2021年05月06日

読書雑記(312)伊井春樹著『人がつなぐ源氏物語』

 『人がつなぐ源氏物語 藤原定家の写本からたどる物語の千年』(朝日選書1017、朝日新聞出版、2021年2月)を読みました。

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 本書の冒頭、「はじめに−−『源氏物語』写本への招待」に、本書の位置付けが明記されています。

 今後も長く信頼のおける「源氏物語」を読む上において、作品が生み出された時点から、時を経て今日まで伝えられてきた実態をたどり、今後の課題を提起してみたく思う。(8頁)


 そして、第一章が始まるや否や、大島本の本文に問題点があることが提示されます。「持仏」なのか「仏」なのか、ということです。ただし、掲載されている図版写真や大島本のカラー写真を確認すると、この「志も仏」と書かれている「志」の右横には、「持イ△」という傍記があり、それが擦り消されています。本書では、このことの説明はありません。この傍記は何でしょうか。また、「尓しおもて尓」と「志も仏」の文字の間には朱点があります。この朱点も、その意味することをあらためて確認する必要がありそうです。この部分に関しては、この指摘を出発点としてさらに問題は拡大しそうです。大島本に書き写されている文字列に疑問を持ち、さらには補訂の手が多く入っていることを再検討すべきことの大切さがわかります。

 本書で語られる文中には、歴史の背景や舞台裏などが配されています。また、文学史を彩る作品は、その内容を具体的に引いて解説が進みます。いわば、本書は教養の書ともなっています。面目躍如の伊井節となっています。わかりやすく語られているので、古典文学に興味がなかった方でも、その世界に身を置き、楽しんでページを繰ることができます。
 一例をあげます。イメージを豊かに膨らませて、学問的な知見に裏付けられた伊井語りが展開しています。一般の方も、楽しく読み進められます。

 中宮彰子に男御子の誕生という喜びに続く数多くの行事も一段落し、内裏へ還暦する日が近づき、女房たちは道長邸を離れる支度もしなければならない。何かとあわただしい中、中宮の強い意志のもとに、準備を進めていた『源氏物語』の書写作業が始まる。紫式部は朝早く中宮の前に控え、最終的な『源氏物語』本文の点検をしたのち、さまざまな色の料紙も整える。道長の意向のもとに能筆家たちも加えられ、書写者にはあらかじめ連絡がなされていたはずである。紫式部が一人ひとりに手紙を書き、そこには中宮の一筆も添えられ、原本の冊子と料紙が届けられる。藤原行成や公任も加えられていた可能性もある。(58頁)

(中略)

 研子も『源氏物語』の話を知り、しかも姉のもとで書写されているのを目にするにつけ、何とか読みたいとの思いが強かったはずで、父道長に本の入手を懇願する。新しく書写された本文は中宮彰子のもとに届けられ、料紙に添えた紫式部の浄書本も同じく返却されてくるはずで、道長はそれを妍子に与えようと考えていたのではないか。ところが、紫式部自身も嘆いていたように、「よろしう書きかへたりしは、みなひきうしなひて」と、大半の原本は戻ってこないで、それぞれ書写した人が手もとに残してしまった。担当したのは、一巻か二巻なのだろうが、「これは興味深い物語だ」と、返却しないのだ。
 道長は、紫式部が浄書前の揃い本を部屋に隠し置き、時に本文などを確認しているのを知っており、娘の願いをかなえようと、留守を狙ってすべてを盗み出し、妍子に与えたというなりゆきなのであろう。妍子にとっては読みたいと願う物語で、道長も世の中を知る上にもふさわしいと判断していた。この事実一つによっても、『源氏物語』は中宮彰子だけではなく、貴族世界の頂点にいる道長も公認していたと知られる。(74頁)


 本書の特色は、『源氏物語』を取り巻く平安文学がわかりやすく引き込まれていることでしょう。視野が広いために、『源氏物語』の周辺が見えてきます。さらには、やはり物語の本文を読む、ということに対する独自の視点が際立っています。物語の本文が、異本や異文を引き合いに出して、複眼的に物語を見据えます。これまでは、論文を通して理解していたことが、本書では多視点で読み解かれているのです。私にとって、学ぶことの多いものの見方でした。
 今は伝わらない「巣守」巻や「さくら人」巻については、次のように語られています。

 紫式部は内容を全面的に改稿し、ヒロインを浮舟に改め、大筋ではもとの作品を踏襲し、歌なども再利用することがあったようだ。巣守三位の登場する「巣守」巻から、新しく「手習」巻に書き改めて取り換えたものの、世の中では新旧の判別もなく、浮舟の物語も併せて読まれ、結果的に二つの巻が流布してしまった。こうでも想像しないと、「風葉集』に巣守三位と浮舟が同時に登場するのは考えられない。(108頁)

(中略)

 わずかな本文の残滓から巻の内容を拡大して解釈するのは危険ではあるが、「さくら人」巻には明らかに「夕顔の御手」の本文があり、玉鬘と何らかの関係をもっていたのは確かであろう。現在の「真木柱」巻と内容は重なりながら、源氏が玉鬘を六条院に引き取った後、昔の面影を思んで消息文を取り出したとも考えられる。『源氏釈』には「さくら人」との巻名に続けて、伊行自身が加えたのであろう、細字で、
  この巻はある本もあり。なくてもありぬべし。蛍が次にあるべし。
と、『源氏物語』の伝本によっては、「さくら人」巻をもたない本文も存在しており、あってもなくてもよいとし、内容からすれば「蛍」巻の後に続くべきだとする。
 定家や河内家が、数多く世に伝わる『源氏物語』の本文を校訂し、それらが人びとから認められて五四巻に定着する以前は、「巣守」巻とか「さくら人」巻も加えられた、流動的な時代が続いていた。今日では失われたそれらの巻々は紫式部の作なのか、後人が別案として創作したのか、知るすべはないが、平安時代末期には明らかに流布して読まれ、系図として示され、また注釈までなされていた。
 詳細は省くが、のちの五四巻とは異なる「さくら人」巻が添えられていたというだけではなく、『源氏釈』に引用された『源氏物語』の本文も、各巻において定家や「河内本」との違いが目立つ。鎌倉時代になって、二つの有力な本文が出現したため、それ以前に読まれていた本文は、徐々に淘汰され、やがて消失してしまう。伊行の所持本は整理される以前の、平安時代の人びとに読まれていた本文の一部の痕跡でもあった。(112頁)

(中略)

 伊行の娘の右京大夫が家に伝えられた『源氏物語』を読んでいたとすれば、それには「さくら人」巻が付され、『無名草子』が用いた本文と重なり、源氏が紫上の文を漉いて写経した場面が語られていたのであろうか。(119頁)


 次の文章は、定家が『源氏物語』の本文といかに対峙し格闘していたかがイメージできる説明となっています。

 「初音」と「真木柱」巻の例を検討しただけで、そこには定家が本文の校訂に情熱を注いだ姿勢の一端をうかがい知ることができる。「河内本」が多数の本文を取捨選択して出現した混成本であるのに対し、定家本は古い本文に手を加えることなく書写しているため、より平安時代に近い『源氏物語』の姿をとどめていると評価されてきた。しかし実態はそうではなく、文字を削り、補入し、訂正するなどさまざまな方法を用いて新しい本文の作成に向かっていた。批判された巻末の注記は切り離して別冊にし、残された本文はその後も校訂の手を緩めなかった。本文の訂正を長年継続し、「証本」として書写したのが嘉禄元年本ではなかったかと思う。自筆「奥入』に残されたのは、定家の校訂作業の過程を示す本文なのであろう。それと注目されるのは、定家が訂正する以前の所持本は、「別本」や「河内本」と重なる性格をもっていたことである。(161頁)

(中略)

 定家は宣陽門院を転写し、家の本にしたとしているので、後鳥羽院は一連の経緯を知った上で物語の和歌抄出を求めたのであろう。定家は、新たに手にした後白河院から伝わる素性のよい本文を重宝し、注記を書き入れ、本文の校訂も長年にわたって続けたはずである。定家の「証本」の源流が、後白河院から伝わる伝本であったとするのも一つの仮説にすぎないが、定家は少なくとも宣陽門院本を書写して所持したのは確かである。それが切り出された『奥入』につながるとを想像したいところで、本文は「河内本」や「別本」と共通する性格をもっていた。定家は長い年月の間、他本とも校合を重ね、自分なりの『源氏物語』の姿を求めて校訂を続け、やがて「証本」に定着したと、私なりの本文の成立過程を示しておきたい。(168頁)

(中略)

 定家は宣陽門院本を転写して架蔵本にしたと述べているように、この本文が定家本の基本となったのであろう。『古今集』や『伊勢物語』の作業で確認したように、定家は理想とする本文の校訂作業を持続していく。その具体的な姿を示す一つが、残存する自筆『奥入』の「六半本」である。一応の成果を得た定家は、嘉禄元年に五四帖の「証本」にすべく、四半本にした書写に踏み切ったものと思われる。
 定家本がはじめから現在見る「青表紙本」の本文として存在していたわけではなく、「証本」の出現までには、「河内本」や「別本」と称する他の本文とも共有する性格ももっていた。「いかに多かる」の引歌一つにしても、よりふさわしい場面の表現を追求し続け、時には削除し、新しい典拠を求めて本文を変えるなどの判断を続けたのであった。(175頁)

(中略)

 定家は必要がない表現と判断し、大幅に削ったことになる。物語に直接関係しない、説明とか挿話的な話になると「青表紙本」では削除していくというのが、定家の本文づくりの基本的な方針だったようである。(247頁)

(中略)

 「青表紙本」を伝えた一人の肖柏だけではなく、ほかにも二人の本文の違いが指摘されるなど、定家は俊成本は受け継がなかった。俊成と光行とは本文の相談をしてきたとするように、むしろ俊成本は「河内本」に近い内容だったのであろう。河内家が諸本の校訂に用いた伝本の注記に、「五条三品俊成卿、京極黄門定家卿」とし、それぞれ独自の存在として扱っているのも一つの証跡といえる。
 定家本が父の俊成本と異なり、「河内本」とも違いがあるというのは、独自に校訂した結果というほかはない。定家が平安時代の由緒正しい本文に手を加えることなく写し、そのまま今日に残されているのであれば、たとえ転写を重ねていても、古い姿を留める貴重な存在といえる。「青表紙本」が現代でも高い評価を得ているのは、古写本の一本を継承しているとの認識を前提にしており、定家が河内家と同じく諸本を参照し、みずからの和歌的な情趣という美的な判断のもとで本文を校訂していたとすれば、論の前提は崩れてしまう。中世において、「青表紙本」の優位性が認められたのは、諸本を公正に比較検討した上ではなく、定家という歌学における権威者を尊崇し、了俊などの指摘する和歌的な表現の情趣深さに引かれての結果であった。(259〜260頁)

(中略)

 「河内本」と「青表紙本」の本文を並べると、多くは同じ文章が続き、ささいなことばの異なり、語順の違いが目につく程度である。例文によって知られるように、「青表紙本」は「河内本」に比べて文章量が少ない傾向にあり、詳細な叙述がなされていても、内容の展開にかかわらない場面になると定家本では簡略化する傾向があり、それだけ緊密な文体の表現になったともいえる。
 定家が採用した本文には存在しなかったのか、むしろ意図して説明的な文辞は省き、情趣深い文体にしたのか、判断はつきかねる。ただ定家が自分の描く理想の物語にするため、文章を改作したとまでは考えられず、多くの諸伝本から本文を選択して校訂した結果が、「河内本」や「別本」との違いになったと考えたい。もし定家が手を加えたとしても、平安時代の紫式部の文体を再現するための、最小限度の訂正であったろう。「河内本」はときには「別本」と共通した性格をもち、鎌倉時代に同種の本文が存在したと知ると、逆に「青表紙本」が孤立してくる。表現を重んじた「青表紙本」はいわば玄人好みの文体といってもよく、講釈する者は知識を披歴し、自分なりの物語の場面を語る余裕が生まれる。定家の情趣に富んだ表現は歌論書として重んじられ、定家崇拝の時代の流れにより、「青表紙本」は『源氏物語』の標準テキストとして世の中を席捲していった。(276〜277頁)


 定家をめぐる〈いわゆる青表紙本〉に関する話は、謎解きの妙味も加わり、写本の行方を一緒に追ってしまいます。〈いわゆる青表紙本〉が流転していく様を体感することができました。

 〈源氏読み〉のくだりでは、脳が活性化されました。その文章を引きます。

 雅有は、阿仏尼の〈読み〉を「世の常の人の読むには似ず」としているので、『源氏物語』の本文をたんに朗読するのではなく、物語の世界の内容にふさわしい抑揚をつけての語りがなされていたのだろう。「源氏読み比丘尼」と記されるに至ったのは、読みが〈芸〉として知られ、康富邸だけではなく、各所にも招かれて語っていたのではないかと思う。南北朝のころから流行した、琵琶を弾き、『平家物語』を語る琵琶法師の「平曲」の存在が知られるが、〈源氏読み〉は楽器を用いて、曲節をつけてまでの芸能には成長しなかった。
 祐倫には、宝徳元年(一四四九)に『山頂湖面抄』、享徳二年(一四五三)には『光源氏一部歌』という著作が残される。前者は「源氏物語巻名歌」の注釈、後者は『源氏物語』のダイジェストに語釈を付し、「口伝」とする秘説の解釈も加える。『河海抄』とか『花鳥余情』といった堂上の注釈内容ではなく、地下層に伝えられた俗説も含まれるなど、『源氏物語』の広がりが知られ、それを公卿が聞くという、これまでとは異なる享受の逆転の現象といえる。
 『源氏物語』は、個人で読む場合は一人で物語の世界に浸ればよく、「黙読」であろうがつぶやくような「音読」であってもかまわない。だが他者に読み聞かせるとなると、「音読」による朗読という行為が伴い、阿仏尼などは御子左家の伝統ある読みがなされ、素性が明らかではない祐倫になると、さまざまな俗説を吸収し、独特の〈芸能〉としての〈源氏読み〉を生み出していたのかもしれない。(210頁)


 こに長文を厭わず引いたのは、私の大学の卒業論文の題名が『源氏物語と唱導文芸の交渉』という、民俗学の視点から書いたものだったからです。今それは読む価値のない、恥ずかしいものです。しかし、明石入道を中心とした物語りの法師を取り上げ、『源氏物語』が元々は音読で語り伝えられた唱導文芸だったことを、幼い論文として書いたのです。以来、私は『源氏物語』の作者を個人としての紫式部とせず、最終編集責任者が紫式部だとする考えを確立しました。この視点は、折口信夫の考えを展開しようとしたものです。そのことを、上記の〈源氏読み〉の説明から思い出し、しばし自分の想念の世界に浸りました。またまた、本書が手放せなくなりました。
 源氏読みの「源氏播磨西円」のことも話題となります(233頁)。「松風」巻で、本文は「荻の枝」なのか「小木の枝」なのか、という問題です。この西円については、私が博士前期課程の時に指導教授に出した論文が思い起こされます。研究のレベルが低いとのことで、指導教授からは再考を促されたまま、まとまらなかったテーマです。それが、ここで興味深い切り口で語られているのです。慧眼とは、まさにこのことなのでしょう。

 さらに、『源氏物語』で読まれる本文が、河内本から〈いわゆる青表紙本〉へと時代を経るうちに移り変わっていくさまを、古注釈書などに記されている記事を丹念に検討しながら解き進められていきます。わかりやすく、『源氏物語』の本文の受容史が見えてきます。
 本書は、講説における視野の広さと読解の深さを存分に発揮した内容であり、これまでに教わってきたことが、実は限られた一面であることを知ることになる本であると思います。
 研究から離れつつあった自分に、また知ることと調べる楽しみを教えられることになりました。
 すでに引いたように(259頁)、現在読まれている定家の校訂本文に関して、その評価に大いに疑問を提示しておられます。このことは、これからの若手研究者によってさらに検証を重ね、その妥当性を広く認識すべき『源氏物語』の受容環境を形成することだと思います。
 具体的には、陽明文庫本の例が好例です。この問題が指摘されている箇所を引きます。

 「別本」は残された数は少なく、相互に関係性はないが、河内家や定家の影響を受けない古い姿を残している可能性があり、そこに見いだされる特異な本文は注目される。具体的には平安時代末期成立の『源氏釈』に引用された本文が、「別本」の陽明文庫本と近似する例など、「河内本」や定家本とは異なる物語の世界も見られる。
 『国宝源氏物語絵巻」の「詞書」も定家本とは距離をもっている。これらによっても、現代の読者は平安時代の『源氏物語』を読んでいるわけではないことがあらためてわかる。「古系図」もそうだったが、河内家や定家の校訂本の出現は、それ以前の混乱した本文を否定し、鎌倉時代の物語として再編、変質した姿ともいえる。
 本文の大きな流れからすると、「河内本」はときに「別本」と共通するなど古体をとどめ、定家本と距離をもつのは、新しい作品に再生しようとの定家の意識が根底にあったからかもしれない。紫式部の手から離れた『源氏物語』は一本ではなく、複数の本文にすでに違いが生じていたのであろうし、人びとに書写されるに従い異文が派生するのは仕方のないことである。それだけ興味深い作品として、読者は享受し楽しんでいたはずだが、二〇〇年ばかりのちの鎌倉時代になって、伝本によって異なる本文を一本化しようとしたのが、河内家や定家の校訂本であった。残念なこととはいえ、現代の私たちは平安時代の『源氏物語』ではなく、鎌倉時代に定家の方針のもとに整理し直された本文で読んでいることになる。よしんば平安時代の伝本が残っていたとしても、異なる表現の多さに振り回され、作品の解釈には困難が伴い、人気のある作品として読まれていたのかおぼつかなくなる。定家の校訂によって、紫式部の意図を汲んだスタイルの『源氏物語』が復活したのだとも考えたい。結果として紫式部の原典に近づいたのか、むしろ表現がそぎ落とされ、和歌的な要素の横溢した鎌倉の作品になってしまったのか、それ以上は想像するしかない。(269〜271頁)

(中略)

 「河内本」では読者の理解を深めようとことばを補った結果、独自の本文となったのかと疑いたくもなる。ところが、別本の「陽明文庫本」においても「あやしき山がつ、たびしまで見たてまつらんことを、あらそひはべるなれ」とするなど、以下「河内本」と共通する本文が続く。河内家で勝手に説明を加えたのではなく、校訂に採用した本文が、現存する別本と同種の祖本に依拠していたにすぎなく、かえって古い姿を留めている可能性もある。
 「青表紙本」の叙述は簡潔だといっても、「河内本」のように「地方からも聞き伝え、わざわざ妻子まで引き連れて上洛する人が多いと聞いている」とか、「今日は気分がよさそうだから、お出かけなさい」と大宮がことさら適して車や従者の手配を命じたと書かれなくても、各地から階層の隔てなく人びとが都に上っているとか、牛車で出かけるには前駆が必要なことは説明するまでもない。
 了俊が指摘していた、「源氏、見なれざる人のためには、河内本大切のこと」とする、初心者には「河内本」がふさわしい本文だとする認識と重なり、定家本が「ことばも世の常よりも枝葉を抜きたる本」(『幻中類林』)とする言及と通底してくる。定家は、葵祭の見物に出かけるまでの経緯を、こまごまと説明する必要はなく、葵上と六条御息所との「車の所争い」による緊迫した場面に早く移行する方が効果的と判断したとも考えられる。了俊のいう「詞は青表紙本なほおもしろく」とは、『源氏物語』に習熟した者にとってはリズムのある文体として評価するとの意になる。(273頁)


 とすると、「大島本」とはいったいどんな本だったのか。論点は次第に絞られていきます。そして、「大島本」の素性が赤裸々に語られます。

 ここでも「大島本」は傍線部をもたなく、朱筆で他の「青表紙本」を参照したのか細字で補われる。「大島本」の独自異文というのではなく、これらの一文がなければ物語が成り立たなく、不明な内容になってしまう。明らかな誤脫としかいいようがない。しかも各所で脱文を見いだすため、「大島本」の書写方法は意味内容など考えることなく、丁寧さにも欠けた態度であった。
 大内政弘が「青表紙本」の複本を作るため、飛鳥井雅康に書写を依頼したとなると、できあがった書写本は脫文の多い、いわば手抜きの本文だったことになる。歌人であり、能書家としても知られた雅康の書写が、これほどまでに粗略であったとはとても考えられない。
 江戸時代以降になり、代々の所蔵者たちは、世間に流布するさまざまな「青表紙本」と違いが多いのに気づき、訂正の手を加えていったとしか考えようがない。一○○年、二〇〇年と流伝する間に、複数の人によって校合がなされていく。結果として「大島本」は、削られた痕跡、胡粉の塗抹、行間から余白には多数の書き込みがなされるなど、美麗な写本とはほど遠くなってしまった。(318頁)

(中略)

 「大島本」には江戸時代を通じて多数の訂正が複数の手によってなされ、現代ではその最終的に修正された本文を純正な「青表紙本」のテキストとして使用する。古典文学では採用した写本の本文を忠実に再現するのが原則だが、「大島本」を用いる『源氏物語』に限っては、書写された当初の底本だけではなく、後になって訂正、書き入れられた本文を重視する方針で一貫する。(321頁)

(中略)

 書写当初の「大島本」は「青表紙本」の性格をもつのは確かだが、「河内本」「別本」特有の語句ももつため、混態本だったと評すべきであろう。所持者は江戸時代に流布する本文にしようと、校訂を重ねたものの、誤って「河内本」も採用するなど、結果的に「青表紙本」諸本の中でも孤立した本文になってしまった。(326頁)

(中略)

 つぎつぎと書き込みの訂正がなされたことで、「より青表紙本の特色をもつことになった」と述べる藤本孝一説は、実態とはかけ離れているというほかはない。文明一三年に大内政弘の求めによって雅康が書写したのが「青表紙本」だったのであれば、複雑な後人の訂正など必要がなかったはずである。雅康筆本が流転して「大島本」になったと池田亀鑑は論じるが、多くの人びとによって脫文を補い、語句の訂正がなされるなど、すっかり性質を異にしてしまった。冊子本そのものは室町時代末から生き残ったにしても、本文はもとの姿を大きく変えてしまっている。雅康本は「青表紙本」であったと高く評価しながら、江戸時代に変化した最終版の本文も「青表紙本」であると認定する池田亀鑑の判断は、きわめて矛盾しているというほかはない。定家本を忠実に書写した雅康本であったのであれば、その後多様な形態によって手を入れる必要などなかったはずである。(327頁)


 終盤は、〈いわゆる青表紙本〉の伝来過程が中心となり、その消息が興味深く語られます。謎解きに参加している気分になります。

 最終章の「第一〇章 「大島本」の本文の意義」は、現在活字の校訂本文で『源氏物語』を読む人には必読の章となっています。「大島本」の〈いわゆる青表紙本〉における位置づけを、池田亀鑑の評価を踏まえて再検討する章だからです。

 池田亀鑑の説明は不明瞭で、あらためて確認しておくが、将軍義政の「青表紙本」が大内家に入ったのは、山名氏を経由して大内良隆の婚姻においてであり、祖父大内政弘没後のことであった。将軍義政本が大内家に伝わったのを政弘時代とし、複本を作成するため飛鳥井雅康に書写の依頼をしたと考えたのであろうか。もともと乗阿說事態が不正確だが、池田亀鑑は書かれてもいない記述をつくり出し、さらに時代の前後を無視した、都合のよい說にしてしまった感じがする。(307頁)

(中略)

 このように雅康の書写本は大内氏から流転を重ね、佐渡で発見され「大島本」と称されるようになった。数百年もの間、人びとによって訂正され続け、正統な「青表紙本」へ成長したというのでは、論理的に矛盾するとしかいいようがない。雅康が書写したのは、大内政弘所持の「青表紙本」だったはずである。江戸時代を通じて、人びとはどのような本文を用いて訂正の手を加えていったのであろうか。雅康が書写したのが「青表紙本」だったのであれば、それ以上のすぐれた本文はなく、訂正する必要はなかったはずである。
 新出の定家本「若紫」巻が「青表紙本」の一部だったのか、別の定家本だったのか明らかではない。『奥入』(「六半本」)に残存する本文と定家本とが共通していない事実からも、定家は書写するたびに本文の校訂をしていたことは明らかである。些細な違いはここでは取り上げないが、「大島本」と定家本「若紫」とを比べると、両本にはさまざまな違いが存すると知られる。(315頁)


 このような「大島本」をこれからも読むのかと問われれば、多くの人がしばし思考停止に陥ることでしょう。私も、このことを数十年にわたりテーマとし、論じてきました。本書でのインパクトも、非常に大きいと言えます。『源氏物語』を「大島本」で読んでいる方々には、ぜひとも本書を一読していただきたいと思う理由でもあります。

 この章の最後では、一昨年発見された定家自筆の「若紫」と「大島本」の本文を読み比べ、「大島本」の粗雑さを丹念にしていきていきます。

 一部を示したにすぎないが、他の用例も併せての判断によると、新出の定家本は三条西家グループと接近し、「大島本」とは距離を置く傾向にある。「大島本」は、江戸時代に複数の人物によってつぎつぎと校訂していったという要素も考慮する必要がある。「青表紙本」と思って校訂したところ、「河内本」や「別本」を用いてしまった例もあるなど、「大島本」は青表紙グループに属しながら、その中でも孤立した存在になってしまった。(333頁)

(中略)

 「大島本」の「初音」巻が「河内本」として排除され、江戸時代には人びとの訂正の手が加えられ、室町時代末書写の本来の姿も変貌した実態からは、もはや純正な「青表紙本」と認定することはできないはずである。
 「大島本」の評価は繰り返す必要もないが、伝来そのものにもはや信頼が置けず、「青表紙本」とされる中にどうして「河内本」の「初音」巻が挿入されているのか、有効な解決案もないまま不問に付されてしまった。
 このように言及してくると、平安時代の『源氏物語』と信じて読んでいた現代の読者は、鎌倉時代に校訂された本文を読んでいたと知り、しかも定家本ではなかったことに落胆しかねない。平安から鎌倉の新しい時代の訪れにより、河内家も定家においても本文の姿を大きく変えたことは確かである。しかしいずれも勝手に改作したのではなく、伝来した本文の枠から外れることのない校訂であり、読みやすさを求めて說明的な本文としたのか、簡潔で情趣的な本文を選んだかの違いであろう。
 歴史的にも「青表紙本」への傾倒は当初から変わらないとはいえ、池田亀鑑は平安時代の古写本に手を加えることなく継承したのが定家本であり、それを復元できるのが「大島本」であると高く評価し、「河内本」は鎌倉時代の混態本であるとして退け、戦後の本文の流れを決定づけて今日に至っている。ところが自筆『奥入』の残存本文と、残された定家本五巻によって、本文の違いだけではなく、定家は絶えず校訂を継続し本文の姿を変えていた実態が知られるようになった。しかも乗阿が大内氏のもとで定家本を見たとの記述を読み誤り、それが転々として佐渡で発見され、「大島本」になったと論じていく。そこから遡及して大内政弘が雅康に書写させたのはし「青表紙本」であったとするが、すでに論理的に破綻しているのはもはや繰り返すまい。
 雅康本は「青表紙本」だったとしながら、江戸時代を通じて複数の人物による複雑な加筆訂正により、定家本に近づいたとする。この論理だと、もとの本文は「青表紙本」ではなかったことになる。ここまでくると、「大島本」を用いての『源氏物語』のテキストづくりは、振り出しに戻って根本的に見直す必要がある。
 今のところは、定家本が全巻発見でもされない限り、いずれかの系統の転写本で読むしかない。個人的には三条西家本の再評価と、併せて「河内本」も読むべきだと考える。現代ではあまりにも「大島本」に集中し、すっかり読み慣れてしまっているが、いずれの機会に変更すべきだと思う。(337〜340頁)


 引用文末にある「三条西家本の再評価」ということがどのような理由によるものであり、どのような意味をもっていくか、今の私にはよくわかりません。全巻が揃っているから、ということなのでしょうか。
 もし、本書の続編が書かれるのであれば、この定家自筆「若紫」と「大島本」を、詳細に読み解いていただきたいと思います。まさに、伊井語りの本領発揮となることでしょう。そして、新しい『源氏物語』の読み方の提唱となるに違いありません。楽しみにしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■読書雑記

2021年05月05日

読書雑記(311)高田郁『あきない世傳 金と銀 十 合流篇』

 『あきない世傳 金と銀 十 合流篇』(田郁、時代小説文庫、2021年2月)を読みました。

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■第一章「秘すれば花」
 開巻早々、緊張した場面と雰囲気が伝わってきます。そして、話が明るいので読む気にさせられます。
 『風姿花伝』の一節が、次の展開を心待ちにさせます。【4】

■第二章「初瓜」
 高田郁の文章からは、音が聞こえてきます。季節感、色使いに加えて、嗅覚と聴覚とリズミカルな音が心地よく読者に届きます。
 上方から下って来た3人との待ちに待った出会いは、生き生きと情愛たっぷりに描かれています。【4】

■第三章「嚆矢」
 江戸に出て来た菊栄の、これからの活躍が楽しみとなる、間奏曲のような章です。みんな、平穏無事で安泰です。【3】

■第四章「川開き」
 型彫師の梅松は新たな仕事に精を出すあまり、お梅さんとの恋愛話が進展していません。まもなく、女衆のお梅さんは大坂に帰ってしまうのです。
 両国で川開きの花火を楽しむ五鈴屋の面々は、梅松とお梅さんの仲を取り持つことに腐心します。口下手で職人気質の梅松は、猫を媒にしてお梅に気持ちを伝えるチャンスを活かしきれません。翌日、お梅が大坂に旅立つ朝、お梅は猫を口実に江戸に残ると言います。右の頬にできる笑窪が印象的で、読ませる話となっています。【5】

■第五章「菊栄の買い物」
 菊栄は、友達である幸が営む五鈴屋の隣の三嶋屋を、そっくりそのまま買い取ることにしました。2人の女の気持ちのいい決断が、爽やかに語られます。人のつながりと信頼が、その背景にしっかりと築かれています。そして、このことが後半の思いがけない展開へとつながっていきます。【4】

■第六章「切磋琢磨」
 湯島の物産会の話は、いろいろなネタを物語に与えそうです。しかし、ここではそれは展開しません。後のために作者は残しているのでしょうか。
 滑らかな筆の運びで、つなぎ役を果たす章となっています。【3】

■第七章「羽と翼と」
 職人の心意気と生き様が描かれていきます。花火の図案をめぐり、型紙に始まり、型彫師、染物師のことや錐彫り、道具彫り、型付師などなど、まさに総合芸術のコラボレーションの様が語られます。この後の展開が楽しみです。【4】

■第八章「雲霓を望む」
 探していた寸法の大きな型彫の地紙が、やっと見つかりました。これで、花火の図案は具体化していきます。そして、ついに花火の図案が出来上がりました。みんなの力が結集することで、望みのものが目の前に広げられたのです。【3】

■第九章「機は熟せり」
 型彫師と型付師が、渾身の花火の型紙を完成させました。新しい浴衣は、やがてできあがりました。花火柄の藍染の反物は、月を愛でながらの鑑賞会となったのです。月光が見事に物語を盛り上げています。月をみごとに配した作品として、記録しておきましょう。
 菊栄が買い取った隣の三嶋屋は、そっくりそのまま五鈴屋のものになります。話がさらに膨らみ、ますます先行きが楽しみな物語へと展開する、大きな世界へ乗り出して行くことになります。【5】

■第十章「揃い踏み」
 花火の柄の浴衣を五百枚縫い始めます。風呂屋に配るのです。流行を仕掛ける、知恵の見せ所です。しかも、両国の川開きの日に湯屋仲間五百人が船を仕立てて漕ぎ出すとのこと。藍染の浴衣を着て。さらには、かつて手伝った二人の奉公人も加わります。何事も、めでたく話が進んでいきます。あまりにも順調なので、大丈夫だろうかと心配になる程です。作者には深い読みがあることでしょう。今後の展開が、ますます楽しみです。【5】

■第十一章「昇竜」
 両国の川開きで、湯屋船に乗る500人はみな、藍色の地に白抜きの花火の柄です。【3】

■第十二章「あい色の花ひらく」
 水冷式の団扇は、藍色の浴衣地を張ったものです。紙ではなくて、木綿は濡らせるのです。発想の転換でした。
 幸たちは、花火柄の浴衣がどうなっているのか知るためにも、湯屋に出かけました。藍の花が咲いていたのです。
 そんな中、型彫師の梅松は、お梅さんの気持ちを受け取ることができないのでした。幸が言った「木綿の橋を架けたい」と言う言葉を思うと、男女の違いを越え、身分を越え、木綿の橋を架けたいのだと。
 冬になると、泉州木綿が好まれるようになったそうです。このことは、もっと語ってもらいたいことです。これからの話で、取り上げられるのでしょうか?
 そしてついに、梅松がお梅さんに求婚して、この巻は終わります。
 明るく元気の出る話が多い巻でした。続きの巻が出る今年の夏が、今から楽しみです。【4】
 
 
 
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2021年04月20日

読書雑記(310)大石直紀『二十年目の桜疏水』

『二十年目の桜疏水』(大石直紀、光文社文庫、2019年9月)を読みました。京都を舞台とするショートミステリーです。

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■「おばあちゃんといっしょ」
 騙す人と騙される人がそれぞれ巧みに描かれています。そうかと思うと、ピントがずれ、また合います。巧みな語りに振り回されながら、楽しく読みました。もっと長い話にしても良かったように思います。【3】

■「お地蔵様に見られてる」
 過去のできごとに真っ直ぐに向き合う話です。文章が生き生きしています。心の中が素直に表現されています。【3】


■「二十年目の桜疏水」
 スウェーデンの大学の日本語学科で教える主人公は、母の危篤で帰国します。死にゆく母は、謝ったまま他界しました。一体何が、と話に惹きつけられます。うまい語り口です。
 母の臨終の言葉から、大学時代の雅子と結婚できなかった思い出が蘇ります。事故のために火傷でケロイドとなった雅子との、ひ弱な男の思い出語りが行き来する話です。疏水通りの桜がきれいに扱われている作品でした。最後の「合格!」が秀逸な綴じ目となっています。【5】

■「おみくじ占いにご用心」
 違和感が通底する話に、何となく歯切れの悪さを感じました。ネタが咀嚼されていないような感じがします。登場人物がつながらず、盛り上がりません。【2】


■「仏像は二度笑う」
 テンポのいい語り口で展開します。仏師になった男が贋作に手を染め、それをめぐって迷走する物語が紡がれます。ただし、登場人物の描き分けが甘いと思いました。エッジが立っていません。話がボーッとしています。残念です。
 また、終半は余分だと思います。サッと切り上げたら、話は締まったはずです。【2】

■「おじいちゃんを探せ」
 女主人公の母の両親は、おじいちゃんの浮気が原因で離婚していました。しかし、おばあちゃんが年賀状のやりとりをしていたことを知り、それを契機に、母が隠すおじいちゃんのことを探り出すことになりました。
 出生の秘密にまつわる物語です。緩急自在な語り口に、話を堪能しました。【5】


※本書は、光文社より二〇一七年三月に刊行されました。

○初出誌
「おばあちゃんといっしょ」
 『小説宝石』二〇一五年一二月号

「お地蔵様に見られてる」
 『宝石 ザ ミステリー Blue』二〇一六年一二月刊

「二十年目の桜疎水」
 『小説宝石』二〇一六年八月号

「おみくじ占いにご用心」
 『小説宝石』二〇一六年五月号

「仏像は二度笑う」
 『宝石 ザ ミステリー Red』二〇一六年八月刊

「おじいちゃんを探せ」
 『小説宝石』二〇一六年一二月号
 
 
 
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2021年04月13日

読書雑記(309)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール5』

 『ヤンキー君と白杖ガール5』(うおやま、KADOKAWA、2020年12月)を読みました。

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 アルバイト仲間の、無口で大人しいクリスさんとの、意思疎通の話から始まります。コミュニケーションのことがテーマです。
 そんな中で、店長が話す、「従業員(ひと)が会社のためにいる」という考え方と、「会社が従業員のためにある」ことへと話が展開します。社会には「余白」が必要だ、という考えも提示されます。
 物語は、ゆっくりと進みます。自分の居場所があることの大切さが、少しずつ伝わってきます。
 目が見えないことで「心配される」のではなくて、彼とは対等な心でいたい、というユキコは、しだいに逞しくなっていきます。対等でいたかったら敬語をやめろ、とユキコが言うのは、人間関係の微妙な絢を突いています。
 大人を演じきれない、純粋な気持ちをぶつけ合うユキコと黒川は、愛情表現もぎこちないままです。前へ進む勇気をもらい合う2人のラブコメディーは、まだまだ続きます。

 点字を読めない人が多いので、点字+拡大文字なら便利だという最後の話は、今後ともさらに具体的に物語として描いてほしいと思いました。
 現在、点字が不自由なく読める人は、目が見えない人の1割にも満たない、という統計が以前から公表されています。9割の方は、点字が読めないのです。しかし、一般的には、目が見えない人は点字を読んで情報を得ている、と勘違いしている現実があります。
 このギャップは、エレベータに乗ると、点字が貼り付けられている位置がいかに非道なことをしているかが、実際に触るとわかります。低い位置に貼られている点字を触読しようとすると、手首が痙攣するはずです。こんな肉体的な苦痛を強いながら、不自由な思いをしている人を支援しているという、大きな錯覚が横行しているのです。私が、まずはエレベータから、と言っている原点を、ぜひとも確認してみてください。そして、この問題を、この漫画でも今後は取り上げていただきたいと思っています。【4】
 
 
 
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2021年02月13日

読書雑記(308)澁谷由里『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』

『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(伊藤鉄也編、336頁、新典社、2016(平成28)年9月)では、池田芙蓉(亀鑑)の『馬賊の唄』に関して、次の2本の記事を掲載しました。

「池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』について」(杉尾 瞭子)
   ―その出典と時代背景を軸として―

「もっと知りたい2 『馬賊の唄』の内容と満蒙の地名」(伊藤 鉄也)


 小説家として池田亀鑑が筆を揮った『馬賊の唄』は、大正14年に『日本少年』に連載されました。当時の時代を反映した、気宇壮大な物語です。日本古典文学の文献学者となる池田亀鑑が書いたとは思えない、夢幻の空想冒険談です。
 この作品を読み、本ブログには「池田芙蓉(亀鑑)著『馬賊の唄』を読んで」(2012年07月14日)という記事を書きました。その後も、この作品の位置づけを考え、その背景となる満州における馬賊についても、諸書を漁り読んできました。
 そうした中で、今回紹介する『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』(澁谷由里、2017年6月、講談社学術文庫)は、その内容に惹かれるものが多かったので、以下に引用文を多用しながら、馬賊と満洲について確認していきます。紹介する視点は、あくまでも池田芙蓉(亀鑑)『馬賊の唄』を理解するための参考情報の整理にあります。

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 著者は、博索して読み解いた資料を元にして、張作霖を中心に満洲の地を舞台とする人々の関係を明らかにします。そして、それぞれの人物の腹の内を読み解きながら解説しています。非常にわかりやすい構図で語られていきます。
 私が読み進めた視点で言えば、張作霖の生き様から馬賊の実態や本質が見えて来る、という作者の仕掛けがうまいと思いました。そして、池田芙蓉(亀鑑)が書いた馬賊の姿は、この前半で語られる、馬賊が次第に地方軍へと生まれ変わっていく前段階に留まるものであることもわかります。
 私がチェックした文章を引用します。
 池田芙蓉(亀鑑)が『馬賊の唄』を書いた時代と今では、満洲に対する見方が異なります。
 まず、日本人の満洲観というものの再認識を求める発言から。

「満洲」をダイレクトに日本に結びつけてしまうと多くの側面を見落とす危険性がある。そもそも「満洲」が「中国の一部」だという無意識的な前提も、検討しなおす必要があるだろう。日本人がかつて幻想を抱き、今も恐らくは正確に理解しきれていない「満洲」について、なるべく地域としての自主性を重んじた叙述を心がけようと考えている。(14頁)


 日本人は「馬賊」という言葉に、盗賊・山賊と同等の、強盗集団のイメージを抱いてきた。そのような出自の人物を「元帥」に頂く中国(人)への蔑視もあり、張の生前からさまざまな誤解が語られてきた。結果として張の実力と人物像は過小評価され、その貧しい認識や情報量に基づいて「御しやすし」とみた日本の陸軍や関東軍は、一方的な傀儡化計画を立てたと筆者は考えている。
 その出発点は日露戦争時(一九〇四~○五年)の「馬賊」懐柔工作にあった。第一次・第二次「満蒙独立」運動(一九一一~一二/一九一五~一七年)を経て、「馬賊は使える」という思い込みに変わり、かつ「馬賊」出身の張作霖は恐るるに足らないという慢心が生じた。軍事顧問団や関東軍の監視下におきつつ、日本に不利な動きをした時には適宜圧力をかけさえすればいいという基本方針のもと、一九二〇年代後半期に日本側はさまざまな方法で介入を行った。それが戦後の日本近代史研究にも影響を与えて、「張作霖=日本の傀儡」論を形成したと考えられるが、実態はどうなのだろうか。(23頁)


なお現在の中国では、「満洲国」を歴史評価上も正規の国家として認めていないので(中国語では偽満洲国、略して偽満と表記する)、それに配慮して「満洲」あるいは「満洲国」という名称は、日本における歴史的用語であることを示す「 」をつけて表記する。(24頁)


モンゴルを除いて、「満洲」以外に「馬賊」が活動していたという話も聞かないだろう。「馬賊」といえば「満洲」というイメージもできている。また山室信一氏は、「日本にはない自由な大平原の広がる満洲への憧憬」から、「拳銃片手に駆け抜けていく馬賊の活躍する荒野」を当時の日本人は連想し、さらに歌謡曲・少年小説・映画といったさまざまな形で「馬賊の唄」がヒットし、アメリカ西部劇にも似たイメージを形成したのではないかと述べている。(26頁)


満洲族は、その名が示すとおり「満洲」出身のツングース系民族であり、中国史上ではかつて金という王朝(一一一五~一二三四年)を樹立した、女真族の末裔にあたる。正確にいうと、「ジュセン」というのは彼らの言葉では「従属者」を意味したらしく、これに漢族が「女真」という字を当てたにすぎず、少なくとも美称ではない。そのため清朝建国のころから、「マンジュ」と名乗るようになった。彼らが信仰していた文殊菩薩(梵名マンジュシュリー)からきたという説、元来満洲語で「勇者」「聡明なる者」を意味するという説など、語源には諸説ある。しかしいずれにせよこの呼称は彼ら自身が選択し、自称したものだった。「満洲」という地域呼称は、民族自称から派生したのである。(35頁)


 経済面でいえば「馬賊」は匪賊よりは安定していたはずだが、決して楽な稼業ではない。一般的に、「馬賊」・匪賊の活動期は秋の収穫期から翌年の旧正月(陽暦の一月末~二月中旬ごろ)にかけての時期、農家・商家ともに最も金回りのよい時期である。夏は上記の時期ほど活発に活動しないようだが、散発的な掠奪はする。旧正月明けから春にかけては活動を控える。活動期の収入を、配下たちの働きに応じて適宜分配し、解放してやる必要があっただろう。そして次の活動期にさしかかるころ(初夏)、また頭目が声をかけるという仕組みになっている。
 配下たちは、閑散期、あるいは病気やけが、頭目との反目などの理由で、匪賊や「馬賊」稼業をしていない時には(次の口がかかるまで)、行商人や労働者になったり、宿屋や食堂などのサービス業で臨時雇いの口を探したり、地主に雇われて力仕事その他の家事・雑用をしたり、技能があれば職人として生活したり、賭博で生計を立てたり、さまざまだった。ただし頭目以外、生涯にわたる伴侶や家庭を持つことは、ほとんど許されない。休業時だけの季節婚・一時婚が関の山である。相手の女性とは、副業の職場で知り合うことが多かったようだ。(70頁)


 構成人員の性格や資質、名望家たちとの交際から見ても、「馬賊」を、社会からの完全脱落者として位置づけるのはむずかしい。むしろ、地域社会の底辺層にある人々が、社会に食い込みつつ上昇の機会をうかがうための、有効な装置として機能していたのではないだろうか。もちろん「保険区」外の人々からは匪賊同様に恐れられていたし、官憲の取締対象でもあったのだが、区内では自警団として位置づけられている。地域社会、特に名望家たちの側からいえば、「馬賊」すなわち「保険隊」は、社会の底辺層から匪賊に転落してしまう(あるいはしてしまった)人々を社会復帰させ、自衛と治安維持を両立させるための方策だったと考えられる。(79頁)


 従来の研究では、「張作霖は馬賊上がりである」ことの意味が充分に解明されず、また日本側から張への一方的な働きかけをとらえて、「張作霖は日本の傀儡であった」と単純化されてきた。確かに張作霖政権には特に一九二〇年代後半期、手厚い援助が行われ、それは日本の国策とも化していた。日本人の軍事顧問が、多数送り込まれてもいた。しかし、それはあくまでも日本側の事情であって、張作霖政権側の受け止め方を検証することなく、「傀儡」論を展開するのは安易である。(126頁)


 張作霖がそれだけの犠牲を払い、ことを荒立てても「馬賊」体質からの脱却を図ったという点が重要である。ここに、政権発足当初の張作霖の苦悩もみてとれる。いつまでも出身母体(旧軍、「馬賊」)に依存していては、清朝崩壊後の社会秩序を再構築するという課題に対応しきれないし、清朝新政期の行財政システムに代わるものがない以上、それを運用できる人材を重用しなければならない。袁金鎧や王永江の存在意義は、そこにあったと考えられる。(130頁)


王永江は、財政上のみならず政治上も、清末新政期以来の課題を継承し解決しようとする存在として重要であり、張作霖政権から「馬賊」体質を払拭し、より近代的な政権を構築しようとした人物であったこと。(144頁)


 二七年一月、国民政府はそれまで本拠地としていた広東省広州から、北伐によって占領した湖北省武漢へ「遷都」した。武漢は、辛亥革命勃発の地・武昌と近隣地を合併して成立した都市であり、ここを手中にすることは、国民党にとって長年の悲願でもあった。(173頁)


 「覆面浪人」と名のる作者による「馬賊になるまで」という本は、よくある「馬賊」小説とは一線を画する、興味深い内容をもっている。本書のテーマでの執筆を志してから、およそタイトルに「馬賊」と名のつくものは、小説であろうと研究書であろうと、日本で入手可能なものはあらかた読んでみたが、やはり小説は空想の域を出るものではなく、史料としては使えないと嘆息するのが常だった。(190頁)


「馬賊」、すなわち「保険隊」にあるこのような特徴は、日露戦争でも日露両軍によって利用された。日露両国の軍事関係者が、「保険隊」の存在価値を認知した結果、「保険隊」はそれまでよりも広く知られるようになった。特に日本の軍部と大陸浪人は、その後もこの地域の「馬賊」(この場合は賊を含む)を組織して、二度も「満蒙独立」運動を企てるなどしたため、日本において「満洲」といえば「馬賊」、というイメージが形成される一因となった。一方、宋教仁の働きかけによって革命運動に利用された「馬賊」・匪賊もいたが、その組織化は不充分であり、「満洲」では革命政権が樹立されなかった。「馬賊」出身の張作霖は清末における軍隊の再編過程にのって擡頭し、地位と勢力を上昇・拡大してきたので、それらの保証がない革命派に味方をすることはなかった、と考えられる。(227頁)


 最後に、「馬賊」の位置づけを簡潔にまとめた文章を、長文を厭わずに一節分を引いておきます。

 「馬賊」は、社会からドロップアウトしかねない(あるいはしてしまった)人々と、「満洲」地域社会が共存していくうえで考案された、自衛のための政治的装置であった。ゆえにそこに参加し、あるいはそれを組織・後見することには、社会的ステイタスがあった。軍隊に似た編成だったうえ、名望家層の推薦があったので、帰順への道も用意されていた。「馬賊」は「満洲」地域社会の日常生活の一部であり、正式名称「保険隊」は、堂々と名のれる職名だった。
 だが自衛武装集団が割拠する清末期が終わり、いわゆる奉天軍および張作霖政権が、「満洲」(それに中国全土から見ても)屈指の軍事力を獲得するに従い、「馬賊」は名目上、「満洲」では次第に必要のない存在になっていった。張作霖と同様の道をたどって、底辺層から這い上がろうとする人々の野心は、張作霖自身によって抑圧された。張作霖政権期に、かつての張作霖のような高名な「馬賊」(「保険隊」)が生まれないのはそのためであろう。
 つまり「馬賊」とは、近代「満洲」における地方行政と治安維持機能の麻痺という、特殊な社会的条件下で生まれた時代の申し子だった。大きな動乱があれば、匪賊や退役兵が組織されて、類似したものが生まれる可能性があった。「満洲」事変から「満洲国」建国期にかけての混乱の中、抗日勢力の工作で結集された匪賊の軍隊は、スポンサーと活動領域、政治的な意義ははなはだ異なるが、地方行政と治安維持機能の麻痺から「満洲」社会の底辺層を救うという意味では、「馬賊」の再生ではなかったか。
 張作霖は「馬賊」出身だった、と紹介されるとき、従来、そこにはいささか侮蔑的なニュアンスがあった。しかし「馬賊」は、単純な匪賊とは違う。張作霖は最初、自身が社会で撮頭する手段としてこの職業を選択し、希望どおり軍隊への帰順を果たすと、今度はその枠組みにのっとって身を処し、辛亥革命の混乱でも自分を見失わずに生き残った。
 革命家の暗殺に荷担するなど、従来の革命史観からすればそれは反動的な生き方であろうが、あの時代、総ての人が革命に身を投じたわけではないし、歴史学に道徳的判断を持ち込んでもどうにもなるまい。それに民国期の自分の地位に鑑みて、早い段階で「馬賊」体質を断ち切ろうとした点からも、彼が状況判断力をもつ、優れた政治家であったことがわかる。つまり、社会の最上層に上り詰めた彼には、もはや「馬賊」であることは必要なかったのだ。換言すれば、勢力範囲外での自由と放埒を部下に認めていた寛容なリーダーから、中国全土に号令を下せる政治的指導者へと変貌するため、張作霖は「馬賊」を卒業したといえるだろう。
 「馬賊」が輝きを放っていた時代は短かった。大陸浪人と謀略「馬賊」の活躍を通してしか、「馬賊」を知らなかった日本人は、その姿に憧れたが、中国近代史と「満洲」社会の文脈においてこれを考えてみると、単純な匪賊でもなく、さりとて軍人でもない、やや中途半端な存在であり、ずっとこの職業を続けるのがいかに厳しいかがおわかりいただけたと思う。張作霖の気持ちを代弁してみれば、匪賊より当然いいが、軍人以上の存在になれたら早く脱ぎ捨てたい、さなぎにとっての殻のようなものだったということではないだろうか。(229〜231頁)


 終始、史実に忠実でなおかつ正確な記述を心がける著者の姿勢に、好感を持つと共に安心して読み進められました。
 本書の「馬賊」に関する歴史的認識を基にして、あらためて池田芙蓉(亀鑑)の『馬賊の唄』を読み直してみたいと思います。
 なお、私の父は、戦時中は満州にいました。昭和13年1月に、現役兵として「歩21」に入隊。直ちに渡満。ハイラル第119師団獣医部附士官に所属していて終戦を迎えています。川柳をよくした父の柳号は「馬蹄」です。満州で馬の医者をしていたことからの命名でした。終戦後はシベリヤに抑留され、昭和23年6月に復員・引き揚げています。父からは、馬も笑うんだ、ということを聞いた記憶しかありません。まったく語らなかったからです。今になって、後悔しています。【5】

原本︰『馬賊で見る「満洲」 −張作霖の歩んだ道−』(講談社、2004年12月)
 
 
 
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2021年01月15日

読書雑記(307)大石直紀『京都一乗寺 美しい書店のある街で』

『京都一乗寺 美しい書店のある街で』(大石直紀、光文社文庫、2020年12月)を読みました。

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 久しぶりにいい本と出会えました。物語のおもしろさを堪能しました。実在する一乗寺の書店である恵文社が、ごく普通に作品の背後にあるのです。ミステリー仕立ての小説でありながら、その実態はおもしろい味が楽しめる物語です。完成度の高い作品集となっています。

 なお、恵文社については、次の2つの記事で取り上げています。おついでの折にでもご笑覧ください。

「京洛逍遥(631)恵文社一乗寺店で本との出会いを楽しむ」(2020年06月25日)

「京洛逍遙(139)詩仙堂と恵文社」(2010年05月05日)(文中のリンク切れはまだ補訂できていません。恵文社のことは、後半に取り上げています。)


■「夜の花嫁」
 小学生の頃に記憶を喪失した美咲が、「自分を知らない自分」と対峙する話です。オムニバス形式で、母と娘美咲の話の切り替えが巧みです。
 個人的には、登場する男女のありように不自然さを感じました。しかし、上手く語り収めた作品として、次の物語も読もうと思わせます。
 恵文社は、イギリスの新聞社ガーディアンが、世界で一番美しい十の書店の中に入った、一乗寺にある本屋さんです。その本屋さんが、どのように扱われるのか、興味深く読み進めました。作品の背景にうまく溶け込んでいます。【4】

初出誌︰『小説宝石』2020年8・9月合併号


■「追憶の道」
 一乗寺商店街や狸谷山不動院へ行ってみたくなる話です。
 奈津と正樹の2人の心の揺らめきと変化が、丹念に淡々と描かれています。人間が温かいまなざしで描かれた、完成度の高い物語となっています。ただし、最後のぼかし方が私には馴染めません。このエピローグは、次に再編集する際には、書き直すかカットしてほしいと思います。【4】

初出誌︰『街は謎でいっぱい』(光文社文庫)


■「一乗寺のヒーロー」
 好意を寄せる女性から、実はバカにされていることを痛感した男の心理が克明に描かれていきます。そして、意外な展開に。活字を追いかけるようにして読み進めました。生き生きとした、躍動感のある文です。殺人者になるはずが、偶然の悪戯で命の恩人、ヒーローになるのです。
 話は、さらにおもしろい展開をみせます。恵文社が、物語をしっかりと支えています。秀作です。【5】

初出誌︰『小説宝石』2020年1月号


■「一乗寺の家」
 始まるところから読者の注意を惹きます。摑みところが秀逸です。いい物語となっています。
 本書に収録された4作品に共通することとして、最後に置かれたエピローグの役割がよくわかりません。ない方がいいように思います。これは、まだ本作の作者の表現世界に、私が慣れていないせいかもしれません。【5】

初出誌︰本文庫書き下ろし
 
 
 
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2020年12月07日

読書雑記(306)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ 14 摩天楼の誘惑』

 『京都寺町三条のホームズ 14 摩天楼の誘惑』(望月麻衣、双葉文庫、2020年2月)を読みました。2ヶ月連続刊行ということで、興味深く内容と構成を楽しみにして読み進みました。しかし、舞台が上海からニューヨークへ、ということで目新しさはあるものの、物語と登場人物はパッとしません。急いで書き上げない方がよかったのではないでしょうか。一書としての本書全体の5段階評価は【2】としておきます。

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■序章『迷える心』
 国宝の曜変天目茶碗3碗のことから、人工的に作られた曜変天目茶碗へと話が移ります。最近もニュースで報じられたものであり、私もその現代の曜変天目のことに惹かれました。
 葵とホームズの仲の良さから生まれる葵のためらいが、これから語られていくのです。【3】

■掌編『出発前夜』
 ホームズと葵が、お互いの気持ちを確かめ合いながらも、一線を越えずに踏みとどまっています。そんな中に、お互いの恋心がたっぷりと語られています。残念ながら、月光の扱いが粗雑です。【3】

◎本編『摩天楼の誘惑』
■[1] ニューヨークへ
 ニューヨークで翻訳機を駆使する葵が語られています。

 ワイヤレスフリーのイヤホンを片耳に入れて、翻訳機を起動させると、相手が話した言語が日本語に翻訳されて耳に届く。
 また、私が話すと、翻訳機がそれを指定の外国語に訳してくれる。
 会話にタイムラグは出るだろうが、これがあればなんとか意思を通じ合える。
 それにしても、すごい時代になったものだ。
 もっと先の未来では、翻訳機さえあれば外国語を勉強する必要がなくなってしまうかもしれない。(79頁)


 日進月歩のこの分野。数年後には、こうしたシーンはどのように描かれるのでしょうか。
 やがて、話は旅行記となり、だらだらと付き合うことになります。退屈でした。【1】

■[2]藤原慶子の見解とサリーの試験
 学芸員とキュレーターの違いを、長々と語ります(111頁)。調べたので聞いてください、という雰囲気が、話の流れを変えます。
 試験をされていたとき、葵が使っている翻訳機に対する評価があります。あまりにもステレオタイプの意見なので、物語への興味がなくなってきました。
 キュレーターとして、特待生が3人選ばれました。その背後に、大人の事情と目論見が隠されているようです。それが何なのか、次の話につながっていきます。【3】

■[3]ホプキンスの依頼
 次へのつなぎの章です。【2】

■[4]マンハッタン・ミュージアム
 盗まれた曜変天目茶碗の再現品のことは、もっと語ってほしいネタです。【3】

■[5] 彼と彼女の真相
 恋愛心理を背景にして、スッキリとまとまった話となりました。ただし、おもしろくはありません。小ぢんまりとした一章です。【2】

■[6] サプライズ
 ありきたりのハッピーエンドを見せられた気がしました。読者への迎合が漂っています。【2】

■[7]葵の結論
 短い話とはいえ、大人の感覚の愛し合う2人がいい感じで描かれています。成長した2人の、背伸びではない仲睦まじい愛情がお香のように漂ってきます。この作者は、こうした短編の方が得意のようです。【4】

■掌編 流した想い
 葵とは別の2組のカップルの話に転換します。共に、ままならない恋愛話です。おまけとしても、不要な章だと思います。【2】

■エピローグ
 第7章と内容が重なっている部分があり、もったいない終わり方だと思いました。また、清貴の弱々しい考え方は、この物語には不似合いだと思います。
 なお、本編第2章で伏線のように置かれた、大人の事情と目論見が隠されているとされたことは、最後に少しだけ触れる程度のことで、サッと流れてしまいました。残念なことでした。【2】
 
 
 
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2020年12月05日

読書雑記(305)鏑木蓮『疑薬』

 『疑薬』(鏑木蓮、講談社文庫、2020年11月)を読みました。

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 今、新型コロナウイルスのワクチン開発が注目されています。その話題の中で、私はその薬の副作用とそれに関する臨床試験・治療試験、つまり治験に関心を持っています。
 そんな中で、書店に並んでいた新刊本の中でも本書が目に留まり、すぐに読みました。
 息もつかせぬ展開で、何度か駅を乗り過ごしそうになりました。タイムリーな内容だったからです。

 一つの新薬が原因と思われる薬害で、失明という事故がありました。それを隠蔽したとされる製薬会社ヒイラギ薬品工業の川渕良治は、今は社長代行です。ところが、その問題が自分を追い込んでいきます。手術をした大阪鶴橋にある三品病院の三品元彦院長が、重要な位置にいます。
 その薬は、抗インフルエンザウイルス薬の定番として、ヒイラギ薬品が一般に売りたいものでした。しかし、その薬が、生稲(守屋)怜花の母怜子を薬害と言うべきスティーブン・ジョンソン症候群で失明させたのです。原因の究明をする雑誌記者矢島公一が、怜花の前に現れました。
 そのことを語る中で、目が見えない母の感覚が鋭いことを、次のように語ります。丹念に描けています。以下、ここにはその特異な感覚が語られる場面を拾い上げておきます。

 母は息づかいや歩く音、お客さんと話す声の調子などの違いを察知する。だから細心の注意を払っていたはずだ。
「お客さんからの注文を受けたときのあなたの反応が、いつもとちがってたわ。一拍遅れてたの。考え事してた証拠。それに母さんの顔色ばかり窺ってた。視線って感じるものよ」
「視線を?」
「そう、感じるの」(58頁)


 物語は、振り返りたくない過去との闘いが綴られていきます。そして、製薬と医学の裏側も、赤裸々に暴かれていきます。
 そんな中で、目が見えない母の研ぎ澄まされた感覚が点描されています。

「戸の汚れがとれへんの」隙間から顔を離して静かに戸を閉めた。
「汚れは手ではなく、雑巾でとるものよ」
「そうやな」と言いながらジーパンのポケットからハンカチを取り出して、ガラスを拭く音を立てた。
「お母さんには花がシャツの一番上のボタンを留めているのか、外しているのか衣擦れの音で分かるのよ。それとも何、あんたはジーパンのポケットに雑巾を入れてるの?」(151頁)


(中略)

「誰かくるわ」母が勝手口の方に顔を向ける。
「聞こえへんけど」
「宅配便でもないし、酒屋さんでもない。あの音はたぶんローヒール、女性だわ」
「ローヒールの女の人? うち、見てくるわ」と手を拭いて勝手口へ向かう。ガラス越しに人影が見えた。母の言うとおり女性のシルエットだ。(287頁)

(中略)

「うちの勘は鋭い。母親譲りなんや」怜花は得意げな顔を見せた。「母には敵わへんけど。何せあの人、人間を含めた動物すべての音を聞き分けるちゅう特殊能力の持ち主やから」(343頁)

(中略)

「じゃあお母さんは失明されても、見えているようなもんですね」
「そうかもしれへん。ただ目が不自由になる前から、それぞれの人の音ちゅうのは聞いてたみたいやけど。この人は怖い旋律やとか、優しい音楽やとか言うてた」旅回りの際、興行師が信頼できるかどうかは、命にかかわる問題だから守屋は怜子によく相談していたそうだ。(344頁)


 さらには、母はそのことを逆手にとって、娘を糺す方便にも使ったりします。失明が、うまい展開に組み込まれていまるのです。

「そう。じゃあ怜花、あなたタバコ吸うの」
「ちょっと待って、お母ちゃん。ええっとうちは……」吸わないと言いかけ、矢島がタバコを吸っていたのかを思い出そうとした。気づかなかったけれど、新聞記者ならヘビースモーカーなのかもしれない。「ちょっとした好奇心から、一本だけ。ごめんなさい」頭を下げた。
「そう、メンソール系はすぐに分かるのよ」
 矢島がメンソール? 彼の雰囲気と合わないけれど、好みなら仕方ない。
「ちょっといい女を気取ろう思って。けど、もうこれからはそんな真似しないから」
「怜花、タバコの匂いなんてしてないのよ。みんな私の作り話です」
「えっ?」目を瞑ったままの母を見た。
「こそこそと何をしてるの? それに心ここにあらずって感じだし」母は足音で怜花の気分が分かると言い切った。「歩くという行為ほど、そのときの気分がにじみ出るものはないのよ」
「そうなの?」
 張りのある声を出したり、客への冗談も普段通りを心がけて、母にだけは分からないようにしてきたつもりだった。
「怜花がことさら道化師のように振る舞うときは、何か悩んでるときよね」(152頁)


 この作品では、「大勢の人の役に立ちたい。それが原点だった。(400頁)」ということが、物語の底に流れています。医薬品の開発・創薬、副作用の治験などが、薬害と対立するものとして物語の背景にあります。それを、丹念に語っていきます。

 人々の生き様を丁寧に掬い上げ、うまく紡いでいます。医療の問題を取り上げながらも、人間がその中で息づいています。しっかりとした構成です。そして、大きく二転三転した後、静かに日常に戻っていくのです。中盤からが、特に読み応えのある作品となっています。久しぶりに、読書の楽しさを堪能できました。【5】

※書誌情報:本書は、2017年5月に講談社から単行本として刊行されたものを文庫本としたものです。
 
 
 
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2020年12月04日

読書雑記(304)岡本健『巡礼ビジネス』

 『巡礼ビジネス ポップカルチャーが観光資産になる時代』(岡本健、角川新書、2018年12月)を読みました。

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 「はじめに」で、「観光は経済成長や異文化間の相互理解の促進をもたらし、世界平和に寄与できる可能性を持つ産業なのです。」(8頁)とあります。うまい表現だと思います。
 そして、アニメ聖地巡礼の話から始まります。ワクワクして頁を繰りました。

 まず、ご紹介したいのは、アニメ聖地巡礼です。2016年に公開された新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』の舞台となった場所に多くの人々が訪れました。作品の大ヒットとともに、この「聖地巡礼」が話題になり、2016年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテン入りするに至ったのです。(26頁)


 観光行動を分析する視点も明快です。

「はじめに」でも指摘した通り、観光行動とメディア、コンテンツは密接に結びついています。旅行者は事前に何らかの情報やイメージをメディアやコンテンツから受け取り、そこから観光動機を形成し、現地を訪れることになります。そうすると、どうしても地域の人々が考えている地域イメージと旅行者の頭の中のイメージには「ずれ」が生じます。アニメ、マンガの聖地巡礼の場合、製作者やファンが、その地域に虚構空間や情報空間における価値観を付与し、「物語」や「意味」を見いだします。それが地域の人々の理解の範疇にある場合はすんなり受け入れられるのだと思いますが、なじみのない作品や文化であった場合は、こうしたコンフリクトが生じやすいのです。(46頁)


 こうしたアニメに関わるコンテンツが「聖地」となることについては、次のように言います。

コンテンツは、様々な地域の資源にふれるきっかけになるのです。地域資源にふれることは、コンテンツの理解をさらに深めるとともに、地域への理解や愛着を深めていくことにつながります。巡礼者は、地域の文化、景観、食べ物、人柄の良さなど、現実の場所でこそ感じられるものを体験することで、その地域が「ただ作品の背景に描かれたところ」を超えた「聖地」となり、その地域を愛し、何度も訪れるようになるのです。
(92頁)


 アニメを元にした祭りが新たに伝承されていく話は、興味深い点を数多く含んでいます。架空の祭事が誕生するのです(94頁)。この「伝統の創造」はいい問題提起です。もちろん、文化論という視点から見ると、また別の解釈が可能かと思われます。

 つづいて、「観光は「差異」を売る産業」という規定もわかりやすいものです。ただし、さらにその「差異」について、もっと知りたくなります。それは、本書の守備範囲を超えるものかも知れませんが。

 極論してしまうと、観光は「差異」を売る産業です。自宅や普段生活している環境と全く同じ状態の場所を訪れるために、時間やお金を使って出かけていくことはないでしょう。見たことがない景色が見られるから、そこでしかできない体験ができるから、美味しい食べ物が食べられるから、学びたい文化があるから、見たい絵があるから、温泉に入ってリラックスできるから、など、普段過ごしている環境との、何らかの「差異」があることが、観光動機を生みます。(100頁)


 これまで、観光で訪れる場所を「好きになること」という視点がなかった、という指摘もおもしろいと思いました。もっとも、私には後段の「感性的アクセス・知的アクセス・身体的アクセス」の意味するものがイメージできませんでした。これは、ICOMOSが1999年にまとめた、国際文化観光憲章の中にある言葉だそうです。急ぎ足の説明となっているせいか、付いて行くのが大変でした。「対象へのコミット」という表現も、観念的すぎるために、この手の本ではわかりにくいものだと言えるでしょう。

修学旅行などを考えても、ついつい、その場所のことを「学習すること」や、その場所に「実際に行くこと」「体験すること」が重視されすぎて、その場所を「好きになること」が重視されてこなかったのではないでしょうか。
 巡礼ビジネスを展開する上で重要なのは、この感性的アクセスをいかに作り出すかです。感性的アクセスを作り出すことで、知的アクセスや身体的アクセスが誘発され、よりその対象へのコミットが深くなっていくのです。(204頁)


 読み終わってみて、観光とアニメのありように、提示された具体例から新たな気づきがいくつかありました。しかし、それらが問題点の指摘に留まり、その先へ展開していかないことに物足りなさを感じました。テーマの掘り下げへの期待です。実情や現状を知ってからの、次の探求や展望が求められるテーマだと思います。さらなる展開を、楽しみにしたいと思います。

 読後に、「九州の竃門$_社 聖地に」という新聞記事を見ました(京都新聞、2020年11月26日)。小見出しには、「「鬼滅の刃」主人公の姓と同じ3ヶ所」「作者は福岡出身?憶測広がる」「ファン巡礼 地域新興期待」「主な漫画・アニメの聖地(地図)」とあります。まさに今、聖地巡礼がリアルタイムに拡がっているようです。この巡礼が今後どのようになっていくのか。西国三十三所の札所巡りで6巡目を歩き出した私には、現代の巡礼が変容する姿を見つめたいと思います。【3】
 
 
 
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2020年11月26日

読書雑記(303)広瀬浩二郎『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける』

 『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける! 世界の感触を取り戻すために』(広瀬浩二郎、小さ子社、161頁、2020年10月)を読みました。

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 冒頭、「はじめに−さわる文化と新型肺炎」で、次のように少し過激な口調で問いかけています。
 世の中には可視化できないものがある。コロナウイルスは、「目に見えない世界」からのメッセージを伝える存在なのかもしれない。新型肺炎の流行は、「可視化=進歩」と信じてきた人類の傲慢さに鉄槌を下したともいえよう。誤解を恐れずに言うなら、オリパラはすべての人が「できる」ようになる、もしくは「できる」ようにする創意工夫の産物である。そのオリパラの開催予定年に、人間の無力さ(できないこと)を明らかにし、進歩とは何なのかを問いかけているのが新型肺炎なのではなかろうか。
(中略)
 近代とはさわらない、さわれない、さわらせない時代なのである。
 新型肺炎の流行に伴い、「濃厚接触」という言葉を頻繁に耳にするようになった。ウイルスの感染を防ぐために、濃厚接触を避ける。単純にとらえるなら、一連のコロナ騒ぎは、さわる文化の危機ということができる。
(中略)
 2021年は究極の濃厚接触、新たな触れ合いのマナーが創出される記念の年となることを期待したい。さあ、「距離」を感じない時代だからこそ、一歩踏み出してみよう。伸ばした手の先に、目に見えない豊かな世界が広がっていることを信じて!(4〜6頁)


 本書を手にされた方の多くは、新型コロナウイルスへの興味と関心から、目が見えない人はどう考えているのかを知りたいと思っておられるはずです。そうであれば、まずは第3章「禍転じて福と為す」新たな博物館構想」から読み進められたらいいかと思います。この、タイムリーな話題から入って、その後で巻初に戻り、広瀬ワールドを堪能していただきたいものです。
 その第3章から、私がチェックした文章を引きます。

「距離」を取ることは、視覚優位・視覚偏重の近代的な価値観にも合致する。しかし、僕は「濃厚接触」の本来の意義が軽視・忘却されてしまうことに大きな危惧を抱いている。時代の流れに逆らうことになるかもしれないが、「濃厚接触」のプロである視覚障害者が、“触”の大切さを発信すべきではなかろうか。今、そんな使命感に突き動かされて、この本を書いている。(133頁)
(中略)
 「人に優しい」という表現には違和感があった。少しひねくれた言い方になるが、「人に優しい」で用いられる「人」とは誰だろうか。そこには、健常者(多数派)が障害者(少数派)に対して優しいという図式が見え隠れする。健常者の「上から目線」というと言い過ぎだろうか。僕は、「してあげる/してもらう」という一方向の人間関係を打破するのが「ユニバーサル」の真意だと考えている。(136頁)


 さて、巻初に戻ります。次の説明文があります。

 点字考案以前、各国の盲学校では通常の視覚文字(線文字)を凹凸化した触覚教材が使用されていた。線文字は視覚的な認知には適しているが、触覚で読み取るのは難しい。(15頁)


 実は、私は「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)というテーマに取り組んでいた時、広瀬さんにも研究協力者になっていただき、目が見えなくても変体仮名が読める、という挑戦をしました。何人か読める人が出てきているので、この線文字の触読は、今の技術を活用すれば可能になったと思います。ただし、目が見えても変体仮名を読むのは大変なので、訓練は必要ですが。

 続く、写真による紙上展示は、視覚で触覚を追体験するという、一風変わった世界を味わえました。見えないと、これがどのように感覚として伝わるのかを、興味深く目で追い続けました。これは、情報の共有化のためにも有効な試みです。

 第二部に入り、アメリカ出張の体験談は、広瀬さんらしさが満載で、楽しく読み進めることができました。私も、海外に行くと視覚障害者の施設に足を運ぶようにしています。しかし、やはり目が見えない広瀬さんの方が、比較にならないほどに、多くの情報を獲得しておられます。身体中が周りの情報を受け入れる態勢になっているからでしょう。見えることによる鈍感さを実感する、広瀬流の巧みな文章です。
 能力主義社会アメリカでの障害者の就職難(頁95)、寿司の話(97頁)、音訳者の声で読書を続けてきたこと(101頁)、古文書を点訳・音訳すること(105頁)、琵琶法師が語る『平家物語』を「聴き手」「聴衆」の視点で卒論に取り組んだこと(111頁)、竜安寺の石庭のミニチュア作成に協力したこと(129頁)などなど、もう一度読み直そうと思っている箇所は枚挙に暇がありません。

 耳による読書の話(101頁)から、私は平安時代の読書を思いました。『源氏物語』は、お姫様が侍女の読む物語を聴くことが原点だという、玉上琢彌氏の物語音読論です。それ以前に、折口信夫も語り伝えられて来た『源氏物語』を論じています。ここで広瀬さんが展開する耳による読書は、まさにそれです。とすると、『源氏物語』の作者の手元にあったさまざまな〈物語〉群は、黙読のための文章ではなくて、声で語られるための、読み上げられるためのテキストだったはずです。『平家物語』が思い合わされます。つまり、伝えられ、集まっていた語りの数々を、個人が目で読める〈物語〉にまとめあげたのが、作者だとされている紫式部という女性たちだったのではないでしょうか。わたしが『源氏物語』の作者を紫式部という一人の人間に限定しないのは、こうした語りを原点に持つ〈物語〉として、『源氏物語』を見ているからです。
 期せずして、広瀬さんの話からあらためて自論を確認することになりました。そして、その語りの痕跡を見つけ出さなくては、と思うようになりました。今に伝わる『源氏物語』は黙読用に整理されたものであるならば、その前段階として耳で聴く〈物語〉だった頃の面影が、広瀬さんたちと輪読することで見えてくるのかもしれません。耳に訴える〈物語〉ならではの言葉の塊を引き出せないかと。いい刺激をもらいました。

 次の文章には、社会を鋭く見抜いたものの見方が伺えます。ここには、自立精神が旺盛な広瀬さんがいます。

 僕はガイドヘルパー(外出支援者)制度の拡充を喜ぶ一方で、視覚障害者たちを一人で「歩かせない」優しい社会に、ある種の危機感を抱いている。さあ、棒(白杖)を持って歩め、されば望(希望)が見えてくる!(117頁)


 優しさを追い求める社会や、オンライン会議、さらにはマスクが、五感を研ぎ澄まして生きている広瀬さんにとって、生きづらいものであることには、感覚的に理解できます(118〜119頁)。さらには、「僕たち全盲者は「顔」が勝負である。視覚障害者の「顔」には、人間本来の「野生の勘」が集約されている。」という言葉に接し、つい自分の顔を触ってしまいました。自分はどうだろう、と。

 私自身の日常生活とはまったく違う広瀬さんのものの見方や考え方を見聞きし、多くの知的刺激をいただきました。来年も、一緒に仕事をする機会がありそうです。折々に、このブログでも報告しますので、お楽しみに。

 なお、ちょうど本日、本書のプロモーション動画が公開されました。
 広瀬さんからいただいた宣伝文句を引きます。

「なぜさわるのか」「どうさわるのか」について、僕なりの主張を述べています。
 さまざまなモノ(民族資料)に実際に触れながら、「濃厚接触」の魅力を訴える楽しい動画なので、ぜひご覧ください。
 動画は(僕が喋り過ぎたので)2種類あります。
 完全版は46分、ダイジェスト版は14分です。

(1)完全版のアドレス
 https://youtu.be/KW5M8ucd14M

(2)ダイジェスト版のアドレス
 https://youtu.be/EKboZgkQYRA

 
 
 
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2020年10月18日

読書雑記(302)『観光のまなざし 増補改訂版』

 『《ウニベルシタス 1014》観光のまなざし〔増補改訂版〕』(ジョン・アーリ/ヨーナス・ラースン、加太宏邦訳、法政大学出版局、446頁、2014年9月 初版第1刷、2020年5月 第3刷)を読みました。
 まず、法政大学出版局のウェブサイトに掲載されている「内容紹介」を引きます。

観光学の名著が世界状況の変化に合わせ増補改訂。グローバル化、デジタル化、オンライン予約などによる格安旅行・格安航空の成長、遺産の景観破壊、人類の歴史における〈負〉の観光。フーコーの〈まなざし〉の概念を手がかりに、歴史的・経済的・文化的・視覚的レベルにおいて観光をテクストに文化を読み解く。研究者、旅行産業をはじめ現場の政策・施策担当者など、観光に携わるすべての人々に必読の書。


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 今回読んだ増補改訂版(第三版)の「まえがき」により、本書がどの部分に増補がなされ、どこが改定されたのかがわかります。

多々の改変を行うにあたって、共著者としてヨーナス・ラースンを加え、新しい目で本書の見直をした。旧版の章の文章も全面的に改訂した。古くなったデータや研究は削除し、新しい研究や理論を組み込んだ。観光のまなざし概念は、さらに理論的な考察の対象とし、考究を深めた。そのひとつとして観光の「負の側面」への着目などもある。
 新たに三つの章を立てて、観光のまなざしと写真=Aデジタル化≠ニの関係、観光理論や研究における身体的パフォーマンス≠フ分析、地球温暖化や石油ピークなど、グローバル化する観光のまなざしにとっての望ましい状況とか未来を問う観光におけるリスク≠フ諸相を、この三つの章で検討した。(xii 頁)


 多くの方がすでに本書の第二版をお読みになっているようなので、最初にこう書かれるとその箇所を中心に読み直せばいいので、非常に親切な配慮だと思います。
 また、「訳者あとがき」から、本書の歴史的な位置付けがわかります。長くなることを承知で引きます。

 本書は John Urry and Jonas Larsen, The Tourist Gaze 3.0 (London: Sage Publications, 2011) の全訳である。
 『観光のまなざし』の初版は、一九九〇年に出版され、観光学分野で画期的な研究書として高い評価を受け、斯界に著者ジョン・アーリの名前を知らしめた。常に観光学の必須文献として挙げられる今や古典となっている名著である。わが国でも、『観光のまなざし』(邦訳は一九九五年)への言及がみられないような観光研究論文はないといっても過言でないほど知られた著書となっている。
 訳者の見るところ、本書は、類書と極めて異なった印象を与える。論者の専門領域(社会学)から照射する観光論でもなく、また、逆に観光に関する種々のテーマを集成した論集でもないからだ。本書の著者は、観光の構造と原理を描きだそうとする意図のもとに、自分の専門には抑制を利かせ、むしろ哲学、美学、歴史学など多種多様な異分野からの知見を脱領域的に抽出し、そこに中心軸としての「まなざし」理論を貫通させたのだ。すなわち、観光を既存の学問領域に資する素材とは捉えず、独自な的として正面に据え、その解明に挑んだのである。このような研究態度と方法は、世界にも類例がなかった。本書が、大きな注目をうけた由縁はこの辺りにありそうだ。
 しかし激変する時代の流れのなかで、同書も内容に古さを露呈し始めて、初版からおよそ一〇年後の二〇〇二年に第二版が上梓されたのである。ところが、この第二版は、第七章の改変(「見ることとテーマ化すること」に)と第三版を予告するような第八章(「まなざしのグローバル化」)の追加が行われた以外は、初版の構成を踏襲し、データの更新、新事例の摂取などが行われたものの、コンセプトからみると、マイナーチェンジと言わざるを得なかった。このため、邦訳は見送られた。
 待たれていた「新版」がついに編まれたのは、さらに一〇年ほどを経た二〇一一年のことだった。すなわち本訳書がそれである。じつは、原著では、明示的に第三版だとは記載されていなくて、タイトルの後ろに「3・0」とつけられていて、初版にはそえられていた副題「現代社会におけるレジャーと旅行」も削除されている。『観光のまなざし』は前著を引き継ぐものの、内容の一新された別の著作であるかのごとく意匠されているのである。このため本訳書も『観光のまなざし 増補改訂版』と銘打つことにした。もちろん初版での記述が残された部分もないわけではないが、その箇所も相当に換骨奪胎され、徹底的に書き直しと構成のやりなおしが施されているのである。
 この大改訂が可能になったのは、新たに若い執筆者ヨーナス・ラースンが共著者として参加したことによるところが大きい。原著初版で一五六貞だったものが新版では二四〇頁になっていることをみても既存の版を一度白紙に戻すというほどの姿勢が感じられる。こういう形態的な変化はそれとして、私たちに気になるのは内容に係わる改変である。(373〜374頁)
(中略)
 さて、本書の新版としての意義をこのように紹介してしまうと、いかにも机上の煩瑣な抽象的議論の書のように解されるかもしれない。だが、内実は、きわめて観光実務に直結する刺激的なヒントに満ちた実学の書でもあるのである。最新の実証的なデータ、多くの新しい事例研究を基にこれらの論が構築され展開されているからである。
 ただ、実学とはいえ、世間に流布する、理論的裏打ちがすっぽり抜け落ちた単なる職務体験や観光現場のケーススタディや官公庁施策のような「実体的」観光論の類とは根本的に一線を画している。それは、観光現場の事例を多用した考究とはいえ、前述したような徹底した学術理論に支えられたものだからだ。その意味で、本書は、現代の観光旅行、余暇、文化政策、観光施策、経済活性化、地域振興、歴史・自然遺産および芸術展示などに係わっているすべての人にとっての必須実務書となりうるものである。
 もうすこしいえば、本書を一読すればわかるように、観光学というのは、観光事業・施設、交通産業のような実務に資するだけの研究ではない。地理学や地域学、民俗学、文化人類学、社会学などのような文化科学的な関心からも、さらには、景観論、写真論、比較文化論、社会史、労働と余暇の問題、都市問題、南北問題、環境問題、文化衝突の問題などからも関心がもたれ得るマルチ領域の学問であり、本書はこれらの関心からも広く読まれうるものだと考えられる。(377〜378頁)


 それではと、これまでに読んだことのない語りの世界へと、緊張気味に読み始めました。そして、早々に立ち止まりました。私には理解できない文章に出会ったからです。今、読み返しても、さっぱりわかりません。この先が思いやられます。

 フェミニズムの論者たちは、こういうメタファーの男性的な面を批判する。このメタファーは現実に根なしの束縛のない移動が可能な人、という肯定的含意があるからだ。しかし、そうでない人もあり、文字通りにであれ、比喩的にであれ「旅立つ」に至るのに相当これとはちがう事由を持つ場合があるのだ(Wolf 1993)。E・ヨキネンとS・ヴェイヨラは、その点で、多くの放浪への「男性的」メタファーの問題点を指摘している(Jokinen and Veijola 1997)。もし、こういうメタファーを、パパラッツィとかアル中のホームレスとかセックス観光者とかナンパ男という読み取りに変えてみると、こういう人間は、男視線の放浪理論のなかで受けていたプラス評価など消えてしまう人たちということになる。実際でいえば、ある者が移動するということは、常に一方に、滞っている者がいることが予想される。移動していく観光のまなざしは一方で滞留する身体(ふつうは女性)がいることが想定される。そういう人たちは移動し通り過ぎる者にたいして、その身体をさらして接客サーヴィスを供する。
(42頁)


 わからないものはわからないなりに、とにかく、読み進むしかありません。
 第2章で、イギリスでの具体例をあげて、観光が一般的に認知されていく変遷を丹念に実証していきます。わかりやすい反面、煩瑣な語り口に読み進む速度を上げることになりました。
 トーマス・クック社の話(60頁)は、かつてレスターへ行った時に気になったことだったので、遅まきながら興味深く読みました。
 第3章の「セックス観光」とジェンダーの話(102頁〜)は、観光の一面を炙り出しています。
 第4章の「観光文化の変容」では、「メディア巡礼」のことを取り上げています。
有名な映画やテレビドラマが上映され、ほとんどだれも足を踏み入れなかったそのロケ現場が明らかになると、そこに観光者の流れが起ることがよくある(Tooke and Baker 1996; Riley et al. 1998;Beeton 2005; Couldry 2005; Tzanelli 2008; Mordue 2009)。メディア研究者のN・クッドリーによると、「メディア巡礼」の急激な盛り上がりがあったことがある。これは「空間の中の現実の旅行でもあり、同時にまた日常世界≠ニメディア世界≠フあいだの構成された隔たり≠ニいう空間に行ってみるということでもある」(Couldry 2005: 72)。映画やドラマの中にあったモノを現実に探し求めるメディア巡礼は、ポストモダンのハイパー・リアリティ (Eco 1986)という形式での旅だ。そこでは虚像と現実が一つの世界にないまぜになっていて、この世界に入っても生の現実があるわけではない。ここで、私たちは、映画の風景は現実の風景と一致しているが同時にまた表象しているという問題に直面しているのだ。したがって、観光地もある意味ファンタジー・ランド≠るいはメディア・ワールド≠ネのである。(182頁)

 このことは、現在別に読み進めている『巡礼ビジネス ポップカルチャーが観光資産になる時代』(岡本健、角川新書、2018年12月)を取り上げた時に関連する問題でもあります。
 第7章の「見ることと写真」は、今では日常的となった写真に撮るという行為が、観光との関係で興味深く語られます。旅人が撮る写真や、インスタグラムの意義が新たな視点で見えてきました。

観光写真の大半は「引用」の儀式なのだ(Osborne 2000: 81 参照、同じく、Selwyn 1996; Jenkins 2003 参照)。観光者は、自分が出かけるとなると、そこでまた自分用に画像を探し求め、捉えることになっていくのだ。このことで結局、旅行者は、出かける以前から見ていた画像を自分たちも撮影してきたというのを友だちや家族に見せて、自分たちも本当にそこに行ったのだということを見せびらかすということになっていく。写真は、ある人が本当にそこへ行った、あるいは、その山はこのぐらい高かった、あるいは、そこの文化は実際に絵のようだった、あるいは、自分は家族そろってほんとうの団欒の時をもてたということの証拠品を提供するものとなっている。(279頁)


デジタル写真は写真画像を瞬時に出し、転送可能ににし、即、ディスプレー上で消費可能にしてくれる(Lister 2007; Larsen 2008a; Murray 2008, Rubinstein and Suis 2008. 図7.1参照)。「あのときあったこと」というアナログ写真の一過性にたいして、デジカメのディスプレーは継続中の出来事をここですぐ見せてくれるし、撮影、対象、消費の三つの空間も近接している。「アナログ写真」が将来見る人に向けてのものであったのにたいして、携帯写真(とかワイ・ファイ装置で使うデジカメ)は「時間を問わず」移転し、受信者は多少の差はあるものの同時に出来事を眺めることができる(Gve 2007, Hjorch 2007: Villi 2007, Larser 2008. 772参照)。こういうことが言える。すなわち、出来事を伝える「生中継の絵はがき」だと。デジタル写真が象徴しているのは、「即時性」、「今という力」、それから私たちが名付けたいわゆる「モニター性」である。(282頁)


 日常の中から、観光者の視点で非日常の形に切り取って、記念や思い出として固定し、いつでも再現できるのみならず、多くの人と共有できる動画像にしているのです。そうした今を、あらためて見直す視点を、まなざしというキーワードで体感させてくれました。
 なお、次の一文は、「観光」という言葉が持つ意味を考えさせてくれます。その軽い扱いに、私は戸惑うばかりです。

カメラと画像は観光者のものの見方を簡略化し機械的にした。複雑な場面もまるでお手軽で準備が整った写真用場面となり、体験と観ることは同類となり、観ることはとどのつまり、一督程度で、シャッターを切って写すためだけなのだ。現代の大衆観光への規範的な批判の多くは、D・ブーアスティンにはじまり(Boorstin 1964)、カメラ観光者の「別界」との遭遇方法を冷笑することがその中心にある。したがって、写真の位置づけをめぐって不毛の観光旅行者二分法が存在するのは驚くにあたらない。他の場面では洞察力のある考察をするJ・ティラーが、唐突に(という風に見えるが)、観光者で写真を撮る者を三つに区別しているのだ。「旅行者」(深くまなざしを投げかける人)、「観光者」(浅薄な一瞥の収集家)、「日帰り行楽をする人」(何にたいしても、一瞬、ざっと見る、あるいはスナップ写真を撮る人)というものだ(Taylor 1994: 14)。(289頁)


 第9章における、石油と観光を結び付けた問題提起は、こうしたことに無自覚だった私に刺激を与えました。

 観光は大量の石油を消費するが、この石油は不平等で腐敗した体制を下支えする役目をはたしていて、そういう体制がテロを生み、そこで観光者は場所によっては爆弾攻撃をうける危険性もある。観光地にはテロリストがふとやってくることもあるのだ。石油は世界を動かしている。しかし、その世界は観光の世界でもありテロの世界でもある。さらに油で世界が潤滑されるのはどうやらだいぶ減速をしてきているようだ。旅はますます高価になり、それが国際観光の長期的成長に疑問符をつけている。(356頁)


 観光に関して、これまで私は読み物風の新書をターゲットにして、遍巡っていました。そこへ、本書のような本格的な問題意識で観光を論じたものを読んだことになります。理解するのに、非常に時間がかかりました。しかし、対極的な見地からの観光の問題点が朧げながら見えてきました。いい読書体験となりました。【4】
 
 
 
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2020年10月08日

読書雑記(301)アレックス・カー+清野由美『観光亡国論』

 『観光亡国論』(アレックス・カー+清野由美、中公新書ラクレ、2019年3月)を読みました。

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 最近、観光関係の本を読み漁っています。しかも、初心者用の入門編として刊行されている読み物を。
 これは、予想外に観光学というものが、学問領域において立ち後れていることを知ったからです。今、新型コロナウイルスが観光業界や観光地を大混乱に陥れています。しかし、そのことに関して、観光学の分野から学問的な知見はほとんど社会に還元されていないようです。マスコミなどに観光学者がまったく呼ばれないことは、その表れではないかと思っています。なぜなのだろう、というところから、原点に返り、初心者は初心者らしくわかりやすい読み物からその基礎的な知識を蓄えることにしたのです。というよりも、観光学とされる分野から刊行されている専門書は、まずは単語レベルで躓いてしまい、私の理解にほど遠いからでもあります。

 いろいろと読んできたせいか、本書のインバウンドやオーバーツーリズムに関する事実確認の頁は、これまでの本でも指摘されていることなので読み飛ばすようになりました。本書は1年半も前の刊行なので、その数値も、その分析も、現在の新型コロナウイルスによる観光客激減の今の実態との接点は希薄です。
 観光が新型コロナウイルスによって打ちのめされた今、本書はインパクトを欠いた物となったことが惜しまれます。しかし、合間合間に語られる話には、注意してチェックした箇所が多いのです。また、読みやすい本なので、疲れません。
 この本の中から、いくつか抜き出しておきます。「看板公害」「視覚汚染」「聴覚汚染」ということばも、新鮮な響きをもっています。

■観光地の看板の多さを嘆き、対応策3点の提示
・看板の数を減らす。
・看板の位置を検討する。
・デザインに配慮する。(126頁)



■無意味な撮影禁止
 京博や奈良博よりも、さらにかたくなに「秘仏精神」を守っているのが、ほかならぬ寺社です。たとえば京都の禅寺に残る襖絵は、日本の誇りといえる美術品ですが、「秘仏精神」、あるいは著作権への強い執着心によって「撮影禁止」が行き渡っています。
 写真撮影を解禁している美術館や寺院は、写真を撮ることが来館者の勉強になることを理解しています。誰かが写真をネットにあげたとしても、それが自分たちの持っている宝物の発信になるととらえています。(129頁)



■多言語表示は本当に必要か
 最近では、世界各国から観光客を日本にお迎えしましょう、という背景もあり、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語、アラビア語と、看板に記される言語にもキリがない状況があります。国際的な観光機運の中で、多言語表示は、基本的には良いことではあります。ただし日本の場合、インバウンド増加を呼び水に、もともと過剰な看板が多言語化して、2倍、3倍と増えていく事態を招きかねません。実際に福岡県のあるお寺では、外国人観光客が急増したことで、境内での飲酒飲食やスケートボードの乗り回しなどマナー違反も急増。12か国語でマナーを喚起する看板を設置しました。しかし、それでも効果はなかったそうです。
 さらに気をつけるべきは、観光名所や商業施設などで、マナー喚起のアナウンスを多言語でエンドレスに流す動きです。看板は目をそらせば見なくてすみますが、耳を直撃するアナウンスからは逃れられず、それは精神的なストレスになります。アナウンスにも適切なやり方を取り入れなければ「視覚汚染」のみならず「聴覚汚染」も広がってしまいます。
 言語に限っていえば、日本語と英語、もしどうしても必要なら中国語、という3か国語で事足ります。(131頁)



■観光地での翻訳の品質
 観光客が興味を持つポイントは、それぞれの母国の文化によって違いますし、また興味を満足させるための文章表現、スタイルも変わってきます。そのためには、外国からのインバウンド動向に詳しく、文章表現のスキルのある人に頼む必要があります。外国人の翻訳なら誰でもいいわけではないのです。翻訳には、その国の文化レベルが如実に現れます。翻訳はきちんとしたプロにお願いして欲しいと強く感じています。(133頁)



■家の中で傘を開くことを不吉とする文化
ある新設のホテルでは、レストランの照明シェードに、逆さにした和傘を取り付けていました。デザイナー目線で見た和風≠フ新しい解釈なのかもしれませんが、この光景を見て、知り合いの京都人はぞっとしたそうです。なぜなら京都には、家の中で傘を開くことを不吉な印として忌み嫌う文化が今も伝えられているからです。
 これらの現象は、日本の文化や伝統に対する観光客や事業主の無知、という表面的な問題だけではなく、根本に別の要因があります。それはすなわち、当の日本人が自分たちの伝統の着物や、町家のような空間の継承を放棄したということです。まがい物の着物や逆さの傘は、単純に「デザイン目線」から生まれたものではなくて、「観光客を喜ばせるために、無理に創造した日本」として、ほかならぬ日本人が作ったものなのです。
(145頁)



■世界遺産の変質
 ユネスコサイドは、世界遺産に登録された後、徐々に始まるのではありません。登録された段階、もしくはその前でも起こります。
 ミャンマーにあるバガン遺跡は世界三大仏教遺跡の一つで、11世紀から13世紀に建てられた仏塔や仏教遺跡が3000以上も残る、実に神秘的な場所です。有名なカンボジアの世界遺産であるアンコールワットより、さらに規模が大きく、気球に乗って日の出を見るツアーが観光客から人気を博しています。
 ミャンマー政府はかつてバガンの世界遺産登録を進めましたが、軍事政権下ということもあり、遺跡の管理体制が十分でなく、話は進展しませんでした。その後、民主化を機に世界遺産登録への機運が再び高まり、その盛り上がりと並行するように、観光客がワッと押し寄せるようになりました。
 夕方になれば絶景スポットとされる高さ数十メートルほどの寺院に人々が大挙して集まり、その混み合うさまは古代寺院の神秘どころではなく、危険そのものです。中には夕暮れをBGM付きで楽しみたいということで、あたりかまわず音楽をかける人も出ているといいます。
 ユネスコサイドの流れは4段階を踏んで進みます。

1、世界遺産に登録される、あるいは登録運動が起こる。
2、観光客が押し寄せて遺産をゆっくり味わえなくなる。
3、周辺に店や宿泊施設が乱立して景観がダメになる。
4、登録地の本来の価値が変質する。(155頁)



■地方の町や村と観光
 人口減少が進む日本、とりわけ地方の町や村は、観光という起爆剤を持ち込まないと、やがて経済が回らなくなり、消滅への道をたどってしまいかねません。町の消滅は、同時に文化と歴史の消滅を意味します。(160頁)



■数は成功の指標とはならない
 観光が成功するためには、地域の活性化、雇用の改善、ダメージと収入のバランス、そこに住む人と訪れる人の喜びなど、もっといろいろな要素がある。それなのに数だけを指標にしたら、それは観光過剰を呼びますね。(181頁)



■本来の観光の姿
 「観光コミュニティ」とは、訪れた国の自然や環境、文化に触れ、地元の人々の精神的な部分までを理解することこそが観光だ、とする精神のことです。
 もちろん国を町、村、地域に置き換えても同じ。そのような「観光コミュニティ」の精神があることで、地方の小さな村の暮らしが成り立っていく。それを可能にする行動こそが、本来の「観光」なのです。
 残念ながら大型観光に「観光コミュニティ」の精神はありません。数十分だけ滞在して、写真を撮って帰る。そこには土地に対する愛情もなければ理解もない。受け入れる地域にしたって、そこから外部に発信できることは乏しいものです。(186頁)

 
 
 
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2020年10月07日

読書雑記(300)佐滝剛弘『観光公害』

 『観光公害―インバウンド4000万人時代の副作用』(佐滝剛弘、祥伝社新書、2019年7月)を読みました。

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 京都に住んで1年になる著者が、日々の思いをまとめた本です。「まえがき」で、次のように言います。

 この論考は、自分自身がいつも旅人として異国の地を彷徨っている「観光」の当事者であり、今では大学で「観光」を教える立場になった研究者であり、観光庁が旗を振るDMO(着地型観光組織、詳しくは後述)の戦略立案の責任者の一人であり、さらには長年ジャーナリストとして世の中で起きていることを噛み砕いて伝えることを職業としてきた筆者が、日常生活と観光にどう折り合いをつけるべきかを、国内外の観光地を実際に取材・調査した体験を中心にまとめたものである。(7頁)


 本書は「論考」ではなく、あくまでも「読み物」です。そのため、読みやすい語り口で展開していきます。
 新型コロナウイルスによる観光打撃について、誰もが予想だにしなかった1年3ヶ月も前の刊行物なので、今となっては社会環境も情勢も本書に述べられたこととは、現状が大きく異なっています。
 次の言葉は、そうした観光全盛の時代を背景にした物言いです。

まだ二〇年も経っていない二一世紀を一語で形容してよいのかどうかはわからないが、「AIの時代」とも言いうるのと同じ並びで、「観光の世紀」になりそうな勢いを感じるほど観光産業が伸長している。(69頁)


 本書が書かれた当時とは社会情勢が激変している今の視点で、最後まで読んでみました。著者にとっては想定外の読まれ方をするわけで、申し訳ないとの思いと共に、書籍を通して語ることの意味を考えるのにいい機会となりました。
 読み進む中で、次の指摘には考えさせられました。現代の観光に内在する問題点が見えてきたからです。これも、新型コロナウイルスの影響で観光業が変質している今、これからの変化を追っていく必要があるように思います。

私たちは、殺到する観光客を悪者にしがちだが、その観光客の誘致に力を注いだり、地域住民よりも観光客の利便を優先してしまうのも、受け入れ側、つまり地元が主導している側面があることを忘れてはいけない。古都京都の静かなたたずまいを壊そうとしているのは、事情を知らずにやってくる外国人観光客ではなく、事情を知ったうえで、地域の景観や雰囲気を貶めることに加担する地域の業者だったりする。実は本当の対立構造は、儲けを重視して観光客を優先する「地域」と、知らず知らずのうちにそのマイナス面を引き受ける「地域住民」、つまり「地域」vs.「地域」だったりするかもしれないのだ。単純な二項対立では捉えきれないところにオーバーツーリズムの難しさが潜んでいるのである。(81頁)


 なお、先日読み終えた高坂晶子著『オーバーツーリズム』には、「観光公害」という表現は避ける傾向にあることが指摘されていました。そのことは今は措くとして、この「観光公害」ということばが持つ意味あいと、その問題の切り口は、新型コロナウイルスの脅威を体験している今、あらためて再検証されるべきでしょう。つまり、これまでのことは一端白紙に戻し、あらためて現状を見つめ直して「観光公害」ということばの意味を定義し直すべきだ、ということです。これは、「GoTo トラベル」という今直面している事態が終息してから、再確認していく問題となることでしょう。
 なお、本書には3つのコラムがあります。

「コラム(1)一風変わった外国人からのクレーム」
「コラム(2)お坊さんの専門誌に掲載された観光公害」
「コラム(3)江戸時代からあった富士山の「入山料」と「観光公害」」

 このコラムで指摘された問題点は、興味深いものでした。次の機会には、こうした情報をまとめていただくと、幅広い分野の方々が観光に関する分野の問題に興味が向き、理解も深まると思います。【2】
 
 
 
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2020年10月02日

読書雑記(299)高坂晶子『オーバーツーリズム』

 『オーバーツーリズム 観光に消費されないまちのつくり方』(高坂晶子、学芸出版社、2020年3月)を読みました。非常にわかりやすい説明がなされている本です。

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 設定したテーマを広く見回してから、問題点を具体的に丹念に追っています。提示する情報の出所が明確なので、安心して読めました。この手の本にありがちな、情熱からの思い込みや熱弁は、適度にセーブされています。文章もわかりやすく、質の高い本に仕上がっていると思います。
 特に、多くの図表が内容を的確にまとめています。極端なことを言えば、この図表をじっくりと眺めているだけで、著者の言わんとすることは伝わって来ます(29頁など)。
 オーバーツーリズムの問題点が、具体的な事例で示され、その対処策が示されていきます。何が問題で、どうすれば解決の糸口へのヒントがあるのか、よくわかります。
 よくわかる具体例として、海外の場合は、スペインのバルセロナ、アメリカのハワイ、タイやフィリピンの島、スイスのツェルマット、エクアドルのガラパゴス諸島、ネパールのヒマラヤ山脈が検討の対象となっています。国内の場合は、京都からはじまり、続いて、神奈川の鎌倉、沖縄の恩納村、富士山、北海道美瑛町。それぞれの問題点を提示し、その対処策を考えて行きます。わかりやすい展開です。
 また、SNSへの投稿内容をオーバーツーリズムの対策に活用することは、今後ともこの問題を考える上で有効です。問題点の指摘の後に、それぞれの対処策が提示されています。これは、本書のテーマを理解する上で助かります。
 最終章である「8章 レスポンシブル・ツーリズム」で、著者は「観光客の意識」の節で次のように言います。「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」と「サステイナブル・トラベル(旅行先の環境やコミュニティに配慮した旅行)」の違いに言及し、その問題点を整理しています。少し長くなるのを厭わず、引用します。

 レスポンシブル・ツーリズムにおける観光客は、一方的にもてなされる立場ではなく、応分の責務や役割を担う存在である。観光地の自然・社会環境、住民(特に原住民)の生活・文化等に対して敬意を払ったり、保全に寄与する人物像が想定される。
 では、観光客自身は、レスポンシブル・ツーリズムについてどの程度意識しているのであろうか。世界的な宿泊予約サイトである「ブッキングドットコム(Booking.com)」が2019年に実施した「サステイナブル・トラベル(旅行先の環境やコミュニティに配慮した旅行)」に関するインターネットアンケート(世界8カ国、8歳以上で2018年中に旅行した男女約1万1千人を対象)によると、「次世代のために地球を守るには、人々はすぐに行動しサステイナブルな選択を行う必要がある」と回答した比率は、全世界では72%、日本では40%であった。また、「宿泊施設がエコに配慮していることを知った場合、その施設を予約する可能性は高くなるだろう」との回答者は、全世界では70%、日本では36%であった(表1)。
 総じて日本の旅行者のサステイナブル・トラベルに対する配慮・意識は、世界全体と比較すると低い傾向にあるが、その理由として、日本人の34%が「旅行は特別な時間であり、サスティナビリティについて考えたくない」と回答しており、責任ある観光よりも旅の特別感、解放感を優先する傾向が見てとれる。これには、日本人の旅行日数がアンケート対象国のうち最短であり、リラックス優先となりがちなことが関係していよう。あるいは、「よりサステイナブルな旅行を行う方法がわからない」とする日本人の比率は49%と、全世界の37%を上回っており、情報の少なさが影響している可能性もある。(240〜242頁)


 これは、今の日本実状を示しているように思われます。ただし、次の住民に対する2つの課題を解決することには、新型コロナウイルスに直面している今の日本ではハードルが高く、相当の時間が必要だと思われます。

 すなわち、オーバーツーリズム現象に対して住民が諦めつつ距離を置くかつての状況は変化しつつあり、日本でも観光と住民の関係性を問い直す時期が到来している。今後は、住民の観光(客)に対する受容力を向上させることが課題となろう。住民の観光受容力が重要な理由として、以下の2点が挙げられる。
 一つは、観光客の嗜好の変化に対応していく必要性である。観光客、とりわけインバウンドの間では、景勝地や伝統的建造物の見物だけでは飽き足らず、ユニークな体験をする「コト消費」や地元の日常生活に価値を置く傾向があることはすでに指摘した。この場合、必然的にコミュニティとの接触・交流が生じるため、住民の観光受容力が極めて重要となる。
 実際、観光客が街を散策するような場合でも、住民が友好的に受け入れる雰囲気の有無は観光客のはの満足度を左右する。ましてや観光客が道に迷ったり、天災等のトラブルに遭遇した場合、周囲からの声掛けや手助けの有無は、当該地域ひいては訪問国全体に対する彼らの心象を左右する結果となろう。これらのイメージがSNSで拡散し、大きな影響力を持つことは6章で指摘した通りであり、軽視はできない。
 もう一つは、地域の観光開発やまちづくりを適切に管理していく必要性である。近年のインバウンドブームを受けて各地で観光開発が進んでおり、著名観光地やリゾートではホテルや娯楽施設の建設ラッシュと地価の高騰が報じられている。これらの開発は観光客の受け皿整備として必要な側面もあるが、古くからの街並みに変容をもたらし、本来は観光振興のために保持すべき資源すら毀損される恐れがある。今後は、無秩序な開発に陥らず、住民生活にとっても、また観光にとっても好ましいまちづくり、地域開発が重要となるが、そのためには住民の観光に対する理解と地域の意思決定への主体的な参画が必要不可欠である。(249〜250頁)


 本書は、本年3月に刊行されたものです。ちょうど新型コロナウイルスが拡がりつつあった時であり、著者はこれに続く私論の構想を温めておられることでしょう。読みやすい本だけに、続編の観光が待たれます。【4】
 
 
 
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2020年10月01日

読書雑記(298)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ 13 麗しの上海楼』

 『京都寺町三条のホームズ 13 麗しの上海楼』(望月麻衣、双葉文庫、2020年1月)を読みました。

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 快調に「Introduction」が始まります。「とらや」に関する話は、私も体験しました。

「『とらや』の美味しさとそのブランド力は、誰もが知るところなんですが、一部の者には、『京都を捨てていった店』という感情もあるんです。ですから外の人が『とらや』を持参すると、『京都を捨てていった店のものを持ってきて。分かってへんのやなあ』という感情が生まれてしまう場合があります。特に、お詫びに使う場合は避けた方が無難でしょう。京都ブランドの和菓子をおすすめしますね」(14頁)


 話は、京都木屋町から上海へと飛ぶことが予告されます。大富豪の娘のイーリンが、いい役所として描かれます。

■序章「まるたけえびすに、気を付けて」
 「車折神社」の振り仮名に「くるまおり」とあるのは、何かのミスでしょう。その直前に、次の会話があります。

『……くるまおり神社?』
小首を傾げる桜子に、紅子は首を振った。
『「くるまざき」と読むんだって』(39頁)


 なお、通り名から人名を推定する説明には苦しいものがあります。

■掌編 『小松は見た』
 小松探偵事務所の隣の隙間で、ホームズが葵に口付けをしているところを小松は見てしまいます。話に色付けをするための挿話です。

■本編 『麗しの上海楼』
[1]小松探偵事務所、上海へ
 上海上陸を果たしたホームズこと清貴一行は、豊かに発展した街を旅人として回ります。旅の報告です。【1】

[2]上海博物館
 楽屋裏での目利きの雑談を聞かされているような内容です。【1】

[3]上海楼
 お金持ちの招待で行った上海旅行に付き合わされるだけでした。後半でやっと盛り上がりかけます。展開がバラバラで、品にかける文章になっています。【1】

[4]とある画家の秘密
 鑑定を誤った話です。そして、次の話につなぐために、しだいに盛り上がっていきます。【3】

[5]回顧録
 円生の貧しかった過去が語られます。感傷的というよりも、悲哀の滲む語り口に、この作者らしくないと思いました。
 話は次の章に続きます。【2】

[6]作戦遂行
 きれいに事件は解決しました。気持ちのいい、すっきりとした話に仕上がっています。【3】

[7]出発の夜
 円生が、鑑定士ではなくて画家として新たな道を歩み出す応援歌となる章です。本作品中の綴じ目として、完成度を高めています。【5】
 
 
 
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2020年09月29日

読書雑記(297)高田郁『あきない世傳 金と銀 九 淵泉篇』

 『あきない世傳 金と銀 九 淵泉篇』(田郁、時代小説文庫、2020年9月)を読みました。快調に物語は展開しています。

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■第一章 「ままならぬ心」
 幸の妹の結が、出来たばかりの型紙を勝手に盗み出しました。ただし、その型紙には本来とは違う手が入っており、3箇所に別の文字が紛れ込んでいるということです。開巻早々、読者は釘付けです。『4』

■第二章 「ふたつ道」
 結は、問題の豪商「音羽屋」の妻となりました。しかも、型紙を手土産にして。
 婚礼の日、姉妹の訣別の場面となります。緊張感の中で、2人の決意がみごとに描かれます。【5】

■第三章 「春疾風」
 型紙に忍び込められていた3文字は、五鈴屋を救うものでした。それを見抜いた男は、五鈴屋を立て直した五代目、元夫の惣次でした。型紙を巧みに活かして、後添いの地位を確たるものにした幸の妹結。意外な展開が続きます。【5】

■第四章 「伯仲」
 同じ日に、音羽屋と五鈴屋で十二支の文字ちらしの小紋染めを売り出します。
 妹の結は、予想外に活躍します。醜いいがみ合いにならないのが、この作者の味です。本家筋と分家筋、どちらがどうなるのか。このままで済ます作者ではありません。これからの展開が楽しみになる仕掛けが、当然用意されていることでしょう。【3】

■第五章 「罠」
 元夫の惣次と、偶然お寺で出逢います。そして、無体な上納金と仲間外れの狙い撃ちが、誰かの罠であるかを教えられます。これからどうしたらいいのか。惣次は幸にヒントを授けました。人間関係が、ぐるぐると巡りながらも、物語は巧みに展開していきます。作者が物語を構成する力量を上げたことがわかります。【3】

■第六章「菜根譚」
 五鈴屋は、寄り合いから仲間外れとされ、呉服商を諦めることになりました。そして、木綿と麻の太物ばかりを扱うことになったのです。
 掛け軸の縁で、「菜根譚」の内容が明かされます。その箇所を引きます。
衰颯的景象 就在盛満中
發生的機緘 即在零落内
「衰える兆しは最も盛んな時に生まれ、新たな盛運の芽生えは何もかも失った時、既に在る。『菜根譚』ではこのあと、『だからこそ、君子たる者は、安らかな時には油断せずに一心を堅く守って次に来る災難に備え、また、異変に際した時にはあらゆる忍耐をして、物事が成るように図るべきである』という内容に続くのです」
 弥右衛門の言葉は、五鈴屋の主従の胸を打った。(176頁)
 逆境に置かれた幸にとって、勇気付けられる言葉でした。【4】

■第七章「帰郷」
 幸は大坂に向かいます。江戸を発ってから19日で大坂入り。早い旅です。
 幸は、在りし日の大坂でのさまざまな思い出が甦ります。大坂本店は、江戸本店を助けにかかるのです。
 物語はますますおもしろさを増していく仕掛けとなっています。【3】

■第八章「のちの月」
 十三夜の月を観ながら過ぎし日を思い出す場面は、短い中に点綴されながらも秀逸です。
 全体の流れは、先へとつなぐ段となっています。【3】

■第九章「大坂の夢 江戸の夢」
 紅屋の菊栄が江戸に出てきそうです。新しい簪を作ったので、それを江戸で商いたいとの思いがあるからです。それを支えようとする幸との話は、今後さらにおもしろく展開することでしょう。
 大坂で十日を過ごした幸たちは、帰りの江戸への旅は二十日かかりました。【3】

■第十章「出藍」
 藍染を用いた浴衣作りが始まりました。形も難題でした。思い通りの浴衣は、歌舞伎役者の楽屋での着物として買い取られました。その帰り、幸と結とのすれ違い。緊迫の場面がみごとに描かれています。【4】

■第十一章「天赦日」
 幸は、浴衣と単衣の間のものとして、風呂帰りに着られる木綿の着物を思案し出します。
 3月には、大坂から、菊栄、お梅、鉄助の3人が上京して来ることになりました。
 木綿のための新たな型染めが完成します。物語は、また新しい世界へと展開していくことになるのです。【4】
 
 
 
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2020年09月23日

読書雑記(296)古処誠二『ビルマに見た夢』

 『ビルマに見た夢』(古処誠二、双葉社、2020年4月)を読みました。戦記文学に属する5編の連作短編小説集です。

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■「精霊は告げる」
 戦時下、西隈軍曹の視点で日本軍が語られます。
 老婆ドホンニョが語る精霊の話が、物語の背後に生きています。お告げが民心に与える力が語られていきます。
 ビルマ人労務者をめぐる日本人同士の諍いが、生き生きと語られていました。
 飛行機の精霊を具現化する空襲のお告げを無視することで、軍務と労務は進められていくのです。【3】

■「敵を敬えば」
 ビルマ人の信心深さから語り出されます。
 子供のモンネイがいなくなりました。西隈が探し回ります。
 探し当ててからは、モンネイという純粋な子供とのやり取りを通して、日頃の戦のことなどを西隈は考えます。【3】

■「仏道に反して」
 ペストやコレラの蔓延を防ぐために、ネズミの捕獲に手をつける話です。ペストで死んでいく娘の話は、今の流行に通ずるものがあるので身につまされました。予防注射を打つ場面も、生き生きと語られています。兵隊はもちろんのこと、住民の集団接種でも整然と統制が取れていました。西隈が各部落を巡回する姿勢が、こうして現れたと言えるでしょう。
 ただ一つ、シン族だけは、長老が接種に難色を示し、難儀します。そのような中で、雪谷見習士官のビルマを直視した独立国家をめざす新しい世代に向けたことばは、長老たちの胸にも響いたのです。作者のことばでもあります。ビルマは、自分たちの力でイギリスから独立したのだからいい国を作り上げるはずだ、ビルマは自立するはずだ、という作者の信念が、この行間から読み取れました。【5】

■「ロンジーの教え」
 一見じゃまそうに見えるロンジーも、ビルマ人の生活には知恵の集大成でした。ビルマ人の昼寝の習慣も、勤勉な日本兵にとっては理解し難いものでした。そんなビルマ人の生きざまやものの考え方に、理解はできるものの、この戦時下には排斥すべき生活習慣だとします。
 私も、ヤンゴンでロンジーを買ってきました。確かに、脱ぎ着が面倒です。本作では、生活様式の違いや、民族の考え方の違いなどが、具に語られています。こうした詳細な描写が、リアリティをもって語られています。【3】

■「ビルマに見た夢」
 日本式の味付けを覚えた、ビルマ人の炊事婦が活写されます。凧揚げも、日本軍のビルマにおける難しい戦況の裏返しです。さまざまな夢が交錯する中で、パゴダでの合掌が話の綴じ目となります。この後が、日本軍の悲惨な話にならない節度が、本作の価値を高めていると言えるでしょう。戦争の実態を、静かに語り終えています。仏教の国ビルマを舞台にした、戦地における現地の人々との交流に視点が置かれた、新しい戦争文学となっています。【4】

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2020年09月18日

読書雑記(295)高田崇史『古事記異聞 −京の怨霊、元出雲−』

 『古事記異聞 −京の怨霊、元出雲−』(高田崇史、KODANSHA NOVELS、2020年7月)を読みました。
 表紙は2種類が掛かっていました。下鴨神社の楼門を扱った方は、フェアのためにデザインしたものでしょうか?

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 京都山王大学の民俗学研究室に所属する加茂川瞳准教授と学生の問題から始まります。開巻早々、学生の牧野竜也の同級生だった将太が嵐山線のホームから転落して死にます。それが、自殺だったのか事故だったのか。読者は早速、物語の中に引き摺り込まれます。後に、竜也も下鴨神社の御手洗池で死体として見つかります。
 話は変わって、橘樹雅は日枝山王大学大学院に進学し、民俗学を研究するつもりです。指導教授は、御子神准教授。テーマは「出雲」。出雲の旅を終えてから、「元出雲」を調べることになります。そして、京都市内の出雲路橋周辺も。この橋は我が家に近い所にあることもあり、興味津々で読み進みました。もちろん、島根県出雲市生まれの私にとって、出雲の話となると、毎度のことながらつい読み耽ってしまいます。
 話は、推論に次ぐ推論で出雲問題が取り上げられます。民俗学特有の、話はおもしろい事例で楽しめるものの、実際には論証できない内容の展開で、拡散を繰り返します。その論法が、こうした物語には有効でした。中身の確かさよりも、興味を掻き立てることで読者を惹きつけるのです。民間伝承の特性が、各所にちりばめられていて、古代を推理するおもしろさを演出しています。
 一気に読みました。久しぶりです。もっとも、どこまでが事実かは曖昧なままなので、読み終わっての手応えはほとんどありませんでしたが。【3】
 
 
 
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2020年08月29日

読書雑記(294)小笠原敬承斎『誰も教えてくれない男の礼儀作法』

 『誰も教えてくれない男の礼儀作法』(小笠原敬承斎、光文社新書、2010年10月)を読みました。

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 あらたまった席に出ることや、これまでに出会ったことのない方々との面談が増えてきたので、正式な礼儀作法を確認しようと思っての選書です。

 本書には、約700年前の室町時代に確立し、「お止め流」として伝えられてきた小笠原流の礼法を本格的に紹介する初の試みである、という宣伝文句が付いています。また、門外不出の古文書からの抜粋を、一般の方々に対してここまで公開するのは初めての試みだ(5頁)、ともあります。しかし、そのような内容であるという実感は、私には読み取れませんでした。
 男に我慢を強い、慎みのある行動を求める内容です。今回の私の動機には、あまり得るものがありませんでした。一般的な内容に留まり、具体的な事例の紹介がなかったからです。執筆の意図と私の求めるものが一致しなかったのは残念です。

 その中でも、目が見えない人に対する記述には、私の興味と関心から注目しました。その説明が、私にはよく理解できなかったからです。著者は、実際に目が見えない方のお世話をなさったことがあるのだろうかと。ご自身の想像の世界でおっしゃっているようにしか読めませんでした。

 伝書には次のように説かれている。

 座頭の案内者する事。右の袖をひかえて出でその座のおとなしき仁躰 高下を云いて聞かすべし

 目の不自由な方を案内するさい、その方の手を引いて差し上げるような行為は、かえって目の不自由さを強調してしまう可能性がある。
 そこで、案内する人は、自分の袖を目の不自由な方が持って歩けるように少々後ろに引き、目立たずに案内することにつとめた。
 さらに、ここでいう「おとなしき仁躰」とは、その席にいらっしゃる高貴な方のことを指す。目が不自由なゆえに、立場の高い方に対して、まったく違う方向に視線を傾けてしまうなどという失礼がないように、またその動作によって目が不自由だということを目立たせてしまわないように、その方が座についたときに向かって左側、右側にどなたがいらっしゃるのかをさりげなく伝えた。それによって、正しい方向でお辞儀をすることができたのである。

 「取り回し」も相手や状況によって略する

 目の不自由な方への気遣いに関して、別の箇所には、

 始めより座頭の引くように持ちて出で候てもよきなり。大方この趣然るべきなり。座頭の前にて取り直し候も如何にて候

 とある。相手に物を渡すさいには、取り回しといって、まず物の正面を自分に向けて持ち、さらに相手へ正面が向くように回すことが礼儀とされているが、目の不自由な方に対しては、その動作を省くことを薦めている。目の不自由な方に、一辺倒の考え方で取り回しをすることは、かえってその取り回しの間が、目の不自由さを目立たせてしまいかねない、というこころ遣いからの振る舞いである。
 身体の不自由な人と出会ったとき、どのような気持ちで相手に接しているだろうか。もちろん、健康に生まれ、何不自由なく動くことのできる人と比べ、身体に障害を持った人は想像もできないほどの苦労や悩みがあるだろう。しかし、苦労されているだけに、健常者とは比べものにならないほど、はるかに強いこころを持っている人も多くいらっしゃると思う。

 本当に相手を思いやる気持ちがあるのならば、相手の不自由さが目立たないように、というこころ遣いからなる立ち居振る舞いが大切なのである。
 これは礼法全体に共通することであるが、すべての作法の根底には相手を大切にするこころが存在するからこそ、相手や状況によって作法を略すことができる。しっかりと作法の心得を身につけたうえでの礼の省略は、相手に不快感を与えることなく、さらにやさしい立ち居振る舞いに通ずるということを読者の方々にご理解いただきたい。(85〜87頁)


 この文章を読んで、示される例の意味がよくわかりませんでした。ここに書かれていることが、目が見えない方々を思いやる気持ちからの対処なのでしょうか。憐れみの気持ちと同情の視線に加えて、押しつけがましさも伝わってきたからです。私には、大いに疑問を感じた礼法の説明文でした。
 また、本書には図がまったくないので、語られている動作が具体的にイメージできません。
 著者は、男の礼儀作法は武士の心得が基本である、という立ち位置で語っておられます。しかし、それは語る時代が違いすぎるのではないでしょうか。想定されている読者と、語る意図が、うまく伝わってこず、また今後の参考になる情報が読み取れませんでした。【1】
 
 
 
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2020年08月26日

読書雑記(293)船戸与一『鬼畜の宴』

 『ゴルゴ13 ノベルズU 鬼畜の宴』(船戸与一、小学館文庫、2017年6月)を読みました。

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 アマゾンで凄惨な殺戮が行われる場面から始まります。その仕掛け人がいかに非情な人間であるかを象徴するものです。
 その話の展開として、ゴルゴ13とスパルタカスの対決が、ローマのコロッセオで設営されます。しかもそれが、中継されるのです。作者は、この現場をことばで表現することに挑戦しています。その迫力は、ことばだけではなかなか伝わりにくいようです。
 勝ったゴルゴ13にスパルタカスが言います。道楽のために人間の命を弄ぶ3人の鬼畜を始末してくれと。それも160万ユーロで。その様子を中継で見ていた3人は、マフィアによって身を守ろうとします。
 背後には、シエラレオネの孤児を守る話も展開しています。話は、イタリアから南アフリカに飛びます。マザー・ミランダへの誕生日のプレゼントが3万ヘクタールの土地です。シエラレオネの子供たちの役に立つものです。この辺りは、もっと語ってほしいところでした。
 全体的なまとまりがないのは、原作が劇画だということに起因します。あまり完成度は高くありません。作者の苦労が偲ばれました。【1】
 
 
 
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2020年08月09日

読書雑記(292)『京都寺町三条のホームズ 12』

 『京都寺町三条のホームズ 12 〜祇園探偵の事件手帳〜』(望月 麻衣、双葉文庫、2019年7月)を読みました。

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 第1章「最初の依頼」は、無理矢理人間関係を複雑にしているように思えます。もっと単純な関係でも物語は成り立ちます。また、「洸」を「ほのか」と読むことは、少しねじ込みすぎかな、と思いました。【2】

 続く「掌編 拝み屋さんと鑑定士」は、本当に短い話ながら、きれいな作品に仕上がっています。3人の描写が柔らかくて和菓子の雰囲気が漂います。ただし、「みなさんで食べてください。」はいただけません。「食べる」という言い方が、この上品に仕上がった作品を少しだけ下品にしました。【4】

 第2章「矜恃の証」は、登場人物の性格が描き分けられてきて、語られる世界が豊かになっています。しかし、話の内容である「ご当地レンジャー」が俗すぎます。これはカットして、それに続く「京日和」だけでまとめるべきでした。
 京都文化博物館と平安神宮を、ホームズさんに案内してもらえたのはラッキーでした。博物館は素っ気ない説明でしたが。
 平安神宮の話の中で、次のフレーズは誤植でしょうか。
ここに平安京を再現わした広大な神宮を建てたんです。(183頁)


 それに続く次のことばは、記憶に残るものです。

 これから町が衰退していくかもしれないという時に、皆の気持ちを鼓舞し、今後も都としてやっていこうと、見る者を圧倒するような美しく巨大な神宮を建てたのだ。(中略)
「歴史が浅いとか、そういう話ではないんですよ。今も京都がこうして栄えていられるのは、この平安神宮があってこそなんです」(184頁)


 また、次の葵のことばもいいと思います。この章の得点部分です。【3】

 かつて絶望の中にいた京都に住む人たちが、この平安神宮を心の支えに背筋を伸ばしてがんばったように、この美しく広大で荘厳な神宮に、元気をもらいに来たい。(186頁)


 第3章「パンドラの箱」は、おもしろく読みました。ただし、登場人物が多すぎて、話が混乱しています。もっとシンプルになるはずです。「第二次世界大戦」というキーワードについては、若い読者のためにも、もう少し説明がいると思います。【3】

掌編「不思議な時間」
 品よくまとまった作品です。この作者は、こうした短編がうまいと思います。

 本書には、さらに付録としての掌編「思い出の地で−」が添えられています。読者へのサービス精神が旺盛です。【4】
 
 
 
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2020年07月30日

読書雑記(291)夏山かほる『新・紫式部日記』

 夏山かほる『新・紫式部日記』(日本経済新聞出版社、2020年2月)を読みました。

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 歴史的な背景と人物描写がしっかりしているので、安心して読み進められます。最初は歴史をなぞった物語です。よく知られた逸話などをもとに、物語は進展します。
 その流れが、藤式部の出産にひき続いて彰子の出産の場面で、俄然語りが急変します。敦成親王と賢子をめぐる話は、本書の読みどころです。ドラマが一大転換するのを、読者は固唾を飲んで見守ることになるのです。そして、背後に「人の親の心は闇にあらねども 子を思う道に惑いぬるかな」という兼輔の歌が響きます。
 『源氏物語』が書き継がれる経緯を、政治的に物語を利用しようとする道長や、熱心な読者である彰子の姿を織り交ぜて語ります。『源氏物語』の背景をなす平安時代を生きた人々や、『伊勢物語』などの平安文学のいくつかの作品を、あらためて読み直したくなります。【4】
 
※作者は、本作で第11回日経小説大賞を受賞し、作家としてデビューしました。
 
 
 
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2020年07月29日

読書雑記(290)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール 4』

 『ヤンキー君と白杖ガール 4』(うおやま、KADOKAWA、2020年6月)を読みました。

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 ヤンキーの黒川とユキコがお互いの愛情を表現するのに、回りくどい方法と考えでドタバタ喜劇を演じます。若者の気持ちをうまく描き出しています。
 ユキコの姉のイズミは、シシオが好きです。しかし、シシオは男にしか興味がない、同性愛者でした。これが、今後どのように展開していくのか、大いに楽しみです。
 この巻では、強く生きる弱視のユキコが前面に出ています。この逞しさに満ち溢れる話には、読む者に問題点の所在を気付かせ、やがて共感と元気を与えてくれます。心憎い表現手法だと思いました。
 アルバイトを諦めそうになった時、「やりたいこと」が大事だ、と教えられます。そして、最後に「メリットがありますか? ハンデのあるあなたを あえて雇うメリットが」というフレーズが印象に残りました。作者は読者に、登場人物を介していろいろなメッセージを送ってきます。その多彩さは、再読するとまた別の視点から新たな気付きに導かれます。
 特に大きな問題提起がある巻ではありません。しかし、思うように物が見えない人を取り巻く人々の反応や変化が、手堅く着実に描き出されています。共感を得ながら理解が深まる環境が生まれていく様が、こうしたコミックというスタイルを通して若者たちに読まれていく意義は、非常に大きいと思います。
 前向きに生きる若者たちの群像が、弱視の少女の生きざまを通して語られていくのです。
 次巻が、また楽しみです。【4】
 
 
 
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2020年06月20日

読書雑記(289)中村真典『元CA訓練部長が書いた日本で一番やさしく、ふかく、おもしろいホスピタリティの本』

 『元CA訓練部長が書いた日本で一番やさしく、ふかく、おもしろいホスピタリティの本』(中村真典、晃洋書房、2018年3月)を読みました。飛行機の機内での、サービスに関する話です。しかし、それが日常の我々の日々に不思議とリンクします。著者の体験談を通して、多くの生きる知恵をいただける本です。

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 本書は、次の視点で書かれたものです。「はしがき」から引きます。

 以前に電子出版した「CAになりたいあなたへ教えてください! 訓練部長」(ホルス出版、二〇一五年)はありがたいことにご好評いただき、たくさんの人が読んでくださいました。ただ、残念ながらせっかくのエピソードが訓練科目の順番に並べられていたため、私が言いたいホスピタリティ・マインドを十分に伝えきれていないようです。そこでこの本では、あらためて、ホスピタリティがサービス業界において重要視されるようになった経緯に沿ってホスピタリティ・マインドをお伝えすることにしました。
(中略)
 また Column として、私の教官時代のエピソードで、外国人訓練生に関するものを紹介しました。ホスピタリティにおいて相手の立場に立つ時、その相手が外国人の場合は当然その文化への理解が必要です。人種・民族を超えた共通の優しさ・親切さはあるものの、誤解を生みやすいマナー・エチケットの違いがあるのも事実です。ホスピタリティの背景となる異文化交流の一助になれば幸いです。(3〜4頁)


 各節では、短い逸話が語られます。そして、最後に必ず質問として「Q」が置かれています。例えば。

(中略)
 「どうせ○○しても」。便利な言葉です。しかしサービスを担当する者には禁句です。それを言い出すとキリがありません。
 その「どうせ」をなくせ!
 チーフの短い言葉が私にサービスの基本を思い出させてくれました。

Q[日常生活の中で、どうせやってもムダだと思うことはありますか?](28〜39頁)


 これは、語った内容に読者を引きとどめて、自己の体験から理解を深めようとするものです。実に効果的な問いが置かれていきます。

 次々と、さまざまな失敗談で読む者を惹きつけます。さすがは、豊富な経験がものをいう、わかりやすい文章です。
 第2章では、次の一節が気に入りました。こんなフレーズが多いので、楽しく読めます。

 笑顔を絶やさず、「おしぼりでございます」「どうぞ」「おしぼりはいかがですか」と、単調にならずきちんと言葉も添えています。「動作に笑顔と言葉を添えて」の模範のようなサービスです。
 でも、なぜか丁寧な印象を受けません。何が足りないのでしょうか。
 ずっと観察していて、気が付きました。目線がすぐ次のお客さまへ行ってしまうのです。目切りが早い、という言い方もします。「お客さま、おしぼりでございます」と言った瞬間、もう目線が次の列へ移り、結果として、おしぼりを差し上げた側に、自分へという感じがうまく伝わりません。それを繰り返すことによって、結局、丁寧さが感じられないのです。
 リカーサービスの時、私はトマトジュースを頼みました。手際よくレモンスライスを添えたトマトジュースが目の前に出され、塩・コショウの小袋がテーブルの上に置かれたところで、私が「ありがとう」と顔を上げると、彼女の顔は既に反対側の列のお客さまに向いていました。これでは、何か頼もうと思っても、わざわざ声を掛けなければなりません。(54頁、「3 目切りの早さ」)


 「目切り」という言葉を、本書で初めて知りました。そして、この逸話の意味することも得心できました。ここでの末尾は、次の質問が置かれています。

Q[サービスを受けた直後に相手の表情を見たことがありますか? 多くの学びが得られます。]


 これは、次の「4 目切りの遅さ」の節で、「お客様より一秒遅い目切り」(57頁)として、ワンランク上の心がけの例となって語られています。この2節だけで、もう忘れられない本となります。

 京都の老舗旅館の女将から話を聞いた後の質疑応答で、「サービスに当たって、モットーのようなもの、大事にしている言葉があれば、教えてください。」と問われた時のその女将の答えが秀逸です。

「三つあります。
 一つ目は、『誠心誠意』。
 接遇にあたり、これ以上大事な心構えはありません。仕事だからではなく、自分の生き方として、まごころを込めてお客さまのために働く。打算的な考えが入る隙間も与えない。サービスの極意の言葉だと思います。
 二つ目は、『臨機応変』。
 お客さまのためを思っても、それを行動に移せなければ何にもなりません。状況に応じて最善の行動をとることが必要です。発想の柔軟性も必要です。
 三つ目は」
 そこで間を置き、チャーミングな笑顔を見せて、続けました。
 「これは秘中の秘です。何の説明も付けません。よーく聞いて、帰ってください。
 三つ目は、……『うそも方便』です」

 彼女の話の中に「ホスピタリティ」という言葉は一度も出てきませんでした。しかし「三つ」すべてに、ホスピタリティ・マインドが深く関連しています。

Q[なぜ「うそも方便」がサービスに当たって大事な言葉なのですか?](120〜121頁)


 この節を読み、私はしばし天を睨んでその内容を噛み締めました。

 本書を読み終わり、さて、「ホスピタリティ」を日本語ではどう表記すればいいのだろう、と自問しています。これは著者から与えられた課題だと思い、しばらく温めてみます。【5】
 
 
 
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2020年06月18日

読書雑記(288)井口貢『反・観光学』

 『反・観光学 柳田國男から、「しごころ」を養う文化観光政策へ』(井口貢、ナカニシヤ出版、2018年9月)を読みました。

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 柳田國男の著作に刺激を受けながら、観光について語ります。しかし、終始、一つのことをさまざまな視点で語っていくため、文意が辿りにくい文字列の集合体となっています。この種の文章は、読み進むのが苦手な方が多いのではないでしょうか。私も、この表現の連続に、なかなか慣れることができず、行ったり来たりしながら読み進めました。時間がかかりました。疲れる文章でした。なかなか、語られている文章の中に入り込めないのです。
 漢語が散りばめられ、しかもこの意味が連環せずに上滑りしているので、語ろうとする意味はなんとなくわかるものの、すんなりとは入って来ません。話題が飛びすぎる傾向が強いので、そのつながりを読者が構築しなければならないこの語りの手法は、読者に多大な負荷のかかる文章となっています。
 例えば、次の文章は意味深なことを言っているようで、その実よくはわからない表現です。

 現象に終始する流行り言葉となってしまった観が強いコンテンツ・ツーリズムを理性という枠組みのなかで克服できるのは、実は底流として流れる文学の力(本当の意味でのコンテンツ)に他ならない。(20頁、「底流として流れる文学の力」の右横に傍点が振られている)


 オーバーツーリズムについての言及は、柳田の例を引いた後に次のように言います。

 実際にはあり得ない例かもしれないが、文化政策の評価を経済効果と計量性に大きく委ねてしまうと、起こり得ることに近いのではないだろうか。観光という側面で考えても同じようなことは生じ得る。観光政策が経済効果や商業主義への比重が大きくなればなるほど、「入り込み観光客数、インバウンド増収策」至上主義に傾き、そのまちに住まう人々、そしてひいては邦人であるか否かにかかわらず、己が国にくらす人々のくらしと文化を損ないかねないものにしてしまう。ましてや、入り込み観光客数が多いまちほど、観光政策もより優れている、あるいは観光という行為において、質的高さを保っていると、はたしていえるのであろうか。
 逆にいえば、文化政策の真骨頂は、そういう捉え方に堕さないための、批判的視座を留保する理性の枠組みとならなければならないのである。にもかかわらず、現状は定量・計量重視型で評価され定性的に語りその視点からのより良き改善、政策の軌道修正を図ることが少し欠落しているのではないだろうか。「名が有つて形が整わない」という柳田の危惧は、いつ克服されるのであろうか。(66頁)


 ここには、さらなる解説がほしいところです。著者の読解が、取り上げられた対象に深く切り込んでいかないのです。食材が投げ出されたままの状態が多いので、消化不良が続きます。
 松本清張の『砂の器』のことが引き合いに出されています(20、79頁)。そこで筆者は、清張は柳田の「着想をヒントにしたのであろうか」と言います。確かに、『砂の器』には柳田の「方言周圏論」のことを国立国語研究所で教えてもらいます。このことに言及するのであれば、観光・文化・芸術・地方・言葉(方言)・人間関係という切り口から、さらに考察が展開するはずです。しかし、残念ながらそれは「横道」(79頁)として切り捨てられてしまいます。もったいないことです。
 話題のチョイ出しで終わる例としては、十一面観音や私の好きな井上靖の『星と祭』が出てきたところでも、大いに失望しました。話が膨らむかと思いきや、何ということはない少し触れただけで終わるのです。

さらにいうならば、この里の十一面観音をモチーフに、主人公・架山洪太郎の愛娘の死と死生観を巧みに描いた井上靖(一九〇七-一九九一)の名作『星と祭』(初出は朝日新聞に連載、一九七一 - 七二年、現在は角川文庫、二〇〇七年)の存在も忘れてはならないが、ゆえに冥界で嘆息する作家はさらに増えそうだ。
 なぜ「観光」がこうなってしまうのだろうか。十一面観音像の多くは「遊び足」で表現されている。こじつけになるかも知れないが、この「遊び足」が今の観光では、足りなくなってきているのも一つの原因ではないだろうか。(159頁)


 観光文化学科を創設する時の話は、もっと聞きたいところです。

 「観光文化」という言葉を使用すると、泉下の柳田がどう思うのか不安がないわけではない。ある意味では私事になるが、二十年近く前に岐阜市のある大学の文学部に「観光文化学科」を設置することになり、その文部省(当時)の設置認可に対応してカリキュラムの作成から教員の採用に関する部分まで関わった経験がある。そのころおそらく、観光文化という言葉は、一般的に広く認識されていたそれではなかったと思う。文学部に設置するということが大前提であったこともあるが、個人的にいえば、「観光文化」を表記する以上、極力「観光経営」や「観光経済」あるいは「観光業に関わる資格の取得や検定試験対応」という色彩を、カリキュラムのなかで出したくなかった(それが良かったかどうかは、と
もかくとして)。専門学校との差異も出したかったが、このころ全国の大学では観光に関わる学部・学科はもちろんのこと「科目」としての存在も、決して多くはなかった。学部としては、立教大学に初めて設置される前後のことであったと記憶している。
 誤解を恐れずにあえていうならば、「観光業学」よりも「観光学」を学ぶことによって、業界人よりもむしろ教員や学芸員、官公庁で観光に携わることができる学生たちを養成したいと思っていた。ゆえにカリキュラムの基幹で想定したのは、柳田國男の思想や志半ばで絶筆とはなったものの『街道をゆく』という大作を世に遺した、司馬遼太郎の足跡であった。そしてさらにこの分野で彼らと匹敵する思想家として意識したのが、宮本であった。いやそれ以上に、学としての「観光文化」というときには、「観光文化論の創始者・宮本常一」という名と彼が生涯を通して考え求めたことを、学生たちに伝え読み込んでいってほしいと、強く念じていた記憶がある。(94〜95頁)


 痒い所に手が届かないままに投げ出された文章の例をさらにあげます。

 宮本の京都観の一端を紹介した。京都に長く住まう人たちの多くは理解しているに違いないこれらの言葉を、観光振興に携わる人たちこそがまずは読解する必要性があると思う。観光文化を理解するうえで、「くらして良いまちこそが、訪れて良いまち」ということは大前提である。決して「訪れて良いまちが、くらして良いまち」とはいえないはずである。直前に記した京都の使命を達するためには、入り込み観光客数に拘泥するのではなく、「訪れて良いまちが、必ずしもくらして良いまちとはいえない」ということを認識すべきである。そしてそれが、全国の地方のまちの観光をより良きものとするための手本となるに違いない。数年前に行なわれた「四条通りの歩道拡幅」のこれからの行く末が楽しみでもあると、皮肉を込めつつ記しておこう。(104頁)


 ここで「皮肉」とあることについて、何にどう皮肉が込められてのことなのかがわかりません。しっかりと語ってから次の話題に移るべきです。このままでは、読者に対して無責任です。京都に住まう人に対しても、技の懸け逃げとしか言いようがなく失礼です。
 観光地が観光客に媚び諂っている様も指摘しています。

 観光客に対してギャグを交えおもねるような設えづくりは、決して本当の意味での町おこしでもなければ、観光でもないのである。宮本常一は「観光とは」という小論のなかで「少し旅行者にこびすぎているようにさえ思うのである」と、すでに一九七六年(昭和五十一)に述べている。こうした現象は、昨今の観光立国を目指す勢いと歩調を合わせるようにして、増幅していないだろうか。それは結局は、単なる数字合わせだけを是とする、しかし、"自治体の正義"としての、通俗的な観光政策評価に堕して終わるだけのことにすぎない。(139頁)


 ただし、説明はそれ以上はなく、ここでも話は流れていきます。言葉だけが上滑りしています。本書で散見する、キレの悪さを見せるところで、残念な思いをしました。

 「おわりに」で、次のように本を読むことについての要望が書かれています。この文字列を目で追いながら、ここまで本書を読んできて、著者の意識とその産物である本書の実態の落差を思うと、戸惑いを禁じえません。あくまでも、これは「古典」の場合の話である、と言われても、それは詭弁でしかないと思います。

 抽象的に表現されていることは、具体的に思考し理解してみる。具体的に書かれていることについては、読者自身のなかで抽象化し、敷衍化できる部分として読み解いていく。そんな知的作業を読書として、若い人々はもちろんのこと、第一線をリタイアした高齢の方がたもぜひ取り組んでいただければと思う。さらに社会人まっただなかで、読書といえばもっぱらビジネス・ハウツウ本と雑誌という多忙な人たちも、少しの間隙をぬってそんな「古典」に触れてほしいと切に思う。(220頁)


 この分野を専門に研究されている方には、内容が読み取れるのでしょうか。専門外の私には、文体と飛び飛びの内容が集中力を切らせて、わかった気にもならなかったのは、残念です。学びの必要があったために読んだだけ、ということに終わってしまいました。
 なお、南方熊楠のことを扱う最終章は、本書全体から見ると不要だと思います。ただし、「おわりに」(219頁)に記されているように、これは出版社側からの依頼があったからということのようです。そうであっても、生煮えの煮崩れしたネタが並ぶ文章を読まされる読者のことも、少しは考えてもらいたいと思いました。
 さらに、冒頭に掲げた写真にあるように、本書の帯には、「観光学は「金もうけ学」でいいのか!?」と書かれています。私が読んだ理解では、本書はこのようなことを語る内容ではなかったように思います。ますます、本書のありようが理解不能になりました。【1】
 
 
 
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2020年06月11日

読書雑記(287)菊池・松村編『よくわかる観光学3 文化ツーリズム学』

 今日、河原町三条の交差点角にある「京都市河原町三条観光情報コーナー」が、まだ閉まっていることがわかりました。4月11日から6月18日までなので、2ヶ月以上です。河原町からすっかり観光客が消えたことを、ここが閉まっていることが教えてくれます。

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 この向かいにある回転寿司屋の「むさし」で、お昼をいただきました。新型コロナウイルスの問題が起きてから、もう3回も来ています。そして、これまで海外からの観光客8、日本のお客さんが2の割合であったのが、観光客がそっくりそのままいなくなったことと、日本の観光客も激減したことで、いつもお客さんは数人です。今日も3組だけで、しかも高齢者だけでした。時間帯によるとしても、新型コロナウイルスと若者の回転寿司離れの関係については、あらためて考えてみたいものです。
 さて、京都の観光客がまったくいなくなったことに関して、日本の方々の姿が最近は少しずつ増えてきているのは、この河原町通りや四条通りを歩くとわかります。海外からの観光客は、依然としてほとんどみかけないのが実状です。こんな街の様子を見て、先月以来、オーバーツーリズムに関係する本を2冊読み、読書雑記として報告しました。

「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)

「読書雑記(286)中井治郎『パンクする京都』」(2020年06月07日)

 共にハズレの本だったので、今回は原点に立ち返り、観光の基本を知るための選書をしました。
 京都から観光客が消えたことは新型コロナウイルスが原因であることは明らかです。それでは、これからどうしたらいいのかは、観光そのものの始発点に戻る必要があると思ったからです。そもそも、私は「観光学」なるものはまだ日本では確立されていない、という、素人ながらも持論を持っています。論と言うのはおこがましいので、日常生活などから感じている感覚から、読書を通しての管見である私見です。それを再検討するためにも、さまざまな書籍を読み漁っているところです。
 今回は、朝倉書店から教科書として刊行されている「シリーズ よくわかる観光学〈全3巻〉」の中から、第3巻の『文化ツーリズム学』を読みました。まさに、基本的な本だと思いました。ここから得た知識や感想を元にして、新型コロナウイルスによって観光客が激減した京都の観光を考えていきたいのです。

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 まず、このシリーズのパンフレットから。

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 本書の内容は以下の通りです。

■目次■


文化ツーリズムとは―その本質と目的、方法
文化ツーリズムの基礎としての地理学
文化ツーリズムの基礎としての社会学
文化ツーリズムの基礎としての文化人類学
文化ツーリズムの基礎としての建築学
文化ツーリズムの基礎としての都市計画とまちづくり
文化ツーリズムとヘリテージツーリズム
文化ツーリズムと聖地巡礼
文化ツーリズムと都市観光
文化ツーリズムとスポーツ観光
都市形成史から考える文化ツーリズム―江戸・東京を対象として
交通計画学から考える文化ツーリズム
展望タワーと都市観光
歴史文化資源をめぐる歴史的環境保全と観光開発の関係
文化ツーリズムの課題と可能性


 私は、まだ勉強中です。ここに書かれている内容に関しては、ほとんどコメントができません。ましてや、これは教科書として刊行されたものです。そこで、本書を読み進めながら、自分なりにチェックした箇所を3例だけ抜き出しておきます。これからこの問題を考えるための、メモとしておくためです。あくまでも、私の問題意識からのものであることを、あらかじめお断わりしておきます。

●文化ツーリズムを学ぶ目的について考えてみよう.
 第一の目的は,何といっても「文化」が「自然」と並ぶ観光資源だからである.世界遺産が自然と文化の二つを基軸として分類されているように,観光の対象は「人間の手では創造できない」自然か,「人間の手が入って創りあげられた」文化のいずれか,あるいはその複合である.(中略)文化ツーリズムを学ぶことは,過去を知り,現代を考察し,未来を洞察することでもある.
 文化ツーリズムを学ぶ第二の目的は,もっと現実的なものだが,この分野が土木・建築・都市工学などの観光を支える計画系の技術を学ぶこととつながっているからである.たとえば,橋や建築はその美しさで文化ツーリズムの対象であるとともに,観光地を「つくる」うえでの重要な要素でもある.(5頁)


●クリスティに観光を題材とした作品が多い最大の理由は,何といっても彼女が作家として最も活躍した時期が 1920~1930 年代という,欧米にとって空前の海外観光ブームの時代だったことだろう.近代観光が 19世紀半ば,イギリスのトーマス・クックによる団体旅行の営業によって始まったことは有名だが,それを支えたのは鉄道の発達で,、鉄道に乗って普通の人々が万国博覧会の開かれているロンドンや,さらにはパリまで旅に出かけるようになった.
 20世紀になり,世界大戦が終わって平和が戻ると,西ヨーロッパの上流階級はさらなる交通の発達を受け,地中海沿岸のリゾート地やエジプトなど中近東にまで足を延ばす. アメリカ人も強いドルを片手に大西洋を越えてやって来るということで,それらの観光を支えたのがイスタンブール-パリをつなぐ「オリエント急行」やロンドン-パリを結ぶ「青列車」,ノルマンディー号やクイーン・メアリー号など8万トンを越える大型豪華客船だった。(11頁)


●《この度新都造営に際しては道路の修復と共に、溝渠の開通には一層の尽力然るべきやに被存候,都市外観の上よりしても東京市には従来の溝渠の外,新に幾条の堀割を開き舟行の便宜あるように致し度く候,急用の人は電車自動車にて陸上を行くべく,閑人は舟にて水を行くように致し候わば、おのずから雑踏を避くべき一助とも相成り申すべく候,京都はうつくしき丘陵の都会なれば,これに対して東京は快活なる運河の美観を有する新都に致したく存じ候》(「快活なる運河の都とせよ」)
 荷風は,かつて「水の都」であった江戸の風景を,東京の都心に復活させようと呼びかける.ベニスのような美しさをもち,江戸時代のように溝渠すなわち運河を縦横に張り巡らした都市.急用のある人は陸を行き,時間に余裕のある人は舟を使う「快活な運河の都」――それが江戸を再創造しようという荷風の提案である.(133頁)

 
 
 
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2020年06月07日

読書雑記(286)中井治郎『パンクする京都』

 今日の如意ヶ岳の大文字は、山頂付近に夕陽を浴び、これまでで一番いい姿を見せていました。めったにないことなので、写真を添付します。

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 『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』(中井治郎、星海社新書 156、2019年10月)を読みました。

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 観光産業を起爆剤とする地域活性化に、大きな変化が起きています。地元の人々が「もう観光客はたくさんだ!」と言っているのです。一体何が起こっているのでしょうか。そのことを、京都を例にして語るのが本書です。
 ただし、前半はすでによく知られている事実を列記し、それに短いコメントを加える形で進みます。舞妓、伏見稲荷、民泊と、お決まりのネタが並びます。切り口がマスコミと同じで、切り込みも浅いので、話を流して読み進まざるを得ません。
 あげられている事案や事実を裏付ける数値などは、すべてネットなどに公開されているものです。どこからどこまでが引用で、著者の判断や意見はどこなのかがはっきりしません。失礼ながら、学生の単位レポートによくあるパターンです。出典明示がなく、住民の発言として示されたものも、どこの誰なのか発言者個人が見えません。新書ということもあり、すべてが著者の作文に丸め込まれています。人に読ますのには、無責任だと思いました。「京都の住民たちは戸惑い、怯え、憤った。」(39頁)とあっても、その言葉に迫りくる熱気が伝わってきません。机の上で作られた文章に留まっています。
 2019年7月の参院選は、本書が書かれていた時期です。その争点が「観光公害」だったという指摘は、その後ほとんど展開しません。もちろん、本書が刊行されたのは2019年10月なので、2020年2月にあった京都市長選のことに触れていないのは仕方のないことです。さらには、ここで取り上げられている観光の問題が、本書刊行後の半年経った今は、新型コロナウイルスのために観光客がいなくなったことで、新たな問題と向き合うことになっているのです。これらも、もちろん著者には予測できなかったことです。その意味では、2019年までの京都における観光の問題をレポートとしてまとめた本である、とした方が良さそうです。
 著者には失礼ながら、次の時代の観光について考える時に、こんなこともあったという過去の事例を参考にするための、温故知新に資するものだという理解に留まる一冊です。
 ここでも、ベネチアやバルセロナの観光公害のことが挙げられます。過日取り上げた村山祥栄氏の本「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)と同じです。
 その意味では、次の文章はそのまま新型コロナウイルスによってまったく様相を異にした観光を考える時に、そのまま使えます。

 いま日本の京都で起きている問題は京都だけに起きている問題ではない。また、世界中の歴史ある観光都市で、同様な問題が同じ時期に起こっていることも意味のない偶然ではない。これらは同じ構造、同じ根を持った問題であり、その知見や経験も多く共有できるはずのものである。(44頁)


 なお、本書の副題にもあるオーバーツーリズムについて言及する箇所を、いくつか切り出しておきます。

 そこで本書ではUNWTOの基本的な認識に則りながら、「地域のキャパシティを超えた観光客の増加が、地域住民の暮らしや観光客の観光体験の質に受け入れがたい悪影響を与えている状況」という意味でオーバーツーリズムという言葉を使用していこうと思う。(44頁)


 一般的にオーバーツーリズムとは観光客が地域にもたらす利益と地域の負担のバランスの問題であるといわれる。どれだけ「迷惑」をかけられていたとしても、観光客および観光産業が地域にもたらす利益を地域の人々が感じているのであれば「観光が過剰である」とは意識されないのだ。つまり、オーバーツーリズムは問題化されないということである。しかし、大量の観光客を受け入れても観光客向けの商業施設やホテルなどの観光産業にかかわっている人以外にはほとんど利益がないとなっては、地域住民の多くにとっては「観光客なんか迷惑でしかない」ということになってしまうのも無理はない。(62頁)


 オーバーツーリズムは地域の人々の「感じ方」の問題であるという識者もいる。であれば、「街を奪われた」と感じているかどうかが、オーバーツーリズムが問題化されるかどうかの大きな分岐点になるだろう。(182頁)


 もう一箇所、私が知らなかったミニ知識とでもいうべき箇所も切り抜いておきます。

 怪獣映画ではある種のファンサービスとして劇中でリアルに再現された日本の主要都市が、その都市のシンボルとともに破壊されることがお約束となっている。1993年の『ゴジラvsメカゴジラ』でゴジラの吐く青白い放射熱線で破壊された京都のシンボルは京都タワーだった。しかし、1999年に公開された『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』でガメラが日本特撮史に残る死闘を演じ、そして破壊するのは1997年に竣工したばかりの京
都駅ビルなのである。(126頁)


 本書の第4章「京都は誰のものか?」は、お急ぎの方にお勧めできる章です。この中の「祇園ウォッチング」以下の節は、著者による実地報告となっているので、文章もそれまでとは違って生き生きと語られています。
 新型コロナウイルスによって、本書の役割はまったく異なることになりました。著者には、この本を踏まえて、新型コロナウイルスを取り上げた次の一書を出してもらいたいと思います。もっとも、こうした内容を、一冊の本にして刊行する意味があるのか、という感想を私は持っています。ネットに個人サイトを立ち上げ、ご自分の考えを、折々にアップされたらいいのです。この手の内容のものは、本にするほどのもののではないと思っているからです。
 本書のテーマは、すでに古くなってしまいました。早急に、次の意見を聞きたいと思います。【2】
 
 
 
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2020年05月23日

読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』

 『京都が観光で滅びる日 日本を襲うオーバーツーリズムの脅威』(村山祥栄、ワニブックスPLUS新書、2019年12月25日)を読みました。

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 本書は、著者が2020年2月に行われる京都市長選挙への立候補を表明してからの刊行なので、多分に市長選挙の活動の一環を成すものだと意識して書かれている、と理解してよいかと思います。
 内容は、現在京都市が抱える問題点を取り上げています。現状がどうで、どんな問題点があるのかを、さまざまな状況説明と具体例と数値で提示していきます。ただし、その解決策については輪郭線が曖昧なままで投げ出されており、明確ではありません。もっと大胆な提案があるかと思って読み出したので、肩透かしです。さらには、刊行後に新型コロナウイルスの一大事変が勃発したため、観光という問題は今ではさらに見直しが必要です。そのような時代の変わり目に出た書籍という位置づけをよく知った上で読む必要があります。

 第一章の最後で、次のように前提を明言しています。

 市民の苦情からオーバーツーリズムが深刻化するまでの時間を考えると、京都はまさに今、このタイムラグの真っただなかにある可能性が高い。京都市をヴェネチアやバルセロナのようにしてはならないという危機感を前提に、本書を書き進めていきたい。(30頁)


 この前提には無理があるようです。ヴェネチアやバルセロナの例は、本書では対比の対象としては大きく外れています。しかたがないので、私なりの視点で読み進めました。

 第2章の民泊については、次のように2箇所で説明があります。

民泊ができた地域は住宅地が多く、しかも戸建て型民泊だったことも被害が深刻化した要因だといえる。東京などでは商業地域のマンション型民泊が多いため、外国人旅行客の出入りが多少増えても比較的トラブルになりにくいが、京都の場合は閑静な住宅地に民泊が登場したため、目立つ上にトラブルになりやすかったのだ。(39頁)


 不動産市場の混乱などは招いたものの、徹底して住民サイドに立った京都市の積極的な民泊排除の姿勢は、住民の日常生活を取り戻す上では大きな役割を果たした。民泊対策は、京都市のオーバーツーリズム対策として唯一合格点が出せる施策だと言ってもいいだろう。しかし、近隣トラブルや不安を抱える市民がいなくなったわけではない。(49頁)


 それでは今後どうすればいいのかについては、特に提言はありません。そうなんですか、で終わる指摘に留まり、市の政策任せで放置されたまま、話は前へとは進みません。もったいないと思いました。
 問題は、この次に想定される事態とその対処について、著者はどのように考え、どうすべきだと言うのか、それを語ってもらいたいと思いました。住宅地の民泊や近隣トラブルの問題について、もっと住民の生活実態に踏み込んでの検討と、そこから導き出される観光及び観光客の実状を踏まえたその意義と定義は、ぜひとも聞きたいところです。さらには、現職の市会議員ということなので、もっと自分の足で稼いだ情報を提起してほしいと思いました。机上の空論はすぐに飽きます。
 また、次の観光客数の限界値に関する問題は、本書の中で都合の良いように示されているように思えます。

 私は、現在の京都市が市民と共存しながら受け入れられる観光客数は5000万人が限界だと感じている。というより、これ以上増えると観光客、市民ともに不満が増大し、両者にとっていいことがない。大がかりなインフラ整備、混雑緩和対策、さらに積極的に観光客と市民の融和策をとり、再び京都市民の口から「観光客の皆様、ぜひ京都へお越しください」という言葉が出るようになるまで、現状を維持しながら行政がうまくコントロールする必要がある。
 京都市の観光客数は他都市がうらやむほどに順調に右肩上がりで伸び続けてきたが、ここでいったん踊り場をつくって整理し、受け入れ整備が進めば、再びそれ以上の人数受け入れを目指すシナリオがあってもよい。そのためのコントロールに最も効果的なのが、宿泊施設の適正な確保である。(78頁)


 行政任せで逃げるのではなく、人数と質の問題に切り込まないことには、解決には至らないでしょう。さらには、現在進行中の新型コロナウイルスの問題は、本書刊行時には想定できなかったとしても、これについても対処できるような理論武装をした意見が必要だったのではないでしょうか。今や観光客が皆無となった状況を踏まえた検討を、次の機会を得て、引き続き提示してもらいたいと思います。
 観光客数と宿泊施設が抱える問題が、新型コロナウイルスの前には別視点での議論が必要になった、ということが、本書の刊行後に顕現したのです。こうしたことに対応できる視点で本書が論じられていないことは、予測不能の問題だとはいえ残念でした。本書は、京都の観光が満ち足りた、幸せな時代の産物に留まるものなのです。これは、理論武装の甘さと、論理展開が上滑りしていることから見えてきたことです。
 地下空間を使った交通網の提案は、地下の自動運転シャトルというユニークなものです(95頁)。これは、次世代の人に任せたくなります。
 次の中国からの観光客の問題点の指摘も、興味深くて印象的な話題でした。

 中国人旅行者は世界中どこへ旅しても、食べ慣れた中華料理を食べたがる傾向が強く、中国人旅行者向けの中華料理店が京都市内に点在する。こうした中華料理店をめがけて観光バスが大挙してやってくる現象はあちこちで起きており、一昨年も住宅街の中華料理店にまで観光バスが連日やってきて、中華料理店に対する抗議運動が起こったほどだ。結局その中華料理店は廃業に追いやられてしまった。
 近年京都を訪れる観光バスは、こうした中華料理店と有名観光地界隈に数多く出没するのだが、一番大きな問題は、乗客待ちのバスの行き場だ。観光バスは中華料理店や観光地に乗客を降ろした後、乗客の食事などが終わるまで1~2時間待機し、再び彼らを乗車させて次の目的地へ向かうのだが、この待機時間の行き場がないケースが多い。(100頁)


 これは、まさに観光とは何かという問題に真っ正面から切り込む話題です。しかし、これもキレの悪いネタの提示に終わり、出された結論は陳腐です。
 その点では、「ゼロドル観光」の話は有益なネタとなっています。本書で一番意味を持つ文章だと思うので、少し長くなるのを厭わずに引きます。

観光行政の現場で「観光客数の伸びと税収の伸びはまったく比例しない」というのは常識である。税収どころか地元に金が落ちているかどうかもかなり怪しい。
 その代表格が中国資本の「ゼロドル観光」だ。無料または超安価なパッケージツアーを組み、決められた土産物店がツアールートに組み込まれ、土産物店にお金を落とさせ、そこからのコミッションで成り立つパック旅行である。
 我々日本人が利用する海外の格安パッケージツアーにでも同じようなものがあるのはご存じだろう。ツアーには宝石店やシルクショップ、土産物屋などが組み込まれ、やたら流暢な日本語で接客されてさまざまな商品を勧められ、長時間足止めされるケースだ。
 これは、海外ではごく一般的なツアースタイルだ。日本のツアーの場合、現地法人のツアー会社にそれらを委託するケースが多く、契約店舗からのキックバックがあるのは同様でも、通常以上に高額な価格で販売することを禁止しているケースが多い。しかし中国からの日本旅行では中国人人脈がフルに使われ、明らかに高額に販売する手法をとっているので、その分タチが悪い。商品が高額だということは、旅行代理店へのキックバックも大きいということだ。観光客はツアーに組み込まれた店だけで買い物をさせられ、代理店はそれ以外での買い物の時間を買い物客にほとんど与えない。つまりお金は代理店と特定の店だけにしか落ちないのだ。
 横行する中国旅行会社によるゼロドル観光には各国も頭を悩ませており、タイ政府やベトナム政府はゼロドル観光に関連する土産物店やツアー会社を厳しく規制している。
 2018年7月にタイ・プーケット沖で観光船の転覆事故が起き、10人以上が犠牲になったが、プラウィット副首相は「転覆事故は暴風雨の警告を無視して出港した零元団(ゼロドルツアーを主催した中国の旅行会社)の自己責任。ツアー会社も船会社も中国系でタイの観光業界とは何ら関係ない」と厳しく批判し、大きなニュースになったが、背景にはゼロドルツアーの悪質さが問題視されていたことが大きい。当の中国政府ですら、香港とマカオでゼロドルツアーを禁止した。
 中国人が運営するウェブサイトで客を集め、中国資本のホテル、中国人による白タク送迎、案内する店は中国資本が経営する土産物店や飲食店、決済はすべてウィーチャットペイなどの電子決済を使いスマホ上ですべてが行われる。彼らは寺社でお賽銭も入れず、まったくお金が地元に還元されないという。
 ほかにも、地元にお金が落ちない理由はいくつもある。
「爆買い」ブームが日本を席巻した時期があった。京都も同様だが、彼らが爆買いしたのは地元産品ではなく電化製品や日用品で、繁盛していたのはマツモトキヨシやココカラファインといったドラッグストアやビックカメラ、ヤマダ電機といった大手家電量販店、高島屋、大丸といった大手百貨店だ。販売側もほとんどが東京資本、売ってる商品ももちろん京都のものではない。中国人が大量に購入した100均のダイソー商品などほとんどが中国製だ。こうして考えると観光消費額のうちどれぐらいが地元に還元されているかはかなり不明だ。大量に供給されたホテルも同様で、大半は東京資本や海外資本で、京都で稼いで東京や自国へその利益を持って帰るという仕組みだ。
 土産物は例外だろうと思われる方も多いと思うが、これまた地元かどうか怪しい。地域活性化のスペシャリスト・藻谷浩介氏は京都についてこう嘆いていた。
「観光客にいくら土産物が売れても、そのお金は京都から出ていくんだからどうしようもないですよ。そもそも、京都の土産物の原材料のどれほどが京都産でしょうか。京都の材料を使って、京都で人件費を使って生産されて、それが売れて初めて街は潤います。それなのに丹波大納言を使わず、特選十勝産小豆使用などと謳って京菓子を売っている。これでは地域が潤うはずはありません」
 実に本質を突いていると思う。(220〜223頁)


 この一文は、これからの日本の観光を考える上で、いろいろな問題を提起する事例の報告となっています。本書の中で一番光る箇所です。
 さらには、次の文章も、観光に関する問題点の指摘となっています。

 門川市長は『日経ビジネス』(2016年5月9日号)の編集長インタビューで「京都では観光がとても活況なのに市の税収はまったく伸びていません。その理由は宿泊施設や飲食店といった観光業で働く人の75%が非正規雇用であることと無関係ではないと考えています。製造業は非正規雇用比率が30%です。観光業の非正規雇用の比率がこのままだと、持続可能な産業ではなくなる気がします。観光は京都にとって基幹産業でもありますから何とかしなければならない」と述べている。
 この発言は半分事実だが、半分間違っている。なぜなら観光産業とは、そもそも非正
規を多く生み出す産業構造だからだ。(224頁)


 もっとも、これは本書の「京都が観光で滅びる日 日本を襲うオーバーツーリズムの脅威」というテーマから遠ざかり、自治体が抱える政治的な問題へとすり替えていく結節点に置かれています。本書の構成は、よくありません。
 本書の後半は、著者の政治活動に直結する話題に転換してねじ曲がっていきます。京町家の話は、この本では不要だと思います。自分の政策論議と本書のテーマは、はっきりと切り分けるべきです。このことは、京都市立芸術大学の京都駅前移転の問題や、自治体の財政の話にも言えます。京都の観光というテーマが、自分の政策を述べる場へとすり替えられています。
 文化庁の京都移転の問題は、私には非常に興味のある話題です。次の文章には、いろいろな問題が含まれているようです。

 文化庁の京都全面移転は難しいと見るべきで、安倍内閣辞職後は再び関西分室へ格下げされる可能性もある。文化庁に対する過度な期待は禁物と考えるべきだ。
 しかし、文化庁移転に欣喜雀躍する京都市は、2016年(平成28年)、移転地については地元が提供、建設費用も地元が応分を負担、職員住居も協力すると申し出ている。さらに翌2017年度(平成29年度)には移転関連経費、出向職員5人の人件費、文化庁準備室の事務所や文化庁職員の住居まで提供するなど合計1億4800万円の支出を行っている。これが毎年しばらく続くことに加え、建設費がのしかかる。文化庁の京都移転は、私も賛成なのだが、なぜ国の官庁の必要経費まで、財政難で悲鳴を上げていいる自治体が負担しなければならないのか。(275頁、「いいる」は原文通り)


 鋭い指摘となっているようです。ただし、見開き2頁では中途半端だし、今ここでは場違いな話題です。
 これらは、書名で読者を誤った方向に誘導する、詐欺まがいの本になっていると言わざるを得ません。最後に京都党の基幹政策を展開するに至っては、何をか言わんや、です。あらためて書名が『京都が観光で滅びる日 日本を襲うオーバーツーリズムの脅威』となっていることを確認してしまいました。
 その意味では、第8、9、10、11章の111頁分は蛇足です。
 読み終えて、大きな落胆を感じました。滑り出しは良かったのに、次第にネタ切れとなり、切れ味もさらに悪くなりました。中盤からは、覇気がまったく感じられません。もっと材料を集め、斬新な視点で整理したシャープな提言をしてほしいものです。【1】
 
 
 
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2020年05月16日

読書雑記(284)カミュ『ペスト』

 現在進行中の新型コロナウイルスの渦中で、これまでに読む機会のなかった『ペスト』(カミュ、新潮文庫、令和2年4月30日、91刷)を読みました。まさに、この時期に合わせて刷り増しされた本です。

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 この〈物語〉はいつ書かれたものだろう、と、あらためて確認するほど、いま世界中で蔓延している新型コロナウイルスの状況を再現したドラマとして読んでしまいます。確かに、細かいところは違います。しかし、期せずして再現だと思って、地球規模で起きている今の様子を思い描きながら読みました。時代感覚がそのままスライドするのです。
 ただし、そのことが、本作をよく理解できないままに読み終える結果となりました。今を理解するために、過去の出来事を知る縁になるのでは、という動機が、この作品の理解を歪めたように思われます。読み手である私の過ちでした。登場する人々を、丹念に読み解くべきでした。描かれている人間の思いを汲み取るべきでした。そこを、ペストという病気に惹かれ、新型コロナウィルスに通い合うものを探し求めてしまったのです。作者の意図から大きく外れる読み方をした、と思われるのが悔やまれます。

 時は今から80年前の1940年代、アルジェリアの要港オランでの話です。街中でネズミが死んでいることから語り出されます。一日に数千匹のネズミが焼却されることに発展していきます。事態はますます酷くなっていくのです。やがて住人が亡くなり、刻一刻と恐ろしいことが襲来していることが実感されてきます。
 その圧倒的な迫力は認めるものの、この小説の文章は、私にとっては馴染みにくいものでした。語り口が、右へ左へ、行ったり来たりと、落ち着きません。こうしたパターンに慣れないせいか、話になかなか集中できませんでした。

八月の半ばというこの時期には、ペストがいっさいをおおい尽したといってよかった。もうこのときには個人の運命というものは存在せず、ただペストという集団的な史実と、すべての者がともにしたさまざまの感情があるばかりであった。その最も大きなものは、恐怖と反抗がそれに含まれていることも加えて、別離と追放の感情であった。それゆえに筆者は、この暑熱と病疫の絶頂において、総括的な状況と、そして――例証的な意味で――生存者市民の暴行、死亡者の埋葬、引き離された恋人たちの苦しみなどについて、書いておくのが適当だと信ずるのである。(247頁)


 この作品が読み難い文章に思えるのは、言い直しや言い換えが多く、ダラダラと語りが続くせいではないか、と思います。あることを例える時などに、言葉を微妙に変えながら列記し、また、挿入や併記で言い換えたり、喩えたりと、あの手この手が用いられています。医師ベルナール・リウーの想像が際限もなく膨らんでいくのを、語り手が丹念に言葉として紡いでいくせいかもしれません。読み手である私は、いろいろな思いを語るリウーに引き回されるのです。そのために、作者の語り口に付いていくのに疲れ、読み難い文章だと思うようになってしまったのだと思えます。
 このカミュについては、その文体に高い評価が与えられています。1957年に、44歳でノーベル賞を受賞します。しかし、そうであっても、私には文章の意味が真っ直ぐには伝わってきませんでした。これは、相性の問題なのでしょうか。翻訳文にも、原因があるかもしれません。そうであっても、とにかく読み続けました。
 主人公の医師リウーは、目の前で展開する現実としてのペストによる災害を、克明に記録するのでした。その姿勢は、本作の最後で次のように語られています。

 この記録も終りに近づいた。もう、医師ベルナール・リウーも、自分がその作者であることを告白していい時であろう。しかし、この記録の最後の事件を叙述する前に、彼はせめて自分の差し出がましい行為を弁明し、また自分が客観的な証言者の語調をとることに留意したことを理解してもらうようにだけはしておきたいのである。ペストの全期間中、彼はその職務によって、市民の大部分の者に会い、彼らの感情を感じとることのできる状態に置かれた。したがって、彼は自分の見聞したところを報告するには適切な位置にあったわけである。しかし、彼はそれを、望ましい控え目な態度で行おうとした。全般的に、彼は努めて、自分の見えた以上のものは報告しないように、また自分のペスト仲間たちにも結局彼らがいだくには至らなかったような思想は賦与しないように、そして偶然あるいは不幸のおかげで、彼の手にはいることとなった記録だけを引用するように、心掛けたのである。(446頁)


 こうした語りのスタンスを保って、目の前で進行する事実と、それにまつわる人々の行動が語られていきます。ペストと人間の長い〈物語〉が展開します。
 例えば、次の話などは今に通じるものです。

あるカフェが「純良な酒は黴菌を殺す」というビラを掲げたので、アルコールは伝染病を予防するという、そうでなくても公衆にとって自然な考え方が、一般の意見のなかで強まってきた。毎晩、二時頃、カフェから追い立てられた相当の数に上る酔っ払いたちが街頭にあふれ、そしてしきりに楽観的な言葉をわめき散らしているのであった。(114〜115頁)

(中略)

 ところで、初めの頃われわれの葬式の特徴をなしたものは、迅速さということであった。すべての形式は簡略化され、そして一般的なかたちでは葬儀の礼式というものは廃止されていた。病人は家族から遠く離れて死に、通夜は禁止されていたので、結局、宵のうちに死んだ者はそのまま死体だけでその夜を過し、昼の間に死んだ者は時を移さず埋葬された。もちろん、家族には知らされたが、しかしたいていの場合は、その家族も、もし病人のそばで暮していた者なら予防隔離に服しているので、そこから動くことができなかった。家族が故人と一緒に住んでいなかった場合には、その家族は指定された時刻に出向くのであったが、その時刻というのは、遺体が清められ、棺に納められて墓地へ出発する時刻だったのである。(255頁)


 長い物語を経て、そのペストが収束の兆しを見せ、街も新しい生活を迎えようとしていたその時、リウーの分身とでも言うべきタルーが、ペストに感染した兆候を見せます。

 タルーは身動きもせず戦っていた。ずっと一晩じゅう、ただの一度も、苦痛の襲来に対して反射的なあがきを示さず、ただそのあらんかぎりの重厚さと、あらんかぎりの沈黙とをもって戦っていた。しかしまた、ただの一度も口をきこうとせず、つまり彼一流の告白の仕方で、もう心をそらすことなど全然不可能になったことを告白していた。リウーは戦いの推移をただ友の目つきによってたどっていた――かわるがわる開きあるいは閉ざされる目、眼球に一層強く圧しつけられ、あるいは反対にたるむ眼瞼、何か一つのものに凝集され、あるいはリウーと母親のほうへ振り向けられる視線。リウーがこの視線に出くわすたびごとに、タルーは非常な努力をしながらほほえんでみせた。(422頁)


 その病魔との戦いぶりは、読むものの胸を打ちます。そして、克明で感動的な描写を伴って、ついに亡くなります。
 見たまま聞いたままの一部始終を、リウーの目を通して丹念にことばにして語り残しています。冷静な態度と判断が、多くのことを今に伝えてくれます。

 最後は、次のように、未来を見据えての予言的な語りによって閉じられます。

 事実、市中から立ち上る喜悦の叫びに耳を傾けながら、リウーはこの喜悦が常に脅やかされていることを思い出していた。なぜなら、彼はこの歓喜する群衆の知らないでいることを知っており、そして書物のなかに読まれうることを知っていたからである――ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古のなかに、しんぼう強く待ち続けていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうということを。(458頁)


 ペストという病気の恐ろしさは、この作品を通して、具体的に十分に伝わってきました。それだけに、私が十分に読み切れなかったと思われる登場人物たちおのおのの思いに、再度の通読の機会を得て耳を傾けたいと思っています。【4】
 
 
 
posted by genjiito at 19:41| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月30日

[速報]超人気作家ら50人以上による緊急連載「Day to Day」が WEB上で無料公開!

 (株)トランネットの近谷浩二さんから、興味深い情報が寄せられましたので、以下に紹介します。

明日5月1日より、講談社による緊急連載「Day to Day」がWEB上で無料公開されます。

https://news.kodansha.co.jp/8248

50人以上の人気作家が、在宅中の読者に向け、2020年4月1日以降の日本を舞台に、1人の著者が1日ずつ小説・エッセイを執筆するリレー連載です。
連載は辻村深月さんからスタート。「2020年4月1日」を舞台にした小説です。

翌日5月2日は「2020年4月2日」を舞台にした作品が、5月3日以降も「2020年4月3日」以降を舞台にした作品が毎日掲載されます。

各作品の文字数は1000文字程度で、2〜3分でお読みいただけます。
掲載作品は英語、中国語版でも無料公開され、私(トランネット)が英語版作成の責任者を務めている関係で、もしご興味ございましたら何らかの形でご紹介を頂ければと思った次第です。


 執筆予定者などについては、上記「講談社BOOK倶楽部」のホームページ「今日のおすすめ」(020.04.30)で確認できます。

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 そして、明日からの〈物語〉は、「「Day to Day」 はじまります」にアクセスすると楽しめるようです。

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 突然の[速報]となりました。
 明日、5月1日(金)からの連載を楽しみにしたいと思います。

 なお、毎日配信されている「ブンゴウメール」は、今日で「イワンの馬鹿(全61回)」(レフ・トルストイ)が終わりました。2ヶ月間、毎日500字〜600字ずつ読みました。さて、明日からはどんな作品が始まるのか、これも楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 18:05| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月27日

個人が所有する本のこれからを考えてみる

 新型コロナウイルスの感染予防のために、自宅待機の日々です。その中で、今後のウイルス対策の長期戦に備えたテレワークの環境を構築するため、このところ勉強部屋の大改造をしています。おそらく、これが我が生涯最後の模様替えだと思って、心おきなく一大整理をしています。
 そして、お決まりのように大量の本を処分することと、雑多なメモやコピーの廃棄に追われています。
 3年前に、都内と立川市にあった荷物を、京都と大阪に分散して運びました。その時も、本の処分が一番大変でした。一冊一冊に思い入れがあり、しかも、いつかまたこの本を読み返すことがあるのではないかと思うと、捨てる手が鈍りました。しかし、とにかく、エイ・ヤーと思い切らないと前に進みません。
 自宅に送ったものについては、いまだにすべての段ボールを開封していないので、あれはどこにあったのかと探すことが日常茶飯事です。
 また、昨年の3月に、大阪の南部から北部に、大量の本と資料を移動させました。これは、目的が明らかな本たちだったことと、箕面の新しい研究室が広かったので、整理は終わっていないものの段ボール箱からはすべて出し終えています。3分の1は床に積んであるので、取り出そうと思えば何とかなります。
 もっとも、これらも後1年で箕面キャンパスは移転のために撤退となり、私の科研も終了します。今から10ヶ月後には、その行き場の決断が迫られます。京都市内にNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事務所を構えることで、その一端を軽減させられないかと思うものの、小さな組織なので場所も物件も見つかっていません。今は、篤志の方との出会いを待ち望んでいるところです。
 とにかく、相変わらず、物としての本には悩まされ続けています。
 今回の自宅の大掃除でも、自宅に置く本とは一体何なのかということや、これからの本のありようを考えさせられています。図書館の本を利用することを前提にしても、新型コロナウイルス禍の今は、近くの図書館はすべて休館です。特に、自宅に近い京都府立京都学・歴彩館が休館となっているのは、私にとっては一番痛いことです。
 最近私は、本を出版することはやめています。報告書などの印刷物は、〈非売品〉として無償で配布したり、ネットに〈電子ジャーナル〉として公開することを意識して実践しています。書籍としての本の存在を否定するのではありません。その意義は認めつつも、重さと容量のある固形物をどのように管理するかで、個人的には限界を感じているのです。また、出版社や書店の存在は認めつつも、はたしてその業態がいつまで続くのか、大いに疑問を抱くようになりました。よくわからないままに、今とは別の社会を考えたりしています。少なくとも、出版社が本を作って売り、書店で本を購入して読む、というスタイルは、私の中からは消え去りつつあります。徐々にではあるものの、本というものの存在が消えていくように思えます。
 それでは、読書はどうするか。私は電子ブックは読まないので、自縄自縛の中にいます。また、研究成果や資料集はどうするのか。これは、電子版の公開でいいように思います。今私は、その方向で取り組んでいるところです。
 それにしても、これまで普通に身の回りにあった本が、自分の中で変質しつつあるのは確かです。知的な資源をどのような形にすれば、人々が自由に受容できる社会が構築できるのか、そんなことを考え込んでいます。さまざまな権利が関わるだけに、答えは一つではないはずです。これからの若者たちが、一大変革をしてくれることに期待しています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ■読書雑記

2020年04月18日

読書雑記(283)船戸与一『ゴルゴ13ノベルズ 落日の死影』

 『落日の死影 ゴルゴ13ノベルズT さいとう・たかを+さいとうプロ作品 ゴルゴ13シリーズより』(船戸与一、2017年5月、小学館文庫)を読みました。

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 三部作の内、3冊目に関してはすでに「読書雑記(268)船戸与一『おろしや間諜伝説』」(2019年09月15日)で取り上げました。
 本作は、第1作目になります。本書の背景がわかるように、まずは〔「BOOK」データベース〕から引きます。

米国大統領スタッフは頭を抱えていた。過去にCIAが関与して製造した「死霊の泉」なる猛毒物質の存在である。孤島に貯蔵されたその物質を、存在証拠もろとも消し去ること。これがGへの依頼だった。だが、もう一人、別の依頼者から「死霊の泉」消去を請け負った“プロ”がいた。プロ中のプロ同士が孤島で出遭ってしまった時…!?『ゴルゴ13』を、あの直木賞作家・船戸与一が小説化する。


 静かな始まりです。デューク東郷は、薬学者として登場します。
 ターゲットは「死霊の泉」で、それは次のように説明されます。

「十グラムで二千人から三千人を殺せる新薬剤。しかも解毒の方法はまったくない」
「もっと詳しく説明してくれ」
「特定の貝に生じる毒素とコブラの毒液を主たる原料として作られる新薬剤で、これをビルやフラットの貯水タンクに三十グラムばかり垂らせば、料理用に使っただけで夥しい量の死人が出る。その新薬剤が死霊の泉と呼ばれているらしい。それが何トンという単位で貯蔵されてる」(8頁)


 生物化学兵器の隠蔽画策を謀るプロの話が展開します。
 太平洋の荒波に洗われる孤島の髑髏島で、日本兵の白骨の死体の列が放置されていることを、何度も描きます。船戸の遺作となった『満州国演義』を思い出しました。本作は、この『満州国演義』に流れていく始発点と言えるかもしれません。そして堂々の終着点が、「読書雑記(198)船戸与一『残夢の骸 満州国演義9』」(2017年04月28日)だったのです。
 それはさておき、その髑髏島では、「死霊の泉」の生産工場と倉庫があり、それを破壊する命令を実行するのが、ゴルゴ13とハンス・ユルゲンスの2人のプロです。さらには、そこに3人目のプロとして、ジョルジュ・ベルモントが加わります。
 テンポが速く、一気に読めました。
 裏表紙の説明文には、本作の経緯が次のように記されています。

 直木賞作家・船戸与一が、作家デビュー前、脚本に携わった『ゴルゴ13』作品群から、珠玉の三作を自ら小説に書き上げた。鼓動が早まる第一弾。


 原案がさいとう・たかをだという、劇画ということもあるのでしょうか。読み手が映像として受け止め易い描写と構成とが配慮されています。読むというよりも、活字で劇画を読み取ったような感触が残る作品です。ライトノベル感覚で読み通せるハードボイルドです。こんなスタイルの物語もいいな、と思いました。もちろん、船戸与一に筆力があるからこそ、可能となったことです。本作を劇画と比べてはいけません。その意味でも、船戸の作家としての成長をたどる上での、貴重な作品だといえるでしょう。【3】
 
 
書誌:2011年2月に小学館より単行本として刊行。その文庫化。
 なお、巻末には、次のようにあります。ここで、「外浦吾郎」とあるのは船戸与一の別名です。
本編は一九七六年小学館「ビッグコミック」に発表された、ゴルゴ13シリーズ「落日の死影」(脚本協力/外浦吾郎)をもとに小説化したものです。(213頁)

 
 
 
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2020年04月16日

読書雑記(282)望月 麻衣『京都寺町三条のホームズ 11』

 『京都寺町三条のホームズ 11 〜あの頃の想いと優しい夏休み〜』(望月 麻衣、双葉文庫、2019年01月)を読みました。

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 冒頭に、次のお断りがあります。まだ続くという意味の意思表示です。

 いつも、ご愛読ありがとうございます。
 前回の十巻で、一段落を迎えた本シリーズ。
 これまで駆け抜けるようにして書いてきたこともあり、書きそびれたエピソードや掘り下げられなかった部分も多々ありまして、今回の十一巻は前回からの続きのお話と、これまで語られていなかったエピソードをお届けいたします。
 今回は事件性よりも、古美術と京都の町、そして登場人物の『あの頃のお話』と後日譚にスポットを当てた、サブタイトル通りの穏やかな、『あの頃の想いと優しい夏休み』です。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。


 実は、前作を取り上げた記事、「読書雑記(242)望月 麻衣『京都寺町三条のホームズ 10』」(2018年10月16日)で、このシリーズはこれで終わりかと思いました。しかし、その「あとがき」で作者が「京都ホームズは、まだ最終回ではありません。もう少し続きます。」(292頁)と言うことなので、「もうしばらく、この物語にお付き合いしてみようかな、と思っています。」と書きました。しかし、このシリーズには魅力が失せていたこともあり、続巻が刊行されたことに1年も気付きませんでした。続くのであれば、これまでこの作品にお付き合いしたことでもあり、また読み出そうと思います。現在、第14巻『京都寺町三条のホームズ14 〜摩天楼の誘惑〜』まで出ているようです。ただし、以下に記すように、本巻第11巻はがっかりする内容だったので、どこかで打ち切るかも知れません。

 前作を引き受けて始まります。登場人物の輪郭がはっきりと描かれています。過去を振り返りながら一人一人を紹介していくので、寄り掛かるものがあるためにスッキリと語り続けられるのでしょう。読みやすい文章になったように思います。これまではどうだったのか、思い出せません。
 開巻早々、柿右衛門とマイセンの違いなど、陶芸品の蘊蓄が披露されます。軽いノリの何々ノベルとは違うことを見せておこう、という心算が伝わってきます。
 相思相愛のホームズと葵の仲も、柔らかく包み込むような文章で語られていきます。作者の優しい目と、温かい眼差しが行間から伝わってきます。

 第一章「『天の川と青い星々』では、『伊勢物語』や小野小町の歌、果ては藤原関雄の古今歌まで。しかも、『文徳天皇実録』まで引いて説明がなされます。古典文学としての和歌の世界が持ち込まれていて、なかなか教養小説の香をさせています。
 そして、ホームズが高校時代に先輩だった日野さんと訪問する永観堂への案内は、このネタのツマミです。
 いろいろと工夫があります。ただし、古典の知識が前に出たので、少し興醒めな話となりました。【2】

 第二章の「月夜の宴」は、まったく中身のない話なので、読み飛ばしましょう。【1】

 第三章「似て非なるもの」
 骨董品店『蔵』の店長は小説書きです。今、『源氏物語』を書いていることろです。新たに雑誌に連載するのは、『紫の恋文』という、紫の上を主人公にするものでした。ただし、その内容たるやまったく陳腐としか言いようのないものです。息子のホームズは、これは間違いなく傑作になる、と言います。『源氏物語』を取り上げればいい、というのは大きな勘違いです。【1】

 「掌編『家頭誠司の憂鬱』」
 この作者は、時間を過去に戻して語るのが苦手なようです。一本調子の、平板な話にしかなりません。今後の課題だと思っています。【1】

 第四章「円生の独白」
 過去と現在を行き来する時に、2次元の空間移動で設定されます。ここを、もっと立体的に、そして膨らみのある描写にしたらもっと良くなります。心の会話でつなぐことに拘らないで、もっと自由におもしろい話にすべきです。人間を取り囲む自然や物や社会を巻き込んだ話にしたら、退屈さは減らすことができるでしょう。
 粗筋を読まされた読後感が残りました。人間の心と行動を言葉で描こうとしながら、うまくいかなかったようです。くどい文章になっているので、読む方も疲れました。恋愛心理を描ききれなかったのです。【1】

 第五章「あの頃の想い」
 この作者には、恋愛話は無理かな、と思わせる内容です。人の心が読めないために、内容が浅くなっています。恋愛の設定も、経験値の問題か、ワンパターンです。この辺りが、ライトノベル作家から抜けきれない原因だと思われます。【1】

 掌編「北山デート」
 作者が「おまけ」だと言う小話です。なぜここにこの話を付けたのか、意味不明です。全体の構成などは関係なく、とにかく作品を並べる、という方針なのでしょうか。【1】
 
 
 
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2020年03月20日

読書雑記(281)高田郁『あきない世傳 金と銀 八 瀑布篇』

 『あきない世傳 金と銀 八 瀑布篇』(高田郁、時代小説文庫、角川春樹事務所、2020年2月18日刊行)を読みました。

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 本書は、ハルキ文庫の書き下ろし作品で、初春と初秋の年2冊を刊行することが律義に守られています。今回は2月が何かと多忙だったために、文庫本の入手と読了に手間取り、1月遅れの読書雑記となりました。
 これまでの本シリーズに関する記事を、まず整理しておきます。

「読書雑記(159)高田郁『あきない正傳 金と銀 源流篇』」(2016年03月11日)

「読書雑記(179)高田郁『あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇』」(2016年09月03日)

「読書雑記(196)高田郁『あきない世伝 金と銀 三 奔流篇』」(2017年03月13日)

「読書雑記(205)高田郁『あきない世傳 金と銀 四 貫流篇』」(2017年08月23日)

「読書雑記(224)高田郁『あきない世傳 金と銀 五 転流篇』」(2018年03月22日)

「読書雑記(254)高田郁『あきない世傳 金と銀 六 本流篇』」(2019年02月26日)

「読書雑記(266)高田郁『あきない世傳 金と銀 七 碧流篇』」(2019年08月19日)


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「第一章 追い風」
 半年ごとの、待ちに待った刊行です。
 これまでの話を思い出しながら、江戸浅草に店を出した五鈴屋江戸店の繁盛ぶりを確認できる一話です。7代目である幸の姿も、店の者も変わりません。
 大坂の医者修徳が書いた、掛け軸の10文字が読めないことが話題になります。今後、この言葉がさらに話題となり、折々の心に刺さる言葉になることでしょう。【3】

「第二章 修徳からの伝言」
 前章の掛け軸の文意がわかりました。儒学者の説明では、油断をするなとのこと。修徳からの戒めの言葉だったのです。郷里の摂津に学び舎を作りたいとのことです。話が、また新たな展開を予想させます。【4】

「第三章 凪」
 ハシカの大流行で、江戸市中では多くの人が亡くなりました。呉服屋への客足も途絶えます。蕎麦や里芋がハシカの治療に障るとのことで避けられます。街全体がひっそりとします。
 紫草が熱や痛みを取ることから、江戸紫の反物の切り売りが子供の鉢巻に良いということで、新たな需要が生まれます。意外な展開となります。
 なお、本作を執筆中には、作者は今大問題となっている新型コロナウイルス流行のことは予想だにしなかったことでしょう。校正の段階では、あるいは気付いたのかもしれませんが。刊行と共に、話題がそのまま読者の興味と結びつくことになりました。【3】

「第四章 恵比須講」
 麻疹騒動も一段落し、幸の店にも賑わいが戻り出します。そこへ、歌舞伎役者の菊次郎から、恵比須講の手土産とする江戸紫の小紋染めの注文が来ます。
 日本橋の両替商「音羽屋」との出会いがあります。話がまたさらに広がります。【2】

「第五章 百花繚乱」
 年末から年始への町の様子が生き生きとしています。幸の妹の結に、玉の輿の話が舞い込みます。しかし、それは二十歳も上の両替商である音羽屋の後添いでした。幸の妹への助言と判断は手際の良いものでした。【2】

「第六章 賢輔」
 五鈴屋の8代目を誰にするのかということと、7代目の幸の妹である結の結婚の話が見通せるようになりました。お店の業績も含めて、すべて安泰です。これからの物語が確実に動き出しました。【3】

「第七章 不意打ち」
 突然に降って湧いた上納金の話に、物語が緊張します。それまでが、順風満帆の流れだっただけに、今後の展開が楽しみになります。ここからが、高田ワールドです。読者としては、まってました、というところです。【4】

「第八章 思わぬ助言」
 幸の2番目の夫で失踪中だった惣次が、井筒屋3代目店主の保晴として現れます。物語は意外な人物の登場で、急展開の予感が漂います。惣次の助言は、上納金は止めておけ、というものでした。それなら、どうしたらいいのか、難題が投げ出されます。そんな中で、8代目のことに新たな道が用意されます。賢輔と結の結婚については、本人の意思が尊重されます。【4】

「第九章 肝胆を砕く」
 上納金の件も何とか片付きました。大坂からは周助が、白子からは梅松が来ます。次の話の準備が整いました。【2】

「第十章 響き合う心」
 型付師の力蔵と、型彫師の梅松が会います。上京したばかりの梅松は、力蔵の家で世話になることになりました。最強のコンビが一つ屋根の下で仕事を組むのです。そこに、図案を担当する賢輔が加わります。明るい、力強い作業の環境ができました。さらには、8代目までも決まったのです。【3】

「第十一章 百丈竿頭」
 賢輔は、干支の漢字を模様にする発想で斬新な文様を思いつきます。それを、白子から上京してきた梅松が彫るのです。これで、新しい小紋染めの世界が拡がります。そんな中で、また音羽屋が結との結婚を申し入れます。しかし、結は心に決めた人がいると、きっぱりと断わります。師走の話が本書の幕引きへと導く、章の数合わせのような短編です。【3】

「第十二章 怒濤」
 結の告白と賢輔の気持ちが、宙に浮いたまま話は続きます。8代目の話はうまく認められるようです。干支の型紙も年内にできました。ところが、意外な事態で本巻は閉じます。短い話なので、帳尻合わせのような章かと思っていたので、これには驚きました。最後に、読者の気持ちをぐっと摑み、次巻へと連れて行こうします。その巧みさには脱帽です。高田郁はエンターティンメントの世界を身に付け、着実に成長し進化しています。今後の活躍が、ますます楽しみな作家です。【5】
 
 
 
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2020年03月11日

読書雑記(280)松本薫『日南X』

 『日南X』(松本薫、日南町観光協会、2019年9月、全497頁)を読みました。

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 池田亀鑑賞のことでお世話になっている、鳥取県日野郡日南町が舞台のミステリーです。特に、生山駅周辺が中心です。もっとも、この駅の周りは特徴がないので、イメージを作り上げることは容易ではありません。日南町役場を、もっとクローズアップすれば、日南町のイメージ作りは可能だったのではないでしょうか。
 まず、巻頭に置かれた「日南町全図」に見入ってしまいました。あらためて、この地の地理的な状況を知ることができました。
 清張の父が矢戸の生まれであることが語られます。しかし、ここでもそうであるように、前半は事実が先走りしていて、読者は後追いで話を追いかけさせられます。語り方の問題だとしても、読者と一緒に説明がなされていく方が、読む者としては楽に読み進められます。
 オオクニヌシが亡くなったとされる神社で、見つけられた死体がすぐに消えます。その死体のそばに紙切れが落ちていました。ここは、次のように語られています。新聞記者である牟田口直哉は、娘の春日が拾ったこの紙切れを「捨てておけ」と言います。どうも変なやりとりです。

拾った紙きれのことを思いだした春日は、ハンガーに吊るしてある制服から取りだし、くしゃくしゃに丸められたそれをテーブルの上で広げた。
[荒ぶる神と闘うため、大国主命は甦る](注・枠囲い)
 ワープロで書かれたらしい文字で、そう記されていた。
「倒れていた人のそばにあったん。腕は縮こまってる感じで、そのちょっと先に落ちてた。赤猪岩神社はオオクニヌシが生き返ったところらしいけど、どういう意味なんやろ」
「うーん、ようわからんな。倒れてたのは、高齢の男の人だったんだよな?」
「うん、歳はようわからんけど、おじいさんっぽい人やった」
「けど、その人はおらんようになった……」
「うん……」
「まあ、ほかしとき」
「うん……」
 娘の話は直哉も気になるが、かといって今のところはどうしようもない。(59〜60頁)


 この紙切れは、どう見ても大切な証拠となる遺留品です。そうであるのにこのような対応を新聞記者がすることに、不審な思いを抱きました。登場人物の非現実的な言動に、作者の真意がどこにあるのか違和感を感じました。もし、娘が本当にこれを捨てていたら、この物語はどうなるのでしょうか? オオクニヌシとの接点がなくなります。自爆行為です。もちろん、オオクニヌシの取り上げ方も中途半端です。読者のどなたも、共感は得られないことでしょう。
 後に、父はこの紙切れに書かれたメモのことを思い出します。

「奇妙な話やなあ。そういえば、春日が拾った紙にも『大国主命は甦る』と書いてあったよな」
「うん。この事件が『古事記』のストーリーを真似てるとしたら、犯人はきっとオオクニヌシやわ」
 直哉は「おいおい」と苦笑いしたが、春日にしてみれば大真面目だし、それは昼間に青戸純平がいったことでもあった。例の紙きれを見た純平は、
「これ、オオクニヌシがよみがえって悪い神をやっつけるっていう意味だろ。だとしたら、大石見神社でも何か起こるかもしれない」
と不吉な予言をしたのである。それが当たってしまったことになる。(75頁)


 しかし、まだその意味には言及されません。わざと関係ないかのような書き振りです。作者の大きな失態だと思います。その後は、この紙切れが謎解きの一つのアイテムとなるのですから。
 さらには最終章で、「あの紙きれにこだわってここまで追いつめた。大したもんだ」(456頁)とあります。「紙きれにこだわった」というのは、あくまでも途中からであって、最初は不自然なほどに、まったく無関心だったのです。「まあ、ほかしとき」と言ったのですから。このあたりも、一貫しない語り口だと言えます。
 また、巻頭の地図に、赤猪岩神社が見当たりません。そして、大きな地図の方にありました。米子の近くです。大石見神社は記されており、次のように語られています。

地図で見ると、赤猪岩神社と大石見神社のあいだは、直線距離でも三十キロメートル近く離れている。死なないまでも重傷を負った人間が、自分で移動することは考えられないから、だれかが運んだのだろうが、ただしその場合でも、背中の刺し傷はどうなったのかという疑問は残る。(74頁)


 殺害された死体が放置された赤猪岩神社がどこにあるのか。これは、話を具体的にイメージするのに必要な情報です。それが、あまりにも遠いところにあるので、話の脈絡が寸断されます。大石見神社は、井上靖と縁の深い上石見駅の近くにあることは、巻頭の地図からわかります。そこから花見山に向かって道を入ると、池田亀鑑が生まれた家や通った小学校がある神戸上があります。それなのに、大石見神社と直線距離で三十キロメートルの赤猪岩神社の場所が、なかなかわからなかったのです。
 読み進んでいっても、人間関係がどうもすんなりと頭に入りません。説明が途切れ途切れとなり、言い差しのままで進むので、誰と誰がどうしたということがよくわからない内に、話だけは進んで行きます。もったいないことです。
 話は、日南町が町村合併した昭和20年代からのこと、リゾート開発とゴルフ場問題、そしてオオクニヌシにまつわる謎が、それぞれ並行して展開します。松本清張やシベリア抑留のことも話題となり、ネタは豊富です。しかし、それが小出しなので、読者は話に集中できず、途切れがちなので読み続けるのに疲れます。読者を惹きつけておく小説作法が必要だと思いました。
 中盤から青戸要一が逮捕されるくだりは、おもしろく展開し、読まされます。青戸要一を最初から出して、その軸を回しながら物語を編むことも可能だったように思います。その方が、緊張感のある物語となったことでしょう。
 また、佐埜喜久雄という人物も、もっと丁寧に登場させたらよかったと思います。青戸と佐埜の登場が遅いため、前半がゆるゆるの話になったのです。
 殺された男から偽名で春日の元に届いた手紙は、父に渡してほしいというものでした。そのことが、しばらく放置されます。父が大阪に出張中だとしても、事件に関する大事な手紙だという認識がある春日が何も手を打たないのは、あまりにも不自然です。こうしたあたりへの目配りが、本作には散見します。読む方が「忘れてませんか」とハラハラします。物語の構成に関わることなので、細部への詰めが行き届いていないようです。
 さらには、『冬景色』の歌詞を書いた紙の扱いがぞんざいです。犯人の関係を暗示する重要なカギとなるものです。それが、電話ボックスに落ちていたりするのです。また、その歌詞の中の「こずば」を「木庭」に当てるのは、あまりにも無理があります。
 後半になって、さまざまにうごめいていた人々が、急に地縁や血縁で収斂していきます。いかにも作り話に仕立てた舞台裏がさらされ、冷ややかに読み続けることになります。また、木庭修造、佐埜喜久雄、牟田口直哉、その母親の関係は、最後になって明らかにされます。後出しジャンケンです。

 この物語を読みながら、ポケットベルを使って連絡を取る姿には、イライラさせられました。今の若い読者は、ポケットベルすら知りません。謎を解くのに、通信手段が旧態依然のため、タイムラグで物語が遅滞するのはもとより、迅速な情報交換ができていません。
 この作品の時代設定は、平成4年、1992年です。携帯電話の歴史から見ると、1990年代半ばより第2世代移動通信システムサービスが始まり、通信方式がアナログからデジタルへと移行しています。本書の刊行は2019年9月で、あとがきは7月となっています。20世紀から21世紀にかけては、通信が急速に変化した時期です。私がインターネットに『源氏物語』のホームページを公開したのは、1995年9月でした。今でも文科系でのホームページの草分けといわれているのは、本ブログで何度も書いた通りです。そんな、通信環境が劇的に展開した時代を背景にするリスクは、幅広い層に読んでもらうためにも何とか回避すべきでした。
 そうしたことを思うと、スマホでなくてガラケーでいいので、移動式電話を駆使しての調査、捜査情報のやり取りをする展開にすべきでした。
 たとえば、新聞記者である父が大阪に出張している時に、娘のもとに殺された男から真相を記した封書が届きます。そのことを父に伝えようにも、ポケットベルでは返信を受けることの煩わしさから、先延ばしにします。その部分を引きます。

根雨駅前の電話ボックスから支局にかけると、ナベケンが出て、父は昨日から大阪へ出張中だと教えてくれた。
「今日には帰るっていってたんだけど、予定が延びて明日になるそうだよ」
「そうなんですか」
 封筒は鞄に入れて持ち歩いており、今日にも一度家に帰って渡すつもりだったのに、あてがはずれた。
「何か急ぎの用事があった?」
「うん、ちょっと」
「ポケベル鳴らしてみたらどうかな」
 そうですね、といって春日は電話を切ったが、父のポケットベルを呼びだすつもりはなかった。休日でも来ている先生はいるから取り次いではもらえるだろうけど、学校に電話がかかってくるのは嫌だったし、用件だけ伝えることに意味はない。
 それにしても、父さんはなんでこんなときに大阪なんか行ったんや!(277頁)


 電話は取り次ぎによって利用されていた時代です。この時点で、この物語はすでに窒息状態となり、今の感覚では理解に苦しむ、こじつけのような理屈が必要になってしまったのです。それを避けるためには、携帯電話がまだ普及する前の古い時代の話だ、ということをもっと強調しておくべきでした。とにかく、若い読者はこうした後手にまわる連絡方法には、ついていけないことでしょう。理解が及ばないことなのです。その加筆補訂の労を惜しんだために、若者にはこの時代遅れの社会的な背景の設定が、理解と共感を得られないものとして最初から立ちはだかってしまった、と言えます。
 エピローグでインターネットのことに触れています。しかし、時すでに遅しでした。
 後半からは、情に訴え掛ける手法で、感動的に語られます。そうであれば、序盤を大幅に縮小し、ミステリー仕立てではなく人間関係と郷土をテーマとする物語にしてはどうだろう、と思っています。作者には失礼ながら、松本清張、井上靖、シベリア抑留、が中途半端に扱われているので、それらは割愛したらいかがでしょうか。松本清張と日南町、井上靖と日南町については、あまりにもそっけない扱いです。紹介にもなっていません。かといってこの2人を取り上げると、情報が膨らみすぎます。それでなくとも、今の500頁もの物語は、町民が読むには負担です。町民に読んでもらうことを配慮するなら、半分の分量の250頁位が限度でしょう。
 シベリア抑留についても、私の父が戦後シベリアへ連れていかれ、強制労働に従事させられたことは、本ブログで何度も書きました。本作では、シベリアでの思想教育について触れています。しかし、現在その実態は、どこまで明らかにされているのでしょうか。父も、その教育に加担していたようです。しかし、最後まで父は、具体的には証してはくれませんでした。この問題も、本作のようにさっとなぞる程度では、命をかけてシベリアの地で生きた関係者に対して、失礼だと思います。軽く見過ぎだと思いました。少なくとも、私の父がこの本を読んだら激怒することでしょう。シベリアで生きた人間の本質を見ずに、適当なことを書くなと言うはずです。犯人たちがシベリアから帰還したことと関係するので、余計に私はもっと調べて書いてほしかったとの思いが残りました。ネタにしてミステリーで扱うには、あまりにも重いテーマが背景にありすぎるのです。
 そうしたことを整理して、物語前半の割愛と、松本清張、井上靖、シベリア抑留の話、そしてオオクニヌシのことなども再考して削ぎ落としたら、もっと日南町の良さが滲み出る、過疎化が急速に進む町で展開する、人間の物語が生まれることでしょう。
 日南町で池田亀鑑文学碑を守る会の事務局長をなさっている久代安敏さんとは、2009年12月に感動的な出会いがありました。「日南町議の久代氏と思わず握手」(2009年12月15日)それから、その後は10年の長きにわたり、毎年お付き合いが続いています。
 そんな縁のある日南町と日南町のみなさまに愛着を持つ者の一人として、本作品はスリム化を図った改訂を施すことにより、さらに日南町のイメージが浮かび上がる物語に再生されるでしょう。作品の改稿や改変はよくあります。いい作品に生まれ変わることを楽しみにしています。
 
 
 
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2020年02月13日

映画雑記『坊っちゃん教授の事件簿』と『とりかへばや物語』

 2020年1月27日に<BSフジサスペンス劇場>で放映されたドラマに、『とりかへばや物語』が謎解きの隠し味として扱われていました。ドラマのタイトルは『坊っちゃん教授の事件簿・四国道後殺人事件』(脚本:古田求)。
 BSフジテレビの「番組情報」には、このドラマの内容が以下のように紹介されています。

 花園女子大教授夏目龍之介(橋爪功) は、「坊っちゃん」文学賞審査を依頼されて助手の育美(谷川清美) とともに四国松山へ。
 迎えたのは昔の龍之介の教え子、松山高校教師の谷崎浩一(尾美としのり) で、道後温泉の宿の案内から歓迎大宴会と教授の接待に努める。その宴会の夜、酔った浩一の車を代わって運転して帰った浩一の友人が事故死した。ブレーキが細工されていたのだ。何者かが浩一殺害を狙ったに違いない。
 浩一の谷崎家は松山の旧家で、当主も跡取りのはずだった啓一郎も死亡、愛人の子の浩一が財産を引き継いでいる。製菓業の“狸”を筆頭に校務主任“野だいこ”、郷土史研究家“山嵐”、新聞記者“赤シャツ”など浩一の親戚たちはじめ、啓一郎の恋人だったマドンナ(美保純) ら、「坊っちゃん」さながらの顔ぶれが、浩一を狙った容疑者となり…。


 約2時間の番組の1時間半後くらいに、『とりかへばや物語』の話が出て来ます。しかも、『とりかへばや物語』(桑原博史、全4巻、講談社学術文庫、1978年)を探偵役の夏目龍之介が取り出して見せてから、謎解きが俄然急展開します。

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 突然、古典文学の受容史の様相を呈してからは、それまで漫然と見ていたこのドラマに注目してしまいました。
 こうした、古典作品を取り込んだドラマや映画は、いろいろとあることは知っています。しかし、意外な流れの中で出てくると、興味が深まり、物語の展開を再確認しながら見てしまいました。
 
 
 
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2020年01月15日

読書雑記(279)高橋良久・畠山大二郎『新しく古文を読む』

 『新しく古文を読む − 語と表象からのアプローチ』(高橋良久・畠山大二郎、右文書院、2019年12月)は、これまでになかった工夫が盛り込まれた本です。

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 高校の古文の授業で使われている教科書を対象にして、そこに採択されている作品を丹念に解釈していきます。その過程で、解釈に疑問や複数の理解がなされている箇所を取り上げ、丁寧に説明しています。解釈のための文法の活用は、わかりやすく語られます。文法を遠ざけたいという思いも、こうした説明をされると「なるほど」と納得させられます。
 読者に高校の先生を意識した説明のあと、以下のような提案もなされます。これが、「新しく」を標榜する所以です。


・『伊勢物語』「東下り」に関して。
 「「みな人」と「船こぞりて」の表現に注目することで、この第九段は、こうした読み取りもできるのではないでしょうか。(17頁)」

・『徒然草』「仁和寺にある法師」に関して。
 「全集本の頭注には「『年ごろ』というにはやや合わない」とあるのですが、本文の異同を見てもこの「年ごろ」の語句を欠く諸本はないので、ともかくもここに「年ごろ」があることは認めざるを得ないでしょう。すると、『源氏物語』の「年ごろ」は、おおよそ一年から三〇年の幅のある年月を表すといえます(29頁)。(中略)
 この「年ごろ」は一年かせいぜい二年ほどのこと。法師のためにも、この話、そう読んであげたいと思うのですが、いかがでしょうか。(32頁)」

・『伊勢物語』「筒井筒」に関して
 「ではこの話の結びの一文である、「B男、すまずなりにけり」はどうでしょうか。ここは、「男は(女のもとに)通わなくなってしまった」でも「男は(女のもとに)通わないままになってしまった」でも、話として成り立たちます。しかし、どちらに読むかで、この話の趣は異なります。「男は(女のもとに)通わないままになってしまった」としたら、男は、浮気者のまま、というよりも、なんだかだらしない男に思えてきませんか。これが、「通わなくなった」であったら、一旦は他の女に気持ちが移ったものの、結局は幼なじみの女−お互いにこの人しかいないと思い、「つひにほいのごとくあひけり」となった初恋の人−のもとに落ち着いたということになり、ハッピーエンドの物語になります。
 さて、どちらに読むか。これは、読む方の好みというか判断におまかせするしかありません。(42頁)」

・『徒然草』「神無月の比」に関して。
 「「一筆双叙法」というものを認めるかどうかには、賛否があるはずです。しかし、この「一筆双叙法」という用語を古文の読解学習に取り入れてみてはいかがでしょうか。「一筆双叙法」とはうまいネーミングだと思うのです。ですから、仮に、と断りながら、その箇所を「一筆双叙法」と名付けて整理することで、その箇所が学習者にとってわかりやすくなり、さらに記憶に残るのではないでしょうか。(129頁)」

・『土左日記』「男もすなる日記」
 「副教材の文法書においても学習参考書においても伝聞推定の助動詞「なり」の意味は、「推定」・「伝聞」・「聞音」の三つとする。そうすれば、多くの古語辞書の語義解説と合い、音響を表す動詞に付く例の説明もうまくつき、学習者の戸惑いや疑間もなくなるはずです。(142頁)」

・『伊勢物語』「しのぶずり」
 「「しのぶずり」「しのぶもぢずり」の「しのぶ」は、地名に由来するもので、植物名と関連させる必要はないように思われるのです(188頁)。(中略)
 そして、この「摺」を多様するのが、神事の場です。神様を祀るときに「摺」の施された装束を用いることが多いのです。現在でも、巫女が舞を舞う際などに、「千早」と呼ばれる装束をよく着ています。赤い紐の付いた白い上着が千早です。この千早に模様を付ける場合は、型紙を使った「摺」の技法を用います。また、即位の儀式の中での神事でも、「小忌衣」という装束に「摺」の技法を用いています。神事に「摺」を用いる伝統が、今も息づいているのです。
 ですから、『伊勢物語』「初冠」巻の男は、普段とは異なった加工の狩衣を着ていたことになるのです。(190頁)」

・『伊勢物語』「平安時代の洗濯事情と位色(四一段)」
 「この話を、洗濯に失敗した女性の話だと、簡単に読み過ごしてしまいそうですが、実はこの部分だけでたくさんの情報を読み取ることができるのです。まず、「十二月のつごもり」に「うへのきぬ」の洗濯をしていることに注目してみましょう。(198頁)」

・『枕草子』「几帳の綻び 一七七段」
 「男女の境界として機能する几帳を通して、「綻び」から除く(ママ「覗く」)玉鬘と、几帳ごと押しのける光源氏との両者で、几帳の扱いの違いが示されている例です。(225頁)」

・『源氏物語』「山吹を着た紫の上」
 「表裏ともに山吹色を重ねた、まさに単なる「山吹」の衣こそが、平安時代における「山吹」だったのではないでしょうか。今回は疑わしい色目解釈の一例をあげましたが、教科書も注釈書も襲色目というものの解釈を今一度改める必要がありそうです。(245頁)」

・「十二単という言葉」
 「「十二単」という言葉は、『平家物語』に記されて以降、公家女性の服装を表すことになってゆきます。江戸時代には「十二単」という通称が普及したようですが、『平家物語』の成立は鎌倉時代とされていますから、鎌倉時代以降の言葉で平安時代の服装を言い表そうとするのは正確ではないといえるでしょう。さらに、それまでの文学作品における女性装束の正装の書き方とは異なるので、これを正装と捉えることにも疑問があります。
 それでは、我々が「十二単」と呼んでいるあの服装は、何と呼ぶのが適切なのでしょうか。「十二単」という言葉がさしている服装のほとんどは、現在「唐衣裳」と呼ばれています。皇室関係では、より丁寧に「五衣裳唐衣」という言い方をし、正式な名称としています。「五衣」の上に「唐衣」と「裳」を着重ねた服装という意味で、女性装束の正装にあたります。(260頁)(中略)
戦乱のさなかとはいえ、安徳天皇の母、国母の装束としては略装であり、いずれにしても、疑問の残る難解な言葉であることは間違いないでしょう。宮廷の装束を知らない人が想像で書いた可能性も高いように思われます。「十二単」という言葉に関する様々な問題、そして、他ならぬ「十二単」という言葉が広まった理由など、今後の研究によって解明されることを期待します。古典に描かれる衣服は、これほど有名な言葉であってもわからないことばかりなのです。(273頁)」


 本書は、もう一度古文を読んでみようか、と思わせる説明がなされており、そうした構成になっています。このように、一般の方々が古文に親しみを感じるように仕向ける本は、これまでにあまりなかったように思います。さらには、中学や高校の国語科の先生の中には、古典文学作品のことや、その背景となる生活や文化のことがよくわからないという方も多いかと思います。私はかつて、高校で13年間「国語(現代文・古文・漢文・文章表現)」を教えていました。また、昨年3月までは非常勤講師として、高校で「文章表現」を教えていました。古文が苦手で、教師用の学習指導書が手放せない先生が意外と多かったことを、今思い出しています。そうした先生方がいま一度、教科書に採用されている古文の理解と解釈を再認識して見直すきっかけになるにちがいない啓蒙の書だ、と本書を読み終わった今、思っています。若者たちの国語力を向上させるためには、中学と高校の国語科の先生方の奮闘努力が欠かせません。今の日本で、その人材が確保されているのかという問いは、どこに向けて言えばいいのでしょうか。昨年末に中国で開催した国際シンポジウムの懇親会で、同席の東京外国語大学の岡田昭人先生と、翌日の講演内容となっていて、今回改定される学習指導要領に関するお話をしました。当日のブログには、以下のように書いています。

 東京外国語大学の岡田昭人先生は、「グローバル時代を生き抜く力」と題する講演でした。
 小・中・高の学習指導要領の改訂に伴う教育内容の検討がなされました。昨夜の晩餐会で、私は岡田先生に、高校国語科の先生方の国語を指導する力量に関して、実態調査の必要性を感じていることをお話しました。講演の中で、昨夜お話したことに触れてくださいました。「文学国語」と「論理国語」の問題を考える時に、指導にあたる教員の実態も知った上で、この指導要領が抱える問題を考えていくべきだと思っています。岡田先生は、このことに耳を傾けてくださったのです。(「学術フォーラムの2日目は伊藤科研のメンバーで」(2019年12月22日))


 そうした現実を踏まえた上で、その後押しをする力と役割が、本書には内包しています。
 優しい語り口で、押し付けがましくはなく、それでいて明確な解答を提示してくれます。暗闇の中に連れて行かれ、やがて前が見えて来て、そして出口にたどり着く、という語り口です。語られる言葉に若さが感じられて、好感の持てる読み物となっています。
 後半は、装束について具体的に詳しく語られているのが特色です。付録のDVDだけでも、一見の価値があります。このDVDは、著者の一人である畠山氏の積年の研究成果が社会還元されたものと言えるでしょう。
 この付録 DVDには、動く姿も収録しました。当時は、国語便覧の中の写真にあるような直立不動で過ごしていたわけではなく、生活の中で衣服を着用し、動き回っていました。そうした姿の一端を紹介できればと考えたためです。そして、昔の人々の心情を少しでも身近に感じてもらいたいと思います。
 付録の映像を見てもらいますと、現代の服装とは本当に違っていることを実感してもらえることでしょう。しかし、着ている中身本体は今も昔も、同じ人間です。(中略)
 昔の人々も当然、身支度を行っていたはずです。それでは、昔の人々は、どのような順序で、どのように衣服を身に纏ったのでしょうか、平安時代の男性貴族は「直衣」、平安時代の女性貴族は「袿」、江戸時代の武家女性は「振袖」と「打掛」を例にして、紹介したいと思います。(294頁)


 以前、畠山氏が実演する着装のモデルに私がなったことを思い出しています。
「NPO設立1周年記念公開講演会を終えて」(2014年03月23日)
 実感実証の大切さを教えられた、得難い体験でした。
 このDVDの映像から、平安時代や江戸時代の装束を身にまとった男女の衣擦れの音や、膝行の様子もよくわかります。中でも衣擦れの音は、聴覚が退化してしまった現代の我々には、あらためて音の意味を考えさせてくれます。
 本書は、かつて教科書で見かけた古文に意外な発見が多いことや、古典文学作品を読む技術や心得が盛り込まれた、日本の古典文化を再認識させる入門書となっています。
 「おわりに」で畠山氏は、まだ言い足りないことが多い中で、次のように結んでおられます。
 本書の続編を期待しています。

 このように読み続けられてきた文章をどのように「味わう」かと考えたとき、その答えは一つに限らないでしょう。たとえ古文の教科書に採択され、有名な場面であっても、まだ解釈の定まっていない箇所も多く、これまでとは違った見方をすることで別の解釈が生まれることもあります。その一例を小著では示したつもりです。さまざまな読み方があること自体、文化的に豊かなことだと思っています。
 なお、付録映像の発案は高橋先生によるもので、画期的な試みだと思います。動きのある形で、当時の風俗を理解する機会はそう多くはありません。現代社会と古文の世界が隔絶しているものではないということを、実感してほしいと思っています。(306頁)

 
 
 
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2020年01月13日

読書雑記(278)読書において読者側の知識と体験は有用か?

 先週(1月7日)の読書雑記で、船戸与一の『河畔に標なく』をアップしました。そこには書かなかったことで、登場人物の一人が中国の広州出身であることがあります。ちょうど現地に行った後に読み終えたので、その人物が育った背景に想いが至りました。
 読書において本筋とは関係はないことながら、自分が知っていることや体験に接点があると、物語が身近に感じられます。ミャンマーのイラワジ川の周辺での展開となると、その川を渡ったことがあるので、これまた物語の内容に感情移入します。読者として、具体的な現地でのイメージが現実のことに絡めて膨らみます。作り話を読まされているという感覚から抜け出た、物語の展開にのめり込めます。
 昨年末は、ネットで配信されている〈ぶんごうメール〉で、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』を読みました。その中で、眼をくり抜くことや、片目の黒猫が出てきました。ここ数年は、目が見えない方とのお付き合いが広がっているので、ついつい、こうした設定や描写に敏感に反応します。以前であったら、読み流していたことです。
 同じく〈ぶんごうメール〉で、この新年からは梶井基次郎の『檸檬』(1925年、大正14年)が始まりました。丸善の本屋さんにレモンを置いて立ち去る話がよく知られています。二条寺町にあった果物屋さん「八百卯」(明治時代創業)は、2009年(平成21年)1月25日に閉店しました。『檸檬』に出てくる丸善は、三条麩屋町西入ルにあった2代目のお店です。河原町通蛸薬師上ルにあった3代目の店舗も、2005年(平成17年)10月に閉店しました。そして、2015年(平成27年)8月20日には、河原町通りにできた京都BALバルの中に移転して丸善は再生し、今は大盛況の本屋さんの一つです。奇しくも、四条通りに30年間親しまれたジュンク堂京都店が、来月末で閉店します。もっとも、ジュンク堂は丸善の系列なので、ポイントカードは共通ということで利用者の一部が寂しがること以外には特に不利益はありません。
 地下鉄烏丸線北大路駅前にあった大垣書店の本店は、昨年末に店を畳みました。駅の上の大型ショッピングセンターにお店を開いていることと、烏丸四条と三条を初めとする京都各地で店舗を展開しているので、縮小ではなくて本店機能の移転のようです。
 書籍や雑誌の販売額は1996年がピークで、今はその半分以下だそうです。出版不況はずっと続いています。現在の本屋さんの事情に興味と関心を持っており、頭から離れないので、この『檸檬』を読みながらもさまざまな味を楽しんでいます。
 京都に住むようになり、寺町にお茶や文具を買いに行くたびに、この旧地を通ります。10年前に閉店したばかりの「八百卯」さんをたまたま写真に収めていたので紹介します。

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 『檸檬』の舞台が身近になるにしたがい、この作品の自分なりの読み方が変わってきました。おもしろいものです。
 一昨日は、本ブログに藤田宜永の『ボディ・ピアスの少女』を取り上げました。この舞台は、数年前まで私の東京生活の宿舎があった、門前仲町の周辺です。日々生活していた場所が出てくるので、懐かしみながら登場人物と一緒に江東区めぐりを楽しみました。
 読者の知識や体験は、読書の理解や興味や関心に大きな影響を受けるようなので、その楽しみは年を経るにしたがって多彩になっていくようです。若い時に読んだ本が、時と共にその感想はもとより理解や評価が変わってくるのですから、読書は一生繰り返し楽しめる高度な知的遊びです。さらには、若気の至りで興味がなかった本も、今読んでみると意外と楽しめるものも多いのです。この、本との出会いの楽しみを、これからも大事にしていきたいものです。
 私が18歳の時から、何度も何度も読んでいる小説は、井上靖の『星と祭』です。読むたびに、自分の興味と関心が移り変わっていくことを実感します。もう一冊は、松本清張の『砂の器』です。こうした本を上げ出したらキリがありません。吉村昭の『光る壁画』も欠かせません。
 こんな本を何冊も持っていることが、私の精神的な支えとなっているようです。こうした本は、私の宝物の一つだと言えるでしょう。
 
 
 
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2020年01月07日

読書雑記(277)船戸与一『河畔に標なく』

 『河畔に標なく』(船戸与一、2009年7月、集英社文庫)を読みました。長編にも関わらず、一気に読ませるのは船戸与一の筆の力です。

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 まず、ミャンマーという国の確認からしておきましょう。本書巻末の解説(前田哲男氏執筆)にわかりやすくまとめてあるので、それを引きます。

この国には、日本人に遠い日を思い起こさせる記憶の揺り籠の一面もある。
 かつて、ここが「ビルマ」と呼ばれ、イギリスの植民地下にあった一九四一年、日本軍は「アジア解放」「ビルマ独立」の名目下「ビルマ進攻作戦」を行い全土を占領、軍政下に置いた。本心は、中国への物資輸送路(ビルマ・ルート)を断つとともに、あわよくば、チャンドラボースの「インド国民軍」をひきつれ、英領インドに攻め込もうという算段からである。スー・チー女史の父で「建国の父」と称えられる独立の志士アウン・サン将軍は、当初、日本陸軍の謀略組織「南機関」(機関長・鈴木敬司大佐)と組んで「ビルマ独立義勇軍」(BIA)創設に参画、イギリスを共通の敵とする戦いに立ち上がる。鈴木大佐から「オンサン」と呼ばれたアウン・サンは「ビルマ独立志士三〇人」の筆頭に位置していた。だが、進駐してきた日本軍が、BIAをたんなる対英・対中作戦の後方攪乱部隊としか扱わない現実に幻滅すると、「反ファシスト人民自由連盟」(パサパラ)結成に踏み切り、一斉蜂起して抗日武装戦に転じていく。(その時期に、スー・チー女史は生まれた。)
 こうして「ビルマ独立」を掲げ、はるか「インドへの道」をめざした日本帝国の野望は、「インパール作戦」の惨憺たる敗北とともに潰え去るのである。だから『河畔に標なく』の地は「大東亜戦争」の古戦場なのであり、そして本書の登場人物だけでなく、無数の日本兵にとっても「標なき地」となった。(618〜619頁)


 ミャンマーの北部、中国とインドに挟まれたカチン州が舞台です。多くの民族や部族の名前が出てきます。それぞれに言語があり、そこへ北京語や広東語も混じってきます。ごった煮の世界で物語が展開します。
 カチン州を流れ下るイラワジ川沿いを舞台に、荒っぽい内容のいくつかの物語が進行します。地名、人名に馴染みがない私は、流れに任せて読み進みました。
 多くの少数民族が、国内の至る所で小競り合いを展開します。それが丹念に、具体的に描かれるので、時間の流れの中での局地闘争が多面的に伝わってきます。
 那智信之、張徳仁、イエ・シュエなどの男たちが、ミャンマー北部の山の中を200万ドルの大金を巡って彷徨いながら、追いつ追われつの冒険譚が繰り広げられます。オムニバス形式で、淡々と進みます。
 今いろいろと問題になっているロヒンギャーに関して、船戸は本作で次のように語っています。

ラップはイスラム教徒がどんな連中か知らないわけじゃない。十五年ほどまえにバングラディッシュとの国境近くから来たロヒンジャー人だ。その連中はカチン独立軍と共闘を求めてミラスロン峰の麓にあった第九歩兵旅団の駐屯地にやって来た。当時はロヒンジャー人も国家平和開発評議会の前身・国家法秩序回復評議会とすさまじい戦闘を繰りかえしていたのだ。アラカン・ロヒンジャー・イスラム戦線。それがその連中の組織名だった。あのとき、ロヒンジャー人たちのビルマ人にたいする憎しみはカチン人以上のように思えた。それについてこんな表現をしたのだ。ロヒンジャー人の村で国軍に見つかれば不法入国者、川で釣りをしてれば密輸入、森で働くと反乱分子と見傲される。モスクを建てれば外患誘致者と決めつけられる。戦う以外に方法はない。アラカン・ロヒンジャー・イスラム戦線の連中は火器の扱いにも慣れ、山を歩かせてもへばることはなかった。(372頁)


 船戸は、徹底してヒューマニズムを貫いています。荒々しい内容にも関わらず、人を殺すことには自制的です。人間の惨たらしい内面を描きながらも、人間を暖かく見つめているのです。
 カチンの山の中を彷徨う複数のグループが、自然や人間の変化の中で生き抜こうとする様を、実に丹念に描きます。この物語のクライマックスとなります。
 二百万ドルをめぐる男たちの物語も、それが藻屑となって川に飛び散った後は、それぞれの目標がまた生み出されます。気力が人間の生きる源だとでも言いたいようです。生きることへの執着を、これでもかと見せつけられました。そして、新たに生き続けようとする人間への賛歌が綴られていきます。
 最後に、「運」について語られます。運を天に任せた考えに、これまで読んできた船戸作品とは違うように思いました。【5】
 
書誌:2006年3月に集英社より刊行されたものの文庫化。
 
 
 
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2019年12月17日

読書雑記(276)岩坪健『源氏物語といけばな 源氏流いけばなの軌跡』

 『源氏物語といけばな 源氏流いけばなの軌跡』(岩坪健、ブックレット〈書物をひらく〉20、平凡社、2019年11月)を読みました。

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 まったく知らなかった世界を教えてもらうことは楽しいものです。
 本書の内容を理解するためには、著者と本テーマとの出会いから語られている、「あとがき」から読まれることをお薦めします。そうでないと、『源氏物語』と生花と著者がスムースにつながらないからです。
 さて、多くの人が初めて聞く「源氏流いけばな」について、平易な説明で語られていきます。18 世紀後半の江戸で、千葉龍卜が始めた花道は『源氏物語』を取り入れたことで一世を風靡したそうです。ただし、2代目で断絶したために、今は資料も何もないことになっていたのです。それを掘り起こした著者は、冒頭で次のように言います。

 ところが実際には子孫は帰郷して家業を伝承し、また先祖伝来の秘伝書も保管していたのである。本書では発見された資料をもとに、幻とされていた源氏流いけばなを取りあげる。とりわけ当流の特徴でありながら、資料がないため実態不明であった、『源氏物語』との関係を明らかにして、いけばなにおける『源氏物語』の享受を明らかにしたい。(6頁)


 図版がふんだんに添えてあります。そのため、内容が生花のことなのに、素人にもイメージしやすくて助かります。また、関連文献を博索しての説明であることがよくわかり、安心してついていけました。
 源氏流は2代で途絶えたとされてきました。しかし、著者は次のように新たな見解を示します。

なぜ龍弐と龍弎の存在は世に知られなかったのか。それは龍子以後は故郷の赤穂に戻り、当地で活躍したため、当流はいわば地域限定になってしまったからであろう。また龍子の具体的な足跡については不明な点が多いが、これも龍トが江戸で華々しく活躍したのに対して、龍子は帰郷したため、知名度が他国では高くなかったからであろう。(26頁)


 本書の内容は、著者の『源氏物語の享受 −注釈・梗概・絵画・華道』(和泉書院、2013年、第15回紫式部学術賞受賞)が背後に控えているので、さらに詳しく知りたい方はそちらも確認されたら、この本の魅力が倍増することでしょう。
 そのことは、著者自身が「小著(『源氏物語の享受』)では不明であった箇所が、龍卜自筆本により解明された。そこでその成果を踏まえて、本書を執筆した次第である。」(92頁)と言っていることからもわかります。
 本書は、生花に関するものです。著者のことばで言えば「古人は『源氏物語』を、五感で堪能していた」ことの一面があぶり出されたのです。しかしそれに留まることなく、私は書籍や文書を読み解いて考えていく基本的な態度を伝えていることに注目しています。これが、このブックレットの中に収まったのも、そうしたことがあるからだと思っています。
 
 
 
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2019年12月12日

読書雑記(275)堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』

 『女の子は本当にピンクが好きなのか』(堀越英美、河出文庫、2019年10月)を読みました。

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 最初に、本書の概要が記されています。

 そもそも、なぜ自分はピンクにこんなにもやもやしてしまうのだろう。私は、ピンクから何を読み取っているのだろう。
 二女の母としてのこんな素朴な疑問が、本稿を書かせるきっかけとなった。一章ではまず、フランス、アメリカ、そして日本を中心に、ピンクが女の子の色となった歴史を概観する。二章では、ピンクまみれの女児玩具シーンに反撃ののろしをあげた二〇代アメリカ人女性考案の玩具ブランド〈ゴールディー・ブロックス〉および〈ルーミネイト〉の快進撃の事例とともに、欧米におけるアンチ・ピンク運動を取り上げる。三章では、〈ゴールディー・ブロックス〉の成功から始まった、現在進行形で広がりつつある女児玩具のSTEM(理系)化ブームを紹介する。四章では、女性の理系・社会進出が進まない日本社会においてピンクが何を意味するのかを考える。五章では、日本のインターネット上で盛り上がる「ダサピンク」批判から、客体としてのピンクと主体としてのピンクの違いを考察する。最終章となる六章では、ピンクが好きな男子に対する抑圧、そして「カワイイ」から疎外される男性の問題を取り上げる。(12〜13頁)


 このタイトルで本を書く著者なので、女のお子さん2人はピンク好きにはならないだろう、その生活実態からの報告だろう、と思って読み始めました。ところが、実際にはピンクを好む子になっていたので驚いた、ということから語り出されていきます。話の展開が、予想とはまったく違う方向へと向かい出したのです。
 開巻草々、『源氏物語』の例が出ます。ただし、日本の古典文学が引き合いに出されるのはここだけです。

『源氏物語で各登場人物の服色を色彩系統別に研究した論文「『源氏物語』にみる人間関係と表現の関連」(山村愛、斎藤祥子著/二〇〇六年)によれば、紫の上の服色はピンク、赤、紫系が約二割ずつ、女三の宮にいたっては三分の二がピンク系。光源氏自身もピンク二割、白一・五割、赤一割の割合で着用している。特権階級がそれまでにない豪奢な暮らしを享受できた平安時代は、ロココ同様に女性の文化が花開いた時代でもある。清少納言が「枕草子』で小さく弱い存在である赤ちゃんや子供の可愛さを称揚できたのも、豊かさと平和があればこそ。優雅で柔弱であることがよしとされる貴族文化では、男女間わずピンクが好まれるのかもしれない。(22頁)


 読み進んでいたら、突然「変体少女文字」(52頁)という用語が出てきました。これは、一般の読者には意味不明なことばです。注がほしいところです。本書には、出典を示す後注が詳細に付いています。しかし、こうした特別なことばに注がないので、よくわからないままに読み進むことになります。
 スタンフォード大学の2人の女子大生が、組み立て系のおもちゃを開発します。女児向けのエンジニア玩具で、女性がもっと理系分野を学べるようにと作ったものです。本書には、こうしたコンピュータのプログラミングを女性が習得し、将来の職業に活かす意義を強調する箇所がいくつもあります。これを読みつつ、私は次の本を書棚から抜き出してパラパラとみました。書名は、『私は♀プログラマ』(草葉恋代、ビレッジセンター出版局、1992年7月)。

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 これは、当時コンピュータの雑誌に連載されていた時から、毎回楽しみにして読んでいたものの書籍版です。すでに、女性がコンピュータ分野で活躍していた時代があり、その楽しさを語る本なのです。今から27年も前の本です。それ以降は女性がこの分野で活躍するというプログラム熱は、ほとんど進展しなかったのでしょうか。あるいは、何か形を変えているのでしょうか。今回読んだ本の著者がこの27年前の本を読まれたら、どのような感想を持たれるのか興味を持ちました。
 なお、この本にはディスクに貼り付けるラベルが、おまけとして付いていました。当時を知る者が共有できる、遊び心のあるおもしろいしかけです。

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 レゴの世界にも、ピンクの女の子コーナーと、ブルーの男の子コーナーがあることを初めて知りました。孫娘が、最近レゴで遊ぶようになりました。先日は、高い塔を組み立てたようです。これは、男の子が好むものとされています。本書には、男児玩具には空間把握能力を育む教育能力が高い、とあります。子供時代の遊びが将来の職業選択に及ぼす影響についても言及しています。
 それに関連して、以下の例を紹介しておきます。

 米国テキサスA&M大学の心理学者ジェリアン・アレキサンダ教授は、男女で玩具の好みが違う理由は、目の構造の性差にあるのではないかと推察している。目の網膜は光を神経シグナルに変換する組織だが、光の情報を中枢神経へ伝達する神経節細胞の分布は、男女で大きく異なる。男性の網膜に広く分布する"M細胞"は、おもに位置・方向・速度に関する情報を集め、色には反応しない。これが、男児がボール遊びや車のおもちゃを好む理由ではないかと考えられている。鉄道マニアがほぼ男性で占められている理由も、M細胞で説明できるのかもしれない。一方、女性の網膜には、色や質感に関する情報を集める"P細胞"が広く分布している。女児のほうが色にこだわり、描く絵がカラフルであるのはこのためではないかというのである。
 男児向け玩具のカラーリングが多様であるのに対し、女児向け玩具がピンクなどのパステルカラーに特化しているのも、P細胞のせいなのかもしれない。(84頁)


 さらに読み進むと、次の説明があります。

女子中学生は「周囲から『女性らしい』と見られるよう『理数科嫌い』を装うことが予想される」と考察し、「ジェンダーステレオタイプによる女性としての望ましさから、周囲が理数離れを起こしやすい状況を提供したり、本人も『理数嫌い』を装ったりすることが、理数科への勉強への動機付けを減じることになり、その結果、成績も下がることになってしまう。(…)こうして、『理数嫌い』を装うことが本当に理数嫌いにしてしまうのである」と結論づけている。
 つまり、こういうことだ。「かわいい女の子」のロールモデルが「頑張り屋さんだけど、算数は苦手」である社会では、かわいい存在でありたいと願う女の子は自らそちらのイメージに"寄せていく"のである。本来の好き嫌いにかかわらず。そうして、本当に数学がわからなくなってしまうのだ。(96頁)


 こうしたことは、どれくらい客観的に解明されているのか、科学の分野での研究成果を知りたくなりました。
 さらに、アニメや映画を例にして、ピンクの扱われ方を見ていきます。文化の受容を通して、ピンクが果たす役割を分析します。しかし、私の体調がよくないせいもあってか、語られている内容になかなか入っていけません。客観的ではない、恣意的な情報の取り上げ方が感じられたからです。
 社会でピンクがどのように取り扱われ、理解されているのかを、本書は論じています。その受容を通して、傾向を見ていきます。しかしながら、このことが、本書のタイトルからずれていっているように思えました。『女の子は本当にピンクが好きなのか』というテーマと、本書が語る例示の対象がズレているように思えたのです。集めた情報の分析の妥当性がよくわからないし、本質に切り込んでいないようです。私が期待した展開ではなかったのです。
 また、海外の情報をもとにして展開する論理と、日本の風土が持つ特有のものを等価値で比較していいのかということにも、大いに疑問を感じました。日本でのピンクが持つ意味と受容相に触れてもらわないと、納得しにくいし、理解が深まりません。外国の影響はわかった、しかしそれは人ごと、というレベルに留まるのです。
 著者の次の見解は、印象批評の域を出ず、論証が必要だと思います。自分の中に結論があり、それを元にして語られているのです。

ピンクには軟弱さや愚かさといった負の女性性のイメージがついていることもあって、これを男性が身に着けることはゲイやトランスジェンダーのふるまいとして見下される傾向にある。(187頁)


 最終章である「文庫版特典 女の子と男の子のジェンダーをめぐる話をもう少し」は、非常におもしろく読みました。まずは、その冒頭を引きます。

女の子が文学部に入るべきでない5つの理由


 「女の子の色はピンク」が自明視されているように、「女の子は文学部に進めばよい」というステレオタイプは根強い。いや、かつては根強かった、というべきだろうか。
 自分の適性も考えずに文学部に進学して辛酸をなめたのは、これまで述べたとおりだ。私のような失敗をする若い女性がこれ以上増えないよう、女子が安易に文学部に進むべきではない理由を語り継いでいきたいと思う。(212頁)


 それまでが、調べたことの報告だったので多分に退屈していた私は、ここでは作者の実体験をもとに語られているのでおもしろかったのです。生の声が聞こえます。たとえば、次の独白は、作者の本音なのでしょう。

自然=女性という本質主義的イメージを身にまとい、自らを再コンテクスト化して他者性をアピールしよう。何を言っているのかわからなくなってきたが、自分でもよくわからないことをつい口走ってしまうのも文学部出の性である。(217頁)


 私が本書に馴染めなかったのは、こうした語り口についていけなかったからなのかもしれません。本書は、この最終章を読んでから、あらためて一章から読めばいいように思いました。
 
 
■書誌:『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン、2016年)に加筆して文庫化
 
 
 
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2019年12月05日

読書雑記(274)伊井春樹『宝塚歌劇から東宝へ ―小林一三のアミューズメントセンター構想』

 『宝塚歌劇から東宝へ ―小林一三のアミューズメントセンター構想』(伊井春樹、ぺりかん社、2019年11月30日)を読みました。一読三嘆、あらためて本を読む楽しさを満喫しました。

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 小林一三と宝塚の歴史が、今回あらたに、丹念に掘り起こされた事実に基づいて語られていきます。本作は、以下の2作を踏まえて、さらに宝塚が生まれる背景を浮き彫りにしたものです。

「読書雑記(136)伊井春樹著『小林一三の知的冒険』」(2015年07月15日)

「読書雑記(202)伊井春樹著『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』」(2017年07月12日)

 著者は、阪急文化財団の理事として、逸翁美術館・池田文庫・小林一三記念館の館長という要職の中で、小林一三(逸翁)と宝塚に関する情報を収集し、身の回りにある膨大な資料をコツコツと解読することにより、次のような構想を形にすることになったのです。

宝塚少女歌劇の発足からの歩み、創設者小林一三の演劇への思い、それらが日本の演劇史や文化史にどのように位置づけられるのか、といったことにはあまり言及されないのが実情である。(「あとがき」226頁)

宝塚少女歌劇のその後の展開を、文化史の中に位置づけるにしても、どのような見取り図のもとに書くのがよいのか、たんなる歴史叙述ではあまり意味がない。そこで思いついたのが、その先にある演劇映画の東宝の存在だった。(「あとがき」227頁)


 事実と事実の間を溢れんばかりの想像力で自然な流れの話としてつなげていく、「伊井節」のおもしろさ満載です。豊富な情報が背景にあってこその為せるわざだと言えるでしょう。
 温泉の余興にすぎないと評されていた宝塚少女歌劇が、あれよあれよと言う間に世間に認められていく話は、非常におもしろくて気持ちのいい物語です。
 大正時代の松竹と宝塚のありようは、さまざまな資料を駆使して詳細に語られます。しかも、視線は演劇の国民への普及、国民劇創出を目指す小林一三にあるので、わかりやすくまとまっています。松竹と宝塚の方針の違いが明らかにされていきます。
 その中で、特に分かりやすいのは、女優の命名由来でしょう。

宝塚少女歌劇団の生徒の名は「百人一首」に由来したのに対し、松竹の芸名は「万葉集」を用い、梅組・桜組の組織(後に松・竹)にするなど、明らかに宝塚少女歌劇の後を追い、人気を奪うまでの勢いになる。(75頁)


 また、松竹が宝塚の地に、一大歌劇場の建設に着手していたことの事実を資料から掘り起こしている点は、非常に興味のあるところです。そして、著者の調査が徹底していたことの証ともなっています。
 その後、宝塚で菊五郎の歌舞伎が上演されます。新しい演劇の幕開けとなります。それを本書は活写しています。
 他方、社会的な変動を背景に、一三は東京に健全な娯楽地を探し求めていました。それが、仕事の関係から止むを得ず手にすることになったのが日比谷という地になるのです。おもしろいものです。これが、アミューズメントセンターの構想へと展開します。まずは、日比谷東京宝塚劇場です。壮大な計画が少しずつ実現していく様が、目の前に現前するように描かれています。
 現在私は、その日比谷の地にある日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座を担当しているために、毎月1回はこの劇場の前を通っています。帰りには課外講座と称して、受講生の方々と有楽町周辺で自由に語らっています。その地の歴史がわかり、あらためて日比谷から有楽町の、上野とは異なる文化が根付いていることが理解できました。そして、まさにその地で私は好きなことをさせていただける幸を、本書を読み進めながら噛み締めていました。
 その後、東宝と松竹は俳優の引き抜き合戦を展開します。その中で、興味深い箕助をめぐるくだりは、『源氏物語』にも関わることなので、長くなるのを厭わずに引用します。

 大阪歌舞伎座で、五代目菊五郎追善公演に出演中の坂東三津五郎から、息子(養子)の蓑助が東宝の舞台に立ちたいと願い出ていると、五月十五日に松竹に情報が入ってきた。かねて蓑助は新しい歌舞伎劇の提唱をし、移籍の噂がありはしたが、父親からの正式な連絡を聞き、松竹本社は強い衝撃を受ける。ほかにも二三人の俳優が、松竹を脱退するとの話もあり、すぐさま流出を食い止める方策にかかる。東宝は松竹の俳優を引き抜こうとしていると、熾烈な対抗意識をあらわにもする。
 蓑助から東宝劇団入りの意向を聞いた三津五郎は、松竹から芸名を取り上げられるだけではなく、二度と舞台には立てなくなると強く反対する。それでも蓑助の決意は固く、松竹を離れてしまう。六代目坂東蓑助(旧八十助)は三十歳の新進気鋭、新宿第一劇場の青年歌舞伎に出演中で、将来の歌舞伎界のホープともされていた。
 かつて昭和八年十一月に新宿歌舞伎座で『源氏物語』の上演を企画し、研究者の藤村作博士、池田亀鑑諸氏の監修、番匠谷英一脚色、舞台意匠は松岡英丘、安田靫彦といった豪華メンバーを揃え、稽古も怠りなく準備を進めていた。脚本は申請して検閲中だったが、直前の四日前になって警視庁保安部からの上演禁止命令が下される。入場券は完売し、衣装から舞台装置もすべて整えていただけに、蓑助は奔走し、脚本の書き直し、当局との折衝を試みたものの、舞台化は許されなかった。虚構の作品であっても、宮中の恋愛事件の舞台化は、不敬罪に当るとの判断である。『源氏物語』が舞台や映画になるのは、第二次世界大戦後までなされなかっただけに、成功していれば斬新な蓑助の企画力と行動力として、文化史にもその名は刻まれていたであろう。
 松竹に属していては、自分の芸を磨くことができないため、新しい環境で芝居に精進したいというのが蓑助の言い分である。松竹は蓑助の遺留に努め、ほかにも数名の移動する気配に警戒を強める。一方の東宝側は、六月からの有楽座出演は蓑助の意思によって決定しており、とくに引き抜きをしたわけではないと反論する。「松竹を脱退し、蓑助が東宝入り」と新聞で大きく報じられ、真相は不明ながら、松竹と東宝の対立は表立って先鋭化していき、それがまたニュース面を飾ることになる。(180〜182頁)


 このことは、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第2集』(伊藤編、新典社、2013年)に掲載した「源氏物語劇上演の打ち合わせ?(昭和8年秋頃?)」の写真(380頁)に関連するものであり、警視庁の弾圧に関係します。本ブログでも、以下の記事で言及しています。

「『源氏物語』の演劇化弾圧に関する新聞報道」(2012年04月24日)

 しかし、今は引用だけに留め、後日さらに調査した報告を記したいと思います。
 なお、個人的な興味と関心によるものながら、「盲目の兄とその妹」を箕助が演じています(182〜183頁)。これはどのような内容なのか、これもまた後で調べてみます。

 有楽座の新築をめぐって、当時の演劇のありようと、その芸を見せる場としての劇場という小屋の存在が浮き彫りにされていきます。新しい国民劇を興そうとする小林の考えを、こうしたことの掘り起こしから克明に描き出しています。
 私が一番心待ちにしていた宝塚と『源氏物語』のことは、この次の著書になるようです。待ち遠しい思いで、その公開を楽しみにしています。

 「あとがき」には、次のようにあります。

 私が、「ゴジラ」の映画を見たのは十三歳の中学二年生の時である。地方都市なので、封切ではなく数か月遅れての上映だったのであろう。迫力のある強烈な印象だっただけに、帰宅する道すがら、夕暮時だったが、近くの山のあたりからゴジラが出現するのではないかと、不安な恐ろしさを覚えた。それが東宝映画と認識したのは、ずっと後になってのことである。中学・高校時代の昭和三十年代は映画の全盛時代、学校からの帰りにはよく寄ったものだ。(227頁)


 著者の手元には、膨大な情報と資料があるようです。しかし、それらの中でも、次のようなものは今は省略した、とのことです。

劇場や映画の話題に向かうと、資料は膨大になり、研究者だけではなく、監督、演出家、俳優の立場からの著作も多い。小林一三との関係からだけでも、川口松太郎、秋田実、菊田一夫、大河内伝次郎・古川緑波等数えるときりがなく、資料も残されるが、問題が拡散するためすべて省略に従う。(228頁)


 この「あとがき」を読みながら、さて私と東宝の接点は、と思いをめぐらすと、ゴジラはもちろんのこと、それよりも大学1年生だった頃に足を運んだ日劇ミュージックホールのことが思い出されました。たまたま、処分しようとしていた段ボールの中に、パンフレット『日劇ミュージックホール 1〜2月講演 開場20周年記念公演』(昭和46年12月発行)があったことに気付きました。処分しなくてよかったと思い、取り出してみると、次のコラムが目に留まりました。些細なことながら、捨てるともう出会えないものなので、参考までに引いておきます。

「二十年なんてまだ子供だ」丸尾長顕(演出家)



「日本で面白いショウを見ようと思えば、日劇ミュージック・ホールへ行け」
 と、カバルチードに書かれてからも十年は経った。こんなちっぽけな劇場で、こんな小規模のスタッフで、ともかくショウの世界に覇をとなえてきたことは、まことに幸運だ。
 草創時代の苦しかったことなど、当然だと思うし、楽しい思い出だ。
 「丸尾君、派手に赤字を出してくれるナァ」
 と、寺本副社長に皮肉を云われても、返す言葉がなかった時
 「一年間は黙って見てやるものだ」
 と、小林一三先生の助け舟で、涙が出たことを思い出す。やっぱり小林先生は偉かった。それで一所懸命になった。スタッフも力を協わせてくれた。8カ月で、第一の黄金期を迎え赤字を解消したのだから、先生の恩義に酬い得たと、これは嬉し涙が出たものだ。
 伊吹まり、ヒロセ元美、メリー松原の3スターが揃って加盟してくれたことが、興隆のキッカケをつくった。私はこの三人に恩義を感じている。それはやがて奈良あけみ、春川ますみ、ジプシー・ローズ、小浜奈々子等々多くのスターが加わってくれる動機となったのだから−。
 トニー谷、泉和助、エリツク君などの登場も大きな力だった。それと共に日本喜劇人協会をつくった盟友、榎本健一、古川緑波、金語楼の諸君が出演してくれたり、蔭になり日なたになって助力してくれたことも箔をつけてくれる結果になった。
 もう一つ忘れてはならないことは、作家諸先生の援助だった。谷崎潤一郎、村松梢風両先生をはじめ、三島由紀夫先生も脚本を書いて下さった。三島先生から
 「なんだ、これぽっちのお礼か」
 と、叱られたことも今となれば忘れ難い一コマである。舟橋聖一、吉行淳之介、遠藤周作、近藤啓太郎、戸川幸夫、梶山季之その他諸先生、画壇からは東郷青児、伊東深水、南政善諸先生等々、漫画界から小島功、杉浦幸雄、久里洋二、加藤芳郎の諸先生が、いろいろと後援して下さったことも、隆昌の大きな背景となった。
 このように20周年を盛大に迎えられるのも、決してわれらスタッフだけの力ではなく、多くの有力な方々のご援助があり、ご指導があったからだ。そして、何よりもこの20年間愛し続けて下さった観客の皆様の愛情の力によるものだと、感謝の他はありません。
 だが、私は20年だなんて大騒ぎをするにあたらない、これから何世紀も生き続けるショウにならねばダメだと思う。20才なんて鼻ッ垂れ小僧だ。それがためには才能をもった後継者が続々現われてくれないと困る、幸い岡聡、平田稲雄、大村重高の3人が立派に成長してくれた。この3人は、草創期の苦労をよく知つているし、苦労している。その次の第二の新人群もそろそろ頭角を現わして来たようで安心だが、時代は激動している、ショウも激変する。時代をよく洞察して新しい時代の先駆をせねばならぬ、20周年で新人にフンドシを締め直して欲しいと願っている。
 宋詩に「只伯春深」とある、ただわが代の春に酔ってだけはいられないのだ、と思う。


 この、小林一三と宝塚の話は、まだまだ展開していきそうです。
 さらなる刊行を、楽しみにして待つことにしましょう。
 
 
 
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2019年11月28日

読書雑記(273)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール 3』

 『ヤンキー君と白杖ガール 3』(うおやま、小学館、2019.11.22)を読みました。

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 第1巻を読んだ後、「紹介すべき言葉に窮しています。何と言っていいのか、困っています。」と書き、続く第2巻でも、「…………まだ、ウーンです。(中略)まだ、作者の意図するところが見えません。とりあえずは、次巻を待つことにします。」という感想を持ちました。
 そして待望の第3巻。

 話がスッキリして、言葉遣いや表現に違和感を感じなくなりました。乱暴な言葉遣いにも、私が慣れたのか、作者が読者の反応を取り込んで丸くなったのか? 変化を感じました。
 この変化については、「見える人」と「見えない人」の対立あるいは共存というテーマが、何とか明確になったからではないか、と思っています。主人公の赤座ユキコの盲学校の友達である紫村空をめぐる、ランニングに話題が絞られているので、スムースに読めました。また、ランニングコースへの「置きチャリ」問題から、ユキコの恋人である黒川森生の存在が「見える人」の代表として取り上げられます。これまで、いささか迷走していたように思われる物語に、わかりやすさが生まれたと思います。後半に出てくる青野陽太の役割は、これからの物語が盲学校の仲間たちをめぐって、ますますおもしろくなっていくことを予感させます。

 とにかく、話が滑らかになりスムーズに展開していくのは、一読者として歓迎すべきことです。これまでのギクシャクした展開が、それなりにおもしろくなったのです。ただし、いい話が流されているような感じがするのは、なぜでしょうか。気になったのは、キャラクターたちがお上品になったように感じられました。この変化は、どうしたんでしょうか? 【3】
 

[これまでの本作品への雑感 1〜2]

「読書雑記(263)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール』」(2019年07月31日)

「読書雑記(265)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール 2』」(2019年08月15日)
 
 
 
 
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2019年10月22日

読書雑記(272)船戸与一『蝶舞う館』

 『蝶舞う館』(船戸与一、講談社、2005年10月)を読みました。

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 2004年のベトナム、新月の月影の中で白骨の墓標が立ち並ぶ光景から始まります。
 すぐにサイゴンに場面は転換。街中の喧騒の中で物語は進みます。
 ベトナム戦争の時の話が詳しく語られます。ベトナムには多くの民族がいることや、それぞれの民族が闘っている様が活写されていくのです。私にとって知らないことばかりが展開するので、読み進みながら混乱してきました。それらを、船戸は丁寧に描き分けていきます。さまざまな言語が使われていることが、それぞれの局面で使い分けられ、丹念に語られています。言葉というものが、人々を精神的にも結びつけていることがわかりました。
 血腥い現場に蝶が舞い、蝶の刺青も印象的です。月光も、惨劇の場面を盛り上げます。船戸が描く世界は、静と動が混在する中で躍動しているのです。
 著者は綿密にベトナム史を調べ、現地を歩き回り、その膨大な情報をフィクションに盛り込んで仕上げたことがわかります。政治、経済、宗教、民族、芸術に至る幅広い話題が、背景で物語を支えているのです。
 私には、結局モンタニャール闘争委員会の実態について理解できないまま終盤を迎えました。ドイモイ政策についても同じです。現代ベトナム史の知識が欠けているからなのでしょう。最後に、梶本英輔が語るモンタニャール闘争委員会の全容は、もっと早く知りたかったことです。ベトナム政府の不当な弾圧に抗議して蜂起した組織であることを。物語の最後になり、その背景がやっとわかりました。
 日本人の戦場カメラマンであっても、報道者と行動者の違いというものが明確になっていきます。報道というものを通して、戦争と人間のありようが語られています。船戸流の語り口でずっしりと読者に覆い被さる、暗黒の民族史を扱った作品となっています。闇を見つめる眼が異彩を放っている、と言えるでしょう。
 最後の蒼い月影が印象的です。【4】

初出誌︰『小説現代』(2004年8月号、10月号、12月号、2005年1〜4月号、6月号、7月号)に掲載。
 
 
 
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2019年10月12日

読書雑記(271)『絵巻切断 −佐竹本三十六歌仙の流転−』

 佐竹本三十六歌仙絵が切断されて100年。37枚の歌仙絵の内、過去最多の31枚が京都国立博物館で一堂に会することになりました。明日から始まる特別展、「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」(京都新聞など主催)がそれです。
 1986年に、東京の美術館で20枚の絵を集めて展覧会が開催されました。それが、今回は37枚が集まるのです。賑やかなことです。
 当初は、本日12日から開幕の予定でした。しかし、大型颱風19号が来たために、1日ずらした明日13日(日)から、11月24日(日)までの開催となりました。
 この展覧会に行く前に、『絵巻切断 −佐竹本三十六歌仙の流転−』(NHK取材班、美術公論社、1984年7月)を読みました。

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 この本は、刊行されてすぐに読んでいます。知らないことばかりが書かれていて、興奮しながら読んだ覚えがあります。関連する本は、何冊も読みました。その中から、今またこれを取り出して読んだのは、取材陣に熱気があり、読む方も知られざる夢のような話に熱中したからです。

 天下の優品とされる歌仙絵が切断されたのは、大正8年12月20日。以来、絵はその持ち主を変え、散り散りになりました。本書は、その佐竹本の絵巻が転々とした様を追いかけた取材記事です。昭和58年11月3日に、NHKテレビが「絵巻切断 −秘宝三十六歌仙の流転−』という特別番組を放映したそうです。本書は、その取材班の手になるものです。

 あれから35年。この本は輝きを失なっていました。今読み返すと、文章に品がありません。取材する側が勉強不足であり、質問が陳腐です。

「この仲文の絵はどなたのもとにあったんですか?」
「これですか?そら知らんのです。私は、戦後、善田さん(古美術商)から買うたんですけど。」
「仲文というのはどういう方だったんですか?」
「それも私、よう知りませんけども。まあ、中に書いてますけどまず見てもらいましょうか。」
「じゃあ、まず見せていただきましょうか。」(170頁)
(中略)
「この前はどなたがお持ちだったんですか?」
「いや、それは、道具屋さんは、誰が持ってたいうこと言うと、値幅取ったんわかりますからね、ハハハ。それは大体言わないのが常識でございますね。」
 この年の夏、大文字の送り火は奥さんと二人で静かに見るつもりだと北村さんは話していた。その時には仲文の軸を茶席に飾るのだろうか……。
 仲文の歌を読み聞かせてくれた時のどこか寂しそうな北村さんの表情は今でも印象に残っている。(177頁)


 全編を通して、貨幣価値に重きを置いた視点が前面に出ているため、取材当時は新鮮で耳目を驚かせたことが、今はそのことがかえって内容や品質を低めています。ニュース性の高いネタを扱う本の宿命です。役割を終えた本だと言えるでしょう。
 大伴家持を持っていた松下幸之助の章などは、インタビューで何を聞き、それをどうまとめるかが一貫していない典型です。それ以降も、お金持ちは何に興味があり、どんな生活をしているかに焦点が合わされた話題が展開していきます。そんなこんなで、あくまでもお金がいくら動いたかが中心にまとめられています。そのために、歌仙絵を持っている方は絵には愛着がないかのように読めます。所有欲を満たしていることに悦楽を感じておられる姿が浮かび上がります。歌仙絵をお持ちの方に失礼ではないか、という表現が散見します。下衆の勘ぐりが満ちた内容だ、と言った方がいいかもしれません。今となっては、好意的には読めませんでした。
 そうは言っても、お金にまつわる話は今に置き換えながら、それなりに楽しめました。歌仙絵そのものの価値はさておき、その絵をめぐる流転のさまはよく伝わって来ます。

 さて、明日から展覧会が始まります。その背後で走り回られた方々の話が聞けることを、楽しみにしています。本書の続き、令和版の絵巻の流転を期待しているのです。すでに、連続講演会がありました。いずれも参加できなかったので、今回の舞台裏が公開されることを心待ちにしています。
 
 
 
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2019年10月06日

映画雑記『ブラインド 朗読する女』(2017年、アメリカ)

 D・ムーアとA・ボールドウィンが演じる、大人のラブストーリーです。
 舞台はニューヨーク。
 犯罪者となった夫に関連して、その協力者である妻への釈放の条件が、100時間の社会奉仕活動でした。
 そして彼女が行ったところが、視覚障害者センターだったのです。
 そこでの仕事は、本を読むことです。
 相手は、盲人の元作家で大学の先生でした。
 刑務所にいる夫の様子と、留守の間にボランティアで本を読む妻。
 次第に本を読む相手の魅力に傾きます。
 最後のシーンがきれいです。音楽も。
 目が見えるとか見えないとかは関係なく、人間としての愛情が一番大切であることが伝わってくる映画です。【5】

監督:マイケル・メラー
 
 
 
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2019年10月05日

映画雑記『見えない目撃者』(2019.9.20 公開)

 目が見えない人が中心となる作品だ、という知識だけで観ました。あらかじめこの作品について調べることなく、とにかく観たのです。観ておかなくては、という思いからです。
 いずれ、WOWOWなどで再度観られるでしょうから、またその時に詳しく自分なりの意見を書きます。今は初発の感想、ということに留めます。

 この映画を観終わった今、書かれた台本とそれを映像にした方に対して、大いに不満があります(監督:森淳一/脚本:藤井清美・森淳一)。
 目が見えない方々への温もりのある視線を感じませんでした。また、警察組織への冷たい蔑視が露骨に伝わってきました。これは、なぜでしょうか。私は映画はそんなに観ないので、映画の見方は知りません。今回の作品は、サスペンスの中でもスリラー物です。この分野はこんな風潮だと言われたら、そうですか、と言うしかありません。そうであっても、私は不愉快な思いで映画館を出たことは確かです。この分野がお好きな方からは、間違って観に来たんだからしょうがないよ、と一笑に付されるだけでしょう。しかし、という思いが残ります。

 観る前と後とで、こんなに気持ちが変わるものかと、我ながら驚いています。もし、製作者側がそうした違和感を抱くような反応を意図していたものであるならば、少なくとも目が見えない方々への冷めた視線は盛り込んでほしくありませんでした。私が知っている目が見えない方々は、音声ガイド付きのこの映画を観たら、何とおっしゃるでしょうか。途中で観るのを、いや聴くのを辞めて、楽しい『百人一首』のカルタ取りをなさることでしょう。この目が見えない登場人物が繰り広げる内容には、感情移入ができないだろうと思います。

 まだ私は、この映画製作の背景を知りません。ここに記しているのは、作品としての映画を観た直後の感想です。製作者側には、それなりの製作にあたっての動機があるはずです。そのことに思いを致しながら、まだ書いていきます。

 年齢指定(R15指定)がなされていた理由が、観ている途中でわかりました。残虐なシーンが多いのです。猟奇的な殺人であることを強調したいようです。六根清浄の儀式で、こうした行為を正当化しようとしています。六根とは、五感[視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚]に加えて、第六感としての[意識]を合わせたもののことを言うようです。この映画では、それを清浄にすることと殺人の正当性が結びついています。製作者側も、それを足場にして物語を展開させています。しかし、六根清浄とは何なのか、という説明はしっかりとすべきでしょう。

 この映画は、バリアフリー上映がなされていて、視覚障害者用の音声ガイドと聴覚障害者用の日本語字幕が用意されているそうです。事前に知っていたら、スマホに専用アプリをインストールして行くのでした。これらのシーンを、音声ガイドはどのような日本語で語るのでしょうか。映画『光』(2017年公開、河瀬直美監督)では、視覚障害者のために映画の音声ガイドをする仕事を取り上げていました。今回の映画は、目が見えない方々にとっては、自分たちの存在が置き去りにされていると感じられないかと危ぶまれます。

 私はここまで酷たらしい場面を見せつけなくてもいいのに、と思いました。スリラーを見慣れないので、そういうものだと言われたらそれまでです。
 目の見えない方が、音や匂いに対する鋭敏な感覚を持っておられることを知っています。この作品でも、そのことに注目して展開しています。そうであっても、私はこの映画をお勧めする人を選びます。人間の残虐さをしつこく描いているからです。正直、私には、見たくもないシーンが多すぎました。リアルに描き出していると言ってしまえないものを感じました。

 また、犯人の動機には、十数年前の体験があります。しかし、それが今回の連続殺人につながることについては、あまり詳しく語られません。掘り下げが浅いと思われます。

 この映画を、警察の方がご覧になったら、どのように思われるでしょうか。令状なしに家捜ししたり、拳銃の扱いも無頓着です。警察の情報も漏れ漏れです。最後の場面で、事件の解決に協力した若者が、自分も警察官になろうと思う、と明るい未来を語ります。こんな太平楽な終わり方でいいのでしょうか。

 思うようにならない身体を抱える人や、精神的にも身体的にも未成熟な少女たちの存在を玩ぶ、なんとも不気味な視線が随所に見られました。社会的に弱い立場にある人々への、製作者側の正視しないまなざしに深い疑念を抱きました。

 最後に、製作に関わった多くの方々の名前がロールアップしていきました。しかし、この人たちはどのような思いで自分の役割を果たされたのだろうかと、じっと名前を追いました。こんな不信感で映画の最後を目で追ったのは初めてです。楽しくない、後味の悪い映画でした。
 
 
 
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2019年09月20日

読書雑記(270)森見登美彦『有頂天家族』

 『有頂天家族』(森見登美彦、幻冬舎文庫、平成22 年8月)を読みました。

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 下鴨神社へ行くと、糺ノ森は作品に描かれているままの姿で迎えてくれます。

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 本殿の前にある、お札やお守りなどを頒布している授与所の一角には、この作品のイラストなどをデザインしたグッズがたくさん置かれています。

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 地域の氏神様のことでもあり、ここは一つ読んでおくかという単純な発想で読み出しました。
 天狗と弁天と狸の話が、嘘とも誠ともつかぬ調子で軽快に語られていきます。だらだらと語られているので、適当に読み飛ばしましたが。
 こうしたファンタジーはあまり読まないせいもあって、なかなか話の調子に合わせられません。狸世界の話に親しみを持ち、おもしろさを感じ出したのは、417頁ある文庫本のうちの半ばを過ぎてからでしょうか。
 開巻早々には、かつて住んでいた平群という地名に反応しました。しかし、それがその後の話題になることはありませんでした。

 私が不本意ながら末席を汚す下鴨の一族やその流れを汲む夷川の一族を例に出せば、桓武天皇の御代、平安遷都と時節を同じくして奈良の平群から四神相応の新天地へ乗りこんできた狸たちが開祖であるという。(56頁)


 舞台の中心である下鴨神社から出町柳の桝形商店街を狸たちが動き回るため、地元に住む者としては土地に対する親愛の情から話の内容に入る、というと特殊な読み方をした作品でした。この続編もあるので、それは気が向いた時に、ということにしておきます。
 それにしても、まだファンタジーノベルという分野の作品に馴染めません。【2】

 これまでに、本ブログの読書雑記で森見登美彦氏の作品を取り上げたのは、次の4作品です。苦手とする作風に、戸惑いが表れている読書雑記となっています。参考までに列記します。

「読書雑記(44)森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』」(2011年10月13日)

「読書雑記(45)森見登美彦『太陽の塔』」(2011年10月15日)

「読書雑記(51)森見登美彦『宵山万華鏡』」(2012年07月03日)

「読書雑記(61)森見登美彦『四畳半神話大系』」(2013年03月13日)
 
 
 
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2019年09月19日

読書雑記(269)さそうあきら『花に問ひたまへ』

 『花に問ひたまへ』(さそうあきら、双葉社、WEB コミックアクション、2015年8月)は、電子版として Kindle に連載されました。今回は、それが紙書籍版として単行本となったもので読みました。電子書籍は目が疲れるので、紙媒体の本を読むようにしています。こうして電子版が書籍版として再生するのは大歓迎です。

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 本作品について、ネット上での商品説明には、次のように記されています。

「僕が触れるところ、すべてそこが世界になる」。生まれつき目の見えない青年、一太郎はそのハンデにめげることなく、明るく穏やかに生きる。人生何をやってもうまくいかない、少々厭世気味の女の子、ちはやはある日、駅のエスカレーターで一太郎の白杖をあやまって蹴り落としてしまう。ふたりはやがて心のすき間を埋め合うような仲に…。見つめあえなくても確かな繋がりがそこにある。漫画界の名匠、さそうあきらが描く切ない恋愛物語。


 音のしない漫画の中から、不思議と言葉が聞こえてきます。描かれている絵に、言葉の意味が塗りつけられていきます。奇妙な味の作品です。少し教訓じみたセリフが挟まれるのが気になりました。しかし、それは猥雑な表現が、俗に脱しないための手法と見ました。
 第四話で、駅のホームから落ちた話に、作者の姿を垣間見ました。心優しい方なのでしょう
 人間社会の底に渦巻く、ドロドロとした地層の上に咲く、清らかな花の話を聞く思いで読み進みました。自分の居場所を探し求める人たちの姿が、語られています。
 12番目の最終話に、この本で一番の魅力を感じました。それまでの泥臭さとは違って、これからの大きな展開を約束するパワーがあります。この最終話をベースにした、さらなる一太郎の話が紡ぎ出されていくことを期待しています。
 巻末の「取材協力」の項に「京都府立盲学校の先生方」とあります。本作が生まれる背景が知りたくなりました。
 また、最近、双葉社は海外の本の翻訳出版を始めたとのことです。出版社の社会的な役割について思う所があることもあり、この展開に興味を持っています。出版社のさまざまなチャレンジに期待しています。【4】


■初出情報■
 第一話 2014年5月15日配信
 第二話 6月19日配信
 第三話 7月17日配信
 第四話 8月21日配信
 第五話 9月18日配信
 第六話 10月16日配信
 第七話 11月20日配信
 第八話 12月18日配信
 第九話 2015年1月15日配信
 第十話 2月19日配信
 第十一話 3月19日配信
 最終話 4月16日配信
 
 
 
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2019年09月15日

読書雑記(268)船戸与一『おろしや間諜伝説』

 『おろしや間諜伝説 ゴルゴ13ノベルズV』(船戸与一、小学館文庫、2017年7月)を読みました。

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 本書は、「ゴルゴ13ノベルズV」として刊行されたものです。
 本書の背景がわかるように、まずは〔「BOOK」データベース〕から引きます。

ゴルゴ13の秘密に迫る、シリーズ第3弾!

直木賞作家・船戸与一が、劇画最高峰「ゴルゴ13」を描いた最強のエンターテインメント、第3弾!
作家デビュー前、脚本を手がけていた「ゴルゴ13」シリーズの中から、選りすぐりの3話をみずからが小説化。その完結編をお届けする。
新宿区市谷。防衛省統合幕僚監部会議室のモニターに、ひとりの東洋人が映し出された――通称ゴルゴ13。
この伝説的なスナイパーを、日本政府の専属にしたい、と一等陸佐は切り出した。
「わが国の自衛隊は憲法上、攻撃的なことは何も出来ません。それをゴルゴにやらせる」
狙いは、極東情勢の緊張を創り出す者、反日家で知られる米国国防省の重鎮、この二人の暗殺だった。
ゴルゴ13との専属契約はどの国の情報機関もなし得ていない難題だが、その出生の秘密を握ることで契約を結ぼうとする。
ゴルゴ13はワシリー・スメルジャコフの息子である可能性が高い――これを立証するため、調査員はロシアへ飛ぶ。
だが、ここから、血なまぐさい惨劇が始まった!
ゴルゴ13の出生の秘密ははたして暴かれるのか?
真相に迫る者を次々に狙撃したのは誰なのか?
スリリングな展開から目が離せない第3話。

かつて外交官としてロシア大使館に勤務していたことでも知られる作家・佐藤優氏による解説も必読です!


 世界の中でも、アジア各国が舞台の中心となります。日本を皮切りに、ロシア、旧満州、ベトナム、ウクライナ、ルーマニアと、各地で事件が起きます。私が興味を持っている国々が出てくるので、ワクワクして読みました。
 時は、民主党の菅直人が首相だった頃です。通称ゴルゴ13、デューク東郷をめぐる話が展開します。日本政府専属の暗殺者になってもらう、ということです。
 まずは、ワシリー・スメルジャコフの息子がゴルゴ13であることを確認することが前半のメインテーマです。その調査地は、ベトナムのハノイとウクライナのオディッサ、ルーマニアのブラショフでした。この3ヶ国に内閣情報調査室から派遣されたのは、語学の天才と言われた自衛官です。しかし、3名ともに額のど真ん中を、しかも一発で撃ち抜かれて亡くなりました。こんなことができるのは、ゴルゴ13しかいません。
 国後島にロシア軍機が墜落する話も、複雑でおもしろい話になっていきます。北方領土の返還に関わって、スパイ事件も絡んでいます。
 外交問題にスパイ事件が絡み、その結果として、防衛省の高官がロシアと内通などなど、ドラマチックな展開で読ませてくれます。【4】

■書誌:本作は、『ビッグコミック』(1977〜78年、小学館)に発表されたゴルゴ13シリーズの中でも、『おろしや間諜伝説』(脚本協力/外浦吾郎)をもとにして小説化されたものです。その後、本作は、2011年4月に小学館から単行本として刊行され、本書はその文庫化です。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■読書雑記