2019年08月18日

36度の中を大和平群でお茶のお稽古

 大和は盆地なので、暑さは京洛に負けていません。今日の日中は、共に36度でした。
 線路ぎわには、キバナコスモスが暑さを和らげています。

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 龍田川の上流になるここは、水が温まっているせいか、水の流れがどんよりと留まっています。

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 今日のお稽古は、前の方が使われた釣瓶水指を引き継いで始めることになりました。
 すでに釣瓶の水指と柄杓と蓋置は飾ってあったので、まず建付けには棗と茶碗を置いての挨拶から始まります。建水も、柄杓をのせずに持ち出すので、いつもと感じが違います。
 柄杓を取って、蓋置を釜の左隅に置くのも、すべて目の前の釣瓶の上にあるので、これはこれで動きがはっきりしていて気持ちがいいものです。
 釣瓶の蓋を開け閉めする時以外は、ほとんどがいつもの通りです。
 今日も、たくさんのことを教えていただきました。串刺しの団子や水気の多いお菓子のいただき方、棗の蓋の裏の花押のことなどなど。細かなことながら、お話ししたり聞かれた時に役立つ話題が、少しずつ増えていきます。

 帰りに乗り換える生駒駅で、記憶力を試す掲示を見かけました。

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 日毎に物忘れが酷くなっていくことを自覚する身なので、こんなゲームは道中での刺激になっていいと思います。よし、と思って、「らいおん、しか、ぞう、うさぎ」に続けて「黄・赤・緑・青」と、何度も繰り返し口ずさみました。ここまでは大丈夫です。
 もっとも、次の乗換駅である大和西大寺駅では、駅ナカのお店をブラブラし、時間になったので京都行きの急行にサッサと乗り込んだために、生駒駅で覚えた動物のことを試さないままでした。動物の名前や色や順番のことを確認する楽しみは、生駒駅を出た時点ですでにすっかり忘れていたのです。
 この問い掛けの掲示は、必要とする人のためにはならないようです。掲示の目的がどこにあったのかは別にして、私のように健忘症に突入したもののためなら、もう一捻りが必要かと思われます。身勝手なことだと思いつつも……一応の感想です。
 
 
 
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2019年08月14日

不良品を気持ちよく交換してもらいました

 メダカを飼育している水槽には、LEDライトを取り付けています。水槽の中が明るいと、メダカや藻がユラユラ揺れる動きがきれいに見えるのです。水槽は、居間の中でも一番いい場所に置いています。そのLEDライトに不具合が起きました。一列に並んでいる4分の3もの明かりの点が、消えたまま点灯しなくなったのです。

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 交換か修理の相談をするのは、購入したお店がいいのか、製造販売の会社がいいのか思案しました。お店では、話を聞いた後で発売元に取り次ぐだけのように思われます。そこで、思い切って製品に付いていた説明書に書かれた会社に電話をしました。「水作」という会社です。
 状況を話すと、すぐに了解してもらえました。LEDのライトが消えるという相談が多いらしく、今は別の商品に切り替えておられるようです。そして、すぐに新しい商品を送るので、手元のものは処分してほしい、とのことです。しかも、交換費用は不要で無料だということです。感じのいい対応でした。
 翌日、早速届きました。水中に漬けず、ケースの上に置くタイプのものでした。形も大きくて、明るいので、インテリアとしても良くできています。

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 修理や交換というと、嫌な思いをすることが多いものです。しかし、今回は迅速で好感のもてる対応に満足しています。
 
 
 
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2019年08月11日

今年のお盆は早めの読経となる

 毎年、8月15日にお寺さんが我が家にお出でになり、お経をあげてくださっています。しかし、昨年からお寺さんが変わりました。「新しい住職さんをお迎えしてのお盆」(2018年08月17日)
 檀家が養林庵から無學寺に引き継がれたこともあってか、お盆はとにかく忙しいとのことです。今日だけでも19軒を回るのだとか。そんなこんなで、今年は早めにお出でになりました。
 仏壇は、お盆になるといつもに増して賑やかになります。

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 お膳は、これもいつものように、息子が丁寧に作ってくれます。

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 例年なら、お寺さんがお帰りになってから、大阪の高安にある信貴霊園へお墓参りに行きます。しかし、今日も38度なので遠出には熱中症の危険が伴います。そこで、明日以降の少し涼しい日に行くことにしました。西日本には颱風10号が向かってきているので、上陸直前の明日くらいしかなさそうです。
 今日は、下鴨神社で盆踊りがあります。しかし、これも熱帯夜なので出かけるのを控えました。
 暑さから身を守るために、いろいろと行動に制約ができました。しかたのないことです。とにかく身体を労って、今日一日を元気に過ごすことが最優先です。無理はしないことです。
 
 
 
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2019年08月01日

突然のトラブルにどう対処するか

 スポーツクラブで一泳ぎし、サウナとジャグジーで身体を温めてから浴室に行った時のことです。
 最初はシャワーから勢いよく出ていたお湯が、しばらくすると冷たい水になりました。あたりを見回すと、洗い場もすべてが水になったようです。10人ほどいた方々は、口々に冷たい寒いと言いながら湯船に移って行かれます。私は、水で我慢をして、すぐに出ました。
 先ほどお湯が出ないことを確認しに来られたジムの方は、どこかへ連絡に行かれたのでしょうか。それにしても、誰もここに見に来るわけでもなく、その対処にも来られません。説明もありません。
 お風呂の外で、一人の利用者に問い詰められていたジムの方は、支店長たちが原因を調べているので、申し訳ありません、と言っておられます。その間にも、運動を終えた方々が一人また一人とお風呂場へ入って行かれます。そして、中からは「冷たー」という大声が響いてきます。
 こんな時、原因の究明と、利用者への事態の説明とでは、どちらが優先されるべきでしょうか。私は、利用者に今起こっている状況の説明をして、お湯がでないことをわかってもらうことが先だと思います。
 このスポーツクラブの危機管理マニュアルには、どう書いてあるのでしょうか。今日の対応を見る限りでは、利用者への説明は二の次にして、一刻も早く原因の究明をして、少しでも早くお湯が使えるようにすることを最優先にすることになっているように思われます。
 ボーッと突っ立ったままで、まったく役立たずのアルバイトの人に、お風呂場の入口に立って、次々と来る利用者にお湯が使えないことを伝えたらどうですか、とアドバイスをしました。施設の関係者全員が原因究明に飛び回ることはそれとして、実際に迷惑を被っていて、不満を口々に言う利用者の対応を丁寧にすることが大事だと思ったからです。アルバイトさんは、いや、別の場所にあるシャワールームは、お湯が出るようです、とおっしゃいます。それなら、そのことを、今お風呂に入っている方々に伝えたらどうでしょうか、と言いました。私が言っている意味が理解できないのか、別の処へ行かれました。
 私が帰るまで、お風呂の利用者への対処は何もありませんでした。スポーツクラブの方は誰もお風呂場の中には入って行かれません。しばらくお湯が出ないことを伝える張り紙でもしたら、という私の提案も無視されたままです。
 水を浴びるしかないお風呂の中に利用者を置き去りにして、施設の責任者と従業員は原因の調査にひたすから没頭するのは、トラブルが発生した時の対応の順序が逆だと思います。まずは、寒い思いをしている利用者に、現状を理解していただくことが先決だと思います。私が帰る頃でも、お風呂場からはお湯だとおもって蛇口を捻ったところ、出てくるのが冷水だったので悲鳴をあげる、ということが続いていました。
 これは、危機管理にかかわる社員教育がなっていない現われではないか、と思っています。
 
 
 
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2019年07月21日

大和でお茶のお稽古の後は音の花温泉へ

 このところ雨が多かったので、龍田川の上流の水は濁っています。

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 今日は、あらかじめ運びの薄茶のお稽古をお願いしていました。相変わらず、わがままな生徒です。
 「洗い茶巾」や「葉蓋」のお点前が、何とかそれらしく見えるようになりました。夏向けのメニューは、これに「入れ子点て」を加えて、今夏のおもてなしのお茶とします。

 源氏車が描かれた茶碗を使ったお点前がありました。その時、先生が「源氏車」とはなんですか? と生徒さんに聞かれました。そして、あろうことか、私に説明を振られたのです。私は、茶道での意味合いがよくわからなかったので、さてどうしようと戸惑いました。江戸時代の演劇で『源氏供養』という演目の中に、舞台に水車を仕掛けた水芸で、夏らしい演出をするものがあったことを思い出しました。そこで、夏らしい水車の趣向を表す茶碗の絵柄ではないか、とお答えしました。後で思えばピンボケな対応でした。そんなマニアックな問い掛けではなかったのです。しかし、ちょうど、茶碗や茶杓の名前は季節を感じるものにするといい、ということを話題にした雑談をしていた時だったので、平安時代を例にしては説明できなかったのです。
 後で、
〘名〙 (源氏絵に多く見られるところからいう)
@ 中古から中世にかけて、牛が引いた貴人の乗用車。御所車。牛車(ぎっしゃ)。〔日葡辞書(1603‐04)〕
A 紋所の名。御所車の車輪を図案化したもの。衣装や調度などの意匠にも用いられ、輻(や)の数によって、八本骨源氏車、一二本骨源氏車などがある。(『日本国語大辞典』)
とあるのを見て、こっちの方で聞かれたようだ、ということに気付きました。せっかくの出番に的確なことをお答えできず、大変失礼しました。

 今日は、だいたいスムーズにお点前ができたと思います。水指しの水を柄杓で汲む時に、上面ではなくて真ん中あたりの深さの水を汲むといい、ということの意味がよくわかりました。昔の水の事情を考えると、たしかに真ん中の水は安定しています。
 濃茶での茶器の拝見なども、新しい刺激があります。何と答えるかは、遊びの要素があります。お稽古は、その訓練なのですね。
 ただし、お点前の途中で、床に飾られていたお花と花器のことを聞かれ、事前に教えてくださっていたのに、花の名や物の名に疎い私は思考停止となりました。この自然との関わりについての勉強は、日々の生活の中ですることですね。ますますおもしろくなります。
 お茶の世界には、さまざまな文化が詰まっています。その一つ一つが見え出した時に、その背景に日本特有の文化が配されていることに気付かされます。贅沢な遊びです。

 お稽古が終わっての帰りに、隣の駅である東山駅の近くにある「音の花温泉」に行きました。

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 露天風呂が、広い岩風呂となっています。内風呂も広くて、とにかく開放的です。のんびりと日頃の疲れを癒して帰りました。
 
 
 
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2019年07月01日

何もしない日(7月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 賀茂川散歩をした後、家で昨日お稽古した葉蓋のおさらいをしました。
 梶の葉は、白河疎水育ちの元気なものです。その上に水滴を落としても、水玉を作ることができませんでした。

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 今日のお茶は寺町二条の一保堂さん、お菓子はご近所の笹屋吉清さんと、地元でいただいたものです。笹屋吉清の保木さんは、平成25年度の京都府現代の名工(京都府優秀技能者表彰)に選ばれた方です。
 練習を兼ねて、妻を相手にした年寄りの趣味の時間です。未熟なお点前は、こうした贅沢な素材に助けてもらっています。
 
 
 

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2019年06月26日

アレッ!と思う時〈その8〉不便に感じること

(1)新幹線で、スマホなどの充電をするために、足元にあるコンセントを使います。その位置がとんでもない所にあるのです。下すぎるのです。おまけに、暗くて見えにくいのです。さらには、なかなか充電器の差込口が合いません。必ずといっていいほど、メガネが必要です。しかも、座席の下に頭を潜り込ませるので、見られたくない姿を人目に晒さざるを得ません。隣に人がいる時は、諦めることにしています。色の識別なり、形状を工夫して、さっとコンセントが使えるようにしてほしいものです。最前列や最後列か、グリーン車に乗れば楽ですよ、という問題ではないと思います。設計者は、当然のことながら、早くから気付いておられることでしょう。利用者に苦痛を強いないように、一日も早い対処をお願いします。


(2)いろいろな系統のバスを便利に利用できる場所で生活をしていると、さまざまなことがあります。今日は、乗った後で、このバスはどこ行きだったのか不安になりました。車内を見回しても、どこ行きかという表示がありません。これは意外でした。キョロキョロして、不審に思われる前に諦めました。車外の前と横には、何系統かという番号や記号が表示されていることはわかっています。しかし、窓を開けて、首を伸ばして確認するわけにもいきません。いくつかバス停を過ぎた頃、大きな液晶モニタに、これから止まるバス停が縦にズラリと6停留場分が表示されました。そこには、今乗っているバスの路線番号が右上に小さく表示されています。眼鏡越しに確認し、やっと安心できました。どこ行きなのかだけでも、表示かアナウンスがほしいものです。観光客の方々は、どのようにして確認しておられるのでしょうか。


(3)最近、レジでの支払いに電子マネーかクレジットカードで済ますことがほとんどになりました。そんな中で、現金のみというお店に出くわすと、現金を財布から探すのが面倒に感じられます。もし現金を持ち合わせていなかったらどうなるのかと思うと、精算の時にヒヤリとします。四条河原町のマルイの上にある回転寿司屋さんは、観光客が多く出入りする地域なのに現金しか受け取ってもらえません。あえてカードが使えない精算方法にしているのは、何か深い理由があることでしょう。しかし、これはこれで驚きです。街中の自動販売機も、コインや紙幣を投入することがなくなりました。たまにカードが使えないと、不便に感じます。このカード化の傾向は、今後とも加速することでしょう。そして、新たな不便が発生することでしょう。


(4)電車内からメールを送ったはずが、勝手に鉄道会社のWi-fiにスマホがアクセスしていて、手続き待ちのままのことがよくあります。送ったはずのメールが、未送信のままなのです。大急ぎでWi-fiを切って、送信し直します。街中でも、勝手にWi-fiにつながらないように神経を使います。出かける時にはWi-fiを切る、という本末転倒で愚かなことを強いられています。今日も、阪急電車に乗るが早いか、Wi-fiを切りました。新幹線でも、30分するとつなぎ直しをさせられます。東京に着くまでに、何度も再接続の操作をさせられるので、Wi-fiに頼らずにスマホ単独でネットにつなげています。こんな未成熟なインフラは、そろそろ抜本的に再構築したらどうでしょうか。私は、1日も早くインターネットを見限るべきだと思っています。


(5)日々、ものが見えにくくなり、何かと不便に感じています。これも、加齢のせいです。そこで、目薬が手放せません。その目薬が、あと数回分と少なくなってくると、目にさそうとして下に向けると、ポタポタと液体が顔に落ちてきます。メーカー側は、目薬がこんな状態になることに気付いているはずです。しかし、最後まで使う人はほとんどいないと思っておられるのでしょうか。我慢しろ、ということでしょうか。もったいない上に、顔を拭く手間がかかります。残っていても捨てることになるのは、何とかしてほしいものです。
 
 
 
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2019年06月16日

大和でお茶のお稽古の後はかんぽの湯へ

 京洛は晴れていたのに、大和は今にも泣き出しそうな天気でした。駅前には、千光寺へのハイキングに向かう人が集まっています。単線の駅も、休日は賑わいがあります。

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 今日のお稽古は、丸卓を使っての洗い茶巾をお願いしました。1年ぶりです。もっと基本を、と言われそうです。しかし、季節季節の変化を感じながらのお点前が楽しいので、わがまま勝手を言って、贅沢なお稽古をしています。
 まずは、平茶碗に水を張ることから忘れていました。茶碗に浸す茶巾のたたみ方も。いろいろなお点前を教えていただいているうちに、それぞれが混ざり合い、組み合わせがおかしくなります。アレー! のオンパレードです。
 出だしはそうであっても、茶巾を建水の上でしっかりと絞って釜の蓋の上に置いてからは、いつもの所作となっていくのが実感できました。どこが基本と違うのかが、流れの中でわかればいいようです。とにかく、身体が覚えるまで続けるしかありません。

 帰りに、「かんぽの宿 大和平群」に寄りました。4月末にリニューアルオープンした温泉に入って来ました。

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 露天風呂が新たに加わりました。紫陽花を見ながらの露天風呂は爽快です。急に天候が悪化して、先ほどは雷雨でした。それが、温泉に入る頃には、すっかり上がっていました。この高台から、信貴生駒や金剛葛城の山々が望めます。山の名前を確認しておきます。

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2019年06月01日

公共施設の更衣ロッカーで不思議とすぐ隣に利用者がいること

 不思議に思うことがあります。

 公共のスポーツ施設や温泉施設などで、更衣ロッカーを使うことがあります。
 入口で利用の手続きをすると、自分が使うロッカー番号を書いたキーをもらえます。
 自分に宛てがわれた番号のロッカーに行くと、だいたい、私の番号の横で誰かが着替えようとしています。
 それは、帰りがけの人であったり、今来たばかりの人だったりします。
 または、私が着替え始めると、隣に新しい別の方が来られます。

 だだっ広い更衣室の、しかもよりによってピンポイントの隣同士で、寄り添って着替えることになるのです。
 上から見ると、顔見知りでもなんでもない、赤の他人が寄り添う姿は、奇妙なシーンでしょう。

 これからの方は、私よりも少し前にお出でになった方のようです。
 とすると、受け付けの方は、並んだロッカー番号のキーを渡したことに気が付かないのでしょうか。
 利用者としては、わざわざ隣同士で着替えるよりも、少し離れている方が気が楽です。
 別のスペースはガラガラなのですから。
 また、お互いが開けたスチールロッカーの幅が狭いので、扉が邪魔になります。
 おのずと、狭い思いをして衣類やウェアなどを出し入れしなくてはなりません。
 すみません、すみません、と言いながら。

 帰りの方とぶつかるのは、これは偶然かも知れません。
 しかし、あまりにも横の方がお帰りになるタイミングでロッカーを使うことになるので、これも不自然です。
 これも受け付けでキーを渡す方は、いつ来た方が隣同士になるかは、把握しておいてほしくなります。
 この遭遇現象を避けることは、無理からぬことかも知れません。
 しかし、これは容易に予測できることです。
 だいたい、30分から1時間の利用だからです。
 また、ロッカールームは広いスペースの場合が多いので、ゆとりを持ったロッカーの配当は難しくないはずです。
 とにかく、広いロッカールームの時などは、本当にこの偶然と思えることが不思議でしかたがありません。

 あるはい、管理上なのか、セキュリティ上なのか、利用者が隣同士でロッカーを使った方が、営業者側は都合がいいのでしょうか。
 利用者が避けてほしいと思うことと、経営者の意図は、えてしてずれるものなので、これはその例なのでしょうか。
 とにかく、広い世界でなぜに見知らぬ他人が寄り添って、更衣ロッカーを使わされるのか。
 しばしば体験することなので、不思議に思っています。

 この現象は、何とかの法則とかいう命名が、すでになされているのかもしれません。
 ご教示いただけると、気持ちが落ち着きます。
 
 
 
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2019年05月27日

アレッ!と思う時〈その7〉加齢と老化の兆し

(1)10枚綴りになっているバスの回数券を財布から取り出し、1枚を千切ろうとしていた時に、うっかり落としてしまいました。バス停でのことだったので、風に飛ばされたバス券を大慌てで前屈みになって鋪道へ拾いに行きました。小さな紙片を掴んでいる時の力加減が、加齢と共に微妙な調整が出来ず、弱くなっているようです。財布を持ちながらバス券を切るのは、いろいろなところに神経が行くので油断大敵です。
 
(2)冷蔵庫からパック入りの牛乳を戸袋から取り出そうとしていた時です。牛乳を左手に持ったまま、右手でドアを閉めようとした時に、うっかり牛乳を落としてしまいました。左右の手で同時に別のことをする時には、簡単なことであっても要注意です。
 
(3)イチゴを何個か右手に掴み、左手でヘタを取っていた時のこと。右手で掴んでいたイチゴを1つ落としました。イチゴを握る力の入れ具合が、別の動作で緩んだようです。イチゴを潰さないようにという気遣いも、その力加減に影響しているのでしょう。
 
(4)ワイシャツなどの胸ポケットに、一時的に外したメガネを入れていることがよくあります。ところが、屈んだ瞬間にポトリと、ポケットからメガネが前に落ちるのです。前屈みになる時、膝を曲げずに腰だけを折って前に屈んでいるのでしょう。身体が硬くなった証拠です。柔軟な足腰の曲げ伸ばしを意識すべきだと、自分に言い聞かせているのですが……
 
(5)革靴を脱ぐ時、靴紐が少しきついとなかなか足から抜き取れず、ふらつくことがあります。身体のバランスを、急速に取りにくくなったのかもしれません。靴紐を緩め、膝を曲げ、腰を落として靴を脱ぐように心掛けるようになりました。
 
 
 
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2019年04月04日

太陽の塔を眺めて老若男女の共生社会を思う

 今日も、太陽の塔と睨めっこをして来ました。行きの顔と胸は、味も素っ気もない無表情でした。
 箕面キャンパスからも、直線で6km先にある太陽の塔と大観覧車が、間近に見えました。

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 帰りは夕方だったせいか、目に灯りが点いていました。

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 この顔は特撮のロボットのように無機質で、ボーッと焦点の合わない表情です。胸の顔は、夕陽を浴びて少し悲しげでした。
 この塔の顔は、折々に楽しめます。

 大阪モノレールを使うようになり、駅のコンコースの休憩場所が、きれいでゆったりしているので助かります。私は、小まめに食事をします。駅のホームのベンチで、向かいのホームや線路を見ながら軽食を食べるのは抵抗があります。加齢と共に移動中に少し身体を休めたい時もあります。この大阪モノレールは、高齢化社会に合った駅の作りを見せています。若者をヨイショさえしておけばいいとされていた社会が、こうして幅広い世代に対応しだしたのです。老若男女が共に穏やかな日々を送れる社会にしていきたいものです。
 改札口の中に、自由に借りられる本があることは知っていました。しかし、実際に手にしてみると、時間つぶしにこれはいいですね。

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 このブログで読書雑記を書いた後は、本を処分するだけなので、今度はここに提供してみようと思います。

 これまでよりも通勤時間が半分以下になりました。身体の疲れが格段に違います。
 ただし、電車が揺れるので本が読めません。特に、モノレールは揺れが大きいのでまったくダメです。新幹線や「はるか」は、まだましだったことが、身体でわかりました。阪急もイマイチなので、これは死活問題です。
 それにしても、京阪特急の快適だったこと。特急料金も要らず、あの心地よさで本が読めた日々が懐かしくなります。
 さて、本が読めないとなると、iPhone で朗読を聴くことになるのでしょうか?
 音楽をイヤホンで聴くのはためらわれます。しばらくは、いろいろと試してみます。
 
 
 
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2019年04月03日

微笑んでいるように見えた太陽の塔

 1970年に大阪で開催された万国博覧会以来、太陽の塔の顔は何度も見てきました。
 「万博公園の太陽の塔」(2008年12月08日)
 また、岡本太郎氏の逸話は、「読書雑記(252)小松左京『大阪万博奮闘記』」(2018年12月11日)に書きました。
 この太陽の塔の顔については、「おどけているなぁ」という印象を持っていました。それが、今日は「ほほえんでいる」ように見えたのです。胸の顔は、「拗ねているのかなぁ」と思っていたのが、今日は「好きなだけやれ! 」と励ましてくれているように見えたのです。

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 観音巡りが好きな私は、その時々に観音様の顔が変わっていくことを知っています。今日は、太陽の塔の顔が変化(へんげ)したのです。これから、ここを通りかかるのが楽しみになりました。

 今回お借りすることになった箕面キャンパスの部屋は、まだ机も椅子も本棚も、何もありません。だだっ広いスペースには、ガムテープを剥がしても中の本を取り出せない150個の段ボールが、各自勝手に平置きにされたままです。

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 今日は、使わなくなっている什器類を貸していただけないかと、事務所を2箇所めぐってお話をしてきました。面倒なことをお願いしているのに、話を聞いてくださり、対処をしてもらえることになりそうです。
 フロアーに寝そべって仕事をするわけにもいかないので、何とかなることでしょう。いつものように、楽観的すぎるのかもしれません。しかし、これもまた楽しらずや、です。この広い空間が、数ヶ月後にはどのようなレイアウトで生き返るのでしょうか。どういう結果となるのか、得難い体験に、今からこれからの成り行きに心躍らせています。
 
 
 
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2019年04月01日

新しい仕事場を得て気分一新の再出発です

 新しい元号は「令和」となりました。出典は『万葉集』。かねてより日本の古典文学作品から、と言われていたので納得です。海外でお話をする時に、いい話題にもなります。『万葉集』の翻訳本も平安文学の領域に隣接する作品として、これまで以上に力を入れて収集していくことにします。

 さて、今日から大阪大学国際教育交流センターの招へい教授として、気分を一新して科研に取り組むこととなりました。今回の異動に関わり、さまざまな手助けと配慮をしてくださった方々お一人お一人に、心よりお礼申し上げます。おかげさまで、多くの研究仲間に助けられ、心機一転、新たな目標に向けて歩むことができるようになりました。研究基盤機関は変わっても、これまでと変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 これから2年間は、本部のある吹田キャンパスではなくて、箕面キャンパス総合研究棟6階が、私の研究活動の拠点となります。

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 このキャンパスには、東京外国語大学に次ぐ言語数を誇る外国語学部(旧大阪外国語大学)があるので、私が取り組む科研「海外における平安文学及び多言語翻訳に関する研究」(課題番号︰17H00912)にとっては、願ってもないチャンスが与えられたことになります。とにかく、『源氏物語』だけでも35種類の言語で翻訳されているのですから。

 箕面キャンパスは、大阪モノレール彩都線彩都西駅下車徒歩10分の所にあります。翻訳本などの資料の閲覧でおいでになる際は、彩都西駅から緩い登り道を歩いて、次の写真を目印にしてお越しください。

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 豊中・吹田・箕面のキャンパスを巡回する学内連絡バスの時刻表は、次の通りです。

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 今回私が入ることになった部屋には、机、椅子、書棚がまだ一つもないので、その調達から始めます。過日発行した『平安文学翻訳本集成〈2018〉』に収録した翻訳本の実物を確認したい方で、この荷解きの手伝いをしながら原本を手にとってみたい方は、遠慮なくこのブログのコメント欄を通して連絡をください。日程が合えば、開梱と整理に立ち会ってもらおうと思っています。ただし、謝金は期待しないでください。あくまでも、調査研究に参加ということで。

 先月15日に搬入した合計175箱の段ボール、そのうち150箱が書籍という荷物群は、今日までそのまま保管していただいていました。今日、その一部の荷解きに手をつけました。と言ってもまだ3箱だけですが。

 今日も先月の搬入の時と同じく、箕面キャンパスから本部のある吹田キャンパスにも足を延ばしました。
 吹田キャンパスでは桜がきれいに開花しており、学生たちがお花見の準備をしていました。

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 国際教育交流センターでは、お世話になった先生とお世話になる先生、そして研究活動を支えてくださる事務の方々にご挨拶をして回りました。特に、事務方の理解と協力なくしては、いい研究活動はできないことは、伊井春樹先生から厳しく躾けられてきたことでもあり、それを忠実に守ってきています。

 今回の通勤時間は片道1時間半。これまでが3時間半だったので、あっという間に着きます。ただし、これではブログを書く時間が足りません。今回はこまめに乗り換えるので、なおさらです。利点もあれば不都合も。いや、わがままを言ってはいけません。あわや沈没船となるところに救援の手を差し伸べてくださったみなさまに、あらためて感謝の気持ちをここに記します。
「ありがとうございました。」
 
 
 
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2019年03月27日

バスの停車ボタンを頻繁に押す乗客

 市バスの車内でのことです。
 私の前の席に座っておられた60歳代と思われる男性が、バス停を発車するやいなや、車内の至る所に取り付けられている「とまります」のボタンを押されました。乗降ドアが閉まり、発車し、次の停留所の車内放送が始まる直前です。

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 それが、各バス停ごとに、停車してから発車するたびに、規則正しいタイミングでサッとボタンを押されるのです。反射神経はいいようです。楽しそうです。ご自分は降りる気は毛頭ないのです。どう見ても遊んでおられます。
 たまたま乗り合わせた乗客の一人として、こんな時にはどうしたらいいのでしょうか?
 かと思うと、急に次に留まるバス停の名前を大声で叫ばれます。
 運転手さんは若いながらも、この奇矯な振る舞いを十分に承知の様子です。降車のボタンが押されているので、バス停に着くとバスを止め、しばらく車内の様子を確認してから発車されます。誰も降りないことの繰り返しでも、淡々と「とまります」のボタンが押されているのですから、きっちりとバス停でバスを止め、そしてまた発車を繰り返しておられました。「お降りの方はいらっしゃいませんか?」とおっしゃることもありません。
 良く言えば職務に忠実です。しかし、これでいいのだろうか、このボタン押しゲームはいつまで続くのだろうか、私は何かすべきなのだろうか、などなど、その挙動不審の方の真後ろにいただけに、しばし考えてしまいました。
 バス会社内でも有名なお客さんなのでしょう。運転手さんは、私が降りるバス停までの20分間、実直に運転をなさっていました。停留所名などの復唱をはじめとする車内アナウンスは、落ち着いた態度で放送なさっています。それはそれで立派だと思いました。
 このボタン押し遊びは、バスの円滑な運行の妨害行為です。バス会社としては、何か対処方法をお持ちのはずです。何があっても、乗客が降りる意思を示している以上は、そのことを受け止めて法令を遵守して運転する、というルールがあるのかもしれません。
 無責任ながらも、とにかくいろいろなことを考えてしまいました。そして、自らあえてトラブルを引き起こさないように、声掛けや言いたいことをじっと我慢して、我が身を守りました。目の前の方は、このボタン押しの行為が常態化しているのでしょう。リズミカルで手慣れた身のこなしです。何か言ったところで、解決に結びつくとは思えません。しかし、今も、何か、すっきりしません。
 
 
 
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2019年03月20日

お茶のお稽古で「続き薄茶」にチャレンジ

 大和平群では、いろいろな古代まつりが企画されています。第10回となる今年のポスターは、長屋王と吉備内親王です。

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 今日のお茶のお稽古では、丸卓を使い、しかも濃茶と薄茶を一緒につなげて点てることにチャレンジしました。「続き薄茶」というものだそうです。
 いつも以上に、アレッ! アレッ! となってモタモタしていたので、1時間はかかりました。手際よくやれば40分くらいでできるそうです。とにかく、これからはこれを中心にやってみます。すでに「入子点」のお稽古をしているので、ところどころでそのお点前の所作と混同しました。
「続き薄茶」は、何とかしたいと思うようになりました。そこで、天王寺にあるあべのハルカスの中のジュンク堂書店で、先生に教えていただいた教則本の第19巻『応用点前 趣向と工夫』(「続き薄茶」収録)と、第13巻『小習事 五』(「入子点」収録)を入手しました。
 パラパラと見ていて思うことは、頭で覚えるのは不可能だ、ということです。身体に染み込ませるように覚えるしかありません。そのためにも、先生がよくおっしゃる、一つずつを確実に、ということしか、これには打つ手はなさそうです。
 とにかく、イメージトレーニングだけでも、折を見ては続けてみます。

 お茶のお稽古の後は、大阪観光大学で書類に押印するために出勤です。大和路線の王寺駅から阪和線の熊取駅に向かいました。今日は、京都、奈良、大阪と、真っ直ぐに南下です。学バスがない時間帯なので、駅からはタクシーを使いました。最後の出勤日なのでゆったりと、とは言っても、ワンメータなのですが。

 大学では、事務手続きとしての印鑑押しがありました。それが終わると、大阪明浄女子短期大学の頃からお世話になっている事務の方3人に、お別れの挨拶をしました。困った時に助けていただいた方は、その折々の苦境を思い出すたびに感謝の気持ちが溢れて来ます。
 お茶のお点前はコロッと忘れるのに、感情の伴った出来事には、それが救われたものであればあるほど、忘れられないものです。涙は出ませんでした。とにかく、二十数年間という長きにわたってかけていただいたお心遣いには、感謝の思いしかありません。いい出会いでした。ありがとうございました。
 今後も変わることなくよろしく、と口にはしないものの、手を振って別れました。
 
 
 
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2019年03月13日

研究室の後片付け中に大きな地震が

 先週、ルーマニアへ出発するまさにその日に、ダンボール箱12個を、大学の研究室から搬出しました。まずは、特に大事な資料からです。
 今週、帰国したばかりなので、今も時差ボケ中です。しかしそれにもかかわらず、今日が引っ越しの日ということで、時間の余裕がないこともあり、月曜、火曜、そして今朝も早くから、研究室の本の荷造りをするために出勤しました。ボーッとしていても、本を詰め込む作業はできます。

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 1999年3月、この部屋から東京に大量の荷物を送り出しました。
 2017年3月、その東京からここに荷物を戻しました。
 そして今日、2019年3月、また荷物を運び出しています。

 20数年経ち、モニタも10台を持ち歩くようになりました。

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 この大学の建物には、楽しかった思い出がいっぱい詰まっています。しかし、そんな思い出に浸っている暇はありません。屋移りが終わり、のんびりと旧懐の情に浸れる時期が来たら、書き残しておくべきことを整理して、記し留めておきたいと思っています。

 そんな搬出作業をしていた時、大きな地震がありました。震度4だとのこと。
 作業場所となっている研究室は8階にあります。大きく揺れました。エレベータが止まりました。しかし、やがて収まったので、作業は続行となりました。
 震源は、この大学の近くの和歌山北部です。

 無事に、150個の段ボールと、10台のコンピュータ類と、大型電子ホワイトボード等の搬出が終わりました。この3日間は、このことにかかりっきりです。少しずつ身辺の整理が進んでいます。
 昨日、懸案の『平安文学翻訳本集成〈2018〉』が納品されました。併せて、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』と『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』の増刷版も届きました。多くの方にお待ちいただいていたものです。
 明日の科研の研究会をもって、一連のことはすべて終わりです。
 その最終日に、新しいホームページ[海外へいあんぶんがく情報]が公開できます。もう一息です。
 
 
 
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2019年03月01日

オイオイ!!と思うこと(9)通信と交通のこと

(1)街中でスマホがフリーWi-Fiに勝手に繋がろうとします。その当座は、ネットが使えなくなります。すぐにWi-Fiの設定を切ります。長時間使うことがわかっているときは、手間を惜しまずに時間をかけてフリーの設定につながるように奮闘します。「タウンWi-Fi」という便利なアプリに助けられることがあります。しかし、ほとんどが面倒なこと、この上もありません。親切の押し売りはいい加減にしてほしいものです。もうインターネットには見切りをつけて、すでに検討が進んでいる、次の世代の新技術を1日も早く実現してほしいものです。


(2)駅のエレベーターに乗り込むと、「行き先ボタンを押してください。」と言われる時があります。一つ上か下の階に行くしか選択の余地はないのに、行き先のボタンを押すまではドアが閉まりません。しかも、ホーム階と改札階の表現も多種多様で、どのボタンを押したらいいのか迷うこともあります。駅側も、このボタンの強要があまりにも杓子定規だということに気付かれたようで、最近は、閉まるボタンを押せば、自動的に上か下の階に行くものがあります。上か下のどちらかしか行かないエレベーターの場合は、それでいいと思います。センサー技術で、それも不要の時代になっているはずです。


(3)電車の2人がけシートで進行方向に向かって走っている時のことでした。真後ろの方が、新聞紙をバリバリ音を立てながらめくっておられるのです。席を変わりたくなります。しかし、そんな時に限って、満席で他に移りようがありません。バリバリ音を、ジッと我慢するしかない数十分は修業だと思っています。


(4)新幹線でトイレから出た時のことです。混んでいたので、通路に立っておられた方が出口を塞いでおられたのです。一瞬立ち止まった時に、トイレのドアが勢いよく閉まりました。そして、一瞬立ち止まった私の背中を、ドアがバシンと叩きつけました。ひ弱な身体の私は、背骨を痛打され、しばらくは痺れを我慢できないほどでした。もう少しバネを弱めにしてほしいと思いました。それにしても、背後は油断大敵です。


(5)最近、急いで移動する必要にかられることが多くなり、タクシーを使う機会が増えました。同じ場所の移動でも、料金が違います。一番大きいのは、運転手さんが最短距離を走ってくれないことです。カーナビを操作しながらの場合は、料金に大きな違いはありません。それよりも、自信たっぷり(?)に走られた時で、ここで曲がってしまったら遠くなるのに、という場合があります。その時に、「あの道をまっすぐ行けば……」と言うとかえって距離が延びるので、そのまま走ってもらいます。ワンメーターならまだしも、200円以上の差が出たときには、不満の一つも言いたくなります。
 
 
 
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2019年02月19日

生後1日目のハイタッチ

 昨日産まれたばかりの妹と、小さな手と手を合わせて「よろしく」とあいさつをする、もうすぐ2歳のお姉ちゃんです。

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2019年02月18日

2人目の孫娘が産まれました

 一昨年、2017年4月に、お爺さんになりました。
 折しも、定年退職のために東京での生活を切り上げ、京都に戻ってすぐの出来事でした。
 新しい職場に移り、大型科研も新たに採択され、慌ただしく身の回りが動き出した時。
 時計の針が高速回転していました。

 1人目は夜。
 3,232グラムの元気な女の子でした。
 桜の花が祝福していました。

 2人目の今日は昼。
 3,500グラムの、これまた元気な女の子。
 梅の花が祝福してくれています。

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 2019年は、公私ともに2017年に負けず劣らず、活気に溢れた年になりそうです。
 時計の針には、一刻みずつコチコチと、一定のリズムで快適に進んでくれるよう、2人の孫の顔を見比べながら願いました。
 
 
 
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2019年02月04日

機内で観た『妻よ薔薇のように 家族はつらいよV』

 ヤンゴンからバンコク経由での帰りの機内では、あまり観たいと思う映画はありませんでした。最近はJALやANAに乗ることが多かったので、そのせいか今回のタイ航空では、日本人向けの番組がラインナップの中にないのです。そんな中で、『妻よ薔薇のように 家族はつらいよV』(山田洋次監督、松竹、2018年)を観ました。
 この「家族はつらいよ」というシリーズの、第1作のテーマは「熟年離婚」、第2作は「無縁社会」、そしてこの第3作は「主婦への讃歌」だそうです。前2作は観ていません。この第3作が初めてとなります。
 家族をめぐる物語です。泥棒が入ったことで夫婦の均衡が崩れ、妻の家出から夫の生き様が家族の話し合いの俎上にのぼります。何気ない日常の中で起きた問題が、家族一人一人の考え方や役割をあぶり出します。専業主婦のありようが問われます。
 今、結婚や夫婦や家族に関して、これまでの画一的な価値観とは異なる多様さが生まれ、波紋を拡げつつあります。答えは一つではなくて、多くの組み合わせがそれぞれに認められていく時代となりました。
 そんな時代の中で、この映画が指向するところは、従来の枠から大きくはみ出さない範囲での帰結だったように思われます。「妻の反抗」により波風が立つものの、「夫婦の和解」で収束する、というものです。夫が妻に謝り、妻が夫を許すという場面には、大いに違和感を抱きました。そして、それでよしとする家族のみんなのあり方にも、疑問を感じました。
 今や専業主婦でいられる、という時代ではなくなっています。男女の働き方が問われる現代において、ここで取り上げられている事例は、あくまでもこれまでの生態から生まれた問題です。その影響下に今があるとしても、若い人たちは、ここに語られる人間関係からは、もう少し違う環境にいるのではないでしょうか。変化の過程にいると思われます。とすると、この映画は現在50歳から上の世代を意識して作られたものだ、ということになるのでしょうか。
 この映画の評論はともかく、私にはそのように映る作品でした。
 観ていて疲れない展開だったので、流し観にはちょうどいいかと思っていました。後半から問題が浮き彫りとなり、そしてもめ事も無事に円満解決で穏やかに終わります。自然体の物語だと言えるでしょう。ただし、こうしたホームドラマは私の好みではありません。どちらかと言うと、非日常を描いた物語が好きです。【3】
 
 
 
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2019年01月08日

新設された「出国税」と凍結された「妊婦加算」

 昨日7日から「国際観光旅客税(出国税)」が徴収されるようになりました。27年ぶりの新しい税金だそうです。「飛行機や船舶で日本を出国する人から、国籍を問わず、1人1,000円を徴収」とのことです。
 その使い道は、次のものだということに一応はなっています。

・ストレスフリーで快適に旅行できる環境の整備
・我が国の多様な魅力に関する情報の入手の容易化
・地域固有の文化、自然等を活用した観光資源の整備等による地域での体験滞在の満足度向上


 例外は、以下の場合です。

・2歳未満の乳幼児
・入国後24時間以内に出国する、いわゆるトランジットの場合
・天候などやむを得ない事情で立ち寄る、または引き返した場合
・政府専用機で出国する場合
・強制退去者


 もっとも、問題はやはりあるものです。チケットをキャンセルしたとします。バニラ エアーの場合は4,000円の手数料が、ピーチは3,240円の手数料がかかります。航空会社によって違うのですから、変な話です。
 私は、今月末から海外へ行きます。早速、この「出国税」の対象者となりました。2019年1月7日よりも前に契約した場合は、課税の対象外だそうです。しかし、私に関しては現在進行中の手続きなので、この新税の対象者です。今回は、文部科学省ではなくて、外務省に関係する仕事です。しかし、政府専用機を使えるほどの身分でもないので、例外は適用されません。

 こんなことを書いていたら、家族から「妊婦加算」がなくなっていた、との知らせが届きました。貼付された画像を見ると、明細書の中の「初診・再診料」の下の段に、先月までは紛れ込ませるようにこっそりと書かれていた「妊婦加算」という文字列が、なんと消えていたのです。「おかげさまで妊婦罰金がなくなりました! 200円くらい安くなってました!」とのこと。
 「妊婦加算」については、「【聞き取り報告】今年から妊娠したら「妊婦加算」という罰金刑?がかかっていたこと」(2018年12月13日)をご笑覧ください。
 この「妊婦加算」は、世間からのブーイングで凍結されたものです。いつ復活するかも知れません。出産は今の内に、という声も聞こえてきそうです。
 
 
 
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2018年12月31日

2018年の10大出来事

 2018年もさまざまな出来事がありました。
 よくぞ無事に生き延びたことだと、今振り返ると感慨深いものがあります。
 海外は、インド、ミャンマー、ペルー、アメリカに行きました。
 海外で出版された翻訳本も、多数を収集することができました。
 着実に研究成果が得られた反面、それを公開すべく用意していた科研のホームページ[海外平安文学情報]は、さまざまな研究妨害と無理解により活動の停滞を余儀なくされ、悔しい思いもした1年でした。研究ができる環境にいたはずが、実はそうではなかったということも思い知らされました。これは、2019年の課題であり、それを克服するような環境に身を置きたいという思いを、この歳になってあらためて強く抱くこととなりました。
 ボランティア活動を通して、社会人講座の意義を、これまで以上に知ることができました。勉強をしたいと思っておられる方々が、思いの他に多かったのです。それも、一般教養程度のものではなくて、最先端の研究成果を知りたいという欲求から来るものであることがわかりました。カルチャーセンターのような一般的な教養ではなくて、さらに一歩踏み込んだ知的好奇心を掻き立てるような講座が必要です。そのような自分を知的環境で磨こうと思う方々は、今後の高齢化社会の中ではさらに多くなっていくことでしょう。それに、どこの誰が、どのようにして応えていくのか、これからの大きな課題だと思われます。私も、この問題には真正面か立ち向かっていこうと思い、これからの社会人講座に対処していこうと考えているところです。
 もう一点。目が不自由な方々との活動も、さらに進展させることができた一年でした。これからも、私の主要なテーマとして、積極的に取り組んでいくつもりです。

 さて、明日からの2019年は、どのような年になるのでしょうか。
 ワクワクしてのスタートとなります。
 このブログは、そうした日々の雑録として、新しい生活スタイルの一部として機能していくように活用していきます。
 これまでと変わらぬ愛読を、どうぞよろしくお願いします。
 
 

2018年の10大出来事


・2018年8月に予定していた第1回《 仮名文字検定 》を延期する

・インド・ハイデラバード英語外国語大学で国際集会の打ち合わせ

・ミャンマーで大量の日本文学と文化に関連する書籍と情報を収集

・34番目の言語となるビルマ語訳『源氏物語』を見つけ訳者と面談

・科研のホームページが公開できない理由を10回の連載にして公開

・キャリアアップ講座として[源氏物語のくずし字を読む]を開始

・南米ペルー・リマでペルー版『源氏物語』と鼠の唐揚げに出会う

・アメリカ・ハーバード大学で最古の古写本『源氏物語』の再調査

・明浄社会人講座(全10回)を10人の講師のリレー形式でスタート

・未公開の科研ホームページの構築が1年9ヶ月ぶりの年末に再始動

 
 
 
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2018年12月26日

アレッ!と思う時〈その6〉集中力散漫

(1)考え事をしながら歩いていて、横断歩道の真ん中あたりで信号が赤だったことに気づいた時。交通量が少ないところだったので、慌てて引き返さずに渡りきりました。これは、命に関わることなので、ついうっかり、などとは言っていられません。要注意です。

(2)小銭入れから硬貨を取り出そうとした時に、財布をポトリと落としました。財布の口が開いていた時だったので、硬貨が床に散らばっています。硬貨を拾うそんな自分の姿は、人に見られたくないものです。

(3)食器を洗っていて、ポトリと流し台のシンクに落としました。洗剤によって滑っただけのことです。しかし、物を摑む力加減が、微妙に狂い出していることを感じる時でもあります。加齢に伴うことなのでしょう。齢とともに自覚し出したこととして、しっかりと記録しておきます。

(4)私は、食事に時間をかけます。朝は1時間以上、夜は2時間以上はたっぷりと時間をかけていただきます。私には消化管がないので、1回の食事に時間がかかるのです。しかも、テレビっ子世代なので、テレビを見ながら、気分転換をしながら。そんな時フト気がつくと、食卓に箸から取りこぼしたお菜や、口から無意識にこぼした食べ物が、目の前に落ちていることがあります。老人になったのかな、と思う時です。

(5)電車で本を読んでいました。隣の方の挙動が不審だったので、別の席に移りました。そして、移った席でまた本を読もうとしたら、本がないのです。鞄の中やあたりをキョロキョロし、先ほどの席の窓側に本を置いたままだったことに気付きました。慌てて先程までいた席に取りに戻った時の、何とも気まずいこと。
 
 
 
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2018年12月19日

月の明るい夜に心機一転の報告

 今夜は、来年度に向けて新しい方向性が見定められる、一区切りとなる日になりました。こんな時には、いつも「芹生」へ行きます。

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 お店の前で夜空を見上げると、月がニコニコと迎えてくれているようでした。気持ちのいい月夜です。

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 1年9ヶ月という長きにわたり、心ならずも止まっていた科研のホームページ構築の件などが、やっと正式な手続きを経て動き始めたのです。それ以外に、来年度に向けて決意を新たにすることもありました。

 東京を引き上げてから新たに組み直した研究協力者と、やっとこれから本来の情報発信活動に取りかかれます。実働部隊となる学生たちには、1年半も待たせてしまいました。情報収集とその整理は進めてもらっていました。しかし、そうした情報をリアルタイムに発信するという肝心の研究活動が、まったくできない状況下に置かれていたのです。1日も早く、学生たちには体験させたかった研究活動です。
 それに引き続く来年度の活動の指針も、どうにかメドがたちました。

 今冬に入ってから、何度かホームページの進捗報告に絡めて、このことを記事にしました。いささかしつこいくらいに同じようなことを書いているので、毎日このブログを読んでくださっている方には食傷気味かもしれません。しかし、このブログはいろいろな方へのメッセージの役割も果たしているので、動向の記録という意味からも時系列の報告ともなっています。うんざりしているのでもういい、という方がいらっしゃるとしたらご寛恕のほどを。その背景をご理解いただけると幸いです。そして、しつこいくらいに、また以下で確認です。これは、どうしてもこの段階で行なっておく必要があるからです。

 先月下旬に、「科研のHP[海外へいあんぶんがく情報]が半歩前進」(2018年11月24日)という記事を書きました。
 その後の展開は、「科研[海外へいあんぶんがく情報]のHPが本格的に始動」(2018年11月29日)に書いた通りです。
 順調に進んでいるかに思われた問題も、「読書雑記(251)河添房江著『源氏物語越境論』から科研の現状を想う」(2018年12月10日)の後半で報告したように、科研のホームページの移築がストップを余儀なくされました。外圧と無理解により、なかなか思うように進まなかったのです。
 ひたすら忍耐を強いられていた状況にも、何とか光明が見いだせるようになったことは、「日比谷で橋本本「若紫」を読む(2018年度-その7、傍記が混入した異文」(2018年12月15日)の中半で報告した通りです。
 そして今日、科研の情報発信に関する契約が正式に成立したことが確認できました。晴れて正々堂々と、懸案だったホームページに取り組めることが確認できたのです。今後とも、どのような嫌がらせや研究活動への妨害があっても、毅然とした対応を貫きます。

 現在は、『平安文学翻訳本集成《2018》』と『海外平安文学研究ジャーナル《ミャンマー編 2018》』の2冊の報告書の編集作業を進めています。これは、インターネットに科研の成果が公開できない状況下での、手に取って確認できる形にしての、最低限の報告をするためのものです。
 今年度末の明年3月までに、インド、ミャンマー、ペルー、アメリカで調査して得られた収穫を中心にした研究成果は、これからできる新しいホームページを活用して公開します。
 新年早々から、心機一転鋭意研究に取り組みますので、今しばらく温かく見守っていただけると幸いです。
 
 
 
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2018年12月18日

オイオイ!!と思うこと(8)乗り物で移動する時に

(1)片道800円の回数券を買ったのに、あと3枚を残して有効期限が過ぎていることに気付いた時。11枚目の1枚分が得になるはずが、2枚分を無駄にしてしまいました。長距離の通勤では、気分転換にいろいろな経路で行っています。いつでも気ままに路線を選んでいるうちに、つい有効期限があったことを忘れていたのです。


(2)片道400円の切符が、20回分の金額で22回使えるカード式の回数券を買いました。ところが、4回分を残して期限が切れていることに気付きました。実質的には2回分を無駄にしてしまったのです。何枚も持ち歩く手間を省こうとしての失策です。回数券の有効期限は怖いですね。


(3)やっと診察を受けようと思って町医者に行ったところ、こんな時に限って休診だった時。嘘のようなことが、実際にはよくあるから不思議です。しかも、名医と聞いて少し遠いところへバスで行こうとしていた時に限って…… 午後だけが休診の曜日は、つい確認を怠りがちです。


(4)始発駅を出発したばかりの車内放送で、「次は◎◎です。◎◎の次は終点■■です。」という案内が流れました。車掌さんは、この電車が折り返して出発したことを失念されたようです。私はどこ行きの電車に乗ったのか不安になり、あたりを見回しました。結局、この車掌さんは訂正のアナウンスは最後までなさいませんでした。自分の放送が勘違いだったことに気付かれたのかどうなのか、よくわかりません。


(5)東京の地下鉄銀座線でのこと。赤坂見附駅で丸ノ内線に乗り換えて霞ヶ関駅に行こうとしました。赤坂見附駅のホームに降り立って見回しても、丸ノ内線のホームへの指示がよくわかりません。目の前を通り過ぎる電車を見ていて、何と丸ノ内線のホームはすぐ目の前だったことを知りました。海外で乗り換えに苦労することが多いこともあり、この心憎い思いやりはあまりにも日本的で、ありがたいやら紛らわしいやら。その反面、大手町駅やら飯田橋駅などでは、延々と歩かされます。錯綜した路線を張り巡らした東京特有のことなのでしょう。
 
 
 
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2018年12月17日

メダカたちの新居を作りました

 下鴨神社の北東にある高野橋のたもとに、「カナート」という大型ショッピングセンターがあります。
 そこに、広いペットコーナーが新しくできました。きれいな施設であることはもちろんのこと、それぞれの動物に関する専門家がいらっしゃいます。東京の豊洲にあった「ビバホーム」の中のペットショップと同じような施設です。
 メダカに詳しい若い方がいらっしゃったので、相談をしながら観賞用のケースと浄水給水器に保温装置を付け、さらにはLEDの照明器具まで揃えてしまいました。

 子供たちが小さかった頃、幼稚園でもらってきた金魚が予想外に大きくなりました。そこで、生け簀のような水槽とさまざまな機器に飾り物などを設置して、鯉の大きさにまで育てたことがあります。

 このメダカが、そんなに大きくなるとは思えません。しかし、新年には孫が来ることもあり、一緒に楽しめる環境を作っておくことにしました。

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 危なくないように、前面の角は丸くなっています。ここがレンズの働きをしてくれるので、水槽の中を泳ぐメダカがさまざまな姿に形を変えて見えるのです。マジックミラーのような効果があります。大人が見ていても飽きません。孫も喜んで、何時間もこの不思議なメダカの動きを楽しく見続けることでしょう。

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 これまでのメダカについては、「京洛逍遥(515)京都っ子で第2世代となるメダカたちと穏やかな日々を」(2018年10月01日)に書きました。
 その次の世代が来たので、これで第3世代目となる京都っ子のメダカとの共同生活が始まったことになります。

 水は浄化され、上からは水が流れ落ちて酸素が供給され、水温はヒーターで23度に保たれています。快適な住環境になっていると思います。もちろん、これは浅知恵の人間が思いつく限りの心遣いであり、メダカにとって本当に住み心地がいいのかはわかりません。特に、LEDによる上からの照明は、24時間ライトアップされた明るい水中になっているので、メダカの気持ちを掻き乱さないかが心配です。「メダカ語」なるものがあれば、いつか「どんなお気持ちですか」と聞いてみたいと思っています。
 
 
 
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2018年11月13日

オイオイ!!と思うこと(7)社会問題

(1)ある所で、帰ろうとして靴ベラを使って靴を履こうとしていた時です。後ろから来たおばあさんが大声で「出ます」と言って、私を押しのけられるのです。我がもの顔で敬老精神を主張されても、後ろから強く押されたことでもあり前のめりになって身の危険を感じました。街中でも、自転車に乗ったおじいさんが、ベルを鳴らしながら「じゃまだ!」と叫びながら疾走して来て、ハンドルの先端をぶつけても知らんぷりで走り去って行かれました。たまたまにしても、何か勘違いしておられるように思います。
 
 
(2)街中でゴミが目立つようになりました。錦市場では、店先にテーブルを出して、立ち食いやつまみ食いができます。しかし、旅行者は美化意識など持ち合わせておられないのか、あたりにゴミが散らかったままで不衛生です。お店にしては、小銭稼ぎなのでしょう。しかし、これは錦市場の存在を貶めて首を絞める行為になりかねないと思っていました。それが最近、錦市場での買い食いを自粛してほしいという、気遣いの塊のようなお願いが出ているとのことです。少しずつ自粛効果が出ている、という報告もあるようです。
 
 
(3)夜間、とある歯医者の玄関口に、毎日のように小さな透明のゴミ袋が置かれていました。朝、その袋が破れており、道路に散らばっている血の着いたものの中に、医療用のゴム手袋がありました。普通の生活をしている状況では、こうしたものは見たくないものです。それよりも何よりも、不衛生です。最近、ようやく気づかれたようです。しかし、別のところで、同じようなものを見かけました。一概にゴミといっても、いろいろなものがあるので、厄介な問題です。
 
 
(4)突然スマホがけたたましく鳴りました。画面を見ると、「緊急速報」とあります。何だろうと、長大な文字列を読もうとすると、画面が消えます。もう一度見ようにも、その手順がまだよくわかっていません。後にまた警報と共に表示されたので、目を凝らして、中身ではなくて文字を見つめると、250文字ほどありました。読んでもらう気など毛頭ない警報です。
 
 
(5)駅の自動販売機でコーヒーを買おうとした時のこと。電子マネーの「ICOCA」でブー、「PiTaPa」も「Edy」もブー。「WAON」でやっとコーヒーが出てきました。どの電子マネーに対応している機械なのか、今自分がどんなカードを持っているのか、頭の中はフル回転で、取っ換え引っ換えカードを取り出していました。現金だったら、こんなに面倒な手続きが要らないはずです。あらためて現金の価値を痛感しました。電子マネーの時代に突入しました。しかし、そうしたことに対応できるスキルを持っていると自認していたのに、現実の多様な仕掛けには、まだ対応できないことがあります。
 
 
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2018年10月18日

大阪湾に沈む夕陽の先に見える淡路島

 秋らしく空気が澄み切っています。
 大学の8階にある研究室から大阪湾を望みました。
 沈む夕陽がこんなに鮮やかな光景は、めったに見られません。
 左端が和歌山方面、正面が淡路島、右端が関西国際空港です。
 イオンモールの先にあるJR日根野駅から帰ります。
 京都までの帰りは、3時間半の小旅行です。

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2018年10月15日

面接の時に心に留めておきたい「心構え」と「心掛け」

 先週金曜日の高校での授業では、7時間目に面接対策のビデオを見ながら、受け持ちの生徒にはいろいろなアドバイスを伝えました。
 その後すぐの午後6時からは、「明浄社会人講座」の第1回があったため、会場の設営や受講者を出迎える準備にバタバタしていました。そのせいもあって、この面接対応の授業のことを書き残しておくタイミングを逸していました。
 その授業の中では伝え切れなかったことを、以下に整理しておきます。

 大阪の高校で教員をしていた頃は、指導困難校と言われる学校に長く在職していたこともあり、就職指導と面接指導は特に力を入れて行なって来ました。次に揚げるものは、私家版の「面接の時に気をつけるポイント」です。
 面接室への出入りをスマートに見せるコツと、椅子に座る際のマナーなどについては、すでに生徒には伝えたのでここでは省略します。

◆面接での基本的な心構え◆

(1)自信をもって胸をはって面接に挑戦
(2)ここに何とか合格しようという意欲
(3)思いをとにかく訴えようとする熱意
(4)対話の心得として謙虚で丁寧な対応
(5)正直な答えに拘らず嘘も時には必要


■面接での応答に関する心掛け■

(6)質問者に向かって相手の目を見て答える
(7)質問された内容をよく理解してから話す
(8)質問が聞き取れなかった時は再確認する
(9)自分の体験を話題に入れて具体的に語る
(10)否定的かつ批判的な口調では対応しない

 
 
 
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2018年10月05日

高校で入試のための面接練習をする

 金曜日は高校へ教えに行っています。ただし、秋は学校行事が立て込んでいて、今日は3週間ぶりの授業となりました。

 まずは、文化庁が先月発表した、紛らわしい表現のアンケート結果などを確認して、文章表現や日常会話などで気をつけることを確認しました。
 例えば、「なし崩し」の意味を「なかったことにする」とした誤答率は65.6%、「げきを飛ばす」は67.4%が「元気のない者に刺激を与えて活気づける」という意味に誤解し、「チームや部署に指図を与え、指揮する」を「采配を振るう」と答えたのは56.9%などなど。
 もっとも、いくつか私も引っかかりましたが。

 言葉は時とともに変化していくものです。本来の意味とは異なって受け取られていく変化と推移は、言葉が生きたものである以上は当然のことです。そのため、過去にしがみつくことなく、時代の変化に柔軟に対処してもいいと思っています。緩やかな変化には、柔軟に順応すればいいという対応をとっています。

 今はやりのクイズ番組では、答えは一つしかないという偏狭な立場で番組を構成しています。物事にはすべて正解がある、というのも、ある意味では一つの見識でしょう。しかし、それは学校という狭い世界での論理なのであって、無理やり正解はあるものだと決めつけて正誤を要求するのはどうでしょうか。実社会では、多様な答えがあります。正解は追求するものの、流動し変化する言葉の世界では、いにしえへの回帰だけが最終目標ではないはずです。

 そうした観点から言えば、面接の指導も多様な対応が求められます。いろいろなアドバイスを参考にして、生徒たちは実際の試験に立ち向かうのです。
 今、私が受け持っているクラスは特進看護コースです。生徒が受験するのは、人を相手にする仕事に就く人材が学び集う看護学校の入試です。就職試験とは違う要素があります。
 今月から受験が始まっています。明日が試験日だという生徒が3人いました。
 いろいろと話をした後、3人ほどを指名して、教室で模擬面接をしました。

 20年以上前に府立高校の進路指導部に所属していた頃、毎年夏ごろから面接の練習に立ち会い、指導をしていました。応接室などにビデオカメラを設置して撮影するなど、生徒が緊張する場面を設定して面接訓練を行いました。その10数年間の経験が、昨日のことのように思い出されたので、我がことながら驚きました。また、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻でも、長い間面接を担当しました。そんな経験が活きる場面が、こうしてあったのです。

 今、『看護師専用 お悩み外来』(宮子あずさ、医学書院、2008年7月)という本を読んでいます。

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 数多くの病気を、私は現在進行形で経験しています。さまざまな手術と入院歴を誇る私は、この本のお悩み相談の背景がよくわかります。
 来週から、この本にある例証を取り上げて、学習指導の中に取り込んでいくつもりです。

 高校3年生の授業は、あとは数える程となっています。学力をつけて卒業する後押しをするとともに、折々に、私が出来ることを、出来る範囲で、アドバイスとして生徒たちに伝えたいと思っています。
 
 
 
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2018年09月21日

学校での試験について思いを巡らす

 今日は高校で模擬試験があり、その試験監督を割り振られたので行って来ました。
 60分間の机間巡視をしながら、50年前の自分を思い出しました。

 定期試験なら、あらかじめ授業を振り返ってノートを見直したり復習するなり、手の打ちようがあります。試験結果からも、授業の何が重要で、何がわからなかったのかがわかります。しかし、模擬試験は出題範囲が茫漠としていてわからないので、出たとこ勝負です。その結果から自分の実力を知ることになると言われても、勢い、取り組む意欲は半減します。本番の試験を疑似体験するものであり、力試しが趣旨の試験なので、それでいいのです。私は座学が嫌いだったし、成績も思わしくなかったので、やらされることをしていただけでした。

 それ以前に私は、物事には正解などはない、ということを当時から思っていました。というよりも、そのようなことをおっしゃった中学時代の先生の言葉が身に染み込んでいました。その先生からは、教科書の背中を割って、今必要な部分だけを切り取って授業に持ち込む、ということを教えていただきました。この癖は、今も本をバラバラにして持ち歩いたり保管しているので、大きな影響を受けた先生だったと言えるでしょう。

 試験では、記述問題は好きでした。しかし、選択問題は出題者は大変だなぁーと思いながら、答えの組み合わせや、消去法の訓練に頭を悩ませ、戸惑うばかりでした。正解があることを前提にして成り立っているのが、学校での試験です。あれこれ迷って何がしかの回答を出す特訓をしているのだと思って、こうした試験を受けて来ました。

 私の両親は、勉強しろとは言いませんでした。高校時代は私がテニスばかりしていたので、母親は成績不振者を対象とする呼び出しを何度も受け、天王寺にある高校に来ていました。そのことで両親からは何も言われなかったので、担任の先生から何を言われようが、親は私を信頼してくれていたと思います。
 そんなことも影響してか、私は子供たちに勉強しろと言った覚えもないし、成績がどうだったのかまったく知りません。子どもの成績には無頓着でした。もちろん、誰も塾に行きませんでした。行けとも、行くかとも聞かなかったからかもしれません。

 今日の模擬試験は、すべての問題が四者択一のマークシート方式でした。相変わらず悩ましいことを生徒たちがさせられていることを知り、仕方のないこととはいえ、耐えてほしいと思いました。私は、試験は格闘技だと思っています。ひたすら耐えれば、勝機やチャンスは訪れるはずだからです。
 そういえば勤務する大学の入学試験も、すべての問題がマークシートだったことを思い出しました。そのような出題にしている事情や背景がわかっているので、高校生が受けている模擬試験について、何も言えなくなります。

 いずれにしても、試験で人間の能力や学力は測れないと知りつつも、他に代わる方法がないので、先達がやってきたことそのままに、惰性としてやっているのです。儀式と割り切るしかありません。それで自分が持っている知の力量が測られている、などと思わないことです。そんなモノサシで測られることに縛られることなく、興味のあることにのめり込んでいってほしいものです。

 試験監督は1時間だけでよかったので、早々にのんびりと梅田を散策しながら帰りました。
 四条烏丸で、8月下旬にできたアップルストアに立ち寄りました。大丸百貨店の東隣です。

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 行燈をイメージした外観だと聞いていました。そういわれたらそうかな、という感じです。
 店の前には、今日発売のiPhoneやApple Watchを買い求める人が、長蛇の列をなしていました。実は、私もApple Watchを買おうかな、と思っていました。初代のApple Watchは、妻と共に購入しました。しかし、未熟な製品だったので、2ヶ月ももちませんでした。以来、このApple Watchには手を出していません。しかし、今回のApple Watch4は、これまでとは違うようです。ただし、この長い列を見て諦めました。今日は縁がなかったということにして、また機会があれば手に入れるチャンスを窺うことにします。
 
 
 
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2018年09月03日

【復元】移転9・公共施設での停電と非常ベル

 これまでに何度も、ウエブに公開した記事が消えています。そのような中で、幸運にも探し出し、拾い出せた文章や写真は見つけ次第に、忘れない内に復元してきました。
 今回のものは、今から12年前に書いた記事です。
 突然の事態に出くわすとどう対処するか、という問題です。
 記録として、復元することで再現してみました。
 今、大きなデパートやスーパーなどでは、買い物客の対応に細心の注意を払い、店員の訓練もしているようです。
 しかし、中小の商業施設ではどうでしょうか。アーケード街では?
 自然災害を含めて、身近な場所での身の守り方を、あらためて確認しておきたいものです。
 明日は近畿地方を大型颱風21号が直撃します。
 身近なところでの災害対策も怠らないようにしましょう。

(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
 
2006年9月10日公開分
 
副題「何の説明もないのは危機管理意識の欠如か(8月12日)」
 
 今日は、お盆で帰省するためのお土産を買うために、奈良・西大寺の近鉄デパートへ行きました。

 買い物の途中で書籍売り場へ行き、研究仲間である中島岳志君の新刊『インドの時代』を探しました。見つからないので、レジでコンピュータによる検索をしてもらっている時でした。突然、全館がパシッと停電になったのです。

 目の前のコンピュータは、画面に一条の光を収束させてダウンしました。ハードディスクがクラッシュしたのではないかと、他人事ながら心配しました。

 天井に設置されていた、いくつかの非常用の電球がつきました。しかし、辺りを見回しても全館は真っ暗です。そんな中、どうにか5分後に復旧しました。長い5分でした。そして、書籍検索用のパソコンは再起動し、画面にウインドウズ98の起動画面を見せていました。私のリクエストで検索中に、ハードディスクを読んでいる時に突然シャットダウンしたので、機器へのダメージはあったかもしれません。書き込み中ではないので、大丈夫だとは思いますが。

 この間、3台あったレジスターのうちの1台だけは、補助電源で動いていました。もっとも、その画面は通常のものではなかったように見えましたが、それはおいておきましょう。

 とにかく、こんなに古いシステムでレジや書籍の検索をしていたことを知り、愕然としました。不出来なウインドウズの、それも旧システムを操作する店員さんの苦労を考えると、非効率的だと思いました。人に優しいシステムを、経営者は模索すべきです。

 それはともかく、なかなか検索用のパソコンのシステムが立ち上がりません。店員の方も、まだ相当時間がかかるので、本探しはまたにしてほしい、との意向でした。店員さんの対応は、申し訳ないという気持ちが伝わる、誠意を感じる振舞いでした。しかし、一体何が起こったのか、それに関する館内放送は、まったくありませんでした。何だか変だな、と思いました。

 気味が悪いので、すぐに駐車場に戻って帰宅することにしました。その前に、肝心のお土産を買うために地下の和菓子売り場へ立ち寄りました。
 そこで品定めをしている時に、今度は突如、非常ベルが数回鳴りました。ここで初めて館内放送があり、「3階のエレベーター付近で発砲(?)、発光(?)があったので、買い物客のみなさまはそのままの場所で、確認が終わるまで、しばらくお待ちください」、とのことです。

 私は、店側のこうした対応に疑問を持ちました。すぐにエスカレータを使って駐車場の方へ移動しました。気のせいかもしれませんが、館内に焦げたような、カビ臭いような匂いがしていたと思います。ほとんどの買い物客は辺りを見渡しながら、そのまま自分がいた位置に立ち止まっておられました。

 私はサッサと近鉄デパートを脱出しました。その間にも事態の説明は、放送でも、店員からも、まったくしていなかったのです。
 こんな場合には、とにかく何が起こっているのかを、来館者に知らせるべきです。今は、隠すのではなくて、情報を公開して共有することが、パニックを回避する手だてだと思います。そうでないと、大事に至った時に、買い物客は出口に一挙に突進します。

 また、買い物客も、もっと慌ててもいいと思います。今の日本人は平和ボケしているので、こんな事態でも大したことではないと、我が身を守ることには思い至らないようです。
 この国が、これからの激動の時代を生き抜けるのか、おおげさではありますがやや悲観的になりました。

 それにしても、店側は、なぜ簡単な一報だけで、それも大分経ってから、その後の事態の様子を買い物客に知らせなかったのでしょうか。私は早々にデパートの建物から外に出ました。しかし、事態を知るよしもない新たな買い物客は、どんどん店内に入っていきます。もっと手際よく連絡をして、不測の事態に対処すべきだと思います。

 帰り道、海外の国々だったら、どんな反応があったか仮想してみました。
 今、戦争の中にいる多くの国は、すぐに反応することでしょう。その中で日本は、口で戦争反対を称えていればいいというスタンスです。その戦争反対はあくまでも観念の中のものであって、賛成よりも反対を、という現実を直視しての実感を伴ったものではありません。

 危機意識を共有することについて、子どもたちと話し合ってみたいと思うようになりました。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
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2018年08月17日

新しい住職さんをお迎えしてのお盆

 この記事は、日にちが遡った一昨日のお盆のことです。

 これまで、養林庵の庵主さんにお盆にお越しいただき、読経をお願いしていました。90歳を超えておられるのにお元気です。いつも楽しい話をしてくださいます。

「今年のお盆でもお元気な養林庵の庵主さん」(2017年08月15日)

 その庵主さんが、昨秋11月にお亡くなりになったそうです。そこで、養林庵の近くのお寺の副住職さんが、養林庵に後任として着任なさいました。

 今年からは、新しい住職さんがお見えになりました。

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 お若い方なので、読経にも活気があります。
 引き継ぎの最中とのことで、我が家のことをいろいろと聞いて行かれました。
 実は、お寺の檀家管理にコンピュータが活用されたのは、日本のコンピュータの歴史の中では初期のことでした。私が半角カタカナで『源氏物語』のデータベースに挑戦していた頃、すでに全国のお坊さんたちが試作版を公開しておられたのですから。お経のデータベースも早かったことを思うと、仏教とコンピュータは、意外と相性がいいのかもしれません。

 明日に控えた京都五山の送り火のために、如意ヶ岳ではその準備が着々と進んでいるようです。

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 午後は、いつものように大阪府八尾市高安にある信貴霊園へお墓参りに行きました。
 大阪湾を望んでも、淡路島は見えませんでした。

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 帰りには、これもいつもの定番となった、鶴橋の回転寿司屋「海幸」で精進落としです。
 毎年、同じことを決まりごとのように行なっています。
 これも、日々平安だからこその年中行事です。
 もろもろに感謝しながら、明日の送り火を見届けて夏を越していきます。
 
 
 

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2018年08月01日

バスに乗り遅れ、歩いて駅まで

 何かと忙しくて、提出する書類が山のように溜まっています。勤務先のパソコンはネットワークが極端に遅いので、待ち時間が長くて仕事になりません。レインボーカラーのボールが、画面の中で頻繁に回り続けています。さすがに、5分以上も回っている時には、席を立って別の仕事をします。

 研究室では、フル装備の iMac を使っています。しかしネットワークがいつも不調なので、反応がモタモタしています。クラウドに置いているデータを開こうにも、じっと我慢を強いられます。日々、忍耐力を試されています。

 学校関係のプリント類は家に置いていないので、とにかく3時間以上をかけてでも行くしかありません。研究室では、手持ちの iPhone に iMac をテザリングでつなげると、何とか仕事にはなります。もっとも、長時間つなげっぱなしだと、かえってパソコンの動作が遅くなるので、インターネットを騙し騙し使います。困ったことです。

 今日は、いつもより1時間以上も早く家を出ました。

 だいたい1、2分は遅れて来るはずのバスが、今日に限って時間どおりに来ました。そのため、バス停がすぐそばに見えているのに、無情にも乗りたいバスは目の前を通り過ぎて行きます。3本の路線が通っていてどれでも選べて便利な所なのに、時刻表を見ると、いずれも後20分は来ません。
 いつもより早い行動は、こんなにも不運な空白時間を抱え込んでいたのです。

 朝とはいえ日差しがきつくなるだけなので、じっと次のバスを待つよりは駅まで歩こうと決めました。
 下鴨神社の境内を突っ切り、少し冷んやりした糺ノ森の参道を歩き、高野川を渡って出町柳駅に出ました。急ぎ足で20分ほど。朝の散策がてらの通勤も、気持ちがいいものです。

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 研究室には、3時間15分かかって着きました。今回の往路は、いつもより15分だけ余分にかかったことになります。帰路は3時間半なので、これは許容範囲です。
 元気な時の通勤方法として、新しいパターンを覚えました。「糺ノ森コース」と名付けましょう。
 
 
 
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2018年07月26日

アレッ!と思う時〈その5〉少し認知症?

(1)エレベータやバスで、降りるボタンを押し忘れていたため、そのまま通過して降り損なった時。エレベータならそのまま乗っていて折り返します。しかし、バスでは、ため息混じりに歩いて引き返すことになり、その足取りの重たいこと。

(2)小銭入れから硬貨を取り出し、チャックを閉めようとしていたら、掌に握り込んでいた硬貨をバラバラと落とした時。拾おうとして屈んだら、さらに財布から小銭が落ちて情けないことになります。

(3)冷蔵庫を勢いよく開けたものの、ハテ何を取り出すのだったのかが思い出せなくて、しばらく庫内を物色する時。これが、けっこう冷蔵庫の整理になります。もっとも、後で妻に、いつもの所になくて困るとしかられますが。

(4)2階の勉強部屋から大急ぎで1階に降りたまではよかったものの、さて何をしに降りて来たのかがわからなくて必死に思い出そうとする時。そんな時は、そのままもう一度2階に戻ることにしています。ただし、ついに思い出せないことが多いのはなぜでしょうか。

(5)仕事で高校に行くはずが、間違って大学へ行く経路の電車に乗っている自分に気付いた時。今日が何曜日で、何をする予定だったのかを思い出そうと、頭の中はフル回転となります。



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2018年07月15日

熱暑の中をお茶のお稽古で大和平群に通う

 昨日今日と、39度に届こうという猛暑です。
 今日の大和平群でのお茶のお稽古は、いつもの午後からではなくて、先生のお気遣いで早朝にしてくださいました。
 それでも、9時ころにはすでに暑さは始まっていました。
 平群町内を流れる龍田川の水も、いつもの力強さはありません。

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 山を登る途中の掲示板に、鑑真と長屋王に関する講演会の案内を見かけました。8月5日は、残念ながら行けません。またの機会を楽しみにしましょう。

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 朝ということもあり、坂道の中でもV字に登る急坂に日陰が多かったので助かりました。

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 濃茶のお稽古では、いつもと同じように背中が曲がっているとの注意を受けます。何とかしようと思いながらも、お点前の順番や手の動きに気を取られていると、つい背筋への注意が疎かになります。
 今日は特に、きれいに見えるようにと、手首の曲げ伸ばしや道具の扱いについて、細かな注意点やアドバイスをいただきました。
 昨春に東京を引き揚げてからは、月に2回のお稽古はほぼ守っています。なかなか上達しなくても、このペースで通い続けることで、自然とお作法が身に付いてくると信じてやっています。継続は裏切らない、と勝手に自分に言い聞かせているのです。

 それにしても、すぐに忘れます。指摘されて思い出すのはいいとして、そうだったかなあと初めてのことのように思う場面もしばしばです。すべてを加齢のせいにして、忘れることを畏れずに、思い出すことの楽しさを満喫するお稽古を心掛けるようにしています。そう割り切ってしまうと、意外と気持ちは楽になります。

 午後は、堺市周辺で用事ができました。いつものように単線の電車で生駒駅に向かうのではなく、王寺駅に下りました。久しぶりに来た王寺駅ということもあり、駅前に聖徳太子の愛犬「雪丸」のマスコットを見かけました。

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 この王寺駅の近くにある聖徳太子ゆかりのお寺から、我が家のお盆には読経に来ていただいていました。古代が日常に馴染んでいる生活をしていた十数年前を懐かしく思いながら、天王寺駅経由で移動を続けました。そう言えば、この経路で当時の大阪明浄女子短期大学に通勤していたのです。こんな時に、数十年の時差が一気に縮まります。
 電車の中は快適なので、日中の外気温は気になりません。しかし、油断しないようにと、自宅から持参のお茶を飲みながらの移動です。
 
 
 
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2018年06月20日

天変地異に弄ばれる中で折り合いをつける

地震の後、今日は大雨です。
早朝、JRの環状線が運転見合わせに。
地下鉄を使って天王寺駅へ。
阪和線では、始発の関西空港行きがホームにいました。
ラッキー!!

しかし、そうそう甘くはありません。
今度は、事故のために発車待ちだとか。
30分近くも車内で待たされました。
南に向かう電車は、徐行しながら走り出します。

日根野駅前から出る1時間に一本の学バスは、すでに出た後でした。
駅前からタクシーに乗って出勤です。

帰りも、和歌山から来る電車が遅れて来ました。
車内は満員で立ちっぱなしです。

とにかく、駅に着くと状況を素早く読み取ります。
そして、どの電車に乗るのかを即決します。
次の行動を瞬時に決断する訓練にはなります。
今さら、この歳になって、という気はしますが。

今年の梅雨はどうなるのか、夏の暑さは、秋の颱風は、冬の寒さは、と思いをめぐらしても、変則的な自然との折り合いをつけるしかありません。
 
 
 
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2018年06月04日

オイオイ!!と思うこと(6)街中で気になったこと

(1)ベビーカーを折りたたんだ状態で持ち歩く人がいます。子どもは片腕で抱えるか、カンガルーのような袋に入れた状態です。街中でも、バスや電車の中でも。腰のあたりに車輪が位置し、靴の裏のように汚れた車輪が、私の服を汚しています。

(2)エスカレータのステップに足を掛けた瞬間、後ろの方が私の後ろ足を踏まれたので、靴が脱げました。何か一言あってもいいのに、真後ろで素知らぬ振り。私が不安定な状態で靴を履き直すのを、チラリと見てプイッでした。

(3)近所で垂直の壁のタイルが舗道に落ちていました。数日後、壁面にシートが張られ、パイプで櫓が組まれ、補修工事が始まったのです。最近は老朽化した建物が多くなったこともあり、舗道でも上を見ながら、歩く場所を考える必要があるようです。

(4)バスの停留所でのことです。自転車の通行区分を示す色分けのラインが、バス停のスペースとかぶさっている場所があります。待っていると、そのエリアに自転車が突っ込んで来ます。椅子がないバス停では、自転車の方もそこがバス停だとわからないのか、気をつけろと睨んで走り去っていかれました。

(5)旅行でお出での方で、よく二三人が道幅いっぱいに広がって歩いておられます。しかも、大きなスーツケースを引っぱりながら。河原町通りなどでは旅人の前に出ることも出来ず、前から来る方も戸惑いながらのお見合いです。話に夢中に加えて、スマホを見つめながらの蛇行なので、余程語学に自信がないと声もかけられません。
 
 
 
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2018年05月30日

4つの会議のハシゴの後に研究会へかけつける

 大阪観光大学の2階にある国際交流サロンで、「第3回 観光と国際交流の研究会」が開催されました。

 学内では、教員として日々とにかく雑務に追われています。
 今日は、13時から15時までの間に、私が出席すべき会議が4つも組まれていました。そのうちの3つが同じ時間帯に設定されているものだったので、1つずつ巡回する形で出席する始末。
 結局、1つだけは出席できませんでした。
 そして、やっと会議から解放されたと思う間もなく、15時からは研究会が始まりました。開始ギリギリに駆け込むこととなりました。

 本日の研究会の案内文には、「午後のひととき、研究の輪の中へ、ご一緒に議論を交わしませんか?」とあります。しかし、その呼びかけとは裏腹に、重奏する時間と空間を泳ぎ回るという現実をかき分けながら、研究会になんとか参加とあいなりました。

日時:2018年5月30日水曜日
午後3時から午後5時まで
場所:4号館2階の国際交流サロン
発表者:湯浅 千映子氏
   (本学国際交流学部講師)
題目:ネットニュースの見出しの機能−
  NHK「NEWS WEB EASY」・「NHK「NEWS WEB」の比較−


 今日の研究発表は、ニュースに付けられた見出しから、わかりやすい日本語について考えるものです。日頃、ブログでタイトルをつけることで何かと苦労しているので、興味深く拝聴しました。
 内容は、一般向けと小・中学生向けの記事のタイトルを比較検討するものです。
 いろいろと刺激を受ける、有意義な発表でした。詳細は、後日活字になると思われるので、今はおきます。

 質疑応答で、私は次の6点について、確認と疑問を兼ねてお尋ねしました。

1、研究手法としては統計処理と思われることから、その場合は分母が300例では少なすぎないか。

2、このテーマは、日本語を通しての異文化交流と翻訳の問題になると思われること。

3、どのような人が見出しを作っているのか。新聞で関西と関東で見出しが異なるように、このニュースの事例でも、読者の想定によっては表現の違いが生まれていないのか。

4、漢語を使わないようにするとわかりやすくなる、という理解でいいのか。

5、ニュースの質によっては、見出しの分類が異なってこないか。例えば、政治・経済・文化・スポーツ・社会などに分けると、それぞれの見出しにはどのような違いがみられるのか。

6、NHKニュースを素材にするということは、話し言葉の研究になるはず。書き言葉の新聞の分析とは、傾向が異なってこないか。

 素朴な疑問をそのままお尋ねしました。特に、一般向けの見出しに見られる漢語を、小中学生向けにわかりやすくすると、その漢語が変質する傾向があるとのことには興味をもちました。これについては、現代における漢語とは何か、ということを考える上で意義深いものがあります。まだこれからの調査によるという項目はあったものの、今後の研究の進展が楽しみな、切り口が新鮮な発表でした。ますますの活躍を期待したいと思います。

 久しぶりに異分野の研究を伺い、心身共に活性化しました。こうした機会を得て、さまざまな分野の問題も考えて見たいと思います。
 
 
 
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2018年05月18日

うっかりミスで和やかな一日となる

 いつもより早めに高校に行きました。
 昨日までに、生徒が書いた課題としての小論文の添削は終えています。一人ずつにコメントも書いたので、今日はそれを返して、さらにもっといいものに仕上げてもらう日です。
 また、今日配る予定の、最新医療の問題を取り上げた新聞記事の印刷も終えました。

 さて、と思ったところへ、教えているクラスの生徒が職員室に来て、提出物はいつまでですか、と聞きます。そして、話をしているうちに、今日から中間テストが始まり、私の授業はないことに気付きました。そういえば、職員室はガランとしています。
 スケジュールの確認をしないままに来てしまったのです。あまりの忙しさに、いつも通りの行動パターンで、無意識に移動して来ました。とにかく、連日、2時間、3時間の移動が当たり前のようになっています。そのため、移動中にやる仕事のことがいっぱいいっぱいだと、資料を持って自然と身体が電車に乗ってしまうのです。変な習癖がついてしまいました。

 私は中間試験がない科目なので、教務からも特に連絡がなかったようです。試験問題の作成依頼がきていたら、こんな間抜けなことにはならなかったはずです。月間の行事予定を確認していなかった、私のうっかりミスです。どうも、まだ高校の進行パターンが飲み込めていません。

 教えている生徒が何人か職員室に質問に来ていたので、私も対応をしました。かつて高校の教員をしていた時のことを思い出しました。試験期間になると、校内はそれまでとはまったく違う雰囲気になるのです。職員室もしかり。

 そんなおかげで、溜まっていた生徒の提出物のチェックや、作文の添削が捗りました。
 国語科の先生とも、留学生に日本語を教えることなどの話ができました。日頃は、職員室と教室の行き来で終始するだけの日々なので、有意義な時間を過ごすことができました。

 帰りがけに、作法室の前で、茶道部の生徒と出会いました。今日は、部活としてのお稽古ではなくて、みんなで勉強をしているそうです。真面目な子たちなので、集中して勉強ができる部屋を確保しているのでしょう。
 いつかお茶を点ててもらおうかな、というと、いいですよとの明るい返事。京都からお茶菓子を持って来るよ、というと、笑顔で喜んでいました。

 昨年の9月からこの明浄高校に来るようになったので、まだ1年に満たないながらも、こうした会話ができるようになったということは、この環境に慣れたということの証しです。

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 帰り道は、いつものように駅前の明浄通商店街にある古本屋に立ち寄りました。
 この本屋さんは、小さなお店が本を持ち寄って並べています。書店ごとに手にしてほしい本ばかりが並んでいるので、結構おもしろいものがあります。最近は、この形式が流行なのか、出町柳にある桝形商店街の中の古書店もこの方式です。本選びにお店のセンスが感じられるので、いいことだと思います。

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 京都に帰ってから、その出町柳の花屋さんの隣で、金魚屋さんからメダカをいただきました。

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 東京にいるときは、こんな様子でした。

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 この内、ピンクと黒は京都に連れてきました。しかし、都の水が合わなかったのか、昨夏まで持ちませんでした。
 あれから一年。今日からは、京都生まれのメダカ5匹が住人として加わりました。
 この夏を、とにかく元気に越せるように、大切に世話をして育てようと思います。
 
 
 
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2018年05月14日

高校で小論文の授業(その4)

 このところ、いろいろと書いておきたいネタが多いために、やっと先週金曜日(11日)に高校で行なった授業の記録を書き残す順番となりました。

 教科書として配布した『特化型 小論文 チャレンジシート 看護・福祉・医療編』(第10版、2016年12月20日、第一学習社)で、最初の項目となる見開き2ページを確認しました。この日のトピックは「患者主体の医療」と「遺伝子診断と遺伝子治療」の2つです。

 順調に進めていて、下段にあった「重要キーワード」の説明に移りました。「自己決定権」・「セカンドオピニオン」・「再生医療」の3項目が並んでいます。生徒を指名して、まずは「自己決定権」を読んでもらおうとしたところ、「どこですか?」とキョトンとしています。場所を言っても、怪訝な顔をしています。横に行って読むべき場所を指し示そうとしたところ、そこには「チーム医療」という項目が立てられていて、「自己決定権」という項目はないのです。
 次の「セカンドオピニオン」と「再生医療」は、同じものが書いてあります。
 おっとっと、です。

 私は、教務担当の先生から受け取ったテキストを手にして授業に臨んでいます。先々週の4月27日に生徒に配った冊子と、私が持っているものの内容が違うようです。慌てました。
 奥付けを見比べて、やっと事情がわかりました。
 私のテキストは「第10版、2016年12月」で、生徒のテキストは「第11版、2017年12月」です。
 この「重要キーワード」の一部が、改定により、「自己決定権」から「チーム医療」に差し替えられたようです。
 とにかく、この項目は飛ばして、残りの2つの確認をしました。

 後で、この2冊のテキストを比べて見たところ、どうやらこのページのこの箇所だけが入れ替えられていることがわかりました。この分野の専門ではないので、どのような問題があって差し替えとなったのかはわかりません。また、改定されたことは、どこを見ても書いてありません。奥付けに「改定◎版」とか「補訂」という文字がほしいところです。

 参考までに、取り除かれた「自己決定権」の文章を引いておきます。

自己決定権

 生き方や生活のあり方を自分で自由に決める権利。医療では、患者が自らの生命や治療方針に関して最終的な判断を行う権利をいう。病名、病状、治療の選択肢や予後などについて十分な情報を得たうえで、治療の拒否権も含めた決定権を持つ。なお、人工妊娠中絶・受胎調節などに関する女性の自己決定権を、特に「リプロダクティブ・ライツ」と呼ぶ。(2頁)


 この後、「リプロダクティブ・ライツ」について調べました。どうやら、「人工妊娠中絶・受胎調節」というところに問題があるように思えます。確かなことが言えないので、ここではこれくらいにしておきます。

 このテキストで学習した後は、先般より書いている小論文「将来の目標と理由」の3回目として、完成版の作成に移りました。ただし、新たな条件を課して、「チーム医療」「セカンドオピニオン」「再生医療」の3つの内からいずれか1つのことばを入れて書くように、としました。
 慣れないことでもあったせいか、いろいろと質問に対応しながらの時間となりました。
 質問が出るということは、それだけ積極性が生まれたことです。大歓迎です。
 
 
 
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2018年05月01日

高校で小論文の授業(その3)

 先週金曜日の、高校での記録がうまくアップできていませんでした。
 あらためて掲載し直します。
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 授業を始める前に、生徒には、書いた小論文や配布物を時系列にファイリングして保管するための、A4の2穴ファイルを一冊ずつ配布しました。これは、担当する3年生の色となっている、ライトグリーンのものです。期せずして私の好きな色でした。

 続いて、先週書いた作文を添削したものを返却。先週から使い出した、A4のクリアファイルに、提出物を挟んだ状態で生徒一人一人とやりとりをしています。

 さらに、教科書として使う『特化型 小論文 チャレンジシート 看護・福祉・医療編』(第10版、2016年12月20日、第一学習社)も配布しました。これは、担当するクラスに最適な冊子です。これまで長い間、この小論文を担当しておられたH先生のアドバイスをいただき、私もこれを活用することにしました。
 この本には解答と解説の冊子が付いていたので、これも一緒に配りました。

 先週回収した小論文を添削していて、原稿用紙の使い方が徹底していなことに気付きました。そこで、論文で使う表現や語句を一覧できる資料とともに、原稿用紙についてのプリントも配り、基本的なポイントを押さえました。この配布資料については、「うちやまかずや・育達商業科技大學人文社会學院應用日語系(台湾)、http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/ron/rasii.html」を使わせていただきました。

 こうして、いろいろと配ったり注意をすることに手を取られ、一人一人に返却した小論文のコメントを個別に伝えるタイミングを逸してしまいました。鉄は熱いうちに、という鉄則を実行しないままに終わってしまったのです。次の授業は連休明け。アドバイスの時期が大きくズレることとなり、生徒には申し訳ないことをしました。2週間後に、何とかフォローしようと思っています。

 初夏の涼しい風が教室に吹き込む、爽やかな2時間でした。しかし、今年は6時間目と7時間目という、生徒にとっては一日の疲れがピークに達する時間です。勉強には、決して条件がよくありません。これから夏に向けて、生徒とともに、この疲れとの戦いを繰り広げることになります。眠気を誘わない、魅力的な教材と課題を工夫しなければなりません。また、新たな戦略を練って臨むことになります。相変わらず、悩みは尽きません。
 
 
 
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2018年04月23日

ユニバーサルシティ駅と大阪駅とでの会合に参加して

 ユニバーサルシティというJRの駅に初めて行きました。ここは、「ユニバーサル スタジオ ジャパン」があることで知られています。「ディズニーランド」も含めて、私には無縁の場所なので、来る機会がまったくなかったのです。

 入口近くに行くと、ジェットコースターからの絶叫や歓声が降り注いで来ます。かつて金沢文庫で単身赴任用の官舎に住んでいた頃、子供たちを連れて行った「八景島シーパラダイス」を思い出しました。こうした施設は、ストレスのガス抜き装置として、よくできていると思います。

 この駅に隣接するホテル京阪ユニバーサル・タワーで、大阪観光大学と明浄学院高校の教職員が一堂に会して、今後の運営に関する理事会側からの説明を受けました。少しずつではあっても、将来が明るくなって来ているとのことでした。

 その後は、国際交流学部の新任教員歓迎会が、大阪駅の北側にあるグランフロント大阪(北館地下1階)にある「世界のビール博物館」でありました。

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 このお店の向かいには、姉妹店である「ワイン博物館」があります。

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 会場となった15人ほどが入れる個室では、おもしろい話題が飛び交い、熱弁が響きわたるという、楽しい情報交換会となりました。大学が大阪南部と遠いのに、先生方は北摂地域からおいでになる方が多い職場です。その中でも、私は最北端の通勤者です。
 そんなこともあって、大学の先生方とは外で打ち合わせとか、仕事帰りに一杯ということがほとんどありません。それだけに、数少ないこうした機会は貴重です。

 世界のビールが飲めるお店に、国際交流学部の先生方が集まったのですから、銘柄はもちろん、原産地の情報も業界人かと思うほどプロ並みです。
 消化管と血糖値に課題を抱える私は、ウイスキーの水割りを一杯だけいただきました。
 美味しいお酒でした。
 
 
 
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2018年04月20日

高校で小論文の授業(その2)

 明浄高校の授業は、第6時間目と7時間目です。
 一日の内でも疲れがピークに達する頃です。しかも、2時間続きで小論文を書くのです。
 生徒にとって、これは大変だと思います。それ以上に、私も飽きさせないようにするための工夫で、とにかく大変です。

 とはいえ、昨年は体育の後の授業でした。9月から高校に教えに行ったので、プールの後は、生徒が髪を乾かすことなどでてんやわんやの状態の中でのスタートでした。しかも授業が始まると泳ぎ疲れもあってか、生徒たちは睡魔と闘っていました。冬のマラソンの後は、またもやぐったり。
 それに比べると、今年のように一日の最後の授業は、まだ去年よりも対処がありそうです。

 さて、今日は、先週書いた文章の添削を返却しました。
 題目は「将来の目標と理由」でした。
 生徒は返されたものを見ながら、書き直しをして清書をすることになります。
 一人一人の作文に、私が注意すべき箇所に赤線を引いたり赤丸を付けました。その箇所になぜ朱があるのかを自分で考えながら書き直すのです。字数も、800字以上になるようにと、いろいろと要求も出しました。

 また、前回はA4版の千字詰めの原稿用紙だったので、今回はA3版と2倍に拡大したものを使いました。予想通り、このA3版の方がいいとのこと。それではと、来週はB5版でやってみようと思います。
 勉強は、自分が一番使いやすい道具ですべきだと思っているので、まだ試行錯誤をしています。

 先週生徒が書いた文章を読んでみて、小論文ではなくて作文の域を出ていないことがわかりました。そこで、最初にこの違いについて説明をしました。
 その後で、実際に書き直しの清書となります。その時、机間巡視をしながら、前回の文章の問題点をメモしたものを手に、一人ずつアドバイスをして回りました。書いている最中に横からいろいろと問題点を指摘すると、慣れないこともあってか戸惑っていました。
 しかし、限られた時間の中での繰り返し学習なので、これでしばらくはやろうと思います。

 書き終わったものは、最初に一人ずつに配布したクリアファイルに、前回のものと今日のものを挟んで提出してもらいます。このクリアファイルには、大きめのシールに出席番号と名前を書いてもらったものを貼り付けてあるので、私の方は処理が楽です。
 来週は2穴のペーパーファイルを配布し、そこに綴じて各自が保存管理するようになります。この2穴ファイルは、今日事務から生徒数分を入手しました。

 こうして、着々と生徒の文章力アップのための学習プロジェクトが進行しています。
 折々にここに記し、その学習の展開と成果の有無を報告したいと思います。
 
 
 
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2018年04月13日

高校での初授業は「小論文」でした(その1)

 本年度の明浄高校での授業が始まりました。今年も昨年同様に、毎週金曜日が出講日です。
 担当科目は、高校3年の看護進学コースの「小論文」。

 幸いなことに、昨年の9月から教えていたクラスの持ち上がりです。昨秋からの半年間は、積極的に語りかけたり、いろいろと書かせたりしたので、生徒一人一人の様子がおおよそわかっています。
 年度があらたまったこともあり、少し偉そうに挨拶代わりに「他を想う」ということと、「答えは一つではない」という話をしました。
 いつも喋りすぎるので、早速、千字詰めの原稿用紙に「将来の目標と理由」という題目で書いてもらいました。
 作文の添削は、手間と時間がかかります。ただし、「論文」の指導と言っても、頭に「小」が付いたものです。「博士論文」の指導とは違います。看護師の試験対策のものなので、ポイントは絞られています。

 さまざまなテーマに取り組むことで、「考える力」と「まとめる力」と、そしてその次の「書く力」を着実に付けてくれることを願って対応していくつもりです。
 この若い子たちを飽きさせないように、いろいろな工夫を凝らして、文章を書くのが楽しくなるように仕向けていくようにしたいものです。なかなかの難題ではありますが……
 
 
 
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2018年04月01日

大阪中之島の中央公会堂での入学式

 今日も暖かな日となりました。玄関先のチューリップも、朝から赤だけが先に咲いています。

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 平成30年度・大阪観光大学の入学式が、晴れ渡った青空の下、大阪中之島にある中央公会堂でありました。会場の雰囲気にのまれることもなく、厳かに感動的な入学式が挙行されました。明日からは、若者たちの歓声が大学の校舎内に響くことでしょう。元気をもらえる、新年度の始まりです。

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 今から40年ほど前になります。大阪府立の高校で教員をしていた時、視聴覚観賞行事でこの中央公会堂を使いました。私が担当だったので、いろいろと検討を重ねた末に、デュークエイセスを呼んで男声コーラスグループの歌声を聴くことにしました。そして、司会役として私はこの壇上でマイクを握ったことを思い出しました。この公会堂は、私にとっても懐かしい舞台です。

 その公会堂に、今日は来ているのです。
 旧懐は、ちょうど1年前のこの日に至り、いろいろと思い出しました。
 昨年は3月31日まで、定年退職に伴う残務処理に忙殺されていました。「大阪観光大学国際交流学部に着任しました」(2017年04月01日)
 今でも、一昨年の年末からの4ヶ月間を思い出すたびに、よく頭の中が溶け落ちなかったものだと身震いがします。身体がよくぞ持ち堪えてくれたものだと思うたびに、茫然自失と言うしかない空白の時間が脳裏を去来します。生まれてこのかた65年の中でも、衝撃に翻弄され、大車輪の対応を強いられた、非常に息苦しい日々でした。

 この一年間も、それなりに暴風雨が吹き荒れていました。それでも、なんとかこうして入学式に列席し、同僚と今年のこれからを語り合えるのですから、平穏な日々の中にいるといえます。支えてくださっているみなさまには、心から感謝しています。

 昨年からの懸案の課題は、まだ数多く残っています。これまでがそうだったように、これからも多くの方々の手助けを得て、なんとかやり遂げたいと思っています。お待たせしている方々には、もう少し時間をくださいと念じています。ご迷惑とご心配をかけていることに恐縮しながら、身体に無理や負担をかけないように心掛けて過ごしています。
 体調はそれなりに、そして精神的にも安定してきています。平成30年度は、昨年度とは打って変わって、静かに始まりました。今年度は、自分らしい仕事をしたいものだと、あらためて気持ちを引き締めているところです。
 
 
 
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2018年02月23日

高校の最終授業日は版木などを回覧

 昨年9月から担当することになった明浄高校の授業も、今日が最終回。
 休んで自習にしたのは1回だけだったので、過密スケジュールの日々の中にもかかわらず、毎週よく通ったと言えるでしょう。楽しかったので、あまり疲れは感じませんでした。

 今日は、午前中の現代文の時間に、今回芥川賞を受賞した石井遊佳さんの『百年泥』をとりあげました。丁寧に作成したプリントをもとにして、その特質を説明したのです。
 その中で、「熟れすぎ」という言葉が出て来ます(393頁上段)。これは「うれすぎ」と読みます。しかし、そのすぐ後に「熟みわれたパパイヤ」とあります(393頁下段)。この言葉に関して、私は恥ずかしながら読むことができず詰まってしまい、午後の授業までに調べて来ます、と答えました。しかし、電子辞書を持っていた生徒が、「熟み柿」を「うみがき」と読むと書いてあるので「うみ」とよむのではないですか、と言うのです。ごもっとも。まじめな生徒たちは、こうして私を助けてくれるのです。良い子たちです。

 午後の文学史の時間では、今回の回覧図書として、まずは架蔵の版木を回しました。これは、『古訓 古事記』の木版刷りのための版木です。表面と裏面の両面に文字が彫ってあります。叩くと、カンカンと、乾いたいい音がします。生徒たちは、江戸時代の印刷本の舞台裏を知り、初めて見て触るものに興味深そうでした。ペタペタ触り、匂いを嗅ぎ、叩いてみたり、文字をなぞったりしていました。

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 次に、お札に描かれた人のシリーズということで、まずは福沢諭吉の『学問のすゝめ』を回しました。
 薄っぺらい、12枚の紙を綴じた冊子です。有名な割には貧相なぺらぺらのパンフレットみたいなもので、意外だったようです。

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 続いて、樋口一葉の『たけくらべ』。一葉の自筆原稿を印刷したものです。文字はまったく読めないと。でも、若草色の装丁は気に入ったようです。

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 夏目漱石の『こゝろ』も回しました。

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 ちょうど、私と対となる別の現代文の時間に、この『こゝろ』を勉強しているところだそうです。来週からの学年末試験では、その『こゝろ』が試験範囲だったのです。教科書にも、上の角度からの写真が挿し絵として印刷されているとのこと。一人の生徒が、今勉強している教科書の挿し絵を見せてくれました。この写真を見ていたので、その教科書に載っているのとそっくりそのままの本が回ってきて、びっくりしたようです。タイムリーな本の回覧でした。

 いずれも複製本ながらも、よくできた参考資料といえるものです。とにかく触って感覚で覚えよう、と言って、毎回代表的な作品の複製本や原本まがいのものを持参して、回覧してきました。印刷された文学史の教科書だけでは、本というものの実態が見えません。本屋さんの文庫本コーナーのように、書名の羅列と思ってしまうと、作品が生まれた時代のことや読者の存在が見えません。少しでも実物に近いものを直に手で触ることで、作品の存在価値や歴史が実感できると思います。これは、今後とも続けていきたいことです。

 昨秋より、それまでの若い先生の後に突然こんなひ弱な老体が現われ、生徒たちはどう思っていたのでしょうか。それでも、今日は放課後に教室で掃除をしているところを見ながら、いろいろと世間話をしました。お爺ちゃんと思ってか、よくしゃべってくれます。
 この半年間、教材研究に四苦八苦しながらも、高校生を相手に稔りある日々となりました。来週は学年末試験です。私の教え方はともかく、精一杯テストと格闘してほしいと願っています。

 帰り際に、「インド、気ーつけてな」と声をかけてくれました。来週の26日(月)に、私はもうインドにいます。この生徒たちとも今日でお別れであることを、あらためて後追いで実感しました。
 
 
 
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2018年02月20日

大学の8階まで階段で登り降りする

 今朝、乗り換えの京橋駅で、電光表示板を見つめてしまいました。
 以下の文字が流れていたからです。

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受験生の皆様体調管理を万全に、今までの頑張りを信じて試験に臨んでください! 京橋駅係員は受験生の皆様を応援しています。


 こうした励ましは、微笑ましくていいものです。

 今週は、大学の研究室棟に設置されているエレベータが、改修のために全面的に停止しています。

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 私の研究室は8階にあります。スポーツクラブでトレーニングをしていると思い、狭い階段を使いました。
 今日は、4回生の卒業論文発表会です。泉佐野地域の溜池、和太鼓集団、和食と醤油、だんじり等々、多彩な発表を聞きました。

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 私が卒業論文を書いたのは、もう40年以上も前のことです。研究分野がまったく異なるとはいえ、学生たちがよく調べていることに感心しながら聞きました。特に、先生方との質疑応答が楽しめた、和やかな研究発表会でした。
 
 
 
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2018年02月02日

歌詞が耳や目を通して高校生の心にどう届いているのか

 高校の日本文学史の授業で、今日は『閑吟集』(宮内庁書陵部蔵)の複製本を回覧しました。

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 これまでの古写本と違い、袋綴じであることに注目です。装幀は四つ目綴じで、縦横20cmほどの枡形の本です。黒板に模造紙を広げ、プロジェクターを使って、四つ目綴じの本の作り方を説明した画像を映写しました。この本のカバーにあたる帙も、作り方は簡単であることを、これも映像で確認しました。
 器用な生徒なら、いろいろなカバーや和綴じ本を作ることでしょう。身近なものとしてこうした和装本に触ったことを機会に、自分のノートや日記を和風に仕立てることを勧めました。

 『閑吟集』は、今でいうところの歌謡曲の本なので、そんな話でこの本の内容や性格を説明しました。生徒たちは、AKB48 や Kポップなどを聞いているそうです。自分の好きなアーティストの歌詞を集めた本があるのかどうかを聞いたところ、知らないと言っていました。

 私が小学生だった頃には、『明星』や『平凡』の付録として、当時流行していた歌謡曲の歌詞を集めた冊子が付いていました。姉が買ってきた雑誌の付録を、時々見ていました。昭和30年代のことです。ラジオで聴いた歌の歌詞が、こうした付録で確認できたのです。演奏用のコード進行が歌詞の行間にあったので、ギターで弾いて歌ったりもしていました。今なら、ネット経由で歌詞を表示させたり、歌詞のテキストを手に入れたりしているのでしょうか。それとも、歌詞を目で追うことはないのでしょうか。

 冊子に印刷された歌詞を目で追うのではなくて、歌を聴きながら歌詞を耳だけで理解や認識することは、どれだけ可能でしょうか。個人的な考えとしては、困難を伴うと思っています。いや、今の若者たちは、目で文字を追うことから自由になっていると思われます。こうした共通の話題を通して、今の若者像を自分なりに作り上げたいと思っています。

 流行歌と言っても、いつの時代も「はやりうた」はあるものです。楽曲そのものや、その歌詞の受容形態が変わってきている、と思われます。これは、メディアの変遷と密接に関係するものに違いありません。

 私は、アグネスチャンの私設後援会の会長をしていたり、モーニング娘。に関する資料を片っ端から集めていた時期があります。そんなことから、生徒たちが今の歌手や歌詞とどのように接しているのかは、大いに興味があります。しかし、授業という限られた時間の中ではほとんど聞き取ることはできません。かと言って、宿題にするわけにもいきません。長期休暇の宿題なら可能かもしれません。いつかまた、今年の夏にでも、歌詞が耳や目を通してどのように生徒の心に届いているのかを、調査してみるとおもしろいのでは、と思っています。
 
 
 
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2018年02月01日

孫が日本語を喋り出す直前の発声記録

 生まれて9ヶ月になる孫娘は、口にすることばが少しずつ増えています。
 これまでは、唇を使った「マ行」と「パ行」でした。
 これに加えて今日からは、舌を使った「ナ行」と「タ行」の音が出せるようになったのです。

……ないないないないにゃいにゃいにゃいにゃいないないにゃいにゃい……


 こうして、新しい音が発音できるようになっていくのに付き合うのは、心がウキウキするものがあります。その成長の過程が追体験できて、楽しくもあり、おもしろくもあります。今後の成長を応援する気持ちが、日々に膨らみます。

 古写本好きのお爺ちゃんとしては、さて変体仮名をどの段階でチラチラと見せるか、ということを密かな企みとして様子見をするようになりました。絶妙のタイミングを見計らっているところです。

 私にとっては、この子が音声と文字をどのようにして獲得するのかを見定める、興味深い実験台でもあります。自分の子供たちが成長する時には、こんな余裕はありませんでした。

 折々にここに報告します。その道の専門家の方への、研究資料としての情報となれば幸いです。子供をダシにしての資料提供で気が引けなくもありません。しかし、そこは広い心で、お役に立つ情報の公開ということで、許してください。

 さて、次はどんな音が出てくるのでしょうか。言語の専門家の方なら、ある程度は予測できるのではないでしょうか。コラボレーションとしてのご意見をお寄せいただけると、この実験がさらに楽しいものになるかと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | *身辺雑記