小雨が冷たい一日でした。
宇治駅前のシェア型書店HONBAKO京都宇治の店内は、本を見に来る方が増えています。今日も満員でした。
本棚も、賑やかになってきました。多彩な本が並んでいるので、これまでに見たこともない本との出会いが楽しめます。
2階のシェアスペースで、今日も以下の内容を、意見を出し合いながらしました。
・京都の佐藤さんと、東京の木村さんからいただいた街中の変体仮名を確認する。
・「ハ行転呼音」を、中学生にもわかる説明文で理解する。
・「須磨」の有名な文章を、関弘子さんの平安朝復元朗読で聴く。
・字母の使われ方で、これまでにわかってきたことを確認する。
・相愛本「橋姫」10丁裏5行目〜11丁裏6行目までの2頁分を確認する。
(第7回に配布した資料と第9回の資料を使う)
「ハ行転呼音」は、前回の話の中でP音考について触れたので、それを再確認することにしました。その際、説明は中学生にもわかることを注意して行ないました。一言で言うと、「私は学校へ行きます。」の「は」と「へ」を、口で言う時にはなぜ「わ」とか「え」と言っているのかを説明できるようにする、という意図で取り上げたものです。これは、子供にどうして?と聞かれた時に、親が説明できない実状を踏まえての問題提起となっています。
配布したプリントには、次の説明文を載せました。これは、ChatGPT Plus に「ハ行転呼音」について中学生にもわかるような説明文を作成してほしい、というリクエストを行ない、その結果を私が少し手を入れて整理したものです。
もっと内容は盛りだくさんになるはずです。しかし、中学生に親が説明するという設定での回答を元にしているので、その事情をまずはご了解願います。
[ハ行転呼音とは何か](中学生向けの説明として)
ハ行転呼音(はぎょうてんこおん)とは、昔の日本語で、ハ行の音が変化して、ワ行に近い音になったことをいいます。今の日本語では、ハ行は「は・ひ・ふ・へ・ほ」と読みます。しかし、この音は昔からずっと同じだったわけではありません。
長い歴史の中で、だいたい次のように変わってきたと考えられています。
1 いちばん古いころは P音に近かった
日本語のハ行の音は、今のようなH音ではなく、もっと古い時代には「パ・ピ・プ・ペ・ポ」のようなP音に近かったと考えられています。つまり、今の「はひふへほ」は、昔には「ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ」に近い音だった、ということです。
2 そのあとF音に近い発音になった
次の段階では、このP音が少し弱くなって、英語のFに少し似た音になりました。ただし、英語の fan の f とは少し違い、日本語では上下のくちびるを使って出すF音のような音だったと考えられています。これが、「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」に少し近い段階です。今でも「ふ」だけは、完全なH音ではなく、口の形が少しF音に近い感じで発音されます。
3 さらに今のH音に近づいた
その後ハ行の音はさらに変化して、今の「は・ひ・ふ・へ・ほ」のようなH音に近づきました。つまりハ行の歴史を大まかに言えば、「P音→F音→H音」という流れで変わってきたのです。
4 ところが、言葉の中ではさらに弱くなった
ここで大事なのは、ハ行の音がいつも同じように変化したわけではない、ということです。
語のはじめでは比較的しっかりした音が残りやすかったのですが、言葉の中や助詞では音が弱くなりやすくなりました。その結果、F音に近かったハ行の音がさらに弱まって、
は→わ ひ→い ふ→う へ→え ほ→お
のように、ワ行や母音に近い音で発音されることが起こりました。これをハ行転呼音といいます。
5 なぜ書き方と読み方がずれるのか
文字づかいは古い形を残した。
発音は時代とともに変わったので、今のようなずれが生まれました。
6 まとめ
ハ行の音の歴史を簡単にまとめると、次のようになります。
とても古い時代には、ハ行はP音に近かった。その後、少し弱まってF音に近くなった。さらに変化して、今のH音に近づいた。
ただし、言葉の中(語中)や助詞(語尾)ではさらに弱まり、「は→わ」、「へ→え」のような変化が起こった。その名残が、「私は学校へ行きます。」の「は」「へ」の読み方に残っている。
これで、本日の参会者はほぼ了解してくださいました。
それでは、ということで、引き続き「須磨」巻の有名なくだりを、関弘子さんによる平安朝復元をした朗読を聴いてもらうことで、平安時代の発音を疑似体験してもらったのです。
「須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、関吹き越ゆると言ひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。」(伊井春樹先生作成の校訂本文より)
「須磨には」の「は」や、「海は」の「は」が「ファ」に、また「言ひ」の「ひ」が「フィ」と聴こえるところに注意をして聴きました。
続いて、字母の使われ方で新しくわかってきたことを報告しました。例として、「あはれ」の場合を資料には引きました。
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「あはれ」について、仮名文字の表記が相愛本「帚木」(断簡)では次のようになっています。
(1)相愛本(断簡) 池田本
あ者れけ奈り あ八れ【也】
あ者れ尓 満して
あ者れの あ八れの
これが、ハーバード本『須磨』と池田本『須磨』では次のようになります。
10桁の数字は『源氏物語別本集成 正・続』で用いた文節番号です。
(2)ハーバード本「須磨」 文節番号 池田本「須磨」
あはれ 120821-000 あ八れの三
あ者れ 120239-000 あ八れと
あ八れ 121647-000 ナシ
あ者れ可り 122154-000 ナシ
あはれと 122820-000 あ者れと
あ者れと 122995-000 あ者れと
あ者れと 123010-000 あ者れ耳
あ者れと 125099-000 あ八れと
あ八れと 120604-000 あ八れと
あはれなり 121317-000 あ八連な里
あ八れな里 122423-000 あ八れ【也】
あはれなる 122832-000 あ八れなる
あは礼なる 124205-000 あ八れなる
あ者れなる 121119-000 あ者れなる
あ者れなる 122056-000 あ八れなる
あ者れなる 123050-000 あ者れなる
あ者れ奈る 121024-000 あ八れなる
あ者れ奈る 124020-000 あ者れなる
あ八れなる 123370-000 あ八れなる
あ八礼奈る 120155-000 あ八連なる
阿者れなる 121167-000 あ八れなる
あ八れなる越 120077-000 あ八連なる越
あ者れなれと 122902-000 可奈し遣れと
あ八れなれとて 120311-000 あ八連奈れとて
あ者れ奈れ者 124099-000 あ者れな連八
あはれ尓 122381-000 あ八れ尓
あはれ尓 122778-000 ナシ
あ者れ尓 120269-000 あ者れ尓
あ者れ尓 120639-000 あ八連に
あ者れ尓 122001-000 あ八れ尓
あ者れ尓 122769-000 あ八れ尓
あ者れ尓 123211-000 あ八連に
あ者れ尓 123232-000 あ者れ尓
あ者れ尓 123976-000 あ者れ尓
あ者れ尓 124667-000 あ者れ尓
あ者れ尓 124789-001 あ八れ尓
あはれ尓て 124277-000 あ八れ尓
あはれ毛 123122-000 ナシ
あ者れを 121250-000 あ八れ
あ者れをも 120197-000 あ八れをも
あ者れを毛 122738-000 あ八れをも
あ者れ奈れ八 123033-000 あ八れなれ半
ハーバード本「蜻蛉」と池田本「蜻蛉」では次のようになっています。
(3)ハーバード本「蜻蛉」 文節番号 池田本「蜻蛉」
「あ者れ 523917-000 「あ者連
あ者れ 526236-000 あ者連
あ者れと 520607-000 あ者連と
あ者れと 523024-000 あ者連登
あ八れと 523070-000 あ者連と
あ者れなと 525275-000 あ者連なと
あ者れなり 521637-000 あ者連なり
あ者れなり 522066-000 あ者連なり
あ者れなり 522167-000 あ者連なり
あ者れなり 522352-001 あ者連なり
あ八れなり 522361-000 あ者連なり
あ者れなり 523300-000 あ者連なり
あ者れなり 525386-000 ナシ/落丁
あ者れなりける 521783-000 あ者連なりける
あ者れなり介る 525475-000 ナシ/落丁
あ者れなりし 523950-000 あ者連那りし
あ者れなる 520551-000 あ者連那る
あ者れな累 526062-000 あ者連那りける
あ者れなる尓 525944-000 あ者連なる尓
あ者れ尓 521489-000 あ者れ尓
あ者れ尓 522028-000 あ者連耳
あ八れ二 522460-000 ナシ/落丁
いとあ者れ尓 522005-000 いとあ者連尓
ものあ八れなり 521964-000【物】あ者連なり
【物】あ者れなる523844-000ものあ者連なる
ものあ者れなる 523931-000 ものあ者連那る
ものゝあ者れも 521621-000 ものゝあ者連も
これらを整理すると、暫定的な結論ながら、次のようになります。
(1)の相愛本「帚木」では「あ者れ」と表記され、池田本「帚木」では「あ八れ」と表記されています。もちろんこの「帚木」は断簡のため、用例数が少ないので現状の確認に留まります。
これが(2)のハーバード本「須磨」と池田本「須磨」の場合は、ハーバード本は「あ者れ」が優勢で、池田本は「あ八れ」が優勢といえます。
ハーバード本 「者」=26例/「八」=7例
池 田 本 「者」=11例/「八」=26例
また、(3)を加えて通覧すると、ハーバード本の「須磨」と「蜻蛉」には「あ者連」と「連」を使った表記がまったくないのに対して、池田本「須磨」には「あ八連」が42例中6例、「蜻蛉」には「あ者連」が24例中23例と、「連」が頻出します。
つまり、相愛本「帚木」とハーバード本「須磨」「蜻蛉」は「あ者れ」が優勢です。これに対して、池田本の「帚木」は「あ八れ」、「須磨」は「あ八れ」「あ八連」、「蜻蛉」は「あ者連」が主な表記となっているのです。
「あはれ」という言葉を表記するにあたって、「は」と「れ」にどのような仮名文字を当てて書いているのかを見ると、写本の分別にヒントを与えてくれることになります。
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これも、今後ともこの宇治で相愛大本「橋姫」を変体仮名に注目して写本を読んでいく際に、語彙の用字で字母の選定のされかたに気をつけて見ていきましょう、という問題提起で確認を得ました。
さて、この会でのメインとなる、古写本に書き写された変体仮名の確認に移ります。
今日は、10丁裏5行目から11丁裏6行目までを、第7回と第11回に配布した資料とで確認を進めました。
問題とした箇所を箇条書きで列記します。
(1)10丁裏5行目末尾の「月」と、次行の行頭の「徒き」について
同じ言葉が、漢字と仮名で重複して書写されています。これは、親本に存在した重複書写をそのまま書き写したものである、としました。そして、親本かそれ以前の写本の段階で、まず行末に「月」と書き、行が変わった行頭には、記憶に残っていた言葉を自分の頭に入っていた言葉を音の記憶で「徒き」と書いたのではないか、としたのです。これは、改行されて筆を持つ手も、料紙を見つめる目も動いたために、頭の中で文字をコピーすることから離れた書き写しの行為となったためと判断します。親本かそれ以前の書写者は、漢字で「月」と書きながらも、日常的には「徒き」と仮名文字で表記する習慣があったか、記憶した文字列を書きつける時に、つい仮名文字で書いたのではないでしょうか。こうした例は、これまでにもあったので、今後はその用例を集積しておきたいと思います。あくまでも仮定の説明です。
(2)10丁裏6行目の次のナゾリは、「ぬ&無=む」としました
ここは、「まをならむ八や」とある箇所です。まず「ならぬ」と書いてしまい、「ぬ」が間違いだと気付いたために、その上から「無」とナゾリ書きをし、さらに念押しの意味で「む」を右横に傍記した例です。
(3)11丁表5行目の「れ葉」のナゾリでは、下の文字は不明としました
「葉」をナゾッた箇所の下の文字がわかりません。試しに、「葉」の点画をコンピュータで消してみました。
しかし、これでもどんな文字が下に書かれていたのかは、私には推測できません。後日の課題とします。
今日は、相愛本「橋姫」の10丁裏5行目から11丁裏6行目までを確認しました。[変体仮名翻字版]で示すと、次のようになります。
--------------------------------------
相愛大学本『源氏物語 橋姫』第一〇丁裏〜第一一丁裏 [変体仮名翻字]
翻字データの中にある付加情報(/)の記号について
傍書(=)、 ミセケチ($)、 ナゾリ(&)、
補入記号有(+)、補入記号無(±)、 和歌の始発部( 「 )・末尾( 」 )、
底本陽明文庫本の語句が当該本にない場合(ナシ) 、 翻字不可・不明(△)
--------------------------------------
(前略)・本の可奈りし・【月】
徒き可けの・三をり/を±と、(三をとり)・世春は・まをならむ八や/ぬ&無=む・
遣者い・あ里さま八・ナシ・さ八可りならんをそ・あ
らま本しき・【程】と・【思】【給】へ・【侍】へきなと・きこゑ・
堂まえ八・者て/\八/(者て者て八)・ま免多ちて・いと・祢
堂く・於ほろ遣乃・ひと尓・【心】・ゆるさぬ・【人】能/(10ウ)
--------------------------------------
可く・ふ可く・【思】へる越・をろ可なら春/可〈判読〉・ゆ可しう・を
本春・【事】・可きりなく・なり【給】ぬ・な越・ま多/\/(ま多ま多)・よく・ナシ・
介しき・三・【給】と・【人】を・春ゝ免/(春春免)・【給】弖・可きり・
ある・【身】の・【程】・よ多遣さ越・い登王し幾まて・
心もとなしと・於ほい堂れ葉/△&葉・ナシ/+を可しうて・い弖や・うるさ
くそ・【侍】・し者し・【世中】尓・ナシ・とゝ免しと/(とと免しと)・【思】・【給】
ふる・や/〈ママ〉・ある・【身】尓て・な越さり【事】毛・徒ゝま
しきなり/(徒徒ましきなり)・毛し・古ゝろな可ら/(古古ろな可ら)・可な者
ぬ・こゝろ川きそ免奈葉/(こゝろ川きそ免奈葉)・於ほきに・ナシ・多
可ふへき・【事】とゝ/(【事】とと)・ナシ・きこゑ・給へ八・い弖・あ奈/(11オ)
--------------------------------------
【事】/\し/(【事事】し)・礼いの・をとろ/\しき/(をとろをとろしき)・ひし
里【事】葉・み者てし可奈登て・王らひ・
【給】ふ・こゝろの/(こころの)・うち尓八・可乃・ふる【人】の・本の免
可しゝ/(本の免可しし)・すち那と能・いとゝ/(いとと)・をとろ可され
て・毛乃あ者れなる尓・を可し登・みる・【事】
毛・めや春しと・きく・あ多里尓も・【何】八可り・
古ゝろ尓も/(古古ろ尓も)・とまらさり介り・【十月】尓・なりて・
(後略)/(11ウ)
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今日も、いろいろな問題提起をし、いろいろな疑問点や質問に答えた2時間でした。
次回は、5月2日(土)です。
鎌倉時代に書写された、現存する写本の中でも最も古い格式の高いものとして、この「橋姫」に書き写された文字を字母に拘って読んでいます。
ほとんど試みられていない[変体仮名翻字版]という方式で本文を確認して読んでいくことにより、より平安時代の物語を読む感触を体感しながら進めています。ひいては、その翻字データがNPO法人〈源氏物語電子資料館〉が目標に掲げる、100年計画の壮大な『源氏物語』の本文データベースに成長していくことになります。その過程に関わっていただくことで、古写本が読める方を一人でも多く育っていただこう、ということにもつながります。
こうした取り組みに、興味と関心をお持ちの方や、たまたま宇治を訪れたので、ということでのスポット参加も歓迎します。一人でも多くの方が、自由に変体仮名を読めるようになっていただきたい、との思いから気長に取り組んでいるNPO活動です。
なお、今日は妻が「お店番」として、リバティプリントの生地で手作りしたブックカバーの試作品と、生地を多数並べて、今後の作品展示のデモンストレーションをしました。勉強会には参加せずに、一日中ホールにいてリバティの説明などをしていたようです。リバティファンの方がお出でになり、いろいろと話ができたようです。これも、本を仲立ちとして多彩なコミュニティを展開しようという、このシェア型書店HONBAKO京都宇治の主旨の元での支援活動となるものです。
次は、6月6日(土)に作品を持ち込む予定となっているようです。本以外でのコミュニティ活動も、こうして展開していますので、よろしかったら立ち寄ってみてください。
帰る時には、JR宇治駅前の桜は淡いきれいな桃色に咲き拡がっていました。
今日と明日は、宇治川で「宇治川さくらまつり・炭山陶器まつり」が開催されています。
ここでいただいた陶器が、我が家には多くあります。
明日の午後には雨が上がるようです。ブラブラと宇治川を散策なさるのも一興かと思い、お薦めします。
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