2018年01月04日

京洛逍遥(482)上賀茂神社へ初詣

 下鴨の地に居を構える前は、賀茂川を挟んだ西側の右岸に5年ほど仮住まいをしていました。その頃の氏神様が上賀茂神社でした。ということもあり、毎年両神社にお参りしています。
 今日は突然の小雪と小雨が降り、賀茂川畔の散策路も少し泥濘んでいました。
 御園橋の架け替え工事も一通り終わり、今は新旧二本の橋が架かっています。

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 手前の袴を着けたような新橋は、三条大橋に似ています。灯籠は付いていないようです。
 写真の向こう側にまだ残っている旧橋は、これから片づけるのでしょうか。

 上賀茂神社は静かでした。お正月も三日目となり、参拝客もぐっと少なくなっています。いつものように、バス停前の葵家でヨモギ入りの焼き餅をいただき、口にしながら一の鳥居を潜って参道を歩きます。斜め向かいの神馬堂にはヨモギ餅がないので、行かなくなりました。

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 二の鳥居の正面に建つ細殿の左右には絵馬があります。その前の2つの「立砂」は、賀茂別雷神が降臨したという本殿背後の「神山」をかたどったものです。三角錐の先端に松葉が立っています。左側は三葉、右側には二葉の松の葉が挿してあるそうです。そう聞いていたのに、実際にはよく確認したことがありません。また次の機会にでも忘れずに。

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 本殿は、階段を上がったところです。神山に向かって、これまでの感謝の思いと今年のいろいろなお願いをしました。

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 紫式部と縁の深い片岡社の前を流れる御物忌川(おものいがわ)は、神事に使う祭器などを洗い清める川です。この片岡橋から舞殿(橋殿)に向かう水の流れは、いつも清々しくて好きです。

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 紫式部の歌碑は、年月の流れを感じさせるいい色合いになってきました。そろそろ結界を設けてもいいかもしれません。

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紫式部
 ほとゝきす聲
 とは
 片岡の杜の
 しつくに
  立ちや
   ぬれま
    し


 7年前の元日には雪が積もっていたことが、古いブログからわかりました。定期的に記録を残しておくものです。

「京洛逍遙(177)上賀茂神社へ初詣_2011」(2011年01月01日)
 
 
 
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2018年01月03日

京洛逍遥(481)仕事始めの『蜻蛉日記』の後は下鴨神社へ初詣

 今日は恒例となった、テーブルに資料を広げて箱根駅伝を見ながら仕事始めとなる日です。
 今年の初仕事は、阿波国文庫本『蜻蛉日記』の影印本を見ながら校訂本文を作成することです。これまで少しずつ進めて来ていたので、上巻と中巻は終わっており、年末から下巻に入っています。
 『蜻蛉日記』は、一般的には宮内庁書陵部所蔵桂宮本の本文が読まれています。主要な本文は、『データベース・平安朝日記文学資料集 第二巻 蜻蛉日記』(伊藤・関本編著、同朋舎、1991(平成3)年)で公開しました。その後、阿波国文庫本『蜻蛉日記』が国文学研究資料館の所蔵となったので、それを元にした校訂本文を新たに作成しているところです(公開画像は「http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200021025/」から確認可能)。

 『蜻蛉日記』は、写本に書き写された文字を翻字しただけでは、意味が通らない箇所が無数にあって内容がよくわかりません。そこで、推測本文というものを作ります。ああでもない、こうでもないと、新しく本文を想定して校訂本文にするので、なかなか面倒な作業を伴う仕事です。そのせいもあって、遅々として進みません。

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 また、国文学研究資料館が所蔵する『蜻蛉日記』の別の本文(文政元年版(1818)「http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200005724/」)が、『日本古典籍データセット』(国文学研究資料館等所蔵)に収載されており、その公開データも利用できるようになっています。この版本に印された固有名詞の推測結果は、このタグ(200005724_tag.csv)をたどれば、試案として提示している推測本文の一部が確認できるようになっています。古写本における誤写・誤読に興味のある方は、ぜひご覧いただき、ご教示いただけるだけ幸いです。

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 これらは共に「人文学オープンデータ共同利用センター」から広く公開されており、原本による古典文学の受容への便宜が図られています。実に便利な時代となりました。

 さて、今年はどのような成果が公開できるのか、自分でも今から楽しみです。

 駅伝が終わってから仕事を切り上げ、昨日果たせなかった氏神様への初詣に出かけました。

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 今日も、着物姿の方はほとんど見かけません。街中でよく見かけたのは、海外からの観光客の着せ替えに目がいっていただけの流行現象だったのでしょうか。

 舞殿の前に飾られる今年の絵馬は、なかなか力強い犬です。

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 その舞殿の西側には、昨日の元日ほどではないにしても、長い行列がつづいています。

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 今年も破魔矢として「丹塗の矢」をいただきました。『古事記』や『山城国風土記』で知られる神婚伝説に基づく矢です。それとともに、「鴨のくぼて」もいただきました。これは、下鴨神社の境内から出土した土器をもとにして制作されたものです。私はこれをおつまみ入れにして使っているので、今日も一個いただきました。

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 楼門の手前では、いつもの甘酒がありました。毎年いただいています。火鉢に手をかざし、指先を温めながらいただく甘酒は、なかなかいいものです。

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 片づけなどを手伝っているのは、神社のボーイ・ガールスカウトの子供たちです。かいがいしく立ち働く姿は、清々しいものがあります。ここでの甘酒はお勧めです。

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 帰りに境内の一画にある「さるや」で猿餅をいただいてから、バス通りに出て下鴨本通りの「ラ マルチーヌ」で洋菓子を2つ選び、家で「焙煎工房Hug」の香り高いコーヒーと一緒にいただきました。

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 このお店の左隣が焼き餅の「ゑびす屋加兵衛」さんです。
 このあたりには、みたらし団子で知られる「加茂みたらし茶屋」さんなど、楽しいお店が多い地域でもあります。「読書雑記(216)望月麻衣『京都寺町三条のホームズ・3』」(2017年12月07日)の中の「聖夜の涙とアリバイ崩し」でも触れたように、河原町通りから下鴨地域はスイーツ好きの方には堪らないエリアとなっています。
 ただし、残念ながら糖尿病の私には禁断の区域です。下鴨地域に点在する和菓子屋さんと共に、その時々に理由をつけていただいて帰ることに留めています。

 この年末年始は、いろいろなものを口にしました。来月の血糖値の数値が、今から心配です。
 
 
 
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2017年12月12日

京洛逍遥(480)kokoka 京都市国際交流会館で打ち合わせ

 地下鉄東西線で蹴上駅を降りてから、右手に南禅寺とインクラインを、左手にウェスティン都ホテルを見ながら平安神宮に向かって坂道を下りました。すると、すぐに「kokoka 京都市国際交流会館」があります。

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 この近くには、パナソニックの迎賓館である「松下 真々庵」があります。そこへ行った時のことは、「京洛逍遥(208)「真々庵」でPHPを考える」(2011年12月22日)に書きました。

 今日は、「kokoka 京都市国際交流会館」の3階で説明会と打ち合わせです。

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 部屋の窓からは、南禅寺が望めます。写真の左手には、永観堂が見えます。

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 2階にあるフランス料理の「TSUMUGI」に入りました。ここでは、窓から東山の絶景が一望のもとに見渡せました。

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 右端に永観堂の塔が、左端に真如堂の塔が聳えています。

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 みごとな眺めを楽しんでいた時、永観堂の塔の右側から煙が立ち上ってきました。しばらくして消えたかと思うと、またあたりを白煙が包みます。お店の方に聞くと、国宝や重要文化財があるところで落ち葉を焚くことはないはずなのに、とおっしゃっていました。消防車が駆けつける事態ではなかったようです。一体何だったのでしょうか。何事もなかったようなので安堵しました。

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2017年12月04日

京洛逍遥(479)冬支度に入った洛北北山と有馬六甲

 賀茂川上流に位置する北山方面の景色は、鮮やかな紅葉が見られないままに冬支度へと移っていきます。

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 川風が弱い日に、鴨たちは賀茂川の散策路に上がってきます。川岸には、鷺が一休みしています。

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 賀茂街道は桜と欅の並木道なので、紅葉が見られるのはほんの数箇所です。

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 洛北は日々冬に向かって、色あいを薄くしています。

 義兄のお見舞いがてら、芦屋から六甲に行ってきました。紅葉はすでに終わり、山は冬支度に入っています。東六甲の展望台から眼下を眺めました。
 眺望図の左手の北から右手の南へと視線をずらすと、私の通勤経路が一筋の線として確認できます。

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 まずは、左端に比叡山が。

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 続いて、中央に生駒山が。

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 そして、右端に関西国際空港が見えます。

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 こうして見ると、左端から右端へと通勤で移動するのに3時間かかるということが、視覚的に納得できます。距離にしてちょうど100キロメートル。鳥の目で見る鳥瞰図というものを体感することができました。
 
 
 
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2017年11月29日

京洛逍遥(478)洛陽三十三所(5)新長谷寺(真如堂)

 今秋の真如堂については、昨日の「京洛逍遥(477)永観堂・真如堂・金戒光明寺の黄葉と紅葉」に書きました。
 なお、今夏参拝した折に朱印帳を忘れて行ったので、今回あらためて記帳していただきました。

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 書いてくださった方は、まだ記帳に慣れておられなかったのか、字が不揃いです。観音霊場を巡礼して集印する意義に変わりはないものの、幾分ありがたみという点では軽く見えてしまいます。文字は不思議な力を持っています。これは、自戒の意味を込めてのことです。

 真如堂の境内は、四季折々に緑や赤や黄色に彩られます。
 落ち着いた雰囲気のお寺です。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から新長谷寺(真如堂)の略説と地図を引きます。

御詠歌
いくたびも まいるこころは はせいでら
 やまもちかいも ふかきたにかわ

 天台宗 鈴声山 真正極楽寺 真如堂に属す。平安時代、九条家の祖と言われる藤原山蔭卿の開基。本尊は十一面観音。山蔭卿の信仰が厚い長谷寺十一面観音を模刻造像。
 吉田山は旧来神楽岡と呼ばれ、仏法有縁の霊地。山蔭卿が邸宅を構え、そこに新長谷寺を建立。明治時代、真如堂境内に移転。


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2017年11月28日

京洛逍遥(477)永観堂・真如堂・金戒光明寺の黄葉と紅葉

 永観堂の紅葉は赤と黄のグラデーションが艶やかで、観光客を呼び寄せる魅力に満ち溢れています。境内に入ると、明るく暖かい色が一面を塗り潰したかのように飛び込んできます。

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 池を望む東屋の窓が額縁になっています。

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 多宝塔から西を見霽かすと、市街が一望の下に見渡せます。

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 紅葉の中にたたずむ観音の衣文がインドを連想させます。その横のお地蔵さんの表情がやすらぎに誘います。

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 すぐ近くの真如堂は、緑の中のお寺というイメージを持っていました。「京洛逍遥(448)白川通から真如堂を経て神楽岡通へ」(2017年06月11日)に記した通りです。しかし、落ち着いた紅葉の中もいいものです。

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 ここでは、「洛陽三十三所 観音霊場」のご朱印をいただきました。このことは、また別の連載の一つとして記します。

 帰り道でもあり、金戒光明寺に寄りました。境内には紅葉はなく、楼門の前に鮮やかな紅葉がその存在感を見せています。

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 境内の一角にあった「戀西楼」で、生湯葉をのせた抹茶蕎麦をいただきました。

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 少し甘めなのは、関西特有の味です。それにしても、失礼ながらお寺の境内にあるお店とは思えない、おいしい茶蕎麦でした。今秋行った鞍馬駅正面にあるお店でいただいた茶蕎麦とは、雲泥の差があります。観光地の食べ物はいろいろです。

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2017年11月27日

京洛逍遥(476)妙顕寺・百々橋・宝鏡寺・堀川通の紅葉と黄葉

 先日の勉強会[町家 de 源氏物語の写本を読む]が終わると、会場である「be京都」の館長である岡元さんが、この近くの妙顕寺の紅葉が見ごろだと教えてくださいました。
 それでは、ということで早速みんなで立ち寄りました。

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 境内を奥に入るとライトアップもなされているようです。しかし、この日は入口だけを堪能することに留めました。

 堀川通に向かって西へと歩き、応仁の乱で東陣があった百々(どど)橋あたりに至り、新しくなった景観を楽しみました。
 この地のことは、「京洛逍遥(450)上京区を歩くためのフリーマップ」(2017年06月19日)で簡単に触れました。
 また、茶道の不審菴と今日庵への入口で行なわれていた無電柱化の工事と、百々橋跡の整地もすっかり終わっていました。整地前の様子は、「京洛逍遥(426)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)の写真をご覧いただければ、その変化のさまがわかります。

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 この地に設置された説明版にあるように、ここは応仁乱の激戦の地です。そして、この橋が『上杉本洛中洛外図屏風』に描かれているのですから、いろいろと想像が広がります。

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 この説明版は、源氏千年紀で市内各地に設置された説明版と、そのデザインが統一されたものです。今後とも、こうしたデザインの説明版が市内各所に置かれるのでしょうか。古くなった案内板が多いので、これは大歓迎です。
 「源氏のゆかり」として連載した説明版40枚については、次の記事を参照願います。
「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010年05月08日)

 その百々橋の西横の宝鏡寺の紅葉も、垣根越しに見ることができました。

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 さらには、堀川通りに出て、銀杏並木も楽しみました。

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 みんなとは堀川寺之内のバス停でお別れし、そのすぐ前の田丸弥さんで、お茶道具と秋バージョンのパッケージに包まれたお煎餅「白川路」をいただいて帰りました。このお煎餅は、お盆にお参りに来てくださる養林庵の庵主さんがお勧めの美味しいお菓子です。見かけられたら、ぜひ一度口に入れて、その触感と味を楽しんでください。

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2017年11月26日

京洛逍遥(475)府立大学前の紅葉と上賀茂から琵琶湖に渡る虹

 東西に走る白川疎水通りから、南北に通じる北山通りを散策中のことでした。
 京都府立大学の南門近くの樹木園側の紅葉が、陽光を浴びて輝いていました。

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 そこから京都府立京都学・歴彩館の前の下鴨中通りを北山通に向かうと、その並木道も色付いていました。

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 北山通に向かって北へと歩き、しばらくすると一転して天がかき曇り、比叡山から大津の方に虹が架かったのです。
 
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 京都北山通に出ると、旧・府立総合資料館の前からも、比叡山越しの琵琶湖に虹が落ちています。

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 北山通りと鞍馬街道の角から上賀茂神社の方を望むと、まさに立ち昇る七色の帯が見られました。

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 霧雨を肌に感じたと思う間もなく、しだいに晴れていきました。
 突然天候が急変する中に身を置き、不思議な感触を抱きながらの散策となりました。
 
 
 
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2017年11月14日

京洛逍遥(474)不可解なタクシーの領収書2枚をめぐって

 12日の源氏物語散策のイベントで、北大路堀川にある紫式部の墓から自宅までは、2台のタクシーを利用しました。
 まず、2台の内の前を走った道案内役の私のタクシーは、4人が乗って千円です。これは、京都では大手のタクシー会社のものでした。そこで、後ろの方には立て替えていただいた千円をお渡ししました。

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 しかし、資料を整理していて、その時のタクシーの領収書2枚の金額が異なることに気付いたのです。

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 私の後ろを追いかけてもらったタクシーは、3人が乗って千百円でした。これは、個人タクシーでした。後ろの方には、負担していただいた分の百円を、後日お目にかかった時にお返しする連絡をしました。
 なお、個人タクシーの場合は、乗車した日にちは印字されても、時間は記載されていません。これは後の記録としては不正確なものになります。統一してもらたいたものです。

 まったく同じ時間帯に同じ大きさのタクシーで、まったく同じ時間をかけて、同じ距離を走って、その運賃が違うのです。今、私にわかるのは、会社か個人かという違いだけです。
 この運賃の違いには、何か特別な仕組みがあるのでしょうか?

 それにしても、この件だけで言えば、【個人タクシーに乗ると1割高い】、ということになります。

 また、今回は北大路橋の袂で一度停まってもらい、みなさんに賀茂川の川風と川の音を感じてもらいました。売茶翁の石碑もご覧いただきました。5分ほどだったでしょうか。
 ころが、植物園前の入口で停まった時に、後ろから来てもらったタクシーの運転手さんは、この北大路橋から私の家までは近いので歩けるでしょう、と言って、少し待つことを嫌っておられました。ほんのしばらくですから、と言って待ってもらいましたが。私が乗った前を走っていただいた運転手さんは、気持ちよく停車して待ってくださいました。

 紫式部のお墓の前から乗り込む時に、後ろの運転手さんにも橋の袂で一時停止していただく確認を、その場所まで詳しく説明しました。それなのに、ここからは歩いて自宅に帰れるだろう、とおっしゃったのです。
 今回は、お一方が足の調子がよくないとのことで、お昼の泉仙も、これから自宅でのお茶でも、椅子を用意していました。そのこともあり、歩くことは考えていないことを伝えました。しかし、個人タクシーの運転者さんは不満のようでした。
 その運転手さんには、いろいろと事情があったのでしょうか。それにしても、こんなタクシーの運転手さんが、国際的な観光都市を誇る京都を流しておられるのです。この調子では、観光立国やおもてなしの気持ちがお客様にねじ曲がって伝わりかねません。今、私は、【これからは個人タクシーは避けよう】、という思いになっています。
 どうも理解できないことに出くわしたので、これも記録の一つとしてここに留めておきます。
 
 
 
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2017年11月12日

京洛逍遥(473)源氏物語散策(第2回)大徳寺周辺とお茶会

 好天に恵まれた今日は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉主催の源氏物語散策を行いました。東京から6名、京都から6名、奈良から1名の計13名です。お喋りをしながら解説を聞きながらと、のんびりとした京洛漫遊を満喫しました。

 まずは、精進鉄鉢料理「泉仙 大慈院店」でお昼ご飯です。

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 食べ終わると、器がこんなにコンパクトに収まります。
 食べてからも楽しめる、なかなかおもしろい食事です。

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 泉仙の近くの大慈院には、紫式部碑があります。
 お寺さんのご好意によりお庭に入れていただき、紫式部碑を間近に見ることができました。

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 さらには、この歌碑に関して、新村出博士(広辞苑の編纂者)がこのお寺に届けられたハガキと手紙も、親しく見せていただくことができました。

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 今日拝見した新村出博士に関する新出資料については、立命館大学の須藤圭氏があらためて整理して、近々報告書を作ってくれることになりました。いろいろなことがわかってきましたので、この件はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉を通して解説パンフレットとして発行する予定です。もうしばらくお待ちください。
 また、紫式部が『源氏物語』を執筆しているところと思われる絵が、軸装されたものとして写真に写っていました。これは、次回拝見できることになりました。
 ご住職と奥様には、お茶をいただきながら、資料をもとにした実地の勉強をする機会を与えてくださいました。得がたいご高配に対して、この場を借りてお礼申し上げます。

 今回の源氏物語散策は、須藤氏の解説によって経巡ることになりました。
 わかりやすくて機知に富んだ解説で予定地を進みました。

 雲林院では、僧正遍照の歌碑の変体仮名を1文字ずつ丁寧に読みました。また『源氏物語』の「賢木」巻で雲林院が出てくる場面を、江戸時代の大島本ではなくて鎌倉時代の池田本で、変体仮名にも留意して読み、物語の内容も確認しました。散策しながら学習もするという欲張った企画ながらも、プリントの文字の大きさといい、資料の配置といい、このNPO法人ならではの創意工夫が随所に見られる資料でした。

 この雲林院を訪ねた次は、某マンションの壁面に取り付けられた雲林院の説明板を見ました。この説明板については、ひっそりと貼られているせいもあり、ほとんどの方がご存知ありません。
 この説明を読み地図を確認していた時でした。1人の参加者が「雲林院」の文字が違うということに気付き、みんなで楽しく盛り上がりました。確かに、「雲院林」と書いてあります。

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 私は、この埋め込みパネルを、何度も人を案内しながら見ています。しかし、この誤植には気付きませんでした。目を変えて見ることの大切さを知りました。慣れてくると、見ているようで見えていないものなのです。

 櫟谷七野神社は、賀茂斎院跡として案内してもらいました。

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 そして、今日もここでは、楽しい発見がありました。
 前回の下見では、「京洛逍遥(473)NPO-GEM主催「源氏物語散策/第2回」のお誘い」(2017年11月03日)で、浮気封じの祈願延長のことを紹介しました。
 今日は、さらに刺激的なゾッとするような文言を見つけました。

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浮気相手(第三者)の家の前や敷地内に適宜、密かにまいて下さい。


 この神社は、今後とも注目すべき所だと言えます。

 本日の散策の最後は紫式部墓所です。

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 いろいろな質問に答えながら、無事に予定のコースを歩き終えました。

 一応解散とした後は、東京からお越しのみなさま5人と奈良からの1人を、賀茂川にお連れしました。
 北大路橋の袂で、千年来の川風と水の音を聞いていただいたのです。陽が西賀茂の方に沈むところでした。

 そして、我が家にご案内し、お茶会をしました。
 娘がお茶を点て、私が架蔵の『探幽筆 三十六歌仙』をお見せして説明する、という趣向です。
 今日の雲林院に関連したものとして、僧正遍照の画像をまず見ていただきました。
 架蔵の粉本の絵には、次のように描かれています。

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 この画面に指示された通りに、コンピュータグラフィックで彩色復元をすると、次のようになります。まさに、狩野派が粉本をもとにして、同じ絵を大量生産したことを再現したことになります。

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 この『探幽筆 三十六歌仙』の詳細な紹介については、旧〈源氏物語電子資料館〉の「架蔵『探幽筆 三拾六哥仙』の復元」」を参照願います。

 みなさまとご一緒にお話をしながらお茶をいただき、歌舞伎のこと、ベトナムのこと、お茶菓子のこと、日比谷での講座のこと、古写本を読む楽しさ等々、いろいろな話が花開きました。四畳半の茶室に9人が入ってのお茶会です。京間は広く感じるということで、日本の家屋や伝統文化の話題にもなりました。
 今回はお茶の経験豊富な方が多かったため、レベルの高いお茶会となりました。乞われるままに、私も初心者なりのお点前で2服ほど点てました。
 お茶は一保堂でいただいた裏千家今日庵お好みの「関の白」、お菓子は京都植物園入口の長生堂、そして大徳寺納豆を練り込んだ磯田の「式部」と、多彩な味と香りが楽しめるものを選んでみました。
 もっと時間があれば、という思いを抱きながら、みなさまを通りまでお見送りしました。
 次は、葵祭の時を予定しています。

 本日の講師を務めていただいた須藤氏、そして計画段階からいろいろな雑務をこなしていただいた石田さん、お疲れさまでした。みなさまから、二度と味わえない贅沢極まりない京都旅行になった、という感想を預かっています。また次回、こうした楽しい企画をプランニングしましょう。
 
 
 
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2017年11月11日

京洛逍遥(472)寺町の一保堂へ抹茶をいただきに行く

 賀茂川から北山を望むと、これから紅葉が広がる様子がうかがえます。

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 明日のNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の秋のイベントである源氏物語散策の後、我が家でささやかなお茶会をすることになっています。
 京都御所の西側を南北に走る寺町通りにある一保堂さんは、我が家から一番近いお茶屋さんなので、お客様がある時にはこの本店で抹茶をいただいています。

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 今回は、濃茶で使う抹茶で薄茶を点てることにしました。
 この界隈には骨董屋さんや画廊が並んでいるので、ブラブラと散策に出かけるのにいい所です。茶道具屋さんで、以前住んでいた生駒の高山で作られた茶筅と、炉用の少しいい柄杓をいただきました。明日は我が家での炉開きでもあるので、気分一新です。

 帰り道、廬山寺の紅葉を見ました。

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 正面左下の白壁際に建つ烏帽子のような形をした石碑は、紫式部の「めぐりあひて〜」と、大弐三位の「有馬山〜」が刻まれた歌碑です。

 廬山寺の向かいの梨木神社の参道は、萩で知られる名所ということもあってか、紅葉を愛でる雰囲気はありませんでした。

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 自転車だったので、京都御苑にも立ち寄りました。
 朔平門から西の方、乾御門の周りだけは色付いていました。

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 今出川御門から朔平門を見ると、砂利道の落葉に少し秋らしさを感じるくらいです。

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 日増しに気温も下がってきています。
 これから少しずつ景色が変わっていくので、その移りゆく風景を大いに楽しみにしています。
 
 
 
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2017年10月29日

京洛逍遥(471)百人一首をテーマとする京菓子展(その1-有斐斎弘道館)

 昨日、[町家 de 源氏物語の写本を読む]の集まりでハーバード大学本『源氏物語 須磨』を読んだ後は、雨が小降りだったので、歩いて御所西の蛤御門の方に向かいました。現在、〈「手のひらの自然 百人一首」京菓子展 2017〉が、有斐斎弘道館で開催されていたからです。ここは、江戸中期の儒者である皆川淇園の学問所に由来する場所です。

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 今年の創作和菓子のテーマは「百人一首」。
 一般公募の350点あまりから選ばれた、48点の和菓子の作品展なのです。
 展示会場は2カ所あり、この有斐斎弘道館には、入選作31点が並びます。

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 特別会場である旧三井家下鴨別邸には、17点が展示されています。下鴨別邸については明日にします。

 今年の入選作の一覧は、「デザイン部門16作品、実作部門32作品が選ばれました」をご覧ください。
 そこに記されている審査基準に、私は注視しました。

【審査のポイント】
・百人一首をどのように捉えるか、京菓子の特性をどのように活かすかについて応募者なりの視点があること。
・京菓子は耳で食べる、と言われるほど銘(お菓子の名前)が重要な要素です。菓子のデザインと銘が互いに引き立てあうような作品を期待します。
・菓子のデザインは特に「食べる」ことを考えた作品であること。


 選考を終えての、審査員のコメントを聞きたくなります。どこを評価なさったのでしょうか。
 また、和菓子の製作者が和歌をどう解釈して苦労したか、ということと共に、見てもらいたいポイントが作品に添えてあれば、我々はもっと楽しめたはずです。勝手に見てください、に留まらない、「おもてなしの気持ち」が伝わる展覧会にしていただけると、さらに充実感が増し、参観者も増えると思いました。ごめんなさい。これは学芸員の視点からの私感です。
 実際に何点かの和菓子は、お茶と一緒にいただけます。これは、なかなかいい趣向です。

 この会場で見た作品の中で、私は笹井真実さんの「恋話」(しのぶれど色に出でにけりわが恋は 物や思ふと人の問ふまで」)が一番気にいりました。鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本を読んだ後ということと、平仮名がうまく配されていた、ということからでもあります。勝手なことを言わせていただけるなら、変体仮名を交えて、例えば「しのふ(改行)連登」と連綿で書いてあると、さらに品格が増したと思います。

171029_しのぶれど1.jpgしのぶれど1

 写真撮影は自由に許されていたので、薄暗い中でのぼんやりした画像ながら、以下にこの本会場に並んでいた入選作の和菓子を体験していただけるようにしてみます(順不同)。お茶でも飲みながら、ごゆっくりとご覧ください。
 
 
171029_かささぎ1.jpgかささぎ1

171029_かささぎ2.jpgかささぎ2

171029_かささぎ3.jpgかささぎ3

171029_しのぶれど2.jpgしのぶれど2

171029_ちはやぶる.jpgちはやぶる

171029_みかきもり.jpgみかきもり

171029_わたの原.jpgわたの原

171029_奥山に.jpg奥山に

171029_花の色.jpg花の色

171029_君がため1.jpg君がため1

171029_君がため2.jpg君がため2

171029_言霊.jpg言霊

171029_高砂の.jpg高砂の

171029_今来むと.jpg今来むと

171029_山川に.jpg山川に

171029_思ひわび.jpg思ひわび

171029_秋風に1.jpg秋風に1

171029_秋風に2.jpg秋風に2

171029_秋風に3.jpg秋風に3

171029_心あてに1.jpg心あてに1

171029_心あてに2.jpg心あてに2

171029_瀬をはやみ.jpg瀬をはやみ

171029_滝の音は.jpg滝の音は

171029_嘆きつつ.jpg嘆きつつ

171029_筑波嶺の.jpg筑波嶺の

171029_天つ風.jpg天つ風

171029_来ぬ人1.jpg来ぬ人1

171029_来ぬ人2.jpg来ぬ人2
 
 
 
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2017年10月24日

京洛逍遥(470)このゴミ袋は何とかならないものでしょうか

 京都の中心街となっている四条通りの中でも、四条河原町は阪急で梅田へ向かう始発駅でもあり、一日中賑わっています。
 その四条河原町でもっとも人が往き来する交差点の西北角に、私が通りかかる午後8時から9時以降になると、ゴミ袋が詰まれています。今日は4つと雑誌の束なので、少ない方です。10個くらい積まれると、ここを通るのが嫌になります。見た目にも、不潔で恥ずかしい光景です。

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 このゴミ袋は、この前のお店が閉店と共に出しておられるのでしょうか。いや、それはないのでは、と思いたくなります。ここは、深夜まで人通りの多い商店街です。いつも決まってこの場所にゴミが積まれているので、ゴミを避けながらこの角を曲がる私は、鼻を摘まむまではいかないまでも、本当に嫌な思いをさせられます。

 この向かいの東側の通りの商店街でも、似たようなゴミ袋が並びます。交差点の角ではないにしても、狭い歩道なので歩いていると身体に触れることもあります。

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 国際的にも観光都市として、京都はナンバーワンとして知られています。その繁華街の午後8時のこの不潔で不愉快さを感じさせる状態は、どう考えてもよくないことです。人間の生活感が感じられていいものだ、などと言っている状態ではありません。
 ゴミを店の前に出すのは違法ではないのでしょう。しかし、場所と時間をわきまえてほしいものです。
 そして、市もこのことについて、市民や観光客が不愉快な思いをすることのないように、何か対処を検討してほしいと思っています。
 住宅街で、自宅の前にゴミを出すのとは違う、と思うからです。

 なお、近所の歯医者さんの玄関口には、診察終了後にいつも透明のゴミ袋が出ています。今日も出ていました。この中に医療用器具や血液の付いたものは入っていないと思います。しかし、気持ちが悪いので、じっとは見ないようにしています。

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 これも、ゴミを出す方は当たり前のことなのでしょう。しかし、近隣住民としては、気持ちが悪いので、中がみえないような工夫をするなど、考えてほしいものです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:15| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年10月08日

京洛逍遥(469)家族でお茶の後は下鴨神社へ帽額幕の奉納に行く

 北山はまだ色づいていません。しかし、朝夕はめっきりと寒くなり、暖房を使っています。

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 賀茂川の鴨たちも元気です。

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 鷺ものんびりと魚がやって来るのを待っています。

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 連休ということもあり、孫たちが来ました。しかし、昨夜私は最終の新幹線で東京から帰って来たので、今朝方みんなと会いました。
 早速、娘の指導の下、お茶のお稽古です。
 お茶菓子は鶴屋長生。秋らしさを感じます。

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 最近、近くの古美術「茶木」の茶木さんのところから、定年退職の記念にと楽焼きの一碗を求めました。上品な朱の一掃けが気に入っています。まずはお正客の婿殿に、この碗で一服を点てました。

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 孫娘は何事かと、大いに興味をもったようで、身を乗り出して来ました。
 赤い色には、特に反応するようです。しっかりと見えているのです。
 茶筅が茶碗の中で震える音が聞こえるからかもしれません。
 この光景は、記憶に残るのでしょうか。いつか思い出すことがあるのでしょうか。生まれてまだ半年なので、曖昧模糊としたものであり、記憶とは言えない幻像に留まるものなのでしょう。
 今日見たものがどうなっていくのか、知りたくなります。いつか、この赤い楽茶碗を見せて、折々にその反応を試してみましょう。

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 話で寛いだ後は、下鴨神社へお参りです。今年は酉年なので、神社に酉の祈願幕を奉納するのだとか。婿殿からの入れ知恵によると、「帽額幕(もこうまく)」というものだそうです。下鴨神社で今年いっぱいの祈願が終わったら、帽額幕に祈願者の名前が記されて奉納されるのです。それが本殿に懸けらるのですから、ありがたいことです。
 娘たちは、自分たちが結婚式をあげた我が家の氏神様であることから、折々にこの神社にお参りして行きます。今回は、孫が初めてのお参りとなりました。太古の糺ノ森を散策して爽やかな空気を浴びたので、元気に大きくなっていくことでしょう。
 本殿の前に、干支のお社(言社)があります。なんと、私の卯歳と孫の酉歳は同じお社に組み合わされていたのです。今日初めて気付きました。私の母と妻が同じお社だったことは知っていました。何かとご縁がある家族です。

 南口鳥居の近くにある「さるや宝泉」の前から、糺の森遊覧馬車が出ていました。初めてみました。瀬見の小川沿いの馬場を、河合神社まで歩いてくれます。いつか乗ってみましょう。

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2017年09月25日

京洛逍遥(468)下鴨神社の印章祈願祭と手作り市

 昨日、鞍馬寺からの帰りに、終点の出町柳駅から徒歩数分の下鴨神社に立ち寄りました。ちょうど、糺ノ森では恒例の手作り市が賑やかに開催されているところでした。

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 その足ですぐに、この日のイベントである印章祈願祭に行きました。しかし、すでに3時で終了。鞍馬温泉で、ゆっくりと心身共にリラックスしている時に行われていたのです。また来年の楽しみにしましょう。
 折角なので、後片付けの途中に残されたままのパイプ椅子を写しました。

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 そして、爽やかな双葉葵の印鑑入れをいただいて帰りました。

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 この印納社については、次の記事で詳しく紹介しています。
「NPOの法人印を精魂込めて彫っていただく」(2013年02月04日)
 このNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の印を彫って下さった井上さんのお店は、今は閉店しています。この前を通りかかると、いつも井上さんの笑顔を思い出しています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年09月24日

京洛逍遥(467)鞍馬山の霊気を浴び晶子の歌碑を確認して温泉に入る

 出町柳駅から叡山電車で鞍馬山に行きました。

 これまでに、以下の記事で、鞍馬のことは何度も書いてきました。
 
(1)「京洛逍遥(434)鞍馬の霊気を浴びて温泉で英気を養う」(2017年04月03日)

(2)「京洛逍遥(352)新緑の鞍馬温泉でお山の霊気を浴びる」(2015年05月03日)

(3)「学習院女子大学での中古文学会 -2013 春-」(2013年06月09日)

(4)「京洛逍遥(186)鞍馬温泉でリラックス」(2011年04月03日)

(5)「与謝野晶子デジタル化の報道資料提供」(2011年02月09日)

(6)「与謝野晶子の自筆原稿『新新訳源氏物語』と『蜻蛉日記』の撮影」(2010年10月26日)

(7)「京洛逍遥(162)鞍馬寺とくらま温泉」(2010年09月21日)

(8)「与謝野晶子の源氏訳自筆原稿「夕顔」等を確認」(2010年07月16日)

(9)「神野藤昭夫先生の晶子がたり」(2010年02月21日)

(10)「与謝野晶子の『新新訳源氏物語』自筆原稿画像データベース公開」(2010年02月20日)

(11)「瀑布に打たれ続ける日々」(2008年09月28日)

(12)「与謝野晶子の自筆原稿画像の試験公開」(2008年09月17日)

(13)「与謝野晶子と『源氏物語』(2)」(2008年09月07日)

(14)「与謝野晶子と『源氏物語』(1)」(2008年09月06日)

(15)「京洛逍遥(44)くらま温泉」(2008年07月13日)

(16)「源氏のゆかり(5)説明板28-鞍馬寺(2011/04/03補訂)」(2008年05月03日)

 ここに出て来る由岐神社の横にある説明板は、今も何の説明もないので、これを見たことがある方はほとんどいらっしゃらないことでしょう。また、『源氏物語』若紫の巻の和歌を記した「涙の滝」の立て札は、今日は見当たりませんでした。今度、よく確認してみます。

(17)「鞍馬寺にある晶子の源氏訳自筆原稿」(2008年04月28日)

(18)「京洛逍遥(16)鞍馬寺」(2007年09月23日)
 
 この18件を通覧してみると、鞍馬山の与謝野晶子と鉄幹の歌碑については、あまり書いていなかったようです。
 本堂裏から貴船神社へ向かう道の石段を70メートルほど上ったところに、鉄幹の歌碑の標柱があります。「與謝野寛先生歌碑」とあるのがそれです。

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 少し先に、2人の歌碑が並んでいます。

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 それぞれの歌を変体仮名混じりで翻字すると、次のようになります。

何と那く君尓ま多るゝこゝちして
 いでし花野の夕月夜可那
          晶子
 
遮那王可せくらべ石を山二見て
 王可”心な保
       明日を待つ可な
              寛


 斜め向かいには、昭和51年にこの鞍馬山に移築された、与謝野晶子の書斎「冬柏亭」もあります。

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 東京の荻窪にあった晶子の住居跡については、「江戸漫歩(6)与謝野晶子の住居跡」(2008年05月27日)に詳しく書きましたので、そちらもご覧ください。
 時間がなかったので霊宝殿の展示は、今日は見ることができませんでした。

 源氏千年紀に立てられた説明板は、今も由岐神社の左下坂道を下った片隅に、ひっそりと置かれています。上記の「涙の滝」の立て札は、どこにも見当たりません。

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 鞍馬寺を下りて、天然硫黄温泉の露天風呂がある「峰麓湯」に入りました。ここは、京の奥座敷と言われています。糖尿病に良いということもあって、何度も来ていました。しかし、その効能書きの最初に「神経痛」とあることに気付いていませんでした。これは、頭部神経痛に苦しむ現在の私としては、入らないわけにはいきません。
 ゆったりと30分、肩から首筋を温めて来ました。

 叡山電車の鞍馬駅の待合室に、「悠久の風の文庫」というコーナーがあることに気付きました。

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 観光客を思いやる気持ちが伝わってきます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:12| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年09月20日

京洛逍遥(466)洛陽三十三所(9)青龍寺

 青龍寺は、石塀小路で知られる高台寺の南、清水寺を見上げる八坂の塔のすぐ北にあります。
 昨日書いた、洛陽三十三所の第4番札所「革堂行願寺」(2017年09月19日)には、2010年8月11日に行きました。この青龍寺はその10日前の8月1日に行っています。
 発見されたばかりの胃ガンについて、京大病院の担当医だった岡部先生から説明を聞いた2日後です。ガンの進行状況や切除手術の方法などを聞き、いろいろなことを考えながらの観音さま巡りを始めたばかりの時期です。「心身雑記(66)今後の我が身についての巻」(2010年07月30日)に、そうしたことを記しています。もっとも今から思うと、この観音霊場巡りは、あまり深刻な気持ちからではなかったようです。
 私は、スタンプラリーが好きなのです。この2週間前から、西国三十三所巡礼を石山寺を皮切りに回っています。
「西国三十三所(1)5周目は石山寺から」(2010年07月19日)
 石山寺に向かったのは、ガンの告知を受けた3日目でした。そしてすぐに、洛陽三十三所の札所巡りもスタートしていたのです。とにかく、若いときから観音様が好きでした。特に、18歳の時に読んだ井上靖の小説『星と祭』から、実に多くの影響を受けました。
 「びわ湖108霊場」も歩き始めたままで、ずっと止まっています。これも、そろそろ再開することにします。またまた、楽しい忙しさを纏った日々を送ることになりそうです。
(青龍寺での写真は当日のものを掲載したため、現在と少し異なるものが写っているかもしれません。)

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から青龍寺の略説を引きます。

御詠歌
ありがたや まよいのくもは おこるまじ
 せいりゅうじより かへるさのみち
 
 当寺は、桓武天皇の勅により長岡宮近郊に創建された大宝寺にはじまる。平安遷都と共に現在地に移り、六時礼讃別時念仏の道場となって引導寺、その後青龍寺と改称された。
 御本尊聖観世音菩薩は、唐の徳宗皇帝より献上された香木伽羅を、桓武天皇の勅命を以って伝教大師が彫刻されたと伝えられている。


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2017年09月19日

京洛逍遥(465)洛陽三十三所(4)革堂行願寺

 今から7年前の8月に、革堂・行願寺へ行ったときの観音霊場巡り報告です。
 前回書いた、第3番札所の「護浄院 清荒神」は8月19日だったので、この革堂はその1週間前の11日に行っています。(写真は当日のものを掲載したため、現在と少し異なるものが写っているかもしれません。)

 この時には、西国三十三所の御詠歌版も集印していたため、一緒に次の写真も残っています。これは、この3週間後の8月31日に京大病院で胃ガンの大手術をしており、そのため手術前に無事を祈願しての観音霊場巡りをしていた記録でもあります。

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 革堂は、京都市役所の北にあり、革堂の前の寺町通り沿いには藤原定家の屋敷跡もあります。そのことは、「京洛逍遥(52)定家京極邸址前で喫茶」(2008年12月28日)をご参照ください。


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 さて、革堂はよく行く通りにあるため、気軽にヒョイと立ち寄っています。

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 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から革堂の略説を引きます。

御詠歌
はなをみて いまはのぞみも こうどうの
 にわのちぐさも さかりなるらん

 千年の歴史を持つ寺で、創建当初は一条通りにあり、開基は行円上人で、革聖の行円上人願いの寺のいわれより、革堂行願寺と名付けられました。
 この御本尊は上人がすべての人々の成仏のため仏像を彫刻したいと発願し、賀茂の社に霊木があることを告げられ、その槻の木に自ら一刀三礼して彫られた観音様で秘仏となっております。

 
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2017年09月11日

京洛逍遥(464)洛陽三十三所(3)護浄院 清荒神

 今から7年前の8月に、清荒神へ行ったときの観音霊場巡り報告です。
 前回書いた、第2番札所の「新京極 誓願寺」は8月21日で、この清荒神はその2日前の19日に行ったようです。(写真は当日のものを掲載したため、現在と少し異なるものが写っているかもしれません。)

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 清荒神は、京都御苑の仙洞御所と鴨川の間に位置し、廬山寺の南にあります。前を東西に走る手狭な荒神口通の左手には、藤原道長が建立した法成寺跡があります。この法成寺跡については、「源氏のゆかり(28)説明板36-法成寺跡」(2008年10月07日)で紹介しました。

 荒神口通の東側、河原町通を渡ったところに、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の登記手続きでよく行く、京都地方法務局があります。さらに鴨川に架かる荒神橋を渡ると、京都大学稲盛財団記念館や東南アジア研究所があります。この奥が、毎月のようにお世話になっている京大病院です。
 この地域は、私にとっては日常的に往き来している所なので、こうして紹介するのが何となくくすぐったい気持ちがします。地元感覚があるからでしょうか。

 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から清荒神の略説を引きます。

御詠歌
あらたかや こうじんどうの じゅんていは
 いのらばりやく さづけたもうぞ

 准胝観音さまは、あらゆる仏さまの母といわれているところから「仏母准胝尊」ともいわれ、多くの仏を生み出す母ですから、あらゆる人々のなやみに答えて救って下さる観音さまです。
 また子授けの観音さまとして、清浄と母性の象徴、母の願いを叶えて下さる准胝観音さまに祈りを捧げて下さい。


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2017年09月10日

京洛逍遥(463)平安神宮でのお茶会に行く

 平安神宮澄心会の月釜の行事に参加して来ました。

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 神苑内の澄心亭での、裏千家吉田宗育氏のお茶席に寄せていただいたのです。

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 待合では、先客の男性と私の2人だけでした。お正客に、と言われたらどうしようと思い、ドキドキです。幸い、その方は経験豊富な方だったようで、率先してお正客をつとめてくださいました。
 席入りすると、サッと手前座に一番近い正客のところに座られたので、私が次客となります。床には、鷹司兼煕が重陽節句を歌った和歌の軸が掛かっていました。兼煕は17世紀後半の人で、関白になっています。お公家さんの文字は仮名の崩し方も難しくて、何文字か読めませんでした。
 しばらくすると、今日の最後の席ということもあってか、水屋でお手伝いをなさっていた方々も入って来られ、10名ほどになりました。
 お菓子は、菊の着せ綿です。このお菓子については、「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第13回)」(2014年09月06日)で詳しく書いていますのでご参照ください。

 私の前に置かれた薄茶は、縦長の馬上杯を模したお茶碗でした。高台のところに小さな穴が刳り抜かれていました。珍しいものだそうです。どう持っていいのか戸惑いながらも、正客役をなさっている右隣の方のアドバイスをいただき、包み込むようにしておいしいお茶をいただきました。それにしても、小さなビアカップのような茶碗に、どのようにして茶筅で泡立てられたのか、よく見ていなかったので今でも不思議です。縦長の湯呑みのようなカップの中に茶筅を入れると、そこで前後左右のいずれにも振ることができないと思われるからです。何か秘訣があるのでしょう。

 部屋も道具も、重陽の節句に合わせて菊に関するもので構成されていました。
 小一時間ほどのお茶会でした。正客をなさっていた男性の動き方や話題を投げ掛けられるタイミングなどは、いつかは私もお正客をさせられることから逃げ切れないはずなので、いい勉強になります。とにかく、しっかりとお稽古をすることと、お茶会の場数を踏むことしかありません。

 私がお茶をやっているのは、我が家にお越しのお客様にお茶を点てて差し上げ、ゆったりとお話をしたいからです。そのために、こうしていろいろなお茶会に参加して、自分なりのお茶の出し方をイメージトレーニングしています。場の作り方の勉強だと思って、機会を見つけては足を運んでいるのです。

 平安神宮の周辺は、府立図書館に来たときによく通ります。本ブログでも何度も取り上げています。しかし、神苑の中に入るのは4年ぶりだと思います。

「京洛逍遥(271)良好だった検診2日目と京洛の桜」(2013年04月05日)

 平安神宮の神苑というと、何と言っても紅しだれコンサートです。

「京洛逍遥(132)平安神宮紅しだれコンサート -2010-」(2010年04月09日)

 このコンサートは、あまりの人の多さに疲れるようになり、しばらく行っていません。
 さまざまな京洛での催しも、気疲れや人疲れのするものには、しだいに足が遠のくようになりました。
 それでも、数多くのイベントが開催されるので、行けるものに行く、という方針でいます。

 一人でのんびりと苑内を歩きました。少し汗ばむ蒸し暑さを感じます。

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 栖鳳池から望む泰平閣は、よくガイドブックで見かける姿です。

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 ちょうど結婚式と行き会い、泰平閣の橋の中程でしばらく足留めとなりました。
 のんびりとした一日です。
 
 
 
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2017年09月05日

京洛逍遥(462)洛陽三十三所(2)新京極 誓願寺

 今から7年前の8月、昨日の洛陽三十三所観音霊場の第1番札所「頂法寺」へ行った10日後に、この第2番札所「誓願寺」へ行っています。(写真は当日のものを掲載したため、現在と少し異なるものが写っています。)

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 誓願寺は、河原町三条から四条の西を南北に走る商店街にあり、お土産物を求めて多くの修学旅行生や海外からの観光客で賑わう所です。和泉式部や清少納言のゆかりの地であり、この洛陽三十三所のご朱印をいただいた一月半後には、落語を聞きに行っています。
 そんなこんなを、これまでに何度かこの京洛逍遥で取り上げていますので、以下の記事もご笑覧を。

「京洛逍遥(164)誓願寺の策伝忌と奉納落語会」(2010年10月11日)

「京洛逍遥(286)『都名所図会』の河原町三条界隈(その2)」(2013年08月18日)

 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から誓願寺の略説を引きます。

御詠歌
くちずさみ そのなもながき こがねでら
 ここあんらくの じょうどなるらん

 誓願寺は、西暦六六七年、天智天皇によって奈良の地に三論宗として開創された。以来、改宗と二度の移転を経て、現在は浄土宗西山深草派の総本山である。
 当寺安置の十一面観音は、弘法大師の作と伝えられ、かつては長金寺(一言堂)の本尊であった。古来、一言で願いを叶えてくれる「一言観音」として信仰を集めている。


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2017年09月04日

京洛逍遥(461)洛陽三十三所(1)六角堂頂法寺

 今から7年前の8月に行った時のことです。
 昨日の記事にあるように、洛陽三十三所巡りを再開したことに伴い、記録として取り上げていきます。

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 頂法寺というよりも、六角堂の方が馴染みのある呼び方です。京都市内の真ん中、三条通と蛸薬師通の間で、京都駅前から南北に走る烏丸通のすぐそばにあります。地下鉄で烏丸御池駅から、まっすぐ南に歩いて3分。本堂の前の六角形の石が、京都の中心だとも言われています。
 この六角堂については、西国三十三所札所巡りをしていたときの記事で、さらに詳しく書いていますのでご笑覧を。

「西国三十三所(7)頂法寺(六角堂)」(2010年10月07日)

 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から頂法寺の略説を引きます。

御詠歌
わがおもふ こころのうちは むつのかど
 ただまろかれと いのるなりけり

 当寺は西国十八番の札所で、用明天皇二年(五八七)に聖徳太子により建立されたと伝えられている。
 御本尊は太子の護持仏と伝えられる如意輪観音菩薩で、秘仏となっている。本堂北の本坊を池坊と呼び、室町時代以降多くのいけ花の名手を輩出した、華道発祥の地として有名。現在も華道家元池坊の拠点となっている。


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2017年09月03日

京洛逍遥(460)洛陽三十三所(28)壬生寺

 壬生寺のご本尊は延命地蔵菩薩です。今夏の地蔵盆でも、町内の地蔵祭には、この壬生寺から読経にお越しになっていました。

 壬生寺は、新撰組ゆかりの寺として知られています。しかし私は、それよりも山本兼一の『とびきり屋見立て帖』のシリーズに出てくる芹沢鴨や近藤勇や坂本龍馬を思い出します。
 それはともかく、今回は洛陽三十三所の一つとして、中院の十一面観音菩薩を拝みに行きました。
 壬生寺に来るのは初めてです。この近くにある天然温泉「壬生の湯」には何度か来ているのに、壬生寺までは足を延ばしていなかったのです。今日もこの後は、「壬生の湯」に入り、ゆっくりと身体を休めます。

 南門から入り、東の表門から出ました。

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 洛陽三十三所については、忘れてしまうほどの7年半も前に、観音霊場巡りとして3本の記事を書いたままで、その後に行ったところは書かずに来ています。何かと多忙を極め、札所に行ってもこのブログに書くゆとりもないままに来ていたのです。

「京洛逍遙(114)洛陽三十三所(6)金戒光明寺」(2009年12月06日)

「京洛逍遙(122)洛陽三十三所(8)大蓮寺」(2010年02月26日)

「京洛逍遙(125)洛陽三十三所(31)東向観音寺」(2010年03月01日)

 今回、こうして足を留めたことを機に、すでにこれまでに集印しているお寺のことも、思い出しながら書いていくことにします。

 以下、ホームページ「洛陽三十三所観音巡礼」から壬生寺の略説を引きます。

御詠歌
しゃくじょうの おとなりひびく みぶでらに ごうりきするは このほとけなり

 壬生寺の塔頭である中院は、古名を中之坊と呼ばれ、寛永年間(一六二四〜一六四三)、本良律師により創建された。
 本尊は、十一面観世音菩薩(鎌倉時代)である。鎌倉時代の壬生寺再興時に、平政平の発願により新造された諸仏の内の一体である。明治時代には律宗の修業道場であった。


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2017年08月30日

京洛逍遥(459)宇治天然温泉「源氏の湯」と回転寿司「くら」

 今年の夏の最後となる今日は、宇治にある天然温泉「源氏の湯」で鋭気を養ってきました。明日から、今年の後半が始まります。
 「源氏の湯」は、平等院のさらに南にあります。京洛ではなくて、洛南です。近鉄大久保駅から歩いて7分。意外と近いところにあることを、行ってみて初めて気づきました。
 回転寿司「くら」の裏だったので、まずは腹拵えから。大好きな回転寿司も、日々変化していることを実感します。特に、「くら」は工夫がいっぱいです。最近は、糖質制限食の寿司メニューを開発しています。

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 「源氏の湯」は、竹を取り入れたりして雰囲気を大事にしていました。

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 廊下の突き当たりには、国宝の源氏絵「東屋一」(徳川美術館蔵)の複製が掛かっていました。浮舟が物語絵を見ながら物語を読んでもらっている場面です。

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 この絵が選ばれた理由はわかりません。しかし、この宇治には『源氏物語ミュージアム』が土佐光則筆とされる『源氏絵鑑帖』を所蔵しているので、その複製をいくつか飾ったら良かったのに、と思いました。国宝の源氏絵にしたのには、何か深いわけがあるのでしょうか。
 さらには、この絵の説明は一文字も見当たりませんでした。その手前の日本人形も、説明文が台座に隠れていて、よくわかりません。単に置くだけでなく、それが何であるかを来場者と共有すべきだと思います。無責任さを感じました。
 ここには、のんびりと一日中いることもできます。四周年を迎えたとのことなので、今後さらに名前が知られると利用者が増えることでしょう。
 
 
 
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2017年08月21日

京洛逍遥(458)京大病院がある聖護院地域での長かった一日

 朝早くから京大病院へ診察に行きました。
 病院の玄関から東を見上げると、先日の京都五山の送り火でみごとな「大」の字を浮かび上がらせた如意ヶ岳の大文字が見えます。また来年の勇姿を楽しみにしましょう。

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 今日は、皮膚科と糖尿病内分泌栄養内科の2つが組まれています。
 まずは採血から。一時間後に結果が出て、それによって糖尿病に関する診察があります。
 今日の採血では、いつもと違って針を刺された腕が痺れました。いろいろな手術を私は経験しているので、これくらいは大したことはありません。痛くないですか? と聞かれたら、「痛いです」と答えようと思っていました。しかし、こんな時に限って聞かれることもなく、試験管の本数が多くなっていきます。5本の管に、血液がたっぷりと吸い込まれました。これまでにない痛さだったのは、針の位置に加えて、体調もあったかと思います。

 血液検査の結果が出るまでの間に、皮膚科に行きます。
 今日で、右足の疣の治療は終了となりました。きれいになったのです。
 昨年の初夏からなので、約一年半かかりました。疣は恐るべし、ということを実感しました。ただし、昨年の7月に剥離骨折をした左足首が、いまだに不調です。これは皮膚科とは関係ないので、自然におさまるのを待つしかないようです。最初に診てもらった整形外科の対応に問題があったのではないか、と勝手に思っています。

 糖尿病栄養内科では、いつものように血液検査の結果をもとにして、詳しい説明を伺いました。腎臓も肝臓も問題はありません。ただし、今回初めて、肝臓に疾患がある場合に血液中で上昇する物質である「AST(GOT)」と「ALT(GPT)」のうち、「AST(GOT)」だけが少しだけ高い数値を示していました。これについては、以下のことが原因とされているようです。

アルコールを過剰摂取していないか
肥満ではないか
最近内服を始めた薬やサプリメントなどがないか
過度な運動を行っていないか


 いずれも、私にはあてはまりません。
 基準値をオーバーしているといっても、数値で1だけのオーバーなので、特に問題はないようです。

 さて、一番の課題であるヘモグロビン A1cの値です。
 この前の4月が「7.1」、6月が「7.6」と危ない状況になり、今回が「7.4」なので、少しだけ下がっています。例年、初夏から高くなり、8月から秋口にかけて下がる傾向があるので、また次の10月の様子を見ることになりました。今、特に何かがあるということではないようです。消化管を持たない私は、血糖値が高めなのはどうしようもないことのようです。合併症に気をつけることが肝要です。その兆しは、微塵も感じられません。今気になっているのは、加齢による老化の諸症状だけです。

 体重が50キロにならないことについては、無理に体重を増やそうとすると血糖値が上昇しがちなので、このままの食生活でいいのではないか、ということでした。昨日の体重は48.8キロです。しばらくは、懸案の50キロを目標にすることに拘らないことにします。到達目標を下げます。

 2つの科の診察が終わってから会計のところへ向かうと、「ここが最後尾」という札を持った方が入口のホール近くにおられて驚きました。とにかく、長蛇の列です。一時間弱の待ち時間だとのこと。精算にはそれ以上の待ち時間があるので、その間に病院の前の薬局へ処方箋を持って行きました。
 ここでも、30分以上は待たされます。これに痺れを切らして、かつて別の薬局へ処方箋を持って行って対処しようとしたことがあります。ところが、薬局へ行くタイミングを失してしまい、再度処方箋を書いてもらったことがあります。そのため、何時間かかっても、診察が終わって精算するその日の内に薬を受け取ることにしています。

 今日は、さらに時間がかかるようなので、この空白の時間を利用して、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に関係する書類のことで、この聖護院地区に集中している2つの役所へ行くことにしました。
 病院のすぐ東側の荒神橋の袂にある京都地方法務局では、NPOの資産と役員再任の登記に関することで対処してもらいました。あらかじめ予約をしておいたので、迅速に終わりました。丁寧な説明をしてくださいました。ありがとうございます。

 この荒神橋の柱には、「荒神橋」と「くわう志ん者し」と刻まれています。この「荒神橋」と刻まれた柱の左後に、如意ヶ嶽の大文字が見えています。

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私は、「はし」が「者し」と変体仮名混じりで刻まれることが多い点に注目しています。今のところ、そこに法則性が見いだせないので、とにかく事例を集めているところです。

 次に、法務局から自転車で丸太町通りを東へ走り、平安神宮の北側にある左京税務署へと移動します。NPO法人の税金に関して相談をもちかけると、ここでも親切な対応をしてもらいました。そして、申告するものがないことを確認できました。今後とも、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉が幅広い事業展開をするようになれば、ここのお世話になることになります。そのように活躍の場が拡がることを楽しみにしたいと思います。府税に関しても問題はないでしょう、との判断を時間をかけて点検してもらいました。税金に疎い私に、懇切丁寧に説明してくださった署員の方に感謝しています。

 その後、また病院に戻っていろいろな対応や手続きをして、夕方になってやっと今日のスケジュールが終わりました。丸一日が、こうした時間に費やされることは、毎度のこととはいえ、粘り強い忍耐を強いられることです。今後は、段取りよく物事に対処することで、限られた時間をさらに有効に使いたいとの思いを強くしました。
 それにしても、こうして病院で身体のことでチェックをしていただき、特に問題がないことを確認できたというこことは、明日も引き続き生きていていいという安堵の思いにつながります。何かと不安を抱える身体とのお付き合いをしていると、こうして一日一日生きていられる時間が延びていくことは、何ものにも代えがたい嬉しさでもあります。これまでのように、元気だった頃のようには、思うように仕事が捗ってはいません。しかし、明日があるということは、もう一歩でも仕事が捗るということです。与えられた幸運を、さらに次へとつなげていきたいと思っています。
 約束の仕事をなかなか終えることができず、多くの方にご迷惑をおかけしています。身体が動く限り、自分なりの優先順位の中で、すべきことをこなしています。自ずと、スローライフになっています。こんな状況にあって、痩せ細った身体を労り、抱えてのことなので、今しばらくお待ちください。
 
 
 
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2017年08月20日

京洛逍遥(457)日本料理と[洗い茶巾]でのお点前のこと

 盛りだくさんだった昨日の地蔵盆で、お昼の食事と私のお点前のことを書いていませんでした。
 昼食は、地下鉄烏丸線の北山駅と松ヶ崎駅の間にある、日本料理の「北山 そわか」へ行きました。
 お店の外観が印象的です。

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 店内も小綺麗で、季節感に溢れた日本料理屋さんです。

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 お刺身の後にも、いろいろと出てきます。

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 鯛のあら炊きと京野菜には、夏の終わりを感じました。

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 食後は自宅に帰り、私が薄茶を点てました。この前から練習している[洗い茶巾]のお点前で、みなさんに一服差し上げました。水の音をさせながら、何とかそれらしくできました。

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2017年08月19日

京洛逍遥(456)地元の地蔵盆に初めて参加

 近所の公園では、お地蔵様が遊んでいる子供たちを、いつもこっそりと見守っておられます。

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 今日は地蔵盆です。これが関西特有の行事であることは、先日の「丸善での講演会「京都の伝統文化 地蔵盆の歴史を知る」に行って」(2017年08月12日)に書いた通りです。

 町内会では、地蔵盆のことを知らせる回覧が、月初めから回っていました。

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 今日は、朝の9時から夜の8時過ぎまで、盛りだくさんのイベントが組まれています。お経をあげてくださる御師さんは、壬生寺からいらっしゃいます。

 公園の東端におられるお地蔵様の前では、地蔵祭会場の準備が進んでいます。

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 上の写真の右端にお地蔵様の祠があり、左側にフリーマーケットの品物が拡がっています。
 お地蔵様の前で数珠回しが始まりました。主役は子供たちです。

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 娘たちが孫を連れて来て参加しました。一人前に、数珠回しに飛び入りで参加です。この子の名前入りの真新しい提灯は、テントの上から吊り下げられています。

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 役割分担も、きっちりと決まっています。

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 数珠回しが終わってからも、子供たちはお地蔵様に感謝していました。

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 とにかく、大盛り上がりです。子供たちはたくさんのおみやげをもらって大はしゃぎ。最後は、大人の花火を見てから、一人ずつが花火をもらって大満足。

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 その盛り上げに奔走しておられる役員のみなさんの奮闘ぶりを見て、町内会の役割をあらためて教えていただきました。ありがとうございます。
 京都にある一万体のお地蔵様は、それぞれに大切な役割を果たされたことでしょう。また来年が楽しみになりました。
 
 
 
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2017年08月16日

京洛逍遥(455)快晴の中で京都五山の送り火-2017

 ここ3年間の京都五山の送り火は、悩ましい雨の中での点火でした。
 今日は快晴で、いつものように出雲路橋の南から拝みました。
 以下に掲げる写真のように、大文字、妙・法、舟形の4つをきれいに見ることができました。

 まずは、京都大学の裏の大文字が点火され、消えゆくまでです。

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 帰り道に、松ヶ崎の「妙」と「法」が、民家の屋根越しに、文字の上の部分だけが見えました。

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 さらに出雲路橋の上からは、西賀茂の船形も見えました。

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 昨年は大変でした。今年は満腹です。
 このブログを書き始めてからこれまでの、9年分の大文字の送り火の記事を一覧にしておきます。
 毎年、こうして如意ヶ岳を見上げて、ご先祖様を見送っていたのです。
 今年も無事にお見送りできました。
 さて、今年度の後半に向けて、また前に向かって歩いて行きます。

 京都新聞のニュースによると、京都府警の発表では今日の人出は、昨年より5万人多い8万人だったそうです。
 確かに、海外からの人がいつもよりも多いようでした。

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■過去9年間の送り火の記事一覧■

 (各記事の中のリンクは未整理です)

「京洛逍遥(420)大雨洪水警報の中での送り火 -2016-」(2016年08月16日)

「京洛逍遥(373)雨間に6万人が見上げた大文字 -2015-」(2015年08月16日)

「京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字」(2014年08月16日)

「京洛逍遥(284)京都五山の送り火 -2013-」(2013年08月16日)

「お墓参りと大文字の送り火-2012」(2012年08月16日)

「銀閣寺山門前で大文字の護摩木を志納」(2012年08月15日)

「京洛逍遥(196)京都五山の送り火を考える-2011」(2011年08月16日)

「京洛逍遥(156)大文字の送り火-2010」(2010年08月16日)

「京洛逍遥(99)大文字の送り火2009」(2009年08月17日)

「京洛逍遥(45)大文字の送り火」(2008年08月16日)
 
 
 
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2017年08月13日

京洛逍遥(454)第30回 下鴨納涼古本まつり -2017

 今年も下鴨神社の糺の森では、お盆の時期に恒例となった「下鴨納涼古本まつり」が開催されています。今年は30回目で、今週16日(水)までです。

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 40の書店が持ち込む80万冊の本が並ぶ姿は壮観です。

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 しかも、子どもたちに本をいっぱい読んでもらおうという思いを込め、児童書や絵本が1万冊もあるのです。ぬりえ大会、紙芝居、絵本の読み聞かせと、子供を意識したイベントが盛り沢山です。

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 千古の森である糺の森を流れる御手洗川は、子供たちにとっての水遊び場と化しています。

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 とにかくお店が多いので、ブラブラと流して歩くしかありません。
 伊井春樹先生からは、探し求めていると本の方からおいでおいでをしてくれる、と教えられてきました。これまでの本との出会いを信じて、ひたすらキョロキョロと眼球運動に専念します。
 我が家は木造なので、原則は買いません。ここは、探していた欲しい本、引越しで処分した本、などなど、本との出会いと別れを楽しむ空間です。過去から現在へ、そして未来へと想像が膨らむ時間の中に身を置く場所です。本のお世話になって今に至っていることを実感するのです。

 今春の引っ越しで思い切って捨てた本に、数万円の値札が付いているのを何冊か見かけました。無念さが蘇ります。しかし、それも本との縁なので、ここはその諦めの場でもあります。

 今年これからの古書市は、次のものが予定されています。時間を作って、また行くつもりです。

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2017年08月08日

京洛逍遥(453)京都市バスの運転手さん(2017年-その1)

 先日も書いたように、市バスの運転手さんの車内放送が、ひと頃よりも格段によくなっています。そんなに嫌ならマイクを使わなければいいのに、と言いたくなるような場面が、最近は急激に減りました。運転手さんの若者世代への交代が、順調にいった成果のようです。急ブレーキや急発進も、あまりありません。先日、久しぶりに身体がガックンゴックンとしましたが。

 約1年前に、「京洛逍遥(409)京都のバスの運転手さん(2016年-その2)」(2016年05月29日)を書きました。あれから後も、日常的に足として利用している市バスでは、いろいろなことがありました。以下、印象的なところを記録に留めておきます。

 まず、好感を持った方から。

 瓜生さんは、私が後ろから追いかけるようにして走って行くと、バスを停めたままでジッと待っていてくださいました。以前にもそのようなことがありました。この方が運転なさるバスに乗るたびに、非常に安心できます。その気持ちが伝わり、ありがたく思いました。清田さん、川上さん、松田さん、三輪さん、堀次さん、原田さん、太田さんは、対応も話し方も優しく、ハキハキして感じがいい方々です。

 由良さんはこれまでの運転手さんの中では珍しく、終始無言でした。結局一言も喋らずに通されたので、それはそれで見事でした。車内には録音テープによる案内の音声が流れるので、わざわざマイクで重ねて喋らなくてもいいのだ、ということを、この時にあらためて感じました。
 それに引き換え、あまりにも丁寧過ぎて、盛りだくさんの案内で喋り過ぎだと思える方もいらっしゃいます。とにかくうるさくて、スピーカーの近くにいたので落ち着いて座っていられないこともありました。

 奥に詰めてほしいと、再三の注意をマイクでされる方もいらっしゃいます。対応は丁寧なので、仕事に対する誠意を感じました。旅行者が入口付近に固まっていると、なかなか出発できないのは確かです。後から乗りたい方も入ってこられないのです。京都市バスは、真ん中から乗ります。それだけに、乗ってすぐに入口を塞ぐように何人もの方が立たれると、中は空いていることが多いだけに困ったことです。

 以下、難儀な運転手さんのことも。

 マイクでボソボソと喋っておられるので、まったく意味不明の音が車内に流れるだけのことがあります。停留所の名前を言っておられるようでした。しかし、日本語かどうかすら不明なので、風邪を引いた鵞鳥の声のようにしか聞こえません。
 同じように、Yさん、Nさん、Mさん、Iさん、Kさんは、語尾が不明瞭なことに加えて、語尾を引っ張りすぎなので、ふざけているのかと思います。

 Nさんのマイク放送は、まったく意味不明の上、海外の方に「なんぼ入れたん」と言いい、終いには「もうええわ」と料金の確認を面倒くさがって放棄されました。気分の悪いこともあるのでしょう。しかし、投げやりな態度はいただけません。

 いろいろな運転手さんが、京都の街中をバスで回っておられます。それぞれに大切な役割を果たしておられます。それでもそれぞれに個性があり、人間味を感じたりします。
 そんな中で、乗客が不快な思いをすることがままあることも事実です。
 快適に移動できる公共交通機関として、今後とも安全運転で快適な空間を作ってくださることをお願いしたいと思います。
 
 
 
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2017年07月24日

京洛逍遥(452)祇園祭の後祭の山鉾巡行から解体まで

 祇園祭の後祭で山鉾巡行がありました。10基の山と鉾が、御池通から河原町通を下ります。巡行と共に下り、四条河原町の交差点で、辻回しを見ました。

 道路に竹を敷いて、大きく重い山鉾を90度回転させるのは、なかなかの見ものです。
 以下、写真は辻回しのみにしておきます。
 今日の後祭は、次の順番で巡行しました。

 橋弁慶山

 ○北観音山
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 鯉山

 役行者山

 八幡山

 ○南観音山
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 鈴鹿山

 浄妙山

 黒主山

 ○大船鉾
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 山鉾巡行の後は、子ども神輿を先頭にして花傘巡行が続きます。
 獅子舞が沿道の観客の頭を噛んで回っていました。

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 我が子を見守るお母さんたちも目立っていました。

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 祇園甲部と宮河町の芸妓さんたちも参加しておられました。

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 その他、子鷺踊りなど、いろいろな行列が続きます。

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 しんがりの「岩戸山」は、なぜここに付いて巡行しているのか、調べてみてもよくわかりませんでした。ご教示を。

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 お昼は、御幸町六角下るの「ここら屋 御幸町本店」で鱧の丼をいただきました。

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 そして、デザートは錦市場の中の「黒豆茶庵 北尾 京の台所・錦店」で「抹茶〈冷〉(豆しぼり、キラキラ付)」をいただきました。

 錦市場を抜け、新町通で今日の辻回しで大活躍をした三つの山鉾の、衣装を脱いだ姿を見てきました。

◆南観音山
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◆北観音山
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◆大船鉾
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 また、粽を探してもどこも残っていないとのことでした。
 そこで、バスで八坂神社へ行き、御本社で粽をいただきました。ここの粽は初めてです。

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 今年も残り半年を、無病息災で過ごせますように。
 
 
 

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2017年07月17日

京洛逍遥(451)[洗い茶巾]のお稽古の後、巡行を終えた祇園祭の山鉾を見る

 大和平群にお茶のお稽古に行きました。京都市内をバスで移動中のことでした。バスは、河原町通りを避けて河原町丸太町から鴨川を東に渡り、川端通りを川沿いに五条まで下りました。祇園祭の巡行のために交通規制があるからだそうです。洛中の一角で行われているお祭りではあっても、市をあげての一大イベントとなっています。
 バスが川端三条を通りかかった時、車中から西の方を見ると、河原町通りを一基の山鉾が視界に入りました。

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 三条大橋から河原町通りにかけては、ものすごい人出です。浴衣を着た男女が目立ちます。
 ニュースによると、浴衣姿の7割以上が中国から観光においでの方々だそうです。海外からお越しの方々が、日本の伝統的な夏の風景を作り出してくださっている、ということになります。これも日本の文化の特徴であり、一面なのです。真似をし、真似をされる中で、また新しい文化が生まれます。何でもかんでも批判的にとらえないで、1日も早く幅広い視野でアジア圏における文化の伝播や継承を語り合いたいものです。

 元山上口駅に降り立つと、ホトトギスが喧しいくらいに鳴きあっていました。一、二羽がほどほどです。インドで孔雀やインコの大群と出くわしたときも、興醒めだったことを思い出します。

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 今日のお茶のお稽古は、前回お願いしていた、丸卓を使った洗い茶巾です。お盆にお呼びするお客さんのためのお稽古です。夏らしい涼しげなお手前なのです。
 茶碗に張った水に茶巾を浸けて持ち出し、茶碗の上で音をたてて軽く絞ります。その後、建水の上でしっかりと絞ります。この時の音で涼しさを感じていただくことがポイントだと思いました。
 また、我が家の風炉は電熱器を使っています。いつも熱くなりすぎるので、スイッチを入れたり切ったりしていて、慌ただしいことです。これも、抹茶を棗からお椀に掬い入れたタイミングで水差しの蓋を取るので、その時に水を釜に足したらいいことも覚えました。
 臨機応変にと言っても、それなりの場面があってのことなので、タイミングを見計らっての動きは覚えておくに限ります。
 この丸卓を使った洗い茶巾のお点前は、どうしても覚えたかったものなので、もう1回お浚いをしていただきました。
 今春からは月に2回のお稽古を心がけています。これまでの年に数回と違い、その時だけでは覚えきれないにしても、思い出す間隔が短いと気分的にも思い出す苦労がない分だけでも楽です。

 お稽古から帰る途中で、祇園祭の前祭で今日の巡行を終えたばかりの山鉾を、妻と待ち合わせて見に行きました。粽は、後祭の折にいただくつもりです。
 ちょうど7年前の7月16日のことです。私にとって、それよりも妻にとってはさらに忘れられない祇園祭でした。その日、私がガンの告知を受けたからです。その夕方、妻と御池で待ち合わせて祇園祭を見てから、長刀鉾の近くで鱧寿司をいただきました。

「心身雑記(59)ガンの告知を受けた時の気持ち」(2010年07月17日)

 今日は巡行を終え、明日の解体を待つ山鉾を見て回りました。
 以下、新町通りの南北が中心です。

■放下鉾
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■船鉾
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 この船鉾の左後に岩戸山が立っています。

 ■岩戸山
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 四条通にも、一仕事終えた山鉾が立っています。
 月鉾の向こう左手に函谷鉾が見えます。

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 そして、新町通りの「いっ献」と、錦市場の「そわか」でお神酒を少しいただきました。

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 四条通りに出ると、御神輿の賑わいの最中でした。すでに時刻は夜の10時を回っています。それにもかかわらず、大勢の人が四条通を埋め尽くしています。祇園祭の底力を目の当たりにしました。

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 今年も、無病息災の後半となることを祈り、長刀鉾の粽菓子を我が家の仏さんに買って帰りました。

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2017年06月19日

京洛逍遥(450)上京区を歩くためのフリーマップ

 上京区役所に行ったところ、ロビーの一角に「ご自由にお持ち帰りください」として〈上京を歩く〉や〈上京探訪〉という散策マップがたくさんありました。今日は15種類をいただきました。

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 以下の写真の通り、上京の歴史・文化・文学に関するさまざまな散策ルートが紹介されています。

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 例えば、これまでは西陣だけが知られていて、東陣はあまり意識されていませんでした。しかし最近は、応仁の乱の激戦地であった百々橋跡周辺が注目されだしました。表千家や裏千家など茶道関係の施設が密集するそのあたりに東陣があったことから、より一層訪れる人が増えるに違いありません。〈上京探訪(東陣)〉は、そうした当時がよくわかるマップとなっています。

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 地下鉄今出川駅を降りられる機会がありましたら、東側の堀川通に向かって歩いてすぐの上京区役所に立ち寄り、このマップを手に入れておかれたら、京都散策がさらに充実することでしょう。ここ以外にこのマップが置かれている場所は、他にもあるかもしれません。
 市販のガイドブックにはない、地元が発行する魅力に溢れた記事が満載です。
 
 
 

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2017年06月17日

京洛逍遥(449)梅雨入りしたのに雨が降らず賀茂川の水嵩が心配です

 賀茂川の水が少ないため、藻が目立つようになりました。
 こんなに水が少なく、藻が一面に広がっている様子は、これまでに見たことがありません。
 今年は超猛暑の夏になると言われています。
 涼しさを感じさせてくれる川面の緩やかな流れと、川風の心地よさが、今年の夏はどうなるのか心配しています。

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 我が家でトントンと呼んでいる飛び石を渡ると、水が少ないことが一目瞭然です。
 足元で水の流れが感じられないと、何となく物足りなさを覚えます。

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2017年06月11日

京洛逍遥(448)白川通から真如堂を経て神楽岡通へ

 慌ただしかった日々に疲れ切った身体を休めるため、初夏の緑を浴びに真如堂へ行きました。
 バス停「真如堂前」を降りて東参道から入りました。

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 本堂の裏手から入ったこともあり、まずは見ごろの紫陽花と対面です。

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 緑の木立の中に本堂はたたずんでいます。

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 本堂左手前では、沙羅がもうすぐ花開くところでした。

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 インドの話では、お釈迦様が最後の説法をした後、頭を北にして沙羅の木の間に横たわって入寂された、と言われています。日本の沙羅は夏椿で、インドのものとはまったく別物だそうです。『平家物語』の「沙羅双樹」はどのような花だったのでしょうか。

 本堂右手前の菩提樹は、黄色の花を咲かせていました。

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 見ごろは10日ほどの間だとのことなので、見るのは来週一杯なら大丈夫でしょうか。お釈迦さまは、菩提樹の下で悟りを開かれました。ただし説明によると、日本とインドでは植物の分類が異なる、違う木だそうです。これも、翻訳・意訳の世界のようです。

 去来の句碑を見かけました。
 変体仮名に敏感になっている私は、最初の「念仏可南」の「南」の文字が気になりました。鎌倉時代を中心にして写本を読んでいる私は、ほとんどこの「南」という変体仮名に出会わないからです。近世ではよく使われるのでしょうか。

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 陽成天皇陵、吉田山荘、後一条天皇陵と、神楽通をブラブラしていると、たまたま黎明協会資料研修館で「琳派展 2017」をやっているのを見かけました。思いがけず、光悦や光琳の絵や書を堪能することができました。

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 伝宗達筆『源氏物語図』(「蛍」、次の写真はホームページより)は、屏風絵の断簡です。

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 また、屏風絵の1部として「若菜上」も所蔵されているようです(写真はホームページより)。

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 歌仙絵も、楽しい出会いとなりました。いいものを拝見できました。琳派の茶道具も見られます。明治27年に刷られた『光琳百図』とその版木も、興味深いものでした。
 ここは、2004年に開館した新しい美術館です。閑静な住宅地の中にあり、ゆったりと展示作品が見られるので、散策の途中で寄るのにいいと思います。

 最近注目されている、吉田山山頂にあるカフェ「茂庵」まで足を延ばしました。神楽岡通から山道を15分ほど歩いて登ります。
 途中で、送り火で知られる如意ヶ岳の「大」の字がきれいに見えました。

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 また、ここには、大正時代の長屋風の文化住宅群も現存しています。

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 茂庵へは、この狭い入口からまだまだ山を登ります。

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 茂庵までの山道の途中には、瀟洒なお茶室がいくつかありました。

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 ようやく辿り着いた茂庵は、山小屋風の風情があります。

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 多くの方々が待っておられるので、どれくらい待つか思案のしどころです。1時間以上はざらだとのことなので、またいつか、ということにして下山しました。

 ちょうどお昼時だったので、吉田山を下って今出川通り沿いにある進々堂京大北門前店でランチをいただきました。ここは、いつ来ても大学生活の匂いがします。
 朝から半日、いつもとは違う世界を散策することができました。
 
 
 
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2017年05月16日

京洛逍遥(447)観光でポケット版の音声案内が使える日が近い

 これから観光のお伴となる、便利なグッズのモデルケースが、我々の日常に提供されました。「宮内庁参観音声ガイド」というスマホ用のアプリとして、今日16日からiPhone 版が無料で配信されました。Android版はもう少し先のようです(讀売新聞、2017年5月16日・夕刊)。

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 このアプリを使うと、皇居と京都御所をわかりやすく案内してくれます。立ち止まってガイドブックを見たり、掲示されている説明を読むのは、小さな文字を読むのが面倒な歳になると、なかなか大変でした。それが、このアプリでGPS機能を使うことで、指定されているエリアに立つと自動的に音声ガイドや写真が流れるのです。これは歩き回るのが楽しくなります。ブラブラと歩きながらの観光にも重宝しそうです。これは大助かりです。そして、ガイドさん受難の歴史の始まりです。

 以下に、「Map」「List」「Info」の3画面を紹介します。

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 現在のところ、次の6種類の言葉に対応しています。

日本、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語


 最近特に多くなった、スペイン語話者の存在を忘れていないところがいいと思います。

 目が見えない方のために、スマホを物体にかざすと、それが何であるかを声で教えてくれるアプリがあります。
 そんな時代の流れを意識して、私は、ペンでなぞると写本に関する音声案内が流れる仕掛けを考えました。目が見えない方々に限らず、見える方々も写本の変体仮名を読んだり学習する方法として、昨年の科研で取り組み、一部を実現しました。

「民博で古写本『源氏物語』の触読研究会」(2016年12月10日)

 写真や音声を活用し、日常生活を魅力的にする小道具は、今後ともアイデア次第でいろいろと出てきそうです。また、産み出したいと思っています。
 楽しい時代になりました。大いに満喫したいと思います。
 
 
 

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2017年05月15日

京洛逍遥(446)風が心地よかった葵祭-2017

 下鴨神社を出た葵祭の行列は、下鴨中通を北に進んで北大路通を左折し、さらに西に進むと北大路橋を渡ることになります。この橋を渡ってすぐの賀茂街道を川沿いに北に直進します。

 河原では、鴨たちが北大路橋を渡る行列を見たいのか、護岸に集まって今か今かと待っていました。

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 先導は、パトカーに続く京都騎馬隊です。

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 その後を、葵と桂を身に着けた500人の行列が、延々800メートルも続くのです。藤の花を垂れる牛車は、よく観光写真などに使われる絵柄です。

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 このお祭りの本来の主役である近衛使代が乗る馬は、銀面の飾りを着けています。これがこの行列の本体部分なのです。あまり注目されませんが。

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 沿道の皆のお目当ては、やはり斎王代の腰輿(およよ)です。今年は、第62代となります。これは、最後の方でしずしずとやってきます。

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 今年は、風が涼しくて心地よいお祭でした。
 帰り道のトントンは、めずらしく大渋滞です。

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2017年05月06日

京洛逍遥(445)ゴールデンウィークの賀茂川にて

 昨日に続き、初夏の京洛の風景です。
 少し汗ばむ陽気となり、鷺も黒鵜と共に思い思いの姿で日向ぼっこです。

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 水草の茂みで休む鴨や、遊歩道に上がって来る鴨もいます。

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 上空には獲物を狙う鳶がいて、私も右手に持って食べていたアイスモナカを、サッと持ち去られました。大きな翼で頬を少し叩かれた感触だけが残ります。あっという間の出来事でした。
 お弁当がよく狙われるそうです。

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 北大路橋から、京大裏の如意ヶ岳に刻まれている大文字を望みました。

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 橋の袂に置かれた説明板をあげます。

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 昭和8年に架けられた橋に鎮座する灯籠は、金閣をイメージしたものだそうです。
 昭和53年までは、この橋の上を市電が走っていたことが、この写真からわかります。
 
 
 

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2017年05月05日

京洛逍遥(444)ゴールデンウィークに飛ぶ鷺たち

 今年は、訪問者の多いゴールデンウィークとなりました。
 お客人といっても気の置けない方々なので、よもやま話で楽しい時間が流れて行きます。
 四六時中飛び回っている私にしてはめずらしいことです。
 何年ぶりというよりも、初めてのことだと思います。
 これといって、どこへ出かけることもありません。
 のんびりと朝夕の賀茂川を散策して心地よい風を楽しんでいます。
 東京を引き上げ、ホッと憩える初夏を迎えています。

 賀茂川の鷺は、日々百態を楽しめます。
 今回は、連続写真でその楽しい動きを並べてみました。
 コンパクトカメラの自動撮影なので、ピントの甘さはお許しを。
 
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2017年05月03日

京洛逍遥(443)現代版の売茶翁とお話をする

 先日、賀茂川を散歩していた時、河原の散策路の一隅で野点のお茶を振る舞うおじさんがおられました。ここで、ときどき見かけます。
 たまたま誰もお客人がいらっしゃらなかったので、少しお話を聞くことができました。どのような方が、どのような考え方で道行く人々にお茶を振る舞っておられるのか、いつも気になっていたからです。
 話し好きな方で、自由気儘に人生を楽しんでおられます。お茶も、流派に縛られず、楽しく美味しく喫していただくことを無上の喜びとしておられるのです。
 全国をまわっておられるとか。
 土手に泊めてあるトラックの荷台は、畳のお茶室になっているようです。全国各地の道々で、車を停めてお茶をいただき話をするそうです。東北や九州にも行かれます。また、北海道や北陸からお茶をいただきに、この賀茂川を訪れる方もいらっしゃるそうです。ツイッターをなさっていて、次に行く所をそこに書いているそうです。
 時間があれば、もっと話を伺いたいところでした。しかし、暗くなってきたのでまたの機会に、ということでお別れしました。
 今度ここには5月下旬に来るかな、とのことでした。次に出会えたら、ぜひとも一服いただいてお話に興じたいと思います。
 そういえば、このすぐ目の前には、「京洛逍遥(440)売茶翁の詩碑と散り初めた桜」(2017年04月21日)で紹介した、「売茶翁没後二百五十年記念碑」(2013年建立)の「遊鴨河煮茶」が建っています。
 その碑文の中に、つぎのことばがあります。
鴨川畔など風光明媚なところで往来に茶を振舞う

 この方は、まさにこの生きざまを体現しておられるようです。
 魅力的な方でした。
 
 
 
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2017年04月30日

京洛逍遥(442)下鴨神社で孫娘の誕生の報告と祈願をする

 3月までで東京を引き払ったことに関連して、まだ行っていなかった氏神さまへ、その報告と無事の成長を祈願しに行ってきました。下鴨神社の楼門は、いつも温かく迎えてくださいます。

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 本殿前に、次の掲示があることに気づきました。関西ならではの、機知に富んだ文面です。

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 御手洗川の光琳の梅は、今は若葉に覆われています。

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 「水みくじ」があることを、今回初めて知りました。

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 御手洗の池に浸けると、文字が浮かび上がりました。
 幸いなことに「大吉」です。孫を見守ってくださる神意に感謝しています。

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 糺ノ森の馬場では、5月3日の流鏑馬神事の準備が進んでいます。

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 また、新たに殿舎の移設工事も進んでいました。これは、ラグビーの第一蹴があった聖地としての復興事業のようです。

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 このことは、後日報告します。
 
 
 
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2017年04月24日

京洛逍遥(441)病院大好き人間だと言われています

 京洛では、まだ少し肌寒いと感じる朝夕です。しかし、日中は日々温かくなっています。
 通院のために行った京大病院から、大好きな如意ヶ岳の大文字を見上げました。この「大」の字は、見るたびに違う雰囲気なので、そこここから見て楽しんでいます。

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 先週、皮下腫瘍を摘出する手術を受けました。病理組織の検査結果は、良性の腫瘍であったことがわかりました。また、無事に抜糸も終えました。これで一安心です。
 一週間、病院からは何も連絡がなかったので、特に問題はないだろうと思っていました。胃ガンの時は、人間ドックで検査を受けて直ぐに、告知と至急再検査をとの電話があったからです。
 残る課題は、今年になってから発症した発疹です。これまでは、まったくなかった症状です。今年になってからの異常ということで、思い当たることがあります。昨年末から今月まで、よく精神が壊れなかったものだと感心するほどに、転退職に伴う尋常ではない激務と多忙さの中にいました。精神的に潰れなかったのが不思議なほどに、寝るヒマがありませんでした。冗談ではなく、気が狂わないように、と自分に言い聞かせる日々でした。その影響が、2月を過ぎたあたりから、肌に出だしたようです。睡眠不足と過剰なストレスによるものであることは明らかでした。今から思えば、このひ弱な身体が、よくもこの重圧に耐えたものだと驚いています。この4ヶ月を、生きて乗り切れたことは、私の感覚では奇跡だと思っています。人間の身体の不可思議さを痛感しています。これしきのことでは、人間の身体も心も崩れ落ちないことを知りました。
 4月を挟んでの、激変した環境にも、最近は身体が付いて来るようになりました。薬で対処できるところまで持ち直して来たようです。しばらくは、薬を飲み続けます。
 保険証が新しくなり、少し自制していた病院通いを再開しだしました。歯科と眼科はこれからです。
 今回もそうであるように、私は身体に何か変調を感じると、直ぐに病院へ駆け込みます。病院には、というよりもお医者さんには、明らかに当たり外れがあります。これは、厳然たる事実です。しかし、私は病院の対応が何かおかしいと、直ぐにまた別の病院へ行きます。これが、いつも早めに病気に対処でき、最善の処置をしていただいている秘訣だと思っています。家族から、病院大好き人間だと言われている由縁です。
 もっとも、高齢者の病院通いは何かと社会問題となっている折でもあり、自粛を心がけながらも適材適所に診てもらう、という対応にします。

 帰りがけに、賀茂川右岸から病院越しの大文字を望みました。
 賀茂川畔では、八重桜が今は一番の見ごろです。

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2017年04月21日

京洛逍遥(440)売茶翁の詩碑と散り初めた桜

 先日、売茶翁の詩碑の前で赤ちゃんの写真を撮りました。
 その売茶翁の詩碑について、このブログではまだ紹介していなかったことに気づきました。

 北大路橋東詰の半木の道の入口に、みごとな紅枝垂れ桜があります。満開のころの紅色から、しだいにピンクになり、これからは白くなって散って行きます。

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 その後ろ、京都府立大学グランド側に、「売茶翁没後二百五十年記念碑」(2013年建立)があります。

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 売茶翁は江戸時代の僧で、煎茶の中興の祖、本朝煎茶の茶神と呼ばれた人です。
 この碑には、次の漢詩と説明が刻まれています。

(正面)
遊鴨河煮茶
担茶具出蝸舎
択檻泉遊鴨河
鼎裏非人間味
神仙何覓瑶池
 売茶翁高遊外
  黄檗亘令書 [黄檗山主][亘令]

(背面)
売茶翁没後二百五十年記念
 一般社団法人全日本煎茶道連盟寄贈
 売茶翁没後二五〇年記念事業実行委員会
  平成二十五年七月十六日建立


 石碑の左側に、小さな石碑に説明文が刻まれています。
  鴨河に遊び 茶を煮る
茶具(ちゃぐ)を担(にな)い 蝸舎(かしゃ)を出(い)で
檻泉(かんせん)を択(えら)んで 鴨河(かもがわ)に遊(あそ)ぶ
鼎裏(ていり) 人間(じんかん)の味(あじ)に非(あら)ず
神仙(しんせん) 何(なん)ぞ 瑶池(ようち)を覓(もと)めん
    売茶翁高遊外(ばいさおうこうゆうがい)
 
 
 売茶翁高遊外(一六七五〜一七六三)
名は高遊外、人は売茶翁と呼んだ
江戸時代、佐賀県蓮池に生まれ、
十一歳で出家。黄檗宗僧侶から
五十七歳で還俗、京に上る。鴨川
畔など風光明媚なところで往来に
茶を振舞う。翁を慕い池大雅や伊藤
若冲などの文人が集い文化サロン
を形成。お茶を急須で淹れる方式が
評判となり、その後煎茶が全国に
普及した。その精神世界は後に煎茶
道の世界に受け継がれている。


 半木の道の桜も、葉桜になった木々をところどころで見かけます。

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 鷺も鴨も、花見気分が抜けたようで、のんびりしています。

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 中洲に堆積していた土砂も、きれいに取り払われました。

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 北大路橋越しに見霽かす東山も、これから新緑に衣替えします。
 
 
 

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2017年04月16日

京洛逍遥(439)あかちゃんがきました

 生まれて9日目に、あかちゃんが我が家に来ました。

 御所側から乗ったタクシーに植物園前で停まってもらい、半木の道に咲くベニシダレを背景に、初めての外出を祝して記念撮影です。

 賀茂の川沿いは日曜ということもあり、たくさんの人がそぞろ歩きを楽しんでおられます。

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 そこで、その反対側の京都府立大学のグラウンドに面した、売茶翁の詩碑のところで記念の写真を撮りました。

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 しばらくはかわいい泣き声を聞きながら、にぎやかにゴールデンウィークを迎えることになります。
 
 
 

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2017年04月15日

京洛逍遥(438)半木の道を抜けて北山の喫茶店「たなか」へ

 お昼までの雨が、午後にはすっきりと晴れました。
 賀茂川の花見も、週末ということで多くの方が集まって来られます。
 今日は、東南アジアからの方が多かったようです。三条大橋止まりの観光客も、最近は北上して北山まで足を延ばしておられます。大歓迎です。

 植物園の西側を通る半木の道は、賀茂川に沿って3本あります。その中でも、植物園側に一番近い、細く小暗い道が、人も少なくてお薦めです。

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 この半木の道から賀茂川を見ると、景色を独占した気持ちになります。

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 この半木の道を抜けた北山大橋の袂に、カフェマイスター「たなか」があります。

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 このお店から北山通り越しに半木の道を見やると、こんな風景です。

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 「カフェマイスターたなか」のコーヒーは、少し酸味がありました。我が家ではマイルドな豆を使っているので、かえって新鮮でした。
 白いワイシャツに黒い蝶ネクタイ姿のマスターが、目の前でサイフォンを使ってコーヒーを一杯ずつ淹れてくださいます。
 店の片隅には、たくさんの麻袋に詰められたコーヒー豆が積まれています。
 
 
 

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2017年04月14日

京洛逍遥(437)半木の道の桜と賀茂川の鷺たち

 今朝の賀茂川散歩では、半木の道の桜は八分咲きでした。

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 鳥たちの説明板が新しくなりました。

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 土砂が中洲となって川を堰き止めてきたので、それを取り除く作業が続いています。

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 そんな中で、鷺や鵜や鴨たちの活動が活発になってきました。
 思いつくままに撮った写真をあげます。

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 我が家でトントンと言っている飛び石で、犬を連れて渡る方がいらっしゃいました。

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 そろそろ水も温んできたようです。
 さまざまな鳥たちがやってくる季節となりました。
 
 
 
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2017年04月11日

京洛逍遥(436)浄土寺のフレンチレストラン「聖宙庵」

 銀閣寺・法然院・真如堂に近い白川通りのバス停「浄土寺」から西に1本入ったところに、「フレンチレストラン「聖宙庵」」があります。
 住宅街の奥まったところにあるので、知らないと行き着けません。

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 中はお茶室で、和の雰囲気に包まれています。

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 料理はフランス料理というよりも、私には和食に近い感覚でした。
 前菜から新鮮な食材が並び、小食の私にも楽しくすべていただけました。

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 石のスピーカーから流れる音楽が、柔らかいボサノバです。ゆったりとした、豊かな時間に浸れます。

 食後、白川通に出ると、昭和22年創業の「ヤマダベーカリー」がありました。

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 パンはもちろんのこと、私はピロシキが気に入りました。

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 「聖宙庵」と「ヤマダベーカリー」へ行くには、「フレスコ白川店」が目印です。
 
 
 
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2017年04月09日

京洛逍遥(435)京都御苑と第43回鴨川茶店の桜

 昨夜生まれた孫娘の様子を見に、御所西へ行きました。
 一晩で目鼻立ちがくっきりとしています。すらりと伸びた指は、まさに白魚のようです。
 清らかな姿を見て安心しました。

 窓からは京都御苑の木々越しに、右に送り火の大文字が、左に比叡山の姿が望めます。

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 この地には、かつて北大路魯山人などが通った「梅屋尋常小学校」がありました。しかし、平成9年(1997)に御所南小学校と新町小学校に分割統合され、廃校となりました。それを記念して、敷地の一角に碑文が置かれています。

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「梅屋小学校の碑」
梅屋小学校は明治二年十一月二十一日
上京第二十番組小学校として
小川通竹屋町角の地に創設
明治六年にこの地に移転される
開校以来百二十六年のその歩みは
学区民の物心両面の支えと教育
関係者の努力によって一万有余名の
有為ある卒業生を輩出した
平成七年三月 子どもたちの教育
充実を願い地域の人々の熱意と
支援のもと新しい統合校である
御所南小学校に後を託して伝統ある
輝かしい歴史の幕を閉じた


 帰りに、京都御苑の間ノ町口から入り、左手の椹木口を桜越しに見ました。門の向こうが烏丸通りです。

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 苑内では、御所の南にある建礼門の左手に桜が咲いています。

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 賀茂川に架かる北大路橋から北山大橋にかけて、植物園沿いの半木の道では、昨日と今日の2日間にわたって「第43回鴨川茶店」が催されていました。ただし、お目当ての紅枝垂れ桜は来週が満開のようです。

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 目を南に転じ、北大路橋から下流の出雲路橋越しの出町方面を望むと、ソメイヨシノとユキヤナギが満開です。

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 琵琶湖から流れ来る疏水通りも満開です。正面に、比叡山が見えます。

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 突き当たりが賀茂川の桜並木です。このあたりは花見客も来ないので、ゆったりと花見をしながら散策ができます。

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 今年は格別のお花見ができました。
 毎年この頃になると、孫の誕生日には一緒にお花見ができるのです。
 楽しみがまた一つ増えました。
 
 
 

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2017年04月03日

京洛逍遥(434)鞍馬の霊気を浴びて温泉で英気を養う

 昨日は賀茂川散歩の後、出町柳駅から叡山電車鞍馬線で、天然硫黄温泉が湧くくらま温泉に行きました。
 叡電の「きらら」号は、窓側に向いた座席がある電車です。季節毎に窓外の景色の移り変わりが楽しめます。

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 ただし、いつもこの電車に乗れるのではないので、次のような姿の普通の電車が来たら、パスするかどうか思案のしどころです。

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 昨日は、行きは「きらら」号に、帰りは普通車輌でした。

 終点の鞍馬駅は、2両の列車が入るだけの小さな駅です。

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 駅前では桃の花と天狗が出迎えてくれました。
 
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写真

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 この鞍馬の地は、次のように説明されています。
風水学を元に平安京が築かれ、御所を中心とした四方・四神の内、貴船・鞍馬は北の神「玄武」にあたり、「エネルギーが湧き出る所」=「パワースポット」であると言われています。

 駅前から無料送迎バスで、仁王門よりもさらに奥まったところにある秘湯の湯とされる「くらま温泉 峰麓湯(露天風呂)」に向かいます。ここは、腰痛や糖尿病にいいとのことなので、今の私にはぴったりです。

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 このくらま温泉には、一昨年の5月に来ていました。
 これまでにこの温泉に来たことは、「京洛逍遥(352)新緑の鞍馬温泉でお山の霊気を浴びる」(2015年05月03日)に記しています。桜や紅葉の季節となる春か秋に来ているのは、見ごろを意識してのようです。鞍馬寺には行っている、夏と冬にもこの温泉に来てみたくなりました。
 
 
 

posted by genjiito at 00:32| Comment(0) | ◆京洛逍遥

2017年04月02日

京洛逍遥(433)半木の道の桜はまだまだ蕾です

 新しい年度を迎え、早朝の散歩を始めました。
 賀茂川に沿う植物園の横を南北に通る半木の道は、毎年みごとな桜並木を楽しめます。
 次の写真の右手正面に、京都五山の送り火で知られる船形が微かに見えます。

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 賀茂川沿いの桜は、まだ蕾です。

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 あと二三日で開花するかもしれません。

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 鴨たちもその日を楽しみにして泳ぎ回っています。

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posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◆京洛逍遥