2025年01月05日

京洛逍遥(913)下鴨神社へ初詣の後は下鴨貴船町へ年賀のご挨拶に行く

 体調がよかったので、下鴨神社へ初詣に行きました。今の宇治に来るまでは、自宅近くの下鴨神社が氏神さまだったので、散策の折々に、また自転車で京大病院に通院する途中に立ち寄っていた勝手知ったる所です。

 表参道に向かって歩いていると、秀穂舎の手前で初めて見る敷地に足を留めました。
 昨年より、御本宮末社の一つとして天神宮御再興の事業が始まっており、私はその姿を本日初めて見ることになったのです。今後のこの場所の変化を楽しむためにも、この時点での写真を掲載します。

250105_天神宮社.jpg

 祠の前に立つ「天神宮社」に関する説明板には、次のように書いてあります。

この地には、通称、天満宮と呼ばれるお宮さんがありました。下鴨村の人々は「天神社」や「天神さん」と呼んでいました。明治時代初頭まで、この参道脇には、下鴨神社の学問所の先生たちが住んでいました。この場所には、講釈師の源流となる神道講談の玉田永教(一七五六−一八三六)のお屋数がありました。永教は、庶民に講談という形で、神道や神話について、全国を説いて回りました。元々は、大阪の露天神近くに住んでいたことから、邸内社として天満宮を祀ったと伝わっています。しかし、明治初年からの明治新政府による様々な神祇制度改革の影響で、永教の孫である三矢田清三郎(弘文)は大阪に戻り、講釈師玉田派を創設し玉田玉枝斎として上方講釈の礎を築きました。天満宮は、その後、天神宮と合祀され、下鴨神社の旧社家たちは、「天神宮社」称し(ママ)、「天照大御神」と「天満宮」をを(ママ)お祀りしていました。なかでも、比良木社のお火たきには、学問所の秀穂舎の子供たちが 日頃勉学した習字を献書し、今日まで続いています。令和十八年度に斎行される第三十五回式年遷宮事業の一つとして「天神宮社」がご再興されます。


 さらに進んで、表参道に入った所、河合神社に行く手前の紅葉橋でも足が留まりました。
 かつて、この近くにあった唐崎社は、御手洗池の氏神の御祓いの神であり官祭の解除の社だったそうです。その場所に、第三十四回・式年遷宮事業の一環として、無社殿神地であった「唐崎社紅葉橋遥拝所」が復旧整備されたのです。御手洗池に発する御手洗川に続く楢の小川がさらに南下すると瀬見の小川となり、そこに架かる紅葉橋に佇むと、眼下に鴨と鯉が優雅に泳いでいるのが見られました。これも吉祥と、写真に収めました。

250105_鴨と鯉.jpg


 下鴨神社は変わらない威容を見せています。

250105_下鴨神社.jpg


 境内の輪橋の前の光琳の梅は、まだまだ固い蕾です。

250105_輪橋と光琳の梅.jpg


 本殿は長蛇の列だったのでパスし、約3年前まで10年住んでいた下鴨貴船町に向かいました。
 いつも買い物に行っていたスーパーは、新しくなっていました。
 この地域に立ち寄ったのは、かつて住んでいた家の向かいにいらっしゃったご主人が、交通事故のために年末でお店を畳まれたので、年始のご挨拶と労いを兼ねて行ったのです。ご主人のお店に行ったことは、以下のブログに書いています。

「京洛逍遥(866)東寺弘法市の帰りに知り合いのお好焼屋さんへ」

 お元気なお姿を見て安心しました。売れっ子のモデルさんだった奥さんも出てこられ、さらにはお嬢さんやそのお子さんたちとも逢いました。かつての話や最近のことを、立ち話ながら楽しくしました。
 私たちが住んでいた家の玄関先の植栽には、旦那さんが時々水を撒いてくださっているそうです。いつもきれいな花を見せてもらっていたので、長年の感謝のつもりで、とおっしゃっていました。球根もまだいろいろと植わっているので、今年もきれいな花が咲くことでしょう。

 歩いて元来た道を下鴨神社にとると、途中のバイカルという有名な洋菓子屋さんが新装となっていました。昨年の11月に全面的にリニューアルとなったそうです。お誕生日や記念の日にはよくケーキをいただいていたので、これもご縁と新しく開発なさった抹茶のクッキーをいただきました。

 下鴨神社に再度戻ると、あれだけ長蛇の列を作っていた境内が、夕刻ということもあり少なくなっていました。ゆっくりとお祈りをし、たくさんのお願いをしました。楼門の外で妻と一緒に甘酒をいただき、のんびりとここの氏子だった頃の思い出話をしました。今も下鴨神社の崇敬会に加入しているので、折々にお下がりをいただいています。娘は、ここで結婚式を挙げました。下鴨茶寮の食事が絶品だったことは、今も記憶に新しいことです。

 京阪の出町柳駅で、来る時に帽子を車内に忘れて降りたことを申し出ると、実に手際よく探してくださいました。ICカードからその降りた時間を割り出し、乗っていた電車を特定し、いろいろと調べてくださったのです。そして、届いている忘れ物の写真を見せてくださり、これですか、と名探偵ぶりを発揮してくださいました。それです、と答えると、今はこの終点の出町柳駅ではなくて、始発駅の淀屋橋駅にあるとのこと。ちょうど私は、来週11日(土)に淀屋橋にある大阪府立中之島図書館で『源氏物語』と『百人一首』の講座があるので、その日まで保管しておいていただけないかとお願いしました。すると、電話でいろいろと折衝してくださり、11日には淀屋橋駅の手前にある京橋駅に移っているので、そこへ行けば受け取れるように手配をしていただけました。助かりました。懇切丁寧で親切な対応に感謝します。

 年末には、東京の銀座でカードケースを失くしました。しかし、それも警察(しかも警視庁)経由で手元に戻ってきました。こちらの不注意とはいえ、年末と年始に多くの方々の細やかな心遣いをいただき、安心して暮らせる日本の良さを体感することとなりました。いろいろな方々に感謝です。

 なお、過去にも似た体験を記事にしています。よろしければ、ご笑覧を。

「元日の落とし物が無事に見つかりました」




posted by genjiito at 22:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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