2026年01月19日

お茶のお稽古(2)で大和西大寺へ

 大和西大寺でのお茶のお稽古は2回目です。
 私は、前回に引き続き立礼での盆略手前を、妻はお菓子のいただき方などの基本動作に加え、初めて茶筅を持ってお茶を点てました。これも立礼です。我々は、足腰に多少の難があるので、ここでのお稽古は立礼でお願いしています。

 妻が最初に点てたお茶は、私がいただきました。ふっくらと泡立っていたので、先生も初めてとは思えない出来です、と褒めておられました。妻も、この年になって褒めていただくとは嬉しいことです、とニコニコと応えていました。

 今日も、若いお弟子さんたちは手順をうっかり忘れてもものともせず、明るく熱心に取り組んでおられます。この楽しくお稽古ができるところが、この教室のいいところなのでしょう。
 私も、前回のことを思い出しながら、なんとかこなしました。それでも、スッと手が動いたのは半分くらいです。

 先生のお話にもあった、1から10に行き、また1に戻って10に向かうことの繰り返しが大切である、という利休さんの考えがここでは徹底しています。緊張するばかりではなく、完璧を求めてそのことだけに集中するのではなく、広く見渡して、とにかく前へ前へと進むことの意義を語ってくださいました。忘れたり、失敗を気にするのではなく、繰り返しの中で身に付けましょう、と。そう言われると、気持ちが楽になります。

 一人の方が使っておられたお茶碗が富士山を描いたもので、新春らしいものでした。三保の松原から望む富士山でしょうか。

260119_百人一首の茶碗.jpg

 『百人一首』の4番歌である、山部赤人の歌の下の句が書かれています。変体仮名は「尓」と「八」だけです。

 ふしのたか
ね尓ゆき八
 ふりつゝ

 お稽古が終わって帰る時に、玄関先で「覚えていらっしゃいますでしょうか、真々庵でお目にかかりました。」というお声がかかりました。お着物姿とご様子から、次のお稽古の先生のようです。しかし、私は森田先生の後ろに付き従ってパナソニックの迎賓館と言われる真々庵へ行ったことと、同行の錚々たる茶道の先生方の雰囲気に気圧されていたので、申し訳ないことに目の前で親しく話しかけてくださる先生のことが、どうしても思い出せません。しかし、真々庵を訪問した15年前のことは覚えているので、「お変わりなくお元気そうで」と言われたので「先年、脳梗塞になり右半身のリハビリ中です」とお答えし、会話にはなりました。大変失礼しました。この次のお稽古までに、失礼のないように情報を仕入れておきます。

 以下に、真々庵へ行った時の本ブログの記事を引きます。玄関先でご挨拶してくださったのは、この時にご一緒した先生だったのです。この体験は貴重だったので、詳細な報告を認めました。しかし、あらかじめ真々庵に記事を公開することの確認をすると、中でのことは書かないでほしいとのことだったので、実際の記事の3分の1以下に縮めています。

「京洛逍遥(208)「真々庵」でPHPを考える」

 近鉄西大寺駅に向かう途中で、故安倍元首相が銃撃された駅前のロータリーの一画に、一束のお花が手向けられていました。ここがあの現場だったのだ、ということを実感します。
 また、駅の改札口の横にあるコンビニで、高石現首相をデザインに取り入れたクッキーを売っていました。

260119_さなえクッキー.jpg


 奈良の生駒で20年間、子育てをしていた頃に、駅前などで高石さんの選挙ポスターを見かけました。その方が後に「奈良初・女性初の総理大臣」になられるとは、予想だにしなかったことです。奈良はすこぶる地味な県なので、これで少しは知られることになったのは良いことだと思います。




posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | *身辺雑記
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