2020年03月28日

不要不急の外出は自粛の日々の中で

 このところ、新型コロナウイルスの感染や被害に巻き込まれたり、拡散に関わらないようにと、必要最小限の外出を心がけています。
 そんな日々の中で、「この世に生存していたことの証明も兼ねて、日々の雑録を記しています。」ということを標榜しているブログなので、ここ数日の写真を整理してアップしておきます。

 年度末の残務整理もあり、今週は箕面キャンパスに行きました。そして、一昨日は研究棟のすぐ前の広場で、卒業式の華やぎの中に身を置くことになりました。
 大学全体の卒業式は中止となり、豊中・吹田・箕面の各キャンパスで、各学部ごとに学位授与が行なわれたようです。卒業式は、成人式とともに、女性のためだけの晴れの日となっています。男性は、ほとんど注目されることもなく、出番もないので目立ちません。この文化は、何とかしたいと思いながら、今は何もできない立場となり、心がざわめきます。女性だけの式典を続けることは、日本文化の退化を促進すると考えています。いつか、どこかで、だれかが狼煙を上げてくれることを待ち望んでいます。

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 日々の散策は、賀茂川と高野川の合流地点である出町柳から北の地域に限定しています。
 今日は、高野川に架かる橋から比叡山を望む景色を、買い物がてら見てきました。
 ここは、川幅も狭く、少し水が濁っていました。桜はまだです。鷺と鴨は、賀茂川に負けず劣らず元気です。

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 出雲路橋の柱に「竣功」という文字を見かけました。一般的には「竣工」であっても、橋や神社仏閣などでは、この「竣功」が使われると聴いていました。実際に見かけたので、確認の意味でアップしておきます。

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 お店のトイレに、「男性も座ってご使用ください」という表示を見かけました。男の小については、異論や苦情が多いことは知っています。これは、文化の問題であり、ぜひとも性差別の問題として幅広く議論してもらいたいものです。気の弱い男性は、この問題には口を挟まないようにしているように思えます。私は、この強制に違和感を持っています。女性の意見がまかり通っています。しかし、性差と文化を考える中で、不愉快でない議論と結論を得たいものです。そのためには、業界がもっと考えを整理すべきだと思っています。便器メーカーは無責任だと思っています。

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 時間が空いた時に、日々増え続けるコーヒー豆の使用後の粉を、ティーバックの入れ物に詰めました。一月で30個くらいできます。消臭剤として、冷蔵庫や靴箱や戸棚の中に置いています。生ゴミの袋の中に、あらかじめこの粉を振りかけておくと、匂いが気になりません。

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 我が家で居候中のハリネズミのハッチャンは、ほとんど寝ています。しかし、よく食べ、よく遊んでいます。リンゴが大好きです。

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 今年度も、残すところあと3日となりました。今、やり残している膨大な仕事を抱え、めまいがする日々です。やってもやっても、まったく捗りません。お待ちいただいている方々には、本当に申し訳ないことです。それでも、何とか帳尻を合わせますので、いましばらく猶予をください。
 
 
 
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2020年03月18日

バスの座席から押し出された不可解な体験

 いつものように、仕事帰りに四条河原町からバスに乗った夕刻のことです。

 長い列の中程で、バスを待っていました。すぐ後ろにいた白髪のオジサンが、やたら体を寄せてこられます。年格好は、私と大きな違いはなさそうです。体格は、私よりも倍はあります。年寄りの方によくある態度なので、前に行きたいのかと思い、少し身体を引いて、前にどうぞというサインを送りました。しかし、それならお先に、と前へ行くのでもないのです。このご時世、こんなところで身体をくっつけるのも嫌なので、少し前に動くと、また詰めてこられます。新型コロナウイルスのことが、頭をよぎります。しかし、気持ちが悪くても、どうしようもありません。

 バスが来たので、順番に乗り込むことになりました。その後ろの方は私を抜かして、隙間から割り込んで乗ろうとされるのかと思いきや、そうする気配は見せながらも、そうなさるわけでもありません。その後ろからの不穏な気配を感じながら、私が一歩早くステップに足をかけることになりました。そして、乗り込むと、入口からすぐ横の席が空いていました。その席に座ろうとして、私が前屈みになって腰を下ろしかけた時のことです。その真後ろから乗ってこられた方は、私の肩を押すようにして、自分のお尻を巧みに使って割り込もうとされるのです。肩からかばんをはずし、座る態勢に入っていた私は、座席の前に押し出されました。転ぶのをやっとこらえ、何事かと思って振り向くと、ご自分は何食わぬ顔をして座るや否や、iPadを取り出して画面を見つめておられます。

 そんなに混んでいるバスではありません。後ろはスカスカに空いていたので、私はそちらに移動して座りました。
 前方に、その方の姿が見えます。手術後はメガネのフレームもなく、その方の様子もよく見えます。ところがなんと、乗ってから2つ目の停留所で降りて行かれました。

 一体、何をどうしたかったのか、その方の心の中がわかりません。心理学的には、こうした行動はどのように説明するのでしょうか。とにかく、興味深い体験をしました。
 
 
 
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2020年03月01日

何もしない日(3月)

 3月になりました。
 2019年度も最後の月となりました。
 年度末で慌ただしい月となります。
 まずは、初日の今日は、何もしない、何も考えない1日です。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
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2020年02月21日

デューク・エイセスの吉田さんの訃報を知って

 今朝の新聞に、「デューク・エイセス」のセカンドテナーだった吉田一彦さん(84歳)がお亡くなりになったことが報じられていました。

 本ブログの「大阪中之島の中央公会堂での入学式」(2018年04月01日)で、次のように書きました。

 今から40年ほど前になります。大阪府立の高校で教員をしていた時、視聴覚観賞行事でこの中央公会堂を使いました。私が担当だったので、いろいろと検討を重ねた末に、デュークエイセスを呼んで男声コーラスグループの歌声を聴くことにしました。そして、司会役として私はこの壇上でマイクを握ったことを思い出しました。この公会堂は、私にとっても懐かしい舞台です。


 この出演依頼の経緯と調整にあたっては、吉田さんが大阪のご出身だったこともありました。
 「デューク・エイセス」は、2017年に解散。「にほんのうた」シリーズの「いい湯だな」や「女ひとり」、そして「遠くへ行きたい」などは、今も多くの方が歌えると思います。私の個人的な記憶では、「鉄人28号」や「忍者部隊月光」、さらには「ララミー牧場」も蘇ります。

 一昨日(2月19日)の記事、「若者と話をしていて「死語」とか「廃語」について考える」で、5つの言葉を引きました。実は、ここには揚げなかったものに、「ダークダックス」「デューク・エイセス」「ボニージャックス」がありました。若い方々は、この四人組の男声コーラスグループのことは、まったく知らないとのことでした。そのため、例示の中には含めませんでした。来週、「いい湯だな」や「女ひとり」という歌は知っているのか、聞いてみることにします。
 
 
 
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2020年02月19日

若者と話をしていて「死語」とか「廃語」について考える

 科研運用補助員として研究協力をしてもらっている学生さんと話をしていると、単語が共有できないことがしばしばあることに気付かされます。私が使う単語を、聞いたことはあるが、とか、知らなかった、と言われると、世代間のギャップをストレートに肌身に感じます。
 たとえば、こんな言葉がそうです。

「アベック」
(ホームランで聞いたことがあるとか)
「ザ・ピーナッツ」
(映画『ゴジラ』の話をしていて)
「スラックス」
(私は「パンツ」に違和感あり)
「デート」
(近所の喫茶店の名前でもある)
「VHS」
(私はソニーの「β」派でした)

 よくわからないながらも、なんとなくわかる、という程度の言葉が、いろいろと出てきます。いつの時代にもあることだとしても、実際に話をしていてこの異文化世代の反応にぶつかると、少なからずショックは隠せません。これらがカタカナ語なので、言葉と世の移り変わりに関連するのかもしれません。
 私は使わない言葉で、もう通じなくなっていると思われるものは、「E電」とか「ナウい」をすぐに思いつきます。これらを、「死語」とか「廃語」というそうです。歳と共に、こうした言葉が増えていくようです。寂しくなるというよりも、自分が伝統と文化を持ち続けている貴重な世代だ、と、かえって誇りに思いたくなります。
 この問題に関する研究成果もあることでしょう。「新語・流行語」に関する位置づけとも違うようです。それよりも、自分の生活の中で直面し、目の前で話題になったことなのです。生きた経験値を伴う出来事であることに、意義深いものがあると思います。言葉の生き死にの、その根元が知りたくなります。
 こうした言葉を挟んで、今、若者と接しています。得難い視点をもらっているチャンスなので、この機会を大切にしたいと、あらためて思います。まさに、翻訳本の調査研究で異文化間コミュニケーションを考えながら、研究支援者とのやりとりの中でも異文化間を泳ぐ日々にいるのです。楽しくておもしろいテーマと格闘しています。
 
 
 
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2020年02月18日

不安な世相に戸惑うばかりです

 今朝、外の草木がうっすらと雪に覆われていました。
 一転して寒い1日の始まりです。
 今朝の大阪の地下鉄は2時間も遅れました。
 駅で異臭がしたことが原因だそうです。
 連日、コロナウイルスやインフルエンザが報じられています。
 これまでに体験したことのない事態に、様子見をするばかりです。
 65歳以上で糖尿病患者である私は、毎日体温を測っています。
 今のところ、36.9度までに留まっています。
 箕面にある研究室は、90平米という広さがあります。
 ここに7人が籠もって、平安文学情報の収集や整理にあたっています。
 幸い、密室ではないので、のびのびとしています。
 入口には、消毒用のノンアルコールとアルコールのスプレー2種類を置いています。
 総合研究棟の6階は、私の研究室だけで独占しているので、人の出入りはありません。
 今日は、帰りのバスや電車が渋滞に巻き込まれることもなかったのです。
 予想外に早かったために、乗り換えがスムースでした。
 いつもは乗れない電車に乗り継げました。
 河原町から乗ったバスの車窓からの景色は、これまでとは様相を異にしています。
 人通りが絶えた夜の雰囲気があります。
 車が少ないせいか、バスもスイスイと走ります。
 家には、いつもよりも30分も早く、1時間半で着きました。
 街中では人も車も少なくて、何かと滞ることがなさそうです。
 こうした社会生活が待ち望まれていたように思います。
 しかし、実際に実現したかのような今の様子は、何となく不気味です。
 商売をなさっている方は、突然のことで途方に暮れておられるようです。
 いつまで、このような状況が続くのかわかりません。
 これを機会に、社会生活が一変していくような気配を感じます。
 得体の知れないウイルスが、どのようにして収束するのか注目しています。
 過剰に不安がることはないと言われています。
 それでも、何となく不安な思いをさせる世相に、戸惑うばかりです。
 
 
 
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2020年02月03日

何もしない日(2月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、今年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
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2020年02月02日

大和平群で丸卓を使ったお茶のお稽古

 今日は、京都市長選挙の日です。朝早くに、少し南に下ったところにある地域の投票所、下鴨小学校まで歩いて行きました。ここは避難所にもなっています。しかし、実際に災害があった時に、ここまで歩いて行くよりも、京都府立大学や植物園に行くか、河原に出た方が近いのです。その時の判断によって、どちらへ行くかを考えようと思っています。

 コロナウイルスの感染者は、関西方面では奈良が最初でした。その奈良へ、お茶のお稽古に行ってきました。出がけには、感染のことで少しためらいがありました。しかし、最近は特に感染者に関するニュースは報じられていないので、いつものように出かけました。

 大和平群まで電車で2時間。特に、大和西大寺駅での乗り換えは混み合います。人混みを避けるようにしてのホームの移動です。車中で、マスクをしていない方で咳をする方が何人かいらっしゃったので、少し緊張しました。念のために、車輌を移りました。

 龍田川は、いつものように流れています。定点観測のつもりで、いつも写真に収めています。

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 今日は、丸卓を使った運びの薄茶のお稽古をしました。前回は「入れ子点前」でした。微妙な違いがよく理解できていないので、何箇所かで戸惑いました。どうも、まだその違いが身に付いていません。
 お茶室を出入りする回数はもとより、最後に水次を使うかどうかや、棗を丸卓の上に置いて帰るか持ち帰るかなどなど、書き出すといろいろと違いはあります。そうした中で、丸卓の上には棗と柄杓と茶碗が残されている、という最終形態の風景が気に入っているので、この棗を残すお点前である「入れ子点前」を、特に習得することを当面の目標にしようと思います。
 まずはこれを、そしていろいろなお点前を、というステップでお稽古を組もうと思います。相変わらずわがままな生徒です。

 帰りの電車の中でも、マスクをしていない方が咳をしておられました。身を守るために、違う車輌に移りました。周りをキョロキョロしながら、乗客の様子を見ていました。結局、竹田駅で乗り換えず、京都駅まで出て、バスで帰りました。当分の外出は、こうして状況判断をしながらとなりそうです。
 
 
 
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2020年01月16日

ハッチャンの家が東京から届きました

 突然、東京から京都に移り住むことになったハリネズミのハッチャンは、一日中眠り続けています。
 夜中になると、ゴソゴソしています。
 昨日、これまでハッチャンが住んでいた家が、東京から届きました。
 セッティングをしてから、ソッと移しました。

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 まだ慣れないこともあってか、陶器の隠れ家に頭を突っ込んで寝ています。

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 大好きだというリンゴを置いても、食べる気配はありません。
 今夜、食べるのでしょうか。

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 夜の11時。ようやくお目覚めです。

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 環境が急に変わったせいか、ご機嫌斜めの様子。

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 それでも、お腹が空いたのか、食べ物に興味を示しています。

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 とにかく、のんびりとマイペースのハッチャン。
 気長に付き合うことにします。
 
 
 
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2020年01月14日

ハリネズミのハッチャンが空路ANA便でやって来ました

 ハリネズミのハッチャンが、東京(羽田)から飛行機に乗って大阪(伊丹)経由で京都へと、一人旅をしてやって来ました。

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 今夜から家族の一員です。
 以下、飼い主だった息子からの伝言です。
 忘れないように、ここに転記しておきます。

【基本情報】


名前:ハチ

名前の由来:忠犬ハチ公を見て号泣したため

誕生日:2016年10月1日

性別:オス

好きな食べ物:リンゴ

性格:ビビリでマイペース
  滑車で遊ぶのが大好き

【ハリネズミの特徴】


・幸運のシンボル
 エジプトではハリネズミは幸運のシンボルとされている

・夜行性
 昼間は大体寝ていて、部屋が暗くなると活動を開始する。光が嫌い。

・単独行動
 ハリネズミは一人が大好きで、多頭飼いすると早死にすると言われている。

・トゲは普通に痛い
 怖いことやビックリすることがあると、フシュッ!と言って全身の針を尖らせる。
 刺さると普通に血が出るので、専用手袋は必須。手袋をしていると痛くない。

【飼い方】


・餌と水は1日1回交換
 水大量、餌大量に入れておけば3日は大丈夫。

・くるみクズは1週間に1回交換
 1週間に1回交換すれば臭いはほぼしない。

・1週間はリンゴをあげる以外はほったらかしにする。
 まずはこの家が安心な場所だと覚えさせる必要があるので、何もせず快適な環境にする。

・1週間はリンゴをあげるだけのコミュニケーション。
 リンゴは1日1,2回あげて、安心な場所だと覚えさせる。

・夜はできるだけ真っ暗にする
 真っ暗だとよく行動するので、黒い布をかけるなどする。

・温度を20〜25度に保つ
 最重要! 寒がりなので、この温度を維持してほしい。


 我が家の居候は、これまでのメダカが5匹。

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 そこへ、このハッチャンが加わることになったのです。
 老夫婦と6匹の生活となります。
 さて、これからどんなことがありますか。
 新年始まって最初の大ニュースです。
 
 
 
 
posted by genjiito at 21:00| Comment(0) | *身辺雑記

2020年01月10日

何もしない日(令和2年正月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年の正月から、何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:10| Comment(0) | *身辺雑記

2020年01月09日

携帯電話を置き忘れる失態

 つい、うっかり、悔みきれない失態をしてしまいました。何と初めて、携帯電話を外出中に座っていたシートに置き忘れてしまったのです。
 大型ショッピングセンターで本を買い、それを鞄に入れるためにフリースペースにあった長いソファーに腰を落ち着けました。座った時に、ズボンのポケットに入れてあった携帯電話が邪魔になったので、取り出して膝の横に置いたのがいけませんでした。
 買ったばかりの本の目次をパラパラと見てから鞄に入れ、そのまま同じ階にあるスポーツクラブへと急ぎました。その時、携帯電話をソファーに置いたままで立ち上がったのです。ダウンのコートを着ていたので、その裾が広がっていたことで見えなかったようです。
 1時間ほど泳ぎ、お風呂から上がって着替えている時に、携帯電話が見当たらないことに気づきました。忘れた場所は思い当たります。すぐにソファーがあったところに行きました。すでに1時間半以上は経っているので、そのままあるはずがありません。近くのお店の方に忘れ物を受け渡しする場所を聞くと、1階中央にあるインフォメーションセンターだとのこと。すぐに行くと、保管されていた私の携帯電話を、すぐに渡してもらえました。聞かれたのは色とメーカー名でした。そして、取り出された携帯電話に対して指紋認証で画面のスリープを解除すると、それで私のものであることが確認されたのです。書類に住所氏名を書いて終わりという、迅速な対応でした。指紋認証の意外な役割を実感しました。
 携帯電話は、なくすと遠隔でデータを消せるし、電話機の追跡もできます。落とし主の手元に返る確率の高い品物だと言えるでしょう。それはさておき、忘れ物として届けてくださった方には、お礼申し上げます。ありがとうございました。
 それにしてもうっかりミスを、新年早々しでかしました。今年は、慌てず騒がず、マイペースで日々を送りたいものです。注意力が散漫になっているようなので、若い頃のようにテキパキとは動けません。どうぞみなさま、モタモタしていても急かさないで、温かく見守っていてください。
 
 
 
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2019年12月31日

今年もありがとうございました -2019-

 あと数十分で新年を迎えることになります。
 2019年も無事に終えることができます。
 多くの方に助けていただいて過ごせました。
 この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
 2020年もどうぞよろしくお願いします。

 我が家の玄関先にも注連飾りを掲げました。
 注連飾りは「一夜飾り」にしないそうです。
 そう言われ続けているので昨夜つけました。

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 また新しい年にどのようなことがあるのか。
 新たな出会いに満ちた日々になるでしょう。
 いろいろなことにチャレンジする予定です。
 末長いお付き合いをよろしくお願いします。
 
 
 
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2019年12月30日

形ある物としての本を処分すること

 今年も、本に悩まされました。
 本年3月に、突然とでも言うべき理不尽な理由によって、研究室を出ることになりました。
 3年前の3月に、東京立川の職場と江東区の官舎から、京都と大阪に大量の荷物を移動させました。もちろん、大半が本の詰まった段ボール箱です。
 大阪南部の研究室に移動して来た専門的な内容の本は、しばらくは安泰だと思っていた矢先のことでした。今度は、大阪北部に移動させることになったのです。150個の段ボールに詰めた本は、その分量はともかく重さが半端ではありません。
 幸い、新しい移動先の研究室は90平米もある広さなので、置くスペースは十分です。

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 いまだに新研究室に運び込んだ本の整理が終わっていないのですから、これにかけるエネルギーと時間は膨大なものが費やされています。いやいや、自宅においても、すでに東京を引き上げて来て3年が経とうとしているのに、いまだに未開封の段ボールが、押し入れに投げ込まれています。必要になった本を手にしたい時に、段ボールの側面に書かれたメモを頼りに、やおらガムテープを剥がして本を取り出しています。
 それにしても思います。なぜこんなに本を持って移動し続けなければならないのか? と。
 資料集や参考書であれば、折々に見て確認することがあるので、身近な場所に置いておく必要があります。しかし、研究書や雑誌論文を収めた本や冊子に加えて読み物としての本は、必要な時に手にできればいいのです。そのために、京都府立京都学・歴彩館の近くに終の住み処を定めたはずです。しかし、やはり手元に本を置いておきたいために、多くの本を処分する勇気がなかなか出ません。
 一度読んだ本は、自宅に置いておく必要はなくて、図書館や資料館に寄贈すればいいと思いました。しかし、実際には引き受けてもらえない現実があります。よほど貴重な本でない限りは、図書館などでも重複してしまうのです。
 また、本を購入した際には、読み終わったら購入したその書店で引き取ってもらえるといいとも思いました。しかし、これも手放す方はそれで開放されるとしても、書店としては引き取ってからの処置がややこしいようです。本には、定価というものが付いているので、いろいろと問題も多いようです。勢い、ブックオフなどの存在意義がでてきます。しかし、私はブックオフに本を引き取ってもらったことがありません。本がかわいそうに思えるからです。突然、自分の心の中に、本に対する愛着が芽生えるのです。それを書いた人、刊行した出版社の方々の顔が浮かぶのです。
 読み終わったら持て余すことの多い、物としての本は、どうあるべきなのでしょうか。
 電子ブックという新しい流れがあります。しかし、私は光の点が構成する文字というキャラクタの連続に目を走らせると、すぐに目頭が痛くなります。新しい技術であり文化なので、まだ慣れないからでしょうか。特に少し専門的な内容の本は、電子ブックになっているものは少ないし、あっても考えながら読むには適さないように思います。紙に印字された文章を読む方が、私には安定して、書かれている内容が理解できます。この安心感は得難いものです。
 小説にしても、紙の質や本の重さも、読書の楽しみの一つとなっています。読み進むにしたがって、その前と後ろの厚さが移動していきます。長編小説を読むことが大好きな私は、この自分の現在位置を示す本の厚さは、読み進む上では大切な情報です。これが、電子本では、質感も分量もページをめくる感触もないので、気が抜けてしまいます。だだッ広い野原に、文字を集めたデータを与えられたように思ってしまいます。宙ぶらりんの状態での読書は、手応えがありません。
 もちろん電子版は、キーワードで探しやすいし、何かに引用するときに重宝します。私の科研では、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』『平安文学翻訳本集成〈2018〉』『海外平安文学研究ジャーナル』(既刊6巻)などの電子版をホームページから公開しています。海外の方々などは、本の入手が大変なので、こうした電子版はダウンロードすれば読めるので歓迎されています。その効用は理解しています。しかし、それは確認のための活用に向いているだけだと、私は思っています。
 なお、漫画本は、電子本でもいいのではないか、とも思います。これは、画像としての画面を楽しむことに起因するものだと理解しているからです。
 厚さがあり、重さがある物体としての本は、家の中の場所を取ることが一番の問題でしょう。木造の家に住んでいる私などは、本の重さは死活問題です。すでに家が傾いています。家の中の柱の位置は、私にとっては大切な情報です。そのためもあって、いかに手際よく本を処分するか、ということに悩まされ続けているのです。
 著者や出版社には申し訳ないことです。しかし、読者の立場も何かと大変です。購入するのはいいとして、読んだ後はそのほとんどを手元から遠ざけないことには、居住生活に影響します。
 これは、みなさんが直面している問題かと思います。
 本の流通と、その本の読後の取り扱いについては、これからも悩み続ける問題といえそうです。今、私にできることは、1冊でも多くの本を人に差し上げることと、心ならずもゴミとして処分することです。いずれは、食べ残しのゴミに近い性格の問題として、本の後始末が問題になるかもしれません。これは飛躍しすぎとしても、とにかく本をきれいに処分することは喫緊の課題なのです。海外では、図書館がこの問題に救いの手を差し伸べている実態を見てきました。しかし、日本ではまだまだ個人が本を購入して、個人で管理している現実があります。
 多くの関係者に、大変失礼なことを書いているかと思います。しかしながら、自分をごまかしながら現実には本をどんどん捨てている日常を思い、とりとめもない雑駁な考えで今の自分を振り返ってみました。
 先日も、何万円もする本を数冊、燃えるゴミと一緒に出しました。いろいろな方の顔が浮かぶ中を、私にとっては毎月の仕事と化しています。いつまでこんなことをするのか、させられるのか。本の後始末には、苦渋の決断が伴います。心おきなく本が処分できる環境を、あるいは処分ではなくて流通させる手だてを、一日も早く作りあげたいものです。
 歳末の今日も、たくさんの本を処分しました。本の供養塔を、家の裏にある狭い庭先に建立することを、真剣に考えています。その形は、枡形本と巻子本を組み合わせたものにしたい、とも思っています。
 
 
 
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2019年12月08日

何もしない日(10/11/12月分)

 本年正月から、毎月の始めは、「何もしない、何も考えない1日」を設けることにしました。

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 しかし、早速2月に、あまりにも多忙のあまり、設けないまま過ごしました。
 そのため、3月2日に2月分も一緒にお休みの日としました。

 以来、順調に毎月初旬にお休みの日を守ってきました。
 しかし、10月と11月の2ヶ月続きで、またまた多忙な日々に身を置くこととなり、休めませんでした。

 師走の今日は、3ヶ月分のお休みの日とします。
 
 
 
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2019年12月06日

運転免許証を返納しました

 運転免許証の返納をしてきました。
 電話で免許証の返納手続きができる場所を確認したところ、我が家に一番近いのは出町柳のすぐ北にある下鴨警察署であることがわかりました。京都駅前だと、その日の内に「運転経歴証明書」が発行できるとのことです。しかし、京都に住み着いてからは車を持たない生活になっていることと、運転する機会もなく、「運転経歴証明書」も急ぐものではないので、1ヶ月後の受け取りを了承して下鴨署へ自転車で行きました。
 申請手続は簡単でした。ただし、私は住所が東京都江東区のままの免許証だったので、変更手続きが必要でした。さらに驚いたことには、本籍地が奈良県生駒郡になっていました。10年以上前に変更したはずなのに、やっていなかったようです。それでも、保険証と印鑑があれば大丈夫でした。費用は、\1,120円です。写真は、警察署の別室で撮影してもらえました。
 今日付けで、運転免許は取り消されました。
 帰りに、京都市からということで、500円のギフトカードをいただきました。内心、開封するまではいくらなのか楽しみでした。正直、がっかりしました。何となく中途半端な金額だと思います。これが2,000円のバスカードなら、もっと返納者が増えることでしょう。
 なお、自主返納した者に対する支援があるそうです。それは、後日「運転経歴証明書」を受け取ってからにします。どんな支援があるのか楽しみにしましょう。

 運転免許は、18歳の時に、東京都大田区蒲田の自動車教習所で取りました。仕事で使うために取得したものなので、教習所への費用は会社持ちでした。
 毎朝3時に、新聞の印刷所へいすゞのトラック「エルフ」で行き、荷台に印刷されたばかりの新聞の梱包を積み、大田区の各新聞販売店に下ろして回る仕事です。最後に自分の販売店に帰り、それから350部の新聞を1時間半かけて自転車で配る日々でした。夕刊は、学生なので授業を受けることが優先ということで、印刷所へ行く仕事はありませんでした。ただし、休日等には新聞に入れる広告やチラシを受け取るために、都内の広告代理店などを車で回りました。今から思えば、東京を走り回った楽しかった日々でした。
 あれから50年たった今日、免許証は失効となりました。子供たちを車で全国各地を連れて回り、奈良から京都への引っ越しは、すべて私がレンタカーを運転してやりました。
 思い出深い自動車の運転については、いくらでも話が湧いて出ます。それらは、またいずれ。
 とにかく、今は感慨無量です。
 
 
 
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2019年12月03日

箕面キャンパス周辺のモミジの色模様

 京都北山に負けず劣らず、大阪箕面も冷え込みが厳しくなりました。
 研究室がある総合研究棟6階からは、箕面キャンパス周辺の紅葉や黄葉がきれいです。
 大阪モノレール彩都線の彩都西駅の方角を見下ろすと、こんな景色が広がっています。

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 転じて、万博記念公園の方を見ます。
 大阪モノレールの架橋が、左の彩都西駅からまっすぐ右方向に延びています。

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 万博公園から北はあまり知られていません。
 参考までに地図を添えます。地図をクリックすると精細な表示になります。拡大もできます。

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2019年11月21日

お年寄りと社会生活のルール

 今日もバス停で、並んでいる人々を無視して、サッサと前屈みの姿勢で乗り込むお年寄りの女性がおられました。先頭にいらっしゃった若い女性が、「並んだらどうですか!」と大声できつく注意しておられます。そんなことはどこ吹く風と、我先にと乗ってしまわれたのです。私は前から3番目にいました。みなさん、呆れ顔で、しょうがないな、という表情です。
 最近、こうした光景に何度か出会いました。電車ではなくて、バスでのことが多いのです。無料のバスカードをお持ちだからでしょうか。京都市では、70歳以上に公布されています。私も、あと2年でもらえます。内心、楽しみにしています。
 さて、高齢者が、こうして社会の迷惑者になっている実態を見せつけられると、どこかで現代社会のマナーを、あらためて覚えていただく機会を作る必要があるように思います。そうしないと、若者たちは、ますます高齢者を社会の鼻つまみ者として扱うことでしょう。気の毒だから譲っておくか、という気持ちを、当たり前のものとしてはいけません。敬老などとは、縁遠い感情です。
 これから高齢化社会になる、と言われて久しい今、こうした実情に対する対策を打たないと、気持ちのいい社会はできません。
 医療面でも、高齢者はお荷物と若者には思われているようです。そうであればこそ、バスに乗るマナーもどこかの段階で、運転免許センターで実施されているような講習会が必要だと思います。70歳になった時に受講する、というのはいかがでしょうか。
 
 
 
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2019年11月11日

孫からのプレゼント

 先週、68歳になりました。
 自分でイメージできない現実にとまどっています。
 そんな中、孫娘2人がお祝いのメッセージをくれました。
 バタバタするだけの日々に追われ、掲載が遅くなりました。
 この子たちに変体仮名を教えるタイミングを、心ひそかにねらっています。

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2019年11月10日

色付き出した平群でお茶のお稽古

 賀茂川は次第に秋の色になってきています。北大路橋から北山を望むと、左岸(写真右)の半木の道が色付いています。今週末には見頃になりそうです。

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 お茶のお稽古のために、大和平群に行きました。龍田川も、少しづつ木々の葉の色が変わりつつあります。

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 先月、坂道の途中にあった建物が取り壊しになろうとしていたので、写真に収めておきました。

「颱風一過の賀茂川と龍田川がいつもの景色に戻るとき」(2019年10月13日)

 それが、今日は跡形もなくなっていて驚きました。根こそぎ解体までとは、思っていなかったからです。さて、今後ここはどうなるのでしょうか。

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 今日のお稽古は、炉に変わったので初心に返って濃茶のお稽古をしました。ところが、お茶入れのお仕覆の紐を結ぶところから、先生の手を煩わせました。
 私は、紐を結ぶことが苦手です。小学校へ入学する前に、先生と親子で面談をすることがありました。いろいろと質問に答えた後、風呂敷が目の前に広げられ、蝶々結びをさせられました。しかし、まったく結べなかったために、固結びをして終わったことを今でも鮮明に覚えています。母親には、私が何か問題を抱えていないかと、心配させたようです。
 いまだに、紐はダメです。靴の紐も、縦結びになるのです。
 そんな私に、先生は根気強くお茶入れのお仕覆の紐の結び方を丁寧に教えてくださいます。普通に結べばいい、と言われると、余計に普通というのがわからなくなります。何とかわかったものの、この次が心配です。
 帛紗が、また裏返っていました。手品のように、いつも途中でおかしくなります。これも、丁寧に教えていただきました。他のお弟子さんには、こんなことで時間を取って申し訳ないことです。しかし、とにかくうまくいかないので、また先生の手を煩わせます。これまでにも、何度もこんなことがあったので、家で練習をするしかありません。

 何でもないことが何でもなくなった時には、どうしていいのか本当に困ります。生きていく上で、大問題ではないものの、これは加齢のせいにはできない、自分が持っている習性に関わることのようです。これを機会に、心して矯正を心がけたいと、強く思うようになりました。
 お点前を続けていくうちに、これまでにやったはずの手順がほとんど初体験のようにしか思えません。これは、一体何なのでしょうか。
 とにかく終わりました。その後、「流し点」という、親しい方との場合を想定してのお稽古がありました。お客様に正面を向いて点てるのです。水指の位置からして違います。これも、私は去年一度教わっているそうです。しかし、当の本人はまったく覚えていません。不思議なことです。一緒にお稽古をしている方からは、私がこれは家で仲間にお茶を点てるのにいい、と言っていたと聞くと、なおさら自分の記憶の危うさを感じます。

 お茶のお稽古をしていると、こんな不思議体験が付きまといます。お稽古をなさっているみなさんは、こんなことはないのでしょうか。
 こんなことがあるから、ますますやめられません。変な言い方ながら、まさに自分を見つめる時間です。

 帰りに、「大和平群かんぽの湯」へ足を向け、温泉で身体を温めることにしました。今春、露天風呂が新装なってからは、これまで以上に心地よくリフレッシュできる場となりました。平群行きが楽しみの一つになっています。
 
 
 
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2019年11月05日

漢字で表記する「壺」と「壷」の違い

 今日、『淡交タイムス 第544号』(2019年11月号)が届きました。毎月いただき、読んでいます。

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 巻頭には千宗室家元の「当たり前の存在」という随想が寄せられています。「賀茂川のほとりを歩いていて、」(2頁)と始まり、出雲路橋の近くに「志波無桜碑」と揮毫された石碑がある話です。実は、私も散策の折に、左岸から右岸へはこの橋を渡っています。この碑が今どこにあるのか思い出せません。まさにテーマの通り、見過ごしている、ということです。
 続いて、千玄室大宗匠の「若き日の教え」が掲載されています。大宗匠の文章は次のように語り出されています。

 十一月八日には立冬を迎えます。「開炉」、「口切りの茶事」とこの月ならではの行事が続き、茶の風情が増し、茶人にとって思い入れの多い月となります。十九日の「宗旦忌」には、伝来の宗旦居士所用の呂宋に新茶が詰められ、茶師の上林春松氏が裃に威儀を正して毎年の如く、御祖堂へ茶をお供えに参ります。御祖堂でそのの引き渡しを受け、利休居士はじめ歴代祖宗方へご報告をすませます。まずの入っている箱の蓋を改めて御茶入日記を確認し、次にの封印を確かめます。十一月末には家元とともにの封印を切り濃茶・薄茶の葉茶を取り出し、それぞれ臼でひいて、御祖堂の利休居士、歴代祖宗方、そして仏間の霊位にお供えいたします。(4頁、赤字と緑字は私に色を施してわかりやすくしたもの)


 これで、全体の3分の1を引いたことになります。この文章を読み始めてすぐに「壺」が何度も出てくる中に、「壷」という漢字(赤字で示した)が一例だけ混在していることが目に留まりました。この後には「壷」も「壺」もまったく出てきません。
 「茶」という単語に限って、茶道では特にこの漢字をつかうのかな、とか、何か特別な意味があるのかな、と思い、便利なスマホに入っている『日本国語大辞典』と『大辞泉』を見ました。しかし、「壷」という漢字が出てきません。それではと、今風にネット上で調べてみました。

「ウィキペディア」の「壺」の項目
漢字の字体は、下部を「亞」とする「壺」および、「亜」とする「壷」という2種類の表記が用いられる。2000年12月8日の国語審議会答申においては、常用漢字並みに常用される印刷標準字体としての表外漢字字体表として「壺」を採用しており、ウィキペディア日本語版においても表外漢字字体を用いる基準が採用されている(Wikipedia:表記ガイド#漢字参照)ことから、固有名詞などを除いては「壺」を用いることが妥当である。
ただし、康熙字典には「壷」が正字体として掲げられている。これに従い、『角川大字源』では「壷」を見出しに用いているほか、朝日新聞では1950年代から2007年1月15日付まで「壷」を用いていた。


「Yahoo!知恵袋」の「「壺」と「壷」、普段用いる場合どちらの漢字を用いるのが好ましいのでしょうか?
辞書によっても、表記は区々なので分かりません。
また、この漢字は、前者は旧字体で、後者は新字体なのでしょうか?」という項目
「ベストアンサー」
大漢和辞典で調べた所、解説は「壺」の方にかかれていますが、「壷に同じ。」とも書かれ、「壷」の方には、ただ「壺に同じ。」としか書かれていません。

「大漢和辞典」が必ず正しいという訳ではありませんが、この事から見て、本来、広く使われていたのは「壺」の方だったと思われます。

しかし、常用漢字が定められた時につくられた略字では無いので、どちらが「旧字体」「新字体」という事は無く、またいくつかの辞典を調べても、「壷」を俗字としている物も見当たりませんでしたので、「壺」が本字、「壷」は略字・俗字ともいえない様です。
「同字」或いは「別体」というべき関係かと思われます。

試しにmsnで検索した結果、

「壷」では、314,497 件
「壺」では、355,402 件

と、「壺」の方が多く検索に引っかかりました。
観光地の「油壺」が「壺」を用いているため等も有ると思われます。

結論としては、どちらが好ましいとも言い切れないと思われます。(2005/11/14)


これ以外に2例の回答があります。それも引いておきます。

「壺」は正字ですが「壷」も字体は違うが前者と同等に用いられてきたのですからどちらを使ってもいいと思いますよ。前者が旧字体で後者が新字体ということはありません。ただし苗字はべつにしてください。


伝統的には、活字の時代には「壺」が用いられていました。
ですから、「壷」は新しい字体です。
ただし、常用漢字には入っていませんので、旧字・新字の関係ではありません。
角川書店の『新字源』が、金文(青銅器に刻まれた字)などに照らして「壷」の形でよい、としたのが初めだと思います。

結論はどちらでもかまいません。
ただ、個人的にはやはり「壺」を使ってほしいと思います。
「印刷標準字体」もこちらを採用しました。

なお、これと似ていながら全く違うケースがあります。
「亜」「悪」(新字体)は俗字であり、本来の正しい形ではありません。
「亞」「惡」が正字です。


 要は、どちらでもいい、の一言です。漢字の専門家には、この漢字についての意見があるのかも知れません。これから気をつけておきます。
 『源氏物語』の場合には、普通は「桐壺」と表記して、「桐壷」とはしません。私は学生時代には、書きやすいことから「桐壷」と書いていました。しかし、しだいに主流の「桐壺」と書くようになり、仮名漢字変換をするときも「桐壺」にしています。
 さて、大宗匠の文章に「壷」が混じっていたのは、特に意味があってのものではなかったようです。ここでは、お決まりのように、印刷時の漢字の変換ミス、ということにしておきます。
 些細なことで、これといった収穫のある話ではありません。しかし、知らなかったことを知り、楽しく思いをめぐらせました。
 
 
 
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2019年10月30日

若者たちには通じにくい言葉と出会う

 箕面にあるだだっ広い研究室での、アルバイトに来ている学生さんとの話です。
 今は「アベック」という言葉は使われていない、ということを知りました。仲のいい1組の男女をどう言うか、ということです。私が使った「アベック」が、通じないのではなくて、意味はわかるけれども使わないと言われたのです。「アベック ホームラン」という言葉があるので、それからの類推で意味が何となくわかるのだそうです。
 それにしても、ショックでした。
 「ペア」は、恋愛感情がない場合だそうです。
 「カップル」ならぴったりすると。同性の場合も使えるようです。
 ただし、それを日本語で言うなら何だろう、と聞くと、それは何も思いつかないとのことです。仲睦まじい男女を言い表す日本語が出てこないのは、私も同じです。なかなか奥深い表現の問題です。
 このままではいけないと思い、『日本国語大辞典』を引きました。
 「アベック」を日本語で言えば「二人連れ」とすべきかと思われます。辞典には、いろいろと書いてあった最後に、「語史」の項に次のように書いてありました。

日本で用いられる二人連れの意味は、大正末期に大学生に使われたのが始まりとされる。昭和初年頃より流行語、モダン語として広まった。


 すると、大正時代以前の古語ではどうなのでしょうか。しかし、いくら思いを巡らせも、どうも思い当たりません。それよりも何よりも、自分が使う言葉が、今では死語になっていたことに、おおきなショックを受けました。
 そういえば昨日の新聞に、文化庁が発表した「国語に関する世論調査」という報告で、思わぬ誤用や新しい言葉の使われ方についての言及がありました。「憮然」「御の字」「砂をかむ」などの意味について、世代ごとに違った理解をしているようなのです。
 日本語の表現について、世代間での会話も、意志の疎通を欠くことが多くなっているのかもしれません。誤解とまではいかなくても、すんなりとは伝わっていないことがままある、ということを、これを機会に心したいと思うようになりました。
 
 
 
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2019年10月20日

元気が出るニュース(1)

 演歌歌手だった香田晋(本名・鷲崎孝二)さんの今のようすが、今日20日の京都新聞に掲載されました。僧侶になっておられたのですね。
 何という曲を歌っておられたのかは思い出せません。しかし、頭を丸めて作務衣姿の写真を見て、すぐにわかりました。最後まで曲を聞いてしまう歌手でした。
 2012年に突然の引退後は、書道家としての道を邁進中。来年7月には、イギリスの美術展に出展するとのことです。着実に歩んでおられます。
 自宅があるのは横浜市。そこから毎月数回、福井県美浜町にある徳賞寺に通っておられるそうです。
 1989年にデビューしてからは、人気が出るとともにバラエティ番組への出演が増えます。勢い、本業の歌が思うようには歌えなくなったのだそうです。それが動機で転機となり、引退後は飲食店の経営から書家の道へと移っていきます。
 恩師であった船村徹さんの引き合わせで、仏門に入って得度。徳賞寺の住職である粟谷さんが禅画家だということで、「表現を通じて仏教の教えを知るきっかけになれば」と支援しておられるそうです。いい出会いに恵まれたことが、この転機の先行きを明るく照らしているように思われます。
 この転身の決断をした香田さんの、次の言葉が私の心を捉えました。バラエティ番組に出る日々の中での思いだったそうです。「笑顔を振りまくことに疲れ、心のどこかに限界を感じた」と。
 この新聞記事の最後は、こう記されています。

鷲崎さんは「やろうと思えば何でも挑戦できる。生きる勇気を伝えたい」と笑みを浮かべながら力強く話した。


 結びとしてはありきたりすぎるので、これは記事をまとめた記者の思いからのまとめの言葉のように思いました。この閉じ目の文章は不要だと思います。香田さんが実際にそう言われたのかどうかは別として、香田さんの思いと気持ちは、この記事全体から十分に伝わってきました。
 「そうか!」との共感と一緒に、元気がもらえる生きざまを伝える話として、ここに記録として残しておきます。
 
 
 
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2019年09月29日

9年目にいただいたお茶名は「宗鉃」

 季節の変わり目だからなのか、身体の気怠さが続いています。なんとなく熱っぽくて、首・肩・手・指・腰・足と、至る所の関節に違和感があります。
 そんな中、大和平群へお茶のお稽古に行って来ました。

 今年は、平群の里では彼岸花が長く咲いています。

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 今日、お茶名をいただきました。先生から、お弟子さんたちの前で許状を読み上げながら、心を込めて渡してくださいました。「宗鉃」という名前です。「鉃」という正式な私の名前に使う漢字が、許状に書かれています。

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 身が引き締まります。十徳を着ることが許されたそうです。もっとも、持っていませんが。袴はいらなくなりました。お茶名をいただくためにお稽古をして来たわけではありません。不思議と、おもしろいのです。

 苦節9年、と言うと大げさでしょうか。今から9年前の祇園祭の日に癌の告知を受け、その直後、娘に手を引かれて行ったのがお稽古の最初です。盆略点前が最初でした。
 学生時代、姉にくっついて行って、大阪の今里で、夏場だけのお稽古を経験していました。さらに小学校に上がる前の小さい時には、当時住んでいた出雲の本家の叔父さんがお茶人だったので、お茶室で姉と茶碗で遊んでいました。父は、よく松江で開催された、いろいろなお茶会に連れて行ってくれました。母も、小さい頃から飲み慣れていたせいか、湯飲み茶碗などでサッとお茶を点ててくれました。

「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日)

 お茶のお稽古で奈良に通うと言っても、最初の頃は年に数回という、関西と関東を往復する日々の中で、予定が合えばお稽古に行く、という状態でした。まじめに行くようになったのは、やはり定年退職で京都に帰って来た2年前からです。月2回を守るようにしています。

 今日は、運びの薄茶のお稽古です。基本のおさらいです。できていると、褒めていただきました。とにかく、これからも気長に続けていこうと思っています。
 
 
 
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2019年09月02日

何もしない日が何もできない日になる(9月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、いつまでも身体は持ちません。
 そこで、今年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 その何もしない今日、今朝から突然の高熱が出ました。
 午前9時に37.9度、正午に38.0度、午後3時に36.5度、午後6時に37.2度。
 朝6時にトイレに行った時には、何も体調に異常はありませんでした。
 そのこともあり、今日は一日中横になって休んでいました。
 そして午後7時に、かかりつけの那須医院へ行きました。
 昨日は橿原神宮前でのお茶会に行き、今朝まで元気そのものでした。
 原因不明の高熱です。
 しばらくは体温の乱高下がないか、様子を見ることになりました。
 
 
 
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2019年08月28日

車の水はね運転でずぶ濡れになる

 昨日から大雨が続いています。バスを主な移動手段に使う生活となった私にとって、この雨の日はバス停での立ち位置に気を遣います。通り過ぎる自動車がはね上げる水しぶきがすごいからです。
 今日もあらかじめ気をつけて、バス停の表示板の陰に隠れるようにして待っていました。しかし、バス停ギリギリに猛スピードで走り去った車が、車道の路肩に溜まっていた雨水を大量に撒き散らしたのです。陰にいたはずの私も、頭から足先までずぶ濡れになりました。
 野球でサヨナラヒットを打った後に、バケツで水を頭からかけられるチームメイトからの祝福の儀式は楽しそうです。しかし、バス停で突然の泥水の洗礼は、迷惑以外の何ものでもありません。
 この水はね運転は道路交通法違反であり、運転者の反則金は6千円であることに加えて、クリーニング代を支払うのが普通だと聞いたことがあります。しかし、雨の中を走り去る車を捕まえることは不可能です。車のナンバーすら見えません。今はやりのドライブレコーダがあれば、相手を特定できるかもしれません。しかし、そんなものを持ち歩く人はいません。当然、小さなバス停には設置されてもいません。また、防護用の透明の囲いもありませんでした。
 ずぶ濡れになった頭をハンカチで拭き、次に、ビショビショのメガネを拭きます。身体中の水を払い落とし、少しでも着ていた服が吸い込んだ水も吸い取ろうとしました。靴の中に入り込んだ水は、どうしようもありません。
 やがて来たバスの中は、エアコンが効いていたせいか、身体が冷え出しました。四条河原町までの20分間はジッと耐えるしかありません。電車は始発なので、座ってからゆっくりと身体を拭いました。水はね運転をして走り去った運転者は、自分がしたことでどれだけ迷惑を被った人がいるかなど、知る由もないことでしょう。日常のささやかなことながら、2度とこのような目に遭わないためにはどうしたらいいのか、考えている内にしだいに眠くなりました。
 
 
 
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2019年08月18日

36度の中を大和平群でお茶のお稽古

 大和は盆地なので、暑さは京洛に負けていません。今日の日中は、共に36度でした。
 線路ぎわには、キバナコスモスが暑さを和らげています。

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 龍田川の上流になるここは、水が温まっているせいか、水の流れがどんよりと留まっています。

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 今日のお稽古は、前の方が使われた釣瓶水指を引き継いで始めることになりました。
 すでに釣瓶の水指と柄杓と蓋置は飾ってあったので、まず建付けには棗と茶碗を置いての挨拶から始まります。建水も、柄杓をのせずに持ち出すので、いつもと感じが違います。
 柄杓を取って、蓋置を釜の左隅に置くのも、すべて目の前の釣瓶の上にあるので、これはこれで動きがはっきりしていて気持ちがいいものです。
 釣瓶の蓋を開け閉めする時以外は、ほとんどがいつもの通りです。
 今日も、たくさんのことを教えていただきました。串刺しの団子や水気の多いお菓子のいただき方、棗の蓋の裏の花押のことなどなど。細かなことながら、お話ししたり聞かれた時に役立つ話題が、少しずつ増えていきます。

 帰りに乗り換える生駒駅で、記憶力を試す掲示を見かけました。

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 日毎に物忘れが酷くなっていくことを自覚する身なので、こんなゲームは道中での刺激になっていいと思います。よし、と思って、「らいおん、しか、ぞう、うさぎ」に続けて「黄・赤・緑・青」と、何度も繰り返し口ずさみました。ここまでは大丈夫です。
 もっとも、次の乗換駅である大和西大寺駅では、駅ナカのお店をブラブラし、時間になったので京都行きの急行にサッサと乗り込んだために、生駒駅で覚えた動物のことを試さないままでした。動物の名前や色や順番のことを確認する楽しみは、生駒駅を出た時点ですでにすっかり忘れていたのです。
 この問い掛けの掲示は、必要とする人のためにはならないようです。掲示の目的がどこにあったのかは別にして、私のように健忘症に突入したもののためなら、もう一捻りが必要かと思われます。身勝手なことだと思いつつも……一応の感想です。
 
 
 
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2019年08月14日

不良品を気持ちよく交換してもらいました

 メダカを飼育している水槽には、LEDライトを取り付けています。水槽の中が明るいと、メダカや藻がユラユラ揺れる動きがきれいに見えるのです。水槽は、居間の中でも一番いい場所に置いています。そのLEDライトに不具合が起きました。一列に並んでいる4分の3もの明かりの点が、消えたまま点灯しなくなったのです。

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 交換か修理の相談をするのは、購入したお店がいいのか、製造販売の会社がいいのか思案しました。お店では、話を聞いた後で発売元に取り次ぐだけのように思われます。そこで、思い切って製品に付いていた説明書に書かれた会社に電話をしました。「水作」という会社です。
 状況を話すと、すぐに了解してもらえました。LEDのライトが消えるという相談が多いらしく、今は別の商品に切り替えておられるようです。そして、すぐに新しい商品を送るので、手元のものは処分してほしい、とのことです。しかも、交換費用は不要で無料だということです。感じのいい対応でした。
 翌日、早速届きました。水中に漬けず、ケースの上に置くタイプのものでした。形も大きくて、明るいので、インテリアとしても良くできています。

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 修理や交換というと、嫌な思いをすることが多いものです。しかし、今回は迅速で好感のもてる対応に満足しています。
 
 
 
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2019年08月11日

今年のお盆は早めの読経となる

 毎年、8月15日にお寺さんが我が家にお出でになり、お経をあげてくださっています。しかし、昨年からお寺さんが変わりました。「新しい住職さんをお迎えしてのお盆」(2018年08月17日)
 檀家が養林庵から無學寺に引き継がれたこともあってか、お盆はとにかく忙しいとのことです。今日だけでも19軒を回るのだとか。そんなこんなで、今年は早めにお出でになりました。
 仏壇は、お盆になるといつもに増して賑やかになります。

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 お膳は、これもいつものように、息子が丁寧に作ってくれます。

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 例年なら、お寺さんがお帰りになってから、大阪の高安にある信貴霊園へお墓参りに行きます。しかし、今日も38度なので遠出には熱中症の危険が伴います。そこで、明日以降の少し涼しい日に行くことにしました。西日本には颱風10号が向かってきているので、上陸直前の明日くらいしかなさそうです。
 今日は、下鴨神社で盆踊りがあります。しかし、これも熱帯夜なので出かけるのを控えました。
 暑さから身を守るために、いろいろと行動に制約ができました。しかたのないことです。とにかく身体を労って、今日一日を元気に過ごすことが最優先です。無理はしないことです。
 
 
 
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2019年08月01日

突然のトラブルにどう対処するか

 スポーツクラブで一泳ぎし、サウナとジャグジーで身体を温めてから浴室に行った時のことです。
 最初はシャワーから勢いよく出ていたお湯が、しばらくすると冷たい水になりました。あたりを見回すと、洗い場もすべてが水になったようです。10人ほどいた方々は、口々に冷たい寒いと言いながら湯船に移って行かれます。私は、水で我慢をして、すぐに出ました。
 先ほどお湯が出ないことを確認しに来られたジムの方は、どこかへ連絡に行かれたのでしょうか。それにしても、誰もここに見に来るわけでもなく、その対処にも来られません。説明もありません。
 お風呂の外で、一人の利用者に問い詰められていたジムの方は、支店長たちが原因を調べているので、申し訳ありません、と言っておられます。その間にも、運動を終えた方々が一人また一人とお風呂場へ入って行かれます。そして、中からは「冷たー」という大声が響いてきます。
 こんな時、原因の究明と、利用者への事態の説明とでは、どちらが優先されるべきでしょうか。私は、利用者に今起こっている状況の説明をして、お湯がでないことをわかってもらうことが先だと思います。
 このスポーツクラブの危機管理マニュアルには、どう書いてあるのでしょうか。今日の対応を見る限りでは、利用者への説明は二の次にして、一刻も早く原因の究明をして、少しでも早くお湯が使えるようにすることを最優先にすることになっているように思われます。
 ボーッと突っ立ったままで、まったく役立たずのアルバイトの人に、お風呂場の入口に立って、次々と来る利用者にお湯が使えないことを伝えたらどうですか、とアドバイスをしました。施設の関係者全員が原因究明に飛び回ることはそれとして、実際に迷惑を被っていて、不満を口々に言う利用者の対応を丁寧にすることが大事だと思ったからです。アルバイトさんは、いや、別の場所にあるシャワールームは、お湯が出るようです、とおっしゃいます。それなら、そのことを、今お風呂に入っている方々に伝えたらどうでしょうか、と言いました。私が言っている意味が理解できないのか、別の処へ行かれました。
 私が帰るまで、お風呂の利用者への対処は何もありませんでした。スポーツクラブの方は誰もお風呂場の中には入って行かれません。しばらくお湯が出ないことを伝える張り紙でもしたら、という私の提案も無視されたままです。
 水を浴びるしかないお風呂の中に利用者を置き去りにして、施設の責任者と従業員は原因の調査にひたすから没頭するのは、トラブルが発生した時の対応の順序が逆だと思います。まずは、寒い思いをしている利用者に、現状を理解していただくことが先決だと思います。私が帰る頃でも、お風呂場からはお湯だとおもって蛇口を捻ったところ、出てくるのが冷水だったので悲鳴をあげる、ということが続いていました。
 これは、危機管理にかかわる社員教育がなっていない現われではないか、と思っています。
 
 
 
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2019年07月21日

大和でお茶のお稽古の後は音の花温泉へ

 このところ雨が多かったので、龍田川の上流の水は濁っています。

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 今日は、あらかじめ運びの薄茶のお稽古をお願いしていました。相変わらず、わがままな生徒です。
 「洗い茶巾」や「葉蓋」のお点前が、何とかそれらしく見えるようになりました。夏向けのメニューは、これに「入れ子点て」を加えて、今夏のおもてなしのお茶とします。

 源氏車が描かれた茶碗を使ったお点前がありました。その時、先生が「源氏車」とはなんですか? と生徒さんに聞かれました。そして、あろうことか、私に説明を振られたのです。私は、茶道での意味合いがよくわからなかったので、さてどうしようと戸惑いました。江戸時代の演劇で『源氏供養』という演目の中に、舞台に水車を仕掛けた水芸で、夏らしい演出をするものがあったことを思い出しました。そこで、夏らしい水車の趣向を表す茶碗の絵柄ではないか、とお答えしました。後で思えばピンボケな対応でした。そんなマニアックな問い掛けではなかったのです。しかし、ちょうど、茶碗や茶杓の名前は季節を感じるものにするといい、ということを話題にした雑談をしていた時だったので、平安時代を例にしては説明できなかったのです。
 後で、
〘名〙 (源氏絵に多く見られるところからいう)
@ 中古から中世にかけて、牛が引いた貴人の乗用車。御所車。牛車(ぎっしゃ)。〔日葡辞書(1603‐04)〕
A 紋所の名。御所車の車輪を図案化したもの。衣装や調度などの意匠にも用いられ、輻(や)の数によって、八本骨源氏車、一二本骨源氏車などがある。(『日本国語大辞典』)
とあるのを見て、こっちの方で聞かれたようだ、ということに気付きました。せっかくの出番に的確なことをお答えできず、大変失礼しました。

 今日は、だいたいスムーズにお点前ができたと思います。水指しの水を柄杓で汲む時に、上面ではなくて真ん中あたりの深さの水を汲むといい、ということの意味がよくわかりました。昔の水の事情を考えると、たしかに真ん中の水は安定しています。
 濃茶での茶器の拝見なども、新しい刺激があります。何と答えるかは、遊びの要素があります。お稽古は、その訓練なのですね。
 ただし、お点前の途中で、床に飾られていたお花と花器のことを聞かれ、事前に教えてくださっていたのに、花の名や物の名に疎い私は思考停止となりました。この自然との関わりについての勉強は、日々の生活の中ですることですね。ますますおもしろくなります。
 お茶の世界には、さまざまな文化が詰まっています。その一つ一つが見え出した時に、その背景に日本特有の文化が配されていることに気付かされます。贅沢な遊びです。

 お稽古が終わっての帰りに、隣の駅である東山駅の近くにある「音の花温泉」に行きました。

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 露天風呂が、広い岩風呂となっています。内風呂も広くて、とにかく開放的です。のんびりと日頃の疲れを癒して帰りました。
 
 
 
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2019年07月01日

何もしない日(7月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 賀茂川散歩をした後、家で昨日お稽古した葉蓋のおさらいをしました。
 梶の葉は、白河疎水育ちの元気なものです。その上に水滴を落としても、水玉を作ることができませんでした。

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 今日のお茶は寺町二条の一保堂さん、お菓子はご近所の笹屋吉清さんと、地元でいただいたものです。笹屋吉清の保木さんは、平成25年度の京都府現代の名工(京都府優秀技能者表彰)に選ばれた方です。
 練習を兼ねて、妻を相手にした年寄りの趣味の時間です。未熟なお点前は、こうした贅沢な素材に助けてもらっています。
 
 
 

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2019年06月26日

アレッ!と思う時〈その8〉不便に感じること

(1)新幹線で、スマホなどの充電をするために、足元にあるコンセントを使います。その位置がとんでもない所にあるのです。下すぎるのです。おまけに、暗くて見えにくいのです。さらには、なかなか充電器の差込口が合いません。必ずといっていいほど、メガネが必要です。しかも、座席の下に頭を潜り込ませるので、見られたくない姿を人目に晒さざるを得ません。隣に人がいる時は、諦めることにしています。色の識別なり、形状を工夫して、さっとコンセントが使えるようにしてほしいものです。最前列や最後列か、グリーン車に乗れば楽ですよ、という問題ではないと思います。設計者は、当然のことながら、早くから気付いておられることでしょう。利用者に苦痛を強いないように、一日も早い対処をお願いします。


(2)いろいろな系統のバスを便利に利用できる場所で生活をしていると、さまざまなことがあります。今日は、乗った後で、このバスはどこ行きだったのか不安になりました。車内を見回しても、どこ行きかという表示がありません。これは意外でした。キョロキョロして、不審に思われる前に諦めました。車外の前と横には、何系統かという番号や記号が表示されていることはわかっています。しかし、窓を開けて、首を伸ばして確認するわけにもいきません。いくつかバス停を過ぎた頃、大きな液晶モニタに、これから止まるバス停が縦にズラリと6停留場分が表示されました。そこには、今乗っているバスの路線番号が右上に小さく表示されています。眼鏡越しに確認し、やっと安心できました。どこ行きなのかだけでも、表示かアナウンスがほしいものです。観光客の方々は、どのようにして確認しておられるのでしょうか。


(3)最近、レジでの支払いに電子マネーかクレジットカードで済ますことがほとんどになりました。そんな中で、現金のみというお店に出くわすと、現金を財布から探すのが面倒に感じられます。もし現金を持ち合わせていなかったらどうなるのかと思うと、精算の時にヒヤリとします。四条河原町のマルイの上にある回転寿司屋さんは、観光客が多く出入りする地域なのに現金しか受け取ってもらえません。あえてカードが使えない精算方法にしているのは、何か深い理由があることでしょう。しかし、これはこれで驚きです。街中の自動販売機も、コインや紙幣を投入することがなくなりました。たまにカードが使えないと、不便に感じます。このカード化の傾向は、今後とも加速することでしょう。そして、新たな不便が発生することでしょう。


(4)電車内からメールを送ったはずが、勝手に鉄道会社のWi-fiにスマホがアクセスしていて、手続き待ちのままのことがよくあります。送ったはずのメールが、未送信のままなのです。大急ぎでWi-fiを切って、送信し直します。街中でも、勝手にWi-fiにつながらないように神経を使います。出かける時にはWi-fiを切る、という本末転倒で愚かなことを強いられています。今日も、阪急電車に乗るが早いか、Wi-fiを切りました。新幹線でも、30分するとつなぎ直しをさせられます。東京に着くまでに、何度も再接続の操作をさせられるので、Wi-fiに頼らずにスマホ単独でネットにつなげています。こんな未成熟なインフラは、そろそろ抜本的に再構築したらどうでしょうか。私は、1日も早くインターネットを見限るべきだと思っています。


(5)日々、ものが見えにくくなり、何かと不便に感じています。これも、加齢のせいです。そこで、目薬が手放せません。その目薬が、あと数回分と少なくなってくると、目にさそうとして下に向けると、ポタポタと液体が顔に落ちてきます。メーカー側は、目薬がこんな状態になることに気付いているはずです。しかし、最後まで使う人はほとんどいないと思っておられるのでしょうか。我慢しろ、ということでしょうか。もったいない上に、顔を拭く手間がかかります。残っていても捨てることになるのは、何とかしてほしいものです。
 
 
 
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2019年06月16日

大和でお茶のお稽古の後はかんぽの湯へ

 京洛は晴れていたのに、大和は今にも泣き出しそうな天気でした。駅前には、千光寺へのハイキングに向かう人が集まっています。単線の駅も、休日は賑わいがあります。

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 今日のお稽古は、丸卓を使っての洗い茶巾をお願いしました。1年ぶりです。もっと基本を、と言われそうです。しかし、季節季節の変化を感じながらのお点前が楽しいので、わがまま勝手を言って、贅沢なお稽古をしています。
 まずは、平茶碗に水を張ることから忘れていました。茶碗に浸す茶巾のたたみ方も。いろいろなお点前を教えていただいているうちに、それぞれが混ざり合い、組み合わせがおかしくなります。アレー! のオンパレードです。
 出だしはそうであっても、茶巾を建水の上でしっかりと絞って釜の蓋の上に置いてからは、いつもの所作となっていくのが実感できました。どこが基本と違うのかが、流れの中でわかればいいようです。とにかく、身体が覚えるまで続けるしかありません。

 帰りに、「かんぽの宿 大和平群」に寄りました。4月末にリニューアルオープンした温泉に入って来ました。

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 露天風呂が新たに加わりました。紫陽花を見ながらの露天風呂は爽快です。急に天候が悪化して、先ほどは雷雨でした。それが、温泉に入る頃には、すっかり上がっていました。この高台から、信貴生駒や金剛葛城の山々が望めます。山の名前を確認しておきます。

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2019年06月01日

公共施設の更衣ロッカーで不思議とすぐ隣に利用者がいること

 不思議に思うことがあります。

 公共のスポーツ施設や温泉施設などで、更衣ロッカーを使うことがあります。
 入口で利用の手続きをすると、自分が使うロッカー番号を書いたキーをもらえます。
 自分に宛てがわれた番号のロッカーに行くと、だいたい、私の番号の横で誰かが着替えようとしています。
 それは、帰りがけの人であったり、今来たばかりの人だったりします。
 または、私が着替え始めると、隣に新しい別の方が来られます。

 だだっ広い更衣室の、しかもよりによってピンポイントの隣同士で、寄り添って着替えることになるのです。
 上から見ると、顔見知りでもなんでもない、赤の他人が寄り添う姿は、奇妙なシーンでしょう。

 これからの方は、私よりも少し前にお出でになった方のようです。
 とすると、受け付けの方は、並んだロッカー番号のキーを渡したことに気が付かないのでしょうか。
 利用者としては、わざわざ隣同士で着替えるよりも、少し離れている方が気が楽です。
 別のスペースはガラガラなのですから。
 また、お互いが開けたスチールロッカーの幅が狭いので、扉が邪魔になります。
 おのずと、狭い思いをして衣類やウェアなどを出し入れしなくてはなりません。
 すみません、すみません、と言いながら。

 帰りの方とぶつかるのは、これは偶然かも知れません。
 しかし、あまりにも横の方がお帰りになるタイミングでロッカーを使うことになるので、これも不自然です。
 これも受け付けでキーを渡す方は、いつ来た方が隣同士になるかは、把握しておいてほしくなります。
 この遭遇現象を避けることは、無理からぬことかも知れません。
 しかし、これは容易に予測できることです。
 だいたい、30分から1時間の利用だからです。
 また、ロッカールームは広いスペースの場合が多いので、ゆとりを持ったロッカーの配当は難しくないはずです。
 とにかく、広いロッカールームの時などは、本当にこの偶然と思えることが不思議でしかたがありません。

 あるはい、管理上なのか、セキュリティ上なのか、利用者が隣同士でロッカーを使った方が、営業者側は都合がいいのでしょうか。
 利用者が避けてほしいと思うことと、経営者の意図は、えてしてずれるものなので、これはその例なのでしょうか。
 とにかく、広い世界でなぜに見知らぬ他人が寄り添って、更衣ロッカーを使わされるのか。
 しばしば体験することなので、不思議に思っています。

 この現象は、何とかの法則とかいう命名が、すでになされているのかもしれません。
 ご教示いただけると、気持ちが落ち着きます。
 
 
 
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2019年05月27日

アレッ!と思う時〈その7〉加齢と老化の兆し

(1)10枚綴りになっているバスの回数券を財布から取り出し、1枚を千切ろうとしていた時に、うっかり落としてしまいました。バス停でのことだったので、風に飛ばされたバス券を大慌てで前屈みになって鋪道へ拾いに行きました。小さな紙片を掴んでいる時の力加減が、加齢と共に微妙な調整が出来ず、弱くなっているようです。財布を持ちながらバス券を切るのは、いろいろなところに神経が行くので油断大敵です。
 
(2)冷蔵庫からパック入りの牛乳を戸袋から取り出そうとしていた時です。牛乳を左手に持ったまま、右手でドアを閉めようとした時に、うっかり牛乳を落としてしまいました。左右の手で同時に別のことをする時には、簡単なことであっても要注意です。
 
(3)イチゴを何個か右手に掴み、左手でヘタを取っていた時のこと。右手で掴んでいたイチゴを1つ落としました。イチゴを握る力の入れ具合が、別の動作で緩んだようです。イチゴを潰さないようにという気遣いも、その力加減に影響しているのでしょう。
 
(4)ワイシャツなどの胸ポケットに、一時的に外したメガネを入れていることがよくあります。ところが、屈んだ瞬間にポトリと、ポケットからメガネが前に落ちるのです。前屈みになる時、膝を曲げずに腰だけを折って前に屈んでいるのでしょう。身体が硬くなった証拠です。柔軟な足腰の曲げ伸ばしを意識すべきだと、自分に言い聞かせているのですが……
 
(5)革靴を脱ぐ時、靴紐が少しきついとなかなか足から抜き取れず、ふらつくことがあります。身体のバランスを、急速に取りにくくなったのかもしれません。靴紐を緩め、膝を曲げ、腰を落として靴を脱ぐように心掛けるようになりました。
 
 
 
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2019年04月04日

太陽の塔を眺めて老若男女の共生社会を思う

 今日も、太陽の塔と睨めっこをして来ました。行きの顔と胸は、味も素っ気もない無表情でした。
 箕面キャンパスからも、直線で6km先にある太陽の塔と大観覧車が、間近に見えました。

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 帰りは夕方だったせいか、目に灯りが点いていました。

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 この顔は特撮のロボットのように無機質で、ボーッと焦点の合わない表情です。胸の顔は、夕陽を浴びて少し悲しげでした。
 この塔の顔は、折々に楽しめます。

 大阪モノレールを使うようになり、駅のコンコースの休憩場所が、きれいでゆったりしているので助かります。私は、小まめに食事をします。駅のホームのベンチで、向かいのホームや線路を見ながら軽食を食べるのは抵抗があります。加齢と共に移動中に少し身体を休めたい時もあります。この大阪モノレールは、高齢化社会に合った駅の作りを見せています。若者をヨイショさえしておけばいいとされていた社会が、こうして幅広い世代に対応しだしたのです。老若男女が共に穏やかな日々を送れる社会にしていきたいものです。
 改札口の中に、自由に借りられる本があることは知っていました。しかし、実際に手にしてみると、時間つぶしにこれはいいですね。

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 このブログで読書雑記を書いた後は、本を処分するだけなので、今度はここに提供してみようと思います。

 これまでよりも通勤時間が半分以下になりました。身体の疲れが格段に違います。
 ただし、電車が揺れるので本が読めません。特に、モノレールは揺れが大きいのでまったくダメです。新幹線や「はるか」は、まだましだったことが、身体でわかりました。阪急もイマイチなので、これは死活問題です。
 それにしても、京阪特急の快適だったこと。特急料金も要らず、あの心地よさで本が読めた日々が懐かしくなります。
 さて、本が読めないとなると、iPhone で朗読を聴くことになるのでしょうか?
 音楽をイヤホンで聴くのはためらわれます。しばらくは、いろいろと試してみます。
 
 
 
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2019年04月03日

微笑んでいるように見えた太陽の塔

 1970年に大阪で開催された万国博覧会以来、太陽の塔の顔は何度も見てきました。
 「万博公園の太陽の塔」(2008年12月08日)
 また、岡本太郎氏の逸話は、「読書雑記(252)小松左京『大阪万博奮闘記』」(2018年12月11日)に書きました。
 この太陽の塔の顔については、「おどけているなぁ」という印象を持っていました。それが、今日は「ほほえんでいる」ように見えたのです。胸の顔は、「拗ねているのかなぁ」と思っていたのが、今日は「好きなだけやれ! 」と励ましてくれているように見えたのです。

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 観音巡りが好きな私は、その時々に観音様の顔が変わっていくことを知っています。今日は、太陽の塔の顔が変化(へんげ)したのです。これから、ここを通りかかるのが楽しみになりました。

 今回お借りすることになった箕面キャンパスの部屋は、まだ机も椅子も本棚も、何もありません。だだっ広いスペースには、ガムテープを剥がしても中の本を取り出せない150個の段ボールが、各自勝手に平置きにされたままです。

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 今日は、使わなくなっている什器類を貸していただけないかと、事務所を2箇所めぐってお話をしてきました。面倒なことをお願いしているのに、話を聞いてくださり、対処をしてもらえることになりそうです。
 フロアーに寝そべって仕事をするわけにもいかないので、何とかなることでしょう。いつものように、楽観的すぎるのかもしれません。しかし、これもまた楽しらずや、です。この広い空間が、数ヶ月後にはどのようなレイアウトで生き返るのでしょうか。どういう結果となるのか、得難い体験に、今からこれからの成り行きに心躍らせています。
 
 
 
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2019年04月01日

新しい仕事場を得て気分一新の再出発です

 新しい元号は「令和」となりました。出典は『万葉集』。かねてより日本の古典文学作品から、と言われていたので納得です。海外でお話をする時に、いい話題にもなります。『万葉集』の翻訳本も平安文学の領域に隣接する作品として、これまで以上に力を入れて収集していくことにします。

 さて、今日から大阪大学国際教育交流センターの招へい教授として、気分を一新して科研に取り組むこととなりました。今回の異動に関わり、さまざまな手助けと配慮をしてくださった方々お一人お一人に、心よりお礼申し上げます。おかげさまで、多くの研究仲間に助けられ、心機一転、新たな目標に向けて歩むことができるようになりました。研究基盤機関は変わっても、これまでと変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 これから2年間は、本部のある吹田キャンパスではなくて、箕面キャンパス総合研究棟6階が、私の研究活動の拠点となります。

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 このキャンパスには、東京外国語大学に次ぐ言語数を誇る外国語学部(旧大阪外国語大学)があるので、私が取り組む科研「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)にとっては、願ってもないチャンスが与えられたことになります。とにかく、『源氏物語』だけでも35種類の言語で翻訳されているのですから。

 箕面キャンパスは、大阪モノレール彩都線彩都西駅下車徒歩10分の所にあります。翻訳本などの資料の閲覧でおいでになる際は、彩都西駅から緩い登り道を歩いて、次の写真を目印にしてお越しください。

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 豊中・吹田・箕面のキャンパスを巡回する学内連絡バスの時刻表は、次の通りです。

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 今回私が入ることになった部屋には、机、椅子、書棚がまだ一つもないので、その調達から始めます。過日発行した『平安文学翻訳本集成〈2018〉』に収録した翻訳本の実物を確認したい方で、この荷解きの手伝いをしながら原本を手にとってみたい方は、遠慮なくこのブログのコメント欄を通して連絡をください。日程が合えば、開梱と整理に立ち会ってもらおうと思っています。ただし、謝金は期待しないでください。あくまでも、調査研究に参加ということで。

 先月15日に搬入した合計175箱の段ボール、そのうち150箱が書籍という荷物群は、今日までそのまま保管していただいていました。今日、その一部の荷解きに手をつけました。と言ってもまだ3箱だけですが。

 今日も先月の搬入の時と同じく、箕面キャンパスから本部のある吹田キャンパスにも足を延ばしました。
 吹田キャンパスでは桜がきれいに開花しており、学生たちがお花見の準備をしていました。

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 国際教育交流センターでは、お世話になった先生とお世話になる先生、そして研究活動を支えてくださる事務の方々にご挨拶をして回りました。特に、事務方の理解と協力なくしては、いい研究活動はできないことは、伊井春樹先生から厳しく躾けられてきたことでもあり、それを忠実に守ってきています。

 今回の通勤時間は片道1時間半。これまでが3時間半だったので、あっという間に着きます。ただし、これではブログを書く時間が足りません。今回はこまめに乗り換えるので、なおさらです。利点もあれば不都合も。いや、わがままを言ってはいけません。あわや沈没船となるところに救援の手を差し伸べてくださったみなさまに、あらためて感謝の気持ちをここに記します。
「ありがとうございました。」
 
 
 
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2019年03月27日

バスの停車ボタンを頻繁に押す乗客

 市バスの車内でのことです。
 私の前の席に座っておられた60歳代と思われる男性が、バス停を発車するやいなや、車内の至る所に取り付けられている「とまります」のボタンを押されました。乗降ドアが閉まり、発車し、次の停留所の車内放送が始まる直前です。

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 それが、各バス停ごとに、停車してから発車するたびに、規則正しいタイミングでサッとボタンを押されるのです。反射神経はいいようです。楽しそうです。ご自分は降りる気は毛頭ないのです。どう見ても遊んでおられます。
 たまたま乗り合わせた乗客の一人として、こんな時にはどうしたらいいのでしょうか?
 かと思うと、急に次に留まるバス停の名前を大声で叫ばれます。
 運転手さんは若いながらも、この奇矯な振る舞いを十分に承知の様子です。降車のボタンが押されているので、バス停に着くとバスを止め、しばらく車内の様子を確認してから発車されます。誰も降りないことの繰り返しでも、淡々と「とまります」のボタンが押されているのですから、きっちりとバス停でバスを止め、そしてまた発車を繰り返しておられました。「お降りの方はいらっしゃいませんか?」とおっしゃることもありません。
 良く言えば職務に忠実です。しかし、これでいいのだろうか、このボタン押しゲームはいつまで続くのだろうか、私は何かすべきなのだろうか、などなど、その挙動不審の方の真後ろにいただけに、しばし考えてしまいました。
 バス会社内でも有名なお客さんなのでしょう。運転手さんは、私が降りるバス停までの20分間、実直に運転をなさっていました。停留所名などの復唱をはじめとする車内アナウンスは、落ち着いた態度で放送なさっています。それはそれで立派だと思いました。
 このボタン押し遊びは、バスの円滑な運行の妨害行為です。バス会社としては、何か対処方法をお持ちのはずです。何があっても、乗客が降りる意思を示している以上は、そのことを受け止めて法令を遵守して運転する、というルールがあるのかもしれません。
 無責任ながらも、とにかくいろいろなことを考えてしまいました。そして、自らあえてトラブルを引き起こさないように、声掛けや言いたいことをじっと我慢して、我が身を守りました。目の前の方は、このボタン押しの行為が常態化しているのでしょう。リズミカルで手慣れた身のこなしです。何か言ったところで、解決に結びつくとは思えません。しかし、今も、何か、すっきりしません。
 
 
 
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2019年03月20日

お茶のお稽古で「続き薄茶」にチャレンジ

 大和平群では、いろいろな古代まつりが企画されています。第10回となる今年のポスターは、長屋王と吉備内親王です。

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 今日のお茶のお稽古では、丸卓を使い、しかも濃茶と薄茶を一緒につなげて点てることにチャレンジしました。「続き薄茶」というものだそうです。
 いつも以上に、アレッ! アレッ! となってモタモタしていたので、1時間はかかりました。手際よくやれば40分くらいでできるそうです。とにかく、これからはこれを中心にやってみます。すでに「入子点」のお稽古をしているので、ところどころでそのお点前の所作と混同しました。
「続き薄茶」は、何とかしたいと思うようになりました。そこで、天王寺にあるあべのハルカスの中のジュンク堂書店で、先生に教えていただいた教則本の第19巻『応用点前 趣向と工夫』(「続き薄茶」収録)と、第13巻『小習事 五』(「入子点」収録)を入手しました。
 パラパラと見ていて思うことは、頭で覚えるのは不可能だ、ということです。身体に染み込ませるように覚えるしかありません。そのためにも、先生がよくおっしゃる、一つずつを確実に、ということしか、これには打つ手はなさそうです。
 とにかく、イメージトレーニングだけでも、折を見ては続けてみます。

 お茶のお稽古の後は、大阪観光大学で書類に押印するために出勤です。大和路線の王寺駅から阪和線の熊取駅に向かいました。今日は、京都、奈良、大阪と、真っ直ぐに南下です。学バスがない時間帯なので、駅からはタクシーを使いました。最後の出勤日なのでゆったりと、とは言っても、ワンメータなのですが。

 大学では、事務手続きとしての印鑑押しがありました。それが終わると、大阪明浄女子短期大学の頃からお世話になっている事務の方3人に、お別れの挨拶をしました。困った時に助けていただいた方は、その折々の苦境を思い出すたびに感謝の気持ちが溢れて来ます。
 お茶のお点前はコロッと忘れるのに、感情の伴った出来事には、それが救われたものであればあるほど、忘れられないものです。涙は出ませんでした。とにかく、二十数年間という長きにわたってかけていただいたお心遣いには、感謝の思いしかありません。いい出会いでした。ありがとうございました。
 今後も変わることなくよろしく、と口にはしないものの、手を振って別れました。
 
 
 
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2019年03月13日

研究室の後片付け中に大きな地震が

 先週、ルーマニアへ出発するまさにその日に、ダンボール箱12個を、大学の研究室から搬出しました。まずは、特に大事な資料からです。
 今週、帰国したばかりなので、今も時差ボケ中です。しかしそれにもかかわらず、今日が引っ越しの日ということで、時間の余裕がないこともあり、月曜、火曜、そして今朝も早くから、研究室の本の荷造りをするために出勤しました。ボーッとしていても、本を詰め込む作業はできます。

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 1999年3月、この部屋から東京に大量の荷物を送り出しました。
 2017年3月、その東京からここに荷物を戻しました。
 そして今日、2019年3月、また荷物を運び出しています。

 20数年経ち、モニタも10台を持ち歩くようになりました。

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 この大学の建物には、楽しかった思い出がいっぱい詰まっています。しかし、そんな思い出に浸っている暇はありません。屋移りが終わり、のんびりと旧懐の情に浸れる時期が来たら、書き残しておくべきことを整理して、記し留めておきたいと思っています。

 そんな搬出作業をしていた時、大きな地震がありました。震度4だとのこと。
 作業場所となっている研究室は8階にあります。大きく揺れました。エレベータが止まりました。しかし、やがて収まったので、作業は続行となりました。
 震源は、この大学の近くの和歌山北部です。

 無事に、150個の段ボールと、10台のコンピュータ類と、大型電子ホワイトボード等の搬出が終わりました。この3日間は、このことにかかりっきりです。少しずつ身辺の整理が進んでいます。
 昨日、懸案の『平安文学翻訳本集成〈2018〉』が納品されました。併せて、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』と『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』の増刷版も届きました。多くの方にお待ちいただいていたものです。
 明日の科研の研究会をもって、一連のことはすべて終わりです。
 その最終日に、新しいホームページ[海外へいあんぶんがく情報]が公開できます。もう一息です。
 
 
 
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2019年03月01日

オイオイ!!と思うこと(9)通信と交通のこと

(1)街中でスマホがフリーWi-Fiに勝手に繋がろうとします。その当座は、ネットが使えなくなります。すぐにWi-Fiの設定を切ります。長時間使うことがわかっているときは、手間を惜しまずに時間をかけてフリーの設定につながるように奮闘します。「タウンWi-Fi」という便利なアプリに助けられることがあります。しかし、ほとんどが面倒なこと、この上もありません。親切の押し売りはいい加減にしてほしいものです。もうインターネットには見切りをつけて、すでに検討が進んでいる、次の世代の新技術を1日も早く実現してほしいものです。


(2)駅のエレベーターに乗り込むと、「行き先ボタンを押してください。」と言われる時があります。一つ上か下の階に行くしか選択の余地はないのに、行き先のボタンを押すまではドアが閉まりません。しかも、ホーム階と改札階の表現も多種多様で、どのボタンを押したらいいのか迷うこともあります。駅側も、このボタンの強要があまりにも杓子定規だということに気付かれたようで、最近は、閉まるボタンを押せば、自動的に上か下の階に行くものがあります。上か下のどちらかしか行かないエレベーターの場合は、それでいいと思います。センサー技術で、それも不要の時代になっているはずです。


(3)電車の2人がけシートで進行方向に向かって走っている時のことでした。真後ろの方が、新聞紙をバリバリ音を立てながらめくっておられるのです。席を変わりたくなります。しかし、そんな時に限って、満席で他に移りようがありません。バリバリ音を、ジッと我慢するしかない数十分は修業だと思っています。


(4)新幹線でトイレから出た時のことです。混んでいたので、通路に立っておられた方が出口を塞いでおられたのです。一瞬立ち止まった時に、トイレのドアが勢いよく閉まりました。そして、一瞬立ち止まった私の背中を、ドアがバシンと叩きつけました。ひ弱な身体の私は、背骨を痛打され、しばらくは痺れを我慢できないほどでした。もう少しバネを弱めにしてほしいと思いました。それにしても、背後は油断大敵です。


(5)最近、急いで移動する必要にかられることが多くなり、タクシーを使う機会が増えました。同じ場所の移動でも、料金が違います。一番大きいのは、運転手さんが最短距離を走ってくれないことです。カーナビを操作しながらの場合は、料金に大きな違いはありません。それよりも、自信たっぷり(?)に走られた時で、ここで曲がってしまったら遠くなるのに、という場合があります。その時に、「あの道をまっすぐ行けば……」と言うとかえって距離が延びるので、そのまま走ってもらいます。ワンメーターならまだしも、200円以上の差が出たときには、不満の一つも言いたくなります。
 
 
 
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2019年02月19日

生後1日目のハイタッチ

 昨日産まれたばかりの妹と、小さな手と手を合わせて「よろしく」とあいさつをする、もうすぐ2歳のお姉ちゃんです。

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2019年02月18日

2人目の孫娘が産まれました

 一昨年、2017年4月に、お爺さんになりました。
 折しも、定年退職のために東京での生活を切り上げ、京都に戻ってすぐの出来事でした。
 新しい職場に移り、大型科研も新たに採択され、慌ただしく身の回りが動き出した時。
 時計の針が高速回転していました。

 1人目は夜。
 3,232グラムの元気な女の子でした。
 桜の花が祝福していました。

 2人目の今日は昼。
 3,500グラムの、これまた元気な女の子。
 梅の花が祝福してくれています。

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 2019年は、公私ともに2017年に負けず劣らず、活気に溢れた年になりそうです。
 時計の針には、一刻みずつコチコチと、一定のリズムで快適に進んでくれるよう、2人の孫の顔を見比べながら願いました。
 
 
 
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2019年02月04日

機内で観た『妻よ薔薇のように 家族はつらいよV』

 ヤンゴンからバンコク経由での帰りの機内では、あまり観たいと思う映画はありませんでした。最近はJALやANAに乗ることが多かったので、そのせいか今回のタイ航空では、日本人向けの番組がラインナップの中にないのです。そんな中で、『妻よ薔薇のように 家族はつらいよV』(山田洋次監督、松竹、2018年)を観ました。
 この「家族はつらいよ」というシリーズの、第1作のテーマは「熟年離婚」、第2作は「無縁社会」、そしてこの第3作は「主婦への讃歌」だそうです。前2作は観ていません。この第3作が初めてとなります。
 家族をめぐる物語です。泥棒が入ったことで夫婦の均衡が崩れ、妻の家出から夫の生き様が家族の話し合いの俎上にのぼります。何気ない日常の中で起きた問題が、家族一人一人の考え方や役割をあぶり出します。専業主婦のありようが問われます。
 今、結婚や夫婦や家族に関して、これまでの画一的な価値観とは異なる多様さが生まれ、波紋を拡げつつあります。答えは一つではなくて、多くの組み合わせがそれぞれに認められていく時代となりました。
 そんな時代の中で、この映画が指向するところは、従来の枠から大きくはみ出さない範囲での帰結だったように思われます。「妻の反抗」により波風が立つものの、「夫婦の和解」で収束する、というものです。夫が妻に謝り、妻が夫を許すという場面には、大いに違和感を抱きました。そして、それでよしとする家族のみんなのあり方にも、疑問を感じました。
 今や専業主婦でいられる、という時代ではなくなっています。男女の働き方が問われる現代において、ここで取り上げられている事例は、あくまでもこれまでの生態から生まれた問題です。その影響下に今があるとしても、若い人たちは、ここに語られる人間関係からは、もう少し違う環境にいるのではないでしょうか。変化の過程にいると思われます。とすると、この映画は現在50歳から上の世代を意識して作られたものだ、ということになるのでしょうか。
 この映画の評論はともかく、私にはそのように映る作品でした。
 観ていて疲れない展開だったので、流し観にはちょうどいいかと思っていました。後半から問題が浮き彫りとなり、そしてもめ事も無事に円満解決で穏やかに終わります。自然体の物語だと言えるでしょう。ただし、こうしたホームドラマは私の好みではありません。どちらかと言うと、非日常を描いた物語が好きです。【3】
 
 
 
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2019年01月08日

新設された「出国税」と凍結された「妊婦加算」

 昨日7日から「国際観光旅客税(出国税)」が徴収されるようになりました。27年ぶりの新しい税金だそうです。「飛行機や船舶で日本を出国する人から、国籍を問わず、1人1,000円を徴収」とのことです。
 その使い道は、次のものだということに一応はなっています。

・ストレスフリーで快適に旅行できる環境の整備
・我が国の多様な魅力に関する情報の入手の容易化
・地域固有の文化、自然等を活用した観光資源の整備等による地域での体験滞在の満足度向上


 例外は、以下の場合です。

・2歳未満の乳幼児
・入国後24時間以内に出国する、いわゆるトランジットの場合
・天候などやむを得ない事情で立ち寄る、または引き返した場合
・政府専用機で出国する場合
・強制退去者


 もっとも、問題はやはりあるものです。チケットをキャンセルしたとします。バニラ エアーの場合は4,000円の手数料が、ピーチは3,240円の手数料がかかります。航空会社によって違うのですから、変な話です。
 私は、今月末から海外へ行きます。早速、この「出国税」の対象者となりました。2019年1月7日よりも前に契約した場合は、課税の対象外だそうです。しかし、私に関しては現在進行中の手続きなので、この新税の対象者です。今回は、文部科学省ではなくて、外務省に関係する仕事です。しかし、政府専用機を使えるほどの身分でもないので、例外は適用されません。

 こんなことを書いていたら、家族から「妊婦加算」がなくなっていた、との知らせが届きました。貼付された画像を見ると、明細書の中の「初診・再診料」の下の段に、先月までは紛れ込ませるようにこっそりと書かれていた「妊婦加算」という文字列が、なんと消えていたのです。「おかげさまで妊婦罰金がなくなりました! 200円くらい安くなってました!」とのこと。
 「妊婦加算」については、「【聞き取り報告】今年から妊娠したら「妊婦加算」という罰金刑?がかかっていたこと」(2018年12月13日)をご笑覧ください。
 この「妊婦加算」は、世間からのブーイングで凍結されたものです。いつ復活するかも知れません。出産は今の内に、という声も聞こえてきそうです。
 
 
 
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2018年12月31日

2018年の10大出来事

 2018年もさまざまな出来事がありました。
 よくぞ無事に生き延びたことだと、今振り返ると感慨深いものがあります。
 海外は、インド、ミャンマー、ペルー、アメリカに行きました。
 海外で出版された翻訳本も、多数を収集することができました。
 着実に研究成果が得られた反面、それを公開すべく用意していた科研のホームページ[海外平安文学情報]は、さまざまな研究妨害と無理解により活動の停滞を余儀なくされ、悔しい思いもした1年でした。研究ができる環境にいたはずが、実はそうではなかったということも思い知らされました。これは、2019年の課題であり、それを克服するような環境に身を置きたいという思いを、この歳になってあらためて強く抱くこととなりました。
 ボランティア活動を通して、社会人講座の意義を、これまで以上に知ることができました。勉強をしたいと思っておられる方々が、思いの他に多かったのです。それも、一般教養程度のものではなくて、最先端の研究成果を知りたいという欲求から来るものであることがわかりました。カルチャーセンターのような一般的な教養ではなくて、さらに一歩踏み込んだ知的好奇心を掻き立てるような講座が必要です。そのような自分を知的環境で磨こうと思う方々は、今後の高齢化社会の中ではさらに多くなっていくことでしょう。それに、どこの誰が、どのようにして応えていくのか、これからの大きな課題だと思われます。私も、この問題には真正面か立ち向かっていこうと思い、これからの社会人講座に対処していこうと考えているところです。
 もう一点。目が不自由な方々との活動も、さらに進展させることができた一年でした。これからも、私の主要なテーマとして、積極的に取り組んでいくつもりです。

 さて、明日からの2019年は、どのような年になるのでしょうか。
 ワクワクしてのスタートとなります。
 このブログは、そうした日々の雑録として、新しい生活スタイルの一部として機能していくように活用していきます。
 これまでと変わらぬ愛読を、どうぞよろしくお願いします。
 
 

2018年の10大出来事


・2018年8月に予定していた第1回《 仮名文字検定 》を延期する

・インド・ハイデラバード英語外国語大学で国際集会の打ち合わせ

・ミャンマーで大量の日本文学と文化に関連する書籍と情報を収集

・34番目の言語となるビルマ語訳『源氏物語』を見つけ訳者と面談

・科研のホームページが公開できない理由を10回の連載にして公開

・キャリアアップ講座として[源氏物語のくずし字を読む]を開始

・南米ペルー・リマでペルー版『源氏物語』と鼠の唐揚げに出会う

・アメリカ・ハーバード大学で最古の古写本『源氏物語』の再調査

・明浄社会人講座(全10回)を10人の講師のリレー形式でスタート

・未公開の科研ホームページの構築が1年9ヶ月ぶりの年末に再始動

 
 
 
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2018年12月26日

アレッ!と思う時〈その6〉集中力散漫

(1)考え事をしながら歩いていて、横断歩道の真ん中あたりで信号が赤だったことに気づいた時。交通量が少ないところだったので、慌てて引き返さずに渡りきりました。これは、命に関わることなので、ついうっかり、などとは言っていられません。要注意です。

(2)小銭入れから硬貨を取り出そうとした時に、財布をポトリと落としました。財布の口が開いていた時だったので、硬貨が床に散らばっています。硬貨を拾うそんな自分の姿は、人に見られたくないものです。

(3)食器を洗っていて、ポトリと流し台のシンクに落としました。洗剤によって滑っただけのことです。しかし、物を摑む力加減が、微妙に狂い出していることを感じる時でもあります。加齢に伴うことなのでしょう。齢とともに自覚し出したこととして、しっかりと記録しておきます。

(4)私は、食事に時間をかけます。朝は1時間以上、夜は2時間以上はたっぷりと時間をかけていただきます。私には消化管がないので、1回の食事に時間がかかるのです。しかも、テレビっ子世代なので、テレビを見ながら、気分転換をしながら。そんな時フト気がつくと、食卓に箸から取りこぼしたお菜や、口から無意識にこぼした食べ物が、目の前に落ちていることがあります。老人になったのかな、と思う時です。

(5)電車で本を読んでいました。隣の方の挙動が不審だったので、別の席に移りました。そして、移った席でまた本を読もうとしたら、本がないのです。鞄の中やあたりをキョロキョロし、先ほどの席の窓側に本を置いたままだったことに気付きました。慌てて先程までいた席に取りに戻った時の、何とも気まずいこと。
 
 
 
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2018年12月19日

月の明るい夜に心機一転の報告

 今夜は、来年度に向けて新しい方向性が見定められる、一区切りとなる日になりました。こんな時には、いつも「芹生」へ行きます。

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 お店の前で夜空を見上げると、月がニコニコと迎えてくれているようでした。気持ちのいい月夜です。

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 1年9ヶ月という長きにわたり、心ならずも止まっていた科研のホームページ構築の件などが、やっと正式な手続きを経て動き始めたのです。それ以外に、来年度に向けて決意を新たにすることもありました。

 東京を引き上げてから新たに組み直した研究協力者と、やっとこれから本来の情報発信活動に取りかかれます。実働部隊となる学生たちには、1年半も待たせてしまいました。情報収集とその整理は進めてもらっていました。しかし、そうした情報をリアルタイムに発信するという肝心の研究活動が、まったくできない状況下に置かれていたのです。1日も早く、学生たちには体験させたかった研究活動です。
 それに引き続く来年度の活動の指針も、どうにかメドがたちました。

 今冬に入ってから、何度かホームページの進捗報告に絡めて、このことを記事にしました。いささかしつこいくらいに同じようなことを書いているので、毎日このブログを読んでくださっている方には食傷気味かもしれません。しかし、このブログはいろいろな方へのメッセージの役割も果たしているので、動向の記録という意味からも時系列の報告ともなっています。うんざりしているのでもういい、という方がいらっしゃるとしたらご寛恕のほどを。その背景をご理解いただけると幸いです。そして、しつこいくらいに、また以下で確認です。これは、どうしてもこの段階で行なっておく必要があるからです。

 先月下旬に、「科研のHP[海外へいあんぶんがく情報]が半歩前進」(2018年11月24日)という記事を書きました。
 その後の展開は、「科研[海外へいあんぶんがく情報]のHPが本格的に始動」(2018年11月29日)に書いた通りです。
 順調に進んでいるかに思われた問題も、「読書雑記(251)河添房江著『源氏物語越境論』から科研の現状を想う」(2018年12月10日)の後半で報告したように、科研のホームページの移築がストップを余儀なくされました。外圧と無理解により、なかなか思うように進まなかったのです。
 ひたすら忍耐を強いられていた状況にも、何とか光明が見いだせるようになったことは、「日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その7、傍記が混入した異文」(2018年12月15日)の中半で報告した通りです。
 そして今日、科研の情報発信に関する契約が正式に成立したことが確認できました。晴れて正々堂々と、懸案だったホームページに取り組めることが確認できたのです。今後とも、どのような嫌がらせや研究活動への妨害があっても、毅然とした対応を貫きます。

 現在は、『平安文学翻訳本集成《2018》』と『海外平安文学研究ジャーナル《ミャンマー編 2018》』の2冊の報告書の編集作業を進めています。これは、インターネットに科研の成果が公開できない状況下での、手に取って確認できる形にしての、最低限の報告をするためのものです。
 今年度末の明年3月までに、インド、ミャンマー、ペルー、アメリカで調査して得られた収穫を中心にした研究成果は、これからできる新しいホームページを活用して公開します。
 新年早々から、心機一転鋭意研究に取り組みますので、今しばらく温かく見守っていただけると幸いです。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *身辺雑記