2026年03月08日

清張復読(88)「分離の時間」(『黒の図説』より)

■「分離の時間」
 盛り上がりのない、退屈な話でした。
 代議士がホテルで殺されます。その男は、色情異常者(同性愛、ホモ)だったのではないか、ということから話が始まります。
 犯人を追う2人のマスコミ関係者は、推論に推論を長々と重ねます。読んでいて、作者に引き摺り回されていることが感じられ、物語への興味が半減して行きました。
 登場人物が展開する推理劇を、読者はお付き合いさせられることになります。読者が物語の中に入り込むことはなく、あくまでも第三者の立場で話に付き合わさせられるのです。迷惑の受け身です。
 清張が推理を楽しむことに終始するので、話が長く感じられたようです。何か新しい実験を清張がしていた、とも思われません。政財界のスキャンダルを盛り込むと、清張お得意の社会派の作品になったはずです。長編にできなままに終わったのかな、と思っています。
 なお、銀座にほど近い京橋四丁目から六本木の麻布市兵衛町まで、変死体で発見された男がタクシーに乗ったと思われることが、冒頭で話題になります。その記述がある箇所には、1頁分の大きな地図が挿入されています。皇居から国会議事堂、そして東京タワー周辺に至る地図です。

260308_東京周辺図.jpg

 ところが、この地図が作品の中で活かされることは1度もありません。最初に出て来た地図なので、その中に書かれている地名やアメリカ大使館・ソ連大使館、帝国ホテル・ホテルオークラなどに加えて、有楽町駅や新橋駅と高速道路網の各線の位置を、私はこの地図で再確認しました。私が毎月行く千代田区立日比谷図書文化館の周辺の地図なので、しっかりと頭に叩き込みました。物語の舞台として後々重要になる、作者からのヒントが隠されていると思ったからです。しかし、最後までこの地図が作品の内容に関係することはありませんでした。
 この地図は、一体何だったのでしょうか。そこで私が思い至ったことは、作者が当初はこの地図が事件の展開に合わせて読者を誘導する働きをさせるつもりだったのではないか、ということです。東京の中でも、有楽町や新橋から国会議事堂周辺の官庁街の位置関係は、地方の読者にはよくわからないと思い、そのことを考慮して周辺地図が置かれたのではないでしょうか。しかし、その配慮は作品の制作過程で何かの事情によって巧く活かされないままに終わった、と思っています。これだけの大きくて正確な地図は、清張にはめずらしいからです。
 この作品の当初の構想はどういうもので、ここに至る生成過程が知りたくなりました。【2】

初出誌︰「週刊朝日」1969年5月〜9月

底本︰『松本清張全集10』(文藝春秋社、1973.5.20)

※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)では、本作について次のように言っています。

「同性愛がらみの事件を扱った異色の社会派サスペンス。」(158頁)




posted by genjiito at 20:47| Comment(0) | □清張復読
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