本日の京都新聞の京都市版ぐぐっと京都に、「京都駅ビル 都市変えた/完成時には賛否 今や世界的評価/大阪公立大・倉方教授に聞く」と題する記事が掲載されました。
以下、この記事に関する私見を記します。
冒頭で、「近代的なJR京都駅ビル。1997年の完成時には賛否両論がわき起こったが、今では建築作品として世界的評価を得つつある。」(三村智哉)とあります。しかし、私はこの記事の論調と視点に違和感を覚えました。それは、先日「京洛逍遥(949)母の祥月命日に東寺へ行った後、京都駅舎への要望書を考える」(2025年10月05日、http://genjiito.sblo.jp/article/191508554.html)という記事をアップしたばかりだったからです。その後半で、私は次のように書きました。そして、【京都駅ビル 大階段および外部階段の安全性向上に関する要望書(案)】なるものも公開しました。
今後のこととして、京都駅の階段や手すりに関する行政・管理者宛ての「要望文(意見書)」のひな形を、生成AIから提案してもらいました。
以下に、今後の参考までにその全文を引きます。しかるべきタイミングで、この文案を補訂して提示しようと思います。折しも、京都駅舎の立て替えが検討されているようなので、今後の改善にこの文案が役立つかも知れません。また、すでに動いておられる方の参考にでもなればと思っています。
要は、「高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮に関する手すり改善のお願い」という主旨で、問題点をいくつか具体的にあげました。指摘したことは、壮大な建築学的な視点とは比べようもない、ささやかなことです。しかし、利用者は不特定多数の人間です。デザインありき、だけではいけません。
前記ブログで私は、「手すりが無骨で安価なものであるために貧相であることや、高齢者や子供が昇り降りする視点が欠落していることなどについて、多くの疑問を抱いています。美観重視で弱者への配慮が皆無」であることなどを、現状に即して指摘したつもりです。
さて、京都新聞の記事では、建築家の故・原広司氏(1936~2025年)の功績を称揚し、「1人の建築家の思想が都市の風景を変えた」と、その功績を語ります。とにかく、建築的に優れた点として、中見出しにあるように「旅情感じ、公共空間多く、合理的」の3点を挙げます。デザインにも「今も古く感じさせない」と言います。
この論理展開に、私は時代錯誤を感じました。
この新聞に掲載されたコメントを読み、私が問題とする手すりなどに関して、「高齢者・子ども・身体の不自由な方への安全配慮」がまったく埒外のこととして無視されていることが気になりました。取材を受けた側として、記者の意向に沿うように、いろいろと忖度なさったようです。しかし、こうした提灯記事は、何も新しいものを生み出しません。
私は2年前に脳梗塞となり、手足に違和感を覚えるようになってから、こうした公共施設に安全の配慮が欠けていることが気になり出しました。今回の取材を受けた先生も、ご自分の身体に少しでも不自由なところが出来したら、こうした無難で太平楽な論調にはならないだろう、と思いました。
この京都駅ビルは、1991年に国際指名コンペとして公開審査がなされたそうです。高齢者・子ども・身体の不自由な方への配慮など、問題にもならなかった時代の審査だったのでしょう。今から考えると、幅広い多くの利用者への視点が欠落し、機能的で合理的なデザインが最優先された選考だったように思われます。そうであったとしたら、時代の制約とはいえ残念です。
今は時代も意識も変わりました。
京都駅ビルを利用する人々への優しい思いやりを盛り込んだ、新たな提案がなされることを期待しましょう。
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