2018年04月07日

日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-体験講座)

 先月で一旦終わった本講座も、5月からまた新たなサイクルに入ります。と言っても、私の講座では、現在使っているテキストをそのまま継続して読み進めて行きます。今は、ちょうど半ばに至ったところです。

 京都では少し花曇りではあるものの、賀茂川の桜まつりが今日から始まりました。昨日の雨と大風で、花が散り初めたところです。明日までが見ごろだと思われます。

 車窓からの今日の富士山は、足早に通り過ぎた暖かさに困ったような表情です。

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 東京駅に着くと、暖かいことを実感しました。内幸町から日比谷図書文化館の写真は、今回初めて掲載します。

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 日比谷公園の桜は、もう葉桜です。

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 今日は、新しい受講者を招き寄せるための、体験講座がありました。お試し版に参加していただき、受講するかどうかを考えてください、という趣向のものです。お世話になっている、日比谷図書文化館の「古文書塾 てらこや」が受講者獲得のために取り組んでおられるプログラムの一つです。
 幸いなことに、16名の方が試しに話を聞いてみよう、ということでお集まりになっていました。

 自己紹介の後は、今回使用するテキストのことを説明しました。橋本本「若紫」が鎌倉時代の中期に書き写された写本であることを、持参した複製本などを回覧して話しました。
 また、源氏千年紀に編集した『千年のかがやき』を使って、橋本本や大島本がどういう写本であるかなども確認しました。
 さらには、書写の道具である糸罫のことも。
 明治33年に平仮名が一字に、国策として決まったことを強調したことは、言うまでもありません。

 後半の1時間は、文字についての問題点を確認してから、橋本本「若紫」の第1丁表を、3行目まで確認しました。ここまでで漢字は一文字も出て来ません。漢字は意識の外に置き、仮名文字の字母に注意を払いながら読んで行くことを強調しました。また、変体仮名が昨年はユニコードに採択されたことも伝えました。

 いろいろとお話ししたいことが多かったので、詳しくは本課コースで、ということに留めておきました。一人でも多くの方が、新しく講座に参加してくださることを楽しみにしています。

 今日は、この体験講座が始まる前の2時間を、地下のラウンジで旅行会社の方と打ち合わせをしていました。
 今年の8月に、ハーバード大学所蔵の古写本『源氏物語』(「須磨」「蜻蛉」の2冊)を調査に出かけます。最初は秋を予定していました。しかし、ハーバード大学のメリッサ・マコーミック先生から、8月に一緒に調査をしないか、というお誘いを受けました。そこで、日比谷図書文化館の講座を受講なさっている方々にもお声がけをして、マコーミック先生のお話も伺いながらこの『源氏物語』を閲覧する計画を進めているところなのです。
 このハーバード本は、現在読み進めている橋本本と近い環境で書写された写本だと思います。その意味からも、講座の参加者はこの橋本本の原本を、多い方は3回も、国文学研究資料館で実際に手にして見ておられるので、いい勉強の機会にもなるかと思います。
 今日の段階では、10名くらいの方と渡米し、原典を見ていただくセッティングを考えているところです。期間は、8月19日(日)から24日(金)までです。当初は、ワシントンの米国議会図書館にも立ち寄り、国立国語研究所からも公開している『源氏物語』の写本の調査もする予定でした。しかし、日程などを考えて、ハーバード大学だけにしました。
 5月の連休明けまでに詳細が決まりますので、わかり次第に本ブログにも掲載します。機会があれば閲覧して調査を、と、考えておられた方は、この機会に同道を検討してみてください。人数に制限がありますので、ご希望に添えないことがあることをご承知おき願います。

 今日は、体験講座だけでした。いつものように終わってからの自主講座はないので、先月に新しく生き返ったゴジラを、先月は正面からだったので今日は左右から写真に収め、すぐに新幹線に飛び乗りました。

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 まだ明るいうちにこうして帰洛することは、めったにありません。珍しく、夕靄の中に聳え立つ富士山を見ました。富士はいつもいつでもどこから見ても絵になります。

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 京都の駅前では、いつものように水芸をしていました。私は、これを見るのを楽しみにしています。つい魅入ってしまったので、写真を撮ることを忘れてしまいました。
 雨上がりの夜空を見上げていると、冷たい空気が身体を包みます。ぶるっとしました。暖かかった東京が嘘だったかのように、底冷えのする京都に立っていることに気付きました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:55| Comment(0) | ◆源氏物語

2018年04月04日

キャリアアップ講座と熊取ゆうゆう大学とで『源氏物語』を開講

 本年度(平成30年)の大阪観光大学では、学内の学生向けに「キャリアアップ講座」が開講されます。私は、「[初心者講座]古写本『源氏物語』のくずし字を読む」という科目を担当します。これは、国立歴史民俗博物館が所蔵する国の重要文化財『源氏物語 鈴虫』(講師が編集したカラー版の複製本)を教科書として、平仮名の元となった漢字(字母)を確認しながら読み進むものです。この「鈴虫」の写本は、米国ハーバード大学が所蔵する『源氏物語 須磨・蜻蛉』と兄弟本であり、鎌倉時代中期に書写された現存最古の写本の一つです。完成度の高い美術品でもあります。それを教科書として、初めて変体仮名を読む学生たちと一緒に、丁寧に説明しながら読んでいきます。

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 また、一般向けの社会人講座として、上記の「キャリアアップ講座」と連携する形で、熊取ゆうゆう大学の講座として「『源氏物語』の古写本を読む」というものも公開します。これは、同じ時間帯に同じ部屋で開催します。
 なお、この「熊取ゆうゆう大学 入学案内」の説明文の中で、今回使用する教科書が『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』となっているのは、上記の『源氏物語 鈴虫』の間違いです。昨年度のものをそのまま印刷してしまいました。お詫びをして訂正いたします。

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 これは、昨年度から実施している講座を継続するものです。
 これまでの内容は、以下のブログで確認してください。

「生涯学習講座「『源氏物語』の古写本を読む」のお誘い」(2017年07月07日)

(中略)

「熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その4)」(2017年10月05日)

「熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その5)」(2017年10月19日)

「熊取ゆうゆう大学︰「若紫」を読む(その6)」(2017年11月02日)

「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その7)」(2017年11月16日)

「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その8)「盤」という文字」(2017年11月30日)

「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その9)「天」と「弖」の対処」(2017年12月14日)

「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その10)ひらがなの「天・弖・氐」」(2018年01月11日)

「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その11)ひらがなの「盤・半」」(2018年01月25日)

「熊取ゆうゆう大学:「若紫」を読む(その12)言葉と文字にこだわる」(2018年02月08日)

 
 
 
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | ◆源氏物語

2018年03月31日

[町家 de 源氏物語の写本を読む](第7回)の報告(体験参加者と共に)

 写本を読む勉強会の会場としてNPO法人〈源氏物語電子資料館〉でお借りしている「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)の部屋には、春を感じさせる花が活けてあります。毎週変えているとのことです。季節感あふれる落ち着いた部屋で、気ままに勉強会をしています。

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 今日も『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)を読み進めました。
 今日は、見学を兼ねて2人の方が体験参加です。そのためもあって、7人で賑やかに語り合いました。

 いつものように、写本が作られて来た歴史とその実態の確認からです。糸罫を例にして、書写の実態をお話しました。試作中の糸罫も、あとは糸を張るだけとなりました。次回には、糸罫の複製をみんなで確認できます。

 これまで、ナゾリが認められる箇所など、非常にマニアックな問題を一緒に考え来ました。しかし、どのようなことをしているのかを参観においでなので、テキストの本文を丁寧に確認しました。
 6丁裏(28頁)から始めるはずでした。しかし、私が勘違いをして7丁裏(30頁)から始めてしまいました。
 そこで、それに続く8丁表(31頁)へは行かず、戻って5丁裏(28頁)の4行目の「おほしたり」まで確認しました。
 初めての方には、少し早かったかもしれません。目が慣れると文字を追っていけますので、気長にお付き合いいただけると幸いです。

 次回も、少し変則的な開催です。
 4月21日(土)午前11時から午後1時までとなります。

 このようにして写本を読むことに興味と関心をお持ちの方は、本ブログのコメント欄を利用して連絡をいただけると、返信で詳細をお知らせします。
 
 
 
posted by genjiito at 21:17| Comment(0) | ◆源氏物語

2018年03月27日

第7回[町家 de 源氏物語の写本を読む]開催のご案内

 今週末の31日(土)午後4時15分から、「be京都」(http://www.be-kyoto.jp/)で7回目となる[町家 de 源氏物語の写本を読む]を開催します。
 本日27日(火)の京都新聞(朝刊)「まちかど」欄に、呼びかけの記事が掲載されましたので、あらためてこのブログでも紹介します。
 開始時間がいつもの午後2時からではなく、午後4時15分から6時までとなっていますので、参加を予定なさっている方はお気をつけください。

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 これは、『源氏物語』の写本に書かれている変体仮名を読む勉強会です。
 テキストである『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編、新典社、2013年)で読み進めます。
 これまでに、本文の確認は昨年末の12月16日に、6丁表の最終行「たまはぬ耳」まで見ました。
 その後は、書き写されている文字に関して問題がある箇所に絞って、順次丁を追って確認して来ています。今回は、21丁表9行目からです。特になぞっている箇所において、下に書かれている文字を推測して読み取るテクニックを伝授する予定です。

 興味と関心をお持ちの方は、このブログのコメント欄より、参加希望の連絡をお願いします。折り返し、詳細な案内をお送りします。
 
 
 
posted by genjiito at 18:33| Comment(0) | ◆源氏物語

2018年03月13日

【速報】ビルマ語訳『源氏物語』4冊を入手

今、マンダレーから空路にてヤンゴンに着きました。
ホテル観光省のトゥンさんが、昨夜マンダレーで夕食を共にしてから、一足先にヤンゴンに入られました。そして、先日、国立図書館で見つけたビルマ語訳『源氏物語』4冊を、手回し良く入手しておいてくださったのです。
今、タクシーで移動中なので、シートに並べて書影の裏表を掲載して、速報とします。

さて、どのようなビルマ語訳になっているのか、楽しみです。

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posted by genjiito at 14:00| Comment(0) | ◆源氏物語

2018年02月17日

「蜻蛉」巻の小見出し(108項目版、担当者:関口祐未)の公開

 現在、『源氏物語』の各巻々の翻字本文と校訂本文の整理をしています。
 校訂本文は、大島本(古代学協会蔵)ではなく、池田本(天理図書館蔵)で試案を作成中です。
 すでに公開しているのは、『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」(第一版)』(NPO法人〈源氏物語電子資料館〉編、伊藤鉄也・須藤圭 責任編集、平成29年1月31日)です。今後とも継続して発行していきます。

 その過程で、物語の内容が把握しやすいように、詳細な小見出しを作成してきました。
 これまでに、「桐壺」「帚木」「若紫」の3巻分を終え、本ブログの以下の記事で公開しています。

☆(1)「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」(担当者:伊藤鉄也)(2014年03月26日)

☆(2)「池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)」(担当者:高橋麻織)(2016年09月16日)

☆(3)「【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)」(担当者:淺川槙子)(2016年09月15日)

☆(4)「『源氏物語』の小見出しは池田本の校訂本文に合わせること」(2016年09月25日)

☆(5)「過日公開した「若紫」の小見出しを【補訂2版】としたこと」(2016年10月06日)

 諸伝本との違いや、現代語訳や外国語訳本との違いなどを、この詳細な小見出しを単位として比較して見ていくと、それぞれの違う箇所がわかりやすく、通覧しやすくなるという利点があります。
 その他にも活用できそうなので、引き続き掲載します。

 さて、池田本の校訂本文で使用するための小見出しの「蜻蛉」巻ができあがりました。
 これは、関口祐未さん(元国文学研究資料館・科研運用補助員)の労作です。
 「桐壺」「帚木」「若紫」巻と同じように、1つの小見出しが30文字でできています。
 これまでの方針通り、物語本文を細かく分けることで、全108項目となっています。

 この小見出し一覧には、以下の特徴があります。

1 30字の簡潔な小見出し
2 校訂本文150字位(250字以下)に一つの小見出し
3 小見出しの次に、「校訂本文(最初の数文字)」+(参照資料情報)を付加
4 参照資料情報は、次の3種類を「/」で区切って明示
  ・『源氏物語別本集成 続 第十五巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、2002年、おうふう)の文節番号
  ・『源氏物語大成 普及版 第六冊 校異編』(池田亀鑑編、1985年、中央公論社)の頁行数
  ・『新編日本古典文学全集(25)源氏物語(6)』(阿部・秋山・今井・鈴木編、1998年、小学館)の頁数
5 『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』所収小見出し(35項目)は、該当する箇所にだけ挿入
 

 この小見出しに関して、問題箇所やお気づきの点をご教示いただければ幸いです。
 
 
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180217版_『源氏物語』蜻蛉・小見出し(108項目)

■1 宇治では、浮舟の姿が見えないことに女房達が大騒ぎして探し回る
   「かしこには〜」   (0001/一九三一@/二〇一)
   [1]浮舟の失踪に大騒動となり右近と侍従は浮舟が入水した思う

■2 乳母らが慌てふためく中、右近と侍従は浮舟が身投げしたかと思う
   「京より〜」   (0013/一九三一A/二〇一)
   
■3 京の母君から届いた手紙を開くと、浮舟を気にかけて心配する文面
   「泣く泣く〜」   (0055/一九三一F/二〇一)
   
■4 右近は浮舟が書き残した母君への返事を読み、地団駄を踏んで泣く
   「昨夜の御返りをも〜」   (0093/一九三一J/二〇二)
   
■5 右近は浮舟が身投げするとは考えられず、乳母は驚き慌てるばかり
   「いみじく思したる〜」   (0144/一九三二@/二〇二)
   
■6 匂宮は普段とは異なる浮舟からの返事に驚き、宇治に使者を寄こす
   「宮にも〜」   (0174/一九三二D/二〇三)
   [2]浮舟を心配して匂宮が文を遣わし従者は浮舟の死を伝える

■7 匂宮の使者は下仕えの女から浮舟が昨夜急死したことを聞き、帰京
   「あるかぎり〜」   (0193/一九三二G/二〇三)
   
■8 匂宮は浮舟急死の報に驚き、宇治に時方を遣わして事情を探らせる
   「かくなんと〜」   (0232/一九三二J/二〇三)
   
■9 宇治の邸では人々がたち騒ぎ、時方は右近に会えず侍従と対面する
   「かやすき人は〜」   (0321/一九三三G/二〇四)
   [3]時方は匂宮の命により宇治で侍従と会い浮舟の急死を知る

■10 侍従は後日落ち着いてから詳しい事情を話す、と言って激しく泣く
   「いとあさましく〜」   (0376/一九三三M/二〇五)
   
■11 邸の人々はただ泣くばかり、亡骸さえないと嘆く乳母らしき人の声
   「内にも〜」   (0425/一九三四D/二〇五)
   [4]乳母の嘆きを不審に思う時方は侍従を責めるも要領を得ない

■12 聞こえてくる言葉に合点のゆかぬ時方、侍従に事実を話すよう促す
   「心得ぬことども〜」   (0493/一九三四L/二〇六)
   
■13 侍従は浮舟が自ら命を絶ったことを、時方にそれとなく打ち明ける
   「げにいとあはれなる〜」   (0550/一九三五E/二〇七)
   
■14 侍従は帰る時方に、浮舟と匂宮の関係を他へ漏らさぬよう念を押す
   「心得がたく思ひて〜」   (0627/一九三六@/二〇七)
   
■15 宇治に母君が到着、事情を知らず浮舟が突然消えたことに動揺する
   「雨いみじかりつる〜」   (0682/一九三六E/二〇八)
   [5]母君が大騒ぎをするも右近と侍従は入水を伝え葬送の車を出す

■16 母君は、浮舟と薫の結婚を面白く思わない下人などの仕業かと疑う
   「さては、かの〜」   (0726/一九三六K/二〇九)
   
■17 侍従は右近と相談して、浮舟と匂宮のこれまでの関係を母君に話す
   「侍従などこそ〜」   (0780/一九三七C/二〇九)
   
■18 母君は気も動転し、せめて亡骸だけでも探し出して弔いたいと願う
   「言ふ人も消え入り〜」   (0876/一九三八@/二一一)
   
■19 右近と侍従は亡骸のない葬送の車を仕立て、近親者だけで送り出す
   「この人々二人して〜」   (0927/一九三八G/二一一)
   
■20 右近と侍従は車を山裾へやり、事情を知る法師達だけで火葬させる
   「大夫、内舎人など〜」   (0966/一九三八K/二一二)
   [6]反対をおしての偽装による火葬、右近と侍従は真相を隠す手だてを尽くす

■21 火葬があっけなく終わったことに、里の人々はあれこれ噂を立てる
   「田舎人どもは〜」   (1011/一九三九B/二一二)
   
■22 浮舟の噂が薫の耳に入ることを恐れ、右近と侍従は真相をひた隠す
   「かかる人どもの〜」   (1038/一九三九F/二一三)
   
■23 薫は石山寺に籠もり女三の宮の病気平癒を祈祷中、浮舟の死を知る
   「大将殿は〜」   (1134/一九四〇C/二一四)
   [7]薫は母女三宮の病気のため石山寺に参籠中に浮舟の葬送を聞く

■24 薫は宇治へ大蔵大輔を遣わし、葬儀を急いで済ませたことを責める
   「いみじきことは〜」   (1176/一九四〇H/二一四)
   
■25 大輔の報告に、薫は浮舟を宇治に住まわせていたことを悔やみ帰京
   「殿は、なほ〜」   (1238/一九四一A/二一五)
   
■26 薫は浮舟との儚い仲を悔やみ、思い通りにならない己の宿命を歎く
   「宮の御方にも〜」   (1285/一九四一F/二一五)
   
■27 匂宮の悲嘆に沈む様子を聞いた薫は、浮舟と匂宮の関係を確信する
   「かの宮〜」   (1370/一九四二A/二一六)
   [8]匂宮は悲嘆から病となり薫は浮舟の死によるものと知る
■28 人々が日々匂宮を見舞う中、薫も式部卿宮の喪に服した姿で訪れる

   「宮の御とぶらひに〜」   (1459/一九四二J/二一七)
   
■29 匂宮は薫と対面し涙が落ちるが、浮舟ゆえとは気づかれまいと思う
   「人々まかでて〜」   (1501/一九四三A/二一八)
   
■30 匂宮は薫の冷静さを薄情だと思うが、薫こそ浮舟の形見だとも思う
   「さりや、ただ〜」   (1578/一九四三I/二一八)
   
■31 薫は匂宮に浮舟の死を語り、流れ落ちる涙を抑えることができない
   「やうやう世の物語〜」   (1646/一九四四C/二一九)
   [9]薫は大君の縁者だった浮舟の死を語り匂宮との関係をあてこする

■32 匂宮は薫の取り乱した様子に動揺するも、何気ないふうをよそおう
   「気色のいささか〜」   (1776/一九四五C/二二一)
   
■33 薫は匂宮に浮舟との関係を少しずつ当てつけながら話し、退出する
   「さる方にても〜」   (1806/一九四五F/二二一)
   
■34 薫は匂宮の浮舟に対する思いの深さを知って、悲しみを新たにする
   「いみじくも思したりつるかな〜」   (1839/一九四五J/二二一)
   [10]匂宮が病気になるほどの浮舟を思い葬送の簡略さを気にする

■35 浮舟の死や葬儀のことなど、薫には腑に落ちない点が多く思案する
   「後のしたためなども、〜」   (1918/一九四六E/二二二)
   
■36 浮舟が生きていれば京に迎えた日、薫は浮舟を思い匂宮へ歌を贈る
   「月たちて〜」   (1956/一九四六J/二二三)
   [11]薫が浮舟を引き取る日に匂宮へ歌をやり匂宮は中君に打ち明ける

■37 これまでの経緯を知る中の君に、匂宮は浮舟との関係を打ち明ける
   「女君、このことの〜」   (2026/一九四七E/二二四)
   
■38 匂宮は右近を迎えるため宇治へ使者、浮舟亡き後の宇治の邸の様子
   「いと夢のやうにのみ〜」   (2091/一九四七L/二二四)
   [12]浮舟の死を偲び匂宮は時方を宇治へ遣わし侍従を連れ出す

■39 使者と対面した右近は泣きくずれ、喪が明けてから上京すると話す
   「右近あひて〜」   (2169/一九四八G/二二五)
   
■40 共に泣く時方、右近らへの気持ちが深いものとなった胸の内を語る
   「大夫も泣きて〜」   (2218/一九四九@/二二六)
   
■41 右近は侍従に上京を勧め、侍従は匂宮の姿見たさに上京を決心する
   「わざと御車など〜」   (2258/一九四九E/二二六)
   
■42 支度をした侍従は、浮舟が生きていれば通った道を泣きながら上京
   「黒き衣ども着て〜」   (2328/一九四九L/二二七)
   
■43 匂宮は侍従に浮舟の死直前の様子を詳しく尋ね、一晩中語り明かす
   「宮は、この人〜」   (2357/一九五〇B/二二七)
   13]匂宮は侍従から浮舟の様子を聞き右近と贈り物を見て悲しむ

■44 匂宮は侍従に親しみを感じ、匂宮に仕えるよう勧めて別れを惜しむ
   「何ばかりのものとも〜」   (2456/一九五〇M/二二八)
   
■45 匂宮は侍従に、浮舟のために用意していた櫛や衣装を持たせて帰す
   「暁に帰るに〜」   (2486/一九五一C/二二九)
   
■46 宇治に帰った侍従は、匂宮からの贈り物を右近と見ては泣いて嘆く
   「右近と二人〜」   (2527/一九五一G/二二九)
   
■47 薫は宇治に到着、道すがら八の宮から始まった宇治との因縁を思う
   「大将殿も〜」   (2546/一九五一J/二三〇)
   [14]薫は不審な思いで宇治を訪れ右近から入水の真相を聞く

■48 薫に浮舟の死について尋ねられた右近は、身投げしたことを明かす
   「右近召し出でて〜」   (2585/一九五二A/二三〇)
   
■49 薫は浮舟が身投げしたとは信じられず、右近に詳しく話すよう促す
   「あさましう〜」   (2646/一九五二H/二三一)
   
■50 右近は、薫からの手紙がないことを浮舟が悲観していた様子を話す
   「おのづから〜」   (2728/一九五三D/二三二)
   
■51 薫は浮舟の浮気心を言い立てて、匂宮との関係を右近に問い詰める
   「我は心に〜」   (2865/一九五四G/二三三)
   [15]薫は浮舟と匂宮との関わりを難詰し右近は消息を認める

■52 浮舟と匂宮は手紙のやりとりをしただけの関係と、右近は嘘をつく
   「たしかにこそは〜」   (2932/一九五五@/二三四)
   
■53 薫は浮舟を宇治に住まわせたことを後悔、宇治の地を疎ましく思う
   「かうぞ言はむかし〜」   (3016/一九五五J/二三五)
   
■54 薫は自分の手落ちから浮舟の死を招いたことを悔やみ、母君に同情
   「宮の上の〜」   (3088/一九五六C/二三六)
   [16]薫は浮舟を人形と称した不吉さを思い法要を依頼して帰京

■55 薫は木の下の苔に座り、宇治の地との辛い関わりを思って詠歌する
   「穢らひといふことは〜」   (3138/一九五六I/二三六)
   
■56 薫は宇治山の阿闍梨に浮舟の法要を行うよう細やかに指示し、上京
   「阿闍梨、今は〜」   (3181/一九五七@/二三七)
   
■57 穢れを避けての旅住まいに呆然とする母君、薫の使者の来訪を喜ぶ
   「かの母君は〜」   (3261/一九五七J/二三八)
   [17]薫は母君を弔問して子どもたちの後見を約束する

■58 薫は大蔵大輔を遣わし弔問、悔やみの言葉と共に遺族の世話を約束
   「あさましきことは〜」   (3302/一九五八@/二三八)
   
■59 薫の心遣いに感激した母君は、涙ながらに返事をし帯や太刀を贈る
   「いたくしも〜」   (3381/一九五八I/二三九)
   
■60 母君からの返事と、遺族と親戚づきあいをすることになる薫の本心
   「殿に御覧ぜさすれば〜」   (3481/一九五九G/二四〇)
   
■61 事情を知らない常陸守に、母君は浮舟のこれまでのいきさつを語る
   「かしこには〜」   (3573/一九六〇D/二四二)
   [18]三条小家に来た常陸介が立腹し薫の文を見て浮舟の死を悲しむ

■62 常陸守は薫の手紙を見て感激し、浮舟の幸運な人生を惜しんで泣く
   「大将殿の御文も〜」   (3600/一九六〇H/二四二)
   
■63 薫は浮舟の四十九日の法要を営み、右近に匂宮から供養の品が届く
   「四十九日のわざなど〜」   (3665/一九六一B/二四三)
   [19]四十九日の法要で匂宮も密かに布施し薫は尽きぬ悲しみ

■64 薫に手厚く法要を営む女性がいたことを知り、帝をはじめ驚く人々
   「あやしく。〜」   (3718/一九六一H/二四三)
   
■65 悲しみが紛れるかと匂宮は他の女性に懸想、薫は浮舟を思い続ける
   「二人の人の御心の中〜」   (3797/一九六二C/二四四)
   
■66 女一の宮の住まいを慰め所とする匂宮、小宰相の君に好意を寄せる
   「后の宮の〜」   (3828/一九六二G/二四五)
   [20]中宮の女房小宰相は匂宮に心は靡かず薫への悔やみの歌

■67 小宰相の君は悲嘆に暮れる薫の心中を思いやる歌を送り、薫も返歌
   「かくもの思したるも〜」   (3912/一九六三B/二四五)
   
■68 薫は、浮舟よりも奥ゆかしさの身に備わった小宰相の君に感心する
   「いと恥づかしげに〜」   (3957/一九六三H/二四六)
   
■69 蓮の花の盛りの頃、六条院で明石の中宮による法華八講が催される
   「蓮の花の盛りに〜」   (4008/一九六四@/二四七)
   [21]六条院で法華八講があり薫は氷で遊ぶ女一宮をかいま見る

■70 法会が終わり小宰相の君を探す薫は、几帳の間から中をのぞき見る
   「五日といふ〜」   (4034/一九六四C/二四七)
   
■71 薫は、白い薄絹の着物姿で氷を持ち微笑む女一の宮の美しさに感動
   「氷を物の蓋に〜」   (4126/一九六四M/二四八)
   
■72 薫は女房達の中に、一際心遣いの感じられる小宰相の君を見つける
   「御前なる人は〜」   (4183/一九六五F/二四九)
   
■73 氷を割って遊ぶ女房達、雫を嫌がる女一の宮の声を聞き感動する薫
   「心づよく割りて〜」   (4221/一九六五J/二四九)
   
■74 女一の宮を見守る薫、慌てて入ってきた女房に姿を見られ立ち去る
   「まだいと小さく〜」   (4262/一九六五M/二四九)
   
■75 女房は襖を開け放しにしたことを反省し、薫は女一の宮を見て後悔
   「このおもとは〜」   (4330/一九六六H/二五〇)
   [22]薫は女一宮を見たことを後悔し女二宮に薄物の単衣を着せる

■76 翌朝女一の宮の姿を思い返す薫、女二の宮に薄物の単衣を仕立てる
   「つとめて〜」   (4392/一九六七B/二五一)
   
■77 薫は女二の宮に薄物の単衣を着せて氷を与え、女一の宮と比較する
   「例の、念誦したまふ〜」   (4450/一九六七I/二五二)
   [23]女二宮に薄物の単衣を着せ氷も持たせ女一宮との文通を求める

■78 薫は女二の宮の降嫁以降、女一の宮から便りがないことを聞き嘆く
   「一品の宮に〜」   (4531/一九六八D/二五三)
   
■79 翌朝薫は明石の中宮を訪ね、匂宮に似た美しい女一の宮を思慕する
   「その日は暮らして〜」   (4573/一九六八I/二五三)
   [24]薫は中宮のもとに参上し女一宮から女二宮への文を求める

■80 薫は明石の中宮に、女一の宮から女二の宮へ便りを出すよう求める
   「大将も近く〜」   (4636/一九六九A/二五四)
   
■81 小宰相の君を訪ね薫は西の渡殿の方へ、女房達と世間話をして長居
   「立ち出でて〜」   (4745/一九六九M/二五五)
   [25]薫は中宮の女房と語り中宮は薫と小宰相との親密さを聞く

■82 明石の中宮は大納言の君から、薫と小宰相の君の親密な間柄を聞く
   「姫宮は〜」   (4837/一九七〇I/二五六)
   
■83 大納言の君、浮舟が匂宮と薫との板挟みで入水したという噂を語る
   「いとあやしきことを〜」   (4929/一九七一E/二五七)
   [26]大納言は中宮に浮舟入水と匂宮の軽率さが世の非難にと語る

■84 明石の中宮は驚愕し、下童に口止めするよう指示して匂宮を気遣う
   「宮も、いとあさましと〜」   (4995/一九七一M/二五八)
   
■85 女一の宮から女二の宮へ便り、喜ぶ薫は女一の宮に物語の絵を贈る
   「その後、姫宮の〜」   (5086/一九七二I/二五九)
   [27]女一宮から女二宮へ消息と絵あり薫は大君と浮舟の死を悔やむ

■86 薫は大君が生きていたならと恨めしく思い、また中の君を思い後悔
   「かくよろづに〜」   (5153/一九七三D/二六〇)
   
■87 薫は浮舟の死を恨むも、すべては俗世になじまぬゆえと己を責める
   「これに思ひわびて〜」   (5197/一九七三I/二六〇)
   
■88 匂宮は浮舟を失った悲しみを紛らわすため、再び侍従を呼び寄せる
   「心のどかに〜」   (5254/一九七四B/二六一)
   [28]匂宮は侍従を中宮の女房とし浮舟のすばらしさを回顧

■89 既に上京していた侍従、匂宮より明石の中宮に出仕することを希望
   「皆人どもは行き散りて〜」   (5301/一九七四H/二六一)
   
■90 侍従は明石の中宮に出仕し、浮舟のように美しい人はいないと思う
   「心細くよるべなきも〜」   (5366/一九七五A/二六二)
   
■91 式部卿宮亡き後、明石の中宮のはからいで宮の君は女一の宮に出仕
   「この春亡せたまひぬる〜」   (5407/一九七五F/二六三)
   [29]式部卿宮の没後に中宮はその姫君を宮の君として女房にする

■92 匂宮は宮の君に懸想し、薫は女房の身分に落ちた宮の君に同情する
   「兵部卿宮〜」   (5477/一九七六@/二六三)
   
■93 明石の中宮を世話する夕霧は繁栄を極め、匂宮は宮の君を懸想する
   「この院に〜」   (5530/一九七六F/二六四)
   
■94 六条院の秋、匂宮は女房達と風流事に興じるも薫は深く立ち入らず
   「涼しくなりぬとて〜」   (5595/一九七六M/二六五)
   [30]侍従は匂宮と薫をかいま見し浮舟の幸せな宿世を思う

■95 侍従は匂宮と薫を物陰からのぞき見ては、亡き浮舟を恨めしく思う
   「例の、二ところ〜」   (5650/一九七七E/二六五)
   
■96 薫は東の渡殿に立ち寄り、女房達に声を掛けると弁のおもとが応対
   「東の渡殿に〜」   (5706/一九七七K/二六六)
   [31]薫は中宮女房を訪れて弁のおもとと話し歌を詠み交わす

■97 薫は女房に戯れに歌を書いて詠みかけ、女房は風情ある手跡で返歌
   「かたへは几帳の〜」   (5793/一九七八H/二六七)
   
■98 弁のおもとは生真面目な薫の歌を批難し返歌、薫も返歌して戯れる
   「弁のおもとは〜」   (5860/一九七九B/二六八)
   
■99 薫は女房と匂宮の会話を聞き、女房達と匂宮の打ち解けた仲に嫉妬
   「東の高欄に〜」   (5932/一九七九K/二六九)
   [32]薫は中宮方の女房と親密になり匂宮を悔しがらせたいと思う

■100 薫は匂宮との辛い関わりを歎き、中の君の好意的な態度に感心する
   「下り立ちてあながちなる〜」   (6000/一九八〇D/二七〇)
   
■101 薫は西の渡殿を訪れ、くつろいで筝の琴を弾く女房達に声をかける
   「例の、西の渡殿を〜」   (6081/一九八一@/二七一)
   [33]薫は女一宮の女房と話し以前かいま見した姫宮のことを思う

■102 薫は中将のおもとに女一の宮の事を尋ね、差し出された和琴を弾く
   「まろこそ御母方〜」   (6130/一九八一F/二七一)
   
■103 薫は己の優れた宿命を思い、女一の宮を妻にできたらと高望みする
   「律の調べは〜」   (6171/一九八一L/二七二)
   
■104 若い女房達が月を鑑賞する中、宮の君に同情する薫は部屋を訪れる
   「宮の君は〜」   (6224/一九八二D/二七三)
   [34]薫は宮の君の不幸な運命に同情し匂宮が心を乱す女性かとも思う

■105 薫は女房に宮の君への取り次ぎを頼むも、女房は取り次ぎせず応対
   「南面の隅の間に〜」   (6266/一九八二H/二七三)
   
■106 薫にたしなめられ驚く女房、促されるまま宮の君は薫に話しかける
   「並々の人めきて〜」   (6315/一九八三@/二七四)
   
■107 薫は宮の君の声を聞き将来が気遣われ、匂宮の心を乱す人かと思う
   「ただ、なべての〜」   (6359/一九八三F/二七四)
   
■108 宇治の姫君達を思い続ける薫、夕暮れに飛び交う蜻蛉を眺めて詠歌
   「これこそは〜」   (6392/一九八三J/二七五)
   [35]宮の君に比べ大君と中君の難点のなさから浮舟の運命を悲しむ
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posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年11月04日

日比谷の帝国ホテルでイバンカさんとは遭遇せず

 毎月1度、日比谷図書文化館で『源氏物語』を読むために上京しています。
 その途中でのこと。
 京都駅で新幹線を待っていたら、一人のおじさんがやってきて、ボストンバッグを点字ブロックの上に置き、どこかへ行ってしまいました。

171104_block.jpg

 なんと無神経な、と思いながらも、この荷物を手前に移動させるわけにも行きません。列車が到着する直前に来て、荷物はそのままにドアが開くのを待っておられました。こんな人と同じ車輌はいやだな、と思い、この方とはまったく別の離れた席に座りました。何か言おうものなら、逆ギレされるのがおちです。いやはや、困ったおやじさんです。

 日比谷図書文化館では14時半からの講座です。いつも、少し早めに有楽町に行き、ゆっくりと食事をします。私は、消化管を持たないので、1時間以上かけて食事をいただきます。食後は、途中で帝国ホテルのロビーで寛いでから、日比谷公園に向かうことにしています。

 今日は、昨日からイバンカさんが帝国ホテルに宿泊中とのことなので、ロビーが封鎖されていないかと恐る恐る自動ドアを開けました。いつもどおりに1階のロビーで、いつものイスに腰掛け、ノンビリと本を読むことができました。イバンカさんとの遭遇がないかと、チラチラ周りを見回しました。お巡りさんと警備員さんがいつもより多いだけで、これといった変化はありません。次第に人が増えてきたので、あまり長時間イスを独り占めしてはいけないので、この帝国ホテルのすぐ前の日比谷図書文化館に移動しました。角角にお巡りさんの姿がありました。

 古文書塾「てらこや」の講座では、今回から受講者が増えて、32名になりました。そして、新しく参加なさった方が、数名いらっしゃいます。また新鮮な気持ちで、700年前の古写本に取り組んでいきます。
 今日も、前半は文字にまつわるさまざまな話題を提示しました。
 来週11月12日(日)に源氏物語散策をすること、11月25日(土)には[町家 de 源氏物語の写本を読む]の第3回があること、などの連絡もしました。何と、すぐに6名の方が参加したいとおっしゃいました。地元の京都よりも東京の方が、源氏物語散策には興味があるようです。

 絵文字の一つとも言えるピクトグラムについても、いくつかの例を挙げて問題点を提示しました。このアイコンも、一つの絵に意味を持たせているので、漢字のような役割を担っています。新しい文字でもあるので、民間の各種業界などに任せきりにしないで、みんなで議論しながら決めていくべきものだと思います。

 橋本本「若紫」は、半丁ほど読み進めました。
 行末で文字が歪んでいる例や、丁代わりのところでなぞり書きがある例については、糸罫という道具を使っているからである、という説明をしました。これは、今回初めて参加なさった方が多かったので、写本の書かれ方についての基礎知識を意識してのものです。受講者の机上に置いている『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展示図録』(国文学研究資料館編、2008年10月、思文閣出版)を開いて、宮内庁書陵部が作成した檜製糸罫を一緒に見ながら、書き写された現場を想像してもらいました。

 講座が終わってからは、課外授業をしようというみなさんと一緒に、有楽町のビヤハウスに向かいました。

 途中、日比谷公園の中で、リポビタンDを無料で配っていたので、みんなで一本ずついただきました。

171104_ripovitan.jpg

 日頃からの疲労が、今や限界まで溜まりに溜まっている時期です。天の神様が、エネルギー補給という支援をしてくださっているのだと思って、一気に飲み干しました。今週は特に秒単位で仕事やイベントをこなしていたので、身心共に洗い流す嬉しいプレゼントとなりました。

 さて、9人で居酒屋に移り、橋本本「若紫」の現代語訳に取り掛かりました。先月の第1回を受けて、今日は4人の方が試訳を持参なさっていました。みなさん、文学とはまったく無縁だった方々です。この熱意には頭が下がります。
 前回に引き続き、「瘧病」をどう訳すか、ということから、早速熱のこもったやり取りが始まりました。素人だからということを標榜しながらも、実によく調べて来ておられるのには驚きました。
 とにかく、橋本本は誰もまだ読んでいません。というよりも、読めていません。現代語訳も、もちろんありません。一般に流布している大島本を参考にしながらも、所々で本文が違うので、いちいちその意味するところを確認することになります。
 特に、大島本が「うたてはべるを」とするところを、橋本本が「あやにくにはべるを」としている箇所は、いろいろな意見が出ました。これはもう、社会人教室の課外講座ではなくて、立派な研究会の雰囲気です。
 あまりにも異論百出なので、Tさんが今日の意見を取りまとめ、次回までにメールで流してくださることになりました。
 私が、「若紫」の最初には男の手が入っている、という問題提起をすると、これまた、男性陣は賛成で女性陣は反対と、おもしろいことになりました。
 私はもうこの春から研究者でも何でもないことを自認しているので、ただの源氏好きのおじさんとして気楽に意見を言うようにしています。論証も論争もすることはないので、楽しくみなさんの議論に参加しているのです。
 この課外講座は、これからがますます楽しみな集まりとなりました。
 有楽町に20時までいたので、みなさんにはお先に失礼する旨のお声がけをして、新幹線に急ぎました。

 京都駅は、冬らしい照明になっていました。

171104_station.jpg

 東京は京都よりも暖かでした。23時に京都駅に降り立つと、行き交う人の数は、東京の方が少なかったように思います。京都駅前の夜には、渋谷の賑わいがあります。
 最終のバスに乗っても、スーツケースを抱えた海外からの方々で混み合っています。これはこれで、すごいことになっているのです。もう、異変を通り越して、社会問題となってきています。
 観光立国はすばらしい国策です。しかし、インフラが整備されていないところに、溢れんばかりの旅行者が押し寄せた場合の混乱が発生しています。特に、そこで生活する者には、さまざまな犠牲が強いられています。これは、我慢すべき問題ではなくて、共生のためにも長い目で見た対策が早急に必要です。地元住人に不便さを押しつけず、快適な観光をしてもらえる街作りが求められます。まさに、観光学の領域ともいえます。その観光学が今はまだ未発達です。大阪観光大学に身を置く者として、観光都市の中でいろいろと考えるようになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年10月07日

有楽町で世にも不思議な同窓会が勉強会に変身

 今日は、日比谷図書文化館で、古文書塾「てらこや」の体験講座がありました。
 常に新しい風が舞い込むように、受講希望者に私がやっている今の講座を体験してもらおう、という機会が用意されているのです。初めてお目にかかる方々に、鎌倉時代に書き写された『源氏物語』の写本の文字だけを追いかける講座であることを、いろいろな例を示しながら説明しました。興味を持っていただけたようで、何人かの方が来月からの講座においでになるようです。仲間が増えることは良いことです。

 終了後は、これまで『源氏物語』の講座を受講なさっている方々が会場前にお集まりになっており、ご一緒に有楽町のビヤホールに移動しました。そこでは、現在講座で読んでいる橋本本「若紫」を、みんなで現代語訳をしようという無謀な計画を実現しようという密談(?)がなされたのです。しかも途中からは、この日比谷の講座で第1期の頃に参加なさっていた方も、日頃の向学心をさらに磨く機会だとばかりに、駆けつけてくださいました。久闊を叙する間も無く、少しお酒を口にしながら、侃侃諤諤ならぬ思い思いの意見を出し合いました。
 手元には、私が一夜漬けで作成した、橋本本「若紫」を現代語訳するための試案のプリントがあるだけです。さて、来月からどう進めようか、ということです。
 今日の話し合いの中で一番盛り上がったのは、「若紫」冒頭の「わらはやみ」をどう訳すか、ということでした。これは難題です。

 現在は大島本が唯一のテキストとして読まれています。しかし、その大島本の本行の本文が

しゝこらうしつる時はうたて侍るを(「うし」ママ)


としているところを、橋本本は、

しゝこらかし侍りぬるはあやにくに侍るを


という本文を書き記しているのです。ここでの橋本本は、どう訳し、その違いをどう理解したら良いのか。現代語訳を超えた、本文の解釈に及ぶことになります。
 光源氏が若紫を誘拐する場面や、藤壺との密通場面などなど、早々とどんな訳にしようかと、ワクワクなさっていました。
 そんなこんなで、話はどんどん膨らみます。
 今日のみなさまとの話で得られた合意としては、『源氏物語』を何かで読んだことがある人を対象にした現代語訳をしよう、というところに落ち着きました。これから作る現代語訳の対象は、高校生でもなく、大学生でもない、ということです。そして、来月4日の講座の後には、この集まりを企画立案してくださった、世話人でもある星野さんが、今日配布した第一丁の資料の範囲だけでも、現在流布する大島本と、講座で読んでいる橋本本が違う箇所をどう訳すか、などの問題点を提示してくださることになりました。
 これは、思いがけない展開で、素人集団の華麗なる遊び心が蠢き出したことになります。
 さて、今後はどのような展開になるのか、楽しみにして推移をごらんください。そして、参加してみようという方の加入を心待ちにしています。

 有楽町にはゴジラがいます。

171007_gozira.jpg

 それに負けず劣らず、得体の知れない10人が、密かに雄叫びをあげました。
 10月7日を「日比谷源氏の記念日」としましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:50| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年09月16日

【補訂】同志社大学の公開シンポジウム「源氏物語と日本文化の秘めた力」に参加

 小雨の中、頭部神経痛の激痛を薬で散らしながら、今出川にある同志社大学「寒梅館」のハーディーホールに行きました。〈同志社大学創造経済研究センター<公開シンポジウム>「源氏物語と日本文化の秘めた力」〉があるからです。
 今回の趣旨は、以下の通りです。

【趣旨】
 同志社大学創造経済研究センターと京都と茶文化研究センターは、昨秋「茶文化の世界への発信――京都からの提言」シンポジウムを共催し、日本舞踊、能楽、茶、華といった伝統文化が京都という空間においていかに継承され、現代、そして未来にむけて発信されていくべきかについて、議論をおこなった。
 本シンポジウムでは、日本文化の本質を明らかにすべく、平安文化の現代的意義を解明することからはじめ、日本文化の思想性を様々な観点から議論する。伝統的な日本文化の持つ特色を明確化するために、茶のお点前のモーション・キャプチャーを例にとり、産学官共同、文理融合の学術観点からも幅広く議論する。そして、日本を代表する伝統文化が、京都という「伝統」と「革新」が共存する空間において、いかに継承され、どのような形で現代社会に息づき、さらに、いかなる将来性を含んでいるのかを、各界の専門家の方々とともに考えていきたい。
 日本の文化力の真髄を明らかにし、またその真髄を世界に発信していくには何が必要かを議論することは、文化を中心とした地域創生を進めるための政策を検討する上において重要な意味を持ち、文化庁の京都移転によって進める新たなる文化行政を考えていく上での課題を明らかにできると考えている。】


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 以下、不自由な右手を駆使してメモを取ったものを元にして、後で思い出せるように素描として記しておきます。

 午後1時から6時半までの5時間半にわたり、充実した時間に身を置くことができました。
 開会の挨拶(松岡敬学長)と「趣旨説明」(佐々木雅幸・同志社大学経済学部教授)の後、三部構成で進みました。
 
◆第一部 講演「文化庁の京都移転で目指すもの」
   松坂浩史(文化庁地域文化創生本部事務局長)
 文化庁が京都に移転してくることになり、その背景と今後について、詳しい説明がありました。
 ・文化庁とは何者なのか?
 ・2年前から少しずつ移転が決まっていった。
 ・来年が文化庁設立50年
 ・「人間国宝」は毎日新聞の記者が作った名言で、行政用語では「国宝」
 ・文化庁の主要活躍領域は「生活文化」である。
 ・質問はドイツの場合との違いと、文化とお金の問題
 
◆第二部講演「『源氏物語』−三角関係の謎」
   山折哲雄(宗教学者、評論家)
 次の3点がとりあげられました。
 (1)人間関係を当時の人がどのように考えていたか?
 (2)日本の文化は三角関係が正面から論じられたり証明されたりしないのはなぜか?
 (3)三角関係について考えたのは紫式部と夏目漱石の2人。ただし、漱石は後に裏切る。
 ・三角関係を「葵」巻が見事に表現している。出産場面がそれ。
 ・『紫式部日記』の出産は激痛分娩。無痛分娩と比較して考えるべき。
 ・物語と日記の出産場面はまったく同じ。
 ・夕霧の誕生と葵の上の死において、生霊が勝ったか法力が勝ったか?
 ・紫式部の人間認識は透徹していた。ただし、それが当時の貴族に共有されていたか?
 ・日記は出産場面で始まる。
 ・その日記で、『源氏物語』のように芥子の実を投じていないのはなぜか?
 ・『紫式部日記』で、生霊が明らかにされていないのはなぜか?
 ・この2つが疑わしい。当時の人は知っていた。しかし、明かさない。それは、定子だからであろう。
 ・日記で紫式部は、定子の物の怪化を消し去ろうとしていないか。これはどういうことか?
 ・三角関係について、感覚でわかる日本人は今はいなくなった。
 ・姦通という問題は、世界中で問題になっている。不倫も同じ。今の日本がそうだ。
 ・姦通や不倫の問題を、三角関係として人間関係を表現できるのが文学。
 ・本居宣長の源氏論と折口信夫の源氏論の中に、こうした問題や謎を解く重要な鍵があるのではないか。
 ・宣長は、もののあはれと物の怪を問題にしている。あはれ論が主流だった。物の怪は陰になっていた。
 ・加持祈祷は、神仏のしるしを大事にして、病気と闘う。薬を飲んだくらいでは解決しないもの。
 ・折口信夫は「色好み」で姦通や不倫を説いている。「思い隈なし」(思いやりがない)と言って理解している。
 ・しかし、このことばを折口信夫は、「執着心を相手に捧げる深い心」とする。
 ・折口信夫は、ホモセクシャルを大事にしながら、血縁脱却を見ている。
 ・宣長と折口信夫は共通している。
 ・このことが、『源氏物語』と『紫式部日記』の三角関係を読むのに参考になる。
 ・相手あっての二者関係、親子、夫婦の倫理の中で、三角関係を理解できるのか?
 ・三者関係の理解が大事。
 ・漱石は紫式部の考えを理解していたのではないか。
 ・漱石の小説の中心にあった三角関係は、二者関係になってしまう。自殺、狂気、宗教に行き着く。
 ・漱石は一人の世界を求めた。その方向に、日本の文化は移ってきている。
 
◆第二部朗読「京ことばによる源氏物語の女房語り」 
   山下智子(朗読家)
 『源氏物語』の第7巻「紅葉賀」を読んでくださいました。
 「朱雀院の御幸は〜」と、滑らかな京都弁で語られる物語を堪能しました。
 特に、若紫がしゃべるところが可愛くて、大いに楽しめました。
 最後は、原文のひとくだりを読んで綴じ目となりました。
 山下さんが主宰なさっている女房語りのチラシを紹介します。

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◆第三部討論会「伝統文化と現代社会―文理融合の可能性」
 モデレーター:佐伯順子(同志社大学社会学部教授、京都と茶文化研究センター センター長)
   横川隆一(同志社大学生命医科学部教授)
   岩坪健(同志社大学文学部国文学科教授)
   河村晴久(能楽師)
 佐伯さんの司会で進行していきました。
 河村さんは、能を代表するものとして「船弁慶」と「葵の上」を選ばれた話。インパクトのあるものだからと。
 岩坪さんは、『源氏物語』が持つパワーや魅力を語られました。
 横川さんは、小笠原流の煎茶道のお点前を身体にセンサーを付けて工学的に解析(モーションキャプチャー)した結果を提示されました。熟練者は無心で、顎がほとんど動かないことがわかったそうです。
 横川さんが、『源氏物語』を語っている時の山下さんの気持ちを問われました。
 山下さんは、あまり感情的になってしまうのではなく、感覚的なものを大事にしていると。
 女房という立場で客観的に語るようにしている、とのことでした。
 横川さんは、運動行為として、謡や語りに興味を持った、とのことです。
 河村さんも、冷静な自分がいると。ひたすら型の世界。無意識部分がかなりある。
 岩坪さんは、『源氏物語』のテキストの中にも裏の意味がある例を挙げられました。
 本音を言わないので、そこのところを読むことが大事だ、と。
 京都で源氏を研究することの利点は。天気のことや作品の舞台の距離を身をもって、身近に感じられる。
 河村さんの話で、京都は天皇さんがおられた所で、江戸は将軍さんがおられた所だ、とのことでした。
 
◆閉会の挨拶 
   横川隆一(同志社大学生命医科学部教授)
 挨拶の中で、解答には複数あり、一つではない、ということを強調なさったことが印象に残りました。

 体調がよくなかったので、山下さんに少しご挨拶をしただけで、頭痛を我慢しながら帰りました。
 乱暴なメモで恐縮です。勘違いがありましたら、お許しください。
(170919_誤植を訂正しました。)
 
 
 
posted by genjiito at 20:14| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年09月15日

高校生に角田光代訳『源氏物語』を紹介する

 高校での授業も2回目となりました。1日に2コマあるので、今日で4回やったことになります。いい反応があるので、生徒からもいろいろと教えてもらえます。若い子たちの特権でしょうか、気さくに応じてくれるので助かります。まずは、人間関係を作ることを意識しています。生徒たちからみれば、やせ細ったおじいちゃんとして見ているのかもしれません。それはそれで、異文化世代との交流が楽しめます。

 今日は、教科の先生方から伺った授業の方針の確認や試験のこと、1年次の教科書を見ながらこれまでに勉強したことなどを確認しました。
 勉強方法についても、筆順のことを考えると早くきれいに文字を書くためには縦書きがいいことや、広目の卦線が引かれた縦書き用のノート、そして鉛筆の芯は2Bを勧めました。

 角田光代さんの現代語訳『源氏物語』(河出書房新社、2017.9.20)が先週刊行されました。出たばかりなので、生徒たちの世代が持つ『源氏物語』の現代語訳として大事に伝えてほしかったので、回覧して全員に本を触ってもらいました。

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 本体価格が3,500円なので、お小遣いでは買えません。本屋さんの店頭には、この本が積み上げられている所が多いので、自分たちの時代の文化の成果として、買わないまでも、ぜひとも手にとってみて新しい仕事が世に出たことを実感ほしい、という希望を伝えました。
 併せて月報を紹介し、瀬戸内寂聴と大和和紀のエッセイの内容を確認しました。『あさきゆめみし』は先週回覧したので、あの漫画家であることと結びついたようです。
 さらに、映画『古都 2016』の話もしました。原作である川端康成の『古都』に結びつけば、との想いを込めて話しました。川端康成については、その直前に配布した月報で、寂聴さんが「ノーベル文学賞を受賞した川端康成氏が、源氏の訳に取りかかっていた。私はその原稿の書きかけを京都のホテルの窓際の机上に見ている。」と書いていることを紹介しました。川端康成が実際に『源氏物語』の現代語訳をしていたのかどうかはまだ確証がないとしても、そんな話と『源氏物語』の現代語訳がリンクすれば、と思っての『古都』の話題の提供です。さて、こうしたことがうまく伝わっていたらいいのですが。

 なお、今日もプロジェクターを教室に持ち込み、いろいろと映像を見てもらおうと思いました。しかし、職員室では映写テストに問題がなかったのに、教室では写らなかったのです。これがあるので、常に機器には頼らないように心がけています。何でもありのインドでの、プレゼンテーションにおけるさまざまな体験がこうして活きています。
 生徒が、大きな模造紙を用意してくれました。前回、教室の壁に映したところ、あまりきれいには写らなかったのです。黒板に磁石を使って貼ってくれました。プロジェクターのボタンの調整も手伝ってくれました。積極的に手助けしてもらえるので大助かりです。もっとも、今日はその労に応えることができませんでしたが、その優しさに感謝です。誰かが、「共同作業だ」と言っていました。学校なのでいろいろと状況によりけりだとしても、教え教えられる関係ではなく、可能な限り一緒に勉強する姿勢は伝えたいと思っています。

 昨日来の頭痛は、病院でいただいた薬が効いていたこともあり、授業中も特に問題はありませんでした。神経性頭痛なので、緊張していると痛みは抑えられているようです。帰りに校門を出た頃から、薬が切れたこともあってか少しずつ頭が痛くなりました。6時間の間を置かないと飲めない薬なので、電車の中ではじっとしていました。
 
 
 
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2017年08月05日

日比谷で『源氏物語』「若紫」を読む/第4回

 毎月1回、第1土曜日に、東京・日比谷で『源氏物語』を読んでいます。

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 読んでいると言っても、鎌倉時代に書かれた文字を、字母にこだわって読んでいるのです。決して、物語の中身には立ち入らないようにしています。

 物語の筋には触れないようにしつつも、今日は、珍しく中身にこだわった内容となりました。それは、興味深い異文があったからです。

 当該箇所の本文とその現代語訳は、次のように光源氏が語っているところです。

「橋本本」本文
まだ知らずなん。かたじけなくとも、

現代語訳
「まったく申し上げようもないことです。恐れ入りますが、」

--------------------------------------
「大島本」本文
まだ、さらに聞こえ知らず、ならはぬ事になむ、かたじけなくとも、かかるついでに、

現代語訳
「まったく何とも申し上げようもないくらい経験のないことでして、恐れ入りますが、こうした機会に、」
『新編日本古典文学全集』(小学館)より


 大島本が、言葉を尽くして光源氏を描いている場面です。それに引き換え、橋本本は何ともあっさりしています。

 ここは、次のように17種類の諸本が本文に異同を示しています。

橋本本・・・・050000
 大島本(1)[ 大 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
--------------------------------------
また[橋=大中麦阿陽池御国日穂保伏高天尾]・・・・051706
 いまた[肖]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051707
 さらに[大麦阿陽池御国肖日穂保伏]
しらすなん[橋=中高天尾]・・・・051708
 きこえしらす[大阿池御国肖日保]
 聞えしらす[麦]
 きこゑしらす[陽穂]
 きこえしらす/し〈改頁〉[伏]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051709
 ならはぬ[大麦阿陽池御国肖穂保伏]
 ならはぬ/〈改頁〉[日]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051710
 事になむ[大穂]
 事になん[麦阿陽国保伏]
 ことになむ[池肖]
 ことになん[御日]
かたしけなくとも[橋=大中阿陽池御国肖日保伏高天尾]・・・・051711
 かたしけなく共[麦]
 かたしけなくとも/な〈改頁〉[穂]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051712
 かゝる[大麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=中高天尾]・・・・051713
 ついてに[大麦陽池御日穂伏]
 つゐてに[阿肖保]
 つゐてに/に〈改頁〉[国]


 とにかく、『源氏物語』の本文は2つにしか分かれないことは、今回提示した箇所でも明瞭です。私が、〈青表紙本〉とか〈河内本〉とか〈別本〉という、池田亀鑑伝来の「形態によるモノサシ」で『源氏物語』の本文を3分するのはもうやめませんか、と言っていることが、ここでも明らかになっています。

 それはさておき、なぜこのように、似て非なる本文が伝わっているのか、という問題提起として、今日はこの例を提示しました。お話が大きく変わるものではありません。しかし、本文が書写され、写本が伝承される中で、どうしてこのような違いが生まれたのでしょうか。

 今すぐに結論が出ることではありません。こんなことがあり、しかもいまだに解明されていないことだ、という話題の提示に留めています。言い続けることに意義があるのです。後は、若い方の出番だと思っているからです。

 こうした大島本と橋本本の本文の違いは、ごろごろと出てきます。折々に、異なる文章の違いを、一人でも多くの方々と一緒に読み解いていきたいと思っています。

 今日も、講座が終わってから、有楽町で皆さんと談話会となりました。楽しい集まりなので、毎回が待ち遠しい講座となっています。

 もうすぐ、次の期の本講座の募集が始まります。
 いまはまだ、「今期の情報」(末尾に『源氏物語』の講座紹介)なので、10月からの詳細はもうしばらくお待ち下さい。

 鎌倉時代に書き写された『源氏物語』の写本の文字を読んでみたい方は、どうぞお集まりください。これまで広く読まれて来た、大島本に書き写された本文とは異なる、橋本本『源氏物語』を読んでいます。これまで、この本はまったく読まれて来ませんでした。大島本が語る世界とは異なる『源氏物語』を、少しずつ読んでみませんか? そして、古写本に書き写された文字を翻字する、というスキルを習得してください。
 
 
 
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2017年07月07日

生涯学習講座「『源氏物語』の古写本を読む」のお誘い

 大阪観光大学の図書館の一角を借りて、『源氏物語』の古写本を読み始めました。

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 これは、「熊取ゆうゆう大学」の中で大阪観光大学が展開する[キャリアアップ講座]の一つです。熊取町の生涯学習推進課が広報し、申込窓口は大阪観光大学キャリアセンターとなっています。
 ただし、すでに締め切られているので、参加を希望される方は直接、このブログのコメント欄を利用していただくか、大阪観光大学の庶務課に連絡をしていただければ大丈夫です。

 募集にあたっては、以下の内容を広報誌に寄せました。

[講座名]『源氏物語』の古写本を読む


[講師]伊藤鉄也
[日時](原則)各月 第1・3水曜日、午後3時半〜5時
[登録料]2,000円
[教材]『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(新典社、2016年)
[講座のポイント]
 初心者向けの勉強会です。『源氏物語』の古写本を読む技術の習得と、『源氏物語』の異文の世界を楽しみます。活字による現代の読書体験との違いを実感してください。今回使用するは、講師が編集した教科書です。


 今週5日(水)は、第2回目でした。午後3時半から1時間、橋本本「若紫」を、前回の復習として読みました。鎌倉時代に書き写された古写本を、変体仮名の文字に注意しながら読み進めています。一文字ずつ丁寧に、平仮名の元となった漢字を確認しながら、ゆっくりと読んでいきました。
 次回以降は、次のようなスケジュールとなっています。
 8月2日だけが開始時間が異なります。ご注意ください。

 7月19日(水) 午後3時半から5時まで
 8月 2日(水) 午後1半から3時まで
 9月27日(水) 午後3時半から5時まで
10月11日(水) 午後3時半から5時まで
10月25日(水) 午後3時半から5時まで
11月 8日(水) 午後3時半から5時まで
11月22日(水) 午後3時半から5時まで
12月 6日(水) 午後3時半から5時まで
12月20日(水) 午後3時半から5時まで


 初心者を対象とした社会人講座なので、どなたでも自由に参加できます。人数は特に制限していません。今からでも大丈夫です。
 仮名文字で書かれた『源氏物語』の写本を読んでみたい方は、お気軽にお越しください。
 大阪観光大学までの経路は、以下の大学のホームページで確認してください。

http://www.tourism.ac.jp/concept/access.html
 
 
 

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2017年07月01日

「キャンパスポート大阪」で「源氏物語と大阪」と題する講義をして

 今日から、八坂神社に近い四条河原町は、祇園祭一色になりました。
 通りでは、コンチコチンの音色が降り注いでいます。
 バス停は、ミストシャワーで涼しそうです。

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 今日は、大阪駅前第2ビル4階にある「キャンパスポート大阪」で、「『源氏物語』と大阪」と題する講義をして来ました。
 これは、NPO法人「大学コンソーシアム大阪」が主催する「大学間連携事業」の一つで、その中の「単位互換事業」として実施されているものです。

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 パンフレットの文言を引きます。
大阪の大学の
」が集積する
価値創造拠点


 これに参加している大学は、以下の42大学です。

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 簡単に言うと、他大学の科目を履修した学生に、単位を認定する制度です。この講座を受講して試験に合格すると、自分の大学で修得した単位として認められるのです。
 今日、私が受け持った講座は、大阪観光大学が担当する地域学を中心としたセンター科目「大阪観光学」の中の1講座です。

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 今回の講座の受講生は25名で、大学別に見ると次のようになっています。
大阪市立大学
大阪経済大学
近畿大学
相愛大学
帝塚山学院大学
梅花女子大学


 今日お話したことは、『源氏物語』「澪標」巻の中に語られている、光源氏と明石の君が住吉神社へ参詣するくだりです。大阪に関係する観光地として、住吉にしました。
 最初に、先月下旬に新聞に報じられていた「住吉大社の神輿 関空を行く」という記事を提示して、その意味を考えることにしました。
 以下、『新編全集 源氏物語「澪標」』(小学館)に「その秋、住吉に詣でたまふ。」とある部分より7頁分を見ながら、お話と住吉及び大阪の地のことを確認していきました。
 また、このくだりの背景を知るのに最適な『国文学解釈と鑑賞別冊 源氏物語の鑑賞と基礎知識 No.24 澪標』(日向一雅編、至文堂、平成14年)の中から、「源氏ゆかりの地を訪ねて 住吉明神の霊験」(浅尾広良)を紹介しました。

 配布した資料はA4で32枚分です。
 理工系の学部で勉強する方が半数以上で、文学部に所属している学生さんはおられません。しかも、1時間半という短い持ち時間で1回きりの担当です。興味が湧いた時に確認できるように、と思って、少し詳しめの資料を渡しました。

 いろいろな分野の方に、観光という視点から『源氏物語』を逆照射してもらえたら、という思いでお話をしてきたところです。

 昨日は研究会があったため夜遅くに帰り、今日は午前中の講義だったということもあり、少し疲れました。
 久しぶりに、今日は早めに休むことにします。
 
 
 

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2017年03月16日

橋本本が伝える本文から大島本とは違う表現世界を考える

 日比谷図書文化館で鎌倉期の古写本『源氏物語』を読んで来ました。
 今日で今期の最後です。
 ただし、新年度の5月から毎月1回、基本的には毎週第1土曜日の午後2時半から4時半までの2時間の講座として、新たにスタートします。
 その意味では、こうして夜の日比谷公園に来るのは、これからはないと思われます。記念に、日比谷図書文化館の夜の姿を記録に留めておきます。

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 初夏からの再開でも、一緒に古写本の『源氏物語』が読める機会を大切にして、可能な限り少しでも多く読み進めていきたいと思います。

 今日も、橋本本「若紫」の本文を、字母に注意しながら見ていきました。受講者のみなさまは、もう大分慣れておられるので、後半は異文について考えました。
 例えば、次の本文の異同などはどう考えたらいいのでしょうか。


(1)〈甲類〉と〈乙類〉が見せるおもしろい例
なつかしう[橋=尾中高天尾]・・・・051201
 なつかしふ[陽]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かほりあひたるに[橋=中陽高天]・・・・051202
 かをりあひたるに[尾尾]
 にほひあひたるに[麦阿]
 にほひみちたるに[大池御国肖日穂保伏]

 ここでは、私が〈甲類〉とする橋本本などの諸本が「なつかし」ということばを持つのに対して、大島本などの〈乙類〉にはそのことばがありません。それに続いて、〈甲類〉は「かをりあひたる」とし、〈乙類〉は「にほひみちたる」という違いを見せています。この語句の意味の違いは何なのでしょうか。幅広い視点で解釈をしていくのにいい例です。
 その間でうろうろしているのが、〈甲類〉に属する麦生本と阿里莫本の「にほひあひたる」です。興味深い本文の分別ができるところです。

(2)ことばの異同から語られる内容の違いを見る
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051354
 いかなる[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051355
 人の[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051356
 しわさにか[大中麦阿池御国肖穂保伏]
 しはさにか[陽]
 しわさにか/に〈改頁〉[日]
兵部卿の宮[橋=中]・・・・051357
 兵部卿の宮なむ[大陽池]
 兵ふ卿のみや[尾尾]
 兵部卿宮なん[麦阿御国]
 兵部卿の宮なむ/=紫上ノ父[肖]
 兵部卿の宮なん[日保伏]
 兵部卿宮なむ[穂]
 兵部卿のみや[高]
 兵部卿宮[天]
しのひて[橋=大尾中陽池御国肖日穂伏高天尾]・・・・051358
 忍て[麦]
 忍ひて[阿]
 しのひて/〈改頁〉[保]
かよひつき[橋=尾中高天尾]・・・・051359
 かよひつき/つ[陽]
 かたらひつき[大麦池御国肖日穂保伏]
 かたらひ[阿]

 私の分別では〈乙類〉に属する大島本などは、「いかなる人のしわざにか」と、女房などの手引きを匂わせています。しかし、そのことばを橋本本などの〈甲類〉は伝えていません。
 また、橋本本などの〈甲類〉は「しのびてかよひつき」とし、大島本などの〈乙類〉は「しのびてかたらひつき」とします。この「かよふ」と「かたらふ」という表現の違いに着目して解釈すると、こうした語句レベルの異同の集積が全体の表現にも影響するはずです。
 橋本本などの〈甲類〉の読み込みを、今後はもっと深めて行きたいものです。今までは、大島本だけで『源氏物語』の表現を考えていました。しかも、活字による校訂本文に依ってのものです。しかし、ここに提示している橋本本で物語を考えると、新しい『源氏物語』の読み解きに展開していきます。
 それこそ、次の世代を担う、若手の出番なのです。

 今日は、17丁裏 3行目「多まふ」まで確認しました。
 次回、2017年度の第1回目は5月6日(土)で、17丁裏3行目の「可の・【大納言】八」から始まります。
 
 
 
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2017年03月09日

日比谷の講座受講生の方々と鎌倉期『源氏物語』を実見

 日比谷図書文化館での講座では、国文学研究資料館が所蔵する橋本本「若紫」を、字母に注意して読み進めています。テキストは、『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10)を使っています。

 その講座の受講生の方々に、テキストとして使用している橋本本を、実際に国文学研究資料館で見てもらいました。日頃は、白黒印刷の影印版で読んでいる写本です。その700年前に書かれた原本を、ご自分の目と手で読んでもらうのですから、毎回みなさま方は楽しみにして参加なさっています。
 今日も8名の方がお集まりでした。

 用意したのは、3種類の鎌倉期に書写された『源氏物語』です。

(1)榊原本、16冊(内一冊は室町時代)
(2)橋本本、3冊(1冊は展示中)
(3)「若菜上」、1冊

 一昨年来、何度かこのような実見の機会を設定した関係で、2度目の方も3度目の方もいらっしゃいます。やはり、原本を読む機会を得ると、数百年前に書かれた写本の世界に引きずり込まれます。古写本の魅力に取り憑かれるのは、本当に贅沢なことだと思います。

 今日も2時間半をかけて、説明をしながら見ていただきました。
 この催しは、今回で一応終了となります。
 毎回、拙い説明で恐縮しています。たくさんのご質問をいただき、私もいい勉強をさせていただきました。700年前に書写された『源氏物語』を目の前にして、みなさまと自由にお話ができるのは至福のときです。
 来年度からは、また新たな場所で、魅力的な写本を見ていただく用意をしています。
 本との出会いの旅を、ご一緒に楽しみましょう。
 
 
 

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2017年02月20日

『源氏物語別本集成』の前に進行していた『源氏物語別本大成』

 明日の引っ越しのため、東京の宿舎の荷物を整理しています。
 これまでずっと忘れていた資料が、突然ながら出てきました。

 平成元年(実際の初版は昭和63年)に刊行が始まった『源氏物語別本集成』は、その前には『源氏物語別本大成』として作業が進んでいたのです。

 そのことは、すでに拙著『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)で「『源氏物語別本大成』の発想」(102頁)として、その構想について記した通りです。

 その基本データには、次の写真の右端に写っているように、「品詞」や「異同」という欄があります。特に「異同」の欄には、「部変漢6,7」とか「部欠」などと、本文異同の識別が明記されています。これらは、刊行された『源氏物語別本集成』では採用しなかった付加情報です。

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 次の写真では、昭和60年頃の具体的な版面や作業手順、そして必要な機器などが列記されています。「μCOSMOS」というデータベース用のソフトウェアや、懐かしい金属活字プリンタの名前が確認できます。

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 また、次のメモにも懐かしいハードウェアの名前があります。

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 こんな時代に、こんなことを考えていたということで、当時を回顧する資料として記し留めておきます。
 
 
 

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2017年02月13日

『源氏物語』の池田本と国冬本に関する渋谷氏の問題提起

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(2月11日)」で、以下の報告がありました。


【2月10日(金)】
越野優子『国冬本源氏物語論』と伊藤鉄也「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」を読みながら「源氏物語」の本文研究について考える。文学の根源が言語藝術としての感動にあるならば、別本は通行本文では窺い知ることのできない「源氏物語」の豊かな表現と叙述をもったテキストの一つとして興味深い。通行の定家本原本とその臨模本そしてその系統の最善本である大島本を底本とした校訂本と同じ定家校訂本系統とされる池田本の校訂本と違いのあることは分かるが、なぜ違うのか、そして定家校訂本系統としてどちらがよりすぐれた表現世界をもったテキストなのか、そこが知りたい。


 この「大島本」と「池田本」とに本文の違いがあることについて、なぜそのような違いが生まれたのか、その表現世界の違いは何か、それぞれがどのように読まれてきたのか、などなど、問題は山積しています。この意味を考えることは、『源氏物語』の研究において今後とも重要な研究課題だと言えるでしょう。
 これからの若手研究者が、その新鮮で柔軟な感性によって、この問題に果敢に挑んでいただきたいと思っています。

 渋谷氏の記事にある「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」とは、先月末に私家版として試験的に印刷して配布し始めた冊子を指しています。

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 この池田本「桐壺」の校訂本文を手元に置いて確認したい方は、本ブログのコメント欄を使って、郵便番号・住所・氏名をお知らせください。「桐壺」巻の校訂本文は無料でお渡しするものなので、折り返しお届けする手順(郵送の種別と送料等)をお知らせします。

 なお、この池田本の校訂本文を作成している背景や経緯については、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」をご覧ください。
 
 
 
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2017年02月05日

京都府立京都学・歴彩館で開催された陽明文庫の源氏講座

 昨年末に一部がオープンした京都府立京都学・歴彩館の大ホールで、オープニング事業として「陽明文庫講座」が開催されました。


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 掲げられたテーマは「陽明文庫所蔵『源氏物語』をめぐって」です。
 講演は次の2題でした。


「近衛家の『源氏物語』諸本について」
  名和修(公益財団法人陽明文庫常任理事・文庫長)

「陽明文庫本重要文化財『源氏物語』の読みの楽しみ」
  伊井春樹(大阪大学名誉教授・阪急文化財団理事・館長)


 名和先生は、陽明文庫蔵『源氏物語』10種類を、スライドを使って丁寧に解説してくださいました。
 配布された「近衛家の『源氏物語』諸本について」という資料に掲載されていたリストを、記録として引きます。


《陽明文庫に現存する写本》

@重要文化財・陽明文庫本

 五十四帖・筆者目録ほか
 鎌倉中期写の三十三帖を基幹に、鎌倉後期写本、さらに近世前期補写本を加えた五十四帖からなる。列帖装。縦一五・二〜一六・五糎、横一四・八〜一五・九糎。一面八〜一三行書。表紙中央に巻名を打付書。付属の筆者目録は冷泉為綱(一六六四〜一七二二)の筆跡鑑定書。

A後柏原院他寄合書本

 五十二帖(早蕨・夢浮橋欠)・筆者目録一通
 室町中期写。列帖装。茶褐色表紙。縦一七・○糎、横一七・五糎。表紙中央に打付書外題「きりつほ(巻名)」。一面一〇行書。扉紙右上に各巻筆者の札を押す。花宴巻末に「件本以京極黄門 定家卿 自筆校合畢云々」とある。昭和二十一年九月に二帖欠巻が発見された。

B筆者不明寄合書本

 〈近・82・1〉五十四帖
 室町中期写。袋綴冊子本。浅葱色表紙。表紙中央に白色題簽「きりつほ(巻名)一」(巻序を示す漢数字は後筆)。外題題簽は三条西実隆(一四五五〜一五三七)筆。縦二一・五糎、横一九・○糎。一面九行書。一部の巻末に花押がある。行間の書き入れの一部は、近衛信尹・近衛信尋筆。

C近衛信尹他寄合書本

 五十四帖・筆者目録一通
 慶長元年(一五九六)から同十三年(一六〇八)にかけての写。列帖装。胡粉塗白鼠色雲母刷り波千鳥文表紙。縦二三・七糎、横一七・六糎。表紙中央に白題簽を押し、巻名を墨書。外題は八条宮智仁親王(一五七九〜一六二九)。一面一〇行書。筆者目録の題と巻名は近衛信尹筆。

D近衛尚嗣筆本

 〈近・97・1〉三十三帖(帚木〜若菜上)
 近世前期写。列帖装を装訂する前の仮綴。縦一七・七糎、横一九・六糎。各巻を楮紙で包み、それぞれの書写の開始と終了の年月日を書く。包紙上書と本文は近衛尚嗣筆。

E近衛基凞筆本

 五十四帖・付属文書一帖
 近世前期写。列帖装。縦一八・○糎、横一八・○糎。白茶厚手斐紙に金銀泥で草花等描の表紙。表紙中央に金砂子蒔紋題簽を押し、巻名を墨書。外題、本文は近衛基凞筆。手習巻末の識語から、後西院御本を院近臣の平松時量(一六二七〜一七〇四)が写した本を近衛基凞が転写したとわかる。後西院御本の親本は、三条西家証本(日本大学蔵、岩波古典大系の底本)の転写である後陽成天皇本(宮内庁書陵部蔵)。「源氏物語書写校合日数目録」一冊が付属する。

F伝鷲尾隆量筆本

 五十四帖
 近世前期写。列帖装。縹色表紙。縦二五・○糎、横一八・○糎。表紙中央に金泥紋題簽を押し、巻名を墨書。一面一〇行書。鷲尾隆量(一六〇六〜一六六二)筆とする天保七年(一八三六)初春の古筆了伴極めがある。

G伝宗昏筆本

 五十四帖・系図一帖
 近世前期写。列帖装。薄縹色表紙。縦二三・七糎、横一七・五糎。一面一〇行書。表紙中央に金泥描紋題簽を押し、巻名を墨書。南都連歌師宮村宗昏筆と伝えるが、寄合書。系図巻末に「寛永拾六年(一六三九)己卯 林鐘(六月)仲旬 稲墻休也書之」とある。

H法橋常知筆本

 五十四帖
 近世前期写。列帖装。縦一五・六糎、横一六・三糎。色変わりの無地表紙。表紙中央に淡青色地金泥縞文様題簽を押し、巻名を墨書。一面一〇行書。夢浮橋巻末に「寛文十三年(一六七三)丑三月日 八拾五歳筆法橋常知」と書く。

I伝大炊御門経孝筆本

 五十四帖・系図一帖
 近世前期写。列帖装。縦二二・一糎、横一七・三糎。緑色地網目花菱文鍛子裂表紙。表紙中央に金銀砂子蒔題簽を押し、巻名を墨書。一面一〇行書。大炊御門経孝(一六一三〜一六八二)筆とする天明七年(一七八七)初秋の古筆了意の極めがある。

※このほか、室町中期頃書写の零本(花宴・紅葉賀・松風・夕霧・御法)、慶長年間刊古活字版(五十七冊)、寛永元年(一六三四)刊古活字版(五十四冊)がある。


 古典籍に対する慈しみの思いが溢れた、わかりやすいお話でした。

 休憩を挟んでの伊井先生のお話は、『源氏物語』の本文についての説明の後、大島本と陽明文庫本の本文を引いて読み比べることで、異本・異文を読む楽しみを展開してくださいました。
 陽明文庫本の本文は、登場人物に寄り添って語っており、大島本は客観的な語り口になっている傾向がある、というご指摘です。また、陽明文庫本は詠嘆的な表現が見られ、大島本は情緒的なものを切り捨てているのではないか、ともおっしゃいました。
 いつもの伊井語りが会場を包み込んでいました。

 本日は400人もの人が会場を埋める、大盛会でした。

 陽明文庫の協力を得て、東京大学史料編纂所と京都府との提携により、京都府立京都学・歴彩館で陽明文庫所蔵近衛家伝来資料のデジタルデータの閲覧が今春より順次公開されるそうです。楽しみが増えました。

 空き時間に、名和先生と伊井先生に、今後の『源氏物語』に関する取り組みについてお話をすることができました。詳細は、またあらためてご説明するつもりです。

 閉会後、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で理事をしておられる石田弥寿子さんと、会場でおめにかかった女房語りの山下智子さんを、会場から歩いて8分の我が家にお招きしました。
 私がお気に入りの豆を挽いて淹れたコーヒーと京菓子で、いろいろな楽しいお話をしました。時の経つのも忘れて、なんと2時間も話し込んでしまいました。
 山下さんは、京ことばで『源氏物語』を読んでおられます。来月3月12日(日)の午後2時から、粟田口にある国際交流会館和風別館で「花宴」を語られます。
 今回も私は参加できません。よろしかったら予定に入れてみてください。

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「京ことば 源氏物語 花宴」

 NPO活動のことなどを含めて、今後とも山下さんとは可能であればご一緒にイベント活動をしたいと思っています。実現しましたら、またお知らせします。
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2017年01月22日

岩佐又兵衛の源氏絵を出光美術館で見る

 昨年末に、「洛中洛外図屏風」の現地探訪をしました。
「京洛逍遥(379)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)

 それ以来、岩佐又兵衛が描いた「東京国立博物館所蔵「洛中洛外図屏風(舟木本)」(2016年に国宝指定)」のことが気になっていました。

 ちょうどいい機会なので、出光美術館で開催中の「開館50周年記念 岩佐又兵衛と源氏絵― 〈古典〉への挑戦」(2017年1月8日(日)〜2月5日(日))を見てきました。

 出光美術館のホームページに掲載されている「展示概要」には、次の説明がなされています。これは、展覧会図録の「ごあいさつ」にもあるものです。

 私は、ここに記された、又兵衛が江戸に移ってからの、梗概書の挿絵への影響に興味を持ちました。


2017年は、それまで京都と福井で絵筆をふるっていた又兵衛が、活動の拠点を江戸に移してから380年の記念の年にもあたります。そこで、〈浮世絵の開祖〉とも称された又兵衛の絵画が、江戸の浮世絵師たちにどのような刺激を与えたのかを考えるために、『絵入源氏物語』や『十帖源氏』、菱川師宣(ひしかわもろのぶ ?-1694)が江戸版の挿絵を担当したとされる『おさな源氏』など、歌人・俳人で古典学者の松永貞徳(まつながていとく 1571-1653)の流れをくむ文化人たちが携わり、版行された梗概書(こうがいしょ)(『源氏物語』のダイジェスト)を取り上げつつ、又兵衛との関係を探ります。


 また、同じくホームページには、「第6章 江戸への展開 −又兵衛が浮世絵師に残したもの」で、次のように書いてあります。


京都から福井へ移って20年あまり。60歳を過ぎた又兵衛は、1637年2月、福井を発ち、江戸へと向かいました。又兵衛は生前から〈うきよ又兵衛〉と異名を取ったと伝わり、浮世絵の成立に重要な役割を果たしたと考えられますが、江戸における又兵衛の仕事は浮世絵師たちに何をもたらしたのでしょうか。この章では、歌人・俳人で古典学者の松永貞徳(まつながていとく 1571-1653)の流れをくむ文化人たちが刊行にたずさわった『源氏物語』の梗概書などを手がかりに、江戸の浮世絵師との接点を探ります。


 この章に関して、展示図録の説明を引きます。


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又兵衛工房の実態と所在



 又兵衛の制作活動は、数名の有能な弟子たちによって支えられていたことがほぼ確実である。特に、大きな屏風絵や長い絵巻を手がけるときには、最初の設計図というべき「小下絵」を注文者に見せて許しを得たのちに、関与の度合いはさまざまであったにせよ棟梁の指揮のもとで弟子たちが分担して仕上げる−室町時代末期の元信以来、狩野派の隆盛をもたらした集団制作の手法は、又兵衛にも採用されていたと思われる。
 又兵衛の場合、京都・福井・江戸を遍歴しているだけに、主宰者の移動は工房の消長に大きくかかわる。とはいえ、又兵衛の転居がただちに工房の解散や弟子たちの廃業につながったとは考えにくい。棟梁が去ったあとも工房(絵屋)に留まって経営を続け、又兵衛のスタイルを踏襲しながら絵を描き続けた絵師は少なからずいただろう。たとえば、又兵衛の子・源兵衛勝重、さらにはその子・陽雲以雲は、福井の地で藩の画事をこなしている(戸田浩之「福井と又兵衛」、『岩佐又兵衛全集』、藝華書院、二〇一三年)。同じように、又兵衛は京都にも工房を残して福井へと発ったに違いない。又兵衛による源氏絵の影響を、挿絵入りの版本によって伝えた山本春正と野々口立圃が、いずれも京都の人物であることがそう信じさせる。彼らは、京都在住時代の又兵衛が生み出し、又兵衛の福井移住後も京都で活動を続けた弟子によって描き継がれた象徴的な源氏絵の図様に触れたのだろう(挿図1〜3)。
 端的にいって、又兵衛とその工房作について、表現の微妙な違いを見分け、それを細かく分類すること自体、それほど意味のある作業ではない。個々の作品の相違よりも相似を重視した上で、一目見てそれと分かる特徴的な表現によって画面をまとめ上げる組織の統制の力、そして、又兵衛の新鮮な表現を支持し、強く所望した江戸時代前期の人々の熱量のようなものを正当に評価するべきである。(136頁)


 狩野派や土佐派の源氏絵を見ていただけの私にとって、又兵衛の源氏絵にも注意が向いたことは大きな収穫となりました。しかも、それが江戸時代の梗概書である『絵入源氏物語』・『十帖源氏』・『おさな源氏』などの挿絵にも展開するものだったので、今回の出光美術館の企画はありがたいものとなりました。
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2017年01月19日

日比谷図書文化館で橋本本「若紫」の異文を確認

 夜の日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を変体仮名を確認しながら読み進んでいます。

 今日は、ちょうど大島本が特異な本文を伝えていることで知られる場面からでした。
 以下では、諸本の文異同を見るために、従来の翻字方法で作成した資料をあげます。これは、まだ「変体仮名翻字版」の翻字本文が揃っていないための、暫定的なものです。


日も[橋=中麦阿陽池肖日保高]・・・・050653
 ひも[尾御天]
 日[穂]
 人[大国伏]
いと[橋=尾中麦阿陽池御肖日穂保高天]・・・・050654
 ナシ[大国伏]
なかきに[橋=麦阿陽池御肖日保]・・・・050655
 なかく[尾高天]
 なかう[中穂]
 なくて[大国伏]


 現在一般的に読むことのできる活字の校訂本文は、すべて大島本によるものです。その大島本は、国冬本と伏見天皇本とともに、「人なくて」となっています。それ以外は、「日もいとなかきに」という本文です。
 そうであるのに、大島本に依って作成された『新編全集』(小学館)の本文は、「日もいと長きに」です。同じ大島本を底本とする『新大系』(岩波書店)は、底本通りに「人なくて」です。
 ともに大島本による校訂本文でありながら、その本文が違うのはどういうことなのでしょうか。
 日比谷図書文化館で読んでいる『国文研蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』は、「日もいとなかきに」です。

 この違いを考えるために、室伏信助先生がお書きになった「人なくてつれづれなれば −『源氏物語』の本文と享受−」(『王朝日記物語論叢』笠間書院、2014.10)という文章を配布して、その背景を確認しました。

 『源氏物語』を読むということは、何本を読むということよりも、誰が校訂した本文を読むか、ということに尽きるようです。今自分がどのような校訂本文を読んでいるのか、何も考えずに『新編日本古典文学全集』だけで『源氏物語』を読むことがいかに無謀な読書であるかを、常日ごろから強調しています。
 このことは、この日比谷図書文化館では毎回のように言っていることなので、みなさんすでに承知のことです。しかし、こうして具体的な例で説明すると、実感としてわかっていただけます。

 次に、橋本本の独自異文にも触れました。


おもては/おもて$かほ[橋]・・・・050748
 かほは[大尾麦阿陽御国肖穂保伏高天尾]
 かほを[中]
 かをは[池日]
いと[橋=全]・・・・050749
あかく[橋=大尾麦阿陽池御国肖日穂保伏高天尾]・・・・050750
 あかう[中]
すりあかめて/あかめて$なして[橋]・・・・050751
 すりなして[大尾麦阿陽池御国肖穂保伏高天尾]
 なして[中]
 すりなして/り〈改頁〉[日]


 諸本が「顔はいと赤くすりなして」とあるところを、今読んでいる橋本本だけは「おもてはいと赤くすり赤めて」となっているのです。こうしたところに、橋本本の独自性が見てとれます。

 鎌倉時代には、いろいろな本文が流布していたのです。今と違う本文もいろいろとあったのです。そうした、大島本とは異なる本文を伝える『源氏物語』を読む楽しさを、こうして毎回、「変体仮名翻字版」で読みながら語り伝えています。
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2017年01月11日

源氏物語本文の2分別私案に関する初めての賛同者

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(1月9日)」で、以下の報告がありました。
 私が提唱する2分別私案(〈甲類・乙類〉)について、初めて支持を表明する方が正式に確認できたのです。


「午前中、源氏物語の本文分類について、伊藤鉄也氏が指摘するとおり、河内本群(甲類)と別本・青表紙本群(乙類)に2分類されることを、さる12月24日の豊島秀範科研研究集会における発表者(豊島秀範・太田美知子氏)の「紅葉賀」と「蓬生」の各諸本本文対照資料で確認する。
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e4876085858e

 『源氏物語』の本文は、池田亀鑑が提唱した〈青表紙本・河内本・別本〉という3分類ではないことは、これまでに私は自編著や本ブログなど各所で言及してきました。このことが、今回初めて研究者によって確認されたのです。『源氏物語』の本文研究史において、重要な確認事項だと言えるでしょう。

 昭和13年までに池田亀鑑氏が確認した本文資料をもとにしての〈青表紙本・河内本・別本〉という物語本文の3分類は、あくまでも昭和13年までの資料に限定しての仮説でした(本記事末尾の引用文を参照)。それ以降、多くの『源氏物語』の写本が紹介され、確認されているのですから、『源氏物語』の本文の分別については昭和13年以降の資料も交えて考えるべき問題です。しかし、以来80年もの長きにわたり、この池田亀鑑の3分類を重宝で便利なモノサシとして、解説などに言及されてきました。
 私の手元には、昭和13年以降の本文を翻字した資料やデータが数多くあります。それらを通覧しても、〈青表紙本・河内本・別本〉の3分別ではなくて、〈甲類〉〈乙類〉の2分別にしかなりません。

 『源氏物語』の本文は2つにしか分別できないということに関して、さらに多くの方からの私見に対する確認の報告を楽しみにしています。また、反論も大いにお寄せください。これも楽しみにしています。

 少なくとも『源氏物語』の本文のことを、活字による校訂本文をもとにして発言するのは控えてほしいと思います。さらには、不正確な『源氏物語大成』による本文考察は、問題の性質がまったく異なる方向に展開することになるのですから。
 そして、若手研究者は自身が読む『源氏物語』の本文がどのような経緯で提示されたものであるのかを、充分に確認した上で本文を読み解く心構えが求められる時代になっていくことを知っていただきたいと思います。

 以下、取り急ぎ参考までに、そして確認の意味で、『源氏物語』の本文が2つに分別できることを書いた最近の文章を引用しておきます。
 これは、昨年12月24日(土)に豊島秀範先生が主宰される「第3回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会」で発表した資料からの抜粋です。


■本文の二分別と傍記混入■



 池田亀鑑は『源氏物語』の本文に関して、その形態上の特徴から〈青表紙本・河内本・別本〉の三種類に分類した(『校異源氏物語』昭和一七年)。その物指しが、約八〇年経った今も通行している。朝日古典全書(昭和二一年)が『校異源氏物語』の底本となった大島本をもとにして成ったことは、今も流布本に受けつがれている。このことへの疑問を三〇年以上も抱き続け、『源氏物語別本集成 全一五巻』と『源氏物語別本集成 続 全一五巻』(七巻で中断)を経て、今ようやく新しく池田本で読むためのテキストを提供できるようになった。スローガンとして来た「江戸期の源氏から鎌倉期の源氏へ」が、現実にスタートしたところである。本日配布した『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」』(第1.0版 平成二八年一二月二一日)が、まさにできたばかりの具体的な成果である。
 池田亀鑑は『源氏物語大成』の「校異源氏物語凡例」で、「原稿作成ノ都合上、昭和十三年以後ノ発見ニ係ル諸本ハ割愛シタ。」(五頁)と言っている。このことから、『源氏物語』の本文を〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類できるのは、昭和一三年までに確認された『源氏物語』の本文資料を整理する場合にのみ適用できることだといえる。昭和一三年以降になると、さらに多くの写本が見つかり、さまざまな本文が紹介されている。昭和一三年以前に池田亀鑑が確認した写本だけで『源氏物語』の本文のことを考えるのは、もうやめた方がいい。しかも、池田亀鑑の諸本整理と『校異源氏物語』の作成の背景には、さまざまな恣意がしだいに明らかになってきている。今年は平成二八年なので、八〇年前のモノサシで今の『源氏物語』の本文を考えるのは、とにかく生産的ではない。〈青表紙本・河内本・別本〉という分別が、解説などでいまだに便利に使われている。しかし、これは見当違いなモノサシであり、その視点で『源氏物語』の本文を見ることには大いに問題があると思っている。
 私は、『源氏物語』の本文は諸本間で八割が一致し、異文というべき本文異同は二割の範囲で生じていることを検証してきた。また、物語本文はその内容から〈河内本群〉を中心とした〈甲類〉と、〈いわゆる青表紙本〉を中心とした〈乙類〉の二分別することができる、という私案を提唱してきた(拙著『源氏物語本文の研究』平成一四年、おうふう)。
 『源氏物語』の本文を二分別する試案としての〈甲類・乙類〉を提示したのは、口頭発表では「ハーバード大学所蔵『源氏物語』の本文」(INTERNATIONAL SYMPOSIUM THE ARTIFACT OF LITERATURE(ハーバード大学)、平成二〇年一一月二一日)であり、活字論文では「「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 −「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同−」(横井孝・久下裕利編『源氏物語の新研究』新典社、平成二〇年一一月)が最初であった。それまでは、〈河内本群〉と〈別本群〉という名称をつけていた。
posted by genjiito at 12:08| Comment(0) | ◆源氏物語

2017年01月04日

エスペラント訳『源氏物語』の最新情報を更新

 やましたとしひろ氏が取り組んでおられるエスペラント訳『源氏物語』に関して、以下の最新情報をご本人からいただきました。
 昨年末までに、「若菜上」「若菜下」「幻」の3帖を追補なさったのです。


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 なお、やました氏は本日(2017年1月4日)、「サイデンスティッカー英訳とエス訳比較」と題する記事の冒頭で、次のようにおっしゃっています。


Waleyに較べて、Seidenstickerの英訳がすぐれていると聞いていたので、
たまたま拙訳(エスペラント)と比較してみて驚きました。
サイデンスティッカーは、細かい描写を省略して訳してしまっているではないか!
これでは正しい英訳とは言えないと思います。
日本的な内容が消えてしまっていると感じます。



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 これはまた、興味深い問題点が新たに提示されました。
 今後の展開が楽しみです。
 エスペラントに精通なさっている方からのご意見をお聞きしたいと思います。

 早速、現在鋭意公開中の、ホームページ「海外源氏情報」の中の【『源氏物語』翻訳史】を更新しました。
 この翻訳史に関する情報は、本日までに285件が一覧できるようになっています。
 今回のエスペラント訳『源氏物語』については、その年表の最後に追記したものなので、左上の表示件数を「100件表示」にしてスクロールしていただくか、右上の検索窓に「エスペラント」と入力して確認してください。

 お陰さまで、この【『源氏物語』翻訳史】も、着実に公開件数を増やしています。
 ここで公開している記述内容の補正や追加などにお気付きの方は、「お問い合わせ及びご教示」の通信欄を利用してお知らせいただけると幸いです。


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 みなさまからの変わらぬご理解とご支援を励みに、さらなる成果の公開を続けて行きたいと思います。
 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 19:06| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年12月24日

豊島科研の本文資料に関する研究会の最終回

 豊島秀範先生が主宰なさっている「源氏物語の本文資料に関する共同研究会」は、10年目となる今回が最後となりました。
 会場は、國學院大學120周年記念2号館2103教室です。


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 今日は以下の発表があり、充実した時間が流れました。


河内本の本文の特徴 ―「紅葉賀」を中心に―
     豊島秀範(國學院大學)

『源氏物語』蓬生巻の末摘花像の違いについて
     太田美知子(國學院大學)

三条西家本源氏物語の形成過程に関する一考察
     上野英子(実践女子大学)

大島本『源氏物語』の本文史と註釈史再考
     上原作和(桃源文庫日本学研究所)

明融臨模本の和歌書写様式
     神田久義(田園調布学園大学)

『源氏釈』古筆切拾遺
     田坂憲二(慶應義塾大学)

本文と外部徴表の相関性
     中村一夫(国士舘大学)

国文研 蔵橋本本「絵合」「松風」「藤袴」について
     伊藤鉄也(国文学研究資料館)


 今回の発表は、これまでにも増して充実したものでした。
 贅沢な時間の中に身を置き、『源氏物語』の本文に関して貴重な時間を研究仲間と共有することができました。
 現在、このような研究会はどこにもありません。これからどうしたらいいのか、ということを思いながら聴き入っていました。

 この日の研究会を通して感じたことで、個人的な思いを記しておきます。
 あまり意義深いことばかりを語っていても、前進がないと思うからです。

 今日の発表や質問でも、〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という言葉がごく普通に交わされていました。これに私は、違和感をもっています。
 10年にわたるこの研究会で、私は池田亀鑑の3分類案を見直し、それを崩した上で、新たな分別試案を構築しようと思っていました。今日もそのことを話題にしました。しかし、それは叶いませんでした。
 私が提示している2分別案には、今日も渋谷栄一氏をはじめとして、その主旨には賛同してもらえました。それでも、その議論は深まってはいません。これは、またの機会に、ということにします。

 私の立場からは、翻字において変体仮名を導入する提案をしたのが、本研究会で新たに投げかけた唯一のものでした。
 それに加えて、今日は池田本「桐壺」巻の校訂本文を配布し、作製にあたっての背景や予想される今後の研究環境のことを語りました。意見や情報の収集のためです。この取り組みは、理解が得られたと思っています。

 いずれにしても、この研究会が10年の長きにわたり、『源氏物語』の本文研究の問題提起の場となったことは特筆すべきことです。
 そして、この課題をどのように次へとつなげていくのかが、新たに取り組むべき問題となりました。

 メンバーのみなさんは、各々の職場で中心的な存在であり、これまでのようにはなかなか集まれない状況にあります。
 何とかしたい、との思いを抱きながらも、私は所用があるために懇親会は遠慮して新幹線へと急ぎました。

 一つの研究会が幕を閉じました。
 思い残すことはたくさんあります。しかし、充実感はあります。
 再起を期して、またこうした集まりを立ち上げられるように、今後ともみんなで相談したいと思います。

 今回の研究会の最後に、私が閉会の挨拶をするように、という豊島先生からの指示がありました。時間が圧していたこともあり、豊島先生の下支えをして来られたお手伝いのみなさまの労力に、感謝の気持ちを伝えました。
 そして、とりまとめをしてくださった豊島先生には、みなさんにお願いして拍手で感謝の気持ちを伝えることにしました。
 豊島先生、ありがとうございました。
posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年12月21日

総研大・日本文学研究専攻の最終講義を終えて

 最終講義と言われても、実感のないままに日頃から思っていることを資料を使って1時間お話しました。


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 あらかじめ用意していた講義用のレジメの冒頭には、次のように記しました。


 私が約三五年間にわたって研究してきたことを振り返り、問題意識を確認し、最近の研究課題としていることや今後の展開について述べたい。
 さらには、研究の基本としている『源氏物語』の本文の諸相に関連して、現在取り組んでいる国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』を取り上げ、今後の見通しを提示できれば、と思っている。
 池田亀鑑は『源氏物語』の本文に関して、その形態上の特徴から〈青表紙本・河内本・別本〉の三種類に分類した(『校異源氏物語』昭和一七年)。その物指しが、約八〇年経った今も通行している。朝日古典全書(昭和二一年)が『校異源氏物語』の底本となった大島本をもとにして成ったことは、今も流布本に受けつがれている。
 このことへの疑問を三〇年以上も抱き続け、『源氏物語別本集成 全一五巻』と『源氏物語別本集成 続 全一五巻』(七巻で中断)を経て、今ようやく新しく池田本で読むためのテキストを試作版として提供できるようになった。
 スローガンとしてきた「江戸期の源氏から鎌倉期の源氏へ」が、現実にスタートしたところである。本日配布した『池田本『源氏物語』「桐壺」校訂本文』が、まさにできたばかりの具体的な成果である。


 私の中では、今日は『源氏物語』の本文の研究史において、記念すべき日となりました。大島本に代わる校訂本文として、池田本の姿を初めて見てもらうことができたからです。
 まだまだ試作版であり、私家版であり、実験材料です。『源氏物語』を読むための、ささやかな資料の1つにしかすぎません。しかし、試案としての物語本文が、実際に検討材料として、見て確認してもらえるテキストとして手に取ってもらえたのです。

 今日が今後の始発点となったことは、私にとっても得難い機会に身を置くこととなりました。

 今日の会場は、『源氏物語』を専門とする研究者ばかりの場ではありません。しかし、文学の研究に身を置く研究者の方々にその意義をお話しできたことは、『源氏物語』が置かれている物語本文の現状を理解していただく、貴重な時間を共有できたことでもあり、ありがたいことでした。

 これまで自分が取り組んできた研究をあらためて振り返る機会となり、私にとって一区切りとなる意義深い日となりました。

 ご清聴いただいたみなさま、ありがとうございました。
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年12月15日

日比谷で従一位麗子本のことを話す

 ロシアからプーチン大統領が来日中です。今日は山口、明日は東京ということで、今夜の霞ヶ関周辺は厳重な警戒態勢となっていました。

 丸ノ内線の霞が関駅から地上に上がると、警察車両の隙間から、東京タワーが見えました。いつもと違う緊迫した雰囲気だと、こんな光景にも目が留まります。


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 日比谷図書文化館で鎌倉時代の源氏写本を読む中で、従一位麗子本のことが話題になりました。
 満州でその写本が消えていることや、その本文が特異なものであったと思われることなど、北小路健氏の『古文書の面白さ』(新潮選書、昭和59年、新潮社)を紹介しながら話しました。終戦後、長春にロシア兵が侵入してきた時に、持っていた古写本を古本屋に渡したという記事なども確認しました。

 また、私もその本を探し求めて長春を歩き回ったことも、お話しました。
 参考までに、私のブログを引きます。ご笑覧いただければと思います。

■従一位麗子本と満州のブログ記事 2種類

「中国にあるか?『源氏物語』の古写本」(2008/2/14)

「【復元】母子の絆の不可思議さ」(2010/4/29)

 本を求めての旅は、終わることがありません。
 橋本本「若紫」を読んでいると、諸本との本文の異同が多彩なので、話が尽きません。

 来週、この話を2箇所でしますので、詳細は後日まとめます。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年12月14日

豊島科研の研究会で『池田本「桐壺」校訂本文』を配布します

 歳の瀬の押し詰まったクリスマスイブに、豊島秀範先生が進めておられる科研の研究会が開催されます。


 科学研究費補助金「基盤研究C」︰研究代表者 豊島秀範
[源氏物語の新たな本文関係資料の整理とデータ化及び新提言に向けての共同研究]

第3回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会




 これは、10年前にスタートした〔基盤研究A〕の時から数えて、通算23回目の研究会です。
 そして、今回が最後の研究会となります。


日時:2016年12月24日(土)13:00〜18:00
場所:國學院大學120周年記念2号館1階 2103教室


 プログラムは下記の通りです。
 『源氏物語』の本文を取り上げる多彩な発表が並んでいます。
 興味と関心のある方は、どうぞご参加ください。

 なお、私はこの場で、できたばかりの冊子『池田本「桐壺」校訂本文』(第1版)を配布する予定です。
 この冊子については、「池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)」(2016年11月27日)で報告した通りの、大島本にかわる『源氏物語』のテキストです。
 クリスマスプレゼントとしてお持ち帰りいただき、後日感想やアドバイスをいただけると幸いです。

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河内本の本文の特徴 ―「紅葉賀」を中心に―
     豊島秀範(國學院大學)

『源氏物語』蓬生巻の末摘花像の違いについて ―一四の伝本から―
     太田美知子(國學院大學)

三条西家本源氏物語の形成過程に関する一考察
     上野英子(実践女子大学)

大島本『源氏物語』の本文史と註釈史再考
     上原作和(桃源文庫日本学研究所)

明融臨模本の和歌書写様式
     神田久義(田園調布学園大学)

『源氏釈』古筆切拾遺
     田坂憲二(慶應義塾大学)

本文と外部徴表の相関性
     中村一夫(国士舘大学)

国文研 蔵橋本本「絵合」「松風」「藤袴」について
     伊藤鉄也(国文学研究資料館)


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posted by genjiito at 20:40| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年12月01日

日比谷で橋本本を読む前に伊井先生の新著を紹介し大島本と池田本に及ぶ

 日比谷図書文化館で、橋本本「若紫」を読み進めています。

 今夜は、伊井春樹先生が最近出版なさった『大沢本源氏物語の伝来と本文の読みの世界』(おうふう、2016年10月10日)の第一章に置かれた、「5 大島本の本文の性格」の節を取り上げて、長く流布本として不動の地位を獲得している大島本が抱える問題点を確認しました。


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 現在、『源氏物語』を読む時には、大島本が基準本文として広く読まれています。そのことの問題を、伊井先生は独自の視点で批判的に提示しておられます。

 そこで、今日はまず、私が先日、本ブログに書いた「池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)」(2016年11月27日)を確認した後、伊井先生の文章を紹介しました。これが実は、私が提案しようとしている池田本の意義を支援してくださる内容となっているのです。

 今回私が読み上げた箇所を引用し、先生のお考えを確認しておきます。


 飛鳥井雅康が依拠したのが定家筆本であったとすれば、杜撰な態度でない限りもっとも信頼し得る青表紙本が出現していたはずである。それを後人が本文を正そうと、他の青表紙本を用いて次々と塗抹とか別の本文の書き込みをしていき、手が加えられるにともない正統な本文に変貌していったというのは、にわかに信じがたい。大体、室町から江戸期にかけて流布した青表紙本の存在そのものに信頼性が薄く、しかも同一伝本だけを用いての校訂というのであればまだしも、次々と江戸中期にいたるまで青表紙本と称される本文で校合されたとなると、大島本はもはや各本を吸収して成り立った不純な存在といえなくもない。(35頁)
 
 今日の大島本の本文は定家本に依拠しており、しかも後世の校訂によってさらに青表紙本の特色を持つにいたるとともに、定家本の親本は俊成本であり、さかのぼると藤原行成、紫式部の原本に近いとも評価されるが、それは幻想でしかない。
 繰り返すように、定家は一本だけを用いて本文作りをしたわけではなく、多くの本文から取捨選択して架蔵本を作成したのであり、しかも書写するたびに依拠本は異なりを示していた。定家本が周防国に流れ、飛鳥井雅康が書写し、後に大島本と称されるようになったにしても、この系譜にはかなり危なっかしさを覚える。それはすべて捨象しても、大島本になされた室町から江戸期にかけての無数の本文訂正の痕跡は、別に存在した純正な青表紙本を用いて幾度も確認しながらなされたわけでもない。当時流布した青表紙本と称される本文との違いを見て、思い思いに識者が所持本で書き込み、人々の手に渡っていった結果にしかすぎない。(36頁)
 
 大島本は手が加えられたことにより、共通する青表紙本の諸本からはかえって離れてし(ママ)った例は多く、一見洗練された表現が出現したとはいえ、内実は河内本や別本を取り込んでいるだけに、定家本という評価とは相いれないのではないかと思う。(42頁)
 
 純正な青表紙本を求めながら、現実には河内本の本文を読む結果になってしまったというほかはない。(42頁)
 
 「定家本」と書いてありながら無視し、行間に傍記とか削除した結果をそのまま採用してできあがっているのが「源氏物語大成」の本文であり、それを現在のテキストを含む注釈書でも、注記することなく継承して利用しているというのが実態である。統一をとるのは困難をともなうとはいえ、現状の大島本の底本のままでは誤脱、誤写があり、数次にわたる後人の訂正を無批判に採用して本文を確定してよいものかどうか、さまざまな問題が派生するのは確かであろう。
 大島本にはすでに指摘してきたように、削除、補入等によって本文の訂正をするとともに、行間には多数の語釈もなされる。当然のことながら語釈は採用しないのだが、右の「定家本」に「波」とわざわざ指摘しながら用いないのは、語釈と同一の注記と判断してのことであろうか。(43頁)
 
 もうこれ以上例を示すまでもなく、雅康が書写に用いたのは定家本ではあり得なく、また江戸中期まで数次にわたる書き入れや抹消などに用いられたのも、素性のよい本文ではなかった。そのために大島本は青表紙群からは孤立した独自異文を持つにいたるとか、逆に河内本に書き改められ、それを採用するという現象も生じてしまう。雅康が書写した当初の、いわゆる訂正される以前のうぶな姿を復元したところで、それが標準的なテキストとしては成り立たないだけに、複雑な抹消や書き入れの痕跡はより正しい青表紙本作りのためになされたと評価し、一部には不都合な校訂は無視しているとはいえ、方針としては大半を取り入れての本文作りをしていったのが「大成本」や「新大系」の成果である。ただそれではあまりにも不審が多いこともあり、過去の注釈書類は、大島本に依拠しながらも一部の巻は他の伝本を採用するという妥協策もとってきた。最有力の伝本が出現しない今日にあっては、大島本が定家本の流れを継承していると信じ、書き入れも取り込んで新たに作り出した本文は、結果として混態本になってしまっている、というのがいつわらざるところであろう。
 中世から伝統として育まれて来た定家崇拝の呪縛からいまだに抜け出ることができず、紫式部の原典というよりも、時代とともに変貌して来た本文を読んでいるのが実情かもしれない。それと、『源氏物語』はこうあるべきだとの観念が形成され、理想とする定家本を継承しているという共同幻想にとらわれ過ぎているのではないだろうか。このようなことを述べると、本文作りは絶望的になってしまうが、私としてはあまりにも大島本への偏重過多に陥ってはいけないという自戒を込めての言であることを諒とされたい。
 今日では大島本で『源氏物語』を読むのが当然視され、それ以外の伝本は排斥されて読む機会すらなくなりつつある。しかもそれは活字にするために校訂を経て生まれた新しい本文であることを忘れ、そこから語彙や文章表現を分析し、微妙なことばづかいに触れながら作品論にまで及ぶとなると、大勢としては仕方がないとはいえ、研究の世界からすると違和感を覚えてしまう。個人的には大島本が今日では最善本というのは理解できるにしても、その底本は書き入れを含めてまだ十全に読めていないのではないか、他の伝本も徹底的に読む必要があるのではないかとも思量する。かなり早くから本文研究は終息したように思われてきた嫌いがありはするが、とりあわせ本であってもそれなりに読まれてきた歴史的な意義を持ち、河内本であろうが、別本とされようが、一つ一つに精緻に向き合うことが、今後の長期にわたる『源氏物語』の研究には資するはずである。そのような思いから、以下大沢本と称された本文を、伝来してきた姿とともに考察しようとするのが本書の目的でもある。(45〜46頁)
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2016年11月27日

池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)

 池田本の校訂本文がほぼできあがり、当初の予定では、インドへ旅立つ前に関係者に配布する予定でした。


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 しかし、大島本で擦り消されている箇所に関して、カメラ付きの拡大装置を使った調査の成果が、出来上がっていた池田本校訂本文に盛り込まれていないことがわかりました。

 藤本孝一先生のご指導を受けながら、岡嶌偉久子さんなどと一緒に京都市文化博物館の地下の一室で大島本の精細な調査をしたのは、2007年から2年間でした。「桐壺」巻は2007年10月27日と2008年7月12日だったことが、手元の記録に残っています。

 その時の調査結果が、今回の池田本の校訂本文の注記に、まったく反映していないことがわかったのです。
 そこで今日、最後の確認と補訂を、立命館大学の須藤圭君と一緒に、京都で4時間半をかけて行ないました。

 大島本の傍記で削り取られた異文注記に、あの幻の写本とされる従一位麗子本が伝える本文が新たに確認できたことは、今日の補訂作業での一番の収穫です。

 また、大島本で削り取られた傍記には、池田本の異文注記と思われるものも含まれていることなどが確認できました。池田本の校訂本文を作成する過程で、その注記に大島本の書写様態を記述することにした副産物は、予想外に大きなものであることがわかったのです。これまで確認されていなかった大島本の削除箇所の本文が、精査した時の資料を再確認する中でいくつも追補することができたことは、編者にとっても僥倖でした。

 その詳細は、共同編集者である須藤君に、「池田本校訂本文レポート〈1〉〜〈?〉(須藤)」として連載でまとめてもらうことになりました。私の元に届き次第、本ブログに掲載しますので、楽しみにお待ちください。

 今回の新しい池田本の校訂本文は、「江戸の源氏から鎌倉の源氏へ」というスローガンで推進しているものです。
 いつ終わるとも知れない、気の遠くなるプロジェクトです。ご意見をいただくことで、より使い勝手の良い校訂本文に仕上げていくつもりです。ご支援のほどを、よろしくお願いします。

 岡山を発つ時に小降りだった雨が、京都では本降りとなっていました。雨と一緒に京都入りです。

 今日も大仕事を終えました。
 ぐっすりと眠れそうです。
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年11月26日

岡山の就実大学で「世界中の33言語で読める源氏物語」という話をしました

 岡山の就実大学<表現文化学会>の2016年度公開学術講演会に呼ばれて、海外の『源氏物語』の翻訳状況についてお話してきました。

 大学はきれいで、特にパリのルーブル美術館にあるガラスのピラミッドを模したオブジェが、一際注意を惹きました。下には食堂があるそうです。
 (以下の3枚は帰りに撮ったものです。)


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 さて、今回のテーマの話だけでは印象に残らないと思い、私の翻訳本コレクションから私の手元にしかないと思われる本を中心に31冊を選書して、会場に持参しました。
 終わってから、学生さんを始めとする参会者のみなさまに、実際に翻訳本の現物を触っていただきました。中身がわからなくても、表紙の絵柄や、本の手触りを実感していただくことができたと思います。

 私の話はともかく、一生触ることのない本を通して、異国の地でそれが読まれていることを想像するだけでも、心が世界に拡がるはずです。そして、日本で育った文化の結晶としての『源氏物語』が持つ意義に思いをいたしてもらえたら、それだけで私の役目を果たしたことになります。それが、国際交流の原点となるはずです。

 誇れるものを持つ文化に対する理解を、これを機会に深めてもらえるという感触を、本日の会場みなさまの表情から感じとることができました。
 お集まりのみなさま方が、興味と好奇の心をもって、私の拙い、とりとめもない話を聴いてくださったことに感謝しています。

 今回配布したプリントの冒頭に、次の文章を掲げました。


 『源氏物語』は、33種類の言語で翻訳されています(2016年11月26日現在)。
 本日は、その翻訳本の表紙と中身および収集の来歴を紹介し、そこから見えてくる今後の新しい研究テーマをお話ししたいと思います。
 私がこれまでに確認し、収集した『源氏物語』の翻訳本は、次の通りです。

【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
アッサム語・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語・英語・エスペラント・オランダ語・オディア語・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャービー語・ヒンディー語・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤーラム語・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語

■インドで翻訳を進めている10言語■
【アッサム語・ウルドゥー語・オディア語・タミール語・テルグ 語・パンジャービー語・
 ベンガル語・ヒンディー語・マラーティー語・マラヤーラム語】(カンナダ語)
  (インドの言語は約870種類以上、連邦憲法では22の指定言語、紙幣には17言語)

 本日はこの中から、翻訳本『源氏物語』の表紙デザインの多彩さを楽しんでいただける31冊を選書して持参しました。


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 また、最新の翻訳情報をA4版で26ページ分にまとめ、長く手元に置いていただける資料集を配布しました。
 (1)「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
 (2)「就実大学での展示一覧」
 (3)「源氏物語翻訳史年表」
 いつか、何かの折にでも、そういえば『源氏物語』の翻訳が、と思われた時に参考になる、情報満載のプリントにしたつもりです。
 この資料集のデータは、「海外源氏情報」(http://genjiito.org)で公開しているものを中心に編集しました。いつか、何かのお役に立てば幸いです。

 この配布物のうち、(2)「就実大学での展示一覧」は、今回のために選書した翻訳本のリストなので、記録としてその一部の情報を以下に引いておきます。


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アッサム語
Atul chandra Hszarika
(アトゥール・チャンドラ・ハジャリカ)
Genjikonvarar Sadhu
Sahitya Akademi
2005
青地にサヒタヤ・アカデミーのマークがついている。
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アラビア語
Ahmed Mosta FATHY
(アハマド・モスタファ•ファテヒ)
Syrẗ ạlạmyr gẖynjy
(源氏王子の物語)
メリット出版社
2004
アラビア語と日本語の文字
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イタリア語
Adriana Motti
(アドリアナ・モッティ)
STORIA DI GENJI
Giulio Einaudi editore
2006
三代歌川豊国の「風流げんじ須磨」
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イタリア語
Maria Tresa Orsi
(マリア・テレサ・オルシ)
LA STORIA DI GENJI
Giulio Einaudi editore
2012
表紙と箱は国宝『源氏物語絵巻』「鈴虫」・「関屋」巻を、山口伊太郎氏が西陣織にしたもの。作品名は『源氏物語錦織絵巻』作者は山口伊太郎氏。同氏の遺作。
--------------------------------------
英語
Arthur Waley
THE TALE OF GENJI
George. Allen & Unwin
1935
表紙は赤い地に、金字で『源氏物語』と書いてある。背表紙も金字。
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英語
Dennis Washburn
The Tale of Genji
W W Norton & Co Inc
2015
五島美術館所蔵 国宝 『源氏物語絵巻』 39帖「夕霧」(刺繍)で、夕霧の手紙をとろうとする雲居雁
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英語
Edward G. Seindensticker
THE TALE OF GENJI
Charles E.Tuttle Company
1979
(3版)
表紙と外箱は、円山応挙『藤花図』(重文・根津美術館蔵、1776年)
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英語
Royall Tyler
THE TALE OF GENJI
Penguin Books
2001
外箱の表は舞楽図『五常楽』裏は右を向いた女性、本の表紙は赤い地に絵巻を参考にした人の顔の輪郭を黒い線で描いている。1巻は男性で、2巻は横向きの女性である。
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英語
末松謙澄
GENJI MONOGATARI
丸屋
(現:丸善)
1894
赤地に金色で源氏香の図が描かれている。薄い紙のカバーがかかっている。
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オランダ語
Jos Vos
(ヨス・フォス)
Het verhaal van Genji
Athenaeum
2013
バーク・コレクションのひとつ、1巻は土佐光起筆『源氏物語画帖』「花宴」
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クロアチア語
Nikica Petrak
(ニキツァ・ペトラク)
Pripovijest o Genjiju
Naklada Ljevak
2004
『源氏物語絵巻』「鈴虫」巻(二)。夕霧が笛を吹いている場面。
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スペイン語(ペルー版)
HIROKO IZUMI SIMONO
(下野泉)•IVAN AUGUSTO PINTO ROMAN
(イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン)
EL RELATO DE GENJI
ペルー日系人協会(APJ)
2013
國學院大學蔵「久我家嫁入本『源氏物語』初音」巻
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スロヴェニア語
Silvester SKERL
(シルベスター・スカル)
PRINC IN DVORNE GOSPE
Državna založba
1968
浮世絵(女性の絵)
--------------------------------------
タイ語
あさきゆめみし
1980
『あさきゆめみし』
--------------------------------------
タミル語
K.Appadurai
(アッパドライ)
Genji Katai
Sahitya Akademi
2002(新版)
金閣寺の前で近世風の男女が並んでいる絵
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中国語
康景成
(kāng jǐng chéng)
源氏物語
陕西师范大学出版社
2012
徳川美術館蔵『源氏物語絵巻』「柏木三」(復元図)で、光源氏が生まれたばかりの薫を抱いている場面。
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中国語
林文月
( LIN Wen Yueh)
源氏物語
訳林出版社
2011
全3冊共に薄い紫色
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ドイツ語
Herbert E. Herlitschka
(ヘルベルト・E・ヘルリチュカ)
DIE GECHICHTE VOM PRINZEN GENJI
Insel Veriag
1995
江戸時代の役者絵
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ハンガリー語
Horvàth Làszlo
(ホルバート・ラースロー)
Gebdzsi szerelmei
Európa Könyvkiadó
2009
1巻の表紙はインディアナ大学美術館蔵『源氏物語図屏風』「若紫」、2巻はフリーア美術館蔵の土佐光吉筆『若菜・帚木図屏風』のうち「若菜上」、3巻は京都国立博物館蔵の伝・土佐光元筆『源氏物語図』「蜻蛉」。
--------------------------------------
ハングル
전욤신
(田溶新•チョン•ヨン•ハク)
겐지이야기
(源氏物語)
ZMANZ社
2008
表紙は植村佳菜子画・伊藤鉄也所蔵の源氏絵を無断で改変。
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パンジャービー語
Jagjit Singh Ahand
(ジャジット・シン・アナンド)
Genji dī Kahānī
Sahitya Akademi
2001
一楽亭栄水作『美人五節句・扇屋内さかき わかは』を加工したもの。
--------------------------------------
ヒンディ−語
Chavinath Pandey
(C.パンディ)
Genji dī Kahānī
Sahitya Akademi
2000
『枕草子絵詞』第一段で中宮定子と対面する、妹の藤原原子(淑景舎)の姿をモデルに加工したもの。
--------------------------------------
フランス語
YAMATA KIKOU
(山田菊)
LE ROMAN DE GENJI
PLON
1952
文字のみ
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ポルトガル語
(1巻)Lígia Malheiro(リヒア・マリェイロ)
(2巻)Elisabete Calha REIA(エリザベート・カーリ・レイア)"
O Romance de Genji
Exodus
2007
立松脩氏デザインの首飾りをしている黒髪の女性の絵
--------------------------------------
ポルトガル語
Carlos Correia Monteiro de Oliveira
(カルロス・コレイア・モンテイロ・デ・オリベイラ)
O ROMANCE DO GENJI
Relogio D'agua
2008
1巻の表紙は、月岡芳年『月百姿』のうち『忍岡月 玉淵斎』(1889年)、2巻はハーバード大学美術館蔵の土佐光信筆『源氏物語画帖』「椎本」巻を題材に、どちらもカルロス・セザールがデザインしたものである。
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マラヤラム語
P.K.Eapan
(イッパン)
Genjiyude Katha
Sahitya Akademi
2008
国際聚像館(広島県福山市の坂本デニム株式会社が創設した美術館)が所蔵する、『源氏物語挿絵貼屏風』(六曲一双)「初音」巻と類似した絵
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モンゴル語
ジャルガルサイハン•オチルフー
ГЭНЖИЙН ТУУЛЬС 
ADMON
2009
石山寺蔵 狩野孝信筆『紫式部図』(部分)
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 さて、お話した内容は、多岐にわたるものだったので、それは省略します。
 これまでに海外で出会った『源氏物語』とのエピソードを中心にしました。

 いろいろな体験談を含めてお話した中で、一番興味をもっていただけたのは、イタリアの本屋で「ゲンジモノガタリプリーズ」と言ってイタリア語訳『源氏物語』を手に入れたことだったように思います。
 これは、私のブログの、「ヴェネツィアから(7)イタリア本」(2008/9/14)に書いたことなので、ご笑覧いただければと思います。

 ないはずのウルドゥ語訳『源氏物語』があったこと、しかもそれが偶然に見つかった話にも興味を示されたようです。これも、次の記事を書いています。
 「ウルドゥー語訳『源氏物語』をインドで発見」(2009/3/5)
 「「ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見」((2016/2/19)
 先年刊行されたオランダ語訳『源氏物語』の、ネット上での本の分類が「horror」(ホラー・恐怖)となっていることは、後で学生さんからの質問にも出たので、意外だったようです。

 『源氏物語』の翻訳本を「訳し戻し」することによって、日本文化が海外にどのように伝わっているのかをみんなで考えよう、というテーマは、これからの若い方々を意識して話題を提供しました。
 「各国語翻訳を日本語に一元化したものを通して、日本文化が変容して伝えられていく諸相と実態を確認し、研究者等との共同研究で考察していきませんか。」という趣旨の、コラボレーションを基にした提案です。

 さて、こうした物の見方が、若い方々にどのように伝わったのか、気になるところです。

 その後の別室での自由討論も、先生方のお人柄も感じられて、温かい雰囲気の中で話が盛り上がりました。
 さらにそれは、外に出ての懇親会でも引き続き楽しい話題が飛び交うこととなりました。
 久しぶりに、こんなに和やかで楽しい会に参加させていただきました。若い先生方のお考えもたくさん伺えたので、すばらしい情報交換となりました。そして、私と同世代の方々とは、若き日々の懐かしいテレビ等の話題で、若返った気持ちになりました。

 今回の仕掛け人は、大学時代に同級生だった岡部由文君です。
 その縁で、就実大学の先生方と気持ちを通わせる機会をいただけました。
 みなさまに、あらためて感謝しています。

 散会した頃には、小雨が降り出していました。

 岡山駅前のホテルに入ったところ、サイドテーブルに『古事記』の現代語訳(竹田恒泰訳、竹田研究財団古事記普及委員会、平成24年1月)が、お決まりの聖書と並んで置いてありました。


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 その巻頭に、次の言葉が印刷されています。


「古事記を全国のホテルに置こう!」プロジェクトについて



本書は『古事記』完成千三百年にあたり、古事記普及委員会が立案した古事記普及事業に基づいて行われた「古事記を全国のホテルに置こう!」プロジェクトにより、ホテル等に無償にて配布されたものです。このプロジェクトは日本の将来を憂う全国の有志の募金によってまかなわれています。プロジェクトへの支援をご希望なさる方は、巻末に記載した「発行所」の古事記普及委員会へご連絡ください。(6頁)


 こうした本を始めて見たので、非常に興味を持ちました。
 これがありなら、日本人のみならず、海外からお越しの方々にも日本の文化理解に資するものとして、『源氏物語』の現代語訳もありでしょう。
 きっと、日本を知っていただくのに、お役に立つはずです。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の議題にしてみましょう。

 そんなことを思いながら、岡山の一夜を満喫しています。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年11月22日

忘れていた「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」のこと

 いつしか読めなくなっていた、国文学研究資料館のサイトから公開していた私のホームページ旧〈源氏物語電子資料館〉を、本年4月に再構築してもらい、再スタートしました。
 そのことは、「読めなくなっていたホームページを再建」(2016年04月26日)という記事にまとめ、復活させたことを報告しました。

 しかし、そのことをすっかり忘れてしまい、ブログのサイドバーなどからもリンクが途切れたままになっていました。

 問い合わせを受けても、再建していたにも関わらず、「科研の報告書」や「源氏絵」の公開情報は壊れたままです、と答えていました。

 今日、この「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」が復活していることを指摘され、慌てて確認しました。
 私の科研で補佐員として支援していただいている加々良さんの尽力で、『源氏物語』の貴重なデータが多いこのホームページを、現在のメインサイトとしている「さくらネット」の中に生き返らせていただいていたのです。
 それを忘れていたとは、まったくお恥ずかしい限りです。ずっと、何とか蘇らせなくては、と思っていたのですから。

 本日、本ブログの右側にあるサイドバーの後半にある「↓関連ホームページ↓」に、この「★国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」を追記しました。ご確認ください。
 スマホ用の表示画面の末尾は、まだ未調整のままです。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページと名前が紛らわしいので、「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」は今後は整理する方向で考えています。

 なお、もう一つの私のメイン・ホームページだった「大和まほろば発〈へぐり通信〉」は、まだ壊れたままで放置しています。これも、年内に再建したいと思っています。

 いずれも、1995年9月からスタートした、いろいろな意味での記念碑的なホームページだという、身に余る評価をいただいているものです。

 バタバタするばかりの日々の中で、すっぽりと抜け落ちた部分が自分の中にあったことを、あらためて知ることとなりました。

 前ばかり見て進んでいる私の生活の中で、こうした過去のものも大切に維持管理して、守り続けることにも心がけるように、との思いを、この件を契機に強くしているところです。
posted by genjiito at 22:46| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年11月16日

多言語翻訳について白熱した議論が展開した研究集会の2日目

 研究集会2日目の朝、宿舎の前に拡がるマーケットのATMには、こんな掲示がなされていました。


161112_atm




 インドの高額紙幣はもとより、インドルピーという現金は、当分手に入りそうにありません。
 今日も、お金の心配をしながらの1日となりそうです。

 国際交流基金へ行くために宿にしているお寺の前に出たところ、右隣の銀行は長蛇の列でした。今日は、銀行が開いているようです。しかし、いつ順番が回ってくるのかわからない、気の遠くなるような行列となっているのです。


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 お寺の左側にも銀行があり、そこの様子はさらに大混乱です。しかし、不思議と暴動にはならず、みなさんルールを守って順番を待っておられます。理知的なインドの人々の姿を見た思いです。


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 さて、昨日の初日に続き、「第8回 インド国際日本文学研究集会」の2日目も大きな成果が得られました。

 昨日も記したように、今回の研究集会の内容は、来年2月に発行を予定している電子版『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として公開します。そのため、発表と討議された内容についての詳細は省略し、ここでは記録としての列記とメモに留めます。

 今日も、司会進行役は入口敦志先生です。
 昨日に続き、今日も写真撮影は高田智和先生です。


(1)挨拶 伊藤鉄也
(2)基調講演 伊藤鉄也
  「〈海外源氏情報〉を科研の成果から見る」
(3)講演 須藤圭(立命館大学)
  「『源氏物語』の英訳について」
 
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(4)問題提起
  リーマ・シン(Ph.D candidate, University of Delhi)
  「パンジャービー語訳の問題点」
  (インド・アーリア諸語の中央語群)

  タリク・シェーク(English and Foreign Languages University)
  「ベンガル語訳の問題点」
  (インド・アーリア諸語の東部語群)

  ナビン・パンダ(Delhi University)
  「オディア語訳の問題点」
  (インド・アーリア諸語の東部語群)


 昼食の後は、須藤圭先生の提案による楽しいイベントタイムとなりました。

■「青海波」の鑑賞■
 ・「青海波」の紹介(須藤先生の解説)
 ・『十帖源氏』の挿し絵を提示(入口先生が準備)
 ・雅楽「青海波」の映像
 ・源氏物語の映画に出てくる青海波を舞う場面

 インドのニューデリーに流れる楽の音は、なかなか優雅なものでした。

 以降、前日同様に、麻田先生が取りまとめと進行役で、各言語の問題点に関する発表へのコメントを踏まえて、全体でのディスカッションへと移りました。


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【シンポジウム】
テーマ:(2)
 『十帖源氏』を多言語翻訳するための方法と課題
   司会・進行 伊藤鉄也
   コメンテータ アニタ・カンナー
          麻田豊
 
 このシンポジウムは、白熱したこともあり3時間たっぷりと行なわれました。
 興味深い内容で、時を忘れて討議討論を交わすことができたので、みなさん充実感を持っての散会となりました。
 来秋には、ハイデラバードにある外国語大学で研究集会ができないかと、その実現に向けての検討に入りました。

 私がメモをしたことを二三拾い出しておきます。

・インドの各種言語をどう呼ぶかということについて、統一的な表記の方針が決まりました。
 「ウルドゥー語」「オディア語」「パンジャービー語」「ヒンディー語」「ベンガル語」「マラーティー語」「マラヤーラム語」

・インドのみなさまの氏名をどう表記するかということに関して、基本的には「名+姓」とする方針が決まりました。日本人は「姓+名」の順に表記します。

・1つの国の中で複数の言語に翻訳された『源氏物語』を見比べることの楽しさとおもしろさは、ネイティブスピーカーと一緒の話し合いの場ならではの臨場感と迫力がありました。とにかく、さまざまな意見がでるのです。自分の言語について語るのですから、熱を帯びるのは当然のことです。

・ベンガル語で『源氏物語』という書名は、「上半身に着る下着の物語」と訳すことになるそうです。これはみんなに笑われた、という話は示唆に富む逸話です。これは、『十帖源氏』をどう訳すか、ということに直結します。『源氏物語』にこだわらず、『紫の物語』『紫のゆかり』『紫文』も含めて、各言語で工夫することになりました。

・脚注をどうするかということが問題になり、私はこれはなくしたいとの思いを強く持ちました。

 これ以外にも、多くの刺激的な意見や、翻訳とは何かということを考える上での有意義な提案をいただきました。
 これらの質疑応答のすべては、来年2月の『海外平安文学研究ジャーナル』の特別号をお読みください、ということでまとめておきます。

 以下に、今回の研究集会で確認したことを整理した「須藤メモ」を転記します。
 今後の討議に向けての確認事項として、貴重な記録となっています。


(1)全体で情報を共有するため、翻訳担当者、関係者が参加するメーリングリストを作ることになりました。

(2)今回のインド国際集会の報告書には、報告原稿とは別に、取り扱う全ての言語の音声を収録することになりました。
 ・収録する音声データは、原則、「桐壺」巻の冒頭、現代語訳「いつの時代のことでしょうか、女御や更衣などといったお后が大勢いらした中に、特に高貴な身分ではなく、帝にとても愛されていらっしゃる女性がいました。」に該当する部分とする。
 ・ただし、その後の文章も一文にして訳している場合、区切りのよいところまで音声データにする。
 ・各言語の音声データは、発表担当者に依頼する。
 ・古文本文、現代日本語訳本文は、須藤が担当する。

(3)今後のインド国際集会では、以下の約束事を設けることになりました。
 ・発表や報告書の原稿でインドの言語を引用する際は、どの言語であっても、必ずローマ字表記を併記する。

(4)翻訳データに関して、ウルドゥー語に限り、(1)ウルドゥー語表記版、(2)ヒンディー語表記版の、2つのバージョンを準備してもらうことになりました。
 これに伴って、翻訳データの多言語比較資料も、この2つのバージョンをともに公開することになりました。
 なお、報告書の原稿には、2つのバージョンを併記してもよいし、しなくてもよいことになりました。

(5)インド6言語の翻訳データについて、以下の点を確認、依頼することになりました。
 ・期日は厳守。
 ・セクション(小見出し)ごとに分割した現代語訳に従って、翻訳したものを区切ってもらう。
 ・和歌の翻訳は可能な限り行なってもらう。ただし、期日に間に合わなくなる場合は、行わなくてもよい。

(6)今回の発表原稿を整理したものと、担当言語の翻訳原稿は、今月11月末までに提出することになりました。それを元にして作成した版下を、12月中旬から本格的な編集に入り、年末年始に校正を回します。

(7)インド関係者が日本以外で公開した日本文学に関する研究論文のリストを、今回あらためて作成することになりました。これは、すでに伊藤が100件弱の情報を整理したものがあり、それを増補することで実現するものです。これまでに整理したものは、国文学研究資料館が公開しているデータベースの中で、「日本文学国際共同研究データアーカイブ」の中のリスト最下段にある、「日本学研究DB〔インド〕Bibliography India-Japan Literature」の項目からリストデータが入手できます。
 今後は、国際交流基金の主導の元、インドの日本文学研究者の協力を得ながら展開させる予定です。
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2016年11月15日

インド言語の討議が盛り上がった研究集会の初日

 第8回目となった今回の研究集会は、「『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム」と題して開催しました。副題には、「ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト」というテーマを掲げています。

 インドで印刷製本した討議資料集も、立派な冊子として完成しました。ご配慮いただいた国際交流基金ニューデリー事務所の宮本薫所長と野口晃佑氏に、あらためてお礼申し上げます。


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 上の写真の右側にある、白い表紙に国際交流基金の建物を配したものが今回のレジメです。左側の黄色い表紙は、第7回までの記録を収録した『インド国際日本文学研究集会の記録』です。

 なお、この完成版は66頁あります。ただし、渡航前に試作版として作成した50頁のレジメは、本ブログの「来週インドで開催する日本文学研究集会のレジメ(試作版)を公開」(2016年11月04日)で事前にネット上に配布して、参加できないみなさまに対して情報提供を求めて公開しました。しばらくは、それをご覧になりながら以下の記事をお読みいただけると、研究集会の展開がわかりやすいかと思います。

 会場である国際交流基金・日本文化センターには早めに入り、プロジェクターのチェックや資料のセッティングをしました。


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 今回の研究集会を開催するにあたり、私から発表と討論に参加なさるみなさまには、以下の確認事項を要望としてお伝えしました。


1)今回の集会での使用言語は日本語です。
2)画像をスクリーンに映写しての発表ができます。
3)講演と発表者の1人の持ち時間は【25分】です。
4)各言語担当者からいただいた問題点をリストアップした資料は、討議用の資料として伊藤の下で編集に着手しています。
5)講演及び発表者は、各自のプレゼンスタイルで行なってください。その際に必要となるレジメ等は、11月6日(日)の夜までに伊藤と淺川宛に印刷データを添付ファイルとして送っていただければ、8日(火)にデリーに到着してから現地で印刷します。
6)今回の研究集会の内容は『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として公刊します。これまでの第1号から第5号は、以下のサイトから確認及びダウンロードできます。
http://genjiito.org/journals/
7)伊藤の科研は2017年3月で終了します。
 そのため、以下のスケジュールでジャーナルの編集を進めます。
 *電子版のため、原稿の分量や図版・画像の数量に制限はありません。
 *資料として、動画像や音声ファイルも問題はありません。
  各言語における具体例などを提示する箇所での挿入を、お勧めします。
 *表組みは各執筆者でお願いし、完全版のワード文書で提出をお願いします。
  人手と経費がないので、もろもろのご協力をお願いします。
 電子版のため、印刷と製本の工程がないので、報告書の刊行は迅速です。
 ・2016年11月末 講演と担当言語に関する原稿〆切り
 ・2016年12月中 討議・討論の録音から文字起こし−業者納品
 ・2016年12月中〜2017年1月中 ジャーナルの版下編集
 ・2017年1月中〜末 執筆者に初校を回覧後、国文研への戻り〆切り
 ・2017年2月中 執筆者からの再校の国文研への戻り〆切り
 ・2017年2月末 HP「海外源氏情報」(http://genjiito.org)に公開


 10時から開会式と講演が始まりました。
 司会進行役は、入口敦志先生です。

 予定通りのプログラムで進行しました。これは、テーマが魅力的であったこともあり、とにかく限られた時間を有効に使おうという、参加者全員の思いがあったからだと思っています。特にインドでの研究集会としては、これまでにないほどに順調にプログラムが進行しました。

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 なお、今回の研究集会は、上記の通り来年2月に電子版の『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として公開します。そのため、ここでは内容についての詳細は省略し、記録としての列記とメモに留めます。


(1)挨拶 宮本 薫(国際交流基金ニューデリー事務所長)


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※宮本さんには、私がエジプトのカイロにある2つの大学院の図書選定に行った時に、大変お世話になりました。今回、インドでもこの研究集会を支えてくださいました。そのご縁に感激すると共に感謝しています。

 ・自己紹介(アニタ・カンナー、麻田豊)

(2)趣旨説明 伊藤鉄也(国文学研究資料館)

(3)基調講演 高田智和(国立国語研究所)
 「変体仮名の国際標準化について」

(4)講演 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
 「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
 ※実際には高田先生の講演の意義について時間を費やしました。


 休憩を挟んで、お昼からは……


(5)講演 入口敦志(国文学研究資料館)
 「江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」

(6)問題提起
 アルン・シャーム(English and Foreign Languages University)
 「マラヤーラム語訳の問題点」
 (ドラヴィダ語族)

 菊池智子(翻訳家)
 「ヒンディー語訳の問題点」
 (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)

 村上明香(University of Allahabad)
 「ウルドゥー語訳の問題点」
 (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)


◇昼食◇

【パネルディスカッション】
テーマ:(1)
 『十帖源氏』を多言語翻訳するための問題点

 コメンテータ
 麻田豊(元東京外国語大学)
 アニタ・カンナー(ネルー大学)

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《各言語の朗読(各2回ずつ読む)》
 ※この企画は、麻田豊先生の発案を須藤圭先生が実現することにより可能となったものです。

1 平安時代の読み方を復元した朗読(音声再生)
 ・源氏物語「若紫」巻から
 ・朗読本文をパワーポイントで提示
 ・違いのあるところを赤字で映写

2 現代の読み方による古文朗読(音声再生)
 ・「桐壺」巻冒頭部分

3 現代日本語訳の朗読(須藤)

4 英語(音声再生)

5 マラヤーラム語(1日目の対象言語)

6 ヒンディー語(1日目の対象言語)

7 ウルドゥー語(1日目の対象言語)

8 パンジャービー語(2日目の対象言語)

9 ベンガル語(2日目の対象言語)

10 オディア語(2日目の対象言語)

※この朗読に関しては、来年2月に発行する電子版『海外平安文学研究ジャーナル』の特別号に、付録として音声データを収録することになっています。
--------------------------------------

 この後、麻田先生に取りまとめと進行役をしていただき、コメントやディスカッションが展開しました。予定した2時間45分が、あっという間に過ぎるほどに、さまざまな意見が飛び交いました。この問題でここまで盛り上がるとは、企画をした私が一番驚いています。
 ぜひ、電子版の特別号のテープ起こしを通して、この時の臨場感と迫力をたっぷりと味わってください。翻訳するということは何なのか、という討議も含めて中身も濃いのです。

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 初日の大盛会を祝して、関係者一同で記念撮影をしました。
 みなさん、準備の段階からいろいろとご協力いただき、ありがとうございました。
 とにかく、初日は大盛り上がりのうちに終了しました。


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posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年11月04日

来週インドで開催する日本文学研究集会のレジメ(試作版)を公開

 来週11日(金)と12日(土)の2日間にわたって、インドのニューデリーで「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催します。

 今回の国際研究集会の趣旨やプログラムは、先月末の本ブログで、「「第8回 インド国際日本文学研究集会」開催のお知らせ」(2016年10月31日)として掲載したとおりです。

 来週8日(火)に成田空港から出発する日を控え、その準備をドタバタと走り回りながら進めているところです。

 本日、その集会において配布し、参加者のみなさまと討議するための資料集が、試作版(全50頁)ながら完成しました。完成版はデリーで3名の資料を追加して、印刷製本する予定です。


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 日本国内に留まらず海外の方々からも、今回の研究集会にコメントを寄せていただけないかと思い、ここにその内容がわかるレジメを公開することにしました。
 次のPDFは、大きなファイルとなっています。ダウンロード完了までに時間がかかることをご了承ください。

「第8回 インド国際日本文学研究集会」のレジメ(74メガバイト)をダウンロード

 これはまだ試作版です。しかし、この資料集だけでも、おおよその内容は判読していただけるのではないか、と思っての公開です。
 日本に居ながらにして、インドでの討議に参加している気分に浸っていただけるかと思います。

 また、お知り合いの方に、このレジメのことをお知らせいただけると幸いです。
 このレジメを通覧していただき、お気付きのことやご教示を、自由にコメントとしていただけると幸いです。
 ご意見やコメントは、本ブログのコメント欄を利用してください。

 いただいたコメントは、研究集会当日に会場で紹介し、『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として「海外源氏情報」を通じて公刊することがある、ということをご了承ください。もちろん、掲載する前に、確認のメールを差し上げます。
 明年2月に、第6号に前後して発行する予定です。

 『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)の既刊分5冊は、上記サイトから自由にダウンロードしていただけるオープンデータとなっています。

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posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年10月24日

京洛逍遥(424)スバコのお弁当と源氏絵のお茶

 慌ただしくUターンして上京です。
 JR京都駅の西改札口前に、「スバコ・ジェイアール京都伊勢丹」があります。ここのフードコーナーには、京都で行ってみたいお店が作る、工夫を凝らしたお弁当が並んでいます。しかも、私が選ぶ基準である、少量で安くて上品という、ありがたいお弁当も並んでいるのです。京都駅の中のコンコースにあるお弁当コーナーよりも、スバコにあるお弁当たちの方をお薦めします。
 新幹線に乗る前に、ぜひここのお弁当を手にして、さらにもう一つの京の味わいを楽しんでください。

 今日は、「季節限定 35品目 秋のごほうびロール弁当」(KAWAKATSU(CAMER))をいただきました。茶そばの巻き寿司が気に入っています。


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 手前のお茶は、京都府茶共同組合のペットボトルです。2008年の源氏千年紀から、今も人気のお茶です。この源氏絵に惹かれて、海外の方も手が伸びるようです。

 ペットボトルの胴回りに配されているのは、宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の『源氏絵鑑帖』から第45巻「橋姫」の一場面です。国宝の源氏絵にも、この場面が描かれています。

 右側の、撥で月を招いているのは、大君でしょうか。それとも、中君なのでしょうか。
 左側には、琴を弾く女性がいます。どちらが誰なのかは、決めがたいものであることでよく知られている図様です。
 この場面は、源氏物語ミュージアムの展示室でも、人形を使って再現されています。

 源氏絵を掌に包んで転がしながら、お茶とお弁当をいただけるのです。なんとも贅沢なことです。

 後ろの席で、子供が騒ぎ出しました。
 これから私の読書タイムなので、隣りの車輌に移動します。
 いつも新幹線は、自由席で行き来しています。指定席は当たり外れがあるので、道中なにもできないことがあります。指定席も自由席も、料金は同じです。しかし、自由席には、一緒にいたくない方がいらっしゃった時には、別の場所に自由に移動できるという、ありがたい権利が与えられています。

 もうすぐ名古屋。ここで降りるふりをして、周りの喧騒から逃げ出すことにします。
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年10月23日

池袋経由で帰洛し一仕事にめどをつける

 久しぶりに池袋で、ひと仕事をすませました。
 立ち寄った西武百貨店の7階で、昔懐かしい郵便ポストを見かけました。こんな場所に置かれたポストも、戸惑っていることでしょう。


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 もっとも、私が立ち寄ったのは、レターパックを送るためだったので、このポストの口は狭すぎて入りません。赤い茶筒のポストを横目に、カウンター越しに郵便物を渡すことになりました。

 池袋から帰洛のために、Uターンして東京駅に急ぎました。

 新幹線の乗り換え口では、ものすごい人だかりでした。旅行客や団体ではなさそうな人々が、列をなして並んでおられます。何事かと思いながら、いつものように芸能人が通るのだろうくらいに思いながら、乗り換え口から新幹線に乗り込みました。それにしても、ガードマンが多いので、よほど有名な人なのかな、と思っていました。

 いつものように自由席に座って本を取り出したところへ、乗り換え口まで一緒に来ていた妻から連絡が入りました。
 さきほどの人垣は、天皇皇后両陛下が新幹線にお乗りになるためだった、とのことです。そして、一番前だったので手を振っところ、にっこりしてくださったのだそうです。
 手を組んでお通りになる姿がすてきだったとも。さらには、天皇さまは濃いグレーのスーツで、美智子さまもグレー。きれいで嬉しそうな笑顔で……。周りの人はみんなスマホで撮っていたけれども、SPは何も注意なしでニコニコだったとのことです。

 さらには、天皇皇后両陛下は、これから京都へ向かわれるとの情報も入りました。上賀茂神社や下鴨神社にお越しになるそうなので、我が家の近くまでいらっしゃるのです。

 ちょうど1年前には、皇太子さまと新幹線がご一緒でした。

「皇太子さまとご一緒の新幹線で京都へ」(2015年10月23日)

 いろいろと楽しいことの多い日々です。

 京都でもひと仕事をすませました。夜までかかって、とにかく懸案の仕事のメドをつけることができました。
 この成果は、近日中にお知らせできるはずです。
posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年10月06日

過日公開した「若紫」の小見出しを【補訂2版】としたこと

 2016年9月15日に、「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」と題する記事を公開しました。
 その後の見直しを経て、同じアドレスで内容を入れ替えたものを、【補訂2版】として本日アップしました。

「【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)」(2016年9月15日)

 初版とは、小見出しの文言のみならず、参照情報にも手が入っています。
 項目数は、108件のままです。
 「若紫」に関する小見出しは、この【補訂2版】を活用してください。
posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月25日

『源氏物語』の小見出しは池田本の校訂本文に合わせること

 現在、池田本の校訂本文を編集する中で、そこに挿入する小見出しを作っているところです。
 これまでに、「桐壺」「帚木」「若紫」の3巻分を終え、以下の通り本ブログで公開しています。

☆(1)「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」(担当者:伊藤鉄也)(2014年03月26日)

☆(2)「池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)」(担当者:高橋麻織)(2016年09月16日)

☆(3)「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」(担当者:淺川槙子)(2016年09月15日)

 この小見出しは、次のような特徴があります。


1 30字の簡潔な小見出し
2 校訂本文150字位(250字以下)に一つの小見出し
3 小見出し末尾に次の3種類を「/」で区切って明示
  ・『源氏物語大成』(中央公論社)の頁行数
  ・『源氏物語別本集成』『同 続』(おうふう)の分節番号
  ・『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁数
 

 この小見出し作りを進めていて、その方針を明確にしておく必要が生じました。
 今後とも、お手伝いしてくださる方々と情報を共有しておくためにも、以下に問題点を整理して確認事項とします。

 一例を、「若紫」の場合であげましょう。
 国文学研究資料館蔵の橋本本「若紫」の小見出しを確認している時、早速2つ目の小見出しで中断となりました。

 上記「☆(3)」で、次のようにした小見出しです。

 ■2 聖は、峰が高い山に囲まれた奥深いところに籠り、修行をしている

 ここは、『新編日本古典文学全集』(小学館)では次のような校訂本文となっています。


〜御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはす。
 やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花、盛りはみな過ぎにけり。〜(119〜200頁)


 これに小見出しを付けると、「まだ暁におはす。」の次に位置するところが適当です。

 それに対して、橋本本の校訂本文は次のようになります。赤字に注意してください。


〜御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはするにやや深う入る所なりけり。
 三月つごもりなれば、京の花、盛りは過ぎにけり。〜(119〜200頁)


 大島本や池田本による流布本の校訂本文が「まだ暁におはす。」となっていたところが、この橋本本では、「まだ暁におはするに」となります(後掲の本文異同を参照願います)。文章はここで切れずに、「やや深う入る所なりけり。」へとつながっていくのです。

 そのため、上記「■2 聖は、〜」という小見出しを橋本本に転用するにあたっては、「三月つごもりなれば、」の位置に付けることが最適な場所といえるでしょう。

 ここは、私案の本文二分別によると、〈甲類〉が「おはするに」であり、〈乙類〉が「おはす」となっているところです。
 池田本は〈乙類〉なので、ここに小見出しを入れるのは大島本のグループの一つなのでいいのです。
 これに対して橋本本は〈甲類〉なので、小見出しの位置が少し後にずれることになります。つまり、次の行の「三月」に対する小見出しとすることになるのです。

 これでは、校訂本文が他本に変わるたびに、小見出しの位置が前後に移動することになります。本文異同の多い巻や写本では、そのたびに小見出しの位置がずれたり、場合によってはなくなったりするのは煩雑です。
 今後は、写本ごとに校訂本文が自由に作成できるシステムを公開する予定なので、目まぐるしく諸本ごとに小見出しが変転しては、使い勝手も悪くなります。

 そこで、この小見出しを付ける場所については、あくまでも「池田本に合わせる」、という方針に決めたいと思います。

 なお、現在、この池田本の校訂本文のための小見出し作りを、ボランティアでお手伝いしてくださる方を求めています。
 『源氏物語』の本文を200字位で区切り、そこに30文字という制限で短文を作ることは、意外と呻吟するものです。一文字の加除に、何日も費やすことはざらにあります。
 池田本は大島本と大きく本文が異なることはないようなので、身の回りにある校訂本文で小見出し作りは出来ます。面倒なのは、小見出しの末尾に付ける3種類のテキストの頁数や番号だけです。

 手伝ってやろう、と思われる方は、遠慮なく本ブログのコメント欄等を使って連絡をください。
 すでに着手されているのがどの巻か、という情報の共有は、全54巻をやり終える上では重要です。効率的な取り組みを遂行するためには必須の情報であり、これは折々に本ブログを通して流していきたいと思っています。その際、担当者のお名前を巻名に併記することを、あらかじめご了承ください。

 ちなみに、現在私は第3巻「空蟬」に取り組んでいます。
 「12須磨」・「38鈴虫」・「52蜻蛉」も担当者はすでに決まっています。
 
--------------------------------------
 
 参考までに、上記「若紫」の引用例の箇所における、諸本17本の本文異同をあげます。
 これらかも明らかなように、本文は2種類にしか分かれず、橋本本は〈甲類〉([橋尾中陽穂高天])に、池田本や大島本は〈乙類〉([大麦阿池御国肖日保伏])に分別できます。

 まだ「変体仮名翻字版」のデータベースが緒に就いたばかりなので、ここには旧来の平仮名を一文字に限定した、明治33年以来の用字法で翻字した本文の校合を揚げています。また、諸本名や書写状態に関する付加情報($はミセケチ等)も煩雑になるので、ここでは省略しています。


御ともに[橋=大中麦阿陽池御国肖日保伏高天]・・・・050063
 御ともに/と〈改頁〉[尾]
 御共に[穂]
むつましき[橋=全]・・・・050064
人[橋=尾中陽穂高天]・・・・050065
 ナシ[大麦阿池御国肖日保伏]
四五人はかりしてまた[橋=全]・・・・050066
あかつきに[橋=尾麦池日保伏高]・・・・050068
 あか月に[大中御国肖穂天]
 暁に[阿]
 あか月に/月〈改頁〉[陽]
おはするに/るに$[橋]・・・・050069
 おはするに[尾高天]
 おほするに[陽]
 をはします[中]
 おはする[穂]
 おはす[大麦阿池国肖日保伏]
 をはす[御]
やゝ[橋=大尾中麦阿陽池御国肖日保伏高]・・・・050070
 やゝ/う&ゝ[天]
 ナシ[穂]
ふかく[橋=尾中陽高天]・・・・050071
 ふかう[大麦阿池国肖日穂保伏]
 ふかう/△&ふ[御]
いる[橋=大尾陽池御肖日穂保伏高天]・・・・050072
 入[中麦阿国]
ところなりけり[橋=尾中陽高]・・・・050073
 所なりけり[大麦阿池御国日穂保伏天]
 所也けり[肖]
三月[橋=穂]・・・・050074
 三月の[大麦阿池御国日伏]
 やよひの[尾中陽肖保高天]
つこもりなれは[橋=大尾麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]・・・・050075
 つこもりなりけれは[中]
京の[橋=大中麦阿陽池国肖日穂保伏高天]・・・・050076
 京の/〈朱合点〉[尾]
 きやうの[御]
花[橋=大麦阿陽池御国肖保伏天]・・・・050077
 はな[尾日穂高]
 はなみな[中]
さかりは/は+みな[橋]・・・・050078
 さかりはみな[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 さかりは[尾陽高天]
 ナシ[中]
すきかたになりにけるを/かたになりにけるを$にけり[橋]・・・・050079
 すきにけり[大麦池御国日伏]
 過てけり[阿]
 すきに/に+けりイ[肖]
 すきけり[穂]
 すきにたるを[尾陽高天]
 ちりたるを[中]
 すきて[保]
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月16日

池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)

 昨日に続き、池田本の校訂本文で使用するための小見出しの、「帚木」巻ができあがりました。
 これは、高橋麻織さん(明治大学・兼任講師)と久保田由香さん(元・明治大学大学院生)の労作です。
 「桐壺」巻・「若紫」巻と同じように、30文字でできています。
 これまでの方針通り、物語本文を細かく分けることで、全132項目となっています。
 『新編日本古典文学全集』(小学館)は17項目、『新日本古典文学大系』(岩波書店)は34項目なので、これがいかに詳細なものであるかがおわかりいただけるかと思います。

 2014年3月26日に公開した「桐壺」巻の小見出しについては、「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」を参照してください。
 「若紫」巻は、昨日の「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」(2016年9月15日)を参照してください。

 今回公表したものは、まだ付加情報の整備ができていません。今は、『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁行数だけを追記した状態であることを、あらかじめおことわりしておきます。

(1)通し番号 小見出し(30文字)
(2)『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、1994年初版)の頁行数

 より便利な小見出しとなるように、お気付きの点など、ご教示いただけると幸いです。
 
--------------------------------------
 
 「帚木」巻の小見出し(『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁行数)

■1 光源氏は好色者と噂されているが、本人は真面目に振る舞っている
                     (五三頁一行目〜七行目)

■2 通いが間遠なため左大臣家では光源氏の忍ぶ恋の相手の存在を疑う
                  (五三頁八行目〜五四頁二行目)

■3 左大臣家は物忌のために籠る婿を恨めしく思うが懸命に世話をする
                     (五四頁三行目〜八行目)

■4 光源氏と特に親しい頭中将もまた、北の方の元にはあまり通わない
            (五四頁八行目「宮腹の中将は」〜一一行目)

■5 光源氏と頭中将は夜昼同伴して、学問も遊びも共に行う親しい間柄
                 (五四頁十二行目〜五五頁二行目)

■6 五月雨の夜、宿直所に頭中将が訪れて光源氏宛ての恋文を見たがる
           (五五頁三行目〜八行目「ゆるしたまはねば」)

■7 頭中将は恋文を見ながら他人に見せられない恋文こそ見たいと発言
 (五五頁八行目「そのうちとけて」〜五六頁三行目「心やすきなるべし」)

■8 頭中将は拾い読みしながら差出人を推量するが光源氏は言葉を濁す
           (五六頁三行目「片はしづつ見るに」〜七行目)

■9 上辺だけ繕った中身のない女がいると、女の品定めを始める頭中将
     (五六頁八行目〜五七頁四行目「心を動かすこともあめり」)

■10 芸事の不得手な部分を後見人に隠された女は、付き合うと落胆する
   (五七頁四行目「容貌をかしく」〜一一行目「恥づかしげなれば)

■11 頭中将は女を上流、中流、下流に分け、中流が個性的でよいと説く
  (五七頁一一行目「いとなべては」〜五八頁六行目「ゆかしくて」)

■12 好色者と評判の左馬頭と藤式部丞が参上して、女の品定めに加わる
                    (五八頁七行目〜一四行目)

■13 頭中将は成り上がった者も高位から落ちぶれた者も共に中流とする
               (五九頁一行目〜七行目「おくべき」)

■14 生半可な上達部より非参議の四位の者の方が豊かな生活をしている
  (五九頁七行目「受領といひて」〜一二行目「いとかはらかなりや)

■15 階級は家柄、世評、財力で決まるが光源氏は財力重視かと揶揄する
           (五九頁一二行目「家の内に」〜六〇頁三行目)

■16 左馬頭は光源氏や頭中将の前で上流の女について意見するのを憚る
                    (六〇頁四行目〜一〇行目)

■17 左馬頭は荒廃した家の奥に芸事を嗜む女がいたら素晴らしいと語る
             (六〇頁一一行目〜六一頁五行目「とて」)

■18 姉妹を思い黙る藤式部丞と上流にも理想の女は珍しいと思う光源氏
           (六一頁五行目「式部を見やれば」〜一一行目)

■19 左馬頭は国の柱石を選ぶのと同様に、妻を決めるのも難しいと発言
         (六一頁一二行目〜六二頁五行目「ゆつろふらむ」)

■20 一家の主婦には欠けては困る条件が多いので、妻を選ぶのは難しい
        (六二頁五行目「狭き家の」〜一二行目「なるべし」)

■21 全て希望通りでなくても連れ添うのがよいが惹かれる夫婦はいない
         (六二頁一二行目「かならずしも」〜六三頁三行目)

■22 無口な女を女らしいと思って機嫌を取ると色めかしくなるのは難点
                    (六三頁四行目〜一〇行目)

■23 情趣を重んじすぎる妻も困るが美しさの欠片もない世話女房も困る
       (六三頁一一行目〜六四頁五行目「うちまねばむやは」)

■24 妻と語り合いたいが理解のない妻には外での話をする気にならない
            (六四頁五行目「近くて見む人」〜一一行目)

■25 従順な若い女を仕込むのも手だがやはり妻には頼れる女の方が良い
                 (六四頁一二行目〜六五頁六行目)

■26 身分や容貌より実直な事が妻には大事で、更に才能が伴えば儲け物
              (六五頁七行目〜一五行目「わざをや」)

■27 夫の浮気に耐えていたが急に我慢出来なくなって失踪する女がいる
    (六五頁一五行目「艶に」〜六六頁六行目「落としはべりし」)

■28 夫が浮気したからといって逃げ隠れしたり、尼になるのは、軽率だ
       (六六頁六行目「今思ふには」〜一三行目「思へらず」)

■29 知人が見舞に来たり、元夫が泣いたりすると、女は出家を後悔する
 (六六頁一三行目「いで、あな悲し」〜六七頁三行目「うちひそみぬかし」)

■30 還俗しても家出騒動の後では夫婦共に心からは信頼し合えなくなる
              (六七頁三行目「忍ぶれど」〜一〇行目)

■31 浮気されたら喧嘩したり好きにさせるより、怨言を仄めかすべきだ
                 (六七頁一一行目〜六八頁六行目)

■32 妹は信頼出来る妻だと頭中将が暗に言うが光源氏は居眠りしている
                    (六八頁七行目〜一四行目)

■33 格式ある調度は名人が作った物だと誰にでもわかると左馬頭は言う
                    (六九頁一行目〜一一行目)

■34 見たことのない物は空想で描けば良いので墨書きの優劣はつけ難い
        (六九頁一二行目〜七〇頁二行目「さてありぬべし」)

■35 唐絵と違って大和絵は見慣れた風景を描くので画師の技量が現れる
               (七〇頁二行目「世の常の」〜七行目)

■36 走り書きは一見洒落ているが本格的な筆法で書かれた書の方がよい
           (七〇頁八行目〜一三行目「かくこそはべれ」)

■37 僧のように説教する左馬頭と目を覚ます光源氏と真剣に聞く頭中将
        (七〇頁一三行目「まして人の心の」〜七一頁四行目)

■38 左馬頭は、美人ではないのに嫉妬ばかりする昔の恋人のことを語る
                    (七一頁五行目〜一五行目)

■39 女は左馬頭の為に努力し、尽くしたが、嫉妬深い癖は直せなかった
                    (七二頁一行目〜一〇行目)

■40 左馬頭は別れをちらつかせて、女の嫉妬深い性格を直そうと試みる
           (七二頁一一行目〜七三頁一行目「怨ずるに」)

■41 左馬頭は女に終生連れ添うつもりなら夫の浮気は我慢すべきと言う
     (七三頁一行目「かくおそましくは」〜八行目「はべるに」)

■42 離縁を承諾した女に左馬頭が悪口を言ったので女は夫の指を噛んだ
       (七三頁八行目「すこし」〜七四頁一行目「かこちて」)

■43 官位を貶められて傷ついた左馬頭は出家を仄めかして女の元を去る
             (七四頁一行目「かかる傷さへ」〜五行目)

■44 左馬頭が女の短所を責める和歌を詠むと、女は泣きながら返歌する
            (七四頁六行目〜一一行目「はべりしかど」)

■45 左馬頭は女と口論したが別れるつもりはなく、女と復縁したくなる
     (七四頁一一行目「まことには」〜一五行目「なかりけり」)

■46 左馬頭が行くと来訪を見越した準備がされていたが女は留守だった
  (七四頁一五行目「内裏わたりの」〜七五頁九行目「答へはべり」)

■47 女は嫌われたがっていた様子だが、左馬頭の衣装の世話はしている
              (七五頁九行目「艶なる歌」〜一五行目)

■48 見捨てられることはないと高を括っていたら女は心痛で亡くなった
            (七六頁一行目〜九行目「おぼえはべりし」)

■49 左馬頭は染物や裁縫に秀でた女こそ本妻に相応しかったと追慕する
      (七六頁九行目「ひとへに」〜一四行目「思ひ出でたり」)

■50 織姫の裁縫の腕よりも末長い夫婦仲にあやかれば良いと言う頭中将
             (七六頁一四行目「中将」〜七七頁四行目)

■51 左馬頭が同じ時に通った女は人柄がよく、歌も書も琴もうまかった
              (七七頁五行目〜一一行目「はべりき」)

■52 左馬頭は指喰いの女亡き後女の元に通い慣れたが女は浮気していた
           (七頁一一行目「この人亡せて後」〜一五行目)

■53 十月の月夜、左馬頭と相乗りした殿上人が行ったのは女の家だった
                     (七八頁一行目〜八行目)

■54 殿上人が縁に腰かけて笛を吹きながら謡うと、女は和琴で合奏した
          (七八頁九行目〜七八頁一五行目「あらずかし」)

■55 和琴の音が月に相応しいことに感嘆した殿上人は簾に寄って戯れる
    (七八頁一五行目「律の調べは」〜七九頁四行目「ねたます」)

■56 殿上人がもう一曲請うと女は笛を引き止めるだけの琴はないと詠む
           (七九頁四行目「菊を折りて」〜八〇頁四行目)

■57 二人の風流な応酬を見るに堪えないと感じた左馬頭は、女と別れた
         (七九頁一二行目「憎くなるをも」〜八〇頁四行目)

■58 左馬頭は信頼出来ない浮気な女より実直な指喰いの女がよいと言う
                  (八〇頁五行目〜八一頁一行目)

■59 頭中将は恨み言も言わず、自分を頼りにしていた恋人のことを話す
                 (八一頁二行目〜八一頁一二行目)

■60 親を亡くして貧する女は頭中将を頼みとするが彼の妻に脅迫される
                 (八一頁一三行目〜八二頁二行目)

■61 頭中将が放っておいたので幼い子を持つ女は撫子を添えた文を送る
                  (八二頁三行目〜八二頁六行目)

■62 文を読んだ頭中将が訪ねると女は彼を信じきった様子だが涙を流す
                 (八二頁七行目〜八二頁一三行目)

■63 頭中将は女を慰めたが訪れが間遠になると女は姿を消してしまった
                 (八二頁一四行目〜八三頁八行目)

■64 後悔する頭中将はかわいい幼子を探し出したいと思うが消息は不明
           (八三頁九行目〜八三頁一四行目「はべらね」)

■65 頭中将は女のことを、左馬頭の言う、頼りない部類の女だと断ずる
           (八三頁一四行目「これこそ」〜八四頁四行目)

■66 いくら完璧でも吉祥天女に懸想するのは、と頭中将が皆を笑わせる
                 (八四頁五行目〜八四頁一四行目)

■67 藤式部丞は身分柄謙遜するが、頭中将に急き立てられて体験を語る
            (八五頁一行目〜六行目「思ひめぐらすに」)

■68 藤式部丞は文章生だった時に、博士顔負けの学がある女と出会った
            (八五頁六行目「まだ文章生に」〜一〇行目)

■69 藤式部丞が学問の師である博士の娘に言い寄ると博士は杯で祝った
        (八五頁一一行目〜八五頁一五行目「はべりしかど」)

■70 女は寝所でも学問を語り、漢文の文を送って藤式部丞の師となった
   (八五頁一五行目「をさをさ」〜八六頁六行目「はべりしかば」)

■71 藤式部丞は女に感謝する一方で劣等感に苛まれ、自身の宿縁を嘲る
             (八六頁六行目「今に」〜八六頁一五行目)

■72 久しぶりに訪うと物越しの対面なので藤式部丞はやきもちかと訝る
          (八七頁一行目〜八七頁六行目「恨みざりけり」)

■73 女は嫉妬はしておらず、薬の悪臭を気にして物越しに対面していた
      (八七頁六行目「声も」〜八七頁一五行目「すべなくて」)

■74 蒜の臭いに耐えかねて逃げ出す藤式部丞に賢い女は素早く歌を詠む
      (八七頁一五行目「逃げ目を」〜八八頁七行目「申せば」)

■75 光源氏達は、作り話だ、どこにそんな女がいるものかと呆れて笑う
               (八八頁七行目「君たち」〜一三行目)

■76 左馬頭は女が三史五経を会得するのはかわいげがないことだと言う
                (八九頁一行目〜六行目「あらむ」)

■77 上流婦人もしがちだが、半分以上漢字で書いている女の文は残念だ
                (八九六行目「わざと」〜一二行目)

■78 一角の歌詠みを自任している人が所構わず詠みかけてくるのは嫌だ
        (八九頁一三行目〜九〇頁一行目「はしたなからむ」)

■79 時と場所を選ぶことが大事で、それが分からない歌詠みはよくない
           (九〇頁一行目「さるべき節会など」〜八行目)

■80 左馬頭の女性評を聞いた光源氏は藤壺の宮こそ理想的な人だと思う
                  (九〇頁九行目〜九一頁三行目)

■81 葵の上の元を訪れた光源氏は信頼出来る妻だが気づまりだと感じる
           (九一頁四行目〜一一行目「さうざうしくて」)

■82 寛いでいる時に左大臣が挨拶に来たので光源氏は有難迷惑だと思う
          (九一頁一一行目「中納言の君」〜九二頁二行目)

■83 夜、光源氏は方違えのために中川にある紀伊守邸へ赴くことにする
              (九二頁三行目〜一一行目「のたまふ」)

■84 紀伊守は父の家の女達が失礼をするのではないかと密かに心配する
  (九二頁一一行目「忍び忍びの」〜九三頁二行目「聞きたまひて」)

■85 光源氏は人近なのが有り難いと言い、内密に急いで紀伊守邸へ行く
                (九三頁二行目「その人」〜七行目)

■86 急な訪問を紀伊守は内心迷惑がるが光源氏の従者達は強引に居座る
              (九三頁八行目〜一三行目「植ゑたり」)

■87 光源氏は雨夜の品定めで良しとされた中の品はこの階層だと考える
          (九三頁一三行目「風涼しくて」〜九四頁四行目)

■88 光源氏は気位高いと聞いた伊予介の後妻空蝉目当てで母屋に近寄る
          (九四頁五行目〜一三行目「わが御上なるべし」)

■89 女達の噂を聞いた光源氏は藤壺の宮への恋が露見しなくて安堵する
          (九四頁一三行目「いといたう」〜九五頁七行目)

■90 光源氏は女の接待を所望するが紀伊守はわざと気づかぬふりをする
                    (九五頁八行目〜一三行目)

■91 故衛門督の末っ子である小君は空蝉と暮らしていると紀伊守が話す
            (九五頁一四行目〜九六頁七行目「と申す」)

■92 出仕予定の空蝉が伊予介の後妻となったことを光源氏は不憫と思う
     (九六頁七行目「あはれのことや」〜一二行目「のたまふ」)

■93 紀伊守は伊予介が空蝉を崇めていることに対し、好色だと非難する
       (九六頁一二行目「不意に」〜九七頁三行目「と申す」)

■94 光源氏は若い継母に相応しいと思っているらしい紀伊守を揶揄する
               (九七頁三行目「さりとも」〜八行目)

■95 眠れない光源氏は襖障子に寄って空蝉と小君の会話を立ち聞きする
               (九七頁九行目〜一五行目「言へば」)

■96 小君に似た声の女が空蝉だと察した光源氏は空蝉の位置を推し量る
   (九七頁一五行目「ここにぞ」〜九八頁五行目「みそかに言ふ」)

■97 心細い空蝉は中将の君を呼ぶが中将の君は湯浴みのため不在である
               (九八頁五行目「昼なら」〜一三行目)

■98 うとうとしている空蝉は中将の君が来たと思うが実は光源氏だった
            (九八頁一四行目〜九九頁四行目「思へり」)

■99 空蝉は怯えるが光源氏に恥をかかせることは出来ないので騒げない
                (九九頁四行目「中将」〜一二行目)

■100 光源氏が可憐な空蝉を愛しく思い、抱き上げると、中将の君が来る
          (九九頁一三行目〜一〇〇頁五行目「来あひたる」)

■101 中将の君は光源氏に気づいて驚くが、高貴な人だから引き離せない
        (一〇〇頁五行目「やや」〜一一行目「入りたまひぬ」)

■102 光源氏は言葉を尽くすが、空蝉は中将の君にどう思われたかと悩む
   (一〇〇頁一一行目「障子を」〜一〇一頁一行目「あさましきに」)

■103 光源氏から無体な仕打ちを受けた空蝉は低い身分ゆえかと非難する
        (一〇一頁一行目「現とも」〜六行目「けはひなれば」)

■104 光源氏は身分の違いをまだ弁えていないゆえの振る舞いだと訴える
      (一〇一頁六行目「その際々を」〜一一行目「のたまへど」)

■105 身分だけでなく容貌まで不釣り合いだと感じる空蝉は光源氏を拒む
       (一〇一頁一一行目「いとたぐひなき」〜一〇二頁一行目)

■106 光源氏はこれは前世からの因縁による契りだと、泣く空蝉を慰める
              (一〇二頁二行目〜八行目「恨みられて」)

■107 未婚なら逢瀬を喜んだかもしれないが今は人妻なのでと空蝉は嘆く
       (一〇二頁八行目「いとかくうき身のほどの」〜十四行目)

■108 光源氏は空蝉との再会も文のやりとりも難しいだろうと心を痛める
         (一〇二頁十五行目〜一〇三頁五行目「いと胸痛し」)

■109 光源氏は一旦は解放した空蝉を引き止めて泣きながら恋情を訴える
    (一〇三頁五行目「奥の中将も」〜十行目「いとなまめきたり」)

■110 空蝉は夫を愛していないが夫が自分の不貞を夢に見ることを恐れる
             (一〇三頁十行目「鶏も」〜一〇四頁一行目)

■111 明るくなり、二人は別れるが、襖が二人を隔てる関のように思える
                     (一〇四頁二行目〜六行目)

■112 光源氏は有明の月を見て後ろ髪引かれる思いで紀伊守邸を出立する
                    (一〇四頁七行目〜十五行目)

■113 光源氏は空蝉の苦しみを思いやりながら、中の品のよさを実感する
                     (一〇五頁一行目〜五行目)

■114 後日、光源氏は紀伊守を呼び出し、空蝉の弟を側で使いたいと話す
                    (一〇五頁六行目〜十二行目)

■115 空蝉の夫婦仲や容貌を知りたく思う光源氏は紀伊守に探りを入れる
                (一〇五頁十三行目〜一〇六頁六行目)

■116 五、六日後に参上した小君に、光源氏は空蝉のことを詳しく尋ねる
           (一〇六頁七行目〜十二行目「うち出でにくし」)

■117 光源氏は小君に、自分と空蝉がかつて恋仲だったと偽って文を託す
   (一〇六頁十二行目「されど」)〜一〇七頁一行目「ひろげたり」)

■118 光源氏の文を読んだ空蝉は泣き、思いがけない宿世を思って臥せる
              (一〇七頁一行目「いと多くて」〜六行目)

■119 翌日、小君が光源氏への返事を催促するが、空蝉は拒み、弟を叱る
                    (一〇七頁七行目〜十三行目)

■120 空蝉からの返事がないことを知った光源氏は落胆し、再度文を託す
        (一〇七頁十四行目〜一〇八頁五行目「またも賜へり」)

■121 光源氏は小君を側から放さず、世話をし、親代わりとして振る舞う
           (一〇八頁五行目「あこは知らじな」〜十三行目)

■122 空蝉は光源氏に心惹かれるが、身分不相応だと思い、返事はしない
                (一〇八頁十四行目〜一〇九頁五行目)

■123 光源氏は空蝉を始終恋しく思い、逢いたいが人目に触れたらと悩む
                     (一〇九頁六行目〜十行目)

■124 方違えのため光源氏は紀伊守邸へ赴き計略を伝えていた小君を呼ぶ
                (一〇九頁十一行目〜一一〇頁二行目)

■125 空蝉は光源氏からの文を読むが密会は出来ないので奥の部屋に移る
                     (一一〇頁三行目〜十行目)

■126 空蝉を捜し当てた小君は光源氏に頼りないと思われてしまうと泣く
              (一一〇頁十一行目〜十四行目「言へば」)

■127 空蝉は子供が恋の仲立ちをするのは慎むべきことだと小君を咎める
(一一〇頁十四行目「かくけしからぬ」〜一一一頁三行目「言ひ放ちて」)

■128 空蝉は独身ならばと思うが人妻なので情が強い女で通そうと決める
          (一一一頁三行目「心の中には」〜一一一頁十行目)

■129 不首尾の由を小君から聞いた光源氏は空蝉を帚木に例えた歌を詠む
         (一一一頁十一行目〜一一二頁三行目「のたまへり」)

■130 空蝉は光源氏のために奔走する小君が人に怪しまれないか心配する
                (一一二行目三行目「女も」〜九行目)

■131 光源氏は案内を頼むが姉はむさ苦しい場所にいるからと小君は断る
            (一一二頁十行目〜一一三頁一行目「聞こゆ」)

■132 光源氏は代償として小君を側に寝かせ、冷淡な姉よりも愛しく思う
              (一一三頁一行目「いとほしと」〜五行目)
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月15日

【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)

 現在、池田本の校訂本文を作成中です。
 「桐壺」巻が完成に近づき、11月にはご希望の方に配布できるかと思います。

 引き続き「若紫」巻に着手しました。
 まずは、「桐壺」巻にならった詳細な小見出しができあがりました。
 これは、淺川槙子さん(国文学研究資料館・研究員)の労作に、私が手を入れたものです。

 この「若紫」巻の小見出しは、「桐壺」巻と同じように30文字に制限した文字数でできています。
 小刻みに物語を分割し、全108項目が並ぶものとなりました。
 参考までに、『新編日本古典文学全集』(小学館)は26項目、『新日本古典文学大系』(岩波書店)は38項目なので、これがいかに多いかがわかります。

 今回の公表にあたり、以下の3種類の情報を並べてみました。

(1)通し番号 小見出し(30文字)
(2)(池)池田本(旧翻字形式)※小見出しに対応する一部分を引用
(3)参照情報(池田本の丁数/大島本の丁数/小見出しが該当する最初の文節番号/『源氏物語大成』第1冊(中央公論社、1984年普及版初版)頁・行数/『源氏物語別本集成続 第2巻若紫〜花宴』(おうふう、2005年初版)/『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、1994年初版)

 より便利な小見出しとなるように、お気付きの点など、ご教示のほどをよろしくお願いします。

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【補訂2版】
「若紫」巻の小見出し(池田本の場合)

1 瘧病をわずらった光源氏はすすめにより北山の聖のもとへ出かける
  (池)わらはやみにわつらひたまひて
  (一オ/一オ/050001/151@/10/199)

2 聖は、峰が高い山に囲まれた奥深いところに籠り、修行をしている
  (池)三月のつごもりなれば
  (一ウ/一ウ/050074/151F/12/199)

3 光源氏は自分を誰とも知らせず、驚き騒ぐ聖から加持祈祷を受ける
  (池)のほり給て
  (二オ/二オ/050110/151J/13/200)

4 光源氏は高い所から見た目がきちんとしてきれいな僧坊を見つける
  (池)すこしたちいてつゝ
  (二ウ/二ウ/050162/152A/15/200)

5 なにがし僧都の僧坊で、光源氏は若い女性と子どもたちの姿を見る
  (池)きよけなるわらはなと
  (三オ/三オ/050217/152G/17/201)

6 供人たちは病を気にする光源氏を、気分転換のために外へ連れ出す
  (池)君はをこなひしたまひつゝ
  (三ウ/三オ/050250/152J/17/201)

7 光源氏は後ろの山から、遠くまでずっと霞がかかった景色を眺める
  (池)はるかにかすみわたりて
  (三ウ/三ウ/050273/152L/18/202)

8 良清は、光源氏に官位を捨てて播磨で暮らす明石の入道の話をする
  (池)ちかき所にははりまの
  (四オ/四オ/050327/153D/20/202)

9 光源氏は話を聞いて、誇り高いという明石の入道の娘に興味を持つ
  (池)さいつころまかりくたりて
  (五ウ/五オ/050420/154@/23/203)

10 明石の入道は上昇志向が強く娘は容貌と気立てが良いとの話が出る
  (池)けしうはあらす
  (六オ/五オ/050478/154E/25/203)

11 供人たちは明石の入道の娘を洗練されていない娘であると言い合う
  (池)かくいふははりまのかみの
  (六ウ/六オ/050529/154K/27/204)

12 娘を気にする光源氏を、供人は風変わりを好む性質があると察する
  (池)君なに心ありて
  (七オ/六ウ/050589/155C/29/204)

13 都へ帰ろうとした光源氏は大徳の言葉に従って明け方まで滞在する
  (池)くれかゝりぬれと
  (七ウ/六ウ/050615/155F/30/205)

14 夕暮れ時に僧房をかいま見た光源氏は、気品のある尼君を見つける
  (池)日もいとなかきに
  (八オ/七オ/050653/155J/32/205)

15 光源氏は二人の女房と女童たちの中にかわいらしい少女を見い出す
  (池)きよけなるおとなふたり
  (八ウ/七ウ/050718/156C/34/206)

16 幼い紫の上は、尼君に「雀の子を犬君が逃がした」と泣いて訴える
  (池)なにことそやわらはへと
  (九オ/八オ/050753/156H/35/206)

17 雀を逃がして残念そうな紫の上の様子に少納言の乳母が立ち上がる
  (池)このゐたるおとな
  (九ウ/八ウ/050778/156J/37/206)

18 尼君は自らの余命の少なさを語りつつ雀を追っている紫の上を諭す
  (池)あま君いてあなおさなや
  (九ウ/九オ/050809/157@/38/207)

19 光源氏は、思いを寄せる藤壺に紫の上が本当によく似ていると思う
  (池)つらつき
  (十オ/九オ/050836/157C/39/207)

20 尼君は亡くなった娘の話をしつつ、少納言の乳母と歌を詠み交わす
  (池)あま君かみを
  (十ウ/九ウ/050871/157F/40/207)

21 僧都から光源氏の訪れを聞いた尼君は、恥じて簾をおろしてしまう
  (池)僧都あなたよりきて
  (十一ウ/十オ/050951/158C/43/208)

22 僧都は尼君に、世間で評判である光源氏の姿を見てみないかと誘う
  (池)このよにのゝしり給ふ
  (十二オ/十ウ/050992/158G/44/209)

23 光源氏は紫の上に強く心をひかれ、藤壺の身代わりにしたいと思う
  (池)あはれなる人をみつるかな
  (十二オ/十一オ/051024/158J/45/209)

24 僧都の弟子は、光源氏が臥せるところにやって来て惟光を呼び出す
  (池)うちふし給へるに
  (十二ウ/十一ウ/051057/159@/47/210)

25 僧都の弟子を通じて、光源氏はなにがしの僧都の招きを受け入れる
  (池)いぬる十よ日の
  (十三オ/十二オ/051097/159E/48/210)

26 折り返し参上したなにがしの僧都とともに、光源氏は僧坊を訪れる
  (池)すなはち僧都まいり給へり
  (十三ウ/十二オ/051128/159H/49/210)

27 光源氏を招くため、僧坊にある南面の部屋はさっぱりと整っている
  (池)けにいと心ことに
  (十四オ/十二ウ/051173/160@/51/211)

28 光源氏は夢にかこつけて僧都から紫の上のことを聞き出そうとする
  (池)僧都よのつねなき御ものかたり
  (十四ウ/十三オ/051210/160D/52/211)

29 僧都は光源氏に、妹の尼君が故按察使大納言の北の方であると語る
  (池)うちわらひて
  (十五オ/十三ウ/051265/160I/54/212)

30 光源氏は僧都に故大納言と尼君の間に生まれた娘について質問する
  (池)かの大納言のみむすめ
  (十五ウ/十四オ/051309/161@/56/212)

31 紫の上の素性を知った光源氏は、藤壺に似ていることに合点がいく
  (池)さらはそのこなりけり
  (十六オ/十四ウ/051383/161G/59/213)

32 紫の上のことがいっそう気になった光源氏は、僧都に詳しく尋ねる
  (池)いとあはれにものし給ふ
  (十六ウ/十五オ/051412/161H/59/213)

33 光源氏は僧都に幼い紫の上を後見することを尼君に話すように頼む
  (池)あやしきことなれと
  (十七オ/十五ウ/051449/162@/61/214)

34 僧都は光源氏に、尼君に相談した上で返事をすると答えて堂に上る
  (池)いとうれしかるへき
  (十七ウ/十五ウ/051476/162C/62/214)

35 光源氏は悩ましい気持ちになり、夜が更けても眠ることができない
  (池)君は心ちもいとなやましきに
  (十八オ/十六オ/051530/162I/64/215)

36 奥の人が休んでいない気配を感じた光源氏は扇を鳴らして人を呼ぶ
  (池)うちにも人の
  (十八ウ/十六ウ/051569/162M/65/215)

37 歌を詠んだ光源氏は、女房に尼君へ取り次いでもらうようにと頼む
  (池)すこししそきて
  (十九オ/十七オ/051606/163C/67/215)

38 光源氏が紫の上にあてた歌を耳にした尼君は歌の内容を不審に思う
  (池)あないまめかし
  (十九ウ/十七ウ/051670/163K/69/216)

39 歌を返した尼君に対し、光源氏は紫の上への切実な気持ちを訴える
  (池)かうやうのつてなる
  (二十オ/十八オ/051703/164B/70/217)

40 困惑している尼君の気づまりな態度に光源氏は謙虚な言葉をかける
  (池)うちつけにあさはかなりと
  (二十ウ/十八ウ/051747/164G/72/217)

41 光源氏は尼君に自分の体験を語りつつ、紫の上との結婚を申し出る
  (池)あはれにうけ給はる
  (二十一オ/十九オ/051773/164J/73/217)

42 尼君は紫の上が幼く不似合いなことを理由に光源氏の申し出を断る
  (池)いとうれしうおもひ
  (二十一ウ/十九ウ/051814/165A/75/218)

43 僧都がお勤めから帰って来られたので光源氏は尼君の前を退出する
  (池)僧都おはしぬれは
  (二十二オ/051870/165H/77/218)

44 明け方、深山の景色を見ながら、光源氏は僧都と和歌の贈答をする
  (池)あかつきかたになりにけれは
  (二十二ウ/二十オ/051880/165I/77/219)

45 身動きできぬ聖は、光源氏のために護身の修法をして陀羅尼を読む
  (池)ひしりうこきも
  (二十三オ/二十ウ/051948/166B/79/219)

46 光源氏は迎えの人からの祝いと僧都から酒などのもてなしを受ける
  (池)御むかへの人々
  (二十三オ/二十一オ/051967/166C/80/220)

47 杯をいただいた聖は涙をこぼして光源氏を拝み、守りの独鈷を渡す
  (池)ひしり御かはらけ
  (二十四オ/二十一ウ/052052/166B/83/219)

48 紫の上を引き取りたい光源氏に尼君は四五年先ならばと返事をする
  (池)うちにそうついり給て
  (二十五オ/二十二ウ/052124/167I/86/222)

49 光源氏を迎えに頭中将や左中弁たちなどの公達が都からやって来る
  (池)御車にたてまつる程
  (二十五ウ/二十三オ/052190/168A/88/222)

50 頭中将は懐の横笛を出して吹き、弁の君は扇を鳴らし催馬楽を謡う
  (池)頭中将ふところなりける
  (二十六ウ/二十三ウ/052248/168G/90/222)

51 僧都も自分から琴を持ち出して、光源氏に琴を弾いてほしいと頼む
  (池)そうつきんを身つから
  (二十七オ/二十四オ/052289/168L/92/223)

52 光源氏の姿に法師と童べは感涙し、尼君たちや僧都は彼を絶賛する
  (池)あかすくちおしと
  (二十七オ/二十四ウ/052317/169@/93/224)

53 幼心に光源氏に思いを寄せる紫の上は、人形に源氏の君と名付ける
  (池)このわかきみおさな心ちに
  (二十七ウ/二十五オ/052359/169E/94/224)

54 帰京した光源氏は、宮中へあいさつに伺って父桐壺の帝と対面する
  (池)きみはまつは内にまいり給て
  (二十八オ/二十五オ/052399/169I/95/225)

55 宮中を出た光源氏は、正妻葵の上の実家である左大臣邸へと向かう
  (池)大殿まいりあひ給て
  (二十八ウ/二十五ウ/052433/169M/97/225)

56 光源氏は久しぶりに葵の上と対面するものの、二人の心は通わない
  (池)殿にもおはしますらんと
  (二十九オ/二十六オ/052482/170D/99/226)

57 古い歌を引用して恨み言を述べる葵の上を光源氏は避けようとする
  (池)からうしてとはぬは
  (三十オ/二十七オ/052574/170M/102/226)

58 光源氏は葵の上への不満と反対に紫の上への思いが強くなっていく
  (池)かのわかくさのおひいてむ
  (三十ウ/二十七ウ/052635/171I/104/227)

59 帰京した翌日、光源氏は僧都や尼君などがいる北山へ消息をおくる
  (池)又のひ御文たてまつれたまへり
  (三十一オ/二十八オ/052682/171K/106/228)

60 僧都からの返事を残念に思った光源氏は、惟光を使者として遣わす
  (池)僧都の御返もおなしさまなれは
  (三十二ウ/二十九オ/052774/172I/109/229)

61 惟光は少納言の乳母に面会するものの、周囲の人々から警戒される
  (池)わさとかう御文あるを
  (三十二ウ/二十九ウ/052806/172L/111/229)

62 光源氏は王命婦の手引きで、病気で里邸に退出中の藤壺と密通する
  (池)ふちつほの宮なやみたまふ
  (三十三ウ/三十オ/052889/173G/113/230)

63 光源氏は邸に帰った後、藤壺と密通したことを思い悩んで泣き臥す
  (池)殿におはしてなきねにふしくらし
  (三十五オ/三十一ウ/053016/174I/118/232)

64 藤壺の懐妊という密通の結末を、王命婦はあまりに嘆かわしく思う
  (池)宮も猶いと心うき身なりけりと
  (三十五ウ/三十二オ/053047/174L/119/232)

65 ただ事ではない異様な夢を見た光源氏はわが身に起こる運命を知る
  (池)中将のきみもおとろ/\しう
  (三十七オ/三十三オ/053160/175K/123/233)

66 七月になり、宮中に帰参した藤壺へ桐壺の帝の寵愛はいっそう増す
  (池)七月になりてそまいり給ひける
  (三十七ウ/三十四オ/053233/176E/125/234)

67 光源氏は六条京極から帰る途中に、帰京して療養中の尼君を見舞う
  (池)かのやまてらの人は
  (三十七ウ/三十四ウ/053288/176K/127/235)

68 病床の尼君は、紫の上が成長した暁には光源氏に託すことを決める
  (池)いとむつかしけに侍れと
  (三十九ウ/三十五ウ/053416/177K/132/237)

69 光源氏は紫の上の無邪気な声を聞き清純な彼女にいっそうひかれる
  (池)いとちかけれは心ほそけなる
  (四十ウ/三十六ウ/053492/178E/135/238)

70 翌日、光源氏は尼君への見舞いとともに紫の上へも結び文をおくる
  (池)又のひもいとまめやかに
  (四十二オ/三十七ウ/053620/179D/139/238)

71 十月に朱雀院の行幸が予定され、舞人は練習など多忙な日々を送る
  (池)十月にすさく院の行幸あるへし
  (四十三オ/三十八ウ/053711/180@/143/239)

72 尼君の死去という知らせが届き光源氏は母更衣との死別を思い出す
  (池)やまさと人にも
  (四十三オ/三十九オ/053744/180C/144/240)

73 夜、光源氏は自分から、忌みの期間が終わった紫の上の邸を訪れる
  (池)いみなとすきて京のとのに
  (四十四オ/三十九ウ/053797/180I/146/240)

74 光源氏は少納言の乳母に紫の上への気持ちを伝えて歌を詠み交わす
  (池)なにかかう
  (四十五オ/四十ウ/053894/181F/149/241)

75 尼君を恋い慕って泣く紫の上は、訪問した光源氏を父と勘違いする
  (池)きみはうへをこひきこえ給て
  (四十五ウ/四十一オ/053959/182@/152/242)

76 少納言の乳母は紫の上を年よりも幼い様子であると光源氏に伝える
  (池)宮にはあらねと
  (四十六オ/四十一ウ/053986/182C/153/242)

77 幼い紫の上の手を強引にとらえる光源氏に少納言の乳母は困惑する
  (池)てをとらへたまへれは
  (四十六ウ/四十二オ/054049/182J/155/243)

78 あられが降り風が激しく吹く夜、光源氏は紫の上の御帳の中に入る
  (池)あられふりあれて
  (四十七オ/四十二ウ/054106/183A/157/244)

79 少納言の乳母がため息をつく中、光源氏は紫の上に一晩中寄り添う
  (池)めのとはうしろめたなう
  (四十七ウ/四十三オ/054149/183F/158/244)

80 女房たちは、悪天候の中での光源氏の訪問が心細さを慰めたと話す
  (池)夜ひとよ風ふきあるゝに
  (四十八ウ/四十三ウ/054209/183M/160/245)

81 尼君の四十九日後に、兵部卿宮は紫の上を邸に引き取る意向を示す
  (池)宮も御むかへになと
  (四十八ウ/四十四オ/054258/184D/162/245)

82 紫の上と別れた後、光源氏はかつて通った女性の家の門を叩かせる
  (池)いみしうきりわたれる
  (四十九ウ/四十四ウ/054287/184H/163/246)

83 光源氏は紫の上のかわいらしい面影が恋しくて文を書き絵をおくる
  (池)おかしかりつる人の
  (五十オ/四十五オ/054351/185C/166/247)

84 父兵部卿宮は少納言の乳母に、紫の上を引き取ることをうち明ける
  (池)かしこにはけふしも
  (五十ウ/四十五ウ/054377/185E/167/247)

85 紫の上の着物がしおれているのを目にした兵部卿宮は、娘を憐れむ
  (池)ちかうよひよせたてまつり
  (五十一オ/四十六オ/054425/185J/168/248)

86 少納言の乳母の言葉と紫の上の様子に兵部卿宮はもらい泣きをする
  (池)よるひるきこゑ給に
  (五十一ウ/四十六ウ/054484/186C/170/248)

87 紫の上は幼いながらも、自分の身の上と今後の事を思って涙を流す
  (池)ゆくさきのみの
  (五十二オ/四十七オ/054542/186H/171/249)

88 光源氏は宮中へ行く自分の代わりに、惟光を紫の上の屋敷に遣わす
  (池)きみの御もとよりはこれみつを
  (五十二ウ/四十七ウ/054588/186M/173/249)

89 少納言の乳母は、屋敷を訪問した惟光へ自分の考えと不安を訴える
  (池)少納言はこれみつに
  (五十三オ/四十八オ/054632/187D/175/250)

90 光源氏は惟光から父兵部卿宮が紫の上を引き取る予定であると聞く
  (池)まいりてありさまなときこゑけれは
  (五十四オ/四十八ウ/054698/187L/177/251)

91 左大臣邸に来ている光源氏は惟光に紫の上を連れ出すことを命じる
  (池)きみは大殿におはしけるに
  (五十四ウ/四十九ウ/054757/188E/179/251)

92 思案のあげく、光源氏は滞在中の左大臣邸から夜明け前に出かける
  (池)きみいかにせまし
  (五十五ウ/五十オ/054827/188L/182/252)

93 少納言の乳母が応対に出るものの光源氏は制止も聞かずに奥へ入る
  (池)かとうちたゝかせ給へは
  (五十六オ/五十ウ/054889/189F/184/253)

94 光源氏は父宮の使いであると嘘をついて、寝ている紫の上を起こす
  (池)きみはなに心もなくね給へるを
  (五十七オ/五十一ウ/054963/190@/187/254)

95 二条院へ誰か来るようにと指示して、光源氏は紫の上を連れて行く
  (池)きこゆこゝにはつねにも
  (五十七ウ/五十二オ/055006/190D/189/254)

96 少納言の乳母は困惑するものの紫の上のことを思って涙をこらえる
  (池)二条院はちかけれは
  (五十八ウ/五十二ウ/055081/190L/191/255)

97 紫の上のために、光源氏は通常は使わない対屋に調度などを整える
  (池)こなたはすみ給はぬたいなれは
  (五十九オ/五十三オ/055147/191E/193/256)

98 二条院へ連れてこられた紫の上は、気味が悪くなり体をふるわせる
  (池)わかきみはいとむけつけう
  (五十九ウ/五十三ウ/055173/191I/195/256)

99 少納言の乳母は、輝くばかりの立派な二条院で間の悪い思いをする
  (池)あけゆくまゝにみわたせは
  (六十オ/五十四オ/055205/191L/196/256)

100 かわいらしい女童を呼び寄せた光源氏は休んでいた紫の上を起こす
  (池)御てうつ御かゆなと
  (六十ウ/五十四ウ/055247/192C/197/257)

101 紫の上の気をひこうと、光源氏は面白い絵などを見せて相手をする
  (池)御かたちは
  (六十一オ/五十五オ/055301/192H/199/257)

102 紫の上は光源氏が留守にしている間に、二条院のあちこちを見回す
  (池)ひんかしのたいにわたり給へるに
  (六十一ウ/五十五オ/055341/192M/201/258)

103 留守にする光源氏は紫の上のために手習いの手本などを残していく
  (池)きみは二三日内へも
  (六十一ウ/五十五ウ/055377/193B/202/258)

104 光源氏は紫の上へ手習いを教え、人形などの家を作って一緒に遊ぶ
  (池)いてきみもかいたまへとあれは
  (六十二オ/五十六オ055428/193H/203/259)

105 事情を知らぬ兵部卿宮は紫の上の失踪を嘆き、少納言の乳母を疑う
  (池)かのとまりし人々は
  (六十三オ/五十七オ/055505/194C/206/260)

106 継母の北の方は、紫の上を意のままにできなくなったのを残念がる
  (池)きたのかたも
  (六十四オ/五十七ウ/055584/194K/209/260)

107 紫の上は尼君を慕って泣く時があるものの、光源氏にもなれ親しむ
  (池)やう/\人まいりあつまりぬ
  (六十四オ/五十八オ/055597/194M/210/261)

108 光源氏は、かわいらしい紫の上を「風変わりな秘蔵っ子」だと思う
  (池)ものよりおはすれは
  (六十四ウ/五十九オ/055646/195D/211/261)
 
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posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年09月13日

千代田図書館での古書販売目録の調査の方針変更

 朝から雨模様です。
 午前中は、九段坂病院で診察と治療を受けました。
 お昼に終わると、すぐ前に聳え立つ10階建ての千代田区役所へ移動です。
 今日は千代田図書館で、古書販売目録の調査をすることになっているのです。

 まず、その最上階にあるレストランで、昼食をいただきました。
 一人で外食をすると、突然ノドを通らなくなったり、腹痛に見舞われることがよくあります。そのため、外で一人の時は、安心安全な和定食にしています。

 展望ガラス越しに皇居を眺めました。清水門のまわりの緑と清水濠の水草の緑が小雨に煙っていて、微妙な色の深さと変化が印象的です。


160913_simizumon




 午後1時前に、1階のロビーに降りました。日比谷図書文化館での講座に参加しておられる4人の方と待ち合わせです。体験を兼ねたお手伝いに来てくださったのです。なかなか得難い体験ができると思い、お誘いしました。

 この古書販売目録の調査は、遅々として進んでいません。しかも、これまでに見終えたものは、全体の百分の一に過ぎません。

 中途半端なままで打ち切りとなることを避ける意味からも、今日の調査からは『源氏物語』に関する写真が掲載されているものだけに限定して採録し、その写真は画像として記録することにしました。
 これまでは悉皆調査をしていたので、目録に掲載されているすべての書目に目を通し、『源氏物語』に関係する情報を抜き出していました。
 実は、これが意外と脇道に逸れやすく、つい目的を忘れて膨大な書物の森に誘われてしまいます。いろいろなことに興味が拡散し、いつしか時の経つのも忘れていることが多かったのです。

 それを、『源氏物語』の写真が掲載されているものだけとなると、かかる時間も手間も入力作業も格段に減ります。

 この方針転換により、加速度的に調査が進捗しました。おまけに、今日は4人の助っ人がいらっしゃいます。

 今日の驚異的な作業により、「即売会1〜24」「展覧会1〜4」の2つのグループの収納ケースが終わりました。私1人が、これまでの方針で取り組んでいたら、今日のこの量をこなすのに3年以上はかかっていたことでしょう。

 ただし、写真掲載の情報だけを抜き出す方法にも、当然のことながら危ういとこがあります。
 例えば、次のような記事が見つかると、やはり写真がないからといってパスするわけにはいきません。


160913_geinjilist




 これは、昭和25年3月30日・31日に東京古書会館で開催された「古書即売展出品目録」(資料番号:5905、東京古典会)の一部です。

 これには追加目録もあります。


160914_tuika




 この追加目録に掲載されている次の上段末尾の記事は、またいつ出合えるかもしれないものなので、この謄写刷りの写真だけは撮っておきました。


15 源氏物語 室町時代書写 紹巴ノ本ヲ以テ句切朱点 箱入 五 一、八〇〇
  ○紅葉の賀○みをつくし○よもきふ○朝顔○ふちはかま
16 源氏物語紹巴抄 里村紹巴(紫源抄) 原装極上本 三〇 三、五〇〇


 しかし、こんなことがあるからといって、また悉皆調査の手法ですべてを見るのは、いくら時間があってもきりがないのです。やはり今後は、こうしたものは目に付いたら写真に残しておくことに留めます。

 今回は、手際よくどんどん付箋で目印をつけてもらい、それを私がパソコンに入力しては撮影しました。ただし、私のデータ記録が追いつかず、次はその入力をから始めることになります。
 しかし、この写真が掲載された『源氏物語』に関する情報を収集するだけでも、貴重なデータ群となります。

 確かに、DVDに収録されている別のデータベースで『源氏物語』だけを検索する方法もあります。しかし、やはり一冊ずつ目録を見ていくことの正確さは、比較にならないほどの意義があります。

 今後は、今日からの新しい方針で、ひたすら前に向かって進んでいくことにします。
 この調査に興味をもたれた方は、このコメント欄を通してお知らせください。
 次回の調査日時などをお知らせします。
 
 調査を終えてから、みなさんと一緒に九段下駅の近くのお店「ネバーランド カフェ」で、少しお酒を口にしながら楽しい一時を過ごしました。おつまみはチーズだけというシンプルなテーブルでした。しかし、古典から政治までと多彩な内容で、なかなか得難い時間を共にすることができました。遅くまで、ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。

 さらには、このお店を教えてくださった千代田図書館の河合さんとコンシェルジュの方にも、お礼を申し添えます。いいお店でした。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年08月27日

京洛逍遥(421)秋の気配の賀茂川散策と「Heian GO Genji」私案

 ギプスでぎこちなくしか歩けない足を庇いながら、夕方の賀茂川を散策しました。
 南を望むと、出雲路橋の向こうに京都大学あたりが見えます。
 堆積した土と草が中洲となり、川幅を狭めています。


160827_izumojibasi




 鷺たちも夏の終わりを感じているのでしょうか。
 思い思いに夕食を探しています。


160827_sagi3ba




 夕風に吹かれながら、気持ちよさそうな鷺と鴨がいます。


160827_sagikamo





 トントンと呼んでいる飛び石があるところから北を見やると、北山大橋から北山あたりが靄っています。


160827_kitayama




 「ポケモンGo」で遊んでいた子どもが、賀茂川右岸の賀茂街道へとトントンを渡っています。鷺が「またおいで」と言って見送ってるところです。


160827_tonton




 川風がもう秋かと思われるほどに、涼しく感じられます。
 気温は26度です。
 今年は、早々とトンボが飛び交っています。

 河原では「ポケモンGo」をする人がたくさんいます。
 この「ポケモンGo」の影響か、賀茂川も少し雰囲気が違うようになってきました。ウォーキングやジョギングではなくて、半木の道や散策路に佇んでスマートフォンを操作する人がいたるところで見受けられるのです。

 私は「ポケモンGo」を、まだ京都では使っていません。何となく違和感があり、自分が「ポケモン」を探しているところを人に見られたくない、という心理が働いているのです。東京のような都会ならともかく、自然の中では無粋だと思っているからでしょうか。

 誰か、京都限定の「Heian GO Genji」を作ってくださいませんか。
 洛中洛外で、光源氏たちから和歌を書いた文や懐紙をもらい歩くのです。上級者になると、和歌懐紙を集めるだけでなく、相手と和歌をやりとりしてもいいですね。巧い下手は関係なく、それらしい単語をちりばめるのです。歴史地理と文学体験が、洛中散策と共に楽しめます。

 実在の人物よりも、物語に登場する人物がいいのです。そして、和歌の意味がわかったらポイントが上がります。唱和を楽しむ方も出てきてもいいでしょう。
 あまり古文の受験勉強にならないようにして、平安のトリビアをふんだんに盛り込むのです。

 さしあたっては、この記事の末尾にあげた「源氏のゆかり一覧」(45ヶ所)を歩くアプリはどうでしょうか。
 また、昨年NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で実施した文学散歩も、大いに参考になることでしょう。

「京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)」(2015年10月10日)

 この「Heian GO Genji」が実現したら、京洛がさらにおもしろい仮想空間になるはずです。観光客のために、スペイン語や英語のバージョンも必要です。
 まさに、物語を持ち歩いて京洛逍遥ができるのです。京都は行くところには事欠かないのですから。平安編ができたら、中世編、幕末編とシリーズ化できます。

 2020年の東京オリンピックの折には、海外から来たお客さんを京洛に引き寄せられます。文化庁も京都に来るので、これはおもしろい文化観光のアイテムにもなります。
 どなたか、このアイデアを形にしてくださいませんか。
 
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参考情報:ブログ「鷺水亭より」で公開した「説明版」のリスト
 
「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010/5/8)

「源氏のゆかり(44)五条の夕顔町」(2009/8/25)

「源氏のゆかり(43)河原院跡」(2009/8/16)

「源氏のゆかり(42)説明板39-鳥辺野」(2009/8/13)

「源氏のゆかり(41)比叡山へのハイキング」(2009/5/10)

「源氏のゆかり(40)説明板35-大堰の邸候補地」(2009/4/25)

「源氏のゆかり(39)説明板34-野宮神社」(2009/4/23)

「源氏のゆかり(38)説明板33-棲霞観跡」(2009/4/19)

「源氏のゆかり(37)説明板 32-遍照寺境内」(2009/4/18)

「源氏のゆかり(36)説明板29-大雲寺旧境内」(2009/4/12)

「源氏のゆかり(35)説明板25-朱雀院」(2009/2/22)

「源氏のゆかり(34)説明板30-雲母坂」(2009/1/11)

「源氏のゆかり(33)説明板27-羅城門跡」(2008/12/23)

「源氏のゆかり(32)説明板26-西鴻臚館跡」(2008/12/22)

「源氏のゆかり(31)説明板24-斎宮邸跡」(2008/12/18)

「源氏のゆかり(30)説明板23-大学寮跡」(2008/12/17)

「源氏のゆかり(29)説明板22-二条院候補地」(2008/12/16)

「源氏のゆかり(28)説明板36-法成寺跡」(2008/10/7)

「源氏のゆかり(28)説明板38-梨木神社」(2008/8/23)

「源氏のゆかり(27)説明板37-廬山寺」(2008/8/22)

「源氏のゆかり(26)説明板21-一条院跡」(2008/8/15)

「源氏のゆかり(25)説明板20-平安京一条大路跡」(2008/8/14)

「源氏のゆかり(24)説明板15-平安宮大蔵省跡・大宿直跡」(2008/7/28)

「源氏のゆかり(23)説明板19-朝堂院昌福堂跡」(2008/7/27)

「源氏のゆかり(22)説明板18-豊楽殿跡」(2008/7/23)

「源氏のゆかり(21)説明板17-藻壁門跡左馬寮跡」(2008/7/22)

「源氏のゆかり(20)説明板1-平安宮内裏跡」(2008/7/11)

「源氏のゆかり(19)説明板13-建礼門跡」(2008/6/14)

「源氏のゆかり(18)説明板14-宜陽殿跡」(2008/6/10)

「源氏のゆかり(17)説明板8-紫宸殿跡」(2008/6/9)

「源氏のゆかり(16)説明板 6-蔵人町屋跡」(2008/6/5)

「源氏のゆかり(15)説明板 7-内裏内郭回廊跡」(2008/5/31)

「源氏のゆかり(14)説明板2-凝華・飛香舎跡」(2008/5/30)

「源氏のゆかり(13)説明板3-弘徽殿跡」(2008/5/30)

「源氏のゆかり(12)説明板4-清涼殿跡」(2008/5/25)

「源氏のゆかり(11)説明板5-承香殿跡」(2008/5/24)

「源氏のゆかり(10)説明板10-昭陽舎跡」(2008/5/20)

「源氏のゆかり(9)説明板11-温明殿跡」(2008/5/19)

「源氏のゆかり(8)説明板12-建春門跡」(2008/5/15)

「源氏のゆかり(7)説明板9-淑景舎(桐壺)跡」(2008/5/10)

「源氏のゆかり(6)説明板31-雲林院」(2008/5/6)

「源氏のゆかり(5)説明板28-鞍馬寺(2011/04/03補訂)」(2008/5/3)

「源氏のゆかり(4)説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)

「源氏のゆかり(3)浮舟の石碑」(2008/1/26)

「源氏のゆかり(2)若紫がいた北山」(2008/1/5)

「源氏のゆかり(1)上賀茂神社の片岡社」(2008/1/1)
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2016年08月26日

朴光華訳の第2弾『源氏物語−韓国語訳注−(夕顔巻)』刊行

 朴光華先生が、『源氏物語』の韓国語訳と注釈に挑んでおられます。
 これまでの成果を書籍にしてまとめられた第1弾が、昨秋の『源氏物語─韓国語訳注─(桐壺巻)』でした。

「朴光華著『源氏物語─韓国語訳注─(桐壺巻)』」(2015年09月06日)

 その第2弾となる『源氏物語−韓国語訳注−(夕顔巻)』が、今夏刊行されました。


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 この「夕顔」は、『文華 第五号』(2006年1月)という雑誌に掲載されたものに、大幅な手を入れて一書にまとめられたものです。

 韓国語に翻訳する上でのご苦心の一端が「後記」に記されています。


既刊の桐壺巻では、尊敬語尊敬補助動詞、謙譲語謙譲補助動詞、丁寧語・丁寧補助動詞などで苦労したが、この夕顔巻においては、助動詞「む・べし」、接続助詞「に・を」などで苦労した。


 また、このことに続いて、次のようなコメントも残しておられます。


桐壺、夕顔両巻の作業中において、一つのたのしみがある。それは、本書の訳と注釈に使った六書(『全書』『大系』『評釈』『全集』『集成』『新大系』)に、なにかあやまりはないのか、印刷ミスはないのか、と、それらを見つけることである。ここで、一々例を申しあげるには失敬なことと思ってさし控えるが、本書の中にはすべてを記して置いた。『評釈』には印刷ミスかどうか分からないものが目立つ。『全集』には初版に比べると、漢字やおくりがななどが、なにげなくすらりと変わったものが十数個所にわたって見える。『大系』にはあんまり見当たらないが。後世になって、韓国で、本書のあやまりなどを指摘する人があらわれたら幸いなことであるが、たぶん、おそらく、そのような人はあらわれないでしょう。本書にもあやまりがないわけでもないが。


 これは、活字による校訂本文とその注釈に頼って『源氏物語』を読み、研究する上での、貴重なご教示となっています。確かに、市販の校訂本文は版を重ねると、微妙に手が入っていきます。些細なことだからということもあって、その補訂の手を吟味することはありません。しかし、活字本に頼っている方には、この朴先生のことばは、そうした改訂の手が入ることがあたりまえである、ということをあらかじめ承知して活字本を利用する必要があることにつながります。

 この朴先生の大仕事は、これから14年という長い歳月をかけて刊行されます。
 翻訳にあたっての方針等は、上記ブログの記事に譲ります。
 次は「若紫巻」であり、以降、「須磨」「明石」「総角」「浮舟」と続くようです。

 朴先生からいただいた情報により、本書の書誌を整理してまとめておきます。


1)著者;朴光華(Park KwangHwa)
2)初版発行日;2016年7月1日
3)出版社;図書出版 香紙
 〒08801 韓国 SEOUL市 冠岳区 奉天洞 1688-12 金剛Building 4層
 Emai1;mind3253@daum.net
4)総頁;522頁
5)定価;W65、000
6)ISBN;978-89-94801-08-7
7)本書の構成;
 写真4枚(宮内庁書陵部蔵 青表紙本 夕顔、尾州家河内本 夕顔、廬山寺 等)
 序、凡例、夕顔巻の概要、登場人物系図、参考文献など;1-23頁
 夕顔巻(日本語本文、韓国語訳、韓国語注);24-501頁
 夕顔の宿(糸井通浩);502-514頁
 後記(日本語);515-516頁
 図録1-6;517-522頁


 韓国語に訳された『源氏物語』は、これまで信頼に足るものがありませんでした。それだけに、この朴訳が韓国における今後の『源氏物語』の研究に果たす役割は、ますます大きなものとなることでしょう。

 なお、私の科研(A)のホームページから公開している『海外平安文学研究ジャーナル Vol.3』(2015/09/30)で、この第1弾である『源氏物語─韓国語訳注─(桐壺巻)』に関する詳細な紹介を掲載しています。

 「新刊紹介:朴光華著『源氏物語―韓国語訳注―』(桐壺巻) 厳 教欽(東京大学大学院 博士課程)」(109〜115頁)

 このジャーナルは自由にダウンロードしていただけますので、併せてお読みいただけると、朴光華先生の翻訳にあたっての姿勢と、『源氏物語─韓国語訳注─』の意義が明確になると思います。
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2016年08月14日

「海外源氏情報」では着実に情報を更新中です

 現在取り組んでいる科研「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」は、4年目の本年が最終年度となります。

 私は本年度で定年なので、来年度の科研の申請ができません。この科研(A)と「挑戦的萌芽研究」は、さらなる成果が期待でき、膨大な情報が着実に収集整理できているので、研究環境と成果を拡大するためにも、この科研のテーマをどうしたら継続できるのかを検討しています。

 現状では継続が難しいので、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に維持管理を移管して、少しずつでも内容を充実させて公開を続けていこうと思っています。

 来年4月以降は大きな展開が望めないので、最終年度の今の内に可能な限りの情報の増補と再構築をハイペースで進めているところです。

 最近の更新情報の一端を確認しておきます。
 更新した最新のものは、トップページの赤矢印@の「科研サイト更新&進捗情報」(2016/08/09現在)でおりおりに告知しています。


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 そして、赤矢印ABCが「翻訳史&論文データベース」の中でも特に貴重な情報の集積場となっています。

 現在のところ、赤矢印A「『源氏物語』翻訳史」には275件の情報があります。
 赤矢印B「平安文学翻訳史」には569件、赤矢印C「海外 - 源氏物語・平安文学論文検索」からは715件の情報を公開しています。

 さまざまな形で検索できるような仕掛けも設定していますので、ご自由に気になる情報を引き出してください。

 その他、メニューバーのプルダウンメニューから、適宜知りたい情報をご覧いただけます。

 このホームページに掲載していないことで、ご存知のことがありましたら、上部左の「情報提供」からお知らせいただけると幸いです。
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2016年08月08日

インドの「オリヤー語」を「オディア語」と言い替えること

 現在、今秋11月にインド・ニューデリーで開催する「第8回 インド国際日本文学研究集会」に関して、現地の若手研究者の方々と情報交換をしています。その研究集会の詳細は、もう少しお待ちください。

 その準備中において、これまで「オリヤー語」と言っていた言語が、これからは「オディア語」と言うことになるらしい、という情報が入ってきました。

 デリー大学のナビン・パンダさんからのメールに「オディア語」とあったことから、この件について問い合わせることで最新情報が得られたのです。

 パンダさんからのご教示をまとめると、次のような状況にあることがわかりました。

 最近、インドの「Orissa 州」は「Odisha 州」になり、それに伴って「Oriya 語」は「Odia 語」として使われるようになってきている、ということです。そのために、パンダさんは私へのメールで、「オディア語」という単語を使って連絡をくださったのです。

 ただし、日本の国際交流基金などでは、現在がそうであるように、「オリヤー語」という通称の単語がしばらくは使われることでしょう。

 かつて「ボンベイ」と言われた地名が今は「ムンバイ」に、「カルカッタ」は「コルカタ」に、「マドラス」は「チェンナイ」に、「バンガロール」が「ベンガルール」と呼ばれるようになっています。

 直近の例でいえば、ニューデリーの近郊都市である「グルガオン」が、今年の4月に「グルグラム」に変わりました。
 私は2002年にインドで3ヶ月間、客員として滞在しました。その時、同じ宿で得難い濃密な日々を共にした中島岳志君に、買い物や古本屋巡りで「グルガオン」へ何度も連れて行ってもらいました。その後も、何度か行きました。
 また、日本の若者たちが滞在できる場所として、「グルガオン」にマンションを共同購入しようか、などと言い合って、モデルルームを見ながら不動産物件を探したこともありました。その「グルガオン」が「グルグラム」になったと急に言われても、それがあの「グルガオン」だとは、すぐには思い至りません。

 これらは、インドがイギリスの植民地だった時代の英語読みを、最近になって現地の発音に戻そうという運動によるものだと聞いています。

 そもそも、インドには2000もの言語があります。そしてさらにややこしいことに、公用語はヒンディー語、補助公用語は英語、憲法で公認された公用語がさらに17言語もあるのです。インドのお札を見ると、たくさんの言語で数字が書いてあることは有名です。

 地名に関して言えば、最初は新旧両方が混在していました。しかし、次第に「ムンバイ」や「コルカタ」や「チェンナイ」に固定しています。まもなく「グルグラム」も定着するのでしょう。

 そうした例を見ると、「オリヤー語」についても同じことが展開しそうです。そうであるならば、現時点での呼称は「オディア語(オリヤー語)」と表記することで、これから作成する資料等を末長く使っていただけるように対処した方がいいと思うようになりました。
 「オディア語」ということばが普及したら、カッコ付きの「オリヤー語」の部分を取り外せばいいのです。

 独断ですみません。
 従来の「オリヤー語」について、今後は「オディア語(オリヤー語)」と表記することにします。
 これによって、現在確認している『源氏物語』の多言語翻訳の言語数は、「エスペラント訳『源氏物語』は33種類目の言語による翻訳」(2016年06月12日)で報告した33言語の内、「オディア語(オリヤー語)」だけを補訂した33言語となります。


【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
    (2016年08月08日 現在)
アッサム語(印度)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(印度)・英語・エスペラント・オランダ語・オディア語(オリヤー語・印度)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(印度)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(印度)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャビ語(印度)・ヒンディー語(印度)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤラム語(印度)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語


 このことに関してのご意見を、ご自由に本記事のコメント欄を使ってお寄せいただけると幸いです。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年06月19日

熱く語り合った「第8回 海外平安文学研究会」

 午後は、4時間という長時間の討論の後、場所を東京駅の地下街に移して、さらに2時間も語り合いました。なんと6時間。よく喋り合ったものです。


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 午前中もそうですが、午後も有史以来はじめてというテーマを掲げて、それぞれの立場での思いをぶつけ合ったのですから、頭の中はフル回転です。
 今、心地よい疲労を感じています。

 今日は、スペイン語訳『伊勢物語』と、ウルドゥ語訳『源氏物語』に関する発表を聞いてから、自由に意見を闘わせました。興味深い問題が次から次へと繰り出されるので、気の休まる暇もありません。それでいて疲れが溜まらないので、こんなに楽しくて有意義な時間はありません。


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 プログラムは以下の通りです。


・挨拶(伊藤鉄也)
・2016年4月・5月の研究報告(淺川槙子)
・科研のサイト利用について(加々良惠子)
・2016年度の研究計画(伊藤鉄也)
・発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について
  ―「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生)
・発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点─「桐壺」を中心に」(村上明香)
・発表「十帖源氏 桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)
・諸連絡(淺川槙子)


 これについても、後日ホームページ(「海外源氏情報」)で、詳細を議事録として報告します。

 スペイン語訳の特色や、ウルドゥ語訳の特徴、そして翻訳の意義などについて、興味深い研究の成果が報告されました。
 特に、インド語の一つであるウルドゥ語訳『源氏物語』については、今秋インドのデリーで開催される「第8回 インド国際日本文学研究集会」で、『十帖源氏』のインド語10言語による翻訳の問題点で扱う言語の一つでもあります。秋の研究集会が、ますます楽しみになりました。

 そのインドでの研究集会に参加を予定している者が、今日は5人も出席しているので、なおさら話し合いにも熱がこもります。

 日本の文化の特質とその伝播を、翻訳を通して鮮明に浮かび上がらせることは、非常に新鮮な驚きと共に知的刺激を与えてくれます。
 さらには、翻訳とは何か、という問題も炙り出されるのです。

 多言語翻訳という視点で日本の文学や文化を見つめ直すと、我々の精神世界から風俗習慣までが浮かび上がります。異文化交流という時空の中に自分を置いてみると、これまでに知り得た知識が少しずつ繋がることに気付かされます。知的快感とでもいうものなのでしょうか。得難い体験の中で、知的好奇心と異文化理解が浮遊する世界に、時を忘れて彷徨う楽しみが味わえました。

 貴重な場を展開してくださった参加者のみなさま、お疲れさまでした、そしてありがとうございました。
 次は、今秋インド・デリーでお目にかかりましょう。
posted by genjiito at 09:00| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年06月12日

エスペラント訳『源氏物語』は33種類目の言語による翻訳

 やましたとしひろ氏より、エスペラント訳『源氏物語』を進めている旨の連絡をいただきました。

 これは、「源氏千年(76)エスペラント訳『源氏物語』」(2008年11月30日)の記事に対するコメントとしてご教示いただいたものです。

 やましたとしひろ氏は、対訳形式でブログに掲載し、帖はとびとびながらも、現在は「夕霧」の半ばまで訳しておられます。
 底本は、小学館「日本古典文学全集」(S49、初版)とのことです。


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 今月2日までに公開しておられる巻は、以下の通りです。


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 今後の進捗が楽しみです。

 これまでに私は、『源氏物語』は32種類の言語によって翻訳がなされている、としてきました。
 上記「源氏千年(76)エスペラント訳『源氏物語』」で紹介した藤本達生氏のエスペラント訳は、中井和子さんの『現代京ことば訳 源氏物語』を参考にしての、「桐壺」巻のみだったために、言語の数にはカウントしていませんでした。
 しかし、今回のやましたとしひろ氏のエスペラント訳が全巻翻訳を目指して着実に進行していることから、これを33番目の言語による『源氏物語』の翻訳にしたいと思います。

 現在、以下の言語で『源氏物語』が翻訳されていることを、あらためて報告し確認しておきます。


【『源氏物語』が翻訳されている33種類の言語】
    (2016年06月12日 現在)

アッサム語(印度)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(印度)・英語・エスペラント・オランダ語・オリヤー語(印度)・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(印度)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(印度)・ドイツ語・トルコ語・現代日本語・ハンガリー語・韓国語・パンジャビ語(印度)・ヒンディー語(印度)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ポルトガル語・マラヤラム語(印度)・モンゴル語・リトアニア語・ロシア語
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年06月11日

第8回「海外における平安文学」研究会のご案内

 来週6月18日(土)午後に、以下の通り科研A「海外における平安文学」研究会を開催します。
 これは、昨年度から取り組んでいる科研「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」の成果と、今後の課題を考え話し合う会です。

 今回は、ウルドゥー語訳『源氏物語』とスペイン語訳『伊勢物語』を取り上げます。

 小さな研究会ながら、最新の情報が行き交う集まりです。

 本科研の活動内容については、ホームページ「海外源氏情報」をご覧ください。膨大な分量の海外における平安文学に関する情報を確認していただけます。きっと、新しい発見があるはずです。また、これに関連した情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。

 こうしたテーマに興味と関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、本ブログ下部にあるコメント欄から参加希望の旨を2日前の16日(木)までに連絡していただければ、資料を用意してご来場をお待ちいたします。

 また、昨日の記事「第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」のご案内」にも記しました通り、当日の午前中は目が見えない方々と一緒に古写本『源氏物語』の変体仮名を読むことをテーマとした研究会が、同じ会場であります。よろしかったら、これへの参加も検討していただけると幸いです。
 
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日時:2016年6月18日(土) 午前3時開始。
研究会:午後3時〜7時。
場所:京橋区民館 3号室
・住所:東京都中央区京橋2丁目6番7号
・アクセス
(1)東京メトロ銀座線京橋駅下車6番出口 徒歩2分
(2)都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口 徒歩2分
(3)中央区コミュニティバス(江戸バス)
  [北循環]八重洲通り西5番 10分程
「会場周辺地図」
「京橋区民館のホームページ」
 
〈プログラム〉
 第8回「海外における平安文学」研究会
 
・挨拶(伊藤鉄也) 15:00〜15:05
・2016年4月・5月の研究報告(淺川槙子)15:05〜15:15
・科研のサイト利用について(加々良惠子) 15:15〜15:25
・2016年度の研究計画(伊藤鉄也) 15:25〜15:40
・発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について
  ―「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生) 15:40〜16:00
 休憩(20分)
・発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点─「桐壺」を中心に」(村上明香)16:20〜16:40
・発表「十帖源氏 桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)16:40〜17:00
・休憩(20分)
・共同討議 17:20〜18:50
・諸連絡(淺川槙子) 18:50〜19:00
 
 なお、研究会終了後に懇親会を予定しています。
 日時:2016年6月18日(土) 午後7時から2時間ほど
 会場:東京駅周辺
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2016年04月13日

海外における『源氏物語』に関する情報群の活用法

 海外の『源氏物語』に関する情報について、よく問い合わせをいただきます。
 そこで、参考までに、現在私が運用しているホームページから、基本的な情報のありかを2つだけ取り上げて記しておきます。


(1)「各国における源氏物語や平安文学の翻訳・研究史や動向」



 現在、科研(A)で取り組んでいる「海外源氏情報」のホームページにおいて、海外における『源氏物語』や平安文学に関する翻訳や研究論文情報を年表形式で確認していただけるようにしています。
 ここから、最新情報のおおよそを見渡すことができるはずです。


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「『源氏物語』翻訳史」(現在 261件)

「平安文学翻訳史」(現在 554件)」

「翻訳 - 源氏物語・平安文学論文検索」(現在 475件)」

「海外 - 源氏物語・平安文学論文検索」(現在403件)

 論文情報の一覧では、まだ少数ながらも、可能なものはPDFや画面等で読めるようにしています。

 これらの情報群については、検索もできます。
 その際、表示件数を増やしていただくと一覧しやすくなります。

 さらに、『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)をオンラインで読め、かつ自由にダウンロードしていただけるようにもしています。

『海外平安文学研究ジャーナル』(既刊4冊)

 2016年3月までで、4冊のオンラインジャーナルを刊行しています。
 モニタ画面で、あるいは印刷して、ご自由にお読みください。



(2)「『源氏物語』や平安文学関連のグロッサリー」



 今日から公開したものに、グロッサリーのための検索コーナーがあります。
 トップページのメニューバー右端にある「翻訳・海外資料」から「対訳データベース(グロッサリー)」を辿ると、『十帖源氏』の「桐壺」巻の英訳を活用したデータが、閲覧や検索が可能となっています。


160413_glossary




 これは、『十帖源氏』の外国語訳を有効に活用する意味も持たせたものとして提供することにしたものです。当座は、『十帖源氏』の各国語訳を日本語の現代語訳と対象させただけのものです。しかし、これは今後ともデータを増やし、多様な機能をもたせることで、さらに利用価値の高いものに育てていく予定でいます。
 日本古典文学に関する用語がどのような語彙として外国語に訳されているのかが、おおよそではあってもわかるので参考になるかと思います。

 グロッサリーというと、一語一語を対象させた、一覧表形式の方がいいことは自明のことです。しかし、それを作成するのは膨大な時間と労力が求められるのです。そこで、当座の用に役立ち、簡便なもので、かつ汎用性の高いものを提示することにしました。データを増やすことで、さらなる利便性が高まる仕掛けが構築できるはずです。
 利用されるみなさまのご意見を伺いながら、さまざまな形のグロッサリーを提案していくつもりです。



 この「海外源氏情報」(科研HP)というサイトには、さまざまな情報が取り出せる引き出しが用意されています。
 順次情報を追補することにより、より身近なデータベースに育っていくことでしょう。このサイトに関する要望やご教示を、お待ちしています。
posted by genjiito at 23:15| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年03月23日

オンライン版『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル vol.1』を創刊

 昨春より来春までの2年間、日本学術振興会 科学研究費補助金 「挑戦的萌芽研究」による研究として、「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」(課題番号:15K13257、研究代表者:伊藤鉄也)に取り組むことになりました。

 その成果の一部を、ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」の中の「研究会報告」→「ジャーナル」からダウンロードできるようにしました。
 今回創刊した『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル』(ISSN:2189−597X)という電子ジャーナルは、どなたにでも自由に読んでいただける形で公開しています。
 また、記事の音声読み上げも、パソコンではマッキントッシュとウインドウズで確認しています。目の不自由な方にも読んでいただけるようにしました。何か不具合がありましたら、コメント欄を通してご教示をお願いします。

 このジャーナルの紹介を兼ねて、創刊号の「表紙」と「はじめに」および「目次」を引用します。


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 近年、コンピュータに端を発した情報文具が、世界中の人々の生活スタイルを変えています。インターネットが、国と国や人と人の関わり方を変えました。スマートフォンも、情報の取り扱い方を一変させました。情報をアウトプットする道具も、ドットからレーザー、そして3Dとめまぐるしく進歩しています。
 そのような中で、視覚に障害がある触常者の読書や書記活動は、情報文具の活用により多様化しています。目の見えない方からの電子メールの返信がリアルタイムに届くのは、そのことを如実に示しています。
 しかし、情報を受容して発信する環境が豊かになったとしても、やはり受動的な待つ姿勢が日常的にあるのではないでしょうか。点字と音声だけでは、先人が残した日本の文化資産を受容するのに限界があります。
 古代から書き継がれてきた墨書きの文字を手掛かりにした、温故知新の知的刺激を実感し実践することには困難が伴うからです。

 一つのことがきっかけとなり、日本の古典文化を目が見えなくても体感できる環境に思いをいたすようになりました。古写本『源氏物語』を素材とした実験に、素人ながらも挑戦することにしたのです。
 一つのこととは、『群書類従』を編纂した塙保己一との出合いです。
 思いがけないことから、目が見えなくても手書きの文字が識別できる世界をイメージできるようになりました。
 墨字の中でもひらがな(変体仮名)で書かれた紙面を、触常者が能動的に読み取れるかどうか。
 その可能性にアタックすることは、私自身にとっても手探りの中でのチャレンジです。

 その方策を、実践的に調査研究し実現することを目指すことにしました。触常者と視覚に障害がない見常者とのコミュニケーションをはかる意義の再認識です。
 日本学術振興会の科学研究費補助金の中に「挑戦的萌芽研究」があることがわかり、早速プロジェクトを組み立てて申請しました。幸運にも、平成26年4月に、申請課題「視覚障害者と共に古写本の仮名文字を読み日本古典文化を共有するための挑戦的調査研究」が採択されました。

 多くの方々のご理解とご協力が得られ、予想外の成果が実感できるようになりました。
 こうした成果を広く公開して共有するために、「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)というホームページを立ち上げました。
 さらにオンライン版の「古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル」(ISSN番号:2189−597X)を発刊することにしました。
 これは、産声を上げたばかりのジャーナルです。大切に育てていきたいと思います。

 本課題では、新たな理念と現実的な方策の獲得に挑戦します。その舞台の一つとして、この電子ジャーナルが有効に働けば幸いです。ご教示や投稿などでの積極的な参加をお待ちしています。

 なお、ホームページと電子ジャーナルにおける情報収集、整理、発信、更新、編集等は、本科研の運用補助員である関口祐未が主体となり、研究協力者である国文学研究資料館プロジェクト研究員の淺川槙子と技術補佐員の加々良恵子が支援を担当しています。
 このメンバーで、さらなる展開と成果の結実を目指していきます。
 ご理解とご協力のほどを、どうかよろしくお願いいたします。 (2016年3月30日)



『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル vol.1』


【目次】
●はじめに
●原稿執筆要綱
●研究論文
 日本語点字による写本翻刻作成のための表記論 中野真樹
   付属資料:『日本点字表記法 2001 年版』より抜粋
 音声触図学習システムの開発と古写本「源氏物語」の触読への利用 森川慧一、細川陽一
●小論文
 明治33 年式棒引きかなづかいの今  淺川槙子
●ディスカッション
 点字による変体仮名版翻字の検討 伊藤鉄也、中野真樹、渡邊寛子、関口祐未
●研究の最前線
 手書き文字についてミッタル先生との討議(インド報告) 伊藤鉄也
●レポート
 2015 年度「古写本『源氏物語』の触読研究会」活動報告 関口祐未
●巻末付録
 基本的な言葉の説明
●執筆者一覧
●編集後記
●研究組織



 無事に創刊号の発行ができたことを受けて、早速第2号の原稿を募集します。
 詳細は、本科研のホームページに掲載している、「『古写本『源氏物語』触読研究ジャーナル』応募執筆要綱」か、創刊号の巻頭に置いた「原稿執筆要綱」をご覧ください。

・原稿の締め切り 2016年9月30日(金)
・刊行予定    2016年10月31日(月)
・注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。
posted by genjiito at 15:00| Comment(0) | ◆源氏物語

2016年03月22日

『海外平安文学研究ジャーナル vol. 4.0』を発行

 現在、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A) による研究として、「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(課題番号:25244012、研究代表者:伊藤鉄也)に取り組んでいます。

 その成果の一部を、ホームページ「海外源氏情報」の中の「ジャーナル」から、閲覧およびダウンロードできるようにしています。
 この『海外平安文学研究ジャーナル』という電子ジャーナルは、今号『海外平安文学研究ジャーナル vol. 4.0』を含めて4冊分を、どなたにでも自由に読んでいただける形で公開しています。昨秋より、ダウンロード時のパスワードはなくしました。

 その紹介を兼ねて、今号の「表紙」と「あいさつ」および「目次」を引用します。


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 平成26年秋に創刊したオンライン版『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN:2188ー8035)は、お陰さまで好評のうちに号を重ね、今号で4冊目となりました。さまざまな分野の方々から、温かく迎えていただきましたことに、篤くお礼申し上げます。
 年2冊の刊行も順調に進捗し、その内容も多彩な論稿を並べる異色の電子ジャーナルとして話題にしていただいています。ありがたいことです。
 今号も、科研のメンバーに留まることなく、広く国内外の研究者に投稿を呼びかけたこともあり、さまざまな切り口で海外の平安文学が取り上げられています。日本の文学をこのような角度から見ると、また違った姿が見えてきます。
 本課題では、国際的な視野で日本文学および日本文化を見つめることを意識して、さまざまな問題に取り組んでいます。多角的な視点で平安文学を論じた、みなさまからの意欲的な投稿を歓迎します。
 これまでに、多くの方々のご理解とご協力をいただきました。改めて、お礼申し上げます。
 そして、これからも変わらぬご支援のほどを、どうかよろしくお願いいたします (2016年3月30日)                   


『海外平安文学研究ジャーナル4.0』


【目次】
●あいさつ
●執筆要綱
●研究論文
 ロシア語訳『源氏物語』とウォッシュバーンによる新英訳の比較研究
   〜<語り>・和歌・「もののあはれ」の観点から 土田 久美子
 スペイン語版『伊勢物語』について 雨野 弥生
●研究会拾遺
 ウルドゥー語訳『源氏物語』の完本発見 伊藤 鉄也
●翻訳の現場から
 「十帖源氏」ヒンディー語訳の問題点 菊池 智子
 ウルドゥー語版『源氏物語』の色の世界 村上 明香
 『十帖源氏』の多言語翻訳と系図について
   〜「母の堅子」と「祖父の惟正」はどこから来てどこへ行ったのか 淺川 槙子
●付録
 各国語訳『源氏物語』・『十帖源氏』「桐壺」翻訳データ
   (モンゴル語・英語・ロシア語・ヒンディー語・ウルドゥー語)
●執筆者一覧
●編集後記
●研究組織

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 第4号の発行を受けて、現在は第5号の原稿を募集しています。
 詳細は、本科研のホームページに掲載している、「『海外平安文学研究ジャーナル』応募執筆要綱」か、今号の巻頭に置いた「執筆要綱」をご覧ください。

・原稿の締め切り 2016年5月31日(火)
・刊行予定    2016年6月29日(水)
・注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。
posted by genjiito at 19:00| Comment(0) | ◆源氏物語