■「秋風」
最初に、東京では、春や秋らしい気候がなくなったことを述べています。最近は四季ではなく、夏と冬の二季が話題になっています。この作品は大正8年のものなので、100年前から春と秋は感じられなくなっていたようです。まさか谷崎が近年の温暖化を予見していたとは思えないにしても、この時代にこんな感じ方があった、ということをメモとして記しておきます。
此の二三年と云ふものは東京で秋らしい日に出會つたことがないからでもあつた。此れは私の僻みかも知れないけれど、東京と云ふところは近年非常に氣候が惡くなつたやうな心地がする。春も春らしい麗らかな日がめつたにないし、秋になっても一向秋らしい爽快な日が來ないのである。(147頁)
さて、この作品は、塩原温泉を舞台とした、取りとめもない旅の記となっています。S子とTを話の柱に据えて、作者は傍観者の立場で語っています。風景の中の男女を描いている、谷崎らしさが感じられない展開です。【2】
なお、『谷崎潤一郎全集(新書版・第十巻)』の解説で、伊藤整は次のように言います。この作品だけは他のものとは違うことを、記録的なものだからとしているのです。
それ等の作品の中でたつた一つ違つた傾向の作品は「秋風」(大正八年十一月「新潮」)であらう。この旅行記かスケッチのやうな淡々とした外形の作品がこの巻に加へられてゐることは、見方によつては異様である。しかしこの作品は、これ等の作品が書かれた時期の作者の生活の一部分を描いたものといふ記録的な意味でここに加へられたものと思はれる。(295頁)
初出誌:「新潮」大正8年11月号
■「途上」
当時はまだ珍しかった私立探偵が、まず出てきます。そして、男の前妻について、亡くなったことの推理が展開します。しかし、どうも理屈っぽい物言いで、こじつけのように感じられました。
こんなやりとりがあります。
「それからですね、今お話の衝突の危險と云ふこともですね、既に衝突その物が非常に偶然な場合なんですから、その範園内での必然と云つて見たところが、極く/\稀な事ぢやないでせうか。偶然の中の必然と單純な必然とは矢張意味が違ひますよ。況んや其の必然なるものが必然怪我をすると云ふだけの事で、必然命を取られると云ふ事にはならないのですからね。」
「けれども、偶然ひどい衝突があつた場合には必然命を取られると云ふ事は云へませうな。」
「えゝ云へるでせう、ですがそんな論理的遊戯をやつたつて詰まらないぢやありませんか。」(178頁)
以下、犯罪心理学が展開します。
次から次へと提示される妻を死に至らせる手口の数々は、総合デパートのようです。あくまでも推測や推定を積み重ねての犯罪の立証です。確証はないものの、読者はその多彩な可能性を楽しむことになります。【4】
解説で、伊藤整は次のように言っています。
「途上」(大正九年一月「改造」)は推理小説として典型的なものであるが、その面白さは論理的な思考のみで物語りを考へようとした作者の態度にある。同時代の作家の中では類の少い方法だつたであらう。(294頁)
初出誌:「改造」大正9年1月号
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