2017年02月12日

江戸漫歩(153)最終日に行った五島美術館の茶道具展

 五島美術館で開催中の「茶道具取合せ展」を、最終日に駆け込みで見てきました。  何かと用事があり、やっと行くことができたのです。  今日展示されていた作品70点の中では、次の5点が印象に残っています。 (1)「長次郎黒楽茶碗 銘 千声 桃山時代・16世紀、釉薬の原料は加茂川石」 (2)「志野茶碗 銘 梅が香 桃山時代・16−17世紀、松平不昧旧蔵」 (3)「黒織部沓形茶碗 銘 わらや 桃山時代・17世紀、銘は利休の孫宗旦」 (4)「有馬茶会記 友阿弥筆 阿弥陀堂宛 桃山時代・天正18年(1590)書」 (5)「重要美術品 豊臣秀吉消息 おちゃちゃ宛 桃山時代・16世紀」  帰りに庭園を散策しました。そこで見かけた石像たちで、気になったものを、今日の出会いの記録として残しておきます。



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2016年11月17日

クマール君から届いた紙幣無効に関するエッセイ

 今回インドへ行き、到着から帰る直前まで、教え子であるクマール君のお世話になりました。
 よく気遣いができる青年で、毎日のように心配をして連絡をくれました。

 そのクマール君から私に向けて、今回の突然の紙幣無効に関する、インド人としての解説をしてくれました。ニュースや風聞を読み別け、整理をして語ってくれています。
 私がわかるように、わかりやすく語ってほしいとお願いしたからでもあります。

 私だけが読んで終わりにしてはもったいないので、このブログを通して紹介します。
 日本語の表現がこなれていないのは、しばらく日本を離れていて、日常的に日本語を使う機会が少ないためです。その点は、判読のほどをお願いします。

 また、クマール君は経済の専門家ではないし、インドの若者を代表して語ったものでもありません。この説明がどれだけ的を射ているのかはともかく、何がどうなっているのかわからない私に、とにかく伝えようとの思いから述べたものであることを、まずは前置きとして記しておきます。



「ブラックマネー(やみ金)撲滅から始まるインドの明治維新レベルの大事件」


 
 2016年11月8日の午後6時半に、日本からお出での先生をお迎えに、インディラガンディ空港に行きました。先生は、源氏物語のシンポジウムのご用でデリーに来印されました。空港でタクシーを拾い、デリーの高級住宅街にあるWorld Buddist Centerに午後8時ごろに着きました。

 World Buddhist Centerはお寺ですが、宿泊のサービス(食事付き)も提供しています。宿泊先のWorld Buddist Center では、晩こ飯の指定時間は午後8時です。それで、着いてすぐ「ご飯ですよ」とお坊さんに声をかけられました。

 日本と同じく、足のひくい食卓にしゃがんで食事をし始めると、後ろにあったテレビからインド首相の声が聞こえました。振り向くと、話し方も、彼の立ち方も、長いスピーチに思えました。国立記念日や重要なお祭りの前日に、インド首相が国にスピーチするのは、しきたりです。それで、しわを寄せて「明日なんのお祭り? 国立記念日?」と思いました。しかし、ニュースを聴いて、びっくりしました。

 500ルピーと1000ルピーの紙幣は今夜零時で無効になり、ただの紙屑に変わるという二ユースでした。病院、火葬場、空港、バス停、メトロ、ガソリンスタンド、国の機関で、あと3日間は使えるという話もありました。それを聴いて、すごくショックでした。

 先生がインドにいらっしゃるので、1万ルピーをATMから出したばかりでした。ATMだと500ルピーや1000ルピーが多いです。1万ルピーをドブに捨てた気がしました。しかし、しばらく聴くと、「今月30日までに最寄の銀行で古紙幣から新紙幣に両替できる、そして、その以降も両替できるが、インド準備銀行であるRESERV BANK OF INDIA だけで両替できる」というニュースでした。
 この移行期間で社会混乱が起こらないように、インドの軍や空軍はアンテナを張って社会を見張っている、守っているという話もありました。

 ご飯が終わって、早速ATMに行こうと先生が決めました。それで、近くにあったSapna映画館の商店街みたいな場所に行きました。行ってみると、ATMの場所で長い行列を見かけました。零時まで間にあわないほど長い行列でした。
 零時までは使えると思って、お店で500ルピーを出してみました。しかし、「紙屑だよ」という目線だけで、誰も受け入れてくれません。

 猶予期間である3日間が経って、それで社会にどんな影響があるかと考えると、ひっくり返るほど驚きました。この出来事を理解するには、まず、「現金イコール力」ということを考える必要があります。
 専門家によると、銀行に戻って来ないお金、つまりどこかで税金を払わないで眠っているお金は、銀行に顔を出すお金の6倍くらいあるということです。もし、現金イコール力だと、インド政府と同じ力を持っている人たちと、それにインド政府が知らない人たちがいるということです。

 専門的には、その事象を平行経済といいます。現金の平行経済は成り立つと格差社会が広がり、税金は払わない人が多くなります。インドで商売や小さなビジネスする人は、税金を払わないのです。それで、登録済みの会社で働く人が、多めに税金を払っているのです。年収は112万ルピー(190万円相当:2016年11月相場)であれば、年収の4割も税金として取られるのです。それで、大きなビジネスマンや映画業界の人など、年収のほぼ半分は税金として払っています。インドでは、たった2〜3パーセントの人が年収からなる税金を払います。そのために、紙幣廃止となり、みんなお金を銀行に戻すのです。

 年間の取引でどれくらいの税金になるか、政府から通知が来ます。多くの人が税金を払うようになります。その他、膨大な額の現金を持っている政治家などが、その膨大な金額を銀行に持って行けなくなったから、彼らは困っています。膨大な現金を持っているビジネスマンも困りました。

 一番重要なことは、現金はあらゆる社会問題に使われるということです。例えば、現金を配って選挙に勝ったりします。その現金はもう無効になりました。そろそろ3つの州で選挙があります。しかし、政治家が貯めていた膨大な現金は紙屑になったので、もう配れません。政治は、少し綺麗になったといえます。

 そして、インドでテロに使われるのも現金です。パキスタンやドバイにあるテロリストは、インドでSattaというギャンブルを行っています。それはすべて、現金でやっています。インド経済の5分の1ほども、インドの現金はテロリスト、ときにダウドというテロリストは持っています。その現金がすべて紙屑になりました。
 ニュースで「インドにいながら、ダウドを殺した」という話がありました。テロに使う兵器や人間は現金で買うから、その力はなくなったといえます。

 現金なしで生活をするのは難しいのですが、長い目で見ると私の将来のためになると考えると、その苦労は苦労には思えないのです。1日で銀行から4千ルピー以上はおろせない状況です。
 今日、11月13日、首相はまたスピーチをし、
「インド独立以来70年間、政治家やビジネスマンは、いろんなスキャム(公的な機関にいて、膨大なお金をねこばばすること)や横領をしてきました。膨大な現金を持っています。この病は70年間の古いものなので、すぐには治せません。現金がないので、生活に苦労しているのは承知しています。私に50日間ください。50日間だけ我慢してください。」
という話をしました。

 現金廃止以来、あらゆるインドの銀行は、20万かける1000万(2Billionルピー)インドルピーの現金を預かりました。歴史上初めての銀行残高となりました。
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2016年11月14日

国際交流基金で2回目の打ち合わせ

 第2回目の打ち合わせを、国際交流基金の事務所で朝から行ないました。


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 参加者は、日本からの5人と、インド在住の日本人2人、そして国際交流基金のお2人です。

 具体的にプログラムを詰めていく過程で、様々な案が出ました。当初の予定になかったことも話し合いの中で決まり、内容がますます多彩になるのは楽しいことです。いかにして参加者のみなさまと楽しい時間を共有するか、ということに心を砕く一時となりました。

 この、「第8回 インド国際日本文学研究集会」に関する第2回目の打ち合わせの成果は、進行する側の者としてもわくわくするものとなりました。
 明日の集会で展開する内容を、今から楽しみにしていただきたいと思います。


※この記事は、研究集会の前日、11月10日(木)のことを記したものです。
 インドの紙幣であるルピーが、デリーに到着した8日(火)の夜に無効になるという驚愕の事態に巻き込まれています。そのため、困惑しかないという状況に置かれていることもあり、本ブログの記事が大幅に遅れていることをご了承ください。
 現在、大量の無効となった紙幣が、街中に廃棄されているというニュースも入りました。
 これにより、大量に紙幣を溜め込んでいた政治家や資産家やテロリスト等は、茫然自失との風聞もあります。今この宿におられる1人の旅行者は、10万ルピーものお金が一夜にして紙くずとなったことで、ご一緒に食事をしていても元気がありません。
 今回の大鉈は、ブラックマネーを秘匿していた政財界関係者に対しては、息の根を止めるに等しいものだったので、絶大な効果があるとのことです。しかし、旅人は路頭に迷うしかないので、「不運」の一言で片づけられない深刻な問題です。
 インドに着陸して以来、1度も両替やキャッシングをすることもなく、明日はインディラガンディ空港を離陸して帰国の途につきます。いかにして現金を手にするか、ということだけに全精神を使った6日間となります。
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2016年11月13日

地下鉄の転落防止柵は工事中

 地下鉄に乗りました。インドが成長し続けている姿が、行くたびに感じられる場所です。
 防犯カメラ、乗り換え駅での足元の誘導サイン、転落防止柵などなど、少しずつ進んでいます。

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 上の転落防止柵は、人の高さほどあります。これだけ高くしている理由が、今は思いつきません。
 駅の構内での点字ブロックは、一つも見かけませんでした。街中の点字ブロックは、本年2月の記事「インド・デリーの点字ブロックなどには要注意」(2016年02月25日)をご覧ください。

 銀行に列をなす人々は、至る所で見かけます。今日から銀行が開きました。とにかく、数時間にして紙くずと化した紙幣を手に、少しでも身を守るためです。しかし、旅人である私は、あの列に並ぶだけの時間的な余裕も、精神的な強さもありません。ただただ、お金を使わないことを心がけるしかありません。クレジットカードが使える店で食いつなぎます。それでも日々を過ごせるのがインドです。


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 街中から牛や象や駱駝や猿がいなくなり、国際化を急ぐ中で、インコ(?)を見かけました。


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 夕陽が、少しスモッグに包まれています。思ったほど、大気汚染の影響は感じません。
 社会情勢がどうであれ、風景はいつも通りに、刻々と変化する悠久の流れを感じさせてくれます。


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2016年11月12日

宿でうどんを食べた後、銀行の様子を見る

 昨夜の食事はうどんでした。
 この宿では、ときどきこうしたメニューがあります。


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 揚げ玉が入っていたので、どこで買ったのかを聞くと、近くのマーケットだとのことでした。その袋を見せていただきました。


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 今朝は、黒いひよこ豆をマサラ風に調理したものでした。
 とにかく、このデリーは食材が豊富です。

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 今回も宿泊している WBC(World BudhistCentre)の入口は、こんな感じの建物です。
 モダンな建物の3階と4階が個室になっています。


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 そしてなんと、右隣の建物が銀行なのです。

 インドに到着したその日の夜、インドルピーの高額紙幣が突然無効になりました。隣は銀行だし、まわりにATMが多い地域なので、お金は何とかなるだろうと思っていました。ところが、金融機関は閉められ、ATMは停止なので、現地通貨の入手経路が断たれているのです。

 この日の朝、周りを散策して様子を見ました。紙幣無効から2日経ち、銀行が業務を開始すると共に、人々が長蛇の列をなしています。しかも、相当の制限があるのです。そして、並んでいる人の大多数は、手持ちの無効となった現金を72時間という猶予期間に、自分の口座に預け入れるのだそうです。あと1日しかありません。猶予といっても、街中ではもう使えないので紙くずです。旅人は、どうしようもありません。


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 今回、新しいタイプのオートリキシャに乗りました。バッテリーでモーターを回して走ります。
 おじさん自慢のマシンです。静かで、乗り心地もいいのです。
 写真の奥に、これまでのオートリキシャが写っています。


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 排気ガスが出ないので、これまでの液化天然ガスよりもいいと思います。しかし、インドは台数が多いので、これだけでは環境はよくなりません。
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2016年11月11日

国際交流基金で打ち合わせをした後の散策

 朝食後、WBC(World BudhistCentre)の食事をいただく広間で、書道教室が開かれていることを知りました。
 仕事の関係でインドに滞在しておられるTさんは、3年前からこの地域の方々に書道を教えておられるのです。


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 これからもずっと続けたいとの思いをお持ちです。しかし、来春には日本に帰らなければならないとのことでした。後継者がお出でのようなので、この教室は安泰のようです。
 こうした地道な活動は、とにかく根気強く続けることが大事だということで、意見が一致しました。

 お昼前から、地下鉄ムールチャンド駅のすぐ横にある国際交流基金ニューデリー事務所を訪問し、今回の「第8回 インド国際日本文学研究集会」に関して、第1回目の打ち合わせをしました。


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 宮本薫所長と野口晃佑さんからの全面的な協力をいただいていることもあり、順調に事前の打ち合わせを行なうことができました。

 その打ち合わせの最中に、今回配布するレジメの印刷を頼もうとしていた印刷屋さんが、たまたま来ておられることがわかりました。こちらから連絡をして、データを送ろうと思っていたところだったので、本当にいいタイミングで直接説明をして印刷をお願いすることができました。66頁の冊子となったレジメが明日には届くこととなり、その幸運な展開にありがたく感謝しています。

 打ち合わせの後は、下の階にある立命館大学のインドオフィスへご挨拶に行きました。


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 掲示板の右下には、国文学研究資料館で今月19日・20日に開催される「国際日本文学研究集会」の大きなポスターが貼られていました。ありがたいことです。


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 所長は外出中でした。また明日来ることにして、タクシーで北上して、スンダルナガルマーケットの「マサラ・ハウス」へ食事に行きました。


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 なかなかおしゃれなお店で、おしぼりにバラの花弁が添えられて出てきました。


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 ミッタルの紅茶もいただきに行きました。ここは、インドに来るといつも来るお店です。


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 そこからすぐ北の工芸美術館にも足を留めました。


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 ここで織り機を操作している方との話の中で、日本人に感謝しているとの気持ちを語ってくださいました。以前、パキスタンの近くにあるグジャラート州で地震があった時、日本のNGOの方々に助けてもらった、ということです。こうしたことを忘れることなく、日本人に会ったことから思い出されたようです。感謝されるということは、国際交流に留まらず人間関係において、非常に大事なことだと思いました。


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 帰りがけに、ライトアップされたインド門にも立ち寄りました。
 インドの家族のみなさんが大勢出かけて来ておられます。
 国内旅行に興味が向くようになったことは、インドが豊かになったということではないでしょうか。


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 今日も、インドルピーの現金を入手することができませんでした。銀行もATMも営業停止です。街でも、手持ちの1000ルピー札と500ルピー札は受け取ってもらえません。持参した紙幣で、とにかく心細く1日をつないでいます。お札を持っているのに使えないという経験は初めてです。もちろん、インド全土のみなさんがそうです。クレジットカードが使えるお店を探して食事をします。おのずと、高級店になります。いやはや、突然の紙幣廃止によって手持ちのお金が紙くずになるとは、旅人にはきつい一撃です。

 明日は現金の手持ちがない状態で、どう過ごすかを思案しています。
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2016年11月10日

インドで紙幣が突然無効となり大混乱

 インドで2種類の高額紙幣が国の方針によって、突然無効なお金となりました。街中は大混乱です。そして、私のような旅人は途方に暮れています。

 現在、日本では、アメリカの大統領選挙のことでニュースは埋め尽くされていることでしょう。そのことをも計算してのことか、インドではこんな事態になっていることは、日本では少しの記事にしかなっていないようです。


「高額紙幣は無効」インド首相が突然発表 混乱広がる


(朝日新聞デジタル・2016年11月9日17時55分)

 インドのモディ首相は8日夜、テレビ演説し、高額紙幣の1千ルピー(約1600円)札と500ルピー(約800円)札を演説の約4時間後から無効にすると突然発表し、9日午前0時から全土で使えなくなった。偽造紙幣や不正蓄財などの根絶が目的。旧紙幣は10日以降、銀行に預金したり、新紙幣と交換したりできるとしているが、金額に制限があり、混乱が広がっている。

 新紙幣は2千ルピー札と500ルピー札の2種類。当面、旧紙幣の交換は4千ルピー(約6400円)まで、預金引き出しは1週間に2万ルピー(約3万2千円)までなどと上限が設けられている。発表の直後から、使用不能になる高額紙幣を現金自動出入機(ATM)で預金してしまおうと、銀行に人々が殺到した。政府系の病院や鉄道、ガソリンスタンドなどでは例外的に3日間に限り旧紙幣を使えるとしているが、ニューデリー市内のスタンドは高額紙幣の受け取りを拒否し始めた。

 モディ氏は、偽造紙幣がテロの資金源になり、インフレの原因になっているとして、「一時的に困難はあるが、国民は犠牲をいとわないはずだ」と忍耐を求めた。ただ、中央銀行の当局者は記者会見で「最初の15〜20日は混乱が予想される。とにかく新紙幣を刷り続ける」と、準備が整っていないことを暗に認めている。(ニューデリー=武石英史郎)


 昨夜(11月8日)、インドに着いてすぐに、宿泊先である WBC(World BudhistCentre)で晩ご飯を食べていた時のことでした。突然、インドでの高額紙幣である1000ルピーと500ルピーの2種類のお札を無効にする、という内容の首相からの国民向けの説明が、テレビを通して流れてきました。

 驚いたというよりも、最初はその「無効」の意味がよくわかりませんでした。
 現地の方の説明を聞いてしばらくしてから、手持ちのお金が紙くずになったことが理解できました。
 街中では大騒ぎになっているようです。宿にしているお寺の前にあるマーケットに行くと、多くの人がATMの前に並んでいます。しかし、その機械は動いていません。3時間後の午前0時に動くことを期待して、まずは手持ちのお金を預金し、また小額紙幣を手に入れようということなのです。


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 首相が国民に訴えたことは、現在流通している1000ルピーと500ルピーの高額紙幣を、すべて「無効」にし、新しい紙幣に切り替えることへの理解を求めるものでした。しかし、このことによる影響は、さまざまな所へと波及します。

 発表の4時間後の11月9日午前0時から72時間の猶予があるということです。しかし、この発表があった後は、すぐに街では1000ルピーと500ルピーのお札を、店側が受け取りを拒否するようになりました。私も水を買う時に、100ルピー札がほしさに差し出した1000ルピーも500ルピーも受け取ってもらえず、手持ちの数少ない100ルピー札で何とか買うことができました。100ルピー札がないと、何もできない状態になりました。

 酒屋の前では、多くの人がお札を高々と差し上げて買い求める人が群がっていました。ただし、そのほとんどの人が1000ルピーと500ルピー紙幣を拒否されるので、買えないままに引き上げていくしかないという状況を、まさに目にすることとなりました。


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 手持ちのお金が使えなくなったのです。とにかく、移動もままならない生活となりました。
 100ルピー以下のお金しか使えないのです。しかも、ATMは止められています。100ルピー札を手に入れようにも、なかなか手に入らないので、買い物もできないし、タクシーにも乗れません。
 勢い、クレジットカードの使えるお店しか行けなくなったのです。そして、そこは自然と料金が高めです。

 混乱の中の2日目は、この後で書きます。
 今朝のインドの新聞は、次のような紙面となっています。


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 先程、在日本大使館から公布された、次の文書が届きました。これが、正式な最新情報です。

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2016年11月09日

インド行きのJAL機内でのメモ

・今回も、成田空港にたどり着くのに苦労しました。
 電車が遅れたために乗り継ぎがうまくいかず、スマートフォンを使って最短時間で行ける経路を探すのに疲れました。都内からでも、成田は遠い異国の地です。もう来春まで、この成田へ電車で行くことはないと思います。今後は、可能な限り羽田から飛び立つ便を活用したいと思います。
 
・機内での緊急脱出の説明で、「袋を破いて」というアナウンスがありました。「破いて」という言い方は、昔懐かしい言葉だと思いました。
 
・機内で見た映画「後妻業の女」は期待はずれ。
 出演者が多彩すぎて、大竹しのぶ以外はもったいない起用だったと思います。また、関西弁がふんだんに使われている割には、東京の人のための喜劇となっています。笑いを取るタイミングが、鶴瓶以外は関西の発想ではありません。謎解きで惹き付けようとしたものの、それも中途半端でした。【1】
 
・映画「君の名は」のキーワードは「つながり」でした。
 話の展開が夢を媒介にしています。ただし、私には現実と非現実のメリハリを、もっと付けてほしいと思いました。画面はきれいでした。【2】
 
・映画「シン・ゴジラ」
 国を守ることがテーマです。核兵器や放射能のあり方が展開を支えています。政治家の決断がいかに重要であるかが、現在の日本の政界を連想させるように作られていました。世界の中の日本について自覚させられます。このリアルさは、私の好みです。立川の自衛隊駐屯地が出て来るたびに、職場の建物が写っていないか、背景を注視しながら観ました。【4】

・機内で、82歳だというターバンを巻いた男性から、客室後部でヨガを教えてもらいました。若さを売り物にしている方のようです。
 それにしても、英語が苦手な私が言うのも何ですが、意味不明の英語でした。いや、のような言葉でした。
 
・眼下にヒマラヤが見えるという機長のアナウンスで、窓から外を見渡しました。

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 山並みだけで、よくはわかりませんでした。いつか一度だけ、エベレストを写したことがあります。
 山を見下ろすのは、気持ちのいいものです。
 
・入国する時に目に入る仏様の手のオブジェは、インドに来たことを実感させてもらえます。


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 常宿としている WBC(World BudhistCentre)に着いたのは午後7時半でした。
 お寺の上には、半月が温かく迎えてくれていました。


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 心配しながらの大気汚染は、今日は少しよくなっているようです。
 月がこんなに明るく見えるのですから、今日に限っては汚染の度合いは低いと思われます。
 
 午後8時過ぎに、お寺の食堂で晩ご飯をいただきました。
 これまた、いつものマイルドな、辛さのない、私好みの食事です。


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 ここの薬膳料理をいただいて、今回のインドでの生活を稔りあるものにしたいと思います。
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2016年11月08日

インド・ニューデリーは大気汚染で非常事態とのことです

 今日から行くニューデリーでは、昨日、政府が非常事態を宣言しました。
 大気汚染が深刻化し、危険な状況になっているそうです。
 この緊急対策は、昨日7日から3日間なので、まさに私が行く日がそうです。

 新聞記事を引きます。


インド PM2.5深刻 首都大気汚染、基準値の16倍


 
 【ニューデリー金子淳】インドの首都ニューデリーで大気汚染が深刻化している。地元当局の観測データによると、微小粒子状物質PM2・5の濃度は6日も一時、インドの基準値の16倍超の1立方メートル当たり965マイクログラムに達する地点もあり、市内は白い霧に包まれた。

 地元当局は6日、緊急の対策会議を開催。市内の学校を9日まで休校とし、汚染の一因とされる郊外の石炭火力発電所の操業や、市内での建設作業を一時的に禁じることを決めた。観光名所「インド門」前で働くヤシ売りのイシャンさん(38)は「ここ数日はずっとインド門がかすんでいる」と話した。

 今年5月に世界保健機関(WHO)が公表したデータによると、ニューデリーのPM2・5の年間平均濃度は世界約3000都市のうち11番目に高く、北京の約1・4倍に上った。濃度が高い20都市のうち、最悪だったのはイランの都市ザーボルだが、インドは半数の10都市を占め、中国(4都市)やサウジアラビア(3都市)を大きく上回っている。

(毎日新聞2016年11月7日)

 

大気汚染で「非常事態」インド首都、休校に工事禁止



 インド・ニューデリーを抱えるデリー首都圏政府は6日、大気汚染が深刻な段階に突入したとして、学校を7日から3日間にわたり休校、建設工事を5日間禁止にするなどの緊急対策を発表した。中央政府のダベ閣外相(環境担当)は「非常事態」と述べるなど、危機感が強まっている。

 首都圏は近年、冬の接近とともに大気汚染のスモッグが拡大。野焼きや車の排ガスなどが原因とみられ、今年は過去17年間で最悪といわれている。ニューデリーの米大使館によると、大気中の微小粒子状物質PM2・5を含む汚染指数は6日も最悪レベルの「危険」を記録した。

 PTI通信などによると、首都圏政府のケジリワル首相は大気汚染に関し「ガス室のようだ」と述べ、近隣の北部ハリヤナ州やパンジャブ州での野焼きを批判した。市民には「できるだけ屋内にとどまってほしい」と呼び掛けた。

 対策はこの他、ディーゼル燃料を用いた自家発電機の一時的な使用禁止や道路の清掃など。(共同)

(産経ニュース2016.11.7 07:15)


 これまでにも、インドで暴動などで外出禁止令が出された時にも遭遇しました。
 いろいろなことがあったインドなので、計画の変更は考えていません。しかし、現地入りしてからは、慎重に判断して行動したいと思います。

 参考までに、「BBCニュース」(6 November 2016,From the section India)も引用しておきます。

 そんな中で、現地からは「N95 かN99 のマスクが良い」という情報も入りました。
 早速、近所のドラッグストアで、「N95」と書かれているマスクを手に入れました。


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 うがい薬も、ノドスプレーもバックに詰めました。
 準備万端です。

 さて、今回はどのような旅になりますか。
 とにかく、研究集会は盛況のうちに終えたいと願っています。
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2016年10月31日

「第8回 インド国際日本文学研究集会」開催のお知らせ

 来週、11月11日(金)と12日(土)の2日間、インドのニューデリーにある国際交流基金(日本文化センター)を会場にして、「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催します。

 本年2月に、今回のイベントの準備や調整をするために、インドへ行きました。
 そして、8月からはいろいろな方に助けられながら、無事に開催へと漕ぎつけるところまで来ました。
 インドとの時差は3時間半です。ヨーロッパに較べると、近いところです。
 しかし、日本から研究集会の段取りなどを含めての連絡や調整をするのは、メールが使えるとはいっても、何かと気苦労の多いことが怒濤のごとく押し寄せてきました。それに押し潰されることなく、みなさまの理解を得ながら実施できることとなりました。ありがたいことです。

 明日からは、レジメの手配や討議資料の作成に入ります。ここまでくれば、もう流れに任せるしかありません。
 先日、ストレスチェックの記事を書きました。あれは、このインドでのイベントの視界が良好になったこともあって、危機的な結果が出なかったと思っています。

 なお、「インド国際日本文学研究集会」も、今回が8回目です。
 これまでの経緯については、「『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました」(2012年04月05日)という記事に詳しく書いていますので、併せてご覧いただければと思います。

 今回の研究集会の内容は『海外平安文学研究ジャーナル』の特集号として、年明けの2月に公開します。これまでの第1号から第5号までは、以下のサイトから確認及びダウンロードができます。
『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)
 オープンデータとして公開しているものなので、ご自由にお読みいただけるようにしています。

 今回の開催の趣旨(日本語と英語)と、プログラムを以下に記します。

 お知り合いの方や、旅行で通りかかるという方がいらっしゃいましたら、こんなイベントがあることを広く宣伝していただけると幸いです。
 
 

【日本語】
 
『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム
─ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト─
(「第8回 インド国際日本文学研究集会」の案内)
 
■目的
 現在、『源氏物語』は33種類の言語で翻訳されている。
 今回の研究集会では、江戸時代にダイジェスト版として刊行された『十帖源氏』を対象とする。
 これは、原文の10分の1ほどの分量に要約された『源氏物語』であり、各巻に絵も入っていて易しい文章になっている。
 翻訳にあたっては、多くの問題がある。
 今回は第1巻「桐壺」を共通の話題とする。
 翻訳を通して気付いた疑問点や問題点を、公開の共同討議と意見交換をする中で確認する。
 今回のシンポジウムで得られた共通理解をもとにして、全54巻の翻訳に進んで行く。
 
■シンポジウムの内容
 『十帖源氏』を、ヒンディー語・ウルドゥ語・オリヤー語・パンジャーブ語・マラヤラム語・ベンガル語・マラティ語の7言語に翻訳した、若手研究者の実践例を提示してディスカッションを行なう。
 
■プロジェクトの今後
 現在、『十帖源氏』のイタリア語訳・スペイン語訳・英語訳・ロシア語訳を進めている。
 これにインド語7言語の翻訳を加えることにより、さらに世界中の人々が、日本の古典文学として評価の高い『源氏物語』を理解する環境の整備ができる。
 そして、幅広い日本文化を理解する道が開ける。
 日本文化が姿を変えながら伝えられていく様子と文化理解についての共同研究も、これを契機として活発に展開していくことであろう。
 加えて、『十帖源氏』の多言語翻訳は各国の翻訳技術の向上をもたらすはずである。
 なお、情報発信にあたっては、すでに実績があり積極的な活動を展開している「海外源氏情報」(http://genjiito.org)を活用する。

 
 

【English】
 
Symposium: Translating "the Tale of Genji" into seven Indian languages
─A project for translating digest-version "Jujo Genji" into 33 languages─
(”The eighth Indo-Japan Seminer on Japanese literature”)
 
■ Project Schedule
Nov. 11 (Fri) Open Panel discussion
  Theme : (1) Problems in multi-lingual translation of "Jujo Genji"
Nov. 12 (Sat) Open Symposium
  Theme : (2) Method and issues for multi-lingual translation of "Jujo Genji".
 
■ Purposes
 "the Tale of Genji" has been translated into 33 languages.
 In today's meeting, we will focus on "Jujo Genji", a digest version published in Edo period.
 "Jujo Genji" summarizes original "Tale of Genji" into one-tenth in volume in easier sentences with pictures.
 However, when it comes to translation, it contains several problems.
 Today we will focus the first chapter "Kiritsubo".
 We would like to have open discussion and exchange opinions by sharing any questions or problems that were found through translation.
 The understanding we share in this symposium will greatly help future translation of all 54 chapters.
 
■ Symposium objective
 Discussion by young researchers who translated the "Jujo Genji" into 7 languages: Hindi, Urdu, Oriya, Punjab, Malayalm, Bengal, and Marathi.
 
■ Future project
 Translations of "Jujo Genji" into Itaian, Spanish, English, Russian are now ongoing.
 We will add 7 Indian languages to this translation project. With this, more people in the works will enjoy a world-famous Japanese classis literature "the Tale of Genji".
 This will further allow opening opportunities for foreign people to understand Japanese culture.
 With this trend, a research study in how Japanese culture has been transformed in its succession and cultural understanding will be further developed.
 In addition, multi-lingual translation of "Jujo Genji" will improve translation technique.
 Any update of this projest can be found in "Overseas Genji information"」(http://genjiito.org) where you can find various activities and past records on this research field.

 


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プログラム【第4版】
   (2016年10月31日(月)現在)
   (2016年11月01日(火)[時期]の年月を訂正)

第8回 インド国際日本文学研究集会



■2016年度 テーマ■
『源氏物語』をインド7言語に翻訳するためのシンポジウム
─ダイジェスト版『十帖源氏』を世界33言語で翻訳するプロジェクト─
■時期:2016年11月11日(金)−12日(土) [2日間]
■会場:国際交流基金・日本文化センター(ニューデリー)

11日(金) 公開パネルディスカッション
   10:00−11:15 開会式と講演
        総合司会 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
      挨 拶  宮本 薫(国際交流基金ニューデリー事務所長)
      趣旨説明 伊藤鉄也(国文学研究資料館)
      基調講演 高田智和(国立国語研究所)
       「変体仮名の国際標準化について」
      講 演  伊藤鉄也(国文学研究資料館)
       「インド8言語訳『源氏物語』の書誌」
   11:15―11:30 ( 休 憩 )
   11:30―13:30
      講演 入口敦志(国文学研究資料館)
       「江戸時代のダイジェスト版『十帖源氏』について」
      問題提起 コメンテーター:麻田豊(元東京外国語大学)
       シャム・アルン(English and Foreign Languages University)
         「マラヤラム語訳の問題点」
         (ドラヴィダ語族)
       菊池智子(翻訳家)
         「ヒンディー語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)
       村上明香(University of Allahabad)
         「ウルドゥ語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群西部ヒンディー語)
   13:30−14:45 ( 昼 食 )
   14:45−17:30 パネルディスカッション
      テーマ:(1)『十帖源氏』を多言語翻訳するための問題点
         コメンテータ アニタ・カンナ(ネルー大学)
                麻田豊
12日(土) 公開シンポジウム
   10:00−11:15
      挨拶 伊藤鉄也
      基調講演 伊藤鉄也
       「〈海外源氏情報〉を科研の成果から見る」
      講演 須藤圭(立命館大学)
       「『源氏物語』の英訳について」
   11:15―11:30 ( 休 憩 )
   11:30―13:15
      問題提起 コメンテーター:麻田豊
       リーマ・シン(Ph.D candidate, University of Delhi)
         「パンジャーブ語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の中央語群)
       シェーク・タリク(English and Foreign Languages University)
         「ベンガル語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の東部語群)
       ナビン・パンダ(Delhi University)
         「オディアー語訳の問題点」
         (インド・アーリア諸語の東部語群)
   13:15−14:30 ( 昼 食 )
   14:30−17:30 シンポジウム
      テーマ:(2)『十帖源氏』を多言語翻訳するための方法と課題
         司会・進行 伊藤鉄也
         コメンテータ アニタ・カンナ
                麻田豊
■主催;インド日本文学会
■共催:科学研究費補助金(基盤研究A)「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」(研究代表者:伊藤鉄也、N0.25244012)
■後援:国際交流基金、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉
 
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2016年05月25日

【復元】イラクの文学者との面談

 10年ほど前に、情報を発信していたプロバイダのサーバがクラッシュしました。
 そのたために、読めない状態になっていた記事の復元を試みています。
 
(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年7月23日公開分
 
副題「可能なことを身近なところから」
 
 イラク人ニュースキャスターと、親しくお話をする機会を得ました。
 昼食を入れて、たっぷりと4時間も面談しました。夕刻からはテレビ神奈川に生出演するとのことで、タクシーで飛んで行かれました。

 そのH氏は、イラクのムサンナ県唯一のTV局であるムサンナTV局で、ニュース・プロデューサー兼キャスターを努めておられる方です。
 昨年までは、地元紙である「サマーワ」の編集部長であったと聞くと、私にも自衛隊派遣の地との関連から、少しイメージがわいてきました。
 H氏は、現在も日本の共同通信を始めとする外国の通信社・新聞社の現地特派員を務めるなど、ジャーナリストとしても定評があります。

 そんな人と、一体なぜ私が会うことになったのかと言うと、文学とのつながりからでした。
 H氏は、詩作を中心に長年文学活動に携わってこられ、ムサンナ県文学者・作家連盟の創設者の一人で、現在はその会長でもあります。今回は、日本文学の歴史や現状について知りたいということで、国際交流基金がその間に入ってくださったものです。私からの質問にも、たくさん答えていただきました。

 お話は、間に同時通訳の方を入れて進みました。私が、昨年エジプトに、一昨年はトルコへ行っており、インドとの交流も深いということが、お互いの距離を縮めたように思います。

 「詩」ということばがよく出ました。日本で言えば「歌」に近い意味で使われていると理解しました。文学の中の宗教については、インド、エジプト、トルコでの現地体験があったので、違和感なく聞くことができました。この壁は、日本だけの基準で文学を考えていると、どうしても立ちはだかるものです。

 それにしても、階級と地域による文字の使い分けには、文化の普及の障害となりかねないことを痛感しました。同じアラビア語でも、地域によって違うとのことでした。インドにおいても、多くの方言とでもいうべき各種言語が今も使われていることに思い及びました。言語芸術が享受される範囲というものに、改めて目がいきました。

 詩人であるH氏は、コーランなどを例にして、ことばの美しさを大事にしておられることが、よく伝わってきました。また、イラクの文化のすばらしさに自信を持っておられました。ただ、それが世界中の人々に正しく理解してもらえないことに対して、何とかしたいという熱意も感じられました。

 イラクでは、外国語を勉強する学校はあります。しかし、日本語・日本文学は設けられていないそうです。なんとかしたいとのこと。大学の中に、日本語学科を開設するところからスタートすべきでしょう。街の日本語会話学校でもいいのです。しかし、やはり大学を舞台にして展開しないと、根付かないように思われます。日本の文化について興味を持っておられる方がいらっしゃるというのなら、日本としても何か提言をすべきではないでしょうか。私にできることもあるようなので、少しずつ動いてみようかと思います。
 まずは、理解者や協力者を得ないと、どうしようもありませんが。

 イラクの方々は、ことばに込められた美に敏感なようです。日本も、言霊(ことだま)というものを大事にしてきました。この、ことばに対する感覚を共有するところから、文化交流のスタートが切れるように思いました。

 国際的な交流は、経済や科学技術が特段に注目されています。しかし、このように、文化レベルでの交流ならば、私にも可能なのです。目に見えての成果は確認しにくいと思います。しかし、根気強く続ければ、幅広い交流につながっていくはずです。

 国際文化交流には、もっともっと国が援助の手を差し伸べるべきです。今こそ、人文科学分野への補助金を増やすべきです。大幅に削減するのではなくて、とにかく再検討すべき時期だと思います。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
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2016年02月21日

日本文化センターへ報告に行き助言をいただく

 今回も無事に、予定していた課題をすべて遂行することができました。
 予想以上の成果があり、慌ただしい日々の中を遠路足を運んで来たかいがありました。

 今週始めの15日に訪問した国際交流基金ニューデリー日本文化センターへ、今回の成果と課題に関して得られた感触などを報告をするために行きました。田中洋二郎さんからは、多忙な会議の合間に貴重な時間を割いていただき、丁寧な対応と今後のための貴重なアドバイスをいただきました。

 田中さんの適切な状況判断と的確な助言には、いつも感謝しています。
 いちいちわざわざ、とお思いのことかと思います。しかし、よくわからない国での文化交流となると、やはり現地の専門家の分析と判断を伺うことは貴重です。得難い方からの話は、次の行動を見極める上での重要な羅針盤ともなるのです。お話を聞いていただき、個人的な感想を含めてお考えをうかがうだけで、それで充分なのです。
 その意味からも、帰国する前にこれまでの報告をするように心がけています。

 今回は、秋11月に「第8回 インド国際日本文学研究集会」を開催するという具体的な活動事例があり、かつ『十帖源氏』のインド語10言語に翻訳するという、規模の大きなプロジェクトを動かす課題がありました。

 また、インドにおける日本文学関連の研究論文を集約して、これからの研究者に基本的な情報提供をする基盤を構築する、というテーマもありました。このインフラの整備なくしては、着実な進展はのぞめないからです。各自が勝手に取り組んでいては、調査手法と成果が共有されず、悠久のインドを彷徨うだけです。

 さらには、目の見えない方々と一緒に日本語を学べる環境作りのお手伝いができないか、という問題もありました。
 これに関しては、日本文化センターが文化的な事業を取り扱っている機関であることから、これはジャイカへ話を持って行った方がいいのではないか、というアドバイスを、別途身近な方から示唆をいただきました。
 そうであれば、田中さんには何とも返答しづらい話題を持ちかけたことになります。
 そのあたりの事業上の棲み分けが、私にはよくわかっていませんでした。
 この件は、盲学校の方々と接する中で、手探りながらも気長に考えていきたいと思っています。

 今回のインドでの最終日には、当初のネルー大学へ行く予定を入れ替えて、盲学校の「ブラインド・レリーフ・アソシエーション」へ行くことになりました。急な予定変更に対処していただいたネルー大学のアニタ・カンナ先生に感謝します。

 日本文化センターからの帰り道、メトロで行き先案内板を撮影しました。


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 インドでは、公共機関などでの撮影は煩いようなので、可能な限り自粛してきました。しかし、この表示は自分の名前にも関わるネタにもなるので、歩きながらシャッターを切りました。ピンボケです。

 電車の先頭車輌の上に表示されている行き先名にも「ITO」とあります。この撮影は勇気がいります。これもいつか果たしたい、私にとっての課題の一つです。
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2016年02月20日

小さな軍用空港を双発プロペラ機で飛び立つ

 ホテルに迎えにきてもらった村上さんと、タクシーでアラハバードの空港に向かいました。
 途中で、延々と続く商店街に目が留まりました。いつか、ここをぶらぶらしたいものです。

 突然タクシーが止まったので外を見ると、道路の脇のスペースでした。トイレ休憩かと思っていると、空港に着いたとのこと。長い塀際なので空港とは思えません。村上さん共々、騙されて別の組織に売り渡されるのでは、との思いが過ぎるほど、場違いな場所に下ろされました。

 刑務所の塀のような所で少し途切れた一角に人がいます。言われて見れば、空港らしいのです。
 狭い入口で、二三人の空港関係者らしき人にチケットとパスポートを見せました。2人共に入ろうとすると、付き添いは入れないとのこと。しかし、そこは百戦錬磨の村上さん。殺し文句を使うのです。私が英語もヒンディーも使えない日本人であることを説明し、
「あなたの国のゲストが困っているのですよ。」
と。
 この一言で、そこのゲートまでだ、との条件で10メートルほど進めます。

 ゲートでは、長い銃を肩から下げた戦闘服の人に、またチケットとパスポートを見せました。そして、またもや付き添いはだめだと。しかし、村上さんは言います。
「このためだけに、はるばる日本から、わざわざ来た教授だ。」
と言って、アラハバード大学の学生証を見せると、もう一人の人と二言三言言葉を交わして、入ってもいいと首を横に振ります。インドでは、首を縦ではなくて横に振るとOK、わかった、なのです。

 やっと、空港の手荷物チェック場所らしい所に来ました。
 そこでも、椅子に腰を少しずらせて座った三人の偉そうな関係者から、根掘り葉掘り問いただされます。しかし、村上さんはそれにも動ずることなく、国のためという気持ちをくすぐる言葉で、チェックインカウンターまでの入場の了解を取り付けることに成功していました。

 こうして、あろうことか、一緒にチェックインカウンターまでたどり着きました。
 村上さんがいなかったら、50メートルの障害物競争が500メートルも走らされるところでした。

 こうした村上さんのような若者が海外で勉学を積み、活躍していることを思うと、日本のこれからの国際交流は大丈夫だと思えて来ます。

 ほぼ定刻に双発プロペラ機で飛び立ち、デリーに降り立ちました。
 機内の振動と乗り心地は、意外といいものでした。
 座席の前にあった雑誌に掲載されていた搭乗機の写真を引用します。


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 インディラ・ガンディ空港からは、メトロで宿まで帰りました。
 稔り多いアラハバードの旅となりました。
 感謝感謝です。
posted by genjiito at 01:51| Comment(0) | ◆国際交流

2016年02月19日

ヒンドゥ教のお祭りマーグ・メーラに行く

 アラハバードは、ガンジス河とヤムナー川が交わる場所にあるヒンドゥ教の聖地で、4大聖地の一つだと言われています。ただし、いずこも同じで、4大聖地と言ってもさまざまな説があって、なかなか難しそうです。

 インドのヒジュラ暦でマーグの月に行われる祭りを「マーグ・メーラ」と言っています。ちょうど今回訪問したこの時期に、敬虔なヒンドゥー教徒たちの祭りが開催されています。森山さんをバラナシへ見送った後、現地人となっている村上さんに案内されるままに行ってみました。やはり、言葉を自由自在に操れる人と一緒だと、安心してどこへでも行けます。

 川の手前の公園は、子どもたちのための遊園地となっていました。


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 この観覧車は、とんでもない速さで回っています。今にも振り落とされそうです。安全対策などあるようには思えません。

 大人のための見せ物小屋がありました。日本にも、かつてはこんな怪しげな小屋があったように思います。差別的な見せ物だということで、今ではなくなっているものです。


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 川への入口には、たくさんの店がありました。


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 そこで見つけたキーホルダーを、娘夫婦のお土産として買いました。


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 2つの川の合流地点をサンガムと言い、その水は魂を浄化する力があるとされているそうです。ガンジス河とヤムナー川が合流するここから地下に流れているというサラスヴァティ川が、天に昇るのがこの地なのです。

 その合流地点の川原には、おびただしいテントが林立しています。


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 川には多くの小舟が漕ぎ出していました。


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 しだいに夕焼けがきれいになってきました。
 サドゥーと言われる修行僧が、この川原に集まった善男善女(?)に物乞いをしています。


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 水着で沐浴をする人もいます。


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 思いきって小舟で川中に出てみることにしました。


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 川中から見る景色は、ことばでの表現を拒むものがあります。
 水鳥はユリカモメのように見えます。
 賀茂川や隅田川の水鳥と同じ顔をしているのです。

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 小さなボートが、鳥たちのための餌を売りに来ました。
 見た目は太めのフライ麺です。

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 一ついただき、川に向かって投げると、夥しい鳥たちが競うようにして集まって来てついばみます。村上さんの話では、日本ではかっぱえびせんを鳥にやったとか。


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 しだいに川原の光が川面に揺らめくようになりました。
 これから沐浴をする人がテントから出てくることでしょう。

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 ガンジス河とヤムナー川の合流地点では、ガンジス河の黄色とヤムナー川の乳白色が混じって、チャイのような色になるそうです。この日は日が暮れ出したこともあり、その色の変化は見ることができませんでした。

 女性が川の合流地点で裸になって飛び込むそうです。今回、それは見ることができませんでした。
 とにかく、大勢の巡礼者が集まって来て、さまざまなパフォーマンスを繰り広げているのです。

 遠藤周作の『深い河』に、この川が合流する地点のことが語られていたように思います。どのように描かれていたのか、いつか確認してみます。

 ホテルに帰ると、2階の少し広めの部屋に替わることになっていました。私を見て、階段を上がれる奴だ、と思ってくれたようです。
 1階の時と大違いで、静かで落ち着く部屋でした。ただし、蚊が3匹いました。電気蚊取りは緩やかすぎて、蚊を追い出す効力しかないようです。宗教心の顕れと、好意的に解釈することにしましょう。
posted by genjiito at 23:26| Comment(0) | ◆国際交流

あまりにも煩くてホテルの部屋を変えてもらう

 アラハバードのホテルはいい雰囲気です。
 気に入りました。しかしです。
 昼間の工事は別にしても、夜の11時を過ぎても部屋の外が煩いのです。

 私は一階の奥の部屋でした。ところが、その隣が配膳室だったので、ガチャガチャと食器の音がします。また、ホテルのスタッフの方々の休憩場所もその横だったので、ずっと声が聞こえます。ヒンディ語なのでわからないとはいえ、その抑揚や笑い声が気になり出しました。
 夜中の1時半を過ぎても、人声が煩いのです。
 おまけに、ひっきりなしに電話の呼び出し音が聞こえます。どこかと連絡をとっておられるのでしょうか。

 朝になって朝食をいただくときに、夜中じゅう煩いので部屋を替えてほしい、と頼みました。
 マネージャと相談するので、少し待ってほしいとのことでした。

 午前中からアラハバード大学へ行くことになっていました。
 朝早く村上さんがタクシーで迎えに来てくれたので、部屋の荷物のことをフロントに伝えて出かけました。昨夜、街中の大きなショッピングモールの中にあるスーパーマーケットで、チーズや牛乳を買いました。


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 それが冷蔵庫に入れたままだったので、それも新しい部屋に移してほしいと伝えたのです。



 後で村上さんに聞くと、ホテル側としては私の年齢が64歳だったので、2階の部屋では階段の上り下りが大変かと思い、1階の部屋にしたとのことだったそうです。
 老人扱いされていたのです。
 インド人は、そんなに早く老けるのでしょうか。

 さて、帰ってからどんな部屋に移ることになるのか、大いに楽しみです。
posted by genjiito at 08:45| Comment(0) | ◆国際交流

2016年02月16日

世界一大きなアクシャルダーム寺院で考えたこと

 ネルー大学でのデモが、マスコミの情報などによると、さらに教職員と学生のストへと展開していることがわかりました。先日来の2回のネルー大学訪問で、その様子が非日常のものであることが、朧気ながらも想像できます。私が昭和44年に、高校3年生の時に体験した学生運動を思い出します。
 「ヒンドゥスタン・タイムス」(2016年2月15日)の1面にも、重大記事として掲載されています。
 右側の記事のタイトルに「JNU」とあるのが、ジャワハルラル・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University)の略称です。


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 今日の「ヒンドゥスタン・タイムス」(2月16日)の1面中央には、さらに詳しい現状が報告されています。
 この記事のタイトルにある「DU」はデリー大学(Delhi University)のことです。


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 こんな時に、わざわざ学内に近付くことは避けたいものです。
 デリー大学とネルー大学の卒業生たちから、日本文学に関する多くの貴重な情報をもらっています。それを整理することに、この予定外の時間を当てました。

 早朝よりいろいろな方に電話をし、メールを出し、可能な限りお目にかかって、今回のインド訪問の目的を達成するために手を尽くしています。
 まさに、日本でも海外でも、一年365日24時間態勢での仕事となっています。
 この土日も、フルに情報収集と打ち合わせをしているのですから。

 インターネットは便利です。しかし、いつでもどこでも情報が共有でき、何でも届けることができるので、休息日を確保するのが大変です。自覚の問題だとはいえ、特に順調にミッションが推移しているこんな時には、休む、止める、という勇気が必要です。ただし、それが、今の私にはなかなかできないのが実情です。

 翻訳をお願いする方々への連絡は、思いの他手間がかかります。
 コツコツと、お一人お一人に説明をして進めているところです。

 デリー市内で日本人が多く居住しているといわれる、ディフェンスコロニーの中にある中華レストラン「赤坂」に、お昼ご飯を食べに行きました。この隣のバーには行ったことがあります。
 このお店の名前が、日本料理屋さんを思わせるものであることの理由がわかりました。政治的な流れの中での命名だったのです。観光客を引き付けるためばかりではないという、いろいろと深い意味があってのことだとわかりました。


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 午後は、気分転換も兼ねて、デリー市内からは郊外にある、アクシャルダーム寺院へ行きました。世界一大きな寺院として、ギネスブックに登録されている新興のお寺です。宿の前からオートリキシャに乗り、30分ほどで行ける近場でした。ヤムナー川の対岸へ渡ったのは初めてです。


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 クマール君との待ち合わせは、寺院の入口でした。その入口付近は、とにかく人ヒトひとの、黒山の人だかりです。万に近いという喩えではなくて、実際に1万人以上の人が入場を待っています。

 この寺院では、別の所がテロにあったこともあり、セキュリティが非常に厳しくなされています。携帯電話やカメラなど、電子機器はすべて飛行機並に持ち込み禁止です。それらを預ける場所の列が、ほとんど前が見えないほどです。
 1時間の待ち時間と言われると、1970年に大阪で開催された万国博覧会を知っている者としては、ひたすら並ぶことに抵抗はありません。しかし、牛歩戦術のようにじりじりと前に進む行列に付き合うのは、やはり大変です。

 持ち込み禁止の物を預けた後も、ボディチェックのためにまた並びます。男女別に別れる所に来ると、みなさん一斉に我先にと猛ダッシュとなります。このパワーはどこから来るのでしょうか。

 30分ほどの近場と思ったのが、入場するのにさらに2時間もかかりました。
 早々と携帯もカメラも取り上げられたので、写真はありません。
 何も身に着けないことの自由さと、目の前に見えるものに集中することのよさを、あらためて思い知りました。
 人と連絡したい、連絡があるかもしれない、写真に記録しておきたい、という思いを振り捨てることは、ある種の快感があります。

 寺院の中はすばらしいものでした。特に、大理石の彫刻群が圧巻です。色っぽい姿態の女神が数多く彫られていて、自ずから目を惹きます。

 大勢の子どもたちが親子連れで来ているのは、日曜日であることと、広大な寺院の開放感と、彫刻の美に加えて、無料で入れることもその理由となっていそうです。

 大きなホールのような大食堂で南インド料理をいただきました。

 帰りに、メトロの駅のホームからライトアップされた寺院を撮影しました。


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 明日以降のこともあるので、メトロのトラベルカード買いました。日本のスイカやイコカに類する、チャージをして使うものです。


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 メトロが市内に展開するようになってから、移動が便利になりました。
 サイクルリキシャやオートリキシャで移動していた数年前が、嘘のように一変したのです。
 ただし、それに伴って、リキシャの視点で街を見ることが少なくなり、インドを実感することが希薄になっていくのも事実です。
 私が京都を自転車で移動するように、インドも人力で移動する視点で見て回ることに意義がありそうです。それを放棄してメトロに頼ることに、我ながら逡巡するものが意識の片隅にあります。しかし、便利さに押し切られそうです。

 こうして、生活の中からその地域独特の文化を受け入れる姿勢が変化し、外から眺めるだけの、通りすがりの旅人と化していく自分がいることに気づかされました。

 「私もインドで考えた」と言えそうな、ささやかな発見です。
posted by genjiito at 18:36| Comment(0) | ◆国際交流

2016年02月11日

デリーでの第1夜は仕事漬けです

 今回のデリー行きは、JALを使いました。
 機内での映画は、私が観たいものがなかったので、『スティーブ・ジョブズ』だけを観ました。共感することの多い映画でした。

 夢を持っている人とのお付き合いを、もっと大切にしたいと思いました。信念を持ち続けることの大切さが、映画の中のジョブズの生き様から伝わってきます。単なる成功者の物語ではないところが、この映画の見どころです。ただし、娘のリサの扱われ方に中途半端な感じを抱きました。

 観たい映画がなかった分だけ、機内で多くの仕事ができました。
 着陸時のアナウンスによると、デリーの気温は25度だそうです。
 東京よりも10度以上も暖かいのです。
 冬のデリーは日本と同じ気温だと思っていたので、しっかりと防寒対策をして来ました。ユニクロのヒートテックの出番は、予定よりも少なくなりそうです。

 空港内のトイレの絵を見ると、新しいインドを印象付けられます。


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 入国審査の所の壁面にも、インドらしい意匠が凝らされています。


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 空港では、国文学研究資料館に研究生として数年来ていたクマール君が、久しぶりに元気な姿を見せてくれました。身体も大きくなり、逞しい青年になっています。日本には、もう7年も行っていないとのこと。インドで翻訳の仕事をしているのです。才能豊かな若者なので、これからがさらに楽しみです。

 宿舎まではタクシーで一緒に行きました。車中でも話が止まりません。彼も喋りたい、私も喋りたいで、とにかくずっと会話が途切れません。

 ワールド・ブッティスト・センター(WBC)は、前回来た3年前とまったく変わっていません。いや、一つだけ変わりました。それは、インターネットが有線から無線になったのです。これは、一大変革です。

 クマール君と一緒に、簡単な夜食をいただきました。
 ダルのカレーとカリフラワーは、いつ来ても素朴で口当たりのいい食事です。


160211_cury




 これから数日、こんな薬膳料理の日々です。チベットの方が料理を作っておられるので、身体に優しい味付けです。まったく辛くありません。刺激物が苦手な私には、ぴったりの食事なのです。

 日本とインドとの時差は3時間半です。これは、身体への負担が少ないので、欧米へ行った時とは格段に楽です。
 デリーでの第1夜は、もう少し仕事をしてから寝ることにします。
 今、インド時間で真夜中の23時半、日本では夜明け前の3時です。
posted by genjiito at 03:19| Comment(0) | ◆国際交流

2016年02月10日

160210_成田からインドへ出発する前に

 毎度のことながら、バタバタする中での旅立ちです。
 引き受けていた仕事は、9本の内4本しか仕上げられませんでした。
 関係者のみなさま、少し遅れます。申し訳ありません。

 昨夜は、業務に関する書類4種類に関して記述内容を追加してほしいとの指示が来たために、急遽手直しをして再提出することになりました。
 押印が必要な書類です。しかし、旅立ちの直前でもあり、郵送はもとより、職場に持参する時間がありません。
 職場での書類はいまだに印鑑が必要なものがあるので、こんな時にはどうしようもありません。
 かくなる上は、ということで、宿舎を同じくする同僚の所へ夜分に行って頼み込み、明朝出勤したら手渡ししてもらうことにしました。
 これまでにも、こんなことがありました。感謝、感謝です。

 今回は10日ほどの旅です。しかし、その準備となると、毎回あれやこれやと手間取ります。
 お土産は、お世話になることがわかっている9人分と追加1個を用意しました。
 2月に海外へ行く時には、女性にはお雛祭りに関係するお菓子を、男性には抹茶をまぶした煎餅を持参します。特に、パリパリした煎餅やおかきは海外で喜ばれるので、お目にかかる相手をイメージしてお土産選びをしています。お土産の用意だけでも、けっこう時間がかかるものです。

 今朝は、地下鉄東西線の門前仲町から船橋まで出て、京成船橋から空港第2ビルへと乗り継ぎました。約1時間半、順調な出発 … のはずでした。しかし、そこは私のこと。そうすんなりとはいきません。
 門前仲町のホームに立つと、ちょうどいい具合に西船橋行きが来ました。ホームにいた駅員さんに、この西船橋行きは船橋に留まりますか、と聞きました。すると、留まるとのことだったので、乗り込みました。駅員さんに京成乗り換えで成田空港に行くと言うと、船橋から少し歩くけど、とのことです。

 電車に乗っていて、これはおかしいと気付きました。大急ぎでiPhone を取り出して調べると、船橋はこの電車の終点である西船橋の次の駅なのです。面倒なことになります。すぐ後に来る津田沼行きなら、西船橋の次の船橋に留まります。大急ぎで一旦電車を降りて、後に来る電車に乗り換えました。
 門前仲町のホームでは、駅の整理員ではない方に聞きました。年配の方で、親切に教えてくださったのです。しかし、その方の指示は間違っていたのです。
 あの時、「この次の電車なら、西船橋で乗り換えずに船橋まで行けますよ。」の一言があればよかったのに。
 海外の方がますます増えるのですから、自信たっぷりに間違った案内はしないようにしてほしいと思います。私は、なんとか切り替えて事なきを得ましたが。

 一人旅なので、持ち物は少なめです。ただし、仕事をたくさん抱えているために、資料がいつもより多いのが頭痛の種です。
 成田空港に行くのは、いつも何かがあります。鬼門です。

 出発ゲートは66番です。空港の一番奥です。遠出のウォーキングをすることになりました。

 慌ただしく飛行機で出かけ、現地では時間と移動に追われる日々を送り、とる物も取り敢えず用事をすませたらとんぼ返りで帰ってくることになるはずです。
 多くの方に会い、面談と打ち合わせの連日となります。
 のんびりとした旅とは、いつになっても無縁です。
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2016年01月20日

インドビザの申請で悪戦苦闘

 インドへ行くためには、あらかじめビザを取得しておく必要があります。

 先週から作成に取り組み、昨日と今日、やっとインドビザセンターに申請書類を持参し、手続きを終えました。
 東京のインドビザセンターは、現在は三田にあります。
 そのビルの入口は目立たないので、うっかりしていると通り過ぎてしまいます。


160119_indiqvisacenter




 これまでは九段下や茗荷谷にあったビザセンターに行って手続きをしていました。

「インドビザの申請に行って」(2012年02月04日)

 2002年から10年間にわたって毎年行っていたインドも、2012年に『インド国際日本文学研究集会の記録』(2012年04月05日)をまとめてから、しばらく足が遠のいていました。
 久しぶりのビザの申請ということもあり、いろいろと戸惑いながら手続きをしました。
 ビザセンターの移転と共に、ウエブサイトも移動しているので、この点も注意が必要でした。

 ビザ申請の経験がある方なら、障害物競争でさまざまなバリアをクリアして走ったことが、まざまざと思い出されるかと思います。今回も、思いがけないところで躓き、三田のビザセンターに2度も通うことになりました。

 先週末には、娘と婿殿が私の申請書類を確認してアドバイスをしてくれました。英語が堪能な家族がいると、こんな時に心強いものがあります。
 しかし、それでも思いがけないフェイントというものがあるのです。

 私にとって障害となったことのうち、特に今回一番悩んだことをいくつか記しておきます。

(1)ウェブサイトにアクセスしてデータを入力し、申請書を作成した後、自分の写真をアップロードしようとしたところ、どうしてもエラー続きで先に進めません。
 ウェブサイトでは、次の「写真の仕様」が示されています。


フォーマット - JPEG
サイズ - 最小10キロバイト、最大1メガバイト
最小寸法 - 350ピクセル(幅)×350ピクセル(高さ)


 いろいろなサイズや容量の写真画像を作成して挑戦しました。しかし、艱難辛苦の末に作成した15パターンの写真のすべてが、ことごとくはねつけられます。
 先週の土曜日から昨日まで、3日にわたって試行錯誤をし、ついに諦めて昨日センターに直接電話をしました。先週も電話を何度かしました。しかし、いずれもつながらないか途中で切られてしまいました。
 結論は、顔写真はアップロードしないで持参してほしい、ということでした。それなら最初にホームページに明記しておいてほしい、などというのは禁句です。全身から力が抜けて、気持ちが萎えてしまいました。徒労とはこのことです。

(2)昨日、無事にネットのフォームに入力を終え、確認をしてからプリントアウトしたものをビザセンターに持参しました。しかし、いくつかの不備を指摘され、書類は再提出となりました。
 なお、このビザ申請のための入力フォームは、PDFによって申請書を作成するアプリケーションとなっています。入力したデータを、再利用できるテキストとして保存することはできません。つまり、印刷が終わった後は、何か修正が必要になると、また最初から入力することになります。
 再入力の繰り返しになったので、すぐに入力すべき文字列をテキストとして作っておき、それをコピー&ペーストしながら申請書類の再作成を繰り返しました。それでも、入力欄を間違えないように、結構気を使いました。
 すべて英語によるやりとりで書類を仕上げるので、なおさら頭はフル回転です。

(3)自分のパスポートの発行場所は、記載面にある奈良県だと思っていました。しかし、実は神奈川県だったのです。そのことは、パスポートの最終頁の行頭に手書きされた数字でわかるのだそうです。
 私のパスポートにメモとしてボールペンで記されたその数字が神奈川県であることは、教えてもらわないと一般には知りようがない情報だと思われます。事情通の方には常識かもしれませんが。
 パスポートの本籍欄には奈良県とあるので、てっきりこれが発行場所だとずっと思っていたのです。
 今のパスポートは、2007年2月に更新したものです。その時までは横浜の宿舎にいて、その年の8月に職場が品川から立川に移転したことに伴い、都内深川の宿舎に転居したのでした。
 確かに言われてみれば、横浜でパスポートの更新をしたのかもしれません。その時の本籍地が奈良県だったので、その奈良県が印字されており、神奈川県という新たな更新情報は、ボールペンで手書きされた番号だけで識別できるようになっていたようです。
 転居した覚えのある方は、印刷面だけでなく、ボールペンで手書きされた文字列から情報を復元できることもあるので、確認されたらいいかと思います。

(4)印刷した申請書の一枚目の最下部に、バーコードが印字されます。それが、私が印刷して提出したものは、印刷範囲からはみ出した部分が少し切れていました。紙面を一杯に使ったプリントになっていたために、プリンターの余白の調整が必要となるのです。
 印字の際に97パーセントにして、少し縮小した設定をして印字することで、この不備だと言われた件はクリアできました。少し縮小してプリントアウトしたものを提出することなど、申請者のコンピュータとプリンタの組み合わせによって変わることがあるようです。これも、事前にはわからないことでした。

 実際にはもっともっと苦労譚があります。しかし、今はこれだけにしておきましょう。

 2日目となった今日は、無事に受け付けてもらえました。上記の点や、その他もろもろの不備を調整して、何度も何度も点検して持参したのです。

 受け付けのカウンターで名前を呼ばれるまでは、どの項目の何がよくないと指摘されるのか、気が気ではありません。ハラハラドキドキの長い時間を、多くの申請者が待っておられらベンチシートに身を沈めてひたすら待ちました。

 受理されたことは、名前を呼んでくださった方が手にしておられる紙の種類でわかります。
 突き返される場合は、昨日がそうだったように、提出した3枚の書類とパスポートが握られているからです。
 今日は、最難関をクリアできました。

 パスポートの返送用となる宅急便のラベルに住所を書き、料金を支払って終了となりました。
 ほっとする間もなく、以下のメールがスマホに届きました。


Your FILE No is ○○○ and Application Status is Your application is accepted and your passport is now with agency. You will get the next update when the application reaches mission.
As on 20-JAN-16

This is an Auto generated mail please dont try to reply


 このあたりは、自動化されているようで、迅速な対応で安心できます。
 申請の煩雑さから疑心暗鬼になっている身としては、このようなメールが届くことはありがたいことです。

 とにかく、こうして無事にビザの申請を終えることができました。

 ネットでの体験談やアドバイスと事例紹介等も、事前に見ていました。しかし、やはり人それぞれに事情があるので、一発で完璧な書類を作成することは難しいことを痛感しています。
 今秋また訪印する予定です。
 今回の経験を生かして、次回は一度で申請手続が終わるようにしたいものです。
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2015年12月12日

国際連携研究の第3回目は「時間を翻訳する」でした

 本日、国際連携研究の一環として実施してきた、第3回国際シンポジウム「日本文学のフォルム」が国文学研究資料館で開催されました。
 今回のテーマは「時間を翻訳する」です。


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 この国際連携研究の代表者となっている私は、最後に過去3年間全3回の総括と閉会の辞を述べることになっていました。しかし、盛会だったこともあり終了の時間が延びていて、予定していた内容を大幅に割愛してご挨拶に代えました。

 以下に、用意したままで本日はことばにしなかったことを、ここに記録として残しておきます。
 少し硬い内容となっているのは、そうした理由によるものです。

 この国際連携研究は、日本文学の国際的な共同研究を促進するために、国文学研究資料館が先導的に推進してきたものです。

 国文学研究資料館では、これまでに「国際日本文学研究集会」を毎年実施し、海外の研究者との国際交流を図ってきました。これは、先月開催された集会で第39回を数え、国際的な日本文学研究集会としては老舗という位置づけがなされているものです。

 そこで、従来の研究を踏まえてさらに発展させるべく、明確なテーマを設定して、学術交流協定を締結している海外諸機関や大学との間で、新たな共同研究を開始することになりました。
 日本文学の時代や分野という領域に限らず、学際的・国際的な視野からの研究の創出を目指そうとするものです。

 この研究集会は、平成25年より次の3つのテーマを設定し、各年度に海外から招いた研究者の研究発表およびシンポジウムを通して、海外における日本文学研究の実態を踏まえた共同研究を深める一助とすべくスタートしました。


【第1回】平成25年度〔平成26年1月11日開催〕
 《もう一つの室町―女・語り・占い》
 [担当:小林健二教授]
 日本国内外の研究者が共有しやすいテーマであり、言語に縛られない幅広い議論の展開がなされました。

「国際シンポジウム「日本文学のフォルム」が開催されたこと」(2014年01月11日)
 
【第2回】平成26年度〔平成26年12月6日開催〕
 《男たちの性愛―春本と春画》
 [担当:神作研一教授]
 最近とみに注目を集めているテーマだけに、多くの参加者が共同討議を通して異文化間の理解を深める交流の場となりました。

「盛会だった国際シンポ「男たちの性愛―春本と春画と―」」(2014年12月06日)
 
【第3回】平成27年度〔本日、平成27年12月12日開催〕
 《時間を翻訳する》
 [担当:谷川惠一教授・野網摩利子助教]
 近代文学からの視点で、翻訳と時間について考えました。日本古典文学を研究対象とすることの多い国文学研究資料館での開催ということで、新たな知的刺激と好奇心が掻き立てられました。


 本国際連携研究では、毎回数人の海外からの研究者を招き、日本の研究者とのディスカッションを展開する中で、日本文学が持つフォルムやスタイルを多角的に解明してきました。さまざまな視点からの研究報告と議論は、発表者と参加者がお互いを刺激し合う意味からも、今後の新たな国際研究交流に資するものとなったはずです。

 また、国文学研究資料館と学術交流協定を締結している各国の研究機関との具体的な研究交流の実践ともなりました。

 なお、各回とも展示室における小展示とリンクさせて、テーマにふさわしい館蔵の絵画資料等を、小規模ながらも用意して実施するように配慮しました。

 3年間で、3回の研究発表とシンポジウムと小展示を実施したことになります。
 その成果は、最終年度末である平成28年3月末に、一冊の報告書として編集し刊行することになっています。これによって、海外を含めて多くの研究者の方々と、日本文学研究に関する情報の共有を図ることとなります。
 参加できなかった方々には、この報告書で全3回の内容を追体験していただくことになります。

 本日のプログラムは以下の通りでした。
 各発表に対するコメントは、私の独断によるものであることをご了承願います。
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開会の挨拶(今西祐一郎館長)

趣旨説明と講師紹介(野網摩利子助教)
 
第1セッション
スティーブン・ドッド先生(ロンドン大学)
「梶井基次郎におけるモノの歴史」

*モダニズムと翻訳について、日頃は意識していないことを取り上げてくださったので、非常に刺激的でした。個人的には、梶井基次郎の作品における京都の存在に注意が向きました。
 
第2セッション
谷川惠一先生(国文学研究資料館)
「テクストの中の時計 ―『クリスマス・キャロル』の翻訳をめぐって」

*明治20年以降の翻訳を通して見た当時の時計の描かれ方は、非常に興味深いものでした。私は、アップルウォッチのありようと今後に想いを巡らしました。
 
第3セッション
林少陽先生(東京大学)
「近代中国の誤読した<江戸>と<明治>―漢字圏の二つの言文一致運動の関連」

*日本の文字の問題や言文一致運動について、中国からの視点で興味深くうかがいました。個人的には、井沢修二が国語を五十音で統治教育することを、中国に対して言及していることでした。

 最後に、コメンテーターとして参加していただいた、河野至恩先生(上智大学)・山本史郎先生(東京大学)・安田敏朗先生(一橋大学)を交えて、総合討議を行いました。また、会場からの質問をもとにして、活発な質疑応答がなされました。

 この3回の研究集会開催にあたっては、機関研究員である谷川ゆきさんの献身的な尽力があったことも記録しておきます。ありがとうございました。お疲れさまでした。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◆国際交流

2015年12月09日

2015年度日本研究功労賞記念講演会で上野へ

 「第5回 人間文化研究機構日本研究功労賞 受賞記念講演」が上野公園の中にある日本学士院でありました。

 公園の黄葉は、今が一番いいようです。


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 振り返ると、スカイツリーの尖頭部が見えました。


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 この地に足を運んだのは、一昨年の林文月先生の授賞式以来です。

 その日のブログ「日本学士院での林文月先生の授賞式に参加して」(2013年12月10日)に記した通りです。

 今回の受賞者は、アレキサンダー・ヴォヴィン先生(Alexander Vovin、フランス国立社会科学高等研究院教授)です。

 人間文化研究機構日本研究功労賞という賞は、海外に在住し、日本に関する文学や言語、歴史や民俗・民族、文化や環境などの研究において、学術上特に優れた成果をあげた研究者に対して授与されるものです。。
 YKK株式会社の協力を得て、毎年行われています。

 今回のヴォヴィン先生は、日本語日本文化の研究を通して国際交流に功績があった、ということでの授賞です。

 ヴォヴィン先生は、『万葉集』の新しい英訳をイギリスの出版社から刊行中です。現在5巻まで完成しているとのことなので、完結が楽しみです。

 今日は、9世紀までの日本語とアイヌ語を中心にして、その関係性について多くのことを学びました。
 日頃聞きなれない、「上代東国日本語」「上代大和言葉」「上代中央日本語」「琉球祖語」「アイヌ語」などが話題となりました。語彙を比較しながらのお話は、その視点といい提示される用例といい、スケールが大きくて刺激的なものでした。

 興味と関心がまったく異なる分野の話は、いろいろな異文化が交錯して楽しく聞くことができます。また、情報の整理と結論への導き方のみならず、資料のまとめ方などでもヒントをいただきました。
 非常に難解な表現が頻出する論理展開には、ついていくのがやっとという局面もありました。しかし、大胆な仮説を含めて、いい勉強をさせていただきました。
 日頃の殻を抜け出して、こうした異分野の話を聞くことは、機会がある限り続けていきたいと思っています。
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | ◆国際交流

2015年12月03日

年末開催の国際連携研究「日本文学のフォルム」

 国文学研究資料館が開催する国際連携研究「日本文学フォルム」で、第3回目の国際シンポジウムが来週末、12月12日(土)に開催されます。
 今年度のテーマは「時間を翻訳する」(担当:谷川惠一教授)です。
 開催日が近づきましたので、ここで紹介させていただきます。


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 これは、私が代表者となっているイベントであり、「国際日本文学研究集会」を踏まえてさらに発展させるべく、学術交流協定を締結している海外諸機関や大学との間で、新たな共同研究を開始する準備に着手することにしたものです。日本文学の時代や分野という領域に限らず、学際的・国際的な視野からの研究の創出を目指すものです。

 この国際シンポジウムは、これまでに以下の2回を開催しました。

・第1回 2014年1月「もう一つの室町−女・語り・占い」(担当:小林健二教授)

・第2回 2014年12月「男たちの性愛」(担当:神作研一教授)

 今回のプログラムは、次のようになっています。


国際連携研究「日本文学のフォルム」
第3回 国際シンポジウム
The 3rd International Symposium
International Collaborative Research “Forms of Japanese Literature”

「時間を翻訳する」
The Translation of Time

【日時Date & Time】
2015年12月12日(土)13:30-17:00
12th December, 2015 (Sat) 1:30-5:00 pm

【場所 Venue】
国文学研究資料館 2階 大 会議室
Main Conference Room, 2nd Floor
National Institute of Japanese Literature (NIJL)

*This symposium is open to public.
No registration is required.
Japanese will be the official language.

【プログラム Program】
13:00-13:35 開 会の辞 Opening Address 今西祐一郎館長 Yuichiro Imanishi(Director-General, NIJL)

13:50-14:30 Paper 1 & Comment
スティーブン ドッドStephen Dodd(Professor, ロンドン大学東洋アフリカ研究学院University of London, SOAS)
梶井基次郎文学におけるモノの歴史
The History of Things in the Literature of Kajii Motojirô
Commentator 河野至恩Shion Kono(Associate Professor, 上 智大学Sophia University)

14:35-15:15 Paper 2 & Comment
谷川惠一Keiichi Tanikawa(Professor, 国文学研究資料館NIJL)
テクストの中の時計――「クリスマス・ キャロル」の翻訳をめぐって
Clocks in Texts: Japanese Translations of A Christmas Carol
Commentator山本史郎Shiro Yamamoto(Professor, 東 京大学The University of Tokyo)

15:30-16:10 Paper 3 & Comment
林少陽Lin Shaoyang(Associate Professor, 東京大学The University of Tokyo)
近代中国の誤読した<江戸>と<明治>――漢字圏の二つの言 文一致運動の関連
Modern China’s Misreading of ‘Edo’ and ‘Meiji’ Japan: The Link between Two Vernacularized Writing Movements in East Asia
Commentator安田敏朗Toshiaki Yasuda(Associate Professor, 一 橋大学Hitotsubashi University)

16:35-16:55 総 合討議 Discussion
16:55-17:00 閉 会の辞 Closing Address 伊藤鉄也 Tetsuya Ito(Professor, 国文学研究資料館 NIJL)

司会MC 野網摩利子Mariko Noami(Assistant Professor, 国文学研究資料館NIJL)

【主催 Organizer】
国文学研究資料館 National Institute of Japanese Literature


 参加は自由です。
 多数の方のお越しをお待ちしています。
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2015年11月26日

スペイン・マドリッドから届いた紅葉の写真

 スペインにいらっしゃる高木香世子先生から、お宅の紅葉の写真を送ってくださいました。


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 これまで、スペイン語で紅葉は翻訳できないと聞いていました。
 『源氏物語』の翻訳で、みなさん苦心しておられたのに、高木先生のお宅に紅葉があり、しかもこんなにきれいなのです。

 先般の研究会でも、紅葉のことが話題になったので、非常に興味のあるところです。
 『海外平安文学研究ジャーナル 第3号』に掲載している淺川槙子さんの「各国語訳『源氏物語』「桐壺」について」の説明でも「スペインには存在しないとされる「紅葉」」(71頁)とあります。

 これは、スペインに一般的にあるものなのか、それとも、高木先生のお宅が特別なのか、お尋ねしたところ、すぐに詳しい説明をしてくださいました。

 今先生がお住まいの家は、長い間オランダ人に貸していたそうです。
 そこで、多分そのオランダ人が植えたのではないか、とのことです。
 高木先生からの説明を引用します。


紅葉はとても育ちが遅く、落ちた種が萌芽すると鉢に植え替えて育てております。
もう少し早く気がつけば良かったのですが、現在4本ほど垣根近くに植え、育成しております。
ただマドリードはとても乾燥が激しく、夏季は日照り状態になりますので安心はできません。
気温の高い間は朝晩水撒きを良くして直射が強くないことを祈るばかりです。

確かに他の方たちの話しでは、日本から紅葉を持ってきても葉が赤くならないとのこと。
拙宅では紅葉がきれいに楽しめます。
もっとも昨年は春に水分が不足したようで、残念ながら枝が何本か枯れました。
今年は気を付けておりましたので、紅葉を皆様に自慢しているところです。
春の緑もこの紅葉が一番きれいです。


 またマドリッドに伺う機会がありましたら、ぜひともこの紅葉を拝見したいと思います。
 高木先生、貴重な写真と説明をありがとうございました。
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2015年11月19日

インド料理屋さんでインドに関する情報収集

 先週から身の回りでインド情報が行き交っています。
 数年来、おりおりに研究と生活面で励まして来たアンビカ・バスさんが、無事に学位論文を仕上げました。
 近松門左衛門と演劇の問題に悪戦苦闘し、大変な環境の中でよくやり遂げたと思います。これからがますます楽しみです。
 先週も国際日本文学研究集会に誘ったところ、すぐに国文学研究資料館に来てくれたのでいろいろな話をしました。

 そのアンビカさんが、ハイデラバード外国語大学のシェーク・タリク君が今日本に来ているとのことで、連絡をとってくれました。
 シェーク君とは、平成19年2月27日と28日の2日間にわたって国際交流基金ニューデリー日本文化センターで開催した、第3回インド国際日本文学研究集会で会っています。私が座長を務めた「学術セッション2」のデリー大学及びネルー大学の学生による発表で、いい発表をしたことを覚えていたのです。

 名前と顔が一致しないことが多い私なのに、シェーク君についてよく覚えていました。
 目が輝いている好青年だったからだけではなくて、その勉強に対する姿勢に好印象を持ったのです。
 当時、ネルー大学修士課程 1 年生だったシェーク君は、「『奥の細道』における季節感」と題するいい発表をしました。今はサバティカルを利用して、早稲田大学で『北越雪譜』の著者である鈴木牧之の研究をしているそうです。
 彼も、これからがますます楽しみな若手研究者です。

 今日は、立川での会議が終わるやいなや速攻で電車を乗り継ぎ、お互いの家に近い門前仲町駅のそばにあるインド料理屋さん「ディーパック」で食事をしながら、最近のインドの様子を詳しく聞くことができました。


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 このお店は、2ヶ月前にオープンしたお店です。妻と何度かランチを食べに来ました。オーナーが親しみやすくて話しやすい方です。
 インド料理といっても、実際にはパキスタンやネパールの方が作っておられることが多いようです。しかし、このお店のオーナーはデリー出身なのです。
 私はパニールが入った料理が好きなので、今日もパニールとほうれん草の料理にしました。
 最近あまり飲まなくなったラム酒も、久しぶりにいただきました。私が大好きなオールドモンクもあるとか。それは、この次にいただきましょう。

 現在、来春2月にインドへ行く計画を立案中です。
 数年前に、ニューデリーにあるサヒタヤアカデミーの所長さんと、『源氏物語』のインド語8言語による翻訳プロジェクトの相談をしました。
 それが中断したままなので、これを再始動することが今回の目的です。
 来春2月の下準備を経て、来秋11月頃に、これも中断したままの「第8回インド国際日本文学研究集会」を開催する予定でいます。
 これまでの活動記録は、「『インド国際日本文学研究集会の記録』が出来ました」(2012年04月05日)で詳しく報告した通りです。

 今回のインド行きは、私の最後の海外における仕事となりそうです。

 今日のシェーク君との話は、そのための情報収集としても有意義でした。

 今度インドへ行ったら、アラーハバード大学にいる村上さんと打ち合わせをしようと考えています。
 それに加えて、来年2月にハイデラバード外国語大学に帰るシェーク君に、かの地の大学や日本研究の情報収集をすることの可能性を、これからプランニングする中で探ることにします。
 北から南へと大移動の旅程となるので、慎重に行程をこれから組みたいと思っています。

 また、今日は、特にプネで日本語教育が盛んであることを教えてもらいました。
 そこは、マラティ語が使われているそうです。私が聞き知っているマラヤラム語ではないとのことなので、インドの言語の多彩さがわかります。マラティ語は、どちらかというと、ヒンディー語に近いようです。

 国立国語研究所にいらっしゃる言語学者のプラシャント教授が、この分野の研究をなさっているそうです。隣の研究所なので、近日中に挨拶に行くことにします。

 こうして、インドに関して具体的な問題が展開しつつあります。
 この進捗状況などについては、今後ともこのブログに書きながら、関係する方々と情報を交換していきたいと思います。
posted by genjiito at 21:51| Comment(0) | ◆国際交流

2015年11月15日

第39回 国際日本文学研究集会(2日目)-2015-

 国際集会の2日目です。

 午前中の研究発表は4人でした。
 その中で、新聞に連載された文章が、後に単行本に収録されるにあたり、文体が改変されることを論ずる発表に興味を持ちました。


「中里介山「大菩薩峠」の文体  ―改稿による地の文の変化を手がかりに 」
崔惠秀(早稲田大学大学院博士課程)


 ここでは、中里介山の「大菩薩峠」が取り上げられています。私もこの視点からの問題意識をもっており、井上靖をはじめとして、新聞に連載された小説が後にどう変化して公刊されていくのかを追っかけています。

 今日の発表では、単行本になるときに改変される内容が、ストーリーではなくて文体の変更の場合を考察するものでした。

 実に丹念に調べた結果を整理して提示されたので、その改変の過程がよくわかりました。そして、その意義も今後の展開が期待されるものでした。

 午後は【シンポジウム】「日本文学の越境 ―非・日本語でHaikuを読む/詠む―」です。


[ 司会 ]深沢眞二(和光大学教授)
[パネラー]木村 聡雄(日本大学教授)
      FESSLER Michael(日本エズラ・バウンド協会役員)
      GURGA Lee(アメリカ俳句協会元会長)
      鳥羽田重直(和洋女子大学教授)


 国文学研究資料館で開催される国際集会では、英語による発表はありませんでした。今日は、初めて同時通訳がつきました。

 一節ごとに日本語の訳がスピーカーから流れます。発表者の後ろに同時通訳者が控えておられ、話の進展にしたがって日本語の訳がなされるのです。

 その日本語が自然なものだったので、少し時差はあっても、スムーズに話の内容がわかりました。

 いろいろな同時通訳を体験してきました。
 中国・大連での学会では、日本語・中国語・韓国語の3種類の言語が切り替えできるレシーバーでした。しかし、日本語があまりきれいではなかったので、耳障りに感じました。
 今日は快適に聞くことができたので、いい配慮でした。アナウンサーのような語り口で、聞きやすい日本語でした。

 今後は、話される外国語の理解を深めるためにも、ドラえもんの「翻訳コンニャク」が1日も早く実現することを願いたいものです。

 海外の諸国、諸言語で俳句が読まれている実例も興味深いものでした。
 日本の真似に留まらない、さまざまな工夫があるのには驚きました。
 俳句のパロディーでも、海外では楽しい世界が拓けているようです。

 パネルディスカッションも、熱気が伝わる意見を聞くことができました。

・歳時記はない
・季語を詠み込むのではない
・俳句は自然詩(nature poetry )

 こうした違いだけではなくて、さらなる創意と工夫が凝らされて普及していることを知りました。

・デジタル俳句
・ダブルテイク(フラッシュバック)

 この言葉が記憶に残っています。
 今は具体的なイメージとはなっていません。
 いつか何かと結びつくことでしょう。
posted by genjiito at 20:51| Comment(0) | ◆国際交流

2015年02月22日

【追補】クイーンズから「剣橋」を通ってエマニュエルへ

 ケンブリッジ大学図書館から、少し泥濘んだケム川沿いを歩いて、クイーンズカレッジへ行きました。このカレッジに入るのは初めてです。これまで、ここには女性しか入れないと思っていたからです。

 今回は、このクイーンズカレッジの研究員としてオフィスを持つレベッカ・クレメンツさんの配慮で、カレッジの中のレストランで食事を共にしました。天井が高くて広々とした、本当にすばらしい食堂です。

 ケンブリッジでは、毎週金曜日には肉は食べずに魚を食べるそうです。大きな鱈の揚げ物がおいしそうでした。しかし、食の細い私にはとても食べきれません。
 日頃は手を出さないケーキも、クリームチーズケーキにイチジクを載せたものがあったので、これはいただきました。糖質制限などすっかり無視して、一口ずつ口に運びました。

 先生方の休憩室になっているラウンジで珈琲タイム。これまでに何度も通った橋も、こんな角度からは初めて見ました。この橋の下には、ケンブリッジ名物となっているケム川散策のボート「パント」の乗り場があります。ただし、私はまだ乗ったことがありません。いつかいつかと思いながら、いつも慌ただしく仕事を終えるとすぐに帰るので、その機会に恵まれないのです。


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 レベッカさんにカレッジの中を案内していただきました。
 ニュートンが設計したと言われる有名な「数学の橋」も、今回が初めてです。この橋は、外から見たほうがニュートンらしい(?)形をしています。下を流れるのはケム川なので、まさにケム川に架かる橋でケン(ケム)ブリッジなのです。コーニツキ先生が以前いらっしゃったカレッジの踊り場の壁面に、「剣橋」と墨でダイナミックに書かれた軸が掛かっていたことを思い出しました。
 ただし、この「数学の橋」は本当はニュートンとは関係ないそうです。


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 クイーンズカレッジの中は、ゆったりとした時間が流れ、風格のある雰囲気の中に身を包まれます。


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 最初は、旧食堂といわれるところで「お客様食事会」を、という提案をレベッカさんがしてくれました。しかし、何かと用務が多かったので断念しました。ケンブリッジ大学らしい食事会だそうです。これも、またの機会ということにします。


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 数年前に、ピーター・コーニツキ先生が別のカレッジの食事会に連れていってくださいました。荘厳な雰囲気の中で、先生の楽しいお話をうかがいながら食事をいただいたことを、今でも覚えています。

 今回は、何しろ3泊5日のハードスケジュールでの英国出張です。
 今朝も、図書館へ行く途中で出会った知らない先生に声をかけられました。ケンブリッジは2泊するだけだと言うと、「オー、クレイジー!」と驚き呆れておられました。
 仕事だけしてすぐに街を去る日本人の行動は、信じられないのでしょう。

 慌ただしく、クイーンズカレッジから次の訪問先であるエマニュエルカレッジまでは、レベッカさんに道案内をしていただきました。
 エマニュエルカレッジには、世界的に著名な数学者であるジョン・コーツ先生がおられます。

 エマニュエルカレッジの門まで出迎えてもらった陳雲蓮さんと、カレッジの庭を散策しました。
 たくさんの鴨が池の畔にいます。賀茂川の鴨と、その姿形は同じです。この鴨たちは、クイーンズイングリッシュで鳴きそうな顔をしています。


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 今日は、イェール大学のエドワード・ケイメンズ先生とご一緒に、コーツ先生ご所蔵の貴重な古典籍や骨董をじっくりと拝見しました。
 ケイメンズ先生には、イェール大学へ行った時やハーバード大学で私が研究発表をした時の司会などで、大変お世話になりました。先日も連絡をくださり、コーツ先生の源氏絵を私がブログに紹介記事として書いたそのアドレスを教えてほしい、というメールをいただいたばかりです。

 この源氏絵については、以下の記事に詳細な報告を記しています。

「在英国・コーツ版「源氏画帖」の記事一覧」(2011/9/26)

 このコーツ先生の源氏絵との出会いは、レベッカさんからの連絡でした。
 いろいろな人とのつながりの中で、こうした貴重な人との出会いと勉強をさせていただいています。

 すでに本ブログでも紹介した源氏絵を、じっくりと拝見しました。予想外に大振りな紙に、絵と本文が書かれていて驚きました。すばらしいものです。

 その他にも興味深いものを数多く拝見しました。その中でも、私はアーサー・ウェイリーの写真とそのサインが目に焼き付きました。


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 また、『古今詩賦』の見開きに記されたアーサー・ウェイリーの自筆の文章も、注目すべきものとして拝見しました。


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 豊かな時間の中で、コーツ先生ご所蔵の貴重な資料を拝見しました。
 自分が大きくなったような思いを抱きながら、門まで見送ってくださったコーツ先生と再会を約してお別れしました。

 日本や韓国によくお出でになるコーツ先生なので、次は日本でお目にかかれるかもしれません。
 コーツ先生は日本語がおわかりにならず、私は英語がわかりません。それでいて、いつも誰かを介して、お互いの気持ちを伝え合っているので、本当に不思議な関係です。
posted by genjiito at 22:25| Comment(0) | ◆国際交流

2015年02月21日

ケンブリッジ大学図書館で濃縮された時間を持つ

 宿泊場所である嘉悦ケンブリッジ教育文化センターから歩いてケンブリッジ大学図書館へ向かう途中で、かわいらしい花を見かけました。

 センターを出てすぐの庭には、こんな花が。


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 ケンブリッジ大学図書館の横にも、春に向かう花々が咲いています。
 冬から春へという季節の変わり目を、この異国の地で感じることになりました。


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 ケンブリッジ大学図書館は、この地域では一際高く聳えています。


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 その図書館で今日は、小山騰さんと「コーニツキ版欧州所在日本古書総合目録データベース」の相談をしました。昨日のコーニツキ先生との話し合いに加え、今日も小山さんの理解をいただき、すべてがうまく進展しています。ありがたいことです。

 お2人のご意見をうかがい、提案に理解をいただけたことで、この旅の目的はすべてを果たすことができました。
 お2人とのお付き合いは、もう15年になります。いい刺激を受けながら、新しいことに挑みながら、着実に成果をあげて来たことになります。遠く離れてはいても、折々にお目にかかってお話をするように心がけてきたことが、このようないい仕事につながっていると思います。
 さらなる新しい展開に向けて、また歩みを刻んで行きます。

 ここに来ると、必ず小山さんに貴重なお話を伺っています。聞くたびに、知識に対するパワーも一緒にいただけます。いつも、もっとお聞きしたいと思いながら、時間が限られた訪問なので残念な思いで辞することになります。

 今日も、明治初期には日本語の活字がロンドンに来ており印刷されていた、という話に興味を覚えました。また、「日英新報」の存在も教えていただきました。私の課題に活用できそうです。
 50音図については、ドイツの日本語の教科書が貴重な情報を掲載しているようです。さらには、『源氏物語』の英訳をいち早く手がけた末松謙澄のことや、『群書類従』が英国のイートン校やベルギーのルーヴァンにあるはずだということ、ハワイ大学にあった『群書類従』が今はケンブリッジ大学にあること等々。
 知的好奇心をいやましに掻き立てられる話で、得難い豊かな時間を持つことができました。

 帰りがけに、立命館大学が推進しているデジタルアーカイブズとして、ケンブリッジ大学図書館が所蔵する本の撮影現場にも足を運びました。
 大変な仕事であっても、これはいずれ私たちに役立つ画像データベースを構成するものとなります。倦まず弛まず、画像の集積を続けていただきたいと思っています。
posted by genjiito at 07:50| Comment(0) | ◆国際交流

2015年02月20日

コーニツキ先生のご自宅からケンブリッジに移動

 ロンドンでは、キングス・クロス(セント・パンクラス)駅の真ん前のホテルに泊まりました。
 この駅舎の姿は大好きです。


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 その隣には、大英図書館があり、来るたびにお世話になっている所です。


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 今日は早朝より、ケンブリッジ大学名誉教授のピーター・コーニツキ先生のご自宅にうかがい、現在公開中のデータベースについて打ち合わせをしました。


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 国文学研究資料館のホームページから、先生が調査をされた成果をまとめた「コーニツキ版欧州所在日本古書総合目録データベース」を公開しています。
 これは、以下の解説画面にあるように、2001年まではコーニツキ先生がデータ作成をなさり、その後は国文学研究資料館が引き受けて公開のお手伝いをしています。
 コーニツキ先生とご一緒に立ち上げたこのデータベースも、すでに14年が経過しました。


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 国文学研究資料館に着任して早々、私がデータベースに詳しいということで、当時の松野洋一館長からコーニツキ先生と連絡を取るように依頼を受けました。そして、すぐにケンブリッジへ飛んで行き、直接コーニツキ先生と話し合いをし、先生がヨーロッパ各地を調査されたカードをコピーして帰国しました。
 その後は、順調に公開データも増え、今では2万点弱のデータが検索可能な情報として公開されています。

 今日は、このデータベースの今後について、長時間にわたってお話ができました。
 今後ともさらに展開していくデータベースなので、楽しみにしていただければ幸いです。

 先生のご自宅の近くに、古風なイギリスの小道と住宅街がありました。


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 イギリスに親近感を持つのは、こうした光景が日本と文化的に通じるものを持っているからだと思います。

 午後は、キングス・クロス駅からケンブリッジに電車で向かいました。ロンドンらしく、霧雨でした。

 ケンブリッジでは、東京の小平市にある嘉悦学園とケンブリッジ大学Murray Edwards College が提携して設立した、嘉悦ケンブリッジ教育文化センターを宿泊場所としました。

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 このセンター建物のデザインは、1997年度のCivic Trust Awards建築部門賞を受けています。


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 雰囲気のいい快適な空間に身を置き、いろいろなことを考えるいい機会となりました。
posted by genjiito at 06:50| Comment(0) | ◆国際交流

2015年02月19日

機内で観た映画『るろうに剣心』と『ガンディー』

 海外に行く時、機内で観る映画は毎回楽しみの1つとなっています。
 今回は、ネットで何が観られるかを、事前に調べておきました。しかし、JALの共同運行便だったことと、機体が英国航空だったせいか、まったく違うメニューでした。
 おまけに、座席の前のポケットに、映画や音楽の情報誌がありません。私の席には、ショッピングの冊子もありません。隣の席は、ショッピングの冊子はありました。出発前に、機内の確認が疎かだったったようです。

 画面も小さくて、おまけにすべて英語です。日本語モードで検索すると、5本だけ日本語でタイトルが表示されました。
 日本映画は『るろうに剣心 京都大火編』しか見つかりませんでした。英語のリストの中にでも紛れ込んでいたのかもしれませんが。

 『るろうに剣心 京都大火編』は、一応最後まで観ました。しかし、血を血で洗うシーンが多くて、食傷ぎみでした。迫力のある画面だったので、つい見つめました。このパワーは凄いと思います。ただし、このような映画に縁のない私は、見終わってから人間の愚かさだけが印象として残りました。大半の時間が、人を殺すシーンなのです。そういう分野の映画なのでしょう。
 我が家の子供が、この漫画を見ていたように思います。話を聞いていたら、幕末から明治の頃を舞台とする話のようでした。しかし、実際の映画は残酷なので、あまり子供には見せたくないものです。
 ハリウッドの野蛮なアクション物を真似しているのでしょう。日本人の共感は得られない映画だと思いました。

 他には、『ガンディー』を観ました。
 最初と最後のシーンにあった、ガンディーが撃たれた時に発した言葉は「オー!ゴーッド」と聞こえました。しかし、私の記憶では「へイ!ラーマ」と言ったように覚えています。インドで中島岳志君と一緒に暮らしていた時、彼に墓所に案内してもらい、その時に「へイ・ラーマ」と言ったことを聞いたように思います。「ラーマ」の意味とともに。博識の彼から、懇切丁寧な話を聞きました。今あいまいなので、帰国後にまた調べてみます。

 なお、この『ガンディー』は字幕のない英語版だったので、これから行くイギリスでの耳慣らし、ということになりました。映画の中での会話はほとんどわかりません。ただし、この映画はすでに2回も観ているので、話の筋はわかりました。
 インドの風景をきれいに切り取っています。現実とは異なる、それでいてインドらしいイメージが膨れ上がります。群衆の描き方も含めて、カメラワークがいいと思いました。

 このいい映画を観た後、JALも共同運行をするなら、字幕付きにするとか、もっと日本人の乗客のためのサービスを心がけたらいいのに、と思いました。

 この便は、すべてが英国航空の主導権の元に運行されています。これでは、思いやりに満ちた日本人には、無愛想のすすめという異文化体験の空間に身を置くことになります。

 いろいろと事情があることでしょう。しかし、日本として少しでもこの便に関わるのであれば、「もてなす」という精神を放棄してはいけません。JALの再生は、そこにしかないのですから。
 これは、温かい心で人を見つめる、日本文化の発現の場でもあります。ここに誇り持つべきです。
posted by genjiito at 07:07| Comment(0) | ◆国際交流

2015年02月18日

2月18日(水)羽田からロンドンへ

 天気予報では、今日の夕方から関東地方は雪がチラつくそうです。空がぐづついた朝靄の中を、羽田空港に向かいました。今日からイギリスです。

 昨日、あたふたとキャリー付きのボストンバッグを取り出しました。そのキャスターが、ガタガタと軋んでいます。
 昨秋カナダから帰って早々に、お気に入りだった一回り大きなキャリーバッグは、寿命が来たので感謝の思いを込めて処分しました。20年ほど使いました。

 この小ぶりのキャリーバッグも、交互に使って来たので、かれこれ20年。
 今回でお役ご免となりそうです。

 いつもは、成田空港まで2時間以上かけて移動します。しかし、今回は羽田空港なので、宿舎からは1時間もかかりません。この便利な羽田空港には、一昨年スペインへ行ったとき以来です。

 成田も羽田も共に「第1ターミナル」と「第2ターミナル」があります。
 成田空港の場合は、「第1ターミナル」は「成田空港駅」で、「第2ターミナル」は「空港第2ビル駅」で降ります。

 今日は、大門駅で乗り換えて、浜松町駅から東京モノレールの「羽田空港第1ビル」で降りる予定でした。JAL便なので「第1旅客ターミナル」です。ANA便なら「第2旅客ターミナル」です。
 いつも混乱します。数字で区別するのではなくて、愛称を付けてほしいものです。

 ところが、「I」と「1」で大混乱です。
 モノレールの中で、その疑問点に思い至りました。

 次の写真の上が、旅行業者から受け取った「旅程表」です。
 これを「1」と見るか「I」と見るかです。
 下が、それを元にして事前に私が電車の乗り継ぎをプリントアウトしたものです。


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 この記事は書きかけのままに投稿したものです。
 羽田でLANが繋がらないので、四苦八苦しながらの搭乗です。
 続きはロンドンで。
posted by genjiito at 09:17| Comment(0) | ◆国際交流

2014年09月25日

降り立ったバンクーバーの気温は16度です

 東京駅でOさんと知的財産権の相談をしてから、成田エクスプレスで成田空港の第2ターミナルビル駅へ直行しました。

 チェックイン後の両替では、1カナダドルが105.84円でした。
 現地カナダで支払う国際集会開催費用や運営諸経費と雑費などなど、現金が必要なので、いつもよりも多めに両替をして持参します。
 それ以外に個人的に使う費用は、いつも3万円を現地通貨に両替して行くことにしています。カードが使えるので、昔のように多額の現金を持ち歩くことはすっかりなくなりました。

 今回の飛行機は新型のようです。いつも通りのエコノミークラスなのに、座席が少しゆったりとしていて、目の前のモニタも大きなタッチパネル方式で鮮明です。トイレも、鏡を多用した清潔感が漂う上品な設計となっていました。この機体なら、狭苦しさを感じません。

 今回も、機内食は糖尿病食を事前にリクエストしておきました。
 夕食と朝食は、こんな感じでした。


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 もちろん、私はパンやじゃがいもを食べないので、出されたものの半分も食べられません。これでは糖尿病食ではなくて、カロリーの低いダイエット食です。炭水化物が多すぎます。日本糖尿病学会の旧弊が、こんなところにも生き残っているのです。

 どうせ私が食べない炭水化物がたくさん盛られた糖尿病食を、わざわざ事前にリクエストする意味は、実のところはありません。普通食にして、その中の炭水化物を口にしなければいいのですから。次回からはそうします。

 機内では、「テルマエ・ロマエU」と「WOOD JOB 神去なあなあ日常」の2本の映画を観ました。両方の映画に、北島三郎が歌っていた「与作」の掛け声である「ヘイヘイホー ヘイヘイホー」が出てきました。これは、偶然とはいえ、一体何なのでしょうか。おもしろい現象です。日本的なものを表現する上で、この「与作」は意味を持つようです。

 上記の映画を2本と漫画「将太の寿司」を、座席のモニタで観たこともあり、寝る時間を逸してしまいました。
 機内で、さまざまな漫画がモニタで観られるようになったことを知り、時代の変化を実感しました。
 ということもあり、ぼけーっとしてのカナダ入りです。

 バンクーバーの気温は16度です。肌寒さが伝わって来ます。

 今回の宿泊場所は、国際集会の開催地であるブリティッシュ・コロンビア大学のゲストハウス「West Coast Suites at Walter Gage Residence」です。

 空港からモノレールタイプのトレインを使って街中まで出ました。
 この前にここに来たのは2001年です。伊井春樹先生との2人旅で、あの時もブリティッシュ・コロンビア大学のジョシュア・モスウ先生のお世話になりました。

 13年前は、空港から車で大学に入りました。その後、今から7年前にオリンピックを契機に、空港から市内に今の電車が走るようになったそうです。

 どの国にいっても、電車やバスの切符を買う時は戸惑います。


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 電車はきれいな車体でした。ただし、車内は殺風景です。
 人を荷物として運ぶ、空港によくある仕様の車輌です。


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 大学のゲストハウスの受付の前に、小さなコンビニがありました。水を買おうとしたら、冷蔵ケースの中にお寿司があることに気付きました。
 もう、「お寿司」や「弁当」は世界中で通用します。


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 宿舎は、木々の緑の中に建っています。


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 部屋は、調理機器や鍋釜に食器なども揃った、家族用の滞在型の一室でした。


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 短期間なので、これらを活用する機会はありません。
 街中のホテルとは違う、大学らしい宿泊施設です。
 昨日は機内で一睡もできなかったので、明日のためにもこれから睡眠時間を確保します。
posted by genjiito at 14:38| Comment(0) | ◆国際交流

2014年07月22日

京都で『十帖源氏』を読む「明石_その5」

 このところ、書き残しておくことがなにかと多くて、ブログの時間が前後しています。
 先週の古写本『源氏物語』を読む会に続いて行われた、『十帖源氏』の「明石」巻を読む勉強会のことです。

 夏到来です。会場としてお借りしている京町家のワックジャパンへは、天気のいい日には自転車で来るようにしています。先日は、午前中は小雨でした。しかし、お昼前から快晴になったので、賀茂川沿いの散策路をサイクリングがてら出かけました。

 その途中、高野川と賀茂川の合流地点である出町柳の三角地帯では、子どもたちが亀の飛び石で大はしゃぎをしていました。保育園のみんなのようです。本当に楽しそうでした。


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 さて、『十帖源氏』の「明石」巻を読み進んでいます。


たゞ、いさゝかなる物のむくい也

について、時間をかけて現代語訳を考えました。
 最終的には、「小さな出来事の結果に過ぎない。」に落ち着きました。しかし、ここに至るまでには、さまざまな意見を交換しました。特に、「物のむくい」をどうするか、ということがポイントです。

 世界各国で現地の言語に翻訳していただくものなので、「むくい」に宗教的な意味合いを持たせないように配慮しました。
 専門的には異論もあることでしょう。しかし、ここは大幅に物語の本文が刈り込まれており、簡略化されています。生まれながらの罪とか因果応報などということばを使うと、前後の流れを混乱させ、かえって物語展開をわからなくしてしまうことを危惧しました。

 それに続く「あかずかなしくて」も、時間をかけました。
 「あかず」と「かなし」をどうバランスよく調合するか、ということに腐心したのです。結果的には、「たまらなく恋しくて」となりました。

 さらには、次の文章の現代語訳をどうするかも、問題となりました。

人もなく、月のみきら/\として、夢のこゝちもせず。

 「人もなく」の「人」は、普通には「誰もいなくて」です。しかし、それでは各国の翻訳者は困ることが予想されます。「夢のこゝち」も訳し難いところです。そこで、誰のことを言っているのかを補い、わかりやすくすることに注意を集中して取り組みました。

 完成した現代語訳は、次の通りです。

桐壺院の姿もなく、月だけが輝いています。光源氏は、夢を見ていたとも思われません。


 毎回痛感することは、わかりやすいと思って考えた現代語訳が、果たして海外の方々にとって本当にわかりやすいのか、ということです。
 この勉強会には、中国の留学生から貴重な意見をたくさん聴いて参考にしています。しかし、多言語翻訳を目指すこのプロジェクトでは、一つでも多くの言語の専門家からの意見を聴くことができたら、さらにこなれた『十帖源氏』の現代語訳に仕上げることができることでしょう。

 この勉強会は門戸を広く開いています。
 ほんの少しだけの参加者も歓迎します。
 世界中からの留学生の参加は大歓迎です。
 興味をお持ちの方や、紹介してくださる方は、本ブログのコメント欄を使って連絡をいただけると幸いです。

 次回の集まりは、8月はお休みをいただき、9月6日(土)の午後3時からです。
posted by genjiito at 22:10| Comment(0) | ◆国際交流

2014年06月22日

京都で『十帖源氏』を読む「明石_その4」

 ワックジャパンでの前半は、昨日の記事で報告した通り、ハーバード大学本『源氏物語』の「蜻蛉」巻を読む会でした。
 その後、後半では『十帖源氏』を読む会となります。
 その前に、気分転換を兼ねて和菓子をいただくことが多くなりました。

 昨日も、娘から季節感溢れるお菓子が届けられました。


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 左側の2つの四角い小箱は、桃林堂の「生水ようかん」の抹茶と小豆です。
 私が大阪府八尾市の高安の里に住んでいた頃は、この桃林堂のお菓子を母が時々買ってきてくれました。近鉄高安駅と河内山本駅の間に、桃林堂の本店が今もあるようです。
 新鮮な野菜や果物を砂糖漬けにしたお菓子の「五智果」や、丹波大納言粒餡と最中の皮が別々になっていて、いただく直前に手で詰めて口に運ぶ「五風十雨」というお菓子は、今でもその味を覚えています。

 桃林堂が懐かしくなりホームページを見たところ、「五智果」という名前の由来が記されていました。「蕗の青」、「蓮根の白」、「人参の赤」、「金柑の黄」、「無花果の黒」の色から、五つの知恵を象徴する五智如来にちなんで、文学博士の中村直勝先生が「五智果」と名付けられたとか。
 お菓子の名前の命名由来は、いろいろとおもしろい背景があるようです。古典文学に題材を採ったものも多いことでしょう。気付いたら、メモをしておくつもりです。

 写真の右側の黄色くて丸いお菓子は、河原町四条にある永楽堂の「琥珀 せとかの雫」です。
 「せとか」という名を知らなかったところ、参加者のみなさんが教えてくださいました。2001年に登録されたみかんの新種で、〈柑橘の大トロ〉とも言われている果実だそうです。口にすると、せとかの甘さと香りが華やかに広がります。これまた、夏らしい爽やかさが感じられます。

 このお菓子をいただきながら、しばし歓談です。

 さて、『十帖源氏』では「明石」巻を読み進んでいます。
 問題となったことを、以下に列記しておきます。

・「風なをり、雨のあししめりて」というところで、「なをり」と「しめりて」をどうするかということで頭を悩ませました。そして、「風が弱まり、雨は止み」と訳すことになりました。

・「みちくるなごり」は、「なごり」をどうするかをいろいろと検討した結果、「満ちて来た影響で」としました。

・「あまどもの、きゝもしり給はぬ事どもを、さへづりあへるもめづらかなり」とある箇所は、たっぷりと時間をかけて討議しました。
 まず、「きゝもしり給はぬ」は「聞きなれない」となりました。
 続く「さへづりあへる」という言葉については、鄙の地の漁師たちの様子がイメージできるような訳にしました。「言い合っているのも、都では珍しいことです。」とすることで、鄙の地と都との違いを意識した訳になりました。

 今回の訳は、簡潔でわかりやすい表現になったと、参加者一同満足しています。回を重ねるたびに、海外の方々のための、わかりやすい現代語訳という感触が摑めるようになりました。
 「明石」を読み終わったら、現代語訳を公開しますので、それまでしばらくお待ちください。

 次回、7月の『十帖源氏 須磨』を読む会は、7月19日(土)午後3時から5時までです。場所は、いつもの京都御所南にあるワックジャパンです。
 こうした海外の方のための現代語訳を作ることに興味をお持ちの方は、連絡をいただければご案内のメールをさしあげます。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◆国際交流

2014年04月09日

ケンブリッジ大学図書館の『群書類従』に関する新情報

 昨日の本ブログで、「『群書類従』に関する講演会のお知らせ」(14年4月8日火)を書きました。

 これに関連して、早速ケンブリッジ大学図書館の小山騰先生から、以下のようなエピソードを詳細に教えてくださいました。

 この中には、渋沢栄一に言及したところもあり、職場の仲間にも関係する情報となっています。私の所に留めるにはもったいない内容なので、以下に小山先生からのご教示を引用して、大方の参考に供します。

 なお、ブログで読まれることを考慮して、いただいた文面の一文毎に改行処置を施し、画面で読みやすいように手を入れていることを、お断りします。

 さらなる関連情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント欄を利用してご教示いただけると幸いです。


 ケンブリッジ大学は戦後日本研究・日本語教育を始めることになり、ケンブリッジ大学図書館は戦後の早い時期から日本語書籍を収集しようとしております。
 もちろん、戦前、1911年にはアストン・サトウ・シーボルト・コレクションがすでにケンブリッジ大学図書館に収納されていましたが、当時(戦後直後)近代の日本語コレクションはほとんどありませんでした。
 1949年〜1950年にはスカーブラ報告により政府から補助金を受けて、日本研究関係者が日本に出かけ大量の日本語書籍を購入いたします。

 スカーブラ報告の補助金による大量の日本語書籍購入以前には、日本との国交が回復していなかった事情などが影響して、直接日本から日本語書籍を購入することは困難でした。
 そんな事情から、ケンブリッジ大学図書館は、英国やヨーロッパで敵国財産として没収されたものなどを購入するなど、いろいろな手段で日本語書籍を収集しておりました。
 そのひとつとして、1849年にハワイ大学図書館から約330冊の日本語書籍を購入いたしました。
 当時、外貨の問題などがありましたので、直接取引はできず、ハワイ大学がケンブリッジ大学に日本語書籍を送り、ケンブリッジ大学はケンブリッジにあるHeffersという書店にその日本語書籍の代金を支払い、ハワイ大学はHeffersから必要な洋書を受け取るという方法を取りました。
 ハワイ大学が売りに出した日本語書籍は、ハワイで敵国財産として没収されたものやハワイ大学図書館では複本にあたるものなどでした。
 ホノルルにあった伏見宮記念奨学会東洋文庫の蔵本なども含まれておりました。

 ケンブリッジ大学図書館がハワイから受け取った約330冊の中に、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」19冊が含まれております。
 それらの書籍には、ハワイ大学図書館の印や貸出用のカードも含まれております。

 まず、その経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」がハワイ大学図書館に収蔵されたのには、次のような経緯がありました。
 ハワイにハワイ大学が設立され、大正の終わりころには壮麗なる大学図書館ができました。しかし、日本関係の図書がきわめて乏しかったので、昭和のはじめころに、ハワイ大学関係者により渋沢栄一などの日本の財界人に働きかけ、日本で寄金を集め、日本語書籍をハワイ大学に寄贈する運動がありました。
 その結果、昭和3年に東京帝国大学図書館長である姉崎正治が選書した950冊が、ハワイ大学図書館に寄贈されました。
 その寄贈書の主なるもののリストが、「渋沢栄一伝記資料」第40巻(pp.444-445)に記載されています。そのリストの筆頭が「群書類従」正、続、続々、新編(64冊)です。
 それらの書籍には「Presented to University of Hawaii Library by Japanese friends in Japan and Hawaii」というラベルが貼られました。

 ケンブリッジ大学図書館は、ハワイ大学図書館から提供されたリストにより、1949年に約330冊の日本語書籍を購入しました。
 なぜそのリストに経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」19冊が含まれていたのか、そのあたりの事情は多少不可解な印象を受けます。
 というのは、現在インターネットで見られるハワイ大学図書館の目録によれば、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」はハワイ大学図書館には所蔵されておりません。1949年の段階でも、厳密に言えば経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」は複本ではなかったような印象を受けます。
 おそらく、当時でもハワイ大学図書館には群書類従関係の書籍はたくさんあるので、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」も複本に相当するとみなされ、ケンブリッジに提供できる日本語書籍のリストに含められたのかもしれません。

 いずれにしても、上記のような経緯で、経済雑誌社刊「続群書類従第1輯ー第19輯」19冊はケンブリッジ大学図書館の日本語コレクションの一部になり、現在下記のように、インターネットで見らる目録に入っております。

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http://ul-newton.lib.cam.ac.uk/vwebv/holdingsInfo?searchId=826&recCount=25&recPointer=8&bibId=4992893

 なお、昭和天皇が皇太子時代にケンブリッジを来訪された時に寄贈された群書類従については、まだインターネットで見られる目録には含まれておりません。

ケンブリッジ大学図書館

小山騰
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2014年03月22日

東京国立博物館で「支倉常長像と南蛮美術」を見る

 東京国立博物館で開催中の「特別展 支倉常長像と南蛮美術−400年前の日欧交流−」は明日23日(日)までです。
 行きたい観たいと思っていた展覧会だったので、何かと多忙な日々の中を、思い切って今日行って来ました。

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 支倉常長と慶長遣欧使節に関する展覧会は、昨秋からスペイン・マドリッドの美術館に始まり、松島町のみちのく伊達政宗歴史館や石巻市のサン・ファン館、そして仙台市博物館と、場所や趣向を変えたイベントとして観てきました。

「美術展でスペインと日本のつながりを知る」(2013/10/30)

「松島町の「みちのく伊達政宗歴史館」へ行って」(2013/11/14)

「石巻市の「サン・ファン館」へ行って」(2013/11/15)

「「仙台市博物館」へ行って」(2013/11/16)

 それが、今年は東京の上野で開催されたのです。
 小規模な展覧会です。しかし、じっくりと観ると、いろいろと考えさせられる問題点が得られました。

 今回の目玉でもある「支倉常長像」の展示の照明は、有機 EL という照明器具が使われていました。絵を傷めない照明なので、絵を明るい画面として観ることができました。これは、科学の発展が美術鑑賞において、直接恩恵に浴することを実感させられる一例だと言えます。つい、学芸員の眼で見ています。

 今回は、この支倉像の細部にわたる解説があったために、さらに興味を搔き立てられました。
 カーテンの紋章・髪の生え際や歯・聖人・装束のモティーフとしての鹿と薄・左足元の犬の意味するもの、などなど。
 絵は見る度に新たな疑問を投げかけてきます。

 「南蛮人渡来図屏風」(重要文化財)では、その解説文を読んでいて、立ち尽くしました。
 その最後に、次のように書かれていたからです。

400年前の日本が見た「憧れの異国」の姿が、ここに留められています。

 屏風絵は、ヨーロッパ人が日本に上陸したところを描いています。
 とすると、素直に言えば、

400年前の日本【人】が見た「憧れの異国【人】」の姿が、ここに留められています。

と表現した方が収まりがよさそうです。
 異国人が日本に上陸して歩き廻る様を《「憧れの異国」の姿》としても、それでは《400年前の日本が見た》の「が」との親和性に欠けます。もってまわった言い方によって、よくわからない表現になっていると思いました。
 些細なことへの拘りはこれくらいにします。

 もう一つの「世界図屏風」(重要文化財)の中の日本の姿には感動しました。よくぞここまで描けたものだと。

 今回の展覧会は、記憶を再確認し、400年という時間の流れの中における、歴史や人物を再構成する上で、意義深いものでした。
 支倉常長が400年前にヨーロッパへ渡ったことの意味を、私は昨秋までは考えてもみませんでした。
 国際交流というものについて、この支倉の渡欧のことは非常に大きなヒントを与えてくれそうです。
 結果的には、幕府は、そしてなによりも仙台潘は、彼を見捨てたと言わざるをえないからです。
 歴史的事実の検証を経て、支倉が担ったその意味と国際交流とは何か、ということについて、再度考えるべきだと思いました。

 帰りがけに、入口近くにある表慶館の前に桜が咲いているのを見ました。
 手前の紅色の桜には、「カンヒザクラ」と書いたプレートが幹に巻かれていました。

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2014年03月06日

フリーア美術館とサックラーギャラリー

 ワシントンのスミソニアンは、19もの博物館や美術館などが集まっている地域です。
 今日は、その中のフリーア美術館とサックラーギャラリーに行きました。
 諸外国と同様に、国立の施設なので入館料はいりません。
 ここには、日本の美術品がたくさんあります。

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 フリーア美術館で絵画資料の閲覧と調査をする前に、館内の美術品を一通り拝見しました。中で、サックラーギャラリーと自由に往き来できます。そのためもあって、まさに迷路です。館内の至るところにいらっしゃるアシスタントの方に現在位置を聞きながら、一通りすべての部屋を見て回りました。

 中庭が雪を被っていたので、爽やかさを感じました。

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 私がしばらく足を留めたのは、鶴の絵が意匠として用いられていた尾形乾山の茶碗と茶入れと角皿でした。図案がおもしろいと思いました。
 ここは、撮影禁止の表示がない限り、原則カメラは自由です。日本も、そうなってほしいものです。後で曖昧になった記憶をたどるときに、写真は思い出す手掛かりを与えてくれます。

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 さらに地下へ行った奥には「Chigusa and the Art of Tea」という部屋があり、「千種」の茶壺が目を惹きました。
 この部屋には、さまざまなお茶道具があり、ここで一番時間を取りました。 
 いくつか天目茶碗があり、これもじっくりと拝見しました。
 最近、茶碗に少し興味が湧いてきたのです。こうした、銘品と言われるものを数多くみていると、いつかはその良さがさらにわかるようになることを楽しみにしています。

 この展示の図録を買おうと思い、そのつもりで歩き廻っている内に、ミュージアムショップへの行き方がわからなくなり断念しました。またの機会にします。

 午後は、フリーア美術館のコレクションを管理しておられる専門員の方のご配慮をいただき、5巻もの絵巻物をすべて拡げてくださいました。拡げては巻き戻し、拡げては巻き戻しという、大変なことなのです。一応私も学芸員の資格は持っています。しかし、他所様の所蔵品に手を出すことはできません。すべて、面倒なことはお任せして、貴重な絵巻を拝見しました。

 これまで一般には公開されていないものなので、一期一会の気持ちでじっくりと目をジグザグに動かしながら見ました。やがて、目頭がじんじんとしてきました。

 こうした良いものは、若いときに見るに限ります。しかし、若いときには、なかなかこのような機会に恵まれません。
 いつチャンスが来てもいいように、見る目を養い、見方の勉強をして準備をしておくといいでしょう。チャンスは、突然にやって来るのですから。
 また、若いときと歳をとってからとでは、格段にその重みが違います。若いときにいいものを見るに越したことはありません。ピークレベルメーターの、振れ幅が違うのですから。

 午後はすべての時間を、絵巻物と睨めっこに費やしました。中腰になって見ていたので、帰ろうとした頃には腰の周りに違和感を感じながら歩くこととなりました。

 地下鉄で帰り、晩ご飯はホテルの近くにあったアフリカ料理のレストランに入りました。
 思ったよりも優しい味で、おいしくいただきました。
 
 その向かいにあるワイン専門店で、日本のお酒を見つけました。

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 店内と壁一面にワインを中心としたお酒が、これでもかというほどに並ぶ、楽しいお店でした。昨夜ここで買ったフランス産のワインを、今夜も飲みながら拙文を綴っています。

 タイ料理とお寿司が一緒になったお店もありました。

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 入って食べてみたいのはやまやまです。しかし、今回は短期滞在なので、これもまたの機会に、ということになります。
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2014年03月05日

機内食が間違って出てきたワシントン行き

 私としてはめずらしいことに、乗った飛行機が成田空港を定時に離陸しました。
 アメリカのワシントンまで、直行便で14時間の旅の始まりです。
 着陸も、予定よりも少し早めでした。

 今回は、あらかじめ電話で、機内食は糖尿病食をお願いしていました。
 しかし、出てきた料理の覆いには、GFML(グルテン・フリー・ミール)と書いてあります。
 調べると、これは小麦などのグルテンアレルギーの方のための食事です。たんぱく質を摂取することでアレルギー等が発症する方の食事であって、血糖値のことに配慮した糖尿病の食事はDBML(ダイアベティック・ミール)です。

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 久しぶりに美味しくない食物を口にしました。GFMLがどうの、ということではなくて、味付けが変でした。4分の1ほど食べて、後は残しました。
 わざわざ前日にユナイテッド航空に電話をして、糖尿病食をお願いしたのに、がっかりです。

 着陸前には、こんな機内食がでました。
 これにも、GFMLと書いてあります。

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 とにかく、炭水化物はたくさん盛りつけてあるは、味は微妙だわ、卵焼きは油が古かったようです。これまた、たくさん食べ残しました。

 スペシャルミールと言われているものは、少しいい加減な対応がなされているようです。スペインからの帰りには、予約をしたのに予約が入っていませんでした。
 航空会社にしたら、わがままを聞いてやっているのだから、文句を言うな、ということでしょうか。とにかく、残念でした。帰りは何が出て来るのか、楽しみです。

 今回の往路では、2回の食事が共に私が食べられるものではありませんでした。そこで、食事は持参していたソイジョイやカロリーメイトでお腹を満たしました。

 機内の映画もおもしろそうなものがなかったので、「The book Thief」を観ただけでした。これは、ドイツのナチを背景に持つ作品です。日本語吹き替え版で、興味深く観ました。

 今回は、機内で起きている時間が長いので、面倒な仕事を持参していました。そして、その1つはやり終えることができました。

 ワシントン・ダレス空港は、滑走路に雪が積もっていました。

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 ホテルの前の教会が、いい雰囲気を醸していました。

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 夕食には、ホテルのフロントで教えてもらった「タイタニック」というタイ料理屋さんへ行きました。私は、豆腐入りの野菜スープだけをいただきました。
 この2階には、「ツナミ」という寿司屋がありました。嬉しくなります。

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2014年03月04日

大雪だというワシントンへ行ってきます

快晴の成田からワシントンへ向かいます。
天気予報では、ワシントンは氷点下で大雪だそうです。

昨日のニュースでも、ワシントンからの中継画面の背景に、雪のホワイトハウスが映っていました。

先日は、大雪の成田から34度のベトナムへ行きました。
人体実験もここに極まれり、という感じです。

これだけ寒暖の差で身体を刺激していると、加齢や老化などとはまったく無縁な、楽しい生活環境の中を泳いでいることになります。

前回ワシントンの議会図書館へ行ったのは、2011年1月末でした。
アメリカは、3年ぶりとなります。

今回は、フリーア美術館と議会図書館での調査です。

日本の古典籍や美術品の多くが、海外に移出し保存されています。
幸か不幸か、今は海外で保護されて、その命を次の世代に伝えています。それぞれが、数奇な運命の中を生き延びてきたのです。その姿を確認する旅も、手間と時間を惜しまずに、今後とも続けて行きたいと思います。

さて、今日はうまく雪のワシントンに着陸できるのでしょうか。
ただただ運を天にまかせて、行ってきます。
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2014年02月25日

東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その2)

 東京会場では、「若紫」を読み始めました。
 第1回目は2013年11月12日でした。

【9.0-国際交流】「東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その1)」(2013/11/12)

 その後、12月はみなさん多忙な時期でもあり休会となり、今年の1月はみなさん風邪のために急遽休会となりました。

 そんな経緯があり、今日は東京での久しぶりの『十帖源氏』を読む会となりました。
 いつものように、荻窪駅線路際にある「あんさんぶる荻窪」に集まりました。

 インドからの留学生であるイムラン君が参加してくれました。
 また、中国から来ている研究生の趙君も常連として参加です。
 中国とインドからの意見には、さまざまな場面で文化の違いが対照的に現れ、非常に楽しい時間となりました。

 今日は、『源氏物語』の中でも最も有名な、雀が逃げたと言って若紫が泣いている場面です。

 「しろきゝぬ、山ぶきゝて」というところは、若紫の着物について異論百出です。
 担当者の訳は、「白と黄色の着物を重ね着して」でした。

 「しろきゝぬ」について、『新編日本古典文学全集』(小学館)では下着扱いです。しかし、下着なら「きぬ」ではなくて「ひとえ」だということです。つまり、ここは白の袿になるはずなのです。
 「山ぶき」も、単衣ではなくて袿です。
 とすると、白の衣と山吹の衣と、どちらが上に羽織っていたのか、ということになります。これは、どちらの可能性もあり、ここでは決めかねる、ということになります。進行役の畠山君は、『源氏物語』における衣服を扱ったテーマを博士論文に設定して執筆中なので、こうした衣装に関しては鋭い指摘が続出します。非常にいい勉強になります。

 結局、担当者の訳を踏襲しながら、「重ね着」としていたところを「重ねて着て」とするに留めました。

 若紫が雀が逃げたと言って泣いている場面に、「かほあかくすりなしてたてり」とあります。「顔赤く擦りなして立てり」と表記すべきところです。

 ここを担当者は、「顔を赤くこすって立っています。」としています。しかし、これでは言葉の並びが不自然です。また、インドでは、顔を赤くするのは怒っている時と受け取られかねない、との指摘がありました。恥ずかしさから、顔を赤らめることでもありません。

 涙を拭うかわいい仕草とその様子を、なんとかうまく訳したいのです。顔を擦ったために赤くなることを、どう訳で表現するかに苦心しました。その結果、「(零れる涙を)擦って顔を赤くして立っています。」という訳に落ち着きました。ここは、まだ一工夫できそうです。

 「やり水」についても、中国ではわからないと言うのに対して、インドでは対応する言葉があるそうです。そこで、ここは「庭を流れる水」としました。

 今日は、服飾に関する豊富な話題と、日本・インド・中国における微妙な文化の違いについて、学ぶことの多い時間となりました。

 次回は、3月25日(火)18時半から2時間です。
 またその次は、4月22日(火)18時半から2時間、ということも決めました。
 共に、場所は荻窪駅そばにある、杉並区の「あんさんぶる荻窪」です。

 興味のある方は、自由に参加していただけますので、事前に本ブログのコメント欄を通してお問い合わせいただければ、折り返し詳細をお知らせいたします。
 特に、英米語以外のネイティブの方は大歓迎です。
 古典文学の知識は不要です。
 参加者のみなさまの知恵をお借りしながら、海外で翻訳してもらいやすい『源氏物語』の現代語訳を作っている集まりです。
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2014年02月17日

帰国前にホーチミン市博物館へ

 日本へ帰る日となりました。先週の土曜日に日本を発ったので、ちょうど1週間ベトナムにいたことになります。今日は週末ということもあってか、ホーチミンの市街では多くの欧米人を見かけました。日本人の観光客もいました。いずれも、年齢層が高いように思えます。
 若者といえば、国営デパートのマーケットで、関西弁で賑やかに買い物をする元気な集団だけでした。

 海外に行っても、私はほとんど箱物の博物館や美術館には行きません。街を歩いたり、人に会うのが好きなのです。それでも1つくらいはと思い、ホテルから歩いて行けるホーチミン市博物館へ行きました。

 1866年に建てられたコロニアル様式の博物館です。たくさんの写真や兵器などがガラスケースの中に並んでいます。
 博物館へ行くと、つい学芸員の眼で見てしまいます。内容の構成と展示の仕方に目が行ってしまうのです。

 ここでは、時間の流れがよくわからなかったことと、展示資料がどのようにグループ化されていたのかが、まったくわかりませんでした。もちろん、それは、私がベトナム語と、少しだけ添えられた英語を理解できないことによることが原因です。それでも、そこをどの国からの来訪者にもわかるように展示し、説明するのが学芸員の仕事だと思います。
 理解してもらおう、という工夫がされていたのかどうかもわからないままに、展示品のすべてを見終わりました。帰ってから、折々に思い出して、その意味を確認することになるのでしょう。

 入口正面の階段付近で、モデルさんたちが写真撮影をしておられました。
 雑誌などのグラビア写真に使われるのでしょうか。

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 また、日本の牛車や力車を思い出させる乗り物がありました。
 これがどういうものかも、今はその歴史も含めて不明です。興味さえ持ち続けていれば、しだいにわかることでしょう。

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 今回の旅では、ホーチミン市で宿泊したホテルが4つ星だったのにもかかわらず、インターネットの接続に苦労しました。
 私は5階にいました。ネット環境を調べたところ、このホテルでは2階に無線LANのためにAirMacが設置されていました。2階から5階へ電波が届いていないのです。時々接続されます。部屋から接続した場合、256キロバイトの写真を1枚サーバーに転送するのに、一番長くて3時間かかりました。これでは、つながらないよりもましだとはいえ、使い物にはなりません。メールも、1通送信するのに、酷いときには2時間かかります。毎日300通ほどのメールの遣り取りをする生活の私は、居場所が海外に移っても、メールに費やす時間は減りません。
 そこで、自然とネットがつながる1階ロビーへと移動することになります。ここでは、瞬時に画像もメールもやりとりできるのです。
 ハノイのホテルでは何も問題がなかったので、ホテルや部屋の当たり外れとしか言いようがありません。

 帰りの飛行機の中では、糖尿病食としてこんな食事が出ました。
 パンと果物以外は、ゆっくりと食べられました。

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 来るときの食事はほとんど食べられなかったので、今回は搭乗前に持参の食料をあらかじめお腹に入れていました。
 往路と復路で、共に配られた食器に「DBML」のシールが貼ってあるので、それ用の食事なのでしょう。しかし、往路の食事のパン・ジャガイモ・果物などは、どうしても血糖値を上げる食材です。糖質よりもカロリーを抑えた食事ということのようです。
 最近では、カロリー制限食よりも糖質制限食の効果がしだいに注目を浴びている情勢であり、日本糖尿病学会も無視できない状況にあることから、このメニューは近い内に再検討されて変更されることでしょう。そうでなければ、ますます糖尿病患者が増えてしまうのですから。

 今回の旅で手にした物で調査研究以外では、ハノイのベトナムコーヒーとホーチミンのリネンがあります。

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 コーヒーは、帰ってから早速いただきました。
 キャラメル味の香り豊かなコーヒーです。この香りは、ベトナムを思い出させてくれるので、いい思い出の品となりました。

 今回も、多くの方々のお世話になりました。直接に間接に、貴重な資料や情報を提供していただけたことにも、感謝しています。ありがとうございました。
 今後とも、情報交換をする中で、お互いの研究を進展させていきたいとの思いを強く持ちました。

 私自身は、人との出会いを大切にしながら、いろいろな国の方々にお目にかかるようにしています。情報収集が主体となる手法なので、それが研究かと言われれば、まだその域には達していません。しかし、最新情報を集め、それを次の世代に引き渡すことの意義はあるので、今後ともこうした交流を主体とした調査活動を続けていくつもりです。
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2014年02月16日

ホーチミン大学で『源氏物語』を話題にして懇談

 サイゴン川を早朝に散策しました。

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 きれいな遊歩道が延びています。川面には浮き草が大量に流れていました。どこから来るのでしょう。上流に行ってみたくなります。

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 今日は、ホーチミン大学(人文社会科学大学)に行きました。

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 東洋学部の中の日本文学科が入っている建物の前には、整然とオートバイが並んでいます。

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 このベトナムでは、街中でもこうしてオートバイなどが整列して並んでいます。きれい好きで片付け上手な民族なのでしょう。気持ちがいいものです。

 文学言語学部の学部長である NGUYEN TIEN LUC 先生から、大学の様子や日本文学の研究状況を伺いました。ここでも、過日のハノイ大学と同じように、学生の90パーセントが女性だそうです。ただし、先生は男性が多いとのことなので、ハノイ大学のほとんどが女性の先生という状況とは違うようです。
 広島大学ベトナムセンターが、ここに入っていることも、初めて知りました。

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 ルック先生からは、親切でわかりやすい話を伺いました。
 ハノイ大学で見つけた『絵入源氏物語』などの資料から、極東学院の存在に興味を持った私は、そのことを尋ねました。第2国家保存所に、関連した資料があるのではないか、とのことでした。これも、後日確認したいと思います。

 同席されていた NGUYEN THI LAM ANH 先生は、この大学の講師であり、博士後期課程で博士論文を執筆する方でもあります。専門は『源氏物語』だとのことです。『源氏物語』をテーマにした学位論文に挑戦している方に会えて、話が弾みました。持参した『千年のかがやき 源氏物語』と、『海外における平安文学』、そして『海外における日本文学研究論文1+2』が、期せずしてちょうどいいお土産となりました。
 サイデンステッカー訳『源氏物語』をベトナム語に訳した本は、原本が手に入らないようです。ハノイの国家図書館にはあるのではないか、とのことでした。私は、その表紙が見たかったのですが、これは別の機会にしましょう。

 また、昨年末に刊行された『東アジアの中の日本とベトナム文学』(文化文芸出版社)をいただきました。この中に収録されている、中国語訳『源氏物語』に関する論文を読みたくなりました。しかし、この本はすべてベトナム語なので、手も足も出ません。後日、その内容を教えてもらうことにします。

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 この本を編集された DOAN LE GIANG 先生も同席してくださいました。一昨年の学会の成果としてまとめるにあたり、大変な苦労があったようです。しかし、後でこうして確認できることは、研究の進展のためにも大事なことだと思います。
 これには、近年の日本文学に関する翻訳文献一覧と、研究論文一覧がついています。私には、願ってもない本との出会いともなりました。今回は、非常にいいタイミングで、人と物に出会えました。ありがたいことです。

 帰りに、大学の傍の専門書店で、こんな表紙のベトナム語による日本語入門用冊子を見かけました。

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 この本は、2012年に刊行されたものです。
 この表紙を見ていて、私はタミール語訳『源氏物語』の表紙を連想しました。

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 このタミール語訳『源氏物語』(K.Appadurai 訳)は、1965年にインドのサヒタヤアカデミーが出版した本です。この表紙には、太陽と金閣寺を背景に男女の絵が描かれています。

 さらにこの表紙について私は、次の『都名所源氏合 金閣寺桜の遊覧』(孟斎画、大判錦絵・三枚続・明治八年・1875年、九曜文庫蔵)が影響を与えていると思っています。

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 今回、ベトナムで類似の発想による表紙絵を見て、こうしたイメージの類想が東南アジアで形成されていく根源は何なのか、あらためて考えてしまいました。古い時代の日本に対する、共通した意識があるように思えるからです。

 その後、ホテルの近くの大型書店に行きました。

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 日本文学の翻訳本としては、村上春樹の本が一番多く並んでいます。次に吉本ばなな、江國香織です。片山恭一や島田荘司、さらには宮本武蔵の『五輪書』まであります。ただし、古典作品は皆無です。もちろん、『源氏物語』のことを訊ねても、それは何だという対応です。日本の古典文学が翻訳などで読まれるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

 夜は、この街に来てからずっと気になっていた「どらえもん」という和食の店にいきました。この地で20年の歴史を持つお店です。

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 確かに、緊張がほぐれて落ち着く場所です。こうした場所は、世界各地にあります。これも、日本人にとっては大切な役割を果たしているところに違いありません。

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 私は、日本酒とネギトロ鉄火と肉野菜炒めをいただきました。お酒と共に、お通しがでるのですから、日本と同じ雰囲気に浸れます。
 本格的な日本食が食べられるので、異国の地にあっても日本の時間の流れの中で、日本人の情報交換の場ともなっているようです。
 こうした場所があることは貴重です。ますますの盛況を祈ります。
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2014年02月15日

ホーチミン市で泥まみれの茶碗を選ぶ

 ハノイ市から南下してホーチミン市に来ました。
 飛行機で2時間。電車で33時間とのことなので、ベトナムが南北に長い国であることを実感しています。

 ホーチミン市は温かい所で、気温は30度近くになっています。
 歩くと汗をかきます。半袖半パンの旅行者が多い街です。
 東京で雪が降っているというニュースを見ても、この温帯地方にいると余所ごととしか思えません。ベトナムに旅立つ日の東京が大雪だったことを、すっかり忘れています。

 街の中心地であるドンコイ通り沿いに建つホテルに荷物を置きました。
 首都ハノイでは、旧市街の近くの落ち着いたホテルでした。
 このホーチミンの賑やかな通りは、大都会の様相を呈しています。

 繁華街のど真ん中に建つホテルのすぐ近くを、サイゴン川が流れていて、大きな遊覧船が停泊しています。

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 街の様子に馴れるために、散策にでかけました。
 まずは、ベンタイン市場です。バスロータリーから、正面入口を撮しました。

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 ここは、1914年にフランス人によって作られた、ホーチミン市最大の市場です。2000軒以上のお店が、1万平米の場内に所狭しと並んでいます。あまりの多さに呆然とし、途中で歩き廻るのを諦めました。

 そこから少し下ったところに、骨董屋さん街があります。
 私は、顔のかわいい観音さんを探していました。しかし、おびただしい骨董品を見ている内に、しだいに目が慣れたこともあり、茶碗に目が向くようになりました。

 海から引き上げられた皿や壺に混じって、多くの茶碗があるのです。貝殻が付いていたり、泥がこびり付いていたり。ガラスケースに入れられたものや、無造作に路面にころがしてあるものなど、雑多な器物の集積場でもあります。どれがいいものやら、どれがクズ茶碗やら、判断の基準を持たない者には、さらに16世紀だ17世紀だとか言われても、さっぱり良さはわかりません。

 片っ端から見ている内に、気に入ったものが見つかったので買うことにしました。そして、値段のことを交渉している内に、さらにいくつかの泥まみれの茶碗を出して来て、目の前で洗って泥を拭い取られました。まだベタベタする泥を取り除きながら、茶碗を一つ一つ持ち、握り、底を見たりする中で、2個を1つ分の値段で買うことができました。

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 この茶碗がどのようなものであり、またどれだけの価値があるのか、素人の私には皆目わかりません。しかし、自分で気に入って選んだものなので、私にとっては貴重な道具となります。たくさんの茶碗を手にして、この2つは持った感じに暖か味があったのです。

 夜は、ホテルの20階でお酒を飲みながら、眼下のホーチミンの街とサイゴン川を見下ろしました。遊覧船が出航して行きます。

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 目を右に転ずると、高層ビルの偉容が飛び込んできます。

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 見上げると、明るい星の瞬きを従えて、満月が煌々と照っています。

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 暑かった日中を忘れさせるような夜風が、グラスを持つ手を撫でて行きます。
 今夜は、久しぶりにラム酒を飲むことにしました。インドでよく飲むお酒です。
 異国の地で、束の間の爽やかさを感じる一時となりました。
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2014年02月13日

女性主導で進展するハノイ大学日本語学部を訪問

 ハノイ大学へ、日本文学と日本語教育についての現況を伺うために行きました。

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 ベトナムの首都随一の大学だけに、キャンパスにも風格があります。
 連れて行ったくださったオワイン先生は、この左側の旧校舎で勉強なさったそうです。

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 国家大学は、このハノイ大学と、明日から行くホーチミン大学の2つがあります。
 このハノイでは、男性は理系に、女性は文系に集中しているため、このハノイ大学でも教員も学生も女性中心です。

 日本語学部で、学部長のチャン・ティ・チュン・トアン先生から、現在のハノイ大学の様子を長時間にわたりお聞きしました。

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 ベトナムの日本語学最大の拠点となっているハノイ大学日本語学部は、積極的な教育をなさっています。まず、先生方30人が若いことに驚きました。2010年に修士課程が開設され、若さが魅力の学部となっています。
 学部の紹介パンフレットに掲載されていた、2012年11月20日の教師の日における記念写真を転載します。

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 学科は、日本語基礎学科・通訳翻訳学科・日本語学学科・日本文学文化学科・専門教育学科があります。
 日本文学史と日本文学講読のテキストを拝見しました。

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 先生方による自主編成の教材が集められています。『源氏物語』に関しても、共に見開き2頁を使って解説されていました。「桐壺」の冒頭文を引くなど、説明にも工夫がなされています。

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 日本から先生を招いて、集中講義もなされています。

 このハノイ大学日本語学部は、女性主導で教育が行われていることもあり、通訳翻訳学科に今後の期待をしたくなりました。ちょうど、私が行った時も、通訳の授業がヘッドセットを使いながら行われていました。
 『源氏物語』をはじめとする日本古典文学の翻訳も、この学生さんたちによって実現していくことでしょう。
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2014年02月10日

ハノイの街中を気ままに歩く

 ハノイでの実質的な第1日目は、街中の散策から始まりました。日曜日ということもあり、人出は多いようです。
 前日からの疲れを忘れたかのように、ホテルからハノイの旧市街を、乗り物は一切使わずに歩き廻りました。

 ホテルから出てすぐにチャンティ通りを東へ進むと、ホアンキエム湖の南岸に出ます。
 ハノイは、自然を愛する気持ちが随所に見られます。
 動物の刈り込みが、まず目に飛び込んできました。

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 交差点では、フランスの雰囲気を感じさせる建物が迫ってきます。

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 露地から通りを抜けたところにも、ベトナムの新旧の姿が認められます。

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 歴史博物館や革命博物館へ行くことにしました。歴史博物館では、「日本の文化」をテーマにした展示をしています。しかし、ちょうど11時半から13時半までの休館時間帯だったので入ることができません。まだ来る機会があるので、今日はパスです。

 インディラ・ガンディ公園がありました。ただし、地図にそう書いてあるだけで、公園の中にはそのような表示はありません。下調べが不足していたので、このことは保留です。

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 ホアンキエム湖の回りは、色とりどりの花々が緑色の湖を背景にして目を楽しませてくれます。

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 湖に臨むカフェで、ベトナムコーヒーをいただきました。香ばしさと舌に残る少し苦い感触が気に入りました。

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 ホアンキエム湖から北に歩き、旧市街に迷い込むようにして飛び込みました。混沌とした迷宮を彷徨う感覚を楽しめます。インドのオールドデリーなどを思い起こしました。私が大好きな雑踏です。カオスのような賑わいの中で、足下がきれいなので驚きました。ゴミが少ないのです。

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 そんな中で、お寿司屋さんを見つけました。回転寿司屋さんではなかったので、入りませんでした。後で時間があれば、ここに入ってみるつもりです。

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 これは、1パックで500円しません。

 さらに北にあるドンスアン市場は、とにかく所狭しと品物が押し込められています。

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 ここで溢れるほどの商品を目にすると、圧巻としか言いようがありません。
 布地も、これでもかとばかりに、押しくら饅頭をしています。
 
 

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 半地下になっているハンザ市場は、閉めている店が多く、活気が感じられませんでした。陶器のコーナーでは、執拗に買わないかと言い寄ってこられました。自由に見て回れるドンスアン市場とは、まったく違う印象をもちました。かつて賑わっていた、という説明が必要です。

 一歩外に出ると、街角で床屋さんが仕事をしています。
 こうした街角の様子も、インドを彷彿とさせます。ただし、このあたりでも、足下にゴミがほとんどありません。歩いていても、気持ちがいいのです。もっとも、オートバイが歩道を塞ぐようにして止めてあるので、車道を歩かなければなりません。これが、散策で気をつけることでしょうか。

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 かと思うと、ブランド店界隈では、ウェディングドレスで記念撮影をするカップルの多いこと。7組みもの華やかな若者たちに出会いました。

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 歩いて廻るだけで、目にも楽しい街であることを実感しました。

 そんな中で、アップルの直営店がありました。

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 パソコンの Macintosh ではなくて、 iPad や iPhone が中心のお店でした。多くの若者が出入りしています。
 時代の最先端も、こうして確実に浸透しているようです。
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2014年02月09日

4時間遅れでハノイの空港に降り立って

 昨日、成田空港からの出発が、少し遅れそうだと記して終わりました。

 その後、機体などにさまざまなトラブルがあったようで、午後6時5分発のJAL便は、結局離陸したのが午後9時50分でした。3時間45分遅れの出発となったのです。

 機内では、深夜の12時前に食事が出ました。

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 食欲もなかったことと、血糖値を上げる食材が多く使われていたメニューだったこともあり、ほとんど口にしませんでした。これが、糖尿病食(ローカーボ食)だとは思えません。カロリー制限だけを考えた、従来の糖尿病学会の方針にしたがった、血糖値を急激にあげる食事です。グルコーススパイクが恐ろしいメニューです。

 成田空港では、出発待ちでグッタリとしていたにもかかわらず、目だけは冴えていました。

 2本の映画を観ました。「スティーブ・ジョブズ」は、以前から見たかった映画です。
 アップルは1976年に設立され、今年は 名機 Macintosh の30周年記念年でもあります。興味深く観ました。スティーブ・ジョブズの素顔に迫る、ヒューマンドラマです。画面がきれいでした。導入に使われたインドが、印象的でした。人間も会社も、成長することにどのような意味があるのか、という問題を考えさせてくれます。また、夢と経営の鬩ぎ合いが、うまく描かれていました。

 2本目に、福山雅治主演の「そして父になる」を観ました。第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した作品です。
 話は、出生時に子どもの取り違えがあったことを知らされた2つの家庭における、複雑な家族間交流とその親と子の思いが描かれます。他人の子どもとはいえ、6年間にわたって注いだ愛情と血の繋がりの狭間に逡巡します。子ども同士を交換するべきか、あるいはこのまま育てていくべきかについて、わかりやすく問いかけてきます。これも、考えさせられるテーマを追った作品でした。

 2本とも、いい映画でした。

 そうこうするうちに、ハノイに着陸しました。当然、ハノイ着も遅れました。予定の午後10時半ではなくて、日付が変わった1時35分でした。気温は18度。
 生温い匂いが鼻腔を突きました。

 荷物を受け取った後、タクシーを苦労して確保し、市内のホテルに着いたのが夜明け前の3時20分。日本との時差は2時間なので、日本時間の午前5時半頃だったのです。

 ハノイの空港(ノイバイ国際空港)は、首都とは思えないほど、タクシーがありません。早朝という時間帯もあります。旧正月の土曜日、ということも関係しているのでしょう。30分に1、2台来る程度です。それを、みんなで取り合いするのです。

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 それにしても、飛行機から降ろされて放置された状態なので、みんな途方に暮れています。
 日本からの駐在員として現地ハノイに赴任しておられた人も、この待ちぼうけには怒りを押し殺しておられました。
 ハノイは、ホーチミンに次ぐ都市となっています。しかし、このノイバイ国際空港のお粗末で寂しい首都の現状には、さらなる梃子入れが必要だと思いました。また、深夜に乗客を空港敷地内に置いてきぼりにし、JALのスタッフだけはサッと消えるのではなくて、降ろした後のアフターケアもしてほしいものです。
 とにかく、長い1日の始まりでした。
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2014年02月08日

大雪警報の中を成田空港へ

 大雪警報が出ている中を、地下鉄と京成線を乗り継いで成田空港へ向かいました。
 宿舎の近くの大横川は、3センチほど雪が積もっています。

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 車窓から見える街並みは、見渡す限り真っ白でした。
 こんな日に限って、遅れて来た電車にスイスイと乗り継げます。気持ちがいいほどです。

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 幸い、勝田台からの特急電車も大きく遅れることなく、予定よりも相当早く成田空港に着きました。

 ニュースによると、羽田空港は欠航が相次いでいます。
 しかし、成田空港は予定通りに飛んでいるようです。一安心です。

 成田空港でチェックインの時、糖尿病食をお願いしました。
 幸い、往復共に用意してもらえることになりました。
 24時間前までに予約をすればいいそうです。
 昨秋のスペインからの帰りの便で懲りているはずなのに、つい忘れてしまいます。

 今回預けた荷物は9.9キロでした。これまでで一番軽いことになります。

 一応、現地についてすぐに使えるように、両替は2万円をベトナム通貨にしました。
 370万ドンでした。大金を手にしたような気持ちになります。しかし、現地で混乱しそうです。
 以前、トルコでとんでもない数字の紙幣を使いました。確か0を6個なくして使ったように思います。今回も、それに近い金銭感覚の錯覚に見舞われそうです。

 現在、午後5時50分。予定の出発は午後6時5分。
 成田空港の滑走路に雪はなく、小雨に濡れています。
 アナウンスによると、出発が少し遅れそうです。
 しかし、飛ぶことは確かです。
 それでは、行って来ます。
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2014年01月29日

タイへ行けないこと

 来月2月上旬に、ベトナムからタイへ行く現地調査を組んでいました。
 しかし、慌ただしく情報が変転する中で、タイへは行かないことにしました。

 今回は、ベトナムで何人かの方とお目にかかり、『源氏物語』に関する最新情報を確認し、資料などを調査収集した後は、そのまま帰ってくることにします。

 昨年末に、タイの政情が不安となった際、タイへは行かないことにしました。
 ところが、年明けにバンコック市内のデモ隊がストによる封鎖を緩めそうだ、との情報を得たので、行けるのではと思ったりもしました。
 しかし、やはり今は控える時期だとの判断で、行程を見直し、タイへは立ち寄らないで帰ることにしました。
 タイは、またの機会にします。

 仲間に、お願いしたい仕事がたくさんあります。
 しかし、当分はメールでのやりとりに留め、具体的なことは落ち着いてから足を運んで、話を詰めたいと思います。
 その折には、またよろしくお願いします。
 お詫び方々、この場を借りてのお知らせといたします。
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2014年01月21日

京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その10」

 遅ればせながら、先週土曜日に開催された『十帖源氏』を読む会の報告です。

 今回はいつもより多くの参加者で盛り上がりました。
 さまざまな年齢層の方からの意見は、非常に参考になります。
 現代語訳の検討も、いろいろな言葉で提案されると、ああでもない、こうでもない、と考えるのが楽しくなります。

 先週保留した「船にこと/\しき人がたのせて」というところの現代語訳から始まりました。
 担当者の訳は「船に大掛かりな人形を乗せて」でした。この「大掛かりな」という訳では、各国の方々が困るだろう、ということから再検討となった言葉です。
 「こと/\しき」は、単なる大きな人形ではないことを踏まえて、「工夫した人形を船に乗せて」となりました。

 この場面は、『十帖源氏』(早稲田大学本)ではこんな挿絵が付されているところです。
 早稲田大学のサイトの画像をお借りしたのは、国文学研究資料館から公開されている画像には裏写りが明瞭で例示に適していないものだったからです。

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 「ひぢかさ雨とかふりて、あはたゞしければ、みなかへりなんとするに、かさもとりあへず。」とある文については、時間かけて検討しました。まさに、異論百出です。

 「ひぢかさ雨とか」は「急に大雨が」となり、「かさもとりあへず」は、「笠を取る暇もありません。」となりました。ここは、「肘笠雨」という言葉は海外の方々に伝える言葉としては残さずに、言い換えてしまうことにしました。
 「かさ」は今の傘とは違って「箕笠」なので、「笠」になりました。立命館大学の所在地を指す「衣笠」の「笠」です。

 続く「海はふすまをはりたらんやうにひかりみちて、神なりひらめく。」も、時間をかけて熱い討議となりました。

 「ふすま」については、建具の「襖」ではなくて、夜具の「衾」であることの確認から始まりました。直後に「ひかりみちて」とあるので、ここの現代語訳は「絹の夜具を一面に拡げたように」となりました。

 「神なりひらめく。」も、おもしろいく展開しました。
 発端は、中国で雷はその音だけが意識され、光は雷には伴わない、ということでした。「風神雷神図」のことが思い起こされます。
 中国の雷はサンダーであって、ライトニングの意味はないのだ、と言われると、日本の文化に馴染んでいる者としては困惑します。同じことが、英語やドイツ語にも言えそうだ、ということになりました。このあたりは、文化の違いの問題となります。

 結局は、「雷鳴がとどろき、稲光が走ります」となりました。
 みんな、これで納得し、大満足です。

 次回は、3月1日(土)午後1時から、場所はワックジャパンです。
 あと数行で「須磨」巻が終わります。次は、「明石」巻に入ります。
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2014年01月12日

PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開

 今から10年前、『スペイン語圏における日本文学』(伊藤鉄也編、67頁、2004年9月23日発行)という小冊子を作成し配布しました。
 これは、科学研究費補助金(基盤研究B)「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」(課題番号︰15320034)の、2004年度研究成果報告書として少部数を印刷したものです。非売品だったこともあり、関係部局などに配布しました。

 また、これは以下に引用する「まえがき」で記したように、スペイン・サラマンカ大学で開催された日本資料専門家欧州協会(EAJRS)の研究発表資料でもありました。
 それが、出発直前に母親が突然意識不明になり、私がスペインへ行けなくなったのです。そこで、この冊子を参加者の人数分をサラマンカ大学に送りました。そのためもあり、日本国内にはあまり配布できませんでした。

 その後、地方の図書館の方々や、この冊子を図書館などで見かけたという方々から、残部があればもらえないか、との問い合わせをたくさんいただきました。ほとんどが、国文学研究資料館の総務課を通してのものであり、可能な限り手元にあった冊子を送っていただきました。

 昨年の夏以来、スペイン語訳『源氏物語』のことを本ブログに書き、昨秋には私がスペインへ行って『源氏物語』のスペイン語訳の話をしてきたこともあり、この『スペイン語圏における日本文学』がもらえないか、との問い合わせがまたまた増えてきました。

 多くの方々に、もう残部がないことを説明してお詫びしてきました。それでも、年末年始に残部の問い合わせがありました。
 増刷をしようか、と思案していたところ、PDF版で公開する方法を思いつきました。
 以下に、『スペイン語圏における日本文学』のPDF版をダウンロードしていただけるようにしました。冊子名をクリックしていただけると、ダウンロードできます。
 
PDF版『スペイン語圏における日本文学』(1.5 GB)のダウンロード
 
 これは、10年前にまとめたものです。あれから10年。情報は古くなってはいないとしても、新たな情報もあり、また補訂すべきものも多いかと思います。
 今回、PDF版で公開することにより、多くの方からの新たな情報や訂正のご教示をいただければ、この冊子の増補版を作成する契機にもなるのでは、と願っています。

 少し、この冊子の補足説明をします。

 カバーデザインは、研究協力者であったカーシャ・ガンデルスカさんの手になるものです。
 表紙には、スペインの国花「カーネーション」が置かれています。

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 裏表紙には、私が当時母や妻子たちと住んでいた、河内高安に通じる業平道沿いの大和平群山中に咲いていた日本の国花「さくら」を配しています。

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 表紙に浮かぶ文章は、Jesus Gonzalez Vallesによる夏目欺石『YOSOYUNGATO(吾箪は猫である)』(清泉女子大学人文科学研究所、1974)のスペイン語訳(冊子番号2参照)の冒頭部分です。

 目次は以下の通りです。


     目次

まえがき
1.解題編
2.資料編
  スペイン語圏における日本文学の研究論文一覧
  スペイン語圏における日本文学のサイトー覧
  スペイン語圏における日本文学の翻訳・研究書年表
あとがき
編集メンバー
人名索引


 小冊子ながら、今通読しても、なかなか充実した内容です。
 この冊子作成の経緯を記した「まえがき」も、ここに再現しておきます。


     まえがき

 2003年12月6日に開催された全国大学国語国文学会は、大阪大学の日本文学国際研究集会との共催でした。国文学研究資料館もこのイベントに共催参加しました。その国際集会のテーマが「海外における源氏物語の世界 翻訳と研究」であったことから、館蔵の海外出版本群〈福田文庫〉の中から『源氏物語』に関連する翻訳書を厳選して公開展示しました。そして、展示書目の解説書として、『海外における源氏物語』(非売品)を作製して配布したところ、幸いにもこれが予想外に好評をいただき、後日、多数の方々から入手方法の問い合わせをいただくこととなりました。図書館関係の方からの連絡がたくさんありました。しかし、作製部数が限られていたために、すべてをお断りすることになったのが悔やまれます。あらためて、司書の方をはじめとする多くの方々に、心よりお詫びを申し上げます。

 今回、スペイン・サラマンカ大学で開催される日本資料専門家欧州協会 (EAJRS)で、伊藤鉄也・岩原真代・菅原郁子が、「海外における日本文学研究に関する情報の共有化」(Sharing the information of Japanese Literary Studies throughout the world)と題する研究発表を行うことになりました。スペイン語圏における日本文学の受容状況を、翻訳書の解題やウェブサイトの情報を提示する中でその問題点を考察し、併せて海外における研究情報の提供の呼びかけをすることにしました。本書は、そうした意義を支える具体例の一つとして作製したものです。

 改めて強調しますが、海外における日本文学に関する情報が整理されていません。本書の編者である伊藤は、文部科学省科学研究脅補助金対象の研究として、こうしたテーマに取り組んでいます。平成13年から2年間は、萌芽的研究「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する予備調査」と題して、基礎的な部分に着手しました。平成15年から3年間は、実 際に情報を収集・整理し、公開し、そして継続的に情報が流せるような仕組みを構築する予定でいます。

 『海外における源氏物語』に続いて、今回も、国文学研究資料館の名誉教授である福田秀一先生より寄贈された、日本文学作品に関する資料整理と各点の解題作成から着手しました。本書は、あくまでも現時点での試行版です。本書作成チームの責任者となって、前回同様にその役割を果たした菅原郁子さんの「あとがき」にもあるように?、解題作成や各種資料の整理は、大変な労力と試行錯誤があってのものです。まさに、チームワークの成果といえましょう。とくに、今回は対象がスペイン語であったこともあり、本書の内容には不備や遺漏が多々あろうかと思われます。ご教示や新たな情報提供を受ける中で、よりよいものに育て上げていきたいと思います。

 なお、本書の最終校正段階で、古家久世氏の「スペイン語に翻訳された日本文学」(『スペイン語世界のことばと文化』京都外国語大学イスパニア語学科編、行路社、2003.11)および「日本文学作品のスペイン語翻訳目録(『京都外国語大学研究論叢』62、2004.3)の存在を知り、情報の確認補訂ができました。貴重な労作を公開された古家氏にお礼を申し上げます。

 本書は次の文部科学省科学研究費補助金の成果の一部をなすものです。

 2004年度文部科学省科学研究費補助金 基盤研究B
 「外国語による日本文学研究文献のデータベース化に関する調査研究」
  課題番号[15320034]研究代表者︰伊藤鉄也
  研究分担者︰伊井春樹(人間文化研究機構・国士舘大学)
        鈴木淳(国文学研究資料館)
        入口敦志(国文学研究資料館)
        海野圭介(大阪大学)
  海外共同研究者︰ピーター・コーニツキ(ケンブリッジ大学)

 外国語による研究論文のデータベース化は、以下のホームベージで試険版を公開しています。
 →http://www.nijl.ac.jp/~t.ito/HTML/kaken01/houga1.html

 順次データを更新追補しています。最新情報の追加などにつきましては、お申し出いただければ幸いです。また、本書解題作成で用いた資料も、まずは伊藤の上記ホームベージから公開し、修正増補を繰り返す中で、しかるべき発信場所を定める予定です。

 日本では知ることの困難な情報などを皆様方からいただければ、リアルタイムに、より多彩な分野の情報群として発信できます。それが、日本文学に間する広範な情報の共有として活性化され、海外における日本文学研究も、さらに加速することになると思います。本書の記載内容に限らず、海外における日本文学の研究に関してお気づきの点などを、折を見てご教示をいただければ幸甚です。海外からの新鮮な情報の提供を心待ちにしております。

               平成16年9月23日 伊藤鉄也


 なお、本冊子には、解説した当該書籍の書影を掲載しています。
 各書籍のブックデザインにも権利があるという見方と、純然たる図書の解説・紹介に付す場合は諸権利の許容範囲である、という2つの見方があるようです。
 いちおう、日本の出版社の方々からのご教示を得て、ここに公開しています。ただし、もし何か問題があるようでしたら、ご連絡をいただければ対処するつもりです。
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2014年01月11日

国際シンポジウム「日本文学のフォルム」が開催されたこと

 国文学研究資料館では、国際連携研究の事業として、本年度から「日本文学のフォルム」という国際シンポジウムを開催することになりました。
 これは、毎年実施していて今年度で37回目となった国際日本文学研究集会とは別に、海外諸機関や大学との新たな共同研究の創出をめざすものです。

 今日はその第1回目で、「もう一つの室町 ―女・語り・占い」というテーマのイベントがおこなわれました。

 プログラムは、次の通りです。


【研究発表】
1 恋田知子(国文学研究資料館)
  「物語草子と尼僧」
2 マティアス・ハイエク(パリ第7大学)
  「『うらやさん』―占いからみる専門知識の庶民化」
3 ハルオ・シラネ(コロンビア大学)
  「女性・語り・救済 ―東西の視点から」
【コメンテーター】
 崔 京国(明知大学)
 田中貴子(甲南大学)
【コーディネーター】
 小林健二(国文学研究資料館)


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 みなさん、準備万端だったこともあり、事前の打ち合わせのときから、パネルディスカッションの内容で活発な意見が出されて盛り上がりました。

 その勢いのままにスタートしたこともあり、充実したシンポジウムとなりました。
 中身の濃い3人の研究発表だったので、会場からもいい質問がたくさん出ました。
 時間の都合で発言者が制限されたことは、次回以降の参考になります。

 私は、このプロジェクトの責任者ということもあり、最後の挨拶で次のことをお知らせしました。


・第2回は今年の7月で、テーマは「男たちの性愛」を予定
・第3回は来年の夏で、テーマは「日本文学はどう訳されているか」を予定
・第3回終了後、本日を含めてそれまでに発表され、ディスカッションした内容を、一冊にまとめて刊行する予定


 無事に終わったこともあり、館長をはじめゲストの先生方や主だったメンバーで懇親会を持ちました。
 その帰りの電車の中で、ハルオ・シラネ先生から『源氏物語』の翻訳についてのお話を伺う貴重な機会を得ました。英訳源氏のウェイリー、サイデンステッカー、タイラー訳について、シラネ先生のご意見は非常に参考になります。
 また、シラネ先生は、昨夏スペイン語訳『源氏物語』の「桐壺」巻を完成させたアリエル君(現在、博士論文執筆中)の指導教授でもあります。今後とも折々に、シラネ先生から貴重な情報やお話を伺えることが楽しみです。
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