私が初めてインターネットにホームページを起ち上げたのは、今から30年前の1995年9月30日でした。
〈源氏物語電子資料館〉というタイトルで、日本で古典文学に関するホームページとしては、最初のものだったと思います。
当時住んでいた大和平群から、〈リムネット〉というプロバイダーの東京ドメインからの発信でした。当時は、接続するのに UNIX のコマンドを入力するなどしてコントロールしていました。
このスタート時のドタバタ話は、「再録(2)初期のインターネット事情〈1996.10.7〉」(2009年10月24日、http://genjiito.sblo.jp/article/178934227.html)に書いています。
さて、そのホームページのバナーには、妻が書いてくれた絵を使っていました。
私が初めて本を出版したのは今から39年前で、『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、1986(昭和61)年)という、文科系のためのコンピュータの入門書でした。その表紙や挿し絵は、すべて妻が書いてくれました。
そのこともあって、絵を描くのが大好きな妻に、ホームページのバナーとなる絵を頼んだのです。
今回、その画像がハードディスクの片隅からまとまって出て来たので、そのすべてをここに紹介します。
基本となる画像は、次の2枚でした。これに、さまざまな絵を組み合わせたり、中のセクションのトップに置いたりと、結構楽しいホームページを公開していました。
これには、動く絵も使っていました。
(ただし、スマホでは動くのに、パソコンでは動きません。原因不明です。)
最初のお正月のトップページは、こんな表紙でした。
タイトルのバナーは、後にはグレードアップしたものと入れ替えています。
2月になると、梅に鶯の絵にしています。
このバナーも、鶯が動きます。
(これも、スマホでは動くのに、パソコンでは動きません。原因不明です。)
その下に配置したボタンは、バナーで使う次の画像を切り取ったものを活用しています。
動画では、当時住んでいた下を流れる龍田川の色の移り変わりを表現したものもあります。
これも色が次々と変わります。
(ただし、これもスマホでは動くのに、パソコンでは動きません。原因不明です。)
文献情報を提供する部屋のバナーは、こんな感じでした。
元のバナーは、次のものです。
以下、四季折々に次々と入れ替えた画像は、こんなものでした。
とにかく通信環境もパソコンの事情も初期のことなので、画像も転送や表示速度のことを考慮して最小の画素で作りました。今から見ると、幼いものです。しかし、当時はこれでも最先端でした。時代の変化を思うと、隔世の感があります。
情報を求めて、またこうした画像を楽しみにして、毎日1万アクセスに近い数千の接続がありました。これは、今発信しているブログでも変わることなく続いています。
【◎情報社会の最新記事】
- ネットで「WordPress」に関するセ..
- 伏見の湯で英気を養った後に食事で違和感を..
- [その3]本日の記事が6789本目でした..
- [その 2/3]息子が日経新聞のイベント..
- 日本文学データベース研究会の旧ホームペー..
- iPhoneに新 OS をインストールし..
- パソコンで困っている4件の中間報告(その..
- パソコンで困っている4件の中間報告(その..
- 5年半ぶりに旧知の仲間3人と会食
- 事業者変更をしたところWi-Fi接続が出..
- レジで戸惑ったことから多様性と適応能力の..
- 家庭内ネットワークの切替更新の手続を進め..
- 変体仮名が今のスマホ社会で認知されている..
- スマホで変体仮名が送受信できる時代に突入..
- 生成AI氏と「標準語」か「共通語」という..
- 人工知能の支援により国文学者の研究環境が..
- 日比谷で『源氏物語』と『百人一首』を読ん..
- 東京藝大のチェンバロを楽しんだ後に駅で無..
- 時代遅れの郵便事情にあらためて驚く
- スマホを買い替えて困っていること
