2026年07月20日

宿泊先で鳴り響いた深夜の緊急通報

 昨日の記事で書き忘れていたことを補います。
 昨日の夜明け前、ちょうど午前3時半の出来事です。

 日比谷図書文化館で講座が終わってから、川崎市役所のすぐそばのホテルに入りました。賑やかな商店街を抜けたところです。
 11階建ての4階の部屋で、ちょうどエレベータの真横でした。
 いつもの癖で避難経路の確認です。
 横のエレベータは使わないとして、外付けの階段が3部屋先にあったので、何かあったら4階なので使えることがわかりました。私は高所恐怖症なので、あまり高層階だと足が竦んでしまいます。おまけに右足に難があるので、なおさら避けたいところです。
 また、建物内の階段は煙に巻かれると動けなくなるので、これは最後の選択肢です。

 さて、日付が変わる頃にブログを書き終えてアップし、寝入った時でした。突然、天井のスピーカーから緊急通報が女性の声で流れました。音量が大きかったので、部屋中に響き渡ります。10階の火災報知器が鳴っているので確認中だ、とのことです。

 確認中とのことなので、いつでも避難できるように着替えて、荷物も整理しました。1泊なので、2人ともキャリーバッグではなくてリュックです。東京に行く時には、地震も含めて何があるかわからないので、両手が空くように身軽な装備で移動しています。

 5分後に、まだ確認中だとの放送がありました。そして10分経った頃に、安全を確認した旨の放送が流れました。真夜中なので、事実だけの簡潔明瞭な放送でした。何が原因なのかの説明はありません。説明されても、どうしようもないのです。

 朝食の時にも、ホテル側からは説明もお詫びもありません。何事もなかったので、それでいいのでしょう。どこかに張り紙があったのかもしれませんが。
 チェックアウトの時にも、何も説明がありませんでした。こちらも、もう忘れていたということもあります。

 火事といえば、1972年1月に、住み込みで働いていた新聞配達店が火事になりました。しかも、成人式の直前です。明け方の3時頃に白い煙が2階の3畳の部屋に充満し、すぐに着替えて窓から飛び降りました。
 小さい時から、寝る時には枕元に着替えを揃えて置くように、と父親が言っていたので、その癖が素早く逃げられたことにつながったように思います。父は戦時中は満州にいて、戦後はシベリアに3年も抑留されたことから、その父の体験が、非常時を想定した躾けに生きていたのでしょう。これは、今も活かされています。そして今回も。

 2001年2月のことを思い出しました。イギリスのケンブリッジ大学へ共同研究の打ち合わせで行った時のことです。出入りにロンドンのホテルを使っていました。あの時には、故ダイアナ妃が主に暮らしていたケンジントン宮殿の近くのホテルでした。
 真夜中に非常ベルが鳴り、宿泊客全員が着の身着のままで寒い公園に集まりました。何事もないとのことで、部屋に帰ってから数分後に、また非常ベルが鳴り、また寒い外へ。しばらくして部屋に帰ると、また鳴ったので外へ、ということを繰り返しました。誰かがいたずらをしているようだ、ということで終わったように思います。
 英語がイマイチの私は、一人旅だったので身軽さもあって寒い思いをしたという記憶だけで忘れてしまいました。帰りは、ロンドン大学の仲間に相談をして、別のホテルにしました。

 海外でのホテル体験の逸話はインドを手始めに数限りなくあるので、またいつか。
 日本のホテルでの非常ベルは、今回が初めての体験です。




posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | *身辺雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。