2025年02月06日

読書雑記(353)樋口清之『関東人と関西人』

 『関東人と関西人 日本の中の日本人論』(樋口清之、ホーチキ出版、1976年5月)を読みました。著者は『梅干と日本刀』で一躍有名になり、「うめぼし博士」と呼ばれていました。

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 両親の荷物を整理していた時に、偶然この本が出て来ました。裏見返しに、次のように父の署名があります。

250206_父の署名.jpg

 父がこの本を購入した1976年は、前年に私が大学院(博士前期課程)に入学し、その年の秋に結婚した翌年です。埼玉県で新婚生活を送っていた時期にあたります。

 私は学部生の頃から、学芸員の資格を取るために博物館学の授業で樋口清之先生の授業を受けていて、その内容が興味深いことを折々に父に話していました。博識だった父は、こうした博学の士の話題を好んで自分のネタにしていました。そのこともあり、樋口先生の本はほとんど読んでいたようです。私も読んでいたので、今回多くの本がダブって出てきました。違いは、私が樋口先生の全集も持っていたことでしょうか。

 この本は、関東と関西を比較した庶民の文化論です。読んでいて、視点が斬新なのでとにかく楽しくなります。そのどこを取っても、古くささを感じさせない今に通じる内容です。

 ここでは、落語に関する一節を引きます。私は、寝る前によく桂米朝や枝雀の落語を聞きます。上方落語と江戸落語で同じ話が別名で語られていることを、今回初めて知りました。


現在、高座にかけられている話のうちで、江戸落語にも上方から流れてきたものや、改変したものがかなりある。なかには、ほとんど同一のものも多くある。
 上方の「住吉駕籠」が江戸の「くも駕籠」になったように、上方の「貧乏花見」が「長屋の花見」に、「逢いもどり」が「子はかすがい」に、「いらち車」が「反対車」、「書割盗人」が「だくだく」、「くやみ丁稚」が「胡椒のくやみ」、「延陽伯」が「たらちね」、「骨つり」が「野ざらし」に焼き直されている。
 江戸の「そば清」はそばを大食いする話だが、上方では「蛇含草」となって餅をたらふく食べる話に変わる。江戸の「疝気の虫」は虫退治に使う食べものがそばであるのに対し、上方の「疝気の虫」はあんころもちになっている。上方のねばっこい餅好みに対して、江戸のすっきりしたそば好み、というように、きわだった対照を示す噺である。(157頁)


 樋口先生のご専門は考古学でした。全日本博物館学会会長や日本風俗史学会会長でもありました。奈良の畝傍中学の生徒だった頃から、学術誌に数多くの論文を発表しておられたことで広く全国に知られていました。先生は静岡県の登呂遺跡の発掘などの功績があったので、私は博物館実習では登呂遺跡に行きました。
 吉川英治や松本清張のブレーンでもあり、授業の中で自分のアドバイスを勘違いした松本清張のことに触れておられたことを覚えています。あれでは人は死なない、と。

 読み終わり、本書の内容のほとんどを覚えていませんでした。ということは、自分の中で話題が同化している、ということでしょうか。
 若い頃に読んだ本を気ままに読み直すのは、とにかく楽しいことに気付かされました。




posted by genjiito at 20:25| Comment(0) | ■読書雑記
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