今回泊まった宿には、無料でビュッフェスタイルの朝食が付いています。コーヒーも自由なので、街中で朝食探しをしなくてもいいので助かります。ゆったりとチェックアウトもできます。息子が出張中には、この系列のホテルを使うことが多くなりました。
蔵前から隅田川沿いに南に歩いて、両国の国技館に行きました。
相撲が場所中だったので、各力士の幟が旗めいています。
今日は中日の8日目。入場料は2,500円からです。しかし、終わるのが18時なので、京都に帰ることを思うと今回はパス。
私は、宇良関と翔猿関が好きなので、見上げながら探しました。離れた所に宇良関。上の支えが木に絡まっているので、この名前が表を向くことはありません。その取り口を示すかのように、旗がひっくり返ったままです。
翔猿関が見当たりません。何度も行ったり来たりしてもないのです。係の方に聞くと、後援会などが出すので、力士全員のものが出ているとは限らないそうです。本当かな、と思いながら諦めて散策を続けました。
両国駅には、相撲関係のお店がたくさん出ています。一軒だけ、変体仮名を交えた看板を見かけました。「や婦"久」は「やぶきゅう」、「日本ばし」は「にほんばし」。大阪なら「にっぽんばし」と読むところです。変体仮名は、東京では京都のように見つけることは大変です。
なお、スカイツリーが間近に見えます。しかし、私はこの鉄塔が建ったことで「業平」という地名を捨てた、地域関係者の感覚が好きになれません。確かに、東京は平安文学とは無縁の地です。だからといって今しか見ないのは、愚かなことです。「業平橋」という地名の変遷などについては、「江戸漫歩(56)佃テラスから見るスカイツリーと業平橋駅」(2012年05月23日、http://genjiito.sblo.jp/article/178946121.html)に書きました。好意的に書いています。しかし、内心は近視眼的な日本の文化理解を残念に思っています。
駅の南側に史蹟があるそうなので、行って見ました。
忠臣蔵の吉良邸から。
少し東に歩いて、勝海舟の生誕の地。
西に戻って、両国小学校の角にある芥川龍之介の文学碑。
もう少し駅の方に戻った芥川龍之介生育の地には、説明板だけがありました。その横に、6年前に息子と来たモンゴル料理屋さんの「ウランバートル」があったので、こちらの方を写しました。
このお店のことは、「モンゴル出身力士の千昇さんと両国で語る」(2019年02月17日、http://genjiito.sblo.jp/article/185571565.html)に書いています。
水上バスの船乗場である両国リバーセンターがある国技館前に戻り、1日2本の越中島まで行く船に乗り込みました。かつて、越中島に住んでいた頃、一度だけ浅草まで乗った東京水辺ラインです。2度目の今回は、逆のコースを走るのです。
一旦、北上して浅草二天門まで戻り、Uターンして隅田川を下ります。直接越中島に向かうと20分のところを、迂回するために45分かかりました。
展望デッキに上がり、越中島の船着場越しにかつて官舎があったところを写しました。建て替え工事は、順調に進んでいるようです。
降りてから、聖路加病院やお台場に向かう水上バスのあじさいを見送りました。向こうに、中央大橋が見えます。
降りたところは、かつて住んでいた越中島官舎のすぐそばです。私が定年で退去した後、取り壊しの工事が始まりました。今はまだ、基礎工事の段階です。
隅田川の方から見た工事現場の様子。
清澄通りの陸橋から佃島や月島の方を見た工事現場の様子。
ここに何が建つのか、折々に見に来るつもりです。
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