2026年07月16日

京洛逍遥(983)祇園祭で見た平山郁夫と三十六歌仙

 今日は、祇園祭の前祭の宵山です。明日が山鉾巡行。
 祇園祭は、都の疫病を鎮めるため、869年に行なわれた祇園御霊会が起源だそうです。中断や中止があったにせよ、なんと 1,157年もの長きにわたって受け継がれているお祭りです。
 7月に入ると、祇園囃子が1ヶ月間も街中に響きわたります。あのコンチキチンです。

 夜の宵山は人出が大変なので、午前中に四条烏丸へ出かけました。乗り換えなしで行けるのです。それでも、駅から地下街を通って地上に出るまでに、多くの人に押されました。半数以上は海外の方のようです。

 まずは、四条烏丸の交差点から北へ歩いてすぐの、孟宗山に向かいました。

260716_孟宗山1.jpg


 5日前に来た時には空振りだった、平山郁夫の胴掛「砂漠らくだ行(月)」と「砂漠らくだ行(日)」を見るためです。これは、笋町会所に飾られているのです。笋町は、祇園祭の時に孟宗山を出す町内です。

260716_平山胴掛.jpg


 明日の巡行が終わると、この胴掛は秘密のある所に仕舞うのだそうです。また来年まで見られないので、じっくりと観てきました。

 今年の粽は、この孟宗山からいただきました。

260716_粽.jpg


 すぐ北を東西に走る錦小路通を西に入ると、占出山があります。

260716_占出山.jpg


 占出山町会所には、刺繍で描かれた二種類の「三十六歌仙図」がありました。天保二年(1831)の図と平成21年(2009)の図が、見比べられるように飾られています。

260716_占出36歌仙all.jpg


 ここに書かれている和歌の「変体仮名翻字版」は、後日アップします。
 明後日の、日比谷図書文化館での『百人一首』の講座で紹介するつもりです。

 菊水鉾ではお茶席があります。お茶の先生も行かれるとのことだったので、立ち寄りました。しかし、長蛇の列です。かつてここでお茶をいただいた時には、菊の菓子皿をいただきました。4枚あるので、2回行ったようです。またの機会にします。

 四条通に出てから、鱧を食べることにしました。祇園祭には鱧寿司を思い出します。
 今から16年前の、2010年07月17日のことでした。突然、東京の九段坂病院から、人間ドックの結果が電話でありました。胃に悪性の腫瘍があると。すぐに妻にメールを送りました。その文面は、以下の通りです。

「胃ガンだそうです。」
今週月曜日に行った、人間ドックの病院から電話がありました。
胃カメラで採取した細胞から、悪性のがん細胞が見つかりました。
至急来院を、とのことでしたが、今は出張中であることを伝え、来週火曜日の朝一番に行くことにしました。
通院して検査の後、入院して手術になるようです。8月に入ってからでしょうか。
久しぶりの入院となりそうです。
今のうちに、いろんなものを見ておくことにします。
これから、祇園祭に行き、すぐに堺市へ調査に行き、また祇園祭に行こうと思います。
堺を出るときに、メールをします。

 そして、こうした経緯を書いたブログの文章の末尾は、次のようになっています。

 調査を終えた帰りに、仕事帰りの妻と、四条で待ち合わせをしました。
 私の顔を見るなり、妻は突然壁に頭を凭せ掛けて嗚咽しだしたため、宥めるのに少し手を焼きました。
 祇園祭の長刀鉾をユックリと見て、錦市場で胃をアルコール洗浄しながら、鱧寿司を食べて帰りました。

 こうしたことを書いたブログは、以下の記事です。

「心身雑記(59)ガンの告知を受けた時の気持ち」(2010年07月17日)

 ということで、祇園祭と言えば鱧寿司なのです。
 その鱧寿司を食べたお店は、以前の場所にはありませんでした。周辺で鱧寿司が食べられるお店を探しても、あったのは何万円もする料理屋さんでした。我が家の外食は1,200円が上限です。仕方がないので、何度か行った和食屋さんで、夏野菜や天麩羅をいただきました。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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