2020年07月14日

何もしない日(7月)

 7月も、何かと慌ただしい月となっています。
 今日は、何もしない、何も考えない1日とします。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年からは何もしない日を毎月1〜2日は作るようにしました。
 
 
 
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2020年06月15日

糖尿病と消化管と歯の検査ですべて問題なし

 今日は、京大病院の検査で忙しい1日となりました。
 まずは、糖尿病・内分泌・栄養内科です。
 ヘモグロビン A1cの値は、昨年末から以下のように推移しています。

19年12月−20年3月−20年4月−20年6月
   7.1   7.5   7.3   7.2


 消化器官のない私には、高目安定との判断がなされているので、特に問題なしということになります。乱高下がないのは、それなりの評価をしてくださっています。
 血液検査では、この血糖値以外はまったく異常がないので、合併症の疑いも皆無です。これまでと変化なし、ということで安心しました。
 ただし、先月末の開腹手術で体重が減り、いまは44.1キロまで落ちています。また、食事もあまり摂れていません。妻がいろいろと工夫してくれています。しかし、捻じれていた腸が元通りになったとはいえ、まだ機能は本来の働きはしていないようです。1,600〜1,800キロカロリーの食事をしていたところを、手術後は1,200キロカロリーに落ちているようです。そこで、栄養補給として経腸栄養剤として「エンシュア」という缶入りのドリンクを処方してくださいました。明治の製品です。

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 これは一缶で375キロカロリーあるので、現在6回食の合間に一缶を小刻みに飲めば、これで本来の栄養は満たせるだろう、という見立てです。
 私は何でもやってみるタイプなので、まずは1ヶ月間のトライアルです。少し甘いので、血糖値が上がるとしても、身体には他に心配はないので、血糖値の変化だけを見ながら調整していきましょう、ということになりました。
 これで安心して、多忙を極めることが予想される来月が迎えられます。

 その後、消化管外科での診察を受けました。
 開腹手術後の経過は良好すぎるほどで、何も問題はないので安心したらいい、とのことです。
 救急外来で命を救ってくださった、10年前にもお世話になった先生は、終始ニコニコと対応してくださいます。不安が払拭できて、気持ちが落ち着きます。ありがたいことです。

 次は、歯科で鈍痛が続くのを診てもらいました。これは口内炎によるものとのことで、塗り薬で治るようなので、大事には至りませんでした。

 帰りに、いつも行っていたスポーツクラブが再開していることがわかりました。受け付けで今後のことを相談していると、今月の休会手続きが今日までだ、とのことでした。
 今月も3月以降の利用休止が続いていると思っていたので、大急ぎで今月は休会で来月から利用再開の手続きをしました。来月からは、ここのスイミングで身体作りを再開します。

 今年の3月から6月は、新型コロナウイルスの大騒ぎの中で、2回の手術を経験しました。自宅に籠もっていたために、体力が完全に衰えています。先生の話では、賀茂川散歩だけでは私の体力増強にはならないので、もっと身体に負荷をかけたらいいとのアドバイスがありました。
 今、スクワットとゴムロープでの腕の筋力アップをしています。さらに、ダンベルを加えることで、よりよいプログラムになるようです。少しずつ、体力維持から増強へというプログラムに切り替えていくことにします。そして、体重50キロの目標値に向かって、再度のスタートをきることにします。
 これから梅雨と猛暑の日々を迎える中で、この痩せ細った身体を思いやりながらも、レベルアップのプログラムにチャレンジします。これまでと変わらない、ご理解とご支援を、よろしくお願いします。
 
 
 
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2020年06月08日

本日は第1回の休養日です(6月)

 昨年、2019年1月から、毎月始めに「何もしない、何も考えない1日」を設けています。
 あれから1年以上が経ちました。
 しかしながら、忙しさは変わっていません。
 そこで、一呼吸入れるためにも、一月の中に休養日を一日入れることにしました。
 今月は、先週退院したばかりということもあるので、ここで一休みとし、身体を休めます。
 十日後くらいに、「何もしない日(6月)」を設けるつもりです。
 
 
 
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2020年06月05日

京大病院から退院して医療現場を想う(8)

 入院してちょうど1週間。今日、晴れて退院です。
 私は、4人部屋に入っていました。この部屋の4人共に、今日が一斉退院です。みんな、病名は異なります。主治医も異なります。医療スタッフの活躍の成果を示すものでしょう。
 今回の入院で、医療の現場をじっくりと見る機会を得ました。壮絶な闘いの場でした。しかし、医療担当のみなさんは明るいのです。新型コロナウイルスに注意しながらの業務です。飛沫感染を防御しながら、これまでとは異なる、神経が疲れる新たな仕事の手順があります。感染対策をしながらの治療。しかも、私が入っていたのは積貞棟。癌病棟として知られる現場です。私が治療を受けた消化管外科で、十年前に胃癌の治療をしてもらいました。そして、今回はその延長線上に生まれた腸閉塞でお世話になりました。さまざまな病気と闘う人たちと一緒に、一週間を過ごしました。医療スタッフの奮闘ぶりから、多くの貴重なことを教えてもらいました。

 朝食は7割ほどをいただきました。

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 帰り支度も整った頃に、主治医の先生とそのスタッフのみなさんが、お祝いと励ましに来てくださいました。回復が早くて、みなさん安堵しておられます。これからもずっとサポートをしますから、と温かい言葉をいただきました。
 妻が迎えに来ました。新型コロナウイルスのために、外来者の入室は厳しく制限されていて、中には入ることができません。ラウンジで荷物の受け渡しをしました。ちょうど近くに先生がいらっしゃったので、一緒にお礼とお別れの挨拶をしました。
 この先生の、慎重かつ大胆な判断があったからこそ、私は命拾いをし、しかも一番負担のない形で対処してもらえました。さらには、私の何かと多忙なスケジュールを斟酌し、今日という絶妙なタイミングでの退院となりました。ご配慮、ありがたく感謝しています。
 帰りに、今回も東大路通り沿いに立つ全快地蔵さんにお参りをしました。

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2020年06月04日

京大病院ではひたすらウォーキングとストレッチ(7)

 昨夜は、いろいろな連絡が入って来たために、その対処で夜中にラウンジを借りて仕事をしました。通勤のないテレワークは重宝します。しかし、その運用には社会的な理解が得られるように、厳密なルールが要るように思います。そうでないと、無制限に仕事が降ってきます。
 今朝は、いや今朝も寝不足です。
 朝食は7割ほどいただきました。

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 主治医の先生が朝の回診の時、術後の経過が順調なので明日の退院でいいでしょう、と伝えてくださいました。「お忙しい身でしょうから」とも。これで一安心です。看護師の方々とのやりとりもあり、少し慌ただしくなりました。

 そうした合間を見ては、院内のウォーキングやラウンジでのストレッチに励んでいます。今は、肩凝りが一番酷い状況にあります。

 お昼ご飯も、7割に留めました。カステラを口にするのは、何十年ぶりのことでしょう。半分ほどいただきました。

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 開腹手術の傷を守っていた腹帯が、最後になって外されました。これで、身体からはすべての手術に関係するものがなくなりました。きれい、さっぱりとしました。

 エレベータホールから、東山の方角を見やりました。

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 大文字の如意ヶ岳は、すぐ間近に迫っています。

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 夕食前に西山の方を見ると、写真の中央奥にあるiPS細胞研究所が見えたので、思わずシャッターを切りました。

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 最近は、山中先生も新型コロナウイルスに関する発言が注目されています。今日はいらっしゃるのでしょうか。一度だけ、通院の途中ですれ違ったことがあるように思います。

 夕食は完食です。よく食べられるようになりました。右手前のなす味噌炒めは、お酒のあてにちょうどいい食感と味付けです。

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 汚い話ながら、お腹が真っ直ぐになったせいか、素直に食べられて、素直に出て行きます。入りも出も、共に量が多くなりました。お腹はまったく痛くありません。下水管の穴の掃除をしたような感じです。通りが良くなったと思っています。例えがよくないかもしれませんが。
 先ほど、看護師さんが就寝前の問診に来られました。毎日私のお腹に聴診器を当てて音を聞いておられるので、どんな音がするのですか、と聞くと、自分で聞いて見られますかと言って、聴診器を貸してくださいました。これも表現が汚くて恐縮ながら、下水を流れる水の音、というのが正直なところでした。きれいな音でも、爽やかな音でもありません。毎日こんな音を聞いていると楽しくないですよね、と言うと、そんなことを期待して聞いていませんから、という反応が返ってきました。なるほど、医療の現場であることを忘れていました。失礼しました。この病院の看護師さんたちは、非常に親しみやすい方が多いので、つい世間話をしてしまいます。そして、いつも話題を躱されています。話術もなかなかのスタッフです。

 積貞棟でお世話になるのも、今夜が最後となりました。ここは癌病棟なので、次にお世話になるのが楽しみです、とは言えません。
 過日アップした、「読書雑記(285)村山祥栄『京都が観光で滅びる日』」(2020年05月23日)では触れなかったことで、この積貞棟のことが書かれていました。「繰り返された特例措置と迷走」の節に、次の説明がありますので、該当する箇所を引きます。

 新景観条例が成立して1年後の2008年(平成20年)1月、早くも高さ制限の特例第1号が登場した。任天堂社長・山内溥氏の多額の寄付によって建設されることが決まった京都大学附属病院の新病棟「積貞棟」である。条例では高さ規制20メートルのところ、京都市は「景観誘導型許可制度」を使い、31メートルを認めると決定したのだ。この制度は、新景観政策の例外措置として、「優れた形態や意匠、良好な沿道景観に資する建物、学校病院など公益上必要な建物」などに限り、高さ制限を超えて建物を建設できるとしている。認定にあたり、京都弁護士会や市民団体からは異論が相次いだが、京都市は粛々と推し進め、完成記念式典では門川大作京都市長自らがテープカットに臨んだ。(160頁)


 これは、一体何を言いたいがために書かれた文章なのか理解不能です。多分に市長選挙のために、門川氏を揶揄する意図があったとしか思えません。しかも、前後の文章から乖離していて、意味不明で不発でした。
 私は、この京大病院の積貞棟は、8階建てにしてよかったと思っています。市民のために、大きな役割を果たしているのですから。まさに、「公益上必要な建物」なのです。村山氏は、この京大病院での治療や入院の経験はないのでしょう。お世話になると、そのありがたさがわかります。それは、今後のことになりそうです。
 
 
 
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京大病院での食事を楽しむ余裕(6)

 朝、待ちに待ったオナラと便通がありました。これで、退院は確実です。毎日、毎回、先生や看護師さんから「オナラは?」と聞かれていました。晴れて「出ました」と言えるのは、普段はあまりある会話ではありません。嬉しいものです。
 食前の体重が45.5キロでした。これは大変です。もっとも、毎度懲りずに例に出す10年前も、そんなものでした。これからの回復が、長い道のりなのです。

 朝食は、これまでが4割、5割と来ていたので、6割いただくことを予定していました。

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 しかし、お腹が空いていて、美味しかったこともあり、7割も食べてしまいました。もっと食べられそうでも、ここはじっと我慢です。焦らず、のんびりと取り組みます。牛乳は間食にします。

 運動で、階段を使うのはいいとのことでした。しかし、新型コロナウイルスの対策のために、他の棟との行き来が制限されているので、積貞棟のこの階だけを歩き回ってください、とのことでした。残念です。

 お昼前に、これまでなかなか出そうで出なかった咳が、少し痰が絡んで出ました。そのことをロビーでストレッチ中に、たまたま通りかかった看護師さんに話しました。すると、すぐにもう一人の私付きの先生がおいでになり、詳しいヒアリングとなり、結局はしばらく様子見です。

 お昼は、8割は食べられそうでした。しかし、ここもじっと我慢で、7割で止めました。

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 午後は、外来棟1階にあるレントゲン室に一人で行きました。これまでの、この病院での宿泊滞在日数は、もう70日はあるはずです。多い時は、1ヶ月間も滞在(?)していました。日帰りであれば、今も2ヶ月に1回は必ず診察に来ています。優良患者です。建物は熟知しています。

 いろいろな方とメールで連絡を取っているうちに、シャワーの時間となり、そして食事が届けられました。

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 今回も、7〜8割に留めました。
 ここにポン酢が付いているのが、関西だなと実感させます。東京にいた時には、今でこそあるものの、普段はなかなかポン酢は使えませんでした。私がよく行った回転寿司屋さんでも、ポン酢を置いていない店が大多数でした。おやじさんに頼んで、簡単なものをよく作ってもらいました。いまでは、結構広まっているのではないでしょうか。もっとも、にぎり寿司は江戸のものなので、それに関西のポン酢は最初からなかった取り合わせでしょうか。食の文化は、おもしろいものです。

 今回は、時間を争う、命の危険に自分が直面していたとは思えないほどに、順調に回復しています。気を揉みながら様子を注視してくださっている方々には、もう身体は本復し、後はいつ退院できるか、という段階にあることをお伝えします。

 諸々お願いしていること、お引き受けしていることについては、もう少し時間をください。

 科研も、新しくスペイン語を専攻する大阪大学の学生さんが今日から来てくれています。この科研も、箕面の研究室に来ていただいている研究協力者のほとんどに大阪大学の職員待遇になってもらい、強力な研究支援体制ができあがっています。そんな時に新型コロナウイルスの問題が起き、私がこんなことになったのです。しかし、みなさん賢明な方々なので、ご自分の役割を果たしてくださっています。ありがたい仲間と研究を進められる環境に身を置いていることに感謝しつつ、さらなる展開に突き進んでいくつもりです。
 新しい学生さんには、以下ブログを読んでおいてください、とお願いしました。

「PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開」(2014年01月12日)

「国際集会のオープニングと原稿整理」(2013年10月27日)

「英文を表示しながら日本語で語り終えて」(2013年10月29日)

 スペインには、心強い研究仲間が何人もいらっしゃいます。今後は、『スペイン語圏における日本文学』(伊藤編、国文学研究資料館、67頁、2004(平成16)年)をさらに補訂する形でまとめますので、楽しみにお待ちください。
 
 
 
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2020年06月03日

京大病院でのPCR検査が陰性だったことをオナラが祝砲(5)

 夜9時頃から熱が高くなり出しました。37.5度からさらに少しずつ上がって来るので、次第に不安になります。新型コロナウイルスでよく言われた、あの「37.5度」です。ついには、37.8度に。またまた、ためらいながらも思い切ってナースコールのボタンを押しました。真夜中に、申し訳ないことです。
 氷枕で頭を冷やし、安静にしていると、次第に熱が下がって来ました。

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 この温度変化の図は、データさえ入力しておけばスマホのアプリが作図してくれます。看護師さんは、回診時に「体温・血圧・血糖値・傷口の様子・腸内の音・酸素濃度」などをパソコンに入力しておられます。それは、先生方が患者の治療の状況と今後の対処を考える資料となさるものです。自分で同じデータを折々に入力しておくと、先生の説明もよくわかり、何かと便利です。
 今は、体温と体重を小まめに記録しています。1日のうちに何回か測る血糖値は、ヘモグロビン A1cではないので、これは先生方にお任せです。
 お昼から、お粥食になりました。突然の入院だったことと、こんなに早く食事ができるとは思っていなかったので、箸がないことに今になって気付きました。妻が来るのは午後なので、地下の新装なったローソンへ買いに行きました。割り箸ではなくて、しばらくは家でも使えるようにと、塗り箸にしました。今後とも、日々気を引き締めるためのアイテムにしようと思います。

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 出て来たものを4割だけ食べることにして、噛み締めるようにしてお粥をいただきました。
 主治医の先生から、PCR検査が陰性だったことを聞きました。大学認定の陰性証明書を作っていただけたら、首からぶら下げて街を歩いてみたいものです。とにかく、ホッとしました。
 それを受けて、病室が陰圧の特別な個室から大部屋へ引っ越しです。新型コロナウイルスのために、部屋の回転が大変だとのことでした。
 妻から、細かな生活用品が届きました。ラウンジで少し話をしました。それでも、新型コロナウイルスのために面会に制限があるため、短時間で済ませます。メールなどで連絡は取れるので、支障はありません。
 初めてのシャワーを浴びた後、待望のオナラが出ました。さらには便も。これで、退院が早くなります。嫌われ者のオナラも、病院では開腹手術をした者にとっては大歓迎です。この待ちに待ったオナラは、まさに祝砲でもあるのです。
 晩ご飯は、ちょうど半分いただきました。

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 病院や食堂の食事は「まずい」と言わないといけないかのように、酷い評価をする方が多いようです。しかし、それは、先入観で決めつけて言っておられることが多いと思います。ここの食事は、とくにこの積貞棟のシステムは、できた時にマスコミで話題になったように、さまざまな工夫がなされています。10年前にここに入院した時の記事ながら、次のものを書いています。ご笑覧ください。

「心身雑記(80)「にぎり寿司セット」はいつ」(2010年09月06日)

 貶しておけばいい、と思っておられる方は、一度積貞棟で配膳食を口にしてから、その評価を書いてみてください。
 夜、点滴が外されました。これで、T字型のキャスターを引っ張って動くことがなくなります。ベッドの上がり降り、トイレの行き来、運動のためのウォーキングなどなど、常に側に一緒にいるこのキャスターが、さまざまな動作を邪魔していました。これで、身の回りが楽になります。着実に退院に向かって進んでいます。身体に管が何も着いていないのは、本当に楽です。自由です。ホッとしています。
 
 
 
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2020年06月02日

京大病院で手術後の腹痛と闘う(4)

 夜中に腹痛が襲ってきました。それまでためらっていたナースコールを、もはやこれまでと押しました。このボタンは、枕元にあります。「いつでも、何かあれば」と言われています。しかし、わざわざ呼びつけるようで、なかなか押しづらいものです。目を瞑って押すと、「どうされましたか」という声が聞こえます。「腹痛が……」と言うと、すぐに駆けつけてもらえ、氷枕を新しいものに替えてくださいました。そして、痛み止めを点滴に追加されたように思います。あまりに痛すぎて、何がなされたのか記憶にありません。
 午前中は、緊急のレントゲン撮影を入れてくださったので、別の棟の1階の大きなレントゲンの機械で、何枚か撮影しました。
 積貞棟6階の一人歩きを、午前1回、午後3回しました。腹痛がなくなると、すこぶる快調です。
 気持ちに余裕ができたので、病室の窓から外を撮影しました。
 左の建物が、2ヶ月前に白内障の手術で入院した新しい診察棟。右下の木立の手前が、山中伸弥先生のiPS細胞研究所。すぐ横の建物にいらっしゃいます。正面右奥に、京都タワーが見えます。

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 午後は、妻がパソコンなどの仕事の道具を持って来てくれました。ただし、新型コロナウイルスのことがあるので、直接の受け渡しではなくて、荷物は受付に預け、それを看護師さんが病室に持って来てくださるのです。ウイルス対策は、とにかく徹底しています。普段以上に、看護師さんの仕事は重みが増していることでしょう。ただただ感謝です。
 
 
 
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2020年06月01日

京大病院での手術後は順調です(3)

 何事もなく手術が終わってから、先生の第一声は、「よかった、よかった、今までで一番いい手術でした。僕が今夜の担当でよかった。」と明るくおっしゃいました。消化器官がご専門の先生です。最悪のことを想定し、接合部位の壊疽や癒着があった場合、開腹後にどこを切り、どう繋ぐかなどの見通しを、詳しくわかりやすく図解して説明してくださっていました。あらゆることを想定して手術の準備をし、最悪のストーリーも思い描いておられたようです。それが、何も切らなくてよかったことと、それに至る判断がいかに適切だったかを、満面の笑顔から推し量ることができました。たまたま当直で手術を担当したことも、縁があったのでしょう、と笑いながらおっしゃっていました。今でも、この巡り合わせに不思議な思いがしています。
 入った病室は陰圧室といって、PCR検査のスクリーニングをする個室でした。このタイプの部屋は少ないので、外来患者で新型コロナウイルスのチェックをする人が検査結果を待つ部屋でもあります。数に限界があるので、私の検査結果が陰性であれば明日からは別の個室か大部屋に、とのことでした。私は、大部屋でも何も問題はありません。
 術後の世話をしてもらい、病室でレントゲンの撮影をしました。さすが、大規模な病院です。あのレントゲンの機械が部屋まで出張してくるのですから。
 そうこうするうちに、歩いてみましょうか、となりました。驚きです。手術が終わって、まだ7時間しか経っていません。それなのに、もう歩く練習をするのです。今朝の回診で、主治医の先生からも、どんどん運動をするように、との指示がありました。
 何とか歩けそうだったので、キャスター付きのサークルに摑まり立ちして、そろそろと6階の通路を一周しました。足元はしっかりしているそうです。
 午後は、点滴がぶら下がったポールを自分で持って、一周のところを一周半しました。ふらつきませんでした。これは、快復を加速する自信になります。
 
 
 
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京大病院での緊急手術は大成功でした(2)

 突然、降って湧いたような緊急手術。目の前で繰り広げられている病院のスタッフの会話と、自分自身の心づもりや理解が、大きく隔たっています。手術慣れしている身とはいえ、さすがにこの展開は、流れに任せるしかありません。しかも先生から、「命を最優先にして、最悪の場合を想定して対処します。」と言われると、ただひたすら「よろしくお願いします。」と幸運を祈って激流に身を委ねるしか道はありません。事態の認識の甘さを痛感し、俎板の上の鯉の覚悟で、妻に見送られながら手術室に入りました。
 この病院の手術台は、2ヶ月前の白内障の手術の時以来です。もちろん、何十もある内の一つですが。
 すぐに麻酔がかけられます。
 10年前の手術では、麻酔が覚めたすぐ後で思い出したのが、モネの有名な絵でした。花畑の中に一人の女性がパラソルを持って立つ絵でした。私の話を聞いた息子が、すぐそばの平安神宮の前にある府立図書館から、画集を借りて来てくれました。まさに、それでした。後日、神野藤昭夫先生が、パリからのその絵の詳細な情報を教えてくださいました。

「心身雑記(74)夢に出て来たモネの花畑」(2010年09月01日)

 今回は余裕があったのか、麻酔が効くまでに、今日はどんな夢や絵を見るのだろうかと、大いに楽しみにしているうちに、ストンと深い眠りに落ちました。「終わりましたよ。」と声をかけられて、手術中に見たイメージを思い出そうとしました。しかし、残念ながら今回は、何も浮かび上がってきません。加齢と共に、想像力も衰えのでしょうか。
 夜中の2時から2時間の手術でした。幸いなことに、腸が複雑に折れ曲がり入り組んでいたにもかかわらず、前回の手術で接合した部分などに壊疽や癒着などはまったくなかったそうです。そのために、腸を切ることもなく、元の場所に戻すことでことなきを得ました。
 前回の手術のことを熟知しておられた先生との出会いといい、開腹してみて予想外に中がきれいだったことといい、さらには初期の状態で異常が見つかったことなど、奇跡に近いとスタッフの皆さんがおっしゃっていました。いやいや、救急車にお願いして別の病院に入ることもなく、自分の判断でこの病院にたどり着いたこともラッキーだったと言えます。私の周りでは、こうした奇跡的でありえないといわれることがよくあります。幸運としか言いようのないことを、何度も体験してきました。どこの誰にお礼を言ったらいいのかわかりません。とにかく、ありがたいことです。
 積貞棟の6階に入院することになりました。ここは、10 年前に手術をした癌病棟です。あの時も、6階でした。不思議な縁の巡り合わせです。もう来ることはないと思っていた場所に、また舞い戻ってきました。今回は、見通しの明るい、出口の見える入院です。
 病名は「絞扼性イレウス(絞扼性腸閉塞)」。
 1週間ほどの入院なので、週末には退院できるようです。
 
 
 
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2020年05月31日

京大病院で開腹手術をするまでのこと(1)

 昨日、四条河原町を少し下ったところにある、フレンチの川床料理をいただいていた時のことです。
 鴨川の川床は初めてです。貴船川の川床は経験しています。楽しみにしていたのに、配膳が始まってすぐに、食が止まりました。私には、よくあることです。
 帰る途中で、歩けないほどに痛みが広がりました。決して、料理のせいではありません。消化管を持たない、私の身体の問題です。
 家に帰り、横になっていても治りません。新三共胃腸薬や正露丸を飲んでもダメです。いつもなら、これで治るのに。
 尋常ではないので、救急病院を探してもらいました。しかし、土曜日の夜8時になっていたので、嵐山や宇治など、遠いところばかりです。
 思い切って、いつもお世話になっている京大病院に連絡をすると、運良く診てもらえることになりました。
 タクシーを飛ばして行きました。研修医さんたちからのさまざまな検査の報告を聞き、駆けつけてくださったのは、なんと10 年前に私の胃癌で消化管を全摘した現場にいらっしゃった先生でした。その後、外来でも完治までを診てもらいました。先生も私のことを覚えていてくださっていました。私に関する過去の膨大なデータを確認して、目の前のCT画像をスタッフと共同協議して、「絞扼性腸閉塞」と判定されました。そして、さらには命の危険があることを見抜き、すぐに開腹手術をする、と決断なさいました。あまりの急展開に、こちらがオロオロします。
 昨日のブログは、その間隙をぬって、スマホに入力したものです。看護師さんからは、手術室に入るのでスマホを妻に預けるように急き立てられます。そんな緊迫した中で、とにかく数文字を入力し、つながりにくい部屋からアップしました。わがままを聞いてくださったスタッフの皆さまには、感謝の言葉しかありません。記念すべき一件のブログとなりました。
 
 
 
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2020年05月30日

本日はお休みとします。

本日と明日は、用務多忙により、お休みします。
 
 
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2020年05月25日

体調が気になった一日

 昨夜は、いろいろと考えることがあり、眠れませんでした。と言っても、一国の大事を思い悩んでのことではないので、たかが知れています。あくまでも、個人的なことに留まるものです。
 眠れない時には、iPhone で、クラッシックや落語やポップスなどを聞きます。気がついたら、明け方の4時でした。朝8時前に、なんとなく身体が熱っぽくて怠いので、思い切って起きることにしました。最近は、少し昼寝をするようになったこともあり、睡眠時間は4時間くらいです。スマホがしっかりと睡眠時間を記録してくれているので、日々の生活の指針になります。
 体温は36度9分。平熱は36度5分なので、少し高めです。身体を動かせば、何とかなることが多い範囲のことです。
 新型コロナウイルスの問題が起きてから、体調管理用のアプリとして、「体温計Watch+」と「Weight+」をiPhone とApple Watch に入れて、その日その日の数値を入力しています。

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 心拍数は、常時カウントされて日々の入力が蓄積しています。とにかく身体に関する情報が記録さえしてあれば、後日何かがあったときの判断の手助けになるだろう、という程度の活用です。それでも、経過を見ていると体調の変化がわかり、気をつけようというブレーキが自然とかかります。データの判断は素人なのでいいかげんながらも、気休め以上の効果はあります。
 とにかく、私は消化管がなくて、糖尿病を患っていて、しかもひ弱な身体なので、いつ何があってもおかしくありません。太れないし、体重は50キロに届かないしで、いろいろと努力をしています。こうして記録を残しながら、まさかの場合に、治療をしてくださるお医者さんのためにも、自分の身体の管理をしているところです。
 少し身体の調子がよくなったので、散歩を兼ねて、駅の上にあるメガネ屋さんに行きました。先日お願いした、白内障の手術後の目に合うメガネができた、という連絡があったからです。
 3ヶ月ほど、メガネのない生活でした。外出を自粛していたこともあり、あまり不便は感じませんでした。本や新聞を読み、パソコンのモニタを見ながら仕事をする上では、手術後はメガネが不要でした。しかし、外に出ると、標識や表示はぼやけて見えます。
 新しいメガネといっても、フレームは元のものをそのまま使っています。レンズは、これまでのものとまったく同じ製品で、遠近の度数が違うだけです。これで、自分の部屋ではメガネをかけず、それ以外のところでメガネをかける、という生活になります。
 今心配なのは、メガネの置き忘れです。これは、どうしようもないことなので、これからはメガネを探す時間が一日の内に組み込まれることになるはずです。これも、また楽しいことだと思っています。探す、ということは、頭をフル廻転させることです。いろいろな刺激となるので、老化の防止にもなることでしょう。
 
 
 
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2020年05月21日

100年前の京都でのスペイン風邪

 京都新聞の「100年前の京は/スペイン風邪流行」という全10回(2020.4.23〜5.19、竹下大輔・中西英明記者が担当)の連載が終わりました。これは、京都新聞の前身である日出新聞の記事から、当時の様子を再現したものです。興味深い内容が多いので、私の興味のままに一部を引いておきます。

 まず、初回(2020.4.23)の冒頭はこう語り出しています。

 スペイン風邪の国内流行が始まったのは、第1次世界大戦末期の1918(大正7)年秋。当時の内務省統計によると、21年までの3年間で全国民の4割近い2380万人が感染し、38万人以上が死亡、府内でも41万人が感染し、1万1千人が亡くなった。


 そして、今に通じる状況が報告されます。まさに、医療崩壊寸前の状況です。

18年11月6日の記事=写真上=は、京都府立療病院(現府立医科大付属病院)の医療崩壊を克明に伝える。1日600人の外来患者が押し寄せる中、医師看護師も次々に感染。特に看護師は170人のうち、70人が病に倒れ、院内感染が深刻化した。290床の入院ベッドは「10日も前から申し込んでも容易に入院できない有様」だった。


 マスク着用について、当時は今以上に苦労したようです。

20年1月22日の紙面には警察の苦悩が描かれる。「街路を往来する中にもマスク使用者は比較的少なく」との状況下、五条署(現下京署)は料理店や旅館などの経営者を呼びつけ、「マスク使用を強要」し、劇場前に注意書きを掲示した。しかし、「効果を収め得ず。毎夜観客の(マスク着用が)十分の一位に過ぎざるは更に危険」とある。(2020.4.26)


 京都府が出した以下の日々の生活での注意事項は、今と同じです。

 100年前に流行したスペイン風邪を抑えようと、京都府は生活上の予防を呼び掛けた。それは現在の新型コロナウイルスへの対策と酷似している。
 1920(大正9)年1月24日の記事=写真=に詳細がある。せきをする人には近寄らない▽多衆集合する場所に立ち入らない▽外出時は呼吸保護器(マスク)か布片などで鼻口を覆う▽たびたび、うがいする▽せきをする時は布片または紙で鼻口を覆う▽予防注射を受ける―の6項目。府は「30万枚印刷し、府下各戸に配布」したとある。(2020.4.29)


 今と同じように、デマと中傷は当時も同じようにあったこともわかります。

 デマも飛び交う。18年11月17日の紙面は市井に広がる迷信を複数紹介。「奇抜なのは飯炊窯を頭から冠ると感冒にかからぬという話。これを聞いて三日以内でなければ効能はないと囃し立てている」と、うわさに注意を呼び掛けた。(2020.4.30)


 マスクについても、今の状況と同じです。

 市民はマスク不足をどう乗り切ったのか。同17日紙面では府立第一高等女学校(現鴨沂高)の生徒が自家用マスクを手作りしたり、小学校では家庭で作ったマスクを使う児童の様子を報じている。府が近く、図解入りで作り方を府民に周知する方針
も追記された。
 京都市教委などは現在、手作りマスクの製作方法をホームペ
ージに掲載している。役所の考えることは、100年前と全く変わっていない。
 当時、マスク寄贈の美談が続々と報じられた。同年1月の紙面を見ると、松原署(現東山署)に500枚、五条署(現下京署)に60枚が市民から届けられた、とある。警察は「貧民を調査せしめ頒布する」との方針で、生活困窮者に配られたようだ。(2020.5.5)


 学校の休校措置や修学旅行の実施についても、100年前の様子がわかります。

1920(大正9)年1月17日の紙面は、京都内全小学校が10日間休校することを伝えた=写真。児童全6万のうち6千人が感染で欠席し、安藤謙介市長は小、中学校とも2週間休校するよう、馬淵鋭太郎府知事に諮ったが、小学校だけの休校になった。「府市協調」はうまくいってなかったようだ。
(中略)
 保護者と学校の対立もあった。伏見第二尋常小(現伏見南浜小)では流行期に大阪、神戸と伊勢神宮への修学旅行を予定していた。20年1月20日の記事を見ると、保護者が「感染を憂慮し、四月に延期せられたく希望」と反対したが、学校側は経費を理由に拒否。「流感を恐れぬ無謀の見学旅行」との見出しで報じている。
 旅行を強行したのかどうか、紙面では確認できなかった。(2020.5.11)


 交通機関についても、今と同じです。

 当時も満員電車での感染拡大が指摘され、交通機関の経営も苦しかった。20年1月28日紙面は京都市電の乗客が3分の1に減少したことを伝え、市は1カ月分の減収を5万円(現在の価値で約2700万円)と試算。現在も地下鉄、市バスの乗客は大幅減となっている。(2020.5.16)


 人は、次第に引き締めた気持ちも緩みます。当時もそうだったようです。

同24日紙面では、18年〜19年春にかけ、全国で25万人以上が亡くなった、という内務省(当時)のデータを列記。第1次世界大戦が終結して間もなかったころで、「戦争以上の惨禍」と警鐘を鳴らした。
 府は劇場など人混みの危険性を訴えたが、市民は油断していたようだ。翌年1月の紙面では、正月三が日に繁華街新京極に計3万7千人が押し寄せ、明治天皇の眠る桃山御陵にも参拝者4万人以上が訪れた、とある。(2020.5.19)


 100年前のスペイン風邪は、流行期が3回あったそうです。今も蔓延している新型コロナウイルスも、第2波、第3波が心配されています。とにかく、1日も早い収束を願いつつも、撲滅は不可能なのでウイルスとの共存の道が探られています。少しずつでもこれまでの生活に戻るようにしつつも、気を緩めることなく、常に予防と警戒を怠らないようにしたいものです。
 今日から、関西の京都・大阪・兵庫の緊急事態宣言は解除されました。近所のショッピングセンターへ行っても、人がまばらなので安心しました。まだ、警戒感は薄れていないようです。とにかく、この緊張感を持ち続けて、やがて迫り来る第2波の被害を最小のものにしたいと思います。
 

 
 
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2020年05月20日

緊急事態宣言解除前の京阪電車での往き帰りの様子

 京阪電車を使って、大阪市内に出かけました。連日の外出なので、ウイルスの感染には神経を使っています。
 出町柳駅を出てからは、車内はガラガラでした。この京阪の特急電車は揺れが少なくて快適なので、ゆったりと本が読めます。
 ところが、枚方市駅から満席となりました。2人席のベンチシートが並ぶ2階建てのダブルデッカーに座るので、人数はしれています。ただし、前の席に座った女性が、隣の彼氏と頭を寄せながらずっと喋りづめです。マスクをしているとはいうものの、まったく口が止まりません。スイッチを切り忘れたテレビのお笑い番組が、目の前で延々と展開しています。うるさいを通り越して、恐怖を感じました。この女性が新型コロナウイルスの潜在的な感染者でないことを祈るしかありません。男性はまったく喋らないので、至近距離で会話をすることのリスクを知っているのでしょう。まっすぐ前を見て、肯くだけでした。車内のアナウンスでは、座席での会話を控えてほしいと言っています。約20分間、耐えるしかありませんでした。
 中之島での用事が終わった帰りは、ちょうど通勤の時間帯とぶつかりました。乗るのは、いつものダブルデッカーです。京阪のエレガントサルーン車は特急であっても、特急料金は要りません。しかも、乗り心地は新幹線やはるか以上に快適なのです。
 始発の淀屋橋駅を出た時には、2人がけのベンチシートに一人ずつでした。それが、しばらく走った京橋駅で満席となりました。立っている人はいないものの、すし詰め感はあります。やはり、通勤時間帯は避けなければなりません。
 周りに、際限なく喋り続ける人がいなかったのは幸いでした。
 中書島駅からは、途端にガラガラとなりました。潮が引いたような、というのはこのことでしょう。終点の出町柳駅までは、また快適な空間で本を読むことができました。
 明日から近畿三府県は、緊急事態宣言が解除されます。その前日がこんな様子だったので、明日から感染者が増えないか気掛かりです。感染に気をつけよう、という気持ちが緩んでいるのは確かです。自戒の念を含めて、重ね重ねの注意喚起が必要だと思いました。
 
 
 
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2020年05月14日

歩けなくなったハッチャンが元気を回復

 ハリネズミのハッチャンが我が家に居候するようになったのは、今年の1月からでした。

「ハリネズミのハッチャンが空路ANA便でやって来ました」(2020年01月14日)

 新生活が始まったころは、まだ遠慮がちでした。

「ハッチャンの家が東京から届きました」(2020年01月16日)

 慣れてくると、夜中に運動会を始めるようになりました。

「京洛逍遥(591)桜の開花と廻転寿司屋の開店」(2020年02月20日)

「京洛逍遥(594)人がまばらな京都駅周辺」(2020年03月02日)

 3月の下旬から、後ろの左足を引きずるようになり、しだいに真っ直ぐには歩けなくなりました。ゆるい斜面も登れません。いわゆる「ふらつき症候群」と言われているもののようで、やがてコロコロと転がって移動するようになったのです。

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 ハッチャンは、2016年10月1日生まれです。今、3歳半。ハリネズミの寿命は、3〜5年だそうです。高齢なのです。歩けなくなったのは、老化現象だとも言えます。とにかく、何か手立てはないものかと、下鴨神社のすぐ横にある動物病院で診てもらいました。やはり「ふらつき症候群」のようで、不治の病だとも。しかし、介抱してやれば、足は萎えたままでもしばらくは生きていけるでしょう、とのことでした。親切なお医者さんでした。「ハッチャンさん」と呼ばれています。飲み薬をいただきました。先は長くないかと観念しながらも、毎日世話をしていました。

 今日の診察で、先週よりも格段に元気になっているのを見た先生は、驚いておられました。体重は60グラムも増えています。後ろ足で踏ん張ることもできます。きれいに、ふっくらと丸まっています。これなら、「ふらつき症候群」を脱することも可能です。単なる加齢による足腰の老化だと思えばいいのです。

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 とにかく、エサをよく食べ、水をたくさん飲みます。元気になりました。まだ、廻転車で遊ぶまではいきません。明日からは、外で運動させようと思っています。
 新型コロナウイルスの自粛が始まった頃に下半身に変調を来たし、今夜の自粛解除と共に回復の兆しをはっきりと見せてくれたハッチャンです。
 みんな、元気がなによりです。
 
 
 
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2020年05月03日

何もしない日(2020年5月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。 

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 おりしも、本来であれば今日はゴールデンウィークの折り返し地点です。
 お昼ご飯は、少し下流のいつもの場所でいただきました。
 外出自粛の大号令の中、目の前には家族連れがいます。
 これ位でちょうどいいのかもしれません。

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2020年04月23日

京大病院で2つの科を掛け持ちして5時間

 昨日は、京大病院の眼科に予約が入っていました。しかし、そのことをすっかり忘れていたので、あわてて今朝からの自由診療にしました。先日は、歯医者の予約を忘れていて、今日の午後に入れ直しました。
 よわい70歳が近付いていることを意識して、加齢による身体の変化と衣食住の環境と仕事の総括を思いながら、身辺整理に明け暮れる日々の中にいます。そこへ、外出自粛のために自宅に籠もっていることもあり、心身共にタガが緩んでいます。

 家の前から市バスで京大病院まで15分。乗客は7人ほど。パラパラと車内に散らばっています。窓は何箇所か開けっぱなしで走っています。これなら、新型コロナウイルス対策としての「3密」は避けられています。

 病院の周辺や構内も、人影は少なくなりました。

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 受診者も、いつもよりは少ないようです。今回のように予約なしで来ると、空き待ちとなるので何時間も待たされます。それは覚悟の上です。しかし今日の眼科は、思っていたよりも速く順番が回ってきました。それにしても、日々分単位で生活をする私にとって、病院では時間単位でひたすら待つ状況に置かれます。その落差に、居心地の良さを感じたりするので、勝手なものです。

 眼科では、眼圧測定、視力検査から始まります。今の裸眼で検査用のメガネをかけると、5メートル先が「1.5」できれいに見えているそうです。診察でも眼底などを診てから、手術後の経過は順調できれいだとのことでした。主治医の先生からは、目薬はもういらないという指示が出ているそうです。余った薬は、目がゴロゴロする時などに使えますよ、とのことです。
 現在は裸眼で50cm先に焦点が合っているので、テレビや外の景色を見るためのメガネは、街のメガネ屋さんで作ったらいいそうです。この病院では、そこまでは扱わないようになったとか。民間でできることは町医者に、ということのようです。ここは高度医療の専門機関です、という匂いが漂ってきました。
 そして、1年に1度は街の眼科で定期検診をしてください、ということでした。これで、白内障に関する眼科の診察は無事に終わりです。ありがとうございました。

 次は、耳鼻咽喉科です。昨年末にいただいた、アレルギー性鼻炎のための噴霧式点鼻液がなくなったためです。新型コロナウイルスのおかげで、花粉症のためのくしゃみや咳や鼻水は、周りに誤解を招きがちです。しかし、薬だけはもらっておこうと思って再診を申し出たところ、何と2時間も待たされました。こんなこともあろうかと、病院へ行く時には常に本を数冊持って行きます。今日も、人がまばらなロビーで読書三昧です。
 家を出てから、自分から何をすることもなくされるがままの時間を過ごして、自宅に帰り着いたのは5時間後でした。これだけでどっと疲れます。しかも、夕方からは、地下鉄の駅前にある歯医者さんへ行きました。
 今、歯医者さんは新型コロナウイルスの対策で大変だそうです。そんな中で診察してもらうのは恐縮(恐怖?)に思いながらも、治療が途中なので行かざるをえません。また、診察台に身を任せることになりました。

 不要不急の外出は控えています。賀茂川散歩以外は出かけないようにしていても、目や鼻や歯の治療は、できるときにしておかないと後が大変です。特に今日は、危険な領域に脚を踏み入れていました。見えないウイルスとの闘いなので、自覚しながら対処に専念するしかありません。
 それにしても思います。この戦いは、幸不幸、運不運に身を晒すものだと。
 今日にしても、総合病院という場所で長時間いたので、何があってもおかしくありません。また、歯医者さんはその治療の内容や部屋の構造や人の近さから言っても、非常にあやうい空間に無防備に身を横たえます。
 何もないことを祈るしかない、無力な自分を無防備にさらけ出しての一日でした。
 
 
 
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2020年04月01日

何もしない日(2020年4月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年からは何もしない日を、毎月1日は作っています。
 
 
 
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2020年03月14日

歪みがなくなると物が大きく見えるのか

 白内障の手術をしてから、物が明るく、くっきりと見えるようになりました。世の中は、こんなに明るかったのかと。うれしくなります。
 また、部屋の中でメガネを取っ換え引っ換え着け外しする面倒くささから、完全に開放されました。おのずと、メガネを探すことはなくなりました。

 本屋さんで本を探している時、特に平積みの本などは、文庫本なのにやたらと大きく見えます。感覚的には、新書本よりも少し大きいようなので、単行本の大きさだと言えばいいでしょうか。あらためてその本を手にすると、いつもの文庫本の大きさだったりするのです。この本も新書で出たのか、と思って手にすると、実はそれが文庫本だとわかった時のショックは、どのように伝えたらいいのでしょうか。見える本の姿と、手にした大きさがあまりにも違うので困っています。

 以下、素人判断ながら、今の感触で書きます。
 高校に入学した16 歳の時から、私はメガネをかけています。30台からは、遠近両用メガネや中近両用メガネをかけて来ました。
 メガネのレンズと眼球のレンズを通して見たものの形を、経験値によって自動的に画像を微調整し、合理的な形にして脳に伝えていたのではないか、と思われます。これまでは、少し縮んだ形で脳に伝えられた本の四隅のコーナーを、自分の脳が適切に補正することで、形のバランスの不自然さを解消していたのではないでしょうか。とにかく、これまで見ていた本の四隅が、歪まないで鋭角に、しかも直線のまま、縮まないで大きく、きっちりとした長方形の画像として眼に飛び込んでくるのです。この変化は、眼が常に自動的に大きさを補正していたのに、その必要がなくなったため、としか思えません。
 以上、あくまでも個人的な感想と推測からのことです。
 それにしても、ありがたいことで、非常に得をした感じがしています。

 今回の手術では、単焦点レンズで50センチという近距離にピントが合うものを着けていただきました。そのため、遠くはぼやけています。このまま視力が安定したら、遠くがよく見えるメガネを調製してもらい、外ではそのメガネをかけるようになります。3ヶ月後くらいが、そのタイミングだそうです。多焦点レンズは、今の技術ではまだ遠近のピント合わせは中途半端だとのことでした。そのため、仕事優先の、モニタと手元の資料がくっきりと見える単焦点のレンズを選択しました。

 私の生活は、部屋の中での仕事が中心となっています。ゆっくりと、今の環境で眼を慣らしていくつもりです。外歩きが多くなる春から夏へと、持ち歩くメガネで風景や標識を見る生活が加わることになります。また、楽しみが増えそうです。
 
 
 
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2020年03月08日

両目でものが自由に見られるようになる

 昨夜11時頃に、ラウンジで夜食をいただきました。病院では晩ご飯が早いので、夜になるとお腹が空きます。そのため、あらかじめ用意しておいたネギトロ巻き、チーズ、ヨーグルトを食べることにしたのです。
 看護師さんは、私が分食していることをよくご存知です。毎晩、「遠慮せずに声をかけてくださいね、ラウンジを使えるようにしますから」と言ってくださっています。せっかくのご好意に甘えるのもいいかと思い、冷蔵庫からチーズや豆乳ウエハースやヨーグルトを取り出しました。ラウンジのテーブルで私だけのディナータイムです。夜勤の看護師のみなさま、夜中に申し訳ないことながら、お気遣いをありがとうございました。

 今朝の血糖値は「94」。いい調子です。体温、血圧も大丈夫です。
 朝食は、3個来たパンの一個だけをいただきました。これも、いつもの通りです。

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 食後に、担当医の先生の診察がありました。術後の目の様子を、時間をかけて丁寧にチェックしてくださいます。通院での治療ではなくて、入院でよかったと思っています。
 明日の退院後の説明がありました。温泉、銭湯、水泳は、雑菌に触れる可能性があるので控えるように、とのことです。その中に、旅行がありました。来週18日から予定が組まれているミャンマー行きについて、主治医の指導に従うようにと言われました。なかなか難しい立場に置かれています。
 同時に、感染予防のため、今後3ヶ月間の点眼薬もいただきました。術後の視力が安定するのに、あと3ヶ月はかかるそうです。急激な運動や、人混みでの衝突や転倒は、入れたばかりのレンズが外れることもあるそうです。無理はしないようにします。
 さらには、糖尿病の薬も出してくださいました。薬だけでカバンが膨れ上がっています。

 お昼の、ギッシリ固めた炒飯は、さすがに半分しかいただけませんでした。

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 今日の午後も、病院内の人通りのない一角で、妻と一緒にのんびりとコーヒーを飲みました。パリパリしたお菓子も売店で手に入れています。18歳の時に東京の大学で知り合ってから、早いもので50年。おしゃべりをしながら、こんな所で、こんな姿で、一緒にコーヒーを飲むとは思わなかったな、と、能天気な話をしていました。

 夕食前にシャワーを浴びました。首から下だけという制限があります。それでも、さっぱりとします。
 晩ご飯も盛りだくさんです。ご飯を半分以上残しました。

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 今日は、これまでで一番仕事をした日です。抱え込んでいる山のような仕事を、ここで少しでも崩しておかないと、退院後が悲惨です。追い立てられるようにして、消灯時間までをフルに活用しています。
 
 
 
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2020年03月07日

入院5日目、『春琴抄』の質問をする

 血糖値は「101」で良好。体温、血圧共に問題なし。
 朝食は、4個のパンの内、2個しか食べられませんでした。

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 担当医の経過観察では、順調に回復しているとのことです。来週の9日(月)に退院、16日(月)の朝一番に診察に来ることになりました。今のところ18日(水)からミャンマー行きとなっているので、ツメツメのスケジュールです。
 昼食も、ご飯はほとんど食べられませんでした。おかずはすべていただきました。

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 午後は、気分転換を兼ねて妻と一緒に、1階ロビーにあるタリーズでコーヒーをいただきました。自分が家で淹れる「Hug」のコーヒーが一番おいしいと思っているので、めったに外でコーヒーを飲むことはありません。本当に久しぶりです。カフェオレをおいしくいただき、のんびりと時を過ごしました。

 入院している南病棟のエレベータホールから、東山三十六峰を見渡しました。右に、平安神宮の朱と緑が鮮やかです。目の前の大文字、左の比叡山も、今日は殊の外くっきりと見えます。白内障の症状が改善したことを実感します。

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 夕方、主治医の先生の診察がありました。術後の経過は順調だとのことです。
 ちょうどいい折だと思い、厚かましくも先生に次の『春琴抄』からの抄出文をお見せして、そこに書かれていることを細かく質問しました。これは、昨日の手術の時に、水晶体が取り除かれた瞬間を教えてほしい、とお願いしたことを受けてのものです。お尋ねしたのは、次の文中の赤字にした7点です。

谷崎潤一郎『春琴抄』

佐助は春琴の死後十余年を経た後に彼が失明した時のいきさつを側近者に語ったことがありそれによって詳細な当時の事情がようやく判明するに至った。
(中略)
ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した針を刺したら眼が見えぬようになると云う智識があった訳ではないなるべく苦痛の少い手軽な方法で盲目になろうと思い試みに針をもって左の黒眼を突いてみた黒眼を狙って突き入れるのはむずかしいようだけれども(1)白眼の所は堅くて針が這入らない(2)黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち(3)眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った(4)出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので(5)外傷性の白内障を起したものと察せられる佐助は(6)次に同じ方法を右の眼に施し瞬時にして両眼を潰したもっとも直後はまだぼんやりと物の形など見えていたのが(7)十日ほどの間に完全に見えなくなったと云う。(青空文庫より)


 この作品は、昭和8年(1933年)に発表されたものであることをお伝えし、いろいろとご意見を伺いました。突然の質問だったので、もし違っていたら私の聞き間違いです。主治医の先生には、『春琴抄』のことは初めてお話したものです。とんでもない無礼な患者ですみません。

(1)「白眼の所は堅くて針が這入らない」
 針にもよるが、白目も軟らかいので、這入らないことはないでしょう。
 縫針といっても物にもよるけれど、鋭いので這入るでしょう。

(2)「黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入った」
 「二分」が6ミリ程であれば、水晶体に届きます。

(3)「眼球が一面に白濁し視力が失せて行く」
 そうでしょう。

(4)「出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかった」
 黒目には血管がないので出血はしません。発熱はないとしても、黒目を突いた瞬間は痛さを感じるはずです。あなたは麻酔をしていたけれども、この人は麻酔などしていないので。

(5)「外傷性の白内障」
 (3)の時の「白濁」がこの状態です。

(6)「次に同じ方法を右の眼に」
 「私の手術が左目を先に、次に右目だったように、この順番には何か意味がありますか?」とお尋ねしました。すると、利き目というのがあるので、利き目が右だったとしたら左から突くでしょうね。あなたの場合は、たまたま、偶然そうなっただけです。

(7)「十日ほどの間に完全に見えなくなった」
 そうなるでしょうね。


 この『春琴抄』が、今から87年前に書かれたものであることはともかく、谷崎さんは専門家の話を聞いて書いているのでしょうね、とのことでした。まだ、この作品が成立するに当たっての背景は調べていません。とにかく、私の体験を起点とする今日のところは、以上の確認をしました。『春琴抄』は、興味深い問題が横たわる作品だと思います。

 晩ご飯は、大好きな豆腐のハンバーグでした。

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 ここの食事は、温かいものと冷たいもののバランスが絶妙です。それは、配膳のワゴンの内部が、温部(左側)と冷部(右側)に分けられていることも関係すると思われます。

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 明後日が退院なので、明日が最後の食事です。果たして、お寿司は姿を見せるのでしょうか。今は、そのことだけが気がかりです。
 
 
 
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2020年03月06日

無事に2度目の手術を終えて

手術室へ行く前に、処置室で目に麻酔をしてもらいます。血圧と体温も測ります。

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 一昨日の左目の時は、出発前の血圧が150を超えていました。いつもは70から120くらいです。今日も、150を超えています。思わず知らず緊張しているのでしょう。安全圏内なので、車椅子で本館に向かいました。途中で、車椅子のネジが外れて落ちたとのことです。付き添いの妻共々、車輪が外れて道々脱輪しないかと、笑いながらの手術室入りとなりました。

 2度目なので、勝手はわかっています。心配事も不安もありません。
 執刀してくださる主治医の先生には、水晶体が取り除かれた時は教えてください、とお願いしました。目の中のレンズがなくなった時に、何が見えるのかを知りたかったのです。
 あの『春琴抄』で佐助が、縫針を手にして鏡の前で自分の黒目を突いた瞬間を、谷崎は次のように描いています。

二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので外傷性の白内障を起したものと察せられる(本日午前の記事同様、青空文庫より)


 目の中の仕組みを、「京大病院 説明文書 白内障手術患者さんへ 1.0版 141006」に掲載されている図を引きながら紹介します。

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 さらに、手術の説明の折にいただいた上記プリントから、今回の詳細な説明を引き、同病の方への安心材料とします。私は、最初は多焦点レンズを考えていました。しかし、50cm ほどの距離にあるモニタと手元の資料が、メガネを使わずに裸眼で見られるようにしたいという希望を最優先にして、最終的には単焦点レンズを入れていただくことになりました。


1. 白内障について
 白内障は、目の「水晶体」という、カメラで言うとレンズの働きをする部分が濁った状態です。私たちが「ものが見えた」と認識することができるのは、瞳孔からはいってきた光や色を 網膜 が感知し、さらに視神経を通って脳に伝えられるからです。したがって、水晶体が濁っていると、光が十分入ってこないことになり、霧がかかったようにかすむ、視力が下がる、まぶしく感じるなどの症状が出ます。
 白内障の原因は加齢によるものが最も多いですが、糖尿病やアトピー性皮膚炎などの全身疾患やステロイドの使用などによって起きることも知られています。

(中略)

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1) 超音波 白内障手術
 超音波を用いて金属の刃を細かく振動させて、濁った水晶体を細かく破砕して摘出します。水晶体を包んで支えている透明な袋(水晶体 嚢)は残し、そこに眼内レンズを挿入します。傷口は 2~3mm 程度です。

(中略)

4. 超音波白内障手術について
 最も一般的な方法である超音波白内障手術について、以下にご説明します。
 手術にかかる時間は 15~60 分程度です。
1) 手順
 白内障手術は、当院では入院で行っています。病棟で瞳を開く薬(散瞳薬)と麻酔薬を点眼したあと手術室に入り、あおむけにベッドに寝ていただきます。
 そして、目の消毒と麻酔薬の点眼を追加します。顔の上に清潔な布をかけ、手術する方の目だけ出た状態になります。
 その後、まぶたを開けておく器械をはめて、手術が始まります。治療中は、まぶしい感じがします。手術の痛みは、点眼または局所注射の麻酔を使うためほとんどありませんが、痛みを感じた場合には声をかけてもらうことで麻酔を追加します。


 さて、私の手術では、最初は眩しい光の点が3つ、逆三角形に置かれていました。それが、超音波を用いた水晶体の処置が進むにしたがって、しだいにぼやけて来ます。やがて、明るく白く輝く銀のスクリーンが張り巡らされたようになり、さらに進むと、また3つの光の点が現れて来ます。この光の点がくっきりした頃に、先生が「水晶体は取れたので、次にレンズを入れていきます。」と伝えてくださいました。語りかけてくださったおかげで、現在の状況がリアルタイムでわかりました。
 レンズが入ると、突然、目の前に覆い被さっている超音波を発する機器や、手術室の天井、さらには執刀しておられる先生の手先の動きが見え出しました。一昨日の手術が良好だったので、左目はよく見えました。それに加えて、右目がくっきりと見え出したことで、明るい光の世界に包まれていることを実感しました。助手として絶えず目を洗ってくださっている担当医の先生の姿も、目の端に見えたように思います。
 数年来、目が見えない方々と、古写本『源氏物語』の触読や「点字付百人一首」の活動のお手伝いをしています。共に変体仮名を読んでいるWさん、Oさん、Kさんが、いつの日にか立体コピーによる触読ではなくて、800年前の写本そのものを私と一緒に読めたら楽しいだろうな、との思いがかすめました。今すぐにではなくても、いつか必ず来るはずです。この病棟の隣には、IPS 細胞の研究を進めておられる、山中伸弥先生の研究室もあります。夢は実現するものです。その時のための準備という意味からも、これまで通り古写本の触読のお手伝いを続けて行きたいとの思いを強くしました。

 手術室の外で待っていてくれた妻と、また車椅子で病室に戻りました。外れた車椅子のネジは、元通り付け直されていました。

 無事に両目の手術が終わったことで安心したせいか、お昼ご飯は完食です。ただし、フルーツポンチは糖質が高すぎるので、家から持って来てもらったイチゴをいただきました。また、主食がパスタだったので、炭水化物が多すぎるということで、パンもパスしました。

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 14時過ぎに、糖尿病・内分泌・栄養内科から、診察の連絡が入りました。迅速に対応していただき、みなさまには感謝しています。
 いつもの糖尿病の主治医の先生からは、ヘモグロビン A1cが「7.5」で高めだと。前回の「7.2」から上がっているけれども、これまで通りこのまま様子を見ましょうとのことでした。
 2週間前のベトナム行きは中止にしたことと、再来週からのミャンマー行きの話をしました。今回のコロナウイルスは、インフルエンザのように予防する手立てがないので、マスクと手洗いを怠らないことを強調しておられました。ちなみに、京都大学では、教職員の渡航は制限されているそうです。さて、私の場合はどうなるのか、今しばらくは様子見です。ミャンマーの国際交流基金ヤンゴン事務所からは、角田光代さんとのコラボレーションは、予定通り進めている、との報告を受けています。これも、間際にどうなるの、日本の感染者の推移と対応状況を見ていると、予断を許しません。今は、運を天に任せるしかありません。

 今日の晩ご飯は、こんな料理でした。

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 いろいろと変化に富み、味付けも穏やかなので安心していただいています。学校の食堂や、病院の食事というと、まずいものだと決めつけておられる方が多いようです。しかし、私は自分に合っている食事は、無理をして貶すことはないと思っています。ここでの残された一縷の望みは、お寿司の登場です。握り寿司よりも大阪鮨の方が好きな私は、あるいはとの期待をまだ持ち続けています。望みはいつか必ず叶う、との信念は、こんな時にも大切に温めています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:42| Comment(0) | *健康雑記

右目の手術と『春琴抄』

 4日目の今朝の血糖値は「85」。これまでで一番低い数値です。自宅では、晩ご飯を20時から22時頃に食べていました。それが、病院では18時から19時に食べます。ここでの夜食は、チーズと烏龍茶だけなので、いつもより空腹状態が朝まで続いている、という事情が関係しているように思います。太りたい、体重を増やしたいと思い、夜食もしっかり食べていました。今は、食事の量も減っています。それでいて、体重は48キロと変わりません。今後の食事のタイミングを考えてみます。
 体温、血圧、共に普通です。
 午後の糖尿病の診察のため、採血と検尿もしました。
 9時半からの手術なので、何かと慌ただしい朝です。
 今朝の朝食は出ないので、妻が用意してくれたお弁当を半分食べ、いつもの薬を飲みました。
 処置室で6種類の点眼と、腕に点滴用のチューブを挿し込まれました。看護師さんと、アップルウォッチの話で盛り上がりました。今は心拍数を自動的に記録する程度でも、すぐに酸素量の計測や心筋疾患のチェックも、アメリカが実施しているように日本でも導入されるようです。そうなると、看護師さんたちの仕事もAIの導入と共に様変わりするようです、とおっしゃっていました。優しく親切なだけでは、看護師も務まらないということでしょうか。
 術前の診察が終わってから、先生に谷崎潤一郎の『春琴抄』に描かれている、佐助が針で両眼を潰す話をしました。そして、白目と黒目の硬さや、水晶体が破れた時のことを聞きました。突然のことで、先生も返答に困っておられました。また後で再度聞いてみます。
 とにかく、もうすぐ私も水晶体を超音波で砕いて取り除くので、佐助と同じような体験をします。一昨日の左目の時には、水晶体が取り除かれた瞬間、白く光るカンバスが目の中に広がりました。今度は、その点をよく見ておきたいと思っています。
 参考までに、青空文庫に公開されている『春琴抄』から、佐助が自ら目を潰す場面を引いておきます。
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佐助は春琴の死後十余年を経た後に彼が失明した時のいきさつを側近者に語ったことがありそれによって詳細な当時の事情がようやく判明するに至った。(中略)
ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した針を刺したら眼が見えぬようになると云う智識があった訳ではないなるべく苦痛の少い手軽な方法で盲目になろうと思い試みに針をもって左の黒眼を突いてみた黒眼を狙って突き入れるのはむずかしいようだけれども白眼の所は堅くて針が這入らないが黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので外傷性の白内障を起したものと察せられる佐助は次に同じ方法を右の眼に施し瞬時にして両眼を潰したもっとも直後はまだぼんやりと物の形など見えていたのが十日ほどの間に完全に見えなくなったと云う。(青空文庫より)


 それでは、手術室に行って来ます。
 
 
 
posted by genjiito at 09:04| Comment(0) | *健康雑記

2020年03月05日

3日目も予想外に慌ただしく時が過ぎる

 朝の血糖値は「100」。良好です。
 血圧と体温も問題はありません。
 朝食は、3つあったパンの1つを残しただけで完食です。

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 食事中に、担当医の先生が術後の様子を見に来られました。問題なしとのことです。主治医1人、担当医2人の先生方が丁寧な対応をしてくださいます。しかし、マスク姿に加えて、眼科ということから薄暗い診察室での対面もあり、お顔とお名前がいまだ一致しません。

 食後に、担当医の先生の診察がありました。左目の眼帯を外すと、ハッキリとものが見えます。ピントは、約50センチに合わせてあるそうです。何も問題はないので、成功です、とおっしゃっていました。感謝です。
 まだ、おでこには「右」のシールは貼られていません。
 昨日と明日のために、3種類の目薬を3時間おきに注します。間を3分間あけるので、こんな時には、さっと使えるアップルウォッチのタイマーアプリが大活躍です。

 お昼ご飯はこんな内容でした。
 やはり、ご飯は半分以上残しました。

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 眼科の患者全員の回診では、診察室で一人ずつ現在の治療状況の確認がありました。かつての部長(教授)回診にあたるものでしょうか。私については、特に問題なしとのことでした。いろいろな先生が治療と手術に関わってくださることは、多視点で病状に向き合うこととなり、いいチェック機能が働くことにもなり大歓迎です。
 その後、担当医による昨日の手術の経過観察と、明日の手術のための説明と準備がありました。
 また、明日は糖尿病・内分泌・栄養内科の定期診察が午後に入っているため、その連絡もありました。採血と採尿が、早朝の6時半からあります。

 入院と言っても、実に忙しいスケジュールの中にいます。
 これを機会に、もっとのんびりと休息できるかと思ったのは、甘かったようです。

 夕方、「ソースネクスト」のセキュリティソフト「ZERO」の10本分が、説明書の通りにはうまくインストールできない件で、間に入っている販売元「BBソフトサービス」から、電話で連絡がありました。これは、請求書を発行している決済代行会社「ネットプロテクションズ」に、以下のメールを送ったことにより、慌てて連絡が来たものです。
 先般、このブログに書いたように、このソフトの購入には、3つの会社が役割分担をしておられます。経営者にとっては、こうして分散化することは効率的なやりかたなのでしょう。しかし、利用者の立場から言うと、何か問題があった時にはキャッチボールの中に身を置くことになるので、ユーザーにとってはいい迷惑です。

担当者 さま

支払いに関して事務方に連絡しました。
なお、以下のブログに書きましたように、いまだにインストールができません。

「またソフトの法人契約で不愉快な思いをしています」
http://genjiito.sblo.jp/s/article/187201037.html

この記事を読んでもらい、関係する部署に連絡をしてもらえませんか。
教員と学生共々、購入したことになっているのに使えなくて、非常に困っています。
この件については、窓口が違うのでどこそこに連絡をするように、という無責任な対応はしないでください。
このメールのたらい回しもしないでください。
必ず、どなたかからの対応策を示してください。
よろしくお願いします。


 こうした無責任さに釘を刺す意図のメールをあらかじめ送っても、今日のように直接の解決に導くところではない方からの再確認の連絡が入ります。しかも、ご丁寧にも、今回の契約の「シリアル番号」を教えてほしい、とのことです。何をかいわんや、やはり思った通りでした。3社で役割分担をしておきながら、一つの会社の担当者が今回の契約の「シリアル番号」がわからないから、それを探して送ってくれ、とのことなのです。3社間で情報共有などがなされないままに勝手に分担業務をし、しかも、業務上わからないことはユーザーに教えてくれとは、何とも無責任なことです。無責任さで言えば、あくまでも自己主義で通すアメリカ流のやり方なのでしょう。こうした販売方法が、これ以上広がらないことを願っています。迷惑です。
 私からは、今日の電話の主には、以下のメールを送りました。

ご依頼のあった「シリアル番号」について、どの書類のどこに記載されているのか、わかりませんでした。
手元にある書面を添付しますので、これで対応していただけるのでしょうか。
この書類に、お問い合わせの「シリアル番号」という文字列はありません。
それとも、これ以外に何か書面が届いているのでしょうか。
多くの事務書類を扱っているので、よくわかりません。
また、病室のベットの上でパソコンを操作しているので、思うようにファイルが探せていないのかも知れません。
もしこれでないのであれば、どのような名目の書類なのか、具体的に示していただければ、誰かに探してもらえるように指示を出します。

なお、私は昨日目の手術をし、明日また手術があるので、なかなか迅速な対応ができません。
これ以上のことは、私の業務を補佐している特任研究員の方と連絡を取っていただけると、スムーズに進むかと思います。このメールにCCで同報している方です。
よろしくお願いします。


 いやはや、溜め息しかでません。これが、今のIT関連会社の一端です。
 案の定というべきか、お決まりのように情報のキャッチボールが、また始まっています。手間と時間をドブに捨てる、愚かな話です。しかし、そんな愚痴をいいつつも、10本分の「ZERO」をインストールして使い始めるためには、利用者として対応せざるをえません。
 これが、昨日手術をし、明日また手術を控える患者の現在の実状です。お笑い草にでも、と思い、この顛末をここにありのままに、リアルタイムの記録として残しておきます。

 そんな愚にも付かぬことに対応しながらも、晩ご飯はおいしくいただきました。お肉たっぷりのビーフシチューは大好物です。

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 左へ右へと3種類の目薬を注し続けた儀式も、先ほど終わりました。
 明日も、多彩なスケジュールが待ち受けています。あと一踏ん張りです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:53| Comment(0) | *健康雑記

2020年03月04日

左目の手術を終えて

 手術直前の準備で、看護師の実習中と思われる方から、点滴用のチューブを挿入する処置を左腕にされました。血管がよく出るので助かります、と言いながらも失敗でした。別の方が代わって、やってくださいました。若者よ、あなたは明るいので大丈夫です。大したことではないので、気にせずにたくさん勉強と実習をしてください。
 顔の左側の眉の上に、「左」という漢字を書いたシールが貼られました。関係者に左右どちらかを周知徹底させるために、あえてわかりやすくしておられるのでしょう。

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 左目には、6種類の目薬が点眼されました。目が腫れ上がりそうです。
 手術室までは、先ほどの若者が車イスで送り迎えしてくれました。何でも聞いたことに答えてくれます。楽しみな看護師見習いの若者です。

 手術は、15分ほどであっけなく終わりました。
 手術室の雰囲気が和やかだったこともあり、緊張しませんでした。
 手術中は、何が見えるのかと思っていたら、四角い縦長の光の枠の真ん中に、横に棒が一本ある画像がずっとありました。それが次第にぼやけてきて、白い光るキャンバスになり、やがてまた四角に横棒が渡された画像が現れ、それが次第に鮮明に見えるようになりました。

 痛くもくすぐったくもなく、音もほとんど聞こえません。麻酔は両目だけです。怖さがなかったので、楽な手術だったと言えます。
 終わってから30分は横になって安静です。

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 執刀してくださった主治医の先生が、様子をみに病棟に来てくださいました。何も問題がないことを伝えると、何かあればいつでも連絡を、と言って看護師さんたちが集まっておられるところへ行かれました。
 その後は、飲み物を口にし、晩ご飯をいただきました。
 魚は、私が好きな鱈です。

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 しかし、やはり緊張していたのでしょうか。食は進みませんでした。ご飯を半分ほど残しました。

 今日は、早めにゆったりと休むことにします。
 こんな時こそ、胸を張って早寝を決め込むに限ります。
 明日は終日、術後の対処と明後日の右目の手術の準備が待っています。
 この調子なら、スムースに両目共に問題なく終えられそうです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:01| Comment(0) | *健康雑記

入院2日目、最初の手術の前に

 早朝の血糖値は「90」。良好です。
 主治医の先生や看護師さんから、本日夕方に予定されている手術の確認がありました。

 朝食は、ゆっくり、おいしくいただきました。

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 朝食後、長崎県美術館の米田館長から、13年いた長崎を退いて千葉に帰るとの電話をいただきました。学芸員の資格取得の講座で教えていただいてから、長いもので13年以上。折々に連絡をくださいます。白内障は大したことないよ、と病気仲間でもある先生から励ましていただきました。5月の博物館会議で京都にいらっしゃるとのことです。久しぶりにお目にかかれそうです。
 米田先生とのことは、これまでにもいろいろと書きました。今思い出した記事を、2つだけ引きます。

「贈られた言葉」(2008年01月18日)

「米田先生から突然のお電話をいただいて」(2017年12月21日)

 今回の入院前から、科研費で4本購入する「Adobe Photoshop Elements & Premiere Elements 2020|学生・教職員個人版」の契約のことでバタバタしています。すでに、4人分の在職証明書と在学証明書は手元にあります。昨日も今日も、悩ましいことに振り回されています。病院内でパソコンを使ってやっていることなので、今自分がどこで何をしているのかわからなくなる瞬間があります。
 私が個人で4人分の契約はできないことが、今日になってようやくわかりました。大学生協を通してであれば、科研費による複数本の契約ができるそうです。もっと早く教えてくださいよ。
 アドビのスタッフとは、チャットでやりとりをしています。
 しかし、今日の午後に手術があるので、これ以上チャットをすることができません。これから先のことは、科研の研究員の方にバトンタッチです。私はネットをまったく信用しないので、こうしたネット越しに商品を購入したり、サポートを受けることには懐疑的です。便利だとは思うものの、非人間的なコミュニケーションは極力排除しています。それだけ、手間がかかります。しかし、それでいいと思っています。サッとうまくいく時もあるのですから、その時はラッキーだと思っています。
 今回のアドビは、すでに30年前からトラブルで数え切れないほどの連絡を取ってきました。いい製品を提供する会社なのに、営業が極端に酷すぎます。30年経った今も、会社のユーザーとの窓口の体質は変わっていないのです。気長に構えることにします。いい商品なので、使い続けますが。

 昼食は、冷たい「なます」が気に入りました。この病院の食事は、なかなかいいと思います。これまで、消化器系の入院が続いていたので、その心配のない今回は余計においしく思います。

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 そろそろ、午後の手術の準備が始まります。終わってから、また続きを書くことにします。
 
 
 
posted by genjiito at 13:35| Comment(0) | *健康雑記

2020年03月03日

お雛祭りの日に入院

 10 年前の2010年8月に、新装なったばかりの京都大学ガン病棟「積貞棟」で、胃の全摘出手術を受けました。今回入院した「南病棟」のすぐ北側に、今も変わらず建っています。右端に比叡山が見えます。

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 今回の「南病棟」は、その当時「積貞棟」の南側真下にあった駐車場に数年前に建った新病棟です。私は、こうして新しくできたばかりの病棟に入る、という幸運に恵まれています。

 エレベータホールからは、右から左へと、平安神宮、真如堂、延暦寺が望めます。そして、真正面には、大文字の送り火で有名な、如意ヶ岳の大文字山が横顔を見せています。

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 上の写真の右奥には南禅寺があります。石川五右衛門は南禅寺の三門の楼上で、満開の桜の景色を愛でて「絶景かな! 絶景かな!」と言ったとか。歌舞伎『楼門五三桐』という演目の台詞にあります。まさに今、桜はまだとはいえ、東山連峰を眺めながら、この五右衛門の心境です。

 看護師、担当医、主治医の方々から、懇切丁寧な説明を聞きました。これだけ丁寧な対応をしていただくと、不安は一気に吹き飛びます。

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 手術の説明以上に、私は食事の打ち合わせの綿密さに感嘆しました。糖尿病患者として長年診察を受けていることもあり、これまでにこの病院に蓄積されている私の詳細な情報をもとにして、食事内容の確認がなされました。同席していた妻にも、これまでの食事がどのようなものなのか等々、丁寧なヒアリングがありました。結局、大人の普通食で、ご飯は食べ残し、間食が入るものとなりました。この対応は、眼科の範囲を遥かに超えて、私の身体を考えてのものです。ありがたい対応です。
 お昼ご飯は、お雛祭りのメニューでした。配膳室からのメモといい、雛あられといい、何となくうれしいものです。

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 この病院の食事は、以前の積貞棟の時もそうだったように、きめ細やかな配慮がなされています。あの時は、握り寿司が出てくることでマスコミが取り上げていました。

「心身雑記(80)「にぎり寿司セット」はいつ」(2010年09月06日)

 今回は? と伺うと、この南病棟ではそのような対処はしていないとのことです。あれは、ガン病棟特有の心づかいだったのでしょうか。

 10年前の食事のすべてを記録していますので、参考までに紹介します。

「術前術後の病院食」(2010年09月16日)

「術後の治療食(朝食編)」(2010年09月17日)

「術後の治療食(昼食編)」(2010年09月19日)

「術後の治療食(夕食編)」(2010年09月19日)

 こうしてパソコンに文字を入力をしても構わない、とのことです。妻が口述筆記を担当するということで、昨夜まで特訓をしてから来てくれました。しかし、どうやら、自力でブログのアップが出来そうです。毎日書いて12年目ともなると、いつ途切れるかとヒヤヒヤものです。これで、連続更新記録は延びます。無理はしませんが。

 晩ご飯は、こんな感じでした。
 野菜がたっぷりで、チンジャオロースがおいしかったのです。

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 今回は、いつもの海外調査の時に使う「持ち物チェックリスト」で確認して入院しました。ただし、今回の持ち物で足りなかったのは、「タオル、コップ、箸、スプーン」でした。そういえば、これらはホテルに備え付けられているので、持ち物リストにないのはもっともです。今後また入院するときのために、チェックリストに備考欄を作り、このことを書いておきましょう。

 お風呂(シャワー)は、明日の手術以降は10日(火)まで制限されます。洗髪と洗顔ができません。2回の手術日以外は、首から下だけはシャワーを浴びてもいいそうです。今日と、明日の手術直前に、きれいさっぱりとすることになります。と書いている内に、シャワー終了の18時を過ぎていることに気付きました。今日は諦めて、明日の朝にすることにします。しかし、ものは相談と、食事の様子を聞きに来られた看護師さんに、うっかり18時と夜の8時を間違えていたと伝えると、快くカギを開けてシャワー室を使わせてくださいました。ありがとうございます。
 こうして、初日のイベントはすべて終わりました。スタッフのみなさまに感謝します。
 
 
 
posted by genjiito at 20:07| Comment(0) | *健康雑記

2020年02月29日

予測できない日々の中で

 今日は、いつもより1日多い2月29日です。
 1日得をした、とのんきなことを言ってはいられません。
 コロナウイルスの猛威が、日本中を掻き混ぜています。
 さまざまなイベントが中止となっています。
 今日の「紫風庵」での勉強会は、急遽中止としました。
 明日のお茶のお稽古も、お休みすることにしました。
 大和平群まで4回も乗り換えて、しかも2時間もかかります。
 人との接触と身の安全を守る意味から、残念ながら断念です。
 来月中旬の、お茶の研究会も中止です。
 大徳寺からは、来月中旬のお茶会を中止にする、とのはがきが届きました。
 3月18日から23日まで、ミャンマーのヤンゴンへ行く準備が進んでいます。
 チケットとホテルの予約は終わっています。
 しかし、これもどうなるのか、わからなくなりました。
 みなさまそれぞれに、予定が突然に変更されることが起きていることでしょう。
 ことが命にかかわることなので、慎重に対処し、真剣に受け留めなければなりません。
 事態の急転に対応するためにも、ニュースのチェックが欠かせません。
 明日から3月です。
 まずは、3日から、白内障の手術のためにしばらく入院します。
 予測不能な、不安定なひと月になりそうです。
 最適な判断で日々を送ることにします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | *健康雑記

2020年02月16日

時節柄、外出自粛

 今朝から、鼻がムズムズします。喉も突っかかるような感触があります。昨秋からずっと続いている兆候ながら、しばらくは小康状態でした。それが、またぶり返したようです。お茶のお稽古に行くのは諦めました。
 昨夜、東京から帰りの新幹線が怪しかったのです。
 品川を出たあたりで、斜め前の席の方がクシャミをされました。迷惑の受け身です。隣の女性が、チョットチョットという仕草で制しておられました。
 後ろの方では、咳をする方がおられます。こんなこともあろうかと、自由席にしたので、別の車両に移る体勢に入りました。新横浜で、クシャミ氏とゴホゴホ氏も降りられたようです。
 まもなく、車掌さんが検札に来られました。顔をくっつけるようにして「切符を拝見」と話しかけられ、切符を取るとスタンプを押して返してもらいました。この検札は必要なのでしょうか? 顔を近づけて話しかけられるのも、こんなご時世には迷惑なことです。
 名古屋まで様子を見ていたら、それ以降は私がいた車輌は2人だけでした。しかも、ずっと前の方は熟睡中のようです。これで安心です。
 京都駅からのバスも、ガラガラでした。
 今日は、身体を休めるために、外出は自粛します。ただし、雨なので賀茂川散歩は足が冷えるのでやめました。ショッピングモールも、人混みを避けるように言われているのでやめておきます。
 運動不足を解消するためには、スポーツクラブです。ただし、マシンを使うジムは、器具との接触が心配です。残るは、プールです。ここなら、消毒されているので大丈夫だと判断しました。
 来場者も少ないので、のんびりと泳いで来ました。ゆったりと英気を養えました。休息と運動と食事に気をつけて、この不安定な時期をやり過ごしたいものです。
 
 
posted by genjiito at 23:24| Comment(0) | *健康雑記

2020年02月14日

ウイルス警戒中に外出する時の注意点

 今日の午後は、吹田キャンパスへ行きました。
 コロナウイルスとインフルエンザの話題で持ちきりの昨今、出かけることへのためらい半分での外出です。
 バスに乗るとき、吊革や手摺や摑まり棒には、できるだけ触らないように心がけました。
 しかし、どうしても乗り込んだ時とシートに座る時は、安全のために握ってしまいます。
 除菌のウエットティシュを持参していたので、下車後に手を拭きました。

 電車では、身体を支えるものには触りませんでした。
 しかし、電車を降りてから、うっかりとエスカレーターの手摺をしっかりと握ってしまいました。無意識にです。

 今日は、大阪モノレールの阪大病院前駅で降りて吹田キャンパスにある国際教育交流センターに行きました。
 慣れない場所ということもあり、建物内で階段の手摺などを触ってしまいました。
 これも、帰りには手を拭きました。

 幸い、京都市内は観光客が激減しているので、人混みでの対面や接触はほとんどありません。
 また、道路は車が少なくてガラガラです。
 バスのお客さんも、観光の方がまったくおられないので、ほんの数人というガラガラ状態です。
 みなさんマスクをしておられたことと、咳をする方がいらっしゃらなかったので安心しました。
 日頃の込み具合が酷すぎるので、これは大歓迎です。

 結局は、バスの乗り降りとエスカレーターでの両手の使い方に要注意、ということがわかりました。

 さて、明日は毎月のことながら、東京の日比谷公園へ行く日です。
 先月は、ウイルスのことがここまで話題にはなっていない、1月18日でした。
 新幹線でのこと、東京駅と有楽町駅の往復のことなどを考えると、少し緊張します。
 日曜日は奈良行きなので、長距離移動が続きます。
 年齢が65歳以上であり、かつ糖尿病患者で、おまけにひ弱な身体の持ち主です。
 体調に気をつけながら行ってきます。
 
 
 
posted by genjiito at 19:07| Comment(0) | *健康雑記

2020年02月06日

皮膚科で受診後に綿の下着を調達

 今朝は、この冬はじめての雪がちらつきました。とにかく寒い日になりました。
 そんな中、年末から身体の痒さが日毎に増してきたために、思い切って病院で診てもらうことにしました。
 以前にかかった京大病院の皮膚科が一番安心なので、診察開始時間を少しずらして行きました。予約をしていない場合は、受診者が少し落ち着いてからの方が、待ち時間は少ないからです。これは、この病院に長年通い続けて来ての体験からの感触です。
 予約がないので、長々と待つことは覚悟の上です。やっと診察室に入ると、アイドル歌手のような先生でした。ぱっと見、頼りないと思ったのは偏見でしょうか。いろいろと問診や触診を受けてから、後で別の先生に診てもらいましょう、とのこと。ああそうですか、と拍子抜けしました。修行中の身なのでしょうか。
 また待合エリアで待つことになりました。40分ほどしたころに、看護師さんが本を読みながら待っていた私のソファーに来られ、まだまだ待ってもらうことになります、とのことです。あと2時間までではないとしても、1時間前後だそうです。ちょうどお昼です。この病院に到着して3時間。食事をして待ってもらうにしても、時間的に微妙ですね、と思案顔でおっしゃいます。4時間や5時間なら、待つことに慣れていて大したことではないので、このまま本を読んで待っていることにしました。長い間ソファーで読書をしている私を見かねて、いろいろと気遣いをしてくださったのです。これまでにもあまりない、非常に親切な対応に感謝です。
 本を読み進んだ頃、また心優しい看護師さんが来られ、小声で、今先生が診察を終わられたので、このタイミングでサッと診てもらいましょうと、奥の方の診察室に案内してくださいました。長丁場を覚悟していたので、本当に助かりました。診察待ちの方が多い中で、少し変則的な診察の順番になることが周囲に目立たないように、何かと配慮をしてくださったようです。
 診察してくださった先生も、親切に、丁寧に対応してくださいました。先ほどの問診が表示された画面を見ながら、足や肘の様子を見て、すぐに塗り薬を処方してくださいました。私の既往症を確認して、飲み薬はやめておきましょう、とのことです。一つの病院に通い続けていると、情報の共有ができて助かります。
 また、妻から確認するように言われていた、ヒートテックの下着を綿のものに変えてみるという提案は、それもいいでしょうとお墨付きをいただきました。
 ヒートテックの下着は、2010年の1月にモンゴルへ行く時にはじめて身に付けました。その効果のすばらしさを、マイナス34度のウランバートルで実感したので、以来冬場はヒートテックで身を包んでいます。そのことは、「ヒートテックの下着は効果あり」(2009年12月28日)や、「マイナス34度のウランバートルに到着」(2010年01月10日)の記事でも確認できます。
 加齢と共に、我が身体も変化しているのでしょう。愛用の化学繊維と離れてみるのも、問題を解決するための一案なのかもしれません。
 無事に診察を終え、支払いのことなどをして外に出ると、京大エリアは粉雪が降りしきっていました。
 何はさておき、綿の下着の調達です。若者相手の衣料品店は、この周辺にも数多くあります。数店あるショッピングセンターも、さまざまな衣服を置いています。もっとも、それらはほとんどが若者を意識したものです。その点では、イズミヤさんは、高齢者を大事にした品揃えをしておられます。すぐに妻と連絡を取って待ち合わせをし、高野橋にあるお店で綿の下着を買い揃えました。確かに、イズミヤさんのお客さんは高齢者ばかりです。すぐ横にある、昨年末に新装開店したばかりの洛北阪急スクエア(旧称:カナート洛北)は、同じイズミヤの兄弟会社であっても、明らかに若者仕様のお店です。すぐ横に並ぶようにして建ちながらも、うまく客層を分けていることがよくわかります。年配者向けの綿の下着などは、どちらかと言えばイズミヤさんの領域のようで、品数が豊富なので選ぶのも大変です。
 家に着く頃には、雪もボタン雪に変わっていました。さて、今夜は積もるのでしょうか。明日の朝が楽しみです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | *健康雑記

2020年01月21日

季節感に違和感あり

昨日は「大寒」でした。
しかし寒くありません。
京都は新記録続きです。
今年は雪が降りません。
氷点下の日がないとか。
雨が降らず気温も高い。
戸外に出ても拍子抜け。
「寒風に晒される」?。
肌に突き刺す寒さなし。
マフラーはタンスの奥。
手袋の出番はあるのか?
週末から「菜種梅雨」?
次世代の人の季節感は?
文学作品を読んでも「?」
季節感に違和感が残る。
言葉が意味不明となる。
実感が伴わないのです。
予想外の自然界と直面。
体調不良の一因なのか?
相変わらず気怠い日々。
このまま変転するのか?
推移を見守るだけです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | *健康雑記

2019年12月16日

何かと体調が思わしくなくて……

 このところ、どうも体調がすぐれません。

 最近の記事を読み返すと、身体が怠いことをポツリポツリと書き添えています。それが次第に酷くなり、先週の水曜日は病院のハシゴをし、木曜と金曜は終日床に伏せっていました。
 土曜日は、早朝から深夜まで東京との往復。さすがに帰りの新幹線ではぐったり。そのおかげで、メガネを新幹線の窓側の小物置きに忘れて降りてしまいました。ホームに降り立ってからすぐに気付いたので、案内所でどうしたらいいのかを教えてもらいました。
 翌朝、忘れ物係に電話をしました。そして今日、妻が新大阪駅まで受け取りに行ってくれたので、無事にメガネは手元に戻りました。

 1999年に単身赴任で上京して以来、奈良から品川へと新幹線で通うようになりました。2007年から2017年までは、京都から立川に新幹線で通いました。この間、車中に忘れ物をしたのは、ブレザーを網棚に置いたまま降りたことが1回あっただけです。後日、受け取りに、新大阪駅まで行きました。「心身(23)注意散漫の日々」(2008年09月19日)に書いていますのでご笑覧を。

 不覚にも、ということは比較的少ないはずなのに、一昨日はなんと肌身離さず持ち歩くメガネを置き忘れたのです。
 その土曜日は、日比谷での源氏講座の内容を、車中でブログの記事としてまとめていました。名古屋駅の手前までは熟睡していたので、それから猛然と書き始めました。つい長くなったので必死に読み直しをしていて、米原駅を過ぎたあたりで大慌てで整理にかかりました。京都駅のホームに入った頃からカバンや上着の取り込みをして、ドアが閉まる寸前に飛び降りました。そして、ホームでメガネを掛けようとして、窓側に置いたままで降りたことに気づいたのです。眠気も何も吹っ飛びました。

 昨日の日曜日も、終日気怠さで横になっていました。一歩も家を出ていません。

 今朝は、京大病院の耳鼻咽喉科で診察を受けました。先生は、私の鼻に内視鏡を突っ込んでクルクル回しながら、副鼻腔炎ではなくて慢性鼻炎だとおっしゃいました。30年ほど前に体験した、今思い出しても鳥肌が立つ、あの手術はしなくてもすみます。神経が集中する顔は、とにかく大変な手術となるのです。それが避けられただけでも一安心です。
 今週の金曜日から中国へ行くので、それまでには、何とかして直さなければなりません。あと3日。
 点鼻薬をいただきました。これで、症状は何とか軽くなってほしいものです。次は、風邪対策です。幸い、熱や頭痛はないので、気合で打ち勝つしかありません。
 
 
 
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2019年12月11日

2つの病院を掛け持ちで行く

 来年3月上旬に白内障の手術をするため、少しずつ準備としての検査が進んでいます。
 今日は京大病院の主治医の先生から、目に入れるのは単焦点レンズでいきましょう、という説明を受けました。
 私からの要望は、「目の前66cmの位置にある3台の大型モニタと、手元30cmの机上に並べた資料を、メガネを掛け外しすることなくデスクワークをしたい」ということに尽きます。これを叶えるために一番いいのは、単焦点レンズでデスクワークをし、テレビを見たり外に出る時にはメガネを掛ける、ということだそうです。
 とにかく、霞んで見えにくい現状が少しでも改善されるのであれば、どのような方法でも構いません。そのための対処が、着々と進行しています。
 今日はもう1点、鼻の調子がよくないので、副鼻腔炎の検査をお願いしました。
 今から29年前の夏、副鼻腔炎の治療のために、大阪上本町にある大阪赤十字病院で入院手術を受けました。『データベース・平安朝日記文学資料集 第一巻 和泉式部日記』(同朋舎)の最終校正を、入院中のベットでしたのでよく覚えています。その本は、無事に11月に刊行されました。その時の症状が、また再発したようです。
 来週早々に、耳鼻科の予約を入れていただきました。年末の慌ただしい中で、また一つ問題を抱えることとなりました。
 先月、京大病院専用のクレジットカードを作りました。これにより、会計をする時に長蛇の列の一人となることなく、スムーズにいきます。しかも、看護師さんから受け取った会計用紙を専用カード保持者のための窓口に出すだけで、あっというまに支払いが完了します。カードを見せる必要もありません。もっとも、今日の診察費がいくらだったのかは、次回に手渡される領収書を見るまでは、その金額はわかりません。知りたければ聞けばいいようですが。とはいえ、20分も待たされることもなく、あっという間に会計が終わるのは、気持ちのいいものです。
 副鼻腔炎とも関連するのか、昨日の朝からノドが締めつけられるように苦しくて、微熱と倦怠感に襲われています。今日も、背筋がゾクゾクしています。そこで、思い切って今夜、掛かりつけのお医者さんである近所の邦須医院に行きました。ここの先生は、すぐそばにお住まいだった角田文衛先生の掛かりつけだったとのことで、角田先生のお話を聞くことがあります。そのこともあってか、私を考古学の関係者だと思っておられます。来週から中国の広州へ行くので、3種類の薬を、少し多めに処方していただきました。その時、中国では発掘調査ですか、と聞かれました。角田先生は、考古学が本業だったのですから、その関係者である私もそうかと思われています。いえいえ、文学関係の仕事で行きます、とお答えしました。
 先日も書いたように、身体が怠いので横になっている時間がこのところ増えました。身体が弱くなっていることを自覚しながら、自分を騙し騙し明日へとつなげているところです。
 
 
 
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2019年12月07日

久しぶりのスイミング

 先月11月は、一度もスポーツクラブに行けませんでした。

 まず、体調がよくなかったこと。いまだに、身体がだるくて、すぐに横になりたくなります。出かけると、どっと疲れてしまい、しばらく横になって休憩という情けないありさまです。

 そして、やることが多すぎて忙しかった、ということもあります。

 1ヶ月以上も行かなかったことは、京都に帰ってきてから、この3年の間では初めてのことです。

 また、今春から職場が変わったこともあります。それまでは、片道3時間半という小旅行のような通勤をしていたので、結構歩いていました。授業や会議に行くのも、結構歩くものです。

 それが今春からは、自宅からすぐのバス停まで歩き、乗り換えて電車とバスを乗り継ぐと、研究室の真下にバスが停まります。通勤で歩くのは百歩もなさそうです。授業も会議もないので、歩き回ることもありません。

 これでは、運動不足になるのは明らかです。

 今日は、プールで身体を慣らしました。気だるいとはいえ、身体を動かすとシャッキリとします。

 打たせ湯、水中ウォーキング、軽く泳ぐ、ミストサウナ、ジャグジー、水風呂、温浴風呂で身体に刺激を与え、最後はマッサージ機で足の指圧とストレッチです。これが今日のフルコースでした。

 心身共にさっぱりとして、冷たい賀茂の川風を浴びながら帰りました。

 さて、気を引き締めて師走の激務に立ち向かっていくことにします。

 

 

 


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2019年12月02日

京大病院での検診結果は問題なし

 検診に行く途中のバスは、これまでにないほどの不愉快な思いをさせられました。いやいやながらの運転であることがプンプンと臭う車内アナウンスでした。停留所で停まるたびに、「あーがどうした!!」と暗く落ち込んだ声が天井のスピーカーから聞こえます。何を言っているのだろうと、よく聞くと、どうやら「ありがとうございました。」とも聞こえます。それに加えて、急ブレーキ急発進、カーブの曲がり方はF1レーサー気取り。お年寄りが座られる前に急発進だった時には、大きくよろけて倒れそうになられるところを、どうにか手助けしました。私も、滅多にない車酔いをしました。今日は心電図をとるので、このことが影響しないように、アップルウォッチの心拍数を計測するアプリを使って、何度も深呼吸しました。こんなに酷い運転手さんは、最近では久しぶりです。
 Oさん、もう一度研修のし直しが必要だと思いますよ。自分で申告して受けることはないでしょうから、ずっと不機嫌な運転をなさるのでしょうね。乗客は迷惑していますよ。一日も早く、自分の運転態度が良くないことに気付きましょう。

 採血を待つ間に心電図です。これは、来春の白内障の手術のための準備です。
 採血は、手術のためのものも含めて6本分。加わった2本は、いつもより長い試験管(?)でした。
 今日は主治医の先生が多忙のため、午後にずれ込むとのことだったので、別の先生に診ていただきました。
 今回のヘモグロビン A1cは「7.1」。これまでと変化なしで、高め安定です。血液検査による他の内臓疾患についても、これまでとまったく変化はありません。以前に何回か血尿があったので、問題はないものの念のためにということで、今日2回目の尿検査が入りました。結果は次回の診察の時となりました。

 主治医の先生への伝言として、おかげさまで体重が50キロ直前まで来ていることをお知らせしました。血糖値のことは今はしばらくおき、とにかく体重を少しでも増やすことに専念してきました。1日6回食で、出来る限りカロリーを摂ることを心がけています。その成果が、少しとはいえ体重の増加に現われて来ています。消化管のないこの身体にとって、この増加は涙ぐましい努力の結果なので嬉しいことです。ただし、晩ご飯の時には必ず腹痛に見舞われます。この対処策として今日の先生は、しっかりと食べる食事をもっと早くしたら、というアドバイスをくださいました。とにかく、なんでもやってみる主義なので、早速今晩から取り組んでいます。

 また、今日から京大病院専用のクレジットカードが使えるようになりました。いつもの長蛇の列に並ぶことなく、優先的に会計をしてもらえます。これだけでも、15分は待ち時間が短縮できます。

 帰りの市バスの運転手さんは、マイクでの優しい案内と穏やかな運転だったので、非常に快適でした。市バスに乗ることが、いつ何が飛び出すかわからない、ロシアンルーレットの世界を体験する場となっています。一昔前の因習にこだわっておられる運転手さんの、一日も早い意識改革を期待しています。
 
 
 
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2019年11月12日

体調不良の時にたて続けに割り込まれて

 このところ、身体が気怠くて横になりがちです。横になると、パソコンが使えません。iPad も iPhone も、横向きでは画面はひっくり返るし、腕も疲れます。勢い、仕事が捗らず、メールの返信も滞ります。電子機器に依存していると共に、目にも頼り切っている生活であることを実感しています。白内障については、来年3月に手術をすることになっているので、この見えにくさはいずれ解消することでしょう。
 そんな中、通勤時に、河原町駅の自動改札で無理やり割り込まれたため、 PiTaPa のタッチをし損ないました。始発駅なので発車まで余裕があるので、どうということはありません。人を押しやってでも駆け抜けて行った方を見送りながら、そんなに急いでどこへ行く、というフレーズを思い出しました。
 座席に座ろうとしたら、横から来た方にお尻で押し出されてしまいました。オットットと倒れそうになるのを、やっと我慢して体勢を整えました。次の駅で座れました。
 頭が少しボーッとしているので、今日は早めに研究室を出ました。帰る途中で高島屋に立ち寄って買い物をして、レジに品物を持って行く時、横からサッと小走りで入り込まれました。これは強引でした。
 いずれも、私と同じ年くらいの、体格のいい女性でした。
 私が見るからにひ弱なので、軽くあしらわれたのでしょうか?
 動作に、どことなく隙があるのでしょうか?
 思いの外、モタモタしていたのでしょうか?
 河原町のバス停では、長い列ができていました。
 バスが着くや否や、通行人の振りをして相当年配の方が列を駆き分けてサッサと乗り込んで行かれました。高齢者であるから当然というこの態度には、みなさん眉をひそめておられました。
 とにかく、いろいろな方がおられます。年末にかけて、何かと気ぜわしいので礼を失した態度を見かけることも多くなります。たまたま今日は重なったのでしょう。気にせずに、マイペースでいくことにします。
 自宅に帰ってから、近所の掛かり付けの医院に行きました。すると、熱があるとのこと。迂闊にも、家で体温を計って来るのを忘れていました。身体の怠さはそのせいだと思われます。風邪と鼻水に効く2種類の薬をいただきました。今日は、この記事を書いた後はすぐに寝ます。
 インフルエンザも流行しているようです。年末に向かって、焦らず騒がす、体調を整えて臨みます。周りのみなさま、今は少し身体が弱っています。ご理解の程をよろしくお願いします。
 
 
 
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2019年10月29日

季節の変わりめに体力の衰えを実感

 最近、気力は変わらないものの、体力の衰えを実感するようになりました。例えば、外出から帰ってくると、すぐに横になりたくなります。こんなことは、これまでにはなかったことです。

 昨日も、お昼前に起き、午後3時頃に賀茂川散歩から帰ってくると、すぐに横になりました。そして、気がついて時計を見たら8時前です。大学に行く時間だと思って慌てて襖を開けると、妻が学校に遅れますよと言ってニコニコしています。しばしポカン。夜と昼が逆転していました。

 老化としか思えません。それでいて、目覚めている時はシャキッとしています。晩ご飯を食べると、また眠くなりました。
 今朝は3時に起きてから一仕事をし、大学へ行き、晩ご飯前の今まで起きています。

 体内時計が狂いだしたのでしょうか。風邪気味なので、身体の気怠さはそのせいなのかもしれません。よくわかりません。外出中は、気を張っていることもあるのでしょう。それが、家に帰るとドッと疲れとして出てくるようです。

 これは、仕事をする上でも出ています。能率が極端に落ちています。これまで通りには、予定のことが終えられないのです。そのために、多くの方にご迷惑をおかけしていると思います。申し訳ない、と思うものの、何からどうしたらいいものか、途方に暮れることもしばしばです。

 そうであっても、仕事が遅れていることを意識的に深刻に考えないようにしています。
 とにかく、1日でも長生きすることを自分に言い聞かせています。長生きさえすれば、懸案の課題をやり終えることは可能なのです。ここで無理をすると、そこで終わってしまうのです。そんな気持ちで、最近は日々を送っています。

 いろいろなことに、やる気がなくなったのではないのです。身体を守ることを最優先にしているために、ひとまず横に置いておく、という対処法です。
 日々の活動をブログにこまめに書いている中に、こんな日常があるということも、68歳を目前にして体験しています。

 思い立って、夜にもかかわらず、掛かり付けの医院に行ってきました。帰宅後、のどがやたらと熱を持っていたからです。いろいろな可能性を説明していただき、飲み薬をもらいました。そして、昔手術をした鼻中隔湾曲症という名前の副鼻腔炎が再発している可能性もあるのでは、とのことです。すっかり忘れていた病気です。熱が出るかもしれないとのこと。そう言われると、背筋がゾクゾクしてきました。

 一ヶ月前には、突然の高熱に悩まされました。とにかく、身体の気怠さもさることながら、熱がでないように細心の注意を払って身体を休めることにします。それもこれも、ありのままに記録としてここに残しておきます。
 
 
 
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2019年10月10日

体力測定が良好な中で新しい取り組みを実践中

 過日の健康診断の結果が届きました。糖尿病以外は、特に問題はありません。強いて言えば、痩せ過ぎだと……
 こればかりは体質なので、どうしようもありません。
 検査項目が少ない形ばかりの検診なので、結果は予想通りです。京大病院で2ヶ月ごとに血液検査を受けています。それとほぼ同じ結果だったことが、最大の収穫です。

 夏以降、体重が49キロ台で安定してきました。それまでが、長い間にわたり46〜48キロを行ったり来たりしていたので、これは久しぶりの安心材料です。1999年に単身赴任として上京した時には、63キロありました。それが、半年後に糖尿病と診断され、胃ガンの手術をするなど、さまざまな病気を経験して、今に至っています。それでも、目標の50キロはもう少しです。こまめに、少しずつ、ゆっくりと食べているのがいいのでしょう。もっとも、まわりにいる人は大変でしょうが。

 今日は、スポーツクラブで自転車を漕ぐ体力テストをしてきました。液晶モニタがよく見えなかったので、結果の詳しい数値は覚えていません。「すばらしい」という表示が見えたので、大きく体力が落ち込んでいることはなさそうです。こうした機器を使ったテストは、使いこなすコツを知っているせいか、いつも過分な評価をいただきます。50代の頃は、ずっと18歳台の体力だという評価が表示されていました。こんな体力測定がどれだけ正確かは別にして、悪い気はしません。今回もそれだと思っています。

 今、体調で気になっているのは、右耳後ろの頭痛、右首筋の凝り、目の奥が重たい、水のような鼻水、足のつま先が冷たい、そして全身の倦怠感です。加齢のせいです、と言われて終わりそうな症状です。しかし、気になっているのは確かです。寒くなるにつれて、これらがどう変化していくのか、移り変わりを監視していきます。

 とにかく、一日も長く生きて、やりたいことを1つでも多く成し遂げたいという思いに突き動かされる日々です。体調を日々チェックしているのも、そのためです。少しの変化も見逃すことなく、早め早めの対処で、健康的な毎日を送りたいと思っています。
 いや、睡眠不足が私の一番の不摂生だと言われそうです。それでも、このところ抜本的な改革に取り組んでいます。23時までに床に就くということです。さて、これが今後はどうなることか、お楽しみに、としておきます。
 
 
 
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2019年10月07日

【復元】胃カメラを鼻から入れる

 これまでに、情報発信の母体としていたプロバイダのサーバーがクラッシュしたり廃業するなどによって、公開していたブログの記事が消滅したものが数多くあります。その内、探し出せた文章などを整理し、再建してこのように復元して残しています。
 今回は、10年以上も前の次の2つの記事で「胃カメラを鼻から入れる」と題して紹介し、リンクを張りながらも、共にそれぞれのサーバーがクラッシュや廃止となったために、以来ずっと読めなくなっていたものです。

「心身(7)鼻からの胃カメラは良好です」(2007年08月22日)

「心身(17)帝国ホテルで人間ドック(1)」(2008年07月02日)


(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年5月23日公開分
 
主題「胃カメラを鼻から入れる」

副題「口よりずっと楽でした」
 
 
 人間ドックに行ってきました。いつものことながら、病院へいくのは1日仕事です。

 私は胃などの内蔵のいくつかを切除しています。
 ちょうど18歳の時に、高校を卒業してすぐに大阪から上京しました。大田区の大森で住み込みの新聞配達をしながら予備校に通い出して2週間ほど経った頃、突然十二指腸が破れたのです。すぐに意識を失いましたが、多くの方々のお陰で一命を取り留めました。その時に、胃の3分の2と十二指腸などを切除しました。
 私の臓器は、今も手術をした病院に保管してあるとか。ピンク色できれいな胃だそうです。両親は見たようですが、まだ自分の目では確認していません。以来、毎年の行事として、人間ドックに入って胃の精密検査をしています。

 この胃カメラについては、吉村昭氏の小説『光る壁画』が思い起こされます。世界で最初に胃カメラを開発した日本の技術者たちの話です。オリンパスだったと思います。その後、「プロジェクトX」でも取り上げられたようですが、あれはあまりにも演出が度を越している酷い番組だとのことなので見ていません。
 私は、初めて胃カメラを飲むことになった時、この吉村氏の本を読んで自分を納得させた覚えがあります。吉村氏は、私が好きな作家の一人です。丁寧に、しっかりと語られる文章がいいですね。自分の胃の中にカメラが入ることは、とにかく恐怖でした。それを、吉村氏の冷静な文章が和らげてくれました。胃カメラを理解することで、それを使った検査というものと親しくなろうとしたのです。この小説の初版は昭和56年ですが、私は昭和59年刊行の新潮文庫で読みました。20年も前のことです。

 私はこれまでに20回ほど胃カメラを「飲んだ」と思います。体調が思わしくないときには、1年に3回も飲んだこともあります。
 オリンパス社のホームページ「内視鏡の歴史」より画像をお借りします。

191007_olympus.gif

 初めて胃カメラを飲んだのは、大阪の天王寺にある大阪市立大学付属病院でした。『光る壁画』にも、実験の犬の胃を、カメラが突き破ったことが書かれていました。とにかく、怖いという印象しかありません。しかし、自分の体の異常を早く見つけ、体調不良の原因を突き止めたいという思いも強くありました。数年後、また胃カメラに対する不安に駆られたときがあり、『光る壁画』を検査の前の晩に読んだ記憶があります。

 あのタバコの太さのカメラ付きの長い管は、本当に不気味です。それが、ブルーのポリバケツに入れてある姿は、複雑な気持ちになります。そばでは、前の人が使ったゴムホースのような胃カメラを、ゴム手袋をした看護婦さんらしき方が流し台でゴシゴシと洗っておられるのです。なぜそうして洗うかは理解できます。しかし、それが次に誰かの口の中に入るのかと思うと、何となく違和感があります。青いポリバケツがいけないのです。青いゴム手袋が不気味なのです。タライらしきものや、洗面器など、洗面所や台所やお風呂場のそばに横たわっている錯覚に陥ります。

 胃カメラは、私にとっては苦痛なものです。口から入るときに、舌の付け根を通るときに、かならずオエッとなります。吐きそうになります。眼からは、ツツツーッと涙が流れ落ちます。ノドを通るときには、気分が悪くなります。胃カメラの太さは10ミリほどです。ものすごい技術の結晶を駆使して、私の体のために検査をしているのです。しかし、胃カメラを飲んでいる間中、心の中で葛藤を繰り返します。自分のためなんだから、と。それでも、苦痛です。
 空気を入れて胃を膨らませるときが、これまた苦手です。ゲップをすると、横で介添えをしてくださっている看護婦さんたちが、耳元で「伊藤さんガマンしましょうね。何度も空気をいれることになり、余計大変になりますからね。」と、やさしく激励してくださいます。涙が右目から左目へ、そして枕元へと伝わっていくのを感じながら、「ガンバロウ」と自分を元気づけることとなります。
 そして、かならず、胃壁の一部をむしり取られます。細胞組織を検査するためです。長い導線を伝って差し入れられたピンセットが、私の内臓の一部をプチッと摘み取る瞬間がわかります。二三ヶ所切り取られます。一瞬、息が止まります。

 「ハイ、終わりましたよ」と、カメラを操作していた先生とそばにいた看護婦さんが労いのことばをかけてくださるのは、本当にホッと気の緩む瞬間です。しかし、それからカメラが引き抜かれる時の、何とも言えないくすぐったさとヌルヌル感が嫌いです。人を安心させておいて、それでいて気持ち悪くさせるのですから。カメラの先端が口から出た瞬間に、大粒の涙がボタリと落ちて終了です。

 私にとってそんな恐怖の儀式が、今日は不思議なことに、不快でもなんでもなかったのです。それは、鼻から胃カメラを入れる「経鼻内視鏡」というものだったからです。

191007_icamera.jpg

 今回の人間ドックでのスケジュールの説明で、胃カメラは口からか鼻からかを選択できるというのです。昨秋より、鼻から挿入する方法が可能となり、好評だとのことでした。それは、胃カメラの直径が、従来の口から入れていた10ミリの太さのものが、技術の進歩で6ミリ以内まで細くなったから実施できることになったのだそうです。これまでの苦痛が身にしみていたので、鼻からに即決です。

 鼻からの場合は、準備などに時間がかかります。私は、鼻中隔湾曲症の手術をしており、今回の説明書にも、その場合はできない可能性も書かれていました。しかし、それは問題なくクリアーできました。
 私は、いろいろな手術をしているので、何かと面倒な身体です。ヘソが曲がっているのではなくて、鼻が曲がっていたために、何かと日常生活に不都合がありました。説明すると不気味なのですが、簡単に言うと、顔の皮膚を頭蓋骨から剥がして・・・・・・・・・・
 止めておきましょう。上本町駅と鶴橋駅の間にある、大阪赤十字病院でした。とにかく、大変な手術でした。そこに入院している間に、『四本対照 和泉式部日記 校異と語彙索引』(和泉書院、1991年)の校正を終えて刊行しました。

 今回、初めて鼻から胃カメラを入れ、まったく不快な思いをせずに検査を終えることができました。あっけないほどに、スムーズにいきました。ただし、胃壁をピンセットでつまみ取られるときと、カメラを引き抜かれるときの違和感は、これはどうしようもないものだと言うしかありません。

 とにかく、この方法ならば、内視鏡検査に対する嫌悪感はありません。技術の進歩に感謝しています。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
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2019年09月30日

突然の発熱と悪寒に襲われて掛かり付けのお医者さんへ

 昨夜は、とにかく関節が軋み、身体が気怠かったので、食事も早々に寝ることにしました。ブログを書いてすぐ横になったので、22時半過ぎだったでしょうか。こんな時間に寝るのは、めったにないことです。念のために体温を測ると、36.5度でした。

 夜中、午前2時頃に、身体が熱くて目が覚めました。体温は37.5度。すぐに、逆流性食堂炎の対処として愛飲している、水分補給のゼリー、味の素の「アクアソリタ」を流し込みました。このゼリーは重宝しています。「京洛逍遥(469)38度の京都で身体がフラリと揺れる」(2019年08月10日)

 過日、突然高熱が出た時に、掛かり付けの那須医院からもらった解熱剤を思い出しました。「何もしない日が何もできない日になる(9月)」(2019年09月02日)
 解熱鎮痛剤の「ロキソニン」は胃を荒らすので私にはきついとのことで、処方された少し緩めの「コカール」と、胃炎・胃潰瘍治療剤の「レバミピド」を飲みました。
 それでも身体の火照りは治まりません。しばらくして、これも栄養補給として時々飲む、森永の「これひとつで6大栄養素 inゼリーミックス」と言うものを口にしました。

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 うつらうつらしながら、桂枝雀の落語2題を、イヤホンで聴きながら寝ました。
 朝6時には体温は36.5度に下がっていました。しかし、ニュースでインフルエンザが流行っているとのことで、その症状が私とそっくりだということなので、歩いて3分の那須さんのところへ念のために行くことにしました。
 ちょうど出ようとした時、身体が震えだし、首筋から全身にかけて寒気が襲って来ました。夏掛け布団とフリースの羽織るものを着て、ジッとしばらく様子を見ました。
 寒気が収まってから那須さんのところへ行き、事情を話しました。体温を測ると、また37.5度に上がっていました。

 那須さんのカルテは、私用のノートに手書きです。私がしゃべったことが事細かにメモされているので、私の体調は詳細に再現できるのです。これが京大病院だと、私の話を聞きながら主治医の先生がパソコンに入力されます。先生は、私がしゃべったことを記録として文章にして整理なさるので、その段階で、削ぎ落とされる情報があります。パソコンで文章を作成するときには、那須さんのように聞きながら書き取る手書きのメモはないので、後で再確認するときには、その時に直接関係なかった事柄は、よほどのことでない限り記録には残りません。
 那須さんは、これまでのメモを含めたカルテを見ながら、私の唾液でインフルエンザの検査をしてくださいました。結果は、A型でもB型でもないので、インフルエンザの心配はないそうです。今日は身体を休めることに専念するように、とのことで、薬は出ませんでした。
 そんなこんなで、やることは山積しているのに、今日は背中が痛くなるほど、孤独に横たわっていました。

 明日から10月。
 今日する予定だったことは明日にします。ご迷惑をおかけする方には申し訳ないことです。しかし、1日でも長く生きて活動を続けることを最優先とさせてください。
 今夜、熱がぶり返さないことを祈りながら……

 昨日いただいたお茶名のお祝いとして、今日予定していた妻とのお茶名記念のささやかなお茶会は、後日に延期することとなりました。
 前出の9月2日の原因不明の発熱も、ちょうど橿原神宮前でのお茶会に行った翌日のことでした。たまたまのことだと思われます。しかし、二度あることは三度あるとか。次は気をつけます。というよりも、毎日の身体を気遣った生活を心掛けます。
 
 
 
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2019年09月26日

定期健診の後で高齢化に対応する新社会を想う

 共済の健康診断は無料だということなので、それならと鞍馬口にある健康センターに行ってきました。
 そのすぐ横には、気持ちがゆったりする公園がありました。中を流れる水路は、我が家のそばの白川疏水が西に流れ、賀茂川の下を潜って、川向こうの紫明通りから堀川に流れ込むものです。

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 今回の検診は、一番簡素なコースでした。検尿に始まり、次の項目を受けます。血液検査、身長、体重、血圧、腹囲、問診、診察です。
 問診は、私のこれまでの手術歴の確認と糖尿病でインスリンの注射をしていないか、ということに加えて、タバコに関する質問だけでした。このタバコに関しては、予想外に根掘り葉掘り聞かれました。待合室にも、タバコの害についてのパンフレットが多かったので、タバコ撲滅週間だったのでしょうか。私にタバコは無縁のことなので、これに時間を割かずに、もっと日常生活に絞って聞いてほしいと思いました。5分ほどの問診の内の8割以上が、今の私の身体に直結しないタバコに関する質問だったからです。

 診察は、最近特に気になっていることはないか、という一点でした。2、3分の気抜けがするほどの早業でした。

 常日頃から健康には気遣っているので、気になることは血糖値だけです。いつもは、京大病院と自前の測定器の結果で判断しているので、違った機関の違った機器で測定することが、今回の検診を受けた一番の理由です。
 30分もかからずに終わりました。帰りに、自動販売機のコインを1枚手渡されました。好きなドリンクを1本どうぞ、とのことです。販売機のパネルに並ぶ商品は、すべてがコカコーラのものでした。日頃から、コカコーラと雪印メグミルクとロッテの商品には手を出さないようにしています。しかし、今は無料だということなので、誰かにあげればいいと思って、1本いただきました。

 朝から絶食でした。お腹が空いたので、最近オープンした近所のお店に入りました。私は一度に食べられる量が限られているので、おかずだけをいただくことにしました。しかし、いくら待っても、手を上げても注文を取りに来てもらえません。やっと呼び止めると、タッチパネルでしか注文が受けられないとのことです。そして、小さな文字と写真がずらりと並んでいるものから選んでタッチしてください、と言われました。今、目の調子がよくないこともあり、こうした小さなモニターに表示される小さな文字を読み取るのが大変です。そこで、手元の印刷されたメニューから食べたい料理の名前を言いました。すると、お店の方が面倒くさそうに私の代わりに注文品をタッチパネルに入力してくださいました。その操作を見ていると、いくつもの画面を切り替えては、選択しながら進んで行かれました。これをお客さまに強いるのはどうでしょうか。スマホに慣れた人はともかく、目がいい人には問題がないとして、こうした機器の操作などに馴染んでいない人にとっては、注文する段階で神経がどっと疲れることでしょう。

 経営者側にとっては、効率化のためだということはわかります。しかし、これからますます高齢化の時代となります。おまけに、こうしたシステムは次々と便利だと言われるものに変わっていくのです。操作方法も日夜変わっていくことでしょう。かつて、コンピュータが普及する時に、秒進分歩の変わりようを見せつけられました。今また、世代間において文化を受容するスピードに誤差が広がりつつあります。新たな異文化受容の問題点が見え出しました。今日の注文の仕方も、この流れの中の1つのように思われます。私としては自分に合った少しスローなやり方を、お店側はハイスピードという効率化をお客に求めるのです。お互いが疲れない、住みやすい社会を築いていきたいものです。

 そんな中で、レジで支払おうとしておられたお客さんが、店内でタバコを吸っておられた年配の女性に対して、この店は禁煙だと注意しておられました。他のお客さんも、どうもタバコ臭いと思っていた、と口々に言っておられました。レジに近い席なのに、お店の方は何も注意しておられなかったのです。そうこうするうちに、注文の品はいつ来るのかと怒っている方もおられます。食べ出してから、お水をもらえないかとおっしゃっています。次にお手拭きも、と。私には、席に着くとすぐに、水とお手拭きが出て来ました。

 オープンして間がないお店なので、店員さんの教育とサービスが追いつかないのでしょう。
 それにしても、タバコを見過ごしておられた何人もの店員さんは、よほど忙しかったのでしょう。ご本人がタバコを吸われるのか、あるいは、かつて勤めていたお店は吸えたので気付かなかったのでしょうか。いずれにしても、周りのお客さまに不愉快な思いを強いていたのですから、何か一言お詫びのことばがあっても良かったように思いました。

 ギスギスした社会や、トゲトゲした関係は困ります。加齢と高齢化に伴う生き方のパターンや、多彩な方々が共存していく時代を迎えています。今日の何気ないお店の風景から、さまざまな問題点を抱えながら進んでいくこれからの社会の一面を見た思いがしました。
 
 
 
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2019年09月16日

敬老の日に敬愛について想う

 今日のお休みは何の祝日だったのかと思い、新聞を見て敬老の日であることを知りました。最近は、自分の中で祝日が定まらなくなりました。その年によってズレることがあるので、カレンダーが頼りです。

 父が生きていたら104歳、母が生きていたら99歳です。私はもうすぐ68歳になります。父は67歳5ヶ月で亡くなったので、私はすでに父が生きた時間を超えて今も生きていることになります。母は84歳8ヶ月でした。

 苦節という言葉がふさわしい父の67年半は、私とは比べ物にならないほどに密度の濃い人生だったようです。清貧の中で、母とともに他人の世話をしながら生き通しました。その人生は、最後の最後に、『ひとつぶのむぎ』という川柳句集に集大成としてまとめ、自分の手で献本を発送して亡くなりました。私の大きな仕事だったと、その責務を果たしたことを誇りに思っています。

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 その父が、無念にも癌で閉ざされた思いを、私は1日も多く生きて、父のようにやり残したことが心残りにならないようにしたいと思っています。その意味では、自分が敬老の対象であるとは、まったく思っていません。

 加齢のために、かつてのように思うようにはやりたいことができていません。しかし、身も心も元気なので、生き続けさえすれば、やりたいことはいつか叶えられ、積み残した課題や成果物は、次の世代に引き渡すことで実現すると、その準備は整えています。とにかく、元気に明日を迎えられることを、今は心がけています。

 海外から帰ったばかりの息子が、昨夜は我が家に泊まって行きました。亡母にかわいがられたことが染みついているのか、口溶けの柔らかな和菓子をお供えしていました。3人の子供は、亡父のことはまったく知りません。しかし、亡母にはみんな優しかったお婆ちゃんとして、折々に思い出語りをしています。

 思い出すことが、一番の供養だといいます。敬ってもらおうなどと、私はまったく思っていません。敬老などという実態の見えない言葉に惑わされることなく、良きにつけ悪しきにつけ、思い出してもらうことが自分への励みだと思って、これからも後ろ姿を子供に見せながら生きていくことになります。

 突然におとずれた敬老の日に、父母に対する敬愛の想いをあらためて抱くことになりました。
 
 
 
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2019年09月11日

京大病院の眼科で検査と診察を受ける

 白内障の手術のための検査が、京大病院の眼科で続いています。
 今日は7台の検査機器を使って、左右の目の玉を一つずつ丹念に調べられました。

 丸印の上下左右が欠けている、ビルマ語の文字のような記号を見て、どこが欠けているのかをレバーを前後左右に倒して答えるテストから始まりました。判別不可能なものについては、別の ] 印が刻印されたボタンを押します。最初はほとんど認識できません。次に、用意されたメガネをかけて再度のテストです。今度は、半分以上を答えることができました。といっても、ほとんどがあてずっぽうですが。
 とにかく、丸印がぼんやりと見えるだけで、識別するのは大変です。最初から、意欲を喪失するような検査となりました。
 別室に移動して、角膜の大きさや形、細胞の数、目の形、そして最後に別の方法での視力検査などなど、詳細なデータを取っていただきました。中でも、左目の写真撮影では、何度もシャッターを切った後、どうしても思うような画像が得られなかったのか、涙を一旦洗い流してから再度の撮影が何度もありました。とにかく、瞬きを堪えるのが大変です。瞬きを日常はこんなに意識しないので、終わった後でどっと疲れが出ました。

 そんな検査を受ける中で、私のすぐ後を追うようにして検査を受けておられた方のお名前に聞き覚え、というか見覚えがありました。「ウィキペディア」にはこう記されている方です。

−(前略)−は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本中世政治史、日本中世社会史。(後略)


 看護師さんから呼ばれるお名前と共に、ご自分で申告しておられた生まれ年からも、「ウィキペディア」の紹介記事と合います。記事の中に列記されている、鎌倉時代に関するご著書の何冊かは読んでいます。私よりも20年も年上なのに、年齢を感じさせないキリッとしたお姿です。私の方が年寄りくさいのではないかと、その凛々しい学者の風貌に魅せられました。こんな方だったのかと、その紳士然としたお姿に敬意を持って目で追い、お帰りになるところは黙礼をして見送りました。もちろん一面識もない私のことなど、先生はまったく気付かれなかったでしょうが。
 私自身は気持ちが引き締まる、少し緊張した心地よい時間を同じ空間で持つことができました。ささやかなことながら、私もいい仕事を残したいとの思いを、これまで以上に強くしました。一人で勝手に、こうした出合いに感謝しています。

 すべての検査が終わってから、過日の診察をしてくださった先生が推薦してくださった執刀医の先生と面談をしました。私からは、目の前66cmの位置にある3台の大型モニタと、手元30cmの机上に並べた資料を、メガネを掛け外しすることなくデスクワークをしたい、という現状の改善をお願いしました。もちろん、全体的に曇って見えている、今の対処の一環としてのわがままです。コンピュータのモニタに焦点を合わせながらも、近くの文字も鮮明に読めるようにする、というのは、なかなか難しい注文のようです。現在は、私のような用途でのレンズはまだないようです。今後は、そうしたものも開発されるでしょう、とのことでした。それでも先生は、単焦点レンズと多焦点レンズを左右別々に組み合わせて実現することを検討してくださるようです。私自身が実験材料になってもいいとの思いがあるので、そのことが先生に伝わったようです。私のわがままが叶うように、とにかくやってもらうことになりました。ありがたいことに、「やってみてから、また考えよう」という、私のモットーである思考法で進んで行くようです。

 診察が終わってからは、長蛇の列に20分ほど並んで会計待ちをしてから、入院の手続きをしました。3月上旬の1週間が設定されました。この期間は、科研の成果をまとめる年度末の忙しい時期です。多くの方々にご迷惑をおかけすることになりそうです。2月中には本年度の計画的な調査と研究が終えられるように、今からその運用を着実に実行したいと思います。関係するみなさまのご協力を、引き続きどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
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2019年09月05日

健康と命に関する生活設計へのアドバイスをもらう

 小さなことながらも何かと身体に問題を抱えている私は、自分の健康については、他の方以上に気をつけているはずです。本ブログでも、細かなことでも何か体調に変化があると、記録の意味と共に、周りの方に迷惑をかけないようにとの思いから、ありのままに状況を報告しています。これまでの「健康雑記」に書いたことをたどると、健康状態の推移が追えるようになっているはずです。

 そうであっても、まさかの場合の保険については、実はよくわからないままに、現職中にお世話になっていた保険会社の担当者の方に任せたままで今に至っています。
 そろそろ70歳。保険の契約期限も近づいています。
 のんびりしている私を見かねた娘が、これからの人生設計の再点検を迫って来ました。今年から年金生活に入ったこともあり、もう逃げ切れないと諦め、気の重いままにライフパートナーとしてのファイナンシャルプランナーさんの元へ足を運びました。先週のことです。
 2回目の今日は、すでにこれまでの状況は先週お伝えしてあるので、さらに踏み込んだ話を聞くことができました。自分が置かれている現実とその実態を、利害関係のない第三者の方から客観的といえる視点で語ってくださいました。これは、いい勉強になります。可能であれば、もっと早く聞いておくべきでした。しかし、幸いにも大事には至っていない今からでも、十分に対処できることがあることもわかりました。
 若くはないので、選択肢は狭められています。特に、2010年8月に胃ガンの手術をした私は、2015年8月に完治により治療が終了したことを告げられていても、やはり保険の話になるとチラリと話題の中に顔を見せます。
 今日の話でも、これまでいかに手厚い保障の保険に入っていたのかを痛感しました。それと共に、これから生き続けるために必要な手だての見通しも、元気が涌く方向で望めることがわかりました。ありがたいことです。
 異分野・異業種の方との話は、得るものが多くて楽しい時間となりました。実は、今日の面談は6時間20分にも及ぶものだったのです。途中で食事の休憩が入ったほどです。
 知らなかった世界に、ポツリポツリと灯を点していただきました。これからの生活を、ますますおもしろくすることができそうです。今回のプランナーさんとの出会いも、稔りある日々への支援者だと思うことにしましょう。Kさん、ありがとうございました。
 
 
 
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2019年08月26日

最近の体調と身体で気になっていること

 京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科で診察を受けました。
 10日前には、満月の真下でみごとな「大」の字を天空に浮かび上がらせ、ご先祖様を送ってくれた京大裏の如意ヶ嶽も、またこれから1年のお休みに入ります。

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 今日の検査では、ヘモグロビンA1cの値は「7.3」でした。前回が「7.1」だったので、少し上がりました。しかし、その前が「7.3」なので、大きな変化はありません。昨年は「7.7」が続いていたので、この1年は大きく下がって安定していると言えます。私は消化管を持たない身体なので、血糖値が高めに出るのは仕方のないことです。それを、どの辺りで留めておくか、ということです。

 血液検査によると、臓器に関して他には何も問題はありません。栄養状態も正常です。体重も、49キロ前後で安定しています。できることならば、50キロはほしいところです。しかし、それは私自身の消化活動に負担をかけることでもあるので、妻の食事管理は非常にうまくいっていることになるのです。こまめに分食することで、栄養摂取はかろうじて維持できています。
 とにかく、このまま様子を見ていきましょう、ということです。次は3ヶ月後の12月に検査と診察をしてもらいます。
 ただし、白内障の疑いが数年前からあるので、この辺りで検査をしてもらうことにしました。早速、3日後に予約が入りました。見えにくい状態なので、この時点でしっかりと検査をしてもらうことにします。

 過日、保険屋さんが私の病歴を聞いて、癌の摘出手術を受けてから9年以上も生き存えていることに驚いておられました。確かに、順調に回復しています。今の健康状態は特例だと言えそうです。これは、名医岡部先生が切ってくださったからだと信じています。
 しかも幸運にも糖尿病のおかげて、数カ月毎に頻繁に自分の身体の様子をチェックできています。また、自宅のすぐそばにおられるかかりつけのお医者さんである那須先生は、小さな町医者といわれる医院ながら内視鏡を常備しておられます。恵まれた環境で、この欠損の多い私の身体は見守られています。こんな身体だからこそ、何か異変を感じるとすぐに病院へ駆け込むので、私は意外と長生きするかもしれません。

 今、一番気になっているのは、眼が霞むことと、物忘れというよりも思い出せないことが多いことです。加齢だということで気を紛らわせています。しかし、実は真剣にその対策を検討しているところです。
 
 
 
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2019年07月25日

目頭を押さえる日々

 最近、目頭を押さえることが多くなりました。目が霞むため、ジッと凝らして物を見る癖がつきました。目への負担が倍増しているからでしょう。
 1日の後半になると、目の奥が落ち込むように重くなります。横になっていても、頭は冴えているので、身体を休めていることにはなりません。この疲労感から脱するため、何かに熱中することになります。つまり、溜まりに溜まっている仕事をすることになるのです。
 目薬を使うことが増えました。目の疲れを和らげるためです。効いているのかいないのか、よくわかりません。気休めのようなものだと思っています。普段なら買わない、高額の目薬を買ったりします。これも、気休めにしか過ぎないと思っています。
 白内障の手術は考えています。しかし、まだもう少し後で、と先送りしています。
 
 
 
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2019年06月30日

大雨の中を大和平群でお茶のお稽古

 連日の天候不順で、昨夜から雨が降り続いていました。お昼前に少し雨脚が緩んだのを機に、お茶のお稽古に出かけました。
 2時間ほど南に下った奈良は、なんと意表を突かれて予想外の大雨でした。龍田川も濁流が押し寄せています。

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 背中も腕も裾もびしょ濡れです。ひ弱な私が風邪を引かないかと心配してくださった先生は、ズボンと羽織るシャツを貸してくださいました。今日は、リラックスしてのお稽古です。

 あらかじめ、葉蓋のお稽古をお願いしていました。前回は洗い茶巾だったので、夏の定番の特訓です。
 里芋の葉を水差しの蓋として被せ、その葉の上に水滴を垂らします。見た目にも、涼しそうなお点前です。これまでは、梶の葉や蓮の葉を使っていました。いろいろなパターンを教えていただいています。
 細かいことでは問題はあるものの、今日はいつもより滑らかに手も足も動いていたように思います。あまり頭の中がごじゃごじゃしなかったので、それなりに身体が覚えてきているのでしょう。
 今年の夏は、洗い茶巾と葉蓋でお客様をお迎えできるようにすることを、一つの目標にします。

 帰る頃にはすっかり雨も上がり、道路も乾いていました。干していただいた服も、おかげさまですっかり乾いています。革靴は雨を含んで重たく、身体に雨を浴びたこともあり、大和平群のかんぽの湯に入って気分一新です。

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 雨上がりのためか、南を望むと二上山と葛城山は雲に覆われています。

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 ロビーでは、七夕の飾りが迎えてくれました。いろいろな願いが書いてあります。楽しい出迎えです。

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 今春4月末から露天風呂ができてお風呂は新装となり、気持ちのいい温泉気分に浸れます。
 いい気分転換となりました。
 
 
 
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2019年06月17日

スポーツクラブの会員の高齢化

 今日は月曜日。
 土日は、何かと私の活動が集中するのです。そこで、月曜日は予定を入れないようにしています。 そして、スポーツクラブで体力を維持するために、可能な限り夕方からは、マシンジムやスイミングに勤しんでいます。
 今、プールから上がり、野菜ジュースを飲みながら思います。なんと今日も高齢者であふれていたことか、と。
 老後も元気に、というのはいいことです。水中歩行のレーンは、チョコチョコと歩く方や、おしゃべりをしながらのご婦人方で渋滞です。泳ぐレーンでも、あまり進まない方が多いので、ぶつからないように間隔を保って泳ぐのが大変です。かと言って、上級者用の高速レーンで泳ぐほどの技量は持ち合わせていません。
 ジャグジー風呂は、町内会の寄り合いなのかと思われるほどに、よもやま話に花が咲いています。

 このところ、プールではめっきりと若い方が減りました。これは、ジムも同じです。スタジオは、若い女性を見かけます。しかし、そこは男性がほとんどいないので、入りにくいのです。
 この施設の利用者の男女比はわかりません。私の感触では、男性2割に女性8割だと見ました。そして、8割方が60歳以上。大きく外れていたら、経営者の方には申し訳ないことです。あくまでも、日頃の感触で、ということで。
 また、最近、「健康維持のためのスポーツクラブ通い」(2019年04月22日)で、スマホを使ってジムのマシンを活用することに挑戦し出したことを書きました。しかし、あまりにも操作の手順が面倒なので、2回ほどで諦めました。
 このスポーツクラブは、まだまだ利用者を囲い込む方策があるのに、なぜそれをしないのでしょうか。今は、適当にやっているふりをしている状況です。さらにビジネスモデルを検討すべきだと思います。利用者が文明の利器を持ち込んでいるのです。かつてのように、企業がシステムを用意しなくても、アプリの活用でいいのです。私が考える前に、とっくに試行錯誤はなさっていることでしょう。しかし、具体的な形に至らないのでしょう。これは、若者たちの柔らかい発想が発揮できる分野だと思っています。

 先日、東京在住時代に通っていた、銀座3丁目のスポーツクラブを覗いて見ました。かつてあったプールは、経営が変わった今はマシンジムのフロアになっていました。もう、銀座で泳ぐことができなくなったのです。今にして思えば、贅沢なことだったのです。日舞の振りをお稽古しながら水中ウォーキングなさっていたクラブのママさん(?)と一緒に、10mほどのプールを歩いていたことを懐かしく思い出します。

 私のスポーツジム通いの経緯は、「銀座で泳いでいた日々を思い出して」(2017年08月06日)に書きました。
 その後の記事を、今の時点で整理して列記します。

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【フィットネスクラブで汗を流した日々の記録】
(その2、2017年2月26日〜2019年6月17日・本記事)

「健康維持のためのスポーツクラブ通い」(2019年04月22日)

「手荒い疣の治療の後はスポーツクラブで初泳ぎ」(2019年01月09日)

「血糖値は少しだけ下がるも横ばいで投薬が変わる」(2018年11月12日)

「銀座探訪(37)銀座散策の後は日比谷で古写本を読む講座」(2018年08月04日)

「歯の治療は出張前のために様子見となる」(2018年07月23日)

「このところ定着した週1回のスポーツクラブ通い」(2018年07月09日)

「迂闊にも昨夏骨折した左足首を捻った後にスイミング」(2018年02月04日)

「初泳ぎで健康に気遣った生活を始めました」(2018年01月05日)

「体力測定で体力年齢は31歳だと」(2017年11月20日)

「体調も復調したので遅れを取り戻します」(2017年11月17日)

「枕を新調してから頭痛緩和のためのスイミング」(2017年10月14日)

「久しぶりに泳いだら肩がゴギッと音がして」(2017年08月18日)

「スポーツクラブでの身体測定では29歳の身体だとか」(2017年08月07日)

「銀座で泳いでいた日々を思い出して」(2017年08月06日)

「東京マラソンで思い出した個人的なマラソン史」(2017年02月26日)
 
 
 
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