2025年10月22日

[その2]京洛逍遥(953)雨上がり中での少し肌寒い時代祭

 宇治は朝から雨でした。しかし、今日の時代祭が中止ではないことをネットで確認してお昼に出かけました。

 京阪三条は小雨でした。少し東へ平安神宮に向かって歩き、昨秋、宮川保子さんが『源氏物語』の展覧会をなさった東山白川のタッセルホテル前で、行列の先頭が来るのを待ちました。

 先導役の京都府警察平安騎馬隊が来たのは、午後2時頃でした。

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 それまでは霧雨が少し肌を湿らせる天候だったのが、この平安騎馬隊が来ると完全に上がりました。

 先頭で「平安神宮 時代祭 百三十年」の横断幕を持った女性たちも、この時とばかりに着物を覆っていた半透明のビニールの雨カッパを取り外し、艶やかな姿での歩みが始まりました。

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 時代祭は、今年で118回目です。過去に中止は13回あり、最近では新型コロナウイルス禍で2年連続の中止となっていました。
 私がこの前に時代祭を見たのは、コロナ禍の前、2019年10月26日に結城紬のお店「玄想庵」で視覚障害者と一緒に『点字百人一首』を楽しんだ時です。それ以来なのです。あの日の時代祭の行進は、本ブログの「見える人と見えない人が『百人一首』を一緒に楽しんだ記念すべき日」(http://genjiito.sblo.jp/article/186731131.html)の冒頭に写真をあげています。

 行列は、近代から古代へと時代を溯って進むので、まずは近代史のお勉強から始まります。
 西郷隆盛と坂本龍馬はどうしても写したかった人物です。ちょうど背景に「みや古」という変体仮名の「古」を含む看板が写り込んでいたのは偶然です。

251022_西郷と龍馬.jpg

 江戸と安土桃山と鎌倉時代は早送りして、三条通から河原町通を北へ急ぎ、京都市役所前で平安時代の列に辿り着きました。
 清少納言の後ろにいる紫式部のお茶目な姿を捉えることができました。

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 その後方には、小野小町がいます。平安時代初期、9世紀の衣装だそうで、中国や朝鮮の味付けがなされているとか。十二単との違いは、また別の機会にしましょう。

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 行列を見るだけなので、通り掛かりの方で興味と関心と知識がなければ、単なる仮装行列に過ぎずおもしろくも何ともないことでしょう。海外の方々への説明が、刷り物以外ではほとんどなされていないので、もっと興味を惹く工夫がほしいところです。葵祭や祇園祭と比べると、盛り上がりに欠ける行列で終わっています。ここは、学生たちをアルバイトとして雇ってダラダラと歩かせることに留まらず、事前に一緒に時代祭のありかたを考える時間を持ち、さまざまなアイデアを披露する場にしたらいいと思いました。

 市役所前の有料観覧席の方々には、主催者側からマイクによる日本語の解説がありました。行列の何箇所かでは、少しは説明がなされていました。しかし、これまでこれでやって来た、ではなくて、スマホなりプラカードなりを駆使したサービスの再検討が必要です。観光行事として、関係者の間では当然考えられたことでしょう。しかし、その成果は今日の流れでは感じられませんでした。

 日本の歴史や文化を、より具体的に知ってもらえるチャンスです。日本はいずれ中国のものになるのだから、と豪語する多くの中国からの留学生や観光客にも、日本の歴史や文化に注意を向けてもらい、その魅力の一端に理解を促すイベントとなれば、その意義も深まることでしょう。

 一人でも多くの方に興味を持ってもらうイベントとするためには、明治以降という京都では歴史が浅い行事だけに、これからの若者が担い育てる役をもっと果たせるはずだ、と思うようになりました。
 京都には大学が多いので、環境には恵まれているのです。いろいろと、取り組みはなされていることでしょう。それを、大人がさらに後押しをして、活気のあるイベントにする、という方策の提起を可視化することから始めたらどうでしょう。




posted by genjiito at 22:35| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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