あじさいの季節なので、近場の勧修寺に出かけました。竹田駅からバスで20分です。
途中で、バスの中で次のバス停の表示を見て、ついシャッターを切りました。「直違橋」と書いて「すじかいばし」と読むようです。
そして、あれっと思い、本ブログの過去の記事を確認しました。昨春、「頭の体操《難読地名一覧》」(2024年03月12日、http://genjiito.sblo.jp/article/190812562.html)という記事をアップした時に、京都の地名で勧修寺の前に「深草直違橋(ふかくさすじかいばし)」という項目で挙げていたのです。すっかり忘れていました。地名や人名で難読文字は際限なくあるとしても、こうして直面するとその出会いが嬉しくなります。
バスは勧修寺で降りて、まず宮道神社にお参りしました。社前に掲げてある説明文を、後日話題とするために挙げます。
実は、この宮道神社と勧修寺は、大学に入学して以来ずっと指導教授であった小林茂美先生からその由来を伺い、先生と妻ともども調査に来たこともあります。大学の3年生の頃だったと思います。紫式部の母系を溯ると、この宮道氏に行き着き、父系からは勧修寺家に深い関係を持つというのです。そうしたことは、「紫式部論序説 −その母系と氏族伝承質の継承的展開の問題−」(小林茂美、『源氏物語論序説 −王朝の文学と伝承構造T』、昭和五十三年五月、桜楓社)に詳細に論じられています。その結びの一部を、今後書く記事の参考のために引いておきます。「説話管理族」という用語がキーとなります。紫式部も「説話管理族」の中に包摂されていく、ダイナミックな物語論へと展開します。
以上の考述によって、和邇部小野氏流の説話管理族宮道氏と紫式部家とのつながりは、母系を通じてより直接的であったことが判明した。さらに父系の祖母(雅正室)曾祖母(兼輔室)ならびに夫宣孝を通じても勧修寺家に直結し、ここからまた宮道弥益とその妻大宅氏に連接して、重ね重ね説話の管理族の血を承けていたのである。(336頁)
さて、木製の標柱には次のように記されています。
宮道神社
古代、宇治郡を本拠とした豪族の宮道氏ゆかりの神社で、寛平十年(八九八)に創建され、宮道氏の祖神である日本武尊・稚武王を祀る。
その後、宮道弥益、宮道列子、藤原高藤、藤原定方、藤原胤子等が合祀され、宮道大明神・二所大明神とも称されている。
本殿は明治二十三年(一八九〇)に再建されたが、平成十二年(二〇〇〇)五月、社殿等の再整備に併せて「由緒碑」も建立された。
宮道弥益は創建当時の山城国宇治郡(現・京都市山科区もその一部であった)の大領(郡司)であり、弥益の娘・宮道列子は藤原北家の流れを汲む内大臣藤原高藤に嫁ぎ、生まれたのが宇多天皇女御・醍醐天皇生母となった胤子である。母の死後、醍醐天皇は弔いのために弥益邸宅跡を寺にして、勧修寺となった。高藤の流れを汲む家系を、寺名にちなんで勧修寺流という。
なお、高康と列子のロマンスについては『今昔物語集』にも残されており、この列子の話が後に「玉の輿」のモデルになったとも言われている。
京都市
社前には、定方が詠んだ『百人一首』の歌を刻んだ石碑もあります。
三条右大臣
【名】尓しお者八
【逢坂山】の
さ年可つら
【人】尓しられて
くるよし
も可な
常遍敬書
宮道神社のすぐ近くの勧修寺(「かじゅうじ」が正式な呼び名とのこと)に入ると、受付の前では、中学生たちがボランティアとして境内の雑草を取っていました。拝観に訪れた私たちに、一人一人が丁寧な挨拶をしてくれました。教育の一環として、毎年お掃除に来ているそうです。気持ちのいい迎え方を受け、晴れやかな気持ちで山門を潜ることができました。
境内には、建仁寺の両足院で知られる半夏生が、あたり一面に咲いていました。そろそろ両足院にも、と思っていた所だったので、意外なところで出会えラッキーでした。
アジサイも見事でした。
氷室池を中心とする優美な池泉回遊式の庭園は、平安時代の作庭とも言われています。ここは睡蓮や蓮が有名で、勇壮な景色を見せていました。池の真ん中には、半夏生も観られます。
園内を歩いている時、私が被っていた帽子に蝶々が止まっていました。しばらく動きそうにないので、妻が写真に撮ってくれました。蝶々に好かれたようです。
今日は日差しも柔らかく、往復2時間半というコンパクトで快適な京洛逍遥となりました。
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