今日は集まりの冒頭で、事務方から大事な連絡がありました。それは、大阪府立中之島図書館での指定管理者代表企業である(株)小学館集英社プロダクションが次年度の契約の更新を出来なかった関係で、この「新古典塾 平安文学」の講座も次年度からは開講できなくなった、ということです。諸般の事情で、こうした文化事業が継続できなくなったことにより、この講座も打ち切りとなったという報告でした。
来月でこの講座は最終回となり、さらに受講を希望される方は、伊藤が京都の駅前と宇治で開催している講座への参加を勧めてくださいました。私からは、京都駅前と宇治での活動をお話しして、4月からの参加をお誘いしました。
こうした事業について疎いので舞台裏は知る由もないものの、重要文化財に指定されている図書館の建物の管理も含めて、指定管理者である共同事業体のご苦労は少しはお聞きしていました。特に、(株)小学館集英社プロダクションのスタッフのみなさまには、2022年3月から4年間にわたり、大変お世話になりました。大阪での変体仮名を読む講座がいつかまた再開できることを楽しみにして、一先ずはここで休会ということになります。
この場をお借りして、多くの関係者にこれまでのお礼を申し上げます。
本ブログには、大阪府立中之島図書館での講座の立ち上げについて、以下の4本の記事に書いていますので、このイベントの記録として参考までに紹介します。
「大阪府立中之島図書館で社会人講座が始動します」
(2021年12月28日、http://genjiito.sblo.jp/article/189233675.html)
「大阪府立中之島図書館で源氏講座の新規募集開始」
(2022年01月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/189271276.html)
「大阪府立中之島図書館での源氏講座は予定通り開催」
(2022年02月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/189326281.html)
「古文書塾「てらこや」の今後の講座のご案内」
(2022年02月28日、http://genjiito.sblo.jp/article/189366540.html)
この大阪府立中之島図書館で実施した講座の各回の内容は、すべて本ブログに報告しています。「中之島」と「『源氏物語』」で検索していただけると、そのすべての活動の内容が確認できます。
この新規事業の立ち上げから実施にあたり、統括責任者である斉藤尚さんと、この講座を担当される指定管理代表企業(株)小学館集英社プロダクションの岩田りえさんには、毎月のこととしてお世話になりました。特に岩田えりさんには、チラシの作成や配布資料のことに始まり会場の用意など、細やかな配慮をいただいたお陰で、ここまで来られました。ありがとうございました。さらには、8回も実施できた「平安文学リレー講座」に関しても、すべて私の希望を叶えていただきました。感謝の念しかありません。また何かの形での再起を心待ちにしています。
今日の講座の最初は、「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」〔入門講座〕からです。
最初に、2種類の抹茶茶碗と徳利1本に書かれた『百人一首』を取り上げて、民生品における和歌の活用についてお話をしました。
また、ハーバード大学のイェンチン図書館が所蔵する、非常に珍しい『百人一首』を紹介しました。
次の画像をクリックすると精細表示となり、文字が読みやすくなります。
今日は、67番の周防内侍から76番の法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)までを、2種類の『百人一首』に書かれた変体仮名に注意をしながら読み進めました。
来月でこの中之島の講座は終わりです。各回10首ほどを見てきたので、あと24首のうち、どうしても14首は確認できそうにありません。これは、各自の自習にお任せ、ということになりそうです。
30分の休憩をおいて、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」です。
ここでも、最初に事務方の連絡として、中之島での変体仮名を読む講座は来月で終了することが伝えられました。
何人かが京都での2会場に足を運んでくださることを楽しみにして、参加をお待ちしたいと思います。
さて、2つ目の講座「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」は、前回で本文のすべてを変体仮名で確認し終えました。今日は、その結果を踏まえて私が急遽作成した索引を提示しました。写本に書き写された本文の仮名文字を、字母にこだわって作成した索引を見ながら、文字遣いの傾向を確認しました。いろいろなことがわかってきました。
ただし、そのことは説明が長くなるので、この記事に続く別立ての項目として報告します。
今日の『源氏物語』の講座では、索引の確認の前に、以下の2つの話題を取り上げました。
(1)メリッサ・マコーミック編ハーバード大学蔵『源氏物語画帖』
(2)「蜻蛉への招待」(至文堂から刊行した拙著使用)
ここでマコーミック先生のご著書の紹介をしたのは、今回使用したテキストである『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編著、新典社、2014年)の巻末に、マコーミック先生の解説文を掲載しているので、その関係で私がお手伝いをした本としてこの『源氏物語画帖』をとりあげました。
また、前回でハーバード大学本「蜻蛉」の写本に書写された文字の確認が終わり、その内容についてはほとんど触れなかったので、最後に「蜻蛉」の概略だけでもお話をして確認することにしました。提示した資料は、私が2003年に至文堂から刊行したシリーズの1冊である、『国文学解釈と鑑賞別冊 源氏物語の鑑賞と基礎知識 No.28 蜻蛉』の巻頭に掲載した序文です。
参考までにその序文の全文を以下に引き、まとめの報告の一つとします。
序文 蜻蛉への招待 −巧みな物語展開と描写− 伊藤鉃也
〔あるかなきかの蜻蛉〕
五二番目の本巻「蜻蛉」は前巻「浮舟」を受けて、浮舟失踪から語り起こされます。薫二十七歳の春から秋、匂宮二十八歳の時の物語です。
巻名由来は、薫が巻末部で宇治の姫君たちとの縁を回想する場面で詠んだ、次の歌によっています。
ありと見て手にはとられず見ればまた
ゆくへもしらず消えしかげろふ
薫の求愛を拒絶した宇治の大君は、妹を薫に頼んで死んでいきました(総角)。その妹の中の君は、薫が匂宮に譲ります(総角)。そして浮舟は行方不明となり、薫は四十九日の法要を宇治の寺で営んだのです(蜻蛉)。宇治の女性一人一人との契りが悔いの残るものとなり、物思いに沈む夕暮れと憂愁の中に薫がいるところで「蜻蛉」は巻を閉じます。想いをかけた女性はみな、薫の手からするりと逃げて行ってしまったのです。儚さの象徴である蜻蛉が飛びちがうのを見、行方もわからずに消えてしまった蜻蛉を思って、一人きりになった薫は孤独の中で「あるかなきかの」とつぶやくのでした。「蜻蛉」は読まれる機会の少ない巻の一つだと言われています。しかし、なかなか巧みな描写に支えられた語り口がなされており、読み応えのある巻となっています。
〔生き生きとした脇役たち〕
「蜻蛉」で印象深い場面を追ってみましょう。
物語始発部分では、浮舟が行方不明となり、宇治では大騒ぎとなりました。そして、浮舟の死骸の見つからないままに、人目を偽って葬送してしまうのです。母女三宮の病気平癒を祈願するために石山寺に参籠中の薫がそのことを知ったのは、その後のことでした。匂宮も浮舟のことを聞き、悲嘆のあまりに床に臥せるありさまです。遺骸なき火葬という趣向が、読者に物語展開の面白さを予感させます。薫と匂宮がこの事実にどう向き合うのか。読者は、じっと成り行きを見守ることを強いられます。脇役たちも活躍します。薫の家司である仲信と、匂宮の従者である時方は、京と宇治を行き交いし、薫の誠実さを認める右近と、浮舟に近侍し匂宮に心惹かれる侍従の君も、浮舟の密葬に奔走します。それだけでなく、浮舟をめぐる秘密の漏洩を留めるためにも活躍し、真相を隠す手だてを尽くすのです。この二人については、薫と匂宮との関係も含めた動きにも、読者としては目が離せません。また、薫と匂宮が浮舟をめぐるさぐり合いを展開する場面では、薫が浮舟と匂宮の関係をあてこするなど、二人の間で心理劇が繰り広げられます。各人各様の思いが輻輳する物語の語り口を、ぜひ堪能していただきたいと思います。
〔視覚と触覚〕
この巻では、物語の登場人物の視覚と触覚も生きています。
透き通る単衣と冷ややかな氷が、印象的な場面を演出する小道具となっているからです。明石の中宮が、光源氏や紫の上を供養するために、法華八講を催しました。それが果てて人けが途絶えた頃、くつろぐ女房たちと氷で遊ぶ女一宮の姿を、薫は垣間見てしまいます。薫の視線で語られるこのあたりのカメラワークは、映像的にもみごとです。あこがれの人であった女一宮を、それも白い薄絹の着物姿の姫宮を、薫は思いがけずも見てしまったのです。
白き薄ものの御衣着たまへる人(女一宮)の、手に氷を持ちながら、かくあらそふをすこし笑みたまへる(女一宮の)御顔、言はむかたなくうつくしげなり。(本書154頁)
女一宮が手に「氷を持って」とありますが、「氷を握って」とする本文もあります。女房たちは割った氷を、手に、頭に、そして何と胸に当てたりしています。女一宮は、氷の雫を嫌がりもします。薫が思慕し続けた女一宮が、すぐ目の前にいるのです。衣服の色、女性の声と動き、そして氷の感触などを通して、薫の胸が高鳴っていくさまが伝わってくることでしょう。
翌朝、薫は正妻である女二宮に、薄物の単衣を着るようにし向けます。昨日の衝撃的な場面を、女二宮によって再現しようとするのです。透き通る衣を、薫は女二宮に手づから着せます。袴も女一宮と同じ紅。さらには氷まで持たせるという念の入れようです。薫の執念のなせる態ともいえましょう。なぜそこまで、と思う先には、女一宮がいるのです。
〔すきばみたる気色と物語絵〕
薫は明石中宮のもとに参上すると、女一宮から妻女二宮へ文をいただくよう求めます。母から娘への見えざる力を利用するわけです。妻を想う振りをしていますが、実は薫自身が、想いを募らせている人の手跡を見たいからなのです。女一宮から女二宮への文通につけ込もうとの奇策です。この薫の「すきばみたる気色(下心)」には、中宮も気づかなかったようだとあります。やがて薫の策が功を奏し、女一宮からの手紙が女二宮のところに届けられます。思惑通り女一宮の手になる文を見た薫は大感激です。中宮からは、いろいろな物語絵が届きました。薫も女一宮に、さらにおもしろそうな物語絵を贈ります。その中に、今は散逸していて確認できないものですが、『芹川の大将』という物語の絵がありました。そこには、男主人公のとほ君が秋の夕暮れに思いあまって女一宮を訪ねる、という場面が描かれていたようです。この物語絵の男に、薫は自分の気持ちをなぞらえます。そして、とほ君の思慕の対象となっている女性の名前が女一宮だけに、薫の想いはいや増しにオーバーラップしていきます。叶わぬ思慕と物語絵とを重ね合わせる薫の心中には、複雑な思いが去来するのでした。
「蜻蛉」は、いろいろな読み方が可能です。薫が意識の奥底で求め続ける女性に思いを馳せながら読み進むと、宇治の物語の中のさまざまな場面にも行き会うことになるでしょう。
ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」の字母索引は、この記事に続いて明日[その2]としてアップします。鎌倉時代の古写本の中でも、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」に書き写されている本文について、字母に着目することで新しいことがいろいろとわかってきました。ただいま整理中なので、明日まで、いま少しお待ちください。
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