2025年11月02日

義兄の訃報を聞きすぐに東寺へ

 早朝、妻の電話が鳴り、取り損なったすぐ後に、今度は私の電話が鳴りました。画面を見ると、秋田の義姉からです。義兄が亡くなったと…… 5日が葬儀とのことなので、明後日には秋田へ行く段取りをしました。

 義兄は「鉄也くん鉄也くん」と言って、「也」をはね上げた秋田弁で呼んでもらっていました。いろいろなところへも連れて行ってくださいました。

 結婚後に秋田へ行った時には、船舶免許と小型船を持っておられたので、沖合まで釣りに出かけました。ソイという淡白な魚がたくさん釣れ、帰ってから調理をしていただきました。ただし、ソイの口にミミズが残っていたので私は気持ちが悪くて食べられませんでした。後々まで、笑い話のネタとなっていました。

 勤務校だった金足農業高校は、野球で春3回、夏8回の甲子園出場を果たしたことで有名です。義兄はそこの野球部の監督でした。転勤後に甲子園に出場することになった時は、一緒にテレビ観戦をしました。鳥海山や芭蕉の史跡にも連れて行ってもらいました。芭蕉が『奥の細道』で絶賛した象潟の蚶満寺は、わざわざ私一人を連れて行ってくださったところです。

 今年の春に秋田へ行った時には、酸素吸入をしながらの義兄と一緒にお風呂に入り、背中を流しました。夜には、『百人一首』をするのが秋田の実家の慣わしで、読手として和歌を秋田弁で詠み上げてくださいました。

 この楽しいことをしたのが今春でよかった、と思い返しています。

 供養にと、お昼に東寺へお参りに行き、ご冥福をお祈りしてきました。ちょうどガラクタ市だったので、ブラブラと骨董品を見てまわりました。

251102_ガラクタ市.jpg

 妻は、いつものようにカバンを作るための帯地を買い込んでいます。
 私はお茶道具を物色し、野点の茶筅の持ち手が長いものを見つけたので買いました。

251102_茶筅.jpg

 おじさんに聞いたところでは、海外の方がコップの中に抹茶を入れ、この縦長の茶筅で掻き混ぜて飲んでおられるとか。日本ではこの使い方での需要はなさそうです。しかし、こうした小道具を通して、お茶が国際文化交流に一役買っている一面を見た思いがしました。

 東寺からブラブラと京都駅南のイオンへ行き、いつもの高木鮮魚店で海鮮丼をいただきました。
 その後、4階のフードコートで大好きなケンタッキーのフライドポテトとコーヒーを飲もうとしていた時、アイスクリームを買いに行ったはずの妻がなかなか帰って来ないことが気になりました。
 30分待っても来ないので、私のスマホから、妻のアップルウォッチを呼び出しました。しかし、いくら呼んでも出ません。居場所は1階外の真下です。4階のアイスクリーム売り場にもいないので、階下に降り、建物の外へ出て探しても見つかりません。またイオンの各階で、妻のアップルウォッチの在り処を示す場所を見回り、4階のフードコートにもどり、多くの人が集っている所を、またグルグルと探しました。

 しばらくして、いつも座っている我々の定席から少し離れたところに、ションボリと俯き加減に座っているのを見つけました。妻いわく、どこにいたのかがわからなくなり、諦めてここでジッとしていた、とのことでした。根っからの方向音痴なので、離れる時にはいつも気をつけているのですが……。これからは、今の居場所をよく確認してから買い物に行ったりしよう、ということを再確認しました。
 今日はゆうに1時間。とにかくお互いが捜し合い、疲れ果てていたところでした。諦めて、お互いが自宅に帰ろうとする直前だったのです。
 よかった、よかったということで、イオンから京都駅のショッピングロードのみやこみちへ行き、秋田へのお供えを買いました。2つのコンビニはすでに宅急便の集荷が終わっているとのことだったので、西本願寺に近い宅急便の配送センターへ持っていきました。ここは、土日は午後7時まで、平日は午後9時まで取り扱っています。明後日には届くとのことだったので、一安心かつ疲れ切って帰路につきました。




posted by genjiito at 21:42| Comment(0) | *身辺雑記
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