2026年02月11日

清張復読(87)「速力の告発」(『黒の図説』より)

■「速力の告発 」
 交通事故を話題にする中で、ポイントは加害者ではなくてその高性能を競う自動車産業界のみならず通産省に向いて行きます。主人公は、次のように言います。

「私は妻子の生命を奪った相手は吉村君ではなく、高速力の車を大量生産している自動車会社こそ加害者ではないかと思うようになりました」(10頁)

 本作品が書かれた昭和43年の死亡事故は13,556件だそうです。清張らしい、社会を告発する論法が小気味よく展開します。運転者の優越意識を煽る各社を批判的な目で見ます。

 私は、昭和46年(1971年)に運転免許証を取得しました。この頃に毎年の死者が1万人を超えていることに、交通戦争という言葉を実感として受け止めていました。また、何度も自動車のトラブルを体験し、運転者のみの問題ではなく自動車の製造者側の問題が多分にあることは気付いていました。しかし、清張のように自動車会社そのものへの告発や、具体的な提案までは考えていませんでした。私は、社会の制度を改革する方向へという意識はあったものの、時流に流されていました。この作品を当時読んでいたら、反応はまた変わっていたことでしょう。清張の憤慨は、まさに的を射ていたのです。

 さて、思うように進展しない陳情が、自動車メーカーの社長や、高級官僚に対する恨みとなって募って行きます。くどいように泥臭いやり方で死亡事故を減らす方策を練る男は、次第にピエロのように見えました。作者は、真剣に問題点を追求していることが、読者にするとかえっておもしろおかしく見えるのでした。

 社会問題を先取りした、今にも通ずる内容です。話の流れが犯罪に傾いていく所で、違和感を覚えました。話が捻れていく兆候が見えたからです。
 それにしても、清張の時代を見る目の鋭さがわかる、被害者側からの告発型のミステリー小説となっています。【4】

 なお、底本とした『松本清張全集10』(文藝春秋社、1973.5.20)における本作の末尾に、次の付記があります。今現在は、高齢者が起こす事故が取りざたされています。車が持つ構造上の欠陥や改善には、いまだに至っていません。高齢者を事故の張本人とし批判の対象にして、当の自動車業界は逃げるという構図は、相変わらずです。

「付記
『速力の告発』は「週刊朝日」昭和44年3月21日号より5月16日号まで、9回にわたって連載されたものである。例の欠陥車の問題はまだ起こっていなかった。偶然にも、この小説が終わったころから全国的に騒がれはじめ、各新聞ともその記事を大きくかかげた。メーカーも低姿勢である。小説の主人公、木谷修吉がさぞ喜ぶであろう、というような状況となった。
 しかし人びとは熱しやすく醒めやすい。しばらくすると大問題も忘れられてしまうのではないか。問題は提起されたばかりで、解決はこれからの、まだまだ先のこととなるのであろう。」(56頁)

初出誌:『週刊朝日』1969年3月〜5月




posted by genjiito at 21:55| Comment(0) | □清張復読
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