今日の大阪府立中之島図書館での講座は、まずは「変体仮名で書かれた『百人一首』を読む」という〔入門講座〕からです。
お正月ということで、『百人一首』の「坊主めくり」の話から始めました。
『百人一首』が遊技化した江戸時代以降、明治29年の「坊主起し」を描いた絵が残っています。このことは、本ブログの「集会所で新春恒例の『百人一首』とトランプで遊ぶ」(2026年01月06日、http://genjiito.sblo.jp/article/191589343.html)で報告した通りです。その絵では、3人の子供がいずれもカルタをめくって手元に置いています。歌を読み上げる人はいません。今の競技カルタではなくて、遊びとして『百人一首』が楽しまれていることが確認できる絵です。
こうしたことを踏まえて、あらかじめ生成AI氏には「坊主めくり」の歴史とその意義について尋ねました。いろいろとやりとりをした結果を次のように整理して、本日提示してみました。
■生成AIによる「坊主めくり」の説明(再編集)
・坊主めくり「坊主=不利・姫=有利」は、歴史的・文学的な必然性はなく絵柄による視覚的な役割分担。
・坊主めくり成立の前提条件︰瞬間識別性/坊主と姫とを一瞬で判別できる。
・坊主が多いのは『百人一首』の作者構成を反映した結果→坊主が多いと波乱が起きやすい。
坊主30〜35枚、姫君21枚、公家44〜49枚
(ここで坊主の人数に幅があるのは、その認定に曖昧さがあるためです。
例えば、蝉丸の場合は、次のような事情が関係します。
蝉丸は、官人でも女性でもなく、僧とも言い切れない。
百人一首の中で唯一の「世俗の境界に置かれた例外的存在」。
僧形・隠者・盲目の楽人、などとして伝えられる歌人。)
・平安〜鎌倉期の和歌の担い手に高僧・出家貴族が非常に多かった
・特に鎌倉期以降は、仏教者=知識人=歌人という構図が強まった
剃髪:正式な僧→完全に俗世を離れた印象(清僧・遁世者)
頭巾・被衣:入道・隠棲者→元は貴族・武士で、後に出家した「入道」的存在
完全な無帽:俗世離脱の強調→公的役割を残す高僧イメージ
・高級百人一首 → 横顔・後ろ姿あり
普及版・学習用 → 顔が見える向き
・中世貴族文化→ 陽明文庫系
江戸上層文化(鑑賞・意匠)→ 光琳系
江戸庶民文化(遊戯)→ 絵札カルタ
近代教育文化→ 教材・競技かるた
・陽明文庫旧蔵『百人一首』は、遊ぶためのカルタ文化とは交わらず、「書と仮名の正統を体現する百人一首」であり、そのため字形が意図的に難解。
・陽明文庫系が公家内部の書の規範なら、光琳かるたは上層町人も鑑賞できる美術。
・陽明文庫旧蔵『百人一首』は、後代のカルタが切り捨てていく「仮名の多様性」を最後まで保持した基準点であり、そこから光琳的翻訳と競技的単純化が分岐した。
なにげなく遊んでいる「坊主めくり」も、こんな意味合いを見い出すとおもしろくなってきます。あそびが、さまざまな文化を背負っていることがわかります。
次に、廬山寺の境内にある紫式部と大弐三位の歌碑について説明しました。それも、石に刻まれた文字に関して、これまで私が読んでいた翻字の修正をすることに及びました。
このことは、昨日の本ブログの「京洛逍遥(961)廬山寺の歌碑を確認してから京大病院へ」(2026年01月09日、http://genjiito.sblo.jp/article/191591869.html)に詳述しているので、内容についてはそれに譲ります。
テキストである『変体仮名でよむ 百人一首』については、59番歌の赤染衛門から66番歌の大僧正行尊までを確認しました。「坊主めくり」を思い出させるお坊さんで終わったので、何となく締めのカルタになったようです。
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30分の休憩を置いて、次は「ハーバード大学本『蜻蛉』巻の仮名文字を読む」です。
今日でハーバード大学本「蜻蛉」巻を終わるにあたり、まずは巻末に捺されている「月明荘」と「拝土蔵書」という朱印の説明をしました。
右側の「月明荘」という朱印については、次の説明文をあげました。
「月明荘」
反町茂雄(1901〜1991)
昭和期の書誌学者、古書籍商。弘文荘代表取締役、文庫の会会長、東京古典会会長、明治古典会会長を歴任。自身を描いた「一古書肆の思い出」(平凡社,1986-1992) や「紙魚の昔がたり」(訪書会,1934)、「定本・天理図書館の善本稀書」などを著した。
また、左側の「拝土蔵書」という朱印については、次の説明文をあげました。
「拝土蔵書」
ドナルド・ハイド(Donald Frizell Hyde, 1909年 - 1966年)
アメリカ合衆国の著名な弁護士であり、世界屈指の稀覯本・写本コレクター。1966年に56歳で亡くなりましたが、彼が収集したコレクションは現在も研究者に広く活用されています。
このことに関連して、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤編著、新典社、2013年)に解説を寄せていただいた、前ハーバード大学フォッグ美術館の文子・E・クラストン先生の「ハーバード大学美術館蔵「源氏物語」二冊の古写本の来歴について」と題する文章の一部をプリントに掲げて確認しました。
この重要文化財又は重要美術品とも成り得る「源氏物語」五十四帖のうち、「すま」の巻(第十二章)と「かげろう」の巻(第五十二章)の二冊(書写された当時は、全五十四帖であったかどうかは不明)のみが市場に出て本館所蔵に帰したのは、今から二十九年前の一九七四年の事でした。
この記念すべき年は、フォッグ美術館(現在、大改装中)の東洋美術史部門・日本美術史科が、恐らく日本でも珍しい日本美術と日本古典文学(特に古写本、古活字本、絵巻物等等)とを合わせて大々的な「日本古典文芸展」と題する展覧会を開催し大好評を博した一年後のことでした。
ハイドご夫人はその年を記念してこれらの貴重な古写本二冊を寄贈して下さったのでした。
(中略)
これらの美麗な稀覯本は、以前、弘文荘〈こうぶんそう〉(東京)の反町茂雄氏(一九〇一〜一九九一年。古本・古写本などを中心に店舗を持たずに販売・買入れを本業とする古本屋で販売目録なども多く出版した)の蒐蔵でしたが、一九六二年にドナルド・ハイドご夫妻が購入され、その所蔵となりました。
(中略)
東京の弘文荘では、反町氏がその学識と豊富な経験から古写本、絵入り版本、絵巻物など、それこそ重要文化財・重要美術品級の作品を二十種類ばかりご覧に入れたのでした。
その時、ご夫妻は多くの量は望まれず、質が高く、意義の深い、しかも価値のある日本古典文学の古写本、古版本などを蒐集されるご主旨で、それら二十種類を殆ど購入されました。その時から、ハイドコレクションは始まりました。が、残念なことに、不幸にもドナルド・ハイド氏は一九六六年に永眠されました。(155頁)
さらには、テキストとして使用している『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(伊藤編著、新典社、2014年)に収録しているハーバード大学のメリッサ・マコーミック先生の解説文の「古写本が伝えること」について、後半だけではあるものの確認をしました。
最後に、付録として置いた資料編「ハーバード本と大島本との主要本文異同一覧(含・尾州家本、麦生本)」を見て、ハーバード大学本「蜻蛉」と大島本「蜻蛉」の本文の違いも見ました。鎌倉時代中期に書写された『源氏物語』の古写本であるハーバード大学本は、明らかに現在流布する大島本とは違う本文を伝える写本であることを確認するためです。
拙稿「海を渡った古写本『源氏物語』―「蜻蛉」の場合―」という解説文も見ました。ハーバード大学本の「須磨」と「蜻蛉」を調査して撮影し、その後刊行した本を今回テキストとして使用している経緯についても、詳しくお話しました。
なお、この拙稿の前半に、次のように記していることを、ここであらためて確認しておきます。それは、現在調査を進めている相愛大学(春曙文庫)本『源氏物語』(断簡5冊)について触れているからです。中山本はすでに刊行しています。
本書の仲間(ツレ・僚巻)が日本に現存している。中山本(第三八巻「鈴虫」、国立歴史民俗博物館蔵、重要文化財)と、いくつかの断簡(第三三巻「藤裏葉」、第四五巻「橋姫」、第四九巻「宿木」、第五三巻「手習」)である。これら七巻分の古写本は、もとは一揃いの写本であったと思われる。(166頁)
ここで、「帚木」のことに言及はしていないものの、今から12年前にハーバード本「須磨」「蜻蛉」と歴博本「鈴虫」のツレとなる古写本として、相愛大学(春曙文庫)に『源氏物語』(断簡)があることを明記しているのです。そのことを私が長く失念していたために、干支が一回りした昨年あらためて気付き、慌てて調査を始めました。これは、書家の宮川保子さんからいただいた情報を契機として思い出しました。また、12年前に私の科研付きの研究員(現・名古屋大学)だった淺川槙子さんには、相愛大学本の情報収集をお願いしたまま手を付けていなかったことについて、ここにお詫び申し上げます。現在、調査員の辻義孝さんの支援を得て翻字を鋭意進めていますので、成果の公表はいましばらくお待ちください。
次の写真は、『源氏物語』の写本の調査をしたハーバード大学アーツミュージアムの入口の様子です。
今日で最後となる本文の確認は、67丁の表6行目から裏の末尾までです。
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【前略】
を可し可里し可登・【260110_ココカラ→】堂ゝ【何事】尓/(堂堂)・川介
て毛・可乃・ひ登川ゆ可りそ・於もひいて・
【給】け累・あやし婦・川ら可里介累・ち
きりと母なり介り登・徒く/\登/(徒く徒く登)・於毛ひつゝ
け/(於毛ひつつけ)・な可め・【給】ふ・ゆく礼/〈ママ〉・可遣ろう乃・毛能者可那介尓/者〈次頁〉、(67オ)
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とひち可ふを・
「あ里登・身て・ゝ尓葉/(て尓葉)・とら礼春・三れ
者・満多・ゆくゑ毛・しら春・きゑし・可介
ろう」・ある可・なき可乃登・礼い乃・ひとりこち・
【給】と可や/可$、(67ウ)
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次回は、この「蜻蛉」巻の「変体仮名翻字版」による索引を提示して、鎌倉時代の写本にはどのような字母が使われているのかを、丹念に確認したいと思っています。
索引は面倒な手順を経て作るので、いろいろと苦心することかと思います。しかし、1ヶ月でなんとか字母別の語意索引を完成させるつもりです。どのようなものが出来上がるのか、自分でも楽しみです。
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