2025年03月18日

読書雑記(356)箕輪厚介『死ぬこと以外はかすり傷』+『かすり傷も痛かった』

 『死ぬこと以外はかすり傷』(箕輪厚介、マガジンハウス、2018年8月)と、その続編である『かすり傷も痛かった』(箕輪厚介、幻冬舎、2023年9月)の2冊を、一気に読みました。

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 文章に、読者を圧倒する力があります。熱量がある、と言った方がいいでしょうか。ただし、筆者の自己満足と自己顕示欲に終始するので、そのパワーに息苦しさを感じる読者も多いことでしょう。
 例えば、本の編集者としての考えを述べた、次の文章はどうでしょうか。


本なんて売れなくても誰も死なない。会社がちょっと損するだけだ。大切なのは自分の心がどれだけ動くか。だから僕はただひたすらに自分の感覚で自分が読みたいものを作る。こっちから読者や時代に合わせに行くことはない。(143頁)


 もし、この著者のような方が身近におられたら、私はご一緒に仕事はしません。ご本人は快適に突っ走っておられるのでいいとして、周りの者はそのとばっちりを受けるだけなので、たまったものではありません。そのことを理解した上で読むと、小気味よく読み進めていけます。
 著者自身、次のように言います。


「僕はもともとの性格から自分を良く見せたり、無理をすることができない。自分を偽って相手に気に入られるくらいなら、ありのままをさらけ出して嫌われてしまったほうがいいと思っている。だからいつも究極の自然体でいる。」(128頁)

「そのためにはまずは自分から裸になってしまうことだ。自分の恥ずかしい部分も醜い性格もわがままさも生意気さも全部出してしまう。嫌われることなど怖れるな。全てを見せて嫌われるなら、それまでだ。大丈夫、完璧な人間なんてどこにもいない。
 まずはこっちから全てをさらけ出してしまえば、相手も警戒を解いてこいつは信頼できると思ってくれる。丸裸になろう。」(129頁)


 この著者の気概を理解していると、本書の全体から襲いかかるアクの強い文章も反発心なく読めます。【3】

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 前作『死ぬこと以外はかすり傷』を受けて、自虐的なおもしろさを期待して続編を読み出しました。しかし、まったくインパクトがなく、短時間にサラッと読み終わりました。
 前作の文章が全文赤字で引かれています。全く同じ文だったので、この赤字の頁はすべて読み飛ばしました。つまり、半分読めばよかったのです。そのためもあって、1冊の本としては読書時間の最短記録だと思います。

 「はじめに」の中の次の文章が、こうした事情を語ります。しかし、「出版史上初の試み」は大失敗だったといえるでしょう。


 この本は『死ぬこと以外かすり傷』に対する反省と振り返りのアンサーソングだ。
 多分、出版史上初の試みで、『死ぬこと以外かすり傷』の内容もすべて収録し、その返歌として同じ分量の文章を書き足している。
 僕は『死ぬこと以外かすり傷』を恥ずかしくて直視できない。今の僕には当時の文章はあまりにも強い。なぜ、あのとき嫌われていたか、今となってはそれなりに理解できる。かといって、成長や成功を求めることや「意識高い系」を否定するのも安易だと思っている。(26頁)


 また、次の文章が最後に置かれています。


今回の執筆では、かつての自分の主張を反対側から書いていくことで、当時の痛さや勘違いを見つめ直すことができた。僕はこれまで縦に成長し外に目を向けて生きてきたが、横に広がり内に向けて考える時間になった。(240頁)


 あなたはそうでしょう。しかし、読者にとってはまったく無責任で無意味なフレーズです。この手の本は出版に値しない、ということを証明してくれています。反面教師として、今後に活きる事例になるかもしれません。【1】




posted by genjiito at 21:08| Comment(0) | ■読書雑記
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