2020年09月15日

通勤途中にバスの故障で待たされて

 いつものように、「阪急茨木市」駅前から「阪大外国語学部前」行きのバスに乗ろうとした時です。バスの表示は合っているのに、なかなかドアが開きません。中では、運転手さんが慌ただしく動き回っておられます。
 これまでは、ここが始発ということもあり、発車までの15分近くは、バスの中で本を読みながら待っていました。しかし、今日はドアが締まったままです。バス停で、直射日光を浴びながら待っていると、バスの表示が「回送」に変わりました。
 やがて、運転手さんが降りて来られて、車の調子が悪いので別の車輌の手配をしている、とのことです。待つこと10分、到着した別のバスに乗り込むことになりました。20分ほど待たされて、ようやく発車です。
 戸外の暑いバス停で待っているのに、どうしてバスの中へ入れてくれないのだろうか、と不審に思っていました。しかし、運転手さんは必死でいろいろな所に連絡をして、代替車輌の手配をしておられたのです。発車できない事情を、バス停にいた5人に優しく伝えてくださったことで、不安は解消しました。
 現在どうなっているかという、状況を伝えることの大切さを知りました。
 
 
 
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2020年08月30日

利用者を一箇所に集めるロッカールーム

 今日は、お茶の稽古帰りに、東山駅の近くにある音の花温泉に行きました。ここは、広々とした露天風呂があるので、開放感に浸れます。夕陽を浴びながら、のんびりとしたひと時に身を委ねました。温泉も久しぶりです。

 それはそうとして、気になったことがあります。それは、入口でロッカーキーを受け取ってから、指定された番号のロッカーを使い出した時です。まもなく、別の方が私のすぐ右横のロッカーを使われます。少しすると、私の真後ろのロッカーに人が来て、また少しすると、その後ろの方の左横を使う方が来られました。あっという間に、4人の大人が、身体がぶつかるのを避けながら着替えをすることになったのです。ドアをいっぱいに開くと隣の方のドアが邪魔になるので、すみませんと言って狭め合います。

 ここは、そんなに混雑する温泉ではありません。

 さらには、帰る頃も同じ時間帯になるので、広いロッカールームのこの一角だけで、4人が相手のドアの開き具合に気を使いながら、どうもどうもと言いながらドアを開け閉めします。この広い部屋の中で、なぜ隣や後ろの方との接触に気を使いながら着替えるのか、不思議でなりません。
 このロッカールームは、150個のロッカーが並ぶ広い空間です。その中のピンポイントの一角に、利用者が固まって集められているのです。ソーシャルディスタンスなど無視というよりも、監視しやすいように一箇所に集中的に寄せ集めた、と言うしかない状況です。

 入口のスタッフは、自分が渡すキーの番号はわかっているのですから、場所を散りばめることなど簡単なことです。そうはしないで、キーの番号が連番になるように、一箇所に身体が触れ合うほどに利用者を集める意味は、どこにあるのでしょうか。

 このことは、スポーツクラブでもありました。今は自由にロッカーが選べます。しかし、以前は指定されたロッカーを使っていて、しばしば隣近所に利用者が同じ時間帯に集められていた、ということがありました。

 部屋を広く使いたくない、というのは、経営者側の都合によるのでしょうか。3蜜とはまったく逆の扱いを受けると、避ける方法がいくらでもあるだけに、その意図を知りたくなります。
 
 
 
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2020年08月11日

お寺さんをお迎えした夜は『源氏物語』の翻訳本紹介の番組を観る

 今年も、無學寺のお寺さんが読経を上げに来てくださいました。

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 元気で若々しいいい声で、ご先祖様に語りかけてくださいました。ありがたいことです。

 今年のお盆は、新型コロナウイルスのせいで様変わりのようです。
 京都新聞(2020年8月3日)には、「お盆参り、僧侶迎えて大丈夫? コロナ禍の今年はどうすれば…檀家訪問せず代わりの法要も」という記事が掲載されていました。
 お寺さんをお迎えする側は、「今年も家に来てもらって大丈夫か?」、「お茶を出すのは控えるべきか?」、「お坊さんに玄関でアルコール消毒を頼むのも失礼では」と、いろいろと思い悩んでおられます。
 お寺さんの方も、「毎年熱中症になりそうなので冷たいお茶とおしぼりはありがたいけれど、今年は期待してはいけない」、「アルコール消毒薬を携帯する。お茶はお断りして最初から最後までマスクは外さない」、「例年と変えるところは特にないが、お参り先でアルコール消毒などを言われた時はきちんと対応したい」と、こちらもさまざまな思いで回っておられます。
 宗派を問わず、今年はお参り自体を断る家も少なくないそうです。庭先で読経を、という例もあるとか。このご時世だからこそのことなのです。

 我が家では、普通にお迎えしました。特にアルコール消毒をお願いはしませんでした。冷たいお茶はお出ししました。
 読経が終わってから、少しお話をしました。今年は500軒の家を、お寺の方4人で、8月1日から回っておられるそうです。お参りを断わって来られたのは、30〜40軒くらいだとのことです。意外に少ないのだな、と思いました。
 地蔵盆などはすべて中止になっているので、幾分かは楽になったとはいえ、なかなか大変なスケジュールが組まれていました。お勤め、ご苦労さまです。

 夜8時からは、「朝日放送「これって私だけ?」で翻訳本『源氏物語』の表紙絵の紹介あり」(2020年08月06日)で紹介した番組を楽しみにして観ました。制作担当の方との打ち合わせ段階でほぼ内容は想定していたので、私が提供した画像がどのように使われるのかに集中して観ました。

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 話の流れの中で、本筋から少し離れたこの翻訳本の表紙がどのように視聴者に伝わったのか、気になる所です。イメージ映像なので、そんなに深い意味は持たせる必要はありません。しかし、少しでも関係すると、気になるものです。
 「画像提供:大阪観光大学 学長 伊藤鉄也」という右上の文字が意外と小さかったので、見逃した方が多かったのではないでしょうか。突然映し出された『源氏物語』の翻訳本の表紙絵に目が取られ、右上の文字にまでは気付かれなかった方が多いと思われます。(上の画像はサムネイルなので、クリックすると精細な画像で表示されます。)
 しかし、こうした機会があることを幸いに、大学の名前を少しでも広く知っていただけるように今後とも努力していきたいと思います。
 
 
 
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2020年08月10日

8月8日にいたずらで灯された大文字の送り火

 何とも情けないことが起きました。
 一昨日の8日午後11時ごろ、如意ケ嶽の大文字山に、「大」と読める光の点で形作られた字が、突然夜空に浮かび上がったのだそうです。それも、5分以上も。
 本来なら、8月16日夜、京都五山の送り火で「大」の字が灯ります。ただし今年は、新型コロナウイルスの影響で、この大文字山には6つの点しか点火されないと発表されています。このことは、次の記事で詳しく報告した通りです。
「京洛逍遥(633)今年の送り火は炎の点だけになります -2020年-」(2020年06月29日)

 大文字山には自由に登れることから、不心得者が勝手に山に登り、愚かな点灯といういたずらをしたとみられています。青白く人工的な光だったそうです。まだ、その真相は不明です。

 お盆に先祖の霊をお迎えします。そして、お迎えした祖霊をお見送りするのが送り火です。この、室町時代から続く日本の伝統的な文化や行事の意味が、悲しいことにまったく理解できていない人の仕業です。この人は、あるいは人たちは、16日に点火することの意味がわからない人なのでしょう。もし日本で勉強をした人であれば、教育の問題が、その背後にあるとも言えます。日本のことを教える余裕のない現行の教育制度の中で、英語さえ勉強すれば国際交流に対応できると大声で叫ばれていることの成果が、こうして表れたのだろう、と思っています。自国の歴史や文化を知らずに国際交流などない、という持論の延長で論じたくなります。ただし、今は自重しておきます。
 今日の大文字山は、こんな様子でした。

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 日本の文化や歴史を学ぶことの大切さや、伝統行事を守る人やそれを楽しみにしている人の気持ちを理解できる人を育てる必要性を痛感する事件です。
 
 
 
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2020年07月16日

通勤電車が込み合い出したこと

 通勤の電車が込み合い出しました。これでいいのか、大いに不安です。
 車中の乗客は、すでに社会的距離は保っていません。保てません。ギュウギュウ詰めの直前です。
 窓は開いているとはいうものの、息苦しい雰囲気となっていることには違いありません。
 仕事が始まり、学校も始まり、テレワークにも限界が見え出したこともあり、人々は家から出るようになりました。いつまでも家に籠もってはいられないのです。これは、致し方のないことです。とにかく、初めての体験なのですから、何事も試行錯誤です。この教訓を、秋口から予想されている新型コロナウイルスの第2波や、インフルエンザの流行に活かしたいものです。
 東京はともかく、関西は感染していると思われる人が増え出したとはいえ、ある程度コントロールされていると思われます。一気に人が溢れ出した駅を往き来しながら、感染者がこれ以上増えないことを祈るのみです。感染者というよりも、重症になる人が増えない施策を維持してもらいたいと思います。
 その意味では、マスクをする人が大多数であることはいいことです。会議やスーパーのレジでも、一定の距離を空けています。人が集まることに用心しながら、この調子で新しい生活を送れば、危機的な事態は避けられそうです。
 人々のモラルを信じて日々過ごすことを心がけるしか、我が身を守る術はありません。油断しないことを肝に銘じて、これからも安全な日常を送ることを心がけましょう。
 
 
 
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2020年07月10日

ハッチャンとメダカたち

 ここ数日、家を空けていました。
 ハリネズミのハッチャンと5匹のメダカたちは、元気に出迎えてくれました。

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 またしばらく我が家で、いろいろと世話をしてやれます。
 ハッチャンが病気をして、気を揉んだ時がありました。
 しかし、こうして元気になると、今にでも死ぬのではないかと心配したことが、今では嘘のように思い出されます。
 私と共に高齢者です。
 身体を気遣いながら、日々元気に過ごすことが一番です。
 私は、とにかく歩くことを心がけます。
 ハッチャンも、せっせと車輪を回しています。
 
 
 
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2020年07月01日

車中の隣で大揺れに船を漕ぐ女性への対応

 今朝の京阪特急は、長椅子タイプの普通の車輌でした。結構混んでいたので、座席はいつものスペースに隙間なく座っています。
 七条を過ぎたあたりだったでしょうか、隣に座っておられた女性の長い髪が、換気のために開いている窓からの風に吹き上げられて、私の頬をバサバサと打つようになりました。少し身体をずらすと、その方の頭が私の肩にドンと落ちてきました。相手の頭を肩で少し押し上げると、すぐに目覚めて姿勢を真っ直ぐにされます。しかし、やがてまた頭がこちらに倒れかかってきます。肩を押し上げると、また身体を起こされます。そんなやりとりを40分ほど繰り返しているうちに、私が降りる駅に着きました。
 そのまま立ち上がると相手の方はバランスを失って倒れかねないので、肩で突き上げると同時にサっと立ち上がりました。
 泥酔状態かと思われるほどに、その女性の身体は荒波に揉まれているかのように大揺れでした。こんな時には、どうしたらいいのでしょうか。ホームに降り立った時には、肩凝りと疲労感に襲われて、貧血になりそうでした。
 通勤は、そこからまだ1時間以上もかかります。早朝から、心身共に疲れはすでにピークです。

 就任初日ということもあり、今日は6つもの会議に出席しました。1つは欠席です。
 午前中にあった1つは、事務の方々に向けての学長就任の挨拶でした。15分のはずが25分も話してしまいました。すでに朝の電車でのことがあって、相当疲れていたせいでしょうか。私は、あまり持ち時間をオーバーしないで話すタイプです。疲れで、時間の感覚がずれていたのかもしれません。参会のみなさま、貴重な時間を余分に取ってしまい、申し訳ありませんでした。
 
 
 大学での話は「学長ブログ」(http://gakutyo.sblo.jp)をご覧ください。
 
 
 
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2020年06月30日

本日、学長と理事に選任されました

 本日、学校法人明浄学院の理事会で学長選任決議がなされ、私が大阪観光大学の学長と明浄学院の理事に就任することとなりました。

 大阪観光大学のホームページ(https://www.tourism.ac.jp/news/cat1/6872.html)に、この件が掲載されています。

 さらに、「学長ブログ」(http://gakutyo.sblo.jp)もスタートしました。

 この日を境にして、多くのことが新しく動き始めます。
 これまでと変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 なお、大阪大学 国際教育交流センター 招へい教授として取り組んでいる科研費による研究は、このまま来年3月まで続きます。

 何かと多忙な日々となり、多くの方々にご迷惑をおかけすることも多くなると思われます。
 現在の状況をご理解いただき、変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願いします。
 
 
 
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2020年06月12日

健康のために歩く日々の中での雑感

 今、私が一番行きたいのは「温泉」です。
 先日、有馬温泉の近くに住む姉から、私の病後を気遣うなど、近況確認の電話がありました。話をしながら、「温泉」に行きたいなぁ、という思いを強くしました。新型コロナウイルスのことがあるので、まだ、気ままに行くことは憚られます。車を持っていた頃は、それこそ、全国の温泉地へ家族と共に飛び回っていました。
 今回の新型コロナウイルスが一段落したら、まずは「温泉」に行きたいと思っています。一番近いところでは、鞍馬温泉でしょうか。

 毎日、近場を歩いています。お医者さんからは、とにかく歩きなさい、と言われました。
 昨日から梅雨入りした関西では、今日は傘を差したり閉じたりの小雨が降り続いていました。
 道端や軒先には、コンクリートやアスファルトの隙間から、雑草がピョンピョンと生えています。その逞しい生命力には感心するものの、その場所の環境が荒れているようなので雑草を見るのは好きではありません。自宅のまわりでは、妻が見つけ次第にヒョイヒョイと摘み取ってくれています。梅雨が長引くと、木や草が雑草と共に生い茂ります。これも、手入れを怠ると、荒んだ雰囲気の家並みや街路になります。地域住民の方々の爽やかな街にしようという心がけが、こうしたところから見て取れます。街歩きをしていると、こんな些細なことから、その一帯に住む方々の環境への思いが読み取れるので、雑草の存在を軽く見てはいけません。何気ない草取りは、身の回りの雰囲気や人の気持ちを明るくします。

 最近のニュースでは、「経営破綻」だとか「観光客の激減」という内容に注意が向きます。京都にいると、「観光客の激減」は歩いていると誰でも容易に実感できます。「経営破綻」となると、店頭に「閉店」のお知らせが貼り出されていることから、その一端は知ることができます。そう思って歩いていてると、我が家の周辺は閉店のお知らせは少ないように思います。何とか耐え忍んで来られたのでしょう。
 ネットショッピングは、頑ななまでにしない私は、お店に足を運んで自分で品選びをします。昨日も、河原町の四条と三条のあいだにあるBALに入っている丸善へ、本を買いに行きました。膨大な本が並んでいる棚を見ていると、読みたくなる本がおいでおいでをして来ます。この誘惑との闘いも、愉しみになっています。最近は、目次と奥付けを見てから買うことにしています。昨日は、5冊買いました。みんな、観光や観光学に関する本でした。まさに、今の興味や関心がそのまま反映した選書です。おもしろいものです。他のコーナーでも読みたい本がたくさんありました。しかし、同時進行で読む本は5冊と決めているので、現在読み進んでいる3冊に、この5冊の内の2冊を加えて、また読書生活を続けることになります。この、読む本の入れ替えは、誰にも邪魔をされない極上の楽しみの一つです。

 「アフター・コロナ」とか「ポスト・コロナ」とか、今後の新型コロナウイルスの先行きが話題になっています。現在の私の関心事からいえば、観光がこれからどうなるかのを見据える中で、「観光学」とは何かを考えるのが、今直面する課題となっています。これまでは、〈源氏物語の本文データベース〉〈平安文学の翻訳本〉〈視覚障害者と百人一首〉が自分に課したテーマでした。そこへ〈観光学の定義〉という異質なものが加わりました。新しいテーマを抱えるということは、心沸き立つものがあります。そのせいか、見るもの聞くもの、何でも「アフター・コロナ」や「ポスト・コロナ」というフィルターを通して受け入れています。昔(?)の概念で言えば「考現学」かもしれません。学部の卒業論文では、民俗学の視点から唱道文芸を扱いました。民俗調査などのフィールドワークも熱心に行なっていたので、「観光」を考える素地は持っていたのかも知れません。
 この年になり、新しいものに挑戦することの新鮮さと躍動感を楽しむことになりました。これからの日々は、自分の身体を気遣いながらも、これまでの課題とこれからの課題に挑戦し続けようとの思いを強くしています。
 
 
 
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2020年06月09日

ハッチャンとメダカたちと「京都市特別定額給付金」

 一時は寿命かと心配したハリネズミのハッチャンは、すっかり元気になっています。よく食べます。フラフラだった後ろ足で、今ではしっかりと歩けます。よく遊んでいます。ゴロリゴロリと転がりながら苦しんでいた頃が、今では写真を見ないと思い出せません。それでも、相変わらず人見知りが激しいので、食べるだけ食べるとサッサと寝袋の中に籠もります。夜になり電気を消すと、モソモソと出てきて運動をしています。

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 名前はないものの、5匹のメダカたちも元気です。みんな長生きをしているので、身体が一回りも二回りも大きくなりました。一匹だけ、少し小さいのが追いかけ回されており、いじめられているように見えます。しかし、気丈な性格なのか、他の4匹とは少し距離を取りながらも、元気にみんなと共同生活をしています。たくましい我が家の一員です。

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 本日、「京都市特別定額給付金 申請書」が突然送られてきました。
 給付対象者の家族欄には、ハッチャンと5匹のメダカたちの名前はありません。
 家族なのに、と思いながら書類を見ていると、その給付対象者欄の右端の「受取」欄が強調された印刷になっていて、そこには「不要」という文字が並んでいます。その真下には、「特別定額給付金を希望されない方は、不要 を○囲みしてください」と書かれています。
 これは、人の心を逆撫でする、相手を不愉快にする日本語表現だと思いました。日本語としての意味は正しいのです。しかし、これまでの経緯を考えると、これをここで言うか、と呟いてしまいます。無礼で鈍感な言葉だとしか言えません。日本語のセンスを問う以前の、稚拙な文字列です。日本語教育の必要性を痛感する、日本語の表記法につながる書類になっていると思います。他の表現法はなかったのでしょうか。
 
 
 
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2020年05月02日

オイオイ!!と思うこと(10)日常生活で

(1)先日、寒い日が2日ほど続いた時のことです。自動販売機で温かい飲み物を買ったつもりなのに、冷たいものが出て来ました。自分がよく確認しないままにボタンを押したせいとはいえ、悔しい思いで冷たいドリンクを飲みます。季節感が乏しくなった自分の判断に対して、アーアーッと、ついため息が出ました。自動販売機の内部で、〈暖〉から〈冷〉に切り替えられたスイッチは、外気の温度を判断して自由に変更はしてくれません。AIが進化したら、このことが可能になるのか、今から楽しみにしています。

(2)バスの中で右端に座っておられた女性が、出発するやいなや、厳かにお化粧を始められました。棒状の物を目の淵に当てて、しきりと動かしておられます。揺れる中で、危険だなと思いました。急ブレーキがかかると、棒が目に突き刺さるのではないかと、こちらがハラハラして気が気ではありません。今はウイルス感染が怖くて、バスに乗る方が激減しています。車内がガラガラだからといって、何でもできるのではないのです。状況の判断も必要です。これも、無防備に慣れ親しんだ日本人の実状なのでしょう。

(3)相変わらず、自宅を出るとフリーの「Kyoto-WiFi」が勝手につなげようとして、スマホの通信の邪魔をします。今は旅行者は皆無なので、このつながるまでの儀式に手間のかかるWi-Fiは、住民の日常には非常に邪魔です。次の場所に移動したりする短い間に、インターネットなどに接続できないからです。家を出る時に、スマホのWi-Fiは切る習慣ができました。しかし、家に帰ってから一々接続にスライドさせる手間を忘れるので、なんとも面倒で迷惑なことがいまだに続いています。

(4)昨日購入した目薬の使用期限は、外箱を捨ててしまうと本体には明記されていないので、いつまでだったのかがわからなくなります。外箱には、2年ほど先の期間が書いてありました。3、4年は大丈夫なので、面倒な本体への明記はしない、ということなのでしょうか。メーカーによって、容器本体に記載のあるものもあったように思います。統一できないのでしょうか。売る時だけのための使用期限の明記には、なにか理由があるのでしょうか。混乱の元だと思いますが。

(5)最近、宅配便が届くことが多くなりました。ドアホンが鳴ったので、家の中から画面を見ながら応答しました。しかし、自分が誰かはもとより、用件を言う気配すらありません。モニタを見ると、玄関の戸が開くのを今か今かと待っておられます。よほど忙しいのでしょう。サッと渡して、次へ行きたいのでしょう。しかし、せめて、「○○です、荷物をお届けに来ました。」くらいは言ってもらうと、「ハーイ」と言って玄関に出られます。そうでないと、反応があるまで「誰だろう」「何だろう」と、応答を待ってしまいます。さらには、今はご時世なのか、印鑑やサインは要らない、とのことでした。配達の前に来たメールには、「置き配」のことが書いてあります。手渡しを避ける方策の一つなのでしょうか。2メートル離れて渡す、とか、サインのためのペンを出さない、などなど、新型コロナウイルスに関連して、いろいろなことが変わりつつあるようです。礼儀も作法も常識も、この新型コロナウイルスが粉々に崩して行くように思えてなりません。
 
 
 
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2020年04月10日

アレッ!と思う時〈その 9〉加齢と老化の兆し?

(1)いつものように、ソニーのカメラで写真を撮りました。家で確認しようとしたら、メモリーカードが入っていないままにシャッターを切っていたことがわかりました。50年近く、ずっとソニーのカメラだけで通しています。それなのに、これまでにこんな失態は一度もありません。カードが入っていないことは、液晶画面の上の隅に、小さく「NO CARD」と表示されていることがわかりました。それにしても、シャッターが切れないような設計にできなかったのでしょうか。責任は自分にあるにしても、数百枚の写真がなかったことになり、何とも釈然としません。

(2)よく似ている人はいるものです。すれ違いざまに「〇〇さんだ」と思い、相手の顔をよく見て挨拶をしようとしました。しかし、相手はまったく素知らぬ振りで過ぎ去って行かれました。アレッ、違ったのかな、と、しばし立ち止まって思い出そうと記憶をたどります。思い出せないままに、いつしか忘れ去っています。

(3)自分の年齢を間違えていた時がありました。昨年の初夏から秋の誕生日まで、1歳多く答えたり、書いたりしていました。誕生日を迎え、指摘され、アレッと気がついたのです。この年になると実害はほとんどありません。しかし、自分の立ち位置の曖昧さを痛感することになりました。それにしても、これからも毎年、1歳ずつカウントアップできるのか、我ながら心配になります。

(4)バスの中で、突然長イスのお隣に座っておられた方が立ち上がり、少し前のスペースに移動し、手すりに摑まり立ちされたのです。アレッと思いました。車内は空いていたので、私との距離を取られたのでしょう。新型コロナウイルスから身を守るためでしょうか。しかしとっさには、その方の行動の意味がわからず、私が何かしたのかと思いました。相手と2メートルの距離を保つことは、まだ文化として違和感を感じる場面が多いようです。

(5)病院で順番待ちをしていて、本を読んでいたらつい自分の番になっていることを忘れます。順番を待つ人が多いので、呼ばれるまでの時間が、日によって違います。ただし今は、京大病院の場合は専用のカードを作ったので、待つことがなくなりました。何かと動作がゆっくりしてきた高齢者にとって、これは大助かりです。最小限のステップで精算などが終わるので、気が抜けるほどアッという間に帰れます。
 
 
 
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2020年03月28日

不要不急の外出は自粛の日々の中で

 このところ、新型コロナウイルスの感染や被害に巻き込まれたり、拡散に関わらないようにと、必要最小限の外出を心がけています。
 そんな日々の中で、「この世に生存していたことの証明も兼ねて、日々の雑録を記しています。」ということを標榜しているブログなので、ここ数日の写真を整理してアップしておきます。

 年度末の残務整理もあり、今週は箕面キャンパスに行きました。そして、一昨日は研究棟のすぐ前の広場で、卒業式の華やぎの中に身を置くことになりました。
 大学全体の卒業式は中止となり、豊中・吹田・箕面の各キャンパスで、各学部ごとに学位授与が行なわれたようです。卒業式は、成人式とともに、女性のためだけの晴れの日となっています。男性は、ほとんど注目されることもなく、出番もないので目立ちません。この文化は、何とかしたいと思いながら、今は何もできない立場となり、心がざわめきます。女性だけの式典を続けることは、日本文化の退化を促進すると考えています。いつか、どこかで、だれかが狼煙を上げてくれることを待ち望んでいます。

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 日々の散策は、賀茂川と高野川の合流地点である出町柳から北の地域に限定しています。
 今日は、高野川に架かる橋から比叡山を望む景色を、買い物がてら見てきました。
 ここは、川幅も狭く、少し水が濁っていました。桜はまだです。鷺と鴨は、賀茂川に負けず劣らず元気です。

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 出雲路橋の柱に「竣功」という文字を見かけました。一般的には「竣工」であっても、橋や神社仏閣などでは、この「竣功」が使われると聴いていました。実際に見かけたので、確認の意味でアップしておきます。

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 お店のトイレに、「男性も座ってご使用ください」という表示を見かけました。男の小については、異論や苦情が多いことは知っています。これは、文化の問題であり、ぜひとも性差別の問題として幅広く議論してもらいたいものです。気の弱い男性は、この問題には口を挟まないようにしているように思えます。私は、この強制に違和感を持っています。女性の意見がまかり通っています。しかし、性差と文化を考える中で、不愉快でない議論と結論を得たいものです。そのためには、業界がもっと考えを整理すべきだと思っています。便器メーカーは無責任だと思っています。

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 時間が空いた時に、日々増え続けるコーヒー豆の使用後の粉を、ティーバックの入れ物に詰めました。一月で30個くらいできます。消臭剤として、冷蔵庫や靴箱や戸棚の中に置いています。生ゴミの袋の中に、あらかじめこの粉を振りかけておくと、匂いが気になりません。

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 我が家で居候中のハリネズミのハッチャンは、ほとんど寝ています。しかし、よく食べ、よく遊んでいます。リンゴが大好きです。

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 今年度も、残すところあと3日となりました。今、やり残している膨大な仕事を抱え、めまいがする日々です。やってもやっても、まったく捗りません。お待ちいただいている方々には、本当に申し訳ないことです。それでも、何とか帳尻を合わせますので、いましばらく猶予をください。
 
 
 
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2020年03月18日

バスの座席から押し出された不可解な体験

 いつものように、仕事帰りに四条河原町からバスに乗った夕刻のことです。

 長い列の中程で、バスを待っていました。すぐ後ろにいた白髪のオジサンが、やたら体を寄せてこられます。年格好は、私と大きな違いはなさそうです。体格は、私よりも倍はあります。年寄りの方によくある態度なので、前に行きたいのかと思い、少し身体を引いて、前にどうぞというサインを送りました。しかし、それならお先に、と前へ行くのでもないのです。このご時世、こんなところで身体をくっつけるのも嫌なので、少し前に動くと、また詰めてこられます。新型コロナウイルスのことが、頭をよぎります。しかし、気持ちが悪くても、どうしようもありません。

 バスが来たので、順番に乗り込むことになりました。その後ろの方は私を抜かして、隙間から割り込んで乗ろうとされるのかと思いきや、そうする気配は見せながらも、そうなさるわけでもありません。その後ろからの不穏な気配を感じながら、私が一歩早くステップに足をかけることになりました。そして、乗り込むと、入口からすぐ横の席が空いていました。その席に座ろうとして、私が前屈みになって腰を下ろしかけた時のことです。その真後ろから乗ってこられた方は、私の肩を押すようにして、自分のお尻を巧みに使って割り込もうとされるのです。肩からかばんをはずし、座る態勢に入っていた私は、座席の前に押し出されました。転ぶのをやっとこらえ、何事かと思って振り向くと、ご自分は何食わぬ顔をして座るや否や、iPadを取り出して画面を見つめておられます。

 そんなに混んでいるバスではありません。後ろはスカスカに空いていたので、私はそちらに移動して座りました。
 前方に、その方の姿が見えます。手術後はメガネのフレームもなく、その方の様子もよく見えます。ところがなんと、乗ってから2つ目の停留所で降りて行かれました。

 一体、何をどうしたかったのか、その方の心の中がわかりません。心理学的には、こうした行動はどのように説明するのでしょうか。とにかく、興味深い体験をしました。
 
 
 
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2020年03月01日

何もしない日(3月)

 3月になりました。
 2019年度も最後の月となりました。
 年度末で慌ただしい月となります。
 まずは、初日の今日は、何もしない、何も考えない1日です。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
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2020年02月21日

デューク・エイセスの吉田さんの訃報を知って

 今朝の新聞に、「デューク・エイセス」のセカンドテナーだった吉田一彦さん(84歳)がお亡くなりになったことが報じられていました。

 本ブログの「大阪中之島の中央公会堂での入学式」(2018年04月01日)で、次のように書きました。

 今から40年ほど前になります。大阪府立の高校で教員をしていた時、視聴覚観賞行事でこの中央公会堂を使いました。私が担当だったので、いろいろと検討を重ねた末に、デュークエイセスを呼んで男声コーラスグループの歌声を聴くことにしました。そして、司会役として私はこの壇上でマイクを握ったことを思い出しました。この公会堂は、私にとっても懐かしい舞台です。


 この出演依頼の経緯と調整にあたっては、吉田さんが大阪のご出身だったこともありました。
 「デューク・エイセス」は、2017年に解散。「にほんのうた」シリーズの「いい湯だな」や「女ひとり」、そして「遠くへ行きたい」などは、今も多くの方が歌えると思います。私の個人的な記憶では、「鉄人28号」や「忍者部隊月光」、さらには「ララミー牧場」も蘇ります。

 一昨日(2月19日)の記事、「若者と話をしていて「死語」とか「廃語」について考える」で、5つの言葉を引きました。実は、ここには揚げなかったものに、「ダークダックス」「デューク・エイセス」「ボニージャックス」がありました。若い方々は、この四人組の男声コーラスグループのことは、まったく知らないとのことでした。そのため、例示の中には含めませんでした。来週、「いい湯だな」や「女ひとり」という歌は知っているのか、聞いてみることにします。
 
 
 
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2020年02月19日

若者と話をしていて「死語」とか「廃語」について考える

 科研運用補助員として研究協力をしてもらっている学生さんと話をしていると、単語が共有できないことがしばしばあることに気付かされます。私が使う単語を、聞いたことはあるが、とか、知らなかった、と言われると、世代間のギャップをストレートに肌身に感じます。
 たとえば、こんな言葉がそうです。

「アベック」
(ホームランで聞いたことがあるとか)
「ザ・ピーナッツ」
(映画『ゴジラ』の話をしていて)
「スラックス」
(私は「パンツ」に違和感あり)
「デート」
(近所の喫茶店の名前でもある)
「VHS」
(私はソニーの「β」派でした)

 よくわからないながらも、なんとなくわかる、という程度の言葉が、いろいろと出てきます。いつの時代にもあることだとしても、実際に話をしていてこの異文化世代の反応にぶつかると、少なからずショックは隠せません。これらがカタカナ語なので、言葉と世の移り変わりに関連するのかもしれません。
 私は使わない言葉で、もう通じなくなっていると思われるものは、「E電」とか「ナウい」をすぐに思いつきます。これらを、「死語」とか「廃語」というそうです。歳と共に、こうした言葉が増えていくようです。寂しくなるというよりも、自分が伝統と文化を持ち続けている貴重な世代だ、と、かえって誇りに思いたくなります。
 この問題に関する研究成果もあることでしょう。「新語・流行語」に関する位置づけとも違うようです。それよりも、自分の生活の中で直面し、目の前で話題になったことなのです。生きた経験値を伴う出来事であることに、意義深いものがあると思います。言葉の生き死にの、その根元が知りたくなります。
 こうした言葉を挟んで、今、若者と接しています。得難い視点をもらっているチャンスなので、この機会を大切にしたいと、あらためて思います。まさに、翻訳本の調査研究で異文化間コミュニケーションを考えながら、研究支援者とのやりとりの中でも異文化間を泳ぐ日々にいるのです。楽しくておもしろいテーマと格闘しています。
 
 
 
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2020年02月18日

不安な世相に戸惑うばかりです

 今朝、外の草木がうっすらと雪に覆われていました。
 一転して寒い1日の始まりです。
 今朝の大阪の地下鉄は2時間も遅れました。
 駅で異臭がしたことが原因だそうです。
 連日、コロナウイルスやインフルエンザが報じられています。
 これまでに体験したことのない事態に、様子見をするばかりです。
 65歳以上で糖尿病患者である私は、毎日体温を測っています。
 今のところ、36.9度までに留まっています。
 箕面にある研究室は、90平米という広さがあります。
 ここに7人が籠もって、平安文学情報の収集や整理にあたっています。
 幸い、密室ではないので、のびのびとしています。
 入口には、消毒用のノンアルコールとアルコールのスプレー2種類を置いています。
 総合研究棟の6階は、私の研究室だけで独占しているので、人の出入りはありません。
 今日は、帰りのバスや電車が渋滞に巻き込まれることもなかったのです。
 予想外に早かったために、乗り換えがスムースでした。
 いつもは乗れない電車に乗り継げました。
 河原町から乗ったバスの車窓からの景色は、これまでとは様相を異にしています。
 人通りが絶えた夜の雰囲気があります。
 車が少ないせいか、バスもスイスイと走ります。
 家には、いつもよりも30分も早く、1時間半で着きました。
 街中では人も車も少なくて、何かと滞ることがなさそうです。
 こうした社会生活が待ち望まれていたように思います。
 しかし、実際に実現したかのような今の様子は、何となく不気味です。
 商売をなさっている方は、突然のことで途方に暮れておられるようです。
 いつまで、このような状況が続くのかわかりません。
 これを機会に、社会生活が一変していくような気配を感じます。
 得体の知れないウイルスが、どのようにして収束するのか注目しています。
 過剰に不安がることはないと言われています。
 それでも、何となく不安な思いをさせる世相に、戸惑うばかりです。
 
 
 
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2020年02月03日

何もしない日(2月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、今年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
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2020年02月02日

大和平群で丸卓を使ったお茶のお稽古

 今日は、京都市長選挙の日です。朝早くに、少し南に下ったところにある地域の投票所、下鴨小学校まで歩いて行きました。ここは避難所にもなっています。しかし、実際に災害があった時に、ここまで歩いて行くよりも、京都府立大学や植物園に行くか、河原に出た方が近いのです。その時の判断によって、どちらへ行くかを考えようと思っています。

 コロナウイルスの感染者は、関西方面では奈良が最初でした。その奈良へ、お茶のお稽古に行ってきました。出がけには、感染のことで少しためらいがありました。しかし、最近は特に感染者に関するニュースは報じられていないので、いつものように出かけました。

 大和平群まで電車で2時間。特に、大和西大寺駅での乗り換えは混み合います。人混みを避けるようにしてのホームの移動です。車中で、マスクをしていない方で咳をする方が何人かいらっしゃったので、少し緊張しました。念のために、車輌を移りました。

 龍田川は、いつものように流れています。定点観測のつもりで、いつも写真に収めています。

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 今日は、丸卓を使った運びの薄茶のお稽古をしました。前回は「入れ子点前」でした。微妙な違いがよく理解できていないので、何箇所かで戸惑いました。どうも、まだその違いが身に付いていません。
 お茶室を出入りする回数はもとより、最後に水次を使うかどうかや、棗を丸卓の上に置いて帰るか持ち帰るかなどなど、書き出すといろいろと違いはあります。そうした中で、丸卓の上には棗と柄杓と茶碗が残されている、という最終形態の風景が気に入っているので、この棗を残すお点前である「入れ子点前」を、特に習得することを当面の目標にしようと思います。
 まずはこれを、そしていろいろなお点前を、というステップでお稽古を組もうと思います。相変わらずわがままな生徒です。

 帰りの電車の中でも、マスクをしていない方が咳をしておられました。身を守るために、違う車輌に移りました。周りをキョロキョロしながら、乗客の様子を見ていました。結局、竹田駅で乗り換えず、京都駅まで出て、バスで帰りました。当分の外出は、こうして状況判断をしながらとなりそうです。
 
 
 
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2020年01月16日

ハッチャンの家が東京から届きました

 突然、東京から京都に移り住むことになったハリネズミのハッチャンは、一日中眠り続けています。
 夜中になると、ゴソゴソしています。
 昨日、これまでハッチャンが住んでいた家が、東京から届きました。
 セッティングをしてから、ソッと移しました。

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 まだ慣れないこともあってか、陶器の隠れ家に頭を突っ込んで寝ています。

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 大好きだというリンゴを置いても、食べる気配はありません。
 今夜、食べるのでしょうか。

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 夜の11時。ようやくお目覚めです。

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 環境が急に変わったせいか、ご機嫌斜めの様子。

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 それでも、お腹が空いたのか、食べ物に興味を示しています。

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 とにかく、のんびりとマイペースのハッチャン。
 気長に付き合うことにします。
 
 
 
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2020年01月14日

ハリネズミのハッチャンが空路ANA便でやって来ました

 ハリネズミのハッチャンが、東京(羽田)から飛行機に乗って大阪(伊丹)経由で京都へと、一人旅をしてやって来ました。

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 今夜から家族の一員です。
 以下、飼い主だった息子からの伝言です。
 忘れないように、ここに転記しておきます。

【基本情報】


名前:ハチ

名前の由来:忠犬ハチ公を見て号泣したため

誕生日:2016年10月1日

性別:オス

好きな食べ物:リンゴ

性格:ビビリでマイペース
  滑車で遊ぶのが大好き

【ハリネズミの特徴】


・幸運のシンボル
 エジプトではハリネズミは幸運のシンボルとされている

・夜行性
 昼間は大体寝ていて、部屋が暗くなると活動を開始する。光が嫌い。

・単独行動
 ハリネズミは一人が大好きで、多頭飼いすると早死にすると言われている。

・トゲは普通に痛い
 怖いことやビックリすることがあると、フシュッ!と言って全身の針を尖らせる。
 刺さると普通に血が出るので、専用手袋は必須。手袋をしていると痛くない。

【飼い方】


・餌と水は1日1回交換
 水大量、餌大量に入れておけば3日は大丈夫。

・くるみクズは1週間に1回交換
 1週間に1回交換すれば臭いはほぼしない。

・1週間はリンゴをあげる以外はほったらかしにする。
 まずはこの家が安心な場所だと覚えさせる必要があるので、何もせず快適な環境にする。

・1週間はリンゴをあげるだけのコミュニケーション。
 リンゴは1日1,2回あげて、安心な場所だと覚えさせる。

・夜はできるだけ真っ暗にする
 真っ暗だとよく行動するので、黒い布をかけるなどする。

・温度を20〜25度に保つ
 最重要! 寒がりなので、この温度を維持してほしい。


 我が家の居候は、これまでのメダカが5匹。

200114_medaka.jpg

 そこへ、このハッチャンが加わることになったのです。
 老夫婦と6匹の生活となります。
 さて、これからどんなことがありますか。
 新年始まって最初の大ニュースです。
 
 
 
 
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2020年01月10日

何もしない日(令和2年正月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、そういつまでも身体は持ちません。
 そこで、昨年の正月から、何もしない日を毎月1日は作っています。
 
 
 
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2020年01月09日

携帯電話を置き忘れる失態

 つい、うっかり、悔みきれない失態をしてしまいました。何と初めて、携帯電話を外出中に座っていたシートに置き忘れてしまったのです。
 大型ショッピングセンターで本を買い、それを鞄に入れるためにフリースペースにあった長いソファーに腰を落ち着けました。座った時に、ズボンのポケットに入れてあった携帯電話が邪魔になったので、取り出して膝の横に置いたのがいけませんでした。
 買ったばかりの本の目次をパラパラと見てから鞄に入れ、そのまま同じ階にあるスポーツクラブへと急ぎました。その時、携帯電話をソファーに置いたままで立ち上がったのです。ダウンのコートを着ていたので、その裾が広がっていたことで見えなかったようです。
 1時間ほど泳ぎ、お風呂から上がって着替えている時に、携帯電話が見当たらないことに気づきました。忘れた場所は思い当たります。すぐにソファーがあったところに行きました。すでに1時間半以上は経っているので、そのままあるはずがありません。近くのお店の方に忘れ物を受け渡しする場所を聞くと、1階中央にあるインフォメーションセンターだとのこと。すぐに行くと、保管されていた私の携帯電話を、すぐに渡してもらえました。聞かれたのは色とメーカー名でした。そして、取り出された携帯電話に対して指紋認証で画面のスリープを解除すると、それで私のものであることが確認されたのです。書類に住所氏名を書いて終わりという、迅速な対応でした。指紋認証の意外な役割を実感しました。
 携帯電話は、なくすと遠隔でデータを消せるし、電話機の追跡もできます。落とし主の手元に返る確率の高い品物だと言えるでしょう。それはさておき、忘れ物として届けてくださった方には、お礼申し上げます。ありがとうございました。
 それにしてもうっかりミスを、新年早々しでかしました。今年は、慌てず騒がず、マイペースで日々を送りたいものです。注意力が散漫になっているようなので、若い頃のようにテキパキとは動けません。どうぞみなさま、モタモタしていても急かさないで、温かく見守っていてください。
 
 
 
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2019年12月31日

今年もありがとうございました -2019-

 あと数十分で新年を迎えることになります。
 2019年も無事に終えることができます。
 多くの方に助けていただいて過ごせました。
 この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
 2020年もどうぞよろしくお願いします。

 我が家の玄関先にも注連飾りを掲げました。
 注連飾りは「一夜飾り」にしないそうです。
 そう言われ続けているので昨夜つけました。

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 また新しい年にどのようなことがあるのか。
 新たな出会いに満ちた日々になるでしょう。
 いろいろなことにチャレンジする予定です。
 末長いお付き合いをよろしくお願いします。
 
 
 
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2019年12月30日

形ある物としての本を処分すること

 今年も、本に悩まされました。
 本年3月に、突然とでも言うべき理不尽な理由によって、研究室を出ることになりました。
 3年前の3月に、東京立川の職場と江東区の官舎から、京都と大阪に大量の荷物を移動させました。もちろん、大半が本の詰まった段ボール箱です。
 大阪南部の研究室に移動して来た専門的な内容の本は、しばらくは安泰だと思っていた矢先のことでした。今度は、大阪北部に移動させることになったのです。150個の段ボールに詰めた本は、その分量はともかく重さが半端ではありません。
 幸い、新しい移動先の研究室は90平米もある広さなので、置くスペースは十分です。

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 いまだに新研究室に運び込んだ本の整理が終わっていないのですから、これにかけるエネルギーと時間は膨大なものが費やされています。いやいや、自宅においても、すでに東京を引き上げて来て3年が経とうとしているのに、いまだに未開封の段ボールが、押し入れに投げ込まれています。必要になった本を手にしたい時に、段ボールの側面に書かれたメモを頼りに、やおらガムテープを剥がして本を取り出しています。
 それにしても思います。なぜこんなに本を持って移動し続けなければならないのか? と。
 資料集や参考書であれば、折々に見て確認することがあるので、身近な場所に置いておく必要があります。しかし、研究書や雑誌論文を収めた本や冊子に加えて読み物としての本は、必要な時に手にできればいいのです。そのために、京都府立京都学・歴彩館の近くに終の住み処を定めたはずです。しかし、やはり手元に本を置いておきたいために、多くの本を処分する勇気がなかなか出ません。
 一度読んだ本は、自宅に置いておく必要はなくて、図書館や資料館に寄贈すればいいと思いました。しかし、実際には引き受けてもらえない現実があります。よほど貴重な本でない限りは、図書館などでも重複してしまうのです。
 また、本を購入した際には、読み終わったら購入したその書店で引き取ってもらえるといいとも思いました。しかし、これも手放す方はそれで開放されるとしても、書店としては引き取ってからの処置がややこしいようです。本には、定価というものが付いているので、いろいろと問題も多いようです。勢い、ブックオフなどの存在意義がでてきます。しかし、私はブックオフに本を引き取ってもらったことがありません。本がかわいそうに思えるからです。突然、自分の心の中に、本に対する愛着が芽生えるのです。それを書いた人、刊行した出版社の方々の顔が浮かぶのです。
 読み終わったら持て余すことの多い、物としての本は、どうあるべきなのでしょうか。
 電子ブックという新しい流れがあります。しかし、私は光の点が構成する文字というキャラクタの連続に目を走らせると、すぐに目頭が痛くなります。新しい技術であり文化なので、まだ慣れないからでしょうか。特に少し専門的な内容の本は、電子ブックになっているものは少ないし、あっても考えながら読むには適さないように思います。紙に印字された文章を読む方が、私には安定して、書かれている内容が理解できます。この安心感は得難いものです。
 小説にしても、紙の質や本の重さも、読書の楽しみの一つとなっています。読み進むにしたがって、その前と後ろの厚さが移動していきます。長編小説を読むことが大好きな私は、この自分の現在位置を示す本の厚さは、読み進む上では大切な情報です。これが、電子本では、質感も分量もページをめくる感触もないので、気が抜けてしまいます。だだッ広い野原に、文字を集めたデータを与えられたように思ってしまいます。宙ぶらりんの状態での読書は、手応えがありません。
 もちろん電子版は、キーワードで探しやすいし、何かに引用するときに重宝します。私の科研では、『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』『平安文学翻訳本集成〈2018〉』『海外平安文学研究ジャーナル』(既刊6巻)などの電子版をホームページから公開しています。海外の方々などは、本の入手が大変なので、こうした電子版はダウンロードすれば読めるので歓迎されています。その効用は理解しています。しかし、それは確認のための活用に向いているだけだと、私は思っています。
 なお、漫画本は、電子本でもいいのではないか、とも思います。これは、画像としての画面を楽しむことに起因するものだと理解しているからです。
 厚さがあり、重さがある物体としての本は、家の中の場所を取ることが一番の問題でしょう。木造の家に住んでいる私などは、本の重さは死活問題です。すでに家が傾いています。家の中の柱の位置は、私にとっては大切な情報です。そのためもあって、いかに手際よく本を処分するか、ということに悩まされ続けているのです。
 著者や出版社には申し訳ないことです。しかし、読者の立場も何かと大変です。購入するのはいいとして、読んだ後はそのほとんどを手元から遠ざけないことには、居住生活に影響します。
 これは、みなさんが直面している問題かと思います。
 本の流通と、その本の読後の取り扱いについては、これからも悩み続ける問題といえそうです。今、私にできることは、1冊でも多くの本を人に差し上げることと、心ならずもゴミとして処分することです。いずれは、食べ残しのゴミに近い性格の問題として、本の後始末が問題になるかもしれません。これは飛躍しすぎとしても、とにかく本をきれいに処分することは喫緊の課題なのです。海外では、図書館がこの問題に救いの手を差し伸べている実態を見てきました。しかし、日本ではまだまだ個人が本を購入して、個人で管理している現実があります。
 多くの関係者に、大変失礼なことを書いているかと思います。しかしながら、自分をごまかしながら現実には本をどんどん捨てている日常を思い、とりとめもない雑駁な考えで今の自分を振り返ってみました。
 先日も、何万円もする本を数冊、燃えるゴミと一緒に出しました。いろいろな方の顔が浮かぶ中を、私にとっては毎月の仕事と化しています。いつまでこんなことをするのか、させられるのか。本の後始末には、苦渋の決断が伴います。心おきなく本が処分できる環境を、あるいは処分ではなくて流通させる手だてを、一日も早く作りあげたいものです。
 歳末の今日も、たくさんの本を処分しました。本の供養塔を、家の裏にある狭い庭先に建立することを、真剣に考えています。その形は、枡形本と巻子本を組み合わせたものにしたい、とも思っています。
 
 
 
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2019年12月08日

何もしない日(10/11/12月分)

 本年正月から、毎月の始めは、「何もしない、何も考えない1日」を設けることにしました。

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 しかし、早速2月に、あまりにも多忙のあまり、設けないまま過ごしました。
 そのため、3月2日に2月分も一緒にお休みの日としました。

 以来、順調に毎月初旬にお休みの日を守ってきました。
 しかし、10月と11月の2ヶ月続きで、またまた多忙な日々に身を置くこととなり、休めませんでした。

 師走の今日は、3ヶ月分のお休みの日とします。
 
 
 
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2019年12月06日

運転免許証を返納しました

 運転免許証の返納をしてきました。
 電話で免許証の返納手続きができる場所を確認したところ、我が家に一番近いのは出町柳のすぐ北にある下鴨警察署であることがわかりました。京都駅前だと、その日の内に「運転経歴証明書」が発行できるとのことです。しかし、京都に住み着いてからは車を持たない生活になっていることと、運転する機会もなく、「運転経歴証明書」も急ぐものではないので、1ヶ月後の受け取りを了承して下鴨署へ自転車で行きました。
 申請手続は簡単でした。ただし、私は住所が東京都江東区のままの免許証だったので、変更手続きが必要でした。さらに驚いたことには、本籍地が奈良県生駒郡になっていました。10年以上前に変更したはずなのに、やっていなかったようです。それでも、保険証と印鑑があれば大丈夫でした。費用は、\1,120円です。写真は、警察署の別室で撮影してもらえました。
 今日付けで、運転免許は取り消されました。
 帰りに、京都市からということで、500円のギフトカードをいただきました。内心、開封するまではいくらなのか楽しみでした。正直、がっかりしました。何となく中途半端な金額だと思います。これが2,000円のバスカードなら、もっと返納者が増えることでしょう。
 なお、自主返納した者に対する支援があるそうです。それは、後日「運転経歴証明書」を受け取ってからにします。どんな支援があるのか楽しみにしましょう。

 運転免許は、18歳の時に、東京都大田区蒲田の自動車教習所で取りました。仕事で使うために取得したものなので、教習所への費用は会社持ちでした。
 毎朝3時に、新聞の印刷所へいすゞのトラック「エルフ」で行き、荷台に印刷されたばかりの新聞の梱包を積み、大田区の各新聞販売店に下ろして回る仕事です。最後に自分の販売店に帰り、それから350部の新聞を1時間半かけて自転車で配る日々でした。夕刊は、学生なので授業を受けることが優先ということで、印刷所へ行く仕事はありませんでした。ただし、休日等には新聞に入れる広告やチラシを受け取るために、都内の広告代理店などを車で回りました。今から思えば、東京を走り回った楽しかった日々でした。
 あれから50年たった今日、免許証は失効となりました。子供たちを車で全国各地を連れて回り、奈良から京都への引っ越しは、すべて私がレンタカーを運転してやりました。
 思い出深い自動車の運転については、いくらでも話が湧いて出ます。それらは、またいずれ。
 とにかく、今は感慨無量です。
 
 
 
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2019年12月03日

箕面キャンパス周辺のモミジの色模様

 京都北山に負けず劣らず、大阪箕面も冷え込みが厳しくなりました。
 研究室がある総合研究棟6階からは、箕面キャンパス周辺の紅葉や黄葉がきれいです。
 大阪モノレール彩都線の彩都西駅の方角を見下ろすと、こんな景色が広がっています。

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 転じて、万博記念公園の方を見ます。
 大阪モノレールの架橋が、左の彩都西駅からまっすぐ右方向に延びています。

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 万博公園から北はあまり知られていません。
 参考までに地図を添えます。地図をクリックすると精細な表示になります。拡大もできます。

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2019年11月21日

お年寄りと社会生活のルール

 今日もバス停で、並んでいる人々を無視して、サッサと前屈みの姿勢で乗り込むお年寄りの女性がおられました。先頭にいらっしゃった若い女性が、「並んだらどうですか!」と大声できつく注意しておられます。そんなことはどこ吹く風と、我先にと乗ってしまわれたのです。私は前から3番目にいました。みなさん、呆れ顔で、しょうがないな、という表情です。
 最近、こうした光景に何度か出会いました。電車ではなくて、バスでのことが多いのです。無料のバスカードをお持ちだからでしょうか。京都市では、70歳以上に公布されています。私も、あと2年でもらえます。内心、楽しみにしています。
 さて、高齢者が、こうして社会の迷惑者になっている実態を見せつけられると、どこかで現代社会のマナーを、あらためて覚えていただく機会を作る必要があるように思います。そうしないと、若者たちは、ますます高齢者を社会の鼻つまみ者として扱うことでしょう。気の毒だから譲っておくか、という気持ちを、当たり前のものとしてはいけません。敬老などとは、縁遠い感情です。
 これから高齢化社会になる、と言われて久しい今、こうした実情に対する対策を打たないと、気持ちのいい社会はできません。
 医療面でも、高齢者はお荷物と若者には思われているようです。そうであればこそ、バスに乗るマナーもどこかの段階で、運転免許センターで実施されているような講習会が必要だと思います。70歳になった時に受講する、というのはいかがでしょうか。
 
 
 
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2019年11月11日

孫からのプレゼント

 先週、68歳になりました。
 自分でイメージできない現実にとまどっています。
 そんな中、孫娘2人がお祝いのメッセージをくれました。
 バタバタするだけの日々に追われ、掲載が遅くなりました。
 この子たちに変体仮名を教えるタイミングを、心ひそかにねらっています。

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2019年11月10日

色付き出した平群でお茶のお稽古

 賀茂川は次第に秋の色になってきています。北大路橋から北山を望むと、左岸(写真右)の半木の道が色付いています。今週末には見頃になりそうです。

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 お茶のお稽古のために、大和平群に行きました。龍田川も、少しづつ木々の葉の色が変わりつつあります。

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 先月、坂道の途中にあった建物が取り壊しになろうとしていたので、写真に収めておきました。

「颱風一過の賀茂川と龍田川がいつもの景色に戻るとき」(2019年10月13日)

 それが、今日は跡形もなくなっていて驚きました。根こそぎ解体までとは、思っていなかったからです。さて、今後ここはどうなるのでしょうか。

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 今日のお稽古は、炉に変わったので初心に返って濃茶のお稽古をしました。ところが、お茶入れのお仕覆の紐を結ぶところから、先生の手を煩わせました。
 私は、紐を結ぶことが苦手です。小学校へ入学する前に、先生と親子で面談をすることがありました。いろいろと質問に答えた後、風呂敷が目の前に広げられ、蝶々結びをさせられました。しかし、まったく結べなかったために、固結びをして終わったことを今でも鮮明に覚えています。母親には、私が何か問題を抱えていないかと、心配させたようです。
 いまだに、紐はダメです。靴の紐も、縦結びになるのです。
 そんな私に、先生は根気強くお茶入れのお仕覆の紐の結び方を丁寧に教えてくださいます。普通に結べばいい、と言われると、余計に普通というのがわからなくなります。何とかわかったものの、この次が心配です。
 帛紗が、また裏返っていました。手品のように、いつも途中でおかしくなります。これも、丁寧に教えていただきました。他のお弟子さんには、こんなことで時間を取って申し訳ないことです。しかし、とにかくうまくいかないので、また先生の手を煩わせます。これまでにも、何度もこんなことがあったので、家で練習をするしかありません。

 何でもないことが何でもなくなった時には、どうしていいのか本当に困ります。生きていく上で、大問題ではないものの、これは加齢のせいにはできない、自分が持っている習性に関わることのようです。これを機会に、心して矯正を心がけたいと、強く思うようになりました。
 お点前を続けていくうちに、これまでにやったはずの手順がほとんど初体験のようにしか思えません。これは、一体何なのでしょうか。
 とにかく終わりました。その後、「流し点」という、親しい方との場合を想定してのお稽古がありました。お客様に正面を向いて点てるのです。水指の位置からして違います。これも、私は去年一度教わっているそうです。しかし、当の本人はまったく覚えていません。不思議なことです。一緒にお稽古をしている方からは、私がこれは家で仲間にお茶を点てるのにいい、と言っていたと聞くと、なおさら自分の記憶の危うさを感じます。

 お茶のお稽古をしていると、こんな不思議体験が付きまといます。お稽古をなさっているみなさんは、こんなことはないのでしょうか。
 こんなことがあるから、ますますやめられません。変な言い方ながら、まさに自分を見つめる時間です。

 帰りに、「大和平群かんぽの湯」へ足を向け、温泉で身体を温めることにしました。今春、露天風呂が新装なってからは、これまで以上に心地よくリフレッシュできる場となりました。平群行きが楽しみの一つになっています。
 
 
 
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2019年11月05日

漢字で表記する「壺」と「壷」の違い

 今日、『淡交タイムス 第544号』(2019年11月号)が届きました。毎月いただき、読んでいます。

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 巻頭には千宗室家元の「当たり前の存在」という随想が寄せられています。「賀茂川のほとりを歩いていて、」(2頁)と始まり、出雲路橋の近くに「志波無桜碑」と揮毫された石碑がある話です。実は、私も散策の折に、左岸から右岸へはこの橋を渡っています。この碑が今どこにあるのか思い出せません。まさにテーマの通り、見過ごしている、ということです。
 続いて、千玄室大宗匠の「若き日の教え」が掲載されています。大宗匠の文章は次のように語り出されています。

 十一月八日には立冬を迎えます。「開炉」、「口切りの茶事」とこの月ならではの行事が続き、茶の風情が増し、茶人にとって思い入れの多い月となります。十九日の「宗旦忌」には、伝来の宗旦居士所用の呂宋に新茶が詰められ、茶師の上林春松氏が裃に威儀を正して毎年の如く、御祖堂へ茶をお供えに参ります。御祖堂でそのの引き渡しを受け、利休居士はじめ歴代祖宗方へご報告をすませます。まずの入っている箱の蓋を改めて御茶入日記を確認し、次にの封印を確かめます。十一月末には家元とともにの封印を切り濃茶・薄茶の葉茶を取り出し、それぞれ臼でひいて、御祖堂の利休居士、歴代祖宗方、そして仏間の霊位にお供えいたします。(4頁、赤字と緑字は私に色を施してわかりやすくしたもの)


 これで、全体の3分の1を引いたことになります。この文章を読み始めてすぐに「壺」が何度も出てくる中に、「壷」という漢字(赤字で示した)が一例だけ混在していることが目に留まりました。この後には「壷」も「壺」もまったく出てきません。
 「茶」という単語に限って、茶道では特にこの漢字をつかうのかな、とか、何か特別な意味があるのかな、と思い、便利なスマホに入っている『日本国語大辞典』と『大辞泉』を見ました。しかし、「壷」という漢字が出てきません。それではと、今風にネット上で調べてみました。

「ウィキペディア」の「壺」の項目
漢字の字体は、下部を「亞」とする「壺」および、「亜」とする「壷」という2種類の表記が用いられる。2000年12月8日の国語審議会答申においては、常用漢字並みに常用される印刷標準字体としての表外漢字字体表として「壺」を採用しており、ウィキペディア日本語版においても表外漢字字体を用いる基準が採用されている(Wikipedia:表記ガイド#漢字参照)ことから、固有名詞などを除いては「壺」を用いることが妥当である。
ただし、康熙字典には「壷」が正字体として掲げられている。これに従い、『角川大字源』では「壷」を見出しに用いているほか、朝日新聞では1950年代から2007年1月15日付まで「壷」を用いていた。


「Yahoo!知恵袋」の「「壺」と「壷」、普段用いる場合どちらの漢字を用いるのが好ましいのでしょうか?
辞書によっても、表記は区々なので分かりません。
また、この漢字は、前者は旧字体で、後者は新字体なのでしょうか?」という項目
「ベストアンサー」
大漢和辞典で調べた所、解説は「壺」の方にかかれていますが、「壷に同じ。」とも書かれ、「壷」の方には、ただ「壺に同じ。」としか書かれていません。

「大漢和辞典」が必ず正しいという訳ではありませんが、この事から見て、本来、広く使われていたのは「壺」の方だったと思われます。

しかし、常用漢字が定められた時につくられた略字では無いので、どちらが「旧字体」「新字体」という事は無く、またいくつかの辞典を調べても、「壷」を俗字としている物も見当たりませんでしたので、「壺」が本字、「壷」は略字・俗字ともいえない様です。
「同字」或いは「別体」というべき関係かと思われます。

試しにmsnで検索した結果、

「壷」では、314,497 件
「壺」では、355,402 件

と、「壺」の方が多く検索に引っかかりました。
観光地の「油壺」が「壺」を用いているため等も有ると思われます。

結論としては、どちらが好ましいとも言い切れないと思われます。(2005/11/14)


これ以外に2例の回答があります。それも引いておきます。

「壺」は正字ですが「壷」も字体は違うが前者と同等に用いられてきたのですからどちらを使ってもいいと思いますよ。前者が旧字体で後者が新字体ということはありません。ただし苗字はべつにしてください。


伝統的には、活字の時代には「壺」が用いられていました。
ですから、「壷」は新しい字体です。
ただし、常用漢字には入っていませんので、旧字・新字の関係ではありません。
角川書店の『新字源』が、金文(青銅器に刻まれた字)などに照らして「壷」の形でよい、としたのが初めだと思います。

結論はどちらでもかまいません。
ただ、個人的にはやはり「壺」を使ってほしいと思います。
「印刷標準字体」もこちらを採用しました。

なお、これと似ていながら全く違うケースがあります。
「亜」「悪」(新字体)は俗字であり、本来の正しい形ではありません。
「亞」「惡」が正字です。


 要は、どちらでもいい、の一言です。漢字の専門家には、この漢字についての意見があるのかも知れません。これから気をつけておきます。
 『源氏物語』の場合には、普通は「桐壺」と表記して、「桐壷」とはしません。私は学生時代には、書きやすいことから「桐壷」と書いていました。しかし、しだいに主流の「桐壺」と書くようになり、仮名漢字変換をするときも「桐壺」にしています。
 さて、大宗匠の文章に「壷」が混じっていたのは、特に意味があってのものではなかったようです。ここでは、お決まりのように、印刷時の漢字の変換ミス、ということにしておきます。
 些細なことで、これといった収穫のある話ではありません。しかし、知らなかったことを知り、楽しく思いをめぐらせました。
 
 
 
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2019年10月30日

若者たちには通じにくい言葉と出会う

 箕面にあるだだっ広い研究室での、アルバイトに来ている学生さんとの話です。
 今は「アベック」という言葉は使われていない、ということを知りました。仲のいい1組の男女をどう言うか、ということです。私が使った「アベック」が、通じないのではなくて、意味はわかるけれども使わないと言われたのです。「アベック ホームラン」という言葉があるので、それからの類推で意味が何となくわかるのだそうです。
 それにしても、ショックでした。
 「ペア」は、恋愛感情がない場合だそうです。
 「カップル」ならぴったりすると。同性の場合も使えるようです。
 ただし、それを日本語で言うなら何だろう、と聞くと、それは何も思いつかないとのことです。仲睦まじい男女を言い表す日本語が出てこないのは、私も同じです。なかなか奥深い表現の問題です。
 このままではいけないと思い、『日本国語大辞典』を引きました。
 「アベック」を日本語で言えば「二人連れ」とすべきかと思われます。辞典には、いろいろと書いてあった最後に、「語史」の項に次のように書いてありました。

日本で用いられる二人連れの意味は、大正末期に大学生に使われたのが始まりとされる。昭和初年頃より流行語、モダン語として広まった。


 すると、大正時代以前の古語ではどうなのでしょうか。しかし、いくら思いを巡らせも、どうも思い当たりません。それよりも何よりも、自分が使う言葉が、今では死語になっていたことに、おおきなショックを受けました。
 そういえば昨日の新聞に、文化庁が発表した「国語に関する世論調査」という報告で、思わぬ誤用や新しい言葉の使われ方についての言及がありました。「憮然」「御の字」「砂をかむ」などの意味について、世代ごとに違った理解をしているようなのです。
 日本語の表現について、世代間での会話も、意志の疎通を欠くことが多くなっているのかもしれません。誤解とまではいかなくても、すんなりとは伝わっていないことがままある、ということを、これを機会に心したいと思うようになりました。
 
 
 
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2019年10月20日

元気が出るニュース(1)

 演歌歌手だった香田晋(本名・鷲崎孝二)さんの今のようすが、今日20日の京都新聞に掲載されました。僧侶になっておられたのですね。
 何という曲を歌っておられたのかは思い出せません。しかし、頭を丸めて作務衣姿の写真を見て、すぐにわかりました。最後まで曲を聞いてしまう歌手でした。
 2012年に突然の引退後は、書道家としての道を邁進中。来年7月には、イギリスの美術展に出展するとのことです。着実に歩んでおられます。
 自宅があるのは横浜市。そこから毎月数回、福井県美浜町にある徳賞寺に通っておられるそうです。
 1989年にデビューしてからは、人気が出るとともにバラエティ番組への出演が増えます。勢い、本業の歌が思うようには歌えなくなったのだそうです。それが動機で転機となり、引退後は飲食店の経営から書家の道へと移っていきます。
 恩師であった船村徹さんの引き合わせで、仏門に入って得度。徳賞寺の住職である粟谷さんが禅画家だということで、「表現を通じて仏教の教えを知るきっかけになれば」と支援しておられるそうです。いい出会いに恵まれたことが、この転機の先行きを明るく照らしているように思われます。
 この転身の決断をした香田さんの、次の言葉が私の心を捉えました。バラエティ番組に出る日々の中での思いだったそうです。「笑顔を振りまくことに疲れ、心のどこかに限界を感じた」と。
 この新聞記事の最後は、こう記されています。

鷲崎さんは「やろうと思えば何でも挑戦できる。生きる勇気を伝えたい」と笑みを浮かべながら力強く話した。


 結びとしてはありきたりすぎるので、これは記事をまとめた記者の思いからのまとめの言葉のように思いました。この閉じ目の文章は不要だと思います。香田さんが実際にそう言われたのかどうかは別として、香田さんの思いと気持ちは、この記事全体から十分に伝わってきました。
 「そうか!」との共感と一緒に、元気がもらえる生きざまを伝える話として、ここに記録として残しておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 18:23| Comment(0) | *身辺雑記

2019年09月29日

9年目にいただいたお茶名は「宗鉃」

 季節の変わり目だからなのか、身体の気怠さが続いています。なんとなく熱っぽくて、首・肩・手・指・腰・足と、至る所の関節に違和感があります。
 そんな中、大和平群へお茶のお稽古に行って来ました。

 今年は、平群の里では彼岸花が長く咲いています。

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 今日、お茶名をいただきました。先生から、お弟子さんたちの前で許状を読み上げながら、心を込めて渡してくださいました。「宗鉃」という名前です。「鉃」という正式な私の名前に使う漢字が、許状に書かれています。

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 身が引き締まります。十徳を着ることが許されたそうです。もっとも、持っていませんが。袴はいらなくなりました。お茶名をいただくためにお稽古をして来たわけではありません。不思議と、おもしろいのです。

 苦節9年、と言うと大げさでしょうか。今から9年前の祇園祭の日に癌の告知を受け、その直後、娘に手を引かれて行ったのがお稽古の最初です。盆略点前が最初でした。
 学生時代、姉にくっついて行って、大阪の今里で、夏場だけのお稽古を経験していました。さらに小学校に上がる前の小さい時には、当時住んでいた出雲の本家の叔父さんがお茶人だったので、お茶室で姉と茶碗で遊んでいました。父は、よく松江で開催された、いろいろなお茶会に連れて行ってくれました。母も、小さい頃から飲み慣れていたせいか、湯飲み茶碗などでサッとお茶を点ててくれました。

「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日)

 お茶のお稽古で奈良に通うと言っても、最初の頃は年に数回という、関西と関東を往復する日々の中で、予定が合えばお稽古に行く、という状態でした。まじめに行くようになったのは、やはり定年退職で京都に帰って来た2年前からです。月2回を守るようにしています。

 今日は、運びの薄茶のお稽古です。基本のおさらいです。できていると、褒めていただきました。とにかく、これからも気長に続けていこうと思っています。
 
 
 
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2019年09月02日

何もしない日が何もできない日になる(9月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 これまで回遊魚と言われて来ました。
 マグロは泳ぎ続けないといけません。
 しかし、寄る年波を自覚する日々に、いつまでも身体は持ちません。
 そこで、今年からは何もしない日を毎月1日は作っています。
 その何もしない今日、今朝から突然の高熱が出ました。
 午前9時に37.9度、正午に38.0度、午後3時に36.5度、午後6時に37.2度。
 朝6時にトイレに行った時には、何も体調に異常はありませんでした。
 そのこともあり、今日は一日中横になって休んでいました。
 そして午後7時に、かかりつけの那須医院へ行きました。
 昨日は橿原神宮前でのお茶会に行き、今朝まで元気そのものでした。
 原因不明の高熱です。
 しばらくは体温の乱高下がないか、様子を見ることになりました。
 
 
 
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2019年08月28日

車の水はね運転でずぶ濡れになる

 昨日から大雨が続いています。バスを主な移動手段に使う生活となった私にとって、この雨の日はバス停での立ち位置に気を遣います。通り過ぎる自動車がはね上げる水しぶきがすごいからです。
 今日もあらかじめ気をつけて、バス停の表示板の陰に隠れるようにして待っていました。しかし、バス停ギリギリに猛スピードで走り去った車が、車道の路肩に溜まっていた雨水を大量に撒き散らしたのです。陰にいたはずの私も、頭から足先までずぶ濡れになりました。
 野球でサヨナラヒットを打った後に、バケツで水を頭からかけられるチームメイトからの祝福の儀式は楽しそうです。しかし、バス停で突然の泥水の洗礼は、迷惑以外の何ものでもありません。
 この水はね運転は道路交通法違反であり、運転者の反則金は6千円であることに加えて、クリーニング代を支払うのが普通だと聞いたことがあります。しかし、雨の中を走り去る車を捕まえることは不可能です。車のナンバーすら見えません。今はやりのドライブレコーダがあれば、相手を特定できるかもしれません。しかし、そんなものを持ち歩く人はいません。当然、小さなバス停には設置されてもいません。また、防護用の透明の囲いもありませんでした。
 ずぶ濡れになった頭をハンカチで拭き、次に、ビショビショのメガネを拭きます。身体中の水を払い落とし、少しでも着ていた服が吸い込んだ水も吸い取ろうとしました。靴の中に入り込んだ水は、どうしようもありません。
 やがて来たバスの中は、エアコンが効いていたせいか、身体が冷え出しました。四条河原町までの20分間はジッと耐えるしかありません。電車は始発なので、座ってからゆっくりと身体を拭いました。水はね運転をして走り去った運転者は、自分がしたことでどれだけ迷惑を被った人がいるかなど、知る由もないことでしょう。日常のささやかなことながら、2度とこのような目に遭わないためにはどうしたらいいのか、考えている内にしだいに眠くなりました。
 
 
 
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2019年08月18日

36度の中を大和平群でお茶のお稽古

 大和は盆地なので、暑さは京洛に負けていません。今日の日中は、共に36度でした。
 線路ぎわには、キバナコスモスが暑さを和らげています。

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 龍田川の上流になるここは、水が温まっているせいか、水の流れがどんよりと留まっています。

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 今日のお稽古は、前の方が使われた釣瓶水指を引き継いで始めることになりました。
 すでに釣瓶の水指と柄杓と蓋置は飾ってあったので、まず建付けには棗と茶碗を置いての挨拶から始まります。建水も、柄杓をのせずに持ち出すので、いつもと感じが違います。
 柄杓を取って、蓋置を釜の左隅に置くのも、すべて目の前の釣瓶の上にあるので、これはこれで動きがはっきりしていて気持ちがいいものです。
 釣瓶の蓋を開け閉めする時以外は、ほとんどがいつもの通りです。
 今日も、たくさんのことを教えていただきました。串刺しの団子や水気の多いお菓子のいただき方、棗の蓋の裏の花押のことなどなど。細かなことながら、お話ししたり聞かれた時に役立つ話題が、少しずつ増えていきます。

 帰りに乗り換える生駒駅で、記憶力を試す掲示を見かけました。

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 日毎に物忘れが酷くなっていくことを自覚する身なので、こんなゲームは道中での刺激になっていいと思います。よし、と思って、「らいおん、しか、ぞう、うさぎ」に続けて「黄・赤・緑・青」と、何度も繰り返し口ずさみました。ここまでは大丈夫です。
 もっとも、次の乗換駅である大和西大寺駅では、駅ナカのお店をブラブラし、時間になったので京都行きの急行にサッサと乗り込んだために、生駒駅で覚えた動物のことを試さないままでした。動物の名前や色や順番のことを確認する楽しみは、生駒駅を出た時点ですでにすっかり忘れていたのです。
 この問い掛けの掲示は、必要とする人のためにはならないようです。掲示の目的がどこにあったのかは別にして、私のように健忘症に突入したもののためなら、もう一捻りが必要かと思われます。身勝手なことだと思いつつも……一応の感想です。
 
 
 
posted by genjiito at 20:44| Comment(0) | *身辺雑記

2019年08月14日

不良品を気持ちよく交換してもらいました

 メダカを飼育している水槽には、LEDライトを取り付けています。水槽の中が明るいと、メダカや藻がユラユラ揺れる動きがきれいに見えるのです。水槽は、居間の中でも一番いい場所に置いています。そのLEDライトに不具合が起きました。一列に並んでいる4分の3もの明かりの点が、消えたまま点灯しなくなったのです。

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 交換か修理の相談をするのは、購入したお店がいいのか、製造販売の会社がいいのか思案しました。お店では、話を聞いた後で発売元に取り次ぐだけのように思われます。そこで、思い切って製品に付いていた説明書に書かれた会社に電話をしました。「水作」という会社です。
 状況を話すと、すぐに了解してもらえました。LEDのライトが消えるという相談が多いらしく、今は別の商品に切り替えておられるようです。そして、すぐに新しい商品を送るので、手元のものは処分してほしい、とのことです。しかも、交換費用は不要で無料だということです。感じのいい対応でした。
 翌日、早速届きました。水中に漬けず、ケースの上に置くタイプのものでした。形も大きくて、明るいので、インテリアとしても良くできています。

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 修理や交換というと、嫌な思いをすることが多いものです。しかし、今回は迅速で好感のもてる対応に満足しています。
 
 
 
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2019年08月11日

今年のお盆は早めの読経となる

 毎年、8月15日にお寺さんが我が家にお出でになり、お経をあげてくださっています。しかし、昨年からお寺さんが変わりました。「新しい住職さんをお迎えしてのお盆」(2018年08月17日)
 檀家が養林庵から無學寺に引き継がれたこともあってか、お盆はとにかく忙しいとのことです。今日だけでも19軒を回るのだとか。そんなこんなで、今年は早めにお出でになりました。
 仏壇は、お盆になるといつもに増して賑やかになります。

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 お膳は、これもいつものように、息子が丁寧に作ってくれます。

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 例年なら、お寺さんがお帰りになってから、大阪の高安にある信貴霊園へお墓参りに行きます。しかし、今日も38度なので遠出には熱中症の危険が伴います。そこで、明日以降の少し涼しい日に行くことにしました。西日本には颱風10号が向かってきているので、上陸直前の明日くらいしかなさそうです。
 今日は、下鴨神社で盆踊りがあります。しかし、これも熱帯夜なので出かけるのを控えました。
 暑さから身を守るために、いろいろと行動に制約ができました。しかたのないことです。とにかく身体を労って、今日一日を元気に過ごすことが最優先です。無理はしないことです。
 
 
 
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2019年08月01日

突然のトラブルにどう対処するか

 スポーツクラブで一泳ぎし、サウナとジャグジーで身体を温めてから浴室に行った時のことです。
 最初はシャワーから勢いよく出ていたお湯が、しばらくすると冷たい水になりました。あたりを見回すと、洗い場もすべてが水になったようです。10人ほどいた方々は、口々に冷たい寒いと言いながら湯船に移って行かれます。私は、水で我慢をして、すぐに出ました。
 先ほどお湯が出ないことを確認しに来られたジムの方は、どこかへ連絡に行かれたのでしょうか。それにしても、誰もここに見に来るわけでもなく、その対処にも来られません。説明もありません。
 お風呂の外で、一人の利用者に問い詰められていたジムの方は、支店長たちが原因を調べているので、申し訳ありません、と言っておられます。その間にも、運動を終えた方々が一人また一人とお風呂場へ入って行かれます。そして、中からは「冷たー」という大声が響いてきます。
 こんな時、原因の究明と、利用者への事態の説明とでは、どちらが優先されるべきでしょうか。私は、利用者に今起こっている状況の説明をして、お湯がでないことをわかってもらうことが先だと思います。
 このスポーツクラブの危機管理マニュアルには、どう書いてあるのでしょうか。今日の対応を見る限りでは、利用者への説明は二の次にして、一刻も早く原因の究明をして、少しでも早くお湯が使えるようにすることを最優先にすることになっているように思われます。
 ボーッと突っ立ったままで、まったく役立たずのアルバイトの人に、お風呂場の入口に立って、次々と来る利用者にお湯が使えないことを伝えたらどうですか、とアドバイスをしました。施設の関係者全員が原因究明に飛び回ることはそれとして、実際に迷惑を被っていて、不満を口々に言う利用者の対応を丁寧にすることが大事だと思ったからです。アルバイトさんは、いや、別の場所にあるシャワールームは、お湯が出るようです、とおっしゃいます。それなら、そのことを、今お風呂に入っている方々に伝えたらどうでしょうか、と言いました。私が言っている意味が理解できないのか、別の処へ行かれました。
 私が帰るまで、お風呂の利用者への対処は何もありませんでした。スポーツクラブの方は誰もお風呂場の中には入って行かれません。しばらくお湯が出ないことを伝える張り紙でもしたら、という私の提案も無視されたままです。
 水を浴びるしかないお風呂の中に利用者を置き去りにして、施設の責任者と従業員は原因の調査にひたすから没頭するのは、トラブルが発生した時の対応の順序が逆だと思います。まずは、寒い思いをしている利用者に、現状を理解していただくことが先決だと思います。私が帰る頃でも、お風呂場からはお湯だとおもって蛇口を捻ったところ、出てくるのが冷水だったので悲鳴をあげる、ということが続いていました。
 これは、危機管理にかかわる社員教育がなっていない現われではないか、と思っています。
 
 
 
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2019年07月21日

大和でお茶のお稽古の後は音の花温泉へ

 このところ雨が多かったので、龍田川の上流の水は濁っています。

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 今日は、あらかじめ運びの薄茶のお稽古をお願いしていました。相変わらず、わがままな生徒です。
 「洗い茶巾」や「葉蓋」のお点前が、何とかそれらしく見えるようになりました。夏向けのメニューは、これに「入れ子点て」を加えて、今夏のおもてなしのお茶とします。

 源氏車が描かれた茶碗を使ったお点前がありました。その時、先生が「源氏車」とはなんですか? と生徒さんに聞かれました。そして、あろうことか、私に説明を振られたのです。私は、茶道での意味合いがよくわからなかったので、さてどうしようと戸惑いました。江戸時代の演劇で『源氏供養』という演目の中に、舞台に水車を仕掛けた水芸で、夏らしい演出をするものがあったことを思い出しました。そこで、夏らしい水車の趣向を表す茶碗の絵柄ではないか、とお答えしました。後で思えばピンボケな対応でした。そんなマニアックな問い掛けではなかったのです。しかし、ちょうど、茶碗や茶杓の名前は季節を感じるものにするといい、ということを話題にした雑談をしていた時だったので、平安時代を例にしては説明できなかったのです。
 後で、
〘名〙 (源氏絵に多く見られるところからいう)
@ 中古から中世にかけて、牛が引いた貴人の乗用車。御所車。牛車(ぎっしゃ)。〔日葡辞書(1603‐04)〕
A 紋所の名。御所車の車輪を図案化したもの。衣装や調度などの意匠にも用いられ、輻(や)の数によって、八本骨源氏車、一二本骨源氏車などがある。(『日本国語大辞典』)
とあるのを見て、こっちの方で聞かれたようだ、ということに気付きました。せっかくの出番に的確なことをお答えできず、大変失礼しました。

 今日は、だいたいスムーズにお点前ができたと思います。水指しの水を柄杓で汲む時に、上面ではなくて真ん中あたりの深さの水を汲むといい、ということの意味がよくわかりました。昔の水の事情を考えると、たしかに真ん中の水は安定しています。
 濃茶での茶器の拝見なども、新しい刺激があります。何と答えるかは、遊びの要素があります。お稽古は、その訓練なのですね。
 ただし、お点前の途中で、床に飾られていたお花と花器のことを聞かれ、事前に教えてくださっていたのに、花の名や物の名に疎い私は思考停止となりました。この自然との関わりについての勉強は、日々の生活の中ですることですね。ますますおもしろくなります。
 お茶の世界には、さまざまな文化が詰まっています。その一つ一つが見え出した時に、その背景に日本特有の文化が配されていることに気付かされます。贅沢な遊びです。

 お稽古が終わっての帰りに、隣の駅である東山駅の近くにある「音の花温泉」に行きました。

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 露天風呂が、広い岩風呂となっています。内風呂も広くて、とにかく開放的です。のんびりと日頃の疲れを癒して帰りました。
 
 
 
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2019年07月01日

何もしない日(7月)

 今日は何もしない、何も考えない1日。

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 賀茂川散歩をした後、家で昨日お稽古した葉蓋のおさらいをしました。
 梶の葉は、白川疎水育ちの元気なものです。その上に水滴を落としても、水玉を作ることができませんでした。

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 今日のお茶は寺町二条の一保堂さん、お菓子はご近所の笹屋吉清さんと、地元でいただいたものです。笹屋吉清の保木さんは、平成25年度の京都府現代の名工(京都府優秀技能者表彰)に選ばれた方です。
 練習を兼ねて、妻を相手にした年寄りの趣味の時間です。未熟なお点前は、こうした贅沢な素材に助けてもらっています。
 
 
 

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2019年06月26日

アレッ!と思う時〈その8〉不便に感じること

(1)新幹線で、スマホなどの充電をするために、足元にあるコンセントを使います。その位置がとんでもない所にあるのです。下すぎるのです。おまけに、暗くて見えにくいのです。さらには、なかなか充電器の差込口が合いません。必ずといっていいほど、メガネが必要です。しかも、座席の下に頭を潜り込ませるので、見られたくない姿を人目に晒さざるを得ません。隣に人がいる時は、諦めることにしています。色の識別なり、形状を工夫して、さっとコンセントが使えるようにしてほしいものです。最前列や最後列か、グリーン車に乗れば楽ですよ、という問題ではないと思います。設計者は、当然のことながら、早くから気付いておられることでしょう。利用者に苦痛を強いないように、一日も早い対処をお願いします。


(2)いろいろな系統のバスを便利に利用できる場所で生活をしていると、さまざまなことがあります。今日は、乗った後で、このバスはどこ行きだったのか不安になりました。車内を見回しても、どこ行きかという表示がありません。これは意外でした。キョロキョロして、不審に思われる前に諦めました。車外の前と横には、何系統かという番号や記号が表示されていることはわかっています。しかし、窓を開けて、首を伸ばして確認するわけにもいきません。いくつかバス停を過ぎた頃、大きな液晶モニタに、これから止まるバス停が縦にズラリと6停留場分が表示されました。そこには、今乗っているバスの路線番号が右上に小さく表示されています。眼鏡越しに確認し、やっと安心できました。どこ行きなのかだけでも、表示かアナウンスがほしいものです。観光客の方々は、どのようにして確認しておられるのでしょうか。


(3)最近、レジでの支払いに電子マネーかクレジットカードで済ますことがほとんどになりました。そんな中で、現金のみというお店に出くわすと、現金を財布から探すのが面倒に感じられます。もし現金を持ち合わせていなかったらどうなるのかと思うと、精算の時にヒヤリとします。四条河原町のマルイの上にある回転寿司屋さんは、観光客が多く出入りする地域なのに現金しか受け取ってもらえません。あえてカードが使えない精算方法にしているのは、何か深い理由があることでしょう。しかし、これはこれで驚きです。街中の自動販売機も、コインや紙幣を投入することがなくなりました。たまにカードが使えないと、不便に感じます。このカード化の傾向は、今後とも加速することでしょう。そして、新たな不便が発生することでしょう。


(4)電車内からメールを送ったはずが、勝手に鉄道会社のWi-fiにスマホがアクセスしていて、手続き待ちのままのことがよくあります。送ったはずのメールが、未送信のままなのです。大急ぎでWi-fiを切って、送信し直します。街中でも、勝手にWi-fiにつながらないように神経を使います。出かける時にはWi-fiを切る、という本末転倒で愚かなことを強いられています。今日も、阪急電車に乗るが早いか、Wi-fiを切りました。新幹線でも、30分するとつなぎ直しをさせられます。東京に着くまでに、何度も再接続の操作をさせられるので、Wi-fiに頼らずにスマホ単独でネットにつなげています。こんな未成熟なインフラは、そろそろ抜本的に再構築したらどうでしょうか。私は、1日も早くインターネットを見限るべきだと思っています。


(5)日々、ものが見えにくくなり、何かと不便に感じています。これも、加齢のせいです。そこで、目薬が手放せません。その目薬が、あと数回分と少なくなってくると、目にさそうとして下に向けると、ポタポタと液体が顔に落ちてきます。メーカー側は、目薬がこんな状態になることに気付いているはずです。しかし、最後まで使う人はほとんどいないと思っておられるのでしょうか。我慢しろ、ということでしょうか。もったいない上に、顔を拭く手間がかかります。残っていても捨てることになるのは、何とかしてほしいものです。
 
 
 
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2019年06月16日

大和でお茶のお稽古の後はかんぽの湯へ

 京洛は晴れていたのに、大和は今にも泣き出しそうな天気でした。駅前には、千光寺へのハイキングに向かう人が集まっています。単線の駅も、休日は賑わいがあります。

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 今日のお稽古は、丸卓を使っての洗い茶巾をお願いしました。1年ぶりです。もっと基本を、と言われそうです。しかし、季節季節の変化を感じながらのお点前が楽しいので、わがまま勝手を言って、贅沢なお稽古をしています。
 まずは、平茶碗に水を張ることから忘れていました。茶碗に浸す茶巾のたたみ方も。いろいろなお点前を教えていただいているうちに、それぞれが混ざり合い、組み合わせがおかしくなります。アレー! のオンパレードです。
 出だしはそうであっても、茶巾を建水の上でしっかりと絞って釜の蓋の上に置いてからは、いつもの所作となっていくのが実感できました。どこが基本と違うのかが、流れの中でわかればいいようです。とにかく、身体が覚えるまで続けるしかありません。

 帰りに、「かんぽの宿 大和平群」に寄りました。4月末にリニューアルオープンした温泉に入って来ました。

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 露天風呂が新たに加わりました。紫陽花を見ながらの露天風呂は爽快です。急に天候が悪化して、先ほどは雷雨でした。それが、温泉に入る頃には、すっかり上がっていました。この高台から、信貴生駒や金剛葛城の山々が望めます。山の名前を確認しておきます。

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2019年06月01日

公共施設の更衣ロッカーで不思議とすぐ隣に利用者がいること

 不思議に思うことがあります。

 公共のスポーツ施設や温泉施設などで、更衣ロッカーを使うことがあります。
 入口で利用の手続きをすると、自分が使うロッカー番号を書いたキーをもらえます。
 自分に宛てがわれた番号のロッカーに行くと、だいたい、私の番号の横で誰かが着替えようとしています。
 それは、帰りがけの人であったり、今来たばかりの人だったりします。
 または、私が着替え始めると、隣に新しい別の方が来られます。

 だだっ広い更衣室の、しかもよりによってピンポイントの隣同士で、寄り添って着替えることになるのです。
 上から見ると、顔見知りでもなんでもない、赤の他人が寄り添う姿は、奇妙なシーンでしょう。

 これからの方は、私よりも少し前にお出でになった方のようです。
 とすると、受け付けの方は、並んだロッカー番号のキーを渡したことに気が付かないのでしょうか。
 利用者としては、わざわざ隣同士で着替えるよりも、少し離れている方が気が楽です。
 別のスペースはガラガラなのですから。
 また、お互いが開けたスチールロッカーの幅が狭いので、扉が邪魔になります。
 おのずと、狭い思いをして衣類やウェアなどを出し入れしなくてはなりません。
 すみません、すみません、と言いながら。

 帰りの方とぶつかるのは、これは偶然かも知れません。
 しかし、あまりにも横の方がお帰りになるタイミングでロッカーを使うことになるので、これも不自然です。
 これも受け付けでキーを渡す方は、いつ来た方が隣同士になるかは、把握しておいてほしくなります。
 この遭遇現象を避けることは、無理からぬことかも知れません。
 しかし、これは容易に予測できることです。
 だいたい、30分から1時間の利用だからです。
 また、ロッカールームは広いスペースの場合が多いので、ゆとりを持ったロッカーの配当は難しくないはずです。
 とにかく、広いロッカールームの時などは、本当にこの偶然と思えることが不思議でしかたがありません。

 あるはい、管理上なのか、セキュリティ上なのか、利用者が隣同士でロッカーを使った方が、営業者側は都合がいいのでしょうか。
 利用者が避けてほしいと思うことと、経営者の意図は、えてしてずれるものなので、これはその例なのでしょうか。
 とにかく、広い世界でなぜに見知らぬ他人が寄り添って、更衣ロッカーを使わされるのか。
 しばしば体験することなので、不思議に思っています。

 この現象は、何とかの法則とかいう命名が、すでになされているのかもしれません。
 ご教示いただけると、気持ちが落ち着きます。
 
 
 
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2019年05月27日

アレッ!と思う時〈その7〉加齢と老化の兆し

(1)10枚綴りになっているバスの回数券を財布から取り出し、1枚を千切ろうとしていた時に、うっかり落としてしまいました。バス停でのことだったので、風に飛ばされたバス券を大慌てで前屈みになって鋪道へ拾いに行きました。小さな紙片を掴んでいる時の力加減が、加齢と共に微妙な調整が出来ず、弱くなっているようです。財布を持ちながらバス券を切るのは、いろいろなところに神経が行くので油断大敵です。
 
(2)冷蔵庫からパック入りの牛乳を戸袋から取り出そうとしていた時です。牛乳を左手に持ったまま、右手でドアを閉めようとした時に、うっかり牛乳を落としてしまいました。左右の手で同時に別のことをする時には、簡単なことであっても要注意です。
 
(3)イチゴを何個か右手に掴み、左手でヘタを取っていた時のこと。右手で掴んでいたイチゴを1つ落としました。イチゴを握る力の入れ具合が、別の動作で緩んだようです。イチゴを潰さないようにという気遣いも、その力加減に影響しているのでしょう。
 
(4)ワイシャツなどの胸ポケットに、一時的に外したメガネを入れていることがよくあります。ところが、屈んだ瞬間にポトリと、ポケットからメガネが前に落ちるのです。前屈みになる時、膝を曲げずに腰だけを折って前に屈んでいるのでしょう。身体が硬くなった証拠です。柔軟な足腰の曲げ伸ばしを意識すべきだと、自分に言い聞かせているのですが……
 
(5)革靴を脱ぐ時、靴紐が少しきついとなかなか足から抜き取れず、ふらつくことがあります。身体のバランスを、急速に取りにくくなったのかもしれません。靴紐を緩め、膝を曲げ、腰を落として靴を脱ぐように心掛けるようになりました。
 
 
 
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2019年04月04日

太陽の塔を眺めて老若男女の共生社会を思う

 今日も、太陽の塔と睨めっこをして来ました。行きの顔と胸は、味も素っ気もない無表情でした。
 箕面キャンパスからも、直線で6km先にある太陽の塔と大観覧車が、間近に見えました。

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 帰りは夕方だったせいか、目に灯りが点いていました。

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 この顔は特撮のロボットのように無機質で、ボーッと焦点の合わない表情です。胸の顔は、夕陽を浴びて少し悲しげでした。
 この塔の顔は、折々に楽しめます。

 大阪モノレールを使うようになり、駅のコンコースの休憩場所が、きれいでゆったりしているので助かります。私は、小まめに食事をします。駅のホームのベンチで、向かいのホームや線路を見ながら軽食を食べるのは抵抗があります。加齢と共に移動中に少し身体を休めたい時もあります。この大阪モノレールは、高齢化社会に合った駅の作りを見せています。若者をヨイショさえしておけばいいとされていた社会が、こうして幅広い世代に対応しだしたのです。老若男女が共に穏やかな日々を送れる社会にしていきたいものです。
 改札口の中に、自由に借りられる本があることは知っていました。しかし、実際に手にしてみると、時間つぶしにこれはいいですね。

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 このブログで読書雑記を書いた後は、本を処分するだけなので、今度はここに提供してみようと思います。

 これまでよりも通勤時間が半分以下になりました。身体の疲れが格段に違います。
 ただし、電車が揺れるので本が読めません。特に、モノレールは揺れが大きいのでまったくダメです。新幹線や「はるか」は、まだましだったことが、身体でわかりました。阪急もイマイチなので、これは死活問題です。
 それにしても、京阪特急の快適だったこと。特急料金も要らず、あの心地よさで本が読めた日々が懐かしくなります。
 さて、本が読めないとなると、iPhone で朗読を聴くことになるのでしょうか?
 音楽をイヤホンで聴くのはためらわれます。しばらくは、いろいろと試してみます。
 
 
 
posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | *身辺雑記

2019年04月03日

微笑んでいるように見えた太陽の塔

 1970年に大阪で開催された万国博覧会以来、太陽の塔の顔は何度も見てきました。
 「万博公園の太陽の塔」(2008年12月08日)
 また、岡本太郎氏の逸話は、「読書雑記(252)小松左京『大阪万博奮闘記』」(2018年12月11日)に書きました。
 この太陽の塔の顔については、「おどけているなぁ」という印象を持っていました。それが、今日は「ほほえんでいる」ように見えたのです。胸の顔は、「拗ねているのかなぁ」と思っていたのが、今日は「好きなだけやれ! 」と励ましてくれているように見えたのです。

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 観音巡りが好きな私は、その時々に観音様の顔が変わっていくことを知っています。今日は、太陽の塔の顔が変化(へんげ)したのです。これから、ここを通りかかるのが楽しみになりました。

 今回お借りすることになった箕面キャンパスの部屋は、まだ机も椅子も本棚も、何もありません。だだっ広いスペースには、ガムテープを剥がしても中の本を取り出せない150個の段ボールが、各自勝手に平置きにされたままです。

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 今日は、使わなくなっている什器類を貸していただけないかと、事務所を2箇所めぐってお話をしてきました。面倒なことをお願いしているのに、話を聞いてくださり、対処をしてもらえることになりそうです。
 フロアーに寝そべって仕事をするわけにもいかないので、何とかなることでしょう。いつものように、楽観的すぎるのかもしれません。しかし、これもまた楽しらずや、です。この広い空間が、数ヶ月後にはどのようなレイアウトで生き返るのでしょうか。どういう結果となるのか、得難い体験に、今からこれからの成り行きに心躍らせています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | *身辺雑記