2016年09月18日

井上靖卒読(207)茨城県の大洗海岸で「大洗の月」に思いを馳せるも叶わず

 東京駅(八重洲口)は、バスターミナルが整備されています。


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 そこからバスに乗って高速道を北東に向かうと、2時間ほどで茨城県の水戸駅に着きました。
 意外と近いのに驚きました。
 目的地は、井上靖の短編小説「大洗の月」の舞台となった大洗海岸です。

 昨日の記事「井上靖卒読(206)小説全357作品で評価【4】としたもの」で、短編53作品の内の「井上靖卒読(36)「大洗の月」」の舞台となっている地なのです。
 いつか行ってみたいと思っていた大洗に、連休に入った今朝、颱風が関東に来る前にと、急遽行くことにしたのです。

 経由地の水戸で、偕楽園に立ち寄ることにしました。
 観光案内所で丁寧な説明を聞き、「水戸漫遊1日フリーきっぷ」を手にバスで移動しました。
 偕楽園は梅の景勝地です。しかし、小雨の園内もいいものです。

 義烈館で徳川光圀の『大日本史』などの資料を見ていると、展示されていた古文書の中に「徳河」と書かれている箇所に目が留まりました。自筆の文献で「徳河」と書かれているものを探していたので、実際に確認できて嬉しくなりました。

 徳川斉昭によって建てられた好文亭は、中に入るとなおさらその良さが実感できました。
 まさにお茶の世界です。


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 この3階から見下ろすと、千波湖が視界に入ってきます。
 今日予定されていた野点をはじめとするイベントは、雨のためにすべて中止されていることが、正面のブルーシートからわかります。


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 水戸駅から大洗へ行くために乗った鹿島臨海鉄道は、1両だけのかわいい電車でした。


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 大洗駅前にあった寿司屋さん「寿々翔」は、駅前にある唯一の食事処だったので、どうしようかと迷いながら入りました。ところが、千円という安さが信じられないくらいに、おいしいお寿司でした。おまけに、突き出しとしてモズクに蟹身が入ったものと、甘エビの味噌汁が付いてきたのです。おやじさんもおかみさんも、いい方でした。大洗に行かれたら、海岸にたくさんお店があっても、ここも選択の一つにされてはいかがでしょうか。


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 駅前から海岸まで出ているバスは、一時間に一本です。しかも、今日は大幅に遅れているのです。
 とにかく、大洗は多くの人を集めています。それは、『ガールズ&パンツァー』という、今や大人気のアニメの聖地となっていることが主な理由のようです。
 そんなことはまったく知らずに来たので、最初は何が何やらわからないままでした。そう言えば、寿司屋さんにも戦車の模型が並んでいました。

 バスで大洗磯崎神社前で降り、目的の大洗ホテルへ行きました。


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 ここは、井上靖の「大洗の月」に出てくるところであり、次のような語られています。


佐川は水戸までの乗車券を持っている。三時五十五分に上野を出たこの列車は、途中土浦だけに停車して、五時四十五分に水戸駅へ着く。佐川は水戸から自動車で大洗に行き、会社から連絡を取らせてある海岸の旅館へはいる予定である。別に用事はない。急に思い立って、大洗の海岸で、九月の満月を見ようというだけの話である。(『井上靖全集』第四巻、111頁)


 この佐川が泊まったのが、ここ大洗ホテルだということです。

 「大洗町・アーカイブ」
の中に、「大洗町を訪れた文人とその作品」があり、そこには、次のような説明文があります。


A宿泊したホテル・旅館はどこか?
 ⇒「大洗町史」に「戦後アメリカ軍が占領軍第一騎兵師団を水戸・日立・土浦・古河に昭和20年9月1日に分駐した。磯浜には情報収集のためC・I・Cが設置された。昭和20年11月1日のことである。大洗ホテルがアメリカ軍に接収され、第45CIC地区分遣隊が置かれた。通称”大洗情報部”と呼ばれ、これに類する分遣隊は都道府県の行政単位に見合う全国37地区に設置されたという。ここには常にアメリカ兵2,3人が常駐し、日系2世も通訳として情報活動をしていた。」(p735)とあります。
 これに続いて、「なぜCICが大洗に設置されたのかについては定かでない。情報活動は、戦争犯罪人、超国家主義者、共産主義者など、あらゆる情報の収集にあたった。…このような情報活動は昭和25年4月7日、大洗ホテルの接収解除が行われるまで続けられたと推測できる。」(p736)ともあります。
 ⇒以上から、主人公が投宿したのは「大洗ホテル」と分かります。大洗ゴルフ場には近いですし、すぐ下が海で大小の岩礁が沖合まで散らばっていますし、100m程の所に小さな灯台(左の写真)が立っていますので、これらの点も矛盾がありません。
 なお、当時の3階建ての建物は、昭和○年に取り壊され、現在の○階建てのホテルは○年に竣工したものです。
 ⇒ちなみに、占領軍のインテリジェンス(諜報)や検閲を扱う総本部はG?2と呼ばれ、ほぼ全時期を通じて総指揮官はC・A・ウィロビーでした。G?2の下に民事を扱うCIS(民間諜報部)と刑事を扱うCIC(対敵諜報部・Counter Intelligence Corps)が置かれていました。
B時代背景
 ⇒宿泊したホテルがこの間まで進駐軍に接収されていたこと、最近近くにゴルフ場が出来たこと、と書かれていますが、大洗ホテルの接収解除は昭和25年、ゴルフ場は昭和27年10月1日工事着工、昭和28年9月20日竣工式、10月25日オープンですので、(「この間まで」と「最近」をどの程度の期間幅で捉えるかが関係するのかもしれませんが、)ちょっと時間が合いません。
 「ゴルフ場ができた」に着目して、9月の満月をみようと書かれていること等から昭和28年9月13日のことと推測してよいかと思います。


 この大洗ホテルの喫茶スペースで、おいしいコーヒーをいただき、海岸に出てみました。


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 井上靖の「大洗の月」のことをフロントで聞いたところ、今は何も記録も資料も残っていないとのことでした。
 アニメで盛り上がっているこの町に、井上靖ではあるまいと思われたことでしょう。
 このホテルはみなさん親切で、大洗駅まで送迎バスで送ってくださいました。泊まり客でもないのに、恐縮しました。ご親切な対応に、感激しました。見どころも多いようです。折をみて、ゆっくりと来たいと思わせる大洗海岸でした。

 大洗駅から電車で一駅の涸沼(ひぬま)駅に向かいます。
 先頭の乗務員室の横から見る景色は、味わいのある懐かしいものでした。


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 今日の宿がある涸沼駅も、のどかさを味わう旅を実感させてくれるところでした。


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 ゆったりと温泉に浸かり、まだ腫れの引かない足を労っています。
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | 井上靖卒読

2016年09月17日

井上靖卒読(206)小説全357作品で評価【4】としたもの

 2015年10月に、井上靖の357作品を9年がかりで読み了えました。
 各作品に対して、勝手な評価を5段階で付けていたので、それを整理すると以下のような結果となりました。

 評価5= 38作品
 評価4= 74作品
 評価3=123作品
 評価2=100作品
 評価1= 22作品

 この内、評価【5】とした38作品については、
「井上靖卒読(204)小説全357作品を気ままに評価」(2015年10月19日)
で公開し、評価【1】とした22作品については、
「井上靖卒読(205)小説全357作品で評価【1】としたもの」(2016年04月07日)
で報告しました。

 好き勝手に、きままに付けた個人的な評価なので、人さまには何の役にもたたないものだと思っています。しかし、他のものも…、というコメントをいただいていたので、【5】にしようか【3】にしようかと迷い、結局【4】にした作品を抜き出してみました。

 (評価4は74作品としています。しかし、2回にわたって記した記事もあり、それを整理すると以下の71作品となりました。)

 この【4】という評価は、読んだその時の気分などが、微妙に関係するものだと言えます。
 読後に、中途半端な迷いをもたらした作品でもあります。
 もう一度読むと、その評価が上下するものも多いことでしょう。
 そんな機会が、またあるとは思えません。
 しかし、手持ちぶさたな折に、この【4】とした作品を手に取ってみたい気もします。
 そんな遊び半分で記したメモを、整理してみました。
 
 
---------- 長編18作品(リンクあり) ------------------
「井上靖卒読(7)『雷雨』」(2007/11/21)
「井上靖卒読(9)『戦国無頼』」(2007/11/30)
「井上靖卒読(14)『真田軍記』(続)」(2007/9/5)
「井上靖卒読(21)『あした来る人』」(2008/1/12)
「井上靖卒読(33)『わが母の記』」(2008/3/29)
「井上靖卒読(39)『戦国城砦群』」(2008/5/29)
「井上靖卒読(45)『白い風赤い雲』」(2008/10/2)
「井上靖卒読(46)『白い炎』」(2008/11/14)
「井上靖卒読(56)『風と雲と砦』」(2009/1/21)
「井上靖卒読(57)『オリーブ地帯』」(2009/1/27)
「井上靖卒読(65)『兵鼓』」(2009/4/16)
「井上靖卒読(67)『地図にない島』」(2009/4/27)
「井上靖卒読(75)『蒼き狼』」(2009/6/10)
「井上靖卒読(97)『天平の甍』」(2009/10/20)
「井上靖卒読(196)『射程』」(2015年05月11日)
「井上靖卒読(199)『本覚坊遺文』」(2015年06月10日)
「井上靖卒読(200)『おろしや国酔夢譚』」(2015年06月11日)
「井上靖卒読(201)『額田王』」(2015年09月19日)

---------- 短編53作品(リンクなし) ------------------
井上靖卒読(1),「猟銃」,4
井上靖卒読(36),「大洗の月」,4
井上靖卒読(37),「蘆」,4
井上靖卒読(42),「初代権兵衛」,4
井上靖卒読(42),「頭蓋のある部屋」,4
井上靖卒読(50),「澄賢房覚書」,4
井上靖卒読(62),「伊那の白梅」,4
井上靖卒読(78),「三原山晴天」,4
井上靖卒読(87),「漆胡樽」,4
井上靖卒読(89),「岬の絵」,4
井上靖卒読(90),「補陀落渡海記」,4
井上靖卒読(90),「小磐梯」,4
井上靖卒読(96),「信康自刃」,4
井上靖卒読(98),「佐治与九郎覚書」,4
井上靖卒読(102),「明妃曲」,4
井上靖卒読(108),「二枚の招待状」,4
井上靖卒読(119),「七人の紳士」,4
井上靖卒読(122),「貧血と花と爆弾」,4
井上靖卒読(124),「少年」,4
井上靖卒読(125),「白い街道」,4
井上靖卒読(128),「眼」,4
井上靖卒読(130),「表彰」,4
井上靖卒読(132),「百日紅」,4
井上靖卒読(134),「贈りもの」,4
井上靖卒読(135),「青いボート」,4
井上靖卒読(140),「信松尼記」,4
井上靖卒読(141),「驟雨」,4
井上靖卒読(142),「昔の恩人」,4
井上靖卒読(142),「春の雑木林」,4
井上靖卒読(144),「殺意」,4
井上靖卒読(145),「風」,4
井上靖卒読(147),「篝火」,4
井上靖卒読(148),「石の面」,4
井上靖卒読(153),「故里の海」,4
井上靖卒読(153),「梅林」,4
井上靖卒読(154),「その人の名は言えない」,4
井上靖卒読(155),「騎手」,4
井上靖卒読(157),「洪水」,4
井上靖卒読(159),「暗い舞踏会」,4
井上靖卒読(162),「司戸若雄年譜」,4
井上靖卒読(163),「北国の春」,4
井上靖卒読(164),「晴着」,4
井上靖卒読(165),「菊」,4
井上靖卒読(167),「古い文字」,4
井上靖卒読(168),「見合の日」,4
井上靖卒読(168),「別れ」,4
井上靖卒読(170),「良夜」,4
井上靖卒読(172),「羅刹女国」,4
井上靖卒読(178),「冬の外套」,4
井上靖卒読(181),「四角な石」,4
井上靖卒読(184),「川村権七逐電」,4
井上靖卒読(188),「セキセイインコ」,4
井上靖卒読(190),「生きる」,4
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2016年04月07日

井上靖卒読(205)小説全357作品で評価【1】としたもの

 半年前の昨秋、井上靖の小説・戯曲・童話の全357作品を読み終えたことを受けて、「小説全357作品を気ままに評価」(2015年10月19日)という記事を書きました。

 9年にわたって井上靖の作品を読み続ける中で、読み終わるたびに、5段階の評価を勝手に付けて楽しんでいたのです。
 その自分の気ままな評価を眺めながら、それなりにおもいろい結果になったことを、いま楽しく思い返しています。

 私が5段階で評価点を付けたそれぞれの作品数は、次の通りでした。

  評価5= 38作品
  評価4= 74作品
  評価3=123作品
  評価2=100作品
  評価1= 22作品

 この内、「評価5」は前回整理したので、ここでは「評価1」としたものを抜き出してみました。

 この一覧を見ていると、それぞれの話を思い出せない、ということが共通しています。それだけ、印象に残らなかった作品だった、ということなのでしょう。

 井上靖は膨大な作品を書き残した作家だったので、その執筆事情もあることでしょう。また、私が9年間という長期間に読んだ評価であり、読書環境という読み手である私の事情もあるはずです。

 再読すると、この評価がまた変わることもありうるでしょう。
 可能であればもう一度全357作品を読んでみて、自分の評価のユレやブレを楽しんでみたいと思ったりもしています。

---------- 長編2作品 ------------------

井上靖卒読(16),『春の海図』,1
井上靖卒読(49),『こんどは俺の番だ』,1

---------- 短編20作品 ------------------

井上靖卒読(14),「犬坊狂乱」,1
井上靖卒読(38),「四つの面」,1
井上靖卒読(126),「馬とばし」,1
井上靖卒読(127),「裸の梢」,1
井上靖卒読(127),「夏の焔」,1
井上靖卒読(128),「あかね雲」,1
井上靖卒読(134),「仔犬と香水瓶」,1
井上靖卒読(135),「落葉松」,1
井上靖卒読(137),「美也と六人の恋人」,1
井上靖卒読(149),「青い照明」,1
井上靖卒読(155),「春のうねり」,1
井上靖卒読(159),「レモンと蜂蜜」,1
井上靖卒読(160),「夏草」,1
井上靖卒読(164),「訪問者」,1
井上靖卒読(165),「故里美し」,1
井上靖卒読(166),「フライイング」,1
井上靖卒読(170),「トランプ占い」,1
井上靖卒読(176),「崑崙の玉」,1
井上靖卒読(179),「奇妙な夜」,1
井上靖卒読(186),「壺」,1
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posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | 井上靖卒読

2015年10月19日

井上靖卒読(204)小説全357作品を気ままに評価

 井上靖の小説、戯曲、童話を、9年にわたって折々に読み続けて来ました。
 読み終わるたびに、5段階の評価を勝手に付けて楽しんでいました。

 昨日、エッセィ以外のすべてを読み終えたところで、これまでの気ままな評価を抜き出してみました。

 読後に私が評価点を付けた作品数は、詩篇とエッセィを除く357作品でした。
 その評価の内訳は、次の通りです。

 評価5= 38作品
 評価4= 74作品
 評価3=123作品
 評価2=100作品
 評価1= 22作品

 期せずして、きれいな放物線を描く配分となっています。
 私なりのモノサシが、どうやらあまりブレなかったようです。
 好き勝手に読んだ評価であっても、こうしたバランスとなったことに、自分なりの達成感を手にした思いでいます。

 評価に「5」を付けた作品を列記すると、以下のようになります。
 「5」という評価は、もう一度読んでみようと思わせた作品であり、人に薦めてもいいと思ったものです。

 長編と短編の2つに分けて列記します。

 初期の作品が意外に少ないようです。
 一昨日の講演会で、井上靖の長男である井上修一氏は、初期の作品が好きだと仰っていました。
 また、谷沢永一氏は、初期の関西時代の短編以外は読むべきものはない、と言っておられたそうです。
 評価は、人さまざま、ということでしょうか。

 この「5」という評価を付けた中で、長編と短編でそれぞれから1作品を選び出すとすると、『星と祭』と「通夜の客」でしょうか。

 『星と祭』は、掲載された新聞を私が毎日配達していたことと、十一面観音が大好きだからです。
 「通夜の客」は、ここ数年来通い続けている池田亀鑑が生まれた日南町が舞台だからでしょうか。
 いずれも、親近感を伴う作品であることからの選定であることは否めません。

 作品の評価には、個人的な思い入れが多分にあってもいいと思います。
 文学は、心を満たしてくれる何かがあればいい、と思っていますから。

 井上靖という、一人の多作の作家と出会い、多くの物語から充実感や失望感をもらいました。
 たくさんの生き様を追体験し、いろいろな感情を共有し、全国各地への旅にも連れて行ってもらいました。
 海外では、シルクロードを経て中近東へ行けたことは僥倖でした。

 貴重で得難い体験をさせていただいた井上靖に感謝しています。

 以下の作品を手にし、一読されることをお薦めします。
 

---------- 長編12作品 ------------------

井上靖卒読・再述(11),『風林火山』,5
井上靖卒読(19),『化石』,5
井上靖卒読(24),『淀どの日記』,5
井上靖卒読(47),『波濤』,5
井上靖卒読(68),『花壇』,5
井上靖卒読(92-93),『しろばんば』,5
井上靖卒読(94),『渦』,5
井上靖卒読(99),『楊貴妃伝』,5
井上靖卒読(101),『敦煌』,5
井上靖卒読(109),『崖』,5
井上靖卒読(202),『わだつみ』,5
井上靖卒読(番外・未公開),『星と祭』,5

---------- 短編27作品 ------------------

井上靖卒読・再述(3),「通夜の客」,5
井上靖卒読(37),「川の話」,5
井上靖卒読(62),「氷の下」,5
井上靖卒読(89),「あすなろう」,5
井上靖卒読(91),「鬼の話」,5
井上靖卒読(114),「昔の愛人」,5
井上靖卒読(114),「薄氷」,5
井上靖卒読(125),「ある女の死」,5
井上靖卒読(131),「傍観者」,5
井上靖卒読(136),「あげは蝶」,5
井上靖卒読(137),「断崖」,5
井上靖卒読(142),「その日そんな時刻」,5
井上靖卒読(145),「銹びた海」,5
井上靖卒読(146),「二つの秘密」,5
井上靖卒読(148),「ある日曜日」,5
井上靖卒読(153),「ある交友」,5
井上靖卒読(154),「どうぞお先に」,5
井上靖卒読(162),「ある関係」,5
井上靖卒読(166),「加芽子の結婚」,5
井上靖卒読(170),「犬坊狂乱」,5
井上靖卒読(173),「監視者」,5
井上靖卒読(178),「別れの旅」,5
井上靖卒読(180),「幽鬼」,5
井上靖卒読(182),「聖者」,5
井上靖卒読(182),「風」,5
井上靖卒読(183),「楼蘭」,5
井上靖卒読(187),「ダージリン」,5
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2015年10月18日

井上靖卒読(203【最終回】)『幼き日のこと』

 読み進みながら、自分の幼かった日のことを同時に思い出しました。


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 そして、私を育ててくれた両親や周りにいた人のことに想いを馳せ、気持ちが緩んで感傷的になることがしばしばありました。

 井上靖は、自分が生きてきた姿を、小説や随想や詩で、何度も繰り返し語っています。
 その中でも、この『幼き日のこと』は、小学校へあがるまでの様子が克明に語られています。

 あくまでも、本人の個人的な回顧談です。
 しかし、それが思い出語りに終わってはいません。
 これはそのまま小説としても読めます。

 毎日新聞に112回にわたり「長編エッセー」として連載された文章が集まっています。
 連載開始にあたり、井上靖は次の「作者の言葉」(毎日新聞、昭和47年9月5日・夕刊)を残しています。


 人間を人間たらしめる本質的な部分は、五、六歳までの幼時において形成されてしまうということが言われる。私の場合も、いい面も、悪い面も、五、六歳までにでき上がっているように思う。そしてそのあるものを壊すのには一生かかっている。近頃私は年齢のせいか、自分の幼時を振り返ることが多い。すると、そこには今までこれが自分の人生だと思っていたものとはまるで異ったもう一つの人生が置かれているのを発見する。かつて持った遠い、遠いもう一つの人生、純粋で、ゆたかに、繊細で、光も陰もあったもう一つの人生。
 ─それをこれからエッセーの形で書いてみたいと思っている。書けるか、どうか、何しろ遠い昔のことだから。(『井上靖全集』第22巻「解題」461頁)


 『井上靖全集』の解題を担当なさった曾根博義氏は、このことを踏まえて次のように記しておられます。


 昭和48年6月5日、オビに「自伝的長編」と謳って毎日新聞社刊。新潮社版『井上靖小説全集』第27巻(昭和50年5月20日刊)、学習研究社版『井上靖自伝的小説集』第5巻(昭和60年7月25日刊)に収録。
 右に記したように、この作品は当初「長編エッセー」として発表されながら、その後、著者自身によって「小説」として扱われているので、本全集においても長篇小説として扱い、本巻に収めた。(『井上靖全集』第22巻「解題」461頁)


 私が「井上靖卒読(1)「猟銃」」を、旧ブログ「たたみこも平群の里から」に掲載したのは、2006年12月でした。
 以来、井上靖の小説のすべてをあらためて読み直すことにし、折々の雑感を記し留めて来ました。

 約9年の時を経て、この《井上靖卒読》も今回が最終回となりました。

 最後にこの『幼き日のこと』が残ったのは、私の中に逡巡があったからです。
 前回の「井上靖卒読(202)『わだつみ』」(2015年09月29日)が、当初は最終回として残しておいたものでした。
 しかし、上に引いたように、『幼き日のこと』を小説とするかどうかで迷いがあったので、『わだつみ』の感想を書く時には、それを最後とすることに躊躇いがあり、そこで終わりとはしませんでした。
 『井上靖全集』の曾根氏の編集方針を再確認してから、《井上靖卒読》の最終回として『幼き日のこと』を置くことにしたのです。

 実は、まだ一作品が残っています。『星と祭』です。
 しかし、これは《井上靖卒読》を始めることにした始発点となる小説であり、私が一番好きな小説です。
 『星と祭』については、これまでに何度も本ブログに記してきました。
 読書雑記ではなくて、次のような記事の中でも触れています。

「井上靖の奥さまのご逝去」(2008/10/16)

「予期せぬ夜の祝祭」(2009/11/4)

 こんな調子で、これまでに似たような話を多く書き残しています。
 『星と祭』は、もう何十回も読んでいるはずです。
 むしょうに読みたくなる時があるのです。
 その意味からも、『星と祭』は別の形で、個人的な思いを好き勝手に記したいと思っています。

 閑話休題

 前置きはこれくらいにして、『幼き日のこと』を《井上靖卒読》の最終回として書きます。

 井上靖が自己をありのままに語る姿は、一連の作品が虚実のあわいを描いている特徴だと思います。幼かった頃の自分を思い出しながら、随想風に綴っています。巧みさを感じさせない、自然に流れるような展開です。

 おかの婆さんと過ごした伊豆での日々の内、暴風雨の土蔵での話はユーモア交じりで生き生きとしています。
 また、若くして亡くなった叔母のまちについては、井上の感情を抑えた語り口が印象的でした。

 戦争で大陸に渡ったことが何度か引き合いに出されます。
 あまり戦争体験を語ることのない井上なので、その一節を引いておきます。


 この厠から戻って、蒲団の中にもぐり込んだ時の一種独特の思いは、幼時だけのものである。現在もその時の思いは覚えているが、それを再現する術はなさそうだ。僅かに戦時中応召して、大陸に渡り、野戦生活をした時、深夜、小用のために眼覚め、これに似た思いを持ったことがあるが、幼時に経験したような清新さはなかった。(新潮文庫、26頁、昭和51年10月版)
 
 召集を受けて、郷里から出発して行った時も、暁闇を衝いて家を出、村役場の前に集り、村の人々と慌しく落着かぬ挨拶を交した。千人針というものを貰ったのも、暁闇の立ち籠めている中においてである。
 まだたくさんある。大陸の野戦においては、部隊の出動は大抵暁闇を衝いて行われた。私は輜重兵で馬をひいていたので、馬といっしょに歩いた暁の闇は、今になると懐しいものである。兵も、馬も、暁の闇の中を半分眠りながら歩いて行く。河北省の永定河を渡ったのも暁闇の中なら、保定城外を進発して行ったのも暁闇の中である。部隊から一人離れて、後方の病院に移るために石家荘の駅に向ったのも暁闇の中である。
 小説家になってから暁闇との付合いはなくなっている。生活が平凡になっているから徹夜の仕事をして、暁方の闇を窓の向うに感ずることはあるが、暁闇の中に身を置くことはない。
 私は暁闇の立ち籠めている未明の一時刻が好きだ。人間が何ものかに立ち向っているからである。暁闇を衝いてという言葉があるが、人間の精神は確かに未明の闇に立ち向っており、闇を衝いて何事かを行おうとしているのである。
 私は小説の中で度々暁闇を取扱っている。いつも幼時に経験したあらしの夜のことが置かれている。夕暮のことはあまり書かないが、暁闇の方は書く。薄暮に立ち籠めているものより、暁闇の持っているものの方がずっと素晴らしいからである。"未明暁雪"という言葉があるかどうか知らないが、暁闇の中に白いものがちらついている時を、どこかに使おうと思いまだに果さないでいる。(40頁)


 その他、『しろばんば』を書いた背景も何箇所かで触れているので、作者の執筆手法を知ることができます。(「旅情」78頁、80頁、119頁、168頁)
 井上は、巧みにフィクションにすり替えていくので、こうした告白は作品理解に意味を持ちません。しかし、小説作法を見極める際には役立つこともあるでしょう。

 それ以外でも、読み進みながらチェックしたところを、メモとして残しておきます。


・「昭和46年秋にインドのニューデリーで食べたカレーライスを食べた。しかし、おかのお婆さんが作ってくれて土蔵の中で食べたのが本当のカレーライスである。」(「食べもの」98頁)

・「終戦の年のことであるが、私は家族を疎開させておいた中国山脈の尾根の村で、正確に言うと、鳥取県日野郡福栄村というところで、深夜家の入口で、遠くの山の中腹に小さい豆電灯のような火が一列に並んでいるのを見たことがある。それは一、二分の短い間のことで、すぐ消えてしまったが、その灯火の正体は判らなかった。村の人に話すと、狐火だということであった。」(「山火事」140頁)

・「伊豆の私の村では、十一月の中頃から十二月の初めにかけて、神楽がやって来た。その年によって十一月に神楽の囃子が聞えることもあれば、年の瀬の十二月になることもあった。狩野川の下流一帯の村々を次々に廻って来るので、天城の麓の一番奥まったところにある私の村が最後になった。
 いつもやって来る神楽の顔ぶれは決まっていた。函南、韮山の二つの村の人たちで、一組は七、八人で編成されてあった。獅子舞を受持つのが二人、万歳が二人、そのほかに笛、太鼓、三味線の三人、時には曲芸をやるのが一人はいっていることもあった。人数も、その年々によって違って、四、五人の淋しい一団の時もあった。
 神楽の一団は、村の家を一軒、一軒廻った。たくさんお礼を貰える家には、獅子は座敷まではいり込み、庭先で荒れ廻り、背戸の方にまで遠征し、そのあとで万歳や曲芸をやった。お礼の少い家は、その家の前庭で簡単に片付けた。何となく獅子の動きに熱がなかった。
 神楽の一団は、村に一軒ある旅宿屋に泊まった。旅宿屋と言っても、平生は旅館を経営しているようには見えなかった。神楽が来た時だけ旅館になった。どういうものか、渓谷の温泉旅館には泊まらなかった。
 子供たちは、神楽が村の家々を廻っている間は落着かなかった。自分たちもそのあとをついて廻った。神楽の方も、子供たちに取り巻かれていないと調子が出ないらしく、子供たちが学校に行っている間は、遠く離れている一軒家とか、小さい集落とかを廻り、子供たちが学校から解放される頃を見計らって里へ降りて来た。」(「歳暮」145頁〜146頁、池田亀鑑の生誕地である日野郡でも同じ様子だった『花を折る』参照のこと)


 こうして、無事に井上靖が書いた小説をすべて読み終えました。
 折々に、いろいろな本で読んだので、書棚から取っ換え引っ換え、かつて読んだ本を抜き出しては、ブックカバーをかけて持ち歩きながら読み耽りました。

 文庫本や著作集に抄録されていない短編などは、新潮社版の『井上靖全集』(全28巻・別巻1巻)で読みました。
 詩・短編小説・戯曲・童話は、第1巻から第7巻までに収録されています。
 長編小説は、第8巻から22巻までに収録されています。

 小説は読み終わりました。しかし、まだエッセイ・自作解説などが第23巻から第28巻まで、そして別巻に収録されています。
 次は、これらの卒読も果たすべく、少しずつ折々に読み続けるつもりです。

 この『井上靖全集』にかぶせたブックカバーは、10年前にロンドン郊外にあるカムデンタウンの骨董屋で買った大振りのノートの表紙を転用したものでした。
 この革製の表紙が、分厚い『井上靖全集』にぴったりなのです。
 活躍してくれたので、記念撮影をしました。


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 私は、読む本に合わせてブックカバーも楽しんでいます。
 次の写真の中で、7番が上記の大判のブックカバーです。

 「愛用のブックカバー」(2007/9/24)

 これ以外にも、以下のブックカバーを文庫本等につけて、井上靖の作品を読み続けていました。

「愛用のブックカバー(2)」(2008/12/4)

「愛用のブックカバー(3)」(2009/7/18)

 これで一区切り。【3】

 近日中に「井上靖卒読」のエッセイ編をスタートすることになりそうです。
 
 
初出紙:毎日新聞(夕刊)
連載期間:1972年9月11日〜昭和48年1月31日
連載回数:全112回

井上靖小説全集27:西域物語・幼き日のこと
井上靖全集22:長篇15
 
 
〔参照書誌データ〕 井上靖作品館  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 21:32| Comment(0) | 井上靖卒読

2015年10月17日

井上靖と千利休に関する講演会に参加して

 昨日は、立川市での仕事を終えた夜分に、八王子から真っ直ぐ南下して、神奈川県に隣接する町田市の親戚宅に泊まりました。

 今朝は、町田市から東進して東京を横断し、千葉県松戸市にある聖徳大学言語文化研究所主催の公開講演会に参加しました。
 テーマは「利休の死 ―芸術と政治の対立―」、講演者は、井上靖の長男である井上修一氏(井上靖記念文化財団理事長)でした。


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 内容は、「家庭人の井上靖」「作家としての井上靖」「戦国時代の茶人」「作品『利休の死』」「作品『本覚坊遺文』」について、時間をオーバーしながらも2時間にわたって優しく語ってくださいました。

 まず、井上靖の作品で利休に関するものには何があるか、ということを確認しておきます。


1.『利休の死』 昭和26年04月「オール読み物」4月特別号
2.『千利休』 昭和43年09月12,13日「毎日新聞」夕刊
3.『千利休を書きたい』 昭和47年01月10日「朝日新聞」読書面の「近況」
4.『利休と親鸞』 昭和49年「歴史と人物」(中央公論社)7月号
5.『私の中の日本人─親鸞と利休─』 昭和51年10月「波」10号
6.『去年・今年』 昭和52年元旦「朝日新聞」
7.『枯れかじけて寒き』 昭和52年07月「季刊芸術」1977年夏号
8,『本覚坊遺文』 昭和56年「群像」l,3,5,7,8月号
9,『西行と利休』 昭和56年07月04日「毎日新聞」夕刊
10,『本覚坊あれこれ』 昭和57年07月「波」7月号
11,『「本覚坊遺文」ノート』 昭和57年08号「群像」8月号
12,『利休の人間像』 昭和60年01月「淡交」新年号


 井上修一氏は、最初に「日本文学の専門家ではない。」「利休の専門家ではない。」「お茶の専門家ではない。」ということを断わってから語り出されました。
 ドイツ文学研究者である井上靖の息子から見た父井上靖について、丁寧に語ってくださってのです。

 以下、メモ風に列記します。


・『本覚坊遺文』は『群像』に隔月に発表するという、贅沢でわがままが言えた頃の作品。
 7月号ですでに結論が見えたので、翌8月号に書いて終えたようだ。

・『本覚坊遺文』を書くとき、小松茂美氏が持っていた手紙を見せてもらってから、利休を書く決心をしたようだ。「茶の湯肝要」とあるものは、今は井上靖記念室にある。

・私は父の利休関係の12編すべてを読んだが、最初の『利休の死』が一番おもしろいと思う。

・父の作品は、初期から中期が好きだ。後期は好きではない。
 谷沢永一は、初期の関西時代の短編以外は読むべきものはない、と私と一緒のことを言っている。

・映画化された作品について、
 父の作品には悪人が出てこない。善人ばかり。
 これが、松本清張の映画やドラマのように何度もリメイクされない理由。
 (2013年の市川海老蔵主演の映画「利休にたずねよ」には言及なし)

・父は、テーマとしての利休には、40代で小説を書き始めてから83歳で亡くなる数年前まで、関心を長く持っていた。

・家庭人としての井上靖
 ブランデーのお湯割りが好きだった。
 私は、母親似です。
 執筆時には、立て膝で、着物の腕を捲り上げていた。
 モンブランの万年筆を、愛用。
 河井寛次郎からもらった灰皿や湯飲みを愛用。
 同時進行でいくつもの原稿を書く。
 家に来て編集者が待っていた。
 最盛期は1日に40枚書く期間が10年近くあった。
 母が清書していた。
 お酒で紛らわしていたので、毎朝二日酔い。
 明治40年生まれだが、男尊女卑はなかった。
 頑張っている父を見て、申し訳ないという気持ちで私は勉強をした。
 阪神の吉田義男を知らない。
 山本富士子が、対談で家に来た。
 その対談の最中に、あの人の名前は何だ、と言って出てきた。
 有馬稲子も高峰秀子も、映画に出させてもらったが、名前も顔も覚えてもらえなかった、と言っていた。
 父は、自宅の住所も電話番号も知らない。
 交通機関を知らず、いつもタクシーだった。
 すべて、名刺を持ってタクシーなどに乗っていた。
 家の外のことはほとんど知らなかった。

・作家としての井上靖
 私は父の作品は一部しか読んでいない。
 『井上靖全集』を編集をした曽根博義先生は、父に会っていない。
 文学を通してだけでいい、という考えからだった。
 曽根先生は、井上靖は若い時から死を見続けて来た人だ、と言われる。
 私は30年以上も父と一緒に生活をしてきたが、私はそうは考えにくいと思う。
 宴会などで飲めや歌えやの後は、いつも死のことを考えて書いていた。
 父は、卒論を一晩で書いた。
 忙しくなると、物事に関心が向かなかった。
 仕事をするためには捨てなければいけない、といっていた。

・「利休の死」は、父が大阪時代からずっと温めていたはず。
 「利休の死」は、40代の脂ぎっていた頃の作品。

・関西を舞台にした作品は、20から30台にいたときの話。
 この時期の短編小説がおもしろい。

・父は、利休の死を、芸術家と政治家の対決ととらえていた。

 
 今日の井上修一氏の講演は、父井上靖の話に終始し、利休の死の話は最後に立ち戻って語られただけで、あまり明確ではありませんでした。
 この点は、「父を語る」のか、テーマとして設定された「利休の死を語る」のか、その比重を明確にしていただけたら、もっと聞きやすかったと思いました。
 
 なお、井上修一氏がパソコンで写真などをモニタに提示されていた時のことです。
 Windows システムのレジストレーション(?)に関するアラートが画面中央に頻繁に出て、聴衆側としては話に集中できないことがしばしばありました。これには、講演者の修一氏も困っておられ、途中でそのアラートのウインドウを一々消すのもやめてしまわれました。
 さらに、やがてパソコンがフリーズしたので、毎日新聞の辞令などをモニタへ映写することなどを諦めてしまわれました。

 この不手際は、主催者側の大失態だというべきでしょう。
 講演終了後、質問とは違う写真を取り留めもなく映されました。
 事前に用意しておられたものであり、映しながらお話をしようとされていたようです。
 こうした資料が、詳しい説明のないままに、じっくりと見られなかったことは、大変残念でした。

 最後に司会者がマイクを持たれると、会場には耳を覆うほどの大音響のハウリングが発生しました。
 また、関係者が最初から会場の前をちょろちょろされていて、目障りでした。

 講演会として人を招くおもてなしの心遣いには、大いに欠けるものがありました。
 予約も不要で、しかも無料だったので、気安く出かけられました。
 しかし、その運営にはさらなる検討をなさったほうがいいのでは、と思います。
 話に集中できないことが度重なり、気掛かりなことが多かったので、聴衆としての疲労感が相当残りました。
 折角のイベントなので、快適に参加できるようにしていただけると、講演の内容も楽しいものとして記憶に残ることでしょう。続きを読む
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2015年09月29日

井上靖卒読(202)『わだつみ』

 長い物語でした。『井上靖全集』の2段組みの本で604頁あります。しかし、それが未完であることもあってか、読み終わって一息つくと、意外に短く思えます。日米の歴史、地理、風俗、文化を背景に、登場人物たちが生き生きと細やかに描かれています。この続きが、ぜひとも読みたくなりました。

 私は、大きな誤解をしていました。この小説は、第二次大戦中の学徒たちの話だろうと思い込んでいたのです。『きけ わだつみのこえ 日本戰歿學生の手記』( 日本戰歿學生手記編集委員會編、東大協同組合出版部、1949年)が先入観としてあっからです。ところが、読んでみるとまったく違っていました。明治から大正にかけての、アメリカ移民に関する話だったのです。

 ドイツ人エドワード・シュネールは、明治2年(1869)に会津の農民20名を率いて北米大陸に集団で移民しました。サクラメントに開拓移民団として「ワカマツ・コロニー」を建設しています。しかし、これはわずか1年で解散という、失敗に終わったのです。

 作者はこの地を訪れ、取材や情報収集した経緯を小説の冒頭に置いています。

 主人公は七尾桑一郎。「桑」は生まれたサンフランシスコ(桑港)から取ったものです。
 明治22年生まれの桑一郎は、1歳半で伊豆の伯父の家で幼少時代を過ごします。

 生みの親に対する疎遠な感情は、作者の生まれ持ったものをそのまま書いているようです。いわば、自分の生まれ育ちを下敷きにしているのです。

 所々で、父親というものを意識する作者の視線が気になりました。何となく疎遠な存在なのは、実の父が意識下にあったからでしょうか。

 京都旅行の話が具体的に語られます。そこは、井上靖の作品に何度も出てくる場所です。
 妙心寺と南禅寺では、花大路祥子との出会いがあります。
 祥子の自宅は、下鴨神社の近くの住宅地のようです。また、桑一郎の共同事業者となるはずの針生友来の京都の実家も、下鴨神社の近くにありました。
 「賀茂神社」が後にも出て来ます。これが上なのか下なのか、そこでは判然としません。井上は、上も下も区別をしていないのです。私がその地元に住んでいるために、そんなことが気になるのでしょうか。

 年末の京都も、丹念に描かれています。八坂神社のおけら詣りなど、自分の体験と重ね合わせて楽しめました。
 左岸の賀茂川越しに見える、低い家並みの美しさを強調しているところも、どのあたりだろう、明治時代に我が家はどんな村の中にあったのだろうか、と気になります。

 自分の活動生活圏が舞台として出てくると、その地域の様子が我がことのように立ち現れます。登場人物も、自分が具体的に想像する空間を動き回り、考え事をするので、ますます作品世界が親身に感じられるようになるのです。不思議なものです。

 後に井上は『星と祭』で観音様を取り上げます。その観音様が本作で詳しく取り上げられています。
 また、奈良では、東大寺と唐招提寺のことが詳しく語られます。作者が新聞記者時代に歩き回った地域です。
 伊豆の話は、若い頃の実話かと思われます。

 日本の伝統文化を抱え込む地域として、京都、奈良、金沢、伊豆等々が舞台となります。これは井上が育った場所であり、生活した所でもあります。井上の思い入れがあるところなので、物語の背景として話の展開によく馴染んでいます。

 前半の背景に、明治40年(1907年)桑一郎19歳の4月に起こったサンフランシスコ大震災があります。桑一郎は、この翌年に渡米します。

 与謝野晶子と大塚楠緒子の反戦歌も紹介されます。明治の戦争に触れるくだりです。
 さまざまな社会情勢が語られる中で、物語は流れるように進んでいきます。

 ゆったりと始まった本作は、夢と愛を追い求める、壮大な青年の物語となっていくのです。
 その中で、桑一郎が人妻になった祥子への想いを断ち切れないことは、最後まで引きずります。
 この物語の中心に席を占める女性の一人です。

 サンフランシスコへ出帆するまでが第一部です。

 サンフランシスコで生後すぐに別れた両親と会います。ただし、その筆致は醒めています。親子の情を削ぎ落とした、人間としての対面という描写に留まります。これは、移民という立場と、幼くして捨てられた身が醸し出す雰囲気でもあります。
 このことは、桑一郎の結婚を期に、円満な関係に移行することで、読者としては救われます。

 アメリカへの「出稼人」と「移民」という表現を巡っての論争は、おもしろい要素がふんだんにあります。中でも、「日本の植民地」ということばは、井上靖らしいと思いました。別天地のことを、井上はよくこう表現するからです。

 本作の最大の功績は、日本を海外からの視点で見ることを描いたことです。
 アメリカから見た日本、という立場で語られるこの小説は、明治期の日本を再評価する上で貴重な提言をふんだんに内包しています。

 大工の六さんとやえの結婚は、写真結婚というものでした。移民と渡航という問題から、直接本人同士が会えないからです。この写真婚については、その後も日米間の問題として取り沙汰されます。

 やえがサンフランシスコに到着してからのてんやわんやの話は、吉本新喜劇を見るようです。結局は、めでたしめでたしです。井上靖の作品の特色の一つでもあります。

 移民たちが日本的な感性を忘れていく過程も、丹念にすくい上げています。
 お正月のお雑煮や、着物の着こなしなどです。
 このことは、桑一郎の結婚を通して、さらに浮き彫りとなります。

 サンフランシスコにいる桑一郎は、日本の中でも自分が育った伊豆の話を聞くと、つい涙ぐみそうになるのでした。作者井上靖は、こうして故郷への郷愁を本作の中に折々に描き込んでいます。

 水道が日本で普及することを例にして、釣瓶井戸などの日本的な庶民の生活や文化が変質していくことを憂える視点も提示しています。
 また、日本の失われ行く文化について語った後、作者の日本に対する感懐が、異国の地からの言葉として綴られていくのです。
 そして、文化の結晶としての日本の物が海外に流出していることを憂えます。

 日本の骨董・古美術品を通して、日本の素晴らしさを語り伝えようとしてもいます。
 美術雑貨商である東地商会は、急速に発展するサンフランシスコにおいて、事業も順調に伸ばして行きます。明治44年、1911年のことです。

 1915年に開催されるサンフランシスコでの万国博覧会の話は、ギラギラ輝くような筆致で語られています。心踊る話は、井上靖が大好きなネタだからでしょう。
 その中で、日系移民のアメリカにおける無力さを、井上はしっかりと書き込んでいます。目は冴えています。

 第二部は、サンフランシスコでの万国博覧会の盛況と、東地商会の活気で幕を閉じます。

 第三部は、桑一郎の郷里伊豆での育ての親である伯母のことと、陶子との結婚の話が中心です。
 その話の間間に、伊豆への郷愁が漂っています。一枚の絵に描かれた場面を思い出すように、井上の人生の懐古とでもいうべき、我が故郷への情愛が滲み出ている語り口です。
 アメリカから見た伊豆は、きれいな薄衣でくるまれています。作者が長く温めていた風景画の中で、物語は展開します。

 アメリカから見ると、今や日本の政府は移民を見捨てたのではないか、とも思われて桑一朗は愕然とします。いわゆる棄民の立場によって自分が置かれていることを自覚し出すのです。

 祥子と行った東寺の講堂のことが、丹念に詳しく語られます。井上が好きな場所のようです。
 次に、南禅寺の料亭に行きます。
 これまでには、祥子と行った場所です。ここでは、陶子と行くのです。
 とにかく、こうした京都の名所は、井上の舞台設定として、その作品によく出てきます。

 その後、東京に戻ってから、小泉陶子と結婚のことで会話を交わします。この陶子が登場してからの場面は、人を温かく見る目が感じられて気に入っています。ごく自然に、人間が相手を知ろうとし、理解して結論を引き出す姿が描き出されているのです。

 伊豆の郷里で旅館専用の釣り橋が出て来ます。私が泊まったことのある旅館の釣り橋のようです。映画『わが母の記』の撮影場所にもなった橋です。さらに、墓地にも行きました。かつて私が墓地を訪れたことを、この小説のくだりからまざまざと思い出すことができました。またまた、現実の思い出が物語を楽しむことを下支えしてくれます。

 陶子との結婚に至る話は、この物語の第三部以降の中心になっていきます。
 陶子を好意的に、印象深く描いています。結婚後にアメリカで桑一郎を支えて、さらなる展開となることが期待できます。また、女性としての魅力がふんだんに醸し出される描き方となっています。素直で純粋な女性として。いつもの井上の作品につながる女性なのです。

 骨董品を海外で大切にされることは、ハーバード本『源氏物語』のことを思い出させました。


「しかし、骨董品というものは、それの価値の判る人の手に移って、大切にされなければ遺りません。日本なら日本の骨董品の価値が判る人が多勢居るかというと、必ずしもそうでもありません。日本の骨董品は年々少くなって行きます。自然に壊れたり、失くなったりして行きます。むしろ外国に渡って、そこで大切にされている方が、日本の骨董品にとってはいいことかも知れませんね」(481頁)


 第三部の終盤は、移民の実体と、日本人とは何か、ということに移っていきます。
 作者は、この小説の核心に突入したいようです。しかし、それがまた拡散します。

 結婚式の直前に亡くなった桑一郎の育ての母である伯母の姿には、作者井上の実際の育ての親ともいうべき祖母への感謝と慰霊の念が込められていると言えるでしょう。

 本作の第三部までのテーマは、郷愁だと思います。
 そこから、ついに書かれなかった第四部を想像してみましょう。

 それは、桑一郎と陶子の両方の両親を日本で暮らせるようにする構想ではなかったか、と思われます。そして、問題の花大路(椎名)祥子との顛末も。
 陶子との板挟みの中で、桑一郎の苦悩の日々が続きます。その結果、祥子から預かった子供のことで陶子との生活が危機を迎え、最後は何とか収まってアメリカで波乱に満ちた生涯を終える、と。

 以上、勝手な想像です。

 この続きである第四部が書かれなかったことにより、読者が自由に物語を紡ぐ楽しみが残されました。
 日米の外交問題や移民のこと、そして日本の文化を再発見する楽しみなど、多くの課題が置き去りにされたまま、作者の手を離れて今に至っているのです。

 『源氏物語』の第54巻「夢浮橋」ではないにしても、この作品はこの中断のままでも立派に自立した小説となっています。井上靖らしからぬ、非常に明快な物語であり、登場人物もくっきりと描かれている、完成度の高い作品です。【5】

〘付記〙
 第三部以降が中断したままとなったことに関して、『井上靖全集』の解題から、『世界』(岩波書店)の昭和50年12月号に掲載された、第三部の最後に添えられた文章を引いておきます。


これで第三部を終ります。アメリカにおける取材その他の関係で、第四部からの執筆を、来年の秋からにしたいと思います。御諒承頂きたいと思います。


 昭和52年12月に、これまでに発表したものを部と章立てを改めて、岩波書店から3冊本として刊行されました。

 
 
初出誌:世界
備考:第一部・1966年1月号より1968年1月号
   第二部・1969年1月号より1971年2月号
   第三部・1972年10月号より1975年12月まで連載
   以降中断−岩波書店より第三部まで刊行
 
井上靖全集18:長篇11
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2015年09月19日

井上靖卒読(201)『額田王』

 額田王の話というと、蒲生野で2人の男と1人の女が、歌を仲立ちにして展開する恋愛心理劇かと思われがちです。しかし、この井上靖の『額田王』は1人の女性の一生を描く、雄大な歴史物語として構成されています。
 今回は、かつて通読した新潮文庫(昭和48年、3刷)を取り出して、一気に読み終えました。


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 白い雉が見つかったのが大化6年(650)。それを難波の新宮殿で披露された日に、中大兄皇子の弟である21歳の大海人皇子は、女官たちの中に額田王を見かけます。神事に奉仕して歌を詠むその女性を、大海人皇子は苦手としていました。
 その2人のことが、夢語りのように描かれます。

 遣唐使の派遣や難波から飛鳥への都移りの話の中に、難波宮に残った額田王のことが点綴されます。そして、額田王と大海人皇子との微妙にずれたお互いの想いが、複雑な政治や社会の中で巧みに展開してゆきます。

 額田王は、自分が女であることも、母であることも禁じて生きていました。神の声を聞く女として、その生を貫いたのです。それが、額田王の強いところだ、としています。

 月光の下で中大兄皇子と額田王が会う場面は、大海人皇子のことがその背後に揺曳するだけに、ことのほか美しく語られています。

 熟田津から船団が発航する夜、出陣の儀式は月明の中で行われました。その月光の中で、中大兄皇子が描き出されます。また、有名な歌「熟田津に 船乗りせむと 月待てば」という歌を額田王は月明の海に向かい、中大兄皇子になりかわって歌います。

 額田王は、中大兄皇子を「火」に、大海人皇子を「水」に例えています。さしずめ、『源氏物語』で言えば、匂宮が「火」で薫が「水」でしょうか。

 斉明女帝が亡くなり、大海人皇子と額田王は一緒に九州から飛鳥に戻ります。そして、また共に九州に行くとき、月光の船上で2人は言葉を交わします。2人の男に挟まれながらも、毅然とした額田王が印象的に描かれています。そして、2人の皇子も見事に描きわけられています。
 大海人皇子と一緒の時の額田王の方が、私には心浮き立つ女として描かれているように思われました。

 戦を通して、額田王は歌が持つ命や力を知ります。歌人としての自覚に目覚めていきます。

 飛鳥での観月の宴では、2人の皇子の后妃たちが絶妙なバランスで描き出されます。井上靖は、こうした複数の人間を描くのが得意だと思います。

 その宴席で、大友皇子の次の言葉が記憶に残りました。


女はいつも月に慰められる。月から一つの言葉しか聞かぬ。
男はそういうわけには行かぬ。男は月と話をする(253頁)


 この月下の宴に集うのは、本作品のオールキャストとでもいうべき豪華さです。この場にいた額田王に、嫉妬というものを感じさせているのが、作者の眼力です。

 その後の白村江の戦いの話は、読むものの気持ちを引き付けて展開します。これも、井上靖の得意とする戦語りです。

 近江京に都を遷したとき、琵琶湖について次のようにいいます。


琵琶湖が美しいというのは、その湖畔を旅する旅人たちの言うことであって、いざその湖畔に住みつくということになってみると、誰にもいやに水のぶさぶさしている不気味な拡がりにしか感じられなかった。(343頁)


 ただし、額田王だけはこの近江の新都を美しいと思いました。中大兄皇子が新政を布くのにふさわしい舞台だと思ったというのです。

 私はいつも、『星と祭』という作品が生まれた背景を意識して、井上靖の小説を読みます。この『額田王』が書かれた昭和42年から44年頃には、まだ琵琶湖に対する意識が薄かったように思えます。

 『星と祭』は、昭和46年5月から翌年7月まで、朝日新聞に連載されました。琵琶湖とその周囲に点在する十一面観音に注視する作品です。
 勝手な想像をめぐらすと、『額田王』で近江京のことを書いているうちに、後の『星と祭』の舞台が具体的なイメージで脹らんできたのではないでしょうか。
 また、『額田王』で月光の下での場面が点綴されているのも、『星と祭』における月に対する拘りに引き継がれているようにも思うのです。
 あくまでも無責任な感想に留まりますが……

 そうした中で、「大和の高安山の築城のことが発表になり、そのための徴用が行われた」(346頁)とあります。この後にも、高安山のことが出てきます。この山の裾の高安の地に住んでいた者としては、こうした些細なことにも目が留まります。
 この時代に疎いので、史実を知らない私は、細部までよく調べて書いているな、と感心して読み進みました。

 物語の最後は有名な蒲生野における、額田王を中に置いて天智天皇と後の天武天皇の歌の掛け合いの場面です。お待たせしました、という感じです。
 この場面を『額田王』という作品のどこに置くのかと思っていたら、最後だったのです。
 物語は、あくまでも時系列に展開しています。

 近江を舞台にして、大友皇子と大海人皇子の戦乱が語られます。そして、このあたりから額田王の姿が朧気になります。

 飛鳥浄御原宮で即位した大海人皇子は天武天皇となります。その後の登場人物は、ナレーションで語られるスタイルとなります。よくある、井上靖の語り納めのパターンです。
 このあたりになると、飛鳥に戻った額田王の姿は、ほとんど語られません。資料がないせいでもあります。しかし、井上靖の豊かな想像力で、この最後の額田王の姿を描き出してほしかったとの思いを強く持ちました。

 なお、最後に付された山本健吉氏の解説(昭和47年9月)に、次のような文があります。


これまでの国文学者のような、あまりに安易に彼女を悲恋の女王に仕立ててしまう感傷的解釈から遠く脱け出ている。しかしまた、それゆえにこそ、底の方ではいそう烈しい心で対かい合って立っている二人の貴人の様相を思って、彼女はその怖ろしさに身ぶるいするのである。壬申の乱は、すぐ眼の前に迫っている。
 私はこの歴史小説を解説しようとして、作品を離れて額田女王の肖像に触れることが多かった。それはこの作品を読む読者が、それを知っておいた方がこの作品の世界にはいりやすいと思ったからである。そのことが作者の額田女王に付与した肖像に、いくぶんでも近づく手がかりとなるだろう。そして、歴史の「自然」の上にどのような逸脱─「歴史離れ」を作者は企てたか、その機微を察知することも出来るだろう。(478〜479頁)


 井上靖の作品における「歴史離れ」を考える時、この『額田王』は貴重なヒントを与えてくれそうに思えます。【4】
 
 
初出誌:サンデー毎日
連載期間:1968年1月7日号〜1969年3月9日号
連載回数:62回
 
新潮文庫:額田女王
井上靖小説全集29:額田女王・後白河院
井上靖全集18:長篇11
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | 井上靖卒読

2015年06月28日

標識が設置された井上靖ゆかりの曽根の家

 今朝は、受賞者の滝川さんと一緒に、生山駅に行く途中で、井上靖記念館に立ち寄りました。
 野分の館に上る手前の詩碑で、きれいな紫陽花を見かけました。


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 『通夜の客』の舞台ともなっている、福栄にある井上靖の家族が疎開していた地には、新しく標識が設置されていました。
 この入口は狭いので、標識はありがたい配慮です。


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 文豪 井上靖 ゆかりの地
 「曽 根 の 家 跡 」入口
    (平成26年設置)
  福栄まちづくり協議会

 また、井上靖の家族が疎開で住んだ家である「曽根の家」の跡地には、間取り図が掲示されていました。これも、昨年平成26年に設置されたものです。


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 この曽根の家の間取り図は、どなたの手に成るものか記されていません。
 私が、2010年3月17日と2011年3月12日の2度にわたって、「野分の会」の代表である伊田美和子さんから聞き取った図と、少し異なるようです。

 曽根の家の間取りについては、下記2つのブログに手書きの図を掲載しています。見比べられるように、再掲載します。


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「井上家の疎開先としての日南町(3)」(2010/3/17)
 
 

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「日南町の井上靖(1)」(2011/3/12)

 囲炉裏があった場所や、物置き、馬屋等々、これらは再確認が必要です。

 聴いた話によると、今後はこの地区の家々に、もっと屋号の標識を掲示するそうです。来るたびに、少しずつ訪問者に優しい配慮がなされていくのは、ありがたいことです。

 昨日、役場のそばを車で通った時に、コメリという大きなお店を見かけました。最近できたのだそうです。これまでは、パセオというスーパーマーケットが一軒あっただけでした。

 今日伺うと、コメリの隣に24時間営業のローソンも最近できたとか。
 日南町は、少しずつ便利な町になって行くようです。
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2015年06月11日

井上靖卒読(200)『おろしや国酔夢譚』

 井上靖卒読も、ようやく200回目となりました。
 まだ、あと50回は続きます。
 もうしばらく、お付き合いください。

 記念すべき今回は、『おろしや国酔夢譚』(徳間文庫、1991年12月)です。


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 これは、かつて文春文庫で読みました。2006年8月に、伊井春樹先生と一緒に、モスクワとサンクトペテルブルグへ行ってからすぐに読んだものです。
 ただし、サーバーがクラッシュしたために、この記事は消失したままです。

「大黒屋光太夫のこと ( 5-読書雑記 ) / 06-11-14 20:12
  −井上靖と吉村昭の小説−」

 いつかこの記事がどこかから見つかったら、再現したいと思っています。

 さて、今日も、JR中央線の電車が立川駅の手前で30分以上も止まったままでした。いつものように、人身事故だそうです。
 無意味な時間が延々と流れていきます。なすがままに身を委ねながら、本書を読み終わりました。
 肉体的な苦痛は、お尻が痛いだけでした。腸は、煮えくり返っています。周りは、相変わらずの平和な日本です。
 これしきのことは何でもないと、本作の大黒屋光太夫たちのことを思いながら、身勝手な我が思いを不思議な気持ちで反芻しました。

 本書では、序章がこの小説の時代背景と世界情勢を易しく解説しています。


デンベイ、サニマ、ソウザとゴンザ、それから竹内徳兵衛の一行と、過去四回に亘って、日本漂民たちはロシアの土を踏み、ロシアの古い記録の片隅にその名を記される稀有な運命を持ったが、大黒屋光太夫の一行はそれら先輩漂民のあとを継いで、五回目にロシアにはいって来た漂流日本人たちであった。本章の冒頭に記したように、小説『おろしや国酔夢譚』の主人公たちなのである。(38頁)


 漂流民がロシアにおいて日本語学校の教師とされていく背景を知っておくと、彼らの処遇のされ方とその意味が呑み込めます。まさに、初期の日露交渉史の舞台裏が見えてくるのです。

 光太夫たちは、漂流という想定外の事態に置かれます。自分の先行きがまったく見えない状況で、人はどのような思いをし、どう立ち向かうかが語られていきます。井上靖の冷静な歴史語りの手法で、細部に渡る描写で随行している気分で読み進められます。

 光太夫は、最初の漂着地から日記を書いています。現地人の言葉も、積極的に習得していきました。言葉が生きる上では命綱なのです。
 光太夫は、オホーツクでもヤクーツクでも、イルクーツクでも、ひたすら日々の見聞を記録するのでした。

 シベリアは凍土の地です。作者も、歴史的な背景などを古記録を示しながら、丹念に実感的な描写に気を配っています。その厳しい自然の過酷さが、ことばを通してここに再現されています。

 光太夫は、何度も帰国嘆願書を出します。日本へ返ることは執念なのです。
 ラクスマンは、そのよき理解者でした。

 足を一本失った庄蔵は、ついにロシア正教に帰依しました。生きていくための決断です。

 イルクーツクからモスクワ経由で首都ペテルブルグまで、光太夫は気の遠くなるモスクワ街道の犬ぞりの旅にでます。歴史と文化と人々との出会いは、想像を絶するものです。それを、克明に作者は語ります。

 本作は、異文化交流の中で、生まれも育ちも違う人と人とが、情を交わし助け合う姿を丁寧に描いています。極寒のロシアという舞台も、その壮大さと人の気配りを炙り出しています。

 女帝エカチェリーナ二世に光太夫が拝謁した件は、感動的に描かれています。
 また、光太夫たちの帰国が叶い、イルクーツクでロシアに残る二人との別れの場面は、それまでの艱難辛苦がわかるだけに哀切極まりないものがあります。

 思えば、伊勢白子の浜を出たのは1782年末12月でした。以来、9年9ヶ月の月日が加算されていたのです。

 そんな中、クルクーツクからオホーツク経由で北海道の根室に着いてから、あろうことか小市がなくなりました。3人で一緒に日本に帰り着いた光太夫と磯吉にとって、言葉にできないできごとでした。

 日本に帰ったは帰ったで、手続きなどで無為な時間が費やされます。その後の光太夫たちの動静も、今から見れば気の毒な限りです。幕府の対応がお笑いぐさといか言いようのないものだったからです。
 当人たちも、日本というとんでもないところに来た、と呆れかえったりしています。文明の落差とでもいうのでしょうか。見えなかったものが、異文化に接した目から見ると、滑稽に思えることは、今でもよくあることです。お役人の世界は、昔も今も変わりません。


自分は自分を決して理解しないものにいま囲まれている。そんな気持だった。自分はこの国に生きるためには決して見てはならないものを見て来てしまったのである。アンガラ川を、ネワ川を、アムチトカ島の氷雪を・オホーックの吹雪を、キリル・ラックスマンを、その書斎を、教会を、教会の鐘を、見晴るかす原始林を、あの豪華な王宮を、宝石で飾られた美しく気高い女帝を、─なべて決して見てはならぬものを見て来てしまったのである。光太夫は絶え入りそうな孤独な思いを持って、四人の役人のあとに従い、どこへともなく歩いて行ったのであった。どこへ連れて行かれようが、もう決して自分が理解されぬであろうということだけが確かであった。(362頁)


 読み終わった今、人の一生は何でもありということであり、何が幸せかは一概には言えない、ということです。
 波乱万丈の人生、平安な日々、いずれもその人の受け取り方と価値観に委ねられます。無心に、ただひたすら前を見て生きる、ということに尽きるということなのでしょうか。【4】

 なお、大黒屋光太夫について、本ブログで次のような情報を記しています。
 参考までに記しておきます。

「千代田図書館の古書目録にあった古写本『源氏物語』」(2014年07月25日)
 
 
初出誌:文藝春秋
連載期間:1966年1月号〜1967年12月号、1968年5月号
連載回数:25回
 
文春文庫:おろしや国酔夢譚
徳間文庫:おろしや国酔夢譚
井上靖小説全集28:おろしや国酔夢譚・楊貴妃伝
井上靖全集16:長篇9
 
 
■映画化情報
映画の題名:おろしや国酔夢譚
制作:東宝
監督:佐藤純彌
封切年月:平成4年6月
主演俳優:緒方拳、西田敏行
 
 
■関連するホームページ

「大黒屋光太夫記念館」
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2015年06月10日

井上靖卒読(199)『本覚坊遺文』

 利休はなぜ申し開きをせずに自刃したのか、ということをテーマとする小説です。

 作者の手元に、慶長から元和時代の茶人の手記がある、ということで語り出されます。
 和紙20枚ほどを綴じた冊子が5帖、ぎっしりと細字で埋めてある物だそうです。
 これは、千利休の弟子であった三井寺の本覚坊が書き残した日録で、それを現代風の手記としてまとめた、という体裁をとる物語です。

 師利休の傍らで、31歳の時から茶の湯の裏方を勤めていた本覚坊の語りが展開します。
 師の賜死事件は、本覚坊が40歳の時でした。

 その後、修学院に引きこもった本覚坊は、今、師利休とのことを問はず語りするのです。
 太閤秀吉から京を追放され、淀川を下る船中の利休は何を思っていたのか。本覚坊は、死を賜る運命を見透かしていた、と言います。

 第二章は、慶長8年の話。
 山上宗二が書き残したお茶の奥義書。これは、世に言う秘伝書で、分厚い和綴じの冊子として出てきます。元は巻物だったのを、和紙60枚に写し取って、冊子に仕立てた物でした。表紙には、「山上宗二記」と書かれています。
 岡野江雪斎は、これを利休晩年の弟子である本覚坊に読み解いてもらいたい、と言って齎したのです。

 小田原落城の時に、山上宗二がどうしていたのかが話題になります。
 攻める方の秀吉方に利休はお茶を出し、攻められる方には宗二がお茶を出していたのです。

 本覚坊は、この写本を写し取ります。
 「珠光一紙目録」を3日で書写しました。
 その後、「茶湯者覚悟十体」「茶湯者之伝」「奥書」を一気に書写し終えます。
 巻末の慈鎮の和歌に、宗二の憤懣と感慨を読み取っています。

 利休の死から13年、秀吉の死から5年。本覚坊は写本を横にして、三畳のお茶室で江雪斎に問われるままに、師利休と兄弟子宗二について語り合います。

 本覚坊がお茶を点てながら、今は亡き師と語り合う場面は、井上靖がよく用いる、死者との対話となっています。今と昔を渾然一体と包み込み、亡き人を今の世に呼び戻して語らせる手法です。

 第三章は、今を時めく大宗匠である古田織部の話。
 67歳になった織部に招かれて、59歳の本覚坊はお茶をいただきます。慶長15年のことです。利休が織部たちと最後の別れをしたのが、ちょうど20年前のこの日、2月13日でした。江雪斎は、前年に74歳で亡くなっています。

 利休が削った二本の茶杓は、「なみだ」と「いのち」と銘がつけられていました。赤楽茶碗の「早船」についての逸話も出ます。
 そして、話は死を賜った利休最後の気持ちをめぐる談義となります。
 1年半後、再度織部に招かれます。話は「鷺絵」のこと。そして、自然のままに自刃した話に。

 第四章は元和3年、織田有楽との話。
 織部が、利休と同じように自刃した後です。
 あの山崎の妙喜庵にいたのは利休と宗二、そしてあと一人が誰だったのかに思い至ります。織部だったのだと。
 3人ともに腹を切ったのは、そこに盟約があったのではないか、と本覚坊は思うのです。

 第五章は、元和5年の話。
 太閤の茶会のことを、利休の孫である宗旦に語ります。
 特に、天正12年に大坂城の大広間で催された御壺口切の茶会や、3年後の前代未聞の大茶会のことなどなど。
 やはりと言うべきか、利休が太閤から賜った死についても語ります。
 本覚坊は、太閤の怒りの原因を、利休が朝鮮出兵に何か口走ったことにあるのでは、と推測しているようです。

 終章は、元和7年。
 有楽が亡くなった後、本覚坊は利休とその弟子たちのことを回想します。
 いつしか、利休と太閤のやりとりが現前します。そこで利休は、紹鴎が言う「枯れかじけて寒い心境」に得心したことを語るのです。作者である井上靖は、ここに利休の自刃の背景を読み取ったようです。
 しかし私には、最後までこの意味が理解できないままでした。

 本覚坊は、利休と夢の中の茶室で言葉を交わします。そこに次から次へとお茶に縁のある人々が、4、50人もの方々が回り灯籠のように、たった二畳の妙喜庵に参集します。これは、『星と祭』のラストで、琵琶湖岸に立ち並ぶ観音様のシーンにつながるものです。

 本覚坊の日録を取り上げて、作者井上靖の利休像が提示されています。
 利休が生きた道の延長上に、山上宗二と古田織部がいることが、作者の到達点だと思われます。【4】
 
 
初出誌 : 群像(講談社)
初出号数 : 昭和56年1、3、5、6、7、8月号
 (序)、一章 昭和56年1月特大号(第36巻第1号)
 二章         3月号(第36巻第3号)
 三章         5月特大号(第36巻第5号)
 四章         6月特大号(第36巻第6号)
 五章         7月号(第36巻第7号)
 終章、(践)       8月号(第36巻第8号)
 昭和56年11月20日、講談社刊
 
講談社文庫 : 本覚坊遺文
講談社文芸文庫 : 本覚坊遺文
井上靖全集22 : 長篇15

■映画化情報■
映画の題名 : 千利休
制作 : 東宝
監督 : 熊井啓
封切年月 : 平成元年10月
主演俳優 : 三船敏郎、萬屋錦之助
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」続きを読む
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2015年06月09日

井上靖卒読(198)『城砦』

 大手町のホテルから、この長編小説の幕が開きます。
 人前でのスピーチから始まるのは、後に『星と祭』に引き継がれる井上靖の手法です。

 場所は銀座から郊外へ。その途中で、60歳近くで引退する主人公桂正伸と、26歳で女に振られた藤代了介という若者の愛情論、結婚観、人生論がたたかわされます。15頁にもわたる談義です。理詰めなところは、井上靖の特徴でもあります。
 その中で、「しんねりした言い方」(『井上靖全集』59頁上段)という表現があります。時々井上は、私にわからない言葉を使います。

 釣り好きの桂が行ったのは、私がスクーバ・ダイビングをした伊豆の波勝岬。
 物語の舞台で知っているところが出ると楽しく読み進められます。
 そこで一緒になった姉弟は、藤代が振られた姉たちでした。弟江上淙一朗は音楽家です。その姉透子は、興福寺の阿修羅像に似ているのです。ヒロインの登場です。

 話は、考古学者高津恭一に移ります。桂は、この高津のイラクでの海外調査に資金を提供していたのです。さらには、高津の婚約相手が、坂田由布子であることが後にわかります。ただし、この2人には3年の空白がありました。そして、江上透子と高津との仲も語られます。
 これは、『異国の星』の話に類似するものだと思いました。

 イラクでの月光の話(109頁)は、井上の世界です。異国と月光は、いつかまた確認したいと思っています。135頁では、月光の夜のモヘンジョ・ダロのことが出てきます。

 3年ぶりに帰国した高津は、空港で桂と出会います。
 人間関係が複雑なままに展開していきます。

 「ふいに自分の気持ちを押えることができなくなって行ったのであった。」(148頁下段)の「行った」は「言った」でもいいところです。井上靖の文章には、時たまこうした表現があるので、記し留めておきます。

 高津は、銀座で江上透子と出会います。会話は甘いものでした。しかし、冷めています。直接は逢わないで、遠く離れてお互いが想い合う関係なのです。愛の告白をお互いがしているのに。
 高津は、来春の坂田由布子との結婚式を進めながら、こうして透子と想いを交わしているのです。

 藤代は透子と淙一朗姉弟の3人で東北旅行をします。
 大洗で見た月の話も出てきます(188頁)。
 このあたりは、読者を振り回す意図がありそうです。
 新聞小説なので、作者は考えながら物語を展開させているのでしょう。

 半ばをすぎたあたりから、長崎で江上姉弟が被爆していたことに及びます。
 しかし、作者はこのテーマには深入りしません。この姿勢が、本作のテーマを曖昧にしているように思われます。

 相思相愛の仲にある、高津と透子の今後が楽しみです。高津には、婚約者である坂田由布子がいるのですから。しかし、それも風前の灯です。それにしても、高津は透子が愛を口にしながら拒絶する心が読めないでいます。透子が考えている愛の崇高さが、まだ理解できていないのです。

 このあたりの男女の想いのズレが、井上らしい展開です。由布子との婚約を破棄しても、透子の心にくすぶる問題が解決しないことには、話は進展しないからです。長崎での原爆の被災者であることは、後半にかけて伏流するのです。ただし、真正面からは取り上げられません。
 この思案を背景にして、「中天に白い光りの冬の月」が出ています。(244頁上段)

 藤代了介は背後で透子を支えています。これは、好きだからであり、この後で勘違いからさらに想いを深めることになるのです。

 兄弟で長崎の被爆地を訪ねます。
 桂に言われるまで、高津が婚約していることを透子は知らなかったのです。
 桂は、高津と透子の恋愛の相談役でもあります。
 この3人は、それぞれに恋愛論や結婚観を戦わせます。その中で、透子が言う「自分の血を、わたくし一代で失くしたいんです。─絶滅思想」(284頁上段)というのは、後半の展開を陰で支配しています。
 愛情の延長線上に結婚があるとは、必ずしも言えないというのが、透子の考えです。そこには、長崎での被爆体験から来る、子供を産まないという意志が横たわっているのです。

 春の朧月夜に、透子は高津との別れの手紙を、弟の手を借りて投函します。純粋な人間がたち現れて来ます。
 藤代了介もまた、透子との間で苦しみ悩み、自らの運命を見つめます。
 この3人の想いと行動と決断が、後段での中核となって展開するのです。
 井上靖らしい、息苦しくなる物語の詰め方です。その中心に、逡巡する透子がいます。

 お互いの連絡の手段が、手紙と隣家の電話というのが、人間の心の動きを描く上でいい間合いとなっています。一進一退の展開が、読者をつなぎ留めるのです。
 そして、心の苦しさを死で解決しようとする展開も、これまた井上靖の手法の一つです。

 ただし、最後の金沢行きからは、登場人物の行動と言動が、うまく噛み合っていません。作者の物語展開に対する姿勢が追いついていないように思いました。
 桂は、次のように言います。

「愛が信じられないんなら、愛なしで生きてごらん。世の中が信じられないなら、世の中を信じないで生きてごらん。人間が信じられなかったら、人間を信じないで生きてごらん。生きるということは恐らく、そうしたこととは別ですよ。─この石のように生きてごらん。僕は宗教家でも、哲学者でもないから、こんなことしか言えない」(407頁下段)

 このことばは、作者のまとめのことばとして読みました。しかし、ここには、それまでの物語展開を引き受ける力も大きさも感じられません。物語を閉じるにあたって、作者の苦し紛れの逃げのことばのようにしか読めないのです。

 日比谷音楽堂での演奏シーンと、金沢の海岸の星空が印象的に語られて終わります。
 本作は、2段組みの『井上靖全集』で400頁にもわたる長大な小説です。それでも、作者としては、語り尽くせなかったのではないか、との思いが残っています。
 題名の「城砦」というのも、読み終えた今もしっくりときません。最初は、戦国物かと思っていました。
 最後に、次のように女主人公である江上透子に言わせます。

 透子はさすがに立っているのが辛くて、路傍の石の上に腰を降ろした。透子は四辺を見廻した。そしていま自分は砂に半ば埋もれた城砦の中にでも居るのではないかと思った。そんな荒涼とした風景であった。しかし、城砦の中に居ると言えば、自分はもう長いこと城砦の中に居たと思った。どこへも出ることのできない無人の城砦の中に、自分は弟と二人で神に囚われて住んでいたのだ。(408頁下段)

 長崎での被爆体験をテーマからそっと外した作者は、その配慮がこうしたところに片鱗として見えています。それでもやはり、書名とうまく結びついていないのが惜しまれます。【2】
 
 
 
初出紙:毎日新聞
連載期間:1962年7月11日〜1963年6月30日
連載回数:352回
 
角川文庫:城砦
井上靖小説全集23:城砦
井上靖全集15:長篇8
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2015年06月03日

井上靖卒読(197)『忘れ得ぬ芸術家たち』

 井上靖が大阪毎日新聞社で美術記者をしていた時代を中心にして書いた、美術関係のエッセイを集めた『忘れ得ぬ芸術家たち』(昭和61年8月、新潮文庫)を読みました。


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 井上靖の目を通して見た芸術家たちが、飾らぬ言葉で語られています。一人一人が具体的に語られているので、貴重な報告ともなっています。

■「河井寛次郎のこと」
 文中に、「いつでも物を創る人は、物を創る人としての心をはなしてはならないということであった。」(10頁)とあります。この「はなしてはならない」は、「話しては」なのか「離しては」なのか、しばし考えさせられました。井上靖の文章で、このように戸惑うことは稀です。
 この文章からは、河井の姿が浮かび上がってきます。人柄が描けていると思います。(朝日新聞社『河井寛次郎作品集』、原題「河井さんのこと」、『井上靖全集 別巻』所収「井上靖作品年表」に記載なし、『井上靖全集 第25巻』巻末「解題」参照、昭和55年9月)

■「荒井寛方」
 法隆寺金堂の壁画模写の話です。その1人を集中的に取材した話は、荒井の人間を彫り上げています。そして、「形あるものはやがて滅びますよ。」といったことばが、印象に残りました。(『藝術新潮』4-9、昭和28年9月)

■「橋本関雪」
 酒の有無で別人になる関雪像が、みごとに活写されています。憎めない関雪、愛すべき関雪がいます。『ある偽作家の生涯』を思い出すと、楽しくなる話に満ちています。(『藝術新潮』4-6、昭和28年6月)

■「前田青邨のこと」
 井上靖が新聞記者になって2年目。美術記者として最初に見た「大同石仏」の話から始まります。利休の話を小説にしていて、前田氏が利休を描いていないので助かった、というのは本心でしょう。以下、「御水取」のことを語ります。お水取りは前田氏にぴったりの素材だと。そして、その確信は信頼関係にあることにも及びます。(毎日新聞社版「青邨の画集 御水取絵巻」、原題「青邨先生のこと」、昭和50年6月)

■「国枝金三」
 国枝は右腕に疾患があり、左手で絵筆を持った画家でした。彼が紫色を使うことと切り離せないと、井上は見抜いたのです。また、その後に死の予感も。奥様への温かいまなざしがいいと思いました。(『藝術新潮』4-8、昭和28年8月)

■「上村松園」
 自宅で井上を見送る姿が印象的です。ほどほどのよさを、松園の姿に見つけたのです。井上の作品に出てくる女性は、この松園をイメージしているのではないか、と思われる場面が、いくつも思い合わされます。(『藝術新潮』4-10、昭和28年10月)

■「「坂本繁二郎追悼展」を見る」
 最後に記された「ひとを楽しませるために描かなかった氏は、最後に月のはなやぎの中に自ら遊ぶ境地にはいってしまったようである。」(101頁)とある箇所が印象に残りました。(朝日新聞 、3/25夕刊、昭和45年3月)

■「須田国太郎の世界」
 井上靖は、昭和7・8年に、京都大学で須田の西洋美術史の講義を受けたそうです。語り口に、親近感が溢れています。(東京新聞、1/11夕刊、昭和53年1月)

■「岡倉天心」
 井上靖は「茶の本」を学生時代に読んだそうです。この本が天心の著作の中で一番いいと。そして、自分の若き日を振り返る書となっているとも。五浦海岸の旧宅への旅では、四人の老人の話にも主人を思う温かさがあります。(『藝術新潮』4-5、原題「岡倉天心 五浦紀行」、昭和28年5月)

■「岡鹿之助の「帆船」について」
 井上靖の処女作「猟銃」には、岡の影響があるのだと言います。再読の折に、確認してみましょう。(『美術手帳』44、昭和26年6月)

■「「湖畔」の女性」
 小説に登場させたい女性の一人は、この「湖畔」だと。もう一人は、ドガの「少女像」だと言います。あらためて、絵を見ました。まだ、よくわかりません。(NHK婦人学級だより、昭和41年8月)

■「広重の世界」
 広重の風景画の中に、情趣と人間を見いだしています。作家の目です。(みすず書房版「原色版美術ライブラリー118広重」、昭和32年9月)

■「美女と龍」
 『華厳縁起絵巻』の義湘絵に、愛の讃歌を読み取っています。(「絵巻」9、昭和51年11月)

■「安閑天皇の玉碗」
 発掘出土した碗の事実を小説にするにあたり、作者としては自由に想像を駆使できず、不出来な作品になったと言います。「玉碗記」のようには自由に書けなかったようです。(『藝術新潮』4-1、昭和28年1月)

■「白瑠璃碗を見る」
 江上波夫が持ってきた3個のカットグラスが、「玉碗記」に描かれたものと一緒に五個あり、その運命へとロマンが広がります。(毎日新聞、11/19、昭和34年11月)

■「如来形立像」
 唐招提寺の破損仏が、もっとも好きだといいます。中でも「如来形立像」の美しさは、破損していないと。(美術出版社版「日本の彫刻X平安時代」、原題「如来形立像について」、「昭和27年3月)
 
 
※本書は、昭和58年8月に新潮社より刊行されたものを文庫に収録したものです。
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2015年05月11日

井上靖卒読(196)『射程』

 終戦直後の社会的に渾沌とした世相が、本作の背景にあります。二十歳の若者が大阪周辺を舞台とする、事業と女性をめぐる精力的な生き様を活写した物語です。

 諏訪高男が、大阪の吹田で瓦工場を立ち上げるところから、この物語は始まります。若き事業家の始動が、スローテンポで語り出されます。この展開は、井上靖が7年前に受賞した芥川賞(第22回、1949年)の『闘牛』と、社会状況や若者の生き様を描く着想において、非常に近いものを感じました。いわば、博打のような仕掛けで階段を上り詰め、成功していく話です。

 作業場の様子などが丹念に描かれ、現実的な描写に徹しています。こうした事業の話は、井上が好きだったネタの一つです。井上作品に、社長などがよく出てくることに通じます。男の夢を賭けた情熱を描きたかったようです。

 上から三石多津子に懐中電灯で照らされることで、スポットライトを浴びるようにして佇む男のシーンが印象的です。月光の下で、洋装の吉見鏡子が立っている場面の点綴も記憶に残ります。丸山みどりと、夜空の星を見上げる場面も。
 こうした光の使い方が、井上はうまいのです。

 次の語り口に出会い、意外な思いをしました。

多津子と対かい合っているいまの場合、それよりも美しいものに奉仕する下僕の自己卑下の陶酔感が自分の心を隅々まで極く自然に充たしているのを感じた。(『井上靖全集』第11巻、300頁上段)

 井上は、こうした女性崇拝の描写を他の作品でもしていたのか、今すぐには思い至らないからです。谷崎潤一郎のような女性へのまなざしを、これまで井上靖の作品からは感じていなかったように思います。あっても、こうしたことばでの表出に出会わなかったように思われるのです。これは、また後に確認してみたいと思います。

 物語は、男の野心と女の思惑が交錯しながら、戦後の阪神間を幅広く飛び回る二十歳の青年実業家が育っていく様が、壮大なエンターティンメントのドラマとして描かれていきます。

 瓦からセメントへと、事業はますます大きくなっていきます。そして、人間関係の中で、高男は八面六臂の活躍をします。悪事を働くものが配されるものの、基本的には善人たちで構成される社会が描かれた物語です。その間には、お金というものがどっしりと居座っています。お金の力が人を動かしている様子も、生き生きと描かれています。男も女も、お金によって行動が束縛され、人生が影響を受けているのです。

 とんとん拍子に事業を成功させていく高男は、順風満帆です。しかし、やがて朝鮮戦争が勃発し、世相が複雑に入り組んでいきます。そのような中を、高男は持ち前の発想力と前向きな精神力で、精力的に泳ぎ出します。当時の社会や世相も、丹念に描かれていきます。

 高男は、綿糸や船舶や毛糸で儲けます。ついには、闇市の時代を乗り切り、心斎橋筋の丼池で繊維問屋を持つに至ります。その後、高男の成功物語がどうなるのか、読者は後半から一気に読まされます。

 結局、高男は、鏡子、みどり、多津子の三人の女性の誰を一番好きだったのでしょうか。最後に射程距離に入った女性が、その人だったのです。そして、意外な結末を暗示して、長い物語が閉じられます。
 いつものように、作者は終わり方にはっきりと白黒をつけていません。もう少し先を語ってほしかった、という思いになるのは、いつものことです。これがまたいいのです。読者として自由にこの後を想像して楽しめるのですから。【4】
 
 
初出誌︰新潮
連載期間︰1956年1月号〜12月号
 
新潮文庫︰射程
井上靖小説全集9︰黒い蝶・射程
井上靖全集11︰長篇4
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2015年03月26日

井上靖卒読(195)『満ちてくる潮』

 静岡の酒場を出た紺野は、月を見ながら久能山下から清水にかけてタクシーでドライブします。そして、月光の下で和服の美人、瓜生苑子と出会うのです。
 本作は、大井町や銀座など、井上靖の生活圏が舞台の一部となって出てきます。
 銀座では、婚約破棄の話し合いがなされるなど、結婚したくない女性の気持ちが語られます。

 そんな中で、「〜である。」という文体が集中的に出てきて戸惑いました(『井上靖全集』第十巻569頁)。井上らしくないので、新聞連載の時期に関係しているのかもしれません。今はメモとして残しておくに留めます。

 酪農の話やダム建設のことなど、日本の自然や社会と結びついた話題が展開します。その背景に、恋愛と結婚について語られていくのです。
 やがて、紀州路への旅となります。大阪、湊町、王寺、五条、十津川と、私にとって懐かしい地名が出てくるので、自分が旅をしている気分を味わいました。井上作品の舞台として、逃避行の地としてよく出てくる紀州です。地理的な隔絶性と山地と海岸のイメージが、作者にとって好都合の地だからでしょう。
 大自然の中での会話が、ごく自然に交わされます。何気ない描写が井上の特徴です。その隙間に、恋愛感情を巧みに織り込んでいくのです。
 男と女が魅かれ合う心情が複雑に交錯する様を、淡々と語ります。男女6人の純愛と不倫が輻湊する設定で、後半は特に目が離せない展開となります。静かに、ゆっくりと進展していきます。井上靖の間の取り方も絶妙です。
 恋愛を知らないという2人の学者の役割も、うまく配されています。男は、とにかく恋愛が下手で、気持ちの表現も不器用です。それに引き換え、女の積極的な行動と決断が表に出てきて、男女の心理劇に絡み合います。
 2組の夫婦の関係が微妙な中に、独身の男と女がそれぞれに縦糸と横糸となって割り込み、付かず離れずの行動を見せます。その先にどのような展開があるのか、結果が知りたくて読み進みました。
 スローテンポの前半から、後半は一転して突然の自殺という行動を挟んで一気に語られます。何となく余韻を漂わせて終わるところは、その先を語ってほしかった、と思う方が多いことでしょう。この、その後を読者に預けたまま閉じるのは、この作者の手法です。
 この作品を新聞に連載し終わってから、作者は次のように言います。どのような見通しを持ってこのテーマに着手したのか、そしてこの結末に至ったことに対してどう思っているのか、作者の小説作法と共に知りたいところです。


 これまでは毎朝、床の中で目を覚ますと、必ず紺野か安彦か苑子か笙子の誰かが私の頭の中へはいってきた。私ははらはらしたり、あるいは、はがゆく思ったりしながら、彼らの訴えや言訳を聞いたり、彼らの主張に耳を傾けたりした。私はいつも聞き役で、彼らはいつも語り手であった。そして私は毎日、彼らから聞いた彼らの考え方や感じ方や、あるいは彼らのなしたことをそのまま三枚の原稿用紙に認めて、それを新聞社に送った。
 こういう言い方をすると、作者はどこにも居ず、自分の小説に対する責任を回避しているように思われそうだが、私は「満ちて来る潮」を書く場合、誇張でなしにそのようにして書いた。(中略)

 四人の主要主人公たちは勝手に行動したと言っていい。作者としては多少この小説の結末というものに予想を持っていたが、それらはみんな違ったものになってしまったようである。(中略)これから先、登場人物たちがどのように生きてゆくかは、別の小説の世界になる。(「『満ちてくる潮』を終わって」毎日新聞「学芸欄」昭和31年5月17日)


 なお、本作品の章題について、次のような指摘があります。井上靖の作品の小見出しについては、かねてより興味をもっていたので、こうした点は気に留めておきたいと思っています。おそらく、作者としては、章題が読者のイメージ形成を邪魔しないように、話の句切れとして言葉を数字に置き換えたものかと思われます。また、これが新聞の連載小説であったことも、作者にとってはその句切れが意味をもっていると考えていたのでしょう。【3】


初刊本では全十八章の各章に章数抜きで「月明」「しゅうまい」「白い雲」等々の章題が付けられていたが、新潮社版『井上靖文庫』第13巻(昭和37年3月31日刊)に収録の際、現行のように「一章」「二章」「三章」等々に改められた。(『井上靖全集 第十巻』780頁、曾根博義氏の解説)

 
 
初出誌︰毎日新聞
連載期間︰1955年9月11日〜1956年5月31日
連載回数︰243回
 
角川文庫︰満ちて来る潮
井上靖小説全集12︰満ちて来る潮・河口
井上靖全集10︰長篇3
 
映画の題名︰満ちて来る潮
制作︰新東宝
監督︰田中重雄
封切年月︰1956年7月
主演俳優︰山村聡、南原伸二
 
 
〔参照書誌データ〕 井上靖作品館  http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2015年03月25日

井上靖卒読(194)「ひと朝だけの朝顔」「三ちゃんと鳩」

■「ひと朝だけの朝顔」
 むらさき色のきれいな花を咲かせた朝顔を、三つ上の光子ちゃんの家に見せに行きました。しかし、見せるだけだったはずが、もらったものと勘違いして大喜びして奥に入った光子ちゃんに、返してとは言えなくなった小学4年生の僕。おまけに、おばさんからご褒美としてお菓子をもらうことになったのです。
 なりゆきからとはいえ、返してと言えないままになったことに、僕はつまらなさを感じだします。
 数日後、その鉢植えの朝顔が、別の知り合いのおばあさんから「あまり見事なので、朝ごはんの時眺めてください」と言って届けられたのです。僕は、光子ちゃんもそのおばあさんに見せるだけだったはずが、これも思いがけずあげたことになったのではないのか、と思うようになりました。
 子供の純真な心が素直に描かれています。そして、何よりも大人に対して敬語を丁寧に使うところが、今の日本語の使われ方から見ると書き言葉過ぎるように思われます。当時の子供たちに向けた、言葉遣いの模範が示されている作品だと言えるでしょう。
 「お父さんがおききになりました。」という表現は、現在では息子が父の言葉遣いを指して言うこととしては、不自然さを感ずるものでしょう。しかし、こうした表現をした時代があったのは、自分が幼かった頃に書いた作文を考えると、思い当たるところです。この作品は、私が生まれた昭和26年に東京日日新聞に発表されたものです。井上靖にとっては、家族との日々の生活の延長線上の話として、童話に仕上げたものだと思われます。1年半前に品川区大井に転居し、家族を湯ケ島から呼び寄せた頃のものです。【3】
 
 
初出紙︰東京日日新聞
初出日︰1951年7月28日
 
井上靖小説全集4︰ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「三ちゃんと鳩」
 大阪にある新聞社の屋上での話から始まります。戦争が烈しくなりだした当時、記者が外で書いた原稿は、小さい円筒に詰めて鳩に背負わせて飛ばしていたのです。その鳩係りが三ちゃんでした。鳩の行方を追って、いつまでも空を仰ぐ三ちゃんの姿が印象的です。そして、大阪大空襲の時、三ちゃんは鳩の屍体を屋上で探し回っていました。人と鳥の心温まる話となっています。発表媒体が「新聞協会報」なので、童話というよりも子供たちに戦争の裏側にあった報道の背景を語る中で、人間について伝えようとしたものではないでしょうか。【3】
 
 
初出紙︰新聞協会報
初出日︰1954年7月12日、15日
 
井上靖小説全集10︰伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2015年01月29日

井上靖卒読(193)『西域物語』「アフガニスタン紀行」

 『西域物語』を新潮文庫版(昭和53年5月5刷)で読みました。ブックカバーにミヤコ書房(大阪府八尾市山本南)とあるので、東京から大阪に帰り、高校の教員を始めた頃に読んだ本であることがわかります。最初は単行本(昭和44年)で読んでいるので、この作品は今回で3回目になります。

 次の書影は、『西域物語』(昭和44年11月、朝日新聞社)の単行本の箱です。この本は、見開き各ページの上段に写真や図版がふんだんに配置されていて、読むのが楽しい構成となっています。また、巻末には17ページもの「事項・人名・地名解説」(加藤九祚)があり、井上靖の語りを下支えしています。これらがない文庫本は、電車などで手軽に読めてよいとしても、できることなら単行本で読まれることをお勧めします。
 なお、この2作は『朝日選書2西域物語』(昭和49年2月)にも収録されています。
 

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■「西域物語」
 井上靖は、張騫が挑んだ西域の旅を通して、自らの夢を膨らませながら豊かな詩情を語っています。自分が歩いた旅の記を織り交ぜながら、広大な大地と人を描きます。
 玄奘の話もスケールが大きく、読んでいて果てしない世界が目の前に広がっていきます。作者がもっとも行きたかった地域だけに、その思い入れも一入です。
 文献や研究成果をよく読み、よく調べていることがわかります。井上靖の西域小説の背景を辿ることになります。しかも、その西域の地を実際に歩いて語るのです。その足音が聞こえて来るようです。
 アレキサンドロスもチンギス・ハンも、荒野の中にその存在を主張しています。
 出てくる地名の多くが、井上の作品で目にしたものばかりです。あの作品の街はこんな所だったのかと、大いに楽しめました。
 街と街が線でつながり、そこを往き来する人々が活写されます。空間と群像を描くことを得意とする、井上の小説作法が生きています。中でも、サマルカンドを語る作者の思いが、特に印象的でした。【3】
 
 
初出紙︰朝日新聞(日曜版)
連載期間︰1968年10月6日〜1969年3月9日
 
新潮文庫︰西域物語
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集17︰長篇10
 
 
 
■「アフガニスタン紀行」
 アム・ダリヤ川が、話を牽引します。
 カブール、バーミアン、クンドゥズ、マザリ・シャリフ、バルクと、私にとっては馴染みの地名が出てきます。その各地を自動車で経廻る、シルクロードの旅なのです。
 バーミアンとアム・ダリヤ川の話が印象的でした。【3】
 最後に次の文があります。井上靖の月に関する表現に興味を持っているので、いつもと違う無機質な描写として記録しておきます。

暗い中を、サラン峠を越える。月が出ているが、誰もくるまを停めて、月を仰ごうというものはない。車外にはにぶい白い光が漂い岩山の肌が屏風のように立ちはだかっている。岩の屏風が切れると、霧が流れているのが見える。(244頁)

 
 
初出紙︰讀売新聞(朝刊文化欄)
連載期間︰1971年11月30日〜1971年12月23日(15回)
 
※朝日選書『西域物語』(昭和49年2月)収録
※新潮文庫『西域物語』(昭和52年3月)収録
※西域紀行集『遺跡の旅・シルクロード』(昭和52年9月、新潮社)収録
※新潮文庫『遺跡の旅・シルクロード』(昭和57年12月、新潮社)未収録
※『井上靖エッセイ全集10』(昭和59年2月、学研)収録
※『井上靖全集27 エッセイ5』収録
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2015年01月28日

井上靖卒読(192)「どうぞお先きに!」「くもの巣」

■「どうぞお先きに!」
 戦時中のことです。朝鮮海峡を敦賀に向かう汽船が、月光の中で機雷に触れて沈没します。大混乱の船から救命ボートに乗り移る時に、大学生が「どうぞ、おさきに」と言ったことばをどう受け取るかが、読者に問いかけられています。「美しい」ということばが、本作のキーワードだと思われます。
 最後の文章を引いておきます。

 学生さんは泣きも叫びもしませんでした。たばこに火をつけて、それをくわえ、心もち顔を上げて、星のある夜の空を見上げて静かに立っていました。それは神さまのような美しい立派な姿でした。と、次の瞬間、船は海上に大きい渦巻を残して海の中に姿を消してしまいました。
 この学生さんは中田君という京都大学の学生さんで、夏休みを朝鮮にいた父母のもとで過し、京都へ帰る途中であったことが後でわかりました。(『井上靖全集 第七巻』600頁)

 この童話は、『井上靖全集』に初めて収録されました。また、別に発表されている短編小説「どうぞお先に」とは違う作品です。それは「お先」となっていて「き」がありません。
 その短編については、「井上靖卒読(154)「あした来る人」「その人の名は言えない」「どうぞお先に」」(2013年01月11日)に書いていますので、参照いただければと思います。【3】
 
 
初出誌:きりん
初出号数:1948年9月号
 
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「くもの巣」
 クモの巣を取り払うことをどう考えるか、ということで、小学五年生の光夫君と二年生のよし子さんの意見が食い違います。作者は読者に、めいめい考えてほしいと問いかけます。そして、自分もどちらが正しいのかわからない、とも言います。文末では、「正しい道を歩く」ということに子供を導こうとしています。
 ここで、光夫君が書いた文章は平仮名漢字交じりです。これに対して、よし子さんの文章はカタカナだけで書かれています。昭和23年の学校教育はどうだったのでしょうか。私の母親がカタカナで手紙をくれていたので、女の子の当時の文字遣いに興味を持ちました。
 この作品も、『井上靖全集』に初めて収録されたものです。【3】
 
 
初出誌:きりん
初出号数:1948年11月号
 
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年12月18日

井上靖卒読(191)「明治の月」「就職圏外」

 井上靖が残した戯曲はこの2作だけです。
 共に、『井上靖全集』に初めて収録されました。

■「明治の月」
 時は明治元年。場所は会津若松。夫婦と子供を挟んで、夫の親友が時勢に揉まれ、運命の歯車が噛み合わなくなった人間関係が、情を中にして語られる劇です。まさに、劇にふさわしい話となっています。
 最後は意外な幕切れでした。人間を凝視しながらも、その甘さが前面に出てしまいました。井上靖らしいと言えます。しかし、話としては中途半端だと思います。登場人物の関係性がおもしろいので、その展開に物足りなさを覚えたのです。第1幕の緊張感が、第2幕で萎んでしまったと言えます。【2】
 
 
初出誌:『新劇団』(大阪市新劇団発行所)
初出号数:昭和10年7月1日、創刊号
 
※「明治の月」は昭和10年10月、新橋演舞場の「全新作狂言揃男女優大合同十月興行」で、松居桃多郎舞台監督、市川小太夫、河合栄二郎、森律子、守田勘弥らの出演により上演された。(『井上靖全集』621頁、解題より)
 
 
 
■「就職圏外」
 会話のやりとりが生き生きとしています。おもしろさと軽妙さも表現できています。舞台向きといえるでしょう。
 特に何が起きるわけではありません。学生の就職話が展開する中で、人物がよく描かれています。ただし、物語としては退屈でした。舞台では、そこはごまかせることでしょう。会話の妙味を楽しむ作品です。【2】
 
 
初出誌:『新劇団』(大阪市新劇団発行所)
初出号数:昭和11年3月1日、3月号(第8輯)
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年11月12日

井上靖卒読(190)「生きる」

■「生きる」

 井上靖の最後の短編集とされる『石濤』(平成3年6月、新潮社)の新潮文庫版で「生きる」を読みました。


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 食道が支えることから、井上靖は築地のガンセンターに入院します。そして、食道の切除手術。
 ベッドから見る病院のスタッフや施設のとらえ方がユニークな視点で語られていきます。実況中継の趣もあります。
 入院中の空想は、ヒマラヤにも飛びます。私が好きな『星と祭』の断片も記されています。井上靖にとって、この体験は余程心に刻まれたものとなっていたようです。記録として引いておきます。


 朝であれ、昼であれ、或いは夜であれ、寝台に横たわったまま、眼を瞑ると、いつも決まって、この世ならぬ薄暮の静けさの中に横たわっている自分を感ずる。どこか集落の端れあたりの、堤のような所にでも横たわっているのであろうか。(中略)
 この薄暮の集落と覚しき所への訪問は、私にとっては、他に替るもののない休息。朝であれ、夕であれ、眼を瞑りさえすれば、前にお話したように、そこへ行くことができた。
 入院中には、そこがどこであるか、ついに確めることができなかった、このふしぎな訪問先きが、ヒマラヤ山中の標高三七〇〇メートルの村、ボーテコシ渓谷に落込む大斜面の集落、曾て私たちが世話になった少年シェルパたちの生れ故郷・ナムチェバザールであることに、私が気付いたのは、ほぼ一ヵ月先き、退院してからである。
 私があとにも、先きにも、一度だけ、ヒマラヤ山地に入ったのは、昭和四十六年の秋である。小型機でヒマラヤ山地に入り、集落ルクラで、二十六名の小キャラバンを組んで出発。シェルパの村として有名なナムチェバザール、クムジュンなどの集落を経て、タンボチェ修道院を目指し、そこで同行の山友達たちと、十月の観月の宴を張った。アマダブラム、カンテガの二つの雪山が、月光に輝いた美しさは、今も眼にある。
 このヒマラヤ・トレッキングに於て世話になった少年シェルパたちは、みなナムチェの生れ。私たちは少年たちの顔を立て、彼等の両親に会ってやるために、その標高三七〇〇メートルの、大斜面の石積みの集落に入って行き、その村はずれに幕営した。
 がんセンター病院入院中の私が、何と言っても、疲れていたに違いない手術後の体を運んで行き、言い知れぬ安らぎを貰っていたのは、実に、この標高三七〇〇メートルの、ヒマラヤ山地の集落・ナムチェバザールであったのである。
 余談になるが、十七年前のこのヒマラヤ山地の旅に於て、終始、私に付き添ってくれた少年シェルパのピンジョ君は、今や世界的なヒマラヤ案内人として、一級登山隊の中に入って活躍、有名な存在であるという。このニュースに接したのは最近である。退院後の私を見舞った嬉しいことの一つである。(新潮文庫『石濤』平成6年7月、144〜146頁)


 退院後に『孔子』執筆の仕事を始めます。
 素直に自分と向き合い、自分に語る井上が、この話の中にしっかりといます。
 話は、不義理を重ねる隠遁生活へと移ります。
 最後は、自分の想念の中に遊ぶ姿が語られています。
 自分を抜け出た視点が新鮮です。柵から自由になった井上靖が見られました。【4】
 
 
初出紙:群像
初出号数:1990年1月号
 
新潮文庫:石濤
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年11月11日

井上靖卒読(189)「石濤」「炎」「ゴー・オン・ボーイ」

 井上靖は、短編作品を270編以上発表しました。
 ここで紹介する3編は最晩年のものです。
 
■「石濤」
 中国・清初期の画家である石濤が描いた軸を預けられたまま、日数が経ちます。ウィスキーのグラスを口にしながら毎夜見ているうちに、しだいに魅かれていきます。死んだと思っている軸の持ち主と、想像の世界で話を交わします。井上靖が好きな、死者との対話です。これが剽軽でおもしろいのです。石濤の「湖畔秋景」の画面を見ながら老人と語ることを、井上は「私が勝手に頭の中に作り上げている対話劇」だと言います。
 問わず語りのような話の間に、アレルギーの話があります。これも、おもしろいネタになっています。
 エッセイ風のエピソードが印象的な小品です。【3】
 
 
初出紙:新潮
初出号数:1980年3月号
 
新潮文庫:石濤
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「炎」
 3年前の「川の畔り」を受けて、好きな川について自由気儘に語ります。まず、新疆ウイグル自治区のタリム川から。天山山脈と崑崙山脈に挟まれた、いわゆる西域地帯です。ここを流れるタリム川は、地上を流れるというよりも伏流する川です。その不思議さや、川の合流点の話が興味深く描かれています。西域は歴史も人の生涯も、伏流しているのです。話はやがてパキスタンを旅した時のインダス川とカブール川にの合流地点の話に移ります。そしていつしか、ジェラル・ウディンという無名戦士の話となります。ウディンはチンギスカンに追われ、デリー方面に退きます。私の好きな話です。さて、第3話は、アフガニスタンのクンドゥズ川とアム・ダリアの話になります。前作の「川の畔り」を角度を変えて語ります。Q・R 氏と火災については、他の作品でも取り上げられたもので、作者にとって忘れられない人として出てきます。本作のタイトルは、この話から付いたものです。【3】
 
 
初出紙:小説新潮
初出号数:1979年3月号
 
新潮文庫:石濤
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「ゴー・オン・ボーイ」
 パキスタンの北部カラコルムへの旅の話です。まず、ギルギッドの街の様子が詳しく語られます。点を一つずつ押さえるようにして。続いて、フンザとナガールへ。一人の少年のことが、印象的に語られていきます。【2】
 
 
初出紙:文學会
初出号数:1979年11月号
 
新潮文庫:石濤
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年11月09日

井上靖卒読(188)「セキセイインコ」「川の畔り」

 しばらく〈井上靖卒読〉を更新していませんでした。
 遡ってみると、今年の8月1日以来です。

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■「セキセイインコ」
 自宅の庭に集う小鳥たちの話です。雀に混じって行動を共にするセキセイインコに注目した、おもしろい観察記となっています。このインコの存在が、人間社会に当て嵌められ、その生きている意味へと導かれます。つい、自分とこのインコを重ね合わせてしまいます。考えさせられる小品です。【4】
 
 
初出誌:週刊朝日
初出号数:1973年1月5日号
 
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話

*『現代作家掌編小説集 上』(昭和49年8月8日、朝日ソノラマ刊)に再掲された後、数多くの作品集には未掲載のまま、『井上靖全集』で初めて収録されたものです。
 
 
 
■「川の畔り」
 『河岸に立ちて』で読んだように思いました。しかし、確認してみると、収録されていない作品でした。とにかく、井上靖は川の畔りが好きなのです。川に対する作者の思いも記されています(『井上靖全集 第七巻』369頁)。そこでは、『星と祭』に関連する山についてのコメントもあります。問われるままに語る、という体裁で話は進みます。
 「旅の話をせよと仰言いますが、?」と始まり、「そうですね?」などと、問はず語りは続きます。ロシア、ネパール、アフガニスタン、パキスタン、トルコ等々。川をめぐる絵が展開します。肩肘を張らない語り口で、ゆったりとした平原と川の流れの中に包み込まれていきます。
 後半で語られる、アフガニスタンから北のアムダリヤに流れるクンドゥズ川の話は、特に印象的です。大利根一二郎氏との出会いと別れは、日本人というものを再認識させられます。【3】
 
 
初出紙:野生時代
初出号数:1974年5月号
 
新潮文庫:石濤
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年08月01日

井上靖卒読(187)「二つの挿話」「ダージリン

■「二つの挿話」
 二つの外電の新聞記事からの連想で、自分に関わる思い出話を語ります。
 軽井沢でのことです。
 一つは、イギリスの若い女性が赤ちゃんを盗み、それが自分の金沢での体験を蘇らせます。
 もう一つは、アメリカの老婆の話で、滋賀県の老婆の話へと展開します。
 二話共に、興味深い内容です。
 人間の不可思議な行動に注目させられます。
 記憶に残る話です。【3】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1972年9月号
 
集英社文庫:冬の月
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
時代:昭和40年代?
舞台:長野県(軽井沢)、石川県(金沢)、滋賀県、ロンドン、ニューヨーク、アムステルダム
 
 
 
■「ダージリン」
 M新聞の特派員だった樫村螢太郎は、インドのダージリンで自殺しました。そのことを井上は、かつて「夏草」という創作で取り上げていました。
 そのダージリンへ行き、あらためて樫村のことを思い起こします。本作中に、15年前に発表した「夏草」という作品の最後の部分の引用があります。このことから、本作を短編小説と言っていいのか戸惑います。
 井上は、ダージリンのホテルで河口慧海のことを考えます。なぜ慧海はダージリンのことを書き残していないのかと。
 そして、樫村のことは、大幅に訂正しなければならないと。人間の真実に迫っていないと思われたからです。
 自分が書いた作品をあらためて見直す作家井上靖の存在が、非常におもしろいと思いました。これは、自作の撤回とでもいうべきものです(『井上靖全集 第七巻』348頁下段)。
 深い霧に包まれたダージリンで、自作を見つめ直す井上の姿が印象的です。入れ子になった構造と、15年前の作品が交錯する、一味違った、自分を語る小品です。【5】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1972年10月号、11月号
 
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年07月17日

井上靖卒読(186)「桃李記」「壺」

■「桃李記」
 四季の感懐から語り起こされ、井上靖の季節感がよくわかる小品です。郷里の伊豆を舞台として、花を求めての家族旅行をエッセイ風に綴っています。妻の足立家の墓参などを通して、妻の家系のことが詳しくしるされており、足立家代々の話は自伝風です。おだやかな伊豆で、生活の安定した家族の様子がゆったりと語られています。【3】
 
 
初出誌:すばる
初出号数:1970年6月創刊号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「壺」
 本作を読んだのは、ちょうど私用で文芸家協会に電話をした直後でした。協会の会長だった広津氏の訃報についての語り出しに、驚きながら読み進めました。内容は、個人的な回想録です。話は、特に詰められてはいません。【1】
 
 
初出誌:中央公論
初出号数:1970年12月号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集32:星と祭
井上靖全集7:短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年07月14日

井上靖卒読(185)『暗い平原』

 画家である私と詩人の高原風作は、奇妙な関係の友人です。高原の発する言葉に、作者は何度も「それ詩か?」と問い返します。
 人間観察がきめ細かく、言葉に詩を求める姿勢が内在する、井上靖にとっては新しいスタイルを求めた中編作品だと思います。この背景には、詩を求める作者の思いと、それを詩としてどのように表現したらいいのか、思いあぐねる作者の求道者としての心理があるのではないでしょうか。そのような思いの中から紡ぎ出された言葉が、一見とりとめもないこうした形で書きつけられていくのです。
 画家仲間の菅谷弥太とのエピソードは、平凡な生活の中での一声が相手を不快にさせるものでした。言葉の持つ力が語られています。
 本作の中心は、瀬戸内海の小島で村長をする友人香取又五郎に無人島を30年間借りるための旅の話です。その契機となる妻への思いは詳しくは語られません。しかし、井上靖の作品を読む上で、この妻への思いの吐露は、大事な問題だと思いました。今後のためにも、「復讐」という言葉をメモとして残しておきます。そうしたことはここではさっと流され、語られません。しかし、日比谷のビルの屋上から見た東京という都会に対する思いは、繰り返し言及されます。
 瀬戸内の香取のもとへ向かう途中、寝台車の中で出会った少女に彫刻のような静的な美しさを見たのも、芸術に対する目が意識されているからです。見るもの聞くものの中に、満たされない思いを持つ中で、少しずつ美しいものを摑み出そうとしています。小島でのエピソードや帰りの旅でのことなど、すべてがとりとめもなく作者の不機嫌な思いで見たものとして語られます。いつもの、明るい話を好む作者は、ここにはいません。
 箱根での野生少女矢辻京子のことも、現実とは切り離された話です。作者の中の詩心を探し求めて、話題が転々とする過程で生まれた物語に仕立てあげようとしています。日比谷のビルから見下ろした風景と、箱根の暗い平原から見える風景をダブらせます。心象風景を、言葉で描こうとするのです。井上靖の作品を読み慣れてきた者にとって、これは不自然というべきか不思議な感じのする印象を残しました。自然と都会の中に、都と鄙の間に、新しいものを求めて彷徨う作者を、この作品から見つけることとなりました。【3】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1952年7月号〜8月号
 
中公文庫:暗い平原
角川文庫:貧血と花と爆弾
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集9:長篇2
 
 
 
〔照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年07月04日

井上靖卒読(184)「川村権七逐電」「一年契約」

■「川村権七逐電」
 細川忠興の妻が、人質として大坂城へ入るのを拒んで自害しました。そのことが、多くの武将とその家族たちに衝撃を与えます。伊予松山の加藤嘉明の家臣だった川村権七は、大坂の留守屋敷から忠興の妻を連れ戻す大役を帯びます。誰も志願しない中を、自ら申し立てたのです。大きな身体と力持ちであることから、合戦必定の大坂へ出たかったこともあります。大坂で忠興の妻に仕え出した権七は、生き甲斐が変わります。合戦から女人へと。そして逐電。15年間の荒行を経て、加藤の家老となる権七。人間が持つ不可思議な運命と魅力と生き様が、読者にさまざまなことを想起させます。逐電中の15年間に何があったのかは、ここでは語られていません。そこに思いを馳せるとき、この権七に代表される人間としてのありようが、波乱の時代を背景にして読者にあらためて考えるヒントをくれます。【4】
 
 
初出誌:週刊朝日別冊
初出号数:1958年8月
 
旺文社文庫:真田軍記
ロマンブックス:楼蘭
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「一年契約」
 別れるための最後の旅行に出かける男女。井上靖が好んで設定するドラマです。妻正子は伊豆の療養所にいます。その妻が退院するのが、酒場で知り合ったみさ子と一年契約を終える時と重なるのです。毎月一回という契約は、みさ子から持ち込まれたものでした。みさ子は外国航路の船中にある婚約者との結婚資金を調達することから、「一年間買って戴きたいんです」という申し出を大植にしたことがきっかけでした。割り切った考え方で、社長をしている大植は月に一度旅行する関係を続けてきました。最後の行き先は諏訪湖です。旅館で別れる朝、潔い女と未練が残る男が描かれます。
 この物語の閉じ方は中途半端だと思いました。本当に書きたいことを語っていないように思われます。この点について、私は、実話が背景にあるために作者なりの心遣いがなされたからではないか、と思っています。言い足りない気持ちのままに筆を置いた印象が残ります。【2】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1958年10月号
 
集英社文庫:青葉の旅
講談社文庫:北国の春
潮文庫:傍観者
井上靖小説全集27:西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和、ある年の9月頃
舞台:東京都(築地、京橋)、神奈川県(箱根)、千葉県(大洗、調子)、静岡県(沼津)、長野県(上諏訪、諏訪湖)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年06月19日

井上靖卒読(183)「青葉の旅」「楼蘭」

■「青葉の旅」
 結婚以来初めての旅行に出たとし子。大阪で友達と会い、その夫と自分の夫を比べます。ホテルで見知らぬ男に親切にされます。九州でも、その男に付きまとわれることになります。非日常の中で、とし子は新鮮な中にも戸惑いを感じるのでした。夫からの電話で、もう自宅に帰ることにします。
 ささやかな一人の女の、束の間の自由が語られています。そして、いつもの日常に戻るのです。平凡な人生が背景にある、道を外さない生き方が描かれまていす。あまりにゆったりとした時の流れと、何も事件らしいことが起きないことに、読者としては退屈でした。この盛り上がりのないままに、一人の女だけが気を揉み、自分と格闘する様子が描かれるところは、井上靖らしい作品だとも言えます。【2】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1958年7月号
 
集英社文庫︰青葉の旅
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和、戦後
舞台 東京都、羽田空港、大阪府(伊丹空港、浪速津、心斎橋筋、山崎平野、淀川、木津川)、九州、福岡県(板付飛行場、博多)
 
 
 
■「楼蘭」
 シルクロードの番組で、幻想的な画面と悠久を感じさせる音楽を聴きながら、耳にはこの文章がナレーションとして届いてくる雰囲気に包まれながら読み終えました。この語り口が滑らかであることにより、身を委ねて解説に聴き入っていられるのです。このナレーターが、幅広い知識と洞察力をもって語りかけるからこそ、このような読後感を得られたと思います。シルクロードを背景にした、楼蘭や西域のことを知り尽くした井上靖だからこそ、歴史と地理と人間の全体を見通して語れるのです。みごとです。
 楼蘭の王と楼蘭人の思いが、漢と匈奴の板挟みの中で苦悩する姿と歴史が描かれています。個人ではなく、国と集団を構成する人々の意思が、波状攻撃のようにして伝わって来ます。群を描くことの巧みな井上ならではの手法です。この楼蘭の地も砂に埋もれ、ロブノール湖も姿を消します。その後、法顕や玄奘三蔵によって、その存在が記録に残されます。ただし、それはよくわからないままでした。やがて2000年がたち、スウェン・ヘディンによって楼蘭の姿が発見されます。一つの国の人々が、自然や異国と闘った長い歴史を、こうして我々に語り継いでくれます。「楼蘭」は、一人の人間の物語ではなく、長大な時間の物語として完成したのです。【5】
 
 
初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1958年7月号

 
新潮文庫︰楼蘭
旺文社文庫︰洪水・異域の人 他八編
ロマンブックス︰楼蘭
井上靖小説全集15︰天平の甍・敦煌
井上靖全集5︰短篇5
 
備考︰1960年『毎日芸術大賞』受賞
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年05月31日

井上靖卒読(182)「聖者」「風」

■「聖者」
 著者みづからが説話を語り伝えるという趣向の作品です。前6世紀のサカ族をめぐる話で、舞台は天山山脈。平和な村に、エニセイ川上流から戻って来た若者は、ことごとく村の慣例に反発します。これまでの村の価値を揺るがす提案もしました。しかし、村人からは、これまでの神観念の冒涜だとされました。泉を守る聖者も否定しました。それによって、村から捨てられます。奇跡的に生き延びた若者は、この村を襲います。そして、首長になりました。これまでの掟を合理的なものに改めます。ところが、それがうまく機能しないのです。事件も起き、貧富の差も生じました。尊厳がない世界は荒廃するのです。泉を照らす月光が美しく描かれています。現代の文明のありようを問い直す作品です。説話というよりも、寓話と言うのがふさわしい内容です。【5】
 
 
初出誌︰海
初出号数︰1969年7月創刊号
 
文春文庫︰崑崙の玉
講談社文芸文庫︰異域の人・幽鬼
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「風」
 亡くなった父のことを思い出して、文章にしてまとめようとします。しかし、父というのは、書くことがないというのです。母ならいくらでもあると。確かにそのようです。男親とは、かくも難しい存在なのです。父親は不思議な存在なのです。作者は、実際の父のことを思い出しながら語っています。瞼に浮かぶ父です。それでいて、息子が思い描く父は、いまひとつ姿形が不安定です。なぜでしょうか。父と息子にはある種の距離感が常にあるのではないか、と私には思われるようになりました。それがこの「風」というタイトルに直結することに、私はやっと気付きました。さらに、死者としての父との会話は、井上靖が得意とするところです。自分のことで言うと、ある日突然に父が語りかけて来る時があります。「てつ!」という一言でだけです。それは、私に優しくカツを入れてくれる父です。それが私の励みになる時があります。父を思い出し、語ることが少ないながらも、そんな思いにさせてくれる作品でした。【5】
 
 
初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1970年1月号
 
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話

※なお、同名の短編小説「風」(『井上靖全集 第四巻』所収)があります。
 「井上靖卒読(145)「風」「夜の金魚」「銹びた海」」(2012/10/4)
 しかし、これとは別作品です。
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年05月23日

井上靖卒読(181)「四角な石」「アム・ダリヤの水溜り」

■「四角な石」
 北陸での学生時代の友情について語り出します。そして、卒業後の昭和19年の春。新聞記者になった私は、友人の郷里へ出張で出かけました。そこで墓石に刻まれた文字の問題に直面します。友人の父親が、母に関しては実家の姓を名告り、しかも名前がないものだったからです。
 終戦後、同窓会で友人に会います。さらに親交が深まり、友人の娘の結婚式に行きます。そこで、またあの墓石の話になります。母親の方がしたたかだったという流れになります。
 墓石をめぐって夫婦のあり方を考えさせます。意外な展開と問題提起です。2人が1つの墓の下に眠ることの意味について、おもしろかった所を引いておきます。

 墓の中で、時々二人は会話を交している。夫は言う。お前と俺とは確かに現世で夫婦であったから、いま一緒のところに眠っている。これはまあいいことだろう。併し、お互の間には垣はある筈だ。それだけは踏み外さないでおこう。お前は実家の姓を持って、そっちに坐っていなさい。俺は俺の姓を名乗ってこっちに坐っている。すると、妻が言う。そうですとも、現世を離れてなにも遠慮する必要がなくなったいま、あけすけな言い方をすれば、もともと二人は他人でしたものね。一生夫婦として、まあ一応仲よく暮したけど、やっぱり他人は他人ね。あなた、もっとそっちへ行って。もうお互に死んでしまったのだから、少し離れて楽に坐っていましょうよ。(『井上靖全集 第七巻』231頁上段)

 やがて、友人の妻が亡くなります。墓をめぐる話がさらに展開し、私が墓碑を書くことになりました。さて、どうなるのか、興味深い話です。【4】
 
 
初出誌︰新潮
初出号数︰1969年1月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
時代︰戦前〜戦後
舞台︰長野県(松本)、信濃
 
 
 
■「アム・ダリヤの水溜り」
 ロシアの川の話です。レナ川、オビ川、エニセイ川、ヴォルガ川、ドニエプル川、アンガラ川、セレンガ川、アムール川、アム・ダリヤ川、シル・ダリヤ川、ザラフシャン川。『論語』に「逝くものは斯くの如きか、昼夜をおかず」につながっています。話は、アム・ダリヤの落日の美しさで閉じられます。【2】
 
 
初出誌︰季刊芸術
初出号数︰1969年4月第9号
 
新潮文庫︰道・ローマの宿
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年05月09日

井上靖卒読(180)「花のある岩場」「幽鬼」

■「花のある岩場」
 62歳の野本徳次は、登山荷物運搬人です。山でのさまざまなエピソードが語られます。ここでは、月光をあまりよくは語っていません。

「高い山の月夜って、山が半分蔭で暗くなるんで、あんまりいいものじゃないね」
 いきなり重宗は言った。月光に照らされている山はどれも昼間見る偉大さを失って、土塊といった感じのものになっていた。徳次もまた、山に長年住みながら月明の夜は余り好きではなかった。重宗の言うように、山の襞々に陰影ができるので、そのために月の夜は殊に陰気な感じになるのかも知れなかった。(『井上靖全集』第五巻、501頁下段)

 このことは、後の『星と祭』で月をクローズアップすることとは対照的な感じ方です。
 徳次は、若い男女を秘密の花がある場所に案内します。しかし、それが悲劇へと展開します。人の心の中も、うまく描かれています。【3】
 
 
初出誌︰新潮
初出号数︰1958年5月号
 
角川文庫︰花のある岩場
井上靖小説全集13︰氷壁
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和(戦後?)
舞台︰長野県(飛騨山脈、上高地、穂高岳)
 
 
 
■「幽鬼」
 亀岡を出発した明智光秀は、信長が命じたままに中国地方へ向かいます。しかし、心の中では京へ向かう気持ちとの葛藤があります。決心がぐらつく様子から、この物語は語り出されます。やがて、丹波の豪族波多野一族を滅ぼした話が簡潔に描かれます。この語り口は、実にうまいと思いました。井上の戦国物に見られる、巧みな集団と個の描き分けがなされているのです。信長を襲ったことで秀吉に追われる様子も、スピーディに語られます。そして、光秀が近江へ落ちる途次、波多野一族の幻影が明滅します。幻影がやがて亡霊となり怨霊となり幽鬼となる展開が、実にみごとに描かれています。【5】
 
 
初出誌︰世界
初出号数︰1958年5月号
 
新潮文庫︰楼蘭
旺文社文庫︰洪水・異域の人 他八編
講談社文芸文庫︰異域の人・幽鬼
ロマンブックス︰楼蘭
井上靖小説全集16︰蒼き狼・風濤
井上靖全集5︰短篇5
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年05月08日

井上靖卒読(179)「ボタン」「奇妙な夜」

■「ボタン」
 昭和8年の大阪での話から始まります。
 新聞社に入りたての作者は、ボーナスで洋服を作ることにしました。しかし、ボタンの位置がいまいちだったので、直してもらいました。それから23年後、またその仕立屋で服を作ります。ボタンが印象的な話です。そして、登場人物はみんな善人です。【2】
 
 
初出誌︰週刊新潮
初出号数︰1958年1月6日号
 
集英社文庫︰冬の月
潮文庫︰桜門
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和8年〜昭和31年
舞台︰大阪府(天王寺)、東京都
 
 
 
■「奇妙な夜」
 娘を眩しく感じる父は、井上靖卒読(178)の「冬の外套」でも描かれていました。
 ここで語られる内容は、まとまりに欠けるものです。家族の結婚にまつわる一挿話であり、気持ちを紛らわせるために、その父は銀座で酒を飲むだけです。
 井上靖は、時々こうした精彩を欠いた作品を発表しています。多作家であるために、これは仕方のないことなのかもしれません。井上靖の作品歴を通覧し、その小説作法を知るためには資料となるものです。しかし、小説として読むには、物足りなさを感じます。【1】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1958年2月号
 
集英社文庫︰火の燃える海
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和、戦後?
舞台︰東京都(明治神宮・外苑、西銀座、数寄屋橋)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年05月07日

井上靖卒読(178)「別れの旅」「冬の外套」

 昨日5月6日は、井上靖107回目の誕生日でした。
 連日、このブログに書くことが多いので、なかなか井上靖のことを書く機会がありません。
 昨日が記念日だったということもあり、予定を変更して井上靖卒読の記事をアップします。

■「別れの旅」
 映画女優であるヒロインは、男と別れた気持ちを整理するために、手記を認めます。自分のために、自分を納得させるために。彼女は、女優として生きるため、女になり色気を持つために、男に近づくのです。20歳年上の男との関係に溺れていきます。そして、別れようとしながらも、別れられない関係になっていきます。本当に別れるために、2人は北海道旅行に出かけることにしました。しかし、それでも別れられません。次は、上高地へ旅をします。北陸の旅や九州の旅も。いずれも別れることのできない旅でした。男の妻が亡くなった後、志賀高原へ旅立ちます。誰憚ることもない初めての旅です。そこで女は、やっと別れる決心をするのです。人間の複雑な心の中を、ズルズルと引き摺る思いを、丹念に語っていきます。後味のよい作品です。
 本作は、「井上靖卒読(148)「ある日曜日」「石の面」「燃ゆる緋色」」(2012/11/6)の「石の面」や、「井上靖卒読(168)「見合の日」「別れ」「僧伽羅国縁起」」(13年8月5日月)の「別れ」と類似する、別れようとして別れられない男女をテーマとする物語です。【5】
 
 
初出誌︰太陽
初出号数︰1957年10月号
 
集英社文庫︰青葉の旅
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和25年の夏〜昭和32年の夏
舞台︰東京都(西銀座、新橋、日比谷、新宿)、北海道(札幌、小樽)、長野県(志賀高原、上高地、松本)、長崎県(島原)、熊本県(三角)、北陸の小さい町
 
 
 
■「冬の外套」
 遠縁から娘を預かって3年。その娘が結婚して出ていくことになりました。その娘が叔父の出張先の奈良に来たので、2人でお寺巡りをします。血はつながっていないものの、愛情は人間の誰もが持つ温かな気持ちです。その情の世界を、優しい眼差しで語られています。この娘のさりげない思いやりが、鮮やかにみごとに描かれているのです。ただし、題名の付け方が、内容にそぐわないのが気になりました。【4】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1958年1月号
 
集英社文庫︰青葉の旅
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和、ある年の早春
舞台︰東京都、大阪府、奈良県(法隆寺、法華寺、興福寺、薬師寺)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年04月21日

井上靖卒読(177)「屋上」「高天神城」「夏の終り」

■「屋上」
 入院中の病室から見える3階建てビルの屋上で、男女がゴルフの練習をしています。それを毎日見ながら、さまざまに想像を逞しくし、妻と語り合います。そのビルが火事になること以外、特に動きはありません。夫婦の語らいと、平凡な人生を送る気持ちが、穏やかに綴られています。【2】
 
 
初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1957年6月号
 
角川文庫︰花のある岩場
井上靖小説全集19︰ある落日
井上靖全集5︰短篇5

時代︰昭和(戦後)
舞台︰東京都(高台の病院、ビルの屋上)
 
 
 
■「高天神城」
 人間は2つに1つの選択を迫られることがあります。時は永禄12(1569)年正月。40歳の城主である小笠原弾正の、迷いの心情を描いています。突然の判断の変更。よくあることです。武田側の視点で、冷静に歴史を紡いでいます。【2】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1957年8月号
 
ロマンブックス︰楼蘭
井上靖全集5︰短篇5
 
 
 
■「夏の終り」
 今から見ると、海水浴場の話は懐かしく思えます。ところが、話は浜辺を舞台にしての意外な展開を見せるのです。きれいにまとまっています。しかし、短編ゆえの物足りなさが残りました。【3】
 
 
初出誌︰新潮
初出号数︰1957年10月号
 
角川文庫︰花のある岩場
井上靖小説全集19︰ある落日
井上靖全集5︰短篇5
 
時代︰昭和(戦後)のとある年の立秋過ぎ
舞台︰静岡県(駿河湾に面した漁村)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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2014年02月24日

井上靖卒読(176)「胡姫」「崑崙の玉」「海」

■「胡姫」
 自伝的な話です。胡姫なる女性は意外な素性の娘でした。読後感が爽やかな作品に仕上がっています。女性の素朴さがよく伝わってきます。あるがままに、そして誠意ある生きざまのよさを見せてくれます。気難しい伯父も、印象的に語り納めています。【3】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1967年2月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
時代︰昭和初期
舞台︰石川県(金沢)、静岡県(伊豆)
 
 
 
■「崑崙の玉」
 行間のさらに奥に、一定のリズムがある文章です。また、沙漠の乾いた空気も伝わってきます。この井上の文章には独特の語り口となっています。話は、黄河の河源を探し求める男たちの物語。ただし、物語としてのおもしろさはありません。それは、話に意外性などの読者を惹き付けるものがないからです。静かに、黄河の水源について語り納めたという終わり方です。男たちが夢を果たせなかったことは、歴史の事実に基づくとこから来る、井上流の歴史物の特徴でもあります。【1】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1967年7月号
 
文春文庫︰崑崙の玉
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「海」
 40年ぶりの同窓会での失態を、ユーモラスに語ります。会場で、前日までの疲れから、酩酊して眠ってしまったのです。しかし、もう一人、酔いつぶれた友がいたのです。翌朝、この友と語る内に、一人だけであれ同窓生の姿がわかったのが収穫とも言えるものでした。そして、2人で新幹線「ひかり」が走り去るのを見るのです。友の娘さんが新婚旅行で大阪に行くのを、熱海の近くの駅から、その車窓を見送ったのです。
 肩の力を抜いた文章で、場面が絵のように描かれています。【3】
 
 
初出誌︰小説新潮
初出号数︰1968年2月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖小説全集31︰四角な船
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
時代︰昭和40年代?
舞台︰静岡県(熱海)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
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2014年01月15日

井上靖卒読(175)「褒姒の笑い」「テペのある街にて」「古代ペンジケント」

■「褒姒の笑い」
 中国の説話を題材とした話です。幽王の褒姒に対する思いが背景にあります。褒姒が笑ったか否かが、歴史を動かしたのです。しっかりとした文章で、ナレーションのように語られています。ドラマチックに展開する要素を多分に含んだ小品です。【3】
 
 
初出誌︰心
初出号数︰1964年11月号
 
新潮文庫︰楼蘭
旺文社文庫︰洪水・異域の人 他八編
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「テペのある街にて」
 沙漠の国である中央アジアへ行った時の紀行文です。その中に、ミハエルの話がおもしろく出てきます。旅先での実話を、少しずつ思い出すようにして語ります。その語り口に、ゆったりとした悠久の時の流れを感じさせます。異国の人との出合を楽しみ、慈しむ眼がいいと思いました。血が入り交じった民族と島国日本の違いについても、納得する内容でした。カスピ海に流れ込むアムダリアの川の水を見つめる井上靖の姿が、絵として浮かんで来ます。【2】
 
 
初出誌︰文学界
初出号数︰1966年1月号
 
新潮文庫︰道・ローマの宿
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「古代ペンジケント」
 西トルキスタンの紀行文です。これは、アマチュアの考古学者が語るという形式で構成されています。巧みな語り口に、古代ペンジケントの様子が活写されています。それ以上に、その歴史を語る若者が印象的です。【2】
 
 
初出誌︰オール読物
初出号数︰1966年4月号
 
文春文庫︰崑崙の玉
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
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2013年12月30日

井上靖卒読(174)「富士の見える日」「冬の月」

■「富士の見える日」
 ことわるつもりの見合いの話から始まります。タクシーを使い、富士の見える所へ行こうとする話のパターンは、井上靖の作品によくあるものです。プロポーズのシーンが、ほのぼのとしています。【3】
 
 
初出誌:週刊サンケイ
初出号数:1964年1月6日号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(渋谷駅、多摩川)、神奈川県(多摩川)
 
 
 
■「冬の月」
 同窓会の話で始まり、亡くなった友の話が主体となります。最後に、月光の下の隅田川で、亡き友の愛人と友を偲びます。穏やかに死者を弔う場面で終わります。【3】
 
 
初出誌:週刊文春
初出号数:1964年1月6日号
 
集英社文庫:冬の月
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和20年代
舞台:東京都(隅田川)、新潟
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 「井上靖作品館」
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2013年12月09日

井上靖卒読(173)「監視者」「ローヌ川」

■「監視者」
 自分から心が離れていく女の話です。20代の愛人に、ますます惹かれていく40代の男。女は女優として生きていこうとしています。一時の逢瀬もままなりません。若い女をもてあます中年の男が、心情の面から描かれるのです。女の方も、自分を監視する男がそばにいることで安心しているようです。男女の心の襞がうまく表現されています。そして、爽やかです。【5】
 
 
初出誌:小説中央公論
初出号数:1963年9月号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(銀座)
 
 
 
■「ローヌ川」
 井上靖が好きな川の話です。中国の揚州の川、蘇州の川、そして黄河。人工が自然へと同化していく様を、川を通して語ります。揚子江も、韓国の洛東江もそうです。世界各国の川が取り上げられます。悠久がキーワードでしょうか。川を一つ選ぶとしたら、中国の珠紅だと言います。作者は、人間との接点を大事にしているのです。さらに、人間と無縁のローヌ川へと移ります。そして、巣村という男がパリで自殺する話で終わります。ヨーロッパの雪山で、ユングフラウが一番美しい、というのも心に残りました。【2】
 
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1964年1月86号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 「井上靖作品館」
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2013年10月08日

井上靖卒読(172)「羅刹女国」「土の絵」

■「羅刹女国」
 以前、2度ほど読みながらも、よくわからないままに放置していた作品です。
 語られるのは、アマゾネスの世界です。羅刹女に歓待される難破船の男たちの様子が活写されます。女たちは、人間の女になるために、千日の間、人間の女の姿で男に尽くしたのです。人間界の女になれることを信じて。そのような中で、生まれ来る子は、みんな女の子でした。月光の中で、不義を犯した男が女に食べられる場面はみごとな筆の冴えをみせています。羅刹女があと少しで人間界の女になる夜明けに、事態は一変します。男と女の本性とは何か、ということを考えさせる話です。【4】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1963年8月号
 
新潮文庫:楼蘭
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「土の絵」
 左官の鏝絵の話です。自宅にある鏝絵の土の絵を、神社に寄贈しようとします。そして、その絵が祖父を思い出させるきっかけとなるのです。一枚の絵を介在させて、自分と家族の歴史と逸話を語っています。【2】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1963年9月号
 
集英社文庫:冬の月
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和30年代?
舞台:東京都(赤坂)、S神社(須賀神社?)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 「井上靖作品館」
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2013年09月30日

井上靖卒読(171)「城あと」「宦者中行説」

■「城あと」
 北陸の小さな山村の様子が、丁寧に描かれています。警察から逃げる2人の男女。なりゆきから強盗殺人を犯した男に、「一人じゃ死ねないでしょう」と言って同行する心優しい女。死に場所を求めて、城跡へ行きます。男は煮え切らないながらも、女を思う優しさが身上でした。最後まで、女を守ってやろうとします。
 井上靖の作品には、死に行く男女がよく出てきます。そこには、虚しさも一緒に語られることが多いようです。人の心の襞から滲みだしてくる感情を、追い詰められた者の視点で描いていきます。それが美しく紡がれるのが魅力でもあります。【3】
 
 
初出誌:文芸朝日
初出号数:1963年5月
 
集英社文庫:青葉の旅
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、ある年の春頃
舞台:北陸の山間にある温泉町、日本海が見える権現山の城あと・山小屋
 
 
 
■「宦者中行説」
 中国の高祖の時以来、漢は公主(内親王)を匈奴に嫁がせます。政略結婚です。文帝の時、16歳の宗室が選ばれました。その付き添いを宦者中行説が選ぶことになったのです。ただし、このことは、その後の話には直結しません。
 匈奴に住み慣れた中行説は、文帝と対峙するようになります。歴史の裏面から、もし中行説がまだ生きていたら、という仮定の話で終わります。問題となる、人の一面は見えました。ただし、中途半端なままで、まとまりに欠ける状態で話は終わっています。【2】
 
 
初出誌:文芸
初出号数:1963年6月号
 
新潮文庫:楼蘭
旺文社文庫:洪水・異域の人 他八編
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 「井上靖作品館」
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2013年09月17日

井上靖卒読(170)「良夜」「犬坊狂乱」「トランプ占い」

■「良夜」
 30年振りに昔の友と銀座で会います。
 静岡の中学時代、電車で20分の所を10人ほどで歩いて通学していたのです。そんな時代の友との話です。
 その友とは話題が続きません。それでも飲み歩きます。お互いの私生活はわからないままに飲み歩く姿を活写できるのは、作者がそうした経験を豊富に持っているからです。
 特に大きな事件があるわけではありません。しかし、おもしろく読みました。最後の場面の、堤で空を仰ぐシーンは、非常に印象的でした。【4】
 
 
初出誌:キング
初出号数:1957年1月号
 
集英社文庫:青葉の旅
井上靖小説全集19:ある落日
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和、戦後
舞台:東京都(銀座、西銀座)、静岡県(N市/沼津市、M町/三島町)
 
 
 
■「犬坊狂乱」
 伊那の小さな村を舞台にして語られる合戦の様が、井上靖らしい筆致で活写されます。その中から、一人の男、犬坊が人間として描き出されるのです。井上の巧さを味わえます。
 悪名高い主君に忠誠を誓う犬坊です。合戦の時、相手方の村で見掛けた娘が人質として来てから、犬坊は自分の気持ちが乱れます。失神した娘に唇を合わせたことが、犬坊の気持ちをかき乱し出したのです。荒くれ男の微妙な心理を、複雑な状況の中で巧みに描いています。
 犬坊の取った行動と娘のその後が、静と動の狭間に物語られています。【5】
 
 
初出誌:小説公園
初出号数:1957年3月号
 
角川文庫:真田軍記
旺文社文庫:真田軍記
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「トランプ占い」
 クリスマスイブの銀座の雑踏が、活き活き描かれています。人の群れを活写するのは、井上靖の得意とするところです。
 新橋駅裏のトランプ占い師の所に、一人の男が来ました。これから24時間の占いをしてくれと。すると、3回共に不吉とされるスペードの9が出たのです。死を意味します。しかし、占い師はごく平凡だと誤魔化しました。それでも気がかりで、その男の後を追います。このあたりから話が作り事めいて来て、私には白け出しました。
 その後の展開は読むに耐えません。完全に手抜きの作品でした。【1】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1957年4月号
 
集英社文庫:青葉の旅
井上靖小説全集19:ある落日
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和31年のクリスマス・イブ
舞台:東京都(銀座、西銀座、新橋、新宿、日本橋)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年08月21日

井上靖卒読(169)『わが母の記』に関する市民講座に参加して

 井上靖の『わが母の記』が映画化されたのは2012年6月でした。

 この映画のポスターが、鳥取県の日南町にある井上靖記念館「野分の館」に貼ってあったことは、「池田亀鑑の生誕地日南町にまた来ました」(2012/3/9)で紹介しました。

 映画を観たことは、「井上靖原作の映画『わが母の記』」(2012/6/9)に簡単に感想を記しました。

 さらに、原作である『わが母の記』については、「井上靖卒読(33)『わが母の記』」(2008/3/29)に詳しく書きました。

 併せてご参照いだたけると幸いです。

 さて、この『わが母の記』に関して、市民講座でとりあげられるということなので、早速聴講してきました。サブタイトルが〈小説から映画への「翻訳」〉となっていたので、楽しみにして出かけました。

 この映画は、モントリオールで開かれた世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞しました(主演・役所広司、監督・原田眞人)。その作品が、小説をどのように「翻訳」して映画化されたのかに興味があり、時間を割いて行って来ました。

 講師の先生は伊豆の伊東出身だとのことでした。ただし、それ以上のご自分の話はありませんでした。こうしたことは、聴衆としては聞きたいものです。

 始まってすぐに、井上靖の紹介をする中で、突然問題が出されました。
 「太宰治と井上靖はどちらが年上でしょうか。」ということと、「中島敦とは、どちらが年上でしょうか。」という質問でした。
 私は、迷いながら、突然の質問なので答えは井上靖だろうと思いました。そのとおり、井上靖が2人より2歳年上でした。これは、井上靖を理解する上では大切なことだと思います。意外と新しい作家だと思われているからです。

 お話しは、新潮の文学アルバムの写真を実物投影機でスクリーンに映して、井上靖と母八重の説明から始まりました。

 配布資料にあった、原作となっている『わが母の記』の「花の下」を、参加者に読んでもらいながら進行しました。

 私がいつもお世話になっている室伏信助先生は、『源氏物語』に関する社会人講座などでは、参加者と一緒に原文をみんなで読みながら進めて行かれます。『源氏物語』の文章を音読することの大切さを説かれるからです。

 しかし、井上靖のこの『わが母の記』を声を出して、しかも参加者個人に依頼するのはどうでしょうか。少し疑問に思いました。突然のことでもあり、うまくは読めないのですから、聞いている参加者も集中力を欠きます。

 『わが母の記』の文章確認しながら、何度も繰り返し出て来ることばに着目すると、作品を理解しやすくなるとのことでした。確かにそうです。
 「似ている」→「同じ」→「かばう」などの言葉が出て来ることは、よくわかりました。しかし、ここでもそれが『わが母の記』の中でどのような位置を占めることばなのかは、ついに言及がありませんでした。

 DVDに収録された映画をスクリーンに映し、原作との違いを説明されました。3箇所の指摘がなされました。(1)俊馬の話、(2)川名ホテルの場面、(3)母が息子の詩を読む場面。

 指摘された箇所の違いはわかりました。ただし、それがどのような意味を持つのか、ということへの言及はありませんでした。これは残念でした。その事が伺いたかったのですから。

 またサブタイトルにあった〈小説から映画への「翻訳」〉という問題に関しては、まったく触れられませんでした。これは肩すかしでした。

 90分間、一言も洩らすまいと真剣に聞きました。しかし、結論がないままに進行していったこと、その内容が散漫で期待外れであったこと、そのせいもあってか途中で眠くなってしまったことは、今回の聴講料の千円に値しない講座だったとも言えるでしょう。

 さまざまな方が、いろいろな興味で参加される社会人講座は、その内容とレベルをどこに設定するかは難しいところだと思います。
 この記事は、門外漢が勝手な感想を記したまでのものです。
 失礼な点は、無責任な素人の印象批評ということでご寛恕のほどを。
 またの機会を楽しみにしたいと思います。
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2013年08月05日

井上靖卒読(168)「見合の日」「別れ」「僧伽羅国縁起」

■「見合の日」
 なかなかおもしろいお見合いの場が描かれています。井上靖が得意な、軽さがいいと思います。そして、さらにおもしろい展開となります。エンターテインメントとしての井上の本領発揮です。ほほえましくて、かわいい青年男女が描かれているのです。短い話にもかわらず、読み進むうちに気持ちが和みます。文章のうまさを感じます。【4】
 
 
初出誌:女性明星
初出号数:1963年1月号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集 31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京(銀座、多摩川)
 
 
 
■「別れ」
 5年の付き合いの後、別れようとする2人。しかし、なかなか別れられないのです。そのやりとりが、お互いに別れようとしているだけに、自然と軽妙に進んでいくのです。お互いが、相手と別れるタイミングなり距離を測っているので、その駆け引きも微妙にうまくずらして語られます。自分に無理を強いて、何とか別れようとしているからです。お互いが、どうして終止符を打ったらいいのか、共に喘いでいます。嫌いになって別れるのではないからです。
 結論は、男は戻ってこない、女は追いかけない、ということに落ち着きます。夕映えの九州箱崎で、女の赤く染まる涙を見た男は、本当に別れようと決心するのでした。【4】
 
 
初出誌:週刊女性
初出号数:1963年1月2日号
 
 
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「僧伽羅国縁起」
 南インドの王国での話です。虎に襲われた女が、青白い月光の光の中に立つ姿が、美しく描かれています。女は、虎の妻となり、一男一女をもうけます。しかし、子供に説得されて逃げます。虎は妻子を乞い、探し回ります。生活が苦しい中で、息子は王からの賞金を目当てに、虎刈りを志願します。
 父である虎は、息子を一目見て、旧懐の情から襲うことなく我が身を預けます。息子は、その隙に父である虎を刺し殺すのです。この父と息子の心情の違いをどう見るかは、読む人それぞれにむつかしいところです。
 王は、この息子に、賞と罰の両方を課したのです。そして、妻には罰は与えず、厚遇したのです。その後、息子も娘も、それぞれ遠く隔たった島で子孫を増やして栄えたそうです。
 これは、玄奘三蔵の『大唐西域記』にある話の再録です。人間の生きざまを示すことで、読者に考えさせる話となっています。【3】
 
 
初出誌:心
初出号数:1963年4月号
 
 
新潮文庫:楼蘭
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年07月09日

井上靖卒読(167)「古い文字」「裸の梢」「明るい海」

■「古い文字」
 パリ留学の前後に、新婚早々の妻を呼ぶ大乃岐の話です。パリからスペインへ旅した大乃岐は、子どもがしていた首飾りの石に、古い文字が刻まれているのに気付きました。そして、インダス文字が解読できることになったのです。この若い研究者の興奮が、読者に伝わって来ます。ただし、アッカド文字とインダス文字の2種類が刻まれていることの説明がつかないのです。とにかく、宝を持って移動する男の不安な心の内が、克明に描かれています。人間は、宝物を手にすると、途端に疑い深くなるようです。自分を守るためなのでしょう。結末は劇的です。井上らしいロマンが感じられます。【4】
 
 
初出誌:文学界
初出号数:1962年12月号、続篇1964年6月号
 
文春文庫:崑崙の玉
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「裸の梢」
 子供の頃の記憶をたよりに、子供の目線で大人を見て語っています。子供と大人が持つ世界の違いが、浮き彫りにされているのです。こなれた表現で、大人と子供の考え方の違いが、よくわかります。月光の設定がうまいと思いました。背景にうまく活かされています。
 この作品を〈2年前に読んでいたこと〉(2011年6月29日)をすっかり忘れていました。そして、『井上靖全集』を手にして読み進むままに、再度読むことになったのです。読み終わっても、そのことに気付かず、メモを見て初めて知りました。我ながら、不思議な気持ちになりました。その時の評価は【1】でした。そんなこととはつゆ知らず、今回の評価を記してから改めて思い返すと、ますます不思議な気持ちになります。作品を読むということは、状況や時の経過によって、こんなにも違うものなのでしょうか。そのことの方に、興味が湧いてきました。【3】
 
 
初出誌:週刊文春
初出号数:1963年1月7日号
 
新潮文庫:少年・あかね雲
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「明るい海」
 子供の目を通して、神戸の港の風景が克明に描かれています。また、おばさんの存在が、何となく不思議に語られています。さまざまな色を鏤めた描写がなされています。眩しいくらいです。また、港を見下ろす視線の角度が感じられます。いろいろと実験をしているような作品です。【2】
 
 
初出誌:文藝春秋
初出号数:1963年1月号
 
集英社文庫:冬の月
井上靖小説全集31:四角な船
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、五年頃
舞台:兵庫県(神戸)
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年05月29日

井上靖卒読(166)「フライイング」「加芽子の結婚」

■「フライイング」
 ローマオリンピックの取材をした時を扱った作品です。
 話がどうもまとまっていません。冒頭で、まず次のように語っていることが、その最大の理由かと思われます。
私はB新聞社からその紙面にオリンピックの開会式の記事とマラソンの観戦記の二つを書くという約束でローマに派遣されて来ていたが、もともとスポーツというものにさして関心を持っているわけではなく、約束の仕事だけを果して、あとはゆっくりとローマの古いものでも見て歩こうと、そんなつもりでやって来た旅だった。(『井上靖全集 第六巻』339頁)

 陸上競技100メートルという、瞬間を競うスポーツの話です。そこでのフライイングの有無は、もっと視点を変えると書けたはずです。ランナーの心の中に、井上は入りきれなかったようです。
 この文章の中に、こんな行文があります。気になったので、抜き出しておきます。
「一緒に行ってみませんか。まだ選手村へはいったことはないでしょう」

 ここは、「選手村へ入った」と「選手村へは行った」の2通りの意味がとれます。井上の文章を解析した成果によれば、どちらが本来のものかは判別できるのでしょう。しかし、今わたしはそうした情報を持っていません。「ここではきものをぬいでください。」を思い出しました。井上は、あまりこの手の紛らわしい表現はしない作家だと思っています。また気づいたらメモを残しておきます。【1】
 

 なお、いつも感謝しながら参照している「文庫本限定!井上靖作品館」に、本作に関して次のような相反する意見が寄せられています。興味深いので、引用しておきます。

・おなまえ:SKさん
・日付:2004.08.07
・ちょっと一言: 井上作品の魅力はジャンルによって様々なものがありますが、この「道・ローマの宿」に収められているような現代小説の短編には独特の雰囲気と魅力があり、かなり私は好きです。
 中でも「フライイング」は、初めて読んだ時から強烈な印象を持ちました。当時中学生だった私に、短編小説とはこうあるべき、と思わせた作品です。
 ローマ・オリンピックの取材に来ていた主人公の中年男性は、そのローマで偶然、旧友の高枝と出会います。高枝は、ハーミンという西洋人の夫人を山の事故で亡くしたばかりでした。一方、オリンピックの陸上競技では、好記録を期待されていた100メートル走のハリーが、フライイングを取られるというハプニングが起こります。人間の目には見えないくらいの短い時間のうちに起こることは、誰に本当に認識できるのか。高枝は、そのことで一番苦しんでいるのはハリー自身だと言うのです。ハーミンが山で足を滑らせた時、彼女の不倫を疑っていた高枝の中に「手を出すことを妨げる気持の閃きはなかったか」どうか、彼自身が今でも苦しみ続けているのと同じように。
 スポーツに取材して、これほどまでに人間心理を深く突いた作品が書ける方は、井上靖をおいて他にはいないのではないでしょうか。
 
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・おなまえ:RSさん
・日付:2004/09/04
・書き込みから: 「フライング」を読み返してみました。うーん、私にはSさんのように深くは読めませんでした。なにか「氷壁」に登場する男女関係を想像しました。それとは別に「ハリー」がフライングのことで他の人には想像できない心理的な葛藤を抱いている・・・。
 結果的に私にはよくわかりませんでした。気が向いたらもう一度読んでみたいと思います。

 
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1962年9月号
 
新潮文庫:道・ローマの宿
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「加芽子の結婚」
 結婚を決めた「加芽子」は、自分の名前が正しくは「かめ」であることを知ります。そして、言いしれぬ不安に思い悩みます。どうしても自分の名前に違和感を払拭しきれない、女の心の内を描いている作品です。
 このことは、男側のおばあさんに「かめ」という男勝りの女性がいたことが、流れを変えます。男の方にも、名前にまつわるエピソードがあったのです。その「かめ」さんとは対照的に、加芽子が非常に心優しいことから、先方ではさらに気に入られていることがわかります。
 自分ではどうしようもない名前をめぐる、若い2人の爽やかな結末となっています。
 これで思い出すのは、私が娘に「たんぽぽ」という名前を付けることを主張した時のことです。これには、妻の実家からも反対され、結局は妻に譲りましたが……。
 私の名前も、「鉄」という漢字に悩まされ続けています。みんなそれぞれに、名前にまつわるエピソードはあるようです。こうした名前をめぐる小説を集めたら、おもしろい作品集ができることでしょう。【5】
 
 
初出誌:美しい女性
初出号数:1962年11月号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集30:夜の声・欅の木
井上靖全集6:短篇6
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年05月27日

井上靖卒読(165)「菊」「故里美し」「色のある闇」

■「菊」
 一人息子の性格破産者ぶりに悩まされていた父親は、息子の心臓が丈夫であることを知るとマラソンの選手にしようとします。しかし、親の期待通りにはいきません。
 息子は結婚すると、優しい人間としての姿を見せるのです。モヤモヤやイライラする人間の心の中が、一気に晴れるところを見せる作品となっています。【4】
 
 
初出誌:週刊朝日別冊
初出号数:1962年1月新年特別号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集30:夜の声・欅の木
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:日本(詳細不明)
 
 
 
■「故里美し」
 本作品で描かれている伊豆半島は、井上靖の原風景です。
 自分が生まれ育った村を離れてから、また訪れることになった心の高揚感が伝わってきます。新婚者を心中者と勘違いするなど、剽軽な話に仕上がっています。だだし、話のとじめが決まっていません。話が流れてしまっています。【1】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1962年2月号
 
講談社文庫:北国の春
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「色のある闇」
 昭和10年の春、28歳の早川は大津の女学校の図画の教師になりました。そこで、有紀子という生徒を知りました。昭和13年に早川は召集兵として名古屋へ行きます。昭和15年に戦地中国大陸から帰ってきた早川は、有紀子に結婚を申し込みます。しかし、うまくいきませんでした。
 女性の判断の複雑さというよりも、不可思議さが語られています。これは、その後の有紀子との顛末でも言えます。
 作者は考えながら書いています。そして、最後まで女性の心の移り変わりを描ききれなかったように、私には思えます。【2】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1962年8月号
 
講談社文庫:北国の春
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年04月14日

井上靖卒読(164)「ローマの宿」「訪問者」「晴着」

■「ローマの宿」
 ローマオリンピックに新聞記者として行った時の見聞を語るものです。さすがに、ローマでの宿は大変だったようで、その苦労話です。ことばが通じない宿の老婆との悪戦苦闘は、とにかくおもしろくて微笑ましいのです。
 電気を消さない、カギをかけない、などなど、老婆は口うるさいのです。ただし、お風呂の話は笑えます。
 通訳で画家でもある宇津木に作者は、

「ヨーロッパに何年も居ると、月というものに何も感じなくなりますね。美しくも何ともなくなる。変なものですよ、月は。───強いて言えば、慾情的な刺戟でしょうか、そんなものしか感じない」(255頁)

と言わせています。井上の月に対する意識が垣間見えることばとなっています。
 最後は、通訳であった宇津木が俳優として紙面を飾る話です。井上らしいサービス精神に満ちた終わり方です。【3】
 
 
初出誌:小説中央公論
初出号数:1961年10月秋季号
 
新潮文庫 :道・ローマの宿
井上靖小説全集18:朱い門・ローマの宿
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「訪問者」
 突然、書生になりたいという画学生が正木の自宅にやってきます。そして、画家である正木に、忠告をして帰るのでした。その後も、慕う気持ちからか連絡は絶えません。しかし、画家とその妻は、画学生を狂人と見なします。
 終わり方が中途半端です。1つのネタとして書かれたもののようです。【1】
 
 
初出誌:別冊文藝春秋
初出号数:1961年12月78号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集30:夜の声・欅の木
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(上野)
 
 
 
■「晴着」
 妻との約束に間に合うように夫九谷は、タクシーを使って急ぎます。こうした形での移動は、井上の作品によく描かれます。そして、決まって思うようには車は走らないのです。いろいろなトラブルがその途中で引き起こされ、禍が降りかかってきます。話がそれによって、軽妙に語られる、というパターンです。
 妻との待ち合わせ場所になかなか行けず、タクシーの運転手の娘さんが結婚式に行くのにつきあわされることになるのです。ほのぼのとした話です。タクシーの運転手が、娘さんに父親として見せる顔が目に浮かぶようで、人間の内面がうまく引き出せた話となっていると思いました。【4】
 
 
初出誌:家の光
初出号数:1962年1月号
備考 初め『盛装』の作品名で発表。後に長編小説『盛装』が発表され、『晴着』に改題。他に『晴れ着』の表記あり
 
集英社文庫:火の燃える海
講談社文庫:北国の春
井上靖小説全集30:夜の声・欅の木
井上靖全集6:短篇6
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(武蔵野、日本橋、京橋)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年04月10日

井上靖卒読(163)「北国の春」「狼災記」「海の欠片」

■「北国の春」
 結婚して25年。会社を経営していて多忙を極める香貫二郎は、結婚後初めての旅行ともいえる北陸への旅をします。
 金沢で、かつての恋敵とでも言うべき親友に会います。昔の友人とその妻になっている恋人に会うのです。そんな夫を送り出す妻は、初めての旅で浮き浮きしています。
 さて、友人宅へ行くと、妻となっている女性が昔の恋人と違うのです。かの女性は結婚してすぐに亡くなっていたのです。と同時に、これまで闘って来た親友と昔の恋人とのことが、気持ちを揺すぶるのでした。一体、何と闘っていたのかと。妻は、若くして亡くなった夫の恋人に嫉妬していると言います。若さについて、考えさせられます。【4】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1961年5月号
 
集英社文庫:楼門
講談社文庫:北国の春
井上靖小説全集27:西域物語・幼き日のこと
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「狼災記」
 歴史を語る文体で、秦の始皇帝後の中国を描きます。陸沈康は、匈奴との戦闘の中で、異族の女と親密になります。そして、獣になるのです。中島敦の『山月記』の異版とも言える物語となります。
 人間の心と狼の心を持ち、女狼となった異族の女と一緒に親友を襲います。『山月記』よりも酷い話として終わります。
 もう一捻りほしいところです。もっと語ってほしいてという思いが、最後まで残りました。【3】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1961年8月号
 
新潮文庫:楼蘭
井上靖小説全集16:蒼き狼・風濤
井上靖全集6:短篇6
 
 
 
■「海の欠片」
 半島の先端の崖の下の別荘でのこと。そこの管理人の問はず語りです。
 別荘の主人であるデントン夫妻の妙な関係が話の中心です。夫妻は1年の内、アメリカから来日して1週間だけ滞在して、1日だけパーティを開くだけなのです。そして、2人はほとんど会話をしません。
 この夫婦の関係は、それだけが語られています。そして、この管理人は、2人にはアメリカ流の愛情があるのではないのか、と言うのです。人間の結びつきの妙が、行文の行間から立ち現れる小品です。【2】
 
 
初出誌︰日本
初出号数︰1961年10月号
 
集英社文庫︰冬の月
井上靖小説全集30︰夜の声・欅の木
井上靖全集6︰短篇6
 
時代︰昭和30年代?
舞台︰ある半島のアメリカ人の別荘
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年03月26日

井上靖卒読(162)「司戸若雄年譜」「ある関係」「ある旅行」

■「司戸若雄年譜」
 1人の人間の生きざまに思いを馳せるうちに、人が身内に持つ何ものかに気づかされます。しかし、それが一体何であるのか、そこにまでは至りません。生きていく意味について、考えるきっかけも投げかけてきます。短編ながらも、完成度は高いと思います。
 この元同僚の生きざまを振り返って語る作品は、他にもよく似たものがあったような気がします。それが何だったのか、今は思いつきませんが。【4】
 
 
初出誌:群像
初出号数:1957年1月号
 
集英社文庫:楼門
潮文庫:桜門
井上靖小説全集19:ある落日
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「ある関係」
 脳溢血で倒れた急患は、小学校の時に1年間だけ教えてもらった先生でした。そのことを知り、主人公は往診に行くのを躊躇い、少しでも時間を先延ばしにする気持ちが、丁寧に描かれています。巡り合わせの悪さや、不親切だった自分のこれまでの対応に、思い出すたびに心が痛む存在だったのです。その心の微妙なすれ違いが、巧みに語られます。
 私にも、こうした体験をいくつも持っています。思い返しては、申し訳ないとの思いを抱くことがあるものです。
 自分を蔑む眼に苦しい思いをする気持ちは、読者の共感を得るところです。誰にでもある、そしてあまり思い出したくない不快な感情を伴う気持ちなのです。それを、ここではみごとに描き出しています。
 なお、教員が生徒を殴ることや、酒を飲んでオートバイに乗ることなどは、今ではマスコミなどがこぞって大騒ぎをすることです。時代の違いということでしょうか。【5】
 
 
初出誌:文学界
初出号数:1957年1月号
 
文春文庫:断崖
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「ある旅行」
 結婚15年記念に、妻は何とか工面して関西旅行へ行くことにします。しかし、井上の作品に出て来る夫婦の旅には、いつも何かハプニングが起こり、順調な旅にはなりません。まずは、往きの飛行機のこと、大阪に着くと妻が旧友に引き留められて朝帰りになること、さらには夫が勤める会社の社長の家に不幸があり急遽東京に帰ること、などなど。
 往きも帰りも、夫婦はバラバラの旅なのです。一緒にしたことといえば、帰る直前にホテルの食堂で食事をしたことだけです。そんな夫婦でも、それなりに楽しい旅になったのです。
 時間潰しに、お互いがもてあました時間に映画を観に行く設定が、何度も出てきます。そんな時代の、当人は別にして読者から見れば微笑ましい夫婦の話です。【3】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1957年1月号
 
集英社文庫:火の燃える海
井上靖小説全集19:ある落日
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和、戦後?
舞台:東京都(銀座、西銀座)、大阪府(心斎橋)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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2013年03月24日

井上靖卒読(161)白神喜美子『花過ぎ−井上靖覚え書』

 白神喜美子著『花過ぎ−井上靖覚え書』(紅書房、平成5年5月)は、井上靖の作品を読み続ける私にとって、大変参考になる内容が語られていました。
 
 
 
130317_sirakami
 
 
 

 本の帯には、次のように書いてあります。


三十余年の沈黙を破り、いましずかに語る。(背文字部分)
 
文豪のめざましい活躍の陰に、その人のため身を捨てて尽した愛の女性があった。が、ついに別れの日が来て彼女は静かに去る。思い出にひとり涙しつつ彼女は云う。
「私の願う人は無冠の人でした。」可憐な一言を文学そのものに投げて花の向うに彼女は去って行ったのだ。(永瀬清子・詩人)(表紙部分)
 
病床にある身で、
これを書き終え、
このつぎ生まれ変るとしたら
野の花として生きたい。〈著者〉
 
   内容【目次】
第一章 茨木の記
第二章 島津山の記
第三章 洗足の記 (裏表紙部分)


 本書のことは、杉山健二郎氏から本ブログ「井上靖卒読(62)「氷の下」「滝へ降りる道」「伊那の白梅」」(2009年2月10日)に寄せられたコメントで知りました。すぐに入手して、興味深く読みました。

 本書に関しては、杉山氏が「分け入つても分け入つても本の山」で詳しくお書きになっています。

 ここでは、本書を井上靖とその作品を知るための資料の一つとして、後日の参考になると思われる情報を摘記しておきます。

 ただし、本書は井上靖の年譜などを参考にして、事実を確認しながら書かれているようです。思い出の辻褄が合わされているように読めました。
 回想記なので、確かにそうすべきなのでしょう。しかし、私には、筆者の無意識に起因するかと思われる作為という美化を、その裏に感じました。そのことは、今後少しずつ解明していきたいと思っています。

 愛する人のことを語る上では、ありまのの、というよりも多分に美化された所が露出しています。今、どこが、というのではなく、これは私が井上靖を読み進む中で、その作品が生まれた背景に思いを致すときに、フッと立ち現れてくることでしょう。特に、ふみ夫人のことに関してそう思います。
 そんな想いを抱いて、本書を読み終えました。

 本書で取り上げている井上靖の作品は、以下のものです。


明治の月/流転/猟銃/石庭(詩)/高原(詩)/流星(詩)/踊る葬列/ある偽作家の生涯/夜霧(戯曲)/早春の墓参/碧落/闘牛/通夜の客/春の嵐/その人の名は言えない/三ノ宮炎上/星の屑たち/落葉松/比良のシャクナゲ/漆胡樽/七人の紳士/澄賢房覚え書/黒い潮/玉碗記/戦国無頼/北の駅路/薄氷/楼門/青衣の人/貧血と花と爆弾(ただ一回の放送)/白い牙/水溜りの中の瞳/瀧へ降りる道/高原/死と恋と波と/従兄妹/胡桃林/合流点/姨捨/二つの秘密/風のある午後/あした来る人/失われた時間/湖の中の川/美也と六人の恋人/湖岸/俘囚/川の話/淀殿日記/オリーブ地帯/真田軍記/黒い蝶/夏の雲/騎手/初代権兵衛/風林火山/夢見る沼/湖上の兎/射程/霧/氷壁/天平の甍/異域の人/楼蘭/満月/敦煌/兵鼓/蒼き狼


 私が気になった箇所を、メモとして書きとどめておきます。

・昭和21年2月頃、井上は千利休のことを書くため、大阪・茨木の自宅に茶道全集を揃えていました。(10頁)
・昭和21年3月 井上靖はキセルを手にして白神と対応しています。井上の作品にタバコはよくでてきます。しかし、キセルについては注意が向いていませんでした。今後は気をつけてみたいと思います。(7頁)
・昭和21年4月、山崎にある利休ゆかりの妙喜庵へ白神を連れて行きます。しかし、庵には行かずに畑で話します。谷崎潤一郎の『蘆刈』の舞台を指し示しながら。
・以降、井上は自作の詩を読み聞かせます。しだいに小説のことを語り聞かせるようになります。
・二人は愛に包まれた生活の中で、「踊る葬列」の構想を語り聞かせます。井上は、語りながら筋を構成するタイプの作家だったのです。(19頁)
・しだいに白神は、井上に作品を書かせるための後方支援役を受け持つようになります。
・「(井上は)筋を語りながら思考する人で、そういう折には、よい聞き手になるように務めた。」(25頁)
・白神は井上に仕事をさせる存在だったのです。
・「僕は文学に命をかけている。それを君にやる。僕の書く小説が君の子供なのだ。」(41頁)
・白神は童話を書いていました。そのことが井上が童話を書いたことにも影響しているのでしょう。(52頁)
・井上が芥川賞を受賞した後、作家として多忙な日々の中にありました。そんな時、井上が小説の腹案を語るとき、とんちんかんな返事をすると、「怒声と共に、湯呑みが飛ぶこともあった。」のだそうです。(87頁)
・多作の中、「その人の名は言えない」と「黒い潮」の主人公の名前が入れ替わっているのを直すのを、白神は手伝っています。(92頁)
・井上は白神を「仕事の妻」と言ったそうです。(113頁)
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2013年03月12日

井上靖卒読(160)「夏草」「高嶺の花」「波の音」

■「夏草」
 インドで自殺した元特派員の死亡記事から始まります。ただし、誰もそのことを信じていないというのです。彼は語学堪能で、海外を飛び回っていたのです。日本人離れした新聞記者でした。果たして、自殺だったのかどうか。語り手は自殺だったのでは、と言います。この話題は、さらにもっと膨らませることのできるネタです。長編の一部に使われていたのかもしれません。しかし、このような短編作品に収めたのが惜しまれます。【1】
 
 
初出誌:中央公論
初出号数:1956年8月号
 
文春文庫:貧血と花と爆弾
角川文庫:狐猿
井上靖小説全集19:ある落日
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和(戦時中〜戦後)
舞台:東京都、大阪府、岐阜県、長野県、インド(ダージリン)
 
参照「ダージリン」(本作品の続編、現時点で未読)
 
 
 
■「高嶺の花」
 大阪夏の陣を背景に、1人の男が心に抱く女性をめぐる思いと行動を語ります。そして、思いもよらない行動に出るのでした。井上は、合戦という集団の描写がうまいのです。臨場感が伝わってきます。この作品も、登場人物が生きています。【3】
 
 
初出誌:小説新潮
初出号数:1956年9月号
 
角川文庫:真田軍記
旺文社文庫:真田軍記
井上靖小説全集11:姨捨・蘆
井上靖全集5:短篇5
 
 
 
■「波の音」
 昭和14年の北国でのことから始まります。多加子は6歳。夜桜の折、1人のおばさんが可愛らしいと言ってくれたのです。反対に、看護婦さんからは可愛げがないとも言われました。小学5年生の時は、リンゴのようなほっぺと言われました。自分への評価が気になる頃のことです。やがて演劇を志します。そこで知った指導者からは、自分が評価されていないことを痛感します。しかし、その男から結婚話が出てきたのです。美しいものを求める女性心理が、巧みに描かれています。そして、井上靖らしく、最後が明るいのです。作者は、女性向けの作品であることを強く意識しています。【3】
 
 
初出誌:若い女性
初出号数:1956年10月号
 
集英社文庫:青葉の旅
井上靖小説全集19:ある落日
井上靖全集5:短篇5
 
時代:昭和14年〜昭和32年頃
舞台:北国の城下街、大阪、兵庫県(舞子)
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
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