2026年06月01日

古都散策(83)お茶で桑小卓のお稽古の後は成務天皇陵と日葉酢媛命陵へ

 今日のお茶のお稽古は、丸卓(まるじょく)ではなくて桑小卓(くわこじょく)を使ったお手前を教えてもらいました。次の写真は「茶の湯に出逢ったあとの日々」の中の「令和3年 芒種一 〜桑子卓とオランダ水指〜」(https://kissaco.hatenadiary.jp/entry/2021/06/06/083204)からお借りしています。

260601_桑子卓.jpg

 下の狭い段には、薄手の平建水に陶の蓋置をセットします。その上の段には、真ん中に細水指を、その左側には柄杓を斜めの状態で立てて左手奥の柱に凭せ掛けます。一見、柄杓が不安定な状態なので倒れないか心配でした。しかし、何事もなくお手前は進みました。
 天板には棗が置かれています。

 これまで通り道庫を想定していました。しかし、手前座が壁際だったので、敷板は使わず、茶筅と茶巾と茶杓を仕組んだ茶碗は、畳の上に直接置きました。

 お手前は、薄茶の要領で進みました。
 最後は私の好みで、身体を少し右に移動させて、水指の正面に向き、天板に縦に置いた柄杓の左右に、一気に茶碗と棗を置き合わせました。総荘りというものです。

 帛紗をどこに置くかで、水指の上か天板の上ということだったので、私は天板の上にしようと思いました。しかし、周りにおられた生徒さんたちが、それでは天板の上が賑やかすぎるのでは、とのことだったので、先生ご推奨の水指の上にしました。

 こんな調子で、わがまま勝手なお手前を教えてもらっています。
 私が取り組んでいるのは、お客さんと自由にお話ができる雰囲気の中でのお手前を身につける、というものです。そのために、茶道具の持ち運びや片付けが極力少ない、省エネのお手前を稽古しています。そこに、脳梗塞で右半身がぎこちなくなったので、それも目立たないように、という難題を先生には聞いてもらっているのです。いろいろなお点前があることを、いつも学んでいます。

 今日は一連の動きの中で、不自由な足が滑るようにと、右足の膝に当てていた小さなタオルが、一度も出番がありませんでした。先生が、うまく私の身体をコントロールして、最小限の手足の動きでお手前ができるようにしてくださったようです。
 右足を動かしたのは、最後に総荘りにする時に、私のわがままで身体を右に少し移動させた時だけでした。見てくださっていた生徒さんからも、私にピッタリのお点前で、きれいだったと好評でした。
 これで気をよくしたので、これからしばらくは、このパターンでやることにします。しかも、この桑子卓は5月に使われることが多いものの、一年中使ってもよいそうです。安心しました。

 下鴨では、お茶室に炉が切ってあったので、いろいろなパターンでお茶を楽しんでいました。しかし、宇治に移ってからはマンションタイプなので、風呂しか置けません。そんな中で、道具を活用することで、お茶を楽しめることになります。我が家には丸卓しかないので、早速、桑小卓を探すことにします。

 帰りには、先週は通過した佐紀石塚山古墳(成務天皇陵)に行きました。ここでいいのかと思うほどの、民家の横の狭い道を抜けて行きました。ちょうど称徳・孝謙天皇陵の真北に当たります。

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 その東隣には、一本の細い道を挟んで、佐紀陵山古墳(日葉酢媛命陵)があります。垂仁天皇の皇后であった日葉酢媛命の陵は、狹木之寺間陵とも呼ばれていました。

260601_日葉酢媛命陵.jpg

 この一帯は、民家がひしめく中に、古墳が密集しています。お茶のお稽古帰りに、折々に経巡ることにしています。これも、リハビリウォーキングの一環であり、楽しみながら回るつもりです。

※付記:この記事では、最初は「桑古卓」と表記していました。しかし、一般的には「桑小卓」と書くとのことです。「桑古卓」とか「桑子卓」はあまり使わないそうです。お稽古場の箱書きには、「桑小卓」と「桑古卓」の両方が書かれていました。ということで、今後は「桑小卓」に統一したいと思います。





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2026年05月29日

鉛筆で図形を書いた時の左手と右手の線の跡が重なりません

 今日の集会所では、3種類の頭の体操をしました。その中で、今の私の身体の状態がわかると思われる、鉛筆で線を書いた時の例をあげます。

 細長い長方形の紙に、利き手である右手に鉛筆を持ち ◯ △ □ を横に並べて書きます。
 そして、その鉛筆を左手に持ち替えて、右手で書いた ◯ △ □ をなぞりました。
 重ね書きをし終わった結果は、次の写真です。
 上下2枚の内、上が私、下が妻です。

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 私の図形で、まず右手で書いた ◯ △ □ は比較的真っ直ぐな線で書けています。
 しかし、それをなぞった左手の線は、右手で書いた線に重ねて書いたつもりだったのに、大きく外側にズレたりブレたりしています。
 特に右側の □ では、右端の線が完全に歪んでいます。

 左右の手で線を引くことは、脳梗塞で京大病院に入院していた時のリハビリで何度かやりました。あの時よりも、今日の方が良くないと思われます。しかも、麻痺が起こった右半身の右手ではなくて、今日は左手が右手で書いた線に重ねることができていません。

 病院の時は、先生に見られながらでした。今日は、自由な雰囲気の中でのことでした。緊張感の違いでしょうか。左手で字を書くことがないので、慣れないこともあってか、左手が不自由な線の動きを見せています。つまり、右手のマヒは何とか治まり、不慣れな左手での線がぎこちない結果となった、と言えるのでしょうか。

 妻の線の重なり具合と比べると、その違いは一目瞭然です。
 私の線のズレをどう説明できるのか、今度の診察の時に先生に聞いてみようと思います。




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2026年05月28日

病院では読書をして半日を過ごすなど最近の体調維持のこと

 今朝も9時半に送迎バスで病院へ行き、妻の治療の付き添いの後は15時半に送迎バスで帰って来ました。ちょうど6時間のショートトリップです。

 最近はあまり待つことのなかった診察が、今日は患者さんが多かったこともあってか、これまでで最長の2時間も待ちました。
 その後の観察室での点滴治療は、これも2時間待ってから1時間半のベッドの上での拘束を妻は受けました。その間、私はひたすら読書です。時間のやりくりを、いろいろと工夫しています。
 半年前からの予約が入っているにもかかわらず、この待ち時間の長さは尋常ではないと思っていました。しかし、看護師さんの奔走ぶりをみていると、この人手不足の現実は受け入れざるを得ないことを悟りました。

 どうやら、これがこの病院での基準となり、今後ともこの待ち時間の長短の中で治療が続くようです。京大病院から依頼を受けての宇治徳洲会病院での点滴治療は、今秋9月までです。その後は、京大病院の主治医との相談となります。ただし、これまでの主治医が副院長として院外に出られ、週1回の外来の診察で対処してくださることになりました。秋に妻の治療方針がどうなるのか、今は未定です。

 認知症の分野における実証実験も進み、新しい治療法がいくつか発表されています。次はどのような方法で対処するのか、今から楽しみです。

 物忘れは、誰しも避けては通れないことです。私も、最近はその兆候を自覚するようになりました。妻はごく初期の段階で最新医療による治療に入ったために、困惑することになる直前で踏み留まっています。秋口からは、私も何か対策を取ることにします。

 早めの対応が、我が身を守ることを身をもって何度も体験しています。胃ガン、膵臓ガン、大腸ガン、前立腺ガンは、消化管と糖尿病と脳梗塞の治療の過程で見つかり、これらは京大病院ですぐに対処してもらえました。そして、その後も経過観察の対象になっています。
 病院側の見放さないという気長な対応には、いつも感謝をしています。早め早めの対処をしていただき、私も最新の注意を心がけていることもあり、どうにかこうして生き長らえています。

 気をつけていることは、毎日8,000歩以上を歩き、大好きな鎌倉期の写本を読み、コンピュータ関連の最新情報をキャッチし、ブログを書き続けることです。
 気になっていることは、睡眠と食事が不規則で、逆流性食道炎が週に半分はあることです。これは、各科の主治医に相談しています。しかし、結論としてはこの基礎疾患を多く持つ私の身体では特効薬がなく、なるがままに任せるしかないようです。最近心がけているのは、6回食に拘らず、最終食事時間の23時を辞め、21時以降は食事をしない、ということです。
 まだこれによる大きな変化はないものの、続けることで身体が楽になればラッキーと思うことにしています。




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2026年05月18日

歩行分析AI測定に関する結果の報告(その2)

 今日の集会所では、毎月第3月曜日に開催のグリーンカフェがありました。
 そして、先月のAIによる歩行分析の2回目を受けました。
 先月のことは、以下の記事にまとめています。

「歩行分析AI測定に関する結果の報告」(2026年04月10日)

 今日の私の結果は、20点満点中の17点でした。前回は18点だったので、少し下がりました。
 AIからのコメントは、以下の通りです。

【今回の注目ポイント】
 ふらつきがない良い歩行です!
 美しい姿勢が保てています!

【総合コメント】
 今回の点数は17点と少し注意が必要な歩行状態です。
 屋外を歩く際には転倒に注意しましょう。
 体調に合わせて、環境調整や見守りが必要かなど検討しながら無理のない範囲で訓練を継続していきましょう。

 今回は歩く時に、前回が歩くスピードが5.8秒で、遅いとのAIからの指摘があったので、もう少し早く歩くようにしました。しかし、結果は5.6秒で、前回よりも少し早くなったとはいえ、ほとんど同じです。ということは、もっと早歩きをした方がいいということのようです。

260518_歩行スタイル.jpg


 歩行スタイルは、前回とまったく同じでした。

 今回の結果を見ていると、左右差(接地時間の差)で気付いたことがあります。それは、前回より成績をよくしようとの思いから早歩きを心がけ、しかも少し違和感のある右足を強く蹴るようにしたことが、右足の接地時間が微妙に短くなった原因のようです。脳梗塞以降、右足の血流が良くないために足が上がり難いのです。そのために右足を強く蹴って、早く歩こうとしました。
 前回が左50.8% 右49.2%だったのに対して、今回は左51.3% 右48.7%でした。
 これをさらに改善するためには、次は右足を蹴ることは今日のままで、違和感のない左足をもっと強く蹴ればいい、ということのようです。

 なお、妻は19点で、完璧に近い歩き方をしたようです。

260518_清子歩行.jpg


【今回の注目ポイント】
 ぶれない軸が素晴らしい!
 安心して見ていられます!

【総合コメント】
 今回の点数は19点とバランスの取れた歩行をしています!
 転倒に注意しながら無理のない範囲で活動量を増やしていきましょう。

 妻は、前回は17点だったので、飛躍的にいい歩き方をしていることになります。

 歩くことに関するこうした測定は、日々1万歩を目標にして歩いている我々にとっては、いい刺激になります。
 こうした結果を手にして、集まっておられる方々との話題の一つにもなりました。

 今日のグリーンカフェは参加者が33名とのことだったので、これまでで一番多かったのではないでしょうか。
 コーヒーや紅茶などの飲み物とお菓子を口にしながら、みなさん方が自由に語りあっておられます。
 日常の中にこうした時間と場所があることは、日々にメリハリがつき、心身の活性化につながります。

 地域住民の側に立った思いやりからスタートしたこの集まりは、行政の中からは決して生まれないものです。この集まりを起ち上げられた民生委員のNさんの、すばらしい功績です。今日は、市からの役職者も参加しておられました。Nさんが、机に座っていては見えないので、現場に足を運んできて実状を見るべきだ、との思いを伝えることで実現したようです。
 この活動が、地域にますます拡がっていくことを楽しみにしています。




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2026年05月14日

今日も病院の対応に不快感を抱く

 昨日は、妻が私の京大病院通いに付き添ってくれました。そして今日は、私が妻の宇治徳洲会病院での治療に付き添いました。

 送迎バスで病院に着くやいなや、入口で総合受付をします。次に2階で血圧と体重と体温と血中酸素濃度を測ってから、診療科の受付を済ませ、診察室の前に移動です。行くが早いか、電光石火のごとくに担当医から妻の名前が呼ばれ、早速診察が始まりました。今日は快調に進んでいます。

 担当医による診察は、今日のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療に対する体調や最近の様子に変わったことがないかの確認です。至って元気であることを伝えると、下の観察室で点滴を受けるようにという指示が出ました。
 短時間の確認で済むことなので、最近はいつも担当医の判断で診察の隙間に入れてもらえます。待ち時間が少ないように配慮してくださっています。担当医は京大病院とのつながりがあり、京大病院から依頼されたアミロイドβをなくす点滴治療なので、いい流れができています。ありがたいことです。

 観察室に行くと、いつもと大違いですぐに名前を呼ばれたので、妻は点滴のためのベッドに横たわることになりました。これまでで最短時間でベッドに辿り着きました。しかし、好事魔多しの言葉が実感されるほど、なかなか点滴が始まりません。
 看護師さんからは、「用意しているから待っててね。」と言われて1時間10分。やっと点滴がベッドサイドに運ばれてきました。

 京大病院へ薬を受け取りに行っておられたのか、とか、院内で薬の置き場が分からなかったのか、とにかく妻はベッドの上でひたすら待たされました。こんなことは初めてです。
 用意に1時間かかるのであれば、用意ができてからベッドに案内してもらいたいものです。狭くて硬いベッドに横たわって1時間以上も待つよりは、待合のソファーで待つ方が精神衛生上もずっといいのですから。

 点滴が用意されるのを待っている間に、向かいのベッドの患者さんが激痛を我慢する、聞きたくない呻き声が聞こえ出しました。そうかと思うと浣腸が始まり、しばらくすると強烈な悪臭が観察室に充満しました。ベッドに拘束されて待たされている妻は逃げようがないとしても、付き添いの私は、この悪臭に満ちた部屋に監禁されている必要はありません。這々の体で、観察室の外にある待合のソファーに移動しました。

 ほとぼりが覚めた頃に、点滴が始まったかどうかが気になったので、妻のベッドに行きました。点滴の用意はまだで、妻はボーッと天井を見ていました。部屋の中に満ちていた悪臭はかすかに残るだけでした。ただし、空になった向かいのベッドの上には、汚物を包んだ紙おむつのようなバレーボール大のものが放置されていました。いくら忙しいとはいえ、こうしたものは早急に片付けてもらいたいものです。妻は顔を背け、現場を見ないようにして、目をパチパチさせていました。
 劣悪な環境に、無為に放ったらかしにされていたのです。これは人権問題ではないか、と言いたい状況です。しかし、言いたい看護師さんの姿は、あたりには皆目見当たりません。とにかく、看護師さんがおられないのです。

 妻が、外来の方々が行き来しておられるのが見えるので、横のドアを閉めてほしいと言います。しかし、看護師さんはこのドアを使って出入りしておられ、両手が塞がった状態での出入りが楽なので、このドアは開けっぱなしです。この観察室が1階の入口近くにあるので、道端に寝かされているような状況に置かれています。ここはあくまでも病状を診る観察室であり、妻のように1時間以上をかけて高度医療を受ける部屋ではありません。言ってはいけないとは思いつつも、京大病院での半年間は、隔離された安静の状態で点滴を受けられる部屋でした。残りの1年間を、外部の病院で治療を続けるという約束があったために、この病院にしました。その判断を、今は悔いています。
 とにかく、この病院は看護師さんが少なすぎるので、窮状を伝えることもできません。

 身動きの取れないベッドの上で1時間10分も待たされた妻は、やっと点滴が受けられるようになりました。この高額治療の予約は、京大病院から引き継がれた半年前に組まれたスケジュールによるものです。今日も、病院から指示された日時に来ています。救急の治療ではありません。これから1時間の点滴と30分の安静が、このベッドの上で始まります。
 看護師さんが注射針を刺される時に、付添人は外で待つようにと言われるので、私はまた待合のソファーに移動しました。

 観察室の外では、私よりも相当年上の白髪のお爺さんが、まだかまだかと看護師さんに詰め寄っておられます。看護師さんは、薬が届くまで待ってください、とおっしゃっています。この方は、我々よりも前から、まだかまだかとおっしゃっていました。一時間半は待たせれています。結局は我々の点滴が終わってから観察室に入られたので、2時間半以上は待たされたことになります。お一人でお出ででした。このお歳で、さらには体調を崩してまでも待ち続けられたことに、これでいいのか、との思いを強く持ちました。
 待っている間に体調も悪くなったようで、何とかしてくれと苦境を訴えておられました。看護師さんは、薬が届いたらお知らせするので、横になれるところを用意しましょうか、とおっしゃっても、お爺さんはフラフラと別の待合エリアに行かれました。そうとう頭に来ておられるようです。

 この方も我々同様に、なかなか薬が用意してもらえないので、延々と待たされていたのです。もう帰る、とも、せっかく来たのでもう少し待とうか、と投げやりに看護師さんと問答をしておられました。

 実は、他にも2組の方が治療の用意ができるのを待っておられました。薬が届いていない、などのトラブルがあったのでしょうか。それとも、薬の保管庫に問題があったのでしょうか。いずれも、患者さんは不満たらたらでした。
 待合室は、いつも以上に殺気立っていました。

 日本の医療現場の一端を見た思いです。ますます高齢化社会が拡大します。病院[を]どうするか、というよりも、病院[は]どうするのかを検討するためにも、まずは治療の実態の把握から始めなければならないと思います。
 今日ここに記したことは、患者の家族である私がたまたま見知ったことのメモです。病院が主体となって、診療の実状について、本格的な調査をすべきだと思います。




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2026年05月07日

病院の付き添いで今日も感じた気になること

 今日も、妻が行く宇治徳洲会病院へ付き添いで行きました。
 そして、いつものように看護師さんの対応を見ていて、ドッと疲れを感じました。
 決して、いいかげんな対応をなさっているのではありません。
 忙しすぎて余裕がないために、一人ひとりの患者さんに目や手が行き届かないのです。
 具体的な事例は今は措くとして、患者側から見ると、とにかく病院側の対応がチグハグです。

 病院のシステムも、こうした現状を踏まえた対処ができていません。
 患者から見てもおかしいと思う程に、効率の悪い対処が目に付きます。
 きっと、内部でも問題になっているはずです。
 それが、抜本的な所にまで手が入っていないのです。
 患者目線で見ていると、一向に改善されていない、と見えるのです。

 施設は立派で、高性能の医療機器が導入されていることはわかります。
 それを使いこなす人と技術が、残念ながら追いついていないのでしょう。
 もったいないことです。

 高齢化社会に突入し、患者のみなさんが、思うように病院が求めることに対応できないのです。
 耳が遠い、目が見えにくい、足が不自由などなど、原因は多様です。。
 言葉による意思の疎通がはかれないために、対応がトンチンカンな時もあります。

 私に解決策があって、この文章を記しているのではありません。
 しかし、このままでいいはずはありません。
 この問題は、通院している患者の意見が、まずは1番に大切だと思います。
 そうしたヒアリングやアンケートなどがあってもいいのではないでしょうか。
 この宇治の地に越して来て4年が経ちました。
 医療に限定しても、問題点を吸い上げる方法を検討しておられるのでしょうか。
 問題点を列挙し、それぞれの対応策の検討をしようとする雰囲気は、周辺では見当たりません。
 いずれ自分に返ってくることなので、気になり出しました。




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2026年05月03日

南山城の茶源郷の和束町を散策後は生成AI氏と文学談義

 昨日のブログで、末尾に「みやこ路快速」の車体がきれいにデザインされていることを紹介しました。
 今日は、その「みやこ路快速」に乗ってお出かけです。電車の中の室礼は、吊り広告をはじめとして「お茶の京都」特集となっています。

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 木津・加茂経由で、お茶の町である和束町へ行きました。南山城の茶源郷と言われている地です。
 JR加茂駅から奈良交通バスで「和束山の家」まで約15分。ただし、バスは1時間に1本なので、行程はすべて生成AI氏に頼みました。

 バスを降りると、すぐ近くの和束茶屋山甚で一服です。
 歩いて、安積親王の陵墓に向かいました。この親王は、聖武天皇の皇子です。744年に17歳で亡くなり、茶畑に囲まれた小高い丘の「太鼓山古墳」にあります。

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 『万葉集』(巻3・476)には、大伴家持が安積親王を悼んだ歌があり、そこに和束の古い表記「和豆香」が出てくることから、この歌が「わづか」という地名の早い用例とされているそうです。このことは、生成AI氏が『和束町史』などを引いて教えてくれました。

 わが大君 天知らさむと 思はねば
  おほにぞ見ける 和豆香杣山
(生成AI氏の訳:「安積親王が亡くなられるとは思わなかったので、これまで何気なく見ていた和束の杣山だった」)

 生成AI氏は、「安積親王が「聖武天皇の第何皇子か」については資料で表記に揺れがあります。和束町観光案内などは第五皇子、国交省の多言語解説では次男としています。ここは厳密には注意が必要です。」と、親切な注意点を教えてくれました。

 この陵墓から、向かいの釜塚の茶畑を望みました。

260503_釜塚の茶畑.jpg

 黒い覆いがあるので、抹茶を作っていることがわかります。宇治茶の約半分は、この和束町で生産されているようです。

 今回は下見なので、少し散策しただけで帰りました。見どころが多いようなので、すべては次回に回します。

 帰りのバスの運転手さんから、途中にある弥勒磨崖仏について説明をしてもらえました。行きも帰りも、楽しい運転手さんに出会えたことは幸いでした。この弥勒磨崖仏は、和束川を見下ろすような巨岩に彫られた仏像です。
 帰ってから生成AI氏に聞くと、この仏さまについて詳しい説明をしてくれました。

6〜7mほどの巨岩に、約3mの弥勒菩薩像が彫られ、右側に正安2年、1300年4月の銘があります。鎌倉時代後期の作とされています。
(中略)
弥勒菩薩は、未来に現れて人々を救うとされる仏です。鎌倉時代には、末法思想や浄土信仰、山岳修行と結びつき、石仏・磨崖仏として造られる例が多くあります。
この弥勒磨崖仏については、近くの海住山寺や、山岳信仰の霊地である鷲峰山金胎寺への参詣路との関係が指摘されています。参詣者・行者がこの付近で身を清めたという伝承もあります。

 実は、この末法思想や浄土信仰のことが、『源氏物語』の宇治十帖と関わりを持ちます。名ガイドの生成AI氏は、私の質問に呼応するように、次のように言います。

文学との関係では、「山里・杣山・隠遁的風景、といった表象は、平安文学(例:『源氏物語』の宇治十帖の背景)と連続しています。
つまり和束は、直接の舞台ではない、しかし「宇治・山城南部の山里イメージ」に含まれる。
(中略)
和束の平安時代は、「歴史の中心」ではなく、都を支える周縁(資源・宗教・修行)の場としての性格が強いです。

 私が「『源氏物語』宇治十帖との具体的な地理的対応」を教えてほしいと尋ねると、「宇治川流域から南へ続く山間世界の一部として、風景・距離感・宗教環境が重なります。」として、詳細な解説を受けることになりました。宇治の物語世界を成立させる「地理的背景」が、和束にはあると言うのです。
 さらには、「和束は、宇治十帖の舞台ではない。しかし、浮舟が向かった「山中の宗教的・隔絶的世界」を、現実の地理として具体化した場所の一つと理解すると最も整合的です。」と、意外な視点から突っ込んだ説明を展開してくれます。

 さらには、「和束の弥勒磨崖仏(1300年)は、鎌倉時代。しかし思想的には平安後期の末法思想の延長」だと、これまた私の質問を踏まえた流れで説明がありました。

 また、こんな説明も。

宇治十帖は、宇治という一点の物語ではなく、南山城の山地全体(和束を含む)へと開かれた“空間の文学”として読むと、構造が明確になります。
(中略)
宇治十帖は、地名としての宇治ではなく、時間(季節・霧・光)と地形(川・山)が作る“感覚の空間”を描いています。
そして和束は、その空間を現実に体験できる代表的な場所の一つと位置づけられます。

 ついには、「宇治十帖における“音”の構造分析」と「浮舟の心理変化を空間移動として図式化」するという視点から、和束が持つ意味を語ってくれました。

 最後に、長時間にわたる解説を踏まえて、次のようにまとめてくれました。

1 空間の階層
  都 → 宇治 → 山中 → 奥山(和束)
2 移動の意味
  人物の移動 = 心理の変化
3 環境の役割
  自然(霧・水・音)が心理を表現する

 質問をすると瞬時に回答があるので、それを理解をする私も次第に真剣に考え、次の質問をするようになります。やりとりは1時間ほどでした。いい話し相手であり相談相手、いわば相棒に出会った気がしています。今後とも、こうしたやりとりを繰り返すことで、私の思考回路も鍛えていくことにします。

 何気なく足を向けた和束が、途端に『源氏物語』に接近してきたのには驚きました。
 新しい刺激を受けた気分の中にいます。




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2026年04月30日

妻の点滴治療に付き添って思うことと私が転倒したこと

 月2回の妻の点滴治療に、今日も付き添いとして行ってきました。
 無料の送迎バスが近くを通るので、歩くと25分の宇治徳洲会病院へ行くことが苦ではなくなります。ありがたい配慮です。
 今日も担当医の先生の高配を得て、問診による診察は手際よく終わりました。特に、その後変わったことがないので、少しだけ京大病院の主治医の先生との近況をお話しました。

 問題は、観察室での点滴です。今日も、40分以上待たされました。そして、いつもの狭いベッドに横たわったまま、50分ほど点滴の準備を待ちました。この日のこの時間に点滴があることは、あらかじめ予約が入っているので半年前からわかっています。サッサとやってほしいものです。

 待たされた理由は、重篤な患者さんが妻の両隣のベッドで苦しんでおられ、その対処で看護師さんは妻のことどころではなく慌ただしく手を取られていたためのようです。隣の広い部屋には、空きベッドがズラリと並んでおり、いつものことながらそこで点滴をしてもらえたらどんなにか穏やかな1時間半が過ごせるか、と思います。しかし、看護師さんは見える範囲に患者さんを集めておきたいのでしょう。それなら、何も苦しんでいる2人の患者さんの間に妻を横たえなくても、と苦情を言いたくなります。しかし、ジッと我慢するしかありません。

 ギチギチに並んだ3台のベッドを見ながら、しかも見も知らぬ両側の患者さんの呻き声を聞きながらの状況は、精神衛生上もよくないと思います。妻の治療は、脳の中のアミロイドβ を取るための、痛くも苦しくもない点滴治療を受けることです。この治療は今年の9月まで、毎月2回続きます。あと10回はあるので、次回には担当医の先生に穏やかな環境での点滴治療をお願いしようと思っています。

 点滴終了後は、30分は安静のためにベッドから降りられないはずです。しかし、今日はどうしたわけか点滴が終わると、もう帰ってもいいと言われたそうです。いつもよりも早く観察室から出てきました。
 私は、両隣から呻き声が聞こえる狭いベッドの間にいるわけにもいかず、待合室で点滴終了後の30分を待つつもりでいたのです。これまでとは違う対応に戸惑いながらも、ラウンジで軽食をたべながら、帰りのバスの時間を待ちました。

 京大病院で昨年の半年間の点滴治療の折には、病院内であれば休憩所で休むなり食事をしてもいいことになっていました。点滴後に何か体調の変化があれば、院内にさえいればすぐに対処できるからです。この宇治徳洲会病院でも最初は、京大病院ではそのような対処がなされていたことを看護師さんにお話しても、マニュアルを見ながら、30分間はベッドの上で待機をという指示は変わりませんでした。お昼ご飯も食べられず、午後2時過ぎまでベッドの上です。よくわかりません。とにかく、病院では言われるままにすることが求められているので、その指示に従っています。いろいろとあるものだ、ということにしておきます。

 以下、昨日私の身に起きたことを記しておきます。
 2年半前に、私が脳梗塞で京大病院に入院した時のことに関連することです。私の毎日書くブログが、あの時の治療に役立ったからです。

 あの時は、入院してすぐに主治医の先生の問診を受けました。その時に、私がブログに体調のことを書いていたことに眼を留められ、いつから脳梗塞の前兆があったのかということで、私の記憶よりもブログの記録から、もう1日早い段階に徴候があったことを指摘されました。
 そして、脳内の詰まった血管に流す血液サラサラの薬の量を、最大に近い点滴に替えるという決断をなさいました。その判断が功を奏したために、今こうして手足のマヒが最小限に留められています。当初想定されていた、車イス生活、右手の半身不随、言語障害、という事態が回避出来たのは、この主治医の先生の思い切った対処によるものだそうです。

 そんなことがあったので、再発は避けられないと言われている私に起きる次の脳梗塞の対処のためにも、細やかなことながら今私の身体に起きたことを記しておきます。

 昨日は、ブログにも書いたように、下鴨神社の獻木式典に参加しました。そして自宅に帰ってすぐの16時頃に、どうしたことか突然に身体が揺れて、和室の座布団の上に引っ繰り返ったのです。意識が少しの間とはいえ、フッと飛んだように思います。こんなことは初めてです。
 転倒したことによるケガなどはありません。数分後に眼が明き、周りが見え、妻と話ができました。

 今から思っても、昨日の夕方に何があったのか、自分でもよくわかりません。
 2年前の夏には、一緒にいた姉が、私の歩き方がおかしいというので、強引に救急車に乗って京大病院へ行き、即入院治療となりました。

 今後、もしなにかあったら、昨日のことが何かの手掛かりになるかも知れないので、ここに記録として残しておきます。
 今は、何も自覚症状はありません。いつものことながら、右足に違和感があり、このところの天候の変化の影響もあってか、右足を前に踏み出すのに少し意識して足首をはね上げるようにして歩いています。それ以外は、いたって元気です。




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2026年04月29日

下鴨神社に獻木した後は記念に花と茶碗と箸を求める

 今日の「昭和の日」は、元々は昭和天皇の誕生日(天皇誕生日)でした。その後「みどりの日」を経て国民の祝日となりました。
 下鴨神社では、悠久の太古以来の糺の森の自然環境を保護し未来へ継承するために、市民植樹祭に取り組んでおられます。その一環として成木の獻木に関する報告祭と式典や植樹が開催されました。次の写真の楼門の柱に記されている通りです。

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 今回、私は妻と連名で欅を獻木しました。式典の場所は、糺の森の馬場でした。

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 現宮司、前名誉宮司、京都府知事(代読)、国会議員などなど、多くの方が列席しておられました。
 獻木者は23名と聞いていたので、こぢんまりとした式典かと思っていました。ところが、参加してみるとボーイスカウトやガールスカウト等も含めて大勢の方が集まっておられました。獻木者は、遠くは千葉県からと、多彩な方々です。祝詞の中に獻木者の紹介があり、式典の後に名前を呼ばれて植栽場へ移動し、ショベルで欅に土掛けをしました。

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 この馬場の地で1年間育て、来年の2月には御蔭通に近い泉川(次の写真の右側)か瀬見の小川(次の写真の左側)の木々の中に移されるそうです。

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 来年以降、下鴨神社にお越しになったら、私と妻の獻木である欅をご覧ください。

 式典会場の横では、ガールスカウトの方たちが呈茶をしておられました。ありがたく、若い子が点てたお茶をいただきました。茶碗には、二葉葵が描かれていました。

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 会場の横では、花や木の頒布会もありました。花好きの妻は、腰の高さまでしか大きくならないという長寿桜を早速いただいていました。

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 その隣には、洋花のクレマチスが並んでいました。井上靖が大好きな私は、次の記事にこの花にまつわる話を書いています。

「クレマチスの丘にある井上靖文学館」(2011年08月21日)

 これは、私がいただきました。珍しいことです。

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 無事に式典も終わった頃に、NHK の取材を受けました。どうしたことか、私はよくマスコミの取材を受けて来ました。今日の記者の方は、何か話しそうな雰囲気があり、妻との雰囲気も良かったので声掛けをした、とのことでした。2年前は、大河ドラマで『源氏物語』をやっていたことから、いくつかの取材をうけました。しかし、NHK の取材はあまり好きではありません。こちらの意向が、ことごとく違った解釈で放映されることが多いからです。

 その点では、私が大阪府立高校の教員をしていた頃から何度も取材をしてくださった毎日新聞のHさんと、国文学研究資料館に在職時によく記事に取り上げてくださった朝日新聞のSさんは、正確な内容でレベルの高い、そして好意的な記事に仕上げておられました。最近近付いて来られるマスコミ関係の方は、インタビューから記事に仕上げる段階で、私が言うのも気が引けるものの格段に質が落ちているような気がします。

 今日の方も、我々の金婚記念の獻木という視点でまとめようとされていたようです。私が『源氏物語』に関係する仕事をしていることや、この下鴨地域に長くすんでいたこと、前の権禰宜さんの後輩であることなどには、まったく興味を示されませんでした。NHK は活字媒体のメディアではないので、再確認ができない消えていく情報発信媒体です。いつ、どの番組で放送されるのかは知りません。ご勝手にどうぞ、というスタンスでいます。
 それに引き換え、カメラマンと音声の方は熱心に我々の植樹の場面を撮っておられました。

 帰りに、出町柳にある骨董屋の「京や」さんに立ち寄りました。獻木記念に茶碗をいただこうと思ったからです。いつものオーナーは、今の時期の茶碗はここにはないので、南店に行ってみてほしいとのことでした。
 ぶらぶらと南店に行くと、オーナーから連絡があったようで、カキツバタの茶碗が見つかったから持っていくので、少し待ってくれとのとこでした。ここでは、このお正月に桜の茶碗を用意していただきました。待っているうちに、春慶塗風で扇子の形の入れ物に収める箸をいただきました。
 届いた茶碗と一緒に写真に撮りました。

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 次は、6月頃に来るので、夏の茶碗をお願いしておきました。ヒマワリの絵が描かれていたらおもしろいですね、と言いながらお店を後にしました。




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2026年04月27日

京大病院からお茶のお稽古がある西大寺へ直行

 早朝は雨でした。如意ヶ岳の大文字は雲に覆われています。

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 今日は、消化器内科の検査で、MR-MRCP(腹部)による検査を受けました。MR 装置を使って、胆嚢、胆管、膵管の鮮明な画像を撮る検査です。事前に造影剤を飲み、丸いドームの中に身体を横たえ、体内の断層写真を撮ってもらいます。息を一杯に吸い、しばらく止めて、指示があると吐きます。この繰り返しの間に、断層写真が撮られていきます。内視鏡もカテーテルも使わないので、身体への負担がなくて楽でした。ただし、朝食を抜いているのでお腹が空いています。

 今日は検査だけなので、すぐに終わりました。
 この検査結果が2週間後にあります。しかし、その日はお茶のお稽古の日になっているので来られません。予約の変更をお願いしたところ、次はなんと8月になるとのこと。受付の方と相談の結果、私が来られる日に待ち時間を覚悟で来て、対処していただくことになりました。
 この病院は先生の入れ替わりが激しく、カルテはそのためにもネットワーク上で共有されているので、特に複雑な事情がない限りは別の先生でも問題はありません。
 今回の消化器内科の主治医も、今月から別の先生になったばかりなので、何かと融通のつく診療態勢のようです。2〜3年おきに主治医の先生は替わります。

 帰る頃には雨も上がり、大の字がきれいに見えました。

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 病院の近くにある京阪電車の神宮丸太町駅から電車に乗り、丹波橋駅で近鉄丹波橋駅に乗り換え、一路大和西大寺駅に向かいます。午後はお茶のお稽古があるからです。京都から奈良への移動に、乗車時間はちょうど1時間です。

 お稽古の会場には、だいたい30分前に入るようにしています。私と妻のためのテーブルやイスを出したり、他の方がお湯を沸かされるお手伝いをして、お稽古の用意をします。

 今日の私のお稽古は、道庫を使った薄茶のお点前を、懐かしい丸卓の棚を組み合わせた練習でした。丸卓は、総飾りにすると道具を持ち帰るものが少なくて出入りが楽です。年寄りがお話をメインにしてお茶を点てる時には、非常に都合のいいお点前です。
 6〜7年前は、この丸卓を使った「入れ子点前」ばかりを練習していました。お点前がすべて終わってから、棗と茶碗を一気に丸卓の天板の上に持ち上げます。すでに置いてある柄杓の左右に、この棗と茶碗を置く時が一番気持ちのいい瞬間なのです。これをしたいがために、この入れ子点てをしたくなるのです。
 来月からは炉から風炉になります。この「入れ子点前」のお点前で、少しずつ思い出したいと思います。

 今日は、両足の膝下にタオルを敷いて左右に向きやすいようにしたはずが、右足のタオルがうまく滑ってくれません。他の生徒さんから、マイクロファイバーなどの素材がいいのでは、というアドバイスをもらいました。次は、畳の上を滑りやすい、下敷きになるような素材の小物を用意して行きます

 妻は、盆略手前の流れのおさらいです。一通り通しでやっているのを見ると、先生の誘導が巧みなこともあり、それなりにお点前をやっている格好になっていました。ただし、袱紗さばきや茶碗の扱い方などは、何度も繰り返し練習をやっていました。茶杓を拭く動作も苦戦していました。
 そんなことがあっても、楽しい楽しいと言って嬉々として取り組んでいるので、お稽古の場も明るくなります。みなさんの緊張感も、幾分和らいでいたのではないでしょうか。ずぶの素人である妻の参加であっても、それなりにこのお稽古の場に溶け込んできました。終わってからも、他の生徒さんたちとの会話も増えてきています。

 先生が選んで来られる季節感溢れる和菓子と、身体に良い抹茶をいただき、お点前を身体に覚え込ませ、他の生徒さんたちとの交流もあり、さらには先生からお花の話やお茶の心得などをうかがいます。学ぶことの楽しさが、日々の中に一つ増えました。願ってもない刺激となっています。




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2026年04月23日

[その1]脳神経内科の先生にいろいろと教えていただく

 雨雲に覆われた大文字山は、山の上半分がまったく見えません。

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 院内学級の畑では、赤とピンクと紫のスイートピー・菜の花・イチゴが、雨に打たれながら鮮やかな色で咲いています。

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 この写真を撮っていたら、若い女性が深々と頭を下げながら、何か声掛けをして通って行かれました。その方のお子さんが入院中で、我々を花の世話をしている職員か家族と思われたのでしょうか。こちらも、丁寧に「どうも」と答礼をしました。

 今日は、私の脳梗塞による後遺症の対処で来ています。妻は、私の付き添いで来るといつも院内にある本の広場「ほっこり」で、のんびりと何時間でも本を読んで待っていてくれます。これは、日比谷図書文化館と同じパターンの時間の過ごし方となっています。
 この本の広場「ほっこり」がある階には小児科病棟があるので、この広場で子供たちが先生に本を読んでもらったり、自由気ままに本を読んだりしています。子どもたちにとってはもちろんのこと、付き添いや診察待ちの大人にもありがたい、なかなかいい雰囲気の一角が用意されています。何度も入院した私も、折々にここで本を読んでいました。

 さて、今日の診察では、その後の変化についての確認がなされました。血圧や体重の変化や日常の過ごし方などです。
 過日、地域の集会所で歩行測定をした時の資料を見てもらい、こんな結果が出たことをお話しました。使用された「歩行分析AI、CareWiz トルト」のことはご存知でした。しかし、京大病院では使っていないので、初めて結果の報告プリントを見た、とおっしゃっていました。
 歩く距離が5メートルだったので、うまくAIを騙せたことを伝えると、先生は笑っておられました。

 この歩行計測のことは、過日の「歩行分析AI測定に関する結果の報告」(2026年04月10日)"http://genjiito.sblo.jp/article/191677278.html"という記事に書いています。

 【左右差】が5点という評価で、左50.8%・右49.2%という結果について説明してくださいました。これは、左右の足で支える時間の割合を表すものです。AIの判定は、「左右とも50%に近いほど良い歩行状態。」という評価です。
 こうした高評価が出たのは、私が不自由な右足を引き摺らないために蹴るようにして歩くため、右足が身体を支える時間が少し短くなり、バランスがとれているように判定されたようです。また、私が左に寄りがちな歩き方をするために、妻がいつも左側に寄り添ってくれているのも、この右足を意識して蹴り上げて早く持ち上げるために、自然と左側に重心がかかるからでは、とのことでした。なるほど、と納得しました。

 今日は、先週金曜日に入っていた糖尿病・内分泌・栄養内科の診察をすっかり忘れていたため、3週間後に変更してもらいました。予約を失念したのは、長い通院の中で初めてです。
 そういえば、最近はいろいろと物忘れが増えてきたことを自覚するようになりました。もう少し様子を見て、さらに物忘れが増えるようであれば、妻が早い段階で最新の治療に取り組み大事に至っていないことを思うと、私も早い段階で検査をしてもらうことを考えた方がいいかもしれません。
 京大病院には「もやもや外来」という科もあるので、場合によってはそちらの検討も考えます。いずれにしても、加齢に伴うこととはいえ、いつものように打つ手があるのであれば善は急げです。
 また、再来週に予定されていてるMRの検査結果を聞く日が、ちょうどお茶のお稽古が入っている日とダブっていました。そのことの対処も診療科の方と相談をしていたために、院内での時間が長くなりました。

 夕方ようやく病院を出ると、外はさらに冷たい雨になっていました。昨日、宇治川の派流で新緑を楽しんだことが嘘のような、極端な天候の変わり具合です。今後とも、こうした天候の異変に悩まされるのでしょうか。これからの気温が、40度とか45度とかの対処をどうするか、ということが話題になっています。いろいろな基礎疾患の問題を抱える身なので、体調管理には気をつけて過ごすことにします。




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2026年04月16日

担当医の配慮と走り回る看護師さん

 今日も妻の点滴の付き添いで病院へ行きました。
 いつもの先生の診察では、手続きをするが早いか診察室に呼ばれました。ソファーに座って40分は待つところを、電光石火の診察室入りです。
 あまりの速さに驚いていることを先生に伝えると、面談で今日の状況が確認できたら、すぐに用意してある点滴ができるといいと思って、のことだそうです。ありがたい配慮です。

 2階から1階に降りて、観察室で点滴のファイルを受付のボックスに提出します。これから長い待ち時間があります。
 今日も、1時間以上待ちました。1時間経った頃に妻は受付へ行き、名前を呼ばれたのでしょうか、とそれとなく催促に行きました。他の方を見ていると、忘れられているケースもあるようなので、看護師さんにプレッシャーをかける必要があります。

 案の定、それから5分もしないうちに名前を呼ばれました。とにかく、言ってみるものです。
 点滴が始まってからも、2人の男性の患者さんが、何度もまだ呼ばれないがと不満たらたらの口調で、入れ替わり立ち替わり言い寄っておられました。

 ベッドの間が狭いのと、パイプ椅子で座り心地が良くないので、私は外の待ち合いのソファーで点滴が終わるのを待つことにしました。

 何度か、看護師さんが観察室を走って出て行かれました。看護師さんの絶対数が極端に足りないので、みなさん忙しくて飛び回っておられます。本当に、走っておられます。付き添いだからと言って、私がのんびりと本を読んでいる雰囲気ではありません。

 それでも、いつもより1時間も早く自宅に帰れました。診察してくださる担当医の先生が、サッと手回しよく配慮してくださったからです。

 それにしても、妻の点滴の順番が回ってくるのがおそ過ぎます。
 半年先までの点滴治療の日時は、あらかじめ決まっています。それなのに、毎回1時間以上は待たされます。看護師さんは、順番に用意しています、とおっしゃいます。しかし、妻のようにレカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、他にはどなたもいらっしゃらないようです。京大病院からの依頼で、代替病院として請け負って実施してもらっています。
 日時が決まっていて、使用する薬液も特殊なものです。予約が半年前から入っているので、その準備はなされていて当然だと思われるのに、いつも準備をしているという理由で1時間以上待たされています。なにか釈然としません。

 しかも、重症患者や危篤状態の方の隣のベッドの時や、看護師さんが走り回っておられる中なので、心静かに点滴を受ける環境ではありません。付き添いとして私が一緒に来ているので、多忙な看護師さんの目が常に届く場所でなくてもいいはずです。非常ブザーのボタンは手にしているのですから。

 これを言ってはいけないと思いながらも、京大病院では心安らかに横たわれるベッドで点滴が始まり、看護師さんは何かあれば呼び出しボタンを押してください、と言って、後はよろしくと言ってベッドから離れて行かれます。付き添いの家族がいる場合は、それでいいのではないでしょうか。そもそも、この治療は、付き添い人がいることが前提でなされているところがあります。認知機能のことで来ているので、一人だけで来て診察を受けるのは特別の場合のはずです。

 少子高齢化のご時世です。いろいろと事情があってのことと思うものの、今のままのシステムでは、とにかく看護師さんの負担が益々増えていくように思えます。内部では十分承知のことでしょう。しかし、それを患者側に心配させ、不安がらせるのは継続的な医療のためにも得策ではありません。

 今後の高齢化社会を見据えると、抜本的な医療体制の見直しが求められる状況であることを、一患者として思わざるを得ません。これまた、病院側においては重々承知のことでしょう。医療費の問題はさておき、とにかく、人材の確保に尽きるのでしょうが……




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2026年04月14日

昨日の法華寺でいただいた入浴剤の効能

 昨日、奈良の法華寺でいただいた「施薬院・くすり湯」という入浴剤を、今夜のお風呂に入れたところ、身体がホカホカと温まり、疲れが一気に取れた気がしています。

 そこで、生成AI氏に、これはどのような効果によるものなのかを聞きました。
 提示した情報は、成分として明記されていた「シャクヤク・トウキ・オウバク・ドクカツ・センキュウ・チンピ・ガイヨウ・コウカ」です。

 これら8種は「体を温め、血の巡りを促し、痛みや荒れを癒す」目的で配合され、体の芯から温める・血行をよくする・温浴効果を高めてリラックスする、とされているものだそうです。

 以下、生成AI氏の説明を引きます。

■どうして「ホカホカ」「疲れが取れた感じ」が出やすいのか
 特に中心になっていそうなのは、当帰・川芎・紅花です。
 これらは一般に、冷えや血行不良に関係する処方で重視される生薬で、当帰は冷え症の改善目的で多く用いられ、川芎は血行改善、紅花は血流促進・血の滞りの改善で知られています。
 ですから、湯の熱に加えて、こうした配合が「湯上がり後も温まりが続く」感じにつながった可能性があります。

 さらに、芍薬と独活は、一般に筋肉痛・腹痛・こむら返り・関節痛・頭痛など“痛み”や“こわばり”に関わる処方で使われます。入浴後に「身体がゆるんだ」「疲れが抜けた」と感じたなら、こうした方向の作用イメージとも合います。

 加えて、艾葉は体を温める方向、陳皮は芳香性があり健胃・鎮静・去痰作用を期待して使われる生薬です。入浴中の香りで気分が落ち着くと、主観的には疲労感が軽くなったように感じやすいです。

 黄柏は外用で消炎方向に使われることがあり、肌荒れや軽い炎症っぽさに配慮した配合とも読めます。商品側でも、肌の荒れを防ぐ方向がうたわれています。

■まとめると
 この入浴剤で感じられたのは、主に次の組み合わせだと考えるのが自然です。
・湯そのものの熱
・当帰・川芎・紅花などによる「巡り」「冷え」方向の配合
・芍薬・独活などによる「こり・痛み・こわばり」方向の配合
・陳皮や艾葉の香りによるリラックス感
したがって、あなたが感じた
「身体がホカホカする」→血行・保温感
「疲れが一気に取れた気がする」→温浴+筋肉のゆるみ+香りによるリラックス
という理解で、かなり筋が通っています。


 なるほど、そのような効果があったのか、と納得しています。
 この説明の中でも、「川芎は血行改善」「紅花は血流促進・血の滞りの改善」とあるのは、私の脳梗塞で処置されている血液サラサラに該当します。
 また、ここ数日は家具の移動などで筋肉を使っているので、「芍薬と独活は、一般に筋肉痛・腹痛・こむら返り・関節痛・頭痛」に効くとされていることに思い至ります。
 さらには、お腹の不調と花粉症で鼻や喉が荒れていたことは、「艾葉は体を温める方向、陳皮は芳香性があり健胃・鎮静・去痰作用」とあるものに関係します。「黄柏は外用で消炎」とあるのは、花粉症や皮膚のかゆみの緩和に効果があったようです。

 ということで、この入浴剤に配合されていた漢方は、今の私にピッタリだったようです。
 いつも、薬局で入手した薬用入浴剤を入れて温泉気分を満喫しています。これからは、こうした漢方薬を配合したものも取り入れて、快適な日々が過ごせるようにアレンジしたいと思います。




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2026年04月02日

またまた点滴の付き添いで思ったこと

 今日も、宇治徳洲会病院へ行きました。隔週で妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療の付き添いです。いつものように、帰宅するまでに6時間かかりました。お決まりのルーティンなので、毎回もっと要領よくすればいいのに、と素人としては思います。とにかく、人手が足りないのと、段取りが良くないので手間と時間がかかっています。

 付き添いで来ているので、ベッドの横に座って様子を見るのが私の役割です。しかし、今日はイスがなかったので付き添うことができず、外のソファーで点滴が終わるのを1時間半も待っていました。看護師さんにイスがないことを言っても、別室に取りに行ってもらえるわけでもないので、外で待つしかないのです。
 この観察室には、ベッドが16台あります。しかし、折り畳みイスは5脚しかありません。肘当てが付いたどっしりとしたイスが2台あります。しかし、それはベッドの間が狭すぎて、残念ながら入らないのです。

 点滴が終わると、さらに30分間はベッドの上で安静です。帰りの最終バスの出発時間を気にしながら、また、その後の会計での支払いも気にしながら、じっと時計と睨めっこです。
 京大病院では、お昼を過ぎているので館内で食事をしながらのんびりと30分を、という対応でした。館内にいて、何か変調があればすぐに連絡を、とのことだったのです。
 比べてはいけないと思います。しかし、この宇治徳洲会病院でも点滴が終わるのが13時なので、妻は9時から13時まで、空腹に耐えるのが大変な苦行となっています。おにぎりでも持参すればいいのでしょうが。

 何とかバスには間に合いました。
 今日も、忍耐の1日でした。




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2026年03月19日

病院での点滴治療の合間に考えたこと

 今朝は熱もなく、スッキリと目覚めました。この3日間は、得難い休息日でした。
 今日は、宇治徳洲会病院で妻が月2回の点滴を受ける日です。
 点滴前に本人の状況を確認する、担当医の問診があります。先週の京大病院で受けた検査の結果を、先生に口頭で伝えました。
 [参照]「京大病院で妻に朗報あり」(2026年03月12日)"http://genjiito.sblo.jp/article/191651268.html"
 数値を聴いて先生は、これ以上よくなることは考えられないものの、この一年間で認知機能がほとんど下降しなかったことは、レカネマブ(レケンビ)による点滴治療がよく効いていたということである、とおっしゃいました。取り組んで良かったと思います。
 「高齢者総合機能評価(CGA)」と「認知症の重症度(CDR)」の数値に関する説明も、簡単にしてくださいました。脳内のアミロイド β の量が減っているのかどうかは、半年後の今年9月の最終検査に負うことになります。
 その後の治療のことは、その9月で一旦このレカネマブ(レケンビ)の点滴治療が終わるので、それから京大病院の主治医と相談して考えることになっています。

 次は、1階の観察室で点滴を受けます。今日も、狭くて硬いベッドでは背中が痛いので、最初に布団1枚を半分に折って敷いてもらいました。

 ベッドの横の台の上には、レカネマブ(レケンビ)が入った透明の点滴用のビニール袋と、最後に血管の中をきれいにする生理食塩水が入った小さな点滴用のビニール袋が、金属のトレーの上に乗っていました。病院からもらう診療明細書には、注射に関する項目に次のように記されているものです。

*レケンビ点滴静注 500mg 5mL 1瓶
*生理食塩液バッグ「フソー」250 mL 1袋
*大塚生食注 50mL 1瓶

 注射針とチューブもその液体が入った袋の下に置かれています。看護師さんがすぐにどこかへ行かれたので、このトレーをこのまま放置していていいのか不安になりました。無造作に置かれている薬品と道具の写真を撮ろうかと思いました。しかし、あまりにも信頼していないことになるので、思いとどまりました。

 最近、埼玉県立小児医療センターで、注射後に重度の障害を発症し、男性患者3人のうち10代男性1人が死亡した、というニュースが話題になっています。
 「髄腔内(ずいくうない)注射」という、標準的な治療法だったそうです。しかし、なぜそのような医療過誤が起きたのか、原因の特定にはいまだ至っていません。注射に至る工程や手順には、今のところは問題は確認されていなそうです。
 使われるはずがなかった、神経障害などを引き起こす劇薬の抗がん剤が検出されているので、どこかの段階で注射器の液体の中に入ったのです。薬品の管理と手順に間違いがなかったのであれば、注射に至る引き継ぎが十分になされていなかったのでは、と素人ながら疑問を持っています。

 そんな事故が現在進行形で報じられているので、今日は特に薬品と道具に目が行きました。
 これまでにも何度も書いたように、この病院は看護師さんが不足していて、毎回ドタバタ劇を見せられています。
 複数の患者のことに関わり、集中できない中で、看護師さんは大忙しです。妻の点滴治療はこの病院では他になされていない性格のもののようで、作業手順書を見ながら取り組んでおられます。特に、レケンビ点滴が1時間で終わり、大塚の生食注射で血管をきれいにする時には、いつも針の入れ替えと手元のコックの操作で混乱しておられます。

 これまでに京大病院で12回、この宇治徳洲会病院ですでに12回の点滴を真横で見てきた私は、この治療の手順を熟知しているので、横で見ていて何か言いたくなります。しかし、ジッと我慢をしています。途中で別の薬剤が、何かの間違いによって追加で注入されることのないように、チラチラと見ています。

 看護師さん、信用していなくてすみません。現実に、医療過誤の話をいろいろと聞いているので、妻と話をしながら、点滴治療の様子をみながら付き添いをしているのです。

 今日も、両隣には大変な症状の方がおられました。他にベッドが空いているので、もう少し離してほしいところです。しかし、少人数の看護師さんたちで患者の様子を見るためには、まとめて視野の中に入っている方が助かるのでしょう。
 その対応の合理的な理由は理解できるものの、亡くなられる直前の方の近くや、苦しさで呻き声を上げておられる方の横では、妻も平常心で点滴治療は受けられません。このことは、どの段階で誰に言えばいいのか、次回には思い切って提案してみます。

 とにかく、無事に終わり、帰宅したのは午後2時15分でした。朝は9時25分に家を出たので、約5時間の付き添いでした。前回よりも1時間短くなったのは、病院内で効率的な移動ができたからだと思われます。病院の方々の熱意と努力には感謝しています。しかし、もっと効率的な書類の回し方や個別の対応の方策はあるので、解決策は数多くあります。

 しかし、その前に看護師さんたちの入れ替わりが激しいと聞いているので、作業手順の熟知熟達が医療行為の手順の効率化の上で考慮に入れられないとしたら、やはり人間が走り回るしかないのかもしれません。

 今後の高齢化社会を見据えて、何か名案を考えなくては、病院側も患者側もストレスが溜まるだけです。門外漢ながら、これは大変な問題だぞ、と思うようになりました。




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2026年03月17日

音楽を聴きながら1日中うつらうつら

 今日も、朝から微熱がありました。さらには、腹痛も。
 腹痛は消化管のない私にとっては、年がら年中のことなので心配はありません。微熱が気掛かりでした。
 38度を越えるとお医者さんに行きます。しかし、37.5度前後なので悩ましいのです。
 結局、夕方まで熱による気怠さに苦しめられました。

 終日、音楽を聴いていました。音楽づけの1日というのは、入院体験が豊富な私にもめったにないことです。
 iPhoneの中に入っている、歌詞のない軽いものです。

「ポールモーリア」「パーシー・フェイス」「バート・バカラック」「ビリー・ボーン」「フランシス・レイ」「ヘンリー・マンシーニ」「マントバーニー」「リチャード・クレイダーマン」「レイモン・ルフェーブル」

 プレイリストを見ると、なんと322曲もあったのです。うつらうつらと聴いていたので、聴き流していたというのが正しいようです。

 「ムーン・リバー」「時の過ぎ行くままに(As Time Goes By)」「男と女」「エンターテイナー」「シバの女王」は大好きな曲です。「シバの女王」以外は映画と共に親しんだ曲なので、この曲が流れていたシーンが思い出されます。今の若い人は知らない曲なのでしょうが。

 慌ただしく時間が流れていく日々の中で、こうした時を持つのもリフレッシュのためにいいものです。




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2026年03月16日

体温が乱高下したために休息日とする

 今朝は起き抜けから、身体が熱っぽいのでじっとしていました。よくあることです。少し休んでいると、いつの間にか熱は下がります。

 しかし、今日はなかなか下がりません。測ると、38.2度です。熱冷ましと栄養ドリンクを飲んで様子を見ても、一向に良くならないのです。

 今日はお茶のお稽古の日なので、早々に先生にお休みの連絡を入れました。

 先週の土曜日のことでした。中之島図書館での社会人講座の前に、近所の外科へ行きました。数日来、左足の親指が鬱血して黒くなっており、痛みもあったので診てもらいました。昨年9月に、左足の親指を捻って腫れ上がった場所です。
 先生は、脳梗塞で血液サラサラの薬を飲んでいるので、その関係で滲み出した血が皮膚の下を移動しているのではないか、とのことでした。足のレントゲン写真を撮っても、骨に異常はありません。湿布をして様子を見ることになりました。

 その左足のつま先の痛みに加えて発熱なので、今日のお茶のお稽古は無理です。思いきって休むことにしました。

 一日中、体温は37〜38度を上下していました。予定していた仕事のことも気になります。しかし、とにかく身体を休めることを最優先にしてのお休みにしました。




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2026年03月12日

京大病院で妻に朗報あり

 今日の大文字は、春に向かっているせいか少し霞んで見えました。

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 入院中の子どもたちの院内学級の畑には、チューリップが姿を見せています。

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 今日は、レカネマブ(レケンビ)の治療に入ってちょうど1年目なので、この間に妻の脳内に出血など何か変化が起きていないか、点滴の副作用はないか、ということを調べてくださいました。
 先ずはその確認として、MRIの検査です。ベッドに横になり、円筒形の中に頭を入れて、頭部の断層写真を撮ります。これで、脳内に出血や水分が漏れ出していないかを見るのだそうです。

 次は、CGA(高齢者総合機能評価)のテストで、担当の先生と対面での問診です。
 まず私が、最近の妻の様子や半年前からの状況と、何か変化がないかということを聞かれました。概ね大きな変化がないと答えました。この私に対する面談では、1年前と半年前の2回の記録を見ながら、日常生活に関する質問が中心になされました。

 一通り終わると、変わって妻が聞かれる、という段取りです。
 妻には、認知機能検査と心理検査があったようです。今日も、担当の先生と妻は笑い転げながらの問診でした。廊下にある待ち合いのソファーにいた私は、前回と同じ様子だったので、大丈夫かと思うほどに2人は盛り上がっていました。

 最後は、検査結果を基にした主治医の診察です。
 今日の断層写真の説明を受け、半年前とほとんど変わらないことがわかりました。つまり、新しい出血や水分の漏れはなかったのです。そして、テストでもこの1年間でほとんど変化がなかったのです。というよりも、かえって少し良くなったようです。
 アミロイドβ の減少については、今日の検査項目には入っていませんでした。

 CGAテストの結果は、「認知機能(MMSE:30点満点)」が今回は24点。半年前が23点、1年前が24点でした。この1年間にほとんど変化はなく、かえって昨秋からは少し良くなっているとのことです。23点以下で認知症の可能性を疑うという指標があるので、まさにボーダーラインすれすれの状態だということです。

 また、「認知症の重症度(CDR)」については、昨年からずっと「2.5」なのだそうです。つまり、他にもいろいろな検査項目や数値がある中で、今日のところ妻は「軽度認知症の初期レベル」だと考えていいようです。そうであれば、日常的に身の回りにいらっしゃる高齢者の方々と同じように、少し物忘れが見られる状態だと考えてよさそうです。

 なお、治療を開始してからほとんど変化がなく、昨秋から数値が少し良くなっている理由の一つに、今年から始めたお茶のお稽古がいい意味で影響しているとのことでした。本人も楽しいと言って毎週通っているので、いいタイミングで取り組んだことを先生も非常にいいことだと喜んでくださいました。

 この調子で、これからも適度に刺激のある日々を送ろうと思います。
 認知機能が1年間で特に低下はしていないことがわかり、お互いに安堵の帰宅となりました。




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2026年03月05日

[その2]宇治徳洲会病院に付き添って

 毎月2回、妻はレカネマブ(レケンビ)の点滴でアミロイドβ をなくす治療を、今は宇治徳洲会病院で受けています。毎回それに、私は付き添っています。

 最初の診察で、担当の先生が京大病院の主治医と会う機会があったとのことで、現在の状況をお話して来られたようです。今の担当医も京大病院からの先生なので、情報交換をしておられるようです。
 宇治徳洲会病院で処方されたドネペジルという薬の副作用が酷かったために、京大病院に変えたことに関連して、今の穏やかで朗らかな様子からは想像できないことなので驚いている、とのことでした。薬の副作用は、とにかく恐ろしいものであることを、我々は身をもって体験しました。一年半前のことを思うと、今の平穏な日々が嘘のようです。

 さて、点滴治療の前に、私が看護師さんに一つお願いしたことがあります。それは、点滴を受けるベッドが硬すぎていつも身体が痛くなるので、掛け布団を一枚下に敷いてもらえないか、ということです。いつも点滴の一時間半は、妻が苦痛に耐えていることをご存知なので、すぐにもう一枚の掛け布団を持って来て敷いてくださいました。お願いしてみるものです。というよりも、みなさんが同じ状況で横になっておられるので、この配慮はすべての方に必要だと思います。硬くてすみませんね、で済ませるのではなくて、ぜひ少しでも苦痛がない環境で対処ができるように検討していただきたいことです。

 いつもは、背中が痛いので気を紛らわせるためにも、妻の横でお話をしていました。しかし、今日はすぐに寝入ったので、私は外の待ち合いのソファーで持参していた写本の校正の仕事をしていました。集中できたので、予定の分量はすべて終えました。相愛大学本『源氏物語 橋姫』(断簡)の「変体仮名翻字版」は、無事に完成しました。

 点滴が終わったのが午後1時過ぎだったので、会計をしてからティルームで軽くお腹を満たし、それから送迎バスで帰りました。
 帰宅は、やはり3時頃になります。あと半年は、こうした治療が続きます。
 来週は、京大病院でMRIや血液検査と共に問診によるテストもあります。さて、アミロイドβはどれくらい消すことができたのでしょうか。検査とテストの結果を元にして、この一年間の治療の中間報告があります。最近は調子がいいようなので、おそらく、あまり進行していないという話ではないか、という流れになることを願っています。




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2026年02月19日

点滴に付き添う中で医師や看護師の不足について思うこと

 朝から、宇治徳洲会病院へ送迎バスで行きました。
 今日は、スムースに診察をしてもらえ、引き続き観察室での点滴も手際よく順番が回ってきました。受付票をいかに早く受付窓口に提出するかが勝負です。

 前回までの点滴の痕が、妻の左右の腕に6箇所も紫色の痣となって残っていました。看護師さんには、なかなか言いにくいことです。運良く、今日はかなり薄くなっていたので、何も言わずに点滴を受けたようです。私の身にしては、家庭内暴力の痕跡だといわれないか、他人事ではない問題でもあります。

 針を挿す時には付き添いは外で待つように、とのことになっています。京大病院ではそのような制限がなかったので、どのような経緯で点滴の準備や手順でなされているのか、私にはわかりません。

 頃合いを見計らって、妻が横になっているベッドに行きました。相変わらず、プラスチックの細長い板にシーツが掛かっているだけなので、今日も背中が痛い痛いと言っています。着ていたダウンのコートを肩の下に敷いていました。
 隣で点滴を受けている方とも、背中が痛い話に終始していたようです。定期的に受診をしていて、毎回1時間半も横たわるのは、この病院では妻だけのようです。次からは近くにある掛け布団を借りて、下に敷いて対処しようか、と相談をしました。

 レケンビの点滴は250cc です。1時間過ぎて終了のブザーが鳴っても、看護師さんは忙しいので来てもらえません。点滴の容器が空になり、空気がチューブを伝って降りて来ます。降り切った頃に、こちらから通りかかりの看護師さんを呼んで、終わりの対処をしてもらいました。

 次は、生理食塩水を点滴のチューブに流して、最後に血管などのお掃除(?)です。ところが、そのチューブをどうしたらいいのか担当の看護師さんにはわからないため、シートになっていたレケンビの手順書を見ながら、いろいろと抜き差しをしておられます。ピストン式の注射器を、チューブの中間部分にある差し込み口に入れられました。私はもうこの点滴に20回ほど立ち会っているので、それはまだ早いですよ、と言いたくても言うわけにはいきません。その注射器をチューブに差し込んだまま、生理食塩水の針をレケンビの口に差し込まれました。

 しかし、思ったようには生理食塩水の液体は流れ出てくれません。私には、どうすればいいのかわかっていても、正しい手順を言うわけにはいきません。

 四苦八苦しておられる内に、ようやく点滴が落ち出しました。ところが次に、生理食塩水のセットの終わり方がわからないために、また針や調整用のスライダーをいじっておられます。どうすればいいのかわかっている私の方が、ハラハラします。

 京大病院では5分ほどで終わる最後の仕上げの作業に、ここでは25分もかかりました。しかも、あと30分はベッドで休んでいるように、とのことでした。京大病院では、と言いかけてグッと我慢しました。

 点滴が終わってから1時間後に発車する帰りの送迎バスには、これでは間に合いません。点滴の事後処理が1時間もかかるという、なんとものんびりとした手際の悪い対応でした。いろいろな事をしながらの対処なので、仕方がないと諦めました。

 終わるや否や会計の窓口へ行き、月初めに今月の数万円を支払っていて今日は0円のはずなので、このまま送迎バスに乗りたいことを伝えると、コンピュータで確認をして OK が出ました。

 看護師さんの話では、このレケンビの点滴は他にはいらっしゃらないようで、とにかく手順書を見て一々ワンステップごとに確認しながら、他の看護師さんと相談もしながらの対処となっています。不平不満を言うまいと思っても、高度医療に及び腰のスタッフの方には、言うだけ酷な話です。あと半年、とにかく患者の身としては辛抱するしかありません。

 そんな折に、医師不足が深刻な近畿大学奈良病院の事例を知ることになりました。

 私が旧満洲で両親がいたハルピンで調査を終え、母たちが戦後に引き揚げるために留め置かれていた長春で仕事を終え、地域を案内していただいていた時に、母は自宅で子供たちに囲まれて談笑している時に、突然意識不明となりました。母がいた長春の牢獄のような場所を、長春の先生に案内していただいていた、ちょうどその時でした。詳しくは、次の記事にまとめていますので、お読みいただけると経緯がわかります。

「【復元】母子の絆の不可思議さ」(2010年04月29日)"http://genjiito.sblo.jp/article/178934547.html"

 意識を失った母が入院したのは、近畿大学奈良病院でした。その病院が、過日、奈良県からの救命救急センターの指定を辞退したとのことです。
 その事情を、病院のホームページから引きます。

近畿大学奈良病院(奈良県生駒市)は、平成15年(2003年)4月1日に奈良県より救命救急センターの指定を受け、令和7年度(2025年度)も12月までに救命救急センターにおいて3,355名の入院患者を受け入れています。
これまで地域における高度救急医療を担ってまいりましたが、全国的に救命救急医が不足するなかで、体制維持に必要な人材の確保が難しいという課題を抱えていました。近畿大学病院(大阪府堺市)からの医師派遣も困難な状況であり、私立大学病院等に救命救急医の公募をかけるなどの取り組みも行ったものの、十分な人員を確保するには至りませんでした。
このような状況を踏まえ、救命救急センターを安定的に維持することが難しいと判断し、本日、奈良県へ指定辞退届出書を提出しました。これにより、令和8年(2026年)3月31日をもって、救命救急センターの指定を辞退することとなりました。令和8年(2026年)4月1日からは、ICU 8床を休床し、救命救急センター24床を継続的な高度管理を要する重症患者対象の病棟「ハイケアユニット(HCU)」に転換して、重症患者の受け入れ自体は継続します。
今後も地域医療への貢献を重要な使命として、持続可能で質の高い医療提供体制の構築に努めてまいります。

令和8年(2026年)1月14日 学校法人近畿大学

 医師不足は、今後とも拡大して大きな問題となることは必至です。また、国公立の病院の赤字経営も見過ごすことができません。ひいては、民間病院も同じことが起きています。
 昨日の記事と連接するように、病院のありようが患者である私の中でも大きな課題となっています。

 お医者さんと看護師さんの問題は、その問題点に直面することが多いので、無視はできないことはわかっていても、患者の身ではどうしようもありません。最小限の心得としては、病気にならず、病院に頼らないことでしょうか。しかし、体調がおかしくなって命を助けていただいた経験がたびたびある私には、何とも言いようのない複雑な心境になります。




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2026年02月18日

(追補)ワークマンのメディヒールウェアに衣替え完了

 京都駅八条口にあるイオンモールKYOTO店へ散策に行き、ワークマン女子で冬物を買い揃えました。今回の買い増しで、これまで愛用していたユニクロのヒートテックは、すべてがワークマンの衣類に入れ替わります。妻も同じように、部屋着はすべてをワークマンの衣類に入れ替えました。

 2010年1月に真冬のモンゴルに行くことになったことを機会に、冬の衣類はユニクロのヒートテックのお世話になって来ました。それから15年後の昨秋より、ユニクロからワークマンの衣類に順次移行していました。特にワークマンのメディヒールウェアは、一般医療機器として商品化された疲労回復のルームウェアとして人気があります。入荷してもすぐになくなるので、いつお店に行っても品薄状態が続いています。

 今日も何とか、売れ残りの商品を何点か手に入れることが出来ました。色やサイズは我慢です。
 「着て、寝る。癒やされる。」という謳い文句で店頭に並んでいるメディヒールの疲労回復ウェアは、その効果の程はよくわからないものの、確かにぐっすりと眠れています。

 私も妻も、健康管理のためにアップルウォッチを着けて寝ています。「ヘルスケア」と有料の「AutoSleep」というアプリで、日々の体調は円グラフや棒グラフで時々確認しています。膨大な情報が提供されているので、睡眠の専門家ではない私には、おおよその傾向しかわかりません。しかし、おおむね良好のようです。

 そんな中でのユニクロからワークマンへの衣類の総入れ替えは、アップルウォッチが示すように、目に見える形で日々の体調や睡眠に影響しているように思われます。睡眠の質の分析結果を見る限りでは、素人判断ながら睡眠は確かに良い方向に向かっているようです。

 もう過去の話なので書いておきます。
 京大病院での睡眠時無呼吸症候群の診察は、CPAPという機械を患者が使うことが大前提であり、その計測結果をメディアとしてのSDメモリに保存したものの受け渡しをするだけ、というのが実態でした。ほとんど指導がないという無責任な対応だったので、こちらから機械を使わない治療方法を訊ねたところ、歯科でマウスピースを作るように手配され、そのまま冷たく診察が打ち切られました。この機械を使った治療は、苦しくて続かないので、多くの方が途中で脱落しておられるのが実状のようです。
 この診察が打ち切られた時のことは、「過日の終夜睡眠検査の結果報告を受けて」(2024年01月29日)"http://genjiito.sblo.jp/article/190755382.html"に詳しく書いていますので、興味がある方はご笑覧を。

 また、使用していた機器も最初の会社のものに欠陥が見つかったとのことで、次に国内の機械を使いました。それも苦しさを我慢することが強いられる機械でした。
 さらには、CPAPのデータを、私が自宅で計測している Apple Watch のデータと照合したいとお願いしても、素人が余計なことをするなということなのか、無視されました。私が渡すSDカードのデータを読み取るアプリがほしいと言っても、主治医の先生はメーカーと相談するように、ということで放置されました。メーカーに相談すると、非協力的でデータは個人では読めないという回答から進みません。主治医にデータの詳しい情報がほしいというと、私が渡したSDカードに入っているデータの一部をプリントアウトしてくださいました。ただし、すべてが英語で専門的なことしか書いてないので、手も足もでません。もちろん、そのデータの説明も、聞いたことしか答えてもらえませんでした。私の睡眠時のデータは、先生とメーカーの独占状態にあり、インフォームドコンセントなとどとは無縁の診察でした。また、アップルウォッチではどのようなデータが得られているのかも、まったく興味がないようでした。

 私の主治医だったT先生は、今は京大病院にはいらっしゃいません。というよりも、他の先生方がそうであるように、何年かで職場を異動されるので、その時を待っていたのです。今必要であれば、あらためて呼吸器科を受診し、別の先生の診察をしてもらうつもりです。
 もしアップルウォッチが睡眠時無呼吸症候群の兆候を検知した場合には、すぐに京大病院へ行くつもりです。幸い、これまでに1度もそのような通知は受けていません。

 昨年末に体験した、近所の歯医者さんに診療に関する説明をお願いしたところ、あなたとは信頼関係がないので治療はしないと、それまでの治療が途中だったものや他の治療の約束をすべて反故にして、私を突き放して無責任な対応で逃げられました。インフォームドコンセントなどどこ吹く風、という態度です。京大病院のあの呼吸器科の先生も、このA歯医医院の院長さんも、よく似た対応だったのです。医療と患者の関係に留まらず、お医者さんの役割がよくわからない出来事となっています。

 患者の立場からは大いに疑問がある医師がおられることは確かであり、このブログでその事実の報告と実態は書いてきました。もっとも、大多数の病院の先生方は、患者のことを思って対処してくださっていることは、これまでに私が何度も命を助けていただいているので知っています。
 中には、患者の敵のような、自分のことしか考えない医師も少なからずおられる、ということに留めておきましょう。

 京大病院の呼吸器科の先生から見放された後は、アップルウォッチが提示する睡眠時無呼吸症候群の検知システムを参照する日々に切り替え、今のところは特に問題となる症状は出ていません。手に着けているだけでいい時計が、身体の変化を検知して教えてくれるのです。これを使わない手はありません。心電図や心拍数なども、時々見ています。後は、なかなか実現しない血糖値の測定を心待ちにしているところです。

 さて、ワークマンのメディヒールウェアには、「一般医療機器の届け出をした疲労回復ウェアです。」として、以下の説明が付されています。

身体から放出される遠赤外線を、独自の技術で繊維に練りこんだ高純度のセラミックスが輻射することによる遠赤外線の血行促進作用により、疲労を回復する環境を整えます。

 確かに「効果には個人差があります。」と添え書きがあります。しかし、この効能が確かなのかどうなのか試す気持ちもあって、今回衣類の入れ替えをしてみました。効果の程は、今後の報告とします。
 といっても、同じような機能の衣類を、最近は複数の他社が「疲労回復ウェア」として販売しだしました。競うことはいいことです。まずは、このワークマンの製品を10年程使ってみましょう。その頃に私は80歳以上になっているので、また時流に応じたものを検討することになるのでしょう。
 もっとも、メディヒールウェアの説明書には、耐用期間は2年だと書いてあります。意外に短いので、買い替えるうちにまた別の改良版が開発されていることでしょう。

 大好きな「様子見」という楽しみが増えました。日常の身体の変化を体感しながらの生活を、これからの日々の中で満喫したいと思っています。




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2026年02月12日

賀茂川を散策して京大病院へ行き日本語の今後に思いが及ぶ

 今日の診察は午後からだったので、賀茂川を散策しながらのんびりと病院へ行きました。川原には、一昨日の雪が残っていました。川風は冷たくありません。春が来たのかと思うほどに、生暖かい風でした。

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 大文字山は、曇り空だったせいか少し霞んでいます。山の木々の色合いもぼやけています。

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 今日の脳神経内科の診察は、一昨日のMRI検査の結果についての説明でした。脳内の血流などを見ても、特に変わったところはない、とのことです。一本だけ詰まっている血管は、今は無視してもいいそうです。
 最近、時々フラッと身体が揺れることを伝えるのを忘れました。素人判断ながら脳梗塞の再発の徴候ではなさそうなので、もう少し様子を見てからにします。

 その代わり、今年から妻と一緒にお茶のお稽古に行き出したことを報告しました。私の右手首のリハビリはともかく、妻にとってもなかなかいいタイミングでの判断だそうです。この先生も脳神経内科で物忘れ外来を担当しておられ、たまたま妻の主治医ではなかったという先生です。また、宇治徳洲会病院で妻を担当しておられる先生は京大病院の関係者ということで、気軽にアルツハイマーの話ができます。今日の先生も、認知力が衰えて来たら私もお茶を習うことにするつもりだ、とおっしゃっていました。

 帰りは出町柳まで歩いて行き、駅側のファストフード店で一息つくことにしました。
 私の後の高齢の男性が、タッチパネルで注文をしようとしても、なかなか前に進まないようです。何度も画面を行ったり来たりしながら、店員の方にどうなっているんだ、と怒りに任せて苦情を言っておられます。その気持ちは、私も同感です。

 私も、店頭で注文できる場合は、タッチパネルは避けます。注文までの画面の動線が、人間工学的に疑問があるシステムが多いように思います。私なら、こんなシステムは作りません。人が対応すればすぐに完結するものを、わざわざ回りくどいステップを踏んで支払いまで行かされることには大いに問題があると思っています。選択肢が多すぎるのです。店頭でメニューを見ながら、指さしで注文は終わるのに、と思ってしまいます。

 タッチパネルが主流となっているのは、もちろん人件費削減のためであることはわかります。また、この国の人間が減少し働き手がなくなり、さらには高齢化とくれば、人が窓口で対応するのは手間と暇がかかって大変です。この流れはずっと続くことなので、これからどうすればいいのかは大きな問題です。

 最近私は、お店の方が発券まで手伝ってもらえない時は、注文せずに帰ることが多くなりました。といっても、対応してくださる方が外国の方だった場合は、タッチパネルよりも言葉の問題で気疲れをします。非常に後味の悪い注文となります。難しい問題が横たわっています。

 こうした風潮を体験するにつけ、品物を注文することに関する先行きが不透明だと思っています。従業員をしっかりと確保したレストランなどは別として、特にファストフード店においてこの社会は、どこで折り合いをつけることになるのでしょうか。私は表舞台から去りつつある身なので、傍観者としての視点で現在の社会のシステムを見るようになりました。

 移民の方々の力を借りざるを得ない状況にあることは明白です。今から50年前、大学を卒業した時からの持論です。しかし、本格的な論争は水面下で行われているようで、表面に出てきていません。今回の選挙でも、論争までにはいきませんでした。街中で海外の方の接客を見るたびに、こうした問題を早く広く検討すべき時期であることを痛感します。

 私は、これからの方々への日本語教育が鍵を握っていると思っています。とりあえず、中学と高校の国語の先生の育成から手がけることが喫緊の課題です。理系重視の教員確保もわかります。しかし、思考の基礎となる日本語の素養の涵養が、これからの社会を構築するためには優先されるべき課題だと思われます。

 国語科の教員の確保に関しては、「でも・しか」ではなく、日本語の運用能力の大切さを理解した若者の確保が大切です。この日本で生きていく基礎力となる日本語を豊かに育む担い手が、他分野に逃げて行くことに目を瞑ることなく、一人でも多く確保したいものです。現状では、国語科の教員になる若者の日本語運用能力に、根深い疑問が突き付けられています。日本語に対する問題意識が低い、ということです。

 偉そうなことを書きました。この問題は、あらためて整理して報告することにしましょう。




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2026年01月26日

お茶のお稽古(3)の帰りに新たな後発医薬品のことを知る

 今年度から始めたお茶のお稽古も、今日で3回目となりました。細かな手順に迷うことがあるものの、少しずつ流れを思い出しています。

 私は引き続き、立礼の盆略手前の基礎をお稽古しました。特に後半が混乱します。これで何とか終わるという、一瞬の気の緩みのせいでしょうか。しかし、かつての記憶が呼び覚まされていることを、身体の反応から実感しています。

 妻は、今日もお菓子のいただき方や、自分で点ててみることを、先生が言われる通りにやっていました。これも、着実に一歩ずつ進んでいるようです。
 家でもやってみる、と言っているので、これからは私も家で、点てるだけではなくてお茶をいただくことになります。ああでもない、こうでもないと、楽しみながら続けて行きたいと思っています。

 お稽古のお茶室は二部屋あります。私と妻は、その端にテーブルを1台出していただき、そこでイスに座ってお稽古をします。
 目の前で展開する、若い方々が熱心に取り組んでおられる姿は、見ているだけで元気がもらえます。もの怖じせずに、間違えたらすぐにやり直すことは、何事においても大切な心構えであることを学んでいます。

 年と共に、緊張感の中に身を置くことが少なくなりました。その意味からも、週一でのお茶のお稽古は、日々の中でのいい刺激になっています。

 帰りに、大和西大寺駅から一駅目の高の原駅で降りて、これまでに何度か行ったペットショップへ、メダカ用の小物を探すために立ち寄りました。我が家の水槽の中の産卵床に、たくさんの卵がついているからです。

 ところが、お店の奥の一角にある水槽で飼育する魚などのコーナーは、今月末で閉鎖となり、犬や猫のコーナーを拡張するとのことです。棚にはほとんど品物がなかったので、残念な思いでお店を出ました。時代の趨勢と、店員さんが魚のメンテナンスが大変だということが原因だと思われます。他の系列店では、魚などは引き続き扱っているそうです。ということは、もうこの高の原駅で降りて立ち寄ることはなくなります。

 こうした変化は、少子高齢化と関係しそうです。西大寺駅前にあるお店も、行ってみたら何店か閉まっていました。こうしたことは、今後とも加速して行くのでしょうか。賑わいのある街であるだけに、気がかりなことに直面した思いです。

 3日前の「病院通いに伴う行き違いから薬剤師さんの存在を再認識」(2026年01月23日、http://genjiito.sblo.jp/article/191603804.html)に書いたように、あの時に病院からいただいた処方箋には、いつもの糖尿病の薬の1つが入っていませんでした。新しく行くことになった薬局の方がそのミスに気づかれ、すぐに病院へ電話をして対処の手を打ってくださいました。その薬が、今日届いたのです。
 ただし、記載漏れだった薬の発注の過程で、その血糖を下げる働きがある薬には、昨年の8月に承認・発売された新しいジェネリック医薬品があることがわかったそうです。

 これまでずっと、以前の薬局でこの薬を処方していただいていました。しかし、後発品は、値段が千円弱安いのです。
 昨年は、以前の薬局で10月と12月にその先発品を受け取っていました。この時には、すでにジェネリック医薬品としての後発品が発売されていたのです。あの薬局の方は、新しいジェネリック医薬品が出ていることに気付かずに、高い方の薬を渡してくださったことになります。

 今回新しく薬局を変えたことで、こんなこともわかりました。小さな手違いとはいえ、いろいろなことがあるものです。そして、今日も薬剤師の方から、薬に関する詳しいお話を伺いました。いろいろな薬を飲んでいる身には、ありがたいことばかりです。感謝、です。




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2026年01月23日

病院通いに伴う行き違いから薬剤師さんの存在を再認識

 京大病院を見下ろす大文字山は、寒波襲来にも負けずに晴れやかな顔を見せています。まだ登ったことがないので、春先にはチャレンジするつもりです。

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 今年から月曜日にはお茶のお稽古が入ったため、これまでの病院通いの日を順次別の曜日に移しています。
 先週、脳神経内科の診察で京大病院へ行った時に、2月の月曜日に入っていた糖尿病・内分泌・栄養内科の診察を今日にスライドして入れていただきました。先生の空いている時間に予約を入れ替えるのは、多忙な先生方のスケジュールの中で動かすことになるので一苦労です。

 先週、受け付けの窓口で変更してもらった時には、診察の基礎データとなる血液検査を入れ忘れておられたので、気付いた私が入れていただくようにお願いし、事務的なことはやっておくとのことでした。

 今日、予定の診察時間の1時間半前に病院で血液検査の手続をすると、すでに2週間前に脳神経内科で血液検査をしているので、その数値で今日の診察がなされ、検査もキャンセルされている、とのことでした。血液検査などに影響があるので、私は昨夜から絶食です。しかも、30分ほど待ってから受けた血液検査の結果が出るのに1時間。その結果を元にして診察がなされます。そうしたことを見越して、家は9時半過ぎに出ました。6回食の私が2食分の絶食をしたために、お腹が空いている上に、診察の1時間半前に来たので時間が突然空きました。

 これまでは、こまめに検査や診察のことで電話連絡や確認の電話をいただいていたのに、今回は血液検査がないという連絡はなかったのです。診察の時に主治医の先生からは、行き違いがあったようですみません、とご丁寧なお詫びまでありました。かえって恐縮します。こんなこともあろうかと、仕事の資料や本を持参していたので、実害はありませんでした。

 問診では、数値を見ながら特に問題がないので、このままの調子で生活をしていきましょう、とのことでした。
 また、6回食の最終が午後11時頃なので、この夜中の食事をやめて5回目を午後9時までに終える生活に変える、という話もしました。ただし、夜中の空腹感と朝の低血糖には気をつけるように、というアドバイスをいただきました。

 そして、現在飲んでいる薬が10種類あるので、減らせるものがないかと相談をしました。このことは、折々に聞いています。今日は、鉄分を補うクエン酸第一鉄の薬と、神経の伝達に働くビタミンB12を補う薬の2種類は、しばらくお休みにして様子をみてもいいかな、ということになりました。これで、毎日飲む薬は、10種類から8種類になりました。

 帰りに京都駅に立ち寄り、お香の松栄堂さんのお店で、蚊取り線香の形をした渦巻きのお香をいただきました。瀬戸物のお地蔵さんは、使わないままに仏壇の中で眠っていたものです。早速、仏間のお清めとして使いました。背中から薫香が漂っています。白檀の香りがそんなに強くないので、すがすがしい部屋になりました。

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 病院からは FAX で、変更した自宅近くの新しい薬局に処方箋を送っておいたので、これも帰りに立ち寄って受け取りました。この薬局は、駅から自宅までの中間地点にあるので、行きやすいのです。
 前回は病院側の登録ミスで、送信システムに間違った電話データが入力されていたために、私が受け取りに行った時には処方箋が届いていませんでした。京大病院からこの新しい薬局に処方箋を送ったのは私が第一号だったのです。その後、訂正の連絡をしたとのことで、今日は無事に届いていました。
 ただし、今度は、処方箋にいつもの糖尿病の薬の1つが入っていませんでした。薬剤師の方が気付かれてわかりました。前回、持参したお薬手帳の情報を保管しておられたので、すぐにわかったようです。早速、病院に電話をしてくださり、対処してもらえました。ただし、今すぐには用意できないので、来週受け取りに行くことになりました。これも、行き違いからのトラブルです。

 そして、薬剤師の方に2種類の薬を休止することを伝えると、それぞれの薬の効能と注意すべきことを教えてくださいました。特に、胃酸を抑えるマグミットという薬と、ビタミンB12を補うメコバラミンは一緒に飲まない方がいい、とのことでした。お互いが効能を打ち消し合うからだそうです。

 これまでにも、妻の処方薬でとんでもない副作用のトラブルを経験しているので、こうしたアドバイスは貴重です。あの時は、人格を豹変させてしまうほどの、恐ろしい薬害でした。その後、すぐに京大病院に転院して今があるので、薬の怖さは身に染みています。

 今日、懇切丁寧な説明をしてくださった薬剤師さんに、感謝します。これまでに、主治医の先生からこんなに詳しい説明を受けてきませんでした。また、薬局でも、処方箋を見て簡単な飲み方の注意を聞いたことはあっても、薬の効能や相互作用の詳細は、伺うことはありませんでした。

 以前、下鴨にいた頃に、耳鼻咽喉科から処方された薬が、糖尿病内科と消化管外科から出ていた薬と相性がよくないことを、よく行っていた薬局の薬剤師の方が見つけて指摘してくださいました。これまでを振り返ってみると、怖い思いはいろいろとしてきているのです。

 また、足がむくむことについて、病院の検査では特に問題はないとのことで終わっている件でも、この薬剤師の方からマッサージなどのアドバイスをいただき、妻が熱心に聴き入っていました。これも、ありがたいことです。

 薬局と薬剤師さんは、今後の医療体制を支える大事な役割を担われる存在であることを、あらためて認識しました。そして、いろいな行き違いの中で、薬剤師さんが身近な先生であることがわかったことも、今日の大きな収穫でした。難しく言えば、地域医療の問題です。薬剤師さんのことは、高齢化社会での地域における新たな存在として注目されているようです。
 まずは、いい出会いがあったことに感謝しています。




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2026年01月13日

新しい歯医者さんでの治療が終了し医療の根幹について思う

 ちょうど一年前の昨年1月下旬から、A歯科医院での治療が始まりました。そこの院長からは昨年末の12月1日に、「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という絶縁状を突き付けられました。主語は院長であり、インフォームドコンセント(説明と同意)を確認したくて文書を渡したのは患者である私です。歯の治療と患者との信頼関係とは、医療現場においてどのような位置づけなのか不可解なままです。

 おしなべて医療は、困っている患者を医師が手助けをして本復させる行為だと思っていました。ところが、あくまでも医師が患者に信頼関係を求めるものだという発想が、今でも私にはよくわからないままです。そして、医師が患者との信頼関係が得られないと判断すると、治療がどのような段階にあっても中断し、約束は不履行のままで、さらには治療の継続を拒否できるとのことです。

 18歳の時に内蔵が破裂し、以来65年間にわたって消化管を持たない私は、ずっとお医者さんのお世話になってきました。今回の対応は、医療の捉え方を根底から覆す、衝撃的なものでした。

 さて、4月から院長の判断により保留のままだった箇所と、10月から院長により放置されていた治療箇所と、何も問題のなかった箇所が院長の指示の元に無残にも破壊された箇所に関して、問題は何も解決されないままに店晒しです。治療の継続が突然打ち切られたので、丁寧な説明があるとの情報を得た私は、すぐに別のH歯科へ行きました。
 この間の経緯は、次の3本の記事で詳細に報告した通りです。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置について考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

(3)「私の歯科医療に関する文章は脅迫文だそうです」(2025年12月01日、http://genjiito.sblo.jp/article/191559064.html

 そして年内に4回の診療を受けて、A歯科医院の尻拭いとなる治療が一先ず終わり、スッキリとした年越しとなりました。このことは、「[その1]新しい歯医者さんでの後始末が今日終わりました」(2025年12月30日、http://genjiito.sblo.jp/article/191583666.html)に書きました。内容が重複する点が多々あることは、ブログという時間を切り取った内容を日々書く性格上、ご寛恕のほどを。

 年明け早々に微調整があり、今日は仕上げの微調整がありました。1年がかりの煩わしい歯の問題がこれでめでたく解決し、H歯科の院長さんには感謝の気持ちしかありません。
 医師と患者の信頼関係は大切です。しかし、今回の場合は入院や大手術とは違います。歯科診療の場合は、お互いの信頼関係が最優先ではなく、患者が困っていることを医師が診る治療が、やはり医療の根幹にあるものだという思いを強くしました。H歯科の院長さんには、そうした意味からも感謝だけではなくて、敬意を表したいと思います。




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2026年01月08日

終日病院で過ごし新しい衣類で寒さ対策中

 朝の9時過ぎに、宇治徳洲会病院へ送迎バスで行きました。
 月2回ある妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療に付き添うためです。
 診察が終わったのはお昼前。
 点滴が終わったのは午後3時。
 いつものように、6時間という半日がかりの大仕事です。

 帰りには、近鉄大久保駅にある、いま話題の衣料品店であるワークマンに立ち寄りました。
 私は、2010年の真冬の1月にモンゴルに行って以来、防寒着はユニクロのヒートテックで通してきました。
 ウランバートルはマイナス34度で、滞在中はヒートテックの衣類に助けられました。

「マイナス34度のウランバートルに到着」

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 それが、昨年末から新しいブームに乗り、ユニクロからワークマンのメディヒールウェアに衣替えです。
 一般医療機器というジャンルで販売されているものです。
 今日も、下着や部屋着のズボンなど、発熱素材や蓄熱素材の衣類を買いそろえました。
 毎日出歩いている私にとって、新しい素材の着衣は試すことに喜びを感じます。
 冬の楽しみが増えました。
 寒さが気にならなくなったからです。

 明日は京大病院で検査を受ける日です。
 今日手に入れた服で、寒さがどのように感じられるのか、試してきます。
 新年早々、相変わらずバタバタするだけの日々が過ぎていきます。




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2026年01月05日

世間は仕事始め私は通院始め

 新年早々、病院へ行きました。しかも2箇所に。


 まずは、昨年末に直していただいた歯医者さんから。

 年末に、それまで無責任にも治療が中断し放置されていた口の中を、別の歯医者さんでとにかく快適な口内環境にしていただきました。今日は、そのケアとしての微調整です。少し痛かったところを直してもらいました。


 次は、年末からずっと不快だった鼻と喉です。これは、私のウイークポイントでもあります。

 これまでにも近所の内科で診てもらっていたので、こじれないうちにと、思い切って行きました。アレルギー性鼻炎の薬を処方してくださいました。


 これで、しばらくは快適な日々が送れます。

 今日は身体を休め、明日から本年の仕事始めとします。





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2025年12月25日

宇治徳洲会病院で突然のクリスマスコンサート

 朝8時過ぎに送迎バスに乗り、宇治徳洲会病院へ妻の点滴治療の付き添いとして行きました。
 今日から、新しく泌尿器科が加わっています。機能に問題があるのではなくて、多分に不安症候群から来る頻尿のようです。過活動膀胱と言われるものです。私も一昨年、睡眠時無呼吸症候群の治療を受けている時に頻尿となり、この病院で治してもらいました。早めの対処で治るものなので、心配はしていません。しばらくは、漢方薬を飲めばいいそうです。
 私の時には、気の持ちようということで、薬は出ませんでした。他に多くの病気を抱えている我が身の場合は、命に別状がないこともあってか、いつしか治っていました。

 次は、本日のメインである脳神経内科での診察です。担当医の女医さんが京大病院での妻の主治医の教え子ということもあり、先日の京大病院での診察の報告もしました。妻が、この病院での担当医の先生の名前を姓も名もしっかり覚えていたので、京大病院の先生から褒められた話をすると、あの先生らしいと笑っておられました。お茶のお稽古を今週から始めたことを報告すると、それはいいことだと励ましてくださいました。気長に楽しくやってください、と。
 その他には特に問題はないので、下に降りて観察室でレカネマブ(レケンビ)の点滴治療になりました。

 いつものように相変わらず段取りが悪くて、無駄な時間が過ぎていくだけなので、私はカフェで一休み。小一時間してから点滴中の妻のベッドのそばに行くと、あと30分はかかりそうでした。今日はイスがあったので、狭い隙間にイスを置いて、退屈そうに点滴のチューブを見ている妻と世間話をしていました。終わっても、あと30分は生理食塩水を注入するということでベッドを降りられないので、私は部屋の外のソファーで待つことにしました。

 月初めに一回だけ16,000円を払うと、その月の2回目の診察と治療の費用はかかりません。そのため、今日の会計では支払いはありませんでした。
 そうこうするうちに、入口のホールでは背筋に関する講演会が始まりました。姿勢の話などは参考になります。
 この病院の待ち合いに置かれている、個人用のソファタイプのイスは豪華です。病院らしくありません。立派な国際会議場などで使われるイスです。私は、ケンブリッジ大学で国際研究集会を主催した時に、このタイプのイスに座りました。今日は、身体が包み込まれるようなイスにゆったりと身を沈め、先生のお話を伺いました。

 それが終わると、クリスマスコンサートが始まります。ギッシリと集まっておられたみなさまは、実は先生の講演会よりも、このコンサートがお目当てだったのです。
 今日は、ピアノは橋本さん、クラリネットは山口さんという、共に相愛大学の卒業生でした。相愛大学は、今、鎌倉時代の古写本『源氏物語』の調査をしているところなので、つい親近感を覚えました。曲目は、以下のものです。

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 きれいな音でのクリスマスソングなどを聴くことができました。何ものにも替えがたいクリスマスイベントになります。ただし、会場が音響を考えた場所ではなくて、病院の入り口にある待ち合いのスペースだったので、音が吹き抜けの2階のさらに上に抜けていっていたので、身体が音に包まれる感触は皆無でした。クラリネットは思ったほど音が拡がらず、迫力もなかったので、もっと狭いホールだったらよかったのに、と思いました。しかし、臨時のコンサート会場にもかかわらず、主催者と演奏者の思いが伝わって来て、お2人の熱演を楽しませていただきました。トークも楽しく聞きました。ありがとうございました。




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2025年12月18日

終日京大病院で過ごす

 宇治は、雲がポカリポカリと浮かぶ快晴の朝でした。しかし、如意ヶ岳の大文字山は寒さに縮こまっています。

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 京大病院の院内学級の花壇は、春を迎える準備をしています。

251218_花壇.jpg


 今日は病院の中で、のんびりと一日を過ごす日です。
 最初は、糖尿病・内分泌・栄養内科。診察の前に、採血の順番待ちが30分以上あります。事前に採血を受け、その結果が1時間後に出てから、それを踏まえての診察があります。
 今日のヘモグロビン A1cの値は、前回の「7.0」から「6.9」へと、少し下がっていたので安心しました。消化管のない私には、安全圏内です。この半年間の推移は、次の通りです。

「6.9」→ 「7.1」→  「7.0」→「6.9」

 糖尿病の対処は、高め安定で概ね良好、というところです。
 血液検査による診断では、肝臓などの臓器に問題はないとのことでした。消化管周りの管理は、このままの調子でいいようです。

 妻は、本の広場「ほっこり」で、何時間でも本を読みながら待っていてくれます。
 今日の本の広場には、クリスマスツリーが飾られていました。

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 何人かの子供が、はしゃぎながら本を読んでいました。

 糖尿病の後は、引き続き4時間半待つことで、次の脳神経内科の診察になります。元々遅い時間に設定されていた上に、1時間半遅れで順番が来ました。先生は丁寧に診ておられるので、相当時間が押しています。ジッと待つしかありませんでした。

 昔、高校の教員をしていた頃に、三者面談で丁寧な対応をしていて、次々と時間が押していったことを思い出します。3年生で進学受験のことがあると、余計に超過したものです。多くの保護者の方々にご迷惑をおかけしました。今日も病院の先生の気持ちがわかり、自分もそうだっただけに、苦情を言うわけにもいきません。他の方も、まだかまだかと痺れを切らしておられました。ダラダラと世間話をするな、とおっしゃる方がお出ででした。しかし、脳神経内科はサッサと終わる内容ではなく、患者の話をジックリと聞くことが大切だと思います。それだけに、予約の時間の兼ね合いと、心を開いた診察のバランスが微妙な問題を投げ掛けています。今日の先生の目は真っ赤でした。ご無理のないように、とこちらが気遣いするほどでした。

 脳梗塞に関しては、特に際立った変化はありません。ただし、右足が1ヶ月半前からむくむので、相談をしました。
 血流が悪いためで、下肢エコー(静脈の流れと血栓)の検査と、血液検査を年明け早々に入れてくださいました。いつもながら、対応が早くて助かります。それだけ、私がギリギリの危うい状態の身体で生きているということです。かつての私を知る人は、まだ生きていることに驚かれることでしょう。そうなのです。京大病院の先生の理解と手助けを得て、いまだに仕事をしています。一番驚いているのは、泉下の両親であり、姉でしょうか。早め早めの対処で、危なっかしいながらも、何とか健康的な日々を送っています。

 今朝は8時半に家を出て、帰ってきたのが18時半でした。今日の通院には、12時間かかったことになります。時間を惜しまず、体調管理に気をつけています。




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2025年12月11日

宇治徳洲会病院から大急ぎで京大病院へ

 朝の送迎バスで、宇治徳洲会病院へ行きました。前回は満員で乗れなかったために、早足で病院に駆けつけました。今日は無事に乗れたので一安心です。
 今日の午後は京大病院へ飛んで行くことをご存知の担当医のご配慮があり、比較的早い順番で診察がありました。

 昨日、帽子を2箇所で忘れたことなどを、談笑の中で報告しました。細かなことも含めて諸々を、丁寧に電子カルテに書き取ってくださっています。根明で何事もおもしろおかしく話す妻なので、先生も臨機応変に硬軟取り混ぜてのアドバイスや判断を示してくださいます。娘よりも若い先生とは、あるがままにお話ができるので、日々の不安が氷解します。

 小気味良い面談となっているここでの診察は、2週間ごとに不安を取り除く楽しい日となっています。さらには、昨日行った温泉で行方不明となった妻の帽子が、無事に受付に届けられていたとの連絡があり、この心配事も晴れて解消しました。みなさまに感謝です。

 1階の観察室に移動し、レカネマブ(レケンビ)の点滴を受けます。今日も段取りが悪く、時間がどんどん経過します。この病院では、妻のような治療をする方は他にはいらっしゃらないようで、手順も心もとない限りです。血液検査をして1時間も待たされていた方が、どうなっているのかと苦情を言っておられました。とにかく、看護師さんが少なすぎます。今日も、隣のベッドには、重病の方が点滴を受けておられました。ごった煮の部屋、という環境なので、気持ちの切替が求められます。
 妻の付き添いで来た私も、ベッドの横にいたくてもイスが他の方に占領されているので、外の待ち合いのソファで、持って来た書類の整理をしていました。

 終わるが早いか、病院の送迎バスで京阪中書島駅まで行き、そこから京大病院へ行きました。あらかじめ、京大病院には遅れるとの電話を入れておきました。余裕を持って組んだ予定も、時間が押し詰まってしまい、アタフタと対応に追われる始末です。こちらがもっと巧く立ち回る必要がありそうです。

 今日の大文字山は、短い秋を終えようとしています。

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 今日は、主治医の先生に宇治徳洲会病院での様子や、最近の体調などのことを報告しました。来年3月で1年になるので、MRIや対面での試験などで、アミロイド β がうまく消えているのかなどの検査が入りました。そして、来年の9月で一旦この治療を一区切りとし、その先の対応が必要かどうかを検討することになりました。
 先生の見立てでは、順調に来ているとの感触を得ておられるようでした。悪くはなっていないとのことなので、信頼して指示に従うことにします。

 私からは、もう一つの懸案であるタウに関する対処はどのように考えておられるのかを聞きました。それに関しては、今はまだ、まったく研究が実用化まで届いていないので、検討の中には入っていないようでした。
 また、最近のニュースで注目されている「ドナネマブ(ケサンラ)」の成果についても、失礼を省みずにお尋ねしました。今は、その薬での対処は考えていないことを、丁寧に説明してくださいました。
 とにかく、最先端の動向を見据えながら、適切な治療がなされています。気遣ってくださっている方々には、治療は順調です、という取り急ぎの中間報告とします。




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2025年12月07日

こんな日もあるということで

 昨夜は、めずらしく午前零時前に寝ました。
 昏々と眠り続けていたようで、目が覚めたのはお昼前でした。
 お腹がすいていたので食事をし、また寝ました。
 またお腹がすき、目が覚めたのは夕方の6時。
 本日2回目の食事をして、今キーボードの前に向かっています。
 1日6回食の生活なので、今日はまだ2食です。
 いつものように、午後10時半の食事が最後の食事になるので、今日は3回食の1日となりそうです。
 風邪気味のようです。
 寝るのはいつも午前2時過ぎなので、今日予定していた仕事をこれからしましょう。
 こんな日もある、ということで、体調を考えながら山積みになっている仕事に取りかかります。




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2025年11月13日

点滴治療の付き添いで感じた病院内の環境について

 宇治徳洲会病院へ、近くのコンビニに止まる送迎バスで行きました。1時間に1本とはいえ、ありがたいサービスです。

 10月からスタートした、京大病院を引き継いでの月2回のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療であり、私は引き続き付き添いとして同道します。診察から点滴までの流れは摑めました。しかし、院内での移動に関する指示はモタモタしています。

 患者に状況判断を委ねる局面が多いのは、看護師さんと事務職員が人手不足のために、連携が円滑ではないせいかと思われます。患者の流れをコントロールするために、生成AIを活用したシステムを導入すべきでしょう。ただし、初期投資と職員の教育が必要なので、しばらくはこれまで通り、電光掲示板とマイクの呼び出しを基本とするしかないのでしょう。

 それにしても、患者さんがなかなか診察室に来ない時は、看護師さんが患者さんの受付番号を呼び、さらには氏名を連呼しておられます。今日の自分の受け付け番号は、小さな紙に書かれており、毎回違うので、実は私も覚えるようにしていても、なかなかその番号に反応できません。そして、看護師さんは院内を探しに行かれます。
 今日も、妻の名前を連呼して探しに来られたので、やっと次に行く場所がわかりました。次はどこへ、という指示を確実に、的確に伝えるシステムを構築することが急務のようです。

 今日は、前回の2週間前よりもスムーズに受診できました。また、点滴治療も30分ほど待つだけで呼ばれました。どうやら、診察時間を1時間早めてもらい、予約票に担当医の指示として「来院次第に呼び込み/レケンビ」と、備考欄に書かれていたからではないか、と思っています。

 処置室で点滴を受けます。一緒に大部屋に入ると、付き添いは5分後に、とのこと。点滴の注射針を刺す場面は見てはいけないようです。

 しばらくして入ると、一面のカーテンも閉めずに見通しのいい状態で、8台あるベッドはすべて埋まっていました。ベッドは普通の3分の1の狭さで、非常に硬いシートです。妻も、とにかく背中が痛いので、次からは毛布でも持って来ようか、と言っています。
 ベッドの間も狭く、人一人がやっと通れるスペースです。付き添いとして横にいるためには、イスを1脚借りることになります。しかし、イスを置くと私の足はベッドの下に潜り込ませなければなりません。
 看護師さんも、狭くてすみませんと言いながら、慌ただしく飛び廻っておられます。

 今日は、妻のベッドの右横にキャスター付きの作業台が置かれていたので、狭いスペースに入って座ることができません。仕方がないので、外の待合エリアの長イスに座って待機しました。これでは、何のための付き添いなのかわかりません。付き添いは邪魔、ということなのでしょう。
 点滴中に何か異変があった時に、誰か横に付き添っていると素早い対応ができると思います。特に妻は、最先端の実験的な治療です。この治療の前の昨年には、この病院で処方されたドネペジルを服用した時に、想像を絶する副作用に見舞われました。そうしたことがあったのにもかかわらず、この点滴治療はこの病院では数少ない試験的な取り組みであるはずなのに、突発的な事態の対処は手薄です。
 ここの流儀に従います。しかし、私は妻の様子を注視しながら、外であっても見守っているつもりです。何かあったら、飛び廻っておられる看護師さんに異変を伝えるために。

 奥にある部屋には10台近いベッドが、空きのままで並んでいます。しかし、そちらを使うと、看護師さんの目が届かないので使わずに、この一室にとにかく押し込めたという感じです。
 それこそ、付き添いがいる場合には、横のスペースに並ぶ10台のベッドも使えばいいのに、と思いました。いろいろと事情があるのでしょう。不可思議な思いを抱きました。

 さらには、今日の部屋の雰囲気は異様でした。
 入ってすぐ左、妻の斜め向かいには、高齢の方が苦しがっておられます。そして、危ないので病院に来てほしい、という電話を家族の方数人がそれぞれにしておられました。尋常ではありません。
 妻の右隣の方は、苦しくて呻き声をずっと上げ続けておられます。
 反対側のベッドでは、4人の方が何やら談笑しておられます。

 そんな中で、妻はジッとレカネマブ(レケンビ)の1時間かかる点滴を受けていました。この落ち着きのない殺気立った雰囲気の中では、直る治療も効き目があるのか不安になります。

 比べてはいけないとしても、これまでは、妻は心静かに点滴を受け、その横で私は話をしたり、本を読んだりして1時間を過ごしていました。しかし、ここでは前回も含めて、あまりにも違いすぎる環境に身を置いてのことなので、とにかく戸惑います。この治療を勧めた私も、この状態での点滴治療がこれから1年も続くのであれば、妻共々、脳神経の別の場所が病んでしまいそうです。私も、京大病院の脳神経内科で脳梗塞の後遺症の治療が続いているのですから。

 京大病院の妻の主治医の先生と、この宇治徳洲会病院で請け負ってくださった京大病院からお越しの先生には、心穏やかな雰囲気で受けられる環境を配慮してもらえるように、次回の診察の折にお願いしたいと思っています。

 なお、私が外の待ち合いエリアで待っていた時の事です。
 看護師さんが患者さんにレントゲン室へ行くようにと指示を出された時に、患者さんはそれはもう終わっていると言って、次の別の指示を待っておられました。また、別の方は、採血室へと言われた時、さっき採血はしたのに、と仰っていました。あまりの忙しさに、看護師さんも出す指示が混乱しているようです。
 どちらも、看護師さんの不足からくる問題のように思えます。

 いずれは誰しも、お医者さんや看護師さんのお世話になります。こうした混乱を抱えたままで、今の高齢化社会を迎えているのが現実だと思われます。これでいいはずがありません。個人で対処できることではありません。そうであるからこそ、こうして実状を記すことで、広く実態の一端を知ってもらうことにしました。必死に努力しておられる関係者のみなさま、ポジティブに捉えての発言であることをご理解下さい。




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2025年10月30日

宇治徳洲会病院での医療体制のこと

 妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療の付き添いで、宇治徳洲会病院へ行きました。
 11時に予約が入っていたにもかかわらず、診察の順番が回って来たのは12時40分頃でした。
 京大病院の主治医からの紹介で担当となられた京大病院におられた先生の診察は、楽しくお話をしながら手際良く終わりました。
 ただし、待ち時間が長いので、来月以降は診察時間を1時間早めてもらいました。
 お昼ご飯をいただく時間が確保出来ないからです。
 この脳神経内科には、想像を絶する多くの方が診察にお見えです。
 誰しも避けては通れないことでもあり、丁寧に診ておられるせいか、一人ずつの診察時間も長いようです。

 次はこの治療のメインである、下の階にある大部屋の観察室での点滴治療です。
 しかし、下でも待つこと50分。
 9台のベッドはすべて空いているのに、なかなかお呼びがかかりません。
 まだでしょうか? と看護師さんに尋ねると、不機嫌な声で用意ができたら入ってもらいます、とのこと。
 2週間置きの予約が入っており、診察が終わるとここに来ることがわかっていても、用意ができていないと仰る理由がわかりません。
 しかも、今日は1時間半も遅れて下に降りてきたのに、準備がなされていないのです。

 無事に点滴が始まっても、看護師さんや患者さんの話し声が飛び交っています。
 連絡の電話もひっきりなしなので、とにかく賑やかな病室です。
 至る所のドアが開けっぱなしで、1階の人通りも目に入り、雑踏の中での点滴でした。
 比べてはいけないとは思いつつも、京大病院のように心静かに点滴、とは縁遠い環境です。
 当の妻は、病室の賑わいが楽しい、と言っていました。
 京大病院では、安静の状態でウトウトしながら点滴を受けていました。
 この喧騒の中にいると、1時間が退屈しなくていいそうです。

 隣のベッドで別の点滴を受けておられた方が、寒いので布団を掛けたいとおっしゃっていました。
 看護師さんは、隣のベッドの上にある布団を好きなように使って、とおっしゃっています。
 しかし、片手に点滴のチューブと針が刺さっているので、隣のベットの布団は取れません。
 しかも、ベッドとベッドの間には距離があるので、手が届くわけはありません。
 応対しておられた看護師さんが席を外された隙に、私が布団を掛けてあげに行きました。
 点滴を終わられたその方は、すぐにお礼を言いに私と妻のところにいらっしゃいました。
 そして、別室での診察が終わってお帰りになる時にも、ご丁寧に挨拶にお出でになりました。
 よほど寒気で困っておられたのでしょう。
 あまりに丁重なお礼の言葉に、こちらが恐縮しました。
 別の付き添いの方は、急用で電話をしたいと申し出られても、その間に私たちは患者さんを見ている余裕はない、と冷ややかな対応でした。
 この方にも、代わりに私が見ていますよ、と言いたい思いを看護師さんの手前グッと我慢しました。
 いやはや、看護師さん不足が露呈している、慌ただしい病院の実態を見ることになりました。

 看護師さんたちは走り回っておられます。
 人手が足りないために、それを口実にして更なる激務から身を守る術を、体得なさったのでしょう。
 同僚は元より、患者さんへの言葉遣いもタメ口なのは、地元の患者さんとのお付き合いからくるのでしょうか。
 患者さんも好き勝手を言っておられるようなので、来やすい病院となっていると思われます。
 地域医療を支えている視点からは、ありがたい病院なのです。
 ただし、患者と医療従事者があまりにも馴れ馴れしいと、人によっては敬して遠ざけたくなるかも知れません。
 私は、そちらの方です。

 病院を出たのは、2週間前の前回と同様に16時を過ぎていました。
 11時に来て16時までの5時間が、これから毎月2回、そして1年も続くとなるとなかなか大変な通院であり付き添いです。
 次回には、診察が終わってから点滴が始まるまでの時間を短縮してもらうようにお願いしてみます。
 人手不足に慣れすぎて、あまりにも段取りが悪いと思うからです。




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2025年10月20日

京大病院から大急ぎで集会所に駆けつける

 朝が早かったせいか、如意ヶ岳の大文字山の「大」の字は陰っています。

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 今日は、まず血液検査からです。いつものように、1時間ほど待ってやっと順番が回って来ました。試験管3本に私の命の源が吸い上げられていくのを、じっと見ていました。血液を調べると、ほとんどの身体の変調がわかると言われています。定期的に診てくださっているので、院内の各科を渡り歩く私にとって、基本情報を刻々と提供していることになります。この血液検査で身体の変化がわかるのですから、血液を出し惜しんではいけません。我が身を助ける命の泉なのです。

 今日の2つめは、消化器内科の腹部超音波検査です。お腹にベトベトの薬を塗り、スキャンする小さなT字型の道具でお腹をナゾリながら、丹念に内臓の様子を観察する検査です。今日は、膵臓がターゲット。膵臓に水が溜まっており、主膵管の変異が認められるので経過観察が続いています。拡大しつつある膵臓の異変は、今後とも経過観察の状態が続きます。
 検査技師の方が、途中で前回の画像を確認して来ます、と言って退席されました。何か異変があったようです。終わってから部屋を出る時に、先ほどの技師さんがモニタに向かい、検査を通しての所見を打ち込んでおられました。これを踏まえて、午後に設定されている診察で、詳しい説明があるはずです。

 今日は検査のために絶食で来ています。もう血液の採取は終わっているので、食事をしても大丈夫です。腹ペコなので、院内のコンビニで軽食を買い、休憩室でいただきました。ほっと一息つきました。

 3つめは、糖尿病・内分泌・栄養内科での血液検査を踏まえた診察です。
 一番のポイントは、ヘモグロビン A1cの値です。今年になってからの推移は、「6.7→6.9→6.9→7.1」と少しずつ増えながら変動しています。本来ならば「6.0」までが安全圏内です。しかし、私は消化管がないので一般の方とは判断基準が違うようで、「7.0」に近い値であっても、高め安定の評価がなされて来た流れがあります。今日は少し下がって「7.0」でした。私にとってはまあまあの数値なので、このままの調子で行きましょう、ということになりました。また、血漿血糖の値が「104」と、普通の方の安全圏内の「105」以下に初めて入りました。血糖値のコントロールは良好のようです。

 なお、このところ眼に疲れを感じることと、見えにくいことがよくあります。糖尿病の合併症には視力を失うケースがあるので、異常を感じたら診てもらうことにしています。そこで早速、来週早々に眼科の予約を入れてもらいました。

 診察が終わるとすぐに、4つめの消化器内科から呼び出しがありました。先ほどの腹部超音波検査の結果を元にしての説明と診察です。膵臓に水が溜まって膨れている問題です。
 膵臓嚢胞の肥大については、今すぐに手術ではなくて、もう少し様子を見ることになりました。半年後の予約が入りました。こうして診てもらっている内は、命をつないでいけると思っています。
 とにかく、想定していた寿命を10年も長く、しかも元気に生活をしているので、もう少し長生きをしたいという思いが強くなっています。

 なお、こうして私の健康状態の記録を本ブログに綴っているのは、家族や親族へ現状を報告すると共に、何かあった時にその変化の徴候がいつからなのか、病院の先生に読み取ってもらえるようにするためです。
 2年前に脳梗塞になった時、私のブログをご覧になった主治医が、いつから血管が詰まり出したのかを読み解いてくださいました。緊急入院した2日前に、脳梗塞の徴候が出ていたのです。そのことが、緊急時の血液サラサラの薬を投与する量に関係し、思い切って普通よりも多めの投与という判断をなさったのです。そして、それが回復を早める結果につながりました。ありのままの日常の健康を記録しておいてよかった、と思ったできごとです。

 いろいろな科をまわっていた関係で、病院を出る時間が13時を過ぎました。今日は、地域の集会所で13時からグリーンカフェというイベントがある日です。大急ぎで引き返しました。

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 14時過ぎに着いたので、まだ盛り上がっているところでした。コーヒーやお菓子をいただきながら、間違い探しやクロスワードパズルをしました。今日のパズルは、昔話・物語でした。
 わからなかったのは1問だけ。それは、「『赤ずきん』 オオカミに食べられた赤ずきんとおばあさんを○○○○が助けた。」という問いです。タテのカギはわかっていたので、このヨコは「り○う○」まではわかりました。しかし、あと2文字がどうしてもわかりません。ギブアップして妻に聞いたところ、「りょうし」だとのことです。残念ながら、答えを聞いても猟師であることは知らなかったので頭の中は空白です。手も足も出ない、とはこのことです。
 いずれにしても、知っているか知らないかで答えが埋まる問題なので、レベルとしては低いパズルだと言えるでしょう。考える余地がないからです。これからは、○×ではなくて、考えることで答えが類推できる問題のパズルを作成してほしい、と思いました。そうでなければ、生成AI任せの対処でいいことになります。人間としての参加を考えたパズルを作ってほしいところです。答えがある、ではなくて、答えを引き出すパズルを作りましょう。




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2025年10月16日

宇治徳洲会病院で1日を過ごす

 これまで京大病院で受けていた、妻のアミロイドβをなくすレカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、今日からは近くにある宇治徳洲会病院で受けることになりました。治療期間の18ヶ月のうち、最初の6ヶ月は京大病院の主治医の元で経過観察をしながら受けました。後の12ヶ月は、近くの病院に委託して点滴だけを実施して、2ヶ月ごとに京大病院で主治医の診察とMRIの検査をすることになっていました。
 この件で宇治徳洲会病院へ行くのは、今日が2回目です。前回は、2週間前に新しい先生との顔合わせで行っています。

「[その2]宇治徳洲会病院で新しい先生との顔合わせ」

 今日は朝10時半に出かけて、点滴が終わったのは16時半でした。食事を取るタイミングがわからないままに、ただひたすら呼ばれるのを待つ1日でした。
 次回からは、お昼の用意をして行くことにします。

 私は、今回も付き添いです。
 点滴の針が妻の左手になかなか入らなくて、結局は右手になりました。横になるベッドの硬さや幅がいつもと勝手が違い、ゴソゴソと苦労していました。環境が変わったので、これからはここの流儀に早く慣れることです。
 この治療にはスタッフのみなさまも慣れておられないのか、何かと段取りが悪くて空き時間がたっぷりとありました。
 この病院で引き受けてくださったのは、京大の主治医の先生の元で学んでおられた大学院の方がいらっしゃったからのようです。レカネマブ(レケンビ)を使った治療は、京大病院の中でも実施例は少ない方です。臨床試験の途中、という感じがします。それでも、この事例が次の治療の開発に役立つのでしたら、大きな意味を持つはずです。少しでも多くの患者さんのお役に立つようにと、いろいろなことにチャレンジをしているところです。




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2025年10月06日

季節の変わり目に気怠さを感じつつ

 朝夕の風が秋らしくなったようです。
 外に出ると涼しさを感じるので、気持ちよく散策できます。
 もっとも、日中はまだ夏の気配を残しています。
 数日前から、この夏も毎日働いてくれていたエアコンもつけず、扇風機も一休みです。
 秋のない季節となるようなので、今を秋と思うことにします。
 そんな中で、天候の不順と寒暖の差が身体を狂わせるのか、何となく気怠い日が続いています。
 外から帰ってくると、身体が重く感じられます。
 それは、疲れやすくなったのではなく、気圧と血圧と体温のコントロールが崩れたせいだとか。
 加齢で片付けるのではなく、さもありなん、と納得しています。
 イスに座っている時間よりも、身体を横たえている時間が長い1日でした。
 やりたいことがたくさんある中で、休憩時間が多いのです。
 身体は正直なので、その時その時、欲するままに休むことにしています。
 無理に体調を管理するのではなく、なるように任せるのも方策だと思います。
 その日の身体の具合にあわせて、マイペースで仕事を続けて行くことにしましょう。
 四季の移り変わりが、予想とは異なっています。
 しかし、それに惑わされることなく、自分の身体の反応のままに日々を送ることにします。




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2025年10月03日

集会所から京大病院へ

 毎月第一金曜日は、ボランティアの方がご自宅でパンを焼いて、集会所に持って来てくださいます。今日は、サツマイモで作ったパンに、歯応えがあるようにと干し芋を刻んだものが入っています。美味しいパンでした。挽きたてのコーヒーを2杯もいただきました。

 みんなで連想ゲームをしました。出題者のヒント如何で、正解が出るタイミングが変わります。だいたい、2つ目のヒントで答えが出ていました。私は「ラーメン」というお題で、ヒントとして「チャルメラ」と言うとすぐに「ラーメン」という答えが帰ってきました。

 脳トレを兼ねて、手首を動かす体操をしました。右手で机の上を上下に擦りながら、左手はグーでトントン机を叩きます。左右入れ替えても、これは何とかできました。
 しかし、いつもの、右手を上下に動かし、左手で三角形を描く動きは、バラバラに動いて笑うしかありません。逆のパターンでも同じです。サッとできたら脳は働いていない、と言われても、悔しい限りです。

 終わってから、100歳のTさんのことはお仲間にお願いして、我々はいつものように京大病院へ直行です。

 大文字山は秋の爽やかな風を受けて、優しく病院越しに京洛を見守っています。

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 京大病院で受ける妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴は、15回目の今日が最後です。副作用もなく、認知機能も特段に進行することもなく、順調にきました。対処が非常に早かったので、こうした治療を受けながら経過観察ができているのです。

 再来週からは、昨日行って顔合わせをした宇治徳洲会病院で、今後一年間にわたり点滴を受けます。昨日お目にかかった先生は、普段は京大病院の大学院にいらっしゃるそうです。週一回の派遣で診察を担当しておられるとのことでした。病院は違っても、主治医の目の届くところで診てもらうことがわかり、安心しました。

 帰りは、iPS 細胞研究所の前の花を見ながら帰りました。

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 ミニヒマワリの背景にある赤紫の葉は、シソ科のコリウスで観賞用だと、この写真を見て生成AIが教えてくれました。妻もそうそう、と言っているので、この名前でいいようです。
 妻は、iPS 細胞研究所の前で山中伸弥先生がお帰りになるところと出会い、頭を下げると先生も丁寧に答礼をしてくださったことを、昨日のことのように何度も語ってくれます。またお目にかかれるのではとの思いもあって、よくこの研究所の前を通って帰ります。残念ながら今日は、そんな出会いはありませんでしたが……




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2025年10月02日

[その2]宇治徳洲会病院で新しい先生との顔合わせ

 京大病院での妻の「レカネマブ(レケンビ)」月2回の点滴治療は、半年が経ったために近くの医療機関に依頼して実施することになっていました。診察や薬の処方は、こまれで通り2ヶ月毎に京大病院で行われます。

 明日が京大病院で受ける最後の点滴の日ということもあり、今日は宇治徳洲会病院の担当医との顔合わせに行ってきました。

 設定された時間が、送迎バスを使えない早い時間帯だったので、早朝散策のつもりで歩いて行きました。ちょうど30分かかります。適度な運動になりました。

 紹介された先生は、京大病院にいらっしゃった方で、今の主治医の先生から引き継ぎの資料を受け取っておられました。いろいろなことを承知で引き受けてくださったようで、安心しました。若い女医さんで、てきぱきとした説明を受けました。

 何か質問がありますか、とのことだったので、私からは確認の意味で1点だけ。
 昨秋、ここ宇治徳洲会病院で処方された「ドネペジル」という薬に対して、妻は副作用で過剰な反応を示したことを話題にしました。治療薬としての「ネペジル」は、気持ちを高揚させる効果を狙ったものであり、それが妻には異常に作用したために錯乱状態になったのでしょう、と負の薬効・薬害に対する理解を示してくださいました。
 妻も、当時は何事において訳もなく、異様に腹が立った経験を話していました。理解を示してくださる先生で、ホッとしました。

 今後4ヶ月間8回の点滴治療のスケジュールが組まれました。もちろん、私も毎回1時間半の付き添いで来院します。

 気分一新、これまでと変わることなく、地道な治療に取り組んで行きます。




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2025年09月04日

京大病院で丸1日を過ごし認知機能の理解を深める

 病院通いの日々です。
 先日は帰りの近鉄で、今日は行きの京阪で人身事故があり、電車が大幅に遅れました。東京の中央線や総武線が、飛び込みの多いことで知られていたことを思い出します。

 今朝の大文字は、台風を迎える心の準備ができているようで、サァ来いという顔をしています。

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 今日は、終日妻の付き添いで、3つの科を掛け持ちです。
 MRI検査は、レカネマブ(レケンビ)の点滴治療によって、脳内に出血などの異変がないかを見るものです。最後の診察で画像診断の説明を受け、半年前と変わらないことがわかりました。
 アミロイドβが期待通りになくなっているのか、実際の効果は1年目を迎える来年3月の結果まで待つようです。

 次は、CGA(高齢者総合機能評価)外来で、専門の先生から認知機能検査と心理検査を受けました。記憶力のテストや日常生活に関する問診などを通して、日常生活全般を視野に入れて今後の手立てを考えるための評価を、妻共々受けました。これは、認知症や脳梗塞などの診断に限らず、心身の総合的な機能や生活状況を調べて現状の評価をすることが目的で行われるものです。

 最初は、家族である私からで、30分ほどだったでしょうか。半年前にも、同じような問診を受けました。その時と比べて最近の奥さんはどうですか、ということを中心に聞かれました。
 大きく変わっていないことを答えているうちに、アレッと思いました。

(1)毎朝、時には夕方にも、頻繁に洗濯をし、嬉々としてベランダに干して汗だくとなっている。
(2)コロコロテープで、床、畳、フローリング、絨毯の掃除をマメにする。
(3)暑さもあってか洗髪の回数が増え、時には朝晩2回の日もある。
(4)ベランダの草花に頻繁に水やりをする。
(5)自分の作業場に籠り、ミシンの前でカバンやブックカバーを作るために縫い物に精を出す。

 さらには、私と一緒に毎日1万歩のウォーキングに出掛けるので、妻の1日は忙しいことこの上もないのです。これらは、集中して物事に取り組んでいることなので、いいことに違いありません。先生も、面倒がって動こうとしないのとは違う真逆の行動なので、とてもいいことだとおっしゃっていました。

 日常生活のレベルが落ち出した徴候を見定めるための、専門家による検査や問診のはずでした。しかし、逆にこの半年で妻の脳は活性化されているのですから、先生も楽しそうにいろいろな話をしてくださいました。こんなことはめったにないと……
 ただし、次第にいつしかしなくなる時が来ると、それはそれで新たな問題だとも。
 ということで、たくさんのことを聞かれるがままに、最近の毎日の状況を詳しく先生にお伝えしました。

 入れ替わりで、次は妻が対面での検査と問診です。いろいろな遊びやゲームをし、さまざまな日常生活の実際や思いを聞かれたようです。
 優に1時間以上。外の待合室には、先生と妻の楽しそうで大きな笑い声がずっと聞こえていました。何をしているのか覗いてみたくなる程の、大はしゃぎでした。
 後で聞くと、先生は友だちのように接してくださり、とにかく楽しい時間だったそうです。終わってから先生も出て来られ、こんなに笑い転げた診察は初めてだと、満面に笑みを浮かべて面談の様子を話してくださいました。

 その1時間半後に、主治医の先生から本日の検査と総合評価を聞きました。
 CGAは、さまざまな領域にわたる評価を統合して判断が下されます。
 一例をあげれば、認知機能(MMSE:30点満点)では、今春は23点で、半年後の今日も23点でした。24点以下で認知症の可能性を疑うことになっています。直近のことを忘れることは今も変わらないながらも、半年間に認知機能は軽度のまま、ずっと維持されていたことになります。
 さらには、「基本的日常生活動作(ADL)」(0〜100点)と「精神心理面(GDS)」の評価の点数は、今思い出せないものの、前回の半年前の調査よりも共に好評価に上がっていました。
 レカネマブ(レケンビ)の点滴治療は、軽度でなければ受けられません。迷いながらも、思い切って治療に入ったことは正解だったようです。

 地域の集会所で、ボランティアとして高齢者の方々と一緒に体操やゲームをし、お話をしているので、こうして厳密な検査を経て自分の認知機能の実態を知っておくことは、さまざまな活動や行動にいい影響を及ぼしているようです。
 難しく考えずに、とにかく日常生活と精神生活の平安を心がけています。
 私のことにしても、妻と行動を共にすることで、脳梗塞の予防にもなっています。妻とは、共に脳神経内科に通う仲間でもあるので、情報も何かと共有できて安心です。

 主治医の診察では、10月からの点滴治療は宇治徳洲会病院で行うことの説明がありました。2週間毎の点滴を、あと1年間行います。ただし診察は、この京大病院に2ヶ月毎に来て、主治医の先生から受けます。

 これからも変わることなく、気長に病院とお付き合いをしていきます。




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2025年09月01日

血液検査の結果は特に問題なし

 今日から9月。
 大文字山はいつもと変わらず、夏らしい姿を見せています。

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 糖尿病・内分泌・栄養内科では、ヘモグロビン A1cが少し上がって「7.1」でした。
 この1年間の数値の推移は、次の通りです。

2024年7月7.3
   9月7.3
   12月:6.7
2025年2月:6.7
   4月:6.9
   6月:6.9
   9月7.1

 少し上がったといっても私の身体では誤差の範囲内なので、このままの食生活と運動でいいでしょう、とのことでした。昨年も、夏場には高い数値が出ているので、心配しなくてもいいようです。
 一般的には、「6.0」以上が高血糖とされています。しかし、私は消化管がないために消化吸収が早く、いつも数値が高めに出ます。

 ウォーキングは、順調に毎日8,000歩以上を続けています。歩く時、右半身に違和感があります。それでも、外見は普通に歩いているそうなので、これで良しとしましょう。

 血液検査の結果では、肝臓や腎臓などの内蔵には問題はないとのこと。
 内科的には特に心配はなく、マイペースでいいようです。

 京都市内の気温が37度だったので、賀茂川散策はしないで早々に電車で帰りました。
 昨日は人身事故で電車が止まってしまい、帰ったのは午前1時過ぎでした。今日は寄り道をせず、早めに帰りました。




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2025年08月20日

【本日の1】パソコンで困っている4件の中間報告(その2)

 現在、私が直面しているコンピュータ周りのことで困っているのは、次の4点でした。

(1)ドコモの通信の酷さ

(2)Apple Watchがアップデートできないこと

(3)MacBook Proの同期がほとんど進まないこと

(4)意味不明のメールが配信エラーとして届くこと

 この内、(4)の「意味不明のメールが配信エラーとして届くこと」については、まだ問題は解決していません。しかし、その解決方法の1つとしてグーグルに問い合わせるという方法を、一昨日問い合わせでは解決できず、昨日の電話で教えていただいたので、後日、確認しようと思っています。

 今日は「その2」として、「(2)Apple Watchがアップデートできないこと」について書きます。

 このことは、今年の3月から何度も試みたにもかかわらず、ずっと続いていることです。これまで何のトラブルもなく出来ていた最新 OS への更新のことなので、自力で何とかなるだろうと思い、ほぼ毎日のように自動のアップデートを試みていました。しかし、最新の「watch OS 11.6.1」へのアップデートは、ソフトウェアアップデートの直前のダウンロードの所で、ことごとく「確認中」という表示が出てその先に進みません。
 決まって3時間ほどすると、
「アップデートをインストールできません Apple Watchに最新バージョンのwatchOSをインストールする際にエラーが起きました。」
という表示が2種類出て更新は中止となります。

 インストールに当たっては、次の注意事項が表示されます。

アップデートをインストールするには、Apple Watchが以下の条件を満たしていることを確認してください:
・充電器に接続されている
・Wi-Fiに接続されているiPhoneの通信圏内にある
インストールはApple Watchが50%以上充電されているときに開始されます。アップデートが完了するまで、Apple Watchを再起動したり、充電器から取り外したりしないでください。

 これまでに何度もやってきたことなので、指定の条件下でやっています。しかし、いつもエラーになるのです。

 もうかれこれ半年にもなるので、独力では無理だと判断し、一昨日の月曜日に「Apple サポート」に問い合わせの電話をしました。

 エラーが出ていた状況を、直前のアップデートをしてしまうことで再検証出来ないことにならないようにと思い、月曜日には、あえてずっと更新できていないシステム(Watch OS 11.3.1)をアップデートしなしままに問い合わせをしました。エラーが発生した画面の画像は見てもらいました。しかし、とにかくシステムのアップデート(Watch OS 11.6.1)を私がしてからということになり、その日は終わりました。

 そして昨日の火曜日に、再度のサポート受けました。
 電話の窓口では、前日と同じような儀式が最初にあります。iPhone や Apple Watch の空き容量を気にしておられました。そして、Apple Watch の本体自身のアップデートをすることになりました。
 私は、これをすると「最低3時間はかかりますよ。」と言いました。これまでの半年間でわかっていたからです。3時間後にエラーになってストップ、という堂々巡りになることが懸念されると強く言いました。しかし、サポート窓口のFさんは、それをしないと前に進めないし、問題解決にはやるしかない、との結論で終わりました。それまでに、しきりとマニュアルで確認なさる時間があり、スッと解決策が提示できないようでした。このことについても、別の提案はありません。

 仕方がないので、昨夜アップデートのためのインストールをしました。当然のことながら、「確認中」が3時間表示された後に、いつものエラー発生のメッセージが出ました。

 今日で3日連続となる、Apple サポートへの電話をすることになりました。
 今日のIさんとの遣り取りは、淡々と進みました。とにかく、容量の確認がまずなされます。儀式のようです。iPhone は256G の内66.6G 使用、Apple Watch は64G の内17.5G 使用。何も問題はない、とのことです。
 私からは、昨夜の経過とエラーメッセージのスクリーンショットを見てもらいました。

 いろいろな遣り取りの末に、予想外の判断が示されました。
 つまり、iPhone がインストールをする時に Wi-Fi が切れている可能性がある、とのことです。
 昨夜は、エラーが出るまでの3時間以上、私は別の2台のパソコンや iPad を使っており、妻もネットにつなげたり、Apple Watch でネット上のデータを参照しながら体調管理データの閲覧をしていました。我が家にある情報文具が「Wi-Fi から切れている可能性」は、私の生活環境では考えられないことです。
 また、このインストール時にエラーが出るのは、今年の3月からです。この半年間に、数十回はインストールを試みています。その時々に、数十回もネット接続ができなかったことになり、これも確率としては非常に低いものだと思われます。
 とにかく問題の多い NTT ドコモの回線を使っているので、ないことはないとはいえ、にわかには信じられない「Wi-Fi が切れている可能性」の指摘でした。

 この対処としては、iPhone でネットワークリセットをし、Wi-Fiにつなぎ直すことだそうです。
 そのことに着手すると、またトラブルが拡大することが予想されるので、すぐには同意しませんでした。納得できてからにします。

 もう一つ、Apple サポートのIさんは対処策を提示してくださいました。
 それは、Apple Watch とのペアリングを解除し、Apple Watch アプリを削除することでした。
 その後、Apple Watch のアプリをダウンロードして再インストールする、というものです。
 これも、意図はわかるものの、今それをすることによって新たなトラブルを誘発することが心配なので、後日、時期を見計らってやってみたいと思います。

 なお、日常的に使っている手元にある「iPhone16ProMax」は、今年の4月、今から5ヶ月前に購入したものです。「Apple Watch Series 10」は、昨年10月に購入。情報文具にはトラブルが付きものであり、私は欠陥商品を受け取ることが多いことは、自他共に認めるところです。それだけに、被害の拡大が気になるので、今日の Apple サポート方からのアドバイスは、これまで考えても見なかったことでもあり、すぐに実行することには慎重にしたいと思います。

 ネットワーク回りでの問題が4件も同時進行で起きているので、慌てず騒がず、少しずつ対処していくつもりです。




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2025年08月17日

渋谷の茶亭「羽當」と室伏先生

 青山から地下鉄銀座線で3駅目が渋谷です。ブラブラと、学生時代を過ごした街である渋谷に出かけました。
 かつての姿は一変し、さらに工事が続いています。

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 駅前のハチ公は、観光客に大人気で長蛇の待ち人が列をなしています。

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 今日の行き先は、室伏信助先生によく連れて行っていただいた、茶亭「羽當」です。渋谷駅から青山学院大学に向かって信号を渡り少し入ったところなので、まさに知る人ぞ知るカフェです。

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 室伏先生の大学院での授業が終わってから、渋谷の駅前のこのカフェで、いろいろなお話を伺いました。私は、すでに国文学研究資料館に勤務していた頃で、先生の授業に陪席していました。今月25日の「新古典塾 平安文学リレー講座」で「谷崎潤一郎と『源氏物語』」と題して講演をお願いしている大津直子さんは、この頃に大学院生として室伏先生の授業に参加していました。

 室伏先生との『源氏物語』に関するお話は、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(伊藤編、新典社、2011年)に「対談 『源氏物語』本文研究のこれまでとこれから」として収録しています。その冒頭を引きます。


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 先生との思い出話は、本ブログの「室伏信助先生の訃報に接して思い出すこと」(2021年10月24日、http://genjiito.sblo.jp/article/189088682.html)に書いています。

 羽當に来ると、先生はいつも奥の席でキリマンジェロをお飲みになっていました。
 今日は、そのキリマンジェロを、妻はレアチーズケーキを追加注文していました。

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 ゆったりとした時間が流れる、落ち着いた雰囲気のカフェです。こんな場所に今も行けることは、ありがたいことです。

 新幹線で京都駅に降り立つと、急に551の豚まんが食べたくなり、甘酢だんごと一緒に買いました。暑い時には、551のアイスキャンディや豚まんがほしくなります。




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2025年08月15日

集会所でバラの花を作った後は京大病院へ

 集会所では、まずラジオ体操をし、早口言葉をやってから、色紙でバラの花を作りました。紙の端を捻りながら作った花びらを巻くので、難易度の高い折り紙です。前回の手順をすっかり忘れているので、みなさん四苦八苦しておられました。

 100歳のTさんも、紙を捻ることに戸惑っておられたので、少しお手伝いをしました。前回に引き続き、写真を撮りました。次の写真では左から、Tさん、妻、私の3人の作品です。今回も、それぞれの個性らしきものが出たバラの花が出来上がりました。

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 参考までに、前回のバラはこんな感じでした。


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 終わると、いつものように京大病院へ。

 大文字山は、明日の京都五山の送り火の準備が進んでいるようです。

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 院内児童の花壇には、マリーゴールド、ホウセンカ、アサガオが咲いています。

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 今日も、妻のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療の付き添いです。投与開始から半年が経ち、今日で12回目です。国内では1年8カ月の実績がある薬で、妻には1年半の投与が予定されています。
 なお、2024年11月から「ケサンラ点滴静注液」(ドナネマブ)が使用可能となりました。2件目の承認薬です。「レカネマブ」と「ドナネマブ」の2種類がある中で、主治医の奨めもあって、先発の「レカネマブ」にしました。

 朝日新聞電子版(枝松佑樹2025年4月20日)によると、「レカネマブ」に関しては次のような状況が報告されています。


・「壊れた神経細胞を再生するわけではなく、症状の進行を遅らせることを目的とするため、使えるのは軽度認知症とMCIの人に限る。」

・「国内外の1795人が参加した治験の結果、18カ月使った人は偽薬を使った人に比べ、記憶力や判断力を評価するスコアの悪化を27・1%抑えられた。」

・「池田教授(私注・日本老年精神医学会理事長、大阪大学教授)はレカネマブ使用を視野に入れる兆候として、同じものを重複して買うことがある、病院の予約日を間違える、薬の飲み忘れが多くなる、同じことを何度も言う、趣味や社会活動が億劫(おっくう)になる、などを挙げる。」

・「製造元のエーザイによると、25年1月時点の使用患者数は約6800人、投与施設は約660カ所にまで増えた。」

・「治験参加者を18カ月経った後も観察すると、投与を36カ月までつづけた人は、18カ月時点よりさらに進行を抑える効果が大きくなったという。」


 「レカネマブ」(レケンビ)を使用して半年が経ちました。来月からは、点滴を受ける施設が自宅近くの宇治徳洲会病院に変わります。2カ月毎の診察や検査は、これまで通り京大病院です。

 それにしても、脳内に蓄積したタンパク質のアミロイドβが、この点滴治療によってどれくらい減ったのか、気になるところです。主治医にお聞きしたところ、その検査は最初の検査でしかできないとのことでした。いろいろと内部のルールがあるようです。
 焦らず慌てず、とにかく効果を期待して続けているところです。

 思い当たるところがあり、診察や治療をためらっておられる方々の参考になれば、と思って情報の公開をしています。
 ちなみに治療費は、毎月2回の点滴と診察を受けて1万6〜8千円です。飲み薬と貼り薬も併用しています。現在、特に問題なく、毎日一緒に京都市内を散策し、毎日一緒に8千歩のウオーキングをする生活をしています。明日は第3土曜日なので、一緒に東京へ1泊2日の小旅行をする日です。




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2025年07月15日

伏見にある力の湯で暑気払い

 熱中症アラートが出たという連絡が、民生委員のNさんから入りました。そのため、今日の集会所での宇治市主催のB型リハビリの集まりはありません。
 先週の金曜日には、100歳のTさんと火曜日にまたと玄関先で挨拶をしてお別れし、今日もお話ができることを楽しみにしていたので残念です。
 アラートが出たことで、自宅でジッとしているよりも、近くの人は暑さに気をつけて集まった方がいいと思われます。その考え方で、金曜日のNさんが主宰される集まりは、アラートが出ても来られる方は十分に体調に気をつけてどうぞ、というスタンスです。しかしながら、今日の主催者は宇治市なので、何かあったら対外的にも責任問題ということもあり、保身のための中止となります。公務員の方々のことなので、実情はともかくとして仕方のないルールです。

 夕方、少し涼しくなったので、近場の伏見にある温泉に行きました。よく行く、力の湯です。トロリとしたお湯なので、適度に温まります。風に当たりながらの帰り道は、暑さ凌ぎに最適です。しかも、丁寧に調理されたおいしい食事付きでセットの入浴料は1,500円。日帰りながら、温泉地巡りの気分を味わえます。さらには、お風呂上がりのアイスクリームをゆったりとした椅子に座って満喫できます。
 大学生が多く来ているので、活気があるのも気に入っています。




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2025年07月07日

お世話になった先生に久しぶりの診察を受けて

 今日の大文字はクッキリと見えました。1ヶ月後の送り火を控え、崩れた火床の修復も進んでいることでしょう。京都五山の送り火を今年も心待ちにしているので、どこでお見送りをするか思案しています。一番いいのは、私が胃癌の手術をした積貞棟の6階です。眼下に如意ヶ岳の大文字が臨めるのです。一度だけ見ました。今年は、その機会はなさそうですが。

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 診察は、消化管外科の久森先生です。今年の5月に腹痛で救急治療をしてくださったがん診療部の牟田先生の診察は、特に今は特別な問題はないということで先週終わりました。しかし、いまだ食事の時に腸が痛くなることが続いていることに関しては、15年前の胃がんの手術に立ち合われ5年前の絞扼性イレウス(絞扼性腸閉塞)の開腹手術を担当してくださった久森先生の診察を念のために受けては、というアドバイスをいただき、今日の診察となりました。

 診察室に入るやいなや、お久しぶりです、という挨拶を先生の方から先にしてくださいました。5年前の入院時には、経営が破綻して民事再生下にある大学の再建を私が請け負うこととなり、その長として赴任する直前だったために、退院時期も含めて治療全般で大変お世話になりました。今日も、あの時の話をよく覚えておられ、慌ただしかった日々のことを一緒に思い出しました。そして、今はあの頃よりもずっと元気そうだ、とのことです。うれしいお言葉です。

 さて、食事を始めて10分以内にお腹が締めつけられるように痛み、それがしばらくするとスッと消えることが、週に二三度ずっと続いていることに関して相談をしました。胃を全摘手術をしたときには完璧だった接合部も、15年も経つと縫った糸も融けている部分もあるようで、食道に繋いだ小腸が少し垂れ下がっているそうです。そのため、接合部分で小腸の重積が起こり、中にめり込むようになった時に急激な痛みが起きるとのことです。水分が多い時は流れるだけなので痛みがなくても、食物が通る時に重積している部分が痛くなるのです。
 結論としては、小腸の手術は解決策の一つであっても危険が伴うことであるとの説明でした。痛み止めの薬を飲むにしても、その薬が効く頃には腹痛はないはずなので、なりそうな時の食前30分前に飲むことで暫定的な対処はできても、それも場当たり的なので、しないよりもまし、という程度だそうです。
 とにかく、これまで通り痛みが収まるまで、しばらく我慢するしかないようです。そのため、会食や外食はできるだけ減らし、行っても少しだけ食べるようにしたら、ということです。その意味でも、1日6回の分食はいいことだとのことでした。
 私の内蔵に関しては、最近の画像を見ながら、喉から大腸までの管の中はきれいであると太鼓判を押してくださいました。また、血液検査の結果も、臓器に異状の徴候は認められないとのことです。逆流性食道炎についても、食道から小腸に爛れたところはないので、胃がないために腸液が逆流することは避けられないことでもあり、うまく対処してやり過ごすしかないようです。

 なお、もし、どうしてもお腹の痛みに耐えられなくなったら、やりたくない再手術を検討してみましょう、ということで、今日の診察は終わりました。久森先生は、私の体内の状況を熟知しておられます。何かあれば、いつでも頼れる先生がいらっしゃることはありがたいことです。
 いくつもの診療科で、何人もの主治医の先生に助けられて、心置きなく仕事に没頭できる環境にある今に感謝しています。

 七夕なので、どこかで食事をと思っていました。しかし、市内にでかける前に間食を口にした時、怖れていた腹痛が始まり出したのです。これはサッサと帰れ、というサインだと思い、酷暑の中を妻と一緒に京阪の神宮丸太町駅までゆっくりと歩きました。




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2025年07月03日

今日も京大病院で半日を過ごし、2回もの緊急搬送を思い出す

 今日の大文字は曇り空の中から病棟を見下ろしています。

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 積貞棟にある癌診療部で、過日のPET検査の結果を聞きました。
 腸との接合部分に、問題となる腫瘍は見つからなかったようです。安心しました。
 今日も、食後10分ほどすると食道につながる腸が強く締めつけられる感覚があり、食事をしばらく休むと治まったことを伝えると、重積している箇所が深く食い込んでいることが原因ではないか、ということです。かといって、この段階で同じ箇所の手術を再度するほどでもないので、さらに様子を見ることになりました。
 ただし、念のために、5年前に絞扼性腸閉塞で開腹手術をした時のH先生の意見を聞いてみたら、とのことで、消化器内科の診察の予約を入れてくださいました。

 私が腹痛で緊急搬送された5年前に、たまたま当直医として診察してくださったのが、その時から振り返って10年前に、私が胃癌の手術をした時に介助で立ちあっておられたH先生だったのです。腹部の状態を見ているうちに私のことを思い出してくださり、勝手知ったる私のお腹の状況を判断して、適切でかつ思い切った開腹手術をしてくださいました。
 さらには、その一週間後には私が民事再生下の破綻した大学の学長に推挙されているために、どうしても退院したいというわがまま勝手なお願いを聞いてくださり、無事に今から5年前の7月1日に学長就任初日を迎えることができました。嘘のようなドラマとしか言えない話は、「就任初日は大忙しでした」(2020年07月01日、http://gakutyo.sblo.jp/article/187655123.html)に、詳しく報告した通りです。

 とにかく、私の身体のデータは、すべて京大病院のコンピュータに記録されています。今日も、5年前の主治医のコメントなどを参照しながら、適切な対応策を提案してくださいました。身体の情報が一元管理されていることのメリットが、折々に役立っています。ありがたいことです。

 こうして、今年の5月に救急搬送されて癌診療部の管轄下にあった我が身は、次は5年前に救急搬送された時のH先生の手に委ねられることになりました。今年の5月のことは、「付き添いで行ったはずの京大病院で救急外来患者としてベッドに」(2025年05月29日、http://genjiito.sblo.jp/article/191368047.html)に、5年前のことは「京大病院で開腹手術をするまでのこと(1)」(2020年05月31日、http://genjiito.sblo.jp/article/187548800.html)に書いています。よろしかったら、こんなこともあるのだと、ご笑覧を。




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2025年06月29日

ひねもすのたりのたりかな、の中のハプニング

 今日は朝から晩まで、一日中身体を横たえていました。うつらうつらしながら、本を読んだり、スマホでニュースを見たり。寝ながら、したいことをしていたのです。

 アップル・ウォッチが何度か、スタンディングのサインを出し、立つことを促してくれます。しかし、その気はないのでパスし続け、ただひたすら身体を休めていました。

 夕方、少しは身体を動かさなければと思い、近所へ買い物に出かけました。
 ところが、買い物中にお腹が締めつけられる苦しさに襲われ、ゆっくりと摺り足で歩くことになりました。
 帰ってから、ぬるいお風呂に入ってお腹を温めていると、しだいに締めつけはなくなりました。
 毎日、八千歩から1万歩以上を歩いています。今日は、歩くのを控えたこともあり、いつもの半分の四千五百歩でした。

 腸重積の症状が、今日は思い出したように出たようです。来週、先日の検査の結果を聞きに行くので、その時にこのお腹の痛みが何度か起きていることの相談もします。
 過日も、異変を伝えている腸の接合部分を切り裂いて、繋ぎ直してもらえないかとお願いしたところです。私は、手術で臓器を切り刻むことに躊躇いはないので、身体が楽になることを最優先に考えています。
 さて、どのような判断がなされますか。

 夕方の腹痛はハプニングとして、気候のせいで身体が変調をきたしたために怠いのか、身体が休むことを求めているのか、とにかくすべてが保留された状態で一日を過ごしました。




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2025年06月27日

京大病院でPET検査を受ける

 金曜日は、妻の点滴治療の付き添いをする日です。しかし、今日は私の検査のために、妻が私に付き添ってくれました。

 今日から関西は梅雨明けということです。しかし、大文字山はスッキリとしていません。大の字の第1画の横線の右端が白く見えるのは、先日確認された火床の崩落を修復するための準備でしょうか。

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 入院中の子供たちの植え込みでは、マリーゴールド、ホウセンカ、アサガオが育っています。これも、折々に様子を報告します。

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 今日は、PETという検査です。FDG:PET/CT(腫瘍・脳)検査は、糖(ブドウ糖・グルコース)の取り込み状態を画像化するものです。そのため、食事の影響を受けやすいということで、絶食が不可欠です。絶食が不十分だと、全身の筋肉に薬剤が取り込まれ、薬剤が病変に集まりにくくなるそうです。正確な診断のためにも、きっちりと絶食で来ました。

 CTの時よりも大きな検査機器がある部屋で、大きな円筒がある機器のベッドに横たわります。両手は頭の上に上げて、バンザイ(\(^^)/)の姿勢です。そして、頭の先から足の先までを、ゆっくりと身体が移動します。体内に腫瘍が認められないか、スキャンしているようです。
 20分くらいかかったでしょうか。痛くも痒くもない検査なので楽です。音もうるさくないので、耳栓やヘッドホンはしません。

 膵臓癌、胃癌、大腸癌の疑いがあるので、こうして全身を調べるのでしょう。結果は、来週わかります。

 鴨川沿いを、出町柳まで歩きました。賀茂大橋の手前から北山を望みました。これから日増しに暑くなるのでしょうか。飲み物と帽子が、当座の対策グッズです。

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 京阪と近鉄の電車の中で、若者が2回も席を譲ってくれました。見るからに配慮が必要な、高齢者の風貌をしているのでしょうか。介助が必要なことを示す赤いシリコンのカードは、カバンの中にしまったままです。それでも、若者たちはサッと声をかけて立ってくれるのです。
 一時は、譲られることに抵抗がありました。しかし、最近は好意に甘えることにしています。百歳のTさんがおられたら、きっと「私はいいよ、座りなさい」と仰ることでしょう。それでいいのか73歳、とは思わないことにしています。さすがに、座ると楽ですから。




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2025年06月23日

(その2)京大病院で半日を過ごす

 今朝の大文字は少し不機嫌です。

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 先日、この大の字の火床にひび割れが見つかり、土台が崩れている箇所があったのです。8月までには修理されるとしても、今後の異常気象の中での維持管理も大変なことでしょう。

 今日は、胃カメラによる検査と、糖尿病の診察がありました。
 まずは、血液検査から。依頼が出ているのは、いつもの糖尿病・内分泌・栄養内科に加えて、追加としてがん診療部と脳神経内科の、全部で3つの科からです。身体にいろいろな不具合が見つかったことを受けて、検査も診察も慌ただしくなりました。

 血液検査は、順番待ちが30分、検査結果が出るのに90分かかるので、予約が入っている診察時間の2時間前には、受付を済ませる必要があります。また、診察も順送りで遅れていくので、1時間待ちは普通です。病院通いは半日仕事、というのが実情です。気が長くないと、なかなか務まりません。

 この3時間以上を、付き添いの妻は3階にある本の広場「ほっこり」で過ごしています。時間の使い方も、長年の経験が生きているのです。

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 血液検査では、丸くて細長い透明の容器が、目の前に9本並びました。採血をなさる方も、3つの科から依頼を受けています、とあらためての確認がありました。これまでにない多さです。

 血液検査の結果が出るまでに、胃カメラの検査を受けます。詳しい検査ということで、少し太めのケーブルの胃カメラを口から通します。喉に麻酔をするので、特に違和感なしにカメラが腸まで入っていくのがわかります。今回はいつもよりも意識がはっきりしていたので、大好きな体内の宇宙遊泳をモニタ越しに楽しみました。胃カメラの先が、身体の奥深くで右へ左へと動き回っているので、実感としてわかります。少しくすぐったいくらいでした。

 ガン化しているのではないか、と思われる組織を摘み取る瞬間も、モニタに鮮やかに映し出されていました。胃を全摘出したのが15年前なので、その後の時間の経過の中で新たに生まれたものと思われます。良性なのか悪性なのか、後日の診察で説明があるはずです。いずれにしても、食道から小腸に直結している接合部分のY字路に重積が認められるようなので、食事をする度にお腹が締めつけられて苦しい思いをしています。そのため、重積している箇所の周辺を切除してほしいと、主治医の先生にはお願いしています。一度切り取った後に、その同じ箇所を再度手術をすることは、より高度なものになるそうです。そこを何とか、私としては体内の邪魔者を一掃してください、とお願いしています。さて、どうなりますか。

 続いて、糖尿病の診察です。これまでの先生が出産のために休暇に入られたので、今日から新しい先生になりました。基本的な確認の後、今日の血液検査の結果を踏まえて、これまでと何も変わらずに順調に血糖値がコントロールされているので、このままで行きましょう、ということでした。
 ヘモグロビン A1cの値は、「2月/6.7→4月/6.9→今日/6.9」でした。消化管のない私にとっては、これが安全圏内となります。

 帰りは、川端通の緑に囲まれた並木道を歩き、出町柳に出ました。

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 検査と診察を受けている間は大雨だったようです。幸いにも雨上がりの爽やかな散策路となっていました。




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2025年06月19日

今日は癌病棟の積貞棟で診察を受ける

 今日の大文字山は、きれいな山肌を見せています。

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 今日の京大病院での診察は、突然予約が入ったものです。
 一昨日、病院の消化管外科の先生から突然電話がありました。過日の腹痛について、その後の様子を心配してのものでした。特に変わった事はない、と答えると、とにかく接合部分の重積が進行しているようなので、診察をしたいとのことでした。
 私は、いつも対処が早くて何度も命拾いをしているので、今回も早い方がいいと答えました。そして、今日の予約が入ったのです。

 なんというタイミングか、病院から電話をいただいた翌日、つまり昨日、スーパーマーケットで買い物中に突然お腹が痛くなり、休憩エリアで一時間ほど痛みが収まるのを待っていました。お腹を揺らさないように、ゆっくりと歩いて帰宅して、すぐに身体を休めました。
 そして、今朝の4時頃でした。腹痛と共に下痢と嘔吐が止まりません。1時間ほど苦しんだでしょうか。お昼前に軽く食事をして、病院へ急ぎました。

 案内されたのは、胃癌で何度もお世話になった積貞棟の1階にある癌診療部でした。
 過日、救急外来として腹痛を診てくださった先生が主治医として診てくださいました。
 昨日から今日までの異変を、詳しく伝えました。
 これまでの数年間の断層写真と、先日の写真を見ながら、腸と十二指腸の接合部分に重積が認められることと、それが進行しての腹痛となっている可能性があることの説明を受けました。
 また、15年前に胃癌で胃を全摘出したことで完全に直ったことはそれとして、またその時の接合部分に新たな癌が認められる兆候があるそうです。とにかく、早い対処をしたほうがいいとのことで、来週は胃カメラと腫瘍(FDG:PET/CT)の、2種類の精密検査をすることになりました。
 7月3日に検査の結果が出るので、それまでは経過観察の時期となります。
 これで、私は「膵臓癌」「大腸癌」「胃癌」の3つの経過観察をされる身となりました。忙しいことです。
 明後日は、東京の日比谷で『源氏物語』と『百人一首』の講座があります。先生に相談すると、ロキソニンなどの痛み止めの薬を念のために持っていた方がいいでしょう、とのことでした。

 帰りは、鴨川に架かる荒神橋の少し上流で、川の中に置かれた荒神の飛び石を渡りました。石と石の間が少し空いています。私にとっては、脳梗塞の後の不自由さが残る右足の調子を見るのに、ちょうどいいリハビリの施設です。右足で慎重に踏み切り、左足で着地することで、無事に渡り終えました。
 今日は、途中で川に足を漬けておられる方が多かったので、いつもより神経を使って渡りました。

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 賀茂大橋の右上が高野川、左上が賀茂川で、その合流地点が鴨川デルタといわれる憩いの場です。今日は、多くの方が水遊びをしておられました。

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 賀茂大橋の手前に、ドナルド・マグドナルド・ハウス京都の建設現場があります。看板には、「自宅から離れた病院に入院・通院している子どもとそのご家族のための滞在施設」とあります。

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 姉が昨冬、京大病院の近くの「京都ファミリーハウス」のお世話になっていたことは、「血糖値が大幅に改善したことと患者の家族の宿泊施設のこと」(2024年12月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/191171977.html)に書きました。こうした施設は、もっとあるべきだと思っていたので、これから出来るドナルド・マグドナルド・ハウス京都も、大切な役割を担う施設になることでしょう。
 病気は、高齢者だけではなくて、未来を担う子どものケアも考える必要があります。
 大人も子供も、医療はしっかりと受けられる環境作りも大切だ、という問題意識も忘れないようにしたいものです。自分が1日でも長く生きることへの対処と共に、こうしたことへの理解も深めているところです。




posted by genjiito at 22:03| Comment(0) | *健康雑記