2025年04月09日

京洛逍遥(929)伏見の桜と名水めぐり

 花見がてら、宇治川派流の伏見・寺田屋に向かっての散歩です。海外からの方々で大混雑でした。
 散り初めの桜もいいものです。

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 長建寺の閼伽水から、伏見の名水巡りのスタンプラリーも始めました。
 長建寺でスタンプを押した後は、月桂冠大倉記念館のさかみづ、鳥せい本店の白菊水、そしてキザクラカッパカントリーの伏水と、一気に4箇所を回りました。

 黄桜はカッパで有名です。

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 黄桜という桜が本当にあることを初めて知りました。

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 半日で回った4つの名水のスタンプは、こんな感じで用紙が埋まりました。

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 今日も、歩数は1万歩超えです。
 主治医からは、脳梗塞の原因となった詰まった血管は生き返らない、と言われています。しかし、自力で何とか血液が流れるようにしたいと思い、日々8,000歩を目標にして歩いています。
 科学的な根拠は何もありません。自分のこととして、死に体の血管を取り巻いている血管群を日々刺激することで、詰まった血管を生き返らせようとしているのです。
 お医者さんは、無駄な抵抗だと思っておられることでしょう。しかし、自分の身体に関しては、これまでに何度も不可能を可能にしてきました。奇跡と言われることを、何度も体験しています。今回も、やってみないとわからないという信念で、何を差し置いてもテクテクと歩き続けています。




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2025年04月06日

京洛逍遥(928)宇治川のさくらまつりと炭山陶器まつり

 宇治公園の中の島で、第49回宇治川さくらまつり(橘橋会場)と第46回炭山陶器まつり(塔の島会場)が同時開催されていたので行ってきました。

 まずは、興聖寺の琴坂へ行きました。ここは、桜や紅葉の名所です。しかし、今日は入口の枝垂れ桜が一本だけ元気に花を咲かせていて、琴坂はまだ咲いていません。

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 元来た道を引き返し、朝霧橋のたもとに建つ匂宮と浮舟のモニュメントが、ヒカルゲンジという名の椿に囲まれているのを、中の島を背景に見ました。

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 朝霧橋から中央奥に橘橋を、右手に宇治橋を臨みます。

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 喜撰橋越しに、遊覧船が来るのに出会いました。

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 今回は、目に留まった陶器は一点もありませんでした。
 青海波の柄の茶碗を出しておられた陶芸屋さんが、今回はいらっしゃらなかったので残念でした。
 宇治川を見ながら、ベンチで鯖寿司をいただきました。

 帰りに、JR宇治駅近くにオープン直前の「シェア型書店HONBAKO京都宇治」の完成見学会に行き、代表の山本さんに開設に至った詳しいお話を聞きました。このことは、別の記事として書くことにします。




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2025年04月05日

京洛逍遥(927)『百人一首』の版本、昭和の大衆食堂、そして桜を観る

 キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で開催している「尾州家河内本『源氏物語』を読む勉強会」の開催会場の予約を取りに行ってきました。
 予定通り取れたので、以下に4月から7月までの日時と場所を一覧にします。
 いずれも各月第3土曜日で、第4講時の14時半から16時まで、5階にある演習室をお借りします。

2025年4月26日 (土) 第2演習室
2025年5月24日 (土) 第5演習室
2025年6月28日 (土) 第1演習室
2025年7月26日 (土) 第5演習室

 参加を希望なさっている方は、予定に入れておいてください。

 その後、京都駅前の郵便局の本局で振り込みをしてから、駅直結の地下街のポルタを通って地下鉄烏丸線に乗ろうとしたところ、ポルタプラザで『マチマチ古本通り』を開催していました。栃木、東京、大阪、滋賀、京都から6店の古書店が結集し、興味深い版本や古地図や木版画や古い写真を並べていました。会期は、今月3日から13日までです。
 『百人一首』の版本がまとまって出品されていたので、写真に撮っておきました。

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 欲しい本がたくさんありました。しかし先を急ぐので、地下鉄で四条駅に向かいました。アップルストアで iPhone 16 を受け取るためです。昨日申し込んだ実機が、すぐに入手できました。
 四条から三条までブラブラ歩いていると、団扇屋さんの名前がくずし字だったので、資料として写真に収めました。
 一見して、何という文字なのか、戸惑います。「阿い波」(饗庭)と読むようです。漢字の表記では「あえば」と読みます。しかし、「あいば」ということです。

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 三条通と寺町通の角に、なかなか入れなかった定食屋さんの「生そば 常磐」があります。いつも満席だったのです。今日は運良くテーブルが一つ空いていたので、念願叶って定食をいただきました。
 ここは、1878(明治11)年創業の大衆食堂です。昭和の食堂を実感します。隣が矢田寺なので、すぐにわかります。

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 私は「いわし磯辺フライ定食」、妻はいつも食べ比べを愉しんでいる「中華そば」です。
 丸美屋の「たまごふりかけ」は、何十年ぶりでしょうか。
 とにかく盛りだくさんの定食なので、半分は妻に渡しました。

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 テーブルの上には、こんな箸が出て来る装置があります。赤いボタンを押すと、律義に一本の割りばしが押し出されてくるのです。なかなか楽しい仕掛けでした。

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 三条小橋から高瀬川に咲きかかる桜がきれいでした。

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 三条大橋の西詰めの、弥次さんと喜多さんがいる横の桜は、これからでしょうか。

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 お花見にはちょうどいい週末です。




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2025年03月27日

京洛逍遥(926)地元の公園で春を見つけてから近所のスーパーの閉店セールへ

 借りていた本を返しに近くの図書館へ行き、その前に細長く延びる中央公園で春の息吹を感じて来ました。
 この公園は縦長で700メートルもあり、木々に包まれたトトロの森のような森林のイメージがあります。
 よくぞ作ってくださったと言いたくなる、リハビリウォーキングには最適の散策路です。
 小川が流れ、せせらぎがあり、曲がりくねった高低差のある細道を歩くと、今自分がどこにいるのかわからなくなります。
 多くの木々や花が植えられているので、四季折々に植物の移り変わりが愉しめます。

 今日は、まさに春の到来を感じさせる木々と草花に出会えました。
 入口近くでは、ユキヤナギが出迎えてくれます。

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 水辺に咲いていた数本のカキツバタは、背景があまりよくなかったので撮りませんでした。もっと群生した時に紹介しましょう。
 サザンカが至るところで満開の赤色を見せています。

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 図書館の前では、ピンクのサザンカも自己主張をしています。

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 歩いているとツグミがやってきて、まさに姿勢をピタッと止める「ツグミ立ち」を見せてくれました。

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 桜が1本だけ、みごとに咲いています。
 これからが楽しみです。

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 薄桃色の梅もみごとな花を見せています。香りは感じられなかったように思います。

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 近所のスーパーマーケットが、今月末で閉店となります。生鮮食品の品揃えがいいお店でした。最近、大手のドラッグストアが開店したので、その影響からの閉店でしょうか。よく利用していたので、残念です。店内は、ほとんど商品がなくなっています。

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 ここに来るまでにいた下鴨でも、引っ越しの直前に近くのスーパーが閉店となりました。昨年末に親しかったご近所さんの家へ行った時には、新しい安売りのスーパーマーケットが開店していました。生き残るために、熾烈な闘いが繰り返されているようです。特に、最近は物価が高騰していることを実感する日々です。日常遣いの安いものは大歓迎です。しかし、その値動きの激しさには、こちらも戸惑うばかりです。昨日も、2個980円だったものが、何と一気に1,280円になっていました。
 日々私は、年金では国に裏切られた思いが消えないことから、年金問題には憤慨している年金生活者です。毎日の買い物も、まったく気が抜けません。子供たちは、賢明にも早々と年金には愛想をつかしているようです。諦めきれないのは、給料から天引きされ続けた揚げ句に、払い終えてさてこれからはと思っていた、団塊世代の次の騙された我々です。惨めな老後の生活とならないように、自助努力を強いられる世代に自分がいることを実感させられています。

 明後日、息子に会うので、彼のことを聞いてみたいと思っています。生成AIの仕事をしているので、最新の成果を盛り込んだシステムを導入した、実験中の生成AIを活用して答えてくれるかも知れません。まずは生成AIに一通りの意見を聞き、それから人間としての考えをまとめる、という流儀の最新の手法を教えてもらってきます。





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2025年03月26日

京洛逍遥(925)えき美術館で「写実絵画の世界」を観た後は屋上で東寺と黄砂に思う

 先月から今月末まで開催している、美術館「えき」KYOTO の「鶴の来る町ミュージアムコレクション 写実絵画の世界」を観てきました。

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 「静物画」「人物画」「風景画の」3つのゾーンに分かれており、それぞれに写真かと見紛うばかりの絵を堪能して来ました。対象を見詰める画家の視線と筆遣いが、観るものの視覚を混乱させます。あらためて写実画の奥の深さを知ることとなりました。

 多くの作品が、写真撮影可となっていました。しかし、写実画を写真に撮ることの無意味さを教えられ、一枚も撮りませんでした。不思議な展覧会となっています。

 会場がジェイアール京都伊勢丹の7階だったので、そのまま大階段に出て屋上へ行きました。
 屋上では、京都タワーがサザンカ越しにきれいに見えます。

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 反対側の東寺を望むと、黄砂に包まれた五重塔がクッキリと見えました。中国からのお客様である黄砂を、周りにグッと押し戻すかのような気迫が感じられます。

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 最近は、中国からの観光客が、いずれ日本は中国のものになるのだからと言う暴言を吐いておられるそうです。(「グッド!モーニング」2025年2月23日放送分)
 東山にある寺院の住職がSNSに悲痛な叫びを投稿しておられます。中国人とみられる観光客にマナー違反を注意したところ、『もうすぐ中国の一部になるのに偉そうにしてたら消されるよ』という言葉が返ってきたのだそうです。
 目に余る傍若無人な振る舞いは、私も市内の観光地の至るところで見かけます。お互いの文化を尊重しながら共に仲良く生きたいと思っても、その難しさがいろいろな局面で現れているようです。

 黄砂に立ち向かう東寺の五重塔に、もっと頑張れという声援を送るのではなくて、気持ちよく共に生きる方策を探ることが、喫緊の課題だと思われます。
 とはいうものの、さて私は今何をすべきか、と自問しても、そうそう答えは見つかりません。
 残念なことながら、困ったことだと俯くしか、今は思いつきません。
 そんな思いを抱きながら、大階段を一歩ずつ、フラツキに細心の注意を払いながら降りました。




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2025年03月23日

京洛逍遥(924)宇治川散歩

 うっすらと汗をかく好天でした。
 ブラブラと宇治川を散策することにしました。
 隠元橋から宇治の方角を望みます。

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 宇治川には遊歩道がほとんどない上に、周りの景観もいまいちです。
 右端に宇治徳洲会病院の建物が見えます。
 宇治川の流れは早いので、見ていても楽しくはありません。

 川原には、口紅水仙やタンポポが咲いていました。
 ポカポカ陽気の中を歩いていると、春の到来を感じさせます。

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 土手に上がると、茶畑が広がっています。
 お茶といっても、宇治は碾茶が主流で抹茶の産地です。
 黒い覆いが特徴です。

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 万福寺の近くまで行って引き返しました。
 今日の歩数は、14,000歩でした。
 平日は8,000歩から10,000歩なので、気分転換に少し遠歩きをしました。




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2025年03月14日

京洛逍遥(923)病院帰りは春を待つ鴨川を気ままに花巡り

 ポカポカと穏やかな陽気だったので、京大病院の帰りは鴨川を散策しました。
 出町柳周辺で、春を待つ様子の写真をアップします。

 荒神橋の上流の飛び石は、今日は渡りませんでした。ここを渡るのは、石の並び方が私の今の脚力では危うさが伴うので、少し心構えがいります。またにしました。

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 鴨川デルタ地帯は、多くの方が三々五々、自由な時間を過ごしておられます。ここの飛び石も、今日は足腰に不安があるのでパスです。

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 散策路のボケは、淡い色の桃色が白色に混じって咲いていて、穏やかな春の到来を待つ雰囲気を伝えています。

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 鴨川沿いの桜は、まだ固い蕾のままなので、春はまだ遠いことを実感させてくれます。

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 出町柳駅のすぐそばの川端通沿いにある長徳寺の門前では、早咲きの「おかめ桜」が見頃です。

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 カンヒザクラも満開でした。

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 さらには、サザンカもみごとです。

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 鴨川沿いの桜の開花を待ちながら、気ままに花巡りをしてきました。




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2025年02月28日

京洛逍遥(922)みやこめっせの文具まつり

 今日の大文字山は曇っていました。

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 朝から6時間以上を、脳神経内科を中心として病院の中で過ごしました。

 診察の後は、府立図書館の横にあるみやこめっせ(京都市勧業館)で開催中の、45店ものお店が出店する大規模な文具展示即売会へ行きました。

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 こうしたイベントは、日ごろは見かけない小道具に出会えるので、文房具好きにはたまりません。圧巻でした。

 会場には、小さなブースが所狭しと並んでいます。ハンコが多かったのが意外でした。ブームなのでしょうか。
 多くの人が、小さな文具を手に取って見ておられます。その姿は感動的でした。

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 私はペーパークリップを探しました。デザイナーが作ったというものが1種類だけありました。
 他にないのかと尋ねると、今回の主催者のところにあることがわかり、後日三条のお店に行くことにしました。コクヨのクリップルという、手で取り外しができる樹脂製の商品が製造中止になってから、いろいろと探していたからです。
 結局、何もいただきませんでした。それでも、楽しいひと時を過ごすことができました。




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2025年02月27日

京洛逍遥(921)春を待つ京大病院の周辺

 今日の大文字はクッキリと見えました。少しずつ春色になっていくことでしょう。

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 過日の頭部MR検査の結果は、新しく血管が詰まっている兆候は見られないとのことでした。ただし、1年半前に詰まった血管はもう生き返ることがないので、今の右足の不調はそのまま抱えていくしかないようです。その周りの血管が右足の動きを補うようになることを期待して、歩くというリハビリは続けるようにとのことでした。
 夜中に右足が痙攣することについては、効果がある漢方薬を処方してもらいました。また薬が増えて、11種類になりました。食事1回分の分量に近くなるので、薬だけでお腹が一杯になります。これを飲むことでさまざまな身体の不具合が表に出ないようになり、それが長生きにつながるのであれば、それもよし、と開き直ることにします。

 病院の前の旅館の玄関には、多くの蕾に囲まれて、ピンクのサザンカが咲いていました。

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 賀茂川べりを出町柳に向かって北上し、荒神橋の上手にある飛び石を久しぶりに渡りました。ぎこちなかった渡り方も、少し普通に見えるように足が動くようになった気がします。左右の足を使って、石と石の間を飛ぶことができました。

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 賀茂川右岸の桜の蕾は、まだ固いものでした。

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 賀茂大橋の手前の広場で、若い子がモルックをしていました。

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 集会所では部屋の中でやったので、こうして戸外で楽しむ姿は、見ていてもなかなか気持ちのいいものです。1本だけピンが遠くにありました。それを倒すためには、相当の腕力が求められるので、このスポーツは今後さらに広がって行く予感がします。

 風もなく雲もないので、ポカポカ陽気の散策路をのんびりと歩きました。下鴨に住んでいた頃には日常だった賀茂川歩きを、久しぶりに体験することになりました。住人としてではなく、フラリと訪れて歩くのもいいものです。




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2025年02月26日

京洛逍遥(920)御幸町通を五条通から四条通まで歩く

 京阪電車の清水五条駅を出て、五条大橋から北山を望むと、右手奥の山は雪に覆われていました。

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 今日は、鴨川のすぐそばを北に延びる御幸町通を歩きました。

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 狭い通りです。そこかしこに京都らしい格子戸の家があります。弓屋さんや数珠屋さんもあります。狭い小路の奥には、食事ができる小さな、それでいて雰囲気のある店や民宿が点在しています。

 私の興味の対象である文字が書かれた看板は、この通りにはほとんどありません。
 平仮名が、4文字の内の真ん中の2文字だけが横並びに書かれたものを見かけました。このパターンはこの西の通りにも二つほどあったので、一応あげておきます。後日整理します。

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 今日も、目的地である四条通のノムラテーラーの前に出たので、妻は早速ハギレや裏地を何種類かいただいていました。私も、以前ただいた『百人一首』のハギレを買い足しました。

 この四条通から南で、河原町通りより西は、あと寺町通だけです。




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2025年02月23日

京洛逍遥(919)麩屋町通を四条通まで歩いてノムラテーラーへ

 昨日、京都駅前のキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で源氏講座をしている時に、大階段では駆け上がり大会がありました。京都新聞によると、288人が参加したとのことです。
 しかし、すでに何度か指摘したように、私はこの大階段が高齢者や身体に障害を抱える人たちのことを一顧だにせずに設計されていることに異議を申し立てています。健常者のことしか考えずに作られたものであり、体力が弱くなったり五体不満足の者を排斥する思想がそこかしこに散見するのです。施工当時は、弱者のことが見えなかったのでしょう。駅舎のコンペでの審査においても、この設計が偏ったもので不備があることに、目が届かなかったようです。

 すでに時代錯誤の設計思想の階段に成り下がっているのに、そこで健脚を競う大会が晴れがましく開かれることに個人的には賛同できません。KBS 京都も、主催する以上はハンディキャップを負った多くの方々のことも考え、そうした方も参加できるようなイベントにすべきです。そうすると、この大階段の問題点が見えてきます。この放送局が抱え持つ、これからの社会を構成する人々に対する意識の希薄さが露呈しています。また、京都新聞の記事には、執筆者としてIさんの署名があります。元気さを称揚する今回の記事に留まることなく、元気盛りの方を顕彰するだけではなく、これからの主人公となる方々の視点で記事を書く必要があるのではないでしょうか。

 もし、身体に違和感を持つ方も参加するイベントを考えるのであれば、真ん中だけにしかない手摺りの何箇所かに、すでにその繋ぎ目に亀裂が入り、接合部分が捲れ上がっていることに目を向けてください。先日、私はこの繋ぎ目がズレた部分で、摑まっていた手を滑らせながら降りていた時に掌を切りました。出血は少なかったものの、危ない一本きりの手摺りとなっています。大階段の両側にもし手摺りを付けることになれば、この繋ぎ目の処理は丁寧にしてほしいものです。
 すでに連絡は行っていると思われます。点検は目視と触診でできるので簡単です。早めの対処をお願いします。

 さて、今日は麩屋町通を歩きました。この道は京都駅から真っ直ぐに延びていないので、京阪五条駅からスタートです。麩屋町通は狭い道です。

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 私の興味は、一軒の表札に留まりました。

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 横書きで「あ左多"」、縦書きで「阿左多"」とあります。右上の表札には、一般的なごく普通の漢字二字で苗字が表記されています。変体仮名で書かれた二種類の文字を見ると、最初の文字の「あ」と「阿」で、異なるものが掲げられています。日本の文字表記が融通無碍であることを感じました。

 この麩屋町通を歩いて四条通に出ると、すぐ目の前には妻がよく行く生地屋さんのノムラテーラー四条本店があります。

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 私のノートパソコンを入れる袋は、今月から長年使ってきた「ウルトラマン」から『百人一首』の絵柄に変わりました。

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 『百人一首』の生地はこのお店でやっと手に入れたもので、パソコン入れは妻が作ってくれました。これであと数十年は持ち運べます。
 今日もカバンを作るのだと言って、大量に生地や裏地をいただいていました。
 妻の五畳の部屋は、生地で溢れています。ウイリアムモリスのデザインやリバティプリントの生地を集めています。25年前の銀婚旅行でイギリスのコッツウォルズ地方にレンタカーで行った時には、ロンドン市内のリバティ百貨店へ足を運びました。テューダー・リバイバル風の装飾が内外装に施された、格式高いバルコニーの店内を満喫しました。何枚か生地をいただいたようです。しかし、日本のリバティの方が格段に品質はいいと言っていました。

 我が家は、私の本と情報処理機器、そして妻の布地で溢れています。




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2025年02月12日

京洛逍遥(918)一休温泉で不自由な足腰をほぐす

 この前に一休温泉へ行ったのは2019年の4月だったので、宇治に転居してからは初めてとなります。6年近くも行っていなかったのです。下鴨から宇治に移ったことで近くなったはずなのに、かえって遠いと感じるようになったようです。
 2023年5月には、駅の反対側にある一休寺へは行っています。

 一休温泉に初めて行ったのは、2018年4月でした。「京洛逍遥(486)上方温泉「一休」京都本館でお花見」(http://genjiito.sblo.jp/article/182878766.html)に詳しく書いていますので、ご笑覧を。

 近鉄新田辺の駅前では、かわいい一休さんが出迎えてくれました。

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 1時間に1本のバスで温泉前まで行きます。
 温泉の入口の雰囲気も、以前とまったく同じです。

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 時間が止まっていたかのように、7年前と何も変わっていません。
 タイムスリップしたかのような、不思議な気持ちでゆったりと湯につかり、足腰の血行がよくなるように身体のリフレッシュに専念して来ました。露天風呂は2つありました。少し匂いが感じられるものの、サラッとしたお湯で、リハビリと気分転換には最適な温泉でした。




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2025年02月11日

京洛逍遥(917)大階段から空中広場へ

 京都駅上の大階段を登ってきました。2往復するつもりでした。しかし、最初の登りで息が上がったので、上で休憩をして息を整えました。そばに小鳥が来て、愛想を振りまいています。

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 そのまま階段を下り、今日は終わりにしました。2往復はまたの機会にチャレンジします。

 東側の空中広場に行く途中に、だだっ広い休憩所があります。

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 駅の南側の市街を見ていると、真向かいの JRのホームを新幹線が行き来しています。気持ちのいい場所です。
 すぐ横には、コンセント付きのテーブルもあります。

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 パソコンやスマホの充電など、何かと助かる休憩所となっています。
 大階段の反対側にあたる東の空中広場に来ると、駅の様子が違った角度で楽しめます。

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 過日、ここの紹介はしたので、以下省略です。

 帰りに、京都駅の南北自由通路にある JR西口の改札口前のお土産物屋さんには、大きな看板が掲げてあります。ここに「亰」と大きく書いてあることは、あまり知られていません。

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 大阪では、昭和40年代に、「近鉃百貨店」と掲げてあることにPTAから苦情が出て、「近鉄百貨店」に書き換えられたということがありました。この京都駅の場合、このまま「亰」で通してもらいたいものです。

 手元のコンピュータが新しくなり、今日はその第一便です。違和感なく、システムも移行できました。写真などの処理が速くて快適でした。




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2025年02月02日

京洛逍遥(916)相国寺の承天閣美術館と藤原定家の墓

 京洛では、今日2日は至るところで節分の豆まきをしています。どこへ行こうかと思いながら、結局は相国寺の承天閣美術館にしました。
 「禅寺の茶の湯」展のU期の最終日です。ようやく間に合いました。去年の秋から、近くを通りながらも今度また、と思ってやり過ごしている内に今日になってしまいました。
 相国寺の境内に入ると、禅寺であることを実感します。

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 美術館の入り口には、大きなポスターが垂れ幕となって掲出されています。左横の乙女像と、やや違和感があります。これも、この美術館の味でしようか。

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 さまざまなお茶道具に圧倒されます。落ち着いた雰囲気で、説明も適度で、学芸員の方のセンスのよさを感じました。
 第二展示室の「92U 智忠親王和歌懐紙 一幅 紙本墨書 江戸時代 17世紀 慈照院蔵」で、気になる字がありました。

富士山

志ら【雪】乃
堂えま耳
そ連とみえし
よ里

   め可れ努
   ふし能【高根】
   な介利

とか書かれています。その最後の行の翻字は「なりけり」でした。しかし、私は字母を大切にして「な累介利」と翻字するので、「り」ではなくて「累(る)」としたいと思います。文法的に違和感があります。しかし、書かれたままの文字の翻字では、「累(る)」となるはずです。
 写真が撮れないので、いつか確認ができたらと思っています。


 見終わってから、敬意を表して定家の墓にもうでました。

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 なお、定家の墓については以下の記事で詳しく紹介していますので、参照願います。

「京洛逍遥(735)『都名所図会』(2)相国寺と藤原定家の墓」




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2025年02月01日

京洛逍遥(915)須賀神社と聖護院の節分祭

 京大病院へお見舞いに行く用事があったので、すぐ近くにある須賀神社と聖護院の節分祭に立ち寄りました。
 例年は2月3日が節分です。しかし、今年は暦の関係で2月2日です。
 今日、2月1日は土曜日ということもあり、多くの寺社で節分の祭りがありました。

 須賀神社は初めてお参りします。すぐ向かいの聖護院の御旅所が現在の須賀神社の地にあったようです。

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 黄色の水干を着て烏帽子に覆面姿の懸想文売が、懸想文が付いた梅の枝を持って、参拝者に懸想文を売っていました。

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 枝に付けられている札には、次の文が書かれています。

「此の文を求めて鏡台や箪笥の引出しに人に知られないように入れておくと顔かたちがよくなり着物がふえて良縁があると言はれております」

 須賀神社の境内は長蛇の列。奉納舞と豆まきがあるためです。しばらく並んでいました。しかし、列がまったく動かないので諦めました。そして、向かいの聖護院へ移動しました。

 聖護院の追儺式と福豆まきは、明日2日です。しかし、鬼さんがいたのでお参りしました。最初にいた鬼さんは、愛想よく写真に納まってくださいました。

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 境内の赤鬼さんはサービス精神旺盛で、背景がいいところに立ってくださいました。

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 境内で福豆をいただきました。

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 福豆の袋に記されていた文章を引きます。

  聖護院「福豆」
 節分には各ご家庭でも「鬼は外、福は内」と豆をまく風習がありますが、当院の節分会・追儺式では、鬼に向かい豆をまき、ご真言を唱えることで鬼が改心し、福男福女と同じように皆様に福豆を授ける良い心の鬼 「福鬼」となります。
 これは、宗祖役行者が前鬼後鬼を改心させた故事になぞらえます。
 普段の行いを反省し、良い行いをしようと心がける私たちの姿と同じではないでしょうか。
 当院の福豆は福鬼の色でもある赤、青、黄の三色の豆を添え皆様の厄除開運を本尊不動明王にご祈願しております。
どうぞ一年を健康にお過ごしください。
              本山修験宗 総本山 聖護院門跡

 京大病院へ行く途中で、町内会の方が餅つきをしておられ、ぜんざいもありました。しかし、ここも並んでおられたので写真だけで失礼しました。

250201_餅つき.jpg


 昨秋以来、親族が肺の移植手術に成功して入院しています。再来週には退院とのことなので、お見舞いに行きました。病室も、何度も私がお世話になった積貞棟の一般病棟に移られ、声も出るようになって元気でした。後は自宅での養生なので一安心です。
 手術を担当された先生はこの分野では先導的な功績のある方です。この3月で定年となり、後はアメリカに渡って現役を続けられます。諦めそうな気持ちを奮い立たせて最後に辿り着いた先生との出会いで、命を助けていただけたのです。幸運でした。

 今日はいつもと違う東大路通から入ったので、これまで写していなかった方向からの写真をあげます。
 左端が南病棟、その右隣が積貞棟、右端が外来棟です。

250201_京大病院.jpg 



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2025年01月15日

京洛逍遥(914)四条通の神乃珈琲とノムラテーラーのこと

 300年以上の歴史を持つ大丸京都店の東側、高倉通に面した神乃珈琲は、ゆったりとした雰囲気のカフェです。四条通りの Apple 京都のすぐ裏にあります。ソファーの座り心地や、店内の開放的な雰囲気がいいので気に入っています。出町柳のコーヒーハウス マキと共に、私が好きなお店です。イノダ コーヒーは、最近は行かなくなりました。
 今日は、神乃珈琲でのんびりしてから、ブラブラと四条通を散策です。

 四条通を河原町に向かって歩き、妻が通りかかると必ず行くことになっている生地屋さんのノムラテーラー京都本店で、前から探していた柄と出会えました。平仮名を配したものと百人一首の柄は、これまでにもお店に何度も問い合わせていました。それがやっと、お店に並んだのです。しかも四種類も。

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 「いろは歌」の仮名文字をあしらったものが色違いで二種類、『百人一首』のカルタが二種類です。このうち、百人一首のカルタを散らした布地(右上)で、ノートパソコンを入れて持ち歩く袋を、妻に作ってもらうつもりです。

 2人の男の子が幼稚園の頃に引き継いで使っていたウルトラマン柄の布袋を、用済みになってから妻にノートパソコン用に仕立て直してもらいました。何度か手直しをして、それを、もうかれこれ30年近く大事に持ち歩いています。

250115_カバー.jpg

 この袋に最初に入れたのは、1997年に登場したソニーのノートパソコン「VAIO NOTE 505」です。初期のフルセットを、今でも大切に保存しています。その後、2000年初頭に、Appleのノートパソコンが出たので、ソニーとAppleの両刀遣いからAppleだけになりました。デスクトップはすべてAppleのMacintoshを複数台使っており、不便なWindowsに飽きていたためもありました。いろいろな Appleのノートパソコンの機種が、長い間全国を移動しました。この袋も、もうボロボロです。ノートパソコンの大きさも厚さも様変わりしたために、今では大きさがまったく合っていません。
 これを機会に、『百人一首』を散らした和風の古典柄に模様替えをしようと思います。
 後の三種類は、持ち運び用の電源やケーブルやアダプタを入れる小物入れに使うことになります。




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2025年01月05日

京洛逍遥(913)下鴨神社へ初詣の後は下鴨貴船町へ年賀のご挨拶に行く

 体調がよかったので、下鴨神社へ初詣に行きました。今の宇治に来るまでは、自宅近くの下鴨神社が氏神さまだったので、散策の折々に、また自転車で京大病院に通院する途中に立ち寄っていた勝手知ったる所です。

 表参道に向かって歩いていると、秀穂舎の手前で初めて見る敷地に足を留めました。
 昨年より、御本宮末社の一つとして天神宮御再興の事業が始まっており、私はその姿を本日初めて見ることになったのです。今後のこの場所の変化を楽しむためにも、この時点での写真を掲載します。

250105_天神宮社.jpg

 祠の前に立つ「天神宮社」に関する説明板には、次のように書いてあります。

この地には、通称、天満宮と呼ばれるお宮さんがありました。下鴨村の人々は「天神社」や「天神さん」と呼んでいました。明治時代初頭まで、この参道脇には、下鴨神社の学問所の先生たちが住んでいました。この場所には、講釈師の源流となる神道講談の玉田永教(一七五六−一八三六)のお屋数がありました。永教は、庶民に講談という形で、神道や神話について、全国を説いて回りました。元々は、大阪の露天神近くに住んでいたことから、邸内社として天満宮を祀ったと伝わっています。しかし、明治初年からの明治新政府による様々な神祇制度改革の影響で、永教の孫である三矢田清三郎(弘文)は大阪に戻り、講釈師玉田派を創設し玉田玉枝斎として上方講釈の礎を築きました。天満宮は、その後、天神宮と合祀され、下鴨神社の旧社家たちは、「天神宮社」称し(ママ)、「天照大御神」と「天満宮」をを(ママ)お祀りしていました。なかでも、比良木社のお火たきには、学問所の秀穂舎の子供たちが 日頃勉学した習字を献書し、今日まで続いています。令和十八年度に斎行される第三十五回式年遷宮事業の一つとして「天神宮社」がご再興されます。


 さらに進んで、表参道に入った所、河合神社に行く手前の紅葉橋でも足が留まりました。
 かつて、この近くにあった唐崎社は、御手洗池の氏神の御祓いの神であり官祭の解除の社だったそうです。その場所に、第三十四回・式年遷宮事業の一環として、無社殿神地であった「唐崎社紅葉橋遥拝所」が復旧整備されたのです。御手洗池に発する御手洗川に続く楢の小川がさらに南下すると瀬見の小川となり、そこに架かる紅葉橋に佇むと、眼下に鴨と鯉が優雅に泳いでいるのが見られました。これも吉祥と、写真に収めました。

250105_鴨と鯉.jpg


 下鴨神社は変わらない威容を見せています。

250105_下鴨神社.jpg


 境内の輪橋の前の光琳の梅は、まだまだ固い蕾です。

250105_輪橋と光琳の梅.jpg


 本殿は長蛇の列だったのでパスし、約3年前まで10年住んでいた下鴨貴船町に向かいました。
 いつも買い物に行っていたスーパーは、新しくなっていました。
 この地域に立ち寄ったのは、かつて住んでいた家の向かいにいらっしゃったご主人が、交通事故のために年末でお店を畳まれたので、年始のご挨拶と労いを兼ねて行ったのです。ご主人のお店に行ったことは、以下のブログに書いています。

「京洛逍遥(866)東寺弘法市の帰りに知り合いのお好焼屋さんへ」

 お元気なお姿を見て安心しました。売れっ子のモデルさんだった奥さんも出てこられ、さらにはお嬢さんやそのお子さんたちとも逢いました。かつての話や最近のことを、立ち話ながら楽しくしました。
 私たちが住んでいた家の玄関先の植栽には、旦那さんが時々水を撒いてくださっているそうです。いつもきれいな花を見せてもらっていたので、長年の感謝のつもりで、とおっしゃっていました。球根もまだいろいろと植わっているので、今年もきれいな花が咲くことでしょう。

 歩いて元来た道を下鴨神社にとると、途中のバイカルという有名な洋菓子屋さんが新装となっていました。昨年の11月に全面的にリニューアルとなったそうです。お誕生日や記念の日にはよくケーキをいただいていたので、これもご縁と新しく開発なさった抹茶のクッキーをいただきました。

 下鴨神社に再度戻ると、あれだけ長蛇の列を作っていた境内が、夕刻ということもあり少なくなっていました。ゆっくりとお祈りをし、たくさんのお願いをしました。楼門の外で妻と一緒に甘酒をいただき、のんびりとここの氏子だった頃の思い出話をしました。今も下鴨神社の崇敬会に加入しているので、折々にお下がりをいただいています。娘は、ここで結婚式を挙げました。下鴨茶寮の食事が絶品だったことは、今も記憶に新しいことです。

 京阪の出町柳駅で、来る時に帽子を車内に忘れて降りたことを申し出ると、実に手際よく探してくださいました。ICカードからその降りた時間を割り出し、乗っていた電車を特定し、いろいろと調べてくださったのです。そして、届いている忘れ物の写真を見せてくださり、これですか、と名探偵ぶりを発揮してくださいました。それです、と答えると、今はこの終点の出町柳駅ではなくて、始発駅の淀屋橋駅にあるとのこと。ちょうど私は、来週11日(土)に淀屋橋にある大阪府立中之島図書館で『源氏物語』と『百人一首』の講座があるので、その日まで保管しておいていただけないかとお願いしました。すると、電話でいろいろと折衝してくださり、11日には淀屋橋駅の手前にある京橋駅に移っているので、そこへ行けば受け取れるように手配をしていただけました。助かりました。懇切丁寧で親切な対応に感謝します。

 年末には、東京の銀座でカードケースを失くしました。しかし、それも警察(しかも警視庁)経由で手元に戻ってきました。こちらの不注意とはいえ、年末と年始に多くの方々の細やかな心遣いをいただき、安心して暮らせる日本の良さを体感することとなりました。いろいろな方々に感謝です。

 なお、過去にも似た体験を記事にしています。よろしければ、ご笑覧を。

「元日の落とし物が無事に見つかりました」




posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年01月03日

京洛逍遥(912)東寺へ初詣

 奈良にいる息子と待ち合わせて、東寺へ初詣に行きました。料理人なので、年末年始はずっと仕事で、やっと休みがもらえたとのことです。

 東寺では、鷺が迎えてくれました。

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 予想外に人出が少なかったので、インフルエンザのことが気がかりな折に助かりました。

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 弘法大師の御影堂で今年の家族の平安を祈り、食堂で色鮮やかな十一面観音に家族の健康をお願いしました。食堂の観音さまは、千手観音が焼損したために昭和8年(1933年)に替わって安置された観音さまです。今回、あらためてお姿をじっくりと拝見しました。

 境内では、かわいらしい猿が曲芸の最後に八艘飛びを見せてくれました。

250103_猿回し.jpg


 年末には、北野天満宮で別の猿回しの八艘飛びを見ました。大道芸が復活したようです。場が盛り上がるので、この傾向は大歓迎です。もっとも、動物愛護の観点からは異論が出そうですが。

 なお、箱根駅伝では、母校國學院大学は最終的には3位でした。往路では思いに任せぬことがあっても、復路での粘り強さには元気をもらいました。諦めないで、目標に向かってコツコツとひたすら進むことの大切さを、今回の結果から教えてもらいました。




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2025年01月02日

京洛逍遥(911)八坂神社へ初詣

 箱根駅伝の往路の結果がわかってから、八坂神社へ初詣に出かけました。
 私の母校である國學院大学は、昨年は出雲駅伝と全日本大学駅伝で優勝しています。この箱根駅伝で優勝すると、史上5校目となる学生駅伝3冠達成です。しかし、往路が6位に留まり、1位の青山学院大学と5分26秒の差は、復路での逆転優勝が難しいと各紙が報じています。何事もやってみないとわからないので、明日のレースが楽しみです。

 八坂さんにお参りする前に、すぐ近くの祇園小石で休憩しました。2階の壁には、百人一首の和歌や歌人の絵姿などを描いた作品が飾られていました。六歌仙を紹介します。

250102_祇園小石の36歌仙.jpg


 祇園花月の前で、今月の出演者のスケジュールを確認しました。地域の集会所には、吉本の元座長のお母さんが来ておられるので、その出番の日がいつかを知りたかったのです。中旬のようです。微妙な日なので、行けたらいいのですが。

 八坂神社は多くの初詣客で大混雑していました。

250102_八坂の楼門.jpg

 かわいい絵馬が飾られていました。

250102_八坂の絵馬.jpg

 昨日の宇治上神社に続き、この八坂神社でも今年の身心の平安を祈ってきました。




posted by genjiito at 20:09| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年01月01日

京洛逍遥(910)宇治上神社へ初詣

 新年の仏壇の中は、両親への供物が一杯でお雑煮が目立ちません。今年は息子が来られなかったこともあり、妻が作ったお節から選んだものを並べています。

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 初詣は、今の住まいの氏神様である宇治上神社です。京阪観月橋駅まで歩いて行き、そこから電車で宇治駅で降ります。
 昨夏から気になっていた、京都アニメーションの大火災で犠牲になられた方々を慰霊する碑が宇治駅に隣接する「お茶と宇治のまち歴史公園」に建ったので、そこに足を運びました。

250101_慰霊碑.jpg

 その前にある碑文を引きます。


夢と情熱を人から人へ

アニメーションを通じて果てしなく広がる夢
1本の線を描くのにも長年培った技術と深い想い
子どもたち、そしてすべての世代に届く確かな映像と物語
ここ、宇治・京都から世界に向けて発信していく
私たちの途切れることのない未来への羽ばたき

この碑は、2019年7月18日、京都アニメーション第1スタジオで発生した事件で
亡くなられた36人、一人ひとりの志を36羽の鳥に託し、長く記憶に留めるため、
仲間、家族、応援してくださる方々により建立されました。
                           2024年7月 建立


 その後ろにある交流館「茶づな」では、宇治に関係することから「光る君へ」の「大河ドラマ展」をしていました。『源氏物語』の作者は紫式部だとは考えない私は、いまいち気が進まないままに覗いてみました。すると、宇治市民は無料だとのことだったので、それならと入ることにしました。
 直衣や袿の衣装や、手紙文や写本などの小道具は、考証がかつての同僚や知人によるものだったこともあり、興味深く拝見しました。
 展示資料の中に、「藤原道長の頃の宇治(想像図)」があったので、いまの地形との違いをじっくりと見ました。その説明文も、文字起こしをして掲載します。

250101_平安の宇治.jpg

 道長の時代の宇治(西暦1000〜1020年頃)が、どのような景観にあったのかは、自然景観は別にして、実のところよくわかっていません。史料が少なく謎が多い時代なのです。今回の復元イラストは、この謎に挑戦したもので、宇治市の発掘調査成果をもとに今までとは違ういくつかの新しい景観を書き込んでいます。
 まず、@宇治川は現在の宇治橋下流でいくつかに分流し巨椋池に同化していました。A川中には網代が設けられ、夏には鵜飼も行われていました。B宇治津もこの辺りにありました。C宇治川の先にはたくさんの島があり、人々の、暮らしもありました。槇島もその一つです。Dこのころ宇治橋は、上流の浮島十三重石塔あたりに架けられていたと考えられます。E本町通り(奈良街道)が真っ直ぐ橋まで伸びていました。道筋には町家や神社などが建ち庶民の生活がありました。現在の宇治橋通りはこれより300年ほど後に作られたことが分かっています。
 Fこの橋の西岸北側に道長の宇治別業がありました。平等院の場所です。川岸の現在の観音堂あたりに寝殿が作られていました。建物の形はこの寝殿を転用した平等院本堂の形を資料から復元しています。園池は鳳凰堂が立つ阿字池と同じです。G対岸には離宮社があります。史料から付近に別業があったことが分かります。H字治の市街地にも別業の存在が発掘からわかっています。その周りには、使用人たちの家や民の暮らしがあったと思います。I本町通りの西の端には一之坂があります。宇治の西の境とされる場所です。


 宇治橋の袂の通園でお茶をいただき、さわらびの道から宇治上神社へ向かいました。

250101_宇治上神社.jpg

 手前の宇治神社(重要文化財)は長蛇の列だったのに反して、宇治上神社(国宝)の方は少なめでした。やや奥まった所にあるので、宇治川に近い宇治神社をお参りしてお帰りになる方が大多数のようでした。歴史的にも文化的にも大切な神社である宇治上神社に足を運ばない方が多いのは、もったいないことです。

 平等院の表参道と宇治橋通りは、ほとんどのお店が正月休みだったために、穏やかなお正月風景となっていました。




posted by genjiito at 20:49| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年12月31日

京洛逍遥(909)大晦日は宇治天然温泉「源氏の湯」で気分一新

 今年も大晦日が来ました。
 この一年も、いろいろなことがありました。
 何はともあれ、無事に一年が過ごせたことにホッとしています。
 支えてくださった多くの方々のおかげです。
 ありがとうございました。

 この一年の締め括りの日に魂を再生させるために、夕方から近くにある宇治天然温泉の「源氏の湯」へ行ってきました。
 毎年行っていたのに、今年2024年は一度も行っていませんでした。
 お正月を控えて、門松が飾られています。

241231_源氏の湯.jpg


 年末にも拘わらず、満員でした。
 廊下には、徳川美術館所蔵の国宝源氏絵「東屋(一)」が飾られています。

241231_G絵50東屋1.jpg

 これは、二条院の一室で中の君が浮舟に物語絵を見せ、右近が詞書きを読み上げている場面です。
 この絵が、ずっと微妙に歪んで掛かっていることが気がかりです。
 また、この絵の説明もありません。
 この源氏絵が飾られていることに関する私見は、「京洛逍遥(819)若者が多い宇治天然温泉「源氏の湯」」(2023年01月03日、http://genjiito.sblo.jp/article/190049135.html)に縷々書いていますので参照願います。

 これまでに「源氏の湯」に入った時の7本の記録は、以下の記事で一覧にしています。
 「京洛逍遥(833)源氏の湯でリフレッシュ(付・記事一覧)」

 帰りには、すぐ横にある回転寿司屋のくら寿司に寄って、小腹を満たしてきました。私は、デザートが豊富なスシローよりも、このくら寿司の方が落ちついていただけるので好きです。消化管を持たない私は、4皿が限界です。それをゆっくりと時間をかけます。スシローでは、なぜか落ちつかないのです。

 今夜は、これから年越しそばをいただきます。
 明日から2025年。
 穏やかな日々が送れることを願って、新年をお迎えすることにします。
 多くのみなさまに、またお世話になり、助けられながらの毎日が続くことでしょう。
 どうぞ、これまでと変わらないお付き合いのほどを、よろしくお願いいたします。




posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年12月29日

京洛逍遥(908)富小路通を四条通まで歩く

 曇天の下、富小路通を歩きました。枳殻邸(渉成園)から北へ延びる富小路通のことは、すでにその左(西)を走る柳馬場通・堺町通・高倉通の時に触れました。東西に走る五条通の南側に高倉通と富小路通が南北に走っています。その2本の通りが五条通を渡ると、その間に柳馬場通と堺町通が通るようになるのです。
 今日は、五条通から富小路通に入りました。狭い道です。

241229_富小路.jpg

 この富小路通の東側、五条大橋の袂に大田垣蓮月の歌碑がありました。蓮月(1791年〜1875年)は、江戸時代後期の女性歌人で、富岡鉄斎の援助をしたことで知られています。時代祭の行列にも登場する有名人でもあります。

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あ須もきて
   三んと
 【思】へ八
     【家】つと二
【手折】も
    をし起
 【山】さくら
     【花】

 富小路通を歩いていると、マンションの名前に「大耋」と漢字で表記されている所で足が留まりました。私には読めません。

241229_コーポだいてつ.jpg


 スマホで調べると、「耋」は音で「てつ」と読み、「年老いた人」の意味だとありました。「だいてつ」と読むようです。こんな漢字が普通にスマホで表示されることに驚きました。

 錦市場は、観光客で大混雑です。

241229_錦市場.jpg


 毎年、年末に来るので、今日もお正月用品として京麩をいくつかいただきました。毎年手に入れて使う、油で揚げると花開くお飾りの「開花宣言」(吉野葛の素麺)は、どこにも見つかりませんでした。

 錦市場から少し北の小路に入ると、京都弁で書かれた臨時休業の札を見つけました。気持ちが和みます。

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 楽しい新年にしましょう。




posted by genjiito at 22:16| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年12月28日

京洛逍遥(907)明治天皇と桓武天皇の御陵を歩く

 集会所にお越しのIさんご夫妻から、桃山御陵前駅から東に歩いて明治天皇陵へ行くコースは、リハビリにちょうどいい場所だと教えていただきました。御陵があることは知っていました。しかし、いつかまた、とパスしていました。
 今日はポカポカと暖かく、風も穏やかだったので出かけました。
 緩い坂道を歩いて行くと「明治天皇陵 昭憲皇太后陵」の道標があり、そこからまた木立の中を黙々とウォーキングとなります。

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 途中で、「伏見城石垣に使用されていたと思われる石材 宮内庁」という場所が2箇所ありました。

241228_石垣.jpg


 同じ石材は、桃山御陵前駅からすぐの御香宮神社の境内にもあります。

 広々とした所に明治天皇陵がありました。ここを管轄する事務所には、宮内庁書陵部の看板が掲げられていました。何度も調査や資料を借りる手続きで行った、皇居の中にある書陵部がこの御陵を監督していることが意外でした。よく考えると納得できるのですが。

241228_明治天皇陵.jpg

 昭憲皇太后の伏見桃山東陵は少し離れていたので、今回は回りませんでした。
 また、この明治天皇陵から南に向かって延びる伏見桃山陵大階段は、ここに来るまでに体力を使ったので、この次にしましょう。この階段を降りた先は、京阪の桃山南口駅になり、その近くを宇治川が流れています。

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 道を引き返し、桓武天皇の御陵への参道に入ります。

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 正式には、桓武天皇柏原陵と言うようです。柏原陵は「かしわばらのみささぎ」と読むことが、調べてみてわかりました。これは、「かしはら」とか「かしわら」とも読むので、知らないとわからない読みです。

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 桓武天皇は、延暦13年(794年)に平安遷都により平安京を開いたことで知られています。私も関係する時代のことを勉強している身でありながら、ここに陵墓の一つが推定されていることは知りませんでした。なお、明治28年(1895年)に平安遷都1100年を記念して、平安神宮が桓武天皇をご祭神として建てられました。

 帰りは、いつもよく利用する丹波橋駅まで、お店がまったくない通りをノンビリと散策しました。





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2024年12月25日

京洛逍遥(906)京都駅でガレ展を観てから北野の終い天神へ

 京都駅伊勢丹の中にある「美術館えき」で開催されている「没後120年 エミール・ガレ展 美しきガラスの世界」を観に行きました。植物をあしらった作品が多く、花好きの妻は大喜びで長時間魅入っていました。
 説明では、「19世紀から20世紀初頭のヨーロッパで花開いた「アール・ヌーヴォー(新しい芸術)」。その中心的人物として、ガラス工芸を芸術の域にまで高めたのが、フランスのガラス工芸家エミール・ガレ(1846-1904)です。」とあります。
 ガレは植物学者であり、1889年、1900年のパリ万国博覧会ではグランプリを受賞したそうです。
 ジャポニズムの影響を受けた作品が何点かありました。明治の初期に、ガラス工芸の世界でも日本美術が海外で理解されていたことは、大いに誇れることです。

 観終わってから、バスで北野天満宮の終い天神に行きました。すでに、来年の干支である蛇の絵馬が掲げられています。

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 本殿横のお札売り場で、「ぼけ封じ 無病息災 足腰健康」というお守りを見つけました。まさに、我が家に必須のお守りです。

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 左右を折り取り、右の板の裏に願い事や名前を書いて奉納し、左の紐が付いている方はお守りとして持ち歩くというものです。

 今日25日は、天神様の今年最後の縁日のため、千店近くの出店で賑わっていました。
 ガレの作品かと見まごうばかりのガラスの骨董品が目につき、結構楽しい古物巡りの散策となりました。ただし、収穫はなし。妻は、いつものように手提げ袋を作るための帯地探しに走り回っています。

 境内では、猿回しも楽しみました。この女性の方は、天神さんには初めての出演だそうです。お猿さんの八艘飛びは、みごとに成功しました。明るくて楽しいパフォーマンスでした。この建物の周りには、三十六歌仙の扁額が掛かっています。いつか、その文字を紹介する予定です。

241225_八艘飛び.jpg

 そういえば、今春、東京の上野公園で猿回しを見ました。先月21日の東寺での弘法市でも、境内で猿回しをしていました。先週21日の終い弘法は、キャンパスプラザ京都での源氏講座と重なったために行けませんでした。猿回しはしていたのでしょうか。日本の伝統的な街頭芸として、ぜひ各地のお祭りで参拝客を楽しませてほしいものです。




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2024年12月16日

京洛逍遥(905)早朝の鴨川散歩とグリーンカフェで身心の体操

 洛中での朝は、東山の日の出とともに目覚めました。
 昨夜と同じ京大病院を望む、早朝の景色です。

241216_京大病院.jpg

 『枕草子』で清少納言は、「冬はつとめて」と書いています。冬は早朝がいいと言っています。
 久しぶりに、明け方の鴨川散策をしました。
 鷺が群れ集っていました。朝ごはんの最中なのでしょう。

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 三条大橋から北山を望むと、欄干の隙間から群れ居る鷺たちの姿が見えます。
 遠方の右手奥には、少し雪を被った峰が見えます。

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 自宅へ帰るとすぐに、地域のみなさまとの交流の場であるグリーンカフェでボランティアのお手伝いです。

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 今日は、コーヒーをいただきながらクロスワードパズルと間違い探しをしました。クロスワードパズルは植物がテーマのもので、専門的な単語が求められたので相当難易度の高い問題でした。私は、半分ほどしかわかりません。逆に、間違い探しはいつもよりも簡単過ぎたので、すぐに終わりました。
 続いて専門の方による指導の元、ストレッチと身体を温める体操です。身体を温める食べ物や、筋力をアップする体操も教えていただきました。冬場を乗り切るための知恵を、いろいろと話してくださいました。
 今年も早いものであと2週間。
 毎日を大切にして、身体の養生に努めましょう。




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2024年12月15日

京洛逍遥(904)〈第5回 平安文学散策〉を満喫する

 午後1時に京都御所の北入口にある今出川御門に集合し、斜向かいの冷泉家の表門前に行きました。薬医門屋根の両隅に置かれている阿吽の亀(玄武)を見ました。今回のコースは、キャンパスプラザ京都での勉強仲間である佐藤さんのプランニングです。説明も、プロ並みの名ガイドで始まりました。

 猿が辻の前にある駒札には、心憎い仕掛けがあることを知りました。各所に配された四角い小さな浮絵を擦って集めると、四季折々の絵が出来上がるのです。秋までは紅葉だったものが、今度は梅に変わったようです。楽しい粋な遊び心です。

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 石薬師御門を出て寺町通を下ると、藤原定家一条京極第跡があります。

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 さらに南下すると、先日挨拶をしておいた清浄華院です。藤原道長の法成寺推定地で出土した礎石を見ました。

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 そして、先週公開されたばかりの道長の肖像画を拝見しました。
 軸装にされた肖像画の前に置かれた説明文を引きます。

藤原道長公 入道の肖像
           二〇二四年奉納 中田文花画
 当院には藤原道長公が晩年出家して建立した「法成寺」のものとされる「礎石」が安置されています。権勢を極めた道長公が建立した法成寺は豪壮華麗な寺院でしたが、少なくとも十五世紀には廃絶し跡形もなくなってしまいました。ところが二〇二一年末に法成寺跡地の工事現場(府立医大病院南)より巨大な礎石が出土し、供養のため当院に納められました。
 これに因み、二〇二四年十二月当院に奉納されたのがこの肖像画です。篤志者の寄進により、日本画家・中田文花師が制作されました。道長公の出家後の姿は『石山寺縁起絵巻』の一場面などしか伝わっておらず、国宝『源氏物語絵巻』、『紫式部日記絵巻』、『天子摂関御影』などを参照しつつ、入道姿の道長公を描かれました。また像上には研究に基づいて復元された法成寺の伽藍の様子を白描で描いています。
 画面上部の画讃は『栄花物語』に法成寺阿弥陀堂の阿弥陀如来像を讃える言葉として引用されている「十二礼」の一節を当院法主飯田実雄台下が揮毫されました。

 軸装の肖像画は、残念ながら写真撮影ができませんでしたので、ここでは御朱印に描かれた肖像画を掲載します。

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 廬山寺では、境内にある紫式部と大弐三位の歌碑の横で、寒桜が咲いていました。

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 梨木神社は、『源氏物語』の「空蟬」巻や「花散里」巻に出て来る中川の候補地として知られています。色とりどりの黄葉や紅葉を楽しみました。

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 清和院御門から京都御苑にまた入り、藤原道長の土御門殿跡を確認しました。「望月の歌」が歌われた舞台だとも言われています。佐藤さんの名調子は圧巻でした。

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 鴨沂高校の北に立つ法成寺址は、道長創建の京極御堂があった所です。

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 定家の京極邸跡は、墨の古梅園の隣に建っています。

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 寺町通が二条通にぶつかる所から西に向かいました。江戸時代に薬屋さんが軒を連ねていた通りだそうです。
 そして、今回の終点である藤原定子二条宮跡に至りました。この顕彰碑は、今年の8月に建立されたばかりです。

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 然花抄院で、甘味やコーヒーをいただきながら一休みしました。話に華が咲き、1時間半も語り合いました。
 清浄華院の道長の肖像画と定子の顕彰碑は、まだ京都のガイドブックには掲載されていません。絶妙のタイミングでの平安文学散策となりました。
 マニアックともいうべき、至れり尽くせりの解説を聞きながら、自由気ままな散策となりました。私が知らなかったことをたくさん話の中に盛り込んでいただき、有意義な半日となりました。佐藤さん、ありがとうございました。

 今日は、鴨川越しに京大病院を望む所に泊まっています。部屋のすぐ前には、鴨川が流れています。折しも、満月。この近くに十年以上住んでいました。しかし、このシチュエーションでの夜景は始めて見るものです。京都のさまざまな姿を堪能しています。

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 今日の歩数は、14,440歩でした。楽しかったせいか、疲れはまったくありません。




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2024年12月02日

京洛逍遥(903)宇治の興聖寺へ紅葉狩

 興聖寺の紅葉を待っていました。今年は遅く、やっと色付いたということなので行ってきました。
 京阪電車で行くと、車中には京都アニメーションの人気作品である「響け!ユーフォニアム」の登場人物に見詰められます。何となく居心地が悪いのは、世代が違うからでしょうか。

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 京都アニメーションの36人が、無慈悲な放火によって犠牲になられました。その慰霊碑が、京阪宇治駅近くの「お茶と宇治のまち歴史公園」に、今年の9月に設置されたとのことです。しかし、京阪宇治駅を降りると、行きたい宇治橋方面とはまったく逆に戻ることになるので、また今度と思いながらいつも行かず仕舞いになっています。申し訳ありません。

 宇治川沿いを川上に歩くと、朝霧橋が紅葉の背景に見えてきます。

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 さらに興聖寺に向かって歩くと、散策路は紅葉に包まれています。

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 去年は11月22日にこの興聖寺に来ています。まだ紅葉はしていませんでした。


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 しかし、今日の興聖寺の琴坂は、輝くようにお日さまを浴びる紅葉に出会えました。いい日に来ました。

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 平等院の前では、イチョウの黄葉を中にして、色合いの妙を楽しみました。

241202_平等院の紅葉.jpg


 観光客は海外の方が圧倒的に多かったので、日本語以外のことばが行き交っています。京都の街中の雰囲気が感じられました。マナーはそんなにいい方々ではなかったので、これ以上は控えてほしいものです。
 国は観光立国を宣言したのですから、後戻りはできないのでしょう。そうであれば、お出でになる方々に、日本国内を観光するにあたっての心得を、旅行社と一緒になって真剣に話し合って迎え入れていただくように望みます。もちろん、迎える日本側の教育も重要です。リピーターとして個人でお越しになる方は、日本への思いやりが感じられて、見ていて気持ちのいい方が多いように思われます。
 このことは、かつての日本がそうであったように、団体旅行が抱える問題点ということに落ち着きそうです。





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2024年11月30日

京洛逍遥(902)京都御所の一般特別公開で詳細な説明を聞く

 京都御所の一般公開に行く前に、2週間後の12月15日(日)に実施するNPO法人〈源氏物語電子資料館〉主催の平安文学散策の集合場所に立ち寄り、写真を撮ってきました。この今出川御門を入ったところで、午後1時に集合となります。

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 御所に入るには、清所門で手荷物検査を受けた後、受け取った番号付きの入場証を首にぶら下げます。ちょうどガイドツアーが始まる時だったので、詳しい説明を聞きながら、1時間の周遊を楽しみました。

 宜秋門番所には、清涼殿の西廂の調度が展示されていました。左側が御手水の間、右側が朝餉の間です。実際に調度品を拝見すると、知識だけで知っていたことが具体的なイメージとして記憶に定着します。

241130_御手水の間.jpg


241130_朝餉の間.jpg


 紫宸殿の南面に建つ承明門の前から東山の方角に、昨日まで入院していた京大病院を見下ろす大文字山が見えます。

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 紫宸殿には、左に天皇の御座である高御座が、右には皇后の御座である御帳台が特別公開されていました。

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 清涼殿では、御帳台の帳などを夏物から冬物に取り替える年中行事の更衣(ころもがえ)の場面を再現していました。

241130_清涼殿の更衣.jpg

 小御所の半蔀に関しては、引き上げられた蔀戸の左右の下端に付けられたストッパーの役目を果たす金具に、蝉が止まっているのが確認できます。これは、掛け金を掛ける時に鳴き声がするので、今で言うセキュリティの役目があったのではないか、という説明でした。

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 御内庭の錦台の周りは紅葉がみごとでした。

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 御常御殿の南側の半蔀には、二箇所に意外な段差がついていました。説明によると、一番右側が帝のおられる位置なので、左に行くにしたがって位が低くなるために段差がつき、半蔀も下がっていくとのことでした。納得です。

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 宮内庁の職員による適切な解説を聞きながら、1時間のツアーでした。知らないことだらけの御所の話に、ひたすら聞き入る時間でした。ありがとうございました。




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2024年11月21日

京洛逍遥(901)東寺の弘法市の後は高木鮮魚店へ

 毎月21日は東寺の弘法市です。先週は川崎大師に行ったこともあり、来月の終い弘法を待つことなく、弘法さんのところへ行くことにしました。
 南大門の前で、並んでいる楽器を手にする海外の方がおられました。リコーダーを器用に吹いておられます。

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 金堂の前はテントが林立していて、活況を呈しています。ただし、「キムチ」「おでん」「玉三郎」「ビール」の4本の旗は、弘法市の雰囲気を壊しています。景観が台無しなので、多くの方が国宝の金堂と五重塔を一緒に撮る場所に困っておられました。来月の終い弘法では、楽しみにして集まっているみなさんのためにも、こうした独りよがりな旗は自粛してほしいものです。

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 海外の方が、日本の小道具をたくさん買っておられます。お土産になさるようです。大きな経机を抱えた方は、どうやって持ち帰られるのでしょうか。ケンブリッジ大学のピーター・コーニツキ先生は、船便を使ってインドで手に入れた家具を自宅に置いておられました。私は、インドから色々な家具などを持ち帰った時に、空港で4万円も取られたことがあります。

 国宝の御影堂は、お大師さまがおられるので、必ずお参りしています。4日前には川崎大師にお参りしたので、そんなことを報告しました。妻は、自分と同じ誕生日ということで、ことのほか弘法さまに親しみを感じているようです。

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 京都駅まで歩き、イオンの中の高木鮮魚店で今日は「大ちゃん握り」をいただきました。12貫もあり、いつもの回転寿司なら2、3皿で満腹の私には、倍以上の多さです。半分を妻に委ねました。

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 お店の方に、姉が阪急梅田駅の中にあるお店に行った時、板さんが以前は京都にいたと言っておられたということを伝えました。すると、僕はこの前までその梅田にいました、とのことでした。お店の方も、いろいろな交流があるようです。

 すでに今日の歩数が1万歩を越していたので、京都駅の大階段登りは辞めて、残念ながら早々に帰ることにしました。結局、今日は1万2千歩でした。




posted by genjiito at 19:30| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年11月14日

京洛逍遥(900)三天皇陵を巡った後は伏見の温泉で足腰の温浴療法

 近衛、鳥羽、白河の三天皇の御陵を巡って来ました。近鉄竹田駅から近いところに、三陵墓がかたまっています。以前、城南宮に行った時に、この前を通りました。しかし、また来るだろうと思って素通りでした。

 近鉄の線路沿いに50メートルほど南に歩くと、第76代・近衛天皇安楽寿院南陵に至ります。父は第74代・鳥羽天皇、母は美福門院。ご陵は二重の多宝塔でした。1142年に3歳で即位し、鳥羽上皇が院政を行なう中、1153年に失明、1155年に16歳で夭逝されています。ここでは、ウェブサイト「京都風光」(京都寺社案内)を参考にして記します。

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 この御陵がある安楽寿院の入口に、第72代・白河天皇と第74代・鳥羽天皇の院政の地である石碑があります。鳥羽天皇はこのすぐ北にあり、白河法皇の陵墓はここから国道を渡った西側にあります。

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 この石碑からすぐ北に、1156年に亡くなった鳥羽天皇の安楽寿院陵があります。方形堂が陵墓となっています。父は第73代・堀河天皇。鳥羽天皇の没後9日目に保元の乱が起きました。


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 油小路通を渡るとすぐに、第72代・白河天皇の成菩提院陵があります。1129年に亡くなりました。父は第71代・後三条天皇です。「賀茂川の水、双六の賽、山法師(延暦寺衆徒の強訴)は、これ朕が心に従わざるもの」(天下の三不如意)と嘆いたのは、この天皇(院)です。

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 私は、院政期にはあまり問題意識がなかったこともあり、足が向きませんでした。これで、どんな時代だったのかと、少し興味が湧きました。

 白河天皇陵から北へまっすぐに歩くと、すぐに伏見の天然温泉である力の湯に着きます。足腰がふらつく日々なので、ゆっくりと時間をかけて、出たり入ったりを繰り返す、温浴療法をしました。足腰が軽くなり、歩きやすくなったように思います。今後とも、ゆっくりと対処していこうと思います。




posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年11月13日

京洛逍遥(899)京都駅上の知らなかった空中広場を散歩

 キャンパスプラザ京都で開催しているNPO法人〈源氏物語電子資料館〉主催の「尾州家河内本『源氏物語』を読む勉強会」に関して、新年1月と2月分の部屋を予約して来ました。以下の通りです。

2025年1月25日(土)14時30分〜16時00分 第5演習室
    2月22日(土)14時30分〜16時00分 第5演習室

 参加を予定しておられる方は、スケジュールに追記をお願いします。

 なお本年は、11月23日(土)第8講習室、と、12月21日(土)第6講習室の同時間で開催することが決まっています。
 興味と関心をお持ちの方は、本ブログのコメント欄を利用して参加希望の旨をお知らせください。資料は、当日配布します。

 キャンパスプラザを出てすぐ、伊勢丹の横に階段があることに気付き、リハビリのために登っている大階段につながっているのではないかと思い、上がってみました。
 まず、手すりの太さに驚きました。

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 私の手は、親指と小指をいっぱいに広げると、ちょうど20センチあります。資料の大きさを測るときに重宝している物差しとなっています。その私の手でこの手すりを持つと、3分の1しか摑めません。握れないので、フラつきを防ぐためにしか役立ちません。バランスを崩したら、握り切れないので腕をこの手すりに巻き付けるかしがみつくしかありません。デザイン最優先であり、人が握ることなど埒外の飾り物の手すりです。
 大階段がそうであったように、この京都駅の基本構想には、健常者しか意識していない低レベルの設計の建造物であることは明らかです。高齢化社会に突入したのですから、人に優しい駅であり施設に改装してほしいものです。これを造った時代からは、大きく変わってきているのですから。

 さて、この階段を登り切ると、左手が長い通路になっていました。どこへ行き着くのか不安な思いで歩き続けると、大階段に至る階段の手前に出ました。そこから振り返ると、今歩いてきた通路が寂しくて味気ない空間として延びていることがわかります。

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 ここからまた少し階段を昇ると、大階段のスタート地点に出ます。この階段の手すりは、しっかりと手で握って摑める太さです。

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 いつものように171段の大階段を上り、最上階のテラスで呼吸を整えてから、また下りました。

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 写真を撮っておられた観光客のみなさまは、私がヨタヨタと降り切るまで待っていてくださいました。申し訳ないことです。幅広の階段であっても、真ん中にしか手すりがないので仕方がないのです。この階段はあなたのリハビリのためにあるのではないですよ、と言われれば、ご迷惑をおかけしますと平謝りに頭を下げて言う以外にありません。

 そのまま伊勢丹側の南北通路にまっすぐに降りるのではなく、先ほどの殺風景な通路をさらに東に歩いてみました。この下を、新幹線が東京に向かって走っています。それにしても、無粋な非常帯のような裏通りです。もう少し観光客が歩けるようにはできなかったのでしょうか。とにかく歩ければいい、という野蛮な発想しか感じられません。

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 すると、突然だだっ広いテラスが目に飛び込んで来ます。意外でした。ここなら、旅人は疲れを癒せます。今来た道を、西の方に振り返ります。ここを南広場と言うようです。

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 さらに東へ東へと奥に進むと、京都劇場の上あたりに出ます。また広場があり、ここは烏丸小路広場とあります。
 街角ピアノを弾く若者がいました。なかなかの腕前と見受けられます。ただし、だだっ広いだけの空間にテーブルとイスがあるだけなので、近くで聴くことができず、デッドゾーンと言うしかない、もったいないスペースです。広場と言うのであれば、もっと整備をした上で導線を考える必要があります。

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 ここは7階なので、入り組んだ狭いところにある1台しかないエレベーターで降りました。
 この駅ビルは、もっと歩き回って探索する必要がある、と感じました。




posted by genjiito at 20:57| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年11月11日

京洛逍遥(898)東山白川で宮川源氏を観てから京大病院へ

 東山白川のタッセルホテルで開催中の、宮川源氏作品展に行きました。搬入の日から数えて3回目です。

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 写本が少し乾燥してきたのか、ガラスケースの中に乾燥防止の水が置かれていました。小皿にはススキなど、おしゃれに気を配っていただけています。料紙の端が心なしか反っていたので、搬入の時に宮川さんがおっしゃっていた通り、いいタイミングで対処してもらえたようです。

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 東大路通りを歩いて、京大病院へ行きました。
 今日の大文字山は、明るい表情です。

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 診察までの時間が結構あるので、今月から積貞棟に入院している親族のお見舞いに立ち寄りました。京大でも例のない手術をするとのことです。それでも、明るい表情だったので安心しました。私は、来月この積貞棟に入院して大腸ポリープの検査をする予定なので、お仲間ですね、という変な挨拶をしてサッと別れました。

 診察は、予約時間よりも1時間遅れで呼ばれました。
 先日来の数々の検査の結果を聞きました。
 脳の断層写真を見る限りでは、新たな脳梗塞の可能性としての大きな変化は見当たらない、とのことでした。首の血管にも、詰まった形跡はないと。心臓の不整脈もなく、腰の断層写真でも下半身に特段の異常はないそうです。
 私が夏以来、しきりに訴えている右足腰がふらつくことに関しては、血圧を急に下げたために身体がその変化についてきていないためではないか、とのことでした。4月ごろに180だった血圧が、下げる薬を飲むことで8月に150にまで落ち、今は130から140の間に収まっています。

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 この血圧を下げることによる変化に身体が慣れれば、足腰もしだいに落ち着くのではないか、ということでした。
 ということで、昨夏の脳梗塞の後遺症はこの足腰の不安定さだけ、ということになります。もうしばらく、様子をみることにします。

 バスで京都駅前に出て、キャンパスプラザ京都で尾州家河内本『源氏物語』の勉強会の2月分の部屋の予約を取るために行きました。しかし、毎週月曜日が休館であることをすっかり忘れていたため、無駄足となりました。またにします。

 そこから歩いて新幹線を潜り、南口のイオンショッピングセンターに行きました。本日4回目の食事は、高木鮮魚店の漁師めしです。相変わらず生きのいい魚がたっぷりと乗った、最近お気に入りの海鮮丼です。これで千円しないので、なかなかいいものを見つけました。

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2024年11月06日

京洛逍遥(897)宮川源氏展と京大病院の検査と鴨川河原でお弁当そして茶碗のこと

 東山白川のタッセルホテルで昨日から開催されている、宮川保子さんが制作されたハーバード大学本『源氏物語』の臨模本と創作本の展覧会については、一昨日の本ブログで紹介した通りです。
 今日は、京大病院での検査があったので、通院の途中に立ち寄りました。

 ロビーの喫茶エリアには、多くの海外からの宿泊客が観光前のひと時を、ゆったりと楽しんでおられました。目の前に並ぶ『源氏物語』の写本をご覧になったのでしょうか。つい説明をしたくなりました。しかし、ここは自粛です。
 一昨日、ハーバード大学本の「須磨」について、「十五夜」という附箋をお願いしておいた箇所には、しっかりと明示していただけていました。その前後には変体仮名があるので、シンプルにわかりやすい漢字だけにしました。「須磨」「鈴虫」「蜻蛉」という巻名の札も付いていました。

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 ガラスケースの向かいには、今回の展示の図録が置かれています。あまり目立たない位置だったので、ここまで手が伸びるといいのですが。

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 歩いて15分ほどで京大病院です。
 今日は、脳神経内科から依頼が出ている、腰椎と仙骨のMR検査です。ヘッドホーンをして寝ていると、円筒の中を身体が移動します。下腹部を中心とした、輪切り写真の撮影です。

 京大病院から出町柳まで歩くことにしました。
 薬学部の前で、大文字山がきれいに見えました。いつもの病院の前からよりも角度が北寄りになったせいか、くっきりとした横顔をみせています。

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 薬学部の前の通りには、真新しいヨダレカケをしたお地蔵さんが並んでおられました。「奉納 薬学研究科一同」と書いてあります。京洛のお地蔵さんは、どこでもかわいらしい目鼻が描かれています。この五体は、どのお地蔵さんも顔だちが異なっているので、学生さんがそれぞれに心を込めて描かれたのでしょう。大切にお守りしておられることが伝わり、こちらの気持ちも爽やかになります。

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 出町柳の賀茂大橋から北山を望みます。右が高野川、左が賀茂川で、この出町デルタで合流しています。

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 橋の袂のコンビニでお弁当を買い、賀茂大橋の下の河原で大文字山を見ながらお昼にしました。鷺やハクセキレイが、目の前で楽しそうに遊んでいます。

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 よく立ち寄った出町の骨董店の「京や」さんが、少し南にも店を出されたことは「京洛逍遥(876)下鴨神社の古本市と2軒の骨董屋さん」(2024年08月13日、http://genjiito.sblo.jp/article/191020302.html)で紹介しました。
 今日も立ち寄り、うさぎの絵と寿の字が書かれた茶碗が気に入ったのでいただきました。日常使いの茶碗としてはお手ごろです。最近、しばらく点てていないので、これを機会にまた抹茶をいただくことにします。

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 本日の歩数は、14,750歩でした。少し多めながら、楽しいリハビリウォーキングでした。




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2024年10月18日

京洛逍遥(896)腰痛緩和のための大階段登りの後はアクアショーを楽しむ

 朝から、昨日の本の整理の名残りか、右側の背中から腰の辺りが筋肉痛です。午前中の集会所での集まりはお休みしました。

 夕方、身体が硬くならないようにするために、京都駅の大階段をゆっくりと上り下りするリハビリウォーキングに出かけました。
 電飾によるプロジェクションの隙間であれば、撮影しておられる方々のじゃまをせずに、真ん中にしかない手摺りを使って登れます。
 降りるときに、左端に側道のような階段があることに気付きました。

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しかし、ここにも手すりが一切ないので、私には使えません。電飾のパフォーマンスが始まる前に、真ん中の一本だけある手摺りを使いながら降り始めました。

 明日東京へ持って行く買い物を終えた頃に、京都駅前ではアクアファンタジーが始まっていました。色とりどりの噴水によるパフォーマンスです。夏にはよく見かけたこの水芸も、今日は立って見ていると身体に少し肌寒さを感じるようになりました。短いながらも、秋を感じました。

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2024年10月16日

京洛逍遥(895)伏見大手筋商店街にイオン再開店

 近所を流れる宇治川の派流(疎水)で数匹の鴨を見かけました。

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 2年半前までは京都市内の下鴨貴船にいたので、毎日の賀茂川散歩では川中や河辺にいた鴨や鷺に、おりおりに挨拶をしていました。それが、今度の宇治川には散策路がなく、近在でも鴨や鷺をめったに見かけません。数回見ただけです。これからは、鴨や鷺を探すようにします。過ごしやすい季節になったので、水辺に出てきたのでしょうか。

 昨日から、近鉄桃山御陵前駅(or 京阪伏見桃山駅)前の伏見大手筋商店街の中に、イオンスタイル伏見桃山店がオープンしました。新しもの好きの私は、早速行ってきました。3階以上はマンションです。これまでの3階建てのイオンより、品数が増えたようです。百円ショップはなくなりました。次の地図は、イオンのホームページに掲載されていたものです。

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 地場野菜や鮮魚の対面販売などは、活気に満ちていました。もっとも、我が家の5分以内の圏内にはスーパーマーケットが5店舗、コンビニが6店舗もあるので、日常の食料品を手に入れることには恵まれています。特に一番近くにある業務スーパーは格段に低価格なので、年金生活者には助かります。冷凍食品をストックしておくために、この夏には大きな冷凍庫を設置しました。
 今回のイオンは、食料品を中心としており、オープニング特価は安くなっているものの、普段使いの物として見るとそんなに安くはないと思います。近場にない物を探す時に利用しそうです。

 レジの横に、小さいながら「バイカル」「アンリ・シャルパンティエ」「凮月堂」の銘菓が並んでいました。

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 「バイカル」の下鴨本店は、この前まで住んでいた家から歩いて3分のところにあり、お祝い事の時やお土産用としてよく通っていました。京都駅の地下にあるポルタ店に加えて、バイカルカフェはキャンパスプラザ京都で『源氏物語』の勉強会をした後、何度か参会者のみなさんと一緒にお話しをする場所として行きました。

 「アンリ・シャルパンティエ」は、本店の近くに姉がいて折々にいただいています。銀座店には、東京へ行った時にお土産用に立ち寄ります。京都伊勢丹にも入っているので、親しみを持っている洋菓子店です。

 「凮月堂」は、神戸凮月堂が昭和52年に創業80周年記念として「源氏菓子」を写真本としてまとめた『源氏の由可里』を出しておられます。このことは、山下智子さんの京ことばによる朗読会と共に、次のブログで詳しく書いています。

「神戸凮月堂で源氏物語の京ことばでの朗読を聴く」

 なお、今日のイオンの銘菓コーナーの表示には「東京 凮月堂 銀座」とありました。なぜ「上野 凮月堂」ではなく、「神戸 凮月堂」でもなく、別系列の「東京 凮月堂 銀座」にしたのでしょうか。関西のお店に商品を並べるのであれば、「バイカル」や「アンリ・シャルパンティエ」のように、上方の銘菓として「神戸 凮月堂」と銘打った方が親しまれると思うのですが……

 お菓子と『源氏物語』については、次のブログで記事にしています。ご笑覧を。

「源氏千年(20)京菓子饗宴」

 この大手筋商店街には、金融機関が揃っていて重宝しています。
 駅から東高瀬川に向かって西へ歩くと、坂本龍馬避難の材木小屋跡までの800mの間に、三井住友銀行・近畿労働金庫・みずほ銀行・京都銀行・三菱UFJ銀行・京都中央信用金庫・京都信用金庫と並んでいます。
 さまざまなお店が居並ぶ大手筋商店街は、ますます活気を呼ぶことでしょう。




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2024年10月13日

京洛逍遥(894)伏見の竹田にある力の湯で腰痛を治す

 一昨日、集会所で腰痛のためのレッスンを受けました。身体が軽くなったはずなのに、今日は朝から腰が痛くて、起きるのが面倒でした。午後も腰がだるくて、じっと横になっていました。

 温泉で腰を温めると楽になるだろうと思い、近鉄竹田駅のすぐそばにある天然温泉「力の湯」に行きました。
 この「力の湯」は、能勢アートレイク温泉のお湯をタンクローリーで運んで来る「運び湯」といわれる温泉です。少しぬめりがあり、泉質は低張性でアルカリ性の単純泉とのことです。

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 この温泉には、忘れられない思い出があります。
 昨夏、脳梗塞になる前日に、この温泉に来たのです。その翌日、お墓参りに行く途中で脳梗塞になり、その午後の中之島図書館での源氏講座を急遽休講にすることになりました。

 この前この「力の湯」に来たのは去年の12月12日、中之島図書館で源氏の講座がある日でした。この時のことは、「集会所で音楽療法の後は温泉で温浴療法」(http://genjiito.sblo.jp/article/190691323.html)に書いています。ご笑覧を。
 今日は、ちょうど10ヶ月ぶりに来たことになります。

 思ったとおり、泡風呂に入ると腰の痛みがスッキリしました。木の温もりを感じさせる雰囲気のあるところで、ゆったりとします。軽く晩ごはんをいただいて帰りました。行きは重たかった腰も、帰りは自分でも驚くほどに軽やかな足取りでした。

 近場にある温泉施設なので、体調をコントロールするためにも、もっと健康管理に組み込んで活用したいと思います。




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2024年10月10日

京洛逍遥(893)頭部MRIの結果と次の予約が入った後は京都駅の大階段へ

 今日の大文字山は、爽やかな青空にくっきりと大の字を見せています。

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 先週受けたMRIの結果を、京大病院へ聞きに行きました。
 画像を見ながら、昨夏詰まった細い血管周辺には、特に異常はないことが確認されました。一安心です。
 ただし、先週の土曜日に日比谷で呂律が回らないことがあったことと、ホワイトボードに文字が書きにくかったことを伝えました。そして、土日はよく歩けたのに、今週に入ってから足腰がふらつくようになり、3日前からは右の腰がだるくて湿布をして寝ていることも伝えました。

 主治医の先生からは、血圧を下げることに注視していることが関係しているかもしれないとのことで、もっとゆっくりと下げることになりました。とにかく、水分を摂ることが大事だと。そして、心臓・頚動脈・腰椎など、いろいろな検査が追加されました。今月の下旬から来月にかけては、検査のための病院通いが続きます。

 これまで、大事に至らないうちに問題点を潰してきたからこそ、今の生活があります。このまま生き続けるためにも、検査で見つかった病変箇所に最適な対処を施し、指示のままに検査と治療に取り組むことで延命に挑みます。
 周りに迷惑をかけないためにも、早め早めの対応で病魔をかわしていこうと思っています。

 帰りに、京都駅の大階段を上り下りして来ました。
 イルミネーションのショーが始まったので、大急ぎで登りました。
 頂上の広場の直前にある狭い28段には、両側に手摺りがあります。写真の中に矢印を付けました。エスカレーターで登り切った先の上の階段です。

241010_手摺り1.jpg

 しかし、それより下の階段には、真ん中に一列だけ手摺りがあるだけです。これは、過日の記事(「京洛逍遥(888)京都駅の大階段の用途と機能の見直しをお願いします」2024年09月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/191073180.html)に書いたとおりです。私が問題にしているのは、次の写真の中に付けた赤い矢印の箇所に手摺りを付けるべきではないか、ということです。

241010_手摺り2.jpg


 付けるための金具は、すでに取り付けられているように見えます。私自身が困っているので、かねてより拘っているところです。健常者だけではなくて、一人でも多くの方が登れるような優しさを、この階段にはお願いしたいと思っています。
 特に、イルミネーションのショーが始まると、真ん中の手摺りを持って登ることは、写真撮影の方々の邪魔をするので遠慮せざるをえません。しかし、両端に手摺りがあれば、遠慮なく登れます。上の写真で、左端を若い方が歩いて降りておられるのですから。関係者のいま一度の検討を、よろしくお願いします。




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2024年10月02日

京洛逍遥(892)大階段で右足のトレーニング後は高木鮮魚店へ

 どうも右足が不自由なので、京都駅の大階段で足を上げる訓練をしました。
 8階あたりまで登ると、足腰が重くなります。筋肉が弱っているようです。

 屋上に到達する最後の階段から、西向きに庭園の様子を写しました。
 一人のサラリーマンの方が、愛妻弁当(?)を広げて召し上がっておられました。暑くなかったので、いいお昼の休憩時間となったことでしょう。

241002_大階段の屋上庭園.jpg

 下りは、ゆっくりとながらも、大分滑らかに降りられるようになりました。

 京都駅の南口にあるイオンショッピングモールの中に、高木鮮魚店があります。
 何度かいただき、紹介するに値するお店としてここで取り上げます。
 魚が新鮮です。
 ご飯が私の口に合います。
 千円以内で満腹です。
 席は、カウンター6席、対面4席。
 近くのイオンのソファーで、席が空くのを待ちます。
 これまでに、海鮮丼と漁師めしを何度もいただき、今日は初めて8貫盛りのにぎりにしました。右下にお稲荷さんを追加で置いてもらっています。おいしそうだったのです。

241002_高木のにぎり寿司.jpg

 毎日のように、私はお寿司をいただく生活をしています。ただし、数年前からにぎり寿司離れをしていて、押し寿司や巻き寿司が多くなりました。いわゆる、大阪鮨です。そして、最近は海鮮丼にすることが増えました。今日は、久しぶりのにぎり寿司だったのです。
 この高木鮮魚店では、漁師めしが特段に目と舌を楽しませてくれること請け合いです。
 この次に取り上げましょう。




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2024年09月30日

京洛逍遥(891)京大病院から三条までリハビリウォーキング

 今日の大文字山は、薄曇りの中でゆったりと横たわっています。夏が一息ついたという感じの風を感じました。

240930_大文字山.jpg

 今日の血液検査では、長い待ち時間がありました。短編小説を1つ読み終えるほどです。この結果が出るのに一時間かかるので、その間に脳神経内科の診察が入っています。しかし、ここでも長く待ちました。2つ目の短編を読み終えました。
 脳神経内科で、まずは血圧の測定結果を報告しました。130以上が続いています。特に夜が高いので薬の調整があり、飲む回数と種類も一つ増えました。
 1週間前に転倒したことや、8月ごろから足腰が安定しないことを伝えると、右下肢脱力の悪化が認められるとのことで、すぐに MRI の検査となりました。ただし、院内での検査は当分満杯とのことで、京都パストゥール研究所内にある百万遍クリニックで受けることになりました。10月3日(木)の午後は、脳の MRI と MRA の検査です。頭を輪切りにした透視には、もう慣れました。

 お昼を過ぎてから、これも長時間待たされた糖尿病・内分泌・栄養内科の診察です。
 あらかじめ受けた採血で、88項目の検査結果が出ました。肝臓や腎臓などの内蔵には問題はないとのこと。気になるヘモグロビン A1cは、前回と同じ「7.3」。安定しているので、これでいいそうです。

240930_血糖値.jpg

 体重も予定通り52キロをキープできているので、食生活や生活習慣が安定していることから、このままの調子でいきましょう、と励まされました。外食をするとお腹が痛くなることが多いと言うと、いつものように、消化管がないのでね、で終わります。内蔵の調子はいいので、家でゆっくりと食事をし、6回食から5回食に切り替えたのは適正な対処だと言われました。次は、4回食にまでチャレンジしようと思います。1日3回食に間食を1回入れる、という食生活をすることです。無理のない程度にアレンジしたいと思います。

 鴨川の散策路を歩いていると、風流な橋を渡ります。この橋の名前が田辺小橋ということを初めて知りました。

240930_田辺小橋.jpg


 少し下ると、「夷川の飛び石」があります。この少し上流の「荒神の飛び石」と同じように、石の間隔が少し広いようです。しかし、右足が上がり難い不調に気を付けながら、慎重に渡り切りました。

240930_夷川飛び石.jpg

 三条通りの商店街まで、のんびりと歩きました。海外からの観光客で大混雑です。しかも、マスクをしている人はほとんどいないので、感染が心配なのでこちらはマスクを着けての散策です。




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2024年09月29日

京洛逍遥(890)柳馬場通で万里小路の読み方を考える

 柳馬場通りは、渉成園(枳殻邸)の北に延びる富小路通の途中から始まるので、今日は京都駅ではなくて京阪七条駅からスタートです。
 渉成園に向かって歩いていると、正面橋を渡ります。その橋の柱には「志よめんはし」と刻まれていました。

240929_正面橋.jpg


 柳馬場通を歩くためには、しばらくは富小路通を行きます。

240929_富小路通.jpg

 五条通を渡つてから、富小路通の一本西(左)の道が柳馬場通です。この道も狭い道です。

240929_柳馬場通.jpg

 真っ直ぐ歩いて仏光寺通の手前に、一棟貸し町家の「町家 まりこうじ」と「鈴 万里小路(Rinn Marikoji)」という、2つの宿がありました。

240929_まりこうじ.jpg

240929_鈴まり.jpg

 「万里小路」を何と読むかで思案しました。私は「までのこうじ」と覚えていたので、「まりこうじ」に違和感を覚えました。
 帰ってからいろいろと調べてみると、どちらも出てきます。

日本国語大辞典では次のようにあります。
「まで‐の‐こうじ‥こうぢ【万里小路】
平安京の左京の南北通りの一つ。高倉小路と富小路の間にあった。幅四丈(約一二・一メートル)。現在の柳馬場通にあたる。」

 また、柳馬場通りの平安時代の旧名が萬里小路であり、公家である萬里小路家(までのこうじけ)の名はこの通りの名前から来ることがわかりました。
 鴨川を渡った京都大学の近くにも「萬里小路」という地名があり、それについては次のように説明されています。

「京都吉田町の西に萬里小路という地名があった。無論それはマテノコウヂと訓むべきもので、私たちが学生の時代にも誰も正しくそう訓んでいた。それがいつの間にやらマンリコウヂと訓まれるやうになり、最近とうとう市当局によって鞠小路と文字まで改められてしまった。」
(高林誠一「家持の仮名管見(十二)」国語国文の研究 (24)京都国語国文研究会 編 出版者:文献書院(1928-09) p.83)

 ちなみに、テレビアニメ『ハイスクール・フリート』の登場人物に万里小路楓(まりこうじかえで)がいるとか。

 とにかく、際限もなく両方の名前の記事が見つかりました。この経緯については、また後日わかったことを報告することにします。




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2024年09月26日

京洛逍遥(889)京大病院からの帰りに京都駅の大階段でリハビリ

 大文字山は、心なしか夏から秋の表情に移り変わっていくところのようです。昨年から日本の秋はなくなっていく傾向にあるとのことなので、貴重な定点観測による秋の写真の一枚にしたいと思います。

240926_大文字山.jpg

 京大病院で、新しい検査の予約をしてきました。医学の研究も急速に進展しており、新しい知見を得るためにも最新の検査をしてもらうことにしました。今回は髄液を取っての検査です。もう一つの検査方法もあり、それはこの結果が思わしくない場合にチャレンジします。

 帰りには、昨日に引き続き、京都駅の大階段を上り下りしてきました。昨日の階段歩きの成果はてきめんで、足腰のふらつきが改善したのです。何となくヨロヨロが、普通に立っていられて、真っ直ぐに歩けるのです。今日は、多少息は上がったものの、一気に登ることができました。下りは、昨日よりも楽に早く降りることができました。この大階段は、効率のいいリハビリの場所となりそうです。

 屋上では、小鳥ものんびりと歩き回っています。次の写真を「ChatGPT」に聞いたところ、「ハクセキレイ」だとのことでした。

240926_小鳥.jpg

 駅周辺を歩くと、中学生の修学旅行の団体を、至るところで見かけました。四五人のグループが歩いているのは、高校生のようです。京都は安全で、歴史や文化に関する実地の勉強ができるので、私もお薦めします。ただし、京都は一人でも来られるので、もっと違う所や体験をしたら、とも思います。私が大阪の府立高校で教員をしていた13年半の間に引率した修学旅行は、すべて信州へのスキー合宿でした。体験を重視する修学旅行の時代でした。新型コロナウイルスが収束した感のある今の主流は、どのような形式になっているのでしょうか。
 このことについて、「ChatGPT」にまた聞いてみました。すると、以下のように、可もなく不可もなくという回答が返ってきました。


現在、新型コロナウイルスが収束したとされる状況下での修学旅行は、従来の形式に戻りつつあります。国内の観光地や文化的な名所を訪れるツアーが引き続き人気であり、特に自然豊かな場所や文化的体験を重視したプログラムが主流です。

一方で、感染症対策を考慮した形式も維持されており、大規模な団体行動の制限や、宿泊施設での衛生管理が強化されています。これにより、以前よりも小規模なグループでの移動や、参加者同士の距離を保つ工夫が続いています​。

また、オンラインを活用した事前学習やバーチャルツアーの導入も進み、感染症が再度拡大した場合にも対応できる柔軟性が求められています。


 よく見かける京都への修学旅行は、文化的体験を重視したものだと言えるのでしょう。その点では、バーチャルツアーの導入とあるのが、今風の傾向なのでしょうか。
 なお、海外からお越しの観光客は、これまでの中国よりも東南アジアの方が増えているように感じられます。




posted by genjiito at 21:14| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年09月25日

京洛逍遥(888)京都駅の大階段の用途と機能の見直しをお願いします

 先週土曜日に東京から帰ってきてからというもの、身体の右半身の調子が思わしくありません。右足が怠くて違和感があり、上がり難いのです。右手も何となく突っ張った感じで、口も思うように動かないので喋り難い状況でした。
 翌日曜日に、いつもの散策の途中で一車線の道路で縁石に躓き、みごとにひっくり返りました。T字路の手前の道路を横切ろうとした時、右足が縁石を越えられずに足の甲のつま先が引っ掛かり、右膝から路面に崩れ落ちて転がったのです。右手をグーの形に握りしめて頭を地面に打ち付けないように守ったようで、右手の甲の関節の各所から血が出ていました。幸い、そこに自動車が来なかったからよかったものの、もし来ていたら頭部が撥ね飛ばされていたことでしょう。右足は相当アスファルトに強打したようで、ズボンの膝が大きく破れ、血が滲み出していました。

 すぐに近くのドラッグストアへ飛び込み、消毒液と絆創膏を買い、妻の手を借りて応急処置をしました。私は、血液がサラサラになる薬を飲んでいるので、出血はいまも完全には止まっていません。
 月曜日は一日中、身体の痛みを我慢しながら休息日としました。
 身体の節々が固まり出したようなので、今日は京都駅の大階段へ行き、足の上げ下ろしの体操を兼ねたリハビリウォーキングをして来ました。

240925_大階段.jpg

 この階段は、先日も書いたように、手摺りが真ん中だけにしかないのでリハビリには使えません。ちょうど人が少ない時間帯だったので、一本しかない手摺りを独占して、右手を這わせながら右足を意識して上げながら登り切りました。
 情けないことに息が切れ、足腰が熱をもって重くなりました。日頃から平地ばかり歩いていたので、それではリハビリにならないことを痛感しました。
 頂上の休憩スペースで呼吸を調えていると、四隅にあった竹やぶの中に我が家にもあるボーズのスピーカがあり、そこから水の音が流れていることに気付きました。雨の日も雪の日も、音を流しているようです。

240925_スピーカ.jpg


 手摺りには弱者への配慮がまったくないのに、こうした環境作りには気遣いがなされているのです。この大階段のデザインと設計には、粋な配慮はあるものの、思いやりには欠けていると思います。

 さて、帰りはエスカレータにしようかと思いました。

240925_エスカレータ.jpg


 しかし、下りは段差で躓くことはないので、リズミカルに降りることを意識して下りました。
 下りでは太股とお腹の筋肉を使うようで、気持ちよく身体がほぐれて、転ぶ心配もなく快適な運動になりました。

 それにしても、この無機質で無粋な鉄骨が不規則に飛び出したデザインは、次の機会には背景の自然を取り入れたものに変えてほしいものです。その時には、しつこいようですが、五体満足な健常者だけのものではなく、階段の左右に介助具としての手摺りを一本ずつ付けてください。
 私は、脳梗塞のリハビリとして、この大階段を活用し出しました。今日の昇り降りによって身体は少しほぐれたようで、帰り道では身体のふらつきがあまり感じられませんでした。

 京都駅の大階段の用途と機能を見直し、リハビリの機能という視点を盛り込んだ再点検と再設計を、関係者のみなさまにお願いするしだいです。




posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年09月18日

京洛逍遥(887)三条白川で源氏物語展の打ち合わせ

 地下鉄東西線の三条京阪駅から東山駅までの一駅区間を、三条通の日陰を選りながら歩きました。最近、紛らわしい駅の名前として、京阪本線の三条駅と、京都市営地下鉄東西線の三条京阪駅が話題となっていました。地下鉄の駅名に京阪が付き、京阪の駅名に京阪が付いていないので、海外の方はもちろんのこと、日本人も戸惑うことが多いようです。

 三条通に架かる白川橋の袂に、三条白川橋道標が建っています。これは、東海道の粟田口から京に入って来る旅人のために、江戸時代の延宝6(1678)年に建てられたもので、京都でもっとも古い道標だと言われています。
 写真の東向きの面には、次のように刻まれています。

240918_白河道標.jpg


【是】よりひ多"り
 ち於んゐん ぎおん きよ【水】みち

 三条通を少し東に行くと、坂本龍馬とお龍の「結婚式場」跡、と書いた石碑がありました。15年前に建てられたものです。まったく知りませんでした。ほほ笑ましい歴史が生きていることを実感します。

240918_龍馬結婚式場.jpg

 京町家の面影を漂わせる「カフェ 神宮道」で食事をいただきました。店内にはおしゃれな陶器が並んでいることに加えて、町家の雰囲気が随所に残っています。この雰囲気の中でいただく食事は格別です。おいしくいただきました。次も忘れずに行けるように、ホームページのアドレスを書いておきます。(https://cafe-jingu-michi.com

240918_カフェ.jpg


 今日この白川の地に来たのは、この秋に開催を予定している、京都タッセルホテル三条白川で『源氏物語』の写本に関するイベントをする打ち合わせです。ホテルは、すぐ横を白川が流れる場所に建っています。正面の入口は、三条通に面しています。

240918_ホテルタッセル.jpg

 ここを舞台にして、今年の古典の日(11月1日)から1ヶ月間、ささやかながら貴重な写本を見ていただく源氏物語展を開催します。古典の日は、2012年に法制化された記念日です。古典の日推進委員会の方と展示ケースを前にして、今日から内容の検討が始まりました。詳細が決まりましたら、ご案内を兼ねてお知らせします。今しばらく、お待ちください。




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2024年09月17日

京洛逍遥(886)京都駅の大階段と中秋の名月

 一昨日、京都駅の大階段を昇った後、昨日と今日は全身が軽い筋肉痛でした。そこで、突っ張り気味の筋肉を伸ばすために、三度目の登頂を試みました。

240917_大階段.jpg

 今日は、階段に座っている人は誰もいません。途中で1度だけ休憩をして、一気に登り切りました。

 最上階の階段には、「京都駅ビル大階段駈け上がり大会」の優勝者の名前を刻んだプレートが飾られていました。第二十四回と二十五回は、新型コロナウイルス感染症拡大によって中止だったこと(赤矢印の箇所)が、しっかりと明記されています。

240917_記念プレート.jpg

 この階段を上り下りして、確かにスポーツ大会の利用はおもしろいと思います。しかし、身体を支える手摺りが中央に一列しかないことに疑問を持ちました。階段の両側に手摺りがないので、私のようなリハビリ登頂者は排除されていることを痛感しました。これは、少し身体が不自由な方であれば、同じように感じられることでしょう。片側にエスカレーターを設置し、伊勢丹の中にはエレベーターがあるので、誰でも上に登れると判断されたのかもしれません。階段の目的と設置の趣旨が違う、と言われればそれまでです。しかし、一人でも多くの方が、広く階段を使える配慮があってもよかったのではないでしょうか。

 この階段を設計した方は、健常者の利用しか考えておられなかったのでしょう。エスカレータとエレベータがあるのだから、手摺りは真ん中に1本だけで十分である、となったのかもしれません。また、デザインの審査に当たられた方も、目や足や手などが不自由な人が登ることは一顧だにしない選考をなさったように思われます。その選考当時は、高齢化社会への思いやりなど、微塵もなかったのでしょう。身体に何も問題のない若者のことしか考えずに、このデザインが決まったかのように思われます。

 あくまでも、デザインだけを優先した階段ではないかと、実際に上り下りして痛感しました。私は、真ん中の手摺りをたよりに、怖さ半分で慎重に上りました。階段の両側の壁面に手摺りがないのは、美的な観点から、あくまでもスッキリさせることを最優先にして設置されなかったように思われます。高齢化社会を迎えているにもかかわらず、高齢者の利用は視野にない発想で生まれた階段であれば、次第にこれを利用する人は少なくなって行くことでしょう。そして取り壊し、となる前に、視点を変えた、より多くの方が利用できるように、今の時点でデザインの変更を考えてもいいのではないでしょうか。階段なので、まずは手摺りから。
 もし誤解があって違う理由があれば、関係者のご意見を伺いたいと思います。

 今日は中秋の名月。帰宅後に夜空を見上げると、まん丸いお月さまが自宅周辺を照らしていました。

240917_満月.jpg




posted by genjiito at 21:30| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年09月15日

京洛逍遥(885)リハビリを兼ねて京都駅の大階段に再挑戦

 京都駅の上に延びる、高低差30m、171段の階段を昇り、下ってきました。
 この階段については、次の記事の後半で、詳しく報告しています。

「京洛逍遥(868)グリーンカフェに参加した後は京都駅の大階段へ」

 久しぶりに、リハビリを兼ねた2回目のチャレンジです。この大階段は、私のリハビリには格好の場所です。
 上記の記事の最後に、「これから、折々にこの階段を昇り降りして、右半身の麻痺の後遺症を軽くしたいと思います。」と記してから、ほぼ5ヶ月が経っています。行けなかったのは、連日の猛暑も影響しています。今日は爽やかな気候だったので、軽快に昇りました。
 頂上は伊勢丹の11階にあたるので、京都タワーや東山が顔をのぞかせていて、気持ちのいい眺めです。下のステージではイベントのリハーサルをしていました。

240915_大階段.jpg

 それにしても、この京都駅全体のデザインには、上から見ても、下から見ても、そして横から見ても、いまだに馴染めません。

 下りでは腹筋を使うせいか、休み休みしながら、足元に気を付けて降りました。横のエスカレータや伊勢丹の中にあるエレベータのお世話にはなりませんでした。日頃は、駅の階段しか歩きません。気分転換に、これからも年に何回かは、この大階段をリハビリウォーキングの中に取り入れましょう。
 この後、南口のイオンのショッピングセンターにも行ったので、今日の歩数は 9,276歩でした。この一週間の一日の平均歩数は 9,764歩なので、ほぼマイペースでのウォーキングとなっています。ただし、今日は大階段がメインだったので、明日は筋肉が強ばるかも知れません。




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2024年09月11日

京洛逍遥(884)五条通から堺町通を北上した後は夕方から京都駅で会食

 いつもは京都駅からスタートする街歩きも、今日は京阪電車の清水五条駅からです。歩く予定の堺町通は、京都駅からは道が不明で、今は五条通からしか確認できないからです。京都駅から五条通までの堺町通がどうなっているのかは、また調べておきます。

 五条大橋の袂に、源融の屋敷だった河原院の邸宅址があります。

240911_河原院址.jpg

 源融は光源氏のモデルの一人であり、『源氏物語』の六条院は河原院を模していると言われています。

240911_河原院石碑.jpg

 高札には、次の説明文が記されています。


源 融 河原院跡
 この付近には、嵯峨天皇皇子で『源氏物語』の主人公 光源氏のモデルの一人とされる平安時代前期の左大臣源融(八二二~八九五)の邸宅 河原院があった。東西は現在地から柳馬場通まで、南北は現五条通から六条通(一説に正面通)に及ぶ広大な敷地を有する、平安京屈指の大邸宅であった。
 邸内には陸奥塩釜の風景を写した庭園を造り、難波の浦から運んだ海水で塩焼きをしては、その眺めを楽しんだという。河原町五条の西側に「塩竈町」「本塩竈町」の町名があるのは、このことに由来する。また、この榎の大樹が邸内にあった森の名残とも言われている。河原院自体も、『源氏物語』で光源氏が自邸として造営した六条院に投影されており、作中では源氏が妻たちとともに住み、冷泉帝・朱雀院の行幸を得て栄達の極みを謳歌する舞台となっている。
               京都市


 五条通にもどり、西に進んで堺町通へ入りました。

240911_堺町通.jpg

 五条通から堺町通をまっすぐ北に歩くと、『源氏物語』の夕顔の石碑が建っていました。石柱には、「源語伝説五条辺 夕顔之墳」と刻まれています。隣のマンションの名前も、これにちなんで「夕顔」です。

240911_夕顔石柱.jpg

 ここの住所は、下京区夕顔町。なかなか雅な名前です。

240911_夕顔町.jpg


 この堺町通も、仏光寺で迂回して四条通へと伸びています。

 京阪の祇園四条から自宅に着いて間もなく、姉から連絡が入りました。京都に姪と一緒に来ているので、夕食をしないかということです。久しぶりに会うので、夕方また京都駅まで出掛けました。姪には、下鴨から宇治への引っ越しでお世話になり、過日は西国巡りでまたお世話になっています。京都駅には30分ほどで行けるので、少し休んでから駅に向かいました。
 京都劇場の横の日本料理屋に予め予約を入れておいたので、カマクラのように丸い4人部屋で楽しくお膳をいただきました。




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2024年09月09日

京洛逍遥(883)京都市役所から寺町通と新京極通を歩く

 今日は朝の涼しい内に、京都市役所の京都市文化市民局地域自治推進室へ行きました。
 先週金曜日に、京都地方法務局でNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の定款変更の手続きが完了したので、その時に取得した登記事項証明書を登記完了提出書として市役所に持参するためです。郵送でも構わない、とのことでした。しかし、リハビリを兼ねて出歩いているので持参します、と言ってお昼前に行きました。

 昨年末からの担当者である藤原さんが、確認の後に受理してくださいました。これで、昨秋から抱えていた問題が、無事にすべて終わりました。次は、来年4月の役員の更新手続きです。

 私は、事務処理は得意でした。国文学研究資料館に在職していた時には、膨大な事務関連の書類を科研担当の補佐員さんと一緒に作成し、事務官の協力を得て連携し、手早くこなしていました。しかし、近年はその処理能力が落ちていることを自覚自認することがしばしばです。
 定年退職後は、一人で書類を作成・調整することになったこともあるのでしょう。2ヶ月もあればできることが、なんと10ヶ月もかかったのです。こうした効率の悪さは、今やしばしば体験するようになっています。加齢と共に作業スピードを始めとして、段取りも悪くなっています。今後は、かつてテキパキとこなしていた状態ではないことを自覚しつつも、早めの着手と確実なステップを踏むことによる書類作成を心がけることにします。

 庁舎を出ると、まさに熱暑です。大急ぎで寺町通に入り、今日も矢田寺にお参りしました。さらに、南に下って新京極通に入ると、その入口にある「つえ屋」の看板の前で立ち止まりました。

240909_つ衣屋.jpg

 「え」が、その字母である「衣」のくずし字であることは、以前からわかっていました。しかし、今日は、昨日歩いた高倉通の高市大明神の奉納額にあった「おみ久じ」の「久」が思い出されたのです。

240909_おみ久じ.jpg

 さらに、妻がいつも行く服地屋さんのノムラテーラーに行っている間に寺町通をブラブラしていると、ラーメン屋さんの「あ久た川」の看板の文字が気になり出しました。

240909_あ久た川.jpg

 「つえ屋」以外の2つは、共に「久」の崩し字です。その「久」の字形が、紛らわしいままに残っています。手書き文字の風合いを残すために、こうした字形で書かれているのでしょう。この「久」と「衣」がよく似た字形に見えるのです。

 1900年(明治33年)に文部省が、五十音図を定める時に一つの字形に強制的に統一し、それを国民に押し付けました。しかし、今散在する街中の看板などには、いくつかの仮名文字が五十音図で外された、いわゆる変体仮名として残っているのです。そうした日本語としての仮名文字を、今の日本人や海外の方々は正しく読める環境にあるのでしょうか。国策として平仮名を1文字に統一したことが、無策な国語国字方針により、無責任なままに放置されているのです。日本語の中でも、仮名文字の整理はなされないままにきています。

 私は、これらの文字を「街中の変体仮名」として、現状の報告を続けています。私が受け持っている源氏講座で、こうした事例を教材として取り上げ、街中に散見する変体仮名として問題提起をしています。特に、変体仮名がユニコード(UTF8)として、世界中の人々が自由に使えるようになったにも関わらず、ひらがな発祥の地である日本では、デジタル・コミュニケーションにおいて自由に使える環境が構築されていません。自国の文字である仮名文字が、海外の方には自由に使える環境ができている、というこの現実を、もっと我々は知るべきです。日本語を日常的に使っている日本において、このていたらくは恥ずかしいことだと思います。




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2024年09月08日

京洛逍遥(882)高倉通をジグザグに四条通まで散策

 先日(9月4日)に報告した京都市立芸大前から高倉通をまっすぐ北へ、四条通に向かって散策しました。

240908_高倉通1.jpg


 この京洛の市街を歩くリハビリウォーキングは、狭い小路が多いために午前中なら日陰が多くて暑さはそんなに気にしなくていいのです。
 今日は、文字に拘ることになる散策でした。

 真っ直ぐに歩いて行くと、渉成園(枳殻邸)の南側の塀に突き当たり、その先に行くためには左右の通りを迂回することになります。高倉通はこうした迂回を何度もする、ジグザクに進む道です。

240908_高倉突き当たり.jpg

 かつて、源融が塩釜を模して作った河原院があったと思われる所に、六条を冠する酒屋さんがありました。ここから北東にかけて、壮大な河原院があったとすると、『源氏物語』の六条院の説明をする時に、今はこんな感じですという例になるのではと思い、写真に収めました。

240908_六条名酒館.jpg

 この近くある六条院公園の写真は撮り忘れました。またの機会にします。

 高市大明神では、「おみ久じ」の「久」に目が留まりました。その左に記された文言の中の変体仮名は、今は措くことにします。

240908_み久じ.jpg

 天理教 敬神分教会の前に、道標がありました。

240908_道標.jpg

 左側面に「ひ多り八ふし三みち」、右側面には「みき八京三ち」と刻まれています。

 五条通から見える高倉通は、狭い小路が伸びていることがわかります。
 左にあるスーパーのフレスコで、冷たいものを手に入れて、歩きながら身体を冷やしました。

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 お店の名前にある「季」を何と読むのか考えていたら、その下にローマ字で「Toki」と読み仮名が振ってありました。「とき」と読むのですね。

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 仏光寺あたりから複雑に入り組んだ通りになります。このあたりは、数年前まで息子が住んでいた地域なので、熟知しているはずなのに、この東隣の堺町通とその東の柳馬場通をよく勘違いします。四条通の大丸とアップルの間に出て真っ直ぐに北に向かうのが、今日歩いた高倉通です。次は堺町通を歩く予定なので、気を付けます。




posted by genjiito at 23:19| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年09月04日

京洛逍遥(881)荒神口の法務局から京都市立芸大へ

 一昨日に引き続き、荒神口にある京都地方法務局へ行きました。提出した書類の文言を少し補訂するように、との指示を受けたからです。
 今日も晴天で、京都大学稲盛財団記念館前にある荒神橋を渡って行きました。橋の左側の柱に刻まれた銘板の文字は、6年前の「京洛逍遥(483)橋の銘板と出町柳の桝形商店街のこと」(2018年02月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/182399729.html)で紹介しました。ただし、その時は工事中の写真だったので、ここでは改装を終えた今の荒神橋の写真を掲げます。「くわう志ん者し」という刻字は同じです。

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 橋の上から、一昨日と同じように北山を望みました。今日は、亀の飛び石に腰掛けて語らう二人と、近くの鷺がいい感じであたりの景色に馴染んでいます。

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 法務局では、担当の方の懇切丁寧な説明と、追補して加筆する文言を一緒に考えてくださったので、不備が正されて正式な書類として受理されました。門外漢には思いもしない作文の妙を目の前で見ることとなり、専門官の柔軟な思考の裏にしっかりとした法律理解の裏付けがあることを、あらためて知りました。餅は餅屋とはよく言ったもので、専門の方の力を借りることで、何日も思案していたことが立ち所に解決しました。富田さん、ありがとうございました。

 久しぶりに市バスに乗って京都駅に出ました。京都駅の一つ手前で降りて、昨秋移転して開学した京都市立芸術大学に立ち寄りました。大学の左手には、京都タワーが聳えています。

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 C棟の6階で、「源平合戦図屏風」(金城コレクション、右隻)の展示を見ました。
 江戸時代に作成されたもので、今回初めて紹介されるものだそうです。右隻には一の谷の戦いが描かれており、次回展示される左隻には屋島の戦いが描かれているとのことでした。細密画のように、武士たちの表情や動きが活写されています。解説のパンフレットには各場面の詳細な説明が書かれており、合戦絵に疎い私でも引き込まれます。いいものを見ました。
 別室では、真っ暗なだだっ広い部屋に3つしかないソファーに妻とそれぞれ身体を沈め、「聞く/聴く:探求のふるまい」という、芸術実践としての体験ゾーンに身を置きました。文字や口では説明できない体験ができるので、ぜひ実際に足を運ばれることをお勧めします。
 1階に降りると、奇抜な物の展示や写真の展示、そして映像が流れていました。しかし、私には理解が追いつかなくて、あたらし過ぎる内容だったので、???を抱えながら見て回りました。今後とも、このアートスペースに何度か通うことで、こうした芸術が楽しめるようになりたいものだ、と思いながら会場を後にしました。

 帰りの電車の中で、次の広告がドアのガラスに貼ってありました。そして、このキャッチコピーを考えた方と、これを車内で見る一般市民の日本語の理解力に、大きな落差があることを感じました。

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 この「は」「わ」「派」の、それぞれの文字が持つ意味を、どのように説明すればいいのでしょうか。「派」への結論を導くまでに、私は、「ウィキペディア」が次のように説明する「ハ行転呼音」という一般にはなじみのない用語を使わないと説明できません。


ハ行転呼(はぎょうてんこ)とは、日本語史における大きな音韻変化の一つで、語中・語尾のハ行音がワ行音へと変化した現象をいう。平安時代に起こり一般化した。このようにして成立したワ行音をハ行転呼音という。

戦後、保守派を退けて現代仮名遣いが行われ、それまで「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」で綴られていた語中語尾の仮名文字も、現代音に従って「わ」「い」「う」「え」「お」で表記されるようになった。しかし助詞の「は」と「へ」を発音どおりに「わ」「え」と表記しないことは仮名遣いとして残った。


 このことに関しては、かつては「ぱ Pa」「ふぁ Fa」「は Ha」と移り変わってきた発音のことも、説明に関わってくることでしょう。「母」という発音を、「ぱぱ」「ふぁふぁ」「はは」と言ってきた歴史が無視できないからです。こうしたことが思い過ごしだとしても、このキャッチコピーを作られた方は、「派」にしたおもしろさをどのように一般の方にわかりやすく説明なさるのか、お聴きしたいと思っています。
 「現代仮名遣い」に語中語尾のハ行音がワ行に乗り換えるという、過去からの慣習を取り込んでいることに起因する問題が、この背景にはあるとして考えないと、説明しきれないややこしいものだ、と思われます。
 専門家は、この事例をどう説明なさるのか、ご意見をいただけないかと思っています。




posted by genjiito at 18:30| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2024年09月02日

京洛逍遥(880)荒神橋の飛び石と三条大橋の納涼床

 京都地方法務局へ行くために、京阪の神宮丸太町駅で降りました。いつもなら、東山の方に向かって京大病院へ行きます。しかし、今日はその反対方向となる、目の前の鴨川を少し北に歩いて、荒神橋を渡ります。

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 真下の飛び石を渡っておられるのは、高齢のご夫婦のようです。ここの飛び石の間隔は広めなので、一歩ずつよいしょ、よいしょと声が出ます。
 その少し向こうには、川の中に立つ青年が見えます。もう少し上流は、賀茂川と高野川が合流する出町柳です。

 橋を渡り終えると、すぐ京都地方法務局があります。
 持参した書類を手渡しすると、数日後に点検結果を教えてもらえます。いつも大量の修正個所が指摘されるので、今回はどうか祈る気持ちです。
 河原町通りをブラブラと京都市役所までウォーキングしました。
 市役所では、持参した書類をその場で詳しく点検してくださいました。書類の作成が苦手な私は、ここでいただくアドバイスに何度も助けられています。今日も、丁寧な説明を受けました。受け付けていただけたので、今後は修正個所を差し替えて完了となります。しばらく、悩ましい日が続きます。

 市役所横の寺町通から三条通に出て、いつものように和風の回転寿司屋のくらで軽食です。お寿司を少しとデザートで、今日の4食目となる間食替わりの食事にしました。

 三条大橋の周辺は、海外の方々で大賑わいです。日本語はほとんど聞こえてきません。
 京阪三条駅の前から鴨川越しに右岸を見ると、次の写真の右に写っている先斗町歌舞練場の「鴨川をどり」の看板や、風物詩となっている川沿いに座って夕涼みをする人々、そして納涼床の提灯が京を感じさせてくれます。

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 もっとも、今日から明日にかけては先日来の颱風が関西を通るということで、警戒が続いていました。それが動きの遅い颱風だったために、今では東海道沖で熱帯低気圧となり、関西でも大雨が心配されています。昨日今日と、そんな気配はまったくありませんが……
 もうしばらく暑い夏が続き、秋を感じる暇もなく冬を迎えるとか。そろそろ四季から二季に、意識と身体を慣らすことが求められそうです。




posted by genjiito at 20:53| Comment(0) | ◎京洛逍遥