2025年08月11日

谷崎読過(52)「或る調書の一節」「或る罪の動機」

■「或る調書の一節」
 さまざまな罪を犯した男の、実に勝手な理屈が展開します。そして、「かわいい」とか「きれい」という言葉が、妻や愛人を説明する時に使われます。これまた、身勝手な論理です。
 男の嗜虐性が妻に向くのは、妻の清らかな涙に惹かれてのこと、というのも勝手な理屈です。
 善人と悪人の心の中を炙り出すことで、人間の美醜と不完全な人間の姿を描いています。【2】


初出誌:「中央公論」大正10年11月号



■「或る罪の動機」
 博士を殺したのは、忠僕な書生でした。円満な人格で、幸福な家庭を持つ博士に対する感情から発生した殺人だったと言います。厭世観と虚無感もあります。
 人を殺すことが、空想に留まれなかったことへの悔恨で、身勝手な男の語りは終わります。【2】


初出誌:「改造」大正11年1月号


 なお、『谷崎潤一郎全集(新書版・第十巻)』(昭和34年5月)の解説で、伊藤整は次のように言います。
 前回の谷崎読過(51)「私」「AとBの話」と一緒に語っている箇所を、以下に引用します。

「 悪といふものの質質、また罪悪意識の問題を執拠に追求したものとしては、「私」(大正十年三月「改造」)、「AとBの話」(大正十年八月「改造」)、「或る調書の一節」(大正十年十一月「中央公論」)、「或る罪の動機」(大正十一年一月「改造」)等が、決第に發展し變化しながら一連の類似性をもつて並んでゐる。その中で、悪の強い衝動を持つ主人公が、善を求める人間性を妻の中に見出して心の安らぎを得るといふ話を描いた「或る調書の一節」が、強烈な印象を與へる。また、自己の實在感を把握するために、何の怨みもない人を殺してしまふといふ極めて現代的な問題を追求した點では「或る罪の動機」がすぐれてゐる。
 小説としての具體性を生かし、感覺的描冩を十分に行つてゐる點においては「柳湯の事件」が出色である。そのためか、この集中では「柳湯の事件」が一般的によく知られてゐる。しかし解説者の見るところでは、「前科者」における對話の微妙さ、「或る調書の一節」における愛してゐない妻と主人公との人間的關係、「或る罪の動機」における人間の實在性の追求などは、小説としての本質的なものをより多く含んでゐる點で、より注目すべき作品である。」(294頁)




posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | □谷崎読過
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