2022年04月06日

京洛逍遥(779)桜を求めて大徳寺と今宮神社へ

 引っ越しに伴う手続は、私が持っているチェックリストだけでも130項目を超えています。今は、その中の8割を終えた段階でしょうか。何度も引っ越しをしているのに、歳と共に項目をこなすのに追われ、日々休む暇がありません。
 今日は、エアコンの移設と電磁調理器具設置について、紫野門前町にある鎌田電気へ行きました。ここは京都に住み出した15年前から、折々にお世話になっているお店です。ご高齢のご主人も元気な姿を見せてくださいました。これまでのお礼などのお話をしました。新居の写真を見てもらったところ、危惧したとおり電気工事が必要だとのことです。いろいろと生まれる、新たな問題に対処して来ました。
 この鎌田電気の西100mの所に大徳寺があるので、帰りに立ち寄りました。
 境内の西奥にある高桐院には、残念ながら入れませんでした。しかし、掲示されていた文字が、漢字・平仮名・片仮名・英語と多彩で、特に片仮名の使い方に興味を持ちました(写真をクリックして精細画像でご確認を)。年配の方がお書きになったのでしょうね。

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 その外の桜は満開です。私は、桜よりもモミジの新芽の鮮やかさが気に入りました。

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 大徳寺のすぐ北にある今宮神社へも行きました。
 門前では、向かい合わせであぶり餅を食べさせてもらえるので有名です。今日はコロナのため、共に閉まっていました。私の好きなかざりやの方の写真を掲載します。

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 今宮神社の本殿前の桜は満開です。

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 この境内でも、これから咲こうとする桜よりも、眩しいほどの新芽をみせるモミジに惹き寄せられました。

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 楼門の南正面には、三十六歌仙絵詞と『源氏物語』の勉強会をしている〈紫風庵〉のある船岡山が見えます。

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 その船岡山に向かって北大路通りまで歩くと、途中で大徳寺塔頭の斬新な塀が楽しめます。

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 また、街中ではおなじみのお化粧をしたかわいいお地蔵さんも、そこここにいらっしゃいます。

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 荷造りに明け暮れる合間に、こうして桜見物を楽しんでいます。
 自宅に帰り夕方からは、旧居と新居の家財と地震保険に関して、お越しいただいた方の説明を伺いながら、解約と契約を済ませました。契約時はお父さんと、解約と新たな契約はあとを次がれた娘さんと交わしました。いろいろなつながりの中で、転居の手続が順調に進んでいます。
 
 
 
posted by genjiito at 22:39| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月05日

京洛逍遥(778)京都駅前のアクアファンタジー

 4月に入ってからは連日のように、賀茂川縁の旧居から宇治川縁の新居へと行ったり来たり。来週末の引っ越しの前に、大事な物はキャリーバックに詰め込んで運んでいます。
 運転免許証を返納していなかったら、車で運んでいたはずです。しかし、自分の身体を使って電車を乗り継いで運ぶのも心浮き立つものがあり、なかなか楽しいものです。
 今日は、「Mac mini M1」一式とモニタ2台を運びました。メインとして使っているノートパソコンの「MacBook Pro M1」は、早々と転居させていました。私の仕事の環境は、この2台のコンピュータが家移りしたことで、新しい展開となっています。このブログも、両方の家で書き継いでのアップとなっているのです。
 さらに今日は、新居に NTTの方が光ネットワークの工事で来られました。ネットの回線は、これまで10年以上も利用してきた関西電力系の「eoネット」が使えない地域への移転なので、利用可能な4つの提供会社の条件を見比べた結果、ソニー系の「So-net」にしました。今日から、新居でもインターネットとIP電話が使えるようになりました。着々と新生活の準備が進んでいます。
 下鴨に帰る途中、乗り換え駅の京都駅前で、アクアファンタジーの競演を見ました。これまでにも東京からの帰りに、何度か報告したと思います。今日は、新たな気持ちで見たせいか、殊の外きれいで、音楽も楽しめました。

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2022年04月01日

京洛逍遥(777)宇治川の岸に立つ

 昨日、新しい住まい[たつみのいほり]の鍵を手にしました。引っ越しは今月中旬です。新居での最初の記事は、やはり新しい私の部屋で書くことにしました。
 昨日持ち込んだ自著数冊以外は何もない書斎には、明るい光が差し込んでいます。気分一新の生活が始まることを予祝するように、小鳥の囀りが聞こえ、窓から見える花と新緑の芽吹きも新鮮です。
 宇治橋まで散策することにしました。高速道路の京滋バイパス沿いから宇治川に出て、川沿いに歩きました。誰もいない、寂しい道です。誰か付いてきていないか、何か出てこないかと不安になり、何度も後ろを振り返りました。

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 宇治川の鴨と初めての対面です。これから、よろしくお願いします。

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 宇治橋に到着。川沿いを少し早足で歩いて来たはずなのに、予想外に何と55分もかかりました。もっと近いと思っていました。

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 JR奈良線の宇治川橋梁にちょうど電車が通りかかりました。電車を見ても、ここの住民の目線となっていることに気付きました。立場が変われば、物の見え方が違ってきます。不思議なものです。

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 宇治橋の袂の夢浮橋ひろばに置かれている紫式部の像は、何度も来ているのに今回はまったく違った感じを受けました。私は、『源氏物語』の作者は紫式部個人だとは考えていません。紫式部は、雑誌で言えば編集長であり、映画なら総監督なのです。今日は、その思いを強く持ちました。そして、『源氏物語』の後半の宇治十帖に紫式部がどの程度関わったのか、個人的に聞いてみました。もちろん、会話は成り立ちません。これから、折々に勝手な問答をしに来たいと思います。

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 宇治橋三の間の真ん中から川を望みました。

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 その三の間から左手、東詰に回転寿司の函館市場があります。今日の最終目的地です。

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 食後、京阪宇治駅から帰る前に、宇治橋東詰から対岸の平等院の方を眺めました。

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 上賀茂神社へのウォーキング、という感覚とはまったく違います。川幅は賀茂川よりも広く、流れは速く、しかものんびりと歩ける散策路がありません。見晴らしはよいものの、気ままに歩くという雰囲気はまったくありません。これから、対岸を含めて、いい散策コースを探してみます。
 これまでは、観光客の視点で宇治市や宇治川を見ていました。これからは、日常の延長にある市や川を、生活臭のある視点で見ることになります。どんな姿として見え出すのか、楽しみです。
 宇治橋に来るのは久しぶりでした。
 この前は、目の見えない方々と一緒にここを散策して以来です。

「宇治の街歩きと〈運読〉のワークショップ開催」(2015年12月05日)

 その前は、ケンブリッジ大学のジョン・コーツ先生をご案内しました。

「コーツ先生を宇治にご案内して」(2012年10月14日)

 これから、また新たな宇治との出会いが拡がっていきそうです。

 今年の正月には誰も思いもしなかった成り行きから、月末に家移りの話が持ち上がりました。2月になってしばらくしてから、意外や意外、京洛の東南にあたる宇治の町で過ごすことになりました。私らしいと言うべきか、何でもありのドタバタ劇の中において、さまざまな決断をすることの連続でした。そして今、一つの対処策が確定しました。
 今日を境に気分を一新し、本年度もこのブログを存在証明の意味から書き続けます。
 これまでと変わらぬご愛読のほどを、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年03月29日

京洛逍遥(776)昨日今日の桜花めぐり

 昨日、相国寺の承天閣美術館における展示で王朝文化に浸った後は、同志社大学と冷泉家の前を通り、御所北にある今出川御門から入って京都御苑を散策しました。
 同志社大学のキャンパスから今出川通りに顔をのぞかせる桜はみごとです。

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 御苑に入ってすぐの近衛邸跡の枝垂れ桜は、今が見頃です。

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 建礼門の西では、桃林が楽しめます。

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 梅林は、もう散りかけています。

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 出水広場の桜はまだまだです。

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 烏丸通を南に下り、4年前に開設した松栄堂薫習館でお香を楽しみ、京都市役所に出ました。市役所は、4年の長きにわたって耐震改修工事が行なわれていました。工事中のフェンスに囲まれていた庁舎も、昨年末までに終わりました。久しぶりに、その全容を見ました。

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 賀茂川散歩では、半木の道で一本だけ桜が咲く木を見つけました。

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 しかし、それ以外は蕾がしだいに花開こうとしているところです。

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 葵の小径の桜が咲き出しました。

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 高野川の桜も、比叡山を背景にちらほら咲き出しています。

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 今週末の京洛は、いろいろな所でお花見が楽しめることでしょう。
 
 
 
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2022年03月28日

京洛逍遥(775)承天閣美術館で展覧会「王朝文化への憧れ」を観る

 相国寺の中にある承天閣美術館で「王朝文化への憧れ―雅の系譜」と題する展覧会が、先週20日より開催されています。

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 展示室では、江戸時代に京の人々が『源氏物語』や『伊勢物語』など王朝文学のみやびな世界に憧れて来たさまを、屏風絵や絵画や和歌を通して実感できました。ゆったりとした雰囲気の中で、心が豊かになる上質の展覧会です。
 特に、佐竹本三十六歌仙絵の「源公忠」(重要文化財、相国寺蔵)には、京都国立博物館で2019年11月に開催された特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」以来、久しぶりに対面しました。
 この佐竹本「源公忠」の前には、岩佐又兵衛の「三十六歌仙画帖」が広げてあります。贅沢な展覧会です。「源公忠」の公開は第T期のみのため、5月15日までです。5月22日以降のU期では、「蔦の細道図屏風」(俵屋宗達、重要文化財、相国寺蔵)を見られることが楽しみです。
 また、「藤原定家像」(一幅、絹本著色、江戸時代、元文五年・1740、普廣院蔵)と「藤原定家位牌」(普廣院蔵)も、初めて観るものだったのでしばし見入ってしまいました。

 なお今回の展示でも、和歌や文などに添えてある翻字に違和感を覚えました。
 これまでに何度も記したように、紙面に書かれている文字を忠実に翻字をしてほしいからです。今日拝見した中から、気になったもの1点だけを例としてあげます。
 今回初公開となった中で、「智忠親王和歌懐紙 一幅 紙本墨書 江戶時代 十七世紀 慈照院藏」の場合です。添えられた翻字の右に、実際に書かれている変体仮名の字母を私の判断で括弧で示しました。
   富士山
 ら雲の
(志)

 たへ
(堂え)(耳)

 そとみ
 (連)(え)

 よ
 (里)

 め
 (可)(努)

 ふし高根
  (能)

 なりけ
 (梨个)


 変体仮名を明示した翻字にしてほしいという要望に加えて、ここでは「たへまに」と翻字して掲示されていることに疑問を抱きました。実際には「堂えま耳」と書かれています。ここの「え」の字母は「衣」であり、「者」や「良」や「之」の崩し字に近い縦長の線の状態です。「つ」のように見えたら「へ」と翻字したら間違いない、と言ってきました。ここは、明らかに「者」や「良」に近い「衣」の崩し字です。そのため、書写されている「堂え」は、今風に翻字しても「たへ」とはならず「たえ」だと思います。同じように、「みへし」と翻字されているのは、実際には「みえし」と書かれています。ここでの2例の「へ」という翻字に何か別の意味があるのか、今の私にはわかりません。

 丁寧に各出展作品を見て回ったので、腰がだるくなりました。花粉症の影響もあり、目もショボショボしてきました。
 王朝文化にたっぷりと浸った1時間半でした。

 美術館を出ると、すぐ西にある墓地に向かいました。ここには、藤原定家のお墓があります。私はいつも定家批判ばかりしているので、あらためての表敬訪問です。

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 このお墓は意外と知られていません。相国寺に来られたら、ぜひ足を留めてください。案内はないので、お寺の方に聞かれたらいいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年03月27日

京洛逍遥(774)下鴨神社と出町柳あたりの桜

 バタバタと日々を送っている内に、下鴨神社の光琳の梅が散っていました。そして、その後ろで桜が自分の存在を主張しています。

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 参道を下って葵公園に出ました。こちらの桜はこれからです。

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 賀茂川と高野川が合流する三角デルタ地帯は、ポカポカ陽気ということもあり、多くの親子連れで賑わっています。

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 賀茂大橋を渡り、右岸から飛び石を見やると、左に比叡山、右に大文字の如意ヶ岳がきれいに見えます。

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 京阪出町柳駅の真上に建つ長徳寺の門前の桜は、今が盛りのものと、すでに散りかかったものがあります。樹の下は、桜の花びらがじゅうたんを織っています。

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 帰り道では、賀茂川左岸の散策路に、桜のトンネルができつつあります。
 満開は、4月に入りそうです。

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posted by genjiito at 18:55| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年03月16日

京洛逍遥(773)北野天満宮の飛梅

 風が心地よかったので、薄手のコートを羽織り、のんびりと北野天満宮で梅を見て来ました。昨日は白川疎水通りの桜がまだだったので、それでは梅を見に行こう、ということになったのです。

 家からバス停に向かっていると、ちょうどいいタイミングでバスが来ました。「206」という表示が目に入ったので乗り込んだところ、これは千本通を下る路線でした。「205」の西大路通を下る路線バスに乗るべきでした。しかし、これでも今出川通を西へ歩けばいいのでそのまま乗り、千本今出川で降りてから上七件通の花街を通って、北野天満宮の東門から境内に入りました。

 御本殿の前には、お目当ての飛梅がきれいに咲いていました。

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 この飛梅については、今年は特に話題になっています。
 毎日愛読している京都新聞の記事から引きます。

 北野天満宮(京都市上京区)と住友林業は4日、祭神・菅原道真ゆかりのご神木「飛梅(とびうめ)」を組織培養で増殖させた同じ遺伝子を持つ苗木が、境内で初めて開花したと発表した。同社によると組織培養で生まれた梅で開花を確認するのは世界初という。
(中略)
 飛梅は、道真が政争に敗れて九州・大宰府へ左遷された後、京都の屋敷から大宰府まで主を慕って飛んでいった伝承が伝わる。各地の神社に株分けされているが、北野天満宮の飛梅は創建以来受け継がれる原種とされ、約1500本の梅がある天満宮境内で唯一本殿前に植えられている。
(中略)
 同社によると、組織培養は接ぎ木と違い、老齢木の増殖が比較的しやすく、無菌状態で培養するため病害虫の影響を受けにくい利点があるという。梅に適した培養液の調整や細胞の採取が難しかったとし、今回得た知見は各地にある梅の古木の増殖につなげることができるとしている。(後略)(2022年3月4日、電子版)


 昨春は、滋賀県長浜市でバイオテクノロジーの最先端技術で生まれたクローン苗の梅が展示されました。梅の古木の組織培養としては、北野天満宮に次ぐものとして話題になりました。この長浜の梅が花開くのは、あと3年先とのことなので、まずは北野天満宮のご神木のお披露目ということになります。この飛梅は江戸時代に接ぎ木されたもので、樹齢は350年だそうです。じっくりと、新旧の文化が詰まった梅の花を、飽きることなくながめて来ました。

 中門(三光門)前には、松永貞徳が作庭した名庭『雪月花の三庭苑』の一つである『花の庭』が、今年は令和再興として公開されています。この梅苑「花の庭」も拝見すべきところを、何かと所用を抱える身でもあり、菅公さんには今日はここで失礼します、ということで、塀に枝垂れかかった紅梅だけを記念に写して辞しました。お許しください。

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 京福北野線の始発駅となっている、北野白梅町駅に寄りそうようにして建つイズミヤ白梅町店に入り、今晩の食材を少しいただきました。
 ここは、数年前に妻が通勤で乗り換えた駅であり、仕事帰りにいつも買い物をしていたお店だそうです。私は、子供がここでアルバイトをしていた時に様子を見に来て以来の入店です。ほとんど変わっていません。このあたりで下宿探しをしたことを思い出しました。暑い中、車を止める場所を探しながら、学生用のマンションを探して歩き回りました。

 京洛を逍遥していると、至るところに好縁あり奇縁ありの場所があります。歩き回る楽しさは、明日や未来だけでなく、こうして過去を思い出す楽しみにもつながります。京洛は大きな変化が少ないので、加齢と共に衰えた記憶も、目の前の光景から過去を手繰り寄せることに労を要しません。
 そうであっても、変わらない街中を歩きながらも、四条から三条あたりでは入れ替わりの激しいお店の変転に記憶を総動員します。この場所は、この前までは何の店だったのかを、頭の体操のように思い巡らすのです。
 歩きながらの妻との会話も、思い違いや勘違いも錯綜していて、これもまた楽しい朧々逍遥の街歩きとなっています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年03月15日

京洛逍遥(772)葵の小径の桜はもうすぐ開花

 白川疎水通りに続く葵の小径は、これまでにも何度か紹介しました。いつも、桜の季節に限定してのものですが……
 このところ連日のポカポカ陽気なので、何か勘違いをして、せっかちな蕾が花を咲かせていないかと、比叡山を見ながらブラブラ高野方面へ歩いて行きました。写真の右手奥に比叡山が見えています。

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 蕾はまだ緑色の球の状態で、その先に微かに桃色が見えます。

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 ここは、今週末には花が開きそうです。
 白川疎水通りを東に向かい、高野川に行き当たると、比叡山や大文字の如意ヶ岳が見えます。ここからの如意ヶ岳は、今回が初めての撮影になると思います。民家や電線越しに望むことになります。

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 高野川の鷺は、あまり紹介しませんでした。賀茂川ほどではないにしても、時々見かけます。

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 高野橋を渡り、左京郵便局のすぐ隣の標識に目が留まりました。葵祭の先導隊として知られる騎馬隊が、元気な子供を乗せている絵が、交番に掲げられていたのです。

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 馬がぼやけているのは、色落ちしたのでしょうか。市内の交番にも、こうした標識があったのか、今とっさに思い出せません。お巡りさんに親しみが持てる、通りの雰囲気を和やかにする物となっています。
 イズミヤとカナートの2つのショッピングセンターで買い物をした帰りに、高野橋から上手左に、大文字の送り火「妙法」の「法」の字の火床が、うっすらとながら確認できました。去年も一昨年も、コロナ禍ということでこの「法」は一つだけ点灯しました。今年はどうなるのでしょうか。

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 我が家の玄関先の小さな花壇も、春を待ちかねたかのように少しずつ華やかさが感じられるようになりました。口紅水仙、クリスマスローズなどなど。今年は、チューリップの球根を15個埋めたとのことです。毎年、赤白黄色と、賑やかに大きな花が咲きます。

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 ご近所のみなさんが、「一年中、眼を楽しませてもらっています」「ありがとう」と言って通って行かれます。我々が東京に住んでいた頃には、週末になると私と妻が代わる代わるここに帰ってきて、たっぷりと水をやっていました。向かいの家の方は、「うちのためにいつもありがとう」と言ってくださっています。花の世話をしているのは、もちろん私ではなくて妻です。ただ好きなので花の世話をしているだけだとしても、お礼を言われると私も嬉しさのお零れをいただいている気持ちになるから不思議です。
 今年も、土の下からいろいろな花が顔を出す季節となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:16| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年03月13日

京洛逍遥(771)赤味を増して顔をのぞかせる桜の蕾たち

 今年は例年にも増して寒かったせいか、梅も桜も開花が遅くなっています。
 楽しみにしている半木の道の桜並木も、まだまだ休眠状態です。
 それでも、昨日から気温が20度を上回ってきたせいか、蕾が赤味を増してきました。
 夕方の散歩での撮影ということもあり、あまりきれいには撮れていません。
 今はこんな様子ですという記録として、写真をアップします。
 週末には、ポツポツと花開くことでしょう。
 毎日の散策が、ますます楽しみになってきました。

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2022年03月08日

京洛逍遥(770)桜が花開くのを心待ちにしています

 近所の白川疎水通りに面した家の前に、咲き初めた桜を見かけました。

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 今年は、このあたり一帯の桜は、花開くのが遅いようです。
 今週には開花かと思っていた賀茂川縁や半木の道の桜も、まだ固い蕾のままです。
 来週に期待しましょう。
 桜の花が咲くのを待つ気持ちは、いつの時代からでしょうか。
 平安時代には山桜を愛でていたはずです。
 すぐに思い出されるのは、『源氏物語』にも描かれる北山の桜です。
 その桜も、咲き初めと、咲き誇りと、散り初めと、葉桜などなど、いろいろと楽しめます。
 私は、花が開くのを心待ちにする気持ちを楽しんでいます。
 咲き出すのは、来週でしょうか。
 今の蕾が一斉にふくらみ、枝に散らばっていた赤色の粒が次第に桃色に変わって花びらを見せ始める時に出会えることを、今から待ち望んでいます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月27日

京洛逍遥(769)清楚な水仙と赤みを増した桜の蕾

 白川疎水通りの水仙は、日増しに領地を拡げていきます。

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 疎水の中を鷺が歩いていました。少しめずらしい組み合わせです。

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 川に広がった中洲の撤去作業が始まりました。南の方角になる出雲路橋を望む現場の、今の様子を撮りました。

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 北山を望む北大路橋の手前も、土砂の削り取りが始まっています。

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 この様子では、桜が見頃となる3月下旬までに川を浚えるのは、間に合いそうにありません。

 散策路や中洲には、今日が日曜日であったせいか、子供たちがコロナのことなどすっかり忘れて、大声をあげながら走り回っています。

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 半木の道の桜は、蕾の赤がはっきりしてきました。

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 開花は、3月の中ごろでしょうか。
 この小径が桜色に染まる時が楽しみです。

 なお、私は2008年の源氏物語千年紀の年に写した半木の道の様子を、パソコンの壁紙にしています。

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2022年02月25日

京洛逍遥(768)下鴨神社の紅梅と賀茂川のヌートリア

 下鴨神社の御手洗川に架かる輪橋の袂に咲く光琳の梅は、今が六分咲きでしょうか。一番きれいに見える頃です。

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 その横に立つ説明を文字に起こしておきます。

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 御手洗川


君がため御手洗川を若水に
 むすぶや千代の初めなるらむ
         (後撰和歌集)
 土用の丑の日にこの御手洗川に足を浸し疫病や
病い封じを祈願して賑わう「足つけ神事」や立秋の前
夜の「矢取の神事」葵祭の「斎王代の禊の儀」をはじめ、祓
の神事が執り行われるところである。また常は水が流
ていないが、土用が近づくとこん/\と涌き出るとこ
ろから京の七不思議の一つとされ、その様をかたちどった
と云われるみたらし団子の発祥のところでもある。

輪橋と光琳の梅


 尾形光琳(一六五八−一七一六)が、このあたりを描いたのが
「紅白梅図屏風(国宝)」である。以来、この梅を
「光琳の梅」と呼ばれるようになった。


 賀茂川を散策していると、大きく張り出していた中洲がきれいに削り取られていました。

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 こうして、少しずつ川が整備されていきます。
 まだ、次のような景観が残っています。
 今後は、広々とした川の姿を見せてくれることでしょう。

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 そんな中で、出雲路橋の下流でヌートリアと呼ばれる、困り者の大きなネズミを見かけました。この侵略的な外来生物であるヌートリアについては、「京洛逍遥(255)鴨川に生息するヌートリア」(2013年02月12日)に詳しく書きました。招かれざる客です。定期的に餌を与えるオジサンやオバサンがいるので、困ったことです。害獸駆除も、なかなか難しいようです。

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2022年02月22日

京洛逍遥(767)郵便物の発送と天気の急変のこと

 郵便局の本局へ、大事な書類と普通の嵩張る封書を出しに行きました。

 郵便局のすぐ手前を流れる高野川に架かる高野橋から、昨日来の雪をほんの少しだけ残した比叡山がいつものようにどっしりと控えているのが確認できます。今日も、時折雪がちらつく、不安定な天気の一日でした。
 これからこの山肌は、日ごとに春らしく変化していきます。

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 昨年秋から、郵便物は中一日以上を空けての配達となりました。そのために、郵便物を送る場合には到着日と用途を検討することになります。
 今日の大事な書類は、普通で送ると「明後日以降」に届くということでした。この「以降」というのが曲者で、明後日の保障ができない、と言うことです。
 そこで、明日確実に届く方法を聞くと、260円を足して速達にすればいいそうです。それでは、と言って手帳に入れている切手を取り出している時でした。持参の切手を使われるのでしたら、もう局の印紙を貼ってしまったので、それを剥がすので貼り足してください、とのことです。配達は遅いのに、これは早業で対処してくださったのです。余計なことを、と思いながらも、気の弱い私は、それではと言って現金を手渡しました。
 もう一つの嵩張る封書には、電子機器が入っています。薄くて軽いものが一つ入っているだけなので、料金が知りたかったのです。これは、持参の切手で普通郵便として送ることができました。「明後日以降」に届くのだそうです。これはいつ着いてもいい物なので、素直にわかりましたと言って発送は終わりました。

 用事が終わったので、近くの洛北阪急スクエアの中を散歩がてら歩きました。
 自宅から郵便局経由でこの大きなショッピングセンターを歩き、また歩いて帰ると、歩いた距離は「4.8キロ」、歩数は「8,023歩」、上がった階数「10階」、歩行時平均心拍数「65拍/分」、平均呼吸数「16回/分」などなど、Apple Watch は詳細な報告をしてくれます。
 健康維持のために出かける散策の後は、こうしたデータを時々見比べては体調の変化を確認しています。今のところ、外歩きをすると呼吸が苦しくなることが気になっています。もっとも、これはマスクと花粉症のせいだと思われるので、あまり気にはしていません。

 ショッピングセンターからの帰りに高野橋から望む比叡山は、「一天にわかにかき曇り」という状況で、山の稜線が霞んでいました。

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 山や川や動物たちは、折々にさまざまな姿を見せてくれるので、昨日もそうだったように飽きることがありません。
 
 
 
posted by genjiito at 20:42| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月21日

京洛逍遥(766)小雪舞い散る半木の道の鴨と蕾

 早朝より粉雪が舞う一日でした。
 如意ヶ岳の大文字は、少し雪を纏っています。

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 北山も雪模様です。
 北大路橋で目の前を横切る車は、屋根に雪を載せて走っていきました。

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 雪が融け出すと、鴨たちは一斉に食事となります。

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 半木の道の桜は、まだまだ蕾です。
 3月になると、この川沿いの景色は桜色に染まります。

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 桜の蕾は、固く身を守っています。
 もういいかい、まあだだよ、と言い合っているようです。

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 これからひと月半は、その変化を楽しみながら散策する日々となります。
 新型コロナウイルスのため、行動範囲が非常に狭められました。
 それだけ、周辺の些細な変化に心ときめかせる喜びと、楽しみに満ちた毎日となっています。
 これもまた京洛逍遥のおもしろさです。
 
 
 
posted by genjiito at 19:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月18日

京洛逍遥(765)街の本屋さんがなくなっていくこと

 家を出ると、白川疎水通の早咲きの桜が満開です。比叡山を背景に咲く桜は、この通りではここだけなので誇らしげな顔をしています。

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 街を歩くと、お店のシャッターに「店じまい」の貼り紙を見かけることが多くなりました。飲食店などは、新型コロナウイルスによるものがほとんどでしょう。そんな中で、つらいのは本屋さんの閉店を知らせるものです。長い間のご贔屓とご愛顧に感謝する言葉は、そのお店がある場所の環境が変化したことと、お客さんの本との接し方が大きく変わったことへの抗議のようにも読めます。

 私は、ネットで本は入手しません。本との出会いを楽しんでいるので、お店で平積みされた本の表紙や書棚に並ぶ本の背文字を見るのが好きです。たまたま手にした本のページをめくり、目次や前書きや後書きや奥付けを見ると、縁のある本は私に「おいで、おいで」をしてきます。まさに「啐啄の機」を楽しんでいるのです。これは、新刊書店でも古書店でも変わりません。

 そんな中、下鴨本通と北大路通の交差点角に聳え立つ、老舗の書店「葵書房 下鴨店」が、昨年末の令和3年12月31日で営業を終了すると公告された貼り紙はショックでした。71年の歴史を持つ本屋さんです。私が生まれた年です。しかも、私がつい最近職を辞した日が、その最終日だったのです。
 今日は、店内の荷物を搬出して清掃をしておられたのか、ちいさな自動ドア越しに中が見えました。

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 自宅からほど近い本屋さんだったので、おもしろそうな新刊書を見つけるといただいていました。もっとも、小さな本屋さんに入荷される本の種類も関係してか、楽しい出会いは少なくなっていたのは確かです。

 京都を舞台にする小説や解説本に、「葵書房 下鴨店」はよく見かけます。望月麻衣さんの『京都寺町三条のホームズ』などが思い出されます。この周辺には大学が多いので、一人用のマンションに住む学生さんたちや、周辺の高齢者などは、この本屋さんを愛用しておられたことでしょう。これで、実際に本を手にすることができる本屋さんは、河原町通まで出かけることになります。狭い小路や商店街の裏道の一画に、細々と営んでおられる昭和レトロの本屋さんは時折見かけます。出町柳にある桝形商店街の中の2軒の古書店は、貴重な存在となりました。

 本離れの原因はいくつか思いつきます。その中でも、本が占めるスペースと重さも、購入をためらう理由になっていると思います。
 専門書はともかく、今後の書籍の流通と読者の動向は、興味深いテーマとして意識しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 21:07| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月17日

京洛逍遥(764)とんかつの「かつくら」

 先日、糖尿病の主治医から、血糖値が高めながらも安定していることを告げられました。その他の検査でも、問題はありませんでした。今はコロナ禍ということもあり、気力と体力にはとにかく気をつける生活をしています。

 そんな中で、最近口にするようになったものに、豚カツがあります。かねてより、主治医からは肉を食べるのはいいことだ、と言われていました。しかし、歯の調子がよくないこともあり、あまり好んでいただくことはありませんでした。

 これではいけないと思い、河原町通から三条通に入ってすぐの所にある、「とんかつのかつくら」に行くようになりました。四条通から寺町通商店街に入ってすぐにも、四条寺町店があります。しかし、私は三条本店の方が好きです。

 すれ違えないほど狭い、薄暗い小路を奥へ奥へと入っていきます。最初は、この先で大丈夫なのだろうかと不安に感じます。しかし、京都に慣れると、こうした小路はよくあるので心配はいりません。

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 突き当たりに暖簾が見えたらホッとします。

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 私は、ここではヒレカツの80グラムを頼みます。一日6分食で、しかも1回が本当に小食の生活をしている私は、これ以上の量は食べられないのです。これで、ご飯はほとんど残します。

 このお店は、京都をはじめとして、大阪・滋賀・兵庫・東京・神奈川・熊本・海外(バンコク)にお店があるそうです。
 最近お勧めのお店の一つです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:13| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月12日

京洛逍遥(763)下鴨神社の光琳の梅が開花

 下鴨神社の境内に建つ細殿の前を、御手洗川が流れています。その川に架かる朱塗りの輪橋のすぐそばには、尾形光琳が描いた「紅白梅図屏風」(国宝)のモデルとなった、春の到来を教えてくれる「光琳の梅」があります。

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 その「光琳の梅」の中に、ポツリと花開いた梅を確認しました。待ちに待った開花です。

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 その周りの蕾もふっくらとしていて、今にも開こうとしているようです。おりおりに、この梅の様子を報告します。

 高野川を散策しながらの帰り道では、夕陽を浴びる比叡山が望めました。

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 秋の紅葉から春の新緑へと移り変わる比叡で、この時期のものは初めて写したように思います。これからしばらくは、こうした山々の色の変化が楽しめます。
 春を待つ気持ちが、こうした季節の移ろいとシンクロして感じられるのも、自然に包まれた中で生活をしているからです。ささやかな楽しみの一つとなっています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:07| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月11日

京洛逍遥(762)久しぶりに見かけた野点の宗匠

 賀茂川に架かる北大路橋の左岸の袂で、野点のお茶を楽しんでおられるお2人を見かけました。まさに、野点の宗匠のおもてなしです。寒空の中の語らいは、どんな内容なのでしょうか。

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 この宗匠のことは、「京洛逍遥(443)現代版の売茶翁とお話をする」(2017年05月03日)で紹介しました。これからまた、お姿を見かけることが多くなるのでしょう。直接お茶をいただくことができる日を、楽しみにしています。

 反対側の右岸から半木の道、植物園、比叡山を望むと、まだ固い蕾の桜が近景に見られます。

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 これから、一日一日と脹らんでいくのが楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:20| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年02月07日

京洛逍遥(761)宇治川散策

 今日は昨日に続いて、宇治市での打ち合わせに行ってきました。
 『源氏物語』で知られる宇治橋から下った、宇治川の流域を歩くのは今回が初めてです。

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 この辺りは、京都大学、京都文京大学、種智院大学などがある、文教地区でもあります。

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 宇治川の上流は流れが急だと聞いています。しかし、流れ下って湾曲するこの辺りは、穏やかな水の流れとなっています。水は、深みのあるきれいな青緑だったので、この水の色の清らかさは意外でした。川は浄化されているようです。

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 もう少し下った、近鉄と京阪が交差する観月橋のあたりは、どのような雰囲気なのか。またいつか見に行って確認したいと思っています。
 京から宇治へは、『源氏物語』を読む限りでは、歩きや牛車や馬などを使っていたようです。この宇治川を溯ったりはしなかったのでしょうか。まだよくは調べていないので、これもまたいつか、ということにしておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 22:11| Comment(5) | ◎京洛逍遥

2022年02月06日

京洛逍遥(760)宇治市木幡を歩く

 宇治市木幡へ打ち合わせのために出かけた後で、その近辺を散策しました。
 かつて、NDK(日本文学データベース研究会)を活動の舞台として、日本の文科系研究者の情報処理分野を牽引していた頃のこと。『源氏物語』の本文のデータを構築し、それをデータベース化する仲間だった谷口敏夫(浅茅原竹毘古)さんは、この木幡をご自身と「ルナ企画」の活動拠点としておられました。その一端は、以下の記事で紹介したとおりです。

「日本文学データベース研究会(NDK)のこと〈第1回〉」(2021年11月04日)

「日本文学データベース研究会(NDK)のこと〈第2回〉」(2021年11月05日)

「日本文学データベース研究会(NDK)のこと〈第3回〉」(2021年11月09日)

「日本文学データベース研究会(NDK)のこと〈第4回〉」(2021年11月10日)

「日本文学データベース研究会(NDK)のこと〈第5回〉」(2021年11月20日)

「日本文学データベース研究会(NDK)のこと〈第6回〉」(2021年11月21日)

 木幡を歩きながら、在りし日に谷口さんと共に、壮大な夢語りに明け暮れた頃を懐かしみました。
 駅前は、意外と賑やかでした。
 お元気だったら、「鉄よ」と言って辺りをつれ回ってくださったことでしょう。いい時に、いい仕事が一緒にできた幸せを、寒空の中ながらも噛みしめる半日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:06| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月30日

京洛逍遥(759)京都三条会商店街

 所用があり、二条城のすぐ南の千本三条へバスで行きました。
 交差点の角には、洋館風レンガ造りの立命館大学と近代的ガラス張りの佛教大学が並んでいます。

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 そのすぐ向かいには、京都三条会商店街の千本通り側の入口があります。東の端は堀川通りで、西日本最大級の全長800メートルのアーケードが圧巻です。この商店街は大正3(1914)年に始まり、100年以上の歴史があります。昔ながらのお店、町家を改装したカフェや雑貨屋などが並び、ぶらぶら歩くだけで新旧の文化の違いが楽しめます。

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 なお、この商店街は、2004年のアテネオリンピックのマラソンで金メダルをとった、野口みずき選手が午前5時半頃から練習で走っていたというところです。「金メダルロード」と呼ばれているそうです。
 商店街の中に変体仮名を使った看板(満留喜・まるき)を見つけました。

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 また、インドの雑貨を扱うお店があったので、ブラリと入って見ました。インドでよく見かけた小物類は、懐かしいものでした。レアなインドを感じさせない、少し上品な品揃えでした。

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 堀川通りを東に進み、烏丸通りの近くで、またお店の名前に足を留めました。漢字に濁点が打ってあったからです。「旬"」は「旬(しゅん)」に濁点を付けて「じゅん」と読まそうというものです。ご丁寧にも、朱の角印で「JUN」と捺されているので確かです。

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 これまでにも、こうした文字は見ました。「古"」を「ご」と読ますものなどです。しかし、写真には撮っていなかったので、コレクションの一つとして残しておきます。

 街歩きは、発見が多くて楽しいものです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:30| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月27日

京洛逍遥(758)御池通の「御池桜」

 丸太町通から御池通の間を、ブラブラと散策しました。
 途中で、暖簾の横にぶら下がる、魚を象った木の看板に目が留まりました。「準備中」の「備」が「偏」と混同した書体で書かれていたのです。このような字はないはずなので、うっかりしたミスなのでしょう。「冊(册)」という字形にしたことに、特に意味はなさそうです。

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 京都市役所のすぐ西にある、京都御池創生館(小中一貫教育校「京都御池中学校」)前には、よく知られている御池桜が咲いていました。不断桜(十月桜?)といわれるもので、ヤマザクラとオオシマザクラの掛け合わせだとか。場所は、地下鉄東西線の京都市役所前駅からすぐで、御池通と柳馬場通との交差点北側になります。ビルの谷間になるといっても、カラフルな直線でメタリック調のアングルの効果もあってか、明るいイメージの空間となっているので、気持ちがいい景色を楽しめます。

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 2006年に、御池中学校と福祉施設・商業施設とを複合した創生館が出来た時に植えられた、まだ新しい桜です。この1階の御池通に面したところには、よく知られるパン屋さんの「進々堂」があるので、すぐにわかります。
 京都御池中学校については、「京洛逍遥(310)京洛の桜はちらほらです」(2014年03月30日)の記事の後半に詳しく紹介していますので、ご笑覧を。
 
 
 
posted by genjiito at 21:26| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月25日

京洛逍遥(757)錦天満宮の初天神で和楽と獅子舞を楽しむ

 錦市場の東端にある錦天満宮は、菅原道真公を御祭神とする天神さんです。
 今日25日は、ちょうど初天神でした。北野天満宮と違いここは狭い境内です。しかし、賑やかに太鼓と三味線と笛の音が響き渡りました。2メートルもない目の前で演奏される和楽は、大熱演ということもあってズシンズシンと太鼓の音がお腹に染み渡ります。

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 やがて、獅子の登場です。

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 興に乗ってくると、見物していた子どもも引っ張り出され、酒に酔った獅子とじゃれ合うということになり、境内は大喝采です。

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 獅子は、新京極通りからの拝観者にも大サービスをします。

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 最後は、参拝客の頭を噛むという、ありがたいサービスまで。私も噛んでいただきました。

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 余韻冷めやらぬ錦天満宮の境内を、新京極商店街を行き交う人々は何事かとのぞいて行かれます。
 獅子に頭を噛んでもらおうと、長蛇の列ができていました。

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posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月22日

京洛逍遥(756)下鴨神社で大吉のおみくじを引く

 残雪の下鴨神社へ、お正月の縁起物を納めに行きました。
 輪橋の前の光琳の梅は、蕾がふっくらとしています。
 来週には開花しそうで楽しみです。

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 たまたま妻が引いたおみくじ棒(筮竹)の番号は「1番」。
 巫女さんから受け取ったおみくじ札には「大吉」。
 これを見て、私は手にした筒を置き、くじを引くのを辞めました。
 高校の教員を辞めた時、某神社でおみくじを引いたら「凶」でした。
 大学の教員を辞めた今、また「凶」が出たら思い悩みそうです。
 おみくじのご神託を、特に信じているわけではありません。
 しかし、やはり引いた結果は気になります。
 「大吉」よりも、「凶」の方が運気が上昇するので良し、と言われています。
 そうであっても正直なところ、やはり「大吉」の方が嬉しい気持ちになります。

 さて、今年はどんな年になるのでしょうか。
 まずはオミクロン株に気をつけて、健康第一の日々を送りたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月21日

京洛逍遥(755)二条殿趾と銀座・金座の石碑巡り

 今日は、お昼前に年末から痛み続ける歯の治療で歯医者へ行った後、その足で烏丸御池に足を延ばしました。

 昨夜から降り続いた雪のため、途中の北大路橋はいつもとまったく異なる風景を見せています。上流の北山方面と下流の出雲路橋方面は、こんな雪景色でした。5年ぶりの大雪だそうです。

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 一昨日、ハローワーク西陣烏丸御池庁舎に書類を提出した後、昨日は追加となった書類1枚を持参しました。今朝また電話があり、さらに追加の説明書とそれを証明する資料を出すように、とのことです。京都市文化市民局地域自治推進室市民活動支援担当部署から公開されている資料であっても、印刷した書面でなければいけないそうです。それは歩いてすぐの市役所内に配架されており、ホームページからも確認できるのに、持参だそうです。ダウンロードをして印刷しながら、公的な手続きにおけるデジタル化の道の険しさを思いました。また、このコロナ禍での往復1時間はもとより、オミクロン株のことでは、東京・大阪ほどではないにしても、京都も感染拡大の一途です。さらには、行ってからのロビーでの待ち時間が長いので、基礎疾患を抱える者としては外出が躊躇われます。しかし、我が身のことであり相手は公的な機関なので、理不尽さを押し隠しながらも言われるままに、3日連続であっても足を運ぶしかありません。

 窓口で直接いろいろと説明すると、事情はわかってくださいました。審査結果は2月中旬にわかります。この苦労は報われるのでしょうか。
 今日は、1時間半で終わりました。

 昨日の記事に書いたように、この庁舎の烏丸通り沿いの北隣には二条殿交番があり、そのすぐ北には京都国際マンガミュージアムがあります。

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 帰りに、庁舎の西隣にあたる両替町通りに建つ「銀座」と「金座」の石碑と共に、昨日話題にした「二条殿趾」の石碑も確認してきました。御池通りから上がって北へと並ぶ、「此附近 コ川時代銀座遺址」(手押しポンプに注目)、「此附近 二條殿趾」、「此附近 コ川時代金座遺址」の順に写真をあげます。

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 この金座の石碑から元来た御池通りを振り返ると、こんな場所であることがわかります。

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 少し歩くと史跡が至る所にある街なので、出歩くたびに収穫があります。すぐ近くの烏丸通りを東に渡ると、烏丸御池遺跡・平安京跡もあります。切りがないので、これはまたいつかにしましょう。
 京都におけるコロナの蔓延も、予断を許さない警戒地域になってきました。細心の注意を払って、街歩きを楽しみたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 21:16| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月20日

京洛逍遥(754)京都御苑の桜が開花

 昨日に続き、烏丸御池にあるハローワーク西陣 烏丸御池庁舎へ、失業保険の手続きに関する書類を持って行きました。
 京都市役所の地下街ゼストから地上に上がる時、壁に貼られた竹の写真がおしゃれだと思いました。階段の上りも下りでも、新鮮な光景が楽しめます。

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 烏丸御池の交差点に近い一角に、六歌仙の一人である「在原業平邸址」の石柱があります(中京区間之町通御池下る東側)。昭和47年2月に平安博物館が建立したものです。説明などはないので、知らないと気付きません。

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 以前、この碑の横の自動販売機に貼られていた、業平歌のポスターがなくなったことを紹介しました。もう復活することはないのでしょうか。関係者の検討をお願いしたいところです。

「京洛逍遥(553)業平歌パネルをあしらった空き缶入れがなくなりました」(2019年05月16日)

 用事が終わってから北へ向かって歩き出した時、京都国際マンガミュージアムの手前で、「二条殿交番」(烏丸御池上ル二条殿町)という文字列に身体が反応しました。「にじょうでん」と読むようです。ということは、連歌師の二条良基(1320〜88)の邸宅と関係するのでしょう。この裏手に、二条殿御池跡(二条良基邸跡)という石碑があるからです。初めて気付いた文字だったので、この件についてはまた後日の報告としましょう。

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 参考までに、交番の壁に嵌め込まれていた説明板の文章を引きます。

 旧二条殿交番は、明治33年にこの地に建設され、106 年間の役目を終え、平成18年に建て替えられました。
 このタイルは旧交番に使用されていたもので、1世紀以上の間、交番とともにこの街を見守ってきたものです。
              平成18年10月


 さらに北に歩き、京都御苑を散策しました。
 間之町口から入ってすぐ右手の拾翠亭(九條家遺構)は、昨春から改修工事のために一般公開が中止されていました。実は、私は一度もこの地に足を向けたことがありませんでした。
 池では、人力で石を運んでおられます。大変な工事のようです。

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 その池の中に建つ厳島神社には、平清盛の建立だという重要美術品となっている唐破風形の鳥居が神前にありました。

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 神社の北側から建礼門越しに現御所の紫宸殿を見はるかすと、気分が晴れやかになります。

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 すぐ左手の宗像神社の近くでは、早くも桜が開花していました。向こうに見えるのは臘梅でしょうか。

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 みぞれと小雪の中で、いち早い春を感じることができました。オミクロン株で大騒ぎをしている洛中であっても、花たちは一歩ずつ春に向かって成長しているようです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:12| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月19日

京洛逍遥(753)書類提出時に見た若者たちの真剣な姿

 年末から家の大整理が続いています。大学から持ち帰った荷物が、まだ自宅の一室を占めています。いつ終わるとも知れない、気の遠くなる荷物の平行移動と足腰の垂直運動を繰り返しています。
 今日は、スチールの事務机を2台と、木製の丈夫な引き出し1個を、区役所に連絡をして回収してもらいました。これは、奈良から持ち込んだ愛用のもの。抽き出しは、父親から引き継いだものです。私が高校生の頃にはあったので、55年もさまざまな物を保管してくれていた木の箱です。とにかく、身辺整理の一環で、思い切って処分することにしたのです。
 区役所から指定された、白川疎水通りのゴミ収集場所に、少し小雪が舞う中、早朝より妻と2人がかりで運び出しました。特に事務机は、3人の子供たちみんなが勉強机として使ったものでもあり、長きにわたって勉強や仕事を支えてくれました。事務机1台につき800円、抽き出しは400円のシールを貼って指定された時間に出しておくと、回収してもらえるのです。感謝状も一緒に貼り付けたい気持ちになります。ほんの少しだけではあっても、片づいたという感触が得られました。スッキリとしました。

 午後は所用があり、地下鉄烏丸御池駅へ行きました。
 週の真ん中なのに、若者たちが多いのに驚きました。オミクロン株の蔓延で、京都も大阪を追うようにして増えています。京都は学生が多い街であり、大学入試や進級・卒業試験の時期ということで、学生の多いこの時期の外出には神経を使います。
 そんな中であっても、どうしても必要な手続があったので、細心の注意を払いながらでかけました。
 行った先では、予想通り若者が多かったので、現実の一端を垣間見ることができました。自分ではどうしようもない、社会の歪みの中に置かれたために、若者たちは自力でこれからも生きることを余儀なくされているのです。と言っても、あまりにも問題が広汎にわたるものなので、私にはどうすることもできませんが。
 とにかく、私は自分のための書類を提出し、指示のままに手を入れて再提出をしました。説明を聞くことに時間を要したこともあり、2時間以上もかかりました。丁寧に辛抱強く対応してくださった担当者の方々に、お礼申し上げます。
 
 
 
posted by genjiito at 22:21| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月16日

京洛逍遥(752)鞍馬口で見た皇后杯全国女子駅伝

 全国都道府県対抗女子駅伝(第40回皇后杯全国女子駅伝)が、今日、都大路を舞台にして開催されました。
 昨日書いた通り、烏丸通りから紫明通りに曲がる地点での観戦です。折り返した後半の第9区で、タスキを渡す中継地点となる鞍馬口病院の近くで応援しました。
 第8区の先頭が500メートル前に近付いてくる直前まで、選手たちはウオーミングアップに余念がありません。その前までは、ほど近い応仁の乱発祥の地である御霊神社の周辺を軽く走っておられました。

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 タスキを受け取って走る選手のゼッケン番号がマイクで呼ばれるため、京都と大阪が上位で来ることがわかります。

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 1位の選手が、大きな拍手に迎えられてやって来ました。

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 今期で現役引退の表明をした福士加代子選手(ワコール)はこの区間にエントリーされていて、青森チームから出場していました。明るい性格そのもので、元気よくタスキを受け取って走り出す姿は、さすがは人気者のランナーです。沿道からも大歓声です。

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 最後の沖縄は、相当遅れてのタスキ渡しです。沿道のみなさんも、長い間、辛抱強く待っておられました。姿が見えると大きな拍手が鳴り止みません。この日1番の出迎えと、力強い励ましの見送りでした。

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 中継地点だった烏丸紫明の交差点付近は、走者がすべて通過すると、いつもの大通りにもどります。

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 結果は、一昨年に続いて地元の京都が優勝(昨年はコロナ禍で中止)でした。関係者ではないものの、嬉しいものです。
 コロナのために沿道での応援を自粛するように、との事前に出されていた通達の趣旨はわかります。しかし、こうした選手と沿道との交流も、開かれたスポーツでは大事にしたいことだと思いました。主客一体のイベントを感染予防を最優先として否定するのであれば、開催は中止すべきだと思います。
 選手と観客が作り上げる団体競技のおもしろさを、今日はたっぷりと最初から最後まで体感しました。
 関係者のみなさまのご苦労も、間近に接して頭が下がります。爽やかになる1日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月15日

京洛逍遥(751)珍しく鷺を見かけない河原を散策

 昨日は、明け方の雪も午後には消えていきました。
 高野方面へ散策に出かけると、高野橋からすぐ左に見える、送り火の妙法の「法」の字の縦画にほんの少しだけ白い雪が残っていました。

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 比叡山の山頂は、雲に覆われています。

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 今日は、北大路橋が架かる賀茂川沿いを散策しました。
 先日までの護岸の工事が、ようやく終わったようです。
 今度は、その中洲の部分の土砂が削られ出しました。
 川の景観を維持しながら、災害の対策を施すのも大変なことでしょう。気の長い対処が、平安時代以来続いています。

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 昨日の高野川からの比叡山と違い、今日の賀茂川からの比叡山は穏やかです。京都府立大学のグラウンド越しに望みました。

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 どうしたことか、今日は鷺を見かけません。
 鴨はいつものように、逆立ちをして食事をしています。

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 半木の道では、すでに春の絢爛たる桜並木の準備が進んでいます。固い蕾も、少しだけ赤らんだ顔をのぞかせています。

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 明日は、都大路を舞台にして、全国都道府県対抗女子駅伝が開催されます。この河原でランニングをしているのは、明日の駅伝に出る選手でしょうか?

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 いやいや、大会前日にここを走ることはないでしょう。背中には大学名が書いてあります。この散策路は、特に冬場は、大学生や高校生にとって格好のランニングコースとなっています。
 明日の駅伝には、沿道からの応援は自粛をするようにという通達が、この地域にも出ています。我が家の近くには、紫明通りから烏丸通りに曲がる地点があり、何度かここで応援をしました。島根県が、秋田県が、そして京都府が頑張って走るのですから、お天気しだいでは行こうかと思っています。人だかりにはならない地点ですから。
 
 
 
posted by genjiito at 18:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月09日

京洛逍遥(750)穏やかな新春の鴨と鷺とボール

 今日は、鴨も鷺も群を成して集っていました。
 新年の顔合わせ会をしているのでしょうか。

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 サッカーのボールが川に落ちたようです。
 お父さんは、子どもと奥さんが見つめる中で、いろいろとアイデアを凝らして必死に獲得大作戦を展開中です。虫取り網の持ち手に紐を付けて、やり投げの手法で挑戦を繰り返しておられます。あと少しです。本当に惜しいのです。

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 向かいに聳える、右手の大文字山と左手の比叡山も、お父さんを応援して見下ろしています。
 さて、うまく獲れたでしょうか。気になりながらも、散策を続けました。
 
 
 
posted by genjiito at 18:52| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月06日

京洛逍遥(749)夜空に浮かぶ月と星

 たまたま玄関先から夜空を見上げたところ、月と星がきれいだったので思わずシャッターを切りました。
 いつものカメラがなかったので、iPhoneのカメラで写したものです。
 光が滲んでいます。実際には輪郭はシャープで、見るからに三日月です。映画「ペーパームーン」に出てきた月を思い出しました。夜の7時頃のことです。
 空気が澄み切っているからでしょう。しばらく眺めていました。

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posted by genjiito at 22:04| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月02日

京洛逍遥(748)上賀茂神社へ初詣

 快晴の新年2日は、上賀茂神社へ初詣に行きました。我が家から歩いて30分。
 北大路橋から北山を望みました。左端に五山の送り火で知られる船形が顔をのぞかせています。

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 歩き出してから立ち止まり、年末から引っ越しの荷物の荷解きが連日続き、身体の節々が悲鳴をあげていることに思い至りました。そこで、北大路橋の袂から賀茂街道を北上するバスで行くことにしました。ところが、初詣のダイヤとコースの変更で、上賀茂神社に近い御園橋までは行かないとのことです。目的のバス停よりも相当手前の鞍馬街道にある加茂川中学校前で降りて、歩いて行くことになりました。
 新しく改修された御園橋に掲げられた「賀茂川」の文字に目が留まりました。「茂」ではなくて「荗(しょく・しゅつ・じき)」なのです。

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 これは、JIS第4水準の漢字で、環境依存文字です。なぜこの文字を、と思いました。
 参考までに、この文字の情報を記します。

Unicode: U+8357
UTF-8: E8 8D 97
シフトJIS:
面区点コード: 2-86-17
戸籍統一文字番号: 345860
住基ネット統一文字コード: J+8357
登記統一文字番号: 00345860
入管正字コード: 8357
入管外字コード:
諸橋大漢和: 30977#
日本語漢字辞典: 10175
汎用電子整理番号(参考): 21910
平成明朝(参考): JD8617


 御園橋からは、すぐそばに聳え立つ比叡山が見えます。

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 下流を見やると、上賀茂橋の左手に大文字山が。

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 御園橋の左上には、五山の船形が。

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 上賀茂神社の入口には、近年出来た新鳥居の左後ろに、一の鳥居があります。

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 一の鳥居から二の鳥居を望みます。

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 上賀茂神社の境内にある重要文化財の外幣殿(別称:御所屋・著到殿・馬場殿)では、お能の奉納がありました。演目は、お正月なので祝言能として「羽衣」かな、と思いながら観ました。間違っていたら、専門外ということでご寛恕を。

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 舞い終わると、演者は歩いてならの小川を渡り、なら鳥居を左に曲がって庁屋へ向かわれます。関係者とお仲間のみなさん、和やかに退場です。その行動のすべてが、こうして見られるのも楽しいことです。

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 ならの小川のすぐ横には、藤原家隆の『百人一首』にも採られた歌碑が建っています。

藤原家隆
 風そよぐ
ならの小川能
  夕暮八
 三所ぎぞ夏の
  しる志な
    りける


 その向かいの二の鳥居前には神馬舎があり、神馬の「神山号」が参拝客からおやつをもらっていました。

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 境内には、細殿の前に神山を象った陰陽一対の立砂があります。

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 楼門の前は、昨日の下鴨神社と同じように多くの方が参拝の列を作っておられます。ここでも失礼をして、遥か遠く、玉橋からお祈りしました。

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 ならの小川に続く御手洗川に架かる橋殿から、葵祭で斎王代が潔斎をする水面を撮りました。右端には、紫式部の歌碑「ほととぎす〜」が置かれています。

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 帰るに時に、二の鳥居のそばで上賀茂すぐき倶楽部の奉納品を観ました。

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 鳥居を潜ると、みたらし団子を売っていたのでいただきました。競べ馬をする草地でのんびりと頬張りました。

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 自宅の居間に置いている梅も、早いもので満開です。

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 今日いただいてきた七福神の開運の絵を、昨日の下鴨神社でいただいた丹塗り矢の横に飾りました。

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 今年も恒例となった、賀茂二社への初詣でした。
 
 
 
posted by genjiito at 21:36| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年01月01日

京洛逍遥(747)下鴨神社へ初詣

 今年も初詣は下鴨神社です。
 境内は多くの参拝客で大賑わいです。本殿へのお参りは長蛇の列なので、少し離れたところから拝みました。遠来の客ではないので、氏神さまである御祖の神もわかってくださることでしょう。

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 国の重要文化財である舞殿に掲げられた虎の大絵馬は、励ますかのような後押しをする鋭い眼光で見つめてくださっています。

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 年末に書いた「京洛逍遥(744)年の瀬の下鴨神社」(2021年12月25日)では、「授与所が、工事のために閉鎖となっていました。初詣には間に合いそうにありません。」と報告しました。しかし、それから1週間で、この授与所がきれいになって護符などを配布なさっていました。勝手な思いつきを書き、大変失礼しました。

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 今年も、「丹塗矢」と「くぼて」と「宝珠」をいただきました。

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 今日は朝がたは雪模様でした。しかし、お昼前には上がり、風も穏やかでいい年始です。それでも、焚き火は、参拝者にとってはありがたい暖がとれます。

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 我が家の紅梅白梅は、今年もきれいな花を咲かせています。昨夜、息子と麻雀をしていた時に、ポッと花開いたのです。三が日で満開になることでしょう。

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 本年も、毎日書き続けていきます。
 旧年に変わらず、よろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 19:03| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年12月31日

京洛逍遥(746)歳末の錦市場

 歳末に今年一番の雪が降り出しました。
 北大路橋から北山方面を望むと、これから元旦にかけて雪が積もりそうです。

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 鷺も鴨も大喜びなのか大慌てなのか、とにかく移動しだしました。

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 恒例となっている、年末の錦市場での買い出しに出かけました。
 まずは、何はさておき天神さんに、いろいろとあった今年の報告と、気分一新の来年のお願いをしました。

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 錦市場は、コロナウイルスのことを忘れたかのように、すれ違うのが大変なくらいに、驚くほどの人出でした。

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 食事は、縁起を担いで蛸薬師通りにある勝牛です。

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 これから、年越しそばをいただいて、新年を迎えることになります。
 本年もブログをお読みいただき、ありがとうございました。
 
 
 
posted by genjiito at 19:23| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年12月26日

京洛逍遥(745)全国高校駅伝男子と平野神社の桜

 昨日、北野天満宮の梅が2輪咲いたことを記しました。
 今朝から小雪が舞い散る中を、その梅を確認しに行くことにしました。昨日届いた段ボール箱の開梱に飽きたこともあります。気分転換です。

 バスに乗って出かけると、北大路バスターミナル駅に着いたところで運転手さんが、今日は高校駅伝がありちょうど北大路堀川あたりで交通規制にかかるので、しばらく待機することがあります、というアナウンスをなさいました。これまでに何回も金閣寺前で駅伝を見たので、今日は梅見に加えて駅伝見物もすることにしました。
 幸いなことに、バスは停まることもなく走りました。バスの車窓からは、往路のレースを観ることができました。

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 ワラ天神前でバスを降り、回転寿司のはま寿司で食事をして復路の選手が来るのを待ちました。
 近くの平野神社でレースを待っていたところ、境内の桜が開花していることに気付きました。早咲きの桜なのでしょう。ラッキーです。

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 しばらくすると、復路の先頭が走って来ることが沿道のざわめきからわかりました。先頭は、昨年の優勝校である広島の世羅高校です。

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 続く2位は、京都の洛南高校。

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 4位以降は接戦でした。

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 最終結果は、前回優勝した世羅(広島)が2連覇。2位は、日本選手のみでの高校最高記録を更新した洛南(京都)。前回2位の仙台育英(宮城)が3位。
 大小の雪を選手たちは身体に受けながら、熱戦を展開していました。若い頃にはテニスに明け暮れ、長距離走が得意だった私は、こうした若者たちを見るとつい一緒に走りたくなります。高校の教員をしていた時にも、耐寒マラソンや体育大会では生徒と一緒に走っていました。今は、走りたいという気持ちだけですが。

 今日の全国高校駅伝男子の成績は以下の通りです。
1位 世羅(広島)2時間1分21秒
2位 洛南(京都)2時間1分59秒
3位 仙台育英(宮城)2時間2分59秒
4位 大分東明(大分)2時間3分30秒
5位 佐久長聖(長野)2時間3分30秒
6位 倉敷(岡山)2時間3分44秒
7位 西脇工(兵庫)2時間3分50秒
8位 学法石川(福島)2時間3分50秒
9位 秋田工(秋田)2時間5分06秒
10位 鳥栖工(佐賀)2時間5分07秒
11位 八千代松陰(千葉)2時間5分11秒
12位 九州学院(熊本)2時間5分20秒
13位 国学院久我山(東京)2時間5分28秒
14位 出水中央(鹿児島)2時間5分28秒
15位 東海大相模(神奈川)2時間5分29秒

 都大路は、全国から集まった人々の応援で、いつもとちがう光景が展開していました。これから、京洛ではいくつもの駅伝が予定されています。機会を見て、沿道からの声援を送ろうと思います。

 この駅伝の応援で疲れ、自宅には昨日届いた段ボール箱が堆く積み上げられていることもあり、すぐ近くの北野天満宮の梅見は後日行くことにしました。
 節操のない気ままな京洛逍遥ですみません。
 
 
 
posted by genjiito at 18:39| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年12月25日

京洛逍遥(744)年の瀬の下鴨神社

 下鴨神社に行き、いろいろとあった今年の出来事の報告をして来ました。

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 神社の神札や御守や楽しい縁起物やグッズなどを頒布している授与所が、工事のために閉鎖となっていました。初詣には間に合いそうにありません。中門内の本殿前か、楼門の外の相生社授与所で手に入ります。

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 今年は特に悩ましいことが多かったので、御祖の神様にはお賽銭の額と釣り合わないほど多くのことをお話ししました。黙って聞いていらっしゃいました。

 輪橋の前の光琳の梅は、まだ硬い蕾です。

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 今日のニュースによると、北野天満宮では2輪の梅が開花したそうです。この下鴨の光琳の梅の開花が待ち望まれます。散策の折々に、蕾のふくらみ具合を楽しむことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:27| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年12月01日

京洛逍遥(743)初めて登った船岡山

 船岡山に初めて登りました。
 毎月のように、船岡山の南側斜面にある〈紫風庵〉で、三十六歌仙の絵と歌と『源氏物語』の勉強会を開いていました。しかし、バタバタするだけの日々のため、この山に登る機会がありませんでした。

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 この船岡山は、架蔵の『都名所図会』(秋里籬島編著、上下2冊、安永9年(1780)板本の校訂本)には次の絵図が掲載されています。

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 山頂から南面して、京都の町中を見渡しました。
 そばにあった案内図も一緒に掲載します。

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 この案内板には、次のような説明文が添えてあります。

船岡山
〜 標高111.89 メートル 〜
平安時代、清少納言が枕草子で「岡は船岡」と讃えました。また、貴族の清遊の地として多くの和歌が残されています。
 ~船岡の若菜つみつつ君がため子の日の松の千代をおくらむ(清原元輔)
 室町時代には京都北方の軍事上の要地としてしばしば合戦場となりました。応仁の乱の際には西軍が掘や陣屋などをつくり、応仁2年(1468) 東軍との攻防をくりひろげました。そのときの堀や土塁の痕跡を現在でもみることができます。
 歴史的重要性及び、市街地化した京都において遺構が良好に残存していることなどから、昭和43年に国の史跡に指定されています。


 右には、京都五山の送り火の左大文字が見えます。

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 広場には、今は使われていないサイレン塔が建っています。

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 少し下りると、建勲神社の境内を散策できます。

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 公園からは、東に比叡山も望めます。

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 その反対側の西には、佛教大学のキャンパスが迫っています。

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 有名なラジオ塔も健在です。
 側面の説明文は、次の通りです。

ラジオ塔の由来
このラジオ塔は、昭和10年(1935年)の船岡山公園開園にともなって、建造されました。
ラジオ塔は、昭和5年から戦中に掛けて、ラジオ放送を聴くために、全国で300基以上建造され、当時、たくさんの人々が集まり、塔から流れる放送に合わせて、体操をしたり、ニュ
ースを聴いていました。


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 応仁の乱の戦跡碑もあります。

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 この説明板の文章を引いておきます。

船岡山
 標高約百十二メートル、東西四百メートルの丘陵で、その優美な姿が船の形に似ていることから、この名が付いたといわれている。
 一説には、平安京造営の際にここが東西の基点となったともいい、「枕草子」でも、岡は船岡≠ニして讃えられ、平安時代には数々の祭祀が催され、また遊宴の場ともなり、人々の生活に密着していた。
 しかし、中世後期になると、戦略の要衝になり、応仁の乱(一四六七~一四七七)では、西軍の大内政弘、山名教之らがここに拠点を築いたが、応仁二年(一四六八)九月に東軍の細川勝元によって三方から攻め落とされた。
 また、戦国時代の永正八年(一五一一)八月には、この岡に陣取った細川澄元と細川政賢が、室町幕府の政権を奪い返すため丹波から入京しようとした足利義尹、細川高国、大内義典らの軍を迎え撃ったが、戦に破れて逃亡した。
 その後、大コ寺に寄進され、昭和六年(一九三一)に都市計画により船岡山公園となり、現在は国の史跡に指定されている。頂上からは市街地や左大文字、場所を変えると鳥居形以外の五山が望め、市民の憩いの場として親しまれている。
                    京都市


 文学的にも歴史的にも民俗的にも興味深い場所が、まだ自宅の近くに散在しています。
 京洛逍遥は、終わりのない散策であり小旅行でもあります。
 
 
 
posted by genjiito at 21:15| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年11月28日

京洛逍遥(742)下鴨神社と糺ノ森の紅葉

 賀茂川の中洲を浚う工事は、着々と進んでいます。ただし、これだけの土砂をいつまでに運びだすのか、気が遠くなります。堆積物はここだけではないので、なおさら根気のいる作業です。

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 散策路をブラブラと下鴨神社まで歩きました。紅葉は赤く色付いています。しかし、例年よりも鮮やかさが足りないように思います。

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 馬場に観光バスが停まっているのを見たのは、1年以上も前のことです。
 こうして、少しずつ観光客が増えていくのでしょう。

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 南に下って、河合神社の黄葉もきれいでした。左手の赤い紅葉の下に、鴨長明の方丈(再建)があります。

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 出町の三角デルタ越しに、左に比叡山、中央に大文字山、右に賀茂大橋、右下にクリスマスソングを練習中のブラスバンド部員たちが見えます。本ブログでは、画像をクリックすると、精細画像になります。

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 大文字の如意ヶ岳でも紅葉が進んでいます。

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 葵橋から北山を望みました。

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 帰り道では、鴨の群れを多く見かけました。

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 川風が冷たくなりました。散策に手袋がほしくなります。秋から冬へと移り変わっていることを、この川原での季節の変化から実感します。
 
 
 
posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年11月27日

京洛逍遥(741)散策の後は親バカですみません

 久しぶりに賀茂川を散策しました。風はまだ冷たくはありません。東京から帰ってからも、連日仕事に追い立てられていたので、余裕のない日々でした。
 北大路橋と出雲路橋の間の中洲は、積もり積もった土砂を取り去る作業が進んでいます。

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 霧雨に煙る比叡山を望む植物園の入り口付近は、紅葉が色付いています。明日は、色とりどりの木々を巡り歩く予定です。

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 さて、今月の『Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)1月号』(第9巻第1号通巻97号、プレジデント社、2021年11月25日)に、「スタートアップ新世代」として200社が発表され、その中に息子の会社が選ばれていました。
 親バカよろしく、その記事を紹介します。

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 まずは、ネットに掲載されている記事を引きます。雑誌の宣伝となってしまっていることはご寛恕のほどを。

リンクタイズ 株式会社(代表取締役会長 兼 Forbes JAPAN 発行人:高野 真)が運営する、グローバルビジネス誌「Forbes JAPAN」は11月25日、「新しい日本」をつくる存在として日本のビジネスシーンをけん引する起業家を表彰する「日本の起業家ランキング 2022」を発表しました。
(中略)
日本の起業家ランキングは11月25日発売の「Forbes JAPAN」2022年1月号の誌面で特集。上位受賞者のインタビュー記事や200社を網羅した2022年版「日本のスタートアップ図鑑」などを掲載しています。「新たなフェーズ」に突入した日本のスタートアップ・エコシステムの全貌が見えてくる「新・日本のスタートアップガイド」決定版として、内容盛りだくさんでお送りします。


 この雑誌の中で、「200 SUPERSTAR ENTREPRENEURS」という特集では、次世代の主役となる会社をリストアップしています。

200社一挙掲載!
日本のスタートアップ大図鑑
「スタートアップ新世代」の躍動―−。
「Forbes JAPAN」が見たスタートアップ・シーンのテーマは2021年も変わらない。
むしろギアチェンジして「加速・拡大・進化」している印象だ。
海外機関投資家の資金流入にともなう、華やかな大型資金調達の動きからVCによる創業期への投資拡大まで、全ステージでの飛躍的成長が見られる。
次なる主役、200社から見えてくるのは「明るい未来」の姿だ。(43頁)


 そして、その200社の中に息子の会社「ヤゴコロ」(https://yagocoro.co)が選ばれたのです。

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 紹介記事では、簡略ながら次の紹介文が記されています。

SOFTWARE すべての仕事をワンクリックで

ヤゴコロ

パワーポイントからホームページがつくれるノーコードツール「Slideflow」、最短30分のインタビューでwebサイトを24時間以内に納品できる「Talkflow」などを開発。


 若者が「明るい未来」を探し求めていることには、社会の第一線を退いた者の一人として、大いに応援したいと思います。これまでに私も、36年も前からのことながら、コンピュータを目の前に置き、多くの方々に助けられながら、夢を求めて『源氏物語』とデータベースの構築を模索する道を歩んで来ました。そして、そのバトンを次の世代に託す状況に置かれたことを実感し出していました。その若者の中に、自分の子どもがいることは、擽ったいようで気恥ずかしいようで嬉しいものがあります。
 先週末は、息子の住まいに泊めてもらいました。何を話したわけでもありません。我ら夫婦は勝手に話しかけ、息子は無視するでもなくひたすら本を読んで勉強をしていました。本好きな性格は、親譲りなのでしょう。もっとも、もう読書量では叶いません。自然体で最先端を突っ走る姿は、気持ちのいいものです。
 翌朝は、一昨日25日の記事に書いたように、気持ちよく神宮外苑の散歩に出かけました。
 
 
 
posted by genjiito at 20:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年11月16日

京洛逍遥(740)お火焚饅頭のこと

 今月から来月にかけて近所の市場やマーケットへ行くと、「お火焚饅頭」が店頭のお茶菓子のコーナーに並んでいます。五穀豊穣に感謝し無病息災などを祈る「お火焚き」の行事にちなんで、紅白の饅頭の頭に「火炎宝珠」の焼印を押した和菓子です。

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 この包装紙の裏には、次の説明が記されています。

火に感謝して、また火難より守るためお火焚饅頭をお配りし召し上がる風習の「お火焚祭」は現在に伝わる日本の大切な行事です。


 11月になると、「亥の子餅」がよく話題に上ります。しかし、この「お火焚饅頭」のことはあまり知られていないようです。全国的には、どの地域まで拡がっているのでしょうか。これが、茶の湯のお菓子ではないことが、拡がりの足枷になっているのかもしれません。

 糖尿病患者である私は、伝統的な文化の継承も大事だとばかりに、こっそりといただいて来ては口に頬張ります。甘い物が大好きな私は、いろいろと理由をつけては禁断のお菓子の実体験を繰り返しています。

 夜になると、家のまわりでは「火の用心」のかけ声と拍子木の音が響きます。今年も早いもので、年末を意識するようになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 19:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年11月14日

京洛逍遥(739)コロナ明けの気分で大集会中の鷺たち

 今日の散歩は、丸太町まで脚を延ばしました。片道8,000歩あるので、少し強行軍です。
 これまでも何度か書いたように、土砂が溜まり川幅が狭くなった箇所が多くなっていました。その中洲を重機を使って浚い、川砂を撤去する作業が始まっています。周りには、鷺が集まって作業を急かしているようです。

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 その下流は、大きな中洲が今にも川を堰き止めそうです。次はこの区画に手が入るのでしょう。

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 川中に多くの鷺が集っていたので、何の集会をしているのかしばしば見つめていました。鴨が何羽か仲間入りしています。

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 鴨も気持ちよさそうに群れています。

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 さらに下って、丸太町橋まで来ました。
 この橋の袂でも、土砂を取り除く作業が進んでいました。

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 丸太町橋から広角に写してみました。

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 これから春先にかけて、賀茂川の中洲は削り取られ、少しずつ川筋がすっきりとすることでしょう。
 今日も、川原をお掃除するボランティアの方々が、飛んできた紙袋や投げ捨てられていたゴミを、丁寧に拾って歩いておられました。この川は、市の職員の方々や委託を受けた業者だけではなく、こうした善意の活動をなさっている方々の手によって、きれいに保たれています。写真を撮ることは、失礼になるので遠慮しました。いつも、ご苦労さまです。そして、ありがとうございます。
 
 
 
posted by genjiito at 18:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年11月13日

京洛逍遥(738)その後の「ど根性松」

 過日、下鴨神社の東側を流れる高野川に架かる河合橋に、「ど根性松」が生えていることを取り上げました。
「京洛逍遥(733)出町柳ならぬ出町松」(2021年10月08日)
 そこでは、「この松が、「鴨川デルタ」にある鴨川公園へと、来年春までには移植されるそうです。」と書きました。しかし、これが来春ではなくて、早速今月8日の夜に、約70メートルほど西の鴨川公園のデルタ地帯に植え替えられたのです。

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 今日、通りかかったので、移植先の鴨川公園で新しい生活を始めたばかりの松を見てきました。
 次の写真は、河合橋の手前の出町橋から鴨川デルタの出入り口近くに移し替えられた松を撮ったものです。松林の中の白い幕に囲まれたところに、「ど根性松」が新生活を始めています。

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 高野川と賀茂川の合流地点に架かる賀茂大橋や、河合橋越しに比叡山も望める地に引っ越しをしたのです。

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 このデルタ地帯が、これからは「ど根性松」の終の住み処となります。

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 河合橋で生きていたそのままに、鉄筋コンクリートごと切り取ってここに移動させたものです。
 この引っ越しを報じた毎日新聞ウェブ版(2021/11/9)には、次のような解説があります。
 樹木医の林眞理(まこと)さん(61)=京都市右京区=によると、ど根性松の樹齢は20年ぐらい。樹種は、潮をかぶるような海岸線などに生えるクロマツという。ど根性松も橋のアスファルト舗装の下に根が潜り込み、アルカリ性であるコンクリート(南北約1メートル、東西約2メートル四方)に張ることで、土がまったくない隙間(すきま)でもうまく育ったと考えられる。
 過酷な環境を生き抜く上で、何より見逃せないのが「外生菌根菌」と呼ばれる菌の存在。菌は松の根の“手足”となって水分や栄養分を集めて松に与え、松は光合成した糖分を菌に与えることで共生している。そのため、この共存関係を守るという最新の知見を基に、コンクリートごと移す選択をしたという。
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 「引っ越し大作戦」は8日午後9時、35トンクレーンの横付けから始まった。作業に当たった土木建設のプロは10人余り。根を張るコンクリート内の鉄筋を切断する際には、クレーンで松と土台のコンクリートを一緒につり上げて落下しないよう支え、根や枝を極力傷つけないよう細心の注意を払った。作業は段取りよく進み、2時間余りで約70メートル先の新天地へと移植した。
 9日朝には、林さんが根を切った部分を殺菌。発根促進剤や、今度は土から栄養を集める外生菌根菌の胞子をまいて手当をした。だが、林さんは「新たな菌とどれだけ共生できるかは未知数。根付く可能性は低い」と懸念する。移植で初めて明らかになったど根性松の根は、途中で進めなくなったのか、大きく「く」の字を描いていた。新たな試練にも、どうか生き延びる道を見つけてほしい、と多くの市民が見守っている。【南陽子】

 この松がこの地に根付き、新しく元気に生きる姿を見せてほしいものです。
 時々、その様子を見に来ようと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:12| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年10月17日

京洛逍遥(737)めっきり寒くなり川風が肌身にしみます

 今日から急に寒くなりました。
 賀茂の川風の冷たさが耳で感じられます。
 これからの散策では、もう一枚羽織る必要がありそうです。

 柿を啄ばむ鳥を見つけました。
 画像検索をしたところ、サメビタキの仲間のクロヒタキという鳥が一番近いように思えます。すみません、素人判断です。

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 今日は鴨が特に多かったように思います。

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 鷺はペアが多い日でした。

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 鷺と鴨が仲良く遊んでいます。

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 我が家では、今日からガスストーブを出しました。例年は9月下旬にストーブを出します。
 少し遅れての冬支度に入ります。
 
 
 
posted by genjiito at 18:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年10月11日

京洛逍遥(736)植物園前の欅並木と河原の鴨と鷺たち

 北大路通りから植物園に続く道は、気持ちのいい欅並木になっています。もう少ししたら、黄葉から紅葉へと色のグラデーションが楽しめます。

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 この道の左側を南北に走るのが、半木の道の散策路と賀茂川です。
 河原に出ると、鴨と鷺たちが寛いでいます。

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 目の前を2羽の鷺が通りすぎました。

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 新型コロナウイルスの蔓延が少し落ち着きを見せているせいか、河辺の様子も日ごとに秋らしさを増していきます。風も気持ちのいい涼しさなので、長袖で散策してちょうどいい気候になりました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年10月10日

京洛逍遥(735)『都名所図会』(2)相国寺と藤原定家の墓

 昨日行った上御霊神社からすぐ南にある相国寺に行きました。賀茂川の散策の途中で立ち寄ったので、東の参道からお参りしました。

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 『都名所図会』では、冒頭の上御霊神社の次に相国寺が掲載されています。

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 御所から丸太町通り越しにまっすぐ北に進むと、方丈と承天閣美術館に突き当たります。

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 境内の東にある「大通院」の看板の文字は、どうしてもそのすべてが読めません。

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 右側の「本派専門道場」は読めます。しかし、左側の看板に書かれた文字は「碧巌録」までは読めても、その後の2文字がわかりません。帰ってから調べると、「碧巌録提唱」と書かれていたことがわかりました。禅問答をしているような文字の形です。

 袴腰付鐘楼の横に、宗旦稲荷社がありました。

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 ここには、千利休の孫の宗旦に化けた狐が祀られています。
 相国寺のホームページの解説(https://www.shokoku-ji.jp/guide/)からその逸話を引きます。

鐘楼の北に祀られている宗旦稲荷。ここには宗旦狐の故事が伝わっています。
江戸時代の初め頃、相国寺境内に一匹の白狐が住んでいました。その狐はしばしば茶人・千宗旦(1578−1658)に姿を変え、時には雲水にまじり坐禅をくみ、また時には寺の和尚と碁を打つなどして人々の前に姿を現していました。
宗旦になりすましたその狐は、近所の茶人の宅へ赴いては茶を飲み菓子を食い荒らすことがたびたびでしたが、ある時、宗旦狐は相国寺塔頭慈照院の茶室びらきで、点前を披露していました。驚いたことにその点前は実に見事なもので、遅れてきた宗旦はその事に感じ入ったといいます。これも、宗旦の人となりを伝えた逸話です。
その伝承のある「い神室(いしんしつ)」は現在でも慈照院に伝えられています。茶室の窓は、宗旦狐が慌てて突き破って逃げたあとを修理したので、普通のお茶室より大きくなってしまったとのことです。
宗旦狐は店先から油揚げを盗み、追いかけられ井戸に落ちて死んだとも、猟師に撃たれて命を落としたとも伝えられています。化けていたずらをするだけでなく、人々に禅を施し喜ばせていたという宗旦狐の死を悼み、雲水たちは祠をつくり供養しました。それが今でもこの宗旦稲荷として残っています。
この逸話は文献を調べてみると、儒学者として名高い尾張藩士の深田香実が1830年(天保元)に発刊した『喫茶余録』の中に出てき、これが初出だと思われます。


 方丈に向かって歩いていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。突然のことでキョロキョロしてよく見ると、我が家のすぐ近くの方でした。毎朝のように玄関先で挨拶をしています。しかし、お互いにどんな仕事をしているのかは、話したことがありません。定年後にお手伝いで相国寺さんに来ているのだそうです。博識の方なので、相国寺のお話をしていると、藤原定家と伊藤若冲と足利義政のお墓がある場所を教えてくださいました。
 ちょうど、『都名所図会』の相国寺の頁で右上隅にある「定家公墓」が今はどこにあるのか、お寺の方に尋ねようと思っていたところでした。

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 このお墓については、寺内に案内の標識などはまったくないので、教えていただかないと探し当てることができません。
 私は、奇遇に恵まれた人生を送っていることを、日々実感しています。特に、人との出会いには恵まれています。僥倖という表現もできます。漢語が大嫌いな私は、このブログでもこうした熟語は意識して意地になって使わないようにしています。しかし、「奇遇」とか「僥倖」という言葉は使いたくなることが多くて困っています。今日もそうです。

 定家の墓について、『都名所図会』には次のように記しています。

塔頭普光院の竹林には黄門定家卿の墓あり。(墓前に石灯籠一基あり。銘に曰く、貞享三年臘月、右中将為経卿建之とあり)


 参考までに角川文庫『都名所図会』(昭和44年3月再版)の脚注を見ると、「普光院」について次のように書かれています。

正しくは普広院。足利義教の塔所。当地はもと冷泉家の邸地であったが、建立にあたって邸内の定家墓と共に譲り受けたと伝える。(32頁)


 確かに、すぐ南には同志社大学の敷地と同じくして定家の流れを伝える冷泉家が今も昔のままにあります。おそらく、このことについては詳しい報告があると思われます。後日報告できるように調べておきます。詳しい方からのご教示をいただけると助かります。

 これまでに本ブログで相国寺について触れた記事は、以下のものがあります。
 
「読書雑記(30)水上勉『雁の寺』」(2011年01月07日)

「源氏千年(37)錦織の源氏絵巻に驚嘆」(2008年04月29日)
 
 
 
posted by genjiito at 20:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年10月09日

京洛逍遥(734)『都名所図会』(1)上御霊神社

 京都を気儘に散策しながら記してきた「京洛逍遥」も、次第に整理がつかなくなりました。しかも、コロナ禍においては、自宅から歩いて行けるところが中心となり、切り口がワンパターンとなっています。
 そこで、緊急事態宣言が解除されたこともあり、江戸時代に刊行された京洛名所案内としてもっとも知られている『都名所図会』(秋里籬島編著)を片手に、取り上げられている場所を順番に歩くことにします。
 幸い手元には、大正4年(1915)に刊行された『都名所図会』(上下2冊、安永9年(1780)板本の校訂本)と、『拾遺 都名所図会』(上中下3冊、天明6年(1786)板本の校訂本)があります。図版などは、架蔵本が鮮明なので、今後はここから引きます。

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 なお、国際日本文化研究センターから「平安京都名所図会データベース」が公開されています(https://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/kyoto/?_ga=2.215913431.1152906200.1633774715-2086870358.1633774715)。今回の上御霊神社のことは「https://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/kyoto/page7t/km_01_001.html」で確認できます。
 また、『都名所図会』に記述されている内容や謂われの吟味と現在の場所などについては、多くの報告書や研究書があるために一々はふれません。とにかく、今回の探訪記では、現状を写真で確認する報告としていきます。

 まず、『都名所図会』に掲げられている図絵から。

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 現在の境内とほぼ同じようです。もちろん、細かく見ると摂社末社の位置が違います。他の社寺が大きく異なっているところが多いので、そうした違いは今は問題にはしません。
 左上には、次のように記されています。

御霊社記
君可代を
 守らん
 とてや
九重尓
  ち可く
   八所
宮ゐしむらん
    高清


 ここの「八所」とは、現在の祭神でいうと次の八座となります。いずれも、罪なくして横死した人々です。

早良親王(桓武帝同母弟)、井上内親王(光仁天皇皇后)、他戸親王(光仁天皇皇子)、藤原吉子(伊予親王母)、文屋宮田麿、橘逸勢、吉備真備(又は、文武天皇皇女吉備内親王)、火雷神(菅原道真とも)


 上御霊神社の楼門と南門の写真から掲げます。

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 南門を入ってすぐ左側に、応仁の乱で東陣の総大将であった細川勝元の後裔である細川護煕元首相が揮毫した石碑が建っています。

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 そこから拝殿と本殿を見ます。

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 境内をパノラマ撮影しました。ゆったりとした、手入れの行き届いた境内です。

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 楼門から西に向かって出ると、すぐ左角に入りたくなる和菓子屋さんがあります。

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 この神社は、その回りに中川が流れていたことが『都名所図会』の左下に記されています。絵を見ると、立派な川です。しかし、今はこの面影はありません。この川が、京都御所の東隣にある廬山寺や梨木神社の前を流れ、『源氏物語』では第3巻「空蝉」巻に出てくることなどは、また後日まとめて触れます。
 これまでに本ブログで、この上御霊神社のことは2度ほど取り上げています。
 参考までに記しておきます。

「京洛逍遥(318)上御霊神社の御霊祭」(2014年05月18日)

「京洛逍遥(426)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)
 
 
 
posted by genjiito at 20:42| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年10月08日

京洛逍遥(733)出町柳ならぬ出町松

 出町柳で、賀茂川と高野川が合流して鴨川となります。その合流地点の三角州を「鴨川デルタ」と言っています。(次図はGooglemapより、写真をクリックすると精細表示となります。)

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 今日は、そこで何かイベントがあるのか、着物姿の男女の学生たちが集っていました。先日紹介した写真では、この「鴨川デルタ」で歌や踊りを楽しんでおられました。
 次の写真では、右を流れるのが賀茂川、左を流れるのが高野川、この2つの川がまさに奥の賀茂大橋で合流しています。

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 その合流地点の手前の賀茂川には出町橋が、高野川には河合橋が架かっています。その河合橋の駅寄りに、逞しい松が生えていることが話題となっています。

 毎日新聞ウエブ版(2021/10/2 11:12)では、次のように紹介しています。

「ど根性松」橋の欄干からニョキ 工事受け鴨川公園に移植へ 

【南陽子】

 京都・高野川に架かる河合(かわい)橋(京都市左京区)に、長さ2メートルほどの松が生えている。欄干の基礎部分と橋の床面との間を押し広げて枝幹(しかん)を伸ばし、青々とした松葉を茂らせる姿に、いつしか「ど根性松」と呼ばれ、行き交う人たちに愛されてきた。ところが橋の拡幅工事のため、今冬までに長年のすみかを離れることに。新天地でも“根気強く”根付くか、ファンは気が気でない。
 世界遺産・下鴨神社にほど近い、出町柳駅の目の前。河合橋の東端北側から上流へ身を乗り出すように、その松は生えている。少なくとも15年前にはあったらしく「目立ち過ぎて切られたらいけない」と心配し、背丈を適宜短く剪定(せんてい)する人がいた、という話もある。2014年にはトラックが欄干に追突して傷を負う事故もあったが、その後も悠々と風光を受けて暮らし、観光客にも知られる存在となっている。(下略)


 この松が、「鴨川デルタ」にある鴨川公園へと、来年春までには移植されるそうです。一安心です。

 ちょうど通りかかったので、私も数枚の写真として記録を残しておきます。

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posted by genjiito at 19:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2021年10月04日

京洛逍遥(732)夕刻の中洲と鴨と鷺たち

 夕刻の賀茂川散策では、川風が涼しく感じられました。もうすっかり秋です。
 鴨たちは晩ご飯を食べるのに余念がありません。
 中洲が川の段差まで伸びてきました。ズルズルと下流にまで流れていきそうです。

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 勢いよく水が流れ落ちる場所で、鷺がジッと水しぶきと白い泡を見つめていました。こんな時によく、泡の中から流れ落ちて来る魚を捕まえています。今日も、そのタイミングを狙っているかのようです。

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 鴨が水を飲むために嘴を差し出したかのような形の中洲を見かけました。これも、ズルズルと下流に移動してきたのでしょう。ユニークな形で、散策する者を楽しませてくれます。誰が形作ったものでもない、自然が為せる巧まざる造形美だと言えるでしょう。

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 3羽の鷺が、思い思いのポーズを見せています。みんな、夕食を探しているようです。

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 川向こうの紫明通りから西山にかけて、夕陽が空を赤くし出しました。

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 北山大橋から西、川向こうの西賀茂あたりの空が、しだいに茜色に染まってきました。これから陽が落ちるのは一気です。秋の夕景が楽しめる、いい季節になりました。

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2021年09月27日

京洛逍遥(731)眼科の後は鷺と鴨を見ながら歯科へ

 今日は、京大病院の眼科へ通う日でした。右目はほとんど違和感がなくなっています。
 前回、次にもう一度ということだったので診てもらいました。
 ヘルペスは完治したようです。しかし、素人判断でもう大丈夫だろう、というのは良くないようです。先生は慎重でした。ヘルペスはもう心配ないとしても、3ヶ月は様子を見ましょう、と言うことでした。次回の診察は来月です。それで終わりになるようです。丁寧な診察に感謝しています。
 こんなに長引いたのは、最初に私が塗り薬を上瞼のシコリに塗ったためです。目の中に塗り込めるものだったのです。怖くて、指示をすっかり勘違いしていたのです。それでも、大事に至らず、治りが少し遅くなっただけで幸いでした。

 夕方から歯医者の予約が入っています。それまで少し時間があったので、移動の途中で賀茂川をブラブラしました。もう秋の風が吹き渡っています。
 中洲が大きく成長し、川筋が見えなくなっています。この状態で颱風を迎えたらどうなるのか、心配になります。

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 散策路の半木の道も、日差しは秋です。

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 飛び石のトントンの真ん中から、川上と川下を写しました。
 川上は、北山大橋越しに北山あたりを見ました。

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 川下は、北大路橋越しに出町方面を見ました。

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 穏やかな天気です。川中では、鷺や鴨がのんびりと秋の気配への移り変わりを楽しんでいます。

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 比叡山がきれいに見えました。

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 大文字の如意ヶ岳には、今日も人影が見えます。

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 和やかな気持ちになってから、歯医者へと向かいました。
 小さなことながら、いろいろなことをして日々を過ごしています。
 今日は充電の一日となっています。
 
 
 
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2021年09月24日

京洛逍遥(730)紫野にある紫式部の墓所

 今日の散策は、出雲路橋を起点として鞍馬口通りをひたすら真っ直ぐに西へ歩きました。いつもの折り返し地点である烏丸鞍馬口よりもさらに西に進むと、堀川紫明に出ます。堀川通りの交差点を右に曲がって北に進むと、淡交社の斜め向かいに紫式部のお墓があります。
 島津製作所紫野工場のすぐ北が紫式部の墓所です。自宅から20分。真っ直ぐに歩いて来たのは初めてだったので、予想外に近いことを実感しました。

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 入口のムラサキシキブはみごとに稔り、この場所を盛り上げています。
 中の墓域は、いつも手入れが行き届いています。紫式部顕彰会の方が面倒を見ておられると聞いています。

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 柘榴が実っていました。いつからあるのでしょうか。
 この前に来たのはいつだったのか、本ブログで検索してみました。4年ぶりでした。
 少し詳しく紹介したのは次の記事です。

「京洛逍遥(432)紫式部と小野篁の墓所で見た蜜柑」(2017年03月08日)

 その年の秋には、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の文学散歩のイベントで来ています。

「京洛逍遥(473)源氏物語散策(第2回)大徳寺周辺とお茶会」(2017年11月12日)

 紫式部のお墓と向かい合うようにして、顕彰碑が建っています。角田文衛先生が1989年春に記された文が刻まれています。

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 墓所から東向きに堀川通りを見やると、ここがいかに別空間にあるかがわかります。

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 コロナ禍が一段落したら、京洛逍遥の折に立ち寄る場所に加えてみてはいかがでしょうか。名所旧跡とは一味違った趣のある、自分の歴史探訪の一箇所になることでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 19:29| Comment(0) | ◎京洛逍遥