2025年12月08日

京都駅で相愛大学本の臨模本について打ち合わせ

 鎌倉時代に書かれた『源氏物語』の臨模本を制作中の宮川保子さんと、京都駅中のホテルのラウンジでこれまでに試し書きとしての下書きと仮の清書本を置いて、文字列の慎重な検討と今後の打ち合わせをしました。
 臨模本を作るに当たり、基本的な共通理解を踏まえて、あとは宮川さんの判断で模本が作成されています。

 すでに、「須磨」(ハーバード大学蔵)、「蜻蛉」(ハーバード大学蔵)、「鈴虫」(国立歴史民俗博物館蔵)の3冊の臨模本は、すべて原本を共に実見して出来上がっています。
 次は、相愛大学の春曙文庫所蔵の断簡である「帚木」、「藤裏葉」、「橋姫」、「宿木」、「手習」の5冊に宮川さんは挑戦中です。

 あらかじめ託されていた5冊の試作本の内、すでに「橋姫」の前半は私の視点からの字母の特定などのコメントを記入したものはお渡ししていました。今日は、それを含めての5冊すべての紛らわしい文字に関して、その字母を判定した私からのコメントを直接確認しながらお伝えしました。

 今回の相愛大学本の文字は、非常に曖昧な表記が多くて、悩ましい問題を抱えています。
 今日、宮川さんが、これは『源氏物語』の草稿本の写しではないか、とおっしゃったことが私の心に突き刺さりました。ハッの思ったのです。本文を書き写す立場からの直感は、研究という視点とはまったく異なる感触があったようです。これまでのハーバード本や歴博本とは、明らかに書かれている文字の字形や印象が違います。
 例えば、「思」「程」「給」の漢字は、字形に揺れがあります。仮名についても、「あ」「那」「ら」「越」などにも、崩し方が自由奔放です。
 粗雑というと語弊がありそうなので、清書本を書き写した写本ではなさそうだ、と言っておきましょう。

 「手習」の巻から、1例だけあげます。
 これは「ひめきみ(姫君)」という単語を「ひめ支見」と書いたとしか思えない文字列です。「支(ki)」も「見(mi)」も、そのつもりで見ればそう書いてあります。しかし、この写本の書写者は、果たしてその文字が何というか音を表すものか、わかっていたのか疑問です。

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 親本の文字が乱れていたのか、書き写す時に注意力が散漫になっていたのか。こうした例の一々を取り上げながら、この相愛大学本の本文の素性を検討すべきだと思います。

 文字の字形以外にも、本文の違いも顕著です。
 現在の『源氏物語』の基準本文となっている室町時代の写本に江戸時代の手が入った校訂本文「大島本」とは、この鎌倉時代の本文は大きな異同を見せています。
 春曙文庫の収集所蔵者であった田中重太郎先生が、次のようにおっしゃっていたことが、実際に本文を確認していると実感として伝わってきます。


■源氏物語本文について(田中重太郎)
 ところで、源氏物語の本文でも定家の証本がいま定本視されているが、いわゆる別本系の本文と読みくらべると、いまの源氏物語の本文は、なんだかばかに整頓され、みがかれ過ぎた感じがする。架蔵の鎌倉初期書写の源氏物語断簡(昭和三十九年十月刊)を読みかえしていると、こんな本文の源氏物語がすくなくとも平安末期にはあって、読まれていたのだと思い、いま行われている源氏物語の本文と読みあわせると、そらおそろしい気がして来る。(下略)
(清少納言と「ほのかなり」と、『平安文学研究』第四十二輯、昭和四十四年六月号、『枕草子三十五年』再掲)


 書道家である宮川さんも、忠実に臨模を続ける過程で、本書の特殊性を身をもって体感なさったようです。これは、これまでの写本とは何か違う、と。
 相愛大学蔵本『源氏物語』として伝わる5冊の写本(断簡)は、平安時代から鎌倉時代にかけて、物語本文が形成される道程を照らす資料となるかもしれません。

 ひきつづき、本文の「変体仮名翻字版」の作成を続けます。今後のさらなる翻字作業と、本文の調査や検討が楽しみです。
 本書に興味と関心をお持ちの方は、私がNPO活動として展開している、キャンパスプラザ京都(京都駅前、「帚木」巻を読む)と、シェア型書店HONBAKO京都宇治(宇治駅前、「橋姫」巻を読む)でこれらの本を読んでいる勉強会にご参加ください。遅々として進まないものの、順調に前に向かって取り組んでいますので。




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2025年07月31日

これも『源氏物語』の受容資料(?)

 近くにオープンした大型スーパーは、「食のテーマパーク」を標榜しています。これも近所にある業務スーパー並みに、値段の安さに加えて、その品揃えの豊富さには圧倒されます。
 広いお店の天井を見上げるとミニチュアの列車が走っていて、子供たちは大喜びです。
 そして壁面には、いろいろなポップな飾り付けがなされています。その中に、何と平安貴族たちが描かれています。
 「源氏物語のまち宇治」というキャッチフレーズを掲げる、宇治市に出来たお店です。昨年の大河ドラマの連想からも、これは『源氏物語』をイメージした絵だと思われます。

 何点か紹介します。
 こうした遊び心が、訪れる買い物客の購買意欲を掻き立てることでしょう。
 この絵の紹介が、開店して一週間たってもネットにはほとんどなされていないので、ここに取り上げることにしました。新聞かネットで、『源氏物語』の絵が壁に描かれている記事を一度見ました。話題になるだろうと思って、その後は特にチェックをしていませんでした。気づかれていないのかもしれません。お店の方には、まだこの絵のことは聞いていません。

 『源氏物語』の受容資料の一つとして、以下に4点の絵をあげます。

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2024年12月23日

違和感のある『源氏物語』の作者は紫式部だとする風潮

 ここに書くことは、その道の専門家からは失笑の対象となる発言である、と言われることでしょう。しかし、私は、紫式部が『源氏物語』のどこを実際に書いたのか、いまだに確証を得られないままにいます。大学生の頃から、何か文章を書く時には、紫式部という固有名詞は使わずに、今に至るまで〈物語作者〉で通しています。
 伝えられてきた『男源氏の物語』と『女源氏の物語』を【編集】(あるいは編纂)して『源氏物語』に仕上げたのが紫式部だ、としてきました。学生時代に教えられた、折口信夫の考え方を踏まえての物の見方であり考え方です。今も、これは変わりません。

 今年、2024年の一大ブームとなった『源氏物語』について、至る所で「作者紫式部」と喧伝されていることに、ずっと違和感を持ち続けています。みなさん、本気でそう思っておられるのか不思議です。
 昨年末と今夏にNHKの取材を受けた時、私は『源氏物語』の作者を紫式部だとは考えない立場であることをあらかじめお伝えし、その質問は番組制作上は混乱させることなので、くれぐれもなさらないようにお願いしました。放映された2つの番組では、内容が『源氏物語』の翻訳本であったこともあり、そのことに関わりのない部分が切り取られていました。

 紫式部が『源氏物語』を書いた、その作者は紫式部である、と言わなければならないような雰囲気が醸成されていたからこそ、『源氏物語』を読んだこともない方が「作者紫式部」と言わなければならない状況だったのではないでしょうか。
 とにかく、私が抱いた違和感は、こぞって「紫式部が書いた『源氏物語』」というフレーズを使っておられたことにあります。

 今に残る、特に江戸時代の修正や書き込みを取り込んだ〈大島本〉を元にして校訂されたテキストが、現代の共通本文となっています。書店に並ぶ『源氏物語』の本文は、すべて〈大島本〉を元にしたものです。そうした改変の手が入った物語本文を読んで、具体的にどこを紫式部という人が書いたと言えるのか、その論証の過程を知りたいと思います。
 江戸時代の校訂本文での例証では話が進まないので、私が編集した以下の鎌倉時代の中期に書写された4冊の『源氏物語』の本文の中から、その具体的な例を示していただけると、納得しやすいと思います。平安時代に写された『源氏物語』の写本や古筆切れはまったくないのですから、この鎌倉時代の本文資料で検証をはじめるしかないでしょう。

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(1)『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編著、新典社、2013年)

(2)『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤鉄也編著、新典社、2014年)

(3)『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子編著、新典社、2015年)

(4)『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編著、新典社、2016年)

 紫式部が実際に書いたと思われる物語本文の指摘とその検証を、上記の鎌倉時代に書写された本文で例示していただけると、この問題が具体的に進展するかと思われます。

 こんな愚問はどなたからも相手にされず、無視されるのが常です。そう思いつつも、こうした違和感を抱く者が〈昭和・平成・令和〉の時代の片隅にいたことを、タイムカプセルでもある本ブログに記し残しておきます。




posted by genjiito at 19:31| Comment(0) | ◎源氏物語

2024年11月07日

筑紫女学園大学の学生さんに向けてネットを通してお話をする

 今日の午後は、筑紫女学園大学文学部アジア文化学科の小林知美学科長がなさっている授業に割り込む形で、私が少しお話をする機会を得ました。
 小林先生が『源氏物語』の絵画を扱われるとのことだったので、私は自分が関わった範囲での源氏絵について、体験を元にした具体的な内容にしました。
 掲示した題目は「源氏絵に関する4話」です。
 扱った資料は、次の4冊の書籍です。

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 この4冊を元にして、順次その逸話を語り、源氏絵に興味を持ってもらうようにしました。

(1)ケンブリッジ大学のジョン・コーツ先生所蔵の源氏絵
  『源氏物語本文の研究』(豊島秀範編、國學院大學、2011年)所収の新出絵図
   「在英国・源氏物語画帖に関する情報公開」(2011年01月10日)

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 この画帖に関連して、同じ装丁の粉本(下絵)を私もパリで入手して持っていることに触れました。日本の絵画が、海外に多く流出しているようです。

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 これに、指示通りに彩色すると、次のような絵が出来上がります。

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(2)ハーバード大学本『源氏物語画帖』
  『The Tale o f Genji -A Visual Companion』(メリッサ・マコーミック、プリンストン大学出版、2018年)
    マコーミック編著の詞書の翻字と、そのローマ字表記を担当したこと
   「メリッサ・マコーミック編著『The Tale of Genji : A Visual Companion』」

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(3)2,000円札の源氏絵と詞書の話
  『源氏物語の異本を読む−「鈴虫」の場合−』(伊藤鉄也、臨川書店、2001年)
   「『源氏物語』国冬本「鈴虫」の長文異同(その1-問題点)」(2016年07月19日)

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(4)『源氏物語団扇画帖』の索引の話
  『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展示図録』
   (国文学研究資料館編、思文閣出版、2008年)
  この画帖は、自由に見られます。公開されている「若紫」の巻をあげます。

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 この巻に描かれている人物が着ている衣服などの詳細が、次の索引でわかります。
    「国文研蔵『源氏物語団扇画帖』服飾関係分類索引(畠山版1)」(2012年06月26日)

「第五図 若紫巻(1)(第五帖)」
1(惟光)   狩衣姿 太刀を手に持つ
        平礼烏帽子 狩衣(若草色無文) 単(朱色) 指貫(白地無文) 太刀
*なお、狩衣の下に着ている紺色のものは不明であり、朱色のものを仮に単衣とした。
2(光源氏)  狩衣姿
        立烏帽子 狩衣(紅地松枝文) 当帯 指貫(白地無文) 中着(墨色) 浅沓
3(女の童)  衵姿 髪の端を束ねている
        衵(白地松枝文) 単衣(紅地菱文)
4(尼君)   五衣表着姿 尼削ぎ
        表着(白に地文、上文は梅文) 五衣(入子菱文紅匂) 単衣(萌黄菱文) 長袴
5(若紫)   衵姿 髪の端を束ねる 物語本文では「山吹」
        衵(浅葱色地唐花唐草文) 単衣(白地菱文)
6(女房)   袿袴姿
        袿(黄色地花菱遠文) 単衣(萌黄菱文) 長袴

 画帖全体の索引も、『源氏物語 千年のかがやき』に収録されています。

 最後に、今回の対象が学部3年生ということなので、卒業論文に関連したことをお話しました。
 上記のように、自分が興味のある絵に自分なりの視点で索引を作ることは、大切な研究の基礎となるものなので、取り組んでほしいことを伝えました。
 また、翻訳本の表紙などの図様やデザインも、その比較検討をすることで、多国間の異文化交流の資料となることも指摘しました。もちろん、描かれた絵の検討は、基本的なアタックであることは言うまでもありません。
 短時間だったこともあり、言い足りないことが多々ありました。これからの学生さんの勉強や研究に何かお役に立つことがあれば、願ってもないことです。
 拙い話で、大変失礼しました。
 仲立ちをしてくださった村上明香先生には、インドでの2度にわたる調査研究の旅行に加えて、先週の太宰府行き共々、細やかなお気遣いにあらためてお礼申し上げます。





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2024年10月21日

ご案内2題(2/2)宮川さんの作品展が古典の日の行事として開催されます

 書家の宮川保子さんがなさった、『源氏物語』の古写本の臨模と独自本の創作の成果については、その背景を含めて以下の記事などで紹介してきました。

「中之島図書館での第4回リレー講座は宮川さんのハーバード本を臨模した話」

「鎌倉期に書写された『源氏物語』の《宮川版 臨模本》」

 写本の料紙・装飾・書写・製本・表装と、それらを一人で手がけられたものとして特筆すべき成果を、この機会にぜひご自分で実見し実感していただきたいと思います。
 ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」と国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」の臨模本は圧巻です。
 よくもここまでそっくりそのままに、と、ため息がでるほどです。

 「源氏物語」宮川保子 作品展
 会期:2024年11月5日(火)〜30日(土)
 会場:タッセルホテル三条白川 1階
 後援:古典の日推進委員会

 ※次の画像をクリックすると精細表示となり、文字が読みやすくなります。

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 秋の京都は、海外からの観光客でごったがえしています。
 しかし、今回の会場である岡崎エリアは、文化の香りを堪能する地域ということもあり、リピーターの方々が多いように思います。その点でも、人混みの観光地とは異なり、ゆったりと散策できるところかと思います。
 小さな展覧会です。しかし、ぜひ白川沿いをそぞろ歩きし、美術館めぐりをしながら、『源氏物語』の写本を通して平安時代に思いを馳せていただければ、と思っています。




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2024年09月05日

山下智子さんの女房語り特別企画のご案内

 『源氏物語』の京ことばによる女房語りを精力的に展開しておられる山下智子さんが、特別企画として本年10月6日(日)に、雅楽とともに聞く源氏物語「紅葉賀」を開催なさいます。
 山下さんの活動を微力ながらも支援している者として、以下にそのお知らせと紹介を記します。

 山下さんには、昨秋、大阪府立中之島図書館で開催している「新古典塾 平安文学リレー講座」でお世話になりました。参加なさった多くの方に、女房語りの魅力が伝わるすばらしい公演会でした。

「来週11月8日(水)開催の「京ことばで聞く源氏物語【紅葉賀】」のご案内」(2023年11月02日、http://genjiito.sblo.jp/article/190636148.html

 本日、山下さんから、以下の案内が届きました。


秋の虫の音が聞こえるようになりました。お元気でお過ごしでしょうか。紫苑語り会山下智子です。
今日は錦秋の秋に先駆けて、秋の時別企画の御案内です。

 京の町に佇む冬青庵能舞台、この秋、京都ライオンズクラブ様の御後援を頂き、この素敵な舞台で、雅楽とともに聞く源氏物語「紅葉賀」を企画致しました。
いつもの語り会とは趣向を変えて、雅楽演奏家 雑喉文右衛門さん、藤田直樹さんのお二人をお招きし、生演奏と雅楽についてのお話、そして雅楽の音色と供に、源氏物語の中でも錦と輝く第七帖「紅葉賀」をお聞き戴きます。
語り女房も、小袿の装束で、伸びに伸びて足首に届くほどになった長い髪を一束にして(踏まないように)語らせていただきます。

今回は紫苑語り会でご提供できるお席が40席と少ないのですが、是非お聞き戴きたく、ご案内申し上げます。


 会場:冬青庵能舞台
 日時:10月6日(日)、午後2時開演、1時半開場
 会費:当日精算
 お席:全椅子席自由

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 企画の詳細とお申し込みについては、以下のサイトからどうぞ。


 会場の詳細は、以下のサイトにあります。

 冬青庵能舞台 京都市中京区両替町通二条上る北小路町97−2  *最寄り駅→地下鉄烏丸線「丸太町駅」6番出口より徒歩2分 *地図→ https://touseian.jp/web/%e3%82%a2%e3%82%af%e3%82%bb%e3%82%b9/ 


 秋の午後のひと時を、雅な世界に身を置かれてはいかがでしょうか。

 山下さんの活動の詳細は、以下の公式サイトをご覧ください。





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2024年08月25日

明後日8月27日に各国語訳『源氏物語』のことが放映されます

 直前のお知らせとなります。
 昨日の記事の中で触れた、『源氏物語』の翻訳本に関するテレビ番組の件です。

 明後日の8月27日(火)17時30分ごろに、NHK総合「午後LIVEニュースーン」の中の特集コーナーで、「トクシューン・世界で読み継がれる源氏物語」というテーマの放送があります。
 各国語訳『源氏物語』の紹介と、私へのインタビューが少し放映される予定となっています。
 東京の日比谷図書文化館における「古文書塾 てらこや」での源氏講座の様子も、紹介されるかと思います。
 短時間の枠取りのようなので、お見逃しなのないように!!

 『源氏物語』は、次の43種類の言語で翻訳されています。

アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウクライナ語・ウズベク語・ウルドゥー語(インド)・英語・エスペラント・オランダ語・オディアー語(インド)・カタルーニャ語・クロアチア語・ジョージア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・日本語(現代)・日本点字・ハンガリー語・ハングル・パンジャービー語(インド)・ビルマ語・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ヘブライ語・ペルシャ語・ポーランド語・ポルトガル語・マラヤーラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ルーマニア語・ロシア語

 その中でも、興味深い翻訳本の情報を、今回いくつか提供しました。

 なお、『平安文学翻訳本集成』という本を発行しています。その本については、以下のサイトからPDF版として無料でダウンロードできるようになっています。

『平安文学翻訳本集成《2018》』(伊藤鉄也 他編、2019年)

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 インタビューに先立ち、私は『源氏物語』の作者は紫式部個人と特定せず、数多の「男源氏の物語」と「女源氏の物語」を一女性が編纂した、と理解していることを伝えました。『源氏物語』は紫式部が書いた、という立場ではありません。このことを了解していただいてインタビューを受け、情報を提供しましたので、ここにその立場を明確にしておきます。




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2024年06月23日

池田本「桐壺」の語彙索引を現時点での成果として実態を公開

 池田本「桐壺」の本文を[変体仮名翻字版-2023]で翻字して本文データベースを作成し終えたことは、昨日の本ブログで報告した通りです。
 そして、池田本「桐壺」ではどのような変体仮名がどのような文字列の中で使われているか、ということの概要がわかるように、文節・語彙索引によって確認できるようにしました。これにより、鎌倉時代に書写された池田本「桐壺」の本文の文字の分析と、書写者の文字への対処の実態と意識を探ることが可能となりました。
 昨日の報告は、その一部だったことと、十分に見直したデータではありませんでした。そこで、池田本「桐壺」の語彙索引の実状を知ってもらうためにも、まだまだ確認と検証が不十分ながら、現時点での実態をここに公開することにします。
 平安・鎌倉時代の『源氏物語』の写本にはどのような文字で、どのようなことが書かれていたのかということに興味と関心をお持ちの方々に、現在「大島本」として読まれている江戸時代の校訂本文に書き換えられている本文との違いを、多彩な角度から再検討していただき、『源氏物語』の本文のあるべき姿を考えるための参考資料となれば幸いです。もちろん、まだ資料は未整理であることは承知の上です。翻字データは予め作成した凡例に則り、間違いは少ないということを、この翻字に関わった多くの方と共に自信をもって、江湖に送りだしたいと思います。

 ※画像をクリックすると精細表示になり、文字が読みやすくなります。

 次は、この元になっている[変体仮名翻字版-2023]による変体仮名翻字データベースの公開方法についての検討に入ります。
 しばらく時間をください。

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2024年05月09日

山下智子さんの京ことばによる女房語りのご案内

 好評の山下智子さんの源氏語りの会が、来週5月19日(日)に開催されます。
 今回から、匂宮三帖に入ります。光源氏亡き後の、世代交代した新たな物語がスタートします。
 語りの場所も、『源氏物語』と縁のある清涼寺。しかし、残念ながら今回も私は行けません。
 そのためもあって、広報で協力・支援したいと思います。

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 いただいた案内文を、以下に引きます。

今回は源氏の君が亡くなってからの物語「匂兵部卿宮」「紅梅」をお聞き戴きます。
会場の清凉寺様(嵯峨釈迦堂)は嵯峨天皇の勅願寺、そしてその皇子で、六条に大邸宅を構え原左大臣といわれた源融 嵯峨で営んだ山荘が棲霞観(せいかかん)で、後の棲霞寺の地に建立されたのが清凉寺です。この源融こそ、源氏の君のモデルの一人です。
六条院源氏の大臣が紫上を供養した後、出家して余生を過ごした嵯峨の御堂は、この嵯峨釈迦堂であるとされています。
境内には融公の墓所もあり、源氏の子孫の物語の幕開きにはぜひ、源氏の君の気配をかんじさせてくれるこの嵯峨釈迦堂 清凉寺様で語りたいとの思いが叶いました。

京都府指定文化財の仁王門、通公ゆかりの阿弥陀堂。
開山の僧が、釈尊の姿を写した尊像を将来し中国から戻ってこられたのは、まさに一条天皇の御代のことと聞きます。
由書あるこのお寺には、現在に至るまで御宝物が大切にまもられてきました。源融がモデルという阿弥陀三尊像の他、多数の宝物が安置されています。
池遊式庭園に浮かぶような弁天堂、川中島を渡り廊下から眺めると時を超えて心が浮遊するような気分を味わえます。

 世代交代した新しい物語の始まりの物語を、是非お聞き下さい。
源氏の君が現世で贖罪を迫られた正妻女三の宮密通で生まれた不義の御子薫君は内向的で全身から芳ばしい薫りがたつ神秘的な存在、一方、源氏の君の美貌と好色を受け継いだ艶やかな匂宮は愛娘で中宮となった明石の姫の三の宮。
二人の美しい貴公子が巻き起こす波乱のドラマが幕を開けます。
5月19日(日) Deepな京都とともにお楽しみくださいませ。
(中略)
   お申込はこちらのフォームからお願い致します。お寺の様子、物語の詳細、アクセスなどもございます。 https://www.genji-kyokotoba.jp/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%AA%9E%E3%82%8A%E4%BC%9A-1/ 

 山下さんは、京都や東京などを舞台として、精力的に語りの会を展開しておられます。
 上記の「京ことば『源氏物語』」のホームページで、その全容を知ることができます。
 ますますの活躍を、微力ながら応援しています。




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2024年04月30日

今年は春があったのでしょうか

 卯月も今日まで。
 明日から皐月。
 月日の経つのが早過ぎて、実感が湧きません。
 ただし、葵祭が近付くと、なんとなく気持ちがうきうきします。
 思い返すと、今年は「春」がなかったように思われます。
 いろいろな所で桜を観ました。
 しかし、冬から夏への移り変わりの中でのことだったようです。
 昨日は、30度近い暑い一日でした。
 今日は、肌寒いと思っていたら突然大雨が降り、夕方から急に寒くなりました。
 夏と梅雨を肌身に感じます。
 今年も暑い夏となるようです。
 去年は、秋という季節を感じないままに、熱暑の日々から冬になりました。
 今年は、冬の前に秋は来るのでしょうか。

 春夏秋冬の四季が、日本の文化や文学の背景にあります。
 それが崩れていることは確かでしょう。
 近くの商店街を歩いていたら、「春夏冬(あきない)」という看板を見かけました。

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 「秋ない」とか「飽きない」とか「商い」という、言葉あそびなのでしょう。
 まさに、昨年の季節そのものを言っているようで、時代の先取りをしたネーミングとなっています。
 さて、来年は春と秋がない「夏冬」をどう読めばいいのか、今から思い悩んでいます。

 『源氏物語』では、春を代表する紫の上と、秋を代表する秋好中宮が出てきます。
 第19巻の「薄雲」で、光源氏は斎宮の女御(後の秋好中宮)に「春と秋のどちらが好きですか?」と尋ねています。
 第21巻「少女」では、いわゆる紫の上と秋好中宮の間で、有名な春秋優劣論が語られます。
 第24巻「胡蝶」では、六条院の春の町と秋の町とをつなぐ池で、船を介した春と秋のやりとりがあります。
 さて、夏と冬の二季を生きる次の世代は、六条院の四季の町で展開する物語をどう説明するのでしょうか。




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2023年10月09日

「京ことばで聞く源氏物語【紅葉賀】」(2023年11月8日)のご案内

 大阪府立中之島図書館で連続講座として開催している、「新古典塾 平安文学リレー講座」の第3回のチラシが出来ました。
 今回は山下智子さんによる、京ことばの朗読をお楽しみください。
 タイトルは、「京ことばで聞く源氏物語【紅葉賀】」です。
 画像をクリックすると、精細画像で表示されます。

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 山下さんがリリースしておられる「CD 紅葉賀」は、当日図書館で購入していただけます。
 本ブログ(2021年07月04日)「山下智子さんがCDで女房語り「紅葉賀」をリリース」(http://genjiito.sblo.jp/article/188815190.html)も参照願います。

 中之島図書館のホームページには、山下智子さんに関して、さらに詳しい情報が掲載されていますので、併せてご確認ください。
「新古典塾 第3回 平安文学リレー講座 京ことばで聞く 源氏物語 【紅 葉 賀】 山下 智子 氏」(https://www.nakanoshima-library.jp/event/event-1483/

 さらには、ご本人のホームページ「京ことば源氏物語」(https://www.genji-kyokotoba.jp)もご覧いただき、幅広い活動をなさっている一端をご覧ください。




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2023年09月30日

本年後半は『源氏物語』本文データベースの構築を再始動させます

9月も無事に終わります。
幸運に恵まれた日々を過ごすことができました。
リハビリも順調で、ほとんど問題はありません。
脳梗塞の再発率は51%だそうです。
自分の身体を気遣いながら、慎重に物事に対処していきます。

『源氏物語』の本文データベースの構築が私にとっての大仕事です。
来月から、『源氏物語』の鎌倉期古写本の新たな翻字に集中します。
[変体仮名翻字版-2023]で1巻でも多くの翻字をするつもりです。
まだ誰もやったことがない翻字方針なので、手探り状態は続きます。
これは、『源氏物語別本集成 正・続 全22巻』の時もそうでした。
これまで翻字のお手伝いをしてくださった方々と、新たな始動です。
これまで以上に多くの方のさらなるご理解とご協力をお願いします。




posted by genjiito at 20:55| Comment(0) | ◎源氏物語

2023年05月20日

東京・天理ギャラリーの源氏物語展

 今朝は、赤坂御所に近い明治神宮外苑のいちょう並木を散策しました。
 昨日の午後から降り出した雨はあがっています。

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 青山一丁目から銀座線で神田駅の近くにある天理ギャラリーへ行きました。源氏物語展を見るためです。

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 これまでに、天理大学付属天理図書館で実際に調査した写本が何点もあり、いろいろと思い出しながら拝見しました。

 今回の出品リストをあげます。
天理ギャラリー第179回展
「源氏物語展−珠玉の三十三選−」
◆2023年5月14日(日)〜6月11日(日)  会期中無休
◆開館時間:午前9時30分〜午後5時30分
◆入館料:600円(高校生以下無料)
◆会場:天理ギャラリー (〒101-0054 東京都千代田区神田錦町1-9 東京天理ビル9階)

出品一覧(◎重要文化財/○重要美術品)
[源氏物語]
◯1.帚木巻 伝藤原為家筆 鎌倉中期写 1冊
◯2.未摘花巻 伝冷泉為相筆 鎌倉中期写 1 冊
 3.蓬生巻 伝藤原為家等筆 鎌倉中期写 2軸
◯4.薄雲・朝顔巻 耕雲本 伝二条為氏筆 鎌倉中期写 1冊
◯5.少女卷 伝二条院讚岐筆 鎌倉初期写 1冊
 6.野分巻 伝藤原定家筆 鎌倉中・未期写 1冊
 7.藤袴巻 伝慈鎮筆 鎌倉中期写 1冊
 8.真木柱巻 鎌倉末期写 1冊
 9.柏木巻 伝源頼政筆 鎌倉初期写 1冊
◯10. 鈴虫巻 伝藤原俊成筆 鎌倉中期写 1軸
 11.夕霧巻 鎌倉末期写 1冊
◯12.竹河巻 伝西行筆 鎌倉初期写 1冊
◎13.池田本 伝二条為明等筆 鎌倉末期写 52巻49冊
◎14.国冬本 伝津守国冬等筆 鎌倉末期・室町末期写 53巻54冊
 15.麦生本 麦生鑑綱天文15年(1546)署記 44巻44冊
 16.桃園文庫旧蔵河内本 室町後期写 53巻53 冊
 17.阿里莫本 高坂松陰筆 元緑5年(1692)写 54巻付雲隠六帖6巻60冊
◯18.絵巻 若紫・末摘花巻 鎌倉末期写 1軸
 19.白描絵巻 紅葉賀〜夕霧巻 室町末期写 2軸
 20.奈良絵表紙 絵合巻 伝土佐光信画 室町末期写 1冊
 21.奈良絵本 江戸前期写 54巻54冊
 22.絵巻模本 江戸中期写 2軸
[自筆注釈書類]
 23.定家小本 藤原定家自筆 鎌倉初期1冊
◎24.源氏物語抄高水本 永仁7年(1299)写 1冊
 25.源氏古鏡 鎌倉末期写 1冊
 26.河海抄 伝一条兼良筆 文明13年(1481)写 20巻10冊
 27.千鳥抄 室町中期写 1冊
 28.林逸抄 林宗二自筆 永緑2年(1559)頃 54巻45冊
 29.山下水 草稿 三条西実枝自筆 元亀・天正頃 甲本18冊・乙本8冊
 30.孟津抄 九条植通自筆 元亀・天正頃 3冊
 31.源注拾遺 契沖自筆 元緑9年(1696) 8巻8冊
 32.源氏物語新釈総考 賀茂真淵自筆 江戸中期 1冊
◯33. 安波礼弁・紫文訳解 本居宣長自筆 宝暦8年(1758) 1冊

 さらに詳しくは、天理図書館の展覧会情報をご覧ください。
 https://www.tcl.gr.jp/exh/exh-6019/

 文化遺産としての『源氏物語』に関する写本や絵画資料を、心ゆくまで堪能しました。特に、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の古写本は、いずれも風格があります。そこに写し取られた物語の本文は、現在進めている[補訂 変体仮名翻字版]で翻字して、1日も早く次世代の方々に申し送りたいものです。

 先月から、心機一転、新たな方針で翻字が始まりました。これまでの35年間の蓄積を一旦リセットして、手に入れた翻字のノウハウを活かしながら、今後100年をかけてより精確な『源氏物語本文データベース』の構築に当たります。
 多くの方々のご理解とご協力を得る中で、一日も早く公開できるように鋭意取り組んでいきたいとの思いを新たにしました。
 
 
 
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2022年10月07日

同志社大学の企画展「源氏物語の世界」の紹介

 今月末(10月29日)から、同志社大学今出川キャンパス内にあるハリス理化学館同志社ギャラリー2階企画展示室で、「源氏物語の世界 −宮廷文化の余薫−」と題する展覧会が開催されます。
 『源氏物語』が江戸時代にはどのように受容されていたかが、大学所蔵の貴重な資料から知ることができる展覧会です。
 同ギャラリーのホームページより、開催の趣旨を引用します。

同志社大学では江戸時代に作成された『源氏物語』関係資料を数多く収蔵しております。これらの貴重な資料は大学図書館のデジタルコレクションでみられるものの、本格的な周知にはなかなか至っていない状況です。今回の展示では本学の宮廷文化研究センターと共催し、平安時代に紫式部によって執筆された宮廷文化の花形である『源氏物語』が、江戸時代には、どのような形で多くの人々に愛され、いかに生活の中にも浸透していたかを本学所蔵の資料からみていきます


 また、関連して次の2つの記念講演会があります。

■記念講演会T
「藤原道長と紫式部」
  講師:朧谷寿氏(同志社女子大学名誉教授)
  10月30日(日)14時〜(90分程度)
  会場:同志社大学[今出川キャンパス]良心館 B2教室
  定員150名/聴講無料/要事前申込(申込締切:10月14日必着)

■記念講演会U
「源氏物語と庭園文化」
  講演@「源氏物語と自然」 講師:岩坪健氏(同志社大学文学部教授)
  講演A「源融の河原院と枳殻邸(渉成園)」
  講師:加藤友規氏(京都芸術大学大学院教授、植彌加藤造園代表取締役社長)
  11月20日(日)14時〜16時
  会場:同志社大学[今出川キャンパス]至誠館 22番教室
  定員150名/聴講無料/要事前申込(申込締切:10月28日必着)


 秋の行楽で京都にお越しの節には、この源氏展もスケジュールに入れてお越しになってはいかがでしょうか。

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2021年09月02日

ヘブライ語訳『源氏物語』を42種類目の翻訳本とすること

 これまでに確認できた『源氏物語』の翻訳本は、《41種類》の言語による、と報じていました。「『源氏物語』は《41種類の言語》で翻訳中(2020.9.16版)」(2020年09月16日)
 ところが、ここにはヘブライ語訳『源氏物語』が抜けていることがわかりました。つまり、『源氏物語』は《42種類》の言語で翻訳されている、というのが、現時点での正確な数字です。次の一覧表を、最新情報として報告します。

【『源氏物語』が翻訳されている42種類の言語一覧】 (2021年9月2日現在)

アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウクライナ語・ウズベク語・ウルドゥー語(インド)・英語・エスペラント・オランダ語・オディアー語(インド)・カタルーニャ語・クロアチア語・ジョージア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミル語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・トルコ語・日本語(現代)・日本点字・ハンガリー語・ハングル・パンジャービー語(インド)・ビルマ語・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・ベトナム語・ヘブライ語・ペルシャ語・ポルトガル語・マラヤーラム語(インド)・モンゴル語・リトアニア語・ルーマニア語・ロシア語


 今回追記したヘブライ語訳『源氏物語』は、1971年に「Tel Aviv, Schocken」から刊行された『Ma'ase Genji.』(214頁)です。表紙は、徳川美術館蔵『国宝源氏物語絵巻』「宿木三」を使っており、Pennsylvania State Library に所蔵されている本です。ただし、原本はまだ確認していません。この本に関する情報をお寄せいただけると幸いです。

 本ブログで「ヘブライ語訳 源氏物語」に関する記事を検索してみました。
 すると、「マラヤラム語訳『源氏物語』を入手」(2010年06月30日)の記事の中に、次の情報がありました。「◆未確認(あるらしい、というもの) 4種類◆」の中に、ヘブライ語訳があるので、その存在は早くから把握していたようです。

『源氏物語』の翻訳言語情報(2010.6.29版)

◆刊行されたもの 26種類◆
アッサム語(インド)・アラビア語・イタリア語・ウルドゥー語(インド)・英語・オランダ語・クロアチア語・スウェーデン語・スペイン語・スロベニア語・セルビア語・タミール語(インド)・チェコ語・中国語(簡体字)・中国語(繁体字)・テルグ語(インド)・ドイツ語・現代日本語・ハングル(韓国)・パンジャビ語(インド)・ヒンディー語(インド)・フィンランド語・フランス語・マラヤラム語(インド)・モンゴル語・ロシア語

◆現在進行中のもの 4種類◆
ウクライナ語(中断)・エスペラント(進行中)・トルコ語(出版待ち)・ミャンマー語(進行中)

◆未確認(あるらしい、というもの) 4種類◆
オリヤー語(インド)・ハンガリー語・ヘブライ語・ポルトガル語


◆再挑戦が進むもの 5種類◆
イタリア語(中断)・英語(未確認)・オランダ語・フィンランド語(宇治十帖)・フランス語


 さらには、その前年の記事、「『源氏物語』の翻訳状況(2009.3.25版)」(2009年03月26日)にも、「◆未確認(あるらしい、というもの) 6種類◆」の中にヘブライ語訳を明記しています。
 ということで、早い時点で翻訳本の存在はわかっていました。ただし、私自身が実見していないことと、手元に原本がないために、「未確認」の情報として扱っていたのです。
 それが、この一覧表を折々に追記しながら整理をしているうちに、この未確認の情報としてメモ程度に留めていたものが削ぎ落とされて、次から次へと引き継がれて来て欠落したままに今に至っている、ということのようです。

 さらに調べていると、2008年11月にラリー・ウォーカー先生から、以下の情報がメールでもたらされていました。

Japan P.E.N. Clubの1997年版に「Maase Genji (源氏物語)Hebrew[HEB](ヘブライ語)1971」はそのままのせていますが、ほかの情報がありません。


 2008年11月というと、私が国文学研究資料館の『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展』で、展示の責任者として奔走していた時です。翻訳本の展示をしていたにもかかわらず、このヘブライ語訳『源氏物語』の追跡調査をする余裕はなかったようです。
 遅ればせながら翻訳本の追加、ということになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◎源氏物語

2021年07月04日

山下智子さんがCDで女房語り「紅葉賀」をリリース

 『源氏物語』を百年前の京ことばで、女房語りとして朗読し続けておられる山下智子さんが、今秋10月2日(土)に「CD 紅葉賀」をクラウドファンディングでリリースされます。そして、同じ日に大江能楽堂で記念公演があります。

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https://www.genji-kyokotoba.jp

 山下さんから届いたメールの一部を、以下に転載します。
 今回のCDが山下さんのさらなる活躍につながることを願い、ささやかながら広報でお手伝いしています。

 コロナに世界を支配され、十二年続けていた東京語り会も休止となってから一年以上、二度目の夏を迎えようとしています。どんなにあがいても、思いのままにはならないなら、今できることを精一杯するのみ、と、京都の語り会だけはこつこつと続け、コロナの夜明けを待ち焦がれているこの間、様々のことに思いを巡らしました。

 五十四帖を語りきると宣言した時には、そんなことが本当に出来るのだろうかと思っておりました。けれども根気だけはあったようで、皆様にお支え頂きながら続けてゆくうち、五十四帖を語りきることはもちろん当初の目標ではあったけれど、そしてこの度のコロナ禍で、立ち止まらざるを得なくなったこの日々に、根本的な自身の在り様を思うようになりました。
恩師中井和子先生の願いでもあった、CDなどで音源を後世に遺すこと。これはなかなか自分にゴーサインを出せずにおりました。
及第点などとても、との思いでした。けれどもやればやるほどに自分への採点は厳しくなって、同時に恐ろしくなって、このままでは一生OKなどと言えない、ならば、通過地点の現在の最善を尽くし、単なる自己表現活動としてではなく、うぶすなの言葉を次の世代に繋げて頂くという、おこがましいけれど大切な、自身の使命に取りかかるためにこのコロナの時間をいただいたのではと意識するようになったのです。

 奇しくも中井先生の十三回忌の今年、こんな情況ながら様々な出会いを頂きました。
そして10月2日(土)【紅葉賀】のCDを発表することに決定致しました。
音楽は「天地空(てんぢく)」という三名からなる雅楽ユニット、皇室の雅楽を継承される大阪楽所所属の楽人の方々です。
 そして10月2日、同日に、京都大江能楽堂にて、大阪楽所より十五名の楽人、舞人をお招きし、大きな語り会の開催を決めました。今回はSSからC席まで、お席にグレードも設けました。エリア内は自由席です。

 当日、受付での混雑を避けるためにも、新しい試みとして、CDの御予約とチケット先行販売を、クラウドファンディング(募金サイトではなく販売サイトです)で始めることに致しました。チケットは前もって郵送致しますので、スムーズにご希望のお席に進んでいただけます。
 またCD、チケット販売以外に、素敵な返礼品のコースもございます。

 クラウドファンディングでの先行販売の終了後、8月16日から、いつもの山下のサイトで御予約を承ります。こちらは当日受付でご精算いただきます。今回は、クラウドファンディングでお求めいただけましたらお得なように設定致しておりますので是非ご検討下さい。

https://camp-fire.jp/projects/view/427364

 
 
 
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2021年06月08日

山下智子さんの来月の源氏語りの会は「若菜上」

 女房語りとして隔月連続公演を展開しておられる山下智子さんの源氏語りの会は、このコロナ禍においても精力的に開催されています。開催場所を吟味し、感染防止の対策を万全にとり、慎重に、順調に回を重ねておられるのです。
 今回は、第34巻「若菜上」の第1回。
 日時は、7月3日(土)午後2時から。
 場所は、北野天満宮にほど近い「平野の家わざ永々棟」です。
 チラシで、その内容を紹介します。

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 ネットでも、紫苑語り会の活動が確認できます。
 公演の様子がわかる動画も、数多くアップしておられます。

https://www.genji-kyokotoba.jp

 『源氏物語』は黙読で読み継がれて来ました。しかし、耳から聴くのが直感的であり、本来の語りの楽しみ方だと思います。平安時代の発音での朗読も、一部の巻では再現されています。しかし、今から百年前の京ことばで聴くのも、一味ちがう物語の楽しみ方です。まずは、一度体験してみてください。新鮮な感覚の時間が流れる空間に、身を置くことになるでしょう。

 なお、私がこの会に参加したのは、もう一年半も前のことになります。
「山下智子さんの女房語りの会で少しご挨拶をする」(2019年11月17日)
 週末は、私も何かと用務が重なり、なかなか参加する機会がなくて残念です。いつも、盛会をお祈りして失礼しています。
 
 
 
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2020年04月24日

与謝野晶子の『新新訳源氏物語』の草稿に関する報告書の紹介

 「堺市博物館所蔵資料調査報告書」として、『与謝野晶子「新新訳源氏物語」桐壺の巻草稿調査報告』(堺市博物館、令和二年三月二七日、全66頁)が完成し、神野藤昭夫先生が送ってくださいました。ただし、非売品のため、入手は難しいかと思われます。大きな図書館などでの閲覧になるかと思われます。

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 与謝野晶子の手になる草稿の内、「桐壺」巻だけではあるものの、カラー写真と翻字、そして神野藤昭夫先生の「特別寄稿」を収録した冊子です。長くこの調査研究を主導しておられる足立匡敏さんの努力が、その背景にあるものです。

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 この草稿の詳細な画像は、国文学研究資料館のホームページの中の「与謝野晶子自筆原稿『新新訳源氏物語』「桐壺」:近代書誌・近代画像データベース」(http://school.nijl.ac.jp/kindai/SKIY/SKIY-00001.html#1)で、自由に閲覧して確認できます。このデータベースの公開を担当した私の記録は、この記事の末尾に揚げたリストを参照願います。

 本書の内容がわかるように、目次をあげます。

目次
ごあいさつ 堺市博物館館長 須藤 健一
ごあいさつ 与謝野寛・晶子関係資料の共同調査研究会代表 太田 登
「解題」 足立匡敏
「新新訳源氏物語」桐壺の巻草稿 図版
「凡例」
「翻刻」 与謝野寛・晶子関係資料の共同調査研究会
特別寄稿 「『新新訳源氏物語』はどのようにして生まれたか
      −その魅力の源泉をかんがえる」 神野藤昭夫
「編集後記」


 そして、足立さんの「解題」の末尾にある、本書に直接関係する「参考文献」を引いておきます。

【参考文献】
村田和男「与謝野晶子関係資料紹介(1)堺市博物館所蔵資料より
  与謝野晶子原稿『新新訳源氏物語』(藤裏葉)」
  (『与謝野晶子倶楽部』第二号、一九九八年一〇月)
神野藤昭夫「『新訳源氏物語』と幻の『源氏物語講義』」
  (『与謝野晶子の新訳源氏物語――薫・浮舟編』二〇〇一年、角川書店)
神野藤昭夫「『新訳源氏物語』書誌拾遺」
  (『源氏研究』第八号、二〇〇三年四月)
神野藤昭夫「与謝野晶子の朗読した『源氏物語』のテキストはなにか−『新新訳源氏物語』の周辺」
  (『平安朝文学研究』復刊第十六号、二〇〇七年三月)
神野藤昭夫「与謝野晶子の読んだ『源氏物語』」
  (永井和子編『源氏物語へ 源氏物語から 中古文学研究24の証言』二〇〇七年、笠間書院)
神野藤昭夫「与謝野晶子『新新訳源氏物語』の執筆・成立の経緯」
  (伊井春樹監修『講座 源氏物語研究』第一二巻、二〇〇八年、おうふう)
神野藤昭夫「晶子と王朝時代」
  『国文学 解釈と鑑賞』二〇〇八年九月、至文堂)
神野藤昭夫「与謝野晶子の『源氏物語』翻訳」
  (国文学研究資料館編『源氏物語千年のかがやき−立川移転記念特別展示 図録』二〇〇八年、思文閣出版)
足立匡敏「『新新訳源氏物語』自筆原稿の魅力」
  (『与謝野晶子俱楽部』第二二号、二〇〇八年一〇月)
神野藤昭夫『与謝野晶子の源氏物語翻訳と自筆原稿』(教育研究プロジェクト特別講義〈第二二号》)
  (給合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻、二〇一一年二月)
足立匡敏「与謝野晶子訳『蜻蛉日記』の成立−堺市藏・自筆原稿の考察を中心に−」
  (『書物としての可能性―日本文学がカタチになるまで−』国際日本文学研究集会会議錄、二〇一一年)
神野藤昭夫「与謝野晶子『新新訳源氏物語』和歌の性格−依拠テキストの解明は可能か――」
  (中野幸一編『平安文学の交響―享受・摂取・翻訳−』二〇一二年、勉誠出版)
神野藤昭夫「始発期の近代国文学と与謝野晶子の『源氏物語』訳業」
  (『中古文学』第九二号、二〇一三年一一月)
中周子「与謝野晶子と『源氏物語』―『新訳源氏物語』の再評価―」
  (『与謝野晶子の世界』第八号、二〇一四年三月)
神野藤昭夫「与謝野晶子『新訳源氏物語』の成立事情と本文の性格」
  (『國語と國文學』第九一巻第四号、二〇一四年四月)
中周子「堺市所蔵『新新訳源氏物語』の自筆草稿をめぐって」
  (『与謝野晶子の世界』第九号、二〇一四年一一月)
中周子、森下明穂「『新新訳源氏物語』の創作過程−堺市博物館蔵晶子自筆草稿「花宴巻」の考察(上)―」
  (『与謝野晶子の世界』第一一号、二〇一五年一一月)
中周子、安達智美「『新新訳源氏物語』の創作過程−堺市博物館蔵晶子自筆草稿「花宴巻」の考察(下)―」
  (『与謝野晶子の世界』第一二号、二〇一六年三月)
松浦あゆみ、森下明穂「『新新訳源氏物語』の創作過程(2)―堺市博物館蔵晶子自筆草稿「松風」巻の考察(上)――」
  (『与謝野晶子の世界』第一三号、二〇一六年一一月)
松浦あゆみ「『新新訳源氏物語』の創作過程(2)−堺市博物館蔵晶子自筆草稿「松風」巻の考察(下)―」
  (『与謝野晶子の世界』第一四号、二〇一七年三月)
神野藤昭夫「晶子・源氏・パリ」
  (『国文学研究』第一八二集、二〇一七年六月)
神野藤昭夫「与謝野晶子が書きかえた『新訳源氏物語』―その出現普及と和歌翻訳をめぐって―」
  (『二〇一七年パリ・シンポジウム源氏物語を書きかえる 翻訳・注釈・翻案』二〇一八年、青簡舎)


 こうした自筆原稿を翻字して提供するなどの地味な仕事は、気の長い努力と活動があってのものであることを、あらためて教えていただきました。そして、今回の「桐壺」巻に続いて、さらに残りの草稿の翻字の成果も公開されることを心待ちにしています。翻字を続けておられる、足立匡敏さん、中周子さん、松浦あゆみさん、森下明穂さん、安達智美さん、そして多くの協力者のみなさま、残された草稿のすべての翻字を、どうぞよろしくお願いします。
 なお、与謝野晶子の自筆原稿に関連することとして、本ブログでとりあげた記事の一覧を舞台裏で関わった者のささやかな記録として整理しておきます。

「鞍馬寺にある晶子の源氏訳自筆原稿」(2008年04月28日)

「与謝野晶子と『源氏物語』(1)」(2008年09月06日)

「与謝野晶子と『源氏物語』(2)」(2008年09月07日)

「与謝野晶子の自筆原稿画像の試験公開」(2008年09月17日)

「瀑布に打たれ続ける日々」(2008年09月28日)

「与謝野晶子の『新新訳源氏物語』自筆原稿画像データベース公開」(2010年02月20日)

「与神野藤昭夫先生の晶子がたり」(2010年02月21日)

「与謝野晶子自筆原稿の画像を見るために」(2010年03月04日)

「与謝野晶子の源氏訳自筆原稿「夕顔」等を確認」(2010年07月16日)

「与謝野晶子の自筆原稿『新新訳源氏物語』と『蜻蛉日記』の撮影」(2010年10月26日)

「伊井先生の講演「与謝野晶子の源氏物語礼賛歌」」(2010年11月12日)

「第34回 国際日本文学研究集会−職場復帰報告」(2010年11月29日)

「与謝野晶子と蜻蛉日記の講演会」(2011年01月17日)

「与謝野晶子デジタル化の報道資料提供」(2011年02月09日)

「与謝野晶子に関する刺激的な2冊」(2011年03月29日)

「神野藤先生の与謝野晶子語りを聞きに堺へ行く」(2019年11月23日)

 
 
 
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2020年01月30日

《宮川版 臨模本『源氏物語』》に関する詳細な解説文の公開

 一昨日、本ブログ「鎌倉期に書写された『源氏物語』の《宮川版 臨模本》」(2020年01月28日)で、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語 須磨』と『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語 鈴虫』の臨模本2冊に関する詳細な報告をしました。
 昨日、宮川保子さんから、臨模本作成にあたって、その料紙について次の補足メモをいただきました。

須磨は 雁皮紙使用で なかなか 漉いていただけない 貴重な紙になります。
鈴虫は 雁皮90%に三椏10%の紙です。
昭和の手持ちの紙を製作者から譲り受け 使っています。
打ち紙〔手作業〕をしてます・・・・・
漉く人も 材料も有りますが 漉く道具〔技術者が亡くなり簀子ができない〕この先 手に入らないものになりそうです。


 とにかく、原本に忠実に臨模された文字だけでなく、この紙も貴重なものであることがよくわかります。

 そして今日、復元にあたっての解説文を、宮川さんが送ってくださいました。
 これは、2019年5月13日(月)〜5月24日(金)に、共立女子大学本館1階ロビーで展示された時に配布された解説資料でもあります。
 以下に、その時に印刷して配布されたものとは多少のスタイルの変更はあるものの、参考までに転載します。千年前の古写本の姿を知る上で、貴重な実証実験の記録となっています。
 今後、この臨模本を持って全国各地を回る際には、以下の解説文を説明の資料として配布してお話をしようと思っています。



『源氏物語』の複製本の制作過程


―ハーバード本「須磨」・「蜻蛉」・歴博本「鈴虫」―


制作者 宮川 保子



展示期間:2019年5月13日(月)〜5月24日(金)
場  所:共立女子大学本館1階ロビー

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○ハーバード本「須磨」「蜻蛉」


〈調査〉
 2018年8月29日(水)〜30日(木)、伊藤鉃也(大阪大学国際教育交流センター招聘教授)のもと、渡米し、ハーバード大学美術館蔵の「須磨」「蜻蛉」の2冊を実見。伊藤鉃也編『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社)、『同「須磨」』(新典社)をもとに、試作品を前もって制作し、原本と見比べ、紙・墨・顔料・糸綴じを主に調査した。調査時間は1冊2時間ほど。

〈わかったこと〉
 紙……2匁位の雁皮紙か。打ち紙仕上げ。(試作品は1.85匁の雁皮紙)。
 墨……青墨・松煙墨系を使用。
 顔料…丁子の煮詰めた濃茶から金色に近い薄茶。
 糸……丁子染めの絹糸二本どり。

○複製製作
T.材料注文
 紙……吉留新一氏に2匁の雁皮紙(合鳥の子10%三椏(みつまた)入)。すでに漉(す)いてあった紙が届いた(季節柄、注文紙は冬漉き待ちになるため、合鳥の子にした。)
 糸……#十一絹糸白注文。丁子を1s求め、煮詰めて泥状態にしておく。
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 筆……雲(うん)平巻(ぺいまき)筆(ふで)を注文。

U.伊藤前掲書により、「須磨」「蜻蛉」の原寸大にコピーを作る。

V.制作
1.紙を3種類作成する。
 @無地紙
  横42p×縦56pの紙を縦3分の1に切り、約 横42p×縦18pにする。
  紙の両面にドーサ液塗り乾かす。(吹き絵〔ぼかし染め〕用の紙・無地紙はこれを使用)
 A墨流し
  原本原寸大コピーに薄紙を置き、墨の流れる状態を模(かたど)る。それを反転させた形になるよう、バットに松煙墨を流し、原紙(ドーサ無し)にしみこませる。乾かした後、ドーサ液をひく。
 B吹き絵(ぼかし染め)
  伊勢型紙に原寸大コピーの形を写しカッターで切り取り、型紙つくる。原寸大コピーの上にドーサ引き済の紙を置き、吹き絵の位置に切り取った型紙をコピーの位置に合わせ固定して、煮詰めた丁子の泥に膠液を加え、金網とブラシで霧状に落とし、吹き絵とする。ぼかし染めの出来上がりである。

2.打ち紙して仕上げる。
 @ Aドーサ引きの紙、B墨流し後ドーサ引きの紙、Cぼかし染めの紙、の3種類を用意する。
 Aトロロアオイの根をたたきつぶし、水に浸け、ぬめりをだす。ぬめりに更に水を加え薄めた液を作り、3種類の紙に塗る。
 B塗ったものを重ね丁寧にのばし湿りをいきわたらせる(時間をおく)。
 C御影石の台にフエルトを敷き紙の湿ったものを置き、その上にフエルトをかけ、叩く。叩けば艶が出て薄くなり滑らかな紙が仕上がる。乾燥した日に何回も打つ。1日かかる。
 D料紙(3種類の紙)の出来あがり。

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図3.jpg

図4.jpg

3.書写する

4.紐で綴じる
 須磨の構成 1冊6束の列帖装仕立て【料紙6枚重ね真ん中で折る】
  1束目 6枚重ね【折りの真ん中4ウ=5オ吹き絵・下から3枚目1オ=8ウ墨流し】
  2束目 6枚重ね【真ん中16ウ=17オ吹き絵・13オ=20ウ墨流し】
  3束目 6枚重ね【真ん中28ウ=29オ吹き絵・25ウ=32オ墨流し】
  4束目 6枚重ね【真ん中40ウ=41オ吹き絵・37ウ=44オ墨流し】
  5束目 6枚重ね【真ん中52ウ=53オ墨流し・49ウ=56オ吹き絵】
  6束目 5枚重ね【真ん中63ウ=64オ無地・61ウ=66オ墨流し】

 蜻蛉の構成 1冊6束の列帖装仕立て【料紙6枚重ね真ん中で折る】
  1束目 6枚重ね【真ん中4ウ=5オ吹き絵・1ウ=8オ吹き絵】
  2束目 6枚重ね【真ん中16ウ=17吹き絵・13ウ=20オ吹き絵】
  3束目 6枚重ね【真ん中28ウ=29オ吹き絵・25ウ=26オ吹き絵】
  4束目 6枚重ね【真ん中40ウ=41オ吹き絵】
  5束目 7枚重ね【真ん中53ウ=54オ吹き絵・50ウ=57オ吹き絵】
  6束目 6枚重ね【真ん中66ウ=67オ吹き絵・63ウ=70オ吹き絵】

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○国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」


〈調査〉
 2018年8月3日(金)、伊藤鉃也(大阪大学国際教育交流センター招聘教授)のもと、調査。試作品を持ち込み比較する。

〈わかったこと〉
 紙……雁皮紙。
 墨……松煙墨。
 顔料…赤く見えたのでベンガラ使用と思ったが、丁子を煮詰めた泥で、色を茶と判断した。
 書……試作品は少し細く見え、少し太く書写する必要性を感じた。

鈴虫の構成 1冊2束の列帖装【料紙6枚重ね真ん中で折る】
1束目 6枚重ね【真ん中4ウ=5オ無地・1ウ=8オ墨流し・2ウ=7オ吹き絵】
2束目 6枚重ね【真ん中16ウ=17オ吹き絵・11ウ=22オ吹き絵】

◎複製本つくり
 綴じの部分の文字はページの厚みで文字が歪み、巾が狭い字になっているため、正確な字形がつかめないので、想像して書いている。また、日本は季節により湿度が違うわけだが、料紙制作を9〜10月、書写を乾燥する冬に行なったため、適切な湿気がある時期を選ぶべきであると改めて感じた。
 ひとりで作る限界も感じた。吹き絵のブラッシングに、体力・時間を要する。打ち紙はひとりで打ったが、時間と体力不足で充分な打ち紙にならなかった。書写作業も1日2ページの集中で体力と時間の勝負になる。(紫式部日記にあるように、冊子作りは大勢で行うものなのだろう)。3冊作るには1〜2年は必要である。
 また、複製本作りには本物の実見の必要性を感じた。体力と時間と経済力が絡むことを実感した。

【付記】
今回ハーバードのミュージアムと歴史民俗博物館で実見調査できたこと、嬉しく、お世話になった先生方に感謝申し上げます。


〈宮川保子〉
共立女子大学家政学部卒業(昭和43
年)。かな書・料紙加工・表装・冊子制作家。
水木(みずき)会主宰。杉並区区民センター元講師(かな書)。
平成19年1月に第1回個展 伊勢物語等の作品展(於 銀座鳩居堂 1800人動員)、平成24年4月に第2回個展 源氏物語宇治十帖の新本仕立て等の作品展(於 銀座鳩居堂 1300人動員)をはじめ、グループ展も数多い。
村上翠亭(かな)、小川東州(漢字)、力丸忠幸(冊子)、大柳久栄(料紙打ち紙)に師事し、久曾神昇(古今集)受講。現在、咲本英恵(共立アカデミー源氏物語講座)、岡田ひろみ(源氏物語研究会)に参加。

 
 
 
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2020年01月20日

定家本「若紫」に関するシンポジウムの案内

 「人がつなぐ『源氏物語』―新発見「若紫」をめぐって―」と題するシンポジウム(主催:朝日新聞社・中古文学会)が開催されます。
  日時は、2月29日(土)午後1時〜4時半。
  会場は、大阪市北区にある中之島会館。
  定員250人、入場無料。
  申し込みは、往復はがきで2月5日必着。
 今、もっとも注目されているテーマに関して、最新の情報が行き交う討論会となることでしょう。
 残念ながら、私はすでに別件の用務が入っているので参加できません。
 どなたかの報告を楽しみにしたいと思います。

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2019年12月28日

京ことばと津軽弁による語りの競演

 山下智子さんの「源氏語り」と、中村雅子さんの「大宰語り」が楽しめるイベントの紹介です。「京おんな」と「津軽おなご」の語りの競演が実現したのです。
 いただいたパンフレットには、《京ことばで聞く「はんなり」源氏物語》ということばと、《津軽弁がかもす大宰の「ユーモア」》というフレーズが並んでいます。女房語りの山下智子さんが、新たに太宰治の語り手である中村雅子さんと、コラボレーションを展開されるのです。

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 私は、目が見えない方々とのお付き合いが広がる中で、耳でことばを聞いて理解することや、音を聞き分けて楽しむことを再認識するようになりました。完全に目に頼った生活をしているので、聞くことに鈍感になっていました。『源氏物語』の勉強をしながら、それが《語り》であったことを忘れていました。山下さんから、女房語りというものを通して、多くのことに気付かされてきました。そして、今回のイベントの意義を再認識しています。日本の文化が、掘り起こされるのです。

 山下さんからいただいた連絡には、次のようにあります。

 私と同じくふるさとの言葉で朗読をなさっている青森出身の中村雅子さんとの二人の会、紫式部 VS 太宰治 「京おんな」と「津軽おなご」語りの競演 が実現致します。

 私は相も変わらぬ京ことば源氏物語ですが、対する中村雅子さんは太宰治の『津軽』。
 きっと皆様のお耳に新鮮に響くことと思います。
 一部は序の舞として短いそれぞれの朗読とトークタイム。福島放送のアナウンサーでもあった中村さんの進行で、方言についてのあれこれを語り合います。
 第二部には第五帖の「若紫」をダイジェストでお聞き戴きます。若き源氏の君が最愛の人 紫上(10歳!)を北山で発見、そして父帝の后藤壺に密通し不義のご懐妊・・・という運命の物語です。
 『津軽』は太宰治が生まれ故郷を旅し、自身を再確認してゆく物語、津軽弁を話す故郷の人びとのあたたかさが聞きどころです。

 京王線 調布駅から数分の、たづくり映像シアターにて、1月29日(水) 2時開演です。
 終演後には自由参加の茶話会もございます。
 ご予約制 2500円です。
 詳細、お申し込みフォームはこちらです
https://www.genji-kyokotoba.jp/2020年スケジュール/1-2月/
 このページは1,2月の予定で、この中程に出て参ります。


 残念ながら、この日も私は所用があって残念ながら行けません。
 一人でも多くの方々が、この新しい試みを追体験されることをお勧めします。
 
 
 
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | ◎源氏物語

2019年11月17日

山下智子さんの女房語りの会で少しご挨拶をする

 山下智子さんが語り続けておられる「源氏物語連続語り会」が、我が家に近い「北大路 アーズローカス ホール」で開催されました。これまでにも毎回お知らせをいただきながら、私も週末は何かと出かけていることが多く、うまく都合がつきませんでした。すばらしいお仕事なので、せめて広報のお手伝いをと思い、チラシを毎回送っていただき、東京や大阪や京都のイベントで配布しています。

 昨日、東京から帰りの新幹線の中から、山下さんにメールで、急遽参加できるようになった旨の連絡をしました。すると、参加者の皆様に私の仕事を紹介してくださる、とのことです。語りの会の最後に、少しお話もできるようです。おことばに甘えて、「紫風庵」で毎月おこなっている「源氏物語と三十六歌仙の写本を変体仮名で読む会」のチラシを配布していただき、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の活動のことなどをお話することにしました。

 今日の会場は、我が家から歩いて5分という至近の地です。

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 会場は、小さいながらも立派なホールです。80人を収容できるとのことでした。

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 内容については、「京ことば源氏物語」のホームページをご覧ください。このホームページの中の「京都公演」の項目が、本日の詳細な内容です。今回は「常夏」「篝火」の巻です。

 山下さんの京ことばでの語りを聞きながら、『源氏物語』は語りであることをそのたびごとに再認識させられます。目で本を読むようにして楽しむ、黙読の世界ではありません。
 特に今日は、育ちのよくない近江の君が双六を打つ場面などは、これこそ語りの面目躍如というしかありません。目で読む『源氏物語』では、このおもしろさは感得できません。しかも、女優山下智子さんの独擅場ともいえるシーンとなっていました。

 終わってから、山下さんが私のことを簡単に紹介してくださり、マイクが手渡されました。
 語りの余韻に浸っておられるみなさまの気分を損なわないように気を使いながら、この日の女房語りが、まさに『源氏物語』の本来あるべき語りの姿であることからお話をはじめました。そして、現在「紫風庵」では三十六歌仙と源氏物語の写本を変体仮名で読んでいることを、配布していただいた広報用のチラシをもとにして紹介しました。

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 また、目が見えない人とも変体仮名を読んだり、『百人一首』のかるた取りをしていることにも言い及び、現代は目に頼りすぎた生活をしていることにまで話を延ばしました。
 短い時間ながらも、貴重な時間を提供してくださった山下さんには、あらためてお礼申し上げます。お互い京都と東京を舞台にして、多くの方に日本の文化を肌身に感じていただける活動を、これまでと変わらずにずっと続けていきましょう。ますますのご活躍を、チラシ配りで応援していきます。

 なお、友人の手描き友禅作家である尾崎尚子さんの、源氏物語をテーマにした作品が、会場に展示されていました。非常に興味があるものだったので、後日取材に行くことにしました。また、詳しく報告できると思います。
 
 
 
posted by genjiito at 19:55| Comment(0) | ◎源氏物語

2019年10月09日

亡霊のよう顕れた〈青表紙本系統〉という専門用語

 今朝の京都新聞の1面に、「定家本を基にした青表紙本系統は、室町時代の「大島本」(重要文化財)を代表格に〜」と記されていました。〈青表紙本系統〉という用語が、はっきりと印刷されていたのです。ウェブのニュースでも、「定家本の流れをくむ室町時代の青表紙本系統の「大島本」(古代学協会所蔵)〜」(2019年10月8日 17:10)とあります。この〈青表紙本系統〉という用語の使い方は、問題が多いとされて来ました。2008年の源氏千年紀のあたりで、『源氏物語』の本文研究の実態をよく知らないマスコミ関係者が、不用意に池田亀鑑が言う〈青表紙本系統〉ということばをまき散らしていました。10年経った今、その再来ともいえることが起きています。

 この用語は、池田亀鑑が〈青表紙本系統〉〈河内本系統〉〈別本系統〉として、『源氏物語』の本文を3つの系統に分けたことに端を発しています。しかし、この〈系統〉とする分類は、すでに使われなくなった用語です。私も、『源氏物語』の本文論では系統論は成り立たず、〈群〉とか〈類〉で仕分けをすべきであることを提唱しています。そんな折に、〈青表紙本系統〉ということばが、新聞やネットに炙り出されてきたのです。『源氏物語』の本文に興味と関心を持って、その整理に当たっている者の一人として、また批判的に使われなくなったことばが蘇ったことに失望しています。

 本文の研究をする人が少ないことをいいことに、過去の用語となっていた池田亀鑑の、しかも80年以上も前に提唱した本文の系統論を復活させようとしておられるかのようです。悪意があってのことだとは思われません。便利な、重宝することばなのでしょう。知らない、ということに発する物言いなのです。そうであるからこそ、この場をかりて、気をつけましょうと言って、これからの若手研究者が知らずに使うことのないようにしたいものです。

 それにしても、『源氏物語』の本文研究は、とにかく遅れています。今また、こうした死語となったものが生き返っているのですから。研究者に、本文に興味と関心がない方が多いということも、こうした亡霊の再生を許す下地ともなっているのです。『源氏物語』の本文研究の研究基盤は、まだまだ基礎研究を必要としています。

 参考までに、私が本ブログでこのことに言い及んでいる記事を、いくつか思いつくままに抜き出しておきます。


■(1)「源氏千年(50)朝日新聞の文化欄に」(2008年06月24日)より
 新聞記事の中で「別本系統」という言葉が気になりました。雑多な古写本群を指すものなので、「系統」という分類にはならないからです。しかし、このようなことは、今の流れの中では瑣末なことです。
 それよりも、池田亀鑑の提唱した、〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という分類名が不適当な状況において、新しい名称を提案すべきです。
 私は、〈河内本群〉と〈別本群〉という2分別私案を提示しています。ただし、もっといい名称を思案中です。
 先日、室伏信助先生とお話しをしていたら、先生は〈河内本群〉と〈その他群〉にしたら、というアドバイスをもらいました。
 さらによく考えてみます。


■(2)「大沢本『源氏物語』の切り抜き帖・追補」(2008年07月21日)より
私は『源氏物語』の本文の研究をしている関係上、どうしても「青表紙本」「河内本」「別本」ということばがどのような文脈で使われているのか、ということに神経が行ってしまいます。

 そのような視点から見ると、この3分類が池田亀鑑によるものであることを明示して解説しているのは、朝日新聞だけでした。それ以外は、現在の学会がこの3分類に疑問を投げかけている現状をまったく意識しないで書かれているように読めます。『源氏物語』を研究している専門家でも、この本文の分別の問題はむつかしいのです。にわか勉強の記者の方々に酷な要求かも知れません。また、研究者の中にも、この問題を軽視しておられる方もおられます。不用意な「青表紙本」「河内本」「別本」という用語が飛び交う記事や、研究論文にしばしば出くわすのも事実です。

 とにかく、この「青表紙本」「河内本」「別本」という専門用語の使われ方を確認しておく上でも、以下の新聞記事は通読する価値があります。

 そして、改めて、この本文を分別する問題で、その分類基準と用語をしっかりと提示する努力を、自分の問題として強く意識しています。
 『源氏物語』の本文について、「青表紙本」「河内本」「別本」という、私の中ではすでに過去の用語がこのような使われ方をしている実態を確認し、改めて研究者としての責務を痛感しているところです。


■(3)「豊島科研の最終研究会に参加して」(2010年11月16日)より
 さて、この会に参加して、私は一つだけ悔いが残っています。
 それは、この4年間を通して、最後まで、〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という、もう80年も前に池田亀鑑が提唱した、『源氏物語』の本文を3分類する考え方を土台にした発表がなされたことです。

 『源氏物語』の本文は、写本の形態的な分類によれば、池田亀鑑の3分類もいいかもしれません。わかりやすいのです。ただし、それは昭和11年までに整理された分類での仕分けであることに注意が必要です。しかも、その後に確認された写本を含めて、写本に写し取られた『源氏物語』の本文を子細に読んで仕分けると、2つにしかわけられないのです。
 そのことを、近年くりかえし論文の形で公表してきました。私は、〈甲類〉〈乙類〉の2つに分けています。これまでの〈河内本群〉とでもいうものが、おおよそ〈甲類〉にあたります。

 このことを、この豊島科研でも強調してきたつもりです。また、豊島科研のスタート時点でも、本文の分類は、これまでのものをリセットして、白紙の状態で臨む、となっていました。しかし、終始、池田亀鑑の3系統論なるものがまかり通り、最後の先週の研究発表でも、それが基準となっての研究発表が目立ちました。

 私としては、ウーンと唸らざるをえませんでした。
 本文の形態的な分類と、本文の内容を読み取っての文学的な分別の違いについて、この4年間で私にはまったくこの研究会に足跡を残せませんでした。力及ばず、再起を期すしかありません。

 いまだに、池田亀鑑の3系統の分類は亡霊のように強かに生き残っています。
 さて、どのようにして撲滅すればいいのでしょうか。
 私が提唱する、『源氏物語』の本文は内容から見たら2つにしか分かれない、という私見は、まだまだ支持を得るには時間がかかりそうです。間違っていない証拠に、何年にもなるのに、いまだに1つの反論さえ出されていません。
 私見が無視されているのではないようです。みなさんがおっしゃることには、『源氏物語』の本文資料が手元にない、という一語につきるようです。『源氏物語大成』はすでに資料集としては使えないことは、すでに多くの方が気づかれるようになりました。そのためにも、『源氏物語別本集成』全一五巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成元〜一四年、おうふう)と『源氏物語別本集成 続』全七巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成一七〜二二、おうふう)があります。しかし、これは使いにくいし、使い方がわからないとも。

 こうなると、さらに根気強く「『源氏物語』の写本は書かれた内容から見ると2つにしか分別できない」ということを、しつこく言い続けるしかありません。

 『源氏物語』の本文に関する〈2分別私案〉は、今後とも粘り強く主張していきたいと思います。
 そんなことを教えてもらった、この4年間の研究会でした。
 まだ、私にはやるべき仕事があるようです。


■(4)「京都で「蜻蛉」(第22回)/傍記混入の確証」(2015年09月12日)より
 これまでに私は、『源氏物語』の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2分別できる、ということと、異文が発生する原因に傍記混入という現象があることを、機会を得ては仮説として提示してきました。
 これについては、従来の池田亀鑑が提唱した〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という3系統論は、すでに完全に破綻しています。しかし、一般には今でもこの系統論が便利に重宝がられて使われているのが現状です。一日も早く、この3系統論をリセットして、あらたな本文分別に着手すべき時代となっています。


 〈青表紙本系統〉ということばが黄泉の国から蘇った今、若手の研究者のみなさんには、遅々として進まない『源氏物語』の本文研究の実際に目を向けてもらえたらいいと思っています。
 
 
 
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2018年08月03日

【追補版】国立歴史民俗博物館で重文の源氏写本の調査

 早朝より、成田空港にほど近い佐倉にある、国立歴史民俗博物館に行きました。
 国の重要文化財に指定されている、『源氏物語』「鈴虫」巻の原本を熟覧するためです。これは、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』の「須磨」巻及び「蜻蛉」巻と兄弟の本なのです。かつては、日本で一緒に一そろいの『源氏物語』として、仲良く組まれていた写本たちです。それが、「須磨」と「蜻蛉」の2冊は海を渡り、「鈴虫」だけが日本に残ったのです。

 この「鈴虫」については今から3年前に、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)としてカラー版で刊行しました。その後、再確認すべき箇所がいくつか見つかり、また今月末にアメリカのボストンにあるハーバード大学へこのツレの本の調査に行くこともあり、この時点で原本調査をすることにしました。

 今回は、この鎌倉期の古写本の復元に挑戦しておられる、書家の宮川保子さんも一緒に来ていただきました。宮川さんは復元本を作成中です。と言っても、紙漉きの調達から装飾の工程もすべて御自分でなさっています。そして、多くの手間をかけて作り上げた紙に、鎌倉時代の『源氏物語』の本文を臨書なさるのです。その制作過程のものを今回は持ち込み、原本と照合しながらの緻密な調査をしました。
 次の写真の上は、雁皮を叩いて光沢を出した上で、それに丁子を振りかけて型押しをした料紙です。下が、墨流しを施した料紙にハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」の巻頭部分を臨模したものです。書写が終わると、料紙の四囲は裁断などをして17センチ四方の枡形本に仕上げることになります。

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 拝見するのが、700年以上も前に書写された重要文化財の写本なので、緊張しながら熟覧しました。学芸員の資格を持っていることが、こんな時には大いに役立ちます。
 今回、熟覧調査のお世話をしてくださった小倉慈司先生は、昨年まではご一緒に教授会に出席していた仲間でもあります。ご高配に感謝いたします。

 今回、原本の調査をしながら、宮川さんに教えていただいたことを忘れないように書き出しておきます。

歴博本「鈴虫」の実見メモ

(○付き項目を追補)
・料紙は雁皮を用いている
・紙は打って薄く丈夫にしている
〇打ち紙は、紙を滑らかにし、つやが出る
・用紙の装飾には丁子ではなくてベンガラを入れているためか赤く見える
・料紙への吹き付けは、網を使ってブラッシング
・装飾の料紙を作るのに1枚1時間はかかる
〇墨は上質の青墨(松煙墨)
〇墨に水を加えると青い色がかった【松煙墨 】になる
〇現代の青墨は顔料の青を加えている物も多い
〇鈴虫は松煙墨で書かれ、墨流しも松煙墨
・雲平の巻筆のような筆を使っているようだ
・書写スピードは遅い
(宮川保子さんからのご教示により追補/2018年8月4日正午)


 今月末にハーバード大学から帰ってきてから、現存する『源氏物語』の中では最古だと思っている、この鎌倉期の『源氏物語』3冊の実態を、あらためて報告する予定です。

 明日は、日比谷図書文化館で『源氏物語』の講座があります。
 そのため、今夜は近くの銀座に止宿しています。
 近くの築地本願寺では、71回になる「納涼盆踊り大会」が賑やかに開催中ということもあり、大江戸助六太鼓の威勢のいい音が響き渡っています。

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2018年03月13日

【速報】ビルマ語訳『源氏物語』4冊を入手

今、マンダレーから空路にてヤンゴンに着きました。
ホテル観光省のトゥンさんが、昨夜マンダレーで夕食を共にしてから、一足先にヤンゴンに入られました。そして、先日、国立図書館で見つけたビルマ語訳『源氏物語』4冊を、手回し良く入手しておいてくださったのです。
今、タクシーで移動中なので、シートに並べて書影の裏表を掲載して、速報とします。

さて、どのようなビルマ語訳になっているのか、楽しみです。

4F6E3AA1-9A0E-4A2A-B379-A9E557B8FCAF.jpeg表紙

0FCF8D3E-F863-4ECB-8924-E2C08F9DA3EE.jpeg裏表紙

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2018年02月17日

「蜻蛉」巻の小見出し(108項目版、担当者:関口祐未)の公開

 現在、『源氏物語』の各巻々の翻字本文と校訂本文の整理をしています。
 校訂本文は、大島本(古代学協会蔵)ではなく、池田本(天理図書館蔵)で試案を作成中です。
 すでに公開しているのは、『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」(第一版)』(NPO法人〈源氏物語電子資料館〉編、伊藤鉄也・須藤圭 責任編集、平成29年1月31日)です。今後とも継続して発行していきます。

 その過程で、物語の内容が把握しやすいように、詳細な小見出しを作成してきました。
 これまでに、「桐壺」「帚木」「若紫」の3巻分を終え、本ブログの以下の記事で公開しています。

☆(1)「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」(担当者:伊藤鉄也)(2014年03月26日)

☆(2)「池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)」(担当者:高橋麻織)(2016年09月16日)

☆(3)「【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)」(担当者:淺川槙子)(2016年09月15日)

☆(4)「『源氏物語』の小見出しは池田本の校訂本文に合わせること」(2016年09月25日)

☆(5)「過日公開した「若紫」の小見出しを【補訂2版】としたこと」(2016年10月06日)

 諸伝本との違いや、現代語訳や外国語訳本との違いなどを、この詳細な小見出しを単位として比較して見ていくと、それぞれの違う箇所がわかりやすく、通覧しやすくなるという利点があります。
 その他にも活用できそうなので、引き続き掲載します。

 さて、池田本の校訂本文で使用するための小見出しの「蜻蛉」巻ができあがりました。
 これは、関口祐未さん(元国文学研究資料館・科研運用補助員)の労作です。
 「桐壺」「帚木」「若紫」巻と同じように、1つの小見出しが30文字でできています。
 これまでの方針通り、物語本文を細かく分けることで、全108項目となっています。

 この小見出し一覧には、以下の特徴があります。

1 30字の簡潔な小見出し
2 校訂本文150字位(250字以下)に一つの小見出し
3 小見出しの次に、「校訂本文(最初の数文字)」+(参照資料情報)を付加
4 参照資料情報は、次の3種類を「/」で区切って明示
  ・『源氏物語別本集成 続 第十五巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、2002年、おうふう)の文節番号
  ・『源氏物語大成 普及版 第六冊 校異編』(池田亀鑑編、1985年、中央公論社)の頁行数
  ・『新編日本古典文学全集(25)源氏物語(6)』(阿部・秋山・今井・鈴木編、1998年、小学館)の頁数
5 『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』所収小見出し(35項目)は、該当する箇所にだけ挿入
 

 この小見出しに関して、問題箇所やお気づきの点をご教示いただければ幸いです。
 
 
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180217版_『源氏物語』蜻蛉・小見出し(108項目)

■1 宇治では、浮舟の姿が見えないことに女房達が大騒ぎして探し回る
   「かしこには〜」   (0001/一九三一@/二〇一)
   [1]浮舟の失踪に大騒動となり右近と侍従は浮舟が入水した思う

■2 乳母らが慌てふためく中、右近と侍従は浮舟が身投げしたかと思う
   「京より〜」   (0013/一九三一A/二〇一)
   
■3 京の母君から届いた手紙を開くと、浮舟を気にかけて心配する文面
   「泣く泣く〜」   (0055/一九三一F/二〇一)
   
■4 右近は浮舟が書き残した母君への返事を読み、地団駄を踏んで泣く
   「昨夜の御返りをも〜」   (0093/一九三一J/二〇二)
   
■5 右近は浮舟が身投げするとは考えられず、乳母は驚き慌てるばかり
   「いみじく思したる〜」   (0144/一九三二@/二〇二)
   
■6 匂宮は普段とは異なる浮舟からの返事に驚き、宇治に使者を寄こす
   「宮にも〜」   (0174/一九三二D/二〇三)
   [2]浮舟を心配して匂宮が文を遣わし従者は浮舟の死を伝える

■7 匂宮の使者は下仕えの女から浮舟が昨夜急死したことを聞き、帰京
   「あるかぎり〜」   (0193/一九三二G/二〇三)
   
■8 匂宮は浮舟急死の報に驚き、宇治に時方を遣わして事情を探らせる
   「かくなんと〜」   (0232/一九三二J/二〇三)
   
■9 宇治の邸では人々がたち騒ぎ、時方は右近に会えず侍従と対面する
   「かやすき人は〜」   (0321/一九三三G/二〇四)
   [3]時方は匂宮の命により宇治で侍従と会い浮舟の急死を知る

■10 侍従は後日落ち着いてから詳しい事情を話す、と言って激しく泣く
   「いとあさましく〜」   (0376/一九三三M/二〇五)
   
■11 邸の人々はただ泣くばかり、亡骸さえないと嘆く乳母らしき人の声
   「内にも〜」   (0425/一九三四D/二〇五)
   [4]乳母の嘆きを不審に思う時方は侍従を責めるも要領を得ない

■12 聞こえてくる言葉に合点のゆかぬ時方、侍従に事実を話すよう促す
   「心得ぬことども〜」   (0493/一九三四L/二〇六)
   
■13 侍従は浮舟が自ら命を絶ったことを、時方にそれとなく打ち明ける
   「げにいとあはれなる〜」   (0550/一九三五E/二〇七)
   
■14 侍従は帰る時方に、浮舟と匂宮の関係を他へ漏らさぬよう念を押す
   「心得がたく思ひて〜」   (0627/一九三六@/二〇七)
   
■15 宇治に母君が到着、事情を知らず浮舟が突然消えたことに動揺する
   「雨いみじかりつる〜」   (0682/一九三六E/二〇八)
   [5]母君が大騒ぎをするも右近と侍従は入水を伝え葬送の車を出す

■16 母君は、浮舟と薫の結婚を面白く思わない下人などの仕業かと疑う
   「さては、かの〜」   (0726/一九三六K/二〇九)
   
■17 侍従は右近と相談して、浮舟と匂宮のこれまでの関係を母君に話す
   「侍従などこそ〜」   (0780/一九三七C/二〇九)
   
■18 母君は気も動転し、せめて亡骸だけでも探し出して弔いたいと願う
   「言ふ人も消え入り〜」   (0876/一九三八@/二一一)
   
■19 右近と侍従は亡骸のない葬送の車を仕立て、近親者だけで送り出す
   「この人々二人して〜」   (0927/一九三八G/二一一)
   
■20 右近と侍従は車を山裾へやり、事情を知る法師達だけで火葬させる
   「大夫、内舎人など〜」   (0966/一九三八K/二一二)
   [6]反対をおしての偽装による火葬、右近と侍従は真相を隠す手だてを尽くす

■21 火葬があっけなく終わったことに、里の人々はあれこれ噂を立てる
   「田舎人どもは〜」   (1011/一九三九B/二一二)
   
■22 浮舟の噂が薫の耳に入ることを恐れ、右近と侍従は真相をひた隠す
   「かかる人どもの〜」   (1038/一九三九F/二一三)
   
■23 薫は石山寺に籠もり女三の宮の病気平癒を祈祷中、浮舟の死を知る
   「大将殿は〜」   (1134/一九四〇C/二一四)
   [7]薫は母女三宮の病気のため石山寺に参籠中に浮舟の葬送を聞く

■24 薫は宇治へ大蔵大輔を遣わし、葬儀を急いで済ませたことを責める
   「いみじきことは〜」   (1176/一九四〇H/二一四)
   
■25 大輔の報告に、薫は浮舟を宇治に住まわせていたことを悔やみ帰京
   「殿は、なほ〜」   (1238/一九四一A/二一五)
   
■26 薫は浮舟との儚い仲を悔やみ、思い通りにならない己の宿命を歎く
   「宮の御方にも〜」   (1285/一九四一F/二一五)
   
■27 匂宮の悲嘆に沈む様子を聞いた薫は、浮舟と匂宮の関係を確信する
   「かの宮〜」   (1370/一九四二A/二一六)
   [8]匂宮は悲嘆から病となり薫は浮舟の死によるものと知る
■28 人々が日々匂宮を見舞う中、薫も式部卿宮の喪に服した姿で訪れる

   「宮の御とぶらひに〜」   (1459/一九四二J/二一七)
   
■29 匂宮は薫と対面し涙が落ちるが、浮舟ゆえとは気づかれまいと思う
   「人々まかでて〜」   (1501/一九四三A/二一八)
   
■30 匂宮は薫の冷静さを薄情だと思うが、薫こそ浮舟の形見だとも思う
   「さりや、ただ〜」   (1578/一九四三I/二一八)
   
■31 薫は匂宮に浮舟の死を語り、流れ落ちる涙を抑えることができない
   「やうやう世の物語〜」   (1646/一九四四C/二一九)
   [9]薫は大君の縁者だった浮舟の死を語り匂宮との関係をあてこする

■32 匂宮は薫の取り乱した様子に動揺するも、何気ないふうをよそおう
   「気色のいささか〜」   (1776/一九四五C/二二一)
   
■33 薫は匂宮に浮舟との関係を少しずつ当てつけながら話し、退出する
   「さる方にても〜」   (1806/一九四五F/二二一)
   
■34 薫は匂宮の浮舟に対する思いの深さを知って、悲しみを新たにする
   「いみじくも思したりつるかな〜」   (1839/一九四五J/二二一)
   [10]匂宮が病気になるほどの浮舟を思い葬送の簡略さを気にする

■35 浮舟の死や葬儀のことなど、薫には腑に落ちない点が多く思案する
   「後のしたためなども、〜」   (1918/一九四六E/二二二)
   
■36 浮舟が生きていれば京に迎えた日、薫は浮舟を思い匂宮へ歌を贈る
   「月たちて〜」   (1956/一九四六J/二二三)
   [11]薫が浮舟を引き取る日に匂宮へ歌をやり匂宮は中君に打ち明ける

■37 これまでの経緯を知る中の君に、匂宮は浮舟との関係を打ち明ける
   「女君、このことの〜」   (2026/一九四七E/二二四)
   
■38 匂宮は右近を迎えるため宇治へ使者、浮舟亡き後の宇治の邸の様子
   「いと夢のやうにのみ〜」   (2091/一九四七L/二二四)
   [12]浮舟の死を偲び匂宮は時方を宇治へ遣わし侍従を連れ出す

■39 使者と対面した右近は泣きくずれ、喪が明けてから上京すると話す
   「右近あひて〜」   (2169/一九四八G/二二五)
   
■40 共に泣く時方、右近らへの気持ちが深いものとなった胸の内を語る
   「大夫も泣きて〜」   (2218/一九四九@/二二六)
   
■41 右近は侍従に上京を勧め、侍従は匂宮の姿見たさに上京を決心する
   「わざと御車など〜」   (2258/一九四九E/二二六)
   
■42 支度をした侍従は、浮舟が生きていれば通った道を泣きながら上京
   「黒き衣ども着て〜」   (2328/一九四九L/二二七)
   
■43 匂宮は侍従に浮舟の死直前の様子を詳しく尋ね、一晩中語り明かす
   「宮は、この人〜」   (2357/一九五〇B/二二七)
   13]匂宮は侍従から浮舟の様子を聞き右近と贈り物を見て悲しむ

■44 匂宮は侍従に親しみを感じ、匂宮に仕えるよう勧めて別れを惜しむ
   「何ばかりのものとも〜」   (2456/一九五〇M/二二八)
   
■45 匂宮は侍従に、浮舟のために用意していた櫛や衣装を持たせて帰す
   「暁に帰るに〜」   (2486/一九五一C/二二九)
   
■46 宇治に帰った侍従は、匂宮からの贈り物を右近と見ては泣いて嘆く
   「右近と二人〜」   (2527/一九五一G/二二九)
   
■47 薫は宇治に到着、道すがら八の宮から始まった宇治との因縁を思う
   「大将殿も〜」   (2546/一九五一J/二三〇)
   [14]薫は不審な思いで宇治を訪れ右近から入水の真相を聞く

■48 薫に浮舟の死について尋ねられた右近は、身投げしたことを明かす
   「右近召し出でて〜」   (2585/一九五二A/二三〇)
   
■49 薫は浮舟が身投げしたとは信じられず、右近に詳しく話すよう促す
   「あさましう〜」   (2646/一九五二H/二三一)
   
■50 右近は、薫からの手紙がないことを浮舟が悲観していた様子を話す
   「おのづから〜」   (2728/一九五三D/二三二)
   
■51 薫は浮舟の浮気心を言い立てて、匂宮との関係を右近に問い詰める
   「我は心に〜」   (2865/一九五四G/二三三)
   [15]薫は浮舟と匂宮との関わりを難詰し右近は消息を認める

■52 浮舟と匂宮は手紙のやりとりをしただけの関係と、右近は嘘をつく
   「たしかにこそは〜」   (2932/一九五五@/二三四)
   
■53 薫は浮舟を宇治に住まわせたことを後悔、宇治の地を疎ましく思う
   「かうぞ言はむかし〜」   (3016/一九五五J/二三五)
   
■54 薫は自分の手落ちから浮舟の死を招いたことを悔やみ、母君に同情
   「宮の上の〜」   (3088/一九五六C/二三六)
   [16]薫は浮舟を人形と称した不吉さを思い法要を依頼して帰京

■55 薫は木の下の苔に座り、宇治の地との辛い関わりを思って詠歌する
   「穢らひといふことは〜」   (3138/一九五六I/二三六)
   
■56 薫は宇治山の阿闍梨に浮舟の法要を行うよう細やかに指示し、上京
   「阿闍梨、今は〜」   (3181/一九五七@/二三七)
   
■57 穢れを避けての旅住まいに呆然とする母君、薫の使者の来訪を喜ぶ
   「かの母君は〜」   (3261/一九五七J/二三八)
   [17]薫は母君を弔問して子どもたちの後見を約束する

■58 薫は大蔵大輔を遣わし弔問、悔やみの言葉と共に遺族の世話を約束
   「あさましきことは〜」   (3302/一九五八@/二三八)
   
■59 薫の心遣いに感激した母君は、涙ながらに返事をし帯や太刀を贈る
   「いたくしも〜」   (3381/一九五八I/二三九)
   
■60 母君からの返事と、遺族と親戚づきあいをすることになる薫の本心
   「殿に御覧ぜさすれば〜」   (3481/一九五九G/二四〇)
   
■61 事情を知らない常陸守に、母君は浮舟のこれまでのいきさつを語る
   「かしこには〜」   (3573/一九六〇D/二四二)
   [18]三条小家に来た常陸介が立腹し薫の文を見て浮舟の死を悲しむ

■62 常陸守は薫の手紙を見て感激し、浮舟の幸運な人生を惜しんで泣く
   「大将殿の御文も〜」   (3600/一九六〇H/二四二)
   
■63 薫は浮舟の四十九日の法要を営み、右近に匂宮から供養の品が届く
   「四十九日のわざなど〜」   (3665/一九六一B/二四三)
   [19]四十九日の法要で匂宮も密かに布施し薫は尽きぬ悲しみ

■64 薫に手厚く法要を営む女性がいたことを知り、帝をはじめ驚く人々
   「あやしく。〜」   (3718/一九六一H/二四三)
   
■65 悲しみが紛れるかと匂宮は他の女性に懸想、薫は浮舟を思い続ける
   「二人の人の御心の中〜」   (3797/一九六二C/二四四)
   
■66 女一の宮の住まいを慰め所とする匂宮、小宰相の君に好意を寄せる
   「后の宮の〜」   (3828/一九六二G/二四五)
   [20]中宮の女房小宰相は匂宮に心は靡かず薫への悔やみの歌

■67 小宰相の君は悲嘆に暮れる薫の心中を思いやる歌を送り、薫も返歌
   「かくもの思したるも〜」   (3912/一九六三B/二四五)
   
■68 薫は、浮舟よりも奥ゆかしさの身に備わった小宰相の君に感心する
   「いと恥づかしげに〜」   (3957/一九六三H/二四六)
   
■69 蓮の花の盛りの頃、六条院で明石の中宮による法華八講が催される
   「蓮の花の盛りに〜」   (4008/一九六四@/二四七)
   [21]六条院で法華八講があり薫は氷で遊ぶ女一宮をかいま見る

■70 法会が終わり小宰相の君を探す薫は、几帳の間から中をのぞき見る
   「五日といふ〜」   (4034/一九六四C/二四七)
   
■71 薫は、白い薄絹の着物姿で氷を持ち微笑む女一の宮の美しさに感動
   「氷を物の蓋に〜」   (4126/一九六四M/二四八)
   
■72 薫は女房達の中に、一際心遣いの感じられる小宰相の君を見つける
   「御前なる人は〜」   (4183/一九六五F/二四九)
   
■73 氷を割って遊ぶ女房達、雫を嫌がる女一の宮の声を聞き感動する薫
   「心づよく割りて〜」   (4221/一九六五J/二四九)
   
■74 女一の宮を見守る薫、慌てて入ってきた女房に姿を見られ立ち去る
   「まだいと小さく〜」   (4262/一九六五M/二四九)
   
■75 女房は襖を開け放しにしたことを反省し、薫は女一の宮を見て後悔
   「このおもとは〜」   (4330/一九六六H/二五〇)
   [22]薫は女一宮を見たことを後悔し女二宮に薄物の単衣を着せる

■76 翌朝女一の宮の姿を思い返す薫、女二の宮に薄物の単衣を仕立てる
   「つとめて〜」   (4392/一九六七B/二五一)
   
■77 薫は女二の宮に薄物の単衣を着せて氷を与え、女一の宮と比較する
   「例の、念誦したまふ〜」   (4450/一九六七I/二五二)
   [23]女二宮に薄物の単衣を着せ氷も持たせ女一宮との文通を求める

■78 薫は女二の宮の降嫁以降、女一の宮から便りがないことを聞き嘆く
   「一品の宮に〜」   (4531/一九六八D/二五三)
   
■79 翌朝薫は明石の中宮を訪ね、匂宮に似た美しい女一の宮を思慕する
   「その日は暮らして〜」   (4573/一九六八I/二五三)
   [24]薫は中宮のもとに参上し女一宮から女二宮への文を求める

■80 薫は明石の中宮に、女一の宮から女二の宮へ便りを出すよう求める
   「大将も近く〜」   (4636/一九六九A/二五四)
   
■81 小宰相の君を訪ね薫は西の渡殿の方へ、女房達と世間話をして長居
   「立ち出でて〜」   (4745/一九六九M/二五五)
   [25]薫は中宮の女房と語り中宮は薫と小宰相との親密さを聞く

■82 明石の中宮は大納言の君から、薫と小宰相の君の親密な間柄を聞く
   「姫宮は〜」   (4837/一九七〇I/二五六)
   
■83 大納言の君、浮舟が匂宮と薫との板挟みで入水したという噂を語る
   「いとあやしきことを〜」   (4929/一九七一E/二五七)
   [26]大納言は中宮に浮舟入水と匂宮の軽率さが世の非難にと語る

■84 明石の中宮は驚愕し、下童に口止めするよう指示して匂宮を気遣う
   「宮も、いとあさましと〜」   (4995/一九七一M/二五八)
   
■85 女一の宮から女二の宮へ便り、喜ぶ薫は女一の宮に物語の絵を贈る
   「その後、姫宮の〜」   (5086/一九七二I/二五九)
   [27]女一宮から女二宮へ消息と絵あり薫は大君と浮舟の死を悔やむ

■86 薫は大君が生きていたならと恨めしく思い、また中の君を思い後悔
   「かくよろづに〜」   (5153/一九七三D/二六〇)
   
■87 薫は浮舟の死を恨むも、すべては俗世になじまぬゆえと己を責める
   「これに思ひわびて〜」   (5197/一九七三I/二六〇)
   
■88 匂宮は浮舟を失った悲しみを紛らわすため、再び侍従を呼び寄せる
   「心のどかに〜」   (5254/一九七四B/二六一)
   [28]匂宮は侍従を中宮の女房とし浮舟のすばらしさを回顧

■89 既に上京していた侍従、匂宮より明石の中宮に出仕することを希望
   「皆人どもは行き散りて〜」   (5301/一九七四H/二六一)
   
■90 侍従は明石の中宮に出仕し、浮舟のように美しい人はいないと思う
   「心細くよるべなきも〜」   (5366/一九七五A/二六二)
   
■91 式部卿宮亡き後、明石の中宮のはからいで宮の君は女一の宮に出仕
   「この春亡せたまひぬる〜」   (5407/一九七五F/二六三)
   [29]式部卿宮の没後に中宮はその姫君を宮の君として女房にする

■92 匂宮は宮の君に懸想し、薫は女房の身分に落ちた宮の君に同情する
   「兵部卿宮〜」   (5477/一九七六@/二六三)
   
■93 明石の中宮を世話する夕霧は繁栄を極め、匂宮は宮の君を懸想する
   「この院に〜」   (5530/一九七六F/二六四)
   
■94 六条院の秋、匂宮は女房達と風流事に興じるも薫は深く立ち入らず
   「涼しくなりぬとて〜」   (5595/一九七六M/二六五)
   [30]侍従は匂宮と薫をかいま見し浮舟の幸せな宿世を思う

■95 侍従は匂宮と薫を物陰からのぞき見ては、亡き浮舟を恨めしく思う
   「例の、二ところ〜」   (5650/一九七七E/二六五)
   
■96 薫は東の渡殿に立ち寄り、女房達に声を掛けると弁のおもとが応対
   「東の渡殿に〜」   (5706/一九七七K/二六六)
   [31]薫は中宮女房を訪れて弁のおもとと話し歌を詠み交わす

■97 薫は女房に戯れに歌を書いて詠みかけ、女房は風情ある手跡で返歌
   「かたへは几帳の〜」   (5793/一九七八H/二六七)
   
■98 弁のおもとは生真面目な薫の歌を批難し返歌、薫も返歌して戯れる
   「弁のおもとは〜」   (5860/一九七九B/二六八)
   
■99 薫は女房と匂宮の会話を聞き、女房達と匂宮の打ち解けた仲に嫉妬
   「東の高欄に〜」   (5932/一九七九K/二六九)
   [32]薫は中宮方の女房と親密になり匂宮を悔しがらせたいと思う

■100 薫は匂宮との辛い関わりを歎き、中の君の好意的な態度に感心する
   「下り立ちてあながちなる〜」   (6000/一九八〇D/二七〇)
   
■101 薫は西の渡殿を訪れ、くつろいで筝の琴を弾く女房達に声をかける
   「例の、西の渡殿を〜」   (6081/一九八一@/二七一)
   [33]薫は女一宮の女房と話し以前かいま見した姫宮のことを思う

■102 薫は中将のおもとに女一の宮の事を尋ね、差し出された和琴を弾く
   「まろこそ御母方〜」   (6130/一九八一F/二七一)
   
■103 薫は己の優れた宿命を思い、女一の宮を妻にできたらと高望みする
   「律の調べは〜」   (6171/一九八一L/二七二)
   
■104 若い女房達が月を鑑賞する中、宮の君に同情する薫は部屋を訪れる
   「宮の君は〜」   (6224/一九八二D/二七三)
   [34]薫は宮の君の不幸な運命に同情し匂宮が心を乱す女性かとも思う

■105 薫は女房に宮の君への取り次ぎを頼むも、女房は取り次ぎせず応対
   「南面の隅の間に〜」   (6266/一九八二H/二七三)
   
■106 薫にたしなめられ驚く女房、促されるまま宮の君は薫に話しかける
   「並々の人めきて〜」   (6315/一九八三@/二七四)
   
■107 薫は宮の君の声を聞き将来が気遣われ、匂宮の心を乱す人かと思う
   「ただ、なべての〜」   (6359/一九八三F/二七四)
   
■108 宇治の姫君達を思い続ける薫、夕暮れに飛び交う蜻蛉を眺めて詠歌
   「これこそは〜」   (6392/一九八三J/二七五)
   [35]宮の君に比べ大君と中君の難点のなさから浮舟の運命を悲しむ
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2017年11月04日

日比谷の帝国ホテルでイバンカさんとは遭遇せず

 毎月1度、日比谷図書文化館で『源氏物語』を読むために上京しています。
 その途中でのこと。
 京都駅で新幹線を待っていたら、一人のおじさんがやってきて、ボストンバッグを点字ブロックの上に置き、どこかへ行ってしまいました。

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 なんと無神経な、と思いながらも、この荷物を手前に移動させるわけにも行きません。列車が到着する直前に来て、荷物はそのままにドアが開くのを待っておられました。こんな人と同じ車輌はいやだな、と思い、この方とはまったく別の離れた席に座りました。何か言おうものなら、逆ギレされるのがおちです。いやはや、困ったおやじさんです。

 日比谷図書文化館では14時半からの講座です。いつも、少し早めに有楽町に行き、ゆっくりと食事をします。私は、消化管を持たないので、1時間以上かけて食事をいただきます。食後は、途中で帝国ホテルのロビーで寛いでから、日比谷公園に向かうことにしています。

 今日は、昨日からイバンカさんが帝国ホテルに宿泊中とのことなので、ロビーが封鎖されていないかと恐る恐る自動ドアを開けました。いつもどおりに1階のロビーで、いつものイスに腰掛け、ノンビリと本を読むことができました。イバンカさんとの遭遇がないかと、チラチラ周りを見回しました。お巡りさんと警備員さんがいつもより多いだけで、これといった変化はありません。次第に人が増えてきたので、あまり長時間イスを独り占めしてはいけないので、この帝国ホテルのすぐ前の日比谷図書文化館に移動しました。角角にお巡りさんの姿がありました。

 古文書塾「てらこや」の講座では、今回から受講者が増えて、32名になりました。そして、新しく参加なさった方が、数名いらっしゃいます。また新鮮な気持ちで、700年前の古写本に取り組んでいきます。
 今日も、前半は文字にまつわるさまざまな話題を提示しました。
 来週11月12日(日)に源氏物語散策をすること、11月25日(土)には[町家 de 源氏物語の写本を読む]の第3回があること、などの連絡もしました。何と、すぐに6名の方が参加したいとおっしゃいました。地元の京都よりも東京の方が、源氏物語散策には興味があるようです。

 絵文字の一つとも言えるピクトグラムについても、いくつかの例を挙げて問題点を提示しました。このアイコンも、一つの絵に意味を持たせているので、漢字のような役割を担っています。新しい文字でもあるので、民間の各種業界などに任せきりにしないで、みんなで議論しながら決めていくべきものだと思います。

 橋本本「若紫」は、半丁ほど読み進めました。
 行末で文字が歪んでいる例や、丁代わりのところでなぞり書きがある例については、糸罫という道具を使っているからである、という説明をしました。これは、今回初めて参加なさった方が多かったので、写本の書かれ方についての基礎知識を意識してのものです。受講者の机上に置いている『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展示図録』(国文学研究資料館編、2008年10月、思文閣出版)を開いて、宮内庁書陵部が作成した檜製糸罫を一緒に見ながら、書き写された現場を想像してもらいました。

 講座が終わってからは、課外授業をしようというみなさんと一緒に、有楽町のビヤハウスに向かいました。

 途中、日比谷公園の中で、リポビタンDを無料で配っていたので、みんなで一本ずついただきました。

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 日頃からの疲労が、今や限界まで溜まりに溜まっている時期です。天の神様が、エネルギー補給という支援をしてくださっているのだと思って、一気に飲み干しました。今週は特に秒単位で仕事やイベントをこなしていたので、身心共に洗い流す嬉しいプレゼントとなりました。

 さて、9人で居酒屋に移り、橋本本「若紫」の現代語訳に取り掛かりました。先月の第1回を受けて、今日は4人の方が試訳を持参なさっていました。みなさん、文学とはまったく無縁だった方々です。この熱意には頭が下がります。
 前回に引き続き、「瘧病」をどう訳すか、ということから、早速熱のこもったやり取りが始まりました。素人だからということを標榜しながらも、実によく調べて来ておられるのには驚きました。
 とにかく、橋本本は誰もまだ読んでいません。というよりも、読めていません。現代語訳も、もちろんありません。一般に流布している大島本を参考にしながらも、所々で本文が違うので、いちいちその意味するところを確認することになります。
 特に、大島本が「うたてはべるを」とするところを、橋本本が「あやにくにはべるを」としている箇所は、いろいろな意見が出ました。これはもう、社会人教室の課外講座ではなくて、立派な研究会の雰囲気です。
 あまりにも異論百出なので、Tさんが今日の意見を取りまとめ、次回までにメールで流してくださることになりました。
 私が、「若紫」の最初には男の手が入っている、という問題提起をすると、これまた、男性陣は賛成で女性陣は反対と、おもしろいことになりました。
 私はもうこの春から研究者でも何でもないことを自認しているので、ただの源氏好きのおじさんとして気楽に意見を言うようにしています。論証も論争もすることはないので、楽しくみなさんの議論に参加しているのです。
 この課外講座は、これからがますます楽しみな集まりとなりました。
 有楽町に20時までいたので、みなさんにはお先に失礼する旨のお声がけをして、新幹線に急ぎました。

 京都駅は、冬らしい照明になっていました。

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 東京は京都よりも暖かでした。23時に京都駅に降り立つと、行き交う人の数は、東京の方が少なかったように思います。京都駅前の夜には、渋谷の賑わいがあります。
 最終のバスに乗っても、スーツケースを抱えた海外からの方々で混み合っています。これはこれで、すごいことになっているのです。もう、異変を通り越して、社会問題となってきています。
 観光立国はすばらしい国策です。しかし、インフラが整備されていないところに、溢れんばかりの旅行者が押し寄せた場合の混乱が発生しています。特に、そこで生活する者には、さまざまな犠牲が強いられています。これは、我慢すべき問題ではなくて、共生のためにも長い目で見た対策が早急に必要です。地元住人に不便さを押しつけず、快適な観光をしてもらえる街作りが求められます。まさに、観光学の領域ともいえます。その観光学が今はまだ未発達です。大阪観光大学に身を置く者として、観光都市の中でいろいろと考えるようになりました。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎源氏物語

2017年10月07日

有楽町で世にも不思議な同窓会が勉強会に変身

 今日は、日比谷図書文化館で、古文書塾「てらこや」の体験講座がありました。
 常に新しい風が舞い込むように、受講希望者に私がやっている今の講座を体験してもらおう、という機会が用意されているのです。初めてお目にかかる方々に、鎌倉時代に書き写された『源氏物語』の写本の文字だけを追いかける講座であることを、いろいろな例を示しながら説明しました。興味を持っていただけたようで、何人かの方が来月からの講座においでになるようです。仲間が増えることは良いことです。

 終了後は、これまで『源氏物語』の講座を受講なさっている方々が会場前にお集まりになっており、ご一緒に有楽町のビヤホールに移動しました。そこでは、現在講座で読んでいる橋本本「若紫」を、みんなで現代語訳をしようという無謀な計画を実現しようという密談(?)がなされたのです。しかも途中からは、この日比谷の講座で第1期の頃に参加なさっていた方も、日頃の向学心をさらに磨く機会だとばかりに、駆けつけてくださいました。久闊を叙する間も無く、少しお酒を口にしながら、侃侃諤諤ならぬ思い思いの意見を出し合いました。
 手元には、私が一夜漬けで作成した、橋本本「若紫」を現代語訳するための試案のプリントがあるだけです。さて、来月からどう進めようか、ということです。
 今日の話し合いの中で一番盛り上がったのは、「若紫」冒頭の「わらはやみ」をどう訳すか、ということでした。これは難題です。

 現在は大島本が唯一のテキストとして読まれています。しかし、その大島本の本行の本文が

しゝこらうしつる時はうたて侍るを(「うし」ママ)


としているところを、橋本本は、

しゝこらかし侍りぬるはあやにくに侍るを


という本文を書き記しているのです。ここでの橋本本は、どう訳し、その違いをどう理解したら良いのか。現代語訳を超えた、本文の解釈に及ぶことになります。
 光源氏が若紫を誘拐する場面や、藤壺との密通場面などなど、早々とどんな訳にしようかと、ワクワクなさっていました。
 そんなこんなで、話はどんどん膨らみます。
 今日のみなさまとの話で得られた合意としては、『源氏物語』を何かで読んだことがある人を対象にした現代語訳をしよう、というところに落ち着きました。これから作る現代語訳の対象は、高校生でもなく、大学生でもない、ということです。そして、来月4日の講座の後には、この集まりを企画立案してくださった、世話人でもある星野さんが、今日配布した第一丁の資料の範囲だけでも、現在流布する大島本と、講座で読んでいる橋本本が違う箇所をどう訳すか、などの問題点を提示してくださることになりました。
 これは、思いがけない展開で、素人集団の華麗なる遊び心が蠢き出したことになります。
 さて、今後はどのような展開になるのか、楽しみにして推移をごらんください。そして、参加してみようという方の加入を心待ちにしています。

 有楽町にはゴジラがいます。

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 それに負けず劣らず、得体の知れない10人が、密かに雄叫びをあげました。
 10月7日を「日比谷源氏の記念日」としましょう。
 
 
 
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2017年09月16日

【補訂】同志社大学の公開シンポジウム「源氏物語と日本文化の秘めた力」に参加

 小雨の中、頭部神経痛の激痛を薬で散らしながら、今出川にある同志社大学「寒梅館」のハーディーホールに行きました。〈同志社大学創造経済研究センター<公開シンポジウム>「源氏物語と日本文化の秘めた力」〉があるからです。
 今回の趣旨は、以下の通りです。

【趣旨】
 同志社大学創造経済研究センターと京都と茶文化研究センターは、昨秋「茶文化の世界への発信――京都からの提言」シンポジウムを共催し、日本舞踊、能楽、茶、華といった伝統文化が京都という空間においていかに継承され、現代、そして未来にむけて発信されていくべきかについて、議論をおこなった。
 本シンポジウムでは、日本文化の本質を明らかにすべく、平安文化の現代的意義を解明することからはじめ、日本文化の思想性を様々な観点から議論する。伝統的な日本文化の持つ特色を明確化するために、茶のお点前のモーション・キャプチャーを例にとり、産学官共同、文理融合の学術観点からも幅広く議論する。そして、日本を代表する伝統文化が、京都という「伝統」と「革新」が共存する空間において、いかに継承され、どのような形で現代社会に息づき、さらに、いかなる将来性を含んでいるのかを、各界の専門家の方々とともに考えていきたい。
 日本の文化力の真髄を明らかにし、またその真髄を世界に発信していくには何が必要かを議論することは、文化を中心とした地域創生を進めるための政策を検討する上において重要な意味を持ち、文化庁の京都移転によって進める新たなる文化行政を考えていく上での課題を明らかにできると考えている。】


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 以下、不自由な右手を駆使してメモを取ったものを元にして、後で思い出せるように素描として記しておきます。

 午後1時から6時半までの5時間半にわたり、充実した時間に身を置くことができました。
 開会の挨拶(松岡敬学長)と「趣旨説明」(佐々木雅幸・同志社大学経済学部教授)の後、三部構成で進みました。
 
◆第一部 講演「文化庁の京都移転で目指すもの」
   松坂浩史(文化庁地域文化創生本部事務局長)
 文化庁が京都に移転してくることになり、その背景と今後について、詳しい説明がありました。
 ・文化庁とは何者なのか?
 ・2年前から少しずつ移転が決まっていった。
 ・来年が文化庁設立50年
 ・「人間国宝」は毎日新聞の記者が作った名言で、行政用語では「国宝」
 ・文化庁の主要活躍領域は「生活文化」である。
 ・質問はドイツの場合との違いと、文化とお金の問題
 
◆第二部講演「『源氏物語』−三角関係の謎」
   山折哲雄(宗教学者、評論家)
 次の3点がとりあげられました。
 (1)人間関係を当時の人がどのように考えていたか?
 (2)日本の文化は三角関係が正面から論じられたり証明されたりしないのはなぜか?
 (3)三角関係について考えたのは紫式部と夏目漱石の2人。ただし、漱石は後に裏切る。
 ・三角関係を「葵」巻が見事に表現している。出産場面がそれ。
 ・『紫式部日記』の出産は激痛分娩。無痛分娩と比較して考えるべき。
 ・物語と日記の出産場面はまったく同じ。
 ・夕霧の誕生と葵の上の死において、生霊が勝ったか法力が勝ったか?
 ・紫式部の人間認識は透徹していた。ただし、それが当時の貴族に共有されていたか?
 ・日記は出産場面で始まる。
 ・その日記で、『源氏物語』のように芥子の実を投じていないのはなぜか?
 ・『紫式部日記』で、生霊が明らかにされていないのはなぜか?
 ・この2つが疑わしい。当時の人は知っていた。しかし、明かさない。それは、定子だからであろう。
 ・日記で紫式部は、定子の物の怪化を消し去ろうとしていないか。これはどういうことか?
 ・三角関係について、感覚でわかる日本人は今はいなくなった。
 ・姦通という問題は、世界中で問題になっている。不倫も同じ。今の日本がそうだ。
 ・姦通や不倫の問題を、三角関係として人間関係を表現できるのが文学。
 ・本居宣長の源氏論と折口信夫の源氏論の中に、こうした問題や謎を解く重要な鍵があるのではないか。
 ・宣長は、もののあはれと物の怪を問題にしている。あはれ論が主流だった。物の怪は陰になっていた。
 ・加持祈祷は、神仏のしるしを大事にして、病気と闘う。薬を飲んだくらいでは解決しないもの。
 ・折口信夫は「色好み」で姦通や不倫を説いている。「思い隈なし」(思いやりがない)と言って理解している。
 ・しかし、このことばを折口信夫は、「執着心を相手に捧げる深い心」とする。
 ・折口信夫は、ホモセクシャルを大事にしながら、血縁脱却を見ている。
 ・宣長と折口信夫は共通している。
 ・このことが、『源氏物語』と『紫式部日記』の三角関係を読むのに参考になる。
 ・相手あっての二者関係、親子、夫婦の倫理の中で、三角関係を理解できるのか?
 ・三者関係の理解が大事。
 ・漱石は紫式部の考えを理解していたのではないか。
 ・漱石の小説の中心にあった三角関係は、二者関係になってしまう。自殺、狂気、宗教に行き着く。
 ・漱石は一人の世界を求めた。その方向に、日本の文化は移ってきている。
 
◆第二部朗読「京ことばによる源氏物語の女房語り」 
   山下智子(朗読家)
 『源氏物語』の第7巻「紅葉賀」を読んでくださいました。
 「朱雀院の御幸は〜」と、滑らかな京都弁で語られる物語を堪能しました。
 特に、若紫がしゃべるところが可愛くて、大いに楽しめました。
 最後は、原文のひとくだりを読んで綴じ目となりました。
 山下さんが主宰なさっている女房語りのチラシを紹介します。

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◆第三部討論会「伝統文化と現代社会―文理融合の可能性」
 モデレーター:佐伯順子(同志社大学社会学部教授、京都と茶文化研究センター センター長)
   横川隆一(同志社大学生命医科学部教授)
   岩坪健(同志社大学文学部国文学科教授)
   河村晴久(能楽師)
 佐伯さんの司会で進行していきました。
 河村さんは、能を代表するものとして「船弁慶」と「葵の上」を選ばれた話。インパクトのあるものだからと。
 岩坪さんは、『源氏物語』が持つパワーや魅力を語られました。
 横川さんは、小笠原流の煎茶道のお点前を身体にセンサーを付けて工学的に解析(モーションキャプチャー)した結果を提示されました。熟練者は無心で、顎がほとんど動かないことがわかったそうです。
 横川さんが、『源氏物語』を語っている時の山下さんの気持ちを問われました。
 山下さんは、あまり感情的になってしまうのではなく、感覚的なものを大事にしていると。
 女房という立場で客観的に語るようにしている、とのことでした。
 横川さんは、運動行為として、謡や語りに興味を持った、とのことです。
 河村さんも、冷静な自分がいると。ひたすら型の世界。無意識部分がかなりある。
 岩坪さんは、『源氏物語』のテキストの中にも裏の意味がある例を挙げられました。
 本音を言わないので、そこのところを読むことが大事だ、と。
 京都で源氏を研究することの利点は。天気のことや作品の舞台の距離を身をもって、身近に感じられる。
 河村さんの話で、京都は天皇さんがおられた所で、江戸は将軍さんがおられた所だ、とのことでした。
 
◆閉会の挨拶 
   横川隆一(同志社大学生命医科学部教授)
 挨拶の中で、解答には複数あり、一つではない、ということを強調なさったことが印象に残りました。

 体調がよくなかったので、山下さんに少しご挨拶をしただけで、頭痛を我慢しながら帰りました。
 乱暴なメモで恐縮です。勘違いがありましたら、お許しください。
(170919_誤植を訂正しました。)
 
 
 
posted by genjiito at 20:14| Comment(0) | ◎源氏物語

2017年09月15日

高校生に角田光代訳『源氏物語』を紹介する

 高校での授業も2回目となりました。1日に2コマあるので、今日で4回やったことになります。いい反応があるので、生徒からもいろいろと教えてもらえます。若い子たちの特権でしょうか、気さくに応じてくれるので助かります。まずは、人間関係を作ることを意識しています。生徒たちからみれば、やせ細ったおじいちゃんとして見ているのかもしれません。それはそれで、異文化世代との交流が楽しめます。

 今日は、教科の先生方から伺った授業の方針の確認や試験のこと、1年次の教科書を見ながらこれまでに勉強したことなどを確認しました。
 勉強方法についても、筆順のことを考えると早くきれいに文字を書くためには縦書きがいいことや、広目の卦線が引かれた縦書き用のノート、そして鉛筆の芯は2Bを勧めました。

 角田光代さんの現代語訳『源氏物語』(河出書房新社、2017.9.20)が先週刊行されました。出たばかりなので、生徒たちの世代が持つ『源氏物語』の現代語訳として大事に伝えてほしかったので、回覧して全員に本を触ってもらいました。

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 本体価格が3,500円なので、お小遣いでは買えません。本屋さんの店頭には、この本が積み上げられている所が多いので、自分たちの時代の文化の成果として、買わないまでも、ぜひとも手にとってみて新しい仕事が世に出たことを実感ほしい、という希望を伝えました。
 併せて月報を紹介し、瀬戸内寂聴と大和和紀のエッセイの内容を確認しました。『あさきゆめみし』は先週回覧したので、あの漫画家であることと結びついたようです。
 さらに、映画『古都 2016』の話もしました。原作である川端康成の『古都』に結びつけば、との想いを込めて話しました。川端康成については、その直前に配布した月報で、寂聴さんが「ノーベル文学賞を受賞した川端康成氏が、源氏の訳に取りかかっていた。私はその原稿の書きかけを京都のホテルの窓際の机上に見ている。」と書いていることを紹介しました。川端康成が実際に『源氏物語』の現代語訳をしていたのかどうかはまだ確証がないとしても、そんな話と『源氏物語』の現代語訳がリンクすれば、と思っての『古都』の話題の提供です。さて、こうしたことがうまく伝わっていたらいいのですが。

 なお、今日もプロジェクターを教室に持ち込み、いろいろと映像を見てもらおうと思いました。しかし、職員室では映写テストに問題がなかったのに、教室では写らなかったのです。これがあるので、常に機器には頼らないように心がけています。何でもありのインドでの、プレゼンテーションにおけるさまざまな体験がこうして活きています。
 生徒が、大きな模造紙を用意してくれました。前回、教室の壁に映したところ、あまりきれいには写らなかったのです。黒板に磁石を使って貼ってくれました。プロジェクターのボタンの調整も手伝ってくれました。積極的に手助けしてもらえるので大助かりです。もっとも、今日はその労に応えることができませんでしたが、その優しさに感謝です。誰かが、「共同作業だ」と言っていました。学校なのでいろいろと状況によりけりだとしても、教え教えられる関係ではなく、可能な限り一緒に勉強する姿勢は伝えたいと思っています。

 昨日来の頭痛は、病院でいただいた薬が効いていたこともあり、授業中も特に問題はありませんでした。神経性頭痛なので、緊張していると痛みは抑えられているようです。帰りに校門を出た頃から、薬が切れたこともあってか少しずつ頭が痛くなりました。6時間の間を置かないと飲めない薬なので、電車の中ではじっとしていました。
 
 
 
posted by genjiito at 21:10| Comment(0) | ◎源氏物語

2017年03月16日

橋本本が伝える本文から大島本とは違う表現世界を考える

 日比谷図書文化館で鎌倉期の古写本『源氏物語』を読んで来ました。
 今日で今期の最後です。
 ただし、新年度の5月から毎月1回、基本的には毎週第1土曜日の午後2時半から4時半までの2時間の講座として、新たにスタートします。
 その意味では、こうして夜の日比谷公園に来るのは、これからはないと思われます。記念に、日比谷図書文化館の夜の姿を記録に留めておきます。

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 初夏からの再開でも、一緒に古写本の『源氏物語』が読める機会を大切にして、可能な限り少しでも多く読み進めていきたいと思います。

 今日も、橋本本「若紫」の本文を、字母に注意しながら見ていきました。受講者のみなさまは、もう大分慣れておられるので、後半は異文について考えました。
 例えば、次の本文の異同などはどう考えたらいいのでしょうか。


(1)〈甲類〉と〈乙類〉が見せるおもしろい例
なつかしう[橋=尾中高天尾]・・・・051201
 なつかしふ[陽]
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
かほりあひたるに[橋=中陽高天]・・・・051202
 かをりあひたるに[尾尾]
 にほひあひたるに[麦阿]
 にほひみちたるに[大池御国肖日穂保伏]

 ここでは、私が〈甲類〉とする橋本本などの諸本が「なつかし」ということばを持つのに対して、大島本などの〈乙類〉にはそのことばがありません。それに続いて、〈甲類〉は「かをりあひたる」とし、〈乙類〉は「にほひみちたる」という違いを見せています。この語句の意味の違いは何なのでしょうか。幅広い視点で解釈をしていくのにいい例です。
 その間でうろうろしているのが、〈甲類〉に属する麦生本と阿里莫本の「にほひあひたる」です。興味深い本文の分別ができるところです。

(2)ことばの異同から語られる内容の違いを見る
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051354
 いかなる[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051355
 人の[大中麦阿陽池御国肖日穂保伏]
ナシ[橋=尾高天尾]・・・・051356
 しわさにか[大中麦阿池御国肖穂保伏]
 しはさにか[陽]
 しわさにか/に〈改頁〉[日]
兵部卿の宮[橋=中]・・・・051357
 兵部卿の宮なむ[大陽池]
 兵ふ卿のみや[尾尾]
 兵部卿宮なん[麦阿御国]
 兵部卿の宮なむ/=紫上ノ父[肖]
 兵部卿の宮なん[日保伏]
 兵部卿宮なむ[穂]
 兵部卿のみや[高]
 兵部卿宮[天]
しのひて[橋=大尾中陽池御国肖日穂伏高天尾]・・・・051358
 忍て[麦]
 忍ひて[阿]
 しのひて/〈改頁〉[保]
かよひつき[橋=尾中高天尾]・・・・051359
 かよひつき/つ[陽]
 かたらひつき[大麦池御国肖日穂保伏]
 かたらひ[阿]

 私の分別では〈乙類〉に属する大島本などは、「いかなる人のしわざにか」と、女房などの手引きを匂わせています。しかし、そのことばを橋本本などの〈甲類〉は伝えていません。
 また、橋本本などの〈甲類〉は「しのびてかよひつき」とし、大島本などの〈乙類〉は「しのびてかたらひつき」とします。この「かよふ」と「かたらふ」という表現の違いに着目して解釈すると、こうした語句レベルの異同の集積が全体の表現にも影響するはずです。
 橋本本などの〈甲類〉の読み込みを、今後はもっと深めて行きたいものです。今までは、大島本だけで『源氏物語』の表現を考えていました。しかも、活字による校訂本文に依ってのものです。しかし、ここに提示している橋本本で物語を考えると、新しい『源氏物語』の読み解きに展開していきます。
 それこそ、次の世代を担う、若手の出番なのです。

 今日は、17丁裏 3行目「多まふ」まで確認しました。
 次回、2017年度の第1回目は5月6日(土)で、17丁裏3行目の「可の・【大納言】八」から始まります。
 
 
 
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2017年02月20日

『源氏物語別本集成』の前に進行していた『源氏物語別本大成』

 明日の引っ越しのため、東京の宿舎の荷物を整理しています。
 これまでずっと忘れていた資料が、突然ながら出てきました。

 平成元年(実際の初版は昭和63年)に刊行が始まった『源氏物語別本集成』は、その前には『源氏物語別本大成』として作業が進んでいたのです。

 そのことは、すでに拙著『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)で「『源氏物語別本大成』の発想」(102頁)として、その構想について記した通りです。

 その基本データには、次の写真の右端に写っているように、「品詞」や「異同」という欄があります。特に「異同」の欄には、「部変漢6,7」とか「部欠」などと、本文異同の識別が明記されています。これらは、刊行された『源氏物語別本集成』では採用しなかった付加情報です。

170220_GBT0.jpg

 次の写真では、昭和60年頃の具体的な版面や作業手順、そして必要な機器などが列記されています。「μCOSMOS」というデータベース用のソフトウェアや、懐かしい金属活字プリンタの名前が確認できます。

170220_GBT1.jpg

 また、次のメモにも懐かしいハードウェアの名前があります。

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 こんな時代に、こんなことを考えていたということで、当時を回顧する資料として記し留めておきます。
 
 
 

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2017年02月13日

『源氏物語』の池田本と国冬本に関する渋谷氏の問題提起

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(2月11日)」で、以下の報告がありました。


【2月10日(金)】
越野優子『国冬本源氏物語論』と伊藤鉄也「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」を読みながら「源氏物語」の本文研究について考える。文学の根源が言語藝術としての感動にあるならば、別本は通行本文では窺い知ることのできない「源氏物語」の豊かな表現と叙述をもったテキストの一つとして興味深い。通行の定家本原本とその臨模本そしてその系統の最善本である大島本を底本とした校訂本と同じ定家校訂本系統とされる池田本の校訂本と違いのあることは分かるが、なぜ違うのか、そして定家校訂本系統としてどちらがよりすぐれた表現世界をもったテキストなのか、そこが知りたい。


 この「大島本」と「池田本」とに本文の違いがあることについて、なぜそのような違いが生まれたのか、その表現世界の違いは何か、それぞれがどのように読まれてきたのか、などなど、問題は山積しています。この意味を考えることは、『源氏物語』の研究において今後とも重要な研究課題だと言えるでしょう。
 これからの若手研究者が、その新鮮で柔軟な感性によって、この問題に果敢に挑んでいただきたいと思っています。

 渋谷氏の記事にある「池田本『源氏物語』本文校訂「桐壺」(第一版)」とは、先月末に私家版として試験的に印刷して配布し始めた冊子を指しています。

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 この池田本「桐壺」の校訂本文を手元に置いて確認したい方は、本ブログのコメント欄を使って、郵便番号・住所・氏名をお知らせください。「桐壺」巻の校訂本文は無料でお渡しするものなので、折り返しお届けする手順(郵送の種別と送料等)をお知らせします。

 なお、この池田本の校訂本文を作成している背景や経緯については、「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページ」をご覧ください。
 
 
 
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2017年01月22日

岩佐又兵衛の源氏絵を出光美術館で見る

 昨年末に、「洛中洛外図屏風」の現地探訪をしました。
「京洛逍遥(379)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く」(2016年12月13日)

 それ以来、岩佐又兵衛が描いた「東京国立博物館所蔵「洛中洛外図屏風(舟木本)」(2016年に国宝指定)」のことが気になっていました。

 ちょうどいい機会なので、出光美術館で開催中の「開館50周年記念 岩佐又兵衛と源氏絵― 〈古典〉への挑戦」(2017年1月8日(日)〜2月5日(日))を見てきました。

 出光美術館のホームページに掲載されている「展示概要」には、次の説明がなされています。これは、展覧会図録の「ごあいさつ」にもあるものです。

 私は、ここに記された、又兵衛が江戸に移ってからの、梗概書の挿絵への影響に興味を持ちました。


2017年は、それまで京都と福井で絵筆をふるっていた又兵衛が、活動の拠点を江戸に移してから380年の記念の年にもあたります。そこで、〈浮世絵の開祖〉とも称された又兵衛の絵画が、江戸の浮世絵師たちにどのような刺激を与えたのかを考えるために、『絵入源氏物語』や『十帖源氏』、菱川師宣(ひしかわもろのぶ ?-1694)が江戸版の挿絵を担当したとされる『おさな源氏』など、歌人・俳人で古典学者の松永貞徳(まつながていとく 1571-1653)の流れをくむ文化人たちが携わり、版行された梗概書(こうがいしょ)(『源氏物語』のダイジェスト)を取り上げつつ、又兵衛との関係を探ります。


 また、同じくホームページには、「第6章 江戸への展開 −又兵衛が浮世絵師に残したもの」で、次のように書いてあります。


京都から福井へ移って20年あまり。60歳を過ぎた又兵衛は、1637年2月、福井を発ち、江戸へと向かいました。又兵衛は生前から〈うきよ又兵衛〉と異名を取ったと伝わり、浮世絵の成立に重要な役割を果たしたと考えられますが、江戸における又兵衛の仕事は浮世絵師たちに何をもたらしたのでしょうか。この章では、歌人・俳人で古典学者の松永貞徳(まつながていとく 1571-1653)の流れをくむ文化人たちが刊行にたずさわった『源氏物語』の梗概書などを手がかりに、江戸の浮世絵師との接点を探ります。


 この章に関して、展示図録の説明を引きます。


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又兵衛工房の実態と所在



 又兵衛の制作活動は、数名の有能な弟子たちによって支えられていたことがほぼ確実である。特に、大きな屏風絵や長い絵巻を手がけるときには、最初の設計図というべき「小下絵」を注文者に見せて許しを得たのちに、関与の度合いはさまざまであったにせよ棟梁の指揮のもとで弟子たちが分担して仕上げる−室町時代末期の元信以来、狩野派の隆盛をもたらした集団制作の手法は、又兵衛にも採用されていたと思われる。
 又兵衛の場合、京都・福井・江戸を遍歴しているだけに、主宰者の移動は工房の消長に大きくかかわる。とはいえ、又兵衛の転居がただちに工房の解散や弟子たちの廃業につながったとは考えにくい。棟梁が去ったあとも工房(絵屋)に留まって経営を続け、又兵衛のスタイルを踏襲しながら絵を描き続けた絵師は少なからずいただろう。たとえば、又兵衛の子・源兵衛勝重、さらにはその子・陽雲以雲は、福井の地で藩の画事をこなしている(戸田浩之「福井と又兵衛」、『岩佐又兵衛全集』、藝華書院、二〇一三年)。同じように、又兵衛は京都にも工房を残して福井へと発ったに違いない。又兵衛による源氏絵の影響を、挿絵入りの版本によって伝えた山本春正と野々口立圃が、いずれも京都の人物であることがそう信じさせる。彼らは、京都在住時代の又兵衛が生み出し、又兵衛の福井移住後も京都で活動を続けた弟子によって描き継がれた象徴的な源氏絵の図様に触れたのだろう(挿図1〜3)。
 端的にいって、又兵衛とその工房作について、表現の微妙な違いを見分け、それを細かく分類すること自体、それほど意味のある作業ではない。個々の作品の相違よりも相似を重視した上で、一目見てそれと分かる特徴的な表現によって画面をまとめ上げる組織の統制の力、そして、又兵衛の新鮮な表現を支持し、強く所望した江戸時代前期の人々の熱量のようなものを正当に評価するべきである。(136頁)


 狩野派や土佐派の源氏絵を見ていただけの私にとって、又兵衛の源氏絵にも注意が向いたことは大きな収穫となりました。しかも、それが江戸時代の梗概書である『絵入源氏物語』・『十帖源氏』・『おさな源氏』などの挿絵にも展開するものだったので、今回の出光美術館の企画はありがたいものとなりました。
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2017年01月11日

源氏物語本文の2分別私案に関する初めての賛同者

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(1月9日)」で、以下の報告がありました。
 私が提唱する2分別私案(〈甲類・乙類〉)について、初めて支持を表明する方が正式に確認できたのです。


「午前中、源氏物語の本文分類について、伊藤鉄也氏が指摘するとおり、河内本群(甲類)と別本・青表紙本群(乙類)に2分類されることを、さる12月24日の豊島秀範科研研究集会における発表者(豊島秀範・太田美知子氏)の「紅葉賀」と「蓬生」の各諸本本文対照資料で確認する。
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e4876085858e

 『源氏物語』の本文は、池田亀鑑が提唱した〈青表紙本・河内本・別本〉という3分類ではないことは、これまでに私は自編著や本ブログなど各所で言及してきました。このことが、今回初めて研究者によって確認されたのです。『源氏物語』の本文研究史において、重要な確認事項だと言えるでしょう。

 昭和13年までに池田亀鑑氏が確認した本文資料をもとにしての〈青表紙本・河内本・別本〉という物語本文の3分類は、あくまでも昭和13年までの資料に限定しての仮説でした(本記事末尾の引用文を参照)。それ以降、多くの『源氏物語』の写本が紹介され、確認されているのですから、『源氏物語』の本文の分別については昭和13年以降の資料も交えて考えるべき問題です。しかし、以来80年もの長きにわたり、この池田亀鑑の3分類を重宝で便利なモノサシとして、解説などに言及されてきました。
 私の手元には、昭和13年以降の本文を翻字した資料やデータが数多くあります。それらを通覧しても、〈青表紙本・河内本・別本〉の3分別ではなくて、〈甲類〉〈乙類〉の2分別にしかなりません。

 『源氏物語』の本文は2つにしか分別できないということに関して、さらに多くの方からの私見に対する確認の報告を楽しみにしています。また、反論も大いにお寄せください。これも楽しみにしています。

 少なくとも『源氏物語』の本文のことを、活字による校訂本文をもとにして発言するのは控えてほしいと思います。さらには、不正確な『源氏物語大成』による本文考察は、問題の性質がまったく異なる方向に展開することになるのですから。
 そして、若手研究者は自身が読む『源氏物語』の本文がどのような経緯で提示されたものであるのかを、充分に確認した上で本文を読み解く心構えが求められる時代になっていくことを知っていただきたいと思います。

 以下、取り急ぎ参考までに、そして確認の意味で、『源氏物語』の本文が2つに分別できることを書いた最近の文章を引用しておきます。
 これは、昨年12月24日(土)に豊島秀範先生が主宰される「第3回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会」で発表した資料からの抜粋です。


■本文の二分別と傍記混入■



 池田亀鑑は『源氏物語』の本文に関して、その形態上の特徴から〈青表紙本・河内本・別本〉の三種類に分類した(『校異源氏物語』昭和一七年)。その物指しが、約八〇年経った今も通行している。朝日古典全書(昭和二一年)が『校異源氏物語』の底本となった大島本をもとにして成ったことは、今も流布本に受けつがれている。このことへの疑問を三〇年以上も抱き続け、『源氏物語別本集成 全一五巻』と『源氏物語別本集成 続 全一五巻』(七巻で中断)を経て、今ようやく新しく池田本で読むためのテキストを提供できるようになった。スローガンとして来た「江戸期の源氏から鎌倉期の源氏へ」が、現実にスタートしたところである。本日配布した『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」』(第1.0版 平成二八年一二月二一日)が、まさにできたばかりの具体的な成果である。
 池田亀鑑は『源氏物語大成』の「校異源氏物語凡例」で、「原稿作成ノ都合上、昭和十三年以後ノ発見ニ係ル諸本ハ割愛シタ。」(五頁)と言っている。このことから、『源氏物語』の本文を〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類できるのは、昭和一三年までに確認された『源氏物語』の本文資料を整理する場合にのみ適用できることだといえる。昭和一三年以降になると、さらに多くの写本が見つかり、さまざまな本文が紹介されている。昭和一三年以前に池田亀鑑が確認した写本だけで『源氏物語』の本文のことを考えるのは、もうやめた方がいい。しかも、池田亀鑑の諸本整理と『校異源氏物語』の作成の背景には、さまざまな恣意がしだいに明らかになってきている。今年は平成二八年なので、八〇年前のモノサシで今の『源氏物語』の本文を考えるのは、とにかく生産的ではない。〈青表紙本・河内本・別本〉という分別が、解説などでいまだに便利に使われている。しかし、これは見当違いなモノサシであり、その視点で『源氏物語』の本文を見ることには大いに問題があると思っている。
 私は、『源氏物語』の本文は諸本間で八割が一致し、異文というべき本文異同は二割の範囲で生じていることを検証してきた。また、物語本文はその内容から〈河内本群〉を中心とした〈甲類〉と、〈いわゆる青表紙本〉を中心とした〈乙類〉の二分別することができる、という私案を提唱してきた(拙著『源氏物語本文の研究』平成一四年、おうふう)。
 『源氏物語』の本文を二分別する試案としての〈甲類・乙類〉を提示したのは、口頭発表では「ハーバード大学所蔵『源氏物語』の本文」(INTERNATIONAL SYMPOSIUM THE ARTIFACT OF LITERATURE(ハーバード大学)、平成二〇年一一月二一日)であり、活字論文では「「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 −「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同−」(横井孝・久下裕利編『源氏物語の新研究』新典社、平成二〇年一一月)が最初であった。それまでは、〈河内本群〉と〈別本群〉という名称をつけていた。
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2017年01月04日

エスペラント訳『源氏物語』の最新情報を更新

 やましたとしひろ氏が取り組んでおられるエスペラント訳『源氏物語』に関して、以下の最新情報をご本人からいただきました。
 昨年末までに、「若菜上」「若菜下」「幻」の3帖を追補なさったのです。


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 なお、やました氏は本日(2017年1月4日)、「サイデンスティッカー英訳とエス訳比較」と題する記事の冒頭で、次のようにおっしゃっています。


Waleyに較べて、Seidenstickerの英訳がすぐれていると聞いていたので、
たまたま拙訳(エスペラント)と比較してみて驚きました。
サイデンスティッカーは、細かい描写を省略して訳してしまっているではないか!
これでは正しい英訳とは言えないと思います。
日本的な内容が消えてしまっていると感じます。



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 これはまた、興味深い問題点が新たに提示されました。
 今後の展開が楽しみです。
 エスペラントに精通なさっている方からのご意見をお聞きしたいと思います。

 早速、現在鋭意公開中の、ホームページ「海外源氏情報」の中の【『源氏物語』翻訳史】を更新しました。
 この翻訳史に関する情報は、本日までに285件が一覧できるようになっています。
 今回のエスペラント訳『源氏物語』については、その年表の最後に追記したものなので、左上の表示件数を「100件表示」にしてスクロールしていただくか、右上の検索窓に「エスペラント」と入力して確認してください。

 お陰さまで、この【『源氏物語』翻訳史】も、着実に公開件数を増やしています。
 ここで公開している記述内容の補正や追加などにお気付きの方は、「お問い合わせ及びご教示」の通信欄を利用してお知らせいただけると幸いです。


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 みなさまからの変わらぬご理解とご支援を励みに、さらなる成果の公開を続けて行きたいと思います。
 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 19:06| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年12月24日

豊島科研の本文資料に関する研究会の最終回

 豊島秀範先生が主宰なさっている「源氏物語の本文資料に関する共同研究会」は、10年目となる今回が最後となりました。
 会場は、國學院大學120周年記念2号館2103教室です。


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 今日は以下の発表があり、充実した時間が流れました。


河内本の本文の特徴 ―「紅葉賀」を中心に―
     豊島秀範(國學院大學)

『源氏物語』蓬生巻の末摘花像の違いについて
     太田美知子(國學院大學)

三条西家本源氏物語の形成過程に関する一考察
     上野英子(実践女子大学)

大島本『源氏物語』の本文史と註釈史再考
     上原作和(桃源文庫日本学研究所)

明融臨模本の和歌書写様式
     神田久義(田園調布学園大学)

『源氏釈』古筆切拾遺
     田坂憲二(慶應義塾大学)

本文と外部徴表の相関性
     中村一夫(国士舘大学)

国文研 蔵橋本本「絵合」「松風」「藤袴」について
     伊藤鉄也(国文学研究資料館)


 今回の発表は、これまでにも増して充実したものでした。
 贅沢な時間の中に身を置き、『源氏物語』の本文に関して貴重な時間を研究仲間と共有することができました。
 現在、このような研究会はどこにもありません。これからどうしたらいいのか、ということを思いながら聴き入っていました。

 この日の研究会を通して感じたことで、個人的な思いを記しておきます。
 あまり意義深いことばかりを語っていても、前進がないと思うからです。

 今日の発表や質問でも、〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という言葉がごく普通に交わされていました。これに私は、違和感をもっています。
 10年にわたるこの研究会で、私は池田亀鑑の3分類案を見直し、それを崩した上で、新たな分別試案を構築しようと思っていました。今日もそのことを話題にしました。しかし、それは叶いませんでした。
 私が提示している2分別案には、今日も渋谷栄一氏をはじめとして、その主旨には賛同してもらえました。それでも、その議論は深まってはいません。これは、またの機会に、ということにします。

 私の立場からは、翻字において変体仮名を導入する提案をしたのが、本研究会で新たに投げかけた唯一のものでした。
 それに加えて、今日は池田本「桐壺」巻の校訂本文を配布し、作製にあたっての背景や予想される今後の研究環境のことを語りました。意見や情報の収集のためです。この取り組みは、理解が得られたと思っています。

 いずれにしても、この研究会が10年の長きにわたり、『源氏物語』の本文研究の問題提起の場となったことは特筆すべきことです。
 そして、この課題をどのように次へとつなげていくのかが、新たに取り組むべき問題となりました。

 メンバーのみなさんは、各々の職場で中心的な存在であり、これまでのようにはなかなか集まれない状況にあります。
 何とかしたい、との思いを抱きながらも、私は所用があるために懇親会は遠慮して新幹線へと急ぎました。

 一つの研究会が幕を閉じました。
 思い残すことはたくさんあります。しかし、充実感はあります。
 再起を期して、またこうした集まりを立ち上げられるように、今後ともみんなで相談したいと思います。

 今回の研究会の最後に、私が閉会の挨拶をするように、という豊島先生からの指示がありました。時間が圧していたこともあり、豊島先生の下支えをして来られたお手伝いのみなさまの労力に、感謝の気持ちを伝えました。
 そして、とりまとめをしてくださった豊島先生には、みなさんにお願いして拍手で感謝の気持ちを伝えることにしました。
 豊島先生、ありがとうございました。
posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年12月21日

総研大・日本文学研究専攻の最終講義を終えて

 最終講義と言われても、実感のないままに日頃から思っていることを資料を使って1時間お話しました。


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 あらかじめ用意していた講義用のレジメの冒頭には、次のように記しました。


 私が約三五年間にわたって研究してきたことを振り返り、問題意識を確認し、最近の研究課題としていることや今後の展開について述べたい。
 さらには、研究の基本としている『源氏物語』の本文の諸相に関連して、現在取り組んでいる国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』を取り上げ、今後の見通しを提示できれば、と思っている。
 池田亀鑑は『源氏物語』の本文に関して、その形態上の特徴から〈青表紙本・河内本・別本〉の三種類に分類した(『校異源氏物語』昭和一七年)。その物指しが、約八〇年経った今も通行している。朝日古典全書(昭和二一年)が『校異源氏物語』の底本となった大島本をもとにして成ったことは、今も流布本に受けつがれている。
 このことへの疑問を三〇年以上も抱き続け、『源氏物語別本集成 全一五巻』と『源氏物語別本集成 続 全一五巻』(七巻で中断)を経て、今ようやく新しく池田本で読むためのテキストを試作版として提供できるようになった。
 スローガンとしてきた「江戸期の源氏から鎌倉期の源氏へ」が、現実にスタートしたところである。本日配布した『池田本『源氏物語』「桐壺」校訂本文』が、まさにできたばかりの具体的な成果である。


 私の中では、今日は『源氏物語』の本文の研究史において、記念すべき日となりました。大島本に代わる校訂本文として、池田本の姿を初めて見てもらうことができたからです。
 まだまだ試作版であり、私家版であり、実験材料です。『源氏物語』を読むための、ささやかな資料の1つにしかすぎません。しかし、試案としての物語本文が、実際に検討材料として、見て確認してもらえるテキストとして手に取ってもらえたのです。

 今日が今後の始発点となったことは、私にとっても得難い機会に身を置くこととなりました。

 今日の会場は、『源氏物語』を専門とする研究者ばかりの場ではありません。しかし、文学の研究に身を置く研究者の方々にその意義をお話しできたことは、『源氏物語』が置かれている物語本文の現状を理解していただく、貴重な時間を共有できたことでもあり、ありがたいことでした。

 これまで自分が取り組んできた研究をあらためて振り返る機会となり、私にとって一区切りとなる意義深い日となりました。

 ご清聴いただいたみなさま、ありがとうございました。
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年12月14日

豊島科研の研究会で『池田本「桐壺」校訂本文』を配布します

 歳の瀬の押し詰まったクリスマスイブに、豊島秀範先生が進めておられる科研の研究会が開催されます。


 科学研究費補助金「基盤研究C」︰研究代表者 豊島秀範
[源氏物語の新たな本文関係資料の整理とデータ化及び新提言に向けての共同研究]

第3回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会




 これは、10年前にスタートした〔基盤研究A〕の時から数えて、通算23回目の研究会です。
 そして、今回が最後の研究会となります。


日時:2016年12月24日(土)13:00〜18:00
場所:國學院大學120周年記念2号館1階 2103教室


 プログラムは下記の通りです。
 『源氏物語』の本文を取り上げる多彩な発表が並んでいます。
 興味と関心のある方は、どうぞご参加ください。

 なお、私はこの場で、できたばかりの冊子『池田本「桐壺」校訂本文』(第1版)を配布する予定です。
 この冊子については、「池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)」(2016年11月27日)で報告した通りの、大島本にかわる『源氏物語』のテキストです。
 クリスマスプレゼントとしてお持ち帰りいただき、後日感想やアドバイスをいただけると幸いです。

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河内本の本文の特徴 ―「紅葉賀」を中心に―
     豊島秀範(國學院大學)

『源氏物語』蓬生巻の末摘花像の違いについて ―一四の伝本から―
     太田美知子(國學院大學)

三条西家本源氏物語の形成過程に関する一考察
     上野英子(実践女子大学)

大島本『源氏物語』の本文史と註釈史再考
     上原作和(桃源文庫日本学研究所)

明融臨模本の和歌書写様式
     神田久義(田園調布学園大学)

『源氏釈』古筆切拾遺
     田坂憲二(慶應義塾大学)

本文と外部徴表の相関性
     中村一夫(国士舘大学)

国文研 蔵橋本本「絵合」「松風」「藤袴」について
     伊藤鉄也(国文学研究資料館)


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posted by genjiito at 20:40| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年11月27日

池田本校訂本文レポート〈0〉(伊藤)

 池田本の校訂本文がほぼできあがり、当初の予定では、インドへ旅立つ前に関係者に配布する予定でした。


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 しかし、大島本で擦り消されている箇所に関して、カメラ付きの拡大装置を使った調査の成果が、出来上がっていた池田本校訂本文に盛り込まれていないことがわかりました。

 藤本孝一先生のご指導を受けながら、岡嶌偉久子さんなどと一緒に京都市文化博物館の地下の一室で大島本の精細な調査をしたのは、2007年から2年間でした。「桐壺」巻は2007年10月27日と2008年7月12日だったことが、手元の記録に残っています。

 その時の調査結果が、今回の池田本の校訂本文の注記に、まったく反映していないことがわかったのです。
 そこで今日、最後の確認と補訂を、立命館大学の須藤圭君と一緒に、京都で4時間半をかけて行ないました。

 大島本の傍記で削り取られた異文注記に、あの幻の写本とされる従一位麗子本が伝える本文が新たに確認できたことは、今日の補訂作業での一番の収穫です。

 また、大島本で削り取られた傍記には、池田本の異文注記と思われるものも含まれていることなどが確認できました。池田本の校訂本文を作成する過程で、その注記に大島本の書写様態を記述することにした副産物は、予想外に大きなものであることがわかったのです。これまで確認されていなかった大島本の削除箇所の本文が、精査した時の資料を再確認する中でいくつも追補することができたことは、編者にとっても僥倖でした。

 その詳細は、共同編集者である須藤君に、「池田本校訂本文レポート〈1〉〜〈?〉(須藤)」として連載でまとめてもらうことになりました。私の元に届き次第、本ブログに掲載しますので、楽しみにお待ちください。

 今回の新しい池田本の校訂本文は、「江戸の源氏から鎌倉の源氏へ」というスローガンで推進しているものです。
 いつ終わるとも知れない、気の遠くなるプロジェクトです。ご意見をいただくことで、より使い勝手の良い校訂本文に仕上げていくつもりです。ご支援のほどを、よろしくお願いします。

 岡山を発つ時に小降りだった雨が、京都では本降りとなっていました。雨と一緒に京都入りです。

 今日も大仕事を終えました。
 ぐっすりと眠れそうです。
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年11月04日

来週インドで開催する日本文学研究集会のレジメ(試作版)を公開

 来週11日(金)と12日(土)の2日間にわたって、インドのニューデリーで「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催します。

 今回の国際研究集会の趣旨やプログラムは、先月末の本ブログで、「「第8回 インド国際日本文学研究集会」開催のお知らせ」(2016年10月31日)として掲載したとおりです。

 来週8日(火)に成田空港から出発する日を控え、その準備をドタバタと走り回りながら進めているところです。

 本日、その集会において配布し、参加者のみなさまと討議するための資料集が、試作版(全50頁)ながら完成しました。完成版はデリーで3名の資料を追加して、印刷製本する予定です。


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 日本国内に留まらず海外の方々からも、今回の研究集会にコメントを寄せていただけないかと思い、ここにその内容がわかるレジメを公開することにしました。
 次のPDFは、大きなファイルとなっています。ダウンロード完了までに時間がかかることをご了承ください。

「第8回 インド国際日本文学研究集会」のレジメ(74メガバイト)をダウンロード

 これはまだ試作版です。しかし、この資料集だけでも、おおよその内容は判読していただけるのではないか、と思っての公開です。
 日本に居ながらにして、インドでの討議に参加している気分に浸っていただけるかと思います。

 また、お知り合いの方に、このレジメのことをお知らせいただけると幸いです。
 このレジメを通覧していただき、お気付きのことやご教示を、自由にコメントとしていただけると幸いです。
 ご意見やコメントは、本ブログのコメント欄を利用してください。

 いただいたコメントは、研究集会当日に会場で紹介し、『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として「海外源氏情報」を通じて公刊することがある、ということをご了承ください。もちろん、掲載する前に、確認のメールを差し上げます。
 明年2月に、第6号に前後して発行する予定です。

 『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)の既刊分5冊は、上記サイトから自由にダウンロードしていただけるオープンデータとなっています。

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2016年10月24日

京洛逍遥(424)スバコのお弁当と源氏絵のお茶

 慌ただしくUターンして上京です。
 JR京都駅の西改札口前に、「スバコ・ジェイアール京都伊勢丹」があります。ここのフードコーナーには、京都で行ってみたいお店が作る、工夫を凝らしたお弁当が並んでいます。しかも、私が選ぶ基準である、少量で安くて上品という、ありがたいお弁当も並んでいるのです。京都駅の中のコンコースにあるお弁当コーナーよりも、スバコにあるお弁当たちの方をお薦めします。
 新幹線に乗る前に、ぜひここのお弁当を手にして、さらにもう一つの京の味わいを楽しんでください。

 今日は、「季節限定 35品目 秋のごほうびロール弁当」(KAWAKATSU(CAMER))をいただきました。茶そばの巻き寿司が気に入っています。


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 手前のお茶は、京都府茶共同組合のペットボトルです。2008年の源氏千年紀から、今も人気のお茶です。この源氏絵に惹かれて、海外の方も手が伸びるようです。

 ペットボトルの胴回りに配されているのは、宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の『源氏絵鑑帖』から第45巻「橋姫」の一場面です。国宝の源氏絵にも、この場面が描かれています。

 右側の、撥で月を招いているのは、大君でしょうか。それとも、中君なのでしょうか。
 左側には、琴を弾く女性がいます。どちらが誰なのかは、決めがたいものであることでよく知られている図様です。
 この場面は、源氏物語ミュージアムの展示室でも、人形を使って再現されています。

 源氏絵を掌に包んで転がしながら、お茶とお弁当をいただけるのです。なんとも贅沢なことです。

 後ろの席で、子供が騒ぎ出しました。
 これから私の読書タイムなので、隣りの車輌に移動します。
 いつも新幹線は、自由席で行き来しています。指定席は当たり外れがあるので、道中なにもできないことがあります。指定席も自由席も、料金は同じです。しかし、自由席には、一緒にいたくない方がいらっしゃった時には、別の場所に自由に移動できるという、ありがたい権利が与えられています。

 もうすぐ名古屋。ここで降りるふりをして、周りの喧騒から逃げ出すことにします。
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年10月23日

池袋経由で帰洛し一仕事にめどをつける

 久しぶりに池袋で、ひと仕事をすませました。
 立ち寄った西武百貨店の7階で、昔懐かしい郵便ポストを見かけました。こんな場所に置かれたポストも、戸惑っていることでしょう。


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 もっとも、私が立ち寄ったのは、レターパックを送るためだったので、このポストの口は狭すぎて入りません。赤い茶筒のポストを横目に、カウンター越しに郵便物を渡すことになりました。

 池袋から帰洛のために、Uターンして東京駅に急ぎました。

 新幹線の乗り換え口では、ものすごい人だかりでした。旅行客や団体ではなさそうな人々が、列をなして並んでおられます。何事かと思いながら、いつものように芸能人が通るのだろうくらいに思いながら、乗り換え口から新幹線に乗り込みました。それにしても、ガードマンが多いので、よほど有名な人なのかな、と思っていました。

 いつものように自由席に座って本を取り出したところへ、乗り換え口まで一緒に来ていた妻から連絡が入りました。
 さきほどの人垣は、天皇皇后両陛下が新幹線にお乗りになるためだった、とのことです。そして、一番前だったので手を振っところ、にっこりしてくださったのだそうです。
 手を組んでお通りになる姿がすてきだったとも。さらには、天皇さまは濃いグレーのスーツで、美智子さまもグレー。きれいで嬉しそうな笑顔で……。周りの人はみんなスマホで撮っていたけれども、SPは何も注意なしでニコニコだったとのことです。

 さらには、天皇皇后両陛下は、これから京都へ向かわれるとの情報も入りました。上賀茂神社や下鴨神社にお越しになるそうなので、我が家の近くまでいらっしゃるのです。

 ちょうど1年前には、皇太子さまと新幹線がご一緒でした。

「皇太子さまとご一緒の新幹線で京都へ」(2015年10月23日)

 いろいろと楽しいことの多い日々です。

 京都でもひと仕事をすませました。夜までかかって、とにかく懸案の仕事のメドをつけることができました。
 この成果は、近日中にお知らせできるはずです。
posted by genjiito at 23:03| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年10月06日

過日公開した「若紫」の小見出しを【補訂2版】としたこと

 2016年9月15日に、「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」と題する記事を公開しました。
 その後の見直しを経て、同じアドレスで内容を入れ替えたものを、【補訂2版】として本日アップしました。

「【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)」(2016年9月15日)

 初版とは、小見出しの文言のみならず、参照情報にも手が入っています。
 項目数は、108件のままです。
 「若紫」に関する小見出しは、この【補訂2版】を活用してください。
posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年09月25日

『源氏物語』の小見出しは池田本の校訂本文に合わせること

 現在、池田本の校訂本文を編集する中で、そこに挿入する小見出しを作っているところです。
 これまでに、「桐壺」「帚木」「若紫」の3巻分を終え、以下の通り本ブログで公開しています。

☆(1)「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」(担当者:伊藤鉄也)(2014年03月26日)

☆(2)「池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)」(担当者:高橋麻織)(2016年09月16日)

☆(3)「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」(担当者:淺川槙子)(2016年09月15日)

 この小見出しは、次のような特徴があります。


1 30字の簡潔な小見出し
2 校訂本文150字位(250字以下)に一つの小見出し
3 小見出し末尾に次の3種類を「/」で区切って明示
  ・『源氏物語大成』(中央公論社)の頁行数
  ・『源氏物語別本集成』『同 続』(おうふう)の分節番号
  ・『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁数
 

 この小見出し作りを進めていて、その方針を明確にしておく必要が生じました。
 今後とも、お手伝いしてくださる方々と情報を共有しておくためにも、以下に問題点を整理して確認事項とします。

 一例を、「若紫」の場合であげましょう。
 国文学研究資料館蔵の橋本本「若紫」の小見出しを確認している時、早速2つ目の小見出しで中断となりました。

 上記「☆(3)」で、次のようにした小見出しです。

 ■2 聖は、峰が高い山に囲まれた奥深いところに籠り、修行をしている

 ここは、『新編日本古典文学全集』(小学館)では次のような校訂本文となっています。


〜御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはす。
 やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花、盛りはみな過ぎにけり。〜(119〜200頁)


 これに小見出しを付けると、「まだ暁におはす。」の次に位置するところが適当です。

 それに対して、橋本本の校訂本文は次のようになります。赤字に注意してください。


〜御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはするにやや深う入る所なりけり。
 三月つごもりなれば、京の花、盛りは過ぎにけり。〜(119〜200頁)


 大島本や池田本による流布本の校訂本文が「まだ暁におはす。」となっていたところが、この橋本本では、「まだ暁におはするに」となります(後掲の本文異同を参照願います)。文章はここで切れずに、「やや深う入る所なりけり。」へとつながっていくのです。

 そのため、上記「■2 聖は、〜」という小見出しを橋本本に転用するにあたっては、「三月つごもりなれば、」の位置に付けることが最適な場所といえるでしょう。

 ここは、私案の本文二分別によると、〈甲類〉が「おはするに」であり、〈乙類〉が「おはす」となっているところです。
 池田本は〈乙類〉なので、ここに小見出しを入れるのは大島本のグループの一つなのでいいのです。
 これに対して橋本本は〈甲類〉なので、小見出しの位置が少し後にずれることになります。つまり、次の行の「三月」に対する小見出しとすることになるのです。

 これでは、校訂本文が他本に変わるたびに、小見出しの位置が前後に移動することになります。本文異同の多い巻や写本では、そのたびに小見出しの位置がずれたり、場合によってはなくなったりするのは煩雑です。
 今後は、写本ごとに校訂本文が自由に作成できるシステムを公開する予定なので、目まぐるしく諸本ごとに小見出しが変転しては、使い勝手も悪くなります。

 そこで、この小見出しを付ける場所については、あくまでも「池田本に合わせる」、という方針に決めたいと思います。

 なお、現在、この池田本の校訂本文のための小見出し作りを、ボランティアでお手伝いしてくださる方を求めています。
 『源氏物語』の本文を200字位で区切り、そこに30文字という制限で短文を作ることは、意外と呻吟するものです。一文字の加除に、何日も費やすことはざらにあります。
 池田本は大島本と大きく本文が異なることはないようなので、身の回りにある校訂本文で小見出し作りは出来ます。面倒なのは、小見出しの末尾に付ける3種類のテキストの頁数や番号だけです。

 手伝ってやろう、と思われる方は、遠慮なく本ブログのコメント欄等を使って連絡をください。
 すでに着手されているのがどの巻か、という情報の共有は、全54巻をやり終える上では重要です。効率的な取り組みを遂行するためには必須の情報であり、これは折々に本ブログを通して流していきたいと思っています。その際、担当者のお名前を巻名に併記することを、あらかじめご了承ください。

 ちなみに、現在私は第3巻「空蟬」に取り組んでいます。
 「12須磨」・「38鈴虫」・「52蜻蛉」も担当者はすでに決まっています。
 
--------------------------------------
 
 参考までに、上記「若紫」の引用例の箇所における、諸本17本の本文異同をあげます。
 これらかも明らかなように、本文は2種類にしか分かれず、橋本本は〈甲類〉([橋尾中陽穂高天])に、池田本や大島本は〈乙類〉([大麦阿池御国肖日保伏])に分別できます。

 まだ「変体仮名翻字版」のデータベースが緒に就いたばかりなので、ここには旧来の平仮名を一文字に限定した、明治33年以来の用字法で翻字した本文の校合を揚げています。また、諸本名や書写状態に関する付加情報($はミセケチ等)も煩雑になるので、ここでは省略しています。


御ともに[橋=大中麦阿陽池御国肖日保伏高天]・・・・050063
 御ともに/と〈改頁〉[尾]
 御共に[穂]
むつましき[橋=全]・・・・050064
人[橋=尾中陽穂高天]・・・・050065
 ナシ[大麦阿池御国肖日保伏]
四五人はかりしてまた[橋=全]・・・・050066
あかつきに[橋=尾麦池日保伏高]・・・・050068
 あか月に[大中御国肖穂天]
 暁に[阿]
 あか月に/月〈改頁〉[陽]
おはするに/るに$[橋]・・・・050069
 おはするに[尾高天]
 おほするに[陽]
 をはします[中]
 おはする[穂]
 おはす[大麦阿池国肖日保伏]
 をはす[御]
やゝ[橋=大尾中麦阿陽池御国肖日保伏高]・・・・050070
 やゝ/う&ゝ[天]
 ナシ[穂]
ふかく[橋=尾中陽高天]・・・・050071
 ふかう[大麦阿池国肖日穂保伏]
 ふかう/△&ふ[御]
いる[橋=大尾陽池御肖日穂保伏高天]・・・・050072
 入[中麦阿国]
ところなりけり[橋=尾中陽高]・・・・050073
 所なりけり[大麦阿池御国日穂保伏天]
 所也けり[肖]
三月[橋=穂]・・・・050074
 三月の[大麦阿池御国日伏]
 やよひの[尾中陽肖保高天]
つこもりなれは[橋=大尾麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]・・・・050075
 つこもりなりけれは[中]
京の[橋=大中麦阿陽池国肖日穂保伏高天]・・・・050076
 京の/〈朱合点〉[尾]
 きやうの[御]
花[橋=大麦阿陽池御国肖保伏天]・・・・050077
 はな[尾日穂高]
 はなみな[中]
さかりは/は+みな[橋]・・・・050078
 さかりはみな[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 さかりは[尾陽高天]
 ナシ[中]
すきかたになりにけるを/かたになりにけるを$にけり[橋]・・・・050079
 すきにけり[大麦池御国日伏]
 過てけり[阿]
 すきに/に+けりイ[肖]
 すきけり[穂]
 すきにたるを[尾陽高天]
 ちりたるを[中]
 すきて[保]
posted by genjiito at 20:27| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年09月16日

池田本の校訂本文用に作成した「帚木」巻の小見出し(132項目)

 昨日に続き、池田本の校訂本文で使用するための小見出しの、「帚木」巻ができあがりました。
 これは、高橋麻織さん(明治大学・兼任講師)と久保田由香さん(元・明治大学大学院生)の労作です。
 「桐壺」巻・「若紫」巻と同じように、30文字でできています。
 これまでの方針通り、物語本文を細かく分けることで、全132項目となっています。
 『新編日本古典文学全集』(小学館)は17項目、『新日本古典文学大系』(岩波書店)は34項目なので、これがいかに詳細なものであるかがおわかりいただけるかと思います。

 2014年3月26日に公開した「桐壺」巻の小見出しについては、「「桐壺」巻の小見出し試案(72項目版)」を参照してください。
 「若紫」巻は、昨日の「池田本の校訂本文用に作成した「若紫」巻の小見出し(108項目)」(2016年9月15日)を参照してください。

 今回公表したものは、まだ付加情報の整備ができていません。今は、『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁行数だけを追記した状態であることを、あらかじめおことわりしておきます。

(1)通し番号 小見出し(30文字)
(2)『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、1994年初版)の頁行数

 より便利な小見出しとなるように、お気付きの点など、ご教示いただけると幸いです。
 
--------------------------------------
 
 「帚木」巻の小見出し(『新編日本古典文学全集』(小学館)の頁行数)

■1 光源氏は好色者と噂されているが、本人は真面目に振る舞っている
                     (五三頁一行目〜七行目)

■2 通いが間遠なため左大臣家では光源氏の忍ぶ恋の相手の存在を疑う
                  (五三頁八行目〜五四頁二行目)

■3 左大臣家は物忌のために籠る婿を恨めしく思うが懸命に世話をする
                     (五四頁三行目〜八行目)

■4 光源氏と特に親しい頭中将もまた、北の方の元にはあまり通わない
            (五四頁八行目「宮腹の中将は」〜一一行目)

■5 光源氏と頭中将は夜昼同伴して、学問も遊びも共に行う親しい間柄
                 (五四頁十二行目〜五五頁二行目)

■6 五月雨の夜、宿直所に頭中将が訪れて光源氏宛ての恋文を見たがる
           (五五頁三行目〜八行目「ゆるしたまはねば」)

■7 頭中将は恋文を見ながら他人に見せられない恋文こそ見たいと発言
 (五五頁八行目「そのうちとけて」〜五六頁三行目「心やすきなるべし」)

■8 頭中将は拾い読みしながら差出人を推量するが光源氏は言葉を濁す
           (五六頁三行目「片はしづつ見るに」〜七行目)

■9 上辺だけ繕った中身のない女がいると、女の品定めを始める頭中将
     (五六頁八行目〜五七頁四行目「心を動かすこともあめり」)

■10 芸事の不得手な部分を後見人に隠された女は、付き合うと落胆する
   (五七頁四行目「容貌をかしく」〜一一行目「恥づかしげなれば)

■11 頭中将は女を上流、中流、下流に分け、中流が個性的でよいと説く
  (五七頁一一行目「いとなべては」〜五八頁六行目「ゆかしくて」)

■12 好色者と評判の左馬頭と藤式部丞が参上して、女の品定めに加わる
                    (五八頁七行目〜一四行目)

■13 頭中将は成り上がった者も高位から落ちぶれた者も共に中流とする
               (五九頁一行目〜七行目「おくべき」)

■14 生半可な上達部より非参議の四位の者の方が豊かな生活をしている
  (五九頁七行目「受領といひて」〜一二行目「いとかはらかなりや)

■15 階級は家柄、世評、財力で決まるが光源氏は財力重視かと揶揄する
           (五九頁一二行目「家の内に」〜六〇頁三行目)

■16 左馬頭は光源氏や頭中将の前で上流の女について意見するのを憚る
                    (六〇頁四行目〜一〇行目)

■17 左馬頭は荒廃した家の奥に芸事を嗜む女がいたら素晴らしいと語る
             (六〇頁一一行目〜六一頁五行目「とて」)

■18 姉妹を思い黙る藤式部丞と上流にも理想の女は珍しいと思う光源氏
           (六一頁五行目「式部を見やれば」〜一一行目)

■19 左馬頭は国の柱石を選ぶのと同様に、妻を決めるのも難しいと発言
         (六一頁一二行目〜六二頁五行目「ゆつろふらむ」)

■20 一家の主婦には欠けては困る条件が多いので、妻を選ぶのは難しい
        (六二頁五行目「狭き家の」〜一二行目「なるべし」)

■21 全て希望通りでなくても連れ添うのがよいが惹かれる夫婦はいない
         (六二頁一二行目「かならずしも」〜六三頁三行目)

■22 無口な女を女らしいと思って機嫌を取ると色めかしくなるのは難点
                    (六三頁四行目〜一〇行目)

■23 情趣を重んじすぎる妻も困るが美しさの欠片もない世話女房も困る
       (六三頁一一行目〜六四頁五行目「うちまねばむやは」)

■24 妻と語り合いたいが理解のない妻には外での話をする気にならない
            (六四頁五行目「近くて見む人」〜一一行目)

■25 従順な若い女を仕込むのも手だがやはり妻には頼れる女の方が良い
                 (六四頁一二行目〜六五頁六行目)

■26 身分や容貌より実直な事が妻には大事で、更に才能が伴えば儲け物
              (六五頁七行目〜一五行目「わざをや」)

■27 夫の浮気に耐えていたが急に我慢出来なくなって失踪する女がいる
    (六五頁一五行目「艶に」〜六六頁六行目「落としはべりし」)

■28 夫が浮気したからといって逃げ隠れしたり、尼になるのは、軽率だ
       (六六頁六行目「今思ふには」〜一三行目「思へらず」)

■29 知人が見舞に来たり、元夫が泣いたりすると、女は出家を後悔する
 (六六頁一三行目「いで、あな悲し」〜六七頁三行目「うちひそみぬかし」)

■30 還俗しても家出騒動の後では夫婦共に心からは信頼し合えなくなる
              (六七頁三行目「忍ぶれど」〜一〇行目)

■31 浮気されたら喧嘩したり好きにさせるより、怨言を仄めかすべきだ
                 (六七頁一一行目〜六八頁六行目)

■32 妹は信頼出来る妻だと頭中将が暗に言うが光源氏は居眠りしている
                    (六八頁七行目〜一四行目)

■33 格式ある調度は名人が作った物だと誰にでもわかると左馬頭は言う
                    (六九頁一行目〜一一行目)

■34 見たことのない物は空想で描けば良いので墨書きの優劣はつけ難い
        (六九頁一二行目〜七〇頁二行目「さてありぬべし」)

■35 唐絵と違って大和絵は見慣れた風景を描くので画師の技量が現れる
               (七〇頁二行目「世の常の」〜七行目)

■36 走り書きは一見洒落ているが本格的な筆法で書かれた書の方がよい
           (七〇頁八行目〜一三行目「かくこそはべれ」)

■37 僧のように説教する左馬頭と目を覚ます光源氏と真剣に聞く頭中将
        (七〇頁一三行目「まして人の心の」〜七一頁四行目)

■38 左馬頭は、美人ではないのに嫉妬ばかりする昔の恋人のことを語る
                    (七一頁五行目〜一五行目)

■39 女は左馬頭の為に努力し、尽くしたが、嫉妬深い癖は直せなかった
                    (七二頁一行目〜一〇行目)

■40 左馬頭は別れをちらつかせて、女の嫉妬深い性格を直そうと試みる
           (七二頁一一行目〜七三頁一行目「怨ずるに」)

■41 左馬頭は女に終生連れ添うつもりなら夫の浮気は我慢すべきと言う
     (七三頁一行目「かくおそましくは」〜八行目「はべるに」)

■42 離縁を承諾した女に左馬頭が悪口を言ったので女は夫の指を噛んだ
       (七三頁八行目「すこし」〜七四頁一行目「かこちて」)

■43 官位を貶められて傷ついた左馬頭は出家を仄めかして女の元を去る
             (七四頁一行目「かかる傷さへ」〜五行目)

■44 左馬頭が女の短所を責める和歌を詠むと、女は泣きながら返歌する
            (七四頁六行目〜一一行目「はべりしかど」)

■45 左馬頭は女と口論したが別れるつもりはなく、女と復縁したくなる
     (七四頁一一行目「まことには」〜一五行目「なかりけり」)

■46 左馬頭が行くと来訪を見越した準備がされていたが女は留守だった
  (七四頁一五行目「内裏わたりの」〜七五頁九行目「答へはべり」)

■47 女は嫌われたがっていた様子だが、左馬頭の衣装の世話はしている
              (七五頁九行目「艶なる歌」〜一五行目)

■48 見捨てられることはないと高を括っていたら女は心痛で亡くなった
            (七六頁一行目〜九行目「おぼえはべりし」)

■49 左馬頭は染物や裁縫に秀でた女こそ本妻に相応しかったと追慕する
      (七六頁九行目「ひとへに」〜一四行目「思ひ出でたり」)

■50 織姫の裁縫の腕よりも末長い夫婦仲にあやかれば良いと言う頭中将
             (七六頁一四行目「中将」〜七七頁四行目)

■51 左馬頭が同じ時に通った女は人柄がよく、歌も書も琴もうまかった
              (七七頁五行目〜一一行目「はべりき」)

■52 左馬頭は指喰いの女亡き後女の元に通い慣れたが女は浮気していた
           (七頁一一行目「この人亡せて後」〜一五行目)

■53 十月の月夜、左馬頭と相乗りした殿上人が行ったのは女の家だった
                     (七八頁一行目〜八行目)

■54 殿上人が縁に腰かけて笛を吹きながら謡うと、女は和琴で合奏した
          (七八頁九行目〜七八頁一五行目「あらずかし」)

■55 和琴の音が月に相応しいことに感嘆した殿上人は簾に寄って戯れる
    (七八頁一五行目「律の調べは」〜七九頁四行目「ねたます」)

■56 殿上人がもう一曲請うと女は笛を引き止めるだけの琴はないと詠む
           (七九頁四行目「菊を折りて」〜八〇頁四行目)

■57 二人の風流な応酬を見るに堪えないと感じた左馬頭は、女と別れた
         (七九頁一二行目「憎くなるをも」〜八〇頁四行目)

■58 左馬頭は信頼出来ない浮気な女より実直な指喰いの女がよいと言う
                  (八〇頁五行目〜八一頁一行目)

■59 頭中将は恨み言も言わず、自分を頼りにしていた恋人のことを話す
                 (八一頁二行目〜八一頁一二行目)

■60 親を亡くして貧する女は頭中将を頼みとするが彼の妻に脅迫される
                 (八一頁一三行目〜八二頁二行目)

■61 頭中将が放っておいたので幼い子を持つ女は撫子を添えた文を送る
                  (八二頁三行目〜八二頁六行目)

■62 文を読んだ頭中将が訪ねると女は彼を信じきった様子だが涙を流す
                 (八二頁七行目〜八二頁一三行目)

■63 頭中将は女を慰めたが訪れが間遠になると女は姿を消してしまった
                 (八二頁一四行目〜八三頁八行目)

■64 後悔する頭中将はかわいい幼子を探し出したいと思うが消息は不明
           (八三頁九行目〜八三頁一四行目「はべらね」)

■65 頭中将は女のことを、左馬頭の言う、頼りない部類の女だと断ずる
           (八三頁一四行目「これこそ」〜八四頁四行目)

■66 いくら完璧でも吉祥天女に懸想するのは、と頭中将が皆を笑わせる
                 (八四頁五行目〜八四頁一四行目)

■67 藤式部丞は身分柄謙遜するが、頭中将に急き立てられて体験を語る
            (八五頁一行目〜六行目「思ひめぐらすに」)

■68 藤式部丞は文章生だった時に、博士顔負けの学がある女と出会った
            (八五頁六行目「まだ文章生に」〜一〇行目)

■69 藤式部丞が学問の師である博士の娘に言い寄ると博士は杯で祝った
        (八五頁一一行目〜八五頁一五行目「はべりしかど」)

■70 女は寝所でも学問を語り、漢文の文を送って藤式部丞の師となった
   (八五頁一五行目「をさをさ」〜八六頁六行目「はべりしかば」)

■71 藤式部丞は女に感謝する一方で劣等感に苛まれ、自身の宿縁を嘲る
             (八六頁六行目「今に」〜八六頁一五行目)

■72 久しぶりに訪うと物越しの対面なので藤式部丞はやきもちかと訝る
          (八七頁一行目〜八七頁六行目「恨みざりけり」)

■73 女は嫉妬はしておらず、薬の悪臭を気にして物越しに対面していた
      (八七頁六行目「声も」〜八七頁一五行目「すべなくて」)

■74 蒜の臭いに耐えかねて逃げ出す藤式部丞に賢い女は素早く歌を詠む
      (八七頁一五行目「逃げ目を」〜八八頁七行目「申せば」)

■75 光源氏達は、作り話だ、どこにそんな女がいるものかと呆れて笑う
               (八八頁七行目「君たち」〜一三行目)

■76 左馬頭は女が三史五経を会得するのはかわいげがないことだと言う
                (八九頁一行目〜六行目「あらむ」)

■77 上流婦人もしがちだが、半分以上漢字で書いている女の文は残念だ
                (八九六行目「わざと」〜一二行目)

■78 一角の歌詠みを自任している人が所構わず詠みかけてくるのは嫌だ
        (八九頁一三行目〜九〇頁一行目「はしたなからむ」)

■79 時と場所を選ぶことが大事で、それが分からない歌詠みはよくない
           (九〇頁一行目「さるべき節会など」〜八行目)

■80 左馬頭の女性評を聞いた光源氏は藤壺の宮こそ理想的な人だと思う
                  (九〇頁九行目〜九一頁三行目)

■81 葵の上の元を訪れた光源氏は信頼出来る妻だが気づまりだと感じる
           (九一頁四行目〜一一行目「さうざうしくて」)

■82 寛いでいる時に左大臣が挨拶に来たので光源氏は有難迷惑だと思う
          (九一頁一一行目「中納言の君」〜九二頁二行目)

■83 夜、光源氏は方違えのために中川にある紀伊守邸へ赴くことにする
              (九二頁三行目〜一一行目「のたまふ」)

■84 紀伊守は父の家の女達が失礼をするのではないかと密かに心配する
  (九二頁一一行目「忍び忍びの」〜九三頁二行目「聞きたまひて」)

■85 光源氏は人近なのが有り難いと言い、内密に急いで紀伊守邸へ行く
                (九三頁二行目「その人」〜七行目)

■86 急な訪問を紀伊守は内心迷惑がるが光源氏の従者達は強引に居座る
              (九三頁八行目〜一三行目「植ゑたり」)

■87 光源氏は雨夜の品定めで良しとされた中の品はこの階層だと考える
          (九三頁一三行目「風涼しくて」〜九四頁四行目)

■88 光源氏は気位高いと聞いた伊予介の後妻空蝉目当てで母屋に近寄る
          (九四頁五行目〜一三行目「わが御上なるべし」)

■89 女達の噂を聞いた光源氏は藤壺の宮への恋が露見しなくて安堵する
          (九四頁一三行目「いといたう」〜九五頁七行目)

■90 光源氏は女の接待を所望するが紀伊守はわざと気づかぬふりをする
                    (九五頁八行目〜一三行目)

■91 故衛門督の末っ子である小君は空蝉と暮らしていると紀伊守が話す
            (九五頁一四行目〜九六頁七行目「と申す」)

■92 出仕予定の空蝉が伊予介の後妻となったことを光源氏は不憫と思う
     (九六頁七行目「あはれのことや」〜一二行目「のたまふ」)

■93 紀伊守は伊予介が空蝉を崇めていることに対し、好色だと非難する
       (九六頁一二行目「不意に」〜九七頁三行目「と申す」)

■94 光源氏は若い継母に相応しいと思っているらしい紀伊守を揶揄する
               (九七頁三行目「さりとも」〜八行目)

■95 眠れない光源氏は襖障子に寄って空蝉と小君の会話を立ち聞きする
               (九七頁九行目〜一五行目「言へば」)

■96 小君に似た声の女が空蝉だと察した光源氏は空蝉の位置を推し量る
   (九七頁一五行目「ここにぞ」〜九八頁五行目「みそかに言ふ」)

■97 心細い空蝉は中将の君を呼ぶが中将の君は湯浴みのため不在である
               (九八頁五行目「昼なら」〜一三行目)

■98 うとうとしている空蝉は中将の君が来たと思うが実は光源氏だった
            (九八頁一四行目〜九九頁四行目「思へり」)

■99 空蝉は怯えるが光源氏に恥をかかせることは出来ないので騒げない
                (九九頁四行目「中将」〜一二行目)

■100 光源氏が可憐な空蝉を愛しく思い、抱き上げると、中将の君が来る
          (九九頁一三行目〜一〇〇頁五行目「来あひたる」)

■101 中将の君は光源氏に気づいて驚くが、高貴な人だから引き離せない
        (一〇〇頁五行目「やや」〜一一行目「入りたまひぬ」)

■102 光源氏は言葉を尽くすが、空蝉は中将の君にどう思われたかと悩む
   (一〇〇頁一一行目「障子を」〜一〇一頁一行目「あさましきに」)

■103 光源氏から無体な仕打ちを受けた空蝉は低い身分ゆえかと非難する
        (一〇一頁一行目「現とも」〜六行目「けはひなれば」)

■104 光源氏は身分の違いをまだ弁えていないゆえの振る舞いだと訴える
      (一〇一頁六行目「その際々を」〜一一行目「のたまへど」)

■105 身分だけでなく容貌まで不釣り合いだと感じる空蝉は光源氏を拒む
       (一〇一頁一一行目「いとたぐひなき」〜一〇二頁一行目)

■106 光源氏はこれは前世からの因縁による契りだと、泣く空蝉を慰める
              (一〇二頁二行目〜八行目「恨みられて」)

■107 未婚なら逢瀬を喜んだかもしれないが今は人妻なのでと空蝉は嘆く
       (一〇二頁八行目「いとかくうき身のほどの」〜十四行目)

■108 光源氏は空蝉との再会も文のやりとりも難しいだろうと心を痛める
         (一〇二頁十五行目〜一〇三頁五行目「いと胸痛し」)

■109 光源氏は一旦は解放した空蝉を引き止めて泣きながら恋情を訴える
    (一〇三頁五行目「奥の中将も」〜十行目「いとなまめきたり」)

■110 空蝉は夫を愛していないが夫が自分の不貞を夢に見ることを恐れる
             (一〇三頁十行目「鶏も」〜一〇四頁一行目)

■111 明るくなり、二人は別れるが、襖が二人を隔てる関のように思える
                     (一〇四頁二行目〜六行目)

■112 光源氏は有明の月を見て後ろ髪引かれる思いで紀伊守邸を出立する
                    (一〇四頁七行目〜十五行目)

■113 光源氏は空蝉の苦しみを思いやりながら、中の品のよさを実感する
                     (一〇五頁一行目〜五行目)

■114 後日、光源氏は紀伊守を呼び出し、空蝉の弟を側で使いたいと話す
                    (一〇五頁六行目〜十二行目)

■115 空蝉の夫婦仲や容貌を知りたく思う光源氏は紀伊守に探りを入れる
                (一〇五頁十三行目〜一〇六頁六行目)

■116 五、六日後に参上した小君に、光源氏は空蝉のことを詳しく尋ねる
           (一〇六頁七行目〜十二行目「うち出でにくし」)

■117 光源氏は小君に、自分と空蝉がかつて恋仲だったと偽って文を託す
   (一〇六頁十二行目「されど」)〜一〇七頁一行目「ひろげたり」)

■118 光源氏の文を読んだ空蝉は泣き、思いがけない宿世を思って臥せる
              (一〇七頁一行目「いと多くて」〜六行目)

■119 翌日、小君が光源氏への返事を催促するが、空蝉は拒み、弟を叱る
                    (一〇七頁七行目〜十三行目)

■120 空蝉からの返事がないことを知った光源氏は落胆し、再度文を託す
        (一〇七頁十四行目〜一〇八頁五行目「またも賜へり」)

■121 光源氏は小君を側から放さず、世話をし、親代わりとして振る舞う
           (一〇八頁五行目「あこは知らじな」〜十三行目)

■122 空蝉は光源氏に心惹かれるが、身分不相応だと思い、返事はしない
                (一〇八頁十四行目〜一〇九頁五行目)

■123 光源氏は空蝉を始終恋しく思い、逢いたいが人目に触れたらと悩む
                     (一〇九頁六行目〜十行目)

■124 方違えのため光源氏は紀伊守邸へ赴き計略を伝えていた小君を呼ぶ
                (一〇九頁十一行目〜一一〇頁二行目)

■125 空蝉は光源氏からの文を読むが密会は出来ないので奥の部屋に移る
                     (一一〇頁三行目〜十行目)

■126 空蝉を捜し当てた小君は光源氏に頼りないと思われてしまうと泣く
              (一一〇頁十一行目〜十四行目「言へば」)

■127 空蝉は子供が恋の仲立ちをするのは慎むべきことだと小君を咎める
(一一〇頁十四行目「かくけしからぬ」〜一一一頁三行目「言ひ放ちて」)

■128 空蝉は独身ならばと思うが人妻なので情が強い女で通そうと決める
          (一一一頁三行目「心の中には」〜一一一頁十行目)

■129 不首尾の由を小君から聞いた光源氏は空蝉を帚木に例えた歌を詠む
         (一一一頁十一行目〜一一二頁三行目「のたまへり」)

■130 空蝉は光源氏のために奔走する小君が人に怪しまれないか心配する
                (一一二行目三行目「女も」〜九行目)

■131 光源氏は案内を頼むが姉はむさ苦しい場所にいるからと小君は断る
            (一一二頁十行目〜一一三頁一行目「聞こゆ」)

■132 光源氏は代償として小君を側に寝かせ、冷淡な姉よりも愛しく思う
              (一一三頁一行目「いとほしと」〜五行目)
posted by genjiito at 22:05| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年09月15日

【補訂2版】池田本の校訂本文「若紫」巻の小見出し(108項目)

 現在、池田本の校訂本文を作成中です。
 「桐壺」巻が完成に近づき、11月にはご希望の方に配布できるかと思います。

 引き続き「若紫」巻に着手しました。
 まずは、「桐壺」巻にならった詳細な小見出しができあがりました。
 これは、淺川槙子さん(国文学研究資料館・研究員)の労作に、私が手を入れたものです。

 この「若紫」巻の小見出しは、「桐壺」巻と同じように30文字に制限した文字数でできています。
 小刻みに物語を分割し、全108項目が並ぶものとなりました。
 参考までに、『新編日本古典文学全集』(小学館)は26項目、『新日本古典文学大系』(岩波書店)は38項目なので、これがいかに多いかがわかります。

 今回の公表にあたり、以下の3種類の情報を並べてみました。

(1)通し番号 小見出し(30文字)
(2)(池)池田本(旧翻字形式)※小見出しに対応する一部分を引用
(3)参照情報(池田本の丁数/大島本の丁数/小見出しが該当する最初の文節番号/『源氏物語大成』第1冊(中央公論社、1984年普及版初版)頁・行数/『源氏物語別本集成続 第2巻若紫〜花宴』(おうふう、2005年初版)/『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館、1994年初版)

 より便利な小見出しとなるように、お気付きの点など、ご教示のほどをよろしくお願いします。

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【補訂2版】
「若紫」巻の小見出し(池田本の場合)

1 瘧病をわずらった光源氏はすすめにより北山の聖のもとへ出かける
  (池)わらはやみにわつらひたまひて
  (一オ/一オ/050001/151@/10/199)

2 聖は、峰が高い山に囲まれた奥深いところに籠り、修行をしている
  (池)三月のつごもりなれば
  (一ウ/一ウ/050074/151F/12/199)

3 光源氏は自分を誰とも知らせず、驚き騒ぐ聖から加持祈祷を受ける
  (池)のほり給て
  (二オ/二オ/050110/151J/13/200)

4 光源氏は高い所から見た目がきちんとしてきれいな僧坊を見つける
  (池)すこしたちいてつゝ
  (二ウ/二ウ/050162/152A/15/200)

5 なにがし僧都の僧坊で、光源氏は若い女性と子どもたちの姿を見る
  (池)きよけなるわらはなと
  (三オ/三オ/050217/152G/17/201)

6 供人たちは病を気にする光源氏を、気分転換のために外へ連れ出す
  (池)君はをこなひしたまひつゝ
  (三ウ/三オ/050250/152J/17/201)

7 光源氏は後ろの山から、遠くまでずっと霞がかかった景色を眺める
  (池)はるかにかすみわたりて
  (三ウ/三ウ/050273/152L/18/202)

8 良清は、光源氏に官位を捨てて播磨で暮らす明石の入道の話をする
  (池)ちかき所にははりまの
  (四オ/四オ/050327/153D/20/202)

9 光源氏は話を聞いて、誇り高いという明石の入道の娘に興味を持つ
  (池)さいつころまかりくたりて
  (五ウ/五オ/050420/154@/23/203)

10 明石の入道は上昇志向が強く娘は容貌と気立てが良いとの話が出る
  (池)けしうはあらす
  (六オ/五オ/050478/154E/25/203)

11 供人たちは明石の入道の娘を洗練されていない娘であると言い合う
  (池)かくいふははりまのかみの
  (六ウ/六オ/050529/154K/27/204)

12 娘を気にする光源氏を、供人は風変わりを好む性質があると察する
  (池)君なに心ありて
  (七オ/六ウ/050589/155C/29/204)

13 都へ帰ろうとした光源氏は大徳の言葉に従って明け方まで滞在する
  (池)くれかゝりぬれと
  (七ウ/六ウ/050615/155F/30/205)

14 夕暮れ時に僧房をかいま見た光源氏は、気品のある尼君を見つける
  (池)日もいとなかきに
  (八オ/七オ/050653/155J/32/205)

15 光源氏は二人の女房と女童たちの中にかわいらしい少女を見い出す
  (池)きよけなるおとなふたり
  (八ウ/七ウ/050718/156C/34/206)

16 幼い紫の上は、尼君に「雀の子を犬君が逃がした」と泣いて訴える
  (池)なにことそやわらはへと
  (九オ/八オ/050753/156H/35/206)

17 雀を逃がして残念そうな紫の上の様子に少納言の乳母が立ち上がる
  (池)このゐたるおとな
  (九ウ/八ウ/050778/156J/37/206)

18 尼君は自らの余命の少なさを語りつつ雀を追っている紫の上を諭す
  (池)あま君いてあなおさなや
  (九ウ/九オ/050809/157@/38/207)

19 光源氏は、思いを寄せる藤壺に紫の上が本当によく似ていると思う
  (池)つらつき
  (十オ/九オ/050836/157C/39/207)

20 尼君は亡くなった娘の話をしつつ、少納言の乳母と歌を詠み交わす
  (池)あま君かみを
  (十ウ/九ウ/050871/157F/40/207)

21 僧都から光源氏の訪れを聞いた尼君は、恥じて簾をおろしてしまう
  (池)僧都あなたよりきて
  (十一ウ/十オ/050951/158C/43/208)

22 僧都は尼君に、世間で評判である光源氏の姿を見てみないかと誘う
  (池)このよにのゝしり給ふ
  (十二オ/十ウ/050992/158G/44/209)

23 光源氏は紫の上に強く心をひかれ、藤壺の身代わりにしたいと思う
  (池)あはれなる人をみつるかな
  (十二オ/十一オ/051024/158J/45/209)

24 僧都の弟子は、光源氏が臥せるところにやって来て惟光を呼び出す
  (池)うちふし給へるに
  (十二ウ/十一ウ/051057/159@/47/210)

25 僧都の弟子を通じて、光源氏はなにがしの僧都の招きを受け入れる
  (池)いぬる十よ日の
  (十三オ/十二オ/051097/159E/48/210)

26 折り返し参上したなにがしの僧都とともに、光源氏は僧坊を訪れる
  (池)すなはち僧都まいり給へり
  (十三ウ/十二オ/051128/159H/49/210)

27 光源氏を招くため、僧坊にある南面の部屋はさっぱりと整っている
  (池)けにいと心ことに
  (十四オ/十二ウ/051173/160@/51/211)

28 光源氏は夢にかこつけて僧都から紫の上のことを聞き出そうとする
  (池)僧都よのつねなき御ものかたり
  (十四ウ/十三オ/051210/160D/52/211)

29 僧都は光源氏に、妹の尼君が故按察使大納言の北の方であると語る
  (池)うちわらひて
  (十五オ/十三ウ/051265/160I/54/212)

30 光源氏は僧都に故大納言と尼君の間に生まれた娘について質問する
  (池)かの大納言のみむすめ
  (十五ウ/十四オ/051309/161@/56/212)

31 紫の上の素性を知った光源氏は、藤壺に似ていることに合点がいく
  (池)さらはそのこなりけり
  (十六オ/十四ウ/051383/161G/59/213)

32 紫の上のことがいっそう気になった光源氏は、僧都に詳しく尋ねる
  (池)いとあはれにものし給ふ
  (十六ウ/十五オ/051412/161H/59/213)

33 光源氏は僧都に幼い紫の上を後見することを尼君に話すように頼む
  (池)あやしきことなれと
  (十七オ/十五ウ/051449/162@/61/214)

34 僧都は光源氏に、尼君に相談した上で返事をすると答えて堂に上る
  (池)いとうれしかるへき
  (十七ウ/十五ウ/051476/162C/62/214)

35 光源氏は悩ましい気持ちになり、夜が更けても眠ることができない
  (池)君は心ちもいとなやましきに
  (十八オ/十六オ/051530/162I/64/215)

36 奥の人が休んでいない気配を感じた光源氏は扇を鳴らして人を呼ぶ
  (池)うちにも人の
  (十八ウ/十六ウ/051569/162M/65/215)

37 歌を詠んだ光源氏は、女房に尼君へ取り次いでもらうようにと頼む
  (池)すこししそきて
  (十九オ/十七オ/051606/163C/67/215)

38 光源氏が紫の上にあてた歌を耳にした尼君は歌の内容を不審に思う
  (池)あないまめかし
  (十九ウ/十七ウ/051670/163K/69/216)

39 歌を返した尼君に対し、光源氏は紫の上への切実な気持ちを訴える
  (池)かうやうのつてなる
  (二十オ/十八オ/051703/164B/70/217)

40 困惑している尼君の気づまりな態度に光源氏は謙虚な言葉をかける
  (池)うちつけにあさはかなりと
  (二十ウ/十八ウ/051747/164G/72/217)

41 光源氏は尼君に自分の体験を語りつつ、紫の上との結婚を申し出る
  (池)あはれにうけ給はる
  (二十一オ/十九オ/051773/164J/73/217)

42 尼君は紫の上が幼く不似合いなことを理由に光源氏の申し出を断る
  (池)いとうれしうおもひ
  (二十一ウ/十九ウ/051814/165A/75/218)

43 僧都がお勤めから帰って来られたので光源氏は尼君の前を退出する
  (池)僧都おはしぬれは
  (二十二オ/051870/165H/77/218)

44 明け方、深山の景色を見ながら、光源氏は僧都と和歌の贈答をする
  (池)あかつきかたになりにけれは
  (二十二ウ/二十オ/051880/165I/77/219)

45 身動きできぬ聖は、光源氏のために護身の修法をして陀羅尼を読む
  (池)ひしりうこきも
  (二十三オ/二十ウ/051948/166B/79/219)

46 光源氏は迎えの人からの祝いと僧都から酒などのもてなしを受ける
  (池)御むかへの人々
  (二十三オ/二十一オ/051967/166C/80/220)

47 杯をいただいた聖は涙をこぼして光源氏を拝み、守りの独鈷を渡す
  (池)ひしり御かはらけ
  (二十四オ/二十一ウ/052052/166B/83/219)

48 紫の上を引き取りたい光源氏に尼君は四五年先ならばと返事をする
  (池)うちにそうついり給て
  (二十五オ/二十二ウ/052124/167I/86/222)

49 光源氏を迎えに頭中将や左中弁たちなどの公達が都からやって来る
  (池)御車にたてまつる程
  (二十五ウ/二十三オ/052190/168A/88/222)

50 頭中将は懐の横笛を出して吹き、弁の君は扇を鳴らし催馬楽を謡う
  (池)頭中将ふところなりける
  (二十六ウ/二十三ウ/052248/168G/90/222)

51 僧都も自分から琴を持ち出して、光源氏に琴を弾いてほしいと頼む
  (池)そうつきんを身つから
  (二十七オ/二十四オ/052289/168L/92/223)

52 光源氏の姿に法師と童べは感涙し、尼君たちや僧都は彼を絶賛する
  (池)あかすくちおしと
  (二十七オ/二十四ウ/052317/169@/93/224)

53 幼心に光源氏に思いを寄せる紫の上は、人形に源氏の君と名付ける
  (池)このわかきみおさな心ちに
  (二十七ウ/二十五オ/052359/169E/94/224)

54 帰京した光源氏は、宮中へあいさつに伺って父桐壺の帝と対面する
  (池)きみはまつは内にまいり給て
  (二十八オ/二十五オ/052399/169I/95/225)

55 宮中を出た光源氏は、正妻葵の上の実家である左大臣邸へと向かう
  (池)大殿まいりあひ給て
  (二十八ウ/二十五ウ/052433/169M/97/225)

56 光源氏は久しぶりに葵の上と対面するものの、二人の心は通わない
  (池)殿にもおはしますらんと
  (二十九オ/二十六オ/052482/170D/99/226)

57 古い歌を引用して恨み言を述べる葵の上を光源氏は避けようとする
  (池)からうしてとはぬは
  (三十オ/二十七オ/052574/170M/102/226)

58 光源氏は葵の上への不満と反対に紫の上への思いが強くなっていく
  (池)かのわかくさのおひいてむ
  (三十ウ/二十七ウ/052635/171I/104/227)

59 帰京した翌日、光源氏は僧都や尼君などがいる北山へ消息をおくる
  (池)又のひ御文たてまつれたまへり
  (三十一オ/二十八オ/052682/171K/106/228)

60 僧都からの返事を残念に思った光源氏は、惟光を使者として遣わす
  (池)僧都の御返もおなしさまなれは
  (三十二ウ/二十九オ/052774/172I/109/229)

61 惟光は少納言の乳母に面会するものの、周囲の人々から警戒される
  (池)わさとかう御文あるを
  (三十二ウ/二十九ウ/052806/172L/111/229)

62 光源氏は王命婦の手引きで、病気で里邸に退出中の藤壺と密通する
  (池)ふちつほの宮なやみたまふ
  (三十三ウ/三十オ/052889/173G/113/230)

63 光源氏は邸に帰った後、藤壺と密通したことを思い悩んで泣き臥す
  (池)殿におはしてなきねにふしくらし
  (三十五オ/三十一ウ/053016/174I/118/232)

64 藤壺の懐妊という密通の結末を、王命婦はあまりに嘆かわしく思う
  (池)宮も猶いと心うき身なりけりと
  (三十五ウ/三十二オ/053047/174L/119/232)

65 ただ事ではない異様な夢を見た光源氏はわが身に起こる運命を知る
  (池)中将のきみもおとろ/\しう
  (三十七オ/三十三オ/053160/175K/123/233)

66 七月になり、宮中に帰参した藤壺へ桐壺の帝の寵愛はいっそう増す
  (池)七月になりてそまいり給ひける
  (三十七ウ/三十四オ/053233/176E/125/234)

67 光源氏は六条京極から帰る途中に、帰京して療養中の尼君を見舞う
  (池)かのやまてらの人は
  (三十七ウ/三十四ウ/053288/176K/127/235)

68 病床の尼君は、紫の上が成長した暁には光源氏に託すことを決める
  (池)いとむつかしけに侍れと
  (三十九ウ/三十五ウ/053416/177K/132/237)

69 光源氏は紫の上の無邪気な声を聞き清純な彼女にいっそうひかれる
  (池)いとちかけれは心ほそけなる
  (四十ウ/三十六ウ/053492/178E/135/238)

70 翌日、光源氏は尼君への見舞いとともに紫の上へも結び文をおくる
  (池)又のひもいとまめやかに
  (四十二オ/三十七ウ/053620/179D/139/238)

71 十月に朱雀院の行幸が予定され、舞人は練習など多忙な日々を送る
  (池)十月にすさく院の行幸あるへし
  (四十三オ/三十八ウ/053711/180@/143/239)

72 尼君の死去という知らせが届き光源氏は母更衣との死別を思い出す
  (池)やまさと人にも
  (四十三オ/三十九オ/053744/180C/144/240)

73 夜、光源氏は自分から、忌みの期間が終わった紫の上の邸を訪れる
  (池)いみなとすきて京のとのに
  (四十四オ/三十九ウ/053797/180I/146/240)

74 光源氏は少納言の乳母に紫の上への気持ちを伝えて歌を詠み交わす
  (池)なにかかう
  (四十五オ/四十ウ/053894/181F/149/241)

75 尼君を恋い慕って泣く紫の上は、訪問した光源氏を父と勘違いする
  (池)きみはうへをこひきこえ給て
  (四十五ウ/四十一オ/053959/182@/152/242)

76 少納言の乳母は紫の上を年よりも幼い様子であると光源氏に伝える
  (池)宮にはあらねと
  (四十六オ/四十一ウ/053986/182C/153/242)

77 幼い紫の上の手を強引にとらえる光源氏に少納言の乳母は困惑する
  (池)てをとらへたまへれは
  (四十六ウ/四十二オ/054049/182J/155/243)

78 あられが降り風が激しく吹く夜、光源氏は紫の上の御帳の中に入る
  (池)あられふりあれて
  (四十七オ/四十二ウ/054106/183A/157/244)

79 少納言の乳母がため息をつく中、光源氏は紫の上に一晩中寄り添う
  (池)めのとはうしろめたなう
  (四十七ウ/四十三オ/054149/183F/158/244)

80 女房たちは、悪天候の中での光源氏の訪問が心細さを慰めたと話す
  (池)夜ひとよ風ふきあるゝに
  (四十八ウ/四十三ウ/054209/183M/160/245)

81 尼君の四十九日後に、兵部卿宮は紫の上を邸に引き取る意向を示す
  (池)宮も御むかへになと
  (四十八ウ/四十四オ/054258/184D/162/245)

82 紫の上と別れた後、光源氏はかつて通った女性の家の門を叩かせる
  (池)いみしうきりわたれる
  (四十九ウ/四十四ウ/054287/184H/163/246)

83 光源氏は紫の上のかわいらしい面影が恋しくて文を書き絵をおくる
  (池)おかしかりつる人の
  (五十オ/四十五オ/054351/185C/166/247)

84 父兵部卿宮は少納言の乳母に、紫の上を引き取ることをうち明ける
  (池)かしこにはけふしも
  (五十ウ/四十五ウ/054377/185E/167/247)

85 紫の上の着物がしおれているのを目にした兵部卿宮は、娘を憐れむ
  (池)ちかうよひよせたてまつり
  (五十一オ/四十六オ/054425/185J/168/248)

86 少納言の乳母の言葉と紫の上の様子に兵部卿宮はもらい泣きをする
  (池)よるひるきこゑ給に
  (五十一ウ/四十六ウ/054484/186C/170/248)

87 紫の上は幼いながらも、自分の身の上と今後の事を思って涙を流す
  (池)ゆくさきのみの
  (五十二オ/四十七オ/054542/186H/171/249)

88 光源氏は宮中へ行く自分の代わりに、惟光を紫の上の屋敷に遣わす
  (池)きみの御もとよりはこれみつを
  (五十二ウ/四十七ウ/054588/186M/173/249)

89 少納言の乳母は、屋敷を訪問した惟光へ自分の考えと不安を訴える
  (池)少納言はこれみつに
  (五十三オ/四十八オ/054632/187D/175/250)

90 光源氏は惟光から父兵部卿宮が紫の上を引き取る予定であると聞く
  (池)まいりてありさまなときこゑけれは
  (五十四オ/四十八ウ/054698/187L/177/251)

91 左大臣邸に来ている光源氏は惟光に紫の上を連れ出すことを命じる
  (池)きみは大殿におはしけるに
  (五十四ウ/四十九ウ/054757/188E/179/251)

92 思案のあげく、光源氏は滞在中の左大臣邸から夜明け前に出かける
  (池)きみいかにせまし
  (五十五ウ/五十オ/054827/188L/182/252)

93 少納言の乳母が応対に出るものの光源氏は制止も聞かずに奥へ入る
  (池)かとうちたゝかせ給へは
  (五十六オ/五十ウ/054889/189F/184/253)

94 光源氏は父宮の使いであると嘘をついて、寝ている紫の上を起こす
  (池)きみはなに心もなくね給へるを
  (五十七オ/五十一ウ/054963/190@/187/254)

95 二条院へ誰か来るようにと指示して、光源氏は紫の上を連れて行く
  (池)きこゆこゝにはつねにも
  (五十七ウ/五十二オ/055006/190D/189/254)

96 少納言の乳母は困惑するものの紫の上のことを思って涙をこらえる
  (池)二条院はちかけれは
  (五十八ウ/五十二ウ/055081/190L/191/255)

97 紫の上のために、光源氏は通常は使わない対屋に調度などを整える
  (池)こなたはすみ給はぬたいなれは
  (五十九オ/五十三オ/055147/191E/193/256)

98 二条院へ連れてこられた紫の上は、気味が悪くなり体をふるわせる
  (池)わかきみはいとむけつけう
  (五十九ウ/五十三ウ/055173/191I/195/256)

99 少納言の乳母は、輝くばかりの立派な二条院で間の悪い思いをする
  (池)あけゆくまゝにみわたせは
  (六十オ/五十四オ/055205/191L/196/256)

100 かわいらしい女童を呼び寄せた光源氏は休んでいた紫の上を起こす
  (池)御てうつ御かゆなと
  (六十ウ/五十四ウ/055247/192C/197/257)

101 紫の上の気をひこうと、光源氏は面白い絵などを見せて相手をする
  (池)御かたちは
  (六十一オ/五十五オ/055301/192H/199/257)

102 紫の上は光源氏が留守にしている間に、二条院のあちこちを見回す
  (池)ひんかしのたいにわたり給へるに
  (六十一ウ/五十五オ/055341/192M/201/258)

103 留守にする光源氏は紫の上のために手習いの手本などを残していく
  (池)きみは二三日内へも
  (六十一ウ/五十五ウ/055377/193B/202/258)

104 光源氏は紫の上へ手習いを教え、人形などの家を作って一緒に遊ぶ
  (池)いてきみもかいたまへとあれは
  (六十二オ/五十六オ055428/193H/203/259)

105 事情を知らぬ兵部卿宮は紫の上の失踪を嘆き、少納言の乳母を疑う
  (池)かのとまりし人々は
  (六十三オ/五十七オ/055505/194C/206/260)

106 継母の北の方は、紫の上を意のままにできなくなったのを残念がる
  (池)きたのかたも
  (六十四オ/五十七ウ/055584/194K/209/260)

107 紫の上は尼君を慕って泣く時があるものの、光源氏にもなれ親しむ
  (池)やう/\人まいりあつまりぬ
  (六十四オ/五十八オ/055597/194M/210/261)

108 光源氏は、かわいらしい紫の上を「風変わりな秘蔵っ子」だと思う
  (池)ものよりおはすれは
  (六十四ウ/五十九オ/055646/195D/211/261)
 
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2016年09月13日

千代田図書館での古書販売目録の調査の方針変更

 朝から雨模様です。
 午前中は、九段坂病院で診察と治療を受けました。
 お昼に終わると、すぐ前に聳え立つ10階建ての千代田区役所へ移動です。
 今日は千代田図書館で、古書販売目録の調査をすることになっているのです。

 まず、その最上階にあるレストランで、昼食をいただきました。
 一人で外食をすると、突然ノドを通らなくなったり、腹痛に見舞われることがよくあります。そのため、外で一人の時は、安心安全な和定食にしています。

 展望ガラス越しに皇居を眺めました。清水門のまわりの緑と清水濠の水草の緑が小雨に煙っていて、微妙な色の深さと変化が印象的です。


160913_simizumon




 午後1時前に、1階のロビーに降りました。日比谷図書文化館での講座に参加しておられる4人の方と待ち合わせです。体験を兼ねたお手伝いに来てくださったのです。なかなか得難い体験ができると思い、お誘いしました。

 この古書販売目録の調査は、遅々として進んでいません。しかも、これまでに見終えたものは、全体の百分の一に過ぎません。

 中途半端なままで打ち切りとなることを避ける意味からも、今日の調査からは『源氏物語』に関する写真が掲載されているものだけに限定して採録し、その写真は画像として記録することにしました。
 これまでは悉皆調査をしていたので、目録に掲載されているすべての書目に目を通し、『源氏物語』に関係する情報を抜き出していました。
 実は、これが意外と脇道に逸れやすく、つい目的を忘れて膨大な書物の森に誘われてしまいます。いろいろなことに興味が拡散し、いつしか時の経つのも忘れていることが多かったのです。

 それを、『源氏物語』の写真が掲載されているものだけとなると、かかる時間も手間も入力作業も格段に減ります。

 この方針転換により、加速度的に調査が進捗しました。おまけに、今日は4人の助っ人がいらっしゃいます。

 今日の驚異的な作業により、「即売会1〜24」「展覧会1〜4」の2つのグループの収納ケースが終わりました。私1人が、これまでの方針で取り組んでいたら、今日のこの量をこなすのに3年以上はかかっていたことでしょう。

 ただし、写真掲載の情報だけを抜き出す方法にも、当然のことながら危ういとこがあります。
 例えば、次のような記事が見つかると、やはり写真がないからといってパスするわけにはいきません。


160913_geinjilist




 これは、昭和25年3月30日・31日に東京古書会館で開催された「古書即売展出品目録」(資料番号:5905、東京古典会)の一部です。

 これには追加目録もあります。


160914_tuika




 この追加目録に掲載されている次の上段末尾の記事は、またいつ出合えるかもしれないものなので、この謄写刷りの写真だけは撮っておきました。


15 源氏物語 室町時代書写 紹巴ノ本ヲ以テ句切朱点 箱入 五 一、八〇〇
  ○紅葉の賀○みをつくし○よもきふ○朝顔○ふちはかま
16 源氏物語紹巴抄 里村紹巴(紫源抄) 原装極上本 三〇 三、五〇〇


 しかし、こんなことがあるからといって、また悉皆調査の手法ですべてを見るのは、いくら時間があってもきりがないのです。やはり今後は、こうしたものは目に付いたら写真に残しておくことに留めます。

 今回は、手際よくどんどん付箋で目印をつけてもらい、それを私がパソコンに入力しては撮影しました。ただし、私のデータ記録が追いつかず、次はその入力をから始めることになります。
 しかし、この写真が掲載された『源氏物語』に関する情報を収集するだけでも、貴重なデータ群となります。

 確かに、DVDに収録されている別のデータベースで『源氏物語』だけを検索する方法もあります。しかし、やはり一冊ずつ目録を見ていくことの正確さは、比較にならないほどの意義があります。

 今後は、今日からの新しい方針で、ひたすら前に向かって進んでいくことにします。
 この調査に興味をもたれた方は、このコメント欄を通してお知らせください。
 次回の調査日時などをお知らせします。
 
 調査を終えてから、みなさんと一緒に九段下駅の近くのお店「ネバーランド カフェ」で、少しお酒を口にしながら楽しい一時を過ごしました。おつまみはチーズだけというシンプルなテーブルでした。しかし、古典から政治までと多彩な内容で、なかなか得難い時間を共にすることができました。遅くまで、ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。

 さらには、このお店を教えてくださった千代田図書館の河合さんとコンシェルジュの方にも、お礼を申し添えます。いいお店でした。
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年08月27日

京洛逍遥(421)秋の気配の賀茂川散策と「Heian GO Genji」私案

 ギプスでぎこちなくしか歩けない足を庇いながら、夕方の賀茂川を散策しました。
 南を望むと、出雲路橋の向こうに京都大学あたりが見えます。
 堆積した土と草が中洲となり、川幅を狭めています。


160827_izumojibasi




 鷺たちも夏の終わりを感じているのでしょうか。
 思い思いに夕食を探しています。


160827_sagi3ba




 夕風に吹かれながら、気持ちよさそうな鷺と鴨がいます。


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 トントンと呼んでいる飛び石があるところから北を見やると、北山大橋から北山あたりが靄っています。


160827_kitayama




 「ポケモンGo」で遊んでいた子どもが、賀茂川右岸の賀茂街道へとトントンを渡っています。鷺が「またおいで」と言って見送ってるところです。


160827_tonton




 川風がもう秋かと思われるほどに、涼しく感じられます。
 気温は26度です。
 今年は、早々とトンボが飛び交っています。

 河原では「ポケモンGo」をする人がたくさんいます。
 この「ポケモンGo」の影響か、賀茂川も少し雰囲気が違うようになってきました。ウォーキングやジョギングではなくて、半木の道や散策路に佇んでスマートフォンを操作する人がいたるところで見受けられるのです。

 私は「ポケモンGo」を、まだ京都では使っていません。何となく違和感があり、自分が「ポケモン」を探しているところを人に見られたくない、という心理が働いているのです。東京のような都会ならともかく、自然の中では無粋だと思っているからでしょうか。

 誰か、京都限定の「Heian GO Genji」を作ってくださいませんか。
 洛中洛外で、光源氏たちから和歌を書いた文や懐紙をもらい歩くのです。上級者になると、和歌懐紙を集めるだけでなく、相手と和歌をやりとりしてもいいですね。巧い下手は関係なく、それらしい単語をちりばめるのです。歴史地理と文学体験が、洛中散策と共に楽しめます。

 実在の人物よりも、物語に登場する人物がいいのです。そして、和歌の意味がわかったらポイントが上がります。唱和を楽しむ方も出てきてもいいでしょう。
 あまり古文の受験勉強にならないようにして、平安のトリビアをふんだんに盛り込むのです。

 さしあたっては、この記事の末尾にあげた「源氏のゆかり一覧」(45ヶ所)を歩くアプリはどうでしょうか。
 また、昨年NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で実施した文学散歩も、大いに参考になることでしょう。

「京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)」(2015年10月10日)

 この「Heian GO Genji」が実現したら、京洛がさらにおもしろい仮想空間になるはずです。観光客のために、スペイン語や英語のバージョンも必要です。
 まさに、物語を持ち歩いて京洛逍遥ができるのです。京都は行くところには事欠かないのですから。平安編ができたら、中世編、幕末編とシリーズ化できます。

 2020年の東京オリンピックの折には、海外から来たお客さんを京洛に引き寄せられます。文化庁も京都に来るので、これはおもしろい文化観光のアイテムにもなります。
 どなたか、このアイデアを形にしてくださいませんか。
 
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参考情報:ブログ「鷺水亭より」で公開した「説明版」のリスト
 
「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010/5/8)

「源氏のゆかり(44)五条の夕顔町」(2009/8/25)

「源氏のゆかり(43)河原院跡」(2009/8/16)

「源氏のゆかり(42)説明板39-鳥辺野」(2009/8/13)

「源氏のゆかり(41)比叡山へのハイキング」(2009/5/10)

「源氏のゆかり(40)説明板35-大堰の邸候補地」(2009/4/25)

「源氏のゆかり(39)説明板34-野宮神社」(2009/4/23)

「源氏のゆかり(38)説明板33-棲霞観跡」(2009/4/19)

「源氏のゆかり(37)説明板 32-遍照寺境内」(2009/4/18)

「源氏のゆかり(36)説明板29-大雲寺旧境内」(2009/4/12)

「源氏のゆかり(35)説明板25-朱雀院」(2009/2/22)

「源氏のゆかり(34)説明板30-雲母坂」(2009/1/11)

「源氏のゆかり(33)説明板27-羅城門跡」(2008/12/23)

「源氏のゆかり(32)説明板26-西鴻臚館跡」(2008/12/22)

「源氏のゆかり(31)説明板24-斎宮邸跡」(2008/12/18)

「源氏のゆかり(30)説明板23-大学寮跡」(2008/12/17)

「源氏のゆかり(29)説明板22-二条院候補地」(2008/12/16)

「源氏のゆかり(28)説明板36-法成寺跡」(2008/10/7)

「源氏のゆかり(28)説明板38-梨木神社」(2008/8/23)

「源氏のゆかり(27)説明板37-廬山寺」(2008/8/22)

「源氏のゆかり(26)説明板21-一条院跡」(2008/8/15)

「源氏のゆかり(25)説明板20-平安京一条大路跡」(2008/8/14)

「源氏のゆかり(24)説明板15-平安宮大蔵省跡・大宿直跡」(2008/7/28)

「源氏のゆかり(23)説明板19-朝堂院昌福堂跡」(2008/7/27)

「源氏のゆかり(22)説明板18-豊楽殿跡」(2008/7/23)

「源氏のゆかり(21)説明板17-藻壁門跡左馬寮跡」(2008/7/22)

「源氏のゆかり(20)説明板1-平安宮内裏跡」(2008/7/11)

「源氏のゆかり(19)説明板13-建礼門跡」(2008/6/14)

「源氏のゆかり(18)説明板14-宜陽殿跡」(2008/6/10)

「源氏のゆかり(17)説明板8-紫宸殿跡」(2008/6/9)

「源氏のゆかり(16)説明板 6-蔵人町屋跡」(2008/6/5)

「源氏のゆかり(15)説明板 7-内裏内郭回廊跡」(2008/5/31)

「源氏のゆかり(14)説明板2-凝華・飛香舎跡」(2008/5/30)

「源氏のゆかり(13)説明板3-弘徽殿跡」(2008/5/30)

「源氏のゆかり(12)説明板4-清涼殿跡」(2008/5/25)

「源氏のゆかり(11)説明板5-承香殿跡」(2008/5/24)

「源氏のゆかり(10)説明板10-昭陽舎跡」(2008/5/20)

「源氏のゆかり(9)説明板11-温明殿跡」(2008/5/19)

「源氏のゆかり(8)説明板12-建春門跡」(2008/5/15)

「源氏のゆかり(7)説明板9-淑景舎(桐壺)跡」(2008/5/10)

「源氏のゆかり(6)説明板31-雲林院」(2008/5/6)

「源氏のゆかり(5)説明板28-鞍馬寺(2011/04/03補訂)」(2008/5/3)

「源氏のゆかり(4)説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)

「源氏のゆかり(3)浮舟の石碑」(2008/1/26)

「源氏のゆかり(2)若紫がいた北山」(2008/1/5)

「源氏のゆかり(1)上賀茂神社の片岡社」(2008/1/1)
posted by genjiito at 21:43| Comment(0) | ◎源氏物語

2016年06月19日

熱く語り合った「第8回 海外平安文学研究会」

 午後は、4時間という長時間の討論の後、場所を東京駅の地下街に移して、さらに2時間も語り合いました。なんと6時間。よく喋り合ったものです。


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 午前中もそうですが、午後も有史以来はじめてというテーマを掲げて、それぞれの立場での思いをぶつけ合ったのですから、頭の中はフル回転です。
 今、心地よい疲労を感じています。

 今日は、スペイン語訳『伊勢物語』と、ウルドゥ語訳『源氏物語』に関する発表を聞いてから、自由に意見を闘わせました。興味深い問題が次から次へと繰り出されるので、気の休まる暇もありません。それでいて疲れが溜まらないので、こんなに楽しくて有意義な時間はありません。


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 プログラムは以下の通りです。


・挨拶(伊藤鉄也)
・2016年4月・5月の研究報告(淺川槙子)
・科研のサイト利用について(加々良惠子)
・2016年度の研究計画(伊藤鉄也)
・発表「スペイン語版『伊勢物語』における官職名の訳語について
  ―「大臣」「中将」「馬の頭」を中心に」(雨野弥生)
・発表「ウルドゥー語版『源氏物語』の特徴と問題点─「桐壺」を中心に」(村上明香)
・発表「十帖源氏 桐壺の巻のウルドゥー語翻訳に関する所感」(麻田豊)
・諸連絡(淺川槙子)


 これについても、後日ホームページ(「海外源氏情報」)で、詳細を議事録として報告します。

 スペイン語訳の特色や、ウルドゥ語訳の特徴、そして翻訳の意義などについて、興味深い研究の成果が報告されました。
 特に、インド語の一つであるウルドゥ語訳『源氏物語』については、今秋インドのデリーで開催される「第8回 インド国際日本文学研究集会」で、『十帖源氏』のインド語10言語による翻訳の問題点で扱う言語の一つでもあります。秋の研究集会が、ますます楽しみになりました。

 そのインドでの研究集会に参加を予定している者が、今日は5人も出席しているので、なおさら話し合いにも熱がこもります。

 日本の文化の特質とその伝播を、翻訳を通して鮮明に浮かび上がらせることは、非常に新鮮な驚きと共に知的刺激を与えてくれます。
 さらには、翻訳とは何か、という問題も炙り出されるのです。

 多言語翻訳という視点で日本の文学や文化を見つめ直すと、我々の精神世界から風俗習慣までが浮かび上がります。異文化交流という時空の中に自分を置いてみると、これまでに知り得た知識が少しずつ繋がることに気付かされます。知的快感とでもいうものなのでしょうか。得難い体験の中で、知的好奇心と異文化理解が浮遊する世界に、時を忘れて彷徨う楽しみが味わえました。

 貴重な場を展開してくださった参加者のみなさま、お疲れさまでした、そしてありがとうございました。
 次は、今秋インド・デリーでお目にかかりましょう。
posted by genjiito at 09:00| Comment(0) | ◎源氏物語