2018年07月16日

読書雑記(234)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ 7』

 『京都寺町三条のホームズ 7 〜贋作師と声なき依頼〜』(望月麻衣、双葉文庫、2017年4月)を読みました。

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 作者は、ゴールデンウィーク明けから語り出しながら、なぜか5月の葵祭のことを失念して書き始めています。どうしたのでしょうか。
 物語は、若者たちの愛情を見守る気持ちで始まります。そして、本巻が高校生編のとじめとなるものです。
 
■「その心は」
 お茶会の話で、抹茶の泡だて方で表千家か裏千家がわかる、という話題は、ちょうどお茶のお稽古帰りに読んでいたこともあり、おもしろく読みました。
 また、着物に関する話題と描写も、よくわかります。
 お菓子の松風を口にした場面で「芳ばしさ」(108頁)という語が出てきます。「かぐわしい」が変化した「こうばしさ」という言葉で、平安時代から使われています。ふりがながほしいところだと思っていたら、次の頁ではふりがなが付いています。どうして最初の出現例につけなかったのでしょうか。
 お茶室を競う話では、利休の一輪の朝顔譚をなぞった茶室と、和泉式部の「ありとても」の歌を飾った手作りの茶室。そして、「気は遣うものやない。配るものや」という締めの言葉。初めてのお茶会に出た葵の、爽やかな話に仕上がっています。【5】
 
■「砂上の楼閣」
展開が不自然です。【1】
 
■「言霊という呪」
呪文という言葉が物語を陳腐なものにしています。【1】
 
■「望月のころ」
 相手の心の中を読み合う場面はいいと思います。ただし、話を作り過ぎです。言葉がストーリーの上を滑っています。もっと丁寧にホームズ、葵、円生を描いたら、語らせたら、心温まる話としてまとまったことでしょう。読者に想像を任せる部分が、早めに投げ出されたように思います。そして、情の世界に収めたことに物足りなさを感じました。【2】
 
 
 
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2018年07月12日

読書雑記(233)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・6 新緑のサスペンス』

 『京都寺町三条のホームズ・6 新緑のサスペンス』(望月麻衣、双葉文庫、2016年12月18日)を読みました。

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 ホームズこと家頭清貴と晴れて交際することになった真城葵は、アルバイト先の骨董品店『蔵』でホームズから鑑定の指南を受けます。その中で、こんなシーンがありました。

「掛け軸や他の古美術品の鑑定には、基本的に手袋を着用しますが、茶碗などの『焼き物』の鑑定をする時には、手袋を外すものなんです」
「−え、でも、今まで手袋をしてましたよね?」
「ええ、触感を用いてまでじっくりと鑑定する必要がないものは、手袋をはめたままにしてきました。というのも、お客様の中には直に触れることを嫌がられる方も多いんですよ。『焼き物の鑑定の際には手袋を外す必要がある』ということを知らない方も多いようで、『どうして手袋をしない!』と怒鳴られたことが何度もあります。時に人から預かった物などを扱う時も手袋をするよう指示されることがありまして、そうしたことから、気分を害されないように基本的につけたままにしてきました」
 その言葉には、少し納得した。
 大切な茶碗の鑑定をお願いしようと持ち込んで、素手で触れられたら、『手袋しないの?』と思ってしまうのかもしれない。
「焼き物の鑑定に手袋を外す理由の一つとして、『手袋は滑りやすいから危険』というのがありまして、それで僕は滑り止め付きの手袋をしているわけです。(後略)」(10〜11頁)


 陶器は経験がないとして、写本など和紙に書かれた物を見る時に、私は手袋をしません。手袋が紙を痛めるし、捲りにくいからです。

 また、こんなことも。これはどうでしょうか。

「彼が史郎さんのことを話すとき、一瞬目線が右上を向き、その後に瞬きが多くなりました。人が過去を思い出す時の目は、左上を向きがちで、事実ではない架空の出来事を思い浮かべる時は右上を向きがちです。そして、動揺を隠せない時は瞬きが多くなる。おそらく、厄介な息子がいるのでしょうね」とホームズさんは、腕を組む。(123頁)


 とにかくこの作品は、私が日々行動している範囲が舞台なので、非常に具体的に場面が迫って来ます。出町などは、日常的に行き来している所なので、我が事のように物語の中に入り込めました。

 木屋町での二人の初々しい会話や行動は、微笑ましいくらいに若者の心を掴んだ表現です。作者が理想とする恋する二人を活写することに成功しています。それは、巻末でも見られました。

 本作は、作者にとって初めての長編です。恋愛を軸にして、鑑定、推理、アクション、観光と、欲張った内容です。そして、それらが成功しています。作者の構成力に感心しながら読みました。【5】
 
 
 
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2018年07月11日

読書雑記(232)本多健一『京都の神社と祭り』

 『京都の神社と祭り 千年都市における歴史と空間』(本多健一、中公新書 2345、2015年10月)を、コンチキチンの祇園囃子が流れる中で読み了えました。

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 今まさに、京都は祇園祭に沸いています。その意味からも、早速本書を読んでみようと思われた方は、第8章の祇園祭の山鉾巡行の話から読まれるといいでしょう。説明が非常に具体的で、何がわからないのかを明確にして語られています。私も、今年は本書から得た知識を携えて、祇園祭の雑踏の中に身を置こうと思っています。

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 さて、本書は、数多い京都の神社の歴史と地理について、わかりやすく概観した本です。現在佇んでいる神社と祭りの姿の背景にある、さまざまな謂れが紡ぎ出されていきます。詳細な実地踏査を行なっての語り口なので、安心して読み進められました。

 平安京造営以前と以後にわけての説明も、長い歴史が堆積する京都のことなので、スッキリと理解できます。また、京の町衆からの視点が生かされていることも、特筆すべきことでしょう。為政者側からの歴史語りだけではないのです。

 読み進んでいって、一番楽しみにしていたのは、第5章の葵祭についてです。しかし、正直なところ期待ハズレでした。他の章と比べても、切り込みが浅いと感じました。私が知りたいと思っていたことと、著者の興味と関心が完全にズレたようです。
 そのことは、葵祭に関して民俗学的な視点で長年調査してこられた小山利彦先生の研究成果が、内容にも注記にも皆無であることからも言えます。

小山先生は、下鴨神社や上賀茂神社での祭儀に長年にわたって立ち会い、祭りの本義を神官や地域住民のみならず、民間伝承と文献資料の考察に加えて、その成果を文学作品の解釈に援用しておられます。文学を理解するための賀茂祭の調査研究が背景に核としてあるだけに、さらにはそれがライフワークともなっているだけに、その研究成果が本書には一つも盛られていないことが気になりました。

 小山先生の調査には、私も後輩としてご一緒させていただきました。神職の皆様との長いお付き合いから得られた生きた情報は、文献資料や口頭伝承を補完するものも多いことを学びました。本書にそのことが取り込まれたら、さらに興味深い内容が展開したことでしょう。

 下鴨神社で禰宜をなさっていた嵯峨井健氏は、神仏習合をテーマとする儀礼空間の研究で学位を取得されました。私は嵯峨井氏の後輩でもあることから、葵祭の祭儀に随伴させていただいたことがあります。

「京洛逍遙(141)葵祭の社頭の儀」(2010年05月15日)

「京洛逍遥(232)葵祭で神仏習合を考える」(2012年05月16日)

「京洛逍遥(276)下鴨神社の葵祭-2013」(2013年05月15日)

 直接下げられたばかりの神饌の前で、懇切丁寧な教えを受けました。秘儀と思われることも、研究者の視点で読み解いてくださいました。そんなこともあったので、本書の第5章は楽しみだったのです。このくだりは、自分の興味と関心に引きつけ過ぎた、あくまでも読書雑記としてのコメントであることをお許しください。

 本書を通して、さらに欲を言わせてもらえれば、周辺図と境内図がもっとあると、地理的な状況が伝わったと思います。記事のそばに図版が置かれているので、前後に目が移動することはないような配慮は伝わって来ました。その点はいいとしても、もっと点数があれば、ということです。京都に住む私でさえ、地理的な位置を別の資料で確認しながら読み進めたので、そのような感想を持ちました。

 さらには、コラムとしてのこぼれ話もほしいところです。幅広い視野で見通した説明が多いので、各社寺にまつわるおもしろおかしい話があると、旅人として本書を紐解く人は、読後の印象が違ってくるはずです。京都が立体的に見えてくることでしょう。
 もちろん、こうしたわがままな要求に応えていると、ページが嵩みます。こうしたことは、続編に期待することかもしれません。妄言多謝。

 そんな勝手な注文はともかく、わからないことはわからないと明記する姿勢が顕著なので、安心して読み通せます。京都の新たな魅力を知るための一書として、一読をお薦めします。【3】
 
 
 
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2018年07月04日

読書雑記(231)山本兼一『修羅走る 関ヶ原』

 『修羅走る 関ヶ原』(山本兼一、2014年7月30日、集英社)を読みました。

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 慶長5年(1600)9月15日の話です。
 石田三成に始まり、一人10頁くらいの話を順番に読みます。時々、巻頭の「関ヶ原合戦布陣図」を見ては、各武将の陣地とお互いの勢力図を確認しました。
 一人一人の武将を、その人柄と考え方に至るまでを見通した、的確な描写で描き出します。それらの集積が、関ヶ原の合戦という大きな戦闘の実際と、その背景にある人々の思いを浮かび上がらせていきます。読みながら、うまい、と思いました。
 東西両軍の武将一人一人の性格が浮き彫りにされています。戦いのありようが、各武将の視点で語られるので、複眼的な戦闘場面が立ち現れているのです。驚くべき筆力です。そして、迫力のある戦闘場面が活写されています。
 人は、対立した時にどちらに付くのかを、読みながら思いました。自分が納得のいく場所を探し求める者と、計算尽くで立ち位置を決める者、そして様子見をしながら右顧左眄する者など、さまざまな生き様があることが、この物語に盛り込まれています。
 登場する男たちはみな、自分なりに筋を通しながら生きる道を決め、自分の意思で死んでいくのです。女性が出てこないのもみごとです。【4】

初出誌:『小説すばる』二〇一一年一月号〜二〇一二年十一月号

巻末付記:
「著者が逝去された為、本書は連載時のまま、手を加えておりません。ルビや明らかな間違いについては、著作権継承者と相談し、編集部にて修正しました。」(473頁)
 
 
 
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2018年06月14日

読書雑記(230)清水潔『「南京事件」を調査せよ』

 『「南京事件」を調査せよ』(清水潔、2016年8月25日、文藝春秋)を読みました。

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 本書の冒頭に、次の文章があります。この本の性格を示すものなので、まずは「まえがき」の書き出しから引用します。

 あえて冒頭に明記しておきたいことがある。
 それは本書が”ある一部の人たち”から拒絶される可能性についてだ。
 これが「南京事件」、「南京大虐殺」などと呼ばれるこの事件を、数年にわたって取材した私の素直な感想である。
 1937年、中国・南京で日本軍が起こしたとされる(引用者注・「される」に傍点あり)虐殺事件……、と、短く事件を説明するだけでも、必ず「される」といった言葉尻が求められるのだ。
 この事件は、存在そのものが「あった」「なかった」と延々と論争になっているからだ。
 あるいは事件の存在は認めても、今度はその被害者の「人数」で激しい議論が続いていたりもする。数千人から、30万人以上と、その幅はあまりに広く今後も折り合いはつきそうにもない。そして次には〈南京30万人虐殺の嘘〉といった声も飛び出す。(3頁)


 著者は資料を慎重に吟味し、解釈していこうとしていることが伝わってきます。常に中立の立場を意識して考え、事実を確認して真実を知ろうとし、わかりやすく語ろうとしています。その姿勢に、テーマの重さに対峙する著者の苦しみがうかがえました。
 元兵士の「陣中日記」などの発掘と紹介は、虐殺の事実を証明する上で貴重な資料の提示となっています。「黒須上等兵の日記」といわれる1次資料は、青インクで記されているそうです。次の昭和12年12月26日の記事は、著者の検証の中でも、中核に位置するものです。この記述の吟味が、真実に近づく一つとなっていきます。

 午后一時我ガ段列ヨリ二十名ハ残兵掃湯ノ目的ニテ馬風山方面ニ向フ、二三日前捕慮セシ支那兵ノ一部五千名ヲ揚子江ノ沿岸ニ連レ出シ機関銃ヲ以テ射殺ス、其ノ后銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス、自分モ此ノ時バカリト憎キ支那兵ヲ三十人モ突刺シタ事デアロウ。
 山となって居ル死人ノ上をアガッテ突刺ス気持ハ鬼ヲモヒゝガン勇気ガ出テ力一ぱいニ突刺シタリ……ウーン/\トウメク支那兵ノ声、年寄モ居レバ子供モ居ル。(59〜60頁)


 時系列において、その物としての資料が持つ価値と共に、説得力を持つものです。複眼的な論証を心がけていることはわかります。ただし、「陣中日記」などの資料吟味とその詳細がもっと語られていれば、さらに読者の理解が深まったと思われます。元兵士の日記が、著者自身が見つけた資料ではないところに、紹介者の立場に身を置いての解釈であるところに、迫力を欠くものとなっています。もちろん、紙幅の関係もあり、それらは実際に博捜して探し出された方の発言と、見せてもらった資料が語るところに譲らざるを得なかったという限界はわかりますが。
 こうした戦場での一次資料となる筆記資料や写真や証言の組み合わせは、事実を明らかにする上で効果的です。ただし、学問的な手続きによる資料と書かれている内容の検証がなされているかと言えば、私の読解力では論理的な構成などに、まだ反論の余地を残しているようにも思われます。私自身がこの資料を実見していないので、この点に言及できません。書かれていることを信じると、という条件下での判断です。問題が問題だけに、常に資料や証言の読み解きに多視点的な判断をしてしまいます。
 それにしても、虐殺はなかった、という立場からの実証的な反論を聞きたくなります。まだよくは調べていないものの、目にしたらそれをまずは読みたいと思っています。少なくとも、虐殺者は30万人だった等等、人数を云々するやりとりは不毛に終わるので、やはり虐殺はあったのかなかったのか、もしあったとすればどのような状況で、どのような方法で、そしてそれはどのようにして処理されたのかを明らかにすべきだと思います。虐殺はなかったという立場からは、残された資料や証言や写真を一刀両断のもとに切り捨てるのではなくて、その存在が意味することも丁寧に解明して反論とすべきでしょう。
 第5章の「旅順へ」は、重い問題提起となっています。この章により、本書の性格と著者の物の見方や考え方への印象が違ってきました。まだまだ、この問題は追求すべきことが残っています。そして、戦争とは何かというテーマに性急に結論を出そうとするのではなくて、もっと事実を固めていくことの大切さを読み取りました。【4】
 
 
 
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2018年06月06日

読書雑記(229)白川紺子『下鴨アンティーク 雪花の約束』

 『下鴨アンティーク 雪花の約束』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2016年12月)を読みました。シリーズ第5作となります。

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 主人公である野々宮鹿乃が管理している着物に秘められた、秘密や謎を解く物語です。全編、少女好みというのでしょうか、穏やかな空気に包まれた話が続きます。若い読者は、その居心地のよさに惹かれるのでは、と思われます。
 
 
■「星の糸」
 奈良の三輪山伝説を背景にする物語です。ただし、伝説に深入りはしません。厚みが出るのに残念です。着物の柄が糸巻に鱗紋で、その糸が切れていたことから展開します。
 その合間合間に、鹿乃と慧のほのかな恋心が適度に配されています。これが薄味なので、読者に少女を意識した構成のようです。
 洛中の市内観光も、少しだけ楽しめます。
 もっとも、後半の話題がギリシャ神話になるところから、本作の話題とうまくつながりませんでした。これも残念。
 デザートとして出てきた、果実の入っていないゼリーのような作品です。食感だけが残る話でした。【2】
 
 
■「赤ずきんをさがして」
 京都の壬生での着物の話から、次に奈良の生駒へ。自分に関わりのある土地が出てくるので、つい読み入ってしまいます。話の舞台を知っているというのは、物語を読む上では大きなウェイトを占めます。
 慧の父と、御所北にある大学の構内で出会います。気まずい雰囲気が中途半端です。もっと語る言葉があれば、と思いました。
 全編、何気ない話の中で、温かな人間関係は伝わってきました。【3】
 
 
■「雪花の約束」
 内気な春野君。鹿乃に心惹かれながらも、ぎこちなく自分の想いを小出しにして関わろうとする気持ちがよくわかります。ちょっとした嘘をつくことも。作者の身近なところに、こんな人がいるからでしょうか。男の子の心理を読み解いています。それに対する鹿乃は、幼い頃から一緒に暮して来た慧が好きです。鹿乃の言葉と行ないは、あまりよくは描けていないように思いました。作者は、女心の分析よりも、男心をよく摑んでいるように思います。最後の、慧と父との場面がいいと思いました。
 雪の話に関連して、鈴木牧之の『北越雪譜』の話が詳しく紹介されます。この牧之の研究をしている、インドのハイデラバード英語外国語大学のタリクさんの顔が浮かびました。こんな作品に紹介されているよ、と。【3】
 
 
■「子犬と魔女のワルツ」
 無意識に紙面にプリントされた文字を追っていただけで、お話の内容はほとんど入ってきませんでした。なかなか得難い体験です。私に何があるのか。作者に何があったのか。無色透明な読後感だけが残りました。【0】
 
 
 
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2018年06月01日

読書雑記(228)松 樟太郎『究極の文字を求めて』

 『究極の文字を求めて』(松 樟太郎、ミシマ社、2018年6月3日)を読みました。

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 著者は、中学2年生の時から文字を作ることに興味を持っていたそうです。それが嵩じて、この本をまとめるに至ったとか。

「すべての文字を自分オリジナルなものにして、自分だけの究極の文字体系をつくってやろう」と思い立ち、ひたすらその作業に没頭したのです。(1頁)


 そういえば私も、小学3年生の時、少年探偵団ごっこをしていて、友だちといろいろな暗号や秘密の文字を作りました。みんなそうだったのだ、と微笑ましく思いながら読み進めました。

 この筆者がいいのは、以来20年経っても、いまだにその夢を追いかけていることです。筆者は、次のように言います。

 つまり、文字は「変化」あるいは「進化」していく。実際、私の自分文字ですら、進化していったのです。
 だからこのバカな試みを公開することで、人類における文字の変遷を知るための貴重な資料となる。なるかもしれない。なったらいいな。なると思うのは勝手だろ―。そんな強い願いを込めて、ここに今「究極文字プロジェクト」をスタートさせようと考えた次第です。
 今まで私が見た、知った、学んだ文字を紹介しつつ、その「いいところ」を抽出し、組み合わせて「究極の文字」を作っていきたいと思います。我ながら書いていて「本当にできるのか?」と思いますが、まぁそのへんは騙し騙しやっていきたいと思います。(3頁)


 さて、さまざまな文字の話が、おもしろおかしく展開します。そこで引かれる文字の形を見ながら、筆記体と印刷体の違いはないのだろうか、また、フォントという字体間に違いはないのだろうか、と思いました。

 さまざまな言語における文字の形にこだわり、自らボケとツッコミを入れながら軽妙洒脱に語り続けていきます。そして、世界中のおもしろおかしい文字にまつわる話が展開します。飽きません。時々言葉遣いが低俗に響くことは無視しましょう。

 文字が書かれた媒体について、興味深い言及があります。ヤシの葉に文字を書いたという話です。

 本当かウソかわかりませんが、スリランカで聞いた話によれば、もともとシンハラ語はヤシの葉に書かれていたそうです。いかにも南国らしい話ですが、このヤシの葉は繊維の関係で、まっすぐ線を引くと葉が切れてしまう。だから自然と丸みを帯びていった、とのことなのです。
 なるほどシンハラ文字は、葉っぱの上にも書けるというフレキシビリティを持った文字だったのです。(17頁)


ミャンマー文字はその声調をしっかりと表すことができるが、その声調を示す文字がまた丸かったりして、全体の丸々しさをさらに増している。ちなみにシンハラ文字と同じく、丸くなった要因は「ヤシの葉に書かれていたから」らしい。(104頁)


 この植物に文字を刻むということについては、ミャンマーのネーピードーにある国立図書館で見た、パームリーフと糸罫の話「経典を書写する前に使う横長の木枠と「糸罫」のこと」(2018年03月11日)で報告しています。

 ミャンマーの文字は、一部好事家の間では「視力検査文字」と呼ばれているそうです。確かに、ミャンマーに行った時に、私もそのように見えました。その文字が並んでいる文字列は、みたらし団子だと思ったらいいでしょう。

 タミル文字の中に日本語の平仮名の「あ」とそっりくな文字が紹介されています(160頁)。次の写真の左側の文字です。ただし、これは「イ」と読む文字だそうです。

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 上の写真の右側の文字は、著者が「究極の文字」として最後にあげるものです(182頁)。
 おもしろおかしい話を堪能していたのに、突然これはないと思いました。
 楽しく読んで来て、最後の「ひらがな」と「漢字」の項目で急激な失速感が伝わって来ました。さらに、最後の「おわりに」で、ガックリ。それまで快調に、軽快に走って来た自転車が、もうすぐ家の前だといところで突然、変速歯車からチェーンが外れて空回りしだした感触が脚に来ました。そのため、本書の評価は【2】。ただし、最後の13頁分はなかったことにすると【4】。

 さまざまな文字が、次から次へと出てくるので、参考までに目次を掲出します。
 それぞれの文字の形を確認する時に、役立つかと思います。

第1章 中二病的とんがり文字vs女子高生的丸文字
  ・世界一危険な文字/チベット文字 8
  ・ナイフみたいに尖っては/ベンガル文字 12
  ・網から転げ落ちる文字/シンハラ文字 16
  ・丸から始まり丸に終わる/タイ文字その1 19
  ・「あいつ、四角くなっちまったよな」
    /パスパ文字・モンゴル文字 22
第2章 どこで切るか、それが問題だ
  ・インド棒/デーヴァナーガリー文字 28
  ・さらばインド棒/グジャラーティー文字 32
  ・かわいいから許す/オリヤー文字 35
  ・チェック済み/テルグ文字 38
  ・文字は踊る/クメール文字 42
第3章 古代の文字はロマンの香り
  ・コケコッコー/ヘブライ文字 46
  ・モアイを出せモアイを/ロンゴロンゴ文字 49
  ・横顔に恋をして/マヤ文字その1 52
  ・自由にもほどがある/マヤ文字その2 56
  ・孤高の原始(風)文字/ティフィナグ文字 60
第4章 母音をどう表すか問題
  ・嫁なのか、闇なのか/アラビア文字 64
  ・文字は転がる/カナダ先住民文字 67
  ・豚の鼻と火星人/ゲェズ文字 71
  ・細川たかしを表記できるか?/ギリシャ文字 76
  ・怪音波を発しがち/突蕨文字 79
第5章 そんなルール、ありですか…?
  ・ダイイングメッセージ/オガム文字 84
  ・そこを取るんだ!?/ターナ文字 88
  ・省略はきちんと示そう/タイ文字その2 91
  ・笑う牛/ブストロフェドン 94
  ・赤面するほどに流麗な/ジャワ文字 97
第6章 何かに似ている
  ・視力検査/ミャンマー文字 l02
  ・リーゼントブルース/シリア文字 105
  ・雨水をムダなく溜める/アルメニア文字 108
  ・UFOキャッチャー/グルムキー文字 112
  ・蚊取り線香を吊るそう/ソヨンボ文字 116
第7章 文字で遊べ!
  ・カンバンが読めません/ルーン文字 122
  ・振り向けばそこに牛/ヒエログリフ 126
  ・思いのままにピックアップ/チェロキー文字 130
  ・偽古代文字を作ろう/ハイリア文字 134
第8章 オリンピックとか、国旗とか
  ・滑る文字/グルジア文字 140
  ・幻の文字を探せ!/ロシア文字 143
  ・ゴマ粒ほどの違い/キリル文字(ウクライナ語) 147
  ・文字じゃないよ、○○だよ/ハングル 150
  ・世界はもっと文字を使うべき/国旗 153
第9章 身のまわりの文字たちの起源
  ・文字兄弟/タミル文字 158
  ・世界征服を企む文字/ラテン文字 162
  ・これも文字と言えば文字/数字 167
  ・かな導入のご提案/ひらがな 170
  ・トリ情報の流出/漢字 178
おわりに 181

 
 
 
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2018年05月31日

読書雑記(227)【ブンゴウメール】「走れメロス」(全31回)を読み終えて

 先月5月1日から、【ブンゴウメール】がスタートしました。
 早速登録し、1ヶ月ほど体験しました。
 これは、次の主旨で提供されているサービスです。実におもしろい企画です

1日3分のメールで、ムリせず毎月本が読める

青空文庫の作品を小分けにして、毎朝メールで配信。気づいたら毎月1冊本が読めてしまう、忙しいあなたのための読書サポートサービスです。


■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.notsobad.jp

 私は、興味がない本は見向きもしません。書店で、読んでみようかなと思っても、その時々の優先順位で本を選んで読んでいます。そんな中で、人任せにして、毎日配信されて来るという作品を読んでみました。これなら、いつか読んでみようと思っていた作品や、読もうとは思っていなかった作品に目を通す出会いともなります。

 そんなこんなで、毎朝送られてくる太宰治の「走れメロス (全31回)」を読み始めることになったのです。これは作品自体が短いせいもあってか、一回分の分量は300字ほどです。400字原稿用紙で一枚ほどの分量なので、確かに1分で読めます。
 無意識に文字を追っていただけなのに、意外と話の内容が頭の中に入っています。受け身の読書なのに、しっかりと読めていて驚いています。
 今回のテキストの出どころは、以下のものでした。

底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年10月25日初版発行
   1998(平成10)年6月15日第2刷
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:金川一之
校正:高橋美奈子
2000年12月4日公開
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


 これに関連して、こんな記事がありました。

(おまけ)なんで初回は走れメロスになったのか

登録いただいた方にはもう届いてるかと思いますが、初月となった5月は太宰治の「走れメロス」を配信しています。(登録したのに届かない!という方は迷惑メールボックスなどもご確認くださいませー)
初回配信タイトルを選ぶときに考えていた条件は、
• みんなが知っていて
• 短くて
• 親しみやすい作品
ということだけでした。そりゃメロスになっちゃうよねー。
しかしブンゴウメールとほぼ同時期に「実時間メロス」がバズっていたので、メロス何回読むねんみたいな人が出てしまったのは本当に申し訳ない…。
19時「メロスは激怒した」約3日間のメロスの旅がリアルタイムで進行する読書アプリ「実時間小説 走れメロス」 - ねとらぼ
まぁ過去の名作を扱う以上、今後も読んだことある作品が出てくるのはしょうがないなーと思ってまして。再読もおもしろいというか、むしろ楽しんでもらえたらいいのかなというスタンスです。
ただ実時間メロスと並行してメロスが届いてしまうというのは完全に誤算だったので、そこに関しては謝るしかないです。ていうかこんなことってある?(いやない)
http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404


 とにかく、毎朝この短文を読むのが楽しみになりました。何か得をした気持ちになっています。
 明日から、また新しい月となります。どんな作品が送られて来るのか知りません。知ろうともしていません。それも、楽しみなのです。
 
 
 
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2018年05月29日

読書雑記(226)宮脇淳子『日本人が知らない 満洲国の真実』

 『日本人が知らない 満洲国の真実 封印された歴史と日本の貢献』(宮脇淳子、監修:岡田英弘、扶桑社新書257、2018年1月1日)を読みました。本書は、2013年4月にビジネス社より単行本で刊行された『真実の満洲史[1894−1956]』に加筆し改題の上で新書として発行したものです。

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 印刷されている文章と、それを語る作者の背景がよくわからないながら、筆者の思い込みが気になりました。「と思う。」とか「ということです。」が多すぎます。また、引かれている著書や著者と思われる人名も、どうしてその本が? その人が? と思うことがいくつかありました。
 論理的な展開ではなくて、感情的な表現に私は引っかかってしまいました。これは、人や物に対する、思いやりというものに欠ける文章になっているせいではないでしょうか。
 一例を引きます。

孫文もそうですが、いまだにウィルソンを誉める日本人の気が知れません。(206頁)


 歴史を見る目は真っ直ぐなのでしょう。しかし、読み進むうちに、そういうことだろうか、違う視点ではどうなるのか、別の資料はないのだろうか、などと、行文の背後が気になって仕方がありませんでした。

 逆接の接続助詞「が」で文章がダラダラとつながっていくので、読者としては非常に疲れる文章だったことも補足します。

 また、次のような文はどのように読んだらいいのか困りました。いくつかあげます。
 まずは、筆者自身の意見はどこからかが不明な文章から。

『歴史通』(2012年5月号、ワック出版)に、「日帝支配資料館『加虐日本人』の正体」という小名木善行さんの記事が掲載されました。中国に南京虐殺事件の資料館があるように、韓国にも日帝支配資料館があるのですが、ここに、日本が行なったという残虐行為の写真がたくさん残っています。しかし、それはじつは朝鮮人の仕業だったというのです。
 日本は朝鮮半島の統治にあたり、言葉や地理に詳しい現地の朝鮮人を補助員として大量に採用しましたが、この人たちが、同じ朝鮮人に残酷な仕打ちをしたり拷問をしたりしました。日韓併合後に残虐だった日本人は全員、日本軍の服を着た朝鮮人の憲兵や、日本の制服を着た警察官だった、という記事です。
 韓流歴史ドラマでもひんぱんに描かれていますが、李氏朝鮮時代には拷問はあたりまえでした。日本は日韓併合後、法律を作って拷問を禁止しました。ところが法律で禁止したにもかかわらず、これまで一部の特権階級にいじめられてきた朝鮮人は、日本の権力を借りて恨みをはらそうと、同胞であるはずの朝鮮人たちに、苛酷な暴行を始めたのです。支那事変でも、日本人になった朝鮮人が中国人に恨みを晴らしたことも多く、朝鮮の創氏改名も、満洲で中国人に対して威張りたい朝鮮人が日本名が欲しかったということがあります。じつのところ、朝鮮人たちが創氏改名したかったのです。日本人は決して強制していません。現に、東京帝国大学を朝鮮名のままで卒業した人や、朝鮮名のまま日本帝国陸軍の中将になった人。オリンピックの選手になった人など、能力があって自信のある朝鮮人は、朝鮮名のままで通しました。(36〜37頁)


 次に、私には「筋違い」だと思われるくだりです。

「一八九五年から一九四五年までの五十年間の台湾、一九一〇年から一九四五年までの朝鮮は日本史でしょう。満洲についても、一九〇五年に日露戦争に勝ってから一九四五年までを日本史として扱うべきで、それをまったくしていないことが問題です。
 日本人はそれが問題だということを理解しません。いまだに「満洲の歴史など知りたくない。中国も台湾も放っておけ」という態度で、何か問題が起こると、「もう日本人だけの日本にして、外国人は全部出ていって欲しい」となるのが、多くの日本人の考えです。従軍慰安婦が問題になると、「在日(朝鮮人)は出て行け」となるのです。これは、まったくの筋違いではないでしょうか。
 なぜなら、一度は日本になった地域出身の人間を、日本人として扱わないことに問題があるからです。世界史を見ればわかります。ヨーロッパであろうとどこであろうと、自分たちが征服したり、宗主になった土地に関しては、よくも悪くも責任があるのです。たとえ台湾や韓国の出身であっても、日本語を話し日本文化が好きな人たち、日本で教育を受けて、精神はほとんど日本人と変わらない人たちを、血筋だけで差別することは、日本人の悪いところだと私は思います。(39〜40頁)


もし日本が中国と同じように、かつて日本だったところをすべて日本として載せるとどうなるかというのが地図3です。これは大東亜共栄圏の範囲を示したものですが、日本もこれくらいのものを教科書に載せないでどうするのかと言いたいです。大日本帝国はこれほど広かったのです。(53頁)


 次の固有名詞の表記については、どのような議論があるのか知りたくなります。

「満洲」という文字は、漢人が「マンジュ」という種族名に音を当てたものですが、なぜサンズイがつくかというと、もともと彼らが自分たちは水に関係があると意識していたので、清という国号もそうですが、こういう漢字を選んだのです。したがって、サンズイを抜いた「州」にすると、たんなる「満族の土地」という意味になって、もとの固有名詞ではなくなります。だから、戦後、過去を否定するような気分で「満州」と書き換えてきたような風潮は、ここで止めましょう。日本だって、東京駅には「八重洲」という改札があり、「洲」という字を残しているではありませんか。(58頁)


 次も、明快な文章となっているだけに、筆者の真意を測りかねるものです。発言は自由なので、そのままを引用しておきます。

満洲国は大日本帝国が大東亜戦争で負けなければ、大成功だったのです。現地の四千万の漢人が、日本人が撤退した後、毛沢東や蒋介石を歓迎したかといえば、そんなことはなく、文化の高い日本人の方がよほどよかったのです。そういった意味でも満洲はうまくいきかけていたのです。そして、日本の敗戦から歴史が逆戻りしたのが今の北朝鮮です。(86頁)


 NHKのドラマ『蒼穹の昴』を取り上げたくだりも引きます。これは、私が好きな井上靖のことに言及しているから取り上げるだけです。

あのドラマは、井上靖の『蒼き狼』のチンギス・ハーンがぜんぜんモンゴル人らしくなかったのと同様に、登場人物に満洲人らしいところがありません。人物があまりにも日本人的で、すごく近代的な人間に描かれ過ぎていました。文明としての清朝や満洲は、あれでは理解できません。ドラマとして見れば、清朝宮廷の雰囲気と満洲人のコスチュームプレイが、とても面白かったですけれども。(94〜95頁)


 民主主義に対する、大胆とも思える言及もあります。

国際的にも世論の重要性が言われますが、多数決の民主主義はだいたいが間違った方向へ行くと私は思います。その理由は優秀な人は少数だからです。卑しい感情を煽るのが共産主義なので、立派な人をみんなで潰そうとしました。多数決というのは、悪い感情を暴走させるシステムだと、最近、私は思っています。マスコミの責任も大きいですが、同時に普通の人、大衆は、知らないことには口を出すべきではないとも思います。(237頁)


 日本人は国際法のルールを破っていませんが、戦後はなぜかそれが逆転して、日本が悪かったことにされています。アメリカと中国の利害が一致したので、南京大虐殺などと言いだしたのです。こういったことが、なぜ普通の日本人にはわからないのでしょうか。正直に言って、わからない日本人はもう駄目だと私は思います。(302頁)


 私の父はシベリアに抑留されていました。そのため、次のフレーズもチェックしました。この論法はわかります。しかし、本質がズレているようにも思えます。

私は「シベリア抑留」と言うのは間違いだと思います。その理由は、シベリアだけでなく、モンゴル人民共和国、北朝鮮、ウズベキスタン、キルギスタン、ヴォルガ河、コーカサスにも連れていかれたからです。「ソ連抑留」あるいは「共産圏抑留」と言うべきです。(317頁)


 本書は、次の文章で締めくくられます。これも、どこまで額面通りに読んでいいのか困ります。

 日本人が一所懸命したことに対して、中国や韓国がひたすら非難するのは、前政権を否定しなければ、自分たちの正当性が証明できないから、という向こうの理由であって、日本人がそれをそのまま認める必要はまったくありません。
 日本の敗戦後七十年以上たって、私たちが理想を抱いて開拓した土地が、その後どんなふうになっているかを、私たち日本人はずっと見続ける、ウォッチする義務があるのであって、それは負い目ではなく責任なのです。日本人は、現地をいい国にする責任があります。なぜなら、私たちは一度そこを日本にしたからです。責任を取るというのはそういうことだと思います。この本を読んで、そういったものの見方ができるようになってもらえれば嬉しいです。(350頁)


 こうした、著者の歴史の解釈について疑念を多く抱いたということで、歴史を多視点から見る必要性を学べました。途中で投げ出さずに読んで良かったのではないか、と、読み終わった今、思っています。【1】
 
 
 
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2018年05月27日

読書雑記(225)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ5 〜シャーロキアンの宴と春の嵐〜』

 『京都寺町三条のホームズ・5 〜シャーロキアンの宴と春の嵐〜』(望月麻衣、双葉文庫、2016年8月7日)を読みました。

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■「桜色の恋文」
 城崎への温泉旅行の際、与謝野鉄幹の歌と晶子のことが、少しだけ語られます。点景にはもったいないネタのように思いました。
 葵の前向きな考え方が強調されています。型通りながら、いかにもありそうな高校生の姿なので、この無色透明な女の子を中心とした路線でいいと思います。ただし、『男同士の話』として持ち出される「淫行罪」とか「免罪符」のくだり(57頁)には、作者の背伸びを感じました。後段の画家の話は蛇足です。【2】

■「シャーロキアンの宴」
 シャーロックホームズに関する蘊蓄も、適度なところに留まっていて、好感を持ちました。踊る人形も、挿絵が気分転換になりました。『桜の枝殺人事件』も、ドイルのホームズシリーズ未公開原稿も、味付けが適度でした。マニアの集まりという雰囲気が語られています。【4】

■「紫の雲路」
 サッカーの「京都サンガF.C.」にまつわる話です。そこに、大木高校の古典の教員である早川先生とサッカーの一条選手との恋愛話が絡みます。そこで引かれる『百人一首』の「瀬をはやみ」の77番歌。ただし、216頁では「あはむとぞ思ふ」なのに、220頁では「あわむとぞ思ふ」となっています。また、それぞれにほぼ同じ現代語訳が付いています。「一度分かれても」と「今は、」で微妙に異なりますが。もう一つの50番歌との関連も、深く考えない方がいいようです。どうしたことか、ネタがバラバラでした。【1】

■「茜色の空に」
 セキュリティシステムの暗証番号と『百人一首』の第9番歌「花の色は」の小野小町の歌が交錯します。そこから灰桜色のカラーコードとなると、もう無理を感じます。作者には、二進数の発想はないようです。なかなか凝った趣向であるものの、現実離れがしています。さらには、第十番歌の蝉丸。また、西行などの和歌や、イギリスのビッグベンにまで飛ぶと、もうなんでもありで混乱するだけです。
 しかし、最後の展開は好印象です。次作を読むのが楽しみになります。【3】
 
 
 
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2018年03月22日

読書雑記(224)高田郁『あきない世傳 金と銀 五 転流篇』

 『あきない世傳 金と銀 五 転流篇』(高田郁、時代小説文庫〈ハルキ文庫〉、2018.2.18)を読みました。

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 桔梗屋を買い上げて店主孫六を助けた五鈴屋は、本店と高島店の2つの店舗としてスタートします。6代目の女房となった幸の機転と発案が、見事に好転していくのでした。筆の力もいよいよ確たるものとなり、物語は着実に前に進んでいきます。
 『みをつくし料理帳』のシリーズを堪能した者にとって、この新たなシリーズにはなかなか馴染めませんでした。話が江戸の料理から浪速の商売へと転じ、金儲けとは生来無縁な私にとって、なおさら話題が他人事でした。しかし、第5巻ともなると人間関係の妙に筆が及び、物語の背景が楽しめるようになりました。幸の才覚を楽しみにし、商売敵の真澄屋に出し抜かれないようにと応援するようになりました。これで、このシリーズも安心です。
 とにかく、智蔵と幸夫婦をはじめとして、人と人とのつながりを意識した、人間関係を紡ぐ物語となっています。
 第4章「結」が一番印象深い章でした。帯の結び目が前か横か後ろか。大坂の商家では当たり前のように結婚後は前に結んでいた帯に、妹の結の疑問から意識が変わります。文化の変わり目が投げかけられたのです。
 そして、幸の身体に変化が、結の将来を暗示する場面などなど。この章から、新しい物語の胎動を感じました。ただし、これはうまく躱されますが……
 第11章「十五夜」は、心に残る出来栄えでした。月光の下での智蔵と幸夫婦の会話は、高田郁が得意とする場面です。この語り口は相変わらずうまいな、と思います。
 智蔵と幸夫婦は、近々江戸に出るようです。『みをつくし料理帳』では、江戸で澪が大活躍しました。しかし私は、このシリーズではそうではなく、もっと大坂で展開する物語を期待していました。物語の幅と広がりと読者層などを秤にかけると、作家としては舞台を江戸にしなくては、ということなのでしょう。関西に踏みとどまって物語ってほしかったと願う者としては、しかたのないこととはいえ残念です。【5】
 
 
 
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2018年02月21日

読書雑記(223)石井遊佳『百年泥』

 『文藝春秋』(第96巻第3号、2018.2.10)に芥川賞受賞作二作品が掲載されたので、早速読みました。

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 来週早々にインドへ行きます。そこで、まずは『百年泥』から。

 冒頭で、生徒のアーナンダが「……はい……せんせ……はい……」と言う場面があります。敬愛の念を持つ相手に対するこのインドの方々の口振りを、みごとに活写していることが伝わって来ました。本作は、軽妙な語り口でありながら、物語の中身はしっかりしています。硬質な表現がちりばめられていて、言葉遣いも楽しめました。研究論文で使われる口調も感じられます。時々、助詞が省かれているところは、意図的なのか作者の癖なのか、よくわかりません。私は、助詞を省くと品格が落ちるので、付けてほしいと思います。そうした多彩な表現で語られるエピソードの数々に、つい引き込まれます。

 「いっさんに」という言葉が出て来たので、すぐに辞書を調べました。『日本国語大辞典』にありました。1600年頃から出典があり、正岡子規も使っていた言葉なのでした。てっきり、「一目散に」の間違いだろうと思ったのです。

 インドのチェンナイ(旧称・マドラス)で日本語を教えることになった、複雑な経歴を持つ女性が主人公です。洪水に始まり、しだいに、捉えどころのないインドの人々のありようが浮き彫りにされて行きます。さまざまな小話に彩られた、インドならではのおもしろい話が続きます。〈お見合い〉か〈恋愛〉かについては、もっと語ってほしい話題でした。

 物語は時間が行き来し、話題となる場所が転移して展開します。読者を飽きさせません。
知的な言葉で紡ぎ出される文章と、インドを背景にした上品なユーモアに満ちた、私好みの作品でした。関西人ならではの軽さが、作品全体をほんわかと包み込みます。関東の読者は、この作者特有の笑わせ方をどのように読まれるのか、その反応を大いに楽しみにしています。
 ただし、終わり方に釈然としないものを感じました。乱暴です。もっと丁寧で洒脱なエンディングがあるはずです。これまでの饒舌さが台無しでした。今後とも楽しみな方のようなので、次作も期待しましょう。

 なお、芥川賞の選評で、島田雅彦氏が「日本文学はインドを受容し損ねて来た」とおっしゃっています(329頁)。この指摘は気付かなかったことです。今後のために、当該部分を引きます。
『百年泥』のディテールはインド社会の多様性を反映し、ワンダーランドの様相を呈しており、地域研究の成果として出色のものである。日本文学はインドを受容し損ねて来たその歴史といってもいい。和製ヒッピーが自我を見つめ直す時代は遠い昔で、それに較べれば、本作はチェンナイの日本語教師の目を通じ、インド人の結婚観、家族関係、職業意識などをあぶり出し、そこにない読者の常識を揺さぶってくれる。海外体験のバリエーションが増えた現代、ルポルタージュのジャンルはかなり豊かになって来たが、小説との境界線を何処に引くべきかといったことを考えさせられた。(329頁)


さらに蛇足ながら、川上弘美氏の選評に、「関東の「バカ」は、関西の「アホ」と同じく、褒め言葉です。ねんのために。」とあることについて(331頁)。これは、大きな勘違いです。「バカ」は、相手を冷たく突き放し救いようのない愚かな人を指します。「アホ」は、親愛の情を持って相手を貶す言葉です。まったく異なる言葉です。念のために。【5】
 
 
 
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2018年02月07日

読書雑記(222)神田夏生『お点前頂戴いたします』

 『お点前頂戴いたします 泡沫亭あやかし茶の湯』(神田夏生、KADOKAWA、2017,11)を読みました。これまで読んでこなかった本などを、興味のおもむくままに手に取っては乱読中です。

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 高校生になった三軒和音は茶道部に入ります。校舎の裏手にある「泡沫亭」がその舞台です。そこは、化け物というよりも、あやかしとでも言うべき怪しげな者たちがお茶を飲む、摩訶不思議な場所になっていたのです。部長の湯季千里が笑顔であやかしたちにお点前をする、奇想天外な話が展開します。何気ない会話の連続ながら、一風変わった味のする物語です。ただし、私には軽すぎて、拍子抜けしました。
 次の「副音声」という表現上の工夫は、なかなかいいと思いました。立体的に楽しめるからです。ライトノベルにはよくあることかもしれません。あまり馴染んでいない私には、新鮮な語り口に思えました。

「モテモテですね、湯季先輩」
「あはは。羨ましいなら代わろうか、三軒。君にもこの幸せを味わってほしいからね」
副音声。他人ごとだからって面白がってんじゃねえぞ、代われ。
「やだなあ何言ってるんですか。鬼更が好きなのは湯季先輩なんですよ。しっかりその愛を受け止めてあげてくださいね。俺、心から祝福してますんで」
副音声。絶対代わりたくない。人に押し付けようとしないで、どうぞそのまま鬼更につきまとわれ続けてください。そうすれば俺は安全。
「そうだぞ湯季、私が婿にするのはおまえだけだ。同じ人間とはいえ、三軒みたいな軟弱者では話にならん」(172〜173頁)


 話は意外性を孕みながら、好き勝手に展開して行きます。その中に、お茶の心得がさりげなく語られます。例えば、山上宗二の茶書などが。

 学校を卒業すると、あやかしたちの姿は見えなくなります。卒業した葉真が好きだった狐珀のことが忘れられず、学校のお茶室「泡沫亭」で狐珀にお茶を点てます。「第三話 狐と、さよならの一服」では、見えない狐珀に語りかけながら展開します。虚空を相手に語りお茶を点てる場面は、情感の籠った場面となっています。それまでは、遊びの要素が多い物語でした。それが、ここでは一転して静寂の中に相手を想う語りに変身します。ここは読ませます。想像力を掻き立てます。
 この作者の作品は、機会があり、テーマさえ興味が合えば、また読んでみたいと思いました。【3】


書誌情報:文庫本のための書き下ろし
 
 
 
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2018年02月06日

読書雑記(221)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・4』

 『京都寺町三条のホームズ・4 ミステリアスなお茶会』(望月麻衣、双葉文庫、2016年04月)を読みました。

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■「年の初めに」
 本書のシリーズ化に伴い、読者を引きつけるために置かれた小話です。矢田地蔵、楽茶碗、コーヒーフレッシュと、物語世界の用意が整いました。


■「ビスクドールの涙」
 八坂神社から清水寺という、京都観光の王道とでもいうべきコースを、清貴と葵は散策します。お互いが好意を伝え合えないまま、その気持ちを内に抱え込んだままに、初々しいデートです。祇園のチョコレートカフェや、祖母の人形にまつわる推理など、読者へのサービス満点の話としてまとまっています。物語の中味よりも、その語り口が優しいので、次の話が楽しみになります。【4】


■「バレンタインの夜会」
 バレンタインの夜、吉田山荘のカフェ真古館で朗読会があります。それまでの話が退屈だったので、私は適当に読み流そうとしていました。ところが、夜会が始まるや、がぜんおもしろくなったのです。一気に読ませます。前半でもっと読む者を惹きつけておけたら、さらに完成度が高くなったことでしょう。【4】


■「後継者の条件」
 今宮神社の話をもっと語ってから、その西にある鷹峯の屋敷での骨董鑑定につなげたらよかったのに、と思いました。今宮神社では、毎月1日に骨董市が開催されます。雑多な古物が境内に並びます。せっかくの話題が、うまく連携しないのは惜しいことです。もう一捻りです。作者は、まだこの骨董市に行っていないのでしょうか。
 さて、本題の鑑定は楽茶碗から始まります。しかも葵が。八碗の茶碗の陶工の名前を当てる試験です。これはありふれた内容で、おもしろい展開にはなりません。引き続き、家の中の宝物探し。その話の合間に語られる男と女の愛憎と純愛の話題は、どうも取ってつけたようでぎこちないのです。作者は、恋愛心理の分析が苦手なのかもしれません。巻末の場面でも、月に爽やかさがありません。【2】

 本作品は、語り口が優しくて、流れるように読み進められます。話にも無理がなく、今の京都の文化が伝わって来ます。本シリーズは、この調子で続くことを楽しみにしています。
 ただし、物語の展開が京都という背景に埋もれています。場所や物をもっと煮詰めて、背景に頼りすぎない物語にしたらいいと思いました。
 
 
 
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2018年01月19日

読書雑記(220)中島岳志『アジア主義』

 『アジア主義 −西郷隆盛から石原莞爾−』(中島岳志、潮出版社、2017年7月)を読みました。

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 まず、次のように問題意識を提示しています。

私はこの本で、近代日本のアジア主義について議論していこうと思っています。幕末以来、日本がどのようにアジアをまなざし、何を期待し、何に躓いたのかを、読者の皆さんと共に考えていきたいと思っています。(16頁)


 複雑で難しい問題を扱っています。しかし、著者は読者を誘い込む配慮を見せています。文中に緩衝材が置かれているのです。大部な本なのに読みやすいのは、次のような心遣いがあるからなのです。

「原文をそのまま読むと難しいので、簡単に現代語で要約してみます。」(76頁)

「もう、そろそろ重要なポイントが見えてきたかもしれません。」(96頁)

「もう一度、振り返りながら、まとめておきましょう。」(97頁)

 また、「愛国」と「右派」についての疑問を、ストレートに述べている箇所があります。本書を読み進めていくためには、先入観をまず措く、ということが肝要です。そして、これは「読書雑記(162)中島岳志・島薗進『愛国と信仰の構造 ―全体主義はよみがえるのか』」(2016年03月24日)での対談の基盤となっている物の見方の確認であることに気づかされました。

 今日の常識では、「愛国」といえば「右派」。国民主権の論理を掲げ、国会開設や参政権の要求を展開した「リベラルな」自由民権運動が、なぜ「右派」のイメージが強い「愛国」を組織名として掲げたのか、当然のことながら不思議に思えてきます。
 しかし、ナショナリズムの歴史を研究してきた者にとっては、実は現在の「愛国」=「右派」という図式のほうがむしろ不思議で、国民主権を訴えるリベラルな運動こそナショナリズムと親和性が強い、と見るほうが論理に適っています。歴史的に見れば、政治的ナショナリズムは、むしろ「左派」的な思想を背景として誕生したと考えるべきで、「愛国」は「右派」の独占物ではありませんでした。(91〜92頁)


 第8章の「閔妃暗殺」はよくまとまっています。この事件については、かねてより興味を持っていた問題です。しかし、アジア主義という視点で語られると、また別の歴史が展開します。切り口の違う物語となっていくのです。

 ここに、与謝野鉄幹が出てきたので、その一節を引きます。

当時の『二六新報』の文芸部長は、与謝野鉄幹でした。鉄幹は、天佑侠に加勢するために朝鮮に向かった同僚への歌を『二六新報』に掲載していました。また、日清戦争勃発時には、「従軍行」という詩を掲載しました。

 おもしろし、千載一遇このいくさ、大男児、死ぬべき時こそ来りけれ……

 鉄幹は、戦争に従軍したくてたまらなかったのですが、念願がかなわず、戦争を題目にした詩や歌を『二六新報』に掲載することで、自らを慰めていたのです。
 鉄幹はその後、『二六新報』を辞め、朝鮮に渡りました。彼は親友の誘いを受け、ソウルの日本語学校で教師を務めました。そして、彼も閔妃暗殺の一味に加わり、計画の中に組み込まれていきます。しかし、事件が予定よりも早まったことから、旅行に出ていた彼は実際に暗殺に加わることはありませんでした。(204頁)


 岡倉天心の話の中で、宮崎滔天に関する批評がなされます。そこでの次の表現に、著者の独特の言い回しに感心しました。

彼は「その先の近代」のヴィジョンを示すことができず、その限界の淵からは浪花節が発せられるばかりでした。(285頁)


 終始、記録や回顧録、書簡などを丁寧に読み解きながら、1900年前後からの歴史の動きを物語ります。中島史観の展開です。

 「第十五章 来日アジア人の期待と失望」の最後は、次の言葉で結ばれています。「連帯」から「支配」へと変転する様を指摘しているところです。

日本に大きな期待を持ち、日本にやってきたタゴールとボースでしたが、二人とも次第に日本の帝国主義的態度に疑問を持ち、その姿勢に対する批判を述べることになりました。しかし、日本は欧米に追随する「覇道」を歩んでいきました。アジア人たちの率直な批判は聞き入れられることなく、アジア主義は連帯の論理から支配の論理へと変転していったのです。(426頁)


 「第十八章 アジア主義の辺境 −ユダヤ、エチオピア、タタール」は、私が知らなかったことばかりで、興味深く読みました。なかなか読みごたえがあります。

 後半で、中島氏は自分の立ち位置を明確にします。アジア主義者として生きることの宣言です。

 私は一度沈没したアジア主義というボートを引き上げ、再び世界という湖に漕ぎ出したいと思います。(566頁)

 無知の上に築かれた表層的反省を繰り返すのではなく、歴史をじっくりと見つめることで、アジアと繋がる道があると私は考えています。そのためには、私自身がアジア主義者として生きなければなりません。その先の近代を模索しなければなりません。
 私はアジア主義の思想的可能性を追求していきたいと思います。現在のような東アジアの不幸な状況を打破し、アジアの連帯を構築するためには思想が必要です。そして、それは歴史の中に埋もれています。
  虎穴に入らずんば虎子を得ず−。
 私は、アジア主義という「虎穴」の中を果敢に歩んでいきたいと思います。(587頁)


 巻末に付された「文庫版あとがき」の末尾でも、次のように言います。

 我々に必要なのは、ポスト日米安保の構想と戦略、そして思想です。その時、アジア主義の轍は大変重要な「資源」となります。先人たちが苦難と失敗を重ねていった歴史の中から、普遍的な価値を抽出し、現代世界の中で磨きをかけることこそ、必要なのではないかと思っています。
 アジア主義は過去に終わった思想ではありません。極めてアクチュアルな可能性をもった現代思想です。この点を最後にもう一度強調し、筆を置きたいと思います。
  二〇一七年六月
              中島岳志(602〜603頁)


 この大著を通して、アジア主義者たちの遠大な物語を堪能しました。
 ただし、十九章や終章に至って、突然マラソンの最後で一気にラストスパートをされた印象が残りました。私にはついていけない表現や内容が多くなったのです。本書での時間軸に沿った物語を踏まえて、あらためて今を見据えた、さらにわかりやすい解説を聞きたいと思っています。【5】
 
 
初出誌︰『潮』2010年8月号〜2011年12月
単行本:潮出版社 2014年7月
 
 
 
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2018年01月16日

読書雑記(219)永井和子編著『日なたと日かげ』

 永井和子先生が折々にお書きになった、研究者としての日々のほとばしりや心優しい随想が、このたび『日なたと日かげ 永井和子随想集』(永井和子、笠間書院、2018年1月)としてまとまりました。装幀もさわやかです。

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 一般に手にし易い本や雑誌にお書きになったものは、私もいろいろと拝読していました。しかし、幅広く活躍なさっている先生のことなので、本書で初めて読んだものの方が多いのです。文学が、人間が、社会が、さまざまな角度で姿を見せます。それらを、ひとところに集めて編んでくださったのですから、ありがたい本となっています。

 巻頭の〈「老い」と「日なたと日かげ」と〉は、『医歯薬桜友会会報』の第16号(2009年1月)に掲載されたものであり、本書のタイトルとも関係する文章です。原子朗氏の詩「ひかげの嘆語」を引いて、人間の生について語っておられます。その最後に記される、次の文が心に残りました。

老いを問うことは時間・生・人間を問うことである。昨今は美しい老い、豊かな老い、といった表現が多いが、ある意味でそれは人間世界の埒を出ない表現であって、本物の老いではないと思う。美しさや豊かさを喪失しつくした負の状態が老いである。その極限がおのずと人間世界の価値観に突き刺してくる異世界をこそ私は問いたい。(12頁)


 この詩の作者である原氏は、本書の「あとがき」によると、2017年7月4日に逝去されたとあります。それは、永井先生が本書を編集なさっている時のことだったそうです。

 読み終えての個人的な雑感を記すと、それはもう際限がありません。
 いくつもの話が、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第2集』(新典社、2013年)の巻頭に置いた、永井先生との対談「前田善子の紅梅文庫と池田亀鑑の桃園文庫」を呼び起こします。長時間お話をうかがった時のことを日記として書き残した「永井和子先生との対談余話」(2012年07月19日)も、本書を読み進む内に、いくつかの話題の隙間から思い起こされました。
 選りすぐりの58編のお話を、私は長時間通勤の合間合間に、楽しみながら読みました。

 この春から新たな出発をしようとしている若い方たちに、ぜひとも薦めたい一冊です。興味を持ったタイトルから拾い読みすると、日本古典文学を読み、わからないことに出くわしたら調べる、ということの楽しさが伝わってくるはずです。そして、人と人とのつながりの奥深さも、わかってくることでしょう。
 
 
 
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2018年01月10日

読書雑記(218)白川紺子『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』

『下鴨アンティーク 神無月のマイ・フェア・レディ』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2016年7月)を読みました。シリーズ第4作です。

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■「星の花をあなたに」
 登場人物たちが考え、そして、自分の思いを語っています。その背景に、ファッションや草花が鏤められています。丁寧な語り口に惹かれます。
 ただし、ゆったりとした流れに、つい読み飛ばした部分があります。この作者の語りは、読む場所と時を考えて、のんびりと読み進むのがいいようです。作品は上質です。しかし、それを読もうとする私が慌ただしすぎました。『万葉集』を謎解きに使った、古典的な和歌の世界を持ち込んでいます。機会があれば、次はゆったりと読みましょう。【4】


■「稲妻と金平糖」
 鹿乃が生まれた野々宮家は、明治までは陰陽道が家職で拝み屋だったそうです。これは、別の作品に展開していく芽でもあります。
 後半で、やっと人の情が語られます。これまでとは違う文章になっています。突然のように、作者は新しい表現方法を手に入れたようです。前作でやや文章に張りがなくなっていたので、これは今後につながるいい傾向です。
なお、賀茂の丹塗りの矢の伝説は、作中に生かしきれていません。そのために、話題となった雷の帯の話が死んでいます。せっかくいいネタを揃えたのに、もったいないことでした。【3】


■「神無月のマイ・フェア・レディ」
 人間関係が少し複雑になってきます。帯の謎を追いかけていくうちに、慧の親をめぐり、さまざまなことがわかりかけてきました。人のつながりが、思いやりを持って語られます。慧が母親について思い返す場面の点綴は巧みです。そして、慧と鹿乃の距離も接近します。さらにその間に、春野が割り込んできます。ますますおもしろくなっていきます。人間が描けていることで、読み物の領域を出て、小説として成り立っています。【4】


■「兎のおつかい」
 天皇の即位式の後の頃の話だとあります。大正時代ではなくて、昭和の時代でしょうか。とすると、新築されたという京都駅はいつのものなのでしょうか。いずれにしても、ずっと昔の話に立ち返って語られます。兎の櫛が話題となります。時代の雰囲気をよく伝える内容です。
 物語も、夫婦の縁についてのものです。そして、お互いが思い違いをし、すれ違いの愛情がうまく語られています。素直な心とボタンのかけ違いの話がよくわかりました。
 最後に、曽祖父の蛙のネクタイピンと、曽祖母の兎の帯留めの話が、きれいに物語をまとめ上げています。【5】
 
 
 
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2018年01月08日

読書雑記(217)山本兼一『まりしてんァ千代姫』

 『まりしてんァ千代姫』(山本兼一、PHP文芸文庫、2015年11月)を読みました。

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 まず、「ァ」を「ぎん」と読むことを、本書で始めて知りました。
 ァ千代姫は一見男まさりのようで、実は花を愛でる心優しい女神だったといいます。舞台は16世紀の九州北部。ァ千代姫を中心とする戦国時代の物語です。

 作者は、女心をさも自分が見聞きしたかのように自在に語っています。男である作者山本兼一が描く女性心理は、どれだけ的を射ているのか知りたいところです。ァ千代姫が結婚した場面などは、13歳の女の子の気持ちが詳細に語られています。これも、現代の女性たちはどのようにその描写を読むのか、非常に興味があります。

 しばらく読み進んで来た時、印刷の文字のフォントが違って来たことに気づきました。作者の語る部分と、ァ千代の侍女みねが語る部分は、文体はもちろんのこと、見た目にも書き分けられているのです。

 前半に据えられた「祝言」の章は秀逸です。人間の気迫と情熱が語られる物語です。
 戦をする時の人の気持ちが、男と女の両面から語られています。特に、ァ千代という女の視点からの語り口に、新鮮で温かい眼差しを感じました。

 ァ千代が秀吉の人質として、九州から大阪に行くくだりから、話はさらにおもしろくなります。
 その後、ァ千代の夫は柳河に移り、さらに朝鮮へ出兵します。夫婦は大きな歴史の荒波に漕ぎ出すことになったのです。そんな中でも、ァ千代は冷静沈着に立ち動きます。「女はつらい」という言葉を何度も漏らしながら。

 人質として預かった公家育ちの側室に手を焼くァ千代が、魅力的に描かれています。その中で、『源氏物語』が自分たち田舎者には馴染めない例として引かれています。『源氏物語』の受容史の一例として引いておきます。

 ァ千代が問いかけると、宗虎が首をふった。
「わしも、最初はそう思うてな。あれこれと話そうとしたのだが、なにしろ京の今出川家と内裏の界隈からほとんど外に出ずに育ったとかでな。歌と源氏物語のこと、香と季節の花のことよりほかには、なにも話ができぬのだ」
 ァ千代は、くすりと笑ってしまった。(434頁)
(中略)
「よろしいではございませんか。源氏物語のお話をお聞きになっておあげなさいまし」
「ああ、すこしは聞いた。しかし、どうにも退屈でな」
 いにしえの殿上人の恋の話を、我慢しながら聞いている宗虎の顔を思い浮かべて、ァ千代はまた微笑んでしまった。
「いや、葵上を苦しめた生霊の話はおもしろかった。というより、ぞっとして恐ろしかったのだがな。女とは、げに恐ろしき生き物だと、聞いていて鳥肌が立ったわい」
 源氏物語の主人公光源氏の正室葵上は、夫の愛人である六条御息所の生霊に取り憑かれ、ついには命を落としてしまう。
 ァ千代は、幼いころ、母の仁志から読み書きを習った。源氏物語はそのころに読んだ。
 生霊の話は子どものころ、ただ恐ろしいだけだった。ひさしく忘れていたが、言われて思い出した。女の心の底には、たしかに生霊となるほど強い嫉妬や執念が眠っている。
 いまなら、そのことがよく分かる。(435〜436頁)


 この長編物語は、読者の心を掴んだまま、意外な方向へと静かに終わります。作者の構想と筆力の凄さを、存分に堪能しました。本を閉じてから、物語の最初から最後までを、しばらく思い返しては再度その展開と人物像を確認しました。
 一人の女性が実に生き生きと描かれています。夫婦の愛情が籠もった物語としても、出色の作品になっています。【5】

初出誌:『文蔵』(2010年11月号〜2012年8月号)
    単行本はPHP研究所から2012年11月に刊行。
 
 
 
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2017年12月07日

読書雑記(216)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・3』

 『京都寺町三条のホームズ・3 〜浮世に秘めた想い〜』(望月麻衣、双葉文庫、2015年12月)を読みました。

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■序章「忍ぶ想い」
 平兼盛の「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」などが話題となります。これをプロローグとして、物語は軽快に進みます。物語る人々と物語られる内容や環境が、うまく物語世界に導いてくれます。心優しい仕掛けです。【3】

■「歌舞伎美人の恋慕」
 芸事をめぐる、雅な話題が展開します。ホームズに憧れるアルバイトの葵は、かすかな恋心を秘めてお店に通います。ホームズも、この葵が気になりながらも、特に話を発展させることなく語りは続きます。この微妙な二人の心の内が、巧みに語られて行きます。そして、歌舞伎の世界におけるドロドロとした愛憎が渦巻くのです。
 後半を楽しみにしていました。特に、喜助の襲名にあたっての口上を。しかし、作者はその内容を書きません。どう盛り上げるのか、楽しみにしていたのに、作者には逃げられました。下世話な話に脱したのは残念です。この作家の限界を感じてしまいました。【1】
 
 
■「聖夜の涙とアリバイ崩し」
 ホームズが葵の家に来ます。話題になるお菓子屋さんの「バイカル」「ラマルティーヌ」「ふたば」は、私にとってもご近所さんなので、日常生活の延長として、現在進行形で物語の中の一人になれます。
 しかし、語られる恋愛談義には、作者の無理な背伸びが感じられます。また、人の心を読むくだりにも、ぎこちなさを感じました。これは何なのでしょうか。空疎感が漂う物語です。
 また、次のような表現は意味不明でした。
「人は誰しも自分のことになると駄目になるとは、よく言ったものだ。
 どんなに性能の良いコンピユーターでも、甘いシロップをかけてしまったら壊れてしまうのと同じなのかもしれない。」(153頁)
 これは、不可解な文章です。【2】
 
 
■「祇園に響く鐘の音は」
 話は展開するものの、描写が少ないように思います。話に膨らみを齎らすためにも、人の心や情景を描いてほしいものです。
 新京極通りの八社寺詣りには、まだ行ったことがありません。おもしろい話題です。
 宝探しゲームと真贋判定ゲームも、それぞれにおもしろい話でした。しかし、バラバラの流れとなり、一つの作品としては構成が崩れています。このあたりがまとまれば、小ネタでつなぐ一発芸、ピン芸人的な作家から抜け出せるのではないでしょうか。子供騙しの話に終わらないストーリーテーラーになってほしいと思いました。【2】
 
 
 
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2017年12月05日

読書雑記(215)白川紺子『下鴨アンティーク 回転木馬とレモンパイ』

 『下鴨アンティーク 回転木馬とレモンパイ』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2015年6月)を読みました。シリーズ第2作目です。

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■「ペルセフォネと秘密の花園」
 粗筋だけが語られています。描写がないので、話に付き合うだけでした。モタモタした話で、緊張感がない眠い話です。【1】


■「杜若少年の逃亡」
 連想ゲームのように、メッセージを巡って話が展開します。能の演目であったり、シェクスピアであったり。しばらくは振り回されました。この話が、スーッときれいに着地してまとまります。この作者は、短めの話がうまいようです。【3】


■「亡き乙女のためのパヴァーヌ」
 アンティーク調の着物を着た女子高生たちのティーパーティーが、軽やかに音楽の話へと転調していきます。帯に刺繍された音符から謎解きが始まります。中程からは、鹿乃の友達の奈緒が中心となります。話が長くなったにも関わらず、この手法で物語は緩んだり拡散したりしません。うまい切り替えです。
 昭和20年の西陣空襲のことが、話を引き締めています。男女の恋心も、ふんわりと話全体を覆っています。【5】


■「回転木馬とレモンパイ」
 本話は、アンティークの着物ではなくて、オルゴールの謎解きです。回転木馬にレモンパイなど、話が飛び過ぎていて作り過ぎだと思いました。情の部分で話を盛り上げようとします。しかし、空回りをしていたのが残念です。最後はなんとか着地しました。しかし、作り事めいた印象が終始拭えませんでした。【2】
 
 
 
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2017年11月19日

読書雑記(214)中村久司『サフラジェット』

 『サフラジェット:英国女性参政権運動の肖像とシルビア・パンクハースト』(中村久司、大月書店、2017.10.16)を読みました。

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 本書は、著者が正義感と使命感のもとに、英国での闘う女性の姿を日本人に向けて語るものです。英国における女性の社会進出を、篤い思いで書き綴っています。女性参政権獲得闘争が中心であり、以下の通り、本書の切り口は明快なのです。

 参政権獲得をめざした多彩な組織の中でも、一九〇三年に設立され、後年になって「サフラジェット」と呼ばれるようになった戦闘的な女性集団「女性社会政治同盟」(WSPU=Women’s Social and Political Union)に焦点を当てる。
 「サフラジェット」に注目したのは、彼女たちの運動には破壊活動が含まれ、その運動の特異性が歴史に残るからではない。「言葉ではなく行動を」(Deeds not Words)をモットーとしたWSPUの運動が、それまで何十年間も継続しながら国会開会前の議員への陳情・請願の域を超えなかった当時の女性参政権運動を活性化させ、参政権獲得に大きく貢献したからである。(14〜15頁)


 本書で筆者が読者に訴える根幹には、次の4点があります。膨大な情報が底流にある物語ということもあり、この点を踏まえて読み進めると理解が深くなると思います。


(1)日本の識者や婦人参政権運動家は、英国を含む海外のフェミニズム・女性参政権運動を学び、影響も受けて、早くからそれらを日本へ紹介している。しかし、日本で「サフラジェット」の全体像を詳しく紹介したものは、今日まできわめて稀である。(中略)
 WSPUの「全体像の紹介」は、一部の学術論文を除いて稀有であり、シルビアの詳細にわたる紹介に至っては、皆無に近い。(18〜19頁)

(2)近年、英国では多様な組織と機関がデジタル・アーカイブを構築して公開するようになった。また政府機関の情報公開も活発で、M15もシルビアの監視・調査ファイルの一部を公開し、ホロウェイ刑務所も、囚人名を含めて、WSPUなどの活動家収容記録を公開した。(19頁)

(3)英国の女性参政権獲得闘争は、欧米各国の同様の運動に直接的・間接的に影響を与えた。一九一一年前後に、パンクハースト夫人は米国で三回、シルビアは米国・北欧・中欧で三回、盛大な講演を行っている。日本へも英国から直接、あるいは米国経由で影響を与えた。
 女性参政権獲得一〇〇周年にあたる二〇一八年を前にして、英国ではこの運動の大きな歴史的意義を再評価する多彩な催しが企画されている。(20頁)

(4)シルビアは、差別、権利の侵害、不正行為、搾取、抑圧などを目にすると、常に犠牲者・弱者の側に立って、いかなる権威・権力をも恐れることなく、人道のために戦闘的に闘った女性である。彼女が恐れなかったのは、政府・要人・警察・軍隊・暴漢のみではなかった。「参政権運動でもっとも多く投獄され拷問された」シルビアは、己の死さえも恐れることなく、繰り返して死線を彷徨いながら、社会的弱者のために闘い続けた。
 シルビアは、二一世紀の今日、世界各地の職場・地域・社会で、女性差別を含む多様な差別の撤廃、人権擁護、社会正義の実現、貧困の救済、搾取反対、労働条件の改善、経済的不公正の是正、反戦などのために真摯に闘っている老若男女の心に「私たちのシルビア」として蘇り、多くの人々に闘争の指針と勇気を与えている。
 筆者も彼女に支えられた一人である。筆者は、勤務していた英国の大学が、英国最大手の兵器製造会社と国防省と一体となって、NATO(北大西洋条約機構)拡大と、NATO新加盟国への英国の武器輸出促進に加担している事実を発見した。それを告発すれば、リストラの名目で解雇になることは明らかであった。予見通り解雇されたが、武器輸出を中止させた。この在職中最後の孤独な闘争の中で、常に心に抱いていたのがシルビアであった。
 日本で何らかの闘いを真摯になさっている方々にとって、WSPUとシルビアの闘争は精神的な支えとなるであろうと確信している。日本へ紹介する大きな理由の一つである。(21頁)


 本書で初めて知ったことは数え切れません。その中で、私の興味と関心に結びついたいくつかを引いておきます。

■ 女性差別は、一般社会に存在するだけではなかった。オックスフォード大学もケンブリッジ大学も、一九世紀後半をすぎると次第に女性の大学入学を認めるようになったが、どんなに良い成績で課程を修了しても、女性は、男性が取得する学位と同等価値の学位を取得することができなかった。両大学は、女性参政権運動の期間中を通してこの差別を継続していた。学位授与についての女性差別を廃止したのは、オックスフォード大学が一九二〇年、ケンブリッジ大学が一九四八年のことであった。(23頁)

■ バーミンガムの刑務所で、彼女たちは、ハンガーストライキに入っていた。その彼女たちが、WSPUの運動史上初の強制摂食を体験することになる。
 獄中の強制摂食は、三人前後の女性看守と医師二人からなるグループで通常行われた。
 リーは女性看守によってベッドの上に全身を押さえ込まれた。一人の医師は、リーの鼻腔からゴム管を無理やり胃の中まで挿し通した。ゴム管の反対側をもう一人の医師が椅子の上に立って高く掲げ、その先に漏斗をとりつけて流動食を流し込んだ。流動食は生卵とミルクが一般だった。
 リーの鼻腔と胸と胃に激痛が走る。両耳の鼓膜が破れたように痛みだした。激しい頭痛に襲われ精神が錯乱した。
 リーとマーシュが最初に体験した激痛を伴う屈辱的な強制摂食を、その後、多くのサフラジェットが、繰り返し強いられることになる。
 シルビア・パンクハーストの最初の強制摂食では、四人の女性がシルビアをベッドに押しつけて動けなくしている。医師の一人は、リーの場合と同様に、流動食を流し込む役割で、もう一人は、鼻腔ではなく口からゴム管を通している。シルビアが口を固く結んで拒否し続けると、無理やり唇を広げて、歯のかすかな隙間から金属製の特殊な器具を挿し込んで、機械的に顎を開かせている。
 口から出血し、嘔吐をもよおし、ときには失神するのを無視して、シルビアの場合は一日に二回強制された(ほかには一日三回のケースもあった)。一カ月以上続くと、肉体の苦痛に加えて、精神状態が異常になりつつあるのを実感したという。(104頁)

■ コンスタンス・ジョージーナ・リットンは、ビクトリア時代にインドの総督を務めた初代リットン伯爵の娘だ。コンスタンスは典型的な貴族階級出身の女性だった。ウィーンで生まれ、父の勤務地インドで一一年間幼少期を送っている。母親は、ビクトリア女王の侍女であった。
 彼女の弟には、後述の国会の「調停委員会」委員長を、一九一○年から務めることになる第二代リットン伯爵がいた。後年、伯爵は、国際連盟から「満州事変」(一九三一年九月)の調査に派遣された調査団の団長を務め、「リットン報告書」を作成して近代史に残ることになる大物である。
 彼女は、社会的には「レディ・コンスタンス」と呼ばれる身分で、リットン家は、英国の貴族・統治階級に属する典型的な一家であった。
 コンスタンスは、当初WSPUの戦術に懐疑的であったが、次第にWSPUへの理解と共感を深め、一九〇八年末にメンバーになった。その翌年の二月二四日には、国会へのデモ行進に参加して逮捕され、ホロウェイ刑務所に投獄された。
 彼女は、投獄中に自分の心臓の真上にあたる胸の肌に、自分のヘアピンの装飾の欠片を使って「V」の字を切り刻んだ。「VOTES FOR WOMEN」の「V」である。
 彼女が入獄して間もなくすると、刑務所側が、囚人の身分が元インド総督の娘で、貴族の一員である事実に気がついた。その結果、彼女を直ちに釈放した。釈放の理由には、彼女が心臓病を患っていた事実もあって、ハンガー・ストライキに入って命を落とした場合、大事件になるとの政治的配慮があったというのが定説だ。
 コンスタンスは、自分が貴族階級出身であるために特別扱いを受けた事実に怒りを感じ、政府の囚人に対するダブルスタンダードを暴露するため、一九一一年に典型的な労働者階級の女性を装ってリバプールへ出かけた。
 リバプールでは刑務所の前でデモを行って逮捕されたが、その際に警察署で偽名「ジェーン・ウォートン」を使い、職業を裁縫婦と偽った。身にはみすぼらしい労働者の衣服をまとっていた。
 彼女は二週間の投獄刑を言い渡されたが、投獄された直後からハンガー・ストライキに入り、強制摂食を八回受けた。その直後、刑務所側が彼女の身分に気がつき、彼女はすぐに釈放された。
 後日、刑務所側は彼女の心臓病を釈放の理由として使ったが、彼女の著書によれば、彼女はリバプールの刑務所で健康チエックをいっさい受けていない。
 彼女が受けた強制摂食の回数は限られていたが、獄中体験以降、心臓病が悪化し、翌年には脳溢血で半身不随となった。しかし、一九一四年には、「刑務所と囚人たち−コンスタンス・リットンとジェーン・ウォートンのいくつかの個人的体験」を著し、刑務所内で労働者階級出身の女性が、労働者階級出身であるがゆえに不当に差別されている実態を告発している。(108頁)

■ 女性の国家貢献説を裏打ちするかのように、国会議事堂敷地に隣接する「ビクトリア・タワー・ガーデンズ」内に、パンクハースト夫人のブロンズ像が建っている。そこには、長女のクリスタベルのレリーフ(顔の浮き彫り)もあるが、シルビアの名前はない。
 しかし、女性参政権付与の理由としての国家貢献説は、権力者が体制を正当化するために描いた歴史から生まれるものだと、筆者には思われてならない。(250頁)

■ 国家貢献説を主因と考える根拠は薄く、女性参政権付与決定は、女性の貢献が大戦中に顕著になる以前に、ロイド=ジョージが決意していたと筆者には考えられる。その理由は二つある。
 まず第一に、既述のように、ロイド=ジョージは、英国がドイツに宣戦布告を行う一ヵ月半前に、シルビアと議会内で朝食をとり、破壊行為が中止されれば参政権を与える努力をする意思表示を行い、彼が女性参政権付与に失敗したら辞職するとまで述べている。(中略)
 第二の傍証は、ロイド=ジョージがお抱え運転手(chauffeur)として、サフラジェットを採用した事実である。(252〜253頁)

■ 英国史上で最初に女性が立候補し、女性も投票した一九一八年一二月の総選挙には、パンクハースト夫人を中心とする女性党は、クリスタベルを候補者にして戦った。
 女性党は、保守党支持勢力と協議して、クリスタベルの選挙区では保守党系の立候補を見送らせた。しかし、労働党にわずかに七七五票の差で敗北した。
 一七人の女性候補者で当選したのは、当時英国に併合されていたアイルランドのダブリン市内の一選挙区から立候補した、伯爵夫人のコンスタンス・マルキエビッチ(一八六八〜一九二七年。五〇歳)一人であった。彼女が英国で最初に女性国会議員として選出された人物だが、彼女はウェストミンスターの議会へ登院しなかった。
 登院するには、英国国王への忠誠宣言を行う必要があった。しかし、彼女はアイルランドのシン・フェイン党のメンバーだった。英国のアイルランド併合・統治政策に抵抗して闘っている人物の一人で、国王への忠誠を誓う意思はなかった。彼女は、選挙前の一九一六年イースターには、前述のアイルランド独立をめざした武装蜂起で政府軍と戦闘を交えて検挙され、死刑を宣告された。しかし、処刑を執行されることなく後日の恩赦で出獄していた。(259頁)


 引用が長くなるだけなので、あと2つの記事について触れておきます。

・チャーチルが女性参政権を認めなかったことを本書で知り、流布する情報の限界を知りました。物事を判断する時には、多様な情報が必要なのです。(47頁)

・シルビアがデザインしたティーセットを用いて、上流階級出身の女性が伝統的な作法でお茶を出した、とあります(96頁)。これは、どのような作法だったのか知りたくなりました。

 最後に、著者は次のように言います。

 サフラジエットの壮絶な闘いの詳細を知るようになるにつけ、いつの日にかその全体像を日本へ伝えるのが、日英を往来して生きてきた自分の使命と思うようになっていた。その思いを抱きながら、久しく時がすぎた。今その日を近くして、自分で自分に課した使命を、ある程度果たせたのではないかと安堵している。(284頁)


 通読し、著者の情熱をぶつけた語り口に圧倒されます。イギリスにおける女性参政権をめぐる女性の生き様を、あたかも目の前に展開するかのように語っています。いつの時代の話なのか、と錯覚するほどです。
 圧倒的な迫力をもって語られる内容と、その巧みな弁士としての語りに、食い入るように読みふけりました。

 第2章では、シルビア・パンクハーストを取り上げています。シルビアは、母と姉とは少し考え方の異なる、平和主義者でした。平和学博士である著者がシルビアを最後に語るのは、まさに面目躍如たるものがあります。

 本書の構成は、「プロローグ」が22頁、第1章「サフラジット」が158頁、第2章「私たちのシルビア」が82頁、「エピローグ」が10頁、「あとがき」が3頁です。
 第1章が本書の基盤となるものです。それだけに、私は、第2章「私たちのシルビア」のことをもっと知りたいと思いました。【5】

[追記]
 「あとがき」は次のように結ばれています。

 本書が手元に届いたら、ノーサンバーランドへ行ってエミリーに草花でも捧げようと思っている。

 二〇一七年夏 ヨーク市の自宅の庭の吾亦紅が風に揺れるのを見ながら


 本書の刊行を受けて、エミリーの墓石に草花の献花は済まされたのでしょうか。
 私の手元にある写真を検索していたら、2004年2月にヨーク市にある著者のご自宅を訪問した折の写真が出てきました。しかも、ご自宅の庭の草花を写していたのです。今もこの花たちは元気でしょうか。

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 ますますのご活躍をお祈りしています。
 
 
 
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2017年10月25日

読書雑記(213)佐藤栄作『見えない文字と見える文字』

 『見えない文字と見える文字 文字のかたちを考える』(佐藤栄作、2013年5月、三省堂)を読みました。

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 丸文字に注目し、丸文字は平仮名字体内での「再調整」とみているという、今野真二氏の『日本語の考古学』(岩波新書、67頁)に触発されて読み出した本です。具体例がわかりやすいので、納得しながら楽しく読みました。
 夏目漱石の自筆原稿に書いてある俗字は、字体が時とともに変化するということを知り、表記の揺れのおもしろさを実感しました。
 また、こんなことも。
 夏目漱石の『坊ちゃん』の自筆原稿に書かれている漢字は、次の右側のようになっています。

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 そして、次の説明になります。うーん、と考え込んでしまいます。漢字の書き取りテストって何なんだろう、と。

漱石が書き取り試験を受けたら0点だというのは、現代では、俗字・異体字が認められなくなっていることを示しているのです。わかりやすく言うなら、現代は採点が厳しいのです。(122頁)


 草書体については、以下の説明が一般的になっていることを確認できました。

中国から漢字が日本に入ってきたとき、すでに草書は成立していました。ひらがなは、この草書から生まれたと思われます。ですから、日本に入ってき楷書の漢字が、日本で崩されてひらがなになったのではありません。
(中略)
もともと、草書という書体は、楷書が崩れて生まれたものではありません。草書は、楷書より古い隷書(一部は篆書)から生まれたとされ、楷書とはいわば兄弟に当たります。(40頁)


 後半では、ひらがなを含めた、草書体について考え直す必要性を痛感させられました。

 漢字や平仮名という文字の形について、肩肘張らずに楽しく読める本でした。欲を言えば、現代社会で使われている文字について、鋭いツッコミや批判や皮肉があってもいいと思いました。
 著者は、香川県に生まれて東京で学ばれた方です。もし、大阪生まれの方だったら、吉本流のさらにおもしろおかしい読み物になさったはずです。この手の本には、まじめさと軽さに、もう一味ほしいと思いました。
 
 
 
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2017年10月06日

読書雑記(212)山本兼一『信長死すべし』

 『信長死すべし』(山本兼一、角川文庫、平成26年12月)を読みました。

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 正親町天皇と信長の確執が語られていきます。正親町天皇が発した信長粛清の命令は、まずは誰が、そしていつ、どのようにして実行するのかで話は展開していくのです。
 折しも、先月9月12日に、明智光秀の密書の原本が見つかったことがニュースになっていました。足利義昭を奉じて室町幕府再興を光秀が画策していたということが、本能寺の変の3日後に書かれた書状から読み解けるとのことです。

 本能寺の変で織田信長を討った重臣の明智光秀が、反信長勢力とともに室町幕府再興を目指していたことを示す手紙の原本が見つかったと、藤田達生(たつお)・三重大教授(中近世史)が発表した。変の直後、現在の和歌山市を拠点とする紀伊雑賀(さいか)衆で反信長派のリーダー格の土豪、土橋重治(つちはし・しげはる)に宛てた書状で、信長に追放された十五代将軍・足利義昭と光秀が通じているとの内容の密書としている。【松本宣良】
(中略)
藤田教授は「義昭との関係を復活させた光秀が、まず信長を倒し、長宗我部や毛利ら反信長勢力に奉じられた義昭の帰洛を待って幕府を再興させる政権構想を持っていたのでは」と話す。

 光秀は書状の日付の翌日、備中高松城(岡山市)から引き返した羽柴(豊臣)秀吉に山崎の戦いで敗れ、逃げる際に命を落とした。(毎日新聞、2017.9.12)


 本作『信長死すべし』の最終章「無明 明智光秀 天正十年六月五日 近江 安土」が、まさにこの手紙がやりとりされた時期にあたります。
 真相はどうだったのでしょうか?

 さて、山本兼一は、正親町天皇が信長を殺して、旧来の国家体制を維持しようとしたという立場で本作を書いています。その間を近衛前久が奔走し、光秀が実現した、というのです。
 今回見つかった光秀の書状を、もし山本兼一が生きていたらどのように説明したでしょうか。そんなことを考えるのも、楽しい歴史推理だと思います。
 正親町帝は、信長を誅する者を亀卜よって決めます。その経緯が、当時の勢力地図と大名の人柄をうまく評しています。また、その密勅を伝える人選でも、近衛前久、細川幽斎、筒井順慶、山科言継、今井宗久、里村紹巴等々、多彩な人々が候補に挙がり、紹巴が適任者となるくだりは、目の前で話が展開しているように語られていきます。山本氏の筆の力です。そして、近衛前久が前面に出ます。「夢幻のごとくなり 近衛前久 天正十年五月十九日 近江 安土城」の章が秀逸でした。
 終章に近い「点前天下一 近衛前久 天正十年六月一日 京 本能寺」での信長のお点前の場面(358〜361頁)は、お茶人でもある山本兼一の筆の力が伝わって来ました。
 最後まで、一気に読ませる作品です。公家のずる賢さも、存分に楽しめました。【4】

※本書は、2012年六月に角川書店より単行本として刊行されたものです。
 
 
 
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2017年10月03日

読書雑記(211)宮尾登美子『一絃の琴』

 『一絃の琴』(宮尾登美子、講談社文庫、新装版、2008.4)を読みました。

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 苗は、琴の師匠である全盲の有伯とのことが生涯忘れられません。ただし、この有伯のイメージは鮮明に語られていません。
 苗の夫は、鳥羽伏見の戦いで戦死します。苦難の人生の中で、さらに先行きが見通せない境遇に身を置くことになりました。
 苗26歳の明治8年に、亡妹愛子の夫の後添えとして、新しい生活を始めます。ここまでが第一部。
 第二部では、苗が夫の理解を得て一絃琴の教室を開きます。ここから、苗の人生が拓けます。
 第三部は、明治16年生まれの蘭子の登場となり、新たな展開が語られます。この蘭子のくだりを読みながら、今6ヶ月の孫娘のことを重ね合わせました。
 明治から大正という時代背景を覗かせながら、物語は着実に社会の中で蠢く人間模様を描き出していくのです。
 後半、苗の回想場面が読む者の気持ちを揺さぶります。情に訴えながらも、しっかりと物語が展開していくのです。
 塾生の一人が芸妓となり、酒席でお金を取って弾くことを禁じられていることが問題になります。その時、蘭子と二番弟子の雅美が対立します。緊張感の走る、本作の中でも印象的な場面です。その裁定を経て、物語は跡目相続を背景にした意外な結末が見られます。技芸の伝承が特殊であり、その難しさが描かれていきます。
 そして第四部。私は、この部の座り具合が落ち着かないと思いながら読み終えました。本書の構成として、これが最善なのでしょうか? 別人の手ではないかと思えるほどに、それまで著者が言葉を刻み込んで来たものとは異なる印象を持ちました。
 また、この第四部を読みながら、蘭子と対峙した雅美がどうなったのか、大いに気になりました。苗が育て上げた稲子も、中途半端なままです。書き継ぐ内に、少しずつ刃こぼれがしたのでしょうか。
 苗と蘭子の生涯が、感動的に語られます。その間で生きる者の後先を、もっと語ってほしいと思います。そしてなによりも、男が描けていません。師である有伯や紋之助はもとより、苗と蘭子の夫もお人形のようで精気が伝わってきません。本を閉じた時に、歯の欠けた櫛が思い浮かびました。【2】

書誌︰1978年、講談社より単行本として刊行。直木賞受賞。1982年、講談社文庫。2008年、大活字改訂版。
 
 
 
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2017年09月27日

読書雑記(210)ジョージ秋山『浮浪雲』の最終回

 『ビッグコミックオリジナル 19号 No.1302』(第44巻第24号/10月5日号、小学館)で、44年にもわたって連載されて来たジョージ秋山のマンガ「はぐれ雲」が最終回となりました。
 「ザザーッ ザーッ」という波の音が8頁にわたって鳴り響く、印象的な終わり方となっています。
 締めの句は「はぐれぐもひとつ 青い空 潮騒寂し」です。

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 「最終回特別企画」として、「ジョージのことば」が5頁分も紹介されています。作者の人柄が滲み出る話で楽しめます。

 息子が生まれた時間に、私はちょうどこの「はぐれ雲」を読んでいました。そこで、名前をこのマンガの登場人物から取りました。
 今回「はぐれ雲」が最終回となったことは、名付けられた当の息子が教えてくれました。本人も、愛着を持って気にかけていたことを知り、嬉しくなりました。

 作者であるジョージ秋山氏は74歳。
 連載開始は1973年。
 1977年には、花園大学の入試問題になりました。
 テレビドラマとしては、1978年に渡哲也と桃井かおりで、1990年にはビートたけしと大原麗子が演じました。
 1982年には、劇場版アニメにもなり、山城新伍がはぐれの声をやっていました。

 この最終話は、単行本の最終巻となる112集に収録され、2018年1月に発売されるそうです。
 
 
 
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2017年09月07日

読書雑記(209)山本兼一『黄金の太刀』

 『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』(山本兼一、講談社、2011.9)を読みました。

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 ペルリが来航した翌年の嘉永7年正月、江戸神楽坂で幕が開きます。
 御腰物奉行の家に生まれた光三郎は、勘当されて家を飛び出した男です。あることから一人の男を探し求めて、五か伝の鍛冶どころである相州鎌倉、美濃関、山城、大和、備前をめぐる旅に出ます。伝統文化としての刀鍛冶をテーマとする〔観光物語〕とでも言えます。
 鎌倉での正宗探しは楽しく語られています。現地取材をしている作者の姿を彷彿とさせる文章です。
 光三郎は、道中記を手にしていました。宿場間の距離や宿屋の数が書いてある案内書のようです。こうしたものが出てくるところからも、話が観光名所巡りの性格を帯びていることがわかります。
 各旅籠での食事も、丹念に記してあります。鎌倉は鰆、大和は茶粥、備前はバラ寿司。そして、各宿場での食事の膳には、魚、大根の煮付け、味噌汁が出て来ます。
 作者が楽しみながら書いていることが伝わってくる小説です。【3】
 
 
初出誌︰『小説現代』
 「黄金の太刀」  2009年6月号
 「正宗の井戸」  2009年8月号
 「美濃刀すすどし」2009年10月号
 「きつね宗近」  2009年12月号
 「天国千年」   2010年2月号
 「丁子刃繚乱」  2010年4月号
 「江戸の淬ぎ」  2010年6月号
 
 
 
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2017年09月06日

読書雑記(208)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・2』

 『京都寺町三条のホームズ・2 〜真贋事件簿〜』(望月麻衣、双葉文庫、2015年8月)を読みました。

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 前回の記事、「読書雑記(207)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ』」(2017年08月29日)の最後に、「観光気分に浸れる、爽やかなご当地小説の出現です。」と記しました。しかし、この第2作はさらなる期待をしたせいか、新鮮さと斬新さが感じられませんでした。

 第一作を受けての序章「夏の終わりに」が、非常に中途半端です。第二作なので、まずは何か書いておかなくては、という意識での文章かと思われます。シリーズ化を意識したせいか、読者への気遣いが空振りしています。【1】
 第一章の「目利きの哲学」は、長い物語の割には中身が伴いません。もっと短くまとめたら、緊張感のある話になったと思います。言葉数が多かった分、飽きがきました。【1】
 第二章の「ラス・メニーナスのような」は、絵画の話が手際よくまとまっています。ただし、作り話であることが見え見えの駄作です。文中に「七つの聡子に会わせてもらえれるなんて、夢にも思いませんでした」(128頁)とありました。このような表現に違和感を覚えます。【1】
 第三章の「失われた龍」における南禅寺三門からのくだりは、親切丁寧なガイドブックです。ただし、話はつまらない出来でした。【1】
 第四章の「秋の夜長に」は、ドタバタ騒動に留まるもので話の中身はありません。【1】
 最終章の「迷いと悟りと」に至っても、文章に緊張感がまったくありません。だらだらと、世間話が続きます。京都の神社仏閣のガイドブックを調べた結果を、ただ並べて会話文でつなげたものとなってしまいました。最後では、なんとか盛り上げようとする熱意が伝わります。この書き方を全編でやってほしいと思いました。【2】
 贋作を見抜くことよりも、本物と贋作の意義や、偽物に命を懸ける者の信念を描き出してほしいと思います。言葉が無駄に浪費されている一書でした。
 本作は、京都へ行きたいなと思わせるだけで、文章は小説や物語の域には届いていないと思います。これが「ライトノベル」だと言われたらそれまでです。本を読むことが好きな者としては残念です。各章の作文に関して、えらそうに書いてしまいました。ご寛恕のほどを。
 テーマがおもしろそうなので、第3作も読んでみるつもりです。
 
 
 
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2017年08月29日

読書雑記(207)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ』

 『京都寺町三条のホームズ』(望月麻衣、双葉文庫、2015.4)を読みました。「第四回 京都本大賞」(2016年度)を受賞したことと、「キャラクターミステリー」と帯にあります。

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 京都三条の骨董屋さんというと、山本兼一の〈とびきり屋見立て帖〉のシリーズを思い出します。幕末の道具屋夫婦のはんなり系時代小説です。残念ながら4作で急逝されたのが惜しまれます。

「読書雑記(56)山本兼一『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』」(2012年12月18日)第1弾

「読書雑記(57)山本兼一『ええもんひとつ ―とびきり屋見立て帖』」(2012年12月19日)第2弾

「読書雑記(63)山本兼一『赤絵そうめん』でお茶のイメージトレーニング」(2013年04月17日)第3弾

「読書雑記(100)山本兼一『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』」(2014年06月03日)第4弾

 これは、坂本龍馬や近藤勇などが出てきたので、明治になる直前の京都三条が舞台でした。本作『京都寺町三条のホームズ』は、現代を舞台とします。京大の大学院生が、骨董にまつわる謎を的確な判断で解き明かします。
 下鴨神社の近くに「葵書店」というお店があるとありました。実は、「葵書房」なら我が家の近くにあります。方角は反対ながら、右京区には「あおい書店」があります。固有名詞を少しずらして使っていることがわかります。
 気になったことがあります。テンポよく進む話に、背景がないのです。演劇の舞台で使われる、簡単な作り物のようだったり、それらしい背景画なのです。物語はおもしろいと思います。しかし、なんとなく深みにかけるのは、そんなことが原因なのかもしれません。この手のライトノベルとされているものは、軽く読み流すべきかもしれません。しかし、それではもったいないと思います。
 ここに集められたら作品の中では、『鞍馬山荘遺品事件簿』が一番おもしろいと思いました。また、『祭りのあとに』が一番印象に残りました。この作者は、今後とも追いかけて読んでみたいと思います。
 本作には、随所に京都の歴史、地理、文化が語られています。まだ京都をよく理解していない高校生である葵のための、勉強も兼ねた説明なのです。しかし、それが読者には京都へ行きたくなるような、誘い水になっています。観光気分に浸れる、爽やかなご当地小説の出現です。【4】
 
 
 
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2017年08月25日

読書雑記(206)角田光代『八日目の蟬』

 『八日目の蟬』(角田光代、中公文庫、2011年1月)を読みました。

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 来月、9月中旬に角田訳の『源氏物語』が刊行されるので、もう少し作者のことを知りたくて手にした本です。この作者については、『源氏物語』を訳すことが公表された時に、「読書雑記(147)角田光代『マザコン』」(2015年11月25日)を読みました。どうも、私にはよくわからない作家でした。
 今回、『源氏物語』を現代語訳した作家ということを意識して、この作品を読みました。物語を紡ぐのが巧みな方のようなので、『源氏物語』を現代語訳するとおもしろいものができるかも知れません。ただし、古典や古文に関するセンスは、できたものを見るしかありませんが。この作者を起用したのは、相当の冒険だと思われます。さて、どういう『源氏物語』の訳が公開されることになりますか。楽しみです。

 それはさておき、『八日目の蟬』は冒頭から緊張感が漂っています。
 赤ん坊を盗んだ女の、その心の中を丹念に描いていきます。生まれたばかりの赤ちゃんが日々成長していく生々しい話が、スピード感をもって語られます。小気味いい切り返しが、作者の得意技のようです。
 後半の第2部から、その娘の話が始まります。話の展開が巧みで、構成に工夫があります。第1部の話を、理詰めで解説するのです。裁判での証言なども盛り込んで。
 この小説『八日目の蟬』は、男性が読むのと女性が読むのとでは、その理解と共感に大きな違いがあるだろうと思いました。男にはわからない性差に伴うことが、話を大きく回転させているからです。
 とにかく、母親を体験した男はいないのです。娘を体験した男もいないのです。それらしい男はいても。このことが、この作品を理解する上で、大きな壁になっていると思いました。
 八日目の蟬の話があります。


「前に、死ねなかった蟬の話をしたの、あんた覚えてる? 七日で死ぬよりも、八日目に生き残った蟬のほうがかなしいって、あんたは言ったよね。私もずっとそう思ってたけど」千草は静かに言葉をつなぐ。「それは違うかもね。八日目の蟬は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」
 秋に千草と見上げた公園の木を思いだした。闇にすっと立っていた木に、息をひそめる蟬をさがしたことを思いだした。あの女、野々宮希和子も、今この瞬間どこかで、八日目の先を生きているんだと唐突に思う。私や、父や母が、懸命にそうしているように。(343頁)


 ここは、もう少し複雑な言い回しにしてほしかったところです。もっと深い意味を感じとらせるように。
 男とはまったく違う女のセンサーで感じ、語られる物の見方や考え方に、わからないなりにもその違いだけは少し伝わって来ました。
 語られている出産と育児を通して、男と女の違いを知ることになりました。【5】
 
 
初出誌︰『読売新聞』(夕刊)2005年11月21日から2006年7月24日まで連載
単行本︰『八日目の蟬』中央公論新社、2007年3月刊
 
 
 
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2017年08月23日

読書雑記(205)高田郁『あきない世傳 金と銀 四 貫流篇』

 『あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇』(高田郁、時代小説文庫、角川春樹事務所 、2017年8月)を読みました。

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 江戸時代中期の、大坂天満の呉服商「五鈴屋」を舞台とする話です。
 本作品も、前作を受けての話が展開します。しかし、いつもと違うのです。女主人公である幸が目立ちすぎます。いい子すぎます。机上で作文したものであることが、これまで以上に、そこここで伝わってきました。あまりにも、作者のご都合主義が露呈しすぎです。読んでいて、いつもの高田郁らしい調子がなかなか伝わってこないのです。半ば拍子抜けして、どうしたのだろうと思い、我慢しながら先を急ぎました。
 そうこうするうちに中盤で、披露宴に引き続いて舞台回しとなっていたお家さんが死にゆく場面で、賑わいと厳かな終焉が巧みに描き分けられていきます。秀逸な語り口です。作者の筆の力が、この半ばにしてようやく蘇ったようです。
 また、近松門左衛門の作品がうまく物語に取り込まれています。徹頭徹尾下調べをした証です。
 さらには、紅花のお茶がでてきたことに驚きました。今、私はお茶に興味を持っているからです。それは、間引いた紅花を乾燥させたものでした。

お染は、ああ、せや、と呟いて、土瓶に入れようとしていた茶葉を少し小皿に零す。
「ご寮さん、これ、何やと思わはります?」
 からからに乾いた葉は、よくよく見ると茶葉とは異なり、細い軸らしいものが付いている。何だろう、と首を捻る幸に、
「間引いた紅花を、乾燥させたものだすのや」
「紅花? あの紅花ですか?」
幸は目を見張り、小皿の葉を窪めた掌に受けて、じつと見入った。
 紅花は文字通り紅花染めに用いられる植物で、雪深い出羽国が主な産地であった。俗に「紅一匁、金一匁」と評されるほどに値打ちの高いものだ。およそ呉服の商いに携わる者なら、それが如何に貴重で高価なものか、骨身に沁みていた。
「紅花は花を摘んで磨り潰したあと、乾燥させて餅のように固めたものが染屋に渡る、と聞いたことがあります。間引いた紅花がこんな形で手に入るだなんて……」(161〜162頁)
 
 干した紅花を土瓶に入れて、熱い湯を注げば、焦げ臭いような妙に懐かしい匂いが漂う。(163頁)
 
 湯呑みを手にした。逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと貴重なお茶を飲み干す。思いがけず飲み易く、口の中がさっぱりとする。(164頁)

 
 後半は、次第に作者も弾みがついたのか、行商という新しい商法を幸が思いつき、斬新な商売に手を付けることになります。文章も活気が出てきました。
 季節感がしっかりと背景に置かれ、風俗が前景に描かれます。登場人物が生き生きと動くのです。作者の本領発揮です。
 十五夜の月影が桑の実色の生地を照らす場面は、作者が得意とするところです。

 お竹は薄を手放して、幸の傍ににじり寄った。広縁から幸の居るところまで、煌々と月影が射し込み、膝に広げた縫い物を照らしている。日中の陽射しの中で見るのとは色味が異なり、妖艶な美しさだった。また、縮緬だと、「しぼ」と呼ばれる凹凸が生地に表情を付けて、一色ながら何とも良い味わいが出る。
「綺麗な色だすなあ」(240頁)
 

「ええ月だすなぁ」
 ぎりぎり、隣家の屋根に留まる月を愛でて、お竹はしんみりと眩いた。
「紅屋の嬢さんが四代目に嫁いで来はったんも、それに四代目の四十九日も、確か、十五夜だしたなぁ」
 因縁の日を覚えていた女衆に、幸は敢えて何も応えずに、ただ一緒に月を観る。
 そう、場所も同じこの広縁で、四代目の忌明けの夜、五代目徳兵衛を継ぐ条件として、惣次が持ち出したのが「幸を娶ること」だった。五代目と添うたあと、今はその弟、智蔵と夫婦となり、六代目徳兵衛の女房として勝負の衣装を縫いながら、お竹と十五夜の月を愛でている。
「来年の十五夜も、こないして笑うて眺めたいもんだすなぁ」
 このところ仏像と化すのも忘れているお竹が、つくづくと言った。
 因縁の十五夜に、幸は心密かに月に誓う。どんな時も知恵を絞り、笑って勝ちに行く。笑って、勝ちに行くのだ、と。(242〜243頁)


 豊かな表現が生き返りました。
 そして、後は一気呵成に話が緊迫し、頁を繰るのがもどかしくなるほどに急展開します。この続きを一日も早く読みたい、との思いで本を閉じることになりました。【5】
 
 
 
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2017年08月22日

読書雑記(204)白川紺子『下鴨アンティーク アリスと紫式部』

 連作となる《下鴨アンティーク》の第1弾『下鴨アンティーク アリスと紫式部』(白川紺子、集英社オレンジ文庫、2015年1月)を読みました。ライトノベルと言われている分野の作品です。

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 作品の発表時期が前後するものの、すでに第3弾を読んで「読書雑記(189)白川紺子『下鴨アンティーク 祖母の恋文』」(2017年01月09日)を書きました。さらに最初から読んでみたくなったので、本書を手にしました。

 [iTunes Preview]から内容紹介の文章を引きます。

【集英社オレンジ文庫創刊!】アンティーク着物をめぐるミステリー。京都、下鴨――。高校生の鹿乃は、旧華族である野々宮家の娘だ。両親を早くに亡くし、兄の良鷹と、准教授をしている下宿人の慧と三人で、古びた洋館に住んでいる。アンティーク着物を愛する鹿乃は、休日はたいてい、祖母のおさがりの着物で過ごす。そんなある日、「開けてはいけない」と言われていた蔵を開けてしまう! すると、次々に不思議なことが起こって…!?



■「アリスと紫式部」
 虫干しを契機に、蔵の中の着物を確認していて、鹿乃は不思議なことに巻き込まれます。源氏車が、少し時間が経ってから見ると壊れた絵になっていたのです。
 同居人の慧は兄の同級生で、今は私大の准教授です。その慧が相談相手です。
 その着物を持っていた人にまつわる愛憎劇が炙り出されます。そして、話は「あべこべ」の謎解きに。
 『源氏物語』の「葵」巻での内容がヒントです。
 壊れていた源氏車が元に戻ったという説明は、理屈としてはわかります。しかし、私には具体的にその直ったということがイメージとして描けませんでした。理屈が先行していて、無理があるように思います。何度かこの最後を読み直した今も、そのようには読みきれませんでした。完成度は高いと思いながらも、この点で不満が残っています。【3】
 
■「牡丹と薔薇のソネット」
 女子高生が活写されて始まります。
 長襦袢から声が聞こえる怪。その背後には、シェクスピアのソネットに託したラブレターがありそうです。何ともアカデミックな設定です。ただし、盛り上がらないままに話は次へと引き継がれます。
 ここでは、人間関係が丁寧に語られています。そして、お祖母ちゃんの日記が話題として提示されます。長期連載のためには、こうしたつなぎの話が必要なのでしょう。【1】
 
■「星月夜」
 お祖母ちゃんが17歳の時に書いたという日記が、話を推し進めていきます。蔵の中にあるお祖母ちゃんの着物探しの始まりです。
 お祖母ちゃんの日記に書いてあることをなぞるように、物語は綴られていきます。
 夜空に星が瞬くのを2人で見た話が、本話のポイントです。しかし、このネタは、日記の話を引用する体裁を取らなくてもよかったのではないか、と思いました。謎解きが理屈っぽくなっているからです。鹿乃と慧との話として語った方がよかったのに、と思っています。【1】
 
 
 
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2017年08月10日

読書雑記(203)村上紀夫『京都 地蔵盆の歴史』

 『京都 地蔵盆の歴史』(村上紀夫、宝蔵館、2017.7.24)を読みました。ちょうど、今週から来週にかけて、我が町内でも地蔵盆が行われます。この伝統的な行事を前に、この本で少し勉強をしました。

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 本書は、江戸時代の文書を含む数少ない地蔵盆に関する資料を丹念に集め、それを綴り合わせて読み解いていきます。関西に特有な地蔵盆とは何か、それが何であるのかを明らかにしようとする本です。
 多分に想像力をたくましくして、さまざまな可能性を考察しています。慎重な物言いと、どこからかが自説であるのかが明確です。納得しながら、楽しく読めました。

 江戸時代の書付などを読み解きながら、町内会での地蔵盆の実態などを、経費や会場や内容に至るまで報告しています。実際に行われていた姿が、具体的にイメージできました。

 本書で一番おもしろいと思ったのは、お地蔵様の撤去と地蔵盆の中止の後、それらが復活していく過程の検討です。わからないとされることへの挑戦がなされているだけに、推理小説に参加している気分になりました。

 筆者は、最後に本書で明らかにしたことをまとめておられます。今、その暇がないので、後日この記事の「補訂版」としてそれらを引いて、理解の一助にしたいと思っています。この記事は続きます。
 
 
 
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2017年07月12日

読書雑記(202)伊井春樹著『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』

 『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』(伊井春樹、ミネルヴァ書房、2917.7.10)を読みました。

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 読書雑記としては、種類は違うものの、前回の「読書雑記(201)有川浩『阪急電車』」(2017年07月05日)に続いて、阪急電車に関連した本ということになります。あくまでも偶然にこうなったのですが……

 小林一三には、観光地化に対する溢れんばかりの発想があったのです。新しい価値の発見であり、新しい思想です。本書には、明治から大正にかけての関西の文化が活写されています。小林一三を再発見し、再評価をする書となっています。
 一三が進める阪急沿線の開発とその宣伝文には、今、新しい職場で観光のことを考えている私には、多くのヒントをもらいました。

 箕面有馬電気軌道鉄道が明治四十三年三月十日に大阪梅田から宝塚へ、途中の石橋から箕面へと路線が敷かれて営業を始めると、宝塚への温泉客も増えてくる。ただ電鉄会社としては、〈箕面有馬〉と称しているように、有馬への延伸が基本であり、宝塚は通過駅としての位置づけにあった。それだけに観光地としても知られる箕面の開発にまずは勢力を注ぎ、集客をはかる新しい施設を整え、大阪お伽倶楽部の助力も得ながら、多様な催しを企画していった。
 宝塚は観光地ではないだけに、これまでは温泉宿を持つ避暑地として知られ、見るべき名所は「宝塚梅林」のみにすぎないと紹介記事はそっけない。ただ、有馬行き電車の構想が明らかにされた時点で、有馬温泉の旅館業者は日帰り客が増え、宿泊しなくなると強く反対していた。結果的にその声の大きさと、山間部を走る難工事もあり、小林一三は有馬への延伸を断念するのだが、正式の決定はまだ先のことであった。(180頁)
 (中略)
 正式に有馬行きを断念したのは大正二年六月、その直後に宝塚唱歌隊を結成し、本格的な宝塚開発へと突き進む。もっとも、小林一三はそれ以前から有馬までの路線は困難との思いをいだき、宝塚の観光地化を計画はしていたのであろう。(182頁)


 「観光とは何か」を考え出していたところだったので、タイムリーな本でした。
 次の一文は、まさに今、食と観光のことに取り組んでいるところなので、早速メモをしました。

「九月十日より箕面公会堂にて、全国食料品共進会、各地名物うまいもの、悉く一堂に集る」と、今日のデパートでも見かける「全国うまいものフェアー」も催されるなど、集客の方策がなされていく。(173頁)


 名所の裏にある人の流れと店や物の動きなどから、一三の発想の新奇さを超えた先見の明が活写されていきます。人を集めることに天才的な発想を見せた一三は、次々と妙案を提示していたのです。
 中でも、「箕面電車唱歌」「箕面動物園唱歌」には、日本の伝統的な文化が塗り込められていることを教えられました。一三は、単なる事業家ではなくてスケールの大きな文化人だった、と著者は訴えています。
 箕面動物園や山林こども博覧会のくだりになると、まさに伊井語りとでも言うべき口調で、明治40年前後の観光ガイドブックが展開します。観光に興味を持つ私には、これこそ貴重な資料集となっています。
 箕面でのさまざまな取り組みが、その後の宝塚での発展と展開の基盤となっていきます。特に私は、一三が子供の存在を巧みに意識させていることに注目して読み進みました。
 最後に語られる、宝塚におけるプールの失敗から劇場へという発想の転換は、鮮やかな成功談として楽しめます。ところが話はさらに転々とし、失敗と言われているプールが、実は一三のレトリックであって、実際には最初から劇場と公会堂を兼用できるものだったということが明らかにされます。丹念に資料を渉猟し、読み解いての新見解です。
 少女歌劇団員の名前について、天津少女などは『百人一首』から採ったことは知っていました。その他にも多くの例を提示されると、ますます役者への親しみが湧いてきます。

 舞台に立つとなると、人々に親しまれ、覚えられるような芸名が必要である。「ドンブラコ」で桃太郎役となったのが男役スター第一号とされる十四歳の高峰妙子、本名の浅井(中村)薫に対して、『百人一首』(山部赤人)の「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」を典拠とした。このようなアイデアを持ち出したのは、文学に通暁する小林一三であったに違いなく、少女を一人ずつ見ながら、それぞれふさわしいみやびやかな名前を付けていく。猿となった雲井浪子は、「わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの雲井にまがふ沖つ白波」(藤原忠通)、小倉みゆきには「小倉山峰の紅葉葉心あらばいまひとたびのみゆき待たなむ」(藤原忠平)と、人々にとってはなじみが深く、日常的にも口ずさまれ、国民的な愛唱歌『百人一首』を用いた歌である。大江文子、由良道子、逢坂関子、若菜君子などと、少女たちは和歌に由来する芸名が付けられ、舞台女優としての自覚を強く持つにいたったことであろう。
 草創期の少女だけではなく、宝塚の伝説的なトップスターとして名を残す七期生の天津乙女は、「天つ風雲の通ひ路吹きとちよ乙女の姿しばしとどめむ」(僧正遍昭)に由来することはよく知られるところである。妹の娘役トップの雲野かよ子は十一期生、同じ和歌を用いての芸名となる。(246〜247頁)


 本書は、今から2年前に刊行された「読書雑記(136)伊井春樹著『小林一三の知的冒険』」(2015年07月15日)を受けた、一三の生き様と一三が生み出した文化を語るものです。本書に続く第3弾では、宝塚歌劇がどのようなものを題材にして、誰によって演じられてきたかが語られることでしょう。特に、『源氏物語』の話を期待しています。
 本書では、著者が住んでおられる箕面への愛着も、その行間から伝わってきます。その旺盛な知的好奇心がますます実を結び、私どもに近現代の生きた文化史を展開してくださることをありがたく思いながら、それを大いに楽しみたいと思います。
 巻末の詳細な「人名索引」と「事項索引」は、本書が単なる読み物に留まるものではなく、資料的な性格を併せ持っていることを示しています。読み返し、再確認するときに大いに役立ちました。【5】
 
 
 
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2017年07月05日

読書雑記(201)有川浩『阪急電車』

 有川氏の作品を読むのは、これが初めてです。聞き耳を立てて話を楽しむ味があります。

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 関西の香りと軽妙さが心地よい、いい作品です。そして、登場人物の役割と演出が絶妙です。仕組まれた言葉の棘が、随所でチクリと刺して来るので、大いに楽しめました。語られる言葉の端々に、温かい視線も感じられました。
 乗客たちを乗せて走る電車には、それぞれの物語も乗せて走っている
のです。
 若い男の子と女の子の気持ちを描き分けながら、その接点と距離感が微妙に絡まる話に仕上がっています。壊れそうな人の気持ちと相手とのバランスを、包み込むように語るので、短い話ながらも人に対する優しいまなざしが伝わってきます。
 全編を通して、透明感のある文章です。そのせいか、読み終わってみて、軽さが気になりました。
 最初、作者は男性かと思って読み進めていました。すぐにあれっと思い、作者は男女どちらなのかを楽しみながら読みました。
 何も知らない作家の作品を読むときには、こんな楽しみ方もあります。決め手は、男性の心が見通せているか、というところです。
 その意味では、『源氏物語』には、女性では書けないと思われる描写があって、この視点で物語を読むのもおもしろいと思っています。蛇足ながら、『源氏物語』の作者は紫式部という一人の女性だけが書いたとは思っていません。彼女は、あくまでも最終段階の総責任者に留まるのではないでしょうか。そして、今残っている文章には、その後の男性の筆が入っているようです。
 それはともかく、有川さんの、また別の作品を読んでみたいと思うようになりました。【3】

書誌メモ︰2008年1月、幻冬舎より単行本発行
     2010年8月、幻冬舎文庫として刊行
 
 
 

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2017年07月04日

読書雑記(200)加藤 聖文『満蒙開拓団』

 『満蒙開拓団―虚妄の「日満一体」』(加藤聖文著、岩波現代全書、2017年3月)を読みました。

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 開拓民の衝撃的な証言から始まります。私は、満州から命からがら日本に帰ってきた母から少し聞いていたので、身につまされる思いで読み始めました。語り口が優しく、読みやすい文章です。

 本書は、満蒙開拓団の歴史を政策史の視点から検証していきます。これまでは、悲劇に焦点が当てられたものが多く、政策史からの視点で分析したものはほとんどないそうです。研究書もない中で、俗説混じりの開拓団の歴史が流布する現状に一書を投ずることになったようです。

 また、満洲開拓政策は、加藤完治と東宮鉄男によって進められたとされている。そして、移民拡大に反対していた高橋是清が二・二六事件で殺害されたことで、移民拡大の障壁が取り除かれ、百万戸計画という大量移民に繋がったともいわれている。しかし、これは加藤完治ら移民推進派が、戦中から戦後にかけてことあるごとに発言していた言説であって、彼らの功績を誇張した「俗説」でしかない。にもかかわらず、今日にいたっても研究書のレベルですらこのような単純化された「物語」を何の検証もないままそのまま鵜呑みにする傾向が強い。
 本書で明らかにしていくように、満洲開拓政策は限られた特定の人間たちによって推進されたような単純なものではなく、戦時下で目まぐるしく変わる政治環境のなか、政策が肥大化する反面、誰もが一定の枠組み以上の影響力を与えることはできず、政策責任の所在が不明瞭になってしまったという特徴を持つ。
 満洲開拓政策という国策は、関与した人物の多彩さに加え、「日満一体」のもと日本国内にとどまらず満洲国まで巻き込んだ政治状況の複雑さ、さらには日本人だけでなく中国人や朝鮮人など多民族を巻き込んだ民族問題までもが絡み合って、その実態への接近を拒絶し続けてきた。
 これから本書において、複雑な構造を抱える国策の実態に接近を試み、七〇年以上経っても総括されないまま、今なおさまざまな課題を投げかけている満蒙開拓団の歴史を考察していこう。(「はじめに」 xi頁)


 この問題では、長野県が研究対象として偏重していることから、本書では長野県以外の事例を取り上げ、国策が全国に与えた影響を見ようとしています。

 なお、本書執筆にあたっての著者の思いなどは、「あとがき」で次のように記してあります。本書の性格を知ることができるものなので、これも引いておきます。

 満蒙開拓団をめぐる問題は今なお続いている。また、その問題に気づいて歴史を掘り起こそうとする人たちもいる。しかし、その手引き書ともいえる学術的な通史が皆無であった。これは研究者として恥ずべきことであって、誰も書かないならば自分が書くしかない。そんな思いを募らせて、岩波書店の馬場公彦さんに満蒙開拓団の通史を「売り込んだ」のである。自分から書きたいといったのは初めてであった。(242頁)


 さて、柳田國男が農商務官僚として出てきます。農政論者から民俗学者へと転身する背景が語られています。新鮮でした。

 世界恐慌に端を発した農村の窮乏に対しては、所管官庁である農林省がもっとも強い危機感をいだいていた。実は、すでに日露戦争後から農村の経済構造は大きく変わりはじめており、土地所有を拡大した地主が寄生地主化するとともに地主と小作との対立が顕在化、前近代的な村落共同体は危機に瀕していた。こうした農村の危機に敏感に反応したのが柳田國男であった。一般的には民俗学者として知られる柳田は、そもそも農商務官僚として農政の専門家であり、地主の自作農化によって中農層を育成して農村再生を図ろうとしていた。また、当時物納制であった小作料の金納化や台湾・朝鮮からの外米移入によって地主の意図的な米価つり上げを牽制しようとするなど、この当時では革新的な農政論者であった。しかし、柳田の革新的な意見は取り上げられず挫折し、彼は官界を去り民俗学へと傾斜していった。そして、この柳田の未完の政策を受け継いだのが石黒忠篤であったのである。(23〜24頁)


 さまざまな資料を丹念に読み解き、駆使して、満州の地で起きていた出来事を冷静な口調で語ります。取り上げられたら事例が具体的なので、著者の切り口と視点に新鮮さを感じました。

 ただし、その後は同じ調子で事実の羅列とその解説が続くので、少し飽きてくる節もありました。本書の性格からは、自制の姿勢は理解しつつも、もっとドラマチックに仕立ててもよかったのでは、と思いました。
 また、地名や人名は、馴染みのないものが多いので、もう少し振り仮名があると、いちいち立ち止まらずに読み進められたと思います。

 原節子のデビュー作「新しき土」という映画の話は、もっと語ってほしいことでした。話が文献中心なので、こうした文化面からの切り口も効果的だと思われます。

 ちなみに、百万戸計画と同じ年に日独防共協定が結ばれたが、これを記念して日独合作映画「新しき土」が制作された。原節子のデビュー作となった作品であり、全国的に大ヒットを記録したが、そもそも国策映画としてのタイトルが示す通り、この映画のラストは原節子が夫となった主人公と満洲へ移民団として渡るという筋書きであった。鍬を握ったこともない良家の子女が移民として満洲へ渡る−それは、貧しい農民の救済という当初の意図からかけ離れて、国策となった満洲移民は国民すべてが対象となることを暗示していたのである。(128〜129頁)


 後半の昭和十年代も終わり頃についてなると、満州に行こうとする人が少なくなります。そこで国や地方がどうしたか、という下りは、もっと聞きたいところです。満州開拓という国策を無理やり拡大する中で、学校関係者や部落問題が絡んでくるからです。

 次の文章はは、両親が満州で置かれた環境を知る手がかりとなるものです。地続きの国境における緊張感に欠ける日本ならではの失態、というべきものだったようです。

 日ソ戦争は八月一五日になっても終わることはなかった。公式には、一九日に関東軍とのあいだで停戦合意が成立したことで関東軍の武装解除が開始されるが、場所によっては八月末まで戦闘が継続、さらに、武装解除を受けた兵士たちの大半はソ連へ連行されていった。シベリア抑留の始まりである。根こそぎ召集で兵士にされた開拓民や義勇隊員たちは停戦時に現地除隊をして開拓団へ戻る者もいたが、そのままソ連軍によってシベリア抑留となるケースも頻発した。彼らは残してきた家族の安否を確かめる術もないまま数年間にわたる強制労働を強いられ、生き残った者たちは帰国して初めて家族を喪ったことを知ることになる。
 一方、ソ連軍は老人と子供と女性ばかりになっていた開拓団を容赦なく攻撃した。攻撃を受けた側からすれば、なぜそこまでしなければならないのかと憤るのも当然である。しかし、ソ連軍からすれば開拓団に男性がほとんどいなかったことまでは把握していない。しかも、当初から開拓団は軍事拠点と見なされる存在であったのである。
 そもそも移民を最初に構想した東宮鉄男は、そのモデルをソ連が行っていた武装移民に求めていた。ソ連は満洲事変直後、軍事的に優位にあった関東軍が極東地方へ進攻することを恐れており、防衛体制の構築を急ぐため、その一環として武装移民を極東に入植させていた。東宮はこのソ連の武装移民をモデルとして武装移民計画を構想したのである(『東宮鉄男伝』『満洲開拓史』)。
 占領地の支配強化を目的として自国民を入植させる政策は、ヨーロッパでは一般的であった。例えば、第一次世界大戦後に独立したポーランドでは国境を接するソ連との軍事的緊張状態が続いていたため、東部国境周辺にオサドニッツイと呼ばれる武装移民を入植させ、国境防衛に充てていた(『カチンの森』)。
 また、ドイツは第二次世界大戦中に一二〇万人ものポーランド人を独軍占領地ウクライナに強制移住させ、彼らを追放した後には、ドイツ本国からドイツ人の入植を進めていた。このようにドイツとソ連に挟まれた東欧では、支配と移民とは表裏一体の関係にあって、政治的・軍事的意図を抜きにして語ることはできないものであった。
 ということはソ連側から見れば当然、日本が満洲国内で建設した開拓団は政治的意図によってつくられた軍事組織以外の何ものでもなかった。しかも、実際に関東軍は開拓団に軍事的役割を求めていたのであり、日ソ戦時に軍命令で戦闘に直接従事した開拓団(間島省琿春県集団第一二次飯詰開拓団・同県義開第四次小波開拓団・東安省虎林県集団第一三次光開拓団など)や義勇隊(牡丹江省東寧義勇隊訓練所・黒河省孫呉義勇隊訓練所)もあったのである。
 開拓団をめぐる悲劇は、このように当時の国際的通念からすれば開拓団は軍事組織と見なされていたにもかかわらず、当事者である開拓民たちにとっては、日本国内と同様の「村」としてしか認識しておらず、関東軍が守ってくれる以上、軍事攻撃に曝されるとは露ほども思っていなかったというギャツプの大きさにあるといえる。
 また、関東軍幕僚を除けば、開拓政策を推進した民間人や官僚も国内問題という極めて内向きな視点からしか開拓団を考えていなかったことも大きな問題であったといえる。軍事的緊張感が強い外国への入植という国際的な問題を日本限定の内向き思考でしか捉えられない政治エリートの想像力の貧困さは、日本社会の宿痾でもある。(195〜197頁)


 具体的な情報を基にした記述で、満州がどういうものであったのかがよくわかりました。
 本書は、満蒙開拓団が中心でした。次は、軍人として満州に渡った私の両親たちの、現地での生き様やその歴史的な位置付けを知りたくなりました。
 この両面が明らかになると、満州の実態がさらに鮮明に浮き彫りになることでしょう。【4】
 
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 満州のことについては、船戸与一の『満州国演義』(全9巻)を通して、個人的な感懐を記しました。
 参考までに、その記事9本を列記しておきます。
 このリストでも、記事の中のリンク先は、本年3月に閉鎖したイオネットになったままのものが多くあります。気付いたものから、このさくらネットのアドレスに書き替えていきます。いましばらくお待ち下さい。参照してお読みいただく際には、記事の名前で再度検索していただくことで、当該の記事が表示されます。


「読書雑記(198)船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』」(2017年04月28日)

「読書雑記(190)船戸与一『南冥の雫 満州国演義八』」(2017年01月25日)

「読書雑記(186)船戸与一『雷の波濤 満州国演義7』」(2016年12月29日)

「読書雑記(182)船戸与一『大地の牙 満州国演義6』」(2016年10月21日)

「読書雑記(181)船戸与一『灰塵の暦 満州国演義5』」(2016年09月29日)

「読書雑記(174)船戸与一『炎の回廊 満州国演義4』」(2016年08月05日)

「読書雑記(170)船戸与一『群狼の舞 満州国演義3』」(2016年06月23日)

「読書雑記(153)船戸与一『満州国演義2 事変の夜』」(2016年01月14日)

「読書雑記(145)船戸与一『風の払暁 満州国演義 1』」(2015年11月17日)
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 また、これまでに満州のことを書いた記事のリストも引いておきます。
 これはあくまでも暫定的なものであり、今後とも追記していきます。

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「読書雑記(187)『戦後強制抑留 シベリアからの手紙』」(2016年12月30日)

「読書雑記(185)『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』」(2016年12月28日)

「両親がいた満州とシベリアのことを調査中」(2016年12月27日)

「江戸漫歩(148)平和祈念展示資料館で両親のことを想う」(2016年12月18日)

「宙に浮いている郵便貯金1900万口座」(2010年08月20日)

「【復元】母子の絆の不可思議さ」(2010年04月29日)

「わが父の記(3)父の仕事(その1)」(2010年04月03日)

「亡父の代わりに日本人墓地跡へ」(2010年01月17日)

「古書大即売会とシベリア展」(2009年05月01日)

「中国にあるか?『源氏物語』の古写本」(2008年02月14日)
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2017年05月12日

読書雑記(199)デービッド・アトキンソン『新・観光立国論』

 『新・観光立国論』(デービッド・アトキンソン、東洋経済新報社、2015年6月)を読みました。著者は、元ゴールドマン・サックス証券のアナリストで、現在は文化財の補修・修繕をする小西美術工藝社の社長です。先日も、文化財の修復を手がける様子が、テレビの特集番組として放映されていました。

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 観光に関して私はまったくの門外漢です。これまで、観光についての問題意識を持っていなかったこともあり、非常に刺激的な内容でした。ただし、著者の異文化理解に対して違和感も随所で感じたので、そのことから記します。
 限られた統計などの数字を根拠にした、アメリカ発想の単純明快さを売りにした客寄せ本だと思いました。著者はイギリス人であることを強調なさっています。しかし、発想は私の感覚ではアメリカ的だと感じました。その基準は曖昧ながらも……
 各国にはその国なりの文化がある、ということに言及しながら、日本に関してはピントが合わないままに展開します。論理優先と私見をもとに自由闊達に語られているので、筆者の思いつきに振り回されている感じが終始伴いました。
 自分の価値観と自分が身に着けた文化を、他国の人に強要しているように思われます。さらには、差別を助長する物の見方を垣間見る箇所があります。住宅の「内装」には文化の「多様性」を言いながら、異文化に対する無理解から「VIP専用レーン」の提唱に至ることには、伝統的な日本文化になじまない差別意識がうかがえます。もちろん、筆者は誤解を回避しようとしますが。

 観光客を支払う料金でランクづけするということに抵抗を覚える人も多いかもしれませんが、これは差別ではなく、「多様性」を受け入れているということなのです。お金をたくさん払える人にはそれに見合う優遇をして、お金をあまり払えない人にもそれなりに満足のいくサービスを提供する。このような「多様性」を供給者側が自ら設定することで、よりバラエティに富んだ客がそれぞれに楽しめる機会を提供することができます。観光収益も上がるので結果として観光地としての質も向上していくことになるのです。(200頁)


 私には、この理屈は受け入れにくいものです。
 こうしたことは、あくまでも私の印象批評なので、ここではこれ以上は控えましょう。

 本書は、日本が「観光立国」になるためには何が足りなくて、何をすべきなのかを明らかにするのを目的とするものです。そして、イギリス流の「議論の文化」で分析を進めていきます。分析に相手への気遣いや愛情を差し挟むと、事実が見えにくくなるからだと言います。そのこともあって、論理と結論は明快です。ただし、議論の余地はあまりなく、一方的な私見だけを押し付けることに終始します。
 その結果として、「短期移民」を提唱します。短期間だけ日本に滞在してお金を落としてくれる外国人を増やす「観光立国」です。ただし、「観光立国」という言葉には特に明確な定義があるわけではない、ということなので、話はややこしくなります。(47頁)

 そして、観光立国として成功するためには、「気候」「自然」「文化」「食事」の4つの条件があるのだと。これは、日本にとって好条件だと言います。

 「気候」においては非常に「有利」と言えます。よく、日本は「四季」が明確に分かれている唯一の国だという話を聞きますが、欧州の人間からすれば、これはあまり納得できません。このような話がまかり通っているのは、京都あたりで囁かれていた「俗説」がいつの間にか、正しいこととして日本全国に広がったのではないかと思っています。
 実際に、北海道や沖縄より四季が明確に分かれている国はいくらでもありますし、イタリアには「四季」という有名な曲もあるように、温帯地域の国はみな日本の気候とあまり変わりがないのです。では、気候の何が有利なのかと言うと、四季があることではなく、暑い地域と寒い地域の差が大きいことです。つまり、北海道でスキーもできますし、沖縄でビーチリゾートを楽しむこともできるのです。(65頁)


 四季については、やはり日本は独特の季節感のもとに文化が醸成されてきたものなので、他国の季節感とは明らかな違いがあると思っています。感覚的に微妙な差が、文化の違いを見せているのではないでしょうか。その点から、著者の視点に身贔屓なところを感じています。
 日本人の勘違いについても、いろいろな指摘がなされています。これが、非常に効果的に語られます。
 私が一番興味を持っている文化の発生と継承について、おもしろい指摘がありました。少し長い文章ながら、引いておきます。

 このように文化に幅があるという話をすると、必ず「日本の特徴の1つは、さまざまな文化をうまく取り入れて、自国の文化としてアレンジすることだ」というようなことをおっしやる方がいますが、それは違います。
 異文化をうまく取り入れるのは、何も日本だけの特徴ではありません。例を出せばきりがありませんが、たとえばヨーロッパにおけるキリスト教はその典型でしょう。
 本来、キリスト教は中東からきた宗教です。海外からきたものを自分たちの宗教に取り込んだのです。その痕跡が「クリスマス」です。もともとは年末年始の行事ではなく、真夏に行なう誕生祭という行事でした。キリスト教以前の宗教で真冬に行なっていた最大のお祭りをなかなかやめてもらえないという状況に加えて、キリスト教の真夏の誕生もなかなか浸透しなかったということもあって、苦肉の策として、キリスト教の誕生祭を真冬のお祭りにアレンジして、今のような「クリスマス」になったのです。
 ちなみに、クリスマスツリーというのは、もともとドイツの古い宗教の習わしで、イギリスには19世紀に入ってきた文化です。また、復活祭(イースター)の休日に、卵を飾り付けるイースター・エッグも、キリスト教由来のものではなく、5000年ほど前のエジプトの習慣だったと言われています。
 つまり外国でも、さまざまな文化を取り入れて、自分たちのものにするということは、ごくごく当たり前に行なわれているのです。
 では、日本の「特徴」は何でしょう。学問的に言えば、古い文化を残しながら、次にやってきた新しい文化を取り入れること、と言われています。たとえば、公家文化を残して、武家文化も認める。天皇制を残しつつ、征夷大将軍という制度を加える。装束を残しつつ、武家の着物も足していく。以前の文化を駆逐したり、それまで行なわれてきたことを止めたりしないというのが、最大の特徴と言われています。
 これは非常に素晴らしいことだと私は思います。古いものがしっかりと残っている。さらにそこに新しいものも取り入れる。この「幅」のある文化的特徴というのは、外国人から見ると非常に斬新ですので、ここをしっかりと訴えていくべきだと私は考えています。(68〜69頁)


 「おもてなし」についても、考えさせられました。これも、長文ながら引用します。これは、オリンピック招致の時の、滝川クリステルさんのプレゼンテーションに関することです。

 日本人の多くは、あの「おもてなし」にまつわるスピーチが高く評価され、日本開催が決定したと思っていることでしょう。実際に日本のマスコミは、そのように報道しました。しかし、残念ながら世界的にはまったく逆で、あのプレゼンテーションの「おもてなし」についてはかなり厳しいことも言われており、むしろ否定的な意見が多いのです。
 その最大の理由は、そう指示されていたからでしょうが、彼女が「お・も・て・な・し」とひと文字ずつ区切って強調したうえで、合掌をしたことです。あの姿に私は、非常に大きな違和感を覚えました。なかでもこれは誤解を招くのではないかと感じたのは、あの語りかけるような口調です。
 実はあのように一つひとつ区切ったような話し方をすると、欧州では相手を見下している態度ととられてしまうのです。さらに驚いたのは、このような批判を受け、滝川さんが「日本国内では絶賛されました」という主旨のコメントを発したことでした。
 お迎えするお客さまを大切にする「おもてなし」を説きながらも、一方でその「客」である外国人たちの評価を気にせず、身内からの自画自賛の声によって評価とする。これでは単に、身内での自慢話を聞かされているような印象しか受けません。(102頁)


 この後で著者は、日本の「おもてなし」が日本人同士のものとして成立していると批判します。そして、「観光立国を考えるのであれば、部分的に外国人のニーズに合わせて、「おもてなし」を調整する必要があると感じています。」(103頁)と言います。
 私は、「外国人のニーズに合わせて」という発想に疑問を抱きました。外国人といっても、世界中にさまざまな国の人々がいます。その時々に対応を変える「おもてなし」とは、根無し草の文化です。しっかりと伝統と文化に裏打ちされた「おもてなし」なら、左顧右眄するような薄っぺらな「おもてなし」であっていいはずがありません。外国人に迎合するのではなく、自国の文化を理解していただきたいという姿勢で、観光を考えて行くべきでしょう。このアトキンソン氏の物の見方には賛同できません。
 そのことは、この後の次の発言にも顕著です。これも、アトキンソン氏の価値観の押し売りです。そして、世界の中の日本がまだ見えていないのです。日本の中にいながら、日本が見えていないのです。

 つまり、外国人が評価をしているのは、あくまで「日本人の礼儀正しさや親切さ」であって、日本という国に「おもてなし」という高いホスピタリティの文化があるなどと思っている人は、かなりの少数派だということです。日本にやってくる外国人観光客も含めて世界の大多数の人々にとつては、ソニーなどの電気機器や、トヨタやホンダという自動車のイメージはあっても、「日本にやってくる外国人を誠心誠意もてなしている国」などというイメージは、今はまだ成立していないのです。
 そのような意味では、まずやらなくてはいけないのは、「日本の"おもてなし文化"が外国人から高く評価されている」という国内の認識を一度疑ってみて、レベルアップする余地がないかどうかを考えることではないでしょうか。(109頁)
 
 客を「おもてなし」するのなら、まずは相手が何を考えて、どういうことを求めているのかを考えなくてはいけません。直接彼らの声に耳を傾けたうえで「おもてなし」をすればいいのに、「聞く」というプロセスを飛ばして、「相手はこうだろう」と思い込み、自分の都合のいいように解釈した「おもてなし」を押し付けているのではないでしょうか。(128頁)
 
 今、日本の「おもてなし」にもっとも足りないのは、この「お金を落としてもらうだけの高品質なサービス」という発想だと私は思っています。では、ここで言う高品質とは何かということになると、やはり「客」である外国人の言葉に耳を傾けることが大切になってきます。(130頁)


 ゴールデンウイーク廃止という考えにも、同じように大いに疑問を持ちました。日本人とその文化を理解できないままに、ここでも外からのお客さま最優先の論理を押し付けています。このような無責任な論理で、日本人の生き方と伝統を継承した文化を、勝手気儘に壊されたくないと思いました。

 私は、日本が観光立国を目指すなら、ゴールデンウィークを廃止したほうがいいと考えています。世界で5番目に祝日が多い日本は、国内観光客が一時期に集中する傾向が顕著です。これは、観光ビジネスにとつては大きな障害となります。ゴールデンウィークの廃止によって国内観光客が均されれば、もっと大胆な設備投資ができ、観光業が産業として成立しやすくなるはずなのです。(125頁)


 乱暴な論理が展開する所が多々ある著書です。外国人の特権意識を剥き出しにして、お客さまは神様です、という理屈を振りかざすのはいい加減にしてほしいものです。客である自分たちの欲求を満足させるためには、文化を壊して立ち去るだけになりかねない暴論だと思いました。
 観光立国をめざすなら、観光客を最優先に扱うべきであると言い、イベントへの改良を求めるのです。そのイベントにも文化が内在していることが見えない、他国の文化を理解できていない低レベルの日本批判となっています。独自の視点で指摘されることのおもしろさを、楽しく読み進めてきても、こうして、ちらちらと顔を出すこの論法には違和感と共に嫌悪感を覚えました。

 外国人観光客は異国のいい文化を体験したいと考えて、多くのお金と時間を費やして日本にやってきます。我慢をしなくてはいけないというのなら、ほかの国に行けばいいだけの話なのです。日本で暮らす日本人だけが楽しむものであれば、「調整」をする必要はないのでしょうが、このような「客」を迎える観光立国を目指すのであれば、それでいいのかという問題があるのです。(177頁)


 筆者は、「お金を落としてもらう観光」を力説します。しかし、その裏側には、文化の変質を強要し、ひいては破壊を招きかねない提言にもなる、危うい考え方も垣間見えます。観光のために文化をねじ曲げることにならないように、注意をしていかなければなりません。
 ただし、次の指摘は傾聴に値します。

 現状、日本への観光客は台湾、韓国、中国といったアジア諸国に非常に偏っているということは、前に述べました。これらの国々からの観光客を「さらに多くする」という目標も大切ですが、「まだまだ日本にほとんどきていない」「観光に多くの金を費やす」という2つのポイントから、ヨーロッパ、オセァニアからの観光客を増やすべきだということも自明です。「観光立国」を目指していくうえで、すでにある程度きている国の観光客をさらに増やすよりも、ほとんどきていない国の観光客を増やしたほうが、「伸び代」があるからです。(211頁)
 
 このような結果をふまえると、日本が「観光立国」になるために強化すべき点、つまり現状ではあまりきていないヨーロッパ、オーストラリアからの観光客を増やすために何をすべきかということが、おのずと見えてきます。それは彼らの関心が高い「日本文化の体験」や「神社仏閣という歴史的資産」をしっかりと整備すること。つまり、文化財を整備するということになります。(213頁)


 京都に関する記述も気になりました。
 次の、「文化財」に関心のある層の掘り起こしは、今後の観光を考える上では有効だと思われます。貴重なご教示です。

何が言いたいのかというと、国際観光都市・京都に訪れているのは、台湾や中国という日本の伝統文化に関心の低い人たちであり、「文化財」に関心のあるアメリカやヨーロッパの、お金を落とす人たち」というのは、ほとんど訪れていないのが現状なのです。ひと口に外国人観光客と言っても、国や人種によって観光の目的やポイントが違ってきます。京都では、外国人観光客とこうした観光目的のミスマッチが起こっているのです。
 ここで大切なのは、本当に実在するかどうかわからない「成熟した訪日旅行者」などをつかまえることではなく、なぜ「文化財」に関心のある層、京都のメインターゲットになるような層が訪れていないのかという問題を洗い直すことではないでしょうか。(246頁)
 
 なぜ文化財に関心が高い層が京都を避けるのか。これらの人々に振り向いてもらうためには、京都の何を改善すべきなのか。これは京都以外の地方でも同じことが言えます。外国人観光客の多くが東京・大阪に集中している今、地方に外国人観光客を呼ぶためには何が必要なのでしようか。「目利き層」を誘致するなどという焼け石に水的な対策をとるのではなく、本来であればくるべき層がきていないという現実を見つめて、彼らの声に耳を傾けた改善をすべきではないでしょうか。(248頁)

 
 着眼点に興味を持ちました。しかし、筆者は京都を過去の遺物としての街、化石の街と理解しているとしか思えない発言が後半で飛び出します。京都に27年住んでおられることを強調なさっています。そうであっても、京都は今も生活空間として生きている街であり、日々変化し発展しています。そこに住みながら、それが筆者に見えていないので、理解と評価が空回りしていきます。
 例えば、京都の街並みに関する理解などに、自然を人間の力で制圧し征服する西洋の発想で評価をしています。自然とともに生きる日本の文化理解からの乖離が明確です。あてがおうとする物差しが違うと思いました。残念なことです。京都は、ポンペイの遺跡ではないのです。ピンぼけの解釈が、本書の内容を空疎にしています。折角の鋭い刃が、残念ながら空を切っています。
 楽しく読みました。しかし、後半からは首を捻りながら読みました。【3】
 
 
 
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2017年04月28日

読書雑記(198)船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』

 『残夢の骸 満州国演義 9』(船戸与一、新潮社、単行本―2015年2月、文庫本―2016年8月)を読みました。この第9巻が完結編です。そして、船戸与一の最後の作品です。

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 昭和19年6月から始まります。
 南方でのサイパンやインパールでの戦況は、欺瞞に満ちた大本営の誇らしげな発表とは裏腹に、惨憺たる敗走による墓場となっていたのです。そのサイパン島玉砕から語り出されます。
 その背景に、日本国内では東条英機首相暗殺計画や倒閣工作があることも。その後、東条は総辞職し、小磯内閣が組まれます。
 特攻隊について具体的なので、まず引いておきます。

 四郎はまず先月二十七日にレイテ島に向かって出撃した八紘飛行隊について書きはじめた。八紘飛行隊は学徒兵によって構成された特攻隊で、日本大学や専修大学、国学院や小樽高商から動員された陸軍士官がレイテ湾にはいって来る輸送船への体当たり攻撃のためにマニラを飛び立った。四郎は口を利いてはいなかったが、その学徒兵たちの表情がやけに青白く、寡黙な印象を与えていたことを憶いだす。大本営は八紘飛行隊の赫々たる戦果を発表したが、実際にはどうだったのかは確かめようもなかった。(120頁)


 続いて、新聞記者や小説家を批判的に記した箇所があります。

「新聞記者や新聞社から派遣された従軍作家は特攻隊を讃美しつづける。あの連中の眼は節穴か、さもなきゃじぶんの文飾の才能をひけらかすためにマニラに来ただけだ。お読みになったことがあるでしょう、空疎で無内容な美文調のそういう記事を?」
 四郎は黙って頷いた。一番印象に残っているのは帰満した五日後に眼を通したものだ。それは読売新聞に掲載された論評で、『人生劇場』で人気絶頂になった小説家・尾崎士郎によって記されていた。(138頁)


 インパール作戦に参加していた次郎の遺髪が、満州にいる太郎のもとに届けられました。3兄弟が揃って山上に埋めます。
 日本にはまったく勝ち目のない戦いを、作者は冷静な語り口で、豊富な資料を駆使して展開させます。負け戦の中にあっても、必死に前を見て生きようとする人々が描かれます。その描写は精密です。多くの資料や情報を駆使して語られているかがわかります。次のようなことも、随所に語られて行きます。

「ソ連軍が満州に侵攻して来た場合、気をつけなきゃならないのは日本人の女です。わたしはロシア人兵士たちが笑いながら喋りあってるのをこの耳で聞いた。ソ連軍がベルリン占領に向かう途中、兵士たちは無数のドイツ人の女を輪姦した。事実かどうかは確かめようもないけど、ベルリン近郊の農村で十四、五歳の少女を一日に百二十人のロシア人兵士が強姦した。対独戦で長いあいだ緊張を強いられた若い連中の獣欲が爆発したんです。満州に侵入して来たら、日本人の女に同じことが起こらないとはかぎらない」(210頁)


 次のヤルタ会談の場面を読むと、話が具体的であるだけに、日本は情報に踊らされて客観的な判断が狂い、戦争にも負けるべくして負けたことを感じさせられます。日ソ中立条約は、いったい何だったのでしょうか。さまよう為政者像が浮き彫りにされています。

「ヤルタ会談でスターリンがドイツ降伏後三カ月で対日参戦すると死んだルーズベルトに話したという情報は知ってるかね?」
「事実ですか、その情報は?」
「ストックホルムの駐在武官・小野寺信少将が大本営宛に電文を打ったらしい。それが握り潰されたという噂がある」
「だれに?」
「今月一日に大本営から関東軍作戦課参謀として新京に転任して来た瀬島龍三中佐に。それが事実かどうかは判明してないが、そういう噂が流れてる。しかし、ソ連が対日参戦することは確かだろう。その情報は他からもはいってるしね」(222頁)


 それにしても、このことを語る間垣徳蔵という男の素姓がさらに知りたくなります。これは、第1巻の冒頭の場面につながり、敷島家との関係がわかってくる仕掛けとなっています。
 ポツダム宣言に関しては、毎日新聞と朝日新聞が引かれています。

この宣言に関して内地の報道各紙の扱いは一面冒頭ではなく、中段に宣言文を掲載しただけだった。ただ翌日にはいつもどおりの感情的な論評が紙面に躍る。『毎日新聞』はこう書いた。

 笑止! 米英蒋共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戦あくまで完遂!

 朝日新聞の論評はこうだった。

 帝国政府としては米、英、重慶三国の共同声明に関しては、何ら重大な価値あるものに非ずとしてこれを黙殺するとともに、断乎戦争完遂に逼進するのみとの決意をさらに固めている。この声明によって敵の意図するところはたぶんに国内外にたいする謀略的意図を含むものと見られる。

 内地の報道各紙の論評は当然ながら英訳されて連合国側に伝わったと考えなきゃならない。『毎日新聞』や『讀賣報知新聞』の煽情的な表現はいつもどおりだと受け止められるだろうが、『朝日新聞』の帝国政府は声明を黙殺という言葉は問題になるはずだ。英語ではおそらく黙殺は無視と訳され、戦争継続が政府意思だと連合軍側は解するにちがいない。和平工作のために誕生した鈴木貫太郎内閣は頭を抱えるだろう。逆に、帝国陸軍内の徹底抗戦派は本土決戦論を一段と強化することが考えられる。(226〜227頁)


 マスコミは、平和なときは正義感ぶって戦争反対をお経のように唱えます。しかし、時世におもねるマスコミの常として、今はすましている新聞各社も、このような過去があったのです。こうした姿勢は繰り返されるので、今の新聞社もいつまでも脳天気な平和論を唱えられなくなる時がくるはずです。その時の本来の姿を見極める必要があります。特に、朝日新聞にはその危惧が払拭できないのです。私は今、日本で一番危険な新聞社だと思っています。その新聞を、疑いもせずに、若いときに正義の味方の新聞だと思い込み、毎朝毎夕配っていたのです。若気のいたりでした。
 ソ連は日ソ中立条約を破棄して、満州に侵攻して来ました。アメリカは、広島に続いて長崎に原子爆弾を投下しました。満州に居留していた人々は、新京駅に逃げ惑って殺到します。
 私は、母親のことを思いました。満州にいた母も、この時に逃げまどったはずです。どれだけの喧騒の中を彷徨ったのか。しかし、私には何も話してはくれませんでした。多くの人がそうであったように、想像を絶する光景や人間の惨さを見てきたのでしょう。麗羅の小説『桜子は帰ってきたか』を、今思いだしています。
 そんな満州の地での大混乱を、船戸は丹念に克明に語り継ごうとしています。
 戦後の満州での惨状を、ロシア人による略奪や強姦の場面を、船戸は淡々と語ります。異常が異常と思えない世界が、みごとに描き出されています。
 チャンドラ・ボースのことも語られます(278頁)。巻末に収録されている参考文献にも入っている、中島岳志氏の『中村屋のボース』なども参照されているようです。
 シベリアへの強制連行について、次のようにあります。

 要するに、帝国陸軍はソ連に強制連行された六十万余の関東軍将兵を俘虜と認めてないのだ。シベリアでどんな扱いを受けようと、ハーグ陸戦法規を持ちだして抗議することはできない。
「関東軍六十万余はこのシベリアでは?」
「抑留者だよ。国際法に抑留者に関する規定はない。スターリンのやりたい放題ということになる」(386頁)


 戦後、父はシベリアに抑留され、強制労働に従事しました。昭和23年6月に復員しています。こうした背景を、知っていたのでしょうか。
 父も母と同じように、満州でのことやシベリアのことは、何も私と姉には語らずに、昭和58年5月に68歳で亡くなりました。生きていたら、父から満州とシベリアの話を聞きたいと思っています。父の生前に、そのような気持ちにならなかったことが悔やまれます。

 終盤は、ロシアの社会主義に同化して生き延びようとする満州からの抑留者たちや、本土で進むアメリカ主導のお仕着せの民主主義に戸惑いながらも、それを受け入れていく日本が語られます。ここにも、作者の冷静な目が冴えています。
 そういえば、父が生前、社会主義教育を受けたことを語ったことを、微かに覚えています。社会主義に同調し、収容所でもそうした言動や行動を率先してしないと生きて行けなかったことを、自戒の念を込めてつぶやいていたように思います。引き揚げて来てから、シベリアでどのような思想教育を受けたかを港湾で尋問された、とも言っていたように思います。返す返すも、もっと根掘り葉掘り聞いておくべきでした。父の生きざまを、息子としてしっかりと聴くべきでした。そのことを、今、悔やんでいます。

 この第9巻を含めて、400字原稿用紙で7,500枚を超える、一大長編物語が終わりました。作者は「あとがき」で、「歴史」と「小説」の違いについて、次のように記しています。

 歴史は客観的と認定された事実の繋がりによって構成されているが、その事実関係の連鎖によって小説家の想像力が封殺され、単に事実関係をなぞるだけになってはならない。かと言って、小説家が脳裏に浮かんだみずからのストーリィのために事実関係を強引に拗じ曲げるような真似はすべきでない。認定された客観的事実と小説家の想像力。このふたつはたがいに補足しあいながら緊張感を持って対峙すべきである。
 こうじぶんに言い聞かせつつ稿を進めていったのだが、資料を読んでいるうちに客観的と認定された事実にも疑義を挟まざるをえないものがあちこちに出て来るようになった。小説家は歴史家のように何が事実かを突き止める能力を有してないし、そういう場にいるわけでもない。こんなとき、百九十年ばかりまえにナポレオン・ボナパルトが看破した箴言が脳裏に突き刺さって来るのだ−歴史とは暗黙の諒解のうえにできあがった嘘の集積である。(660頁)


 巻末の参考文献を見ると、次のように膨大な書名が並んでいます。

  【満州国関係】121点
  【関東軍関係】17点
  【帝国陸海軍関係】73点
  【国内外情勢】135点
  【中国大陸関係】48点
  【図説・資料集・事典類】45点

 すでに自らの余命を察知していた作者船戸与一は、渾身の気力を振り絞って書き進めたと思われます。この9冊から、さまざまな人間の生きざまを堪能することができました。
 2015年4月22日、船戸与一逝去。

 とにかく長大な物語です。本文は単行本で読みました。しかし、文庫本の解説がよくまとまっているので、そこから井家上隆幸氏が要領よくまとめておられる敷島4兄弟の生きざまを引き、読後の整理としておきます。【5】

満州を舞台とする壮大な叙事詩の軸となるのは、かの奇兵隊間諜を祖父とする敷島四兄弟だ。
 関東軍の満州国領有に反対する有能な外務官僚だったが、現実の推移とともに、「国家を創りあげるのは男の最高の浪漫」といったゲーテの箴言にならうように、満州国創設という最高の浪漫と添い寝し、敗戦でソ連軍に囚われて昭和二一年スクの軍事捕虜強制収容所で自殺する長兄・太郎。
 一八歳で日本を棄てて満州に渡り緑林の徒、馬賊の攬把となって柳絮のように風まかせ、何も頼らず何も信ぜず、その日その日をただ生きて、満州から上海へ、はては東南アジアへと流亡しインド入、ビルマ人の反英独立運動に加担したあげく、インパール戦線の"白骨街道"を敗走、赤痢とマラリアで死する次兄・次郎。
 陸士出、関東軍特殊情報将校として満州全域の抗日武装ゲリラ−国民党系の東北抗日義勇軍、揚靖宇率いる共産党系の東北人民革命軍、金日成の朝鮮人民義勇軍など−を追尾し、ときに軍規を犯した"皇軍兵士"を射殺する剛直な帝国軍人として生き、昭和二一年通化の日本人の反中国蜂起に加わって横死する三男・三郎。
 二〇歳にして大杉栄の思想に惹かれ左翼劇団に入るが、義母と関係し、おのれを密告者に仕立て上げた特高刑事を殺して満州からハルビンと流れ、上海東亜同文書院に学んで以後阿片窟、売春宿の主となり、さらに天津の親日派新聞記者、武装移民村の監視役、甘粕正彦の満映脚本班、関東軍参謀部の特殊情報課嘱託と、間垣徳蔵につきまとわれ地獄を彷徨う末弟・四郎。「四人兄弟のうちもっともひ弱に見えた四郎がいまは一番逞しく生きているように思える」と三郎が述懐したように彼は生き延び、三郎があの地獄から救った少年を広島にまで送りとどける。
 祖父が凌辱した武家の妻が身ごもった子を母とし、謀略あってこそ〈生命線〉満州は不滅と暗躍する関東軍特務将校間垣徳蔵は、四兄弟の目であり耳であり、あたかもダンテ『神曲』の地獄・煉獄の案内役ウェルギリウスのごとき存在である。(679〜681頁)

 
 
 

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2017年03月17日

読書雑記(197)山本兼一『おれは清麿』

 『おれは清麿』(山本兼一、祥伝社文庫、平成27年4月)を読みました。

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 山浦正行(清麿)は、信濃国小諸の村役人の子。兄と共に、刀鍛冶を目指す17歳の若者です。清麿は、江戸末期の刀工として知られています。ただし、その人物像はよくわかっていないようです。安政元年(1854)に42歳で自刃しました。
 刀工や刀剣に関する作品を執筆していた山本兼一が、この男に挑んだのが本作です。
 結婚して男の子が生まれます。しかし、大好きな刀を打つことが諦められず、妻子を置いて松代に出ました。
 その後、一年間江戸で修行をします。しかし、悪い鋼を平気で使う江戸では得るものがなかったこともあり、また信濃に帰ります。そしてまた江戸に。
 職人としての己と葛藤し、めくるめく思いが、丹念に道具の説明を通して語られます。素材である鉄に対しても、作者山本の並々ならぬ実地や実見を踏まえた調査の痕が伝わってきます。
 そのような中で、長州の萩へ刀鍛冶として行くことになります。2年後にはまた上京。
 読み進むうちに、女性の描き方が型どおりで、思いやりに欠けるように思いました。最初の妻のつるも、後のふくも、共にお人形です。これは、主人公に思いを注ぎ込んだことによるものなのでしょう。初期の山本作品の特徴だと思っています。
 正行(清麿)は刀鍛冶一徹の職人気質を守り抜きます。
―とことんまで、納得できる刀を打つ。
 それがおれの仕事だ、と自分に言い聞かせた。なにも妥協せず、気を抜かず、できる限りのことをすべてやる。それ以外に、満足できる刀を打つ方法はない。おれは愚か者だ。そこで妥協したら、生きている値打ちのない人間になってしまう。(353頁)

 この芸術家とでもいうべき人間像は、余すところなくこれでもかと描き尽くされます。
 最後の場面では、作者の清麿に対するあらん限りの情愛と思い入れが感じられました。【3】

初出誌︰「破邪の剣」(『小説NON』祥伝社、平成22年3月号〜平成23年9月号に連載)
 加筆改題した単行本『おれは清麿』(祥伝社、平成24年3月)
 
 
 

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2017年03月13日

読書雑記(196)高田郁『あきない世伝 金と銀 三 奔流篇』

 高田郁の最新作『あきない世伝 金と銀 三 奔流篇』(ハルキ文庫、2017年2月)を読みました。本書は時代小説文庫の書き下ろしです。

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 十三夜の月を観ながらの求婚は、月光の下でのシーンに期待をしていた私には、十分に満足でした。天満橋へ二人でそぞろ歩きもいいものです。力強く第3作の始まりです。
 高田の作品には、目と鼻と耳の感覚が研ぎ澄まされています。何気ないところに、香りがします。登場人物の動きはアニメっぽいにもかかわらず、こうした五感が言葉で伝わってくるところが、この作者の特質のように思います。
 中でも、浮世草子の余白に呉服店である五鈴屋の宣伝を載せる発想は秀逸です。出版文化の台頭を、うまく引き込んでいます。そして、物語の背後に、しっかりと女の文化史が読みとれます。なかなか奥の深い設定となっているのです。
 住吉大社での宝の市の話があります。難波の賑わいも、しっかりと描き込まれているのです。
 「せやさかい、呉服では長いこと西陣の独擅場(振仮名「どくせんじょう」)やった。」(141頁)とあります。「独壇場」とせずに、当時の実態を意識した用字で表記しています。
 人形浄瑠璃や歌舞伎など、伝統芸能にも目配りをして、江戸期の世相を通して文化を読者に伝えようとしています。これが、この物語に厚みをもたらしているのです。こうした視点が、小さくなったお店を繁盛させるためのアイデアを生み出す元となります。惣次と幸とが知恵を出し合い、さらに行動する活気が、小気味よく展開していきます。
 井原西鶴のことばがひょいと顔を出すのが、これも一つの味付けになっています。また、石田梅岩の『都鄙問答』が、この物語に一本の筋を通しています。これらのことが、骨太な物語にしています。その意を汲んで、近江の絹織物をめぐって惣次の立ち位置が危うくなります。話の続きは次巻へと。
 本作は、図太く生きる、というのが底流にあります。機知に富んだ幸と五鈴屋のこれからが、ますます楽しみです。【5】
 
 
 

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2017年03月04日

読書雑記(195)安部龍太郎『等伯 下』

 この作品『等伯』は、下巻を読まないと作者の思いが伝わってきません。話が進むにつれて、等伯の姿が鮮やかに立ち上がるからです。

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 長谷川信春は、天正13年(1585)に二度目の上洛を果たし、幸運にも絵屋を営むことになりました。
 その後、狩野永徳に認められ、息子の久蔵が永徳の元に弟子入りしました。長谷川派を起こそうとしていた信春にとって、狩野派に息子を取られたことで微妙な気持ちが渦巻きます。その後の、信春と永徳の心理劇が見物です。
 大徳寺の三門造営から利休が出てきます。信春から見た利休が興味深く描かれていて、新しい利休像が生まれています。
 春信は、狩野永徳に負けない絵師を目指しています。その永徳が卑小な男として描かれていました。小気味良いくらいに、永徳の惨めな様が印象的です。
 静子の後添えとして清子のことを思案しながら、仏間で亡き静子と語るくだりはいい場面です。井上靖が得意だったように、死者との対話は難しいものです。安部のこれからが楽しみです。
 仙洞御所の西に造営される対の屋の衾絵を担当することで、等伯は大金を工面して何とか着手までこぎ着けました。しかし、永徳の悪巧みで中止となり、お金も仕事も取り上げられました。この経緯が詳細に語られており、本巻の読みどころでもあります。等伯の腹立たしさがよく伝わってきます。
 利休とのことも詳細に語られます。石田三成を悪役にして。
 利休切腹の段は、等伯の視点から描かれているので、一味違った利休像が味わえました。一条戻り橋に晒された利休の首を見やる等伯が、生々しい状況での描写となっています。三門に飾られていた利休の木造に踏まれる生首のことを思い、等伯は利休の肖像画に打ち込みます。その苦悩も、見事に描かれています。
 その後、等伯と久蔵親子の絵をめぐるやりとりが展開します。
 人間が真の姿を見る目について、次のように言います。
「お前が描いているのは、狩野派の様式を通して見た松だ。裸の目で見た真の姿を写し取ってくれ」
「人の目とは不思議なもので、自分が学んだ知識や技法の通りに世界を観てしまう。それは真にあるがままの姿ではなく、知識や技法に頼った解釈にすぎない。」(255頁)
 等伯は息子とともに、故郷の七尾に旅をします。22年ぶりの帰郷です。長かった物語を振り返る設定です。そして、亡き妻静子の慰霊の旅でもあります。
 語られる等伯の姿が、次第に重みを持ちます。巻末に向けて、作品に重厚感が伝わってくるようになります。この等伯の物語を書き継ぐ中で、作者が成長していることを実感しました。
 読者にとっては、生き続ける勇気がもらえる一書になると思います。【5】
 
 

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2017年03月03日

読書雑記(194)安部龍太郎『等伯 上』

 安部龍太郎の『等伯』(日本経済新聞社、2012.9)を読みました。
 まずは上巻から。

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 等伯の本名は長谷川又四郎信春。
 染物屋の長谷川家に11歳の時に養子に入った信春。絵仏師をしていた彼が33歳の時、兄の事件に巻き込まれて、義理の両親に悲劇が起きます。そして、追われるままに、親子三人で能登から京へ。
 事件と人物が丹念に描かれています。信長の比叡山焼き討ちの中での人々も、迫力あるくだりとなっています。この丁寧な語り口が、安部龍太郎の作品を支えています。
 人間が持つ八識という感覚の世界に興味を持ちました。


 人間には眼・耳・鼻・舌・身・意という六つの識があり、それぞれ視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、知情意をつかさどっている。その先の第七段階にあるのが末那識で、自己という意識を生み出す心の働きのことである。
 この末那識が他の六識を統合して自分らしい生き方を生み出すわけだが、その一方で自己にこだわる心が執着となって悟りにいたるのを妨げる。
 それゆえ修行者はここを乗りこえて第八段階の阿頼耶識まで進み、執着から離れて真如に至らなければならない。
 真如とは在るがままの姿、存在の本質としての真理のことだった。(143頁)


 時代背景を描き、社会情勢を語ることに筆を費やしています。この点が、私に退屈さを感じさせることになりました。しかし、そうであっても、資料や史実に正確な物語ではなく、人間を描くことを主題にした作品となっています。
 信春と妻静子の仲睦まじい姿は、人の温かさを感じさせてくれます。相手を思いやる二人がよく描けています。
 ただし、私は安部氏の文章に身を委ねて読み進むことができませんでした。どこか、他人事のように話が展開していると思えるのです。これはどこに起因するものなのか、何だろう、どうしてだろうと思いながら頁を繰っていました。そして、気づきました。作者は読者である私に向かって語ってはいないのだ、ということです。自分を納得させるために書いているのです。
 上巻の終盤で、感動的で胸が詰まる場面があります。
 27年間連れ添った妻の静子が、次第に弱っていきます。信春は、静子のために故郷である七尾の景色を、三方の山水画に描こうとします。注文があったことにして、二人の合作にしようとするのです。夫婦の心の交感がしみじみと語られます。作者安部が得意とする描写が出色です。苦楽を共にした者が互いに最後の想いをぶつけ合う場面は、情を掻き立てるものがあり、読み応えがあります。明日をも知れぬ二人が過去を回想するのは、読者の心に響くものです。
 その後、信春は余命幾ばくもない静子と息子の3人で、故郷の七尾を目指します。琵琶湖を越え、敦賀まで来たところで静子は信春の腕の中で力尽きるのでした。【4】
 下巻は明日にします。
 
 
 


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2017年02月18日

読書雑記(193)入口敦志『漢字・カタカナ・ひらがな』

 『漢字・カタカナ・ひらがな 表記の思想』(入口敦志、平凡社、2016年12月)を読みました。

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 本書は、ブックレット〈書物をひらく〉というシリーズの一書です。
 漢字・カタカナ・ひらがなが持つ身分的位置付けについて、わかりやすく語っています。文字表記の歴史的な流れとその意味を、文化という視点から展開するものです。
 入口氏は江戸時代を中心とする学芸の研究者です。その立場から見た古典文学についての提言は、多くの問題点を浮き上がらせ、刺激的な物の見方を提示するものとなっています。さまざまな示唆をいただきました。

 以下、私がチェックした箇所を引用しておきます。


自筆本の大きさと写本の小ささ
 定家の奥書から、貫之自筆本はかなり長大な継紙であったことがわかる。例えば藤原道長自筆の『御堂関白記』など、男によって書かれた漢文の日記は巻子本であった。貫之自筆の『土佐日記』も、それに匹敵するような大きさとかたちを持っていたということができる。
 ところが、それを写した定家本も為家本も、どちらも列帖装六つ半枡形本といわれる小さな本になっている。このかたちは多くひらがなの物語などを写す場合につかわれるものである。であれば、定家も為家も、『土佐日記』をひらがなの物語類と同じようにあつかったということになるのではないか。漢文で書かれた男の日記は、写本にされる場合にも大きな本に写されることが多い。定家自身の日記『明月記』も巻子本である。もちろん漢文で書かれている。貫之が選択したかたちは、男の漢文日記と同じ巻子本のかたちであった。しかし、定家をはじめとする後代の人々は、『土佐日記』を漢文日記とは同等にはあつかわなかったわけだ。ここには漢字とひらがなをめぐる位相の差異がみられるのである。
 もう一点、定家本の奥書が漢文であることにも留意すべきだろう。例えば『源氏物語』のようなひらがなの物語でも、その写本の奥書は決まって漢文であった。ひらがなで状況や経緯を説明することはほとんどないのだ。公式のものは漢文であるという伝統はなかなか消えることはない。(24頁)
 
 
 十六世紀以前は文字を使える身分階層は限られていて、ひらがなも上層身分の人が使うものであった。その違いは主に公私、性差、長幼の別であって、身分差ではなかった。それが、十七世紀以降、徐々にひらがなが庶民のものとなり、身分を越えて広がっていくようになる。玄朔がひらがなを用いた『延寿撮要』を庶民に向けたものとしていることから、それ以前、室町時代末にもそういう傾向はあったといえるかもしれない。むしろ『延寿撮要』をはじめとするひらがな本の出版が、ひらがなが庶民のものになる契機を作ったと考えるのだ。あくまでも私見であり検証を必要とするが、ひとつの仮説として提示しておきたい。(48頁)
 
 
楷書とひらがなの組み合わせ
 今の日本語は、楷書の漢字とひらがなとが何の違和感もなく併存している。そのこと自体に疑問を持つ人はおそらくひとりもいないだろう。しかし、江戸時代以前、楷書の漢字とひらがなとを組み合わせることはまずあり得ないことだった。(50頁)
 
 
 ちなみに、「叡覧」で改行されている(前掲図11参照)のは、叡覧する人物すなわち後陽成天皇を敬って、文字の上に別の文字がこないように配慮してのもの。これを「平出」(へいしゅつ)と呼ぶ。後出の「閾字」(けつじ)よりも一段と高い敬意をあらわしている。(59頁)
 
 
注目したいのは、文中に見える「中華」「中国」の文字である。上に一字分余白があるのは「閾字」といい、その下にある文字が指し示すものを敬ってあけるもの。同じ文中、「神明」「聖」「皇統」の文字にも閾字があり、神や天皇を敬ってのものであることがわかる。(65頁)
 
 
 本書でみてきたように、貫之や宣長は漢語を廃した和文に対して相当に意識的であったと考える。また、漢文あるいは中国語そのものに習熟せよと主張する徂徠にしても、やはり意識してのことであった。表記を思想としてとらえるゆえんである。
 漢字制限論やかなだけで日本語を表記しようという運動がある。しかし、それらはマイナーであって、日本人の考え方の主流にはなっていない。漢字とひらがなを混ぜて書くのが日本語であると、なんとなく思い込んでいるだけのように思われるのだ。
 韓国では、漢字を廃してハングルだけで表記しようとしている。民族が生んだ文字への国粋的なこだわりともいえるが、その運動は相当に進んでいるようにみえる。一方、フランスの植民地化を経たベトナムでは、表記はすべてローマ字であり、チュノムや漢字は使わない。子規のいうとおりで、だからといってベトナム人がベトナム人でなくなったわけではない。同様に、日本語もひらがなだけで書く、あるいはローマ字で表記しても不便は感じない可能性があるのだ。
 いずれの方向を選ぶにせよ、我々は日本語の表記についてもっとつきつめて考えてみる必要があるのではないだろうか。(84〜85頁)

 
 
 

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2017年02月10日

読書雑記(192)中村安希『N女の研究』

 『N女の研究』(中村安希、フィルムアート社、2016年11月)を読みました。

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 「N女」ということばは、本書で知ったのが初めてです。「NPOで働く女子」という意味だそうです。
 出版社フィルムアート社のホームページには、次の紹介文が掲載されています。


「N女」=「NPOで働く女子」たちとは一体何者なのか?
開高健ノンフィクション賞作家が切り取るNPO業界の新しい動きと「N女」たちの生き様。
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近年、有力企業に就職する実力がありながら、雇用条件が厳しいと言われるNPO業界を就職先に選ぶ女性が現れ始めています。NPOで働く女性、略称「N女」です。
N女とは何者なのか。N女の出現の背景には何があるのか、また彼女たちの出現によって今、NPO業界では何が起きつつあるのかを探るべく、中村安希さんはインタビューを続けてきました。

そこから浮かび上がってきたのは、職場や家庭、地域社会など、かつての共同体が力を失い、分断が進む社会の中で、失業、病気、災害などをきっかけに、あるいは障害や差別によって、人や社会の「つながり」からはじき出される人々が増えつつあるという現実と、そうした人々を社会につなぎとめようと試行錯誤するN女たちが奮闘する姿でした。

さらにN女たちの出現は、結婚や育児によってキャリア人生が大きく左右される女性特有の問題や、男性型縦社会ではなく横のつながりを求める女性性の潜在力など、働く女性の在り方を問いかけています。

・N女の出現は、現代社会に蔓延する「居場所のない不安」を解消する手立てとなりうるのか?
・行政、民間、NPOの間を自由に行き来するN女の存在は、異セクターのつなぎ役として、経営難を抱えたNPOの運営を立て直すことができるのか?
・NPOというフロンティアは、働く女性たちの新たな活力の受け皿となりえるのか?

N女たちの苦悩と模索、生き様を通して、NPOの存在意義と未来の行方について考察したノンフィクションです。


 日本で新たな階級社会が形成されている、という視点からの問題提起がなされています。
 10人の第一線で活躍する女性へのインタビューを通して、女性の新しい生き方を炙り出そうとする、意欲的な内容です。そして、それを通して、動くことで意識を変えていった女性たちの姿がたち現れて来ます。ただし、あまりにもきれいに切り出されているので、質問を変えたらどうなったのだろう、などと余計なことを思ったりしました。インタビューをまとめるのは、なかなか難しいことを知っているので、結論を急がないで、自分の物差しで見過ぎないで、とハラハラして読み通しました。

 まず、階級社会に関する言及を引きます。


 日本に階級社会が生まれてきた背景には、社会のあらゆる局面で進行する「アウトソーシング化」がある。アウトソーシングとは、もともとは専門的な業務を外注することを指していたが、現在進行中のアウトソーシングとは、もはや外注というよりは単なる下請け化である。今は、どんな仕事もアウトソーシングする時代。これにより日本には、一部の正社員や行政職員が属する「管理階級」と、管理階級を現場の実務者として下支えする、巨大な「下請け階級」が形成されるようになった。管理階級が担う業務が、年々縮小されていっている一方で、「下請け階級」が低給で担う業務は、年々、より高度な領域にまで拡大されていっている。N女たちは、民間企業や行政だけでは解決できない社会課題に取り組んでいる。彼女たちの奮闘は、これからさらに課題が増えていくと予想される日本にとって、とても貴重なものに違いない。しかし一方で、彼女たちの出現は、この20年で急速に増加した非正規雇用に続く、あらたな「下請け階級」の拡大を意味してはいまいか、と心配にもなる。ソーシャルセクターへ転職する前、500〜1000万円程度の年収を得ていたN女たち。優秀な彼女たちの能力は、「新たな活躍の場を見つけた」と言えば聞こえはいいが、あまりにも安く、都合よく、買い叩かれすぎてはいないだろうか? (71〜72頁)


 文中に、「学問は社会に還元しないと意味がない」(79頁)という言葉が出てきます。はたと、自分に当てはめました。「還元」という言葉は、大事な点を見せてくれる意味があります。

 次のように語っている箇所では、本書のテーマであるN女の問題をクリアすることの難しさを感じます。
 私がいま関わっているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のことを思い、すべてを満たしていない現状に対して、あらためて今後の運営を考えることになりました。また別の視点でこうした動向を見る必要があるのかもしれません。


 N女の出現は、社会に重要な価値をもたらしつつあるが、その裏で、NPO常勤有給職員の人件費の中央値は222万円(平成25年度、内閣府調査)という事実が、N女たちを経済的リスクにさらしている。この数値が400万円前後まで引き上げられるか、またはNPOから民間企業へのスムーズな転職という展開が起きてこない限り、N女の出現は一過性の現象として終わってしまう可能性さえある。(264頁)


 また、次の社会動向も、この問題をそう簡単に解決するものではないことを教えてくれます。


 日本では、フルタイムで働く既婚女性の比率が全年齢を通じて15%前後(2013年、内閣府『共同参画』レポート)に留まっている。つまり、既婚女性の85%が、夫の収入を当てにできなくなった途端に困窮する「貧困予備軍」となっているのだ。これは、現にシングルマザーの6割が貧困状態にあるとする統計に整合性を与えるものであり、また、DV被害から逃れてくる女性のうち正社員は15%しかおらず、逃れても困窮するか、そもそも経済力がなさすぎて暴力から逃れられない女性も多い、とするDVシェルター側の証言とも一致する。しかしここでもう一つ別の事実を付け加えるなら、フルタイム就労率がより高いと言われる未婚女性の困窮ぶりは、さらに輪をかけて深刻な状況にあり、フルタイムで働いているからといって楽観できるわけではまったくない。3人に1人は貧困状態にあり、未婚女性の増加がそのまま貧困層の拡大につながっていっているとの指摘もある。既婚と未婚、パートとフルタイム、どちらにせよ女性たちの経済力のなさばかりが目に付く。(268〜269頁)


 今の我が身を見つめ直し、今後の人々の生き方について考えるヒントを、本書からたくさんいただきました。特に、意欲的に生きている女性を見かけると、その方の今ある姿の背景にN女的なものがあるのだろうかと、思いをめぐらすようになりました。これは、私にとって大きな成長です。

 家族(血縁)・会社(社縁)・地域(地縁)という、3つの共同体が機能しなくなった今、次の世代を生きる若者は無縁社会の中に放り投げられたと言えます。
 そうしたことを踏まえて、次のように言っています。


 血縁でも社縁でも地縁でもない新しい連帯とは、どのように作り出せばいいのか? 大切なのは、小さくとも多様性に富んだ居場所をたくさん用意し、人それぞれのニーズに合わせていろんな居場所を組み合わせていくことではないかと思う。そして、ここに登場するN女たちは、まさにそうした小さな居場所を作りだしているプロたちだ。彼女たちはそうすることで、分断社会にできた隙間を一つ一つ丁寧につなぎ合わせ、社会の死角に落ち込んでしまった人たちを様々な角度から拾い上げている。
 「一億総○○」という表現がぴったりだった、みんながみんな同じという異常な時代が、ようやく終わり、社会は多様化しつつある。激しい変化の途上にあるから、新しい課題も次から次へと出てくる。不安を感じるのは当然だ。しかし一方で、そうした不安の受け皿もまた用意されつつある。
 「すぐに全部は解決できないけど、とりあえず一人で悩んでないで、うちらに相談してみてくれる?」
 N女たちの柔らかな眼差しが、静かに、そして、したたかに、社会の隙間を埋め始めている。いろんなところにちょっとずつ居場所がある社会。どんな人でも、どんな形であっても、なんとか生きていける社会。そんな懐の深い社会が、N女たちの手によって、そしてN女的なる思考を持った人たちによって作られ始めている。(210〜211頁)


 次世代を生き抜くために、最後に著者がたどり着いたことは、人と人とのつながりをいかに大事にするか、ということのようです。
 予想できた落としどころとはいえ、紹介された事例が具体的であるために、やはりと納得すると共に、この現実にどう向き合うのかが問われます。

 社会と女性の接点を分析的に見つめる視点が新鮮です。切り口にも新たな刺激と発見がありました。
 そうであるからこそ、「おわりに」が、それまで著者が批判的に語っていたきれいごと過ぎて、最後の最後になって空疎な読書感となってしまいました。調査したことを一書にまとめる上で、無理に着地を決めてやろうとしないほうがいい、と言える好例だと思いました。【4】
 
 
 
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2017年01月30日

読書雑記(191)『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』

 『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』(テクタイル[仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太]、朝日出版社、2016年1月)を読みました。


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 私は、日常的に物に触って生活をしています。本書を読み進めるうちに、その毎日の行為にあらためて気付かされることが多く、感覚というものを見直すことになりました。


 赤ちゃんの五感の中で発達が早いのは、なんといっても触覚です。触覚については、妊娠10週の頃から自分の身体や子宮壁に触れるという行動が見られ、学習が始まっていると考えられています。生まれたばかりの赤ちゃんは好奇心いっぱいで、なんにでも触れたがります。赤ちゃんにとっては触ること、舐めることの方が、見る/聞くことより、確かな情報を得られるからです。小さい頃は、だれもが触覚的な存在だったのです。
 記録されているかぎり最初に触覚に言及したのは哲学者のアリストテレスですが、彼は五感の中でも触覚に特別な地位を与え、触覚は「感覚のうちの第一のものとしてすべての動物にそなわる」と述べています。栄養摂取という生存行動のためには、触覚が必要不可欠だというのです。アリストテレスの言う通り、赤ん坊は指を、唇を、舌を駆使してお母さんのお乳を探し、栄養を摂ります。「触れる」ことによって、私たちは自分自身と世界との関係を学習し、生き延びてきました。
 このことは、脳科学によっても裏づけられています。これまで新生児の脳活動を測定することは難しかったのですが、京都大学の研究グループは、「近赤外光脳機能イメージング」と呼ばれる手法で生後数日の赤ちゃんの脳活動を計測することに成功しました。(26〜27頁)



 17世紀に哲学的な論争呼んだ問題で、「モリヌークス問題」というものがあります。ごく単純化して言えば、生まれつき眼の見えない人がいて、もしも成人してから手術で眼が見えるようになったとしたら、(それまで触ることによってわかっていたものを)眼で見ただけで認識できるだろうか、という問題です。この問いには、実際に開眼手術を行うことが技術的に可能になったことによって、答えが出ました。答えは「認識できない」です。突然眼が見えるようになっても、ただ光にあふれた光景が広がるだけで、モノの形や距離感を捉えることはできません。術後しばらく時間が経っても、立方体を観察しながら「上の面が菱形みたいになっていてわかりにくい」と言ったり、猫の前脚やしっぽ、耳が見えても、全体を見て
猫だと判断できなかったりするようです。これは、触ったものと見たものの情報が統合されていないからです。
 赤ちゃんは一度も体験したことのない新しいモノを見ると、長く見つめる性質があります。この性質を使って、フランス、パリ第五大学のアルレット・ストレリ博士らは、赤ちゃんは少なくとも月齢2ヵ月のときにはすでに、一度触れたことのあるものは目で見ても「覚えがある」と認識しているようだ、と報告しています(生後2日程度から連携がはじまっているという報告さえあります)。特に、形そのものよりも、ゴツゴツがあるかないかといったテクスチャの情報に対して、最初に触覚と視覚の対応を取り始めるようです。
 先ほどの赤ちゃん脳の研究でも、触覚刺激によって視覚野や聴覚野の脳活動が見られることが示されていました。こういった感覚統合が生後わずか数日から始まるおかげで、人はだんだんと、触れることなく、見ただけで物事を把握できるようになってゆくのです。
 成長するにつれて、視聴覚的な記憶は、圧倒的な量をもって触覚の記憶を塗りつぶしてゆきます。そして大人になると、もはや触覚を意識的経験の中心に据えてすごすことはほとんどなくなってしまうのです。(28〜29頁)


 特に、目が触感を補っている具体例には、納得しました。視覚と想像力が、触った感じを補正して増幅しているようです。

 また、触感が人の判断に影響していることも興味深い事例です。


 判断に影響を与えるのは、温度だけではありません。ある実験によると、相手を座らせて交渉をするときは、硬い椅子よりもやわらかいソファに座ってもらったほうが、こちらの要求をすんなりと通すことができます。どうやら、やわらかい感触は、相手の態度を「軟化」させるようです。
 また別の実験では、実験参加者に面接官の役割をしてもらうのですが、このとき、履歴書を挟むクリップボードを、重いものと軽いもの、2種類用意しました。すると、重いクリップボードを手にしたグループのほうが、求職者をより重要な人物だと判断したのです。
 身体が受けている、あたたかさ、やわらかさ、重さといった触感は、つねに意識されているわけではありません。それなのに私たちは、しらずしらずのうちに、触感に促されて意思決定をしているようです。身体性認知科学と呼ばれるこのような研究分野は、近年、さかんに研究が行われています。(40〜41頁)


 男女差については、もっと調査をしてほしいと思いました。現在、私が進めている古写本の触読に関しては、今のところ女性2人だけが変体仮名を読んでくださっているので、男性の触読について、点字ではなくて仮名文字での傾向を知りたいと思っているところです。


 その後、先ほども言った通り、女性の方が触感に優れている傾向があるらしいことがわかってきました。皮膚科学者の傳田光洋さんは、ポリイミド板による毛髪モデルを研究室の男女それぞれ10人ずつに触ってもらって、どちらを不快に感じるか答えてもらいました。すると、男性では意見が分かれた一方で、女性では10人ともAの不規則なパターンの板を不快だと答えたのです。(64頁)


 見えなかったらこれがどう感じられるのか等々、その違いに興味を持ちました。これは、おもしろいことです。

 出版社のホームページを見ると、本書で紹介されている音声を聞くことができます。

「どちらが水でどちらがお湯か、わかりますか?」(p.119、音の触感)

 触感を取り入れた身体表現に、楽しい未来を感じ取ることができたことが一番の収穫です。


 どのような形になるのかはわかりませんが、触れることを主軸としたアートが生まれるのも、もうまもなくのことではないかと私たちは思っています。それをサポートする、触感を表現するためのテクノロジーがいよいよ普及してきたからです。比較的廉価なレーザーカッターや3Dプリンタが登場し、だれもが気軽にものづくりに手が出せる環境が整ってきました。(223頁)


 まだ解明されていないことの多い分野だとのことです。今後にますます期待したいところです。【4】
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2017年01月25日

読書雑記(190)船戸与一『南冥の雫 満州国演義八』

 『南冥の雫 満州国演義 八』(船戸与一、新潮文庫、平成28年7月)を読みました。


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 物語の舞台は、昭和17年の戦時下のアジアです。
 敷島4兄弟が、満州、中国、フィリピン、ビルマ、日本を舞台にして飛び回ります。太平洋戦争を現場に視点を置いて描く、壮大なドラマが展開していきます。

 私が小さい頃にテレビで観たハリマオが出てきました。この頃に亡くなったようです。


昭南島滞在中にマレー作戦に協力したハリマオと呼ばれた日本人・谷豊の死亡の報を聞いた。遺体はマレー人部下によって病院から運びだされ、回教の儀式に則って秘かに埋葬されたらしい。それがどこの墓地なのかは不明だ。(21頁)
 
「ハリマオを知ってるでしょう、谷豊を。今年の三月、昭南島の丹得仙病院で死んだマレーのトレンガヌ生まれの日本人。F機関によって創られたあの英雄の映画が大映で製作されます。公開は来年、主演もすでに決まってる、中田弘二がハリマオを演じます。脚本はまだ手もつけられてもないけどね」(51頁)
 
「わたしが大映から命じられてるのはマレーのハリマオにつづくフィリピンを舞台にした劇映画の材料集めです。もちろん、内容は大東亜共栄圏構想へ現地人たちが共鳴してるという法螺噺でなきゃならない。妹を滲殺されて匪賊となった谷豊のような日本人がフィリピンにいるとは思えないけど、いろんな材料を寄せ集めて、それに近い人物を創りあげたいと思ってます。そういう仕事を手伝っていただきたい」(54頁)


 また、伊口日生のことも出て来ます。これも、引用しておきます。


「伊口日生という日本山妙法寺の僧侶を知ってるはずだ」
「それがどうしたんだね?」
「わたしは昭南島で逢ったんだが、伊口日生に頼まれた、あんたに逢ったらぜひともビルマに来て欲しいと伝えてくれとね」
「ビルマのどこに来いと?」
「とりあえず占領したラングーンに置いた第十五軍司令所に来てくれれば、連絡がつくようにしておくとのことだよ。あんたが海南島に運んでくれたビルマ人連中がどれだけ成長したかを見て欲しいとも言ってた」(31頁)


 作者である船戸氏は、丹念に資料を漁り、細かな情報までもつなぎ合わせて、物語の背景を客観的な視線で描こうとしていることがよくわかります。

 ビルマでの話には、アウン・サンの活躍が出てきます。スーチー氏の父の話を、今回初めて知りました。
 ビルマにおけるインド国民軍の話も、その後のインド独立運動のことを思うと、興味深いものです。

 太郎の妻桂子が太郎の愛人を刺し殺すくだりは、緊張感のある場面となっています。それを隠すことに手を貸す弟三郎の冷静なこと。社会動向と違い、人間の愛憎劇と人間性が描かれているからです。

 孔秀麗が太郎のもとに紅茶を運ぶシーンが増えます。この秘書の存在が、この巻ではほとんど語られません。楽しみが取ってあります。
 そして無断欠勤。少しずつその姿が明かされます。そして衝撃の結末。ただし、何度も紅茶を運んだ姿に見合う説明はありませんでした。

 ソ連が不可侵条約を破って満州に進行する過程が、克明に描かれています。これには、南太平洋での戦局の悪化が背景にあります。満州にいた人たちの多くが、この日本の敗戦という流れを予見していたことが語られます。戦況の悪化と敗戦への歩みが、次第に話題の中心に位置付けられていくことが読みとれるようになっています。敗戦への予見は、ありきたりの後世のものいいではなく、当時の状況を客観的に分析して読者をしだいにその機運に引き込んでの語り口となっています。

 また、陸軍と海軍の対立が、具体的に生々しく語られます。戦局と政局の混乱が、同時進行で展開するのです。

 そのような中で、太郎の妻桂子が夫の不倫相手を刺し殺したのです。それを、太郎と弟の三郎が隠蔽したことに端を発して、桂子は神経を病むこととなり、日本に移されました。その妻を見舞った太郎に、桂子は突然、ことの顛末を暴露しました。この場面の緊迫感は、戦時下の動乱の中で際立った迫力を見せています。

 本作は全編にわたって、人間の感情を持った生き様と、戦争という狂気の有り様が、みごとに活写されています。

 三郎はインパール作戦に参加していました。そこでは、無謀な計画のもとでの行軍が、行われていたのです。蛆にたかられた死体の山でした。亡くなった兵士の股肉を切り取っては食べる兵士もいたのです。
 隻眼だった次郎の眼窩から、蛆が這いだしました。かつては馬賊の頭目だった次郎は、満州の風景を脳裏に浮かべながらビルマの密林で亡くなります。

 私は、関東軍特務機関員の間垣徳蔵の存在が気になったままです。

 圧倒的な臨場感と凄惨な戦場を描く本作も、あと一巻となりました。

 読後に思い出したことは、父の蔵書の中に、インパールに関する本があったことです。父は、満州のチチハルで捕虜となって、シベリアに抑留されました。同じ時間軸の中で展開していたインパールの凄惨な行軍を、どう見ていたのでしょうか。知人がいたのでしょうか。もっと聞いておくべきでした。【5】

※2013年12月に新潮社から刊行されたものの文庫版で読みました
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2017年01月09日

読書雑記(189)白川紺子『下鴨アンティーク 祖母の恋文』

 白川紺子『下鴨アンティーク 祖母の恋文』(2015年12月、集英社オレンジ文庫)を読みました。


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 帯に「京都を舞台におくる アンティーク・ミステリー」とあるので、つい手に取ってしまいました。
 この作者の作品を読むのは初めてです。作意をまったく感じさせない文章でした。テンポよく、女子高生が着物をめぐる不可解なことを、素人らしく解き明かしていきます。慧という男の存在が、さまざまな味付けをしています。

■「金魚が空を飛ぶ頃に」
 『風にのってきたメアリー・ポピンズ』のメアリーのことば「だれにだって、じぶんだけのおとぎの国があるんですよ!」が、主人公である鹿乃の心の中にあります。
 親友の祖父である満寿が、かつて少し暮らした女性が残して去っていった「羽衣」という不思議な金魚を描いた着物が話題となります。
 最後近くにこんな表現があります。
「皿に残ったすみれの砂糖漬けをつまんで、口にほうりこむ。しゃり、と砂糖が歯にあたり、花の香りが鼻に抜けた。」(87頁)
 メルヘンのように展開する、楽しい物語の始まりです。【5】
 
■「祖母の恋文」
 鹿乃の祖母である芙二子が懇意にしていた骨董店北窓堂の店主が、祖母の恋文を持ち込んで来ました。
 話は、杜若柄の男物の着物にまつわる話へと展開します。
 さらには、うなり声が聞こえるという帯。北野の天神市の骨董屋から買ったというのですから、京都の実態が踏まえられています。
 登場人物が多彩で個性的です。そして、女性の京ことばが自然できれいです。
 祇園の芸妓豊葉を浮気相手として問い詰める場面で、次の描写に印を付けました。
「うふふ、と豊葉はえくぼを浮かべて笑った。どこか得意そうな笑みに芙二子は顔がひきつりそうになった。そうですか、と笑みを返して、芙二子は置屋をあとにした。」(108頁)
 ここでの「ほほえみ返し」は、微妙な腹の内を見せていると思います。
 着物を着て、色や柄で遊びたくなります。しかし、男物では興醒めです。文化的にも、風俗的にも、これは女性の楽しみのようです。京の街中では、レンタル着物が花盛りです。しかし、やはりと言うべきか、男着物はほんの少数です。ここに私は、見せ物と化した日本文化の一面を垣間見ています。
 さて、本作で帯の柄から万葉仮名の謎解きに転ずるところは、やや強引かもしれません。もっとひねったらと、さらなる遊びの世界を楽しみにしてしまいました。【4】
 
■「山滴る」
 春秋柄の羽織の話です。そこに万葉仮名でかかれていた大和三山歌が話題となります。さらに話は絵に、花に。もう少し、羽織に集中してもよかったのでは。黒谷の金戒光明寺から白川通りが、いい雰囲気を醸し出しています。和洋折衷の味がする仕上がりです。【3】
 
■「真夜中のカンパニュラ」
 寺町二条から蹴上へと、物語の導線が変わります。作者の、多彩な語り口だと思います。
 白い絽に風鈴草の柄の着物を着た薄幸の女性が残像となります。この女性と、血で書かれた和泉式部の和歌の接点を、もっと興味深く描いていったら、と思いました。
 この物語にも、手紙が出てきます。好きな人に文字を通して自分の気持ちを伝える手紙という文化を、今の若い読者と共有できるのかと、新たに興味を持ちました。あらためて、手紙が見直される時代になるかもしれません。
 本作は、薄気味悪さもブレンドされていて、おもしろい仕上がりです。【4】
 
※ 読後感を一口で言うと、お茶に例えれば、抹茶よりも煎茶を飲んだ後の感じでしょうか。
 本書に収録されている物語は、色と形で美しさを連想させる言葉でつづられる4つの作品集です。
 登場する大学の先生が学問的な匂いをほとんどさせないので、それが物語の味を守っています。
 これ以外のシリーズ作も、読んでみたくなりました。
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2017年01月05日

読書雑記(188)宮部みゆき『初ものがたり』

 今年の読み初めは『初ものがたり』(宮部みゆき、平成11年9月、新潮文庫)にしました。


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 季節感と世相を反映した、江戸深川を舞台とする短い物語6作品を収録した短編集です。
 帯に書かれた次のことばも気を惹きました。


鰹、白魚、柿、桜。「初もの」がらみの難事件、さらりと解けるか茂七親分−八百八町のミヤベ・ワールド!


 東京の深川にある宿舎住まいもあと3ヶ月となり、近辺を舞台とする江戸情緒が語られている作品をもっと読もうと思っての選書です。また、お正月らしさと料理話も期待して。

 しかし、ことごとく叶わない、消化不良の作品でした。私とは相性がよくない作家なのかもしれません。
 これまでにも、宮部作品はいくつか読みました。しかし、わざわざこのブログで取り上げるほどのものとは出会えませんでした。これも同じでした。
 すでに高田郁の「〈みをつくし料理帖〉シリーズ」(2014年08月24日)を読んでいるので、この種のテーマでの作家の力量の違いがあらためてわかりました。この作品が書かれた時間軸と創作の背景を加味して読む作品となっているもの、と言えるでしょう。

 とはいうものの、私が今年最初に読んだ本でもあり、その確認の意味でも、ここに取り上げることにします。宮部みゆきファンの方々には申し訳ないことです。こんな感想を持った者もいる、ということで。

 巻末に、「新潮文庫版のためのあとがき」があります。どうにも収まりのつかない本書への、作者からの言い訳が記されています。この物語の今後の展開に興味を持ったこともあり、その末尾の文章を引用します。


 刊行当時、周囲の先輩作家や友人、編集者の皆さんからも、稲荷寿司屋台の親父の正体は何なのか、日道坊やはどうなるのか、あの連作は続けないのかと、好意的なお訊ねをいくつか受けました。わたくし自身にとっても、茂七親分の活躍する捕物帖は、長いスパンで大切に、愉しみながら書いてゆきたい作品でございます。ですから、そのたびに、「いつか必ず再開します」とお答えしておりました。その気持ちは、現在もまったく変わっておりません。かくも長き中断というのも、読者の皆様には興ざめに感じられることと存じますが、いずれ必ずというお約束をお詫びの言葉にかえさせていただき、ここにお許しを願いあげる次第でございます。
  平成十一年九月吉日
             宮部みゆき


 そういえば、「読書雑記(58)山本兼一『利休にたずねよ』」(2013年01月07日)で、次のように宮部さんとは違う感想を記したことを思い出しました。


 文庫本の解説を担当された宮部みゆき氏は、「利休さん、あなたがもっとも深く愛した女性は、やっぱり宗恩ですね」と言われます。しかし、私はそうではなくて、高麗の女の方だったと思います。利休は、最後まで夢と憧れを心に抱いて死んで行ったと思うからです。


 人それぞれに、思うことはさまざまだ、ということなのでしょう。
 好きなように読み、勝手な印象や感想を持つのが、物語や小説を楽しむことなのですから。
 
 
■「お勢殺し」(1月)
 江戸深川の富岡のお正月で幕が開きます。岡っ引きの茂七が登場し、独特の推理を展開します。
 夜中じゅう稲荷寿司を屋台に並べている親父が作る、味噌汁と蕪汁が殺人事件を解決する手がかりを得るという話です。
 この親父が何者かが、次の話へと引き継がれます。【3】
 
 
■「白魚の目」(2月)
 深川の道端でその日暮らしをする子供たちをどうするかが問題となっていました。その矢先、お稲荷さんへのお供えを盗み食いしていた子供五人が亡くなります。さて、犯人は?
 次の白魚の描写が印象的です。ただし、引用した末尾の「よくそう言いますね。」は余計なことばだと思います。【2】

 茂七の問いに、糸吉は照れて首を振った。
「そんなんじゃありませんよ。あっしはただ、あのちっこい真っ黒な目を見ちまうと食えなくなるってだけです。やつら、点々みたいな目をしてるでしょう。あの目で二杯酢のなかからこっちを見あげられると、箸をつけられなくなっちまう」
 茂七は笑った。「存外、肝っ玉が小さいんだな。あんなのは、生きてる魚を食ってるんじゃねえよ。春を呑んでるんだ」
「よくそう言いますね。けど、あっしは駄目だ。どうしても駄目だなあ」(60頁)

 
 
■「鰹千両」(5月)
 呉服屋の番頭が突然やってきて、鰹を千両で売ってくれと言います。
 その理由から、さまざまな家庭の事情や背景が炙り出されます。
 話の綴じ目は、もっと工夫があればと思いました。【2】
 
 
■「太郎柿次郎柿」(秋)
 物語をシリーズとして展開する中で、つなぐ役を負った小話です。稲荷寿司屋の親父の素性を語るための、前置きのような話です。兄弟がキーワードになっています。【1】
 
 
■「凍る月」(12月)
 台所に置いてあった新巻鮭がなくなります。自分が盗んだという奉公人の女中がいなくなり、その捜索が始まるという展開です。話に内容がなく、人の心の読み解きも薄っぺらです。最後の冴えた月も心ここにあらず、という描写に留まっています。【1】
 
 
■「遺恨の桜」(3月?)
 日道という十歳ばかりの拝み屋の話です。この日道が襲われたことで、話が展開します。
 本話も、キレの悪い終わり方です。【1】
 
 
※初出誌︰1994年『小説歴史街道』、後に休刊、廃刊
  平成7年7月、PHP研究所より刊行
  平成9年3月にPHP文庫に収録
posted by genjiito at 20:07| Comment(0) | ■読書雑記

2016年12月30日

読書雑記(187)『戦後強制抑留 シベリアからの手紙』

 森野達弥の漫画『戦後強制抑留 シベリアからの手紙』(北田瀧・原作、加藤聖文・監修、平和祈念展示資料館発行、平成24年3月発行、非売品)を読みました。これは、一昨日の本ブログで取り上げた『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』と共に、平和祈念展示資料館の入口で無料で配布されていたものです。


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 戦後、日本人がシベリアに抑留された意味と強制労働をさせられた人々について、あらためて考える情報を提供してくれる資料です。

 自らの体験をあまり語らないままに亡くなった父のことを思いながら、耳を傾ける気持ちで読みました。

 表紙見返しに、次の文が掲げられています。


戦後強制抑留(シベリア抑留)とは



 戦争が終結したにもかかわらず、
約57万5000人の日本人がシベリア
を始めとする旧ソ連やモンゴルの
酷寒の地において、乏しい食糧と
劣悪な生活環境の中で過酷な強制
労働に従事させられました。
 寒さや食糧の不足などにより、
約5万5000人が亡くなったとされ
ています。


 こうした前置きが必要なほどに、現在の日本ではこのことが忘れ去られているのです。また、本書では、前著『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』以上に、漢字にはすべてひらがなで読みが添えてあります。若者はもとより、1人でも多くの方に読んでほしい、という気持ちの表われでしょう。

 物語は、高校生の佐伯翔君と谷原亜衣さんが、中津先生の父に関するシベリア抑留の話を聞き、しだいにこの問題をさらに知りたくなる、という展開です。

 日ソ中立条約をはじめとする国と国との約束事が持つ意味に触れつつ、シベリア抑留の体験を語る坂峰弥輔氏の次の言葉に重きを置いた構成となっています。


今でもあの頃のことを思い出すと
怒りで体が熱くなる……
でも憎しみからは何も生まれない

私たちが出来るのは
抑留生活がどんなもので
あったかを伝え
あなたたちのような若い人たちに
平和の大切さを知ってもらう
ことだと思います(57頁)


 シベリアの凍土について、餓死や凍死した仲間のために墓を掘るのに、1日にいくらも掘れない話は、私の父が何度も語ってくれたことです。食料の取り合いの熾烈さも聞きました。

 日本への手紙が書けるようになった時、ソ連の検閲があるために、カタカナで書くように言われていたということです。読みやすいカタカナだと、検閲もしやすいためのようです。また、ソ連の悪口などを書くと、手紙は没収されたとのこと。
 ソ連側の感情を配慮した生活をしたことなども、父から聞いています。

 それにしても、本書を読みながら、もっと父から話を聞いておくべきだったことを痛感しました。

 とにかく、折々に両親のことを思い出すことで、その苦労の実態と戦後の生き様を直視した理解をすることを心がけています。そして本書から、息子として感謝の念につなげていきたいとの思いを強くしました。

 年末に、重たいテーマを自分に課して、このブログの場を借りて4日連続で綴ってきました。
 来春から私にとって新しい生活が始まります。
 真剣に両親のことを振り返ることで、気持ちの整理をすることとなりました。

 今年もあと1日。
 多くの方々に支えられた1年であったことを、あらためて実感しています。

 新年がこれまで以上に良い年となりますように……
posted by genjiito at 19:18| Comment(0) | ■読書雑記

2016年12月29日

読書雑記(186)船戸与一『雷の波濤 満州国演義7』

 『雷の波濤 満州国演義7』(船戸与一、新潮文庫、2012年初版、2016年文庫版)を読みました。


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 昭和15年のインドの状況から始まります。
 この時期の日本とインドの関係が、私にはまだよく理解できていません。
 次のような描写にチェックを入れ、今後の手掛かりとしておきます。


「とにかく、ヒットラーの快進撃でインドの情勢は大きく変わったんです。ビハリー・ボースやピライ・ナイルのように東京にいてあれこれ言うんじゃなく、ガンジーやネルーの不服従運動でもなく、流血を怖れずインド独立を目ざす連中が出て来た。皇国はそういう連中を断じて無駄死させるべきじゃない」
「それで?」
「インド独立連盟を支援するのはある意味では皇国の義務です。しかし、まだ三国同盟は結ばれてないし、ましてやイギリスと交戦状態にあるわけでもない。つまり、公然とはインド独立連盟に肩入れするわけにはいかないんです。それで、民間人の敷島さんにお越しいただいた」
「おれに何をしろと?」
「支那にも相当数のインド人が住んでる。パラス・ジャフルのように経営者もいれば、イギリス人の使用人としてくっついて来た連中がいる。そのなかからインド独立連盟の主張への共鳴者が出て来た。それを訓練していただきたい、軍事訓練を」
「このおれに?」
「そうです、敷島さんをおいて他には考えられない。いまはまだ重火器訓練が必要な時期じゃないし、とにかく、銃の扱いも知らない連中なんです。敷島さんはかつて満州で馬賊を率いておられた。素人を即戦力に鍛えるのはお得意でしょう。訓練の場所や武器は上海特務機関ですでに用意しました。これからそこに御案内します」(47〜48頁)


 そして、第二次近衛文麿内閣の時に商工大臣になった小林一三が出てきます。阪急や東宝や宝塚を作った逸翁です。逸翁美術館で館長をなさっている伊井春樹先生からも、逸翁の逸話をいろいろと伺っています。読書雑記(136)伊井春樹著『小林一三の知的冒険』(2015年7月15日)に書いた通りです。近現代史に疎い私でも知っている人が出てくると、歴史語りが身近な話として蘇ります。

 この巻で特徴的なことは、上海と満州の地で組まれた女性の組織です。
 次郎が預かって特殊訓練をする、インド人娘子軍予備隊がその一つ。これは、チャンドラ・ボースの反英武装闘争のためのインド独立連盟娘子軍につながるものです。

 もう一つは、日本人の純血を守るために送り込まれた、安拝開拓女塾です。これは、日本人と満州人との雑婚を防止する目的のものです。その結婚相手が籤で決められることの悲劇も、記憶に残る描写となっています。

 また、優秀な学生として話題になる朴正煕は、最近韓国で問題となっている朴槿恵の父ということもあり、興味深い話が太平洋戦争を見据えて展開します。

 ノモンハン事件のことが表面的になぞられただけ、という印象を持ちました。父がこれに参戦したことだけに、もっと語ってほしいと思いました。

 以前からずっとその存在が気になっていた、太郎の秘書である孔秀麗の姿が、次第に明らかになります。紅茶を出すシーンが何度もあったので、何かあると思っていました。なかなかおもしろい設定です。まだ、本巻ではその詳細はわかりませんが。

 ヨーロッパ戦線の情勢分析が中心となると、途端に理屈っぽくなり独特の船戸節となります。こうした口調の場面は、あまり続くと疲れます。調べながら書いている、ということが見え透いてくるからです。
 筆力にまかせて一気に展開する船戸語りが好きです。ここでは、歴史的な事実を確認するのに追われて、その正確さを最優先にした展開のために仕方のないところです。さらにもう一味を、と勝手な思いを抱きながら読み進みました。

 尾崎秀実とゾルゲのスパイ事件と同時進行で、ハリマオの話が展開します。ハリマオについてはかねてより知りたかったことなので、楽しく読み進めました。さらにもっと、という気持ちで、次巻を楽しみにしているところです。
 本巻でのハリマオに関する記述を抜き出しておきます。



「だれなんだね、この日本人は?」
「ハリマオですよ」
「何だって?」
「マレー語でハリマオは虎を意味します。この日本人はマレー人たちからハリマオと呼ばれて半分畏れられ、半分喝采を浴びてる」
「どういうことだね、それは?」
「本名・谷豊。明治四十四年生まれ。コタバルから東海岸沿いにクアンタンまで南下したとき、途中でトレンガヌという町を通ったでしょう。唐人街という看板のある商店街を持つ港町です、憶えていますか? ハリマオの父親はそのトレンガヌの町で理髪店を開き、大儲けした。谷豊はトレンガヌで生まれ育ったんです」
「で?」
「昭和七年の十一月、谷豊が徴兵検査のため日本に帰国してたとき、トレンガヌで谷家の満七歳になる妹の静子が首を切断されて殺されました。犯人は広西省生まれの支那人で排日思想に煽られて兇行に及んだんです。犯人は静子の首をこれ見よがしにぶら下げてトレンガヌの街を歩きまわった。そいつは結局、イギリスの官憲に捕まって、コタバルまで移送されて処刑されましたが、犯人逮捕に当たって熱心じゃなかったらしい。静子の首は日本人歯科医の手で胴体に縫いつけられて埋葬されましたが、その写真が福岡にいた谷豊に送られた。それを見て復讐を誓った谷豊はマレーに戻りトレンガヌの町から密林にはいりマレー人を集め匪賊集団を組織した。それだけじゃない、回教に帰依したんです。回教名は忘れましたが、とにかく回教の戒律はきちんと守るようになった。ふだんはタイと英領マレーの国境地帯を行ったり来たりして暮し、ときおり町に出て華僑の金満家を襲う。奪った金銭はマレー人たちと均等に分け合うんです。イギリスの官憲が必死になって追い掛けるけど、尻尾にさえ触れない。イギリス総督府から餌を与えられてるマレー人はべつですが、ふつうのマレー人はみな困窮状態にある。谷豊がハリマオと呼ばれて喝采を浴びるのはいわば当然の帰結だと思います」(493〜494頁)


 後半で、真珠湾攻撃が始まります。
 ちょうど、安倍首相が真珠湾に慰霊の訪問をしておられる時に読み了えたので、具体的にイメージしながら読みました。新聞やネットの情報がリアルに過去を分析してみせていたせいか、この作品での真珠湾攻撃の描写と背景が迫力に欠けて見えました。本シリーズに直結する問題とはズレることもあるのは承知しながらも、ダイナミックなテーマの交流がなかったのが物足りなく思われました。【3】
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2016年12月28日

読書雑記(185)『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』

 森田拳次の漫画『満州からの引揚げ 遥かなる紅い夕陽』(中国引揚げ漫画家の会編、平和祈念展示資料館発行、平成18年11月、非売品)を読みました。これは、平和祈念展示資料館の入口で無料で配布されていたものです。


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 この物語は、昭和10年に長野県から「大陸の花嫁」として満州の千振へ渡った、玲子という女性の手記によるとするものです。夫となったのは、国策として満州に渡った同郷の開拓団員である木沢聡でした。結婚後はソ連との国境に近い千振で開拓団員として新婚生活。3人の子供に囲まれ、平和な日々でした。

 こうした時代背景と状況については、現在船戸与一の『満州国演義』を読み進めているところなので、私にも理解が及ぶところです。しかも、今読み終わったばかりの『雷の波濤 満州国演義七』では、「安拝開拓女塾」が出てきたので、さらに複雑な事情があることも話の展開にあわせてわかりました。この『満州国演義』については、明日の記事で取り上げます。

 ところが、昭和20年8月に聡の元に突然、赤紙(召集令状)が来ました。
 私は、入植地である満州でも、兵隊として召集されていたことを初めて知りました。
 そして、8月11日に日ソ中立条約を破ったソ連軍が、突如満州に侵攻してきたのです。

 この時の描写には、次のような文章が添えられています。
 作者はこのような表現で、言うに言われぬ言葉による抗議を記しているのです。


ソ連軍の先行部隊がやってきたのは、
一八日過ぎだったろうか
囚人部隊だという噂だったが、
彼らの素行は最悪だった

避難民のなけなしの荷物を強奪し、
乱暴狼藉の限りを尽くした
実質、軍隊という名の強盗団だった
女たちはしばしば慰みものにされ、
中には妊婦の腹を軍靴で
踏みにじって喜ぶ
外道もいた

女たちは皆、
ソ連兵を恐れ、
女に見えないように
男装し、丸坊主にした

連れ去られ、ボロボロになって
帰ってきて、その日のうちに
首を吊って自殺した人もいた(37頁)


 この時、私の両親は実際にソ連との国境にあるハイラルにいました。ソ連の侵攻で離れ離れになったことを聞いています。満州や朝鮮や中国の人たちが、ソ連侵攻の日を境にして掌を返したように、それまで親しく接していた人がまるで別人に変わったかのように残忍になったということも。
 以来、私の両親にとっての流浪の旅が始まりました。
 上に引いたような話は、両親が楽しみにしていた戦友会の方々からも、いろいろと形を変えて聞いたことがあります。
 母が一時収容されていた「新京」など、聞かされていた地名が物語中にいくつも出てきました。おぼろげながら、母の帰還ルートが想像できます。
 この物語では、引揚げ船は佐世保に着いています。母もそうだったのでしょうか。舞鶴だったのでは?と思うものの、今はわかりません。

 さて、物語は引揚げ後のことになります。無事に夫の実家に居候となって3年目の夏に、夫聡が復員してきたのです。
 生きるのが大変だった夫の聡は、職を求めて東京に出ます。そして、さらに栃木県の那須に移り家族の再出発の生活が始まりました。

 私の父の場合は、復員後にポン菓子作りで出雲の村々を経巡り、そのお余りでおこしを作って売ったり、広島で牡蛎の養殖に使う竹に錐で穴をあける細工をしたり、単身大阪で道路工事夫として働いたりしていました。とにかく、私が小さかった頃には、仕事を転々としていたことを思い出します。
 万博公園がある千里丘陵は、父が人夫として土を運び地固めをしたところです。無事に生き残って復員しても仕事がない年月が長く続いていたことは、子供心に覚えています。

 この漫画では、時勢に弄ばれた人間の姿が、感情を圧し殺した筆致で描かれています。最後の、両親を思う一人残った息子の姿が印象的でした。
 この抑制の背後にある本音が、さまざまな形で読む者に伝わってきます。ただし、両親から聞いた話よりも、きれいにまとめられている感じがしました。これは、支援団体への配慮からなのでしょうか。
 一点だけ欲を言えば、枠外の注記の文字と資料の文字が小さすぎて、読むのに一苦労したことを書き添えておきます。【4】

※巻末にある資料から、引揚船に関する記述を抜き出しておきます。


巻末資料【満州から引揚げ「関連年表」】より抜粋

[昭和20(1945)年]
8月22日
樺太からの引揚船「小笠原丸」「泰東丸」「第二新興丸」、北海道留萌沖においてソ連軍の潜水艦の攻撃を受ける。「小笠原丸」「泰東丸」は沈没、約1,700名の犠牲者を出す

9月2日
米戦艦ミズーリ号上で降伏文書署名
南朝鮮からの引揚第一船「興安丸」仙崎に入港(公式引揚第一船)

11月24日
地方引揚援護局(浦賀、舞鶴、呉、下関、博多、佐世保、鹿児島)新設

[昭和21(1946)年]
4月5日
満州からの最初の引揚船が博多に入港

5月14日
葫蘆島からの引揚開始(第一船佐世保に入港)

12月5日
樺太(真岡)からの引揚開始(第一船「雲仙丸」が函館に入港)

12月20日
北朝鮮(興南)からの引揚第一船「永録丸」が佐世保に入港

[昭和22(1947)年]
7月11日
千島地区からの最初の引揚船「白龍丸」が函館に入港

12月2日
南方方面からの最後の引揚船「輝山丸」が佐世保に入港

[昭和28(1953)年]
3月23日
「北京協定」に基づく中国からの引揚第一・二船「興安丸」「高砂丸」が舞鶴に入港(中断を含み昭和33年7月の第21次引揚げまで37隻入港、3万2,506人帰国)

[昭和33(1958)年]
7月13日
中国からの引揚第21次船「白山丸」が舞鶴に入港

11月16日
これまで唯一残っていた舞鶴の引揚援護局閉局
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