2025年06月22日

江戸漫歩(178)隅田川から深川界隈をブラリ歩き

 早朝散歩は、永代橋から隅田川沿いに越中島をぶらぶら歩きです。
 大島川水門テラス連絡橋というものが出来ていることを知りました。2022年5月に開通したそうです。私がこの辺りにいた8年前には、隅田川に沿って歩くことができなかったので、永代の街中を迂回していました。それが、川沿いに通れるようになったのです。快適な通路となりました。永代橋の周りには、水上ボートを楽しむ多くの人がいます。

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 目を転じて左手には、中央大橋と佃島や月島方面が望めます。私は、写真の左端の一角に9年間住んでいました。

250622_中央大橋.jpg

 かつて住んでいた東京医科歯科大学の官舎は取り壊され、今年の2月に来た時には更地になった所でした。今日はクレーン車が数台入り、基礎工事が始まっていました。正面奥の木立の中に海洋大学があります。その手前のオレンジのクレーン車のあたりに、私が入っていた棟がありました。

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 私と恩師である伊井春樹先生の部屋が、共にちょうど取り壊されている時に写した写真を、「江戸漫歩(168)門前仲町を散策し隅田川で一休み」(2024年06月16日、http://genjiito.sblo.jp/article/190941354.html)の後半に掲載しています。
 また、更地になったばかりの様子は、「江戸漫歩(175)門前仲町界隈を散策」(2025年02月14日、http://genjiito.sblo.jp/article/191251799.html)に写真を掲載しました。
 その写真と同じ角度で、今日も撮影しました。工事の進捗状況がよくわかります。

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 越中島公園は、隅田川沿いで佃島の対岸なので散策にもってこいのエリアです。

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 屋形船に乗り込む団体さんは、これから隅田川をクルージングしながらお食事会です。みなさん、楽しみにしておられたのか、大賑わいで乗り込んでおられました。

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 木陰のベンチに腰掛けて冷たい飲み物を口にし、お菓子にも手を伸ばしながら、のんびりと隅田川を眺めて午前中を過ごしました。ここは、テレビのCMの撮影によく使われているので、来るとイメージがダブります。

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 午後は、富岡八幡宮へお参りし、毎週日曜日に開いている骨董市をぶらぶらしました。

250622_富岡の骨董市.jpg


 この近くに住んでいた頃は、海外へ頻繁に出掛けていたので、いつもこの伊能忠敬さんに旅の無事をお願いしていました。

250622_伊能.jpg

 おかげさまで、毎回多くの成果をあげて帰ってくることができました。伊能さんほどの歴史に残る成果とは程遠いものながら、『源氏物語』の海外での研究状況などを国内に持ち帰ることができました。[海外平安文学情報](http://genjiito.org)に公開している500冊にも及ぶ『源氏物語』の翻訳本のコレクションと情報の整理は、目に見える収穫といえるでしょう。
 また、以下の報告書はそうした情報をまとめて、おりおりに発行したものです。

・『海外における源氏物語』2003
・『スペイン語圏における日本文学』2004
・『海外における平安文学』2005
・『海外における上代文学』2006
・『海外における日本文学研究論文1+2』2006
・『インド国際日本文学研究集会の記録《2004年度〜2011年度版》』2012
・『日本古典文学翻訳事典1〈英語改訂編〉』2014
・『日本古典文学翻訳事典2〈平安外語編〉』2016
・『海外平安文学研究ジャーナル 《インド編 2016》』2017
・『《合冊》日本文学研究ジャーナル〈Vol.1-3〉』2017
・『《合冊》日本文学研究ジャーナル〈Vol.4-6〉』2017
・『平安文学翻訳本集成《2018》』2019
・『海外平安文学研究ジャーナル Vol. 7.0』2020
・『海外平安文学研究ジャーナル《中国編 2019》』2021
・『海外平安文学研究ジャーナル Vol. 8.0』2021

 あらためて感謝の気持ちを、伊能さんに伝えました。

 深川の商店街で海鮮丼をいただき、いつも通っていたスーパーでアイスクリームを買い、近くの牡丹園のあずまやでのんびりとそれを食べてから、これまた通勤で使っていた越中島駅から東京駅に出て、勝手知ったる新幹線に人混みを避けるようにして乗り継ぎました。

 今日は日がな一日、妻との8年前の生活を追体験する日となりました。
 私がガンの手術をしてからは、定年前にもかかわらず妻は早期退職をして、単身赴任生活をしていた越中島の官舎に来てくれました。私は立川にある国文学研究資料館へ、妻は新座にある立教高校へと通う、とにかく多忙な日々でした。

 あんなことがあった、こんなこともあったと、お互いに思い出すと話が止まりません。当時と同じ風景の中を歩いているのに、今は物の見方がまったく違ってきています。大変だった時代を経て、気持ちに余裕があるからでしょうか。お互いに職場などでさまざまな思いはたくさんしたにもかかわらず、今となっては楽しかった思い出話として語り合えるのはいいことだ、と納得しながらの江戸漫歩でした。




posted by genjiito at 23:00| Comment(0) | ・江戸漫歩
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