2026年03月14日

中之島で最終回となる『百人一首』と『源氏物語 蜻蛉』の報告

 東京の日比谷図書文化館で実施していた古写本『源氏物語』の変体仮名をよむ講座が、大阪でも開催できないか、ということで検討が進んでいました。そして、2022年3月からスタートした大阪府立中之島図書館(重要文化財)での「新古典塾 平安文学」の講座が、今日で残念ながら最終回となりました。これまでに、多くの参加者がありました。スタッフの方々も、この集まりを支えてくださいました。みなさま、4年という短い間、ご理解とご協力をありがとうございました。

 淀屋橋駅の上から、最終日を迎えた中之島図書館を写しました。奥に写っているレンガ色の建物は、中之島の中央公会堂です。

260314_中之島.jpg

 この重要文化財の建物の中で、変体仮名を読む講座が4年の長きにわたり開催できたことは幸運でした。
 今回、諸般の事情で打ち切りとなります。しかし、来年以降に、また再開となるような気がしています。しばしのお休み、としておきましょう。行政の中で文化イベントの意義を説き、理解を得ることの難しさを、今回のことで痛感しています。

 さて、今日も『百人一首』からです。77番の崇徳院から、テキストに掲載しているカルタに書かれた変体仮名を読みます。
 その前に、崇徳院の歌ということで、三島由紀夫の『春の雪』を映画化した映像を見てもらい、この歌の役割を実感してもらうことにしました。妻夫木聡と竹内結子[2020年40歳没]が主演の映画です。
 映画には、「【瀬】を者やみ 以者尓せ可 留ゝ【瀧川】の〜」と書かれたカルタが、冒頭を始めとして何箇所かに出て来ます。ただし、私が持参したパソコンの調子が悪く、今日はうまくスクリーンに映写できませんでした。そこで、急遽、配布したプリントの記事と写真を使って、言葉で説明をしました。

 テキストの『百人一首』を使っての変体仮名の確認では、88番歌の皇嘉門院別当の「難波江の葦のかりねの一夜ゆへ 身を尽くしてや恋わたるべき」までを終えました。「八八」で末広がりのおめでたい所で一旦止めておきましょう、という苦しい言い訳をして、最後まで出来なかったお詫びとしました。また、この歌には「難波江」と「澪標」という大阪を象徴する言葉があるので、これまた切れのいいところとなります、という弁解も加えました。
 またの機会があれば、次の89番歌である式子内親王の歌からよむことになります。

 30分の休憩を置いて、次はハーバード大学蔵『源氏物語 「蜻蛉」』です。
 これは、すでに巻末まで本文の確認は終わっており、前回は字母索引の一部を提示する中で、いろいろな字母が使われている傾向を見ました。

 今日は、まず小学校の国語の教科書に平仮名がどのように取り扱われているのかを、私の調査の中間報告を交えてお話しました。
 配布したプリントの資料を引きます。

■「教科書に見る平安朝・小学校−国語(9)日本書籍(その2)」

※日本書籍が作成した小学校国語の教科書(127冊の内)で、五年生と六年生の教材を確認します。

昭和40年度用  5/1 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
昭和43年度用  5.1 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
昭和49年度用 5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
昭和52年度用 5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
昭和55年度用 6年上 「日本の文字とことば」に平仮名と『源氏物語』のこと。字母表あり。

*これまでの仮名の説明では『万葉集』だけが引かれており、6年生の「日本の文字とことば」で『源氏物語』に触れるのは珍しい。

「今、わたしたちの使っているひらがなのもとになった漢字、くずした形の表を、次のページに示しておきましょう。ひらがなは、平安時代の婦人たちのあいだで発達したものらしく、古くは「おんな手」とよばれていたようです。「源氏物語」などは、このひらがなによって書かれたけっ作です。
 むかしは、同じ音を表すにもいくつかのひらがながあったのですが、明治時代になってから、今日の形に統一されました。そば屋ののれんに残る「楚者゛」という字は、むかしのひらがなのなごりです。」

 なお、ここに掲載された表では「字母」ではなくて「ひらがなの字源」となっています。
 昭和58年度用 6年上 「日本の文字とことば」に平仮名と『源氏物語』のこと。字母表あり。巻頭に変体仮名で書かれた暖簾のカラー写真を掲載。

昭和54年6年用・志る古・生楚者.jpg


昭和61年度用

6年上 「日本の文字とことば」は書き換えられている。字源(字母)表はそのまま。『源氏物語』のことが消える。

「ひらがなは、平安時代(八〜十二世紀)から女性に主に使われ始め、作りあげられたので「おんな文字」とか「おんな手」とよばれました。」

 「紙の歴史と文化」の項目が充実し、和紙の価値について詳しく書かれ、紙による文化の育成を強調しています。ただし、写本については触れられていません。

「平安時代の半ばごろからさかんになった絵巻物も、和紙に書かれたみごとな芸術品です。
(中略)「紙は文化のバロメーターである。」といいます。紙の消費量が文化の高さの尺度になるというのです。テレビなど映像文化の発展にもすばらしいものがありますが、紙による文化を守り育てていくことの大切さも忘れてはなりません。」

 この教科書では、「昭和58年度用6年上」に変体仮名が用いられている暖簾の写真が、教科書の巻頭に置かれていました。

 こうした、変体仮名の扱われ方を確認した後、最終回にあたって私が1番強調したかった内容を取り上げました。それは、「誤解されている「変体仮名」 『相棒21上』(朝日文庫、2023年10月)」と題するものです。映像資料を提示して、ドラマの中で、現行の平仮名と変体仮名の違いがまったくわからずに、混乱したままで放映された例をスクリーンに映写して再確認をしました。脚本家、監督、出演者、制作スタッフ、果ては杜撰な小道具としての変体仮名の表などなど。どなたも間違いに気付かれなかったのです。

 また、放映後1年経ってから文庫本に収録された脚本の小説化においても、この誤解されたままの混乱が活字として固定化しています。右京の台詞にあった「『えつ』は平仮名でもカタカナでもない、変体仮名だったんですよ」というのがそれです。『えつ』は明らかに現行五十音図の中にある平仮名です。この台本とその小説化においては、共に変体仮名がまったく作成側に理解されていないことが明らかです。日常的に日本語を使って日本で生活する者として、こうした愚かなことが堂々と社会に撒き散らされたことは、非常に残念な出来事です。

 なお、こうしたことは既に2026年03月07日の「宇治で相愛本『源氏物語 橋姫』の変体仮名を読む会(9)」(http://genjiito.sblo.jp/article/191646277.html)で詳細に報告しているので、詳しくはそちらに譲ります。

 続いて、『国文学解釈と鑑賞別冊 源氏物語の鑑賞と基礎知識 No.28 蜻蛉』(伊藤編著、至文堂、2003年)に掲載した「石山寺散策−源氏のゆかりの地を訪ねて−」を印刷したプリントを見ながら、石山寺を中心にして宇治との関わりの確認をしました。これまでこの講座では、古写本に書き写された文字を読解することに特化した内容でした。最終回なので、前回と同様に物語の内容に関することにも話を展開させたのです。

 最後に、受講者のすべてが『源氏物語 千年のかがやき 立川移転記念 特別展示図録』(国文学研究資料館編、2008年10月、思文閣出版)をお持ちだということなので、この展覧会を主体的に担当した者の一人として、当時の会場で来場者にお渡ししていた小冊子「見どころ案内」を、本日の参会者に配布しました。『源氏物語 千年のかがやき』を補う内容が満載の冊子なので、折々に見ていただきたいと思ってお渡ししました。

 大阪府立中之島図書館における『百人一首』と『源氏物語 蜻蛉』の変体仮名をよむ講座は、以上で大過なく終了することができました。

 講座に参加して熱心に勉強をなさった多くの受講者のみなさま、お疲れさまでした。
 また、会場の用意や連絡などで奔走してくださった小学館集英社プロダクションの岩田さまを始めとするスタッフのみなさまにも、この場をお借りしてお礼申し上げます。大変お世話になりました。
 こうした文化事業への理解が深まることで、またの機会が得られれば、装いも新たに変体仮名を読む集いを持ちたいと願ってやみません。
 そのような日が来ることを心待ちにして、しばしの休会となります。
 みなさま、ありがとうございました。




posted by genjiito at 21:33| Comment(0) | ■講座学習
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