2020年04月01日

何もしない日(2020年4月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年からは何もしない日を、毎月1日は作っています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:13| Comment(0) | *健康雑記

2020年03月14日

歪みがなくなると物が大きく見えるのか

 白内障の手術をしてから、物が明るく、くっきりと見えるようになりました。世の中は、こんなに明るかったのかと。うれしくなります。
 また、部屋の中でメガネを取っ換え引っ換え着け外しする面倒くささから、完全に開放されました。おのずと、メガネを探すことはなくなりました。

 本屋さんで本を探している時、特に平積みの本などは、文庫本なのにやたらと大きく見えます。感覚的には、新書本よりも少し大きいようなので、単行本の大きさだと言えばいいでしょうか。あらためてその本を手にすると、いつもの文庫本の大きさだったりするのです。この本も新書で出たのか、と思って手にすると、実はそれが文庫本だとわかった時のショックは、どのように伝えたらいいのでしょうか。見える本の姿と、手にした大きさがあまりにも違うので困っています。

 以下、素人判断ながら、今の感触で書きます。
 高校に入学した16 歳の時から、私はメガネをかけています。30台からは、遠近両用メガネや中近両用メガネをかけて来ました。
 メガネのレンズと眼球のレンズを通して見たものの形を、経験値によって自動的に画像を微調整し、合理的な形にして脳に伝えていたのではないか、と思われます。これまでは、少し縮んだ形で脳に伝えられた本の四隅のコーナーを、自分の脳が適切に補正することで、形のバランスの不自然さを解消していたのではないでしょうか。とにかく、これまで見ていた本の四隅が、歪まないで鋭角に、しかも直線のまま、縮まないで大きく、きっちりとした長方形の画像として眼に飛び込んでくるのです。この変化は、眼が常に自動的に大きさを補正していたのに、その必要がなくなったため、としか思えません。
 以上、あくまでも個人的な感想と推測からのことです。
 それにしても、ありがたいことで、非常に得をした感じがしています。

 今回の手術では、単焦点レンズで50センチという近距離にピントが合うものを着けていただきました。そのため、遠くはぼやけています。このまま視力が安定したら、遠くがよく見えるメガネを調製してもらい、外ではそのメガネをかけるようになります。3ヶ月後くらいが、そのタイミングだそうです。多焦点レンズは、今の技術ではまだ遠近のピント合わせは中途半端だとのことでした。そのため、仕事優先の、モニタと手元の資料がくっきりと見える単焦点のレンズを選択しました。

 私の生活は、部屋の中での仕事が中心となっています。ゆっくりと、今の環境で眼を慣らしていくつもりです。外歩きが多くなる春から夏へと、持ち歩くメガネで風景や標識を見る生活が加わることになります。また、楽しみが増えそうです。
 
 
 
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2020年03月08日

両目でものが自由に見られるようになる

 昨夜11時頃に、ラウンジで夜食をいただきました。病院では晩ご飯が早いので、夜になるとお腹が空きます。そのため、あらかじめ用意しておいたネギトロ巻き、チーズ、ヨーグルトを食べることにしたのです。
 看護師さんは、私が分食していることをよくご存知です。毎晩、「遠慮せずに声をかけてくださいね、ラウンジを使えるようにしますから」と言ってくださっています。せっかくのご好意に甘えるのもいいかと思い、冷蔵庫からチーズや豆乳ウエハースやヨーグルトを取り出しました。ラウンジのテーブルで私だけのディナータイムです。夜勤の看護師のみなさま、夜中に申し訳ないことながら、お気遣いをありがとうございました。

 今朝の血糖値は「94」。いい調子です。体温、血圧も大丈夫です。
 朝食は、3個来たパンの一個だけをいただきました。これも、いつもの通りです。

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 食後に、担当医の先生の診察がありました。術後の目の様子を、時間をかけて丁寧にチェックしてくださいます。通院での治療ではなくて、入院でよかったと思っています。
 明日の退院後の説明がありました。温泉、銭湯、水泳は、雑菌に触れる可能性があるので控えるように、とのことです。その中に、旅行がありました。来週18日から予定が組まれているミャンマー行きについて、主治医の指導に従うようにと言われました。なかなか難しい立場に置かれています。
 同時に、感染予防のため、今後3ヶ月間の点眼薬もいただきました。術後の視力が安定するのに、あと3ヶ月はかかるそうです。急激な運動や、人混みでの衝突や転倒は、入れたばかりのレンズが外れることもあるそうです。無理はしないようにします。
 さらには、糖尿病の薬も出してくださいました。薬だけでカバンが膨れ上がっています。

 お昼の、ギッシリ固めた炒飯は、さすがに半分しかいただけませんでした。

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 今日の午後も、病院内の人通りのない一角で、妻と一緒にのんびりとコーヒーを飲みました。パリパリしたお菓子も売店で手に入れています。18歳の時に東京の大学で知り合ってから、早いもので50年。おしゃべりをしながら、こんな所で、こんな姿で、一緒にコーヒーを飲むとは思わなかったな、と、能天気な話をしていました。

 夕食前にシャワーを浴びました。首から下だけという制限があります。それでも、さっぱりとします。
 晩ご飯も盛りだくさんです。ご飯を半分以上残しました。

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 今日は、これまでで一番仕事をした日です。抱え込んでいる山のような仕事を、ここで少しでも崩しておかないと、退院後が悲惨です。追い立てられるようにして、消灯時間までをフルに活用しています。
 
 
 
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2020年03月07日

入院5日目、『春琴抄』の質問をする

 血糖値は「101」で良好。体温、血圧共に問題なし。
 朝食は、4個のパンの内、2個しか食べられませんでした。

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 担当医の経過観察では、順調に回復しているとのことです。来週の9日(月)に退院、16日(月)の朝一番に診察に来ることになりました。今のところ18日(水)からミャンマー行きとなっているので、ツメツメのスケジュールです。
 昼食も、ご飯はほとんど食べられませんでした。おかずはすべていただきました。

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 午後は、気分転換を兼ねて妻と一緒に、1階ロビーにあるタリーズでコーヒーをいただきました。自分が家で淹れる「Hug」のコーヒーが一番おいしいと思っているので、めったに外でコーヒーを飲むことはありません。本当に久しぶりです。カフェオレをおいしくいただき、のんびりと時を過ごしました。

 入院している南病棟のエレベータホールから、東山三十六峰を見渡しました。右に、平安神宮の朱と緑が鮮やかです。目の前の大文字、左の比叡山も、今日は殊の外くっきりと見えます。白内障の症状が改善したことを実感します。

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 夕方、主治医の先生の診察がありました。術後の経過は順調だとのことです。
 ちょうどいい折だと思い、厚かましくも先生に次の『春琴抄』からの抄出文をお見せして、そこに書かれていることを細かく質問しました。これは、昨日の手術の時に、水晶体が取り除かれた瞬間を教えてほしい、とお願いしたことを受けてのものです。お尋ねしたのは、次の文中の赤字にした7点です。

谷崎潤一郎『春琴抄』

佐助は春琴の死後十余年を経た後に彼が失明した時のいきさつを側近者に語ったことがありそれによって詳細な当時の事情がようやく判明するに至った。
(中略)
ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した針を刺したら眼が見えぬようになると云う智識があった訳ではないなるべく苦痛の少い手軽な方法で盲目になろうと思い試みに針をもって左の黒眼を突いてみた黒眼を狙って突き入れるのはむずかしいようだけれども(1)白眼の所は堅くて針が這入らない(2)黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち(3)眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った(4)出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので(5)外傷性の白内障を起したものと察せられる佐助は(6)次に同じ方法を右の眼に施し瞬時にして両眼を潰したもっとも直後はまだぼんやりと物の形など見えていたのが(7)十日ほどの間に完全に見えなくなったと云う。(青空文庫より)


 この作品は、昭和8年(1933年)に発表されたものであることをお伝えし、いろいろとご意見を伺いました。突然の質問だったので、もし違っていたら私の聞き間違いです。主治医の先生には、『春琴抄』のことは初めてお話したものです。とんでもない無礼な患者ですみません。

(1)「白眼の所は堅くて針が這入らない」
 針にもよるが、白目も軟らかいので、這入らないことはないでしょう。
 縫針といっても物にもよるけれど、鋭いので這入るでしょう。

(2)「黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入った」
 「二分」が6ミリ程であれば、水晶体に届きます。

(3)「眼球が一面に白濁し視力が失せて行く」
 そうでしょう。

(4)「出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかった」
 黒目には血管がないので出血はしません。発熱はないとしても、黒目を突いた瞬間は痛さを感じるはずです。あなたは麻酔をしていたけれども、この人は麻酔などしていないので。

(5)「外傷性の白内障」
 (3)の時の「白濁」がこの状態です。

(6)「次に同じ方法を右の眼に」
 「私の手術が左目を先に、次に右目だったように、この順番には何か意味がありますか?」とお尋ねしました。すると、利き目というのがあるので、利き目が右だったとしたら左から突くでしょうね。あなたの場合は、たまたま、偶然そうなっただけです。

(7)「十日ほどの間に完全に見えなくなった」
 そうなるでしょうね。


 この『春琴抄』が、今から87年前に書かれたものであることはともかく、谷崎さんは専門家の話を聞いて書いているのでしょうね、とのことでした。まだ、この作品が成立するに当たっての背景は調べていません。とにかく、私の体験を起点とする今日のところは、以上の確認をしました。『春琴抄』は、興味深い問題が横たわる作品だと思います。

 晩ご飯は、大好きな豆腐のハンバーグでした。

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 ここの食事は、温かいものと冷たいもののバランスが絶妙です。それは、配膳のワゴンの内部が、温部(左側)と冷部(右側)に分けられていることも関係すると思われます。

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 明後日が退院なので、明日が最後の食事です。果たして、お寿司は姿を見せるのでしょうか。今は、そのことだけが気がかりです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:08| Comment(0) | *健康雑記

2020年03月06日

無事に2度目の手術を終えて

手術室へ行く前に、処置室で目に麻酔をしてもらいます。血圧と体温も測ります。

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 一昨日の左目の時は、出発前の血圧が150を超えていました。いつもは70から120くらいです。今日も、150を超えています。思わず知らず緊張しているのでしょう。安全圏内なので、車椅子で本館に向かいました。途中で、車椅子のネジが外れて落ちたとのことです。付き添いの妻共々、車輪が外れて道々脱輪しないかと、笑いながらの手術室入りとなりました。

 2度目なので、勝手はわかっています。心配事も不安もありません。
 執刀してくださる主治医の先生には、水晶体が取り除かれた時は教えてください、とお願いしました。目の中のレンズがなくなった時に、何が見えるのかを知りたかったのです。
 あの『春琴抄』で佐助が、縫針を手にして鏡の前で自分の黒目を突いた瞬間を、谷崎は次のように描いています。

二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので外傷性の白内障を起したものと察せられる(本日午前の記事同様、青空文庫より)


 目の中の仕組みを、「京大病院 説明文書 白内障手術患者さんへ 1.0版 141006」に掲載されている図を引きながら紹介します。

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 さらに、手術の説明の折にいただいた上記プリントから、今回の詳細な説明を引き、同病の方への安心材料とします。私は、最初は多焦点レンズを考えていました。しかし、50cm ほどの距離にあるモニタと手元の資料が、メガネを使わずに裸眼で見られるようにしたいという希望を最優先にして、最終的には単焦点レンズを入れていただくことになりました。


1. 白内障について
 白内障は、目の「水晶体」という、カメラで言うとレンズの働きをする部分が濁った状態です。私たちが「ものが見えた」と認識することができるのは、瞳孔からはいってきた光や色を 網膜 が感知し、さらに視神経を通って脳に伝えられるからです。したがって、水晶体が濁っていると、光が十分入ってこないことになり、霧がかかったようにかすむ、視力が下がる、まぶしく感じるなどの症状が出ます。
 白内障の原因は加齢によるものが最も多いですが、糖尿病やアトピー性皮膚炎などの全身疾患やステロイドの使用などによって起きることも知られています。

(中略)

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1) 超音波 白内障手術
 超音波を用いて金属の刃を細かく振動させて、濁った水晶体を細かく破砕して摘出します。水晶体を包んで支えている透明な袋(水晶体 嚢)は残し、そこに眼内レンズを挿入します。傷口は 2~3mm 程度です。

(中略)

4. 超音波白内障手術について
 最も一般的な方法である超音波白内障手術について、以下にご説明します。
 手術にかかる時間は 15~60 分程度です。
1) 手順
 白内障手術は、当院では入院で行っています。病棟で瞳を開く薬(散瞳薬)と麻酔薬を点眼したあと手術室に入り、あおむけにベッドに寝ていただきます。
 そして、目の消毒と麻酔薬の点眼を追加します。顔の上に清潔な布をかけ、手術する方の目だけ出た状態になります。
 その後、まぶたを開けておく器械をはめて、手術が始まります。治療中は、まぶしい感じがします。手術の痛みは、点眼または局所注射の麻酔を使うためほとんどありませんが、痛みを感じた場合には声をかけてもらうことで麻酔を追加します。


 さて、私の手術では、最初は眩しい光の点が3つ、逆三角形に置かれていました。それが、超音波を用いた水晶体の処置が進むにしたがって、しだいにぼやけて来ます。やがて、明るく白く輝く銀のスクリーンが張り巡らされたようになり、さらに進むと、また3つの光の点が現れて来ます。この光の点がくっきりした頃に、先生が「水晶体は取れたので、次にレンズを入れていきます。」と伝えてくださいました。語りかけてくださったおかげで、現在の状況がリアルタイムでわかりました。
 レンズが入ると、突然、目の前に覆い被さっている超音波を発する機器や、手術室の天井、さらには執刀しておられる先生の手先の動きが見え出しました。一昨日の手術が良好だったので、左目はよく見えました。それに加えて、右目がくっきりと見え出したことで、明るい光の世界に包まれていることを実感しました。助手として絶えず目を洗ってくださっている担当医の先生の姿も、目の端に見えたように思います。
 数年来、目が見えない方々と、古写本『源氏物語』の触読や「点字付百人一首」の活動のお手伝いをしています。共に変体仮名を読んでいるWさん、Oさん、Kさんが、いつの日にか立体コピーによる触読ではなくて、800年前の写本そのものを私と一緒に読めたら楽しいだろうな、との思いがかすめました。今すぐにではなくても、いつか必ず来るはずです。この病棟の隣には、IPS 細胞の研究を進めておられる、山中伸弥先生の研究室もあります。夢は実現するものです。その時のための準備という意味からも、これまで通り古写本の触読のお手伝いを続けて行きたいとの思いを強くしました。

 手術室の外で待っていてくれた妻と、また車椅子で病室に戻りました。外れた車椅子のネジは、元通り付け直されていました。

 無事に両目の手術が終わったことで安心したせいか、お昼ご飯は完食です。ただし、フルーツポンチは糖質が高すぎるので、家から持って来てもらったイチゴをいただきました。また、主食がパスタだったので、炭水化物が多すぎるということで、パンもパスしました。

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 14時過ぎに、糖尿病・内分泌・栄養内科から、診察の連絡が入りました。迅速に対応していただき、みなさまには感謝しています。
 いつもの糖尿病の主治医の先生からは、ヘモグロビン A1cが「7.5」で高めだと。前回の「7.2」から上がっているけれども、これまで通りこのまま様子を見ましょうとのことでした。
 2週間前のベトナム行きは中止にしたことと、再来週からのミャンマー行きの話をしました。今回のコロナウイルスは、インフルエンザのように予防する手立てがないので、マスクと手洗いを怠らないことを強調しておられました。ちなみに、京都大学では、教職員の渡航は制限されているそうです。さて、私の場合はどうなるのか、今しばらくは様子見です。ミャンマーの国際交流基金ヤンゴン事務所からは、角田光代さんとのコラボレーションは、予定通り進めている、との報告を受けています。これも、間際にどうなるの、日本の感染者の推移と対応状況を見ていると、予断を許しません。今は、運を天に任せるしかありません。

 今日の晩ご飯は、こんな料理でした。

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 いろいろと変化に富み、味付けも穏やかなので安心していただいています。学校の食堂や、病院の食事というと、まずいものだと決めつけておられる方が多いようです。しかし、私は自分に合っている食事は、無理をして貶すことはないと思っています。ここでの残された一縷の望みは、お寿司の登場です。握り寿司よりも大阪鮨の方が好きな私は、あるいはとの期待をまだ持ち続けています。望みはいつか必ず叶う、との信念は、こんな時にも大切に温めています。
 
 
 
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右目の手術と『春琴抄』

 4日目の今朝の血糖値は「85」。これまでで一番低い数値です。自宅では、晩ご飯を20時から22時頃に食べていました。それが、病院では18時から19時に食べます。ここでの夜食は、チーズと烏龍茶だけなので、いつもより空腹状態が朝まで続いている、という事情が関係しているように思います。太りたい、体重を増やしたいと思い、夜食もしっかり食べていました。今は、食事の量も減っています。それでいて、体重は48キロと変わりません。今後の食事のタイミングを考えてみます。
 体温、血圧、共に普通です。
 午後の糖尿病の診察のため、採血と検尿もしました。
 9時半からの手術なので、何かと慌ただしい朝です。
 今朝の朝食は出ないので、妻が用意してくれたお弁当を半分食べ、いつもの薬を飲みました。
 処置室で6種類の点眼と、腕に点滴用のチューブを挿し込まれました。看護師さんと、アップルウォッチの話で盛り上がりました。今は心拍数を自動的に記録する程度でも、すぐに酸素量の計測や心筋疾患のチェックも、アメリカが実施しているように日本でも導入されるようです。そうなると、看護師さんたちの仕事もAIの導入と共に様変わりするようです、とおっしゃっていました。優しく親切なだけでは、看護師も務まらないということでしょうか。
 術前の診察が終わってから、先生に谷崎潤一郎の『春琴抄』に描かれている、佐助が針で両眼を潰す話をしました。そして、白目と黒目の硬さや、水晶体が破れた時のことを聞きました。突然のことで、先生も返答に困っておられました。また後で再度聞いてみます。
 とにかく、もうすぐ私も水晶体を超音波で砕いて取り除くので、佐助と同じような体験をします。一昨日の左目の時には、水晶体が取り除かれた瞬間、白く光るカンバスが目の中に広がりました。今度は、その点をよく見ておきたいと思っています。
 参考までに、青空文庫に公開されている『春琴抄』から、佐助が自ら目を潰す場面を引いておきます。
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佐助は春琴の死後十余年を経た後に彼が失明した時のいきさつを側近者に語ったことがありそれによって詳細な当時の事情がようやく判明するに至った。(中略)
ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した針を刺したら眼が見えぬようになると云う智識があった訳ではないなるべく苦痛の少い手軽な方法で盲目になろうと思い試みに針をもって左の黒眼を突いてみた黒眼を狙って突き入れるのはむずかしいようだけれども白眼の所は堅くて針が這入らないが黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので外傷性の白内障を起したものと察せられる佐助は次に同じ方法を右の眼に施し瞬時にして両眼を潰したもっとも直後はまだぼんやりと物の形など見えていたのが十日ほどの間に完全に見えなくなったと云う。(青空文庫より)


 それでは、手術室に行って来ます。
 
 
 
posted by genjiito at 09:04| Comment(0) | *健康雑記

2020年03月05日

3日目も予想外に慌ただしく時が過ぎる

 朝の血糖値は「100」。良好です。
 血圧と体温も問題はありません。
 朝食は、3つあったパンの1つを残しただけで完食です。

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 食事中に、担当医の先生が術後の様子を見に来られました。問題なしとのことです。主治医1人、担当医2人の先生方が丁寧な対応をしてくださいます。しかし、マスク姿に加えて、眼科ということから薄暗い診察室での対面もあり、お顔とお名前がいまだ一致しません。

 食後に、担当医の先生の診察がありました。左目の眼帯を外すと、ハッキリとものが見えます。ピントは、約50センチに合わせてあるそうです。何も問題はないので、成功です、とおっしゃっていました。感謝です。
 まだ、おでこには「右」のシールは貼られていません。
 昨日と明日のために、3種類の目薬を3時間おきに注します。間を3分間あけるので、こんな時には、さっと使えるアップルウォッチのタイマーアプリが大活躍です。

 お昼ご飯はこんな内容でした。
 やはり、ご飯は半分以上残しました。

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 眼科の患者全員の回診では、診察室で一人ずつ現在の治療状況の確認がありました。かつての部長(教授)回診にあたるものでしょうか。私については、特に問題なしとのことでした。いろいろな先生が治療と手術に関わってくださることは、多視点で病状に向き合うこととなり、いいチェック機能が働くことにもなり大歓迎です。
 その後、担当医による昨日の手術の経過観察と、明日の手術のための説明と準備がありました。
 また、明日は糖尿病・内分泌・栄養内科の定期診察が午後に入っているため、その連絡もありました。採血と採尿が、早朝の6時半からあります。

 入院と言っても、実に忙しいスケジュールの中にいます。
 これを機会に、もっとのんびりと休息できるかと思ったのは、甘かったようです。

 夕方、「ソースネクスト」のセキュリティソフト「ZERO」の10本分が、説明書の通りにはうまくインストールできない件で、間に入っている販売元「BBソフトサービス」から、電話で連絡がありました。これは、請求書を発行している決済代行会社「ネットプロテクションズ」に、以下のメールを送ったことにより、慌てて連絡が来たものです。
 先般、このブログに書いたように、このソフトの購入には、3つの会社が役割分担をしておられます。経営者にとっては、こうして分散化することは効率的なやりかたなのでしょう。しかし、利用者の立場から言うと、何か問題があった時にはキャッチボールの中に身を置くことになるので、ユーザーにとってはいい迷惑です。

担当者 さま

支払いに関して事務方に連絡しました。
なお、以下のブログに書きましたように、いまだにインストールができません。

「またソフトの法人契約で不愉快な思いをしています」
http://genjiito.sblo.jp/s/article/187201037.html

この記事を読んでもらい、関係する部署に連絡をしてもらえませんか。
教員と学生共々、購入したことになっているのに使えなくて、非常に困っています。
この件については、窓口が違うのでどこそこに連絡をするように、という無責任な対応はしないでください。
このメールのたらい回しもしないでください。
必ず、どなたかからの対応策を示してください。
よろしくお願いします。


 こうした無責任さに釘を刺す意図のメールをあらかじめ送っても、今日のように直接の解決に導くところではない方からの再確認の連絡が入ります。しかも、ご丁寧にも、今回の契約の「シリアル番号」を教えてほしい、とのことです。何をかいわんや、やはり思った通りでした。3社で役割分担をしておきながら、一つの会社の担当者が今回の契約の「シリアル番号」がわからないから、それを探して送ってくれ、とのことなのです。3社間で情報共有などがなされないままに勝手に分担業務をし、しかも、業務上わからないことはユーザーに教えてくれとは、何とも無責任なことです。無責任さで言えば、あくまでも自己主義で通すアメリカ流のやり方なのでしょう。こうした販売方法が、これ以上広がらないことを願っています。迷惑です。
 私からは、今日の電話の主には、以下のメールを送りました。

ご依頼のあった「シリアル番号」について、どの書類のどこに記載されているのか、わかりませんでした。
手元にある書面を添付しますので、これで対応していただけるのでしょうか。
この書類に、お問い合わせの「シリアル番号」という文字列はありません。
それとも、これ以外に何か書面が届いているのでしょうか。
多くの事務書類を扱っているので、よくわかりません。
また、病室のベットの上でパソコンを操作しているので、思うようにファイルが探せていないのかも知れません。
もしこれでないのであれば、どのような名目の書類なのか、具体的に示していただければ、誰かに探してもらえるように指示を出します。

なお、私は昨日目の手術をし、明日また手術があるので、なかなか迅速な対応ができません。
これ以上のことは、私の業務を補佐している特任研究員の方と連絡を取っていただけると、スムーズに進むかと思います。このメールにCCで同報している方です。
よろしくお願いします。


 いやはや、溜め息しかでません。これが、今のIT関連会社の一端です。
 案の定というべきか、お決まりのように情報のキャッチボールが、また始まっています。手間と時間をドブに捨てる、愚かな話です。しかし、そんな愚痴をいいつつも、10本分の「ZERO」をインストールして使い始めるためには、利用者として対応せざるをえません。
 これが、昨日手術をし、明日また手術を控える患者の現在の実状です。お笑い草にでも、と思い、この顛末をここにありのままに、リアルタイムの記録として残しておきます。

 そんな愚にも付かぬことに対応しながらも、晩ご飯はおいしくいただきました。お肉たっぷりのビーフシチューは大好物です。

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 左へ右へと3種類の目薬を注し続けた儀式も、先ほど終わりました。
 明日も、多彩なスケジュールが待ち受けています。あと一踏ん張りです。
 
 
 
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2020年03月04日

左目の手術を終えて

 手術直前の準備で、看護師の実習中と思われる方から、点滴用のチューブを挿入する処置を左腕にされました。血管がよく出るので助かります、と言いながらも失敗でした。別の方が代わって、やってくださいました。若者よ、あなたは明るいので大丈夫です。大したことではないので、気にせずにたくさん勉強と実習をしてください。
 顔の左側の眉の上に、「左」という漢字を書いたシールが貼られました。関係者に左右どちらかを周知徹底させるために、あえてわかりやすくしておられるのでしょう。

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 左目には、6種類の目薬が点眼されました。目が腫れ上がりそうです。
 手術室までは、先ほどの若者が車イスで送り迎えしてくれました。何でも聞いたことに答えてくれます。楽しみな看護師見習いの若者です。

 手術は、15分ほどであっけなく終わりました。
 手術室の雰囲気が和やかだったこともあり、緊張しませんでした。
 手術中は、何が見えるのかと思っていたら、四角い縦長の光の枠の真ん中に、横に棒が一本ある画像がずっとありました。それが次第にぼやけてきて、白い光るキャンバスになり、やがてまた四角に横棒が渡された画像が現れ、それが次第に鮮明に見えるようになりました。

 痛くもくすぐったくもなく、音もほとんど聞こえません。麻酔は両目だけです。怖さがなかったので、楽な手術だったと言えます。
 終わってから30分は横になって安静です。

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 執刀してくださった主治医の先生が、様子をみに病棟に来てくださいました。何も問題がないことを伝えると、何かあればいつでも連絡を、と言って看護師さんたちが集まっておられるところへ行かれました。
 その後は、飲み物を口にし、晩ご飯をいただきました。
 魚は、私が好きな鱈です。

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 しかし、やはり緊張していたのでしょうか。食は進みませんでした。ご飯を半分ほど残しました。

 今日は、早めにゆったりと休むことにします。
 こんな時こそ、胸を張って早寝を決め込むに限ります。
 明日は終日、術後の対処と明後日の右目の手術の準備が待っています。
 この調子なら、スムースに両目共に問題なく終えられそうです。
 
 
 
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入院2日目、最初の手術の前に

 早朝の血糖値は「90」。良好です。
 主治医の先生や看護師さんから、本日夕方に予定されている手術の確認がありました。

 朝食は、ゆっくり、おいしくいただきました。

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 朝食後、長崎県美術館の米田館長から、13年いた長崎を退いて千葉に帰るとの電話をいただきました。学芸員の資格取得の講座で教えていただいてから、長いもので13年以上。折々に連絡をくださいます。白内障は大したことないよ、と病気仲間でもある先生から励ましていただきました。5月の博物館会議で京都にいらっしゃるとのことです。久しぶりにお目にかかれそうです。
 米田先生とのことは、これまでにもいろいろと書きました。今思い出した記事を、2つだけ引きます。

「贈られた言葉」(2008年01月18日)

「米田先生から突然のお電話をいただいて」(2017年12月21日)

 今回の入院前から、科研費で4本購入する「Adobe Photoshop Elements & Premiere Elements 2020|学生・教職員個人版」の契約のことでバタバタしています。すでに、4人分の在職証明書と在学証明書は手元にあります。昨日も今日も、悩ましいことに振り回されています。病院内でパソコンを使ってやっていることなので、今自分がどこで何をしているのかわからなくなる瞬間があります。
 私が個人で4人分の契約はできないことが、今日になってようやくわかりました。大学生協を通してであれば、科研費による複数本の契約ができるそうです。もっと早く教えてくださいよ。
 アドビのスタッフとは、チャットでやりとりをしています。
 しかし、今日の午後に手術があるので、これ以上チャットをすることができません。これから先のことは、科研の研究員の方にバトンタッチです。私はネットをまったく信用しないので、こうしたネット越しに商品を購入したり、サポートを受けることには懐疑的です。便利だとは思うものの、非人間的なコミュニケーションは極力排除しています。それだけ、手間がかかります。しかし、それでいいと思っています。サッとうまくいく時もあるのですから、その時はラッキーだと思っています。
 今回のアドビは、すでに30年前からトラブルで数え切れないほどの連絡を取ってきました。いい製品を提供する会社なのに、営業が極端に酷すぎます。30年経った今も、会社のユーザーとの窓口の体質は変わっていないのです。気長に構えることにします。いい商品なので、使い続けますが。

 昼食は、冷たい「なます」が気に入りました。この病院の食事は、なかなかいいと思います。これまで、消化器系の入院が続いていたので、その心配のない今回は余計においしく思います。

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 そろそろ、午後の手術の準備が始まります。終わってから、また続きを書くことにします。
 
 
 
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2020年03月03日

お雛祭りの日に入院

 10 年前の2010年8月に、新装なったばかりの京都大学ガン病棟「積貞棟」で、胃の全摘出手術を受けました。今回入院した「南病棟」のすぐ北側に、今も変わらず建っています。右端に比叡山が見えます。

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 今回の「南病棟」は、その当時「積貞棟」の南側真下にあった駐車場に数年前に建った新病棟です。私は、こうして新しくできたばかりの病棟に入る、という幸運に恵まれています。

 エレベータホールからは、右から左へと、平安神宮、真如堂、延暦寺が望めます。そして、真正面には、大文字の送り火で有名な、如意ヶ岳の大文字山が横顔を見せています。

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 上の写真の右奥には南禅寺があります。石川五右衛門は南禅寺の三門の楼上で、満開の桜の景色を愛でて「絶景かな! 絶景かな!」と言ったとか。歌舞伎『楼門五三桐』という演目の台詞にあります。まさに今、桜はまだとはいえ、東山連峰を眺めながら、この五右衛門の心境です。

 看護師、担当医、主治医の方々から、懇切丁寧な説明を聞きました。これだけ丁寧な対応をしていただくと、不安は一気に吹き飛びます。

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 手術の説明以上に、私は食事の打ち合わせの綿密さに感嘆しました。糖尿病患者として長年診察を受けていることもあり、これまでにこの病院に蓄積されている私の詳細な情報をもとにして、食事内容の確認がなされました。同席していた妻にも、これまでの食事がどのようなものなのか等々、丁寧なヒアリングがありました。結局、大人の普通食で、ご飯は食べ残し、間食が入るものとなりました。この対応は、眼科の範囲を遥かに超えて、私の身体を考えてのものです。ありがたい対応です。
 お昼ご飯は、お雛祭りのメニューでした。配膳室からのメモといい、雛あられといい、何となくうれしいものです。

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 この病院の食事は、以前の積貞棟の時もそうだったように、きめ細やかな配慮がなされています。あの時は、握り寿司が出てくることでマスコミが取り上げていました。

「心身雑記(80)「にぎり寿司セット」はいつ」(2010年09月06日)

 今回は? と伺うと、この南病棟ではそのような対処はしていないとのことです。あれは、ガン病棟特有の心づかいだったのでしょうか。

 10年前の食事のすべてを記録していますので、参考までに紹介します。

「術前術後の病院食」(2010年09月16日)

「術後の治療食(朝食編)」(2010年09月17日)

「術後の治療食(昼食編)」(2010年09月19日)

「術後の治療食(夕食編)」(2010年09月19日)

 こうしてパソコンに文字を入力をしても構わない、とのことです。妻が口述筆記を担当するということで、昨夜まで特訓をしてから来てくれました。しかし、どうやら、自力でブログのアップが出来そうです。毎日書いて12年目ともなると、いつ途切れるかとヒヤヒヤものです。これで、連続更新記録は延びます。無理はしませんが。

 晩ご飯は、こんな感じでした。
 野菜がたっぷりで、チンジャオロースがおいしかったのです。

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 今回は、いつもの海外調査の時に使う「持ち物チェックリスト」で確認して入院しました。ただし、今回の持ち物で足りなかったのは、「タオル、コップ、箸、スプーン」でした。そういえば、これらはホテルに備え付けられているので、持ち物リストにないのはもっともです。今後また入院するときのために、チェックリストに備考欄を作り、このことを書いておきましょう。

 お風呂(シャワー)は、明日の手術以降は10日(火)まで制限されます。洗髪と洗顔ができません。2回の手術日以外は、首から下だけはシャワーを浴びてもいいそうです。今日と、明日の手術直前に、きれいさっぱりとすることになります。と書いている内に、シャワー終了の18時を過ぎていることに気付きました。今日は諦めて、明日の朝にすることにします。しかし、ものは相談と、食事の様子を聞きに来られた看護師さんに、うっかり18時と夜の8時を間違えていたと伝えると、快くカギを開けてシャワー室を使わせてくださいました。ありがとうございます。
 こうして、初日のイベントはすべて終わりました。スタッフのみなさまに感謝します。
 
 
 
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2020年02月29日

予測できない日々の中で

 今日は、いつもより1日多い2月29日です。
 1日得をした、とのんきなことを言ってはいられません。
 コロナウイルスの猛威が、日本中を掻き混ぜています。
 さまざまなイベントが中止となっています。
 今日の「紫風庵」での勉強会は、急遽中止としました。
 明日のお茶のお稽古も、お休みすることにしました。
 大和平群まで4回も乗り換えて、しかも2時間もかかります。
 人との接触と身の安全を守る意味から、残念ながら断念です。
 来月中旬の、お茶の研究会も中止です。
 大徳寺からは、来月中旬のお茶会を中止にする、とのはがきが届きました。
 3月18日から23日まで、ミャンマーのヤンゴンへ行く準備が進んでいます。
 チケットとホテルの予約は終わっています。
 しかし、これもどうなるのか、わからなくなりました。
 みなさまそれぞれに、予定が突然に変更されることが起きていることでしょう。
 ことが命にかかわることなので、慎重に対処し、真剣に受け留めなければなりません。
 事態の急転に対応するためにも、ニュースのチェックが欠かせません。
 明日から3月です。
 まずは、3日から、白内障の手術のためにしばらく入院します。
 予測不能な、不安定なひと月になりそうです。
 最適な判断で日々を送ることにします。
 
 
 
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2020年02月16日

時節柄、外出自粛

 今朝から、鼻がムズムズします。喉も突っかかるような感触があります。昨秋からずっと続いている兆候ながら、しばらくは小康状態でした。それが、またぶり返したようです。お茶のお稽古に行くのは諦めました。
 昨夜、東京から帰りの新幹線が怪しかったのです。
 品川を出たあたりで、斜め前の席の方がクシャミをされました。迷惑の受け身です。隣の女性が、チョットチョットという仕草で制しておられました。
 後ろの方では、咳をする方がおられます。こんなこともあろうかと、自由席にしたので、別の車両に移る体勢に入りました。新横浜で、クシャミ氏とゴホゴホ氏も降りられたようです。
 まもなく、車掌さんが検札に来られました。顔をくっつけるようにして「切符を拝見」と話しかけられ、切符を取るとスタンプを押して返してもらいました。この検札は必要なのでしょうか? 顔を近づけて話しかけられるのも、こんなご時世には迷惑なことです。
 名古屋まで様子を見ていたら、それ以降は私がいた車輌は2人だけでした。しかも、ずっと前の方は熟睡中のようです。これで安心です。
 京都駅からのバスも、ガラガラでした。
 今日は、身体を休めるために、外出は自粛します。ただし、雨なので賀茂川散歩は足が冷えるのでやめました。ショッピングモールも、人混みを避けるように言われているのでやめておきます。
 運動不足を解消するためには、スポーツクラブです。ただし、マシンを使うジムは、器具との接触が心配です。残るは、プールです。ここなら、消毒されているので大丈夫だと判断しました。
 来場者も少ないので、のんびりと泳いで来ました。ゆったりと英気を養えました。休息と運動と食事に気をつけて、この不安定な時期をやり過ごしたいものです。
 
 
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2020年02月14日

ウイルス警戒中に外出する時の注意点

 今日の午後は、吹田キャンパスへ行きました。
 コロナウイルスとインフルエンザの話題で持ちきりの昨今、出かけることへのためらい半分での外出です。
 バスに乗るとき、吊革や手摺や摑まり棒には、できるだけ触らないように心がけました。
 しかし、どうしても乗り込んだ時とシートに座る時は、安全のために握ってしまいます。
 除菌のウエットティシュを持参していたので、下車後に手を拭きました。

 電車では、身体を支えるものには触りませんでした。
 しかし、電車を降りてから、うっかりとエスカレーターの手摺をしっかりと握ってしまいました。無意識にです。

 今日は、大阪モノレールの阪大病院前駅で降りて吹田キャンパスにある国際教育交流センターに行きました。
 慣れない場所ということもあり、建物内で階段の手摺などを触ってしまいました。
 これも、帰りには手を拭きました。

 幸い、京都市内は観光客が激減しているので、人混みでの対面や接触はほとんどありません。
 また、道路は車が少なくてガラガラです。
 バスのお客さんも、観光の方がまったくおられないので、ほんの数人というガラガラ状態です。
 みなさんマスクをしておられたことと、咳をする方がいらっしゃらなかったので安心しました。
 日頃の込み具合が酷すぎるので、これは大歓迎です。

 結局は、バスの乗り降りとエスカレーターでの両手の使い方に要注意、ということがわかりました。

 さて、明日は毎月のことながら、東京の日比谷公園へ行く日です。
 先月は、ウイルスのことがここまで話題にはなっていない、1月18日でした。
 新幹線でのこと、東京駅と有楽町駅の往復のことなどを考えると、少し緊張します。
 日曜日は奈良行きなので、長距離移動が続きます。
 年齢が65歳以上であり、かつ糖尿病患者で、おまけにひ弱な身体の持ち主です。
 体調に気をつけながら行ってきます。
 
 
 
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2020年02月06日

皮膚科で受診後に綿の下着を調達

 今朝は、この冬はじめての雪がちらつきました。とにかく寒い日になりました。
 そんな中、年末から身体の痒さが日毎に増してきたために、思い切って病院で診てもらうことにしました。
 以前にかかった京大病院の皮膚科が一番安心なので、診察開始時間を少しずらして行きました。予約をしていない場合は、受診者が少し落ち着いてからの方が、待ち時間は少ないからです。これは、この病院に長年通い続けて来ての体験からの感触です。
 予約がないので、長々と待つことは覚悟の上です。やっと診察室に入ると、アイドル歌手のような先生でした。ぱっと見、頼りないと思ったのは偏見でしょうか。いろいろと問診や触診を受けてから、後で別の先生に診てもらいましょう、とのこと。ああそうですか、と拍子抜けしました。修行中の身なのでしょうか。
 また待合エリアで待つことになりました。40分ほどしたころに、看護師さんが本を読みながら待っていた私のソファーに来られ、まだまだ待ってもらうことになります、とのことです。あと2時間までではないとしても、1時間前後だそうです。ちょうどお昼です。この病院に到着して3時間。食事をして待ってもらうにしても、時間的に微妙ですね、と思案顔でおっしゃいます。4時間や5時間なら、待つことに慣れていて大したことではないので、このまま本を読んで待っていることにしました。長い間ソファーで読書をしている私を見かねて、いろいろと気遣いをしてくださったのです。これまでにもあまりない、非常に親切な対応に感謝です。
 本を読み進んだ頃、また心優しい看護師さんが来られ、小声で、今先生が診察を終わられたので、このタイミングでサッと診てもらいましょうと、奥の方の診察室に案内してくださいました。長丁場を覚悟していたので、本当に助かりました。診察待ちの方が多い中で、少し変則的な診察の順番になることが周囲に目立たないように、何かと配慮をしてくださったようです。
 診察してくださった先生も、親切に、丁寧に対応してくださいました。先ほどの問診が表示された画面を見ながら、足や肘の様子を見て、すぐに塗り薬を処方してくださいました。私の既往症を確認して、飲み薬はやめておきましょう、とのことです。一つの病院に通い続けていると、情報の共有ができて助かります。
 また、妻から確認するように言われていた、ヒートテックの下着を綿のものに変えてみるという提案は、それもいいでしょうとお墨付きをいただきました。
 ヒートテックの下着は、2010年の1月にモンゴルへ行く時にはじめて身に付けました。その効果のすばらしさを、マイナス34度のウランバートルで実感したので、以来冬場はヒートテックで身を包んでいます。そのことは、「ヒートテックの下着は効果あり」(2009年12月28日)や、「マイナス34度のウランバートルに到着」(2010年01月10日)の記事でも確認できます。
 加齢と共に、我が身体も変化しているのでしょう。愛用の化学繊維と離れてみるのも、問題を解決するための一案なのかもしれません。
 無事に診察を終え、支払いのことなどをして外に出ると、京大エリアは粉雪が降りしきっていました。
 何はさておき、綿の下着の調達です。若者相手の衣料品店は、この周辺にも数多くあります。数店あるショッピングセンターも、さまざまな衣服を置いています。もっとも、それらはほとんどが若者を意識したものです。その点では、イズミヤさんは、高齢者を大事にした品揃えをしておられます。すぐに妻と連絡を取って待ち合わせをし、高野橋にあるお店で綿の下着を買い揃えました。確かに、イズミヤさんのお客さんは高齢者ばかりです。すぐ横にある、昨年末に新装開店したばかりの洛北阪急スクエア(旧称:カナート洛北)は、同じイズミヤの兄弟会社であっても、明らかに若者仕様のお店です。すぐ横に並ぶようにして建ちながらも、うまく客層を分けていることがよくわかります。年配者向けの綿の下着などは、どちらかと言えばイズミヤさんの領域のようで、品数が豊富なので選ぶのも大変です。
 家に着く頃には、雪もボタン雪に変わっていました。さて、今夜は積もるのでしょうか。明日の朝が楽しみです。
 
 
 
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2020年01月21日

季節感に違和感あり

昨日は「大寒」でした。
しかし寒くありません。
京都は新記録続きです。
今年は雪が降りません。
氷点下の日がないとか。
雨が降らず気温も高い。
戸外に出ても拍子抜け。
「寒風に晒される」?。
肌に突き刺す寒さなし。
マフラーはタンスの奥。
手袋の出番はあるのか?
週末から「菜種梅雨」?
次世代の人の季節感は?
文学作品を読んでも「?」
季節感に違和感が残る。
言葉が意味不明となる。
実感が伴わないのです。
予想外の自然界と直面。
体調不良の一因なのか?
相変わらず気怠い日々。
このまま変転するのか?
推移を見守るだけです。
 
 
 
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2019年12月16日

何かと体調が思わしくなくて……

 このところ、どうも体調がすぐれません。

 最近の記事を読み返すと、身体が怠いことをポツリポツリと書き添えています。それが次第に酷くなり、先週の水曜日は病院のハシゴをし、木曜と金曜は終日床に伏せっていました。
 土曜日は、早朝から深夜まで東京との往復。さすがに帰りの新幹線ではぐったり。そのおかげで、メガネを新幹線の窓側の小物置きに忘れて降りてしまいました。ホームに降り立ってからすぐに気付いたので、案内所でどうしたらいいのかを教えてもらいました。
 翌朝、忘れ物係に電話をしました。そして今日、妻が新大阪駅まで受け取りに行ってくれたので、無事にメガネは手元に戻りました。

 1999年に単身赴任で上京して以来、奈良から品川へと新幹線で通うようになりました。2007年から2017年までは、京都から立川に新幹線で通いました。この間、車中に忘れ物をしたのは、ブレザーを網棚に置いたまま降りたことが1回あっただけです。後日、受け取りに、新大阪駅まで行きました。「心身(23)注意散漫の日々」(2008年09月19日)に書いていますのでご笑覧を。

 不覚にも、ということは比較的少ないはずなのに、一昨日はなんと肌身離さず持ち歩くメガネを置き忘れたのです。
 その土曜日は、日比谷での源氏講座の内容を、車中でブログの記事としてまとめていました。名古屋駅の手前までは熟睡していたので、それから猛然と書き始めました。つい長くなったので必死に読み直しをしていて、米原駅を過ぎたあたりで大慌てで整理にかかりました。京都駅のホームに入った頃からカバンや上着の取り込みをして、ドアが閉まる寸前に飛び降りました。そして、ホームでメガネを掛けようとして、窓側に置いたままで降りたことに気づいたのです。眠気も何も吹っ飛びました。

 昨日の日曜日も、終日気怠さで横になっていました。一歩も家を出ていません。

 今朝は、京大病院の耳鼻咽喉科で診察を受けました。先生は、私の鼻に内視鏡を突っ込んでクルクル回しながら、副鼻腔炎ではなくて慢性鼻炎だとおっしゃいました。30年ほど前に体験した、今思い出しても鳥肌が立つ、あの手術はしなくてもすみます。神経が集中する顔は、とにかく大変な手術となるのです。それが避けられただけでも一安心です。
 今週の金曜日から中国へ行くので、それまでには、何とかして直さなければなりません。あと3日。
 点鼻薬をいただきました。これで、症状は何とか軽くなってほしいものです。次は、風邪対策です。幸い、熱や頭痛はないので、気合で打ち勝つしかありません。
 
 
 
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2019年12月11日

2つの病院を掛け持ちで行く

 来年3月上旬に白内障の手術をするため、少しずつ準備としての検査が進んでいます。
 今日は京大病院の主治医の先生から、目に入れるのは単焦点レンズでいきましょう、という説明を受けました。
 私からの要望は、「目の前66cmの位置にある3台の大型モニタと、手元30cmの机上に並べた資料を、メガネを掛け外しすることなくデスクワークをしたい」ということに尽きます。これを叶えるために一番いいのは、単焦点レンズでデスクワークをし、テレビを見たり外に出る時にはメガネを掛ける、ということだそうです。
 とにかく、霞んで見えにくい現状が少しでも改善されるのであれば、どのような方法でも構いません。そのための対処が、着々と進行しています。
 今日はもう1点、鼻の調子がよくないので、副鼻腔炎の検査をお願いしました。
 今から29年前の夏、副鼻腔炎の治療のために、大阪上本町にある大阪赤十字病院で入院手術を受けました。『データベース・平安朝日記文学資料集 第一巻 和泉式部日記』(同朋舎)の最終校正を、入院中のベットでしたのでよく覚えています。その本は、無事に11月に刊行されました。その時の症状が、また再発したようです。
 来週早々に、耳鼻科の予約を入れていただきました。年末の慌ただしい中で、また一つ問題を抱えることとなりました。
 先月、京大病院専用のクレジットカードを作りました。これにより、会計をする時に長蛇の列の一人となることなく、スムーズにいきます。しかも、看護師さんから受け取った会計用紙を専用カード保持者のための窓口に出すだけで、あっというまに支払いが完了します。カードを見せる必要もありません。もっとも、今日の診察費がいくらだったのかは、次回に手渡される領収書を見るまでは、その金額はわかりません。知りたければ聞けばいいようですが。とはいえ、20分も待たされることもなく、あっという間に会計が終わるのは、気持ちのいいものです。
 副鼻腔炎とも関連するのか、昨日の朝からノドが締めつけられるように苦しくて、微熱と倦怠感に襲われています。今日も、背筋がゾクゾクしています。そこで、思い切って今夜、掛かりつけのお医者さんである近所の邦須医院に行きました。ここの先生は、すぐそばにお住まいだった角田文衛先生の掛かりつけだったとのことで、角田先生のお話を聞くことがあります。そのこともあってか、私を考古学の関係者だと思っておられます。来週から中国の広州へ行くので、3種類の薬を、少し多めに処方していただきました。その時、中国では発掘調査ですか、と聞かれました。角田先生は、考古学が本業だったのですから、その関係者である私もそうかと思われています。いえいえ、文学関係の仕事で行きます、とお答えしました。
 先日も書いたように、身体が怠いので横になっている時間がこのところ増えました。身体が弱くなっていることを自覚しながら、自分を騙し騙し明日へとつなげているところです。
 
 
 
posted by genjiito at 20:17| Comment(0) | *健康雑記

2019年12月07日

久しぶりのスイミング

 先月11月は、一度もスポーツクラブに行けませんでした。

 まず、体調がよくなかったこと。いまだに、身体がだるくて、すぐに横になりたくなります。出かけると、どっと疲れてしまい、しばらく横になって休憩という情けないありさまです。

 そして、やることが多すぎて忙しかった、ということもあります。

 1ヶ月以上も行かなかったことは、京都に帰ってきてから、この3年の間では初めてのことです。

 また、今春から職場が変わったこともあります。それまでは、片道3時間半という小旅行のような通勤をしていたので、結構歩いていました。授業や会議に行くのも、結構歩くものです。

 それが今春からは、自宅からすぐのバス停まで歩き、乗り換えて電車とバスを乗り継ぐと、研究室の真下にバスが停まります。通勤で歩くのは百歩もなさそうです。授業も会議もないので、歩き回ることもありません。

 これでは、運動不足になるのは明らかです。

 今日は、プールで身体を慣らしました。気だるいとはいえ、身体を動かすとシャッキリとします。

 打たせ湯、水中ウォーキング、軽く泳ぐ、ミストサウナ、ジャグジー、水風呂、温浴風呂で身体に刺激を与え、最後はマッサージ機で足の指圧とストレッチです。これが今日のフルコースでした。

 心身共にさっぱりとして、冷たい賀茂の川風を浴びながら帰りました。

 さて、気を引き締めて師走の激務に立ち向かっていくことにします。

 

 

 


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2019年12月02日

京大病院での検診結果は問題なし

 検診に行く途中のバスは、これまでにないほどの不愉快な思いをさせられました。いやいやながらの運転であることがプンプンと臭う車内アナウンスでした。停留所で停まるたびに、「あーがどうした!!」と暗く落ち込んだ声が天井のスピーカーから聞こえます。何を言っているのだろうと、よく聞くと、どうやら「ありがとうございました。」とも聞こえます。それに加えて、急ブレーキ急発進、カーブの曲がり方はF1レーサー気取り。お年寄りが座られる前に急発進だった時には、大きくよろけて倒れそうになられるところを、どうにか手助けしました。私も、滅多にない車酔いをしました。今日は心電図をとるので、このことが影響しないように、アップルウォッチの心拍数を計測するアプリを使って、何度も深呼吸しました。こんなに酷い運転手さんは、最近では久しぶりです。
 Oさん、もう一度研修のし直しが必要だと思いますよ。自分で申告して受けることはないでしょうから、ずっと不機嫌な運転をなさるのでしょうね。乗客は迷惑していますよ。一日も早く、自分の運転態度が良くないことに気付きましょう。

 採血を待つ間に心電図です。これは、来春の白内障の手術のための準備です。
 採血は、手術のためのものも含めて6本分。加わった2本は、いつもより長い試験管(?)でした。
 今日は主治医の先生が多忙のため、午後にずれ込むとのことだったので、別の先生に診ていただきました。
 今回のヘモグロビン A1cは「7.1」。これまでと変化なしで、高め安定です。血液検査による他の内臓疾患についても、これまでとまったく変化はありません。以前に何回か血尿があったので、問題はないものの念のためにということで、今日2回目の尿検査が入りました。結果は次回の診察の時となりました。

 主治医の先生への伝言として、おかげさまで体重が50キロ直前まで来ていることをお知らせしました。血糖値のことは今はしばらくおき、とにかく体重を少しでも増やすことに専念してきました。1日6回食で、出来る限りカロリーを摂ることを心がけています。その成果が、少しとはいえ体重の増加に現われて来ています。消化管のないこの身体にとって、この増加は涙ぐましい努力の結果なので嬉しいことです。ただし、晩ご飯の時には必ず腹痛に見舞われます。この対処策として今日の先生は、しっかりと食べる食事をもっと早くしたら、というアドバイスをくださいました。とにかく、なんでもやってみる主義なので、早速今晩から取り組んでいます。

 また、今日から京大病院専用のクレジットカードが使えるようになりました。いつもの長蛇の列に並ぶことなく、優先的に会計をしてもらえます。これだけでも、15分は待ち時間が短縮できます。

 帰りの市バスの運転手さんは、マイクでの優しい案内と穏やかな運転だったので、非常に快適でした。市バスに乗ることが、いつ何が飛び出すかわからない、ロシアンルーレットの世界を体験する場となっています。一昔前の因習にこだわっておられる運転手さんの、一日も早い意識改革を期待しています。
 
 
 
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2019年11月12日

体調不良の時にたて続けに割り込まれて

 このところ、身体が気怠くて横になりがちです。横になると、パソコンが使えません。iPad も iPhone も、横向きでは画面はひっくり返るし、腕も疲れます。勢い、仕事が捗らず、メールの返信も滞ります。電子機器に依存していると共に、目にも頼り切っている生活であることを実感しています。白内障については、来年3月に手術をすることになっているので、この見えにくさはいずれ解消することでしょう。
 そんな中、通勤時に、河原町駅の自動改札で無理やり割り込まれたため、 PiTaPa のタッチをし損ないました。始発駅なので発車まで余裕があるので、どうということはありません。人を押しやってでも駆け抜けて行った方を見送りながら、そんなに急いでどこへ行く、というフレーズを思い出しました。
 座席に座ろうとしたら、横から来た方にお尻で押し出されてしまいました。オットットと倒れそうになるのを、やっと我慢して体勢を整えました。次の駅で座れました。
 頭が少しボーッとしているので、今日は早めに研究室を出ました。帰る途中で高島屋に立ち寄って買い物をして、レジに品物を持って行く時、横からサッと小走りで入り込まれました。これは強引でした。
 いずれも、私と同じ年くらいの、体格のいい女性でした。
 私が見るからにひ弱なので、軽くあしらわれたのでしょうか?
 動作に、どことなく隙があるのでしょうか?
 思いの外、モタモタしていたのでしょうか?
 河原町のバス停では、長い列ができていました。
 バスが着くや否や、通行人の振りをして相当年配の方が列を駆き分けてサッサと乗り込んで行かれました。高齢者であるから当然というこの態度には、みなさん眉をひそめておられました。
 とにかく、いろいろな方がおられます。年末にかけて、何かと気ぜわしいので礼を失した態度を見かけることも多くなります。たまたま今日は重なったのでしょう。気にせずに、マイペースでいくことにします。
 自宅に帰ってから、近所の掛かり付けの医院に行きました。すると、熱があるとのこと。迂闊にも、家で体温を計って来るのを忘れていました。身体の怠さはそのせいだと思われます。風邪と鼻水に効く2種類の薬をいただきました。今日は、この記事を書いた後はすぐに寝ます。
 インフルエンザも流行しているようです。年末に向かって、焦らず騒がす、体調を整えて臨みます。周りのみなさま、今は少し身体が弱っています。ご理解の程をよろしくお願いします。
 
 
 
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2019年10月29日

季節の変わりめに体力の衰えを実感

 最近、気力は変わらないものの、体力の衰えを実感するようになりました。例えば、外出から帰ってくると、すぐに横になりたくなります。こんなことは、これまでにはなかったことです。

 昨日も、お昼前に起き、午後3時頃に賀茂川散歩から帰ってくると、すぐに横になりました。そして、気がついて時計を見たら8時前です。大学に行く時間だと思って慌てて襖を開けると、妻が学校に遅れますよと言ってニコニコしています。しばしポカン。夜と昼が逆転していました。

 老化としか思えません。それでいて、目覚めている時はシャキッとしています。晩ご飯を食べると、また眠くなりました。
 今朝は3時に起きてから一仕事をし、大学へ行き、晩ご飯前の今まで起きています。

 体内時計が狂いだしたのでしょうか。風邪気味なので、身体の気怠さはそのせいなのかもしれません。よくわかりません。外出中は、気を張っていることもあるのでしょう。それが、家に帰るとドッと疲れとして出てくるようです。

 これは、仕事をする上でも出ています。能率が極端に落ちています。これまで通りには、予定のことが終えられないのです。そのために、多くの方にご迷惑をおかけしていると思います。申し訳ない、と思うものの、何からどうしたらいいものか、途方に暮れることもしばしばです。

 そうであっても、仕事が遅れていることを意識的に深刻に考えないようにしています。
 とにかく、1日でも長生きすることを自分に言い聞かせています。長生きさえすれば、懸案の課題をやり終えることは可能なのです。ここで無理をすると、そこで終わってしまうのです。そんな気持ちで、最近は日々を送っています。

 いろいろなことに、やる気がなくなったのではないのです。身体を守ることを最優先にしているために、ひとまず横に置いておく、という対処法です。
 日々の活動をブログにこまめに書いている中に、こんな日常があるということも、68歳を目前にして体験しています。

 思い立って、夜にもかかわらず、掛かり付けの医院に行ってきました。帰宅後、のどがやたらと熱を持っていたからです。いろいろな可能性を説明していただき、飲み薬をもらいました。そして、昔手術をした鼻中隔湾曲症という名前の副鼻腔炎が再発している可能性もあるのでは、とのことです。すっかり忘れていた病気です。熱が出るかもしれないとのこと。そう言われると、背筋がゾクゾクしてきました。

 一ヶ月前には、突然の高熱に悩まされました。とにかく、身体の気怠さもさることながら、熱がでないように細心の注意を払って身体を休めることにします。それもこれも、ありのままに記録としてここに残しておきます。
 
 
 
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2019年10月10日

体力測定が良好な中で新しい取り組みを実践中

 過日の健康診断の結果が届きました。糖尿病以外は、特に問題はありません。強いて言えば、痩せ過ぎだと……
 こればかりは体質なので、どうしようもありません。
 検査項目が少ない形ばかりの検診なので、結果は予想通りです。京大病院で2ヶ月ごとに血液検査を受けています。それとほぼ同じ結果だったことが、最大の収穫です。

 夏以降、体重が49キロ台で安定してきました。それまでが、長い間にわたり46〜48キロを行ったり来たりしていたので、これは久しぶりの安心材料です。1999年に単身赴任として上京した時には、63キロありました。それが、半年後に糖尿病と診断され、胃ガンの手術をするなど、さまざまな病気を経験して、今に至っています。それでも、目標の50キロはもう少しです。こまめに、少しずつ、ゆっくりと食べているのがいいのでしょう。もっとも、まわりにいる人は大変でしょうが。

 今日は、スポーツクラブで自転車を漕ぐ体力テストをしてきました。液晶モニタがよく見えなかったので、結果の詳しい数値は覚えていません。「すばらしい」という表示が見えたので、大きく体力が落ち込んでいることはなさそうです。こうした機器を使ったテストは、使いこなすコツを知っているせいか、いつも過分な評価をいただきます。50代の頃は、ずっと18歳台の体力だという評価が表示されていました。こんな体力測定がどれだけ正確かは別にして、悪い気はしません。今回もそれだと思っています。

 今、体調で気になっているのは、右耳後ろの頭痛、右首筋の凝り、目の奥が重たい、水のような鼻水、足のつま先が冷たい、そして全身の倦怠感です。加齢のせいです、と言われて終わりそうな症状です。しかし、気になっているのは確かです。寒くなるにつれて、これらがどう変化していくのか、移り変わりを監視していきます。

 とにかく、一日も長く生きて、やりたいことを1つでも多く成し遂げたいという思いに突き動かされる日々です。体調を日々チェックしているのも、そのためです。少しの変化も見逃すことなく、早め早めの対処で、健康的な毎日を送りたいと思っています。
 いや、睡眠不足が私の一番の不摂生だと言われそうです。それでも、このところ抜本的な改革に取り組んでいます。23時までに床に就くということです。さて、これが今後はどうなることか、お楽しみに、としておきます。
 
 
 
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2019年10月07日

【復元】胃カメラを鼻から入れる

 これまでに、情報発信の母体としていたプロバイダのサーバーがクラッシュしたり廃業するなどによって、公開していたブログの記事が消滅したものが数多くあります。その内、探し出せた文章などを整理し、再建してこのように復元して残しています。
 今回は、10年以上も前の次の2つの記事で「胃カメラを鼻から入れる」と題して紹介し、リンクを張りながらも、共にそれぞれのサーバーがクラッシュや廃止となったために、以来ずっと読めなくなっていたものです。

「心身(7)鼻からの胃カメラは良好です」(2007年08月22日)

「心身(17)帝国ホテルで人間ドック(1)」(2008年07月02日)


(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年5月23日公開分
 
主題「胃カメラを鼻から入れる」

副題「口よりずっと楽でした」
 
 
 人間ドックに行ってきました。いつものことながら、病院へいくのは1日仕事です。

 私は胃などの内蔵のいくつかを切除しています。
 ちょうど18歳の時に、高校を卒業してすぐに大阪から上京しました。大田区の大森で住み込みの新聞配達をしながら予備校に通い出して2週間ほど経った頃、突然十二指腸が破れたのです。すぐに意識を失いましたが、多くの方々のお陰で一命を取り留めました。その時に、胃の3分の2と十二指腸などを切除しました。
 私の臓器は、今も手術をした病院に保管してあるとか。ピンク色できれいな胃だそうです。両親は見たようですが、まだ自分の目では確認していません。以来、毎年の行事として、人間ドックに入って胃の精密検査をしています。

 この胃カメラについては、吉村昭氏の小説『光る壁画』が思い起こされます。世界で最初に胃カメラを開発した日本の技術者たちの話です。オリンパスだったと思います。その後、「プロジェクトX」でも取り上げられたようですが、あれはあまりにも演出が度を越している酷い番組だとのことなので見ていません。
 私は、初めて胃カメラを飲むことになった時、この吉村氏の本を読んで自分を納得させた覚えがあります。吉村氏は、私が好きな作家の一人です。丁寧に、しっかりと語られる文章がいいですね。自分の胃の中にカメラが入ることは、とにかく恐怖でした。それを、吉村氏の冷静な文章が和らげてくれました。胃カメラを理解することで、それを使った検査というものと親しくなろうとしたのです。この小説の初版は昭和56年ですが、私は昭和59年刊行の新潮文庫で読みました。20年も前のことです。

 私はこれまでに20回ほど胃カメラを「飲んだ」と思います。体調が思わしくないときには、1年に3回も飲んだこともあります。
 オリンパス社のホームページ「内視鏡の歴史」より画像をお借りします。

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 初めて胃カメラを飲んだのは、大阪の天王寺にある大阪市立大学付属病院でした。『光る壁画』にも、実験の犬の胃を、カメラが突き破ったことが書かれていました。とにかく、怖いという印象しかありません。しかし、自分の体の異常を早く見つけ、体調不良の原因を突き止めたいという思いも強くありました。数年後、また胃カメラに対する不安に駆られたときがあり、『光る壁画』を検査の前の晩に読んだ記憶があります。

 あのタバコの太さのカメラ付きの長い管は、本当に不気味です。それが、ブルーのポリバケツに入れてある姿は、複雑な気持ちになります。そばでは、前の人が使ったゴムホースのような胃カメラを、ゴム手袋をした看護婦さんらしき方が流し台でゴシゴシと洗っておられるのです。なぜそうして洗うかは理解できます。しかし、それが次に誰かの口の中に入るのかと思うと、何となく違和感があります。青いポリバケツがいけないのです。青いゴム手袋が不気味なのです。タライらしきものや、洗面器など、洗面所や台所やお風呂場のそばに横たわっている錯覚に陥ります。

 胃カメラは、私にとっては苦痛なものです。口から入るときに、舌の付け根を通るときに、かならずオエッとなります。吐きそうになります。眼からは、ツツツーッと涙が流れ落ちます。ノドを通るときには、気分が悪くなります。胃カメラの太さは10ミリほどです。ものすごい技術の結晶を駆使して、私の体のために検査をしているのです。しかし、胃カメラを飲んでいる間中、心の中で葛藤を繰り返します。自分のためなんだから、と。それでも、苦痛です。
 空気を入れて胃を膨らませるときが、これまた苦手です。ゲップをすると、横で介添えをしてくださっている看護婦さんたちが、耳元で「伊藤さんガマンしましょうね。何度も空気をいれることになり、余計大変になりますからね。」と、やさしく激励してくださいます。涙が右目から左目へ、そして枕元へと伝わっていくのを感じながら、「ガンバロウ」と自分を元気づけることとなります。
 そして、かならず、胃壁の一部をむしり取られます。細胞組織を検査するためです。長い導線を伝って差し入れられたピンセットが、私の内臓の一部をプチッと摘み取る瞬間がわかります。二三ヶ所切り取られます。一瞬、息が止まります。

 「ハイ、終わりましたよ」と、カメラを操作していた先生とそばにいた看護婦さんが労いのことばをかけてくださるのは、本当にホッと気の緩む瞬間です。しかし、それからカメラが引き抜かれる時の、何とも言えないくすぐったさとヌルヌル感が嫌いです。人を安心させておいて、それでいて気持ち悪くさせるのですから。カメラの先端が口から出た瞬間に、大粒の涙がボタリと落ちて終了です。

 私にとってそんな恐怖の儀式が、今日は不思議なことに、不快でもなんでもなかったのです。それは、鼻から胃カメラを入れる「経鼻内視鏡」というものだったからです。

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 今回の人間ドックでのスケジュールの説明で、胃カメラは口からか鼻からかを選択できるというのです。昨秋より、鼻から挿入する方法が可能となり、好評だとのことでした。それは、胃カメラの直径が、従来の口から入れていた10ミリの太さのものが、技術の進歩で6ミリ以内まで細くなったから実施できることになったのだそうです。これまでの苦痛が身にしみていたので、鼻からに即決です。

 鼻からの場合は、準備などに時間がかかります。私は、鼻中隔湾曲症の手術をしており、今回の説明書にも、その場合はできない可能性も書かれていました。しかし、それは問題なくクリアーできました。
 私は、いろいろな手術をしているので、何かと面倒な身体です。ヘソが曲がっているのではなくて、鼻が曲がっていたために、何かと日常生活に不都合がありました。説明すると不気味なのですが、簡単に言うと、顔の皮膚を頭蓋骨から剥がして・・・・・・・・・・
 止めておきましょう。上本町駅と鶴橋駅の間にある、大阪赤十字病院でした。とにかく、大変な手術でした。そこに入院している間に、『四本対照 和泉式部日記 校異と語彙索引』(和泉書院、1991年)の校正を終えて刊行しました。

 今回、初めて鼻から胃カメラを入れ、まったく不快な思いをせずに検査を終えることができました。あっけないほどに、スムーズにいきました。ただし、胃壁をピンセットでつまみ取られるときと、カメラを引き抜かれるときの違和感は、これはどうしようもないものだと言うしかありません。

 とにかく、この方法ならば、内視鏡検査に対する嫌悪感はありません。技術の進歩に感謝しています。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
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2019年09月30日

突然の発熱と悪寒に襲われて掛かり付けのお医者さんへ

 昨夜は、とにかく関節が軋み、身体が気怠かったので、食事も早々に寝ることにしました。ブログを書いてすぐ横になったので、22時半過ぎだったでしょうか。こんな時間に寝るのは、めったにないことです。念のために体温を測ると、36.5度でした。

 夜中、午前2時頃に、身体が熱くて目が覚めました。体温は37.5度。すぐに、逆流性食堂炎の対処として愛飲している、水分補給のゼリー、味の素の「アクアソリタ」を流し込みました。このゼリーは重宝しています。「京洛逍遥(469)38度の京都で身体がフラリと揺れる」(2019年08月10日)

 過日、突然高熱が出た時に、掛かり付けの那須医院からもらった解熱剤を思い出しました。「何もしない日が何もできない日になる(9月)」(2019年09月02日)
 解熱鎮痛剤の「ロキソニン」は胃を荒らすので私にはきついとのことで、処方された少し緩めの「コカール」と、胃炎・胃潰瘍治療剤の「レバミピド」を飲みました。
 それでも身体の火照りは治まりません。しばらくして、これも栄養補給として時々飲む、森永の「これひとつで6大栄養素 inゼリーミックス」と言うものを口にしました。

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 うつらうつらしながら、桂枝雀の落語2題を、イヤホンで聴きながら寝ました。
 朝6時には体温は36.5度に下がっていました。しかし、ニュースでインフルエンザが流行っているとのことで、その症状が私とそっくりだということなので、歩いて3分の那須さんのところへ念のために行くことにしました。
 ちょうど出ようとした時、身体が震えだし、首筋から全身にかけて寒気が襲って来ました。夏掛け布団とフリースの羽織るものを着て、ジッとしばらく様子を見ました。
 寒気が収まってから那須さんのところへ行き、事情を話しました。体温を測ると、また37.5度に上がっていました。

 那須さんのカルテは、私用のノートに手書きです。私がしゃべったことが事細かにメモされているので、私の体調は詳細に再現できるのです。これが京大病院だと、私の話を聞きながら主治医の先生がパソコンに入力されます。先生は、私がしゃべったことを記録として文章にして整理なさるので、その段階で、削ぎ落とされる情報があります。パソコンで文章を作成するときには、那須さんのように聞きながら書き取る手書きのメモはないので、後で再確認するときには、その時に直接関係なかった事柄は、よほどのことでない限り記録には残りません。
 那須さんは、これまでのメモを含めたカルテを見ながら、私の唾液でインフルエンザの検査をしてくださいました。結果は、A型でもB型でもないので、インフルエンザの心配はないそうです。今日は身体を休めることに専念するように、とのことで、薬は出ませんでした。
 そんなこんなで、やることは山積しているのに、今日は背中が痛くなるほど、孤独に横たわっていました。

 明日から10月。
 今日する予定だったことは明日にします。ご迷惑をおかけする方には申し訳ないことです。しかし、1日でも長く生きて活動を続けることを最優先とさせてください。
 今夜、熱がぶり返さないことを祈りながら……

 昨日いただいたお茶名のお祝いとして、今日予定していた妻とのお茶名記念のささやかなお茶会は、後日に延期することとなりました。
 前出の9月2日の原因不明の発熱も、ちょうど橿原神宮前でのお茶会に行った翌日のことでした。たまたまのことだと思われます。しかし、二度あることは三度あるとか。次は気をつけます。というよりも、毎日の身体を気遣った生活を心掛けます。
 
 
 
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2019年09月26日

定期健診の後で高齢化に対応する新社会を想う

 共済の健康診断は無料だということなので、それならと鞍馬口にある健康センターに行ってきました。
 そのすぐ横には、気持ちがゆったりする公園がありました。中を流れる水路は、我が家のそばの白川疏水が西に流れ、賀茂川の下を潜って、川向こうの紫明通りから堀川に流れ込むものです。

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 今回の検診は、一番簡素なコースでした。検尿に始まり、次の項目を受けます。血液検査、身長、体重、血圧、腹囲、問診、診察です。
 問診は、私のこれまでの手術歴の確認と糖尿病でインスリンの注射をしていないか、ということに加えて、タバコに関する質問だけでした。このタバコに関しては、予想外に根掘り葉掘り聞かれました。待合室にも、タバコの害についてのパンフレットが多かったので、タバコ撲滅週間だったのでしょうか。私にタバコは無縁のことなので、これに時間を割かずに、もっと日常生活に絞って聞いてほしいと思いました。5分ほどの問診の内の8割以上が、今の私の身体に直結しないタバコに関する質問だったからです。

 診察は、最近特に気になっていることはないか、という一点でした。2、3分の気抜けがするほどの早業でした。

 常日頃から健康には気遣っているので、気になることは血糖値だけです。いつもは、京大病院と自前の測定器の結果で判断しているので、違った機関の違った機器で測定することが、今回の検診を受けた一番の理由です。
 30分もかからずに終わりました。帰りに、自動販売機のコインを1枚手渡されました。好きなドリンクを1本どうぞ、とのことです。販売機のパネルに並ぶ商品は、すべてがコカコーラのものでした。日頃から、コカコーラと雪印メグミルクとロッテの商品には手を出さないようにしています。しかし、今は無料だということなので、誰かにあげればいいと思って、1本いただきました。

 朝から絶食でした。お腹が空いたので、最近オープンした近所のお店に入りました。私は一度に食べられる量が限られているので、おかずだけをいただくことにしました。しかし、いくら待っても、手を上げても注文を取りに来てもらえません。やっと呼び止めると、タッチパネルでしか注文が受けられないとのことです。そして、小さな文字と写真がずらりと並んでいるものから選んでタッチしてください、と言われました。今、目の調子がよくないこともあり、こうした小さなモニターに表示される小さな文字を読み取るのが大変です。そこで、手元の印刷されたメニューから食べたい料理の名前を言いました。すると、お店の方が面倒くさそうに私の代わりに注文品をタッチパネルに入力してくださいました。その操作を見ていると、いくつもの画面を切り替えては、選択しながら進んで行かれました。これをお客さまに強いるのはどうでしょうか。スマホに慣れた人はともかく、目がいい人には問題がないとして、こうした機器の操作などに馴染んでいない人にとっては、注文する段階で神経がどっと疲れることでしょう。

 経営者側にとっては、効率化のためだということはわかります。しかし、これからますます高齢化の時代となります。おまけに、こうしたシステムは次々と便利だと言われるものに変わっていくのです。操作方法も日夜変わっていくことでしょう。かつて、コンピュータが普及する時に、秒進分歩の変わりようを見せつけられました。今また、世代間において文化を受容するスピードに誤差が広がりつつあります。新たな異文化受容の問題点が見え出しました。今日の注文の仕方も、この流れの中の1つのように思われます。私としては自分に合った少しスローなやり方を、お店側はハイスピードという効率化をお客に求めるのです。お互いが疲れない、住みやすい社会を築いていきたいものです。

 そんな中で、レジで支払おうとしておられたお客さんが、店内でタバコを吸っておられた年配の女性に対して、この店は禁煙だと注意しておられました。他のお客さんも、どうもタバコ臭いと思っていた、と口々に言っておられました。レジに近い席なのに、お店の方は何も注意しておられなかったのです。そうこうするうちに、注文の品はいつ来るのかと怒っている方もおられます。食べ出してから、お水をもらえないかとおっしゃっています。次にお手拭きも、と。私には、席に着くとすぐに、水とお手拭きが出て来ました。

 オープンして間がないお店なので、店員さんの教育とサービスが追いつかないのでしょう。
 それにしても、タバコを見過ごしておられた何人もの店員さんは、よほど忙しかったのでしょう。ご本人がタバコを吸われるのか、あるいは、かつて勤めていたお店は吸えたので気付かなかったのでしょうか。いずれにしても、周りのお客さまに不愉快な思いを強いていたのですから、何か一言お詫びのことばがあっても良かったように思いました。

 ギスギスした社会や、トゲトゲした関係は困ります。加齢と高齢化に伴う生き方のパターンや、多彩な方々が共存していく時代を迎えています。今日の何気ないお店の風景から、さまざまな問題点を抱えながら進んでいくこれからの社会の一面を見た思いがしました。
 
 
 
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2019年09月16日

敬老の日に敬愛について想う

 今日のお休みは何の祝日だったのかと思い、新聞を見て敬老の日であることを知りました。最近は、自分の中で祝日が定まらなくなりました。その年によってズレることがあるので、カレンダーが頼りです。

 父が生きていたら104歳、母が生きていたら99歳です。私はもうすぐ68歳になります。父は67歳5ヶ月で亡くなったので、私はすでに父が生きた時間を超えて今も生きていることになります。母は84歳8ヶ月でした。

 苦節という言葉がふさわしい父の67年半は、私とは比べ物にならないほどに密度の濃い人生だったようです。清貧の中で、母とともに他人の世話をしながら生き通しました。その人生は、最後の最後に、『ひとつぶのむぎ』という川柳句集に集大成としてまとめ、自分の手で献本を発送して亡くなりました。私の大きな仕事だったと、その責務を果たしたことを誇りに思っています。

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 その父が、無念にも癌で閉ざされた思いを、私は1日も多く生きて、父のようにやり残したことが心残りにならないようにしたいと思っています。その意味では、自分が敬老の対象であるとは、まったく思っていません。

 加齢のために、かつてのように思うようにはやりたいことができていません。しかし、身も心も元気なので、生き続けさえすれば、やりたいことはいつか叶えられ、積み残した課題や成果物は、次の世代に引き渡すことで実現すると、その準備は整えています。とにかく、元気に明日を迎えられることを、今は心がけています。

 海外から帰ったばかりの息子が、昨夜は我が家に泊まって行きました。亡母にかわいがられたことが染みついているのか、口溶けの柔らかな和菓子をお供えしていました。3人の子供は、亡父のことはまったく知りません。しかし、亡母にはみんな優しかったお婆ちゃんとして、折々に思い出語りをしています。

 思い出すことが、一番の供養だといいます。敬ってもらおうなどと、私はまったく思っていません。敬老などという実態の見えない言葉に惑わされることなく、良きにつけ悪しきにつけ、思い出してもらうことが自分への励みだと思って、これからも後ろ姿を子供に見せながら生きていくことになります。

 突然におとずれた敬老の日に、父母に対する敬愛の想いをあらためて抱くことになりました。
 
 
 
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2019年09月11日

京大病院の眼科で検査と診察を受ける

 白内障の手術のための検査が、京大病院の眼科で続いています。
 今日は7台の検査機器を使って、左右の目の玉を一つずつ丹念に調べられました。

 丸印の上下左右が欠けている、ビルマ語の文字のような記号を見て、どこが欠けているのかをレバーを前後左右に倒して答えるテストから始まりました。判別不可能なものについては、別の ] 印が刻印されたボタンを押します。最初はほとんど認識できません。次に、用意されたメガネをかけて再度のテストです。今度は、半分以上を答えることができました。といっても、ほとんどがあてずっぽうですが。
 とにかく、丸印がぼんやりと見えるだけで、識別するのは大変です。最初から、意欲を喪失するような検査となりました。
 別室に移動して、角膜の大きさや形、細胞の数、目の形、そして最後に別の方法での視力検査などなど、詳細なデータを取っていただきました。中でも、左目の写真撮影では、何度もシャッターを切った後、どうしても思うような画像が得られなかったのか、涙を一旦洗い流してから再度の撮影が何度もありました。とにかく、瞬きを堪えるのが大変です。瞬きを日常はこんなに意識しないので、終わった後でどっと疲れが出ました。

 そんな検査を受ける中で、私のすぐ後を追うようにして検査を受けておられた方のお名前に聞き覚え、というか見覚えがありました。「ウィキペディア」にはこう記されている方です。

−(前略)−は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本中世政治史、日本中世社会史。(後略)


 看護師さんから呼ばれるお名前と共に、ご自分で申告しておられた生まれ年からも、「ウィキペディア」の紹介記事と合います。記事の中に列記されている、鎌倉時代に関するご著書の何冊かは読んでいます。私よりも20年も年上なのに、年齢を感じさせないキリッとしたお姿です。私の方が年寄りくさいのではないかと、その凛々しい学者の風貌に魅せられました。こんな方だったのかと、その紳士然としたお姿に敬意を持って目で追い、お帰りになるところは黙礼をして見送りました。もちろん一面識もない私のことなど、先生はまったく気付かれなかったでしょうが。
 私自身は気持ちが引き締まる、少し緊張した心地よい時間を同じ空間で持つことができました。ささやかなことながら、私もいい仕事を残したいとの思いを、これまで以上に強くしました。一人で勝手に、こうした出合いに感謝しています。

 すべての検査が終わってから、過日の診察をしてくださった先生が推薦してくださった執刀医の先生と面談をしました。私からは、目の前66cmの位置にある3台の大型モニタと、手元30cmの机上に並べた資料を、メガネを掛け外しすることなくデスクワークをしたい、という現状の改善をお願いしました。もちろん、全体的に曇って見えている、今の対処の一環としてのわがままです。コンピュータのモニタに焦点を合わせながらも、近くの文字も鮮明に読めるようにする、というのは、なかなか難しい注文のようです。現在は、私のような用途でのレンズはまだないようです。今後は、そうしたものも開発されるでしょう、とのことでした。それでも先生は、単焦点レンズと多焦点レンズを左右別々に組み合わせて実現することを検討してくださるようです。私自身が実験材料になってもいいとの思いがあるので、そのことが先生に伝わったようです。私のわがままが叶うように、とにかくやってもらうことになりました。ありがたいことに、「やってみてから、また考えよう」という、私のモットーである思考法で進んで行くようです。

 診察が終わってからは、長蛇の列に20分ほど並んで会計待ちをしてから、入院の手続きをしました。3月上旬の1週間が設定されました。この期間は、科研の成果をまとめる年度末の忙しい時期です。多くの方々にご迷惑をおかけすることになりそうです。2月中には本年度の計画的な調査と研究が終えられるように、今からその運用を着実に実行したいと思います。関係するみなさまのご協力を、引き続きどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
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2019年09月05日

健康と命に関する生活設計へのアドバイスをもらう

 小さなことながらも何かと身体に問題を抱えている私は、自分の健康については、他の方以上に気をつけているはずです。本ブログでも、細かなことでも何か体調に変化があると、記録の意味と共に、周りの方に迷惑をかけないようにとの思いから、ありのままに状況を報告しています。これまでの「健康雑記」に書いたことをたどると、健康状態の推移が追えるようになっているはずです。

 そうであっても、まさかの場合の保険については、実はよくわからないままに、現職中にお世話になっていた保険会社の担当者の方に任せたままで今に至っています。
 そろそろ70歳。保険の契約期限も近づいています。
 のんびりしている私を見かねた娘が、これからの人生設計の再点検を迫って来ました。今年から年金生活に入ったこともあり、もう逃げ切れないと諦め、気の重いままにライフパートナーとしてのファイナンシャルプランナーさんの元へ足を運びました。先週のことです。
 2回目の今日は、すでにこれまでの状況は先週お伝えしてあるので、さらに踏み込んだ話を聞くことができました。自分が置かれている現実とその実態を、利害関係のない第三者の方から客観的といえる視点で語ってくださいました。これは、いい勉強になります。可能であれば、もっと早く聞いておくべきでした。しかし、幸いにも大事には至っていない今からでも、十分に対処できることがあることもわかりました。
 若くはないので、選択肢は狭められています。特に、2010年8月に胃ガンの手術をした私は、2015年8月に完治により治療が終了したことを告げられていても、やはり保険の話になるとチラリと話題の中に顔を見せます。
 今日の話でも、これまでいかに手厚い保障の保険に入っていたのかを痛感しました。それと共に、これから生き続けるために必要な手だての見通しも、元気が涌く方向で望めることがわかりました。ありがたいことです。
 異分野・異業種の方との話は、得るものが多くて楽しい時間となりました。実は、今日の面談は6時間20分にも及ぶものだったのです。途中で食事の休憩が入ったほどです。
 知らなかった世界に、ポツリポツリと灯を点していただきました。これからの生活を、ますますおもしろくすることができそうです。今回のプランナーさんとの出会いも、稔りある日々への支援者だと思うことにしましょう。Kさん、ありがとうございました。
 
 
 
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2019年08月26日

最近の体調と身体で気になっていること

 京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科で診察を受けました。
 10日前には、満月の真下でみごとな「大」の字を天空に浮かび上がらせ、ご先祖様を送ってくれた京大裏の如意ヶ嶽も、またこれから1年のお休みに入ります。

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 今日の検査では、ヘモグロビンA1cの値は「7.3」でした。前回が「7.1」だったので、少し上がりました。しかし、その前が「7.3」なので、大きな変化はありません。昨年は「7.7」が続いていたので、この1年は大きく下がって安定していると言えます。私は消化管を持たない身体なので、血糖値が高めに出るのは仕方のないことです。それを、どの辺りで留めておくか、ということです。

 血液検査によると、臓器に関して他には何も問題はありません。栄養状態も正常です。体重も、49キロ前後で安定しています。できることならば、50キロはほしいところです。しかし、それは私自身の消化活動に負担をかけることでもあるので、妻の食事管理は非常にうまくいっていることになるのです。こまめに分食することで、栄養摂取はかろうじて維持できています。
 とにかく、このまま様子を見ていきましょう、ということです。次は3ヶ月後の12月に検査と診察をしてもらいます。
 ただし、白内障の疑いが数年前からあるので、この辺りで検査をしてもらうことにしました。早速、3日後に予約が入りました。見えにくい状態なので、この時点でしっかりと検査をしてもらうことにします。

 過日、保険屋さんが私の病歴を聞いて、癌の摘出手術を受けてから9年以上も生き存えていることに驚いておられました。確かに、順調に回復しています。今の健康状態は特例だと言えそうです。これは、名医岡部先生が切ってくださったからだと信じています。
 しかも幸運にも糖尿病のおかげて、数カ月毎に頻繁に自分の身体の様子をチェックできています。また、自宅のすぐそばにおられるかかりつけのお医者さんである那須先生は、小さな町医者といわれる医院ながら内視鏡を常備しておられます。恵まれた環境で、この欠損の多い私の身体は見守られています。こんな身体だからこそ、何か異変を感じるとすぐに病院へ駆け込むので、私は意外と長生きするかもしれません。

 今、一番気になっているのは、眼が霞むことと、物忘れというよりも思い出せないことが多いことです。加齢だということで気を紛らわせています。しかし、実は真剣にその対策を検討しているところです。
 
 
 
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2019年07月25日

目頭を押さえる日々

 最近、目頭を押さえることが多くなりました。目が霞むため、ジッと凝らして物を見る癖がつきました。目への負担が倍増しているからでしょう。
 1日の後半になると、目の奥が落ち込むように重くなります。横になっていても、頭は冴えているので、身体を休めていることにはなりません。この疲労感から脱するため、何かに熱中することになります。つまり、溜まりに溜まっている仕事をすることになるのです。
 目薬を使うことが増えました。目の疲れを和らげるためです。効いているのかいないのか、よくわかりません。気休めのようなものだと思っています。普段なら買わない、高額の目薬を買ったりします。これも、気休めにしか過ぎないと思っています。
 白内障の手術は考えています。しかし、まだもう少し後で、と先送りしています。
 
 
 
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2019年06月30日

大雨の中を大和平群でお茶のお稽古

 連日の天候不順で、昨夜から雨が降り続いていました。お昼前に少し雨脚が緩んだのを機に、お茶のお稽古に出かけました。
 2時間ほど南に下った奈良は、なんと意表を突かれて予想外の大雨でした。龍田川も濁流が押し寄せています。

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 背中も腕も裾もびしょ濡れです。ひ弱な私が風邪を引かないかと心配してくださった先生は、ズボンと羽織るシャツを貸してくださいました。今日は、リラックスしてのお稽古です。

 あらかじめ、葉蓋のお稽古をお願いしていました。前回は洗い茶巾だったので、夏の定番の特訓です。
 里芋の葉を水差しの蓋として被せ、その葉の上に水滴を垂らします。見た目にも、涼しそうなお点前です。これまでは、梶の葉や蓮の葉を使っていました。いろいろなパターンを教えていただいています。
 細かいことでは問題はあるものの、今日はいつもより滑らかに手も足も動いていたように思います。あまり頭の中がごじゃごじゃしなかったので、それなりに身体が覚えてきているのでしょう。
 今年の夏は、洗い茶巾と葉蓋でお客様をお迎えできるようにすることを、一つの目標にします。

 帰る頃にはすっかり雨も上がり、道路も乾いていました。干していただいた服も、おかげさまですっかり乾いています。革靴は雨を含んで重たく、身体に雨を浴びたこともあり、大和平群のかんぽの湯に入って気分一新です。

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 雨上がりのためか、南を望むと二上山と葛城山は雲に覆われています。

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 ロビーでは、七夕の飾りが迎えてくれました。いろいろな願いが書いてあります。楽しい出迎えです。

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 今春4月末から露天風呂ができてお風呂は新装となり、気持ちのいい温泉気分に浸れます。
 いい気分転換となりました。
 
 
 
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2019年06月17日

スポーツクラブの会員の高齢化

 今日は月曜日。
 土日は、何かと私の活動が集中するのです。そこで、月曜日は予定を入れないようにしています。 そして、スポーツクラブで体力を維持するために、可能な限り夕方からは、マシンジムやスイミングに勤しんでいます。
 今、プールから上がり、野菜ジュースを飲みながら思います。なんと今日も高齢者であふれていたことか、と。
 老後も元気に、というのはいいことです。水中歩行のレーンは、チョコチョコと歩く方や、おしゃべりをしながらのご婦人方で渋滞です。泳ぐレーンでも、あまり進まない方が多いので、ぶつからないように間隔を保って泳ぐのが大変です。かと言って、上級者用の高速レーンで泳ぐほどの技量は持ち合わせていません。
 ジャグジー風呂は、町内会の寄り合いなのかと思われるほどに、よもやま話に花が咲いています。

 このところ、プールではめっきりと若い方が減りました。これは、ジムも同じです。スタジオは、若い女性を見かけます。しかし、そこは男性がほとんどいないので、入りにくいのです。
 この施設の利用者の男女比はわかりません。私の感触では、男性2割に女性8割だと見ました。そして、8割方が60歳以上。大きく外れていたら、経営者の方には申し訳ないことです。あくまでも、日頃の感触で、ということで。
 また、最近、「健康維持のためのスポーツクラブ通い」(2019年04月22日)で、スマホを使ってジムのマシンを活用することに挑戦し出したことを書きました。しかし、あまりにも操作の手順が面倒なので、2回ほどで諦めました。
 このスポーツクラブは、まだまだ利用者を囲い込む方策があるのに、なぜそれをしないのでしょうか。今は、適当にやっているふりをしている状況です。さらにビジネスモデルを検討すべきだと思います。利用者が文明の利器を持ち込んでいるのです。かつてのように、企業がシステムを用意しなくても、アプリの活用でいいのです。私が考える前に、とっくに試行錯誤はなさっていることでしょう。しかし、具体的な形に至らないのでしょう。これは、若者たちの柔らかい発想が発揮できる分野だと思っています。

 先日、東京在住時代に通っていた、銀座3丁目のスポーツクラブを覗いて見ました。かつてあったプールは、経営が変わった今はマシンジムのフロアになっていました。もう、銀座で泳ぐことができなくなったのです。今にして思えば、贅沢なことだったのです。日舞の振りをお稽古しながら水中ウォーキングなさっていたクラブのママさん(?)と一緒に、10mほどのプールを歩いていたことを懐かしく思い出します。

 私のスポーツジム通いの経緯は、「銀座で泳いでいた日々を思い出して」(2017年08月06日)に書きました。
 その後の記事を、今の時点で整理して列記します。

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【フィットネスクラブで汗を流した日々の記録】
(その2、2017年2月26日〜2019年6月17日・本記事)

「健康維持のためのスポーツクラブ通い」(2019年04月22日)

「手荒い疣の治療の後はスポーツクラブで初泳ぎ」(2019年01月09日)

「血糖値は少しだけ下がるも横ばいで投薬が変わる」(2018年11月12日)

「銀座探訪(37)銀座散策の後は日比谷で古写本を読む講座」(2018年08月04日)

「歯の治療は出張前のために様子見となる」(2018年07月23日)

「このところ定着した週1回のスポーツクラブ通い」(2018年07月09日)

「迂闊にも昨夏骨折した左足首を捻った後にスイミング」(2018年02月04日)

「初泳ぎで健康に気遣った生活を始めました」(2018年01月05日)

「体力測定で体力年齢は31歳だと」(2017年11月20日)

「体調も復調したので遅れを取り戻します」(2017年11月17日)

「枕を新調してから頭痛緩和のためのスイミング」(2017年10月14日)

「久しぶりに泳いだら肩がゴギッと音がして」(2017年08月18日)

「スポーツクラブでの身体測定では29歳の身体だとか」(2017年08月07日)

「銀座で泳いでいた日々を思い出して」(2017年08月06日)

「東京マラソンで思い出した個人的なマラソン史」(2017年02月26日)
 
 
 
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2019年06月14日

私の人差し指はへバーデン結節?

 最近、ヘバーデン結節という言葉をよく聞くようになりました。
 私も、指に違和感を感じ、何度もお医者さんに診てもらいました。
 仲間から、ヘバーデン結節ではないかとのアドバイスをもらい、いろいろと対処策を考えました。特に効果的なことはせず、今はマウスをクリックする指を、右手の人差し指から中指に変えて、応急の対処をしています。この、マウスのクリックだけが問題なので、これで3年ほど様子を見ているところです。
 同じ症状に困っておられる方へのアドバイスはないものの、病院が大好きな私がお医者さんと交わした内容であれば、以下のブログに書き残しています。何かの参考になればいいのですが。

 最初に指が痺れることに気付いたのは、今から8年ほど前の夏でした。それは、左手首の痺れで、問題の右手の指が痛くなる前兆のような出来事でした。行ったのは九段坂病院です。

「左手首が痺れるので病院へ」(2011年08月01日)

 その時に撮影したMRlのフィルムを、京大病院のいつもの検査の時に持参したことは、次の記事の通りです。ここで言われた「隠れ脳梗塞」は、その後も東京のいくつかの病院で指摘されました。今、特にその気配はないので、そのままにしています。

「「隠れ脳梗塞」だとの診断を受けて」(2011年08月04日)

 その頃、コンピュータで日本語を入力する上で、トラブルがありました。これが、今から思えば、右手の酷使に直結しているように思われます。

「マック版日本語入力「ATOK2011」で不具合発生」(2011年08月09日)

 次の記事から、左手の痛みについて書き出しています。

「病院内で丸一日を過ごす」(2011年08月11日)

 その後の診断では、加齢で片付けられていることがわかります。

「何事も加齢ですよと60歳」(2011年08月22日)

 この指の痛みについて、ついに病名が付きました。「バネ指」だそうです。次の記事にもあるように、「原因は何ですか?と聞くと、60年も使って来たからでしょう、と、気が抜けるほどのシンプルな回答です。」というオチがつきました。

「病院で悠久の時を刻む」(2011年10月11日)

 それから5年。足を骨折した話の中に、指の痛みのことがブログの中に出てきます。そこで、指の専門医を紹介してもらっています。しかし、忙しさにかまけて、その病院には行かずじまいでした。

「左足首捻挫は骨折だとわかりギプス生活に」(2016年07月30日)

 この骨折のギプスが外れたついでに、お医者さんに右手人差し指の痺れについて相談しています。「変形性関節症」だとか。以前は、「バネ指」と言われました。この年の春から、マウスをクリックする指を、人差し指から中指に変えていることがわかります。

「やっと足のギプスが外れました」(2016年08月31日)

 その後、また同じお医者さんに右手人差し指のことで相談をしています。しかし、またもや加齢とのことで打つ手はなく、塗り薬をいただいて終わっています。

「整形外科で更年期障害と言われても……」(2016年09月28日)

 この右手の人差し指は、今も、痛まないまでも違和感がつきまとっています。大きく変形しているわけでもないので、ずっと放置しています。
 最近、ヘバーデン結節が話題になっていることが契機となり、この指の症状に対する適切な対応策が示されることを待ち望むようになりました。これが好機となり、加齢で片付けられていたことに一つの指針が出るだけで、諦めながらも困っている私などは気分的にも楽になります。
 
 
 
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2019年06月03日

何もしない日(6月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 のはずですが……
 溜まりに溜まっているメールの返信を少しずつ送りました。
 どうしても今日中に対処しないといけない案件のメールも。
 これはどうしようもないことなので割り切ってのことです。
 
 
 
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2019年05月20日

京大病院での糖尿病の検査結果は良好で血糖値は順調に下降中

 久しぶりに京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科で検査と診察を受けて来ました。
 この病院に来ると、なぜか気持ちが落ち着きます。身体に何かと問題を抱え込んでいると、この病院にいる限りは何があっても明日の保証が得られる、と信じきっているからでしょう。

 今日のヘモグロビン A1cの値は「7.1」でした。劇的に良くなっています。

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 最近は、体重が少しずつ増えていたので、喜んでいました。ただし、反面、血糖値が高くなっているだろうという不安がありました。それが、この結果を見ると、杞憂だったことがわかります。予想外の好結果です。
 主治医の先生からは、何か生活に大きな変化がありましたか? と聞かれました。食生活では今年に入ってから分食を徹底しだしたことと、先月から職場が替わったことを説明しました。

 最近は、1回に食べられる分量が極端に少なくなっていました。しかも、すぐにお腹が痛くなるのです。そこで、お腹が痛くなる直前に食べるのをやめる、という食生活でした。その結果、分食を徹底させて、1日6回食以上にしたのです。頻繁に間食もしています。そのために、一度の食事の量が少なくなっていたので、栄養面で一日のカロリーの不足を心配していました。また、何度も食事をするので、血糖値が上がりっぱなしでいいのだろうか、などなど。こうしたことを、心配していました。

 主治医の先生の話では、この分食の徹底が良かったのではないか、とのことです。一度の食事の分量が少なかったために、血糖値が急上昇することがなかったようです。しかも、私は少ない分量を時間をかけてゆっくりと食べます。夜は8時過ぎからの晩ご飯は、2時間近くかけています。ヘモグロビン A1cの数値が総体的に基準値よりも高いのは、私が消化管を持っていないために高く出ているのです。
 また、この4月から職場が変わり、その環境が大きく変わり、ストレスが格段に少なくなりました。このことも、血糖値に大きく影響しているようです。過酷な労働環境は心身に良くない、という典型的な例です。
 上のグラフが、その月々の身体の変化を如実に数値として示しています。今となってみると、この2年間の時の流れの中で、グラフの点が打たれている年月の各々に、思い当たることがたくさんあります。何があった日々なのか、鮮明に思い出せるのです。特に去年の春から冬までは、私にとっては忘れられない、信じられない出来事の連続でした。

 先生からは、順調にヘモグロビン A1cが下降しているので、そのままの生活でいいでしょう、という励ましの言葉をいただきました。気をつけるのは、筋力が衰えないように、運動を心がけることだそうです。これは、スポーツジムへ行く回数を増やすことと、歩くことを意識することで対処できそうです。
 目標だった体重50キロは、昨秋あたりから諦めていました。47キロから48キロをウロウロしていたからです。しかし、今春からは、48キロ以上の日が多くなり、最近は49キロ台になりました。先週は、50キロを超えた日がありました。
 体重を増やすことは悲願です。この調子でいけば、50キロ台の日々を迎えられるかもしれません。もう一度、体重の目標を50キロに再設定します。そして、分食をこのまま続け、楽しい日々を送ることを心掛けていきます。これで、次回の8月末の検査結果がどうなるのか、今から待ち遠しい気持ちです。その時に、体組成の検査も入れてくださいました。とにかく、血糖値の問題が、今直面している病気の中では、最優先課題です。
 
 
 
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2019年04月22日

健康維持のためのスポーツクラブ通い

 私がスポーツクラブに通いだしたのは、高校の教員から大学の教員に転職した平成3年からです。
 奈良の王寺駅前、横浜の金沢文庫駅前、川崎駅前、そして東京の銀座三町目、そして京都の北大路と、いろいろな所の会員となりました。「銀座で泳いでいた日々を思い出して」(2017年08月06日)に、そうしたことを整理した記事を書いています。
 今は、京都のクラブに通っています。ここは、東京にいた時にチェーン店でもあり、掛け持ちで通っていた所です。ただし、施設が老朽化しているので、不衛生ということもあり、何度も辞めようとしました。しかし、やめてしまえばそれまでです。細々とでも続けることに意味があると思い直し、とにかく週1回は通うようにしています。
 今の施設は、10年前まではコンピュータを活用した健康データの管理が進んでいました。しかし、それもいつしかサービスが貧弱となり、今はコピュータシステムがまったくなくなったので様変わりです。
 そんな中で、スマホが使えそうだ、ということがわかりました。このままではもったいないので、今日からアイフォンを活用した健康データの管理をすることにしました。個人用のデータ端末を使ってのものなので、他社のアプリによる貧弱なサービスです。データ管理システムが良かった頃を知っているので、面倒なだけできめ細やかな思いやりの欠片もない、事務的なシステムになり果てているのにはがっかりです。それでも、これは使い方次第では何か役に立つこともあるだろうと、記録代わりに活用しだしました。
 それにしても、このクラブのスタッフは使い方の説明ができないのは、高齢者が多いので使うはずがないという気の緩みからだと思い至りました。スマホ片手にマシンのジムを利用しているのは、25人いても1人か2人です。
 今日は、マシンのパネルに貼られたQRコードを読み取り、一つずつ登録していきました。登録したからといって、マシンを使ってのウエイトの数値と回数は、最初に設定されているものを確認し、その日の体調に合わせて入力し直すだけです。デジタルの機器を使いながらも、利用時にはアナログの世界となります。何も連動してデータを管理していないのです。スタンドアローンのシステムです。家でデータが見られることが、新しさとでも言えるのでしょうか。
 自転車漕ぎのマシンは、また別のアプリをダウンロードするのです。面倒なので、これを使う人がいないのはわかります。しかし、ほとんどの方が使わないのならば使ってやれ、と思うのが私です。
 11台のマシンを登録したので、今後はこれで遊びながらエクササイズに取り組むことにします。目標があれば、それに向かって取り組むことになるはずです。そうした自分の性向を見越しての、利用する環境をわざわざ手作業で登録して設定したのです。
 それにしても、体重も血圧も体組成値も、すべてが一つ一つを手入力するので大変です。かつてのシステムでは、測定器が各人の数値を連携させて記録してくれていました。手入力になったのは、この運営会社の衰退を象徴するものです。と、ないものねだりをするのは、高齢化に伴う加齢難民の証だとも。昔はよかった、と言わずに、何事も前向きにとらえることに限ります。
 
 
 
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2019年03月22日

逆流性食道炎と花粉症に悩まされる

 今月10日にルーマニアから帰国し、その翌日から連日、引っ越し作業と搬出、科研の報告書の確認と発送、科研研究会の開催、引っ越し荷物の搬入、日比谷図書文化館で源氏講座などに追われていました。ヨーロッパから帰ってくると1週間は時差ボケに苦しむところを、その暇もない慌ただしい日々でした。
 そしてそれらが一段落した今週からは、隔日のように逆流生食道炎が夜中に襲ってくるようになりました。だいたい深夜の3時頃です。消化管がない私でも、腸はあります。その腸液が喉元まであがってくるのです。むかつきと喉がヒリヒリするので、夜明けまでジッと我慢の時を過ごします。これは、私の身体では避けられないことなので、耐えるしかありません。京大病院からは、「ランソブラゾール」という薬はいただいています。しかし、炎症が起こってからは対処のしようがありません。
 そんな中で、先週あたりから花粉症の兆候が見られるようになりました。私は花粉症持ちではないと思っています。冬場によく気管支の調子が悪くなり、鼻水に苦しみます。春先には、不定期で花粉症の症状が現われることがあります。今年は、どうやら早々とやってきたようです。
 近所のかかりつけの医院で診てもらい、薬を調合していただきました。小さな医院なのに、鼻から入れる内視鏡などの立派な機器を揃えておられます。消化管に難のある私には、命拾いのお医者さんです。精算の時に、カウンターの横にあった経口補水ゼリーが目に入りました。

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 お聴きすると、本来の用途は熱中症などの給水対策のものだとのことです。しかし、私のように、夜中に喉が焼けつく時に口にするのは効果的かもしれないですね、とのことでした。これまでは、大急ぎで水や麦茶を飲んでいました。これは、いいものを見つけました。早速、使ってみます。もっとも、このゼリーの出番はない方がいいのですが。
 
 
 
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2019年03月02日

何もしない日(2/3月)

 今年になってから、何もしない、何も考えない1日を、毎月かならず設けることにしました。
 1月2日にそう宣言しながら、2月はミャンマーに行っていたこともあり、大忙しの2月2日でした。

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 そして3月2日。
 今日は、意識してお昼まで寝ていました。
 確かに、無理をしてでも寝ることは大事であることを実感します。

 午後は三条まで散歩です。
 三条大橋の袂には、早咲きの桜がきれいでした。
 もう春です。

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2019年02月08日

糖尿病の検診結果は良好でした

 昨夜から今朝まで食事を抜き、空腹の状態で京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科に行きました。
 いつものように、まずは採血から。それが終わるや否や、急いで地下の飲食スペースで軽食を口にしました。
 1時間後に結果が出て、その数値を基にして診察を受けます。半日仕事です。しかし、私の命と日々の活動に直結することなので、3ヶ月ごとに通い続けています。
 幸い、結果は良好でした。前回の昨秋11月のヘモグロビンA1cは「7.6」でした。今回は「7.3」なので、あまり心配をすることはない範囲内になりました。

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 私は消化管を持たない身体なので、高めなのは仕方のないことです。「8.0」以内であれば、血液検査では他には何も問題はないので、今の私の身体であれば大丈夫でしょう、とのことでした。

 最近、私の体重は目標の50キロを大きく下回り、47キロを前後にするようになりました。毎日の食事が、思うように摂れません。すぐにお腹が一杯になり、無理をすると腹痛に見舞われます。これは、危機的な状況です。日々の活動の根幹に関わります。
 昨秋の栄養士さんのアドバイスを基に、妻と相談をし、とにかく体重の確保を優先した食事にしています。1日6〜8回の分食を心がけ、オニギリを持ち歩いています。それが功を奏したようで、今日は主治医から、この対策が好結果に結びついているように思われる、とのことでした。
 電車のシートや駅のベンチでオニギリを頬張っている姿は見られたくありません。しかし、1日でも長生きするためと割り切り、最近は恥ずかしさを払拭して実行しています。妻の努力も報われているようです。
 
 
 
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2019年01月19日

右目の抜糸を終えて高齢社会について考える

 先週11日(金)の深夜に、救急搬送された京大病院で右目の上を手術したこと「突然救急隊員のお世話になり京大病院に搬送される」(2019年01月11日)に関する、その後の報告です。
 おかげさまで本日、右目の上の縫合箇所を抜糸してくださいました。血の塊が邪魔をしていて、担当医の先生は抜糸に苦労なさっていました。しかし、無事に縫い合わせていた糸が取れ、まばたきも自由に出来るようになりました。
 まだ、顔の右上が腫れぼったくて重たい感じがします。瞼も黒ずんでいます。しかし、もう何も問題はありません。幸い、眉毛で隠れる場所だったということもあり、これで一安心です。ご心配をおかけした方々には、あらためての報告とお礼を申し上げます。
 今回のトラブルは、気をつけようにも避けようのない事故としか言いようがありません。人混みの中では、こうしたことは当然あることだからです。そのケガの程度がどれほどのものか、ということです。その点では、今回は当たり所が悪かった、と言うことになります。
 大阪市内での事故でした。救急隊員の方は、市内の病院へ搬送する手配に入っておられました。しかし、夜間にもかかわらず、何とかして京都の病院へ行くことに私が固執したことが、いろいろな意味で幸いしました。それも、偶然とはいえ、京都で運び込まれた救急車内からの引き受け病院探しで、受け入れてもらえた病院が自宅に近くて通院中の病院だったのです。これは、不幸中の幸いとしか言いようがありません。何よりも、私の先週までの病歴が即座に画面で確認できたのです。糖尿病・内分泌・栄養内科、消化管外科、眼科、皮膚科、口腔外科などなど。産婦人科以外は、さまざまな科を関連する検査などで渡り歩いて来ました。手術にあたり、アレルギー及び麻酔の反応、投薬情報、他の病気のことなどの情報が、たちどころに一目瞭然となりました。これは、迅速な対処に結びついた一因と言えるでしょう。
 こうした突発的な事故に遭遇した時の対応などについて、何でもありうる年齢に達していることを踏まえた今後の対策について、家族と話をする機会ともなりました。
 とにかく、何かあればすぐに電話かメールを、というところに落ち着きました。
 幸い、私はApple Watchを常時身に付けています。そのサイドボタンの長押しや転倒検知によって、「緊急通報サービス」に登録している家族には、自動的に「緊急SOS」が発信されるように設定しています。少なくとも、私が動けなくなっている場所は、家族に自動的に送信されるのです。今回の場合は、この機能のお世話にはなりませんでした。

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 私はまだ徘徊することはありません。しかし、いずれは訪れるに違いない認知症などの対策は、まだ思案中です。高齢者で構成する国となり、こんな時代に生きているのですから、こうしたことは今後の最重要とすべき検討課題です。知恵を出し合いながら、人に迷惑をかけない高齢・老齢社会にし、生き抜いて行きたいものです。
 
 
 
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2019年01月12日

夜更けの手術は2針縫って無事に帰宅

 出町柳から京大病院までの救急車の中では、ベットに横たわる私の首は固定されていました。その状態のまま、ストレッチャーは病院の救急外来から診察室へと入って行きます。白い天井が後ろに走って行く様子を、映画でよくある光景だなぁと思いながら眺めていました。眠気も催してきました。
 6番のドック(?)に収まりました。問診に始まるさまざまな検査を経て、頭部と首のCTスキャンを受けることになりました。慌ただしく別室に移動です。手際のよい流れの中で、担当医は次々と指示を出し、状況を判断して行かれます。長時間、丹念にCTの画像をクリックしてスタッフのみなさんと一緒に確認した後、頭部には異常はないようだと判断されました。
 次は、目の上の創傷の診断です。
 パックリと割れた傷口を水で洗い流し、消毒液を使っての手当てが進みます。ヒリヒリします。糸で縫うか、テープを貼るかの判断を、先生はそうしながら思案しておられるようでした。傷は、鋭い切り口ながら深くないとのことです。
 研修医の方や看護師との会話がすべて聞こえます。大学病院ということもあり、若手育成のための研修医などの指導をしながらの処置が進んでいきます。
 いくつかの検査をもとにしての結論は、「縫う」ということになりました。早速、手術の準備が進みます。
 目の上に麻酔をする時に、先生が「この後はあなたがやってみなさい」とおっしゃって注射器を研修医の方に渡されたときには、内心ヒヤヒヤしました。針先が血管を突いていたらいけないので、少し引いて血が混じってこないかを確認してから注入するように、と、発せられる指示が生々しく具体的です。まさに現場に身を横たえていることを実感します。もう、完全に第三者になっています。
 これまでにこの病院では、さまざまな病気の治療の実験台になることに協力してきました。目の調査研究の実験には、志願して参加しました。私の身体でもお役に立つのであれば、という気持ちからです。今回もそうでした。特に命に別状がない治療であり、学生さんの技術力の向上になるのであれば、それは練習台でも構いません。
 2針縫うということです。2針目に、「次はあなたが」と言って研修医と変わられました。「上手い、上手い」という声が聞こえるとホッとします。こうしないでこうするといい、とか、ああしたら後が大変などなど、具体的な指示も飛んでいました。まさに、俎板の上の鯉です。
 治療が始まって2時間。日付は変わり、長時間の処置のおかげもあって、無事に手術も終わりました。
 病院の方々はみなさん親切な対応でした。気持ちよく処置室を出ることができました。だだっ広いロビーで手術が終わるのを待っていた妻は、病院から貸していただいた電気ストーブにあたりながら、家族に報告の連絡をしているようでした。看護師の方が、状況を丁寧に説明してくださったようです。
 タクシーを呼んでもらい、家に帰ったのは午前2時頃でした。
 痛みはありません。当分は、顔や目が大きく腫れるでしょう、とのことでした。それは覚悟の上です。今後一二ヶ月は頭を打った後遺症が考えられるので、何かあればすぐに連絡をするように、との指示を受けました。今月末から海外出張です。十分に気をつけなければいけません。
 突然の予期せぬ出来事が、運良くというべきか、このようにして収束することになりました。大事に至らなかったのですから、幸運な年の初めと思うことにします。
 さて、明日は京都ライトハウスで、目の不自由な方々の『点字付百人一首』のかるた会があります。その集まりで、いつものようにお手伝いをすることになっています。多くの方々との新しい交流も生まれることでしょう。みなさんが『百人一首』を楽しんで全国各地にお帰りになるように、運営の一端をしっかりとサポートしたいと思っています。
 
 
 
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2019年01月11日

突然救急隊員のお世話になり京大病院に搬送される

 明浄学院高校で社会人講座がありました。いつものように少し長引き、20時半頃に地下鉄御堂筋線の昭和町駅から帰路につきました。
 地下鉄から京阪電車に乗り換えます。その始発駅である大阪淀屋橋駅から京都出町柳駅行きに乗り換えようとした時です。地下鉄の自動改札を出てすぐ、カードをポケットにしまおうとしたちょうどその瞬間に、頭に強い衝撃を受けました。横から来た男性の頭が、頭突きのように私の右目の上を直撃したのです。一瞬フラッとしたものの、倒れることもなく、顔からずれ落ちかかったメガネ越しに相手の方を見ました。
 相手の方は私よりも年配で、自分は左目がよく見えなくて、と言いながら平身低頭謝っておられます。その方も、よそ見をしておられたのでしょう。
 目頭が激痛に襲われつつも、身体も意識もはっきりして来たので、もう大丈夫ですから、と言って離れていただきました。
 別れてすぐ、頬に温かいものを感じました。メガネを外して下を向いた時でした。突然、鮮血がコンコースの床に滴り落ち出したのです。ポタポタと音がするくらいだったので、前屈みに埋くまろうとしたら、すぐに横から女性の方が声をかけてくださいました。大量のティッシュを私の右目にあてがい、出血を止めようとなさっているのです。またすぐに左側から、別の女性の方が消毒用のシートを持っているのでと言って、駆け寄ってくださり、手当てを手伝ってくださっています。男性も二人が気遣ってくださって、すぐ近くの駅長室へ飛んで行き、駅員さんを連れて来てくださいました。
 床にこぼれた大量の血を、何人もの方が手持ちのティッシュで拭いて掃除をしてくださっていました。駅員さんは、それはこちらでしますからと言い、私に駅長室で休むように手配をしてくださったのです。その時、いろいろと私の面倒を見てくださった通り掛かりの方々にはお礼を言い、案内されるがままに駅長室へ行きました。最初に気遣ってくださった女性お二人と駅長室に走ってくださった男性には、お名前も伺えませんでしたので、この場を借りてお礼を申し上げます。そして、その他の方々にも感謝しています。
 駅長室では、止血に使う大きなガーゼで顔を覆ってくださいました。駅員の方は、頭を検査してもらった方がいいということで、早速救急車を呼んでくださっています。そうこうする内に、ぶつかった後、一通り私に謝って行かれた方がまた戻って来られ、駅長室で丁寧にお詫びを口にされました。私の様子が尋常ではなかったのか、気になって引き返して来られたようです。誠意が十分に伝わったことと、もうそれ以上はいいと思ったので、引き取っていただきました。
 その後、先ほどの女性が目に当ててくださったティッシュの束が鮮血に染まっているのを見て、予想外に出血していることにあらためて驚きました。部屋にあった鏡を見て、右の眉のあたりがパックリと口を開けているのがわかりました。まだしばらく、血が出ていました。
 そうするうちに、救急車が淀屋橋駅に到着したようで、救急隊員の方3名がドタドタと駅長室に入って来られました。いろいろと聞き取りを受け、あらためて止血の処置をしていただきました。頭のCT検査と傷口の縫合手術のために、大阪市内の病院へ搬送されることになりました。しかし、私には、明日の京都ライトハウスでのイベントのことが頭を離れません。
 大阪市内の病院へ行くと、今日中には京都に帰れなくなるのです。何とかして今日中に京阪電車で出町柳駅まで行き、そこからであれば、京都のどの病院へ行ってもいい、という気持ちを救急隊員の方に伝えました。救急隊員の方とのやりとりの末、血も止まっており、意識もしっかりしていて歩けることを確認して、私の意思を尊重してくださいました。ただし、大阪から京都の救急車の依頼も予約もできないので、出町柳に着いたら自分で119番に電話をするように、とのアドバイスももらいました。
 多くの方々が、親切で丁寧な対応をしてくださいました。駅長室におられた駅員のみなさま、そして救急隊員のみなさま、ありがとうございました。
 京阪電車の始発である大阪淀屋橋駅から、終点の京都出町柳駅まで特急で55分。目の上に貼られた大きなガーゼを気にしながら、じっと終点の駅への到着を待ちました。
 出町柳駅には、妻が出迎えに来てくれていました。すぐに119番に電話をし、駅前のロータリーで待っていると、すぐに救急車が来ました。車中で問診を受けている内に、京大病院の救急外来が引き受けてくださることになりました。ここは、先週も、糖尿病の診察で通院したばかりです。勝手知ったるいつもの病院です。出町柳駅からすぐそばということもあり、すぐにストレッチャのまま病院の診察室に運び込まれました。

 以下、続く。
 
 
 
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2019年01月09日

手荒い疣の治療の後はスポーツクラブで初泳ぎ

 年末に近所の皮膚科で、左手薬指の疣を治療してもらいに行きました。
 一昨年の夏までは、2年がかりで右足の指に出来た疣を治療しました。これは、東京と京都の公立病院を股にかけ、気長な治療で何とか完治しました。
 今回は、街の開業医です。ここでは、液体窒素をたっぷりと長時間押し付けられ、激痛に苦しめられました。荒っぽかったので、年始にかけては焼かれた指が火傷状態で、その痛みが続いていました。これでいいのだろうかと思い、腫れ上がった指を見つめながら、別の病院へ診てもらいに行こうかとも思ったほどです。しかし、三が日の内に大きな瘡蓋がポロリと落ちました。一安心です。
 優しい治療は、気の遠くなるほどに時間がかかりました。手荒い治療はすぐに直ります。いろいろな治療方法があるものです。今日も、まだ少し残っている痕跡を、また、これでもかと忍耐力を問われるほどの激痛を味わう、液体窒素の洗礼を受けました。痛くても、短時間で治るほうがいいか、と思うようになりました。

 年末年始は運動不足でした。今日は、久しぶりにスポーツジムで初泳ぎです。
 平日の夜ということもあってか、お年寄りばかりです。新年の仕事が始まり、働き盛りの方は、まだスポーツクラブに足を運ぶ余裕はないのかもしれません。
 いつものように打たせ湯を浴びてから、水中ウォーキング、軽くスイミング、最後はミストサウナとジャグジー風呂でゆったりと心身を温めました。
 さて、明日から仕事始めです。あと1ヶ月。今年度の総整理にかかります。
 
 
 
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2019年01月05日

「お薬手帳」の記載方法に異議あり

 昨日、京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科に行きました。11月12日の診察の際に処方してくださった薬を、勘違いで飲む量を間違っていたことに、昨年末に気付いたからです。
 その薬は、いつも行く大学病院前の薬局でもらったものです。「お薬手帳」に貼ってもらったシールには、次のように記されています。〈朝夕食後〉「2錠」「×84日分」と。

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 11月に主治医からは、薬を変更したことと、飲むのは「朝夕」と聞いていました。一度に何錠飲むのかはすぐに忘れたのか怪しくなり、「お薬手帳」を見て「朝夕2錠」ずつ飲みました。すると、ひと月ほど経った頃に、この薬が後10数錠しか残っていないことに気付いたのです。これはおかしい、「朝夕1錠」ずつだったのではないのかと思い、「お薬手帳」を見て間違いではないことを確認してから、すぐに病院の担当科に電話をして相談しました。私の主治医は年末の回診でいらっしゃらなかったものの、同科の別の先生が対応してくださいました。1錠のところを2錠ずつ飲んだとしても、この錠剤であれば服薬の上限容量をオーバーしていないはずなので、特に問題がなければ今あるもの1錠ずつを飲みきり、年明け早々の病院最初の診察日に予約なしの外来で手続きをし、主治医と相談するように、との指示を受けました。
 昨日の主治医の診察でも、問題はないとのことで安心しました。この次に定期の予約が入っているのが2月の初旬なので、その時の血液検査の数値で様子見をすることになりました。
 それまでの足りない薬については、追加として処方してくださいました。ただし、保険がきかないので100%の実費であることの確認がありました。
 処方箋を持って、いつもの薬局に行きました。そして事情を伝え、「お薬手帳」に貼る表示に紛らわしい表記ではなくて、以下のように「1日」と「1回1錠」の文字を書いてほしいとお願いしました。

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 薬局の説明では、薬が入っている袋には以下のような表示をしているので、それを見て確認をしてほしい、とのことでした。

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 確かに、この表現なら間違えようがありません。しかし、この表示が記された紙は、透明のビニール袋に差し込まれて渡されるものであり、自宅で袋から出して薬箱に整理する私には、ポイと捨てしまうものです。渡された薬袋に印刷してあるものであれば、そのまま薬箱の中に残ることでしょう。しかし、そうではなくて添えられた紙に書いてあるものでは、そんなに大切に扱われません。いずれにしても、あくまでも、「お薬手帳」に記載されていることが基本情報のはずです。
 今後も、今回の手書きのような表示にした方が私のように間違う人は出ないのでは、と提案すると、薬局の方はコンピュータで印字していますので、とのことでした。そんな問題なのかな、と思いながらも追加の薬をいただき、請求された「7,862円」をお支払いしました。「お薬手帳」の表記が正確であれば、払わなくてもいいものなのに、と思いながら。正確な日本語の表記になっていれば、無駄な費用を支払わなくてもよかったのに、と薬局を責めたい気持ちを払拭し切れませんでした。
 もっとも、いただいた次の明細の中にある、「調剤料」と「薬歴管理料合計」の意味がいまだにわかりません。帰ってから見たので、今度また聞いて見ましょう。

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 とにかく、過日の記事で「妊婦加算」を取り上げて以来、国が設定したとされている医療費については、大いなる疑問を抱くようになりました。医療業界には、疑心暗鬼の状態にいます。

「【聞き取り報告】今年から妊娠したら「妊婦加算」という罰金刑?がかかっていたこと」(2018年12月13日)

 この「妊婦加算」については、マスコミなどが大々的に問題点を浮き彫りにし、結局は徴収が凍結となった経緯があります。
 上記の明細書にある「調剤料」とは何なのでしょうか。前回84日分処方された1種類の薬剤について、同じ薬を残りの35日分、実費で追加処方となったのです。明細にある「調剤」とは、どのような意味を持つものか、門外漢の私にはわかりません。1つの薬しか選択の余地がないのに、何を「調」と表現しているのでしょうか。
 また、「薬歴管理料合計」とは何でしょうか。その管理しているとされる服薬情報が、明確に「お薬手帳」に反映されていません。本来は1錠のところを、2錠とも読めるような曖昧というよりも誤解を生む不正確な表現なのですから。とにかく、よくわからないことだらけです。医療業界では自明のことなのでしょう。しかし、あらためてこの漢字列を見ることで考え始めた素人には、意味不明なのです。このことについて、今は保留としておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *健康雑記

2019年01月02日

何もしない日(1/正月)


 今日は何もしない何も考えない1日。
 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。

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 しかし、寄る年波にはそういつまでも身体は持ちません。
 そこで、今年からは何もしない日を毎月1日は作ります。
 
 
 
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2018年12月13日

【聞き取り報告】今年から妊娠したら「妊婦加算」という罰金刑?がかかっていたこと

 今日、12月13日(木)のニュースで、見逃せないものが2件ありました。

(1)2019年度の税制改正で、シングルマザーなどの未婚の一人親に対して、住民税の軽減措置を導入することが検討されることになったようです。

(2)妊婦が病院で受診した場合、「妊婦加算」という自己負担が平成30年4月1日から請求されていました。それが、2020年度に向けて上乗せ徴収をせず、制度自体も廃止への検討が始まったそうです。

 この2件は、次の世代を担う子供たちに関係する問題です。これから、この社会から身を引いていく我が身のことを思い、さらにはこの世から姿を消していくことも切実な課題となってきた私には、この2件はいろいろと考えさせてくれるニュースです。

(1)は、今の私には喫緊の課題ではないので、しばらく措きます。

(2)は、我が家に直結する問題です。
 昨日、来年早々に第二子を出産する予定の家族が、「妊婦加算」と記された紙を見せてくれました。「妊婦加算」について私は、聞いたことがある程度の認識でした。 しかし、聞いてみると、とんでもないものであることがわかりました。マスコミなどの報道は、いろいろなところに配慮した書き振りです。しかし、実際に直面している家族の話を聞くと、他人事として評論家ぶっていてはいけないことを思い知らされました。
 妊婦の受診にあたっては、初診で750円、再診以降は毎回380円が加算されていたのです。しかも、手の込んだことに、この「妊婦加算」という文字列は、領収書には書かれていません。領収書の「初診・再診料」の欄にまとめて加算されています。それでは、「妊婦加算」という文字列や項目はどこに書かれているのかというと、もう1枚別の、明細書の中の「初診・再診料」の下の段に、紛れ込ませるようにこっそりと書かれていたのです。しかも、その明細書に印字されていた文字の大きさが、領収書よりも格段に小さい文字です。露骨にいやらしい手口です。まさに、妊娠したことに対する罰金刑です。
 これは、「妊婦税」だとも言われているようです。マスコミは、このことで不満を煽らないような書き方で、波風が最低限に収まるような記事に仕立てていました。しかし、これは、ありていに言えば、わかりやすく言えば、妊娠した人に対する罰金以外の何ものでもありません。省庁や医療関係者のコメントを引くマスコミの記事を通して見る限りでは、報道機関も含めて、自分とは関係ない広い視点からの聖人君子を気取った説明文にしか読めません。というよりも、今から遡ること8ヶ月前から実施されていたことであり、それに私が気付かなかっただけ、という問題ではすまないように思います。
 妊娠したというだけで、医療機関に支払うお金が10ヶ月で1万円以上も余分に払うことになるのです。妊娠しても、おちおち病院へなど行っていられません。その間に体調を崩しても、うかつに病院へも行けません。コンタクトレンズにも加算されるのです。
 妊婦の診察に「妊婦加算」が徴収されていることに関して、今日は大学で学生に聞いてみました。すると、ただの一人として、このことを知っている学生はいませんでした。これでは、「堕ろすしかない」という反応もいたしかたないと言えるでしょう。このままでいいのか、大いに疑問に思っていたところです。そこへ、上記のニュースにあるように、この「妊婦加算」の制度の廃止を検討するとのことです。
 私の家族は間に合わないにしても、若者たちが妊娠を避けるような制度は、早急にやめるべきです。これは、一人っ子政策よりも酷い、子供を産まないことを国が推奨することにつながるものとしか、私には思えません。それでいて、外国から労働者を受け入れる体勢を作ろうというのですから、こうした背景に何があるのか穿った見方をしてしまいます。
 思いもしなかった話を聞いた後に、上記のニュースに接したので、これも私が生きている時代にあった出来事として、ここに記し残しておきます。

 さらにいろいろなことを聞いています。以下に、その一端を紹介します。マスコミは、どうしたわけか、いつものように自制した記事を書いておられます。様子見なのでしょう。新聞記者も、平和が続く世の中の発想で仕事をしておられます。次の実際の事例のような調査は、なさっているのでしょうか。また、掌握しておられるのでしょうか。
(1)なぜ妊婦がやり玉に上がったのか。ストレスを溜めたくないのと、体がしんどいのとで、反抗しないから? せいぜい10ヶ月我慢すればいいことなので諦めるだろうと、妊婦がなめられて対象になったのでは?

(2)マスコミでは「保険診療では3割負担で100円ちょっと」と言われている。しかし、実際には妊娠に関わる診察は保険対象外(妊娠は病気じゃないから、らしい)だから、全額の750円とか380円を払うことが多い。産婦人科の診察でも取られる。だからマスコミとかで100円くらい払えよって言われるのは、何か違うと思う。

(3)10ヶ月の間に妊婦健診は、まじめに全部受けたら15回はある。これは最低限受けましょうって言われているもの。この他に、何か異常あれば病院へ行く(というか何も異常のない妊娠ってほとんどない)。最低でも20回は病院へ行くかな。

(3)病院を変えたらその度に初診になる。
 これ以外に歯医者(?)とか風邪とかで行っても取られる。

(4)でも、これはお金のことではない。要は、妊娠したら罰金みたいな、妊娠した奴はめんどくさいから病院に来るなよ、みたいなことが問題だと思う。

(5)おなかの子供が生まれて大きくなってから、このニュース見て、母親が妊婦罰金を払って自分が生まれたって知ったらどう思うだろう。そこも問題だと思う。

(6)ちなみに、「丁寧な診療」ってされた覚えはないですから。

 
 
 
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2018年11月12日

血糖値は少しだけ下がるも横ばいで投薬が変わる

 京大病院の糖尿病・内分泌・栄養内科で診察を受けて来ました。

 まずは、予約を入れていた栄養士さんによる栄養相談から。
 今年の2月以来です。機械に乗って、体に弱い電流を流して計測します。体成分分析・骨格筋・脂肪・肥満評価・筋肉バランスがわかりました。今後取り組む課題は、筋肉量の増加に絞っていいようです。

 現在行っているスポーツクラブでは、これまでが水泳中心だったのを、最近はジムのマシンを使っての筋力トレーニングに切り替えています。そのことを伝えると、その方が今の私の身体には効果的だとのことでした。

 1時間以上もの時間をかけて、栄養士さんから丁寧に現在の食生活に関する聞き取りを受け、多くのアドバイスをいただきました。

 中断しているプロテインのパウダー(抹茶味)は、また復活させることにします。
 ウィダーインゼリーはやめて、カロリーメイトのゼリーに変えてみます。
 主食となっているチーズや納豆はそのままに。
 駅や電車内で、空腹時に口にするオニギリなどもそのまま。
 カロリーアップのために、バターをもう少し増やしてもいいとのことでした。

 いずれにしても、最近は一度に摂れる食事の量が激減しているので、食事を分散して一日分のエネルギーを確保することにします。この分食化には、これまで以上に意識して積極的な取り組みとします。

 その後の主治医の診察では、ヘモグロビン A1cが「7.7」から「7.6」に、ほんの少しだけ下がったことが確認できました。今年の6月からずっと「7.7」が続いていて、やっと少しだけ下がったのです。それでも、現状が大きくは改善されていないので、薬をまた変えてくださることになりました。これまで飲んでいた糖尿病治療薬は「トラゼンタ」と「メトグルコ」です。それを、この2つの薬を一錠にした「エクメット」に変えてみる、とのことです。「メトグルコ」の成分の量は2倍になります。もっとも、これまでが私の身体に合うかどうかのテストだったので、これが標準的な治療の量だそうです。他に潰瘍の治療薬や胃腸薬も飲んでいるので、薬が一つでも減ることは大歓迎です。
 今日の血液検査を見る限りでは、これまで通り血糖値以外には何も問題がないので、とにかくヘモグロビン A1cの対策に専念しますです。糖尿病に伴う合併症の心配はまったくないので、日常生活はこれまで通りで大丈夫です。

 薬が変わったので、家の薬箱を整理していて驚きました。なんと、飲む量を間違えていたのです。4ヶ月前から処方された「メトグルコ」を、本来は2錠のところを1錠しか飲んでいなかったのです。たくさん残っていることから、今日初めて気づきました。飲んでいた錠剤の数が、実際の指示の半分だったのです。これを正しく飲んでいたら、今日のヘモグロビン A1cの値はもっと低かったかもしれません。
 とはいえ、大きな問題はなかったのでよしとしましょう。

 私は消化管を持たないので、食生活の定期的な点検と見直しを、こうして取り組んでいるところです。主治医と栄養士にはありのままの日常生活を報告し、いただく指示は律義に守っています。そのつもりです。主治医からいただいたことばの「豊かな食生活」をモットーに、飲み薬に助けられながら糖尿病の合併症をかわしているところです。

 食事は、妻がいろいろと工夫してくれています。朝ご飯は1時間半、晩ご飯は3時間をかけているので、呆れ果てられながらも、根気強く付き合ってくれています。ただし、最近は一度の食事量が減ってきたので、食べられなかった分を妻に食べてもらうなどしています。外食となると、だいたい半分は妻と分かち合います。これでいいはずがありません。さらなる食事の工夫を迫られています。現時点での対策は、さらなる食事の分散化でしょう。移動しながらの軽食や、仕事の合間の間食です。

 主治医からは、お酒はいくら飲んでも構わない、と言われています。もともと、そんなに呑めなかったこともあり、毎晩コップ一杯のウイスキーか焼酎などの蒸留酒を水割りにしています。疲れている時などは、栄養ドリンクで割ります。そのお酒も、最近は半分も飲めなくなりました。食事中に飲み切れなかったお酒は、その後にブログを書く時に、ちびちびとやっています。今も、横にオレンジの香りが漂うブランデーと水があります。

 私は、18歳の時に十二指腸が突然破れたために、消化器官の摘出手術を受けました。その時に医者からは、45歳から63歳までなら、内蔵は持ちこたえるでしょう、と言われたことを、今でも鮮明に覚えています。東京の大田区にあるM病院でした。
 今、私の身体の中に納まっている消化器官は、すでに耐用年数を超えていることになります。しかし、今日の診察結果から言えることは、まだもうしばらくはもちこたえそうなのです。生きることへの気力は人一倍あるので、その入れ物である身体さえもてば、もうしばらくは仕事ができそうです。そのためにも、今日もスポーツクラブで筋肉トレーニングをやってきました。
 夢とやりたいことをいっぱい抱えているうちは、死神も私には近寄れないことでしょう。もう少しやらせておこう、と、見て見ぬ振りをしてくれていることでしょう。

 2018年もあと少しとなりました。2019年にどうしてもしたいことを、すでに書き出しています。私は、多くの方々の協力をいただきながらの、コラボレーションという手法で仕事をします。いわば、共同研究・共同作業が、私の仕事の流儀です。これまでと変わらぬご協力を、これからもどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | *健康雑記

2018年08月24日

血糖値は相変わらず高止まり

 京大病院の糖尿病内科で、2カ月毎の定期検診を受けて来ました。
 新しい病棟も、見ている内に目に馴染んできました。真ん中の積貞棟は、私がガンの手術をした時に入っていた病棟なので、建物を見るたびに懐かしさが湧き上がってきます。私は、この病院にいる時が、心身共に一番リラックスします。

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 糖尿病については、ヘモグロビンA1cが、まずは7.0を切ればいいのです。しかし、それは私にとっては難関です。
 先日までは、ペルーでネズミの唐揚げを食べたりしていたのですから、羽目を外し過ぎだと主治医から叱られそうです。

 今日の血液検査の結果は「7.7」。4月・6月に続いて今月も同じ高い値でした。先生もいろいろと薬の工夫をしてくださいます。一つ減り、一つ増えました。

 体重の相談をしました。どう頑張って食事をしても、念願の50キロにはいまだに手が届きません。49.9キロなどと表示された時には、がっかりすると共に明日を期待するようにしています。
 消化管を持たない身体なので、先生もどうしようもないそうです。筋肉がこれ以上落ちないようにすることが大事だとか。プロテインやチーズを、機会を見てはよく食べるようにしています。しかし、それでも低い所で数値がピタリと止まっています。

 先生は50キロを目標値にしなくてもいいと、前回の診察あたりからおっしゃいます。それでも、私はこの50キロを追い続けていきたいと思っています。
 検査の結果、特に何が悪いということはありません。血糖値が高いことだけです。
 合併症が出てくる前に、しっかりと体力作りに励みます。

 帰りに、聖護院あたりの隙間から、先般の送り火の「大」が見えました。

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2018年07月23日

歯の治療は出張前のために様子見となる

 今日で気温が38度超えも10日目となりました。
 インドで40度、モンゴルでマイナス34度の世界に身を置いたことがあります。
 その体験もあってか、このグニャグニャした針金のような、一見ひ弱な身体の私であっても、過酷な状況には適応できる改造人間になっていると、自分勝手に信じています。何があっても、生き抜けるのだと。

 しかし、それにしても、連日の高温で疲れも溜まりに溜まってきました。
 とにかく、これまでに経験したことのない、異常気象の中にいることが、日々に実感として納得できるようになりました。異常と思っていたことが、日常の出来事になってきているのです。

 そんな折も折、海外へ行くことになると、どうしたことか、いつも身体のどこかが不協和音を奏でます。今回は歯です。

 私は小さい時に、家の2階のハシゴから落ちて前歯を折りました。

「わが母の記(2)階段から落ちる」(2008年05月26日)

 それからというもの、歯とは悪しき因縁の闘いが続いています。

「意を決して受けた「セカンドオピニオン」の衝撃」(2016年03月18日)

「わが父の記(6)弁当箱で父の歯が折れたこと」(2015年01月14日)

「歯医者さんに歯を噛みしめないでと言われて」(2013年03月09日)

 先月あたりから、治療していた前歯がグラグラし出したので、最近行くようになった駅前の歯医者へ行きました。
 電話をすると、今日は予約がいっぱいで、週末なら空いているとのことです。2週間後には海外へ行くので、今日は何時まででも待つことを条件に予約をしました。

 どうせ長時間待つことになるのならと開き直り、その前に駅の上にあるスポーツクラブで一泳ぎしました。
 このクラブは施設が古くなったこともあり、高齢者がほとんどです。若い人たちは、もっときれいで効率的に運動ができる所に行っているようです。
 かつては、妻も私と一緒にこのクラブに通っていました。しかし、今はもっとおしゃれなクラブに行っています。私も、そろそろ別のところに変わろうかと思っています。施設の老朽化が気になり出しました。
 今日のプールの水温は異常に高く、水も白濁していて、浮遊物も気になりました。頻繁に水質検査をしておられるので、科学的には問題はないにしても、感覚的には違和感を感じます。

 そうこうする内に、歯医者でいつになるかわからない順番を待つ時間になりました。ところが意外に早く、一時間も待たない内に名前を呼ばれました。

 結果は、今あわてて治療を始めると、歯に無理な負担をかけて付け替えることになる上に、出張でペルー・リマに行くまでに間に合わない可能性もあるそうです。そこで、このまま海外に行くことにし、帰国してからゆっくりと治療をすることになりました。そのためにも、出かける前日にもういちど状態を診てもらうことになりました。

 月末からはアメリカ・ハーバードへ行くので、その間の中旬か、さらには帰国後の9月から治療を始めることになるかもしれません。

 短時間に最適な治療方法と、そのタイミングを見計らった治療の時期を判断してもらいました。
 とにかく、歯を食いしばらない生活を実践する以外に、今の対処策はありません。
 いろいろと請け負っている仕事があります。これを理由とすることに引け目を感じながらも、とにかくお許しをと思って穏やかに暮らすことに専念します。
 いつものことながら、お詫びするしかありません。ご理解を……
 
 
 
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2018年07月09日

このところ定着した週1回のスポーツクラブ通い

 今年は、まじめに週1回の運動をしています。
 新年早々に、「初泳ぎで健康に気遣った生活を始めました」(2018年01月05日)と書いたように、その後もマイペースでスポーツクラブに通っています。

 水泳ばかりだったので、先月6月からはジムのマシンも使い出しました。筋肉がますます細くなり、自分の姿がみすぼらしくなって来たことへの自衛策です。お医者さんからは、体重50キロ超えを目標にするのではなくて、48キロを切らないようにしたらいいと言われ、その対策が筋肉を付けることになったのです。地下鉄の階段で吹き上がる風に飛ばされない身体にしたいのです。

 このところ、土・日・月のいずれかの夜に行くことが定着しました。プールとジムを交互に使いわけています。一汗かいた後のサウナやジャグジーは、気分を爽快にしてくれます。日々溜まりに溜まるストレス発散にも最適です。

 今日などは、体重が50キロを超えていたのです。目標にしなくなったはずなのに、やはり内心は気にしているのでしょう。うれしくて、つい今日のブログのネタにしてしまいました。

 スタジオで有酸素運動をするのは、この秋からにしようと思っています。
 あの振り付けが覚えられなくなった数年前から、しだいにスタジオでのフィットネスから遠ざかっていました。
 結構激しいクラスでも踊っていた自分の姿を記憶から消し去り、初心者クラスから始めようと思っています。

 これまでにスポーツクラブで汗を流した記録は、「銀座で泳いでいた日々を思い出して」(2017年08月06日)にまとめていました。よろしければご笑覧を。

 あまりの忙しさに、そのベースとなるはずの身体作りのことを二の次にしていました。それを大いに反省しているのは、日々の気持ちに少し余裕ができたからかもしれません。思い当たることがあるだけに、この気持ちのままに身体作りもこれからの優先課題とします。
 
 
 
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