2026年01月12日

新春のお稽古始め

 新年早々の今日、お茶のお稽古に行きました。
 場所は、近鉄大和西大寺駅のすぐ前。
 妻は、生まれて初めてのお稽古通いになります。
 あらかじめ指示があったので、お茶碗や茶筅やタオルなどを持参しました。

 私は初心者に立ち返って、盆略手前のお稽古をしました。16年前に先生のご自宅へお稽古に行き、初めてお茶を始めた時も、この盆略手前からだったことを思い出しました。あの時は、胃ガンの手術の2日前でした。
 以来、先生にはとにかく気長に指導をしていただいて来ました。
 最近では、2年半前の「久しぶりにお茶のお稽古で大和路へ」(2022年06月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/189597419.html)に書いように、本当にしばらく遠ざかっていたのです。

 今回は、私も妻も手足がイマイチであることから、テーブルの前での立礼でのお作法です。
 妻は、お菓子をいただいてから、私が点てたお薄をいただくところまでを教わりました。その後は、袱紗の扱いを手取り足取りで教わっていました。

 私の盆略手前は、まだ2回目という若い方がなさっているところをじっくりと拝見した後だったので、10数年前を思い出しながら何とかやり終えました。意外と覚えているものだと、あらためて自信を持ちました。もちろん、先生が横から手順を逐一囁いてくださったから出来たことですが……

 この教室の生徒さんは、明るく楽しくお稽古をなさっているので、雰囲気のいい中でお茶のお稽古ができます。二つのグループに分かれ、初心者は先生のおられる部屋で、もうひとグループは隣のお茶室で教え合いながらのお稽古です。これが、厳しいながらも和気靄々とお稽古ができる秘訣のようです。
 そして、先生の目は二つの部屋を均等にごらんになっており、時折お隣の部屋での所作の不都合な点を指摘しておられます。目が幾つあるのだろう、と思うほどに行き届いたアドバイスでした。

 昨夜は不安でなかなか寝付けなかった、と行くまで妻は言っていました。しかし、初日が終わり心配したほどではなく、みなさんの厳しい表情の中にも和やかなやりとりがあったことに安堵したようです。楽しかった、おもしろかった、と言っているので、今後とも続きそうです。
 よかった、よかった、のお稽古の初日でした。




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2026年01月02日

河内高安へ新春の墓参

 河内高安にある信貴霊苑に、新年の挨拶に行ってきました。
 昨年末はバタバタするだけの日々だったために、お参りできなかったのです。
 近鉄だけで、大和西大寺→布施→河内山本→信貴山口と乗り換えをしながら行きました。

 予想外に人出が少なかったので、拍子抜けです。
 また、昨日に引き続き、晴れ着姿の人を今日は一人も見かけませんでした。
 初詣という文化が今はどんな形に姿を変えているのか、知りたくなりました。

 お墓の最寄り駅である信貴山口は、私が高校生の頃に毎日使っていた河内山本からは単線の駅です。
 駅前を含めて、今もほとんど変わっていません。
 駅前から、霊苑行きの送迎バスが待っていました。

 我が家の墓石のお掃除をしてから、眼下の大阪平野を望みました。
 右手に、姉がいる芦屋や神戸と明石方面が見えます。
 正面には淡路島が、左手には関西新空港が見えています。
 我が家のお墓は、大阪一帯が一望できるところに建っています。

260102_大阪一望.jpg

 息子が、東京の青山墓地への移転を考えていて、霊地が空くのを順番待ちしているようです。
 しかし、両親と共に住んでいた高安の地にあるこのお墓は、このままにしておきたいと思っています。
 また、両親が生前に島根県の出雲から墓じまいをしてここに移してきたことを思うと、なおさら去ることが出来ません。

 墓前には、妻がベランダで育てている花をお供えし、花手水のようにしました。

260102_お墓の花.jpg

 今年も健康第一にして過ごしますので、昨年同様に見守っていてください、とお願いしてきました。

 帰りの信貴山口駅では、小雪が舞っていました。
 いつものように布施駅で降り、回転寿司発祥の地で今も大賑わいの元禄寿司へ行きました。
 私は、マイペースで6皿と限界を少し超えました。
 元気な妻は12皿と、いつもの8皿よりも多かったので、快調に新年がスタートしたことを確かめ合いました。




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2025年12月30日

[その1]新しい歯医者さんでの後始末が今日終わりました

 2週間前の記事に、「不作為の責任」というものを取り上げました。その言葉の説明がここで問題にしている事案と関連するので、以下に生成AIの解説を再度引くことで再確認しておきます。

 すべき行為(作為)をあえてしないこと(不作為)によって生じた結果に対して負う責任で、法律上、行政や企業、個人が「知っていたのに何もしなかった」ことで問われる法的・道義的責任を指します。これは、積極的な行動を起こさなかったこと(作為)が、結果として損害や問題を引き起こした場合に発生し、「やらないこと」が「やること」と同等の法的・倫理的責任を伴う点が重要です。


 2年前にA歯科医院で作ってもらった装具のピンが折れたので、今年の1月27日に修理をしてもらうために予約を取って行きました。以来、2月、3月と、2度にわたって私には不適合の不出来な物だったので、3度目の作成をお願いしました。しかし、それは半年間はできないとのことでした。我慢を強いられた揚げ句に、約束の9月になっても無責任な約束不履行が続きました。さらに加えて、何も問題がない上の歯に被せていた物を、確認もなく無残にも損壊されたので、インフォームドコンセントを求めました。しかし、それも無視され続けて来ました。

 これらの経緯は、下記の2件の長文の記事を読めば明らかなので、再度の説明はしません。もちろん、患者側からの視点で書いたものです。当然、医師側からは異見や異論があるはずです。しかし、まったく返答がないので、このまま進めます。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、 http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置ろについて考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

 紆余曲折を経て、今月12月1日に交わしたA院長との電話で、「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という宣告のもと、その後の治療は院長の方から拒絶されました。お医者さんとしての本分と患者が望むことの関係が、もう無茶苦茶になっているという思いを強く持っています。

 私が手渡しした文書は事実を追って書いたものであり、電話において事実誤認がないかを確認した時も、院長からは特段の発言はありませんでした。事実という「理」の確認をする私に対して、院長は信頼関係という「情」で切って捨てられたのです。とにかく、院長の治療拒否の口実には時間軸が前後するなど、その行動も含めて矛盾点が噴出します。

 これまでの治療のすべてをA院長は放擲されたので、途方に暮れた私は、妻が行っている歯科の院長のもとにセカンドオピニオンを求めて行きました。しかし、それは明確に拒否されました。そこの院長は私が持参した書面を開封もせず、私の口の中を見もしないで「あなたのことは引き受けられない」とおっしゃったからです。不可解なことです。その背景には、何かありそうです。そのこともあって、その歯科へ行くわけにはいきません。

 途方に暮れている中で、紹介を受けてH歯科へ行ったのは、A院長から「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」と言い放たれた12月1日と同じ日の午後でした。

 私が事情を説明しようとするが早いか、H歯科の院長は、とにかく口の中を見てからにしましょう、とのことで、とんとん拍子にA院長が放擲された尻拭いの治療を、わかりやすい説明と確認をしながら進めてくださいました。そして、4回目の診察となる今日、年の瀬の慌ただしい時に、すべてのやり直しと補修が無事に終わりました。

 あの、今年の1月27日から12月1日までの10ヶ月に亘るA歯科医院での不可解な経緯は、一体何だったのでしょうか? 一切説明がないことなので、患者である私にはお手上げです。
 H歯科ではあっけなく、1ヶ月という短期間ですべてが解消したのです。しかも、費用も圧倒的に安く上がりました。A歯科医院に10ヶ月間で支払った額の半分以下でした。素人には、その裏事情を知る由もないので、わけがわかりません。

 懸案のA歯科医院との問題は今日で終わり、後は今日の処置に対する微調整が年明け早々にH歯科であります。

 なお、手元の資料を片付けていたら、以下のものが出て来ました。これは、上掲(1)の「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」に記した、10月23日の治療に関する次の2項目の内の、(1)にあたることに関する資料です。

 (1)10月23日に入れていただいた7本分の差し歯のその後の調整が1度もなされていない
 (2)3本の部分装具の掛け金が10月23日に無断で切断された理由が不明

251230_維持管理料.jpg

 ここで、「クラウン・ブリッジ維持管理料」(赤丸囲い)が計上されており、これは私が支払ったものです。しかし、これは処置がなされた10月23日以降一切点検されることもなかった上、12月1日にA院長が「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」と、ご自分から宣告されたことによって自動的に無効となり、返戻金の扱いとなるものかと思われます。これはあくまでも素人判断であり、当該業界での慣例はまったく知りません。日割り計算だと、些少の金額が引かれるとしても、歯科医院側が徴収したままで放置することはいかがなものでしょうか。額にして数百円かと思います。しかし、終始うやむやのままで遣り過ごすことはよくないと思うので、請求はしないものの、あえて記しておきます。

 私が蒙った多大なる損害と迷惑は、専門家を自認しておられるA院長は、それがどれほど残酷なものであったかは充分に理解しておられることでしょう。それだけに、私の心労の重さをご存知であったはずなので、冒頭で「不作為の責任」のことをあえて記しました。
 しかし、今日、H歯科で補修が一旦終わったこともあり、これ以上は私から正面切って問題にするつもりはありません。これまでも、私のことは常に無視され続けてきたことであり、お互い子どもではないので再燃することはないと思っています。




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2025年12月22日

久しぶりにお茶のお稽古を始める

 しばらくお休みしていたお茶のお稽古を始めました。
 場所は、大和西大寺駅の右前にある奈良ファミリーの中の近鉄文化サロン奈良です。安倍晋三元首相が銃弾を受けて亡くなられた、駅前広場のすぐ近くです。
 M先生には、15年前に私が癌の宣告を受けてすぐに教えを受け出し、以来五月雨式にではあるものの、根気強く東京や京都から奈良のご自宅にお稽古に通い指導を受けて来ました。最初の日のことは、「お茶のお稽古を始める」(2010年07月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934820.html)に書いています。そして何と、手術の2日前に「心身雑記(71)入院2日目にしてお茶のお稽古へ」(2010年08月28日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934855.html)に書いた通り、大和平群にお稽古に行っているのです。
 2019年9月には、お茶名「宗鉄」をいただきました。「9年目にいただいたお茶名は「宗鉃」」(2019年09月29日、http://genjiito.sblo.jp/article/186624763.html)に、その頃の状況を書いています。それなりの形はあるもののいまだ未熟者で、以来ずっとお茶とは遠ざかっているので、本当に初心者に戻ってお稽古をすることになります。

 今先生は、茶道裏千家淡交会奈良支部の副幹事長で教授という要職に就かれています。2年半前に脳梗塞になってからはお稽古も途絶え、お誘いがあればお茶会に参加するという程度に、足が遠のいていました。最近では、2ヶ月前の「古都散策(74)春日野でのお茶の講演会と野点用の茶碗」(2025年10月26日、http://genjiito.sblo.jp/article/191526968.html)に書いたように、奈良春日野国際フォーラム甍での講演会場でお目にかかっています。ただし、この時には年内にお稽古を始めるとは思いもしませんでした。

 今、朝食後にポットで沸かしたお湯でお茶を点てる程度の日々です。そんな中で、妻がお茶に興味を示し出したことを機に、初心者のためのお稽古を先生にお願いしたのです。よくぞ、と快諾を得て、今日は2人揃って大和平群のご自宅ではなくて、大和西大寺の文化サロンの受講生となったのです。

 まず、今日は体験会です。
 イスに座って、みなさんがなさるお稽古を拝見しました。この本科は、7名の生徒さんがいらっしゃいます。中に、お一人だけ知っている方がいらっしゃいました。今年の5月に先生の月釜がかかり、往馬大社で開催されたお茶会に参加した時、水屋でお弁当を出してくださった方だったのです。これから一緒にお稽古をすることになるので、これも奇縁といえるでしょう。
 その月釜の日のブログの最初に、「私も、足と手がしっかりしたらもう一度お稽古を、と思いました。」(「往馬大社でのお茶会の後はHONBAKO京都宇治でのパーティへ」2025年05月25日、http://genjiito.sblo.jp/article/191363526.html)と書きました。それから半年が過ぎ、年内にやっと念願が叶うことになったのです。

 先生は本科と研究科をお持ちで、今日の本科は楽しさが伝わってくるお稽古でした。先生のご自宅がある大和平郡に、急な山道を登ってお稽古に通っていた時は、どちらかというときびしめのお稽古でした。しかしここは、開かれた社会人講座の一環ということもあってか、雰囲気が穏やかで、アットホームな感じがしました。それでいて、先生のピシッとした厳しい指摘はいつも通り飛びます。
 体験で参加した我ら2人にも、お菓子と薄茶を出してくださいました。お菓子のいただき方、お茶碗の扱い方など、他の方に見られる中でもあり、緊張しました。

 次回からは、我らも少しずつお稽古が始まります。のんびり、コツコツ、マイペースで楽しみたいと思います。

 帰りは、新祝園駅にある「スッカマ源氏の湯」の温泉に行きました。過日行った時に、妻が帽子を忘れて帰ったので、すぐに連絡をして保管していただいていたのです。それを受け取りがてら、温泉にも入ったのです。

251222_スッカマ源氏の湯.jpg

 冬至ということもあり、ユズ湯がありました。柚子が40個も入ったお湯なので、じっくりと暖まって来ました。

 今日も電車のトラブルに巻き込まれました。行きも帰りも、奈良線のトラブルの影響で、電車が遅れました。昨日は東京で、今日は奈良でと、実害はなかったものの年末年始の繁忙期ということもあってのことでしょうか。余裕を持って移動することを心がけなければなりません。




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2025年12月09日

集会所で通販のトラブルの話を聞いた後に家族葬の相談に行く

 今日の集会所では、宇治市消費生活センターの方がお越しになり、通信販売でのトラブルに関する話や、悪質商法の話がありました。正直言って、眠かったのです。バラエティに富んだ事例を話題にしていただけたら、興味をもって聴けたかと思います。すでに聞いたことのある話ばかりだったので、他の方も同じ思いだったのではないでしょうか。

 お話は、通信販売におけるトラブルがメインでした。しかし、私に関してはネットでの買い物はまったくせずに現物を見て触って買い、そして現金で何事も対処するようにしています。高齢者には、このタイプが多いと聞いています。ネットがらみの話は、対象となる聴き手の見定めが必要かと思いました。

 私は先月、歯の治療に関して宇治市消費生活センターに電話連絡をし、いろいろなアドバイスをいただきました。歯科医院の院長が、インフォームドコンセントという治療の「説明と同意」がないままに不可解な治療がなされたので、そのことに関して相談をしたのです。このセンターが、本来は扱う内容ではなかったようです。しかし、丁寧に解決のための方策を提示していただけました。どうしたらいいのかわからない時だったので、大いに助かりました。

 終わってから、集会所でのお仲間の方に我々がお葬式の相談をしていることを話すと、近くにある家族葬のホールのことを教えてくださいました。今とりたてて急ぐ話ではないものの、善は急げとばかりに電話をして、直接担当者に話を聞きに行きました。
 父の時の葬儀屋さんは、間違いや行き違いが多くて難儀をしました。母の時は、お花に包まれた家族葬をしたはずなのに、法外な請求に驚きました。
 そんな経験があるので、今から準備をしておこうということです。

 今日は、我々各々の家族葬のプランも決めました。妻とはプランに微妙な違いがあったので、おもしろいものだと思いました。骨壺はどれにするかなど、まだ実感がないことでもあり、楽しく話が進みました。戒名は早く付けておこう、という点では一致しました。
 急ぐことのない、この歳になったからこその将来設計です。楽しみながら、自分たちのために詰めておくつもりです。




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2025年12月05日

12月6日に HONBAKO京都宇治でハンドメイドのお店を出店

 12月6日(土)と2026年2月7日(土)の 12:00 〜 16:30の間に、「お店番」として妻が担当者となって「店名:モモ Handmade」が、布製のブックポーチ・ブックカバー・手提げバックのチャリティ販売をします。
 よろしかったら、シェア型書店HONBAKO京都宇治の入口近くのテーブルに作品を何点か並べていますので、お手に取ってご覧ください。

 同じ時間帯に、2階にあるシェアスペースで「宇治で古写本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会」の勉強会をしています。こちらへの参加も、どうぞよろしく。
 以下の画像をクリックすると精細画像になります。

 インスタグラムでの告知もなされています。


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2025年12月01日

私の歯科医療に関する文章は脅迫文だそうです

 これまでにも何度か取り上げた、現在困っている歯科医療について、新たな動きがあったので報告します。

 私から書面で、A歯科医院の院長に治療の問題点についての「インフォームドコンセント」に基づく説明を求めたことに端を発して、何も回答がないままに1ヶ月が過ぎました。
 その書面というのは、以下の2つの記事に引用していますので、まずは問題点の始発点を明らかにしておきます。

(1)「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(2025年11月12日、 http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html

(2)「歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置ろについて考える(後編)」(2025年11月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/191548806.html

 歯の治療が本年10月23日から1ヶ月以上も放置されているので、何とか事態の打開を図りたいとの思いから、本日のA歯科医院における診察が始まった頃合いを見計らって、私から電話をしました。すると、院長と話をしている途中で、私の歯の治療は「もうしない」と宣告されました。何度も確認したのは、以下の言葉です。

 「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。

 これが、お仲間や関係者や大学病院とも相談をして出した、院長の結論だそうです。この結論を出されるのに、10月23日から起算して1ヶ月以上もかかったことになります。その間、私のことは放ったらかしだったことに関しては、お尋ねしても返答はありませんでした。
 私は、やりかけの治療を他の歯医者さんでやってもらうわけにもいかず、じっと1ヶ月もの間、この院長からの回答を待っていたことになります。そして今日、私から電話をしなければ、さらにずっと無視され続けていたのです。私の治療をしないのであれば、もっと早く言ってもらえたら動きようもあったのに、と言うと、私に電話をしたので連絡を待っていた、とおっしゃいます。
 それは、「宇治徳洲会病院とHONBAKO京都宇治と宇治市総合福祉会館へ」(2025年11月27日、http://genjiito.sblo.jp/article/191555537.html)の最後に次のような補足説明を私が本ブログに書いたことをおっしゃっているようです。

1つだけ報告があります。それは、私の書面を院長が読まれているかどうか、ということに関して18日に歯医者さんに確認の電話をした後に、夕刻に院長から私の携帯に電話がありました。ただし、私が登録しているA歯科医院の電話番号ではなかったので、迷惑電話として留守電に入っていたことを、翌日の19日に、書面を受け付けに手渡ししてから後で気付きました。その伝言は、以下のものでした。私は常に事実を記すことにしているので、この件も追加情報としてここに報告します。

「もしもし、A歯科医院の院長のAですけれども、先ほどお電話いただいたようなので、折り返し電話をさせていただいたんですけれども、もしもし、今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。」
 そして、この後に何も連絡も回答もないことが続いているのです。

 院長はすでに電話をしたので、私からの折り返しの電話を待っていた、とおっしゃいます。しかし、上記の文面に引用している留守番電話にあることばでは、私に折り返しの電話を求めているものではなく、今日はそちらに出勤して対応できないのでまた後で具体的な内容の電話をする、という、いわば無視はしていないという口実を作るための電話だった、と思われます。それは、その日の午前中に私がA歯科医院に電話をし、先生に書面を渡してもらえたか、ということと、先生はそれを読まれたか、という確認の電話をしていたので、仕方なしに先生は私にアリバイとなる電話をなさったのだろう、と思っています。
 その後、今日までの2週間というもの、院長からの電話はありません。

 上記の「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という、治療拒否の口実も矛盾点が噴出します。しかし、そのようなことを言われる書面を渡した私の文章にも、配慮が足りない部分があったかもしれません。医者と患者では、あまりにも立ち位置が違うので、もっと別の対処や言葉遣いがあったとしたら、その点は申し訳ないと思います。

 こうしたことを言い出したら切りがないので、A院長の矛盾する点をほんの1例だけ提示します。
 下の歯に関して、本年2月に明らかに不具合が多いものを作り、それを作り直した3月にも私には不適合なものだったのに、3つ目は半年後でないと着手できない、と言われていたことです。これでいくと、9月には着手すべきなのに、何の動きもなく今に至っています。8月に下の歯の対処をお願いしたのに、下ではなくて上の歯の治療に取りかかられました。
 私の文書が脅迫文だとおっしゃるその文書は、10月29日と11月19日に渡したものです。明らかに2ヶ月も時間軸が前後することなので、9月に着手しなかったことの理由としては、苦しい弁解というか道理に合わない詭弁です。

 私の治療はしないと、院長が直接おっしゃるのですから、これでご縁も切れたことでもあり、不当な医療放棄という問題はこれ以上は言わないことにします。
 ただ1点だけ、最後の確認です。確認ばかりしていて申し訳ありません。
 私から念のための確認として、「脅迫とおっしゃいますが、私がなにか事実と異なることを書いていましたか?」と問うと、社会通念とか書面での回答とかいろいろな方と相談して、そして医者と患者の違い、という曖昧なことで濁しておられました。私が何か事実誤認をしているのか気になるものの、これ以上のやりとりは不毛だと思い、最後にまた「私が渡した文書は脅迫文であり、患者との信頼関係がないことから、もう治療はしない。」という院長の言葉の念押しの確認をして、「わかりました」と言って電話を切りました。

 さて、私は今年の4月以来、ずっと忍耐強く待たされていたことの縛りがなくなったので、そのすぐ後に、あらためて別の歯医者さんに連絡をして、心機一転あらたに診察を受けることにしました。
 ちなみに、先週の11月27日に弁護士さんとの無料法律相談の折にいただいたアドバイスにより、セカンドオピニオンを受けるためにある別の歯科へ行きました。その際、別の歯科で問題となっていることの説明に、A院長のことを記したブログに書いた文章を印刷して持参しました。もちろん、具体的な固有名詞はすべて記号化したものです。しかし、そのセカンドオピニオンを受けるために行った歯科の院長はそれを開封もせず、さらには私の口の中を見ることもなく、診察台に横になってセカンドオピニオンを受ける態勢で待つ私に、冒頭から「あなたのことは引き受けられない」、とはっきりとおっしゃいました。誠実な先生と伺っていたのに、煩わしさを背負い込みたくないとの判断からか、診察を断わられました。それでは、セカンドオピニオンが受けられる歯医者さんはありますか、と尋ねると、自分で探してもらうしかない、とのことでした。
 初対面にもかかわらず、あまりにも突き放した言い方だったので、なぜあのような冷たい対応をなさったのか不可解です。あらかじめ書かされた問診票には、妻がここで診察を受けていることを書きました。既往歴や服用している薬や生活習慣などの問いにも答えました。あの問診票は、セカンドオピニオンを受けるのに必要なものだったのでしょうか。そして、時間をかけて書いた問診票は、その後どうなったのでしょうか。個人的なことを書いているので返してほしい、と言うこともできずに惨めな思いで帰って来ました。
 とにかく門前払いだったので、何も聞いてもらえなかったことが、今も残念な思いでいます。

 さて、今日の初診となるTH歯科には書面は持参せず、自分の口で説明しようと決めて行きました。内心、また診療を拒否されるのでは、と危惧しながらも、まずは直面している困り事の相談を聞いてほしい、と先生に言いました。すると、とにかく口の中を見ないことには、ということで診察台に横たわりました。そして、口の中を見ながら首を捻っておられたので、別の歯科でどのような経緯があってここに来たのかを、具体的にお話をしました。先生は聞き上手だったことに加えて、今後の対処についての詳しい説明もわかりやすかったので、問われることに対してお任せします、ということで進みました。
 前の歯科で放置されていることの専門家としての見立てや、その先生はこれからどうしようとしておられたのかなど、専門的な観点からの説明は患者の立場の私でもわかりやすいものでした。多分に、前の歯科医院の院長を擁護するような内容や説明だったのは、同業者としての思いやりからだったと思われます。わかりやすい話だったので、納得しました。

 私は、人との出会いには恵まれていて、多くの方々に助けられて今に至っています。頑固で癖が強い、といつも妻に言われています。しかし、身の回りの方々には、心優しくお付き合いしていただいています。人間関係では、幸運な道のりを歩んで来ていると思っています。

 ただし、1点だけ、歯医者さんとの出会いはあまりよくありません。歯医者さんに関しては、東京でのとんでもない歯医者さんに振り回された経験があり、妻も私と同じように苦労をして来ました。しかし今回は、いい出会いの歯医者さんに診てもらえそうなので、モヤモヤしていた時でもあり、少し気持ちが落ち着いています。
 このTH歯科を紹介してくださったNさん、いつもお気遣いをいただきありがとうございます。




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2025年11月27日

宇治徳洲会病院とHONBAKO京都宇治と宇治市総合福祉会館へ

 慌ただしく宇治市の3箇所を飛び廻る1日でした。
 まず、宇治徳洲会病院へ行くために送迎バスを待っていたら、やってきたマイクロバスの運転手さんが、申し訳ないけれど今日は満員で乗れない、とのことでした。仕方がないので、歩いて病院へ行くことにしました。25分のウォーキングです。

 いつもの先生がお休みだったため、代診の先生の診察を2階で受けました。前回同様、早く診てもらえました。付き添いの私も、診察室で先生の質問に答えました。妻が背中に貼っているリバスチグミンテープのことは、まったくご存知ではないようでした。痒み止めの塗り薬がなくなるところです、と説明すると、それはこちらにはない薬なので京大病院でもらってほしい、とのことでした。この種類の点滴治療を、この病院ではほとんどしないためなのかな、と思いました。

 次は、1階の観察室でレカネマブ(レケンビ)の点滴を受けます。今日は前回と違って患者さんが少なかったので、ベッドはガラガラでした。私は、点滴が始まってから大部屋に入り、ベッドの横で読書と書類の確認をしていました。時々、前回と違って今日は静かでいいね、と妻とのんびり会話をする1時間でした。前回は、生きる死ぬの渦中に置かれたり、呻く方の横だったので、点滴を受けていても心が静まらない状況下だったのです。

 点滴が終わるとコンビニで食料を買い、カフェで飲み物をいただいて簡単なお昼ご飯です。この、お昼ご飯を食べるタイミングが難しいのです。
 帰ろうとした時、病院の南側に定食屋さんが半年前にオープンしていたことを知りました。まったく気付きませんでした。これから1年間は月に2回はこの病院に通うので、ここでの昼食も予定に入れましょう。

 病院から宇治市街に出て、JR宇治駅の前のシェア型書店HONBAKO京都宇治に立ち寄りました。ここは、私が毎月第1土曜日に、『源氏物語』の変体仮名を読む勉強会をしているところです。本が充実し、来店者も多かったので嬉しくなりました。新たに1冊、『めざせ110歳! 支え合い繋がりあって元気もりもり』(細井恵美子、文芸社、2020年6月)という本をいただきました。集会所で会う100歳のTさんのことをもっと知るために、読んでおこうと思った本です。読み終わったら、読書雑記に取り上げましょう。
 妻が、ここのスペースをお借りして、布製のブックカバー、バッグ、ブックポーチの手作り品を並べ、販売もすることになりました。収益は、さまざまなボランティア活動に生かされます。開催日は12月6日(土)、2月7日(土)の2日間です。どんなものが並びますか、お楽しみに。興味のある方は、お立ち寄りください。

 そこから歩いてすぐの、宇治市総合福祉会館へ行きました。過日、宇治市消費者相談センターに、近くの歯医者さんに私の歯の治療が放置されたままになっていることについて相談をしたところ、ここで開催される無料の法律相談を受けたら、ということで予約を入れていただいたので来ました。
 20分間という枠ながら、担当の弁護士さんから有益な情報をいただきました。今後の対応の参考になります。ありがとうございました。
 なお、くだんの歯医者さんには、10月29日に治療に関する私の質問の前半を記した書面を手渡しし、11月19日に後半を記した2通目の書面を渡しました。その日の本ブログで、その書面は公開した通りです。
 それから今日でほぼ1ヶ月が経ちます。歯医者さんからはいかなる回答も連絡もなく、無視を決め込んでおられます。無視をして逃げられるはずはないので、この音信不通の状態が1ヶ月も続いていることが理解できません。4箇所の治療は、中断や放置したままです。この歯科医院の院長の対応に、私は理解に苦しんでいます。
 ただし、1つだけ報告があります。それは、私の書面を院長が読まれているかどうか、ということに関して18日に歯医者さんに確認の電話をした後に、夕刻に院長から私の携帯に電話がありました。ただし、私が登録しているA歯科医院の電話番号ではなかったので、迷惑電話として留守電に入っていたことを、翌日の19日に、書面を受け付けに手渡ししてから後で気付きました。その伝言は、以下のものでした。私は常に事実を記すことにしているので、この件も追加情報としてここに報告します。
「もしもし、A歯科医院の院長のAですけれども、先ほどお電話いただいたようなので、折り返し電話をさせていただいたんですけれども、もしもし、今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。今日は私●●の方に出勤なので、●●の方から電話させていただいています。失礼します。」
 そして、この後に何も連絡も回答もないことが続いているのです。

 会館を出ると、小雨が降り出したところでした。小走りに道を隔てたバス停へと急ぎ、立命館宇治中学・高校前経由で近鉄大久保駅に行きました。ここには、先日来たワークマンやくら寿司や源氏の湯などがあります。しかし、すでに暗くなっていたので、駅前で揚げたてのコロッケをいただいて帰りました。小腹が空いた時に、こうしたコロッケやフライドポテトは、1日6回食の私にとっては最適なエネルギー補給となるのです。




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2025年11月23日

ワークマンの衣類と公園の紅葉のこと

 先日、法隆寺からの帰りに、電車の乗り換えの途中で、ワークマンプラス宇治大久保店に立ち寄りました。そして、冬物で蓄熱効果の高い衣料を、妻と私の分を9点も買いました。
 これまでは、ユニクロの製品を愛用していました。それが、先月あたりから今話題のワークマンやワークマン女子の製品にくら替えしているのです。蓄熱機能の向上と、一般医療機器扱いのメディヒールと命名された衣料が数多く発表されていたからです。

 部屋着と夜用は、ほぼワークマンに移行しています。靴下も靴もワークマンを履くようになりました。ウインドブレーカーも追加で買いました。後は帽子だけがワークマンではありません。一応、これまで被っていたブランド物がいくつかあり、買い替える必要がないためです。

 ということで、外出着以外は様変わりです。ただし、京都駅南側のイオンの中のワークマンでは、ほしいものはほとんど売り切れです。大人気なのです。宇治大久保店も欠品が多いものの、それでも郊外ということで品数が多く、いくつかは手に入ったのです。

 暖まる衣類と疲労回復をサポートする衣料は、部屋の暖房の観点からも大幅な節電になります。エアコンとガスストーブと電気ストーブは、出番が激減です。そして何よりも、価格が格段に安い、ということも生活の助けになります。

 ところが、先日買った蓄熱裏起毛で「+7℃」という触れ込みの衣類が、開封するとすぐに2箇所に小さな穴が空いていることに気付きました。私がタグを外す時に間違って切ったのではなく、畳み込まれていた裾の方に穴が見つかったのです。歯車に挟まれた時に出来るような穴です。
 すぐにお店に電話をして状況を伝えると、商品と領収書を持って行けば返品に応じてもらえることになりました。何かと多忙ですぐに行けないことを了承してもらい、3日後になる今日、電車で行きました。

 最初は、開封している状態では返品に応じられない、とおっしゃいました。しかし、折り畳まれた服の中に穴があるので、開封して拡げて初めて穴が空いていることがわかる、ということを説明し、納得していただいた上で返金手続となりました。そして、同じ物をいただいて来ました。

 去年の秋に、ユニクロでとんでもない対応をされたことを思い出しました。
 あの時は、領収書と共に大きさが普通ではなかった商品を持参しました。しかし、商品に販売用のタグが付いていないので交換はできない、と突っぱねられました

 その対応の酷さは、あの日の以下のブログに報告した通りです。
「ユニクロの返品交換の方針は一般的なのでしょうか?」(2024年09月07日、http://genjiito.sblo.jp/article/191051790.html
 そこでも書いたように、「領収書とユニクロのアプリの購入履歴の記録があっても、それではレジでバーコードでの処理ができないので商品の交換はできない、と冷たく断られたのです。」ということでした。「レジでバーコードでの処理」が最優先であり、サイズがとてつもなく大きなMであり、購入者が困る事態であっても、「タグ」のないものは交換してもらえない、という論理なのです。領収書には何の効力もなかったのです。納得できないままに、「タグありき」が会社の方針なので領収書ではダメだといわれたら、後は引き下がるしかありません。

 「バーコードのタグの有無がすべて」というユニクロでの苦い経験があるので、今回はタグも持っていきました。しかし、領収書だけで返金・交換してもらえました。やはりこれが社会の常識だと、あらためて確信しました。

 返品・交換してもらってから、また数点の衣類を買いました。とにかく安いので、いろいろと試してから、よければあらためて買う、という対処ができるのです。

 帰りに、駅から直線で700メートルにも延びる公園の中を散策し、色付いた紅葉を堪能しました。
 公園に入るとすぐに、背の高い紅葉を見上げます。

251123_紅葉木.jpg

 500メートルほど歩くと、まさに深山路であざやかな紅葉に出会った気持ちになりました。

251123_紅葉2.jpg

 公園を抜けて公道に出ると、西の空は夕焼けになろうとしているところでした。

251123_夕焼け.jpg

 自然の中で、二季と言われながらも季節を感じながらの日々を送っています。




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2025年11月19日

歯医者さんで医療の名のもとに行われている治療放置について考える(後編)

 今月11月12日に、「歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)」(http://genjiito.sblo.jp/article/191542861.html)という記事を、本ブログで報告として書きました。そこでは、冒頭に「医療の名のもとに行われた暴行と治療の放置について、2回にわたって報告します。」と記しました。それを受けて、本日は2回目としての「後編」をまとめて報告します。

 先月10月29日に、私が通っている歯医者さんに手渡しした書面のことは、その後2週間経った11月12日の本ブログの「前編」の記事で報告した通りです。そして、その日には2つ目の書面を、同じように歯医者さんに持参しました。
 それから1週間が経ち、今日は11月19日です。1つ目の書面からは3週間になります。私の治療に関する疑問と質問に対して、いまだに、何の連絡も回答もありません。そのため、以下に1週間前に手渡しした2つ目の書面を引いて、この件に関するご教示をいただこうと思っています。

 なお、2つ目の書面を手渡ししても何の反応もないので、昨日から関連するさまざまな組織に、この事案に関しての相談をしました。参考までに、私が教えを請うた組織とその内容をメモとして列記します。各機関の方は、懇切丁寧に説明や解決に向けての手順を教えてくださいました。ありがとうございました。

(1)宇治市消費者相談センター
   (弁護士による無料相談会の予約完了)
(2)宇治市社会福祉協議会
   (簡易裁判所への調停申立の説明)
(3)妻が通う歯科医院
   (相談と診療を引き受けるかは明日連絡あり)
(4)医療ホット安心相談
   (歯科医師会を紹介)
(5)京都府歯科医師会
   (A歯科医院に対して私からの書面を見たかどうか確認の助言)
(6)A歯科医院
   (書面を受け渡しされた方は院長が見て対処を思案中と)
   (院長の返答なしには私が予約を入れられない状況は理解)
(7)京都弁護士会
   (連絡は無料相談会の後にと保留)

 淀みなく、私の疑問点はバトンリレーをするかのようにつながりました。
 こうしたことを踏まえて、以下に掲示する2つ目の院長に対する問い合わせをご覧になると、問題点がどのように対処されていく問題なのかが見通せるかと思います。
 ただし、個人が特定される語句などは、今回も適宜アルファベットなどに置き換えています。


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「約束の半年が経っても治療に着手してもらえないこと」

 過日、私の歯の治療に関して、疑問点を記した書面をお渡ししてから2週間が経ちました。何も回答がないので、用意していた2つ目となる口内の下部に装着する装具に関する疑問点を記してお届けします。

 まずは、現在、店晒しにされている問題を列記し、整理してから始めます。

(1)10月23日に入れていただいた7本分の差し歯のその後の調整が1度もなされていない
(2)3本の部分入れ歯の掛け金が10月23日に無断で切断された理由が不明
(3)6ヶ月待つようにと言われた下の装具は8ヶ月経った今も放置されている
(4)8月18日にあると思っていた下の犬歯の治療はもう終わっているのか
(5)10月30日に予約していたことを履行するためにも質問の回答を待っている
(6)依然として「インフォームド・コンセント」がまったくなされていない

 以上の6点が、放置されたままに日時が経過しています。もう少し問題点を明確にします。

(1)の新しく入った差し歯については、その後の経過を先生はご覧にならなくてもいいのでしょうか。入れっ放しで見もしない、というのは治療ではないと思われます。
(2)の無残にもループ状の掛け金を切り取られた部分入れ歯は、貼っておけばいいという指示がアシスタントの方にあっただけで、私には何の説明もありません。私の独断でアース製薬の「ポリグリップパウダー」や、シオノギの「タッチコレクト」を買ってきてその場凌ぎをしています。しかし、所詮掛け金で固定されていたものを貼り付けるだけになったので、数時間後にはポロリと外れて噛んでしまいます。ガリッと噛むので、結構痛い思いをしています。これは、どうすればいいのでしょうか。
(3)下の装具のことは、以下に詳細に記します。
(4)若い先生がなさっていた下の犬歯の治療について、私は8月に引き続き治療があると思っていました。勘違いなのでしょうか。
(5)以上のことを少しでも前に進めるためにも、私の質問に対する先生の回答をいただかないと、何をされるかわからない状況では、不安で診察を受けに行くことができません。
(6)医療の基本である「インフォームド・コンセント」(説明と同意)をお待ちしています。

 さて、2通目の問い合わせの本題です。上記の、「(3)6ヶ月待つようにと言われた下の装具は8ヶ月経った今も放置されている」ことについて、お伺いします。

 貴院で一昨年、別の若い先生に作成していただいた装具のピンが、本年正月に折れました。その月末に診てもらい、作り直すことになりました。担当は新しい若い先生でした。
 2月に出来上がりました。しかし、歯科医療のことは何も知らない私にもわかるほどの、明らかな失敗作でした。一生懸命削って調整なさる若い先生に、失礼ながら、削って直せるものではないので作り直してはどうでしょうか、という提案をしました。患者である私が言うほどですから、いかに酷いものだったかが想像できると思います。

 さらに、前回のものは私にピッタリのものだったのに、どうしてこんなにお粗末なものだったのかを尋ねると、技工所が変わったとのことでした。それでは別の技工所にしたら、と言うと、それができないとのことでした。その意味が、私にはよくわからないままです。医院の経営上のことが内在しているのだろうと思い、それ以上は聞きませんでした。

 不出来なものをいくら削っても埒があかないことに思い至られた若い先生は、私が何度も言うこともあってか、ようやく作り直しを決断なさいました。

 2つ目の仮歯を作る時に、技工所の方も来られ、診察台の横で見ておられました。その方とは帰りがけに待合室で出会ったので、少し立ち話をしました。なぜあんなに合わないものを納品されたのか、ということを。その若い方は、いろいろと難しいことが多くて、と素直に戸惑いを漏らしておられました。素人さんらしかったので、実際に作る方ではないのかな、と思いながらも、なぜこの方が治療の現場に立ち会われたのか不審に思いました。

 3月に入り、2つ目が出来上がりました。しかし、これも装着感が悪く、また若い先生は調整のために削る作業が始まりました。噛み合わせはいいとのことです。しかし、ポコポコ外れやすく、締めつけ感も強いので、何とかならないかと苦痛を訴えました。とにかく、これで様子を見ましょうということになり、不承不承帰ることになりました。

 やはりこの装具は私には合わないので、次の調整日にまた削り始められた若い先生に、また作り直しては、と私から提案しました。患者側からこんなことを言うのはどうかと思いながら、合わないものは合わないと言うべきだとの思いが強くなっていたからです。診察台に横たわりながらこんなことを言うのは、なかなか勇気がいることでした。

 すると、先生からは、もう一度作り直すことは出来ないことになっている、という返答がありました。私は、この合わないもので諦めろということですか、と聞くと、半年間は作り直しが出来ないことになっている、と言われるだけでした。
 噛み合わせは問題ないので、このままこれを使ってみてほしい、と仰います。何か事情があるのだろうな、と思いながら、不本意ながら、とにかく使ってみようとその場は引き下がりました。
 そして、今こうして使っているのが、こうした経緯があって作られた、私にとっては非常に使い心地の悪いものです。半年間、我慢しようと腹を括って使っていたものです。

 このやりとりは、カルテにはどのように記述されているのか知りたいものです。患者は、カルテを見たり、書かれていることの説明を聞くことはできないのでしょうか。また、院長には、こうした経緯がどのように伝わっていたのでしょうか。

 使い心地の頗る悪い2つ目の装具について、どんな不都合があるのかを整理します。

(1)ポロポロと外れることは、8月18日の私から特に依頼した院長の診察の折に、ピンを締めて調整することで解消しました。しかし、代わりに、内向きに引き付けられる力が強まったことで、2時間も装着していると口が怠くなります。下の歯茎全体が熱を帯びてきます。そのために、外してストレスを和らげてから、再度装着せざるを得ません。これまでもそうでした。それが、8月18日を境にして、さらに酷くなりました。
(2)1日6回食の私は、食べる前に装着し、食べ終わってから外すことを繰り返しています。そうしないと、口が怠くなるのです。顎が熱を帯びてくるのです。食事の回数が多いので、けっこう手間であり面倒です。
(3)毎週1回、1講座90分の社会人講座を受け持っています。千代田区立日比谷図書文化館では2講座あり、その間に60分の休憩時間があるので、装置を外してしばらく口を休めないと、2講座目では口がもつれます。ただし、受講生の質問などに対応するために、トイレなどに駆け込んで装具を外して少しだけ口を休めることが多いのが常態化しています。もう一つの大阪府立中之島図書館での2講座では、休憩時間は30分です。これも、大急ぎで別室で口を休めています。京都駅前のキャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)での講座と、宇治駅前のシェア型書店HONBAKO京都宇治での講座は、共に1講座だけなので、口休めの時間を確保することはありません。ただし、装着感が悪く不快なので、いつも疲労が溜まっています。
(4)下の装具の左側には、食べたものが溜まります。食後に装具を外す時に、この食べかすをきれいに取り除きます。
(5)下の右奥の歯茎が痛いので、外す時にはマッサージをしています。
(6)下右の犬歯は、噛みしめた瞬間にピッと反応し、違和感がある時があります。ここは、虫歯を治すということでした。これは、もう治療済みなのでしょうか。それとも、途中なのでしょうか。8月18日には、その治療があると思って行ったことも1つとしてあったので、それがないままに今に至っているのでお尋ねする次第です。

 異物を装着しているので、快適であるはずはありません。噛み合わせに問題はないと仰います。しかし、昨年までは、こうした不快な感触はありませんでした。今は、この完成度の低いものを付けていることに起因することだ、と思わずにはいられません。
 相当、自分の感情を抑えて、上記の状況を記していることを推察願います。

 なお、そんなに不自由な思いをしているのであれば、なぜ歯医者を変えなかったのか、と問われることでしょう。しかし、後述するように、私はO大学の卒業生であることを標榜しておられる院長の評価を下げたくない、という個人的な思いがあったので、通い続けました。

 さらに、治療の経過について書き続けます。

 半年後であれば作り直すことが可能だ、という期日が近づいた8月中旬に、これまでの若い先生ではなくて、院長から直接、作り直すことになる新たな装具について説明を受けようと思い、予約を入れました。それが、8月18日です。ところが、行ってみるとカウンセリングルームではなくて、診察台に上がっての話となったです。これまで、いろいろな歯科医院で、別室で説明を受けたり相談をして来たので、これは意外でした。
 そして、作り直しのことは、予想だにしなかった、まったく違う流れで推移しました。パカパカ外れる対処は締め直すことで対処されました。そして、お約束だった3回目の造り直しのことは話題にもされず、前回記した通り、驚くべき展開となったのです。

 なお、私がA歯科に誠意のなさを痛感したのは、2つ目の装具も合わないものだったのもかかわらず、その現状も確認することなく、若い先生に任せきりで、半年間は同じ箇所の装具は作れないことになっている、と伝えられた時です。しかも、その方針は、院長ではなくて若い先生から伝えられました。これは、医療の放棄だと思いました。
 その後、アシスタントの方に、半年間は3つ目の物は作ってもらえないのですか、と聞くと、口籠もりながら、小さな声でそうですと答えておられました。このアシスタントの方は、半年間もの間、患者に不便な思いをさせることに判然としない思いを持っておられることを、そうした何気ない応答の中に感じました。

 半年間は何もしないという方針を知り、普通は別の歯医者さんに行くと思います。しかし、私は行きませんでした。それには理由があります。
 受付のカウンターの上に、O大学歯学部同窓のプレートが誇らしげに置かれていたからです。その金色のプレートには、「O大学歯学部 同窓会々員」と刻まれています。

251111_O大歯学部.jpg

 私は、O大学の先生と共同研究をした数年間、池田にあるキャンパスに足繁く通いました。また、大学院の博士後期課程で勉強し、博士(文学)の学位は恩師からいただきました。その後、2年間は招へい教授として箕面キャンパス(旧 大阪外国語大学)に研究室を与えられ、科研費の研究に取り組みました。
 O大学は、私にとっては非常に大切にしている研究機関です。そこを卒業して歯医者になられた先生の評価を、私が転院することで落としたくない、という思いが強くあるのです。
 今、私は毎週2回、ボランティアとして地域の集会所で介護と福祉のお手伝いで参加しています。当然、このA医院に通っておられる方が数人いらっしゃいます。私がここに引っ越しをして来てこのA歯医医院に来たのは、親しく接している100歳のTさんが薦めてくださったからです。あの、小さな部分装具の留め金を切断された日も、同じボランティアで参加しておられるKさんと、受付の前で出会いました。
 私がこの歯科に見切りをつけて転院すると、この歯科が良くないことがみなさんに自ずと伝わります。それは、ひいてはO大学の評価を下げることになります。
 そんな理由で、私はジッと我慢して通院を続けました。しかし、このまま治療の放置が続くようであれば、もう決断すべき時なのかもしれません。
 今は、この私の口の中の現状をどうなさるおつもりなのか、1日も早く知りたいと思っています。

 蛇足ながら、貴歯科医院に関して追記します。
 私の妻も、この歯科で治療を受けていました。過去形なのは、酷い目にあったために駅前の歯医者さんに転院したからです。その理由は、予約時間に少し遅れた時、受付の方に手厳しい叱責を受けたからだそうです。しかも、何人もの患者さんが待つ受付前での出来事だったので、恥ずかしくていたたまれない思いをし、その日を限りに行かなくなり、すぐに駅前の歯医者さんに転院したのです。突然やって来た妻に、その駅前の歯医者さんは理由を教えてもらえないか、と問われ、妻はありのままに酷い対応をされたことを伝えたそうです。その、手厳しい叱責を受けた日と受付の方のことは、妻のカルテの最終診察日を見ればわかります。そんなことがあったにも関わらず、私はO大学の評価を下げないためにも、この歯科医院に通い続けました。今も、貴歯科医院のことではなくて、大学の評価が下がること、O大学の先生は問題がある、と風評が拡がることを避けたい思いが強いことを、ここに明記しておきます。
 なお、要らぬお節介ながら、受け付けは患者と直接接する窓口なので、その対応には気配りが必要です。その点から言えば、私も3回に1回は、受け付けの方の対応にムカッとします。日本語の再教育と、接客マナーの向上は、他人事ながら再検討されるべきかと愚考します。
 また、10月23日に7本の差し歯の料金をお支払いしました。あらかじめ、クレジットカードは使えないことと、料金は35,000円以内だとの説明を受けました。銀行に行き、その金額を下ろして行きました。しかし、窓口では前回と金額が変わり、17,250円だとのことでした。計算間違いだった、とのことです。歯医者さんの前にあったATMがなくなっているので、少し離れた銀行に行って下ろして来ました。普通は、すみませんでした、の一言があってしかるべきかと思います。しかし、そうした言葉は何もなく、淡々とお金の受け渡しをしました。金銭に関して無頓着なのだな、と思いました。

 前回の書面を手渡ししてから2週間が経ちました。この間に何も回答や連絡がないので、本日の私のブログに前回の書面をそのまま公開します。今、私は何をどうすべきなのかを、広くアドバイスをもらうためです。
 この書面に対しても、速やかに回答を記していただきたいと思います。そして、放置されている冒頭に掲載した6項目に関して、説明をよろしくお願いします。
 私が、こうした不自由な日々を強いられていることから、一日も早く開放していただきたいと願っています。
                                 以上
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2025年11月12日

歯医者さんで医療の名のもとに行われた暴行について考える(前編)

 歯医者さんの治療について困惑しています。
 医療の名のもとに行われた暴行と治療の放置について、2回にわたって報告します。
 言われるがままに診察台に横になっていた間の出来事が、予想外の事態となっているのです。
 歯医者さんには、どこまでの権限があるのでしょうか。

 先月の10月29日に、私が通っている歯医者さんに、以下の書面を手渡ししました。
 書面を手渡ししてから、今日で2週間が経ちます。この間に何も連絡がないので、その書面を以下にそのまま引用します。ただし、個人が特定される語句などは適宜アルファベットなどに置き換えています。

 本日、2回目の質問書を手渡ししてきました。主旨は、以下の6項目に関して説明をしてほしい、というものです。

(1)10月23日に入れていただいた7本分の差し歯のその後の調整が1度もなされていない
(2)3本の部分装具の掛け金が10月23日に無断で切断された理由が不明
(3)6ヶ月待つようにと言われた下の装具は8ヶ月経った今も放置されている
(4)8月18日にあると思っていた下の犬歯の治療はもう終わっているのか
(5)10月30日に予約していたことを履行するためにも質問の回答を待っている
(6)依然として「インフォームド・コンセント」がまったくなされていない

 その中で、前回の書面を今日のブログに引用することはしっかりと書いておきました。

以下、2週間前に手渡しした1回目の質問書です。

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「A歯科医院で確認もなく切断破壊された装具のこと」

 過日、10月23日にA歯科で不愉快な思いをしたことを、私が毎日公開しているブログに、具体的な内容は暈しながらアップしました。
 まずは、それを引きます。

 今日は、歯医者さんで憤慨することがありました。4月から不具合を訴えているのに、7ヶ月経っても治療に入ってもらえません。優先順位が低い治療の方は、今日終わりました。ただし、何も問題のなかったものがきちんと使えなくなり、不便な思いをすることになりました。これは予想できたことなので、また後日くわしく報告します。
 この歯科は、京都では3つ目の歯医者さんです。なかなか良い歯医者さんに出会えません。東京にいた時には、信頼できる2つの歯医者さんのお世話になっていました。もっとも、私が住んでいたのが東京医科歯科大学の官舎だったので、その周辺には優秀な歯科医院があったのです。ある時、京都での診療方針と説明に疑問を持ち、セカンドオピニオンとして東京の歯医者さんにアドバイスをもらいました。そして、京都の歯医者さんを変えたことがあります。コンビニよりも数が多いと言われる歯医者さん。身近な存在のはずなのに、いまだに信頼できる出会いがなくて困惑しています。
(『たつみのいほり より』2025年10月23日「平穏な日の中での不愉快なこと3題」http://genjiito.sblo.jp/article/191524553.html

 ここに書いた、「何も問題のなかったものがきちんと使えなくなり、不便な思いをすることになりました。」ということを手始めに、A先生のご意見を伺いたいと思います。
 「7ヶ月経っても」放置されている下の装具については、本件で私が納得できてから、あらためてご意見を伺います。

 まず、以下に記す経緯に、あるだろうと思って待っていた「インフォームド・コンセント」といわれる、いわゆる「説明と同意」はまったくなかったことを確認しておきます。そのため、突然の蛮行というべき暴挙が行われ、今は信じられない思いでいます。

 さて、今夏8月中旬に、治療をうけていたA歯科に連絡をして、院長と現在の処置についてお話しをしたい旨の連絡をしました。電話ではなく、私が直接受け付けに行ったと記憶しています。
 新年から7月31日までの治療は、若い方が担当でした。面談を望んだのは、今春2月12日に作ってもらった装具がどうしようもないもので、次に4月8日に作ってもらった2つ目も当初から私の口に合わず、さらに作り直しをお願いしたことに関して何も動きがないので、今後の治療を含めて詳しい説明と確認をしたかったからです。
 4月の早い段階で、3つ目は何故かすぐには作ることができないとのことで、半年後の対応になるとの回答でした。仕方がないので、とにかく不快極まりないものを口に入れて、半年をじっと待つことにしました。

 なお、この装置が合わないことから来る具体的な不具合の例証は、私の講座を受講なさっている方々が書いてくださっている、アンケートのコメント欄を見るとわかります。今年の4月以降に書かれたアンケートのコメント欄から引きます。この装置を使用して、私が人前で喋ることでいかに苦労しているかを推察してください。今年の4月以降が特に顕著なので、いくつかをあげます。
 さらには、仮歯の上の隙間から空気が漏れ漏れで、特にサ行が発音できない状況でした。左上の部分装具も装着できない状況が2ヶ月もあり、ここからの空気の漏れも関係していると思われます。喋ることを仕事とする身には、つらい日々だったことを理解いただきたいと思います。

「声がこもってしまい聞きづらかったのが残念でした。もったいないことです。」
「語尾が不明瞭の部分が多いので、区切り目をより明確にして欲しいと思います。」
「先生のお声が聞きとりづらく、机の配置、工夫があると嬉しいです。」
「とても聞きとりにくく半分くらいしか理解できませんでした。(内容ではなく何をおっしゃっているのか?が)」
(以上の引用文は、この講座の主催者である小学館集英社プロダクションがまとめた資料によっています。会場は、大阪府立中之島図書館と千代田区立日比谷図書文化館で、各90分の2講座ずつです。)

 前歯の下の右の犬歯に虫歯があり、その治療の継続で8月18日に行く際に、治療の件でこれまでの若い先生ではなくて、院長にお話が伺いたいと言う申し出でをしたところ、別室ではなくて診察台での対応でした。これまでは、ほとんどの歯科での話は対面でやっていたので、非常に話しづらい状況下でのやりとりとなり、先生の一方的な対応の原因ともなったと思っています。
 そうした状況であっても、聞いていた再々作成のための半年がもうすぐやってくるので、下の装具の作り直しをしてほしいことを伝えました。その時に上の差し歯4本が少しぐらつくことを伝えると、下の犬歯と装具の治療ではなくて、すぐに上の差し歯の治療に入りました。そして、上の右で支えている歯が支え切れない状態なのでその1本を抜いて治療を進めるとのことでした。

 その時、4本の差し歯が7本の差し歯になるという話は伺いました。さらには、上の左側の3本の部分装具が新たに作る差し歯の邪魔になるとのことで、しばらくは使わないことになりました。その理由として、3本の部分装具を入れると抜歯をした傷口が窮屈になり、直りが遅くなるからだ、とのことでした。今のところ何も問題のない3本の部分装具が邪魔になると仰る意味がよくわからないままに、とにかく上の前の仮歯の作成が進みました。真ん中の差し歯の仮歯を作るための型取りをする時に、何故左上の3本の部分装具を装着しないままでやるのかが不思議でした。後で調整が大変だろう、ということが素人目にも容易に想像できたからです。

 翌日の19日には、抜歯の様子を診てもらいました。18日にいただいた3種類の薬は、忘れずに飲みました。特に問題はなく、8月26日に2つ目の仮歯の作成に入りました。抜歯の傷口が癒えたであろう9月25日と10月9日に、正規の差し歯のための最終確認をし、10月23日に7本の差し歯が無事に入りました。

 10月23日には、8月18日に院長にお見せした左上の3本の部分装具のことは、この期間にまったく話題に上りませんでした。前の差し歯が入ったら、当然その横に並ぶ部分装具が必要になるはずなので、私の方から気を利かせて持参しました。なぜ、忘れずに持参するように、という指示がなかったのか、今でも不思議な思いです。
 後で自分が作り直す、というストーリーが先生の中では出来上がっていたからだろう、と私は邪推しています。こうしたことは、まったく説明がない状態で推移していたので、今は推測の域を出ません。
 8月18日以降、19日・26日・9月25日・10月9日と、この部分装具をどうするのかがまったく不明のままだったのです。23日に持参したのは、「そんなものがあったのですか?」と言われかねなかったからです。診察台に座るや否や、アシスタントの方に手渡しました。

 この日に正式な7本分の差し歯が入りました。ところが、この時に驚くべき暴挙がなされたのです。まったく問題なく使っていた部分装具のループになっていた掛け金を、無断で乱暴にも隙間の確保のために切断されたのです。先生自身が作った差し歯の邪魔になるため、それまで入っていた何も問題のないものを、暴力的に破壊されたのです。それも、助手の方に指示をして。先生は終始別の方の治療をしながら、口頭で私の歯を見もせずに指示を出しておられました。これまで入っていた部分装具を断ち切ることなど、私に直接には、一言もありません。助手の方への指示が、診察台に横たわっている私の耳元に聴こえてきただけです。とにかく、何も問題のない部分装具を破断することへの確認は、まったくなかったことを明言しておきます。さらに驚くべきことに、助手の方が少し躊躇なさる様子をよそに、あろうことか部分装具は作り直すということを先生が呟かれたことも、私の耳に入りました。
 自分が作った差し歯の邪魔になるという理由で、それまで何も問題のなかった部分装具のループ状の掛け金を壊して対処しようということなのです。しかも、それは新しいものを作るための、暫定処置との意識があったのです。

 当然、部分装具は固定されるループが切り離されたので、嵌めてもパカパカとすぐに外れます。助手の方に出された指示は、何か接着するものを塗ってくっつけて使うように、ということだけでした。これまた、ご自身は、他の患者さんの治療をしながらの指示です。私には、これをどう使うのかは、まったく説明もなく無責任にも放置です。ここで、先ほど漏れ聞こえた、それは作り直せばいいから、ということとつながりました。
 私の持ち物の部品を切断し、その後のケアとしての説明もなく、離れたところから助手に貼り付けておけばいい、と仰っていたことに関して確認しておきます。姿を変えた部分装具を貼り付けるための薬剤を処方することもなく、後は勝手にすればいいということです。これは、患者の了解のない暴行であり、医療とは程遠いものです。医療行為ではないとなると、これは合意のない、確信犯の器物損壊ということになります。

 私の物を勝手に切り刻み、その装置に対するその後の対処はしない、という無責任極まりないことがなされたのです。
 もちろん、3種類のポリグリップを買って来て、ペーストを塗ったり、パウダーを振り掛けたり、小さなテープで部分装具を歯茎に貼り付けても、食事をしている内や喋っている内に外れます。とくに私は6回食であることをかねてより伝えてあるので、終始パカパカすることは想像できるはずです。実際に、1日に2回から3回、ポリグリップを塗り直したり貼ったりします。そのタイミングが難しいのです。何度も、小さな装具をガリッと噛みました。先生も、当然壊れることを見越しての指示だったのでしょう。

 この部分装具については、先週23日の診察の最初に、私があらかじめ手渡したものを助手の方が先生に見せられても、チラッと見るだけで触ることもなく別の方の治療に行かれたので、私はどうしたらいいのか途方に暮れるだけでした。そして、助手の方が部分装具のループの部分を断ち切っておられる音が聞こえました。やめてほしい、と言いたくても、診察台に横たわる私には止めるすべはありません。歯科で診察台に乗った時点で、患者は俎板の鯉の状態に置かれます。これを接着剤でつけて使うように、という助手の方の指示は機械的です。とにかく、先生ご自身に関係のないものには関わらない、という主義が徹底しており、私の存在はほったらかしです。

 この部分装具は、この歯科で作ったものではありません。そのこともあってか、この日も、先生は一切見ようとも、もちろん触ろうともなさいませんでした。とにかく私の理解を越えたことが生起している現場では、目を凝らし、耳を欹てて現在進行中の事実を忘れないように覚えておくことに努めました。そして今、ここに言葉で可能な限り再現しています。

 この部分装具について、補足しておきます。
 3歳ぐらいの時に、階段から落ちて前歯を欠損しました。以来、前歯は差し歯です。その後、前歯は虫歯などで4本の差し歯になりました。さらには、上の左奥の2本を抜歯したことに関連して、差し歯と並ぶように部分装具が入りました。
 部分装具を作るに当たっては、当時私が住んでいた江東区の東京医科歯科大学の官舎にいた同僚の紹介で、黒船橋の近くにある名医といわれた先生に作ってもらいました。そのすぐに後にその先生が若くしてお亡くなりになったので、その後に遺品とでもいうべき部分装具にヒビが入った時には、その先生のお父さんが作り直してくださいました。これは基本的な設計が私の発声に適合していたこともあってか、先日の23日まで、私の口の中で何の違和感もなく快適に使えていました。構音訓練にも対応していました。それが、無残にも意図的に破壊されたのです。

 こうしたことは、A先生におかれては我関知せず、ということでしょう。しかし、快適に機能する物には、それなりの背景があります。関わった人間がいます。また、医療であれば「インフォームド・コンセント」を遵守し、治療の方針を説明する義務があるはずです。それもなく、まったくせずに、快適に使っている私のものを自分が作ったものの邪魔になるので破壊する、というのは愚行であり暴力行為以外の何ものでもありません。なぜ部分装具が邪魔になったのかは、その前の段階の問題だと思います。すでに機能している問題のない物をまずは最優先にして維持し、後で追加する物はもともとある物を破壊しない設計をすべきだったのではないでしょうか。今回の流れを見ていて、素人ながらそう思っています。

 私の思い違いがあれば、それを踏まえて、以上のことに関して、A先生のご説明を伺いたいと思います。
 なお、今後とも行き違いや水掛け論にならないためにも、書面での説明をよろしくお願いします。
 その後に、2件目となる下の装具に関する確認を、書面でお渡しする用意をしているところです。
                           以上
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2025年11月05日

心温まる秋田での義兄のお葬式

 秋田の実家がある地域は、近年の葬式ではお通夜をしないそうです。特にコロナ禍以降に広まったとのことでした。

 そのため、今日は早朝から近在の方や親戚のみなさんが、弔問にお越しになりました。その時、お香典の上に10円玉を置いていかれます。あの世での三途の川を渡る時の足しになるように、という話でした。上方落語で桂米朝や桂枝雀が演じた、「地獄八景亡者の戯れ」の渡船場のくだりを思い出しました。

 出棺で収めた遺品は、義兄が高校野球部の監督だったので、ユニホームやグローブなどが入れられました。
 蓋に釘を打たず、みんなで担いで霊柩車に乗せます。

 火葬場で、喪主と2人の子供が点火のボタンを押します。実感をもってお見送りをするという、儀式の可視化だと思いました。
 1時間半ほど控室で待った後に、骨拾いとなります。

 午後は葬儀会場のホールに場所を移し、曹洞宗のお寺さんをお迎えしてお葬式が始まります。御師さんは親戚の住職さんです。今日わかった戒名は、「恒明院鍬雲善教居士」でした。

 孫と甥の2人が、おじいちゃんをお見送りする弔辞を述べます。自分との関わりを具体的にわかりやすく話し、しっかりと大役を果たしました。

 参会者をお見送りしてから、35日の法要が始まりました。

 火葬場(左)と葬儀会場(右)には、共にクマ対策として自動ドアは手動になっていました。

251105_クマの貼り紙.jpg

 みなさん、クマを見かけた話が尽きません。現実に、多くのクマが山から降りてきているようです。対策などを、いろいろいと教えてもらいました。

 今日も夜遅くまで、思い出話で時の経つのも忘れて語り合いました。




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2025年11月04日

新潟経由で京都から9時間弱で秋田へ

 義兄が亡くなり、明日の葬儀のために妻の実家がある秋田に来ています。
 京都→東京→新潟→羽後本荘と乗り継いで8時間50分の長旅でした。
 東京からは、「とき」→「いなほ」と乗り継ぎました。

 東京駅で左側の「とき」に乗る時、右隣のホームには「はやぶさ」が止まっていていました。その先頭車両には「こまち」が連結されているので、記録として写しました。

251104_小町と朱鷺.jpg

 これまでは、京都→東京→秋田→羽後岩谷だったので、東京からは、「こまち」だけで行っていました。今回の「とき」に乗っての新潟回りは初めてのコースです。

 群馬県を北上して長いトンネルを抜けると、越後湯沢駅です。紅葉が進んでいます。

251104_紅葉.jpg


 しかし、越後湯沢駅を出るとまた長いトンネルが続き、そこをやっと抜けると、雪を被った山巓が開けます。

251104_雪.jpg

 秋から冬の移ろいを楽しみました。

 羽後本荘駅には、甥が迎えに来てくれました。妻の実家は、次の羽後岩谷駅が最寄駅です。しかし、この一駅6分の電車に乗るのに、羽後本荘駅で1時間3分も待つのです。そこで、甥が車で迎えに来てくれたのです。
 なお、羽後岩谷駅の次が、松本清張の『砂の器』に出て来る羽後亀田駅です。先月、私の故郷である出雲の亀嵩駅に行ったのは、『砂の器』で読者の視線を秋田と島根の同一言語圏に分散させるトリックの現地体験をするためでした。私が結婚する時に、秋田に挨拶をしに来た出雲地方出身の父が、羽後地方出身の妻の父と話が合ったのは、同じズーズー弁という方言周圏論(柳田國男の蝸牛考)の証明をしてくれたことになりました。京都から互いに反対にあっても、同じ文化圏なのです。

 秋田市内はもとより、長野県や千葉県や東京から親類縁者が、今ここに集まっています。義兄の思い出話で、まだまだこれから盛り上がりそうです。秋田といえばクマ。山を控えた集落なので、クマ対策の話も真剣に聞いています。近隣では、通報がされていないクマの出没情報が飛び交っているそうです。緊張しながら秋田で2日を過ごします。




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2025年11月02日

義兄の訃報を聞きすぐに東寺へ

 早朝、妻の電話が鳴り、取り損なったすぐ後に、今度は私の電話が鳴りました。画面を見ると、秋田の義姉からです。義兄が亡くなったと…… 5日が葬儀とのことなので、明後日には秋田へ行く段取りをしました。

 義兄は「鉄也くん鉄也くん」と言って、「也」をはね上げた秋田弁で呼んでもらっていました。いろいろなところへも連れて行ってくださいました。

 結婚後に秋田へ行った時には、船舶免許と小型船を持っておられたので、沖合まで釣りに出かけました。ソイという淡白な魚がたくさん釣れ、帰ってから調理をしていただきました。ただし、ソイの口にミミズが残っていたので私は気持ちが悪くて食べられませんでした。後々まで、笑い話のネタとなっていました。

 勤務校だった金足農業高校は、野球で春3回、夏8回の甲子園出場を果たしたことで有名です。義兄はそこの野球部の監督でした。転勤後に甲子園に出場することになった時は、一緒にテレビ観戦をしました。鳥海山や芭蕉の史跡にも連れて行ってもらいました。芭蕉が『奥の細道』で絶賛した象潟の蚶満寺は、わざわざ私一人を連れて行ってくださったところです。

 今年の春に秋田へ行った時には、酸素吸入をしながらの義兄と一緒にお風呂に入り、背中を流しました。夜には、『百人一首』をするのが秋田の実家の慣わしで、読手として和歌を秋田弁で詠み上げてくださいました。

 この楽しいことをしたのが今春でよかった、と思い返しています。

 供養にと、お昼に東寺へお参りに行き、ご冥福をお祈りしてきました。ちょうどガラクタ市だったので、ブラブラと骨董品を見てまわりました。

251102_ガラクタ市.jpg

 妻は、いつものようにカバンを作るための帯地を買い込んでいます。
 私はお茶道具を物色し、野点の茶筅の持ち手が長いものを見つけたので買いました。

251102_茶筅.jpg

 おじさんに聞いたところでは、海外の方がコップの中に抹茶を入れ、この縦長の茶筅で掻き混ぜて飲んでおられるとか。日本ではこの使い方での需要はなさそうです。しかし、こうした小道具を通して、お茶が国際文化交流に一役買っている一面を見た思いがしました。

 東寺からブラブラと京都駅南のイオンへ行き、いつもの高木鮮魚店で海鮮丼をいただきました。
 その後、4階のフードコートで大好きなケンタッキーのフライドポテトとコーヒーを飲もうとしていた時、アイスクリームを買いに行ったはずの妻がなかなか帰って来ないことが気になりました。
 30分待っても来ないので、私のスマホから、妻のアップルウォッチを呼び出しました。しかし、いくら呼んでも出ません。居場所は1階外の真下です。4階のアイスクリーム売り場にもいないので、階下に降り、建物の外へ出て探しても見つかりません。またイオンの各階で、妻のアップルウォッチの在り処を示す場所を見回り、4階のフードコートにもどり、多くの人が集っている所を、またグルグルと探しました。

 しばらくして、いつも座っている我々の定席から少し離れたところに、ションボリと俯き加減に座っているのを見つけました。妻いわく、どこにいたのかがわからなくなり、諦めてここでジッとしていた、とのことでした。根っからの方向音痴なので、離れる時にはいつも気をつけているのですが……。これからは、今の居場所をよく確認してから買い物に行ったりしよう、ということを再確認しました。
 今日はゆうに1時間。とにかくお互いが捜し合い、疲れ果てていたところでした。諦めて、お互いが自宅に帰ろうとする直前だったのです。
 よかった、よかったということで、イオンから京都駅のショッピングロードのみやこみちへ行き、秋田へのお供えを買いました。2つのコンビニはすでに宅急便の集荷が終わっているとのことだったので、西本願寺に近い宅急便の配送センターへ持っていきました。ここは、土日は午後7時まで、平日は午後9時まで取り扱っています。明後日には届くとのことだったので、一安心かつ疲れ切って帰路につきました。




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2025年10月23日

平穏な日の中での不愉快なこと3題

 今日は、歯医者さんで憤慨することがありました。4月から不具合を訴えているのに、7ヶ月経っても治療に入ってもらえません。優先順位が低い治療の方は、今日終わりました。ただし、何も問題のなかったものがきちんと使えなくなり、不便な思いをすることになりました。これは予想できたことなので、また後日くわしく報告します。
 この歯科は、京都では3つ目の歯医者さんです。なかなか良い歯医者さんに出会えません。東京にいた時には、信頼できる2つの歯医者さんのお世話になっていました。もっとも、私が住んでいたのが東京医科歯科大学の官舎だったので、その周辺には優秀な歯科医院があったのです。ある時、京都での診療方針と説明に疑問を持ち、セカンドオピニオンとして東京の歯医者さんにアドバイスをもらいました。そして、京都の歯医者さんを変えたことがあります。コンビニよりも数が多いと言われる歯医者さん。身近な存在のはずなのに、いまだに信頼できる出会いがなくて困惑しています。

 ゆうちょダイレクトで送金をしようとしたら、本人認証で私は利用資格がないことがわかりました。この10月からルールが変わったそうです。私がマイナンバーカードを拒否していることと、運転経歴証明書しかないこと、そして在留カードを持っていないことを理由に、本人確認ができないので利用者の条件を満たしていないとのことです。
 これについては、最初はチャットでデタラメな対応をされ、次は電話で直接確認したことなので、もう手の打ちようがありません。私の存在を否定する金融機関としてのゆうちょには、もう口座を持っている意味がないので解約するしかありません。
 以前、ライフカードで私を証明するものがないとのことで、冷たいあしらいと不法行為を受けたことを思い出しました。あの時ライフカードは、私が提出した自動引き落としに関する書類を、契約しないことになった後にもかかわらず勝手に使い、銀行に口座開設の問い合わせをかけるという不法行為をしていました。
 ゆうちょもライフカードも、私の存在を認めてくれません。しかし、私は今も京都の宇治で日々元気に人間として生きています。ゆうちょさん、ライフカードさん、私の存在を勝手に否定しないでください。

 昨日、病院からもらった処方箋の一部にミスがあったことがわかりました。受け取りに行った薬局に、その対処の相談に行きました。対応された方はいつもと違う初めての方で、オーナーらしき方でした。そして、まったく不遜な態度での不愉快な対応で、担当者に伝えるとのことでした。その結果は今日連絡があるはずだったのに、いまだ何も連絡がありません。いつもの優しい薬剤師の方に、この件が伝わっているのでしょうか。
 薬の手配に関する病院とのやりとりは、以前もこの薬局でやってくださいました。個人よりも薬を手渡した薬局からの方が、正式なルートのようでした。明日は連絡があるのでしょうか。まだ薬の分量に余裕があるので、今週末までは間に合います。さて、どうなりますか。

 現役を引退し、高齢者の仲間に入った今でも、こうした嫌がらせのようなハードルを越えながら生きています。ストレスが溜まらないような生き方を身に付けたせいか、自分へのダメージは少ないと思っています。こうして文章で公開していることも、ストレス発散の一つになっていると思われます。
 こんな駄文をお読みいただいた方には、ただただ恐縮するばかりです。
 これも、私のタイムカプセルの1ページだと、ご寛恕のほどを切に願います。




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2025年10月12日

[その 3/3]京都駅舎の設計に関する新聞記事への違和感

 本日の京都新聞の京都市版ぐぐっと京都に、「京都駅ビル 都市変えた/完成時には賛否 今や世界的評価/大阪公立大・倉方教授に聞く」と題する記事が掲載されました。

 以下、この記事に関する私見を記します。

 冒頭で、「近代的なJR京都駅ビル。1997年の完成時には賛否両論がわき起こったが、今では建築作品として世界的評価を得つつある。」(三村智哉)とあります。しかし、私はこの記事の論調と視点に違和感を覚えました。それは、先日「京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える」(2025年10月05日、http://genjiito.sblo.jp/article/191508554.html)という記事をアップしたばかりだったからです。その後半で、私は次のように書きました。そして、【京都駅ビル 大階段および外部階段の安全性向上に関する要望書(案)】なるものも公開しました。


 今後のこととして、京都駅の階段や手すりに関する行政・管理者宛ての「要望文(意見書)」のひな形を、生成AIから提案してもらいました。
 以下に、今後の参考までにその全文を引きます。しかるべきタイミングで、この文案を補訂して提示しようと思います。折しも、京都駅舎の立て替えが検討されているようなので、今後の改善にこの文案が役立つかも知れません。また、すでに動いておられる方の参考にでもなればと思っています。


 要は、「高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮に関する手すり改善のお願い」という主旨で、問題点をいくつか具体的にあげました。指摘したことは、壮大な建築学的な視点とは比べようもない、ささやかなことです。しかし、利用者は不特定多数の人間です。デザインありき、だけではいけません。
 前記ブログで私は、「手すりが無骨で安価なものであるために貧相であることや、高齢者や子供が昇り降りする視点が欠落していることなどについて、多くの疑問を抱いています。美観重視で弱者への配慮が皆無」であることなどを、現状に即して指摘したつもりです。

 さて、京都新聞の記事では、建築家の故・原広司氏(1936~2025年)の功績を称揚し、「1人の建築家の思想が都市の風景を変えた」と、その功績を語ります。とにかく、建築的に優れた点として、中見出しにあるように「旅情感じ、公共空間多く、合理的」の3点を挙げます。デザインにも「今も古く感じさせない」と言います。
 この論理展開に、私は時代錯誤を感じました。

 この新聞に掲載されたコメントを読み、私が問題とする手すりなどに関して、「高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮」がまったく埒外のこととして無視されていることが気になりました。取材を受けた側として、記者の意向に沿うように、いろいろと忖度なさったようです。しかし、こうした提灯記事は、何も新しいものを生み出しません。

 私は2年前に脳梗塞となり、手足に違和感を覚えるようになってから、こうした公共施設に安全の配慮が欠けていることが気になり出しました。今回の取材を受けた先生も、ご自分の身体に少しでも不自由なところが出来したら、こうした無難で太平楽な論調にはならないだろう、と思いました。

 この京都駅ビルは、1991年に国際指名コンペとして公開審査がなされたそうです。高齢者・子ども・身体の不自由な方への配慮など、問題にもならなかった時代の審査だったのでしょう。今から考えると、幅広い多くの利用者への視点が欠落し、機能的で合理的なデザインが最優先された選考だったように思われます。そうであったとしたら、時代の制約とはいえ残念です。

 今は時代も意識も変わりました。
 京都駅ビルを利用する人々への優しい思いやりを盛り込んだ、新たな提案がなされることを期待しましょう。




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2025年09月22日

元禄寿司をいただいてから墓参をし墓所について考える

 今日は涼しい1日でした。
 明日の彼岸の中日はお墓が混むので、今日、お参りに行きました。
 近鉄西大寺駅経由で布施駅まで出ると、一旦下車してお供えのお菓子を買い、お腹ごしらえです。
 駅前の元禄寿司は昭和22年(1947)の創業で、回転寿司を最初に考案したお店として有名です。中学高校生の頃は河内高安に住んでいたので、母に何度か連れて来てもらいました。詳しくは、「大阪の八尾へ墓参に行き布施の回転寿司1号店へ」(2022年03月21日、http://genjiito.sblo.jp/article/189412950.html)の後半に書いています。

250922_元禄寿司.jpg


 お供えのお菓子は、駅前のモモヤさんでいただいています。

 再度近鉄の布施駅から河内山本駅まで行き、乗り換えて2駅目の信貴山口駅で降ります。
 ちょうど、高安山から降りてきたケーブルカーが到着するところでした。
 阪神タイガースが優勝したので、近い内に虎のお寺として有名で、かつて住んでいた奈良県生駒郡平群町にある信貴山朝護孫子寺にお参りにいくつもりです。国宝の信貴山縁起絵巻は複製を展示しており、原本は国立京都博物館に寄託されています。ついでに、信貴山温泉にも入ってくる予定です。

250922_ケーブル.jpg


 お墓からは、大阪平野が一望のもとに見渡せます。左手に淡路島があります。

250922_大阪パノラマ.jpg

 お墓に自宅で育てた持参の花を飾ろうとすると、花入れが新しくなっていることに気付きました。1週間前に姉が姪たちと一緒にお参りに来ているので、その時に新調してくれたのかと思い、お礼のメッセージを送ったところ、すでに新しくなっていたとのことです。これまでの花入れは、確かに古くなっていました。買い替えようと思っていたところです。それにしても、わざわざ新しい花入れにしてくださる奇特な方を、残念ながら思いつきません。
 この信貴霊苑は、いつも丁寧な対応で気持ちのいい管理をしてくださるので、汚くなっているのを見てサービスとして取り換えてくださったのだろうか、などと勝手なことを思いながら帰りました。いつか、事務所に聞いてみます。

 そうそう、周りの墓地がポコポコ空き地になっていました。墓じまいをなさる方が増えているのでしょうか。どなたかは存じあげないものの、ご近所さん3軒ほどが空き地になっていました。我らはここに入るつもりなので、賑やかな方がいいという訳ではないものの、少し寂しく感じました。
 そういえば、東京にいる息子が、我々のために青山霊園に墓地を申請してくれていることを聞きました。河内高安にはなかなか行けないので、自分が住んでいる近くに呼び寄せて供養をしよう、と思っているようです。ありがたいことだと思いつつも、両親が出雲から移したお墓であることと、『伊勢物語』の筒井筒の段で知られる河内高安の地は、永住(?)するには魅力的な場所であることを伝えました。ここは、私が小学校6年生から高校卒業まで暮らした所でもあります。もし青山霊園に墓地が確保できたら、分骨として供養してほしいことを話して納得してもらえました。

 青山霊園と言えば、大久保利通や吉田茂(分骨)をはじめとして政治家が多い中で、文学関係者として志賀直哉・樋口一葉・岡倉天心・有島武郎・島崎藤村(分骨)・高村光太郎などなど、錚々たる方々がおられます。死後のことながら、引っ越しを繰り返してきた我が人生を振り返り、お墓までも本宅と別宅の2箇所とは、と思うと楽しくなります。
 ちょうどお彼岸なので、対岸にいる両親にも相談してみましょう。これまでがいつもそうであったように、お前がいいようにしなさい、という返事があることでしょう。
 はてさて、どうなりますか。




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2025年09月08日

命拾いした一匹のメダカ

 ベランダで花の世話をしていた妻が、息急き切って私の部屋に来ました。そして、花にやる水を溜めていたポットの中にメダカが一匹泳いでいる、と言うのです。何かの間違いだろうと思いながら行くと、成長した身体の小さいメダカが、チョロチョロと泳いでいます。

250908_メダカ.jpg


 数カ月前、お尻に卵をたくさん付けて優雅に泳ぐメダカを見つけました。すぐに、別の金魚鉢に産卵床を用意し、産み付けるのを待ちました。何度か、他のメダカたちに卵を食べられたことがあったからです。
 卵を抱えているのを確認してすぐに隔離したので、しばらく様子を見ているうちに孵るだろうと思っていました。しかし、お腹に付いていた卵がなくなると、そのメダカはしばらくして亡くなりました。数日たっても卵らしきものは見当たらず、さらに孵る気配もありません。

 卵がどうなったのかよくわからないままに、産卵用の鉢の中を掃除しました。ふやけたエサや汚れた水を大きめのスポイトを使ってプラスチックのポットに移し、花にやる水としてベランダに出していたのです。そのポットの中で、人知れずスクスクと一匹のメダカが育っていたのです。スポイトで吸い上げた水とエサの中にいたことを、まったく気付かなかったのです。

 予想外のことなので、大急ぎで新しい鉢を用意し、命拾いをした一匹のメダカをそこに移しました。元気に泳いでいます。まだこどもなので、もうしばらくは他のメダカたちと一緒にすることは出来ません。

 頃合いを見計らって、仲間がいる大きな水槽に移すつもりです。
 それにしても、他の卵たちはどうしたのでしょうか。
 注意深く卵がどうなったのかを観察していただけに、不思議です。
 このメダカは、奇跡的に助かった子なので、大切に育てたいと思います。




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2025年08月31日

伏見の温泉から帰りの電車が運転取消となる

 8月も今日で最終日。

 熱帯の日々、よくぞ耐え抜いたことだと、ご褒美として近場の温泉に行きました。いつもの、伏見にある力の湯です。

 毎度のことながら、若者が多くて大賑わい。彼らから、活力ももらって来ました。


 入浴後の日替わり定食は、赤魚の煮付けと冷奴とおばんざい。風呂上がりの暑さ凌ぎに最適です。


250831_定食.jpg


 と、ここまではよかったものの、配膳されてから5分ほどで腹痛のために箸が止まりました。よくあることです。5分ほどじっとしていると治るのが常です。


 しかし、今日はそれから10分しても痛みは引きません。15分20分と我慢を強いられます。諦めて、ほとんどを妻に譲り、私は顔を顰めてじっと我慢するしかありません。

 こんなことは外食の時にはよくあること。またかと、座ったままで時の過ぎゆくままに身を任せます。


 30分ほどした頃に、やっと痛みは治りました。やれやれ、とばかりにお膳を見ると、すでに何も残っていません。

 ちょうど、簾に囲まれたプライベート空間だったので、周りを気にせずにいられました。これが、街中のオシャレなレストランであれば、出るに出られず苦しい時間が過ぎるだけです。


 我が家の外食は、いつもこんな事態を想定して、お腹が痛くなっても心安らかに食事ができるお店に入っています。

 消化管を持たない者には、避けて通れない日常です。

 お腹が穏やかになってから、やっと帰ることになりました。


 ところが、一難去ってまた一難。

 帰りの最寄り駅である竹田で、隣の伏見駅で人身事故が起きたために運転取消となり、一旦座った電車から降ろされました。そして運転再開のメドが立たず、運転見合わせは2時間半以上は続きそうです。


 自宅に辿り着くのは、日付が変わってからになります。振替輸送では帰れないため、竹田駅の待合室から本日の記事をアップします。

 8月最後の日は、小旅行の気分を味わった1日となりました。






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2025年08月27日

加齢と脳梗塞に伴う事象10例

 日常生活の中で「アレッ」「おかしいな」と思うことがあります。
 いわゆる加齢の自覚とでもいうものでしょうか。
 2年前に患った脳梗塞と関係するのかも知れません。
 あくまでも私個人の今の生活の中での出来事の列記です。

●食べ物や飲み物を口からこぼす
 (日常は和式の座卓で食事をいただいています
  洋式のテーブルとイスの時によくこぼします
  食べ物のせいか姿勢のせいか脳梗塞か加齢か?)

●つい気管に飲み物や食べ物が入って咽せる
 (妻と一緒に話をしながら食事をするから?
  もっとも喋るのはひたすら妻で私は相槌だけ
  飲み込むタイミングが悪いのは脳梗塞の影響?)

●立ち上がる時に手で身体を支える
 (和式生活が主なので畳や座卓から立つ時にあります
  お茶のお稽古をしばらくしていないことも遠因?
  毎日1万歩のウォーキングをしているのに?)

●持っているものをうっかり落とす
 (加齢により注意力が散漫になっているため?
  左手に持った物を落とすので握力の左右の差が原因?
  いずれにしても持つ力の加減が微妙に混乱している?)

●ペットボトルのフタが開けにくい
 (もともと握力には自信がなく握力計で計る時が嫌でした
  苦手意識に加えて加齢による衰えも倍加しているのかも
  右手でフタを捻るので身体の右側が麻痺した影響?)

●電気ポットに水を入れた後スイッチを入れ忘れる
 (ポット本体を加熱台に置くだけでいいと思うから?
  置いたら自動でスイッチが入ると思い込んでいる?
  加齢に伴う典型的なもの忘れかも知れません?)

●同時に3つ以上のことができない
 (同時に10件以上の仕事を難なくこなしていたのに
  今では3つを処理するだけで精一杯です
  誰にでもある加齢に伴う処理能力の低下?減退?)

●朝食後すぐ眠くなる
 (血液が消化に使われるために頭が疎かになるとか
  睡眠時間は6時間で長らく暮らしていたのに激変
  午前中は休息の昼寝をすると割り切っています)

●耳が少し遠くなっていることを自覚
 (仕事をしながら音楽を聴くのでわかります
  ついボリュームを上げていることに気付きます
  ただし話し相手の声はよく聴こえています)

●近視のメガネを日常的に使わなくなった
 (自宅ではほとんどメガネを必要としません
  外出する時と人前に出る時にはかけます
  状況が突然変化する時の対処のためです)




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2025年08月13日

映画「国宝」を観る(映画館で見た映画のリスト付き)

 周りにいる多くの知り合いから、映画「国宝」を観たという連絡を受けています。妻も、かつての仕事仲間から報告があったようです。これはのんびりとはしていられないとばかりに、妻と共に映画館に足を運びました。映画を映画館で見るのは、本当に久しぶりです。

 とにかく「国宝」は大人気のようで、取れた座席は最前列でした。長時間だったこともあり、首や肩や腰の痛みに耐えながら観終わりました。

 お話の筋立てとタイトルとの関連性は、あまりわかりませんでした。しかし、きれいな映像だったので楽しめました。歌舞伎がブームになっていることが理解できました。
 映画のパンフレットは、始まるまでに一通り見て、登場人物とあらすじは押さえておきました。これは、姉からのアドバイスでした。
 見終わった今、あらためて読み直そうと思っています。

 実は、この歌舞伎ブームが沸き起こっているのを知ってから、大阪府立中之島図書館で開催している「新古典塾 平安文学リレー講座」に、「歌舞伎と『源氏物語』」を思い立ちました。担当者と相談し、12月の初旬に開催することで動き出しています。
 講師は、私が高校の教員時代に親しかった同僚で、音楽と歌舞伎の熱烈なオタク先生です。国内と中国の大学で学生指導にあたっておられたので、今は少し時間がある中を無理にお願いしました。快諾をいただき、これからその内容を詰めます。

 なお、この仲間との交流は、最新の記事としては「京洛逍遥(800)井上八千代さんの京舞を観て」(2022年07月01日、http://genjiito.sblo.jp/article/189635400.html)に書きました。祇園での伝統文化の体験も、彼のお世話を受けてのものです。(「京洛逍遥(663)祇園で「襟替え」の伝統文化と芸能を味わう」2020年10月19日、http://genjiito.sblo.jp/article/188043391.html)。また、彼と知りあった経緯は、「突然の電話で懐かしさから生気が蘇る」(2020年10月17日、http://genjiito.sblo.jp/article/188036554.html)に記した通りです。
 今回はブームに乗っての企画であり、後押しをしてもらうことになりました。お楽しみに、お待ちください。

 さて、今回行った映画館は、京都駅の南にあり、これまでにも何度か行ったことがあります。相当前の話になりますが。
 そこで、あらためて私が映画館に足を運んだ記録を、本ブログからリストアップしました。
 これ以外は、海外調査のために中近東とヨーロッパによく行っていた関係で、飛行機の中で新作の映画を観ていました。10時間くらいの長時間は、映画を観ることが楽しみの一つでした。

 以下、新しい記事から列挙します。
 2007年以前の記事は、サーバーのクラッシュや閉鎖で消失しているので、また別の記録から掘り起こしてみたいと思っています。

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「映画「マエストロ」を公開初日に豊洲で観て」

「映画「かぐや姫の物語」を観ました」

「映画『利休にたずねよ』をみました」

「映画『劔岳 点の記』」

「映画『鴨川ホルモー』」

「映画『禅』に失望」

「銀座探訪(13+)銀座で映画「おくりびと」を観る」

「映画『茶々 天涯の貴妃』」

「タバコが気になる映画『HERO』」




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2025年08月08日

洛中の無学寺から読経に来ていただく

 無学寺は、鎌倉時代に宋の無学祖元が創建し、当初は臨済宗で今は曹洞宗のお寺です。同志社大学や相国寺の西北にあり、近くには裏千家今日庵があります。

 宇治に来る前の下鴨貴船町にいた時からお世話になっていて、引っ越しをしてからも遠路はるばる来てくださっています。

 朝早くから仏間の掃除をしました。

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 左の西国三十三所札所のお軸は、ご詠歌を書いていただいて集印したものです。仏壇の中には、母が大好きだったお花を妻がベランダで育てているものを盛り付けました。お膳は、今年も息子が来て作るはずでした。しかし、急に仕事が入ったとのことで、妻が急遽作りました。右手前のぼたもちは、両親の大好物。右下の木魚は、我が家の貴重な年代物の仏具です。

 お寺さんは、道が混んでいたとのことで、少し遅れていらっしゃいました。
 お盆の時にはいつも、まず『甘露門』から始まります。
「甘露門 願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道(下略)」
 これに続く、餓鬼へ施す功徳を説く部分が特に印象的でした。
 いい声をなさっているので、つい聞きほれます。

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 暑い中を、わざわざお越しいただき、ありがたいことです。
 長男と同い年のようです。
 冷たいお茶をお出しすることを忘れていました。
 失礼しました。




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2025年08月04日

「戸籍に記載される振り仮名の通知書」が届きました

 待ちに待った、戸籍に追記される振り仮名の確認書が、当初は春のはずだったのに猛夏の今日、やっと届きました。

 差出人は、京都市役所でした。宇治市役所ではなかったので意外でした。しかもその差出人が、「京都市役所 文化市民局地域自治推進室」となっていたので、さらに驚きました。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の管轄が、この地域自治推進室の中にある市民活動支援担当の部署だからです。いつもお世話になっている、先日も書類を持っていった部署から、この通知書が来たのです。
 先月の7月24日に、京都市役所の担当部局に事業報告書を提出しに行きました。あの時は、この「戸籍に記載される振り仮名の通知書」の発送のことで、直接の担当ではないにしても多忙な時期だったと思われます。お忙しい時に、丁寧な対応をしてくださり、あらためて感謝します。

 さて、通知書に記載されている私と妻の氏名については、共に問題はありませんでした。
 ただし1点、私が注目した所があります。それは、私の名前の「鉃」です。予想では、「鉄」で来るのではないか、と思っていたからです。

 私が戸籍に届け出ているのは「鉃」です。しかし、一昨年の12月にNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の登記関連の書類を京都地方法務局に提出した時に、代表理事である私の名前の「鉃」は登記上使えない文字なので「鉄」にして登記する、と言われたからです。法務局では、名前などの漢字の使用について、前時代的な旧態依然のコンピュータの制約の中で運用されていたのです。それが、昨年の9月には「鉃」が使えるようになったにもかかわらず、間に合わないとのことで「鉄」に置き換えての登記となった、という経緯がありました。
 このことは、当時のブログに書いていますので、該当する部分を引いて、法務局の融通のなさを記録したものとして再確認しておきます。


 なお、昨年12月6日にこの法務局で登記をした際に受けたアドバイスの中に、私の名前の漢字に関することがありました。
 「私の名前の「鉃」は登記上使えない文字なので「鉄」とする。」ということでした。
 戸籍や住民票で「鉃」が認められていても、法務局ではシステムの都合で「鉄」に読み替えて表記する、ということだったのです。発行された証明書の表記がそうなっていました。しかし、今回の確認では、使えるようになった、ということです。ただし、今回の登記では間に合わないので、来年4月に役員の改選を経て登記をする時に、その旨を注記してもらえれば対処できる、ということでした。
 時代に取り残されていた法務局の用字問題が、ようやく一般社会に追いついたということです。これも、お役所仕事の一例なのでしょうか。
 私が1999年に国文学研究資料館に就職した際、日本語の第3水準の漢字の問題などの整理を文部科学省との関連業務の一つとして扱っていました。その時には、すでに「鉃」は外字ではなくて、日本語システムで記述できるようになっていました。それが、法務局でもこれからは「鉃」は外字扱いではなくなった、ということなのです。氏名に関する文字は、168字の戸籍統一文字と学術情報交換で必要とされる文字を合わせて、2015年に286字がUnicodeに登録申請されました。その経過を背景に持つ問題なのかも知れません。それにしても、もし世界基準の文字使用に関係するのであれば、のんびりとした日本語の文字に無関心で無頓着な対応だった、と言わざるを得ません。昨年末には、とにかく「鉃」は登記には使えない文字だと、使えない文字の一覧表を見せていただきながら説明を聞いたのですから。(「集会所でゲームをした後は法務局からキャンパスプラザ京都へ」


 さて、今回は「鉃」なのか「鉄」なのか、届いた通知書を開封する時には楽しみでした。そして、結果は戸籍通りの「鉃」だったのです。

 今回の通知書に関して不明な点があれば「法務省」へとあるので、法務省は過去の呪縛からすっかり解き放たれているようです。

 なお、「恵(ゑ・ヱ)」や「為・井(ゐ・ヰ)」などはどのように対処されるのか、気になる所です。「え」や「い」に統一されるのでしょう。
 例えば、「千恵」さんの場合は、「チヱ」ではなくて「チエ」となるのでしょう。しかし、片仮名表記の「チエ」を字母である漢字によって戻すと「千江」となり、これを平仮名で書くと「ちえ」となり、さらにそれを字母である漢字によって戻すと「知衣」となります。こじつけとはいえ、日本の仮名文字のおもしろさが見えてきます。

 歴史的仮名遣いや旧漢字に関係する仮名文字の対処については、今回の葉書には何も書かれていないので、気になるところです。すでに、指針やQ&Aに明記されているのかも知れません。私はまだ確認していないので、問題が明らかになってから、後追いで勉強したいと思っています。

 以上、思いつくままに書きました。思い違いや勘違いをしている個所があれば、ご教示をいただく中で補正したいと思います。





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2025年07月23日

事務仕事の後は気分転換に伏見の湯へ

 今日は半日、NPO関係の書類を整理していました。私は、事務処理が苦手です。つい先送りにしてしまい、締め切りが来ると大急ぎで取り掛かります。原稿の執筆や、資料の作成も同じです。

 苦手意識は、現職の頃から変わりません。いつも、公務では事務職員の方に、科学研究費補助金のことは補佐員や運用補助員の方々のお世話になっていました。自分でやると、あれやこれやと調べ出すので時間がかかるのです。そして、ぐったりと疲れるのです。
 とにかく、今日のところは一段落つきました。

 いつもの散策に出かける代わりに、伏見の温泉へ行くことにしました。露天風呂のお湯は肌がスベスベするので、疲れがじわりじわりと抜けていきます。

 風呂上がりには、入浴とセットになっている日替わりの食事をいただきます。美味しいのです。ただし、私には量が多めです。そのせいもあってか、若者が多く来ています。この施設のそばにはフットサル場があるので、練習後に一風呂浴びに来て食事をする若者が多いようです。外では、遅くまでゲームをする若者で賑わっています。

 入口にある大看板には、力強い言葉が書かれています。

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 駅から歩いて5分の所にあるので、気軽に来られて重宝している温泉です。




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2025年06月02日

我が家のメダカたち

 久しぶりに、奈良の高の原駅近くにあるショッピングセンターへ行きました。
 春先から、メダカが男の子たち3匹になっていたのです。
 いずれも、我が家で生まれ育った子どもです。
 女の子に来てもらい、賑やかにしたいと思い、よく行っていたペットショップに行きました。

 我が家から歩いていける金魚屋さんでは、性別を指定することができないのです。
 男女の区別で、間違いがあるからでしょうか。
 専門店なので、慎重な対応をしておられます。

 高の原では、メダカに詳しい男性の方がいつも対応してくださっていました。
 今日は若い女性の方に、手際よく楊貴妃の女の子を3匹選んでもらえました。
 ついでに、青メダカの男の子を1匹。
 これで、男の子4匹と女の子3匹になります。

 水槽の横と上から見ると、こんな感じです。

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 突然の珍客を迎えたせいか、みんな飛び回っています。
 写真も、なかなかきれいに撮れません。
 一日も早く我が家の水に馴染んでもらい、仲よく育ってくれることを願っています。




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2025年05月25日

往馬大社でのお茶会の後はHONBAKO京都宇治でのパーティへ

 今日は、お茶の先生の月釜がかかる日なので、会場である往馬大社に行きました。
 少し早く着いたので、お社にお参りしました。この近くに住んでいた時には、初詣でに来ていました。
 お宮参りの親子連れが、2組も祈祷を受けておられました。
 社務所がお茶席に当てられています。

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 会記からは、先生の用意周到な心配りと意気込みが伝わってきました。
 水差に「多"き桶」とありました。銅製の「抱桶水差」で、インドの修行僧がお湯を入れて懐に抱えて身体を温める時に使ったものだそうです。「多"」という変体仮名と、めずらしい茶器を拝見することができました。

 お茶席では、妻ともども椅子をお願いしました。お手前は、数年前まで先生の所で一緒にお稽古をしていたKさんでした。立派に役目を果たしておられるのを見て、私も、足と手がしっかりしたらもう一度お稽古を、と思いました。

 水屋で、先生が用意してくださったお弁当をいただいていると、すぐ横で有名な和菓子屋の職人さんが、一つずつお菓子を作っておられました。「早苗」という名前が付けられた、この季節らしいふんわりとしたお菓子です。さきほどは、このお菓子をお茶席でいただいたのかと思うと、その巧みな手仕事に魅入ってしまいました。

 午後は、宇治のシェア型書店HONBAKO京都宇治でオープニングパーティがあるので、往馬大社から王寺駅に出て、JR宇治駅へと向かいました。
 途中で乗り換えた王寺駅は、大和平群に住んでいた頃に通勤で毎日のように乗り降りしていた駅です。懐かしくて、写真に収めました。右が近鉄、左がJRです。

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 HONBAKO京都宇治には、開店祝いの花が飾られています。

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 テーブルには、関係者の手になるご馳走が並んでいます。

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 ほとんどの本箱に思い思いの本が入りました。とにかく、楽しい空間です。

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 参会者のみなさんと、いろいろな話ができました。とにかく本が好きだ、という方々なので、多彩な話題が飛び交います。
 私は今日、本ではなくて、上に揚げた写真で花束の右端の階段に置いてある白いおしゃれな消火器をいただくことにしました。防災設備の会社の社長さんと意気投合して、この消火器に写真を印刷してもらえることになったので、どんな写真にするか思案中です。

 とにかく、人が集まり楽しく語らえるコミュニティーが、宇治駅前に本日正式に生まれました。
 多くの方がフラリとお出でになり、気に入った本を手に取り、さまざまな話が拡がる空間になることでしょう。

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2025年05月12日

新刊『変体仮名でよむ 百人一首』 の報告と郵便局の対応への疑問(補訂版)

 『百人一首』の本を刊行しました。
 表紙は、こんなに爽やかな表情を見せています。さくら色に惹かれます。手にしたくなるような書籍に仕上がりました。デザイナーさん、いつもありがとうございます。

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 書店で見かけられたら、パラパラとページを繰ってみてください。奥付は「2025年5月17日」になっていても、すでに店頭に並んでいるようです。2種類の『百人一首』の〈カルタ〉の絵と文字を、しばし楽しんでください。

 この本の特徴は、活字で印刷した各ページ右側の変体仮名による翻字を目で追いながら、カルタの札に書かれた筆文字を見ているだけで、自ずと今では使われない仮名文字が読めるようになることです。こうした資料の作り方は、日比谷図書文化館などの社会人講座で10年以上をかけて見つけ出した手法です。このことは、巻初の「はじめに」「変体仮名翻字版について」「凡例」に書いておきました。
 そして、現代語訳も、目が見えない方のアドバイスを取り込んでいるので、音読によってイメージしやすい訳になっています。
 いろいろなところに工夫を施した編集をしているので、これまでの『百人一首』の本とは一味違ったものになっているはずです。


 先ずは、編者である私のところに出来上がったばかりの本が届いたので、早速、編集に直接協力していただいた方に3冊ずつお送りしました。
 スマートレターに3冊を入れると、ちょうど2センチの厚さになります。汚れないように透明の薄いビニール袋に包み、封をして郵便局へ持って行きました。ところが、隙間があいた金属のスケールに通して、これでは受け取れない、とおっしゃるのです。家で同じスケールを使って確認したと言うと、2センチの隙間に入るけれども、スッと抜けないのでダメだ、とのことです。つい、えーッ、と声が出ました。

 どうしたらいいのかと聞くと、どのような物が入っているのか、と聞かれました。書籍ですと答え、本が汚れないように、透明のビニール袋に包んでいると言うと、そのビニール袋を外してみたらどうか、とおっしゃいます。今、ここでですか? と聞くと、千枚通しは貸せるし、貼り直すテープも貸せる、とのことです。

 仕方がないので、千枚通しでゴシゴシと両面テープで貼られた留め口をこじ開け、ビニール袋から3冊の本を出して、裸のまま入れ直して窓口の方に渡すと、先ほどのスケールを通して、これでいいとのことでした。
 3通分を同じようにすることで、受け取ってもらえました。

 はてさて? 本を包んでいた透明の薄いビニール袋は、どこの家にもある家庭用の小さな袋です。家に帰ってビニール袋がはいっていた包みの表示を見ると、厚さは「0.02o」とあります。
 あの郵便局員の方は、厚さが「0.02o」(両面で0.04o?)オーバーしていたために受け取れない、とおっしゃるのです。わざわざ目の前でビニール袋を取り除き、本を裸のままで3冊を封入し直すと、今度は合格となったのです。

 まず、ゲージを通っても「スッと抜けない」という判断は、非常に個人差があるものだと思います。
 次に、「0.02o」のビニール袋を取ると、「スッと抜ける」ためにOKなのです。
 郵便物を、こんなに恣意的かつ厳格な基準に当てはめて受け取る、受け取らない、という判断をしておられることに驚きました。確かに、ルールはルールなのでしょう。しかし、私には、どう見ても厚さが「0.02o」オーバーしている問題と、「スッと抜ける」かどうかという判断が不可解です。そして、それが利用者に向き合った対応だとは思えません。

 今回は、局員の方がおっしゃるような対応を、手間と時間をかけてやりました。封をした貼り口は波打ち、その上を透明の荷造りテープで押さえるというぶざまな状態になっています。そして何よりも、貼り直した上に、透明の幅広テープでクルリと巻くことで、かえって持ち込んだ時よりも「0.02o」以上の厚みになったはずです。それは、局員の方ご自身がなさったことなので、受け取りには関係ない、ということなのでしょうか?
 局員の方が手を加えた後の確認には、金属ではなくて別のプラスチックのゲージに通して「スッと抜ける」と言っておられました。グニャリとゲージが撓っていたのに、それは受け取る条件には関係ないようです。

 さらに、心配なことがあります。中に入れた本は、配達中の乱暴な扱いにも耐えて本の表紙や背表紙が擦れて傷付かず、また液体などがかかって濡れることもなく、無事に相手に届くことが保証されるとは限りません。「0.02o」と「スッと抜ける」という郵便局側の職務上の事情に対して、利用者である私には、きれいな最良の状態で本を相手に届けたいという思いがあります。こうした経緯を通して、送る側の私の気持ちが、無残にもふみにじられたのです。

 電子メディアや宅配事業が広まっている中で、この日本郵便のこだわりは利用者の思いを無視していると思います。明治時代からの郵政事業は、今や潰れる寸前で青色吐息です。こんな対応を続けていては、先行きは明るくなさそうです。
 とにかくここでは、こんな酷い目にあった、という上記の報告に留めておきましょう。




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2025年05月04日

シェア型書店HONBAKO京都宇治に並べる本を選書中

 連休前から悩まされていた風邪も、まだ咳が残っているもののほぼ日常の生活ができるようになりました。
 今月2日(金)に、「シェア型書店HONBAKO京都宇治」へ私と姉の本箱に本を並べに行くはずでした。しかし、寝込んでいたために叶いませんでした。風邪を皆さんに移さないためにも、治まるのを待っていました。ようやく治まったので、明日は本を持って行こうと思っています。

『源氏物語』に関する本で、読み物と研究書とビジュアルなものを、100冊ほど選り抜きました。
いただいた本も入っています。しかし、それは2冊以上持っていたものなので、失礼にならないように配慮しています。
書き込みがあったり、汚れていたり、30センチ以上の大きさのものを外し、さらに中身を点検しました。
ページを繰っていくと、並べるにはイマイチなものが何冊かありました。
内容も、それなりの質を考えます。
本を媒介にした交流の場にふさわしい本となると、いろいろと制約があるものです。
予定に入れていなかった、展覧会の図録も入れました。
3部屋に氾濫していた本が、すこし整理できました。

結局は、50冊くらいに整理し終えました。
明日、出がけにもう一度見直して、さらに精選したいと思います。
本箱は30センチ四方で奥行きは23センチです。
それを私の分と姉の分の2箱を使って並べます。
20冊ずつで40冊と見積もっています。
明日、実際に並べてから、また考えます。

そうそう、キャッチコピーを書いた紙も、貼るといいようです。
これは、妻にまかせましょう。

テーマとしては、『源氏物語』の次は『平安文学』、そして『小野小町』、『井上靖』、『田郁』などなど。楽しい選書をするつもりです。

「シェア型書店HONBAKO京都宇治」は、JR宇治駅から徒歩5分以内の、便利なところにあります。
宇治にお出での際には、ぜひ観光の前にお立ちよりください。
ここはみなさん、本好きの方が本でつながる、新しいコミュニティとなることを願っておられます。
宇治の新しい情報も集まる場所となることでしょう。

次のイラストは、「HONBAKO京都宇治」のホームページに掲載されていたものです。
5月25日(日)がグランドオープンなので、これからこの本箱が日々にイキイキとした顔を見せてくれることでしょう。
今から楽しみです。

250504_本箱.png




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2025年04月23日

SONYのスピーカを生活に加えたこと

 昨日は、アップル製品を活用して、身辺の情報環境を一新したことを書きました。
 今日は、音響関係のスピーカも新しくしたことを記します。
 私は、音に関する情報は、アップルの「ミュージック」で管理しています。楽曲・朗読・録音が、約8,500曲(項目)75GB あります。

 音楽は、Mac mini M4Pro に接続している、外付けのアップル・サンダーボルト・ディスプレイが内蔵するスピーカで聞いています。2011年に発売され、2016年に販売が終了した、27型ワイド液晶ディスプレイです。
 その製品を Mac mini に外付けとして3台接続し、テーブルを囲っています。音楽は、その内の2台が内蔵するスピーカを適宜切り替え、正面または左側のディスプレイのスピーカから音を出しています。バックグラウンドミュージックとして仕事に影響しない程度の絞った音で、環境音楽や癒し系の音楽を流しています。

 サンダーボルト・ディスプレイが内蔵するスピーカーは、2.1 チャンネルスピーカー (出力49 W)で、「高音質オーディオを提供する2.1スピーカーシステム」とか「質の良いフルレンジスピーカーを聞いている感じ」だと言われるものです。

 居間では、ボーズ(BOSE)のスピーカー(ツインタイプ)を置き、テレビの音代わりに軽い音楽を流しています。

 寝室では、寝る前に iPhoneの「ミュージック」に入っている、パソコンと同じ曲を聴いていました。ポールモーリアの曲が80曲ほどあるので、それを流しながら本を読んだり記事を書いたりして眠くなるのを待つ日々です。
 その iPhoneの音が何となく気になっていたので、今日は SONYのワイヤレス・スピーカを買ってきました。ブルートゥースで音を飛ばして、音質のいい音に包まれるようにしたのです。テストをしたところ、なかなかいい音が流れています。

 SONYは、アップルの社員に大きな影響をあたえました。過去形です。今やマッキントッシュは SONYの遥か上を行く世界を構築しています。残念ながら、SONYはゲーム会社となり、情報処理分野では蔭も形もなくなったのです。我が家には、SONYの機器が数多くあります。新しいものが出ないので、更新しようがないのです。今回 SONYのスピーカを選んだのは、SONYの機器を揃えている延長上での選択です。

 お風呂やトイレにスピーカはいらないので、これで音の関係は落ち着きました。
 息子は、仕事の関係で音楽を扱います。そのこともあってか、彼の家のお風呂には、いいスピーカがぶら下がっています。しかし、我が家では、当面は必要がないものです。要るとしたら、書庫の作業テーブルの上でしょうか。今回のスピーカは、ステレオペアといって2台のスピーカで聞いたり、パーティコネクトといって100台のスピーカが接続可能だそうです。書庫にも必要になったら、その時に追加して仲間としてのスピーカに音をおすそ分けして流すことにしましょう。




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2025年03月03日

戸惑う表現や読み方が誤解を生む

 気になったり思いついたことがある時には、すぐにメモを取る癖があります。
 科学研究費補助金での研究は、すべてそうした膨大なメモから展開したものでした。
 小さなことからコツコツと、という言葉は的を射たものであることを実感しています。
 さて、言葉に関するメモをいくつか列記しておきます。
 いずれも、新聞や雑誌から折々に拾ったものです。
 ただし、署名記事が多いので、出典はここでは伏せておきます。

(1)「内覧会でみたしつらいは」
 →「見たしつらいは」にするといいでしょう。

(2)「労る」(いたわる)と「労う」(ねぎらう)
 →耳で聞いた時にはいいとして、目でこの文字を見た時には戸惑います。

(3)「電車に乗ったときなどに立って行ってもOK。」
 →「おこなう」時は、「行なった」と「な」を補うようにしています。

(4)「藤壺との間に2人の子どもができてしまうのです。」
 →光源氏と藤壺の2人の間にできた子ども、と、子どもが2人の意味も生まれます。

(5)「マスク生活でのどの老化が進む…」
 →「でのどの」で、「のど」の漢字が「咽」と「喉」なので書けないのです。

(6)「在宅していない時にも受け取れる。」
 →「して」と「いない」が意味を混乱させています。

 言語の専門家は、こうした事例を明快に説明なさるのでしょう。しかし、日常生活には、何かと難儀な言葉が散らばっています。

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 漢字や漢語は便利です。しかし、多様すると同音異義語や知らない言葉で誤解が生まれます。かといって、大和言葉は学校教育では教えてもらいませんでした。
 こうしたことは、また取り上げます。



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2025年02月09日

スーパーマーケットやコンビニが乱立する地域に住んで

 昨日、すぐ近くのドラッグストアよりもさらにやや近いところに、新しくドラッグストアが開店しました。いま住んでいる地域には、歩いて十数分の圏内に6軒ものドラッグストアやスーパーマーケットと、6軒のコンビニエンスストアが林立しています。その内、昨日開店したのは我が家に一番近かった、まさにそのお店の隣に並んで、新しく建物ができたのです。しかも、売り場面積も駐車場も広いものが出現したので、棲み分けが大変そうです。利用者はありがたいことですが。
 さらにその隣には、医療関係の施設の入所を募集しているので、ますます人が集まるエリアとなりそうです。

 クレジットカード・電子マネー・交通系 IC カードでは支払いができず、またポイントカードがない分、価格を安くしているとのことです。商品としては、医薬品、化粧品、雑貨、食品、酒、日配、パン、冷凍食品、などの取り扱いがあるドラッグストアです。
 最近は、名前はドラッグストアといいながらも、実質的には mini スーパーマーケットが多くなりました。ここも、まさにそれです。

 本日行ってみました。確かに豊富な品揃えです。ただし、お弁当がおいしくて安いことで有名なはずなのに、それがありませんでした。また、野菜や果物や肉魚などの生鮮食品がありません。近所のお店との棲み分けを、マーケットリサーチによって徹底されたようです。

 このお店が開店したことが何か関係しているのか、歩いて8分ほどのところを通る国道を渡ったところにあるスーパーマーケットが、来月末で閉店します。生鮮食品はそこのものを買うことが多かったので、もう一軒別のお店に行くことにします。

 人口は減少し高齢化する地域ながら、多くの人が生活する場所なので、日常生活の買い物ができる便利なお店が多いようです。少子高齢化と共に、ますますお店が淘汰されるのでしょうか。今後の推移が楽しみです。




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2025年01月29日

書店を散策した後フードコートと大階段で思ったこと

 京都駅南口の大垣書店で本を眺めながら1時間半。
 新聞やネットや書籍で紹介されていた購入予定の本のリストが、すでに10冊を超えています。どんな本か、手に取って確認しに行きました。ネットで本とのお見合い結婚はしないので、自分の目で中身を確認することにしています。
 あらかじめ購入候補に挙げていた本で、買おうと思ったものは今日はありませんでした。今度、河原町の丸善に行くことにします。先日、丸善で4冊買ったばかりなので、少し後で大丈夫でしょう。

 相変わらず、大量の本が新刊として刊行されています。ただし気になったのは、名著と言われている本の復刊が少なからずあったことです。読み捨ての新刊と、読み継がれている復刊が混在しているのが、今日の大垣書店の品揃えでした。

 90分間、書棚の間や平積みの本をずっとブラブラと見ていたので、調子が良くなかった右の足と腰がだるくなりました。毎週、90分の2つの講座を担当しています。それは座ってお話しをしているので、立ちっ放しは現職で授業をしていた頃のことです。やはり、加齢に伴う足腰の疲れのようです。

 休憩を兼ねて、隣の建物の4階にあるフードコートで軽くお腹を満たしました。
 このフードコートは、これからの日本で大切な役割を果たす所だと思っています。日本人がますます減少する時代に突入し出したことを受けて、安心感を求めて、人はこうした場所に集まると思われます。これまでは、アメリカから輸入した、というか押し付けられた、自由勝手で気儘なお一人さまの生き方が蔓延していました。しかし、これから日本人が激減すると、人は寂しさから賑わいの中に自分の存在を確認したくなるはずです。一人で自由を謳歌して、孤独の中で死んで行くのではなくて、群れの中に身を置くことに安らぎを感じるようになることでしょう。煩わしさはあっても、みんなの中での生き方に変わると思っています。
 フードコートでは、広いフロアの真ん中に数十のテーブルと数百の椅子があり、周囲には十数店のお店が並んでいます。それぞれが好きなものを前にして、ワイワイガガヤと喋りながら飲み食いをしているのです。満席の盛況です。

 海外からの旅行者が少ないことが、こうした場所における最近の傾向としてあります。そして、家族連れやカップルや仲間同士が、ほとんどの席を占めています。あきらかに、レストランや喫茶店とは違う、孤独を避けた人たちのコミュニティとなっています。これが、これから日本人が少なくなる過渡期の場所となっていく、と思われます。
 みなさん、楽しそうです。おしゃべりで賑やかです。中には、スマホやノートパソコンで仕事や勉強をしている、一人の世界に没入している人もいます。喧騒の中だからこそ、かえって集中できるのでしょう。新しい時代に向けた、貴重な空間の利用方法です。

 さて、中高年のためにも、こうしたコミュニティの空間は必要でしょうか。いや、こうした流れにはついていけないのでしょうか。しばらくは、中高年が新たな孤独との闘いにどう立ち向かうのか、注視すべき興味のある問題です。
 そんなことを思いながら、あたりを見回しながら、これからの時代の変化に妄想を逞しくしていました。

 その後は、あの非人道的な京都駅の大階段を登ってから帰りました。相変わらずぎこちない、スムースに動かない右足のリハビリのためです。真ん中にしかない手摺を持ちながら上がりました。何度も書いたように、両端にもあると、旅行者の邪魔にならずに登れます。

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 南北通路から大階段に通じる階段で、手摺が高く設計されたものがあります。あまり批判ばかりをしても、と思ってこれまで取り上げませんでした。しかし、この駅ビルの設計がいかに人に優しくないかを証明する一例として、事実を追記しておきます。

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 写真からもわかるように、前を行く女性の肩の高さに、手摺の持ち手があります。私も腕を普通に曲げたくらいでは、手摺に届きません。肩が持ち上がります。手抜きの素材で、しかも簡素に付けられた手摺です。
 海外から来られた大男のために設計されたもののようです。子供は、電車の吊り革を背伸びして持つ感じになります。揚げ足取りにならないうちに、今日はこの辺にしておきましょう。

 これからの時代は、利用者への配慮が大事です。しかも、高齢者は階段を使うはずがない、という時代遅れの発想で作られたこうした過去の遺物は、これからの少子化・高齢化・人口減少の社会では邪魔物と化していくことでしょう。見てくれだけのデザイン重視の階段から人に優しい階段へと、発想を変えて作り直すべきだと思っています。




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2025年01月13日

遅ればせながら本日から仕事を始めます

 熱が下がり身体も楽になったので、久しぶりに近場を歩いてきました。
 昨日が520歩、今日が5,400歩。
 これまで、毎日10,000歩前後だったので、慣らし運転です。

 年末に出しそびれた新聞紙の山も、両手にぶら下げて置き場所へ2往復して運びました。
 年末の28日ごろにGメールに不都合があったのか、大量の未読メールの対処も始めました。
 気持ちに余裕が出てくると、途端に雑事が押し寄せてきて忙しくなりました。
 しかし、これが本来の日常なので楽しくもあります。

 さて、なにから始めるか。
 いろいろなことが頭を過ります。
 まずは、今週土曜日に日比谷図書文化館で開催される、『源氏物語』と『百人一首』の講座の資料作りからです。
 この後、早速取りかかることにします。




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2024年12月27日

河内高安へ年末の墓参

 年末は息子がお墓の掃除に行ってくれていました。しかし、何かと多忙のようなので、今年は我々が信貴霊苑に行きました。
 信貴山口駅では、ちょうど高安山と繋いでいるケーブルカーが降りてくるところでした。お正月には大混雑する、急勾配の大阪平野が一望できる乗り物です。この信貴山口駅は、高校時代に通学で毎日乗り降りしていた、単線の終着駅です。60年近く経っても、周りはまったく変わらない風景です。

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 今夏のお盆の時には送迎バスに乗り遅れ、20分ほど歩いて高安山の中腹にある霊苑へ行きました。今日は、幸運にも最終便で行き来できました。

 供花は、妻が仏さま用にベランダで特別に育てているお花です。派手さはないものの、気持ちと共にお供えした花々です。淹れたての温かいお茶を、マグボトルに入れて持って行き添えました。

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 あっという間に夕焼けです。

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 正面の鉄塔の近くには、私が卒業した小学校と中学校のグランドが見えます。その上空には、関西国際空港に降りようとする飛行機が写り込んでいます。その向こうは、小豆島でしょうか。

 帰りには、布施駅で途中下車をして、駅前の和菓子屋のモモヤさんで、仏壇にお供えするお菓子をいただきました。その並びにある、日本で最初にできた回転寿司の元禄寿司で小腹を満たしました。
 母によく連れて行ってもらった布施の万代百貨店で、母が一緒だったら買ったであろうお正月用の食材もいただきました。もう、お正月の準備をする時期になったことを実感しました。




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2024年11月22日

いま我が家にいる4世代のメダカたち

 我が家でメダカを飼い始めたのは、東京深川の官舎にいた時からです。ブログを確認すると、2011年の8月、お盆の頃からとなっています。近くの豊洲にあった、アクアコーナーでいただいて来てからです。

「江戸漫歩(44)深川も夏から秋へ」

 しばらくして2015年の春からは、セキセイインコも深川の自室で飼い出しました。子供たちが小さかった頃には、ウサギやインコや金魚を飼っていたので、妻との2人での生活の中に、懐かしさもあってインコも一緒に暮らすことにしました。

「京都から来たインコと第3世代のメダカたち」

 メダカは、定年とともに東京から京都に転居した時に、一緒に連れて帰りました。その後も、いろいろなメダカが、入れ替わり立ち替わり生活の中にいました。

「京洛逍遥(515)京都っ子で第2世代となるメダカたちとノーベル賞」

 2020年からは、東京にいた息子が飼っていたハリネズミを下鴨の家で預かりました。空路 ANA 便 とタクシーで京都の我が家に来た賓客です。ハッチャンという名前のハリネズミは、1年2ヶ月いました。今でも懐かしく思い出すペットでした。

「ハリネズミのハッチャンが空路ANA便でやって来ました」

「ハッチャンとメダカたち」

 宇治に来てからは、観月橋のそばの金魚屋さんで、いろいろなメダカをいただいて来て、今に至るまで飼い続けています。ちょうど2年前には、弱ったメダカを2匹のメダカが支え合う、友情と愛情を目の当たりにしました。これには、思いがけない感動をもらいました。

「献身的に仲間を助けようとするメダカたち」

 いろいろな理不尽なトラブルも経験しました。

「メダカの子が産まれてすぐに親メダカ3匹がなくなる」

 その後は、順調にメダカの産卵で生活の彩りを成す存在となっています。
 今、4世代が我が家で元気に育っています。
 まず、昨年の暮れに我が家で生まれた大人たち6匹の姿から。

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 そして、今夏生まれた子供。私が水槽を間違ったために、20匹もの生まれたばかりの稚魚がみんな食べられてしまいました。今は、この1匹だけが元気に育っています。近々、大人用の水槽に入れようと思っています。

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 最近、また生まれました。10匹はいそうです。小さすぎて、まだ正確には数えられません。

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 さらに、お腹に卵を抱えたメダカがいます。もうすぐ、明日には卵を産み落とすことでしょう。

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 次々と生まれ変わるメダカたちと、13年以上も今に至るまで共存生活をしています。世話の出来る内は、かわいい我が家の一員として、日々を共にしていくつもりです。




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2024年09月07日

ユニクロの返品交換の方針は一般的なのでしょうか?

 ユニクロで衣類をたくさん買いました。靴下や作業着などを11点。2万円ほど使ったのですから、私にしてはそれなりの衣替えです。
 その中の一つに、サイズが極端に大きなものがありました。Mサイズなのに異常に大きいのです。私は痩せてはいるものの、普通のMサイズでこれまで問題なく生きてきました。それが、こんなに大きなものは初めてです。今後は、すべて試着しなければならなくなります。
 購入して2日後、京都駅の南にあるイオンの中のユニクロに、2回り小さな商品に交換してもらいに行きました。同じ商品の小さなものを見つけて、店員さんに、領収書と共に交換のお願いをしました。ところが、私が持って行った商品に販売用のタグが付いていないので交換はできない、とのことでした。領収書とユニクロのアプリの購入履歴の記録があっても、それではレジでバーコードでの処理ができないので商品の交換はできない、と冷たく断られたのです。
 お店の方は、家に帰ってタグを探して持って来てもらうと、この小さなサイズとの交換ができる、とおっしゃるのです。あくまでも、「タグありき」の話なのです。
 日本は、いつ、この機械最優先の商売をするようになったのでしょうか。コンピューターの都合が最優先であり、購入を証明するものがあっても、聞き入れてもらえないのです。消費者を向いた商売ができないだろうか、とこの会社の営業方針に疑問を持ちました。
 この、商品にタグがないことを理由に、領収書やアプリの購入履歴がわかっても、商品の交換を断る行為は、今は普通のことなのでしょうか? 初めてのことでもあり、諦めざるを得ない状況にあることはわかっても、いささか承服できないところがあります。
 また、Mサイズの基準が、スラリと高い若者に合わせて、大きく変わったのでしょうか? 私の手元にある商品は、身体に合わせるとLLサイズのように思えます。その中には、「M」サイズと明記したものが縫い付けてあります。
 私のものの見方と考え方が、時代についていけなくなったのでしょうか?
 先ほど、ユニクロのサイトで返品・交換の説明を確認しました。確かに、交換のためにはタグが必要だとあります。

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 これを見る限りでは、私の場合はタグがないので返品・交換には応じてもらえないようです。それにしても、という思いがあるので、事実をありのままに記しました。
 私の感覚は、時代遅れであり、バーコードのタグの有無がすべて、でいいのでしょうか?




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2024年08月31日

颱風が近付く宇治にて

 暑かった8月も今日まで。
 今、颱風は紀伊半島を北上する勢いです。
 ここ宇治では、雨もなく無風状態なので不気味です。
 今夜から明日にかけて、近付いてくるのでしょう。
 そんな中で、夕焼け空がきれいでした。

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2024年08月28日

颱風10号の動きに気をもんでいます

 颱風10号が、九州から関西に接近中。
 今週末の31日(土)の午後1時から、東京の日比谷図書文化館で古典講座があります。
 どうやって京都から東京まで行くのか思案中です。
 昨日は、東海道新幹線が5回も運休と再開を繰り返しました。
 静岡県の風雨の状況が、どうやら新幹線の走行に大きく影響しているようです。
 今日のお昼までは、明日29日(木)の内に東京の息子の所へ移動しようと思っていました。
 しかし、今日のノロノロとした颱風の動きと解説を聞いて、30日(金)の内に東京へ移動することにしました。
 それがどうしても無理となれば、休講にせざるをえません。
 颱風の動きに注視しています。




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2024年08月15日

電車が遅れることが度重なって思うこと

 京大病院へ通院途中でのことです。近鉄から京阪に乗り換える時に、京阪の改札を入ってから電車が大幅に遅れていることを知りました。熱帯夜だったために、朝から停電で電車が止まっているようです。しかし、ラッキーなことに、止まっていた電車が、すぐに発車することになったのです。病院の受け付けにはギリギリで間に合いました。

 明日は、颱風が関東地方に来るため、新幹線の東京と名古屋間が終日運休とのことです。ちょうどお盆の時期でもあり、多くの方々の予定が狂い、被害は甚大だと思われます。

 気候変動が著しい昨今、長距離の移動には、充分に余裕をもった計画で当たる必要があります。私の場合は、毎月の東京行きがそれにあたります。今月末にも、東京へ行きます。
 これまでは、午後1時から源氏講座が始まるので、それに合わせて11時頃に着くように出掛けていました。この行程は見直しが必要です。前の日に東京へ行っておくに越したことはありません。いつもは、講座が午後5時に終わるので、その後に息子の所へ行って泊めてもらっていました。これからは、前日に泊まっておくことにします。

 日比谷図書文化館での講座は、10年前の2014年10月から担当しています。その間、新型コロナウイルスが集中的に蔓延拡大した時に図書館側の方針で休講となったことと、私が脳梗塞で入院した時以外は、休むことはありませんでした。今後とも、受講者の方々に急な変更でご迷惑をお掛けすることのないように、まずは前日に東京へ移動しておくことに限ります。早速、今月末に実行することにしましょう。

 今日の大文字山は、明日の送り火の準備が進んでいるようでした。昨年は、ちょうど入院中だったために、南病棟の休憩場所から、本当に目と鼻の先で送り火の「大」の字をみました。その迫力はものすごいものでした。明日はどうするか、明日になってから考えます。

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 賀茂川に出て、北山を望みました。炎天下の中で、穏やかな山並みを見せています。散策路を歩く人はほとんどいませんでした。

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2024年08月14日

河内高安の信貴霊苑へ墓参

 今日の墓参は、乗り継ぎのタイミングがずれっぱなしだったため、いつもは2時間で行けるところを、何と3時間もかかってしまいました。東京に行ける時間です。使った電車は近鉄のみ。ただし、京都線、奈良線、大阪線、信貴線の4つの線を乗り継ぐので、タイミングがよくないと予想外に時間がかかるのです。まさに今日がそれでした。

 途中で布施駅で一度下車し、回転寿司の元禄で6回食のお昼として小腹を満たし、駅前の和菓子屋さんでお墓のお供えとお花をいただきました。この元禄寿司は、中学から高校生の頃、母によく連れて行ってもらいました。日本の回転寿司屋のスタートとなった店です。布施のヒバリ屋書店は、高校に入学した時にお祝いとして広辞苑を買ってもらい、高校の帰りにはしばしばここで本を立ち読みした所です。今日も立ち寄りました。

 快晴だったため、この高安の山からは、大阪平野が一望のもとに見渡せます。左が関西国際空港、正面左が淡路島、正面右が六甲山、右手が高槻方面です。

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 この墓地は、私が中学生だった頃には友だちと忍者部隊月光ごっこをして、山の急斜面を背中に棒を襷掛けにした姿で走り回った所です。今は霊苑となった中にあるお墓へ行くには、きつい坂道を上ります。病後の私には、格好のリハビリ訓練の場所となっています。

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 去年のお盆のお墓参りは、お墓に行き着くまでに、途中の信貴線に乗り換える河内山本駅で私が脳梗塞を発症しました。同行の姉が気付き、すぐに引き返して緊急入院をしたために、墓参は果たせませんでした。今日は炎天下でもあり、充分に注意をして行ったために大丈夫でした。




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2024年08月12日

京都駅前から乗ったタクシーの運転手さんに強く抗議をする

 某放送局が今月下旬に放映する番組で、『源氏物語』の翻訳本を取り上げるということです。先々週の日比谷図書文化館での源氏講座の時、講座の様子と、長時間にわたるインタビュー取材を受けました。今日は、翻訳本の表紙と中身を撮影したいということで、希望される言語の翻訳本を京都駅前の貸し会議室に持参して、撮影に立ち会いました。

 京都駅の近鉄改札口で担当者と待ち合わせをして、駅からタクシーで撮影場所まで移動しました。私と妻がそれぞれ持っていた、翻訳本がパンパンに詰まったキャリーバックを、車の後ろの荷物入れに収めてもらいました。しかし、乗ったタクシーの運転手さんの態度がとにかく酷かったので、降りる時に車外に出ず、その物言いと態度はおかしいと座ったままで厳しく抗議をしました。

 ことの発端はこうです。タクシーに乗り込むと、東京からお越しの放送局の方が恐縮しながら、「近くて申し訳ないんですけれども、某ホテルの近くまでお願いします」とおっしゃるや否や、運転手さんは「そんな近いとこなんか歩いて行けるやろ、まったく、なに考えてんねん」と不機嫌な顔で、いろいろと暴言を吐かれたのです。走り出してからも、「まったく!」と舌打ちです。車内は不穏な雰囲気に充ち満ちていました。

 助手席の背面には、次の表示がありました。座った私の目の前です。

ご乗車ありがとうございます。
私、●●●●が、お供いたします。
私達は、常にお客様への愛と感謝の理念を大切にお客様に愛されるタクシー会社を目指しています。
またのご利用をお待ち申し上げます。

 この文言と運転手さんの態度の甚だしい落差には、なんとも言葉を失います。
 一昔前には、乗車拒否ということが行なわれていました。私も、何度も経験しました。しかし、さすがに今はなくなりました。今日の口汚い罵りは、何といえばいいのでしょうか。京都の玄関口で、観光客を相手に荒稼ぎをしておられるのでしょうか。京都に住まう一人として、このような運転手さんが京洛を走っておられることを恥ずかしく思います。特に、今日は東京からお越しになった方が、私と妻にとって善かれと思って、敬意を払った対応としてタクシーを使ってくださったのです。

 目的地に着いてから降りる前に、私は運転手さんに語気を荒らげて言いました。タクシーを利用する者にもいろいろと事情があり、今日はたくさんの本を詰めて重たい荷物を2つも引き摺っていること、私は脳梗塞でこうした重たい荷物を引っ張ってこの炎天下を歩くのはリスクがあること、東京からお出での方は我々を次に向かう場所まで丁重に案内しようとしておられることを、運転手さんに強くきつく言い含めるように言いました。京都人として恥ずかしことだとも。そして、名刺をもらえませんか、と聞きました。すると、名刺は持っていない。何かあったら今から言う会社に、とおっしゃいます。私は車外には出ず車内で解決したかったので、それではと言われるままに電話番号を携帯電話にプッシュして、そのタクシー会社の方に、非常に態度が酷くて不愉快な運転手の●●さんに呆れ果てていることを直接伝えました。放送局の方は料金を支払い、後ろの荷物入れから重いキャリーケースを下ろして待っていてくださいました。
 結局、その運転手さんはだんまりを決め込んだまま、一言も発せずに去って行かれました。個人タクシーでもなく、白タクでもありません。大手のタクシー会社の車でした。

 その後の翻訳本の撮影は、2時間半をかけて、丁寧に進みました。こんなに丁重な扱いを受けて、この本たちも幸せだな、と思いました。
 この翻訳本の映像が、先日受けたインタビューとどのようにリンクした構成に仕上がるのか、今から放送が楽しみです。




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2024年05月30日

今日からエアコンを使い出したこと

 昨日は雨のち曇りで、少し蒸し暑い一日だったので、エアコンのリモコンをオンにし、しばらくしてから切りました。
 部屋の温度は26.5度と微妙なところながら、体感温度は暑いと感じたからです。
 今日の午後は、散策にでかける前と帰ってから、エアコンをオンにしました。
 部屋の温度は26度と、昨日とほぼ同じ感じでした。
 エアコンの設定温度は27.5度で、風量は強。
 最近知った、経済的な使い方です。
 寝る前に切ろうと思います。
 昨年は、7月後半に38.8℃の日が続きました。
 そこで10年間使っていたエアコンを諦め、新たに広い部屋に対応した大型の機種に買い替えたのです。
 7月から10月まで、終日付けっ放しでした。
 それでいて、電気代は思いの外に高くなりませんでした。
 今年も熱暑の夏になるとか。
 まだ6月になろうとするところです。
 明日からどうするのかは、様子を見ながらにしましょう。
 







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2024年04月20日

我が家は花に守られて

 我が家の花たちが、初夏を感じさせてくれています。
 藤は、昨年末の終い弘法の時に、東寺でいただいたものです。
 みごとに花を咲かせました。

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 周りには、いろいろな花が育っています。

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 たぬきとお地蔵さんは、大和平群にいた時から、我々と花を見守ってくれています。
 以来、京都の北大路、そして下鴨貴船と住まいを移し、この宇治に来てからもずっと一緒です。
 花好きの妻が毎日手をかけて植物の面倒を見ているので、周りの木々を借景に、こうして目を楽しませてくれています。
 これから新緑の季節となり、ますます芽吹く花が増えることでしょう。
 お仏壇には、自前の仏花を飾っているので、賑やかなことです。
 これは守り続けているので、両親も季節を忘れることなく、四季折々に我々を見守ってくれているようです。




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2024年04月18日

立川で『香道と文学』に関連した情報交換をする

 神宮外苑の絵画館前のイチョウ並木は、初夏の気配を漂わせています。

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 今日は、かつての職場があった立川で、博士論文作成のお手伝いをした武居雅子さんと、久しぶりにお話をしました。
 めでたく博士(文学)の学位をとり、本年正月に『香道と文学−伝書にみる古典受容−』という素晴らしい学位論文を刊行された武居さんと直接お話しをするのは、何年ぶりのことでしょうか。時間を忘れて、よもやま話に花を咲かせました。まわりから見ると、先生と教え子と言うことになります。しかし、7歳下ということもあってか、友だち感覚で話しました。そう言えば、昨日銀座でお話しした神野藤昭夫先生は、8歳上の気さくに話せる大先輩です。こうした方々とのお付き合いは、気疲れがないこともあり、久しぶりにお逢いしても楽しい時間を過ごせます。

 武居さんのことは、「快著誕生『香道と文学』」(2024年01月18日、http://genjiito.sblo.jp/article/190740859.html)に詳しく書いたのでそちらに譲りましょう。今も、香道・書道・茶道の分野で精力的に、多方面で活躍なさっています。今日も、お互いにスケジュールの合間を縫って逢い、楽しい話をたくさんしました。

 武居さんには、大阪府立中之島図書館で開催している「新古典塾 平安文学リレー講座」でお話をしていただくことを、今日、快諾していただきました。今秋、10月か11月に、『源氏物語』・香道・ゲームをテーマとする、盤物の組香に関するお話をうかがえることになりました。これから計画を練ります。楽しみにしてお待ちください。
 参考までに、武居さんのご著書に掲載されている『香道蘭之園』の「梅枝香」の図と、自作なさった紙細工の写真を掲載します。自作の盤物は、カルチャー講座での教材写真だとのことです。これがどのように使われるのか、実は私はまだ理解していません。秋の組香のお話を、今から楽しみにしています。


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2024年04月03日

ガスの設備調査を受けて四季を思う

 訪問して立ち会いの元で行われる、ガス設備調査がありました。
 事前に予定日時が知らされており、その時間の来訪でした。
 テキパキと手際よく機器を使って、ガス漏れと配管の腐食検査がありました。
 特に異常はなく、安堵しました。

 宇治に来てからは、ガスの調理台は使わず、IHの電磁調理機器を使うことで火事の心配がないようにしています。
 暖房だけは、居間でガスストーブを使っています。温風下吹き出しのガスストーブは、足元が暖まるので重宝しています。京都市内にいた時は、古い町家を改修した築80年以上の家だったので、冬はすきま風に悩まされていました。窓ガラスを断熱効果の高いペアガラスにして、保温性を高めていました。それでも、大型のガスストーブをいくつかの部屋で使っていました。

 ところが、2年前から住み出したこの宇治では、マンション形式で機密性が高く、南向きの角部屋であることもあって日当たりがよく、大型のストーブは一度も使わず、中型1台で過ごせました。ただし、夏はエアコンを付けっ放しです。
 それ以外でガスを使うのは、水道とお風呂です。電気に頼りすぎのように思えます。しかし、高齢となったこともあり、火の危険性は極力避けた生活スタイルをとっています。
 なにかと忘れることが多くなったので、ガスも電気も消し忘れのないように、すべてタイマーを併用して使っています。

 今朝の台湾での地震を受け、身の回りの点検を始めました。私は、成人式の2日前に、住み込みの新聞配達店が火事になり、20年間の物をすべて灰にして焼け出されました。燃え盛る火の中を、2階から飛び降りた経験があるので、火に関しては気を付けています。電気もガスも、その取り扱いには過剰なほどに神経を使っています。

 季節が冬から春へと変わります。今年も暑くなるとの予報が出ています。体感温度に気を付けて、うまく温度調節をしながら、快適な日々が送れるようにしたいと思っています。
 いずれは、春と秋のない日本になるようです。私が生きている内がその境目との観測もなされています。古来、日本の文化を育んできた四季を大切にして、その移り変わりの妙を、このブログに言葉として書き写しておくことにします。




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2024年02月29日

今日は「うるう年」の「うるう日」です

 今年は、4年に1度の「うるう年」です。「オリンピックの年」でもあります。「オリンピック」と「うるう年」が重なるのは、一体どんな必然性があるのだろうと思います。しかし、これは単なる偶然だと聞くと、説明に期待するものがあっただけに残念な思いがしました。

 

 今年は、366日。今日は、貴重な「うるう日」なのです。

 難しい理屈はさておき、1日得をした気持ちを味わえる今日は、記念すべき日だと言えるでしょう。

 日頃は Apple Watch を腕に巻き、iPhone のカレンダーにしたがった生活をしています。しかし、今日に限っては、そのことに疑問や疑念を抱く、1日を見つめ直す日です。

 

 いろいろとあった2月も今日で終わり。

 加齢と共に、身体に変調を感じることが増えました。

 テクテクと運動をし、1日6回食を守り、睡眠の質も考えて、快適な日々を送るようにします。

 

 

 


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2024年01月17日

家の中の大掃除を始める

 転居後、2年が経とうとしています。しかし、いまだに片づかない箇所が多く、年があらたまったことを機に、年末にできなかった整理に着手しました。
 本は2部屋に溢れており、廊下にも2重の塀ができています。もう見るはずのない本と、古すぎてどうしようもないものは、折々に雑誌と一緒に処分しています。ただし、3ヶ所で源氏の講座を担当しているために、質問があった時に本を取り出して調べることがよくあります。その関係で、えいやっ、と捨てるわけにはいかない本が、まだまだ積み上げられた山の中にあるのです。
 過去のプリントや、調査時の資料や、新聞雑誌の切り抜きなどは、一応目をとおしてから処分しようと思っています。しかし、相当数の段ボール箱に入っており、その量も半端ではないので放置が続いています。気がついたら、参考になりそうなものはスキャンしてPDFにしています。しかし、手を付けた量は、ほんのわずかです。これなどは、見ずに処分すべきでしょう。しかし、時たま利用価値のある資料が顔を覗かせるので、無情にも思い切れないのです。
 コーヒー好きの私は、40〜50代の頃には毎日10杯は飲んでいました。そのため、コーヒー茶碗が大量にあります。お茶の時の抹茶碗も自宅でお茶会をしていたことから、それなりの物が30客、煎茶碗が20個、紅茶や日本茶用が10個はあるでしょうか。2人暮らしの上、もう自宅でお茶会を開くことはないので、大幅に処分しましょう。ガラスのコップなども大量にあります。これは、貴重な物は持ち合わせていないので思いきりやすく、すぐに整理できそうです。
 震災の写真を見ていると、割れて散乱する陶磁器やガラスの破片が、歩く時の障害となって危険です。それを避けるためにも、こうした割れ物は整理が急がれます。
 残りも限られた日々の中で、これから必要な道具のことを考えると、いい物をいくつか残しておくだけで十分です。まずは、四分の一を目標に整理することにします。
 持ち物の整理は、その物にさまざまな想い出があるので、手にしては逡巡します。その煩悩に打ち勝ち、しばらくは物との睨めっこや心の葛藤を楽しむことにします。




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2024年01月04日

気がかりな2024年の始まりです

 年初早々、震災・火事・事故・惨劇・爆撃などなど、ネットを見ると、「明けましておめでとうございます。」と言いにくいニュースが続いています。
 そんな中、40年前に作ったテニス仲間の8人会から、6年ぶりの連絡が入りました。残念ながら行けない日だったので、また春にということで終わりました。特に日常的に連絡を取り合っているわけではありません。何年か置きに、気まぐれで突然の集まろうというお誘いが入ります。みんな、今も元気のようで安堵しました。高校時代のテニス仲間ではあっても、今は身体が思うように動かないので飲み会の話です。
 明日から、地域の高齢のみなさまとの交流会がスタートします。私のボランティア活動の開始日でもあります。今年も、元気にお手伝いを続けたいと思います。




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2023年12月21日

2023年の私の十大ニュース

 2023年もいろいろありながらも、生き抜くことが出来ました。
 支えてくださった方々に感謝しながら、新年を迎えます。
 今年の出来事を振り返り、10件を並べてみました。


(1)懸案だった膵臓癌の疑いが晴れる

(2)久しぶりに妻の実家の秋田へ帰省

(3)池田亀鑑賞を創った久代さん逝く

(4)脳梗塞で京大病院に急遽入院生活

(5)犬の鳴き声に関する報告3題公表

(6)源氏物語は43種類の言語で翻訳中

(7)西国札所は清水,花山,松尾,成相寺

(8)全3回の平安文学リレー講座開催

(9)講座受講の22名と天理で写本拝見

(10)NPO法人認証書を受け登記完了





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2023年12月10日

亡父の誕生日と我々の入籍記念日を兼ねてお墓参り

 今日は、大正5年に生まれた亡父の誕生日です。40年前に68歳で亡くなったので、生きていたら108歳。そして、今日は我々の49回目の入籍記念日でもあります。
 今年もいろいろとあったので、諸々を報告しようと思い、大阪府八尾市高安にあるお墓へお参りに行きました。
 今年のお盆には、お墓参りに行く途中で、お墓が目と鼻の先の河内山本駅のホームで私が脳梗塞になり、すぐに京都へ引き返して入院となりました。お彼岸も、手足と口のリハビリで忙しかったので、行かずじまいでした。

 そうこうするうちに、姉夫婦が昨日、お墓にお参りしてくれました。お花を飾った写真が送られて来ました。それが刺激となり、父の誕生日と我々の入籍記念日を兼ねて、天気もいいことなのでお参りをすることにしました。
 お昼は、途中の乗り換え駅である布施で途中下車をし、駅前の回転寿司の元禄寿司に行きました。満席で、大賑わいでした。このお店のことは、次の記事に詳しく書きました。

(2022年03月21日)

大阪の八尾へ墓参に行き布施の回転寿司1号店へ」

http://genjiito.sblo.jp/article/189412950.html


 近鉄で河内山本駅まで行き、そこから乗り換えて単線で2駅目の終点、信貴山口で降り、霊園からの送迎バスに乗ります。

 八尾市の東の山裾、奈良県境にある信貴霊苑から西に大阪平野を望むと、今日は小豆島も四国も六甲山系も靄で霞んでいます。中国からの黄砂かもしれません。

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 姉が飾ってくれたお花は、昨日だったということもあり、生き生きしていました。両親が大好きだったお饅頭と、家から持参した宇治茶をお供えしました。

 行き帰りとも、送迎バスが利用できて助かりました。運転手さんの話では、この辺も最近はおしゃれな家が立ち並ぶようになって、ということでした。ここは、私が小学6年生から高校生まで住んでいた地域です。この霊苑が造成される前には、この小山が忍者部隊月光ごっこの遊び場所でした。点在する古墳の石室を使った、隠れんぼの場所でもありました。懐かしさも手伝って、こうして折を見てはお墓参りに来ています。




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