今朝の青山は快晴です。今日も暑い1日となりそうです。
明治神宮外苑前の銀杏並木は、スックリと天に向かって伸びています。
昨日、新宿で待ち合わせて押印してもらった書類を名古屋に送るために、すぐ近くの赤坂郵便局に持って行きました。
目の前には、赤坂御用地の圧倒的な緑の森が広がっています。
この中の仙洞御所には、2022年4月より上皇・上皇后両陛下が住んでおられます。2021年9月までは、天皇ご一家(天皇、皇后両陛下、愛子さま)が住んでおられ、旧赤坂御所(東宮御所)と言っていたところです。
この赤坂御用地には、仙洞御所の他に秋篠宮邸があり、秋篠宮ご一家がお住まいです。
ここから目と鼻の先にある息子のところで、昨夜は泊まりました。静かな一帯です。
昨夜降りた地下鉄青山一丁目駅から、大江戸線でかつて私が住んでいた門前仲町駅までは、乗り換えなしの9駅で行けます。昨秋から訪れていなかったので、我々が住んでいたところにどんな建物ができているのか、見に行くことにしました。今日は、門前仲町駅の1つ手前の月島駅で降りて、隅田川まで歩きました。
月島駅は、妻が利用していた駅です。私が癌の手術をしてから復職した時に、妻はそれまで勤めていた大阪の高校を定年直前で辞めて、東京の私が住む官舎に来ました。そして、新しく東京の高校への通勤に、この月島駅を使っていたのです。私は、隅田川を挟んだ1つ先の、門前仲町駅を使って立川まで通っていました。
ここは、我々の思い出の地なのです。
まずは、朝食ができる店を探していたら、よく行っていたスーパーマルエツの隣にコメダ珈琲店ができていました。ここは、かつては選書のセンスが良くて有名だった書店があったところです。京都一乗寺にある恵文社の小型版のお店でした。少しずつ街が新しくなっています。
モーニングのセットを頼んだところ、サラダに付いて来たドレッシングの1つであるオリジナルのボトルには、底に5ミリほどしか入っていません。
妻は、わざわざお店の人に言って取り替えてもらうのは気の毒だと言い、容器を振って下に集めようとしました。しかし、やはり量が足りません。お店の方に言って、新しいものを持って来てもらいました。恐縮しておられました。
ほとんど空のドレッシングを、確認を怠って持って来られたのでした。あまり外食をしないこともあり、よくあることか、滅多にないことなのか、初めての体験をしました。
月島側から隅田川越しに、かつて住んでいた東京医科歯科大学の官舎を臨みました。
工事は順調で、建物の外郭はできたようです。
右に重要文化財の帆船の明治丸と豊洲方面を、左にスカイツリーを望む角度で、かつての住まいのあった場所の写真を撮りました。
官舎があった場所の工事の進捗状況は、昨春より昨秋にかけて、なんどか紹介しました。
そして今の工事の状況は、こんな感じです。歩道橋から写した写真をアップします。
私が入っていた部屋は、矢印を付けたあたりでした。
この部屋が、ちょうど壊されていた時の写真を偶然撮影していました。
以下の記事の後半で、この状況を次のように書いています。
この建物の初期に住んでおられた恩師伊井春樹先生の2階東端の部屋と、後期に私が住んだ同じ2階の3軒隣の部屋との、ちょうどその間を、パワーショベルが2階までを崩し出したところでした。何というタイミングでしょう。その前の花壇には、妻が精根込めて植え育てた草花が、まだ元気に残っています。
「江戸漫歩(168)門前仲町を散策し隅田川で一休み」(2024年06月16日)"http://genjiito.sblo.jp/article/190941354.html"
この一角の名前は「プラウドシティ門前仲町」になったようです。分譲戸数620戸、非分譲47戸、賃貸(シニア住宅)113戸、となっていました。
向かいの海洋大学で、昨日と今日は大学祭を開催していました。ここに住んでいた頃には、ちょうど部屋の真ん前が正門だったので、大きなイベントの時には行ったものです。
今回も、教員でもあるさかな君がマスコットキャラクターでした。
地下鉄門前仲町駅から東西線で大手町駅まで出ました。大手町から延々と構内を歩き、東京天理ギャラリーへ行きました。『古今和歌集』と『伊勢物語』の展覧会が今日からはじまっている、という情報が入って来たので、急遽行くことにしたのです。
貴重な写本類のオンパレードで、充実した内容です。
今回は、カタカナで書かれた写本から、多くのことを学ぶことができました。
重要美術品である古今和歌集の片仮名本(鎌倉初期写)、定家自筆の古今名所(鎌倉初期写)、伊勢物語の古本(伝慈鎮筆、鎌倉中期写)などには、時間をかけて拝見しました。
妻は私の変体仮名講座に参加している内に、くずし字を読む腕をあげたようで、定家自筆の古今名所などは、開いてある丁の文字はほとんどを読めていました。このことで、相当自信をつけたようです。原典を見ることは、古写本の文字を読む力をつけるのに最適の機会となります。いいものを拝見し、啓発されることの多い観覧となりました。
