2026年03月28日

[私見追補]キャンパスプラザ京都で相愛大学本『源氏物語 藤裏葉(断簡)』を読む(第2回)

 キャンパスプラザ京都(京都市大学のまち交流センター)の入口ホールには、いつものように本日のイベントの案内が表示されています。モニタの下のキーボードにお人形さんが置かれていたので、写し込んでおきました。

260328_案内板.jpg

 今日の最初の話題は、「教科書に見る平安朝・小学校−国語(9)日本書籍(その2)」です。これは、過日の「中之島で最終回となる『百人一首』と『源氏物語 蜻蛉』の報告」(2026年03月14日)"http://genjiito.sblo.jp/article/191653402.html"の前半部で紹介したことなので、ここでは省略します。

 次に、国宝『寝覚物語絵巻』(断片)発見のニュースを、京都新聞の記事を使ってお話しました。京都の古書店が公開したものです。こうしたものがまだ出て来るので、『源氏物語』の平安時代に書写された写本の一部が出現する可能性があることを、期待をもって説明しました。

 次は、ハーバード本と池田本の「須磨」「蜻蛉」における変体仮名索引が出揃ったので、その確認をしました。加えて、前回確認した、相愛本「帚木」(断簡) の語句索引も参照しました。

 例えば、「あはれ」という語句については、その仮名文字の表記が相愛本「帚木」では次のように異なっています。

(1)相愛本「帚木」(断簡)  池田本「帚木」
あ者れけ奈り  あ八れ【也】
あ者れ尓  満して
あ者れの  あ八れの

 これが、ハーバード本『須磨』と池田本『須磨』では次のようになります。10桁の数字は『源氏物語別本集成 正・続』で用いた文節番号です。

(2)ハーバード本「須磨」_変体 文節番号 池田本「須磨」_変体
あはれ120821-000あ八れの三
あ者れ120239-000あ八れと
あ八れ121647-000ナシ
あ者れ可り 122154-000ナシ
あはれと122820-000あ者れと
あ者れと122995-000あ者れと
あ者れと123010-000あ者れ耳
あ者れと125099-000あ八れと
あ八れと120604-000あ八れと
あはれなり 121317-000あ八連な里
あ八れな里 122423-000あ八れ【也】
あはれなる 122832-000あ八れなる
あは礼なる124205-000あ八れなる
あ者れなる121119-000あ者れなる
あ者れなる122056-000あ八れなる
あ者れなる123050-000あ者れなる
あ者れ奈る121024-000あ八れなる
あ者れ奈る124020-000あ者れなる
あ八れなる123370-000あ八れなる
あ八礼奈る120155-000あ八連なる
阿者れなる121167-000あ八れなる
あ八れなる越120077-000 あ八連なる越
あ者れなれと122902-000 可奈し遣れと
あ八れなれとて 120311-000 あ八連奈れとて
あ者れ奈れ者124099-000 あ者れな連八
あはれ尓122381-000あ八れ尓
あはれ尓122778-000ナシ
あ者れ尓120269-000あ者れ尓
あ者れ尓120639-000あ八連に
あ者れ尓122001-000あ八れ尓
あ者れ尓122769-000あ八れ尓
あ者れ尓123211-000あ八連に
あ者れ尓123232-000あ者れ尓
あ者れ尓123976-000あ者れ尓
あ者れ尓124667-000あ者れ尓
あ者れ尓124789-001あ八れ尓
あはれ尓て124277-000あ八れ尓
あはれ毛123122-000ナシ
あ者れを121250-000あ八れ
あ者れをも120197-000あ八れをも
あ者れを毛122738-000あ八れをも
いとあ者れ奈れ八123033-000 い登あ八れなれ半

 これが、ハーバード本「蜻蛉」と池田本「蜻蛉」では次のようになっています。

(3)ハーバード本「蜻蛉」_変体 文節番号 池田本「蜻蛉」_変体
「あ者れ523917-000「あ者連
あ者れ526236-000あ者連
あ者れと520607-000あ者連と
あ者れと523024-000あ者連登
あ八れと523070-000あ者連と
あ者れなと525275-000あ者連なと
あ者れなり521637-000あ者連なり
あ者れなり522066-000あ者連なり
あ者れなり522167-000あ者連なり
あ者れなり522352-001あ者連なり
あ八れなり522361-000あ者連なり
あ者れなり523300-000あ者連なり
あ者れなり525386-000ナシ/落丁
あ者れなりける521783-000あ者連なりける
あ者れなり介る525475-000ナシ/落丁
あ者れなりし523950-000あ者連那りし
あ者れなる520551-000あ者連那る
あ者れな累/し&累、(あ者れなし)526062-000あ者連那りけるさやう那る
あ者れなる尓525944-000あ者連なる尓
あ者れ尓521489-000あ者れ尓
あ者れ尓/者〈判読〉522028-000あ者連耳
あ八れ二522460-000ナシ/落丁
いとあ者れ尓522005-000いとあ者連尓
ものあ八れなり521964-000【物】あ者連なり
【物】あ者れなる523844-000ものあ者連なる
ものあ者れなる523931-000ものあ者連那る
ものゝあ者れも/(もののあ者れも)521621-000ものゝあ者連も/(もののあ者連も)

 これらを整理すると、暫定的な結論ながら、次のようになります。

 (1)の相愛本「帚木」では「あ者れ」と表記され、池田本「帚木」では「あ八れ」と表記されています。もちろんこの「帚木」は断簡のため、用例数が少ないので現状の確認に留まります。

 これが(2)のハーバード本「須磨」と池田本「須磨」の場合は、ハーバード本は「あ者れ」が優勢で、池田本は「あ八れ」が優勢といえます。
  ハーバード本 「者」=26例/「八」=7例
  池田本 「者」=11例/「八」=26例

 また、(3)を加えて通覧すると、ハーバード本の「須磨」と「蜻蛉」には「あ者連」と「連」を使った表記がまったくないのに対して、池田本「須磨」には「あ八連」が42例中6例、「蜻蛉」には「あ者連」が24例中23例と、「連」が頻出します。
 つまり、相愛本「帚木」とハーバード本「須磨」「蜻蛉」は「あ者れ」が優勢です。これに対して、池田本の「帚木」は「あ八れ」、「須磨」は「あ八れ」「あ八連」、「蜻蛉」は「あ者連」が主な表記となっているのです。

 「あはれ」という言葉を表記するにあたって、「は」と「れ」にどのような仮名文字を当てて書くのかを見ると、写本の分別にヒントを与えてくれることになります。

 こうして、字母にこだわって作成した[変体仮名翻字版]は、写本の分別に有効な指針を与えてくれるのです。今後ともさらなる[変体仮名翻字版]の翻字を進めながら、用例を積み上げることが大切になってきます。

 この他で、こうした変体仮名の使い分けで写本の分別に役立つ例をあげます。

※「なみた」の表記は大体「三多」で固定。ただし、ハーバード本「須磨」は「奈」を使い、「蜻蛉」の池田本では「み多」を使っている。
な三多123062-000な三た
な三多124861-000な三多
奈三多123393-000な三多
な三多くみ123273-000 な三多く満世
な三多なら須そ124690-000な三多曽
奈三多尓120301-000な三多尓
奈三多乃123596-000な三多乃
那三多乃121544-000な三多乃
奈三多乃三古そ121354-000 な三堂能三こ曽
奈三多毛123695-000な三多裳
な三多を124872-000な三多を
な三多越121124-000な三多を
奈三多越124213-000な三多を
 ◆ハーバード本「蜻蛉」は同じ「三多」、池田本は「み多」
な三多521386-000なみ多
な三多二521232-000な三多尓
な三多に523445-000なみ多尓
な三多の521530-000なみ多能
な三多の521558-000なみ多能

 次の「けに」では、「け・介・遣・気」に注目すると、写本毎にその用字の傾向が顕著です。
※ハーバード本は「け・介」を用いる。対して、池田本は「遣・気」を用いる。
け尓121023-000遣尓そ
け尓121322-000遣に
け尓121825-000遣に
け尓121829-000遣尓
け尓123430-000遣に
け尓124443-000ナシ
介尓122268-000け尓
介尓122649-001遣尓
介尓123142-000遣に
介尓123365-000遣に
介尓123495-001遣尓
遣尓124546-000遣に
 ◆池田本「蜻蛉」では「気」を使う
介尓520549-000気尓
け尓521092-000気尓
け尓521548-000気尓
け尓522207-000気尓
け尓523519-000気尓
け尓524764-000気尓
け尓524812-000ナシ/落丁
け尓と526335-000け尓と
け尓や522401-000気尓や

 次は「恋し」です。
※ハーバード本は「【恋】・こひ」と表記し、池田本は「古・日」を使う。
【恋】し可らんと121996-000い可尓と
【恋】志き123607-000 こひしき
こひしき123612-000古ひしき
【恋】しき尓124646-000 【恋】しき尓
【恋】しく122686-000古ひしく
【恋】しく124621-000古ひしく
こひしく123677-000古ひしく
こひしく123703-000古ひしく
こひしく123737-000【恋】しく
こひしく124672-000古ひしく
こひしく毛122779-000 古ひしう毛
 ◆ハーバード本「蜻蛉」では「こひし」のみ
こひしう521315-000こ日しく
こひしう522317-000こ日しく
こひしう525190-000ナシ/落丁
こひしき524506-000【恋】しき
こひしき524613-000こ日しきを
こひしき525479-000ナシ/落丁
こひしく521392-000こ日しく
こひしや525290-000こ日しや

 次は「むすめ」です。
※ハーバード本は「須・春」を使い、池田本は「す」を使う。
む須免124537-000むす免
む須免可ち尓て123771-000 むす免可ち尓て
む春免と毛八123791-000 むす免多ち八
むす免なり124500-000 みむす免な里
む須免越124324-000むすめを
 ◆ハーバード本「蜻蛉」では「春」を使う
む春免523527-000むすめ
む春めなり介りと523546-000  むすめなり気りと
む春めの523265-000むすめの

 他にも、さまざまな変体仮名の用例が写本の分別に示唆を与えてくれます。ただし、今は「須磨」と「蜻蛉」のハーバード本と池田本を見ただけの段階であり、さらに多くの写本の[変体仮名翻字版]を作成すると、文字の使われ方や変体仮名の選定において、多様な諸相が見えてくることでしょう。

 まだまだ緒に就いたばかりの変体仮名の使われ方の検討です。
 今後とも、さらなるデータの積み上げにより、興味深いことが浮き彫りになることでしょう。とにかく今は、[変体仮名翻字版]を一巻でも多くデータ化することに専念することが喫緊の課題です。
 手助けしていただける方の参加を楽しみにしています。

 今日は、こうした[変体仮名翻字版]を用いての仮名文字の使われ方や文字種の選定に関して、話し合いながら進めました。
 最後の結論では、ハーバード本というグループであっても、その中の巻々の写本に書き写された文字は、それぞれに文字の組み合わせの傾向が違うということでした。いろいろな文字を選びながら書かれた系統の違う写本が、たまたまハーバード本のグループに寄り集まって1つの写本群になっているに過ぎない、ということです。一言でいえば、ハーバード本のグループの写本群は、いわゆる「取り合わせ本」だった、と考えられるのです。
 このグループの写本群が書写に用いた用紙は、書家の宮川保子さんがおっしゃるように装飾料紙を含むものだったので、一揃えの写本群と思われます。ただし、そこに書き写された本文は、種々雑多な伝流諸本だったと思われます。もちろん、これはまだ想像の域を出ないものであり、今後の検討で明らかになることです。現時点での、想像を逞しくした仮説、ということで留めておきます。

 とすると、源流にある草稿本に書かれていた文字列は、どのような仮名文字を組み合わせたものだったのでしょうか。違う字母で語句が書かれた物語の本文は、どこから違う字母で表記される写本に分かれてきたのか、また、なぜそのような文字使いの違う写本が写し伝えられてきたのか、ますます不可解で渾沌とした世界に身を置くことになったことを、実感として共有することになりました。
 私がかねてより提示している、異文は傍記された本文注記が本行に取り込まれることで発生する、という仮説があります。それは、あるいはこうしたさまざまな写本の流転の中で形成されていく、ということの蓋然性を支える実態の解明につながるのかもしれません。
 この変体仮名をよむ会を続ける中で、その真相に迫りたいとの思いをますます強くしました。

 なお、この字母の索引を前にして、ああでもない、こうでもない、と思案しているうちに、時間が来ました。
 予定していた相愛大学本「藤裏葉(断簡)」(第3丁表〜第4丁裏まで)は、すべてを次回に回すことで散会しました。

 帰りに、京都駅の伊勢丹沿いの道端に、満開の真っ白なコブシが咲いていました。無機質なビルの壁を背景に、みごとな自然が飛び込んで来たのです。写真では、その美しさが伝わらないものの、思い出すよすがにと思って、シャッターを切りました。

260328_コブシ.jpg

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 参考までに、本日使用した検討用の索引のすべてを公開します。
 A4版のプリント6枚分です。
 この資料の中から、わかりやすい例を本日のブログで適宜とりあげました。その際、以下の用例を引用するあたり、さらに説明文を整理して提示していることをお断わりしておきます。
 興味と関心をお持ちの方には、以下のデータを通覧してのアドバイスなどをいただけると幸いです。

260328_相愛「藤裏葉」(2)_1.jpg


 260328_相愛「藤裏葉」(2)_2.jpg


 260328_相愛「藤裏葉」(2)_3.jpg


260328_相愛「藤裏葉」(2)_4.jpg


260328_相愛「藤裏葉」(2)_5.jpg


260328_相愛「藤裏葉」(2)_6.jpg





posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | ■講座学習
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