2024年11月03日

快晴の中で太宰府散歩を満喫する

 ホテルグランティア太宰府の天然温泉みかさの湯に泊まりました。そして、その太宰府温泉で目覚めると、ちょうど朝日が顔を出すところでした。神々しい山間の地であることを実感します。

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 筑紫女学園大学のアジア文化学科長である小林先生の車に乗せていただき、仏教絵画の研究者でありながら郷土史家という願ってもない案内に導かれて、太宰府のポイントを散策しました。贅沢なことです。
 大野城跡から市街を見下ろすと、九州国立博物館や筑紫女学園大学が望めます。この景色は、今朝の朝日を望んだ時の、さらに上から見たものです。

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 次は、水城跡です。版築工法で作られた土塁は、京都でいえば豊臣秀吉が市内に構築した土塁や宇治の太閤堤を思い出しました。
 一面のコスモス畑を見ながら、水城館でビデオを見て、さまざまな資料をいただきました。
 太宰府は万葉人の世界が体感できます。大伴旅人や山上憶良などの万葉歌碑めぐりもできます。資料を拝見していて、掲載された歌碑の写真と、その歌碑に刻まれた和歌の翻字に、表記上の漢字や仮名文字のズレが気になりました。刻されている文字を正確に翻字した方が、一般の方々には親切な配慮だと思うからです。
 さらには、変体仮名が数文字しかありません。万葉の時代に近付くためには、万葉仮名まではいかなくても、もう少し変体仮名を交えた表記にしても良かったのではないでしょうか。これでは、あまりにも現代の視点からの万葉時代への誘いであり、多くの知識がないと万葉という時代を身近に感じられないことでしょう。

 太宰府政庁跡では、都督府古趾などを見ました。

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 私は、今から50年前にこの太宰府に来ています。大学院の博士前期課程(修士)だった時に、中古文学会で研究発表をしたのが、太宰府天満宮の会場でした。会場校だった九州大学の今井源衛先生のお世話になり、国文学研究資料館の伊井春樹先生の質問を受けたりした、研究者の卵だった頃の思い出の地です。その時に、広場に建つ石柱を見上げた記憶があります。それが、この都督府古趾のようです。しかし、こんなに小さくはなく、しかも三つの石碑はなかったようなのです。何か思い違いをしているのか、記憶に自信がなくなりました。

 そこから少し奥まったところに、坂本八幡宮があります。ここは、元号「令和」にゆかりのあるところです。

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 記念に、二つのお守りをいただきました。

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 観世音寺の前の古碑(安永五年九月十八日)には、「源氏物語玉葛巻にも」とあり、次の行には「紫式部」という文字も刻まれています。この文章のことは、後日確認してから話題にします。

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 観世音寺の宝蔵では、小林先生のご専門でもある仏教美術に関する豊富な知識を踏まえた、観音さまや如来さまの詳しい説明を伺いました。贅沢な時間でした。

 観世音寺をぐるっと回り、西側に玄ムの墓がありました。玄ムについては、松本清張の「眩人」で知っていましたので、興味をもって見ました。目立たないので、もっと人目に付くように工夫したらいいと思いました。

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 最後は、戒壇院です。大和の東大寺の戒壇院は、奈良に20年も住んでいたので知っていました。日本には三戒壇があるとのことで、この筑紫の戒壇院以外には、下野の薬師寺の戒壇があるそうです。これで、二つの戒壇を訪れたことになります。

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 小林先生には二日市駅まで車で送っていただき、そこからは同行の村上明香先生が博多の新幹線乗り場まで見送ってくださいました。
 駅前に、野口雨情の歌碑がありました。今回の太宰府散策では、ほとんど史蹟や街中に変体仮名を見かけませんでした。最後にやっとありました。
 画像をクリックすると精細表示となり、文字が読みやすくなります。

「【桜】盤」「【一時】尓」「【泊】里」「【小唄】よ里」

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 博多までの車中で村上先生とは、『源氏物語』の翻訳本を活用した異文化交流の研究を深めるための方策などについて語り合いました。そのためにも、研究のための補助金をなんとかしなくては、というところに落ち着きます。気長に、末長く研究テーマとしていこう、と言うことで博多でのお別れとなりました。

 2日間にわたり、筑紫女学園大学の先生方には、大変お世話になりました。また楽しい企画をプランニングなさる時には、お声掛けください。楽しいイベントを、今後とも仕掛けていきましょう。




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2024年03月19日

〈うた〉と信仰に関する報告書の紹介

 アンダソヴァ・マラル氏とフィットレル・アーロン氏の共編となる『〈うた〉と信仰 −起源、生成、受容−』(2024年3月10日、88頁)が発行されました。

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 これは、シンポジウム「〈うた〉と信仰」が母体となって、2023年6月と12月に開催された2つのシンポジウムの内容をまとめた報告書です。
 全2回のシンポジウムのそれぞれの主旨をあげ、目次を添えておきます。

(1)第一回シンポジウム「日本の〈うた〉−古代と中世−」では日本列島に注目をあて、〈うた〉の起源神とされるスサノヲとその『古事記』における位置づけ、オホモノヌシの〈音〉を〈うた〉であらわす神武天皇といった『古事記』に見られる歌からスタートした。さらに、古代から中世への展開において、仏教の問題がクローズアップされた。その中でもアマテラスと第六天魔王の集合思想が和歌表現の根源にあることが示され、法文歌における仏教教理の日本化が論点となった。こうして、『古事記』に見られる〈うた〉の起源からはじまり、中世における和歌の変遷を見届けることができた。本報告書に掲載される論考は〈うた〉の起源と神への祭祀、〈うた〉と仏教信仰・儀礼の関わり方が古代と中世のテクストをどのように意味づけるのかをよみ解いたものであるといえる。

 第一部 日本の〈うた〉−上代と中世−
  歌の起源としてのスサノヲ(発表要旨)  松田浩
  神武記にみる〈音〉と〈うた〉  アンダソヴァ・マラル
  中世百首歌「釈教」題における「日の本」補遺
   −『続千載和歌集』所収後宇多院長歌注釈−  岡ア真紀子
  法文歌における仏教教理の日本化  フィットレル・アーロン
  第一回シンポジウム 「日本の〈うた〉−古代と中世−」
    −ディスカッションの内容−  アンダソヴァ・マラル

(2)第二回シンポジウム「受容に見る〈うた〉と信仰」では、仏教の他、キリスト教文化圏とイスラーム文化圏にも視野を広げ、翻訳と受容を重要なキーワードとし、検証をこころみた。具体的には、それぞれの宗教の〈うた〉の他文化圏における翻訳、受容、変容と、後世における継承を通して、その特徴などに関して明らかにし、文化比較と文化交流の可能性について考察を行った。キリスト教古典詩の日本語訳の歴史と日本語聖歌の展開と、日本の平安・鎌倉時代の仏教の釈教歌の英訳とドイツ語訳における人称の扱いと、トルコのシェイフ・ガーリプの『美と愛』という叙事詩における信仰と創作の問題と、現代中央アジアのムスリム民衆生活の中のスーフィー詩の役割がテーマであった。

 第二部 翻訳と継承に見る〈うた〉と信仰
  キリスト教古典詩の翻訳と日本語聖歌・讃美歌  中西恭子
  釈教歌の英訳とドイツ語訳における仏・菩薩・仏法と人間との関係
    −人称を手掛かりに−  フィットレル・アーロン
  ディーワーン詩における信仰と創作
    ―シェイフ・ガーリプ『美と愛』とその周辺−  宮下遼
  信仰にいざなうスーフィー詩
    現代中央アジアのムスリム民衆生活の一断片−(発表要旨)  和ア聖日
  第二回シンポジウム「受容に見る〈うた〉と信仰」
    −ディスカッションの内容−  フィットレル・アーロン

 興味と関心をお持ちの方で本書入手をご希望の方は、フィットレル・アーロン氏(kinokawa0126@gmail.com)にメールで連絡をとられてはいかがでしょうか。




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2024年01月18日

快著誕生『香道と文学』

 本日、『香道と文学−伝書にみる古典受容−』(武居雅子、新典社研究叢書371、令和6年1月18日)が刊行されました。『源氏物語』を香道から論じた成果で、それも専門的なものとしては希有なものだと思います。

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 私が初めて武居雅子さんと会ったのは、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻の博士後期課程の入学試験日でした。当時入試委員長をしていた私は、緊張した武居さんに口頭試問をしました。いろいろな観点から、研究の核を問いました。その時の私はとても怖かった、と今でもおっしゃっています。以来、今に至る12年間、専門外ではあるものの気長なお付き合いが続いています。そしてついに、博士(文学)学位論文が一書として実を結び、今日18日に日の目を見ることとなりました。我が事のように嬉しく、さっそく紹介の文章を書くことにしました。

 武居さんのことをご存知の方は、ほんの一握りの限られた世界の方々です。著書の奥付けから、その一端を引いておきます。


・2012年3月 京都造形芸術大学大学院(通信教育)芸術研究科芸術環境専攻修了
・2017年3月 総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻博士課程修了
・学位 博士(文学)
・現職 毎日書道展かな部会友(浜田紅雅)、カリグラフィック アトリエみやび 主宰、よみうりカルチャーセンター他にて書道講座・香道講座の講師歴任、遠州流茶道上席師範(若水庵 浜田宗雅)として茶道教授


 武居さんは香道・書道・茶道のスペシャリストです。そして、香道と文学との接点を、学問的に究明された研究成果が本書『香道と文学−伝書にみる古典受容−』です。

 この成果が生まれるまでの経緯が、巻末の「あとがき」に記されています。総合的な視野からの研究は一人でできるものではなく、多くの方々からの支援を得て、コミュニケーションを通じて成果が見えて来ることを示す好例と言えるでしょう。ご専門の芸道における関係者への謝辞は、ここでは引かず、文学に関する記述がある文章だけを引いていることを、まずはお断わりします。


あとがき

 本書は、二〇一七年三月、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻に提出し、博士(文学)の学位を授与された論文「香道と文学―江戸中期の香道伝書による文学受容の研究―」に加筆訂正をし、改題したものである。
 総合研究大学院大学入学以来、主査の日本文学研究専攻教授落合博志先生、副査の同教授伊藤鉄也先生、神作研一先生には、様々にご教示を賜った。落合先生には、『総研大文化科学研究』に掲載していただけた初めての論文から、博士論文にいたるまでの五年間、詳細にわたっての執筆指導を日々賜り、博士論文提出にも立ち会っていただいた。先生にお伴した神田神保町、古書店での香道伝書実見は貴重な体験となった。伊藤鉄也先生には、幾度か京都での実地調査にお連れいただいた。同志社大学での文化情報学部教授矢野環先生、同大学文学部教授岩坪健先生、そして当時同大学文化情報学部専任講師福田智子先生(現教授)とのお目もじが叶ったのも伊藤先生のお導きである。卒業後も常にお見捨てなく、怠慢な私の背中を押して、この度の出版への道筋をお示しくださった。
 神作先生は、入学間もない私を国会図書館古典籍資料室に伴い、書誌学の基本から懇切丁寧にご教示くださった。さらに近世文学会第一二八回春季大会での研究発表の機会を得させていただいたのも先生のお導きによる。新入生というには、薹の立った私を博士課程修了まで牽引してくださった落合先生、伊藤先生、神作先生に賜った学恩に、心より感謝申し上げる。博士論文でご指導いただいた入口敦志先生からは、近世文芸研究における私の考えの至らなさをご指摘賜り、それは今も、これからも私の課題である。
 博士論文審査にあたっては、茨城キリスト教大学教授の堀口悟先生、専修大学准教授の濱崎加奈子先生にお世話になった。口頭試問でのお二方からのご指摘が私の大きな糧となっている。先生方に厚く御礼申し上げる。
 また二〇一七年当時、日本文学研究専攻長をつとめられた山下則子先生を初め、諸先生方からご薫陶を賜ったことに感謝申し上げる。(397〜398頁)


 次に、本書の構成とその内容がわかる「目次」を引きます。


目 次
    凡例
    香道の専門用語
 序章
第一部 大枝流芳の香道伝書を通して
 第一章 『心遠斎香道叢書』と大枝流芳
 第二章 大枝流芳による刊本香道伝書四書と文学
 第三章 『香名引歌之書』T−香名と引歌、和歌を中心に−
 第四章 『香名引歌之書』U−香名と引歌、漢詩を中心に−
 第五章「香道深緑」考
第二部 菊岡沾涼の香道伝書を通して
 第一章 『香道蘭之園』の成立と概要
 第二章 『香道蘭之園』組香と文学
 第三章 『香道蘭之園』組香と『夫木和歌抄』−『夫木和歌集抜書』との関係について−
 第四章 「源氏千種香」の依拠本を探る
 第五章 「名香古歌古詩」−香名と引歌−
 終章


 また、本書には、香道と文学に馴染みが薄い方々に向けて、各所に図版が挿入されています。
 さらには、索引が秀逸です。私は、索引のない書物は読み本であり、研究書は索引が必須であることを何度も言ってきました。それが、本書では専門外からの利活用を意識した、詳細な索引が収載されています。お見事です。そして、助かります。これなら、専門外の私でも、興味の赴くままに、この索引を手がかりにして香道と『源氏物語』の世界を散策できます。


索引

人名索引
『心遠斎香道叢書』関連事項索引
『香道蘭之園』関連事項索引
その他の香道伝書索引
書名・作品名索引
『源氏物語』巻名及び関連事項索引
『源氏小鏡』巻名及び関連事項索引
組香名及び関連事項索引
香名及び関連事項索引
「源氏千種香」の聞きの名目と『源氏小鏡』の寄合索引


 取り急ぎ、手にした書籍をなぞるだけの紹介で恐縮します。本来は書評を記すべきです。しかし、それは私の任には重すぎるので、ご専門の方に譲ります。
 とにかく、慶事をいち早く広報するために記しました。
 日本古典文学の奥深さを知ることができる研究成果の結実として、本書は図書館などにご配架いただきたい書籍です。

 なお、これまでに武居さんの研究に関して、本ブログで取り上げた記事を列記しておきます。
 中でも、「聞香の体験会で裏を読みすぎたこと」という記事が、香道と武居さんの研究テーマが感得できるものと思われるので、まずはその記事をあげます。以下、時間を溯る順に一覧できるように並べました。


(2015年06月04日)
「聞香の体験会で裏を読みすぎたこと」



(2017年06月10日)
「日比谷での源氏講座で香道の話を聞く」


(2017年03月07日)
「茶道資料館で筒井先生に武居さんの学位取得を報告」


(2014年04月26日)
「一仕事終えた後お茶のお稽古で新緑の平群へ」(冒頭部のみ)


(2014年04月25日)
「京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行」


(2013年05月02日)
「茶道資料館で香道具を見たあと筒井先生にお目にかかる」


(2013年05月01日)
「同志社大学でお香談義」


(2012年11月29日)
「充実していた総研大学院生の研究発表会」





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2023年06月03日

有馬温泉でのんびりと休養中

 颱風のため、昨日予定していた有馬温泉行きを今日にずらし、今は有馬の温泉地でのんびりしています。
 芦屋駅からバスで山を上る途中、眼下の甲山のはるか向こうには信貴生駒連山が望めました。昨日の颱風が嘘のようです。

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 瑞宝寺町公園を散策しました。
 青モミジの中を森林浴です。

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 『百人一首』の中にある大弐三位の歌が、石に刻まれていました。
 昭和63年に建立されたものです。

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 変体仮名は一文字もなく、現代の文字だけで記されています。しいて言えば、「ゐ」だけが現在の学校教育の中では教えないことになっている仮名文字です。

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     ありま【山】
ゐなの【篠原】かぜ
【吹】けばいでそよ【人】を
    【忘】れやはする
         大弐三位


 市街地に向かって下山して行くと、小さなお店がぎっしりと建ち並んでいます。観光客も多く、思いのほか賑わっていました。
 大通りにある観光総合案内所で、有馬温泉のことが紹介されている『枕草子』にちなんだ史蹟がどこにあるのか尋ねました。意外にも、『枕草子』に有馬温泉のことが出てくることをご存知なかったのに驚きました。「さーっ」と言って別の人がネットで検索すると、確かに出てきますね、と言って榊原温泉や玉造温泉と共に有馬温泉の説明が記された画面を見せてくださいました。それは私も知っています。そこで、この有馬に『枕草子』に出て来ることに関連して史蹟になっている所はどこですか? 石碑などはないですか? 説明板や関連した旅館の名前などはないですか? と再度尋ねました。榊原温泉には、作者の名前を冠したホテルがあり、そこに泊まったことがあるからです。
 それでも、もう一人の別の方も「わかりません」とのことです。また別の方は、このあたりでそのことが案内できるところも人もいないのですが、福祉センターに行くと、有馬に関する資料があります、ただし、今日は土日なのでお休みです、とのことでした。
 さらに具体的な話をして尋ねると、ここは観光案内所なので、『枕草子』とか清少納言と言われてもわかりません、と、困惑顔です。これ以上は無理だと思い、案内所を出ました。
 観光の意義がある文化資産とでも言える、『枕草子』に記載された有馬温泉のことは、この有馬の地の理解を深める意味でも大切な情報だと思います。平安時代に清少納言が随筆で名湯として紹介しているのですから。それを、観光の案内をする立場の人や場所とは無縁のものとして、アーカイブズセンターに振って終わりでは、実に残念なことです。温泉で集客することだけに留まらず、文化を背景にした観光地にしてほしいと思いました。言いたいことは控えめにして、ここで止めておきます。
 
 
 
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2022年09月03日

「世界の中の和歌」第3回研究会にネットで参加

 対面とネットを活用したハイブリッド形式で開催された研究会です。
 対面会場は早稲田大学戸山キャンパス33号館が用意され、通信環境も良好でした。私は、開会から閉会までの7時間、宇治の自宅に居ながらにして zoom で参加し、さまざまな刺激をいただきました。近年遠ざかっていたアカデミックな感触に、本当に久しぶりに身を置くことができ、文明の利器の重宝さを再認識しました。

 数日前に、英国在住の中村久司先生から、今回の研究会に関する私見を記したメールをいただきました。ひとことで言えば、和歌の翻訳には限界があり本質的には不可能である、という持論です。中村先生は、私のブログで何度も紹介している平和学博士であり和歌の研究者です。私の科研では、ケンブリッジ大学で研究集会を開催した時にも、和泉式部の和歌に関する研究発表をしていただきました。「ケンブリッジでの国際研究集会」(http://genjiito.sblo.jp/article/178934196.html

 この翻訳に関する課題を抱えて、本日の発表と討議のすべてを拝聴しました。
 確かに、和歌は物語と違って多彩な切り口があります。しかも、言葉数に制限があるので、翻訳というよりも言葉の置き換えに無限の組み合わせがありそうです。そこに、異文化理解という難題がついてまわります。今回、和歌の翻訳とは何か、ということを痛感しました。詞書や本歌の解釈を多言語で解釈したり説明することは可能でしょう。それを、5 7 5 7 7の音節などを意識した翻訳を試みるということになると、これは次元の異なる領域に入ります。こうした理解と対処についての整理が、あらかじめ発表や討議での共通理解が必要だと思いました。

 なお、後半の取り組みにあった、和歌の13ヶ国語への先行翻訳を見比べる試みは、聞いていてしだいに興味を掻き立てられました。日本語による現代語訳も多種多様なものがあるように、外国語においてもさまざまな訳が例示されると、それぞれの違いをさらに知りたく思います。さらには、その外国語訳に日本語で逐語訳などがついていると、この逐語訳も人によってはまた別の日本語訳をするのかと思うと、もうその楽しさは際限もなく拡がっていきます。
 こうした堂々巡りも、翻訳を楽しむ一つだと言えます。

 冒頭に書いた中村久司先生からのメイルの内容は、あらかじめ本研究会の主催者であるフィットレル先生と土田先生には、その要点をお伝えしてありました。今回は時間の都合もあるので、次回の課題としてくださるようです。今後、機会を得て「和歌の翻訳の限界と可能性」について、世界各国の方々と楽しい討議ができることを心待ちにしたいと思います。和歌の翻訳については、その限界が専門を異にする私にも少しは想像できます。その歌の成立事情などが、一首の和歌の中には込められていないのです。その点では、物語の中の和歌は物語展開の中に置かれているため、歌を支える状況がわかるのです。物語の中の和歌の翻訳は、その物語の前後を読者が引き込むことで、呼び込むことで、歌の真意は伝わりやすいと思います。

 このことを意識しながら、私も平安物語文学の翻訳に関する研究と討議の場を、ホームページ[海外平安文学情報](http://genjiito.org)を更新する中で、今後とも提案していきいたいと思います。

 本日の研究会の開催にあたられた関係者のみなさま、お疲れさまでした。
 私は懇親会には参加できませんでしたので、第3回の報告書で今回の発表と討議を確認できることを、楽しみに待ちたいと思います。

 本日の内容は以下の通りでした。

(1)『後拾遺和歌集』25番歌の各言語への翻訳とその紹介
「ひきつれてけふはねの日のまつにまたいまちとせをぞのべにいでつる」
  (春上・25・和泉式部)

韓国語:イム・チャンス
中国語@:金中
中国語A:黄夢鴿
タイ語:イーブン美奈子
チェコ語:カレル・フィアラ
ポーランド語:アダム・ベドゥナルチク
ロシア語:土田久美子
ハンガリー語@:カーロイ・オルショヤ
ハンガリー語A:フィットレル・アーロン
イタリア語:エドアルド・ジェルリーニ
スペイン語:高木香世子
フランス語:飯塚ひろみ
英語:ローレン・ヴォーラー
ドイツ語:フィットレル・アーロン

(2)『古今和歌集』938番歌の各言語への先行翻訳の紹介
「わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ」
  (雑下・938・小野小町)

韓国語:イム・チャンス
中国語@:金中
中国語A:黄夢鴿
ウクライナ語:土田久美子
スロヴァキア語:カレル・フィアラ
チェコ語:カレル・フィアラ
ポーランド語:アダム・ベドゥナルチク
ロシア語:土田久美子
ハンガリー語:カーロイ・オルショヤ
イタリア語:エドアルド・ジェルリーニ
スペイン語:高木香世子
フランス語:飯塚ひろみ
英語:ローレン・ヴォーラー
ドイツ語:フィットレル・アーロン

 
 
 
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2022年08月30日

研究会「《第3回》世界の中の和歌」のご案内

 フィットレル・アーロン先生と土田久美子先生が主催なさっている研究会で、「世界の中の和歌―多言語翻訳を通して見る日本文化の受容と変容―」と題するイベントが、今週土曜日9月3日に開催されます。昨年に引き続いて、興味深い内容の研究会となっています。

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 興味と関心をお持ちの方は、研究会のホームページ(https://koten-tagengo.blogspot.com/2022/07/3-202293.html)をご覧の上、対面参加かオンライン参加の申し込みをしてください。
 私は、平安文学の多言語翻訳をテーマとして長年取り組んできました。スケールが大きなものだったこともあり、中途半端なままに中断しています。フィットレル先生と土田先生は和歌に限定することで、着実に成果をあげておられます。この会がますます発展することを願いながら、ここに紹介いたします。
 
 
 
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2022年05月18日

姉の家で会食後は阿保親王の塚へ

 引っ越しでお世話になった姉の家にお礼を兼ねて訪問し、いろいろと楽しい話をしてきました。話し出すとキリがないものです。夕方までのんびりと、長居をしてしまいました。
 帰りに、すぐ南側にある「芦屋十景 親王塚の森」と呼ばれている阿保親王塚古墳に立ち寄りました。阿保親王は、『伊勢物語』で知られる在原業平のお父さんです。この塚のことは、すでに「芦屋の阿保親王塚古墳を散策」(2018年12月24日)で詳しく書きました。ただし、説明板が3年前よりも新しくなっており、文章も簡略なものに変わっています。2つの文を比べると、古い方の説明文が歴史的な背景もよくわかり、いい説明だと思うのですが……

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 今日は表敬訪問です。古墳はきれいに、整然と守り伝えられています。入口の柵の左側には、榊がお供えしてありました。篤信家の方が置かれたのでしょうか。

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 いまだに引っ越しの荷解きをする日々の中で、少し気持ちが休まる1日となりました。
 
 
 
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2022年02月03日

追補・アラビア語訳『伊勢物語』とハンガリー語訳『平家物語』

 昨日書いた記事「フィットレル先生から届いた新情報」(2022年02月02日)に関して、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の運営協力者である淺川槙子さんから、以下の補訂すべき情報が届きました。速報として、追補します。
 国際交流基金翻訳支援リスト(2021〜2022年)にある、アラビア語訳『伊勢物語』とハンガリー語訳『平家物語』について、フィットレル先生からの連絡では翻訳本があるところまででした。それに加えて、淺川さんの追跡調査により、以下のことが少しずつわかってきました。
 この件に関しては、随時情報を更新していきます。情報をお持ちの方からのご教示をお待ちしています。

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■アラビア語訳『伊勢物語』■
 国際交流基金のデータベースによる情報
 ・翻訳者:RAHMY Ahmed M. Fathey M.
 ・出版社:Sanabil Al ketab
 翻訳者の前の「unknown」は原作者不明の意(?)。
 出版社であるSanabil Al ketabのサイトは、英語の書籍の他にアラビア語の書籍も販売している「https://www.alkitab.tn/」かと思われる。ただし、アルファベットで検索をかけても該当する書籍は出てこない。
 なお、この書籍を購入して読んだ方の情報が、Facebookに出ている(https://zh-cn.facebook.com/photo/?fbid=10158947676329285&set=g.205316262926151)。

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 この表紙絵は、東京国立博物館蔵・住吉如慶作『伊勢物語絵巻』九段「東下り」を使用している。

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■ハンガリー語訳『平家物語』■
 国際交流基金のデータベースによると、「Unknown/BARNKOPF Zsolt」となっている。
 「Unknown」は上記同様に原作者不明という意味(?)。
 翻訳者名と思われる「BARNKOPF Zsolt(Bärnkopf Zsolt)」を検索すると、『AZ ÉRZELMEKTŐL A KOMMUNIKÁCIÓIG』、『A KOMMUNIKÁCIÓ KÖNYVE』の2冊が出てくる。
 ご本人のFacebook(https://www.facebook.com/barnkopf.zsolt)には『AZ ÉRZELMEKTŐL A KOMMUNIKÁCIÓIG』がある。
 次の表紙の画像は、下記のURLで確認できる。
https://www.libri.hu/konyv/heike-monogatari.html

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2022年02月02日

フィットレル先生から届いた新情報

 早稲田大学高等研究所のフィットレル・アーロン先生から、貴重な情報を提供していただきました。
 以下の3点については、私の方で少し整理をして掲載しています。

1.古典文学の翻訳情報
 国際交流基金翻訳支援リスト(2021〜2022年)に、『伊勢物語』のアラビア語訳と『平家物語』のハンガリー語訳があります。
The Japan Foundation - Support Program for Translation and Publication on Japan (2021 - 2022) (jpf.go.jp)
 アラビア語訳については何もわからず、ハンガリー語訳『平家物語』についても、翻訳者は知らず、他の翻訳は見当たりません。そのため、原文からの翻訳なのか、どんなものなのか、詳細はまだわかりません。確認できれば、またお伝えします。


2.『十帖源氏』の挿絵の利用許可
 ハンガリー語に翻訳した『十帖源氏』を、ハンガリーの文芸誌にも投稿する予定です。そこで、原本の挿絵を載せたいと思います。そのためには、利用許可が必要で、所蔵所によっては利用料もかかります。『十帖源氏』の版本が様々な場所に所蔵されているようですが、利用料がかからない場所があるでしょうか。


3.『百人一首』ハンガリー語訳注に関するクラウドファンディング

 研究仲間のカーロイ・オルショヤさんと作成した、『百人一首』ハンガリー語訳注の刊行費用を調達するため、クラウドファンディングを始めました。
 プロジェクトの詳細は、以下のサイトを参照願います。
https://readyfor.jp/projects/82372
 プロジェクトの説明の英語版も作りました。
https://readyfor.jp/projects/82372/announcements/201390
https://readyfor.jp/projects/82372/announcements/201006


 上記1、2について、ご存知のことをご教示いただけると幸いです。
 3については、ぜひホームページをご覧ください。
 
 
 
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2021年07月23日

日本古典文学の多言語翻訳に関する研究会のお知らせ

 今秋9月3日(金)に、以下の要領でフィットレル先生の第2回研究会・ワークショップ「世界の中の和歌―多言語翻訳を通して見る日本文化の受容と変容―」が開催されます。
 その研究会の内容とプログラムは、次の通りです。
 今回は、次の2首の和歌について意見交換がなされます。

(1)『千載和歌集』319番歌の各言語への翻訳とその紹介
「山ざとのあか月がたのしかのねは夜半のあはれのかぎりなりけり」(秋下・319・法印慈円)

(2)『古今和歌集』933番歌の各言語への先行翻訳の紹介
「世の中は何かつねなるあすか川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」(雑下・933・よみ人しらず)

 今回も、Zoomによるオンライン開催です。
 参加を希望される方は、事前の申し込みが必要です。お忘れなく。

第2回研究会・ワークショップ「世界の中の和歌―多言語翻訳を通して見る日本文化の受容と変容―」
 
 
 
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2021年06月13日

近江勧学館での『百人一首』競技かるたシンポジウム

 近江神宮の中にある近江勧学館で、「インターナショナル小倉百人一首かるたフェスティバル −“世界に広がる競技かるた”シンポジウム」(大津市開催分)がありました。私は、事前に会場参加の予約をしていて、楽しみにこの日を待っていました。
 しかし、昨夜来、どうも体調が優れなかったので、今朝方、急遽欠席の連絡をしました。
 あらかじめ主催者側からは、「感染症拡大防止対策の上から、体調がすぐれない場合には無理してご参加いただかないようにお願い致します。」という、新型コロナウイルスに悩まされているご時世を反映してのお知らせが届いていました。そのこともあり、とにかく無理はしないで、家でライブ配信を観ました。
 午後1時20分から5時5分まで、4時間近くにもわたって、パソコンのモニタを見つめての参加となりました。
 出演は、次の方々です。

(出演) 優希美青(女優) 林和清(歌人) ストーン睦美(全日本かるた協会)
マヤ―ル・カンタン、シャンバロンーマヤ―ル・アマンディン(フランス)
マルフ・アムリル(インドネシア) 佐藤夏姫(大津市)


 このイベントの詳細を記したプログラムを、以下に2種類の画像としてアップします。
 表示されているのはサムネイルの粗い画像です。クリックしていただくと、精細な画像が表示されます。

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 盛りだくさんの内容で、いい勉強の機会となりました。特に、海外での様子は、大いに参考になる情報でした。
 後半で、元名人のコメントに注意が向きました。それは、日本人は文字で、海外では音で『百人一首』を覚えている、ということです。一般的には、海外の方々はH音と「あ」の聞き取りが早いようです。
 フランスの方の場合は、「ふくからに」の「ふ」と「う」の区別が早くできるとのこと。また、「ちはやふる」の「ち」は素早く反応できるようです。よく言われている、海外の方は子音の識別能力が高いということは当たっているようです。早く取るための音に対する反応は、日本語とそれ以外の言語で違いがありそうです。
 反面、「この」や「こぬ」は聞き取りが難しいそうです。「きりぎりす」の「き」や、「ひ」と「し」は聞き取りにくいとも。
 こうした点が科学的にも解明され、克服できれば、海外の方々のレベルはさらにアップすることでしょう。
 今後の世界的な発展が、ますます楽しみな競技カルタです。
 本日のパネラーが提示された課題や提言で主な点は、以下のことがあげられます。

・「ちはやふる」に次ぐ作品は
・オンラインの活用
・歌の違いがわかる
・日本の選手が海外で対戦


 私は本日のシンポジウムを聞きながら、現在関係している視覚障害者の「点字付百人一首」がさらに普及し発展するように、お手伝いをしていきたいとの思いを強くしました。
 新型コロナウイルスの社会的影響は、障害を持つ方々にも重くのしかかっています。今のうちに、「点字付百人一首」を再開するための準備を、しっかりとしておきたいものです。
 「百星の会」のみなさまをはじめとして、多くの方々と知恵を出し合って、「点字付百人一首」を楽しめる方法を探っていきましょう。
 
 
 
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2020年10月22日

お菓子の『百人一首』で遊ぶ孫たち

 3歳と1歳の孫に、七五三のお祝いとして小倉山荘のお菓子「カルタ百人一首」を渡しました。

201022_HP.jpg

https://www.ogurasansou.co.jp/shop/shop/c/c1030/
 このお菓子は、私が海外で授業などをする時の、とっておきの小道具にしているものです。

「中国の恵州学院で百人一首の話をする」(2019年12月23日)

 早速、孫たちはお菓子の包み紙に描かれた男と女の絵を見ながら、彼女たちなりに遊び始めたようです。

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「◉◉ちゃんの好きな[きりぎりす]がない〜」と言って騒いでいるかと思うと、お姫さまを集めて遊んでいたりするそうです。横向きのお姫さまは嫌いで、正面を向いたお姫さまがいいのだとか。
 これで、しばらくは和歌に親しんでもらいましょう。
 そして、やがて念願の、変体仮名の出番となります。
 これからの成長が大いに楽しみです。
 
 
 
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2020年07月02日

夕陽ケ丘の地で開催された〈家隆忌〉に参加

 以下の記事は、本日公開した[学長ブログ](http://gakutyo.sblo.jp)を受けての内容です。
 「明浄学院高校で文科省のヒアリングを受ける」(http://gakutyo.sblo.jp/article/187658210.html)の後半からお読みいただけると、話の流れがスムースにつながるかと思います。
 
 大阪観光大学の併設校である明浄学院高校では、毎年〈家隆忌〉を開催しています。藤原家隆(1158〜1237)は、鎌倉時代初期の歌人です。上賀茂神社の境内を流れるならの小川に建つ歌碑「風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける」は、『百人一首』の歌として知られています。
 その家隆の功績と遺徳をしのんで、明浄学院高校では1957年から毎年、夕陽ケ丘に立つ家隆塚の前で、生徒や教職員が詠んだ和歌を献歌しています。今年が第64回です。

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 プリントの横に置かれた虫よけスプレーは、参加する女学生たちへの心遣いです。

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 これまでに何度か来ているのに、この歌碑は初めて見ました。大阪夕陽丘ライオンズクラブの支援によるものです。

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 今回の式次第は、以下の通りです。

一、開会の辞 二、献茶 三、献歌 四、焼香 五、祭文 六、朗詠 七、献詠 八、講話 九、閉会の辞


 しっかりと袱紗を着けての献茶です。

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 献歌では、各学年ごとに選ばれた歌が、生徒の代表によってすべて詠み上げられました。

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 教職員の献歌の中に、今回の民事再生手続きに伴う再建計画をはじめとする学院運営で、主動的な立場にある中井管財人の和歌があることに気付きました(左端から2首目)。

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 お話によると、今年の入学式で吹奏楽部の演奏を聴いての思いを歌ったものであり、初めて作りました、とのことです。生徒たちを励ますお話も、混乱する今の高校の状況に触れながら、わかりやすい心の籠もった内容でした。お話の巧さに感心しながら拝聴しました。

 なお、私の出身高校である夕陽丘高校は、このすぐ近くにあります。この辺りは、テニス部のキャプテンをしていたこともあり、基礎練と言って部員を引き連れて坂道を走り回った場所です。不思議な縁を感じています。
 家隆塚は、地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽ケ丘駅から徒歩3分のところにあります。ぜひ一度足を留めてください。

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 今日も、疲れを感じる暇もないほどの、充実した一日でした。
 
 
 
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2020年05月04日

京都新聞で読む〈やまとうた〉の新案内人は垣見修司さん

 京都新聞の月曜日に、「古典に親しむ」というシリーズが連載されていることは、「京洛逍遥(600)四分咲きの桜と新聞記事の意義」(2020年03月23日)で紹介した通りです。先週4月27日の小林一彦さんの「古典に親しむ 新古今和歌集の森を歩く」では、「五十二 春との別れ」と題して次の〈読み人しらず・春下・一七二〉の歌が紹介されました。

待てといふにとまらぬものと知りながら
  しひてぞ惜しき春の別れは


 この最終回を、小林さんは新型コロナウイルスに触れつつ、次のように語り終えておられます。

 古典和歌には、人と自然との循環型の暮らしが、やわらかなやまと言葉でよみこまれている。蒸し暑い夏、底冷えの冬も、季節を口説きながら、共生してきたのだ。疫病すら、人と同じ自然界の一部。敵味方の別なく、共生することでしのいできた歴史がある。古典から学ぶべきことは、たくさんある。


 小林さんは『新古今和歌集』の案内人として、歌ごころの乏しい私にもよくわかるように、やさしく和歌の楽しみ方を教えてくださいました。52週も続いたのですね。ありがとうございました。

 今日(2020年03月23日月曜日)からは、バトンタッチを受けた垣見修司さんの「古典に親しむ 万葉集のやまとうた」がスタートしました。
 第1回は「山吹」と題して、次の歌が紹介されています。

うぐひすの 来鳴く山吹
  うたがたも 君が手触れず 花散らめやも
      (大伴池主、巻十七・三九六八)


 初回は、まさに小林さんのバトンを受けた形で、次のように語り出しておられます。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、今年はゴールデンウイークも遠出はせずにもっぱら自宅で過ごしている人が多いだろう。三月からこのかた卒業式や入学式も、楽しみにしていた旅行もほとんどが取りやめになり、春がずいぶん永く感じられた。
 『万葉集』の最終編者と目される大伴家持も、天正十九(七四七)年の春は、死を意識するほどの大病を患い外出のままならない日々を過ごしていた。何十日も苦しみようやく快方に向かったものの、痛みは残り体力も落ちてしまった。家の外では春花の香りが立ちこめ、林にはうぐいすが囀っているだろう。この良い時季、音楽を奏で酒を飲んで楽しみたいが、まもなく行われる上巳(後の桃の節句)の宴には出席できそうもない。そんなうらめしい思いを歌にして、経緯を記した漢文の序とともに、友人の大伴池主に宛てて贈っている。
 掲げた歌は池主が家持への丁寧な返信として詠んだもの。


 そして、最後はきっちりと着地が決まります。

 同族で仕事仲間でもあった家持と池主との友情は、この病後の書簡のやりとりをきっかけにしてさらに深まった。そして立夏の頃にはすっかり快復した家持はその後数年のうちに多くの秀歌を詠み、さらに「万葉集』の編纂を成すことになる。


 垣見さんとは、昨年4月からご縁があって連絡をとることとなりました。私の科研の研究協力者として来てもらうことになった吉村君は、同志社大学の学部三回生でした。私が指導する学生さんではないので、アルバイトとして大阪大学に来てもらうにあたり、垣見さんにご許可をいただくために、メールで連絡をとったのが最初でした。当初の指導教授であった岩坪健さんが、1年間のサバティカルで大学を一時的に離れられるということで、その間の身を預けられたのが垣見さんだったのです。岩坪さんには、昨春失職した私の身の振り方を親身になって相談に乗ってくださり、いろいろと動いていただきました。私が社会人入学した、大阪大学大学院の博士後期課程での先輩でもあります。共に、伊井春樹先生のもとで『源氏物語』の勉強をした研究仲間です。人と人とのつながりは、本当に大切なものであり、ありがたいものです。そして、うれしいものであり、実に楽しいものです。
 この4月から、吉村君は岩坪さんの指導を受けて卒業論文に集中することとなります。しかし、折悪しく新型コロナウイルスのため、キャンパスでの直接の指導は今しばらくは難しいことでしょう。いろいろなことがあるものです。

 そんなこんなの中で、垣見さんの『万葉集』が始まりました。
 毎週の楽しみが、また増えました。
 
 
 
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2018年06月15日

高校の作文コンクール応募と家隆忌のこと

 高校では何かと学校行事が多く、休講が続いていました。今日は、久しぶりの授業です。
 これまでに、何度も改稿して来た小論文のテーマも、今日は、あるコンクールに応募する作品へと仕上げるために最終回です。
 すでに磨きがかかっているものなので、これまでの800字を400字から600字に凝縮します。
 何度も手を加えて来た、書き慣れたテーマということもあり、全員が無事に応募できる形になりました。
 コンクールがあることを教えてくださったH先生と一緒に、とにかく応募できたのです。3年前には、銅賞に輝いた生徒がいたそうです。何事にもチャレンジする精神で取り組みました。さて、結果はどうなりますか。

 明日、6月16日(土)は、この明浄高校の伝統行事となっている「家隆忌」があります。
 この学校では、伝統的な和歌や俳句を授業に取り入れています。私の斜め向かいにおられるS先生は、長年にわたり短歌の指導をなさっており、歌会始では多くの生徒の作品が選ばれ、皇居で朗詠されています。
 冷泉家の指導の下で行う新年和歌披露会、藤原家隆の業績を称える家隆忌、俳聖松尾芭蕉をしのぶ芭蕉忌が、この学校での三大伝統行事となっているそうです。私も参加できる機会をねらっています。

 「家隆忌」については、2015年のホームページに次のように書かれています。

2015/06/15

〜第59回家隆忌〜

 6月13日(土)、第59回家隆忌が行われました。
 「家隆忌」は鎌倉時代の歌人藤原家隆の功績と遺徳を偲んで、生徒と教職員によって催される恒例の学校行事であり、本校情操教育の一環として、昭和32年から絶やすことなく行われている伝統行事です。
 毎年この時期になると、生徒や教職員たちは思い思いに短歌を詠み、その中から家隆忌に献歌する歌が選ばれます。
 家隆卿が余生を過ごした夕陽丘にある家隆卿の墓、「家隆塚」で行われた「第55回家隆忌」には、生徒や教職員の代表総勢71名が参加し、代々受け継がれた作法のもと献茶、献花、祭文、朗詠、和歌作品が献詠が執り行われました。
 参加した生徒たちは、日ごろはなかなか味わうことのできない厳かな雰囲気と、本校の伝統に触れながら、古の文化に親しむことができました。


 一昨年の「家隆忌」については、2016/06/12 ■■第60回家隆忌■■の写真もご覧ください。

 この藤原家隆の塚がある夕陽ヶ丘は、私が卒業した高校が近かったため、何度も足を運んでいます。それよりも、クラブ活動で、このあたりは基礎練と称して日常的に走り回っていました。懐かしい場所でもあり、明日は私も参加したいのはやまやまながら、日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座があるために行けません。
 来週、生徒たちに様子を話してもらうことにします。
 
 
 
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2018年05月03日

『百人一首』の崇徳院の歌「瀬をはやみ〜」のこと

 高校一年生の夏だったと思います。担任の先生が出された宿題で、『百人一首』の感想文を書かされました。高校に入学したばかりで、当時はテニスに明け暮れる日々。古文など縁のない私にとって、大変なことになりました。
 どんな経緯からか、崇徳院の和歌について書いて出しました。おそらく、落語の「崇徳院」か何かから選んだのではないでしょうか。そして、何か参考書をもとにして、当時から得意だった作文力で書いたように思います。

【77番 崇徳院】
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
  われても末に 逢はむとぞおもふ

 この歌は、原典である『久安百首』と『詞花集』において本文に複雑な異同があるものです。今にして思えば、その後、古典文学作品の本文がさまざまに異なって伝えられてきていることに興味を持った、最初のものといえるのです。
 この崇徳院の生涯は、複雑な人間関係におかれていたことから、数奇なものになったといわれています。恋の歌とされるこの和歌は、いわゆる恋というものとは違う、人の情の激しさを包み込んだものだと思っています。
 高校一年生の時に、そんなことを書いたとは思えません。あたりさわりのないことを書いたことでしょう。もしできることならば、あの夏に提出した感想文を見たいものです。
 
 
 
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2018年01月26日

明浄高校に飾られていたお雛壇と扇面屏風

 地下鉄天王寺駅から2駅目の文の里駅に明浄高校があります。
 女子高校ということもあってか、作法室に七段飾りのお雛さまがありました。
 学校を訪れた方が自由に見られるようになっています。
 これは、生徒たちが作った木目込み人形の雛飾りなのです。

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 その右横には、扇面屏風が置かれています。
 これも、生徒の作品です。古くからおられる先生にうかがうと、戦前のものではないか、とのことでした。

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 貼られた扇面の中に、紫式部の和歌がありました。

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人能おやのこゝろ
 盤や三耳
    あら年とも
      子をお
       もふ
       三地二
    まとひ
     ぬる可那
      みち可く


 今日の授業では、雛飾りと扇面屏風の話からはじめました。すると、教えているクラスの中の2人の生徒が、私たち茶道部の部員がお雛さんを飾りました、と言うのです。こんな偶然があるのです。
 続く文学史の時間には、作品を印象づけることに有効と思われる複製本を回覧しました。

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 巻き物は、日本の文学や文化を考える時の基本といえるものだと思います。
 これは個人的に持っている物で、複製ではありません。この巻き物を生徒の協力を得て、教室の教卓の前ですべてを延ばして広げてみました。長さは約7メートルほどあります。入り口から窓際まで、黒板の前をすべて覆うほどの長さでした。巻いている時は太巻きのようだったものが予想外に延びたので、生徒たちはみんな驚いていました。

 もう一冊、『無名抄』という鴨長明の歌論書の複製を、この巻き物の巻頭部分に置いてみました。
 巻き物は肩幅で見るものだ、ということと、本の大きさを実見・実感してもらうのが狙い目です。
 すでに、『蜻蛉日記』『紫式部日記』『更級日記』『拾遺集』を回覧しているので、生徒も原本というものの姿形は見慣れてきたようです。

 今日も、この巻き物と列帖装の冊子を回覧し、とにかく自分の手でペタペタ触るように言いました。
 国立民族学博物館の全盲の宗教学者・広瀬浩二郎さんの刺激を受けたこともあり、とにかく触るということを大事にした学習を実践しているところです。
 
 
 
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2017年03月07日

茶道資料館で筒井先生に武居さんの学位取得を報告

 茶道資料館に、副館長で今日庵文庫長でもある筒井紘一先生をお訪ねしました。
 今日は筒井先生に、武居雅子さんが無事に学位[博士(文学)]を取得されたことをご報告しました。

 筒井先生と武居さんのことは、「茶道資料館で香道具を見たあと筒井先生にお目にかかる」(2013年05月02日)に記したとおりです。
 また、「京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行」(2014年04月25日)でも報告しました。

 武居さんの学位論文は「香道と文学 −江戸中期の香道伝書による文学受容の研究−」です。この快挙を、非常に喜んでくださいました。よく頑張ったな、と。
 国文学研究資料館の総合研究大学院大学関係者はもちろんのこと、それ以上に筒井先生は感慨深げでした。教え子の慶事なのです。

 武居さんが博士論文を刊行するなら出版社を紹介するので、遠慮なく言ってほしいとのことでした。ありがたいことです。

 私が今月で国文学研究資料館を定年退職することなど、いろいろとお話ができました。貴重なお時間を取っていただき、ありがとうございました。

 その後、茶道資料館の呈茶室で一服いただきました。
 お菓子は、二條若狭屋の「早わらび」でした。そして私がいただいた茶碗は、元首相の細川護煕氏が陶芸を始めた初期の作品だとのことです。これもありがたいことでした。

 陳列室では「描かれた茶の湯」(3月29日まで)を見ました。

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 茶道資料館のホームページには、内容が次のようにまとめてあります。


 「日常茶飯事」と言われるように、茶は身近なものとして人々に親しまれてきました。
 室町時代には、寺社など人が集まる場で茶が振る舞われる一方、精神性を前面に押し出した「わび茶」が誕生し、茶室の中で亭主と客が一体となって、その空間・時間とともに茶を味わうようになります。天正15年(1587)、豊臣秀吉が貴賤や貧富を問わず参加を呼びかけた「北野大茶湯」では、800もの茶屋が設けられたと言い、茶の湯の流行をみることができます。男性主体に行われてきた茶道は、明治時代になると、身に付けるべき礼式の一つとして女性たちにも広まり、今日に至っています。
 本展では、主に江戸時代から明治時代にかけて様々な形式の茶の湯を描いた絵画を紹介します。


 今回の展示で、私は次の4点に注目して拝見しました。これは、男性中心だった茶の湯が、明治時代中期になると女性が嗜むようになったことがわかる図様だからです。


(1)女礼式之図(安達吟光(1870-1900)画、明治20年(1887)、今日庵文庫蔵)
(2)女礼式之図(安達吟光(1870-1900)画、明治20年(1887)、今日庵文庫蔵)
(3)女礼式茶之湯ノ図(歌川国貞(三代)(1848-1920)画、明治22年(1889)、今日庵文庫蔵)
(4)女礼式茶の湯(楊州周延(1838-1912)画、明治34年(1901)、今日庵文庫蔵)


 明治時代は、文化や文学が大きく回転した、非常に興味深い時代です。
 今後とも、折を見てはこうした資料を丹念に見て歩きたいと思っています。
 
 
 

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2017年01月27日

『蜻蛉日記』の品詞分解に関する協力者を求めています

 現在、『蜻蛉日記』の校訂本文を、日々時間を割いて少しずつ作成しています。
 底本には、阿波国文庫本『蜻蛉日記』を選びました。


国文学研究資料館影印叢書 5
鵜飼文庫 蜻蛉日記 阿波国文庫本
国文学研究資料館 編
今西祐一郎 序
福家俊幸 解題
勉誠出版
2014年3月
ISBN︰978-4-585-29064-3
B5判・上製・570 頁


 この本について、出版社からは、次の紹介文が公開されています。


初の上中下全巻の影印
古本系諸本の親本から直接書写した最善本であると山田清市氏により紹介された阿波国文庫旧蔵本を高精細写真版で全篇影印。
少なからぬ書き入れや校訂の跡を有する本書は、現代の多くの注釈書が依拠する桂宮本を相対化するものであり、「推定本文批判」により成り立つ現在の『蜻蛉日記』研究に対し、本文批評の基盤を構築する礎となる。


 この『蜻蛉日記』の校訂本文本は、本年3月をメドに完成させる予定です。
 次に、人工知能の力を借りて品詞分解をします。しかし、まだその人口知能の精度が高くないので、9割方はそれなりに品詞分解ができても、1割は人間の判断と手作業が必要です。ここに、手間と時間を割くことになります。

 この品詞分解を手助けしてくださる方を一人、探しています。
 実作業は本年3月以降になると思われます。
 この点検・確認作業に興味をお持ちの方は、このブログのコメント欄を通してお知らせください。直接お目にかかって説明をし、お願いできるのであれば、今後の詳しい打ち合わせをしたいと思います。協力のお申し出をいただいた方が多い場合は、こちらで面談の手配を進め、適任者と出会えた時点で確定にしたいと思います。
 完成後に、些少ながら謝礼をお支払いします。そこに期待をなさる方はいらっしゃらないと思いながらも、念のために申し添えておきます。
 資料を持ち寄っての連絡や調整が必要となるため、東京か京都の周辺にお住まいの方を希望します。
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2016年12月19日

国文研で開催される12月21日(水)の最終講義

 直前の連絡となりました。
 明後日、12月21日(水)の午後、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻では、「平成28年度第2回 特別講義」が開催されます。

 これは、今年度で定年退職する、寺島恒世先生と私との最終講義となるものです。

 私は、これまでに研究してきた成果の報告と、現在取り組んでいる国文研蔵「橋本本」についてお話します。また、池田本『源氏物語』「桐壺」の校訂本文の試行版を、発表資料の一部として配布します。
 今回お話する内容は、後日冊子にして配布される予定です。

 興味と関心をお持ちの方のご参加をお待ちしています。
(どなたでもご参加いただけます。事前申込み不要です。)


■総研大 日本文学研究専攻
 平成28年度第2回 特別講義

日時:平成28年12月21日(水)
   13:30〜17:00(開場 13:00)

場所:2階オリエンテーション室

プログラム:
 13:30〜13:40 開会挨拶
 13:40〜15:10 講義@伊藤鉄也
         「国文研蔵橋本本『源氏物語』の実態」
 15:10〜15:25 休憩
 15:25〜16:55 講義A寺島恒世
         「百人一首と歌仙絵」
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2016年05月24日

【復元】チベットの伝統舞台芸術公演を観て

 『竹取物語』に関してクラッシュした記事を復元する過程で、『竹取物語』のチベット語訳をした教え子のことを書いた文章と写真も出てきたので、ここに復元します。

 最後に紹介しているDVDが手元にあるので、その表紙と解説書の写真を追加します。


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(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年7月11日公開分
 
副題「仏教王国の軽快なリズムを堪能」
 
 今夜は、チベット舞台芸術団東京公演を観に行きました。
 仏教音楽かと思っていたのです。ところが、非常に軽快な明るい舞踊を楽しんで来ました。居眠りをする暇もないほど、舞台に見入ってしまいました。
 写真は、最後の挨拶のところです。

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 この催しは、ダライ・ラマ法王14世71歳の誕生祭の一環として行われたものです。

 ダライ・ラマは、1949年に中国のチベット侵略によりインドへ亡命し、デリーの北にあるダラムサラにチベット亡命政権を樹立した人です。ガンジーと同じく非暴力を説き、1989年にノーベル平和賞を受賞しています。

 私はインドへ行くと、定宿の近くにあるチベットハウスと、デリー大学の近くにあるチベタンコロニーとニュー・チベタンコロニーへ必ず行きます。宿舎の方々がチベットから逃れてきた人たちであるだけでなく、私がデリー大学で教えた大学院生の1人が、チベット出身で亡命政権の仕事をしている人だったからでもあります。

 彼は、『竹取物語』のチベット語訳の絵本を刊行したりしています。英語バージョンもあるので、両方を並べてみました。刊行前に、絵などについて質問を受けました。装束などについて少しコメントをしたのですが、結果は原本を見てのお楽しみです。なかなか楽しい絵本に仕上がっています。

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 その彼が、今は東京にあるダライ・ラマ法王日本代表事務所に勤務しています。そして、今回の公演に招待してくれたのです。

 今回の公演では、12の演目がありました。前半が終わった休憩時間に、彼と話すことができました。オープニングセレモニーの通訳などで忙しい合間に、久しぶりに話をしました。昨年から電話では何度か話をしていました。直接会うと、立派になった姿に圧倒されました。

 チベットの舞踊は、日本の民謡や演歌や盆踊りや雅楽や能楽や狂言や歌舞伎などの要素が、随所に見受けられました。あくまでも、日本人の目から見てですが。
 そして、その明るさに驚きました。仏教臭さを先入観として持っていたからでもありましょう。在りし日の日本につながる、親しみのある旋律と身のこなし方に、非常に親近感を持ちました。
 リズミカルな男性の踊り、透きとおった女性の歌声に、チベットの自然を感得しました。中国の弾圧にもめげずにチベット文化を伝えようとする使命感を肌で感じて、今の日本にはこのような情熱があるのだろうか、との想いを強く持ちました。

 私が大好きな井上靖の『星と祭』という小説に、主人公がエベレスト山麓で満月を見るため、カトマンズからタンボチェへと向かう場面があります。舞台を見ながら、その姿を彷彿とさせるシーンに出くわしました。インドの定宿の方の出身地であるラダックの自然をも思い起こしました。
 ダラムサラには、何度も行こうと思っていました。それが果たせないままの自分に、今度こそはとの思いを強くしました。

 休憩時間に、ロビーの出店で『ヒマラヤを越える子供たち』というDVDを買いました。デリーで定宿にしているお寺の人たちが、命からがら、ヒマラヤを越えてデリーに来たことを知っていたからです。命がけでチベットを脱出した彼らを、少しでも理解しようと思い、DVDをいただきました。裸足で極寒のヒマラヤを越えたことを、彼らから直接聞いていたからです。

 人間の不屈の精神とおおらかな生き様に、学ぶべきことが多いように思うイベントでした。

********************** 以上、復元掲載 **********************
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2016年05月14日

小林一三記念館を伊井館長に案内していただく

 逸翁美術館の少し先に、創業者である小林一三の旧邸「雅俗山荘」を中心とした「小林一三記念館」があります。
 そこで現在開催中の展示を、伊井春樹館長の案内で見せていただきました。
 入口には、立派な長屋門があります。

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 今秋予定している池田亀鑑賞の授賞式は、日南町の美術館で池田亀鑑の特別展が開催されている期間に設定されました。そのため、特別展のための参考になれば、との計らいで見物することになりました。
 この記念館は、逸翁美術館から少し歩いた所にあります。しかし、たくさんの方が見学にいらっしゃっていました。


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 展示は、伊井館長の発案が至る所で生かされており、阪急電車はもとより、宝塚や東宝の歴史などなど、昭和初期にタイムスリップして楽しめる構成となっています。
 私も学芸員の目で、興味深く拝見しました。

 小林一三は茶人逸翁でもあります。庭の茶室を、じっくりと拝見しました。

 「人我亭」は、小林一三の命日に、ここで逸翁白梅茶会が催されます。


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 「費隠」は、小林一三が商工大臣を務めた時の内閣総理大臣、近衛文麿の命名です。
 窓の多い茶室です。


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 壁の腰張りには、郷民の連判状らしい古文書が貼られています。


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 「即庵」は、椅子席の茶室で、昭和の名席と言われています。


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 いつかこれらのお茶室を借りて、伊井先生にお茶を召し上がっていただきたいものです。
 まだまだ私の点前は力不足で未熟ではあっても、目標の一つにしておきたいと思っています。

 今日は、逸翁美術館に隣接する池田文庫の会議室で、第5回池田亀鑑賞の選考委員会がありました。これまでずっと、ここを利用させていただいています。


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 1ヶ月以上にわたる審査の結果、無事に本年度の受賞作1点が決まりしました。


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 来週末の中古文学会までに、「池田亀鑑賞のホームページ」に、この第5回目の受賞作が発表されます。
 楽しみにお待ちください。
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2016年05月11日

来週末に埼玉県本庄市で『群書類従』のお話をします

 以下の通り、『群書類従』に関するお話を、塙保己一ゆかりの地でいたします。
 これは、「古写本の触読研究に取り組むきっかけとなった講演録」(2015年11月16日)に記した『温故叢誌』という冊子から派生したものです。
 総検校塙保己一先生遺徳顕彰会事務局と、本庄市教育委員会生涯学習課の方々のお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。

 今回の話は、上記冊子にまとめたことに加えて、古写本や『群書類従』を目の不自由な方々と一緒に読める環境作りに取り組んでいることを、具体的な事例を交えてお話をする予定でいます。塙検校が当日の会場にいらっしゃることを想定して、検校に語りかけるような内容に組み立てているところです。

 また、目が不自由な方々にも聞いていただきたいと思っています。
 『群書類従』の版本の一部を立体コピーしたものを、当日の会場でお一人ずつに配布する予定です。実際に触読体験をしていただきますので、後で感想をお聞かせいただけると幸いです。

 『広報ほんじょう5 2016 No.124』(編集/本庄市役所企画財政部秘書広報課)には、次の予告がなされていますので、併せて紹介しておきます。


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総検校塙保己一先生遺徳顕彰会総会の記念講演

         記

1.開催日時 平成28年5月21日(土)
   受 付 午後1時30分から
   開 式 午後2時から
      ※記念講演は午後3時からの予定
2.会  場 本庄市児玉文化会館(セルディ)ホール
       所在地:本庄市児玉町金屋782−2
       電 話:0495−72−8851
3.演  題 「世界中だれでも読める『群書類従』」
   講 師   総合研究大学院大学
         国文学研究資料館 伊藤鉄也
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2016年04月21日

古都散策(52)【復元】初夏の散策(7)若草山

 10年前、大和平群に住んでいた頃に書いた、初夏の旅の記を再現しました。
 家族だけでなく、多くのお客人をここに案内し、大和の地を眺め、我が家があった信貴生駒の峰々と平群の地を目で追ったものです。

(※本記事は、平成19年(2007年)3月に消失したブログの復元です。)

********************** 以下、復元掲載 **********************

2006年5月8日公開分

副題「『枕草子』の鴬塚はここか?」

 奈良市街を一望のもとに見渡す所といえば、何はさておき若草山です。三笠山の続きにあり、東大寺裏の正倉院横から奥山ドライブウェーですぐに行けます。
 私は、海外からいらっしゃった方を奈良にお連れした時には、まずここに案内します。藤原京から平城京へ、そして長岡京を経て平安京へと、都が北上して行くさまが実感できる位置だからです。
 眼下に東大寺の大仏殿が見えます。
 ここから左上手の方には、我が家のある生駒山地から二上山の山並みも見えます。


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 この若草山の山頂には、鴬塚古墳があります。
 ここは、清少納言が『枕草子』に、「陵は、うくるすの陵。柏木の陵。雨の陵。」(三巻本、第15段)と言った所だと言われています。ただし、いろいろな説があり、確定したものではありません。

 『枕草子』の本文に「うくるす」とあるのは、他の写本では「うくひす」とあり、これによって『大和志』は若草山がそうだとしています。それとは異なる考え方もあり、大阪の百舌にある仁徳天皇陵を充てる『春曙抄』や、藤原氏歴代陵墓のある宇治木幡を充てる『環解』などがあります。

 若草山に上ると、説明板にはここがそうだと記しています。


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 山頂部の石碑の裏には、清少納言の言う鴬塚はここであると刻した文字が、かすかに判読できます。


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 さて、清少納言がいう「うくるす」の陵は、いったいどこでしょうか。
 清少納言は、旅衣でこの若草山を上ったかもしれません。
 麓から歩くと、1時間はかかります。春の若草山の山焼きの後の新緑の頃に、鹿たちと一緒に上ったと、私は想像しています。平安の都から見れば、この平城の都は、まさに古里なのですから、清少納言の興味を惹き付けたはずです。

 『伊勢物語』の初段には、「昔、男、うゐかうぶりして、平城の京、春日の里にしるよしして、狩に往にけり。」とあります。若草の小高い山から見下ろすと、清少納言が好みそうなアングルで古里が一望できるのです。京都の清水寺から見る平安の都よりも、もっと雄大な景色が臨めるのですから。

 若草山の裏には、世界遺産に指定されている春日の原始林が広がっています。「天の原ふりさけみれば春日なる……」と歌われたこの地は、奈良時代から平安時代へと移り変わる雰囲気を、今でも見せてくれます。

********************** 以上、復元掲載 **********************
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2016年04月20日

国文学関連のウェブサイト「JGJ」が誕生しました

 日本語と日本文学の調査研究に関する、新しいウェブサイトが生まれました。
 「日本語学日本文学研究情報・成果公開サイト」(Japanese.gr.jp、略称 JGJ)(2016年4月17日 公開)がそれです。
 サブタイトルは「日本語日本文学研究の未来のために」となっています。

 その言挙げをお祝いいたします。

 このサイトは、近藤泰弘氏(青山学院大学文学部教授)と近藤みゆき氏(実践女子大学文学部教授)の共同運営によるものです。

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 その目的と発信される情報の内容は、「サイト概要」によると以下の通りとなっています。


1. 日本語学および日本文学研究において、文理融合型・領域横断型の研究を行い、その研究方法を公開する。

2. 研究用データ・ツール等を公開し、広く人文科学、特に日本語学・日本文学研究において同様の研究を行っている研究者との情報共有を計る。

当面は、以下に述べる科研費の補助を受けて、その研究成果を中心に公開する予定にしています。
また、過去に出版した関係論文や資料なども可能なものからオープンアクセスとして公開していきます。

サイトコンテンツは以下の通りです。
なお、本サイトは基本的にXMLの書法によりHTML5準拠で書かれています。

1. 成果・報告(特に紹介したい論考の紹介と閲覧)

2. テキストアーカイブ(研究用に作成した古典語・現代語のデータリストとダウンロード)

3. ソフト・ツール紹介(本サイト関連で作成したソフトウェア・ツールの紹介とダウンロード)

4. 業績紹介(研究業績リスト)

5. 関連リンク(この分野に役立つサイトへのリンク)


 私は1995年9月から、ささやかながらもインターネット上に国文学関連の情報を公開して、今にいたっています。
 これはあくまでも個人的な営為の延長に留まるものであり、しかも『源氏物語』に限定しての周辺情報の公開です。
 そこから、本ブログ「鷺水亭より」が派生しました。

 その後、いろいろな方がサイトを立ち上げられ、今も利用させていただくものがいくつも存在しています。
 そのような中で、今回のサイトは、これまでの研究実績とウエブコンテンツを熟知したお2人が、共同で運営されるということです。
 これは、今後の幅広い展開が期待できます。

 一人でも多くの日本語や日本文学に興味を持つ方々に告知する必要を感じ、ここに紹介するしだいです。
 充実した情報の提供と共有をめざして、当サイトがますます発展することを楽しみにしたいと思います。
posted by genjiito at 22:22| Comment(0) | ■古典文学

2016年01月07日

総研大日本文学研究専攻特別講義を聴いて

 新春早々、得難い勉強の機会に恵まれました。
 かねてより知りたいと思っていたことを、お2人の先生からわかりやすい話でうかがうことができたのです。

 田中大士先生は、「春日懐紙の書誌学」と題したお話でした。
 「打ち紙」「墨映」「相剥ぎ」などなど、具体的な例をあげての説明だったので、よくわかりました。
 「相剥ぎ」について、田中先生は「あいはぎ」と言っておられました。しかし、私が教えを受けた先生は、「あいへぎ」とおっしゃっていました。どちらでもいいようです。しかし、「あいはぎ」は「おいはぎ」みたいで、品が感じられません。私は、これまで通り「あいへぎ」でいこうと思います。
 「打ち紙」については、次の大高洋司先生の資料にも、絵として紹介されていました。

 大高洋司先生は、「近世職人尽絵詞の注釈を終えて」と題するお話でした。
 大高先生は今年度で定年となられるので、最終講義となるものです。また、私の隣の研究室におられるので、いろいろとお世話になった先生でもあります。
「表具師」の絵に、竹篦(和紙を持ち上げる)、包丁、定規、提げ槌(紙を打つもので、『邦訳日葡辞書』には「一本の長い竹に吊してある槌または杵で、紙を叩くのに使うもの。」とある)が描かれていました。自分が関心のあるものなので、興味深く資料を見つめ、お話をうかがいました。
 この絵詞は、松平定信がプロデューサーとなって製作されたものだそうです。江戸時代の文化人が残したものは、その背後にもおもしろいことがたくさんあるようです。

 お2人の先生が取り組んでおられる研究成果の一端から、自分の問題意識と絡み合うものがいくつも関連をもってつながりました。
 ありがとうございました。
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2015年12月01日

書道家にお願いした触読用の『百人一首』

 今日、念願だった『百人一首』の立体コピーを完成させました。


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 取り札と、数首を並べたシートの2種類を試作しました。
 これを使って、目が見えない方々と一緒に『百人一首』のカルタ遊びをし、また、変体仮名の学習に役立てたいと思います。
 その先には、もちろんハーバード本『源氏物語』を触読する目標があります。

 ここに至るまでの経緯を、簡単に記しておきます。

 書家のMさんから初めて本ブログにコメントをいただいたのは、本年4月末でした。
 料紙制作20年、かな書45年、表具制作25年という経歴の方でした。
 新潮日本古典集成の活字校訂本文をもとにして、『源氏物語』の写本を作成しておられるとのことです。そこで、書写に関するアドバイスを、ということで連絡をくださったのです。

 私からは、かつて私が次のブログで批判したことと同じことをなさっているように思われます、という返事をさしあげました。

「何故かくも愚行を誇らしげに」(2010/9/26)

 この5年前の記事で私は、活字校訂本文を書写することを批判しています。それが今回は、「岩波・古典大系」が「新潮・古典集成」に変わっただけなので、直接お目にかかってお話ができないでしょうか、との申し出をしました。

 善は急げということを実践している私は、すぐに5月初旬に中央線の駅前の喫茶店でMさんとお目にかかり、長時間お話をうかがい、『源氏物語』を書写することについての私見を語り合いました。

 Mさんは「何に書くか、どのように書くか」ということに力点を置かれていました。
 それに対して私は、「何を書くか」という、物語本文に拘って話したように思います。
 この「何に、どのように」と「何を」は、まったく別の視点から生まれているものだと思われます。
 私は、「何を」の方が、古典を書写するにあたっては、まず解決すべきことだと思っていることを強調しました。

 鎌倉時代に書写された『源氏物語』を実見なさることをお薦めしていたところ、7月に国文学研究資料館所蔵の写本を閲覧に来ていただくことになりました。しかし、お互いにいろいろと雑事に追われる中で、それが9月末になり、それも延期となって、10月初旬に国文学研究資料館所蔵で鎌倉期に書写された「榊原本 源氏物語」を直接閲覧していただくことになりました。

 特別閲覧室でご一緒に、説明と共に質問に答えながら、楽しく鎌倉時代書写の『源氏物語』を見ることができました。

 その折、目の見えない方のために変体仮名を触読することにチャレンジしている話をしました。そして、『百人一首』を触読用に書いていただけないかとお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。

 その後、試しにお書きになった写真を拝見し、手応えを感じました。
 いろいろとやりとりをしているうちに、ついに初版とでもいうべき20首の作品を送ってくださったのです。

 私からお願いした恋の歌20首は、次のような形でお弟子さんとの協力により、触読するための『百人一首』として仕上げてくださったのです。

(1)恋の歌20首の内、前半10首を変体かなを使った散し書き
(2)恋の歌20首の内、後半10首を高野切の文字を集めた倣ち書き
(3)恋の歌20首を、変体仮名を使わないで2字連綿・3字連綿

 本記事の冒頭と次の写真は、(3)にあたるもので、変体仮名を使わない作例です。


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 今回いただいた3種類の『百人一首』を実際に目が見えない方々に触っていただき、その反応や感想をもとにして、さらに書写文字に検討を加えていきたいと思っています。
 例えば、決まり字までは大きな文字で書くとか。

 掲出写真の背景をなしている数首を並べたシートは、液晶パネルを活用した音声ガイドと連動するシステムでの利用を想定しています。

 この件については、もうすこし具体的な活用事例が報告できるようになってから、あらためて詳細な報告をしますので、しばらくお待ちください。
 まずは、速報として現状をお知らせしました。
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2015年11月22日

突然の連携プレーとなった国文研フォーラムと国語研シンポジウム

 このところ少し温かかった多摩地区も、今日は少し寒さを感じました。
 国文学研究資料館の前の紅葉も見頃です。


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 昨日と今日の2日間、国文学研究資料館では「学術交流フォーラム 2015」が、国立国語研究所では「シンポジウム 字体と漢字情報」が同時進行で開催されていました。


 隣接する敷地にある2機関のイベントなので、両方のテーマに関係する私は、プログラムの進行を見ながら行ったり来たりと忙しい一日でした。
 国文研から国語研へ行く細道は、落ち葉を踏みながら行きます。

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 国語研の中庭もみごとに彩られています。


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 お昼には、国文学研究資料館の1階展示室で、特別展示「韓国古版画博物館名品展」のギャラリートークが、入口敦志先生の解説で行われました。これは、韓国古版画博物館のご協力を得て実現した、日本初の韓国古版画の優品を展示するもので、今日が特別展示の最終日だったのです。
 その担当者である同僚の入口さんの説明を、私は楽しみにしていました。
 私は、いつでも見られたのに忙しかったこともあり、つい見ないままでした。『高麗大蔵経』と『仏説大目連経』が特に見たかったものでした。

 展示室で『高麗大蔵経』に添えてあったパネルの文章を、記録として引いておきます。


1-2 高麗時代の仏教版画

 高麗時代11世紀初頭に刊行された高麗大蔵経の版木は、13世紀のモンゴルの侵攻により消失してしまいます。しかしその後すぐにすべてが刊行し直されました。約八万枚の版木でできているため、「八万大蔵経」とも呼ばれています。13世紀に再刻された版木は現在も韓国の海印寺に大切に保管されています。そのはんぎから刷り出されたものが、1と2の『大方広仏華厳経』で、韓国における仏教版画の原点と言うべきものです。


 そのギャラリートークが終わるやいなや、大急ぎで今度は国語研に移動し、これまた研究仲間の高田智和さんが主宰する「セッション5 : 文字データベースと連携」に参加しました。

 昨日から何度も行き来する国文研と国語研の敷地の間では、紅葉がきれいに色付いています。


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 国語研の研究発表では、最後の研究発表だった東京大学大学院情報学環の永崎研宣先生の「SAT大蔵経データベースをめぐる漢字情報」に関して、私は専門外ながらも質問をしました。それは、永崎先生の発表で言及のあった『高麗大蔵経』の韓国での刷り物2枚が、今まさに国文学研究資料館の展示室に並んでいることについてでした。
 永崎先生をはじめとして、会場にお集まりの方々はみなさん、すぐ隣の国文研の建物で『高麗大蔵経』が展示されていることをご存知なかったのです。
 司会進行役の高田さんから、「今日は何時まで展示されているのですか?」との確認があったので、「4時までです」とお答えしました。

 国語研のシンポジウムは3時に終わりました。
 国文研の展示を見に行こうとされている方がいらっしゃったので、私はすぐに国文研の展示室に引き返して、展示状況を確認しました。
 残念ながら、展示室は3時半で閉められていたのです。

 事務の方に確認すると、今日は3時半まで入場でき、4時まで見られる予定だったそうです。ただし、30分前の3時半に誰も入場者がいなかったので、展示資料を片付ける準備もあるので閉室した、とのこと。
 そして、今日が展示の最終日であり、明日は展示品の撤収をし、明後日には展示資料のすべてを韓国に送り返すことになっている、とのことでした。

 国語研での事情を事務の方に説明し、予定通り、あと30分の開室をお願いしました。
 関係者に連絡をして手配してくださり、快く再度の開室となりました。
 そうこうするうちに、国語研の参会者の皆さんが国文研にぞろぞろとお出でになりました。しかも、15名もの方がいらっしゃったのです。これについては、事務の方も入場者の増員ということで喜んでくださいました。

 もっとも、こんなに多くては私一人では対応できません。
 大急ぎで2階の大会議室に行き、国文研のイベントである講演会場におられた入口さんに事情を説明しました。お昼に行われたギャラリートークをもう一度していただくことが、幸運にも叶いました。


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 永崎先生をはじめとする若い方々に、こうしてなかなか見られない資料を実際に間近に見ていただくことができました。しかも、展示担当者である入口さんの詳細な説明を聞くことができたことも、若い方々にはいい勉強になったことと思われます。

 入口さんと私は、これまでにも一緒に何度もインドへ行き、旧満州にも行くなど、わがままが言える間柄でした。おまけに、10年以上も同じ宿舎にいた仲間であることなどなど、今回の思いがけない幸運には、こうした背景があってのことだったのです。

 それにしても、無理難題を聞いてもらえた入口さんには感謝します。また、迅速に柔軟な対応をしていただけた事務の方々にも、感謝します。みなさま、ありがとうございました。

 今日11月22日は「いい夫婦の日」でもあります。
 バタバタと走り回った後は、新宿に出て、妻と一緒にいつもの「岐阜屋」で諸々のお祝いをしました。今日は、ほろ酔いでこの記事を書いています。


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 本日の国文研と国語研でのイベントのプログラムは、以下の通りでした。
 記録として残しておきます。
 

学術交流フォーラム 2015
 文学際―「文化科学」を発見する―


会場:大会議室

《口頭発表 第三部》

「東ニカラグア、ミスキート諸島海域のアオウミガメ漁船」
    高木 仁 地域文化学専攻

「明治期音楽療法思想の変遷に関する一考察
  ――神津仙三郎・呉秀三を中心として――」
    光平 有希 国際日本研究専攻

《講演会・パネルディスカッション》
講演「碁盤の上のからくり人形」
    武井 協三 国文学研究資料館 名誉教授

講演「ロボットとからくり─科学と芸能の狭間を生きた田中久重─」
    山田 和人 同志社大学文学部 教授

パネルディスカッション
 
 

シンポジウム 「字体と漢字情報」
―HNG公開10周年記念―


 
開催場所:国立国語研究所2階 講堂
 
《セッション4 : 字体研究2》
司会 : 岡墻 裕剛 (常葉大学)
「画像データベースと漢字字体」
    佐藤 栄作 (愛媛大学)
「初唐の標準字体の再検討」
    斎木 正直 (北海道大学)
「近世から近代日本における異体字使用の変化」
    山下 真里 (東北大学)
 
《セッション5 : 文字データベースと連携》
司会 : 高田 智和 (国立国語研究所)
「平安時代漢字字書総合データベース構築の方法と課題 ―『類聚名義抄』を中心にして―」
    池田 証寿 (北海道大学)
「開成石経と拓本文字データベース」
    安岡 孝一 (京都大学人文科学研究所)
「東京大学史料編纂所と奈良文化財研究所での文字画像データベースの連携について」
    井上 聡 (東京大学史料編纂所)
「SAT大蔵経データベースをめぐる漢字情報」
    永崎 研宣 (人文情報学研究所)
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2015年11月16日

古写本の触読研究に取り組むきっかけとなった講演録

 『温故叢誌 第69号』(温故学会編、平成27年11月発行)が発行されました。


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 ここには、平成26年5月5日に塙保己一史料館講堂で開催された「塙保己一検校 生誕第二六八年記念大会」で、私が「英国ケンブリッジ大学と米国バージニア大学の『群書類従』」と題してお話をした内容が、文字となって収載されています。

 その日のブログには、「早朝の地震の後、渋谷の温故学会へ」(2014年05月05日)として、当日の様子を記しています。

 この日の懇親会で、私は、塙保己一は『群書類従』の版木を触って読んでいたのでしょうか、という素朴な問いかけを、お集まりの関係者のみなさまに発しました。そのことから、『源氏物語』の写本を目が見えない方と一緒に読める環境を作りたい、という提案に展開しました。
 会場にいらっしゃった方から、いろいろと親切なご教示をいただきました。
 また、夜の渋谷に繰り出してからも、ありがたい励ましをいただきました。

 それから1ヶ月ほどして、「目の不自由な方と写本を読むために(1)」(2014年06月04日)を記しました。

 このあたりから、この古写本『源氏物語』の触読について、私は具体的な動きを始めています。

 あれから1年半。

 その後は思いもよらぬ幸運に恵まれ、科研に採択され、多くの協力者のおかげによって、今はホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」を基盤として着実に成果を公開するまでにいたっているところです。

 私にとって、この平成26年5月5日に塙保己一史料館講堂でお話しした「英国ケンブリッジ大学と米国バージニア大学の『群書類従』」は、記念すべきものとなりました。

 非常に個人的なこととはいえ、今の展開を考える原点と言えるものとして、『温故叢誌 第69号』を紹介しておきます。
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2015年11月14日

第39回 国際日本文学研究集会-2015-

 本日14日(土)と明日15日(日)の2日間は、国文学研究資料館2階大会議室で、国際日本文学研究集会が開催されています。

 今では数ある国際集会の中でも、日本文学研究ではもっとも老舗といえるイベントです(主催:国文学研究資料館/後援:総合研究大学院大学)。

 昭和53年(1978)2月に開催された第1回では、ドナルド・キーン先生が「日本におけるモダニズム作家について」、リチャード・マッキノン先生が「狂言と現代との接点」と題する特別講演をなさっています。

 以来、この研究集会から国際的な研究者を多数排出しています。
 来年は、記念すべき40年目を迎えます。

 今回も、興味深い視点からの発表が並んでいます。

 私は、個人的には須藤圭さんの研究発表が、今日の中では一番よくまとまっていたと思います。
 手堅く事例を整理し、明快でわかりやすい発表でした。


「源氏物語の「女にて見る」をどう訳すか ―翻訳のなかのジェンダーバイアス」 (須藤 圭・立命館大学助教)


 ショートセッションの部では、邱春泉さん(北京外国語大学博士課程、国文学研究資料館外来研究員)の「『とはずがたり』巻二に描かれた「色好み女房」としての自画像とその意義』」を、興味深く聞きました。ただし、15分という非常に短い限られた時間だったので、論文にまとめられたらあらためて読ませていただきます。

 今日の私は、この国際集会の総合司会を担当していたので、全体的な進行に気を取られていました。
 お一方ずつの発表にコメントを付す余裕はないので、勝手な感想はこれだけにしておきます。
 
 嬉しい出会いがありました。
 田中圭子さん(広島女学院大学総合研究所 客員研究員)と、初めて会えたのです。
 今回田中さんは、「〈新作薫物〉と平安文学 ─王朝の言葉とこころを具現化した香りたち─」というポスター発表で参加です。
 私がお香に興味があることはそれとして、田中さんには今は亡き森一郎先生から、私が取り組んでいる『源氏物語』の翻字のお手伝いをしてもらえる方として、以前に紹介していただいていました。しかし、私がバタバタするばかりの日々の中で、十分に力添えいただかないままに年月が経っていたのです。
 森先生からは「こき使って鍛えてやってくれ」、と仰ってくださったままでした。それが、やっと今日会えました。

 森先生がお元気なうちに、田中さんに仕事を手伝ってもらっている旨の報告ができなかったことが心残りでした。しかし、今日いろいろと話をして、森先生が太鼓判を押して紹介してくださっただけの方なので安心しました。

 森先生は、私が高校の教員をしていた時から、研究者の道を諦めないようにと、ご自分も同じ身にあったこともあってか、折々に励ましてくださっていました。ある時、突然に大学の教員の口を紹介してくださったことは、実現しなかったとはいえ教え子でも何でもない私に、本当に有り難いことでした。。

 これから、『源氏物語』に関して翻字などの仕事に田中さんも加わっていただき、一緒に取り組んでいこうと思います。
 ずっと気になっていたことだけに、遅ればせながら先生への報告ができることになり、とにかく安堵しています。

 もう一人、邱春泉さんは、ショートセッションの発表者です。
 河添房江先生からうかがっていたので、研究対象は異なるとはいえ、気にしながら発表を聞きました。しっかりしたいい発表でした。
 レセプションで親しく話をしました。中国での指導教授である張龍妹先生と、日本で指導なさっている河添先生の写真が掲載されている『源氏物語国際フォーラム集成』(源氏物語千年紀委員会編、平成21年3月、非売品)を、今回の発表記念として差し上げました。


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 これからのますますの活躍を楽しみにしたいと思います。

 個人的な話ばかりになりました。
 いい出会いがあったので、記し留めておくしだいです。
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2015年10月21日

論文目録データベースと国際集会の案内

 『国文研ニューズ No.41 AUTUMN 2015』(平成27年10月16日発行)がウェブで読めるようになっています。


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 今号には、多年にわたり精力的に論文目録データベースの構築に尽力してくださっている浅田徹氏(お茶の水女子大学・教授)による、「『国文学論文目録データベース』の、あまりよく知られていないこと」(6〜7頁)という文章が掲載されています。

 日本文学関係の研究論文を書く際には、実証的なものであれば、全員がこのデータベースを使っておられるはずです。これまでの研究成果の確認と、最新情報や資料収集でも活用しておられることでしょう。

 『国文学年鑑』(平成17年版、2007.10で終刊 )も含めて、長い年月利用されているこの「国文学論文目録データベース」は、平成 26 年春に装いも新たに公開しました。その経緯などについては、本データベースを担当している者として、「『新・国文学論文目録データベース』について(国文研ニューズ No.34 WINTER 2014)という報告をしました。

 以来、多くの方々に幅広く利用されています。
 しかし、国文研版のデータベースについて、「国立情報学研究所サイニー」や「国立国会図書館サーチ」との違いは、あまり理解されていないようです。

 今回、長年にわたって本データベースの公開に携わっておられる浅田氏の説明を読んでいただくと、その検索結果の的確さの背景がわかり、あらためて驚かれることでしょう。とにかく、人手がかかっているデータベースなのです。
 データベース構築の実際を知ると、この論文検索のさらなる有効な活用を試みたくなるはずです。
 思う存分に、いろいろなキーワードで検索をしてみてください。

 国文学論文目録データベース室では、このたび広報のためのリーフレット(三つ折り)を作成しました。
 これは、今週末に開催される中古文学会(会場:県立広島大学)で配布するために、新たに室内のみんなで検討を重ねて作ったものです。
 中古文学会会場のフリースペースに置いてありますので、ご自由にお持ち帰りください。


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 また、このリーフレットを学生等に配布してくださる方は、本ブログのコメント欄等を利用してお知らせください。送付先と担当者名を教えていただければ、こちらから必要部数を郵送いたします。

 なお、今号には、来月11月14日(土)・15日(日)に国文学研究資料館で開催される、「第39回 国際日本文学研究集会」の案内を兼ねたプログラムも掲載されています。
 立川まで足を運んでいただくと、多彩な研究発表が堪能できる一日となることでしょう。
 私は、第1日目の総合司会をしていますので、終日バタバタと飛び回っています。
 ご用等がおありの方は、2日目にお声掛けいただけると助かります。
posted by genjiito at 22:56| Comment(0) | ■古典文学

2015年10月16日

研究会「表記の文化学」で日本語の表記について考える

 今年も、お正月恒例の箱根駅伝の予選会が話題となりだしました。
 予選会の会場が国営昭和記念公園なので、立川駅構内には参加大学の旗がズラリと並びました。


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 今、日本の若者たちは元気です。
 その熱気が、この各大学の旗からも伝わってきます。
 みんなに元気を配るイベントは、大いにやってほしいと思います。

 さて、今日は国文学研究資料館で開催された、入口敦志先生の共同研究会「表記の文化学 第3回(平成27年度第2回)」に出席しました。


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 この研究会は、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」という大型プロジェクトの一環として行われるもので、日本語の歴史的典籍における表記意識をさぐろうというものです。

 今日の研究発表は、
(1)入口敦志(国文学研究資料館)
   「標記と様式」
(2)一戸渉(慶應義塾大学斯道文庫)
   「和歌の真名書―大嘗会和歌からアララギ派まで―」
の2つでした。

 入口さんは、書籍の様式と表記との関係から、「図と文との関係」と「匡郭の有無」を取り上げ、そこに内在する問題点を示してくださいました。

 ・中国では、絵が先で文が後、日本では文が先で絵が後となっている。
 ・中国は匡郭があり、日本はない。
 ・和文脈か漢文脈かによって、本の体裁や表記が異なっていた。

 いろいろと刺激を受け、今後に発展する興味深い内容でした。

 続いて一戸さんは、非常に大きなテーマを抱えての発表でした。
 「和歌の真名書」ということに、最初は理解が及びませんでした。しかし、例示を解説してもらう中で、次第に問題の所在がわかってきました。
 和歌の書かれ方から見て、漢字で和歌を書いた真意は何か、という点に、私は注目して聞きました。これも、今後の展開が楽しみです。

 この研究会のテーマは、少しずつみんなで考えていくことによって明らかになることが取り上げられます。
 回を重ねることで、ますますおもしろくなることでしょう。

 日本語の表記について、私は今、古写本『源氏物語』を「変体仮名」を交えた翻字を進めているので、この研究会でも成果の一部を発表しようと思っています。「翻字」ということにポイントを絞り、みなさんと問題点を共有し、いろいろと教えていただきたいと思っています。
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2015年10月14日

『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』もパスワードなしで公開

 先週、「『海外平安文学研究ジャーナル』の第1・2号もパスワードなしで公開」(2015年10月07日)という報告をしました。

 これで、電子版の『海外平安文学研究ジャーナル』は、これまでに公開した全3冊分を、自由に読んでいただけるように、オープンアクセス化を果たしたことになります。

 科研の成果として、「海外源氏情報」(科研HP)を通してオンライン公開していたものでは、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』がパスワードを必要とするダウンロード方式として残っていました。

 その発行の経緯などは、本ブログの「『日本古典文学翻訳事典 1〈英語改訂編〉』を発行しました」(2014年04月01日)に記した通りです。

 これについても昨日、無事にオーブンアクセスにして公開することができました。
 以下のサイトからお手元に届きますので、自由に活用していただければ幸いです。

「日本古典文学翻訳事典1<英語改訂編>を再公開(2015年10月)」(2015年10月13日)


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 パスワード方式の際にお尋ねしていた、「第一言語」と「現在の居住地」に関する情報は、本研究の成果の利用実績として参考にしようと思っていたものです。
 しかし、その質問に応えていただくことがオープン化の妨げになっていることがわかったこともあり、思いきってパスワード方式を中断したしだいです。

 この科研(A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」は、多言語を対象としたものです。その情報を必要とされる、また興味を持たれた方の「第一言語」と「現在の居住地」を教えていただくことは、情報の受容実体を知る上で有効なものとなるはずです。この2つは、個人情報には抵触しないものだと思っています。
 ダウンロードの際の必須事項から外しましたが、今後の参考にさせていただきますので、よろしければコメントとして残していただけると幸いです。

 今後は、『日本古典文学翻訳事典U』として、〈英語〉以外の〈諸言語編〉を公開する準備を進めているところです。

 また、『海外平安文学研究ジャーナル』の第4号も、原稿を募集中です。

 多くの方々のご支援をいただく中で、お役に立つ情報の発信を続けていくつもりです。
 今後とも、ご理解とご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 00:15| Comment(0) | ■古典文学

2015年09月15日

京都ライトハウスの点字普及イベントの日程変更

 過日の記事「「点字付百人一首〜百星の会」の紹介と活動内容」(2015年09月01日)で、次の案内を記しました。


 10月31日(土)に開催される京都ライトハウスの体験会には、私も参加しようと思っています。
 点字の触読とともに、変体仮名の触読にも興味と関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、遠慮なくお声掛けください。


 この京都ライトハウスの点字普及イベントについて、日程が変更になりましたので、お知らせします。

 日時の変更と内容は、以下の通りです。


日時:11月7日(土)13時〜16時30分(受付は12時30分から)
 会場:京都ライトハウス 4階あけぼのホール
 内容:講演「点字で切り開く私の人生〜言葉と文字の壁を越えて」
    講師 ロイ・ビッショジト先生(滋賀県立盲学校教員、日本点字委員会委員)
    点字付百人一首体験会
    講師 点字付百人一首〜百星の会
 申込:10月20日(火)までに情報ステーション(075-462-4579 担当:高木・野々村)までご連絡ください。

 
 このイベントに、日頃はワックジャパンで『源氏物語』を読む会のメンバーも参加することにしました。鎌倉時代の変体仮名を読んでいることと、触読百人一首の話の流れから、この予定に変更することにしたのです。

 みなさんと一緒に、いろいろな切り口から日本の古典文学に親しんでいきたいと思います。
posted by genjiito at 00:53| Comment(0) | ■古典文学

2015年09月14日

源氏を読みながらいただく季節の生菓子

 一昨日のワックジャパンでの源氏を読む会では、いつものように娘から季節の和菓子の差し入れがありました。
 秋らしいお菓子です。


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 手前は、両口屋是清の「お月見 ささらがた」です。私はウサギ歳生まれなので、このデザインが気に入りました。

 奥は、福壽堂秀信の生菓子で、左から「梢の九月」「山の秋」「菊のきせ綿」です。

 「菊のきせ綿」については、昨秋の重陽の節句の記事「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第13回)」(2014年09月06日)で、甘春堂本舗のお菓子「着せ綿」を紹介しながら詳しく書きました。

 『紫式部日記』に「九日、菊の綿を、兵部のおもとの持て来て、」とあり、『枕草子』には「九月九日は、暁がたより雨すこし降りて、菊の露もこちたうそぼち、おほひたる綿など、もてはやされたる。」とあることなどを例に引いています。

 お菓子で季節を感じるのもいいものです。目、鼻、舌、喉などなど、身体のいろいろな感覚を総動員して楽しめます。

 今回の両口屋是清は名古屋、福壽堂秀信は大阪と、いつもの京菓子とは違います。あらためて包装紙に書いてある住所をみたせいか、そんな気がするだけですが……

 「蜻蛉」巻の輪読については、昨日の記事に譲ります。

 次回のワックジャパンで『源氏物語』を読む会は、写本を読むのはお休みして、季節もいいので街中を源氏散歩することになりました。
 10月10日(土)午前10時から午後2時の短い時間ですが、かつて大内裏があったあたりを散策する予定です。
 内容は、源氏千年紀だった2008年に京都市内とその周辺に設置された、『源氏物語』に関する説明板(40箇所)をめぐるものとなります。
 このすべてを探訪した記録は、本ブログでは「源氏のゆかり〜」として40本の記事を掲載しています。検索してお読みいただけると幸いです。
 第1回目となる来月10日は、「源氏のゆかり(4)説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)からスタートすることになるかと思います。

 プランがまとまりましたら、また案内を記します。

 その次のワックジャパンで源氏を読む会も、写本を読むのではなくて外での勉強会となりました。
 予定では、11月7日(土)に開催される京都ライトハウスの点字普及イベントとしての講演と、「点字百人一首」の体験会に参加しようと思っています。
 これについては、明後日(15日)に詳細を本ブログに書く予定です。
 少しお待ちください。
 
 帰りに、寺町通りの一保堂を少し下ったところにある「紙司」さんへ立ち寄りました。


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 現在、国立歴史民俗博物館所蔵の「鈴虫」巻のことを調べています。
 この鎌倉時代の中期に書写された古写本には、「丁子型押し」がみごとな料紙が使われています。今確認できる現物の感触を知りたかったので、紙を専門に扱っておられるお店に寄ったのです。

 「丁子型押し」とは、丁子を煎じた黄茶色の液体を型の上から蒔いた、高級な染料染めを施した用紙です。その美麗さを実感したいと思っています。
 お店の方とお話をしていると、丁子染めの紙は出してくださいました。しかし、それは紙全体を丁子で染めたものだったので、全体が黄色っぽい紙でした。
 丁子で型押しや染料を蒔いたものについては、週明けに出入りの紙屋さんに聞いて調べてくださることになりました。
 わかりしだいに、また報告します。
posted by genjiito at 01:54| Comment(0) | ■古典文学

2015年08月02日

啓発と刺激を後で思い起こすための会合メモ

 このところ、多くの方のお話を伺う機会に恵まれています。
 研究発表や講演やシンポジウムを聞くと、その内容を理解しようとして真剣に耳を傾けます。
 自分が知らなかったことや、物の見方や考え方の開陳は、後に新たなひらめきにつながることが多いので、積極的に参加するようにしています。
 新たなネタの獲得や論理構築において、外部から注入されて啓発を受けた快感は知的刺激に満ちています。折々に思い出すことで、自分の栄養となっています。

 この猛暑の日々の中で、そうした場に身を置くことが重なったので、充実した夏となっています。
 もっとも、すぐに語られた内容を忘れてしまいます。
 ふっと断片を思い出しては、いつ、どこで、誰から受けた情報に端を発していることなのか、あれこれと思いをめぐらすことも多くなりました。一応自分では、加齢に伴う思考と情報の混乱だ、と思うことにしています。

 そんな時のためにも、発表題目や講演題目、そしてディスカッションのテーマなどを記録しておくことが、意外と後日役立つことがあるのも事実です。
 そんな意味からも、先週参加した集まりのプログラムを摘記して、備忘録の1つとしておきます。
 あまりにも多くの情報が行き交ったので、今ここに整理する暇がないことも一因です。
 あくまでも自分自身のための、文字を羅列しただけの無粋な情報です。
 

「表記の文化学 第2回 研究会」
 研究代表者:入口敦志
■日時 平成27年7月31日 午前10時半〜12時
■場所 国文学研究資料館・第4会議室(南館3階)
■研究発表
  金子祐樹 「全一道人と行実図系教化書の比較研究」
 
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第1回 日本語の歴史的典籍国際研究集会
「可能性としての日本古典籍」
■日時:平成27年7月31日(金)〜8月1日(土)
■場所:国文学研究資料館大会議室
 
◎7月31日(金)
13:30 開会の挨拶 今西祐一カ
13:35 機構長挨拶 立本成文
13:40 来賓挨拶 文部科学省
13:45 趣旨説明 谷川惠一
14:00〜15:00 基調講演「古典籍共同研究とオープンサイエンス」有川節夫
15:20〜16:50 パネル1「古典籍研究の近未来」
 座長 山本和明
  報告1 寺沢憲吾
  報告2 橋本雄太
  報告3 北本朝展
  報告4 永崎研宣
 討議司会 後藤真
 
◎8月1日(土)
10:30〜12:00 パネル2「総合書物学への挑戦」
 座長 谷川惠一
  報告1 陳捷
  報告2 落合博志
  報告3 入口敦志
 ディスカッサント ルーカ・ミラージ/飯倉洋一/小林一彦
13:00〜13:50 講演「国際共同研究の意義--古活字版の終焉に向けて」
       ピーター・コーニツキー
14:00〜15:30 パネル3「紀州地域と寺院資料・聖教--延慶本『平家物語』の周縁--」
 座長 大橋直義
  報告1 宇都宮啓吾
  報告2 中山一麿
  報告3 牧野和夫
 ディスカッサント 佐伯真一/藤巻和宏/舩田淳一/牧野淳司
15:40〜17:10 パネル4「キリシタン文学の継承:宣教師の日本語文学」
 座長 郭南燕
  報告1 李梁
  報告2 陳力衛
  報告3 李容相
  報告4 ケビン・ドーク
 ディスカッサント 北原かな子/申銀珠/谷口幸代
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | ■古典文学

2015年07月25日

江戸漫歩(107)乃木坂での講演後に公園で盆踊りを見る

 国文学研究資料館では、歴史的典籍に関する大型プロジェクトが進行しています。
 国際的な共同研究ネットワークの構築へ向けた一大プロジェクト「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」が、平成26年度からスタートしています。

 これは、人文社会学分野では唯一、かつ初めての大型プロジェクトです。
 今年は、10年計画の2年目に当たります。

 今日は、「日本語の歴史的典籍データベースが切り拓く研究の未来」と銘打った公開シンポジウムが、都内の乃木坂にある日本学術会議講堂で開催されました。


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 その内容は、以下の通りです。


公開シンポジウム
「日本語の歴史的典籍データベースが切り拓く研究の未来」

日時 2015年7月25日(土)
会場 日本学術会議講堂(港区)

プログラム
司会 谷川惠一
開会の挨拶 長島弘明
「日本語の歴史的典籍データベースの構想」今西祐一郎
「和算資料が示唆する数学の将来」上野健爾
「文理にまたがる古医書の研究」ミヒェル・ヴォルフガング
「日本古典籍からみた料理文化の展開--料理書から料理本へ」原田信男
「東アジア文献アーカイブスの現状と未来」内田慶市
討議
閉会の挨拶 木部暢子


 本日の講演の内容は、いずれまとめて公開されるので、ここでは少しだけ個人的な感想を記しておきます。

・西洋の数学に対する江戸時代の和算における発想のユニークさと、関孝和の人となりについて興味を覚えました。

・日本の古医書には写本が多いという事実を初めて知りました。また、日本の鍼灸に関する情報をもっと聞きたいと思いました。

・平安から鎌倉時代にかけての料理書について詳しく調べたくなりました。江戸時代の料理本の多さには驚くばかりです。

・私がデータベースに着手したのは1981年です。それから34年経った今、画像処理が向上したこと以外には特段のトピックは少ないようです。

 いずれの講演も、国文学以外の異分野・他分野における興味深い内容で、大いに刺激をいただきました。寒すぎるほどに空調がよく効いた講堂の中だったので、体温と知的興奮とが適度にブレンドされて、心地よいシンポジウムとなりました。

 帰りがけに、浴衣姿の女性を多く見かけました。


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 行き先を見やると、青山公園(次の写真右側の木立の中)に入って行かれます。


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 太鼓と撥の音が賑やかに聞こえるので、公園に寄ってみました。
 これは霞町盆踊り大会で、これから夕刻にかけて、ますます盛り上がりそうな雰囲気でした。


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 全国各地で盆踊り大会が催されることでしょう。
 夏がやって来た、ということを実感しながら帰路につきました。
posted by genjiito at 21:28| Comment(0) | ■古典文学

2015年06月04日

聞香の体験会で裏を読みすぎたこと

 今日は、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻で博士論文を執筆中の武居さんが、国文学研究資料館の大学院生のための部屋で、聞香の体験会を開催してくださいました。
 大学院生として国文研に来ておられますが、武居さんはお香とお茶の先生です。

 これまでにも、武居さんとお香のことは、以下の記事で取り上げています。

「充実していた総研大学院生の研究発表会」(2012年11月29日)

「同志社大学でお香談義」(2013年05月01日)

「茶道資料館で香道具を見たあと筒井先生にお目にかかる」(2013年05月02日)

「京洛逍遥(316)京都における香道関係の調査に同行」(2014年04月25日)

 今日の参加者は、日本人4名、中国人留学生7名の計11名です。
 日本人というのは、大学院の専攻長や主任指導教授に副主任という、武居さんにとってはプレッシャーのかかる存在の教員たちです。

 まずは、ウエルカムの意味で「夏木立」というお香で部屋に迎えていただきました。
 そして我々お香に馴染みのない者のために、「文学と香道」というわかりやすい内容のレクチャーから始まりました。


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 一通りお香に関する勉強をした後、武井さんが香元となり、組香である玉川香をやりました。
 これは、武居さんの学位論文の中心となる『香道蘭之園』(菊岡沾凉、1737年)の巻7にも記されているものです。武居さんは現在、この『香道蘭之園』と共に大枝流芳による伝書群とも格闘中です。

 香炉の準備から始まる所作を、間近に見ることができたのはいい勉強となりました。
 なお、今日は立礼席で、テーブルのスペースに限りがあったため、作法通りの位置に道具を置けないなど、臨機応変な対処がなされたことを申し添えておきます。以下お読みいただくにあたって、ご理解のほどをお願いいたします。


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 試みの後、3炷を聞きました。

 本番である出香からの3炷を、私は次のように聞きました。
 これも厳密には正確ではありませんでしたが、今は出香された順番が問題なので、それはおいておきましょう。

  1 辛い 2 苦い 3 甘い

 ここで、解答用紙である名乗紙に答えを「一 二 三 むつ千鳥」と書こうとして、はたと思い留まりました。それが、あまりにも単純な数字列だったからです。

 この場に集まっているメンバーはみなさん初心者です。ほとんどが初めての体験です。その意味から言えば、分かり易い「一 二 三」という答えになる出香は、いわば一番無難なものです。
 しかし、と思い返したのです。

 武居さんの横に並んでいるのは、初心者だといっても、ここでは指導教授を始めとして武居さんにとってはそれなりの立場と重みのある先生方です。そうであれば、あまりにも易しい解答となっては、かえって先生方を軽く見たように思われないかと、気づかわれるはずです。

 とすると、あまりにも見え透いた単純な解答ではなくて、香元としては少しひねることで、それなりの敬意を表した対応を考えておられるのではないか、とも思われたのです。

 特に、一番目と二番目の香は、後で聞くと「きゃら」と「らこく」という、似た傾向の香りがするものでした。
 そこで、この似た香で混乱させて、後で間違えた先生方への説明をしやすいように仕組んでおられるのではないか、と私は読みました。
 私が名乗紙に書いた答えは「二 一 三 近江萩」です。「一」と「二」をあえて入れ替えたのです。

 正解は、「一 二 三 むつ千鳥」でした。

 後で武居さんに伺うと、混ぜ合わせることで、香元も答えが何かはわからない状態で進んでいくものだ、とのことでした。
 香元が香包みの用意はなさいます。しかし、焚く直前にシャッフルするため、香元であってもどの香がどの順に出るかは、いついかなる場合もわからないそうです。
 つまり、順番を変えるといったような作為は絶対にできないため、私が勝手に推測したことはまったく無意味なことだったのです。たまたま「一 二 三」という解答になった、というだけのことだったのです。

 まったく余計な先読みをしすぎていたのです。もっと素直に、自分が感じたままに名乗紙に「一 二 三」という答えを書くべきでした。浅知恵で裏を読もうとするな、ということなのでしょう。

 その意味でも、今日の聞香はいい勉強になりました。

 今日の「香之記」は、一点を取った中でも上座におられたひろしさんに贈られました。


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 その後の休憩時間には、両口屋是清の「二人静」と涼しい羊羹がお茶菓子として出されました。


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 和三盆糖を使用した「二人静」だけをいただき、その後の質疑討論会は早退して次の予定が組まれていた千代田図書館へ急ぎました。

 以下、その後の九段下の千代田図書館と、日比谷の日比谷図書文化館でのことは、長くなりますので明日にします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■古典文学

2015年03月11日

電子ジャーナル『海外平安文学研究 第2号』を公開

 本日、『海外平安文学研究ジャーナル 2.0』(オンライン版)を「伊藤科研(A)のホームページ「海外源氏情報」」から公開しました。
 PDFでの公開です。ダウンロードしてご自由にお読みください。

 まず、トップページ左横にある〈NEW 『海外平安文学研究ジャーナル』〉か、中央下にある〈翻訳史&論文データベース〉の中の左下にある〈海外平安文学研究ジャーナル(20150311)〉をクリックして、〈海外平安文学研究ジャーナル〉のページに進んでください。


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 そして、〈ダウンロード〉の中の〈2.海外平安文学研究ジャーナル vol. 2.0(2015/03/11)〉をクリックすると、電子ジャーナルの表紙と目次の下に、〈●アンケートに回答する(パスワードはアンケート回答後に表示されます)〉というボタンがあります。


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 この〈アンケートに回答する〉をクリックすると、ご自身の第1言語と現在の居住地をお尋ねする画面となります。


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 これは、パスワード取得前に簡単なアンケートをお願いしているものです。
 日本国内の方の場合は、「第1言語」は「日本語」、「現在の居住地」は「日本」、「メッセージ」は随意で結構です。


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 この後に送信ボタンを押していただくと、画面にパスワードが表示されます。


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 ダウンロード後にお読みになる時には、PDFファイルを開封するために、このパスワードが必要となります。
 何度でもパスワードは取得していただけます。もちろん、上記の「第1言語」と「現在の居住地」以外の個人情報を求めることはありません。
 最初のダウンロードで、このパスワードをメモしていただくと、後々簡便にファイルを閲覧していただけます。

 少し面倒な手続きを踏んでいます。公的資金によって編集・作成した刊行物の公開のため、報告書に記載する利用調査報告の一部とするものです。海外向けの情報発信でもあることを意識して、こうした設定となりました。
 科研の成果報告であるという趣旨をご理解いただき、言語別・国別の情報提供にご協力をお願いいたします。

 今回の第2号では、平安文学を中心にした以下の内容を掲載しています。

〔1〕研究論文
〔2〕小研究(note)
〔3〕研究余滴(column)
〔4〕翻訳実践

 また、[目次]は以下の通りです。


・あいさつ 伊藤 鉄也
・原稿執筆要項
◎特集「国際研究交流集会」(2014 カナダ)
 序文
 国際研究交流集会プログラム
 英訳された『枕草子』が作り出した大衆文化 Gergana Ivanova
 小説として読まれた英訳源氏物語 緑川 眞知子
 1955 年のサイデンステッカー訳蜻蛉日記について 川内 有子
 カナダ国際研究交流集会レポート 海野 圭介
 新出資料『蜻蛉日記新釈』(上・下) 伊藤 鉄也、淺川 槙子
◎研究の最前線
 『源氏物語』韓国語訳と李美淑注解『ゲンジモノガタリ1』 李 美淑
 スペイン語に訳された『源氏物語』の書誌について 淺川 槙子
・執筆者一覧
・編集後記
・研究組織


 なお、引き続き、『海外平安文学研究ジャーナル3.0』の原稿を募集しています。


・詳細は、本科研のHPに掲載された、「『海外平安文学研究ジャーナル』応募執筆要綱」をご覧ください。
・原稿の締め切り 2015年7月31日(金)
・刊行予定    2015年9月30日(水)
・ご注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。


 この電子ジャーナル刊行について、お知り合いの方にも連絡していただけると幸いです。
 お気付きの点などは、「サイトの諸注意(リンク・利用など)と情報提供のお願い」の最下段の〈情報提供のお願い〉からお寄せください。
 今後とも、ご教示などを、よろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 22:26| Comment(0) | ■古典文学

2015年03月10日

読書雑記(118)今野真二『日本語の考古学』岩波新書

 今野真二氏の『日本語の考古学』(岩波新書、2014.4刊)を読みました。
 その読書メモを残しておきます。


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 最近は、仮名文字の成立に関する歴史に興味をもっているので、楽しく読みました。
 著者が平安文学の文献にも興味を持っておられるので、その用例が大いに参考になりました。
 また、過去の時点に視点を置いた語り口から、現在がくっきりと炙り出されていたように思います。
 書写されたモノに語らせる手法で解説がなされているので、わかりやすく読み進めることができました。

 以下、切り抜き帳として、注目した箇所を列記します。

・「稿者はかつて『源氏物語』を一帖ずつ「翻字」し続けていたことがある。「翻字」とは、過去の日本語に関していえば、幾分か行草書的に書かれた漢字やいわゆる「変体仮名」を、現代わたしたちが使っている漢字や仮名に置き換えることである。なぜそのようなことをやったのかといえば、ひたすら「過去の文献が読めるようになるため」であるが、これは稿者が大学で国語学を学んでいた頃は、必須のスキルであった。考古学者が遺跡からきれいに出土品を掘り出すためのスキルのようなものであろう。当時写真版で刊行されていた『源氏物語』はすべて翻字したので、結局、『源氏物語』五十四帖を二回ほど(あるいはそれよりも多く)は写した計算になるが、それでもスキルを磨くのに充分とはまったくいえない。そのため、『源氏物語』の翻字が終わった後も十年間ほどはそうしたことを続けていた。するとある時、ある人に、電子化されたものがあるのに、なんで手で写しているのか、電子化されたものをあげるよ、と言われたことがある。しかし、手で翻字することによってわかることは多いし、そうしなければわからないこともありそうだ。スキルを身につけるために時間を費やさなければならないが、その時間は何らかのプロセスでもある。少なくとも稿者はそうした手法を認めたいし、そうした手法に魅力を感じる。」(ii〜iii 頁)
【ここで言われる写真版の『源氏物語』とは、おそらく筆者が大学に就職されるまでに刊行された、書陵部本(1968)、高松宮本(1974)、尾州家河内本(1977)、穂久迩文庫本(1979)、陽明叢書(1982)の、5種類の内の2セットあたりでしょうか。】

・(『(宗祇)初学用捨抄』という室町期に書写された初学者用の連歌作法書について)「この写し手は書写の際に、原本の漢字を仮名にしたり、原本の仮名を漢字にしたりという変更を加えていたということになろう。そうすると、この写し手にとっては、(ということはおそらくこの時期の書き手にとっては)仮名で書くか漢字で書くかということは、かならず「本文」どおりにしなければいけないことがらではなかったことになり、これもきわめて興味深い。」(181頁)
【親本に書かれた文字を、どれだけ正確に書写したかということです。この例は、室町期の作法書なので、平安や鎌倉の物語とは、その書写態度が異なるものです。こうしたことは、物語にもいえることなのか。さらなる検証を進めてほしいと思いました。】

・「現代に生きるわたしたちは、「現代」と無関係に存在することができない。わたしたちは今生きている状況において育まれた価値観にしたがって、抽象的な面もふくめて、物事を見たり判断したりする。それは当然のことであり、悪いことではないが、前提としてそのことをきちんと自覚しないと、つねに現代をよしとした基準によって(過去の事物まで含めた)あらゆることがらを判断してしまうことになる。現代を基準として過去を認識しようとすると、見損なうことも少なくない。
 「きちんと」というのは、細部まで目を配って、ということでもある。本書で見てきたように、その時代の意識や認識の仕方というのは、うっかり見落としてしまうような細部にあらわれることもままある。「書き方のそんな細かな違いはどっちでもいい」というのは、その「違い」が失われてしまった現代の感覚かもしれない。」(253頁)
【写本や資料が書写された時代を尊重して、きちんと読み解く必要性を語っているところです。「現代」をモノサシにして、「現代」の感覚でものごとを判断することへの警鐘ともなっています。】
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2015年03月09日

〈第4回 池田亀鑑賞〉の募集は平成27年3月末日が〆切りです

 〈第4回 池田亀鑑賞〉の募集は平成27年3月末日が〆切りです。


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 応募の〆切りまで、あと3週間となりました。

 これまでの受賞作は、以下の通りです。
 弛まぬ努力が結実した、すばらしい成果に対して贈られました。


 平成24年度 第1回受賞作 杉田 昌彦氏『宣長の源氏学』(新典社)
 平成25年度 第2回受賞作 岡嶌 偉久子氏『林逸抄』(おうふう)
 平成26年度 第3回受賞作 須藤 圭氏『狭衣物語』(新典社)


 募集内容や選定に関する詳細は、「池田亀鑑賞のホームページ」をごらんください。

 応募対象は、平成26年4月1日〜平成27年3月末日の間に刊行された奥付のものと発表分です。
 自薦・他薦を問いません。

 この「池田亀鑑賞」の趣旨は、ホームページに以下のように明記されています。


「池田亀鑑賞」は、文学の研究基盤を形成する上で、顕著な功績のあった研究に対して贈るものです。
その地道な努力を顕彰し、さらなる成果の進展を期待する意味を込めています。
「池田亀鑑賞」は、伝統ある日本文学の継承・発展と文化の向上に資することを目的として、池田亀鑑生誕の地である日南町と池田亀鑑文学碑を守る会が創設しました。


 また、選定にあたっては、「前年に発表された『源氏物語』を中心とする平安文学に関する研究論文や資料整理及び資料紹介に対し、学界に寄与したと評価されるもの1作品を選定します。」とあります。

 つまり、「研究論文や資料整理及び資料紹介」が対象であることが、この池田亀鑑賞の特色です。

 応募先は以下の通りです。


〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-44-11
新典社内 池田亀鑑賞事務局
TEL:03-3233-8051  FAX:03-3233-8053
e-Mail︰info@shintensha.co.jp


 選考は、以下の6人の委員があたります。


伊井春樹(会長)
伊藤鉄也(委員長)
池田研二
妹尾好信
小川陽子
原 豊二


 今年もすばらしい作品の応募があることでしょう。

 選考委員の一人として、池田亀鑑賞のホームページに私は次のコメントを寄せています。


文学研究の基礎を支える資料を整理し、成形し、提供する営為には、多大な時間と労力と根気が必要である。そして、こうした作業や仕事にこそ、弛まぬ努力と継続への理解と応援が必要である。池田亀鑑賞は、日頃の地道な調査研究活動に光を当て、さらなる励みと新たな目標設定を支援するところに意義があると思っている。達成したものばかりではなく、進行しつつあるものも含めて、研究環境の整備に貢献した仕事を顕彰したいと思っている。
 コツコツと研究を続けて歩んで来られた成果が、今回も応募作として並ぶことを、大いに期待し、楽しみにしています。


 池田亀鑑賞についてのお問い合わせは、上記「新典社内・池田亀鑑賞事務局」にお願いいたします。
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2015年02月23日

帰国直前に大英博物館で日本美術を見る

 前々回ケンブリッジに来た時には、電車が途中で止まり、代行運行のバスに乗り換えて行きました。 ロンドンとケンブリッジ間の電車は、大幅に遅れたこともしばしばあります。

 イギリスを発つ日なので、早めにロンドンに入っておくことにしました。
 朝早くにケンブリッジ駅からの出発でした。しかし、駅には外のバス停まで長蛇の列です。みなさん、切符を買うために並んでおられたのです。理由がロンドンに着いてからわかりました。自動券売機の操作が大変なのです。あらかじめリターンチケットを買っておくべきでした。

 キングスクロス駅に荷物を預け、歩いて15分ほどの大英博物館へ行きました。帰国までの寸暇を惜しんでの行動です。

 街中には、こんなレトロな建物が点在しています。


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 この大英博物館の周りのブルームスベリーと呼ばれる地域は、かつて文学者たちが集まっていたただけに、いろいろなことを想像させてくれます。『源氏物語』の英訳をしたアーサー・ウェイリーも、その仲間の一人でした。

 大英博物館のすぐそばには、アーサー・ウェイリーが滞在して『源氏物語』を翻訳したと言われる、ホテル・ラッセルがあります。


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 ここは、すぐ近くのロンドン大学などに来る時などに、いつも立ち寄るようにしています。

 銀婚旅行で来た2003年7月末は、このホテル・ラッセルに泊まり、すぐ横にあるハーツでレンタカーを借りて10日間の自由な旅をスタートさせました。


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 オックスフォード、バース、コッツウォールズ全域、ストラットフォードアポンエイボン、レスター、そして当時は娘が留学生活をしていたヨークに立ち寄り、ケンブリッジ、そしてロンドンに戻るという1周旅行だったのです。通りかかった街で宿を探すという、妻と2人で行き当たりばったりの気ままな旅でした。

 しかし、今回は円のレートが悪いので、ホテル・ラッセルは高すぎて泊まれません。

 それでも、ここの雰囲気を味わうために、中に入れてもらいました。
 私は、この入口からすぐ右手の階段が好きです。写真は、2階から降りた踊り場から玄関口のホールを撮ったものです。
 正面突き当たりのコーナーは、人との待ち合わせによく使わせていただくエリアです。


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 大英博物館では、アジアとエジプトの美術を見ました。特に、ルーム92から94の日本ギャラリーは、じっくりと見ました。

 まず目に飛び込んで来たのは、日本の漫画を横に置いた展示でした。漫画人気も手伝ってか、他のセクションにも漫画がありました。日本の物に親しんでもらうためには、いい演出となっています。


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 茶道のコーナーが一番気になりました。
 お茶のお稽古に行く時間がなかなか確保できない日々です。1月は1回、2月は1回も行けません。そのせいもあってか、身体で覚える機会が少ないので、見られるものがあるとすぐに反応します。

 室内に設けられたお茶室「和英庵」は、裏千家の協力で作られたものでした。定期的に実演があるそうです。しかし、この日はありませんでした。


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 茶釜と蓋置が展示されていました。由緒はわかりません。


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 左から、「つくばね蓋置 義之助(生年不祥)作」、「田口釜 初代門脇喜平(1918年生)作」、「撫肩竹紋筒釜 十五代菊池直正(1959年生)作、「八角面取甑口釜 高橋敬典(1920-2009年)作」とありました。

 日本の古典文学に関する展示では、偶然でしょうか、『伊勢物語』の東下りの段が2作品もありました。

「伊勢物語 東下り・富士の山 住吉如慶(1599-1670年)筆」


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「伊勢物語 嵯峨本(初版本、1608年)」


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 2時間ほど、駆け足で観て回りました。
 これだけで、もう満足です。
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2015年02月13日

仮名文字に関する2つの研究会に参加

 今日は、2つの研究会が一部重複して同時進行でありました。共にメンバーとなっているので、慌ただしい参加となりました。

 まず、入口敦志先生が研究代表者としてスタートされたばかりの【表記の文化学 ―ひらがなとカタカナ―】です。これは、国家的規模で推進されている「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」(大規模学術フロンティア事業)における共同研究です。

 今日は今西祐一郎館長の挨拶と問題提起で、第一回目の研究会が始まりました。
 多彩なメンバーが集っています。私は、中古文学の領域からの参加です。
 時代も分野も異なる先生方のコラボレーションとなるので、今後の成果が楽しみです。
 私が来月から行く天理図書館の調査は、この研究の一環となるものです。

 別会場では、少し時間をずらして、今西館長科研の最終回となる研究会がありました。
 これは、私が5年間お世話をした科研の会です。今回が最後の研究会なので、私も現在進めている研究の一部を発表しました。

 今日の私の発表は、「次世代に引き継ぐ翻字資料作成に関する提言 ─変体仮名を混在させて表記すること─」と題するものです。
 今取り組んでいる〈変体仮名混合版〉による翻字について発表をしました。

 内容は、すでに本ブログで公開したことが中心です。
 今日は、最近整理した資料をもとにして、ハーバード大学本「須磨」と「蜻蛉」、そして国立歴史民俗博物館本「鈴虫」の3本が、同じ文化圏で書写された写本であることを報告しました。
 変体仮名の文字遣いを通してわかったことの一例として、特徴的な字母表記である「ものかたり」という文字がどのように表記されているか、ということをとりあげたものです。


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 「可多り」「可多里」「可堂里」「か多り」と書写されている例の検討です。
 これは、変体仮名を混在させた翻字資料があるからこそ可能な研究となります。
 ここからも、三本に書写された文字の表記傾向が明確にうかがえます。
 〈変体仮名混合版〉による翻字は、次世代に引き渡す翻字資料として、今後とも有益なデータとなることでしょう。

 今日は統計学の手法を導入した若手の発表が2つもあり、活発なやりとりがなされました。
 仮名で書くか漢字で書くかというテーマは、まだまだ検討課題が山積しています。

 現在、研究報告書の第4号の編集が、プロジェクト研究員の阿部さんのもとで進んでいます。3月には出来上がりますので、しばらくお待ちください。
 昨秋カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で実施した、国際研究集会の報告などが掲載されています。
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2014年12月29日

教科書に見る平安朝・小学校−国語(11)三省堂・信濃教育会出版部

 三省堂が作成した小学校国語の教科書で私が実見したのは、昭和36年度版の13冊だけです。
 また、信濃教育会出版部の教科書も、実見したのは昭和36年度版と昭和40年度版の25冊だけです。
 これらは、京都府立図書館に収蔵されている戦後の学校教科書のコレクションが調査対象だったことに起因するものです。
 
 
【三省堂】(13冊)
 
昭和36年度用

2年下 「小さなかみさま」 大国主命と少彦名命の話
5年上 「日本の文字」 字母のことが少し
5年下 「むかしの都」 京都・奈良・大阪の文章


*本年度の三省堂の教科書には、古典の香りがまったく感じられない編集となっています。

 
 
【信濃教育会出版部】(25冊)
 
昭和36年度用

一ねん中 「一寸法師」
二年下  「かぐやひめ」
三年上  「大きなふくろをしょった神さま」(因幡の白兎の話)
四年上  「海ひこ山ひこ」(神話)
五年下  「わたしたちの文字」 万葉仮名、カタカナ(元の漢字の一部)、平仮名(元の漢字の一部)
六年上  「古都だより」 京都と奈良の文章
     「わたしたちの古典」 「万葉集」「源氏物語」


*五年下の「わたしたちの文字」には次の説明文があります。
 「「源氏物語」のようなりっぱな小説が、一千年もむかし、世界のどこの国にもさきだって作られたのも、かなのおかげである。」
*六年上の「わたしたちの古典」の冒頭説明文中に「万葉集・源氏物語などは、日本の代表的な古典です。」とあります。
 『源氏物語』は二節に分けて紹介されています。「若紫」と「末摘花」の二巻を元にして少女若紫の姿をかわいらしく小学生用に書き換えたものです。

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昭和40年度用

一ねん上 「一寸法師」
二年下  「かぐやひめ」
三年上  「大きなふくろをしょった神さま」(因幡の白兎の話)
四年上  「海ひこ山ひこ」(神話)
五年下  「わたしたちの文字」 上記昭和36年度版と同じ
六年上  「古都だより」 ただし昭和36年度版を少し削除したもの
     「俳句と和歌」 「一茶の俳句」と「万葉集」に変更


*昭和36年度版の「わたしたちの古典」の単元名が「俳句と和歌」に変更されました。そして、この単元では、残念なことに『源氏物語』が削除されて「一茶の俳句」と入れ替わっています。『万葉集』はほぼそのまま再録されています。
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2014年12月27日

教科書に見る平安朝・小学校−国語(10)大阪書籍

 大阪書籍が作成した小学校国語の教科書で、昭和28年度から平成8年度までの40冊の内、平安朝の理解につながる教材を確認します。
 以下に取り上げた教材は、多分に個人的な趣味のものも多いことを、あらかじめご了解ください。
 
【大阪書籍】(40冊)
 
昭和28年度用

5年上 「書物の研究」という文(18頁)に日本の写本のことはまったく出ない。
5年下 絵巻物として「鳥獣戯画」が取り上げられている。「衣川」(『義経記』)

 
 
昭和29年度用

5年下 昭和28年度版にあった「マハトマ・ガンジー」が「インドの父」として採択。
    「衣川」(『義経記』)が「主従愛」(指導の記載)を考えさせる教材として再録。

 
 
昭和32年度用

1ねん下 「いっすんぼうし」
2年上  「浦島太郎」
2年下  「やさしいかみさま」 『古事記』より大国主命の話
3年上  「かぐやひめ」
4年上  ・昭和28年度版にあった「本のれきし」がこの改訂版では削除
4年下  ・昭和28年度版にあった「ぞうの話」がこの改訂版では「羽衣」と共に削除
5年上  「京都の春」 7頁にわたる写真入りの風物詩。
     「春はあけぼの」が再録。
     昭和28年度版にあった「ひえだのあれ」が「『古事記』の編集」として
     挿し絵入り6頁で再掲載。
6年上  「京への旅」(『更級日記』)は、昭和28年度の目次にもある。
6年下  「わかむらさき」(『源氏物語』)


*1ねん下の「いっすんぼうし」では、各頁上下いずれかの段にカラーイラスト(計8枚)が挿し絵として使われています。


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 なお、文節が泣き別れとなる箇所(上図5行目末尾「おかあさん=を」)に「=」が付されていることについては、現在調査中です。この年の教科書は、私が小学校1年生の時に実際に使用した年度です。まったく記憶がありません。大阪書籍以外では、そのような記号は使われていないようです。この件で、何かご存知の方がいらっしゃいましたらご教示をいただけると幸いです。

 昭和28年度版にあった「春はあけぼの」(『枕草子』)が現代語訳と挿し絵入り6頁で再録されています。冒頭の紹介文には、次のような説明があります。
 「同じころに書かれた「源氏物語」とならんで、平安朝文学の代表作とされ、むかしから多くの人々に読まれ、親しまれて来ました。」

 「『古事記』の編集」の最後には、次のような記述があります。
 「「古事記」で、音を表わす字として、漢字を使うようになったことが、やがて、ひらがなやかたかなができるもとになりました。そして、かなが使われるようになって初めて、源氏物語などという、世界じゅうの人々に愛される文学作品が、生まれました。」

 「京への旅」は菅原孝標娘が『源氏物語』を読んだことを、挿し絵入りで語るものです。この冒頭に、「この文に出てくる「源氏物語」は、この日記より五十年ほど前に、書かれたものです。」とあります。

 「わかむらさき」は、冒頭に詳しい『源氏物語』の解説があり、末尾に以下の文が記されています。
 「この文は、源氏物語の一部を、現代語に書き直したものである。(中略)近年英語訳も出版され、日本ばかりでなく、世界で最もすぐれた作品の一つとして、高く評価されている。」
 内容は、「若紫」と「末摘花」の一節を現代語訳したものです。挿し絵は、国宝源氏絵巻とイラスト2葉。

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昭和36年度用

1ねん下 「いっすんぼうし」

2年上  「白うさぎ」「かぐやひめ」

3年上  「力くらべ」 アイヌ伝説と神話

4年下  「白い鳥」 『古事記』よりヤマトタケルのクマソ征伐の話


*「いっすんぼうし」は昭和32年度と同じ教材の採択。ただし、この昭和36年度用と次の昭和39年度用では、昭和32年度用の最終頁にあった堀川少将になる頁(上掲図版の頁)がカットされています。

 
 
昭和39年度用

1ねん下 「いっすんぼうし」

2年上  「白うさぎ」「かぐやひめ」

 
 
昭和40年度用

三年下 「インドからぞうが来た」「力くらべ」

五年上 「「古事記」の話」で上記同文で『源氏物語』に言及。

    「本の歴史」に写本の説明はない。

五年下 「北国落ち」(『平家物語』)の説明文

六年下 「すさのおと大国主」。「古都の花」は『平家物語』の忠度の都落ちの話。


*「インドからぞうが来た」は、昭和24年にインドのネルー首相から上野動物園に「インディラ」というゾウが贈られた話です。

 
 
平成8年度用

5上 「日本語の文字と言葉」に字母のことが少し

6上 短歌に人麿・敏行・実朝の歌あり。

   与謝野晶子の歌碑のカラー写真が巻頭にあり、晶子の文学碑について8頁もの文章があります。マザーテレサについても書かれています。
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2014年12月26日

教科書に見る平安朝・小学校−国語(9)日本書籍(その2)

 日本書籍が作成した小学校国語の教科書で、五年生と六年生の教材を確認します。
 「ゼロの発見」(インド)については、個人的なメモとして追記したものです。
 
【日本書籍】(127冊の内)
 
昭和28年度用

6年の2 「鳥獣戯画」(説明文だけ)

 
 
 昭和31年度用

5年の1 「御所の岩」(『吉野拾遺』より)は平安らしい内容

 
 
 昭和33年度用

6年の1 「古典から」の単元に『宇治拾遺物語』『徒然草』『十訓抄』(「船上の一曲」)

 
 
 昭和36年度用

6年の1 「古典から」の単元に『徒然草』『十訓抄』(「船上の一曲」)。『宇治拾遺物語』がなくなる

 
 
 昭和40年度用

5/1 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6/1 「古典から」の単元に『宇治拾遺物語』、『十訓抄』(「船上の一曲」)。『徒然草』がなくなる
6/2 「ゼロの発見」(インド)、「和歌(持統天皇・実朝)。「御所の岩」(『吉野拾遺』より)は平安らしい内容

 
 
 昭和43年度用

5.1 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6.1 『十訓抄』(「船上の一曲」)
6.2 「ゼロの発見」(インド)、「和歌(持統天皇・実朝)。「御所の岩」(『吉野拾遺』より)は平安らしい内容

 
 
 昭和46年度用

5上 「船上の一曲」(『十訓抄』より)
5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6下 「ゼロの発見」(インド)


*秋山虔加入

 
 

 昭和49年度用

5上 「船上の一曲」(『十訓抄』より)
5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6下 「ゼロの発見」(インド)

 
 
 昭和52年度用

5上 「はかまだれ」
5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6上 「馬ぬすびと」(頼朝の時代の話)、「ゼロの発見」(インド)


*稲賀敬二加入

 
 
 昭和55年度用

5年下 「ゼロの発見」(インド)
6年上 「日本の文字とことば」に平仮名と『源氏物語』のこと。字母表あり。


*これまでの仮名の説明では『万葉集』だけが引かれており、6年生の「日本の文字とことば」で『源氏物語』に触れるのは珍しい。

「今、わたしたちの使っているひらがなのもとになった漢字、くずした形の表を、次のページに示しておきましょう。ひらがなは、平安時代の婦人たちのあいだで発達したものらしく、古くは「おんな手」とよばれていたようです。「源氏物語」などは、このひらがなによって書かれたけっ作です。
 むかしは、同じ音を表すにもいくつかのひらがながあったのですが、明治時代になってから、今日の形に統一されました。そば屋ののれんに残る「楚者゛」という字は、むかしのひらがなのなごりです。」

 なお、ここに掲載された表では「字母」ではなくて「ひらがなの字源」となっています。

 
 
 昭和58年度用

5年下 「船上の一曲」、「ゼロの発見」(インド)
6年上 「日本の文字とことば」に平仮名と『源氏物語』のこと。字母表あり。巻頭に変体仮名で書かれた暖簾のカラー写真を掲載。学習用の「手引き」が一新されている。
6年下 「和歌」に志貴皇子あり


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 昭和61年度用

6年上 「日本の文字とことば」は書き換えられている。字源(字母)表はそのまま。『源氏物語』のことが消える。

「ひらがなは、平安時代(八〜十二世紀)から女性に主に使われ始め、作りあげられたので「おんな文字」とか「おんな手」とよばれました。」

 「紙の歴史と文化」の項目が充実し、和紙の価値について詳しく書かれ、紙による文化の育成を強調しています。ただし、写本については触れられていません。

「平安時代の半ばごろからさかんになった絵巻物も、和紙に書かれたみごとな芸術品です。
(中略)「紙は文化のバロメーターである。」といいます。紙の消費量が文化の高さの尺度になるというのです。テレビなど映像文化の発展にもすばらしいものがありますが、紙による文化を守り育てていくことの大切さも忘れてはなりません。」
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2014年12月25日

教科書に見る平安朝・小学校−国語(8)日本書籍(その1)

 2010年の10月から12月にかけて、小学校国語科教科書の中に見られる平安文学の諸相を調査した結果を整理し、本ブログに報告をしていました。

 その経緯については、以下のブログの記事をごらんください。

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(1)」(2010/10/31)

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(2)中京出版・大日本図書・二葉図書」(2010/11/8)

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(3)学校図書」(2010/11/9)

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(4)教育出版(その1)」(2010/11/11)

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(5)教育出版(その2)」(2010/11/19)

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(6)教育出版(その3)」(2010/11/22)

「教科書に見る平安朝・小学校−国語(7)光村図書出版」(2010/12/16)
 
 その後も少しずつ調査を進めていました。しかし、本ブログに次々と書いておくことが生まれ、いつしか資料が棚の隅に追いやられていました。
 以来、自分では問題意識があるものの、少しずつ忘れていく状態にあるので、空白となった4年を置いてやっと整理を再開し始めました。

 ここでは、日本書籍が作成した小学校国語科教科書をとりあげます。
 この中に取り上げられている平安文学は、以下のものがあります。
 まずは、「日本書籍(その1)」として小学1年生から4年生までの教科書について掲載します。
 
【日本書籍】(127冊)
 
 
 昭和31年度用

2ねんの2 浦島太郎の絵のお姫さまに平安朝らしさはない

 
 
 昭和32年度用

4年の2 「本のいろいろ」の単元に「ひげのおじいさん」、「昔の本・今の本」、「印刷工場見学の記録」を収録


*「ひげのおじいさん」の中に次の文があります。
 「三人は、そっと、つくえの上の本をのぞいてみた。すすけた色の日本紙をつづった本で、字は筆で書いたものであった。
 「昔のほんなんだね。」
と、馬場君が小さな声で言った。谷村君と佐野君は、だまって、うなずいた。」
 挿し絵の写真を見ると、江戸時代の版本の辞書のようです。

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 「昔の本・今の本」には、次の文章が見られます。

 「紙で本を作るようになってからは、持ち運びは便利になったが、一さつの本を見て、別の本に書き写さなければならないので、手かずが、かかるばかりでなく、写しちがいをすることも多かった。
 それよりも、もっと、こまることがあった。それは、どんなに本をよみたいと思っても、容易に手にはいらないことである。なにぶんにも、一さつ一さつ、一字一字を、手で書き写さなければならないのだから、本が行きわたらないのも、あたりまえのことだ。」

 話はこの後、木版・木活字・鉛活字のことになり、次の文で締めくくられます。

 「今日では、国の文化の高さは、どれだけの紙を印刷物に使っているかということで、わかると言われている。」

 この教科書では、手書きの写本というものに対するイメージを明確に語り伝えようとしています。ただし、最後のまとめの文章は、電子化が進む平成の時代など想像だにし得ない語り口となっています。
 これに続く「印刷工場見学の記録」は、活版印刷の人手による製作過程を詳しく語るものです。

 
 
 昭和33年度用

2ねんの2 浦島太郎の絵の姫に平安らしさはない
4年の1 「本のいろいろ」の「昔の本・今の本」は前記昭和32年版と同文

 
 
 昭和36年度用

2ねんの1 「白ウサギ」の民話に神様たちが出てくる

 
 
 昭和40年度用

1/1 浦島太郎(乙姫の絵だけ)
1/2 浦島太郎と一寸法師に絵はない
2/1 「白ウサギ」の民話に出てくる神様たちの絵が小さくなる

 
 
 昭和43年度用

1.1 浦島太郎(乙姫の絵だけ)
2.1 「白ウサギ」の民話に出てくる神様たちの絵が小さくなる

 
 
 昭和46年度用

1上 一寸法師(姫の絵あり)
3下 「かぐや姫を読んで」
4下 「鳥獣戯画」(相撲)を見て作文する


*別記に秋山虔

 
 
 昭和49年度用

1上 一寸法師(姫の絵あり)
3下 「かぐや姫を読んで」
4下 「鳥獣戯画」(相撲)を見て作文する

 
 
 昭和52年度用

1上 一寸法師(絵が変わり姫が2つになる)
    わらしべ長者、牛車と姫
3下 「かぐや姫を読んで」
4上 「鳥獣戯画」(相撲)を見て作文する


*秋山虔編、他に稲賀敬二

 
 
 昭和55年度用

1ねん下 「ひなまつり」で内裏様とお雛様の写真3種

 
 
 昭和58年度用

1ねん下 「ひなまつり」で内裏様とお雛様の写真3種

 
 
 昭和61年度用

1下 「ひなまつり」で内裏様とお雛様の写真が変わる
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2014年12月12日

新春刊行予定の『日本古書目録大年表』のこと

 現在、千代田区立千代田図書館で古書販売目録の調査をコツコツと進めています。まさに、孤軍奮闘という状況にあります。
 さまざまな情報が収集できるので、本ブログでも、この古書販売目録コレクションの調査への参加を呼びかけていました。
 過日の調査の報告は、「千代田図書館の調査中に八木書店の会長と池田本談義」(2014年12月04日)や、「千代田図書館で古書目録の調査を続ける」(2014年11月06日)をご覧ください。
 
 その目録1万冊はすでにデータベース化されており、私はざさざまな情報を活用しながら調査を進行させています。

 新年早々に、この古書目録が整理されて『日本古書目録大年表』(全3冊、金沢文圃閣、2015年1月刊行予定)という、年表形式のレファレンスブックとして刊行されることになっています。

 内容は、明治から平成にかけて、日本全国で発行・配布された古書目録の総整理版です。
 この古書資料コレクションの価値と意義を知っていただきたく、またさらに本資料の調査に興味を持っていただく意味から、ここにそのパンフレットを画像で紹介します。

 古書に興味をお持ちの方の知的好奇心を刺激できたら幸いです。
 

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2014年12月06日

盛会だった国際シンポ「男たちの性愛―春本と春画と―」

 今日の立川は快晴でした。冬の気配は、国文学研究資料館と国立国語研究所の間の木立にもうかがえます。


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 日だまりで散歩はできそうです。しかし、もうすっかり冷気が身に凍みます。

 国文学研究資料館では、昨年度より国際連携研究「日本文学のフォルム」いう国際シンポジウムを実施しています。本日の第2回のテーマは「男たちの性愛 ―春本と春画と―」です。


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 これは、これまでに国文学研究資料館が取り組んでこなかったものです。今日の今西祐一郎館長の挨拶でも、初代館長だった市古貞次先生は認めなかっただろうし、歴代の館長もこのテーマには難色を示したはずだ、とおっしゃっていました。時代と社会の状況が変わったのです。

 後半のシンポジウムにおいて、昨秋から今春にかけて、大英博物館で春画展を主宰されたロンドン大学のガーストル先生からは、「今日はおめでたい日だ!」とのコメントをいただきました。国文学研究資料館でこのようなシンポジウムが開催されたことは慶賀であり、お祝いしたい、との言葉をいただきました。

 それだけ、このテーマが時宜を得たものであり、充実した内容であった、ということです。
 このシンポジウムの代表を務める者として、好意的に評価されたことを喜んでいます。

 私自身のためにも、本日の4人の先生方の発表とパネルディスカッションでの意見交換に関するメモを、以下に残しておきます。

■ダニエル・ストリューブ先生(パリ・ディドロ大学)
  「西鶴晩年の好色物における「男」の姿と機能」

 西鶴の『色里三所世帯』の再検討を中心にして、男の性愛について語られました。その中で、女性の視点を通して描かれるようになったという指摘に、新しいものの見方の啓発を受けました。
 
■ジョシュア・モストウ先生(ブリティッシュ・コロンビア大学)
  「若衆 ―もう一つのジェンダー―」

 若衆遊びの場画をスクリーンに写しながら、客観的なテキストの分析をなさいました。眼前に写し出された春画が、説明を聞きながら見ていると、まったく卑猥な感じがなく、提示された4つのジエンダーがよく理解できました。
 
■中嶋隆先生(早稲田大学)
  「その後の「世之介」 ―好色本・春本のセクシュアリティと趣向―」

 セクシュアリティが笑いと結び付くことで非日常性が消えた、という趣旨がよく理解できました。浮世草子の春本化については、いろいろな問題があるようなので、今後のものの見方を教わりました。
 
■石上亜希先生(立命館大学)
  「春本・春画の読まれ方―男の読者、女の読者―」

 大英博物館で開催された春画展のコーディネーターでもあり、若さあふれる発表でした。近代から近世へと、春画に対する意識の変化が理解できました。春画の読者として女性がいたことが、昭和の初めまでの寄贈本によってわかるそうです。また、『女大楽宝開』の紹介は興味深いものでした。
 
 4人の発表を受けて、コメンテーターである染谷智幸先生(茨城キリスト教大学)と小林ふみ子先生(法政大学)の意見をいただきました。

 発表の間は静まりかえっていた会場も、意見交換になると場内に活気が蘇りました。スクリーンに映し出された春画に、各自がどう反応していいのか戸惑いながらの進行だったからかもしれません。
 私の記憶に残ったコメントは、次のような内容です。


※春画はアバンギャルドではなくて、保守的な世界が描かれている。

※文化人類学や近世社会の分野から、さまざまな切り口が可能なテーマである。

※風刺と好色だけでなくて、笑いとの関連でもこのテーマは広がりを持つ。

 
 武井協三先生は、今日の成果は笑いを取り上げたことだ、とおっしゃいました。

 来年度の第3回は、「日本文学はどう訳されたか」と題し、谷川恵一副館長にコーディネートしていただくことになっています。これも、すでに準備を始めていますので、お楽しみに。

 最後に、閉会の挨拶を手短かにしました。
 今回のために、日頃は読まない男色関係の本をたくさん読んだことと、『男色の日本史』(ゲイリー・P・リューブ、作品社、2014年9月)が一番印象に残っていることにも触れました。


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 そして、今日は女性からの視点で春画を見るおもしろさがわかった、ということも織り交ぜました。

 来年は、また趣向を凝らした国際シンポジウムにしたいと思います。

 本日のコーディネーターを務められた神作研一先生と、開催実務で奮闘された谷川ゆきさん、お疲れさまでした。

 このシンポジウムは、3回分をまとめて2015年度末に一書として刊行されます。これも、稔り豊かな成果となるように、鋭意編集を進めていますので、楽しみにお待ちください。
posted by genjiito at 23:57| Comment(2) | ■古典文学

2014年11月30日

第38回 国際日本文学研究集会の第2日目

 職場に隣接する国立国語研究所の周りは、紅葉がみごとです。自治大学側が特にきれいです。

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 国際日本文学研究集会の2日目のプログラムは、以下の通りです。


  総合司会 神作研一
【第3セッション】
  司会 深沢眞二
[7]『秋夜長物語』の絵巻と奈良絵本について
    ―東京大学文学部国文学研究室蔵の絵巻を中心に―
        金有珍(東京大学大学院博士課程)
[8]黄表紙の批判性の再考
    ―青砥藤綱像を使用する寛政年間の黄表紙の特徴をめぐって―
        CSENDOM Andrea(一橋大学大学院修士課程)
[9]鶴屋南北の合巻
        片龍雨(東京大学大学院博士課程単位取得退学)
[10]多和田葉子とヨーロッパ
        RIGAULT Tom(パリ第4大学博士課程、パリ第7大学博士課程、
               立命館大学客員協力研究員)
[11]「在満作家」牛島春子の女性文学
        ケ麗霞(立命館大学大学院博士課程)


 最初の金有珍さんは、写本を読むアルバイトとして、科研の仕事を手伝ってもらっています。日頃はあまり専門的な研究の話はしません。今回、手堅い手法で絵巻を調査していることを知り、頼もしく思いながら聞きました。しかも、わかりやすい発表でした。引用された絵図がカラーだったので、資料も見やすくて、言いたいことがストレートに伝わってきました。ただし、絵画の「引用」については、もっと丁寧な説明を聞きたいと思いました。

 この分野を専門にしておられる先生の話では、研究の基礎的な所を押さえようとしているので、その研究姿勢に好感が持て、今後の展開が楽しみだとおっしゃっていました。東京大学で指導をしておられる田村先生と廊下で会ったので、そんなコメントを聞いたことを伝えました。
 若いときには、古典籍の諸本をもとにして、しっかりと基礎研究をすべきです。後のノビシロが違ってきますから。

 その後のみなさんの発表は、私の興味と関心が異なる分野なので、コメントは控えておきます。

 午後は、「【シンポジウム】図像のなかの日本文学」がありました。
 登壇のみなさんは、以下の4人です。


 司会 板坂則子(専修大学教授)
 パネラー GERSTLE Andrew(SOASロンドン大学教授)
      楊暁捷(カルガリー大学教授)
      土佐尚子(京都大学教授)


 板坂先生とは、ロンドンとケンブリッジでご一緒しました。
 ガーストル先生とは、ロンドンの郊外にあるご自宅にまでお邪魔して、お話を伺ったことがあります。
 楊先生とは、ハーバード大学でご一緒しました。
 土佐先生には、今回初めてお目にかかりました。

 3人の先生方の基調講演の後、参会者とのディスカッションとなりました。

 ガーストル先生は、36年前に早稲田大学の学生として、この国際日本文学研究集会で研究発表をなさったそうです。この研究集会で発表をした方の多くが、今も海外で大活躍をなさっています。研究者の登竜門と言える国際集会となっています。

 先生のお話は、江戸時代中期のパロディーとしての春画を、会場の巨大スクリーンに写しての熱弁でした。国文学研究資料館では始まって以来ではないでしょうか。
 来週は、「男たちの性愛」という国際シンポジウムがあります。これまた、大胆で刺激的な図像や話題が展開しそうです。その予習をしているようで、興味深くうかがいました。


 春画・春本は、猥褻な本ではなくて反体制的な性格を持ち合わせていた。
 文章表現よりも、イメージのインパクト・効果がある場合もある。


等々、専門的で難しい話と、一転してきわどい画面が目と耳に飛び込んで来て、そのギャップがおもしろく展開しました。日ごろ見慣れない図像と単語に、会場はいつもと違う雰囲気でした。

 思い出すと際限がないので、この辺にしましょう。
 さまざまな情報や知見が得られた、充実した2日間でした。
 みなさま、お疲れさまでした。
posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ■古典文学