午後1時に京都御所の北入口にある今出川御門に集合し、斜向かいの冷泉家の表門前に行きました。薬医門屋根の両隅に置かれている阿吽の亀(玄武)を見ました。今回のコースは、キャンパスプラザ京都での勉強仲間である佐藤さんのプランニングです。説明も、プロ並みの名ガイドで始まりました。
猿が辻の前にある駒札には、心憎い仕掛けがあることを知りました。各所に配された四角い小さな浮絵を擦って集めると、四季折々の絵が出来上がるのです。秋までは紅葉だったものが、今度は梅に変わったようです。楽しい粋な遊び心です。
石薬師御門を出て寺町通を下ると、藤原定家一条京極第跡があります。
さらに南下すると、先日挨拶をしておいた清浄華院です。藤原道長の法成寺推定地で出土した礎石を見ました。
そして、先週公開されたばかりの道長の肖像画を拝見しました。
軸装にされた肖像画の前に置かれた説明文を引きます。
藤原道長公 入道の肖像
二〇二四年奉納 中田文花画
当院には藤原道長公が晩年出家して建立した「法成寺」のものとされる「礎石」が安置されています。権勢を極めた道長公が建立した法成寺は豪壮華麗な寺院でしたが、少なくとも十五世紀には廃絶し跡形もなくなってしまいました。ところが二〇二一年末に法成寺跡地の工事現場(府立医大病院南)より巨大な礎石が出土し、供養のため当院に納められました。
これに因み、二〇二四年十二月当院に奉納されたのがこの肖像画です。篤志者の寄進により、日本画家・中田文花師が制作されました。道長公の出家後の姿は『石山寺縁起絵巻』の一場面などしか伝わっておらず、国宝『源氏物語絵巻』、『紫式部日記絵巻』、『天子摂関御影』などを参照しつつ、入道姿の道長公を描かれました。また像上には研究に基づいて復元された法成寺の伽藍の様子を白描で描いています。
画面上部の画讃は『栄花物語』に法成寺阿弥陀堂の阿弥陀如来像を讃える言葉として引用されている「十二礼」の一節を当院法主飯田実雄台下が揮毫されました。
軸装の肖像画は、残念ながら写真撮影ができませんでしたので、ここでは御朱印に描かれた肖像画を掲載します。
廬山寺では、境内にある紫式部と大弐三位の歌碑の横で、寒桜が咲いていました。
梨木神社は、『源氏物語』の「空蟬」巻や「花散里」巻に出て来る中川の候補地として知られています。色とりどりの黄葉や紅葉を楽しみました。
清和院御門から京都御苑にまた入り、藤原道長の土御門殿跡を確認しました。「望月の歌」が歌われた舞台だとも言われています。佐藤さんの名調子は圧巻でした。
鴨沂高校の北に立つ法成寺址は、道長創建の京極御堂があった所です。
定家の京極邸跡は、墨の古梅園の隣に建っています。
寺町通が二条通にぶつかる所から西に向かいました。江戸時代に薬屋さんが軒を連ねていた通りだそうです。
そして、今回の終点である藤原定子二条宮跡に至りました。この顕彰碑は、今年の8月に建立されたばかりです。
然花抄院で、甘味やコーヒーをいただきながら一休みしました。話に華が咲き、1時間半も語り合いました。
清浄華院の道長の肖像画と定子の顕彰碑は、まだ京都のガイドブックには掲載されていません。絶妙のタイミングでの平安文学散策となりました。
マニアックともいうべき、至れり尽くせりの解説を聞きながら、自由気ままな散策となりました。私が知らなかったことをたくさん話の中に盛り込んでいただき、有意義な半日となりました。佐藤さん、ありがとうございました。
今日は、鴨川越しに京大病院を望む所に泊まっています。部屋のすぐ前には、鴨川が流れています。折しも、満月。この近くに十年以上住んでいました。しかし、このシチュエーションでの夜景は始めて見るものです。京都のさまざまな姿を堪能しています。
今日の歩数は、14,440歩でした。楽しかったせいか、疲れはまったくありません。
posted by genjiito at 23:57|
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◎京洛逍遥