2026年06月01日

古都散策(83)お茶で桑小卓のお稽古の後は成務天皇陵と日葉酢媛命陵へ

 今日のお茶のお稽古は、丸卓(まるじょく)ではなくて桑小卓(くわこじょく)を使ったお手前を教えてもらいました。次の写真は「茶の湯に出逢ったあとの日々」の中の「令和3年 芒種一 〜桑子卓とオランダ水指〜」(https://kissaco.hatenadiary.jp/entry/2021/06/06/083204)からお借りしています。

260601_桑子卓.jpg

 下の狭い段には、薄手の平建水に陶の蓋置をセットします。その上の段には、真ん中に細水指を、その左側には柄杓を斜めの状態で立てて左手奥の柱に凭せ掛けます。一見、柄杓が不安定な状態なので倒れないか心配でした。しかし、何事もなくお手前は進みました。
 天板には棗が置かれています。

 これまで通り道庫を想定していました。しかし、手前座が壁際だったので、敷板は使わず、茶筅と茶巾と茶杓を仕組んだ茶碗は、畳の上に直接置きました。

 お手前は、薄茶の要領で進みました。
 最後は私の好みで、身体を少し右に移動させて、水指の正面に向き、天板に縦に置いた柄杓の左右に、一気に茶碗と棗を置き合わせました。総荘りというものです。

 帛紗をどこに置くかで、水指の上か天板の上ということだったので、私は天板の上にしようと思いました。しかし、周りにおられた生徒さんたちが、それでは天板の上が賑やかすぎるのでは、とのことだったので、先生ご推奨の水指の上にしました。

 こんな調子で、わがまま勝手なお手前を教えてもらっています。
 私が取り組んでいるのは、お客さんと自由にお話ができる雰囲気の中でのお手前を身につける、というものです。そのために、茶道具の持ち運びや片付けが極力少ない、省エネのお手前を稽古しています。そこに、脳梗塞で右半身がぎこちなくなったので、それも目立たないように、という難題を先生には聞いてもらっているのです。いろいろなお点前があることを、いつも学んでいます。

 今日は一連の動きの中で、不自由な足が滑るようにと、右足の膝に当てていた小さなタオルが、一度も出番がありませんでした。先生が、うまく私の身体をコントロールして、最小限の手足の動きでお手前ができるようにしてくださったようです。
 右足を動かしたのは、最後に総荘りにする時に、私のわがままで身体を右に少し移動させた時だけでした。見てくださっていた生徒さんからも、私にピッタリのお点前で、きれいだったと好評でした。
 これで気をよくしたので、これからしばらくは、このパターンでやることにします。しかも、この桑子卓は5月に使われることが多いものの、一年中使ってもよいそうです。安心しました。

 下鴨では、お茶室に炉が切ってあったので、いろいろなパターンでお茶を楽しんでいました。しかし、宇治に移ってからはマンションタイプなので、風呂しか置けません。そんな中で、道具を活用することで、お茶を楽しめることになります。我が家には丸卓しかないので、早速、桑小卓を探すことにします。

 帰りには、先週は通過した佐紀石塚山古墳(成務天皇陵)に行きました。ここでいいのかと思うほどの、民家の横の狭い道を抜けて行きました。ちょうど称徳・孝謙天皇陵の真北に当たります。

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 その東隣には、一本の細い道を挟んで、佐紀陵山古墳(日葉酢媛命陵)があります。垂仁天皇の皇后であった日葉酢媛命の陵は、狹木之寺間陵とも呼ばれていました。

260601_日葉酢媛命陵.jpg

 この一帯は、民家がひしめく中に、古墳が密集しています。お茶のお稽古帰りに、折々に経巡ることにしています。これも、リハビリウォーキングの一環であり、楽しみながら回るつもりです。

※付記:この記事では、最初は「桑古卓」と表記していました。しかし、一般的には「桑小卓」と書くとのことです。「桑古卓」とか「桑子卓」はあまり使わないそうです。お稽古場の箱書きには、「桑小卓」と「桑古卓」の両方が書かれていました。ということで、今後は「桑小卓」に統一したいと思います。





posted by genjiito at 22:06| Comment(0) | *健康雑記
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