことで回復を早める治療であり指導のようです。

 せっかく明治神宮のそばに来ているので、病院からの帰りに初詣を兼ねて神宮にお詣りしました。

 北詰所に建つ一の鳥居からスタートです。


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 ここには、かつて一度来たことがあります。ただし、それがいつで、何があって来たのか、今それがまったく思い出せません。
 初詣参拝者の数で日本一ということもあり、人が多いというイメージで足が遠ざかっていたのかもしれません。

 北参道を歩いて本殿にお詣りします。そこで2つ目の鳥居を潜りました。


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 その少し南にある、日本一大きい鳥居だと言われている二の鳥居(大鳥居)を見上げました。


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 京都や奈良で鳥居を見慣れているせいか、日本一と言われてもそんなに迫るものは感じられませんでした。

 南参道から南詰所を出たところにも、大きな鳥居があります。


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 この鳥居を出ると、すぐに原宿駅があります。
 お正月に加えて夕刻という時間帯にも関係するのか、とにかく若者が多いのに驚きました。原宿に近いということもあるのでしょう。

 原宿駅からは、まっすぐ東京駅に向かいました。
 今夜は、Y氏とKさんと一緒に、今後のデータベースについて打ち合わせることになっていたのです。

 東京駅八重洲口の喫茶店で、実に2時間半の長時間にわたり、実務的な話と夢語りを存分に闘わせることができました。

 最近、夢を語り合う仲間が激減しました。その点では、このお2人とはホラ話に脱することなく、本当に夢のような話が今にも実現させられるレベルで語り合えます。得難い仲間です。その意味でも、Yさんは敬服に値する方です。

 私の定年後は、Yさんの大きな力と知恵をお借りしながら、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉をさらに発展させていきたいと願っています。
 若い方々が研究者として、さらには人間として育っていくことを後押しすると共に、現在構築しているデータベースを次の世代に襷リレーしていくためには、夢が語れないと実現しないと思っています。

 その点からも、今さまざまな夢が語り合える仲間が自分のそばにいることに、あらためて感謝しながらお別れしました。
 直接会って話すことは久しぶりです。何かがまとまった、というわけでもありません。お互いが今考えていることをぶつけ合いわかり合い、今後の展望が拓けたことを確信して別れました。この感触が、実に気持ちのいいものとして、温もりのある手応えとして残りました。

 年始にあたり、幸先のいい時間が持てました。
 Yさん、Kさん、ありがとうございました。
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2015年11月29日

江戸漫歩(118)深川大鳥神社の酉の市

 昨年の今ごろ、大田区大森にある鷲(おおとり)神社の酉の市へ行きました。

 今年の酉の市は、一の酉が11月 5日(木)、二の酉が11月17日(火)、三の酉が11月29日(日)です。
 11月の酉の日は、年2回の年と3回の年があり、1年置きに来ます。といっても、来年も3回あります。
 今日はちょうど三の酉。
 「三の酉まである年は火事が多い」と言われているとか。
 二十歳の成人式の数日前に、住み込んでいた新聞配達店の火事で焼け出されました。身の回りの物をすべてなくし、鷲神社に数日避難した私にとって、鷲さんは忘れられない神社なのです。

 「江戸漫歩(92)大森の山王を散策し酉の市へ」(2014年11月22日)

 関西では十日戎と言って、新年の「えべっさん」がその賑わいを見せます。
 大阪の高校で教員をしていた頃には、仕事帰りに自転車で日本橋の電気屋街へ行くついでに、今宮戎に立ち寄って福笹をいただいたり、「福娘」を探したりしていました。

 調べてみたところ、この「えべっさん」と「酉の市」は、特に関連する行事ではないようです。

 関東一円では、年末の「酉の市」が鷲神社(大鳥神社)で催されています。
 こちらは熊手が縁起物となっています。

 日中はぽかぽか陽気だったこともあり、近所の富岡八幡宮へ恒例となっている骨董市に行ったところ、三の酉ということで境内の露店では骨董品ではなくて熊手を並べていました。


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 本殿では、七五三のお詣りで来た家族連れも含めて、長蛇の列でした。


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 実は、大鳥神社はこの本殿に向かって左の奥手にあります。
 ほとんどの方がそのことを知らずに、ここでお参りを済ませておられます。
 富岡八幡宮の参道で賑やかに酉の市の熊手が並んでいても、肝心の大鳥神社は末社として人目につかない奥にあるのです。

 ここの大鳥神社で熊手を求める方が少なかったのは残念です。
 私はいただきませんでした。しかし、ここの大鳥神社では、渡した熊手をすぐ横の社の前で、1つずつ神主さんが御幣でお祓いをしておられました。
 これで、ありがたみは倍増です。

 近くのホームセンターでは、早々とお正月の注連飾りや門松が並んでいました。今年は、クリスマスはすっ飛ばして、もう来年の準備にかかっているようです。

 そんなこんなで、江戸の歳末が肌身に伝わってくるようになりました。

 明後日から師走です。
posted by genjiito at 21:33| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年11月28日

江戸漫歩(117)紅葉には少し早かった清澄庭園

 清澄庭園の様子などは、「江戸漫歩(33)深川図書館と清澄庭園」(2011/4/24)に書きました。

 また、清澄庭園とその周辺のことは、「江戸漫歩(37)清澄公園から芭蕉庵旧跡へ」(2011/5/8)に書いています。

 共に、初夏を感じさせる季節にお弁当を持って、散策がてらに行ったときのことでした。
 秋の頃にはこの庭園に来ていなかったので、紅葉狩り気分で今日もお弁当を手にして行きました。
 江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡らしく、都心とは思えないほど雄大な景色が堪能できます。
 回遊式林泉庭園というのは、気持ちが大らかになります。

 お弁当を広げていたベンチの横に、鷺が人懐っこく寄ってきました。
 賀茂川の自然の中の鷺と違い、都会の匂いを漂わせるダンディな鷺です。


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 中の島の前で見上げると、何本かの木が色付いていました。


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 この彩りを対岸から見ると、こんな感じです。


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 多くのユリカモメが、池の水面を飛び交っています。


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 日陰では寒さを感じます。
 周りの紅葉の色がくすんでいるのは、日当たりのせいではないでしょうか。


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 鷺と鴨が仲良く遊ぶ姿は、私が大好きな構図です。


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 あっという間に日が落ちました。
 散歩を兼ねて歩いて宿舎に帰る頃には、すっかり風も冷たくなっていました。
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2015年11月11日

江戸漫歩(116)自然がしかける微妙な色模様

 昨日今日と東京を横断する中で、微妙な色のグラデーションを写し取りました。
 この時期ならではの、京都で、奈良で、名古屋で、そして東京で、少しずつ変わりゆく色模様の競演を、非常に短かい期間に楽しむことができました。

 宿舎の真下の庭では、花々と木が光を求めて、その存在をアピールしています。


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 その宿舎の出入り口と正面の通りも、自由気儘に色変わりの枝葉を見せています。


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 駅に向かう途中でも、中央大橋が望める黒船橋や大横川の川岸の紅葉の赤味が増してきています。


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 立川にある職場の前も、植え込みが人目を引く色に変わっています。


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 この時期は出歩くだけで、植物の花ではなくて葉の色の変化が楽しめます。
 それに引き換え、人々の服装はしだいに地味になっていきます。
 ちょうど今が、鮮やかな色の風景から、モノトーンの人々が行き交う季節に移行する時期なのです。
 これから歳末に向けて、街の飾りがますます賑やかになります。
 ただし、街路やお店のウィンドウはあくまでも人工的な色彩の飾り付けなので、あまり奇抜な色の氾濫にならないようにお願いしたいものです。
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2015年10月27日

江戸漫歩(115)国営昭和記念公園で見かけた初冬の風景

 職場に隣接する国立国語研究所で、変体仮名に関していろいろと教えていただきました。
 こちらの問題意識が明確だと、知らなかったことがどんどん身体に染み込みます。

 興味のあることは、おもしろいほど理解が追いつき、自然と疑問も生まれてくるのです。
 疑問を解決しようとして質問をすると、その説明を聞いてまた理解が深まります。

 反面、興味のないことや実感を伴わないときには、何をしても身に付きません。
 当たり前のことながら、知りたいときに知ろうとするのが、一番効率がいいようです。

 運動をしていて、水がほしいときのことを思い出しました。
 知識や知恵がもらえる仲間がそばにいることの幸せを感じています。

 今、私の興味の中心に、変体仮名に関する問題がドンと居座っています。
 しばらくは、この問題と取り組んでいくつもりです。

 たくさんのことを一気に教えてもらったので、私の頭もヒートアップ。
 少し冷やすためにも、ぶらぶらと初冬の立川を散策しました。

 この記事のタイトルを「江戸漫歩」としています。
 しかし、実際は武蔵野漫歩です。

 陸上自衛隊立川駐屯地の前では、沈む前の陽光を木々がいっぱいに浴びています。
 まだ紅葉には早いようです。


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 昨日の朝は京都にいました。
 北大路橋から北山を望むと、賀茂川沿いの半木の道が少し色付き始めていました。


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 昨日も紹介した、京都府立盲学校の校門前の紅葉はきれいでした。


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 東西の季節の移り変わりを、こうして楽しんでいます。

 国営昭和記念公園を横切っているとき、いろいろな草花や木々を見ました。
 そのいくつかを揚げます。


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 園内の陸橋から職場を望みました。
 いつもは、この反対側である東側を、モノレールやバスで通ります。西側の道が意外に広いことを知り、立ち位置によって見え方があまりにも違うので驚きました。


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2015年10月12日

江戸漫歩(114)畠山記念館で織部を見て東西の1間を思う

 先週から、体調が思わしくありません。
 独りで京都の自宅にいることに不安を感じ、昨日の午後、急遽上京することにしました。

 帰洛の際には、雪を冠する直前の富士山を見ました。
 先一昨日の写真を再掲します。

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 そして昨日の上京の時は、初冠雪のニュースの直後だったこともあり、楽しみにして左側2列の窓側に席をとりました。といっても、いつも1号車の自由席なので、だいたい思う席に座れます。

 しかし、夕方で曇っていたこともあり、なんとなくそれらしい富士山を見た気にさせる佇まいでした。山頂に雲が薄くかかっているのが惜しまれます。


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 昨日の朝、賀茂川散歩の折に、出雲路橋から比叡山を望みました。


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 そしてその夜には、宿舎に着く手前の陸橋から、お江戸の月島と佃島方面を望みました。


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 この東西の生活空間と環境の違いに、あらためておもしろさを感じています。
 まだしばらくは、好対照の町が見せるこの落差を楽しみます。
 いずれも、日本の文化を代表する表情を伝え持ち、多くの人を抱え込んで発展している都市なのですから。こんな2点間を行き来できる幸いは、なかなか得難いものがあります。

 今日は、連休も最終日です。
 東京は24度と暖かいので、気分転換も兼ねて近場に出かけることにしました。

 機会があれば訪れている畠山記念館で、「古田織部没後400年記念」として「桃山茶陶と「織部好み」」という秋季展が開催されています。のんびりとお茶道具などを見るのには、もってこいの祝日です。

 正門から入ってすぐ左に、「翠庵・名月軒」があります。
 今日は、めずらしく雨戸が開いていて、お茶室内を見ることができました。
 しかし、帰りには雨戸が閉められていたので、写真に撮るチャンスを逸してしまいました。
 内部の写真は、畠山記念館のホームページでご覧ください。


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 そのすぐ左手前には、「沙那庵」があります。
 ここは3畳なので、こぢんまりとしたお茶室です。


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 苑内奥には「毘沙門堂・浄楽亭」がありました。
 ここも行った時には雨戸が開いていたので、中を拝見することができました。しかし、帰りには、これも残念ながら閉められていました。
 10畳の広間です。この建物左側の、毘沙門堂の3帖台目の部屋は、見ることができませんでした。


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 美術館の2階では、織部好みとされる斬新なデザインの茶器を見ることができました。
 重要文化財となっている「伊賀花入 銘 からたち」と「志野水指 銘 古岸」の2点は、その肩書きにつられてじっと見つめました。しかし、私にはそのよさがわかりません。それなりの観方があるのでしょう。しかし、今の私は持ち合わせていないのです。何度も見る機会を持つことで、先人の美意識が感得できるようになるのでしょうか。まだまだ時間がかかりそうです。

 私が気に入ったのは、「古銅花入 杵の折」という、明時代(15〜16世紀)のものでした。ガラスケース越しだったので、照明にもよるかと思いますが、漆黒の深みと形の簡素さがいいと思いました。

 妻は、「伝・俵屋宗達筆 扇面草花図」(江戸時代17世紀)の軸装の布地と、「中峰明本墨跡 跋語」(元時代、13〜14世紀)の文字がいい、と言っていました。
 そう言われてあらためて見ると、なるほど確かに、と納得します。
 判断する基準を持っていないので、こんな調子で2人で気ままにぶらぶらと観ていました。

 2階展示室内の一角には、四畳半の茶室「省庵」があります。
 今日は、籠の花入れに「小菊・藤袴・照葉」が飾られていました。
 「照葉」のことを知らなかったので、今調べてみたところ、きれいに紅葉した枝葉だとあります。
 確かに、葉が朱に染まった小枝でした。

 この茶室「省庵」が思いの他に狭く感じました。昨日まで京間の四畳半にいたので、江戸間との広さの違いに認識をあらためました。

 これも先ほど調べたところ、京間の1間は197cm、江戸間の1間は182cmだとあります。1間で15cm も違うのです。
 京間の6帖は江戸間の8帖ほどだとも書かれています。
 東西の空間認識の違いは、日常のさまざまなところに見られると思われます。
 おそらく、私の身体は、京間サイズでものごとを認識していると思います。
 とすると、昨夜から東京に来て見聞きするものに、どのような違和感を持ちながら生活をするのか、興味深いことです。

 この物の大きさや広さについて気づいたことがあれば、またここに書きましょう。
 これまで、1間の幅の違いについては、日常的にはあまり意識していなかったことなので、今週一週間がまた楽しくなりそうです。
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2015年09月27日

江戸漫歩(113)深川の富岡八幡宮で聞いた和太鼓

 深川の富岡八幡宮は、日曜日には骨董市をやっています。
 散策を兼ねて、よく物色にでかけます。
 今日は、永代通りを歩いている時から、太鼓の音が地響きのように聞こえてきました。

 参道入口の大鳥居の下で、揃いの法被姿の集団が威勢のいい太鼓を響かせていました。
 「東日本大震災 義援金募金」としての活動のようです。


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 後で知ったことですが、この太鼓集団は深川富岡八幡宮の氏子で結成された「葵太鼓」のみなさんだったのです。
 どおりで、気合いが並大抵のものではありませんでした。

 インドへ行くといつも、ニューデリーにあるブッディストセンターに泊まります。
 そこはチベットの方が運営しておられる日本のお寺なので、毎朝6時に太鼓が鳴り、読経が始まります。
 私と太鼓のつながりは、このインドが唯一です。

 立川や金沢文庫のイベントで、太鼓のパフォーマンスを見たことがあります。
 あれは、たまたま見た、というものでした。

 今日の太鼓は、その迫力に圧されてしばし聴き入る共に、演奏しておられる方はもちろんのこと、その集団の他の方々が演者を見つめる顔つきも魅力的でした。

 参道に並ぶ骨董屋さんを覗き見ながら本殿に進むと、境内では東北物産展をやっていました。


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 東北出身の妻は、支援の気持ちも込めて買い物をしていました。

 帰りがけに元来た参道を戻ると、今度は別のチームの太鼓が鳴っています。
 この音が、先ほどの方々よりも格段に迫力があります。
 太鼓は、身体の芯から揺り動かす活力があります。見るからに力技です。


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 終わると、ほーっと息が漏れます。
 周りの方も、緊張が緩んだところで立ち去って行かれました。
 気持ちのいい余韻が、しばらくは体内に残ったままでした。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年09月26日

江戸漫歩(112)文明と喧騒と隅田川の鷺

 散策の途次、いつものように佃島と月島にほど近いところの本屋さん「書原」に立ち寄りました。
 入口には、地元の情報誌が並んでいます。しかし、中に入ると魅力的で知的な香りに満ちています。

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 ここは、この入口しかない小さな書店です。しかし、その選書がユニークなので、書棚を見ながらブラブラするだけで、豊かな時間が流れていきます。本の品揃えが楽しめるのです。

 とにかく、こんな本があったのかと、つい手にします。お店の方のポリシーなのか、さまざまなジャンルにわたり、鋭い視点で書かれた本が揃っています。それでいて、専門書屋さんではないのです。

 この本屋さんには、大型書店にもネット書店にも負けないだけの、つい足を運んでしまう魅力があります。

 この裏手が隅田川です。


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 川の手前が中央区、向こうが江東区で、私がいる5階建ての宿舎は右手の一際高い木立ちに隠れています。
 ちょうど、越中島水上バスのりばの土手の向こうになります。
 伊井春樹先生がこの宿舎にお住まいだった40数年前は、周りにこんな高層マンションはなかったはずです。

 船が行き交うと、波が岸辺に打ち寄せます。
 大きな水飛沫が上がるので、鷺もそれを楽しんでいるようです。


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 また、若者たちが賑やかにボートで橋の下を通過する時には、鷺も川面をじっと見つめていました。


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 この隅田川の鷺は、賀茂川の鷺と違って、文明と喧騒の中で1人静かに時の流れを楽しんでいるようです。
posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年09月18日

江戸漫歩(111)赤坂で打ち合わせと会議

 昨日から2日続きで、国会周辺を地下鉄で移動しています。


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 今日は、上掲地図の左下にあるオレンジ色の矢印で示す赤坂駅が起点となりました。
 私は初めてこの赤坂駅に降り立ちました。
 この駅の上にある国際新赤坂ビル東館13階にある「TKP赤坂駅カンファレンスセンター」で、総合研究大学院大学文化科学研究科の教授会があるのです。


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 これには、同じ研究科に所属する国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんも出席なので、会議の前に食事をしながら、今後の予定を中心とした打ち合わせをすることにしました。

 ちょうど目の前に「赤坂サカス」や「赤坂 Biz タワー」があります。歩き回らなくてもいいように、「赤坂 Biz タワー」の地下1階にある「げんまい食道」で食事をしながら話をしました。

 広瀬さんと一緒に歩くときには、この頼りない身体であっても、肘を貸すことで全盲の広瀬さんをエスコートできます。棒切れのような私でも、お役にたつことがあるのです。
 椅子に座って話をしていると、相手が目の見えないことをすっかり忘れて、つい話に夢中になります。

 食後は、教授会の会場となっている、道を隔てた国際新赤坂ビル東館に移動して、その地下にあるスターバックスで話しました。

 広瀬さんと話をしていると、いつも多くのひらめきをもらえます。
 今日も、意外な発見がありました。
 変体仮名の話をしていた時でした。
 「あ(安)」の他の変体仮名として「阿」があり、それが阿倍野や阿佐ヶ谷の「阿」であることは共通理解として共有できました。ところが、私の名前の「伊」も変体仮名の1つだというと、漢字としての「伊」がはっきりしない、とのことです。「藤」ははっきりと認識できるそうです。

 これは意外でした。
 中学1年で失明したので、それ以来生活に関連しない漢字はどんどん忘れていく、というよりも、字形がぼやけていくそうなのです。
 パソコンや携帯電話で文字の読み書きをするようになってからは、特に漢字の形が曖昧になっているということでした。

 「伊」も、人偏だったことはわかるが、旁はどんな字だったかあやふやだ、というのです。
 正直言って、これは衝撃でした。私の名前をメールなどに書き、口にしていても、彼の頭の中にある私の名前は、漢字ではなくてひらがなか単なる音だったのです。

 しかし、そこからまたヒントをもらいました。
 今、目が不自由な方と一緒に古写本を臨書することを考えています。
 左手で立体コピーの変体仮名を触読しながら、右手では指にはめた筆具で紙に書写するのです。

 これは、写本に書かれた変体仮名を学習する一環として取り組もうと思っていることです。しかし、今日の広瀬さんの話から、この筆写は筆文字を体得するためばかりではなくて、忘れゆく文字を思い出し、字形を再確認することにもつながるのです。また、先天盲の方には、まったくしらなかった新たな文字のスタイルを、これを機会として覚えることになるのです。

 私の名前の漢字に端を発した話は、忌憚なく何でも話ができる間だからこそ、こうしたヒントがもらえたのです。
 このことは、さらに考えてみることにします。

 無事に教授会が終わってからは、東京メトロ千代田線の赤坂駅から1駅隣りの国会議事堂前駅で丸の内線に乗り換えます。
 駅の路線案内図を見ると、地下鉄の乗り換えの複雑さがよくわかります。


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 東京駅に出てから新幹線で京都に帰りました。
 東京駅から新幹線に乗ろうとして地下鉄で行くと、どの線も歩く距離が長くて不便です。
 東京の交通機関は迷路です。
 しかも、地下深く網の目のように張り巡らされているので、水害のことを考えると身震いがします。

 南米チリの沖合での地震の影響で、今日は日本にも津波が来ているようです。
 自然災害が頻発する昨今、東京の地中を移動する日々に身を置くのも気が抜けません。
 あと1年半は、慌ただしい中でのこんなハラハラドキドキの生活が続きます。
posted by genjiito at 22:27| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年09月05日

江戸漫歩(110)日比谷公園から東京国際フォーラムへ

 所用があり、一昨日に続いて日比谷公園へ行きました。
 いつもは薄暗くなった夕方から、霞が関駅を上がって行きます。
 今日は、明るい公園に日比谷見附跡から入りました。


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 公園に入ってから帝国劇場の方を振り返ると、水鳥の飾り物が置いてあるのか、その頭部だけが見えました。


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 しかし、頭が少し動いたようだったので、確認のために引き返すと、生きている鷺でした。
 1羽だけで寂しいのか、じっとしています。
 その不動の姿勢が、賀茂川の鷺たちのように沈思黙考ではなくて、観光客を意識したプライドを見せています。


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 いかにも絵はがきのようで、おもしろくないと思っていたら、急に心字池に嘴を突っ込んで餌を捕まえたのです。
 人目を意識したショーを演じているようで、これもやはり興ざめでした。


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 日比谷図書文化館の手前に建つ日比谷公会堂を見上げました。
 55年前の秋に、ここで浅沼稲次郎暗殺事件があったことを思い出します。
 といっても、私がまだ小学生低学年の頃なので、その後のニュース記事で知っているだけですが。
 この日比谷公会堂も、来年から改修工事に入るために、使用できなくなるそうです。


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 公園の中の大噴水の周りでは、「日比谷秋の収穫祭 2015 オクトーバーフェスト」というイベントが行われていました。
 「ベロニカ・レンツ」&「Top 4 plus」という、南ドイツ・バイエルン地方の民俗音楽団のみなさんが、ビールを飲むお客さんたちを盛り上げておられます。


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 一昨日、日比谷図書文化館でのハーバード大学本を読む講座に来た時に賑やかだったのは、これだったのです。
 一昨日から今日までの3日間は、飲んで踊って歌って騒ぐお祭り日なのです。
 ビール好きには堪えられない一時でしょう。
 しかし、発砲性の飲料に弱い私は、残念ながらご一緒できません。

 東京駅に向かって有楽町の手前を歩いていると、丸の内仲通りの木立が涼しそうに続いていました。この一帯は信号機もなくて自由に散策できるので、暑さが去った秋口にはいいところです。


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 東京国際フォーラムの地上広場では、「第14回 TOKYO JAZZ FESTIVL」が多くの人を集めて盛り上がっていました。ちょうど「早稲田大学ニューオリンズ・ジャズクラブ」の演奏に出会えたので、しばらく楽しみました。
 昨日から明日までの3日間、ここはジャズの音が響きます。


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2015年09月04日

江戸漫歩(109)秋の風を感じる並木道

 江戸漫歩というよりも、多摩散策です。
 立川駅周辺では、夏が過ぎ去ったことを実感できます。
 多摩モノレールが頭上を通過するのを見ていると、空も秋を感じさせていることに気づきます。


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 職場までの並木道も照り返しが弱くなり、秋風の感触が心地よいほどです。


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 帰りに、西口で南極観測隊の新しい施設が出来つつあるのに気づきました。
 普段はここから出入りしません。
 何ができるのか楽しみです。


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 陸上自衛隊立川駐屯地を右手に見ながら、昭和記念公園へとぶらぶら気ままに散策です。


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 あの汗だくだった8月が、一気に涼風と入れ替わっていくのがわかります。
 異常気象と言われるこの頃です。
 しかし、このまま秋へと移行してほしいものです。
posted by genjiito at 22:37| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年07月26日

江戸漫歩(108)牡丹町公園での盆踊り大会

 地下鉄東西線の門前仲町駅一帯は、商店街や沿道に演歌が流れている、深川の面影を残す庶民的な街です。

 その真ん中に位置する牡丹園に隣接する牡丹町公園は、門前仲町、富岡、木場、古石場、越中島に囲まれた古石場親水公園沿いにあります。
 この牡丹町公園で盆踊り大会をしていました。
 太鼓の音に釣られて、自然と足が向きました。


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 予想に反して、公園は大勢の人で賑わっていました。
 下町の住宅街なので、子供が多いのです。踊りの輪にも活気があります。
 町内会の世話役数人が踊っているのではなくて、ご町内みんなで盛り上がっていました。


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 近年、発展の著しい近隣の豊洲、月島地区の高層マンション群とはまた違った、まさに江戸の情緒や風情がある一角となっています。
 先日来た眼科も、この公園のそばにあります。

 このあたり一帯は、8月に向けてこれからますます、神社の夏祭りや盆踊りで賑やかになっていきそうです。

 この近くの薬局でいくつかの医薬品を手に入れると、またすぐに木場へ行く用事ができました。
 のんびりと盆踊りを見て楽しんでいる暇はありません。
 何かと慌ただしい、西へ東へ北へ南へと奔走することになった1日でした。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年07月05日

江戸漫歩(106)「法典の湯」は紀元前百万年の「化石海水」

 千葉県市川市にある、住宅地の中の「法典の湯」に行ってきました。
 千葉県にありますが、一応、江戸漫歩の1つとしておきます。

 例年にまして、湿っぽい日々が続いています。
 しとしとと降るだけでなく、突然の大雨が間欠的に襲うので、天変地異を実感する夏の入りです。
 今年の祇園祭の天候が、今から気づかわれます。

 そのような中で、東京の宿舎には扇風機だけでエアコンがないこともあり、気分転換にもなるかと温泉浴に出かけたのです。

 JR武蔵野線の船橋法典駅から歩いて坂道を下った5分のところに、その温泉はあります。宿舎からは乗り換えなしの8駅目、30分です。通勤に立川まで2時間もかかっている身としては、その近さに拍子抜けしました。


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 この温泉のことは、以前、「江戸漫歩(41)楽天地天然温泉「法典の湯」」(2011/6/25)として書きました。4年ぶりとなります。

 あの時はどのような経路で行ったのか、どうしても思い出せません。乗り換えが面倒だったように思い込んでいました。
 武蔵野線、京葉線、地下鉄東西線に加えて日比谷線と、いろいろな行き方があります。その時は、あるいは西船橋でお買い物をしながら行ったのかもしれません。
 都心の便利な地域にいると、こんな悩ましいこともあるのです。

 ここの一番の売りは、やはり地下1,500メートルから湧き上がる紀元前百万年の「化石海水」で、塩分の強い天然温泉の源泉掛け流しでしょう。泥色の源泉は、温泉に入ったという気になります。
 雨に打たれながらの露天岩風呂もいいものです。
 鉱石を使った岩盤白湯の白濁の湯も、ありがたみを感じます。
 泥色と白色のお湯に交互に入ると、地底のミネラルを身体にたっぷりと吸収した気持ちになります。身体はほくほくとして、汗が滲み出るほどです。

 その後、よもぎのスチームサウナに入ると、「インドの温泉地ソーナ」(2012年02月06日)を思い出しました。

 現在、日本の各地で地震や噴火が起きています。温泉の恵みと裏腹に、火山列島ならではの災害が共存していることも実感させられます。自然との絶妙のバランスが保てるといいのですが……
 今は、人間の勝手な都合ではあっても、そこに狂いが生じているようです。

 一日も早い防災と安全対策が実を結ぶことを祈るのみです。
posted by genjiito at 21:27| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年06月08日

江戸漫歩(105)東京海洋大学の第55回「海王祭」

 東京の宿舎の前には、東京海洋大学越中島キャンパスがあります。
 ここのことは、「江戸漫歩(98)東京海洋大学と明治丸」(2015年04月18日)ですでに記しました。

 この大学は、その前身である私立三菱商船学校の創立から140年の歴史があります。
 今回の大学祭「海王祭」のテーマは、「Full Ahead Eng. 〜140年の航跡〜」となっていて、「全速前進」という意味だそうです。


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 午後からは、さかなクンのトークショーがありました。しかし、時間が合わなかったので、ジャズ部の音楽だけを聴きました。品川キャンパスの学生との合同バンドだそうです。


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 舞台の背景に、明治丸がドンと居座っています。

 素人の学生さんたちの演奏だろうと思っていました。しかし、これが本格的なので、つい椅子に座って聴き入ってしまいました。日頃はジャズを聴くことがないので、爽やかな風の中で軽快な音楽を楽しみました。

 大学の校舎内の研究室をブラブラし、日頃は見かけない物や情報を見ました。
 フリーマーケットは、本当にささやかに小物が並んでいるだけでした。

 永代通りにある富岡八幡宮に向かって散策し、お昼は通り掛かりに見つけた『NAGISA - TEI』に入りました。


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 これが、意外と雰囲気のいいお店で、美味しくいただきました。
 丁寧に作っておられたのです。初夏らしく、窓を開けっぱなしの2階で、シーフードを堪能しました。

 富岡八幡宮では、日曜日なので骨董市をやっていました。しかし、ここはいつもさっと見るだけで、お参りをしたらすぐに帰ります。あまり感じのいい骨董市ではありませんので、お勧めできません。
 梅雨入り前の、さらっとした涼風を肌に感じた一日でした。
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | 江戸漫歩

2015年06月05日

江戸漫歩(104)千代田図書館の「図書館コンシェルジュ」

 来週14日(日)に、科研「挑戦的萌芽研究」の第1回研究会を都内で開催します。
 会場がなかなか決まらない中を、千代田区立千代田図書館で企画システムプロデューサーをなさっている幸田さんと、企画チーフの河合さんに手助けしていただき、千代田図書館をお借りすることができました。

 開催日が近づいたこともあり、目が不自由なお2人の先生が戸惑われないように、九段下の改札口から千代田図書館の10階までの経路の確認を含めて、担当者と2人で会場周辺の下見に行ってきました。全国を自由に移動しておられるお2人の先生なので、特に心配はありません。しかし、初めての所にお出でになることでもあり、やはり念には念を入れての確認は必要です。

 実際に、九段下駅の改札口からエレベータ2基を利用して地上に出られることが、今回の実地踏査と河合さんからのアドバイスによって判明しました。
 この駅は、私が通院していた九段坂病院があり、また千代田図書館へ古書目録の調査で何度も来ているので、熟知していると思っていました。しかし、エレベータは意外と見え難い場所に設置されていたので、今回初めてこれが役立つことを知りました。
 この九段下の改札口には、会場までの案内役2人を配置することで了解を得ました。

 千代田図書館のホームページには、NPO法人ことばの道案内が作成なさった、「ことばの道案内(千代田図書館までの道のり)」もあります。地下鉄九段下駅からは、この音声案内も便利です。

 千代田区役所の中にある図書館内は、障害者への配慮は万全です。
 ただし、幸田さんのお話では、通路下に敷設されている特殊素材の道案内を兼ねたシートは、点字ブロックではないので少しわかりづらいかもしれない、とのことでした。特に、曲がり角がそのようです。これは、当日口頭で伝えることにします。

 さらに、当日は日曜日のため、10階にあるコンビニエンスストアはお休みです。ただし、自動販売機は稼働しているそうです。いろいろと確認しておくものです。

 懇親会をする場所でアドバイスをいただこうとしたところ、階下の「図書館コンシェルジュ」があるコーナーに案内してくださいました。
 探している懇親会場の条件などをお伝えすると、しばらくして近くにある最適なお店を紹介してくださいました。

 私は、この図書館コンシェルジュというお仕事のことを、この時までまったく知りませんでした。ホテルでの観光案内は知っていましたが。
 上掲のホームページにも記されているように、千代田図書館の利用や本探しに留まらず、「近隣の新刊書店と古書店の在庫状況を確認」とあるのは、神田神保町に隣接している立地にあるからこその特徴でしょう。その他にも、次のような案内をしてくださるのです。


・区役所や区の関連施設のご案内
・文化施設やレストランなど各種店舗のご紹介
・展覧会やイベントのご紹介
・観光案内やお薦めスポットのご紹介


 いやはや、至れり尽くせりです。
 今回のように、懇親会の場所を探すということは、「レストランなど各種店舗」の紹介に該当するのでしょうか。恐縮しながら探していただきました。それにしても、これは非常にありがたいサービスです。
 確かに、おっしゃるように、この「図書館コンシェルジュ」は千代田区の活性化につながるサービスです。図書館の機能が、ますます利用者のためのサービスとなっていくことは大歓迎です。

 この後、図書館コンシェルジュのお2人に紹介していただいたお店に立ち寄り、正式な予約とメニューなどの確認をしてきました。
 さらに、日比谷図書文化館で隔週開催の〈ハーバード大学本『源氏物語』を読む「翻字者育成講座」〉のために、霞が関に移動しました。この講座は、千代田図書館のみなさまのご理解とご協力で実現したものです。
 感謝しながら、日比谷で『源氏物語』を楽しく読み進んでいます。
posted by genjiito at 22:21| Comment(0) | 江戸漫歩