2024年08月27日

京洛逍遥(879)間之町通を四条まで散策

 京都駅から東洞院通の東側の間之町通を、ひたすら北に向かって日陰を選って、いつものリハビリウオーキングです。

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 渉成園は、今回は素通りし、文子天満宮にお参りして休憩です。ここは、天神信仰発祥の神社とのことなので、学問の神様としての参宮です。北野天満宮の前身の神社だとも。初めて訪れました。

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 本殿の奥に菅原道真が太宰府に左遷される時に腰掛けたという「腰掛石」がありました。
 今秋11月2日に、太宰府にある筑紫女学園大学の公開講座「アジア塾」で、「43種類の言語に翻訳された『源氏物語』―アジアを歩いた調査報告―」と題してお話をすることになっています。この「腰掛石」のいわれを、その時の枕にしたいと思います。

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 すぐ北隣に、六条院という名前がついたマンションがありました。少し先が六条通なので、先ほど通った渉成園(枳殻邸)のつながりで『源氏物語』の舞台と考えていいと思います。

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 六条院公園は、一本東隣の高倉通にあるので、それは次回歩いた時に紹介します。
 五条通に出ると、中央分離帯に阻まれて、間之町通はまっすぐには進めません。

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 東隣の高倉通の交差点にある横断歩道を渡り、西に少し戻って間之町通を北へ向かって歩きます。
 万寿寺通も行き止まりなので、また東寄りの高倉通を迂回し、しばらく歩いた松原通を左折して間之町通にまた入って行きます。
 ちょうどその角に、手芸洋品店の山口忠兵衛商店がありました。文政2年(1819年)の創業で、みすや針のお店といえばご存知の方が多いでしょう。三条通の入口にも、レトロな看板があるので有名です。

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 手仕事の好きな妻が、よく来たお店です。しばらくぶりだとのことで、3階までビッシリと並ぶ手芸用品の中を、しばらく泳いでいました。私も、今使っている革鞄が30年近く愛用しているもので、少し色が禿げてきたこともあったので、レザーマニキュアを一本倉庫から探し出してきていただきました。
 元の間之町通に戻り、松永貞徳花咲亭址を左に見て北に進むと、高辻通でまた行き止まりです。
 右の高倉通に出て仏光寺にお参りしてからは、もう間之町通は四条通までは消失しているので、高倉通を歩いて四条通のアップル京都店に出ました。
 その後は、錦市場を東に向かって歩き、錦天満宮をお参りし、いつものくら寿司でゆったりとお昼ごはんにしました。ここは白いのれんに囲まれて、長時間デザートまでいただける、散策疲れを癒やす穴場です。




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2024年08月21日

京洛逍遥(878)矢田寺の御詠歌とソバ屋の変体仮名

 京都市役所に用事があり、京阪三条から歩いて行きました。炎天下と言っても、アーケード街と地下街を通るので、苦ではありません。それよりも、電車の中と街中で出会う人のほとんどがノーマスクなのが不気味です。東京ではノーマスクの人がほとんどでした。それが、今は京都にまで広がっているようです。全国的な兆候でしょうか。また新たなウイルスが蔓延しているということなので、熱中症以上にこの病原菌の感染に神経を使います。

 帰りに、寺町通と三条通の角にある矢田寺に立ち寄りました。僧満慶と小野篁の創建という矢田寺です。ここで、きれいな扁額を見つけました。明治12年8月というのは、修復時の原態に記されていた年次だと思われます。矢田地蔵尊詠歌も、復刻したもののようです。

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 この歌は、霊元法皇御製のご詠歌と伝わるもので、あまり見かけないので[変体仮名翻字版-2023]で翻字しておきます。

【云】ふならく
 奈ら具に
  志津"む
久類し美を
 者てしも
  志ら寿
加わりうくてふ

 三条通に入ると、おそば屋さんの田毎(たごと)があります。市内に5店はあるので、よく知られているお店です。いつも素通りしていました。しかし、今日は暖簾の文字列に目が留まりました。この「御曽婆」という表記は初めて見ます。

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 もちろん、この左側には「楚ば」と書かれた幟が出ています。

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 この三条通から1本北にもおそば屋さんがあります。ここはごく一般的な「生楚者"」です。もっとも、右から読むか、左から読むか、という興味深い表記がなされていますが。

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 街中を歩くと、いろいろな文字があって楽しめます。
 今日の収穫は、「御曽婆」でしょうか。




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2024年08月16日

京洛逍遥(877)五山の送り火の帰りに頭を強打するも大事に至らず

 午前中は、集会所でみなさんとゲームや諸々の楽しいお話をしました。年を取ると、喋ることが身心共にいいのです。
 縦横25個のマス目に、動物の名前を自由に書きます。そして、順番に一つずつ名前を言っていくという、ビンゴゲームをしました。「ゴジラ」と言った方がおられました。「ゴジラ」は架空の動物なので、ここではこの質問の動物にはならない、ということになりました。私も、「モスラ」「ラドン」「ガメラ」「ギャオス」「キングコング」などを思いつきました。しかし、思い留まりました。
 麦茶やコーヒーをいただき、お菓子まで付いています。茶飲み話に花が咲きます。

 いつものように、白寿のTさんと帰りました。ご自宅まで送ろうとしていたら、これから近所のドラッグストアまで行くので、今日はあなたたちを送ってあげる、とおっしゃいます。我が家の前まで話をしながら楽しく帰り、暑いので気をつけてと言って別れました。買い物まで一緒に行くと気を遣われるだけなので、今日はサラリとお別れしました。好きなようにしたい、というお気持ちをお持ちなので、あまりお世話をし過ぎないようにしています。こっそり見ていると、手押し車を押しながら、ゆっくりと歩いて行かれました。ご自分の好きなお菓子を買いに行かれるのです。とても白寿の姿とは思えません。

 夕方、京都五山の送り火を見に出かけました。数年前までは、自宅の近くの賀茂川べりで大文字を見ていたので、電車で大文字見物は記憶にありません。昨年は、大文字山の麓にある京大病院に入院中だったために、特等席でエアコンに当たりながらソファに座って見ました。「間近で見る大文字」(2023年08月16日、http://genjiito.sblo.jp/article/190509749.html)をご笑覧ください。

 電車で出町柳まで出て、そこから歩いて、2年半前まで住んでいた下鴨地域の出雲路橋の袂まで行きました。出町柳のコンビニで、おにぎりなどを買い込みました。みなさん考えることは同じで、中は大混雑しており、レジまでは店内をぐるっと並んで待つほどの長蛇の列でした。

 出雲路橋まで移動すると、いつも見ていた場所に座りました。ここまでは観光客は来ないので、地元の人が集まっています。
 夜8時ちょうどに、大文字山に最初の点火がなされました。ヘリコプターが3機飛んでいます。

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 次第に火の勢いが盛んになり、大の字が夜空に浮かび上がります。

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 大の文字が形を整えたところで、北の方に灯る妙法と舟形を見に行くことにしました。元住人なので、勝手知ったる送り火です。どのタイミングでどこへ行けばいいのか、よくわかっています。
 ところが、狭い木立の道を歩いていると、張り出していた松の木に思いっきり頭をぶつけました。目から星が飛ぶ、ということはこれか、という思いをしました。そして、ぶざまにもみごとに後ろにひっくり返りました。近くにいた若者がすぐに駆けつけてきて、いろいろと声を掛けてくれました。何が起こったのかわからないままに意識が遠くなりかかっていたので、この若者の声で正気を保てました。不意に松の木にぶつかった反動でひっくり返ったので、なおさら大変だと思われたようです。
 おでこの辺り、髪の生え際あたりから大量の出血がありました。脳梗塞の治療薬である血液サラサラのお薬を飲んでいるので、この出血が止まらなかったらどうしようと不安になりました。しかし、妻も手助けしてくれたので、とにかく起き上がり、少し休んでから出雲路橋に向かって歩き出しました。そのためもあって、妙法の2文字の送り火は見損ないました。その次に点火された舟形は、無事に見ることができました。

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 このころになると、血が止まりました。大事には至らず、幸運でした。まかり間違えば、目や鼻を強打して大変なことになりかねないところでした。

 そうこうするうちに、大の文字も次第に火が勢いをなくしていきます。

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 火が見えなくなるまで、河原でおにぎりを食べながら、妻と2人で大文字山を眺めていました。ご先祖さまも、みんな無事に帰って行かれたようです。

 今年も、無病息災、家内安全で過ごしましょう。両親が見守ってくれているので、まだまだ元気に仕事をし、健康的な生活を続けることにします。




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2024年08月13日

京洛逍遥(876)下鴨神社の古本市と2軒の骨董屋さん

 出町柳の下鴨デルタは、賀茂川と高野川が合流する地点です。ここから見える如意ヶ岳の大文字は、3日後の京都五山の送り火を控えて少し緊張感が漂っています。今年はここまで足を運んで来て拝むかどうか、毎年見てきたお盆の行事だけに思案中です。

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 今日は、下鴨神社で古本市があるので、日差しを避けながら出掛けました。いつもより人出は少ないようです。熱暑の中であることと、日本人が本を読まなくなったことが原因と思われます。海外からの方が目立ったのは、もの珍しさからでしょうか。

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 私は、探し求めている本は、本の方からおいでおいでをする、と思っています。海外でも、英語も覚束ない私なのに多くの本との出会いがあったのは、すべて本が呼びかけてくれたからです。図書館や書店をブラブラしていると、言語の種類に関係なく呼びかける声が聞こえてくるのです。
 イタリアのヴェネツィアでの体験は、今思い返しても痛快です。次のブログに書いていますので、よろしかったらご笑覧を。「ゲンジモノガタリ、プリーズ」で、『源氏物語』のイタリア語訳の本が、店頭になくても出て来るのですから。

「ヴェネツィアから(9)イタリア本」(2008年09月16日、http://genjiito.sblo.jp/article/178852750.html

 インドはもちろんのこと、ミャンマー・エジプト・トルコ・ルーマニア・ハンガリー・チリと、実に楽しい本との出会いがありました。
 今日も下鴨神社の糺の森で、本がひしめくテントの間を歩きまわり、本が呼びかける声に耳をすませました。千年以上の霊力を保つ糺の森でも、結局は1冊も本は語りかけて来ませんでした。

 帰りに、出町柳の枡形商店街の入口近くにある古物商の「京や」(櫛かんざしの店)に立ち寄りました。ここは、下鴨に住んでいた頃の、賀茂川散歩の折り返し地点だった所です。

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 いつものおばさん(失礼ながら男性のようですが)と世間話をしていると、この下った所の河原町今出川に新しい店を開いたので行ってみては、と勧められました。カフェもやっているそうです。
 少し歩いた所に、確かに新しい「京や」がありました。中には、所狭しとおもしろい物が並んでいます。

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 手前で食事をしました。骨董品に囲まれて、8人が座れます。私は冷やしうどんを、妻は温かいソバをいただきました。
 このお店は、1年前に開店したそうです。2年前に私は下鴨の地を離れて宇治に転居したので、このお店のことは知りませんでした。
 町家の狭い階段を上がると、茶道具などが並んでいました。

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 入口近くにあったホオズキを描いた夏茶碗をいただきました。
 妻は、小物箱が気に入ったようです。併せて三千円なので、自宅で気楽に使えます。

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 引き返して出町柳駅に向かう途中で、先ほどの本店(?)に立ち寄り、新しい店の感想を伝えました。そのお店を手に入れた経緯や、もろもろの経営事情を語ってくださいました。北野天満宮で毎月25日に出店している天神市での出品の裏話には、のけ反るほどに驚く話を聞きました。ここで以前にお茶道具をいただいた時に、目の前の地下駐車場に品物を取りに行かれました。まだまだ珍品がありそうです。折々に足を留めて、掘り出し物との出会いを楽しみたいと思います。




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2024年06月30日

京洛逍遥(875)京都駅前から東洞院通を四条通までリハビリウオーキング

 京都駅烏丸口の京都タワーから少し東に移動して、東洞院通を北上します。

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 駅前ではあっても、かつての面影は至るところに残っています。この建物の看板の字を、しばし佇んで読みました。右から左へと「書籍文具川口」と読めます。

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 京都駅前とは思えないほど、古い家並みが残っています。しかも、営業中とあります。

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 「井筒安 IZUYASU」という看板を掲げた旅館がありました。「安」が平仮名の「あ」に限りなく近くなった字体です。「井筒」は「いず」と短縮して読むようです。

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 お豆腐屋さんもあります。これも、京都駅の近くです。このあたりは小さな旅館や民宿が多い地域なので、毎朝の豆腐の需要があるのでしょう。

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 おしゃれな玄関やパン屋さんの軒先を見つけました。この一帯は、歩いていて目を楽しませてもらえます。

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 次の看板の最後の文字は、しばし考えさせられました。「やすむら□」と読んでから、いろいろと考えました。

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 最後の文字は、「ら」の字母である「良」だと気付くまでに時間がかかりました。「やすむ」までが丁寧に平仮名で書かれているので、まさか最後の一字だけが字母の漢字「良」が崩されているとは思いもしませんでした。いろいろな文字の使い方があるものです。

 かつて視覚障害者のみなさまと一緒に『百人一首』のイベントをした時、会場として玄想庵をお借りしました。「見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日」(2019年10月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/186731131.html)に詳しく書いています。その前を過ぎると、もう四条通です。

 楽しいリハビリウォーキングでした。本日歩いたのは、いつもよりも多くて 15,015歩でした。




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2024年06月19日

京洛逍遥(874)自宅から歩いて三室戸寺へ紫陽花を見に行く

 昨日の雨もすっかり上がり、暑い1日でした。しかし、風が心地よかったので歩き続け、電車を使わずに三室戸寺へ行って来ました。帰りは電車を利用していますので、無理はしていません。今日の歩数は18,739歩なので、いつもの2倍です。リハビリウォーキングにしては歩き過ぎです。しかし、風を感じながら、水分補給をしながら、所々で休憩をしながらの散策だったので、足も痛くならず快適でした。足腰が、少しずつ鍛えられているようです。

 京滋バイパスの近くで、2つの社寺の門が放置されているのに出会いました。住所は、宇治市莵道段ノ上となっていました。

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 どのような経緯があって、今ここに建っているのか知りたくなります。しかし、付近にはそれを知る手がかりはありません。聞くところもない地域だったので、今後わかれば報告します。

 一山越えてかげろうの道に出ると、すぐに三室戸寺があります。ここの紫陽花園が、今日の目的地です。

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 紫陽花園の中を歩いていると、鮮やかな赤を纏ったトンボに出会いました。ホトトギスがしきりに鳴いています。

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 境内の入口にある花手水も、鮮やかな色で埋め尽くされていました。

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 本堂の前では、蓮が咲き出したところでした。

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 下陣に掲げられた扁額に記された御詠歌については、ちょうど1年前に記した「京洛逍遥(837)三室戸寺の紫陽花と御詠歌」(2023年06月01日、http://genjiito.sblo.jp/article/190380036.html)の後半で、詳しくその翻字をあげていますので、興味をお持ちの方はそちらをご笑覧ください。

 ここに来ると、やはり浮舟之古蹟の石碑は、定点観測として写真に収めておきましょう。

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 少し文字が読み難くなったように思います。こうした石碑や石柱の掃除は、どうしたらいいのでしょうか。風化は仕方のないことだとして、あるがままに、自然に任せるのがいいと思われます。しかし、一人でも多くの方に何と書いてあるのかを知ってもらうためには、石に刻まれた文字にこびりついた苔や塵は丁寧に掃除をし、肉眼で読めるようにしたらいいと思いました。いろいろと問題があることはわかります。しかし、意志の伝達の手段としての機能を持つ文字が読めないのは、やはりもったいないと思います。単なる文化財とか文化資産としての置き物で終わらせるのではなくて、書かれている文字を自力で読み、その意味を知って、親近感を持つことも文化の理解と継承には必要です。日本を理解する一つの教材として、その存在は生きるものだ、との思いを強くしました。




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2024年06月12日

京洛逍遥(873)西陣織国際美術館の「木佐聡希写真展」

 木佐聡希(本名:千代枝、2011年9月逝去59歳)さんの写真展に行ってきました。
 場所は、北野天満宮に近いビルの一室です。

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 会場でいただいた『木佐聡希 写真集』(2011年10月)の著者プロフィールを、まず引きます。

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1952年島根県平田市 (現出雲市) 生まれ
本名:木佐 千代枝
県立出雲高校、京都教育大学卒
京都の城陽で7年、乙訓で15年間小学校の教諭を勤める
1992年発病
1994年島根の実家に帰り闘病生活を始め、パーキンソン病の診断を受ける
花の写真を撮り始める
1997年秋、最初のカレンダー「花想1998年版」を300部発行
以降10年間にわたり最多で750部を発行し2007年版にて終了
その間、写真集の販売などには、かつての同僚 同級生 教え子、
福祉や医療関係者の多くが携わる
写真集をきっかけに3度のコンサートを開催
新聞報道多数
NHK 島根 「生命の写真」
写真展開催多数
2010年3月 病状が悪化し入院手術ののち車いす生活となり、
現在は両親の住む自宅を離れ「出雲なごみの里」で穏やかな生活を送る
追記: 2011年6月末、誤嚥性肺炎のため緊急入院の後、
出雲市の「いこいの郷」にて療養中

 木佐さんと私は面識はありません。しかし、いろいろなところで接点があり、つい写真も魅入ってしまいました。
 まず、出身が私と同じ出雲市であること。出雲高校で学ばれたとのことで、私の従兄弟が長く出雲高校の国語科の教員をしていたので、何かご縁があったのかも知れません。そして、我が家に近い京都の城陽と乙訓で教員をなさっていたのです。
 さらには、上掲の写真集や今回の展覧会が、木佐さんの妹の佐々木久仁子さんのご尽力によって実現したとのことには驚きました。佐々木さんには、『源氏物語別本集成 全15巻』(伊藤他編、桜楓社、1989年〜2002年)の第1巻で、「空蟬」巻の阿里莫本を翻字してもらっていたからです。そのご縁つながりで、今回の写真展の情報をくださった石田弥寿子さんは、木佐さんの義理の妹さんです。石田さんには、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の立ち上げから京都市役所への登記、そして現在の理事就任に至るまで、お世話になりっ放しです。佐々木さんの旦那さんは、『源氏物語』の写本をデータベース化するプロジェクトが毎日新聞に取り上げられて以来、励ましをいただいてきました。こんなご縁があることに感謝し感激しています。
 写真展は、ゆったりとした気持ちで拝見しました。一枚の短歌に惹かれたので、[変体仮名翻字版-2023]で紹介します。

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千代枝の歌
 【庭隅二にほい寸みれ能【濃紫
   【一叢ありて【歩】み【寄】りた里

 会場に流れていた木佐さんを回顧するビデオは、二度も見てしまいました。
 この展覧会は、今週末の16日(日)までです。





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2024年06月09日

京洛逍遥(872)深草の藤森神社へ紫陽花を見に行く

 自宅から駅までの散策路には、初夏の緑に映える小道が続きます。

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 雨上がりの午後、京阪墨染駅から歩いて7分、京都教育大学の西側にある藤森神社へ行きました。

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 境内の一画にある藤勝苑は、今が紫陽花の見頃です。

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 苑内は、いろいろな色の紫陽花が満開でした。その種類が多いことに驚きました。

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 境内には、『日本書紀』を編纂したことで知られる「學藝の祖 舎人親王崇敬碑」が建っていました。同族の清原家には清少納言がいます。

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 ブラブラと大和街道から墨染通りを歩き、近鉄伏見駅に出て帰りました。
 本日は11,000歩。ちょうどいいリハビリウォーキングとなりました。




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2024年06月05日

京洛逍遥(871)京都駅から烏丸通を北へ歩くと「俊成社」に行き当たる

 京都駅前にあるキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)へ、源氏講座で使う会場の予約を取りに行きました。予定通り9月分の日時を押さえられたので、以下の日程で確定です。その時々にお知らせを掲載しますので、多くの方のご参加をお待ちしています。

(19回)2024年 6月22日 (土) 第1演習室 14時半〜16時
(20回)2024年 7月27日 (土) 第1演習室 14時半〜16時
(21回)2024年 8月24日 (土) 第8講習室 14時半〜16時
(22回)2024年 9月28日 (土) 第5演習室 14時半〜16時

 今日のリハビリウォーキングは、京都駅前をスタートし、烏丸通を四条までまっすぐに歩きました。京都駅前から四条通までは、約8,000歩のコースとなります。

 東本願寺の前から北へ伸びるのが烏丸通です。この道の下には、地下鉄烏丸線が通っています。

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 七条通りの角には、先月末の5月31日にオープンしたばかりの「京都駅前酒場 聚楽第」がありました。

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 ここは、洛中で131年続く老舗酒蔵である、佐々木酒造の酒を専門とする居酒屋です。川端康成が好んで飲んだ銘酒「古都」でも知られています。築約90年という古民家を今回改装したもので、店名は佐々木酒造の「聚楽第」からついたのだそうです。俳優の佐々木蔵之介さんの実家である佐々木酒造は、豊臣秀吉が築いた御土居の中にあり、現在も残る唯一の酒蔵です。午後4時からの営業なので、またいつか来てみましょう。

 烏丸五条を過ぎたあたりで、思いがけずも「俊成社」という小さいお社が姿を見せました。ここにあることは、初めて知りました。

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 御子左家の藤原俊成は、平安から鎌倉時代の歌人で、『千載和歌集』の撰者。藤原定家は息子です。
 俊成は、「六百番歌合」の判詞で、「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」と言ったことでよく知られています。
 説明板(駒札)の末尾には、『百人一首』の83番歌である「世の中よ 道こそなけれ おもひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる」が記されていました。

 四条通のすぐ近くにある西陣織あさぎ美術館では、「源氏物語と雅な歌人たち」という西陣織による展覧会が開催されていました。今日は時間の都合で見られません。またいつか来ることになると思います。

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2024年05月29日

京洛逍遥(870)京都駅前から新町通を北に向かって四条通まで散策

 京都駅前から真っ直ぐ北に向かって、室町通を四条通まで歩きました。12,000歩の、私にとって定番となってきたリハビリウォーキングです。

 東本願寺の北側からスタートです。

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 室町通は、四条通を上がった祇園祭の時のイメージとはまったく違います。道が狭くて、歩いていても私が興味を示すものはありませんでした。とにかく、整然とした落ち着いた通りです。

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 お寿司屋さんの入り口に、「春夏冬中」と表示した文字の横に「あきないちゆう」と仮名を振ったプレートが掛かっていました。

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 一月前の記事の「今年は春があったのでしょうか」(2024年04月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/190878189.html)で取り上げたように、これで2つ目です。全国にどれくらいあるものなのか、知りたくなりました。

 五条通を渡ったあたりも、やはり狭い道が縦に一本通っています。

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 しばらく行くと、繁昌宮がありました。かつては班女神社と言われていたそうです。しかし、今の私にはあまり関係のないお宮さんだったので、通り過ぎました。

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 今日は、特におもしろいものはありませんでした。しかし、狭い道ながらかつての京都の佇まいがそこかしこに感じられる通りでした。




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2024年05月23日

京洛逍遥(869)護王神社と電動キックボード

 最近、また右足の動きが鈍くなりました。何となく重くて、不自然な歩き方になります。ぎこちないのです。回りから見ていると、特にどうということはないそうです。しかし、本人としては歩き難くてすっきりしません。

 御所の近くに所用があって行ったので、その帰りに烏丸通沿いにある、和気清麻呂とイノシシで知られる護王神社に立ち寄りました。ここは、足腰の神様なのです。

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 その少し南には菅原院天満宮があるので、烏丸通り越しに天神様にご挨拶だけをしました。

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 ブラリと京都御苑に入ると、電動キックボードで砂利道を快適に移動する人がいました。ここは自転車で何度も通りました。ペダルを漕ぐのが難儀な道でした。しかし、この電動キックボードなら、楽に走れます。見上げると、如意ヶ岳の大文字山が顔を少しのぞかせています。

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 そういえば、街中で電動キックボードが並んで走っているのを見かけることが多くなりました。多くの車の間を縫うように走る姿を見ると、事故にならなければいいが、とハラハラします。事故が多発してから、いろいろな規制がなされるのでしょう。観光客も自由に乗っているようなので、楽しい旅になるようにと、とにかく祈る気持ちになります。




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2024年05月20日

京洛逍遥(868)グリーンカフェに参加した後は京都駅の大階段へ

 地域のみなさまを対象にしたグリーンカフェに行きました。毎月第3月曜日に開店します。

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 今日の折り紙はアジサイです。小さな花をいくつか折り、台紙に貼って出来上がりです。
 上が私の、下が妻の作品です。

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 初めて参加した、という方が4人もいらっしゃいました。少しずつ知られるようになったのは、関係者の弛まぬ粘り強い努力のたまものです。

 スタートした当初は、この地域を管理している住まいセンターからは冷遇されていました。

「グリーンカフェのプレオープンを祝して」

「第1回グリーンカフェと今後を話し合う場に参加」

 しかし、経営だけしか考えない時代遅れの管理集団は、住民による運営が軌道に乗ってくるにつれて、グリーンカフェの活動と趣旨を認めざるを得なくなってきたのです。はじめは、いずれ空中分解するさ、とタカを括っておられたようです。片隅にある建物に追いやって有り難がらせるやり方が破綻すると、管理者側は渋々広い部屋がある中央集会所での開催を認めざるを得なくなりました。今でも内心、忸怩たるものがあることでしょう。しかし、民主的な運営による非営利活動は、センターからの上から目線での無理解の対処を、逆に押しやっているのです。このことに、センターの役職者がいつ気づかれるのか、様子を見ていたいと思います。物理的な管理は積極的です。しかし、住民に寄り添った住みよい暮らしや日常生活の平安には、ほとんど興味がないようです。
 今日は、そのセンターからFさんが来ておられました。これまでにも、管理会社のやり方や手口がいかに汚いかを直接話してきた方です。しかし、以下の経緯があるので、もう相手にしないことにしました。Fさんも、私を避けたそうでした。
 その経緯と言うのは、3ヶ月前の2月19日のグリーンカフェが終わってからのことでした。世の中には、こんな卑劣な対応をする人たちが、そして会社があるのかと、非人間的なやり方に大きなショックを受けたことなので、ここで再確認しておきます。
 まず、昨年末の2023年12月18日に、次の話し合いの場を設定した書面を、センターから参加なさっているFさんに数部渡して、社内で回覧してもらうことにしました。(次の画像をクリックすると精細な画像となり、文字が読みやすくなります。)

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 その後、開催直前まで連絡がないので、2024年02月19日のグリーンカフェが終わってから、具体的な進行について打ち合わせをしようとしたところ、何と予想だにしなかった対応を受けたのです。
 その日の記事の最後に、次のコメントを書いていますので、事実の確認として再掲します。

 この会が終わってから、管理センターの方と今週末の打ち合わせをしようとしたところ、突然態度が豹変し、我々は参加できない、と申し訳なさそうにおっしゃるのです。そして、もう一人の方が割り込んでこられ、主導権をとって、なぜ参加出来ないかを語り出されました。私は、書面にしていただけないかとお願いすると、それはできないとのことです。そこで、私はお二人の目の前で、次の文言をメモとしてスマホに入力し、これでいいかと確認しました。それ以上は押し問答はありませんでした。
「個人で開催されるシンポジウムに、会社としては参加できない。」
 これが当該管理センターとしての公式の見解でした。そして、お客様相談課に連絡を、ということでした。どうやら、社内での連絡調整ができておらず、コミュニケーションが取れていないため、この案件に関してこれまでがそうであったように無視されてきたようです。
 このミニシンポジウムは、すでに昨年12月18日のグリーンカフェがあった際に、上掲のチラシとしてまとめて手渡ししたものです。それが、上掲の案内文を受け取って2ヶ月以上も経った今になって、なんと開催5日前の今日、Iさんから告げられた見解でした。これまで対応して来られたFさんは、いくばくかの良心があったのか目を伏せ黙って俯いておられました。この2ヶ月間放置しておき、こちらから数日後に迫った当日の運用について打ち合わせのことを持ちかけると、無礼なへ理屈を捏ねたドタキャンなのですから、用意をしてきた者としては言葉を失います。
 結論としては「塩対応」をされました。私を舐め切った、冷徹で素っ気ない対応を受けました。
 こんな対応を平気でする人は、なかなかいるものではありません。久しぶりに、企業人間になりすまし、人としての心を喪失したいやらしい態度を、たっぷりと見せていただきました。

 ここで「いくばくかの良心があったのか目を伏せ黙って俯いておられました。」と書いたのが、今日お出でになっていたFさんです。上記の引用文の前後の詳しいことは、「集会所でのグリーンカフェに続く話し合いの場で驚愕の背信行為を受ける」(2024年02月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/190782721.html)に書いていますので、興味のある方はご笑覧を。

 グリーンカフェが終わってから、京都駅の大階段へリハビリを兼ねて行きました。あることは知っていました。しかし、実際に行ったのは初めてです。毎年2月には、ここを駆け上がる「大階段駈け上がり大会」が実施されています。

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 上から下を見ると、こんな感じです。

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 屋上に上がると、庭園になっていました。京都タワーや東山の連山が見えています。

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 用事を終えて帰る頃には、ライトアップされ、文字も浮かび上がっていました。粋な趣向です。

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 この大階段は、高低差30mで171段あります。私のリハビリには格好の場所です。これから、折々にこの階段を昇り降りして、右半身の麻痺の後遺症を軽くしたいと思います。




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2024年05月12日

京洛逍遥(867)京都駅前から新町通を北に向かって四条通まで散策

 キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)へ行き、8月の源氏講座で使用する施設の予約をしてきました。

 8月24日(土)第8講習室(14:30〜16:00)

 3カ月まで予約ができるので、9月分は来月初めに予約します。

 スムーズに手続きが終わったので、最近リハビリを兼ねて行なっている、京都駅前から四条までを北に向かって散策しました。
 これまでに、西洞院通・若宮通と歩いたので、今日はその東側を通る新町通です。
 観光地ではないので人は少なく、歩くのにはいい散歩となります。
 民宿が多いのは、西洞院通や若宮通と同じです。狭い小路の間に、意外な宿があります。また、住宅の建物も、ビルとは違った古風で凝った造りが魅力的です。

 七条新町の交差点角に、なか卯七条新町店がありました。1922年に建てられた建物に入っていて、有形登録文化財に登録されています。外観が人目を引きます。いつか、中へ入ってみましょう。

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 突然、松原道祖神社がありました。来歴を記した札には、次のように書かれています。

当神社は、平安時代から鎮座していたとされ、『今昔物語集』巻第20には「五条ノ道祖神(さへのかみ)」、『宇治拾遺物語』巻1には「五条の斎(さい)」として記載される。神社のすぐ北を通る松原通は、平安時代の五条大路にあたり、清水寺への参詣道としてもにぎわった。そのため、道路や旅行の神として信仰を集めた。(下略)

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 少し行くと、「阿け美」という社名が掲げられていました。変体仮名の「阿」を見かけることが少ないので、記録しておきます。

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 日本料理の「木乃婦"」も、変体仮名の例として記録しておきます。

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 四条通に出るすぐ手前には、祇園祭では新しい船出をした大船鉾があります。これは、7月にまた取り上げましょう。
 この縦の通りを歩いていると、至るところで一昔前の京都を感じました。ここには、観光地とは一味違う京都を体感し、楽しめます。




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2024年04月21日

京洛逍遥(866)東寺弘法市の帰りに知り合いのお好焼屋さんへ

 雨の中を、東寺の弘法市に行きました。昨年末の終い弘法以来です。

 南大門の横のお濠では、鷺が目の前に聳える国宝の五重塔に向かって、無心にお祈りを捧げているところでした。


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 南大門を入ると、金堂の前には雨除けのテントが並んでいます。


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 訪れたのが遅かったので、ほとんどの露店がたたむところでした。

 この前、藤をいただいたお店の元気なおばさんから、茶花である黒文字をもう仕舞うからと言って安く分けてもらいました。


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 国宝の大師堂・御影堂(ごえどう)にお参りをしてから、すぐ横の東寺西門通りを西にまっすぐ歩き、西寺に向かいました。

 唐橋西寺公園の中の西寺講堂跡には、西寺址の石碑が建っています。雨のために足元がぬかるんでいて、滑りそうになるのを微妙にバランスをとりながら墳丘の上まで上がりました。


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 さらに西へと歩き、京都市立開建高等学校の北側にある、知り合いのお好み焼き屋さんへ行きました。「フランキーパートワン」といいます。洛陽湯の隣なのですぐにわかります。JR西大路駅(京都駅の次)から徒歩4分です。知り合いというのは、宇治に転居するまでにいた下鴨貴船で、お向かいにおられたのがここの大将なのです。


 この2年間、行こう行こうと思いながらも、なかなか果たせませんでした。ようやく、懐かしい大将に会えました。日頃は少食の私が、お好み焼きを一枚完食したので、それだけ美味しかったということです。食べ終わった頃、自宅におられる奥さまに電話をつなげてくださったのです。妻がいろいろとお世話になっていたので、積もる話をしていました。売れっ子のモデルさんだった、と言うことで知られていました。今日、結婚式の写真を拝見しました。まさに、今で言うところのアイドルタレントさんです。四方山話に花が咲き、長居をしてしまいました。

 雨だったので、お店の写真はまたにします。





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2024年04月14日

京洛逍遥(865)若宮通を四条通りまで歩く

 京都駅前のキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)へ事務手続きのために行ったので、そのまま京の街歩きをしました。

 4月4日には、京都駅前から西洞院通を北上して、四条通まで歩きました。今日は、西洞院通の一本東側の若宮通を、まっすぐ北に向かって歩きました。
 七条通から、狭い路地に入りました。狭い通りには、事務所や民宿が密集しています。観光地の京都を歩くという視点からは見られない、普段の町家が醸し出す雰囲気があります。とにかく、おしゃれな一戸建て民宿が、白い暖簾を下げて居並んでいます。東西の本願寺の間なので、信者さんの宿泊地なのでしょう。また、多くの観光客が、ホテルではなくてこうした所にも泊まっておられるのでしょう。不思議な香りがする地域です。

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 若宮八幡宮がありました。源頼義が創建したとのことです。手入れがよく行き渡っています。ただし、この武門の源氏にはあまり興味がないので、説明だけを読んで先を急ぎます。

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 アトリエ&ギャラリーの「和可み也」がありました。おしゃれなお店です。仮名文字の字母の資料となるので、看板を写真に収めました。

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 高辻通を過ぎると、道がさらに細くなって少し西に曲がって行きます。そして、前回西洞院通の時に紹介した、菅大臣神社にぶつかりました。ソメイヨシノは葉桜になるところです。木瓜と八重の桜は、今日も元気に咲いていました。八重桜の後に、飛梅があります。

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 菅大臣神社の北門を出て、仏光寺通に菅家邸址の標柱が経つ角を曲がると、また若宮通らしき細道に入るります。その正面突き当たりに、菅原道真の父菅原是善が祀られているという紅梅殿がありました。菅原道真の邸宅址だとも、この前は、ここまでは入ってこなかったのでわかりませんでした。なお、先ほど立ち寄った菅大臣神社は白梅殿といい、是善が居住していたそうです。ここを道真の生誕地だとするのは、こうした事情からのようです。

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 この紅梅殿の西には前回紹介した綾西公園があり、その南側には道真の邸宅址を記念するための「源氏物語ゆかりの地 紅梅殿」の説明板があった所です。

 どうやら、このあたりになると若宮通とは言わず、通り名は消失した道になっているようです。
 綾小路通に出てから、少し左を北上する膏薬辻子に入りました。ここは、「こうやくのずし」といい、綾小路通から四条通までを通り抜ける細い道で、きれいな通りです。
 一画に変体仮名で書かれたお店「㐂多西」を見つけたので、写真に収めました。

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 蛇行する小路の角を曲がると、神田明神に出会いました。意外なところに、東京との関係があるものです。

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 この京都の神田明神については、「ウィキペディア」にこんな説明があります。

所在する新釜座町の地は、平安時代当時は左京五条三坊一保一町の町中であったが、後には 太政大臣・藤原頼忠の四条宮となった。その後再び町屋になったという、市内でも古い町である。
 (中略)
『京雀』「かうやくの辻子」のくだりには「又此町の南にて行當神田明神の社有」と記載されている。
『拾遺都名所図会〜巻一〜』においても「天慶3年に平将門の首を晒したところであり、それよりこの地に家を建てると祟りがある」「空也上人は将門の亡霊をここに供養し、石を建てて印とした」という内容が書かれている。
明治に入ってからの、『京都日出新聞』では将門の首塚を発見したという記事が載ったが、大正初年の『京都坊目誌』には将門との縁を否定する文が残されている。
ここが東京の神田明神の本家であるという説もあるが、裏付ける資料は見つかっていない。

 この膏薬辻子は、これからますます人を集めそうです。
 四条通の出口には、仁丹マークのない町名表示板「四条通西洞院東入 郭巨山町」が掛かっていました。

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 今日歩いたのは2キロくらいです。ブラブラと1万歩の散策でした。




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2024年04月07日

京洛逍遥(864)宇治川のさくらまつりで源氏香図を考える

 宇治川に架かる隠元橋を渡り、京阪黄檗駅へ向かってテクテク歩いていきました。すると、茶畑を黒い寒冷紗で覆うことで日光を遮断して育てている、碾茶や玉露を栽培する茶園がいくつもありました。

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 そして、茶摘みさん募集というプレートを見かけました。茶どころ宇治らしい求人です。

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 京阪宇治駅のホームには、京都アニメーションの人気作品である「響け!ユーフォニアム」に登場する10人のキャラクターが並んでいます。描き下ろしのイラストです。みなさん、楽しそうに撮影しておられました。

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 京都アニメーションの36人が、放火によって犠牲になられました。それを伝える碑が、京阪宇治駅近くの「お茶と宇治のまち歴史公園」に今年の7月までに設置されます。また、この碑とは別に、事件現場となった伏見区の第1スタジオ跡地には、京都アニメーションが非公開の慰霊碑を建てる予定だとのことです。

 暑かったので、駅前の宇治茶の店内でソフトクリームと茶団子をいただきました。座った席の横に、源氏香の図があります。

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 夢浮橋の香図に興味を持ちました。帰ってから調べると、国立国会図書館デジタルコレクションの中に、次の一陽斎豊国の香図がありました。

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 源氏香図は、全部で52の組み合わせがあり、「桐壺」と「夢浮橋」は除かれています。つまり、この2巻の源氏香図はないのが普通です。しかし、このお店に掲出されている「夢浮橋」の香図も、いくつかネット上には見当たります。
 お店としては、宇治十帖の最後の巻だけ香図がないのはよくないので、こうして無理やり当てはめたのでしょう。しかし、聖地を名乗るためには、いろいろと事情があることだとは思いながらも、ここは「桐壺」と「夢の浮橋」は香図がないということを明確にした方がいいと思いました。正しい情報を伝えるべきであり、それがひいては話題の一つに加わります。
 このお店の壁には、こんな文字を描いた大きな手ぬぐいも飾られています。

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 一休みしてから、今日の目的である、宇治川さくらまつりが開催されている中の島に、朝霧橋を渡って行きました。

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 橋を渡ると、左右は大勢の人です。

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 平等院の方を見ると、満開のさくらが対岸を隠しています。

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 今日の陶器市では、こんなおしゃれな平茶碗を見つけたのでいただきました。
 夏場に使おうと思います。

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2024年04月04日

京洛逍遥(863)西洞院通を四条通まで歩き、義経や道真や小町と出会う

 京都駅前の塩小路通から西洞院通をまっすぐに、ひたすら北へ北へと歩きました。今日のリハビリウォーキングの終点は、四条通です。下京区総合庁舎前をスタートすると、七条通で一休みです。

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 途中の狭い路地に、手押しポンプがありました。小さい頃に飲み水やお風呂の水は、これでギッコンギッコンと井戸水を汲み上げたものです。懐かしくて記念に写しました。

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 五條天神宮 (天使の宮)があったので立ち寄りました。

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 その名前から、菅原道真を祀る天満宮かと思い、駒札の説明を読んで、まったく違うことを知りました。ここは、創建当初は「天使の宮」とか「天使社」と言い、社号の天神(テンシン)は天つ神を意味するものであり、道真の天神(テンジン)と違うのでした。「天使突抜(てんしつきぬけ)」という通り名の由来になった所のようです。街区表示板に「天使突抜二丁目」というのがあるそうです。しかし、たまたま行き合っただけの私には、そこまで思いが至らず見かけませんでした。次に通りかかったら、この表示板を探してみましょう。さらには、牛若丸と弁慶がはじめて出会った場所がここだったとも。『義経記』にこの逸話が書かれているそうなので、これもこれから確認します。京都は奥が深いことを実感しました。

 さらに進むと、菅大臣神社がありました。通称は菅大臣天満宮。こちらは、正真正銘の天神さんの道真を祀っています。

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 桜や赤と白の椿、さらにはボケやレンギョウがみごとに咲いていました。

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 菅公ゆかりの飛梅も、太宰府に行きそびれたまま、枝に咲き残った花を見せています。

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 その北にある綾西公園の横には、「源氏物語ゆかりの地 紅梅殿」の説明板がありました。道真の邸宅址として記念するものです。

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 源氏千年紀の2008年に、京洛で『源氏物語』にゆかりのある地に説明板40基が設置されました。
 その40ヶ所はすべて尋ね歩き、一つずつを本ブログで紹介しました。加えて、〈源氏のゆかり(24件)〉と〈源氏千年シリーズ(85件)〉、さらに〈千年紀に関するその他(29)〉の記事も書き、その全178件の記事は、次のアドレスにアクセスするとご覧いただけるようにしています。

(2018年06月28日)「京洛逍遥(499)【再構成版⑷】「源氏物語千年紀」に触れた記事一覧」

 今回出会った「源氏物語ゆかりの地 紅梅殿」の説明板は、千年紀以降、40番目の大原野神社に追加して設置されたものでした。知りませんでした。以下の7件が、私が知らなかったものです。

41 西三条第(藤原良相邸) 中京・西ノ京小倉町
42 紅梅殿 下京・綾西洞院町(綾西公園)
43 六条河原院 下京・堺町(六条院公園)
44 小野といふわたり(京都市指定史跡小野瓦窯跡) 左京・上高野小野町
45 松ケ崎 左京・上高野流田町(宝が池公園子どもの楽園)
46 晴明神社 上京・晴明町(晴明神社)
47 宝塔寺 伏見・深草宝塔寺山町32(宝塔寺)

 今後、この7ヶ所を訪れ、これまでの源氏探訪に追記していきたいと思います。

 京洛をぶらりと歩くと、いろいろな場所や物に出会えます。
 今日も、終着地とした四条通に出たすぐ角に、小野小町にまつわる「化粧水」の碑がありました。この碑は、私が学生時代に小野小町のことを調べていた時、この近くで確認したことがあります。ここに移されていたとは知りませんでした。

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 京都は、今も生きていて、いろいろな姿を見せてくれます。私にとっては、昨年の夏に脳梗塞になったことが幸いしてか、こうしてリハビリウオーキングをしながら、歴史や古典の再認識をしています。のんびりと楽しみながら、再発予防と健康増進のためにも、歩き続けたいと思っています。




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2024年04月01日

京洛逍遥(862)薄桃色の桜と茶畑の黒い覆い

 4月になり、暑いくらいに暖かくなったここ数日で、桜が花開きました。
 日々の散策路の桜は、勢い良く咲き出しました。

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 宇治川に近いところでは、茶畑に黒い覆いが広がっています。

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 宇治は茶どころとして知られています。しかし、宇治では抹茶の原料となる碾茶と玉露が主に生産されています。お茶の生産量では静岡、鹿児島、三重に次いで第4位です。5位が埼玉(農水省のホームページより)。ただし、生産量の3位以下は10%にも満たないので、宇治のお茶は抹茶や玉露としていただいているのです。

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 茶の葉が新しく芽吹く時に日光を遮ると、うま味成分のテアニンが渋み成分のカテキンへ変化するのを防ぐので、うま味を多く含んだ茶葉に成長するのだそうです。(「宇治市内における茶生産の特徴」https://www.city.uji.kyoto.jp/site/uji-cha/16203.html
 そのため、茶園を覆うことで日光を遮断して育てるのです。今は化学繊維の「寒冷紗」で覆うのだとか。春には茶の樹が見えなくなります。これが、春先からの宇治の光景となっています。




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2024年03月28日

京洛逍遥(861)京大構内と賀茂川の桜

 今日の大文字山は、曇りから晴れに向かう天気の中で、きれいに大の字を見せていました。

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 昨日に引き続き、京洛の桜情報です。

 iPS 細胞研究所の開所記念植樹の周りには、もう春が来ています。

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 研究所の前の早咲きの桜も満開です。

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 構内を出て、荒神橋の北にある飛び石は、昨秋の病後は渡るのが大変でした。しかし、半年経つと身体のバランスもとれるようになり、慎重にゆっくり一石ずつであれば、飛びながら渡れるようになりました。まだぎこちない渡り方ながら、ずいぶん進歩したことを感じます。

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 鴨川沿いの府立医大病院前の桜は、蕾がふっくらとしており、今にも弾けるように花が咲きそうです。

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 賀茂大橋越しに比叡山を望むところで、咲き初めた桜に出会えました。ちょうど北村美術館の裏の河原のあたりです。

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 桝形商店街でいただいた阿闍梨餅を葵橋のたもとのベンチに妻と座って頬張り、賀茂川の川中で戯れる鴨や鷺を見ました。このあたりには、10年間住んでいました。ちょうど2年前に宇治に越したので、この下鴨での生活を妻と思い出しては、しばし時を過ごしました。この下鴨神社周辺が、我々の散歩道だったのです。買い物も、ときどき桝形商店街に来ていました。勝手知ったる出町柳界隈なのです。




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2024年03月16日

京洛逍遥(860)宇治川派流の十石舟と建長寺と大手筋での落語

 ポカポカ陽気の快晴となりました。来週は冷え込むとのことなので、今の内にお花見に、と出掛けました。近鉄桃山御陵前駅から龍馬通りを抜け、宇治川派流の川沿いに立ち並ぶ桜と柳の様子を観に行きました。まだまだ蕾です。
 川では、十石舟が早くも早春の観光客を乗せて、上り下りの遊覧をしていました。

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 のりばのすぐ前の建長寺では、境内の桜が早くも見頃です。八重の椿もきれいでした。

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 龍馬通りから商店街のアーケードに戻ると、伏見大手筋商店街ストリートフェスティバルというイベントが賑やかに開催されていました。縁日としてのゲームコーナーがいくつも出ています。若者と子供が、いつも明るい通りを普段以上の活気で盛り上がりをみせています。
 立命館大学の落語研究会の方の落語を、ワンステージ観ました。

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 久しぶりのライブの落語です。2回生の立の家煌々さんの「初天神」でした。真ん前に座っておられた年配の女性に大受けでした。日頃の勉強の成果をこうした形で発表することは、野外活動を通していつもと違った手応えを感じることになり、いい修練になることでしょう。ますますの活躍を、と声援を送ってきました。




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2024年02月12日

京洛逍遥(859)京都市役所前のフリーマーケット

 久しぶりに、京都市役所前の広場で開催されているフリーマーケットに行きました。

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 ここは、ゴミの減量を目的としたフリーマーケットなので、衣類が多いのが特徴です。
 私の興味に合うたものは、まったくありません。
 2012年12月9日の市役所前でのフリーマーケットの写真があります。

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 今から11年前のものです。この賑わいは、今日の広場にはありません。まだ、コロナ禍の影響があるためでしょうか。出店数も品物も、非常に少ないフリーマーケットでした。これからますます、賑わいを見せるようになることでしょう。楽しみにしています。

 そんな中で、懐かしい名前の石鹸があったのでいただきました。

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 牛乳石鹸は、1928年(昭和3年)に大阪で生まれたものです。そろそろ100年。今も近所のお店で売られています。場所柄なのでしょうか、なんとなく懐かしい思いになり、衝動買いとでもいうべきか、買わなくてもいいのに、いただいて来ました。関西では赤箱が、関東では青箱が多く売れているそうです。

 石鹸というと、ミツワ石鹸がまず思い浮かびます。その発売は1910年(明治43年)。牛乳石鹸よりもずっと古くからあったのです。この石鹸は、今はありません。
 「ワッワッわー 輪が3つ ミツワ ミツワ ミツワのラッシー」というテレビのCMソングを思い出します。「名犬ラッシー」という、アメリカで作られた実写版の映画の中で流れたCMソングです。
 1957年から1964年までの番組がミツワ石鹸の提供だったということなので、私の記憶にあるミツワを連呼する番組は、この期間のものとなります。しかも、島根県出雲市にいたころにテレビを近所の家に見せてもらいに行っていた、という記憶を基にすると、1961年(昭和36年)で10歳(小学4年生)の時しかありません。翌年には大阪の小学校に転校しているからです。そして、当時は大阪でも、まだ我が家にテレビがありませんでした。8畳で天井のない屋根裏部屋にいた頃で、翌年の1962年にテレビを買ってもらえました。もちろん白黒です。
 記憶を手繰り寄せながら、石鹸からいろいろなことを思い出しました。記憶を発掘することの楽しさは、日々の中で生活に彩りを添えるものとなりそうです。




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2024年02月04日

京洛逍遥(858)東寺がらくた市は毎月第1日曜日です

 毎月第1日曜日には、東寺でがらくた市という骨董市が開催されます。
 近鉄東寺駅から歩いて行きました。途中の居酒屋での昼食は、思いの外おいしかったのでお奨めです。ほぼ満席で、みなさんビール片手に昼飲みでした。アルコールを飲まないのは我々だけだったので、お茶だけで気が引けます。壁にはお品書きが貼り巡らされていて、次に東寺に来るのが楽しみになります。
 五重塔は、南大門の右に建っています。

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 先月21日の初弘法市よりお店の数は少ないものの、珍しいマニアックな骨董品が並んでいます。着物や帯はほんの数店、植木はありませんでした。朝5時からなので、午後に行くとガラガラです。

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 シャーロックホームズが着ると似合いそうな布地を安く手に入れた妻は、大層ご満悦です。私は、今回もパス。またの機会にします。
 帰りは、京都駅から近鉄に乗ることにしました。歩いてそんなにかかりません。
 東寺のすぐ近くの和菓子屋さんで、東寺餅と亥の子餅をいただきました。

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 食べながら、京都駅南口まで散歩です。風もなく心地よい散策となりました。




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2024年01月21日

京洛逍遥(857)東寺の初弘法市で震災の復興祈願

 雨の後で足元が思わしくない中を、東寺の初弘法市に行きました。弘法市は毎月21日に開催されています。その中でも、お正月の初弘法市は初めてです。
 御影堂で時間をかけて、能登の震災のことを思いながらお祈りをしました。

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 12年前に終い弘法市に行ったことは「京洛逍遥(243)東寺の終い弘法」(2012年12月21日)(http://genjiito.sblo.jp/article/178970622.html)に書きました。あの時は、「東日本大震災復興祈願」がなされていました。今日は、「能登震災復興祈願」。珠洲市には学生時代の親友がいるので、災害の状況に日々気を配って注視しています。

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 五重塔の下に広がる境内には、骨董品・古道具・植木・衣類・食べ物などを並べる約1,000店が出店しています。

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 妻は、手作りのための帯地と絹の反物を、私は特に気を引く物がなかったので収穫なしです。
 少し風邪気味なので、長居はせずに帰りました。




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2024年01月02日

京洛逍遥(856)新年2日目は下鴨神社へ初詣

 2年前まで氏神さまだった下鴨神社へ、敬意を表してお参りしてきました。今も崇敬会の会員なので、毎月いろいろな案内や連絡が来ています。まめにお知らせを下さる神社です。

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 今年の人出は、例年よりも少ないように感じました。それ以上に、晴れ着姿の女性がほとんど見当たりません。下鴨神社の行き帰りで3組だったのは、どうしたことなのか不思議です。新年2日目だからでしょうか。昨日の元旦の宇治上神社の方が、ずっと多かったように思います。時代の変わり目なのかもしれません。

 本殿前の舞殿に、変体仮名で書かれた和歌が掲げられた額が人目を引いていました。一体何人の方がこの変体仮名が読めるのだろうかと思いながら、書かれた和歌を楽しく読みました。独特の表記だったので、私には読めない仮名がいくつかありました。掲載した写真をクリックして拡大し、腕試しをしてみてください。左から右へと読むようになっています。

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 本殿の東にある井上社で、水みくじを引きましました。御手洗池の水に浸して水占いをすると、私は大吉で妻は中吉でした。二葉葵の中に浮かび上がったことばは、「体調−きたえた身体も自信かじょう注意」とあり、「学業・仕事−安心してがくしき向上にはげめ」でした。賀茂の御祖からのご託宣は、身体に気を付けながら仕事に励め、ということのようです。

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 御手洗川のほとりの光琳の梅はまだ蕾です。

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 次に来る時には花を咲かせていることでしょう。




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2024年01月01日

京洛逍遥(855)宇治上神社へ初詣に行った時に能登で地震発生-2024

 新しい年を迎えることができました。
 ありがたいことです。
 昨夜からお節を作ってくれていた息子の、2024年の作品はこれです。

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 午後から初詣に出掛けました。まずは、氏神様の宇治上神社です。
 観月橋の手前で、宇治川越しに虹が見えました。いい年になりそうです。

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 宇治橋から宇治川の上流を望むと、穏やかな初春の雰囲気が伝わってきます。

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 普段は人の少ない宇治上神社も、お正月は賑わいます。

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 日本人よりも、アジア系の方の参拝が目立っていました。
 境内へは、素朴な入口から入ります。

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 狭い境内は、ぎっしりと参詣客で埋まっていました。
 昨年いただいたお札をお納めし、宇治川まで下って宇治神社に行きました。
 宇治神社の拝殿までは、長い行列ができています。その横にある、喜撰法師の「我が庵は都のたつみしかぞすむ」という歌碑の前で、石に刻まれた文字が読めない箇所をじっくりと腰を落として見ていた時です。身体が、グラリグラリと大きく揺れました。また脳梗塞の兆候なのかと、すぐに蹲りました。少しして収まったので、横にいた妻に聞くと、地震だったようで行列の人が何人か騒いでいたようだ、と言います。また、もう一度、揺れました。石碑が倒れてきたら大変なので、急いでその場を離れると、もう地震は来ずに回りも何事もなかったかのように平静にもどりました。時間は、16時半頃でした。
 帰りの電車の中で、地震により運転を見合わせている区間があることを知りました。やはり、あれは地震だったのです。気を付けながら帰りました。
 穏やかではない年明けとなりました。夜が明けてから、被害の実態が報じられることでしょう。




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2023年12月31日

京洛逍遥(854)大晦日の錦市場の賑わい

 今朝は小雨の大晦日です。
 混まない内にと、早目に出掛けました。
 雨はすぐに上がりました。
 橿原神宮前から来る息子と丹波橋駅で落ち合い、祇園四条駅から河原町へブラブラと歩きました。すれ違う人は、海外からの観光客がほとんどです。東南アジアや中近東からの方が多かったように思います。
 まずは、錦天満宮へお参り。

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 今夏、脳梗塞を患った身なので、天神さんには来年の調査研究活動が停滞することなく、無事に遂行できますようにと、心を込めてお願いしました。年の瀬には北野天満宮の天神市へ行ったので、ここでのお願いはピンポイントです。
 錦市場は、いつものように大混雑です。立ち食いや食べ歩きの自粛が言われるようになったせいか、今年は雑踏の中でも安心して歩けます。

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 例年買っている、油で揚げると花のように開く「開花宣言」(吉野葛の素麺)は、お節料理の飾り付けに使います。

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 烏丸御池まで散策し、お昼には正月を嵯峨広沢池で過ごすという姉と四条駅で落ち合い、その後は京都駅の行きつけとなっている寿司のむさしで回転寿司をいただきました。今日は、なかなか行き当たらない鯛皮が、ラッキーにも2皿だけありました。
 帰ってからは、料理人の息子がお節作りに腕を振るってくれています。

 いつもの年と、何も変わらぬ大晦日です。




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2023年12月29日

京洛逍遥(853)新しいお店との出会い

 三条から四条を散策しました。

 まずは、久しぶりに京阪三条駅のブックオフへ。読みたい本がたくさんあります。しかし、読書に充てられる時間が限られる年になると、自ずと触手が伸びないものです。手当たり次第に本を買い、貪欲に読み漁っていた頃が懐かしくなります。今日は、結局買わずじまい。

 三条通をブラブラ歩き。ほとんどが海外からの方です。
 京都文化博物館の先にある中京郵便局で、速達と普通の封書を送り、レターパックプラスを買いました。封書は普通郵便が84円であることを、あらためて知りました。年に1、2通しか郵便物は出さないので、こんな時にしかわかりません。来る郵便物も、ほとんどが料金別納のスタンプがついているので、なおさら郵便料金は無縁です。来秋に値上げがある、という貼り紙がありました。郵便で出すということとは縁がなくなりつつある生活をしていると、値上げと言われても他人事にしかすぎません。

 斜め向かいの進々堂三条店で、この前のようにランチをいただきました。
 食後、東洞院通りを南に真っ直ぐ下っていくと、京都八百一本館がありました。初めて見るお店なので入ってみると、おしゃれなスーパーマーケットでした。阪神間で見かける、イカリのおしゃれバージョンです。近所のお店にはないものがズラリと並んでいます。楽しいお店でした。
 京都の縦の筋はあまり歩かないので、これは新たな歩き方の発見です。また、京都が日々進化していることを実感します。

 四条通に出ると、大丸のレストラン街と屋上が新しくなったということなので行って見ました。おしゃれに模様替えです。屋上の庭園は、家族連れには楽しい空間となっています。

 そして、これまた新しくなった高島屋に行きました。今秋、10月17日に「京都島屋 S.C.」が誕生したのです。専門店ゾーンとして、「T8(ティーエイト)」が開業しました。おもしろいお店が入っています。
 本の蔦屋は、斬新なスタイルの本屋を展開していました。本屋さんが、新しい業態を模索している中での、ひとつの回答なのでしょう。ネットショッピングをしない私にとって、本との出会いを楽しみにしている私にとって、これはいい出会いの場所になります。

 四条河原町角の家電量販店のエディオンで、台所で使う食器洗いのディスペンサーを買いました。手を洗うためのディスペンサーはどこにでもあります、しかし、この食器洗い用はどこも品切れだったのです。それが、3カ月がかりで見つかりました。ネットショッピングのサイトにはあります。しかし、自分の目で見て、手で確かめて買うことにしているので、なかなか現物に出会えなかったのです。その前に、食器洗いのディスペンサーを知らない店員さんが多く、みなさん手を洗うものしかご存知ないようです。今日の店員さんは、4人目によく知っているという方と出会えました。ただし、この商品はこれまでも欠陥があって取り換えたりしてもらっていた会社の製品です。迷いました。しかし、これも縁と、今度は大丈夫だろうと思うことにして、いただいて帰りました。さて、動くのでしょうか。

 夕食は、祇園の方へ歩いていき、南座の向かいの「やぐ羅」でうどんをいただきました。

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 明治33年にこの地に創業とあるので、さまざまな歴史を背負っておられるのでしょう。何よりも、価格が気に入りました。最近は、どこも値段が高くなっています。一食1,000円前後を目安に食事をすると決めているので、この間はよかったのでと思って入っても、失望することが多くなりました。このお店は初めてです。味も私好みでした。すこし甘かったのですが……。私が行く店に追加します。




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2023年11月09日

京洛逍遥(851)JR二条駅から京阪三条駅までリハビリウォーキング

 今日は、JR二条駅から三条通りを東へ東へ。妻と共にひたすらリハビリウォーキングをしながら、京阪三条まで歩きました。次の地図の赤い横線の道です。

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 今の三条通は、西の端は嵐山の渡月橋で、東は山科の四宮。平安時代の三条大路です。その内、真ん中にあたるJR二条駅から京阪三条駅までが、今日のコースです。
 スタートは、三条会商店街のアーケード街でした。ここは、小さくて個性的なお店が多く、楽しい通りです。オリンピックでマラソンの金メダリストである野口みずきさんが、毎日の練習場所にしていることで知られる商店街です。昨年の2月に、下鴨の家を手放して移り住む落ち着き先を探すため、このあたりを歩き巡ったことを思い出しました。街の雰囲気やマンションの様子を見て回ったものです。結局は、紆余曲折を経て、今の宇治市になりました。
 三条通を真っ直ぐに進み、気になったお店に立ち寄りながら気ままに歩き、烏丸通りを渡ってから、近代建築で有名かつおしゃれな中京郵便局の手前で足を留めました。お腹がすいたのです。鉄亭にしようかと思いながら、入ったのはその左隣の進々堂三条店です。初めてのお店です。とんかつおろし定食をいただきました。

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 ブラブラとお店を見ていると、暖簾などの文字に注意が向きました。

 「色紙 多んざ久」と書かれています。
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 なお、今日も気になった「ゐど寿屋」さんのことは、「京洛逍遥(379)苗字と屋号の仮名文字が変体仮名に見える」(2015年10月28日)(http://genjiito.sblo.jp/article/179012396.html)を参照願います。

 その後、東海道五十三次の終点でもある三条大橋の河原で、紅葉と新しくなった三条大橋の檜の手摺りと欄干を見ながら、コンビニで買ったデザートを食べました。

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 結局今日歩いたのは12,600歩です。
 8月下旬に京大病院を退院して以来、足腰の機能回復のために京都中を歩き回っています。このところ腰が安定しなかったので、転ばないように気を付けていました。今日は快調でした。




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2023年10月08日

京洛逍遥(850)伏見の酒蔵一帯と御香宮神幸祭

 近鉄桃山御陵前駅から西へ向かう大手筋を散策しました。
 商店街のアーケードには、大手筋の名前をデザイン化した文字が染め抜かれています。

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 大手筋を抜けて龍馬通りに向かうと、変体仮名を交えたメニューを出しているお店を見つけました。「お造里」の「里」がそれです。わざわざこの文字を使った意図は何でしょうか。いつか、食事をいただきながら聞いてみたいと思います。

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 大手筋をさらに真っ直ぐ西へ。蔵元らしい家の格子戸が、時代を感じさせます。

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 さらに進むと、坂本龍馬が避難した材木小屋跡の石碑が建っていました。龍馬が、寺田屋から何とか歩いて逃げてかくまわれた所です。

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 さらに西進すると、東高瀬川に出ます。角倉了以が慶長18年に、京都と伏見の港を結ぶ運河として高瀬川を開削しました。その内、鴨川から下流の東高瀬川は淀川(宇治川)へ流入しています。内陸の運河を利用して物資を運搬するため、底の平らな高瀬舟が利用されました。森鷗外の『高瀬舟』でも知られる川です。

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 この川から振り返ると、酒蔵ロケーションとして観光名所となっている景観が見られます。

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 この酒蔵と東高瀬川の堤の間には、旧高瀬川が運河として残っていました。ここは、時代劇の撮影スポットでもあります。

 大手筋を引き返して、御香宮へ行きました。ちょうど神幸祭が行われていて、境内は出店の屋台がギッシリと立て込んでいました。

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 お参りをして帰る時に、獅子舞のために本殿へと向かう獅子2頭に出会いました。小雨の中にもかかわらず熱気がすごく、圧倒されるパワーを感じました。

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 リハビリ中の私には、力強い獅子のパワーがいい刺激となります。頭を噛んでエネルギーを注入してもらおうと思いました。しかし、とてもそんなことをお願いできる雰囲気ではなく、男衆の爆発的な勢いに押されて、見送るしかありません。とてつもない活力を発散させる集団が、目の前を通っていきました。




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2023年10月01日

京洛逍遥(849)京都市立芸術大学は本日京都駅前に移転しました

 公立大学法人 京都市立芸術大学は、本日2023年10月1日に京都駅東側エリアの崇仁地域へキャンパスを移転しました。
 大学のホームページ(https://www.kcua.ac.jp/profile/iten/)から、移転先の周辺図を引きます。精細図をご覧になるには、画像をクリックしてください。

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 移転前の様子については、本ブログの「京洛逍遥(812)変わりゆく京都駅前の八条通から塩小路通へ(2022年10月01日)」(http://genjiito.sblo.jp/article/189843174.html)で、詳しく報告していますのでご笑覧を。
 また、マスコミなどを賑わせた問題として、京都造形芸術大学の名称変更に関して、京都市立芸術大学側が裁判所に提訴しました。その訴訟を経て和解に至った経過については、京都市立芸術大学からは「【令和3年7月20日付】「京都芸術大学」の名称使用差止請求訴訟に関する和解成立に際しての理事長コメント(2021年7月20日)」(https://www.kcua.ac.jp/litigation/)が、京都造形芸術大学からは「「京都芸術大学」の名称使用差止請求訴訟に関する和解成立のお知らせ(2021年7月20日)」(https://www.kyoto-art.ac.jp/news/info/744)が公表されているので、併せて読むと参考になります。

 さて、今回移転を終えて新たに誕生した京都市立芸術大学は、1880(明治13)年に日本で最初の公立の絵画専門学校(京都府画学校)としてスタートした学校です。その卒業生の名前を見ると、絵画と音楽に疎い私でも知っている名前のオンパレードです。本日発刊の京都新聞に掲載されている氏名を摘出列記します。

■美術関係/竹内栖鳳、堂本印象、富本憲吉、小野竹喬、山口華楊、上村松篁、池田遙邨、加山又造、ワダエミ、草間彌生、上村淳之、外尾悦郎
■音楽関係/佐渡裕、阪哲朗、上村昇、河野文昭、菅英三子、三木香代、水谷上総、小倉幸子

 こうした慶事を記念して、京都駅の南北自由通路の中ほどにある西口広場で、大学関係者による「移転記念ミニコンサート」がありました。雑踏の中での弦楽四重奏ということで、かすかに聞こえるという演奏です。しかし、開学を祝う気持ちは伝わってきました。

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 京都駅北側に聳え立つ京都タワーを見て、JR沿いに右へ6分歩くと京都市立芸術大学に行けます。そして、その反対方向、京都タワーを見てJR沿いに左へ5分歩くと、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉主催で源氏講座を開講しているキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)があります。京都駅のすぐそばに、文化と芸術の創造的な空間が広がるのです。文化庁が京都の中心地に来たように、その入口である京都駅周辺に文化と芸術が展開し、体感できる場所が出現したのです。いかにも京都らしい街になった、と言ってもいいでしょう。
 さまざまな分野の方々がお越しになる街になっていくことを、楽しみにしています。
 そして、この京都の地にNPO法人〈源氏物語電子資料館〉が所轄庁を置いていることに、新たな意義を実感しているところです。




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2023年09月29日

京洛逍遥(848)病院と市役所の帰りに見かけた欄干二つ

 大文字山が、くっきりとした山肌を見せていました。秋を感じさせます。

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 今日の京大病院での行き先は歯科口腔外科です。
 実は、先週20日(水)が診察日だったのを、リハビリで何かと忙しい日々の中にいたために完全に忘れていたのです。予約を取り直して、今日の診療となりました。

 睡眠時無呼吸症候群の治療の一環として、これまではマスクを装着して空気を送り込みながら寝るCPAPという機械を使ってきました。しかし、それがあまりにも苦しくて眠れないのでお願いした結果、別の治療法としてのマウスピース(スプリント)を嵌めて寝る方法に切り換えることになりました。
 その型取りが終わったので、試作品の調整をしてもらいました。CPAPからマウスピースに替えても、ほとんどの人が合わなくて断念するそうです。それでも、苦しみながら寝る今から逃れられることを思うと、やってみる価値はあると思いました。何事も、とにかくやってみるタイプですので……
 上用と下用の二つのマウスピースをくっつける、接着剤を使った作業が行なわれました。来週、できあがります。寝心地がどうなのか、今から楽しみです。

 病院から市役所へ直行です。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が提出・申請する資料を、何度も見てもらうことによって、やっと完成したのです。そして、3種類の書類のセットを受け付けていただけました。なかなか思うような書類を提出できない私を、噛んで含めるように見放さず、やさしくわかりやすい説明で教え導いてくださいました。8月には入院したために、期日までに思うような書類が完成しませんでした。根気強く対応してくださった担当の尾嶋さんには、本当にお世話になりました。ありがとうございました。これで、気掛かりだったことが一つ解消し、次のステップに進めます。モグラ叩きのような日々です。

 今日も、市役所からの帰りには、寺町通を散策しました。三条通との角のあたりで、お店を見上げると、手摺り付きの欄干が気を惹きました。古本屋さんの其中堂と、お肉屋さんの三嶋亭です。

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 木組みに日本の文化を感じました。今まで何気なく見ていた軒先にも、これからは注意を払って散策しようと思います。京洛を歩く楽しみが、変体仮名との出会いに加えて、また一つ増えました。




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2023年09月21日

京洛逍遥(847)京大病院から市役所と寺町三条通りへ

 一昨日、京都市役所のNPO担当の窓口へ、提出する前に内容を確認していただくためにPDFにした書類を3種類、添付ファイルとして送りました。Gメールではファイルの容量が大きすぎて送れなかったので、アップルメールで送りました。BCC には、書類の作成を手伝ってもらった仲間を入れました。仲間からは、すぐに届いた旨の連絡がありました。ところが、いつも迅速に対応してくださっている市役所の担当者から反応がありません。何かあったに違いないと思い、今朝電話を入れたところ、届いていないとのことでした。すぐにファイルを三分割して送ると、今度は届いたとのことで、折り返し不備の指摘をいくつかいただき、大至急修正して再送信しました。ただし、3種類の内一つは作り直しが必要とのことでした。
 今日は午後に、京大病院で先月入院した脳神経内科の診察日だったので、診察の後、市役所に2種類の修正分を持参し、もう一つは対面で指導を受けることにしました。

 今日の大文字は、その文字がわかるように見せて佇んでいます。

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 病院の診察では、8月23日に退院した後の様子を聞かれました。口の構音訓練、手で文字を書く練習、そしてウオーキングを順調にやっていることと、特に不自由はしていないことをお伝えしました。本来は、退院と同時にリハビリ専門病院へ転院するはずです。しかし、私の場合は順調に回復していたので、更に3カ月のリハビリ入院ではなく、自宅でリハビリ療養という稀な選択肢を主治医の先生は決断してくださいました。それだけに、この1カ月の様子を気にしておられました。これまでと同じ生活を送っていることをお知らせすると、握力を測ったり、筋肉に負荷をかけて確かめたり、1本の線の上を歩いたりと、手足の反応を見ておられました。話すことは、直接対面で喋っているので、思った以上に大丈夫だと仰ってくださいました。とはいえ、自然に無理をして平静を装っていることもあるので、疲れが出ないように休みながら活動することと、水を絶えず飲むことを強調しておられました。来月には、頭部のCTを撮影して、入院前と比べて見ましょう、とのことでした。
 脳梗塞は、とにかく順調に回復しています。ただし、無理はせずに、身体を休めながら活動するように、とのアドバイスをいただきました。薬は、血液をサラサラにするものが、引き続き処方されました。

 診察後は、河原町二条と三条の間にある京都市役所のNPO担当窓口へ、プリントアウトをした書類を持って、歩いて行きました。

 途中で、変体仮名かと思いきや、漢字が主体の看板を見かけました。

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 書かれているのは「多幸金」です。おめでたい文字が連なっています。私が興味を持ったのは、そのフリガナが平仮名でもローマ字でもなく、片仮名で「タコキン」とあったことです。昨日の記事で紹介している宇治川沿いの京料理「辰巳屋」の看板には、ローマ字で「TATUMIYA」とありました。機会があれば、この「多幸金」という命名の背景を伺いたいものです。

 市役所に着く直前に雨が降り出しました。新館に入るや否や、耳をつんざくような雨音と共に、大粒の雨が、すり抜けるようにして入った自動ドアの向こうの路面を叩きつけています。ギリギリセーフでした。そういえば、昨日も突然の大雨に立ち往生しました。
 京都市文化市民局地域自治推進室市民活動支援担当という長い名前の部署の尾嶋さんは、数年来お世話になりっ放しです。今回も、手続きの手順や流れを、春先と入院の前後から丁寧に教えてくださいました。また、事前にいくつもの書類上の不備を指摘していただき、今日は出かける直前に大急ぎで修正しました。そして、対面でさらに至らない点を、丁寧に説明していただき、来週にでも再提出することになりました。こうした事務書類の作成が苦手な私にとって、尾嶋さんの丁寧な助言や適切な指導なくしては、とても提出まで持っていけません。ひたすら感謝しながら、2件の書類は受け取っていただき、残る1件は持ち帰って再度作成し直すことになります。これで、気分は格段に楽になりました。あと一歩です。もっとも、次に法務局という大きな山が待ちかまえています。7月に、提出した書類が却下されているからです。それらは、来週以降に対処をします。まずは、事態が一歩前に進んだことで、よしとしましょう。

 市役所の新館の玄関を出ると、入る時にあれほど降った雨はもう上がっていました。寺町通りのアーケード街に入り、本能寺の前を通り過ぎた頃に、またまた大雨です。アーケードの屋根を叩く雨の音は、ひっくり返した洗面器に大量の水をぶちまけた時の大音響を思わせ、それが天から浴びせられるように鳴り響いていました。何事かと、足を留めてしばらく見上げました。
 京阪の三条駅へ行きたかったので、しばしの雨宿りを兼ねて海鮮丼と蟹味噌の甲羅焼きをいただきました。味も香りも一級品です。しかも驚くほど超が付くほど安いのです。特に海鮮丼はメニューには載っていないので、知る人ぞ知る丼です。またいつか、詳しく報告しましょう。

 食後には、雨もすっかり上がっていました。京阪の三条駅に向かう時に渡る三条大橋は、高欄が真新しい木肌を見せています。京北や鞍馬で伐採した市内産の檜を使って改修が続く高欄が、白木のなめらかさと雨に濡れた渋い輝きが相俟って、独特の雰囲気を漂わせていました。




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2023年09月20日

京洛逍遥(846)平等院表参道をリハビリ散策

 今日は、京阪宇治駅からさわらびの道を歩いて宇治上神社へ行きました。緑に包まれた質素な社殿が好きです。

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 朝霧橋を渡っていると、正面に平等院の鳳凰の輝きが見えて来ます

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 橘島から塔の島に移り喜撰橋を渡るとあじろぎの道に出ます。そこで、料理屋さんの看板の文字に注意が向きました。仮名文字だと思って読んでいると、漢字で「辰巳屋」と書かれていることがローマ字でわかりました。ローマ字がなければ、読めない文字でした。

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 平等院表参道をブラブラしていると、「ど」「ぞ」「を」がユニークな形をした平仮名と出会いました。

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 中村藤吉本店で、宇治川を見ながら一休み。

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 宇治橋通にある大阪屋マーケットは、おもしろいお店が入っています。

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 その入り口にあるピザ屋のラジネッロは、いつも満席で一度も叶わなかったお店です。今日は開店前から並び、やっと念願がかないました。釜の中には薪が燃えています。トマトがおいしいピザでした。ホットコーヒーも私好みで満足しました。貼り紙には、「ナポリピッツァ職人世界選手権(カプート杯)日本大会 優勝」とあります。

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 宇治橋の袂の夢浮橋ひろばには、紫式部像があります。後ろ姿は撮っていなかったので、朝霧橋を左後ろに入れて写しました。

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 帰りに、京阪宇治駅の後ろに建つ交流館茶づなに立ち寄りました。宇治川太閤堤跡の上から、右に茶園を、左上に駅舎を入れて写しました。

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 さらには、その後ろの菟道稚郎子宇治墓の西隣に浮舟宮跡の碑があることに初めて気付きました。埋め込まれた説明文を引いておきます。

浮舟宮跡
 此処より東の旧道沿いに、菟道稚郎子皇子墓の陪塚に治定される小さな高まりがある。
 この辺り一帯にかつて浮舟宮と呼ばれた古社があった。
 榎の大木が茂り、浮舟の森とも呼ばれた。
 社の由来はつまびらかではないが「源氏物語」宇治十帖の悲劇のヒロイン浮舟の君を祀った社として、里人に親しまれていたという。
 江戸時代の中ごろに社が廃絶し、三室戸寺によって「浮舟之古蹟」碑が建てられた。
 明治に至り社跡は宮内庁により陪塚として整備され、石碑は近年の開発に伴い三室戸寺境内に移設されている。
            宇治市

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 京阪の観月橋駅から歩いて帰ろうししたところ、突然の豪雨で駅に足止めとなりました。30分ほど雨宿りをしました。雨が止むと、それまでの大雨が嘘だったかのように快晴です。夏から秋への季節も、例年と違っています。




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2023年08月02日

京洛逍遥(845)祇園四条を散策

 京阪電車で祇園四条駅へ行き、四条大橋から鴨川上流の北山から比叡方面を眺めました。

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 そして、あまり写真に撮らない下流も記録しておきました。水が少なくなっていることがよくわかります。

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 八坂神社へ向かって四条通を歩いていると、着物屋さんの暖簾に目が留まりました。「㐂茂乃屋」とあります。この変体仮名を、どれだけの方が読めるのか、興味があるので写真に写しておきました。天保15年(1844)に東京の銀座で創業とあります。東京の暖簾をいつか探してみます。

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 花見小路から四条通を渡って少し北へ歩くと、こんな看板がありました。変体仮名の「古(こ)」が使われています。

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 ただし、よくある「楚者」ではなく「そば」と平仮名で表記されており、「處」が下に付いています。また、左側の階数表示の1階の横書きでは右から左へと文字が進行しています。文字にこだわりがありそうです。関西弁の「へんこ」は、偏屈者とか頑固者とは少し違い、変わり者くらいの意味でいいと思います。

 その隣のaaは、今年の2月からお休みのようです。「当面の間休業」とか「再開日が決まり次第、お知らせします。」あるので、改装工事ではなさそうです。

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 私はaaが好きです。味付けが合っていること以上に、小盛りのメニューがあるからです。消化管を持たない私の食事は、1日6回。毎回ほんの少しだけしか食べられないので、外食には制限が多いのです。回転寿司も、好きなネタを数皿いただくことができるので重宝しています。ほとんど自宅で食事をするのは、こうした事情があるのです。
 そこで、今日の3時の食事は、近くにある四条のaaにしました。水餃子と酢豚の小盛りにしました。桃山御陵前のaaに何度も行っています。そことは、少しだけ味が違いました。三条にもaaがあるので、いつか行って味を確認してみましょう。

 食後は、すぐ横にある家電量販店のエディオンで屋内用のカメラを買いました。現在、外出中にはインターホンのカメラで来客などの確認ができます。宅配便などは、どこにいても対応できるので便利です。そこで、この機能を活用して、外出中にも家の中が画像と音声で確認できないかと思っていました。うまくインターホンと同じメーカーの物があったので、さっそく取り付けることにしました。健康管理と老化対策として、毎日のように出かけています。そんな生活には、こうして家の外と中が常時状況が見られるのは重宝します。

 帰りは、まだまだ熱気が街中に籠もっていました。手持ちのお茶を飲み、日陰を縫うようにして帰りました。
 
 
 
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2023年07月25日

京洛逍遥(844)法務局の帰りに山紫水明處でアイスクリーム

 今日の集会所の集まりでは、算数の勉強と指の体操をしました。
 算数の時間では、おじいさんと孫の太郎君がお出かけをした、という想定で、お出かけ日記をもとにして問題が出されました。プールや遊園地に行った話をもとにして、入場料や食べたものの料金を計算します。みなさん気持ちは若いので、すべての計算に戸惑うこともなく答えておられました。
 出題者から「最後にプールに行ったのは何年前?」と質問があると、「40年前」とか「50年前」という答えがほとんどです。さすが、80歳から90歳を中心に集まっている集団だからこその答えだと納得。私は、スクーバ・ダイビングやスポーツクラブで泳いでいたので、最後のプールは5年ほど前でしょうか。
 脳トレとしての指の体操は、頭の中が大混乱です。意外と難しいことを実感しました。これは、たしかに頭がシャキッとします。というよりも、疲れるというのが正直な感想です。

 終わるとすぐに、近鉄と京阪を乗り継いで神宮丸太町駅に急ぎました。いつもは、京大病院へ行く時に乗り降りする駅です。今日は、京都地方法務局に用事があり、暑い最中にもかかわらず出かけることになったのです。
 荒神橋から、賀茂大橋越しに北山を望みました。手前の亀石では、のんびりと水遊びをしておられます。

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 この先に住んでいたので見慣れた景色なのに、訪れ人として望むと観光案内書の1ページのように見えました。

 法務局での用事が終わると、丸太町で食事をし、丸太町橋の西詰めにあるスーパーマーケットのフレスコでアイスクリームを買いました。この建物の角には、「本邦高等女学校之濫觴 女紅場址」と刻んだ石碑が建っています。

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 この建物の中にはコナミスポーツクラブが入っていて、私が東京のコナミ銀座の会員だった頃に、1度だけビジターで利用したことがあります。コナミ銀座は銀座4丁目のアップルストアの並びにあり、今はもう閉店となっています。次の記事に、コナミ銀座で泳いでいた頃のことを書いていますので、ご笑覧を。
「久しぶりに泳いだら肩がゴギッと音がして」(2017年08月18日)

 アイスクリームは、丸太町橋のすぐ西にある、頼山陽書斎山紫水明處の前のベンチに座り、少しぬるめの鴨の川風に当たりながらいただきました。比叡山も見え、古来、山紫水明と言われる場所であることを何となく実感しました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年07月23日

京洛逍遥(843)猛暑の中にもかかわらず伏見や近在を散策

 酷暑の日が続いています。それでも、自宅に籠もることなく、積極的に散策を続けています。

 近くの公園の中を流れる川のほとりで、鴨の親子が元気に遊んでいるのを見かけました。

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 生まれたばかりかと思われる6匹の小鴨を、親はあたりに目を配りながら遊ばせています。好き勝手にあちこちと動き回る小鴨たちを、巧みに誘導しながら移動しています。見飽きることがありません。

 伏見桃山駅の近くで食事をした後、賑やかな大手筋通りを歩きました。鯖寿司屋の看板に変体仮名で「阿津満」と刻まれていたので、写真に収めました。

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 御香宮神社にお参りをした後、名水として知られる伏見の御香水をいただいて帰り、自宅ですぐにコーヒーを淹れました。このお水で淹れたコーヒーはまろやかで格別です。

 数日前、近所の鮮魚店で活きのいい鱧をさばいてもらいました。落としにして、酢味噌と梅肉でおいしくいただきました。祇園祭の頃は、鱧がいちばんおいしいのです。今日も、と思ってお店に行くと、日曜日で市場がやっていないので鱧は入っていない、とのことでした。残念です。
 明日は後祭りの山鉾巡行があります。行きたいのはやまやまながら、熱中症の心配もあるので無理はしません。お祭りの賑わいを家で思い起こしながら、暑い盛りの一番のごちそうである鱧をいただくつもりです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:11| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年07月21日

京洛逍遥(842)祇園祭のトークイベントに参加

 慌ただしくいろいろなことをした一日でした。
 まず午前中は、地域の高齢者のみなさまとの語らいの集いがありました。
 時間の流れと共に参加者が減る中で、新しく参加される方もいらっしゃいます。
 今日は、旦那様がどんな方だったのかで盛り上がりました。私の方は、いつも妻と一緒に仲良く参加しているのと、みなさんよくご存知なので、軽くパスです。
 90歳前後の方が多いので、さまざまなドラマを聞くことができました。

 地域のみなさまとの交流会が終わると、すぐに京都市内へと移動です。
 先月、京都新聞社が購読会員を対象としたイベントを開催する、とのアナウンスがあったので、イベント好きの私はすぐに申し込みました。幸運にも当選し、参加券が送られてきたので、それを持って出かけました。

 時間の余裕があったので、会場の近くにある居住区の事業センターに立ち寄りました。昨夏から丸1年、毎日悩まされている犬の鳴き声のことで、その後の進捗状況を確認するためです。
 このことは、あまりにも腑抜けな対応であり回答だったので、日を改めて詳しく書きます。

 すぐ近くの新風館の中庭は、緑に包まれています。ここで食事をいただきました。

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 その新風館の烏丸通を挟んだ向かいには、鈴鹿山が立っています。

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 さて、今日の祇園祭のトークイベントのことです。
 地下鉄烏丸線丸太町駅を上がってすぐのところにある京都新聞社の2階が会場でした。
 今日は、役行者山保存会の林壽一代表理事と京都新聞の記者による掛け合いの対談がありました。1時間にわたって、興味深い話を伺いました。役行者山は聖護院の影響が強く仏教色があり、八坂神社のお祭りなのに神社色が薄いのは、神仏習合の名残が今もあるためだ、とのことでした。本や新聞や雑誌には書かれていないと思われる、貴重な問はず語りの裏話が聞けました。ライブイベントの楽しみを満喫することができました。
 いただいた袋の中には、チマキと護摩木とタクシー券が入っていました。護摩木に祈願の言葉を書いて渡すと、後祭の23日に山伏さんたちが焚き上げてくださるそうなので、健康の祈願を書いて渡しました。

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 終了後、希望者はタクシーで役行者山へ送迎してもらえるとのこと。全員がタクシーでの移動を希望したので、祇園祭の後祭の中を大移動です。
 まずは、伺ったばかりのお話を思い出しながら、役行者山を拝見しました。会所では、頭や肩を撫でる岩や、古地図に描かれた応仁の乱から江戸時代までの山鉾の配置図などなど、今日の解説を聞かなかったら見なかったものを、興味深く拝見しました。

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 すぐ近くには昨年から参加した鷹山が立っていたので、足を運びました。

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 続いて新町通の北観音山。

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 そして、私が大好きな南観音山です。

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 今年も、稔り多い意義深い祇園祭となりました。
 このパワーを身体に溜め込んで、元気にこの夏を越そうと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年07月10日

京洛逍遥(841)京都駅ビル2階でかわいい祇園祭展

 京都駅ビル2階にあるインフォメーション前で、「京都美風〜祇園祭」が7月3日(月)〜31日(月)の会期で始まっています。狭いスペースながら、情報はたっぷりとあります。

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 ここで、すべての山鉾のチマキと授与品が見られるのは壮観です。

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 昨年は、鯉山のチマキをいただきました。今年は、私が一番好きな南観音山を予定しています。
 駅の西改札口の向かい側、西口広場に駅ピアノがあります。その横に、祇園祭の山鉾の名が入った提灯が飾られています。上2段が前祭、下段が後祭の提灯。これも必見です。

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 今日から、ついに鉾立ても始まりました。
 夏本番に向けて、京洛はますます活気づき、賑やかになります。
 
 
 
posted by genjiito at 19:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年07月06日

京洛逍遥(840)出町柳の桝形商店街

 長らく肩にのしかかっていた重荷を軽くした後、荒神橋から北山に向かって鴨川を遡り、出町柳まで散策しました。
 明日は七夕ということで、商店街の「七夕夜店」は賑わっています。

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 久しぶりに来ると、どのお店も懐かしく感じられます。いつも十重二十重と人が並んでいる大福餅屋さん、若狭の鯖寿司屋さん、量り売りのお惣菜屋さん、マニアックな古本屋さんが2軒、映画館、所狭しと小物が並ぶダイソーと小奇麗なキャンドゥ−、ど派手な果物屋さん、手軽にいただける懐石料理屋さんなどなど。盛り上げるために、この商店街ではさまざまな取り組みもなされています。地元の人々のための、ちょっといいものがある商店街です。
 出町柳には、かつて通勤で乗り降りした京阪出町柳駅があります。自宅から歩いて、この桝形商店街によく買い物にも来ました。

 賀茂大橋から北の方角である川上を望むと、右から高野川、左から賀茂川が流れ込む合流点であることがよくわかります。右奥が比叡山、左奥が鞍馬山です。

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 この賀茂大橋から東の京阪出町柳駅に向かって歩くと、正面に如意ヶ岳の大文字が見えます。京都五山の送り火まで、あとひと月に迫りました。

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 華麗な祇園祭から厳粛な送り火へと、京の夏はさまざまな行事で埋まっています。何となく心が浮き立つ夏がやってきました。豪雨や颱風や猛暑にかき乱されない夏になることを、いまからひたすら祈っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年07月01日

京洛逍遥(839)第86回アンティークフェア

 第86回京都アンティークフェアが、京都パルスプラザ(京都府総合見本市会館)で昨日から開催されています。小雨の中、目の保養にと散策がてら行きました。近鉄竹田駅前から無料の送迎バスがあったので、往復ともに雨に濡れずにすみました。

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 このイベントは、春・夏・秋と年3回開催されていて、以前は京都大骨董祭と言っていたものです。
 今回が86回で、これまでに私は2009年の44回と2010年47回に行っています。その時の様子は、
「京洛逍遥(85)京都府総合見本市会場の骨董市」(2009年06月22日)

「京洛逍遥(147)京都大アンティークフェア」(2010年06月18日)
で報告しています。
 共に、源氏物語屏風を取り上げています。
 2009年の記事では、空蝉と軒端荻が囲碁ではなくて双六(今のバックギャモン)をしていたことを書きました。
 2010年の源氏屏風は、『源氏物語』から10場面を選んだ6曲1双の屏風でした。

 今日も源氏物語屏風がありました。

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 今日の屏風は、正確に数えたわけではないものの、2010年のものよりも小振りの絵なので、6曲1双に54図が描かれているように思えます。

 広い会場には、全国各地から300店舗以上が出店しているとのことなので、大急ぎで日本の書画・骨董・古美術・茶道具・古着だけではなく、アジア雑貨・西洋アンティークまでも見て楽しみました。
 来たしるしにと、夏用の手ごろな茶碗を千円でいただきました。

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 フラリと気ままに逸品を見て回るのは、まさに至福の時です。
 
 
 
posted by genjiito at 20:25| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年06月28日

京洛逍遥(838)四条河原町周辺を散策しながら思ったこと

 加齢と共に衰える身心を発揚させるため、積極的に外へ出かけ、さまざまなものを見て歩くことを心がけている毎日です。地域の散歩を含めると、毎日どこかへ出かけています。このブログのネタは毎日うまれているので、「本日はお休みです」と言いながらも、ついその日にあったことを書くことが多くなりました。
 本来ならば、本日も「本日はお休みです」とすべきところです。しかし、それにはあまり縛られないことにします。
 ということで、京洛逍遥です。

 久しぶりに四条河原町に出かけました。目的はお散歩です。
 まずは、四条通りにある服地屋さんの「ノムラテーラー四条店」へ。そして、次は錦市場の東端におられる菅原道真公にご挨拶です。「錦天満宮」さんは、錦市場に行くと必ず足を留めます。
 今日は、境内に「ロボットかみしばい」があったので、しばらく見ていました。

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 アルミのプレートに絵が貼り付けてあり、そのプレートを小さなクレーンが出っ張りの両端を挟んで持ち上げます。シンプルな構造です。私なら、下からプレートを押し上げるのに、と思いながら見ていました。全部見ると5分。絵や物語に特に工夫がなかったので、長く感じました。要検討のかみしばいです。

 新京極通りにある回転寿司屋さんの「大起水産新京極店」でお昼をいただきました。ここはいいネタが出て来ます。しかし、今日はご飯が硬くて何となく居心地も悪かったので、早々に打ち切りました。
 寺町通りに出て、また服地屋さんの「ノムラテーラーハウス 寺町店」に寄りました。
 アーケードには、来月に迫った祇園祭の提灯が下がっています。通りには、軽快なコンチキチンの鐘の音が響いています。

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 河原町通りに出る途中で、新京極通蛸薬師下ルの「蛸薬師堂永福寺」さんにお参りしました。ここに来るのは初めてです。庶民の信仰を集めた町堂と言われるとおり、一歩中に入ると親しみを感じる空間になっています。病気平癒のご利益で有名な木彫りの蛸の像の「なで薬師」を、ご指示の通り左手でなでて来ました。
 細い通路の奥の阿弥陀堂も、お寺の温かい歓迎の気持ちが伝わる一画となっています。お勧めのお寺となりました。

 蛸薬師通りを東に歩き、中途半端に終わったお昼の続きを、「スシロー河原町蛸薬師通り店」でいただきました。ここは、若者でごった返している店です。今日もそうでした。海外の方も多く、とにかく賑やかです。今日は、白米ではなくて赤米のにぎり寿司が提供されていました。しかも、ミニのメニューがあるので、消化管のない私には好都合です。「まぐろのおはぎ」は初めてです。いつ来ても楽しくいただけるお店です。

 河原町通りに出ると、久しぶりに「ブックオフ プラス 河原町オーパ店」に行きました。手持ちの全集(全8巻)で欠巻だった2冊が、私にお出でお出でをしています。本は、求める人を呼び寄せると、恩師伊井春樹先生が教えてくださいました。何年も探していた本と遭遇し、早速に蛸のご利益だと思い、いただきました。私は、本もネットでは一切買いません。本とは、そのご縁と出会いが楽しいからです。

 家電量販店の「エディオン京都四条河原町店」で、買おうと思っていた製品の説明を店員の方から聞いて、すぐに購入を諦めました。その製品に詳しい店員さんが、ご親切にも、ありのままの説明をしてくださいました。そうとは知らずに、買う寸前のところでした。私は、ネットショッピングは一切しないので、対面で購入する利点をこうした時に実感します。

 四条大橋を渡る頃に、大雨が降り出していました。走って南座の前まで急ぎ、すぐ近くの「伊藤久右衛門祇園四条店」に飛び込みました。宇治駅のまん前に本店があり、よくお土産などを買いに行きます。今日は軽食をいただくのが目的です。私は一日に6回食なので、こうして小刻みにお腹を満たしています。
 今日の絶品は、宇治抹茶カレーうどんです。

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 ただし、私は消化管をできる限り刺激しないものを口にするため、毎朝いただくカレーも甘口と決めています。今日は、妻がこのうどんを試食してくれました。私は、抹茶そばをいただきました。
 十年以上通ったインドでは、日本で言われるほどカレー(マサラ料理)は辛くありません。あの穏やかなインドの方たちは、どこかの国の人たちのように、そんなに刺激の強いものを食してカッカッしてはおられないのです。インドの大学の先生方のお宅や、学生たちの自宅に呼ばれて何度も行った経験から言うと、現地の家庭の食事では、一緒に出て来るトウガラシなどを齧りながら、各自が自由に辛さを調整しておられました。日本人などが辛さを競うのが逆に影響してか、インドでも旅行者向けに辛いカレーを提供するようになってきたように思われます。カレーは辛いほどいいという過激な刺激を求める嗜好が、インドに逆輸入されたと私は思っています。日本人が、さすがはインド、やはりインド、と言って激辛を喜ぶのを見て、心優しきインドの方々はそうした待遇を学ばれたのです。これは、日本人がインドの文化を壊した一例だと言えるでしょう。
 そんな目で日本にあるインド料理店を見ると、複雑な気持ちになります。そんなに迎合的にならず、ご自分の国の、ご自身が育った地域の味を日本に伝えてくださったらいいのではないか、と思っています。
 ちなみに、私が口にするトウガラシは万願寺だけです。

 今日の河原町一帯は、海外からの観光客で満ち溢れていました。日本人に出会うのが稀で、中国からの方が急増しているようです。新たなコロナが大流行の中国から、ノーチェックで出国し、ノーチェックで日本に入国して、こうして京都を散策しておられます。
 さらには、沖縄を始発地として、新型コロナウイルスの第9波が進行しているようです。今春以降、政府の方針によってコロナの対策が緩和されました。指摘されていた通り、またコロナ禍に突入することのないように、早め早めの対処を国にはお願いしたいものです。高齢者の中でも、私は睡眠時無呼吸症候群や糖尿病という基礎疾患を抱えています。しっかりとマスクをし、いたるところで手をアルコール消毒して、自己防衛を心がけての京洛逍遥でした。
 
 
 
posted by genjiito at 20:46| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年06月18日

京洛逍遥(837)六孫王神社から東寺へ

 京都駅からブラブラと新幹線沿いに真っ直ぐ西へ歩いて、六孫王神社へ紫陽花を見に行きました。
 ここに来たのは初めてです。京都駅の近くにあることが意外でした。広い境内は、気持ちがいいほどにきれいに掃き清められています。

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 境内の外に、紫陽花がみごとに咲き誇っています。パノラマで撮りました。

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 すぐ近くに東寺があるので、立ち寄ってから帰ることにしました。

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 小さな池に、鷺と亀がいました。鷺が膝を折っている姿を見るのは初めてです。賀茂川で散歩をしていた頃は、毎日のように鷺に出会っていました。それでも、このような格好はしていません。このポーズには、愛嬌を感じます。

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 日差しが陰り出した東寺の境内を、妻とのんびり歩きました。木陰で、持参のお茶とコーヒーを飲みました。今度の弘法市かがらくた市には、久しぶりなので来ることにします。雑踏と喧騒が懐かしくなりました。
 
 
 
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2023年05月18日

京洛逍遥(836)三条食彩ろぉじ−堺町の道

 河原町三条からブラブラと三条通を散策しました。
 京都文化博物館の手前の堺町通を左折し、イノダコーヒー本店の向かいにある、以前から気になっていた「三条食彩ろぉじ−堺町の道」へ行きました。

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 狭い路地に、楽しそうなお店が数軒あります。ただし、今日は行った時間が午後4時だったので、どこも休憩中でした。折を見て、入ってみます。
 大型連休も一段落し、葵祭の路頭の儀も順延となった一昨日16日に終わったこともあり、人出は減ったように感じます。それでも、大きなキャリーバッグをもった海外からの旅行者は、至るところで見かけます。みなさん、熱中症には気をつけて京洛を楽しんでください。
 
 
 
posted by genjiito at 20:21| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年05月05日

京洛逍遥(835)一休寺で抹茶と一休寺納豆をいただく

 近鉄新田辺駅から東にある一休温泉には、これまでに何度も行っています。しかし、西にある一休寺には温泉とは反対側にあることもあり、1度も行ったことがありませんでした。
 昨日行った宇治市植物公園で、京都府立田辺高校の鉄道研究部がミニ鉄道運行をやっていたことから思いつき、今日は一休寺へ行ってきました。
 新田辺駅の前では、2体の一休さんに出迎えてもらえます。

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 バスが1時間に1本だったので、のどかな道を20分ほど歩き、一休とんちロードから一休寺(酬恩庵)に行き着きました。暑い日だったため、汗ばむ散策でした。

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 訪れる人はまばらです。ゴールデンウィークの最中であることをまったく感じさせません。

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 庫裏で抹茶をいただきました。お菓子は端午の節句らしく柏餅。一休寺納豆が一粒添えてあります。大徳寺納豆のような、塩気の効いたお豆さんです。
 私の茶碗は掌で包み込むところに突起のあるもの。妻のは金継ぎのある上品な茶碗でした。部屋には他に人がおられなかったので、のんびりと庭を拝見しながらいただきました。

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 方丈の庭園は、あと十日もするとサツキが咲き揃うとのことです。禅寺の庭は、何事も無の心で対面できるので大好きです。気持ちがいいからです。

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 塀越しに、青モミジの間に紅葉した葉が数枚見え隠れしていました。禅寺の初夏の庭を眺めながら、秋に思いを馳せました。

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 開山堂の近くに、一休さんの像が2体ありました。どうしてもアニメの一休さんのイメージがあるので、リアルな姿には少し近寄りがたさを感じます。

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 帰りの門のところで、参拝に訪れた方と出会いました。

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 海外からの観光客は一人もいらっしゃいませんでした。得難い、静かな連休の一日となりました。
 
 
 
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2023年05月04日

京洛逍遥(834)新緑に包まれた宇治市植物公園

 快晴の中を、昨日行った近鉄大久保駅から京都京阪バスで宇治市植物公園へ行きました。立命館宇治高校の道を挟んだ前にあります。70歳以上は無料で入園できます。

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 池に咲くカキツバタに覆いかぶさるようにして明るい緑のモミジの葉が、鮮やかで印象的でした。さらには、モミジの葉の間から、ヘリコプターと言われる実(種子)がきれいに見えました。

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 小山の上から広場を見下ろしました。ここは、変化に富んだ植物園です。

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 花で描いたウサギの前の広場では、京都府立田辺高校の鉄道研究部がミニ鉄道運行をやっていました。多くの子どもたちが、大喜びで乗っていました。

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 宇治市植物公園には、手元の写真ライブラリを確認したところ、2006年11月に家族みんなで来ています。今から16年半も前のことです。紅茶の講習会を受けました。その時ロビーで、『源氏物語』をテーマとする花で描いた絵の写真が展示されていたので、いくつかを撮影していました。その中から、2003年11月の作品である「浮舟と匂宮」と題する絵を紹介します。

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 この植物園は、今もさまざまなイベントが開催されています。近くに来たのもご縁なので、今後は参加することが増えそうです。
 
 
 
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2023年05月03日

京洛逍遥(833)源氏の湯でリフレッシュ(付・記事一覧)

 宇治天然温泉「源氏の湯」は、年に一度は行くリフレッシュの湯治場となっています。今年はお正月の三が日に行ったので2度目です。宇治に引っ越しをしたこともあり、地元の湯浴み処となりました。

 ちょうどお昼時だったので、まずはすぐ手前にある回転寿司の「くら」で少し腹ごしらえです。私は1日6回食なので、折々に小腹を満たしながら生きています。その意味からも、回転寿司屋さんは私の食事パターンにぴったりと嵌まる選択肢です。昨年後半から回転寿司チェーン店で悪戯が横行したこともあり、しばらくは様子見をし、近くて安心な回転寿司屋さんである「むさし」に毎週のように行っていました。しかし、さまざまな対策がとられていることもあり、すこしずつこうした大手の回転寿司屋さんにも足を運ぶようになりました。
 「くら」で気に入っているのは、「くらだし」という出汁です。これまでは、ごく普通に日本茶や赤出汁や味噌汁をいただいていました。しかし、この出汁もいいものだ、ということに気付きました。120円です。しかし、これは日本茶と同じように無料でもいいように思います。お寿司を引き立てますから。ぜひ検討してください。また、ポン酢でお寿司をいただく私にとって、小さな袋に入ったポン酢は煩わしいのでやめてほしいと思っています。小袋の端を切る時に手が汚れます。頼むと冷蔵ケースから取り出してくれるお店が好きです。これも検討を。

 数皿のお寿司と茶わん蒸しをいただき、すぐ裏手の温泉へ行きます。

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 まずは、食後ということもあり、休憩室の畳の上で30分ほど仮眠を兼ねた休憩をしました。のんびりと、気持ちのいい時間が流れます。膨大な漫画本が並ぶコーナーがあるので、漫画を読みながら休む若者が多いようです。
 ここの温泉は塩化温泉なので、殺菌効果と湯冷めをしにくいのが特徴です。
 今日は、施設内のレストラン「紅家」で食事をいただきました。気になっていた源氏豚は、あまりお腹も空いていないこともあり、この次にします。
 なお、宇治橋通りにある「いろり紅家」へは、一昨日に平等院の周辺を散策した折に立ち寄りました。いずれも落ち着いた雰囲気で、しかも安くて美味しいお店です。総体的に、宇治市内での食事代は京都市内よりも600円は安いという感触があります。あくまでも、地元民で年金生活者の感想ですが。
 帰りは、送迎バスで近鉄大久保駅まで送っていただきました。


【参考情報】

 これまでにこの「源氏の湯」に入った時の記事を一覧にしておきます。

「京洛逍遥(819)若者が多い宇治天然温泉「源氏の湯」」(2023年01月03日)

「京洛逍遥(784)宇治上神社と源氏の湯」(2022年04月19日)

「宇治天然温泉「源氏の湯」に入る前に「馳走寿司」をいただく」(2020年06月22日)

「京洛逍遥(540)大和でお茶のお稽古の後は宇治の温泉へ」(2019年04月21日)

「京洛逍遥(514)宇治天然温泉「源氏の湯」で充電」(2018年09月17日)

「雨の日のお稽古と温泉と回転寿司」(2017年10月15日)

「京洛逍遥(459)宇治天然温泉「源氏の湯」と回転寿司「くら」」(2017年08月30日)

 
 
 
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2023年05月01日

京洛逍遥(832)平等院の藤と兜

 ゴールデンウィークの中でも今日と明日は平日なので、観光地は少しは空いているかと思い、宇治の平等院へ行きました。しかし、ここへ足を運ぶ方々はここと目的を定めておいでになるようで、大変な賑わいでした。宇治といえば、この平等院と宇治上神社と源氏物語ミュージアムでしょうか。半日で回れます。
 実は、私は昨春より宇治に住まうようになったにもかかわらず、平等院へは一度も敷地内に入っていません。何度か行っても2時間待ちが多かったので、この次にということで、入口の前の藤棚を見て塔ノ島に行っていました。今日も1時間半待ちだったので、あじろぎの道の生け垣越しに鳳凰堂を見てお参りしたことにしました。

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 平等院の入口前の藤棚では、来年のために花の手入れが進んでいます。

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 平等院表参道に沿ったお店では、いくつかの軒先に藤が咲いています。それを眺めながら、宇治橋通りでお昼ご飯をいただくお店を探しました。

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 中ほどにある中村藤吉本店(平等院店)の展望デッキから、朝霧橋越しに仏徳山(大吉山)を望みました。宇治の山々は、初夏の装いに移っていきます。

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 JR奈良線宇治駅のすぐ前の中村藤吉本店(本店)では、鎧兜が飾られています。エンゼルスの大谷選手などが、ホームランを打つと兜をかぶるセレモニーの反響からか、多くの海外からの観光客がこの端午の節句の飾りに見入っておられました。いいタイミングでの展示となっています。

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 通り掛かりの方々のために、何か説明があってもいいのではないか、と思いました。もっとも、余計なことをしないのも一つの見識かもしれません。
 
 
 
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年04月27日

京洛逍遥(831)城南宮の「源氏物語 花の庭」

 京都市伏見区の鴨川の近くにある城南宮は、方除(ほうよけ)の大社として知られています。京都の左京区から宇治市に家移りをしたこともあり、この城南宮にお参りに行く時期を探していました。
 ちょうど花の季節となったので、思い立って連休前の今日、フラリと行ってきました。予想した通り、今日は人がほとんどいません。近鉄竹田駅から歩いて15分。途中に、近衛天皇陵、鳥羽天皇陵、白河天皇陵が並んでいます。少し先には、鳥羽伏見の戦いの地があり、鳥羽離宮跡があり、鴨川が流れています。城南宮の南にあった鳥羽の津は、一寸法師がお椀の舟に箸の櫂で淀川を上り、都に行くために着いた港があったところでもあります。一度に行けないので、この次にしましょう。

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 鳥居を潜って左に、神苑(楽水苑)「源氏物語 花の庭」があります。

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 ここには、春の山・平安の庭・室町の庭・桃山の庭・城南離宮という五つの庭があり、その庭を自由に回遊できます。

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 散策路はよく整備されているので、ゆったりと回れます。小柴垣がきれいです。

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 ツツジが満開で見頃です。

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 与謝野晶子の歌碑がありました。

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[変体仮名翻字版]で起こしておきます。ここでは、現行の五十音図にある平仮名が、その字母である漢字に近い字形で書かれている時、試しに新しい凡例によって[於][さ]と表記してみました。いかがでしょうか。ご感想やご教示をお願いします。

  【五月雨】耳
 【築土】く徒連し
【鳥羽殿】の いぬゐ能 【池】尓
 [於]も堂可 [さ]きぬ

 曲水の宴のイベントの場となる遣水がありました。入る時にいただいた拝観券も、一緒にあげます。

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 茶席の楽水軒の近くに、桜が一枝だけ花を咲かせていました。

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 池越しに、名残りの藤が望めました。

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 見飽きることのない、庭と花の競演を楽しんできました。

 すぐ近くのバス停から京都駅に直行しました。街中は、観光客でギッシリと埋め尽くされています。
 いつものように、回転寿司のむさしで食事です。時間がお昼を少し過ぎていたこともあり、大好物の鯛皮のにぎりが3皿いただけました。これで最後です、と言われ、先日はなかったので大当たりでした。お店に行く時間のタイミングが微妙なのです。
 お客さんは8割が海外の方でした。ここは安全であることが、情報として流れているのでしょうか。レーンの中に5〜7人の職人さんが入っておられ、カウンターの周りを5人のホール担当の方が回っておられるので、いたずらはできないのです。さらにもう一人が、寿司の皿や小物をキャリーカーに乗せ、握っておられる職人さんのそばに届けに入っていかれます。効率を最優先とする、機械化とは無縁のおすし屋さんです。
 一人の若者が、主任から魚の捌き方や手を付ける魚の順番などの指導を受けながら、真剣な眼差しで包丁を握っています。目の前で見ていると、この若者の今後が楽しみになります。現場で育てられているようです。主任が、鯛を捌き始められたので、その皮が夕方に出て来るのでしょう。今日は、それを待たずに帰ることにしました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:04| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年04月23日

京洛逍遥(830)新緑の中をぶらぶらと歩く

 初夏を感じさせる一日、近くの公園の新緑が眩しい中を歩いてきました。
 長さ700メートルもある並木道の公園で、木漏れ日を楽しみながらの散策です。

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posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2023年04月19日

京洛逍遥(829)コロナ禍以前を彷彿とさせる京都の観光客の急増

 今日も所用のため、京都駅に行きました。もの凄い人出です。8割は、海外からの方々です。人とキャリーバックが駅の構内や地下街を埋め尽くしています。

 4日前の本ブログで、京都駅のことを、
「若い人々と、海外からの観光客で大賑わいです。
 子供が多かったことも特徴的です。
 春の観光シーズン到来です。」
と書きました。
 今日は、それがさらに幅広い年齢層となり、各地から多くの方々が大集結です。

 駅前で、大混雑のバスに乗るのを諦めました。
 数年前には、私が住んでいた地域にまで押し寄せる観光客で、動きのとれない事態に巻き込まれていました。その特異な社会現象に学び、市当局はこれからのゴールデンウィークに向けて、対策を練って臨もうとしておられることでしょう。あの再現とならないことを祈るしかありません。

 いつも立ち寄る回転寿司のむさしでは、ここも8割方は海外の方でした。ここで和食文化を体感しておられることは、好ましいことだと思います。鮭だけを召し上がっていたお2人の欧米からと思われる女性は、しだいにまぐろやホタテに手を出しておられました。目の前を回る寿司を載せた皿を、じっと見詰めては手がサッと伸びます。楽しそうでした。お茶も、生姜も、お醤油も、すべてに目をパチクリとさせておられます。

 お話ができたらいいと思いながらも、日本語しかわからない私は声をかけるタイミングを逸していました。いずれは、ChatGPT がドラえもんの翻訳コンニャクよろしく、こうした言葉の壁を取り払ってくれることでしょう。楽しい文化交流が可能となる日が一日も早く来るのを、心待ちにしています。
 
 
 
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ◎京洛逍遥