2025年11月13日

点滴治療の付き添いで感じた病院内の環境について

 宇治徳洲会病院へ、近くのコンビニに止まる送迎バスで行きました。1時間に1本とはいえ、ありがたいサービスです。

 10月からスタートした、京大病院を引き継いでの月2回のレカネマブ(レケンビ)の点滴治療であり、私は引き続き付き添いとして同道します。診察から点滴までの流れは摑めました。しかし、院内での移動に関する指示はモタモタしています。

 患者に状況判断を委ねる局面が多いのは、看護師さんと事務職員が人手不足のために、連携が円滑ではないせいかと思われます。患者の流れをコントロールするために、生成AIを活用したシステムを導入すべきでしょう。ただし、初期投資と職員の教育が必要なので、しばらくはこれまで通り、電光掲示板とマイクの呼び出しを基本とするしかないのでしょう。

 それにしても、患者さんがなかなか診察室に来ない時は、看護師さんが患者さんの受付番号を呼び、さらには氏名を連呼しておられます。今日の自分の受け付け番号は、小さな紙に書かれており、毎回違うので、実は私も覚えるようにしていても、なかなかその番号に反応できません。そして、看護師さんは院内を探しに行かれます。
 今日も、妻の名前を連呼して探しに来られたので、やっと次に行く場所がわかりました。次はどこへ、という指示を確実に、的確に伝えるシステムを構築することが急務のようです。

 今日は、前回の2週間前よりもスムーズに受診できました。また、点滴治療も30分ほど待つだけで呼ばれました。どうやら、診察時間を1時間早めてもらい、予約票に担当医の指示として「来院次第に呼び込み/レケンビ」と、備考欄に書かれていたからではないか、と思っています。

 処置室で点滴を受けます。一緒に大部屋に入ると、付き添いは5分後に、とのこと。点滴の注射針を刺す場面は見てはいけないようです。

 しばらくして入ると、一面のカーテンも閉めずに見通しのいい状態で、8台あるベッドはすべて埋まっていました。ベッドは普通の3分の1の狭さで、非常に硬いシートです。妻も、とにかく背中が痛いので、次からは毛布でも持って来ようか、と言っています。
 ベッドの間も狭く、人一人がやっと通れるスペースです。付き添いとして横にいるためには、イスを1脚借りることになります。しかし、イスを置くと私の足はベッドの下に潜り込ませなければなりません。
 看護師さんも、狭くてすみませんと言いながら、慌ただしく飛び廻っておられます。

 今日は、妻のベッドの右横にキャスター付きの作業台が置かれていたので、狭いスペースに入って座ることができません。仕方がないので、外の待合エリアの長イスに座って待機しました。これでは、何のための付き添いなのかわかりません。付き添いは邪魔、ということなのでしょう。
 点滴中に何か異変があった時に、誰か横に付き添っていると素早い対応ができると思います。特に妻は、最先端の実験的な治療です。この治療の前の昨年には、この病院で処方されたドネペジルを服用した時に、想像を絶する副作用に見舞われました。そうしたことがあったのにもかかわらず、この点滴治療はこの病院では数少ない試験的な取り組みであるはずなのに、突発的な事態の対処は手薄です。
 ここの流儀に従います。しかし、私は妻の様子を注視しながら、外であっても見守っているつもりです。何かあったら、飛び廻っておられる看護師さんに異変を伝えるために。

 奥にある部屋には10台近いベッドが、空きのままで並んでいます。しかし、そちらを使うと、看護師さんの目が届かないので使わずに、この一室にとにかく押し込めたという感じです。
 それこそ、付き添いがいる場合には、横のスペースに並ぶ10台のベッドも使えばいいのに、と思いました。いろいろと事情があるのでしょう。不可思議な思いを抱きました。

 さらには、今日の部屋の雰囲気は異様でした。
 入ってすぐ左、妻の斜め向かいには、高齢の方が苦しがっておられます。そして、危ないので病院に来てほしい、という電話を家族の方数人がそれぞれにしておられました。尋常ではありません。
 妻の右隣の方は、苦しくて呻き声をずっと上げ続けておられます。
 反対側のベッドでは、4人の方が何やら談笑しておられます。

 そんな中で、妻はジッとレカネマブ(レケンビ)の1時間かかる点滴を受けていました。この落ち着きのない殺気立った雰囲気の中では、直る治療も効き目があるのか不安になります。

 比べてはいけないとしても、これまでは、妻は心静かに点滴を受け、その横で私は話をしたり、本を読んだりして1時間を過ごしていました。しかし、ここでは前回も含めて、あまりにも違いすぎる環境に身を置いてのことなので、とにかく戸惑います。この治療を勧めた私も、この状態での点滴治療がこれから1年も続くのであれば、妻共々、脳神経の別の場所が病んでしまいそうです。私も、京大病院の脳神経内科で脳梗塞の後遺症の治療が続いているのですから。

 京大病院の妻の主治医の先生と、この宇治徳洲会病院で請け負ってくださった京大病院からお越しの先生には、心穏やかな雰囲気で受けられる環境を配慮してもらえるように、次回の診察の折にお願いしたいと思っています。

 なお、私が外の待ち合いエリアで待っていた時の事です。
 看護師さんが患者さんにレントゲン室へ行くようにと指示を出された時に、患者さんはそれはもう終わっていると言って、次の別の指示を待っておられました。また、別の方は、採血室へと言われた時、さっき採血はしたのに、と仰っていました。あまりの忙しさに、看護師さんも出す指示が混乱しているようです。
 どちらも、看護師さんの不足からくる問題のように思えます。

 いずれは誰しも、お医者さんや看護師さんのお世話になります。こうした混乱を抱えたままで、今の高齢化社会を迎えているのが現実だと思われます。これでいいはずがありません。個人で対処できることではありません。そうであるからこそ、こうして実状を記すことで、広く実態の一端を知ってもらうことにしました。必死に努力しておられる関係者のみなさま、ポジティブに捉えての発言であることをご理解下さい。




posted by genjiito at 22:30| Comment(0) | *健康雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。