2026年06月07日

京洛逍遥(979)雨の中での東寺ガラクタ市

 朝から小雨が降りしきる中、東寺のガラクタ市に行きました。早朝の市は初めてです。何かお茶道具がないかと、ブラリ歩きです。

 南大門から金堂を望むと、正面にはテントが林立しています。しかし、境内を見渡すと、いつもより出店数は半分ほどでしょうか。品物もテントの下やビニールで覆っておられるので、陳列品が少ない上によく見えません。

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 活気がないせいか、何となく寂しそうです。海外からの旅行者が、片言で値段を確認しておられる姿を見かけました。関西人なら粘って値切りの交渉をするところを、海外の方々は言い値で買い求めておられます。8割方は海外の方のようだったので、業者は強気で説明をしておられました。

 お店も、陶器や道具類が多く、着物などはほんの数店です。カバンを作る帯地を楽しみにしていた妻は、残念そうでした。私も、雨ざらしになっている茶碗や蕎麦猪口やガラス製品を見るのがつらかったので、ぐるっと回るだけで丁寧には品物の一々は見ませんでした。

 いつもはテントの列に視界を遮られている金堂越しの五重塔も、今日は平日の姿を見せています。

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 講堂に立ち寄った後、御影堂におられる弘法大師さんにご挨拶をしに行きました。目の前におられた経営者らしきネクタイ姿の方は、長時間にわたり何種類かのお経を唱えておられました。その真剣さがヒシヒシと伝わって来たので、こちらも身が引き締まります。会社の立て直しに必死なのだろう、と勝手に想像を逞しくしていました。




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2026年05月13日

京洛逍遥(978)京大病院の前のお漬物屋さん

 如意ヶ岳の大文字は初夏の雰囲気になっています。

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 今日は、京大病院の消化器内科の予約を変更したことにより、当日の受付となりました。今週月曜日の予約を変更すると、次は8月になるとのことでした。とにかく、予約を入れるのが大変です。そのため、朝早くから出かけて当日の順番待ちをすることになります。診察は午後になる、と告げられていました。診察が回ってきたのは、午後2時頃でした。
 時間がたっぷりあったので、妻共々、読書エリアの「ほっこり」で読書三昧です。

 お昼は、すぐそばの賀茂川畔へ出かけ、ベンチで軽食にしました。コンビニで買ったものを、鷺や鴨を見ながらいただくのです。

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 トンビが上空から食べ物を狙っているので、防御しながらの食事タイムです。しかし、暑さが尋常ではなく、しつこく蚊もやってきます。これは大変とばかりに早々に引き上げ、病院内で自由に食事ができる小奇麗な休憩室に移動しました。

 やっと巡ってきた診察は、初めての先生でした。ただし、これまでの記録がカルテに詳細に記されているので、何も問題なく問診は進みます。
 そして、先月末に受けた膵臓のMRIの検査結果を聞くことになりました。膵臓に水が溜まったために膨れている問題です。
 膵臓に大きな嚢胞があり、これまでに何度も腹部超音波検査などを受けています。今回は、その膵臓嚢胞が肥大してガン化する心配があるため、MRIで確認をしてくださったのです。昨年10月の検査からは特に変化はないそうです。また半年後に腹部超音波検査をすることになりました。一先ず安堵です。私は、まだまだ長生きできそうです。

 帰りに、いつも気になっていたお漬物屋さんに思い切って入りました。少し敷き居が高いお店だったので、何年も入らなかったのです。「聖護院本舗」という看板が懸かっていて、 iPS 細胞研究所の真南の場所にあります。

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 赤かぶらを見ていたら、ご主人が説明をしてくださいました。お漬け物のお刺し身だそうです。
 水茄子は泉州産をつけ込んだものだとのことで、美味しそうだったのでいただきました。すぐ後に来られた男性は、残り2つの水茄子をまずはサッと手にし、次に奈良漬としば漬を買っていかれました。買うものは決まっているようです。常連さんだとのことでした。なお、水茄子は4月から10月まで並べているそうです。

 しば漬は茄子が本来のものであり、今は胡瓜が主になっているとのことだったので、食べ比べのためにも両方をいただきました。このしば漬は、安徳天皇が亡くなった後に建礼門院が大原の地にお越しになった時、地元の方からいただいた漬物が今に伝わっている、という逸話も伺いました。また、「しば漬」と表記し、「しば漬け」と「け」は送らないのが本来の表示だそうです。京都だな、と思ってご主人とお話をしました。
 お店の奥には、漬け物樽がたくさん並んでいます。いつかまた、この奥を案内していただきましょう。

 帰ってから、すぐに水茄子をいただきました。食べ方を書いた紙をいただいていたので、その通りに洗ってヘタを取り、包丁で少し切れ目を入れた後は手で割きました。包丁を使って切ると美味しくなくなる、と書いてあったからです。
 香りといい歯触りといい、なかなかです。上品な味が舌に残る水茄子でした。ごちそうさまでした。




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2026年05月10日

京洛逍遥(977)大手筋を散策中にドコモに騙されかかったこと

 先日、「京洛逍遥(975)龍馬とお龍像と寺田屋の表札」(2026年05月05日)"http://genjiito.sblo.jp/article/191695466.html"という記事をアップしました。その時の宇治川派流の新緑がみごとだったので、今日もブラリと散策しベンチで軽食を食べながら木漏れ日の中に身を置きました。桜並木よりも、この新緑の頃が元気になります。

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 時折、酒蔵沿いの派流を観光客を載せた十石船が通り過ぎます。

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 先日も紹介した「龍馬とお龍、愛の旅路」像の前で、小舟と徳利を透かし彫りにした船泊まりの木造に気付きました。手前の板には細工がしてあり、左向こうの新しいものの板には細工がありません。新しい物には手間を惜しまれたようです。

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 その川向こうに行くために京橋を渡ると、橋の袂に「伏見口の戦い激戦地跡」と刻んだ石柱が建っています。幕末の鳥羽伏見の戦いを思い出しました。もっとも、慶喜が慶応3年に大政奉還を上表した、という心もとない記憶が蘇っただけですが。

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 そのまま真っ直ぐに北に向かうと、珍しい看板に出会いました。太秦の映画村かと見紛う、時代劇の下支えをする場所です。

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 しばらく歩くと、西岸寺(油掛地蔵)に芭蕉塚がありました。

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 【我衣】に婦し美能
     【桃】農志徒くせ与

 大手筋の商店街に入るところで、読み方に悩むウナギ屋さんがありました。

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 「うな希" 希々花」を「うなぎ ののは」と読むようで、ご丁寧に読み仮名が振られています。
 お店の前でこの表示をしばらく眺めていたら、ご主人が寄ってこられたので少しお話を聴きました。「希」は創業者の名前に「希」があったので取り入れたとのこと。変体仮名では、「希」は「き」ではなくて「け」のグループに入ります。つまり、「うなげ」と読むことになり、これを「うなぎ」と読むのはどうでしょうか。もちろん、ご主人にそんなことは言いません。
 もっとも若者の人名はとても読めそうもない漢字で表記されているものもあるので、この辺りは許容範囲といえばそうでしょう。しかし、日本の伝統的な文字の文化に照らすと無理があり、こじつけと言うしかありません。さらには、「希々花」を「ののは」と読むことになると、もうお手上げです。おもしろい例なので、紹介しておきます。

 なお、このお店の近くには、こんな看板を出している店もあります。

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 このお店の名前については、「中之島図書館での新古典塾の報告-第2回」(2023年05月13日)という記事の中で、次のようにコメントをつけました。

「う越弥」と「う我弥」と記された仮名文字の看板です。おそらく「我」は、「越」の字形がわからないままにあてずっぽうで書かれたものかと思われます。さらに言えば、「お→を」「O→WO」とすればもっといいと思います。余計なお世話でしょうが。

 日本語の表記が混乱している例として、これも今回の参考になると思い、ここに再度紹介しておきます。

 大手筋通りで、au ショップに立ち寄りました。これは、過日「「うまい棒」を1本もらったばかりに携帯キャリアを替える」(2026年04月26日)"http://genjiito.sblo.jp/article/191689187.html"という記事に書いたことに関して、契約のためにはどうしても加入しなくてはならないオプションがあり、それを無料の1ヶ月以内に取りやめる手続があったからです。しかし、対応に時間がかかりそうなので次の機会にと思って店を出たところ、後ろから声がかかりました。料金担当が専門なので、私が手続をします、ということです。そして、首からぶら下がっていたカードを見せて、ドコモの者だが au もやっているとのことで、商店街の中では au の真ん前のドコモの店に連れて行かれました。途中で、これはおかしいと思いました。しかし、ことの成り行きがどうなるのか、ということに興味があったので付いていきました。

 入ったのは、au の真向かいにあるドコモのお店です。ソファーのイスに座ると、私の携帯の中を見て、5ギガのオプションがもっと安くなると言って、頻りとデータ残量を調べておられます。この辺りで、この方の手口がわかりました。そこで、なぜドコモのあなたが au の設定を変更できるのかと聞くと、意味不明の回答でした。私と妻が年寄りなので、ギガの話をすれば騙せると思われたのでしょう。
 そして、私のオプションのチェックを外しにかかられたので、途中でその方の手の中にあった私のスマホを取り上げました。そこまでですよ、と言い、そんなことをするのはおかしいでしょう、と言うと、何も言わずに諦めたそぶりで視線を外されました。
 近くにおられたドコモの社員の方に、店内でこんなことをするのは酷いではないか、と抗議をしようかと思いました。しかし、この方も何とか au のユーザーでも騙して実績にしたそうなので、それ以上は責めませんでした。

 ドコモは、こうした業者を店頭に置き、向かい同志のお店の客を取るという戦術に目を瞑っておられるようです。「貧すれば鈍する」と言います。行き詰まると愚かなことをする、という見本のようなものです。私は早い段階で見抜けたので、被害は時間を奪われたことだけです。

 ドコモのお店を出ると、すぐに向かいの au へ行き、店員の方に今遇ったばかりのことを伝えました。すると店の外を見て、あの人とは何度も喧嘩をしている、とのことでした。au での話によると、私の場合は1月前にドコモから au に乗り換えた客なので、またドコモに変更させて、さらにはまた au に変更させ、この移行の間の手数料を稼ぐのでしょう、ということをおっしゃっていたように思います。そのために、私の携帯の設定を書き換えようとされたと思われます。最初から不信感を抱いていたので、すぐに私の設定を勝手に変更される直前で、その不当なことはやめてもらいました。携帯電話の仕組みのことがよくわからない高齢者などは、まんまと騙されることでしょう。

 こうしたことが、ドコモの店内で、しかも正社員の目の届く場所で堂々となされたことに対して、ドコモのモラルを疑いました。日常茶飯事の不当行為には、慣れっこで無自覚、無感覚になっておられるのでしょうか。
 ここは、近鉄桃山御陵前駅と京阪伏見桃山駅の前を東西に走る、賑やかな大手筋商店街の中です。対立する携帯業者の、いやらしい実態を体験として実見することとなりました。

 帰ろうとすると、お祭りの行列に出会いました。金札宮の春季大祭で「神幸祭」というものです。お神輿が練り歩き、大手筋商店街は大賑わいでした。

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 子どもたちが引くお神輿は、大人以上に盛り上がった行列でした。この地域の結束が、今日の活気となって伝わってきました。歴史の重みがある場所なので、この地域はますます発展していくことでしょう。こちらも元気づけられるお祭りを観ることができました。




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2026年05月08日

京洛逍遥(976)病院から賀茂川を歩き集会所で紙飛行機を飛ばす

 今日の大文字は初夏の姿を見せていました。

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 院内学級の子供たちの畑は、賑やかだった先月からガラリと変わり、きれいに整地されていました。それでも、真っ赤なイチゴがいくつか実っています。

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 私の糖尿病・内分泌・栄養内科の診察では、特にこれまでと変わりはないので、また経過観察となりました。最近は診察日の変更を何回かしている関係もあり、今回はヘモグロビン A1cの検査が漏れていたそうです。しかし、尿糖の数値が130とこれまでと変わらないので、特に問題はないとのことでした。

 帰りに、いつものように山中先生の iPS細胞研究所の前の花壇を見に行きました。今日も鮮やかな色彩の花が咲いています。

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 賀茂川の河原に出て、ベンチで休憩しました。この散策路に来ると、下鴨にいた頃に毎日のように歩いたことを思い出しては、妻とかつてのエピソードを語ることになります。今の宇治川は散策路がなく、穏やかな雰囲気がまったくない急流なので、賀茂川にはより一層の懐かしさが感じられます。

 目の前で、我々と一緒に休憩していた鷺が、こちらが立ち上がると同時に飛び立ちました。

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 川縁を三条まで歩き、かつてはしばしば行った寿司のむさしに、本当に久しぶりに入りました。我ら以外は、全員が海外からの観光客です。これは意外でした。

 最近は、回転寿司のくらに行くようになりました。デザートが豊富なことと、内装が白を基調とした清潔感があるからです。個室を思わせる白いカーテンも気に入っています。
 四条にあるスシローは、何となく色褪せてきたので行かなくなりました。この印象は、毎月行く東京の有楽町と銀座にあるスシローとくらにも当て嵌まります。どうやら、私はくら派になったようです。

 むさしには茶碗蒸しがなく、デザートはほぼアイスクリームに限られています。その意味では、純粋にお寿司を楽しめるということから、海外からのお客さんが多くなったのでしょう。

 集会所に行くために、大急ぎで帰りました。
 集会所が近くなると、大声で笑う声が建物の外にもこだましています。何をしているのだろうと中に入ると、紙飛行機を飛ばす遊びの最中でした。

 折り紙で紙飛行機を作り、自分が作った飛行機を飛ばして距離を競うという、簡単な遊びです。しかし、この単純さ故に盛り上がるのです。まさに、シンプル・イズ・ベストです。遅ればせながら大賑わいの中に加わり、一緒に紙飛行機を飛ばしました。60年ぶりではないでしょうか。




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2026年05月05日

京洛逍遥(975)龍馬とお龍像と寺田屋の表札

 また、龍馬通りを経て、宇治川派流へ行きました。新緑の散策路のベンチでのんびりと食事をしていると、目の前を十石船が通り過ぎました。

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 すぐ近くに、「龍馬とお龍、愛の旅路」像があります。

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 これまで紹介したのは正面のアングルばかりだったので、今日は後ろ姿を撮りました。

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 この後ろ横から対岸に目をやると、カフェ越しに寺田屋の正面入口が見えます。

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 龍馬とお龍像の横の石碑に刻まれた説明文によると、お龍に命を救われた龍馬は、ここ寺田屋浜から三十石船に乗り、お龍と共に九州の霧島へと旅立った、とあります。まさにこの場所から、龍馬とお龍の愛の逃避行が始まったようです。

 寺田屋の正面に行くと、看板の右横の表札に粋な配慮がなされていました。龍馬が住んでいることになっているのです。

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 実は、いつでも来られることから、まだ寺田屋の中には入ったことがありません。いつか機会を得て、見学したいと思っています。




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2026年05月04日

京洛逍遥(974)城南宮で源氏物語花の庭を散策後は伏見の湯へ

 近鉄と地下鉄の竹田駅を降りてから、城南宮へ行く途中にある近衛、鳥羽、白河の三天皇の御陵については、次の記事に詳しく書きました。

「京洛逍遥(900)三天皇陵を巡った後は伏見の温泉で足腰の温浴療法」

 そして、城南宮のことは、ちょうど3年前の今の季節に次の記事にまとめています。

「京洛逍遥(831)城南宮の「源氏物語 花の庭」」

 境内は何も変わっていません。
 神苑(楽水苑)に、お目当ての「源氏物語 花の庭」があります。

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 入ってすぐの「神苑(楽水苑)の見どころ」という掲示板には、次の説明文があります。

神苑の全域にわたり、椿・梅・桂・撫子・若菜・双葉葵・萩など、源氏物語出所の植物(扇面陶板に、谷崎源氏訳文節引用と、学術解説を付す)百種を植栽し、吾国唯一の源氏物語花の庭≠ノなっている。

 これは、わざわざ谷崎潤一郎の訳文を無理やり提示するよりも、どんな場面にその花が出て来るのかを、読んでもらえるように簡潔に説明した方がいいと思いました。また、説明文が難解です。この文章には、見学者にわかってもらおうという気持ちが伝わってきません。

 1例をあげます。「帚木」の銘板は次のものでした。

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 ここで、冒頭の植物名は「ホウキギ」だけでなく「ハハキギ」をメインとして併記した方が、『源氏物語』に直結します。そして、光源氏が読んだ和歌の意味を簡単に記しておくと、「帚木」がどんな植物かがわかります。『万葉集』云々の一文は、知識をひけらかしているだけなので不要でしょう。光源氏の相手が空蝉であることは必須です。そうでないと、近付くと見えなくなる「帚木」に空蝉が例えられていることが伝わりません。見て回る人への配慮が見られない説明文です。

 こうした調子の説明文が苑内に多いことは、非常に残念なことです。

 なお、入口でいただいたパンフレットには、『源氏物語』の各巻に出て来る草花など43種類が具体的でよくわかり、親切な手引きとなります。植物名と巻名の明示は、見て回りながら想像力を刺激します。この次は、夏に来ようとか、秋にしよう、と思うはずです。

 以下に、パンフレットのこの部分を画像として引きます。
 画像をクリックすると精細表示となり、文字が読みやすくなります。

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 本殿の裏には、サツキとアヤメが満開でした。

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 一位の木を見て、妻はこの木を秋田では「オッコの木」と言っていたとのこと。私も、妻の実家へ行った時に、義兄が庭にあったこの「オンコの木」に登って昼寝をした、という話を聞きました。

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 この説明文の最後に「アイヌ語ではオンコまたはアララギと称する。」とあります。妻と一緒に、東北や北海道の言い方としての「オンコ」の由来に納得しました。

 平安の庭を一度出て、道を隔てた室町の庭や桃山の庭は解放感があり、気持ちの良い空間となっています。ただし、室町の庭の藤棚から池越しに桃山の庭を見ると、正面の高圧電線が張られた鉄塔が視界に入るので無粋です。

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 また、その手前の石組みの背後にある蘇鉄にも違和感を覚えました。鉄塔はともかく、蘇鉄には何か意味があるのでしょうか。素直な感想としては、桃山の庭には相応しくないと思いました。

 ちょうど藤棚の下で休憩していた時、雨が激しく降り出したので、水石亭で開催されていた熊野詣の展示を見ました。貴重な和歌の資料があり、「令和の熊野詣」などの関連行事や歴史解説も充実していました。

 帰り道の城南離宮の庭の手前では、カキツバタとツツジの小路を歩きました。

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 今日一日、季節を感じながら、楽しく散策をしました。

 帰りには、城南宮から歩いて10分ほどの場所にある、伏見温泉の力の湯へ寄りました。
 端午の節句が近い連休ということもあり、子供たちで溢れています。湯船には、プラスチックの小さなアヒルたちが、たくさん浮かんでいます。
 私はいつもの通り、露天風呂でのんびりしました。




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2026年04月22日

京洛逍遥(973)新緑の宇治川派流と伏見十石船

 近鉄桃山御陵前駅から西に向かって伏見大手筋商店街を真っ直ぐに歩き、納屋町通から南下して龍馬通りをブラブラ行き、宇治川派流の散策路に出ました。
 その川沿いの桜並木道を西に歩くと、気持ちのいい新緑に覆われた川と小路が続きます。

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 すでに何度か紹介したように、右側に寺田屋、左側に「龍馬とお龍 愛の旅路」像があります。三十石船の乗り場は、このすぐ横にあります。
 ちょうど、運河クルーズの伏見十石船が通りかかりました。この少し先の右手に、京姫酒造があります。

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 引き返して、中書島の方に向かって宇治川派流沿いに歩くと、今度は別の伏見十石船と出会いました。

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 さらに歩くと、絵の中にいるかのような新緑の中で初夏を感じます。左側に月桂冠大倉記念館の塀が続きます。のんびりと散策を続けました。

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 帰りは宇治川の派流をまた引き返して、寺田屋の前から龍馬通りに入り、黄桜カッパカントリーを抜けました。まだ、黄桜記念館には入ったことがありません。私と妻は共にお酒を飲まなくなったので、つい通りすぎるだけとなっています。

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 大手筋の商店街で食事をしました。
 今年初めて口にしたタケノコは柔らかく、京都産ならではの春の香りがしました。




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2026年04月08日

京洛逍遥(972)下鴨神社に欅を獻木し半木の道と植物園へ

 新年度が始まり、今年も無病息災と日々の安寧をお祈りするために、下鴨神社へお参りしました。糺の森に足を踏み入れると、太古の息吹が森厳な雰囲気の木立の間から伝わってきます。

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 糺の森の参道を歩いていると、木の間隠れに最近獻木された標識が多く目につきました。そして、大きな木が樹齢を全うしたのか、完全に空洞になっているのを見かけました。

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 昨秋は、結婚50周年を記念して、檜皮葺き屋根の葺き替えに使う檜皮(ひわだ)の奉納をしました。下鴨神社の崇敬会からのお知らせに、糺の森を守り伝える活動の一環として、自然環境保護への支援を、ということが報じられていたことを思い出し、我が家も獻木をしようと思い立ちました。

 社務所で担当の方に詳しい説明を聞きました。樹種は、カエデ(モミジ)・ケヤキ・カツラ・エノキ・ムクノキの5種類から選んでほしいとのことです。
 私は、以前から欅の木に興味がありました。井上靖の小説の影響です。

「京洛逍遙(149)賀茂川畔の欅並木」(2010年07月07日)

 そこで、すぐに「ケヤキ」にしました。
 今回お願いしたのは、次の成木です。
 ・幹周 20cm 前後
 ・樹高 4〜5m
 ・樹齢 7〜10年
 木に添えるプレートは、妻との連名です。

 ちょうど、明後日までに申し込むと、今月の29日に下鴨神社の境内(糺の森馬場)で開催される「糺の森市民植樹祭」に間に合うとのことです。ただし、この社務所では現金しか受け付けられないと。それでは早速にと、スマホで振込の手続をしようとしたところ、振り込み先の受け取り人の口座名がとてつもなく長いのです。
「公益財団法人世界遺産賀茂祖神社境内糺の森保存会 理事長奥正之」
 しかも、これをカタカナで入力するのです。
「コウエキザイダンホウジンセカイイサンカモミオヤジンジャケイダイタダスノモリホゾンカイ リジチョウオクマサユキ」
 しかし、この文字列を「〜カモミオヤジンジャケイダ」まで入力すると、以降の文字はスマホが受け付けてくれません。長すぎるのです。

 担当の方は、銀行の窓口で手続をすればいいとおっしゃいます。偶然にも、この下鴨神社の口座は近くの京都銀行下鴨支店です。私は宇治に転居する5年前まではこの近くに住んでいた関係で、下鴨神社と同じ支店に口座をもっており、そこからスマホで振り込もうとしていました。銀行は近いのと、この地域には15年も住んでいたので勝手知ったる場所でもあり、銀行に急ぎました。閉店まで、あと30分もありません。

 銀行の窓口で口座名が長いことなどを説明すると、キャッシュカードがあればATMでも出来るとのことで、行員の方が一緒に手続をしてくださいました。ところが、ATMが受け付けてくれません。振込詐欺の保護から、10万円以上の振込には口座にロックがかかるのだそうです。事情が事情なので、すぐに店内の奥で私の口座のロックを解除してくださり、再度ATMで振込が完了しました。銀行の方は、ひたすらご理解をと頭を下げておられました。それだけ、危機管理がなされていると言えるのです。
 送金が無事に終わったことを確認していただいてから、銀行を出ました。ちょうど午後3時で閉店スレスレの時間でした。私にはよくあることです。それにしても、ドッと疲れました。

 銀行を出ると北大路通りなので、そのまま西へ歩いてかつて住んでいた家のそばを通り、賀茂川に沿って桜並木が続く半木の道へ行きました。

 近くの和菓子屋さんの長生堂は、変わることなくありました。我が家にお客さんがお出でになった時には、いつもここに走って来て特注のお菓子をいただいていました。

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 北大路橋から北に延びる半木の道は、みごとな桜並木となっています。毎日のように散策していた河原なので、妻との思い出話も弾みます。この先の木陰にあるベンチで、よくお弁当を食べたものです。

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 途中から、すぐ横の府立植物園に入りました。半木の道は、この植物園に沿って延びているのです。

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 園内の散策路に入ると、風景が一変します。次の写真の中央奥の左には、水車小屋が見えます。海外でこのブログをご覧になっている方々も多いので、少しサプライズを。

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 北大路駅に行くために、トントンと呼んでいた飛び石の真ん中が、土砂が堆積して島になっていました。水不足の影響もあるのでしょう。初めて見ました。

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 半木の道の対岸である右岸から植物園を見やると、桜並木が賀茂川の水面に映えてきれいです。ただし、桜の迫力が感じられなかったのは、桜の枝が細っていたからでしょうか。木の数も相当減ったように思われます。

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 パノラマで撮った写真もアップします。

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2026年04月05日

京洛逍遥(971)宇治川の桜と陶器まつり

 昨日の雨も上がり、コートのいらない好天です。
 宇治川の中ノ島で開催中の、さくらまつりと炭山の陶器まつりに行きました。
 途中で、春の到来を告げる多くの花と出会いました。

 チューリップ、椿、ボケと、いろいろな色合いで楽しませてくれます。

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 朝霧橋の手前にある匂宮と浮舟の像の横に、光源氏という椿が咲いていました。あるのは知っていました。しかし、花開いているのは初めて見ました。

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 妻から、宇治十帖には光源氏が出てこないのに、どうして光源氏という椿を植えているのか、という問いを受けました。いろいろと思いを巡らせても、もっともらしい答えが出て来ません。深く考えるな、というところでしょうか。

 その像のうしろから、朝霧橋越しに対岸の中ノ島と塔ノ島のさくらまつりと陶器まつりの会場の賑わいを望みました。

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 陶器まつりで、いい形と色の丼があったので2ついただきました。
 妻は、ベランダで育てる花をいろいろと手に入れていました。

 塔ノ島の喜撰橋は、あまり紹介していませんでした。『百人一首』にゆかりがあり、私のブログの名前「たつみのいほり」にも関係する喜撰法師です。

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 今日も、平等院では大勢の人が並んでいるので、垣根越しに失礼しました。この宇治に来て、まだ平等院にはお参りしていません。何度も来ているのに、住民になると入る機会がなくなっているのは、観光客との距離感を感じているからでしょうか。

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 橘橋の下を、観光客のための川船が行き来していました。

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 この船を見るといつも、2012年10月にケンブリッジ大学のジョン・コーツ先生とご一緒に乗って食事をいただいたことを思い出します。この後で、ご一緒に平等院に入りました。それ以来、入っていないことになります。

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 コーツ先生は、2022年5月9日に77歳でお亡くなりになりました。そのことは、次の記事で詳しく報告しています。

「昨日お亡くなりになったジョン・コーツ先生を偲んで」(2022年05月10日)"http://genjiito.sblo.jp/article/189525993.html"

 宇治へ行く前には、我が家で先生とお茶を楽しみました。日本の文化に詳しい先生でした。

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 明日はお茶のお稽古に行く日です。
 一期一会の気持ちを忘れないためにも、これからもお茶のお稽古を続けていくつもりです。




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2026年03月30日

京洛逍遥(970)近所の公園で見かけた春の気配(2026年3月末)

 近鉄桃山御陵前駅から西向きに80mも歩くと、道沿いのすぐ左に京阪伏見桃山駅があります。その京阪の踏み切りからさらに西に延びる伏見大手筋商店街を、今日はブラブラと散策してきました。
 お茶や和菓子は、いつもここで調達しています。京焼や清水焼のお茶碗がいろいろと並んでいました。しかし、手にしてみて、何となくよそよそしさを感じたので、今日は遠慮しました。
 反対方向の東側には、伏見城大手門遺構が迎えてくれる御香宮神社があります。
 生温い風が吹いていたので、もうコートはいりません。

 最初は、龍馬通りから宇治川の派流に出て、酒蔵沿いの川端に連なる桜並木を見に行くつもりでした。しかし、もう少し咲き誇るまで待とうということになり、この商店街だけを気ままに歩くことにしました。

 坂本龍馬が避難した材木小屋跡がある大手橋までの700mの間に、銀行の店舗が7つもあります。年度末になると、NPOがらみで送金や入金などの用事がたくさんあるので、ここはとにかく便利な街です。三井住友銀行の店舗が一昨年移転し、先週からATMも京阪の改札口の前に移動していました。大手が撤退していく中で、三菱UFJ銀行は健在です。

 帰りには、中央公園をこれまた気ままに歩きました。椿から桜に入れ替わるところです。画像をクリックすると精細表示となり、色が鮮やかになります。お楽しみください。

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 次の写真は、左下に紫色のカキツバタが、右上に白いミズバショウが咲いています。これからみごとな姿を見せてくれるようです。

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 ユキヤナギも拡がっています。高い木々の中で、地面に沿って咲いています。

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 みかけない花を見つけました。生成AI氏に聞くと、キバナホウチャクソウだと教えてくれました。初めて聞く名前です。春に、黄色い筒状や鐘形の花が下向きに咲くのだそうです。

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 妻は、タンポポを見つけては春が来たと喜んでいます。
 八重咲きの椿もみごとでした。

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 桜は、これから満開を迎えるところです。
 しばらく楽しめそうです。

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2026年03月01日

京洛逍遥(969)東寺のガラクタ市(2026年3月)

 今日から弥生。定年退職後は、歳を重ねるにつれて月日が早く進むように感じます。のんびりとした老後の生活が来るものだと思っていたので、これは予想外の展開です。忙しく毎日バタバタしているのは、あくまでも自分自身の生き様のせいですが……

 月初めの日曜日は、東寺のガラクタ市。陽ざしの柔らかさに誘われて、ブラリと出かけました。暖かかったので、コートは要りません。

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 妻は今日、かつての同僚たち5人と、恒例となっているお喋り散策の日です。今日は宇治市内を食べ歩くとのことで、早々に出掛けていました。

 先月21日の弘法市に来たばかりなので、新鮮味がなく、まためぼしいものもありません。ブラブラと、境内を散策して来ました。

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 相変わらず、お茶道具に目が行きます。1月の弘法市で出会った『百人一首』の100首の和歌と歌人100人を書いた茶碗は、今日も見当たりませんでした。出会いがあれば買おうと思っていたので、残念です。

 出店には、実にさまざまな物が並んでいます。ガラクタ市は食べ物屋さんがほとんど出ていないので、食べ歩きの方に服を汚されることもなく、書画や骨董をじっくりと楽しめます。今日は戦時中の手紙類がたくさん出ていたので、おもしろく拝読しました。手紙は、返信の方が想像を逞しくして読むことになるので、つい時間を取られます。戦前のものは変体仮名が散見されるので、その使われ方がいい勉強になります。人さまのプライバシーを覗き込むようで気が引けます。しかし、教材だと思って見ているので、ご寛恕のほどを願います。

 今日も、来場者の半数以上が海外からの方です。しかも、ほとんどの方が日本語で品物の説明や値段を確認しておられました。ここに来ておられるのは、日本に慣れた方々なのでしょう。日本の歴史と文化と生活を実感できる、生きた文化交流の場となっています。
 東寺は京都駅から歩いて15分。お薦めの散策路であり観光地です。

 夕方には妻が帰ってきたので、明日のお茶のお稽古のおさらいをしました。
 始めたばかりの妻には、まずは袱紗さばきが難しいようです。これだけで、40分は練習をしました。おもしろがってのことなので、楽しい楽しいの連発でした。そして、肩が凝ってきたとも。気長に続けよう、を合い言葉にやっているので、おもしろさを優先しています。

 まだ盆略手前をやっているので、シンプルです。しかし、教える立場の私にとっては、自分の記憶のあやふやさを痛感し、何度もやり直します。やっと茶筅を振る頃には、鉄瓶のお湯が冷めかかっていました。それでも、いい抹茶を使ってのお遊びなので、宇治の香りのするおいしいお茶が点てられました。お茶がおいしい、ということが大事だとおもっています。

 さて、明日はしっかりと先生に教わってきます。




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2026年02月23日

京洛逍遥(968)宇治川派流の桜並木と龍馬通り

 ポカポカ陽気に誘われて、宇治川派流にある桜並木の様子を見に行ってきました。
 まだ固い蕾です。

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 河岸には、龍馬とお龍の像があります。この明日を見ている二人の姿は、夢があって大好きです。

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 この川縁に座って、おやつをいただきました。桜が咲き出したらまた来ます。

 目の前の酒蔵の向こうに、池田屋があります。ブラリと立ち寄ると、何度か来た庭なのに、石碑の文面に変体仮名が散りばめられていることに気づきました。明治37年のものです。
 冒頭の1行目だけを翻字しておきます。長文なので、全文の翻字は後日としましす。

【山城國伏見町】の【寺田屋】盤【昔】より【淀川舩客】能【旅宿】を【業】とせ里【其第六代】乃【主人伊助】能【妻】

 龍馬通りの入口にあるお店で、「龍馬漬け」を見かけました。

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 最近、妻は行く先々でいろいろの方に話しかけています。今日も、お店の方に「龍馬漬け」のことを聞いていました。
 元は、この通りは南浜商店街と言っていたそうです。それを龍馬の人気にあやかって、龍馬通りになったとか。この大根漬けも、その関係で名前を付けたとのことでした。
 お店には、ジョン万次郎の写真と説明が飾られていました。各お店が、龍馬の時代の著名な人物の写真と解説文をそれぞれに掲げ、この通りの雰囲気作りをなさっているようです。
 ジョン万次郎の説明を伺いました。海外の方に留まらず、日本の観光客にも、この地域と明治維新前後のことが知れ渡るのは、観光地としてもいいことです。しかも、今日のおじさんには、住民としての誇りが感じられました。わかってほしい、という気持ちは伝わるものです。いい方と出会えました。
 この龍馬漬けが、帰ってから挽いて淹れたコーヒーと合うのです。龍馬がこの漬け物をこよなく愛したかどうかは今はさて措き、伏見の水はお酒のみならずコーヒーとも合うようです。

 龍馬通りは、酒蔵巡りと歴史探訪ができる、楽しい散策路です。




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2026年02月01日

京洛逍遥(967)東寺のガラクタ市(2026年2月)

 中央公園を抜けて駅に向かう道々で、椿が元気一杯に咲き誇っていました。陽光の中の椿並木を歩いていると、もう春かと思います。来週からまた寒波がやって来るそうなので、束の間の陽気です。

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 毎月第一日曜日は、東寺のガラクタ市。南大門の前では、鷺が出迎えてくれました。

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 今日から2月ということもあってか、雛人形が多く出品されていました。

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 先月の初弘法のように、食べ物屋さんはまったく出ていません。あくまでも、骨董品や古道具が中心です。
 お茶道具も数多くあった中で、お茶を点てながら、そしていただく方も自然に顔が綻ぶような絵柄の茶碗を見つけました。少し歪んだ形も気に入りました。手前には「福」の文字が見えます。一昨日の集会所でのお茶会には間に合いませんでした。来年のお正月のお茶会では、この茶碗でみなさんに福を摑み取っていただきましょう。

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 妻は、いつものようにカバンを作る時の布地にする帯を、ひたすら買い漁っていました。この前に買ったお店のおばちゃんが見当たらないようです。境内狭しと飛び回っているので、スマホでお互いの位置を確認しながら、2人でそれぞれにガラクタ探しです。

 東寺の境内を物色しながら、立ち止まりながらブラブラと歩き回っていたので、腰が何となく怠くなりました。
 今日の歩数は13,713歩。いつもより少し多めでした。




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2026年01月29日

京洛逍遥(966)美術館えきの写真展と江戸時代創業の茶花屋さん

 京都駅の西口改札前にある「おみやげ街道 亰(みやこ)店」に、「京都離宮」という出汁巻き玉子のお店がありました。実演をしていたので、しばらく見ていました。

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 大きくて厚い玉子焼きを見ながら、これまでにおいしいと思って食べたことがないことに気付きました。玉子が大好物ではないことも関係するのでしょうか。目の前で玉子がしだいにぶ厚くなって行くのを見ながら、今度機会があれば口にしてみようかと思いました。

 そのすぐ横の伊勢丹の中にある美術館えき KYOTO で、「写真展 今森光彦 にっぽんの里山を旅する」を観ました。初めて知った写真家です。日本の田園風景を切り取った写真を見ながら、小さい頃に育った生まれ故郷の出雲を懐かしく思い出しました。
 次のポスターに使われている写真は、妻の故郷である秋田側から見た鳥海山だそうです。昨秋11月に、私も車窓からみた山です。

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 山、川、水、滝、森、植物、田圃、村などなど。考えさせる展覧会ではなくて、感じさせる写真展です。意識は過去に向けて想像が飛びます。しかし、おのずと今との対比を心の中で繰り返すので、結構楽しみながら写真を見て回りました。疲れを感じさせない展覧会は初めてです。サーッと観ました。それでいて、今さまざまな風景が蘇ります。不思議です。

 帰りは、大階段に出て歩いて下りました。途中で、京都タワーが額縁の中に収まって望める一角があることに気づきました。この空間は、意図的に作られたものなのでしょうか、偶然でしょうか。私は、たまたま生まれた光景だと思います。

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 今日は、突然ながら、京都市内の三条に泊まっています。宿のすぐ裏手に、茶花を専門に扱う花屋さんの「花政」があります。この花屋さんは、1861年(文久元年)に河原町三条で創業して以来、花卉(かき)業界の老舗として知られています。

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 ちょうど明日の午前中は、いつもの集会所で年に一度の新年のお茶会をする日です。昨年は茶花は飾らなかったので、今年は机の上に置く事にしていました。京都に行くので、どこかにあるだろうとは思っていました。それが、ちょうど宿の真裏にあるというのです。いいタイミングで、しかも老舗の茶花を花挿しに入れることができます。偶然とはいえ、いつもながらのラッキーな巡り合わせです。

 お店の方に教えを請うと、親切に相談に乗ってくださいました。大和西大寺でのお茶のお稽古のお茶室に、先生はご自宅で咲いた椿と臘梅を飾っておられたので、それを希望として口にしました。すると、椿の花と葉の具合を丹念に見比べて、いいものがないと言いながらもこれにしよう、と言って一本を選び出して下さいました。また、臘梅はポリバケツをひっくり返して上に上がり、高い所にあった枝を見定めて2本選んでくださいました。

 椿と臘梅を組み合わせて眺めながら、この枝はいらないとか、この花はない方がいい、とかおっしゃっています。私にお花の心得があると思っておられたようです。とんでもないことです。いいように整理してください、とお願いすると、丁寧に花や枝を取り除いて整えてくださいました。
 そして、明日の朝10時に花が咲くようにしたいのですが、と我が儘を言うと、宿は暖房が入っていて暖かいから、花瓶に挿して一晩置くといい、とのことでした。至れり尽くせりで、ありがたいことでした。

 宿に着くなり、フロントの方に事情を説明すると、すぐに花瓶の手配をしてくださいました。後でお部屋に届けます、と。チェックインが終わり、エレベータに乗ろうとしたまさにその時、先ほど横におられた2人の女性の方が大急ぎでガラスの花入れを持って来て、ドアが閉まる直前に手渡ししてくださいました。

 部屋に入るなり、まずは茶花の世話です。

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 この花を明日は集会所で花瓶に入れ、様子を見ながら花と枝と葉がスッキリするように手入れをします。さて、どのような姿にこの花を入れることになるのでしょうか。楽しみです。

 下鴨に住んでいた頃には、この三条周辺は徒歩圏内でした。勝手知ったる街なので、妻とブラブラ高瀬川沿いと木屋町や、河原町通の「京都BAL」の中にある丸善京都本店で、新刊本の情報収集をしました。ここは、梶井基次郎の小説『檸檬』の舞台として知られており、約100万冊の蔵書を誇る書店です。

 夜の河原町や寺町をのんびりと散策をして、三条通にある宿に帰りました。1階にある京都ゆかりのパン屋さんの「進々堂」では、多くの人が集って大賑わいでした。




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2026年01月21日

京洛逍遥(965)東寺の初弘法と『百人一首』の陶器のこと

 今年最初の弘法市(初弘法)に行きました。

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 境内に露店は、1,200軒が集まったそうです。骨董や食品が所狭しと並んでいます。大勢の方が出かけて来ておられます。日本人が多かったので、少し意外でした。それでも、半分は海外の方のようです。東南アジアの方をたくさん見かけました。お店の方に、簡単な英語や片言の日本語で訊ねておられます。買い漁る中国からの方が少なかったので、穏やかな中にも何かを探す姿勢が到る処で感じられる初弘法でした。新年の晴れやかな賑わいです。

 『百人一首』の茶碗を見つけました。私には高額です。値段の交渉をしても、ほとんど安くならなかったので諦めました。写真だけは撮らせてもらえました。

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 別のお店で、『百人一首』の12番歌である僧正遍照の歌を書いた徳利を見つけました。これはコイン1枚にしてもらえたのでいただきました。

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 【天】津
     可世
  くも能
   可よひち
 【吹】きとちよ
  【乙女】能
    す可た
 し
  は志
  とゝめん

 弘法大師の御影堂の近くで、法会に向かうお坊さんの列に出会いました。自然と頭を垂れる姿勢になり、胸に手を合わせます。

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 今年も、猿回しに出会えました。ちょうど、終わりの挨拶をするところがいいタイミングで撮れました。

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 いつも立ち寄る門前のお花屋さんで、秋口にはなかった白式部の花のことを聞きました。なかなか入って来ないので、秋まで待ってくれとのことだったので、気長に待つことにします。

 今日は、修学旅行生がたくさんいました。貴重な品物との出会いがある弘法市に来るとは、なかなか粋な選択です。わからないながらも日本の物と食の文化の一旦を体感することになり、いい学習になることでしょう。

 1日6回食の私の3時の食事は、いつもの高木鮮魚店です。最近はずっと、海鮮丼や押し鮨(箱鮨・大阪鮨)や軍艦巻をいただいていたので、久しぶりに握り鮨にしてみました。

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 新鮮なネタが握られていて、これで千円なので我が家の予算内です。妻はいつもの漁師めし(海鮮丼)です。

 上の階のワークマン女子で、暖まる健康衣類を買い足しました。予定していた商品は悉く売り切れだったので、今あるもので妥協です。
 1点だけなかったので、それは隣のユニクロで買いました。ただし、ここの返品システムには不信感を持っていることと、今はワークマンの価格設定に無理やり合わせて値下げセールをしています。かつてはヒートテックなどでお世話になったにもかかわらず、今はほとんど行かなくなりました。返品システムについては、次の記事を参照願います。
 「ユニクロの返品交換の方針は一般的なのでしょうか?」
 そして、この時のダブダブのMサイズの商品は、年末年始のお掃除用の布巾となって、最後の一仕事をしてもらいました。

 帰りの京都駅では、551の蓬莱の列が途切れていたので、今日はいつもの豚まんと二種類の焼売に加えて肉団子もいただきました。今日の夜食にするためです。




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2026年01月15日

京洛逍遥(964)病院での予約変更、帰りに茶器を買う、大階段を降りたこと

 今日の大文字山は、薄曇りの寒い中でぼんやりと佇んでいました。

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 本年度から毎週月曜日は、奈良でお茶のお稽古に行くことにしました。
 京大病院での診察と検査の予約をこれまでは月曜日に入れていたので、それに伴い今後の予定が変わります。その変更の手続きで、今日は長時間にわたり予約を振り替えることであたふたとしました。
 特に、月曜日しか診察をなさっていない先生の場合は、主治医の先生が変わることになります。今日の時点では、後日あらためて再検討を、となりました。

 結局、水曜日だけが自由な日で、その日を調整しながらスケジュールが玉突きで大移動です。少しずつ動かしながら、無理のない最適な予定を組むことになります。

 これまでにも、スケジュールの移動に関しては東京と大阪での社会人講座で経験しています。
 変体仮名を読む講座を、今は4つ持っています。しかし4年前までは、3つの講座が、水曜日、金曜日、土曜日と分散していました。それを、少しずつ移動させて、一昨年からはすべてを土曜日に集中させました。昨夏から始めたものは、空いていた第1土曜日に入れることで、パズルがきれいに一列にまとまりました。

 スケジュールを眺めていると、あらためて慌ただしい日々を送っていることを実感します。ただし、自分が一番好きなことをしているので、充実感を持って楽しく飛び回っています。明後日からは東京です。
 この隙間に、リハビリを兼ねた街歩きをするので、本来の仕事をするのは夜の時間帯となります。量は極端に減ったとはいえ、これも好きなことを好きなようにしているので、今後ともマイペースで取り組んで行きます。

 多くの方への連絡や約束は、こうした中での対処となっているので、忘れていたら折々にいつでも遠慮なくおっしゃってください。
 今もスケジュール表を修正しながら、書き忘れや消し忘れがないか、ネット上のクラウドにあげているデータを再確認しています。

 さて、本日の脳神経内科では、1週間前に受けた右足のむくみについて、検査結果を教えていただきました。結局、血管は詰まっていないので、治療を要するむくみではないとのことです。血液検査でも、体内器官や甲状腺などにも問題はないようです。脳梗塞の後にはよくあることで、足を上げて寝るなどしながら、もう少し様子を見ましょう、ということになりました。
 とにかく、まずは一安心です。

 手元にある薬の残りに多寡があるので、調整をしてもらいました。
 処方箋の送り先は、今日からは家と駅の間にある一昨年に開院した病院の隣にある薬局に変更の登録をしました。

 帰りは、夕暮れの賀茂川を散歩しました。下鴨に住んでいた頃には、朝昼晩と賀茂川沿いを散策していたので、薄暗くなってからの散歩は久しぶりです。

 荒神橋の上手の飛び石を、いつものように飛んで渡りました。足腰の調子を看るのに、この川渡りはいいリハビリです。今日は、1度だけ右足が上がらなかったために、躓いて川に落ちそうになりました。調子の悪い右足で蹴り、左足で着地をしようとした時でした。蹴った右足が、着地をした左足に合わせて、うまく次の石の上まで延びなかったのです。危ないところでした。その後は、左足で蹴り、右足で着地して渡り切りました。右足での着地は、ぐらついたりバランスを崩さないか、慎重に石を飛びました。後ろから様子を見ながら付いてくる妻は、ハラハラしたようです。

 河原では、多くの若者たちが3つのグループに分かれてモルックを楽しんでいました。集会所では、狭い部屋の中に敷き物を拡げてやっています。この若者たちは、だだっ広い公園で思いっきり投げて遠くに飛ばしているので、実に大らかにゲームを楽しんでいました。

 出町柳の手前にある骨董カフェ「京や南店」で、春先の柄のお茶碗をいただきました。

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 今年から始めたお茶のお稽古では、季節季節の柄のお茶碗を持参して練習しようと思っています。まずは桜からです。その他、いろいろと小物も見つけました。

 さらに必要な小物を求めて、出町柳駅から帰るのではなく、市バスで京都駅に出て、伊勢丹の茶器売り場に寄りました。その売り場は8階にあったので、帰りはいつもの大階段を使って降りました。ちょうどイルミネーションが始まっていたので、真ん中しかない手すり持って降りました。

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 両サイドに手すりがあれば、下で写真を取っておられる方の邪魔にはならないのに、この京都駅のビルの設計は弱者のことをまったく考えない、健常者だけのための施設なのです。上の写真の中央上に2人の姿が写っています。ここしか、歩けないのです。かねてより見直しを提言しているところです。今、再検討がすすめられているようです。私の要望書が無視されないことを願っています。このことを扱った2本の記事を、念のためにあげておきます。

「京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える」

「[その 3/3]京都駅舎の設計に関する新聞記事への違和感」

 さらには、夜食にするために551の蓬莱の豚饅とエビ焼売も、京都駅で手に入れました。何かと忙しい帰り道になりました。

 病院のサービスを利用して処方箋を送った、自宅近くの薬局がまだやっていたので、薬を受け取りに行きました。ところが、FAXは届いていないとのことです。処方箋の原本を見てもらい、受け取る薬の用意をしてもらいました。その間に、FAXが届いていないことについて、手元にあるFAX送信済みの受付票を見てもらいました。確かにこの薬局に送信した記録が記されています。
 いろいろと確認しておられた時に、薬剤師の方が、送信した宛て先がFAX番号ではなくて薬局の電話番号になっていることに気付かれたのです。今回の私が、この薬局としては京大病院のFAX送信サービスでなされた手配の第1号だ、とのことです。この薬局の宛て先であるFAX番号が間違っていることは、私が開局以来初めての例だったのでわかったのです。京大病院で昨年開局した薬局をコンピュータに登録する時に、FAX番号ではなくて電話番号を登録されたようです。明日、病院に直接確認しておきます、ということで、私には何も落ち度がなく処方箋の原本も持参していたので、無事に薬をいただくことができました。

 世の中には、予想外の出来事がいろいろとあるものです。特に私は、こうしたトラブルに出くわすことが多いのです。気をつけようにもどうしようもないことなので、こんなこともままあるものなのだ、ということでこのことも一件落着ということにします。




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2026年01月11日

京洛逍遥(963)女子駅伝と京都マラソンと宇治川マラソン

 今日は、洛中の外周を「皇后杯 第44回 全国都道府県対抗 女子駅伝」のランナーが走りました。3年前まで住んでいた所が北大路通りから京都御所に向かうコースに近かったので、例年見物と応援に行っていました。今日も行こうと思いながら、風邪気味ということもあり、外の寒さを考えて出掛けるのを止めました。

 結果は大阪・兵庫・長野の順位で、2連覇を狙う京都は惜しくも4位でした。見ようと思っていた場所は紫明通だったので、往路も復路も先頭集団とは離されていたようです。また来年、ということにしましょう。

 なお、もう13年前のことながら、「皇后杯 第31回 全国都道府県対抗 女子駅伝」を応援した時のことは、「京洛逍遥(250)都大路を走る女子駅伝」(2013年01月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/178970734.html)に書いています。この年は奈良から京都に転居した翌年だったこともあり、奈良のランナーに注目していたことがわかります。

 最近、街歩きをしていると、来月開催されるマラソンのポスターを見かけます。
 絵柄がおもしろいので紹介します。

 全国的に知られているのは、2月15日の「京都マラソン2026」でしょう。ポスターは2種類あります。京の町衆が走る徒競走が活写されています。

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 この京都マラソンについては、「濃茶のお稽古で自分だけが大あわて」(2018年02月18日、http://genjiito.sblo.jp/article/182450517.html)の最初に、ほんの少しだけ書いています。

 もう一つは、「京都マラソン2026」の1週間後の2月22日に実施される、「40th 宇治川マラソン大会」です。このポスターは、十二単のお姫さまが運動靴を履いて走る姿が描かれています。

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 3年前のこのマラソン大会のことは、「京洛逍遥(824)『源氏物語』の宇治十帖古跡巡り」(2023年02月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/190200617.html)の中程に少しだけ書いています。
 今年は、前日から東京へ行っているために、応援に行けません。これもまた来年、ということになります。




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2026年01月09日

京洛逍遥(962)廬山寺の歌碑を確認してから京大病院へ

 中之島図書館で明日使う資料の内、写真では判別が難しい文字がありました。そこで、実物を実際に確認するために、廬山寺へ行きました。過去の写真や、ネットに公開されている情報を確認しても確定できないからです。

 大弐三位の「ゐなの」の「なの」と、「やはする」の「す」の文字が、石の色と紛らわしく、その刻字も不鮮明なため、字母の確認ができないのです。

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 今日はちょうど、桜が咲き初めたところです。好天の中、じっくりと文字と睨めっこができました。

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 歌碑の右横に置かれた銘板は、次のように掲示されています。微妙に字形が異なるのです。こちらの銘板の方が、文字を刻む時の最初の資料だったのではないか、と思われます。

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 この銘板の文字を参考にして歌碑と対峙すると、「ゐ那農」と「やは須る」だと読めます。特に、「ゐ那農」の「那農」は、これまで私が「な乃」だと思っていた文字です。

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 今回の実見により、その翻字を修正することにします。

    【大貮(貳)三位】
【有馬山】ゐ那農
さゝ【原】可ぜふ介ば
 いで所よ【人】を【忘】れ
   や者須る

 なお、途中のバスの中での出来事を記しておきます。
 降りる方が「ありがとう」とおっしゃった時に、女性の運転手さんが「こちらこそ」と返事をなさいました。公共交通機関では「こちらこそ」はあまり聞くことのない言葉でのやりとりだったので、こうしたコミュニケーションも人間味を感じさせていいものだな、と思いました。

 今日の大文字山は、新年らしく春を待つ姿をしています。

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 京大病院の超音波検査センターで、足の血管を超音波のエコーで診てもらいました。
 昨年の秋口から右足がむくむことが多くなったために、脳神経内科の診察の折に検査を入れてくださいました。脳梗塞の後遺症の疑いがあり、足の静脈の血の流れを見てもらうことになったのです。特に右足が顕著なので、これまでの一連の右半身の障害の一つだと思われます。大事に至らない内に、早め早めの対処をしていただいています。検査結果は、来週わかります。




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2026年01月03日

京洛逍遥(961)宇治上神社の後はHONBAKO京都宇治へ

 今年は、街に出かけてもお正月らしさが感じられない中で、京阪宇治駅前の通園には門松が飾られていました。こうした光景を見るとお正月であることを感じるのは、すでに一世代古くなったからでしょうか。

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 元日には、4年前までいた所の氏神さまである、下鴨神社へお参りしました。新年2つ目の初詣は、今の住まいの氏神さまである宇治上神社へ行きました。共に世界文化遺産で国宝の神社です。
 鎌倉時代前期に伐採された桧が使用されている拝殿は、1000年前の寝殿造りの実際が見られます。

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 その正面の半蔀の前には、2流派のお花が生けてありました。

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 少し南に下り宇治川近くの宇治神社には『百人一首』に収録されている喜撰法師の歌「わ可【庵】は【都】のたつみ〜」が石碑として置かれています。しかし、今日はおみくじが優先となっており、残念ながら近付くことも、刻まれている文字を読むこともできません。もう少し工夫できなかったのでしょうか。これも貴重な文化資産なので、残念な神社側の対処だと思いました。

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 平等院の表参道から宇治橋通を経て、シェア型書店HONBAKO京都宇治へ新年のご挨拶に行きました。本年は今日から開店です。

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 多くの方がいらっしゃっていました。ここは、本屋さんに留まることなく、まさに本好きが集まるコミュニティが生まれ育っています。妻も、初めてお目にかかる方々と、本にまつわる話などで盛り上がっていました。自分の興味と関心のある話で、初めて出会う方との会話が展開するのですから、すばらしいコミュニティが形成されていることを実感しました。ますます多くの人々が集い、来ることが楽しみになる場所になってほしいものです。




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2026年01月01日

京洛逍遥(960)下鴨神社への初詣で晴れ着姿がないことを実感

 今朝は早々とお仏壇にお膳を運び、今年も息災に過ごせるように見守ってください、とご先祖さまにお願いをしました。我が家のご先祖さまは、ほぼ願いを叶えてくださるので、いつでも何でもお願いをしています。頼りがいのある支援者なのです。

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 お節は、奈良にいる息子が今年も2年続きで忙しくて作りに来られなかったので、昨年同様に妻が手がけました。
 我が家の2026年は、我ら2人とお仏壇の中に4人、そしてメダカの成魚が5匹、幼魚が1匹、稚魚が8匹のメンバーで生活がスタートしました。

 自宅から出町柳駅まで、近鉄と京阪の2つの電車を乗り継いで40分。不思議なことに、この間に1人も着物姿の方を見かけません。おめでたいお正月らしさが感じられなくなっている、と感じました。

 出町柳駅から下鴨神社まで、参拝の人々の大群に流されながら歩きました。ここでも、お茶会に行く時の着物姿の高齢の方が3人と、晴れ着姿の若い方が2人、男性は紋付羽織袴姿のエジプトでお世話になった方によく似た1人を見かけただけです。糺ノ森の参道でも見かけません。ほんの数人しか着物を着ていないのです。いつもの初詣でとは違うのです。対して、女性のミニスカートが増えています。妻が、50数年前に自分で作って穿いていた学生時代を思い出す、と言っていました。パンタロン姿もチラホラ見られ、懐かしいと言っています。ファッションの巡り合わせなのでしょうか。

 境内の鳥居の前で、恒例の焚き火にあたり、暖を取りました。後方に楼門が見えています。

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 本殿にお参りするのに、ここまで行列ができています。こんなことも初めてです。ここはかつての氏神様なので、勝手知ったる境内をうまく擦り抜け、本殿の近くまで行きました。しかし、とても入れるような状況ではないので、隙間から礼拝をしました。お札をいただくのも一苦労です。いつもと違う初詣です。

 楼門までにも着物姿はなく、境内に入ってからは2人だけ見かけました。海外の方がレンタルで着物を借りてお参りしておられると思っていた予想は、大きく外れました。

 帰りには、いつものように境内のテント下で甘酒をいただきました。寒い時には、殊の外おいしいのです。
 鳥居前の焚き火にあたろうと思って足を向けると、すでに消火作業をなさっているところでした。

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 下鴨神社からの帰りも、出町柳まで着物を着た方とは1人も出会いません。自分の中にあったお正月風景の中の華やかさが、もののみごとに崩れました。




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2025年12月30日

[その2]京洛逍遥(959)先斗町から三条寺町へ

 歯の治療が一段落ついたこともあり、H歯科の帰りに妻と駅で待ち合わせをし、河原町界隈を散策することにしました。
 下の歯の締め付け感から顎が熱を持つこともなく、貼り付けるだけだった上の歯がポロリと落ちてくることもないので、安心して話ができ、食事ができるのです。何かとモヤモヤしていた1年だったので、一時は京大病院のモヤモヤ外来の受診を考えるなど、真剣に悩んでいました。

 爽快な気分で四条河原町に出て、年の瀬の食事を先斗町ですることにしました。
 ブラブラしていたら、ウサギの小物を扱う小さなお店がありました。

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 私は卯年生まれでもあり、狭い店内でいろいろと見ていたら、お店の方が抹茶茶碗に茶筅をササっと振って、一服点ててくださったのです。思いがけず、美味しいお茶をいただくことになりました。他にいらっしゃった2人の海外の方にも差し上げておられました。このおもてなしは、皆さんに喜ばれることでしょう。お店で何もいただかなかったので申し訳ないと思いつつも、お礼を言うと、朗らかな返しが聞こえました。海外の方には、大いに日本のイメージを上げていることでしょう。

 先斗町には、焼肉屋さんが多いことに、あらためて驚きました。そして、少食の私が、しかも一人1,200円以内という予算で入れるお店は見つかりませんでした。

 そのまま三条に向かうと、先斗町の歌舞練場の前にあり過日の火災で焼けたお店がシートに覆われてありました。二十歳の時に火事で焼け出された経験を持つ私は、目のやり場に困りました。これからが大変であることがわかるからです。お隣のお店も、貰い火で類焼したためにしばらく休業します、という張り紙が貼られていました。

 河原町通を西に渡り、足はいつものくら寿司に自然と向かっています。しかし、気を取り直して自由に食事ができるようになったことでもあり、寺町通に出て、かつて行った、創業明治11年の生そばの「常盤」に入りました。このお店のことは、本ブログの「京洛逍遥(927)『百人一首』の版本、昭和の大衆食堂、そして桜を観る」(2025年04月05日、http://genjiito.sblo.jp/article/191308127.html)の中程で紹介しています。
 ここは、昭和を彷彿とさせるレトロな大衆食堂です。運良く、入るとすぐに座れました。
 私は、鯖の塩焼き定食を、妻は今日も大好きな、昔ながらの中華そばです。
 今日も、ご飯は少なめだったにもかかわらず、お蕎麦と鯖とご飯のそれぞれ半分は妻に渡しました。
 それにしても、口の中がしっかり安定していると、少しであっても食べ物が美味しく感じられます。年の瀬に合わせて補修してくださったH歯科には、感謝の思いを強くしました。

 このお店の隣には、矢田寺があります。このお寺のことは「京洛逍遥(878)矢田寺の御詠歌とソバ屋の変体仮名」(2024年08月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/191030599.html)に書いているのでご覧ください。ここの扁額に書かれた矢田地蔵尊詠歌の変体仮名は、実力を測るのに最適です。上記の記事にある答えを見ずに、チャレンジをしてみてください。
 今年も、いろいろとあったものの、何とか無事に生き延びることが出来た感謝を、お地蔵さんにお伝えしました。

 その少し南には、鳴門鯛焼き本舗があり、一ついただきました。お支払いするついでに、東京の新橋駅前にあるお店もお宅の系列店ですかと聞くと、そうだとのことでした。新橋のお店はいつも急いで通るので、新年に行った時にはいただくことにしましょう。

 三条通を京阪三条駅に向かって東に歩き、三条小橋の角にある小川珈琲に入りました。今、私は珈琲焙煎工房Hugの豆を挽いて愛飲しています。しかし、その前までは、小川珈琲の豆を挽いていました。
 2階の窓辺で、高瀬川と柳や桜が春を迎える姿を眺めながら、リッチな珈琲をいただきました。優雅な半日を、心置きなくのんびりと過ごすことが出来ました。




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2025年12月14日

京洛逍遥(958)天使突抜通を歩いた後は錦の富美家で夕食

一昨日の集会所で、天使突抜通(てんしつきぬけどおり)を知ってる? と聞かれた時に、名前は知っているけど通ったことがないんです、と答えました。その後、私のブログで検索したところ、名前は取り上げていても確かに行ってはいません。ブログには、五條天神宮(天使の宮)に関して、次のように書いています。

 その名前から、菅原道真を祀る天満宮かと思い、駒札の説明を読んで、まったく違うことを知りました。ここは、創建当初は「天使の宮」とか「天使社」と言い、社号の天神(テンシン)は天つ神を意味するものであり、道真の天神(テンジン)と違うのでした。「天使突抜(てんしつきぬけ)」という通り名の由来になった所のようです。街区表示板に「天使突抜二丁目」というのがあるそうです。しかし、たまたま行き合っただけの私には、そこまで思いが至らず見かけませんでした。次に通りかかったら、この表示板を探してみましょう。(「京洛逍遥(863)西洞院通を四条通まで歩き、義経や道真や小町と出会う」2024年04月04日、http://genjiito.sblo.jp/article/190843415.html

 それでは行って見ようと今朝方思い立ち、地下鉄五条駅から歩きました。
 通称の天使突抜通は、実際には東中筋通と言うようです。

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 雰囲気のある建物がありました。このあたりは民泊が多い地域で、ここは1棟貸しの宿のようです。写真の右端に写り込んでいる地名表示に注目です。

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 歩いていると、一際目を引く暖簾を見かけました。唐松 京都天使突抜店は、京町家を鉄道ショップに改装したお店です。外観とお店の中は落差がありそうなので、通りすぎることにしました。

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 近くにあった駐車場の表示が気に入りました。おしゃれです。

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 途中で見かけたお店の表示に、京ことばが書かれていました。

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 毎週火曜と金曜日に行く集会所での集まりには、かつて御所の近くに住んでいたと言われる方が、「〜おくれやす」とよくおっしゃいます。吉本新喜劇で座長をし、今も大活躍の役者さんのお母さんです。明日も会うので、こうした京ことばのことを聞いておきましょう。

 天使突抜を抜けて高辻通に出ると、道元禅師遺蹟之地がありました。

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 横の標識には、次のように書かれています。先月末に永平寺に行き、宇治の平等院の対岸には興聖寺があるので、説明文をじっくりと読みました。ここで54歳で亡くなったとあり、その若さに驚きます。

道元禅師示寂の地
 この地は曹洞宗の開祖道元禅師が生涯を閉じたところである。
 道元禅師は、正治二年(一二〇〇)に京都で生まれ、比叡山で出家の後、建仁寺の栄西の門に入って禅を学び、貞応二年(一二二三)に入宋した。帰国後、建仁寺に足をとどめたが、その後、深草に興聖寺(後に宇治に移る)を建て、教化活動を続けた。晩年にいたって、権勢を逃れ、越前(福井県)の地に永平寺を創建し、釈迦正伝の仏法である禅の厳格な宋風を樹立した。
 建長五年(一二五三)病の療養のために弟子懐弉を伴って上落し、この地(下京区高辻通西洞院西入)にあった俗弟子寛念の屋敷に滞在し 同年八月に五四歳の生涯を閉じた。
                      京都市


 四条通に出ると、西洞院四条の南に小野小町の別荘があり、ここに化粧水があったということは、上掲の「京洛逍遥(863)西洞院通を四条通まで歩き、義経や道真や小町と出会う」にも書いた通りです。

 四条通を少し東に歩くと、膏薬辻子(こうやくのずし)があります。ここは、大納言藤原公任の邸宅である四条宮のあった場所でもあります。

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 錦市場の中にある富美家で、鍋焼きうどんをいただきました。お出汁と言えば富美家と言われています。確かに美味しいお出汁です。

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 2010年に、私は京大病院で胃ガンの手術をしました。その退院を控えた9月のある日、外出許可をいただいて、見舞いに来てくれた長男と一緒に、お互いに自転車でこの富美家へうどんを食べに来ました。息子は四条通に近い仏光寺に住んでいて、私は下鴨貴船に住んでいたので、京大病院はお互いのちょうど中間地点だったのです。そして、料理人の息子が胃を無くした私の退院記念に選んでくれたのが、この富美家だったのです。具のないうどんでした。しかし、息子が推奨するだけあって、そのお出汁の美味しかったことが今も忘れられません。今日も、そのお出汁を妻と堪能して来ました。




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2025年11月16日

京洛逍遥(957)美術館「えき」KYOTOで牧野邦夫展を観て

 「生誕100年 昭和を生きた画家 牧野邦夫 −その魂の召喚−」という絵画展を、美術館「えき」KYOTOで観てきました。
 昭和61年に61歳で亡くなった、自画像に拘った画家です。レンブラントに憧れ続けたことが、作品の端々から伺えます。
 展示されていた100点以上の作品から、画家の強い意志が伝わってきました。観るものを圧倒する厳しい視線が伝わってきます。なかなか出来ない体験をしました。

 中でも、「《未完成の塔》」だけは写真撮影が可能でした。
 横に添えてある説明文の一部を引きます。

撮影OK
109
未完成の塔
未完成
油彩、カンヴァス
個人蔵(練馬区立美術館寄託)

(前略)
1975年は、昭和50年で牧野50歳。10年ごとに一層ずつ描き進めていく構想を立てていた。
(中略)
一層は完成しているが、二層に取り掛かった制作途上、61歳で没した。三層から上は茫洋とした下塗りがなされているが、キャンバスの上、塔の先端となるはずだった部分には、絵の具が盛り上げられている。90歳を超える長命を保っていたなら、どのような画面になっていただろうか。
(後略)

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 説明文の中に、「10年ごとに一層ずつ描き進めていく構想」であったとし、「一層は完成しているが、二層に取り掛かった制作途上、61歳で没した。」とあります。
 この絵を観ていて、『源氏物語』などの文章による作品でも、書き出されてから次第に仕上がっていくという工程を想定した場合に、この絵と共通することがあるのではないか、と思いました。
 例えば、『源氏物語』という一揃いの物語は、紫式部に代表される編集者が、代々伝わって来ていた物語類を編集したものだ、と考えるとどうでしょう。手元に集まっている物語には未完の小品もあり、それらがさらに良いものにと書き換えられる前に、54帖に組み込まれたと考えるとどうでしょうか。帚木三帖、玉鬘十帖、雲隠、宇治十帖の前のつなぎ三帖、夢浮橋の後、などには、補訂や改訂の手が加えらる前の物語の姿が未完の本文に伝えられている、と見たらどうでしょうか。
 そんなことを、この牧野邦夫の長期構想の中の制作途上となった「《未完成の塔》」を観ながら思いました。多くの方からは、一笑に付される妄想だと言われることでしょう。しかし、証明が難しいことであっても、意外といいところを突いた見方ではないか、と思っています。相変わらずの独断と偏見の持論で恐縮です。

 今日は、あまり知られていない画家の絵を通して、さまざまなことを感じ、思う機会に恵まれました。

 この美術館へは、大階段を登って来ました。

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 帰りは、また大階段へ出て屋上にある大空広場へ上がり、少し休憩してから歩いて下りました。昨日行った護王神社の足腰のご利益がないのか、少し疲れを感じました。

 今春より京都駅前については、有識者会議による「まちづくり構想」の議論が進んでいます(京都新聞「京都駅前の再開発」2025/11/16「社説」)。駅前だけでなく、この駅舎についても、高齢者や身体に障害がある方を視野に入れた、人に優しい視点での作り直しをお願いしたいものです。今が、あまりにも時代遅れの、弱者への視点を欠いた設計になっているので。
 過日、本ブログに掲載した、「[その 3/3]京都駅舎の設計に関する新聞記事への違和感」(2025年10月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/191514994.html)をご笑覧いただけると、小さいことながらも問題点の一部が見えてくるかと思います。




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2025年11月15日

京洛逍遥(956)『源氏物語』に出て来る花や木に関する講演会で

 今日は、弘文院セミナー「紫式部が見た花や木〜源氏物語からさぐるパートB」という講演会のために、護王神社へ行きました。場所は、京都御所の西側で烏丸通りに面した、今出川と丸太町のちょうど間にあります。ここは、足腰の守護神として知られています。毎日1万歩を目標にして歩いている私たちにとっては、まさに守護神といえます。

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 受付で、護王神社の境内の神木であるカリンの木になった果実をいただきました。右側の木が、区民の誇りの木として名木百選に選定された、樹齢100年以上の「ぜんそく封じの御神木」です。今年は、カリンが大量に獲れたそうです。

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 大きさがわかるように、卵と一緒に並べて写しました。立派なカリンです。

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 そして今、妻がカリンの実を剥いて切り、カリン酒を作る準備をしているところです。さて、どんなお酒ができますか。私はノドが弱いので、カリン酒は特効薬になりそうです。大いに楽しみにしています。

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 さて、本日の講師は、府立植物園名誉園長の松谷茂さん。植物園の近くに住んでいた頃に、名物館長だった松谷さんの案内を聞きながら園内を歩いたことがあります。
 お話は、具体例としての花や木をスライドで示しながら、わかりやすく語ってくださいました。紫式部の植物に関する感性の豊かさと、その鋭さを強調しておられました。
 今日は、以下の8種類の植物を取り上げてのお話です。花が大好きな妻は、ジッと聴き入っていました。知っていること、知らないことを聞き逃すまいと、真剣な表情です。私は、知らないことだらけで、見るもの聞くものすべてがとにかく楽しい話でした。

1. 蓬(ヨモギ)・葎(ムグラ)
2. 柳(ヤナギ)
3. 椎(シィ)
4. 山橘(ヤマタチバナ)=藪柑子(ヤブコウジ)
5. 桔梗(キキョウ)
6. 松(マツ)
7. 吾木香(ワレモコウ)
8. 菊(キク)

 これは、まだまだ今後に続くようです。
 お話を聞きながらメモをしたことを書き出しておきます。

・『源氏物語』に出てくる植物は110種類。『古今集』の85種類、『万葉集』の160種類に比べると、いかに多いかがわかります。
・『源氏物語』には、ヨモギ(15例)、ムグラ(13例)。『古今集』はナシ。『万葉集』は1例と2例。
・ムグラにはヤエムグラ(5月〜6月)とカナムグラ(8月〜10月)があり、紫式部が見たのはカナムグラに違いない。
・『源氏物語』に出て来るヤナギは枝垂れ「柳」であり、枝垂れない「楊」ではない。
・女三宮だけが花ではなくて「柳」に例えられている。これは、正妻なので唐風文化のシンボルである枝垂れ柳に見立てることにより権威づけをした。
・桔梗は53帖「手習」に1例だけある。紫色の花なので、もっと多くの場面に登場してもおかしくない。女君の誰かに例えてほしかった。
・松は『源氏物語』に最も多く登場する植物で60回。ただし講師の調査では85回。アカマツなのかクロマツなのか、大いに疑問がある。「須磨」「明石」「澪標」「若菜上・下」ではクロマツ、「松風」「薄雲」ではアカマツ。

 お話を伺いながら、『源氏物語』の作者を紫式部という個人に特定しない方が、もっと自由に植物のありようが語れたのでないか、と失礼ながら思いました。また、小学館から出ている『新編日本古典文学全集』をもとにして本文を読んでいらっしゃることについて。室町時代の写本に江戸時代の手が入った大島本の校訂本で考えておられます。今日のお話としては、楽しくおもしろく聞きました。さらには、鎌倉時代の本文で、大島本とは微妙に異なる本文で植物を見ていかれたら、また楽しい、平安時代に寄り添ったお話が展開することでしょう。今、大島本以外の本文で『源氏物語』を読むことは難しい状況にあります。数十年後に、鎌倉時代の本文で『源氏物語』を読む環境に移行したら、また植物をめぐる新しい物語の読み方が展開することでしょう。

 毎日のリハビリウォーキングで自然の中を歩き回っているので、これを機会に妻から草花や樹木について聞きながら歩くことにします。
 ちなみに、今日の帰りには丸太町から四条まで歩いたので、歩数は10,782歩でした。ただし、烏丸通りをひたすら南に向かって歩いたので、道々に植物はありません。住宅街に入り、小路の所々に植栽があるので、街歩きの時に教えてもらうことになります。また新しい楽しみを見つけました。




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2025年11月10日

京洛逍遥(955)下鴨神社に金婚記念の報告をする

 秋空のもと、数年前まで氏神様だった下鴨神社に、金婚を迎えたことを報告しに行って来ました。この下鴨地域には15年間も住んでいたので、勝手知ったるエリアです。

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 糺ノ森を歩くと、太古の霊気を身に浴びることから、気持ちが引き締まります。

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 着物姿の方が多く、七五三のお宮参りの親子連れにもたくさん出会いました。海外の方は、白の着物がお気に入りのようで、何組も見かけました。

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 結婚50周年を記念して、檜皮葺き屋根の葺き替えに使う檜皮(ひわだ)の奉納をしました。我が家は、今も下鴨神社の崇敬会の会員です。しかし、檜皮の奉納は今回が初めてです。

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 「葩」(はなびら)というお菓子を見かけたので、お茶菓子用としていただきました。

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 下鴨神社から下鴨本通に出てすぐのローソンの向かいに、インド&ネパール料理屋のお店がありました。以前は、和食屋さんか関東炊き屋さん(?)だったかと思います。初めて見かけるお店です。

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 これまでになかったお店なので、インド料理に惹かれて入りました。店主さんに聞くと、開店して1年だそうです。ご主人はネパール出身の方でした。インドの方の日本語は聞きやすいので、どこで勉強をしたのかを尋ねると、独学だとのこと。流暢な日本語でした。
 インドに私は10年以上通ったと言うと、どこかと聞かれたのでデリーを中心とした各地だと答えました。しかし、これ以上話を続けると食べることを忘れて喋るので、今日は自粛しました。
 料理は私に合った味付けで、美味しいマサラ料理です。私の好物のパニールやモモもあったので、お正月に初詣に来るので、その時には単品でいただきます。ラッシーも適度な甘さで気に入りました。辛さは6段階あり、私は「1、甘口」、妻は「4、辛口」です。
 下鴨神社にお出でになったら、立ち寄ってみてください。我が家の外食の基準である1,200円以内でいただけます。




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2025年10月27日

京洛逍遥(954)病院からの帰りに出町柳で店名の変更に驚かされる

 京大病院の東に佇む大文字山は、まだ秋らしさを感じさせません。このまま、冬の姿に移り行くのでしょうか。

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 最近、目が疲れやすくなり、目薬を使うことが増えました。また、目がかすみ、見えづらくなったので、先日の糖尿病の診察時に相談したところ、眼科の診察を入れてくださいました。糖尿病の合併症である網膜症には失明のリスクがあるため、迅速な対処をしてくださっています。

 事前の視力検査では、両目ともに1.0が何とか見えているようだ、とのことでした。まずは一安心です。目のピント調整や眼圧や眼底の写真を撮った後、診察となります。

 待っている時に、見えなくなって来たという高齢の女性が、手術が避けられないと知り、その不安を付き添いの息子さんに涙ながらに訴えておられました。息子さんは、根気強く丁寧にお母さんに説明をしておられます。目の手術となると、誰しも不安になります。私も、白内障で両目の手術をこの病院でした時には、大丈夫だとは思うものの、もしものことを考えると心穏やかではありませんでした。

 今日の眼科の診察では、糖尿病に関しては特段の異常はありませんでした。仕事柄パソコンのモニタを見つめることが多いのであればドライアイに注意を、とのことで目薬を処方されました。年と共にいろいろな衰えが出るので、目を疲れさせないような生活を心がけるようにすることもアドバイスとして受けました。ただし、かねてよりの緑内障の兆候は依然としてあるので、毎年検査をするようにと言われました。

 また、今週の予定として組まれていた私の脳神経内科の診察が、先月から始まった妻の定期的な治療の日とバッティングしたことにより、私の診察の方を変更してもらうことにしました。私の担当の先生の都合が付かず、なんと2ヶ月後の12月中旬の予約となりました。そうすると、いただいている脳梗塞関連の薬が手元に残らないので、残りの分を受け取るための面談が設定されました。対応は、いつもと違う先生です。しかし、カルテが集中管理されているので、これまでの経過を確認した上で、問題なく50日分の薬が処方されました。

 問診の中で、昨日は特に右足が上がりにくかったために歩きずらかったことを伝え、対処方法を尋ねました。今日は特に変わっていないのであれば、そのまま様子を見たら良い、と。もしそれでもおかしかったら、遠慮なくいつでも脳神経内科に来てほしいと言われました。脳の血管が、また詰まったかもしれないからです。実際に、運動機能などに影響のない脳の外側の血管は、すでに一本は詰まっているようです。症状がでない箇所なので、定期的に脳のMRIの検査は受けています。

 日々の体調管理を通して、いろいろな症状を抱えながら生きていることを実感しました。何かあったら飛び込める場所があり、複数人の主治医に診てもらえることに感謝です。

 帰りに、荒神橋の北側の飛び石を渡りました。

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 下半身の機能の確認と訓練を兼ねての、我流のチャレンジです。機能に問題がある右足で着地をするのは自信がないので、右足で蹴って左足で着地という方法で渡りました。亀さんの石は形が不安定なので避けました。

 出町柳の桝形商店街を散策し、2軒の骨董屋さんを覗き、出町柳駅のロッテリアで大好きなフライドポテトとカフェオレを妻と喋りながらいただきました。そんな中で、テーブルと壁を見て驚きました。これまでロッテリアだった店がゼッテリアという名前になっていたのです。今年の5月27日からとのこと。お店の内装などはまったく変わらないので、しばらく気付かなかったのです。帰りにお店を出て振り返ると、確かに「ゼッテリア京阪出町柳駅店」となっています。世の中が動いていることを実感しました。




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2025年10月22日

[その2]京洛逍遥(953)雨上がり中での少し肌寒い時代祭

 宇治は朝から雨でした。しかし、今日の時代祭が中止ではないことをネットで確認してお昼に出かけました。

 京阪三条は小雨でした。少し東へ平安神宮に向かって歩き、昨秋、宮川保子さんが『源氏物語』の展覧会をなさった東山白川のタッセルホテル前で、行列の先頭が来るのを待ちました。

 先導役の京都府警察平安騎馬隊が来たのは、午後2時頃でした。

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 それまでは霧雨が少し肌を湿らせる天候だったのが、この平安騎馬隊が来ると完全に上がりました。

 先頭で「平安神宮 時代祭 百三十年」の横断幕を持った女性たちも、この時とばかりに着物を覆っていた半透明のビニールの雨カッパを取り外し、艶やかな姿での歩みが始まりました。

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 時代祭は、今年で118回目です。過去に中止は13回あり、最近では新型コロナウイルス禍で2年連続の中止となっていました。
 私がこの前に時代祭を見たのは、コロナ禍の前、2019年10月26日に結城紬のお店「玄想庵」で視覚障害者と一緒に『点字百人一首』を楽しんだ時です。それ以来なのです。あの日の時代祭の行進は、本ブログの「見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日」(http://genjiito.sblo.jp/article/186731131.html)の冒頭に写真をあげています。

 行列は、近代から古代へと時代を溯って進むので、まずは近代史のお勉強から始まります。
 西郷隆盛と坂本龍馬はどうしても写したかった人物です。ちょうど背景に「みや古」という変体仮名の「古」を含む看板が写り込んでいたのは偶然です。

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 江戸と安土桃山と鎌倉時代は早送りして、三条通から河原町通を北へ急ぎ、京都市役所前で平安時代の列に辿り着きました。
 清少納言の後ろにいる紫式部のお茶目な姿を捉えることができました。

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 その後方には、小野小町がいます。平安時代初期、9世紀の衣装だそうで、中国や朝鮮の味付けがなされているとか。十二単との違いは、また別の機会にしましょう。

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 行列を見るだけなので、通り掛かりの方で興味と関心と知識がなければ、単なる仮装行列に過ぎずおもしろくも何ともないことでしょう。海外の方々への説明が、刷り物以外ではほとんどなされていないので、もっと興味を惹く工夫がほしいところです。葵祭や祇園祭と比べると、盛り上がりに欠ける行列で終わっています。ここは、学生たちをアルバイトとして雇ってダラダラと歩かせることに留まらず、事前に一緒に時代祭のありかたを考える時間を持ち、さまざまなアイデアを披露する場にしたらいいと思いました。

 市役所前の有料観覧席の方々には、主催者側からマイクによる日本語の解説がありました。行列の何箇所かでは、少しは説明がなされていました。しかし、これまでこれでやって来た、ではなくて、スマホなりプラカードなりを駆使したサービスの再検討が必要です。観光行事として、関係者の間では当然考えられたことでしょう。しかし、その成果は今日の流れでは感じられませんでした。

 日本の歴史や文化を、より具体的に知ってもらえるチャンスです。日本はいずれ中国のものになるのだから、と豪語する多くの中国からの留学生や観光客にも、日本の歴史や文化に注意を向けてもらい、その魅力の一端に理解を促すイベントとなれば、その意義も深まることでしょう。

 一人でも多くの方に興味を持ってもらうイベントとするためには、明治以降という京都では歴史が浅い行事だけに、これからの若者が担い育てる役をもっと果たせるはずだ、と思うようになりました。
 京都には大学が多いので、環境には恵まれているのです。いろいろと、取り組みはなされていることでしょう。それを、大人がさらに後押しをして、活気のあるイベントにする、という方策の提起を可視化することから始めたらどうでしょう。




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2025年10月13日

京洛逍遥(952)龍谷ミュージアムの展覧会

 京都駅のすぐ近く、西本願寺の前に龍谷大学の龍谷ミュージアムがあります。現在、「特別展 仏教と夢 ガンダーラから日本まで(夢でつながる教えの物語)」を開催中なので、行って来ました。

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 素晴らしい企画の展覧会でした。惜しむらくは、私にもっと幅広い知識があったなら、感性豊かに展示物から壮大な世界を思い描けたのにと思うと、自分自身に残念な思いが残りました。こうした環境に身を置けることのありがたさよりも、自分の中に「仏教と夢」の物語が大きく展開しないことに悔しい思いをしたのです。

 展示物の名前や説明には、知っている用語や単語が散見します。しかし、それらがバラバラな知識の点に留まっていて、つながらないのです。
 インドの説明が多かったので、何十回と行った中で学んだことが思い合わされました。しかし、それが散発の出来事で終わり、悠久の時間の流れの中で行ったり来たりします。えーっと、えーっとで終わります。返す返すも、もったいないことです。

 明恵の夢の話には興味深いものがありました。大阪大学に提出した博士論文の副査をしてくださった荒木浩先生には、ご著書や論文のみならず、ハーバード大学で展示されていた明恵の夢の資料を見ながら、直接説明をお聞きする貴重な機会がありました。しかし、それらが具体的な内容を伴って、今思い出せないのでした。

 横長の写本を見た時には、ミャンマーで見つけた書写の道具を使って書き写していることに思いが及びました。
 天台山や五台山に関する資料の前では、中国浙江省天台県へ行った時のブログの報告記事が、インターネットのサーバーがクラッシュしたために関連する記事がすべて無くなってしまい、いまだに復元できないままであることを思い出しました。
 絵伝をみると、マンガの駒割りを連想しました。
 展示物を見ている内に、かつて通っていたインドの雑貨屋さんで見かけたり買って来たりした小物を、突然思い出しました。引っ越しの時にまとめてパックしたので、いつか取り出してそれらが何なのか、再確認したいと思います。得体のしれないガラクタであっても、研究の資料になるものが混じっているかも知れないからです。

 シルクロードの遺跡にあった美術工芸品を、世界各国の探検隊が自国に持ち帰りました。大谷探検隊も、その例に漏れません。遺物はあった場所にあるのがいい、と思った時期もありました。しかし、宗教的な意味を持つものであればなおさら、異教徒によって破壊される現実を知り、文化財の保護という観点からも現場から避難させる意味での移動や持ち帰りは必要だ、と思うようになりました。平山郁夫の考え方に賛同しています。
 そのような視点でみると、ロンドンの大英博物館が泥棒博物館と言われ、カイロの博物館の収蔵品が暴動の際に壊され持ち去られたことの意味が、いろいろに解釈されている実状がわかります。私がちょうどカイロに行った後に、政局の混乱に乗じて博物館の中が荒らされました。私が現地の先生や学生さんと見た物は、今も多くが行方不明です。「やはり野に置けレンゲ草」などという悠長な考えではどうしようもない現実の中に、宗教がらみの遺物や歴史資料があるのです。今回の展示でも、シルクロードの現地から持ち帰った物を見て、雑念が混じった視点で資料や史料を見ている自分を実感しました。

 いろいろなものに接することでさまざまに反応する中で、自分自身が溜め込んで知っていることとの連携がスムーズに結びつくようにしたいものです。知識として断片的なものとして知るのではなく、知りえた点と点が連接して物語となるように、物の背景と共にさらに学んで行きたいと思いました。

 館内のシアターでは、短編の映画を3本見ました。丁寧に編集された、よくできたものだったので、各テーマに沿った内容がわかりやすく理解できました。

(1)「ベゼクリク石窟」
(2)「仏伝浮彫で見る釈尊の生涯」
(3)「世にも素敵な当麻曼茶羅」

 この内、「ベゼクリク石窟」については、石窟15号窟回廊壁画が龍谷大学古典籍デジタルアーカイブセンターで実際に復元され、その石窟の中を自由に歩いて仏教石窟の雰囲気を体験することが出来ました。ただし、回廊の幅は実際には1.2mであっても、今回は安全確保のために1.5mにしている、とのことでした。
 また、写真などはネットに転載可能となっていました。最近のこうした傾向は、仲間との情報交換にプラスとなります。早速、以下に3点ほど紹介します。

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251013_石窟2.jpg

 3階の展示を見た後は、2階の展示を見ました。これまでは単語としてしか知らなかった、仏伝浮彫に始まり、書籍や絵巻や図像や仏像の数々が、きれいな会場に整然と並べられています。わかりやすい説明文を読みながら、それらを追いました。充実した、実感実証の一日となりました。

 龍谷ミュージアムのホームページから、今回の出品リストを参考までにあげます。





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2025年10月12日

[その 1/3]京洛逍遥(951)新町通と室町通の間の衣棚通を北上

 地下鉄四条駅からスタートし、新町通と室町通の間を北に向かって歩きました。ジグザグに折れ曲がりながら、北大路通につながる衣棚(ころものたな)通の散策です。

 四条通から六角通りまでには、今は衣棚通はありません。六角通から北に伸びる狭い衣棚通を北に歩きます。至るところで行き止まりとなり、迂回しながら北に向かいます。

251012_衣棚通の始発点.jpg

 なお、六角通の手前の室町通に京菓子の永楽屋があります。
 その玄関先に、「柚子古ゞり」と書いた看板が掛かっていました。

251012_柚子古ゞり.jpg

 これを「ゆずこごり」と読める方は少ないことでしょう。「古」は変体仮名で「こ」と読むことは、今の学校教育では教えません。1900(明治33)年に文部省が平仮名を一音一字に統制した時に、他の200字ほどと一緒に今の平仮名グループから外された仮名文字なのです。しかし、こうして街中には残っています。そうした謂れ無き迫害にあっている変体仮名を見つけては、日本の文字を愛する方々には読んで楽しんでいただけるように紹介しているところです。
 国際的な文字体系であるユニコード(UTF8)に、変体仮名は正々堂々と認められています。しかし、日本国内では認められていないのです。浅薄で偏狭な日本語教育が、今も文部科学省によって続けられています。

 廣野了頓邸跡がありました。初めて知った名前ながら、説明に興味を持ったので取り上げます。この辺りを了頓図子町と言う理由もわかりました。

251012_了頓邸跡.jpg


 「もり一」という店の名前の「も」の字形が一風変わっていたので、資料として採集しました。

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 夕顔に包まれた家があったので、これも撮影しました。

251012_昼顔.jpg

 衣棚通の上方半分は民家が続くエリアだったので、町家の佇まいを楽しみながら歩きました。風情のある板塀が多くて、町並みの変化をおもしろく見て歩けました。

 十数年前に十年以上も住んでいた北大路にあるイオンで休憩して、妻と思い出語りをし合いながらのんびりと過ごしました。




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2025年10月09日

京洛逍遥(950)多くの若者で賑わう御香宮神社の神幸祭

 散策の途中で、宇治川を渡った観月橋の袂のメダカ屋さんに立ち寄り、最近3度も孵化に失敗していることでアドバイスを受けました。どうやら原因は、卵を抱えたメスを隔離するのが早すぎるせいだと思われます。これから寒くなり育てるのも大変なので、温かくなるまで待ってもいいのでは、とのことでした。

 そのまま桃山御陵前まで歩き、御香宮神社で開催中の神幸祭(伏見祭)に参加しました。

251009_大手門.jpg

 とにかく若者が多いことに驚きです。8割方は高校生以下と見ました。どこから集まって来るのか、とにかく若者の大群に圧倒されます。久しぶりです。境内の参道には、150軒以上の露店がびっしりと並んでおり、大盛況です。

251009_屋台通り.jpg


 能舞台には、江戸中期の甲冑が並んでいました。壮観です。

251009_甲冑.jpg

 小さい子が、カニ釣りをしていました。始めて見る遊びです。エサはウドンでした。カニがツメでエサを挟んでも、持ち上げると離すのでなかなか取れません。長期戦になっていました。

251009_カニ釣り.jpg


 大手通のカフェで一休みしてから、電車で帰りました。今日の歩数は13,000歩。涼しくなったので、身体も少し元気になったようです。




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2025年10月05日

京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える

 母は、2004年に84歳で亡くなりました。今日は、祥月命日。生きていれば、105歳です。裁縫が得意だったので、戒名は縫徳禎香大姉となりました。

 日頃は裁縫や編み物をしている穏やかな母だったので、折々に子供と一緒に、車で賑やかな所へ連れて行ったものです。今日も、そのつもりで東寺に出掛けました。西国三十三所めぐりやお寺参りは大好きでした。東寺にも、何度もお参りをしに来ています。

 朝から小雨です。しかし、傘はなくてもいいくらいの霧雨なので、ガラクタ市は中止にならないことを見越して出掛けました。雨のせいで、人出は疎らです。ほとんどが海外からの観光客です。

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 今日も、妻は帯地を何反も買い込んでいました。カバンを作るためです。妻の部屋と作業場所には、布地や帯地が溢れ返っています。毎日、布を見て触り裁断することに熱中しています。

 お大師さまの誕生日は妻と同じです。そのこともあって、ここに来るといつも御影堂に入ります。今日は、お遍路さんと一緒でした。先達の方が、みんなでお経を唱えてもいいかと、受け付けの方に確認しておられました。大師堂の外で、声は控えめにお願いします、と仰っていました。聴こえてきたのは、般若心経でした。

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 前回にここに来たのは、9月7日のガラクタ市でした。その時と同じように、東寺の東側にある慶賀門の前の花屋さんに寄りました。

2251005_花屋森本.jpg

 この前は、白とピンクと紫の3色の桔梗をいただきました。元気に咲いています。
 今日は、紫式部、秋明菊、野牡丹、千日小坊などなど。秋の花が華やかに咲き誇ることでしょう。
 いつもの通り、店主のおじさんと花談義が始まりました。今日は、我々が初めての客だそうです。昨日も、一昨日もなかったとか。最近は、花に興味を示す人が少なくなった、と嘆いておられました。
 紫式部の仲間で、白式部という花があることを知りました。しかし、作る人が少なくて、今日はないとのこと。来月までに入れておくので、と仰っていました。

 歩いてイオンに行き、その足でキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)で12月の勉強会の部屋の予約を取り、京都駅を散策して帰りました。

 帰宅後、京都駅舎で気になっていることを写真付きで何点か列記して、生成AIに問題点の整理を頼みました。大階段の問題点は、本ブログで何度か指摘してきたので、ここでは省略します。

251005_貧相な手すり.png
251005_貧相な手すり.png


2251005_太い手すり.png

 手すりが無骨で安価なものであるために貧相であることや、高齢者や子供が昇り降りする視点が欠落していることなどについて、多くの疑問を抱いています。美観重視で弱者への配慮が皆無なので、その設計思想の背景も聞きました。
 生成AIからは、膨大な量の説明文を受け取りました。なぜあのようなバラバラの駅舎が今もあるのか、その意味が少しずつわかりました。大人の事情があるようです。しかし、そうであっても、これからの時代に向けた、弱者への視点がないことは明らかです。

 そこで、今後のこととして、京都駅の階段や手すりに関する行政・管理者宛ての「要望文(意見書)」のひな形を、生成AIから提案してもらいました。
 以下に、今後の参考までにその全文を引きます。しかるべきタイミングで、この文案を補訂して提示しようと思います。折しも、京都駅舎の立て替えが検討されているようなので、今後の改善にこの文案が役立つかも知れません。また、すでに動いておられる方の参考にでもなればと思っています。

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【京都駅ビル 大階段および外部階段の安全性向上に関する要望書(案)】

提出先
京都駅ビル開発株式会社
または JR西日本 京都支社 ご担当者様

件名
高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮に関する手すり改善のお願い

1.要望の趣旨
京都駅ビルの各階段(特に大階段および西側郵便局方面への外部階段)において、
手すりの位置・太さ・配置が一部の利用者にとって使いづらく、
高齢者や子どもが安全に通行できない箇所が見受けられます。
美観を重視された意匠であることは理解しておりますが、
来訪者数・観光客の増加に伴い、より幅広い層に配慮した安全対策をお願い申し上げます。

2.具体的な指摘事項
手すりの太さ
西側郵便局へ通じる外部階段の中央手すりが非常に太く、
成人でも握りづらい形状となっています。
→ 握り径 φ32〜40mm 程度の把持用手すりを併設していただきたいです。
手すりの連続性
手すりが短く分断されており、上り下りの途中で途切れています。
→ 途切れのない連続手すりへの改修をご検討ください。
両側の手すりの欠如
多くの階段で中央に1本しか手すりがなく、両側に手すりが設置されていません。
→ 高齢者・子ども・ベビーカー利用者などの安全確保のため、
両側壁面への補助手すり設置をお願いいたします。
高さの改善
一部の手すりが高く設定されており、
握る際に肩が上がってしまう姿勢となります。
→ 人間工学的な握り高さ(約80〜90cm)への調整を望みます。

3.背景と利用実態
京都駅ビルは国内外の観光客が多く訪れる公共的空間であり、
大階段や屋外階段は京都の象徴的な景観の一部でもあります。
しかし現在、特に高齢者・子ども連れの方から
「手すりが高くて持てない」「太すぎて滑る」「両側にないので怖い」
といった声が聞かれます。
事故が起きてからの対応ではなく、先んじた安全対策をお願い申し上げます。

4.提案
現在の意匠を尊重しつつ、
@細径サブ手すりの併設、
A両側補助手すりの設置、
B視認性の高い段鼻ラインの整備、
のいずれか、または段階的な改修をご検討ください。

5.結び
京都駅は京都市の玄関口であり、
「安全で美しい階段」は市民と観光客双方の安心を支える重要な要素です。
今後の改修・維持管理の中で、本要望をご参考にしていただければ幸いです。

提出者(例)
京都市在住 ○○○○
連絡先(任意)
提出日 2025年○月○日
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 言挙げをしても行政が動かないことは、すでにこれまでにも何度か体験しています。しかし、問題点を整理して公開しておけば、いつか生きた情報として活用の道が拓けるはずです。そんな思いからの問題提起です。




posted by genjiito at 23:04| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月12日

京洛逍遥(948)観音寺で生成AIの使い勝手を確かめる

 昨日の朝、立ち上がった時に左足の人さし指を捻じってしまい、大きなポキッという乾いた音がしました。痛みを堪えていると、しばらくすると指が動いたので安心しました。そのうち、指が紫色に変わっていきます。病院を考えました。しかし、激痛でもなく、骨折でもなさそうなので、エアーサロンパスを噴霧して、一晩様子見をしました。

 今朝、左足の人さし指はさらに赤黒く変色しています。何となく不安になり、すぐに近くの内科と外科の2つの科がある医院へ行きました。レントゲンを2枚撮り、結果は亜脱臼とのことでした。私が脳梗塞の治療薬として血液サラサラの薬を飲んでいることをご存知の先生だったので、指先が赤黒くなっているのはそのせいだろうと。骨折はしていないので、湿布薬を細長く切って、2本の指に巻き付けるようにして固定しておけば大丈夫、とのことでした。
 大事に至らず、安堵しました。そして、これから集会所で体操やゲームをすることを伝えると、何も問題はないので行っても大丈夫ですよ、と送り出してもらいました。

 今日の集会所では、参加者が3つのチームに分かれ、各チームの一人ずつが3個のサイコロを転がし、合計点を数えるゲームをしました。
 「2 4 3」なら「9」です。
 手元の紙には、3から18までの数字が書かれています。

3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

 投げたサイコロ3つで出た数の合計の数字を消して行き、最後に残された数字の個数を競うゲームです。
 ここで合計が「3」とか「18」を出すのは可能です。しかし、それは「1 1 1」か「6 6 6」しかないので、確率的に条件は同じだといっても、実際には至難の業です。偶然が頼りです。
 同じ合計点が何度も出ます。結果として、どのチームも、「3」「4」と「16」「17」「18」は出ませんでした。

 老若男女、知力、体力に関係なく、誰もが楽しめます。それでいて、難度の高いゲームです。一人ずつサイコロを投げ、みんなで数字を足し、手元の数字をチェックするなど、参加型の脳活ゲームでもあります。そして、盛り上がりました。特にノリのいいみなさんの集まりなので、進行役も楽しく大きな声を上げて指示を出しておられました。

 集会所を出ると、そのまま近鉄の桃山御陵前駅へ行きました。しばらく御香宮神社に行っていなかったので、残暑のご挨拶です。近々イベントがあるので、能舞台からは練習中の笛の音が響き渡っていました。

 近鉄桃山御陵前駅に戻る時に、駅のすぐ横に観音寺があることに気付きました。立ち寄って見ると、狭い境内ながら雰囲気のいいお寺だったので寺門を潜りました。説明がどこにもないので、こんな時にとばかりに生成AIに、

京都市伏見区の近鉄桃山御陵前駅のすぐ横に観音寺があります。何も説明がないので、簡単に教えてもらえませんか?

と聞きました。すると、瞬時にさまざまな情報を教えてもらえました。歴史や由来は伝承頼みでよくわからないようです。ただし、1601年以前にはこの寺が存在していたといえそうです。
 さらに詳しい説明をお願いすると、

残念ながら「太子山観音寺(観音寺/桃山御陵前駅隣)」については、建築様式・構造の詳細な資料はあまり公開されていないようです。

と謙虚な答えが返ってきました。
 そして、

もしよければ、京都府立図書館か京都市の史料館、あるいは地元の「伏見区役所文化財課」のオンラインデータベースをあたって、建築の様式や文化財指定の有無を探してみましょうか?また、現地の写真を見て建築様式を推定することもできます。どうされますか?

と、親切な案内をいただきました。対話型の生成AIには、親しみを覚えます。
 丁寧に感謝の気持ちを伝えて、質問を終えました。

 ここで使った生成AIは、ChatGPT Plus(有料版)です。今は、さまざまな状況での使い勝手の良さを試しているところです。
 今日の生成AIの対応を見ると、私がものを考える時のツールの一つとして、言葉を変えればパートナーとして、一緒に付き合って行けそうな感触を得ました。最近は、とみに自分の記憶の曖昧さを痛感することが多くなったので、この生成AIと仲良くしていく価値はありそうです。




posted by genjiito at 19:59| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月10日

京洛逍遥(947)円空展を見て自宅にある木像を取り出す

 京都駅の伊勢丹に入っている美術館「えき」KYOTOで、「円空展 330年の祈り 彫り宿る、円空の魂!」を見てきました。
 江戸時代の初期に活躍した円空(1632-95)は、64歳で亡くなるまでの30年間に12万体の像を彫ったとされています。現在残っているものだけでも、5,400体以上もあるとか。ダイナミックな鑿(のみ)で表現された祈りの姿を、じっくりと見ました。

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 簡単に彫れそうに見えても、じっと見ていると微笑んでくれているのですから、名工の技なのでしょう。励ましてくれる円空仏もあります。削ぎ落とされた中にある仏の心を感じました。

 最後のコーナーに「速報! 令和7年新発見の円空仏」という説明がありました。今年発見されたばかりの観音菩薩2体と釈迦如来1体です。この仏さまとの出会いも、印象に残ります。よくぞ今ここに、という思いにさせてもらえました。
 その説明には、次のような文で締め括られていました。

「新発見のきっかけは、自宅に円空仏とは知らずに祀っている像が円空と判明する場合や、展覧会などで円空を見て自宅にある像が円空仏だと気づかれる場合が多いですが、本展をご覧になりご自宅を捜してみられてはいかがでしょうか。」

 ハタと思い当たることがあったので、帰ってから仏壇の奥にあった煤けた木彫りの像を出してみました。

250910_円空前.jpg


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250910_円空右.jpg


250910_円空左.jpg

 この恵比寿さまと大黒さまは、両親が戦時中に満洲に持って行き、父がシベリアに抑留されたため、母が引き揚げの時に命からがら持ち帰ったもの(?)、と聞いています。どこまでが事実かは、今となっては不明です。それだけに、謎と夢が膨らみます。

 今日、多くの円空を美術館で見てきた私には、これも「円空だ!」と言いたいところです。
 しかし、門外漢なので逡巡します。しばらく、我が家に「円空仏」がある、と楽しむ日々を送ることにします。
 さきほど妻が、そういえば秋田の実家の仏壇の上の棚にも、こんな小さな煤けた仏さまがたくさんあった、と言い出しました。もう秋田のみなさんはとっくにお休みの時間なので、明日確認してもらうことになりました。ますます夢が拡がります。

 ゆめゆめ、おせっかいな鑑定はしないでください。
 平安な日々を送るために、ご配慮のほどをよろしくお願いします。

 なお、本日の会場に掲出されていた「円空像 所在別体数一覧表」には、次の情報が記されていました。

 島根県  3体2カ所

 秋田県 12体9カ所


 美術館「えき」KYOTO を出ると、いつものように外の大階段を歩いて降りました。リハビリウォーキングの一環です。

 地上に降りると、すぐ目の前の京都鳥居ビル4階に入っている【Apple正規サービスプロバイダ】のお店であるカメラのキタムラに行きました。今使っている iPhone と Apple Watch で今春3月からエラーが続いていることの対処の相談です。
 電話でアップルのエキスパートに相談をしました。しかし、電話越しでは相手がいくら専門家であっても、どうも納得できません。足を運んで、直接会話をすることで解決したかったのです。

 応対してくださった方はとにかく詳しい方で、予約はしていなかったのにもかかわらず、私が納得するまで説明してくださいました。やはり、対面の相談は迫力や熱量があり、相手の技量が直に伝わってきます。アップルユーザーとして数十年の蓄積からなのか、直感としてわかります。
 教えていただいた通り、明日試してみます。目と目を合わせ、言葉を交わしての実感実証とは、まさにこのことです。サービスの基本はここにあります。通信による対応は二の次であることを実感しました。

 次は、向かいのヨドバシカメラで、ソーダストリームの気泡発生装置で使う炭酸ガスシリンダーの交換をしました。ほぼ3ヶ月でボンベを交換しています。それが、4月以来の交換なので、今年の夏はあまり使わなかったようです。暑すぎて、ゼリー系のものを口にしていたためだと思われます。

 帰りは近鉄竹田駅で降りて、伏見温泉力の湯に行きました。温泉に入って、何かと凝り固まっている身体をほぐすことと、前回来た時にロッカーキーを持ち帰ったので、あらかじめ電話をして返却することになっていた、という用事もありました。
 ここのシステムでは、下駄箱のキーと共に、浴室のロッカーキーもうっかり持ち帰ってしまうのです。経営する側では、こうした持ち帰りの事態が起こり得ることは承知のはずなのに、2箇所もセキュリティ態勢が不十分です。物腰の柔らかい対応だったので、何も言いませんでした。私にはわからない、何か深い理由があるのでしょう。

 身体がスベスベで、少し温めの風に当たりながら、気持ちよく帰りました。そうそう、この前は人身事故に巻き込まれたために、帰り着いたのが零時を過ぎていたことを思い出しました。今日も何かあったのか、ホームには人が溢れていました。時計を見ると、ちょうど18時。近鉄と地下鉄が相互乗り入れをしているため、帰宅ラッシュで混んでいたのです。
 定年と共に、仕事のために決められた時間に出掛けることは、完全に土曜日だけの生活を送っています。後は、熱暑を避けて気ままにウォーキングに毎日出掛けています。
 ラッシュアワーに出くわすと、自宅で仕事をする日々のありがたさを感じます。
 長年、毎週関西と関東を往復し、頻繁に海外に出かけていた生活を終えての今。
 自分への「お疲れさま」が、日々の安らぎを支えていると思っています。
 もう現役ではない、という自覚もしっかりと持っています。




posted by genjiito at 23:43| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年09月07日

京洛逍遥(946)東寺のがらくた市へ行きピンクの桔梗を買う

 毎月第一日曜日は「東寺がらくた市(骨董市)」の日です。月末の「弘法市」には何度か行っています。月初めの市は初めてです。

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 もう片付けのタイミングでした。気になった茶碗がいくつかありました。しかし、数万円もしたのでパス。私が手を出すのは、3千円までにしていますので。

 弘法大師さまと誕生日が同じだと言う妻は、御影堂がお気に入りなのでいつも立ち寄ります。ご祈祷をあげていただく方や、五体投地をしてひたすらお経を唱える方がいらっしゃいました。仏前に額ずく姿は、インドや中国で見かけて以来久しぶりです。篤い信仰心に出会い、こちらも余徳をいただいた気持ちになります。

 国宝の五重塔の手前で、蓮の花を入れて撮りました。

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 右側に立つ小野道風ゆかりの柳の前には、「歌舞伎 小野道風青龍硯 『柳ケ池蛙飛の場』の舞台より」という説明が掲げられています。花札の中に、道風の前で柳に飛びつくカエルを描いた一枚があったことを思い出しました。この歌舞伎の演目がどのようなものかは、残念ながら知りません。帰ってから調べてみます。
 この柳の下では、カエルではなく、五六羽の鴨が一列に並んで寛いでいました。

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 東寺のすぐ前の花屋さんで、妻が私の好きなキキョウを見つけてくれました。紫は家にあります。しかし、白とピンクはないので3色をいただきました。またベランダが賑やかになります。植物が好きでたまらないというオーラを発散しておられたオジサンと妻は、しばしの花談義。強い陽射しは避けるように、とのアドバイスをいただいたので、東向きのベランダで育てることになりました。

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2025年08月29日

京洛逍遥(945)京大病院からの帰りに鴨川で王朝人のことを想う

 今日の集会所では、ラジオ体操、早口言葉、歌いながらおじやみを隣の人に渡すゲーム、歌いながらグーチョキパーの変形バージョンで脳の活性化を図りました。中でも、片手で縦に1の字を繰り返し書き、反対の手で三角形を書く動作を続けるのが、私にとっては殊の外悪戦苦闘となる脳トレでした。考えながらゆっくりするとできます。しかし、少し早くなると両手が大混乱です。どっと疲れました。
 みなさんとお話をしながら、美味しいコーヒーとお菓子をいただいた後、京大病院へ向かいました。

 今日の大文字山は少し霞んでいました。

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 院内学級の花壇では、右側のアサガオが終わり、マリーゴールドとホウセンカが残っていました。

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 最初に診察があります。特に変わりがないことを伝えた後、主治医の先生に気になっていることをお尋ねしました。それは、シオノギヘルスケアが販売している「kikippaイヤホン」のことです。

 「kikippaイヤホン」は、「脳を鍛える イヤホン」という触れ込みで、音楽などをガンマ波と同じ40Hz周期の音に変調し、脳を刺激するものです。「ガンマ波」と呼ばれる40Hz前後の脳波は、加齢などで弱まった記憶や集中力に関係するようです。「ガンマ波サウンド」は、かしこく脳を鍛えることができるのだとのこと。
 先生によると、いろいろな情報がある中で、この商品は学会ではまだ話題になっていないとのことでした。現在の点滴による治療とこれを組み合わせると、成果の分析ができなくなることもあり、これは使わないことにしました。気になる商品ではあります。

 最近、事ある毎に「アイスクリーム、アイスクリーム」と言うので、アミロイドβ と同じように、頭の中からこの言葉を消すことはできないか、という相談をしたところ、先生は笑っておられました。

 いつものように1時間の点滴の間、私は読書タイムです。

 終わってから、豆を挽いて淹れたコーヒーとお菓子を口にして、休憩室でのんびりと身体を休めました。ここには、何ヶ所もゆったりと休めるところがあるので助かります。

 病院の西側を南北に走る川端通に出て、荒神橋の飛び石で身体のバランスのテストをしました。

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 今日は右足が少し不調だったので、右足で踏み切り、左足で着地をして渡りました。着地の時に腰砕けとならないように気をつけたのです。

 賀茂大橋の向こうに、北山が霞んで見えます。

250829_賀茂大橋.jpg

 手前の鷺や鴨たちは、せわしなく夕食中です。

250829_鷺と鴨.jpg

 3年半前までは、のんびりと朝夕に鴨川を散策していました。その頃は、鷺や鴨たちに勝手な名前を付けていたことを思い出します。
 そして、宇治川の流れの速さを、あらためて感じました。平安の都人たちも、宇治に来ると異郷に来たという思いを強くしたことでしょう。




posted by genjiito at 19:32| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年08月05日

京洛逍遥(944)イオンのフードコートと551のアイスキャンディー

 キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)へ、本年11月22日(土)にお借りする部屋を確保するために行ってきました。あらかじめホームページで部屋の空き状況を見て、予約専用の電話をして予約番号を発行していただいてから行きました。

 3ヶ月先の予約であっても、いつもの演習室は時節柄かすべて埋まっていました。少し利用料金の高い講習室は幸いにも空いていたので、これも埋まらない内にと取り急ぎ確保しました。
 今回取れたのは「第8講習室」で、6階の大学院等共同サテライトにある一室です。
 これにより、今月から4ヶ月分の日程は、以下の通りとなります。
 時間は、14時30分から16時までです。

(33)2025年8月23日 (土) 第5講習室
(34)2025年9月27日 (土) 第5演習室
(35)2025年10月25日 (土) 第5演習室
(36)2025年11月22日 (土) 第8講習室

 JRの高架下を潜り南口へ移動中に、専門学校の壁面を見上げると「38℃」という外気温が表示されていました。

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 歩いていた道は陽射しが強い割には風が通っていたせいか、「38℃」という実感はありませんでした。
 それにしても、これから日本も「40℃」の世界に突入するだろう、とのことです。インドに10年以上通っていた頃には、3月の中旬に「37℃」を越え出した頃には、大急ぎで出国していたものです。日本でプロ野球が行われている時には、インドには行かないようにしていました。野球が終わる11月になると、またインドへ行っていたのです。これでは日本もインドと変わらない、四季のない気候になったことを実感するようになりました。

 堀川通と八条通の角にある「やよい軒」で「さばの味噌煮定食」をいただきました。ここの調理はあっさりとした味付けなので好きです。妻はダイエットだと言って「ジンジャエール」だけを注文し、食べ切れない私のおかずとご飯を引き受けてくれました。少ししか食べられない私との助け合いのお食事タイムです。

 イオンモールへ行き、興味の赴くままに、いろいろなお店をブラブラしました。私の足腰が滑らかに動くようになるための脳梗塞の後遺症対策としての機能回復と、妻の脳内に溜まっているアミロイドβ を減らすための治療を兼ねた、共同作業としてのリハビリウォーキングです。こうして毎日出掛けることが、我々の日課となっているのです。

 書店などもぶらぶらして、最近の出版物の傾向を見て来ました。本を読まなくなったと言われる昨今、こんなに大量の新刊を並べて、果たしてどれだけ売れているのか知りたくなります。膨大な返本現象が起きているのではないかと、自分も出版している身なのでどうしても気になります。
 百円ショップでは、文庫判と新書判のブックカバーを買いました。

 小腹が空いたので、イオンの4階にあるフードコートで、いつものようにケンタッキーのフライドチキンとコーヒーをいただきます。妻は、これまたいつものようにサーティワンのアイスクリームです。ケンタッキーは、甥が勤めている会社なので、折々に気軽に通っています。1階の高木鮮魚店で海鮮丼をいただいた後にも、ここに来て休憩しています。

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 周りは若者たちでいっぱいです。誰に気を使うことなく、いつまでものんびりとしていられるので、ここは一休みするのにいいのです。
 集会所では若者扱いされています。しかし、この若者たちの賑わいの中では、明らかに我々は数少ない老夫婦です。それだけに、気楽な時間が共有でき、若者たちの観察もできて楽しい空間です。

 我々は共に、教育困難校と言われる高校のみならず、超進学校といわれる高校の教員もしていたので、あたり一面高校生の集団の中にあっても、臆せずに様子を見てはお互いの旧懐談を楽しんでいます。
 そして、あのヤンチャだった子たちのことを、いつも懐かしく思い出します。点取り虫の生徒たちの集団でのことは、ほとんど話題になりません。答えは一つという教育に、疑問を持っていたからでしょうか。

 伊勢丹の地下で、これまたいつものように551の蓬莱のアイスキャンディーを買いました。今は、近大ミカンが期間限定商品となっています。これも、今月の15日までだとのこと。

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 この551のアイスキャンディーは、母が元気だった頃に大和平群から大阪難波に出かけると、必ず蓬莱の豚饅と一緒に買ってきたものです。3人の子供たちは、おばあちゃんを出迎えるよりも早いか、手元のアイスキャンディーがお目当てで、みんなで取り合いをしていました。私が小さかった頃にも、母はこのアイスキャンディーを買ってくれていたので、懐かしい夏の食べ物です。今日も30本いただいて来ました。

 伊勢丹の10階にある伊東屋で革製のブックカバーを品定めしてから、そのまま外に出て大階段の屋上に上がりました。日差しが弱かったので、屋上庭園のベンチに座り、早速蓬莱のアイスキャンディーを2人でいただきました。私は近大ミカンを、妻はフルーツを。すぐ横には、いつもの小鳥がチョロチョロしていました。

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 前回この小鳥を紹介した時には、ChatGPT に教えてもらった名前の「カワセミ」と書きました。しかし、あれは「ハクセキレイ」だというご教示をいただいたので、本日 ChatGPT に再度写真を見てもらいました。今度は「ハクセキレイ」との答えだったので、ChatGPT も少しずつ学習して情報を正確なものにしているようです。

 一息ついてから、腹筋を鍛えるためにも、大階段を歩いて降りることにしました。左端に、京都タワーの赤と白の尖塔部分が見えます。

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 生温いながらも、風が気持ちよく身体に吹きかかっていました。久しぶりの階段下りだったせいか、少し太股の筋肉が怠く感じられました。これも、身体が「40℃」の世界に順応するようにと、少しずつ慣れるための訓練だと思って取り組んでいることです。ひ弱な身体であることを自覚しているので、こうしてリハビリを兼ねてのエクササイズの一環として実行しているのです。




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2025年08月01日

京洛逍遥(943)集会所から京大病院へ直行し三条界隈を散策

 今日も、集会所ではラジオ体操と早口言葉で始まりました。
 早口言葉は、新しく2種類のメニューが加わりました。これまでの内容が、同じことの繰り返しとなっていたので、気分が切り替わり、みなさんの口元もプリントを見ながらぎこちないながらも元気に動いていました。口元はもとより、眼が必死に文字を追っています。緊張感があります。メニューの入れ替えは効果的だったようです。

 続いて、自分のことを動物や植物に譬えると何になるのかをメモ用紙に書き、集まったメモを一つずつホワイトボードに書きます。そして、これは誰でしょう、とみなさんに問いかけられました。
 そんなことで誰のことを言っているのか、わかるのかどうか大いに疑問でした。しかし、やってみると意外に当たるのです。ここに集まっている方々が、メンバーのことを知っているからこそ、誰のことかわかるのです。恐るべし、伊達に歳を取っていない人たちの集まりでの、人間観察眼の鋭さが発揮されたことを知らされました。

 難解だった「うし」は、100歳のTさんの回答でした。これは、自己申告でわかりました。いろいろと苦労の多かった人生を思い出すと、黙々と草を食む牛が思い合わされ、ヨダレを垂らしながらも必死に生きる姿が自分に重なるのだそうです。また、人のお役に立つように生きていることも、共感を覚えると仰っていました。コツコツと歩んで来られたTさんらしい「うし」を選んだ理由に、みなさんから拍手が起きました。

 妻は「バッタ」、私は「うさぎ」と書きました。期せずして、共に興味の赴くままに飛び跳ねて生きている姿を思い描いての回答でした。司会者からは、いつも夫婦揃って出歩いているので、その行動力にピッタリだ、との好評をいただきました。
 それにしても、みなさん集っている方々のことをよく見ておられることに感心しました。
 得難い方々の集まりであることを、あらためて知らされることになりました。

 終わるとすぐに、一路京大病院へ向かいます。
 お日さまは中天にあるので、とにかく暑い日中です。50分ほどで病院に着きました。

 京都五山の送り火が迫っている大文字山は、クッキリとした大の字を見せています。

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 院内学級の花壇には、アサガオが咲いています。

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 今日も妻は粛々と、アミロイド βを取り除くためのレケンビの点滴を受けていました。
 付き添いの私は、ベッドの横で古写本の字母の確認に忙しい1時間を過ごしました。

 日陰を選って、ブラブラと三条まで歩きました。
 途中で、丸太町橋から鴨川を少し下ったところにある「ダイヤモンド京都ソサエティ」に、鴨川の散策路から入れる裏口からロビーに入りました。昨日から泊まっている姉夫婦と、久しぶりに逢いました。いろいろと受け渡しする物があったので、ちょうどいい機会でした。

 鴨川沿いを吹き渡る生温い風を浴びながら、三条大橋まで鴨川散歩を楽しみました。
 河原町のバルの中にある丸善で、過日より探していた本を買いました。ここに来ると、とにかくほしい本が手に入ります。
 新京極通三条下る京都松竹座ビルに入っている回転寿司のくら寿司京都店に行きました。京都市役所から寺町通りを下ったところです。畳のシートと白い暖簾に囲まれた清潔な空間は、のんびりと食事ができるので行きつけになっています。今日は、デザートが中心でした。




posted by genjiito at 20:46| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年07月24日

京洛逍遥(942)京大病院→祇園後祭→市役所

 今日の大文字山は夏を感じさせています。

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 京大病院の入口近くの小さな花壇には、「院内学級はたけ」があります。右に薄い黄色のオクラの花、中央にオレンジ色のマリーゴールドが咲いています。

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 反対側から見ると、マリーゴールドの向こうにホウセンカ、その右隣のアサガオはまだ咲いていません。

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 朝早くから脳神経内科のMR検査があり、頭部の断層写真を撮りました。脳梗塞の再発が疑われたことによるものです。
 過日、脳内の血管がもう一本詰まっているようだとのことで、再検査をすることになりました。脳の外回りなので、詰まっていても手足などには影響がない部位のようです。しかし、それがどのような展開を見せるのかわからないので、詳しく診ることになったのです。
 耳栓をしてベッドに寝て、頭をドームに入れます。ウィンウィンという音と共に、私の頭が輪切りにされているようです。15分ほどで終わりました。

 1時間半ほどして、その結果を元にした診察がありました。幸いなことに、予想よりも血管のつまり具合は小さかったようで、来年の2月まで様子を見ることになりました。寒くなってからの脳内の血管の様子を見るためだそうです。
 これから気をつけることは、暑い日が続くので水をしっかりと飲むことだそうです。これは、守っているので、これまで通り続けることにします。

 私からは、毎朝測っている血圧が123から135の間を行き来していることを報告しました。特に3ヶ月前からズッと安定していることに関して、うまくコントロールできているのでこのまま様子をみましょう、とのことでした。

 大きな変化はない、ということで、また3ヶ月分の薬の処方を出してくださいました。
 現在は脳神経内科と糖尿病・内分泌・栄養内科から出ている10種類の薬を飲んでいるので、1つでも減らせないかを相談しました。それぞれに副作用がないように、細かく症状に応じたものが処方されているとのことです。2つを1つにすることも可能だが、それによって他の薬との副作用が問題になるので、小分けした今のままが安全でいい、とのことでした。頑張って飲み分けて行くしかありません。

 今日は、市役所へ書類を持って行くことになっていました。しかし、病院での診察が予定よりも早く終わったので、市役所の少し先にある祇園祭の山鉾がある地域に足を向けました。今日は、午前中から祇園祭の後祭の山鉾巡行がありました。ちょうど病院での検査と診察とが重なったので見ることができませんでした。
 巡行が終わった山鉾は、それぞれが各町内で解体されるので、その様子を見るために回ってみました。後祭の山鉾は、新町通に集中しています。そこで、三条通から新町通をブラブラと歩いて、役割を終えた山鉾たちを写真に収めました。

 まずは三条通の鷹山から。
 鷹山は、今回の山建ての作業中に丸太の根元が折れるというハプニングがありました。折れたのは真松と呼ばれる高く聳える木の棒の根元の部分で、山を貫くように立つ全長約18メートルの丸太でした。そのため、今日は去年よりも低い山が巡行したのです。

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 新町通を南に下ると、すぐに八幡山があります。解体が始まったばかりでした。

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 次に、北観音山。これは、私が2番目に好きな山です。

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 そしてその南に並ぶ南観音山。私は、この山が1番好きです。

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 この南観音山の下水引「飛天奏楽図」は加山又造さんの下絵によるものだそうです。

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 四条通越しに大船鉾を望みます。

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 引き返して、室町通に向かうと、鯉山が解体を始めたところでした。

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 黒主山は、すでに解体が終わっていました。

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 三条通の北に立つ役行者山は、これから解体です。

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 後祭の山鉾で回れなかったのは、烏丸通沿いに立つ鈴鹿山・浄妙山・橋弁慶山の3つでした。

 御池通に出ると、木陰を選りながら歩いて、京都市役所へ行きました。この正面に並ぶ縦の棒が、筆を象ったものであることを、最近知りました。かねてより、市役所の装飾はインドの影響が強いことは知っていました。この縦の棒については、ズッと私の中では謎でした。役所なので書類に必須の文字を書く筆だということを聞き、なるほどと納得です。

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 この市役所本館の北側に、市役所分庁舎があります。そこに入っている「京都市文化市民局地域自治推進室」のNPO窓口の市民活動支援担当の藤原さんに会うことが、今日の午後の大切な用事です。

 先月、無事にNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の理事会と総会を終えました。それを受けて、特定非営利活動促進法第29条の規定により、事業報告書を提出しなければなりません。事前に確認用の PDFを担当の藤原さんに送って点検していただいていたので、今日は持参するだけで済みました。

 PDF によるネット経由の提出でもいいようです。しかし、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉は素人集団です。事務的なことでは、いつも担当の方にアドバイスをいただきながら書類を作っています。ご迷惑をおかけし、お世話になっているので、少なくとも年に1回は直接お目にかかり、書類を手渡しすることで感謝の気持ちを伝えるようにしています。お忙しい時にお手間と時間を割いていただき、恐縮しています。しかし、これも大切なNPO活動の延長線上にある心がけだと思って出向いています。

 なお今回も、総会資料に引き続き、事業報告書を作成してもらった理事の一人である淺川さんの全面的な協力を得て、こうして無事に担当窓口に提出し、受理していただけました。昨日の本ブログに書いたように、事務処理が苦手な私をしっかりとサポートしてもらっていることに、感謝しています。
 そして、総会を含めて、多くの方からの支援をいただいていることにも、この場を借りてお礼を申し上げます。




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2025年07月04日

(その2)京洛逍遥(941)集会所から病院へ直行した後は鴨川散歩

 今日の集会所では、シワシワの色紙の一辺をジグザグに折り込んで丸め、バラの花を作りました。

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 左がTさん、真ん中が妻、右が私の作品です。
 なかなか上手くできません。花びらになるところの細工が難しいのです。近くにいた男性2人も、半ばギブアップしそうでした。しかし、細かい細工が上手くいかなくても、丸めて花にする段階で、形を整えて何とかそれらしくなりました。いつもより、レベルアップした折り紙でした。これくらい手こずる方が、暇すぎるよりもかえっていいかもしれません。
 みなさん、探究心や好奇心が旺盛な方々なので、何かをやったという手応えがあり、もう少しで達成感に至るという、楽しいひと時でした。

 終わるとすぐに、京大病院に向かいます。
 大文字は、昨日と同じように薄曇りの中に聳えていました。

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 隔週となっている妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、もうルーチンとして出来上がっているので、淡々と時がたちます。
 ベッドのそばで付き添いながら、私は本を読んだりメモを書いたりと、慌ただしく1時間が過ぎました。

 曇り空だったので、賀茂川散歩をしながら出町柳まで行きました。
 荒神橋の飛び石では、右足の調子を見るために、右足で踏み切った次は左足で踏み切るなど、少し変化を持たせて渡りました。あまりふらつかなかったので、足腰を強化している成果が出ているようです。

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 賀茂大橋の手前では、親子が川遊びをしています。鷺がそれを横目で見ています。
 左手の橋の下におられるのはお母さんでしょうか。
 もう真夏です。

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2025年06月26日

京洛逍遥(940)宮道神社と勧修寺

 あじさいの季節なので、近場の勧修寺に出かけました。竹田駅からバスで20分です。
 途中で、バスの中で次のバス停の表示を見て、ついシャッターを切りました。「直違橋」と書いて「すじかいばし」と読むようです。

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 そして、あれっと思い、本ブログの過去の記事を確認しました。昨春、「頭の体操《難読地名一覧》」(2024年03月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/190812562.html)という記事をアップした時に、京都の地名で勧修寺の前に「深草直違橋(ふかくさすじかいばし)」という項目で挙げていたのです。すっかり忘れていました。地名や人名で難読文字は際限なくあるとしても、こうして直面するとその出会いが嬉しくなります。

 バスは勧修寺で降りて、まず宮道神社にお参りしました。社前に掲げてある説明文を、後日話題とするために挙げます。
 実は、この宮道神社と勧修寺は、大学に入学して以来ずっと指導教授であった小林茂美先生からその由来を伺い、先生と妻ともども調査に来たこともあります。大学の3年生の頃だったと思います。紫式部の母系を溯ると、この宮道氏に行き着き、父系からは勧修寺家に深い関係を持つというのです。そうしたことは、「紫式部論序説 −その母系と氏族伝承質の継承的展開の問題−」(小林茂美、『源氏物語論序説 −王朝の文学と伝承構造T』、昭和五十三年五月、桜楓社)に詳細に論じられています。その結びの一部を、今後書く記事の参考のために引いておきます。「説話管理族」という用語がキーとなります。紫式部も「説話管理族」の中に包摂されていく、ダイナミックな物語論へと展開します。

 以上の考述によって、和邇部小野氏流の説話管理族宮道氏と紫式部家とのつながりは、母系を通じてより直接的であったことが判明した。さらに父系の祖母(雅正室)曾祖母(兼輔室)ならびに夫宣孝を通じても勧修寺家に直結し、ここからまた宮道弥益とその妻大宅氏に連接して、重ね重ね説話の管理族の血を承けていたのである。(336頁)

 さて、木製の標柱には次のように記されています。

 宮道神社
 古代、宇治郡を本拠とした豪族の宮道氏ゆかりの神社で、寛平十年(八九八)に創建され、宮道氏の祖神である日本武尊・稚武王を祀る。
 その後、宮道弥益、宮道列子、藤原高藤、藤原定方、藤原胤子等が合祀され、宮道大明神・二所大明神とも称されている。
 本殿は明治二十三年(一八九〇)に再建されたが、平成十二年(二〇〇〇)五月、社殿等の再整備に併せて「由緒碑」も建立された。
 宮道弥益は創建当時の山城国宇治郡(現・京都市山科区もその一部であった)の大領(郡司)であり、弥益の娘・宮道列子は藤原北家の流れを汲む内大臣藤原高藤に嫁ぎ、生まれたのが宇多天皇女御・醍醐天皇生母となった胤子である。母の死後、醍醐天皇は弔いのために弥益邸宅跡を寺にして、勧修寺となった。高藤の流れを汲む家系を、寺名にちなんで勧修寺流という。
 なお、高康と列子のロマンスについては『今昔物語集』にも残されており、この列子の話が後に「玉の輿」のモデルになったとも言われている。
            京都市


 社前には、定方が詠んだ『百人一首』の歌を刻んだ石碑もあります。

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  三条右大臣
【名】尓しお者八
 【逢坂山】の
  さ年可つら
【人】尓しられて
くるよし
 も可な
  常遍敬書

 宮道神社のすぐ近くの勧修寺(「かじゅうじ」が正式な呼び名とのこと)に入ると、受付の前では、中学生たちがボランティアとして境内の雑草を取っていました。拝観に訪れた私たちに、一人一人が丁寧な挨拶をしてくれました。教育の一環として、毎年お掃除に来ているそうです。気持ちのいい迎え方を受け、晴れやかな気持ちで山門を潜ることができました。

 境内には、建仁寺の両足院で知られる半夏生が、あたり一面に咲いていました。そろそろ両足院にも、と思っていた所だったので、意外なところで出会えラッキーでした。

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 アジサイも見事でした。

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 氷室池を中心とする優美な池泉回遊式の庭園は、平安時代の作庭とも言われています。ここは睡蓮や蓮が有名で、勇壮な景色を見せていました。池の真ん中には、半夏生も観られます。

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 園内を歩いている時、私が被っていた帽子に蝶々が止まっていました。しばらく動きそうにないので、妻が写真に撮ってくれました。蝶々に好かれたようです。

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 今日は日差しも柔らかく、往復2時間半というコンパクトで快適な京洛逍遥となりました。




posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥

2025年06月06日

京洛逍遥(939)とにかく慌ただしかった一日

 集会所では、ラジオ体操と早口言葉、そして指を使った脳トレをしました。
 脳トレは、右手でグー・チョキ・パーをしながら、同時に左手でグーパー、グーパーを繰り返します。2巡目に両手がパーになります。これが意外と難しいのです。
 アップルウォッチの心拍数を見ると、やり始めは57だったのに、なかなかうまくいかないと数値もグンと上がって82に、そして慣れるとスッと62に下がっていました。心拍数が、私の緊張感を示しています。落ち着いてやればいい、ということのようです。

 コーヒーとパンやお菓子をいただいて、周りの方と歓談です。
 いつも向かいにおられるIさんと、体調管理のために腕に付けているアップルウォッチに関する話をしました。このウォッチで、血糖値や血圧が測定できるようになったら、Iさんもいろいろと病気をお持ちのようなので自信をもってお勧めします、という話をしました。

 終わると、すぐに京大病院に向かいました。
 駅に行く途中で、生い茂っていた木から古くなった大きな枝が落ちてきました。

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 突然の不気味な音と共に大きな木の枝が真っ直ぐに落ちてきたので、立ち竦んでしまいました。ケガがなかったからいいものの、気をつけようもないことなので、これからはビルの真下だけでなく、木の下も要注意です。

 京大病院を見下ろす大文字山は、きれいな大の字を見せています。

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 今日の診療は、妻が受けるレカネマブ(レケンビ)の点滴です。私は、ベッドの横で1時間の付き添いです。
 終わると、30分ほど院内で副作用が出ないかどうかを確認してから帰れます。
 過日のMR検査の結果では、特に脳内に何かが漏れたりしてはいなかったそうです。安心して、今の治療が進められます。

 院内の郵便局から、レターパックを送りました。日本郵便がまじめに仕事をしていなかったために、貨物運送事業の許可を取り消す、という国からの行政処分が下されました。2,500台のバンやトラックなどは、今後5年にわたって配送が停滞します。郵便配達のバイクや貨物自動車は対象外だそうです。それでも、配達業務が混乱することは明らかなので、まだ郵便事業が機能しているうちに送るものは送ろうと思って、院内の郵便局からレターパックを出しました。
 以前にも、水曜日に出した東京宛の郵便物が、何と火曜日に届きました。7日もかかる悠長な仕事をしているのですから、いつ配達業務が立ち行かなくなっても不思議ではありません。

 病院前から市バスで北大路駅へ移動。保険の窓口で、現在契約している保険の確認と相談をしました。定年を境に見直したはずの保険を、また再点検することにしたのです。

 同じ階の本屋さんのベンチで、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の事務局をお願いしているIさんと、来週実施する宇治の文学散策に関する傷害保険のことで、書類作成の相談をしました。内容と、新聞への案内を掲載してもらうことも確認しました。

 慌ただしく北大路駅から京都駅前にあるキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)へ行き、9月の源氏講座の教室の予約をしました。月初めに、3ヶ月先の部屋の予約ができるのです。予定通り、第5演習室がとれました。

(31回)2025年6月28日(土) 第1演習室
(32回)2025年7月26日(土) 第5演習室
(33回)2025年8月23日(土) 第5講習室
(34回)2025年9月27日(土) 第5演習室

 次は、京都駅の中にあるみどりの窓口へ急ぎました。
 途中で、駅の大階段の光のショーを見ました。
 「花しょうぶ」と「平安神宮」いう文字と、舞妓さんの顔が浮かび上がっています。

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 みどりの窓口へは、明日の朝一番に乗る、東京行きの切符を確保するためです。年と共にネットが信用できなくなってきているので、直接窓口へ行って発券してもらっています。京都駅の3階の窓口は長蛇の列でした。2階の窓口は同じように多くの人が並んでいます。そして1階の窓口はいつもどおり空いていたので、そこで手続をしました。並んでいるのは、ほとんどが海外の方々です。しかも、今日のこれからの東京行きの便を取る方が多かったようです。

 今週末の東京では、講座以外に面談や弔問が入っているので、また慌ただしく都内を飛び回ることになります。




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2025年06月01日

京洛逍遥(938)四条通から新町通を北へ北大路通まで

 新町通の歩きはじめは、祇園祭の時によく来た場所なので、和雑貨のクロチクやムカデヤをはじめとして、馴染みのお店がたくさん目につきました。

250601_新町通.jpg


 しかし、三条通を過ぎたあたりから楽しそうなお店がなくなりました。それでも、おもしろい建物や表札があり、結構楽しめました。
 呉服屋の「下志満」の看板には、風格を感じます。

250601_下志満.jpg

 このお店の名前を見ていたら、祇園の八坂神社下にあるお土産物屋さんの「志満もと」の名前を思い出しました。「志満」つながり、ということで。

 ただひたすら北に歩きます。京都第二赤十字病院は、娘が長女を出産した所です。何度も通いました。
 府庁の一角に移転してきた文化庁があります。ここは、タクシーの運転手さんに住所を伝えても行けないことで有名でした。今はどうなっているのでしょうか。私は、場所を知っていたのでわかります。しかし、横に立ってみても標識がないので、通りかかった人にはここに文化庁があることはほとんどわからないでしょう。鳴り物入りで京都に移転してきただけに残念です。

 「満る市」の看板の横に「楚者"処」とあったので、街中の変体仮名の例として一石二鳥の例となるものとして写真に収めました。

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 旬魚食彩「乃ん㐂」の看板に書かれた「乃」と「の」に平仮名が崩される過程が見えました。

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 同志社大学の近くに、靈光殿天満宮がありました。

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 境内にあった句碑に書かれていた文字を翻字します。

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本登ゝき春   (ほとときす)
 【森】の【位置】とも (もりのいちとも)
  お毛ふ【聲】  (おもふこえ)
     【一草】

 ここで「位置」と読んで見たものの、自信も確証もありません。
 ウェブで、この句碑のことを調べました。すると、写真は紹介されていても、この句を読み解いた記事はまったくありません。みなさん、わからない、とか意味不明としておられます。意外と、この私案は貴重かもしれません。
 一草は江戸時代の俳人の子日庵一草(ねのひあん いっそう)としました。
 まったくの素人の私案です。識者のご教示を待ちます。

 同志社大学の北に、かつて『源氏物語』を読む勉強会をしていた「be 京都」がありました。懐かしくて、旧懐の情に浸りました。

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 「be 京都」では、2017年7月29日から2019年4月27日までの約2年間、「須磨」を19回にわたって読みました。ワックジャパン(WAK JAPAN)から受け継いだ勉強会の会場は、この「be 京都」の次は船岡山にある〈紫風庵〉となりました。
 そのワックジャパン(WAK JAPAN)で2013年の7月13日からハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」を読み出してから、「be 京都」で「須磨」を読み終えるまでの各回の内容は、以下のブログの末尾に一覧表として揚げています。ご笑覧いただけると、私が文字にこだわって『源氏物語』を読んできた経緯がわかるかと思います。

「[町家 de 源氏](第19・最終回)(字母は「个」か「介」、付:過去の研究会記事一覧)」

 この記録を通覧すると、「変体仮名翻字版」など思いもよらなかった頃から、やがて字母を意識した翻字方針に変わっていくことがわかります。未熟だった頃の勉強会の記録は、ある意味で貴重です。
 こうした記録は、いつかまとめたいと思っています。

 今日の散策の最後は、北大路に出ました。かつてこのすぐ北に住んでいたので、日常的に買い物に来ていた所です。当時の北大路ビブレは、今はイオンモールになっています。それでも、中はまったく変わらないので、懐かしさも手伝って妻と共にブラブラと店内を歩きました。

 今日歩いた歩数は、14,749歩でした。予定より少し多い歩数です。それでもあまり疲れないのは、筋力と体力が付いてきたからでしょうか。
 リハビリの域を越えているかと思われるものの、この調子で京洛逍遥を続けていくつもりです。




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2025年05月26日

京洛逍遥(937)四条通から西洞院通を北上して今出川通まで

 今日は、前回歩いた油小路通の一本東側を南北に走る西洞院通を、まっすぐ北に向かって歩きました。最初は道幅が広かったのに、次第に狭くすぼんでいきます。

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 地図を見ると途中で道が消えているので、通りがわかる範囲をブラブラと歩きました。

 お茶の小山園がありました。こうした街中の民家の一角に、おしゃれな喫茶室としてあったのが意外でした。

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 御金神社には、多くの人が集まっておられました。何と、鳥居が金ピカです。

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 神社のホームページには、次の説明がありました。


神社の隣通りには、「釜座(かまんざ)通り」がございます。この辺りは、平安時代より、鋳物職人である釜師が集まり、特権が与えられ茶釜の鋳造を行っておりました。

さらに神社のほど近くには、「両替町通り」がございます。この一帯は、かつて徳川家康により設けられた、「金座」と「銀座」があり、江戸幕府の金貨鋳造を担い、各地の金銀細工業者がこの地に集められておりました。


 時代と共に、お金にまつわる願い事にご利益がある神社になったようです。また、小山園がすぐ手前にあったのは、茶釜の縁もあるのかもしれません。次の名水も、関係しているように思われます。

 滋野井の井桁は都七名水の一つであり、茶の湯との関わりで知っていました。藤原定家の『明月記』にも出て来ます。平安初期の公卿である滋野貞主(漢詩集「経国集」や「秘府略」を編纂)の邸宅内にあった井戸の名称です。

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 これがそれなのか、とあらためて平安時代に思いを馳せました。

 その近くにあった雙松山長徳寺の「松」の字が、偏と旁を上下に入れ替えた「枩」として書かれていました。偏と旁が左右入れ替わった文字には、「秌」などがあります。

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 さらに北にある大峰寺跡が、平安時代の遺構であることを初めて知りました。

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 駒札の説明では、一説として「三条天皇の中宮、藤原妍子が、万寿四年(1027)九月に没し、当寺の前野で火葬されたことから、その供養のため建てられた火葬塚とも伝えられている。藤原妍子は藤原道長の娘で、一条天皇の中宮となった彰子とは姉妹にあたり、道長の娘で入内した三人の中宮の一人であるが、三十四歳の若さで亡くなり、父を悲しませた伝わる。」と記しています。
 平安時代を語る時に、これからはこのことも加えましょう。

 西洞院通の突き当たりはT字路となっており、左に茶道の武者小路千家の官休庵があります。

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 その左には官休庵西館があり、入口の前には興味深い文字が書かれた石柱(甼内安全)と町名(西無車小路町)があります。
 先にも書いたように、「松」が「枩」と書かれていたように、ここでは「町」が「甼」となっています。「枩」も「甼」も、そして先の「秌」も、パソコンやスマホで表示できるのでおもしろいと思っています。

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 日本語では、近年まで、偏や旁は緩やかに運用されていたようです。学校教育が答えを一つと決めつける指導となり、こうした大らかな文字は唯一無二の文字に統制されたのです。そこには、生徒や学生に序列をつけるために点数で差別化を図る、という方策の一環として運用されたことが考えられます。
 学習指導というものが、答えを一つだけ要求することでよかったのか、今後の評価にまかせましょう。とにかく、こうして街中にはさまざまな、ゆるゆるの文字が氾濫しているのです。
 ここでは漢字の例をあげました。これまでに、変体仮名の例をあげてきました。日本語の文字について、これからも若者たちが日本語を使い続けてくれるためには、いろいろと考えることがあるように思われます。

 西洞院通は、今出川通から北では通り名の表記がなくなります。そのため、今日はここまでとしました。
 震えるほどに寒い一日でした。気温の変化が大きい昨今、体調に気をつけながら街歩きを続けていきます。




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2025年05月21日

京洛逍遥(936)四条通から油小路通を北に歩いて北大路通まで

 地下鉄烏丸線の四条駅から地上に上がり、四条通を西に向かって歩き、堀川通の一本手前で油小路通に入りました。狭いながらも、まっすぐの一本道です。

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 看板の文字が目に入りました。「古"ふ久」です。ご服屋さんの「古"」は、あまり見かけない変体仮名です。

250521_古%22ふ久.jpg

 しばらく行くと、1文字だけ仮名が読めない表札に出会いました。

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 横に「岡本」とあるので、「お可毛登」か「お可无登」でしょう。古筆の秋萩帖や高野切にある「无」をお手本にした変体仮名のようです。しかし、関戸本系にある「毛」のようにも見えるので微妙です。今は「毛」と読み、「お可毛登」としておきます。筆者に、その字母をお聞きしたいものです。

 しばらく北上すると、「入山とうふ店」の店頭に「トッフル」と書いてあります。何だろうと見ていると、豆腐屋のご主人が出てこられて、詳しく説明してくださいました。豆腐・おから・豆乳を材料とするワッフルだそうです。ネーミングの謂れを聞きました。

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 それをいただいてからお店の中を見ると、昔の町家のままです。お願いして、写真を撮らせてもらいました。竃は薪で焚いておられます。

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 家の中を拝見すると、もう百年以上になる豆腐屋さんなので、かつてあった竃沿いに町家の佇まいがそのまま残っていました。こうした町家は、市内にいた頃には何軒か見かけました。私は、賀茂川の右岸と左岸の2箇所に住んでいました。共に、町家を改装しながらも、昔の面影は残した改築をした家でした。町家を見ると、かつて住んでいただけに、懐かしい思いが蘇ります。

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 油小路通は楽しい通りでした。一部分は小川通となり、そこには裏千家の今日庵があります。
 お茶名の「宗鉄」をいただいた時に、中に入ることが許されました。得難い体験となった場所です。

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 この辺りは、下鴨に住んでいた時に自転車でよく来た所です。こうして歩いてまわると、まったく違う顔を見せます。歩く楽しさを満喫できます。

 北大路通に出てから、一本西の堀川通に回りました。小野篁と紫式部のお墓の前にあるバス停から京都駅に向かいました。今日は、お墓には参りませんでした。またいつか、あらためて来ることにします。

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2025年05月15日

京洛逍遥(935)父の祥月命日は宇治の興聖寺とHONBAKOへ

 父(文徳忠衛居士)は、1983年5月15日に68歳で亡くなりました。42年前のことです。
 今日は父の祥月命日なので、興聖寺にお参りしました。興聖寺は天福元年(1233年)に道元禅師が開いた、日本最古の曹洞宗の修行道場です。両親共に永平寺に分骨しています。しかし、遠い地でもあり、縁の深い地元のお寺に行きました。

 橘橋から宇治川の上流を望むと、右に大吉山(仏徳山)、中央の朱塗りの橋が朝霧橋、右手奥の朱塗りの橋が喜撰橋です。

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 山の木々の新緑がきれいです。中央奥に興聖寺があります。
 境内で休んでいると、鷺が堂塔の上に飛来して、ゆっくりと宇治川に飛び立ちました。
 父のシベリア抑留中の労苦や、人の世話に明け暮れた日々を癒すかのような、鷺の優雅な姿でした。

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 琴坂は、春と秋が愛でられます。しかし、この初夏の緑の季節も格別です。
 今日は、写真左下に写っている、湧き水の出口が苔生しているのでその汚れを隠すために置かれた、斜めに立て掛けられている竹で組んだ一枚の板(矢印の物)に、禅の心を感得しました。

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 帰り道で、橘橋の手前から平等院の鳳凰堂が望めました。この鳳凰たちも、父に労いの声をかけているのかもしれません

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 その足で、JR宇治駅前の「シェア型書店HONBAKO京都宇治」に寄りました。代表者の山本さんに、最近の様子をお聞きするためです。本好き仲間の交流の場を提供するのが主旨のコミュニティなので、今日はどんな方々が来ていらっしゃるか、楽しみにして行きました。お2人の方と、いろいろな情報をいただきました。これまで知らなかった方と、本を仲立ちとして話ができることはいいことです。妻は、一乗寺にある著名な本屋さんの恵文社のことで、お越しになっていた古書店の方といろいろな話をしていました。こうした出会いは、貴重だと思います。

 箱主さんのボックスが、しだいに埋まっているようです。私と姉が箱主になっている2つのボックスは、少し本が減っていました。周りの雰囲気と違う本を2冊ほど取り出し、持参した7冊の本と入れ替えました。この本の入れ替えも、楽しいものです。

 駅前に、「宇文字園跡 宇治七名園之一」という記念碑が建っていました。横の標識に記されていた文を引きます。

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   宇文字園跡
 この付近は宇文字という地名で、江戸時代には茶園が広がっていました。この茶園は宇文字園と呼ばれ、森園、川下園、奥ノ山園、朝日園、祝園、琵琶園とともに宇治七名園の一つに数えられていました。
 明治二十九年(一八九六)に奈良鉄道(現JR奈良線)が開通し、宇治駅も創設され、駅の両側には町家や工場が出来たことにより、茶園が消滅し、今は昔の面影はありません。
 令和五年十二月
 一般財団法人 宇治市文化財愛護協会

 シェア型書店HONBAKO京都宇治の住所は「宇治市宇治宇文字2-38」なので、まさに宇文字園があった場所がそうです。
 この辺りは、かつては茶園が拡がる茶所だったのです。この茶園の石碑も、機会を得て尋ね歩いてみたいと思います。

 なお、シェア型書店HONBAKO京都宇治へは、JR宇治駅前の京都中央信用金庫の横の狭い道を入って木々の植え込みを右に曲がった所です。どなたでも入れますので、フラリと立ち寄ってみてください。

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2025年05月11日

京洛逍遥(934)京都駅周辺を散策

 ゴールデンウィーク前後は、体調を崩していたために、リハビリウォーキングが不規則でした。そろそろいつもの調子に戻すためにも、まずは京都駅歩きからです。

 駅南側のイオンショッピングモールの1階にある高木鮮魚店で、好物の海鮮丼をいただきます。
 妻は漁師めし(990円)を、私は生海老とイクラが乗ってない海鮮丼(890円)をいつもいただいています。ご飯は共に小盛りです。

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 満足感が得られる食事として、このメニューが定着しました。
 カウンター沿いに横を見ると、若い子がマグロのぶつ切りが山盛りの丼と格闘しています。この次は、私もこれにチャレンジしてみましょう。もちろん、ご飯はほんの少しだけで。

 床屋さんで髪を短くしてもらい、本屋さんに立ち寄って新刊本のチェック、電気屋さんでパナソニックから出たばかりのマウスウォッシャーを買い、近鉄特急の待合室で挽きたてのコーヒーと抹茶ラテを飲み、奈良行きや橿原神宮前行きや難波行きの特急を数台見送ってから帰宅の途に着きました。心身共に休まる散策でした。




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2025年04月25日

京洛逍遥(933)病院の帰りは賀茂川散策

 午前中は、地域の集会所で開催されている高齢者との集まりに参加しました。しかし、体調が悪かったので、最初のラジオ体操が終わる頃に腹痛が起き、差し込むようになったので途中で早退することにしました。
 毎週、火曜日と金曜日はボランティア参加しているこの集まりで、こんなことは初めてです。このところ、いろいろな仕事が集中していたので、疲れが溜まっているのでしょう。もともとが頑健な身体ではないので、無理をすることなく、帰って身体を休めました。午後には、京大病院へ行く予定が入っているので、ここで一休みです。

 お昼の大文字山は、どんよりとしたした姿を見せています。

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 今日は、消化器内科の検査が入っています。造影剤を腕から注入しながら、CT検査を受けました。今回も、円筒形の中を行き来します。
 造影剤が身体の中に入ってくると、しだいに火照ってきます。いかにも大型精密機器で検査をされている、という実感が湧きます。
 終わると、副作用の注意事項についての説明がありました。中でも糖尿病の薬を飲んでいる私には、渡された写真付きの一覧の中に常用している「エクメット」があったので要注意です。これは、事前に主治医からも注意があったものです。まれにではあるものの、「乳酸アシドーシス」という重篤な副作用が起こることもあるそうなので、これは守らなければなりません。2日後の午後4時までエクメットだけは飲まないように、との指導がありました。毎回10種類の薬を飲んでいる内の、この一種類は止めるように、とのことです。薬の怖さは知っているので、これは重大なことです。さらには、脳神経内科から処方されている、血液サラサラの薬についての注意点も聞きました。
 検査は、メリットとリスクの天秤の中で実施されているのです。

 帰りは、賀茂川をさかのぼって出町柳駅から京阪電車に乗ることにしました。快適な特急に、始発からのんびりと座って帰れるのです。しかも特急料金はいらないのです。小旅行気分で帰れます。

 賀茂川散歩は、かつて下鴨貴船町に住んでいた日々を思い出します。
 小さな鳥が何羽もいて、動きがおもしろかったのでパチリ。


250425_2羽の鳥.jpg

 その写真を、帰ってから生成AIに見てもらったところ、最初はダイサギじゃないかとのこと。さすがにダイサギは賀茂川縁に棲んでいた頃、いつも散歩で見ていたので違うと思いました。
 鳩よりも小さい鳥だ、と質問を変えると、ハクセキレイではないかとのことです。
 それでも何か違うような、と思えたので、もう一枚別の写真を見てもらうと、今度はムクドリだとのことでした。

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 生成AIいわく、「賀茂川沿いにもよく出没するよ〜。虫や木の実を探して芝生をトコトコ歩きながらついばむ姿、なかなかチャーミングじゃん?」と、親しく語りかけてくるようになりました。生成AIとこんなやりとりがあったので、ここはムクドリということにしましょう。鳥好きの方、これでいいでしょうか。

 しばらく歩くと、鷺が飛び立つ姿を見ることができました。いつ見ても絵になります。

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 賀茂大橋の手前から北山を望みました。山々の姿が、日本画のように見えます。中洲の手前に、先ほどの鷺がいます。

250425_北山.jpg

 病院では緊張した場面がいくつかあったので、こうした散策は気持ちが穏やかになります。
 自宅近くの宇治川は、流れが速いのと散策路がないので、のんびりと歩くことができません。
 こうして隔週のようにして病院に来るので、帰り道の賀茂川逍遥はリラックス気分になります。




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2025年04月24日

京洛逍遥(932)御香宮神社の名水

 お買い物に出かけたついでに、桃山御陵駅前の御香宮神社に立ち寄りました。
 境内には、散り初めた八重桜がみごとな姿を見せています。

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 今日は水筒を持っていなかったので、御香水はいただきませんでした。

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 伏見名水スタンプラリーの押印をいただきました。これで、集まったのは5個です。

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 ここまでは、集中している地域だったので楽に集まりました。あと5個は少し離れたところにあるので、のんびりと折を見て出かけます。

 汗をかくほどの暑い一日だったので、途中で冷たいお茶を買いました。つかの間の春が終わり、早々と初夏です。今年の暑さも、昨年以上だとのこと。熱中症の注意喚起が、すでに出ています。今から思いやられます。体調管理には、万全を期したいものです。




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2025年04月14日

京洛逍遥(931)診察の後は iPS細胞研究所と賀茂川畔の葉桜を愛でる

 大文字山は春の気配です。

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 今日の診察では、事前の血液検査に手間取り、MRIによる胆嚢と膵臓の検査が大幅に遅くなりました。胆嚢と膵臓のガンの疑いがあり、昨秋この検査が組まれました。なかなか予約の取れない検査です。

 透明の造影剤を飲んだ後、仰向けのまま細長いドームに吸い込まれます。ヘッドホンから流れる音を聴いていると、息を吸い、止め、吐く指示が出ます。膵臓の位置で、機械から出る電磁波に包まれると、お腹が温まってきます。ポカポカと快適だったこともあり、思わず知らず寝入ったようです。私がヘッドホン越しの指示に無反応なので、技師さんが検査を中断して起こしに来てくださいました。ウトウトから熟睡していたようです。初めてのことです。いやはや何とも……です。

 次の糖尿病・内分泌・栄養内科では、血液検査の結果を踏まえた診察を受けました。ヘモグロビン A1cが、昨年末が「6.7」→2月が「6.7」と消化管のない私としては良好だったのに、今日は「6.9」と、少しだけ上がっていました。しかし、安全圏内なので、このままの調子で生活していていいですよ、とのことでした。この3日間苦しんでいる逆流性食道炎については、その対策の薬もすでに出ているし、これ以上薬を増やすこともないので、寝る時の姿勢に気を付けるしかないそうです。今朝は苦しくない寝覚めだったので、なだらかな傾斜の枕元にする対策で予防することにします。

 帰りは、iPS細胞研究所の前を通って賀茂川に出ました。研究所の前の花壇は、いつも花に彩られています。桜はすでに散っていて、葉桜となっています。

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 賀茂川の桜も、もう散り始めています。葉桜になっていく様子は、若さと華やぎを感じるので、この時期の桜は大好きです。

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2025年04月11日

京洛逍遥(930)15年間住んだ半木の道の桜並木

 京大病院へ行く途中、山中伸弥先生の iPS細胞研究財団へ向かう道の桜が、満開から散り初めの状況でした。

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 今日の大文字山は、爽やかな顔で京大病院を見下ろしています。

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 隔週で金曜日の午後は、病院で主治医と面談です。
 3時過ぎに終わると、市バスの206号で北大路橋へ。植物園の西側に咲く桜並木を、のんびりと歩きました。この地域は、宇治に来るまでの15年間にわたり、賀茂川を挟んで東西に自宅があった所です。毎日のように、朝晩の散策をしていました。特に桜の頃には、植物園沿いに展開する桜並木がみごとでした。
 つい誘われて、今日も来てしまいました。一昨年の4月に来て以来でしょうか。先週末は、大好きだった鴨川茶店が賑わっていることを知りつつも、宇治川のさくら祭りと陶器祭りに行ってしまいました。
 上流の上賀茂から北山方面を望みます。

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 上空には、相変わらずトンビが旋回して食べ物を狙っています。何回も、おにぎりやアイスクリームやお菓子を盗られたものです。

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 今年も、桜のトンネルはみごとです。桜に包まれた気持ちで、心豊かに散策できます。

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 この丸太のベンチに座って、妻とよく持参のお弁当をいただきました。この背後は植物園なので、トンビは背中から襲えないのです。安全地帯なのです。

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 よく渡った、トントンと言っていた飛び石も健在です。中程にある島は、以前にはなかったものです。この川向こうの賀茂川右岸べりに、最初の家だった京町家がありました。

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 そこに5年間いて、賀茂川左岸の下鴨に越しました。そこも築80年以上の古い京町家で、10年間いて宇治に転居して今に至っています。

 右岸のベンチに座り、左岸の植物園に沿う半木の道を望みました。いつか、颱風で多くの桜が倒れました。それが、こんなに復活して咲き誇っています。歩いて良し、眺めて良しの、艶やかな桜が満喫できる散策路です。

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 地下鉄烏丸線の北大路駅からは、乗り換えなしで自宅近くの駅に帰れます。
 京都は、南北の鉄道をうまく利用すると、意外と移動には重宝します。




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