■「形」
住民の噂が物語を膨らませます。男の意地が執拗に語られます。一人の男の信念が見事に描かれています。
そして結末を読み、肩透かしを食らった気持ちになりました。どこまでが計算された物語であったのか、わからなくなりました。その構成が、最後まで維持されていないように思えます。作者にとっては、「形」をテーマに据えた試みだったかもしれません。しかし、読者に話の綴じ目を放り投げたような結末だと思いました。【2】
初出誌:『週刊文春』1963年10月〜11月
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
「「形」にとらわれたために生じた錯覚と、それがもたらす悲喜劇を描いた犯罪小説。」(33頁)
また、『松本清張全集7』(文藝春秋社、1972.8.20)の巻末に収載されている荒松雄氏による「解説」には、次のようにあります。
「「形」では、一体どういう結末になるのか最後まで興味が残るし、〜」(465頁)
■「陸行水行」
まず、研究が進んでいない宇佐古代文化圏は日本古代史のアナだと、万年大学講師に言わせます。そして、読者の視点を九州に引き付けます。
さらに清張は、登場人物に国文学者の山田孝雄を崇拝していると言わせています。作者の思考を支える背景が窺えます。
邪馬台国論争について、「邪馬台国論争など興味のない読者を、以下やや長々と現在までの学術論争のあらましの紹介で悩ますのは恐縮である。しかし、これがないと浜中浩三の話の筋が通らない。」(208頁)として、邪馬台国関連の論点をわかりやすく噛み砕いて語ってくれます。理屈っぽい論調で語られるので、確かに興味のない方は退屈かも知れません。しかし、清張に付き合うと、しだいに問題点が持つおもしろさがわかりだします。
特に、愛媛県温泉郡吉野村役場書記の浜中浩三はアマチュア邪馬台国学者だとして、彼の私説を詳しく紹介し、検討します。読者はこれに付き合うことで、諸説と推論を楽しめます。この展開が、清張の歴史観と実証的な姿勢による、古代史への誘いとなっていきます。
その浜中氏をめぐって、話は意外な展開を見せます。清張らしい、推理仕立ての話に展開していくのです。民間の在野学者を取り上げて中央の学者を批判する次のもの言いも、その後の作品で繰り返し出て来る清張らしい語り口です。学会批判、学者批判です。
「まあ、あの論争はほかに実証的なものがないので、アマチュアでも十分参加できるわけです。しかし、歓迎すべきことですよ。学問が一部の学者の独占物になっていては本当の姿ではない。やはり一般民衆が参加することが望ましい。それには学問の表現手段が自分たち仲間同士にだけ通じる用語であってはならないね。難解な専門語や文章が、高級な学者の発言だという迷妄は、もうそろそろ打破しなくてはなりませんな」(226頁)
こうした信念の元、素人の研究者が持つ情熱が、後半になるにしたがって読者に届いてきます。
私は、高校生の頃に邪馬台国に興味を持ち、いろいろな本を読んで自分なりに推理を楽しんだものです。本作も、当然読んだ記憶があります。清張は、そのテーマと語り口で読者を引き込む作家だと思っています。【5】
初出誌:『週刊文春』1963年11月〜1964年1月
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
「邪馬台国の謎を郷土史家失踪の謎に重ねて描いた清張古代史ミステリーの第1作にして代表作。」(177頁)
また、『松本清張全集7』(文藝春秋社、1972.8.20)の巻末に収載されている荒松雄氏による「解説」に、次のように清張を讃える言葉があります。
「これは私の専攻と関わることなのであえていうのだが、最近の歴史学も、他の学問と同じように高度の専門的分化が進み、その結果研究者の視野がだんだんと狭くなってきた。日本史の分野では、松本清張を素人扱いしてきたようだ。史料の扱い方などに勝手なところがあるという。しかし、彼の広い視野と卓抜な推理力とは、専門家にも多くの示唆を与えている。この水準までもいっていないのに、専門の歴史学者で通っている人はザラにいよう。筆者は日本古代史には暗いが、最近遇った江上波夫や井上光貞に聞いても高く評価していた。ここ数年、松本清張は雑誌の対談やテレビに専門学者としばしば同席しているが、見ていると、清張の方がむしろ堂々としていることがある。」(468頁)
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