2023年04月04日

京洛逍遥(828)半木の道で枝垂れ桜を堪能する

 京大病院で2つの科の診察が終わると、今日が満開のはずの賀茂川に行くことにしました。かつて乗り降りしていたバス停の植物園前で降り、北大路橋から河原の遊歩道に出ました。府立植物園沿いの半木の道は、ちょうど一年前までは毎日のように歩いていた散策路です。枝垂れ桜が、去年と同じように満開です。

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 その内側の半木の道の植物園側は、よくその日陰で弁当を持ち込んで食べたところです。

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 南の北大路橋を望むと、颱風で根こそぎ倒れた桜も立派に育ち、みごとな桜並木をみせています。

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 トントンと呼んでいた飛び石が、植物園が迫る対岸への道案内をしています。左奥が北山です。

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 変わらない景色の中に身を置くと、何となく落ち着きます。
 しばし、枝垂れ桜が咲き並び咲き誇っているのを見ながら、ここに昨年までいた15年間を思い出し、妻とあんなことがあった、こんなこともあったと、思い出語りに時のたつのを忘れていました。手前の右岸に5年、川向こうの左岸に10年住んでいたのです。穏やかな賀茂川沿いを歩きながら、多くのことを考えたものです。
 昨春からは、流れの速い宇治川沿いに住まいを移しています。昨日は、この賀茂川と宇治川が合流する伏見港周辺を散策しました。こうして、京洛逍遥を楽しんでいます。
 
 
 
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2023年04月02日

京洛逍遥(827)宇治川派流で十石舟に乗れず桜吹雪を満喫

 かつて豊臣秀吉が、伏見城と共に水運の基礎を築いた伏見港は、京都と大坂をつなぐ港町として栄えました。今は一大干拓事業によって埋め立てられてしまった巨椋池から、宇治川を分離した水路を整備した結果です。それをさらに発展させたのが徳川家康です。その港町伏見が、今日は桜で多くの人を集めています。次の地図は、NPO法人伏見観光協会のホームページ(https://kyoto-fushimi.or.jp/fune/)からの引用です。

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 角倉了以が開削した高瀬川は、この伏見港を中継基地としていました。まさに京都の南の出入り口だったのです。そして、物資や旅人などを乗せていた十石舟と三十石舟が、今は観光の船として人気を博しています。
 その伏見港で十石舟に乗ろうと思い、散策がてら行きました。しかし、桜の花見の最終日ということもあり、残念ながら乗ることはできませんでした。

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 宇治川派流の水辺で十石舟を見ながら、桜の木陰に座って持参のお弁当をいただきました。

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 龍馬通りを少し西に行くと、「龍馬とお龍、愛の旅路」と題するブロンズ像があります。このタイトルは、妻と一緒に見るには照れくさくなり、口数も減ります。

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 このことと寺田屋の様子は、前回ここに来た時の記事に書きました。この宇治川派流については、その報告「京洛逍遥(816)伏見港と寺田屋と龍馬通り」(2022年12月27日)に譲ります。
 この像の先では、桜まつりが賑やかに行なわれており、狭い散策路に露店がぎっしりと並んで花見客を呼び込んでいました。のんびりとした散歩で来ているので、ここはパスしました。
 もう花吹雪が川面にビッシリと浮かんでいます。今年は殊の外、お花見も駆け足となっているようです。

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 なお、途中で月桂冠大倉記念館の近くのお店の軒先で、次の提灯を見かけました。

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 「ロール▲ゃべつ」と書いてあり、「▲」が読めません。その下には、「ロールきゃべつ」の文字があり、お人形さんの前にもロールきゃべつが置かれています。

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 さて、この「▲」は「き」以外に考えられません。それにしても、あまりにも左横に寝転がった「き」なので、なぜこんな形にしているのか、その意図がよくわからないままです。どなたか、教えてください。
 
 
 
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2023年04月01日

京洛逍遥(826)府立宇治公園のさくらと陶器まつり

 新しい年度の始まりです。
 昨年の3月31日に宇治の新宅の鍵を受け取り、4月1日に入居し、新しい生活を始めました。今日で宇治での生活は、ちょうど1年です。いろいろなことがあった1年がとにかく過ぎ、こうして無事に2年目に入ったことは感慨無量です。

 宇治橋の上流、府立宇治公園で宇治川桜まつりが開催されています。同時に、炭山陶器まつりもやっているので、行ってきました。
 朝霧橋のたもとの橘島には、多くの屋台が出ています。

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 行き交う遊覧船には、子供たちの姿が多く見られました。今日4月1日に入学式が多い大学と違って、小・中・高校は来週だからでしょうか。

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 喜撰橋を渡った浮島十三重石塔のあたりには、炭山の陶器市が拡がっています。

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 20年以上前に、この陶器市で見つけた青海波の模様のコップが、2つ共に取っ手が取れたので、それからは同じものを探していました。今日、覚えていた陶房で、同じ青海波の模様のコップを見つけました。ただし、取手のないものです。

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 迷った末に、今回はその横にあった蕎麦猪口の方をいただきました。陶房の方が、これでコーヒーなどを飲んでいるとおっしゃったので、それならと思って形を変更しました。併せて、栗を描いた抹茶茶碗も。中国に金を買い占められているために、金が貴重になっているとのことでした。別のところでは、いびつな形をした黒茶碗もみつけたのでいただきました。。

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 昼食は、料理旅館「鮎宗(あいそ)」の宇治川に張り出した川床の部屋で、「鰻いいむしミニざるセット」にしました。桜吹雪が舞い散る様子を見ながら、時間がゆったりと進んでいくのんびりとした休息となりました。

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 蒸し鰻も茶蕎麦も、私のお腹にはちょうどいい優しい味でした。
 外の気温は25度だそうです。しかし、風が心地よかったので、いいお花見の一日となりました。
 
 
 
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2023年03月27日

京洛逍遥(825)京都駅前の渉成園(枳殻邸)の桜

 京洛の桜は、満開の所が多くなりました。京都駅に行く用事があったので、その帰りに駅から歩いて10分もかからない渉成園(枳殻邸)に行きました。

 しばらくここには来ていません。今から30年ほど前の1995年に大阪明浄女子短期大学に勤めていた頃、学生を連れて『源氏物語』の文学散歩で来ました。翌年には、社会人講座の受講生のみなさまと一緒に、この渉成園に来ています。それ以来です。駅に近いため、またこの次に、と思っているうちに月日が経ったのです。近くて便利なために足が遠のくことは、大阪の天王寺公園内にある林泉回遊式庭園「慶沢園」や、奈良の東大寺の近くにある池泉回遊式庭園「依水園」などもそうです。近くを通りかかるのに、これらの園地にも30年以上も足を踏み入れていません。そういえば、京都タワーや通天閣や東京タワーもそうしたもの一つです。近くて遠いものとでも言うのでしょうか、おもしろいものです。

 今日は、渉成園の桜が見事に咲いてるというネットのニュースを見かけたこともあり、フラリと立ち寄りました。あまり日本の観光客は来ないようです。海外の方が多かったのは、ガイドブックのせいでしょう。日本人は、あまりにも京都駅に近いために、後回しにしているようです。

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 この渉成園は、光源氏のモデルの一人とされている源融の邸宅があった、六条の河原院の旧跡として言い伝えられ、北村季吟などが唱えていました。今も園内には、「源融ゆかりの供養塔」や「塩釜の手水鉢」があります。しかしその根拠が曖昧であり、今では賛同が得られていません。鎌倉時代の『拾芥抄』などによると、もっと東北にあったとしています。そうであっても、この園内を歩くと、『源氏物語』の六条院を思い起こしながら楽しい散策ができます。

 1時間もあれば、京都駅を出発点にして、ゆったりと平安時代の邸宅の雰囲気を体感できます。お勧めの文学散歩のコースです。

 帰りに近鉄京都駅のトイレの前で、その標識に目が留まりました。連日、変体仮名のことを考えているせいか、「个厠」と書かれている「个」が、変体仮名の「介」ではない「个」に見えたのです。よくよく見ると、矢印の「↑」なのです。おもしろい表示を見付けたので、早速これからの講座で提示する教材の一つとして撮影しました。

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2023年02月26日

京洛逍遥(824)『源氏物語』の宇治十帖古跡巡り

 小雪が舞い散る中を「JRふれあいハイキング ひと足お先に紫式部『源氏物語(宇治十帖)』」に参加してきました。宇治に点在する源氏物語の古跡10個所を歩くイベントです。サブタイトルは「江戸時代の宇治十帖の古跡 宇治にあってほしいと思った場所めぐり」
 朝9時半に JR宇治駅南出口の観光案内所前に集合しました。10人1グループで、3組が約8キロ、3時間のハイキングに出発しました。保険・資料代は500円です。

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 案内は、宇治観光ボランティアガイドクラブの向山さんです。胸には、赤の総角結びの飾り紐を付け、わかりやすい説明を聞きながら楽しく回りました。

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 まず、宇治橋の袂に佇む紫式部像の前の「54 夢浮橋」の古跡を示す石碑から始まります。

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 次に橋姫神社の境内です。「45 橋姫」の巻名を刻んだ石碑はありません。

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 宇治橋を渡って左側にあるのは「50 東屋」。

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 今日は、ちょうど宇治川マラソン大会が開催される日で、宇治橋東詰は警察や救急車の準備が整い、ランナーを待っているところでした。

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 「46 椎本」の石碑には、「椎」と「本」の右横に「ヶ」という文字があります。いつ、誰が刻んだのでしょうか。その向こうの石鳥居には、「椎可本」とあります。

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 「53 手習」を見て道を右に渡って「51 浮舟」のある三室戸寺へと歩いていると、マラソンランナーが一列になってハイキングをする我々を抜いて行きました。「51 浮舟」の石碑は三室戸寺の中にあるので、今日は見ませんでした。

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 歩いている道には、案内のパネルが埋め込まれています。

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 「52 蜻蛉」の石碑の横には、仏様が線で刻まれています。

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 3月中旬まで、源氏物語ミュージアムは閉館なので、横を通り抜けて「47 総角」の碑を見ます。

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 宇治上神社に立ち寄ってさらに進むと、「48 早蕨」の碑。

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 朝霧橋の袂の匂宮と浮舟のモニュメントの後ろは、国宝源氏物語絵巻の「橋姫」巻で、薫が宇治の姫君たちを垣間見する場面を浮き彫りにした屏風です。

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 最後は、朝霧橋と喜撰橋を渡って「49 宿木」の古跡を見ました。

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 その後ろには、宇治川越しに偶然ながらヤドリギが見えました。

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 最初の紫式部像の前で解散です。みなさん、ガイドさんと親しく話ながらのハイキングで、大満足のようでした。

 以上、駆け足での紹介となりました。今日歩いたのは、19,163歩。いつも、8,000歩をメドにしているので、よく歩いた一日となりました。

 いつか、ゆっくりと石碑を一つずつ説明したいと思っています。また、50数年前から撮り溜めた宇治十帖の古跡の写真が手元にあるので、石碑の周辺の環境の変化なども含めて、書き残しておきたいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:23| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年02月16日

京洛逍遥(823)桃山天満宮の梅と御香水で淹れたコーヒー

 寒さが少し緩んだこともあり、気ままに先週行った御香宮を散策してきました。
 桃山天満宮の梅は、先日よりも一層華やかに咲き出しています。

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 御香宮神社の本殿の横には、名水百選にも選ばれた伏見の御香水が湧き出ています。伏見は酒どころでもあり、水は格別のようです。持参した水筒2本にいただき、持ち帰ってコーヒーを淹れました。ハグで選び抜かれた豆を焙煎したものを使っているので、至福の一杯となります。

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 「珈琲焙煎工房 Hug」については、「珈琲焙煎工房 Hug で豆の選別と焙煎を体験」(2019年10月03日)に詳しく書きました。選りすぐりの豆を焙煎したコーヒー豆を、一度お試しいただければと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 21:10| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年02月12日

京洛逍遥(822)岡崎公園の大道芸と細見美術館

 京都駅から市バスで岡崎公園へ行き、久しぶりに平安神宮をお参りしました。

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 この応天門の前に立つと、苑内で開催されたべにしだれコンサートを思い出します。
 岡崎公園では、「京都おいも大作戦」というイベントが賑やかに行なわれていました。

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 その公園の南では大道芸が始まっており、おもしろくてしばらく魅入ってしまいました。演者は「快斗さん」という男性です。弁舌さわやかに、取り囲む家族連れなどを釘付けにしておられました。私も、つい最後まで楽しみました。熱演だったので帽子に寄付を入れました。

 お腹が空いたので、すぐ近くの京都市勧業館「みやこめっせ」の中のレストラン「GRILL TERRACE ABURU」(炙る)に入りました。以前はカフェレストラン「浮舟」がありました。「ABURU」は、昨年4月に新たにオープンした、セルフサービスの開放的なカフェレストランです。食材は、京都市中央卸売市場から仕入れる京野菜や果物。また京都の銘柄豚である京都ぽーくなどを使用するなど、いろいろと工夫があります。
 そして何よりも、テラス席からは『源氏物語』の千年紀を記念する光源氏と紫の上の像がすぐそばで見られます。歌碑には『源氏物語』「須磨」から引く、光源氏の「身はかくて〜」と紫の上の「別れても〜」が刻まれています。

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 この像については、「京洛逍遥(344)京大病院での検査はギリギリセーフ」(2015年01月05日)の後半に詳しく報告した通りです。そこに書いたように、なぜ「レストラン 浮舟」の前に須磨へ旅立つ光源氏と紫の上の別れの場面を表現した像が置かれたのか不可解でした。しかし、レストラン「浮舟」がなくなったことにより、一つの疑問は解消しました。ただし、まだなぜ「須磨」に関係する像があるのかは不明です。

 食後に、向かいにある細見美術館へ行きました。今日は「細見コレクション 江戸時代の絵画」を展観していました。
 気持ちのいい展示室です。「きりぎりす絵巻」(住吉如慶)、「源氏物語図色紙 初音」(土佐光吉)、「伊勢物語かるた」(伝 葛岡宣慶 書)、「俊寛図」(岩佐又兵衛)などを、じっくりと拝見しました。
 いい美術館です。しかし、高所恐怖症の私は、展示階の移動と帰りに歩く階段が苦手です。下を見ると足がすくむのです。何とかしてもらいたいと思いながら、あくまでも個人的な事情なので我慢するしかなさそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年02月10日

京洛逍遥(821)桃山天満宮で梅と歌碑を楽しむ

 近鉄桃山御陵前駅を降りると、すぐ右は大手筋商店街です。賑やかなので、これまでに何度か来ています。この商店街を突き当たって左が龍馬通りです。
 駅前で左に目を転ずると、立派な御香宮の鳥居が見えます。

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 鳥居を潜ると、大手筋の通りに面して表門が迎えてくれます。これは、伏見城の遺構の大手門で重要文化財です。駅に接するように佇んでいます。

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 御香宮神社へ向かう参道に、桃山天満宮がありました。

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 その境内には、伏見城跡残石として伏見城の石垣の石が数多く置かれています。そして、本殿の横の梅の木には、数輪の花がみごとに咲いていました。来週には満開となることでしょう。

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 桃山天満宮の本殿の前には句碑と歌碑がありました。訪れた所の石碑や扁額に書かれた変体仮名を読むのが趣味と化している私は、つい立ち止まって読んでしまいます。墨で書かれたものとは違い石碑に刻まれた文字なので、難解なものがいくつもあります。四苦八苦の末に、何とか読むことができました。

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 【梅】可【香】耳のつ登     【翁】
     【日】のて流【山路】可那
 ※「て流」の「て」は次の写真を見ればわかるように、「て(天)」でいいのか躊躇いがあります。ご教示をお願いします。

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 芭蕉の句の左には、去来の句が刻まれています。

 【応/\】登いえと【敲】くや【雪】の【門】
                   【去来】

 また、歌碑もあげます。これは、東久世通禧(みちとみ、明治初期の公家)の和歌です。

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 【仙人】のむ可し能  【千代】の可をり尓【残】里
   あ登盤【白菊】の   介類可な 【正二位通禧】

 御香宮神社の本殿では、3人の高校生らしき女性が祈祷を受けておられました。この神社の主祭神は神功皇后で、安産・子育て・厄除けの神として知られています。どうでもいいことながら、受験の合格祈願なら表門を入ってすぐの桃山天満宮なのに、ご丁寧に神主さんに直々にご祈祷を挙げてもらうのは何のお願いなのかな、と一人で思いを巡らしました。本当に、余計なことです。
 伏見の七名水の一つとして有名な御香水は、水筒を忘れて来たのでまた今度にします。小堀遠州ゆかりの石庭も、その時にしましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年01月05日

京洛逍遥(820)レストラン「キエフ」と八坂神社への初詣

 銀座のロゴスギーで、ピロシキとボルシチがおいしかったことを思い出しました。そこで、京都でも食べられないかと思って調べてみると、祇園にロシア料理「キエフ」というレストランがあることがわかりました。善は急げを信条とする私のこと、思い立つとすぐに出かけました。

 場所は、京阪の祇園四条駅からすぐです。そのはずが、南座から四条通を挟んで北の狭い道を入ったところだったので、周りを一周してしまいました。

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 ランチョンマットにロシアとウクライナの地図やロシア語とウクライナ語の挨拶などが書かれています。

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 料理を運んでくださったウエイトレスさんに、いろいろと質問をしました。ドイツ生まれでご両親がロシアの出身(?)だそうです。そして、ウクライナ語とロシア語は6割方近いとのことでした。
 私は、モスクワとサンクトペテルブルグへ行ったことがあるので、このランチョンマットを見ながらいろいろと思い出して食事をいただきました。
 座った席の真下に、南座と北座が見えます。飛び込みの客なのに特等席だったのです。

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 のんびりと薔薇のジャムを入れてロシアンティーをいただき、食事を終えてから、ほど近い八坂神社へ初詣に行きました。
 八坂神社の本殿が国宝になったのは、今から2年前の2020年12月です。なぜ国宝ではないのか、不思議に思っていました。

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 舞殿には卯年にちなんだ、かわいらしい兎の絵馬が置かれています。

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 大国主社には、大黒さまと因幡の白兎の石像がありました。私の故郷の話なので、兎の頭を撫でて来ました。幼い頃には、毎年のようにお正月には、出雲大社の前にあった従兄弟が切り盛りする「へるんの宿 いなばや」へ行き、小泉八雲が執筆をしていた「かの間」に泊めてもらったことを懐かしく思い出します。

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 帰ってからネットで確認すると、レストラン「キエフ」は、歌手の加藤登紀子さんのお父さんである幸四郎さんが開業されたお店であることがわかりました。1972年に開業とのことです。幸四郎さんは、旧満洲のハルビンでロシア語を学ばれた方だそうです。ハルビンと聞くと、戦時中に両親がいたところなので興味が湧きます。
 私が、コース料理ではなくてピロシキとボルシチだけを注文すると、それはできないと。そこで、私が消化管を持たない身体なのでほとんど食べられない事情を伝えると、アラカルトで用意します、とのことでした。その時に対応してくださったのがオーナーで、しかも登紀子さんのお兄さんである幹雄さんであったことが、先ほど自宅でネットを見ていてわかりました。わがままを聞き届けていただき、ありがとうございました。
 
 
 
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2023年01月03日

京洛逍遥(819)若者が多い宇治天然温泉「源氏の湯」

 年もあらたまり、気分を一新するために、近所の温泉「源氏の湯」へ行きました。最寄りの大久保駅は乗り替えなどでよく使います。しかし、この温泉へ足を運ぶのは、引っ越しの疲れを癒やすために昨年4月に来て以来なので久しぶりです。近いとかえって、足が遠のくようです。
 玄関先には門松が飾ってあります。

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 お正月ということもあってか、満員でした。
 館内には、お琴とシシオドシの音が優雅に流れています。

 廊下には、徳川美術館所蔵の国宝源氏絵「東屋(一)」が飾られていました。浮舟が物語絵を楽しんでいる場面です。
 機会があれば、なぜこの絵が選ばれたのか、聞いてみたいと思います。ここが宇治の地なので、伝土佐光則筆『源氏絵鑑帖』(宇治市源氏物語ミュージアム蔵)の中から選ぶのが妥当ではないかと思うからです。この『源氏絵鑑帖』の絵は、宇治橋や源氏物語ミュージアム周辺で広報の役割を果たすものとして、宇治十帖の絵が道々の各所に置かれ、活用されているからです。
 全国的に有名な国宝の源氏絵から、ということであれば、宇治の姫君が月を見て演奏しているところを薫が垣間見る場面を描く「橋姫」(徳川美術館蔵)がいいと、個人的には思います。宇治に拘らないのであれば、二千円札の裏面に採択されいてる「鈴虫(二)」(五島美術館蔵)はどうでしょうか。

 温泉は意外にも若者が多くて、大賑わいでした。大学に行かなくなり、社会人講座だけを担当するようになってからは、若い人と接することが少なくなりました。若者のエネルギーを、久しぶりにもらって来ました。
 今年の課題が、年初に一つ見つかりました。若さを吸収することです。
 
 
 
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2023年01月02日

京洛逍遥(818)下鴨神社へ初詣

 昨春まで、15年間も住んでいた下鴨神社へお参りに行ってきました。
 京阪の出町柳駅を出ると、京都五山の「妙法」の「法」の字が迎えてくれます。

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 葵公園の改修工事は、少しずつ進んでいます。

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 下鴨神社の南に鎮座する河合神社の境内にあった方丈の庵は、しばらくは見られません。お気をつけください。

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 楼門の前の焚き火にあたると、身体が芯から温まります。いつも住民として通っていたこの風景も、あらためて来ると訪れ人の視線で見ている自分がいることを感じました。不思議なものです。

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 舞殿には、例年置かれていた大きな絵馬がありません。昨年の元旦の記事には、絵馬が立て掛けられています。別のところにあるのでしょうか。

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 御手洗川に架かる輪橋と光琳の梅は、いつもの通り春の訪れを待っています。

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 葵橋から北山を望みます。左上に、京都五山の船形が見えます。いつもと変わらぬ、賀茂川の風景で安心しました。

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 今日は、参拝の途中で腹痛に見舞われました。昨夜は一晩中チクチクと痛みがあり、安眠できていません。消化管のない生活を18歳の時から続けてきたこともあり、先月は食事の時には頻繁に腹痛と胃からのガスが込み上げます。今月中に、主治医の先生に相談に行こうと思っています。
 今年はこれまで以上に我が身を大切にしなさい、という、宇治と賀茂の神からの啓示なのかもしれません。
 新年早々に体調がすぐれないことを書くのはためらわれます。しかし、このブログは自分のありのままの日々を克明に記し残しておく、存在証明であり生き抜いた記録でもあります。これまでと同様に、体調の変化も記していこうと思っています。
 本年も変わらずにご愛読のほどを、よろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年01月01日

京洛逍遥(817)宇治上神社へ初詣

 新しく住み始めた町の氏神さまは、国宝で世界遺産の宇治上神社です。これまでは同じく国宝で世界遺産の下鴨神社だったので、住まいにご縁があったに違いありません。
 初詣は、まずは新しい氏神さまからです。

 宇治川に架かる朱塗りの朝霧橋を渡ると、すぐ目の前に本殿が重要文化財の宇治神社があります。朝霧橋の袂の左に、浮舟と匂宮の像があります。

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 今年は卯年ということで、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)と兎との言い伝えの「みかえり兎」の話がネットやマスコミの報道で大きく取り上げられました。それもあってか、今年の初詣のご利益がある神社の上位を占め、今日は参拝者の長い列が延々と続いていました。
 いつでも来られるという気安さもあり、喜撰法師の歌碑を再度写すだけで参拝はまたの機会とします。
 前回(「京洛逍遥(797)宇治茶巡りに参加して」(2022年06月05日))は、歌碑の最初から2行の上の文字(「わ△【庵】」と「△つみ」)と「うち」が写真では判読できませんでした。今回は、そこを中心にして撮影しました。[変体仮名翻字版]は今回の翻字で確定とします。

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    喜撰法師
わ可【庵】は【都】の
たつみしかぞ【住】
む【世】をうぢ【山】と
 【人】はいふな
       り


 宇治神社から少し上手の宇治上神社へ行きました。こちらが国宝の神社で、宇治平等院の鎮守社でもあります。

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 ここの拝殿は鎌倉時代前期に伐採された桧が使用されていて、1000年前の寝殿造りが体感できます。

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 宇治の初詣客は、京都市内とは違って一部のスポットだけに人が集まっていました。元日の今日は、宇治神社がそうでした。平等院にも脚を延ばすと、すぐに京阪電車で市内へと移動しておられるようです。お正月の立ち寄り先、というところなのでしょうか。私が好きな茶道具屋さんや、伊藤久右衛門平等院店もお休みでした。もう少し長く宇治に居ていただくためには、何かイベントを組む必要があるように思いました。
 
 
posted by genjiito at 20:07| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年12月27日

京洛逍遥(816)伏見港と寺田屋と龍馬通り

 今日は歩いて宇治徳洲会病院へ行き、診察後は無料バスで中書島まで送っていただきました。
 中書島(京都府立伏見港公園)でバスを降りると、すぐ横の宇治川の派流が濠川です。

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 この濠川沿いを歩いて、近鉄桃山御陵前まで目的もなくフラリと散策をしました。
 豊臣秀吉が伏見城を築造する時に造ったのが伏見港。ここは、動乱の幕末にはさまざまな動きのあったところです。角倉了以と素庵が高瀬川を開削したことにより、京都と伏見が結ばれました。洛中の木屋町とこの伏見港が、私の頭の中で初めてつながったのです。森鷗外の『高瀬舟』が思い出される川です。
 角倉了以の水利紀功碑がある伏見であい橋で、川は直角に右に折れます。

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 川沿いに酒蔵が見えました。後で確認したら京姫酒造とのこと。

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 たまたま昨夜飲んだのが、「紫乃 京姫 Genji Princess 京都双葉葵」と書かれたラベルのお酒でした。帰ってから、この記事を書きながら確認してわかりました。まったくの偶然です。気ままな散策では発見と気付きが多いのです。おもしろいものです。

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 道端に、本居宣長の歌を書いた瓦が立て掛けてありました。その理由は、まだ調べていません。どなたかご教示をお願いします。

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 少し歩いた川向こうには、龍馬の像が見えます。今度、近くで見る事にして、今日は対岸からパチリで失礼します。

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 鳥羽伏見の戦いについては、これから調べます。

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 司馬遼太郎の作品はほとんど読んでいます。しかし、いろいろと想いを巡らしても、伏見のことはほとんど出て来ません。問題意識がなかったせいでしょう。
 その碑のすぐ横に、私がお土産としてよく使う「長岡京 小倉山荘」がありました。伏見店だそうです。四条の高島屋で買っていたので、これは助かります。『百人一首』のおかきが有名です。ちょうど、秋田の姉の持ち札である定家の「こぬひとを〜」が包装紙になっている詰め合わせがあったので、年賀として贈ることにしました。
 そこからすぐのところに、坂本龍馬が常宿としていた寺田屋がありました。しかし、今日はすでに閉まっていたので、庭先だけを拝見して次の機会に残しておくことにします。

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 大手筋に向かって進むと、幕末維新回廊・龍馬通りがありました。

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 その通りで、龍馬にちなんだノンアルコールビールを見つけたので、2本だけいただきました。

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 急に思いついて脚を延ばしただけなのに、歩くといろいろな想いに浸れます。歴史を背景に持つ街は、歩くと発見が多いのです。
 幕末から明治維新に関しては、司馬遼太郎と松本清張の作品を通して知っているだけです。これを機会に、この時代にも興味を向けてみようと想います。そういえば、先日 NHK の全国放送でホットニュースとして取り上げられた息子は、龍馬に刺激を受けて起業したのでした。私も、遅ればせながら、この動乱の時期のことにもこれからは注意を向けようと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年12月25日

京洛逍遥(815)終い天神・高校駅伝・クリスマスのお菓子

 早朝より北野天満宮へ行きました。今日は上七軒から入りました。

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 おみやげは、天正15年に秀吉が命名したという長五郎餅です。

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 北野の天神さんでは、菅原道真の誕生日と命日にちなんで毎月25日に縁日が開かれています。そして、京都の1年を締めくくる12月25日の縁日を「終い天神」と言っています。
 参道に居並ぶ骨董屋さんなどの店々を物色して回りました。

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 結局、私は茶道具を見て回るも何も買わず終い。妻はハギレと帯地を袋いっぱいにして大満足です。これで服やカバンを作るのだそうです。
 今日は日曜日なので、境内を埋め尽くすほどたくさんの人出です。露店は、例年の8割ほどの800店とのことでした。

 食事とお茶は、天神さんのすぐそばの、お豆腐の藤野でいただきました。量が少なくて美味しいので、私にはピッタリの軽食屋さんです。

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 帰りは、ちょうど全国高校駅伝の女子の部が終わり、午後の男子の部が始まる時間でした。毎年、自宅近くの紫明通りや金閣寺前で応援していました。しかし、今年は転居したための遠出となり、終い天神を楽しんだこともあり、通過時間がうまく散策コースに組めませんでした。円町あたりを通過する選手たちを、バスの中から応援することとなりました。
 帰りの時間に余裕がなかったのは、午後1時から2時の間に地域の取り組みの一環として、集会所でクリスマスケーキが配られるからです。いつも集まる高齢者の方々に、クリスマスプレゼントとしてのケーキが手渡されるのです。お年寄りに手厚い心遣いがなされるコミュニティができあがっています。その中に、我らも入っています。配り終わる直前に駆け込んでいただきました。

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 何人かの方々とお話をして、よいお年をと挨拶をし合って帰宅しました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:15| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年11月30日

京洛逍遥(814)宇治の興聖寺へ紅葉狩り

 宇治橋方面へ紅葉狩りに行ってきました。
 宇治橋の東詰から対岸の平等院を臨みます。

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 すぐそばの橋寺(放生院)に立ち寄り、重要文化財の宇治橋断碑があることを確認しました。秋の見学は今日の4時までです。時間の余裕がないので来春また来ます。

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 境内の一画に、干支の守り仏がいらっしゃいました。来年は私の卯年で文殊菩薩、再来年は妻の辰年で普賢菩薩です。仲良く並んでおられました。

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 橋かけ観音への三つの願いごとでは、私には「極楽のはしかけ」しかありません。もっと増やしてもらえないでしょうか。

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 朝霧通りを宇治神社の方に歩くと、浮舟と匂宮をイメージした宇治十帖の像の前から朝霧橋越しに、平等院の黄金の鳳凰が見えました。

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 関西電力宇治発電所から放流された水が、観流橋の所では渦をまく激流となっています。塔の島に建つ浮島十三重石塔と鵜飼場と喜撰茶屋を望みました。宇治川の荒々しさが伝わってきます。

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 興聖寺は、道元が最初に開いた曹洞宗の道場がある禅寺です。我が家の本山である永平寺にお参りするつもりで入山しました。山門までの琴坂は、桜の季節と同じように紅葉もみごとです。

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 宝物殿で、平安時代の初期に小野篁が作ったといわれる手習観音を拝見。この前はゆっくりと見られなかったので、今日は時間をかけました。右足の親指が少し浮いているのは、「衆生の困苦を救うため、すぐに駆けつける」ためだそうです。心強い観音さまです。

 帰りの琴坂も、紅葉が照り映えて気持ちのいい坂道でした。

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 龍門の傍らにあった句碑を、[変体仮名翻字版]で記しておきます。
【琴坂】越【登】れ盤
 【風】の【薫】り
   け里
   叢居


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 もと来た道を戻り、お茶の伊右衛門で知られる福寿園の宇治茶工房で、平等院を見ながら茶そばをいただきました。
 お土産は、私のブログのタイトルと同じ名前のお茶にしました。

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 この包装紙に書かれた和歌も、[変体仮名翻字版]にしておきます。

わ可【庵】八
みやこの多
  都三
し可所
 す牟
  【世】越
うち【山】と【人】
   者
いふ那
  里


 平等院の入口で、藤棚の紅葉がみごとだったので、カメラに収めました。

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 秋の宇治を満喫した一日でした。
 
 
 
posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年10月08日

京洛逍遥(813)下鴨神社にお札を返す

 3月まで住んでいた下鴨貴船では、下鴨神社が氏神さまでした。そのため4月の引っ越しの際には、下鴨神社の神札・破魔矢・絵馬・宝船、守札などを新居にそのまま持って来ていました。新しい住まいは、宇治上神社が氏神さまです。共に国宝で世界文化遺産であることは偶然ですが……。
 お世話になった氏神さまに神札などをお返しに行く時機を逸したままだったので、この機会に持って行くことにしました。

 京阪の出町柳から下鴨神社に向かうと、これまでの地元意識が変わってきたようで、お参りのための訪問という気持ちになりました。新しく架けられた橋は、糺ノ森に向かう気持ちを新鮮にします。

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 葵公園を左に見て北進すると、一の鳥居が迎えてくれます。左手の塀の内側は旧三井家下鴨別邸、右の道を直進すると、御蔭通りの手前に下鴨茶寮本店があります。

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 御蔭通りから表参道に入ります。左に河合神社があります。

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 流鏑馬が行われる馬場に、馬車が走っていました。初めて見ました。

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 二の鳥居の前のさるやの前に、流鏑馬保存会の受付がありました。余計なことながら、文字の大きさは揃えた方がいいと思います。

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 二の鳥居から楼門を望みました。

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 境内を流れる御手洗川に架かる輪橋と光琳の梅は、秋は寂しく来春を待っています。

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 西参道にある古札所にお札などをお返ししてから、いつも通っていた下鴨本通北大路の交差点角にある床屋さんへ行きました。やはり、通い慣れたところが一番です。
 そこから三条に出て食事をし、本屋さんで見つけた文庫本3冊いたたきました。ところが、帰ってからよく見ると、3冊共に持っており、しかもすでに読んだ本でした。いやはや、注意力が散漫になって来ています。気をつけなければなりません。
 帰りの京阪電車で、三条駅から乗って丹波橋駅で乗り換えるはずが、うっかり乗り過ごしてしまいました。やれやれ、です。明日からは、これまで以上に緊張感をもって行動をしなければなりません。下鴨神社にご挨拶に行ったのですから、一区切りとしてあらためて気を引き締めることにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年10月01日

京洛逍遥(812)変わりゆく京都駅前の八条通から塩小路通へ

 京都駅の北側は烏丸口、南側は八条口と言います。
 八条口にある祭時計広場から東の竹田街道を通り、高倉跨線橋を渡って塩小路通へと歩きました。京都市立芸術大学の崇仁キャンパスの建設工事が、どのように進んでいるのかその進み具合を見るためです。
(なお、このブログに掲載する写真は、本文部分には解像度の低いサムネイルが表示されています。解像度の高い精密な写真は、そのサムネイルをクリックすると表示されます。適宜使い分けてご覧ください。)

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 高倉跨線橋の上から西向きに、京都駅を望みました。左側が新幹線ホーム、右側が駅ビルです。

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 跨線橋を渡ってすぐの工事現場をパノラマで写しました。

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 河原町通を走るバスの窓からは、いつもこの工事現場を見ていました。しかし、今日は実際に歩いて確認をしたかったのです。

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 京都駅と鴨川の間に広がる崇仁エリアが、来年には文教地域として新しく文化を育成する空間へと変貌します。若者を中心とした芸術村の誕生を、楽しみにして待つことにします。
 駅へ戻る途中、すでに使命を終えた建物がまだ残っているのを見かけました。今しか見られない物として、記録に残しておきます。

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 京都駅の北側、烏丸口の広場では、「ニュイ・ブランシュ KYOTO 2022 パリ白夜祭への架け橋-現代アートと過ごす夜」のオープニングセレモニーが開催されるところでした。ちょうど門川市長の挨拶を聞くことができました。今日は、市内33ヶ所でさまざまなイベントが組まれています。数日間にわたって行われるイベントもあるようなので、うまく通り掛かった折には参加してみようと思っています。

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 この写真の背景に建つメルパルクは、今は改修工事中です。ここは、国文学研究資料館に勤めていた頃には、毎年2月下旬になると総合研究大学院大学文化科学研究科の教授会が開催されていた会場だったため、何度も来たものです。全国から毎回100人以上の先生方が集まっての教授会だったので、いろいろな情報交換の場でもありました。

 神社仏閣は在りし日のままの変わらぬ姿を見せながらも、京洛のお店や会場は日々変わっています。この前あったお店が、今日行くと別の店になっていた、ということはしばしば体験することです。それだけ、京洛は新陳代謝が凄まじい勢いでなされている街だ、と言えます。いろいろの所で新しい姿を見せてくれるので、今度はどこがどう変わっているのかと思いながら、楽しく歩き回れます。
 今、私のお勧めは、京都駅前の地下に広がる「ポルタ」の、中でも西エリアの激変です。ここは、海外の観光客への拘りから脱皮して、見事に近隣の若者と国内の旅行者を捕まえました。おみごと、と言うしかありません。今日も、ここを散策して来ました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:28| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年09月07日

京洛逍遥(811)京都市役所から誠心院そして回転寿司

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事務所は、設立当初より私の自宅になっています。そのため、今回の自宅の転居により、事務所の住所が京都市から宇治市に変更となり、それに伴い、所轄庁も京都市から京都府に変更となります。新たに京都府から特定非営利活動法人としての認証を受けることになるため、定款の変更などいろいろな手続が発生しています。
 今日も、京都市役所の中にある京都市文化市民局地域自治推進室市民活動支援担当の尾嶋さんのお手を煩わせ、無事に第一関門の書類を受理していただきました。先月から、懇切丁寧なご教示をいただき、何とか仕上げた書類です。
 この部署は、書類作成が苦手な私にとって、いつも助けていただくばかりの、お世話になりっぱなしの窓口です。また、担当者にも恵まれ、さまざまなミスを優しく指摘してくださいます。ここのスタッフがいらっしゃるからこそ、こうしてNPO法人〈源氏物語電子資料館〉は今も活動できているのです。
 次は法務局と京都府知事宛の書類作成に手をつけます。まだまだ、机の上に書類を広げ、それと睨めっこしながら格闘する悩ましい日々が続きます。

 市役所から寺町通を南下し、新京極通に入って六角通を下ったところに誠心院があります。ここは、和泉式部が初代の住職だったと言われています。ちょうど9年前の8月にここを訪れて以来です。この前をよく通りながらも、のんびりと足を留めるのは久しぶりです。
 このお寺の詳しいことは、誠心院の公式ホームページである「和泉式部 誠心院」に譲ります。

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 本堂の左脇に建つ和泉式部の歌碑に刻まれた文字を、「変体仮名翻字版」で起こしておきます。

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【霞】た津
 者るき尓けりと
  此花を
【見】る尓そ【鳥】能
 こゑも万多流ゝ

 さらに奥に行くと、和泉式部誠心院専意法尼の墓所(宝筐院塔)があります。

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 背後からは、河原町通の賑わいが届いて来ます。宝筐院塔の真後ろには、丸善が入っているバルが見えています。

 一日6回食の私は、夕方近くのこの時間になると小腹が空いてきます。三条通を下ったところに最近オープンした、純和風の回転寿司屋「くら京都」に直行です。店内は、これまでの回転寿司屋さんとはまったく異なる雰囲気となっています。居心地がいいので、三条に来るといつも立ち寄ります。

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 消化管を持たない私は、4皿と茶わん蒸しで満腹です。今日も、エンガワ、ウナギ、白子、ヒラメを、ウナギ以外はポン酢でいただきました。関西では、必ずポン酢があります。冷やして出るところと、常温のままで置いてあるところがあり、今日は冷えたポン酢でした。
 
 
 
posted by genjiito at 20:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年08月20日

京洛逍遥(810)西国三十三所(2022-17番外2)元慶寺

 西国三十三所で2つ目の番外の札所である元慶寺(京都市山科区)にお参りしました。このお寺については、「ウィキペディア」に簡潔な説明があるので引きます。

歴史 貞観10年(868年)に貞明親王(陽成天皇)を産んだ藤原高子の発願により、定額寺として建立される。開山は六歌仙の一人である僧正遍昭。元慶元年(877年)に陽成天皇の勅願寺となり、元慶寺と改めたとされる。
寛和2年(986年)、花山天皇がこの寺で藤原兼家、道兼父子の策略により出家させられ、兼家の外孫である懐仁親王(一条天皇)が帝位についた(寛和の変)。花山法皇の宸影を安置する寺で花山寺(かさんじ)とも呼ばれ、大鏡では花山寺と記述されている。花山法皇ゆかりの寺ということで当寺は西国三十三所番外札所となっている。
応仁の乱の戦火によって伽藍が消失し、以来境内は小さくなってしまった。現在の建物は安永年間(1772年 - 1781年)の再建と伝わる。
付近には遍昭の墓がある。


 今回は京阪三条からバスで行ったので、いつものようにお寺の正面からではなくて脇道から入りました。狭い道なので、ほとんどの方がご存じない通路です。

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 通常なら、渋谷街道から入って正面に見える竜宮造りの鐘楼門を潜ります。

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 境内には、僧正遍昭のお墓がある場所を示す石柱があります。お墓には、この後行きました。

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 その後ろに、僧正遍昭と素性法師の百人一首で有名な歌碑があります。

【天】津可せ
 くも能可よひ遅
   婦起登ちよ
 【乙女】能寿可多
   志者し
    登ゝ免ん

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【今】こむといひしはかりに
【長月】の【有明】のつきを【待】ち
   いてつる可な

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 朱印は番外なのでお軸の最後に書いていただきます。

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 また、1番札所の青岸渡寺と2番札所の紀三井寺では、冒頭部分に捺すことになっている菊印を捺し忘れておられました。今日の元慶寺は僧正遍昭が皇室に関係するので、この寺は菊印を捺すことができます。そのことを言って、菊印を捺していただきました。しかも、1番の青岸渡寺は和歌山の最南端の那智勝浦なのでまた行くのも遠くて大変だろうからと、その1番の位置に捺してくださいました。ありがとうございました。後一つは、兵庫県三田市にある花山院菩提寺で、紀三井寺の菊印の場所に捺していただく予定です。

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 元慶寺から渋谷街道に出て大石道を下るとすぐのところに、僧正遍昭のお墓があります。ここは道から少し奥まった場所にあるため、通り過ぎてしまいました。すぐそばにある交番のお巡りさんお2人ともご存じない史蹟だったので、元慶寺を出てからは道の両側をよく見て行ってください。

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 これまで何度も訪れている元慶寺ではあっても、この遍照のお墓にはいつも立ち寄らずに帰っていました。道が狭いことと駐車場の問題、そして最寄り駅が遠いので帰りを急いだためです。今日は、6度目の巡拝にして初めてお墓に詣でました。

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 なお、有名な歌人のお墓で宮内庁が管理するのは、この他にはどなたのお墓があるのでしょうか。ご存知の方、教えてください。

 帰りは、来た時と同じバス停北花山から、1時間に1本の京阪バスで三条まで出ました。短い時間ながら、充実した札所巡りができました。
 
 
 
posted by genjiito at 18:24| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年08月18日

京洛逍遥(809)三条大橋から見た濁流

 三条大橋を通りかかると、その下を流れる鴨川では、昨夜来の大雨で散策路にまで迫るほどの濁流となっていました。

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 これまでの長い経験から、洪水や氾濫を繰り返していた賀茂川は護岸工事を徹底し、危険水域を想定した万全の対策を打っていると聞いています。ただし、近年の異常気象により、経験したことのない災害が多く生まれている現状にあることは事実です。その意味からも、これまでの基準での安全圏は再検討がなされているはずです。この濁流を見るにつけ、今後の対策が見直されていることが想定されます。
 これまでの千年以上の歴史を踏まえた、さらなる平安な流れを文化の一部として守っていただきたいという思いを強くしました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:09| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年07月30日

京洛逍遥(808)西国三十三所(2022-14)醍醐寺(11番札所)

 変異したコロナで感染者が全国的に急増する中、大自然の中に身を置いてリフレッシュするために、西国三十三所の11番札所である醍醐寺にお参りしてきました。
 バス停「醍醐寺前」のすぐそばに総門があります。

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 総門を入ってすぐの所に、醍醐寺の本坊である三宝院があります。ここは、豊臣秀吉が醍醐の花見の折に整備したもので、庭園はすばらしいものでした。

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 今回で6巡目となり、勝手知ったる醍醐寺です。以前は、1時間半をかけて歩いて登る上醍醐でご朱印をいただきました。しかし、今回はここ下醍醐の観音堂にご本尊の准胝観音がおられ、ご朱印は三宝院ですべてをまとめていただけるようになっています。すべて、コロナ対策としての対処のようです。参拝も、時流に合わせていろいろと変わっていきます。

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 中でも、宇宙寺院はユニークでいいと思いました。さまざまな取り組みの中で、仏教の教えが未来を見据えて展開していくようです。今後の発展を楽しみにしたいと思います。

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 西大門(仁王門)から伽藍に入ると、五重の塔が迫ってきます。塔を見上げると、気持ちが豊かになります。ここは、多くの国宝や重文があるお寺です。


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 爽やかな風と木々の緑に包まれて、のんびりと境内を散策しました。
 ちょうど、研修中のバスガイドの女性の一団と、ほぼ同じコースをご一緒することになりました。熱心に勉強しておられる姿は、溌剌としていて頼もしさを感じました。多くの観光客に、この世界文化遺産醍醐寺をわかりやすく伝えていかれることでしょう。

 京都駅経由で帰る途中、駅ナカのイベントスペースで舞妓さんの踊りを見ることができました。宮川町からお出でになった、上品で清楚な方でした。お名前は、よく聞き取れなくてすみません。司会者の質問や、会場からの質問にもテキパキと答えておられ、将来を嘱望されている方のように思われます。ますますの活躍をと、拍手を送りました。

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posted by genjiito at 22:10| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年07月24日

京洛逍遥(807)祇園祭後祭の巡行-2022-

 2年前の祇園祭は、新型コロナウイルス蔓延のために、前祭と後祭のすべての山鉾の巡行や鉾建てが中止となりました。
 昨年は、技術を継承することを目的として、半分の山鉾だけが組み立てられました。
 今年の後祭は、全11基が烏丸御池から無事に巡行しました。特に、196年ぶりに復活した鷹山が10番目を進むのが見ものでした。残念ながら、本日の花傘巡行は中止でした。
 今年は、幸運にも市役所の真東の交差点角に陣取ることができました。目の前を遮るものが何もなかったので、例年にも増して絶妙の角度で写真が撮れました。
 巡行の順番は、以下の通りです。目の前を通った順に、本日の写真を掲載します。

(1)橋弁慶山
(2)北観音山
(3)浄妙山
(4)鯉山
(5)鈴鹿山
(6)南観音山
(7)役行者山
(8)黒主山
(9)八幡山
(10)鷹山
(11)大船鉾



(0)祇園會の儀式
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(1)籤取らずで先頭を行く橋弁慶山から北観音山へと続きます
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(2)北観音山(高さ約17.00メートル、総重量約9.27トン)の圧巻の辻回し。北観音山・南観音山・鷹山・大船鉾が辻回しをします。
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(3)浄妙山は『平家物語』の宇治川の合戦から取材(一来法師が浄妙の頭上を飛び越える一瞬を表現)
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(4)鯉山(登龍門)のチマキを過日宵山の折にいただきました。山を飾る懸物について、祇園祭山鉾連合会のホームページに次の説明がありました。
「見送は16世紀にベルギー・ブラッセルで製作された1枚の毛綴を裁断して用いたもので、重要文化財に指定されている。ベルギー王室美術歴史博物館の調査により、その図柄はホーマー作「イーリアス」物語の一場面で、トロイのプリアモス王とその后ヘカベーを描いたものといわれている。」
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(5)鈴鹿山は鈴鹿権現(瀬織津姫尊)を祀ります
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(6)南観音山(高さ約17.24メートル、総重量約9.54トン)は私が大好きな山です。加山又造の原画による「飛天奏楽」の水引は格別です。
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(7)役行者山は役行者と一言主神と葛城神の三体を安置します
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(8)黒主山は「謡曲「志賀」にちなみ大伴黒主が桜の花をあおぎながめている姿(祇園祭山鉾連合会のホームページより)」だというものです
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(9)八幡山の「朱塗鳥居の上には左甚五郎作の木彫胡粉彩色の鳩が飾られる。(祇園祭山鉾連合会のホームページより)」というもので、町内の八幡宮を勧請しています。その後ろから、今回196年ぶりの参加で注目されている鷹山が来ています。
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(10)鷹山(高さ約17.00メートル)については、祇園祭山鉾連合会のホームページより引きます。
 「応仁の乱以前より「鷹つかい山」として巡行した山鉾のひとつである。
江戸時代に曳山となり、天明の大火で罹災、寛政年間に現在の「北観音山・南観音山」と同様の大屋根を持つ曳山として復活したが、文政年間に大風雨により大破し、巡行を取りやめた。その後復活を果たせず、幕末の蛤御門の変にて大半の部材が焼失。ただ、人形3体は焼失を免れ、後祭の宵山に居祭として、木彫の「鷹」「犬」と共にお町内にてお飾りを続行。復興を目指して令和元年(2019)より唐櫃巡行(からびつじゅんこう)に加わり、令和4年(2022)、196年ぶりに巡行復帰を果たした。」
 初めての巡行で、河原町御池の交差点を無事に曲がれるのかハラハラドキドキで見つめました。
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(11)大船鉾(高さ約6.35メートル)は1864年(元治元年)の大火で焼失し、2014年(平成26年)に復帰してから後祭のしんがりを担います。その経緯を、祇園祭山鉾連合会のホームページより引きます。
「500年余りの歴史を持ち、江戸時代の再三の大火に被災するもそのつど復興を繰り返してきたが、幕末の元治元年(1864)におこった「蛤御門の変」にて屋形・木組・車輪等を失い、それ以来巡行参加することはなかった。長い年月を経て平成9年にお囃子の復興、そして焼失を免れた神功皇后の御神像や舳に飾る大金幣、また織物・刺繍の高度な技術を駆使して製作された大舵や水引・前懸・後懸等をお飾りしての「居祭」の再開で復活への機運が盛り上がり平成24年から唐櫃巡行を、そして平成26年四条町の皆様の熱意と多くの方々のご協力のおかげで150年ぶりに巡行参加することが出来た。」
 最後の山鉾なので、そのすぐ後ろにはパトカーが付いて来ています。そして、炎天下で長時間の順番待ちということもあって、ご奉仕のみなさまの疲れも極まっているようでした。ごくろうさまです。ありがとうございます。
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 河原町御池の交差点で最後まで見終わると、河原町三条に移動して大好きな寿司のむさしでお昼ご飯にしました。お店に入る直前に、ちょうど大船鉾が通りかかりました。これも記念に掲載します。
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 さて、大阪の天神祭は今日(24日)が宵宮祭、明日(25日)は本宮祭で陸渡御があります。これも千年の歴史をもつ祭りです。ただし、今年も船渡御と奉納花火は中止となっています。

<神事諸祭儀斎行の計画>
(大阪天満宮ホームページより)
7月25日(月)
本宮祭(本殿)
神霊移御之儀(本殿)
陸渡御
御旅所祭(駐輦祭-天神橋北詰川畔)
還御祭(本殿)
行宮本宮祭(西区 千代崎)

 昨日も今日も、京都のみならず大阪も新型コロナウイルスの感染者数が最高に跳ね上がっています。今日は相当準備をして行きました。明日も天神祭に行きたいところながら、自粛することにします。
 
 
 
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2022年07月20日

京洛逍遥(806)祇園祭後祭に復活した鷹山-2022-

 昨日の雨が上がり暑くなった京都市内の下鴨と西院に、春先から懸案の要件が最終段階となったために行ってきました。いろいろな方のお世話になりました。ありがとうございました。おかげさまで、私の肩の荷も軽くなりました。
 その帰りに、御池通から新町通と室町通に足を運び、196年ぶりに祇園祭に戻ってきた山鉾「鷹山」を見てきました。
 応仁の乱よりも前からの歴史がある鷹山は、被災により1826年から「休み山」となっていました。今から7年前に復興の保存会が立ち上がり、今年は念願の巡行に復帰したのです。約200年もの時を経ての復活なので、その姿には今にも動きそうな緊張感があります。
 今日はお披露目の後、曳き初めがあります。しかし、私には午後にも大事な用事があったため、時間の関係で3時からの曳き初めは見られませんでした。多くの報道関係者の取材がなされていました。

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 今日は、祇園祭後祭の宵山(7月21日〜23日)を控えた組み立ての日です。鷹山のすぐ南では、八幡山が準備中でした。

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 その南には、大声をかけながら車軸を嵌め込んでいた北観音山。

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 そのすぐ南には、私が大好きな南観音山。

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 さらに南の四条通を挟んだ向こうには、船鉾が遠望できます。

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 新町通から東の室町通に移動し、前祭の時にチマキをいただいた鯉山。

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 御池通をすぐ下った所に建とうとしている役行者山。

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 時間と共に暑くなり出したので、烏丸通沿いの橋弁慶山・浄妙山・鈴鹿山は失礼し、次の面談の場所へと急ぎました。

 今後の参考のため、前祭と後祭の山鉾の配置図を掲載します(https://www.kbs-kyoto.co.jp/gion/sakiato/ より)。

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2022年07月16日

京洛逍遥(805)祇園祭前祭の宵山-2022-

 夕方から、3年ぶりとなった祇園祭前祭の宵山を見て回るために、四条烏丸に出かけました。
 毎年のように出掛けていて、今年特に感心したのは、驚くべきことにゴミがまったくなかったことです。とにかく、気の遠くなるほど多くの出店があり、食べ歩く人が多いのに、ゴミが落ちていないのが不思議でした。よく見ると、至る所にゴミの回収場所が設けてあり、若い方々が声を掛け合ってゴミの回収と整理と掃除をなさっていました。臙脂色と青色のTシャツには、「祇園祭 ごみゼロ 大作戦 2022」と書いてあります。ありがとう、と頭が下がります。また、山鉾を見に来た方や、出店で食べ物や飲み物を買って食べ歩く方も、積極的にゴミの回収に協力しておられます。たまたま見かけたゴミを拾う男性も。これは、感動するほどの光景でした。明日の巡行でも、このみごとな連係プレーが見られることでしょう。新しいお祭りのやり方がテストされています。そして、それがうまくいっているようです。

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 今日の宵山では、先日、鉾建ての時に見た順番に、まずは函谷鉾から。笛と鉦が軽快に鳴り響いています。その右手後方には、長刀鉾が見えています。

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 函谷鉾の斜め向かいには月鉾が見えます。

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 目を左に転じ、室町通を下ったところに鶏鉾。

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 室町通を上がってすぐに菊水鉾。この通りは、広い四条通と違って狭いこともあり、とにかく人ひとヒトの大混雑で前に進めません。コロナの感染拡大中であることを忘れてしまうほどの熱気です。

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 ちょうど、息の合った笛の大合奏となっているところにも出会えました。

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 今回は、菊水鉾でチマキをいただくつもりでした。しかし、すでに売り切れ。茶人武野紹鴎の茶亭にちなんでのお茶席も、これまた終了。もっと早く来るのでした。

 そのまま室町通を北へ上がり、小振りの山伏山を見物しました。右手後方に見える提灯は菊水鉾です。

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 今回はその姿を見せない、18日から21日までの後祭に登場する鯉山で、厄除けのチマキをいただきました。この鯉山は、人生の岐路で大切な関門である、あの登龍門で知られるところです。私はまだもうしばらく生きていられるようなので、遠大な志があるわけではないものの、龍にあやかってさらに高みを目指して勉学に励みたいとの思いから、数年おきにここのチマキをいただいています。

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 夕方になると、烏丸通の歩行者天国の人出はすごいことになっていました。京都タワーがすぐ近くに見えています。

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 四条通にある、八坂神社の分霊をお迎えする四条御旅所は、明日の神幸祭では重要な役割を果たします。その四条御旅所の周辺も、歩行者天国ということと、宵山を見に行く人々で大賑わいです。

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 今年は、殊のほか若者たちの姿が目立ちました。感じとしては、9割方は若者です。そして、浴衣姿の男女も多かったのです。特に男性の浴衣姿や甚兵衛姿が増えていたので、日本の着物文化を若者たちがどのように受け渡していくのか、楽しみになってきました。私などは、少し畏まったお茶会でしか着物は着ません。しかし、今の若者はもっと着る場面を広げていくのではないでしょうか。和服と言うと堅苦しくなります。日本の着物の一つとして、今後ともそのスタイルやアレンジのされ方を見つめていきたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:05| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年07月11日

京洛逍遥(804)久しぶりの祇園祭-2022-

 所用があり、地下鉄四条で乗り換えて阪急西院に出かけました。用事は思っていたよりも早く終わったので、四条烏丸に戻り、祇園祭の山鉾が準備されているところを見て回りました。
(画像をクリックすると精細表示になります)

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 昨日から山を建て始めたとのことで、まだ土台の部分を組み上げているだけです。しかし、この縄で部材を締め上げる段階が、職人さんたちの腕の見せ所です。
 四条通の函谷鉾から西南に歩きます。

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 函谷鉾から四条通を挟んで斜め向かいの月鉾。

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 室町通を下って鶏鉾。そのすぐ横には箏と三絃を広めた八橋検校の道場跡の碑があります。

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 新町通に渡って船鉾。

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 新町通で四条通を上がってすぐの放下鉾。

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 利休が師事した武野紹鴎が、名水菊水を愛して茶亭「大黒庵」を結んだ場所に建つ菊水鉾。

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 四条烏丸の交差点に戻り、一番注目度の高い長刀鉾。

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 このお祭の賑わいは、訪れた者をウキウキさせます。山や鉾を見たことよりも、街の至る所から耳に届くコンチキチンのお囃子が気分を盛り上げます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年07月10日

京洛逍遥(803)小野小町の隨心院

 近鉄竹田駅からバスで隨心院へ行きました。
 バスを降りて本堂の北から入ると、すぐ左の小町庭苑入口に開基の仁海僧正供養塔、その奥には小野小町の許に深草少将が百夜通ったことに因む榧の木があります。
 大学の学部時代に、指導教授であった小林茂美先生が小野小町を民俗学的に研究なさっていたことから、ここには何度か現地調査のお伴で来ています。ただし、もう50年も前のことでもあり、お寺のことはほとんど覚えていません。先生のご研究の詳細は、『小野小町攷―王朝の文学と伝承構造U』(小林茂美、桜楓社、1981年)を参照願います。

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 さらに奥へと進むと、小町文塚が見えて来ます。

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 長屋門から入ると、小野小町の歌を刻んだ碑がありました。初めて見るものです。「変体仮名翻字版」で文字を起こしておきます。

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  小野小町
  花のいろは
 う徒り二
介りない多
 つら二
わ可【身】よ二婦る
 なが免せし
     万二


 ここ隨心院は、小野小町が晩年の余生を送った地とされています。令和11年(2029)には、後堀河天皇より門跡の宣旨を賜わって800年を迎えるそうです。
 お寺の中は手入れが行き届いて明るい雰囲気が感じられ、爽やかな気分で堂内を拝見しました。グッズなどがカラフルだったので、若い女性の参拝を意識しておられるようです。池の鯉も元気です。

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 小町堂は、小町の会の会員となった方々が、終の棲家として永代納骨供養をしていただく所で、多彩な活動を展開なさっているお寺です。

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 外に出ると竹林の一画には、小野小町の化粧の井戸があります。

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 ホトトギスがきれいな声で、静かな境内のそこかしこで鳴き渡っていました。

 ここは、京都文化博物館(旧平安博物館)において藤本孝一先生に『源氏物語 大島本』の調査でご指導をいただいていた頃、先生は隨心院の顧問として入洛中には隨心院に泊まっておられたことを思い出しました。

 なお、『都名所図会』には隨心院の項目はあるものの絵図は掲載されていないので、ここではその説明文などは略します。
 
 
 
posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年07月07日

京洛逍遥(802)立誠ガーデンヒューリック京都

 所用で、烏丸御池にある司法書士事務所へ行き、多くの書類にサインをして来ました。その後、すぐ西の室町通や新町通は祇園祭の山鉾が立つ通りなので、炎天下にもかかわらずブラブラと散策しました。電柱は網で保護されています。しかし、山も鉾も立っていません。鉾立は10日からのようです。あらためて出直して来ます。

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 寺町通を下り、錦市場を東に真っ直ぐに歩いて抜けました。旅行者が増えてきたため、賑わいが少しずつ戻っていることがわかります。ただし、海外の方はかつての混雑が嘘のように、今はまだ少数です。

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 蛸薬師通にある回転寿司のスシローで6回食の間食をして、河原町通を突っ切ってブラブラと木屋町に出ました。高瀬川沿いにきれいな芝生があり、そこに思い思いに語らう若者たちがいました。

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 正面にまわると、立誠ガーデンヒューリック京都という新しい建物であることがわかりました。ここは、日本の映画発祥の地でもあります。

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 入口右横には、「高瀬川開削三百七十五年記念 角倉了以翁顕彰碑」が建っています。8階までの高層階はザ・ゲートホテルとなっており、1階にはヒューリックホール京都や立誠図書館や店舗などが入っています。芝生の空間は、立誠ひろばと言うそうです。ここは、学制創設以前の1869年(明治2年)に下京第六番組小学校として開校した番組小学校の一つの立誠小学校があった場所です。124年の歴史を背負ったこの地に、2年前の2020年7月に立誠ガーデンヒューリック京都が開業したのです。ちょうどその頃はコロナのため、あまり市内をウロウロしなかった時でもあり、この建物ができていることは今日までまったく知りませんでした。
 その1階の一画にあった、オリジナルのお香などを揃える「cotoiro(コトイロ)」に入りました。

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 お店でいただいたパンフレットから、「京の情景 Scenery in Kyoto」と題する香りで表現したコレクション12種類を引きます。
01 白川の枝垂桜
 祇園白川のさくらの景色をイメージしたはんなりと上品な香り

02 高瀬川の柳
 陽の光に映えるしなやかな柳をイメージした香り

03 貴船の聖水
 神秘的な力を秘めた貴船の流水をイメージした透明感あふれる香り

04 東山の名月
 初秋の東山をイメージした爽快感と温もりをあわせもった香り

05 高雄の紅葉
 艶やかな紅葉に包まれた高雄の景色をイメージした華やぎに満ちた香り

06 先斗町の雪
 舞妓さんのおしろいがふんわりと匂い立つような格調高い香り

07 鳥羽の藤
 たわわに揺れ咲き誇る鳥羽の藤をイメージしたウッディーフローラルの香り

08 三室戸の紫陽花
 色とりどりの紫陽花をイメージした清らかな透明感あるアクアノートの香り

09 花園の蓮
 清廉な姿で咲く鮮やかな蓮の花をイメージしたアクアティックフローラルの香り

10 嵯峨の竹林
 嵯峨野に生い茂る若竹をイメージした生命力ほとばしるラッシュグリーンノートの香り

11 鞍馬の朝露
 日の出間近の朝霧をイメージしたモッシーオゾンとウッディーノートの香り

12 水尾の柚子
 薫り高く爽快感あふれる新鮮な柚子のシトラスグリーン調の香り


 私はこの中から、「03 貴船の聖水」と「08 三室戸の紫陽花」の2つを、それも焚くお香ではなくてルームスプレータイプのものをいただきました。この2つは、私の新旧の住まいを連想する地名と、その香りの優しさから選びました。

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 帰り道、四条大橋から三条大橋を見ました。この三条大橋は建て替えが検討されています。京都は、常に変わっていきます。どのようなデザインの橋になるのか、これも今後公開される情報を楽しみにしています。

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2022年07月06日

京洛逍遥(801)アニメのような夕焼け雲

 夕方、空を見上げると、アニメの一シーンかと見紛うばかりの夕焼け雲が浮かんでいました。

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 散策は、連日の熱暑を避けるため、夕方に出かけることが多くなっています。
 絵に描いたような真っ赤に燃える夕焼け空は、これまでにも何度か見ました。
 しかし、雲がこんなに見事に夕陽に映発する様子は、見たことがありません。
 宇治は京都市内よりも空気が澄んでいるせいか、月や星もきれいに見えます。
 
 
 
posted by genjiito at 21:22| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年07月01日

京洛逍遥(800)井上八千代さんの京舞を観て

 1年半前、祇園で貴重な体験をさせてもらった旧知の仲間から、またお誘いの連絡が来ました。あの時のことは、「京洛逍遥(663)祇園で「襟替え」の伝統文化と芸能を味わう」(2020年10月19日)に詳しく報告しています。いつも電話では、「明日のご予定は」と始まります。
 今回は、人間国宝の井上八千代さんの京舞が観られるのです。しかも、『源氏物語』の中でも「葵上」が取り上げられるとのこと。井上八千代さんというと、ご高齢の方という印象しかありません。しかし、それは四世のイメージによるものであり、今の五世は私よりも5歳も若いのです。
 祇園の甲部歌舞練場は現在は工事中です。

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 その敷地内にある八坂倶楽部の2階が本日の会場でした。

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 本日のプログラムは以下の通りです。

八坂俱楽部 DE 澪の会

長唄 白露 井上八千代
ごあいさつ 井上八千代
長唄 新曲浦島 井上葉子
        井上安寿子
  休憩 (十五分)
能楽 仕舞 葵上 片山九郎右衛門
長唄 葵の上 井上八千代
        解説・小山富紀子


 「白露」の後の八千代さんの挨拶は、これまでと今そしてこれからについて、ご自身の篤い思いを語ってくださいました。声も若く熱のこもった語り口で、初めての私にもよく理解できるお話でした。

 会場でいただいた資料から、最終演目である「長唄 葵の上」に関する箇所の冒頭と、解説文を引きます。


  長唄 葵の上

[]仇し契りの空頼め(上の空なる風だにも、松には声のあるものを、[]今はそよとの訪れも)啼く音は寂しきほととぎす
(雨夜の御所の渡殿に、誰とは知らず白真弓の、末筈取って小脇に抱え、すっくと立ちし怪しの姿。[]乳人山路は見咎めて、誰にて渡り候ぞ。
[]お召しによって照日の巫女、先よりこれへ参って候。

(後略)

【解説】
作詞幸堂得知、作曲四世吉住小三郎(吉住慈恭)・三世杵屋六四郎(二世稀音家浄観)。明治三八年長唄研精会で発表されました。能「葵上」をほぼ写した構成ですが能よりも登場人物を増やしやや芝居めいたものになっています。
 平成二〇年、五世はこれを落の会の一〇〇回記念公演の折に、六条御息所一人の舞にまとめ、藤舎名生の作調を得て、二条城二の丸御殿お台所で披露しました。
○本日使用の音源
平成20年東西名流舞踊鑑賞会下ざらへ収録
唄・杵屋禄二 今藤政貴 杵屋禄丈 杵屋喜太郎
三味線・杵屋禄宣 杵屋勝進次 今藤長三郎 杵屋禄山
笛・中川善雄 小鼓・藤舎呂英


 途中の休憩時間でのことです。1階の展示資料を見るために階段を降りようとしたところ、和服姿の年配の女性で室内用の草履を履いた方が、手摺も持たずに軽快に上がって来られました。急勾配で、しかも25段もある階段です。私自身、危ないので手摺をしっかり持って上り下りしたのに、なんとも軽業師のように身軽な身のこなしなのです。舞をなさっている方は、特に井上流は腰が低い動きが特徴だと聞いていたので、日頃の成果がこうして出るのでしょう。体幹訓練が行き届いているようです。参考までに、その階段の写真を紹介します。この階段は、踏み幅が次第に狭くなっているように見えます。

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 京舞の良さは、まだ私にはわかりません。しかし、記憶に残る場にいて、雰囲気の良さに包まれていたことは確かです。

 なお、この八坂倶楽部の入口に置かれていたプレートの文字に注意が向きました。現在は「ぞうり」と書くところを、「楚"うり」と変体仮名の「楚」が使われていたからです。仮名文字にはすぐに反応してしまいます。

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 今回も得難い体験をしました。こうした機会に連れ出してくれた仲間に感謝しています。
 
 
 
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2022年06月15日

京洛逍遥(799)京都タワーの前で見た祝福のアクアファンタジー

 旧宅のある下鴨に、もろもろの手続きや家の掃除をしに行きました。
 10年の長きに亘り住んだ家なので、久しぶりに訪れると懐かしさを感じます。
 この家を舞台にして、仕事上でも、私生活でも、さまざまなことがあったことを、縁側に座り小庭を見ていると思い出しました。すべてがうまくいったように思います。無事に、妻と共に齢70の古稀を迎えたのです。良かったことしか思い出せません。何事においても幸運だったと言えます。支えてくださったみなさまには、何はともあれ感謝の気持ちをお伝えします。こうして元気に暮らしています。ありがとうございます。
 引っ越しの時に、家の外の塀沿いのスペースに、材木や段ボールや植木鉢を残したままであることを、先日気付きました。多くの材木は、私が大工仕事が好きだったために、そのための材料でした。段ボールは、昨年末に大学を罷めて熊取を引き払った時の百数十個の内の一部です。大小さまざまの植木鉢は、花好きの妻の園芸用品です。あの時は、家の中の荷物を積み出すことばかり考えていて、家の周りの確認が疎かでした。
 残っていたすべての物は大工道具を駆使して、燃えるごみとして処分できるようにしました。
 バスで京都駅に出ると、駅前の京都タワー前で、ちょうどアクアファンタジーが始まったところでした。今日は、妻の記念日です。何というタイミング!

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 いかにも、あらかじめ私がリクエストをしておいたかのように、10年を1色とした七色の噴水が上がりました。祝福してくれているかのような水芸が、我々の目の前で展開しています。それを見ながら、共に50年を歩んできた感慨を温め、近くのよく行く寿司のむさしに向かいました。以前は三条のお店に行っていました。今は、京都駅ナカの店に通っています。こんな時には、お寿司が一番です。
 
 
 
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2022年06月10日

京洛逍遥(798)私向きのランチどころ「宇治創こころ」

 宇治橋通りに、有機栽培野菜を使った創作ダイニング「宇治創こころ」があります。JR宇治駅から徒歩5分。辻利宇治本店の向かいなので、わかりやすくて便利な場所です。

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 2階の窓には、源氏絵巻の一場面が使われていました。この絵は、宇治の街を歩くと至るところで目にする、伝土佐光則筆『源氏絵鑑帖』(宇治市源氏物語ミュージアム所蔵)の中の1部です。原画がカラーなのに、ここではモノクロにしたところが、部屋の雰囲気作りに活きています。ただし、使った画像の解像度が低かったようで、線がギザギザになっていたのが気になりました。

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 私は「贅沢ランチ」をいただきました。我が家では、外食の予算は千円前後としており、上限は千二百円です。これはその範囲内であり、おかずが少しずつ盛り付けてあるのがよかったのです。

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 消化管を持たない私は、1日6回食です。1度にたくさん食べられないので、少しずつゆっくりといただきます。この小分けして盛りつける皿は、我が家でも使っています。出て来たご飯が少しべとついていたので、これには手を付けないで、その他をすべて完食です。私のお腹には、これでちょうどいい分量です。おいしくいただきました。

 食後は、ブラブラと紫式部の像の前を通って平等院の表参道を上がり、宇治川の橘橋寄りのところに出て、腰を下ろしました。対岸に宇治神社が、右手に朝霧橋が見える川縁で、持参のお茶を飲みながら休憩です。後ろには、平等院が控えています。国宝に挟まれて、有り難いやら忝ないやら、贅沢なことです。
 すると、町民や観光客のための放送が拡声器を通して流れてきました。それは、琵琶湖の水位の調整をするために、天が瀬ダムの水を放流する、というお知らせです。宇治川の水位が上昇するので、川岸には近付かないように、との注意喚起が、国土交通省からのお知らせとして何度も流れたのです。どの程度水位が上昇するのか、しばらく水面を見つめていました。

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 しかし、なかなか目に見えて上昇する気配がないので、帰り支度をしました。

 昨日は丸太町あたりの穏やかな賀茂川を散策したこともあり、あらためてこの宇治川の水の速さが実感できました。橋がなければ、この川は渡るのが不可能です。橋姫や先陣争いの話が、自ずと目の前に展開します。現地での、生きた作品の受容となりました。
 
 
 
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2022年06月05日

京洛逍遥(797)宇治茶巡りに参加して

 宇治茶巡りガイドツアーに参加してきました。
 朝10時に、JR宇治駅前の観光案内所に集合して出発です。
 案内は宇治観光ガイドボランティアの西田勇さんでした。
 実に言葉巧みに、豊富な話題を実例やエピソードを交えながら語られるので、聴き入ってしまいます。

 まず驚いたのは、京都で生産されるお茶の量(2020年分)の少なさでした。静岡の十分の一なのです。

順位  府県名 年間生産量(トン)
1位  静岡県 25,200
2位  鹿児島県 23,900
3位  三重県 5,080
4位  宮崎県 3,060
5位  京都府 2,360
(出典:農林水産統計 令和3年2月19日公表)

 ただし、高級茶といわれている玉露・抹茶の原料である碾茶では全国1位です。太陽の光を寒冷紗で調節した「覆下茶園」が玉露や碾茶の専用茶園となっていて、茶摘みも1回だけ。宇治茶ブランドを守るためのプライドがあるようです。
 そんな話を聞きながら、歴史や文学や文化などなど、幅広い話題で楽しい散策となりました。

 今日足を留めたのは、茶商「中村藤吉本店」、茶農家「山本家」、茶師屋敷「上林春松」、宇治代官所跡、宇治橋、茶屋「通圓」、お茶と宇治のまち交流館「茶づな」(昨秋開館)、源氏物語ミュージアム、宇治上神社、宇治神社、平等院で解散。
 予定では正午ごろの解散でした。しかし、ガイドさんのお話が多岐にわたり、午後1時の解散でした。長時間、ありがとうございました。
 以下、道々で写した写真を並べます。

 宇治橋の袂の紫式部像の前で、宇治橋断碑の碑文をもとにして、原典を読み下しながら丁寧に説明してくださいました。この橋が大化2年(646年)にあったことや、宇治川の流れが速くてよく流されたことなど、興味深い内容でした。

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 京阪宇治駅前のロータリーに建つ公衆電話ボックスの屋根が、平等院鳳凰堂と宇治上神社のものだという指摘は、初めて気付かされたことです。

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 そのすぐ前、宇治橋の東詰にある通圓のお店の中には、貴重な品々が飾られていました。このお店は1160年の創業というのですから、平安時代からの歴史があります。そこには、秀吉が利休に作らせたという釣瓶や、お通さんの人形があります。私は、お通さんについて問題意識を持っています。しかし、今はお話を聞くところに留まりました。

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 源氏物語ミュージアムでは、源氏香の図のプリントを使っての話がありました。ガイドの西田さんの背中には、宇治十帖に関する9つの香図がプリントされています。

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 宇治上神社の社殿が寝殿造であることも、具体的に語ってくださいました。いろいろなことが点から線へとつながり、断片的に知っていることがより深く理解できるようになりました。

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 宇治神社では、喜撰法師の和歌を刻んだ歌碑が建っていました。何度もここに来たはずなのに、これまで気付きませんでした。本ブログの名称を[たつみのいほりより]に改名した理由でもある和歌なので、彫られた文字を正確に翻字しておきます。ただし、ツアー中でもあり、彫られた文字を近寄って確認する暇がなかったので、欠けた文字などの翻字は少し不正確です。後日、再確認しますので、今日のところはここまでとします。

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    喜撰法師
わ△【庵】は【都】の
△つみしかぞ【住】
む【世】をうち【山】と
 【人】はいふな
       り


 いいツアーでした。こうした機会を得て、いろいろなところを経巡って歩きたいと思います。次はどのような体験をしようかと、今から楽しみにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:53| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年06月03日

京洛逍遥(796)市役所へ行った後は宇治上神社へ

 転居に伴うさまざまな手続が、まだ続いています。
 今日は市役所へ行き、多くの書類を書きました。
 職員の方は、細かなミスがある書類にも、親切に対応してくださいます。極め付けは、新住所の番地を間違って提出したことです。それも、5枚あるうちの4枚も間違っているのですから、本当によくチェックしてくださいました。ありがとうございました。
 8階に食堂があったので、宇治市街や宇治川を見下ろしながらサワラの定食をいただきました。おいしかったので完食しました。そもそも外食することがめったにない生活の中で、自宅以外での完食は本当に久しぶりです。消化管を持たない私は、1日6回の食事を自宅でゆっくりといただきます。そんな身体のハンディキャップがあるので、外食する場合には半分は食べ切れずに残します。それが、今日は食器がきれいになりました。嬉しい出来事です。
 食後は、暑い中を市街の散策をしました。
 宇治橋の袂の紫式部さんには、今日も私から話しかけました。『源氏物語』はどのような方針で編集したのですか? とか、何巻くらいを整理したのか、とか、編集を進める中であなたが文章に手を入れたのはどの巻でどんな所でしたか? などなど。私は、紫式部は『源氏物語』の総編集者であって、物語を直接書いたのではなくて編集過程で部分的に手を入れて調整したのではないか、と思っています。そのことを、この場所でとはずかたりよろしく、勝手気ままに質問して楽しんでいるのです。これは論証や証明できるような性格のものではないので、こうした問答で探り出そうと思っています。
 当然のことながら、今日も会話は成り立ちません。しかし、いつか「実は……」という返答が空耳でもいいので聞けるのではないかと、そんな時を心待ちにしています。
 宇治橋を渡りわさらびの道を通って、宇治上神社へ行きました。国宝で世界遺産の一つだということ以外に、我が家がこの神社の氏子でもあるからです。お札をいただいて帰るために、立ち寄りました。先日までは、同じように国宝で世界遺産の下鴨神社の氏子でした。これも縁なのでしょう。
 今日は、修学旅行の生徒さんたちを多く見かけました。礼儀正しいグループがいくつも固まって参拝していたので、気持ちのいい若者たちから新鮮なエネルギーをいただけたように思います。

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 境内での生徒さんたちの態度や様子を見ながら、若さを後押ししたくなりました。もちろん、声を掛けたりはしません。羨ましく思ったのは、私が加齢と共に大人しくなったためでしょうか。これではいけない、とあらためて思い直し、気を取り直して宇治川に引き返しました。
 
 
 
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2022年05月23日

京洛逍遥(795)京大病院で定期検診の後は左京区役所へ

 糖尿病の検査と検診のために、京大病院へ行ってきました。
 いつもと違い、近鉄と京阪を乗り継いでのお出かけです。大好きな病院通いなので、通院を楽しんでいます。病院へ行くと、自分の身体が今どのような状況にあり、生き続けるためには何に注意をすればいいのかを教えてもらえるのです。こんなに楽しくておもしろいことは、めったにありません。

 電車に乗っているのは30分弱なので、これまでのバスだけの時とほとんど変わりません。降りる駅の神宮丸太町駅は、山中伸弥先生がおられる iPS 細胞研究所に隣接する場所にあるので便利です。
 賀茂川の河原に立つのは久しぶりです。鴨も鷺も、丸太町橋の近くの散策路の脇まで来て出迎えてくれました。

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 病院の間近に聳える大文字山は、少し靄っています。

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 院内では、検温と手指の消毒はいつものままながら、新型コロナウイルスに関する問診票はなくなっていました。感染が少し収まってきたからでしょう。館内放送では、注意喚起のお知らせは相変わらず流れていました。

 今日のヘモグロビンA1cの値は「7.1」。去年の7月からの推移は、
「7.3 → 7.5 → 7.6 → 7.3 → 7.2」
となっていたので、今回の「7.1」は順調に下がり、高い中でも低めに移行して安定していると言えます。消化管がない私には、この高め安定でいいようです。今後とも、上がり下がりが極端にならないように、食事に気をつけることが肝要です。
 課題でもある鉄分は、蓄えがなくなってきたのか少し下がり気味です。もう少し鉄分を摂ることを意識しましょう。
 今回新たに変化が見られたのは、肝臓の機能低下の程度を示す指標(AST や ALT)と、筋肉のダメージがあります。特に「CPK」(筋肉細胞にもっとも多く含まれている酵素の一種)の値が、昨年の7月から今回まで、次のように変化しているのです。
「72 → 106 → 68 → 111 → 120 → 517
 今回は「517」と急激に高く上がっています。CPKが大きく上昇している場合には、過度な運動などによる筋肉のダメージや筋肉に損傷が加わるような病気が考えられるそうです。これは、2週間前に、もののみごとに転倒したことが筋肉の働きに影響しているのでは、とのことでした。それに関連して、肝機能も多少高めに出ているのではないか、との見立てです。あの転倒がどれだけ酷いことであったのかが、あらためて知らされました。この CPK の値は、転倒の打撲と出血に関連しているものと思われるので心配ないでしょう、とのことです。この次の診察でまだ高いようであれば、その時にまた考えていただけます。いずれにしても、今急いで対処する程の問題ではなさそうです。

 主治医の先生からは、この調子で様子を見ましょう、とのことでした。とにかく、私はまだまだ元気に生き続けられるようです。安心材料を提供してくださる先生には感謝しています。これまで通り、後ろを振り返ることなく、ひたすら前を向いて歩んで行きます。

 糖尿病の薬を病院の前の薬局で受け取るのに、40分以上も待たされました。調べてみると、新しい宇治の住まいのすぐそばのドラッグストアでも、処方箋の調剤を受け付けていました。慌てることはなかったのです。

 病院からの帰りに左京区役所へ立ち寄り、引っ越しに伴う残っていた手続きをしました。4箇所の窓口でこれまでにやったことのない手続をしました。息子に電話で確認をしたり、忘れてしまったことを必死で思い出したりと、気疲れの連続です。役所の担当者の方は、手慣れた処理を迅速にしてくださいました。しかし、私の方になかなか面倒なことが多く被さってきて、これまた膨大な時間を費やしました。

 区役所からは、地下鉄烏丸線の松ヶ崎駅から直通で自宅まで帰れます。京都五山の送り火では低い位置にあるために地味で目立たない「妙法」の「妙」の字が、すぐ目の前にあります。「法」の字は、高野橋から高野川沿いに見えるので、これまでにも何度も写真で紹介しました。「妙法」の字は、共に低い山に火が灯されるので、なかなか直接見ることが難しい送り火となっています。

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 家に帰り着いたのは夕方でした。朝早くから出かけて1日仕事をなんとか終え、とにかく一安心しています。この歳になっての引っ越しは、心身共に負担が多いことであることをあらためて痛感しています。それでも、新しいスタートを切る新鮮で爽快な気持ちを味わっているので、これまた良い意味で前向きに生きる充実感があります。
 
 
 
posted by genjiito at 21:03| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年05月22日

京洛逍遥(794)宇治川公園を散策

 宇治川公園へブラブラと行ってきました。
 川を挟んで、対岸の右には観月橋駅が、左には中書島駅があります。

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 公園には15面もの野球場があります。もっとも、外野のフェンスがないので、外野手の後ろにボールが飛ぶとホームラン。少年野球の利用を考えてのグラウンドのようなので、これでいいのでしょう。
 土手から近鉄京都線越しに、伏見桃山城が望めました。

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 このお城は模擬天守です。「伏見桃山城」と言われているのは、豊臣秀吉や徳川家康の時代にあった「伏見城」と混同しないように、ということからの命名だそうです。かつてはこの場所に、「伏見桃山城キャッスルランド」という遊園地がシンボルとしてありました。ただし、2003年(平成15年)に廃園となりました。
 私は、子供たちを連れて近畿のいたるところへ車で行きました。しかし、このお城には連れて行った記憶がありません。
 宇治川公園が拡がる河原の方へは下りませんでした。この次に、散策路を探しに来たいと思っています。
 今日の歩数は 10,199歩。昨日の東京では、長時間電車に乗っていても10,306歩。この一週間は毎日9,000歩以上を歩いています。今月の平均歩数は、今日までで 8,973歩、先月4月は 9,853歩。今年の1日の平均歩数は 8,916歩です。快調に日々歩いています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年05月17日

京洛逍遥(793)隠元橋から萬福寺まで散策

 過日、「京洛逍遥(791)宇治川に架かる隠元橋」(2022年05月06日)を書いた時、隠元禅師にまつわる「黄檗開山隠元禅師渡岸之地」の碑が隠元橋の袂にあることを簡単に記しました。今日は、その碑から萬福寺までの散策です。
 右の道をまっすぐ東に向かって歩けば、萬福寺に着きます。

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 碑の背面には、関係する情報が刻まれています。画像をクリックすると精細表示となり、文字が読めます。

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 道沿いに許波多神社、西導寺、寶善院があったので、お参りをしました。

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 萬福寺の手前にある宝蔵院には、有名な版木が収蔵されています。今も日常的に見られる明朝体の文字や、原稿用紙の元となった「鉄眼版一切経版木」(重要文化財)がここにあるのです。いつか、ゆっくり拝見したいものです。

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 隠元禅師三五〇年大遠諱の法要が、先月4月3日に執り行なわれました。ただし今回は関係者のみでの法要ということで、いろいろな制約の中で慎重に対応しておられます。

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 境内の三門左手前にあった句碑を、変体仮名の資料とするために紹介します。

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    【出】れ八
【山門】越
  【日本】楚
   【茶摘】う堂
  七十三齢菊舎


 また、総門前に建つ「黄檗宗大本山萬福寺」と刻まれた標柱の背面に「大阪奈ん者"」とあるので、昭和14年の文字資料として掲載します。

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 なお、萬福寺の詳細は、また来るはずなのでその時にします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年05月15日

京洛逍遥(792)宇治川畔の興聖寺と急流

 父の祥月命日に当たる今日は、朝早くから仏壇にお膳をお供えしました。

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 引っ越しのどさくさでお箸が見つからなかったので、大急ぎで割りばしを削って造りました。
 昨夜から、お参りするお寺を思案していました。仏事の原点に還ることにして、宇治川の河畔に建つ道元禅師の初開道場である興聖寺へ行くことにしました。ここは、曹洞宗最初の禅寺です。偶然ながら私の家と妻の家は共に宗派が曹洞宗で、本山が永平寺でした。歴史好きで意気投合していた両方の親が、その奇遇に喜んでいたことを思い出しました。

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 山門に向かう参道は琴坂と言われ、人気の観光スポットです。今の新緑はもちろんのこと、秋の紅葉も楽しみです。

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 禅寺の風情の山門が迎えてくれます。

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 寺内では、禅寺特有の七堂伽藍を巡りました。うぐいす張りの床は、気持ちを明るく楽しくしてくれます。
 宝物殿には、平安時代中期の木造聖観音立像である手習観音が安置されています。『源氏物語』の宇治十帖に関する「手習之古蹟」である「手習の杜」に祀られていたものだとされています。ここは永平寺などと同じように、修業修養の場として今も使われているので、観光感覚での写真は遠慮しています。それでも、『源氏物語』となるとどうしても紹介したいので、受付でいただいたリーフレットから引きます。

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 また、「茶祭り」においては、栄西禅師・明恵上人・千利休など三人の茶祖への感謝と宇治茶の隆盛を祈る行事が行なわれています。茶筅の塚は、山門の近くにあります。さらには、かつては三つ以上の茶亭があったそうです。そうしたことは、また後日にしましょう。

 宇治川に出ると、ダムの放流の影響ということもあり、水の勢いが迫ってきます。

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 夜は、妻と二人だけで父の思い出話をしながら、ささやかな会食です。
 父が最後に入院した大阪赤十字病院のベッドの枕元にあったプレートが、引っ越しの荷物の中から昨日見つかりました。それを仏壇に飾り、伊藤久右衛門の茶そばで父忠右衛門を偲びました。

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posted by genjiito at 21:47| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年05月06日

京洛逍遥(791)宇治川に架かる隠元橋

 昨日書いたように、宇治橋は日常的な散策コースとしては遠いことがわかりました。以前、宇治川の下流で淀川に合流する観月橋に行った時も、道が狭くて車も多く、散策には適さないところだと思いました。そこで、近場を歩くということでは、同じ宇治川に架かり宇治橋と観月橋の間にある隠元橋を候補に挙げ、今日の夕方に行ってみました。
 ちょうど夕陽が沈む直前で、建物の壁が茜色にうっすらと染まっていて、柔らかな風景が楽しめました。隠元橋は修繕の工事中だったので、その全体像は化粧直しの後の姿を待ちましょう。

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 宇治川の上流を望みました。右手に宇治徳洲会病院、左手に曲がった先が宇治市街です。昨日は、この町並みの中を歩いて宇治橋まで行ったのです。

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 以下の記述においては、ホームページ「京都風光(京都寺社案内)」の「隠元橋」(https://kyotofukoh.jp/report796.html)の解説を参考にして書き綴っていきます。
 隠元橋は、府道245号線(宇治市五ヶ庄〜宇治市槇島)が通る新しい橋です。しかし歴史は古く、平安時代よりこの地には「岡屋の津」という港があり、交通の要衝として栄えたところだそうです。「岡屋の津」の石碑は、次の写真の石碑の左側に置かれています。
 この隠元橋の東のたもとに、黄檗宗の開祖である隠元禅師にまつわる「黄檗開山隠元禅師渡岸之地」の碑が立っていました。

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 江戸時代に中国の渡来僧・隠元は淀川を遡り、宇治川のこのあたりで下船したようです。萬福寺を開くために資材を陸揚げしたことから、「隠元浜」とか「隠元の渡し」とも呼ばれてきました。
 隠元は1661年に萬福寺を創建しました。「美術、医術、建築、音楽、史学、文学、印刷、煎茶式茶礼、普茶料理」などに影響を与え、「隠元豆、西瓜、蓮根、孟宗竹、木魚、明風の書体」などを日本に伝えた僧侶です。
 なお、「渡岸之地」の石材は、隠元の出身地である中国福建省から取り寄せられ、亀の形をした碑の台石の亀趺(きふ)の形になっています。
 この橋の東側の散策路を歩きました。ランニングやウォーキングの方をちらほら見かけます。川岸に降りる石段には、誰かの遊び心なのか、我が家にもある信楽名物の狸の置き物が3体ありました。

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 ここなら、右手に宇治川の流れを見ながらのんびりとウォーキングができます。次は、歩く用意をして来ることにします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年05月05日

京洛逍遥(790)宇治公園の塔ノ島を散策

 過日、宇治橋まで歩いて行きました。あの時は、宇治川沿いの寂しい道や民家の抜け道などを通って55分。ひたすら歩きました。今日は公道でガードレールがある道を通ってのウォーキングです。

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 車が行き交う道だったので、田舎町のバイパスや公道を歩くだけの風情のない散策です。宇治橋に辿り着くのに1時間10分。この前よりも長くかかりました。歩いて行くのは大変であることを実感しました。
 今日はこどもの日で大型連休最終日ということもあり、観光地宇治は多くの人出です。紫式部の像も、人が多くて覗き込んで見ることになります。

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 茶そばをいただいてから、平等院へ藤を見に行きました。今日も、拝観待ちで長蛇の列です。藤は、過日の満開の時と違い、連休疲れの様子です。

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 今日も外からの拝観で、鳳凰さんたちには申し訳ないことです。敬いの気持ちは同じなのでお許しを。

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 宇治川に架かる朝霧橋と橘島の手前を、鷺が舳先で先導するかのような遊覧船が通りかかりました。期せずして、こどもの日のサプライズです。

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 その鷺は、やがて鵜の小屋の屋根の上で、してやったりの得意顔であたりを見渡しているかの様子です。

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 喜撰橋を渡って塔ノ島に建つ浮島十三重石塔を見に行きました。

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 対岸の観流橋を望むと、宇治発電所からの大量の水が勢いよく流れ込んでいるのが見られます。

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 賀茂川の鷺とは違って、宇治川の鷺には急流に親しんだ力強さを感じます。

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 海鵜の飼育小屋では、子供たちも大はしゃぎです。鵜飼いのシーズンが楽しみです。

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 今日の散策の歩数は19,833歩。さすがに疲れたので、バスと電車を乗り継いで帰りました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年05月04日

京洛逍遥(789)新しい散策コース

 近所に、緑が生い茂る散策路を見つけました。
 これまでは、賀茂川畔の半木の道を中心とした散策路を歩いていました。
 住まいを宇治に移したことを機に、これからはこのせせらぎの道が日常の散策コースになりそうです。緑に囲まれた小径に木漏れ日が心地よい、のびのびとした場所です。全長600メートルの公園の中を、2本の小川が交差しながら流れています。毎日8千から1万歩を歩くのが最近の私のペースなので、ちょうどいいコースです。
 緑豊かな場所なので、四季折々の変化が見られることでしょう。

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posted by genjiito at 19:11| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月30日

京洛逍遥(788)観月橋と善阿弥町

 昨日の雨も上がったので、国道24号線に沿ってブラブラと散策しながら観月橋へ出向きました。都名所図会には、江戸時代の巨椋池あたりの『指月・豊後橋・大池』が取り上げられています。このことは、また後日記します。

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 観月橋の上流が宇治川、下流を澱川と名前が変わります。
 上の写真の右側に、京阪観月橋駅があります。無人駅です。ここから西へ1駅目が京阪中書島駅で、そこで乗り換えることによって、京都や大阪へ行けます。反対方向の東に行くと終点宇治駅があり、宇治橋のすぐ袂に出ます。
 この観月橋駅の改札脇に、道標がありました。古びた石柱のため、読みづらい仮名文字で、右側に「きやう可いたう」(京街道)、左側に「やまとかいたう」(大和街道)と刻まれています。

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 観月橋の北詰には、明治十年二月の「明治天皇御駐輦所観月橋」と刻まれた石柱があります。明治天皇が関西行幸をなさった折、神武天皇陵参拝のために奈良へ向かわれる途中で、この地で休憩なさったことを示す標柱です。

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 帰りに観月橋南詰から観月坂を下ると、善阿弥通りの一画が向島善阿弥町でした。相国寺の蔭涼軒や睡隠軒は、室町時代の庭師である善阿弥の作とされています。銀閣寺の庭園は、善阿弥とその子小四郎、孫の又四郎の三代で作られたということです。今この町はその善阿弥と関係するのでしょうか。またこの地域は、豊臣秀吉が向島城を築き、伏見城ができると徳川家康の居館となりました。この周辺には、お城があったころの名残が地名に残っています。
 善阿弥町の、昔は賑わっていたであろう民家の間を、ブラブラと歩きました。今では善阿弥はもとより、歴史の香りはしません。求めるものが違っていたのかも知れません。勝手気ままに想像して楽しむのも、散策のおもしろさの一つです。
 
 
 
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2022年04月28日

京洛逍遥(787)今日も下鴨貴船と烏丸四条で用事

 一昨日と同じように、市内に出かけて多くの用事に奔走しました。
 ただし、今日は午前中にすべてをやり終え、午後は自宅で荷物の整理です。
 朝の6時半には烏丸四条にでかけ、用事を済ませると大急ぎで下鴨貴船へ行き、そこでの用事が終わるとまた烏丸四条に戻って別件での面談です。
 河原町や新京極や寺町通には、四五人の中学生や高校生のグループがチラホラ見かけられます。学校行事としての旅行が再開したようです。人出も多くなり、新型コロナウイルスはもうすっかり忘れ去られたようです。もっとも、みなさんマスクはしっかりと着けての街歩きなので、人々の生真面目さが確認できました。
 いつものように慌ただしいスケジュールとなりました。それでも、午後はのんびりと家で段ボール箱を開けては、その配置を考えることを楽しみました。
 本や資料や文房具の置き場所を考えるのは、これからの生活を大きく左右するものなので、頭を悩ませながらも楽しく取り組めます。いろいろなことを考えて、荷物を右にやったり隣の部屋に移したりと、ジグソーパズルの世界を好きなように組み合わせて遊んでいます。
 今日は、段ボール箱を移動させながら、荷物の置き方を変えて、書棚を入れるスペースを確保しました。先週から、本が入った段ボール箱が2部屋にギッシリと埋まっています。廊下や別の部屋に運んで押し出すことを繰り返したことにより、目的とする勉強部屋に書棚をいれる道ができました。これだけのことを半日掛かりでやったのですから、遅々として進んでいないことになります。
 何を急ぐこともない、0からの配置なので、マイペースでやることにします。
 それにしても、本の重さは並大抵のものではなく、その本が占めるスペースも大きな問題を生んでいます。本に書かれ、語られていることは意義深いことは承知で、またまた、本とは何なのかを考えてしまいます。
 重さがなくて場所も取らない本となると、電子ブックとなります。しかし、それを読むかというと、私は電子辞書や電子事典以外は活用するつもりはありません。
 これから、この本という存在はどうなっていくのでしょうか。今回も、整理をしながらも、頭の片隅には処分するかどうかという視点で配架しています。いつでも捨てられるように置かれる本とは何なのか? これを機会に大いに悩んでみるつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 22:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月25日

京洛逍遥(786)下鴨貴船と烏丸四条で後片づけ

 すっかり家具や本がなくなった下鴨貴船の旧宅へ、引っ越し後の片づけに行きました。朝の8時に燃えるゴミの収集があるので、掃除の時間をゆったりと取るために7時前には新居を出ました。

 昨日の雨はすっかり上がりました。その影響か、南の出雲路橋を望むと、左に聳える大文字山は雲に覆われています。

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 北山も煙っています。

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 見慣れた景色も、今朝はいつもとは見え方が違っています。

 床の間の横にあった戸袋の引き戸の襖を、引っ越しの荷物と一緒に運んでしまっていたので、それを戻しました。流しのフレームも、運び出した荷物の中から見つけ出したので、元の位置に設置しました。どさくさということもあり、運んではいけないものもいくつかあったのです。
 もう、ゴミはそんなに多くはないはずなのに、不思議なことに真っ黒クロスケのようにヒョイヒョイと姿を見せます。これはこれで結構楽しいことですが……
 些細なことにあれやこれやと対処しているうちに、お昼を過ぎてしまいました。軽く食事をし、少し身体を休めてから、四条烏丸へ移動です。息子がいたマンションを引き渡す前に、最後の掃除と点検です。ここでも、片づけは終わったはずなのに、真っ黒クロスケが出てきました。
 カラーボックス3個は、私の部屋で本を収納するのに使います。車があれば何でもないことが、電車で移動となると解体して持ち運ぶことになります。キャリーバッグに乗せて、エッチラオッチラと運びました。
 地下鉄四条駅では、改札口のすぐ横にエレベータがありました。さらには、運よく乗り換えなくてもいい直通の電車が来ました。目的地の駅では、エレベータ2機を使って駅前に出られ、間もなく来たタクシーのトランクに荷物を積んで帰宅です。
 大変な移動となることを覚悟していました。しかし、幸いにもラッキーが続き、スムーズに帰ることができました。
 明日は、連日の疲れもあり、筋肉痛もさらに倍加することでしょう。
 
 
 
posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月23日

京洛逍遥(785)宇治平等院の周りを散策

 半袖で出かけられる陽気になりました。引っ越しの荷物を片づけながら、その合間にも筋肉痛を和らげるため、気分転換を兼ねて地元を歩いています。
 宇治橋前の紫式部像から望む山々は、新緑のグラデーションが楽しめます。

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 平等院の表参道には、宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の『源氏絵鑑帖』のうち宇治に関連する巻々が掲示板として配されています。

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 表参道の突き当たりにあるおそば屋さんで茶そばをいただいた後、宇治川に沿ったあじろぎの道を散策しました。

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 すると、垣根越しに鳳凰堂が微かに見えます。土曜日ということで観光客で大混雑。拝観の待ち時間が1時間以上だということなので、平日にあらためて再来することにし、今日はここから失礼しました。

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 橘橋から中の島越しに宇治上神社の方を望みました。

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 屋形船を見ると、ケンブリッジ大学のコーツ先生をここにご案内したことが、懐かしく思い出されます。このことは、先日すでに書いたところです。

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 平等院南門の近くにあるトイレで、男女の表示が入れ違っていることに気付きました。海外では男女を色分けせず、姿形で識別します。この男女の絵の入れ違いは、混乱を招いているのではないでしょうか。

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 平等院の中に今日は入らなかったものの、正門前ではみごとに咲き誇る藤を堪能しました。今が満開です。

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 縣神社と橋姫神社にもお参りしました。

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 橋姫神社は改修中です。宇治十帖の古蹟の一つである「橋姫」と刻まれた石柱があるはずなので探しました。しかし、見当たりません。ウェブで見ても、橋姫神社がその古跡・古蹟だとあるだけで、他の巻にあるように巻名を刻んだ石碑・石柱がないのです。事情をご存知の方からのご教示をお願いします。
 境内に建つ駒札の文章を引用します。

源氏物語 宇治十帖(一)

橋姬
「その頃、世に数まへられ給はぬふる宮おはしけり」と「宇治十帖」は書き始められる。
 光源氏の異母弟の八宮は、北方亡き後、宇治の地で、失意と不遇の中に、二人の姫君をたいせつに育てながら、俗聖として過ごしておられた。世の無情を感じていた薫君は、宮を慕って、仏道修行に通い、三年の月日がながれた。
 晩秋の月の夜、薫君は琵琶と琴を弾かれる姫君たちの美しい姿を垣間見て、
「あはれになつかしう」思い、
  橋姫の心をくみて高瀬さす
    棹のしづくに袖ぞぬれぬる
と詠んで大君に贈った。
 出家を望まれる八宮は、薫君を信じ、姫君たちの将来をたのまれる。その後、薫君は、自分が源氏の実子ではないという出生の秘密を知ることになる。
 平成十八年十月
 (財)宇治市文化財愛護協会


 なお、この駒札の左横には、原発に関する警告とでも言うべき掲示があります。感情を抑えた表記ながらも、危険さを訴える気迫が伝わってきます。

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 神社仏閣では、「もんじゅ」に関連して批判的な意見を聞きます。若狭へ行った時にも聞きました。この掲示は、2011年の原発事故に関連しているように思われます。これもその一環なのでしょうか。もっとも、神社本庁は原発推進派だという見解もあります。大方のご教示をお願いします。

 表参道で濃茶アイスを緋毛氈に腰掛けていただき、近くの骨董屋さんに寄りました。お茶道具を中心に、おもしろいものが数多く並んでいます。お軸の写真があるとのことなので、お店のiPadの画像一覧で拝見しました。「ひとはいさ〜」の和歌を書いたものがあり、変体がなの散らばり具合が良かったので現物を出していただき、一軸頂戴しました。
 ぶらぶら歩いていたら、一杯飲み屋や昔懐かしいおもちゃ、そして古本などを売る大阪マーケットという楽しい一角がありました。

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 いろいろと楽しい散策となりました。この宇治橋周辺には、これからも何度も来ることになるはずです。折々に報告します。
 
 
 
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月21日

四条烏丸と下鴨貴船の部屋の掃除

 四条烏丸のマンションにいた息子が、奈良に引っ越しをしました。親子2代でそれぞれがそれぞれ別の場所に住み処を移したのです。その関係で、マンションの引き渡しを控えた今、大掃除ということで私が新居の宇治から四条烏丸に出かけました。整理が終わりほとんど片付いていたので、雑誌や段ボールなどを朝8時の収集に間に合わせました。京都はゴミの種類によって、色付きの袋を購入して決められた場所に出します。ルールを守らないと置いて行かれるので、気を使います。
 無事に私が出したものが回収されたことを確認してから、今度は自分の引っ越しをしたばかりの旧宅に移動です。

 四条通を歩いていたら、以前紹介したことのある染殿院が気になったので立ち寄りました。詳しくは、「京洛逍遥(428)大晦日の染殿院と錦天満宮と錦市場」(2016年12月31日)を参照願います。ここは、京洛の中でも知らないと行かない所です。

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 河原町オーパのビルの北側にある抜け道を通ったところ、花がきれいに咲いているのに出会いました。雑踏から一歩入った人目につかない小さな花壇で、一見の価値があります。

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 旧宅である下鴨貴船の家には一足早く妻が行き、引っ越しで出たゴミなどをこれも朝8時の収集に合わせて出した所でした。私は収集が終わった頃に着いたので、引っ越し後の室内外の点検などをしました。17日(日)は4人の助っ人みんなの奇跡と言うしかない奮闘の結果、あの荷物ばかりの部屋は今は何一つない、ガランとした空間が横たわっています。まだ、喧騒感が残っています。慌ただしくすべての荷物を運び出したことでもあり、壁に残ったヒートンや外し忘れたフックなどをきれいにしました。
 これで、10年前の入居前の姿にもどりました。いろいろなことがあった時期なので、この部屋を見ていると、言葉にしずらい心を締めつけることが思い起こされます。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと、などなど。すべての人に、すべての物に感謝の気持ちを感じて、家の鍵を締めました。

 宇治に帰ると、荷物の山が出迎えてくれました。さて、休む暇もなく、また段ボール箱との闘いの続きが始まります。新たなスタートとなることなので、ワクワクして箱を開け出しました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月19日

京洛逍遥(784)宇治上神社と源氏の湯

 午前中は、昨日運び込んだ500個以上もの段ボール箱の荷解きに掛かり切りでした。宝の箱を楽しみながら開けては取り出し、取り出してはそれぞれが収まる場所に置いていきます。探しているものが見つかると、無上の喜びを感じます。しかし、賽の河原で石を積む気持ちになることもある、無心の行の時間です。

 午後からは、春らしいそよ風を感じながら、引っ越し疲れの身体を休めるために宇治橋へと散策に出かけました。過日と同じように宇治橋の袂にある函館市場でお寿司をいただき、抹茶のソフトクリームを片手に、気持ちのいい緑に包まれたさわらびの道をそぞろ歩きです。

 今回の行き先は、次のブログで秋の景色として紹介していますので、参考までにご覧いただけるとコースの様子がわかるかと思います。「宇治の街歩きと〈運読〉のワークショップ開催」(2015年12月05日)

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 まずは宇治神社へお参りしました。観光客が一人もいないこともあり、淋しい静けさを感じました。

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 北へ向かい宇治上神社へ行く途中に、『源氏物語』の宇治十帖にまつわる「早蕨の古蹟」の石柱があります。今後は、この10柱の石碑の紹介をするつもりです。ほとんどを、すでに本ブログで取り上げています。しかし、今の姿をあらためて写真に収めて記すことにします。

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 宇治上神社の参道の石柱の文字は、特異な書体なので人目を引きます。

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 宇治上神社の前には、国宝で最古の寝殿造りを残す建物と雰囲気を似通わせる、かそけき枝垂れ桜が咲いていました。

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 ちょうど閉門時間の直前だったこともあり、私が本殿に回った頃に社務所は戸締まりをなさり、門を出るとすぐに門が閉まりました。門を閉め始められた神職の方にお辞儀をしてお礼を言うと、にっこりと答礼をしてくださいました。全国の神職の方のほとんどが私の後輩にあたります。そのため、どなたかはわからないものの気持ちだけとはいえ、感謝とますますの活躍への期待の気持ちを目礼で送るようにしています。

 元来た宇治神社に向かって宇治川に戻ると、匂宮と浮舟の像に出会います。朝霧橋を背景にした観光客の撮影スポットなので、今回も写真をあげます。

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 橋の上から上流と下流を望みました。穏やかで鷺や鴨が群れ集う賀茂川と違い、宇治川は流れが速くて躍動感があります。

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 塔ノ島から宇治神社の方を見ました。山の新緑と朱塗りの門が鮮やかな対比を見せています。

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 京阪宇治駅前から京阪バスで近鉄大久保駅に出て、駅前にある宇治天然温泉「源氏の湯」に入りました。

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 このところ、ずっと引っ越しに没頭していました。身体も悲鳴をあげる寸前だったこともあり、ゆったりと湯に浸かると凝りが解れたように思えます。一風呂で、リフレッシュして帰ることができました。目と身体の保養を兼ねた、実り多い半日となりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月12日

京洛逍遥(783)半木の道の桜も見納め

 今日は、電気屋さんと一緒に宇治へ行き、エアコンの移設、電磁調理器のための200ボルトの電気工事、ウオッシュレットの取り付けなどなど、相変わらずバタバタする1日でした。
 そんなドタバタの合間に、アップルのパソコンで2台のM1マシンに関して、1時間以上ものリモートのサポートを受けました。
 MacBook Pro と Mac mini の中でも、2台のM1チップを搭載したマシン2台が、iCloudとの同期に Pro は1年以上、mini は2年以上かかっても終わらないのです。Intel Mac 2台は、すぐに同期が終わりました。どうも変です。最終的には、いくつかのアドバイスで今日のところはサポートを終えました。
 どこにいても、複数のパソコンを同じ環境で使いたいという希望は、なかなか叶いません。特に、M1マックは同期にとてつもない時間がかかっています。年単位なので、私はM1マックはまったく信用せず、過去のデータを見たり活用したりしない、ということを原則にして、ときたま電源を入れる程度となっています。
 私は欠陥商品と出会うことが多いので、今回もそれだろうと思っていました。しかし、この問題は意外と多くの方からの問い合わせが来ているとのことでした。M2マックが出たら、こんなことがあったという話で終わるのでしょうか。
 今日のところでは、私が契約している2テラバイトの iCloud との相性が悪いようだ、というところで終わりました。また時間があったら、教えていただいた対処策を講じてみようと思います。しばらくは、この2台はまた休眠してもらいます。

 帰りに、半木の道へ桜を見るために立ち寄りました。今が満開なので、これで見納めとなるようです。
 次にあげたパノラマ写真では、右に大文字、真ん中に比叡山が顔を覗かせています。
 来年は、旅人としてこの桜を見に来ることになります。

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posted by genjiito at 20:48| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月10日

京洛逍遥(782)京都新聞に掲載された鴨川茶店での取材記事

 昨日のブログに書いたように、鴨川茶店が3年ぶりに開催されたので、待ちに待ったイベントなので早速出かけました。
 お茶席で煎茶の接待を受けて出たところで、京都新聞の方からの取材を受けました。妻が問われるままに答えていたことが、今日の京都新聞の「市民版」に取り上げられていました。

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 記者の佐々木千奈さんは、南丹市の支局からこの4月に異動となり、京都本社の勤務となった、とおっしゃっていました。たくさんの方々に取材をなさったはずなのに、幸運にも妻へのインタビューが紙面に取り上げられたのです。
 これまでにも、妻は新聞紙上に取り上げられています。新婚時代に妻の実家である秋田へ帰省した帰りに、埼玉県の大宮駅で朝日新聞の取材を受け、翌日の新聞に載りました。新婚時代は浦和に新居を構えていたのです。
 また、廬山寺で行われた節分会の鬼法楽の時や、上賀茂神社での競馬会の時には、翌日の京都新聞に妻の写真が載りました。
 私は、八坂神社での年末のオケラ参りの時に、神聖な火を火縄に移していただいている時の姿が、朝日新聞に載りました。数日前には、別件で朝日新聞の取材を受けたばかりでした。不思議な縁を感じたものです。
 何ということもない出来事です。しかし、悪いことをしたのではなく、お祭りやイベントに参加していたらコメントや写真が新聞紙上に載るのは、楽しい想い出になる出来事です。
 昨日の鴨川茶店のことも、幸先のよい新年度のスタートを彩る出来事です。今週末には宇治へ引っ越しをするので、これも賀茂川の近くに15年間住んだ、いい記念となります。
 我が家の玄関の横の小さな庭では、チューリップが赤白黄色ときれいに並んで咲いています。

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 この下鴨でのあと1週間を、大切に過ごしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 21:06| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月09日

京洛逍遥(781)第48回 鴨川茶店が3年ぶりに開催

 一昨年と去年の第46回・第47回の鴨川茶店は、残念ながら新型コロナウイルスのために中止となりました。関連する記事を抜き出しておきます。

「京洛逍遥(693)半木の道から北山大橋周辺の桜」(2021年03月28日)

「京洛逍遥(612)半木の道の桜は8分咲き -2020-」(2020年04月11日)

「京洛逍遥(536)河川美化啓発活動「鴨川茶店」」(2019年04月07日)

「京洛逍遥(535)何もしない日の賀茂川散歩(4月)」(2019年04月02日)

 今年は、出店などの出店規模を縮小しながらもとにかく開催され、いつもの賑わいが半木の道の川沿いに戻りました。主催団体の中心となっている「鴨川を美しくする会」は昭和39年11月20日(1964年)の設立です。その活動目的は「地域住民によって、鴨川を美しくするために、その意思をもつ住民が力を合わせ、行政機関と相互に連絡協調をはかり、河川美化と環境保全の輪の広がりを目的とするために結成されたボランティア団体です。」となっており、河川清掃や鴨川納涼に加えて鴨川野鳥観察会などなど、幅広い活動をなさっています。

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 紅枝垂れなどは満開です。

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 開会式には、府知事と市長も列席なさっていました。明日は京都府知事選挙の投票日です。お忙しい中を、こうしたイベントも大事になさっているようです。

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 例年通り、二条流の煎茶席でお茶と花見団子の接待を受け、かわいい小皿をもらいました。このお皿は、もう5組目になったはずです。

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 まゆまろ君が横を通っていきました。

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 門川市長も同じグループの右手でお茶を召し上がっていました。

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 半木の道の小径の木陰では、のんびりと一息ついている方もいらっしゃいます。

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 半木の道の桜並木の全景を、対岸の右岸からパノラマ写真で撮りました。右端が南側で北大路橋、左側が北山大橋の方向になります。

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 茶店の様子も、よくわかるように写しました。

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 お琴と尺八の演奏が始まったようです。

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 お昼ご飯は、半木の道の小径にあるベンチが木陰になった頃を見計らって、お弁当を調達して来ていただきました。

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 比叡山も鴨川茶店を覗いています。

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 ちょうど帰ろうとしていた時、高校生のブラスバンド部の演奏が始まりました。

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 楽しいひと時を、のんびりと過ごせました。来週末にはこの町を引っ越すので、来年からは観光客としてここに来ることになります。訪れ人として鴨川茶店に参加した時、自分がこの桜を見る目の変化が今から楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:23| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2022年04月07日

京洛逍遥(780)京都御所で春の特別公開

 京都御所では昨日6日から10日まで、春の特別展示「宮廷文化の紹介」を開催しています。何かとバタバタする中で、何とか時間を見つけて行ってきました。
 今日は、河原町今出川から石薬師御門を通って京都御苑に入りました。現在の御所の東北の入口です。門を潜って真っ直ぐに進むと、御所の鬼門に当たる築地塀の角が欠けていることで知られる猿が辻があります。

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 今年は、いつもよりも北の清所門から御所に入りました。予想通り、見学者は少なかったのですぐに入れました。

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 荷物のチェックの後に渡された入門証は、私が1番で妻が2番でした。一瞬みなさんの番号は何番と見回して、あらためてなかなか巡り合うことのない幸運を喜びました。

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 新御車寄に飾られている牛車は、見かけたら撮ることにしています。講座などで紹介できるからです。葵祭で見る姿です。

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 建礼門と承明門の間の通りから、如意ヶ岳の大文字が見えました。ここから見られるとは知りませんでした。

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 今回は、「紫宸殿」の中にある「高御座」や「御帳台」も見られました。これは圧巻です。次の写真は、承明門から撮影したものです。なお、「紫宸殿」には「ししんでん」と読みがなが振ってあります。しかし、私は「ししいでん」と教わってきたので、今も「ししいでん」と講座などでも言っています。

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 大規模改修を終えた「清涼殿」なども見ました。その中でも、蔀戸の漆塗替えの説明は初めてです。そのものを見ながら読むと、実際のイメージが湧きます。

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 お腹が空いたので、御所の東側にある中立売御門の横の休憩所の中にある「檜垣茶寮」で食事をいただきました。立派な塗り椀を手にすると、気持ちが豊かになります。お勧めします。

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posted by genjiito at 22:36| Comment(0) | ◎京洛逍遥