2026年02月19日

点滴に付き添う中で医師や看護師の不足について思うこと

 朝から、宇治徳洲会病院へ送迎バスで行きました。
 今日は、スムースに診察をしてもらえ、引き続き観察室での点滴も手際よく順番が回ってきました。受付票をいかに早く受付窓口に提出するかが勝負です。

 前回までの点滴の痕が、妻の左右の腕に6箇所も紫色の痣となって残っていました。看護師さんには、なかなか言いにくいことです。運良く、今日はかなり薄くなっていたので、何も言わずに点滴を受けたようです。私の身にしては、家庭内暴力の痕跡だといわれないか、他人事ではない問題でもあります。

 針を挿す時には付き添いは外で待つように、とのことになっています。京大病院ではそのような制限がなかったので、どのような経緯で点滴の準備や手順でなされているのか、私にはわかりません。

 頃合いを見計らって、妻が横になっているベッドに行きました。相変わらず、プラスチックの細長い板にシーツが掛かっているだけなので、今日も背中が痛い痛いと言っています。着ていたダウンのコートを肩の下に敷いていました。
 隣で点滴を受けている方とも、背中が痛い話に終始していたようです。定期的に受診をしていて、毎回1時間半も横たわるのは、この病院では妻だけのようです。次からは近くにある掛け布団を借りて、下に敷いて対処しようか、と相談をしました。

 レケンビの点滴は250cc です。1時間過ぎて終了のブザーが鳴っても、看護師さんは忙しいので来てもらえません。点滴の容器が空になり、空気がチューブを伝って降りて来ます。降り切った頃に、こちらから通りかかりの看護師さんを呼んで、終わりの対処をしてもらいました。

 次は、生理食塩水を点滴のチューブに流して、最後に血管などのお掃除(?)です。ところが、そのチューブをどうしたらいいのか担当の看護師さんにはわからないため、シートになっていたレケンビの手順書を見ながら、いろいろと抜き差しをしておられます。ピストン式の注射器を、チューブの中間部分にある差し込み口に入れられました。私はもうこの点滴に20回ほど立ち会っているので、それはまだ早いですよ、と言いたくても言うわけにはいきません。その注射器をチューブに差し込んだまま、生理食塩水の針をレケンビの口に差し込まれました。

 しかし、思ったようには生理食塩水の液体は流れ出てくれません。私には、どうすればいいのかわかっていても、正しい手順を言うわけにはいきません。

 四苦八苦しておられる内に、ようやく点滴が落ち出しました。ところが次に、生理食塩水のセットの終わり方がわからないために、また針や調整用のスライダーをいじっておられます。どうすればいいのかわかっている私の方が、ハラハラします。

 京大病院では5分ほどで終わる最後の仕上げの作業に、ここでは25分もかかりました。しかも、あと30分はベッドで休んでいるように、とのことでした。京大病院では、と言いかけてグッと我慢しました。

 点滴が終わってから1時間後に発車する帰りの送迎バスには、これでは間に合いません。点滴の事後処理が1時間もかかるという、なんとものんびりとした手際の悪い対応でした。いろいろな事をしながらの対処なので、仕方がないと諦めました。

 終わるや否や会計の窓口へ行き、月初めに今月の数万円を支払っていて今日は0円のはずなので、このまま送迎バスに乗りたいことを伝えると、コンピュータで確認をして OK が出ました。

 看護師さんの話では、このレケンビの点滴は他にはいらっしゃらないようで、とにかく手順書を見て一々ワンステップごとに確認しながら、他の看護師さんと相談もしながらの対処となっています。不平不満を言うまいと思っても、高度医療に及び腰のスタッフの方には、言うだけ酷な話です。あと半年、とにかく患者の身としては辛抱するしかありません。

 そんな折に、医師不足が深刻な近畿大学奈良病院の事例を知ることになりました。

 私が旧満洲で両親がいたハルピンで調査を終え、母たちが戦後に引き揚げるために留め置かれていた長春で仕事を終え、地域を案内していただいていた時に、母は自宅で子供たちに囲まれて談笑している時に、突然意識不明となりました。母がいた長春の牢獄のような場所を、長春の先生に案内していただいていた、ちょうどその時でした。詳しくは、次の記事にまとめていますので、お読みいただけると経緯がわかります。

「【復元】母子の絆の不可思議さ」(2010年04月29日)"http://genjiito.sblo.jp/article/178934547.html"

 意識を失った母が入院したのは、近畿大学奈良病院でした。その病院が、過日、奈良県からの救命救急センターの指定を辞退したとのことです。
 その事情を、病院のホームページから引きます。

近畿大学奈良病院(奈良県生駒市)は、平成15年(2003年)4月1日に奈良県より救命救急センターの指定を受け、令和7年度(2025年度)も12月までに救命救急センターにおいて3,355名の入院患者を受け入れています。
これまで地域における高度救急医療を担ってまいりましたが、全国的に救命救急医が不足するなかで、体制維持に必要な人材の確保が難しいという課題を抱えていました。近畿大学病院(大阪府堺市)からの医師派遣も困難な状況であり、私立大学病院等に救命救急医の公募をかけるなどの取り組みも行ったものの、十分な人員を確保するには至りませんでした。
このような状況を踏まえ、救命救急センターを安定的に維持することが難しいと判断し、本日、奈良県へ指定辞退届出書を提出しました。これにより、令和8年(2026年)3月31日をもって、救命救急センターの指定を辞退することとなりました。令和8年(2026年)4月1日からは、ICU 8床を休床し、救命救急センター24床を継続的な高度管理を要する重症患者対象の病棟「ハイケアユニット(HCU)」に転換して、重症患者の受け入れ自体は継続します。
今後も地域医療への貢献を重要な使命として、持続可能で質の高い医療提供体制の構築に努めてまいります。

令和8年(2026年)1月14日 学校法人近畿大学

 医師不足は、今後とも拡大して大きな問題となることは必至です。また、国公立の病院の赤字経営も見過ごすことができません。ひいては、民間病院も同じことが起きています。
 昨日の記事と連接するように、病院のありようが患者である私の中でも大きな課題となっています。

 お医者さんと看護師さんの問題は、その問題点に直面することが多いので、無視はできないことはわかっていても、患者の身ではどうしようもありません。最小限の心得としては、病気にならず、病院に頼らないことでしょうか。しかし、体調がおかしくなって命を助けていただいた経験がたびたびある私には、何とも言いようのない複雑な心境になります。




posted by genjiito at 22:26| Comment(0) | *健康雑記
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