『お茶の味 京都寺町 一保堂茶舖』(渡辺都、2020年6月、新潮文庫)を読みました。お茶をいただきながらお話を聞く雰囲気が楽しめる本です。読みやすくて、人に寄り添うような優しさが感じられました。2015年2月に新潮社から単行本として刊行されたエッセイ集を文庫本にした読み物です。
私は現在、元禄年間に創業の丸久小山園の本店と工場がある地に住んでいます。
ただし毎日のようにいただく抹茶は、宇治駅前の伊藤久右衛門で求めています。父の名前が伊藤忠右衛門だったので、この名前に何となく親近感を覚えるからです。この伊藤久右衛門は、天保年間の伊藤常右衛門に始まるとか。ますます、この名前に同族意識を抱きます。無関係なのですが。
この宇治に引っ越してくる前は、左京区の下鴨に住んでいたので、中京区寺町通二条の一保堂には、自転車や歩いて抹茶をいただきに行っていました。今となっては、懐かしいお茶屋さんです。
本書は、その一保堂のおかみさんが綴られた、お茶にまつわるエッセイ集です。客としての目線とはまったく違う、お茶屋さんを営まれる側からのお話は、いろいろと勉強になります。
次の文章の中に「出雲地方」とあるのは、著者が島根県生まれであることから出て来る話なのかもしれません。
茎茶すなわち「雁ヶ音」が好まれるのは、山形あたりの茎ほうじ茶、加賀の棒茶、出雲地方の白折茶(しらおれちゃ)などで、日本海側に多いのもこの雁のお話がまんざら無関係ではないのかもしれないと、お茶問屋さんが教えてくださいました。(35頁)
途中で、カラーページに柔らかいイラストと短い話が添えてあります。話の流れを円やかにする、粋な心配りです。
お茶の歴史も、遣唐使や源氏物語のことから始まり、優しい語り口で紹介されています。
日本茶はそもそも中国から伝わったもので最初は庶民の生活には遠い存在でした。遺唐使が平安時代初期に唐からお茶を持ち帰り、時の天皇が近畿一円での茶の栽培を指示されたのですが、書物などでの記述はそこで途絶えてしまっています。源氏物話の登場人物たちがお茶を楽しんでいたのかどうかも分かりません。
その後鎌倉時代が始まる頃の建久二年(一一九一)、臨済宗を日本に伝えた栄西禅師が宋から「抹茶」を持ち帰り、それが禅宗寺院などへと少しずつ広まっていきました。室町時代が始まる頃にはそれなりに庶民の間でも抹茶が飲まれるようになっていたようで、お茶の産地当てゲーム「闘茶」の開催を制限する立て札が残されていることからもそれがわかります。「抹茶」の点て方や飲み方などの所作を様式化し、千利休が茶室や庭なども含めた「茶道」として大成させたのは、それから二百五十年以上もあとの安土桃山時代のことでした。(67頁)
そして、次の話にある「上喜撰」ということばを見て、知らなかったことに目が向くようになりました。
ただ庶民が普段にどのようなお茶を飲んでいたかというと、確かな情報は見当たりません。しかしペリーが来た頃の狂歌に「泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も寝られず」というのがあり、「蒸気船」と「上喜撰」という宇治茶を代表する煎茶の茶銘を掛けた狂歌がすぐに理解されるほどに、多くの人々の暮らしにお茶が浸透していたのかと想像できます。(68頁)
今わが家には「喜撰」という煎茶があります。
これは、名古屋大学の淺川さんからいただいたもので、名古屋のお茶です。宇治の伊藤久右衛門には「喜撰山」という煎茶があります。「喜撰」という名のお茶は、全国にあるようです。お茶にまつわる話には、楽しいものがもっとあることでしょう。
次の文章は、大いに参考になる話です。
乾燥するこの季節、お客様から、抹茶に「ダマ(小さな固まり)」が出来やすいと茶お叱りを受けることが、ございます。湿気てダマになっていると勘違いされますが、実は抹茶の粒子同士が「静電気」の仕業でくっ付いて「ダマ」になりやすいのです。
温度と湿気を低く抑えた作業場で、充分に乾燥させた碾茶を石臼で挽きますと、挽きあがった抹茶はそれだけで静電気を帯びています。
その抹茶を缶や袋に詰める前に、「篩い」にかけて、ふわっとさせます。出来るだけ挽きたてのおいしさをお手元にと、なるべく短時間のうちに作業をすすめますと、静電気を帯びたまま詰めることになってしまうのです。
それでなくても乾燥している冬の気候。拍車がかかって、静電気はいっそう逃げ場を失います。また高級な抹茶になるほど、細かく挽きますので、より「ダマ」の出来やすい条件が整ってしまいます。(170頁)
その解決策として、この後で茶こしで篩うことが紹介されています。参考になります。
最後に、少し小粋な話に仕上がった「七夕」のとじ目の文を引きます。
急須の中で「より」がほどけた茶葉には、もう味や香りを出す力はありません。でも不思議なことに世の中には、この「より」の戻ることもあるようです。別れた男女がまた一緒になることを、「よりを戻す」と言いますから。(193頁)
楽しくお茶の世界を垣間見る、読みやすい文庫本です。お薦めの一冊となりました。
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