早朝の上野公園を散策しました。不忍池で、のんびりと風景の中に身を置きました。
不忍池というと、漱石の『三四郎』の一場面や、谷崎と日本最古の洋食店である精養軒の話が思い出されます。この池の向こうにある東京大学には、『源氏物語』の写本の調査で何度も通いました。いろいろな思いが去来する一時でした。
午後には、上野公園の中にある旧東京音楽学校奏楽堂で、東京藝術大学音楽学部の学生によるミニコンサートに参加しました。
今日の日曜コンサートは、「チェンバロ」の演奏です。演奏者は、東京藝術大学音楽学部チェンバロ専攻3年の北折希衣さん。演目は、以下の通りでした。
F. クープラン:
プレリュード2番
プレリュード7番
J.J.フローベルガー:
組曲 ハ長調 FbWV612
ローマ王フェルディナンド4世の悲しき死に捧げる歌
ジーグ
クーラント
サラバンド
J.S.バッハ:
イギリス組曲 第4番 BWV809
プレリュード
アルマンド
クーラント
サラバンド
メヌエットI
メヌエット II
ジーグ
目の前でチェンバロの演奏を、しかもライブで聴くのは初めてです。チェンバロを見るのも初めてです。私は、この音色に惹かれるものを感じました。
ピアノを小さくした大きさで、茶色に金の縁取りをした、直線で象られた、威圧感のないものです。北折さんは、1時間以上をかけて丁寧にご自身で調律しておられました。弦をネジで締めたり緩めたりと、丹念に音合わせがなされます。ピアノとは違う、難しさがあるのでしょう。
演奏の合間に解説がありました。
ピアノは弦を叩く打弦楽器であるのに対して、チェンバロは弦を爪で弾いて音を出す撥弦楽器だとのことです。お琴を例に出しておられました。私は山田流のお琴を習っていたことや、高校時代にはエレキギターを弾いていたので、その説明がよくわかりました。
ピアノよりも素朴で親しみを感じる音色でした。ただし、妻は金属音が気になった、とのことです。いろいろと感じ方があるものです。
帰りに、上野駅の中の専門店街で、お弁当を買いました。しかし、お店の方に自動精算機に案内された所まではよかったものの、お箸が付いていなかった弁当だったために、新幹線の中でいただく時に難儀をしました。
これからは、人間が対面でやりとりする対応が少なくなります。そうであれば、お弁当などにはお箸を必ずつけて売る、ということを徹底してほしいものです。弁当に箸が付いていない時には、これまではレジの方が機転を利かせて箸を付けてくださいました。しかし、今後はシステムの自動対応が主流になるので、お客は機械との隙間でほったらかしになるのです。お客の方が、そうしたことに神経を研ぎ澄まして、自力で対処することになります
さらには、すべてがシステムの都合で接客がなされる次世代の体験をしました。
東京駅の新幹線ホームに設置されていた自動販売機で、ペットボトルのドリンクを買った時です。お札が吸い取られたのに、飲み物が出て来ません。
後ろの若者が、私が買うと一緒に出てくるかもしれません、と言ってキャッシュレスをタッチしてボタンを押されました。しかし、その方の飲み物も出て来ません。私はすぐに、自販機に書いてあったフリーダイアルの「0120 718 ***」に電話をしました。若者は、すみません、と言って成り行きを見ておられました。
自販機での電話の相手は人間ではなく、少し不自然な自動音声でした。言われるがままに数字を押して答えたり、声で状況を説明したり、ハイと答えさせられます。しかも、こちらの反応に対するコンピュータ側の認識に時間がかかるようで、なんとも間延びのした応答です。相手が人間ではないことが明らかなので、不出来なシステムにイライラさせられます。
そのうちに、後ろにおられた青年は、これは大変だと思ってか、いつしか諦めてどこかへ行かれました。私一人が、5分以上もスマホを片手に待ちぼうけです。自動販売機に書かれた識別番号を入力してしばらくすると、設置場所が判明した、とのことです。のんびりした、出来損ないのシステムです。
そして、後で連絡をするので、あなたの携帯電話はかけて来た番号でいいか、という確認と、いつが都合がいいのかと確認がありました。それも、まず選択肢として挙げられたのが「明日のいつか」というものです。私は、そんな悠長に明日ではなくて、その次の選択肢である今日を指定しました。しかも、ここは東京駅のホームであり、これから京都に移動します。
すると、今日の18時までに折り返し電話をする、とのことでした。しかし、今は21時を過ぎました。折り返しの電話はありません。無責任なシステムであり、人間の代わりになれない、不出来で誠意のないコンピュータのサポートです。
これからは、人間が急激に減ります。自ずと、サービスも生成AIという、人間ではないマシンの対応が主流となります。そして、こうした無責任なサービスという名のもとの対応が横行するのでしょう。人間が、不愉快な思いをさせられる、堕落した接客をする生成AIを背景にもつ人工知能の時代が、すでに始まっています。
こうした時代の趨勢には、諦めて慣れるしかないのか、おかしいと言って改善を求めるのか。今、その分かれ道に立たされていると思います。ただし、どこに「おかしい」と言ったらいいのか、何とも無責任な時代の中にいます。
人間が極端に少なくなった社会では、当然のことながらサービスは二の次となります。そんな社会に突入し出しました。今は、これでいいのかと、じっくりと考える時かもしれません。そして、これからは生成AIが普及する勢いに押されることは明らかです。さて、私はどうするか、そんなことを迫られ出した今、こうした地点に身を置いたことを、今日のお弁当と自販機の2件の出来事を通して痛感しました。
責任の所在が不明な社会に突入しているのです。
人工知能を導入した会社や人間は、責任を機械に押し付けて、未発達な機械のせいにします。それでいいのか、疑問が膨らみます。
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